シルヴァリオシリーズ短編集 (ライアン)
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童貞を守れぬ男に一体何が守れるか

時系列的にはトリニティ4章位のまだアッシュが自分の真実に気づく前になります
アッシュがレインちゃん寄りの選択肢を選んでいるのは完全に自分の趣味になります


ーーー何故こうなったのか?

軍事帝国アドラー 第六東部征圧部隊・血染処女所属のアシュレイ・ホライゾン中尉は天井を見ながらそう思わざるを得なかった。この事態を招いた原因は一言で言うのならば「油断」になるのだろう。

 

自分が居る場所がどういう所なのか、それを失念していたという致命的な失態

敵地に潜入する立場でありながら、堂々と機密事項を大声で話す

複数の飢えた肉食獣がいる草原に何の装備も無く暢気に立ち入った観光客

自分のマヌケさを表現するならばそんなところだろうかと、半ば現実逃避めいた思考に陥っていた所を小悪魔めいた声が立ち向かうべき現実へと引き戻した

 

「それで、結局アッシュ君の好みは三人の中の誰なのかな?」

 

からかい混じりで問いかけられるアリス・L・ミラーの言葉と

期待するような目でこちらを見つめるアヤ、ミステル、レインの三人の視線。

それらを受けながら、アッシュは何故こうなったのかを思い出していた……

 

 

「はぁ!?お前一度も娼館行った事ないのか!?」

 

同僚であるアヤ・キリガクレが女性同士の集まりのほうに顔を出しているために珍しく二人だけでいつもの酒場で飲むことになり、マジかコイツとまるで信じられないような目でこちらを見つめる戦友にして悪友。それを聞いてアッシュはそんな珍獣を見るような目で見られるのは心外だとばかりに憮然としながら答えた。

 

「そんな驚くような事でもないだろ」

 

「いやいやいや、これが驚かずにいられるかよ。良いかアッシュ!男と女が居なきゃ子どもは出来ないんだぜ!そして生き物って奴は人間に限らず、自分の遺伝子を残すために生きてるんだ!おおっと誤解するなよ、別に子どもを残せない奴は生物として欠陥品とか侮辱する気は毛頭ないからな。俺が言いたいのは男が女に惹かれるってのは当然であり、イイ女と子どもを残したいってなるのもそれだけ当然の事だって話だ」

 

そう酒を豪快に飲み込み、吐き出した息と共にグレイは熱弁してくる。

 

「でだ、口幅ったい言い方だが俺達は星辰奏者だ、若くして中尉にまでなったエリートだ。

 金だって当然ながらかなり貰っているし、いつ死ぬかわからん仕事だ。そうなればもう金の使い道なんて決まってくるだろうが!というか普通初陣終わった後に上官なり先輩なりに連れてかれるもんだろうが、その辺りどうだったんだよ?」

 

そんなグレイの問いかけに対して何故か少しズキリという頭の痛みを感じながらアッシュも答える

 

「俺が初陣を経験したところはその手の施設が無いところだったから、そういう事も無く終わったよ。まあ仮に誘われても行かなかった気がするよ、初陣の時は無我夢中で何がなんだかわからない間に戦いが終わってたって感じだったし」

 

「あーまあ言われて見れば確かに初陣の時なんてそんなものか。俺も良く考えてみたら初陣がどんなだったかはほとんど覚えてねぇや」

 

そんな真逆の性格ながらも奇妙な所で一致を見せた事に互いに少し苦笑しながら、グレイは改めて告げる

 

「まあ過去の事は置いといてだ、問題は今だろ今。ここは古都プラーガ、三勢力が同時に駐屯しているような大都市だ。当然その手の店には事欠かない。そしてお前は高給取りの星辰奏者、特定の恋人がいるわけでもない。こんな状況で行かない奴なんてそれこそ滅多にいやしねぇよ。

 それともアレか、実は女に興味がないだとか、そういうアレだったりするのか?」

 

悪いがお前がそういう趣味だったとしても俺は応えられないからなと大げさに身を竦めるグレイ。

 

「馬鹿を言うな、俺はちゃんと女の子が好きだ」

 

そんなグレイに対してアッシュもやや声は荒げながら告げる、そもそも軍人を志したのも守れなかった少女を今度こそ守り抜けるように強くなるためだったのだからと大切な想い出の少女を浮かべながら。

 

「よし、そういう事なら言ってもらおうか!お前の女の好みを!と言っても、お前の事だ、それだけだとこの間みたいに「素直に付き合える女性」だとかそんな在り来りな事しか言わないだろうからな!ここは一つ、俺達の身近な女性の中で一人挙げて貰うとしよう」

 

「身近な女性って言うと……」

 

「当然まずはアヤちゃん!それからミステルさんにレインちゃんだな!ちなみに俺は今挙げた皆バッチコイだぜ!」

 

「いや、そんな事言うなら俺も……」

 

挙げられた女性には少なからず好意は抱いているんだがと告げようとしたところをわかってねぇなぁと言わんばかりにグレイが遮る

 

「あのなぁ、なんでわざわざこんな話していると思っているんだよ。友人想いの俺様はその年で童貞という哀れな戦友を娼館へ連れて行ってやろうと思っているんだよ。で、記念すべき初体験で悲しい思いをしないように少しでもお前の好みの子がいるところを紹介してやろうってんだ」

 

「いや、そんな事言われたら余計に……」

 

誰を一番そういう目で見ているのかと言ってるも同然で答えにくいじゃないかといい加減酔っ払いに付き合う事に辟易してきたアッシュを尻目にグレイは尚も続けていく

 

「ほらほら、隠さず言ってみろって!まさに理想の大和撫子、こんな子を嫁に出来たら最高だぜなアヤちゃん、スタイル抜群で頼れるお姉さんなミステルさん、どこかミステリアスでクールな雰囲気を漂わせるけどポンコツなところのあるレインちゃん、このタイプが違うレディの中で一体誰が好きなのかを!」

 

「ふ~ん、なんだか興味深い話しているわね~アッシュ君は一体誰が好きなのか、当然貴方も興味あるわよね、レインちゃん?」

 

 

そうしてマヌケな男共はようやく思い出した。自分達が喋っている場所がどこだったかを……

 

 

 

幸いな事に娼館へ行こうとしていたことについては各々

 

「そのようなところに行かずとも私に言ってくださればすぐにでもこの身を捧げますのに……」

 

「まあアッシュ君も年頃だもんね、興味がないよりは健全よ健全」

 

「う、うちの男共だってそんな感じだし、べ、別に私はアッシュがどこに行こうが気にしたりなんかしないぞ。気にしたりなんかしないからな」

 

「そこらの女に貴重なチェリーを奪われる位ならもう私が奪ってあげた方が……嘘、嘘、冗談だからそんなに怒らないでよレインちゃん」

 

等と言い深く追求してこなかった。しかしどういうわけだか自分の好みの女性は一体誰か?という問いに対しては執拗に食い下がってきて、この事態を招いた元凶はこちらを嫉妬の篭った視線で見てくる始末。三人の優秀なエスペラントに包囲された上に戦友にまで裏切られたこの状況、アッシュにとってはかの冥狼と相対した時に匹敵するピンチと言えよう。あまりの危機故にか何やらえらく重々しい口調で

「お前の決意をここにさらせ」

などと英雄っぽい誰かさんの幻聴までもが聞こえてきた始末である。

 

「ほらほら~いい加減観念して言って見なさいな」

 

囃し立てるようなアリスの言葉を聞きながらもアッシュは悩みながら考えていく。自分の好みの女性とは一体誰なのだろうか?と。自分にとって守れなかったあの日の少女が重要な存在であることは間違いない。そして彼女は長い黒髪をしていた、そうなるとこの中で言うのならばアヤになるのだろうかと?そうでもあるように思えるし、違うようにも思える、全くもって自分で自分の事がわからないと。それに何故かレインの前で黒髪を理由にしてはならない、もしもそれを言えば彼女が深く傷つくとそんな予感を覚えるのだ。かくして苦悩の果てにアッシュが出した答えは……

 

「期待させて申し訳ないけど、明確なタイプってのは言えないよ俺は。アヤは献身的に誰かを必死で支えられるところが凄い子だって思うし、俺もアヤにはすごい助けられた。ミステルだってそうだ、視野が俺なんかよりもずっと広くて立派な大人だって思う。レインに対しては特に……初めて出会った時にまるで月の女神がそこに佇んで居るかのようだって思ったし……ってアレ、三人ともどうしたんだ?」

 

何やら顔を真っ赤にしてしまった三人と囃し立てることを辞めたグレイとアリスを前にして腑に落ちない思いを抱えながらも、自分は一体誰に一番惹かれているのだろうかとアッシュは改めて考えていくのであった……

 

ちなみに娼館に行く話は店に現れたアリスにグレイが再びカモにされたことで結局白紙となった。




強欲竜「好みのタイプ?そうだな、本気の奴だ!愛だろうと何だろうとそれのためならば他の事など目にも入らぬというくらいに本気の奴!そうあの麗しの英雄のようになぁ!」

審判者「好みのタイプ?ふむ、そうだな。清廉で真っ直ぐで身も知らぬ誰かのためにその身命を捧げ、いかなる苦難にも決して諦めぬような人物だな。そうヴァルゼライド閣下のような」


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好みのタイプは好きになった子という男が好みのタイプで名前を挙げるのって告白と同じだよね

グレイに娼館に誘われたところでアッシュが好みのタイプについて、レインちゃんと答えた場合の話になります。
アッシュは無自覚でとんでもない口説き文句を吐く生粋のイタリア人だと作者は思っています。
これじゃあどう考えてもレインちゃん一強じゃねぇかと思われるかもしれませんが、自分の焚くアヘンは大体そんな感じになると思います。


「---レイン」

 

アリスさんに好みのタイプについて聞かれて、悩んだ末に自分でも驚くほどにすんなりとそう答えていた。

 

「ほうほう、良かったわねレインちゃん!ちなみに理由を聞いても良いかな?」

 

顔を真っ赤にしながら目を丸くしたレインとニヤリと笑いながら問いかけてくるアリスさんが目に映りながら、自分はどこかぼんやりとしながら自分で自分の考えを整理するかのようにポツリポツリと話していく

 

「まず初めて会った時にすごい綺麗だなって思ったんだ。まるでそう月の女神が現世に舞い降りたんじゃないかって思う位に。それで何故か、レインが生きていてくれたってことが自分でもわけがわからない位に泣きたくなる位に嬉しくて……」

 

そうだ彼女が生きていてくれたという事実、それだけで自分は救われるかのようだった。生きていてくれてよかったとそう心の底から思ったのだ

 

「その後はちょっとどういうわけかお互い正気じゃないような状態になってしまったけど、それでも絶対にレインを守り抜きたいという想いだけはあって、向こうも無我夢中になりながらも必死にこっちを気にかけてくれているのがわかって、目覚めた後にはああ、年頃の女の子なんだなってなる部分も見て……」

 

不倶戴天の宿敵であるという妙な確信と同時にそんなものとは別次元に彼女が自分にとって大切だという奇妙な思いの同居

 

「付き合っていくうちに自分でも驚くほどにすんなり真っ直ぐ意見をぶつけ合うことが出来て、橋での戦いの時はわけがわからない状態になっていたところを助けられて……」

 

自分で言いながらわけがわからなくなって来たが結局一言で纏めるとこうなるのだろう

 

「俺にとってはレインが一番放っておけない大切な、だけど真正面からぶつかり合って素直に付き合える女性なんだと思う。だから俺の一番の好みは誰か?って聞かれたらレインになるのかな……ってアレ」

 

そうして自分の考えを吐き出してみると、何やら皆押し黙ってしまった。てっきりアリスさんやグレイあたりがからかってくるのかと思っていたのに。酔っ払っていたはずのグレイはすっかり酔いが冷めたように真顔になっているし、レインに至っては茹蛸のように顔を真っ赤にして俯いてしまっている。

 

「あ~もう流石にコレは勝負ついちゃったかなぁ、ねぇアヤちゃん」

 

ミステルは何処か複雑そうな、しかしそれ以上にホッとした様な表情を浮かべながらそう言い

 

「そうですねミステル様。聊か、いえかなり悔しい思いはございますが、同時に安心もしました。レイン様にならアッシュ様を心置きなく任せることが出来ますし、何より私としては時たまお情けを頂けるだけでも……はふぅ」

 

アヤは最初は少し悲しげに、だがその後には満面の笑みとなにやら艶かしい表情を浮かべながら自分の世界へと突入して

 

「あーうん、なんというかアッシュ、娼館に行く話だったけどアレやっぱりなしで頼むわ。いや、本当に悪かった。お前にそこまでガチガチのド本命の相手が居るとは思ってなかったんだ。

 そりゃそんな相手が居るなら行く気にならなくてもしょうがねぇわ。まあなんというか安心したぜ、あんまりに堅物すぎてもしかすると、本当にひょっとしてそっちの趣味かと疑ったが、お前、ちゃんと女の子が好きだったんだな!」

 

グレイは常に無く真面目な表情をしてそんな事を言う物だから、俺は何やら居心地が悪くなって訝しがりながら問いかけるのだった

 

「いや、一体どうしたんだよ、皆、自分はただ自分が思っている当たり前の事を言っただけだぞ」

 

そう皆何をそんなに驚いているのだろうか、俺にとってレイン(■■■)が大切な少女だなんてそんなの当たり前(・・・・)の事だと言うのに。グレイやアリスさんはともかくおさ■な■■の二人(ミステルとアヤ)までもがそんな反応をするのが全く持って意味がわからない。

 

「……う~ん、からかい半分だったのに此処まで堂々と言われちゃうとこのアリスちゃんとしても流石に反応に困るわね~というわけでレインちゃん、愛しのアッシュ君のこの情熱的な言葉に貴方はどう答える?ここまで言わせて何も答えないだなんて、それこそ女が廃るってものよ!」

 

「あう、あうあう……ええっとええっとその、私も、私もアッシュの事が、す、す……」

 

レインが顔を真っ赤にしながら必死に何かを言おうとしている、聞き届けねばという使命感に駆られるレインの顔をしっかりと見つめる。彼女が生きていてくれていたという事実、こうしてまためぐり合えたという事、それがかけがえのない奇跡(・・・・・・・・・)なのだと訴える胸の奥から溢れ出る想いと共に

 

「って、こんな皆が見て居るような場所でなんか言えるか~~~~~~~~」

 

その言葉を置き土産にレインは脱兎の如く駆け出して行ってしまった。あの日再会した時のように

 

「やれやれ、衆人環視の前で愛を叫んだくせに何を今更言っているのやら……ごめんねアッシュ君、肝心な時にヘタレる妹で。この埋め合わせは必ず後日させるから♪」

 

「あ、いえ埋め合わせも何も……」

 

自分は当然の事を言っただけなのだから、そんな彼女に何かしてもらうような事をしたわけではないのだが。

 

「あ~まあ気を落とすなよ、アッシュ。どう考えても脈はあるんだからよ、後は焦らずゆっくりと攻めて行けばじきに晴れてお前も卒業できるさ!……あんな可愛い子で卒業できるとか何か腹が立ってきたな、おい」

 

「アッシュ様、私はレイン様の次でも一向に構いませんので何卒お情けのほうをよろしくお願い致しますね」

 

「結婚式をする際には是非うちを利用してよね。他ならないアッシュ君とレインちゃんの二人だもの、サービスしとくわよ」

 

そんな友人達の不可解な言葉を聞き、その場は結局解散となるのであった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

やってしまった。

 

枕に顔を埋めながらレイン・ペルセフォネは激しい後悔に襲われていた。

 

「あ~もう、私のバカバカバカ、せっかくアッシュがあそこまで言ってくれたのに肝心なところでヘタレちゃって……」

 

でも仕方がないだろう。あんなにもアッシュが自分の事を大切に想ってくれているだなんて想像していなかったのだから

 

「えへ、えへへへ、大切な人、アッシュが私の事を大切に想っているのなんて当たり前の事かぁ……」

 

アッシュが自分をそんな風に想ってくれていたという事実が嬉しくていけないというのに顔がニヤケだしてしまう。

 

「まったく、あんな告白よりもはるかに凄いこと言われておきながら逃げ出しちゃうなんて、お姉ちゃんは妹のヘタレぶりに涙が止まりません」

 

「う、うわぁ!?姉さん、い、一体いつからそこに!?」

 

そんな風に幸せに浸っていると何やらため息をつく姉の姿がそこにあった。

 

「枕に顔を埋めて足をバタつかせながら、「私のバカバカ~」とか言っているところからよ」

 

「さ、最初からじゃないか~~~~」

 

よりにもよって最悪の人に見られてしまった。当分、いや下手をすると一生このネタで事ある毎に玩具にされてしまう

 

「もう、そんな事はどうだって良いのよ。レインちゃん、さっきのあの様は何よ。

 気がある男の子にあそこまで言われたんだったら女としては「私も、私もアッシュの事が……」

 とか何とか言いながら瞳を潤ませつつ、上目遣いでもして身体を相手に向かって寄せておけばそれで良いのよ!

 そうすればもう、後は盛り上がった男の子が勝手にリードしてくれる、だというのに貴方ったらもう、本当に……」

 

「う、うう………」

 

普段ならば姉さんの男に対する話(ざれごと)なんて聞き流すところなのに、今回ばかりは自分がヘタレてしまったという自覚があるだけに何も言えない。

私だって女の子なのだ。好きな相手とその、そういう展開になる事を夢見たりだってしているわけで……その点、今回のアッシュはまさに女の子が夢見る王子様そのものみたいだったのに、私の方がそれを台無しにしてしまったわけで……

私のやった事は言うなれば王子様がダンスに誘ってくれたのに、怖気づいて突然城から逃げ出してしまったシンデレラと言ったところだろう。子どもの頃に読んだ絵本でこんな展開になっていたら確実に怒っている。

 

「こうなれば、今度は貴方が勇気を出す番よレインちゃん!アッシュ君の想いに応えるためにも!」

 

「こ、今度は私が……」

 

だからだろうか普段だったら聞き流す姉さんのいつもの妄言を真に受けてしまったのは

 

「そう!幸いな事にあなたは私よりもはるかにスタイルが良いわ!そしてアッシュ君も年頃の男の子!ならばその育った身体!ここで使わずに一体何時使うというのか!?

 今こそ私と同じ踊り子衣装を着て、彼を脳殺するのよ!!!!」

 

「え、えええええ、そ、そんなの無理だよ~~~~」

 

無理だ、無理だ無理だ、そんなの絶対に無理だ。アッシュが自分の胸を見ているというだけでもあんなにも恥ずかしかったのに、姉さんのような格好をして誘惑するだなんて絶対に無理だ

 

「ふーん、そんなことで良いの?彼を別の子に取られちゃっても知らないわよ。何せあんなにも勇気を出した愛の言葉を無視されたんだもの。それこそ傷心状態でグレイ君の誘いに乗っちゃって~なんて可能性だってあるのよ」

 

「う、うう………」

 

アッシュが私以外の誰かと……アヤやミステルだったら……多分祝福することが出来る。胸に一抹の悲しさを覚えながらもきっと笑顔で二人の幸せを祈ることが出来る。

でもそれ以外の誰かだったら?私は笑顔で祝福できるのだろうか?こんな、「あの時自分が勇気を出してさえ居れば」なんて後悔を抱えた状態で……

 

無理だ。絶対に無理だ。きっと諦めきる事が出来ない

 

「わかったよ姉さん!私、頑張る!」

 

「そうよ!そのいきよ!レインちゃん!さあ今こそ少女から女への階段を駆け上がるときよ!!!」

 

(そもそもアッシュ君はどうも自分が愛の告白したって自覚がない上に、あんなにもレインちゃんにベタ惚れな彼が他の子に手を出すなんて考えづらいけど、いい具合にやる気になってくれたので黙っておこうっと♪)

 

そうしてレイン・ペルセフォネは海の魔性の誘いへと乗ってしまったのだった………

 

 




駿河屋特典「アリスちゃんのお色気踊り子教室」または本編5章の踊り子衣装を着たレインちゃんのシーンに続く


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ヴァルゼライド閣下なら出来たぞ?ロデオン少将も出来たぞ?

やあ (゚∀。)y─┛
ようこそ、ライアンの阿片窟へ。
この阿片はサービスだから、まずは吸って落ち着いて欲しい。

うん、タイトルで察してくれたと想うけど「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、この項目を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない本編でも感じた「糞眼鏡のきもさ」みたいなものを感じてくれたと思う。
糞眼鏡のどうしようもなさが際立つほどにアシュナギの尊さや素晴らしさがまた際立つそう思って、この阿片を作ったんだ。

それじゃあ良ければ普段とはまた違った阿片をどうか堪能していってくれ


※アシュナギ要素は今回ありません

ちなみに自分はトリニティにおいてアシュナギが不動のワンツーですが、三番目に糞眼鏡ことギルベルトが好きです。人気投票では一票も入れませんでした。




「俺は、お前達のために生き、お前達のために死のう」

 

その盟友の否、誰もが仰ぐべき絶対的な光の宣誓を

 

「この身のすべては皆を幸福にするためにある。輝く明日を、誰もが笑顔で誰もが明日を向いて生きられるように……願うからこそ、必ず往こう。未来をこの手で切り開くのだ」

 

ーーーああ、どうかそのまま進み続けてくれ、そして英雄譚の紡ぎだす至高の光をどうか私に見せて欲しい

 

ギルベルト・ハーヴェスは今にも涙を流さんばかりの感動を総身で味わいながら聞いていた。

 

 

魔星を撃破した救国の英雄クリストファー・ヴァルゼライドのアドラー第37代総統就任。

それは民からの絶大なる歓声で持って迎え入れられた。誰もが暗い過去を忘れ、その理想の指導者の姿に祖国に齎される約束された繁栄を確信する。そんな中竹馬の友であるロデオン少将に次ぐ中だと周囲から目されているヴァルゼライドの盟友ギルベルト・ハーヴェスはようやく己の仰ぐ光がその力量に相応しい地位へと着いたという感動を味わいつつも、そんな彼に対して歓呼の声を向ける帝国臣民達をどこか冷めた目で見つめていた。

 

ーーー彼らがヴァルゼライド閣下を仰いでいるのはつまるところ一切の傷のない絶対的な英雄だと思っているから

 

自分達に繁栄を齎してくれる都合の良い(・・・・・)存在だからこそ。もしも彼に何らかの傷が、そう例えば大虐殺は実は彼が権力を手中に収める為に起きてしまったものだったなどと言った場合、あるいは国のためにいざ自分が切り捨てられる少数になった場合

 

ーーー自称善良である彼ら民衆は賢しらげに非難するのだろうな

 

「誰かの犠牲の下で得た繁栄や幸せなど間違っている」「俺達はただ穏やかに暮らしていければいい」彼らが口にするのはいつもそれ(・・・・・)だ。輝かしき勝者がどれほどの覚悟でその道を選んだのかなど知ろうともせずに。恩知らずにも恥知らずにも。自分達も知らぬうちに誰かを踏み台にして今の幸福があるなどということを考えようともせずに

 

ーーーそのような者達にまで果たして光を齎す価値があるのだろうか?

 

ヴァルゼライドの事をギルベルトは心より尊敬している、彼ほどにヴァルゼライドの事を崇敬しているものはそうはいないと言って良い。だがそれでも悪ではない(・・・・・)帝国の民へと平等に光を齎そうとするヴァルゼライドの姿勢には一片の不満を覚えざるを得ない。これでは勝者が哀れではないかと。平等に光を齎されて得をするのは基本的には弱者なのだから

 

ーーーいかんな、そのような不満を抱く資格など私にはないというのに

 

そう何せ自分は敗者(・・)なのから。ヴァルゼライドに対して己の持つ理想を打明け、そして決裂して激突し、敗北した。故に敗者である自分が輝かしい勝者である英雄に対して不満を抱く資格などない。勝者の総取り、それこそが彼の奉じるものなのだから。

そんな埒もない考えをめぐらせながら、周囲を見渡してみるとヴァルゼライドの竹馬の友にして、彼の盟友でもあるアルバート・ロデオン少将の姿が目に映った。そうしてギルベルトは過去に思いを馳せた。決して色あせることなき、自らにとって黄金に輝いていた出会いと日々を……

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「すまないハーヴェス、お前にはいつも感謝している」

 

「おう、お前も忙しいってのにわざわざすまねぇな、本当にありがたいと思っているぜ」

 

そんな心の底からの敬意を抱ける盟友二人からの感謝の言葉を聞きギルベルト・ハーヴェス大尉は鷹揚と答えた

 

「何構わんよ我が英雄、そして我が盟友ロデオン中尉。私が身につけたわずかばかりの知識が貴殿らの力になるというのならこれに勝る喜びはない」

 

そうしていつものように軍務を終えた後のわずかな時間を使っての目の前の二人に対する士官教育をギルベルトは始めるのであった。彼らと出会ったのはおよそ一年前、士官学校を首席で卒業したギルベルト・ハーヴェスは武功を立てる為にも激戦区として知られる東部戦線への配属を希望した。そうして彼は配属された場所でかつてない衝撃と感動を味わうこととなる。

 

東部戦線の英雄クリストファー・ヴァルゼライド。噂には聞いていた、スラム出身でありながらも凄まじいまでの武勲を挙げている男がいると。だが、これほどまでとはギルベルトをして思っていたなかったのだ。仮に彼が天賦の才に恵まれていたのならばギルベルトはそこまでの衝撃を受けなかっただろう。環境と言うー要素をひっくり返すだけの才能という+要素を持って生まれていた、それだけで済んだ。

だが、彼が自分よりもはるかに才能に恵まれていないにも関わらず、自分をはるかに上回る力量を持っていたからこそギルベルトは衝撃を受ける。人は努力一つで、意志力一つのみでこれほどまでに至れるのかと文字通り世界がひっくり返るような衝撃を受けた。

また、彼の盟友たるロデオン中尉の存在も彼に少なくない衝撃を齎した。彼はそんなヴァルゼライドについていこうと自身も同様に必死に努力を重ねていたのだ。「あいつは俺とは違う奴だから」そんな惰弱な弱音を一切吐かない。ただただ親友たるヴァルゼライドの歩みについていくべく自らも努力を重ねる、そんな在り様にギルベルトは心からの敬意を抱き、気が付けば彼らに声をかけていた。

 

「私に何か力になれるような事はないかな」

 

と。そうしてそんな自分に対して彼らはこう答えたのだ

 

「叶うのならば、貴殿の持つ知識を無学な我らに教授願いたい、ハーヴェス殿」

 

と。そんなどこまでも飽くなき向上心を聞いてギルベルトは再び全身を打ち貫くような感動を味わいながら思うのだ

 

ーーーああ、どこまでも私に光を見せ付ければ気が済むのだ、あなたたちは

 

そんな風にして始めた二人への知識の伝授でギルベルトはまたしても大きな感動を味わうこととなった。彼らは一度たりとも己が身の不遇を嘆く言い訳めいたことをしなかった。自分のように1を聞いて10を知ることは出来ない、だが1を教えたらその1を確実に身に着けるのだ。そうしてひたすらに貪欲にただただ光の為に未来の為にと努力を重ねる二人を見てギルベルトは確信するのだ

 

ーーーやはり、環境など誤差なのだ。

 

「恵まれている者にはわからない?」なんという惰弱で恥知らずな言い訳だったことだろう。断言できる、この言葉を告げた士官学校の級友達は目の前の二人よりもはるかに恵まれた(・・・・・・・・)立場だったと。人間に不可能などない、不断の意志力と努力は環境や才能などと言ったものを凌駕するのだとギルベルトは強い確信を抱く。

これがヴァルゼライド一人だけならばあるいは、あくまでヴァルゼライドが唯一無二の例外に過ぎない、などとギルベルトは多少の冷静さを抱くことが出来たかもしれない。だが、彼は二人(・・)も同時に弛まぬ向上心によって環境という壁を乗り越えんとする男を見てしまった。そうしてヴァルゼライドへと必死に続かんとするアルバート・ロデオンの姿を見て強く思うのだ

 

ーーー必要なのは絶対的な光なのだ

 

アルバート・ロデオンに以前問うたことがある、何故そこまで努力できるのか、不安に思うことはなかったのかと。そんな自分に彼はこう答えたのだ

 

「そりゃあそんな風に思うときもあるさ、こうまで必死に頑張る意味があるのか、結局俺に出来る事なんてたかだか知れているんじゃないかってな」

 

だけどとそこで彼は何かを飲み干すように笑顔で

 

「あいつを、クリスを見ていたらそんな風に思い悩むのが馬鹿らしくなっちまってよ。あのバカときたら俺がついて行かなかったら一人でどこまでもつっ走ちまいやがる。その上にだ」

 

そこで彼は何やら大きなため息を吐いて苦笑しながら

 

「ようやく出来た新しいダチも俺なんかよりはるかに頭がいいはずなのに、そんなクリスに負けず劣らずのバカと来た。だったら、俺がついていかなかったら誰がお前らを止めるってんだよ、ええ、ギルベルト」

 

そんな尊敬する盟友の言葉を聞いてギルベルト・ハーヴェスは確信した。これこそが今までに会ってきた数多の落伍者に欠けていたものなのだと。すなわち目指すべき絶対的な光の存在(・・・・・・・・・・・・・)。英雄を追うためには迷っている暇などないと彼は言った。すなわち、彼らがあのような弱音を吐いて中途で諦めてしまったのは仰ぐべき光が存在しなかったから。

 

ーーーそうか、そういう事だったのか

 

自らが思い描いた理想、それを実現させる為に一体何が必要だったかにようやく気が付いたギルベルト・ハーヴェスはかくして光の殉教者へとなった。至高と仰ぐ光が存在している限り、彼はそんな英雄の忠実なる駒として働き続けるだろう。だがもしも、そうもしも彼に首輪を繋ぐ輝ける勝者が誰も存在しなくなった時、審判者は己が理想の極楽浄土を築くために動き出すだろう。人間では耐えられることの出来ない、ただただ光に満ちた世界。そんな自身が報いたいと願う勝者の輝きへと泥を塗ることになる理想郷(じごく)の如き世界を……

 

 




おっちゃん「そういう意味で言ったんじゃねぇよ!」

ヴァルゼライド閣下とアルバートのおっちゃんってスラム出身なんですよね。当然まともな教育受けていないわけですよ。
しかもエスペラント技術がまだ発見される前の血統派全盛期のため門戸がかなり狭かった時代。
じゃあそんなヴァルゼライド閣下とおっちゃんがどこで基礎的な教養やら士官としての知識をどうやって身につけたのかって言ったらそれは、士官学校を首席で卒業したような俊英のギルベルトと肩を並べた東部戦線時代だったんじゃないかって思ったわけですよ。
で、スラム出身なのに向上心溢れる二人に授業やっているうちに「やっぱり環境とか誤差じゃん!何が恵まれているお前にはわかんねぇだよ!少なくとも目の前の二人よりもお前たちの方がはるかに恵まれていたわ!」ってエリュシオン思想拗らせたんじゃないかなぁと思い描きました。

正直ヴァルゼライド総統が英雄すぎて霞んでいますけど、碌な教育受けられていないスラム出身で腕っ節ではどう考えても登り詰められない諜報部隊の隊長にまで登り詰めたおっちゃんも大概ヤバイと思っています。


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僕は何よりも誰よりも貴方に会えて良かった

やあ (゚∀。)y─┛
ようこそ、ライアンの阿片窟へ。
この阿片はサービスだから、まずは吸って落ち着いて欲しい。

うん、タイトルで察してくれたと想うけど「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、この項目を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない本編でも感じた「ガニュメデスのモブとは思えないインパクト」みたいなものを感じてくれたと思う。
総統閣下に寝取られた彼を描くことで総統の記憶ぶち込まれたりしたのに一番の想いが「今度こそ、君を守り抜くために」だったアッシュの幼馴染ガチ勢っぷりがまた際立つ。そう思って、この阿片を作ったんだ。

それじゃあ良ければ普段とはまた違った阿片をどうか堪能していってくれ


※アシュナギ要素は今回ありません

ガニュメデスに対する解釈は作者の完全妄想になります。
某wikiではおじさんと糞眼鏡と並ぶ扱いを受けたりしていますが、自分の中のイメージのガニュメデスはあくまで「普通の人」です。


ーーーああ、僕はどうしてこんなところに来てしまったんだろう

 

ある青年はもはや避けられぬ死を前にして、覚悟も矜持も砕けてそんな後悔を抱えていた。

 

 

 

「軍人になる?」

 

シズル・潮・アマツは目の前の恋人の言葉に目を丸くしながら呟いた。

 

「うん、シズルも知っているだろう、今この国は大きく割れている」

 

 

新西暦1025年、軍事帝国アドラーは二つの派閥の争いによって大きく揺れていた。一つは血統派、こうして会話をしている二人の実家も所属している所で、名前の通りに昔からこの国を牛耳ってきた貴種を中心とした血と縁故による強固なつながりを有する派閥だ。最もれっきとした貴種(アマツ)である女の家と青年の家ではその中でも差があるのだが……

もうひとつは改革派、血筋や育ちに依る事のない実力主義の社会の実現を目指して、血や縁故ではなく理想によって結びついている派閥である。

 

本来ならばこの二派は二派と呼ぶにもおこがましい開きがあった。だがある一人の人物とある一つの出来事によってそれは大きく覆ることになった。

スラム出身の英雄クリストファー・ヴァルゼライド大佐。今や数多くの勇名でもってアドラーの民ならば子どもであろうと知って居る彼を被検体にしたエスペラント技術の発見。これによって当時大尉であった彼は少佐へと昇進。一躍改革派の筆頭へと躍り出た。

本来であれば如何に功績があったとはいえ少佐に過ぎない彼が派閥のリーダーにまでなれなかっただろう、少なくとも主導権争いが起きてしかるべきだった。しかし、改革派の主な面々はむしろ彼ほどの男が未だ少佐に過ぎないことこそがこの国の腐敗の証であるといわんばかりに一致団結。以来3年、国の主導権を巡ってこの二派は争い続けている。

 

「もしかして私の両親が言っていた事を気にしているの?」

 

うちの娘の婿に相応しいのはあの忌々しい卑賤の成り上がり者の思い上がりを砕けるような者である、シズル・潮・アマツはもしやそのためにと目の前の恋人が軍人を志望したのではないかと危惧する。

 

「いいや違うんだシズル、僕はその逆。改革派に入ってあの方と共に生まれや育ちに関係のない公正な社会を作りたいんだ」

 

静かに、だが確かな決意を持って青年は恋人の言葉を否定して驚いた顔をしている恋人に向けて告げる

 

「ずっと思っていたんだ僕は君に対してあまりに不釣合いだって……」

 

家柄の差だけではない。穏やかで優しい性格、誰もが振り向くであろう美貌、そして研究者としての才覚、そのどれもを持っているシズル・潮・アマツはまさに才媛と呼ばれるに相応しき人物だ。そんな恋人に対して自分はあまりにも男として情けなさ過ぎる、シズルがどう思っているかは置いておくとしてそれが青年の自分に対する認識だったのだ。

 

「そんな事ないわ!私は貴方の良い所をたくさん知っている、貴方がいてくれるだけで私は幸せなのよ」

 

そう言い募るシズルの言葉も青年には根本的な部分では届いていない。この場合重要なのは青年自身が今の自分に対して情けないと思ってしまっているのが問題なのだ

 

「ありがとう、でも僕は胸を張ってシズル・潮・アマツの恋人だと胸を張って宣言できる自分になりたいんだ」

 

そう告げる青年の脳裏に浮かぶのは幾多の困難を乗り越えて英雄と呼ばれるようになった男の姿。ああ、そうだ自分は子どもの頃にあんな風になりたいと願っていた。家柄や血筋といったもので劣等感を抱かずに目の前にいる最愛の女性と一緒に居られるような世界を作りたいと夢想した。だが、それを現実にするにはあまりに困難だからと大人になるうちに次第に諦めてしまって行っていた。なんと情けない事だろう、あの方(・・・)は自分よりもはるかに恵まれない立場でついにはそれを現実に出来るかもしれないところまで来たと言うのに。そんな風に諦めていた女々しい自分を変えたいと願うからこそと言わんばかりに青年は告げる、自分の決心をずっと諦めていた夢を。

 

そうして最後にこれこそが一番の理由だと言わんばかりに恥ずかしげに笑いながら恋人に告げる

 

「もしも、そんな風な社会を実現できたら家柄とかそんなものに囚われる事無く、もう誰に気兼ねすることなく君と一緒に居られる。だからそんな未来が来た暁には」

 

僕と結婚して欲しいんだとそう告げる青年の言葉にシズルは驚いた顔を浮かべた後にはにかみながら黙って頷く。そうして青年の決断を尊重して笑顔で送り出したのであった……

 

 

 

ーーーーー

 

シズルに決意を伝えて軍人になってから数ヶ月が経った。残念な事に僕にはエスペラントの資質はなかった、だが身についていた教養・マナーと言ったものを買われて要人警護や帝都の守備を主とするアリエスへと配属となった。当初は僕の出自からか、血統派だと思われていた部隊の皆からも誤解が解けて今ではすっかり仲良くやっている。「俺も男だ。あの方に憧れる気持ちは理解できる」「なよなよした奴かと思ったが根性あるじゃねぇか」「一緒にあの方の少しでもお役に立てるように努力しよう」そう、みんなに言ってもらえた時は涙が出るほどに嬉しかった。ようやく僕は彼女に誇れる自分に生まれ変わる事が出来る。そんな風に自信も芽生えてきたある日、僕は決して忘れぬ感動を味わう事になる。

 

「貴官たちの名を教えてはくれないか」

 

その言葉を聞いた瞬間に今までに味わった事もない、溢れんばかりの感動が総身を駆け巡る。それはおそらくこの言葉を聞いている同僚達も同じだろう。一目でわかる、この方は違う(・・)。自分のような凡俗などとは何もかもが違う奇跡のような存在だと理解できる。いずれはあの方と肩を並べるようになりたい?なんという馬鹿げた思い上がりだったのだろう、自分のような者がこの方と対等になるなど傲慢にも程がある。どこまでもこの誰もが讃えるべき至高の光を仰ぎ追い続ける、それこそが自分がこの世に生を受けた意味なのだと僕は確信を抱く。そんな傑物が自分達のような特別でもないありふれた自分達のような人間の名を知りたがっている、その事実に驚き、部隊の誰かが口にした「どうして自分達などの名を?」と。そんな問いかけにあの方は……

 

「当然だろう。祖国の為に身命を賭し、俺などのために尽力しているお前達一人一人が俺にとっては報いねばならぬ俺の愛する民だ。だからこそ、その思いと覚悟、しかと受け止めて背負うためにもお前達の名を教えて欲しいのだ」

 

どこまでも真摯な瞳でこちらを見据えながらそんなことを口にした。

 

ああ、----ああ

 

この方はどこまでも本気だ。本気で路傍の石ころに過ぎない自分達に対して必ずや報いる、その思いを無駄にしないと誓ってくれているのだ。人気取りや演技、そんな虚飾は一切ないその清廉で真摯な言葉が雷霆のように僕らを打ち貫く。こんな御伽噺のような傑物がこうして現実として存在している、そんな人物と同じ軍服を纏っている事を今すぐ誰かに自慢したくてしょうがない、そんな衝動が胸のうちより溢れ出す。あまりの感動故に名前を発する口が縺れてしまう、だがそんな僕らの様子を見てもあの方はどこまでも真摯に見つめながら……

 

「………アレク・グリューネマン一等兵、ロニ・ドラッケン一等兵、カール・グリルパルツァー一等兵。お前達の名前しかとこの身に刻み込んだ。そして約束しよう、俺は必ずやお前達の献身と思いにも応える為にも必ずやこの国と民へと光を齎して見せよう。どうか今後も至らぬこの身へとお前達の力を貸してほしい」

 

自分達部隊の人間全員の名前をそれが当然だ(・・・・・・)と言わんばかりに刻み込むように呼び、そんな宣誓を口にしてその場を跡にしたのであった。そうして僕らは興奮のままにあの方に名前を覚えていただいたという史上の栄誉を語り合う。あんな傑物に仕えられるという感動を語り合いながら、あのお方の部下として恥じぬようより一掃励むことを誓い合ったのだった……

 

 

そうして僕は今……そんな誇りも誓いも仲間も失い、地を這い蹲りながら死を迎えようとしていた。

 

帝都を突如襲った謎の二体。それらに僕らの部隊は敢然と立ち向かった。祖国とそこに住まう民を守らねばという軍人としての使命感、あの方の部下として恥じぬ自分でありたいという誇りそれらを抱いて。だが結果は無残なものに思った。

 

生物としての格が違う。精神論ではどうにも出来ない現実的な力の差、それらの前に僕らはあっさりと順当に全滅した。ただ一人、直撃を免れた僕は即死こそ免れたものの、明らかな致命傷を負い、もはや立つ事もできない。そうして逃れられぬ死を前にして僕の心を埋め尽くすのはただただ後悔であった。

 

ーーー嫌だ。死にたくない。

 

死んでしまえば何も残らないのだから。軍人として祖国へとこの身命を捧げるという誓いや誇りなど消えうせて、僕の心は覆うのはそんな死への恐怖だった

 

ーーーどうして僕はこんなところに来てしまったのだろう

 

軍人になんかならなければこんな目に合うこともなかったのに。どこか燻る思いは確かに抱えていた。でもそれでも幸せだったのだ。なのにどうしてその幸せを捨ててまで光に憧れてしまったのだろう。ふいに即死した仲間達が羨ましくなる、だって彼らはこんな情けない後悔を抱く事無く誇りを抱いたままに死ねたのだろうから。死への恐怖、こんな道を選んでしまったことへの後悔、そしてそんな風に後悔してしまっている自分自身がどうしようもなく情けなくて涙が溢れ出てくる。

 

ーーーーシズル

 

そうして最後に青年は愛する女性の姿を思い浮かべながらその生涯を終えようと……

 

 

「そこまでだ」

 

瞬間、その絶対的な光の宣誓が死に行く青年の心を焼き尽くした

 

ーーーーああ、ああ。あの方は

 

クリストファー・ヴァルゼライド大佐。自分達が、否男ならば誰もが焦がれる英雄。自分達を庇うように立つ、その背は百の言葉よりも雄弁にその意志を示していた。すなわち、自分の命に代えてでも護り抜くのだと。その姿を見た瞬間に青年の頬をまた涙が伝っていた。だが先ほどの涙と断じて同じではない。胸の高まりが収まらない、今すぐに彼の名前を叫び出したい、だがもはや言葉を発することすら出来ない青年は最後の力を振り絞ってその雄姿を目に焼け付けんとする。

 

そうして始まったのは男の紡ぐ英雄譚、力で勝るはずの怪物二体を相手に堂々とやりあう英雄の姿。練達という言葉すらが侮辱にしかならぬような、常軌を逸した鍛錬によって磨き上げた技の極み。意志力のみで(・・・・・・)怪物を打ち倒せるまでに至った姿。

 

ーーーああ、どうして自分は

 

あんな風に本気にならなかったのだ。あそこまで自分は本気で、ひょっとしたらもしもとかそんなものが一片の余地が入る事無く努力を重ねただろうか?いいや否だ、そうは思えなかったからこそ自分の心に抱いていた理想を諦めて現状に甘んじようとしていた。自分の決断を後悔して裏切ろうとした。

見ろ、そして焼き付けるのだ死の瞬間まであの輝く雄姿を。たかだか死を前にした(・・・・・・・・・・)位であの輝きを追えた喜びに何故嘘をつこうとした。思い出すのだ、あの方に名前を呼んでいただいたときの感動を。仲間と共に理想を語り合った喜びを。軍人として祖国にこの身命を捧げると誓った誇りを。あの方の部下として恥じぬように在ろうという誓いを。

 

「さあ、見せてくれよーーーあんたに宿る輝きを!」

「屑星ならばこの場で粉砕してくれる」

 

そんな言葉と共についに魔星がその本領を発揮しようとしたその瞬間、あの方は確かにこちらに一瞬目を向けて

 

「……すまん。そして誓おう、お前達の死は決して無駄にはしない。帝国の民を弄んだその報い、魂魄にまで刻んでくれる」

 

告げられたのはそんな自分達の犠牲を決して無駄にはしないというどこまでも真摯な誓い。それだけで判る、あの方は心の底から自分達の死を悼んでくれている、背負うと誓っているのだ。そして目の前の怪物たちを決して許さぬと赫怒を燃やしている。だからそう、その宣誓だけで青年は心の底から報われたとばかりに笑みを浮かべて、残っていた命の炎が消えようとするその刹那に、英雄が放った至高の光を魂の底にまで焼き付けて……

 

「ご武運を、閣下。

  僕はここで朽ち果てますが、どうか気に病まないで下さい。

  仕えた日々は短くとも、御身の部下であれた時間は人生において最上の喜びでした。

  ただの兵士である自分の名を覚えていただいた瞬間は、今でも僕の宝物です。

  こんな自分が誇り高く在れたことに、感謝の念しかありません。

  ありがとうございます、ありがとうございます。

  そう、誰よりも何よりも(・・・・・・・)僕は貴方(・・)に会えて良かった 」

 

そんな思いを残し、この世を去るのであった……

 




強欲竜「麗しの英雄の背を追えた喜びがわかっているならもう少しだったなぁ!ちょっとばかし本気さが足りていなかったのが惜しいぜ」
審判者「ああ、やはりあの方こそ全ての者が憧憬とすべき至高の光。志半ばで潰えようとも、閣下を目指し焦がれたその価値の不変さに彼が最期に気づけたようで何よりだよ」

ガニュメデス君の死を前にしたら高潔な理想とかも消えて死に対する恐怖が覆い尽くす部分に関しては進撃の巨人を参考にしています。だが総統閣下だ


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改革者ヴァルゼライド

奏の屋敷でのアッシュとナギサちゃんの出会いと日々を書く予定で、そのための前フリとしてアドラーがどういう情勢にあったのかを書くだけの予定だったのですが、作者のヴァルゼライド総統閣下への思いが昂ぶって筆が乗った結果、空気が違いすぎるので別けることとしました。
ちなみに作者は銀英〇も大好きです。総統閣下が如何にして改革派の指導者になったのかとナギサちゃんの両親がどうしてあんなダイナミック自殺を敢行したのかに対する妄想混じりの前フリになります。

ナギサちゃんの両親はナギサちゃんの優しい性格や外国人であるアッシュが娘と仲良くなっていたことにとやかく言ってなかった感じなのを見るに、多分娘想いのいい両親だったんだろうなと考えています。屑ではなかった。だが、恐怖によって選択を誤ってしまった普通の人、そんなイメージで描いています。


新西暦1026年。軍事帝国アドラーは激動の中にあった。

4年前の新西暦1022年、当時まだ大尉であったクリストファー・ヴァルゼライドを被験者とした星辰奏者技術の発見は、アドラーに莫大な恩恵と同時に改革派と血統派の抗争の激化を招くこととなった。

腐敗した上層部により、帝都にて飼い殺しにされていたヴァルゼライドはこの功績により少佐へと昇進。血統派の圧力によって壊滅寸前であった改革派の筆頭へと躍り出ることになる。

 

当初は所詮は戦うだけが能の卑賤の出である男、戦場の英雄であろうと政治や交渉の場では素人も同然。すぐにでもボロが出てあっという間に転落するだろうと高をくくっていた血統派の面々だったが、そんな希望はあっけなく瓦解する事となる。

決して折れること無き不屈の意志、自分に至らぬ所があれば積極的に教えを請う態度、そして一片の疑いもなく真実国家へと滅私奉公するその姿勢は、彼と同じく不遇の身にあり、体制への不満を抱く多くの俊英官僚たちを惹きつける事となり、彼は瞬く間に改革派を掌握。

青息吐息の状態であった改革派は未だ不利ながらも、血統派とやり合えるだけの一大勢力となる。

 

仮に、これはもしも仮にの話だが最初から血統派の面々がヴァルゼライドを帝都に呼び寄せずに、二年もの雌伏の期間を彼に与えていなければ、如何に彼とてこれほどに容易く改革派を掌握することは出来なかっただろう。「所詮無学な卑賤の出」、血統派程露骨でないにせよ、東部戦線で有名を馳せていた頃のヴァルゼライドに対する中央の文官や士官学校を卒業したような俊英たちの認識は概ねこのようなものだったのだ。

中には彼の盟友たるギルベルト・ハーヴェスのように直接彼と会った事で心酔した人物もいたが、それもあくまで彼と直接邂逅していたからこそ。東部戦線においてと末端の兵士に対しては熱烈な支持を誇るが、国家の中枢を担えるような教育を受けた所謂エリート層のヴァルゼライドへの評価は必ずしも高いものではなかったのだ。

 

だが、血統派は彼を飼い殺す目的で中央に呼んでしまった(・・・・・・・・・・)、この目論見は確かにある一定の成果を挙げる事となる。破竹の勢いで武功を重ね、名声と共に階級を上げていた英雄は2年ほどの停滞を余儀なくされることとなった。

ヴァルゼライドがただ戦うことだけしか能のない存在であれば、おそらくはそのまま飼い殺されて終わる事となったのであろう。自らの不遇さを嘆き、かつては英雄と呼ばれた事もある男。そんな、政治的に抹殺された軍事的英雄という歴史において吐いて捨てる程の凡百として。

 

だが、クリストファー・ヴァルゼライドという男はあいにくと諦めや逡巡と言った言葉を名前すら知らぬ母の胎内へと置き忘れた英雄(きょうじん)であった。彼は不遇の身にありながらも決して諦めなかった。日々の軍務を完璧にこなしながら、同じく不遇の身にあり、現体制へと不満を抱いている者達の下へと積極的に足を運んだ。

そうして真摯に頭を下げ、教えを乞うたのだ。「無学なこの俺に貴殿の持つ知識をどうかご教授願いたい」と。そしてその不屈の瞳で相手に対して語りかけた。自らの抱く理想を。この国に繁栄を齎したいという偽りなき願いを。

 

後はもはや語るまでもないだろう、真っ直ぐで折れぬ信念というものは人を魅了する。子どもの頃に自らも思い描いたこんな風になりたい(・・・・・・・・・)と願った理想像。過酷な現実に折れる前に自分が抱いていた理想を抱き続け形にせんと足掻き続けている男。

そんな男を目にすればほとんどの人間は正気ではいられなくなる。彼らは皆喜んでヴァルゼライドの力となる事を口々に誓い、自分が持ちうる知識の全てをヴァルゼライドへと授けた。

 

かくしてクリストファー・ヴァルゼライドは国家を運営するに当って必要な知識と同じ理想を抱く改革派の同志からの絶大なる支持、この二つを二年間の間に獲得し、血統派と渡り合う事が出来るだけの地盤と力を養ったのであった…。

 

それでもまだ、それだけであれば血統派の牙城を完全に崩すには至らなかったであろう。

忌々しく、死ねば心の底から喝采を挙げる政敵。だがあるいはひょっとすると自分達が処刑台に送られるかもしれない、そんな恐怖を抱く程ではなかった。だが、そんな風に考えていた血統派に激震が走る事となる。

 

第七特務部隊裁剣天秤(ライブラ)隊長チトセ・朧・アマツ大将と改革派筆頭クリストファー・ヴァルゼライド大佐の結託。そして深謀双児(ジェミニ)隊長となったヴァルゼライドの盟友ロデオン少将の支援を受けた両者の巧妙な連携による、血統派の重鎮であった淡に対する粛清劇。

これらは血統派の面々に重大な危機感を抱かせた。ついに鋼の英雄と朧の断罪の刃は貴種である自分達にすら届くようになったのだと。

鋼の英雄と裁きの女神に対する民衆の歓呼の声が大きくなるほどにその恐怖は彼らを鷲掴みにしていく。次に粛清されるのは自分たちなのではないか?

かつて旧暦に置いて起きたフランス革命のように血に飢えた民衆たちは血統派のアマツであったというだけで罪の無い子ども(・・・・・・・)でさえもギロチンへとかけるように求めるのではないかと。

 

かくして恐慌に駆られたとある血統派の重鎮は致命的なまでに選択を誤る事となる。すなわち、エスペラント技術を手土産にしたカンタベリーへの亡命の決断である。

その決断こそが国賊を決して許さぬ鋼の英雄と裁きの女神の執行書へのサインだと気づかぬままに……

 




エスペラント技術を手土産に亡命しようとするとかいうヴァルゼライド総統、チトセネキ、糞眼鏡、カグツチ、アルバートのおっちゃん、アオイさんというアドラーオールスターを敵に回すエクストリーム自殺


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だって僕は男の子だから、ピンチの時は君を必ず守って見せるよ

作者の妄想成分多数による奏の屋敷での日々の話になります。人名や地名は適当に名付けています。
アッシュの父親はバレンタイン家や奏の家に比べて切羽詰った理由がなさそうなのに
エスペラント技術の流出とかいうハイリスクハイリターン案件に関わった辺り野心家で、その野心に相応しいだけの才幹を抱いていた人といったイメージで描いています。


 

 

「あなたは誰?」

 

その美しい漆黒の髪をした可憐な天使との出会いと日々を

 

「僕の名前は、アシュレイ・ホライゾン」

 

アシュレイ・ホライゾンは例え地獄に落ちても忘れることはないだろう

 

 

 

「ほら、アッシュ。着いたわよ、起きなさい」

 

そんな母からの呼び声と共に優しく揺らされながら、アシュレイ・ホライゾンは眠りから覚めた。寝ぼけ眼を擦りながら窓の外を眺めてみると「シュレスヴィヒ」と描かれた看板が見える。初めて来るところならば、その景色に心を動かされるものだが、ここに来るのはもう二桁を超えている、目新しさもなくどうやら眠ってしまったらしい。ここに来ること自体はとても楽しみにしていたのに。

 

両親に連れられて何時もどおりに酒臭さを漂わせた兵士から形だけの検閲を受けて駅を後にする。

 

「相変わらずここの兵隊さんは緩いわねぇ。検閲が形だけなのは奏様からお話が行っているからってことだろうけど」

 

「何、露骨に賄賂を要求したりしていないだけここの兵士はまだ幾分マシな方さ。昨今はそうでもなくなって来たが、数年前のアドラーはそれが当たり前だったからな」

 

最もそれはそれでこちらとしてはやりやすくもあったがと最後の呟きは聞こえなかったが、父と母のそんな会話を聞いてアッシュはもう待ちきれないとばかりに急かす

 

「ねぇ二人とも、早く行こうよ。お客様を待たせるようじゃ商人失格でしょ?」

 

何時も自分が友達との別れを惜しんで駄々を捏ねると、決まってそう言ってくる父の言葉を逆手にとって二人を急かす。早く会いたい。会ってまたあの笑顔が見たい、そう思って一生懸命選んだお土産を大事に抱えながら。

 

「はいはい、ごめんなさい。そうよねアッシュはずっとナギサちゃん達に会いたかったんだもんね」

 

母はそんな風に苦笑しながら優しい瞳でこちらを見つめて

 

「笑顔だけを対価にしているようでは商人は名乗れないぞ。きちんと形に残るものを対価として貰わないとな」

 

からかうような口調で父はそう自分に言ってくるものだから

 

「僕はまだ見習いだし、それに父さんもいつも言っていたじゃないか、「どちらも笑顔になるのが一番良い取引だ、利益だけを追い求めて自分だけが得をしているような奴は、その実信用という一番大事な商品を対価にしているだけだ」って」

 

お金を大事にするのは良いがそればかりを追い求めるようでは二流、いや三流の商人だと

 

「ナギサにアヤにミステルが笑顔になってくれたら、僕も嬉しくなって笑顔になる!ほら、どっちも笑顔になる一番良い取引だ」

 

そう笑って告げる、三人の大切な友達の笑顔を思い浮かべながら。うん、代金としては十分すぎる、僕の方が得をしている位だ。あの笑顔が見れるならちょっと薄くなった財布の痛みなんて大したことじゃない

 

「まあ今はそれで良いさ。商人としての心構えはまたおいおい教えてやる」

 

「アッシュは本当にナギサちゃん達が大好きなのね。でも気をつけなさい、世の中にはそうやってお財布の中身が空になるまで女の子にプレゼントを贈っちゃう男の人も居るんだから」

 

アッシュはそんな風にはならないようにねと、何故か遠い未来で友人になるような気がするオレンジ色の髪の毛をした奴がどこかでくしゃみをしたような妙な予感を覚えつつ、苦笑する両親と共にいつもの通りこの街で一番大きな屋敷へと向かうのであった……

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ねぇアヤ、おかしいところないかな!?」

 

「ええ、何時もどおりとても可愛いらしゅうございますよナギサ様」

 

「何時もどおりじゃ駄目だよ~だって今日はアッシュが来るんだよ!?」

 

「と言われましても、あまりめかしこみすぎてもアッシュ様と遊ぶ際に不便でございましょう?あの方は身体を活発に動かす遊びを好まれますし」

 

「それはそうだけど……」

 

「変に気取らず何時もどおりで、めかしこんだ姿をお見せになりたいのであれば今度の建国祭の宴の時でよろしいではございませんか。ホライゾン様に対しても招待状を送ったと旦那様も仰っていましたし」

 

建国祭にアッシュが参加する!それを聴いた瞬間に目の前の景色がとても鮮やかになる

 

「アッシュもパーティに参加するの!?」

 

「はい、もうホライゾン様とも結構な付き合いですし、今後も考えると、親密になっておきたい、それにナギサ様も喜ぶだろうからと」

 

嬉しい、お父さんはちゃんと約束を守ってくれたんだ。今からとてもその日が楽しみだ、でもそれはそれとしてやっぱり……

 

「うーんそれはとっても嬉しいけど、でも……」

 

「はて、何時になく強情なこのご様子。久しぶりの再会だからというだけではなさそうですが……とは言っても何か特別な事はこれといって……ああ」

 

アヤが何かに気づいたように優しく微笑みながらこちらを見つめてくる

 

「そういえば、今回はナギサ様の番(・・・・・・)でしたね。なるほど、すでに気分は長い間会えなかった旦那様と久しぶりに再会する奥様というわけですか。そこまで役になりきっておられるとは、このアヤ・キリガクレ感服いたしました」

 

「あうう………」

 

理由を見事に言い当てられて顔が真っ赤になる。そうなのだ、前回がミステルで前々回がアヤだった。だから、今日のおままごとは私がアッシュの奥さん役をする番なのだ。

 

「……アヤだって、アッシュが来るのが楽しみで昨日は上の空だったのに」

 

そんな風に反撃を試みてみたものの

 

「そうですね、私もアッシュ様とお会いできる今日という日を大変楽しみにしておりましたから、そのせいで昨日は恥ずかしながら浮かれてしまっておりました、もうしわけございません」

 

少し前までは顔を真っ赤にして俯くだけだったのに、今ではこの通り。私の従者でもある友人はすっかりとたくましくなってしまった。

 

「ナギサ様、私はアッシュ様もナギサ様もそしてミステル様もとても大切に想っております。ですので四人全員で幸せになれたらと想っておりますよ」

 

アヤは改まって何やらおかしなことを言っている、四人でずっと一緒に幸せになれたら良いなんてそんなの私だってそう想っているし、アッシュやミステルだってきっとそう思っている当たり前の事だと言うのに

 

「ええ、私は一番であることにはこだわりません。忠誠も愛情もどちらかを壊す事無く両方とも手に入れて見せますとも」

 

うふふふと笑う友人の姿を見ると何やら寒気がしてきた気がするのは気のせいだろう。アヤは単にアッシュも私もミステルの事も皆大好きだといっているだけなのだから

 

「話がそれましたが、とにもかくにも今日は一先ず何時もどおりの格好でご納得頂けませんか?逆に今日めかしこみすぎても建国祭の時のせっかくの晴れ姿の有難味が薄れてしまうのではと思いますし」

 

「うーん……わかった、アヤの言うとおりにする」

 

結局そう言って私は駄々を捏ねるのを辞めて部屋を出るのであった。建国祭の時こそめいいっぱいお洒落した姿を彼に見せようと誓いながら……

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

両親と一緒に奏の家の人への挨拶を終えると、難しい話をし始めた大人たちを尻目にアシュレイ・ホライゾンは部屋を後にして、家の庭へと向かった。

しばらくするとこちらに向かって笑顔で手を振る大切な友達三人の姿が見えたのでアッシュも負けじと大きく手を振り返す、そうして告げる

 

「ただいま、みんな」

 

「「「おかえりなさい」」」

 

少年はあえて「ただいま」と言い、少女達も「おかえりなさい」と答える。いつからかこの四人にとってはそれが当たり前となったのであった。

 

「今日は皆にお土産あるんだ」

 

アッシュはそういって笑顔で用意した贈り物を少女達へと贈る、期待の通りにいや期待以上に三人は喜んでくれて花の綻ぶような笑顔をアッシュへと向けてくれた。

 

(うん、やっぱり僕はすごい得をしているよ)

 

ちょっと財布が軽くなったのと引き換えに大切な友人達の心からの綺麗な笑顔が見られたのだからとアッシュは心の底からそう思う。

そうしていつもの様に、ずっとこの屋敷で過ごして居る友人達三人へと屋敷に居なかった間に訪れた場所や旅の事を聞かせる。

時折、アッシュが新しく出来た女の子の友達について話した時、などはナギサが頬をふくらませ拗ねた様な顔をしたりもしたが、三人はそれを笑顔で聞いていく。

そうして一通り話し終えると、今度は皆で何をして遊ぶかを決めて大人達が声をかけるまでずっと一緒にいる。これが四人の子どもにとっての当たり前だった。

 

そんな優しい当たり前がずっと続くのだと四人の内三人は無邪気に信じていた。

ただ一人、年長の少女だけはこんな日々がずっと続けばいいと願っていた……

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

新西暦1027年

軍事帝国アドラーを未曾有の災厄が襲うことになる。

「アスクレピオスの大虐殺」後にそう称される事になった軍民合わせて数十万にも及ぶ被害を出した悲劇はある一人の男の英雄譚によって打ち払われる。

軍部改革派筆頭クリストファー・ヴァルゼライドによるまさに神話の英雄の如き怪物退治。

この伝説によりヴァルゼライドは名実共にアドラーの英雄となり、不幸にも(・・・・)血統派の重鎮が軒並み死亡した事も合わさり、瞬く間にアドラーを掌握していく。

 

これに慌てたのは幸運にもこの大虐殺を免れた帝都にいなかった血統派の重鎮である。

当然だろう、如何にヴァルゼライドが冠絶した男でチトセ・朧・アマツを筆頭に優秀な人材の助力を得ていると言えど、長くアドラーに君臨し続けていた血統派とて決して侮れるような勢力ではないのだ。少なくとも後数年はヴァルゼライドは帝都での政争で手一杯である。

それがバレンタイン、ホライゾン、奏の三家の認識だったのだ。なのにこのままではもう一年も立たないうちにヴァルゼライドは総統の地位へと登り詰めるだろう。

もはや一刻の猶予もない。ヴァルゼライドが総統へと就任する戴冠式、その日ならば国を挙げての祝いとなるために警戒も甘くなるはずだと決行を大幅に前倒しにする事を余儀なくされる。

彼らの認識は概ねでは正しかった、だが彼らには二つの誤算があった

 

一つ目、十全に評価しているつもりでもそれでもなお英雄(かいぶつ)への認識が甘かったこと

二つ目、セントラルの地下深くにはヴァルゼライドに伍するだけの彼らは知る良しもない怪物が存在していたこと

 

よって彼らの末路はここに定まった、清廉なる英雄は国賊を決して許さずその断罪の刃を執行するだろう。少なくとも国賊たる奏の家の人間は誰一人としてそこから逃れることは出来ない。

 

「ああ、全部な。俺は軍人には向いてない。笑えるだろう?こんな男が新世代の星辰奏者なんだから」

 

振り下ろされたその刃に人狼(まけいぬ)が刻んだ皹と

 

「羨ましい。僕がそんなに強ければ皆を護る事が出来たのに」

 

大切な少女をただ守りたいと願った少年によってそれが露にされるような事でもなければ誰一人として

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

帝都で起こった惨劇。そのニュースが駆け巡って以来屋敷中がどこかピリピリしている。

そんな空気を感じ取ってか目の前の少女もどこか不安げにしている。だから何とかして元気付けたい、勇気付けたいと想って僕は笑って宣言するのだ

 

「大丈夫だよナギサ、僕がついているから。僕は、ナギサの笑顔が大好きだから。君のためなら、あの鋼の英雄にだって負けない位に強くなって見せるよ」

 

そんな僕の言葉に、彼女は驚きながらもどこか嬉しそうにはにかみながら言うのだ

 

「それじゃあ……その、もしも、もしも私が危なくなったらその時は……アッシュは私を助けてくれる?」

 

そんな風に投げかけられた大切で愛しい女の子(ナギサ)の可愛らしいおねだりに()は胸を張って答えたのだ

 

「もちろん。だって僕は男の子だから、ピンチの時は君を必ず護って見せるよ」

 




ロリナギサちゃんとの初めての出会いでナギサちゃんを天使とか想うアッシュを描きたいから始まったらなんかこんな風になってしまいました。
肝心のアシュナギ成分が薄めですがすまない、ショタロリの頃の二人のやり取りが上手いこと思い浮かばなかったんだすまない。

アッシュ父「ライブラも半壊しているし、流石に総統に就任する日なら祝い日で警戒甘くなるだろうし、いけるやろ」
なお、鋼の英雄とカグツチとかいう逆襲劇でもない限り対抗できない最強タッグ。


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勝利のその先を知る為に。

グランドルートでのヘリオスさんの推測交じりの心情描写になります。短いです


 "勝利"とは、何か?

 

 "栄光"とは、何か?

 

 それを得れば、果たして人は報われるのか。

 

 救えるのか。本当に、望んだ未来を掴めるのか。

 

 この切実なる問いに対して前任者たる英雄は進み続ける事と答えた。出した犠牲に見合うだけの勝利を齎す事、それこそが唯一出した犠牲に対する報いだと信じて……

だが、そんな英雄と神星の出した答えは他ならぬその犠牲者である冥王達によって「迷惑だ」と一蹴されて、英雄譚はたった一度の敗北で木端微塵に砕け散る事となった。

そうして英雄譚を砕いた冥界讃歌の出した答えはすなわち、”勝利”とは気づく事。今まで生きた過去を、あるがままに受け止める事、それこそが彼らの出した答えだった。

理解は出来る、しかし俺は真実の意味でこの意味を受け止めていなかった。

諦め、逡巡、それは一体何なのか全く持って女々しい。光を拝して一体何が悪いのか?とそんな英雄と同様の想いを俺も抱いていた。そしてそんな、光の魔人であった俺に真の意味で弱者の悲哀を気が付かせてくれた者こそが我が誇るべき比翼だった。

 

最初の頃に奴を見ていて覚えたのは強い歯がゆさだった。何故審判者の良い様に踊らされているのか、記憶を歪まされ、奴の整えたお膳立てに従っているのか、と。男の往く道などただ一つ、決めたからこそ果てなく往くのみだろう、と。迷って揺れる奴のその様と一人の罪無き男を俺のような塵屑を生み出さんがためにそのように変えた審判者に対して強い憤りを抱いていたのを覚える。

 

だが、そんな中で我が片翼はついに審判者のくびきから解き放つための飛翔を始めた。自分のためではなく大切な仲間を守る為に、迷いを振り切りながら……だが、そうして飛翔を果たした後も我が半身たる蝋翼は当たり前のように迷い、揺れ続けた。

 

敵手たる死想冥月を前にしてその色香に迷いーーー

交戦の最中に自らの内に俺の存在を確認した程度で戸惑いーーー

そんなどこまで煩悶を振り切れない状態だった。かと思えば、大切な者の窮地の際にはこちらも目を見張るような勇気と意志の強さを見せ付けた。

どれほど迷い、揺れながらも奴は守るべき大切な者のために勇気を出していた。

俺の赫怒の衝動に引きずられながらも、根底にある死想冥月を大切に想う気持ちを見失わなかった

光と闇の狭間に迷い、揺れた際にも死想冥月を守らんがために意志を燃やした

そうして迷い揺れながらも大切な者のために勇気を出していた我が片翼と光を滅ぼす闇だからという理由のみで冥界讃歌に怒りを燃やしていた俺、もはやどちらが正しいかなどと論ずるまでもないだろう。

 

 

そう、だからこそ俺はようやく気が付けた、英雄譚をなぞるだけでは先がないという事。素晴らしいから(・・・・・・・)正しいから(・・・・・・)というだけで救われる程人は単純ではないという事。

 

ああして、迷い、揺れる事こそが人のあり方なのだと。

 

だからこそ、俺は尋ねなければならないのだ。この世界に住まう一人一人の想いを。どれほど正しいと想っても、素晴らしいと想ってもそれは俺の答えだ。

かつて冥界讃歌をただ、打倒すべき闇と憎悪していた俺が、素晴らしき片翼のおかげで弱者の悲哀にようやく気づけたようにーーー

英雄譚のように雄々しく貫くだけでは、壮大なれど閉塞したものにしかならないと気づけたようにーーー

 

救うべき誰かと不特定多数としてくくるのではなく、彼ら一人一人と真に向き合い対話すること。そうする事できっと多くの事に俺は気づくことが出来る。それでこそ俺は真に進むべき未来を決めることが出来るだろう。重要なのは一人で決めない事なのだから、我が片翼のように素晴らしき者たちが苦しまず、報われるような素晴らしき世界を、この世界の主役たる皆と共に俺は作り上げたいのだ。

 

そうして創世神話を掲げる救世主は自らを強く睨む宿敵たる死想冥月を見据える。そうして自らが犠牲としてしまった半身たる蝋翼の慟哭とその伴侶たる少女の憤りをしかと受け止めんとする。彼女こそが何をおいても自分が決着をつけねば成らない存在であると。

勝手に(・・・)自らの聖戦の宿敵として救世主を見据えて盛り上がっている光の亡者二人とは裏腹に、救世主は冥界讃歌の担い手をこそ超えねばならない(・・・・・・・・)宿敵としてその意志を強く燃やすのであった………

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

おまけ ケルベロスの憂鬱

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・気まずい

 

光の生贄だった少年と接続して彼の記憶や思いを知った冥狼に今、去来するのはそんな思いだった

 

(………やべぇ、マジでなんて声かけよう)

 

 

あまりの残酷な運命に弄ばれたその様子にケルベロスはそんな事を想う。自分のオリジナルたる冥王も大概だったが、これはあまりに酷すぎるだろと。

 

(つーか、逃げろよはねぇだろ俺……)

 

思い返すのは強欲竜に少年が何よりも大事に思っている少女が傷つけられた最中で激怒と共に覚醒しようとしていた出来事。あの時はただ蝋翼がまたトンチキ覚醒しようとしていたのだけ察知したために、あんな風に声をかけたのだが、振り返るとまあ実に最悪なタイミングであった。惚れた女のピンチであるあのタイミングで逃げたら、光だの闇だのの前にただの玉無しである。

 

(あー良かった、マジであん時カッとなってトドメ刺したりしなくて良かった!)

 

思い返すのはファーストコンタクトの時。色々とこっちも衝動に引きずられてやばかったが、自分を呼び出してくれた少女の大切な男だからと大サービスの意味でどうにか堪えたのだが……今となっては本当にあの時思いとどまって良かったとシミジミ想う。

 

(しかしまあ、審判者の野郎とことん腐ってやがるな)

 

ケルベロスが想うのはそんな事、自分のオリジナルも大概外道をやったのでどの口でとなるかもしれんが、それとは別にボロボロに弄んだ審判者への強い憤りが溢れてくる。アレに比べれば英雄閣下と神星もまあ幾分マシだったんだなと。

 

(そうだ!俺がこんな気まずい想いしているのも審判者の野郎が悪い!)

 

そんな八つ当たりのようだがまぎれも無い本当の事を思いながら、さてどんな感じで話をしたもんかとケルベロスはため息をつきながら思うのであった……

 

 




ケルちゃん絶対色々気まずかったと思うんですよね


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聖夜の奇跡(レインルートアフター)

「正しき道を往く者に、それに見合いし光あれ」


 クリスマス。それは旧暦における最大宗教の救世主の生誕を祝う祭日であった日。

 大破壊によって文明が激変した新西暦においても、旧日本国を神として崇める極東黄金教や各国の貴種たるアマツによってその文化は受け継がれていた。

 そしてここプラーガに存在する教会の孤児院もまたそんな子ども達にとって忘れられない一日が始まっていた……

 

 

「よし、完璧」

 

 誰に聞かせるでも無く、私はそう自画自賛する。

 目の前に存在するのは大きな鍋一杯に作ったホワイトシチュー。我ながら会心の出来であった。

 

「ミステル、シチューの方出来たよ」

 

「ミステル様、こちらの方もお料理の用意一通り出来ました」

 

 報告したタイミングはほぼ同時。

 そうして長い付き合いの親友の方を見てみれば、其処には彩り豊かに盛り付けられたサラダにローストチキン、その他にもetcと言った具合に様々な品が用意された。

 

「むぅ……」

 

「?どうかされましたかレイン様?」

 

「いや……こっちがシチュー一品用意している間にそんなにたくさんの料理を作っているだなんて……なんというか一杯修行したつもりなのにアヤにはまだまだ敵わないなぁって」

 

 傭兵を辞めて酒場のウエイトレスになって、それまで剣を振るっていた時間を家事に回すようにしたわけだが、それでも未だ差は歴然。なんというか少々悔しいものがあった。

 聞いた話によればアッシュがアドラーに居る間、目の前の親友は甲斐甲斐しくその世話を焼いていたし、なんなら手作りの弁当を差し入れたりしていたという*1何時か(・・・)彼が帰ってきた時にアヤの料理の方が美味しかっただなんて思われたら私の女としてのプライドは粉々だ。ーーー優しい彼はきっとそんな事は言わないだろうけど。

 

「『ローマは一日にして成らず』これでも私は幼少期から修行してきた身ですから。

 そう簡単に主に追い抜かれては従者失格というものですよ、ナギサ様(・・・・)

 

 朗らかな笑みを浮かべながらアヤはそう応える。

 告げてきた内容に対してはぐうの音も出ない。

 何せ目の前の親友はそれこそまだ子どもの頃からそうした教育をみっちりと受けてきたのだから。

 蝶よ花よと育てられ、その後は傭兵稼業で作る料理といえばこうした大所帯用の大雑把な料理であった私と女子力に差が出てもそれは必然というものだろう。

 ……なんだか哀しくなってきた。よくよく考えてみれば私の青春時代血と硝煙にまみれてばかりじゃないか。どこの戦闘民族だろう。

 

「二人とも、お疲れ様。今日は来てくれて本当にありがとね」

 

 そんな風に物思いに耽っていると私のもうひとりの親友、ミステル・バレンタインが姿を現す。

 その服装は何時もの聖騎士服ではなくシスター服にエプロン姿というものであった。

 

「どうかお気になさらず、基より女やもめの身。聖夜に一人寂しく過ごすよりはこうして子どもたちの笑顔の為に腕を振るう方が心も晴れるというものです」

 

「右に同じ。一人で居るとどうしても色々と考えちゃうからさ。それだったらこうして気心知れた女友達と一緒に居るほうが良いかなって」

 

 本来今日この日を一緒に過ごすはずだった、私の誰よりも愛しくて大切な人は未だ帰ってきてない。

 だからミステルからの誘いは私にとっては渡りに船というものだったのだ。

 

「レインちゃん……」

 

「……………………」

 

「そんな顔しないでよ、二人とも。寂しくないって言ったらそりゃ嘘になるけどさ。

 でもこうして大切な二人と一緒に過ごせる時間も私にとってはかけがえのない時間だから。私は今、確かに幸せだよ」

 

 彼は私の笑顔が好きだとそう言ってくれた。

 だから私がすべき事は過去に囚われて泣き続ける事じゃない。

 彼の守ってくれた世界で精一杯生きるのだ。

 何時か再会出来た時に泣いてばかり居たなんて伝えて彼を悲しませるのではなく、こんなにたくさんの楽しい思い出が出来たんだと胸を張って伝えるためにも。

 

「そしてそんな幸せを此処の子ども達にも分けてあげたい。

 ーーーかつてただ泣いてばかり居た私を救ってくれたのはそんな何気ない優しさだったから

 というわけで湿っぽい話はこれでおしまい。さ、料理が冷めない内に早いところ持って行こう。

 きっと子どもたちは皆お腹空かせているだろうからさ」

 

 そう告げると、二人も笑顔で了承の意を告げるのであった。

 

・・・

 

 料理を作り終え、レイン達はそのまま手分けしながら食堂の場へと移った。

 そこにはお腹を空かせた子どもたちが今か今かと待ち焦がれており、程なくしてミステルの合図により、食前の祈りを捧げると、子どもたちは夢中になって御馳走の数々へと飛びつき始める。

 そんな子どもたちを笑顔で見守りながら、レイン達三人もまた談笑しながらも料理へと舌鼓を打つ。

 

「わーこのシチュー美味しいわねレインちゃん」

 

「ふふん、姉さん直伝暁の海洋特製シチューだよ。こういう大所帯用の料理に関しては自信あるんだ、私」

 

「立派に成られましたねナギサ様……アッシュ様の為にと料理を作ろうとしたは良いものの材料を焦がしてしまったあの頃に比べると大変な進歩でアヤは感慨深うございます」

 

 ヨヨヨヨと大げさな様子で泣き出すアヤにミステルもまた吹き出す。

 

「そういえばそんな事もあったわねーーー結局上手く出来なくて泣き出したナギサちゃんを慰める為にアッシュ君が笑顔を浮かべながら食べたのよね」

 

 こんなのアッシュに食べせられない、そう言って泣き出してしまった少女の涙をそっと拭った後に少年は笑顔を浮かべながら食べて、ちょっと苦いけど美味しいよ。また食べさせてねと告げたのだ。

 そんな昔の思い出を穿り返された事でレインは顔を真赤にする。

 

「ふ、二人とも何時の話をしているんだよぉ!大体ミステルだってあの頃はバレスタイン家のお嬢様で私とどっこいどっこいだったじゃないか!」

 

「私はちゃんとその辺りの身の程は弁えていたもの。その点ナギサちゃんってばチャレンジャーだったわよねぇ、アヤちゃんにも私にも言わずに自分一人(・・・・)で作ろうとしていたんだもの」

 

「はい、素直に私を頼ってくださればお手伝いしましたのに。そんなにも私は頼りにならないのかとアヤは悲しゅうございました」

 

 そんな風に昔話に思い出話を咲かせながら、穏やかな時間は流れていくのであった。

 もう一人が此処に居ないことを誰もが惜しみながら。

 

・・・

 

「それじゃあねミステル、おやすみ。皆もバイバイ。ちゃんとミステルお姉ちゃんの言うことを聞いて良い子にしているんだぞ。じゃないとサンタさん来てくれないからな」

 

「今日は本当に楽しかったです。またその内顔を出そうと思いますから、その時はよろしくお願いしますね」

 

 宴もたけなわとなった頃、片付けを終えたレインとアヤは孤児院を跡にしようとしていた。

 

「二人ともおやすみなさい、夜道には気をつけてね。ーーー最も二人に襲いかかるような命知らずが居たら襲いかかった暴漢の心配をしなければいけないだろうけど」

 

 何しろアヤ・キリガクレは現役の天秤の兵士であり、レインもまた今はもう引退したとはいえかつては暁の海洋のエースとして名を馳せた身だ。仮に彼女たちのその見目に釣られて襲いかかるような者が居れば、手痛い代償を払うことになるのは疑いようがなかった。

 

「おやすみなさい、レインお姉ちゃん!アヤお姉ちゃん!」

「また来てね!」

 

 満面の笑みを浮かべながら子どもたちも口々に挨拶をしていく。

 その表情は2人が今日一日の間にどれだけ此処の子どもたちからの信頼を勝ち取ったかを証明するものであった。

 ただ一人、10歳になる年長の少年ギルバートは何かを決意したかのような表情を浮かべて、レインの下へと歩み寄って……

 

「僕と結婚して下さい!レインお姉ちゃん!!!」

 

 幼い顔を紅潮させながら、そんなプロポーズを申し込んでいた。

 

「へ?」

 

「おやまあ」

 

 何を言われたかはわからずキョトンとした顔を浮かべるレインとは対照的にギルバート少年は精一杯の勇気を振り絞って続けていく。

 

「ぼ、僕は本気です!今はまだ子どもだけどお姉ちゃんに相応しい立派な男になってみせます!お姉ちゃんがピンチの時は必ず助けに現れてみせます!だから、僕と結婚して下さい!」

 

「ーーーありがとう、その言葉すごく嬉しいよ」

 

 優しく微笑みながら告げられたその言葉を聞いた瞬間、緊張で固まっていたギルバート少年の顔に笑顔が広がる。

 しかし、次の言葉を聞いた瞬間呆気なくその表情は裏返る事となった。

 

「でも、ごめんね。私にはずっと前から心に決めた人が居るんだ。

 だから君と結婚する事は出来ないんだ、ギルバート君」

 

 この少年は自分に対して確かに真剣に思いを伝えてくれたのだ。

 だから自分も子ども相手だからと誤魔化す事無く真剣に応えよう。

 そんな風に思ってレインは真っ直ぐに応える。

 その言葉と何よりも浮かべた表情を前に、少年は己が初恋が呆気なく終わった事を悟るのであった……

 

・・・

 

「なぁアッシュ、今日ミステルのところの孤児院の子どもにプロポーズされちゃったよ」

 

 帰りの夜道、夜空に輝く第二太陽の向こう側にいる大切な人に届く事を祈って私はポツリそう呟く。

 

「ピンチの時には必ず私を守ってくれるんだって、そう誰かさんと同じ事を言ってさ。

 勿論ちゃんと断ったぞ。義姉さんと違って私はちゃんと身持ちは固いんだからな。

 ーーーでも、あんまり待たせるようじゃ知らないぞ。酒場で働いていても言い寄ってくる男がわんさかいて大変なんだからな。何時か寂しさの余りコロリと行く事になったって知らないぞ?」

 

 そんな風にちょっと義姉を意識して男を手玉に取る悪女を演じてみる。

 だけど、当然のように第二太陽は何も応えてくれない、ただそこに在るだけだ。

 

「嘘。冗談。どれだけ経っても私が好きなのは貴方だけだよ」

 

 どれだけ経とうとこの想いだけは色褪せる事はない。

 例え数十年経って、お婆ちゃんになってしまったとしてもきっと。

 

「でも困ったなぁ。そっちはきっと居ても歳取らないんだろう?

 あんまり戻ってくるのが遅れると、私ってば本格的にお婆ちゃんになっちゃうぞ?

 それはちょっとーーーううん、かなり嫌だなぁ。やっぱり私は貴方と一緒に生きていきたいよ」

 

 今日みたいな事があった時には胸を張ってこの人が私の好きな人だと紹介したい。

 何気ない毎日の喜びを分かち合って、笑い合って、私達はどっちも意地っ張りだからたまには喧嘩する事も在るだろうけど、それでも最後にはちゃんと仲直りして、そんな風にして一緒に歳を取っていきたい。

 

「だからさアッシューーーお願い帰ってきてよ

 指輪だとかアクセサリーだとか、そんなもの要らないから。

 貴方が帰ってきてくれる事が、もう一度貴方が優しく名前を呼んで抱きしめてくれる事が私にとっては最高のクリスマスプレゼントなんだからさ。

 ーーーどうだ、安上がりで健気な彼女だろう。大事にしないと罰が当たっても知らないんだからな」

 

「ああ、全くだよ。本当に俺には勿体無い位だ」

 

「ーーーえ?」

 

 瞬間、聞こえてきたのは忘れるはずもない誰よりも大切で愛しくて優しい声。

 弾かれたように振り向けば、其処には大切で愛しくてたまらない人の姿があってーーー

 

「アッ……シュ……」

 

「ただいま、ナギサ(・・・)。待たせてごめん」

 

 ずっと見たかった大好きな優しい笑顔。

 それを見た瞬間に私は弾かれたように走り出して、彼の胸元へと飛び込んでいた。

 

「アッシュ……アッシュ!アッシュ!!!」

 

 これは夢なのだろうか?神様が気を利かせて見せてくれた。

 もしも夢だとするなら、どうか覚めないで欲しい。

 だけど、伝わってくる暖かな温もりはこれが夢ではない事を何よりも雄弁に語っていた。

 

「本当の本当にアッシュなんだよね!私が見ている夢だったりしないよね!」

 

「夢なんかじゃないよ、色々あって時間がかかってしまったけどこうして何とか戻ってくれたんだ。本当に待たせた上に、クリスマスだっていうのに手ぶらで現れる甲斐性無しで御免な」

 

「そんなの良いよ!プレゼントなら十分貰ったよ、こうして貴方とまた会えた事が私にとっては一生分のプレゼントだもん!」

 

「そっか。そう言って貰えるのは有り難いけど俺にも彼氏としての意地ってものがあるから、来年から(・・・・)はちゃんとプレゼントを用意させて貰うよ」

 

 その言葉を聞き、私は思い出す。アッシュの身体がどういう状態にあったのかを。

 

「アッシュ、そう言えば身体の方はーーー」

 

「それがアイツ(・・・)のおかげでピンピンしていて快調そのものさ。

 心配する事はなにもないよ」

 

「本当に?」

 

「ああ、本当だって」

 

「本当の本当に?私を心配させない為に嘘を言っているとかじゃないよね?」

 

「本当の本当にそうさ。お天道様に誓ったって良い」

 

 そうして彼はそれを証明するかのように強く抱きしめて来る。

 ……ずっと欲しかった温もりが伝わってくる。

 そうして私は大切な事を言い忘れていた事に気づき、今までで一番の笑顔を彼に向けて思いを伝える。

 

「ねぇ、アッシュ」

 

「ん?」

 

「おかえりなさいっ」

 

「ーーーああ、ただいまナギサ」

 

 抱きしめた温もりをもう二度と離さない。

 二人でこれからの人生を共に歩んでいこうと宿命から解放された少年と少女は、心からの笑顔を浮かべ合うのであった。

 

 

・・・

 

「どうよサンタクロース(・・・・・・・)様、顔も知らない誰かじゃなくて顔を知っている誰かの笑顔の為に戦うってのも良いもんだろ?」

 

「ああ、そうだな。俺が救うべき誰かは英雄と神星とは異なるーーー考えてみればそれは当然の事であったトナカイ(・・・・)

 

 そんな風に仲がいいのか悪いのかわからない様子で互いをサンタクロース、トナカイと呼び合うのは滅奏と天奏、二つのスフィアより生まれでたスフィアの化身とも言うべき存在だ。

 本来であれば不倶戴天同士であり、互いを滅ぼし合わずにはいられない関係でありながら、今の2人の様子はどこまでも穏やかであった。

 さながら、サンタクロースと呼ばれた金髪の偉丈夫は親友の門出を祝うかのように。

 トナカイと呼ばれた狼の面を被った怪人は娘の結婚を祝福する父親のように。

 

「やはり、愛というのは強いものだな。まさかこのような奇跡が起きるとは」

 

 レイン・ペルセフォネはスフィアの眷属であった。

 そしてスフィアとは強い祈りにこそ応える魔法のランプ。

 レインが心の底より最も強く祈っていた事は言うまでもなく、最愛の人アシュレイ・ホライゾンとの再会である。

 そしてスフィアへと溶けたアシュレイの願いもまた変わらない。

 彼が何よりも願っていたのは最愛の少女レインの幸福であり、彼女と共に人生を歩んでいく事であった。

 無論、それだけでは余りにもか細い糸であったが、此処にクリスマスという一年でも特殊な日が加わる。

 クリスマスの夜、それは世界中で最も愛がささやかれる刻限。恋人たちにとっての聖なる夜であり、子どもたちにもまたサンタクロースへの祈りを捧げながら眠りへと就く刻限であった。

 そうした偶発的な様々な要因が重ねった事でーーーと理由をつければそうなるのだが、一言で言うのならばそれはこう称すべきであろう。すなわち、“愛の奇跡”と。

 

「何の因果かついでとばかりに俺たちもまた顕現する事になったがなーーーつーかトナカイってどういう事だおい!なんでよりにもよっててめぇと一緒に居なきゃならねぇんだ!」

 

 そしてその“愛の奇跡”はアシュレイ・ホライゾンの帰還という大目的の他にもう一つ副次的な効果をも産んだ。

 すなわちケルベロスとヘリオス、スフィアへと還った二体のサンタクロース(・・・・・・・)トナカイ(・・・・)という世界でこの時間帯に最も清らかな祈りを捧げられる存在としての顕現だ。

 そしてそれはヘリオスという“誰か”の為に存在する救世主に対して、英雄と神星、祖国のために存在したオリジナルと決定的な違いを齎した。

 そう、すなわち今のヘリオスはーーー

 

「俺はサンタクロース。世界中の子どもを笑顔にするために存在する」

 

 全世界の子どもの味方であるサンタクロース、それがヘリオスという存在の至った答えであった。

 何の因果か不倶戴天であったケルベロスをお供のトナカイにするというおまけ付きで。

 

「では往くぞトナカイ、世界中の子ども達を笑顔にするためにも!」

 

「動物虐待反対!真冬の夜中に世界中を走らせるとか労働基準法違反だぞこの野郎!!」

 

 喚き散らすお供を無視して最後にサンタクロースは心の底からの笑顔を見せる、道の分かたれた己が誇るべき半身へと視線をやって

 

「さらばだ蝋翼。我が誇るべき半身よ。願わくば、お前のこれからの人生に幸多からん事を」

 

 不器用な微笑を浮かべてそっと祈りを捧げるのであった……

 

 

 

 

 

*1
ちなみにそんなアヤの健気なアピールも案の定というべきかアッシュはただの同僚に対する親切だと思っていたみたいだ。アッシュの事は大好きだけど、そういう朴念仁なところは何とかして欲しいなって思う。




ヘリオスサンタ:スフィアに一度還ったヘリオスさんがクリスマスの日に世界中の子どもたちのサンタクロースに対する祈りの共有によって誕生した存在。子どもの絶対的な味方であり、虐待に苦しむ子どもが居れば何処からともなく現れ、親を改心させ、子どもが誘拐される事があれば、犯人を颯爽とぶちのめす最強のサンタクロース。お供のトナカイは反粒子をブッパしたりする。


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フォーリンラブシリーズ
蘇るあの日の思い出。フォーリンラブ、プライスレス(前)


げっちゅ屋のトリニティコラムより

Qミリィルートやチトセルートだったらトリニティのキャラはどうなっていますか?
A一つだけ間違いないのはチトセルートやミリィルートの場合アッシュは間違いなく死んでいます。
理由はトリニティ本編をやれば色々察しがつくでしょう。
しかしあいつ、本気でラック値低いなぁ……あ、俺のせいか。
こいつぁまいった、HAHAHA!



ああ、嫌だ。認めない。そのような終わりなど許せない
アッシュとナギサちゃんはミリィルートでもチトセルートでも幸せになっているんだよぉオラァン!
そんな想いを込めて描いた短編になります。




ーーー向いていなかった。

 

自分が何故こうなったかというのを一言で表すならば結局はそうなるのだろう。

一体どこで自分は間違えたのだろうか?

大切な人達を帝国の英雄閣下によって粛清されたからという理由で反帝国として悪名高い強欲竜団を選んでしまったからか?それも確かに理由の一つだろう。結局自分は最後の最後までこの傭兵団に馴染むことが出来なかった。

勝つためになら、帝国の邪魔をするためならば関係のない人や軍人だけでなく民間人まで巻き添えにする。そんな外道に賛同することは出来ず、事ある毎に反発して、その度に周囲から孤立していき、挙句の果てに、こうしてそんな自分の同類であった戦友達と共に捨て駒にされた。

 

でもそれだけならばこうはならなかったはずだ。話に聞く英雄閣下は軍上層部に捨て駒として(そうやって)扱われても、比類なき武功を打ち立て英雄となったのだから。

だが、自分はそうなれなかった。どれだけ血反吐を吐いて努力しても結局の所はそこそこ(・・・・)止まり。大切な女の子を護り抜く英雄にも、英雄を食らおうとする怪物にもなれなかった半端者、それがアシュレイ・ホライゾンという男の真実。徹底的に打ちのめされ、死の間際になってようやく自分は最初から選択を誤ってしまったことに気づく。

そもそもあの優しき少女が復讐など望むはずがなかったのに。もう、守りたかったあの少女はいないのに。そんな本当に向き合わなければならなかった事実から逃げ出した結果がこの様だ。

 

そう自嘲しつつ、最期に思い返す。あの優しかった日々を。こうして地獄を駆けずり回りながらも決して消えなかった愛しい少女の微笑を。最期に一目会いたかったとそんな叶う筈のない奇跡を最期に願いながら、人の気配を感じてもはや満身創痍で動けぬ中顔だけをそっと上げてそれを確認しようとした。

 

そうして最期の最期で彼は大和(かみ)へと感謝を捧げた。自分がまさに願っていた()を最期に見せてくれたのだから。それは、記憶にあった愛しき少女が成長した姿だった。漆黒だった髪が烏羽色へと変わっていてしまったがずっと少女の事を思い続けていた自分は一目で理解できた。

 

ーーー彼女は成長したナギサの姿なのだと。

 

だから最期に残った心残りを、結局約束を果たせなかったことを幻の彼女に詫びて、アシュレイ・ホライゾンは意識を手放した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ーーーやっぱり何度見ても良いものじゃない。

 

団長である姉に命じられて強欲竜団と帝国軍の交戦地へと赴いたレイン・ミラーはそんな感想を抱いていた。何か収穫があればと想い来てみたが、あったのは特に目新しいものもない何時もの光景。いや、ある意味では目新しいといえば目新しいのだろうか。暁の海洋ならば当たり前の光景だが強欲竜団の場合と考えるならば珍しい。

巻き込まれたり人質にされた民間人、そういった非戦闘員の犠牲(・・・・・・)がこの戦場跡では見当たらない。帝国を倒すためならばあらゆる悪逆非道をやってのけた、そうした様子が見当たらないのだ。

 

みんながみんな外道ってわけでもないのかな

 

そんな感想を抱きながら陰鬱な気持ちは変わらないが、それでも普段の強欲竜団の時に比べればはるかにマシな気分でレインは戦場跡の探索を行なっていく。そうして見回っていく中で一人のボロボロの青年の姿が目に映った瞬間レインの頭は完全に真っ白になった。

 

ーーー嘘、まさかそんなはずが

 

だって彼は傭兵なんて似合わない優しい男の子だったから。

そんな風に思うのに、ボロボロのその青年の姿はどこか想い出の中の少年を連想させて

心臓が馬鹿みたいに高鳴るのを感じてその青年へと近づいていく、するとその青年がこちらに気づいたのか顔を上げた。

そうしてこちらの姿を確認して、心の底から救われた(・・・・・・・・・)と言わんばかりに浮かべた微笑がまさしく想い出の中の少年の優しい笑みそのままだったから

まさか、まさか本当にと思いながらも視線はもはや釘付けにされて、遺言のようにその青年がこちらに告げた言葉がナギサの心を打ち貫いた

 

ーーーごめん、ナギサと

 

ナギサと、そう確かに自分の事を青年を呼んだのだ。今ではもはや姉以外には知らないはずの本当の自分の名前を。

だからそう、目の前で安らかな顔をして目を閉じた青年は紛れもない自分の知る少年でーーー

そう理解した瞬間にレインは弾かれるようにして動き出した、すぐさま手持ちの道具で応急手当を行ない、青年を抱えて全力で走り出す。

 

死なせない絶対にーーー今度は私が貴方の全てを護り抜く

 

そう心に誓って。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

生きている?

 

アシュレイ・ホライゾンは目を覚ますとまず最初に自分が本当に生きているのかを疑った。

だって助かるはずがなかったのだ、自分達が最期に交戦した血染処女を率いるギルベルト・ハーヴェスの手腕は卓越したものだった。まさに詰め将棋の如く順当に追い詰められていき、捨て駒にされた自分たちは奮戦むなしくあっさりと壊滅させられた。

これが正規の国家に所属するような軍人ならばともかく、自分たちは後ろ盾もない上に帝国に置いて忌み嫌われる悪名高き強欲竜団である。かける慈悲など一片も有るはずもなく、捕虜にする意味もない。だからこそ、自分たちは所詮捨て駒に過ぎない足止め役だと理解した審判者は軒並み自分達を倒し終えると、わざわざトドメを刺す手間すら惜しいとばかりに撤退をしたのだ。

故に味方からも敵からも手当てを受ける当てのない満身創痍の自分が助かるはずはなくーーー

 

もしかしてここがあの世って奴なのだろうか

 

そう思って身体を起こしてみると身体中に鈍い痛みが走る。

痛い、どうやら自分は死んだわけではなさそうだ。

 

そうして落ち着いてみるとすぅすぅという穏やかな寝息が聞こえ、自分の寝ている傍に座りながら眠っている少女の姿が目に映った。もしかして彼女がーーー自分を助けてくれたのだろうかと想ったところでアッシュの思考が止まる。

まさかそんなはずは、アレは死の間際の自分が見た都合の良い幻だったはずだと想ったところでドアを開ける音が鳴り響いた

 

「こーらレインちゃん、愛しの彼が心配なのはわかるけど食事もとらなくちゃ今度は貴方が倒れちゃうわよ。ほらご飯出来たからって……あら」

 

入ってきたのはパッと見まだ10代の中ごろにしか見えないがどこか妖艶な雰囲気を漂わせた少女だった

 

「どうやら目が覚めたみたいね。私の可愛い妹の健気な努力が無にならなくて良かった良かった」

 

そんな風にころころと笑う女性を見て俺は疑問を解消しようと問いかける

 

「あの、貴方が俺を助けてくれたんですか?ええっと」

 

「アリス、アリス・L・ミラーよ。敬意を込めたいのならアリスさん、親しみを込めたいのならアリスちゃんと呼んでくれていいわ。その問いかけに対する答えはイエスでもあるけどノーでもあるわ。一応可愛い妹の頼みだから手配をしたりはしたけど、瀕死の貴方を血相を変えて連れてきたのはそこで眠っている私の妹だし、高熱を出した貴方のために寝ずに看病していたのもその子だもの。だからメインはあくまでその子で、私はちょこっとお手伝いしただけよ。アッシュ君」

 

「どうして俺の名前を……」

 

「知っているのかって?そりゃ前にこの子が境遇を話した時に言ってたし、連れてきたときもうるさかったからねーアッシュが死んじゃうアッシュが死んじゃうって」

 

「それじゃあやっぱり!?」

 

この子は俺の知って居るあの子なのかとアリスさんに問いかけようとすると

 

「うーん、その辺はその子が目を覚ました時にでも改めてしっかりと話し合いなさいな。積もる話もあるでしょうし。それじゃあ私はこの辺で退散するとするわ。もしも私の可愛い妹を悲しませるような事をしたらその傷口に全力で塩を塗りこんであげるからそのつもりでね」

 

「あ、ちょっと!?」

 

まだ聞きたいことがあるんですけどと言うも、アリスさんは知らん振りをしてそのまま部屋を出て行ってしまった。

 

そんなことをしているうちにどうやら眠っていた少女が目を覚ましたらしい。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

久しぶりに良い夢を見た。あの日以来思い返すのは彼が最期に勇気を振り絞って私を守ってくれたところ何も出来ずに守られるだけのただの無力なお姫様だったあの頃だったのに、今回はその日ではないもっと前の、まだ何も知らずにみんなと一緒に幸せにしていた頃の夢。

そんな幸せな気分で目を覚ました私は、こちらをまじまじと見つめる目の前の青年と顔を合わせる、そうして私はようやく取り戻すことの出来た愛する人に対して語りかけるのだった

 

「アッシュ……なんだよね……」

 

心臓が馬鹿みたいに高鳴る。生きていてくれた事がこうしてまた会えたことが今にも泣き出してしまいそうなくらいに嬉しい

 

「そういう君は、ナギサ……なんだよな…?」

 

「うん、そうだよ。私の名前はナギサ・奏・アマツ。貴方の事が大好きなあの日守られた女の子よ」

 

ナギサと、そう自分を呼んでくれた青年に対して感激の言葉で返す。ああ、やはり。やはりそうだったのだ。目の前の青年はあの日私を守ってくれた大好きな少年。喜びのあまりに涙が零れ出す、もう泣き虫だったあのころからは卒業したはずだというのに。

 

「生きていて、くれたんだな……ありがとうナギサありがとう、生きていてくれて本当に……」

 

私が生きていたというそれだけでまるで救われたような顔を彼がするものだから

 

「もう、何言っているのよ……お礼を言うのは命を救われた私の方じゃない。アッシュのほうこそ生きていてくれて本当に良かった……私を庇って死んじゃったと想っていたから……もう二度と会えないと想っていたから……」

 

それはこちらの台詞だとばかりに、貴方が生きていてくれて本当に良かったと私はずっと伝えたかった想いを伝えるのだった。

 

 

そうしてお互いに想いを吐き出した後、私は今の立場を伝えていく。

全てを失った後に姉さんに拾われたこと、そしてせめてもの恩返しとして傭兵になった事を。

あらかた語り終えた私はアッシュへと問いかける

 

「ねぇアッシュ聞いても良いかな……どうしてアッシュは強欲竜団に何か入ったの?」

 

極悪非道、帝国を討つためならば手段を選ばない悪名高き傭兵団。

どう考えても目の前の彼に合っているだなんて思えなかったから、そんな質問が零れ出た。

するとアッシュは顔を悲しく歪ませて、しばらくすると何かを吐きだすようにポツリポツリと話し始めてくれた

 

「ーーー強くなりたかったんだ、今度こそ君を、ナギサを胸を張って守り抜けるように」

 

伝えられたのはそんな言葉。彼は命がけで私を助けてくれたというのにまるで自分は何もする事が出来なかったのだと、ずっとあの日の事を後悔し続けていたのだとわかる台詞

 

「強欲竜団を選んだのは、皆を殺した帝国への反感からさ。でもナギサが想っているように俺には向いてなかった。どれだけ血反吐を吐いて頑張っても結果はそこそこ止まり。団の気風に馴染むことも出来ずに孤立して、最期は捨て駒にされて……そこをナギサに助けられたんだ」

 

「結局俺には向いてなかったんだろうな、英雄になんてなれる器じゃなかった。なのに頑張れば何とかなるなんて勘違いして……!ごめんな、ナギサ。君はこんな俺をずっと信じていてくれたっていうのに俺は、アシュレイ・ホライゾンはそんな情けない男だったんだ」

 

「そんな事ない!」

 

彼がそんな風に英雄になれなかった自分は、何の価値もない塵屑かのように自虐するのが耐えられなくて、私は気づけばそんな風に叫んでアッシュを抱きしめていた。

 

「だってアッシュは、アッシュはあの日私を助けてくれたじゃない!アッシュがあの日助けてくれてなかったら私は死んでた、今私の命があるのはアッシュのおかげなんだよ。傭兵としてそこそこ止まりだった?だから何よ!それの何が悪いの!私はむしろ安心したわよ!アッシュが昔の、優しいあの頃のままでいてくれたってわかったから」

 

呆然とするアッシュに私は想いをぶつけていく

 

「だから、そんな自分に価値がないみたいな風に言わないでよ……私が誰よりも好きなのは英雄なんかじゃない。今此処にいる貴方なんだから……」

 

私が、ミステルやアヤが好きになったのはそんな強くて無敵の英雄なんかじゃない。お調子者で、誰かと仲良くなるのが上手で、人の欠点よりも美点のほうに目がいく、そんなとても優しい男の子なのだと。

 

「ナギサ……ありがとう、本当にありがとう……君とまたこうして会えて俺は本当に……」

 

良かったとずっと抱え込んでいたものを吐き出すかのように泣き出した彼を、私はもう絶対に二度と離さないのだと優しく抱きしめ続けるのだった……

生きていてくれてありがとう、貴方が生きていてくれたことこうして巡り会えたこと、それだけで私は救われたのだと精一杯の想いを伝えるように。

 




トリニティ本編ではアッシュがイケメンぶりを発揮しましたが
この世界のアッシュはボロボロ状態のところをナギサちゃんに救われた形になるのでナギサちゃんマジ聖母な事となりました。
泣いているナギサちゃんを優しく抱きしめるアッシュがいるんだから
ボロボロになったアッシュを聖母の如く包み込むナギサちゃんがいたって良いじゃない

ちなみに当然ながらクールに立ち去ったと見せかけたアリスお姉ちゃんはクールに扉の前で一部始終をばっちり聞いております。



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蘇るあの日の思い出。フォーリンラブ、プライスレス(後)

前話からのそのまま続きの話になります。

かわいくてとことん尽くしてくれてもうあなたは頑張らなくて良いの!私が頑張って貴方を養ってあげるから!
と告げてくる幼馴染の攻勢に対してヒモ男に成り下がることのないような男でなければナギサちゃんの旦那にはなれぬのだ。
今回ちょい役でオリキャラが登場します。アッシュとナギサちゃんが交易商人夫婦となるまでの話です。

なお、最初はこの前後編をキンクリしてチトセネキルート後時空でアヤさんと再会するネタだけ書くつもりだった模様。まあ高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処していくスタイルなので……


「……ごめん、恥ずかしいところ見せちゃったな」

 

「ううんそんなの良いんだよ、むしろ私はアッシュに頼られて嬉しいよ」

 

一通り気持ちを吐き出し終わって照れくさそうな様子で彼はそんな事を言うものだから、私はそんな彼を愛しく見つめながら告げる

 

「もう大丈夫。アッシュは戦う必要なんてないの。あの日守られるだけだった泣き虫なお姫様(ナギサ)はもういないんだから。今度は私がアッシュを守る番」

 

そうだ、もうアッシュはそんな無理して戦う必要なんてないのだ。だって優しい彼には戦いなんて似合わないのだから。ただアッシュは私の傍にいてくれれば良い、それだけで私はどんな相手とだって戦える。そう心からの笑顔でアッシュへと告げたのだが……

 

「あ、いやそれは……」

 

どういうわけだかアッシュは浮かない顔をしている……一体どうしたのだろうか、もしかして傷が痛んでいるのだろうか。そういえば彼の身体はボロボロの状態だというのに私と来たら思わず抱きしめてしまった

 

「ひょっとして傷が痛むの?だとしたらごめん、私ったら思わずアッシュを抱きしめちゃったから……」

 

そう告げると同時にふと冷静になって自分が何をしたかや何を言ったかに気づく……さっきまでの自分は何と言っていた?貴方の事が大好きな女の子?私が誰よりも好きなのは今ここに居る貴方?抱きしめながらそんな風に告げるだなんてーーーーーそんなのまるっきり愛の告白ではないか

 

「ああ、いや、そのさっきの発言はそういう意味じゃなくて!ただアッシュが生きていたことがあまりに嬉しくて気持ちが昂ぶっちゃって言っちゃっただけで、でもでも別に嘘とかそういうわけでもなくアッシュの事が大好きなのは本当の事でってああもう、そういうんじゃないのよぉ」

 

急速に顔が熱くなるのを感じながら自分でも支離滅裂になっているとわかるような事を口走ってしまう

 

「お、落ち着こうナギサ。俺が言いたかったのはそういうことじゃないんだ。ナギサに抱きしめられたときは傷が痛むどころかすごく身体が柔らかくて安心して、色々と成長したんだなって想ったりとか、笑顔を見たらかわいくて愛らしかった天使だったみたいな昔に対してまるで今は女神のようだな……って何言ってんだ俺は!」

 

そんな風に彼が言ってくれるものだから私はますます顔を赤くしてしまって俯いてしまう。

そうして、どこか気まずい沈黙がお互いの間に下りる

 

「と、とにかく俺が言いたかったのはそういうことじゃないんだ」

 

ゴホンとその沈黙を破るように咳払いして仕切りなおすように彼が告げてきたので、私もとりあえず気を取り直して彼を見つめる

 

「えっと、それじゃあアッシュはどうしてあんな浮かない顔をしていたのか教えてもらっても良い……?」

 

傷が痛んだというわけではないのなら、さっきのあの表情は何だったのだろうかという私の問いかけに対して

 

「……なあ、ナギサ。俺にも何か、出来ることはないかな」

 

彼は何かを決心したような凛々しい表情でそう答えたのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「えーそれではアシュレイ・ホライゾン殿、当暁の海洋への入団を希望されるとの事ですが入団を決意した理由及び貴方が何を出来るか、貴方を雇うことでどのようなメリットがあるのかをまずはお聞かせください」

 

あの後何もしなくても良いと言って来るナギサをなんとか説き伏せて、俺はこうして暁の海洋の団長と話をしている。……なんだか予想していたのと違うが、おそらくは入団の審議を行なうための質問なのだと想い、答えようとすると

 

「……姉さん、何をふざけているのさ」

 

そんなあきれ返ったようなナギサの言葉がアリスさんへと投げかけられた。

 

「いや~ちょっと一度こういうそれっぽいのやって見たくて」

 

テヘッと舌を出してアリスさんはごめんごめんと謝ってくる、だがそれを終えると

 

「まあ冗談は置いといて、アッシュ君。うちに入ったとしても貴方に何が出来るの?どうやらそこそこは戦えはしたみたいだけど、それあくまでそんな風にボロボロになる前でしょ?幸いな事に腱やら内臓やらの重要な部分は無事だったから、しばらくすれば前みたいに動けるようになるでしょうけど、貴方はエスペラントじゃないんだから治った後も今度はブランクを取り戻す期間が必要になる。ねぇ、そこそこ使える程度の傭兵をそこまでして雇うようなメリットが私のどこにあるの?」

 

そんな風に目を細めてさっきまでの弛緩した空気とは打って変って、ナギサの身内としてではなく対等の男として接してこようとするならば甘えたような態度を許さないと言わんばかりに歴戦の女団長は問いかけてきた。

そうして俺を心配して庇おうとするナギサに目で大丈夫だ任せて欲しいと伝えて真っ直ぐに相手を見つめて答える

 

「確かに……傭兵としての俺に、そこまでの価値はないでしょうね。それこそ別の希望者を探したほうがはるかに安上がりでしょう」

 

貴方の言うとおり戦士としてのアシュレイ・ホライゾンにそこまでの価値はないと首肯する

 

「わかっているなら、無理に傭兵なんてやらずにおとなしくレインちゃんに養われていなさいな。私も別に妹が自分の稼いだお金で男を養おうがそこに干渉する気はないもの」

 

お前は無力な存在なのだから大人しく守られていればいいという言葉を受け止めて、俺は戦いには向いていないという事実を改めて受け入れてその上で告げる

 

「でもアリスさん、経理や事務、そういった裏方要員としてならどうでしょうか?」

 

そうして虚を突かれたかのように目を丸くしたアリスさんへと畳み掛けていく

 

「俺も一応は傭兵の端くれだったんでわかっています。傭兵になるようなのは基本的には満足に教育を受けることの出来なかった様な人達だって」

 

戦場を駆け抜ける英雄としてその名を歴史に刻み込みたい、命を賭けた戦いというものを愛している、そういった理由で安定した生活を捨て去り傭兵などと言う職業を選ぶのは極一部だ。大半はのっぴきならない事情で、それこそ生まれつきその日食べるものにも困る貧しい家の出身、あるいは親のいない孤児そういった存在がやむを得なく傭兵となる。

必然的に傭兵というのは腕っ節は立っても読み書きや計算等ができないものが大半となる。商国でそういったことが出来るものは基本的に商人となるからだ。

 

「これでも俺は元はそれなりの商人の家の息子でした。その手の教育は受けていますし、団に居た頃もその手の雑務は押し付けられていました」

 

父は優しく家族思いではあったが、いや家族想いだったからこそ、その辺は厳しかった。幼少期にした勉強は大人になってから如実に差として現れる、そう常々言って、俺に一通りの教育を施してくれた。……あの頃はそんな父のスパルタ加減が時おり嫌になったが今となっては感謝しかない。

最も子どもの頃に受けたその程度ではあくまで下地となる部分で、それだけで務まるはずがない、だが幸か不幸か団にいた時に俺はその手の雑務を一通りおしつけられていた(・・・・・・・・・)。作戦に事有るごとに噛み付いて邪魔をする以上、その位役に立てといわんばかりに。もちろん事務員としての給料は一切出ていなかった。

 

「もちろん、本当に務まるかどうか、その辺は試験していただいて構いません。でもこれならこうして怪我をしている今でもある程度は仕事をこなすことができますし、何よりもリハビリの期間は要りません、幸い手はこうやって自由に動きますし」

 

どうでしょうかとアリスさんを真っ向から見つめて今度は問いかける。俺に現状で考えられるのはこれ位だ。これでもしも駄目だったらその時は……ナギサと改めて話し合うことにしよう。とりあえずヒモになる未来だけは避けたい。男の意地として、切実に。

沈黙が下りる、俺の言葉を受けてアリスさんはその内容を吟味するかのように目を閉じて……

 

「うん、合格!」

 

そうしてさっきまでの張り詰めた態度をといて満面の笑顔で告げて

 

「いや~これでもしも「それでも頑張ります」とか気合と根性でなんとかするみたいな馬鹿げた精神論を言ってきて妹を悲しませるつもりだったらはっ倒すつもりだったけど、そこまでしっかりとした答えが出せるなら大丈夫そうね」

 

そんな言葉を聞いて俺は喜びを隠し切れずに問いかける

 

「それじゃあ!」

 

「うん、貴方の読みどおりこの業界、その手の仕事が出来る子は貴重だからね。テストはさせてもらうけど問題ないようであれば正式に契約させてもらうとするわ。……というか貴方、そんな事が出来るのにどうしてよりにもよってあんな団に居たのよ」

 

うちに来てくれていればちゃんとした待遇で雇ってあげたのにとそんな呟きを聞いて、選択の誤りを自覚した今となっては笑って誤魔化すしかないのであった……

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

幸せだなぁ、こんなに幸せで良いのかなぁ

 

レイン・ミラー、いいやナギサ・ホライゾン(・・・・・)は隣で眠る最愛の人を愛しげに見つめながらそう呟いた。彼が暁の海洋に入団してから数年が経った。幸いな事に彼の傷は後遺症が残ることもなく完治して、今では元気に動きまわることも出来る。事務員としての仕事も上々で、最近では姉の補佐として契約相手の交渉の際にも同行を求められるようにもなっていた。そうしてこれまで離れ離れだった時間をお互い取り戻すように一緒に居て

 

愛しいナギサ、か。えへへへ……

 

彼からプロポーズされて、今日正式に結ばれた。

 

きっと姉さんには盛大にからかわれるんだろうなぁ……

 

事あるごとに「レインちゃんや、姪っ子か甥っ子はまだかのう」などと言ってこちらをからかってきた義姉の姿を思い出し、苦笑して

 

でも、それでもいいや……

 

明日を最期にずっと一緒だった姉のからかいもしばらくは受けられなくなるのだからと。レインはもう一度愛しい彼の寝顔を確認して幸せに浸りながら目を閉じた……

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「アッシュ君!君は、ひょっとしてアシュレイ・ホライゾン君じゃないか!?」

 

アリスさん(お義姉さんと呼んでくれて良いのよ、妹婿君などと本人は言って来る)にいつものように連れられて訪れた雇い主との交渉の場で俺は予期せぬ再会をしていた

 

「あなたは……ひょっとしてマルティンさんですか!?」

 

記憶を辿りながら、子どもの頃に父の友人として何度もあった人物の名を告げる

 

「そうだよ、マルティン・プーフホルツだ。ああ良かった、生きていたんだな。お父君があのような事になりずっと心配していたんだ」

 

本当に良かったと、そう心の底から思っていてくれていることが伝わるマルティンさんの様子に胸の奥からこみ上げるものを感じる

 

「う~ん、その様子を見ると二人は知り合いみたいだけど、一体どういう関係なのかしら?」

 

蚊帳の外に置かれていたアリスさんがそんな風に問いかけてくるので俺は慌てて答える

 

「失礼しました、団長。こちら私が子どもの頃に世話になっていたマルティン・プーフホルツ氏です」

 

「マルティン・プーフホルツです。いやはや失礼しました、亡くなったと想っていた大恩人の子どもに巡り会えたもので思わず感極まってしまいました」

 

そんなマルティンさんの挨拶を受けてアリスさんも答える

 

「なるほどなるほど、どうでしょうか。久しぶりの再会ともなれば積もる話もあるでしょうし、ゆっくり話されたら。こんな状態じゃすぐさまビジネスの話、とはいかないでしょうし」

 

俺とマルティンさんはそんなアリスさんの言葉に甘えることにするのであった……

 

 

 

「そうか……君もずいぶんと苦労したんだな、だがどうにか元気そうにやっているようで良かったよ」

 

俺はマルティンさんに両親が死んだ後に強欲竜団に入ったことを省いて今の団長に拾われたという事にして、今までの経緯を概ね話した。するとマルティンさんはホッとしたようにそう答えて、何やら思案するような顔をしておもむろにこんな事を提案してきた

 

「なあ、アッシュ君……もしも君さえよければうちの商会を手伝ってくれる気はないかな?」

 

驚く俺に対してマルティンさんは続けていく

 

「今の私があるのは君のお父君が危ないときに援助をしてくれたおかげだ……だがそんな大恩人の危機に私は結局何も出来なかった」

 

だからせめてその恩人の息子である君だけでも助けたいのだよと心の底からこちらを慮りながら

 

「傭兵と言う仕事を侮辱する気はない、そこらのごろつき崩れならばともかく暁の海洋は一流として知られる傭兵団だ。だがやはりそれでも傭兵というのは命を担保にした危険な仕事だ。恩人の息子には出来ることならそのような危険な仕事にはついていて欲しくない、というのが本音だ」

 

ーーー傭兵と言うのは命を担保にした危険な仕事。その言葉を聞いた瞬間に俺は心臓を鷲掴みにされるような思いを感じた。

 

そうだ、俺は何を勘違いしていたんだ

 

昔よりもすっかり強くなっていたから、アリスさんが頼もしく部下を大事にする優しい団長だったから、失念していた事実に気づく

 

人は、死ぬのだーーーどれだけ強くてもある日突然に。最強と謳われたあの英雄閣下でさえ敗れ去ったというのだから。

 

まして強いと言っても彼女はエスペラントですらないーーー帝国軍の優秀なエスペラント、あのギルベルト・ハーヴェスのような傑物を相手にすれば?

彼女は優しくいつまで経っても人死に慣れることが出来ていないーーーそんな彼女が、あのファヴニル・ダインスレイフのような勝利のためならあらゆる外道に手を染める男と戦ったら?

きっとやられてしまう。そんな当たり前の事実に今更ながら気がついて、彼女を何時失うことになってもおかしくないという恐怖に震えだした俺に対して、マルティン氏は何かを勘違いしたように続ける

 

「ああ、ちなみにこれは何も善意が全てというわけではないんだよ。暁の海洋の事は契約を結ぶ前に調べさせてもらってね、もちろん団長の片腕と呼ばれている君の事もだ。その上で君ならばしばらく修行すれば、いずれはうちの商会を背負ってくれるような人材になってくると判断したんだ。なにぶんちょうど今うちの商会は人手不足でね」

 

だからこれはこちらにとってもメリットのある話なんだと笑いながら告げるマルティンさんの言葉に対して俺は

 

「……すいません、今すぐということは出来ません。しばらく待っていただいてもよろしいでしょうか?」

 

そんな俺の言葉に「もちろん構わんよ」と言ってくれたマルティンさんの言葉に甘えて俺はその場を後にするのであった……

 

 

 

「ふーん、良い話じゃない。受ければ?」

 

罵倒される覚悟でアリスさんへと相談した俺はそんなあっさりとした態度に拍子抜けするのであった。

 

「入団するときも言ったけどうちの団は基本的には来るものは拒まず、去るものは追わずよ。入団するときに貴方も言っていたけど傭兵なんて結局はそれ以外やれることがなかったはぐれものがやることだからね、もしも堅気に戻れるっていうのなら笑顔で仲間を見送る、それが傭兵の流儀ってもんよ」

 

まあ確かに貴方とレインちゃんに同時に抜けられるのはちょっぴし痛いけどねーと笑いながら、そうしてアリスさんは打って変って神妙な顔をしてこちらへと告げる

 

「それにね、あの子が強いとかそういうのとは無関係にこの仕事にあんまし向いてないってのは私も感じていたの。だからもしもあの子が大好きだった男の子と一緒に表の世界に戻って、どこにでもいるような幸せな奥さんになれるって言うのならそれは素敵なことだと思うわ。姉冥利に尽きるってもんだわ」

 

そんな風に心の底からレインを想っているのだと判ることを告げて

 

「だからあの子を一緒に連れて行きたいというのなら好きにしなさい。その代わりに、絶対に一緒に幸せになる事」

 

離れ離れになったときみたいにまたあの子を泣かせるような事があれば承知しないわよーというアリスさんの言葉を聞いて俺は

 

「はい!お世話になりました、アリス義姉さん!絶対にレインを、ナギサを泣かせるような真似はしません!」

 

そう告げて俺は駆け出した。伝えたい思いを何よりも誰よりも大事な相手へと告げるために……

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「~~~♪」

 

交渉へと出かけた姉さんとアッシュが帰ってくるのを待って今日の夕食の支度をする

 

(よし、完璧)

 

以前はシチューみたいな大勢に作る料理以外はそれほど得意ではなかったが、今ではすっかり料理が趣味となってしまった。アッシュに、少しでも美味しいご飯を食べさせてあげたい、そう思ったらどんどんのめりこんでいって。そんな風に考えているとドアの開く音がしたので、エプロン姿のまま入り口へと向かって愛しい大切な人に笑顔でお帰りなさいと伝える

ーーー幸い姉さんや金髪の双子はいないのでまるで旦那様をお迎えする新妻のよう、などとからかわれる心配もない

そうしてただいまと返した後に真剣な表情で彼は一言「大事な話があるんだ」と私に告げてくるのだった。

 

 

ーーープーフホルツ商会に入らないかと誘われて自分は受けるつもりだとそう彼は告げてきた。

 

馬鹿みたいだ、何を新妻のようだなどと浮かれていたのだろうか。

そうだアッシュは元々商人の家の子だったのだ、今こうして傭兵団にいるのも何かの間違い。本来はそうやって表の道を歩んでいくのが相応しいのだ。

なのに私と来たらずっとこんな日々が続くのだと無邪気に信じていたのだ。

 

良かったね。おめでとう

 

そう彼に笑顔で告げないといけない。なのに彼と別れることが寂しくて、悲しくて……私は上手く笑顔を作ることが出来ない。そんな風に頭の中がぐちゃぐちゃになっていた私に彼は続けて言ってきた

 

「だからナギサ、俺と一緒に来て欲しい。俺と結婚して欲しいんだ」

 

だからそんな風に告げた彼の言葉が最初信じられなくて私は頭の中が空っぽになる

 

「これは俺のエゴだってわかっている、大事な家族であるアリスさんよりも俺を取ってくれていっているわがままなんだって。でも、それでも俺は、君にもう戦って欲しくないんだ。君がひょっとしたら明日にも死んでしまうかもしれない、そんな風に思いながら待つことに耐えられないんだ」

 

気が付いたら彼に抱きしめられて、告げられてくるのはそんな言葉。私がアッシュにもう危ない目にあって欲しくないと想っていたのと同様に彼もまた私にそう思っていたというそんな当たり前の事実

 

「俺は君の事が大切だ、愛している。これからずっと一緒に支え合って生きて行きたい、そう思っている。だから、一緒に来てくれ愛しいナギサ、俺には君の全てが必要なんだ」

 

どちらかが一方的に相手を守るのではなく一緒に支え合って生きて行こうというその言葉に私は喜びの涙を流して告げるのだった

 

私も貴方の事を愛している

 

と。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それじゃあ、レインちゃん元気でね。必ず二人で一緒に幸せになるよ」

 

「うん……本当に今までありがとう、姉さん」

 

「ほら泣かないの、別にこれが今生の別れってわけでもないんだから」

 

目の前でのナギサとアリスさんの別れの挨拶俺はそれを穏やかな気持ちで眺めていた。

 

「アッシュ君も、もしも新天地で駄目だったらその時は変に見栄を張らずに相談しなさい。私たちはもう家族なんだからね。あなたとレインちゃんだったらいつでも大歓迎なんだから」

 

そんな風に笑いながら告げるアリスさんに俺は敵わないなと苦笑しながら心からの感謝を告げるのだった

 

「はい、ありがとうございます。今まで本当にお世話になりました、アリス義姉さん」

 

「それであの、俺達の方が上手いこと行ったら……」

 

アリス姉さんも傭兵稼業から引退して一緒に暮らしませんかと提案しようとした俺の言葉を見透かしたようにアリスさんは告げる

 

「うーん、前にも言ったけどね、この仕事これしか出来ないような子達ばっかりなのよ。だから気持ちは嬉しいけど、その子達の面倒を見なくちゃいけないから遠慮しておくわ。」

 

自分はこの世界にしか居場所がないような人達のためにまだこの仕事を続けねばならないと苦笑しながら。

 

「……でもそうね、もしも後を任せられるような子が出来たらその時は」

 

もしも、信頼して任せられるような自分の後任が出来たのならば

 

「妹夫婦のところにお邪魔する小姑になるってのも悪くないかもね♪」

 

そんな事をウインクしながら告げられて、俺達はずっとお世話になった古巣を後にするのだった。

 

 

 

「なんだか夢みたい……アッシュとこんな風になれるだなんて」

 

腕を組みながらしばらく歩くと愛しいお姫様はそんな風に呟いてきた

 

「それを言ったら俺だってそうだよ、あの日君に助けられるまでこんな風にまた一緒に過ごせる日が来るだなんて想ってもいなかった」

 

もしもあの時彼女に会えなかったらと想うとぞっとする。きっと俺はそのままのたれ死ぬのが関の山だったのだろうから。

 

「ねぇ、アッシュ。幸せになろうね」

 

そんな風にはにかみながら告げられた愛しいナギサの言葉に俺はああ、もちろんだと笑顔を浮かべながら返すのだった。澄み渡る青空の下、二つの太陽が俺達のこれからを照らすかのように、優しく輝いていた。

 

 

 




Qわざわざオリキャラ登場させてまで傭兵辞めさせた意味は?
A作者が優しいナギサちゃんに命に関わる傭兵稼業を続けて欲しくなかった模様

Q英雄閣下でさえ敗れたって書かれているけどチトセルートってこと?
A一応そのつもりですが、ミリィルートの場合はそこの部分が消えるだけで後は同じと思ってください

アリスお姉ちゃんは本当に良いお姉ちゃんだと思います(アッシュの全く恵まれなかった原作での上司運を見つつ)




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ハレルヤ

フォーリンラブの続きです、ミステルさんとの再会話になります。
アリスおねえちゃんも良いお姉ちゃんですが、ブラザーも本当に素晴らしい人ですよね。


ーーーああ、大和(かみ)様ありがとうございます。

 

シスターミステル・バレンタインはその日心よりの感謝を彼女の信仰する大和へと捧げた

 

 

 

 

「カンタベリーへの出張ですか?」

 

その日、プーフホルツ商会の期待の若手アシュレイ・ホライゾンは彼の上司であり、恩人でもあるマルティン・プーフホルツから新しい指示を受けていた。

 

「ああ、うちは以前からカンタベリーのガラハッド卿という貴族と懇意にさせてもらっていてね。定期的に取引をさせて頂いているんだ。君も慣れて来た事だし、ここらでお得意様へうちのホープを紹介したいと思ってね」

 

とても良く出来た立派な方でね、きっと君ならガラハッド卿に気に入られると思うよと会長は笑顔で告げてきた。勤め人としてここで断るという選択肢はありえない、だけどきっと寂しがりながらもそれを必死に見せまいと心配をかけさせまいと笑顔で自分を送り出すナギサの顔が一瞬浮かんでしまう。しかし、会長はそんな俺の考えを見透かしたように

 

「ああ、ちなみに流石に商会として金をだすわけにはいかんが、君が自費で奥さんも連れて行きたいというのなら一向に構わんよ。以前に会わせて頂いたが上品で綺麗な奥さんじゃないか。彼女ならきっと失礼をするような事もないだろうしね」

 

もちろん所構わずいちゃつかれては困るがねなどと冗談めかして告げてくる会長に俺は

 

ああ、敵わないなぁ

 

と改めてまだ自分は未熟な若者にすぎないんだなと実感させられる。そうしていつかは自分も会長やアリス義姉さんのような若者を導けるような立派な年長者になることを誓いながら、会長に笑顔で感謝の言葉と共に承諾の旨を伝えるのであった。マルティン会長はともかくアリス義姉さんは嫌ね~アッシュ君、私は永遠の十代よ~などと笑って言ってきそうだが……

 

 

「お帰りなさい、今日も一日お疲れ様でした。ご飯もお風呂も用意できているけどどっちにする。そ、それともわ・た・し?」

 

帰宅した俺を迎えたのは、エプロン姿の奥さんのそんな頬を赤らめながらの精一杯頑張っていることがわかるアピールであった。

 

きっとアリス義姉さんにまた何か吹き込まれたんだろうなぁ

 

と今日の朝家を出て行く際に何やら意味深に「今日の帰った後は期待していてね、アッシュ君♪」などと笑っていた義姉の姿を思い浮かべる。さて、そんな義姉の事は置いておいて、俺には勿体無い位の最高に可愛い奥さんがこうやって頑張ってくれているのだ、ならば俺も旦那として彼女に恥ずかしくないように応えねばならないだろう。

 

「ナギサも知っていると思うけど、俺は好きなものは最後までとっておく主義なんだ。だからまずはお風呂に入らせてもらって、それからナギサが作ってくれた料理を堪能させてもらって、最後に一番の楽しみを頂くとするからな」

 

そうして俺は昨日アリスさんが居て出来なかった分、今夜は寝かさないぞと愛らしい奥さんへと告げるのであった……

 

 

風呂を済ませた後俺はナギサの用意してくれた料理に舌鼓を打ちつつ、カンタベリーへの出張の件を告げた。うん、相変わらず美味い。こんな素晴らしい奥さんを持てて俺はつくづく三国一の幸せ者だ。

 

「えっと……でも、私、邪魔じゃないかな?」

 

そんな風にしてアッシュが頑張ってくれたお金を私ばかり使うのも申し訳ないし、などと告げてくるナギサに全く何を言っているのやらと少しだけ呆れて告げる

 

「ナギサが俺にとって邪魔になるだなんて天地がひっくり返ってもありえないよ」

 

そうだ全く持ってあり得ない。あの今は亡き英雄閣下が突然怠け者になって「なんもかんもだるい」などと言い出すような事があったとしても、俺が彼女は邪魔に思うことだなんて絶対にあり得ないと断言する

 

「君が傍にいなかったら恥ずかしい事に全然力を発揮できないんだよ俺は。君がこうして傍にいてくれる時が100だとするなら多分1にも届かない位だな」

 

だから我儘言っているのは俺の方なんだと笑って告げる。

 

「えへへへへ、そっか。もうしょうがないなぁ、アッシュは。そんなしょうがない旦那様は奥さんとしてしっかり支えてあげないとね!」

 

「ありがとうナギサ、こんな素敵な奥さんを持てて本当に俺は三国一の果報者だよ」

 

「それはこっちの台詞だよ。こんな素敵な旦那さんを持てた私は間違いなく三国一の幸せ者だよ」

 

そんなやり取りをして何時ものように(・・・・・・・)ナギサと二人一緒に出張する事が決まるのであった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ブラザー神父が商国から来たお客様と一緒に孤児院(ここ)に来る。それを聞いた子ども達は大喜びで出迎えの準備を始めていた。いつも両腕一杯に大きなプレゼントを持って来てくれて、心からの笑みを見せてくれるブラザーおじさんは子ども達皆の人気者であった。かくいうミステル自身も子どもの頃にはブラザーが尋ねて来てくれるのを心待ちにしていたものだ、単にプレゼントが欲しかったからというわけではなく、あの包み込むような豪快な笑みを浮かべる神父様をどこか父のように思っていたからだ。

 

本当に、世の中って捨てたもんじゃないわね

 

聞いた話によるとブラザー神父が連れてくる客人もそんなブラザーの姿に感銘を受けて、自分たちもと思ったようである。少なくない額の寄付をしてくれたと聞いている。こういうことをするとやれ偽善だの、売名行為だのと口さがない事を言う者たちもいるものだが、ミステルはそうは思わない。現実にそれで救われている子ども達がいる以上、それを理由に名前を売る、その程度の役得を認めたって良いではないかなどと思っている。

 

まあ、そもそもブラザーが連れてくる以上そういう目的ではないだろうしね

 

ブラザー・ガラハッドは底抜けの善人でありお人よしだが決して人を見る目がないわけではない。いや、むしろ神父という立場にあり、迷える子羊を少しでも導かんとしている彼はその辺の機微に対して時折驚くほどに鋭い部分がある。仮にそういった目的で子ども達を利用しようとしているような人物が相手ならば、ブラザーは寄付はともかく訪問への同行は何か上手い言い訳をつけてやんわりと断っているだろう。

 

だから、きっとブラザーと一緒に来る人達も良い人達

 

少しでも多くの子ども達に笑顔が増えることを願う優しい人達なのだろう。儚い願いだとわかっているが、あの日離れ離れとなった自分の大切な友人達もそんな優しさに巡り会っていてくれたらと思わずにはいられない。そう、きっと世の中は捨てたものじゃないのだから……

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ブラザーさん(ガラハッド卿という呼び方はむずがゆくなるので辞めてほしいと本人に言われた)に連れられて俺とナギサは用意したプレゼントを抱えながら、彼が懇意にしている孤児院を訪れていた。会長の言ったとおりブラザーさんはとても気さくな良い方で、仕事自体は滞りなく終り、もしも良ければと誘われてこうして俺とナギサはブラザーさんに同行させてもらうことにした。

 

「我輩は運よく何不自由することのない家へと生まれ育った。故に少しでも恵まれぬ子らに愛の手を。そう思ってな」

 

そんな風に照れくさそうに笑うブラザーさんを見て感銘を受けた俺達は自分たちもこんな優しい大人(アリスさん)によって助けられたから今度はこちらが手を差し伸べようとわずかばかりの寄付を申し出た。するとブラザーさんは満面の笑みで

 

「おお、ハレルヤ!おお、大和よ!この素晴らしき若者達にどうか祝福を!具体的にはこの仲睦まじき夫婦にそろそろ子どもという天からの授かりものを!」

 

などというものだから俺達は顔を赤くして居た堪れないような雰囲気となるのであった……赤ちゃん……アッシュと私の……えへへなどという呟きが聞こえたのはきっと気のせいだろう。……子沢山、そんな未来も悪くないかもしれない。

 

そんな風にして訪れることになった孤児院で俺達は今

 

「………アッシュ君?……ナギサちゃん?」

 

「ミステル……なのか?」

 

この世界は本当に大和の愛に満ち溢れているのかもしれない、そんな風に思う予期せぬ再会を遂げていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そっか、色々と苦労したのねアッシュ君もナギサちゃんも。でも生きていてくれて本当に良かったわ」

 

私たちの近況を聞き優しい笑みを浮かべながらミステルがそんな風に呟く

 

「それはこっちも同じだよ、ミステルやアヤも幸せで居てくれれば良いなってアッシュともいつも話していたからさ」

 

「ふふ、こっちはこの通り元気にしていたわ。……アヤちゃんはどうしているか私も知らないけどね」

 

三人揃って一人だけ行方がわからないでいる幼馴染の事を思い浮かべて、ミステルが憂い顔をする。

 

「大丈夫だよ、俺達がこうやって生きていたんだ。きっとアヤも元気で居るさ」

 

アッシュがそんな私の不用意な言葉にすかさずフォローを入れてくれた。うん、そうだきっと大丈夫だ。一番重要なターゲットだったであろう私がこうして生きているのだ、だからアヤもきっと生きている。

 

「そうね……きっとそうよね」

 

そんなアッシュの言葉を聞いてミステルも何かを飲み込むようにして笑みを浮かべる。そうすると何やら悪戯っぽい笑みを浮かべて

 

「う~ん、でもきっと二人ほど幸せ一杯って感じではないんじゃないかな~すっかりラブラブ夫婦になっちゃって。結婚式に呼んでくれないなんてお姉さん悲しいわ~所詮私なんてその程度の仲だったのね」

 

とそんな事を言う物だから私とアッシュは苦笑しながら

 

「実は俺達、結婚はしたけど結婚式は挙げていないんだ。色々と忙しかったってのもあるけど」

 

「どれだけ可能性が薄くても……ミステルやアヤにきちんと報告して、二人も呼んで結婚式を挙げたいって思っていたから」

 

と二人で話し合った末に出した結論を告げる。それを聞いたミステルは目を丸くして

 

「……そっか。ありがとう二人とも。アヤちゃんも見つかったら是非知らせてね。どこでやる事になっても喜んで参加させてもらうから」

 

そう微笑みながら告げるのであった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ブラザー・ガラハッドはそんな若者たちの様子を遠くから微笑みながら見ていた。

 

やはり、この世は誠に大和の愛に満ちているわ

 

今日この日の再会は本当にささやかな偶然によって成り立ったものだ。アシュレイ・ホライゾンが彼の父親によって救われたマルティン・プーフホルツ氏からの好意を受けて商会の人間となったから。そしてプーフホルツ商会が自分と前からの付き合いがあったから。そして何よりも

 

あの夫婦が誰かの力になりたいと願うような優しさを持っていたからこそであるな

 

そう、アッシュとナギサが今度は自分たちが助ける番だなどと思わずにこの孤児院を訪れていなければミステルとの再会はありえなかったのだ。だから、この奇跡は大和の愛と同時に彼ら自身の優しさが生んだもの。そんな事を思いながらブラザー・ガラハッドは万感の思いを込めてこの再会を祝福するのだった

 

おお、ハレルヤ

 

と。第二太陽は今日この時も優しく穏やかに世界を照らしていた……

 

 




英雄になれなくてもささやかな優しさで人は救われ、それが巡り巡って自分を救う。シルヴァリオ トリニティはそんな人の優しさに満ちた作品です(多分嘘は言ってない)


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二人の幸せを願うのはとても当たり前の事(前)

 
ハレルヤからの続きになります。
チトセネキルートでのアシュナギのアヤさんとの再会話…の前フリになります。
サブタイトルがルシードの名台詞ですがルシードがメインというわけではありません。

序盤総統閣下がチトセに討たれた後にアドラーがどういう風に纏まったのか、例によって妄想混じりの解釈で書かれています。
若干不穏な雰囲気を感じられるかも知れませんがトラストミー。
自分は断じてアシュナギが不幸になるような話を描く気はありません。
思ったよりも長くなったので前後編に分けることにしました。


軍事帝国アドラー第37代総統クリストファー・ヴァルゼライド、裁剣女神(アストレア)によって討たれる。その報は大陸全土に凄まじい衝撃を齎した。誰もがヴァルゼライドの盟友としても知られる裁きの女神の離反の理由は訝しがり、アドラーでは卓越した人材が失われる事を惜しまれ、他の二国では忌々しく厄介な敵が消えることに喝采をと国によってその反応は大きく異なれど、鋼の英雄が勝つことを疑っていなかったのだ。

故にその報が駆け巡った時、誰もが一瞬忘我へと陥った。そうして次にヴァルゼライドの熱烈なシンパたちは次々に敵討ちを叫びだした。「総統閣下の無念を晴らすべし!」と、そうしてあるいはこのまま帝国を二分する内戦へと突入するのではないかと、あわやアドラーが分裂の危機へと陥りかけた時、黄道十二星座部隊(ゾディアック)において特にヴァルゼライドの熱烈なシンパとして知られていた二人の部隊長の声明が発表される。

 

一人はヴァルゼライドの最も忠実なる副官として知られた、第一近衛部隊近衛白羊(アリエス)隊長を務めるアオイ・漣・アマツ。彼女はヴァルゼライドは真に祖国を愛し、その身を捧げていた事を告げ、だからこそ自らの敵討ちを理由に祖国が分裂することを望まないだろうと主張し、血気に流行るヴァルゼライドのシンパたちへの自制を求めた。

 

もう一人はヴァルゼライドの東部戦線時代からの盟友でもあり審判者(ラダマンテュス)の異名で知られる、第六東部征圧部隊・血染処女(バルゴ)隊長を務めるギルベルト・ハーヴェス。彼はチトセ・朧・アマツは他ならぬヴァルゼライド自身によって彼を討つ権利が与えられていたことを主張。故に彼女の行為は正当なる裁きの執行であり、その結果彼女が勝利(・・)した以上、彼女を支えていくことこそがヴァルゼライドの遺志に叶うこととなると主張し、いち早くにチトセ・朧・アマツに対する支持を表明した。

 

かくして最も強く新体制に反発すると予想されていたヴァルゼライドの熱烈な信望者二人が消極的と積極的の差はあれど相次いで支持を表明したことにより、他の部隊長達も相次いで各々の態度に差はあれど支持を表明。新体制の首班であるアルバート・ロデオンとチトセ・朧・アマツが玉座を簒奪したものの常套手段である旧主を貶めるような事をあえて行なわずに、ヴァルゼライドを大総統として国葬にする事を発表したこともあり、ヴァルゼライドの信望者達もその矛を収める。

かくして帝国民にとっては喜ばしいことに、他国民にとっては残念なことに国を二つに別つ内戦は未然に防がれ、軍事帝国アドラーは故ヴァルゼライド大総統を討った裁きの女神チトセ・朧・アマツとレジスタンスのリーダーであったをアルバート・ロデオンを中心とした立憲君主制の国へと生まれ変わろうとしていた。これは、そんな鋼の英雄が人狼の牙の前に敗れ去ってから数年後の物語。

 

 

チトセ・朧・アマツの専属護衛官を務めるゼファー・コールレインはその日何時ものように、最愛の妹であるミリアルテ・ブランシェを彼女の職場へと送り届けた後に何時ものように彼の女神が居る執務室を訪れた。軽くノックをして入ったゼファーを今にもこちらに斬りかかってきそう妬心に塗れた視線と柔和な笑み、そして輝かんばかりの心からの笑顔が出迎える。

 

「相も変わらずの重役出勤で、護衛の分際でお姉さまを待たせるとは良いご身分ですわねぇ」

 

片方はサヤ・キリガクレ少佐。天秤において副隊長を務め、その優秀さは折り紙つきで彼の女神たるチトセに対する絶対的な忠誠も合間って絶大なる信頼を得ている。……のだが、どうにもこの女、チトセに対してそっちの意味(・・・・・・)で心酔しているようで、こうして彼女の恋人である自分には事ある毎に突っかかってくるのだ。

 

「お疲れ様ですゼファー様、ミリィ様はお元気にされていますか?」

 

もう片方はアヤ・キリガクレ中尉。自分が不在の際には最愛の妹であるミリィの護衛を務めてくれている天秤の隊員である。妹との仲も良好そのもので仕事の垣根を越えた友人となっており、隣の親戚とは打って変った気立ての良さも相まってゼファーからの好感度はかなり高い。……この子の10分の1、いや100分の1でもいいから隣のレズ副隊長の自分への当たりが良くならないものかとゼファーは常々思っている。

 

「ああ、変わらず元気でやっているよ。今度またアヤちゃんと一緒に買い物にでも行きたいって言ってたぜ」

 

何でも凄い良い機械細工を見つけたから是非ともアヤちゃんにも見て欲しいんだとさと、妹が昨晩の夕食の時に楽しげに話していた内容を伝える。

 

「左様ですか、それでは今度のお休みの際には予定を空けておかねばなりませんね。ふふ、ミリィ様によろしくお伝えください」

 

はいよと頷きつつ改めて思う。ああ、本当にこの子の気立ての良さを100分の1でもいいからこっちを敵意に満ちた視線で見ているレズに分けてやってくれと。

 

「来たか、ゼファー」

 

そんなやりとりを終えると次に迎えたのは、女性としての愛らしさと国を統べる者としての自負双方を感じる太陽のように輝く女神の笑顔。彼の最愛の女性でもあるチトセ・朧・アマツであった。そうしてひとしきり殺意の篭った視線と微笑ましいものを見るような視線を浴びながら(それぞれどちらが誰のものかは言うまでもない)二人は軽くいちゃつくと、女としての顔から国を統べる公人としての顔へと切り替えてチトセは彼の狼へと告げる

 

「今回お前を呼んだのはこうしていちゃつくだけが目的ではない、今度こちらへと来るとある商国の夫妻をアヤと共に調査してもらいたいからだ」

 

そうチトセが告げると傍で控えていたアヤ・キリガクレが喜びと同時に何か複雑な思いを抱えて思案するかのように目を閉じて

 

「その夫妻の名前はアシュレイ・ホライゾンとナギサ・ホライゾン。最近教国の貴族であるガラハッド家と懇意にしているプーフホルツ商会の新進気鋭の若手にして、数年前まで暁の海洋において団長の両腕とも謳われた人物達であり」

 

そこでチトセは自らの罪を飲み干すかのように一度目を閉じて

 

「かつて私がヴァルゼライドと共に国家機密漏洩の罪により粛清を命じた奏の家とホライゾンの家、その遺児たちだ」

 

 

・・・・・・

 

「えーと、それじゃあ話を整理させてもらうぜ」

 

一通りの話を聞き終えたゼファー・コールレインは自らも頭の中の整理もかねて情報の確認を行なおうとしていた。

 

「まず、今回プーフホルツ商会という商国において十氏族ほどではないがかなりでかい商会所属の最近やり手と話題の若手が奥さんも連れて帝都(うち)にやってくる。そいつは人格者として周囲からの評判も上々で、若くして結構な商会の中でいずれはNO2になるかもしれないなどとも目されている男で、おまけに奥さんはかなりの美人で愛妻家としても知られている。さらにさらに、トドメに稼いだお金で孤児院に対して寄付までしている、そんな一見すると非の打ち所のない勝ち組街道驀進野郎だときた」

 

言っている俺自身もなんだかむかついてきたぜ等とゼファーは自分自身が裁きの女神(アドラーのNO2)の恋人で専属護衛官というかなりの勝ち組なのだという事を棚に置いてつぶやく。ようやく実力に相応しい自信と風格を身に着けたようであってもゼファー・コールレインはどこまで行っても俗人のままである。

 

「んで、それだけならハイハイ立派な人ですねーで済んだんだが、その夫婦というのが数年前まで暁の海洋で団長の腹心として知られる人物だったということでまず諜報部隊(ジェミニ)の目に留まってうちに報告が来た。そうして調査してみると、かつてあの英雄閣下様が健在な頃にエスペラント技術の国外持ち出しなんていうバカをやろうとしていた一家の生き残りだと気が付いた」

 

ほとんど自殺志願みてぇなもんだろと彼は数年前に自らが噛み殺した英雄(かいぶつ)の姿を思い浮かべる

 

「トドメとばかりにちょうどあの麗しのハーヴェス隊長閣下と強欲竜団の団長が相打ちになった直後で帝国(うち)商国(あっち)もドタバタしているこのタイミング。かくして教国のお貴族様と親しくしているって情報も合間って一つの疑念が浮かんだわけだ」

 

まるで何かを飲み干すかのように目をつぶりながら聞いているアヤ・キリガクレの姿を視界の端に収めながら、ゼファーは最後の結論を述べる

 

「かつて自分の父親が失敗したことをコイツはやろうとしているんじゃないかと」

 

すなわち帝国最大の機密であるエスペラント技術の獲得。そしてそれを手土産にした事による教国との絶大なるコネクションを武器にして、自らが十氏族さえも上回る商国最大の権力者へとなる事。かつてアシュレイ・ホライゾンの父ロディ・ホライゾンが思い描いた野望をその息子が継ごうとしているのではないかという疑惑。それが帝国がホライゾン夫妻へとかけた疑いだった。

アッシュの父もまた野心家であると同時に、苦境にある友人達への援助を惜しまずに周囲から人格者として知られる人物であったことがまたその疑いへと拍車をかけた。その上にアマツの妻まで居ると来ている。アマツの血統がエスペラントとして高い素質を有しているのはもはや常識のようなものであり、仮に成功すれば財力とコネを持った夫と武力と血統を有した妻と言うそれこそ死んだダインスレイフに代わる、あるいはそれを上回る反帝国のカリスマへとなりかねないであろう。帝国はそんな危惧をこの夫妻に対して覚えたのだ。

そうしてゼファーの言葉に頷いてチトセもまた答える

 

「無論、こちらの考えすぎという可能性もある。だがそれでもその二人の経歴は帝国(うち)を恨んでいると思うには十分すぎるものだ」

 

故に放置という選択は取れんと呟いてチトセは続けていて

 

「だがあいにくと現在裁剣天秤(うち)もジェミニもギルベルトの奴が抜けた穴を埋める為にあいにくとてんてこ舞いだ」

 

全くギルベルトのやつめ生きていたら生きていたで厄介だが死んだら死んだでむかつく事に中々に替えがいないなどとチトセは苦虫を噛み潰したような表情で呟く

 

「そこでお前の出番と言うわけだ、我が愛しの狼よ」

 

そうしてチトセは打って変って満面の笑みと最大限の愛を込めて彼女が最も信頼している男へと呼びかける

 

「事情はわかったけどよ、なんでアヤちゃんもなんだ?事が事だから俺を動かす理由は理解できたけどよ。それともエスペラントを二人も動かさないとならねぇほどの怪物だとでも言うのかその二人は?」

 

ゼファーの脳裏に浮かんだのは帝国においてチトセに匹敵するとも謳われていた帝国屈指のエスペラントであったギルベルト・ハーヴェスと相打った一人の男。仮にそんな化け物が相手だとするならちょっと荷が重いんだがなどと思いつつチトセへと問いかける

 

「いいや、旦那が名を馳せたのは主に交渉や調整能力と言った裏方仕事の話で戦士としてはさほどでもないよ。妻の方にしても腕利きとして名を馳せはしたがダインスレイフほどの怪物ではない」

 

最もエスペラントになればわからんがな、などとチトセが答えるものだからますますゼファーは訝しがるのであった。危険性は判った、確かに下手をするととんでもない事になりかねんという事態ではある。だがそれにしてもアヤもわざわざ動かす程とは思えなかったのでゼファーが再度理由を尋ねようとするとチトセがアヤへと目配せを行い……

 

「そこから先は私自身から説明させてもらいます、ゼファー様」

 

アヤは何かを覚悟したかのような凛々しい瞳で

 

「今回ゼファー様だけでなくこの私もその夫妻への調査をさせていただくことになったのは他ならぬ私がチトセ様に頼んだからなのです」

 

とそのような事を告げて何かを飲み干すように一瞬眼を閉じてから……

 

「そして私がこの任務に志願したのはもしもチトセ様の危惧が真実であった際に、裁剣女神(アストレア)の裁きを受ける事になる前にこの身命を賭してでも説得して思いとどまって欲しいから。アシュレイ・ホライゾン様とナギサ・ホライゾン、いえナギサ・奏・アマツ様がかつて共に時間を過ごした私にとってかけがえのない方たちだからです」

 

そんな決して譲らぬと決意に満ちた目を見せた……

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「よろしかったのですかお姉さま?」

 

サヤ・キリガクレは二人が立ち去ってからそんな問いかけを主に対して行なっていた

 

「今回の件あの子は聊か以上にターゲットに入れ込みすぎてしまっています。そんな彼女を任務に充てるのは下手をすれば」

 

「帝国と私を裏切る可能性すらある、か?」

 

そんな己の従者の抱く危惧に対してチトセは笑いながら告げる

 

「もしもアイツがそれほどの覚悟を抱いているとしたのならそれこそ任務から外すのは愚の骨頂だよ。こういうのはな理屈ではないんだよ(・・・・・・・・・)

 

一度それに敗れて、チトセ自身もそんな想いに身を委ねてかつて英雄を破った身として骨身に染みている。この世には正誤を超えた想いがあるのだと。

 

「仮に私があいつを任務から外してゼファーにあの夫妻の抹殺を命じたとしようか、するとどうなると思う?あいつのあの夫妻を助けたいという思いはそのまま私たちへの反逆の牙という方向に向かうことになるんだよ」

 

どれか一つしか選べないという状況を与えられてしまえば人間は他のすべてを捨てることになったとしてもたった一つの本当に大切なものを守ろうとする。かつてゼファー・コールレインがミリアルテ・ブランシェという宝を守る為に地位も名誉も全て捨て去ったように。

 

「だがな、私がこうして任せればその想いは真実を知った時にあの夫妻にどうにか思いとどまってもらいたいという方向へと働くことになる」

 

愛国心に軍人としての使命感、上官からの信頼へと報いたいという想い、そして大切な人達の命。これら全てを満たすことの出来る選択肢があるというのならば、当然誰だってその選択肢を必死に選ぼうとする。仮にあの夫妻への危惧がその通りだった場合、アヤ・キリガクレはそれこそ決死の覚悟で説得へと当るだろう。その狙いは先ほどのアヤの様子を見るに見事的中したと言える。

 

「まあ無論、それでも旧友の懸命な説得にさえ応じないほどに野心や恨みと言ったものが深いという可能性もあるが、その時はもう仕方がないだろう。少なくとも蚊帳の外に置かれる事になった時よりは後悔せずに済むだろうさ、アレも私たちもな」

 

どの道、神ならぬ身には何が正しいかなど判らぬ以上は出来るだけ後悔せぬような選択肢を選ぶしかあるまいとチトセ・朧・アマツは考える

 

「まあ全て私たちの杞憂で、あの夫婦は真実何も裏のない善良な夫妻だった。そう判明するのが一番だがな」

 

私としてもそんな後で笑い話になるような結末となる事を祈っているよと裁きの女神はそんな事を呟きながら祈るのであった……

 

 




ナギサちゃん「アッシュ好きー大好きー♪」
アッシュ「俺の方こそ愛しているよ、ナ・ギ・サ」

シリアスな前フリだが実態はこんなんである。

アヤさんと再会するネタ書くならやっぱり二人がアドラー訪れるノリだよなー
→アレ?客観的に見るとこの夫妻アドラーから見るととんでもなくヤバイ存在に見えね?
→これはチトセネキ的には警戒せざるをえんよなー

大体こんなノリで話が膨らみました。アヤさんとの再会は次回で描きます。



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二人の幸せを願うのはとても当たり前の事(中)

前話からの続きになります。
アヤさんとの再会話になるといったがすまんありゃ嘘だった。
気が付いたらルシードとゼファーさんが活き活きと動き出し始めてしまってな……
高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処するのこそ自分のスタイルよ。


ある程度調査を行なったら判断した結果が白であろうと黒であろうと最後はアヤに任せる、そんな約束をして出来れば白であって欲しいなと願いながら柄にもなくかなり真面目な面持ちで、愛する女と妹の友人の為に(常になく)勤労意欲に燃えて、とある夫妻の調査を行なうことになったゼファー・コールレインは

 

「どうかなアッシュ?似合うかな?」

 

「ナギサにだったらなんだって似合うさ。でもその髪飾りは特に君のその髪に映えていて良いな、折角だし買っていこうか?」

 

「ええ、そんなの悪いわよ~前もそう言って買って貰ったばかりだし……」

 

「良いんだよ、君が笑顔になってくれるのならそれが俺にとっての一番の幸せなんだからさ」

 

「もう……それは私だって同じなのに……なんだか私ばかりアッシュに色々してもらって申し訳ないなぁ」

 

「何を言っているんだよ、いつも美味しい料理を作ってくれたりと尽くしてもらっているのは俺のほうさ。そもそも君が居てくれるから俺は頑張れるんだからさ」

 

「そんなの私だって同じだよ……アッシュに少しでも美味しいご飯を食べてもらいたいなって思って料理を頑張れるようになったんだからさ」

 

「ナギサ……」

 

「アッシュ……」

 

(帰りてえええええええええええ俺も帰ってチトセといちゃつきてえええええええええ)

 

今、猛烈にその意欲を失おうとしていた。

 

(え?これ調査する必要本当にあるのか?どこをどう見ても、聞いてもただのラブラブバカップルにしか見えないんだけど)

 

本当に結婚して数年経っているのかよあの夫婦などとエスペラントとして強化されてる視覚と聴覚を活かして夫妻にばれぬ距離から様子を窺いつつ思う。そんな夫妻を見ながら全く動じずに綺麗な営業スマイルを浮かべて可愛らしい奥様ですね、素敵な旦那様をお持ちでお羨ましいことですなどと言っている店員はまさにプロの鑑と言えるだろう。一応は一流中の一流にも関わらず、開始してからわずかの間にすでにサボることを考え始めているこの男とはえらい違いである。

 

(一応ルシードの奴にも調査は頼んどいたけど、この分じゃ空振りに終わりそうだな)

 

多分白だと思うけどねなどといっていた親友の姿を思い浮かべる。

 

(見たところ鍛えていたことは窺えるけど今も現役って感じには見えねぇしなぁ)

 

試しに炙り出しの意味を込めてわざと尾行されていることにある程度勘付けるような撒き餌も行なっていたが反応は全くなし、動きも確かにかつては戦いを生業にしていた者であったことは窺えるが今も現役のようには到底見えない。

 

(しっかしまあなんというか本当に……)

 

絵に描いたような幸せ夫婦だなと眺めながらゼファーは呟く。本当に心の底から幸せだと言わんばかりの輝かん笑顔、とでもではないが復讐などを考えているようには到底思えない。

 

(なんというか、どこかミリィを思い出すんだよなぁ)

 

辛い目にもあっているのにそれでも世界はきっと優しいとそう信じて、自分も他者に対して当たり前のように優しく在れる、そんな彼の自慢であり救いでもある最愛の妹。あの夫妻の全く裏を感じさせない幸せそうな様子はどこかあの子を連想させた。

 

(やっぱり碌なもんじゃねぇよなぁ、この仕事。ま、あいつのためだから頑張るけどよ)

 

ああいう人間を見ても疑ってかかることを前提にしなければならない我が身の録でもなさを改めて実感させられて、なんというか居た堪れない気分になるのだ。あの夫妻と面識のない自分でこれなのだから古い友人であるアヤの心労たるや如何ほどのものか。

 

(一番最悪なのは、あの夫妻は全く裏のない善良な夫婦だがその裏がそうじゃないってパターンか)

 

何もかもがこちらの杞憂でしたーーーこれが最高だ。誰も泣く奴はおらずなんなら今自分がしている苦労も酒の席での笑い話の種になるだろう。

あの夫妻が実は笑顔の裏で野心を隠していたーーーこれもまだ良い。アヤは大きな苦渋を飲み干す事になるだろうが、それでもまだほかならぬあの夫妻自身が選んだ道だ。納得も出来るだろうし、こっちも遠慮なくやれる。

そして最後にあの夫妻は真実、何の裏もなく善良な夫婦だがあの夫婦の上の会長様とやらや、教国のお貴族様が利用していて処理をしなければならない場合。これがもう最悪だ、旧友であるアヤは納得できなくて食い下がるだろうし、自分にしてもそんな利用されただけの夫婦を処理しなければならないともなれば間違いなく最低の気分になるであろう。

 

瞬間ゼファーは自分の最大の罪である、血統派と改革派の派閥抗争に知らぬところで巻き込まれていたある一家(・・・・)を思い出していた。

 

 

あるときチトセから言われたのだ、「このまま黙っていて良いのか」と。ゼファー・コールレインはチトセ・朧・アマツによってブランシェ一家の殺害を命じられていた、それを黙っているのはあまりに彼女に対する不義理ではないかと、非はお前にではなくそれを命じた自分にあるといわんばかりの態度で。そうして打明けるか否か、悩みに悩んだゼファーは親友へと相談して……

 

「いやゼファー、君立派になったのは良いけど立派になりすぎだよ。今の君はあの女神様に影響されてちょっと強者(そっち)側の思考になりすぎだ」

 

そんな風に言われたのだ。

 

「大体だよ、君たちはそりゃあこういうことでしたなんと言われようと甘んじて受け入れます、嫌われる覚悟だって出来ていますって言って満足かもしれないけどさ、打明けられたミリィ君の気持ちはどうなるんだい?命がけで自分を救ってくれた兄が実は両親の仇で、義姉になる人はそれを命じた張本人?それが事実だから受け入れて強くなれ、前を向けって?おいおい冗談はよせよ、一体君は何時からそんな英雄めいたことを言うような奴になったのさ親友」

 

立派になったのはいいけどだからって大切な事を忘れるんじゃないぞと己が親友は冗談めかしながらも真剣そのものの様子で

 

「真実を知って乗り越えることでより強固になる絆や想い、そういうものも確かにあるんだろうさ。僕だってそれは否定しない」

 

自分は負け犬だと自覚しているがそれでも正しい事を選べる強さを持つ人間に対する敬意や憧れめいたものはもちろんあるんだとため息をつきながら

 

「でもねゼファー、それでも僕は世の中には知らないほうが良い真実(・・・・・・・・・・・)ってものも間違いなくあると思っている。君と彼女がミリィ君に打明けるか否か迷っているのは間違いなくそれだ。君は彼女と両親を守るように命じられていた軍人。だけどそれが出来なくて彼女の両親を守れなかったからせめてもの償いとして、軍を抜ける事になっても彼女を護り抜くと誓ってそれが理由で一度はあの女傑と袂を別つことになった。それで良いじゃないか」

 

誰も傷つかない、偽善だとか仇の癖にどの面下げてとか言いたい奴には言わせておけよという親友の言葉を受けてゼファーは

 

「ありがとよルシード、なんというかお前が居てくれて良かったわ」

 

「そりゃどういたしまして、友達冥利に尽きるってもんだよ」

 

そんな風に自分が忘れかけていた大事な事を思い出させてくれた感謝を親友へと告げて、チトセへと自分はこの事実を一生黙って墓場の下にまで持っていくと告げるのだった。それを聞いたチトセは

 

「そうか……それがお前の決断ならば私はそれを尊重するとしよう。彼女との付き合いはお前の方が長いしな。……常人ではない強者の意見か。ああ、全く持って耳が痛いな。奴を否定して置きながら改めて自分はそちら側なのだと告げられているかのようだ」

 

とそんな事を言う物だから俺はお前にそんなところにぞっこんなんだよと告げて、その日はいつも以上に絞り取られることになったものだった……

 

 

閑話休題

 

 

とにもかくにも出来ることならそんな想いはもうしたくないものだとターゲットへと目を向けると、相変わらず私今とっても幸せです~なオーラ全開で奥さんの方が旦那の腕にしっかりとしがみついていて、旦那は旦那で幸せそうにそんな奥さんをしっかりとエスコートしていた。

 

(俺も帰ったらチトセに甘えよう、そうしよう)

 

そんな風に自分も大概バカップルな事を考えながらもゼファー・コールレインはコレを後数日続けないとならんのかと深くため息をつくのであった……

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それにこういっては何だけど、同じ理由で父を帝国に殺された者同士、親近感めいたものを僕は君に感じているんだよ、ホライゾン君」

 

どうだい僕にヘッドハンティングされる気はないかな?そんな言葉を目の前の青年から告げられてアッシュは困惑していた。

 

話はさかのぼること数日前、すっかりと慣れて仕事も家庭も順風満帆であったアッシュは、上司である会長から出張を命じられてまた何時ものように自費でナギサの分の旅費を出して帝国へと商談に赴くことになった。商談も終り予定通りに後は一日だけ会長に許しを貰っていた通りに、ナギサと観光でもして帰ろうと思っていたところで急遽会長から連絡が来たのだ。

 

ーーー帝都でグランセニック商会を纏めているグランセニックの三男坊が君に会いたがっていると。

 

訝しがりながらもそうしてグランセニックの屋敷を訪ねて一通りの挨拶をすると君のところの会長と話はついているからしばらく此処に滞在していってくれないかなどと告げられて、困惑したアッシュが理由を尋ねると冒頭のような事を告げられたのであった。

 

「そんなに困惑するような事かな、君だって当然帝国(この国)に含むものは持っているだろう?本来なら何不自由なく過ごせたはずがこの国のせいで君は傭兵稼業なんてやることになって苦労する事になったんだ」

 

僕も父を失ったことでずいぶんと苦労する事になったから君の気持ちがとても良くわかるんだと目の前の青年は心の同情をこちらへと寄せて

 

「だからどうかな?僕の部下になって一緒にこの国へと一泡吹かせる気はないか?僕の同志になって欲しいんだよ。アシュレイ・ホライゾン君」

 

給料だって今の三倍は出そうとそんな言葉をルシード・グランセニックより聞いてアッシュは

 

「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます、グランセニックさん」

 

ほとんど迷う余地もなくそう答えていた。

 

「……理由を聞かせてもらってもいいかな」

 

悪い話じゃなかったはずだと心の底から何故断るのかがわからないと行った様子のルシードの言葉を聞いてアッシュは

 

「まず、今の俺は帝国を恨む気持ちはほとんどありません。だからその時点でグランセニックさんのご期待には添えないと思います」

 

「実の両親を帝国に殺されたのに恨んでいないって?君は人情家の人格者だと聞いていたが中々に薄情な奴なんだな、亡きご両親に申し訳ないとは思わないのかい?」

 

その言葉を聞いて怒りの余り今にも掴みかかりそうなナギサを目で制してアッシュは苦笑しながら答える

 

「そう言われてしまうと痛いところですね。俺にとっては死んでしまった両親よりも今傍にいてくれる何よりも大切な人の事で頭が一杯ですから」

 

傍にいたナギサを片手で抱き寄せつつアッシュは告げていく

 

「確かにグランセニックさんの仰るように大事な人を奪った帝国を恨んでいた時期もありました。でも帝国以上に憎かったのは大切な人を守ることもできない俺自身の弱さだったんです」

 

そう、アシュレイ・ホライゾンが憎かったのは何よりも大事な少女を守ることも、その涙を拭ってやることも出来ない自分の弱さ。だからこそ強さに憧れて傭兵へとなった。でも自分にはそんな事は向いてなくて、そのまま朽ち果てるところだった

 

「でも、そんな二度と取り戻せないと思っていた何よりも大切な人にもう一度巡り会うことができた」

 

そんなところを奇跡のように巡り会えた最愛の人に救われた

 

「この世界は必ずしも捨てたものじゃないって心の底から思えるたくさんの人の優しさに助けられた」

 

アリス・L・ミラーに拾われて、マルティン・プーフホルツに助けられた。そしてブラザー・ガラハッドに人に手を差し伸べることの尊さを改めて教えられた

 

「だから今の俺が願って居るのはこの大切な温もりを決して手放したくないということ、そして出来ることなら今度は自分が誰かに手を差し伸べられるような大人になりたい。それだけなんです」

 

英雄になることは出来なかった。でもそれで良いとおもっている、だって英雄じゃなくても誰かの助けや支えになれること、それをみんなが教えてくれたのだから

 

「ですので、グランセニックさんのご期待には沿えません。今の俺の中にあるのは帝国への恨みなんかじゃない、ただ彼女とずっと一緒に生きていきたい。そして一緒に幸せになりたい。ただ、それだけなんです」

 

だからあなたのご期待に沿うことは申し訳ありませんとアッシュは頭を下げる。そんなアッシュの言葉を聞いて帝国に恨みを抱く御曹司(ルシード・グランセニック)

 

「そうかい、それじゃあ仕方ないね」

 

さっきまでの張り詰めた雰囲気が嘘のように苦笑して

 

「君が野望だとか復讐だとか、そんなものよりもとにかく奥さんの事が大事な奴ってのは良くわかったよ。ああ、うん。これじゃあ仕方がない」

 

やれやれようやく同志に巡り会えたとばかり思えたんだけどねなどとルシードはやたらと芝居がかった様子で

 

「まあでも、もう君のところの会長さんには話が行っているからしばらく滞在していくと良いよ。心配しなくても、もうさっきのような勧誘をする気は一切ない。ただの客人としてもてなさせてもらおう」

 

だからそろそろ矛を収めてくれないかなと大切な夫を侮辱されて怒りの瞳でこちらを睨みつけているナギサへとルシードは告げる

 

「わかりました、そういうことでしたお言葉に甘えさせてもらいます、グランセニックさん」

 

「ルシードで構わないよ、代わりに僕も君をアッシュと呼ばせてもらうからね」

 

君みたいな馬鹿はそんなに嫌いじゃないなどとルシードは先ほどまでの態度が嘘のように心からの笑みを浮かべて握手を交わすのだった。

 

 

 

 

 

 




ルシードが帝国に恨みを抱いているように見せかけたのは当然ながら炙りだしのためのプラフです。ルシードとアッシュって父親がエスペラント技術の持ち出しやろうとして帝国に親父が殺された(ルシードは自分もだけど)って点で同じじゃね?ということにふと気づいてネタが膨らみました。
次回こそアヤさんとの再会を描きます。


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二人の幸せを願うのはとても当たり前の事(後)

前話までのあらすじ

チトセ「この夫妻怪しい。ゼファー、御曹司殿、アヤ!お前達でジェットストリーム調査をかけるぞ!」

ナギサ「アッシュ好きー大好きー♪」
ゼファー「ただのバカップルじゃねぇかああああああああああああああ」

アッシュ「ナギサが居てくれる今が幸せだから正直復讐とかどうでもいい」
ルシード「惚気じゃないかああああああああああ」


「凄く綺麗だよナギサ……」

 

「ありがとう……アッシュも凄くカッコいい」

 

その幸せ一杯の笑顔を見せる純白の花嫁衣裳に身を包んだ幼馴染(ナギサ)と花婿衣装に身を包んだ初恋の人(アッシュ)の姿を、アヤ・キリガクレとミステル・バレンタインは心からの笑顔で祝福していた……

 

 

「あなた方は……もしやアッシュ様とナギサ様ではございませんか!?」

 

我ながらなんと白々しい、もしや等ではない。自分は彼ら二人があの二人なのだと事前に教えられている

 

「アヤ……アヤなのか!?」

 

「アヤ……良かった……やっぱり貴方も生きていたんだ!」

 

だから、心からの笑みで自分の生存を喜んでくれている二人を見てチクリと胸の痛みを覚えながらも切に願うのだ。

 

(ああ、どうか、どうか杞憂であって欲しい)

 

目の前の大切な人達が祖国に仇成そうとしている、そんな事がどうかないようにとアヤ・キリガクレは強く祈るのであった。

 

 

 

「それじゃあ、アヤはあの時部隊にたまたまいた親戚に拾われたのか」

 

生きていて本当に良かったと心からの笑みをずっと再会を夢見ていた初恋の人が言う

 

「はい、そうして今はアリエスに所属して要人の給仕や護衛と言った任についております」

 

「そっか、アヤなら確かにピッタリだよな」

 

わたしも小さい頃はずっとアヤに助けられたしとどうか生きていて欲しいと願っていた大切な主である初めての友達が答える

 

所属部隊以外は嘘ではない。しかし今の主(チトセ)に拾われたといった部分を隠している。

目の前の二人をそうして騙している行為にアヤは少なくない痛みを覚えたが……

 

(それでも、チトセ様は私に任せてくださいました)

 

本来ならば外すのが妥当な判断であろうに自分の我儘を聞いてくれた。例え黒であったとしても粛清を行なう前に自分に思いとどまるように説得するという機会をくれた。その信頼に応えたいと、アヤは思う。目の前の二人は無論アヤにとって何者にも変えがたいかつての主(幼友達)最愛(初恋)の方だが、それでもチトセに対して抱いている恩義もまたアヤにとって本物なのだ。

 

(チトセ様に私が命じられたのは友人としての立場から怪しいか否かを見極めること)

 

ルシード・グランセニックは帝国に悪意を抱く同志(撒き餌)としてアッシュに接触して帝国への憎悪がどの程度のものかを測りながら、裏で彼の所属するプーフホルツ商会を調査しておく、ゼファー・コールレインは第三者として夫妻が二人きりの際にどのような行動を取っているかを見極める、そしてアヤ・キリガクレは友人として旧交を温めながら二人の真意や今の人となりを探る。それがチトセによって求められたものだった。そうしてアヤは自らの罪を告解するようにわずかに目を伏せて……

 

「あの、それだけなのですか?お二方とも」

 

そう告げた自分の言葉に何のことだかさっぱりわからないといった様子で二人がきょとんとした顔を浮かべる

 

「私はナギサ様とアッシュ様、そしてミステル様のご家族の仇であるこの国の軍人となりました。いわばあの日の友情を私だけが裏切ったのです。ナギサ様とアッシュ様が親の庇護も得られずに傭兵として辛酸を味わっている頃に一人だけ庇護を受けて不自由なく過ごしていました。裏切り者、そう罵倒される覚悟もしていたのですが……」

 

それは要注意人物の事情を探るための帝国軍人としてではない、私人としての紛れもないアヤ・キリガクレの本音であった。チトセ・朧・アマツは素晴らしい主だ、彼女に抱く恩義の気持ちと忠誠に偽りはない。だが同時に彼女がアッシュとナギサの両親の仇であるというのもまた事実なのだ。だからこそアヤ・キリガクレは柔和な笑顔の影でずっとそんな思いを抱えていた、これは我が身可愛さによる裏切りなのではないか?仇を討とうとするのが忠臣として自分が本来なすべきことだったのではないか、と。そんな自分の従者の言葉を受けてナギサ・奏・アマツは柔和な笑顔を浮かべて

 

「馬鹿だなアヤは、そんな事をずっと悩んでいたりしたの?」

 

慈愛の篭った言葉で己の友人の抱いていた悩みを否定した

 

「裏切り者だなんて思うはずないじゃない。会えて良かった、生きていてくれて良かった。私が今思っているのはそれだけだよ」

 

「俺もナギサと同じ気持ちだよ。もしもアヤがそんな風に思い悩んだ挙句に俺達の仇を討とうとして死んだなんてなっていたら、それこそ後悔してもしきれないところだった」

 

そこにこめられたのは偽りのない自分を心の底から慮っていてくれているとわかる言葉。だからこそアヤ・キリガクレはその言葉に救われて

 

(ああ、良かった。お二人は変わられてなどいなかった)

 

思い出すのは従者である自分などと友達になってくれた優しい女の子と男の子。人の幸せを心の底から願えるそんな自分が大好きだった人達の姿。だからアヤ・キリガクレは確信を持って断言する。この二人が野望や復讐そんなものに囚われることなどあり得ないと。今ならばそう告げる事が出来る。

 

「それに……」

 

そんな風に感慨に浸っていると目の前の優しい少女は昔は見たことのなかったどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて

 

「裏切ったっていうのならむしろ私の方かもしれないよ。抜け駆けなしで正々堂々勝負しようっていう三人での約束を破って二人が会っていない間にアッシュにプロポーズされちゃったんだから」

 

だからごめんねアヤ、アッシュは私の旦那様なんだとはにかみながら告げる主にアヤは一瞬呆気に取られて

 

「ふふ、そうでしたね。裏切ったのはナギサ様もお相子でした」

 

やはり女の友情など恋が絡むと脆いものですねなどと笑いながら告げて

 

「ですが、そのように幸せそのものな様子を見せられては私としては何も言えません。こうして幸せそうなお二方と巡り会えたこと、それだけで私は救われました」

 

ああ、本当に本当に良かったとアヤ・キリガクレは万感の思いを込めて告げる。そんな女の友情を見て少しだけ蚊帳の外に置かれていたアッシュは

 

「……そんな約束していたんだな三人とも」

 

全く気づかなかったよとどこまでも天然な事を呟くのであった。そうしてそんなアッシュの言葉を聞いて火がついた二人はどこか居た堪れない思いをするアッシュを他所に青年が如何にして天然スケコマシだったかで盛り上がり始めるのであった……

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「結論から言うと完全な白だね。彼の所属しているプーフホルツ商会は善良かつ健全な商会そのもの。もっと悪辣にやればうちの国でも上流いけるだろうにそれをやらないために中堅位のポジで留まっている、そんなところだよ。本人に関して言えば独り身なのにバカップルを屋敷に住まわせて盛大に惚気られたこっちの身にもなってほしいね。後、奥さんが旦那大好きすぎてあまりにわかりやすすぎる、とてもじゃないけど企みとかそういう事出来るタイプじゃないよアレは」

 

ルシード・グランセニックはどこか疲れた様子で

 

「うん、ただのバカップルだわアレ。企みとかそんな様子一切なし。正直見ているだけ、聞いているだけで口の中が砂糖塗れにされるような気分でした。俺、一体何やっているんだろう……ずっとそんな気分にさせられました。疲れました。甘えさせてくださいチトセさん」

 

ゼファー・コールレインは遠い目をしながら

 

「お二方はお優しいあの頃のままでした。あの方達が謀に手を染めることなどあり得ない、そう私は断言させていただきます」

 

アヤ・キリガクレは真剣そのものの様子でチトセへとホライゾン夫妻に対する調査結果を報告していた。そうして各々の報告に対してチトセは

 

「そうか、ご協力感謝するよ御曹司殿。このお礼はいずれ必ずさせてもらおう」

 

外部協力者であるルシードへとそんな風に感謝の言葉を告げて

 

「ご苦労だったな我が狼。よしわかった、今日は思う存分たっぷりと私が可愛がってやろうじゃないか」

 

最も信頼している最愛の相手に対してはそんなあの夫婦に負けてたまるかと燃え盛り

 

「良くわかった、任務と友情で板挟みになったと思うが良くぞ果たしてくれたな」

 

アヤ・キリガクレをそんな風に労いつつ判断を下した。すなわち白と。これ以上の警戒は人員と時間の無駄である、それが帝国上層部のホライゾン夫妻に対する判断であった。

 

そうして下された結論に対してアヤ・キリガクレはホッと胸を撫で下ろして、上官に対してある事を願い出ていた

 

「チトセ様、ぶしつけなお願いで恐縮なのですがしばらくしたら纏まった休暇を頂きたいのです」

 

「うん?珍しいこともあるな、一体どうしたんだ?」

 

そんなチトセの問いかけに対してアヤ・キリガクレは

 

「とある方々のご結婚式へと出席するために少々国外へと行く事になりそうなのです」

 

そんな事を笑って告げるのであった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時々自分は夢を見ているのではないか、そんな不安に私は襲われるのだ。だって、あまりにもあの日アッシュと再会してからというもの夢みたいに幸せな日々が続くものだから。彼が生きていてくれてまた巡り会えたそれだけで夢のようだったというのに、彼からプロポーズされてずっと一緒に居ようと告げられて、ミステルとアヤにまで再会する事が出来た。そうしてそんな不安に襲われるたびについつい私は彼に甘えてしまって、彼はそんな私の様子を見て自分が幻ではないと証明するかのように優しく抱きしめてくれるのだ。

そんな風にずっと夢を見ているのではないかと時折思っていた私だが、今日はもう言葉に表せない幸福に包まれている。

 

「綺麗よーレインちゃん、旦那様と末永くお幸せにねー。甥っ子や姪っ子が出来たら必ず知らせてよねー」

 

どこにいようと必ず駆けつけるからーと満面の笑顔で祝福してくれる私を拾って育ててくれた大事な義姉の声が聞こえる

 

「おめでとう、アッシュ君。ナギサちゃん。私、今心から大和様に感謝しているわ。こうしてまたみんなとめぐり合わせてくれてありがとうって」

 

そしてこれからもどうかあの二人を見守って下さいってお祈りするわーとお姉さんのように思っていた幼馴染が祝福してくれている

 

「アッシュ様、ナギサ様、どうかお幸せに」

 

それこそが私の願いですと自分にとっての初めての友達が笑みを浮かべながら告げてくれた。その他にも「そんな美人の嫁さん見つけてこの果報者ー」「見ているかロディ、君の息子の晴れ姿だ」「おお、ハレルヤ!」などとたくさんの人達が、私たちの幸せを祝福してくれている。そうして隣を歩く最愛の人をふと見ると、彼も私のほうを見つめ返してこう告げてくるのだった

 

「愛しているよ、ナギサ」

 

とそんな彼の言葉に私も心からの笑みを浮かべて答えるのだ

 

「私もよ、アッシュ」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「綺麗だったわね、ナギサちゃん」

 

「ええ、本当に。お美しくなられました」

 

隣のミステルの言葉にアヤは心からの賛同でもって返す

 

「カッコよかったわね、アッシュ君」

 

「ええ、凛々しくなられました」

 

思い出すのは子どものころの姿。初恋の少年は立派な男へと成長していた

 

「やっぱり……ほんの少しだけ悔しいわね」

 

「はい、なんと言っても初恋でしたから」

 

少しだけ、本当に少しだけ悲しい思いを抱えながらアヤはまたもや返答する。だって初恋であり、正真正銘本気の恋であり愛だったのだから。それが破れた以上どうしたって胸を刺す痛みがある

 

「ですが……」

 

そう、だけど

 

「お二方はとても幸せそうでした。ええ、私はそれだけで良いのです」

 

もう二度と会えない、死んでしまったと思っていた大切な人達が生きていて幸せになってくれた。それだけで十分に自分は救われたのだと悲しみを振り払ってアヤ・キリガクレは笑う

 

「うん、私も全く同じ気持ちよアヤちゃん」

 

そんなアヤの言葉に頷いて、ミステル・バレンタインも同じく笑う。二人の晴れの舞台に必要なのは涙ではなく祝福の笑顔、そう信じているから。そうしてミステルは自らの初恋を吹っ切るかのように朗らかに笑って

 

「さてと、それじゃあここは一つ、仲良く振られた者同士、思い出話に華を咲かせながら自棄酒と行きましょうか、アヤちゃん」

 

「ええ、お供させていただきます。私エスペラントでございますから、こう見えてもお酒にはかなり強いのですよ」

 

「お、言ったわね~後で「もう勘弁してくださいミステル様」とか言っても聞かないわよ~」

 

そんな風に盛り上がりながら、幸せそうに笑う一組の夫婦を見つめて二人は同時に呟くのだった

 

どうか、幸せに。

 

と。10年越しに引き裂かれた四人の幼馴染達は同じ時間を共有しながらかつてのように笑顔を浮かべていた……




コレにて長かったフォーリンラヴシリーズは終りになります。
今後はまた思いついたネタを描いていくことになります。

ロートスとアンナちゃんの記念ムービーみたいに花婿衣装きたアッシュと花嫁衣裳着たナギサちゃんのカップル絵描いて下さい、light様。お願いします。諭吉だって捧げますから!


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陽だまり

割とシリアス目な話になります。
今回はZero Infinity -Devil of Maxwell-よりイヴァンの兄貴ことイヴァン・ストリゴイが
新西暦世界の傭兵として登場しています。別にバトルしたりする物騒な話になるわけではないです。


「それじゃあ、アッシュ行って来るね」

 

笑顔でそんな事を告げてくる自分にとって何よりも大切な少女の言葉にアッシュは一瞬何かを呑み込むように目を伏せ、強く手を握り締めながらも

 

「うん、気をつけてな。グレイ、ナギサの事頼むぞ」

 

気づかれないようにすぐに笑顔を浮かべて、そんな風に暁の海洋においてナギサと同様にエースとして最近頭角を現しつつある悪友へと大切な少女を守ってくれるように頼む。……自分の惚れた女(・・・・・・)を守ることを他人に頼まなければならない、そんな自分の有り様に燻る何かを押し殺しながら。

 

「おう、任せておけって。麗しいレディを守る紳士を自認しているこの俺としては、言われなくたってしっかりレインちゃんを守ってやるさ」

 

だからまあ安心しとけよとそんなアッシュの男の意地に対する理解を見せながらグレイ・ハートヴェインもまた笑顔で応じる。帰ってきたら一杯奢れよなどと軽口を叩きながらも。

 

「むぅ……アッシュってば昔のイメージ引きずってない?今の私はこれでも立派な暁の海洋のエースなんだよ。昔みたいな守られるだけのか弱いお嬢様じゃないんだから」

 

そんな女である自分では立ち入れない、男同士(・・・)だからこそ通じ合うものがあるといわんばかりの態度の二人に若干の不満を持ってレインはジト目で愛しい男を見ながらそんな事を告げる。

 

「仕方が無いだろう、俺にとってナギサはとても優しくて可愛くて大切な女の子だからさ。どれだけ強くなったって言っても心配に思うのはしょうがないだろ?」

 

本当はグレイに任せるのではなく自分で君を守りたい(・・・・・・・・・)

笑顔で見送るしか出来ない自分が不甲斐なくてたまらない。

どうして自分にはナギサやグレイのように戦いの才能が無かったのだろう?

 

と言った心の中に燻り続けるものを抑えながら笑顔でアッシュはそんな事を告げる。するとレインは驚いたように目を丸くした後に頬を赤らめて

 

「そっか……アッシュはそんなに私の事を大切を大切に想ってくれているんだ……」

 

そっと身体をアッシュに預けてそんなことを告げる

 

「ああ、君の事が本当に好きで愛おしくて、大切なんだ。君と離れていた時期は俺にとってずっと暗い闇の中にいるようだった。こうして再びまた巡り会えて良く分かったよ、俺には君が必要なんだって。絶対に失いたくない暖かな日だまりなんだって」

 

そう言いながらアッシュもまた愛しい少女を強く抱きしめながら告げる、この温もりを決してもう手放さないように大切に大切に。

 

「バカ……忘れないでね、それは私も同じなんだよ。姉さんは優しくしてくれたけどアッシュに会えない日々は本当に寂しくて辛くて、こうしてまた会えて私本当に今幸せなんだよ?まるで夢でも見ているかのようだって柄にも無く大和様に感謝した位」

 

そうしてアッシュの胸に預けていた自らの顔を上げて見つめながらレインは心からの想いを告げる

 

「アシュレイ・ホライゾンはね、私にとっての日だまりなの。アッシュの傍が一番あったかいところで、私が絶対に帰ってくる所。今までずっとその日だまりがなくて寒かったけど、今はとってもあったかい。これからは絶対に絶対にずっと一緒。だから心配しないで、私は絶対に貴方の傍に帰ってくるから」

 

そうして優しくそっと笑顔で口付けを交わす。

 

「えへへ……キス、しちゃったね。私の……ファーストキスだったんだからね?だからこれは絶対にアッシュの傍に帰ってくるって私なりの誓い」

 

はにかみながらそんな事を告げるレインをもう一度抱き寄せて今度はアッシュのほうから先ほどよりも強く互いを確かめ合うかのうような口付けを交わして、アッシュは告げる

 

「これは、君の帰ってくる場所であり続けるって俺の誓いだ。もう二度と離れたりしない、レインが寒くならないようにずっと傍にいるっていうね」

 

そうして満面の笑みを浮かべてレインは改めて告げる

 

「うん……それじゃあ行ってきます」

 

「ああ、行ってらっしゃい」

 

そんなレインをアッシュもまた笑顔を浮かべて送り出すのだった………空気を読んだグレイはどうやら途中でいち早く立ち去っていたようである。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

偵察へと赴くレインとグレイを送り出した後にアッシュは自分の仕事へと取り掛かる。そうして粗方書類を処理してそろそろ二人が帰ってくる頃合になったところで……

 

「よう兄弟、隣良いか?」

 

親しげに声をかけてきたのは傭兵団において兄貴分として多くの団員から慕われているイヴァン・ストリゴイ。その気になれば自分の傭兵団を持てるようになるだけの名声を持ちながらも、自分は将校ではなくあくまで現場の戦士でありたいという理由からあちこちの傭兵団を転々としている、この業界において知らぬものはいない歴戦の勇士である。

 

「はい、どうぞ。自分はこの通り仕事中ですから何も面白い話は出来ないと思いますが……」

 

苦笑しつつアッシュは返答する。

兄弟と彼は親しげに、仲間をいや敵ですらも呼ぶ、やむをえない事情(・・・・・・・・)などではなく純粋に戦場や戦争というものを愛している一本筋の通った硬骨漢それがイヴァン・ストリゴイという男である。女性陣からはそんなノリがいまいち合わないのか「団長としては信頼できるけど女としてはパス」「……勝手に一人で盛り上がられてもこっちとしても反応に困るっていうか、仲間として頼りになるのは認めるけど正直あんまりプライベートでまでは付き合いたくないというか」などと受けが悪いが、反面男共からはその気さくな態度と戦場における頼もしさから兄貴分として慕われておいる。

 

「そういえばありがとうございますイヴァンさん、俺が団の皆に認められたのもイヴァンさんのおかげですので一度お礼を言っておかないといけないとならないと思っていたんです」

 

後方支援や裏方を担当する者を見下すような態度を取る兵士というのは少なくない。自分は命を賭けて戦っているのにあいつらは安全なところでぬくぬくしているだけだ、というわけである。ましてやアッシュの場合は入団の経緯が経緯である。傍から見れば団長の妹分を口説いてまんまと良いポジションに収まり、女に守ってもらっているヒモ野郎、そんな風に陰口を叩く輩も入団当初は少なからず存在していた。そんな中目の前の人物が

 

「いやはやお前さん方中々に度胸があるなぁ。ある日装備している銃が不幸にも暴発したり、補給や休息もなしに戦い抜く自信があるのか?流石の俺でもそんな状況になっちまったら詰んだと悟らざるを得ないところだが、大したもんだなぁ」

 

等と後方支援を軽んじるというのがどういう事かを冗談めかしながらも言ってくれたおかげでその手の陰口はめっきりと減り、今では仲間として受け入れられるようになった。この点に関してのみは自分達が言っても「女に庇われている男」などと言う風に逆効果にしかならないであろうと想っていたアリスとレインもイヴァンへと感謝していた。

 

「俺は別に想っていた通りの事を言っただけさ。少し考えれば誰だってわかるもんさ、味方を敵に回すってのがどれだけ馬鹿な事かってのはな」

 

ま、本当に極稀にそんなこともわかりもしない救いようの無いアホもいることにはいるけどな、などと言いながら

 

「その上で、そういう奴らに仲間としてきちんと迎えられたのはお前さんの持つ人徳って奴さ。お前さんが本当にただの腑抜け野郎だったら、俺はそもそも手を貸したりしなかったし、あいつらにしたって仲間だなんて認められなかっただろうさ」

 

豪快な笑みを浮かべながらそんな事を告げる目の前の男をアッシュはどこかまぶし気に見つめる。決して折れない矜持を持った歴戦の戦士、男としてこんな風に自分もなりたかったというどこか羨望めいた感情、それが胸の内に燻る。もしもアッシュが目の前の全身包帯男のようになってしまった日にはレインが盛大に泣いてしまうこととなるので思うだけに留めて欲しいものである。

 

「正直意外でした、俺は戦場に出るのはもう諦めた人間です。なので貴方が好む戦士ではなかったので……」

 

イヴァン・ストリゴイは戦場を愛している。そこで輝く本物達に偽りの無い敬意を抱いている、だからこそ戦場に出ることを諦めた自分がイヴァンの好みに合致しているとは思えずそんな事をアッシュは告げたが……

 

本当に諦めたのか(・・・・・・・・)?」

 

さっきまでの喜色に満ちた顔ではなく真剣な、まるでアッシュの内面を覗き込むかのような眼差しでアッシュを射抜きながらイヴァンはアッシュへと問いかけてきた。

 

「お前さんを見ているとな、俺はどうにもそんな風に想えねぇんだよ。なあ兄弟、本当は今も心の中に燻っているものがあるんじゃねぇか?本当は誰かに任せるんじゃなくて自分の手で惚れた女を守りたいんだろ?ただ無事を祈って待つしか出来ない、そんな自分が不甲斐なくてどうしようもないと一番思って居るのはお前さん自身じゃねぇのか」

 

まさしく今も自分の心に燻っているものを言い当てられアッシュは息を呑む。そんなアッシュの様子を見てニヤリと再び笑みを浮かべてイヴァンは告げる

 

「どうやら当りみたいだな。良いじゃねぇか、最高だ。その思いは絶対に間違ってなんかいねぇ。男なら、いいや男じゃなくてたって俺たち人類は問答無用にそういうものを美しい(・・・・・・・・・・)と思ってしまう存在なんだよ。帝国の英雄閣下が良い例さ、なんだってあの英雄閣下はあそこまで讃えられていると想う?国を豊かにしてくれたから?自分達の生活を良くしてくれたから?アホ抜かせ、それだけが理由だったらどうして命まで捧げようとする。自分たちにとって都合がいいからお礼に命を捧げますなんてどう考えたって理屈に合ってねぇだろうが」

 

誰かのために命を賭けるという行いは理屈ではないんだと戦鬼は喜色を浮かべたままに告げる。かつて一度だけ目にしたことがある自分が愛する本物の英雄達、そんな中でも一際輝いていた英雄の中の英雄を思い起こしながら。

 

「簡単な話さ、キレイ(・・・)でカッコいいのさ。だから憧れる、ごちゃごちゃ小ざかしい理屈なんかどうでも良い。人間カッコいいと想ったものや美しいと想ったものを嫌うなんてどうしたって出来ないんだからよ」

 

だからお前のその思いは間違ってなんかいないのだとイヴァンは改めて今も燻るものを抱えている青年を導くように優しく声をかける

 

「なぁ、だからお前さんも素直になろうぜ。そうしたいのならそうすりゃ良いんだよ、他人がどれだけ無茶や無理だの無謀だと嘲笑おうが俺はその決断に心からの敬意を表するぜ。強くなりたいってんなら力になってやっても良い」

 

だからお前もこっちに来ようぜという戦鬼の誘いを優しき日常の陽だまりは

 

「ありがとうございます、イヴァンさん。ですが、俺の戦場はそこじゃないんです」

 

今も自分の中に燻り続けるものを自覚しながらも自分が戦う場所はそこではないと告げるのであった。そんな回答をしたアッシュに対してイヴァンは見定めるかのように問いかける

 

「なら、お前さんの戦いってのは一体何なんだ、兄弟?」

 

虚偽も逡巡も一切許容しない、お前の決意を見せてみろというその問いかけに対して

 

「彼女の帰ってくる場所であり続けること、そして少しでも彼女から危険が遠ざかるようにすることです」

 

約束したように彼女の日だまりであり続けること、そしてみすみす敵の罠の中に彼女を放り込んでしまったという事が無いように十全な下調べや依頼の精査を行なう後方支援こそが自分の戦いなのだと強い眼差しで見つめ返しながらアッシュは告げる。

本当は目の前の男が告げたように英雄になりたかった、胸を張って君は俺が守ると告げられる強い男に。だけど自分には戦いに向いてなかった、ならばいつまでもそれに拘泥し続けて大切な人を蔑ろにしてしまうことこそ愚かだろう。自分は弱い、仮に戦場へと出ても才能溢れる彼女と肩を並べて戦うことなど出来ないだろう。それどころか優しい彼女の足を引っ張ってしまう恐れの方が高い。

だからこそ、自分が戦う場所はそこではないのだとアッシュは自らの想いを告げる、臆病者の方便だと軽蔑されるかもしれない、理想を諦めた負け犬の言葉だと今も自らの美学に殉じ続けている目の前の戦鬼はバカにされるかもしれない、でもそれでもと告げたアッシュの思いに対して

 

「そうかい、そういうことなら今後も頼むぜアシュレイ(・・・・・)。そっちの戦いはお前さんに任せた」

 

溢れんばかりの敬意を込め、本物の男としてアッシュを認めるのだった。

 

「うん?何やら意外そうだな、ひょっとして馬鹿にされるとでも想ったか?」

 

「いや、その……ええ、まあはい」

 

イヴァンの問いかけに対して驚きを隠せないままにアッシュがそれを肯定する言葉を告げるとイヴァンはやれやれとばかりに肩を竦めて

 

「どうにも誤解されがちだけどよ、俺は戦場に出ない奴を臆病者だとか罵る気は毛頭ねぇよ。こんなんやりたい奴がやれば良いのさ」

 

ま、不本意ながらも巻き込まれた奴がそれでもと譲れない想いを見せるなんてのももちろん最高だがよとまたかつて見たことのある誰かを思い浮かべながらイヴァンは続ける

 

「一つ昔話をしようか、俺の古い戦友にある男がいた。そいつはまあこの業界の例に漏れずよくいたタイプだ、家が貧しくて食っていくために傭兵になった。そいつは普段は臆病だったけどそれでも仲間のピンチのためなら勇気を振り絞れる本物の男さ。目立った功績を挙げたわけでも、優秀ってわけでもないそれでも確かに輝きを持つ俺の大好きな本物さ」

 

「やがてそいつは金が貯まったそいつはこの稼業から引退。今では得意だった料理の腕を活かして故郷で酒屋を開いている」

 

中々評判が良くてな、今度機会があればお前さんも一緒に行くとしようやなどと告げて

 

「お前さんはそいつに良く似ているよ。自分が可愛くてそういう事を言っているんじゃない事くらいおれには分かる。男の決意(・・・・)を馬鹿にするなんてのは屑のやることだ。平和主義者様にすれば殺人者が今更何を言ってやがるってのもんかもしれねぇが、俺はそんな屑に成り下がるつもりは毛頭ねぇよ」

 

それにとそこで最後に付け加えるようにして

 

「さっきも言っただろ。人間カッコいいと想ったものはどうしたって嫌いになれねぇってよ。さっきのお前はカッコよかったぜ、アッシュ」

 

そんな惜しみない賛辞を浴びながらアッシュはどこか居た堪れない気持ちになりながらも、目の前の男へと礼を告げるのであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

偵察の後私は姉さん、もとい団長への報告を終えて私の誰よりも大切で愛しい人の下へと急ぐ。一刻も早く会いたくて

 

「ただいま、アッシュ!」

 

バタリとドアを開けて笑顔で帰りの挨拶を告げる。すると彼もまた笑顔を浮かべて

 

「お帰り、ナギサ」

 

そうして駆け寄った私をギュっと強く抱きしめてくれる。そうして感じられる彼の温もりが私はとっても愛おしくて私は蕩けてしまいそうになる

 

「えへへへ、あったかい。やっぱりアッシュは私の陽だまりだよ……」

 

そんな事を告げた後にふと私はある事に気がつく

 

「ご、ごめん。私シャワーを浴びたり着替えもしないままに抱きついたりしちゃって……」

 

羞恥で顔が真っ赤になる。アッシュに汗臭いなどと想われたりすごく、すごくショックだ。しばらく立ち直れないかもしれない。そうして慌てて離れようとする私に対してアッシュは笑顔を浮かべて

 

「大丈夫だよナギサ、そんなに心配しなくても」

 

ギュッと抱きしめる力を強くするものだから、私はその温もりが心地よくて強く振りほどくことも出来ずに

 

「あ、汗臭くない……?」

 

「全然。むしろ優しい陽だまりのような香りがするかな」

 

「服も汚れちゃっているし……」

 

「この後洗えばいいよ、それよりも今はこうして君の温もりを感じていたいんだ」

 

そんな甘えんぼうなアッシュを見つめてはにかみながら私は告げる

 

「ちゃんと帰ってくるって約束したでしょ」

 

「ああ、君はちゃんと約束を守ってくれた。俺の方はどうかな、ちゃんと約束を守れているかい?」

 

そうしてギュッと抱きしめる力を強くした彼に対して悪戯っぽい笑みを浮かべて彼の胸へと顔を埋めながら私は告げる

 

「う~ん、まだ足りないかなぁ。もっと強く抱きしめて……アッシュの温もりを感じられるように」

 

「こんな感じでどうかな」

 

「うん……とってもあったかい。えへへ、私今とっても幸せ」

 

そうして私はようやく取り戻せた暖かな陽だまりの中でいつまでもまどろむのだった………

 

 

おまけその1

 

 

いちゃつく二人のバカップルそんな様子を遠目から覗きながら双子はゲンナリとした顔を浮かべる

 

「……すこーし偵察に行っていたってだけなのに何やっているんだろうねぇあの二人は」

 

「これからレインさんが出かけて帰ってくるたびにあんなやり取りする気なんでしょうか、だとしたら壁がいくつあっても足らなくなりそうですが」

 

チラリとレインとともに帰還してそんなイチャツキぶりを朝にも見せられ、帰った後にも見せられアッシュへの呪詛の言葉を吐きながら壁を叩く哀れな男(グレイ)を見つつ双子はため息交じりにそんな事を口にする。そうしてさて、どのタイミングで声をかけたら一番イイ反応をしてくれるだろうかと悪戯っぽい笑みを浮かべるのであった……

 

 

おまけその2

 

「お、レインちゃんったら嬉しそうね!」

 

デレっとした笑みを浮かべて今にもスキップしそうな様子で鼻歌などを上機嫌に歌っている妹に対してアリスは問いかける

 

「あ、姉さん。ふふ、わかる?」

 

そんなアリスの問いにレインはよくぞ聞いてくれましたといわんばかりの満面の笑みを浮かべて

 

「おお!?その幸せかつ女としての余裕が感じられる笑み、さてはついに……!?」

 

女になったのかと妹の成長を盛大に祝福しようとすると

 

「うん!この間ついにアッシュとキスしたんだ!!!」

 

どこまでも初心な義妹はそんな子どものような事を告げるのだった

 

「………キス?」

 

呆れたような顔を浮かべる姉の様子に気づかずウカレポンチは笑顔のまま告げる

 

「うん……えへへ、幸せだなぁ。私本当に今幸せだよ……」

 

「ヘーソウナノーヨカッタワネー」

 

そんな妹の様子に姉は呆れながらまあこれだけラブラブならすぐにでもその時が来るだろう、その時が来たら盛大にからかってやろうと遠い眼をするのであった………




軍人辞めて酒場の店主やっている戦友の事も馬鹿にしたりせずに尊敬している辺がイヴァンさんのそこらのバトルジャンキーと一線を画すところですよね。
ちなみにイヴァンさんはこの後、アリス姉さんとアッシュの方針でローリスクローリターンな仕事をこなす暁の海洋に名残惜しさを感じつつも
より激しい戦場を求めて別の傭兵団へと移り、おじさんと糞眼鏡が対消滅した戦いで大暴れして満足気に笑いながら逝きます。


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安いパンツと高いパンツ(前)

祝 連載一ヶ月突破記念ナギサちゃん人気投票結果発表

第一位:愛が深く心優しき少女ナギサ・奏・アマツ「みんなありがとう」
第二位:狂った光を破壊する冥府の女王レイン・ペルセフォネ「ギルベルトはコロス」
第三位:滅奏の力を受け継ぎし三相女神「(力を授けてくれた)あの人達に感謝」
第四位:アッシュのためならあらゆるトンチキに喧嘩を売る究極の愛重たい族「うわーん、アッシュとの2ショットをヘリオスに奪われたーーー」
第五位:ソリッドクールな傭兵レイン・ミラー「順当な順位じゃないかな」


上のネタは唐突にやりたくなっただけで本編とは特に関係がありません。
別にナギサちゃんの人格が分裂したナギサちゃんファイブになったりするわけではありません。

ナギサちゃんがアリス姉さんに誘われて勝負下着を買った時の話です。
例によってオリキャラの名前は適当です。


「こ、こんな派手なの着れないよ~~~~」

 

姉と共に訪れた店でレイン・ミラーは顔を真っ赤にして首を振っていた

 

「なーに言ってるの、勝負下着なんだから派手で当然でしょ」

 

アリス・L・ミラーはそんな妹の様子に呆れた顔をしていた。

 

「しょ、勝負って……」

 

「そりゃもちろん女にとっての一大決戦よ。愛しの彼を悩殺していざことに及ぶって時に色気のない下着つけていてガッカリされたくないでしょ?」

 

姉のそんな言葉にレインはうう……などとうめき声をあげる。何故どこまでもヘタレ、もとい奥ゆかしき少女がこうして派手な勝負下着などというものを姉と買いに来ているのか?きっかけはこれより数日前の話となる……

 

 

 

その日アシュレイ・ホライゾンは友人である傭兵団員のグレイ・ハートヴェインらと酒場にて飲みに出ていた。料理と酒を堪能しながら、談笑を行なっていた彼らだがそのうち話題は傭兵団のアイドルを射止めた憎いあんちくしょうの方へと移って行く

 

「で、実際どうなんだよレインちゃんとはよ~」

 

ニヤケ顔でグレイはそんな事を聞いてくる。

 

「どうって……そりゃあ、上手くやっているよ」

 

互いの抱く思いはきちんと相手に伝えているし、この間はついにキスだってした。順風満帆と言って良いはずだ。

 

「ほう……言うじゃねぇか。そうなると当然夜は毎日爛れた生活を送ってやがるわけだな!あんな可愛い子を好きに出来るとか……うらやまけしからん!」

 

「来て……アッシュ……」などとベッドの上で両手を広げながらアッシュをはにかみながら迎えるレインを想像して、グレイは自分から話題を振ったにも関わらず歯軋りをしつつ嫉妬の炎を猛らせる。他の男共も口々に「ちくしょう……俺らのアイドルを……!」「俺もあんな可愛い恋人が欲しい……!」「おまけにアリス団長にまで色目を使われやがって……姉妹丼とかやってんじゃねぇだろうな……!」などと勝者(リア充)に対する敗者(非モテ)の嘆きの呪詛が木霊する。

 

「おいコラ、何を想像してやがる。俺とナギサは極々健全な付き合いをしているっての」

 

「ほうほう、健全な突き合いをしてやがると……一体レインちゃんのどこを突いてやがるんだこの野郎!」

 

「だからもう……この酔っ払い共は……」

 

すっかり泥酔している野郎共に絡まれてアッシュは辟易とする、あいにくとナギサとは残念な事にまだそこまでもいってないのだが、傭兵なんてものをやっている連中の考えからすれば傍から見てもラブラブな恋人同士がまさかしていないなどと思ってもおらずすっかりその前提で話が進んでいる。

 

「ふん、まあ良い。俺にだって俺を待つ麗しのレディ達がいるんだからな!一人しか知らないお前と違ってもはや俺は百戦錬磨の男よ!」

 

「あーそうかい、そりゃ良かった良かった」

 

キリッとした表情でそんな事を言う悪友を呆れ顔でアッシュは適当に流す。実態はまだその一人すら知らない状態なのだがいちいち訂正したらまたうるさそうなので黙っておく。

 

「おのれ……憎たらしい余裕顔を浮かべやがって……!?「金を払わないと相手してもらえない関係って哀れだなー俺はそんな事しなくても口で頼むだけで色んなプレイに応じてくれる素敵な恋人がいるからわからないやーハハハハ」だとでも言う気かコラァ!」

 

「言ってねーよ!被害妄想も大概にしろ!!!」

 

勝手に妄想を滾らせ掴みかかってくるグレイにアッシュも応じる。ちなみに現在は清い関係であるが、仮にアッシュが本気で頼み込めばレインの方も最初は「無理無理無理~」と赤面顔で拒否するだろうが、なんだかんだで「も、もう……アッシュがそこまで頼むなら……しょ、しょうがないなぁ」などとよほどアレなものでなければほぼありとあらゆるコスプレ(月天女服)やプレイへと応じてくれる事であろう。羨ましい限りである。

 

「こうなったら勝負だアッシュ!てめぇに俺の百戦錬磨のテクがどれほどか教えてやるぜ!!!これから一緒に娼館に来い!そして普段俺が相手してもらっているソフィアちゃんかチェルシーちゃんに相手してもらえ!後でそれとなくまとめ役の人に確認してもらうからよぉ!」

 

男のプライドを賭けていざ勝負だとばかりにヒートアップするグレイに対してアッシュは冷めた目で答える

 

「別にお前の勝ちで良いよ、興味ない」

 

「その余裕顔がむかつくんだよ!良いから一緒に娼館に行くぞ!!そしてそこで勝負だ!!必ずほえ面かかせてやる……!」

 

そこでバタリとドアの開いた音がしたが、ヒートアップしたグレイはそれに気づかずアッシュを説得するように続けていく

 

「お前だってたまにはレインちゃん以外とだってやりたいと思っているだろ?男だったらそりゃ当然だ、恥じることはないし別に気にする事はねぇ。だから、いざたまには俺に付き合って一緒に桃源郷へと旅立とうじゃねぇか、普段(レインちゃん)とはまた違った喜びがきっと待っているぜ!」

 

キリッとした笑みを浮かべてそんな事をグレイは告げる。ちなみに彼の名誉の為に告げておくと別段これは彼が特別軽薄というわけではない。何時死ぬかも分からない傭兵稼業の人間ならばむしろこのグレイの考えのほうが一般的なのである。色々と初心なレインや一途なアッシュの方こそ特殊例だと言える。

 

そんな会話をしているとアッシュが驚いたような顔をして自分の後ろへと目をやるのでグレイも振り返ってみるとそこにはムスッと拗ねたような顔をしたレインとニヤケ顔をしたアリスが立っていた……

 

慌てた様子のアッシュが恋人へと話しかける

 

「レイン、これは違うんだよ!俺は行く気なんてなかったけど、この馬鹿が勝手に一人で盛り上がっていただけでさ」

 

そんなアッシュの弁明に対してレインは頬を膨らませてツーンとそっぽを向いて答える

 

「……別に、行きたければ行けば良いじゃんか……男の桃源郷とやらがあるんでしょ」

 

「ほらほら、拗ねないの。良いじゃない、それ位許してあげるのが女の器量ってものよ」

 

そんなすっかりいじけた妹を宥めるようにアリスがそう口にするが

 

「別に私行くななんて言ってないじゃん……行きたければ行けば良いって言ってるじゃん…拗ねてなんかないもん」

 

ふんだなどと頬を膨らませてあからさまに拗ねた様子のレインに対してアリスはニヤリとした笑みを浮かべて

 

「あら、それじゃあ別にアッシュ君が他の女の子と寝ても良いって事なのね。それじゃあアッシュ君、今日はお姉さんとイイ(・・)事しましょう」

 

じゅるりとそんな事を言いながら妖艶な笑みを浮かべてアッシュをアリスが誘う。当然ながら周囲から「ちくしょう…あの野郎やっぱりアリスさんにまで手を出してやがったのか…!」「いかにも僕は無欲で無害ですみたいな顔してあのムッツリが……!」などとアッシュに対する呪詛が増す。そんな姉の様子にレインは慌てた様子で

 

「ちょ、ちょっと姉さん!何言って……」

 

「あら?別にアッシュ君が娼館に行っても良いんでしょ。なら、別に私と寝たって構わないわよね。心配せずともちょ~っと一晩、一緒に気持ち良くなる激しい運動をするだけよ。可愛い妹から奪うような事をせずにちゃんと返してあげるから安心しなさいな」

 

もちろんシェアして良いって言うなら今後も借りさせてもらうけどなどと告げてくる姉に対してレインはうーうーとうめき声を挙げていたかと思うと

 

「……………や、やだ」

 

ボソリとそんな呟きをもらしたのでアリスはニヤついた顔を浮かべながら

 

「うーん、聞こえなかったな~おかしいな~別にアッシュ君が行くならそれで良いって言ったのは誰だったかな~~」

 

などとからかってくるものだからレインは

 

「嫌だって言ったの!だってアッシュは私の恋人なんだもん!!!一晩だろうと遊びの関係だろうと本当は他の誰にも渡したくなんてないもん!!!」

 

顔を真っ赤にしてそんな事を叫んだ後にグスングスンなどと泣き出したものだから

 

「あらま、からかいすぎちゃった」

 

テヘなどとアリスは自分の頭をコツンと小突くポーズをとった後に

 

「それじゃあ義弟君、そういうことみたいだから後のフォローよろしくね。貴方の恋人が泣いているのよ、男の甲斐性を見せるときは今よ!!!」

 

などと場をかき乱すだけかき乱してアッシュにキラーパスを渡すのであった。

 

「泣かせたのは一体誰ですか……」

 

全く、などと呆れ顔でジト目をアリスに向けた後に真剣な瞳で己が恋人を見つめて

 

「レイン、グレイが勝手に盛り上がっていただけで俺は端から行く気なんてなかったよ。だって俺はとことん君に夢中で君以外の女性なんて眼に映ってなんかいないんだから」

 

「………本当に?」

 

そんな事を告げてきたアッシュ対しておずおずとした様子でレインは問いかける

 

「ああ、本当だとも。君と再会したあの日から、いやもっと昔のあの屋敷で過ごした日からアシュレイ・ホライゾンはナギサ・奏・アマツにとことん夢中なんだよ。君が居てくれたからこそ今の俺があるんだ」

 

安心させるような柔らかな笑顔を浮かべてアッシュは真実本心からそんな事を伝える

 

「……いつまでも、その、私がそういう事させてあげてないから愛想を尽かしちゃったわけじゃない?」

 

「まさか。君の事が大切だから、流されるような形じゃなくて初めてする時はちゃんとした形でしたいって思っているよ」

 

その瞬間、うん?とその場に居た者達の心に疑問が過ぎる。まさかこの二人こんな風に公衆の面前で堂々といちゃつく位にラブラブなのにまだそういう関係じゃないのか、と。アリスの妹を見る目が呆れたようなものへと変わり、嫉妬に包まれていた野郎共のアッシュに対する視線がどこか畏敬の篭ったものへと変わる。そんな周囲の様子を意に介さずに、二人の世界を作り上げたバカップルはいちゃつきを続ける

 

「私、こんな風に独占欲強くて、すぐに拗ねたりするめんどくさくて重い女だよ」

 

「そんなところもとっても可愛らしいなって俺は思っているよ」

 

そこで少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた後にアッシュはそっとレインへとキスをする。驚いたような顔を浮かべたレインだがすぐに目を閉じてその唇の感触をしっかりと確かめる。

 

「独占欲が強いって言うなら、それはお互い様だよ。俺だって君を他の誰にも渡したくないって思って居るんだから」

 

そんな事を笑顔で告げてくる愛しい男の言葉にレインも微笑を浮かべて

 

「うん……私はアッシュのものだよ……だからもうどこか遠くに行ったりしたら嫌だからね……」

 

そっと自分を抱きしめる男の温もりを感じるのであった………

 

 

 

 

「えーというわけでアッシュ君は娼館には「行かない」という事みたいよ」

 

どこか呆れたような声が聞こえて二人はハッとして慌てて離れる。そうして周囲に気づくと呆れ、嫉妬、畏敬などが入り混じった視線が二人へと集中していた。男共からは「ちくしょう……見せつける堂々といちゃつきやがって……!」「リア充爆発しろ!レインちゃんをちゃんと幸せにした上で爆発しろ!」「大した奴だ……これほどとは……」「やはり……スケコマシか…!」などという声が聞こえてくる。

 

「アッシュ!その、正直すまんかった!お前がそこまでレインちゃんにぞっこんだとは思っていなくてよ!後はレインちゃんがそんなに嫉妬深い子だとも思っていなくてよ、俺としては割と善意から言っていたんだ!」

 

アリス団長の義妹だし、普段のクールな感じからその辺割とサバサバしているタイプだと思っていたんだけどな~などと言いながらある意味ではこの事態の元凶であるグレイが二人へと謝罪する。グレイとしてもちょっと男の意地がヒートアップしていただけで、基本的には友人であるアッシュとレインの幸せを願っているのだ。自分のせいでレインが泣いて二人の仲が拗れることなど当然本意ではない。

 

「それとお前……色々とすげぇな。割とマジで尊敬するぜ」

 

そんな可愛い子が恋人なのによ。などと不思議そうにするアッシュをどこか男として畏敬の篭った視線で見つめる。見ると周囲の野郎共も最初の時にはなかった感心したような様子でアッシュを見つめていた。そんな様子にどこか居心地の悪さをアッシュは感じたが

 

「はい、それじゃあ、アッシュ君をいつまでも拘束しておくとアッシュ君を独り占めにしたいレインちゃんがまた拗ねちゃうから、この辺でお開きとしましょう。続きをしたい子達はその辺は自由にすると良いわ」

 

そんなアリスの言葉に顔を真っ赤にして縮こまるレインを他所にその場は解散となるのであった。その日からしばらくの間アッシュは野郎共の間で「鋼の童貞」の異名で呼ばれる事となるがそれは余談である。

 

「あ、レインちゃんはこの後大事な話があるから私の部屋に来るように」

 

「?」

 

そうして散っていく男性陣を他所にきょとんとした様子のレインに対してアリスはそんな事を告げるのであった……




ナギサちゃんは多分男のその手のアレに理解のある良い女みたいなのにアリス姉さんの影響で憧れているけど、いざやろうとするとやっぱり嫌だ!って可愛らしい独占欲が出るタイプだと思います。
後あんまりプライベートで関わらない一般団員からはパッと見ソリッドクールな子に見えるんではないかなと。


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安いパンツと高いパンツ(後)

現在活動報告のほうでネタ募集を行なっています。
今後もより良い阿片の提供と万仙陣の維持のためご協力をお願いいたします。

例によってかぐや様は告らせたいからパクったもといリスペクトした部分があります。


「姉さん、話って一体何?」

 

呼び出されたレインは姉であるアリスの部屋を訪れてそう尋ねていた。そんなレインに対してアリスはどこか試すような瞳で見つめながら

 

「ねえレインちゃん、単刀直入に聞くけど貴方ってまだ処女?」

 

「は!?」

 

最初何を言われているのかわかっていない様子のレインだったが瞬く間に意味を理解して顔が紅潮し出す

 

「いいいいいいいいいい、いきなり何言い出すのさ姉さん!?」

 

「その様子じゃどうやら処女のようね……はぁ」

 

貴方には心底失望したわみたいな呆れた表情で妹を見つめながらアリスはため息を突く

 

「な、何を仰いますか………それはもう私はアッシュとラブラブで…」

 

しどろもどろになりながらレインは明後日の方向を見ながらそんな風に見栄を張るが

 

「ふーん、バッチリくっきりやっていると。それじゃあ詳しく聞かせてもらいましょうか」

 

「ごめんなさい、見栄張りました。本当はまだキスまでしかやった事はありません。だから手をわきわきさせてこちらににじり寄ってこないでくださいお姉様」

 

その言葉を聞いてよろしいとばかりに立ち止まってアリスはレインを見据えて言う

 

「つまり貴方はまだ一回もやらせてあげていないのに彼女面してアッシュ君が娼館に行く事にあんなにプリプリ怒っていたと」

 

「か、彼女面って……私はれっきとしたアッシュの恋人だもん……」

 

プクリとふくれ顔をしてそんな風に抗議してくる妹をアリスは適当にあしらうように

 

「あーはいはい、そうね。キスまでしか許してないようなお子ちゃまな恋愛やっているだけでも一応恋人同士だもんね貴方達。じゃあ奥さん面に言い換えるわ」

 

「うう……姉さんなんだかいやに辛辣だけど私何か姉さんを怒らせるような事した?」

 

そんな妹の様子に姉は深い、本当に深いため息をついて

 

「怒っているんじゃないわ、呆れているのとちょっぴり我が妹のグラヴィティっぷりに引いているだけよ。何かした、というよりはむしろナニもしていないからそうなったという方が正確ね」

 

「ごめん、何がなんだかさっぱりわからないよ姉さん」

 

そんな事を言う妹に完全に顔に手を当てて天を仰ぎ

 

「じゃあ言うけどねレインちゃん、やらせてあげてないのに娼館行く事に文句言う女ってかなり重いわよ!!!」

 

「うぐぅ……」

 

くわっと目を見開きながら姉にそんな事を言われたレインはいじけるように左右の人差し指をつんつんとつつきあいながら

 

「わ、私だって最初はそれとなく釘を刺して……みたいな風にしようと思っていたんだよ……だけどアッシュが他の誰かとそういうことするって思ったらすっごい嫌な気分になっちゃって……自分でもどうにもならない感じになっちゃって……」

 

最初は姉のように如何にも男のその手のアレに理解のあるイイ女みたいな風に振舞おうとレインも思ったのだ。しかしアッシュが絡むとクールさなどどこかへ行き、ポンコツと化すのが何よりも愛深きナギサ・奏・アマツという少女である。どこまでも普通な少女の感性を持つ彼女は当然それ相応の独占欲だってあるのだ。

 

「そこまでアッシュ君にぞっこんなのになんだって未だに処女なのよ。お姉ちゃんてっきりもう当然済ませているものとばかり思っていたわよ」

 

呆れたような瞳で見つめられてレインはちぢこまって相変わらず人差し指を弄りながら

 

「だって……そういうのは結婚してからだってお母様とお父様が言ってたもん……」

 

そんな何時死ぬかわからない傭兵稼業の人間とは思えない箱入り娘のような事を呟くのであった。こんな事を言っているが、仮にアッシュが多少強引に迫ればすぐに満更でもない顔で受け入れるだろう。それどころか打算など一切なしにアマツとしての本能が目覚めて嬉々として愛する男の子どもを作ろうとすらするだろう。だが、平時におけるアッシュはこういった恋人の奥手な部分や身持ちの固い部分を察している為に早々強引に迫る事無く、何かきっかけがなければこの二人は割といつまでも一線を超えることのない清い交際を続ける事となるであろう。

そんな妹の呟きを聞いてアリスはますますうわぁと思う。この子すでに結婚を前提にしているよ、本当に重たい子だわと。……まあアッシュの方はアッシュの方で諸々の事情で踏ん切りがついていないだけで、プロポーズはいずれするつもりでいるのでその辺はお似合いと言えよう。

 

「貴方って本当に良い所のお嬢様だったのねぇ」

 

シミジミとした様子でアリスはそんな事を呟く。「結婚した旦那様以外には身体を許してはいけない」アリスからするとりろんはしっている!と言った具合の概念である。アリスに限らず傭兵連中は基本そんな感じだ。

 

「うーんでもでも~アッシュ君が相手だったら別に問題ないんじゃない?だってほら、アッシュ君はいずれ貴方の旦那様になるんでしょ?それともアッシュ君はただの遊び?」

 

「そんなわけない!アッシュ以外とだなんて私考えられないもの!!!」

 

「じゃあ問題ないじゃない。それって要は愛する旦那様以外に身体を許しちゃいけませんって教えでしょ?貴方の旦那様はアッシュ君が内定済み、つまりアッシュ君とだったらやっても旦那になってからやったか旦那になる前にやったかの違いのみ。そして無理は身体の毒でセック〇はとっても気持ち良いのでもう早いところ経験した方が良い。ほーら、どこにも問題ないじゃない」

 

どうよこの完璧な理論はなどとアリスはドヤ顔で(無い)胸を張る。そんなアリスの言葉にショート寸前のレインは、アレ?アレ?と混乱しだしている。そんな妹に対してここぞとばかりにアリスは畳み掛ける

 

「と、言うわけで~明日にでもそれ用の下着を買いに行かなくっちゃね!」

 

「え、ちょっと姉さん……私まだ別にするって決めたわけじゃ……」

 

「いや~楽しみだわ~考えてみたらレインちゃんと二人でお買い物に行くってのも久しぶりだもの。それも妹の勝負下着を見繕うためだなんて。こーんな小さいかった頃を知っている身としては色々と感慨深いものがあるわ」

 

よよよよっと言った具合でなにやら嬉しそうにする姉を見るとレインとしても断ることは出来ずに、かくしてアリス・ミラー監修の下、アッシュ悩殺丸秘レッスンがスタートするのであった……

 

 

ーーーーーーーー

 

(うう……勝負下着って……)

 

顔を真っ赤にして縮こまっているレインの目の前には昼間アリスの勧めで買った勝負下着が置かれている。上質な布が使われており、かなりお値段も張ったがその特徴はなんと言っても上半身がシースルーになって透けている事だろう。正直着るのには聊か、いやかなりの勇気を要する。

 

(こ、こんなの着て迫るだなんてまるっきり痴女じゃないか……)

 

その上でアリスより授けられた「プレゼントはわ・た・し」大作戦を思い起こす。考えているだけで羞恥で顔から火が出そうだ。とてもではないが出来る気がしない。だがそんな恥ずかしさと同時に

 

(アッシュ……喜んでくれるのかなぁ……)

 

年頃の女として愛する男と結ばれることを夢見て、お腹の辺りにキュンと疼くようなものも確かに感じているわけで……今彼女の中では二人の自分が言い争い、葛藤と混乱の只中にあった。

 

「駄目駄目駄目ーーー!そんなはしたない事!姉さんの言っている事はきべんだよ!やっぱりそういうのは結婚してからじゃないと!!!」

 

レインの中で自分にとっての恥じらいや幼少期の間に培った倫理観などを司っている小さい頃、ナギサ・奏・アマツであった頃の幼い自分が顔を真っ赤にしてそう主張する。(以降ナギサ(ロリ)と記述)

 

「姉さんの言っている事も最もじゃないかな?今の私は奏の家のお嬢様じゃなくて、暁の海洋所属の傭兵なんだからさ。そんな事に拘る必要は無いって」

 

そうレインにとって姉であるアリスに育てられている間に培った傭兵としての視点や考え方を司る自分レイン・ミラーがそう主張する。(以降レイン(クール)と記述)

 

「毒されすぎだよーーーー!!姉さんは恩人で尊敬しているけど、男に関しては節操なさ過ぎて当てにならないなんてわかりきっている事じゃない!そんな風にはしたなく迫ってアッシュに幻滅されたらどうするの!!!」

 

「いやいや、でもそれはつまり色んな男を落としてきた百戦錬磨って事だぞ。父さんと母さんの教えはお嬢様だった頃の私の状況に合わせての教えだろ?立場が違う今なら参考にすべきは姉さんの方じゃないか?」

 

それにとそれこそが一番の理由だとでも言いた気にレイン(クール)は続ける

 

「大体アッシュに幻滅されたらっていうならそれこそ迫らずにアッシュを他の誰かに掻っ攫われたらどうするのさ、アッシュみたいな素敵な人何時本気に好きになってアプローチかけてくる女が出てきたっておかしくないんだぞ。……下手をすれば姉さんだって今はからかう気持ちが大半だけど、ふとしたきっかけで本気になったっておかしくないんだぞ」

 

そんな事を言われるとナギサ(ロリ)は涙目になって

 

「ア、アッシュは浮気なんてしないって言ってくれたもん……それに、そんな風に自分から迫るだなんて……恥ずかしいじゃない!」

 

そんな風に主にレインの中で恥じらいや乙女としての夢を見ている部分を司るナギサ(ロリ)は主張する。

 

「だからってそれに甘えてちゃいけないだろ。姉さんが言っていたように今の私のやっている事ってかなり重たい女のそれだぞ。それに……」

 

そこで主に彼女の中の積極性や傭兵としてのクールな部分を司るレイン(クール)は冷静な表情から色っぽい表情を浮かべて

 

「ごちゃごちゃ言っているけど素直になろうよ。私だって年頃の女なんだし、本当は今すぐにでもアッシュの子どもが欲しいでしょ?本当はアッシュを見るたびに子宮がキュンキュン疼いているでしょ?」

 

そうして艶っぽくお腹の部分を抑えるレイン(クール)に対してナギサ(ロリ)は顔を真っ赤にして

 

「何言っているのよーーーーーー!!!だからそういうのは結婚してからじゃないと駄目だってばーーー!!!」

 

「私がアッシュ以外と結婚するなんて有り得ないんだから、形式が先か実態が先かの違い程度じゃない」

 

「だからそんなはしたなくて恥ずかしい事なんて出来ないってばーーーーー!アッシュにいやらしい子だって思われたらどうするのよーーーー!!!」

 

「だから何時までもそんな子どもみたいな事言っていて他の誰かに掻っ攫われたらどうするのさ」

 

「アッシュは浮気なんてしないって言ってくれたもん!」

 

「じゃあそういうのを抜きにして自分に素直になろうよ。アッシュに会うたびに子宮が疼いているでしょ」

 

「だからそういうのはry」

 

「だからry」

 

そんな子どもの頃に培ったアマツのお嬢様としての倫理観と恥じらいと傭兵として培った思考と女としての本能が何時までもレインの脳内で激突し続けて、一晩中レインは答えの出ない問いに悶々とし続け、結局は何時ものように恥じらいが勝った(ヘタレた)彼女は買った勝負下着を仕舞い込むのであった……




ちなみに理性と恥じらいを司るナギサ(ロリ)も本能と素直さを司るレイン(クール)も
アッシュ好きー大好きー♪なのは共通しているのでアッシュが情熱的に告白してきたり迫ってきた場合は即効で和解して、身体が完全にバッチコイな子作りモードになります。


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風邪と共に去りぬ(上)

かぐや様は告らせたい。ヤングジャンプにて好評連載中!単行本1巻~6巻絶賛発売中!(露骨な媚び売り)

今回はフォーリンラブ時空でのアッシュが暁の海洋に入ってからナギサちゃんと一緒に寿退団するまでの間にあった話になります。
今回の話はかぐや様を告らせたいからパクらせてもといリスペクトさせていただいた話になります。

あ、サブタイトルは誤字ではありません。シリアス要素もほとんどありません



「アッシュ……アッシュ~~~~~」

 

えへへなどと呟きながら身体を包む成長した幼馴染の柔らかな感触。下着姿のその状態は美麗な天女のようであり、

たわわに実るふくらみとかーーー

くびれの美しいお腹とかーーー

むっちり眩しい太ももとかーーー

が大変に眩しく、アッシュは必死に傍らにいる少女から目を逸らそうとするが……

 

「……どうしてこっちを見てくれないの?ひょっとして私の事、嫌いになったの?」

 

などと言われてしまうとアッシュとしてはとるべき選択は他にないわけで

 

「そんなわけないだろ。俺が君を嫌いになるだなんてそれこそ有り得ない」

 

そう言って潤んだ瞳でこちらを見つめる少女の頬をそっと優しく撫でてあげると……

 

「本当?良かった……私、アッシュの事好きだよ!もう大好き!!!絶対に離さないんだから!!!!」

 

そんな事を言ってまるで抱き枕にされるかのようにギュと抱きしめられて、頭を胸に押し付けられるとムニュンとやわらかい感触がして、その成長を実感させられてしまい……

 

(う、うおおおおおお耐えろ!耐えるんだ俺!!!!!)

 

アッシュの精神世界にて本能を司る闇の冥狼は俄然勢いを増しだし、理性を司る光の煌翼を圧倒していく。調子に乗った本能は

 

「ハーハハハハ、ざまあねぇな理性さんよぉ!」

 

などと叫び、劣勢の理性はそれでも否!否!まだだ!と満身創痍ながらも持ち堪えているが……

 

「アッシュ好きー大好きー♪」

 

すりすりと甘える子犬のように身体を擦り付けてくるナギサからの強烈な援護を受けて本能の勢いは増すばかり。(やるのは)まだだ!と理性が必死に叫ぶも自分で処理する事もせずに、仲間からの娼館への誘いにも乗らずに、恋人(ナギサ)からの普段の無自覚な誘惑、アリスからの意図的な誘惑という激戦を潜り抜けている理性の今の状態は、別の世界にてツンデレ親子から一撃貰い、ドMロリコンから道連れダイブを食らった後の鋼の英雄並にボロボロであった。

そしてここに来てのこの強烈な誘惑、哀れアッシュの理性はまさしく滅奏を受けた英雄の如く。まだだ!こんなところで!とどれほど叫ぼうと身体は限界寸前、完全にハイペリオン(基準値から発動値へと移行)してしまったアッシュの股間のセイファートはもはや貯まりに貯まったニュークリアスラスターが限界寸前。ほんの些細な刺激でブーストしてしまう事だろう。あるいはいっそ自らの手によってそうしてしまった方が落ち着くのではないか等という考えが頭を一瞬過ぎるが……

 

「否!それは逃げである!第一この密着された状態で如何にしてそれをする。そんな事をしてこの無垢な信頼を寄せる己の最愛の少女を穢すような真似をするなど男のする事に在らず」

 

「おいおいおい、何言っているんだよ。このたまりに貯まった欲求がそんな程度で解消できるわけねぇだろ。お前の本当にやりたい事は目の前の子と一緒にスフィアの獲得(子作り)する事だろうが」

 

と理性と本能がこんな時だけ一致を見せる始末。理性がたった一度の敗北によって粉微塵に砕け散り(やっちゃった婚)、本能がついに勝利(童貞卒業)をその手にしようとしたその刹那にアッシュは何故こんな事になったのかを現実逃避気味に思い返していた………

 

 

「ナギサが風邪を引いた?」

 

取引先との交渉から帰還した暁の海洋団長補佐にして事務主任を務めるアシュレイ・ホライゾンは団員である双子からそんな報告を受けていた。

 

「はい、まあそんなに重くはないので多分今日一日休めば良くなるとは思いますが」

 

「きっと愛しい恋人さんの顔を見ればすぐ良くなるだろうから早く診に行ってあげると良いよ。お粥の用意とかはこっちでしておくからさ」

 

「そっかありがとう二人とも。すぐ行く事にするよ」

 

そんな事を双子に告げて荷物を置いてすぐにナギサの下へと向かったアッシュを見送り双子はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「さてさてどうなると思いますかティナさんや」

 

「いよいよレインさんも大人になるのではないでしょうか。あの状態のレインさんの誘惑を受けて堪えられる男は逆に心配になってきますよ」

 

「だよね~それじゃあレインちゃんが元気になった時に備えて、お赤飯でも炊いておこうか~」

 

そんな双子の会話を知る由もないアッシュは恋人の寝室へと急いでいた。こう書くとまるでついに童貞を捨てる決断をしたかのようだが今彼の中にあるのはレインの身体を気遣う想いだけで、そういったつもりは一切ない。そうして部屋へと近づくと何やら話を読み上げる声が聞こえてきた。どうやらアリスが義妹へと退屈しないように話を聞かせてあげているようだ。本当に良いお姉さんだなどと思ったアッシュだが、その聞こえてきた話の内容に思わず眉を顰める。

 

「こうしてシンデレラは見事その身体とテクニックで初心な王子様を篭絡して、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

 

……いや、身体とテクニックで篭絡って、確かにシンデレラが王子様の心を射止めたというのを生々しく考え出すとそうなるのかもしれないけど。

 

「姉さん……身体とテクニックでろうらくって何?」

 

アレ?とアッシュはそこで思う、妙に幼い感じの声色のナギサの声が聞こえてきた。

 

「うーん、そうねー今の状態のレインちゃんにわかるように説明すると、私は貴方の事がとっても大好きなんですーってギュって相手の事を抱きしめたり、キスしたりしてアピールするって事よ」

 

「大好きだって伝えると王子様とずっと一緒に居られるの?」

 

「そうよーむしろそうしないと王子様は浮気性だからねー誰か別の人に取られちゃうかもしれないわよー」

 

からかう様にアリスがそう口にするとどこか妙な様子のレインは

 

「やだやだやだ!アッシュは私の王子様なんだもん。他の誰にも渡したくなんてないもん!」

 

まるで駄々っ子のような声を挙げる義妹をイヴを誑かした蛇が如くアリスは続けていく

 

「そっかそっか。レインちゃんはアッシュ君が大好きなのねー」

 

「うん!好き!大好き!!!アッシュとずっと一緒にいるためだったら、私アッシュを頑張ってろうらくしゅる!」

 

「それじゃあ勇気を出して思いを伝えなくっちゃね。アッシュ君が来たら潤んだ瞳で見つめてこーんな感じで色っぽく身体をよじらせてこういうのよ。「ああ、熱いの……貴方の事を考えるだけで私の身体が火照ってしまってなんだかとっても身体が熱いの……お願い、私を強く抱きしめて……この火照りを癒してくれるのは貴方だけだから……」」

 

「えーと、こんな感じ?」

 

「そうそう!それで相手が抱きしめてきたらトドメにこう言うのよ。「私を貴方のものにしてください……その証をどうか私の身体に刻み込んで……」」

 

(まずい、どうにも入るタイミングを逃してしまい立ち往生してしまっていたら、なにやらとんでもない方向へと話が転がってしまっている。ここは何も聞こえてなかった振りをして、素知らぬ顔をしてノックして部屋に入ろう。そうしよう)などと思い、意を決してアシュレイ・ホライゾンはノックをして用件を告げる

 

「すみません、今入っても大丈夫でしょうか?レインが風邪を引いたって聞いたもので」

 

その言葉を聞いた瞬間にレイン・ミラーいいや、ナギサ・奏・アマツはパアッと顔を輝かせて

 

「アッシュ!?お見舞いに来てくれたの!うん、入って!アッシュだったら私何時でも大歓迎だもん!!!」

 

「という事みたいだから入ってきて良いわよ~」

 

そんな姉妹の返答を聞いてアッシュはドアを開き入室すると

 

「それじゃあ失礼します。レイン、何か何時もと様子が違うけど一体どうした……ぶふぉ」

 

アッシュを出迎えたのは下着姿で色っぽく身を捩じらせて四つんばいになって、輝く笑顔をこちらに向けているナギサの姿。上の方の下着姿はシースルーとなっているため桃色の残像が眩しく

たわわに実るふくらみとかーーー

くびれの美しいお腹とかーーー

むっちり眩しい太ももとかーーー

まさに地上に舞い降りた女神ではないかと髣髴とさせるようなその姿は何もかもが眩しく、入室して数秒でアシュレイ・ホライゾンの理性は瀕死へと追い込まれた。

 

「レイン……その格好は……」

 

「?あ、この下着ね、姉さんが選んでくれたんだよ。可愛いでしょ」

 

「ああ、いやそうじゃなくて……」

 

何時もならばうわああああああ見るなよ!あっち向けよ!などとテンパり出すであろうにえへへなどと言いながら笑みを浮かべるレインに釈然としないものを感じながら、必死に見たい、でも見てはいけないという葛藤を覚えながら目を逸らしながらどこかずれたことを言うレインにアッシュは答えるが

 

「なんで顔を背けてこっちを見てくれないの……見るのも嫌だとかそういう事なの……」

 

瞳を潤ませてそんな事を告げてくるものだから

 

「い、いやそんな事はないよ。その凄く良く似合っていて綺麗だよ……それこそ天女や女神様じゃないかって思った位だ」

 

顔を赤く染め目のやり場に困りながらもそんな素直な感想を告げると花の咲いたような可憐な笑顔を浮かべて

 

「本当!良かった~アッシュのために買った物だから気に入って貰えて何よりだよ~」

 

そんな会話をしていると横でニヤニヤしながら見ていたアリスさんが悪戯っぽい笑みを浮かべて

 

「ほ~らレインちゃん、レインちゃん。貴方の王子様が到着したわよ。だったらさっき教えたとおりにやらないと」

 

「あ……うん、そうだったね。えっと……ああ、熱いの……身体が強く火照ってしまってなんだか身体がとっても熱いの……お願い、私を強く抱きしめて……この火照りを癒してくれるのは貴方だけだから……」

 

などと告げながら身体を胸の谷間が見えるように色っぽく四つんばいになり、潤んだ視線でこちらを見つめてくるものだから俺は頭が完全にショート寸前になってしまって……えっとなんだろうこれ。俺は風邪を引いたナギサのお見舞いに来たと言うのに何でこんな誘惑を受けているんだろう。とりあえずまずは落ち着こう、こういう時は……こういう時は……こういう時はどうすればいいんだろう?誰か教えてくれなどと思って居るとなにやら頭の中に狼の頭をしたどこか俗っぽい存在が現れて

 

「やっちまえよアシュレイ。女の子にここまで言わせて手を出さないなんて逆に失礼だぜ。据え膳食わぬは男の恥ってな」

 

などと何か幼少期に姉に押し倒されたのが原因で国家騒動に巻き込まれそうな男の声が響いてきた。うん、そうだよなーここまでされて手を出さないなんて逆に失礼だよなーと思いふらふらと彼女の方に身体が寄せられると、今度は金髪の偉丈夫が現れて

 

「いいや否だ!彼女は今、明らかに平時とは違う。そしてここへ来た本来の目的を忘れるな。欲望に流されて病の身である彼女へと手を出すなど男のする事に非ず!」

 

などとどこかの軍事帝国で総統すら務まりそうな威厳に満ちた声が響き、俺を正気へと戻す。そうだよな、俺はナギサのお見舞いに来たんだ。なのに彼女の負担にかけるような事をしだすなんて男のすることじゃない!となんとか気を引き締めなおす。

 

「かーこの良い子ちゃんが、てめぇはいつもそうだ。綺麗事ばかりほざきやがる。理想だの愛だのを語る前に今すぐに暴発しちまいそうな下の息子を救って見やがれ!恋人が居るから娼館に行くのは男のする事じゃないだなんだと抜かして、いざ恋人に手を出そうとしたら今度はそれも駄目だだと?理想論も大概にしろ!どれだけの息子がてめぇのせいで毎日役目を果たすことも出来ずに無為に果てていると思ってやがる!!何度でも言ってやる、そんな強さは嫌なんだよ!」

 

愛が伴っていてこそ人間。欲望を発散するのが目的なだけでは獣と変わらない、そんな理屈を理解したうえでアッシュの中の本能は叫ぶ。良いからやろうぜ、童貞を捨てるときは今だ。と

だがそんな本能をアッシュの理性もまた満身創痍ながら迎え撃つ

 

「否、カッコをつけずに、理想を追い求めずに何が男か。結ばれるというのならば正式に正面から思いを告げ、相手の同意を得た上で行なうべきだ。弱った相手の状態に付け込むことなど男のすることに非ず。俺もまた何度でも言ってやろう、カッコをつけずに何が男か!惚れた女への思い、貫き通さずしてどうする!」

 

我らが往くは王道(恋人とのイチャラブックス)のみ。そのほかは一切不要だと雄々しく宣言して本能を迎え撃つ。そうして始まったのは理性と本能の一大決戦、これまで幾度となく行なわれたその決戦は今回もまた鋼の強さを誇る理性の勝利で終わろうと……

 

「抱きしめて……くれないの……?」

 

そんな潤んだ声がアッシュの思考をたちまち現実へと引き戻す。理性も本能もこの時ばかりは同時に同じ事を叫ぶ。すなわち抱きしめろ。ここで抱きしめない奴は男じゃない、と。瞬間アッシュはベッドの上にいるナギサの下へと駆け寄りギュとその身体を抱きしめて告げる

 

「これで……良いかな?」

 

「うん……えへへ、アッシュの身体とっても暖かいね。火照りがなくなるどころかむしろどんどん身体が熱くなってきちゃったよ……」

 

そんな言葉を頬を子犬のようにすりすりとすりつけられながら告げられ、ムニュンと柔らかな感触が伝わり、幼馴染の成長を実感してしまい、形勢逆転。精神世界内において本能が勢いを増し、理性が一気に劣勢へと陥りだす。

このままでは不味いとアッシュは傍にいたアリスさんへと助けを求めるかのように今の状況に対する疑問をぶつける

 

「あ、あのアリスさん。ナギサは一体どうしてしまったんですか?」

 

そんな問いかけを行なうとアリスはきょとんとした顔を浮かべて

 

「アレ?幼馴染だからてっきり知っているものだとばかり思っていたけど。普段気を張っている反動か、風邪の時のレインちゃんってこんな風に甘えん坊さんになるのよ。だからてっきり当然それを知っているであろうアッシュ君がそんな甘えん坊レインちゃんを堪能しに来たものとばかり思っていたけど違うの?」

 

「違いますよ!俺は単にレインが風邪を引いたっていうから心配して来ただけです。昔は確かに甘えん坊な所はありましたけど、ここまでには……」

 

「ありゃま、そうだったの。ふーんそれじゃあ色々と昔と変わったって事かしら……」

 

簡単に説明すると昔のナギサ・奏・アマツは両親からも周囲からも愛されて育った幸せ一杯の状態であった。それ故にあまり気を張ることもなく過ごしていたために風邪を引いても普段より多少甘えん坊になる位であった。

だがレイン・ミラーとなってからはあの日の後悔からずっと強くならないといけないと気を張り続けた。最愛のアッシュと再会できたことでそれは緩和されたが、傭兵としての状態が優しい彼女にとって素の自分に対して無理をしている状態というのは変わらない。それ故にこうして風邪を引いたときにその貯まったストレスが一気に爆発して、このようなある種の幼児退行めいた状態となるわけだ。

 

とまあそんな事情をそこまで正確に見抜いたわけではないだろうが、アリスもアッシュのそんな言葉を受けて何かを思案するように考え込みだし

 

「あの……アリスさん。というわけでそろそろ助けていただけないでしょうか?ちょっと流石に色々と我慢の限界と言いますか、色々とヤバイと言いますか……」

 

「アッシュ……アッシュ~~~もう絶対絶対、絶~対に離さないんだから!」

 

相変わらずすりすりとまるでマーキングするかのように身体をアッシュへと押し付ける妹の姿。チラリとアッシュのほうの股間へと目をやってみると大きなテントが張られていた。そんな風に一通り観察を終えたアリスはニヤリと笑い

 

「あ~あ、昔は風邪になるとお義姉ちゃん、お義姉ちゃんって可愛く甘えてくれたものだったのに今ではすっかりアッシュ君にその座を取られちゃったわね。姉妹愛も男が絡むと儚いものだわ」

 

やれやれと大げさにジェスチャーを行い

 

「ねぇレインちゃん、アッシュ君の事好き?」

 

そんな風に妹へと問いかけると

 

「うん、大好き!世界で一番好き!!!!」

 

ギューとアッシュを強く抱きしめて満面の笑みでレインはそんな風に答える

 

「そっか、それじゃあお姉ちゃんが居ると邪魔よね?」

 

そんな風にアリスが問いかけるとレインは困ったような顔を浮かべて

 

「えっと……姉さんも大好きだから邪魔なんかじゃないよ」

 

「あらあら、嬉しいことを言ってくれるわねこの子ったら。ふふふ、だけど流石の私も大事な妹の初体験まで邪魔をするなんて野暮は流石にする気はないわ。しばらくしたら三人で……ってのもありだけどね」

 

じゅるりと流し目を送りながらそんな事を言うアリスの姿にアッシュは悪寒を覚える

 

「あのねレインちゃん、さっき教えてあげた王子様を篭絡するための方法はね、私がいなくて二人きりの方が効果的なのよ」

 

「アッシュをろうらくするって奴?」

 

「そうそう、そういうわけだからお姉ちゃんはこの辺で失礼するわね。さっき教えたことを忘れずにやるのよ」

 

「うん!ありがとう姉さん!私アッシュを頑張ってろうらくしてみせる!!!」

 

「うんうん、その意気よレインちゃん。それじゃあね、空気の読める女アリス・L・ミラーはクールに去るとするわ」

 

立ち去ろうとするアリスとそれを笑顔で見送るナギサ、そんな中アッシュはナギサにしっかりと抱きしめられて身動きが取れずに必死に助けを求めるかのように叫ぶ

 

「ちょ、ちょっとアリスさん、アリス団長ーーーーー!!!」

 

「じゃあねアッシュ君、心配せずとももうほとんど治っているからちょっと位激しい運動したって大丈夫よ」

 

慌ててアリスの後を追おうと立ち上がろうとするとギュッと抱きしめる力を強くされて

 

「いっちゃヤダ。アッシュは……私と一緒に居るのは嫌……?」

 

などと潤んだ瞳で上目遣いに見つめられてしまえば嫌と言えるはずもなく、ばたりとドアが無情に閉まる音がアッシュには死刑宣告のように聞こえるのであった……

 

 

 

 




ちなみにアッシュが自分では性欲の処理をしていないのは公式です。
レインちゃんとのエロシーンでその旨が描かれています。
高濱ァ曰くエロゲ主人公は基本設定としてものスゴイ絶倫らしいので
そんな絶倫でありながら自己処理すらせずに、金があるのに娼館にすら行かない
アッシュの理性は凄まじいと思います。

ナギサちゃんの下着姿についてはソフマップ特典のタペストリー参照です。
余談になりますが自分はアシュナギ阿片を炊く時は大体このタペストリーを時たま眺めてちん〇んうずうずさせながら炊いています。


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風邪と共に去りぬ(下)

ナギサちゃんとアッシュがひたすらにイチャイチャしています。
コメディ要素はアッシュの内部でせめぎあうヘリオス(っぽい理性)とケルベロス(っぽい本能)位でそれ以外はひたすらに二人がイチャイチャしています。
多分今までで屈指の糖度ではないかと思います。


「えへへへ……アッシュの身体……暖かいね」

 

アリスが去り、二人きりとなった部屋の中でそんな風に自分にすりすりと身体を擦り付けてくれる愛しい恋人の姿を視界の端に収めながら、アッシュはどこか遠い目をしながら必死に自分を抑えようとしていた。このままでは不味い、もはや股間のハイペリオンは無知蒙昧たる玉座の主(いつまでも手を出さないアッシュ)に怒り心頭。絶海の孤島と無限に続く迷宮(自己処理もせずに娼館にも行かなかった)程度で我が心より希望と明日(ナギサちゃんとのイチャラヴックス)を略奪できると何ゆえ貴様は信じたのか。この左右に蓄えられた猛き焔を知れ。約束された桃源郷を目指し、天空の遙か彼方へといざ飛び立たん!などと言った状態である。このままでは墜落の暁(賢者タイム終了後)創世の火が訪れる(子ども誕生)といった事になりかねないであろう。

 

(そうだ、流されるな俺。こんな無垢な信頼を寄せるナギサに手を出すなんてケダモノのする事だ!やるんだったらきちんと正面から告白してOKを貰ってから。ナギサにとってだって一生の思い出になるんだから!)

 

そう気合を入れなおす。決して欲求に流されるのではなく男としてきちんと愛する人へとその想いを伝えたうえでなければならないと男の意地を奮い立たせる。その瞬間劣勢に陥った理性がまだだ!という気合の大喝破と共に本能を押し返す。本能が忌々しげに「これだからうんざりなんだよ、正攻法の化け物が!」などと叫び、状況は再び拮抗へと持ち直し……

 

「ギューギュー……ん~ねぇ、アッシュも服脱がない?」

 

かけたところでまたもや理性に痛恨の一撃が加えられる。目の前の少女はさも良いこと考えたーみたいな無垢な様子で提案している

 

「……一応理由は聞いても良いかな?」

 

本能が「馬鹿野郎そんなものナニするために決まって居るだろうが。野暮なこと言ってんじゃねぇよ」などと囁くが気力でそれをねじ伏せる

 

「だって~せっかくアッシュの温もりを感じられるのに服越しなんてもったいないもん」

 

ぷくーと頬を可愛らしく膨らませてナギサはそんな風に告げるとあっと何かに気がついたような表情をして

 

「でもそれだったら私がこうやって下着つけた状態だったら駄目だよね。私も下着脱がなくちゃ」

 

うんしょっとなどと言いながら下着を脱ごうとするナギサをアッシュは慌てて止める……本能が「馬鹿野郎!!!何止めてやがる!ふざけるなーーーー!!!」などと怒りの咆哮をあげているが理性でそれをねじ伏せる。不味いさすがにそれは不味い、そんな事をされた日にはいよいよもって自分を抑えられる自信がなくなるとアッシュは気力を振り絞る

 

「ま、待ったナギサ。わかった!ナギサが望むように俺も服を脱ぐからさ、ナギサはそのままでいてくれよ!」

 

「でも、私アッシュの温もりをもっとしっかり感じたいよ……」

 

だから駄目かな?と潤んだ瞳でこちらを見つめてくる恋人相手にアシュレイ・ホライゾンは気合を入れる。踏みとどまれ、踏みとどまれ。ここで流されてしまえばいよいよもって終わりだと

 

「その下着さっき俺のために買ってくれたって言っていただろ?だからせっかくだからもっと目に焼き付けておきたいんだ。俺のワガママでごめんな」

 

そんな事を口走る。どうやらアッシュの理性はもはや瀕死のようである。本能が徐々に表に出始めているような事を言っている

 

「アッシュ……」

 

ジーンという擬音語が聞こえるかのように感動したレインはそんなアッシュの言葉へと涙ぐむ。君の下着姿をもっと見ておきたいなどというそこらの男が言えば確実に変態扱いされる台詞も彼女に対してアッシュが言うと、どうやら喜びを通り越して感動さえするようである。あばたもえくぼとはこのことか。

 

「えへへそっか……それじゃあじっくり見てね。アッシュに見て貰う為に買ったんだから!」

 

そんなことを嬉しそうに告げながらナギサはまたもや色っぽく身を捩る。堪らずアッシュが目を逸らすと

 

「何で見てくれないの……さっきちゃんと見ておきたいって言っていたけどアレは嘘だったの……」

 

などとまるでこの世が終わったかのように沈みきった声を出して今にも泣き出しそうな様子になる始末。当然そんな事を言われればアッシュは慌ててナギサのほうを見つめるしかなく、その美麗な天女のような姿を見ているだけでさながら星辰体の反粒子を浴びたかのようなダメージを理性が負い、逆に本能は水を得た魚のように生き生きとしてくる始末。出来るだけ身体の方を見ないように相手の顔を見つめるだけでも、その美しさに見惚れてしまいボーっとして来てしまい八方ふさがりとなるのであった。

そうして互いにしばらく見つめあっていると……

 

「えへへ……こうしてアッシュを見ているだけでも幸せだけど、やっぱり折角だから身体の温もりを感じたいな。また……抱きしめてくれないかな?」

 

などと可愛らしくおねだりしてくるものだからアッシュはその願いに答えて強く抱きしめる。ムニュリと先ほどは服越しだった柔らかな感触が今度は相手の薄布しか隔てるものがない状態で伝わってくるがアッシュは必死に耐える。よく見ると徐々に目が虚ろに成り始めて、ぶつぶつと祈りの言葉を捧げ始めている辺り彼はもはや限界寸前というか限界などとうに超えた状態であろう。

そうしていると感極まったようにレインはアッシュの名前を呼び出してスリスリとまた自らの身体を擦り付け始め、かくして(上)冒頭の状況へと至ったのであった。

 

(あ、ヤバイ。本当にヤバイ)

 

ムニュリムニュリとナギサがその身体を擦り付けるたびに柔らかな感触がして、それがボロボロ状態の理性をどんどん追い込んでいく。今すぐにそのたわわに実ったふくらみをもみしだきたい、その唇に口付けをしたい、彼女に自分のものだという証をつけたいという欲求を必死に抑えこむ。

そんなアッシュの様子に気づかずにナギサはただただ幸せそうにその身体をアッシュへと擦り付けくーんくーんとまるで子犬のように甘えながら時折その頬や身体をぺロリと舐めたりしていたが、ふとしたタイミングで姉に言われていたことを思い出す。すなわちアッシュを篭絡するための方法、それをまだ半分までしかやっていなかったことに気づいたのだ。

そうしてそっと優しくその手をアッシュの頬へと当てて潤んだ瞳で上目遣いでアッシュを見つめながら

 

「私を貴方のものにしてください……その証をどうか私の身体に刻み込んで……」

 

そう告げて、何かを期待するかのようにそっと目を閉じて唇を差し出す愛する女の様子を見てプツリとアシュレイ・ホライゾンの中で何かが切れる音がした。瀕死になりながら持ち堪えていた理性が粉々に砕け散る、本能が勝利の咆哮を行なう。そうしてアッシュの中に溢れ出すのは目の前の少女を自分の物にしたいという思い。自分と言う存在を刻み付けるかのようにアッシュは濃厚な口付けを行なう。うっとりとした様子でレインもそれを受け入れてまるで貪りあうかのようにキスを交わして……

 

「えへへ……キス……しちゃったね」

 

これまで幾度も行なったというのにまるで初めてかのような初々しさではにかみながらそんな事を告げるナギサ。もう辛抱たまらんとばかりにアッシュが少女の両肩へと手をかけて押し倒そうとしたところで、ナギサは輝く笑顔を浮かべて

 

「これで……私はアッシュのものだね。だって王子様にキスされたんだもん。ずっと……ずっと一緒だよ。浮気……したら嫌だからね」

 

えへへと恥ずかしげはにかみながらそんな事をナギサは告げる。そう今の彼女にとっては王子様のものになるというのはすなわちキスをされるという事。何故ならば子ども用の童話でおしべとめしべがどうのこうのなどという具体的な話をする事はなく、男女が結ばれたことを示すのは口づけなのだから。そう理解した瞬間に粉々に砕けたはずのアッシュの理性が復活する。炎熱()の象徴とは不死なれば、守るべき者の為に必ず立ち上がり、無敵のヒーローとなる。それがアシュレイ・ホライゾンという男なのだから。

このキャベツ畑やコウノトリを信じている無垢な少女に己が獣欲を叩きつけるなど男のする事に非ず!そう決意した瞬間に先ほどまで瀕死にあった理性はまるで傷そのものがなかったかのように復活を遂げて、本能は「ば、馬鹿な!何なんだこの光は!?」等と主人公達の絆の力に敗北するラスボスのような断末魔を挙げている。

 

「ああ、ずっと一緒だよ……君は俺のものだし、俺は君のものだ。浮気なんてするものか。だって俺は君にとことん夢中なんだから」

 

さきほどまでのどこか目が据わった状態は消え去り、普段の穏やかな何もかもを包み込むような笑顔を浮かべて王子様(アッシュ)はそんな事を愛しいお姫様(ナギサ)へと告げる。そうして今度は自分が優しくナギサの頬に手を当て、もう一度口付けを行なう。今度は先ほどのような貪るようなものでなく、軽く優しいキスを。

 

「うん……もういなくなったりしたら嫌だからね。アッシュが傍にいないときはとっても苦しくて、もう一度会いたいって……大和様にもそれが叶うんだったらなんでもしますってお願いしたりして……」

 

切なげにそんな事をナギサは告げて

 

「だからこうしてアッシュが傍に居てくれるなんて本当に夢でも見ているんじゃないかって不安になるの。ねぇ、アッシュ……今日は一緒に寝よう。貴方が幻じゃないって確かめて貴方の温もりを感じて眠りたいの」

 

そんな愛しい少女のおねだりにアッシュは微笑みながら

 

「うん、わかった。大丈夫、俺は幻なんかじゃないよ。こうすれば、それがわかるだろ」

 

そうして同じベッドへと寝て、横にいる少女を愛し気に見つめながら自分はここにいるんだと示すようにアッシュはナギサを強く抱きしめる。

 

「うん……アッシュの身体とても暖かい……」

 

そうしてナギサもまた愛おしくアッシュを見つめながら自分の想いを伝えるかのように強く抱きしめ返す。そうして愛し気に互いに見つめあっているとアッシュが一つ言わなければいけないことがあったと言葉を発する

 

「そういえば、ナギサみたいな可愛い子がなんでもしますなんて言ったら駄目だぞ。神様って奴は結構スケベだったりするんだからな」

 

美しい人間の女を見初めた神がその女を浚ってなどという伝承は枚挙に暇がない。神が人間に恋をするような事が有り得ないというのならば半神の英雄など誕生したりしないだろう。そんな少しだけ独占欲を覗かせた愛する男の言葉にナギサはクスリと笑って

 

「はーい、ごめんなさい。私はアッシュのものだもんね。気をつけます」

 

そんな事を笑って告げた後にどこかうっとりとした表情でアッシュを見つめて

 

「でもね……私アッシュにだったら何されても良いよ……」

 

ギュと抱きつきながらそんな事を告げてくるものだから、ナギサを守るという思いに昇華され基準値へと戻っていた股間のセイファートが再びハイペリオンして、「ククク、何度だって俺は蘇る。そう!この世に可愛い子ちゃんが居る限りなぁ!」などと本能が復活の雄叫びをあげる。まあ完全に滅んでしまったらそれはつまり子作りできなくなるという事で、ナギサが「私って魅力ないのかな……」などと落ち込む事になるだろうから結構な事だろう。少なくとも今こうしてこと愛する少女を守ろうとする時に、アッシュの持つ鋼の理性が敗北を喫することはないのだから。

 

 

「愛しているよ、ナギサ」

 

「うん、私もアッシュの事愛している」

 

そんな風に抱きしめ合いながらお互いの顔を愛し気に見つめながらナギサ・奏・アマツとアシュレイ・ホライゾンは穏やかに寝息を立て始めるのであった。

 

 




アリス「アッシュ君結局行ったきり帰って来なかったわね」
ティナ「ですね」
ティセ「アッシュ君の寝室は確か一階のはずだったんだけどにゃ~」
三人「……(察し)」

次回後日談的なものをやってこの短編は完結です。


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風邪と共に去りぬ ピロートーク(ただし声はちゃんと膜から出ている)

【悲報】ソリッドクール系ヒロイン レイン・ペルセフォネ氏行方不明になる
【朗報】優しくあざとかわゆいお嬢様幼馴染系ヒロイン ナギサ・奏・アマツちゃん無事発見される。

ナギサちゃんがすごい、ウカレポンチになっています。


とても、とても幸せな夢を見ていた。

 

頭がぼんやりとしていてすぐにこれは夢だとわかった。服を着ていると熱いので服を脱いで、汗をかいてしまったために新しい下着へと取り替える。新しくつける下着は姉さんが「これでアッシュ君を悩殺よ♪」などと言いながら勧めて来てくれた物だ。胸の部分が透けているためにこんなの着れないと私は言ったのだが、「男の子はこういうのが好きなのよ、良いから良いから」などと押しきられて買ったは良いが、つける勇気を結局持つ事が出来ずに引き出しの肥やしとなっていたものだ。

 

(まあ夢の中だし良いよね)

 

現実じゃ恥ずかしくてとてもじゃないが結局着る事はないだろうから、折角だし着てみよう。心配せずとも見ているのは姉さん位だ。そうして姉さんにお話を読んで貰ったりしていると私のとてもとても愛おしくて大好きで大切な人が部屋へと着てくれた。当然私は満面の笑みで出迎える。せっかくの夢なのだ、普段は恥ずかしくて出来ないこと言えない事をしよう、伝えよう。だってこれは夢なのだから。

 

ーーーこの胸に秘めている大好きだという思いを全力で伝えよう

ーーー普段は恥ずかしくて出来ないけど、今は自分に素直になって目一杯甘えよう

そうして私は好き、大好きと想いを伝えて彼にすりすりと身体を擦り付ける。アッシュは私の恋人なんだから、誰にも渡したくない、渡さないとアピールするかのように。(アッシュ好き、本当に本当に大好きだよ♪)

今の姿がまるで美麗な天女のようだなどと褒めてくれた時は本当に嬉しくて、この下着を勧めてくれた姉さんに感謝した。普段だったら恥ずかしがって縮こまってしまうところだけど、せっかくなんだからアッシュにはじっくりと見て貰いたい。だってアッシュの為に買ったもので、アッシュ以外に見せる気なんて毛頭ないのだから。(えへへ、アッシュが喜んでくれているのが本当に嬉しい♪)

そうして彼の顔を愛おしく見つめて(えへへ、本当にカッコいいなぁ。こんなカッコいい人が私の王子様なんだよね♪)、彼に抱きしめられて温もりを感じて(アッシュの身体本当に暖かい…普段は気づかなかったけどこうしてみると胸板もたくましくてドキドキしちゃう♪)幸せに浸っていた私だが、ふと大切な事を思い出す。

そう、多くの物語の最後を締めくくられるもの。それは時に眠りに落ちたお姫様の目を覚ますあらゆる魔法すら凌駕するもの。すなわち王子様からのキスだ。そうして私は私の愛しい王子様(アッシュ)(世界で間違いなく一番カッコいい王子様♪)へとキスをねだる。さっき姉さんに習ったとおりに

 

「私を貴方のものにしてください……その証をどうか私の身体に刻み込んで……」

 

普段だったら恥ずかしくて言えないような事を告げて、そっと眼を閉じて唇を差し出す。そうすると普段の優しくて穏やかなものとは違う荒々しい口づけがされる

 

(ん……)

 

それは私のお願いしたとおりに私が彼のものだという事を刻み付けるかのような濃厚なキス。そうして思う存分にお互いの存在を確かめ合うと、彼は私の肩を掴んで普段とは違った荒々しい表情で私を見つめてくる(普段のアッシュも素敵だけど今のアッシュもワイルドでカッコいい♪)だから私はそんなアッシュに思いを告げるのだ

 

「これで……私はアッシュのものだね。だって王子様にキスされたんだもん。ずっと……ずっと一緒だよ。浮気……したら嫌だからね」

 

もちろん現実はそんなキスしただけで何もかもが丸く収まるハッピーエンドなんてわけがない。想いが通じ合って結ばれたとしてもすれ違うこともあるだろう、かつてそうだったように悲劇によって引き裂かれるかもしれない。だけどそう、だけどこれは夢の中なのだから。王子様とのキスをした以上めでたしめでたしで幕を閉じるはずなのだ。現実でも……私はアッシュとまた巡り会うことが出来たのだから。そんな事を告げると私の王子様は何時もの私の大好きな柔らかな笑顔(さっきのワイルドなアッシュも良かったけどやっぱりいつもの優しいアッシュが一番だなぁ♪)を浮かべて、もう一度優しいキスをしてくれたのだった。

 

そうして想いを確かめ合って、抱きしめあってお互いの温もりに包まれながら、愛しい人の顔を見つめながら私は穏やかな眠りについたのだった……アレ?これは夢のはずなのにどうして私は夢の中でもう一度眠ったりしているんだろう?……まあ、細かいことは良いか。こんなに幸せで素敵な夢なのだから。

 

眼が覚めた私の目の前に飛び込んできたのは世界で一番愛しい人の穏やかな寝顔だった。まだ半分ぼやけた頭にアレ?と一瞬何か疑問が過ぎるが、その穏やかな寝顔を見ているだけで胸が暖かくて一杯になる。ずっとずっと会いたくても会えなくて切なかったから、目の前でこうしてアッシュが生きていてくれているというだけで胸に愛おしさが溢れ出す。

そっと彼のたくましく引き締まった胸へと耳を当ててみるとドクンドクンと心臓の鼓動が聞こえてきて、彼の暖かさを感じてもう一度改めてその顔を見つめる。見ているだけでとても愛おしくなって昨晩の喜びがまた蘇り、思わずそっとキスをしてしまう。……昨晩?アレ?

そんな事をして居ると彼が目を覚まして………驚いたように目を見開く。そんな彼に私は

 

「えへへへ、おはようアッシュ」

 

はにかみながら朝の挨拶を告げる。そうすると彼は顔を赤くして恥ずかしげに目を逸らしてしまう。

 

(むぅ……)

 

どうしてそんな反応をするのか。こういう時は向こうも多少照れながらも笑顔でおはようと返すべきではないのか。そんな不満を抱いた私は目を逸らそうとする彼の頬に両手を添えてそっと、寝ぼすけな王子様へと目覚めのキスを行なう。そうして改めてもう一度

 

おはよう(・・・・)、アッシュ」

 

言うべき事があるのではないかと笑顔で挨拶をする。そうすると彼はまるでどう接すれば良いのか迷っているかのような戸惑った様子で、相変わらず私から必死に目を逸らそうとして、でも何が気になるのかチラチラとこちらを見ながら

 

「お、おはよう、ナギサ」

 

ようやく私の挨拶に対する返事をしてくれたから笑顔で私も告げる

 

「うん、おはよう。もう、どうしたの?そんな風に顔を逸らしたりして」

 

まるで本当は見たいけど見てはいけない(・・・・・・・・・・・・・・・)と自分にそう必死に言い聞かせるかのように顔を逸らそうとする愛しい人へと告げる。

 

(全くもう、昨日はあんなに情熱的にこちらを見つめてくれてたのに……)

 

プクリと私は頬を膨らませてそんな不満を抱く。……昨日?

 

「な、なあナギサ……君は昨夜の事を……い、いやその前にまずは何かを着てくれないか……その格好は正直目の毒だ。理性が悲鳴をあげているんだ」

 

慌てた様子で恥ずかしげにそんな事を彼は口にする……格好?

 

「いやでも、こうして一緒に寝たりしたけどそれは文字通りの添い寝的意味であって俺は決して!誓って!手を出したりはしていないぞ!本当だ!!!」

 

常になく動揺した様子で彼はキョトンとするこちらが見えていないかのようにまるで言い訳するかのように必死に弁解を続ける……一緒に寝た?

 

「もちろん、それは決して君に魅力がなかったとかそういう意味ではなくて、色々と男の意地の問題というだけであって、むしろ俺としては本当に昨夜は限界ギリギリだったというか正直今もその下着姿はさながら天女の衣のようで君の姿が眩しくて色々と辛抱たまらないっていうか……って何を言っているんだ俺は!」

 

ついには自分で自分が何を口走っているのかさえ動揺のあまりわからなくなったかのように頭を抱えだしてしまった……下着姿?

昨日、格好、一緒に寝た、下着姿……そんな言葉を聞いて慌てた様子の彼を見ていたら徐々に寝ぼけていた頭が覚醒してくる……そうして改めて今の状況を確認してみる。今いるのは私の寝室、私のベッドの上に上半身が裸で慌てた様子のアッシュが居る、私は今姉さんに買ってもらった(女の子なんだから勝負下着の一つ位は持っておかないとね♪などと言いくるめられて買ったものだ)シースルーのかなりきわどい下着を着た状態だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうして今の状況を理解した瞬間に、今度こそ完全に頭が覚醒してあまりの羞恥に私は思わず叫んでいた

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」

 

声にならない絶叫が響き渡る。恥ずかしさのあまりもはや私の顔は真っ赤を通り越した状態だ

 

「なんで!?何でアッシュが私のベッドに!って私が誘ったような気がするけど……じゃなくて!じゃなくて!だってだってアレは夢のはずじゃ!!!!!」

 

だってそうアレは夢だったはずだ。だってアレが夢じゃなかったら

 

「だってだってアッシュにこんな姿で抱きついた上に、頬を舐めちゃったり、キスまで強請ったりした上に、最後は一緒に寝ようとまで誘って!!!」

 

はしたないにも程がある!そんなのまるで痴女じゃない!!!

 

「しかもしかも!この格好は貴方に見せるためのものだからじっくり見てね!なんてことまで言っちゃって!言っちゃって……」

 

ふとそこで私は我に返り今の自分の姿を省みる。そうしてアッシュがどうして必死に目を逸らしていたのかを理解する

 

「う、うわああああああああ!な、なんで私こんな格好のまま寝たり!いつもはちゃんと寝巻きを着て寝るのに!こんな派手な下着だって着たこともなかったのに!!!」

 

寝巻きを着ていなかったのは身体が熱かったから、今の姿になったのはそうして汗で濡れて着替える際に姉さんが面白がって勧めてきたからだったのだが焦った今の私はそんな事を冷静に考える余地はなく

 

「ってアッシュも何時まで部屋にいるんだよーーー!!!見るなよ!あっちいけよーーーー!!!」

 

必死に隠すようにシーツで身を覆いながら涙目になりながら、私はそんな事を叫ぶ。見ろといったのも私で、寝ようと誘ったのも私で第三者が見ていれば理不尽なことこの上なかっただろうが、重ねて言うがこの時の私はそんな風に冷静に考える余裕などなかったのだ。

 

「ご、ごめんナギサ!出て行く!すぐに出て行くから!!!」

 

そんな完全にパニクった私に枕を投げられたり、理不尽な言葉を受けてもアッシュは怒る様子もなく、慌てて脱いでいた服を持ってその場から去っていくのであった……

バタリとドアの閉まる音が聞こえて、ようやくほんの少しだけ落ち着きを取り戻した私は羞恥のあまりにその場で真っ赤になった顔を覆い隠して呟く

 

「もう、お嫁にいけないよぉ……」

 

むしろ責任を取らせるチャンスじゃないと囁く姉の言葉がどこかから聞こえてきたような気がしながら、私はしばらくベッドの上で丸くなるのであった……




ケルベロス(っぽいアッシュの本能)「だから手を出しときゃ良かったんだよ」
ヘリオス (っぽいアッシュの理性)「胸を張れ。お前は間違ってなどいない」

頑張って耐えたアッシュに対する然るべき報いはいずれちゃんと与えます。



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風邪と共に去りぬ 後日談(前)

グレイってアッシュと同じモルモットで本人曰く普通に傭兵やっていたみたいなんですよね。
そんで傭兵は基本昨日の敵は今日の味方が日常茶飯事っぽいんですよね。
まあそうなると所属する団が変わったりとかもレインちゃんみたいな
団長に個人的な恩義にあるみたいなケースじゃない限り当然あると思うわけですよ。
まあ何が言いたいかというと、グレイが暁の海洋に入団しています。


「アッシュは……その、私と……したい?」

 

頬を赤らめながらどこまでも可愛らしい様子でのその愛しい恋人からの問いかけを受けてアシュレイ・ホライゾンは意を決したような瞳で相手を見据えて……

 

「俺は……」

 

その答えを告げるのであった。

 

 

 

「レインちゃーん、入るわよー」

 

コンコンとドアを軽く叩いた後にアリス・L・ミラーが己の妹の部屋へと入る。入ってみると彼女を出迎えたのはベッドの上でシーツに包まり丸くなりながら、時折「うう……」などとうめき声を上げている妹の姿だった。そんな妹の姿を見てため息をつきながらアリスはシーツをひったくりながら告げる

 

「こーら、風邪はもう治ったんでしょ?なのに何時まで寝ている気?あなたの愛しい旦那様はとっくの昔に仕事に行ったわよ」

 

ティナ、ティセ、アリスの三人からニヤケ顔で昨夜はお楽しみでしたねのトリニティを喰らったアッシュは朝食を済ませると逃げるように今日も今日とて取引先への交渉と営業へと旅立った。そうしてレインを待っていたのだがいつまでたっても起きてこないためにこうして仕方がなく自ら起こしに赴いたというわけだ。そんなアリスの言葉に対してレインは

 

「うう……だって……だって~~~~~!!!」

 

相も変わらず真っ赤にした顔をべそをかいてしまっている、そこには暁の海洋の団長の片腕とも称される腕利き傭兵レイン・ミラーの姿はなかった。

 

「だ、大体姉さんも私があ、あんな状態だって知っていてどうして止めてくれなかったのさー!わ、私こ、こんな姿の状態でアッシュに抱きついたり、キスをねだったりしちゃった上にアッシュの為に買ったんだからじっくり見てね♪なんて、まるっきり痴女みたいな事言っちゃったりして……!」

 

動揺したレインは細かい事情を知らなかったはずの姉に対して哀れ、そんな後々嬉々として弄られることになるであろうネタを提供してしまう。そんな情報を聞いたアリスはしばらくしたらこのネタで盛大に妹とその恋人を弄ることを決めて、ニヤリと笑みを浮かべた後に、冷静に諭すような声色で

 

「だって貴方あそこで私が止めていたら絶対駄々捏ねていたでしょ?さながら愛しい王子様との仲を裂こうとするシンデレラの意地悪な義姉扱いになっていたんじゃないかしら?」

 

そんなぐぅの音も出ないことを言われレインは押し黙る。全くもってぐうの音も出ない、入ろうとしたアッシュを下着姿のまま笑顔で出迎えたのは彼女自身だ。仮にアリスが止めたら、それこそ「なんで姉さん、アッシュが入ろうとするのを邪魔しようとするの~~~~」などと駄々を捏ねたことだろう。どう考えても面白がっていたアリスが止めたかどうかは別として。

 

「で、でも私にキスをしろとか抱きつけとか煽ったのは姉さんじゃないか……」

 

なおもレインはそんな風に言い募るが

 

「あら?風邪を引いている妹にいい機会だから思う存分彼氏に甘えなさいなんて言ったのがそんなに変?これがそこらの馬の骨ならそりゃおねえちゃんも可愛い妹を頑張って守ったけど、なんといっても未来の義弟君だもの。そんな必要ないでしょ、それにレインちゃん色々言っているけど貴方そんなに昨晩の事が嫌だったの?なかった事にしたいと思っている?」

 

子どもの駄々をあやすようにどこか真面目な表情でアリスはそんな風に答える。それを聞いてレインは

 

「そ、そりゃあ嬉しくなかったって言ったら嘘にはなるけど……」

 

愛する男の腕に抱かれた温もりと口付けの感触を思い出して、頬を赤らめながらレインはそんな風に答える。そんな妹の様子を見てアリスはにんまりと笑みを浮かべて

 

「なら問題ないじゃない。むしろ正式な恋人同士だって言うのに何時までもぐずぐずしすぎていたのよ。アッシュ君が娼館に誘われただけでプリプリ嫉妬して、私に相談してきたのは誰だったかしら?」

 

「うう……私です……」

 

そんな姉の言葉にレインはうな垂れながら答える。今身に纏っている下着を買うことになった経緯を思い出してしまっているのだろう。外見だけ見るとクールな印象を受けるが、アッシュが絡むとどこまでもポンコツ化して平時ならば乗らない姉の口車に乗ってしまうのがレイン・ミラーもといナギサ・奏・アマツという少女である。

 

「まあまあ、良いじゃない。そりゃ初めてがある意味では酔った弾みでみたいな事になってショック受ける気持ちはわからないでもないけど、下着姿で恋人に迫られたらそりゃしょうがないわよ。ようやく貴方達もまた一歩大人の階段を登ったって事で良いじゃない」

 

こういう機会でもなければ下手したら何時までもお子ちゃまな恋愛を続ける事になりそうだし貴方達、等と笑顔で告げる姉に対してレインはきょとんとした顔を浮かべて

 

「え?」

 

「え?」

 

姉が何を言っているのかわからないと行った様子のレインとそんなレインの様子を見て困惑するアリス。そうして沈黙が降りた場で、再起動を果たしたアリスがまさかそんなはずはと有り得ないものを見たように問いかける

 

「………女になったんでしょ?流石に辛抱たまらなくて、本能を解き放って野獣と化したアッシュ君にその育った身体を貪られたのよね?」

 

そんな姉の問いかけに対してレインは顔を真っ赤にして

 

「む、貪られるって何言っているんだよ姉さん!だ、抱き合ってキスをしたりはしたけど……」

 

最後の方は恥ずかしげにゴニョゴニョと聞き取りづらくなったがそんな否定の言葉を口にする。それを受けてアリスはあまりの驚愕に身体をよろめかせて

 

「こ、恋人同士が……もう子供とはいえない恋人同士が……一夜を共にしていながらキスだけで終わる……そんな事が……?」

 

あまりの衝撃に唇を震えさせながらアリスはなおも続けていく

 

「しかも……しかもこんな育った身体の下着姿の恋人に身体を擦り付けられたり、全力で甘えられて……」

 

「う、うわぁ!姉さんどこ触っているのさぁ!?」

 

たゆんと姉につつかれてレインのたわわに実った二つのふくらみが揺れる。だがそんなレインに対してアリスはガシッとレインの両肩を掴んで真剣そのものな表情で告げる

 

「暢気にして居る場合じゃないわよレインちゃん!これは貴方の女としての沽券に関わってくるのよ!!!」

 

そんな鬼気迫る様子の姉にたじろぎながらレインは問いかける

 

「お、女としての沽券ってそんな……」

 

大げさななどと言ってくる危機感の足りない妹に天を仰ぎながら姉は続けていく

 

「あのねぇ貴方達恋人同士よね?」

 

「う、うん……」

 

もう恋人になってから大分経つのに頬を赤らめながらレインは姉の問いへと答える

 

「貴方のその下着姿は私がアッシュ君を脳殺するために勧めた勝負下着よね?」

 

「は、はいそうです……うう、こんな下着私着るつもりはなかったのに……」

 

「貴方はその状態で色っぽくポーズを取りながら私の教えたとおりに彼に迫った。抱きついたりした」

 

「ほ、堀り返さないでよぉ!思い出すだけで本当に恥ずかしくなって来るんだから!」

 

そんなどこまでもズレた返答をしている妹に対してアリスはクワッと目を見開いて

 

「シャラーップ!この事態がどれほど重要かわかっていないお子ちゃまが!!!」

 

「お、お子ちゃまって……」

 

姉のそんな発言にレインはムッとした様子で反論しようとするが

 

「キスだのハグだの添い寝だの、そんな程度で何時までも足踏みしている者をお子ちゃま以外の何と言えば良いのか!!!いーいレインちゃん、もう一度アッシュ君以外の普段貴方の接している野郎共がどんな風かよくよく思い返して見なさい!その上で!!!もう一度、冷静になって昨晩の事を振り返って見なさい!貴方が経験すべきであった出来事が何か抜け落ちていることに気づくはずよ!!!」

 

そんな鬼気迫る様子のアリスの言葉にレインは戸惑いながらまずは普段接する傭兵団の男連中を思い起こす。変り種もいるには居るが多くは金が入るとすぐにやれ娼館だのと言う奴らばかりだ。アッシュと特に仲良くしているグレイなどその最先鋒と言えるであろう。まあ下品なところはなく、女性に対して紳士的な事を心がけている為に女性からの評判自体はそう悪くないというか良い方なのだが。

加えてアッシュが来てからは大分減ったし、姉が目を光らせているのもあってそれほどではないが、自分も何度か男共にそういう目で見られて言い寄られた記憶がある。もちろん適当にあしらって、度を越した奴にはそれ相応の報いをくれてやったが。

続いて羞恥の記憶にのたうち回りながら昨晩の自分がしたことを振り返る……思い出すだけで茹って来るが、ふと気づきそして愕然とする。どうしてアッシュは自分に手を出してくれなかったのだろうか、と。女としてのプライドが砕ける音が聞こえた。

 

「どうやら事の重大さにようやく気づいたようね」

 

そんな妹の様子にアリスもまた厳粛な面持ちで頷く

 

「ね、姉さん……わ、私ってひょっとして魅力……ないのかな?」

 

涙目になりながら告げられた妹の言葉にアリスもまた真剣そのものな様子で考え込む

 

「昨日のアッシュ君の様子を見るに実は男しか愛せないだとか、貴方を女として見れていないだとか、お〇ん〇んがウズウズしていないとかそういう事はないはずよ」

 

多分、きっと、おそらくなどとアリスは昨晩妹に抱きつかれて股間がハイペリオンしていた男の様子を思い出しながら告げる。ならばそうなると彼は一体如何なる理由で目の前にご馳走が用意されながら絶食を敢行し続ける修行僧のような真似をしたのか?単にヘタレたのか、はたまた妹を慮った優しさなのか……などと考えつつも、そんな無理を続ければ遠からず碌な事にならないだろうと思い、目の前の妹を炊きつける。

 

「何にせよこと此処に至ればもはや残された手段は一つのみ!」

 

クワッと目を見開いてアリスはまるで大一番の決戦を前に号令を下すような様子で

 

「以前結局(貴方がヘタレたせいで)不発に終わったプレゼントは私作戦よ!その勝負下着でリベンジを今夜、行なうのよ!今こそ勝利をその手に掴みとるとき!!!」

 

そんな姉の指示にレインは顔を真っ赤にして告げる

 

「無理無理、そんなの無理だよ~~~~~~!!!」

 

顔をブンブンと振りながらそんな事を告げる。常ならば面白がりながらそんな妹をからかうのだが

 

「ヘタレとる場合かぁ!!!そんなんだから何時までもキスどまりで今こんな状況になっているんでしょうが!!!」

 

バン!とベッドを叩いてヘタレる妹を怒りさえ見せながら炊きつけようとする

 

「だって……だって~~~~~」

 

無理なものを無理なんだもんと涙目になる妹を見てアリスはようやく落ち着きを取り戻したのか、ため息をついて

 

「わかったわ……確かに向き不向きがあるし、貴方の場合そのあざとさこそがむしろ武器と言えるかもしれないしね。無理に強引に行くのは貴方の長所を殺しかねないか……」

 

そんな風に矛を収める。しかし、これだけはやっておくようにとばかり告げる

 

「ただし、今夜ちゃんと貴方のやり方で良いから、アッシュ君と話をして見なさい。本能を理性で制御するのが人間かもしれないけどね、無理に抑え続けたりしたら絶対どこかに歪が出来るんだから」

 

常のように面白がる様子ではなく、真摯にこちらを慮っていることがわかるそんな姉の言葉を受けてレインは

 

「う、うん……」

 

頬を赤らめながらもあまりにも今が幸せすぎて、中々先へと進められずにいた自分達の関係を進めるための決心をするのであった……

 

 

 

 

 




アリス姉さん 無双
頭ピンクの女性キャラはラブコメだとすごい重宝します。
正直凄まじいラブラブカップルで特に婚前交渉駄目的な思想や事情もないのに
数年間プラトニックな関係だったは流石に無理があった。
というかあまりにもアッシュが可哀想だと思った


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風邪と共に去りぬ 後日談(後)

ナギサちゃんみたいな可愛い子が基本男所帯の傭兵にいたら絶対アイドル扱いだと思うんですよね。
多分アリス義姉さんが目を光らせているんで直接手を出してどうこうしようなんていうのはいないでしょうし、居てもサヨナラバイバイされているでしょうが。
まあそんなアイドルに手を出したら当然やっかみうけると思うんですけど、今作では三枚目で陽気なグレイがその辺を表立って堂々と「俺は!お前が羨ましい!!!」などと言って堂々と妬みオーラを出しているためにその辺が陰に篭るような事になっていない的な設定が一応あります。
要は陰口叩くような感じじゃなくて、表立って正面からリア充爆発しろ!って言っている感じですね。


思ったよりも早くに取引先との交渉も終り、アシュレイ・ホライゾンは現在滞在中の拠点へと帰ろうとしていた。話も大よそ纏まってきたのでこれからはまた拠点での裏方仕事がメインとなって来るだろう。そうなると当然恋人であるナギサと顔を付き合わせる時間も増えるわけで……瞬間ポヤヤンと浮かぶ昨晩の天女のように美麗な恋人の姿を必死に振り払うように頭を振る。

 

(いかん、いかん。平常心平常心)

 

結局朝はあれっきりナギサは一階に起きている事はなく、顔を会わせる事無く自分は仕事に行く事になった。ある意味では良かったのかもしれない、おかげで頭は多少なりとも冷えて冷静に考える余地が出来た。

 

(どうしたものかな……)

 

お礼を言う……これは何か奇妙な感じだろう。確かに彼女の下着姿は拝みたくなる位ありがたいものだったが、その分こっちも色々と大変だったのだ。試しにシミュレートしてみよう。「ナギサ、昨夜の君は最高だったよ本当にありがとう!」等と笑顔で彼女に告げてみる。うむ、色々と不味い。瞬く間に彼女が顔を真っ赤にしてパニクるであろう事が容易に想像できる、というか普通にセクハラだ。

 

謝る……というのも何か違う気がする、風邪を引いた状態で誘ってきたのは向こうだし、恋人同士である以上はキスもハグも添い寝したことも変な事ではないだろう。それになんといっても自分はあんな生殺し状態になりながらもきちんと最後まで耐えたのだ。故に謝る必要はない気もするどと、今まさにその自分が見事耐え切ったことで恋人が悩んでいることなど知る良しもなく、アッシュは思ったりもしたが……

 

(でも、ある意味では俺がナギサの弱みにつけこんだみたいだしなぁ……)

 

なんと言っても昨日のナギサは風邪を引いて普段とは違う様子だったのだ。であれば男である自分が自制すべきだったのだと主張されれば頷く他ないだろう、本当にそうかは置いておいて「ラッキースケベなど死ねばいい」というのが信条であるアッシュはそう考えたようだ。昔から少女がむくれたり拗ねたりした場合は大体アッシュの方が折れたものだったが、どうやら心と身体が成長しても二人のそんな関係は今でも変わらないようだ。

 

(やっぱり俺の方から謝るべきかな)

 

問題はどうやって謝るべきかなどと考えながら歩いているとふと視界の端に花屋が映る。

 

(そういえばナギサは花が好きだったな)

 

かつて手作りの花冠をプレゼントしたら、驚いたように顔を真っ赤にして、その後まさに花が咲いたような満面の笑顔を見せてくれたことを思い出しながらアッシュはそんな事を考える。彼女がそれほどまでに喜んだのは花が好きだという以上に、大好きな男の子が自分の為にわざわざ作ってくれたプレゼントだからという要因の方が大きかったのだが。プレゼントそのものよりもそこに込められた相手の気持ちが嬉しい、ナギサ・奏・アマツは昔からそんな優しい少女であった。

 

アクセサリーなどだとちょっと大げさすぎるし、お詫びの品に花を贈るというのはアッシュにとって名案に思えた。偶然にも小さい頃に花冠にして送った思い出の花を見つけて、思い立ったが吉日とばかりに店員へと話しかけて購入する。念のため縁起の悪いものでないか確認するために、花言葉を店員に尋ねて確認したうえで購入する。店員はなにやらとてもいい笑顔で送り出してくれた。

 

そうして花屋を出ると

 

「よう、この色男。花なんて買っていよいよナギサちゃんにプロポーズする気か?」

 

そんな風に良く知る男の声が聞こえた。振り向くとそこにはニヤニヤとした顔の悪友がいて

 

「ティナちゃんとティセちゃんに聞いたぜ。昨夜は色々とお楽しみだったみたいじゃねぇか!」

 

そんなグレイの言葉にアッシュは少しだけため息をつきながら

 

「あの二人は本当に……お楽しみって色々とこっちは大変だったんだぞ。……まあそりゃ役得がなかったと言ったら嘘になるけど」

 

そう、本当に本当に大変だったのだ。あれほどまでに自分が理性を失いかけたというか一時は本当に失った状態になったのは初めてだったのだから。そうして昨夜の記憶を思い出し照れくさげにするアッシュをからかうようにグレイは口笛を吹きながら

 

「おいおい、(初めてで)大変だったのはナギサちゃんの方だろうがよ。で、どうだったよ感想の方は?」

 

「まあ確かに(風邪を引いていた意味で)大変だったのはナギサの方だろうけどさ。感想については口にするのもはばかられる位の衝撃だったとだけ伝えておく。詳細は口にしたくない」

 

まるで子犬のようにスリスリと身体をすりつけながら甘えてきた昨晩の恋人の姿を思い出してこみ上げてくる何かを感じながらそれを抑えるようにアッシュは口にする。詳細を口にして目の前の男に想像させたくないという男としての独占欲のようなものもそこには混在していた。

 

「だからあの時俺の誘いに乗って娼館に行っておけば良かったんだよ。そうすりゃ慌てずに済んだだろうさ。初陣で上手く行かないのなんて当たり前の事なんだからよ」

 

そんなアッシュの様子に相変わらずグレイはどこか勘違いしたままに続ける。この場合は勘違いしているグレイの勘繰りが過ぎるというよりは、アレだけの条件が整っていながらスフィアへの到達(子作り)をしなかったアッシュ達があまりにもピュアすぎると言うべきだろう。年頃で恋人同士の男女が一夜を共にすればそうなった事を想定するのは順当な思考である。

 

「あの時も言ったけど俺にはナギサという恋人がいるんだから他の女性に手を出すなんて不誠実な真似をする気はないっての。というか、俺はナギサにとことんぞっこんなんだから、そんな状態で行っても相手の女性に失礼だろうし、第一経験していたところで彼女のあの美麗な姿を見たらどっちみち衝撃で頭が真っ白になっただろうさ」

 

向こうが勘違いしていることに気づかずアッシュのほうもそんな風にさらりと惚気る。そんな親友の様子にグレイを肩をすくめて

 

「往々惚気やがる。こりゃ下手につっつき過ぎるとやぶ蛇になりかねないか。じゃあなアッシュ、今度盛大に野郎共で弄ってやるから覚悟しておけよ!」

 

それが暁の海洋(うち)のアイドルを恋人にして独り占めにしている勝者が背負うべき責務なんだからな、などと告げる悪友と、最後まで互いの勘違いを解消する事無く別れてアッシュは恋人の待つ拠点へと帰るのであった。今頃アッシュ達が滞在しているのとは別の拠点へと戻ったグレイは盛大に言い触らし、団員達のアッシュへの呪詛が鳴り響いている事であろう。まあコレも勝者(リア充)の背負うべき責務と言えるのかもしれない。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

アッシュの帰宅に備えて夕食の支度をする。少し頭が冷えた私は朝のアッシュに対する私の態度はあまりにあんまりだったと反省して、お詫びとして彼の好物を用意する。

 

(うう……アッシュきっと怒っているんだろうなぁ……)

 

私から一緒に寝ようとか誘ったり、甘えておきながら朝起きたら部屋から出て行けと言われて枕まで投げつけられたのである。怒らないほうがどうかしている。そう思うと気が少し重くなる

 

(こういう時に限って姉さん達はいないし……)

 

あの後もう一度昨日のことについて相談したら「気を利かせて二人きりにしてあげるからばっちり決めるのよ!」などと言ってティナとティセの二人も連れてどこかへ行ってしまった。ちなみにお詫びしたいんだけど、どうすれば良いか?と相談したら「そりゃ裸エプロンで今日のメインディッシュはわ・た・し♪とかやればいちころよ!」などと言ってきたので顔を真っ赤にして無理だという事を伝えると「ち、ヘタレめ」などと今回はやけに辛辣であった。結局在り来りだがこうしてアッシュの好物を用意しておくことにしたのだが

 

(でもアッシュ……もしも私がそうしたら喜んでくれるのかな…?)

 

思い出すのは(思い出すだけで恥ずかしいのだが)昨夜の事。風邪で意識が朦朧として夢を見ているようなものだと想っていたからだったとはいえ、昨夜の自分はかなり大胆に、それこそこうして思い返すだけで顔から火が出るくらいにアピールしたのだが、結局抱き合ってキスして添い寝するだけで終わった。

 

(アッシュは優しいからきっと私の事を気遣ってくれたんだよね……)

 

そう思うし、そう信じている、信じたい。だけど結果を見れば周囲が口々に手を出されて当然だと主張する状況で手を出して貰えなかったわけで………もしかすると自分には魅力がないのではないかなどと不安が湧いてくるのである。実態は決壊寸前だった理性が愛する女の言葉に不死鳥の如く蘇っての大逆転劇というアシュレイ・ホライゾンにとってもかつてないほどに理性が窮地に追いやられた状態だったのだがレインにそれを知る由はない。そうしてふと姉の言うようにアピールしてみたらどうかなどという考えが魔が差す様によぎるが

 

(無理無理無理、無理だ)

 

とてもじゃないが自分に出来る気がしない。それにやっぱり乙女心として初めてはそんなこちらが痴女みたいに迫るのではなく、アッシュに愛の言葉を囁かれながらが良いなどと夢見たりするわけで……

 

(って何で私はすっかりそんな、そういう事をする前提でいるんだよぉ!)

 

そうしてレインは何かを振り払うようにぶんぶんぶんと顔を真っ赤にして振る、傍から見ると落ち込んだり顔を真っ赤にしたりと一人百面相状態である。

 

(で、でも……でも私アッシュとだったら……)

 

思い出すのは昨日つけた下着を買った際に姉に言われた「やらせてあげないのに娼館に行くことを認めない恋人なんてぶっちゃけめちゃくちゃ重いからねレインちゃん!」という言葉。そして今朝姉に言われた無理に欲求を抑え続けたらろくなことにならないという常になく真剣な言葉。一緒に居られるだけで夢のように幸福だけど、もう昔のような子どもでない以上やっぱりその先を求めだすのは自然な事なわけで……でも、やっぱりなどとやんごとなき家のお嬢様として育ったことによる貞操観念と乙女心、愛する男の子どもを孕みたい女としての本能、傭兵生活の間に出来た男の欲に対する理解などが頭の中で喧嘩し合って思考の迷路に陥っていると

 

「た、ただいま」

 

そんなどこか普段に比べてぎこちない愛する男の声が聞こえてきたのであった。

 

 

 

「お、おかえりなさい。今日もお疲れ様。それとその……今朝はごめんなさい!」

 

愛する男を出迎えてそんな風に頭を下げて謝罪の言葉をレインは口にする

 

「風邪を引いた私がアッシュに甘えたのに、あんな出て行けなんて言っちゃって……怒って…いるよね?」

 

そんな恐る恐ると上目遣いで愛しい女に言われて許さないと言える男がいるだろうか。少なくともアシュレイ・ホライゾンの中にはここで突き放すなどという選択肢は存在しなかった

 

「い、いや怒ってなんかいないさ。ナギサは風邪を引いて弱っていたんだから、俺の方がしっかりしなきゃならなかったんだから。ああいうので悪いのは男の方と相場が決まっているんだ。だから謝らなきゃいけないのは俺の方さ、これは一応お詫びも込めての俺からの君に伝えたい気持ちだよ」

 

そんなアッシュの言葉にレインは慌てて

 

「そ、そんなお詫びだなんて……受け取れないよそんなの。だって悪かったのはアッシュじゃなくて私だもん!」

 

そんな慌てた様子の愛する少女の様子にアッシュは苦笑して

 

「じゃあ日ごろのお礼って事で受け取ってくれないかな?」

 

そんな風に笑顔を浮かべられて渡されればレインとしても

 

「う、うん、ありがとう。アレ、これって……」

 

驚いたような顔を浮かべるレインへとアッシュは笑顔で告げる

 

「ああ、昔俺が君に冠にして送った花だよ。花の名前はブルースターって言うんだってさ」

 

少女の驚く様子にしてやったりとばかりに気づいてくれた喜びと共に。そうして店員から確認した花言葉の意味を伝える

 

「花言葉の意味は「幸福な愛」「信じあう心」、俺から君に送るものとしてはピッタリだと思ったんだけどどうかな?」

 

レインもおずおずとした様子で感謝の言葉を告げて受け取る。そうしてどこか恥ずかし気にお互いに顔を見つめ合わせて……

 

「え、えっとご飯出来ているよ!私もお詫びとして……じゃなくてアッシュへの日ごろの感謝として今日はアッシュの好物一杯作ったから!」

 

「そ、そうか!ナギサの作るご飯は美味しいからな!楽しみだよ!でもなんだかアリスさん達に悪い気がするな!」

 

どこか白々しさの漂う様子でそんな会話を行うとレインは恥ずかし気に

 

「あ、あのね……今日は姉さん達居ないんだ……別のところに泊まってくるって……」

 

そんな事を告げてくるものだからアッシュも戸惑って

 

「そ、そうなのか……」

 

「うん、そうなの……」

 

昨夜の事をお互いに思い出したのかどこか気まずげなぎこちない雰囲気を漂わせながら食事を行なうのだった……

そうして食事中もどこかお互い無理のある白々しい会話を行ないながら妙に落ち着かない雰囲気を漂わせて

 

「アッシュ……その、少ししたら私の部屋に来てくれないかな……きちんと話したいことがあるんだ……」

 

意を決したようにナギサ・奏・アマツはアシュレイ・ホライゾンへとそんな事を告げてくるのだった。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

ブルースターの花が大切そうに飾られた部屋の中で二人の男女が顔を赤くして互いに縮こまってしまっていた。しばらくずっとそんな風にしていたのだが意を決したように男を部屋へと誘った少女の側が意を決したように口を開く

 

「あ、アッシュ……私って魅力ないのかな……?」

 

恐る恐ると言った様子で問いかけてきたその少女の言葉にへ?と男のほうは何を言っているのかさっぱりわからないといった様子で間の抜けた声を漏らす

 

「だ、だって……昨日あんな風に迫ったのに結局アッシュ、私に手を出してくれなかったから、ひょっとして私に女としての魅力がないんじゃないかって……」

 

そんな風に涙目で告げる愛しい少女の言っている内容を理解した瞬間アッシュは猛然と反論を行なっていた

 

「馬鹿を言っちゃいけない。俺にとって君以上に魅力的な女性なんて居やしないよ」

 

そう、きっぱりと断言していた。

 

「正直に言うと昨日は本当に我慢のギリギリだったんだ。でもそれでも君に手を出さなかったのは、君が風邪を引いた状態だったからさ。大切だからこそ、初めてをそんな弱っているところに付け込むような形でしたくなかった。そんな男のつまらない意地と誇りだよ」

 

真摯な瞳でそう告げてくるアッシュの言葉にレインは安堵したような様子と恥じらいを浮かべながら

 

「そ、そっか……それじゃあ、そのアッシュはさ……私とそういう事したいの……?」

 

キスや添い寝よりも先の大人じゃないとしちゃいけないこともなどという、愛する少女のどこまでも可愛らしい問いかけにアッシュは一瞬言葉を詰まらせて

 

「俺は……」

 

女にここまで言わせてヘタレるのは男ではないとばかりに意を決して

 

「ああ、したい。俺だって男なんだから、君と、ナギサと心と身体を重ねあわせたい。君は俺のものなんだと誰にも渡さないんだとそう周囲に宣言したい。君が相手だからこそ、俺はそうしたいんだ」

 

真摯な瞳で見つめながら、そう告げる。そんな男の言葉に少女も頬を赤らめながらどこか嬉しそうに

 

「そっか……うん、いいよ。私アッシュとだったら……ううん、アッシュじゃないと私も嫌だから。でもね、一つだけお願いを叶えてくれないかな?」

 

「お願い?」

 

「うん」

 

そうして少女は可愛らしいおねだりを口にする

 

「私……その、は、初めてだから……優しく……してね……」

 

そんなどこまも愛おしく可愛らしい少女の言葉にああと答えて二人は共に長い一夜を過ごすのであった……

 




具体的なHシーンについては原作のアッシュとレインちゃんの初体験時のシーン参照でよろしくお願いします。
流石に数年生殺しを可哀想&きちんと耐えたアッシュには然るべき報いがあって当然だと思いこうなりました。

ちなみに本能に負けて風邪を引いた状態のレインちゃんに手を出していた場合レインちゃんはもちろん許してくれますが、初めてはアッシュに情熱的に告白されてそれでそれで……などと夢見る乙女だったレインちゃんは少しだけ「初めては……あんな状態じゃなくて……ちゃんとした形でアッシュと結ばれたかなったな」などと残念に思う気持ちを抱きます。
アッシュは当然罪悪感で死にそうになります。


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繋いだ手の温もり(前)

この作品は作者の実体験に基づくことは一切無く、全て阿片に塗れた脳によって生み出された夢になります。
例によって妄想フルスロット全開の幼少時代のアシュナギの夏祭りの話になります。
あの世界の文明や文化レベル的に現代的すぎない?みたいな部分があるかと思いますが、その辺はご寛大な心持ちでお願いいたします。

以前も書きましたが他国人の平民であるアッシュが愛娘であるナギサちゃんと仲良くなっている事を特に妨害したりした様子が無い辺り、ナギサちゃんの両親は所謂善良寄りの普通の人をイメージしています。


夏祭り

 

それはかつて旧暦の時代、大和において夏の時期においてされていた祝祭。毎年その時期が訪れると、大和の民はYUKATAと呼ばれる涼を得るための衣に身を包み、様々な店が立ち並ぶ中を家族や友人、あるいは恋人と言った存在と共に時間を過ごしたと言う……

 

大破壊によって大和がその姿を消して、そんな祝祭も伝聞のみで語り継がれるものになるかと思われたが、国家の要職に就く事になった日系の貴種たるアマツの文化保護や大和を神の民族として崇める聖教国によって、地域によって形を変えながらその文化は残る事となった。

そして、純血派の重鎮たる奏の家が治める軍事帝国アドラー北部の都市でもそんな祭りへの準備が着々と進められつつあった……

 

 

「~~~~~~♪」

 

見るからにとても上機嫌な様子で屋敷の主である奏の家の一粒種ナギサ・奏・アマツは詩を口ずさみながらスキップしていた。そんな多くの者を虜にするであろう天使のようなあどけなさを見せる己が主に対して、彼女の後を着いていきながら従者であるアヤ・キリガクレもまた嬉しそうに話かける。

 

「ふふふ、旦那様と奥様がご許可をくださってよかったですね、ナギサ様」

 

「うん!コレで皆と一緒に私も夏祭り行けるよ!」

 

そんな己が従者の問いかけに少女もまた満面の笑みを浮かべて答える。

ナギサ・奏・アマツは箱入り娘である。彼女の両親はそこまで厳格な性格ではなかったが、それでも一人娘である彼女をそれこそ目に入れても痛くないという形容がピッタリなほどに愛していた。そのため彼女はそうそう屋敷の外に出る事は無く、当然ながら同年代の友人達と共に夏祭りに出かけるという事も無かった。

そんな箱入り娘たる彼女が今回に限り、以前から興味を抱いていたにせよ、常に無く強い意志で両親に自分も夏祭りに出たいと我儘を言ったのは例によって彼女の大好きな少年からの誘いがあったからである。ただのお祭りというだけであれば彼女は例年の如く心配する両親の言葉を聞き入れたであろう。

だがずっと屋敷の中にいた彼女にとって、少年の語る祭りの様子と何よりも「今年は四人で一緒に見て回りたいね」という誘いの言葉はあまりにも魅力過ぎた。「友達と一緒にお祭りに行きたい」、そんな子どもならば当然抱くお願いを言われてしまえば、我が子を愛する親なればこそ叶えてやりたいと思うのが親心という者。家に仕える警護担当と裏でこっそりと協議して、陰ながら護衛をつけることを決めた上で彼女の両親は愛娘のその愛らしいワガママを受け入れたのであった。

そうして満面の笑顔を浮かべながら戻ってきた二人の様子を見て、二人の友人であるアシュレイ・ホライゾンとミステル・バレンタインもまた説得が上手く行った事を悟り、笑顔で出迎えるのであった。かくして四人の子ども達は年相応の無邪気さを見せながら、大切な友達と一緒に回るお祭りの日の計画について語りだす。

 

「ねぇねぇアッシュ、お祭りってどういうものがあるの?」

 

箱入りお嬢様であったナギサ・奏・アマツは期待に胸を膨らませながら、箱入り娘である自分達と違い、あちこちを旅してきた今回の計画の発起人である少年へと問いかける。

 

「えーっと食べ物だったらわた飴とかりんご飴とか……うーん、でもナギサ達の口に合うかなぁ?」

 

紛れも無い貴族の令嬢であるナギサ・奏・アマツとミステル・バレンタインは当然食べる物も選りすぐられたものである。果たしてそんな彼女達にお祭りで提供されるようなものが口に合うかとアッシュは心配になったが……

 

「わた飴ってどんなものなの?」

 

少女の方は気づかずワクワクとした様子で少年へと問いかけるものだから……

 

「ナギサ様、あまり事前に知りすぎても当日の楽しみが薄れてしまうかもしれませんよ?」

 

アッシュの困った感じの様子を察したのか、アヤがそんな風に助け舟を出したので主の方もそれを聞き頷く。

 

「そうなると花火を見る場所を決めておいた方が良いんじゃないかしら?」

 

花火。それは金属の炎色反応を利用した火薬と金属片によって彩られる芸術である。この新西暦においては天に存在する第二太陽、大和へと捧ぐ祈りという宗教的側面が含まれており、夜空を彩るその閃光を見ながら人々は大和へと祈りを捧ぐのが一般的である。コレまでずっと窓越しに見ているだけであったナギサと

 

「そこは大丈夫!下調べしてバッチリの場所を見つけておいたから!」

 

胸を叩いて自分に任せて欲しいと少年が告げる。そんな少年の様子にこの中で年長の少女はクスリと笑い

 

「そう?それじゃあ、その場所までのエスコートをお願いしても良いかしら、アッシュ君」

 

「もちろん!僕が三人を守ってあげるよ!だって僕は、男の子だからね!」

 

そんな事を澄み渡る青空のような爽やかな笑顔を浮かべながら告げる少年に、三人の少女は胸の高鳴りを覚えながらその日を待ち焦がれるのであった……

 

 

 

「なんで!お父様とお母様は良いって言ってたのに!!!」

 

涙を浮かべながら詰め寄る警護対象の少女に謹厳に、警備責任者たるその軍人は答える、申し訳ないが、外出して祭りに人混みの中に出ることは許可出来ません。これもお嬢様のご安全のためなのでご理解下さい、と。

何故説得の末に外出の許可を得たはずがこうなったのか?それは彼女の両親が同じ純血派の重鎮たる淡の家へと火急の要件で話がしたいと言う事で帝都へと出向かなければならずに、それに伴い夫妻の道中の警護のために当日密かに少女を警護するための人員も出払ってしまうこととなった。

 

そうなれば当然祭りの時の警護体制を見直す必要あったのだが、少女にとっては大変不幸な事に、夫妻の不在の間に屋敷の警護の責任者となった者が無能ではないものの規律こそを最上の美徳とするかのような如何にもといった風情の軍人であった。加えて急な出立であったため、少女の父親がその責任者に対して娘と交わした約束について言い含めておくのを忘れてしまっていたという不幸も重なった。

かくして責任者としてその男は一つの決断を下した、すなわち安全を確保しかねるため主君の令嬢の祭りへの外出の取り止めである。融通の利かない頑固な大人として、例え目の前の少女に嫌われようともそれこそが主君に仕える者として為すべき行いだと信じて……

 

「お嬢様のご安全の為です。もしもの事があれば旦那様と奥様に申し訳が立ちません、ご理解下さい」

 

何度お父様のご許可は頂いていると詰め寄っても冷たく返されるその言葉に、ついに少女は泣きながらその場を後にする。部屋で待っている友達になんと伝えれば良いのかと陰鬱な気持ちになりながら……

 

「ゴメンね、私行けなくっちゃったから。皆で楽しんできて」

 

涙を拭いながらそんな事を告げる少女の様子に部屋で彼女を待っていた三人は顔を見せて一体どうしたのかと問いかける。そうしてぽろぽろと涙を零して申し訳なさそうに事情を話した少女の様子に……

 

「だったらこっそり抜け出して行こうよ!ナギサのお父さんとお母さんには行って良いって言われているんだからさ!」

 

どこか悪戯っぽい笑みを浮かべながら少年がそんな風に告げて来た物だから、泣き虫な少女は目を丸くして

 

「で、でも抜け出してって言っても出入り口は見張られているし……」

 

そんな少女の言葉に少年は胸を張りながら

 

「実はこの間こっそり出られる抜け穴を見つけたんだ!大人じゃ無理だろうけど、僕が通れたから僕より小さなナギサならきっと大丈夫だよ」

 

そんな事を言いつつ、だから行こうとアッシュはナギサを誘う。無論アッシュとて自分のやろうとしていることがバレたらものすごく叱られる事になるだろうというのはわかっている。わかっているが、けれどそれでもなお、少年は泣いている少女を笑顔にしたいと思ったのだ。

 

「そういう事でしたら留守番役が必要ですね、私達四人が全員いなくなってしまえば気づかれてしまうでしょうし……お土産を期待しておりますので、どうぞ楽しんできて下さい」

 

「四人で一緒に居るって話なのにアヤちゃん一人じゃ、きっと話し声が聞こえなくて気づかれちゃうんじゃないかしら?ここは私も一緒に残るから二人で楽しんできて」

 

そんな麗しい友情を前にして慌てたのは先ほどまで泣いていた少女である

 

「そ、そんなの悪いよ!私のために二人がいけなくなるだなんて!」

 

と。そんな気遣いに対して二人はニコリと笑いながら

 

「主の幸せが従者である私の幸せですから。どうかアッシュ様とお二人で楽しんできてください、ナギサ様」

 

「私はお姉さんだからね、こういう時は年下を優先してあげるのが年上の務めってものよ」

 

そんな貴方の幸せが私たちの幸せだからと言わんばかりの溢れん友情を受けて優しき少女はなおも躊躇いを見せたが……

 

「どうしても気が引ける、という事であれば、どうでしょうナギサ様、ここは次回のおままごとでのアッシュ様のお嫁様の役を一回ずつ私とミステル様に譲っていただくというのは?」

 

「あ、良いわねそれ。今日はナギサちゃんがアッシュ君を独占するんだもの。その位の見返りはあっても良いわよね」

 

そんな二人の友人の言葉にナギサもまた笑顔を浮かべて頷くのであった。そんな友人三人の様子を見て、女の子ってそんなにお嫁さんに憧れる物なのかな?、などと三人が自分が相手だからこそ(・・・・・・・・・・)お嫁さん役をやりたいのだという事にまで考えが及んでいないスケコマシの片鱗を見せる少年はどこか的を外した感想を抱いているのであった……

 

 

 




やっぱり箱入りお嬢様といえば屋敷をこっそり抜け出してのデートが定番でありロマンですよね!


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繋いだ手の温もり(後)

オリキャラの名前は例によって適当です
小さい頃に大人の目を盗んでこっそり友人とやった悪戯って当然怒られるべきことなんですけど、それでも後々まで続く思い出だったり友情だったりに繋がりますよね。


「アヤよ、お嬢様はどうされている」

 

部屋の前で警備責任者たるモルト少佐は自らの仕える家の息女の傍付きの少女へとそんな問いかけを行なう。本来ならば直接会って確認しようと思ったのだが、先ほどそうしようとしたところ「モルトなんて大嫌い!部屋に絶対入ってこないでよね!入ってきたらお父様に言いつけるから!」などと言われてしまえば従者の身としては主君の部屋に強引に押し入ることも出来ず、こうして部屋の前で様子を確認するのが精々である

 

「アッシュ様とミステル様が宥めてくださったおかげでようやく落ち着きつつあります。ただモルト少佐はずいぶんと嫌われてしまいましたよ、モルト少佐のお顔を見るとせっかく落ち着かれたのにまた……」

 

申し訳なさそうにそんな事を仕える従者の少女に対して壮年の軍人はため息つきながら

 

「癇癪を起こされてしまうか。わかった、今宵はそっとしておくこととしよう。アヤよ、わかっているとは思うが……」

 

「はい、承知しております。これも全てはナギサ様のご安全のため、従者ならば情に流されず主君の身の安全をこそ第一と考えるべし、ですよね?」

 

常と変わらず聞き分けの良い従者の少女の様子にモルトは満足気に頷く。

 

「うむ、わかっているのならば良い。主が危険な行動をしようというのなら止めるのが従者の務めなれば、仮に不興を一時買ったとしても諌めねばならぬ時がある。それでは、お嬢様の事は任せたぞ」

 

それだけ告げるとモルトは立ち去っていく。まさか何時も大人しく聞き分けの良いお嬢様が、すでに屋敷から抜け出している(・・・・・・・・・・・・・・)などと思いもせずに。

 

「いやー名演だったわねアヤちゃん、あの人ナギサちゃんが部屋に居るって信じきっていたわよ」

 

離れたことを確認した後に、からかう様な口調でミステルが先ほどのやり取りを揶揄するかのように話しかける

 

「それはまあ、私は嘘は何も言っておりませんし」

 

そう、アヤは何も嘘は言ってない。主である少女がしばらく大荒れしていたのも、それをミステルとアッシュが宥めてくれたのも全て事実である。単に宥める方法としてアッシュがこっそり抜け出して祭りに行こうという提案をした、というのを話していないだけである。時に主の不興を買ってでも主を諌めること、主の身の安全を優先するのが従者の務めというのも当然承知している、承知した上で主の安全ではなく、主の心(・・・)を優先したそれだけの事である。

それは子どもの無謀さゆえの行動ではあっただろう、世の中に潜んでいる悪意というものを知らずに今ある幸福がある日突然消えてしまうなどという事を想像さえしていない、出来ない優しい陽だまりの世界で育った者の行動。だが、それでも泣いていた少女を笑顔にしたのは大人の理屈ではなく、そんな子ども故の行動と友情だった。

 

「ですがこのように大人の方々にこっそりと隠れて行なうというのはなんだかドキドキ致しますね。バレたら大目玉を食らうとわかっているのに、私なんだかワクワクしてきてしまいました」

 

「あ、アヤちゃんも?私も同じよ、こんな風に友達と一緒に大人に隠れてこっそりと悪戯するような事なんて貴方達に会うまではやったこともなかったもの」

 

箱入り従者だったアヤとミステルはそんな風に悪戯っぽく笑う。おそらく昔の彼女達だったら、こんな事をしなかったはずだ。それは今はここにはいない、もう一人の少女にしても同じだろう。箱入りである彼女達だけならばおそらくこれまでと同じく大人の言う事にしたがって我慢したはずだ。そんな彼女達がこんな風に出来るようになったのは、やはり初めて出来た男の子の友達のおかげだろう。

大人から見れば誑かされた、と言うのかも知れないが彼女達自身はそんな自分の変化を気に入っており、それは今少年と行動を共にして、屋敷をコッソリと抜け出すなどという初めての体験をしている少女も同じ思いだろう。だから、少女達にとっては少年は特別な存在だった、自分達を外の世界に連れ出してくれる御伽噺に出てくるような王子様、そんな少女らしい埒もない可愛らしい夢を見てしまう程度には。

 

「うふふふ、それにしても屋敷を抜け出して秘密のデートだなんて……本当に御伽噺のお姫様のようで少々、いえかなりナギサ様がうらやましいです」

 

「確かに。女の子の夢、よね。この分じゃお嫁さん一回分と言わず二回分位変わってもらったほうが良かったかしら?」

 

クスリと笑いながらミステルがそんな事を告げると

 

「あまり長くやれないとむくれてしまうんじゃないでしょうか?アレでかなり愛の深いお方ですから。それにしてもよろしかったのですかミステル様?私はモルト様を誤魔化すために残る必要がありましたが、ミステル様はアッシュ様やナギサ様とご一緒されても……」

 

「それじゃあアヤちゃんが一人ぼっちでお留守番になって可哀想じゃない。四人組で一人だけ仲間外れって後々辛いわよ~他の三人が思い出話で盛り上がる中一人だけそれに参加できないんだから」

 

そんな年上のお姉さんらしい気遣いをミステル・バレンタインは笑いながら告げる

 

「だからね、帰ってきた二人を留守番役同士で盛大にからかってあげましょう、二人っきりのデートは楽しかった?って。きっとナギサちゃんのことだから顔真っ赤にしてとっても可愛い反応見せてくれるわよ~~~」

 

「うふふ、そうですね。根堀葉堀り聞かせていただくこととしましょう。そして来年こそは、4人揃って。みんなで夏祭りへと行きましょう」

 

こんな幸せな日々がきっと何時までも続いて自分達は大人になっていくのだと信じて疑っていない少女はそんな何事も起こらなければ(・・・・・・・・・・)実現するであろうささやかな願いを口にして

 

「そう……ね。うん、来年こそは皆で行きましょう、アッシュ君とナギサちゃんに案内して貰いながら、ね」

 

年長の少女は心の底からそれが実現する事を祈りながら、留守番役になった二人の少女は帰りを待ちながら会話に花を咲かせるのだった……

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「わぁ……」

 

ナギサ・奏・アマツは目の前に映る風景に感嘆の声をあげた。屋敷を夜中にこっそりと大好きな少年と一緒に抜け出すという、まるでいつも自分が読んでいるお話みたいな事をしているだけで胸が高鳴っていたのに、そうして少年と一緒にたどり着いた場所では今まで見たこともない風景が広がっていた。そうしてしばらくの間呆けていると

 

「見ているばかりじゃ勿体無いよ、さあ行こう!」

 

そんな事を優しい微笑みを浮かべながらこちらに左手を差し出してくる少年の姿があって

 

「はぐれるといけないから。手を握って歩こう、ナギサが嫌じゃなければだけど」

 

そんな事を告げてくるものだからお姫様はおずおずと右手を差し出して、はにかみながら右手に確かな暖かさを感じるのだった。

 

 

 

突然だがナギサ・奏・アマツは所謂お小遣いというものを貰ったことが無い。というのもそもそも一人で外出するという事がなく、欲しいものがあれば両親にお願いすれば大体買って貰える生粋のお嬢様だからである。アヤ・キリガクレが彼女の従者として仕えるようになったのも元を正すと彼女が誕生日の時に、誕生日プレゼントは何が良いかという両親からの問いかけに対して、年の近いお友達が欲しいと言った事に由来する。まあ、そんなわけでナギサ・奏・アマツはこういったときに自分が自由に使えるお金というものを持っていないし、買い物を一人で行なったことも無い。

一方のアシュレイ・ホライゾンは裕福な商人の息子であり、あちこち旅をして来た。本人の社交性も合間ってあちこちで多くの友人を作った彼は当然、こういった祭りのようなものに出るのは初めてではなく、これまで何度も来ているし、前もって今日お祭りに行くことを父に伝えて熾烈な(何時もに比べるとずいぶんと父が優しかった気がするが)予算交渉の末に今日使うためのお小遣いを入手していた。故に必然的に……

 

「おばちゃん、わた飴二つ下さい!」

 

そう言ってアッシュは二人分の代金を支払う。

 

「はいよ、おやおやボウヤったらあんまりみない顔だけど、可愛い女の子連れちゃって隅に置けないわねぇ。キレイな黒髪をしているしまるでアマツのお姫様みたいじゃないかい」

 

みたいも何もそのアマツのお姫様張本人なのだが、そんな事を言っても騒ぎになってしまうだろうし、アッシュは笑って誤魔化し、ナギサの方もなんて答えたら良いのかわからないのだろう、顔を赤らめながら「えっと……ありがとうございます」と小声で応じる。

 

「おやおや照れちゃって。ちょっと、本当に一体どこから浚ってきたんだい、こんなお姫様を」

 

「あははは、第二太陽の方からちょっと」

 

空に浮かぶもう一つの太陽を指差しながらアッシュがそんな風に答えると冗談と受け取った屋台の店主は

 

「それじゃあちゃんとエスコートして返してあげないとね。男の子なんだから、ちゃんと守ってあげるんだよ」

 

そんな風に告げてくるので、はいもちろんです。と少年は手を握る力を少しだけ強めて、少女は顔を真っ赤にするのであった。

 

 

 

「はい、ナギサ。これがこの間話していた、わた飴だよ。ナギサの口に合うかどうかはわからないけど……」

 

「わぁ……すごい。まるで雲みたいにふわふわしているんだね……」

 

そうして恐る恐ると言った様子で口にするとその顔を輝かせて

 

「アッシュ!これすっごく美味しいよ!えへへへ、こういうの食べるの初めてだなぁ」

 

心からの笑顔を浮かべながらそんな事を告げてきたのでアッシュはホッと胸を撫で下ろして

 

「良かった~もしも口に合わなかったらどうしようと思ったよ」

 

優しい彼女の事だからきっと口に合わなかったとしても美味しいと言うのだろうけど、様子を見るにどうやらそうやってこちらを気遣っての事ではなくて心からそう思って居るのだと理解してアッシュは安堵する。そうして夢中になってわた飴を食べ終えた後も様々な屋台を巡って恐る恐ると言った様子で最初に口に含んでから、夢中になって食べてというのを、時には半分こにしながら、して腹ごなしが済んだ二人は今度は射的へと挑戦したのだが……

 

「……捨てていいよ、そんなの」

 

どこか拗ねたような顔でアシュレイ・ホライゾンはとても嬉しそうに(・・・・・・・)散々挑戦した後にようやくゲットできた戦利品を大事そうに抱える少女に対して告げる。あらぬ方向に飛びまくった挙句、結局最後は少女が欲しがったぬいぐるみではなく、その隣のどこかへんてこな、10人が見れば9人は趣味が悪いと言うであろう人形へと当ってしまい終了。なぜか昔から射的の類はめっきりダメで、玩具の銃でこの有様なのだからもしも実物を扱うこととなったら目も当てられない事になるだろう。まあそんなわけで男としての面子が丸つぶれなアッシュはむくれた顔を浮かべているわけだが……

 

「捨てたりなんかしないよ、だってアッシュが私の為にとってくれたものだもん!」

 

物自体ではなくそれを誰が送ってくれたのかが大事なのだと言わんばかりに少女は普段プレゼントされているぬいぐるみに比べればはるかに安物で趣味が悪いぬいぐるみを大事そうに抱える。そんな少女を見て少年は男の意地というのか、もっと良い物を想い出のプレゼントにしたいと考えたのだろう、良い感じのをマフラーが景品となっているのを見つけて今度は輪投げへと挑戦する。そんな少年の想いが通じたのか、今度は無事に成功して、季節はずれだけど冬になったら使って欲しいと照れくさそうに言いながら渡す。

当然少女は大喜びで天使のような笑みを浮かべて、大切に使わせてもらうねと笑顔で告げたのだが不意に何かに気づいたように浮かない顔を浮かべたものだから

 

「ナギサ、どうしたの?」

 

そんな少女の様子にアッシュのほうも慌てる。ひょっとして趣味に合わなかったのだろうか、父親に目利きに関しては鍛えられたから、季節はずれではあるもののそこまで安っぽいものというわけではないはずなのだがと不安になると……

 

「…さっきから私、アッシュに貰ってばかりで私は何もアッシュにしてあげられていないなって……考えてみたらいつもお土産買ってきてもらったりで私と来たら貰ってばかりで、私の方から何かアッシュにプレゼントした事無いし……」

 

そんな事を俯きながら告げるものだから、アッシュは少しだけ手を握る力を強くして

 

「そんなこと無いよ。プレゼントならさっき貰ったばかりさ!」

 

笑顔を浮かべながら明るい声でそんな事を言うものだから、ナギサは目を丸くして

 

「え?え?え?さっきって……私アッシュに何もあげてないよ」

 

そんな何がなんだかわからないと言った様子を見せるものだからアッシュは笑顔を浮かべながら

 

「さっきとっても素敵な笑顔を見せてくれたじゃないか。僕にとってはそれが十分すぎる報酬だよ!」

 

ドンと胸を叩いてそんな事を告げて

 

「だから、そんな哀しそうな顔をせずに笑ってよ。僕はナギサの笑顔が大好きだからさ!それを見るためだったらお小遣いがちょっと減る程度安いもんだよ!」

 

そうしてぎこちないながらも笑みを見せてくれた少女に対して優しく微笑みながら

 

「それじゃあそろそろ行こうか。もうすぐ今日のメインイベントの時間だから、とっておきの場所に案内してあげるよ」

 

そう告げて少年は少女の手を優しく引きながら秘密の場所へと案内するのだった……」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「綺麗……」

 

寄り添い合って手を握り合いながら二人は夜空を彩る閃光をその目に焼き付けていた。そうして天に存在する第二太陽へとそれぞれ祈りを捧げる。そうして祈りを終えるとポツリとアッシュは問いかける

 

「ナギサはなんてお願いしたの?」

 

「えっと……来年こそは皆で、アヤもミステルも一緒に四人でお祭りに来れます様にって」

 

えへへとはにかみながら少女はそんな事を口にする。少しだけ、今傍にいてくれている少年と二人っきりじゃなくなる事を残念に思う気持ちもあるけど、でもそれ以上に四人一緒が良いと少女は願っていた。アヤ・キリガクレもミステル・バレンタインも彼女にとっては心の底から大事だと言える友達だから。

 

「そういうアッシュは、なんてお願いしたの?」

 

「僕は……ずっとナギサとこんな風に一緒に居られます様にって」

 

それは少年にとっては深い意味はなかったのだろう。単純に少年にとっては両親と一緒にあちこちを旅にするのが当たり前だったから、仲の良い友達が出来てもすぐに別れたり、もう一度会ったりというのが中々出来ない友達というのがたくさんいたから。目の前の少女とそんな風にお別れせずに、ずっと一緒に仲良くしていたい、そんなささやかなお願いだった。だが、少女の方は何か勘違いしたのかすっかり顔を真っ赤にして

 

「え、えっとアッシュ……そのそれってひょっとしてひょっとして……私をお嫁さんに……」

 

「あ、次で最後みたいだよ」

 

タイミングが良かったのか悪かったのか、最後は恥ずかしさのあまりに小声になってしまったためか、少女の問いかけは花火の轟音にかき消されて少年の耳には届かなかったようである。そうして最後に打ち上がった花火を見届けて、その場でしばらく寄り添い合いながら共に空を見上げて……

 

「それじゃあ、そろそろ帰ろうかナギサ。アヤとミステルが待って居るだろうし」

 

あんまり長く待たせたら悪いからと少年も少女と二人きりで居られるこの時間にどこか名残惜しさを感じながら告げる

 

「うん……来年もまた見に来ようね、今度は、四人全員で」

 

そうして少女もまた同様の名残惜しさを覚えつつも、笑顔で未来の事を夢見ながら返答する。少年も同様の未来が来ることを一切疑わずに、最後に二人は揃って第二太陽へと改めて祈りを捧げるのだった。

 

ずっと一緒に居られますように、四人一緒に花火が見られますように

 

と。こんな優しい日々が何時までも、何時までも続いていくのだと信じて……




夏のお祭りで輪投げの景品にマフラーが並ぶような事は僕らの世界だったらまずありえませんが、シルヴァリオ世界は新西暦という世界観なのでなんか文化が伝わっているうちにわけのわからない感じに捻じ曲がってそうなったんでしょう(適当)
ナギサちゃんが大事そうにつけているマフラーをせっかくだからアッシュからプレゼントされた想い出の品にしたかった。正直無理があった気はするが俺がそう思うのでそうなのだ(゚∀。)y─┛


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取り戻した手の温もり

繋いだ手の温もりの続きです。時系列的には二人の幸せを願うのはとても当たり前のことの後、二人が結婚式を挙げた後です。


 

 かつてこの地を治めていた奏の屋敷、粛清後は一般臣民の集会場として使われるようになった場所である、その傍にひっそりと立てられた墓の前でアシュレイ・ホライゾンとナギサ・ホライゾンの両名はそっと手を合わせていた。ナギサ・ホライゾンの両親は名君というわけではなかったが、それでも積極的に民を害するような悪辣な人物ではなく、概ね善良な領主様として民からの評判はそこまで悪くは無かった。だからだろうか、奏の家に仕えていたアヤ・キリガクレが簡素ながらも墓を立ててもそこまで反発や忌避を受けるような事も無く、簡素ながらも綺麗な墓がそこにはあった。おそらく、忠義者なアヤが機会を見つけて定期的に整備していてくれたのだろう。荒れ果てた様子もなかった。

 

(お父さん、お母さん、こうしてお墓参りに来るのがずいぶんと遅くなってしまって、親不孝な娘でごめんなさい)

 

そんな風にナギサは今は亡き両親へと祈りと報告を行なう。

 

(お父さんとお母さんが死んじゃってから、色々とあったけど私は今、とても幸せです)

 

そこでチラリと隣で一緒に祈りを捧げている最愛の夫の姿を窺い

 

(ごめんなさい、娘としては二人の仇を討つべきなのかもしれないけど……)

 

今がとても幸せだから、何よりも誰よりも大切な人が傍にいてくれるからそんな事は出来ないのだと優しき少女は少しだけ両親に詫びる。

 

(ひょっとしたらそんな私に対して色々と言いたいことはあるかもしれないけど、それは私も同じだから……いずれ私がそっちに逝く事になったらその時は一杯話をしようね)

 

そうして報告を終えて、チラリと横を窺うとそこには優しい笑顔をこちらに向ける夫の姿があって、そっと夫の腕へと抱きつき寄り添いあいながら二人はその場を跡にするのであった。

 

「なんて報告したんだい、ナギサ」

 

自分の腕へと抱きついている愛しい妻へとアシュレイ・ホライゾンは歩きながらそんな風に問いかける

 

「うん、色々と言いたいこともあるかもしれないけど、それはこっちも同じだからその辺の詳しい話は私がそっちに行ってからしようって。とりあえず今は、私はとっても幸せです。ってそれだけはきちんと報告しておいたよ」

 

 そういってそっとナギサは少しだけ抱きつく力を強くする。今の彼女の姿は何よりも雄弁に彼女の言葉が真実であることを示していた。もしも本当に人の世に霊魂と言われるものがあり、生者を見守っているのだとすればきっと彼女の両親は娘のこの姿を見て安心することが出来ただろう。最も父親のほうは聊か複雑な心境かも知れないが……

 

「アッシュの方はなんて?」

 

「うん、必ず娘さんを幸せにします……いや、必ず一緒に幸せになります。だから色々と言いたい事はあるでしょうけど、そっちに逝った時はとりあえず一発は大人しく殴られますからどうか許してくださいって」

 

笑いながらそんな風に告げる夫にクスリと妻のほうも笑いかけて

 

「許すも何もむしろお礼を言わないといけないほうだよ、今こうして私が生きているのはアッシュのおかげだもん。それなのにもしもお父さんがアッシュを殴るような事があれば、私お父さんの事嫌いになっちゃうよ」

 

 娘の連れてきた夫に対して「お前なんぞに娘はやらん!」という父親と「お父さんなんて大嫌い!」とそれに怒る娘と言う世の多くに見られる構図。もしも二人の両親が存命中であれば果たしてそんな世の父親にとっての夢であると同時に悪夢である光景をナギサ・奏・アマツの父親は味わうことになっていたのか、はたまた存外物分りのいいところを見せていたのか、それともあまりにも立場が違いすぎると最後まで反対していたのか、それはわからない。だが一つだけいえることがある、例えどれほど反対されようとこの愛深き二人は互いの事を諦めなかっただろう、それこそ駆け落ちする事さえ辞さない程に。

 

「あははは……まあそこは男親としての複雑な心理って奴だから大目に見てあげよう。俺も何とか受け入れてもらえるように言葉を尽くすからさ」

 

「そういうもの……なのかな?いずれにしてもそんな風になるのは当分先、だよねアッシュ」

 

「ああ、子どもが生まれて、孫も生まれてそれでもうお互い悔いはないと心の底から思えるようになったはるか未来の話さ。だからそれまで精一杯生きて行こう、これからも一緒に」

 

そんな風に言葉を交わしあい、ときに優しくお互いの顔を見つめながら、商国の若夫婦は仲睦まじく少年時代の思い出が詰まったその場所を跡にするのであった……

 

 

「お待たせ、えっと……どうかな?」

 

宿の者に手伝ってもらって着付けた浴衣姿を夫に、はにかみながらナギサ・ホライゾンは見せ付ける

 

「……うん、すごいグッと来た。とても良く……似合っているよ」

 

「本当……?えへへ、嬉しいな」

 

そんなもう結婚して数年経つというのに、いまだに新婚夫婦のような様子を見せて、夫のほうは少し照れくさそうに最愛の妻の手を取って、寄り添いあいながら二人は揃ってかつての思い出の場所を訪れるのであった。

 

「故ヴァルゼライド大総統祈念祭か……」

 

 少しだけ複雑そうな様子でアッシュは祭りの名前をポツリと呟く。未だ帝国人の多くから畏敬の念を一身に集める今は亡き、鋼の英雄クリストファー・ヴァルゼライド。彼の総統への就任式の日を狙って脱出計画を刊行しようとしていた、彼らの両親の命日は当然ながらヴァルゼライドが総統へと就任した日と同日。そしてこの日は帝国全土における記念日、元々この時期は帝国各地で夏祭りが行なわれる時期だったのもあって、ヴァルゼライドが存命の頃は彼を讃える意味で、死去した今は偲ぶ意味も込めてこの日に祝祭が執り行われるようになった。

 

「多くの帝国人にとっては偉大な指導者だったっていうのはわかるけど……少しだけ複雑だね……しょうがないのもわかっているけど、やっぱり私にとっては優しいお父さんとお母さんだったから……」

 

今は亡き優しい両親を偲びながらナギサ・ホライゾンはそんな風に呟く、するとアッシュは妻を抱き寄せて

 

「うん、それは俺も同じだよ。向こうには向こうの事情があったのはわかっている、それでも俺にとっては大切な両親だったから……恨む気持ちが全く無いって言ったら嘘になる」

 

だけどとそこで優しい笑みをそっと妻に向けて

 

「でも本当に一番大切な人が生きていてくれたから。ルシードさんにも言ったけど、復讐とかを考えるよりも今はその人と一緒に過ごす時間を大切にしたいんだ」

 

そんな夫の言葉に妻も笑顔で答える

 

「うん、私も同じ気持ち。ひょっとしたらお父さんとお母さんは色々言いたい事もあるかもしれないけど、よくよく考えてみると私たちが苦労したのってお父さんたちのせいでもあるからその位のワガママを言う権利はあるわよね」

 

冗談めかしながらそんな事を告げる妻の言葉に苦笑しながら

 

「確かに。俺たちを置いて先に逝っちゃった父さん達が悪いな。もしも文句があるとするならまた会ったその時に聞くとしよう」

 

そんな風に話をしながら、アッシュの方はさり気無く浴衣を着て歩きにくい妻の歩調に合わせて、二人は祭りの会場へと着くのだった……

 

 

 

「うわぁ……なんだか懐かしいなぁ」

 

 一度訪れただけだったが決して忘れた事の無い、アッシュと会え無いときも自身をずっと支えてくれた記憶の中の大切な思い出を振り返りながら、ナギサは目の前の光景に感嘆の声を挙げた。傭兵となってからは各地を渡り歩き、多くのものを見てきた。でもそれでも今の彼女にとっては目の前の光景が何よりも輝いて見えていた。それはきっとその思い出が彼女にとっては何よりも嬉しいものだったから、隣にいてくれる人が彼女にとって最愛の人だからだろう。

 

「ねぇねぇアッシュ!せっかくだからわた飴食べようよ!わた飴!」

 

童心に返ったようにはしゃぐ妻の様子にアッシュはクスリと笑って

 

「ずいぶんとナギサはわた飴を気に入っているんだな。初めてここで買った時も夢中で食べていたもんな」

 

満面の笑顔を見せて美味しい美味しいと言ってくれた少女の姿を思い出しながらそんな事を告げるとナギサは少しだけ思案するような様子を見せて

 

「うーん実はね、あの後も何度か姉さん達と一緒に色んなところの祭りに行ったことがあるの。でもね、アッシュと一緒に食べたここのに比べるとどうにも味が落ちる気がして……」

 

姉さん達はわた飴なんてどこでも一緒なんだから貴方の味覚が大人になっただけじゃないのーとか言っていたんだけどねと呟いて

 

「だからね、此処で食べて此処のわた飴が特別なのかそれとも私の味覚が姉さん達が言ってたみたいに変化しただけなのか確認したくて」

 

それでもしもここのわた飴が特別美味しいものだったなら姉さんにもいずれ食べてもらってギャフンといわせるんだなどと意気込むナギサを微笑ましげに見つめて

 

「なるほど、でもここのわた飴の味自体が変わっていたらどうするんだ?何せもう十年以上前の話だから、あのおばさんが今もやっているとは限らないし」

 

そんな素朴な疑問をアッシュがぶつけるとあ!?とその可能性は考えていなかったとでもいった様子の妻の姿にアッシュは苦笑いして

 

「ま、とにかく買ってみようか。買うときに尋ねてみれば良いし」

 

そうして二人は記憶を頼りにかつて買ったところと同じと思しき屋台を見つけて

 

「すいません、わた飴二つ頂けますか」

 

「はいよ。おやまぁえらい別嬪さんな奥さん連れちゃって……旦那さんもこれまた男前だし……美男美女の夫婦で羨ましいわねぇ」

 

 そんな事を告げる女性に笑顔で礼を言って代金を払う。昔は顔を真っ赤にしていたナギサだったが、アッシュの仕事付き合いで行動を共にすると決まって言われるので流石に慣れてきたのだろう、社交辞令だと思って笑顔で礼を言って受け流せるようになってきた。最も本人は社交辞令と思っているその中の多くは、多少のリップサービスはあれど基本的に紛れも無い相手の本心からの言葉だったのだが……

 

「それにしても……お客さん、勘違いだったら申し訳ないんですけど、もしかして10年前にも二人で着てくれたことがありませんか?」

 

「はい、10年前に一度だけ来たことがありますけど……よく覚えていらっしゃいましたね、あの一度きりだったのに」

 

10年前と同じ屋台であることの確認が向こうからの問いかけで取れたアッシュはそんな風に疑問をぶつける

 

「綺麗な黒髪をしていてしぐさも上品で特徴的でしたからねぇ、みんなして噂していたもんですよ。ひょっとしてあの子は奏の家のお嬢様でこっそりボーイフレンドに連れられてお屋敷を抜け出してきたんじゃないかって」

 

まさかそんな御伽噺みたいな事が早々あるわけないだろうって言ってたんですけどねぇなどと呟いて、女店主は続ける

 

「でも奏の家のお姫様はあの日に亡くなられているのでやっぱり違ったみたいですねぇ。どこかの裕福な商家の跡取り息子とご令嬢とかそんな感じですかねぇ?」

 

「ええ、まあ、そんなところです。親同士の仕事上の付き合いから仲良くなって、せっかくだから一緒にお祭りに行こうってなって」

 

わざわざ誤解を訂正する必要もないと思ったのかアッシュはそんな風に相手の勘違いに乗っておく

 

「それであの後も色んなところでわた飴を食べてみたんですけど、ここほど美味しくなくて……やっぱり何か特別な作り方だったり材料が違っていたりするんですか?」

 

そんなナギサの問いかけに店主は申し訳なさそうに答える

 

「そういって頂けるのは嬉しいんですけどね、別にそんなに特別な材料を使っていたり製法が特別って事は無いですよ。単に初めて食べたから色々とものめずらしかったんじゃないですかねぇ」

 

なのであんまり期待されるとがっかりされるかもしれませんよなどと言いながら店主は出来たわた飴を二つ手渡す。そうしてやっぱりそういう事なのだろうかと少しガッカリしながら口をつけたナギサだったが見る見るうちに顔を輝かせる

 

「うん、この味ですよ!やっぱりそうだ、10年前あの日に食べたのと同じで今まで食べたのよりもずっと美味しいです!」

 

そうしてクスリと笑いながら店主に向かって

 

「もう、秘密だったら秘密って言ってくれれば良いのに。お人が悪いですよ」

 

姉と一緒に食べたわた飴とは明らかに何かが違うと言わんばかりにそんな事を言うが店主は困惑するばかりで

 

「いやぁ……そう言われましても……本当に心当たりがなくて……」

 

そうしてふと何かに気づいたように愛おしそうに寄り添い合っている二人を見てポツリと問いかける

 

「つかぬことを聞きますけど奥さん、その今まで別の場所でわた飴を食べた時って旦那さんと一緒でしたか?」

 

「?いえ、この人とは一緒じゃなくて姉と一緒でしたけど……」

 

それが何かと言うナギサに対して合点がいったとばかりに微笑ましいものを見るかのように店主は続ける

 

「奥さん、それはうちのわた飴が特別なんじゃないですよ。うちのわた飴を食べた時に奥さんの隣にいた人が奥さんにとって特別な人(・・・・)だったんですよ」

 

へ?と呆けるナギサを他所にいやぁ盛大に惚気られちゃったわなどと呟いて続ける

 

「試しに今度旦那様と一緒に別のところでわた飴を食べてみてください。きっとうちのと同じ味がしますよ」

 

それじゃあどうぞお祭りを楽しんでいってくださいねと笑顔で告げる店主の言葉を受けてナギサは顔を真っ赤にして、旦那のほうは少しだけ照れくさそうにポリポリと頬をかく。

 

「俺もさ、ナギサと一緒に食べるご飯は一人で食べるよりも何十倍も美味しく感じるよ」

 

フォローのつもりでアッシュはそんな風に声をかけるが

 

「……うう、自信満々にあんなこと言っちゃって顔から火が出そうだよ……」

 

本人としては全くそんなつもりはなかったのに意図せずして盛大に惚気てしまったナギサは顔を覆ってそんな風に呟く。

 

「と、とにかく気を取り直して次のところへ行こうか、次のところ!」

 

「う、うんそうだな!早くしないとすぐに花火の時間になっちゃうもんな!」

 

 そんなわざとらしいことを言いながら、そそくさと二人はその場を離れる。この旦那にデレデレな若奥さんに盛大に惚気られた話はしばらくの間、店主の鉄板ネタとなる事だろう。そうして昔を懐かしみながら祭りを一通り堪能した二人はかつてと同じ場所でまた花火を見上げていた。昔と違うのは二人の距離だろうか、10年前は手を握り合うだけだったが、今は温もりを感じるようにそっとアッシュへとその身体を安らかにナギサが預けていて、アッシュも大切そうにナギサの肩を抱いていた。

 

「綺麗だね……」

 

打ちあがる花火を見つめながらそんな風に呟く妻の横顔を見てアッシュももた呟く

 

「でも、君の方がもっと綺麗だよ」

 

真面目な顔をしてそんなことを告げてくるものだからナギサの方もクスリと笑って

 

「もう、無理してそんな気取ったような事言わなくても良いんだよ。私は普段のアッシュが大好きだからさ」

 

そんな事を笑って告げられるがアッシュは真剣そのものな様子で

 

「無理したわけじゃないよ、君を見ていたら本心からそう思ったんだ、うん、本当に綺麗だ」

 

そんな事を大真面目に見つめながら告げてくるものだからナギサは顔を真っ赤にして俯いて

 

「あ、ありがと……で、でもほら、私の顔なんかいつでも見れるけど花火は今しか見れないから!今見ないと勿体無いよ!」

 

そう告げて二人は気を取り直して花火をまた眺める

 

「……ミステルやアヤも今頃こんな風に花火を見れているかな?」

 

ポツリとそんな事をナギサは呟く

 

「ああ、ミステルはきっと孤児院の子ども達と、アヤは同僚や友人と一緒に見ているんじゃないかな?」

 

少し抱き寄せる力を強めてアッシュもまた応じる

 

「……結局四人一緒にお祭りに行こうって約束、果たせなかったね」

 

「仕方が無いさ……アヤはエスペラントで色々と忙しいみたいだし、ミステルはシスターをやっているから早々カンタベリーを出るような事も無いんだから」

 

大人になるとはそういう事である。どれほど熱い友誼で結ばれた友であろうと互いの抱く責任や物理的な距離が理由でそう簡単に会う事は出来なくなる。それでも一対一でならなんとかなるが、これが複数人が同時にとなるとさらにそれは難しくなる。子どもの頃のように四六時中一緒、というわけにはいかなくなる

 

「でも皆生きているんだ、だからきっと何時かあの日の約束を果たせる時が来るさ」

 

そんな風にアッシュは笑顔で告げる。みんな生きているのだから、また何時か皆で揃う機会もあるだろうと。

 

「ふふ、そうだね。それじゃあ私は今のうちに愛しい旦那様と二人っきりの夏祭りを堪能しておこうかな♪」

 

子どもが出来たらそうはいかなくなるし等と恥ずかしげにポツリと呟くと、まるで猫のようにナギサはアッシュへと甘える。そうして最後に打ちあがった花火を見ながら祈りを捧げて……

 

「ナギサはなんてお願いしたんだい?」

 

「十年前と一緒だよ、来年じゃなくても良いからいつかアヤやミステルも一緒に夏祭りに行けますようにって。アッシュは?」

 

「俺も十年前と一緒だよ」

 

最も十年前とはそこに込められた意味が違うけどとアッシュは呟いて

 

「ナギサとずっと一緒に居られます様に、もう二度と離れ離れになりませんようにって」

 

そんな事を笑いながら告げる夫の姿に妻もまたはにかみながら

 

「うん……もう離さないし……離さないでね……どこにも行ったらやだよ」

 

そんな風に互いの思いを伝えあいながら二人は満点の星空の下、互いを確かめ合うように口付けを交わすのであった……




この頃アヤさんはミリィと一緒に帝都で、ミステルさんはブラザーや孤児院の子ども達と一緒に花火を眺めています。


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シルヴァリオカーニバル
アドラーの一番長い日(上)


真面目そうなタイトルですが色々とキャラ崩壊が酷い話になります。
具体的にはゼファーさんと総統がソフマップの特異点状態になっていてアッシュが完全なるイタリア男と化しています。
諸々の悲劇がなかったことになっているのにマイナ姉ちゃんはヴェティママンになっていたり、アッシュは海洋王になっていてヘリオスさんと共存しているという、色々と何でもありなご都合時空の話になります


「あーもう何もかもダルい」

 

クリストファー・ヴァルゼライドのそっくりの外見をした別人としか思えないようなただのおっさんがごろねしながらそう呟いた

 

「何を言っているんですか総統閣下!涙を笑顔に変える為に男は大志を抱くんじゃないですか!少しでも多くの戦えない人を笑顔にする、そのために僕たちは軍人になったんじゃないですか!」

 

ゼファー・コールレインそっくりの外見をした何やら爽やかなオーラを漂わせたどこからどう見てもただのエリートな好青年がそう説得にかかった

 

「ああ、ナギサ。君はなんて美しいんだ。まさに地上に舞い降りた僕の天使、いや女神だよ」

 

「ここここ、こんなみんなが居る前で一体何言っているんだよ馬鹿!馬鹿アッシュ!」

 

顔を真っ赤にしたレインに対して何かキラキラとしたエフェクトと薔薇の描かれた背景を背負ってアシュレイ・ホライゾンそっくりのイタリア男がキザったらしく口説いている

 

「いや、そうは言うけどねゼファー君、俺も人間だからー毎日毎日仕事ばっかりでいい加減に疲れたのよ。というかなーんで俺軍人になんかなったんだろ。あー毎日ダラダラ暮らして、誰かに養ってもらいたい。働いたら負けだと思っている、故に勝つのは俺だ」

 

「総統閣下!一体どうされてしまったんですか総統閣下!あの熱き眼差しを一体どこにやってしまったんですか!あなたはそんな人じゃなかったはずだ!!!働いたら負けなんてそんなわけがあるはずないじゃないですか!僕らの苦労が誰かの笑顔に変わる、それが僕達の勝利だったはずです!」

 

(((((いや、お前もそんな奴じゃなかったよ)))))

 

そんな風にその場に居た人間達の心が一つになる。「何でしょうねあの二人、ありえない光景なのに何故かどこかで見たような気がするのは」などとヴェンデッタは遠い眼をしながら呟き、眼を閉じて眠ろうとしているヴァルゼライドのようなナニカをゼファーのようなナニカが必死に揺さぶりながら熱く声をかけている。

 

「ああ、ごめんよ、ナギサ。天使だの女神だのなんて陳腐な表現じゃ君の美しさや可愛らしさをとてもあらわしきれるものじゃなかった。確かにそんな程度じゃ、君に対する侮辱も良い所だ。でも参ったな、君の素晴らしさを表すには例え海がインクで空がそれを記す紙だったとしてもとてもじゃ無いが足りやしないよ。だからどうか行動によってそれを示すことを許して欲しい、愛しいナギサ」

 

そうして顔を真っ赤にしているレインを抱き寄せながらアッシュのようなナニカはレインに口付けをしようとしている。

 

控えめに言って混沌(パライゾ)な状況だろう。ちなみに他ならぬ第二太陽(われわれ)自身がこの状況を望んでいるために、何とかして欲しいというこの場の人間達の総意が叶う事はないだろう。そうしてこの場に集まった人間たちは何故こうなったのかをある種の現実逃避も兼ねて思い起こしていた……

 

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アオイ・漣・アマツはその日何時ものように彼女が最も尊敬(尊敬ではなく愛だろうと従姉妹が揶揄してくるがそのような感情では断じてないと彼女は主張している)する上官にしてこの国の至宝である第37代総統クリストファー・ヴァルゼライドの下にその日のスケジュールを伝えに訪れようとしていた。海洋王(ネプトゥヌス)の異名を持つ商国出身の平和の英雄アシュレイ・ホライゾンの仲立ちとこれ以上の領土の拡張は逆に統治に支障をきたすという鋼の英雄ヴァルゼライドの判断により齎された三国の和平条約の締結。そうして齎されたアドラーの平和(パクス・アドラー)とも言うべき平和と繁栄の時代。そんな時代になっても、いやそんな時代だからこそ繁栄の立役者にして統治者たるヴァルゼライドは多忙を極めていた。だがそんな激務をヴァルゼライドはそれこそが自分のなすべき責務であると言わんばかりに平然とこなしていた。

 

(あの方に仕えられる私は幸せ者だ)

 

長きに渡る漣の家でも自分ほどの果報者は居ないだろう、そんな風にアオイはこの方以上の存在などありえないと断言できる至高の主君を誇るーーーチトセが見ていたらそれは主君を誇る忠臣の顔ではなく好きな人を自慢する女の顔だぞなどと揶揄するであろう表情を浮かべながら、ヴァルゼライドの執務室を訪ねた

 

「おはようございます総統閣下。本日のスケジュールですが……」

 

そうして何時ものように厳粛な面持ちで執務に励む主君へと声をかけようとしたところで

 

「あーもう総統とか辞めたい。というか別に俺居なくてもアオイちゃんとかチトセちゃんとかギルベルトくんとかが居るんだから平気でしょ。うんそうだ、オレもアルみたいに軍人辞めよう」

 

ソファーにごろねしながらそんな事を呟いているヴァルゼライドのようなナニカ(ただのおっさん)がそこにいた。

 

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完全に忘我の状態へとなったアオイに対してそのヴァルゼライドのようななにかは気だるげに伝えていく

 

「というわけでアオイちゃん、後はよろしくね。俺、総統辞めてただのおっさんに戻ります。他の皆にもそう伝えといて」

 

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「アオイちゃん?アオイちゃーん、どうしたの君も疲れているの?まあ無理も無いかーこの仕事本当に大変だもんねー。こちとら切り捨てたくて切り捨ててるわけじゃないけど、犠牲になったほうにしてみるとそんな理屈は関係ないし。みんなの為に頑張っているっていうのに「お前たちは迷惑だ」とか「俺たちはそんな事望んじゃいない」とか言われちゃうもんねー。本当に君主は国家第一の下僕とは良く言ったもんだよ。あーなんかそんな風に愚痴るのももう面倒だ。それじゃあアオイちゃん、君も大変ならもう後は全部チトセちゃんやギルベルトくんに任せればいいから。それじゃあお休み」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、誰だコイツ

 

「貴様!ヴァルゼライド総統閣下をどこへやった!一体どこの手の者か知らんが総統閣下を誘拐し、その名を騙る等死罪以外有り得ぬと知れ!!!!」

 

そうしてアオイ・漣・アマツを敵意を露に目の前のヴァルゼライドのようなナニカへと叫んだが……

 

「いやアオイちゃん、不本意だけど俺が一応は37代総統のヴァルゼライドだって」

 

「何を言うか!貴様などがヴァルゼライド閣下であるものか!あの方は常に民と国へと滅私奉公して弱音など一切吐かぬお方だった!!!貴様のような者とは似ても似つかぬわ!!!!」

 

アオイはそんな風に必死に目の前の人物が自分の敬愛する人物であるものかと必死に否定にかかる。今の彼女はさしずめ「貴様たちはガンダムではない!」と叫んだガンダムを救世主として崇めている少年兵であったガンダム主人公の心境である

 

「うーんそんな事言われても……あーもうしょうがない、これやると疲れるし痛いから嫌だったんだけど流石に死刑になるのは嫌だからなー」

 

そうしてあくまで気だるげにソファーにごろ寝になりながらそばに放り投げてあった刀を一本手にとって

 

「創星せよ、天に描いた星辰をわれらは煌く流れ星ー」

 

謳い上げられるのは威厳も何もあったもんではない気だるげな詠唱、しかして起こった現象はまさしくアオイの知るヴァルゼライドの星辰光であった。

 

「はい、これで俺がヴァルゼライドだって信じてくれたでしょ。あーこれだけで身体のあちこちが痛い、それじゃあ後はよろしく」

 

そうして完全に寝はじめたヴァルゼライドのようななにかを他所にアオイは混乱の真っ只中にあった。

 

(星辰光はその人物固有の物、つまりアレは紛れも無い総統閣下という事に……)

 

ぐごーぐごーといびきを立てて寝始めたただのおっさんを見てアオイは信じられない信じたくない、だが厳然たる事実を突きつけられて苦悩する。

 

(閣下はご多忙を極められていた。あるいはその過労やストレスによるものなのか)

 

かつて旧暦において今のアドラーのようなパクス・ロマーナと呼ばれる時代を作り上げたローマ帝国。その統治者たる皇帝の多くは過労に倒れた例が少なくないという。巨大な帝国を統治するその重責、軽いはずも無くだからこそ多くの権力者は女や美食、酒と言ったものに溺れて暗君へと墜ちて行く。ましてやヴァルゼライドはそういったものに一切の興味を抱いていないかのように職務に励んでいた。その清貧さたるや、「閣下ほどの地位にあられる方がそこまで清貧に暮らされては下の者もやりづろうございます」とある文官が苦言を呈した程だ。

加えて今のアドラーは建国以来から続いていた領土の拡張主義から大規模な方針転換を行なったばかりだ。システムの一大転換を迫られ、当然ながら最高指導者たるヴァルゼライドの忙しさたるや、幼き頃より国家の要職へと着くことが約束され、励んできたアオイをして筆舌に尽くすことが出来ぬ有様である。そうして貯まりに貯まっていたストレスがついにこのような形で暴発した……一応ありえないとは言い切れない仮説だ。

 

そう、何せアオイ・漣・アマツは私人としてのヴァルゼライドの姿を知らないのだ。彼女が知って居るのは公人としてのヴァルゼライドの姿のみ。だからそう、実は自分の知るヴァルゼライドの姿はずっと彼が仮面を被って、無理(・・)をして演じていた姿で実は私人としてのヴァルゼライドの本当の姿は今目の前にいるような人物であったという可能性はあるのだ。そんな思考に至った瞬間にアオイ・漣・アマツは思わずよろめく。

そうして真偽を確かめるべく、「総統閣下はお風邪を召されたため本日は一切の面会を禁じる」との通達を出して、ヴァルゼライドの私人としての素顔を知る数少ない夫妻の下へと急ぐのであった。仮にこの場にチトセ・朧・アマツがいたならば彼女はからかい混じりにこう言っただろう

 

「おやおや、我が従姉妹殿はあくまでヴァルゼライド総統閣下を公人として尊敬し、忠誠を誓っていたはず。私人としての素顔がそこらにいるような人物だったとしても公人としての責務を果たしていればなんら問題ないのではないかな?」

 

と。何故過労によるものだと判断して医師にすぐ見せずに、まるで私人としてのヴァルゼライドの素顔がそうであっては困るかのような必死さを見せているのか自分で理解せぬままに、アオイ・漣・アマツはヴァルゼライドの旧友たるロデオン夫妻の営む酒場へとそうして急行するのであった……




色々と優しい時空なので総統の幼馴染ちゃんは死なずにアルバートのおっちゃんと結婚しています。
基本仏頂面の総統がこの二人の結婚式の際には常に無い心からの微笑を浮かべて祝福したとか。


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アドラーの一番長い日(上)続

前話の続きです。例によって総統の幼馴染ちゃんの名前や口調などは独自のものです。
アオイちゃんが本編でアルバートのおっちゃんに対して辛辣だったのは幼友達にも関わらず
総統と袂をわかったことが原因だったので、二人の友情が続いているこの世界では
尊敬する主君の友人であり自分にとっても軍の先輩と言うことで敬意を抱いております。


その日アルバート・ロデオンは何時ものように店の支度のために仕入れを行なっていた。買出しに訪れた馴染みの店の店主と一言二言世間話を交わして、その日の食材を仕入れる。そうして街を歩いていると見るのは多くの人々の笑顔。パクス・アドラー、祖国に齎された繁栄と平和の時代。その幸せをアドラーの民は噛み締めて、これを齎した偉大なる英雄が居る限り、こんな時代が永遠に続くのだと確信している。そうしてふと路地の方を見ると子ども達が何やら言い争っている、どうやら誰が総統閣下の役をやるかで喧嘩をしているようだ。そんな光景に苦笑しつつアルバートは思う

 

(なあクリス、お前は本当にすげぇやつだよ)

 

子どもの頃に思い描いた誰もが幸せに暮らせる世界、そんな夢をついに実現させて子ども達から、いやアドラーの民から一身に憧憬を集める親友の姿を思い浮かべる。血統派との抗争の最中におった戦傷、それが原因でもはや親友と肩を並べることが出来なくなった我が身に一瞬忸怩たる思いを抱いたが……

 

(だけど、肩を並べて戦うことだけが友情じゃない。そう俺にマリアが教えてくれたもんな)

 

思い起こすのはずっと日常の陽だまりとして馬鹿をやる自分達の帰る場所であり続けてくれた自分にとっての最愛の女性。もはや親友と肩を並べることが出来なくなり、失意の最中にあった自分を支え、癒してくれた太陽のような女性だ。

 

(誰もがあいつの事を稀代の名君ヴァルゼライド総統と讃えている)

 

御伽噺からそのまま現れた絶対的な英雄、それがアドラーの民がヴァルゼライドに抱く想いであり、それは概ね正しいし間違っているわけではない。だが、それでもとアルバートは思う

 

(俺やマリアにとってはやっぱりお前はただのクリスなんだよ)

 

どこまでも頑固でガキの頃から変わらない決して譲らない大馬鹿野郎、地位も立場も何もかもが変わったがそれでも自分達のこの友情に関しては不変なのだとアルバートは信じている

 

(さて、仕入れも終わったことだし店に帰ってマリアと一緒に支度するか。腹をすかせた野郎共とたまにふらりと飯時が終わった時間帯に仏頂面で食いに来るかもしれない総統閣下様(・・・・・・)のためにもな)

 

そうしてただいまーと声をかけながら家に入ったアルバートを……

 

「待っていましたアルバート殿。本日私がここを訪れたのは他でもない、貴方とマリア殿に聞きたいことがあるからです」

 

何やら血相を変えた様子のアオイ・漣・アマツが出迎えていた。

 

 

「それで私たちに聞きたいことってのは一体何なの、アオイちゃん」

 

マリア・ロデオンがまるで妹を見る姉のような微笑ましげな表情でアオイに対して問いかける

 

「……マリア殿、前から言っている事ですがその呼び方は辞めて頂きたいのですが」

 

しかめっ面をしながらアオイがそう答えるもマリアはどこ吹く風とばかりに

 

「あら、そんな事言われても私にとってはアオイちゃんはアオイちゃんだもの。あまり仰々しい呼び方じゃ他人行儀だし、かといって呼び捨てにするのも気が引けるし、私は軍人じゃないんだからアオイちゃんがどれだけ偉くてもそんなの関係ないもの」

 

そんなマリアの言葉にため息を吐きながらアオイはもう好きにしてくださいと言うのであった。端的に言ってアオイ・漣・アマツはマリア・ロデオンを苦手に思っていたーーーあくまで嫌っているのではなく苦手に思っているのである。ヴァルゼライドに対するアオイの忠誠を女性としての愛と認識して度々そのことを尋ねてくるという点では従姉妹と同じなのだが、どうにもこのほわほわとした女性が相手だとあまり辛辣になる事も出来ずに、その上彼女の敬愛する上官の幼馴染ともなると邪険にする事も出来ずに、このような度々結婚を勧めてくる姉をうっとおしく思って居る仕事一筋の妹のような距離感となっているのであった。

そんな空気を振り払うかのようにアオイはゴホンと咳払いをして真剣な表情をして

 

「私が本日貴方方の下を訪ねたのはヴァルゼライド総統閣下の事であなた方にお聞きしたいことがあるからです。……あの方は平時においてはどのような方だったのでしょうか。つまりはアドラーの総統としてではない貴方方の友人としてみた場合というか」

 

その言葉を聞いた瞬間に夫妻の顔が一瞬驚いたようなものから何やら微笑ましいものを見つめる顔へと変わり、顔を突き合わせながらヒソヒソと話し始める

 

「ねぇねぇあなた、総統としてではないクリスの顔が知りたいってこれはつまりもうどう考えてもそういう事よね」

 

「ああ、そういう事だろうな。色々と見ていてまどろっこしい関係だったが、彼女が自覚したのならようやく決着がつきそうだ」

 

夫妻がニヤケ顔で思い浮かべるのは常に仏頂面を浮かべながら「涙を笑顔に変えるのだ」だとかなんとか言って女にはとんと興味が無いような姿だった共通の幼馴染の姿。思春期を迎えてアルバートがマリアの事を異性として意識しだしたときもあの男は全く変わらぬ様子であった

 

「でも実際に脈はあると思う?」

 

マリアが思い浮かべるのは雨に濡れて自らの肢体が露になった際にも常と変わる事無く紳士的に上着を差し出してきた幼馴染の姿。そこに異性を意識してドギマギするようなラブコメ要素は欠片も無かった。鋼の心に一切の緩みはなしである。別にそういう目であの幼馴染に見られたかったわけではない、というかそういう目で異性を見るところが欠片も想像できない男ではあるのだが、それはそれ。どこか女としてのプライドを傷つけられた記憶がある。

 

「……クリスだしなぁ」

 

アルバートもそんな風にため息をつきながら答える。愛の言葉を女性に囁く親友の姿、笑顔でわが子を抱き上げる親友の姿。うん、全く持って想像が出来ない。爽やかな笑顔をして「座右の銘は諦めなければ夢は必ず叶う!」とか宣言している常連(ゼファー)以上に想像が出来ない。攻撃力に全フリしているようなステをしている癖にこと異性関係に関してはまさしく鉄壁。少なくともやっちゃったから責任取る為に僕に娘さんを下さい!とか言って薔薇の花束を抱えて翌日実家訪問するどこかの童帝のような可愛げなどは欠片もないだろう。

 

「……お二方とも、聞こえていますよ。お忘れかもしれませんが、私もエスペラント。当然ながら聴覚も常人のそれではありません」

 

そんな言葉を聞いて二人が慌てて振り向くとそこには青筋を立てたアオイの姿が会った。

 

「……何度も言っていますが私があの方に対して抱いているのはあくまで忠誠であり、そういった低俗な感情では……失敬、決してお二人の関係を侮辱するつもりはありません。失言でした」

 

アオイは常と変わらぬ厳粛な、と彼女は信じているが夫妻から見ると真面目なクラスの委員長が〇〇君の事が好きなんでしょう~とはやし立てられて必死にそれを否定する小学生のような表情、で答える

 

「……ああ、もうこうなると言葉で説明するよりも見て頂いた方がわかりやすいですね。百聞は一見に如かずとは良く言ったものです。申し訳ありませんがお二方とも、至急セントラルにまでご同行願います。事はこの国の行く末に関わりますので拒否権を与えることは出来ません」

 

その言葉に目を丸くしながら久方ぶりに訪れたセントラルにて夫妻はかつてない衝撃を味わう……

 

 

「ふわーあ、あーお帰りアオイちゃん。みんなに俺が総統辞めるって話しておいてくれた?」

 

一体何事かと思いセントラルを訪れ、「良く来てくれた。すまんがお前達に火急の用件がある」などと見知った威厳に満ちた表情と声が迎えるとばかり思っていた二人を迎えたのはそんな、どこにでもいるおっさんのようなだらけきった声であった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「アレ?アルにマリアじゃん。一体どうしたの?ひょっとして総統辞めた俺を迎えに来てこれから養ってくれるの?持つべきものは良い幼馴染だなぁ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだ、ドッキリか

 

「も~う、アオイちゃんたらこんな手の込んだドッキリしちゃって驚いちゃったわよ」

 

「いやぁ全くだぜ。よくもまあこんなクリスにそっくりの外見した人がいたもんだよなぁ」

 

ハハハハハハと現実逃避気味に乾いた笑いをしている夫妻に対してアオイ・漣・アマツは気持ちはわかる痛いほどにわかる!とでも言いたげに沈痛な表情を浮かべ、首を振り告げた。

 

「信じがたい事に……それはもう信じがたい事にそのお方はヴァルゼライド総統閣下ご本人です。閣下と同じ星辰光を使用したところを私がこの目で確認しました」

 

さーてそれじゃあアルの家に行くとするか、でもなんか立ち上がるのも面倒くさいなぁなどと言っているヴァルゼライドのような何かを他所にアオイは夫妻に衝撃の事実を告げていく

 

「いやいやいや、冗談をよせよ。このどこにでもいるようなただのおっさんがクリス!?冗談がきついぜ!!!」

 

「そうよ!似ているのはパッと見の外見くらいで雰囲気から何から何まで違うじゃない!!!」

 

ぶっちゃけその外見すらパッと見似ていると思わないかもしれない。何故ならばクリストファー・ヴァルゼライドが常に身にまとう圧倒的な覇気、一目でこの人は自分などとは違うとはっきりとわかるヴァルゼライドをヴァルゼライドたらしめている存在感とも言うべきものを目の前の人物は欠片も有していないからだ。

 

「……その反応を見るに総統閣下の普段のあの御姿は公人として無理をなさっていただけで、私人としての素顔が実はこのようだったというわけでは」

 

「あるわけないだろ!俺の知って居るクリスは常にあんな感じだったよ!餓鬼の頃からだるいだとか面倒くさいだとか一言たりともあいつがこぼしたところを見たことがねぇよ!」

 

「私も物心ついた頃からの付き合いだったけどクリスはもうその時からああだったわよ。正直物心つく前の赤ん坊の頃からあんなだったんじゃないかとすら思って居るわ」

 

ヴァルゼライドは生まれた頃からヴァルゼライドであった。仮に大和昔話の世界に生まれていれば、桃から生まれた等といった特別な出自など一切持たずとも鬼退治に赴いたり、邪知暴虐なる王に激怒して政治をわからぬままに殺しても混乱を招くだけと思い、完全な形で王位の簒奪と改革を成し遂げる男であろう。

 

「……そうですか、そうですか」

 

自分でも理由が判らぬままに、心の底から安心したと言わんばかりに安堵するアオイ。さてそれならば何故ヴァルゼライドはこうなってしまったのかとその場の誰もが疑問に思った瞬間

 

「漣殿、閣下がお風邪を召されたというのは本当かな?いやはや信じがたい事もあるものだが、ならば早急に帝国随一の名医に見せるべきだろう。クリストファー・ヴァルゼライドはアドラーの誇る至宝なのだから。その身には万一すらあってはいけない」

 

あ、と現れた人物の姿を見た瞬間にその場に居た三人の想いが一つになる。よりにもよって今のヴァルゼライドに一番会わせてはいけない人物が来てしまったと

 

「俺ってこの国の至宝だったの?じゃあ年金とか出るのかなぁ。確か旧暦の大和だと人間国宝とか認定された人物はそんな風にお金が出たよね。となるともう働かなくても良いじゃん」

 

やったーなどと相も変わらずゴロゴロしながらヴァルゼライドのようなナニカが呟く

 

「ちょうど良い所にきてくれたねギルベルト君も、アオイちゃんから聞いていると想うけど俺今日で総統辞めるから後はよろしくね」

 

そんな言葉を聞いた瞬間ピシリとギルベルトと呼ばれた偉丈夫の眼鏡にヒビが入る。

 

「ハーヴェス殿……その今の閣下はなんというかその……」

 

「あー俺らも何でこうなったのかは理解出来ていないんだけどよ……ひょっとしてお前なら何か予想出来たりとか……ギルベルト?」

 

「……ショックのあまり立ったまま気絶しているわこの人」

 

常々「閣下ほど完璧な方はこの世にありはしない。ヴァルゼライド総統閣下は唯一無二の絶対的な光だ。故に常人に倣えるものではない。だからこそあの方は真に至高なのだ」とヴァルゼライドへの崇敬を露にする為に、一部ではそっち(・・・)の趣味なのではと疑われてさえいるアストレアに次ぐアドラーのNO3と目されている審判者ギルベルト・ハーヴェスはかくしてその日ヴァルゼライドと同じく急病により、業務を休む事になった。

NO1とNO3が同時に機能を停止するという地味にアドラーにとってかなりのピンチとなったその頃、NO2(チトセ)もまた危機にあるのであった………




この世界のギルベルトは
「しゅ、しゅごいヴァルゼライド閣下すごい!閣下は唯一無二のお方なんだ!こんなの他の誰も真似出来るわけがない!」
「ヴァルゼライド閣下だから出来たぞ?ヴァルゼライド閣下だから出来たぞ?ヴァルゼライド閣下だから出来たぞ?他の人間は無理だけどヴァルゼライド閣下だからこそ出来たんだぞ!」
みたいな感じでヴァルゼライド閣下を絶対の光として崇めているからこそ他人に真似出来るわけないわと判断してエリュシオン思想拗らせていません。
多分総統閣下が死んだら殉死して後を追います。ただ総統はそれに備えてチトセを補佐してこの国を頼むといった遺言を残しているので、その言葉を神からの託宣のように守ることでしょう。


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アドラーの一番長い日(中)

前話からの続きになります。
トリニティのファンディスクは出るとしても当分先のようなので
だったら公式じゃやらないようなご都合時空の阿片焚けば良いやという発想に至りました。

ミリィは両親健在なためゼファーさんはヴェティママンと二人暮らしの状態ですが
ちょくちょくブランシェ家に二人揃ってお呼ばれしたりしています。


やあ、僕は綺麗なゼファー!軍事帝国アドラー第七特務部隊裁剣天秤(ライブラ)で副隊長を務めているエスペラントだ!尊敬出来る偉大な上司の下で帝国臣民を守護する誇りある職務に就けて、家族との仲も良好。まさに公私に渡って順風満帆な理想の生活を送っているんだ!僕がこんな風になれたのもみんな、子どもの頃に僕を守ってくれた姉さん、困窮している僕らに手を差し伸べてくれた大親友のルシード君、そしてスラム出身だった僕が軍人になれるように社会を改革してくれた総統閣下のおかげさ!本当に世の中は捨てたものじゃないね!立派な方々の支えでこうして僕も大人になれたんだ!だから今度は僕が立派な大人として子ども達の未来を守らないとね!!!

そんなわけでまずは小さな事からコツコツと、大切な家族であるヴェンデッタの為にこうして朝食を作っているんだ。家族の為に早起きして作る味噌汁の味は最高だね!

 

「…………ねえゼファー、貴方一体どうしちゃったの?」

 

そんな風にゼファーのようなナニカが台所に立っていると何時ものように朝食の支度をして、作り終わったら何時ものようにゼファーを起こさねばと思いながら起きてきたヴェンデッタがゼファーのようなナニカを怪訝な表情で見つめていた

 

「やあおはようヴェンデッタ、どうしちゃったも何も愛する家族のために料理を作るなんて当たり前のことじゃないか!いつも君に作ってもらっているんだからたまには僕がやらないとね!」

 

「…………なんででしょうね、喜ばしいことを言っているのになにやらめまいがしてくるのは」

 

「目眩がするだって!?それはいけないよヴェンデッタ!ひょっとすると病気かもしれない、すぐに医者のところに行かないと!!!」

 

いや、医者に行くべきなのは貴方のほうよとそんな言葉をどうにか飲み込んでヴェンデッタは頭をかかえる。本当に何なのだろうかこの光景は。常々立派な大人になるようにと愛情を以って口うるさく言ってきた。そんな自分の言葉にゼファーはうっとおしそうにしながらも、何だかんだで襟元を正したりはしていた。だからその結果こうしてゼファーが立派になったのならばそれを喜ぶべき事なのだと……

 

「仕事に夢中になる余り大切な家族の体調に気がつかないだなんて僕は本当に駄目な奴だ!待っていてくれよヴェンデッタ!すぐに君を医者のところに連れて行くから!」

 

うん、無理だ。こんな爽やかでキラキラした感じの好青年はどう考えてもゼファーじゃない。自分の愛する男はもうちょっとドブのような感じの腐った瞳をしているがそれでも決めるときは決める三枚目な男だったはずだ。いくらなんでも変わりすぎだ、これでは外見だけ良く似た別人のようなものではないか

 

「ごめんなさい、そこまで心配する程の事じゃないから気にしないで頂戴」

 

「そうかい?もしも具合が悪くなったらいつでも言うんだよヴェンデッタ!」

 

そんなやりとりをしてゼファーのようなナニカが作った朝食を二人で食べる。ここでも常の行儀悪さはどこへいったのやら、背筋をピンと伸ばしてしっかりとした作法で食事をしている。そんなゼファーを見て何かおかしい思いを感じながらも何時もの様に家を出てブランシェ家に向かう。優秀な技術者一家に対する半ば護衛も兼ねての何時もどおりの事である。だがそこに何時もと明らかに違う人物が一人混ざっている事で場を大きな混乱が包むのであった

 

「おはようございます!今日も共に祖国と民の為にみんなで頑張りましょう!」

 

キラキラというエフェクトがかかって見える爽やかな笑顔で綺麗なゼファーが告げる

 

「……ああ、おはようゼファー君。何時もありがとう」

 

温厚そうな男性が戸惑いつつも道中の警護に訪れてくれている青年への感謝の言葉を告げる

 

「……ずいぶんと元気だけど何か良い事でもあったの?」

 

ライブラ副隊長という肩書きに囚われずに素のゼファーを知って居る者としてその常とかけ離れた様子を怪訝に思い夫人がそう問いかける

 

「ハッハッハ、良い事と言われれば僕にとっては毎日が良いことの連続ですよ!尊敬に値する上官の下で国家の為に尽くすやりがいに満ちた仕事に励み、大切な家族とも一緒に居られる。おまけに素敵な技術者一家ともこうやって親交を持つ事まで出来たんですから!!!」

 

事ある毎にあー働かずに食っていく方法とかねぇもんかなぁだとかなどとぼやいてその度にヴェンデッタに尻を叩かれている人物とは思えないような事を笑って告げる綺麗なゼファー。本当になんだコレ

 

「ヴェティちゃんヴェティちゃん、兄さん一体どうしちゃったの?」

 

そんな兄のように思って居る人物の様子を怪訝に思いミリアルテ・ブランシェが彼と一緒に暮らしているヴェンデッタへと事情を尋ねる

 

「それが朝起きたときからあの調子で私にもさっぱりわからないの」

 

何か悪いものでも食べたのかしらなどと心配する二人を他所に綺麗なゼファーは戸惑う夫妻を他所に爽やかな世間話を続けている。やれ辛いこともありますが、それでもやりがいのある仕事です!だとかやれ、朧隊長は本当に素晴らしい上官ですよ!だとか、こんな平和を齎したヴァルゼライド総統閣下は本当にスゴイお方ですね!僕も少しでもあの方のようになりたいですよ!だとか、ライブラ副隊長としては違和感が無いのだろうが、ゼファー・コールレインではありえないような事ばかり言って夫妻はその不気味さに引きつった笑顔を浮かべている。

 

「……まあとりあえず責められるような事をやっているわけではないからこのまま様子を見ましょう」

 

「そうだね……兄さん何かの病気じゃないと良いけど」

 

そんな何故か真面目で爽やかな好青年になったのに心配されるというゼファー・コールレインの人徳が窺えるやり取りを二人はして、各々の職場へと赴くのであった……

 

 

「おはようございます、コールレイン副隊長。今日もブランシェ一家の護衛の任お疲れ様です」

 

「来たか我が狼、さて今日も楽しいお仕事の話と行こうじゃないか」

 

表面上の礼儀は完全に守っているが、口調と言葉の中に敵意をバリバリに潜ませた慇懃無礼そのものな態度でサヤ・キリガクレが、不敵な笑みを浮かべたアドラーきっての女傑チトセ・朧・アマツがそれぞれゼファーを出迎える。そんな二人に対して綺麗なゼファーは

 

「おはようございます朧隊長!何なりと御命じになってください!このゼファー・コールレイン!祖国と民のためであれば身命を賭して任務を果たして見せます!!!」

 

漲る覚悟をその両の瞳に携えて答えていた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

いや、本当に誰だコイツ。

 

「・・・・・・お、おう。いやに気合が入っているがどうしたゼファー」

 

「何を仰るんですか朧隊長!自分の仕事の出来がそれすなわち力を持たない民の安寧を左右するんですよ!どんな任務だろうと全身全霊で当らせてもらいます!!!」

 

「そ、そうか頼もしいな」

 

そんなゼファーの様子に大抵の事では動じないアマツの女傑も流石に困惑が隠せない様子でとりあえず相槌を打つ。サヤ・キリガクレのほうにいたってはあまりの気持ち悪さに鳥肌がたっているようだ。

 

「ヴェティ嬢、ミリィ嬢、一体ゼファーはどうしたのだ。いやに爽やかで気持ち悪いぞ」

 

「朝会った時からこうだったので私も理由がさっぱりわからないんです。何かの病気じゃないといいんですけど」

 

「……それが朝起きたらこうなっていて私のほうでも皆目検討がつかないのよ」

 

ヴェンデッタが深いため息をつきながらお手上げだといわんばかりに沈痛な面持ちで答える。軍人として別に間違ったことを言っているわけではないのにこの扱い。むしろ精鋭部隊(ライブラ)の副隊長という地位から判断すれば、普段のどこにでもいるような怠け者よりはよほど相応しいと言うのに

 

「そうか、全くヴァルゼライドが風邪をお引いたらしいという話と言い、今日はあるいは厄日か何かか」

 

総統閣下がお風邪を召されたそれを聞いた瞬間に綺麗なゼファーはすぐさま反応する

 

「朧隊長!?ヴァルゼライド総統閣下がお風邪を召されたというのは本当なんですか!?」

 

「ん?ああ、俄には信じがたいがまあ奴とて人間であったという事だな。風邪位引くだろうさ」

 

正直同じ人類か疑っていたがどうやら奴もれっきとした人間であったらしいなどと自分も大概人類か疑わしい女傑がそう苦笑して告げる

 

「なんてことだ!?ヴァルゼライド総統閣下はアドラーの至宝!万一すらあってはいけない!容態はどうなんですか隊長!!!」

 

「本当にどうしたんだお前…………」

 

普段だったらおいおい、馬鹿は風邪を引かないんじゃなかったのかなどとアオイが聞けばブチ切れそうなアドラーに置いて数少ない男(非ヴァルゼライドガチ勢)がすっかりそこらの軍人然としたことを言うギャップにその場に居た者達は頭を抱える。そんな会話をしているとノックの後に兵士に案内されたアオイ・漣・アマツが訪れて

 

「失礼。朧隊長、火急の用件で貴官に話がある。至急総統閣下の執務室まで来ていただきたい」

 

そんな言葉をチトセに対して告げていた。

 

 

 

「なるほど、総統閣下はこんな風になってしまい、ギルベルトの奴はそんな総統閣下を見た為にショックで気絶と。笑い話なのだろうが、国の一大事だぞこれは」

 

おーチトセちゃんも来たってことは俺の引退話は着々と進んでいるみたいだねーなどとごろねしながら呟いているヴァルゼライドのようなナニカと眼鏡が割れて失神しているギルベルトを見て状況を把握したチトセはそんな事を告げる。本当にNO1とNO3が機能停止してしまっているために地味にピンチなのであるこの国。アオイやアルバートらに比べて現状を受け入れる速度が早かったのは能力の差というよりは、ヴァルゼライドに対する崇敬具合の差であろう。

 

「……クリスの奴がああなったほどじゃねぇけどよ、ゼファーの方はゼファーの方でああなっているっていうのは本当にわけがわからねぇぜ」

 

そんな事を呟きながらアルバートは「何を仰るんですか総統閣下!貴方の背負う重責など僕には窺い知れません!ですが貴方の双肩には帝国の民全ての行く末がかかっているんですよ!」などと熱く語りかけている綺麗なゼファーをチラッと見る。

 

「……閣下のほうはいざ知らず、コールレインの方はあの状態の方が好都合なのではないか。むしろようやくその職責と地位に相応しい態度を身につけたと言える位だ」

 

ヴァルゼライドに惚れていることからも明らかなようにアオイ・漣・アマツの好みは勤勉、勤労、真面目、滅私奉公、努力家と言った要素を持つ人物である。当然ながら女好きですぐ仕事をサボることを考える普段のゼファーに対する評価は能力は認めているが人格はあまり好かないというものである。それ故の発言だったのだが……

 

「馬鹿者!何を言っとるんだ貴様は!ゼファーはな、普段はやる気なしで何かと言うとすぐサボろうとするが、やるときはやる男なのだ!そんな男の尻を叩いてやる気を出させるのが良いのだ!あんな爽やかでいかにも理想の軍人みたいな事を言っているような男は断じてゼファーではないわ!!!」

 

「雄々しい英雄様の光に焦がれている貴方にはわからないんでしょうね。臆病者でどうしようもない駄目な子、でもねそんな駄目な子が誰かの為に勇気を出したりする時のカッコよさは決して英雄に劣るわけじゃないのよ。そうやって駄目な子が少しずつだけど成長していくのを見るのは何者にも変えがたい喜びなのよ」

 

「今の兄さんの方が好きだって言う人もいるかもしれませんが、私は普段の駄目だけどここぞという時にやる兄さんが好きなんです」

 

と怒涛の三連撃を喰らい納得したわけではないのだろうが蓼食う虫も好き好きという奴か等と自分の事を棚に上げたことを思いながらとりあえずは閉口するのであった。仮にこの状況を別世界では総統に恋人を寝取られたアマツ(シズル・潮・アマツ)数少ない男を見る目のあるアマツ(ナギサ・奏・アマツ)が見ていたら苦笑しながらどっちもどっちだと思った事であろう。片方は人の事を言えないのだが、この世界の彼女は夫の総統崇拝ぶりに時折若干引きながらも基本幸せ一杯な奥様なので知らぬが花である。

 

「ふむ、しかし帝国の高官が同時に人格が別人のようになったともなるとどうやら単なる過労とは考えにくいな」

 

好きな人を語る女の顔から帝国のNO2(アストレア)の顔となってチトセ・朧・アマツはそんな事を口にする

 

「何者かの星辰光による工作の可能性があると?だが閣下ほどのお方をこのように出来る可能性があるとすれば一人しかいまい」

 

そんな風に答えながらアオイ・漣・アマツが思い浮かべるのはヴァルゼライドに比肩しうる数少ない存在。海洋王の異名を持つ一人の男の姿

 

「おいおい、ちょっと待てよ。クリスの奴がこうなっただけならそりゃその可能性もあるかもしれないけどよゼファーの奴をこんな風にして何のメリットがあるってんだ?」

 

総統閣下!あの日の思いを取り戻してください総統閣下!!!などと相変わらずヴァルゼライドのようなナニカに対して熱く語りかけるゼファーのようなナニカを見ながらアルバートは帝国を混乱に陥れるためにしてはあまりにお粗末すぎるだろと元諜報部隊の長を務めた立場からその可能性を否定する

 

「うーん、私はその辺の難しいことはよくわからないけどアッシュ君って今の平和な時代にした立役者の一人でしょ。クリスをこんな風にして世の中を混乱させるような事するかなぁ?あの優しい子がそんな事をするなんて私は思えないなぁ」

 

「同感ね、そんな事を考えるような子だったらあんな風に生きていないでしょうし」

 

「うーん、私もアッシュ君がそんな事をするとは思えないですよ」

 

マリア、ヴェンデッタ、ミリィは嫌疑をかけられた人物の性格からその推測を否定する。

 

「落ち着いてくれ。私とてあくまで可能性を示唆しただけで本気で彼を疑っているわけではない」

 

「そうだな、アルバート殿の言うように確かに彼がその気になってやったものとしてはあまりにお粗末過ぎる。それこそ本気で帝国を混乱に陥れるのが目的ならばそれこそゼファーではなく、ギルベルトや私を狙うだろう」

 

まあギルベルトの奴は何か勝手に機能停止状態に陥ったがと立ったまま気絶しているギルベルトを呆れたような目で見ながらチトセは告げる。それにしても立ったまま放置されているあたりギルベルトも微妙に哀れである。ロデオン夫妻とアオイはヴァルゼライドへのショックによる動転ですっかり忘れているためであるが、チトセは気づいていながらそのまま放置している辺り彼女のギルベルトへの好感度が窺い知れる。

 

「だがなんと言ってもスフィア到達者だ。彼ならば何か原因を突き止められるかもしれんし、その能力を持ってすればこうなった閣下を元に戻せるかもしれん。他国人故本来は早々頼るわけにはいかんが事態が事態だ。ここは丁重に迎えに行くべきだろう。容疑者ではなくあくまで客人として丁重にな」

 

常に無い焦りを見せながらアオイ・漣・アマツはそんな事を告げる。かくしてセントラルに呼ばれる事となったアシュレイ・ホライゾンだが、そんな彼もまた同様の異変に見舞われているのであった……

 




アシュえもん、アシュえもん、ヴァルアンとゼファ夫が変なんだ!ねぇ元に戻すための星辰光出してよ~~~~


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アドラーの一番長い日(下)

改めて書いておきますがこの世界はご都合時空です。
魔星関連のアレコレが消えています、なのにエスペラント技術は存在してマイナ姉ちゃんはヴェティママンになっております。
本編での悲劇関連は概ね消えており、ゼファーさんは滅奏を獲得しておらず、天奏も生まれていません。
なのにヘリオスさんも存在してアッシュは海洋王になっているという整合性まるで無視の阿片蔓延時空となっています。
その他にもこれが消えていたらこいつこうならないだろう、コイツとコイツ出会っていないだろうというのが多数出てくると思います。

以上の事を踏まえた上で

(゚∀。)y─┛気楽に吸えよ。お前のためならいくらでも用立ててやる


「うん、とても良く似合っているよ、ナギサ。最も君と比べたらどんな宝石も霞んでしまうからある意味ではその宝石が可哀想だけどね」

 

サラッとイケメンでなければ失笑されるような事を何時もよりもさらに爽やかさが増したようなキラキラといったエフェクトがかかっているアシュレイ・ホライゾンが告げる。当然ながらこの男(イケメン)が言っているために失笑する人物は誰もいない。

 

「う、うん………あ、ありがと、アッシュ。で、でも本当に私だけこんなものを買ってもらっちゃって良いの?」

 

恥ずかしげにかつ目の前の普段と違うアッシュに若干戸惑いながら、大切な友人二人の事を思い浮かべながらナギサ・奏・アマツがどこか申し訳なさそうにそう問いかける。

 

「値段の事だったら気にする必要は無いよ、これでも高給取りだし、君のためだったらどれだけ使うことになったって本望さ。いや、君の喜ぶ顔を見たいが為に収入を得ていると言ったって良い。むしろさっきも言ったけど君という女神に見合う宝石なんてこの世のどこを探したって無いんだから、むしろこちらの方が申し訳なくなってしまうよ」

 

とどこまでも歯が浮くような台詞を爽やかにアシュレイ・ホライゾンは告げていく

 

「後はアヤとミステルの事を気にかけているのかな?君は本当に優しい子だね、ナギサ。そんなところも君の素敵なところだよ。心配せずとももちろん二人にもいずれ穴埋めはするつもりだよ。でも、今日の俺は他ならない君と二人っきりでいたいのさ。それともナギサは俺と二人きりは嫌かい?」

 

「そ、そんな事は無いよ。二人には申し訳ないけど私も……そ、そのアッシュと二人きりで嬉しい気持ちはあるし」

 

モジモジとした様子で恥ずかしげにナギサがそんな風に答えるとアシュレイ・ホライゾンは太陽のような輝かんばかりの笑顔を浮かべて

 

「なら良かった。俺の我儘で君を困らせていたらどうしようかって思っていたからさ。君はどんな表情を浮かべていても素敵だけどやっぱり一番素敵なのは笑顔だからさ、君には笑顔で居てほしいんだ」

 

そんな事をサラリと言う物だからナギサはますます顔を真っ赤にしてしまうのであった。二人きりで急遽デートすることになり、めかしこんだ彼女はどこからどう見ても深窓の令嬢である。さしずめアッシュはそんなお嬢様をかどわかすプレイボーイ辺りに店員には見えている事だろう。さて何故こんな状況になったか、それには話を少し遡る事となる……

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「えっと、これで良いかな?」

 

「はい、よろしいかと思いますナギサ様」

 

用意した朝食を前にナギサ・奏・アマツはそんな風に呟き、従者であるアヤ・キリガクレがそんな風に応じる。

 

「……結局アヤに頼りっきりになっちゃったなぁ」

 

少々悔しげにナギサはそんな事を口にすると従者であるアヤ・キリガクレが応じる

 

「良いではありませんか、誰しも初めのころはそんなものです。少しずつで良いから慣れて行けば良いのです。心配せずともナギサ様はすぐさま上達されますよ。なんといっても料理の上達の秘訣である作る相手(アッシュ様)に対する愛情をたっぷりと持っていられるのですから」

 

どこか悪戯っぽくも満面の笑顔でそんな事を告げてくるものだからナギサは顔を真っ赤にして

 

「あ、愛ってそんな………私はただアヤにばかり作ってもらっちゃ申し訳ないと思って」

 

「はい、お優しいナギサ様は私を気遣ってアッシュ様の好物ばかり(・・・・・・・・・・・)の朝食を作られたのですよね」

 

「あ、あうう……」

 

幼少期には引っ込み思案な似たもの主従だったはずがいつの間にやらたくましくなってしまった(キリガクレの血が目覚めた)己が従者を前にナギサはたじたじとなる。そんな会話を主従が交わしていると……

 

「おはよう二人とも。いや~朝から豪華ね」

 

「おはようミステル、結局アヤにほとんど手伝って貰っちゃったけどね」

 

「おはようございますミステル様、いえいえナギサ様は大変頑張られましたよ。このぶんでは私もうかうかしていると哀れ用済みになってクビになりかねません」

 

「ほほう、それはそれは。やっぱり愛の力っていうのは強いわね~」

 

「ミ、ミステルまでそんな風に私をからかうんだから……」

 

同居人が起きてきたので互いに笑顔で挨拶を交わす。彼女の名はミステル・バレンタイン。友好条約が結ばれた教国から親善大使として派遣されてきた人物である。そして今三人がこうして住んでいる家は奏の家ではない(・・・・)。この家の所有者はそれどころか帝国人ですらない、所有者の名はアシュレイ・ホライゾン。平和の英雄とも謳われる三国友好の象徴ともいえる男である。

 

「あはは、ごめんごめん。ナギサちゃんがあんまり可愛いもんだからついね」

 

そんな事をミステルは笑って告げて

 

「それにしても中々に奇妙な光景よね。教国の貴族の私がこうしてアドラーに居て、その屋敷の所有者は商国の人間だって言うんだからさ」

 

「確かに傍から見ると妙な光景だろうなぁ私たちって」

 

「実際このような形で落ち着くまで三国間では熾烈なやり取りがあったようですから」

 

そう、色々とあった結果(・・・・・・・・)平和の英雄アシュレイ・ホライゾンは帝国政府が気前良く用意した帝都の一等地に存在する高級住宅へと住まう事になり、そこに彼と幼少期から懇意にしていたアマツの令嬢(ナギサ・奏・アマツ)その従者(アヤ・キリガクレ)、そして教国の親善大使(ミステル・バレンタイン)が二国からの心遣い(・・・)で同居する事となった。まあぶっちゃけた話をすると

 

「要するに所謂ハニートラップって奴よね、私たちって」

 

ミステル・バレンタインが苦笑いしつつ

 

「うう、母さんは笑顔で、父さんは何か複雑そうな表情して送り出して、チトセさんが「国家公認だぞ!」とかアオイさんが「貴殿の愛国心に期待する」だとか言っていたけどやっぱりそういう事なのか……そんなの私に出来る気がしないよ」

 

ナギサ・奏・アマツ(天然故に最強のハニトラ)は顔を真っ赤にして

 

「私たち三人、いいえ四人仲良く幸せになれる。そしてそれがひいては国の安寧に繋がる。ああ、なんと素晴らしいことでしょうか」

 

アヤ・キリガクレは恍惚とした表情を浮かべながら各々の思いを吐露するのであった。

 

「……本当に頭ピンクなことになったわよねアヤちゃん、初めて会ったときはもうちょっと大人しい子だと思っていたんだけど」

 

「何を仰いますかミステル様。軍人としての使命(国家公認のハニトラ)も、大切な人達との友情(三人仲良く嫁ぐ)も、そして燃え盛るこの愛(アッシュ様)も全て満たす事が出来るのですよ!ここでやる気を出さずに一体何時出すというのでしょうか!つきましてはナギサ様、ミステル様!お二人の周期を教えてください!そして三人仲良く確実に孕むタイミングでアッシュ様にアタックをかけましょう!」

 

やりたいこととやるべき事が一致した時世界の声が聞こえるという論法に乗っ取れば今のアヤ・キリガクレにはばっちりと聞こえている事だろう。すなわち「草食なるもの一切よ、ただ安らかにねちょられるべし。故に狂い哭け、お前の末路は腹上死(ハーレム)だ」である。

 

「は、孕むって……」

 

ナギサはそんなアヤの発言に顔を真っ赤にする。だが小さな言葉でアッシュとの赤ちゃん……などと満更でもなさそうに呟いた。当然ながらアヤはそんな主の様子を確認して、押せばいけるという確信を得る。

 

「あーはいはい、ごめんなさい。こんな話題を振った私が悪かったからまだ朝なんだし、この辺にしときましょう」

 

ミステルはそんな空気を入れ替えるように発言する。そしてそんなミステルの様子を見てアヤはやはり手強いのはミステル様の方ですね等と改めて認識する。

 

「そうですね、この話題はまた夜の際にでもじっくりとつめていきましょう。最も私はアッシュ様が望まれるのならば何時如何なるときでも……はふぅ」

 

「子ども……アッシュとの子ども……」

 

「あーだからもう……」

 

恍惚とした表情でトリップする従者に、顔を真っ赤にしながらもそんな従者に影響されて向こう側の世界に旅立ってしまった主を見てどうしたものかと思案する実は自分も大概(国会議事堂ックス)なミステル・バレンタイン。そんなぐだぐだな空気の中、彼女達の待ち人が師匠との早朝稽古を終えて帰宅する音が聞こえてくると、打って変わって笑顔で三人で何時ものように「おかえりなさい」と伝えると、アッシュのほうも何時もと変わらぬように「ただいま」と

 

「ただいま、俺の愛しき女神達よ。ああ、師匠(センセイ)との鍛錬は何者にも変えがたい大切な時間だけど、三人に会えない時間は俺にとって酷く辛い過酷な試練の時間だったよ。どうかその麗しい顔を良く見せて欲しい。それだけで鍛錬の疲れが吹き飛んでいくだろうから」

 

訂正、何か何時もと違う様子のアシュレイ・ホライゾンが薔薇の描かれた背景を引っさげて帰ってきた。そんな言葉を聞いて二人が何を言われたか一瞬わからないようにきょとんとした言葉を浮かべ、一人が聞き間違いではないかと疑いながらも恍惚とした顔を浮かべて問いかける。

 

「アッシュ様、その今何と仰られましたか?もう一度聞かせては下さいませぬか?」

 

「ハハ、そんなに畏まらなくてもいくらでも言うよ。どうか君たちの笑顔を見せて欲しいんだ、俺の愛しい鎖縛姫(アンドロメダ)。俺は君のためならばどんな恐ろしい怪物すらも打ち倒す英雄(ペルセウス)へとなって見せるから」

 

キランというエフェクトが見えるかのような爽やかな笑顔を見せながらアッシュがそう口にするとアヤ・キリガクレは感極まったような表情で

 

「ええ……ええ、貴方様のためならばこのアヤ・キリガクレ、如何なる求めにも応じて見せましょう。何でしたら今この場でこの身を捧げても一向に……はふぅ」

 

「それは魅力的な提案だなぁ。思わずその可憐な花を手折ってしまいたい衝動に駆られてしまうよ。だがここは、男としての意地を通させてもらうよ。大事な相手だからこそ、ちゃんと俺はムードを大事にして一生の思い出になるようにしたいんだ。だから今朝はとりあえずここまでだ」

 

そんな風にウインクをしながら告げたアッシュは軽くアヤを抱き寄せるとその頬にキスをするのであった。アヤは今にも昇天しそうな勢いで喜び、ミステルとナギサは何がなんだかわからずきょとんとしながら問いかける

 

「ええっとアッシュ君……よね?一体どうしたのかな急に」

 

「う、うん……なんだか何時もと違う様子だけど」

 

そんな二人の様子にアッシュは何かを勘違いしたように

 

「俺は少しだけ何時もより自分に素直になっただけだよ。こんなもの朝の挨拶のようなものじゃないか、おっと俺としたことが愛しい戦乙女(ブリュンヒルデ)と愛しい月の女神(アルテミス)への挨拶がまだだったな。どうかこの愚かな男の無礼を許して欲しい」

 

そんな事を告げて続けざまにミステルとナギサにも頬にキスを行なう。イケメンでされる側が相手の男に対してベタぼれだからこそ許される行為である。

 

「ちょ、ちょっと本当にどうしたのよアッシュ君」

 

「~~~~~~~~~~~~~!!!」

 

一人は頬を赤らめながら驚き、もう一人のほうは顔を真っ赤にして声にならない叫びを上げる。ただどちらにも共通しているのは驚き、戸惑いながら満更でもない様子で嬉しそうという事だろうか。つくづく羨ましい男である。

 

「ハハハ、俺はちょっとだけ自分に素直になっただけだよ。そう、胸のうちから溢れ出てくるこの衝動にね。君たちが愛しくて愛しくてたまらない、そんな衝動にね」

 

「ちょ!?」

 

「あ、愛!?」

 

「………ああ、アッシュ様。もう一度、もう一度だけお願いいたします。今の言葉は俺の嫁宣言とみなしてよろしいのですよね?」

 

ミステルとナギサはあまりの直球っぷりに相変わらず驚き、アヤは自分の幻聴でないことを信じがたいが為に確認をとる

 

「ああ、何度だって言うよ。俺は君たちを愛している、ずっと一緒にいたい、居てほしいとそう心の底から願っているのさ」

 

そんな堂々とした全員俺の嫁(ハーレム)宣言にアッシュの胸の内に潜む救世主が真意を問うべく現界する

 

「ならばーーー」

 

さあ、虚偽も逡巡も許さない。お前の意志をここに示せ我が誇るべき比翼よ、と。

 

そんな問いを受けてアッシュに浮かぶのは三つの選択肢

 

健気な大和撫子だが頭ドピンク(アヤ・キリガクレ)への愛

 

頼れる大人のお姉さんだが議事堂ックス(ミステル・バレンタイン)への愛

 

属性盛りすぎグラヴィティトンチキ級アマツ(ナギサ・奏・アマツ)への愛

 

そうしてアッシュはその三つの選択肢を……

 

「何度だって胸を張って言おうヘリオス、俺は彼女達三人全員を愛している!ハーレム野郎、優柔不断のスケコマシ、そう呼ばれようと構わない。俺の胸の中から湧き出るこの思いは決して嘘などではないのだから!」

 

何も捨てる事無く全てを取ることを選んだ。そんなアッシュに対してヘリオスは問いかける

 

「だが我が半身よ、お前はそれでいいかもしれないが彼女達の意思はどうなる?愛とは強い感情だ。だがそれ故にともすればそれは独占欲と呼ばれるもの繋がる。愛する者からは自分だけを特別に見て欲しいという思い、お前はそれを踏みにじる事になるかも知れんのだぞ」

 

「……流石に耳が痛いことを言うな相棒、その通りだ。他ならぬ俺自身が彼女達を誰にも渡したくないという思いを抱いているんだ。彼女達だってそれはそう思う心があるだろうさ。いくら彼女達同士の仲が良いと言ってもな」

 

「そこまでわかっていて、なおお前は」

 

「ああ、俺は三人全員を選ぶ!国家のしがらみだとかそんな事は関係ない。俺がそうしたいから、ずっと彼女達と一緒に幸せになりたいからそうするんだ。自分だけを見て欲しいという願いを叶えられない不満を、吹き飛ばすだけ多くの幸せと愛を彼女達に与えると誓おう。もしも万が一にも俺を巡って三人が争う事になったらこの身を張って止めよう。当然こんな三股宣言をする野郎に対して愛想を尽かす可能性だってあるけど、それでもこれが俺の出した答えだ、ヘリオス!」

 

そんな風にして海洋王は己の愛槍である三叉槍になぞらえるが如く三人とも俺の嫁という己の答えを堂々と告げる。そうして己が半身たるアッシュの答えに赫怒の救世主は

 

「良いだろう、ならば説得して見せろ。だが忘れるな、最後に決めるのは彼女達だという事を」

 

「ああ、わかっているさ。決めるのは俺だけじゃない。彼女達自身さ。その上でなんとか俺のこの思いを伝えて説得して見せるよ。アシュレイ・ホライゾンはナギサ・奏・アマツを、アヤ・キリガクレを、ミステル・バレンタインを心から愛しているんだって事を」

 

ハーレムとは女性の理解があってこそ初めて成立するもの。そんな忠告を告げて再びアッシュの身体の中へと戻ろうと

 

「ってちょっと待て!?何一人だけ満足して戻ろうとしているのさ!」

 

したところをナギサ・奏・アマツの声によって引き戻されるのであった。

 

「何か問題あっただろうか?」

 

流石は我が比翼、迷いながらもやはり最後は勇気を持って決断を下したか。なんと素晴らしい男なんだみたいな雰囲気を漂わせて消えようとした救世主を何良い感じに纏めているんだとナギサはストップをかける。だがそんなナギサに対してヘリオスはお前こそ何言ってんだみたいな態度で告げる

 

「我が比翼の真意を俺は確かめた。そしてその結果、決して己が肉欲に流されたわけではなく、国家間のしがらみによって不本意ながらやっているというわけでもないことを理解した。故に後はお前達がどう答えるかだろう。俺などの出る幕ではない」

 

我が片翼を答えを出したぞ。後はお前達がどう答えるかだと打って変って我が半身のこの決断、どのような返答をするのかお前もまた試されているのだぞとヘリオスはまるで小舅のような視線を向ける。

 

「え、いや……それは、その……あ、あうううううううう」

 

そうしてヘリオスの天然ぶりに若干呆れていたナギサ・奏・アマツは先ほどアッシュに言われていたことを改めて思い起こしたのか顔を真っ赤にしだした。いい加減真っ赤になりすぎて心配になってくるレベルである。そんな主を救うべく従者たるアヤ・キリガクレが発言する

 

「一体何を迷う必要があるでしょうかナギサ様!ミステル様!」

 

自分達の回答なんて決まっているではないかとあまりの怒涛の愛の告白にフリーズ気味の二人を叱咤すべく答える

 

「もちろんyesですわアッシュ様!三人纏めてどうか可愛がってくださいませ!」

 

そう、前からアッシュハーレム推進最右翼派である彼女の答えなどとっくに決まっているのである。

 

「ちょ、ちょっとアヤちゃん……」

 

「も、もう少し真面目に考えよう……」

 

そんな何時もと全く変わらずぶれないピンクッぷりに思わずと言った様子で二人が突っ込むがアヤは打って変って真面目な様子で

 

「あら、私は大真面目ですよお二方とも」

 

逆に諭すような口調で二人に対して優しく語りかけるのであった

 

「アッシュ様は私たち三人全員をしっかりと愛してくれると答えてくださいました。故に私たちの答えで考えられるのは三つになりますよね」

 

そうしてアヤは三本立てた指を一本ずつ折っていきながらアヤは告げる

 

「一つ目はNoと言う答えですね。ですがこれは有り得ませんよね、だって私達三人ともアッシュ様にずっと焦がれていたのですから」

 

「う、うう……はい、そうです。私、アッシュの事が大好きです」

 

「……変な意地を張るところじゃないわね。ええ、そうよその通りよ。二人みたいに好き好きアピールはそんなしょっちゅうしていないけど、私だってアッシュ君の事が大好きよ」

 

流石に隠すことは出来ないかと(どうやら隠せている気でいたようである)顔を真っ赤にしたままナギサが俯きながら、観念したように頬を赤らめながらミステルがそれぞれ答える。そんな二人に満足したようにアヤは続けていく

 

「二つ目ですが、自分だけを愛して欲しいとアッシュ様に詰め寄るというものですが、これも正直現実的ではないですよね。だって私はアッシュ様は無論愛しておりますが、お二方の事も大切に思っていますから。アッシュ様が誰か一人を選ばれたと言うのであればともかく、アッシュ様が我々全員を娶ると宣言したのに、それでもなお、自分だけを愛して欲しいと詰め寄る気持ちがお二人にございますか?」

 

そんなアヤの問いかけに対して二人は黙って首を振る。愛とは強い感情だ。時としてそれは友情や兄弟の絆といったそのほかの絆を破壊してしまうものになりかねない。だがこの硬い絆で結ばれた三人に関して言えば、こと此処に至って自分だけを愛して!と詰め寄る気はないだろう。アヤはあえて口にしなかったが政治的な事情も存在する

 

「そして三つ目、アッシュ様に三人仲良く嫁ぐ。私達の友情は壊れず、悲しみにくれて泣く人は誰一人として出ません。一番のハードルであったアッシュ様ご自身のお気持ちは先ほど仰っていただいた通りです」

 

ね、どれを選ぶかなんてもう一つしかないでしょうとアヤ・キリガクレは笑顔で告げる。何せ彼女は幼少期より虎視眈々と側室ポジを狙っていたたくましい少女。この状況はまさに宿願叶ったりと言える状況である。

 

「まあ確かにね……こうやってずいぶん四人で一緒に居るのに一人だけアッシュ君と……なんてなったら色々気まずいでしょうしね」

 

「た、確かにそうなんだけど………でもでも」

 

ミステル・バレンタインは己が国から期待されたこと(アッシュへのハニトラ)、自分自身の思い、そして二人への友情も合わさりそれが最善よねとどこか納得の雰囲気を漂わせる。

一方のナギサ・奏・アマツはそれが最善だとわかっていつつもどこか複雑な自分だけを見て欲しいという可愛らしい乙女心故に未だ迷いを見せていた。そんな主の様子に従者は後一押しだと笑みを浮かべて

 

「もちろん、好きな殿方に自分だけを見ていただきたいというお気持ちは私にもあります。ですのでどうでしょう、ここは必ず週一回はアッシュ様にそれぞれ二人っきりになる時間、その時一緒にいる相手だけを見ていただく時間を作って頂くと言うのは?」

 

いつの間にやらなし崩し的にもはやハーレム形成を前提としてアヤは話をどんどん進めていく。

 

「ただ、この提案の懸念としてアッシュ様のご負担が増す事になりますが……」

 

「何を言っているんだいアヤ。元々俺の我儘を君たちに聞いて貰っている方なんだ。それ位当たり前さ。それにそもそも君たちと一緒にいられる時間は俺にとってのご褒美以外の何者でもないよ。負担だなんてとんでもない」

 

一瞬憂い顔を浮かべたアヤの不安を振り払うようにすかさずアッシュは爽やかな笑顔を浮かべてウインクをして答える。かくしてあれよあれよと言う間に話は進み、初日のアッシュのデートの相手として満場一致でナギサ・奏・アマツが選ばれるのであった……

 

 

 

 

 

 

 




個人的にアッシュハーレム成立の一番の障害はアッシュ自身が流されたとかそういうのではなく三人とも全員娶って俺が幸せにする!いや全員で幸せになる!という境地に至れるかだと思っています。
ヘリオスさんにしても、ナギサちゃんにしても、ミステルさんにしてもアッシュが強気で押せばいけるでしょうから。アヤさん?言うまでも無いですよね

ちなみにどうでもいい余談なんですが今回の話を描くに当って「モテる男の秘訣」だの「女性がぐっとくる口説き文句」だの「イタリア男 口説き方」だのをぐぐったらやたらと婚活系のサイトが推されるようになりました。ちゃうねんグーグル


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アドラーの一番長い日(下) 続

ヴェティママンが仕事中のゼファーさんと常に一緒に居るのはゼファーさんと同調出来て
一応軍においてゼファーさんの外付け強化アイテムみたいなポジの人物となっているからです。
なのでお給料もしっかり出ています。


「アッシュ様なら現在ご不在でして、ナギサ様とデート中になります」

 

「やあ、アッシュ君はいるかい!彼の力が必要なんだ!」などと尋ねてきた何か何時もと違う様子の自分の所属部隊(ライブラ)の副隊長に対してアヤ・キリガクレは内心の困惑を押し隠して伝える。

 

「デート中?あの二人は相変わらず仲がいいね!本当に素晴らしいことだよ!そうは思わないかいヴェンデッタ」

 

「……ええ、そうね。その発言には同意しておくわ」

 

やたらと爽やかな笑顔を浮かべたゼファー・コールレインに対して彼の相方であるヴェンデッタがつかれきったような顔をして答える。何故こうして二人が送り出されたかと言うと、あの状態のヴァルゼライドと一緒に居させるといつまでも暑苦しく語りかけてやかましい上に、その奇妙なギャップがチトセ達のSAN値をゴリゴリ削るからである。この状態のゼファーを送ればアッシュ達も一目で異常事態だという事がわかるだろうという予測も込みである。かくして

 

「総統閣下は何者かの星辰光を受けている可能性がある!これは国を揺るがす一大事だ!至急特別外交官アシュレイ・ホライゾン殿の助力を仰ぐのだコールレイン少佐!」

 

などと一石三鳥の体のいい厄介払いを受けたゼファーとそんなゼファーの相方であるヴェンデッタがこうしてアッシュ達の自宅を訪ねているわけである。今頃チトセはチトセでNO1とNO3が機能不全に陥った代役として激務に追われていることであろう。そんな彼女の怒りの矛先は大体勝手に機能停止したギルベルト(どうしようもなく拗らせたホ〇)へと向かうこととなるがその辺はギルベルトの自業自得である。

 

「しかし、アヤちゃんもずいぶんと上機嫌だけど一体どうしたんだい?」

 

常に無い鋭さと気配りを発揮した綺麗なゼファーがそんな風に浮かれた様子のアヤへと問いかけると、アヤは良くぞ聞いてくれましたとばかりに恍惚とした表情を浮かべて

 

「うふふふふふ、それがですねゼファー様。ついにアッシュ様がご決断してくださったのです、私達全員を娶ってくださると!そう高らかに宣言してくださったのです!!!」

 

「それはおめでとう!一人の女性を愛するべきだって主張する人もいるかもしれないけど、僕は君たち全員の絆の強さを知っているからね!友人として祝福させてもらうよ!!!」

 

常のゼファーならば「酒池肉林とかマジかよ。僕は無欲で無害な面しといてあのムッツリエロエロ野郎が」とでも言うであろうに笑顔で祝福の言葉を告げる。だから誰だよコイツ

 

「ありがとうございます、ゼファー様も是非ともアッシュ様を見習ってヴェンデッタ様も、チトセ様も、ミリィ様も皆幸せにしてあげてくださいね!」

 

「僕もいずれきちんと答えを出さないといけないとは思っているけど、今の僕は精一杯この国と民の為に働かないといけないからね!でも僕の大切な人達を不幸にするような不義理の事だけはしないと誓うよ!」

 

浮かれてゼファーの異常に気づかずにうふふふふふと笑うアヤとあははははははと爽やかに笑う綺麗なゼファー。そんな二人の会話を聞きつつヴェンデッタは頭痛を堪えながら考え込む

 

(アッシュ君がハーレム宣言……そんな事を言える様な子だったかしら?)

 

ヴェンデッタの脳裏に浮かぶのは自分にとってもある種恩人とも言える、時折ゼファーも少しは見習って欲しいと思うような爽やかな好青年の姿。なおそんな願いが叶ったのがある意味今の綺麗なゼファーなのだが、そうなったらそうなったでコレジャナイと口々に言い出すのだから人間はやはりどう足掻いても苦しむ運命にあるようである。そんな風に考え込みだしたヴェンデッタに対してアヤに比べると冷静なミステルがヴェンデッタへと問いかける

 

「あの、ヴェンデッタさん……ゼファーさんどうされたんですか?なんだか明らかに普段と違う様子なんですけど……」

 

「……実はゼファーがああなったのがまさしくここをこうして訪ねた理由なのよ」

 

「あ、そうなんですか……」

 

なおも盛り上がる二人をどこか遠い目で見ながらとりあえずアッシュが不在であることをアオイへと連絡して、かくしてアリエスによる特別外交官アシュレイ・ホライゾンの捜索が始まるのであった……

 

 

 

店員の丁重な礼を受けて宝石店を出た二人はなおも街を散策していく。その手はしっかりと握り合っており、二人の服装も合間ってどう見ても深窓の令嬢とエリートの青年のカップルと言ったどころだろう。そんな二人を、正確にはアッシュを見つけて、軍服を纏った将校が駆け寄ってくる

 

「特別外交官アシュレイ・ホライゾン様ですね。申し訳ありませんがセントラルへとご同行頂けないでしょうか?」

 

貴人に対する丁寧な礼節を持ってアリエスの将校がそんな事を告げる。そんな言葉にアッシュは常のように柔らかな笑顔を浮かべて快く……

 

「すまないけど、今俺は見ての通り愛しい人とのデート中なんだ。今日は彼女だけを見つめて、彼女を何においても優先する、そう決めた日だからね。仕事をする気はないんだ」

 

受け入れずに今の自分は完全なプライベートだから仕事をする気はないよと顔を赤くしている令嬢を軽く抱き寄せて、有無を言わせぬ静かな迫力と共に告げる。旧暦においてイタリアの人間は往々にして仕事は仕事、バカンスはバカンスとオンとオフをきっちり分ける職人気質の人間が多かったとされるが彼もまたその血が目覚めたのだろうか。再び抱き寄せたナギサに対して「今、俺の瞳に映っているのは愛しい女神の姿だけさ」等と告げている。

 

そんな言葉に弱り果てたのは哀れな使いっ走りの方である。何せ相手は国賓待遇の貴人、くれぐれも丁重に接して礼を失するような事がないようにと隊長であるアオイ・漣・アマツからも強く命じられている。「ホライゾン殿であれば快諾してくれるだろうからそこまで案ずる必要はない」などと言われていたのに蓋を開けてみれば「お邪魔虫ってわからない?(意訳)」発言である。見てるだけで哀れになる位狼狽しながらも国家の一大事であるという言葉から使命感を奮い立たせてその兵士は食い下がる

 

「そ、その件に関しては大変申し訳なく思っております。ですが、なにぶん漣隊長より火急の用件故にホライゾン様のご助力を賜りたいという事でして……事は我が国の、いえこの大陸の行く末すら左右する重大な出来事であると言われておりまして……もちろん、ホライゾン様への謝礼は当然行なうとのことです。ですのでどうか、何卒」

 

お願いします告げるもアッシュは困ったような顔を浮かべて告げる

 

「貴方の立場上大変なのはわかるけど、どれほどの財や名誉を持ってしってもナギサとこうして一緒にいられる時間以上の対価なんて俺には存在しないんだ。そして俺がこうして自由に出来る時間は限られている、だから申し訳ないけど……」

 

世の男性の多くを悩ませる「仕事と私どっちが大切なの?」という答えようがない問いがある。今のアッシュはそんな問いに対して何の躊躇いも無く答えるだろう「君以上に大切なものなんて存在するはず無いだろ」とそれこそ君が望むならもっと君と一緒にいられる時間を作るようにするよ、と転職すら視野に入れて上司へと交渉するだろう。そうして断りの言葉を重ねようとしたところ、優しい少女が思わずと言った様子で兵士へと助け舟を出す

 

「ね、ねぇアッシュ……アッシュの気持ちはすごく嬉しいけど、そこまで思い詰めなくていいよ。何かアッシュじゃないと解決出来ない問題が発生したんだろうし、私はそうやって皆の為に頑張っているアッシュも好きだからさ……」

 

だがナギサ・奏・アマツは尽くされる側のお嬢様にも関わらず、その本質はどこまでも健気に好きな人に尽くす乙女である。とんでもないブラック企業(強欲竜団)とんでもないブラック部署(第十三星辰小隊)に配属されていたり、とんでもないブラック上司(ギルベルト・ハーヴェス)家庭の事を忘れさせられ、社畜へと洗脳(プロジェクトスフィア)でもされていればそれこそ愛する人を取り戻すために仮面ライダーペルセフォネにすらなるだろうが、今のアッシュがそんな風ではなく自分達を大切に思っていてくれている事を彼女はよく理解している。

故に「私と仕事どっちが大切なの?」等と問う事はせずに彼女が告げたのは「一生懸命頑場っている貴方が好きだから」という内心の寂しさを押し隠して応援するどこまでも健気な言葉であった。そんな愛する少女の言葉にアッシュは感極まったように

 

「ああ、ナギサ……本当に君はどこまでも優しい人だね。一体君のその優しさに俺はどれだけ救われただろうか……言葉ではもはや表現しきれないよ。ごめん、いやありがとう。君がそういうのならば俺も仕事を果たすとするよ」

 

そのアッシュの言葉に兵士はあからさまに安堵の表情を浮かべて

 

「ありがとうございますホライゾン様!そして奥方様も!道中のお二方の守護は我らが必ずや行ないますので!」

 

そんな今の二人が傍から見たらどう見えているかを勘違いした言葉を吐き、急ぎ連絡するのであった。おそらく今この時は彼にとってもアッシュの女神(優しいナギサ)が救いの女神に見えた事であろう。

 

「お、奥方って……」

 

「ハハハハ、気の早い兵士さんだね。いずれは必ず正式にプロポーズをさせてもらうつもりだけど」

 

どうやらこの男、あのハーレム宣言は正式なプロポーズでなかったようである。自覚したスケコマシにもはや敵はなし、幼少期から抱き続けた溢れんばかりの愛、父親に仕込まれ外交で培った話術、生来のスケコマシスキルそれらの三位一体(トリニティ)がいずれ彼女を襲う事になるであろう。この段階で顔を真っ赤にしているどこまでも初心な少女が耐えられるか色々と心配になってくるが、彼女は彼女で体験版時点で盛大な告白したり、アッシュのためなら物理法則を超越するウルトラトンチキに躊躇い無く喧嘩を売る位愛が重いのでおそらく大丈夫だろう。決して片方のみの愛がもう片方よりも重いという事は無く、どちらも等しく相手を大切に思っている、故にお似合いの二人なのである。

 

かくしてアシュレイ・ホライゾンとナギサ・奏・アマツもセントラルへと赴き、ここに役者は揃うのであった……




今回の話で一番不憫なのは多分ヴェティママンでもアオイさんでもチトセネキでもなく
アッシュを発見した中間管理職の兵士さんだと思います。


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アドラーの一番長い日(終)

三人が何故ああなったのかふわふわした理由づけになります。
相も変わらずのガバガバご都合時空になりますがよろしくお願いします。

ちなみにイタリア男って最弱の兵士とか良くジョークのねたにされていますけど
母親や恋人を守るための時は無敵になるらしいですね。やっぱりホライゾン家ってイタリア人の末裔なのでは?


「良く来てくれた、ホライゾン殿。貴殿のご助力に感謝する」

 

セントラルにてアオイ・漣・アマツが丁重な礼を以ってアッシュを出迎える。そんなアオイに対してアッシュは

 

「礼を言うなら俺よりも優しく愛しい俺の女神であるナギサにしてください。俺がこっちに来る決断をしたのは、ナギサが後押しをしてくれたおかげですから」

 

相変わらずナギサを大事に抱き寄せながらそんな事を告げる。その様子にその場にいた者たちは多少は訝しがったものの、まあようやく正式にそういう関係(・・・・・・)になっただけだろうと軽く流す。

 

「それで、何でも大陸の行く末に関わることが起きたって話なんですが、一体どうしたんですか?なにやら皆さんおそろいのようですが」

 

「ああ、その件なのだが……」

 

「総統閣下が何者かの星辰光を食らった可能性があるんだ!そこでアッシュ君なら何かわかる事があるんじゃないかってね!」

 

未だに信じられない信じたくない現実を前にして口ごもるアオイに代わって綺麗なゼファーが答える。

 

「………あの、ゼファーさん……ですよね?」

 

そんなゼファーを見てアレ、誰だろうこの人といった空気を漂わせてナギサが問いかける

 

「ああ、君たちといつも接している、この国と民の為に身命を捧げることを誓ったライブラ副隊長を務めているゼファー・コールレインだよ!一体どうしたんだいナギサちゃん?」

 

(((いつも接しているのとは別人にしか見えないから聞いているんだよ)))

 

そんな風にその場にいた人物達の心が一つになる。だが綺麗なゼファーはそれどころじゃないんだとばかりに告げる

 

「僕の事よりも総統閣下だよ!総統閣下がとんでもないことになってしまったんだ!待っていてください総統閣下、アッシュ君が来てくれましたからきっとすぐに何時ものあなたに戻れますよ!!!」

 

「ふわーあ、何時もの俺って何?俺は何時もどおりだよ。誰だって本当は働きたくなんか無いんだよ、なのに皆ちょっと無理しているだけで俺は少しだけ素直になっただけだって」

 

「本当に一体どうしてしまったんですか総統閣下!?みんなの事を思うだけで、僕らの働きの向こうにある人々の笑顔のためならばそんな無理は引っ込み、誇りと変わる、それが僕らだったじゃないですか!!!」

 

相変わらず気だるげにするヴァルゼライドのようなナニカとそれに対して熱く語りかけるゼファーのようなナニカという常の彼らを知る者ならば頭が痛くなってくる光景が広がっていた。案の定ナギサは完全にポカーンとしている。

 

「……見ての通りだホライゾン殿。総統閣下がどういうわけだかあのような風になられてしまってな」

 

「加えてゼファーの奴までもがあのような状態になってしまった以上ただの過労とは考えられにくいと判断して貴殿に来ていただく事となったわけだ」

 

「……コールレインのほうは正直あのままでも特に問題は無いが、総統閣下はこの国の至宝。私たちにとってはヴァルゼライド総統閣下が必要なのだ。そして貴殿も理解していると思うが、今の平和は無論貴殿の尽力もあってだが何よりも総統閣下の手腕に依るところが大きい。もしも万が一にも総統閣下があのままとなれば、今のこの平和も泡沫の夢として消えてしまうだろう」

 

「おいコラ、アオイ。ゼファーはそのままでは構わないとは聞き捨てならんぞ。ちゃっかり自分の想い人だけいつものように戻してと頼んでおいて、他人の想い人はどうでもいいなどとあまりにも不義理がすぎるだろ」

 

「何度も言っているが私の閣下へと向ける感情は忠誠心であり、思慕だのといったものではない。別段その感情を否定する気は無いが、一事が万事といったよすうで何もかも結び付けようとする貴様のそのあり方にはいい加減あきれ果ててものが言えんな。そして、コールレインの方がそのままで良いというのは客観的に普段のコールレインと比較してどちらのコールレインの方がライブラ副隊長という重責に相応しいかを客観的に判断した結果であり、他意はない」

 

「やれやれ全くもって素直じゃない奴だ。そんな風に何時まで意地を張っていると相手が死んでからようやく自覚するなどという事になりかねんぞ。ホライゾン殿、くれぐれもゼファーも頼むぞ。ゼファーの奴も普段の駄目人間だがそれでもここぞという時にはやるそんな胸をキュンキュンさせる男へと戻してくれ」

 

そんな従姉妹漫才を受けてアッシュは

 

「なるほど把握しました。つまり二人を何時ものように戻したらこの仕事は終り。俺はナギサとのデートに戻っても良いという事ですね!」

 

普段と明らかに違う綺麗なゼファーだとか怠け者のヴァルゼライドなどよりも、早くナギサとのデートに戻りたいと言わんばかりの態度で爽やかな笑顔を浮かべたままに応じる。そんな常と違うアッシュに違和感を抱いたヴェンデッタは問いかける

 

「……ひょっとして怒っている?デートを邪魔されたのなら無理もないけど」

 

「いえ、ナギサは仕事をしている俺も好きだといってくれましたからね!仕事は仕事できちんと果たさせて貰いますし、ヴァルゼライド総統がこんな風になってしまって一大事だというのはわかりますからね、やむをえないとは思っていますから別に怒ってなんかはいませんよ」

 

笑顔を浮かべたままにやんわりとそれを否定して常と変わらぬ気遣いをこちらに見せたので勘違いだったかなとヴェンデッタが思ったところで

 

「ただそれはそれとしてナギサと二人っきりの時間を少しでも多くの時間を作りたいというのも本音なだけです、彼女と一緒の時間は俺にとって他の何にも変えがたい時間ですから」

 

やたらとぐいぐい押している。やはり何かいつもと違う感じがする、確かにその根底には幼馴染達への深い愛があり、随所で大好きっぷりが見え見え見え見え見え隠れしていた男ではあったがここまで前面に出す感じだったかと軽くヴェンデッタは訝しがる。だがそんな周りを他所にさあとっとと終わらせるぞとばかりにアッシュは自らの星を開放する

 

「天来せよ、我が守護星。三相女神(アヤ、ミステル、ナギサ)に愛を込めて」

 

謳い上げられるのは光と闇の旅路に至った彼の迷い、揺れる人としての答え……ではなく、彼の女神達に捧げられる愛の言葉。しかもこの男、詠唱の最中もナギサに対して情熱的な視線とウインクを送ったりしている。もはや詠唱の体を装ったただの公開ラブレターとプロポーズである。……前からそんな内容だった気もするが、光と闇、そして人を意味するものであったはずの至星三界(トリニティ)が完全にアヤ、ミステル、ナギサを意味するものとなってしまっている。とにもかくにも彼の愛しい女神達が幸せに暮らせるように、ついでにこの新西暦も守ってやるよみたいなテンションで海洋王(ネプトゥヌス)がここに出陣した。

 

とにもかくにもコレで事態は一件落着かと思われたが

 

「あ、コレ無理です。自分もチャレンジしてみましたけど、どうにもなりませんでした」

 

あっさりとした口調で突きつけられるのはそんなある意味で絶望を告げる言葉。「すいません、どうやら力になれないみたいです」などと告げてそれっきりもう自分の仕事は終わったんでみたいな態度でナギサを口説きだしたアッシュ

「く、アッシュ君でもどうにもならないなんて!?いや、僕は総統閣下の持つ心の力を信じている!きっと僕らが熱く語りかければ閣下は何時もの自分に戻ってくるはずだ!僕は諦めない!絶対諦めないぞ!!!」等といってヴァルゼライドのようなナニカに熱く語りかける綺麗なゼファー

そんなゼファーのようなナニカ相手に「働いたら負けだと思っている。故に勝つのは俺だ」などと告げてうっとおしそうにしながら眠ろうとするヴァルゼライドのようなナニカという(上)での冒頭の場面へと至るのであった。

そんな混沌(パライゾ)な状況でいや、本当にどうするんだよコレみたいな空気が漂い出したところで

 

「話は聞かせてもらった!アドラーは滅亡する!」

「すいません、軽い冗談ですのであまりマジにとらえないでくださいね」

 

第二太陽のメッセンジャーである双子が現れた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「つまり今回は偶発的な第二太陽(アマテラス)の接続により起きた現象だと?」

 

双子に対してアオイ・漣・アマツがそんな風に確認を取る

 

「はい、本来であればこのような事態は起こるはずがなかったのですが」

 

「諸々の条件が天文学的確率で重なっちゃったんだよね~本当に事実は小説よりも奇なりとは良く言ったものなのだ!」

 

「最もそれだけであれば、おそらく何事も終わったのでしょうが」

 

「これまた同時に天文学的確率でそこの三人に傍に居た人達の願いをひねくれた感じで叶えちゃったんだよね~たまに仕事したと思ったら本当に碌なことしないよね!」

 

あまりのヴァルゼライドの激務を心配したアオイ・漣・アマツはその身体を心配して休養をとることを願った。

例によって駄目人間ぶりを発揮したゼファー・コールレインを見たヴェンデッタはため息混じりにもう少しだけ真面目になる事を願った。

アヤ・キリガクレに勧められて評判の恋愛小説を読んだナギサ・奏・アマツは自分も乙女チックに情熱的に告白してくるアッシュを少しだけ夢見た。

それらが天文学的確率により接続した第二太陽によって、これまた何の因果か天文学的確率によってひねくれた形で偶発的に叶えられてしまった。それが今回の原因であった。

仮に、もしも仮にこれが悪意ある願いであった場合おそらくはヴァルゼライドは常と代わらぬその鋼の精神によって抗い、アッシュに対しては最強のセコムたるヘリオスによるガードが行なわれただろう。しかし、叶えられたのは片や自慢の副官の心の底から自分を慮った「身体が心配だから少しは休みを取って欲しい」という心配する心と片や夢見る乙女のささやかな願い、鋼の心も赫怒の救世主も悪意や害意を感じるはずもなく、かくして鉄壁の防御をかいくぐってこのような状況となるのであった。

 

「つまり、私が原因で総統閣下をこのようにしてしまったと……そういう事なのか……!」

 

アオイ・漣・アマツが記憶喪失の青年が大切な親友を地獄のような争いに巻き込んだ元凶が他ならぬ自分の稚児のような願望にあったことを知ったかのような今にもその場で切腹すら敢行してしまいかねない搾り出すかのような絶望の言葉を口にする。

 

「確かに常々真面目になって欲しいとは思っていたわ……でも、少しずつでいいから良くなっていくあの子を見るのが嬉しかったのよ。そんな心を捻じ曲げるような事なんてしたくなかったわ……」

 

ヴェンデッタが「強い男の人が好きだから」と伝えたらどこかの悪魔に「今の僕は強いだろう?愛してくれよ」などと告げられたパンツ安そうな女性のように強烈な後悔に苛まれながら落ち込んだ言葉を口にする

 

「わ、私もそんなアッシュの心を捻じ曲げるような事なんてしたくなかった!確かに嬉しくなかったって言ったら嘘になるよ!でも、でもそれはアッシュ自身の本心から言ってくれているからだと思っていたからだもん!私はこんな……こんな……」

 

ナギサ・奏・アマツはアシュレイ・ホライゾンを真実心の底から慮り愛している。彼の吐く愛の言葉に照れながらも嬉しく思っていたのはそれが彼の本心から吐かれた言葉だと思っていたからこそ。そんな大切な人を自分の自慰の道具に成り下げるような事を望んでなどいないと悲しみの言葉を吐露する。

 

そんな落ち込む三人に対してこの場において一番の年長であるロデオン夫妻が優しく包み込むかのように語り掛ける

 

「もう、そこまで落ち込む事はないわよ。私だってね、アルバートにもっとここをこう直してほしいなんてしょっちゅう思っていることだもの」

 

「おうよ、それは俺だって同じさ。マリアの奴に不満を抱くことだって当然あるぜ」

 

「ね、もうかれこれ十年連れ添っている私達だってこうなのよ?それでも私たちは時に喧嘩もしたりしているけどお互いの愛を疑ったことなんてないわ。人間なんてそんなものよ。大切な人だからこそここを直して欲しいだとかこうなってくれたらなんて思うことは決して悪いことなんかじゃないわ」

 

そんな二人に続くように双子も言葉を重ねていく

 

「ええ、お二方の仰るとおりだと思います。お三方の願いは人として当然のものであり、決して非難されるようなものではないかと」

 

「まあ誰が悪いかって言ったら、そんなちょっとしたお願いを頼んでもいないのに勝手に叶えた第二太陽が悪いよね~」

 

そもそも三人の願いは本当にささやかな心の底から相手を慮ったりしたものや可愛らしい乙女心によるものだったのだ。誰が悪いかといえばそんな三人の願いを勝手に叶えた上にひねくれた形で叶えた第二太陽に帰するだろう。

 

「だ、だがたとえ不可抗力といえど総統閣下をこのようにしてしまった罪は万死に値する……!」

 

ヴァルゼライドを何よりも敬愛する真面目なアオイはそれでも自分の罪が消えるわけではないと吐露する

 

「ええ……考えてみたら私にしてもあの子のため、あの子のためと思って口うるさく言っていたけど、考えてみたら余計なお世話だったのかもしれないわね。だってあの子はもうれっきとした大人なんだもの。私のやっている事なんて弟離れできない姉のそれだったのかもしれないわ……」

 

常に無く落ち込んでしまったヴェンデッタはそんなことを口にして

 

「私も今の四人で一緒にいるのが楽しくてずっとこんな風にみんなで一緒にいたいと思って、きっとアッシュもそんな風に思ってくれているって勝手な願望を押し付けて……アッシュ位素敵な人だったらきっと私なんかよりももっと良い人が居るだろうに私の願望を押し付けちゃって……私の愛って重いらしいからひょっとしたらアッシュにとっては重荷だったのかも……」

 

罪悪感からネガティヴな思いに囚われてしまったナギサはそんな自虐の言葉を口にする。

 

そんな三人に対してどうしたものかとアルバートらが思ったところで

 

「いいや、我が誇るべき優秀な副官よ。お前のその献身、常に感謝の念が絶えんと思っている。今回の責が誰に帰するかで言えばそれは俺以外にありえまい。お前にそのような不安を抱かせた俺の至らなさこそが原因だ。故に謝罪など一切不要だ」

 

常のように圧倒的な覇気を有したクリストファー・ヴァルゼライドが

 

「全く、こういうのは俺の柄じゃないのによぉ。いいかヴェンデッタ、一回しか言わないからよく聞いておけよ。確かにお前の小言に対してはうっとおしく思うときがある、というか思っているときが大半だ。でもな、そんなお前に対していつも感謝しているんだよ。俺はそこの英雄様やアッシュのようにはなれないからよ、そうやって俺に活を入れてくれるイイ女(・・・)が必要なんだよ。だからまあ……そのなんだ……ありがとよヴェンデッタ、お前が傍に居てくれて本当に良かったって思っているぜ」

 

いつものように気だるげにだが照れくさそうにしながらもどこか真面目な雰囲気を漂わせたゼファー・コールレインが

 

「君以上に素敵な人なんているものか!重荷だなんてそんな事あるわけが無い、前にも言っただろう。俺は馬鹿で単純な男だからさ、君のためならば無敵のヒーローになれるって。逆に言えば、君がいないと俺は駄目なんだよ。君が、ミステルが、アヤが、ヘリオスが、みんなが俺の傍に居てくれて支えてくれるから俺は頑張れるんだ。だからそんな悲しそうな顔をしないでくれ、俺はナギサの笑顔が大好きだからさ」

 

キザな雰囲気を漂わせていたアシュレイ・ホライゾンが何時ものように真面目な、だけど海のような包み込む優しい笑顔を浮かべてそれぞれ己の思いを伝えていた。そんな何時もの様子に戻った三人に対して一同が驚いていると

 

「まあ、そういうわけだからさーあんまり深刻に考えなくて良いってアオイちゃん。君はすっごい頑張っているよ、俺が保証する」

 

「迷惑だなんてそんなはずがないじゃないかヴェンデッタ!君は僕の大切な家族なんだからね!!!」

 

「ああ、ナギサ。君は俺の女神なんだ……君がそんな悲しそうな顔を浮かべているだけ俺の心を張り裂けそうになる……どうか笑っておくれ。 il mio amore(俺の愛しい人よ)」

 

先ほどまでの三人へと戻ってしまうのであった。

 

「おやおや、これは一体どういうことでしょうかねティナさんや」

 

「陳腐な言葉になりますが所謂愛の力という奴では?悲しむ大事な人達を前に己が本心を伝えねばという想いが一瞬だけ彼らを元に戻したんでしょう」

 

「なるほどなるほど、大切な人の涙によって正気に戻る男達。人はそれを愛の奇跡と呼ぶ!という奴ですな~」

 

「ええそういう奴でしょう。まあ、この分なら明日にでもなれば戻って居る事でしょう。元々偶発的なものですからそれほど長くは続かないでしょうし」

 

明日には戻る、その言葉を聞いて安堵の空気が流れてかくして一件落着、ようやくこの馬鹿騒ぎも終りとお開きの空気が流れたところで

 

「待て、我が片翼の名誉のために告げねばならぬことがある」

 

炎が形をなすかのように赫怒の救世主たるヘリオスがそんな事を告げながらその場に現れた。そんなヘリオスをジト目で見てナギサは告げる

 

「……なんだよヘリオス、今更になって出てきて」

 

こういうわけのわからないものからアッシュを守る為にお前はいるんじゃなかったのかよと若干八つ当たり染みた思いを抱きながら冷たい目でヘリオスを見るがヘリオスは意に関せずにその場に居た者達に告げる

 

「言った通りだ。我が誇るべき片翼に対してお前たちがどうやら見過ごし難い勘違いをしているようだからな。コレだけは正せねばならんと想ったのだ」

 

「勘違い?ナギサちゃんの可愛らしい願望でクリスやゼファー君みたいな普段とは違う様子になっちゃったんでしょ?一体何が勘違いだって言うの?」

 

まあ二人に比べると割と何時もどおりって感じもするけどなどとマリアが訝しがりながら問うとヘリオスはそう、まさしくそれだと言わんばかりに

 

「そこの二名はわからんが我が片翼が今日告げた言葉の数々、断じて歪められたりしたものでも、ましてや別人が発したものなどではない。アレらの思いの数々、全てが紛れもない我が片翼の抱く真実の思いだ」

 

へ、とその場に居た誰もが呆気に取られた表情を浮かべる。ちなみアッシュはそんな一同を他所にコレで完全に仕事は終わったと言わんばかりに、また今日はナギサだけを見つめる日という約束を守るべくナギサを口説きだしている。

 

「……つまり、今ああやってナギサちゃんに対して告げているアッシュ君の言葉は」

 

「紛れもない我が片翼の本心だ。常に共に在り続け、その心のうちを知っている俺が断言しよう」

 

ヴェンデッタの問いに対してヘリオスはアッシュに対する熱い信頼を口にする。相変わらずアッシュに口説かれながら、しかもそれは歪まされたものではなくアッシュの本心だと断言するヘリオスという天駆翔(ハイペリオン)コンビの絶妙なコンビネーションを受けているナギサは哀れKO寸前である。

 

「良いか、貴様らは我が片翼を侮っている」

 

歪まされた?否、否、否だ!我が片翼は素晴らしい男だ。俺には決して不可能な他者に対する愛(大体ナギサちゃん)のために勇気を出すことの出来る素晴らしい男なのだとアシュレイ・ホライゾンに対する熱い信頼を語っている。

 

「記憶を歪まされようと、赫怒の衝動に引きずられようと決して消えなかった我が片翼の死想冥月(ペルセフォネ)に対する想いがたかだか第二太陽如きに歪まされる?馬鹿な、なんだそれは全く持ってありえない」

 

見縊るのも大概にしろと憤りさえ込めてヘリオスは宣言する。アレらは紛れもないアシュレイ・ホライゾンという男の抱く本心なのだと

 

「……しかし、その割には聊か普段と様子が違うようだが?」

 

確かにゼファーやヴァルゼライドほどは酷くない。だが今のアッシュは明らかに様子がおかしいとアオイが疑問の言葉を口にするが

 

「それも当然だ。今の片翼は心中に秘めていた思いを全てさらけ出している状態なのだからな」

 

他者は知る良しも無い、本人が何を考えているかという命題。しかし共に在り続けそれを理解しているヘリオスは何もおかしい事は無いのだと断言する。

 

「今の片翼はいわば普段羞恥や迷いにより、秘めていたペルセフォネに対する思いを全てさらけ出している、そういう状態なのだ」

 

何故アッシュだけが他の二人に比べると普段とそこまで変わらなかった(キャラ崩壊が低め)だったのか、それはそもそもナギサ・奏・アマツの願ったアッシュに愛されたいという思い、すなわちナギサ・奏・アマツ達に対する愛がずっと理性や良識、羞恥の感情で蓋をしていたアシュレイ・ホライゾンが心の内に秘めつつもヘリオスにすら負けない領域で燃え盛っていた紛れもない彼の本心(・・)だったからなのだ。

クリストファー・ヴァルゼライドは怠惰の心を欠片も有していなかった。故にあんなわけのわからない状態となった。

ゼファー・コールレインに真面目になろうとする心……自体はあったのだが如何せん「まあなんだかんで俺勝ち組エリートだし?高給取りだし?周りもそんな俺をなんだかんだで受け入れてくれているし別にこのままでいいだろ」と言ったノリで極少だった。故にヴァルゼライドと同じくわけのわからない状態だった。

だがアッシュは違う、何故ならばナギサ・奏・アマツを愛していることなど彼にとっては幼少期頃より抱いていた当たり前(・・・・)の思いなのだから。

そうしてヘリオスは続けていく、アシュレイ・ホライゾンという男がどれほど強くナギサ・奏・アマツという少女の事を愛しているかを、ずっと共に在り続け見続けたその秘めていた思いを高らかに謳い上げる。

 

「重荷だと?ペルセフォネよ、貴様一体何を勘違いしている?我が片翼がその程度も背負えぬ男だとでも思って居るのか。冗談も休み休み言うが良い」

 

くしくも先ほどアッシュが告げたようにアシュレイ・ホライゾンにとってナギサ・奏・アマツが重荷になるなどそれこそ世界法則が書き換えられることがあってもありえないと

 

「理解しただろう、我が片翼の心からの思いを、貴様に対して抱く愛の強さを。第二太陽如きに歪まされるようなものでは断じてない、俺の比翼を侮るな!!!」

 

そんなヘリオスの演説が終わると

 

「流石は相棒!ありがとうヘリオス、俺だけの言葉だけじゃ説得力が無かったかもしれないからお前がそういってくれて助かったよ」

 

「ふ、気にする事は無い我が比翼よ。俺は常にお前と共に在るのだからな。お前ほどの素晴らしい男が勘違いされるような事は断じて避けたかった、それだけだよ」

 

普段だと途中で止めただろうにむしろ良くぞ言ってくれたとヘリオスに感謝を告げるアッシュ。そしてそれに応じるヘリオスという光景。かくして場を包むような呆気に取られたような空気。そうしてしばらくするとナギサとアッシュに対して集まりだす生温かい視線

 

「ふわーあ、なんか良くわからないけどとりあえずおめでとう。結婚式には多分出れないからここで先に言っておくね」

 

「アッシュ君は本当にナギサちゃんたちが大好きなんだね!仲良きことは麗しいね!」

 

「……結婚式には呼んで頂戴ね、喜んで出席させてもらうから」

 

「えっと……おめでとうございます、アッシュ君。ナギサちゃん」

 

「ハッハッハ、そこまでガッツリと篭絡しきるとは、我らが親戚殿は中々どうして大したものだと想わないかアオイ」

 

「特別外交官殿と我が国が今後も良好な関係を築けそうという点において同意しておこうか。どうやら彼女をホライゾン殿と一緒に住まわせることにした判断は間違っていなかったようだ」

 

「いや~どう想いますかティナさんや」

 

「並み居るトンチキ共を押しのけて人気投票でワンツーフィニッシュを決めた主人公とメインヒロインの貫禄という奴でしょうかね。いやはやここまで言われてしまうとこちらももう、おめでとうございますと告げる以外ありませんね」

 

「さっすがスフィアへと至ったラブラブカップル!詠唱がプロポーズだの、専用BGMが結婚披露宴の曲とか言われただけの事はあるね!」

 

「もう、アッシュ君たら情熱的ね~私も一度好きな人からあそこまで言われて見たいものね」

 

「おいおい、勘弁してくれよ。アッシュならともかく俺が言ったって滑稽なだけだろう」

 

「あら、そんな事無いわよ。ナギサちゃんにとってはアッシュ君が理想の王子様だろうけど、私にとっては貴方がそうだもの。他の誰が笑ったって私は絶対に笑わないわ」

 

告げられていくのはそんなご結婚おめでとうございますという言葉。完全に茹蛸となってしまったナギサはあまりの羞恥に口をパクパクとさせてもはやフリーズ寸前である。そんな様子を見てヘリオスはポツリと呟く

 

「何か問題あっただろうか?」

 

俺はただ如何に片翼がペルセフォネ達を強く愛しているかを説明したのだけだが等というそんなどこまでも天然な発言を聞いて、ナギサの中の何かがプチンと切れて

 

「やっぱりお前なんか、大嫌いだ!!!」

 

涙目になりながらヘリオスにそんな事を告げるのであった………

 

 

 

 

 




アッシュがキザったらしくナギサちゃんを口説いてヘリオスさんがいや、アレは片翼の本心だぞと衆人環視の前で宣言する、それが書きたくてこの話を書きました。


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アドラーの一番長い日 後日談

アシュナギ書いていてラブコメ物でどうして主人公が突発性難聴を煩ってしまったり、記憶障害に陥ったりするかが判った気がします。
そうでもしないと男気のある奴を主人公にしたら即効で決断してしまうために
友達以上恋人未満の時代をあんまり描けなくなるからですね。


後日談クリストファー・ヴァルゼライドの場合

 

 

最後にナギサ・奏・アマツの叫びが木霊して締めくくられた馬鹿騒ぎの翌日、前日過労にて倒れた第37代総統クリストファー・ヴァルゼライドは幼少期からの親友夫妻の営む店にて己の副官と共に遅めの昼食を取っていた。

 

「すまんな漣、お前には苦労をかけた。よもや過労などで倒れるとはな、猛省しなければならないだろう」

 

「い、いえ、迷惑などととんでもありません。たださしでかましいようですが、最近の閣下はあまりに多忙を極めておりました。今後はきちんと休息されるお時間を取って頂ければと想います」

 

「不要だ……とはいえんだろうな。過労で一日倒れたなどという無様をさらした後とあっては。お前の忠言胸にしかと刻もう。故にこうしてしっかりと昼食を取る時間も設ける事とした」

 

「は、恐れ入ります」

 

全く持って過労などで倒れるとはな、と前日の記憶がまるでない(・・・・・・・・・・・)ヴァルゼライドは自嘲する。そんなヴァルゼライドに対して何故そうなったのか事情を知っているアオイは胃をキリキリと痛めたものの、ヴァルゼライドの激務振りが常軌を逸していると想ったこともまた事実な為にこの機会にと十分な休息をとる事を勧めるのであった。

 

「大体よクリス、お前はあまりに働きすぎなんだよ。昔はそれで通用したかもしれないけどよ、俺たちだってもういい歳なんだぜ、何時までも身体だって若いままじゃないんだ。そりゃエスペラントになって色々頑強になって、老化だって緩やかになったかもしれないけどよ、それにしたってやっぱり身体ってのはいつまでも無理が効くもんじゃねぇんだ。これを機会にちっとは自重した方がいいぜ」

 

同じく事情を知って居るアルバート・ロデオンもここぞとばかりに放っておくとそれこそ平時であっても軍用の携帯食などで食事を済ませてしまう親友の姿を想い起こして、いい機会だとばかりに自重を促す。

 

「そうねぇ、やっぱりクリスも私たちみたいにいい歳なんだし所帯を持ったほうが良いんじゃないかしら。貴方の身体に対して常に気を配ってくれるような奥さんがいれば自分一人だけの身体じゃないって多少は自重も覚えるだろうし」

 

誰か良い人はいないの?などとマリア・ロデオンはヴァルゼライドの隣に座る人物をチラリと窺いながらそんな事を口にする。だがそんな二人の言葉にヴァルゼライドは苦笑するかのようにわずかに口角をつりあげて

 

「自重ならばして居るさ、だからこそこうしてここで食事をとっている。そしてこの身が俺一人のものでない事も百も承知だ。この身は全てこの国の民のためにあるのだからな」

 

常と変わらぬ威厳に満ちた、されど彼を良く知る人物ならば気づけるであろうわずかに友人に対する気安さが感じられる様子でそんな事を告げる。そんな幼馴染の様子に夫妻は苦笑してため息をつきながら問う

 

「もう~そういう意味じゃなくて、もっとこうアッシュ君にとってのナギサちゃんみたいな、愛とか恋とかそういう心がときめくような相手よ」

 

「それこそまさかだな。特定個人に入れ込みすぎては万人に対して公正な統治者で在ることなど不可能だ。ましてや俺のような男、あれほどまでに素晴らしい若者と比較することすらおこがましい。俺のような男を夫にするなどそれこそ妻となる者があまりに哀れだろう」

 

自分を塵屑だなどと蔑むことこそしないもののヴァルゼライドが告げるのはそんなどこまでも自分は人並みの幸せ(・・・・・・・・・)を掴む資格などないのだという言葉。自分に許されるのは誰かの為に生きて、誰かの為に死ぬという自身の幸福を度外視したあまりにも雄々(かな)しすぎる在り方だった。そんな幼馴染のあまりにも真っ直ぐすぎて逆にどこか歪んでいる(・・・・・)在り方に対して夫妻が一言言おうとした瞬間

 

「いいえ、恐れながらそれは違いますヴァルゼライド総統閣下」

 

彼らではなくヴァルゼライドの傍に控えていたアオイ・漣・アマツがヴァルゼライドへの言葉を口にしていた。自分に対して副官が異議を唱えるという珍しい事態にヴァルゼライドは多少瞠目する。そんなヴァルゼライドに対してアオイは続けていく

 

「閣下のその統治者としての在り方に対しては部下として畏敬の念を抱きます。ホライゾン殿が素晴らしき方であるという点においてもまた一切の異議はございません。ですが閣下、あなたは我らアドラーの民にとっての紛れもない英雄なのです」

 

例え英雄本人であろうと我らが至高と信ずるアドラーの至宝を卑下するような事は許せないとアオイはなおも続ける

 

「今のアドラーは紛れも無く閣下が築き上げたものです。そして我ら一同貴方がおられる限り、この繁栄は永劫に続くものと信じています。その功績は決してホライゾン殿に劣るものでは断じてありません。ですのでどうか閣下、我らが信ずる英雄を貶めるような事を口になさらないで下さい」

 

そう告げた後にアオイはどこか落ち着かなさそうに彼女にしては非常に珍しく照れた表情を浮かべながら

 

「それと、その……男性としてもまた魅力的な人物であると私などは考えております。きっと閣下の妻となれるというのなら喜んで、という女性は多いのではないでしょうか。これはもちろん地位や名誉、財産と言ったもの目当てではなく閣下ご自身の魅力に惹かれて、という意味でです」

 

そんな事を思わず口にした後に、慌てた様子であくまで私は一般論を述べているだけであって他意はございませんがなどと付け加える。そんなアオイの様子に夫妻は驚きながらも微笑ましいものを見るような慈愛の篭った視線を向けて、ヴァルゼライドはわずかに驚いた顔を浮かべた後に苦笑とも微笑とも、どちらともとれるような不器用な笑みを浮かべて

 

「そうか、その忠言、心に留め置くとしよう。俺が自らを卑下することはお前のように俺に尽力してくれている者達をまた貶めてしまうという事だな」

 

そんな風にほんのわずかだが常に纏っていた張り詰めた覇気を緩めて

 

「至らぬところの多い男だが、今後とも支えてくれると助かる。我が誇るべき優秀な副官よ」

 

そんな言葉をアオイに対して告げるものだからアオイはその言葉を噛み締めるようにして

 

「はい、この命果てるまでお供いたします。クリストファー・ヴァルゼライド総統閣下」

 

微笑と共にそんな言葉を吐き、そんなどこまでも不器用な二人をロデオン夫妻は優しい笑みで見守っているのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

後日談ゼファー・コールレインの場合

 

 

ゼファー・コールレインはわけのわからない夢を見ていた。そこではあの英雄閣下が何故かとんでもない怠け者になっていて、自分がやたらと爽やかな真面目ちゃんになっていてそんな英雄様に熱く語りかけているという構図だった。見ているだけで頭痛がしてくるわけのわからんハチャメチャな夢であった。しかもしばらくするとやたらとキザなアッシュが登場して衆人環視の前でナギサを口説きだす始末。……こちらはあまり何時もと変わらない気もするが、とにもかくにもそんなわけのわからない夢を見たせいか、どうやら何時もよりも早くに起きてしまったらしい。

 

(やれやれ、妙な夢を見たせいかね)

 

などと想いながら二度寝してヴェンデッタの奴が起こしに来るまで待つかとでも想った時に夢で見ただけのはずの、らしくもなく落ち込んだ様子で発したヴェンデッタの言葉が妙に胸に刺さる。「少しずつでも立派に成っていく姿を見るのが何よりの楽しみ」「ゼファーのためを想って言っていたつもりだがゼファーからすると迷惑だったのかもしれない」などと妙にしおらしい顔を浮かべていた。

 

(ったく、あー俺もらしくねぇな本当に)

 

たまには俺があいつのために朝食でも作ってやるかとそんならしくもない事を考えてベットから起き上がるのであった……

 

 

朝になって目が覚めると、台所の方から料理の音が聞こえて来た。そんな音を聞いてヴェンデッタは慌てて台所のほうへと向かう。一日経てば元に戻るはずだと聞いていたのに、まさかあのままなのか。もしかすると他ならない自分自身のせいで、自分の愛する男とは永遠に会えなくなってしまうのではないかという恐怖に駆られて、そうして台所へとたどり着いたヴェンデッタを迎えたのは

 

「おう、起きたのか。おはようさん。……料理ってのは中々どうして難しいもんだな。その、ありがとよ、何時も早くに起きて飯作ってくれてよ」

 

常と変わらずにどこか気だるげな様子で、されど照れくさげな表情を浮かべながらそんな事を告げる自分の愛する男(いつものゼファー)であった。そんな言葉と様子にヴェンデッタは一瞬驚いた顔を浮かべた後に微笑して

 

「お寝坊さんがどういう風の吹き回しかしら、今日は雨でも降るんじゃなくて」

 

「うるせぇな、たまたま早く起きたからたまにはと想っただけだよ」

 

全く気まぐれ起こしたらコレだ。こんなんだったら素直に寝てりゃ良かったぜなどとぶつくさ言い出した何時もどおりのゼファーに対してヴェンデッタは

 

「冗談よ。ありがとうゼファー、貴方のその気持ちとっても嬉しいわ。せっかくだからこれを機会に一週間に一度は貴方の当番にでもしようかしら」

 

などと笑顔で告げるものだからゼファーは辟易とした顔でやっぱり素直に寝ておきゃ良かったなどと呟くのであった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

後日談アシュレイ・ホライゾンの場合

 

 

 

さて、ここで思い出して貰いたい事がある。ヘリオスが熱く語り、アッシュ自身も語ったように昨日のアッシュはあくまでハーレムとか流石にどうなんだよなどと言った、良識やらしがらみやら羞恥やらで表に出していなかった愛の衝動が、胸から溢れ出ていてそれに従った状態だったのだ。そう、つまりはヴァルゼライドやゼファーのような別人のような状態ではなく、あくまでアシュレイ・ホライゾン自身の状態であったのだ。酔っ払って色々と理性のタガが外れた状態、そんな言葉が一番相応しいだろうか。そうだからこそ、全く覚えていないヴァルゼライド、夢を見ていたのだと認識していたゼファーと異なりアッシュの場合は………

 

 

「そこまで。……どうしたアッシュ、今日のお前はあまりに気がそぞろすぎるぞ」

 

アッシュの敬愛する師であるクロウ・ムラサメがため息をつきながら己の愛弟子へと注意する

 

「……すみません、師匠(センセイ)

 

そんな師に対してアシュレイ・ホライゾンもまた申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。

 

「昨日もどこか浮ついた様子というか何か妙な感じではあったが、今日は昨日に増して酷いぞ。何か悩みでも抱えているのか」

 

「あ、いえ、それは………」

 

流石は師と言うべきか、クロウ・ムラサメは昨日のアッシュの異常にも、そしてアッシュが今そのことで悩んでいることも的確に見抜いてきた。

 

「どうやら的中と言ったところか。どうだアッシュ、そんな状態では稽古にも身が入らないだろう。ならばここは一つその悩みを俺に吐き出して見ては。無論俺は知ってのとおり無骨もいいところの剣を振るしか能の無い男だからな、どこまで力になれかはわからんが、それでも一人で悩み続けるよりは誰かに吐き出してみたほうが良いだろう。これは、他ならぬお前が俺に教えてくれたことだぞ」

 

不器用な笑みを浮かべてクロウ・ムラサメはそんな風に精一杯愛弟子の力になろうとする。その様はどこかすっかり立派な大人になった息子の相談に乗ろうとする不器用な父親を彷彿とさせるものでもあった。……妻子のいないこの男にとってはあるいはこの自分に人を教え育て導くことや、不器用ながらも想いを伝える喜びを教えてくれた愛弟子こそが、ある意味では自慢の息子のような存在なのかもしれない。

 

「師匠……ありがとうございます。実は……」

 

そんな師の気遣いにアッシュもまた救われたような気持ちになりながら悩みを吐露するのであった……

 

「なるほどな……そんな事があったのか。しかしよりにもよって色恋沙汰か……すまんなアッシュ、偉そうな口を叩いておいてどうやら俺は力になれそうもない」

 

そんな申し訳なさそうにする師に対してアッシュも慌てたように言う

 

「あ、いえ、聞いていただいただけで十分楽になりましたから。あまり師匠に聞かせるような話でもないと想っていましたし」

 

「それは何か……俺が色恋沙汰では役立たずの男だと、そう思っていたという事か?」

 

どこか沈痛な顔を浮かべてそんな事を口にする師に対してアッシュはさらに慌てて

 

「いえ、決してそのような意味では!」

 

などと言う物だから師も苦笑して

 

「冗談だ。さて、まあ確かに俺は色恋沙汰とはとんと無縁の男だ。だから女心などというものはさっぱりわからんし、恋や愛について迷う心境というのも真実は理解出来ていない。だがまあそれでも、お前を、アシュレイ・ホライゾンという男を良く知る人物として言える事はある」

 

きょとんとするアッシュに対して師は自分に大切な事を教えてくれた愛弟子へと不器用ながらも言葉を伝える

 

「なあアッシュ、責任感の強いお前の事だ。あんなことを言ったのだから責任を取らなければいけない(・・・・)だとか、でも三人を同時に娶ろうとするだなんてあまりに男として不誠実(・・・)ではないかなどと悩んでいるのではないか」

 

ハッとしたような顔をした愛弟子に対してどうやら当たっていたようだなと思い師は言葉を続けていく

 

「良いじゃないか。不誠実だろうと何だろうと、言ってしまえば極論酒の席での酔った発言のようなものだろう?いっその事軽い冗談でしたとでも言えば、お前の親友などは何時もそんな感じではないか」

 

「流石にそれは……」

 

男としてあまりに不義理がすぎるのではないかと苦笑する愛弟子を見て師はなおも続けていく

 

「まあお前がそんな風には出来ない男だというのは俺も良く知っている。俺が言いたいのはなアッシュ、おまえ自身がどうしたいかという事だよ」

 

「俺自身が……」

 

そうしてクロウは真摯な瞳で見つめながら愛弟子へと不器用ながらもこの目の前の素晴らしい男が教えてくれてようやくたどり着けた自分なりの人生の答えを告げる

 

「ああ、そうだ。自分はこうするべき(・・・・・・)だとかこうあるべき(・・・・・・)そういうものから全て逃れることは出来ないだろう。それらを全て放り出してしまえば獣と変わらんからな。だがな、それに囚われすぎてもまた自らの道を見失ってしまうだろう。重要なのはそれらと自分自身の思いの狭間で何を選び取るかという事だ」

 

正誤定まらぬ灰と光の境界線を探し続けていくことこそが俺のそしてお前のたどり着いた答えだったはずだ師は弟子を諭す

 

「責任感や義務感、そんなもので結ばれたとしてもお前を慕う少女達は喜ぶまい。だからこそ重要なのはおまえ自身の意志さ、なあアッシュしがらみとかそういうものを一度取り払ってお前はどうしたい、どうなったらおまえ自身が(・・・・・・)幸せになれるんだ。きっと大切な答えはその中にこそあるはずだ」

 

「俺は……俺は……!」

 

そんな師の言葉を受け止めてアシュレイ・ホライゾンもまた自らの願いを形にする

 

「俺は、皆で一緒に幸せになりたいです。優柔不断のハーレム野郎の結論なのかもしれない。でも、ナギサもアヤもミステルも、三人とも俺にとって大事だから!もう二度と離れたくない俺にとっての温かな陽だまりで帰る場所だから!皆で幸せになりたいと告げた昨日の俺の言葉は酔っ払っていたようなものだったかもしれない、でもアレは確かに俺自身が抱いていた思いです!」

 

一人を選ばないなど不義理なのではないかという思いは今もある。だけどそれでもとこれが迷い揺れながらも出した自分の結論なのだとアッシュは胸を張る

 

「そうか、ならばその思い、お前の大切な人達へと伝えて来い。心配せずとももしもの時があったら骨は拾ってやる。手ひどく振られたらその時は俺が酒でも奢ってやるさ」

 

最もお前の事だからその心配はないだろうがなと答えを出した愛弟子を見て師は満足げな表情を浮かべる。

 

「はい、ありがとうございました師匠!」

 

そうして師へと深々と礼をしてアシュレイ・ホライゾンは駆け出した。自らの思いを大切で愛しい少女たちへと伝える為に……

 

 

「行ったか……」

 

そんな弟子の後姿を見送ってクロウ・ムラサメは思いにふける

 

(ああは言ったが不器用なあいつの事だ。きっと苦労するのだろうな)

 

思い浮かぶのは何から何までプレイボーイと言えるだけのものがあるのに、真面目でそれ故に女性に対してどこか不器用なところがあって翻弄される弟子の姿。そんな弟子の未来を想像すると思わず苦笑してしまう

 

(だがな、お前はそれでいいんだよアッシュ)

 

だが、それでも不思議とあの弟子が女性に愛想をつかされるだとか所謂修羅場と呼ばれる状態に陥るところもまたクロウには想像が出来なかった。

 

(きっとお前はこれからも迷って翻弄されながらも、それでも決して大切な物を見失うような事はしないのだろう)

 

何故ならば自分自身の本当の望みにすら気づくのに時間がかかった自分などと違ってあの愛弟子は本当に大切な物を決して見失うことはないだろうから。

 

(ああ、そうだお前はどこまでも強く優しく穏やかな太陽なのだから)

 

英雄と呼ばれるような存在になったけどアシュレイ・ホライゾンという男の本質は傍にいてくれるだけで誰かの明日を照らす、そんな陽だまりのようなものなだからきっと悪いことにはならないだろうとクロウ・ムラサメは愛弟子の幸福を心より祈るのであった……

 




何故自分はあんな弾けギャグからスタートした話でこんな良い話風に纏めているんだろうか(困惑)


総統は完全に別人状態→記憶に一切残らず。周囲は過労のあまり倒れていたと伝える
ゼファーさんはほとんど別人状態→夢として記憶に残っている
アッシュは普段とほとんど変わっていなかった→酔っ払っていたような感じで記憶にバッチリ残っている。

こうしたのは総統がアストロゴールド状態の自分知ったら切腹敢行しかねないからというのと
ヒロインsを喜ばせることを言って喜ばせるだけ喜ばせておきながら本人はそれを覚えていないってあまりフェアじゃないよなという作者の主人公に対するメンドクサイ思いによるものです。
結果アッシュは何時ものようにイケメン振りを発揮してあっさりと友人以上恋人未満時代が終わってしまいました。

とりあえずアドラーの一番長い日はコレにて一応完結です。
次回はまた何描くのか決まっていない&仕事が忙しいのでちょっと何時になるかわからないので気長にお待ちください。


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ナギサ・奏・アマツの一番長い日(上)

アドラーの一番長い日はこれで完結ですと言ったな。すまんがアレは嘘だった
アシュナギ阿片の伝道者を自認しているのに最近かわゆいナギサちゃんが足りてないやん!と思い描く事にしました。
アドラーの一番長い日のナギサちゃん視点の話です。


「うーん、良い話だったなぁ。評判の作品だってアヤが言ってたけどこれなら納得だよ」

 

そんな風に呟いて私は物語を読み終えた満足感と寂寥感を覚えながら本を置く。話としては王道なものだ。特別な生まれだったりするわけではないが、優しくて大切な人のためなら勇気を出せる頑張り屋さんな男の子が好きな女のこのために頑張って、最後は結ばれてハッピーエンド。そんな話だ。アヤが言うには女性からは主人公の親友でもあり、女の子を巡って争うライバルにもなる王子様が特に人気らしい。

 

(うーんでも、私はこの主人公の男の子の方が好きだけどなぁ)

 

確かに王子様もカッコよかった。女性に対して気配り上手で気障な台詞も実に様になっていて、情熱的な言葉を囁いてくる。確かに女の子として、私もこんな風に好きな人に言われて見たいなぁなどとも思ったりした。それでもやっぱり自分は真面目でどこか不器用なところがあるけど、頑張り屋さんな主人公の男の子に好感を抱いたのだ。そう思ったのはきっと……

 

(どこかアッシュに似ているからかなぁ)

 

ふと、ナギサ様なら(・・・・・)きっと気に入ると思いますよと意味深な笑みを浮かべながら自分に本を手渡してきたアヤの姿を思い浮かべる。アレはやっぱりそういう事だったんだろうか。

 

(アッシュもひょっとしていつか物語の主人公になったりするのかなぁ)

 

そんな埒もない妄想をしだす。今、この世界には英雄と呼ばれる人物が二人同時に存在している。一人は言わずと知れたアドラーの生きる伝説第37代総統クリストファー・ヴァルゼライド。仮に尊敬する人物だとか、理想の上司だとか、最も英雄と呼ぶに相応しい人物などと言った内容で、アドラー国民総選挙だとかアンケートでも行なえば間違いなくぶっちぎりトップとなるだろう。本人が自身への批判や風刺などに対しても非常に寛容なのも合間ってすでにいくつもの劇の題材になっていたりする。……最もヴァルゼライド当人は自分がどんな風に描かれても許すとしても彼の熱烈な信望者達が黙っていないため下手な物は描けないが。

 

そしてもう一人はナギサ・奏・アマツの最愛の人物である三国友好条約成立の立役者であるアシュレイ・ホライゾン。こちらのほうは老若男女知らない者はいない、というかアドラーで知らないなどといえば確実に非国民扱いされるヴァルゼライドに比べるとまだ知る人ぞ知るみたいな知名度であるが。それでもまあ可能性は0ではないだろう。華々しい英雄譚と戦いによって彩られるヴァルゼライドに対してアッシュの方は表に出ている功績は主に交渉や外交方面での物になっているため仮に演劇の題材などにした場合かなり脚本の腕が問われることとなるであろうが。

 

まあ埒もない夢見る乙女の妄想にそんな事は言うだけ野暮である。なんせ彼女は一般人は知る由もないアッシュ(無敵のヒーロー)のとんでもなくカッコいいところを目にしているのだから。正直アレを間近で見て聞いたナギサにとってはどんなカッコいいフィクションのヒーローもアッシュに比べれば……となってしまっている事だろう。

 

(あの時のアッシュ……本当にカッコよかったなぁ)

 

アッシュはいつでもカッコいいけどなどととんでもない惚気を呟いてナギサが思い出すのは特異点にも平然とダイブしてきた愛しい男の姿。そうして強がることを辞めて、これから一緒にお互い支え合って生きて行こうと誓い合って……誓い合って……アレ?と、そこでナギサはふと思う。

 

(あの時のアッシュ、これから一緒に支え合って生きて行こうって……)

 

よくよくこうして冷静に(などと本人は思って居るが傍から見るとウカレポンチである)考えるとそれはもう、ほとんどプロポーズみたいなものではないだろうか……いやいや、落ち着こう。アレはあくまでお互いに強がることを辞めて、勝利とはあらゆる思いを許すことという自分達なりの答えへとたどり着いたことを示すものであって、そういう意味ではないはずだ。うん、だからそんな顔を真っ赤にするような事ではないはずだ。その証拠にその後のアッシュの詠唱は光と闇の旅路の果てにたどり着いたことを示すもので……示すもので…そこでまたアレ?となってナギサは思う

 

(わ、私思わず愛しい人よとかアッシュに対して呼びかけちゃったし、アッシュはアッシュでお前の全てが必要だとか言っていたような……)

 

考え出すともはや止まらない。ナギサ・奏・アマツはその時の事を振り返り、嬉しさと羞恥の入り混じった思いで完全に茹蛸と化して枕を抱えてジタバタと転がりだした。そうしてそんな奇行をあらかた終えて頭が冷えると考え出す

 

(アッシュ、私たちの事、どう思って居るのかなぁ)

 

気になりだしてくるのはそんな事。スフィア到達者(要注意人物)として各国からもマークされて、いくつもの折衝と会談の果てにこうして帝国政府によって用意された帝都にてあれよあれよという間にこうして四人で暮らすようになったわけだが、アッシュはどう思っているのだろうかと。

アヤ……は聞くまでも無い「桃源郷はここにありましたよナギサ様!」などと満面の笑みでアッシュと一緒に暮らす(ハニトラする)ようにと言われた時に喜んでいたから。

ミステルのほうも聞いてみたところ「うーんまぁ、私もなんやかんやで実家が貴族だしねぇ。そういう(・・・・)事を国や家から期待させるのは割と覚悟していたところはあるわ。……それにまあ相手がアッシュ君なら私としても……ね」などと頬を赤らめながら満更でもなさそうな表情をしていた。

私の方は言うと、一時は離れ離れになっていた大好きな人達とまた昔みたいに一緒に居られて、父さんと母さんにも問題なく時折会えて、義姉さんも時折遊びに来てくれてという不満など言ったら罰が当るような立場で当然文句などあるはずもない。

 

だがそういえば、アッシュ自身が今の状態についてどう思っているかを改めて聞いた事は無かった。そうなんといってもアッシュはモテないほうがおかしいのだ。カッコよくて優しくて、高給取りで、三国公認の特別外交官なんてエリートで、実家のホライゾン商会にしたってかなり裕福なところだ。それこそ、その気になれば選り取り見取りなのだ。ひょっとすると自分はアッシュにとってうっとおしくて重荷なのではないか……とナギサ・奏・アマツは先ほどまでの浮かれていた様子から一転そんなあるはずのない事を考え出してしまう。誰かに相談、例えばヘリオス辺りでも言えば、「貴様我が片翼を信じていないのか?」などと言われて「はーそんなわけないし!私がアッシュを疑うはずないし!」などと小学生染みた喧嘩をして、良い具合に頭に血が上ってそんな不安を吹き飛んだだろう。

アヤに相談すれば「なるほど……ナギサ様はそのように悩まれておられたのですね。ならば共にアッシュ様を誘惑して寵愛を頂きましょう!奪われる前に寵愛を得ればそんな不安は消えますとも!」などと言われてそのピンクっぷりに顔を真っ赤にしてすっかり不安は消えただろう。

ミステルに相談すれば「考えすぎよ。アッシュ君がそんな子かどうかもう一度冷静になってみなさい」」などと諭してくれただろう。だが何分一人で思考の迷路へと陥ってしまったがために中々その不安が消えない。信じたい信じている、だけどひょっとして……と大切な相手だからこそほんの少しに芽生えた不安が頭の隅にこびりついて離れない。そんな埒もないことを考えていると先ほど読み終えた本がふと目に映って

 

(ああ、そっか……だからあの王子様が人気なのかな)

 

そんな風に不安に駆られた恋する乙女は世の女性にとって、何故ヒロインの女の子に対して情熱的に好意を露にする王子様が人気なのかをなんとなく理解する。きっと誰もがそんな不安を抱えているからこそ、自分を好きだと全力でアピールしてくれる王子様に憧れるのかなと思い、本当にわずかな願いが心の中に芽生える。すなわちアッシュが自分をどう思って居るのか知りたい、自分もアッシュに情熱的に告白されたい、そして願うことならこんな幸せな四人一緒の日々が続いて欲しいというそんなささやかな願い。恋する乙女がそんなささやかな願いをほんの少しだけ抱いた完全な同時刻(・・・・・)

アオイ・漣・アマツはあまりに多忙を極めるヴァルゼライドを見て願った、少しはご自愛して欲しいと。

ヴェンデッタは酔いつぶれて帰ってきたゼファー・コールレインを見てため息混じりに願った、もう少しアッシュ君を見習って立派な大人になってほしいと。

 

三人の女性が同時にそんな願いを抱いたその時第二太陽がまたたき

 

「良かろう、ならばその願い。叶えて進ぜよう」

 

どこからともなくそんな声が響いたのであった……




この時空は(作者にとっての)ご都合時空です。
両親が健在で滅奏も天奏もないのにどうしてトリニティ本編みたいな事が起こったかとかは一切考えていません。
ちなみに最後の台詞のCVは皆さんご存知どてら4号氏です。


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ナギサ・奏・アマツの一番長い日(下)

皆、ナギサちゃんのかわゆい水着タペストリーは当然予約したよな!
作者は当然予約したぜ!きっとあの輝く笑顔の向こうにはアッシュがいるんだろうなと想うとそれだけで昇天しそうになりますね!


「お、お待たせアッシュ。えっと……ど、どうかな?」

 

せっかくのデートだからそれっぽく待ち合わせしよう、でも一分一秒でも長く君と一緒にいたい等と言われて家の前で待ち合わせする事となり、アヤにも手伝ってもらいめかしこんだ服装でアッシュへと挨拶する。そうするとアッシュはこちらのほうをじっと見つめて来るものだから

 

「あ、あの……そんなにまじまじと見つめられると恥ずかしいよ」

 

「ああ、ごめんよナギサ。きっと今頃第二太陽は大騒ぎになっているんじゃないかって思ってね」

 

「?」

 

第二太陽が一体どうかしたのだろうかと私が訝しがると

 

「だってこんな美しい女神様がこっちの世界に下りてきてしまっているんだ。きっと今頃大慌てで君の事を探しているんじゃないかな?とっても綺麗だよナギサ、今から君と一緒にデートできると思うと俺の方があまりの心地よさに向こうの世界へ旅立ってしまうかもしれないよ」

 

そんな事を笑顔で告げてくるものだから私はしどろもどろになってしまうのであった。本当にどうしたんだろう、今日のアッシュは。すごく情熱的でキザなことを言ってくる。でもそれが凄く様になっていてカッコいい。整った身なりもあってそれこそ、どこかの王子様だと言われても皆信じてしまうのではないだろうか。

 

「それじゃあ行こうか」

 

「う、うん……」

 

優しく差し出された手に対して私もおずおずと手を出すとアッシュの暖かくて大きな手が私の手を包む。そうして私たちは手を握り合いながらデートを開始したのであった。

 

そこから先は私にとっては夢のような時間だった。アッシュはとても優しく紳士的にエスコートしてくれて、情熱的な言葉をいつも囁いてくれた。本当にその様はまるで昨日読んだ作品の王子様(・・・・・・・・・・・・)のようで、私も女の子だから本当にお姫様のような気分で恥ずかしいけどそれでも隠し切れない喜びも同時に感じながら最愛の人とのデートを満喫した。デート自体は途中で終わってしまう事になったけど、それでもその時もアッシュは私の事を優先してくれて、あまりに軍人さんが可哀想だから助け舟を出したけど、それでもそんなアッシュの気持ちが嬉しくて、確かに私は幸せだったのだ………今、こうして真実を知るまでは。

 

 

 

アッシュを今の状態にしたのは私の昨日の願いが原因。そんな事を双子に教えられた瞬間に急激に今日の出来事が熱を失って、色あせていく。まるで王子様のようだと浮かれていた自分が救いようも無い馬鹿に思えてくる、今日のアッシュはまるでどこかの王子様のよう?そんなの当然だ、だって他ならない私がそんな風に願ってアッシュを歪めてしまったのだから……それを知った途端に私は堪らずに懺悔の言葉を吐き出していた。大切で大切で本当に大切な愛する人を歪めてしまった自分がどうしようもない女に思えてしょうがない。マリアさんとアルバートさんは気遣ってくれたけど、それでも罪悪感は消えなくて……自分がどうしようもなく駄目で嫌な女に思えてきて涙が零れてきてしまう。そうして言葉を吐き出すと不意に涙が誰かの手によって拭われて

 

「君以上に素敵な人なんているものか!重荷だなんてそんな事あるわけが無い、前にも言っただろう。俺は馬鹿で単純な男だからさ、君のためならば無敵のヒーローになれるって。逆に言えば、君がいないと俺は駄目なんだよ。君が、ミステルが、アヤが、ヘリオスが、みんなが俺の傍に居てくれて支えてくれるから俺は頑張れるんだ。だからそんな悲しそうな顔をしないでくれ、俺はナギサの笑顔が大好きだからさ」

 

私の大好きな人が何時もと同じ真剣なだけど海のように包み込む優しい笑みを浮かべて私にそんな事を語りかけていた。それだけ告げるとまたさっきまでと同じように戻ってしまったけど、それだけで私には十分だった。ああ、どうして私は物語の中の王子様になんか憧れて、私もアッシュからあんな風に言われたいだなんて想ってしまったんだろう。私の理想の王子様は物語の中になんかじゃなくて、こうしてずっと現実に傍に居てくれたのに。

真面目でどこか不器用で、それでもとっても優しくて、泣き虫な私が泣き出すといつも必ず駆けつけてその涙を拭ってくれるとても素敵な男の子がずっと傍に居てくれたのに……。

 

(うん、大丈夫。もう不安になんてなったりしない)

 

大切な男の子を愛おしく見つめながら私はそんな決心を固める。そうしてアッシュも明日には元通りになるという説明を受けて安堵して、全てが丸く収まろうとした時にそいつは現れた。

 

「待て、我が片翼の名誉のために告げねばならぬことがある」

 

とそんな事を告げながら。私はついヘリオスに対して邪険に当ってしまう。

ーーーどうしてアッシュがこんな風に変えられるのを防げなかったのか。アッシュをこういうのから守るのがお前の役目だったんじゃないのか?

ーーーどうしてアッシュが今の状態になったのは第二太陽の影響を受けたせいで、普段のアッシュとは別人のような状態になっていると早く教えてくれなかったのか?

ーーーそれとも普段アレだけ我が半身だの比翼だのと呼んでいながら、アッシュが普段と違うという事に気づいてなかったのか

お前になら(・・・・・)なんとか出来たんじゃないのかと、八つ当たりだと分かりながらもどうしようもない思いをヘリオスに対して抱いてしまって。だがヘリオスはそんな私など意に介さないように続けていく。……その傍らで相変わらずアッシュが私に対して情熱的な言葉を囁いてきてくれているがもうさっきまでの嬉しさはなく、代わりに心の中に沸きあがるのはどうしようもない申し訳なさだ。

 

(ごめんね、アッシュ。私が馬鹿な事を願ったばかりに……)

 

アッシュは許してくれたけど、それだけに罪悪感は余計に消えない。あんなにも大切に私たちの事を想ってくれている男の子の想いをどうして私は疑うような事をしてしまったのかと、本当に穴があったら入りたい気分だ。そんな事を考えながらヘリオスとマリアさんの会話を聞いているととんでもない爆弾が投げ込まれた。

 

「そこの二名はわからんが我が片翼が今日告げた言葉の数々、断じて歪められたりしたものでも、ましてや別人が発したものなどではない。アレらの思いの数々、全てが紛れもない我が片翼の抱く真実の思いだ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?と思わずそんな声が漏れる。いや、ちょっと待って欲しい。今日アッシュが私やアヤにミステルに対して紡いだ情熱的な言葉は私が昨日読んだ物語の王子様のようにアッシュに情熱的に告白されたいなどと望んで、そのせいでアッシュが普段から歪まされたためではなかったのだろうか?と困惑する私を他所にアッシュは私に対して熱く語りかけてくる

 

「ああ、ナギサ、俺は悲しいよ。俺の君への想いがそんな第二太陽如きに歪まされたと想われて信じられていない事がじゃない、そんな風に君を信じさせられていない事が、俺がどれだけ君に対して伝えるべき言葉を伝えて来なかったかを実感させられるからだよ」

 

アッシュが私に伝えていた今日の言葉は全て紛れもない本心なのだとアッシュとヘリオスが同時に私に対して伝えてくる。そんな事を伝えられて顔がどんどん熱くほてっていく私を他所にアッシュとヘリオスはなおも言葉を重ねていく。曰くどんな状態になろうともアッシュは私に対する強い愛を抱いていた。曰くそんなアッシュの愛が第二太陽如きに歪まされるなど有り得ない。曰くアッシュが私を重荷に想うことなどそれこそ有り得ないなどと普段隠されていたらしいアッシュの想いを赤裸々に語っていく。私はというとあまりの羞恥にヘリオスを止めたい、でもアッシュが私をどう思っているか聞いてみたいという二律背反した感情が胸の中に渦巻いていて、その場から動けずただただ顔を真っ赤にするしかないのであった。

そうしてヘリオスが粗方語り終えると、その場に居たみんなのどこか生暖かい視線が突き刺さってきて……みんなの祝福の言葉に私はただただちぢこまるしかないのであった。

 

ごめんなさい、私が馬鹿でした……そこまで情熱的に私の事を想ってくれていたアッシュを疑うような事をした私は本当に救いようの無い大馬鹿でした、だから大和(かみ)様許してくださいお願いします………あ、そもそも大和様が今この状況になった原因だった。と私はあまりの羞恥にそんな現実逃避めいたことを考えだしていた時に、今私がこんな目にあっている元凶(ヘリオス)がどこまでも天然な表情で

 

「何か問題あっただろうか?」

 

等と呟くものだから、私は思わず涙目で

 

「やっぱりお前なんか、大嫌いだ!!!!」

 

と微笑ましい顔でこちらを見つめる人達を他所に叫ぶのだった……うう、明日からどんな顔して会えばいいんだろう。

 

 

「なるほど……今朝のアッシュ様のご様子はそのような事情があったのですね」

 

「うん……ごめんねアヤ、私のせいでぬか喜びさせちゃって。それとミステルも」

 

あの後みんなの生温かい視線を浴びながらセントラルを後にした私たちは一応デートの続きを行なった後(相変わらずアッシュはとても情熱的な言葉を送ってきて私はずっと顔を真っ赤にするばかりだった)、名残惜しそうにしながら師匠との夕方の稽古に行くアッシュと別れて家へと戻り、事の顛末を二人へと話していた。

 

「いやいや、ナギサちゃんはどう考えたって悪くないでしょ。悪いのはシスターとしては出来れば言いたくないことだけど、大和様でしょ」

 

はぁとため息をつきながらミステルがそんな事を呟く。

 

「ふふふ、そうですね。むしろ私としては役得も良い所でしたからナギサ様に感謝したい位です。もちろんいつものアッシュ様も素敵ですが、今日のアッシュ様はアッシュ様で……はふぅ」

 

恍惚とした表情を浮かべながらアヤがそんな風に答える。そんな二人の様子に私は本当にいい友達を持ったと喜びと同時に申し訳なさを抱きながら

 

「そういってくれるとありがたいけど、結局私だけがアッシュとデートさせて貰っちゃったし……」

 

俯きながらそう告げると二人はきょとんとした顔を浮かべた後に微笑んで

 

「ああ、もう本当にナギサちゃんは良い子ね~~~~~」

 

うりうり~などと言いながらミステルが私の頭を撫でながらそんな事を言う

 

「ええ、本当に素晴らしい主にして友人を持ったと想います。なんといっても自分だけアッシュ様に愛されたいなどと想わずに、皆で幸せに成りたいと願ってくれたのですから」

 

アヤはアヤでそんな私を微笑ましいものを見るかのような顔をしながらそんな事を呟いた。

 

「気にする事は無いのよ、本当に。やっぱりアッシュ君にとって誰が一番かって言ったらきっとナギサちゃんだろうしね」

 

「はい、私もそこに異論はございません。そしてたとえ側室であろうと一向に構いません」

 

そんな話をしたものだから改めて私は二人に対して再確認を行なう

 

「二人とも最初に言った通り今日の事は……」

 

「はい、心得ております。アッシュ様が告白された内容は全て我々の胸の内に留め置くという事ですね」

 

「まあ本人が覚えていないだろうに、昨日こんな事をあなたは言ったんだから責任とってなんていうのはちょっとね」

 

「ええ、そのようなアッシュ様の意志無き婚姻には何の意味がございません。今朝アッシュ様が言われていたことは例え半ば酔ったような状態であっても紛れもない本心であり、お二方の同意も頂くことが出来た。私にとってはそれで十分すぎますから」

 

後はアッシュ様が勇気を出せるように周期を見計らって三人でアタックをかけさえすればうふふふなどと言うアヤに私もミステルも引きつった笑いを浮かべて、そうして帰ってきたアッシュからの情熱的な言葉にまた頬を熱くさせられ、さっきまでの約束を興奮のあまりにどっかにやりそうになったアヤをミステルと二人で抑えて、私にとって長かった一日は終りを告げるのであった……

 

 

 

 

 




第二太陽「良かれと思って」
アオイ「死ね」
ヴェンデッタ「やっぱり引き摺り下ろしたほうがいいんじゃないかしら」
ナギサ「うう……確かに嬉しくなかったって言ったら嘘になるけど……嘘になるけど」


多分今回の話で終始一番得をしたのはアヤさんではないかという気がします。


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天は全てを照覧し、人は日々の積み重ねを見ている(上)

グレイや姐さんが帝都に来ている理由付けはツッコミどころ満載だと思いますが寛大な心でお願いします。
某阿片窟で焚かれていた阿片を参考にした、ルシード、ゼファー、グレイ、アッシュの野郎四人がイヴさんのところを訪れる前振り的な話になります。


「ふ~終わりやしたね姐さん」

 

緊張によって縮こまっていた身体を解すように身体を伸ばしながら東部駐屯部隊・スコルピオ(猟追地蠍)にて副隊長を務めるグレイ・ハートヴェイン少佐はセントラルを後にしながら傍らの己が上官ヴァネッサ・ヴィクトリアへと言葉を投げかける。

 

「ああ、明日以降はまた色々と面倒な仕事があるが。今日のところはこれで終了だ、ご苦労だったな」

 

そんな己の副官にヴァネッサもまたどこか気だるげな様子で答える。

 

「しっかし、わざわざ帝都まで来にゃならんとは新体制も色々と面倒っすねぇ。うちの部隊は俺と姐さんが同時にいなくなったりして本当に大丈夫なのか少し不安っすよ」

 

「ま、仕方がないだろう。何せ押せ押せガンガン(領土拡張主義)だった頃と違って、今は治安維持が主な私ら(軍人)の任務になっているんだ。前は私ら(駐屯部隊)バルゴ(征圧部隊)の半分お目付け役だったが、今度はこっちが中央に見張られる番って事だな」

 

アンタルヤとカンタベリーとの友好条約の締結によるパクス・アドラーの到来。それは建国以来領土拡張主義を行ってきたアドラーにとってシステムの一大転換を迫られる事になった。すなわち、勝利をより多くの勝利をとひたすらに前進し続ける体制から獲得した勝利と平和という果実を守り、維持するためへの変更である。

そうなってくると必然的に駐屯部隊の権限及び規模は強化されることとなってくるわけだが、そうなってくると中央にとって怖いのが隊長による部隊の私物化、ひいてはある種の軍閥のような存在となって中央のコントロールから離れてしまうことである。

これを防ぐために実施されているのがまさしくこうしてヴァネッサとグレイの両名がこうして中央を訪れている理由、すなわち隊長と副隊長の定期的な中央への召集、及びその間の特務部隊ライブラによる査察である。

当然ながら隊長と副隊長が同時に不在ともなれば部隊の効率を著しい低下を余儀なくされるため、戦時においてはとてもではないが取れない手段なのだが、今のアドラーはまさしくその戦時体制から平和な時代への体制へと移行している最中。つまりは外敵だけではなく、内部で発生する不和や反乱の芽をどれだけそれが発生する前に摘み取るかを考えねばならない時代となったのである。

 

「だけど本当に必要なんですかねぇこんな事。正直総統閣下と直に会ってあの人相手に勝てるとか思える奴は、よっぽどの大物(カグツチ)かさもなくば救いようのないアホ(ウラヌス)のどっちかだと思うんですけど」

 

先ほどまで会っていた人物のことを思い出しながらグレイはしみじみとした様子でそんなことを呟く。一目見て痛感させられた。あの人は自分などとは違う(・・・・・・・・・・・・)。強さとかそういうのだけではない、本当に同じ人間なのかと疑いたくなるような御伽噺からそのまま現実へと現れた英雄、それがクリストファー・ヴァルゼライドという男だ。

 

「ま、確かに。あの人に逆らおうだとか思うアホは今のアドラーにはいないだろうな。私含めて今の隊長連中は大体があの人に引き立ててもらったみたいなものだ。恩義みたいなものもあるし、あの人の凄さもそりゃもう散々に実感させられている。そもそも仮にクーデター起こそうとしたところで下の連中が納得しないだろう。あの人が健在(・・・・・・)の内はな」

 

そんなヴァネッサの言葉にグレイはハッとしたような表情を浮かべて、そんなグレイの様子を見てヴァネッサもまた表情を変えぬままに頷く。

 

「理解しただろ。まあつまりはそういう事さ。あの人はもう今のうちから自分がいなくなった後の事も考えて色々とやっているんだろうさ」

 

ヴァルゼライドを相手に勝てるなどとは到底思えないとグレイは言った。ならばヴァルゼライド以外が相手だった場合は?ヴァルゼライドとて非常に疑わしいが人類であることは変わりないのだ。当然不老不死のはずもなく、いずれは亡くなる事となるだろう。その時にヴァルゼライドがリーダーであることを前提とした体制を作っていては必然無理が生じ、国に大きな混乱が生じる事となるだろう。だからこそヴァルゼライドは既に自分以外の者がトップとなったとしても問題のない、より過激な言い方をすれば自分が不要となる体制を構築しようとしているのだ。皮肉にも誰よりも民から必要とされている人物が最も自分が不要となる世界を望んでいるという皮肉な光景がそこにはあった。

 

「ま、その辺の難しい話はこの辺にしておくとしてだ。もう仕事は終わったんだし、行って良いぞ。確かホライゾンやコールレインたちと会う約束をしているんだろう」

 

私の方は私の方でチトセの奴と会う事になっているからななどとヴァネッサはグレイへと告げる。

 

「うす、それでは失礼させてもらいやす姐さん!もしも俺が恋しくなった時はいつでも呼んでください!貴方のためなら野郎共などほっぽり出していつでも駆けつけますんで!」

 

「言ってろ馬鹿が」

 

大真面目にそんなことを告げるグレイにヴァネッサは苦笑して、そうしてアドラーにおいて東部駐屯部隊を任されている隊長と副隊長は別れるのであった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ほうほうつまりつまり、三人の内誰かではなく三人全員嫁にすることにしたと。ってなんじゃそりゃーーーー!!!」

 

久方ぶりに帝都を訪れて集まることとなったアッシュ、グレイ、ゼファー、ルシードの四人。全員が全員高給取りでかなりの地位にあるという婚活女子垂涎の獲物なのだが、今の彼らからはそんなエリートの風格のようなものはなくどこまでも気の合う友人たちと馬鹿をやる男共のそれであった。

そうして互いの近況を話し合っていたわけなのだが、グレイが奥手の親友をからかうつもりでとある問いかけをアッシュに対して行ったのだ。すなわち「少しは進展したのか、結局誰が本命なのだ?」と。

慌てふためく童貞を酒の肴にしようという意地の悪い発想だったのだが、その問いかけをされたアッシュはどこか真剣な表情をして

 

「三人全員と結婚する事にした」

 

などとのたまい、かくしてグレイ・ハートヴェインの叫びが木霊する事となったのであった。

 

「貴族出身の金髪巨乳の騎士様に、とことんあざといアマツのお嬢様、それに大和撫子の象徴みたいな子の三人まとめて嫁にするとか独占禁止法違反だぞこの野郎!一発殴らせろ!俺が世の男共を代表してこの圧制を是正してやる!!!」

 

そんなグレイの咆哮にゼファーもまた大きく頷きながら続く

 

「酒池肉林とか大概にしとけよお前。金、地位、女!とすべてを手に入れたこの勝利者が!英雄閣下みたいなトンチキはうらやましいとは欠片も思わんが、お前に関してはめちゃくちゃ羨ましいわ!!!」

 

そんな集中砲火を喰らいアッシュは

 

「いや、待て落ち着け。というかゼファーの方も大概だろう。お前にとやかく言われる覚えはないぞ」

 

血が繋がっているようで繋がっていない複雑な関係の神秘的な美少女と同居しながら肉食アマツの上官やまさに天使という他ない技術者一家の一人娘から好意を寄せられているゼファーへと矛先を逸らす。そんなアッシュの言葉を受けてゼファーは

 

「ばっかお前、俺とお前じゃ内容に雲泥の差があるだろうが。お前の方はとことん尽してくれる上にめちゃくちゃあざといお嬢様、しっかり者の金髪巨乳騎士のお姉様、家事万能で嫌な顔も小言も一切せずにとことん尽してくれる大和撫子。こっちはエスペラントじゃなかったとしても生身でリンゴ潰せる肉食系無敵ゴリラに毒舌ロリオカンだぞ。どっちも外見が良いことは認めるが、肝心の中身で雲泥の差があるだろうが」

 

意図的に一人省いてそんなことを言う。ちなみにこの男、口ではこんなことを言っているが実際はどっちもイイ女と認めている。ことヴェンデッタとチトセ・朧・アマツに関することになると妙にツンデレのような感じになるのがゼファー・コールレインと言う男である。そんな事情を知っているアッシュは苦笑して告げる

 

「本当にあの二人が絡むと素直じゃなくなるよなゼファーは。知っているんだぞ、口ではそんなことを言っているけど、どっちも素敵な女性だってお前が思っているのは。それと、一人抜けているけどミリアルテさんに関してはどうなんだよ」

 

「ミリィに関してはその・・・アレだよ、俺にとっては妹みたいな子であってだな・・・」

 

そして二人にはツンデレだがミリィに対してだけはどこまでもデレデレなのがゼファー・コールレインという男。照れ隠しだろうと彼女を罵倒するようなことを口にできずに口ごもる。

 

「だー俺の方はどうでも良いんだよ!今重要なのはお前がくっそ羨ましい恵まれた立場にあるって事だろうが!なあ、そうだろうルシード!?さっきから黙っているけどお前だってこのハーレム野郎に何か言ってやりたいことがあるよな!?」

 

そんな風に矛先を再びアッシュに戻そうとするが

 

「うーん、僕としては別に羨ましいとかけしからんとかそういう思いないんだよねぇ。仮に8年位前の、まだ麗しい成熟する前の青い果実だった頃の彼女たちを侍らせているようなところに出くわしていたら、きっと嫉妬の炎が燃え盛っただろうけど」

 

そんなどこまでもぶれないロリコンぶりを示す事をグランセニックの御曹司は言うのであった。そしてなおも続けていく

 

「それにハーレム云々なんてのはうちの国のお偉いさん方じゃ当たり前だからねぇ。うちの父親からして第八夫人だとか平気でいるし、一晩だけの愛人とかまで含めだしたらそれこそキリがないレベルだし。むしろ良くやるもんだなと感心するよ、度々妻同士の争いの仲裁で四苦八苦していたり、贈り物一つ送るにも妻全員に気を遣わないといけない親父殿を見ていた身としては」

 

ハーレムと言ってもそれは一般人が夢見るほど気楽なものではない。むしろ維持のためには細心の注意を男側が払う必要があるのだ。歴史上幾多の権力者はその扱いに苦心し、場合によっては王朝崩壊の原因とすらなるのが一夫多妻制であり、女の嫉妬である。かつて旧暦において一夫多妻が制度として認められていたとある国においては妻に一切の差をつけることが許されず、誰か一人にプレゼントをすれば全員にプレゼントをしなければならなかったという。多数の妻子を養うだけの経済力を有し、夜の生活でも不満を持たせることのない絶倫さを有し、日常でも不満を抱かせることのない包容力を有した極々一部の選ばれた男だけが許されるシステム、それがハーレムなのだ。

そんな男の夢を打ち砕くような事をさらりと告げながら、ルシード・グランセニック(生粋の上流階級)はそこで己が親友をジト目で見つめて

 

「むしろゼファー、僕が妬ましいのは君だよ。あの麗しき美の女神たるレディと一緒に暮らして、あのミューズすら歓喜の涙を流すであろう美声で叱って貰えるだなんて・・・・・・ああ、羨ましい!妬ましいいいいい!!!僕もレディに「もう、本当にしょうがない子なんだから」みたいな感じで叱って貰いたいいいいいい」

 

そんな筋金入りのロリコンの狂乱を目の当たりにして、空気を入れ替え話を戻すべくグレイは咳払いして告げる

 

「とにかくだ、俺が言いたいのはアッシュ、お前はメチャクチャ恵まれた立場だって言うことだ!ゆえにお前には恵まれた者としての義務を果たす必要があると俺は思うわけだ!そう、すなわち……かわいいレディ達とイチャイチャできる店におごりで連れて行ってください、特別外交官様」

 

そんな堂々としたたかり宣言を行うのであった。当然ながらアッシュは呆れ顔で

 

「いや、全然話が繋がってないぞ。というかお前だってかなりの高給取りだろう、スコルピオ副隊長」

 

「金ならねぇ!なぜならこの間新米の童貞卒業のためのおごりで使ったからだ!」

 

ドン!とそんな効果音がついているような堂々とした態度でグレイは告げる。そこに後ろめたさなどは一切ない。

 

「威張って言う事か、生憎だけど俺はその手の店に心当たりは……」

 

「嘘はいけませんなぁ、特別外交官殿。いいや、帝国歓楽街終身名誉VIP様。イヴのところも貴方だったら全て費用は国持ちの実質無料!そう小官は伺っておりますぞ!」

 

アッシュの言葉を遮るようにわざとらしくかしこまった様子でライブラ副隊長はそんなことを告げる。ハニートラップは古今東西の常套手段。アシュレイ・ホライゾン(スフィア到達者)に首輪をつなぐために帝国政府は様々な場面で厚遇しているわけだが、その一つがコレ。アッシュが仮に歓楽街を利用した場合は帝国政府が予め全額持つという取り決めである。最もアッシュはこの取り決めを今まで一度も使ったことはなかったが・・・・・・

 

「ほうほう、しかし特別外交官殿は我が国の国賓。総統閣下からもくれぐれも礼を失することがないようにと伺っています。そうなると当然護衛が必要となってきますなぁコールレイン少佐!」

 

グレイはにんまりとした顔を浮かべながら芝居がかった様子でそんなことを告げて

 

「おっしゃる通りかと思いますハートヴェイン少佐!そう、つまりはこれは公務であり任務!アドラーの軍人として果たさねばならない使命なのです!」

 

同じく芝居がかった様子でそんなことをゼファーは告げ、二人の馬鹿は目線を交わしあいガシッと硬い握手を二人を交わす。そうしてアッシュを見据えて

 

「「というわけでさあ行きましょう、ホライゾン殿!小官達が護衛としてお供をいたしましょう!」」

 

そんな公私混同や特権の濫用も良い所な言葉を若くして副隊長の地位にあるエリート二人は告げる。アドラーはもう駄目なのかもしれない

 

「というわけでじゃねぇよ!なんで今の話の流れでイヴさんのところに行く事になっているんだよ!ほら、ルシードもこの馬鹿二人に言ってやれよ!」

 

そんな先ほどまでハーレムだのなんだので文句を言っていた二人の掌の返しぶりに呆れたアッシュの言葉を受けてルシードは

 

「うん?そうだね、なあゼファー、別に僕は止めはしないけどきっとまたイヴのところに行けばレディから……」

 

そこまで口にしたところでルシードはハッとする。そうこのまま行けば、ゼファーはまず間違いなくヴェンデッタから叱られるだろう。自分だけ行く程度ならともかく、嫌がるアッシュを利用するようなマネをすればかなりしっかりとしたお説教を喰らう事になるだろう。だがもしもそこで、自分がゼファーたちを強引に誘ったという形であればどうだろう、レディのお叱りを自分が受けられるのではないか、そんな閃きがルシードの頭をよぎる。本人はさながら電流が走ったような悪魔的な閃きだと思っているが、実態は酒に酔ったことによる産物である。平時のルシードであればそこまでアホなことは考えなかっただろう

 

「行こう!ぜひとも行こうアシュレイ君、いやホライゾン殿!僭越ながらこのグランセニック商会アドラー支部代表ルシード・グランセニックがお供をさせていただきます!そしてコールレイン少佐に、ハートヴェイン少佐!あなた方には我々の護衛をお願いしたいと思います!」

 

「「承知いたしました、グランセニック殿」」

 

かくして援軍を要請したとルシードのまさかの裏切りにより、三面楚歌となったアッシュは強引に押し切られ、かくして野郎四人は酒場を後にして歓楽街へと消える事となるのであった……




ゼファーさんとグレイって同じ女好きな三枚目同士でかなり相性よさそうですよね


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天は全てを照覧し、人は日々の積み重ねを見ている(中)

前回までのあらすじ

グレイくんがまたアッシュを娼館に誘って、ゼファーさんがそれに乗っかって、ヴェンデッタに叱られたいルシード君も乗り気になったよ!

歓楽街に関する部分は某5クリック皇のやったことを参考にさせてもらっています。
なおやったのが総統閣下のため特に好色だとかいう噂は一切立たなかった模様


「あら、いらっしゃいゼファー君にルシード君。うふふ、こうして来てくれるのは久しぶりね」

 

聖母のような慈愛の籠った笑みを浮かべ、この館の否、この歓楽街の主たるイヴ・アガペーは客人たちを出迎える。

 

「やあイヴ!早速だが今回君の所に来たのは僕が!この僕が発案してゼファーたちを誘ったことによるものなんだ!どうかその事を銘記しておいてくれたまえ!」

 

ヴェンデッタに叱られるところを想像してルシードは頬を紅潮させそんな事を主張する。そんなルシードに対してイヴは訝しがりながらも笑顔で応じる

 

「あら、そうなの?知っての通り生憎だけど子どもにそういう事をさせようものなら、即座に捕まってしまうからルシード君の好みになるような子はいないけど……もしかして好みのタイプが変わったの?」

 

「いや、それは全くない。僕が愛しているのは未成熟な果実たちのみだけだ。そして僕はそんな女神達の心の底からの笑顔が大好きな紳士を自認している。どこかの変態どもみたいに可憐に咲く花を手折る願望など一切持ち合わせていないから安心してほしい。今回は純粋に歓談を楽しみに来たといったところさ」

 

現在帝国の歓楽街は帝国政府の管理下に置かれている。娼婦というものはそれこそ最古の職業とすら謳われる人間社会とは切っても切り離せないもの。無理に根絶しようとしてもそれらは闇へと潜り、非合法組織の資金源になる。ならばいっそのこと国の管理下に置き、度を超したものを取締り、一定のマージンを国が得るのが得策という判断が下された。

そしてその度を越したものというのには主にルシードの性癖の対象である年齢の少女達にその手の行為をさせる事が含まれている。こちらを破った場合の罰則は非常に重く、問答無用での営業許可の停止、責任者に対する実刑が定められている。

 

閑話休題。そんなわけでイヴの店にはルシードの性癖の対象となるような少女たちは存在しない訳だが、ルシード自身もそのことは百も承知であり、そもそも彼は少女にいじめられたりするとブヒィと啼いて喜ぶ変態ではあるが、決して下種でも外道でもない。仮に彼が財力にものを言わせて無垢な少女たちを汚すような下種であれば、ゼファーたちとの交友は続いてなかっただろう。そんなルシードの変態なのだか紳士なのだかわからないぶれない発言を聞いてイヴはクスリと笑みを溢して

 

「ルシード君は本当にぶれないわね。わかったわ、そういう事だったら存分に歓談を楽しんで行ってね。もちろん、その気になったら最後まで行っても自由だから」

 

そんな風にルシードへの挨拶を終えると、続いてゼファーへとどこか妖艶な笑みを向けながら挨拶を行う

 

「いらっしゃいゼファー君。もう、ここのところ来てくれないから、私、飽きられちゃったのかと心配になったのよ?」

 

「わりぃなイヴ。何分家に口うるさいのがいてよう、俺としても来たいのはやまやまだったんだが……」

 

そんな事を告げるゼファーへとイヴは幾多の男たちを蕩かせた微笑を浮かべて

 

「うふふ、そんな事言って満更でもないくせに。いいのよ、私は別に何番目だって。ゼファー君が弱った時にいくらでも癒してあげるから」

 

だから一杯気持ちよくなってねと蠱惑的な声でイヴはゼファーを誘う。愛して癒してあげる事こそ自分の本懐なのだからと。そんなイヴの表情と言葉だけでゼファーの股間のアダマンタイトはすでにシルヴァリオ・クライだ。

 

「いや~お前さんは本当に……イイ女だぜイヴ!全くどっかの毒舌ロリオカンはせめてお前くらいのオッパイになってから出直して欲しいぜ!!!」

 

つるーんでぺたーんな無い胸を張って説教をしてくる同居人の少女を思い出しゼファーはそんな言葉を口にする。

 

「おい、ちょっと待て親友。今の言葉は聞き捨てならないぞ!レディはあの無駄のない身体こそが至高なんだ!そのレディに駄肉を纏わせる?なんという所業!まさに美に対する冒涜という他ない!!!」

 

だがそれにいきり立つのがB以上の膨らみに一切興味はない!と豪語する男ルシード・グランセニック。かくして二人の男は何べんも繰り返した巨乳派と貧乳派の争いを繰り広げだす。そんな二人をまるで母親のような優しげな表情を浮かべてイヴは眺めながら、今度はグレイへと挨拶を行う。

 

「ふふふ、あなたはうちに来てくれるのは初めてですよね。初めまして、ハートヴェイン少佐。いつもお勤めご苦労様です。貴方方軍人さんのおかげで、私たちはこうして平和に暮らせているんですからいつも本当に感謝しています。今日は日頃のお礼も兼ねて精一杯ご奉仕させていただきますので、たっぷりと癒されていってくださいね」

 

スタイル、容姿、所作、言動何から何までが極上と形容する他ない女性と出会いグレイは今にも涙を流さんばかりに感動する。つらい時、苦しい時にそっと癒してくれるエロくて優しいお姉さん、そんな童貞たちが一度は夢見るような理想の女性、それが今目の前にいる。そんな奇跡にグレイ・ハートヴェインの総身を感動が雷のようにうち貫く。しかも、費用は国持ち。なんという事だろう、自分の夢見た桃源郷はここにあったのだとグレイは歓喜に打ち震える。

 

「ハートヴェイン少佐なんてそんな堅苦しい呼び方は止めてどうかグレイとお呼びください、イヴさん。今宵ここにいるのは貴方という蜜に溺れ様としている一人の男なのですから」

 

そんな普通なら何言ってんだコイツみたいな感じの対応をされるであろう芝居がかった言葉にもイヴは笑顔で対応する

 

「まあ……それではグレイ君とそう呼ばせてもらうわね。うふふふ、一杯一杯愛させてね」

 

そんなイヴの言葉を受けてグレイはその身に味わった感動のままにルシードと喧嘩していたゼファーを見据える。視線に気づいたゼファーがルシードとの喧嘩を一時的にやめて、しっかりと見つめ返す。

 

みなまで言うな、俺たちの思いは一つだ

 

と言わんばかりに二人は固い握手を交わす。グレイのゼファーに対する思いは一つ、感謝。ただ圧倒的な感謝である。ありがとう、ありがとうこんなにも素晴らしい店を紹介してくれてありがとう!という思いである。今、二人の副隊長の思いは一つだった。やはりこの国はもう駄目かもしれない。

 

「そしてアッシュ君はまた来てくれたのね嬉しいわ。うちにもアッシュ君に会いたいって子たちが一杯いるのにアッシュ君ったら全然来てくれないんだもの……もういけずなんだから」

 

潤んだ瞳で頬を赤らめて男を誘う蠱惑的な表情でイヴ・アガペーは次にアッシュへと挨拶をする。そんなイヴの様子にアッシュは初めて会った時の苦手意識のままに答える

 

「ああ、いやその俺としては正直こういう店は不慣れで苦手と言いますか……ナギサたちに申し訳ない気がすると言いますか……その、俺もルシードと同じで会話するだけで良いので、はい」

 

一応それなりに恩義も友誼も感じている友人たちに、衆人環視の中で土下座までされたために結局押し切られてしまったことをアシュレイ・ホライゾンは早くも後悔していた。正直今こうしてここにいるだけでナギサたちに対して物凄い不義理を働いてしまった気分で一杯で、全く落ち着かない。そんなアッシュの様子にイヴはクスリと笑みを溢して

 

「真面目なのね。良いのよ別に我慢せずにあなたの内に秘めた欲望を吐き出して。私たちはそのためにいるんだから」

 

そんな事を言いながら扇情的にお腹をさするものだからアッシュはすっかり顔を赤くしてしまい、やはりこういう女性は苦手だという思いを強くするのであった。そんなどこまでも初心で真面目な青年と言った様子が、この手の業界にいる女性にとっては可愛らしいものに写り、からかわれる要因となっているのだが、おそらくそれを自覚したとしても改善は難しい事だろう。

 

「でも困ったわねぇ、四人……アッシュ君とルシード君はお話しだけで良いと言っているけど、それでもゼファー君とグレイ君の二人でしょ?私は一体どっちの相手をしたら良いのかしら?」

 

そんな事を告げてどこかからかうような笑みを浮かべて告げるイヴ。その瞬間肩を組み合い友情を確かめ合っていたゼファーとグレイの間に緊張が走る。

 

「ははははは、コールレイン少佐。もちろん、ここは先輩の懐の深さというやつで俺に譲ってくれますよね」

 

「ははははは、何を言っているのかなハートヴェイン少佐。ここは先輩を立てるところだろう?」

 

両者ともに爽やかな笑顔を浮かべているが眼はどちらとも笑っていない。

 

「いやいやいや、良く考えてみてくださいよ。俺はたまにしか帝都に来れないんですよ?ゼファーさんはその気になればいつでも来れるじゃないですか?」

 

「はっはっは、良く考えてみようぜ。お前と違って俺はうちに小うるさいロリオカンがいるんだぜ?おまけにイヴはこの帝都のNO1だ。それこそお偉いさんからの指名もひっきりなしだ。こんなチャンス滅多にないんだよ」

 

ギリギリギリと気が付いたら二人とも顔に青筋を浮かべながら、両手を強く握り合い力比べのような体勢となっている。そうして

 

「だったらなおさら譲れやコラァ!つーか考えてみたらあんたも大概ハーレムじゃねぇか!!」

 

「うるせぇ伊達男!アシュレイのようなハーレムならともかくこちとら毒舌ロリオカンに肉食無敵ゴリラだぞ!ミリィをそういう意味で見たら罪悪感半端ねぇし、問題なく甘えてエロいこと出来る相手はこちとらイヴ位なんだよ!!!」

 

などと罵声をぶつけ合いながら取っ組み合いの喧嘩を始めだすのであった。所詮は欲望によってつながった友情、女が絡むと儚いものである。そんな男二人をイヴはしょうがない子どもを見る母親のような目で見つめて

 

「もう、喧嘩しないで。勘違いさせてからかうような事を言った私が悪いんだけど、別にうちのお店にいるのは私だけじゃないのよ」

 

そんな風にして取っ組み合いの喧嘩を始めた馬鹿二人の仲裁を行い、それはどういう意味かと目を丸くするゼファーとグレイに対して

 

「元々アッシュ君が来たら、VIP待遇で最高のおもてなしをするようにって言われているから、私だけじゃなくて他の子たちも別室で待機しているのよ。そろそろ準備も整ったことだと思うから案内させてもらうわね」

 

そうしてイヴ・アガペーは友人に接するような気やすい態度から客人をもてなす態度へと切り替えて

 

「本日は当館にようこそ、お越しくださいました。アシュレイ・ホライゾン様、ルシード・グランセニック様、ゼファー・コールレイン様、グレイ・ハートヴェイン様。本日は当館のスタッフ一同精一杯ご奉仕させていただきますので、どうかごゆるりとお楽しみいただければと思います」

 

そう告げながら恭しく礼をして、四人をVIP専用の部屋へと案内するのであった。

そんなイヴの言葉にゼファーとグレイの二人はアッシュと友人になって良かったと欲望にまみれた割と最低な友達宣言を行い、ルシードは守備範囲外からの奉仕よりも愛しの女神からの叱責に思いを馳せ恍惚とした表情を浮かべて、アッシュはやっぱり断っておくべきだったという本日何度目になるかもわからない後悔と、しかし何時までもそんな態度でいるのはもてなしてくれる女性たちに失礼なのでは?という思いの板挟みに悩まされながら、多くの男にとっての桃源郷へと足を踏み入れるのであった……

 

 

 

 

 

 




VIP専用待遇のイメージはキャバクラ的な感じで複数の女の子侍らせて、その後VIPが気に入った子と別室で本番に突入的なノリです。もちろんVIPなのでその気になれば複数の子と同時にも可能です。
ただし仮にアッシュが欲望に流されて本番突入しようものならヘリオスさんとの天駆翔会議不可避ですが。
仮に接待とか抜きに利用しようと考えた場合の費用は高給取りのゼファーさんやグレイの収入でも3カ月分位吹っ飛びます。

このssは(多分)健全なssです。


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天は全てを照覧し、人は日々の積み重ねを見ている(下)

イヴの案内するVIPルームにいるのは当然ながら極上の美女ばかりです。
まさに男の桃源郷と呼べる場所でしょう。それこそその夢に向かって飛べるなら
蝋の翼が太陽によって溶け落ちたとしても後悔ないと思える位の。


「なぁイヴ、疑っている訳じゃねぇけどよぉこれから行く部屋にいる娘たちはどんな娘達なんだ?」

 

ゼファー・コールレインが訝しがりながら問いかけを行う。今日ゼファーたちが訪れていているのは帝国においても最高峰と謳われる高官や金持ち御用達の高級娼館。当然ながら所属しているのは美女ばかり、そこらの安い店に入った時に起こりがちな悲劇などあろうはずもなく、そういう点では信用しているがやはり気になりはするもので……

 

「心配しなくても皆とっても良い子達ばかりよ。7人いるんだけどね、ゼファー君とアッシュ君のファンって子達がそれぞれ3人ずつ。グレイ君の相手をしたいって子が1人って感じね」

 

そんなゼファーの問いに対してイヴは笑顔でそんな風に答えた後に

 

「ごめんなさいね、ルシード君とグレイ君の相手をしたいって子が少ないけど別にこれは二人に魅力が無いってわけじゃないから気を落とさないでね。足りない分は私がしっかり愛させてもらうから」

 

申し訳なさそうな様子で二人へと話しかける。

 

「いやなぁにイヴさんが気にする事じゃないっすよ。まあ俺はこっちに来ることがほとんどないからその辺はしょうがいですって。ちなみに俺の相手をしたいって子はどんな子なんですか!?」

 

そんなグレイの返答に対してイヴはそうねぇと思案する顔を浮かべて

 

「一見すると不真面目に見えるんだけどその実とてもプロ意識が高くて誇り高い子よ。グレイ君みたいな子を見るとどうにもほうっておけなくなるんですって」

 

「母性の強い人って事ですか!?良いですねぇ、最高じゃないですか!」

 

そんなイヴの言葉を聞いてガッツポーズを行なったグレイに続いて今度はルシードがイヴへと答える

 

「僕はそもそもお赤飯来るまでの子以外興味ないから別に問題ないよ。しかし、アッシュはともかくゼファーのファン?誰何だいその奇特な子達は?」

 

アシュレイ・ホライゾンは女性人気が高い。何せ高収入と高い地位を持ち、それに留まらず本人自身も整った容姿と引締められた肉体をしており、外交の場で培った話術に所作、服装も洗練されたものであり、パッと見で如何にもなエリートと行った大よそ女性にモテる要素を有しているから当然といえば当然である。

一方のゼファー・コールレインはいまいちパッとしない。ライブラ副隊長という高い地位を有しており、当然収入のほうもかなりの高給取りなのだが、そういったステータスに惹かれた女性は大体エリートとは程遠い本人の内面を知って幻滅するからである。この辺は如何にも貴公子然とした風貌と財力を有しながら、ロリコンという拭い難い宿業を負っているゼファーの親友も同様である。

そんな親友の実情をよく知っているからこそのルシードの問いだったのだが……

 

「ふ、やっぱりわかっている子っていうのはいるもんなんだなぁ。でイヴ、その俺のファンって子はどういう子なんだよ?」

 

調子に乗ったゼファーはそんな風に問いかける

 

「うーんそうねぇ、一人は神秘的な感じの子ね。もう一人はとっても家庭的で優しい、一緒にいてくれるだけで心が安らぐような子。そして最後の一人はなんとアマツの娘よ。ゼファー君の大好きなとっても大きな胸をしていてアマツの象徴である漆黒の髪をしたとっても美人のね」

 

アマツの娘、それを聞いた瞬間に四人の中に驚愕の波が広がる

 

「アマツって……おいおい、マジかよそりゃあ!?どっかの没落した家の子がやむを得なく~とかそういうアレなのか!?」

 

「うーん、その辺のプライベートな話は本人と仲良くなって聞き出してみて頂戴。後ね、実はその子今までこういう仕事やったことがなくて今回が初めてなのよ。だから経験豊富なゼファー君が色々とフォローしてあげて欲しいの」

 

「おいおいおい、なんだよそのあざとさの塊みたいな新人は!?任せておけイヴ、この俺が優しくリードして見せるからよ!!!」

 

ゼファーがイメージするのは如何にもたどたどしい様子の恥じらいに溢れた深窓の令嬢。今の彼はまさしく尊き者を汚さんとする傲岸不遜な畜生王。乾いた股間がうずうずしている邪悪な狼である。早急な駆除が求められる。

そうして涎を垂らさんばかりのだらしのない表情をしだしたゼファーはキリっとした顔をグレイの方に向けて

 

「ふ、ハートヴェイン少佐。先輩の余裕と言うやつだ、今日は君に譲ろうじゃないか。存分にイヴと楽しむと良い」

 

などと言うものだからグレイは呆れ顔で

 

「あーゼファーさんってひょっとして、そういう良い所のお嬢様を汚したい願望みたいなの持っていたんですか?あんまり泣かせるような事しちゃ駄目ですよ、初めてなんでしょ、その相手の子?」

 

レディに対して優しい紳士を自認している男は、そんな相手の少女の境遇を慮ったことを口にする。こういう男で金払いも気前が良いので実はこの男、この手の業界の女性からはすこぶる評判が良いのである。彼がしばらく帝都へと行く事を残念がったプラーガの女性たちの言葉は決してリップサービスや金づるがしばらくいなくなることに対するだけのものではなかったのだ。

そんなグレイの言葉にゼファーもまた心外だとばかりに答える。

 

「いや、俺もさすがにそこまで外道じゃねぇよ。単になんつーかよぉ、恥じらいみたいなのに飢えているだけなんだよ!なんか吹っ切れてやたらと肉食になった上司に四六時中狙われている身としては!!!同じアマツなんだからあの子の10分の1で良いから恥じらいを持ってくれればよぉ!」

 

アマツと聞いてゼファーの脳裏に真っ先に浮かぶのは鉄の女だと思っていたらある日突然メスライオンへと変貌した己が相棒にして上官。間違いなくイイ女ではあるのだが、あそこまで押されると色々となんというか重いのだ。

度々世話になるイヴにしても割かしその辺ノリノリのタイプなので、まあそんなこんなでゼファー・コールレインは恥じらいがあってエロい事をして良い女性というものに飢えていた。

 

そうしてゼファーは再び如何にも深窓の令嬢と言ったか弱くもエロいボディをしたお嬢様を妄想しだして……

 

(いや、待てアマツのお嬢様ってどこの人間だ?)

 

思考の隅にそんな引っ掛かりを憶える。英雄閣下の台頭をきっかけに多くのアマツは失脚して、腐敗が度を越したレベルだった家は粛清を受けた。ゆえに現在現存している家はヴァルゼライドに早期に協力を申し出た朧と漣の二家。この二家の現在党首を務めている両名はゾディアック隊長も務める女傑でヴァルゼライドからの信任も厚い。まさに貴種と呼ぶにふさわしい家だ。この両家からこの手の界隈に来るような令嬢が出るはずがない。

続いてヴァルゼライドが総統となってから臣従を敢行した潮と奏の二家。こちらの二家はいくつかの汚職はあったものの、酌量の余地があると判断されて、ある程度の私財没収及び公職からの失脚程度で済んだ。今ではわずかに残った財産と古くから仕えている使用人と共に慎ましやかに暮らしている。両家の令嬢も潮の方は優れた研究者として軍で活躍しており、奏の方の令嬢はある意味では最重要と言える任務を国より与えられて見事それは成功したようだ。そんなわけでこの両家もこの界隈に流れ着くような人物が出るほどではない。

最後に残ったのは淡の家、ここはかなり腐敗がひどかったので処刑こそ免れたものの実質的なお家取り潰しになったわけなのであるいはこの家かと思ったが……

 

(いや、でも確か一人娘がエスペラントの適性あったみたいで今は罪滅ぼしのために軍で働いているんだったな)

 

アドラーでは英雄閣下の行った美談の一つとして有名な話だ。無知ゆえに多くの罪を重ねてしまったアマツの令嬢。慈悲深き総統閣下はその少女自身の罪ではなく、環境の罪だと判断してその少女の更生のために忙しい職務の傍ら懇切丁寧に言葉を尽くしたという。

かくして己が過ちを悟った少女は自らの罪を償うために、エスペラントとして日夜軍で任務に励んでいると……確かアドラーには掃いて捨てる程いる英雄閣下信者の部下がキラキラした眼で熱く語っていたのを覚えている。故に淡の家もあり得ない。

そうなって来ると後は文字通り粛清された家ばかりで、生き残りなどおらず、いたとしてもアドラーに残っているはずもないわけで…………何か何か自分は見落としているのではないか、そんな風に第六感が囁いてくる。

それは隠密作戦だと思っていたら、実態は敵に筒抜けで任務の場所に赴くと準備万端の敵が待ち構えていた死地であった時のような感覚。今すぐここから逃げるべきだとゼファーの鍛えられた直感が囁きだすが……

 

(アホらしい)

 

イヴが自分達を裏切るはずもないし、この場にはゾディアック副隊長が二名に加えてスフィア到達者なんていう怪物までいるのだ。命の危機があるようなことなどまずありえない。そうしてゼファー・コールレインは今まで幾度も自分を救った直感からの警告を無視してしまったのであった……

 

そうして黙ったゼファーを尻目に今度はおずおずとした様子でアッシュがイヴへと話しかける

 

「あのイヴさん、その自分に好意を抱いている子がいるという事なんですが……自分にはもうナギサにアヤにミステルがいるんで、その思いに応えることは申し訳ないですが、出来ないですよ」

 

そんなアッシュの言葉にイヴは眼を丸くした後にどこかからかう様な口調で

 

「あら、その三人も加えて六人の奥さんにしようとは思わないの?貴方の収入や立場ならば別に問題ないと思うのだけれど?別に正式な奥さんじゃなくたって例えば愛人にするとか?」

 

そんな問いかけに対して今度はアッシュはきっぱりと答える

 

「いえ、それはしません。三股かけておいて何を今更と思われるかもしれませんが、俺が真実愛しているのはあの三人だからです。なので行なうとしてもあくまで友人としての会話までです。一線を越えるような真似は絶対しません、それは、俺の愛する大切な人達への酷い裏切りだと思うからです」

 

そんなアッシュの宣言に彼の中に眠る煌翼はそれでこそ尊敬すべき我が比翼だと満足気に頷く。そうして呆気をとられたような顔を浮かべた後にイヴはクスクスと笑い声を立てて

 

「本当に真面目なのね、アッシュ君は。でもね、貴方の相手をする子達も決して貴方の地位とかに目が眩んだというわけではなくて、本当に貴方の事を大切に思っている子達なのよ。だから、きちんと貴方から今言った思いを伝えてあげて頂戴」

 

「わかりました。確かに断るにしても自分の口からしっかりと伝えるのが誠意ですからね。きちんと俺自身の口から、今語った思いをその人達に伝えさせて貰います」

 

真摯な瞳で自分を見つめるイヴの言葉にアッシュはそう答えるのであった。そうしてひとしきり会話をしていると館の中でも一際大きな部屋へとたどり着いて

 

「さあ、ついたわよ。どうか夢のような時間を過ごしてね」

 

その言葉にゼファー・コールレインはさっきまでの埒も無い考えを振り切り、再び深窓のアマツの令嬢との行為へと思いを馳せる。グレイ・ハートヴェインもまた夢見心地である。ルシード・グランセニックは適当に楽しんで、自らの本命に対して思いを馳せ頬を紅潮させる。アシュレイ・ホライゾンは絶対に流されてはならないと気を引き締め、まるで戦場に赴くような覚悟を固め、ヘリオスはそんな己が半身を見定めるかのように静かに彼を内から見つめていた。そうしていざ桃源郷への扉が開かれ、彼らを出迎えたのは……

 

「ようこそいらっしゃいました、コールレイン様。私チトセ・朧・アマツと申します。何分この仕事は初めてで不慣れな故にご迷惑をおかけするかもしれませんが、精一杯ご奉仕させて頂きますのでよろしくお願いいたしますね」

 

恍惚とした笑みを浮かべる漆黒の髪ととても豊かな胸を持ったアマツの令嬢(ただし浮かべる笑みは獲物を見つけた肉食獣のそれである)

 

「うふふふ、胸がつるーんでぺたーんな無い胸で悪かったわねゼファー。代わりにたっぷりとその無い胸に詰まった貴方への思いを送らせて貰うわね」

 

満面の笑み(笑顔とは本来攻撃的なry)を浮かべながら仁王立ちをしてゼファーを見つめる毒舌ロリオカン

 

「兄さんってそのおっきいお胸の人が好きなの……?」

 

おずおずとした上目遣いでそんな事を問いかけるゼファー・コールレインの天使

 

「アッシュ様……ああ、アッシュ様そこまで私達の事を思ってくださるなんてアヤは……アヤは……!!」

 

恍惚とした表情を浮かべる発情した雌猫の如き状態の頭ピンクのキリガクレ

 

「ありがとうアッシュ君、私たちも貴方の事が大好きよ」

 

年長者ぶろうとしながらも隠し切れない喜びが窺えるシスター

 

「わ、私たちだって負けない位アッシュの事が大事なんだからな!きょ、今日はそのことを私たち三人で教えてやるから覚悟しろ!」

 

真っ赤な顔を上ずった声でそんな事を告げるどこまでもあざといアマツ

 

というドレス姿でめかしこんだ見知った顔の女性達六人と

 

「おう、グレイ帰るぞ。別にお前が自分の金で遊ぶ分には構わんが、流石にホライゾンの奴を利用して国費で遊ぶってのは見過ごせん。アレはあくまでホライゾンのやつに恩を売って首輪をつなぐためのもので、お前らが遊ぶための金じゃないからな」

 

常と変わらぬ気だる気な様子な軍服姿の女性であった……

 

 




果てなき夢に向かって飛翔した後は定められた末路へと墜落するのみです


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天は全てを照覧し、人は日々の積み重ねを見ている(終)

ヴェンデッタの時のヒロイン3人みたいにドレス姿のナギサちゃん描いてくださいlight様!


「そうやってめかしこんでいるとお前さんもどこぞの令嬢に見えるな。馬子にも衣装とはこの事か」

 

友人であり、同僚でもある普段とは違った着飾った様子のチトセ・朧・アマツを見てヴァネッサ・ヴィクトリアは感慨深げに感想を述べる。

 

「ふ、当然だ。何せ私は愛の乙女なのだからな!未だ思いを自覚すらして飾り気を全く持たないアオイとは違うのだよ!」

 

「乙女ねぇ……あたしには食虫植物とか羊の皮を被った狼とかにしか見えないが……乙女ってのはあちらさんにいるようなのを指すと思うんだが」

 

そうしてヴァネッサはチラリと着飾った様子で華やかな会話をしている面々を窺う

 

「ヴェティちゃんったらすごいよ!まるで何かの妖精さんみたいだよ!」

 

めかしこんでまさしく天使という形容がピッタリな状態でミリィはそんな風にヴェンデッタへの賛辞を述べる。仮にこの場に彼女の両親がいればわが子の成長に感慨深い思いを抱いた事だろう。彼女の纏う雰囲気は恋する乙女のそれなために、父親のほうは聊か複雑な心境になったかもしれないが。

 

「ふふ、ありがとう。そういうミリィもとっても可愛らしいわよ。……こんな華やかなドレスを着れる日が来るなんて昔は思っても見なかったから、なんだか感慨深いわね」

 

そんなミリィの賛辞にこれまた常になくやや、浮かれた様子のヴェンデッタが褒め返す。

 

「こういうしっかりめかしこんだドレス姿をするのは久しぶりかも。ふふ、アッシュ喜んでくれると良いなぁ」

 

クルリとその場で華麗に一回転してナギサ・奏・アマツを頬を赤らめながらそんな事を呟く。めかしこんだ今の彼女はどこからどう見ても深窓の令嬢そのものである。仮にエスコート役の男が不在の状態で、そういった場に出ればすぐさま魅入られた男が声をかけてくる事だろう。

 

「ふふ、なんだかこんな風な格好で三人揃った状態だとナギサちゃんの屋敷でのときを思い出すわね」

 

同じくシスターであり、騎士でもあり、令嬢でも在るという複雑な経歴のミステル・バレンタインが過去を懐かしむようにそんな風に呟く。

 

「ああ、あったあった。アッシュが誰を選ぶかとドキドキしていたら」

 

「アッシュ様が結局全員と踊られて丸く収まったアレですね。……正直、お二方とはともかく私は所詮従者の立場にすぎず、まさか踊っていただけるとは思っていなかったのであの時間は夢のようでございました」

 

まるでお姫様と王子様のように踊る友人二人を羨まし気に眺めていたら「はい、次はアヤの番だよ。一緒に踊ろう」と俯いていた自分に思いを寄せる少年が輝かんばかりの笑顔で誘ってくれた事をアヤ・キリガクレは思い出す。

 

「あの頃のアヤちゃんは大人しい子だったわよね……いや、今も物静かな子ではあるんだけど時々頭がえげつないピンク色になるというか」

 

どこか引きつった顔を浮かべながらミステルがそんな事を言うと

 

「申し訳ありません、私もキリガクレの女なものですので。ですが、愛する男性と晴れて結ばれて、友情にも気兼ねする事無く国からの後押しまで受けている。この状態でその気にならないほうがむしろ不健全とさえ言えるのではないかと思いますが?」

 

「いや、それにしたって限度ってものがあるでしょ……」

 

「うん、うん。ミステルの言うとおりだよ。アヤはもう少し自重ってものを覚えたほうが良いと思う」

 

そんなキャッキャウフフという擬音語が聞こえるかのようなやり取りをしている5人を確認した後に目の前の肉食獣を改めて見る。やはり乙女と名乗るには色々と無理があるだろう、どちらかといえば自分と同じく漢女とかそういう風に呼ばれるほうが相応しいタイプだ。ついでに年齢的にもそろそろ乙女を自称するのは色々とキツイ

 

そんなヴァネッサの様子にチトセは眉をしかめて

 

「おい、何か言いたい事があったら言ったらどうだ。大体そういう貴様はどうなのだ、こんなところまで部下を連れ戻しに来た辺り人の事をとやかく言えんのではないか?言っておくが部下だの何だのと理由をつけて、その手の感情に蓋をしていると後悔することになるぞ」

 

そんな風にかつての自分を思い起こしつつ本人なりのアドバイスめいたものを送ってみたが

 

「お前さん、自分がそうだったからと言って恋愛脳になりすぎだぞ。別にわたしはあいつが自分の金で遊ぶ分にはとやかく言うつもりはないし、言ってもいない。だけどホライゾン利用して国費で遊ぶ気ともなれば、流石に止めないとならんだろ」

 

ヴァネッサ・ヴィクトリアはどこまでもだるそうに答える。現状の彼女にその手の色気は一切無い、それはドレス姿で着飾った6人に対して一人だけ常と変わらぬ軍服姿なのが示すとおりである。

 

「でも、兄さん達本当に来るんでしょうか?兄さんやグレイさんはともかくアッシュ君は真面目だから誘われても断るんじゃ……?」

 

ミリィがそんな風にヴァネッサの言葉に応じる。天使である彼女からすらこんな認識な辺り、ゼファー・コールレインの信用の無さが伺える。

 

「うーん、アッシュ君のことだから渋りはするだろうけど……」

 

「あのお二方相手だとなんだかんだで押し切られてしまいそうな気がします、お優しい方ですから」

 

「うん……ゼファーさんにはある種の恩みたいなの感じているし……」

 

そんな風にアッシュをよく知る幼馴染三人は答える。

 

「……うちの子が本当にごめんなさいね、何かと言うと録でもないことばかりアッシュ君に吹き込んでいて本当に申し訳ないと思って居るわ」

 

完全に真面目な好青年を悪い遊びに誘う悪友ポジと化している己が愛する男の事を考えながら、そんなまるで母親のような謝罪の言葉をヴェンデッタは口にする。ここまで誰一人としてゼファーとグレイがアッシュを強引に誘うという構図を疑っていない辺り、日頃積み重ねた信頼の差がよく出ている。

 

「む、どうやら噂をすれば陰というか予想通りにゼファー達はコチラに向かって居るようだ。ホライゾン殿は渋っていたが、結局ゼファーとハートヴェインの奴が土下座を敢行したために押し切られた様だな」

 

アッシュの護衛として密かに酒場に忍ばせておいた部下からの報告を聞いて、チトセはそんな言葉を零す。

 

「兄さん……」

 

「あの子は本当にもう……」

 

あまりにあんまりな予想通りの己の愛する男の行動に二人はため息をつく。わかってはいたが、もしかしたらと期待してしまうのが恋する乙女の悲しき性という奴だろうか。

 

「それでは手筈どおりに頼むぞイヴ」

 

そんな二人を他所にチトセ・朧・アマツは不敵に笑いながらそんな事を告げる。愛している故逃がさない、お前のその欲望私が余す事無く受け止めてやろうじゃないか我が狼よと準備万端で待ち構える

 

「ええ、任せて。ゼファー君たちが来たらこのVIPルームに四人を案内すれば良いのよね。それじゃあ行って来るわ」

 

そうして意気揚々と待ち構えられている事も、自分達の会話が他ならぬイヴによってVIPルームに筒抜けな事も知らずにイヴとの歓談を行ない始めた四人。そうして

 

「全くどっかの毒舌ロリオカンはせめてお前くらいのオッパイになってから出直して欲しいぜ!!!」

 

というゼファーの言葉を聞いた瞬間からヴェンデッタの顔がとてもにこやかな笑顔で固定され

 

「うふふふふ、女性を胸で判断するのは良くない事だっていう初歩的な事すら忘れたのかしら」

 

と笑顔のまま絶対零度の雰囲気を纏い、あまりの恐ろしさにレイン達はゼファーの冥福を祈り

 

ミリィは少しだけ気にしたように自分の胸を触った後に少しだけため息をついて

 

「兄さん……やっぱり大きい胸の人が好きなのかなぁ」

 

と呟いたり

 

「ふ、どうやらあの御曹司殿と同じ趣味だったという事はないようだな、安心したぞ」

 

などと呟きながらまるで獲物をロックオンした肉食獣のような笑みをチトセが浮かべ、アマツのお嬢様に興奮するゼファーに益々舌なめずりを行い

 

 

「俺が真実愛しているのはあの三人だからです」

 

というアッシュの言葉を聞いた瞬間に

 

「えへへ、私はアッシュを信じていたよ!」

 

などと言いながらナギサ・奏・アマツは満面の笑みを浮かべたり

 

「そりゃナギサちゃんは以前にあんなにも情熱的に口説かれちゃったもんねぇ……でもそっか。アッシュ君、本当に私たちの事大切に思ってくれているのね」

 

そんなナギサをからかいつつも自分も満更でもない表情をミステル・バレンタインは浮かべたり

 

「ああ、アッシュ様……アッシュ様……」

 

アヤ・キリガクレは恍惚とした表情で感極まったようにアッシュの名前を呼び続けたりして、かくして桃源郷へとたどり着いた男達に対して、自らの言動に対する審判の時が訪れるのであった………

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「裏切ったなああああああああああイヴうううううううう!!!」

 

そんなゼファー・コールレインの断末魔が木霊する。即座に所有していたアダマンタイトを抜き放ち星と感応して発動値へと移行、その場から離脱しようとするが……

 

「うふふふ、どこへ行く気かしらゼファー」

 

愛しい人どうか後ろを振り向いて、死想恋歌の星がゼファーの星をかき消す。そうして出鼻をくじかれたところを

 

「おいおい、どうした。巨乳のアマツのお嬢様を抱きたいのだろう?ほうらここにいるぞ、存分に貪るが良い我が狼よ」

 

そんな事を言いながら笑顔を浮かべて自らも愛刀を抜き放ち星を纏ったチトセ・朧・アマツがゼファーの武器を弾き飛ばし、その場で羽交い絞めにする。どう考えても深窓の令嬢の行なう事ではない。

 

一方予期せぬところで予期せぬ三人と出会ったアッシュは慌てて弁解の言葉を口にする

 

「ち、違うんだよ三人共!俺は決して浮気しようとか、そういう気はなくて!!!」

 

傍から見ると慌てた様子で言い訳しているようだがその内容は紛れも無い真実な事を告げるアッシュに三人は苦笑して

 

「うん、わかっているよ、ゼファーさんとグレイに強引に連れてこられたんだろ?」

 

「はい、アッシュ様が自らの意志でこのような場所に来られる方ではないことは私たちは良く知っております」

 

「もしもアッシュ君がその気なら今までだっていくらでもチャンスはあったもんね。だからそんな慌てなくても大丈夫よ」

 

ちゃんとわかっている、私たちは貴方を信じているからという言葉を受けて目を丸くするアッシュに対して

 

「でも……ちょっとだけ不安になったんだからな……」

 

「信じているけど、それでもひょっとしたらってなる気持ちはどうしても出ちゃうものなのよね、アッシュ君だったら大丈夫って想ってても」

 

「なのでアッシュ様、お願いします。どうか私たちがそんなつまらぬ不安を抱かぬよう、貴方を感じさせてください」

 

潤んだ瞳と赤らめた頬でそんな事を告げる愛する女達。そうして

 

「ほら、さっききちんと想いを告げるって言っていたわよね、アッシュ君」

 

そんな言うべき事があるはずだと促すイヴの言葉を聞いてアッシュは

 

「好きだよ、アヤ、ミステル、ナギサ。もうすでに三股かけている身で何を言うんだって思うかもしれないけど、それでも俺は君たちを裏切るような真似だけは絶対にしない。俺が愛しているのは君たちだけだから」

 

そんな心よりの愛の言葉を紡ぐ。そうして感極まったかのように抱きついてくる三人を受け止めて、色男は三つの花を携えてその場を後にして自分たちへの家へと帰っていくのであった……今日は四人揃って燃え上がる夜を送る事だろう。

 

 

「あ、姐さん……その、あのですね……」

 

しどろもどろになる己の副官を気だる気に見つめていたヴァネッサだったが不意に苦笑して

 

「ほれ、帰るぞ。今度来るときはちゃんと自分の金で来るんだな、その分には特に何も言う気は無いさ」

 

言う権利も別にないしな、などと言って来る上官に対してグレイは一瞬呆けた様子を浮かべた後に

 

「うす!すんませんでした姐さん!国の金でこようだなんてセコイ真似はもう二度としません!」

 

頭を一度下げた後に、キリッとした表情を浮かべてそんな謝罪の言葉を口にする。

 

「おう、そうしろ。そうしろ。私もこんなつまらん事でいちいち減給だのなんだのと処罰するような真似を優秀な副官(・・・・・)にしたくないしな」

 

そんな言葉を口にしながらスコルピオの両翼はその場を後にする。

 

 

そうして丸く収まっているところもあれば修羅場を迎えている者もいる、ゼファー・コールレインは今、窮地に立たされていた。幾度も己を救ってきた直感、その警告を無視した報いを今まさに受けていた。

 

「さあ、存分に貪るが良い我が狼イイイイイイイイ」

 

そんな事を叫ばれながらその豊かな胸を押し付けられて不覚にも発動してしまう己がアダマンタイト、このままでは貞操の危機だとばかりに助けを求めるかのようにヴェンデッタのほうに目をやると

 

「うふふふ、良かったわねぇ。大きな胸が好きなんでしょ、なら今はまさしく天国のようなものよね?」

 

「ああ、正直色々と辛抱たまんねぇ……って違う!助けろよヴェンデッタ!家族のピンチだぞ!」

 

そんな夫婦漫才を行なっているとヴェンデッタは冷たい瞳をゼファーへと向けて

 

「良かったじゃない、貴方が舌なめずりしながら喜んでいたアマツのお嬢様よ、わざわざ嫌がるアッシュ君を強引に誘ってまで来た甲斐があったじゃない」

 

「兄さん、兄さんがこういうところに興味あるのはその……しょうがないし、私に色々とやかく権利はないってわかっているけど、でも、アッシュ君を強引に誘うような事をするのは駄目だと想うよ。アッシュ君はもうじきアヤちゃん達と結婚するんだし」

 

ヴェンデッタのみならず己が天使までもがそんな己の非を指摘することを言ってきたためゼファーは慌てて

 

「いや、違うんだよミリィ、これはその……えーと、ほら……」

 

じーっとどこか怒ったような瞳で自分を見つめる己の愛する義妹を前にゼファーは上手い言い訳を思いつかず万事休すかと想ったその時

 

「あはははは、違うんですよレディ、そしてミリィ君。今回アッシュを誘おうって言ったのは僕が発案した事なんですよ」

 

辛い時にこそ助けてくれるもしもの時の友。己が最高の親友ルシード・グランセニックがそんな事を口にしていた

 

「ルシード……」

 

お前ひょっとして俺を庇ってとその親友の友情に柄にも無くゼファーは感動する。そんな感動するゼファーの傍らでルシードは言葉を続ける

 

「なので、叱るならばこの僕を!!!ゼファーではなく!この僕を!!!!どうか!!!僕を叱ってください!!!!」

 

頬を赤らめながらはぁはぁと荒い息をしてそんな事を告げる親友。その姿は百の言葉よりも雄弁に事実を示していた。すなわちルシードの発言は友情ではなく己が欲求を満たすためのものであるということを。

そんなどこまでもブレない変態の姿にヴェンデッタは毒気を抜かれようにため息をついて

 

「ゼファー、今回の件、ちゃんと反省している?もうこういう真似は二度としない事と、迷惑をかけたアッシュ君に対して後日ちゃんと謝罪するなら助けてあげるけど?」

 

「ハッハッハ、何やらお前の同居人が色々言っているがなぁに気にするなゼファー。たっぷりと愛してやるとも、お前の欲望のままにこの育った肢体貪れば良いさ。この身は全て、お前に捧ぐためにあるのだから」

 

甘い吐息をふきかけながら、そんな事を囁くアマツの女傑。そうして二つの狭間で揺れていたゼファーだが、不安気にこちらを見つめるミリィの姿を目にして……

 

「はい、もうしわけありませんでしたヴェンデッタさん。もう国費で豪遊しようだとか考えたりしません、利用しようとしたアシュレイにもきっちり謝ります」

 

そんな己の愛する男の言葉にヴェンデッタは笑顔を浮かべ

 

「というわけだからその辺にしたらアストレア、貴方だって合意なき睦言は本心ではないでしょう?」

 

そんな言葉をゼファーを抱き枕にして胸を押し付けている女傑に対して言うと

 

「むぅ……ここまで攻めても駄目なのか……」

 

だとするならばここは他の者に相談してなどと呟きながら名残惜しそうにチトセはゼファーの身体を離す。そんな様子を見てイヴ・アガペーは

 

「あら、残念。私としては四人皆でゼファー君を一杯愛してあげても一向に構わなかったのに」

 

と妖艶な笑みを浮かべながら告げる。かくして二人の副隊長の邪な野望は成就する事無く、終りを告げる事となるのであった……なお、VIPルームを貸し切るための金は後日二人の副隊長の給料より天引きされる事となった。




ゲームだったら多分そのままチトセネキとおっぱじめる選択肢がありますね。


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二代目!魔星戦隊アストロレンジャー!

星辰光!それは勇気の力!(CVファブニル・ダインスレイフ)
星辰光!それは正義の力!(CVギルベルト・ハーヴェス))
星辰光!それは優しさの力!(CVケルベロス)
星辰光!それは絆の力!(CVアシュレイ・ホライゾン)
星辰光!それは愛の力!(CVナギサ・ホライゾン)

そんな星辰光を使い、ドクターシズルの野望を打ち砕かんとする星の力を纏いし5人の戦士達。人々はそんな彼らをアストロレンジャーと呼んだ(ナレーション:クロウ・ムラサメ)




これまでで一番キャラの崩壊具合が酷い話になります。


ドクターヘルメスとの死闘より3年。帝都を守る組織アストロレンジャーは今、壊滅状態に陥っていた

 

ドクターヘルメスとの死闘により行方不明と成ったアストロシルバー・ゼファー。相変わらず働かず寝ているアストロゴールド・ヴァルゼライド、「私より強い奴に会いにいく」と宣言して旅立ったきり戻ってこないアストロピンク・イヴアガペー、「アッくんは優しい子なのだ!戦うことになど向いていないのだ!もうこんな危険な仕事は絶対にさせんぞ!」とジンお爺さんが宣言して相変わらず引きこもっているアストロブラック:アスラ

「命大事に!命大事に!俺の戦いは命を守る事だぜ!」と宣言して医療の道を志し職を辞したアストロレッド・マルス、そんなマルスに着いて行き寿退社したアストロブルー・ウラヌス。

 

死闘の残した傷痕は大きく、今魔星戦隊アストロレンジャーは重大な転機を迎えていた……

 

「……と言うのが今我々が置かれた現状だ。理解してくれたかね、先代アストロシルバー魅惑のロリータヴェンデッタ君」

 

いやぁしかし考えてみたら以前からして実質働いていたのはゼファー君とマルス君位だったなハッハッハなどと快活に笑いながら副司令官を務める二代目アストロブラック・ギルベルトは告げる。駄目人間の巣窟ばかりで司令官がまるで役に立たないアストロレンジャーの資金の調達、運営、管理何から何まで引き受けているのがこの男。まさにアストロレンジャーの要中の要である

 

「しかし記憶喪失とはな……やっぱり相方を失ったことがショックだったのか。気を落とすなよヴェンデッタ!あの野郎がそう簡単にくたばる玉かよ!きっと生きているさ、だから元気出そうぜ!」

 

仲間に対する気遣いに満ち溢れた言葉を二代目アストロレッド・ファヴニルが告げる

 

「うん、気を落とすことは無いよヴェンデッタ!きっとゼファーはたくましく生きて居るさ!」

 

謎の(・・)怪人ケルベロスもまたそんな事を告げる。ゼファーが行方不明になった直後に現れた狼の仮面を被ったCVルネッサンス山田の怪人ケルベロス……その正体は全くの謎に包まれている

 

「あ、またこの頭が痛くなる感じの世界なのね」

 

そんな事を呟きながらヴェンデッタは遠い眼をする。

 

「どこからツッコんだものやらって感じだけど、まず言わせてもらうわね。どこかでたくましく生きているも何も貴方ゼファーでしょ?何妙な仮面つけてアホな事言っているのよ」

 

そんなヴェンデッタを痛ましげな目で見つめてギルベルトは労わるように口にする

 

「何ともはや……ゼファー君を失ったショックのあまりケルベロスをゼファー君と混同するなどとは……痛ましい事だ」

 

「く、許せねぇ!ドクターヘルメスがじゃねぇ、悲しみの余りに心を病んでしまった仲間をどうにも出来ねぇ俺自身の無力さが俺は許せねぇんだ!何が人々を守るアストロレッドだ!大切な仲間一人の心を救ってやれない男がそんな名前を名乗る資格なんかねぇじゃねぇか!!!」

 

自らの弱さを恥じ入るようにアストロレッドは血を流さんばかりに己の拳を強く握り締める。

 

「ヴェンデッタ……僕は……君の愛する男ゼファー・コールレインじゃないんだ。僕の名前は謎の怪人ケルベロス、わけあってアストロレンジャーに助太刀している男さ」

 

そんな事を告げてくる男三人にヴェンデッタ

 

「貴方達に可哀想な人を見る目で見られると無性に腹が立ってくるわね……もう良いわ、そういう設定なのね。はいはい」

 

どこか投げやりにそんな風に告げるヴェンデッタ。怪人ケルベロスの正体は謎に包まれている(強弁)

 

「うむ、どうか気を落とさないでくれヴェンデッタ君。われわれは仲間なのだ、一人で抱え込まずに何かあれば相談して欲しい。君が普段はパチンコにゼファー君が稼いだ収入をつぎ込む社会的に屑と呼ばれるような人間だったとしてもわれわれは断じて見捨てはしない!仲間同士で支え合い助け合っていく、それが我らアストロレンジャーなのだから」

 

「おうとも、一人じゃどれだけ本気になろうが出来る事なんて知れている!だからこそ俺たちは皆で支えあっていくんだ!たとえお前が外見以外は目も当てられない駄目人間だろうと切り捨てたりなど絶対にしねぇ!俺たちは仲間なんだからな!」

 

そんな事を爽やかな笑みを浮かべながら告げてくるギルベルトとダインスレイフの二人

 

「良いこと言っていると想うのになんなのかしらこのおぞましい違和感は、というか何気にナチュラルに扱き下ろされているわね」

 

「ハッハッハ、それはしょうがないよヴェンデッタ!普段の君はどこからどう見ても駄目人間だからね!」

 

爽やかに笑いながらそんな事を告げる謎の怪人ケルベロス。普通謎の怪人というのはもっとこう無口でクールな感じのポジなのではないだろうか

 

「もう良いわ、釈然としない気持ちはあるけどいちいちツッコんでいても疲れるだけだから……で、これで全員?」

 

そんなヴェンデッタに対して副司令官たるギルベルトは続けていく

 

「ああいや、後二人アストロブルーのアシュレイ君とアストロピンクのレイン君がいる。ちょうど良い、実は新開発の装備が出来てね彼らの住居に届けて欲しいんだ、頼めるかねケルベロス君にヴェンデッタ君」

 

「……チッ、やっぱり俺は反対だぜ。なぁギルベルト、俺とお前にケルベロスにヴェンデッタが居れば十分だろう。あの二人をわざわざ戦わせる必要はねぇだろ、やりたい奴がやれば良いんだ」

 

「……私とて、彼らを戦わせたくなど無い。だがやむを得まい。我々に敗北は許されないのだ。幸いな事にドクターヘルメスの人類総老女計画に対しては「俺はナギサがお婆ちゃんになろうと愛する自信がある!」などと豪語してあまり乗り気でなかったアシュレイ君も今回のドクターシズルによる至高腐界計画はなんとしても食い止めねば成らんとやる気を出してくれているのだ。彼女達に対抗するためにはどうしても仲睦まじい男女の恋人同士が必要となる、わかっているはずだ」

 

「というわけで頼んだよケルベロス君、ヴェンデッタ君。この新装備のヘリオス搭載セイファート、これで君も明日から光の英雄セットと月天女の衣 冥府の女王セット、をどうか届けてくれたまえ」

 

「マダダ!」

 

ピカッと発光するセイファートの剣、これぞアストロブルー・アシュレイ専用装備、これを纏えば君も明日から光の英雄!DX光の英雄セット、定価は5000円で新西暦1036年秋より発売予定だ!(宣伝)

 

「はい、お任せください副司令官!」

 

びしっと敬礼を行い二つの新装備を受け取るケルベロス。そんな光景を目にしてヴェンデッタはふと想ったことを口にする

 

「そういえばアストロゴールド……だったかしら、一応アレがリーダーだったわよね。そんなにアッシュ君とレインちゃんの手を借りるのが不本意だったらアレを働かせれば良いんじゃないかしら?」

 

「あ、いけないよヴェンデッタ!この二人の前でゴールドの話は禁句……」

 

ケルベロスが慌てて止めるも時既に遅しゴールドの話を聞いた二人の様子は一変

 

「ふ、ふふふふふ、ああ、ゴールドがちゃんと働いてくれていればどれだけ良かったか……ああ、しかしあんな男でも我らの司令官、であれば支えるのが私の使命……そうそれが副司令官である私の仕事私の仕事私の仕事」

 

「た、たとえ今はあんなんでも昔憧れたあの背中が嘘だったわけじゃねぇんだ……そ、そうさあの背中が嘘だったわけじゃねぇんだ……だから平気だ俺は戦える、戦えるんだよぉ!」

 

ギルベルトは頭を抱えぶつぶつと呟きだし、ダインスレイフは号泣しだす、そんな光景にドン引きするヴェンデッタへとケルベロスは解説する。

 

「ギルベルト副指令はゴールドがする分の仕事をいっつも押し付けられているけど、それでも昔なんでも助けられた恩があって離れられないみたいで、ダインスレイフ君も同じく昔ゴールドに救われて憧れてアストロレッドになったから今のゴールドの話をするとこうなってしまうんだ。

 

今でははるか昔の話だがかつてのアストロゴールドは人々の幸福と笑顔のためならあらゆる労苦も厭わぬまさに英雄と称されるに相応しい男だったらしい。しかしある時緊張の糸がぷっつり切れたようにああなってしまったのであった。

 

「ま、しばらくすれば元に戻るからとりあえず放って置けば大丈夫だよ!だから、僕らはアッシュ君達のところへ行くとしよう」

 

「今の貴方って爽やかだけどナチュラルに辛辣よね」

 

そんな言葉を口にして二人はその場を跡にするのだった……

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そうしてアッシュとレインの愛の巣へと赴く途中

 

「ねぇ、アヤーこれからライブラ所属のエリート達と合コンなんだけど行かないー」

 

「えーライブラってマジ?行く行く、初心なエリート君たちなんて最高のみつぐ君達じゃん」

 

などという会話をして派手派手しい露出の激しい格好をしたサヤ・キリガクレとアヤ・キリガクレやら

 

「もう辞めるんだミステル!君のお父さんとお母さんは泣いているぞ!!!」

 

「うるせぇ!私は家になんて帰らねぇぞ!!!チームサティスファクションのリーダーとしてスラム制覇を成し遂げんだよぉ!!!」

 

一昔前のスケ番のような格好をしたミステル・バレンタインとそんなミステルを必死に説得するマルス

 

「ガッハッハ、いやぁ今日も馬鹿な信徒共の献金で酒が上手いわい。我輩がこんな生活が送れるのも一重に大和のおかげだのう。適当にそれっぽい事を言っておけば勝手にそれを信じるのだからなんともボロい商売よ」

 

腐敗した似非宗教家のテンプレのような状態のブラザー・ガラハッド

 

「ねぇ、ダーリン。今度のおやすみはどこへ行く?私はダーリンと一緒ならどこでも良いけどーそろそろーダーリンに女にしてもらいたいかなぁなんて……もうヤダ私ったら何言ってんだろうはしたなーい」

 

キャピ等と言いながらグレイ・ハートヴェインにベタベタと引っ付いているヴァネッサ・ヴィクトリア

 

「えーい、べたべた引っ付くなうっとおしい!俺は忙しいんだ!剣の高みはいまだ遠く、女などに現を抜かしている暇など無い!」

 

それをうっとおし気にふりはらおうとするグレイ・ハートヴェイン

 

「もーう、ダーリンったらストイックなんだからぁ……でも、そんなところがス・テ・キ」

 

チュとグレイの頬へとキスをするヴァネッサと見ているだけで頭の痛くなってくる光景があちこちで繰り広げられていたが、ヴェンデッタもいい加減に慣れてきたのか投げやりな様子でスルーして行く。

 

「さあ、着いたよヴェンデッタ!ここがアッシュ君とレインちゃんが暮らしているところさ!」

 

「………うわぁ」

 

そうしてたどり着いた場所でヴェンデッタが見た光景、それは見ただけで大半の人間がインターフォンを押すことを躊躇う家だった。それはファンシーのお城のような建物だった、少女趣味全開の恥も外聞も無く小さい頃に女の子が夢を見るようなメルヘンチックな家。玄関はハートマークで埋め尽くされて、表札として相合傘でアシュレイ・ホライゾンとナギサ・ホライゾンと家の住人の名前が書かれている。

 

「さてと……」

 

「あら、何をして居るのかしらゼファーじゃなかったケルベロス、インターフォンを押さないの?」

 

「ははは、ヤダなぁヴェンデッタ。筋金入りのバカップルの二人がインターフォンを押した程度で出てくるわけないじゃないか。意に介さずにイチャイチャし続けるに決まっているよ」

 

「あ、この世界の二人はそういう感じなのね」

 

まあ他に比べるとまだ落差がない方かしらなどとヴェンデッタは遠い眼をしながら呟く。あまりにあんまりな状態な知り合い達を見続けたせいでどうやら大分感覚が麻痺しつつあるようだ。

 

「でもだったらどうするのよ、まさか勝手に家に入るわけにいかないでしょ?」

 

「うん勝手に入ろうものなら下手をすると子作りの真っ最中なんて気まずい事になりかねないからね!そこでヴェンデッタ、君にこれを読んでもらいたいんだ!」

 

「えーと何々、「人気投票2位おめでとう、でもサントラのジャケットでアッシュ君との2ショットはヘリオスに奪われちゃったわね(笑)。私は3位だったけどサントラのジャケットではきちんとメインを飾ったわよ」……なんなのコレ。読んでいてむしろ私に対するダメージの方が大きいんだけれど……」

 

そうするとドタドタという音がしてガチャリと家のドアが開き

 

「うわーん、私は悪くないもん!私とアッシュがイチャイチャする話をみんなも求めてくれているのに何時までも書かない高濱が悪いんだもん!人気投票ではちゃんとヘリオスに勝っているもん!!!」

 

そんな事を号泣しながら告げるナギサ・ホライゾンと

 

「泣かないでくれナギサ!俺は君の笑顔が大好きだから、泣いている顔は見たくないんだ」

 

そんなナギサを追いかけてきたアシュレイ・ホライゾン。そうして二人はヴェンデッタとケルベロスが目に入っていないかのようにイチャイチャしだす

 

「本当に……それじゃあ、ええっと、ギューって抱きしめて欲しいな」

 

潤んだ瞳で自分を見つる愛しい妻の言葉にアッシュは

 

「ふふ、御安い御用だよ。ほら、これで良いかな」

 

抱きしめ合い重なり合う二人の身体、そうして見つめあった二人は濃厚な口付けを交し合い

 

「えへへへ、幸せだなぁ。アッシュの身体、とってもたくましくて暖かくて……」

 

頬をすりすりとすりつけながらナギサはそんな事を告げる。もはや二人の目にヴェンデッタとケルベロスは全く映っていない。

 

「と、二人は隙があると、むしろあろうとなかろうとすぐいちゃつき出すおしどり夫婦なんだ、仲良きことは美しいね!」

 

「あ、そう」

 

すっかりとやさぐれたヴェンデッタはそんな風に答える。

 

「アッシュ……アッシュ……アッシューーー!」

 

「ナギサ……ナギサ……ナギサーーーーー!!!

 

完全に二人の世界へと突入してしまった二人。どうしたものかと思案していたところで高らかな笑い声が響く

 

「オーホッホッホ、相変わらず男女愛などというものに貴方は現を抜かしているのね、それでも誇り高きアマツの血筋かしら!」

 

「この声は……現れたなドクターシズル!」

 

ババーンという効果音付きで現れたドクターシズルとそれに付き従うアオイ・漣・アマツとチトセ・朧・アマツ。彼女達こそが至高腐界計画を推し進めるアストロレンジャーの敵である!

 

 

「うわぁ……これまた如何にもって感じの格好をしているわね。朝に放送したら全国のお母様から苦情が来そうだわ」

 

今のシズルが身にまとうのは如何にも悪の女幹部といった感じのボンテージ姿、色々と危なくて全国の健全な少年に対する性への影響が危惧される。

 

「かつて旧暦の頃ギリシャの哲学者であるプラトンは言ったわ。異性愛など所詮肉欲交じりのもの、同性愛こそが真に肉欲の絡まぬ真の愛なのだと」

 

世に言うプラトニックラブの語源である

 

「そして我らアマツはそんな同性愛をこそ奉じる一族」

 

「ねぇ、だったらどうやって子孫残してきたの?」

 

炸裂するヴェンデッタの容赦の無いツッコミを無視してシズルは続ける

 

「にも関わらず!異性愛などに現を抜かすとは何事か!さあ、こちらに来るのよナギサ・奏・アマツ!そして我らと共に手を取り合い至高腐界計画を推し進めるのよ!」

 

「てめぇはゼファー総受け、私はヴァルゼライド総統総攻め、そこに何の違いもありはしねぇだろうが!」

 

「違うのだ!」

 

「貴方の仲間の二人、手を取り合うどころか取っ組み合いの喧嘩しているけど」

 

完全にツッコミ役と化したヴェンデッタ。周りが酔っ払っているときに素面でいるとこのように苦労することになるのである。

 

「うわーん、アッシュー自分がもてないからって僻んでいる喪女の嫉妬だよー怖いよー」

 

「よしよし、大丈夫だよ、ナギサ。何があったって君は俺が守って見せるから。愛しい君に指一本だって触れさせるものか」

 

「アッシュ……」

 

「ナギサ……」

 

「だだだだ、誰が僻んでいる喪女の嫉妬じゃーい!!!!別にずっと付き合っていた恋人寝取られたから世のいちゃついているバカップルもみんな私と同じ目に合えば良い、みたいな八つ当たりでやっているとかそういうわけじゃないわよーーー!!!」

 

「あ、図星だったのね」

 

ある特定の層に喧嘩を売っている気のする発言をする二代目アストロレンジャーの紅一点アストロピンクとそんな発言にいきり立つドクターシズル。そしてそんなシズルを意に介さず再びイチャイチャしだすバカップル、悲しいまでの勝者と敗者の明暗がくっきりと浮き出る光景がそこにはあった。

 

「ふん、そんなイチャイチャしていられるのも今のうちよ。我らの計画が完遂した暁には貴方の愛しの彼もギルベルトとダインスレイフの鬼畜攻めやヘリオスの強き攻めの餌食と言ったアッシュ総受けの対象に……」

 

「あ゛」

 

アッシュに手を出すと聞いた瞬間にどこか気弱な印象だったナギサ・ホライゾンの雰囲気が一変する。

 

「お前、今なんていった。アッシュに手を出すとそういったのか……」

 

凄まじいまでのプレッシャーが彼女から立ち上る、そうしていざ怒りのままに襲い掛かろうとしたところで

 

「ほら、ナギサ。落ち着いて落ち着いて、俺のために怒ってくれるのは嬉しいけど俺なら大丈夫だよ。何があっても君への愛を俺が失うなんて有り得ないんだからさ」

 

後ろから怒る妻を優しく抱きしめてアシュレイ・ホライゾンは優しくそんな風に告げる

 

「アッシュ……うん、そうだね。もてない喪女の八つ当たり位笑って受け流していないと駄目だよね、私はこんな素敵な旦那様がいてとっても幸せなんだもん。これも幸せ税みたいなもんだよね」

 

「ああ、彼女はよりにもよって男に恋人を寝取られたかわいそうな人なんだ。優しくしてあげよう」

 

そんな風にどこまでも意に介さずに二人の世界へと突入しだす。

 

「バカップルとかマジで見ていてむかつくんですけどー」

 

「ああ、もう創作意欲が萎えたわ、マジで萎えたわ」

 

そんな事を言いながらあからさまに不機嫌そうにするアオイとチトセ

 

「キーーーーーー、どこまでも馬鹿にして!!!もう良いわ、貴方達纏めて始末してあげるわ!!!来なさい我らの至高腐界を彩る真の愛を知る戦士達よ!!!」

 

そうして現れたのはウホッイイ男な軍勢。ヤラナイカ?とそんな言葉を口にするホ〇の軍勢である

 

「おおっと、悪いが俺の仲間達には一切手を出させやしないぜ!」

 

「部下を守るのが上官の役目なれば。君たちには彼らに指一つ触れさせはしない」

 

そんな中現れたのはアストロレッドとアストロブラックの両名。イイ男が増えたことで至高腐界の連中はいきり立つ、これが至高腐界の連中の恐ろしさである。

 

かくして全員が揃ったアストロレンジャーは戦隊物のお約束(名乗りを挙げる)を行なう

 

「燃える本気!明日へと踏み出す勇気の戦士!アストロレッド!」

 

「光を尊ぶ守護の盾!人々を守る正義の戦士!アストロブラック!」

 

「優しき過去を奉じる冥府の番犬!優しさの戦士!ケルベロス!」

 

「ナギサを愛する彼女のためだけの英雄!絆の戦士!アストロブルー!」

 

「アッシュの事が大好きな女の子!愛の戦士!アストロピンク!」

 

「「「「「魔星戦隊アストロレンジャー!」」」」」

 

「さあ、行くぜ至高腐界共!全人類をホ〇にして人類を絶滅させんとするその邪悪な企み!俺たちが砕いてやる!!!うおおおおおおお」

 

かくして決戦の火蓋は切って落とされた。男同士の信頼関係を見ると熱く滾る至高腐界の軍勢を前に鍵を握るのは愛の力で結ばれたブルーとピンクの二人。負けるな!アストロレンジャー!全人類の未来は君たちへと託された!戦え!アストロレンジャー!

 

 

 

 

「と言う作品を出して荒稼ぎしてみようと想うのだけど、どうかしら良いアイディアだと思わない」

 

「おいコラ、ミツバのババア、てめぇふざけてんのか。なんで我が麗しの英雄が屑になってやがる!見ちゃいられねぇ、俺が脚本を書き直す!!!!」

 

 




ドクターシズルとの激闘、戦いの最中彼女は自身に秘められた悲しき過去を語りだす
次回、魔星戦隊アストロレンジャー「僕は誰よりも何よりも貴方に会えて良かった」
来週もこの時間に~メタルノヴァ!!!


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ヴァル太郎

むかしむかし、あるところにアッシュおじいさんとナギサおばあさんというそれはそれは年を取ってからも大変仲睦まじい二人の老夫婦がいました。
しかしこのふたりはこのおはなしには特に関係のないひとたちです。川から流れてきた桃を見つけて食べて若返った二人は久しぶりに燃え盛るような夜を送ったりもしましたが、今回のお話とは特に関係がありません。


むかし、むかしあるところにヴァル太郎という若者がいました。

ヴァル太郎はスラム(おかねのないまずしい人達が一杯住んでいるところです)出身の孤児で、実は桃から生まれただとか実はどこかの国の王子様だとか実は伝説の勇者の生まれ変わりだとか、そういった特別な出自は一切ありませんでした。

しかし、だからといって彼が特別な人ではなかったかと言うと、そうではありません。まず目が違います、圧倒的な覇気を有している(すごいやる気があるということです)事がわかるその眼光は一目でこの人は自分(・・・・・・)などと違うという事をみんなに実感させるものでした。

ヴァル太郎は曲がったことが大嫌いな若者でした。立派な人、喧嘩には弱くても皆の事を思いやれる優しい人、そんな人達が悪い人達に虐げられる(いじめられることです)事が許せなかったのです。そう、だからこそ

 

ヴァル太郎は激怒した。必ずやかの邪知暴虐なる王を討たねばならないと。

ヴァル太郎には愛がわからない、ヴァル太郎はスラムの出身である。だが幼い頃から邪悪に対しては人一倍敏感であった。ヴァル太郎には政治がわからなかった、だがわからないからと言ってわからないままにしておいていいはずが無い、そう考えたヴァル太郎は政治について学びました。悪いから間違っているからと言って王を暗殺したとしても国は良くならない、むしろ愚王といえど王は王、指導者の喪失による混乱が起こる事はヴァル太郎は予期していたのです。そうして多くの同志を得たヴァル太郎はほとんど完璧な形で玉座の簒奪を行い、血統ではなく実力により指導者が選ばれる公正な社会への改革を行い、自らもまた王ではなく総統の地位へと就くのであった。

 

そうして総統となり、「改革者ヴァル太郎」「鋼の英雄ヴァル太郎」と民衆の歓呼の声(みんながすごーいと褒めたり、ありがとうと感謝している事です)を受け、総統となったヴァル太郎の下に鬼が島の鬼が彼の愛する人々を苦しめているという話が聞こえてきました。ヴァル太郎は決心しました。「涙を笑顔に変えるのだ」そう宣言して鬼が島の鬼退治へと赴く事を親友であるアル三郎へと伝えたのです。

ヴァル太郎ならばそうするとアル三郎はわかっていたのでしょう、驚いた様子も無く笑顔で頷きました。「こっちにはお前がいるんだ、負けるはずがあるかよ」そんな目の前の親友を何よりも信じている言葉を告げて、これまでもずっとそうだったようにヴァル太郎がただ一言「行くぞ」と自分へと告げてくれる事を信じて……

 

「いいや、アル。お前は俺のいない間留守を頼む」

 

しかしアル三郎に告げられたのはそんな言葉でした。何度目になるかも忘れた取っ組み合いの喧嘩の果てに結局アル三郎はヴァル太郎の意志が固いことを悟り、断念しました。アル三郎だけではありません、アオイというヴァル太郎自慢の副官(軍隊で偉い人のお仕事を傍でお手伝いをする役目の人です)アオイ等も協力を申し出ましたが、ヴァル太郎の意志は固く、結局ヴァル太郎は協力を申し出る彼らには自分の留守を任せて一人で旅立ちました。途中ギル兵衛という盟友(同じ目標に向かって一緒に頑張ろうと約束したともだちのことです)の中に不穏なものを感じ取ったヴァル太郎は彼と死闘を繰り広げましたが、当然のように勝利を収めました(詳細を知りたい人はシルヴァリオ トリニティ 初回限定特典アペンド 審判者よ、天霆の火に下るべしを18歳以上になってからやりましょう!)。

 

そうして鬼が島を目指し始めたヴァル太郎ですが、途中でガニュ太という青年が

 

「ヴァル太郎閣下、どうか私に御身の傍に仕える事を、旅の共になるという栄誉をお与え下さい。少しでも貴方のお力になりたいのです」

 

彼のお供に加わりたいと言って来ました。ヴァル太郎は当然ながら断りました。何故ならばヴァル太郎はこの国に住まう全ての民の幸せを願っているからです。加えて力の差の問題もありました。ヴァル太郎には負ける気は一切ありません、彼の愛する民を虐げる鬼達に対して然るべき報いをくれてやるつもりでした。しかし、だからといって彼は彼の国の兵隊さん達を倒したという鬼の事を決して侮っていませんでした。だからこそ、戦うことはそこまで得意ではないアル三郎やアオイには留守を任せて、自分一人で戦いへと赴くことにしたのです。自分は一人で十分だから家族や大切な存在の傍にいてやれと、身も蓋も無い言い方をしてしまえば足手まといにしかならないのだと、ガニュ太を諭します。しかし、ガニュ太の意志は固くどうしてもお供にして欲しいと譲りません。そんなガニュ太の頑固さに流石のヴァル太郎もついには折れ……

 

「わかった。ならば仔細教授しよう」

 

普通のお話でしたらここでなんだかんだと主人公が折れるところですが、ヴァル太郎はそんな『普通』だとかといった言葉から最も遠い男です。頑固さや根気強さと言った分野でこの男の右に出るものはいません。数日間にも及ぶ熱心な「ガニュ太が同行するとどれだけの人間が悲しむか及び自分の勝率が下がることになるのか」という講義を勝手についてきていたガニュ太に対して旅の傍らで行ないました。容赦など欠片も無い怒涛の正論の嵐にガニュ太はようやく己の過ちを悟ります。そうして、ヴァル太郎と別れて婚約者の下に戻ろうとガニュ太が決心したまさにその時に

 

「天昇せよ、我が守護星――鋼の恒星を掲げるがため 」

 

巨大な氷塊がヴァル太郎達を襲いました。攻撃を察知したヴァル太郎はとっさにガニュ太を庇いながら回避しようとしましたが

 

「天昇せよ、我が守護星――鋼の恒星を掲げるがため」

 

もう一体漆黒の瘴気を纏った別の鬼がヴァル太郎達に襲い掛かってきました。ヴァル太郎はこれも察知して持っていた刀で迎撃しますが、哀れ無力なガニュ太はその戦いの余波だけで致命傷(もう助からない、深い傷のことです)を負ってしまいました……結局ヴァル太郎のいう事は全て正論でした。ガニュ太は何一つとしてヴァル太郎の手助けになるような事無く、それどころか足手纏いだった彼をとっさに庇ったせいでヴァル太郎は負わなくても良かったはずの傷を負ってしまいました……

 

「無様だなヴァル太郎。そのような偽善にかまけた結果傷を負うとは。いや所詮は卑賤な出、仲良く屑同士で傷の舐めあいといったところか」

 

「残念ながらそいつは資格なしだ、我らが主と戦える相手は真の勇者のみだ。そこらの木端では土俵にすら上がれない。だからこそ、なあ見せてくれよヴァル太郎さん、あんたの持つ輝きを。そこで転がっている凡百とは違うってところを見せてくれよ」

 

二体の鬼がそんな風に嘲りの言葉をかけてきます。ガニュ太はもはや何も言い返せません、結局ヴァル太郎の言ったとおりに足手纏いになるだけで終わって、このまま死ぬ事になってしまう己の情けなさにただ涙を流せばかりです……

 

「黙れ、貴様らにこの男を侮辱する資格などない」

 

そんな中、ヴァル太郎から烈火のような憤怒の言葉が放たれました。そうヴァル太郎は激怒していました。彼は彼の国に住まう民を愛し、守りたいと願い総統となりました。ガニュ太にかけた厳しい言葉の数々も、彼を自分の戦いに巻き込みたくは無いからこそでした。だからこそ、ヴァル太郎は激怒していました。そんなガニュ太の命を奪った挙句嘲笑った鬼達を、そして何よりも結局巻き込んで死なせてしまった自分自身は救いようの無い塵屑だと断じて……

 

「忘れているのなら、思い出させてやろう。貴様達を殺すのが、俺の役目だという事を」

 

そう烈火の如き怒りを鬼達にたたきつけた後に、倒れ付していたガニュ太にそっと目で詫びながら

 

「すまん、そして誓おう。お前の死は無駄にしない。帝国の民の命を弄んだその罪、魂魄にまで刻み込んでくれる」

 

そう告げた後にヴァル太郎は弾かれたように光る剣を携えて二体の鬼へと襲い掛かりました。そうしてガニュ太のその勇姿を目に焼き付けて、歓喜の涙を流しながら

 

(僕は誰よりも何よりも貴方に会えて良かった……)

 

故郷へと残した大切な婚約者の事を今際の際に一切考える事無く、ヴァル太郎を讃えて歓喜の涙を流しながら、ガニュ太という青年はねむりについたのでした……

 

さて二体の鬼とヴァル太郎の戦いですがその詳細はもはや語るまでもありません。本来であれば人間は鬼には普通勝てません。しかし、そんな事を言い出したらそもそもスラム出身の人間が総統にまで登り詰めることだって普通は不可能です。何度も言いますがヴァル太郎に対してそういった普通という言葉を当てはめるのはとことんまで無意味です。ヴァル太郎はそうなるのが必然かのように、二体の鬼を相手に勝利しました(詳細が知りたい方はシルヴァリオ ヴェンデッタ-Verse of Orpheus-の英雄譚をプレイしましょう!)。自らが巻き込み死なせてしまったガニュ太に必ず報いると誓い、その死を決意という炎に対する薪へと変えて……

 

そうして二体の鬼を破り、ガニュ太を死なせてしまった(実際は彼の自業自得なのですがヴァル太郎は何もかもを自分で背負うとする背負いたがりなのでそう思っています)ヴァル太郎は彼の死に報いるべくより一層その覚悟の炎を燃やします。「涙を笑顔に変えるのだ」一度も泣いたことが無いヴァル太郎は何時もと変わらずにそんな風に宣言して……

 

そんな風に旅を続けていたヴァル太郎ですが、府羅賀と言う街で強欲竜団という名の山賊団が彼の愛する民を虐げていることを知ります。彼の愛する民達の安寧が脅かされていることを知ったヴァル太郎はまた何時ものように激怒します。彼は自分がその山賊団を討伐するから安心するようにと伝えて、街の人達の歓呼の声を受けながら山賊たちの根城を襲撃します。そこらの山賊如きがヴァル太郎の相手になるはずもありません、ヴァル太郎が順当に、かつてと同じように山賊団を殲滅していきました。そうしてアジトの一番奥で首領であるダインスレイフと対面した瞬間、ダインスレイフはまるで十年以上もの間待ち焦がれた想い人と巡り会えたような歓喜の表情を浮かべて……

 

「ああ……また会えた……ようやく……ようやく来てくれたんだな!」

 

そんな歓喜の声を挙げながらヴァル太郎へと襲い掛かってきました。

 

「遅いじゃねぇか……ずっと……ずっと待っていたんだぜお前の事を……!総統になんかなっちまって俺をほったらかしにするんじゃねぇよ、なぁ英雄!今度こそ最後まで、共に殺し殺され合おう。そうさ、邪悪な竜を討伐するのがおまえの宿命なんだからッ!」

 

「さあ、見てくれ俺を――光を砕く滅亡剣を。貴様のために本気で生きた証をすべて、今こそ余さず受け止めてくれェッ!」」

 

鬼如きなどに渡すものか、この光輝く人の至宝たる英雄は己のものなのだと強欲竜は高らかに宣言します。訝しがるヴァル太郎にダインスレイフは語ります。自分はかつてヴァル太郎が壊滅させたとある山賊の一員だったと。その時の自分は単なる小悪党で、歯牙にもかけられずヴァル太郎に切り伏せられ、たまたま運よく生き延びたのだと。そう語ってきたダインスレイフにヴァル太郎は問いかけます、つまりは仲間を殺されたことに対する復讐なのかと。

山賊という存在はヴァル太郎にとって愛する民を虐げる許し難い存在です。しかし、悪党にだって時として悪党なりの仲間意識や絆と言われるものが存在することをヴァル太郎は知っていました。だからこそ、もしもダインスレイフがそういった理由でヴァル太郎を討とうとしているのであれば、それは正面から受け止めた上で超えねばならぬ想いだとヴァル太郎は考えましたが……

 

「復讐?おいおい、何を言っているんだよ我が麗しの英雄。俺はお前に感謝こそすれ、恨みなんて毛ほども抱いちゃいないさ。あん時お前に切り殺された奴らは俺も含めてどいつもこいつも塵屑の集まりさ、英雄の宿敵の竜なんて大役はとてもじゃないが務まらない端役が関の山のな!」

 

「だからこそ、そんなお前にとって敵とすらみなされない塵同然だった自分を変えたくて俺は……俺はここまで来た!なあどうだよ、我が麗しの英雄よ、今のお前にはちゃんと俺が打倒すべき竜に見えているか?怒りを燃やして殺さんとする悪党に見えているか!?なあ、どうなんだよ英雄!!!」

 

血走った眼で喜悦に満ちた表情と声でそんな事を言ってくるダインスレイフにヴァル太郎は嘆息します。度し難い、と。誰かのためという想いが欠片も無くあるのはどこまでも己というダインスレイフの様に一瞬哀れさを感じます。しかし、そう思ったのは一瞬だけヴァル太郎はどこまでも身勝手な理由によって虐げられた無辜の民の嘆きを想い、怒りを燃やします。自らの意志と力によってそこまでの境地に至ったことには敬意を払おう、だが殺す。いいや、だからこそ殺す、と。ヴァル太郎にとっては自分の意志で多くの民を虐げるこの悪党を見逃す理由は一切ありませんでした、自分がかつて仕留めそこなったせいでこのような巨悪を生んでしまった事に激しい怒りを燃やします。

そんなヴァル太郎が紛れも無い本気の怒りを自分に対して向けてくれていることにダインスレイフは歓喜の涙を流します。そうだこの時はずっと自分を待っていたんだ、こうして自分を変えてくれた英雄が怒りを燃やして自分を打倒すべき悪なのだと見てくれていることが嬉しくてたまりません。それだけでこれまでの日々が報われるような錯覚さえしました。

それは、ある意味では好きな女の子の気を引きたくて意地悪をしてしまう男の子に近いものだったかもしれません。男子の皆さんはダインスレイフ君のようにならないように注意しましょう!意地悪をされて喜ぶ人はいませんし、意地悪をしてきた相手を好きになるような事も普通はありません!

 

二人の戦いは激戦となりました。単純な技量や強さという点ではヴァル太郎の方がまだ上でした。しかし、ダインスレイフはずっとヴァル太郎と戦うときを夢見て準備してきました。かつて見たヴァル太郎の一太刀をその目に焼き付けてずっとそれに対抗するための努力を重ねてきて、文字通りもうこの戦いで命が全て燃え尽きても良い、いや燃やし尽くしたいのだと言わんばかりに身体への負荷など一切考えずに覚醒を続けていきます。

一方のヴァル太郎はダインスレイフを、あくまで鬼退治の途中でたまたま巡り会った打倒せねばならない敵という認識でした。当然情報収集を怠ってはいなかったものの、それでもダインスレイフの詳細な戦い方など知っている人物などいるはずもなく、戦いのシュミレートなど一切出来ていませんでした。

実力ではヴァル太郎が、事前準備ではダインスレイフがそれぞれ上を行っており両者の戦いは均衡状態へと陥りました。そうして数時間にも及ぶその激闘の勝敗を別けたのは……

 

「ガハッ……届かなかったか……」

 

無念さを漂わせながらさりとて後悔は一切無いと言わんばかりの表情で致命傷を負ったダインスレイフが喜悦とも苦悶とも取れる声を挙げます

 

「なあ我が麗しの英雄よ……冥土の土産に教えてくれないか……一体俺には何が足りなかった……やはり本気さか……俺なりに全力だったつもりだが、それでもやはりお前には及んでいなかったと、そういう事なのか……」

 

「知れたこと。貴様はここで終わっても良いと想っていた、だが俺は違う。俺には報いねばならぬ多くの民がいる、故にこんなところで終わるわけにはいかなかった。それだけの事だ」

 

ヴァル太郎にはここで終わるわけにはいかない(・・・・・・・・・・・・・・)と彼に思わせる親友(タカラ)(タカラ)(タカラ)がいました。しかしダインスレイフには何一つそれがありません、報いたいと願う誰かの存在の有無、それこそが勝敗を別ったものだと告げるヴァル太郎の言葉にダインスレイフは納得したかのような苦笑を浮かべて

 

「は……ははは、なるほど。そりゃそうだ」

 

なんとしてでも勝たないとならないと想っていたヴァル太郎とヴァル太郎に討たれて終わってもいいと思っていたダインスレイフ。どっちが勝つことに対して本気だったのかなど明白だと気が付いて

 

「ああ、これでもまだ届かなかったか……次こそは……」

 

必ずや英雄を討つにより相応しい魔剣へとなって見せようと未来を求め続けながら満足気に狂える強欲竜は息絶えるのでした……

 

かくして数々の激闘を潜り抜けたヴァル太郎はついに鬼が島へと乗り込みます。激闘を潜り抜けたことですでに己が命を長く無い事を悟りながらも、ヴァル太郎は気合と根性で普通であるのならば動くことも出来ない激痛にも平然と耐えながら鬼の首魁(リーダーのことです)カグツチの元へとたどり着くのでした。

 

「待っていたぞ、ヴァル太郎」

 

その言葉を聞き、カグツチの姿を目にした瞬間にヴァル太郎は心します。この敵は今までの相手とは比べ物にならない難敵なのだと。まず目が違います、どこまでも我欲に流されるだけであったり、あるいは抗おうとする気概を持っていなかった彼が今まで破ってきた鬼達とは明らかに違うのです。目の前の難敵はただ我欲のままに人を喰らおうとする怪物などでは断じてなく、彼の信望する意志の輝きを有する存在だったのです。

 

「いやはや、本当によくぞたどり着いたものだと感心しているのだよ。我らは神よりこの世界を制圧するべく遣わされた使途、貴様らの呼び名では鬼、と言うのだったかな?文字通り一人ひとりが一騎当千、本来であれば脆弱なる人の身であればどう足掻いても一体とて勝てるはずがないのだよ。それがどうだ、蓋を開けてみればこの有様。まさか己以外の全ての使途がたった一人の男に討ち果たされるなど、流石の己も予期していなかったよ」

 

そこには嘲りや侮るの色は一切ありません、純粋なヴァル太郎に対する敬意が込められていました。

 

「まさしくお前こそが史上最強の人類種、原初の魔星たる己と唯一肩を並べられる存在と認めよう。だからこそ、その命無為に散せるのはあまりに惜しい。どうかなヴァル太郎、その命己の偉大なる主である天におわす神へと捧げる気はないかな?さすれば、その身体もたちどころに治すことを約束しよう」

 

心の底からヴァル太郎を惜しみ、友誼さえも感じ取れるようなその好意に溢れた誘いに対してヴァル太郎は……

 

「論ずるにも値しない。この身を全て民と国のためにある。俺がこの心臓を捧げると誓ったのは我が祖国とそこに住まう民のみ。貴様の語る神などではない」

 

烈火のごとき戦意を叩きつけながらもヴァル太郎のカグツチに対する想いにもまた侮蔑の気持ちは一切ありませんでした。むしろ自分と同じく誰かのためにその命を捧げることを誓った者としてある種の共感めいたものさえ浮かんでいたのです

 

「そうか残念だ、だがここで頷くような男であればそもそもここまで至れていないのもまた事実。ならばヴァル太郎、己は貴様を超えていこう。せめてもの敬意として真っ先に貴様の国を制圧してな」

 

「抜かせ、そんな未来は永劫訪れると想うな。貴様こそ覚悟しておくのだな、神の持つ技術、実に興味深い。貴様を破ったその暁には必ずや貴様の言う神の国を制圧してその技術を全て奪ってやろう」

 

そうして似たもの同士の二人は戦意と敬意をぶつけ合いながら臨戦態勢へと移り

 

「勝つのは、己だ」

 

「勝つのは、俺だ」

 

共に誰かのためにその勝利を捧げんと激突するのでした。

戦いは熾烈を極めました、力であれば圧倒的にカグツチがヴァル太郎を上回っています。普通であればヴァル太郎に勝ち目など一切ありません。しかし、しつこいようですがヴァル太郎に対しては普通などという言葉は一切当てになりません。ヴァル太郎は力ではカグツチに劣るものの、幾多の戦いを乗り越えてきた彼の技量は練達という言葉さえが生ぬるい領域にありました。加えてヴァル太郎は決して生まれつきの強者などではありませんでした。むしろその逆、どこまでも才に恵まれない彼は常に彼よりも強大な存在と戦い、何度も泥に塗れました。それでもまだだ!と決して諦めず、その意志の力で勝利をもぎ取ってきたのです。だからこそ今回の戦いでもヴァル太郎は必ずや勝利を……

 

「まだだ!」

 

これまではそうでした。しかし今度の敵は今までと違いました。誰かのためにとその命をささげようとしていることも、決して諦めないその不屈の意志も何から何までヴァル太郎と対等だったのです。だからこそ二人の戦いは完全な均衡状態へと陥りました。ダインスレイフの時とは違い、カグツチもまたヴァル太郎と同じくここで終わるわけにはいかない(・・・・・・・・・・・・・・)と彼に思わせる(タカラ)がありました。だからこそ両者は完全な対等、その死闘は三日三晩にも渡り、そしてついに両者へと同時に致命の一撃が刻み込まれます。如何にまだだと精神が吼えても物理的な限界というものが世の中には存在がします。かくして決して諦めることなき二体の怪物の戦いは、物理的な限界に両者が同時にぶち当たったことで幕を……

 

「否、否だ──こんなところで終われはしない! 涙を明日へ変えるためにッ」

 

「ああ、まだだ! 立ち上がれ、我が身体よ。見ろ、奴が待っている……あの素晴らしき英雄が、己を討つべく待っているのだ!」

 

それでもまだだ、まだだと両者は共に吼えます。あの素晴らしき宿敵にこそ自分は勝利したい(・・・・・)のだと。目の前の相手こそが自分にとって唯一無二の宿敵(・・・・・・・)なのだと認識して。

その瞬間に二人の体が共鳴を起こしたかのように輝きだします、そうして二人は空に浮かぶ新しい星となりました。ついに二人の怪物は物理的限界すら超越したのです。

 

「勝つのは、己だーーーーーーー!!!!」

 

カグツチのその言葉と共に放たれた一撃でヴァル太郎の守ろうとした国が吹き飛びます。そんな国さえも吹き飛ぶような一撃を気合で耐えた(・・・・・・・)ヴァル太郎はその様に、守ることが出来なかった己自身に深い怒りを抱いてさらにまた覚醒を遂げます

 

「勝つのは、俺だ!!!!!!!」

 

その言葉と共に放たれたヴァル太郎の一撃が今度は天に浮かぶカグツチの国を両断します。そんな世界さえも両断するような一撃を気合で耐えた(・・・・・・・)カグツチはその様に、守ることが出来なかった己自身に深い怒りを抱いてさらにまた覚醒を遂げます

 

「ヴァル太郎オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」

 

「カグツチイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!」

 

そうして決して止まる事も、諦めることもなく、ついには物理的な限界すらも超越した二柱の神は世界を砕きながら果てること無き死闘を演じ続けるのでした……

 

 

かつて、旧い宇宙には二柱の主神が存在しました。

彼らは共に善神であり、愛すべき民のためならいかなる苦難も恐れません。

だからこそ、戦いは定められていたのでしょう。地に恵みをもたらす大いなる光の源……その所有権を巡り、彼らは雄雄しく矛を交えだしたのです。

それは星を、銀河を、宇宙を巻き込むたった二人の大戦争。“聖戦”と呼ばれる神々の争いは浄も不浄も等しく飲み込み、太古の秩序は欠片も残らず焼き尽くされてしまいました。おしまい。

 

「ねえ、おかあさん」

 

なあに?

 

「じゃあどうして、いまもぼくたちは生きてるの?」

 

それはね、最後にその神様たちが次の太陽になったからよ。

互いを討った二つの神は、互いを取り込み一つとなった。大いなる光そのものと化した彼らは、今私たちが生きているこの世界を優しく照らし続けているの。

 

これは、そんな原初の御伽噺。

新たな宇宙の、新たな星に、あらゆる民族で語り継がれる遥かな星の英雄譚

 

 

 

「どうだ、ミツバ!我が麗しの英雄を主人公とするのならこんな話こそが相応しい!!!」

 

「………(あの英雄様だとありえないって言い切れないのが怖いわね本当に)」

 

 




ヴァルゼライド総統閣下マジで御伽噺の主人公。
作中での時折入った難しそうな言葉に対する注釈とかおじさんをこき下ろしている部分はミツバのババアがおじさんの原稿を編集する際に入れました。


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アマツ女子会

アペンドはアシュナギ、ヘリオスさんの三人にスポットですってよみなさん!!!
しかもアルテミスパッケージ発売ですってよ!!!

というわけで久しぶりの更新です。
相も変わらずのギャグ空間です。シズルさんのキャラ崩壊度高めなのでご注意を。
今回の話で多分一番不憫なのはレズ忍者ことサヤ・キリガクレ


 アマツ

 

 それは新西暦における貴種の証。今は天に輝く第二太陽となった大和の血を引く者達の総称である。彼らは皆多様な分野で優れた才覚を示し、特に近年生み出された人間兵器たるエスペラントとして高い適性を示す事で知られている。そんな彼ら、いや彼女達にはその他にもある共通事項がある。それは……

 

「さあ、それではコレよりアマツ女子会を開催する!皆こぞって己の愛と想い人について語るが良い!」

 

 ドンなどと言う効果音が聞こえてくるかのように堂々とした様子で軍事帝国アドラーのNo.2である女傑チトセ・朧・アマツがそんな事を告げた。

 

「わーパチパチーパチパチー」

 

 そんな主の発言を聞いて従者であるサヤ・キリガクレは死んだ目をしながら紙ふぶきを撒き散らして、拍手を行い必死に場を盛り上げようとする。

 

「…………ええっと」

 

ナギサ・奏・アマツはわけがわからないといった様子で戸惑い

 

「………激務のあまりについに壊れちゃったのかしら」

 

 なんといっても裁剣天秤の隊長でこの国の実質的なNo2だものね、などとシズル・潮・アマツは痛ましいものを見る目で見つめ(ちなみにチトセは彼女にそういう目で見られると何故か無性に腹が立つ、流石の私も男にゼファーを寝取られたりはしていないぞと言いたくなる、とは本人の弁である)

 

「え、ええっと私みたいなパチモンが来て良かったんですか……?」

 

 戸惑った様子でカナエ・淡・アマツはそんな風にびくびくとしながら呟き

 

「帰らせてもらおう」

 

 付き合ってられんと言わんばかりにアオイ・漣・アマツは席を立とうとした。

 

「おいコラ待てアオイ、何を帰ろうとしている」

 

「国家の行く末に関する重要な会合と聞いて来てみればわけのわからない与太話。このような茶番になど付き合っていられん」

 

「おいおい、何を言っているんだ。これは国家の行く末に関する極めて重要な事だぞアリエス隊長アオイ・漣・アマツ中将殿」

 

 呆れきった様子のアオイに対してチトセはそんな風に自信満々に手を掲げながら告げる

 

「特別外交官たるアシュレイ・ホライゾン殿と我らが親類にしてアドラーの国民たるナギサ・奏・アマツの仲の進展具合、極めて重要な事だとは思わんか」

 

「へ?」

 

 突如として自分と愛しいアッシュへと矛先が向いたことでナギサは呆けたようにポカーンと口を空ける。

 

「何せホライゾン殿はスフィア到達者、今の情勢をひっくり返すような王冠の所持者と言っても過言ではない。彼の人格を疑っているわけではないが、それでも国としては我が国の人間と強い結びつき(・・・・・・・・・・・・)があったほうが安心できるというものだろう。そうら理解できただろう、ことが我がアドラーの行く末に関わる案件だという事が」

 

 アシュレイ・ホライゾンは現在アドラーにおいて最大級の警戒と最高クラスの待遇が用意されており、総統であるヴァルゼライドからもくれぐれも礼を失することがないようにという厳命が下されている。既にそれなりの付き合いがあり、その人となりを把握しているチトセらは何も本気でアッシュが野心を抱き、現在の情勢をひっくり返しにかかることを危惧しているわけではない。

 だがそれはそれとして地位や名誉に金や女といったなんらかの首輪を繋いでおかないと不安になるのが国家と人の性というもの。当人の個人的好意によってのみ成立している関係というのは逆にいうとその好意が消滅してしまえば崩壊する危険性を孕んでいるという事でもあるのだ。私人間ならばともかく国家としてはそういったリスクは極力避けたい。無償で働く聖人よりも何を求めているかが明確な俗物の方が国としては扱いやすいものなのだ。アッシュもその辺の機微は察しているのだろう、特に報酬や地位を固辞するという事はあまりせずに素直に受け取っていた。

 そして、だからこそあてがったハニートラップの進展具合を確かめることはすなわち列記とした国家の行く末へと関わるものだと、チトセはそう述べているのだ。

 

「……なるほど、一理ある。だがならば奏より聞けばいいだけのこと、各々思い人と愛について語るというのはなんだ?」

 

「そこはほれ、他人ののろけ話をひたすら聞いているだけだとストレスが貯まるだけだろう?故に各々語る事でその辺の帳尻を合わせようというわけだ」

 

 嘘である。この漢女、単に自分が惚気たいだけである。そもそもこの女子会自体が中々進展しない事に業をにやして、ガッツリと思い人の心を掴んでいるナギサのあざとさを参考にしようという何時になく殊勝な考えの下行なったものである。……気づくのにずいぶん時間がかかった気もするが。

 

「まあ、というわけで趣旨はわかっただろう、というわけで改めてアマツ女子会をこれより開催する!皆のものふるって参加するのだ!!!」

 

「わーパチパチーパチパチ」

 

 そんなチトセの開催宣言を聞き、従者たるサヤ・キリガクレは遠い目を浮かべて紙ふぶきを撒き散らしながら拍手を行なう。思い人の口から嫌いな男に対する惚気を聞かされるという彼女にとっては拷問以外の何者でもない時間だが、それでも必死に主のために場を盛り上げようとする彼女は従者の鑑といえよう。

 これでレズでさえなければ言う事はないのだが、レズでなかった場合チトセにこれほど深い忠誠を誓っていたかは不明なので世の中ままならないものである。

 

「というわけで発起人たる私から口火を切らせてもらうとしよう、私が愛しているのは無論我が愛しの狼ゼファー……」

 

「趣味が悪いな」

 

「悪いわね」

 

「こ、好みは人それぞれですから……」

 

「あ、あれで結構良い人なんですよ!私も恋人にしたいかって言われたら絶対に嫌だってなりますけど……」

 

 ばっさりと切り捨てるアオイとシズル(チトセも彼女達に男の趣味がどうこうは言われたくないだろう)、なんとかフォローしようとするもはや別人のカナエ、フォローを入れつつも男としてはノーサンキュー(彼女の場合はそもそもアッシュ以外はどれだけ優良物件だろうがノーサンキューだろうが)とバッサリと切って捨てるナギサ、そんな親戚達の様子にチトセは不満げに口を尖らせる

 

「むぅ、あいつの良さがわからないとはどいつもこいつも見る目がない」

 

 見る目が無いのはどう考えてもチトセなのだがその辺は他も大概なのでもはやこれはアマツの背負った宿業なのかもしれない。やるときはやるが普段は駄目人間の生きた見本のようなゼファー、恋愛感情を抱くことが全く想像できない鋼の英雄、死の間際に婚約者の事を一切考えずに英雄への畏敬の念で埋め尽くされた男、改めて見ると層々たる面子である。

 

「ふん、まあ良い。これ以上ライバルが増える必要はないからな。ふふふ、あいつの良さは私が知っていれば良い」

 

 他の人がどれだけ酷く言おうと、私は彼の良い所知っているもんね!そんな完全に手遅れな発言をするチトセにシズルとアオイはうわぁ……と言った様子を見せる。何度も言うがチトセも男の趣味に関しては彼女達にだけはとやかく言われたくないだろう

 

「それじゃあ次は私ね、うふふふ私の愛しい彼は……」

 

 そうしてシズルは恍惚とした様子で語ろうとするが

 

「あ、言っておいてなんだがお前の話は参考にならなそうだ」

 

 そんなシズルをチトセはばっさりと切って捨てる。

 

「なんでよ!私この中じゃ明確な既婚者よ!!!自覚すらしていない子や、ようやく自覚して熱心にアプローチをしている子や、何時までも友人以上恋人未満みたいな関係の部分でうろうろしていたりする子と違って明確に愛する人と結ばれているのよ!」

 

「いや、確かにそうなのだが……なんだろうな、所詮男に恋人を寝取られた女の話だ参考にするのはやめておけ、などという天からの声がどこからともなく聞こえて来てだな……」

 

 そんなチトセの発言にシズルの眼鏡がピシリと割れて

 

「ね、寝取られてなんかないわよ!た、確かに帰ってきたらなにかというと総統閣下の素晴らしさを延々と語ってくるし、そんな様子にこの間ついに業を煮やして「もしも私と総統閣下どちらかしか助けられない状況だったらどうするの?」って聞いたら「もちろん君さ!総統閣下なら僕如きが何かするまでもなく自力でどうにか出来るに決まっているからね!」って答えたから、それじゃあ私と総統閣下どっちが大事って聞いたら答えるまでにしばらく間があったけどそれでも「そんなのもちろん君に決まっているじゃないかシズル」って答えてくれたんだから!!!」

 

「あ、いや、その、なんというかすまん……」

 

 号泣し出したシズルを他所にチトセは思わぬ地雷を踏んでしまったと流石に悪いことをしたなとなり、とりあえず部下に介抱を任せて仕切りなおす。

 

「ごほん、とまあちょうど麗しのヴァルゼライド総統閣下の話になったわけだしせっかくだ、アオイ貴様の話を聞くとしよう」

 

「何度も言っているが私の総統閣下に対する思いは忠誠であって、そういった感情ではない。貴様は何度言えば理解するのだ」

 

「お前こそ何度言ったら理解するのだ、バレンタインの日になると総統閣下に贈られるチョコの多さに何時も怒りを露にしてその日一日機嫌が悪いと専らの噂だぞ。兵士の間では漣中将に報告がある場合はバレンタインの日だけは絶対に避けろ、なんて事が囁かれている位だ」

 

「単に閣下のようなお立場の方が手作りのチョコなどというものを果たして食べられるのかどうか、その程度の事も考えられぬ無知蒙昧共の多さにほとほと呆れているだけに過ぎん。己が好意をただただ伝えたい、などという身勝手な想いばかりで肝心の相手の迷惑を考えられていない輩があまりに多すぎる」

 

 国家の頂点に位置するヴァルゼライドが食べるものは毒殺の危険性を避けるために厳重なチェックが施されている。当然ながら手作りのチョコなどといった何が入っているかすら定かでないものをヴァルゼライドの口に入れられるわけがない、必然贈られたチョコは処分される事となる。無情かもしれないが、これが有名人へと大量に贈られるチョコの末路である。

 

「そうかそうか、そういうことにしておいてやろう。それでいずれ自覚する日が来たらその時はそれ見たことかと盛大にからかってやるからな」

 

「有り得ん日を勝手に夢想しているが良い、流石の私も妄想までも制限しようとは思わない。そのような愚想を事実のように広めた日には然るべき対処をさせてもらうが」

 

 そんな何時ものように心温まるやり取りを繰り広げる二人にナギサは曖昧に笑って誤魔化し、カナエはすっかり脅えきっていた。

 

「で、お前の方はどうなのだカナエ?」

 

「え、ええええええ、わ、私ですか?私はその、そんなえり好みできるような立場じゃないっていうか、そもそも私はアマツを名乗るのがおこがましいパチモノですし、挙句それに気づかずに自分が選ばれし人間なんだって勘違いしてやりたい放題やっていたもう本当に息を吸っているのかさえ、おこがましい塵屑なので、そんな私なんかに好きになられらたらその人も迷惑だろうし、もうそんなの本当に恐れ多いです!」

 

 自虐全開でカナエ・淡・アマツはそんな風に告げる。その自虐っぷりと言ったらもうなんというか見ていて痛々しいくらいである。今の彼女の自分への認識は師を逆恨みしたことに気が付いたどこぞの不死身の異名を持つ元魔王軍不死騎団長のような有様である。

 

「あ、あのカナエさんってこんな感じの人でしたっけ、昔はなんというかもっとこう……」

 

 あーはっはっは愚民共よ跪くがいいなどとリアルに発言していたまさしくいかにもテンプレ悪役令嬢と言った感じの親戚の様子を思い浮かべつつナギサは訝しがる

 

「そ、その事は言わないでくださいーーーーーもう本当にあの頃の私は何を考えて生きていたんでしょうか、恥知らずにも程があります!もう本当に勘違いが痛々しすぎて憐れでならないっていうか、直視に耐えない有様だったんで!ああ、こんな私が視界に入ってしまってごめんなさいごめんなさい!」

 

「あ、あの落ち着いてください……いや、本当に何があったんですか?」

 

 もはや別人と化したその姿にナギサは困惑する

 

「ふふふ、ヴァルゼライド閣下の誠心誠意の言葉が届いてな、彼女は心を入れ替えたのだ」

 

 やはりあの方は素晴らしいお方だなどと己が主を誇るようにアオイは得意気な顔で告げる。やはり彼女は彼女でなんというか大概ずれている人である。

 

「はい、ヴァルゼライド総統閣下はこんな哀れな塵屑も見捨てずに懇切丁寧にこんなアホでもわかるように丁寧にそれまでの私が如何に痛々しい勘違い女だったのかを教えてくださったんです!もう、本当に頭が上がりません、というか視界に入ることすらおこがましいです!!!」

 

「閣下は厳しいお方ではあるが、決して狭量でも無慈悲でもない、貴殿のその心を入れ替えた様子には閣下もお喜びであろう」

 

「は、はいいいいいいいい光栄ですうううううううう!!!」

 

 そんな様子にナギサ・奏・アマツとチトセ・朧・アマツは静かにドンびくのであった。

 

「そのじゃあ明確に好きっていうのはなくてもこの人素敵だな~と想うような人とかはいないんですか?」

 

 話題を逸らすようにそう問いかけてきたナギサの言葉に対して

 

「え、えっと……私なんかが言っていいのかって想うんですけど……その、アッシュさんって素敵な方ですよね、優しいですし。あ、あくまで一般論として述べているだけであってそもそもアッシュさんはナギサさんととってもお似合いですから付き合いたいとかそういうんじゃないですけど!」

 

 ピクリと反応したナギサの様子を鋭敏に察知したカナエは慌ててそんな風に付け加える、するとナギサは満面の笑顔を浮かべて

 

「えへへへ、そうですよね。普通に考えたら(・・・・・・・)そう思いますよね」

 

「は、はい、あんな優しくてカッコよくて情熱的で誠実な男性を恋人に出来るなんて女の子だったら誰だって憧れますよ~~~」

 

(チョロイな)

 

(とことん腹芸に向いているタイプではないな)

 

(チョロイですわね)

 

 チトセにアオイ、そしてシズルの介抱を終えて戻ってきたサヤはそんなウカレポンチを冷めた目で眺める。

 

「ふむ、それでは今回の本題だ、さあ思う存分にそのホライゾン殿について語るが良い。具体的には如何にして彼をああも見事なまでに篭絡したのか!その辺の方法について詳しく!詳細に!!!」

 

 クワッと目を見開きながらそんな事を告げるチトセにナギサは慌てる

 

「そ、そんな事言われても……べ、別に私は何か特別なことをしたわけじゃないですし……」

 

 どうやら彼女にとっては愛する男のためなら物理法則を超越するトンチキに喧嘩を売ったりすることも、衆人環視の前で私が誰よりも好きなのは今此処にいる貴方だからとか告げたりすることなども特別な行為ではないようである。

 

「ならば質問の仕方を変えよう、近々バレンタインデーなわけだがその時どのようなチョコを贈るつもりだ。やはりアレか、自分にチョコを塗りたくって私がチョコレートだから美味しく食・べ・て・ね等でもする気か?」

 

 昨年自分が実行したバレンタインデーのプレゼントの方法を思い浮かべながらそんな事を告げる。当然ながらそれを見たゼファーは脱兎の如く一目散に逃げ出し、チョコを塗りたくった状態のチトセがそれを追走するという状態が発生した。そんな追いかけっこをした二人がアドラーきっての精鋭部隊裁剣天秤の隊長と副隊長なのだからこの国はもう駄目なのかもしれない。

 

「そ、そんな恥ずかしいことするわけないじゃないですかーーーーーーど、どのようなって言われてもその……ふ、普通に手作りのチョコを贈ろうかなって……」

 

 いじらしく両手の指をいじいじと突き合わせながら、アヤやミステルに比べると美味しくないかもしれないけど等とか細い声でナギサは告げる。とことんあざとい子である。

 

「ば、馬鹿な……そんなオーソドックスなやり方であれほどまでに篭絡しきったというのか……」

 

 むしろ気を衒ったやり方ではなく小細工抜きの真っ向勝負だからこそ心をつかめたといえるのだが、チトセはそれに気づいていなかった。戦争や政治においては凡そ天才と言っていい女傑もこと恋愛に関してはずぶの素人である。最もナギサの方にしても百戦錬磨の達人というわけではないのだが……

 

(いや、あるいはこれこそがゼファーの求めていた恥じらいという奴なのか……?)

 

 いじいじと指をいじって頬を赤らめているあざとい生き物を見てチトセはそんな天啓を受けたような衝撃を味わっていた

 

「そうか……なるほどな、そうとわかればやり方を変えるとしよう!ふははは力押しが駄目な相手には搦め手を使う!戦いにおける常套手段であったな!!」

 

 答えは得たとでも言わんばかりの晴れやかな笑顔でチトセはそう告げる

 

「そうとわかれば改めて作戦を練り直さねばな!感謝するぞ!!!それではさらばだ、早急にそのための情報を改めて集めねばならぬからな!!!」

 

 サヤよその手の方面の資料を買って来いなどと告げて高笑いを挙げながらそうしてチトセ・朧・アマツはその場を離れる

 

「え、えっと……」

 

「これで解散……という事でしょうか?」

 

「どうやらそういうことらしい、全くもって身勝手な奴だ」

 

 そんな風にため息をした後にナギサの方を見据えて

 

「何にせよ、仲睦まじいようで結構なことだ。今後ともホライゾン殿と良好な関係を維持することは国は貴殿に望む」

 

「お、お幸せに~~~~」

 

 そういって退出していく二人を見送った後に

 

「ゼファーさん……大丈夫かなぁ」

 

 そんな恩人ともいえる知人の事を心配する言葉をナギサ・奏・アマツはポツリとつぶやくのだった。

 

 後日何かを勘違いしたように、私だって女の子なんだよ等と潤んだ瞳で見つめてきたりするチトセという不気味な光景にゼファーは恐怖で震えが止まらなくなるのだが、それは余談である。




女子会(女子と言える年齢はナギサちゃんだけ)


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乙女にとっての勝負、男にとっての審判の日(前)

                        ヘ(^o^)ヘ いいぜ
                         |∧  
                    /  
                 (^o^)/ てめえがクリスマス前だから
                /(  ) クリスマスネタが来ると思っているなら
       (^o^) 三  / / >
 \     (\\ 三
 (/o^)  < \ 三 
 ( /
 / く  俺はバレンタインネタを投稿して
       その幻想をぶち殺す



クリスマスネタはナギサ・奏・アマツ・サンタ・リリィとサンタハイペリオン仮面だとか
ヘリオスサンタとケルベロストナカイとかいう一発ネタしか浮かばなかったため、バレンタインネタになります。


 バレンタインデー。それは旧西暦において当時戦地に赴く兵士の結婚式が禁じられているローマ帝国において結婚式を執り行ったため死刑となった聖バレンティヌス司祭にちなんだ恋人たちの祝祭。大和においては女性が気になる異性にチョコレートを渡してその想いを伝える日とされており、新西暦においてもその文化は受け継がれる事となった。そして、そんな乙女にとっての決戦の日がここアドラーでも刻一刻と近づいていた……

 

 

「ねぇレインちゃん、レインちゃんはアッシュ君にはどういうチョコを贈るつもりなの?」

 

 ニヤケ顔でアリス・L・ミラーは己が妹へと問いかける

 

「ど、どうって普通に手作りのを渡すつもりだけど……と、というか何で私があいつにさも特別なチョコを贈る事前提なのさ!あ、あくまで義理!幼馴染で長い付き合いだから義理としてであって!!!」

 

 そんなアリスの問いにレインも顔を赤くして答えた後に、急に取り繕うように慌てて言い訳を行なう。もはや彼女がアシュレイ・ホライゾンのことが好きなのは地球は回っているみたいな当たり前の周知の事実のため無駄な努力以外の何者でもないのだが。

 

「はいはい、義理としてうちの子達には何か5円チョコみたいなちっちゃな切れ端みたいなものだけど、アッシュ君には特別サイズの気合はいりまくりのチョコを贈るつもりなのよね~~」

 

「う、うぐぅ………」

 

 レインは毎年交流のあった暁の海洋の団員たちにも一応チョコを贈っている。はっきりとわかるように切れ端のようなちっちゃなものではあるのだが。一方のアッシュにはそれはもうはっきりと本命とわかる特別サイズで綺麗にラッピングと面と向かってはいえないような事を綴ったメッセージカードが送られる。それはもう明らかに本命だとわかる様子で。

 屋敷時代彼女の父親は娘からの心の篭ったチョコレートと日頃の感謝が綴られたプレゼントに喜びの涙を流した後、明らかに自分よりも気合の入ったチョコレートをはにかみながらアシュレイ・ホライゾンへと渡す娘の姿に哀しみの涙を流したものであった。

 

「でもそうね~私もアッシュ君は中々の好みだし~ちょっと色をつけちゃおうかな。ホワイトデーのお礼はもちろんホワイトデーなだけに彼の白くて濃いので」

 

「ね・え・さ・ん」

 

「もうやだな~レインちゃんったら。そんなに怒らないでよ。ちょっとした冗談じゃない。可愛い義妹がぞっこんんな相手を寝取るような事はしないわよ」

 

 テヘペロと舌を出しながらおどけた後に一転アリスはニヤリとした笑みを浮かべて

 

「でも、ただの幼馴染(・・・・・・)だって言うなら別に遠慮する義理はないわよね~。だってただの幼馴染なんだもん。私がアッシュ君を篭絡したってそれは寝取りじゃないでしょ~」

 

「そ、それは……」

 

「ですね~アッシュさんは何せ三国公認の外交官。婚活女子にとっては垂涎のターゲット。それを狙いにかかるのは当然の事ですし」

 

「イケメン、優しい、高収入。おお、なんという優良物件!」

 

「う、うう……」

 

 アッシュを取られるのではないかという心配、それによってレインは慌てる。実際のところ彼女がアッシュにぞっこんなように彼は彼の方でレインにとことんぞっこんなのでそんな心配など杞憂というべきものだが、それでも不安になるのが乙女心というものだろうか。

 

「ただの幼馴染じゃないです……私の一番大好きな人です……だから……とっちゃやだ」

 

 真っ赤に顔を染めて俯むきながらポツリと呟かれた己が義妹のその言葉にアリスは

 

「はい。良く出来ました~可愛い義妹が勇気を出してそこまで言うからにはこのアリスちゃんも野暮はしないでおきましょう」

 

「毎年思っていることだけど勿体無いよね~レインちゃんは。バレンタインデーなんてちょこっとグレード上げて「もしかしてこの娘は俺の事が……」なんて思わせれば後で3倍以上になって返ってくるボーナスタイムなのに本命一直線って感じでさ」

 

「笑顔など所詮はプライスレス。サービスでつけてもいくらでも懐は痛みません。レインさんはパッと見クールなタイプに見えますから、特に勘違いさせる効果は十分でしょう」

 

「男の子って馬鹿で単純だからね~特に狙うべきは色々と見栄っ張りで羽振りの良いタイプよね~グレイ君みたいな」

 

「ええ、グレイ様は近年まれに見る最高のカモ……もとい羽振りの良い殿方でした」

 

「にししし、ちょこっと煽ててその気にさせれば財布毎!いや~あそこまでボロい相手……もとい気前の良い人は初めてだったなぁ」

 

 悪魔は皆優しいのだ、そんな事を言ったのは誰だっただろうか。そこには男を翻弄する3体の小悪魔がいた。そんな三人に引きつった笑みを浮かべながらレインは

 

「勘違い……してもらったら困るよ。だって私が好きなのはアッシュだけなんだもん。アッシュに勘違いされたら

……嫌だもん」

 

 そう俯いて顔を赤く染めながらポツリと呟く。数分前にアッシュの事なんてただの幼馴染だと言った事をこの娘は覚えているのだろうか。覚えていないのかもしれない

 

「おおう……これはまたずいぶんと破壊力が……」

 

「ま、まるでこれでは我々の方こそが邪悪なのだと錯覚させられるかのような純真さですね……」

 

 錯覚ではなく真実邪悪である。

 

「なるほど~これが特別外交官なんて高給取りを射止める秘訣なんだね!!!」

 

 無欲の勝利を謳う逸話や御伽噺の例は多い。創作等でも王族や貴族といった貴種の少女が、そういったことを気にしないで接してきてくれた少年になどというケースは多い。社会的なステータスの高い人間ほどそういった色眼鏡で見られる事に辟易としているものだからである。

 ナギサ・奏・アマツが好きになったのは彼が三国公認の特別外交官などというエリートだったからではない、彼がアシュレイ・ホライゾンだったからなのだ。それはアッシュの方にしても同様であろう。金や地位目当てで近づいてくるような人間などに、それを持っている人間は振り向かない。自分自身を見て欲しいという欲求、それは古今東西変わる事のない人間の本能的な願いだろう。

 

「う~んでもでも、毎年手作りのチョコってのも味気ないと想わない?」

 

「ですね。マンネリ化は倦怠期へと繋がりかねないものです。たまにはサプライズにもよろしいかと」

 

「うんうん、こう身体にチョコを塗りたくって「これが今年のチョコレートだよ。優しく食・べ・て・ね」と言うとか」

 

 ノリノリな様子で三体の小悪魔はそんな事を言うが……

 

「……三人とも、それチトセさんと同じ発想だよ」

 

「「「ぐふっ」」」

 

 アドラーの誇る無敵ゴリラ。おそらくは誕生前に恋愛面の機微とかに向ける分を全て戦闘力とかにつぎ込んだと推測されるアマツの生んだゴリラオブゴリラ、人として生まれてしまったゴリラ。おっぱいのついているイケメン、等と称(?)される女傑と同レベルだといわれた屈辱に三人はその場に突っ伏す。 

 ただし、これは行なったのがチトセだったために恥じらいなど脱ぎ捨てたその様子で見えている地雷もとい追尾式のミサイルにしか見えなかったが、この色々とあざとい少女が恥らいながら行なった日にはかなり効果的だろう。アッシュの股間のセイファートもハイペリオンである。

 

「心を込めた手作りのチョコ……やっぱりそれが一番かなって。……アヤやミステルに負けないように練習しないと行けないけど」

 

 家事万能なアヤ・キリガクレと孤児院の子ども達相手でいつの間にかすっかり菓子作りが得意となったミステル・バレンタインその二人に負けないようにとナギサ・奏・アマツは本番に向けて練習を決意する。

 

(そ、それともしもの時に備えてやっぱり下着も普段よりは気合入れて……って何を考えているんだ私はぁ!)

 

 「チョコも良いけど俺にはもっと食べたいものがあるんだ」そんな風に笑みを浮かべながら積極的な様子で迫ってくる愛しい青年の姿を妄想してナギサは必死にその妄想を振り切るべくブンブンと頭を振る。これではまるで自分が期待してしまっているかのようではないか、自分はそんないやらしくなどはないのだと言い聞かせながら雑念を追いやりチョコ作りの練習へと赴く。

 

(で、でも身だしなみとして、そう身だしなみとして着ておこう。……アッシュにがっかりされたくないし)

 

「ど、同レベル……あのアドラーの誇る無敵ゴリラと私が同レベル……」

 

 気合を入れるナギサを他所にいつになくショックを受けた様子でアリス・L・ミラーはその場にしばらく突っ伏していた。

 

 

 

 

「え?こ、告白?」

 

「はい、ミリィ様もせっかくの機会ですのでゼファー様にその想いを告げるというのは如何でしょうか?」

 

 バレンタインデーを控えてチョコ作りの練習に一緒に励んでいる中でミリアルテ・ブランシェへとアヤ・キリガクレはそんな風に提案していた。

 

「で、でも……」

 

「断られたらどうしようか、告白する事で今の関係が壊れてしまったらどうしようか……とその思いは理解できますとも、ええ」

 

 なまじ今の関係が心地良いからそれに甘んじていたいという気持ち、それはアヤ自身にもいたいほど理解できる。自分達四人もそんな関係だったのだろうか。

 

「ですが、ミリィ様はそれで本当によろしいのですか?チトセ様やヴェンデッタ様と結ばれたとしてもミリィ様だったら痛みを感じながらもきっと祝福できると思ってはいます」

 

 ミリアルテ・ブランシェは大切な人の幸せを自分の事のように喜ぶ優しい少女だから。

 

「ですが、その時になってあの時告白していればあるいは今隣にいたのは自分だったかもしれないという後悔、そんな想いをミリィ様に抱いて欲しくないとも私は思って居るのです」

 

 今は色々と空回りしているがチトセ・朧・アマツのゼファー・コールレインの抱いている愛は紛れもない真実である。どこかでその空回りが解消されればゼファーとて満更ではなくなる可能性はある。加えてチトセ以外にも、もう一人強力なライバルがミリィにはいるのだ。だからこそと、アヤ・キリガクレは大切な友人の背中をそっと押す。

 もちろんそういった想いを秘めて兄妹のような関係のままで終わる、それもそれで一つの選択肢だろう。だがどちらにするにせよ、それは流されるのではなく自らの意志で選んで欲しいと、アヤはそう願うのだ。そんな友人からの言葉を受けてミリィは静かな決意を瞳に宿らせて……

 

「うん、そうだね。アヤちゃんの言うとおりだよ、私バレンタインの日に兄さんに告白してみる!」

 

「心より応援させてもらいます。私もミリィ様に負けぬように、アッシュ様にこの想いを伝えますので」

 

 そういって二人の少女は互いに頑張ろうと笑顔で言い合うのであった……

 

 

 

「何故だ、何故こうも悉く失敗に終わるのだ」

 

 チトセ・朧・アマツは憮然とした表情でそう呟く。色々と自分の気持ちに言い訳したために一度手酷い失敗をした。だからこそ、もうそんな失敗は繰り返さないようにしようと素直になる事を決めた。だからこそ一切想いを隠す事無くとことん真っ向勝負でこの思いを伝えてきた。されど何故か想い人はそれに対して逃げるばかり。それ故にならば方法を変えてみるかとばかりに、色々とあざとい親戚を参考にして迫っても見たがそれも失敗に終わってしまった。一体何が悪いのかと若干チトセは途方に暮れる。

 

「やはりお姉さまはお姉さまらしくするのが一番ではないでしょうか?」

 

 そんな悩める主が見ていられなくてサヤ・キリガクレは思わずと言った様子で呟やいていた

 

「む、どういう事だサヤ」

 

 溺れるものは藁をも掴む、まさにそんな心境でチトセ・朧・アマツは己が副官の言葉に食いついていた。

 

「ナギサ様にはナギサ様の、そしてお姉さまにはお姉さまの良さがあります。故にナギサ様の行なうことをお姉様が真似をしても当然無理があるかと」

 

「ふむ」

 

 チトセ・朧・アマツはどこまで行っても肉食動物。可愛く愛らしい誘いうけの達人であるナギサ・奏・アマツの真似など最初から無理があったのである。

 

「かといってあの駄犬……もといコールレイン副隊長はどうしようもないヘタレです。一応客観的にお姉さまと自分が不釣合いだという程度の自己分析が出来る故にお姉さまからの好意にしり込みしてしまいます。故にあまりに強く迫りすぎるとそれに気後れを抱くのでしょう」

 

「私としてはそんなところも愛しく思っているのだがなぁ」

 

 普段は嫉妬によって曇るその優秀さをサヤ・キリガクレは今チトセに対する忠誠心からフルに発揮して、傍から見た客観的かつ的確な分析を述べていた。

 

「ですのでお姉さま、ここは如何でしょうか。あくまでお姉さまらしく正面から、それでいて少しだけ控えめにお姉さまのその思いを伝えるというのは?おそらくは思いを伝えたらすぐに肉体関係を迫ろうとするのが引かれている要因の一つかと」

 

 強い想いは客観性を失わせる。クリストファー・ヴァルゼライドの事を誰よりも的確に評価しているのが彼の熱烈なシンパで知られるアオイ・漣・アマツでもギルベルト・ハーヴェスではなく、チトセ・朧・アマツのように。ゼファー・コールレインに対して的確な分析をしているのはチトセ・朧・アマツではなく、彼を嫌いながらもその実力自体は評価せざるを得ない立場にあるサヤ・キリガクレ大尉であった。

 

「なるほど……確かに言われて見ればあのような小細工は私らしくなかった。あくまで堂々と正面から、だが焦らずに想いだけを伝える……か。難しそうだがやってみるとしよう。ふふ、サヤよ、助言感謝するぞ。やはりお前は私の自慢の副官だ」

 

 そう笑みを浮かべながら告げられる言葉にサヤ・キリガクレは天にも昇らん心地となる。

 彼女が何故恋敵に塩を送るような真似をしてしまったのかと後悔するのはそれから数十分後の事であった。

 

 

 

 

 

 

「ブラザー今年のバレンタインなんだけど……」

 

「む?あの少年とイチャラヴするために今年はいけぬといったところか?構わん構わん、生めよ増やせよ地に満ちよ。愛する者が出来たのなら、その者と一緒に過ごすことこそが大和の望みよ。子ども達に対する愛の手はこのブラザー・ガラハッドが引き受けよう」

 

 どこか気まずそうな様子で告げようとしたミステル・バレンタインの気持ちを見透かしたかのようにブラザー・ガラハッドは豪快な笑みを浮かべて応じる。

 

「その……良いのかしら、私一応仮にもシスターだっていうのに自分を優先させて」

 

「何を言っておるシスターミステル。誰かを愛おしく想って一緒に居たいと願う気持ちが間違っているはずがないであろうが。小生のような寂しき独り身ならともかく、イチャラヴしたいという相手が出来たなら存分にそうするが良い。その想いにふたをして無理をして一緒にいても子ども達は喜ぶまい」

 

 自分を優先させることを後ろめたく思って居るかのようなミステルにブラザーはそれは違うと優しく諭す

 

「また別の機会にでも訪ねてやればよい。それこそおぬしの大切な相手も一緒に連れてな」

 

「うん、わかった。その時はあの子達にも紹介するわ。あなたのお姉ちゃん達はこんなにも良い男を捕まえたんだぞってね」

 

 太陽のような笑顔でそっと背中を押すブラザーの言葉にミステルもまた笑顔で答えるのであった。

 

 

 

 

 

 

「もう少しでバレンタインね、ふふふ一時期はずいぶんたくさん貰っていた様だけど最近はめっきり減ってしまったわね」

 

 そうヴェンデッタは傍らにいる男へと語りかける。ゼファー・コールレインはそうは見えないが列記としたエリートである。軍事帝国アドラーにおいても最精鋭とされる裁剣天秤、その副隊長を務めている。それ故一時期はそんなステータスに群がる女性が多数いたのだが……

 

「へいへい、わるうございましたね。肩書きとは裏腹に地位に見合わない冴えない男で」

 

 如何せん実態はコレである。勝手に憧れて勝手に幻滅してそういった女性は去っていた。

 

「いいじゃない、そんな貴方が好きな女がこうしているのだから」

 

 クスリと笑いながら告げられる言葉にゼファーは照れくさそうにそっぽを向く。

 蓼食う虫も好き好きというか、ダメンズというか、そんな駄目人間のゼファー・コールレインこそが良いという女性がこの世に三人はいる辺り、世の中捨てたものではないのかもしれない。

 

「それで、ゼファーとしてはどんなチョコレートが良いのかしら?」

 

「ぶっちゃけチョコよりも酒の方がいいな俺としては。後は美味いつまみでもあれば最高だ」

 

 どこぞのドMロリコンの御曹司ならば歓喜にむせび泣きながら、「貴方様から頂けるなら例え切れ端だろうとそれは僕にとって黄金よりもはるかに価値のあるものです!」等と告げるであろう言葉にも、ゼファーは気だる気に返事する。そんな乙女心を踏みにじるような言葉にもヴェンデッタは怒らない、ただため息をついてしょうがない子とでも言いた気に

 

「全くもう、貴方って子は。私相手だから良いけど、ちゃんと貴方への好意からくれたものにまでそんな態度をとったら駄目よ」

 

「わーってるよ、流石にお前相手以外にはそんな事言わないっての」

 

 そうしてさながら熟年夫婦のような雰囲気をかもし出しながらゼファーとヴェンデッタの二人はバレンタインを間近に控え、彩られた商店街を歩きながら家へと帰宅するのであった……

 

 

 

 

 




ナギサちゃんだけ文量が他に比べて多いのは作者の贔屓によるものです。
予め言っておきますが、今回のチトセネキはオチ要員ではありません。


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乙女にとっての勝負、男にとっての審判の日(中)

今回は主にヴェンデッタ勢のバレンタインデーの話になります


 バレンタインデー。それは乙女にとっての勝負の日、チョコレートと共に自らの好意を愛する者へと伝える日である。

 バレンタインデー。それは男にとっての審判の日、送られたチョコレートの数はすなわち明確なる男としての優劣を突きつける。

 そんなバレンタインデーが、今年もまたアドラーにやってきたのであった……

 

 

 

 

「これが今年の分か」

 

 

「は、今年の総統閣下に贈られてきたバレンタインデーの贈りものとなります!」

 

 

 眼鏡をギラリと輝かせながら何時になく不機嫌そうに呟く己が上官にアリエス副隊長クロ・ウニン少佐は胃をキリキリと痛めながら答える。アオイ・漣・アマツ中将は尊敬に値する立派な上官である。厳格な性格から決して親しみ易いというわけではないが、卓越した実務能力に管理能力に部下に対する公正無私な人物で凡そ良き上司と言うべき相手であった。

 だが、そんな彼女が何時になく不機嫌な日が存在する、それはあの日とかいうセクハラ的なものではなくむしろ世間的にはある種のお祭りとも言える日なのだが……

 

「例年通り、全て処分せよ。アドラーの至宝たる総統閣下に何が入っているかもわからぬものを渡すことなど到底出来ぬのだからな」

 

「は、心得ております」

 

 それがこのバレンタインデーであった。この日のアオイ・漣・アマツはそれはもう機嫌が悪い、ものすごく悪い。この日だけは絶対にアオイの逆鱗に触れるような事をするな、あったとしても緊急性が低いならば報告を後日にしろというのはアリエスの隊員達にとって暗黙の了解となっている。

 

「全く以って世の中あまりに頭の働かぬ者が多すぎる、そうは思わんか少佐。少し考えれば総統閣下にどこの誰とも知れぬ者から贈られたような者をお渡し出来るかどうか考えればわかりそうなものを」

 

「全く以って仰るとおりかと想います」

 

「にも関わらず!既製品どころか手作りのチョコレートなどという代物まで贈ってくるものまで居る始末!全く以って馬鹿げている!!!そもそも何故手作りなどに拘るのか、餅は餅屋、プロの作った品質が保証されているものよりも何故か素人が自分で作ったものを心が篭っているなどと持て囃す風潮など全く以って理解に苦しむ!!!」

 

「いちいち隊長の仰る通りかと想います」

 

 アオイ・漣・アマツは貴種の出である、加えて彼女はアリエスの隊長という国家の要職にある身。それ故幼い頃より所謂料理や菓子作りなどといった料理作りには興味を示さず、当然ながら手作りで菓子を作った事等もない。それ自体は別段責められることではない、人にはそれぞれの適性というものがあるのだから。

 彼女の敬愛して止まぬ主君クリストファー・ヴァルゼライドにしても己が副官に求めるは家事や菓子作り等ではなく、優秀な統率者、管理者国家の重鎮としての能力と仕事である。故にこそ、アオイは平時であればそのような事は特に気にも留めていない。しかし、それでも本人自身も気づいていない時点で奥底に秘められたコンプレックス、それがバレンタインの日にはこうして表に出るのであった。

 

「そもそも元を正せばバレンタインデーなどという日自体が……」

 

 そんな風に長々と告げられる愚痴に相槌を打ちながらウニン少佐はそっと天を仰ぐのであった……

 

 

 

 

「はい、兄さん。私からのバレンタインデープレゼントだよ!」

 

「うおおおお、ありがとうミリィ!兄さん超感激だよ!!!」

 

 天使のような笑みを浮かべながら渡された綺麗にラッピングの施された、それを拝むかのような勢いでゼファー・コールレインは受け取る。

 

「えへへへへ、喜んで貰えて良かった。兄さんのだけ、皆のよりも豪華に作った特別製なの」

 

 もじもじとはにかみながらそう告げるミリィにゼファーはドキンとさせられる。護衛任務から知り合った妹のような少女、そう想い接してきたのだがそんな彼女も今では一人の女性として立派に成長して、そんな彼女を見ているとなんというか色々とウズウズするものをいかんと思っているのに感じてしまっていて……

 

(いかんいかん、静まれマイサン。相手はミリィだぞ、ミリィ)

 

 ゼファーはそう己に言い聞かせる。ミリィ is 天使。天使は穢してはならない、尊き者の破滅を祈る傲岸不遜な畜生王にもそう思う程度の良識が存在した。

 

「あ、あのね兄さん……兄さんに伝えたい事があって……」

 

 モジモジと恥ずかしそうにした後にミリィは意を決したように大きく深呼吸して

 

「私、ミリアルテ・ブランシェは貴方の事が大好きです。妹としてじゃなくて一人の女の子として。そんな気持ちを込めて今回のチョコレートは作りました、どうかこの想い受け止めてください」

 

 そう、どこか大人びた表情で告げる可愛い妹分の姿にゼファーはドキリとさせられ、言葉を失う

 

「へ、返事は今すぐじゃなくてホワイトデーの時で良いから!そ、それじゃあ!!!」

 

 そうして逃げるかのように走り去っていくミリィの姿を見送り、しばし呆然としていると

 

「全く、お姉さまにしてもミリアルテ様にしてもこんな男のどこが良いのやら」

 

 苦虫を噛み潰したようなしかめっ面をしながらサヤ・キリガクレが現れていた。チトセラブのガチレズ忍者たるサヤ・キリガクレ、当然ながら野郎に渡す義理チョコも本命チョコも存在せず、渡す相手は主であるチトセ・朧・アマツへの本命チョコのみである。だが、そんな愛しい主君からの本命チョコは目の前の冴えない男のものである。それがサヤ・キリガクレには悔しくてしょうがない、ギリリと歯軋りしつつ見つめてくるサヤにゼファーは辟易とした思いを抱く

 

「さてねぇ、その辺は俺にも良くわからんわ。もっと良い相手がいるだろうにと俺自身思っているわけなんだが」

 

 ただの相棒そのはずだったなのに何故かある時を境に熱烈なアプローチをしかけてくるようになった上官にゼファーは言うと困惑を隠せない。嫌なわけではない……多分、きっと、おそらく。だがなんというか色々と重たいのだ。ああまで肉食全開で迫られると、生物的な本能というべきかこちらとしては逃げたくなるわけで……

 

「隊長がお呼びです、執務室までいらしてください」

 

 ああ、また今年もかとゼファーは呼び出しの言葉を受けて処刑階段をのぼる罪人のような心境で執務室へと向かうのであった。

 

 

 

「お前を呼び出したのは他でもない、渡したいものがあったからだ」

 

(ほい、来た)

 

 執務室へと呼び出されたゼファーは己が上官からのその言葉を死刑宣告のような面持ちで聞いていた。

 脳裏に過るのは昨年の惨状、恥じらいなどかけらもなくさあ私がプレゼントだ存分に貪るが良い!などと告げてきた光景。

 いつでも逃げ出せるようにすでにいつでもアダマンタイトと感応して発動値へと移行できるようにしている。

 

「その渡したいものというのはコレだ」

 

(………アレ?)

 

 手渡されたのはきれいなラッピングの施された帝国でも有名なブランドのチョコレート。そのあまりに真っ当すぎるプレゼントにゼファーは困惑を隠せない。

 

「手作りのほうが気持ちが伝わるという話も聞きはしたのだがな、どうにも私はそういったものには不慣れだし、何かと忙しい身故に練習に割く時間もない。ならば専門家が作って品質の保証されているものを用意することこそが誠意ではないかと思ったわけなのだが……どうだ、気に入って……貰えただろうか?」

 

「あ、ああ……まあ甘いものも嫌いってわけじゃないし、嬉しいぜ。それこそ餓鬼の頃はこういうのに縁がない生活を送っていたわけだしよ」

 

(あれーーーーなんだこのしおらしいチトセはーーー夢でも見ているのか俺は?)

 

 やけにしおらしい様子でチョコを渡してくるチトセにゼファーは困惑を隠せない。一体何が起こっているんだあるいは自分は何らかの星辰光の攻撃をすでに受けているのではないかとそんな馬鹿な考えが頭を過るが……

 

「そうか、それは良かった。お前に喜んで貰うためのものだったからな。喜んで貰えたようで何よりだよ」

 

 そうどこか気恥ずかしそうに微笑むチトセにゼファーは少しだけドキンとさせられる。その肉食ぶりに引いたりしたが、チトセ・朧・アマツは紛れもない美人である。しかも軍務の際にはまさしく女傑という名に相応しい辣腕ぶりを見せている。そんな女がはにかみながら微笑んでくれば、健全な男としてはそりゃもうイチコロである。ゼファー・コールレインは決してチトセ・朧・アマツの事を嫌っているわけでも憎んでいるわけでもないのだから……

 

「それでだゼファー、今日が何の日か、そのプレゼントがどういう意味か当然お前もわかっているだろう?」

 

「お、おう今日はバレンタインデーだよな。何だかんだで長い付き合いだし、上官としての義理チョコってやつだろ。嬉しいけどあんまりホワイトデーのお返しは期待してくれるなよ、アマツのお前さんが満足できるようなプレゼントなんてこちとらそうそう用意できねぇんだからよ」

 

 チトセが義理チョコなどを配るような女ではないとわかっているはずなのにゼファーはどこか逃げるようにそんなふうに答える。そんなどこまでもヘタレな愛しい男にチトセはしょうがないやつだとクスリと笑って「ホワイトデーのお礼などお前の下の方から出す白くて濃いもの貰えれば十分だ」という発言をすんでのところで飲み込んで

 

「いいや、それは紛れもない私の本命チョコというやつだよゼファー」

 

 そうして逃さないとばかりにゼファーの頬を両手でつかみしっかり見据えながら

 

「好きだゼファー、一人の女としてお前の事を愛している。これは決して冗談でも何でもない、私の真実の思いだ」

 

「お前はこう言うと俺なんかと卑下するのかもしれないが、私チトセ・朧・アマツはゼファー・コールレインをこそ愛している」

 

 そう思いを告げて逸る気持ちをどうにか押さえ込んでチトセはそっと身体を離して

 

「返事は今すぐでなくても構わない。ただ私のお前に対する思いが紛れもない真実である事はどうか信じてくれ」

 

 そっとはにかみながら告げるチトセにゼファーは呆然とするのであった……

 

 

「それで、二人の美女から告白されたわけだけどどうするのかしら色男?」

 

 ポツリとそうゼファーにヴェンデッタは語りかける。その様子は我が子がモテる事を喜ぶ親のようにも、あるいは夫の浮気を目撃して不機嫌な妻のようにも見えるものであった

 

「い、いやどうするったってそれはだな」

 

 一体自分はどうしたいのだろうか、とゼファーはひとりごちる。ミリィしてもチトセにしてもその気になればよりどりみどりなはずなのになぜ自分なんかをという思いがある、嬉しくはあるし、薄々と勘付いてはいた、だが複数の女性にこうも真っ向勝負で告白されるなどゼファー・コールレインの人生には今まで存在しなかった。故にどうして良いかわからずに途方に暮れる。

 

「全く、散々アッシュ君をからかっておきながらいざ自分も複数の女性に告白されたらこの様だなんて、一体どの口で言っていたのやら。少しは彼を見習ったらどうなの?」

 

「う、うるせぇな!そういうお前もちっとはナギサちゃんの素直さ見習ったらどうなんだよ!何時も口を開けば小言ばかりじゃねぇか!」

 

 私も相手がアッシュくんならこんな小言をいちいち言わないで済むんだけど、などと反論が来るのを予想したゼファーだったが何故かヴェンデッタは考え込むような素振りを見せて

 

「そうね、たまには私も素直になろうかしら」

 

 そうしてまるで月の女神かなにかと見間違うような微笑みを見せて

 

「愛しているわゼファー。貴方のことを心から、この世界で何よりも貴方の事を大切に思っているの。貴方が幸せになってくれる事を私は心の底から祈っているわ。貴方はチョコレートよりもお酒の方が良いって言ってたけど、でも私にとってもこういうお祭りはずっと私には縁のないものだと思っていたから、どうか私の我儘に付き合うと思って受け取って欲しいわ」

 

 そうしてヴェンデッタから差し出されたのはグランセニックの御曹司ならばそれこそどれだけの金をだしても惜しくないと思うであろう手作りのチョコレート

 

「夢だったの、こうして好きな人にバレンタインデーにチョコレートを渡すのが。愛しているわゼファー」

 

 そんなはにかみながら告げられた言葉にゼファーはまたしてもドキリとさせられるのであった。

 

 




チトセ「ヴェティ嬢!ミリィ嬢!我々でゼファーに告白ジェットストリームアタックをかけるぞ!」


ゼファーさんが3ヒロインの告白にどう答えたかは皆様の心の中に……(考えていない)


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乙女にとっての勝負、男にとっての審判の日(後)

さーて今回の阿片は
グレイ、わが世の春を謳歌する
アッシュ、相変わらずの幼馴染ガチ勢っぷり
大聖人、ブラザー・ガラハッド
の三本です!


「グレイく~ん、いつもお店に来てくれてありがとう!これは、私からの気・持・ち……チュ」

 

「あ~抜け駆けなんてずるいわよ~グレイく~ん、私だってグレイ君の事がだーいすきなんだからね!」

 

「ふふふ、どうか俺のために喧嘩をしないでくれハニー達。俺は君たちを皆差別なく平等に愛しているんだから……」

 

 言い寄って来る無数の女性、それらに囲まれてグレイ・ハートヴェインはこの世の春とばかりに得意気に本人は2枚目と信じている、彼を良く知る友人たちならば財布毎むしりとられそうとでも表す、笑顔を浮かべて

 

「君たちの想い!ありがたく受け取っておくぜハニー達!そしてそこのボーイ!この店で高い方から順に酒をバンバン持ってきな!出し惜しみなんてするんじゃねぇぞ!レディ達に失礼だからな!!!」

 

「かしこまりました、ハートヴェイン副隊長。誠にありがとうございます」

 

 そうして決して失礼のないように恭しく一礼をしながらボーイは立ち去って行く。スコルピオ副隊長という地位、高給取り、それでいて居丈高なところがなく気さくで、ガンガン散財してくれる気前の良さ。グレイ・ハートヴェインは店にとってはまことに理想的な上客であった。

 

「キャ~~~グレイ君ったら素敵!でも良いの?今日はバレンタインデー、私たちの方がグレイ君にプレゼントする日なのに?」

 

「ふ、何言ってるんだい。君たちが俺のために作ってくれた愛の籠った手作りのチョコレート、これと釣り合うものなんてこの世には存在しないさ。ホワイトデー、期待していてくれよな」

 

 キランと白い歯を光らせながら宣言するグレイはどこからどう見ても良いカモであった。最もこの手の店はそういう夢を買う場、グレイは思う存分に一夜の夢を堪能して店員たちも夢を見せた分の報酬を得ているので誰も困らない、理想的な関係とも言えるのかもしれない。

 

 

・・・

 

「んで、綺麗にたくわえと今月の給料全部使い切ったと」

 

「はい……なので来月分の給料を前借りさせて貰えないかなぁ……と」

 

 正座をしながらそんな事を頼みこんでくる己が副官の言葉を聞きヴァネッサ・ヴィクトリアはふーと紫煙を吐き出して……

 

「なんというかお前もまあつくづく良いカモだよなぁ……うん、経済派手に回している理想的な高所得者なんじゃないか。立派立派。あ、言っておくがもちろんこれは皮肉だからな」

 

「い、いやーその、麗しきレディ達から思いの詰まったチョコを頂いたらついつい舞い上がってしまいして!」

 

 そりゃそういう仕事だからなと言おうとした言葉をヴァネッサはすんでのところで飲み込む。その程度の事は目の前の男とて理解した上でそういう風に振る舞っているのだろうから。それに全部が全部金をむしりとるためのものという事もないだろう、グレイ・ハートヴェインは紛れもない優良物件だ。

 若くして副隊長という地位にあるエリートで当然ながらそれなりの高給取りで、性格自体も陽気な三枚目その者と言った感じで部下たちからも慕われているし、容姿とてまあパッと見二枚目と言える程度には整っている。唯一の欠点がその散財癖だが、それでも客観的に見ればおおよそかなりの優良物件と言うべき人種だろう。

 恋だの愛だの結婚だの、まるで関心のないヴァネッサとてその程度の事は客観的に見て理解している。故に打算以外の純粋な好意をその手の商売をやっている人間が抱くという事もまあ、有り得ないことではないだろうなとヴァネッサを考える。何時までも続けられる仕事でない以上、その手の身請けをして貰う相手としてグレイ・ハートヴェインはかなりの優良物件なのだから。

 そしてその事自体にヴァネッサは特に含むものはない、仕事に支障のない範囲ならば自由にやってくれやと。どこぞの恋愛小説のように奇妙にモヤモヤとしたものを感じるだのという事はこの女傑には起り得なかった。

 

「ま、話はわかった。最低限餓死しない程度にはしてやろう」

 

「えっと……それ以上の遊びに行くための金とかは……」

 

「昨日は良い夢を存分に堪能したんだろ?なら、次の給料まではしっかりと現実を生きていけ」

 

 告げられた言葉にガクリと項垂れるグレイにヴァネッサはしょうがない奴だと苦笑して

 

「ま、私の酒の相手するっていうなら上官としてたまになら奢ってやらんこともない、お前の働き次第だがな」

 

 告げられた言葉をまさしく地獄にたらされた蜘蛛の糸のようにグレイは感じてガバリと顔を上げて

 

「あ、姐さん……」

 

「あーこんな程度で泣き出すなうっとおしい。あくまでキッチリ仕事をやっての話だからな」

 

「ういっす!このグレイ・ハートヴェイン!粉骨砕身任務に励まさせていただきます!!!」

 

「よーし、それじゃあ早速仕事だ。ついてこい副隊長」

 

「畏まりました!ヴィクトリア隊長!!!」

 

 その号令と共に先ほどまで漫才を行っていた空気を一変させ、軍人の顔となったスコルピアの隊長と副隊長は任務へと趣くのであった。

 

 

 

「ところで姐さん、俺のために用意したチョコレートとかが実はあったりとかは……」

 

「私がそんなもん用意するキャラだと思うか?当然ないぞ」

 

「ですよねー」

 

・・・

 

 

「…………」

 

 彼女にとって大切で誰よりも愛しい青年、アシュレイ・ホライゾンに言い寄りながらチョコレートを渡そうとする無数の着飾った女達。そんな光景を見てナギサ・奏・アマツはぷくーと可愛らしく頬を膨らませていた。

 

「ほらほら、妬かないの。しょうがないじゃない、アッシュ君の立場を考えたらあんまり無下にも出来ないんだから」

 

「そりゃ、わかっているけどさ……それでもやっぱり嫌なものは嫌だよ……」

 

 アッシュは私たちなのにとポツリとそう呟くナギサの様子にミステルはしょうがない子だとばかりに苦笑を浮かべる。ミステルとて正直目の前の光景が嫌か嫌でないかと言ったらもちろん嫌なのだが、そこはやはり昔からの立ち位置故かついつい年上のお姉さんとしてこういう風な時は宥める側へと回るのが彼女の性分であった。

 

「ええ、全く持ってアッシュ様に言い寄る雌猫共の多さにはうんざりさせられます」

 

 ギリリと歯ぎしりをしながら今にも呪い殺さん勢いでアヤ・キリガクレが主の言葉を引き継ぐように言う。

 

「百歩譲ってアッシュ様の素の人柄に惚れ込んだような方でしたら許容も致しましょう。アッシュ様はとても魅力的な方、それに惹かれるのは女としては当然の事。ええ、心より理解できますとも」

 

 もちろん譲る気など毛頭ありませんがと言いながらアヤは一旦目を閉じて

 

「ですが、あの方々はアッシュ様ご自身をに惹かれている訳ではなく、アッシュ様の地位や肩書へと恋をなさっているご様子。そんな方々にこの乙女にとっての大切な勝負の日を邪魔されてどうして心穏やかでいられましょうか!」

 

 本来であれば過ごす予定だった愛しい人との甘い一時、それを欲に塗れた打算によって邪魔された事にアヤは怒り心頭である。そしてそれは彼女の主にしても、そして今は止むを得なく宥め役に回っているミステルとて同様である。

 急遽強引にねじ込んできた十氏族の一門からの招待、彼の職務の関係上無下にもするわけには行かずそうして来てみれば三人はアッシュから遠ざけられ、アッシュの傍には曰く「ずっと前から好きだった」などと抜かす打算に塗れたハニートラップ共がああして群がっている始末。アヤにしてもナギサにしてもミステルにしても決して狭量という言葉からは程遠い女性であったが、このような状況で愉快になれるはずもない。

 これが彼の人柄に惚れ込んだ純粋な好意の発露によるものであればアヤが言ったように、複雑ながらも納得できただろう。アシュレイ・ホライゾンという青年の優しさに惹かれて恋をしたのは彼女たちとて同じ。ただ出会ったのが彼女たちより遅かった、というそれだけの違いなのだから。

 しかし、今回彼に言い寄っている者たちはそうではない、彼女らはアッシュの持つ優しさに惹かれたわけでなく、彼の持つ特別外交官という地位、商国出身の英雄という名声といったステータスへと群がっているのだ。

 故に彼女らはそれはもう絶対零度の視線をアッシュへと言い寄っている女性たちへと送っている訳だが、相手もその程度は想定の範囲内、前妻たちから快く思われなかろうが肝心要のアッシュからの寵愛さえ得てしまえばこっちのものだとばかりにアプローチをかけ続ける。それが、どれだけの難行なのか全く考えずに。

 

「アシュレイ様……そのアシュレイ様のために私不慣れですが精一杯チョコレートを作ってみたんです……どうか受け取っては頂けませんか……私のこの想い受け止めてくださいまし……」

 

 ほんのりと頬を赤らめながらその令嬢はおずおずとチョコを差し出す。大抵の男ならばまずいちころなそれに対してアッシュは

 

「申し訳ありませんけど、その好意を受け取る事は出来ません。自分にはもう心に決めた方々がいるんです」

 

 丁重に、だがきっぱりと断った。そこに迷いは一切ない。幼き頃より仕込まれた男を籠絡するための手練手管もこの男には悲しい程に届いてなかった。

 

「わ、私は貴方様の愛を頂けるならば四番目でも愛人でも、なんならそれこそたった一夜のお情けでも!」

 

「俺が気にします。そんな事をしてしまえば俺が何よりも愛しく思っている彼女はきっと焼きもちをやくでしょうから」

 

 取りつくしまもないとはこの事であろう。穏やかながらもそこには有無を言わせぬ迫力があった。自らのプライドを賭けてその令嬢はなおも言い募ろうとするが……

 

「もう止めなさい、イザベラ。お前は残念ながら振られたのだ。潔く諦めなさい」

 

 しれっとそう告げる父親に彼女は「そもそもお父様がこの男を籠絡するようにと私に言ったのではないですか」と言おうとしてすんでのところで飲み込む。

 

「いやはや申し訳ございません、ホライゾン殿。貴方と奥様方がそれほどまでに仲睦まじく、これ以上妻を娶る気はないという事を生憎知らなかったのですよ。娘の幸福を願う一人の親として、ぜひとも娘の想いを叶えてやりたいと思い、今回はこうしてお招きさせて頂いたのですが、どうやらとんだお邪魔をしてしまった様子。大変申し訳なく思っております」

 

 娘にアシュレイ・ホライゾンの籠絡をするよう指示した張本人でありながら、そんな事を一切感じさせない様子で館の主は心よりの誠意が込められているように錯覚する態度で頭を下げる。アシュレイ・ホライゾンはハニートラップの通じる相手ではなかった、ならばこれ以上当初の目的に拘泥しても相手の不興を買うだけ。此処は娘の若さゆえの暴走としておくのが今後を考えれば一番だと判断したのであろう。この切り替えの早さはさすがは海千山千の権力者と言うべきだろうか、経験を積む前のアッシュであるならばコロリと騙されていたかもしれない。

 

「いえ、こちらこそ娘さんのご好意に応えられないことは申し訳なく思っています。ですが、わかってください。自分は彼女たちにすでにとことんぞっこんなんです。その事をお知り合いの方々にも伝えて頂ければと思います」

 

 自分は彼女たち以外に妻も持つ気もないし愛人も一夜限りの関係も持つ気はないからな。ハニートラップは通じないって他の十氏族にも伝えとけよ。

 

「ホライゾン殿は実に愛妻家ですなぁ。承知いたしました。道ならぬ相手に焦がれしまい、悲しい思いをすることになるのは私の娘だけで充分というものでしょう。ホライゾン殿のその愛妻家ぶりについては話の種とさせていただきましょう。……もっとも、それでもある日燃え盛ってしまうのが恋というもの、ホライゾン殿程の方ならばそうとわかりつつも我が娘のように焦がれてしまう者も出るやもしれませんが」

 

 俺らも馬鹿じゃねーから効果ないっていうんならもうやらねぇよ。ただその辺考えずに相変わらずハニトラしかける連中はいるかもしれないけど、その辺まで俺は責任取れないから恨まないでくれよな。

 

 そんな心を泥水で現れるような交流を終えてようやくアシュレイ・ホライゾンは愛しい少女たちの下へと戻るのであった………

 

 

「せっかくのバレンタインデーなのに御免な。でもこれでもう今回のような事は早々なくなると思うから」

 

 そう先ほどまでの努力して作った笑顔ではなく心よりの笑顔を浮かべながらアッシュは3人へと告げる。

 

「ああ、アッシュ様そこまで私たちの事を思って下さるなんてアヤは……アヤは……!」

 

「えへへへ、私はアッシュを信じてたよ」

 

 先ほどまでの不機嫌な様子はどこへやらまるで飼い主の帰還に大喜びするような忠犬のように二人の主従は満面の笑みを浮かべる。

 

「全く、二人とも調子が良いんだから……」

 

 そう苦笑を浮かべるミステル自身も嬉しさがにじみ出ていた。

 

 

 

「アッシュ様、邪魔が入ってしまいましたがどうか私の想いを受け取ってくださいませ。貴方に対する心よりの愛を込めました。貴方と巡り会えた事、それこそがこの私にとっては何にも勝る幸福でした」

 

 そんな風にはにかみながらアヤ・キリガクレが先陣を切り

 

「アッシュ君、普段はちょっと照れくさくて言えないんだけど改めて言わせてもらうわね。私も貴方の事が大好きよ、愛しているわ。それこそ、貴方に出会えた事、それだけでああ、大和様は居るんだってそう思える位にね」

 

 ミステル・バレンタインが照れくさそうにだけど心よりの笑みを浮かべながら手作りのチョコレートを渡すと最後に残ったナギサ・奏・アマツはおずおずとした様子で

 

「あ、あのねアッシュ……二人に比べると私女子力低いっていうか、お菓子作りに慣れていなくて全然美味しくないかもしれないんだけど……」

 

 徐々に消え入りそうなか細い声で震えながらもチョコを差し出して意を決したように

 

「で、でも心を込めてがんばって作ったから!受け取ってください!私は、ナギサ・奏・アマツは貴方の事を愛しています!」

 

 そう告げられながら渡された3人の乙女の決意が籠った品を前に色男はそっと微笑を浮かべて

 

「ありがとう、三人とも。本当に嬉しいよ。これからも君たちを不安にさせてしまう事があるかもしれない、でも俺にとっては皆の場所こそが帰る場所だから。それだけは絶対に何があっても変わらないと、そう断言できる。だから、これからもよろしく」

 

 そう告げてくる愛しい男の姿にひそひそと3人は話し出し

 

「ううーーなんというか改めて告白するのって恥ずかしいもんね。二人は良くもまあ何時もああ、堂々と言えるもんだと感心するわ」

 

「ふふふ、それはもう我々は愛に生きる一族ですから」

 

 照れるミステルにとってアヤは誇らしげな様子を見せて

 

「ア、アヤはともかく私はそんな何時もなんて言えないよ……こ、こういう時だから勇気を振り絞って言っただけで……」

 

 顔から火が出そうな勢いで顔を真っ赤にしてそんな寝ぼけたことを言う少女に二人は一体何を言っているのかと怪訝な表情を浮かべて

 

「ナギサ様?それは所謂ツッコミ待ちという奴でしょうか?」

 

「公衆の面前でド派手な告白した子が何か言っているわねー。「私が誰より好きなのは、今ここに居る貴方だから」だったっけ?」

 

「あ、あれは!気持ちが昂っちゃって思わず言っちゃっただけで……」

 

 ごにょごにょと言いよどむナギサへと二人は冷たい目を向け、思い出せる限りのナギサ・奏・アマツの告白集の朗読を続けて行くのであった。

 

 

「そうだアッシュ、ヘリオスを呼んでくれないかな。ちょっと用があるんだ」

 

「?ああ、わかった」

 

 そうしてアッシュは気を利かせて自分との感覚共有を絶っている己が比翼へと呼びかける。そうするとその場に炎が徐々に人の形を取っていき

 

「何の用だペルセフォネ。俺にとっては縁遠いがお前たちにとっては重要な日なのだろう?俺などの相手をせず存分に我が誇るべき比翼とその想いを交し合うと良い」

 

 自分などが出る幕ではないだろうと告げる救世主へと三人は示し合わせたようにある物を差し出して来て

 

「?どういう事だこれは?」

 

 それがどういうものかは知っている、だがそれを自分へと差しだす意図がわからないと訝しがるヘリオスにアヤは微笑を、ミステルは苦笑を、レインはしかめっ面を浮かべながら

 

「いわゆる義理チョコという奴ですヘリオス様。何よりも愛しい大切な旦那様、その親友に対する妻としての」

 

「まあ色々とあったけど、なんだかんだであなたがアッシュ君にとっては大事な友人ってのはわかるしね」

 

「言っておくが義理だからな義理!!!私たちの本命はあくまでアッシュだぞ!お前に対するコレはあくまで一応お前がアッシュにとっては友達だからっていうので用意したものだから勘違いするんじゃないぞ!!!」

 

 そんな風に告げられた言葉にヘリオスはこの男にしては珍しく一瞬きょとんとした様子を浮かべて

 

「ああ、お前たちが心より愛しているのは我が比翼であり、これはあくまで友誼の証という事だろう。そんな事は言われずとも理解している、我が比翼が心より愛しているのはお前達であると同時に、お前たちの愛が向けられているのは我が比翼ただ一人だ。そんな事を見ていればわかる、誤解を差し挟む余地などどこにある?」

 

 そんな当たり前な事、わざわざ告げるような事ではないだろうと一切の誤解余地なく正しく理解した言葉を告げて

 

「何にせよ、心遣いありがたく受け取らせてもらおう。この礼は然るべきときにさせてもらう」

 

 どこか照れくさそうに見えたのはアッシュの錯覚だっただろうか、そんな言葉を告げて用は済んだとばかりに戻っていくヘリオスをアッシュは優しく微笑みながら見届けるのであった。

 

 

・・・

 

「ガッハッハ、皆良い子にしておったか!」

 

 そう告げながら入ってきた大好きなブラザーおじさんの姿を目にした瞬間に子どもたちは輝く笑顔を浮かべ

 

「あーブラザーだ!!!」

 

「本当だブラザーだ!!」

 

「また来てくれたの!ねぇねぇ今日はどんなお土産持って来てくれたの?」

 

「もう何言っているのよ、今日は私たちがブラザーに日頃のお礼をする時でしょう!」

 

 嗜めるように告げたこの場において一番年長の少女アンネの言葉にブラザーは目を丸くする

 

「むぅ、吾輩にお礼とな?」

 

「うん!はい、ブラザー!みんなでブラザーのために作ったチョコレートだよ!」

 

「おお!?まさかこのようなものを貰えるとは思っていなかったために吾輩、大喜びである!だが良いのかのう、それはおぬしたちが好きだと思う男へと渡すべきものだぞ?」

 

「うん!だからブラザーに渡すの!だって私たちみんな、ブラザーの事が大好きだもん!!!」

 

 その言葉と共にその場にいた子供たちは次々とブラザー・ガラハッドへと拙いながらも一生懸命作ったチョコを手渡していく。

 

「おお……おお、吾輩感激である!愛の手を差しのべるなどなんとも傲慢であった!淋しき男やもめの吾輩に合いの手を差し伸べてくれたのはこの子達の方であったわ!!!」

 

「ブラザー……どうして泣いているの……チョコレートもしかして嫌いだったの……?」

 

 突然泣き出したブラザーの様子に子どもたちは落ち込んだようなそぶりを見せたため、ブラザーはすぐに涙をぬぐい

 

「否、いまのは悲しくて泣いたのではない。あまりの嬉しさに流した歓喜の涙である!皆ありがとう、吾輩感激である!!!」

 

 そうしてブラザーは太陽のような笑顔を浮かべて

 

「だがこれだけのチョコレート!吾輩だけで食べるのはあまりに勿体無い!皆で仲良く食べよう!!!」

 

 そうしてブラザー・ガラハッドは大切な愛し子らと共に笑顔に彩られたバレンタインデーの時間を過ごすのであった……




正直グランド後のアッシュを三ヒロイン以外が籠絡するってヴァルゼライド総統を籠絡するのに負けず劣らずの難易度なんじゃないかという気がしています。


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煌めく翼は日を記した

ドラマCD時空的なノリですので寛大な心でお楽しみ下さい


ーーー勝利とは何か?

その答えはきっと今は生きる皆それぞれ違うものなのだろう。だからこそ俺は、これからもその答えを探し求めてこの世界を生きていくのだ。この誇らしく素晴らしい我が半身と共に……

 

 

~ヘリオス君の救世☆日記~

 

 ○月☓日

 我が片翼の勧めで日記を始めて見ることとした。日々の記録を書き留める事で新たな発見があるかもしれないと勧められての事である。どうにも俺の考えは常人とはズレているようなのでこうして、自分の思惟を残し、他者に読んでもらうことでより改善に務める事が出来るだろう。そういうわけで早速だが日々の記録を綴っていく。

 ~~以下アッシュの外交官としての活動の記録がしばらく綴られていく~~~

 

 ○月△日

 今日の片翼は随分と素直に胸の内をペルセフォネ達に語っていたが、どうやらそれは第二太陽の影響であったらしい。俺としてはただ普段は内に秘めていた想いを語っていただけと捉えていたために気づいていなかったが、なるほど言われてみれば今日の片翼は随分と情熱的であったかもしれない。だが、我が片翼の内に秘めた情熱はあんなものではない、俺は奴がどんな苦境に合ってもペルセフォネへの愛を見失わなかったやつの強さを知っている。そう、我が片翼はどんな時もそうだった、迷いながらくやみながらそれでも誰かのために勇気を出して、大切な事は決して間違えなかった素晴らしき男なのだ。

 だからこそ、目の前のペルセフォネ達の誤解を座して見ることはできなかった。第二太陽如きにあの素晴らしき男の思いが歪まされる?なんだそれは全くもってありえない、その程度で揺らぐようなものでは断じてない!と気がつけば俺は我が片翼の名誉を擁護していた。幸いな事に片翼自身には喜んで貰えたのが、何故かペルセフォネは顔を真赤にして「やっぱりお前なんか大嫌いだ!」等と俺に対して叫んでいた。……また俺は何か誤ったのだろうか?検証が必要であろう

 

 追記

 後日ペルセフォネに理由を問い詰めた所「あんな大勢の前で愛だとかなんだとか言われると普通は恥ずかしいものなんだよ!」との事である。……一体やつは何を言っているのだろうか?想いをしかと口にして伝える事は間違いなく正しいことだし、実際貴様自身も戦場だろうと公衆の面前だろうと所構わず我が片翼に対する愛を叫んでいたではないか?そうしたところは尊敬に値するとさえ思っていたのだぞ、とそう伝えるとまたもや顔を真赤にして「ア、アレは……思わずこう気持ちが昂ぶっちゃってつい勢いで言っちゃっただけというか……」等と言うので「つまり本心ではなかったという事か?」と問い詰めると「そんな訳あるかぁ!私のアッシュに対する思いは紛れもない本物だ!!!」と怒りだしたので、「ならば問題ないではないか」と伝えた。

 すると何やらフルフルと震えだして「だから、そういう事をあっさり言う所が嫌いなんだよぉーーーーー!!!」と叫んで脱兎のごとく立ち去ってしまった。……むう、女心というのは複雑怪奇なものだ。後で片翼に改めて聞くとしよう

 

 ○月△日

 ついに片翼が愛する女性たちとの関係を定めた。三人全員と共に婚姻関係を結び、四人でこれからも共に過ごしていく、それが我が片翼の選んだ道であったのだ。一人に定めないのは不誠実ではないかという迷いは未だ片翼の中にある、しかしそれでも我が片翼は決断したのだ。ならば俺はそれを寿ぐとしよう。

 そしてそんな迷っている片翼の背を押したのは師の言葉だった。「責任」等というものに囚われず、自分がどうしたいかで行動しろ」か……俺では言えぬ言葉だろう。流石は師だ。これからも片翼と共に多くの事を俺もまた学ばせて貰いたいものだ。

 

 

 ☓月○日

 やはり片翼は誠実な男だ。ゼファー・コールレインとグレイ・ハートヴェインの企みによって色街へと繰り出す事となったが、最後まで奴は肉欲にその身を委ねる事無くペルセフォネ達に対する愛を貫いていた。十人十色とは言うが、冥王ももう少し我が片翼を見習うべきであろう。ハートヴェインの方も、ヴィクトリア中将に叱責を受けてもうしないと誓っていたために信用して良いだろう。アレも普段は好漢と言って良い男なのだが……

 

 ☓月△日

 奇妙な夢を見た。俺が夢を見たという事それ自体がおかしいのだが、とにかくそういう他ない。その世界では何故かどの人物も見る陰もなく性格が変わっていたのだ。だがそんな中でも我が片翼とペルセフォネ、二人の持つ愛は揺らいでいなかった。全くもって流石だ

 

 

 2月14日

本来であればこの日は俺は片翼との感覚共有をほとんど断ち切っているつもりであった。何故ならば今日はバレンタインデー、恋人たちにとっては記念すべき日である。故、無粋な真似はしまいと思っていたのだが、生憎とそうもいかなくなった。商国の十氏族の一人が自らの手のものを片翼の懐に潜り込ませんとしてきたのだ。無論、我が片翼のペルセフォネたちへの愛が揺らぐはずもなし、作戦は失敗で終わったが、記念日をそのような無粋な乱入者に邪魔されたペルセフォネ達には同情を禁じ得ない。早急に片翼との感覚を断ち切ったわけだが、何やら他ならぬペルセフォネ達に呼び出されて疑問に思っていたわけだが、片翼宛ではなく俺宛へのチョコレートが送られてきた。

 ……どうやら彼女たちは俺を片翼の友と、そう認めてくれていたらしい。初めて食す事になった甘味の味というのは悪くない……いや、この言い方は用意してくれた彼女たちに失礼だろう。大変に美味なものであった。

 

・・・

 

 △月○日

 今日は大変にめでたい日だ。ペルセフォネがわが片翼との子を身籠っている事が判明したのだ。はにかみながら告げるペルセフォネに、片翼は一瞬忘我へと陥っていたようだが、意味を理解した次の瞬間にはかつてない喜びようを見せていた。誠にめでたいことだ。

 

 △月☓日

 生まれてくる我が子の名前をどうするかで片翼は頭を悩ませている。当然だろう、名とはすなわち生まれてくる子に対する親の願いであり祈り。それをどうするかという決断、軽いはずもない。だが我が片翼ならば必ずやその重さを背負ってみせる事であろう。

 

 ○月☓日

 悩みに悩んだのだろう。我が片翼は俺に意見を求めてきた。だが片翼よ、それは駄目だ。ペルセフォネは我が子につける名をお前にこそ託したのだ。俺ではない。故に、それはお前が選ばなければならない。そう俺が告げると片翼は穏やかに微笑んで「そうだなヘリオス。お前の言うとおりだ、ナギサはもっと大変なんだ。俺がその責任から逃れるわけにはいかないよな」とそう告げていた。……流石は我が片翼だ。迷うことはあれどそれでも決して逃げ出す事はせずペルセフォネのために正しい答えを選び取った。お前ならばきっと素晴らしき名を用意する事だろう。

 

 

 ☓月○日

 ついに我が片翼の子が生まれた。幸いなことに母子共に健康そのものの様子で皆胸を撫で下ろしていた。こうして人は想いを、未来を繋いでゆくのだろう。俺には決して出来ぬ事だ。そう思っていたのだが、そんな俺の考えを見透かしたかのように片翼は笑いながら告げてきた。「想いを託すことや伝える事が出来るのは何も実の親子だけじゃないぞ」と。……まったくもってこの男には叶わんな。俺は俺なりに俺の想いをこの子へと伝えていくとしよう……

 

 

 

 

 

~おまけ(とあるコピペを参照した話し)~

 

「ヘリオス!助けてヘリオス!!!ママが!ママが死んじゃう!!!」

 

 深夜、そんな我が片翼とペルセフォネの愛の結晶たる愛子からの呼声に答えて俺は沈めていた意識を浮上させて姿を現す。

 

(何者かがペルセフォネの命を狙ったというのか!?だがならば何故我が片翼が俺を呼ばなかった!)

 

 才能こそなかったもののそれでもクロウ・ムラサメの長年の指導を受けたアシュレイ・ホライゾンは達人と呼んで良い力量を有している。さらに言えばそれは妻であるナギサ・ホライゾンとて同じ事、ブランクが有るとは言えエスペラントである両名はそこらの凶賊如きに遅れは取らない。加えて言えば国賓たるアッシュが住まうこの屋敷にはそれ相応の警備が敷かれている。それを突破して、命を脅かす程の大敵。そんな存在がいたのかと戦慄と共にヘリオスはその姿を現す、愛子のその助けの声に応えるために。

 そうして姿を現したヘリオスはその驚愕の光景によって、なんと一瞬忘我へと陥る。そこに広がっていた光景、それはーーーーー

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 裸で抱き合いながらこっちを見て固まっているアッシュとレインの姿であった。忘我へと陥ったヘリオスの姿を見て二人の子であるミコト・ホライゾンは救世主を目にしたように輝く笑顔を浮かべて

 

「ああ、ヘリオス!良かった助けに来てくれた!あのねヘリオス、パパがパパがおかしくなっちゃったの!裸でママに何回も乗って押しつぶそうとしてママがすごく苦しそうな顔で叫んでいたの!お願い、パパを元に戻してママを助けて!!!」

 

「………なるほど」

 

 状況を悟ったヘリオスはどう対処したものかと思案する。二人もそれは同様なのであろう、固まってしまったまま我が子になんと言ったものかと思案しているようだ。

 

「ミコトよ、まずはお前の誤解をとこう。お前の父はおかしくなどなっていない」

 

「ええ、だってパパはいつもママにも私にもすっごく優しいんだよ!そんなパパがママをイジメるはずがないもん!」

 

「お前のその認識は正しい。我が片翼は素晴らしい男であり娘であるお前と妻であるペルセフォネへと抱くその愛は疑いようのないものだ。お前達が傷つく姿を見ること、それは我が片翼にとってみれば自らの身体を切り刻まれるよりも遥かに苦しいものだろう」

 

「ほら、だからそんなパパがママをイジメるはずがないよ!」

 

「本当にお前の母は苦しそうにしていただけだったか?」

 

「え?」

 

「確かに叫んでいたのだろうが、どこか嬉しそうだったりはしなかったか?」

 

「アレ……言われてみれば「アッシュ、私もう我慢出来ないよ!お願いアッシュ!」とかむしろママの方からパパにお願いしていたような……あれれ?」

 

「幼いお前にはわからんだろうが、アレは大人になったらするようになる……そうだなお前の弟か妹を作るための儀式のようなものだ」

 

 弟か妹が出来る、それを聞いた瞬間にミコト・ホライゾンはパァと輝く喜びの表情を浮かべる

 

「弟か妹が出来るの!?」

 

「ああ、だがそのためにはお前が邪魔をせず両親を二人きりの状態にさせておく必要がある。この儀式はお前が居ると出来んのだ」

 

「そ、そうなんだ!パパ、ママ、邪魔してごめんなさい!私良い子にしているから頑張ってね!!」

 

「……邪魔をしたな。念のためミコトとは俺が一緒に居よう」

 

「ヘリオス、今日は一緒に寝てくれるの!?」

 

「ああ、お前が良ければだが」

 

「えへへ、もちろん良いよ」

 

 そうして二人はその場から立ち去っていく「えへへ、私お姉ちゃんになるんだ~」という愛娘の言葉を聞いて何時までたっても熱々の夫婦は明日の朝、娘になんと説明したものかと頭を抱えるのであった……

 

 

 

 




ちなみに僕は大人ですがアッシュとナギサちゃんが毎日のようにしている儀式をしたことはありません


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