転生ローラのファイブスター物語 (月歩)
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一部一章 逃避行(2985-2986) 【1話】逃亡者ローラ

 遥か遠く──私たちが知る銀河より遥かに遠く。

 それは過去、現在、未来に存在するかも定かではない次元、時空の物語……それはおとぎ話で例えられるような伝説の時代のお話。

 ジョーカーには人類が住居可能な四つの恒星系があった。

 すなわち、イースター(デルタ・ベルン)、ウェスタ(ボォス)、サザンド(ジュノー)、ノウズ(カラミティ)である。

 これらを指してジョーカー太陽星団と称した。

 そして五つめの星がある。一五〇〇年周期にジョーカー星団に飛来するという不吉なスタント遊星群たち……

 ジョーカーの人類は高度に発達した科学技術を持ち、人々の寿命は数百年を数える素晴らしい文明。

 だが、その世界も理想郷ではない。王たちは今日も戦争というゲームに明け暮れている。

 それらの戦いを一兆馬力を越える人型の超兵器モーターヘッド同士のぶつかり合いで決着を付けていた。

 太古に存在したという超帝国より生み出されし魔人、騎士(ヘッドライナー)と、演算コンピューターである、美しい女性型人造ファティマによってのみモーターヘッドは動かすことができた。

 この物語は、ファイブスター物語という名で綴られる世界に産み落とされた一人の少女の、長く果てしない物語(ネバーエンディングストーリー)の始まりでもある。

 その少女の名は──

 

 

 わたしの名前はトローラ・ロージン。女の子だよ! 

 女の子の名前としてはどうかだって?

 しかもロージンって老人の間違いだろって?

 あーむかつく。この名前のせいでわたしは人生を棒に振ったのさ~。正確には名前だけが原因でないのだけど。

 今のわたしはしがない逃亡者だ。こうやって宇宙船に密航してカラミティ星からボォス星に向かってる最中だ。

 お腹は減ったし、何日も服を取り替えていないものだから臭い。それにエンジンルームはうるさい。

 これはいくら騎士の体が頑丈でも堪える。騎士といってもチビサイズで力のコントロールもまだ怪しい感じ。

 

 向こうに着いたら目指すのはカステポーだ。星団中のならず者が集まる無法地帯で知られるカステポーに何で逃げるのかって?

 そこにはわたしのお兄ちゃんがいる。そう、狂乱の貴公子デコース・ワイズメルが!

 実はこの兄の記憶は少ししかない。なぜなら赤ん坊であるわたしが物心付く前に両親が離婚してしまったからだ。

 父親が腕の良い医師でそれなりに安定した生活だったんだけど、二人が離婚した原因が女だった。相手はよりにもよってファティマである。

 医師と呼ばれる人々の中でもエリートと呼んでいいのがマイスターやマイトと呼ばれる人々だ。

 特にファティマを扱い、それらを生み出すことができる人々はファティマ・マイトと呼ばれている。

 生命そのものの力を操り生み出すことに長けた人々だ。

 

 でも、ファティマに傾向して身を亡ぼす人間もたびたび出てくる。

 この界隈ではよくある話だと思ってくれていい。自分が扱い、生み出したファティマに惚れちゃうのがいるんだよね。

 何せ理想の女性像をまんま反映できる上に自分には従順。

 そういう願望がない男でもファティマを自由に出来る権利があるのであれば、自由に出来る権利を行使したくなる気持ちもわからないでもない。

 もっとも、この世界では騎士(ヘッドライナー)でない限りファティマの所有権は最終的に騎士と国。所属する組織のものになるという星団法がある。

 芸術品にして戦闘兵器。しかし欠陥があればマイトやマイスターは手許において置けるのだ。

 父ちゃんをたぶらかした欠陥品というのがうちの母の捨て台詞だったらしい。

 なんだか原作で兄のデコ助がファティマに手を出さない理由の一部がわかった気がするよ。

 わたしもファティマは嫌いだ。そりゃ、育ててくれたのは父親と「彼女」だがそのせいで家族をバラバラにされた。

 それも今となっては些細なことに過ぎない。本当の理由なんて今はどうでも良くなっていた。

 

 わたしが逃亡者となった事の発端を話そう。

 転校した後、クラスにも馴染めないままにわたしは新しい学校で散々に苛められていた。

 家庭を崩壊させたファティマ狂いのマイスターの娘として引越し先でも知られてしまったからだ。

 普通の家庭でファティマなどお目にかかることなんてまず無い。クラスメイトの奇異の視線は、すぐにお茶の間の父母および縁者に「噂」として広まった。

 ちょっとその気になって調べれば家庭の事情などすぐにバレてしまう。

 ましてやマイスターは普通の業種ではない。国家の仕事に関わるエリート職というのが一般認識だ。

 一つ言わせてもらうと、わたしはすごく我慢してた。学校には比較的お上品な家庭の生徒がいっぱいいたし、その中でやっていくしかなかったのだ。

 ある日、マジでかっとなって自分でもわけがわからないうちに手を上げたらとんでもない事件になったのだ。

 耐えがたかったのはわたし個人のことではない。家族を侮蔑されたのだ。

 騎士の血が発現したわたしのパワーで同級生の頭は吹っ飛び、そのままわたしは逃げ出した。

 そんなことをした騎士の子どもが辿る道は悲惨な道しかない。何せ庇ってくれるような後ろ盾などないのだから。

 死刑が求刑されるのを待つつもりはなかった。家から親のカードを持ち出し現金を引き出して宇宙港に侵入しボォス星行きの船にコンテナに紛れ込んで密航したのだ。

 行き当たりばったりで当然パスポート無し。捕まったら強制送還の上に獄門間違いなし。家がどうなるのかはあまり考えたくなかった。

 我ながらとんでもない行動力だけど、もう今さら心配しても自分がしたことはどうしようもなかった。

 

 

 さて、なぜ物心付く前に別れた兄の知識やカステポーに行けば何とかなるかもなんて考えたのは、わたしには前世の記憶があるのだ。

 ここがファイブスター物語の世界だと自覚するまで数年かかった。最初は自分を個として認識するまでは普通の子どもとして過ごしていた。

 前世のことはたまに見る夢のようなものだと思っていた。

 記憶らしきものがはっきりと自分のものだったと自覚するにつれ、今の自分の名前や兄の名前から察するにほぼ間違いないと自覚していた。

 そんなわたしの前世の名前は緒方涼。日本人で男。二五才。容姿は普通のアルバイター。

 就職戦争に敗れ、その日暮らしのアルバイト生活を送っていたいわば負け組みであった。

 この頃は自分のことは俺と言ってたが、今では女の子であるので周りに合わせていたら、今はわたしで定着している。

 その俺であった涼が死んだのは病気でだ。

 病名は癌。バイト生活でイロイロと体に負担がかかっていることは自覚してたんだけど、バイト先で倒れて病院に運び込まれ癌であることが発覚した。 

 なし崩し的に闘病生活を送る羽目になり、俺の体のあちこちに癌が転移していて治療が厳しい状況に。

 それでも両親に希望を与えようと俺は手術と治療を医師に訴えた。

 ちなみに発覚した時点でステージスリーの癌でした。手術は一か八かの賭けみたいなもの。 

 手術は麻酔だけなんで耐えるだけでよかった。投薬治療は死にたくなるほどきつくて長丁場になるほど精神的に辛かった。

 それでも俺は最後まで笑って過ごそうと決めていた。妹がいたから。

 

「お兄ちゃん、頑張って」

 

 そう言って俺の手を握る妹に辛い顔を見せたくなかった。だから歯を食いしばってその生活に耐えた。

 手術をしても余命が一年未満から二年に延びただけだった。

 二度目の手術となったとき糸が切れてしまったのは両親の方だった。苦しい思いを息子にさせて俺達はいつまで耐えればいい? 親父が叫んだ一言だ。

 母さんも泣いた。

 俺の体はボロボロだった。自分でもわかっていたさ。もう長くないってな。

 だから俺はもういいって言ったんだ。

 親父とお袋。今までありがとう。俺、最後は笑って死にたいんだよ。

 そう告げて最後の闘病に入ったんだ。

 何もかもが変わってしまった俺の人生。死に際がベッドの上なんて冗談ではない、が、どうしようもない。

 過ぎ去る歳月は容赦なく体を蝕んで本当に最後を迎えたのだ。

 

「みんな、笑って送ってほしい」

 

 親父がいてお袋と妹が泣き笑いで引きつった顔でいたのを覚えている。

 体なんていうことを聞かない。かつては太かった腕も骨と皮状態。

 そしてお迎えがやってきた。最後に見たのは光だった。俺は──その光に包まれていった。

 

 

 薄暗い世界に意識が引き戻される。ローラは寒いと体を抱いて冷たくなった細い二の腕を擦った。ほの暗い照明はここまで細い光を届かせるのみだ。

 何だかすごい昔の夢を見た。今の自分になる前の夢の中の自分の話……

 バッグを抱きしめる。数少ない自分の持ち物だ。とりわけ気にしたのは髪飾りだ。これは何があっても死守だ。

 一見、何の変哲もない髪飾りにすぎないけどわたしには重要なものだ。

 唯一、自分が自分らしく幸せで平和だったときのことを思い出せるものだった。

 密航してから寝床は転々としていた。身を潜め、コンテナの隙間で夜を過ごし、食べ物はリュックに入れた乾パンを齧って飢えをしのぐ。

 貨物船なので客はいない。運送会社の社員や乗員がいるだけで、たまに見回りにやってくる警備員をやり過ごすだけだった。

 ところが──

 

「ガキっ! 大人しくしろ!」

「いったい、どこに隠れてやがった?」

「いったーいっ!! 離してってば!」

 

 捕まってた。ごついあんちゃん二人組みに。

 警備員に騎士が二人もいたのは計算外。うまくまけるかと思ったのが運のつきで、見つかって散々追いかけっこした後、捕まえられて船長の前に連れて来られていた。

 おかげでこの小さな密航少女の存在は全乗組員に知られてしまっている有り様。密航者の運命はいかに?

 

「じゃあ、お嬢ちゃん、名前は?」

 

 口ひげの濃い船長が尋ねる。声は穏やかだが、この小さな密航者に対する態度を決めあぐねている。

 

「……ろ、ローラ」

 

 トは抜く。家ではローラって呼ばれていたので名乗りは嘘ではない。

 

「君のおうちはどこだい?」

「……」

 

 ノーコメント。黙秘権を行使する。

 

「このカードは君のお父さんのものかい?」

 

 船長が一枚のカードを見せる。わたしが家から持ち出したものだ。頭を振って否定する。

 

「じゃあ、君はこれをどこで手に入れたんだい?」

 

 現金とカード。否定しようが肯定しようが窃盗をした証拠である。

 地球人年齢で言うと七、八才の子どもが密航して大量の現金とカードを所有しているなど常識的に考えれば不審以外の何者でもない。

 何かを言っても自分のことを語らねばならず、何も言わなくても立場は不味くなるのみの四面楚歌状態。

 ローラは沈黙を選ぶ。

 無言で沈黙を保つと船長がため息を吐き出した。

 

「向こうに着いたら強制送還の手続きをするよ。だんまりしててもダメだからね」

「お、お母さんが病気でどうしてもカステポーに行きたいんです!」

 

 ダメ元で訴えかけてみる。事実としては母親の消息などまったく知らない。兄の居場所も不明です。

 

「さて、じゃあ、君はトローラ・ロージンで間違いないようだ。あっちの当局が君を探しているという情報がある。向こうに着き次第警察に引き渡す手続きをする」

「っ!?」

 

 自分でも顔面が蒼白になるのがわかった。全部もうバレているのだ。

 送り返されて裁判になれば一生をベッドの上か死刑である。逃亡したことからも罪を上塗りしたせいで減刑は望めないかもしれない。

 騎士は戦争の暴力装置だ。その血が発現すれば、騎士は騎士公社と国家の管理下に置かれる決まりになっている。

 どこにも所属しない騎士が暴力で一般人を傷つけるとかなり重い罪に問われることは一般常識であった。

 死罪か、罪一等を減じても騎士としての力をそぐために一生廃人にされるかしかない。とにかく脳裏によぎったのは重罪犯の末路だ。

 わたしを捕まえた二人の騎士が両脇を固めている。抵抗すれば容赦なく鉄拳が飛んでくる。

 大人の騎士二人に抗うには体格でも力でも劣る自分では抗しきることは不可能だった。

 どうしよう……逃げなくちゃ……こんなところで終るのは嫌だ。

 

「連れて行け。監視を怠るな」

「はい」

 

 二人の騎士がわたしの両腕を掴む。

 ここはまだ航海の途中。ここで暴れて逃げられても脱出する手段はない。騎士に引っ張られながらどうやって逃げ出すかそれだけを考えていた。

 

「ここで大人しくしてろ」

「俺たちの仕事を増やすんじゃねえぞ?」

 

 割り当てられた部屋は狭かったがコンテナの中でないだけマシだ。資材がいくつも置かれ、入り口は頑丈な扉が閉じられている。

 与えられた毛布に包まると久しぶりの温もりに包まれた気分になった。

 薄汚れた自分の体。

 血に濡れた自分の手。

 殺してしまった少年の顔──

 そして耐えようもなく泣きたくなって毛布の中に頭を埋めていた。



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【2話】銀色のシバレース

 夜空の背景を彩る都会の色合い。はるか地上下で輝く数々のネオンサイン。

 その空中を飛び交う流線型のスカイ・ディグが派手にライトを光らせ、クラクションを鳴り響かせ合う。

 空の対向車線をものすごい勢いで何台ものディグが駆け抜ける。エア・ラインの彩色豊かな誘導リングは空を飾る遊歩道だ。

 その明かりに群がるように仕事帰りの男女や、恋人、若者たちが夜のひと時を楽しむ。

 そのとき、上空で一台のディグの扉が乱暴に開かれる。

 次に現れたのは小柄な娘の姿だ。その小さな少女の体が一瞬空に舞う。

 はためくスカート。両足が空を泳いだ。

 少女は──ローラだ。は間一髪で開いた扉にすがりついた。強い風に今にも体がさらわれそうになる。

 その恐怖を押さえて車外に身を乗り出したまま震える。身を切るような冷たい風だ。

 ローラを捕まえようとする手と止めろと叫ぶ声が入り混じる。

 耳元で乱れた銀色の髪がひたすらに暴れていた。

 その瞳が自分へ向けられたブラスターを捉える。

 次の瞬間、高速で空を飛ぶディグから小さな影が虚空へと飛び出した。高度数百メートルの夜景があっという間に銀色の少女を飲み込んでいく。

 

「逃げられたっ!?」

「やりやがったなぁ……」

 

 頬に字をつけた警察官がブラスターの引き金に手をかける。 

 開いたドアから身を乗り出した局員がブラスターを下に向かって構えると、照準を合わせて撃っていた。

 

「へっへーん。捕まってたまるもんですか! 追いかけてごらんなさいよっ!」

 

 落ちながらローラは上空のスカイ・ディグにアッカンベーをしてみせる。

 脱出成功だがこの高さだ。

 自慢の銀色の髪が空中に広がって落下スピードを妨げていることに気がつく。

 足元から落ちようと不安定な体勢から数回転してみせる。

 すぐ真下に傾斜のついた透明なビルが見えた。あれを利用すれば何とかなるかもしれない。

 その距離と落下スピードを測る。

 

「っ!?」

 

 上空から放たれたブラスター光線がローラを掠めるように暗黒の空に消えた。

 落下し小さくなっていく姿は当たったのかすら確認できない。

 上空で緊急停止した警察車両のディグが赤い光を周囲に放っている。

 何度か連続して発砲したが、撃った男はぎらつく目で銃を握ったままだった。

 

「よせっバカ。まだ子どもじゃないか」

「人殺しに密航、んで逃亡罪の小学生かっ! ほんと狂った血(シバレース)ってのはくそったれだぜ!」

 

 毒付いた同僚の頬には拳の後がくっきりと付いている。ほんの小さな子どもにしてやられたのだ。

 シバレースとは、騎士の呪われた血を発現させ、暴力を振りまいた者へ向けられる蔑称であった。そして、畏怖をも込めて呼ばれる呼称でもある。

 騎士(ヘッドライナー)=頂点を取る者と呼ばれる魔人の力は人の精神をも変容させる。今はない超帝国が生み出した強力な遺伝子が殺りく兵器としての本能を呼び覚ますのだ。

 その力と欲望に負けて犯罪者となる者は後を断たない……

 数千年を掛けて騎士の遺伝子は広まってジョーカーの人々の血にも混じった。

 騎士の力は弱まり続けているが、一般の民の中から強力な騎士や魔導士(ダイバー)を生み出すことがある。

 そして制御されぬ力は悲劇を生み出す。それは決まって血と殺りくを伴うものだった。

 やれやれと首を振って操縦者の局員が無線を取った。

 

「エマージェンシー、エマージェンシー。拘束連行中の被疑者トローラ・ロージンが逃亡中。E2、E5各区域の局員は直ちに向かえ。ホシはパラライズ・ワームをものともしない。繰り返す、ホシは非常に危険な騎士だ。子どもでも油断するなっ!」

 

 旋回し、下降を始めるディグ。スカイ・ディグは真っ直ぐ飛ぶことには定評はあるものの、垂直飛行に適していない難点がある。

 軍用のものなら自在な飛行が可能だが地方警察の車両はそういった難点を克服していない。

 それを突く形でローラは無謀な脱出をしてのけた。

 メンツは丸つぶれ。警察側の不手際と次の日のニュースにならないことを操縦士は祈るのみだった。

 

「ざ、ざけんな~ あいつ撃ちやがったぁぁぁっ!」

 

 光線が掠めた後、ローラは怒りに任せて叫んだ。

 逃亡に至るまでのいきさつはこうだ。

 宇宙船で拘束された後、港で警察に引き渡されたときも無抵抗にしおらしくしていたのだ。

 地上で警察車両に収容された後、パラライズ・ワームの処置を受けた。

 パラライズ・ワームというのは騎士の力を束縛する装置で、これを付けられるとどんなに凶暴な力を持つ騎士でも人並み以下に行動が制限されてしまう。

 凶悪な殺人犯やお尋ね者を捕まえるのによく使われている。

 生体エネルギーに反応するので、人よりも強い反応を示す騎士を拘束するにはもってこいの品となっている。

 腕にワームベルトを付けられたときはもう終わりだと思った。逃げることなど不可能だと絶望したのだが天はわたしに味方したのだ。

 何万人かに一人の割合でワームが効かない体質の騎士がいる。

 騎士そのものは星団単位で見れば少数だ。その何万分の一かの体質に相当するのは奇跡に近い。

 その奇跡にわたしが該当したのだ。

 それを付けられた後、何も行動が阻害されないことに気がついた。車の中でどうにか逃げようと大人しくしていた。

 

 バレなかったのは僥倖。それからはぐったり動けない演技をするので必死だった。鼻先が痒いのにかけないとかね。

 密航前からの逃亡生活で臭い上に見苦しい格好をしていたので見かねた警察官が風呂と代えの服まで用意してくれる親切さである。服と風呂を世話したのは女警官だった。

 風呂に入り、着せてくれる間もわたしは無力な人形を演じ続けた。 

 要求を通したいから口だけは喋れることにして、食後のプリンアラモードをねだったらちゃんと付いてきたし。

 髪飾りはちゃんと返してもらえた。返してもらえるかドキドキしたけど、それは今はわたしの頭にある。

 近くのシティに連れて行かれることになっていた。そこの裁判所で手続きをした後にカラミティに送り返される。

 本国の……クバルカン法国は騎士の犯罪には特に厳しい。

 そこまで行ったらもう終わり。サヨナラ、わたしの短い人生である。 

 連行されながら脱出のタイミングを見計らい、ついに空へのダイブを敢行したのだ。

 見張りについていた警察官は力量的に半人前クラスの騎士だったみたい。操縦士は普通の人間だったので警戒はしなかった。

 ワームベルトをつけた少女に安心していたのか油断と隙だらけだった。

 余所見をしている瞬間を狙い、脇にいた警官に肘鉄と拳固を食らわせて、全身でドアを蹴破った。

 

 そして現在、絶賛落下中です。

 ビュウビュウ風が吹いて落下するローラのスカートを捲り上げる。

 目の前を乱雑に建つ高層ビル郡の壁面が高速で過ぎ去る。タイミングを見計らい垂直に近いビルの壁に靴の裏を合わせるように滑っていた。

 足の裏でゴムが焼ける感覚。足の裏が熱い。

 どうにか勢いが弱まったところで壁面を蹴って跳んだ。

 空中の大ダイブだ。その勢いを殺さずに対面のビルの少しなだらかになった壁面を走ってさらに隣のビルの壁面に飛び移る。

 できればジグザグに人の目からそれるように。早く早くっ! 捕まってたまるもんですかっ! 

 闇から闇にビルの隙間を飛び移る。屋根のある最下層にまで到達すると飛び込んだ建物の影で荒い息を吐き出す。

 心臓が破裂しそうなほどバクバクと言っている。指先までしびれるように熱い。

 大成功。自分がこれだけ動けるだなんて思っていなかった。騎士ってやっぱりすごい。

 形式的に付けられた手錠の鎖を引きちぎる。手首に巻かれたワームベルトを忌々しく見て軽く舌打ちをする。

 無理やり外そうとすると電気ショックが走る代物だ。その入念さが自分が犯罪者であることを自覚させられる。

 はがすのに失敗しビリビリ痺れる手を振って周囲の気配を伺う。

 頭がズキズキ痛くなっていた。あんな落ち方をしたせいなのかすごく気持ちが悪い。

 サイレンの音が頭上で鳴り響く。わたしを探しているのだろうか? 夜空のネオンすべてが敵に見える。

 頭上の音が過ぎていくのを見計らってからようやく自分の有り様を確認する。自分でも酷い格好をしていると思った。

 靴を見れば足の裏には穴が開いていた。あんな滑り方をしたから穴が開いてしまった。もう履けないのでその場に投げ捨てる。

 ここ、どこだろう? 白い息を吐き出し、暗がりを注意深く進む。靴下一枚の足の裏はすごく冷たい。

 金持ちのプライベート・テラスの一角であろうスペースにローラは飛び込んでいた。繁みの中に身を隠しながら歩く。

 こんなところでぐずぐずしていられない。

 あれから空中を飛び交う警察のディグの数が増えていた。引っ切り無しに飛び交う姿が見えることからここが逃げ込んだ先であるとバレていることは明白だった。

 

 お腹が空いた。

 お風呂にも入りたい。

 それにお金までいる。

 カードも密航した船の船長に取られてしまった。

 泥棒する以外、この先の状況を切り抜ける術がない。

 人を殺して逃げてるんだ。今更、犯罪の一つ──

 二の腕を押さえて呻く。ずきずきと肩が痛い。ブラスターで撃たれたのだ。むき出しになった肩は火傷で焼けて血を焼き真っ黒になっていた。

 騎士の体でもブラスターの直撃を受ければただでは済まない。掠めたに過ぎなかったが、全力で動いた後もあって体がだるく熱い。

 体重い……どうなってんの? 

 吐き出した吐息も熱い。

 思わぬダメージの蓄積に膝が震えてよろめく。額に手を当てると額には汗粒が滲んでいた。

 熱があるのか……通りで……

 密航生活でまともな寝床などない。寒さに凍えながらコンテナの陰で神経を使いながら何とか寝泊りしていた。体調を崩す要因はいくらでもあった。

 でも、逃げなきゃ。連れ戻されてたまるもんですか!

 カタリ。その音に反射的に振り向いていた。ローラの怯えた目がガラス戸の向こう、照明のない部屋に月明かりを受けた人のシルエットを見つける。

 バレた。逃げないと……

 隣の建物の距離を見て走ろうとしたそのときだ。臓腑を揺さぶるような一撃がローラの腹を穿つ。

 早っ!?──

 弾かれて地に叩きつけられる。ボールのごとく弾んでローラの体は白塗りの壁にぶつかる。

 暴風のように発生したその攻撃に脳震とうを起こして立てなかった。

 

「へえ、ずいぶん可愛らしい侵入者だこと──」

 

 女の人の声。それがわたしを攻撃した人物だと悟る。

 内臓を傷つけたのかもしれない。胸元からせり上がってくる熱い感覚にむせる。熱い塊が吐き出されて月夜が照らす白い世界に黒い塊を落とした。

 

「ご、ごめんなさい……すぐに出て……」

 

 白い地面をポタリポタリと血が汚していく。

 鼻と口から血を垂れ流している。無様な姿を晒しながらローラは謝罪と出ることを告げる。でも足は一歩も動かない。

 動け、動けっ、動きなさいよ!

 

「根性ある泥棒だこと」

 

 泥棒じゃ…ない……

 一歩歩こうとして膝が笑った。二歩歩こうとしてまた込み上げてきた血を吐き出して床を汚した。三歩目でよろめいてもう頭が真っ白になっていた。



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【3話】ゴチック・ロリータ・ナイト

「ふぁ……?」

 

 目覚めの第一声は我ながら間抜けな声だった。目を開いてボーっとしながら光が差し込む部屋の窓を眺める。

 

「ソアラ?」

 

 ローラは呟き、自分の置かれた状況を思い出す。ここにソアラがいるわけがない。

 寝ているベッドの感触が心地よい。不快なことなど何一つなかった。まるで家に戻ったかのような錯覚さえある。

 肩の痛みが現実感を呼び起こす。車中から空に飛び出しブラスターで撃たれのだ。

 手で肩に触れると包帯があった。きっちりと固定されている。

 ここは?

 どこかしらん……?

 淡い光の情景の中にいるかのようだ。部屋は適度にポカポカ温かい。その中にいるとまた目を閉じてしまいたくなる。

 天井では静かに空調のファンの音だけが響いている。

 首を動かすと高級なじゅうたんに調度品の家具が目に止まる。

 整いすぎた部屋だ。生活感はあまり感じられない。高級ホテルの部屋に見える。

 

「ここ、どこ……」

 

 半ば体を起こすと銀色の髪が頬にかかる。その乱れっぷりから恐ろしい寝癖になっていることがわかる。

 後でブラッシングしないとなぁ……ソアラがいれば全部やらせるのに……

 無性に喉が渇く。

 ハーゲンダッツのストロベリーが食べたい……

 マネーもない一文無しじゃ買えないけど。あー、ホントに一文無しだっけ。 

 動く方の腕を上げ自分の格好を再確認する。

 清潔な寝着は白。シーツも布団も白だ。

 改めて部屋の中を確認する。ここはベッドルームに違いない。

 もぞもぞと体を動かすと体のあちこちが悲鳴を上げた。

 肩の方は今はそれほどでもない。筋肉痛もあるし内蔵に食らったダメージが一番きついことがわかる。

 床に足を下ろすと素足では床は冷たかった。

 

「お目覚めですか?」

 

 開け放たれた隣室に人がいたことに気がつく。部屋の入り口に銀の食器を載せたカートが見える。   

 エプロンをかけた女がいた。すぐにわかった。ファティマだ。

 その美しすぎる存在は言葉で表現することはできない。絶世の美女という月並みな表現でしか言葉にできないくらいに美しい精緻を極めた芸術品。

 彼女はカートを押して部屋に入ってくると丁寧に扉を閉める。

 わたしは捕まった? 警察に?

 その割りに拘束着さえ着せられていない。パラライズ・ワームが効かない体質であることは警察にすでにばれているはずだ。

 左腕の手首に巻かれていたワームベルトがないことにようやく気がついてホッとする自分がいた。

 あれを付けていると嫌でも自分が犯罪者なのだと自覚させられる。

 ローラは黙ったままファティマをじろじろと眺める。

 どういう素性のファティマだろうか?

 その姿や容姿の雰囲気からきちんとした環境にいるファティマであるのは一目瞭然だ 

 騎士がいるのだろう……

 おそらくは自分を打ち倒した騎士が。その騎士が彼女のマスターである可能性は高い。

 

 それにこの子、かなりの高級品だろうと見当はつけるが、どれほどのものかはわからない。

 ファティマの品格は細分化されていて、その最高峰がフローレンスと呼ばれるものだ。品格は宝石みたいなクリアランスが設定されている。

 性能と比例することもあるけど、高名なマイトであるほど高い品格で取引されることが多い。

 品格はブランド性能と思えばいい。ファティマの能力を示すパワーゲージとはまた別なのだけど、そこら辺はどうでもよいことだ。

 星団のファティマ情報を記録したファティマ辞典なんてものもある。そんなのを丸暗記してるのはファティマ・オタクの変態(ロリータ)どもくらいだ。

 工場製品(インダストリー)だろうが銘入りだろうが区別はない。それにわたしはファティマは嫌いだ。

 ほっそい針金足に贅肉ゼロのウエスト。ナイムネペターン。ちっちゃい顔。

 それでいて均整の取れたお人形さんと形容される美しいシルエット。

 その華奢な体にデカダンスタイルのスーツと来ればオーソドックスなファティマ・スタイルの定番だ。

 巷では一般人にもデカダン風ファッションが人気だが、「本物」に敵うファッション・モデルなど見たことがない。

 そして、さらにエプロンのオプションとは破壊力は抜群だ。

 自分が成長してもああなるとはさすがの楽観主義のわたしでも不可能だと理解できる。世の女の嫉妬を受ける理由は言うまでもないことだ。

 まぁ……元男としてはイロイロ複雑な気分にもなる。ファティマは嫌いだがキレイなものをキレイと言うのを否定しきれない自分がいたりする。

 可愛らしいものに惹かれるのはどうしようもない。

 

「アノ、何か?」

 

 じっと見つめたまま葛藤するローラにファティマが問いかける。 

 

「あなた誰ですか?」

「私、ジゼルと言います」

「はぁ??」

 

 ジゼル……ジゼル? それってバランシェ・ファティマだっけ? 製造順ナンバーは確か一〇。バランシェ公初期のファティマだ。

 ジゼルというファティマの名前から連想したのは結構有名所だからだ。

 クローム・バランシェといえばファティマ・マイトの生き字引だ。

 マイトが生涯造り出すオーダーメイド・ファティマは数体から十数体程度だが、バランシェ公が造り出したファティマは四〇を越える。

 オーダーメイドで生み出されたファティマの性能はファクトリー生まれのファティマを大きく上回る。市場価格もファクトリ-・ファティマの何倍も、何十倍も価値があった。

 そして、バランシェ公が生み出すファティマは性能も格付けも別格の扱いを受けるのだ。

 そんなファティマをお眼にかけることなど滅多にあるものでもない。

 インダストリー産のファティマでさえこの世界では貴重だと言えば、今、目の前にジゼルがいるのは奇跡に等しいといえる。

 

 FSS(ファイブスター物語)は単行本で何巻か読んでたけど、めんどくなって読むのすら忘れてたから時系列も用語もほとんど覚えていない。

 でも、この世界で見聞きしたものは、一度読めば大体頭の中に記憶することができた。父さんの血を色濃く受け継いだせいか記憶力は抜群だ。

 正しい知識を仕入れるほど、原作で読んだ知識なんて歴史のほんのワンシーンの切り取りでしかないものだと理解できる。

 転生前の原作知識が役に立つなんてありえないと思い切り実感したっけ。特に科学技術が現代日本をぶっちぎってるジョーカーにおいては。

 ジゼルの名前でピンときたのは生前知識は関係なかった。ファティマ・マイスターの娘として家にある資料などを見る機会などいくらでもあったからだ。 

 父さんのカバンの中身を見ることもあって研究内容とかこっそりと見てたりしたし、それが面白くて読みこんじゃったりしたっけ。

 父さんの研究内容はエトラムルだった。

 エトラムルというのは非常に高価なファティマに対し、機械としての性能さえあれば良いという説を提唱したガリュー・エトラムル博士が生み出した非人間型のファティマだ。

 今では非人間型エトラムルはファティマ産業界の一角を占めるまでになっているが、世間の主流は人間型のファティマだ。

 

「何か召し上がりますか?」

「ううん……減ってるけど、固いものは食べたくない……」

 

 お腹の具合をさすって要望を言う。ひとまず、ここで毒なんて盛られないだろうし。

 

「カボチャのスープをお持ちしますね」

「へ? うん……」

 

 ジゼルが背を向け、小さなキッチンに消えるのを見送ってだるい体をベッドに倒す。まだ体は万全ではない。どれくらい寝ていたのかもわからない。

 聞きたいことはいくらでもあるがこっちのことは喋りたくない。

 逃げたいけどお腹もペッたんこでさっきからお腹の奥でギュルギュルと人には聞かれたくない音を出していた。

 じきに来たスープを一生懸命お腹に収める。

 

「……ご馳走様」

 

 皿を下げてため息をついて両目を瞑る。すると、すぐにこみ上げてきたあくびと睡魔に身を任せてしまっていた。

 

 

 わたしの父親はファティマ・マイスターだ。ファティマ工場勤めの一研究員という立場だった。

 高名なバランシェ公になど足元にも及ばない一技師でしかなかったが、経歴からすれば一応はエリートだったように思う。

 父はいつも夜遅く、いや下手すると数日間工場から家に帰ってこなかった。

 毎日毎日、父の帰りを待ちながら寝てしまったのも一度や二度ではない。

 その間、わたしの面倒を見たのはファティマのソアラだった。

 ソアラは両親が離婚した原因を作ったファティマで、幼いわたしの面倒を見たのが彼女だ。

 実の母と兄デコースの記憶はほんのわずかに過ぎない。わたしにとって母と呼べるのはソアラだったのだ。

 幼少期の数年をそれほど都会でもない都市で育った。

 その頃、父はファティマの精神チェックをするメディカル・バイザーの仕事を請け負っていた。

 田舎の町なので年収はそれほどでもなかった。

 もっともマイスターというのはなろうと思ってもなれる仕事ではないので、一般医師よりも高給取りであったことは確かだ。

 父が今の職場になり、大きな都市の工場勤めになってからそれまでの平穏な暮らしは崩壊してしまった。

 工場勤めをはじめたのは生活のためだったのだろう。でもそれで親子関係は疎遠になっていった。

 いつも遅い父を待つのは辛いことだ。

 それが俺であった頃のつらい記憶を思い起こさせた。前世の自分のことははっきりと記憶に残っている。

 両親は共働きで、俺は小さな妹の面倒を自分で見ていた。冷たいご飯をチンして食べる切なさは今でも思い出せる。

 孤独は嫌いだ──

 両親の離婚の原因がファティマであることを薄々であるが気がついていた。

 そのことについて父さんは語ろうとしなかったし、いなくなってしまった母さんや兄のことはタブーのようになっていた。

 唯一家族としてもっとも身近にいたのがファティマのソアラだったのだ。

 ローラの家庭環境が学校で知られてしまい、最初は同級生の些細なからかいから始まって、最初は耐えていた。けれど、年々苛めは激しくなっていった。

 家族を責められることがこれほど辛いとは思わなかった。ソアラはわたしにとって家族だ。

 両親の離婚の原因でも、家族のように側にいた彼女を嫌いたくはなかったのだ。

 けれど、わたしは彼女を遠ざけてしまった。わたしの近くにいればソアラは陰口を聞いてしまうかもしれない。

 いや、おそらく知っていたのかもしれない。虐めで体にできた痣を隠していたが賢い彼女は知っていたのだろう。

 何度言ってはいけない言葉をソアラに投げかけたことか。

 虐めは耐えることはできた。ソアラや父は他人なのだと自分に言い聞かせ鉄のカーテンを心に敷いた。

 それでも耐えられない限界点を超えてしまったのだ。そして、あの「事件」が起こって、わたしは血みどろの中に立っていた。

 きっかけは言葉だ。彼ら、虐めをしていたクラスメイトはあっさりと越えてはならない線を踏みにじってわたしを罵倒した。

 わたしの中で眠っていた血が目覚めたのはそのときだ。

 遺伝的に騎士の血が発症していると医師から告げられていたが、それまで強力な身体能力の発現はなく、ごく普通の少女の体でしかなかった。

 騎士といってもピンキリで、弱い騎士の血であれば、気をつけていれば日常生活に支障はないと言われていた。

 それがあのとき吹き荒れる暴風のようにわたしの中で暴れたのだ。理性などどこかに行ってしまった。

 まるで知らないもう一人の人格がわたしを乗っ取っているような感覚の中にいた。

 それが人殺しの呪われた血(シバレース)の発現だった。

 気がつけば血の海の中でわたしは膝をついていた。目の前にはクラスメイトであったものの塊が首を失って倒れていた。

 呪われた血がわたしを暴走させ、はじめてこの手で人を殺した。そしてわたしは逃げ出して追われる身になった。

 人殺しトローラ・ロージンの誕生だ。

 

 

 

「それであんたのお名前は?」

「ローラ……今年で、は、二〇歳(地球人年齢=七歳)ですぅ……」

 

 蛇に睨まれた蛙の如くローラは目の前のゴスロリフリフリどぎついメイクなフェイスのおねーさんに答える。

 いい匂いではあるけど香水はちょっときつい。全身がファッションモデルのような服装もきつい。

 テーブルの上には遅い昼食を終えた後の食器が積まれている。ジゼルがやってきてそれを片付けはじめる。

 目の前の女がジゼルのマスターだ。一昨日の夜ローラに手出しもさせずに打ち倒した騎士だ。

 原作知識なんてさっぱりなんで、ジゼルのマスターが誰であるかの見当など付いていなかった。それと彼女の名前も知らなかった。

 ナイアス・ブリュンヒルデ──それがわたしに名乗った彼女の名前だった。

 

「ふうん……噂の凶状持ち少女が君で間違いないよねえ~ ポリスにゃ散々聞かれたけどね」

「あ、あの。ご迷惑をおかけしました」

 

 ペコリと殊勝に頭を下げる。ぶっちゃけ痛い目にあったけれど警察の追及から庇ってくれたのも目の前にいる人物に違いない。

 かなり背が高くて、自分からは見上げるほどだ。

 その長身でゴスロリである。美人なので違和感はない。むしろ合いすぎるくらいでモデルでも通用するだろう。

 今は椅子に座っているので見下ろされている。

 威圧感が半端ないし……これで騎士であるのだからイメージギャップが恐ろしいことになっている。

 

「そーそー子どもってのは素直が一番さ。でもね、あんたヤバイよ? 指名手配リストにもう載ってるし、このまま表に出て行けばあっという間にお縄さ」

「すいません……」

 

 申し訳なくなって俯く。騎士の血がなければ人に迷惑などかけることもなかったのだ。

 ローラが頭をふっ飛ばした同級生は周囲では有力貴族にもコネがある家の子どもだった。

 それを傘に上から目線だったのだが、トローラ・ロージンをいじめの対象にしたことが彼の人生の終わりとなった。

 

「で、どうするつもりさ?」

「す、すぐに出て行きます。おねーさんのことは誰にも言いません!」

 

 顔を上げて迷惑をかけることはもうないと訴える。

 そう、すぐに出て行ってどうにでもなるだろう。捕まったらきっと死刑だ。こんなにイロイロやらかしているのだから。

 星団法により騎士による犯罪への法律適用は恐ろしく厳しかった。騎士叙勲を受けていなくてもその血が発現していれば星団法が適用される。

 幼い子どもだからといって加減されるものでもない。極刑を免れることは不可能に近い。

 追ってくるやつがいたら逃げて逃げて逃げてやるんだ──

 

「当てはあるのかい? こっちに身寄りでもいるの?」

「その……兄がカステポーにいるらしくて。たぶん、行けば消息くらいはわかるかもって……」

「どこにいるかわからない? 正気の選択じゃないさね。金もないだろう? かたぎなのかい?」

「わかりません……」

 

 実家から持ち出したカードと現金は警察に取り上げられている。

 どうやってカステポーにいけるのか? また密航みたいなことができるのかわからない。けれどやってみる価値はあった。

 デコースがわたしを受け入れてくれる保証はない。会えなければ、会えなければ生涯不法者だ。

 

「フン……」

 

 首の付け根をかいてナイアスさんは不機嫌そうに吐き出す。なんだかますます申し訳なくなる。あまりにも無計画すぎるかも?

 

「お前……ぶぁっかでしょー! ちっこい癖に人に迷惑はかけませんだぁっ!? こちとらねとっくに迷惑かけられまくりなのさっ! いいかガキっ! 子どもってのは素直に大人の言うこと聞くもんさねっ! そうだろうジゼルよぉっ!」

「はぁ……そうですね。マスター」

「は、はい~?」

 

 ジゼルが食後の飲み物の入ったグラスを二つテーブルに置く。

 

「ローラさんどうぞ」

「ど、どうも……」

 

 グラスには甘そうなピンク色の液体が入っている。口元に運ぶと酸味のある味と甘ったるさが口の中に広がる。

 

「ローラ、あんたその年で大人に甘えること放棄するんじゃないよ。あたしゃねケーサツとかダイッキライさ。でも舐めんなよ。あんたが町を出る前に連中はあんたを捕まえてるさ。だから、その辺はあたしに任せりゃいいんだよっ!」

「へ?」

「仕方ありません。緊急手段ですね。マスター」

「と、止めないの……」

 

 ナニ言ってるんだこの人らは? 罪人匿った上に逃亡を手伝うなんてしたらこの人だってただでは済まないはずだ。ファティマさん止めないのかよ!

 

「賢い面して迷惑をかけませんなんてあたしにゃ通用しないわよ? 助けて下さいおねーさんって言いなさいよぉっ!」

「いだだっ!」

「あら柔らかい。どこまで伸びるのか耐久テストしてやろうかぁ~ あ~?」

 

 ローラの両ほっぺをナイアスさんが引っ張って離さない。いたいっつーのぉ!? 

 

「フヒヒヒっ。次はくすぐってやろうかぁ~ ジゼル、押さえろ」

「はい、マスター」

 

 鼻息が荒いし! ちょっ、やめてジゼルさん! おねーさんを止めてくだしあっ! って一緒になってる~?

 

「いやぁぁぁっ! ごめんなさい。助けてくださいっ! ナイアスおねーさん!!」

 

 ローラの絶叫が響き渡ってくすぐっていた二人の動きがやっと止まる。

 

「いいさね。あんたはこのナイアス・ブリュンヒルデの名前にかけてカステポーまで連れて行ってやる。いいかい、ローラ、あんたは今日から妹分だ。妹の面倒を見るのは姉の役割なんだよ。わかったかい?」

「はひ……」

 

 耳元で囁かれた言葉にローラは息も絶え絶えになって答える。

 わたしに手を差し伸べてくれる人がいるなんて思っていなかった。ここをすぐに出て行くつもりだったのだ。

 カステポーまで行ける当ては密航以外になかったが成功するなんて奇跡だと思っていた。何でこの人達はこんなに親切なんだろう?

 それがローラが終生のねーさんと呼ぶことになるナイアス・ブリュンヒルデとの出会いだった。



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【4話】クバルカンの追っ手

「ありがとうございました~」

 

 店員のやけに明るい声を背にローラは連れと一緒に店を出た。

 表に出て最初にしたのは警戒心露に周囲を眺め回すことだった。路地にいた若者からの無遠慮な視線が派手な二人に向けられる。

 その視線にローラはたじろぐ。すでに何度かした後悔を内心で上塗りする。何せ、目だって当然の二人だ。 

 指名手配中なのに堂々と外を歩いているのだからビクビクしてしまう。

 隣にいるナイアスねーさんはおそろしく長身で二メートルはある。ローラからすれば見上げるような背の高さだ。

 騎士ってのはみんな背が高いのだけど、女騎士の平均身長は一八〇ちょっとくらいらしい。

 たぶん騎士としての血が濃いのだろうと思う。

 わたしを叩き伏せたときのパワーを思い出せば今でも身震いするほどだ。

 ねーさんのフリフリするドレススカートが揺れて、パニエの垣間から見えた下着はショッキングパープルな色彩のガーターベルトだ。

 思わず顔を覆って羞恥心を覚えちゃうくらいド派手。

 この角度で見えないわけがない。

 身長一二〇のわたしと二〇〇オーバーのナイアスねーさんのデコボココンビが並んでたら目立たない方がおかしい。

 

 それに二人の服装は見てくださいといわんばかりに華美に装飾されている。

 ねーさんの服装は白を基調にしたドレスで、肩から袖口までの衣装を縁取るのは紅色の蜘蛛の巣の刺繍模様だ。それが見た目のインパクトを増している。

 パニエのスカートもフリルをふんだんに使った多重構造。よくもまあ布切れをこれだけデコレーションできるものだと感心することしきりだ。

 網の目ストッキングは赤で同色のブーツをさらりと履きこなしど派手メイクに黒髪ツインテール。

 スタイルもスレンダーであんよも長い。

 トップクラスのモデルにも匹敵しそうなほどであるが、一目見ればどぎつい毒蜘蛛ファッションだ。まさにインパクト勝負だと思う。

 そんなわたしの今の服装はねーさんに負けず劣らず超絶ゴシックの極みである。

 自慢の銀髪はすぐに落とせるという染料スプレーで赤く染められてねーさんとお揃いのツインテールにされていた。

 悪魔っ子メイクのフェイスはどぎつく顔の輪郭を彩る。そのメイクは完璧で完全にトローラ・ロージンという名の少女の素顔を隠していた。

 ツインテールにはドクロの髪留めが禍々しく光り輝いて、身を包むのは着慣れないキラキラゴシックのブラックドレス。

 しかも過剰なレースをあしらったスカート部分はねーさんに劣らず四段構造で、そこから伸びたあんよは蜂の巣模様タイツに引っかかった蝶が凶悪にデザインされている。

 靴もこれまた真っ黒エナメルてかんてかんヒールで装飾されていた。 

 

 こんな格好生まれてはじめてするよっ! 女装とかそんなレベルじゃない何かを味わってるよ!

 いや……ふつーに見ればバレない気がするけどさ……

 うわぁ……まだアノ人たち見てるよ。緊張感でわたしの背筋が鳥肌を立てる。

 不味いかも。み、見られてるし、やばいよ~ バレルって絶対っ!

 思わず、わたしは目を瞑ってねーさんのフリフリスカートを掴んでいた。

 

「ば、バレちゃうよ~ 見られてる~ 恥ずかしいよぉ」

 

 呟いて目線を下げる。首筋に冷や汗が出るのを感じる。人通りの多いところから早く立ち去りたかった。黒いタイツ足をもじもじさせる。

 本音。マジでビビッてます。心細い声が演技でなく出てしまうほどだ。

 慣れない視線といつ正体を暴かれて追われる立場に戻るのか、それだけが脳裏を駆け巡る。

 

「なんだい? ビビってんのかい?」

「だ、だって見られてるし……」

 

 チラリと何人かの若者を見る素振りをする。

 

「ああ?」

 

 男どもの視線を一蹴するナイアス。さすがの貫禄で若者らが慌てて目をそらす。

 こんな目立ってもう後の祭りかぁ。そんなわたしのハラハラなど気にも留めずに彼女は不機嫌な顔を崩さない。機嫌はあまりよくないようだ。

 何で怒っているのか、わたしは店の中でのやり取りを思い出す。

 

「ったく、カードくれーでケチケチしやがって。何が限度額を超えてますだ」

「そりゃ、あんだけ買えばね……」

 

 ハハ……と笑って見せて、表通りに顔を向ける。

 通りに店の警備員がいて、ディグに積まれた荷物を見張っていた。座席とトランクいっぱいに積まれたのは今日のわたしたちの買い物である。

 ねーさんが使おうとしたカードが限度額いっぱいで、もう一つもいっぱいで、四枚目のでようやく支払いを済ませたのである。

 あんた、どんな生活してんだよ……

 その額は……恐ろしいので言えない! 言えませんっ! ねーさんの買い物の無頓着さがやばいよ~

 まあ、金持ちなのはよくわかったさ……わたしが小市民なのである。

 といっても、ナイアスねーさんは国元から離れてるらしいのでいろいろあるらしいとは何となく悟っていた。

 あえて聞かなったけれど。ねーさんもわたしが話さないことは無理には聞いてこない。 お互いの境界線は守るという関係がこの短い付き合いの内に定着していた。

 

「こんな格好でバレないかな……」

 

 細かいレース模様の付いた手袋をつけた手でナイムネペターンに押し当てる。まだ思春期にもほど遠い胸は女らしさとはまったく無縁である。

 先ほどからの心臓のドッキドキはまだ止まりそうにない。むしろ緊張でますます動悸がしそうなほどだ。

 わたしってば実はチキンハートなんすね……

 

「へーきへーき。今のあんたを見て、誰も星団で指名手配中の凶悪犯だなんて思わないさ。ほれ、これが手配中のあんたの写真」

「へ?」

 

 ほっぺに押し当てられた冷たくて硬い感触。その薄くて黒い函体を見比べるねーさん。

 そんなもの出回っているのか。

 騎士が持てる万能高性能携帯に映るのはわたしの顔だ。なぜかピンボケしてるけど。かなり硬い顔で無表情に整えた顔である。警察で捕獲時に撮られたものだろうと推測する。

 見つけたら五〇〇〇フェザーの賞金である。一フェザーは日本円で五〇〇円だ。賞金としてはしけた額だが一応立派な賞金首ってわけだ。

 ハハ……笑えない。

 せっかくの美少女がぶっちょう面だ。もちっと可愛く笑えばよかったか……

 

「それに真昼間から買い物してるのが人殺しのシバレースを発症したガキだなんて思わないだろ? あんたは堂々としてた方が怪しまれなくていいんだよ」

「はあ……」

 

 ポンポンとわたしの頭をねーさんが叩く。何気にずしりと来る。

 その仕草に緊張していた胸の内が緩んでいく。なぜかホッとしてまだ会って間もないのに昔から知っているような人に思えてきてしまう。

 ナイアスねーさんは見た目的な年齢ならまだ十代? なのかしらん?

 前世の年齢とローラとしてのわたしの年齢を合わせてもナイアスねーさんに届かないだろう。

 足しても五〇超えないし、ジョーカー年齢を地球年齢で換算すると五〇で一五才くらいの換算になる。

 この世界の人間の寿命は、地球人が七〇歳くらいなら三〇〇歳は軽く行くのである。

 見た目で人の知識や経験を計るのは難しい。学ぶ環境を整えられるなら、その歳月の分だけ知識を蓄えることができる。

 寿命が長い分、文化人として洗練される機会はお金が続く限り保障されている。

 一般人はそこまで学ぶ環境も資金も整えられないから一辺通りの教育を済ませてお終いなことが多いようだ。

 ブルーカラーな層であれば中学出てからすぐに働いてても不思議ではない。この世界で民主主義的な義務教育が当てはまるのは富裕層のみだ。

 学生として学べる期間は短い。その間に必要な知識と生きていくための技術を学ぶのだ。

 単純に年齢差でナイアス・ブリュンヒルデという存在を形成するに至った年月を同じに見ることは難しかった。

 

 凶状持ちの人殺しのシバレース──

 警察に突き出されて当然のことをした。

 人を殺し、逃げて、抗って、また逃げて。そんなことを繰り返したわたしがこの世界で生きていくことなんてできるのだろうか? 

 考えるまでもない。存在は抹消されてトローラ・ロージンという少女はこの世界から消えるのだ。

 無理だとはわかりきっていた。それでも抗うことをやめたくないのは悔しいからだ。

 どうせ死ぬなら意味のある死でありたかった。笑って死にたかった。生きてきて生まれてありがとうと言いたかった。誰かに望まれる人生でありたかった。

 父さんとソアラ。顔も知らない母さんと知ってるけどまだ知らない兄さん──

 この人は何で、無条件にわたしを信じて、匿って、こんなにしてくれるんだろう?

 ディグに乗り込んで、横目でナイアスねーさんを見ると、彼女は口元を歪めて笑い返した。 

 肩身が狭いとはこのことだ。

 

「腹減ってないか、ローラ?」

「あ、いや。それほど空いてないかな?」

 

 緊張が続いたせいかあまりお腹は空いていなかった。

 

「んー、あたしは腹減ったなぁ。帰ったらジゼルにナポリタン作らせて、食後はカプチーノでしめるっさ。作戦は帰って腹を満たして練るさね」

 

 能天気に言い放ったねーさんがサングラスをかける。そしてディグを高級住宅街へと走らせていた。

 今のわたしたちのアジトがそこにある。そう言うと犯罪チックなんだけど、ねーさんはノリノリだし、ジゼルは言うまでもなくファティマだし止める大人は皆無だ。

 途中で警察車両とすれ違う。身をすくめて窓から身を隠す。

 

「ふう……」

「大丈夫だったろ?」

「え、うん……」

 

『カステポー ドラゴンロード この先一五〇キロ』

 道すがらその看板がちらりと見えた。ハイウェイの向こう側には荒野が拡がっている。町を一歩出れば無人の荒地などいくらでもあった。

 その先にわたしの兄さんであるデコース・ワイズメルがいる。ちょっといかれてる人で滅茶苦茶強い。

 今のわたしが星団法から逃れて身を隠すのにもってこいなのがカステポーである。

 いかなる国家もここでは中立地帯であるから追っ手を差し向けられても何とかなると思っていた。

 兄さんの存在に関係なくそうするつもりだったし、デコースを捜すというのは本当は建前でしかない。ついでに探して会えればそれでよかった。

 もし会えればラッキー。だからそうなったら、わたしは兄さんに自分を売り込むつもりだ。役に立つ妹だとしめそう。

 ナイアスねーさんをいつまでも頼ることはできないし、わたしを匿ったことで犯罪者として生きてほしくない。

 それに恩も返したいと思う。いつか、わたしができる形でだけど。

 後、原作みたいにソープとラキシスに出会って一刀両断にはされたくないから予防策も考えとこう。ユーバーなんて変態も会いたくないし。

 この人に頼って本当に大丈夫なのだろうか?

 そんな心配を飲み込む。

 わたしはカステポーまでねーさんを頼りにすると決めたんだ。だから最後までわたしはこの人を信じなくちゃいけない。

 裏表なくねーさんはわたしに接してくれる。こんな人は他にいない。人殺しの逃亡者に関わりたい人など普通はいないのだから。

 人を頼るのは逃亡してから初めてのことで大人など誰も頼りにならないと思っていた。自分だけの力で逃げ切ってみせると思っていた。

 それがどんなに甘い考えであるのかは、今では嫌というほど思い知っていた。

 

 

「それで、君たちの失敗で手配犯を逃したわけだ」

 

 ナイトポリスの詰め所──その一室で局員の言い訳を耳に流しながら、ショートカットにシェードミラーの女がサングラスを外し警察官を一瞥する。

 

「町を出ている気配はありません。現状、全力を持って街道を封鎖。公共交通機関には手配写真と覆面捜査員を配置しています」

「ふうん……」 

 

 興味なさげに指名手配犯の顔写真が載ったチラシを手に取ってノンナ・ストラウスはそれを眺める。

 

「私がクバルカンからわざわざ出張ってきたのはちんけな犯罪者を捕まえるためじゃない。この娘は我がクバルカンが保有するある機密を所持している可能性が高いからだ。クバルカンが動くということの意味をお分かりか? 法を守るが我らの務め。貴殿らの情報は頼りがない。このノンナ・ストラウスは独自に捜査するが構わないな?」

 

 言いおいてチラシを机に戻す。

 

「は、はぁ……」

「では、時間が惜しい。失礼させていただく」

「ノンナ様っ」

 

 ノンナに従う騎士が局員に頭を下げて後に続いた。

 立ち去る騎士二人の後姿を鬱憤に顔をしかめた局員の一人が睨みつける。

 

「何すかあの小娘は? えっらそうに。何がクバルカンだよ。法を守るなら余所者がでかい顔するんじゃねえ。ここは俺らのシマなんだからよ」

「俺らじゃダメなんだとよ。それに国家が出てくるなんて大事さ。よっぽどの大物なんだろうよ」

「どう見ても可愛い女の子にしか見えねーのにな。シバレースってのは本当に呪われた血なのかねぇ……」

 

指名手配:トローラ・ロージン

賞金:五〇〇〇フェザー

罪状:殺人罪 傷害罪 器物破損罪 密航罪

見つけ次第、当局までご連絡ください。

 

 机の上の発行された手配書にはそう書かれてあった。

 

 

「ノンナ様」 

 

 追う騎士の声を聞きながら彼女は足を止めない。

 先を歩くノンナに騎士がようやく追いつく。二人は警察署を出てロータリーを見上げる位置で立ち止まった。

 

「ノンナ様、あまり彼らを刺激しないでください。彼らは協力者なんですから」

 

 ここはカステポーだ。本国のクバルカンのような振る舞いは歓迎されない。実際、あまり協力的でないのはこちらの態度にも非があった。

 

「犯罪者を捕縛しておきながら逃げられる失態を犯す連中に同情するつもりはない。それに彼らには荷が勝ちすぎるのではないこと? 例の少女、パラライズ・ワームを無効化する体質らしいし、もしかしたら魔導騎士(バイア)である可能性もある。失態を重ねられるくらいならこちらで片をつけるのが一番いいことだと思わない? もちろん、情報はこちらでちゃんと受け取るけど。問題あるか?」

「ストラウス公に怒られますよ。お父上が角を生やします」

「父上を引き合いに出すな。関係がないだろう。私は法と徳を守るクバルカンの騎士としてここに来たのだ。今回のことは私の実績として、またルーン騎士団貢献の証となるのだ。法王様が女である私をルーン騎士に置くのに尽力してくださったのだからな」

 

 厳格な戒律に縛られたクバルカンのルーン騎士団が女騎士を入団させたことは世間では知られていないことだ。

 法と徳の守護者であるスパンダ法王が自ら弁をふるって、一介の騎士としてノンナ・ストラウスをルーン騎士団に編入させたのは近年の騎士団の男偏重の構成が生み出した一つのひずみを解消せんという意志の現れであった。

 それはルーン騎士団の活性化という名目のためだ。

 ルーン騎士団は女人禁制とうたいながらもファティマは女型である。真に厳正であるならファティマも男型か無機ファティマであるエトラムルでその位置を占めるしかない。

 それこそがひずみだ。

 無論、女騎士団も存在するが、その立ち位置からノンナを編入させたところにスパンダの強い意志がある。

 それに石頭の坊やが少しは女慣れしてくれないと、次代の法王候補が頭でっかちな堅物のままになってしまうだろうという懸念が彼女の背景にあった。

 スパンダ法王の意図をノンナは理解しているつもりだった。

 その次期法王候補は今期に枢機卿として選任されたばかりだ。

 手間のかかる坊やを成長させるにはもっと刺激的で野蛮な方法じゃないとダメだね──

 我が弟のミューズがどこまで伸びるか、柔軟な頭になってくれなければクバルカンはこの先立ち行くまいよ。

 だからこそ、ルーン騎士としてクバルカンの手本を示さねばならない。騎士団の問題や弟のこと。法王の願いがノンナを今の立場に繋ぎ止めていた。

 スパンダ法王からの密約の任が解ければ、ノンナは本来の立ち位置に戻る約定がなされている。

 今は脱走した少女を捕まえることに集中しなければ。

 

「各街道に出るステーションを軸に情報のデータリンクを張る。蟻一つ見逃さずに徹底的に監視を強化する。カステポー方面を特に注意しろ。あちらに逃げ込まれたら対処が難しくなる」

「では、そのようにいたします」

 

 カステポーからの風が吹いてノンナはサングラスをかけなおしていた。



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【5話】デコース・ワイズメル

 カステポー地方。ヴァキ市西区──

 路上で数人の男達が地面に這いつくばる。一人は腕を折られ、一人は頬を腫らし、血を滲ませている。

 それを見て怯える者と遠回りに野次を飛ばす見物人の群れ。

 ここヴァキ市ではしょっちゅうチンピラ同士の喧嘩が起きている。

 この手の光景もここでは珍しいものでもない。喧嘩主の双方が騎士同士とあれば、なおさら見物しようと人が集る。

 喧嘩と騎士はヴァキ市の名物だ。 

 

「ひぃぃっ! つ、強すぎる」

「勘弁してください!」

「あ?」

 

 光剣(スパッド)を抜いた男たちの前に立つのはオカッパヘアーにキャスケット帽子の青年だ。着流しに派手な黄色い柄の上着を羽織っている。

 ここらで派手な格好をする騎士は多い。ご多分に漏れず、そうした手合いのチンピラモドキの同類である。少なくとも「真っ当な」騎士ではなかった。

 青年の手は無手だ。武器を持った相手を素手で叩き伏せたことで実力差は周囲にも明らかだ。見物人同士が囁きあう。

 馬鹿な連中だ。

 ここらで騒ぎを起こすなんて。

 ここはあいつの縄張りだぜ。

 あのデコース・ワイズメルのよ──

 

「おたくらさあ、だーれのシマで暴れてくれちゃってるの~? ヒヒヒ。僕ちゃん用心棒だし~」

 

 丸眼鏡を中指で押し上げ、動こうとした男の顎を蹴り上げる。そのまま吹き飛んで壊れた屋台の台車に衝突すると派手に木片が散乱する。男はもう動かなかった。

 店の主人は逃げて見物人の群れの中にいた。

 

「だーれに頼まれたのかなぁ~? 知らないわけじゃないでしょ、僕ちんのこと?」

「ひぇぇ、すんません知りません。俺ら一昨日こっちに来たばっかで──」

「はん、行けよ。二度と顔見せんな」

「は、はひっ!」

「そこのゴミも持っていけよ」

 

 気絶する男をデコースが指差す。倒れた男を担ぎ上げ、男たちがそそくさと歩き去る。

 その背中を見ながらデコースは人差し指を額に当てる。

 この辺りは観光の収入のあがりを仕切る連中がいてお互いに仲が悪い。そういうのがチンピラを使ってちょっかいをかけるなどしょっちゅうの事だ。

 はぐれ騎士がアルバイトで雇われて用心棒をしていた。

 

「シュバっち~」

 

 超速の誰にも捉えられぬ動き──

 次の瞬間、男たちのズボンのベルトが一斉に切断されずり落ちる。周囲からどっと笑い声が巻き起こる。滑稽で無様な光景だ。

 

「ち、ちくしょ~」

 

 捨て台詞を掃き捨て、ずり落ちたズボンを掴み仲間を運ぶ。人ごみを掻き分けて野次を背に男たちは退散する。

 死人が出なかったのは気分が乗らなかっただけに過ぎない。

 

「あーあ、つまんねえの。あっさり終っちまったな~」

「なあ、あれ、ストラト・ブレードだろ? 初めて見たぜ」

「ぶっ殺せばよかったのに~」

 

 程よい緊張が解けて見物人が口々好き勝手に言う。その声を背にデコースは背を向ける。本日のお仕事は終わりである。

 僕ちんが金にならんの斬らねえよボケどもが~ お小遣いくれんならヤッテいいけど。

 すべては気分次第だ。この間など、肩がぶつかっただけで四人の騎士を惨殺してのけた。

 その気まぐれが恐れられる。デコース・ワイズメルに常識という言葉は当てはまらない。

 

「あ、ありがとうございました」

「あー、はいはい」

 

 店主だか店員が言ってるのを無視して、デコースは人ごみの中に混じって歩き去った。

 午後の空気は乾いて鼻をむずがらせる。軽いくしゃみの音が路地裏に響く。ポケットに両手を突っ込み、デコースは街角に張られたチラシを見上げた。

 

「なんか適当にうまいのいねーかなー。さっきのは外れだしよ。家賃たまってんだよね。マニーマニー」

 

 呟いて彼は壁に張られた賞金首のリストを眺める。ここしばらく代わり映えのない顔ばかりだ。

 殺人犯、レイプ犯、強盗犯etc……

 警察でも持て余す懸賞金をかけられた凶悪犯だ。一万フェザー以上の賞金首がここに張り出される。

 最低レベルの賞金首でも一般家庭であれば一年分くらいの収入にはなる。

 騎士であれば収入はピンからキリ。まともな騎士家業をしようとすれば金はいくらあっても足りないのが実情だ。この程度の賞金首で懐が潤うことなど基本的にない。

 MHを駆り、傭兵として活動する騎士は借金を借金で返すことなどざらだ。

 

「おっくせんまーんはいーませんかー」

 

 軽く舌打ちする。どれもこれもスリルのない雑魚ばかり。それに張られている情報が古い。更新を怠っているようだ。

 

「こいつはこの間ボクちゃんが○○切り落としちゃったやつじゃ~ん。ちゃんと仕事しろよな、お役所っ!」

 

 凶悪な顔の賞金首のチラシを三枚ばかり引き剥がす。

 近頃、ここらで治安を乱していたごろつきどもだ。三人合わせても一〇万フェザーもいかないチンピラだった。こいつらはこの間、掃除したばかりだ。

 最近の連中ときたらよわっちくて話にもならない。まとまった金が入ればMHの中古パーツが買えるのだがろくなのがいない。

 このデコース・ワイズメル様の暇を潰せるやつはいねーのかね。

 鼻頭をかいて大欠伸をする。眠い。ついさっき起きてボロアパートを出てきたばかりだ。

 さっきは遅い朝飯を食おうとしたら行きつけの屋台が壊されていたのである。

 揉めた原因は店員の粗相らしかったがそれはどうでもよかった。腹虫が鳴り治まらぬので相手をしただけだ。 

 殺さなかったのは金にならないから、というその日の気分である。

 ポケットから紙の束が落ちる。ここ半年ほどで溜めに溜めた借金である。家賃の滞納からMH管理費の請求書などだ。 

 悪党相手ならいくらでも踏み倒すし躊躇うこともないが、この世界は割と狭い。誠実さの使いどころは気安く払えるところから使うことにしている。

 とはいえ、現実的にないものはない。ない袖は振れないというわけだ。

 

 普通に労働して働くという選択肢はあるものの、そうするには身分を偽らなくてはならなかった。IDを偽造するにも金はかかる。

 それに普通の労働で得る賃金は微々しい。

 市民というのは何の力も持たない人間のことを指し、労働による生産性を期待される人々のことである。そういった人々が一般市民と呼ばれている。

 騎士という存在がまともな一般職に就くことそのものがありえないことだ。

 例え、行政機関に騎士登録していなくても騎士という存在は異形だ。

 ほんの一つの暴力が人を死に至らしめる。それだけの力を持つ騎士が一般市民に混じって生きていくのは難しいことだ。

 超常の血は畏怖と恐怖しかもたらさない。

 古代超帝国時代に生み出された騎士(シバレース)の血を受け継ぐ存在。彼らは今の時代も生き残り、劣勢遺伝ではあったがその血を現すことがたびたびあった。

 特に濃い血を表すことが多いのが王侯貴族などに代表される血の継承だ。

 騎士だけでなく魔導士(ダイバー)と呼ばれる超能力者をも生み出し、星団史において数多の恐怖をばら撒いてきた。

 濃い血であるほどその力は強く、薄まれば弱くなる。例え、最弱の血でも人一人を片手で殺害するだけの力を有していた。

 普通の民の中からも騎士として生まれてくることがあることから、国家はその血を管理する必要があった。 

 国家間の枠組みを超えた星団法とはそのために存在し、騎士や魔導師の存在を一般人から隔離するための法が定められている。

 騎士という人を遥かに超えた能力を持つ存在は管理されるものとして、就くことができる職種はごく一部に限られていた。

 それは星団法によって義務付けられ国家間の暗黙の了解として認知されていた。

 警察組織やそれに関わる機関。軍事関係の職や国家騎士としての立場がそうだ

 

 そして政府国家の騎士として認められない凶状持ちや精神破綻者達などは振るい落とされ、まともな職に就くこともできないまま犯罪に手を染めるケースは後を絶たなかった。

 騎士や魔導士として生まれた者の中には生まれつきの血狂い(シバレース)も存在し、それらを淘汰する組織すら存在する。

 士官もままならず、賞金首狩りや傭兵にもなれぬ半端な騎士はそうした犯罪予備軍ともなりえるのだ。

 そうしたあぶれ者が多く集まるのがカステポーである。いかなる国家も介入することを許されないこの地は古くからドラゴンが住まう土地として知られていた。

 MHでさえ歯が立たぬ超自然のこの生き物は、自らの領土内でのいかなる権力、侵略闘争を許さず、過去に幾たびも侵略の意図を持って現れた者達をその炎でもって焼き払ってきた。

 国家や法治機関の手が届かぬ地。それゆえにカステポーには警察の手を逃れた犯罪者が集まってくるのだ。

 力を誇示し、金を手にし、名声を轟かせる。ごく単純な力の道理が世界を支配している。

 強さが知られれば腕が売れる。腕を売れれば金になる。金を稼ぎ名声を得るには賞金首を刈ることが一番の近道だった。

 MHとファティマ(エトラムル)を持てれば傭兵にもなれる。

 騎士の間で少し腕が立つと知られれば腕に覚えがある者が仕合を申し込む。辻斬りまがいの立会いもざらにあった。それは傭兵同士の間でもよく見られる光景であった。

 傭兵という道もまず金がなければどうしようもない。

 デコースの性格的に士官など考えられない。元よりチンピラと変わらぬ騎士に仕官の道そのものが開かれることなどありえない。

 国家騎士などは血と家柄とコネがすべてであると言っていい。また、反骨的な騎士を騎士団は望まない。警察も犯罪歴があれば入ることは難しい。

 ならず者になるような者は、成人するまでに幾つもの事件を起こすのが常で、まっとうな職にありつくのさえ難しかった。

 自然、淘汰された道である。実力があってもくすぶっている連中はいくらでもいた。デコースも含めて──

 

「たらっとぅっとぅっとぅる~」

 

 チラシに見切りをつけて、ポケットに後ろ手を突っ込んで歩き出す。道行く人が彼を避ける。

 ガラの悪さは承知だ。いつものことなので気にしない。煙草を口に咥える。

 一般人はあまり立ち入らない区画を抜ける。

 はみ出し者の集まる場所だ。騎士崩れも中にはいて若い連中と組んで遊んでいることが多い。犯罪に手を染めている者などここではいくらでもいた。

 狭い路地を子ども達が駆け抜けていく。

 敷物を敷いて地面に寝転がる薄汚れた風体の浮浪者。くたびれた服を着たアル中の労働者。汚い建物の窓に釣り下がった洗濯物。商売女達の刺青。

 ここは吹き溜まりだ。世間から爪弾きにされた連中ばかりがいる。 

 

「デコース兄貴、今日は遅いじゃないすか」

「今夜、狩りに行きませんか?」

「あん? そんな気分じゃねーなぁ。眠くてよお、クビもろくなのがいやしねえ」

 

 首をかいてデコースは路地裏にたむろするチンピラの仲間に加わった。

 テーブルに牌が並べられていつもの麻雀大会がはじまる。昼過ぎのけだるげな空気がますますデコースの気分をおっくうにさせる。

 

「あーあ、かったりいなあ……退屈ぅ、賞金首落ちてねーかなぁ……」

「へへ、兄貴に敵う賞金首なんていませんしね。おかげでここらも静かになったし」

「あんね、うちの家賃足りねえの。お前いくら持ってる?」

「いや、ねえっすよ……からっけつっす」

「ちっ、しけてやんな~」

 

 大家に滞納してる家賃は半年分だ。よくもまあ追い出されないものだが、デコースが片手間に追い払った性質の悪い借金取りのおかげで大家から催促されたことがない。

 デコース・ワイズメルと言えばここら近辺のチンピラの間で知られた顔である。

 

「あ、いたいた。兄貴、なーにしけ顔してんですか?」

 

 遅れてやってきたチンピラ騎士の一人がテーブルに着いてポケットから端末を取り出していじり始める。

 腐っても騎士。半騎士の彼は警察勤めの不良警官である。昼からこの時間にいるのはおそらくサボりだろう。

 見ているのは賞金首のリスト。それを横目でデコースが見る。

 

「おい、ゴザ。ひゃくまんえんくらいのいねえか?」

「そんな大物はいませんね。小物ばっかすよ。五万、一〇万っと。五千ってのもいますよ。って、このガキ何したんだ?」

「ガキ?」

「五千のガキ。殺人に傷害、器物破損。密航だってさ。現在逃亡中」 

「ふーん? やっすいなあ~ 五千とかちょろすぎる」

 

 牌をかき混ぜながらデコースは盛大に煙草を吹かす。他の連中のと交じり合って退廃的な雰囲気を漂わせる。そいや、溜まってる家賃もそんくらいだ。

 

「見せろよ。ガキ一人で結構じゃねえの。うちの家賃くらい楽チンそうだしよ~」

 

 携帯を取り上げるデコースの目つきが変わる。

 紫煙が煙たく漂うのを片手で追い払う。画面に映った情報を見て貧乏揺すりしていた足が不意に止まった。

 

「へえ……」

 

 酷薄な目を細め端末に目線を落とす。画面に映っているのは硬い表情の少女。

 トローラ・ロージン──

 その名に注視したまま動かない。

 

「なんかいいのいました?」

「あれ? 兄貴、どこ行くんですか?」

「僕ちゃん用事思い出しちゃった。ちっと出かけてくる~」

「え? どこすか?」

「いーとこだよ。面白そうなの見つけちゃったし~」

 

 卓を立ったデコースが仲間達にプラプラ手を振る。深く帽子をかぶりなおすと、いつになく上機嫌そうに鼻歌を歌い始める。

 みーつけた。何でこっちにいるんだ? まあ、いいや。

 いつもの気まぐれだと仲間たちは卓でマージャン牌を打って見送った。

 デコースが路地を出ると、待ち構えていたのか一人の男がデコースの前に立つ。

 頭にターバンを巻いた男だ。確か、ビョイトとかいう名前のスカウトマンである。路地に派手なディグを止めている。

 

「今日は、ワイズメル様。お返事を伺いに参りました」

「おい、俺っち断ったろうがよ」

 

 数日前に勧誘に来たターバン男の依頼を断ったのだが性懲りなく来たようだ。胡散臭いので門前払いしたのだ。

 

「そうも参りません。どうか考えなおしてはいただけませんでしょうか。主から契約料の上乗せをしてもよいと言われております。手付に二倍の額をご用意いたします」

「考えなおしてやってもイイケドよ」

 

 どこの主だか忘れたが、田舎の地方領主レベルの勧誘など屁みたいなものだ。腐ってもプライドがあるのだ。

 

「おお、本当ですか?」

「その代わり、お前もちっと付き合え。車借りるぜえ」

「は?」

 

 ビョイトの返事を待たずにデコースはディグに飛び乗る。

 

「どちらまで?」

「散歩さ、キー、寄越しな」

 

 ハンドルを握り口の端を吊り上げて笑うデコース。思いも寄らぬ格好の暇つぶし。町を出るのは久しぶりだった。



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【6話】追う者ノンナ

 重たい円形のマンホール蓋がゴトリと音を立てた。ずれて落ちて乾いた土埃が立ち上がる。

 小さな手が蓋をのけた。開いた穴から頭が赤いツインテールが飛び出す。右よし、左良しだ。

 飛び込んできた日差しにローラは片目を瞑って頭上に手をかざす。

 眩しい──

 暗いところから明るいところへ出たので目が慣れるのを待つ。

 わずか数瞬。見上げた空は青い。微かに尾を引いた飛行機雲が見える。

 ようやく表の空気を吸えた。周囲を見回すが静かすぎるくらい何の気配も感じない。

 鼻がむずむず痒くてくしゃみをする。

 埃っぽい場所だ。人っ子一人いない通路。太陽の日差しが大地と土気色の建物を照らして陰影の強い風景を作り出す。

 殺風景なまでにシンプルなコンストラストの世界だ。

 昔ドキュメントで見た中東の街の一風景を思い出す。いわゆるスラムのイメージ。

 

「どうだい?」

「誰もいないっす……」

 

 マンホールから顔を出したまますぐ下にいるナイアスに返事を返す。

 

「まだここは市街だからね。つってもお上品な市民は寄り付かない場所さ」

「はわわっ」

 

 ローラの体が下から持ち上げられる。ローラが上に上がるとマンホールからナイアスが身を乗り出す。

 そのすぐ下。地下水路に荷物を抱えたジゼルがいる。

 

「ジゼル。連中に動きはないね?」

「はい、衛星にハッキングを仕掛けて時間差のある偽映像を流してあります。警察車両が数台拿捕に動いたようです。陽動になればよいですが」

「上出来、上出来。あんぽんたんどもに一泡吹かせられたね」

「ふぅ~」

 

 二人のやり取りを聞きながら髪と服についた埃を払う。バランスを取りながら靴の裏に挟まった泥土をこそぎ落とす。

 何となしにも慣れてみれば女の子らしく身の回りのことを気にする癖が身についていた。

 可愛らしくなどという芸当をできた試しはない。でも、自分の容貌がある程度整っていることは自覚している。

 外で遊ぶたびに女の子らしくしなさいと言われた。

 冒険をするのは好きだった。男の子に混じって泥だらけになって帰ることはしょっちゅうだったっけ。

 父さんの仕事の関係で引っ越す前は結構おてんばだったのだ。

 そういうことに無頓着してたらソアラに躾された。ソアラには教育プログラムが組み込まれていた。

 ブラッシングとかもそう。夜、寝る前と学校に行くときは必ずソアラが髪を梳かしたり結ってくれた。

 ソアラは花の匂いがした。毎日、庭の温室の花をソアラが面倒を見てたっけ。

 父さんが好きな白い百合の花を思い出す。

 そんな日々の思い出は今は遠い。遠い場所に来てしまった。今やお尋ね者の浮浪児だ。感傷に浸るのはまだ早い。

 

「こっから、町のあっち側を周り込んで街道脇に出るのさ。車(ディグ)は手配してある。バスもドーリーも監視しようが無駄さ。こっちにだって手はあるんだ」

 

 ナイアスねーさんがここ数日動いているのは知っていた。気になって聞いてもお楽しみは取っておくもんだとにべもない返事が返ってきた。

 そして今日の朝早く。今は使われてない地下水道ルートの説明をされた。

 その後、アパートを引き払ってうらぶれた路地裏にある地下行きのマンホールを降りた。

 かれこれ暗い通路を数キロ歩いて暗い上にかび臭い場所も辟易した頃、ようやく表に出られたのだ。

 公共交通機関はすべて見張られているという。警察だって無能ではない。交通手段と街道さえ押さえられればただの犯罪者は袋のネズミに過ぎなかった。

 その目さえくぐり抜ければ自由なのだが、この先は足がなくては辛い。街道からそれた荒野を歩くのは自殺行為だ。

 カステポーの野生動物には通常の銃火器が通用しないような生物が存在する。何とかワームとか……

 原作でいたけど忘れた。そんなのがうようよいるのがカステポーの生態系である。

 恐竜の子孫みたいのが普通に闊歩しているのだ。何もかも地球世界とは常識が違いすぎる。

 ナイアスが選んだルートは監視が甘かった。その読みはかなり当たりのようだ。

 時刻は正午近くになっている。

 警察の目を欺けたのかはわからない。動きを察知されていたならば今ここでお出迎えされてもおかしくないわけで、そうはならなかったので一息つくことはできた。

 

 今いる場所はシティを取り巻く環状線のような場所だ。

 いわゆる貧民窟で貧しい人たちが暮らしている。土作りの家はいい方で瓦礫の塊やらなんやらを土で補強して作ったような酷いバラック住宅も多い。

 ある意味、犯罪者が潜んでいる雰囲気は満点だ。

 彼らは方々から勝手にやってきて住み着いた人たちだ。戦争などで行き場をなくした難民もいるらしい。

 存在そのものが違法で一般市民としての権利すら有していない棄民だ。

 日本とかでの人権主義や常識はこのジョーカーでは通用しない。資源を採掘する植民地民の暮らしぶりを描いたレポートを読んだことがある。

 植民地では人の人権はないにも等しい。ここの人たちはまだ自分の自由意思があるけど良い暮らしには程遠いだろう。

 シティへの出入りも制限されている。ねーさんに逢わなければここに潜り込んでいたかもしれない。

 

「ローラ」

「はい?」

「これ、持っておきな」

 

 ナイアスが突き出したのは騎士が持つ専用の携帯だ。一般人が持てるようなものではない。

 

「えーと?」

「あたしゃもう一個持ってるからいいんだよ。お古だけどちゃんと使えるよ」

「そうじゃなくて、わたしが持ってていいの?」

「いざってときにはぐれたらこいつで連絡を取れる。特権でどこに国の衛星も利用できるからね。あたしのとリンクしてあるから居場所もわかる。電池は太陽光でもディグのジェネレーターからでも引っ張れる。なくすんじゃないよ?」

「う、うん……」

 

 自分の手には少し大きいそれを手に取る。わたしの知ってる携帯よりも大きめだ。

 騎士が使うものも今では折りたたみ式もありコンパクトなものも出ている。

 これは旧式タイプである。それでも性能はそんじょそこらの端末など問題しないくらい優れている代物だ。

 それを知識で知ってはいたが使いこなせるかの自信はいまいちだ。

 

「使い方は簡単さ。わかんなかったらジゼルに聞きな」

「うん」

 

 携帯の画面を見ながら頷く。すぐ横でジゼルが微笑んでみせた。

 やめて、人間みたいに優しく笑わないで──

 言葉にできない重たい何かが胸の内に落ちる。

 わたしはファティマが嫌いなんだから。

 

「今から行く場所にあたしの仲間が待ってる。荒くれもんが多いけど気にすんな」

「仲間?」

「まあね。こう見えてもブリュンヒルデ騎士団(ナイツ)の頭なんだよ」

「騎士団!?」

 

 驚きが声に出た。慌てて口に手を当てるが周囲に人はいない。

 

「ちっさい傭兵団だけどね。食い詰めた連中集めてあちこちで暴れてんのさ。あんたも行く当て外れたら来なよ。楽しいよ、その日暮らしだけどさ」

 

 にいっとナイアスが笑う。

 騎士でかなり強い。実力はそんじょそこらの騎士など話しにならないくらい。

 金銭感覚いまいちで、ゴシックロリータで、傭兵団の頭とかよくわからない人だ。

 国元を追い出されたとか言ってたし何か凄く訳ありっぽい感じ。人にはイロイロな裏事情があるってことなんだろう。

 

「何で傭兵をやってるの?」

「そりゃあね。強いやつってのは戦場に行かなきゃ会えないだろう? きな臭いとこには腕利きも集まるし、スカウトもできる。趣味と実益を兼ねてるのさ。名前も上げられる」

「ねーさんって強いよね?」

「弱くはないさ。こう見えてもね」

 

 ローラの頭をわしゃわしゃとナイアスの手がかき混ぜる。髪がほつれる。

 ナイアスの懐が鳴り携帯を取り出してそれを見る。

 

「行こう。連中がこっちに気がつく前にとんずらだ。それにここの連中もあまり信用できないしね」

 

 背を向け歩き出す二人。ナイアスは歩幅が広く足早なのでついていくのがやっとだ。ときたま駆け足になる。

 建物の陰。陰影のある街路の隅で闖入者を見つめる視線がいくつもあった。

 ここは貧しい人たちが暮らすスラム。飢えた子どものぎらっとした目と目が合ってローラは余所見をするのをやめる。

 一人になればあっという間に身ぐるみをはがされるかも? そんな危機感も募って背筋がぶるっと奮えた。

 早くここから出たい──

 そして駆け足に二人を追いかけていた。 

 

 

「トリックか。してやられたな……」

 

 狭い警察車両の中でノンナ・ストラウスは爪を噛む。

 衛星に小細工をするなど誰が考えたのか、いかにも犯罪者がやりそうな手口の一つであるのにすぐに気がつかなかったのだ。

 監視衛星を特定し、各地に配置した監視カメラのデータを改竄するなど普通の犯罪者には到底不可能だ。だからこそ盲点になった。

 稚拙な手段で詰めは甘い。だが大胆不敵だ。こうもあっさり監視が緩むとは思ってもいなかった。やはりここの警察に任せたのは間違いだ。

 たかが少女と甘く見すぎていた。年端の行かない娘が警察の監視の目を欺き衛星にハッキングを仕掛けるなど誰が考えようか。

 考えられなければ消去法的な答えを得るのみ。

 だが、これでホシには協力者がいることが判明したわけだ。この町に逃げ込んだのも協力者と合流するためだった可能性が高くなった。

 手がかりを追っていたのに雲隠れされたのだからね。

 ここ数日の停滞は警察の監視能力への疑問となっていた。小娘一人に何を手間取っているのだろうか?

 そして動いたと思えばブラフを仕掛けての逃亡劇。ある意味素人が使うような陽動の手口だ。

 衛星にハッキングするなど素人の範疇を遥かに超えているし、ことを荒立てしすぎている。犯人はかなり大雑把な性格であると推測できる。

 小ざかしい犯罪者であればもっと上手く立ち回る。そんな相手であったならばとっくに逃亡しているだろう。

 そうでなかったことは失態の言い訳にはならない。

 間違いない。ここに逃亡者はまだ潜んでいる。が、時間は切迫している。時が立てば逃げられる。その算段をつけての行動に違いない。

 だが、未だこちらの網にかかっていないことが判断を鈍らせる。焦りは隙間を生み出す。ノンナはいったん思考を切り替えようと目を閉じる。

 

「どこかのスパイか……あの少女に目をつけた連中がいるとすれば厄介だ」

 

 逃すわけには行かない。ノンナの任務は「持ち出された機密情報」の確保にある。持ち出された情報はすでに誰かの手に渡ったのか。それともどこか隠してあるのか。

 当人の身体検査は十分なほど警察になされていたが、それらしいものがあったという報告は受けていない。

 偽の報告がされている可能性も検証したが確証など何もない。

 

「衛星にハッキングし、警察の監視システムに干渉するなど並みのハッカーでは無理です。あのレベルの衛星セキュリティを破るには最低限ファティマクラスの能力が必要ですね。それもA級の」

 

 騎士のハルマーがノンナの前にコーヒーの入ったカップを置く。ハルマーはクバルカンから連れて来たノンナの部下である。

 半ばノンナのお目付け役という役目を帯びていたが使える手駒は少ない。仕方ないので雑用的なことを押し付けていた。

 

「ファティマに騎士……この町にいる騎士のデータを洗い直す。ここ数日の出入り状況は?」

 

 直接的な関係性を確証できなくて集めたはいいが放ってあったデータを調べだす。

 すでにハルマーがピックアップしてしていたものを抜き出した。それ以外は過去のデータだ。

 やることなすことが後手に回っている。ノンナは唇をかんでコーヒーを口に含んだ。

 データベースに落とした視線が止まる。シティの騎士滞在者リストに気になる名前が一つあった。

 ナイアス・ブリュンヒルデだと?

 逡巡する。記憶にある情報は少し血生臭いものだ。

 

「ハルマー。この女の所在を探れ。緊急にだっ!」

 

 ハルマーが振り向いて身を乗り出す。

 

「はい。あれ、この人って……」

「ちょっとした有名人だぞ。バキン・ラカンの天位授与式で狼藉を働いたフリフリ女さ。あろうことか聖帝のお膝元で騎士三人を切り殺したキチガイだ。フィルモアからは除籍されているようだが……」

「そりゃ、ここらだと大物ですね。ですが今回の件に関わりがあるんでしょうか?」

「ハルマー」

 

 静かなノンナの声が響く。

 

「追ってみます。パートナーはジゼル? うへえ、バランシェ・ファティマじゃないですか。見つけたかなハッキング犯人」

 

 くさい。ノンナの嗅覚が動いていた。

 今の状況と動き。人斬り騎士にファティマと逃亡少女。結びつきそうで結ばれない曖昧な線。

 

「瑠璃(ラピス)を降ろす。ファティマにはファティマだ。カステポー方面を監視させる」

 

 立ち上がりノンナは狭い車両を出る。表の空気を吸って思考をクリアにする。

 高層ビルを見上げた後、シティ外に出る外壁を望んだ。人手が足りずスラム方面には手が回らないでいた。

 

「ナイアス・ブリュンヒルデか」

 

 ノンナの勘がターゲットを捕捉する。個人であれば関わることのない前科者だ。しかし、今回の件に結びつきそうなモヤモヤがあった。

 所在が割れれば無罪。不明なら灰色有罪だ。我ながら理不尽で正当な理論だ。

 

「ノンナ様っ! ナイアスは今日の午前一〇時にアパート・グランメゾールをチェックアウトしています。記録とカメラを照合。三人連れ。イン時のものはファティマと二人。アウト時に一人子どもを連れています!」

「ビンゴだな。ナイアス・ブリュンヒルデを緊急指名手配しろっ!」

「了解っ!」

 

 敬礼しハルマーが車内に引っ込む。

 ギリギリか? ノンナの直感に間違いはなかった。獲物は逃げた。だが足跡は残っている。

 逃がしはしない。目を細めたノンナが空の飛行機雲を追っていた。

 

 

 あれから一時間後──ローラは荒野にぽつんとある倉庫に足を踏み入れていた。

 

「これに乗るの……」

「ボロっちく見えるけど、中身はイレーザーで最新式。こいつがあればすぐにカステポーさね」

 

 ナイアスが倉庫から引っ張り出してきたのはずいぶん古いシャトルバスだ。

 塗装は禿げて赤茶色の染みのようになっている。手配していたのはこれだったのだろう。

 古いなあ……

 エンジンを二度ほど吹かすと回り始めたイレーザーが独特のエンジン音を出す。

 

「乗りな。グズグズしてらんないしね」

「うん」

 

 三人が乗り込むとバスはゴタゴタ言う道を走りだす。街道に出た方が早いが直ぐにバレる。街道から一〇キロほど離れた道無き道を爆走中だ。

 携帯のGPSを見るとドラゴンロードまで三〇キロ地点に迫っていた。ドラゴンロードに入ればそこはもうカステポー。新天地だ。

 少しだけうきうきした気分になる。

 運転席にナイアス。助手席がジゼルだ。ジゼルはコンピューターにアクセスしている。ヘッドクリスタルから直接繋いでいるのだ。

 

「マスター──」

「何?」

「捕捉されました。上からです!」

「ローラ、しっかり掴まりな!」

「へ? うごおっ!?」

 

 何事かを知る前にローラの体は投げ出されそうになる。いきなりの超加速だった。

 ホワッツ!?

 そして着弾と爆発だ。何かが車体を激しく打つ音がする。

 

「どっからだいっ!?」

「衛星軌道上からです! これはファティマ・コントロールによるものですっ!」

 

 そう言ってる間にも車体をかすめたレーザーが地面を爆散させクレーターを作る。すさまじい振動にローラは舌を噛まないようにするので精一杯だ。

 

「こっちは丸腰も同然だってーの!」

 

 ナイアスにできるのは思い切り加速するだけだ。それを急かすように上空数十キロの軌道上から正確なビームが放たれる。

 

「誘導ですね。我々を街道に引っ張り出したいようです」

「わざわざありがとさんだよ、くそったれっ!」

 

 バスが追い立てられながら街道が見える位置にまで付けていた。

 そしてこちらと並走するようにもう一台のディグが走る。その車内に男女の二人連れが見える。

 追手だ──ローラの背筋に冷や汗が走る。

 

「ラピス、奴らを止めろ」

『了解しました』

 

 並走する車内で追う側のノンナがファティマ・ラピスに指示を下していた。

 衛星軌道上からの砲台レーザーの照準がピンポイントに合わされて発射される。

 

「ローラさん、跳びますっ!」

 

 ジゼルがドアを開け放つ。高速で黄色い地面が過ぎ去っていく。

 その疾さにローラは躊躇する。ジゼルは躊躇うことなくローラを抱いて跳ぶ。 

 狙い澄ました一撃がシャトルバスを破壊する。その爆破音を聞きながら転倒した車体が猛スピードで地面を転がっていくのが見えた。

 次の瞬間、激しい振動がローラの臓腑を揺さぶってジゼルともども地面に投げ出されていた。

 タッチダウン──

 

「ゲホ、はあはあ……」

 

 ローラは全身を打って体がすぐに動かない。足音の気配が耳元で聞こえた。すぐ側に立っているようだ。

 

「ずいぶんと手間を掛けさせてくれたものだ。ラピス、連中が逃亡しない限り手は出さなくていい」

『イエス、マスター』

 

 ラピス? ナイアスねーさんじゃない誰?

 ローラは薄く目を開くとショートカットの女が目に入る。ジゼルの姿は寝たままでは見えなかった。

 長身の女はやはり騎士だろう。隣の男もスパッドを腰に下げている。女はローラを観察するように見下ろしている。

 

「ハルマー拘束しろ。ファティマも任せたぞ」

「はい」

「ざっけんなあっ!」

 

 そのときだ、ナイアスの叫び声と一緒に金属の扉が破壊される音が響く。

 倒れた車両の扉を蹴っ飛ばしてゴチックナイアスが地面に降り立つとこちらに向かって走ってくる。

 

「やってくれたなこのクソ女っ!」

「いつぞやのお礼だブサイク女」

 

 ナイアスにノンナが向き直って返事を返すとスパッドを構える。

 あれ、知り合いなの?? ローラはうかつに動けないまま疑念に首を傾げる。

 

「お前…誰だっけ?」

 

 ナイアスがノンナを見て眉をしかめる。

 

「忘れたとは言わさんぞ。バキン・ラカンでよくもうちをコケにしてくれたな。クバルカンが受けた屈辱は貴様は忘れても私は忘れん!」

「ああ~、思い出した、あのときのおチビか!」

「誰がチビだごらぁっ!」

 

 その瞬間、超速で光剣が振るわれるのをナイアスもまた神速居合の疾さの光剣で受け止める。

 そして始まるのは剣戟合戦と二人による罵詈雑言の罵り合いであった。



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【7話】狂乱の闖入者

 これはいけませんね。

 ジゼルは窪地に潜みながら捕虜奪還のチャンスを伺う。着地の際に投げ出されローラと離れ離れになっている。

 騎士が二人。それも上空からはファティマが狙う。圧倒的に不利な状況だ。

 打開策は絶望的。

 ファティマ・コントロールによる狙撃は回避のしようがない。ありとあらゆる回避行動をファティマの超絶演算でエミュレートしているのだ。

 それに対してこちらは丸腰だ。MH同士であれば何とかなる。だがあの騎士を出し抜いてローラを助けだすのは困難。

 まー、やろうと思えばやれなくもなですが……マスターを囮にすれば……

 男の実力は見ればわかる。あの女騎士ほどではない。マスターはあの女騎士を相手にするので手一杯だ。

 あっちの注意も逸れているだろうか? よし、やってみよう。

 そのとき、宇宙からの照準がジゼルをロックオンする。

 はるか宇宙の戦艦の砲座室。素顔を隠したファティマの口元が笑みを形作る。この少女こそがファティマ・ラピスだ。

 

『ふふ、おねーさま。鬼ごっこは私の勝ち♪』

 

 げげ? 捕捉されたっ!?

 遥か上空からのロックオンを確認。

 ピンチピンチです~~~!

 極細のレーザーが飛び出そうとしていたジゼルの前にピンポイントに降り注ぐ。

 

「はんにゃ~~!?」

 

 とっさに屈んだジゼルの前にレーザーが文字を形作る。穿たれた文字は「lapis」だ。無駄すぎる超高性能ピンポイント爆撃である。

 

「警告? ……ラピスのやつぅ~~~」

 

 衛星軌道上を見上げてジゼルは恨みがましく睨む。

 

「確保だな」

「げげっ? しまった!」

 

 上に気を取られすぎて騎士の動きを喪失していたのだ。次には手に持ったスパッドが弾き飛ばされる。ハルマーの剣先がジゼルの胸先に突きつけられていた。

 

「不覚ですぅ~~」

 

 ペタンと脱力に座り込むジゼルであった。

 その向こうでは白い砂塵をまき散らしながら瞬撃の攻防が繰り広げられている。

 

「クソッタレ!」

「お留守!」

「させっか!」

 

 ナイアスとノンナの攻防も罵詈雑言が尽きた頃には言葉少ないものとなっていた。

 これでは千日手である。拮抗しあう実力者同士が出会うことは稀だ。一手撃ち合って二人は離れる。

 二人が撃ち合った地は周囲が抉られるように地形を変えている。

 

「ルーンがこんなど田舎で小娘ごときに何なんだい?」

「貴様こそ、なぜあの娘に近づく? 何を知っている?」

「何のことさ? 明日バーゲンセールなの?」

「聞いた私がバカだったよ」

『マスター、緊急事態!』

「何だよラピス!?」

 

 ラピスの答えを待つ間はなかった。頭上──地域周囲は大きな暗い影に包まれていたのだ。

 

「げ?」

「エア・ドーリー?」

 

 上空に質量感のある存在が現れていた。

 赤いエア・ドーリーのハッチの一部が開閉される。そして投下されたものが激しく大地に轟音を響かせる。

 降り立ったのは少し古い型を思わせるグレーのモーターヘッドだ。

 

「もーたーへっど~~?」

 

 足首を縛られ宙ぶらりんのローラが呟く。紛れも無く落ちてきたのはモーターヘッドだ。

 というか、この状況下でまったく読めない展開だ。説明プリーズなの!

 

 

「ふう、間に合ったようですな……」

 

 エア・ドーリーの艦橋からターバンの男が地上部分を見下ろす。男はビョイトだ。

 

「ユーバー様に叱られるな……胃が痛い」

 

 カステポー地域への武力介入なので「バレ」れば大目玉だ。後は回収までをデコースがスムーズにやれれば良い。

 契約がてらの無茶な要求を飲んで本国から持ち込んだエア・ドーリーを降下させたのだ。

 長居は不要だ。何せここから先は「聖地」。ドラゴンが住む場所である。

 ドラゴンに灰にされる伝説は山ほどある。

 

「こんにっちは~ ボックちゃん~~! ひゃっは~」

 

 コクピットハッチが開きデコースがモーターヘッド・デボンシャから身を乗り出す。そして真下を睥睨する。

 動きの止まったノンナとナイアス。ハルマーと拘束された二人も呆然と突然の闖入者を見上げていた。

 

「げげ?」

 

 あれってもしかして……じゃないよね。

 何ということでしょう。探しビトが向こうから現れました。この状況的にここで現れるってことは……

 あれ、どこ行った?

 わずかな間にデコースの姿を見失う。

 次の瞬間、突風が吹き抜けるとローラはふっ飛ばされる。

 

「にゃ~~~~!?」

 

 なお、ぶっ飛ばされたのはハルマーだ。とばっちりでローラも放り出される。

 空中でキャッチされる。襟首を掴まれローラは引き上げられる。デコースの顔が目の前にある。

 何というかイメージより全然若いですね。

 

「はぁ~?」

「大人しくしてろや」

「お、おお、お兄ちゃん??」

 

 オカッパ頭のその風貌は間違いなくわたしの兄のデコース・ワイズメル。

 写真でしか見たことがなかった実兄の顔は見忘れるわけがない。

 

「よお、いもうと?」

 

 久方の兄妹の再会の挨拶なんてそんなものでした。

 

「ちっ!」

「おっと、行かせねえ。形勢逆転かな?」

 

 動こうとしたノンナをナイアスがけん制する。

 

「貴様、邪魔をするな!」

「お断りだし知らないねえ。あたしゃ、にーさんに会いに来た子を送り届けただけ。自分に恥じることなんてしてないさ」

 

 そうこうしている間にローラを背負ったデコースがデボンシャに乗り込む。

 

「さあいいぜ、上げなっ!」

 

 デコースが端末に叫ぶと青白い光が周囲に発生する。ドーリーからの誘導テレポートだ。

 

「テレポーテーション?」

 

 モーターヘッドが反重力フィールドに包まれる。

 空の大きな船から光が降り注いでいる。重力フィールドで浮かび上がっているような感覚に包まれていた。

 テレポートする際に周囲を巻き込まないようにするフィールドだ。軍事的には攻撃にも防御にも使えたりするのが反重力フィールドだ。

 

「くそ、ラピスっ! 阻止しろ!」

『無理ですマスター。エア・ドーリーが邪魔です』

 

 ノンナには逃亡を防ぐ手立てがない。あのフィールドを中和するには相応の兵器が必要とされる。

 現状、阻止する手段を持っていない。

 完全にしてやられた。ここに来て第三者が獲物をさらっていくなど誰が予想できようか。

 ローラの懐の携帯が鳴る。

 

「ローラっ!」

 

 スパッドを収めたナイアスが走りながら携帯に叫ぶ。

 

「あん? 誰だ」

「ねーさんっ!」

「上手くやんだよ。元気でなっ!」

 

 ナイアスは親指立ててウィンクをしてみせる。

 

「うん、ありがとう!」

 

 次の瞬間、通信が遮断される。光の粒を残してエア・ドーリーの艦内へとテレポートしていた。

 ローラはテレポート後の器官が麻痺したような感覚に包まれる。

 耳に聞こえてくるのはグォングォンというエンジン音だけ。エア・ドーリーの中にいるのだと理解する。

 

「すぐにこの空域を離脱せよ。帰投のルートに入る」

 

 艦橋でビョイトが指示を下す。

 

「了解です。本艦のテレポートを開始っ!」

 

 数秒後、空間の歪を残して赤いエア・ドーリーは姿を消す。

 

「してやられたか……ラピス、あの船の船籍はわかっているか?」

 

 赤いエア・ドーリーが消えた空を睨みながらノンナが尋ねる。

 

『データ取れています。トラン連邦のものですね』

「厄介な……だが、私から逃げおおせると思うなよ?」

「それより、あっちはいいんですか? いてて……」

 

 ハルマーが骨折した左腕を抱えてゴチック少女とファティマを指さす。腕はデコースに折られたのだ。

 

「私はもうヤツを相手にしたくない。時間の無駄だろう。後は警察に任せればいいさ。ラピス、姉との再会はどうだった?」

『とても楽しかったですう♪』

「そうだろうとも。ハルマー、行くぞ」

 

 ノンナがディグに乗り込むと向こうの道から駆けてくる数台の警察車両が見えた。

 同時にドラゴンロード方面から砂塵を上げて走ってくる高速車両がある。中には荒くれた印象の男たちがいる。

 

「姐さん、早く乗って!」

 

 腕っぷしが太いガラの悪い男が扉を開けてナイアスに叫ぶ。

 

「お前、遅いんだよ!」

 

 文句を言いながらナイアスとジゼルが乗り込むとディグは同時に走りだした。

 

「言われた通り待機してただけっす。いつまでも来ないからこの有り様じゃないっすか~~!」

「け、ずらかるぞやろーども!」

「お、お~~」

 

 ジゼルがゴーゴーと片手を上げると逃亡犯対警察の追いかけっこが始まるのであった。

 

 

 星団歴二九八六年の一月。逃亡者トローラ・ロージンは兄デコース・ワイズメルと再会し舞台はボォスを離れアドラーへ向かう。

 

 はたしてローラの運命やいかに!?

 

 いやいや、というかですね。これってもしかして原作ルートなのかしらん?

 あのターバンの人だけどユーバー・バラダの部下じゃないのさ~~!

 正直、ノーサンキューと言いたいんですけど、人殺しの指名手配犯である以上まっとうには生きられない身なので仕方ないといえば仕方ない。

 でもちょっと困るのはヘンタイ領主のことなんだよ!

 この世界では実はキレイなユーバーさんです! なんてことは無いだろうし真っ二つにされるのはゴメンなんですよ(末路はそれ以外覚えてないが……)。

 とりあえず、ローラは生き残ることができるか!? みたいな将来のプランを建ててみようかと思う。

 それにね、やりたいことがあるんだよ。わたしって騎士としての血が出ちゃったけどマイトとしての素養もあるんだって。

 ちっちゃい頃にとーちゃんのを見よう見まねでプログラム組んで驚かれたこともあるんだ。

 そういうのは絶対に表に出しちゃダメって約束でいろいろなこと教えてくれたっけ。

 今思えば、わたしととーちゃんが一番幸せな時期ってあの頃だったんだろうと思う。ソアラがいて自分が笑っていられたあの頃がね。

 もう取り戻せないものはどうしようもない。だから未来は自分で切り開くんだって決めたのだ。

 でもね、やっぱりこの人きんもち悪いよぉぉぉ~~~!

 

「おお、ローラちゃんかぁ、かーいいのお~~ グフフ」

「は、はじめまして……」

 

 ローラの挨拶の口元が強張る。礼儀正しくするのは予想以上にハードだ。

 せっかくのいい服も取り繕った作法もこの男の前では顔に出さないようにするので精いっぱいだった。

 

 わたしがいるアドラー星はイースター太陽系デルタ・ベルン星の衛星だ。元は植民地惑星として開発された第二の星と呼んでいい。

 デルタ・ベルンとは非常に近しいので交流は盛んである。

 アドラーの国家群は星団を代表する存在として今では独立した存在になっている。

 今いる場所はトラン連邦の自治都市バストーニュ。その領主である大公の館がここだ。実際には館というより城みたいに大きい。

 

 目の前にいるのが領主のユーバー・バラダである。太った猪みたいな体型が予想以上に見苦しい。

 前任のワトルマ公は良主だと言われていたが半ば追放されるように大公の座から引きずりおろされたらしい。

 

「委細承知しているから心配しなくていいぞい。二人ともわしの姪っ子と甥っ子ということにしておくからの~」

「あ、あひがとうございます……」

 

 でっぷり太り肉に頬肉を揺らすユーバーは生理的に「無理」なナマモノであった。

 ひと通りの挨拶をした後にローラは自分の部屋に帰ると鍵はしっかり閉めた。

 なお、デコースの部屋は隣だ。デコースは酒宴の酒を浴びるほど飲んでいたのでしばらくは戻らないだろう。

 

「疲れたぁ~~~」

 

 ベッドに身を投げて体を沈める。何という高級感。まさに豪邸だ。しかしここで甘んじていたらダメになりそう。

 とりあえず師事できる人に会いたい。バランシェ公は無理だろうけど名のある人に師事を仰いで自分の実績を作りたかった。

 それがわたしの将来への第一歩になるはず。

 それからぁ……色々なことを思い出してローラのゆっくりまぶたは閉じていく。

 

「んがぁ……」

 

 ローラが寝返りを打った後すぐに呼吸は安定したものになっていた。  



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一部二章 運命の三女神たち(2986-2987) 【8話】ローラ助手になる

「おーい、ローラちゃーん。まだかー?」

「ぐぬぬ……宿題多すぎ」

 

 頭に鉢巻『合格祈願』を巻いてローラは現在ベンキョー中である。テキスト形式のテスト数百問の課題をクリアー中だ。

 

「そんな難しくないっしょ~ アカデミーの卒業論文書くよりも簡単よ?」

 

 目の前でニタニタ笑ってるおっさんは現在いる家の主人で名前はモラード・カーバイトという。

 いわずもがな。星団最高の頭脳をもつファティマ・マイトの一人だ。

 今いるのは彼の自宅であるベトルカの家だ。ちゃんとした医療設備も整っていた。

 何が簡単だよ! こっちはこの間まで小学生だよ!

 小学生真面目にやってたときはテストプリントとかあまりに簡単すぎたせいか、変に悪目立ちしていじめられるきっかけを作っていた。

 でも、手加減しようにもレベルが低すぎたのだ。小学生レベルの学習問題などローラにはないも同然だった。

 マイトの素質を持つ者は本能レベルで物事の本質を理解する特性を持つ。とりわけ理系問題などの解は問題を見ただけで何となく答えを導き出してしまう。

 とか言うと万能に聞こえるかもしれないけれど、あくまでも自分が得意な分野に特化しているのでそれ以外は人と違うわけでもない。

 起こる出来事を予測することだってできるわけじゃないのだ。

 

 とりあえず、マイト修行にモラード氏を紹介された。ところが紹介側が悪名聞こえてくるユーバーの関係者であったため最初はナシのつぶてで断ってきた。

 なので直談判することにした。ローラ自ら「お手紙」を書いて送ったのだ。

 中身はわたしが考えた超すごいエトラムルの論理構築の頭脳開発プログラムに関する一端で、昔から考えていたひな形の理論を書きだしたものだ。

 元よりとーちゃんが研究していたものを発展させたものだ。大元はそれだが、エトラムルの方向性を変えた基軸で構築した論理だった。

 まだひな形でしか無いが、実現すればファティマ同様の判断を下す思考能力を持つエトラムルができるかも知れなかった。

 

 従来のエトラムルは騎士の動きをトレースしながらの動態制御に特化したもので、ファティマ特有の先読みエミュレートまではできないものが大半だ。

 エトラムルを載せれば一般人の素人が乗ってもMHを動かせる。

 それは乗っている人間の能力に合わせているにすぎないので、騎士同様の戦闘力を引き出せるわけでもなかった。  

 それだけに騎士本人の戦闘力や勘に頼った戦いしかできないのが難点だ。エトラムル・ファティマはかなり玄人向きといえる。

 それを使いこなせるデコ兄はやっぱり普通じゃない。ファティマ付きの騎士を複数同時に相手にして勝てるのだから。

 

 とにかく「お手紙」を送ったら一日もしない内に返事が来て「試験」と相成った。

 というか試験の問題集メチャクチャすぎ!

 マイトの特性を逆に利用しての意趣返しみたいな問題ばかりで回答に困る。

 一時間後──

 

「終わったんお~」

「はいはい。せんせー、肩凝っちゃった~ ローラちゃん揉んでくり~」

「おっさん……」

 

 ごめんなさい、テストで頭使いすぎてストレスデス。

 おっさん馴れ馴れしすぎ。というか、こんなに陽気なおっさんだとは思っていなかった。

 しかし、このおっさんは天下のモラード・カーバイトなのだ。

 エストにウリクルと最高のファティマを生み出しているマイトの生き字引といえる。

 そんな人が自分の言うことに関心を向けたことが奇跡に等しい。

 

「あれ、いやなの~? れー点」

「やります、やります~~」

 

 ユーバーの紹介ってだけで断ってきたようにモラード先生は大のデブ野郎嫌いみたい。

 まあ、そりゃそうか。ファティマを食い物にしてるユーバーは気持ち悪い。

 連邦のマイトでユーバーにファティマを紹介する人はいないだろう。

 ただでさえファティマ・マイトは自分が生み出したものに大きな愛情を注ぐといわれている。

 わたしの頭の中にあるだけのこの理論だってずっと温めてきた大切な卵だ。それを好き勝手にされたら誰だって怒る。

 この試験もユーバー関係者だからの嫌がらせなのかと思うくらいだ。

 

「ふんふふーん」

 

 鼻歌歌いながらモラード氏が採点中。

 

「せっせ……」

 

 こっちは肩もみ中です。

 騎士としての力をセーブするための薬を少量ながら毎日飲んでいて、それは飲んでいても中毒にはならない。

 力を弱めるのではなく、力を出すときのタイミングに制御がかかる感じだ。

 車のギアを入れ替えるような感じなので、感情的になったりしたときにセーブが働くように調整できた。

 この薬もモラード・カーバイト製だ。ここに来る前に処方箋を渡されている。

 

「おっしまいっと! じゃあ、飯にすっかな。ローラちゃんはパスタ好き?」

「え? はい」

「今日はゴルゴンゾーラにオニオンたっぷりスープ。お野菜はっと……」

 

 ローラが提出したテキストはほっぽり出してさっさと冷蔵庫を開けている。

 まあ、お腹は少し減っているかも?

 モラード先生がどういう採点してるんだと思ったらへのへのもへじが書いてあった……

 おっさん! おっさん! やる気あんのかっ!?

 もう激しく脱力。携帯いじろう。

 ナイアスねーさんからもらった携帯はもう一つのねーさんの携帯と直通だ。滅多に電話はしないけれど。

 

【ねーさんへ】

 

 近況を書いて送信。ついでに採点用紙も添付。

 カステポーで別れて以来何度かねーさんとメールのやり取りをしている。

 多忙なのかほぼメールのやり取りだけになっている。

 この間来たメールにはお仲間らしき人たちと写ってる写真が映っていた。

 荒くれ者にMH。どこかの戦場にいるのかよくわからなかったけれど、ねーさんがいると全然違う風景に見える。

 何となく羨ましい感じだ。

 さすらいの傭兵もねーさんと一緒ならきっと楽しいに違いない。短い間でしかなかったけれど、ねーさんがいなければわたしはここにいなかった。

 でも、デコースと一緒にいることを選んだのだ。その選択が間違っていないことを祈ろう。

 

「あ、返事来た」

【おっさんバカス】

「ぷ」

 

 天下のモラード型なしだ。中身は普通のおっさんだし。

 ここに来たときは最初は超緊張したけど、いつの間にか何だか馴染んでる自分がいる。

 盗めるものは何でも盗んでやるつもりだ。

 

「ローラちゃん。野菜洗って切って~」

「はいはい」

 

 携帯を切って立ち上がるとローラは腕まくりして台所へ向かうのだった。

 

 

 夕飯のパスタはとても美味しゅうございました。でも、台所に医療器具のグラス置いてそれで料理すんな。

 

「つーわけで助手よろしく」

「はい?」

 

 ご飯を平らげた後、食後のお茶を飲みながらモラードがいきなり告げた。

 

「助手?」

「そー、俺のお仕事のお手伝いだよ。手始めは~ ベッドのメンテナンスを覚えてもらう」

 

 えええええっ!? 順番違くないですかー!

 

「まあ、方針は習うより覚えるかなあ。へーき、へーき、簡単なお仕事だし」

 

 何だかただの雑用のような気がしないでもないが、マイトが知らない相手にいきなり扱わせるようなものではないことは確かだ。

 このベッドはただの医療用ベッドにあらず。ファティマの催眠学習や調整までを行う重要なものだ。

 

「それと、君にはお世話してもらいたい子がいるんだよ」

「うべべ?」

 

 思わず変な声が出た。まさかファティマのお世話とか言うのだろうか?

 

「かもーん。紹介するよ」

「心の準備が……」

 

 通された部屋にマイトが着る服が置いてあった。モラードが着るのは当然五本線が入ったものだ。

 もう一つ真っ白な服も畳んで置いてあるので手を伸ばす。

 ちょっと戸惑う。これを着ていいんだろうか。

 

「ローラちゃんの着物はそれ。見習いだから真っ白ナースちゃんだよお」

「いや、ナース違うし」

 

 線なしの白い服は間違いなくマイトが着るものと同じ型だ。医療現場で研修生とかが着ているものに近い。

 医療資格も持ってないのに着ていいのだろうか。

 上着の丈が長くて足元のズボンまで届く有り様。まるでワンピースっぽくなってるがチビマイト見習い(レベルゼロ)の完成。

 

「うん、似合う似合う。馬子にも衣装だな」

 

 もう弄ばれているだけのような……

 

「さあ、この子だ」

 

 その部屋の片隅にあるベッドは特別な液体が満たされている。すぐに普通のファティマではないことがわかった。

 エトラムルだ──

 光源に照らされるその生物は人の形をしていない。生きた脳みそとしての機能だけを求められたそれに生物的な形はなく、ただの生体機械としての性能のみを求められるのだ。

 ファティマとしての正しい形が今眼の前にあるそれだった。

 緑色の液体に浮かび上がるエトラムルは普通の人が見ればグロテスクな物体でしか無いが、知性を感じさせる「顔」があった。

 

「育成三年ものさ。今はコールドスリープ状態になってる。これ以上成長するとただのエトラムルになる」

「はあ……」

 

 三年? 工場ならとっくに出荷しててもおかしくないような?

 でもこのエトラムル。今まで見たものとなんか違う……うまく説明できないけれど。

 

「つまりこっからは「好きなように」教育していいってことさ」

「へ?」

 

 その言葉の意味を理解してローラは穴が開くほどにモラードを見つめ返す。

 あんた何言ってるのー!

 

「ふふん。俺の見習いやりながら理論の実践もできる素晴らしい案だ。これで俺の荷も降りる。というわけでこいつは任せたっ!」

 

 はいい? ちょっと待って! その態度チョー気になるよ! このエトラムル何なんのっ!?

 

「え? 説明か……いいか、世の中には知らないほうがいいこともあるんだよ!」

 

 おっさん。説明にもなって……もういいや、どうでも……

 ホントにこのエトラムルでわたしの理論実践していいってことなの?

 

「経過観察は報告してもらうけど俺は手を出さないからな。ちょっとくらい変なこと教えてもノープロブレム! 研究素体のイレギュラーなんてふつーだし、ちょっと変わってるくらいの方がスポンサーが喜ぶから」

「スポンサー?」

 

 もしかしてそのスポンサーは聞いてはいけない類の連中なんだろうか。聞きたいけど聞きたくない。

 二一にして世の裏側を知り尽くしたくもない。

 エトラムルを眺める。疑問よりもちょっとした興奮を覚えていた。この狭い世界にいるちっぽけな存在が今の世の中を変えるものになるかもしれない。

 そうしたら道具のように捨てられるファティマは減るのだろうか?

 

「名前をつけるといい。こいつに名前はない。ただのエトラムル。ランクは現時点でD」

「名前……」

 

 液体に浮かび上がるエトラムルを眺めて呟く。いきなり言われても思いつくでもない。

 

「リョウ……」

「リョウ?」

「この子の名前はリョウ。いいでしょ、モラード先生」

「オーケー、こいつの名前はリョウだ」

 

 この日を境にローラの助手生活が始まった。モラードの助手の仕事とエトラムルの世話をしながら多忙に毎日が過ぎていく。

 おっさんは相変わらず無駄に陽気だ。

 エトラムルの世話は試行錯誤の毎日だ。思考プロトコルにローラが自分で作った教育プログラムを組み込んで言葉を憶えさせるところから始める。

 この手の研究は年単位で行うし膨大なデータの収集も行う。普通の施設ではまず無理なこともここでは行うことができた。

 そして一週間も過ぎた頃──

 

「リョウ、これは何?」

 

 ローラが試験用サンプルの写真をセットするとリョウがそれを読み取る。

 

「スキヤキ」

「卵は?」

「カクハン ニク シントウ ソイソース」

 

 スキヤキという単語と卵で導き出される食べ方の情報を抽出してエトラムル・リョウが答える。始めの頃に比べたらものすごい進歩だ。

 滑らかに答えられるようになるまではまだまだ先は長い。

 気になるのは、ユーバーのお馬鹿を止められる立場にないわたしはこのまま時間を研究に取られてしまうことだ。

 助手入りしてからまだあっちに帰ってないけど月に一回は顔を出すように言われている。ユーバーがわたしのスポンサーだからだ。

 今は二九八六年。原作は二九八八年だったはずで期間的には二年ほどしかない。

 バランシェ公に警告しようにもわたしが言っても多分ダメだ。なんの実績も信用もないから門前払いで相手にもされないだろう。

 結局、立場がなければ何かを変えるということはできない。自分のことすら誰かに頼りきりなのだから。

 ユーバーがクローソーとラキシスに目をつけるのは待ったなし状態といえる。モラード先生経由で警告できるのかアプローチできるかもしれない。

 

「──そうだなあ、じゃあ、来週でもバランシェの家に行くか? 俺の助手自慢に」

「いいんですか!」

 

 晩御飯のときに遠回しに水を向けてみたらあっさりお許しが出た。

 来週はデコースとユーバーに会いに一度戻るのだけど、週末はバランシェ邸に泊まりがけで行くこととなった。

 夢のような気がしないでもない。

 モラード先生は見ての通りのおっさんだ。マイトとしての才能や実績は無論尊敬に値するけど、相手してるとそれを忘れる。

 そしてバランシェ公にはすっごく興味をそそられる。

 マイトであれば誰もが夢見る会見だ。あくまでも見舞いらしいので実際に会えるかはまだわからないけど。       

 そんなわけで来週はイベント盛り沢山だ。今夜は興奮して何だか眠れなかった。



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【9話】運命ちゃんコンニチハ

「ふぎゅう……やべえ、迷った……」

 

 お手洗いから出たらもう帰りの道を忘れたっていう……

 通路をバーンと似たような扉がローラの前に並んでいる。確か階段があっちにあって角を曲がってきたような……

 順番を頭の中で整理する。

 モラード先生が戻るまで部屋で待機していたのだが、お花摘みの我慢が限界を超えてメイドさんに連れられてトイレに入ったのはいいが帰り道を忘れる。

 無駄に豪勢なお手洗いでゆっくりくつろぎ過ぎた。あまりに快適すぎて便座に座って寝そうになったのは初めてだよ。

 適当に行けば帰れるものと思ったが全然反対でした。この家広いんだから案内図くらいつけておくべきだと思うの!

 

 ちなみに現在わたしがいるのは念願のバランシェ邸だ。先週のモラード先生との約束通り、クローム・バランシェの見舞いに訪れていた。

 マジモンの執事にメイドさん。貴族のおうちはカルチャーショックでした。

 執事さんのおひげとかまんまイメージ通りの執事でございます、みたいな雰囲気で笑うのをこらえた。

 名前はMr.チャーティ・ウッドさん。

 普段はもっと人の出入りがあるらしいけど、バランシェ公の病気が重くなってきたから来客は少なくなってるみたい。

 ベトルカのモラード先生宅も工房があるからかなりでかいんだけど、バランシェ公の住む場所は東京ドーム何個分だよってレベルの敷地の広さで、宇宙船を係留できる用地もあるのだから半端ではなかった。

 ファティマ・マイトでありフェイツ国の公子(その立場は捨てているが)である彼は本物の王侯貴族なのだ。

 この館も各国の要人が集まって会議を開いたりすることもあるみたい。フェイツ公国の外交館としての機能もあるみたいです。

 普通に会えるとは期待してなかったし、モラード先生の深刻な様子からかなり病状は進行しているようだ。

 だから見舞いが終わるまで待っていたのだが、おトイレのせいで今は見事な迷子の有り様。

 どこが待合室ー?

 

「あそこ開いてる」

 

 重厚な扉の一つが微かに開いている。もしかして戻ってきたのかしらん?

 部屋を覗きこめば洒落た室内で窓際で白いカーテンが揺れているのが見えた。

 うん、誰かいるっぽい……お邪魔しました……

 

「だあれ?」

「ひゃい?」

 

 後ろから声をかけられて振り向くとそこに「彼女」がいたのだった。

 

 

 バランシェ邸の一角──薄い明かりだけの暗い部屋に二人の男がいる。背の高い男が窓を背にモラードの正面に立つ。

 病気の症状の現れで極端に強い光は彼に害になるのだ。ひび割れたしわのある顔と深くこけた頬。彼が病にあることは誰にでも明らかであった。

 彼が着る五本線の入ったマイト服は星団でもごく一握りの最高位であることを示すもので、今この場にいる二人こそ四大マイトと呼ばれるうちの二人だった。

 モラードの正面に座り彼はカーテンの向こうを見つめる。

 

「情けないものだ。薬を飲まなければ自分自身のことを何一つできない体になってしまった。薬の調合さえやっとでね」

「薬そのものが強いからな。お前の体を蝕んでいくのを止めるのでやっとだ。それでも──」

「二年、いや、三年持てば良い方だろう。今はこうして動けるだけでありがたいさ」

 

 バランシェの主治医であるモラード自身もすでに薬では解決できないことをよく知っていた。

 そして目の前の友人が自身の病のことを自分でもよくわかっていることも。

 

「弟子を取ったと聞いたが」

 

 バランシェがグラスの水に口をつける。

 

「お前から預かったロンド・ヘアラインの胚から作ったエトラムルの育成を任せている」

「何?」

 

 バランシェの目に浮かんだのは興味の色だ。そしてモラードを見返す。

 ロンド・ヘアラインはバランシェの作り上げたエトラムル・ファティマで今は手元を離れている。

 バランシェは数多くのファティマを世に送り出したが、エトラムルも含まれている。世間ではそれほど知られてはいないが存在する。

 その中でもロンド・ヘアラインは傑作の一つだ。

 

「フフン、驚いたようだな。こいつを見てみろ」

 

 モラードが懐から一枚の手紙を取り出してバランシェに差し出す。バランシェはそれを受け取るが中身は開かない。

 

「見事に俺がたどり着いた理論を直撃してやがる。俺が考えたのと同じ結論を出してるんだよ。お前とも同じ。それがたかだか二〇才の娘っ子がだ」

「ほう」

 

 文へ視線を落としたままバランシェは目を細める。

 

「一生懸命拙いくせに書いて寄越したんだ」

「それで弟子にしたということか」

「会ってみたくなったか?」

「いや、今はいい。俺はやらなければならないことがまだ残っているからな。一人前のマイトに育て上げたら連れて来い。もっとも、俺の寿命が持てばだが」

 

 バランシェはモラードへ手紙を返す。読む必要はなかった。

 彼は机に顔を向ける。もう一通の書きかけの手紙がそこにある。

 

「ひねくれ者め」

「弟子を自慢したかっただけだろう?」

「将来有望なんだが、あのユーバーの姪っ子らしいんだよな」

「ユーバーだと?」

 

 バランシェは眉をしかめて問い返す。

 前年に連邦のワトルマ公を公職から追放し、バストーニュの新しい支配者となった男のことは様々な噂が伝わってきている。

 そのユーバー・バラダは商人上がりだという。中央に金をばらまいて大公に就任したという噂だ。

 前任のワトルマはトランの政治改革派の一人だった。

 この国の共和民主化に賛成する一派で、ミッション・ルース大統領を支持していたから改革中枢の一人だと目されていた。

 それがあらぬ嫌疑をかけられ辞任させられている。その後釜にユーバーが座ったのだ。

 トラン連邦共和国は開かれた政治を目指していた。それを牽引したのは民衆から支持を集めて大統領となったミッション・ルースだ。

 ルースが大統領に就任してから改革派が勢いを持っていたのだが、大統領が突然の出奔で行方不明となり、この国の舵取りは宙を浮いている現状だ。

 ワトルマが追放され、残された改革派は崩壊寸前といわれている。

 一方で、勢いを取り戻したのは建国当時から支配階級にあったトランの貴族らである。

 彼ら貴族がルースの改革案に反対したのは、その政策が既得権益や特権の縮小を意味するものだったからだ。

 ミッション・ルースの出自も反目を集める要因だったといえる。

 トランの母体となったレント王の子孫である彼は本来であれば貴族側に立つ人物だ。

 彼が大統領として貴族体制の改革と、締め付けともいえる政策を始めたことから貴族の間から大きな反発が湧き上がった。

 改革の首謀者たるルースが行方不明になっても民衆の間での人気は高いまま。貴族らからすれば目の上のたんこぶだ。

 ユーバーが大公に就任する際に支持を受けたのは、それら保守派層の働きがあったからだと言われている。

 貴族に金をばらまき支持を集める。そうでなければただの商人風情が大公に上り詰めるなどありえないことだ。

 ユーバーの背後にいる者が貴族なのか、それともトランにまとまってもらっては困る誰かの陰謀なのかは誰にも計り知れないことだ。

 一見穏やかに見えるトラン連邦の内情は一筋縄ではいかない爆弾問題を抱えている。

 ユーバー・バラダの噂で気になるのは、ユーバーは女であれば見境がなく、ファティマとあれば何が何でもものにして従属させるというものだった。

 

「商人上がりの俗物の身内にマイトなど生まれるものか」

 

 嫌悪感からバランシェが吐き捨てる。手元の水を鉢植えに捨ててグラスを乱暴に机に戻した。

 

「ああ、金で才能がある子どもを連れてきたってのが実情だろう。だが、ユーバーと違ってあの子は本物さ。星団法違反のお尋ね者だがね」

「いったい、何の嫌疑だ?」

「殺人だ。事故みたいなもんさ。とてもいい子だよ」

「どうやら厄介事を抱えるのが好きなようだな」

「目下、一番厄介なのはお前さんだよ」

 

 モラードは腕組みして眉をしかめる。

 

「明日、最後の調整に入る。あの子たちも次に目覚めれば完成品だ。あの三人で俺の仕事も終わりだ。それまでもたせてくれ」

「わかってるさ……」

 

 重苦しい空気を吐き出してモラードは溶けきったグラスの水を飲み干していた。

 

 

 その頃、ローラは迷い込んだ部屋で謎の少女達と邂逅していた──

 

「どちらさま?」

「お客様よ」

「はわわ……」

 

 ショートボブの人(いやファティマだけど)に部屋の中に通されてみれば、そこに二人の女の子がいた。

 いや、彼女たちもファティマだとすぐに分かった。でも、普通のファティマとは明らかに雰囲気が違う。

 ごく自然な女性のような感じだ。それでいて圧倒するような存在感があった。

 この時期にこの館に三人とくれば間違いようがないくらいご本人様たちだろうか?

 

「こんにちは、あなたのお名前は?」

 

 最初に声をかけてきた子が名前を問いかける。

 あれ、この人がラキシス?

 

「ローラ」

「私はアトロポス。で……」

「姉様、自己紹介は自分でするわ。私はラキシス」

 

 藍色の髪の長い子が自分の名前を告げる。

 ラキシスさんきたおー! でも劇中の栗色のカットヘアーっ子じゃないですね。

 勘違い。ボブっぽいのがアトロポスさんでした。

 てことは最後の子がクローソーかな? 三人の中でもはかなげな可憐さが印象的だ。

 話すと印象はまるで違うけれど、こうして並んでいると姉妹なのだなとよくわかる。

 

「私はクローソー……」

「は、はじめまして……お部屋に戻れなくなって……」

「迷子なんだ? お父様に会いに来たの?」

 

 アトロポスが問いかける。

 わたし何しに来たんだっけ? とりあえず名前は名乗ったよね。

 

「モラード先生と一緒。わたし、先生の弟子なの」

 

 とりあえず立場をアピール。

 

「かわいいお弟子さんね」

「ローラさん、こっちに一緒に座らない?」

「あい……」

 

 ラキシスとクローソーに手招きされてふかふかのクッションに腰掛ける。

 室内の空調は管理されていて心地が良い。

 おそらく彼女たちは最終調整の前なのではないかと推測する。

 通常のファティマ育成では一度ベッドに入ると何年も入りっぱなしだが、育成の段階を見たり、調整で表に出して様子を見ることが行われる。

 その間は一切表に出さないのが常識で、タンクベッドから出た後のファティマの免疫力は赤子並まで落ちるので注意が必要だ。

 この部屋の空調にも無菌ナノマシンが稼働していてファティマを守っているはずだ。

 一見見えないところでジョーカーの最先端技術が使われている。

 星団最高のマイト、バランシェ公の住まう場所なのだから当然だともいえる。

 バランシェ・ファテマには以前も会ったことはある。ジゼルさんだ。彼女はまだ「普通」のファティマのような感じがした。

 この違和感はダムゲート・コントロールを外しているから感じるわけでもない。

 通常のファティマがダムゲートを外したところで雰囲気がガラリと変わるような変化を見せるわけでもない。

 

「いただきます……」

 

 少女らに勧められるがままに紅茶をいただく。宝石が乗っかったようなクッキーも食べるのがもったいないくらい。

 とてもおいひいれす……

 ふんわりとする部屋の匂いと鼻孔をくすぐる素敵な香りに包まれて気分は夢心地だ。

 やばい、この家は女の子として堕落してしまいそうな雰囲気にさせられるよ!

 一応ドレスアップまでして粗相をしないように振舞っているのだが、この部屋ではヤワヤワのプシューとなってしまいそうである。

 何という甘い誘惑だろうか。

 というか、ユーバーのこと警告しないと……

 アプローチどうしよう……

 ああ、ここって居心地良すぎ……

 うん……もうだめぇ……

 暖かな部屋とあまりの居心地の良さにローラのまぶたは張り付き気味だ。

 昨日、張り切ってしまい一晩寝不足だったのだ。

 

「ああ、寝てしまったみたい……」

 

 クローソーの指先がソファで寝入ってしまったローラの頭に触れた。その柔らかい髪を梳きながら少女の顔を覗き込む。

 

「ふに……」

 

 かすかに息を吐き出しゆっくりと体を揺らしながらローラは眠るのだ。

 

「さっきの話の続き……」

 

 クローソーは顔を上げてラキシスとアトロポスの視線を受け止める。

 三人の会話を中断させたのは可愛らしい小さな侵入者だった。その少女はクローソーの腕に抱かれ揺り籠の眠り姫だ。

 

「生まれてからずっと考えていました。私の……いいえ。私たちファティマのこの能力で……人々の欠点を補い、決して表立つことなく支え、協力して生きていけたら何と素敵でしょう……って。この子が大人になって、その子やまた孫の世代の頃にはみんな笑って過ごせる世界になったらいいのにと思うのです。私たちはその影でそっと寄り添いながら生きて行けていけたらいいのです」

 

 その儚き願いを口にして、姉たちの前で恥ずかしくなってクローソーは顔を伏せる。

 

「クローソー、あなたは優しすぎるけれどそれでいいの。でも私はきっとお父様を許すことはないでしょう。超常の力を与えながら、ただの機械にしてくれなかった父様を恨みながら生きることでしょうね。感情のないファティマとして生きる方がどんなに楽だったか……」

「アトロポス姉様……」

 

 クローソーとラキシスの悲しげな目がアトロポスへ向けられる。

 肯定も否定もない沈黙が降りて部屋の重い扉が開かれるのだった。

 

 

「んあ……」

 

 あ、ヨダレばっちい。ここどこだっけ?

 ローラが気がついたとき、あの部屋にいなかった。寝ていたのはベッドだ。グーグーお腹が容赦なく鳴っている。

 

「お腹減ったよ~」

 

 体を起こしてお腹をさする。外はすっかり真っ暗だ。

 あの子たち……運命の三女神はどこ行った?

 

「よお、目が覚めたか?」

 

 夜のとばりが落ちた窓際にウィスキーの瓶がある。モラードが口元でグラスを傾けて濃い液体で喉を焼いている。

 ここはモラード先生の部屋だった。見舞いと診断はとうに終わったようだ。

 

「よーく寝てたねえ」

 

 モラードが無精ひげをポリポリかく。

 

「アトロポスは? ラキシスとクローソーも……」

 

 彼女たちに会ったのは夢だったのか。夢見心地にクローソーの指の感触だけを覚えていた。

 そう、あれは夢ではなかった。

 

「丁度いいときに会ったみたいだな。今はバランシェの工房でおネンネしているよ。次に会うときは成人しているだろうな」

「そっかぁ……」

 

 うっかり寝て何も言えなかったということだ。何のためにここに来たんだか自分でもわからなすぎる。

 何だか不思議な出会いだった気がする。夢の様な時間は短すぎて、ほんの一瞬のことに過ぎなかった。

 記憶の中にある光景はふわふわとしながらはっきりと残っている。

 

「んじゃ、帰る前に厨房から美味そうなのかっぱらって帰るか」

「ふつーに貰えばいいのでは?」

「つまみ食いしたって平気さ。でかい冷蔵庫だから無問題さ」

「そーいうことじゃ……まあ、いいかぁ」

 

 いつもながらの師匠(おっさん)節であるが夕食は普通に出席した。

 なお、晩御飯はでっかいテーブルにこれでもかというほどの洗練された料理を出されたが、腹が減っていたので何でもペロリだ。

 皿まで舐めまわすくらい食欲を満たしてバランシェ邸を後にする。

 さよなら運命の三女神。きっとまたすぐに会うけれどね。

 帰りはバランシェ邸から出した飛行可能なディグに乗った。帰りは直線で楽ちんというわけだ。

 

「さて、お前さんには一つ教えておきたいことがある」

「はい?」

 

 乗り込んですぐにモラードが切り出す。

 いきなり改まって何です?

 

「マイトなら必ず持つ能力が生体コントロールなのは知ってるよな。お前さんも無意識のうちに自覚してるだろう?」

「はあ……」

 

 ファティマ・マイトは医療の世界においては最高峰の存在だ。生命を生み出す力に長け、医師として生まれ持っての才能を有している。

 マイトやマイスターはダイバー(魔導士)から派生した存在であるが、マイトはより専門化した分野に進化することとなった。

 生体コントロールは名前のとおり、生体エネルギーを感じ取ったり、操ったりする力ともいえる。

 この能力は生命に直結した力でもあり、熟練すれば触れただけで相手の病気や悪いところを当てることもできるのだ。

 ファティマ・マイトがいかに貴重な存在であるかを物語るには十分なほどの力だ。

 

「ローラちゃんの生体エネルギーは普通のマイトよりかなり強い。騎士なのもあるかもしれんが、それをコントロールしないことにはどうにもならん。薬で抑えることはできるが、自分でコントロールしたいだろ?」

「うん……」

 

 それができなきゃ困る。力を出さないようにするのも薬なしではどうしようもない。

 

「つーわけで明日からビシビシ特訓するからな」

「はーい」

 

 ベトルカへ戻ると、その次の日からローラへの猛特訓が始まるのであった。  



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【10話】ローラの休日(前)

 ベトルカの邸宅は静かな気配に包まれている。

 いつもよりローラは寝坊して起きる。シンとした気配。誰もいないことを確認すると冷たい床を素足で踏んだ。

 昨日はエトラムル回路理論の寄稿論文を仕上げていて割と大変だった。

 

「うん……? モラードせんせー? ああ、お出かけか……」

 

 ローラは寝ぼけ眼でモラード不在を確認する。

 いかん、立ったまままだ寝れそうよ?

 ボーっとしながら寝間着のまま居間を見渡してからベランダへ出る。

 論文を仕上げろと言った本人がどっかに行っている。いや、どこ行ってるかは知ってるけどさ。

 足元を強い日が照らしている。今日もいい天気だ。

 朝っぱらからモラードは診療だ。モラードがベトルカなんて田舎町にいるのはバストーニュのバランシェ博士の診療を行うためだ。

 その間はファティマ・マイトとしての本業は片手間のような感じになっている。余程のことがない限りここに誰かが訪れてくることはない。

 来てもお断り状態なんだけどね。

 クローム・バランシェが自身の診療を許したのがモラードただ一人であったこともあって週に一度はせんせーはあっちに出かけるのだ。

 わたし? わたしはお留守番。ついてってもやることないんだもの。それよりもやりたいことをやってるほうが良かった。

 この家に来てもう半年近く経つ。エトラムルの研究と弟子の兼業は根気よく続いている。

 せんせーに釣られて自分で出来る料理を結構覚えた。おっさんがグルメなこともある。

 そういえば今月はユーバーのとこには顔を出していない。よくターバンさんが迎えに来るのだが……別に来なくても問題ないけど。

 

「朝の準備体操~ うんしょっと」

 

 ベランダで深呼吸してから両手と両足を空に向けて広げる。

 指先からビビッと感覚を広げていく。

 心拍数、脈拍、血圧も正常。起き抜けの意識も感覚を広げていくことで眠気もスッキリとなってクリアになっていく。

 いつでも体は全開で行動できる。自分の体調もきちんとコントロール出来ている。

 朝の準備体操は欠かせないものとなっている。生体コントロールの基礎をどうにか覚え、今では触診だってできそうなくらいにはなっていた。

 もっとも、正規の医師免許を持ってないから診療行為はできないけれど、単純な接触治療くらいはできそうな気がした。

 力の制御を生体操作で行えるようになってからは薬も飲んでいない。もう不用意に騎士の力で何かを壊すこともなくなっていた。

 全力を出すときのキーのタイミングも覚えた。瞬間的にそのスイッチは切り替えることができる。

 今はかなり力をセーブした状態で普通でいられるようになった。

 

「まあ、いいか。今日は実験の続きしようっと」

 

 もう着慣れた白衣を羽織った。

 ほぼローラ専用となった研究室に入る。待ち受けているのはミジンコ君。エトラムルのリョウである。

 ガラスの向こう側で液体がコポコポ音を立てている。

 なお、リョウって名前は生前のわたし自身の名前だ。

 

「おはよう、リョウ」

「おはよう、ローラ。目覚めの朝はフレンチ・キスでコーヒは苦め。シャツのネクタイはマーブルイエロー」

 

 室内に響くのは滑らかなマシンボイス。始めの頃に比べたら語彙はかなり豊富になった。

 

「どういう朝の挨拶……」

「モラードが教えてくれた」

 

 モニタではいくつもの視覚化したシグナルがリョウの脳波に合わせてフラクタルの紋様を形作る。

 

「そのネクタイはNGだからっ! なーに教えてるんだよあの親父は……」

 

 一度覚えたのを修正するのはめんどくさい。エトラムルは基本的に忘れることもないし。

 でもリョウの語彙は日を経るごとに豊富になっていく。

 

「エミュレート開始。『ワモンゴキブリが交配相手を決めるのに最も効果的な口説きシチュエーションを説明せよ』」

 

 さっそくローラは課題を選択する。

 

「超オレツエーを見せつけてモノにする!」

「正解っ! 解答スピード〇.〇一七%アップ」

 

 問題から回答にたどり着くまでのタイムラグはほとんどない。反復させて覚えたものから答えを導き出す早さは及第点にまできていた。

 

「ヤッター、アイスクリームちょうだい」

 

 モニタにアイス催促の顔アイコンが浮かぶ。ローラがタッチパネルでチョコトッピング三段盛りアイスクリームをチョイス。

 電子情報のアイコンを指先で飛ばしてリョウのモニタに投げ込む。

 

「(^∀^)」

「いい子いい子デスネ~」

 

 顔文字で喜びマークのリョウである。ちなみに本物の味なんて知るわけもない。

 自我が芽生えてからほんの数ヶ月に過ぎないけどその学習スピードは驚異的だ。

 このエトラムルは通常の素体ではないと思うんだけどよくわからない部分もあるんだ。

 実験は引き続きサンプリングデータを使用する。

 リョウ自体には外界を感知する機能はない。エトラムルの脳に端末機器から直接繋いでモニタリングを行っていた。

 現在の知能開発レベルは当初からツーフェイズほど進んでいて演算エミュレーションを開始できるまでになっている。

 今はまだ初歩段階で対象となる教育プログラムは覚えこませたものの中からランダムに算出したものを選択するだけだった。

 いわば反復していく作業の繰り返しをパターン化させていく過程にある。まだまだ実証の実験サンプルを積み重ねていく段階にすぎないのだ。

 演算エミュレーションをできるようにはなったが人の頭脳に毛が生えたレベルでしかない。ファティマのやる演算コピー合戦をやるにはまだまだ力不足と実感している。

 実験が順調なら少なくとも後二ヶ月くらいかな?

 

「もう少ししたらモーターヘッドだって動かせるかもね」

「もうたーへっど? どんな奴? やつ? オス? メス? 強い?」

 

 マシンボイスは男とも女ともつかない声。こっちの音声を受け取った後に出力した文字情報を音声に変換して声に出している。

 視覚、聴覚情報は室内のカメラとスピーカーから連結。味覚の再現などはまだしていない。研究には今のところ必要ないからだ。

 エトラムルには雌雄の概念はなく交配する機能もない。

 それはファティマも同じだけど、有機生命体として一から作られるエトラムルと、限りなく人に近い素体を使って人体改造を施していくファティマとはまったく違うものだ。

 かかるコストはエトラムルの方が安いが、メンテナンスや持ち運びの観点からエトラムルは整備に難ありと見なされることも多い。

 自分では動けないからね……

 でも利点だってある。

 エトラムルに騎士に仕えるという概念そのものがないし、機械として動く以外の事も考えはしない。

 マスターなんて定めないからどんな騎士だって使いこなせる。兵器としての正しいあり方が機械として動くエトラムルにある。

 エトラムルを現在の位置以上のものにするにはファティマに追随する知識と経験を蓄積し自分で判断するまでに持っていかなければ実現しない。

 今の世の中に疑問を抱いたとしても今の風潮が主流である以上そんな声は常識の前に押し潰されるだけだ。

 実践して成果を見せつけなければその常識は打ち破れないのだ。

 元より安価であることが売りのエトラムルをそれ以上に開発するということが世間一般で受け入れられていないのだといえる。

 それだけファティマの性能は傑出している。星団最高の戦闘兵器を駆る彼女たちこそがリョウの最大のライバルだ。

 

 わたしが考えるエトラムルの開発段階は三段階ある。それはファティマに対抗するための理論だった。

 それがまたかなりの難関である。現段階ではその第一段階の一〇分の一程度の研究成果しか出ていない。

 これでまだそれ? と言われると、リョウができることはあくまでも日常レベルで通用するような反応速度でしかない。

 先はまだまだ長いといえよう。

 その内容は騎士の入力についていくだけのミジンコから自分で予測パターンを読みだして騎士の行動の一手先程度まで入力できるようになれば第一段階終了だ。

 あくまで一手先程度だがかなりの進歩だ。最低限の実用化はそこまで行かないと条件を満たすことができない。

 つまりはスポンサーがついてくれるような実績を必要としている。論文も書いて発表する必要もある。

 問題はわたしの立場なんだよね。人殺しの犯罪者がマイトとして認められるのかよくわからない。

 星団法に照らし合わせると間違いなく刑罰に服さなければならない。そうなったら身を立てることなど不可能なのだけどモラード先生はそのことは何も言わない。

 昨日もお前は気にせずに論文を仕上げろの一点張り。何考えてるんだかよくわからん。

 と……話の途中だった。

 

 さらにそこからステップアップしてファティマの行う演算コピー合戦による先読みエミュレートまでできるようになることが目標だ。

 とはいえ、元よりエトラムルは通常クラスのファティマより性能が二割劣ると言われている。

 その性能差を埋めるには、基礎となるエトラムルの教育を成長段階でしっかりと行っていかなくてはならない。

 今それができているのはエトラムル素体のリョウ一基のみ。そのためには戦闘も含む実際の戦闘データを蓄積していく必要があった。

 量産型のエトラムルを強化するにはベースとなるマスター・エトラムルが必要になる。

 このマスタークラスのエトラムルができればこれまでの常識を覆すことができるのだ。

 いわば情報を共有しリンクすることで並列化したエトラムルの性能が大幅にアップする。

 

 第三段階の主軸となるプランはマスター・エトラムルによる複数のエトラムル制御法の確立にある。

 エトラムル制御のためにファティマ並の性能を有するマスター・エトラムルが司令塔となって複数のエトラムルを制御するのだ。

 高位のエトラムルが頭脳となることで性能が劣るエトラムルを押し上げて実力以上の力を発揮させることができる。

 理論としては間違っていない。今の研究を進めていけば自ずと行き着く答えがそこにあるのだ。

 リョウという存在がすべてのエトラムルを革新させる起爆剤となるのかそれはまだわからない。何せ研究には途方も無い時間とお金がかかる。

 今はまだいいけれど開発段階イチを実現させる頃にはここの施設では物足りなくなりそうなのだ。

 元よりエトラムル開発のための施設ではない。

 専門の工房がある工場(ファクトリー)であれば他の素体との検証実験を併用して行えるから、先を考えると途方がない。

 

 まずはわたし自身がマイトとして認められなければならない。 

 うちのおっさんがつけてる五本線があるじゃない? あれはシグナル・ボーダーと言って五本が最高位に当たる。

 一本で大学の教授クラスの人が相当する。博士、一般医師、特殊設計者などに与えられるものだ。

 ちなみに博士号を持つ騎士も存在する。誤解されがちだけど騎士も戦うだけが能じゃない人もいるわけだ。

 二本は一本より偉い人クラス(社会的な意味で)の人がつけている。大学病院の学長とかそんなレベルの人かな?

 二本でも社会的地位の高さを示すことができる。一般人であれば十分にエリートであるといえる。

 三本はかなり専門的に特化した分野で開発から関われるような人を指す。国や企業の重要な機関に関わっていたりする。

 マイスターやマイトの見習いが準扱いで付けることもある。

 技術者として一流と認められるランクと言える。

 四本でマイスターやマイトと呼ばれる特殊技術者がこれに該当するようになる。マイトであれば貴族と同様の扱いをされる。

 ファティマやモーターヘッドの開発に携わる人々である。

 五本でフルマイト。星団最高のマイトである証となる。フルマイトともなれば誰の許可も必要なくファティマやモーターヘッドの開発を行えるようになる。

 

 聞いた話によるとファティマとモーターヘッド両方を設計開発可能な十本線を持つダブルマイトがいるらしい。そんな人が本当にいるなら一目会ってみたい。

 騎士とマイトの力を同時に持つというのは珍しいことだけど無いことではない。

 もっとも、騎士としての力に翻弄されてわたしのような目に遭う人も中にはいるんだろうなと思う。

 少なくともここにいれば捕まることはない。

 何だかいろいろな人に迷惑をかけている気がする。でも今は自分が生き残るためにできることをやるだけだった。

 

 

「お腹減ったなあ~~」

 

 気がついた頃にはお昼をとっくに過ぎていた。お腹がグーグーと鳴っている。研究に夢中になると食べるの忘れちゃうんだ。

 作りおきのトマトソースでペスカトーレを作るお!

 すでに慣れた手つきでパスタを茹でる。麺ものはお手軽なので常に常備状態。

 台所はローラの独擅場だ。美味いものは自分で作る主義。お店の味とか見た目は求めていないので好きな様に作っていた。

 モラードがパスタ系統が好きなのでお腹が空くとよく茹でる。なのでローラも真似するようになった。

 この後は何をさせようかな~?

 作りながら頭の中はエトラムルのリョウのことでいっぱいだ。

 

「でっきあっがり~」

 

 レタスは適当に刻みやわやわ温泉玉子を乗せる。ポテト揚の細かく砕いたスナックをふりかけて混ぜる。

 ザクザクゆで玉サラダの完成じゃ~~!

 レタスの食感とポテスナックのサクサクに卵のトロリがかかって美味しい一品だ。

 現状の悩みはほっといてご飯にとりかかるよ。

 スープは卵スープですお。

 

「いただきまーす」

 

 盛皿を前に手を合わせる。山盛りペスカトーレ。

 ついついおっさんがいるつもりで大量に作ってしまった有り様。

 伸びても先生なら食べるだろう。

 

「おいひい……」

 

 大体お腹を満たした頃にチャイムが鳴り響く。

 お客さんですか……

 

「はーい、今出ますよぉ~~」

 

 しつこくリンリン鳴らしてくる。

 押し売りかよっ!

 

「聞こえてるしうっさいってばっ!」

「よお」

 

 勢い良く扉を開けたら凶悪な顔がいやがりました。

 

「何しに来たの?」

 

 そこに立っているのは我が兄のデコース・ワイズメルだ。何でここにいるの……

 

「妹に会いに来ちゃ悪いかぁ?」

「いや…別に……」

 

 相変わらずデコ兄との距離感が掴めませぬ。

 わりかしすぐにこっちに住むことになったので月一回の面会では相手のことはよくわからぬままと言えた。

 例えばそう、お母さんのこととかまだ聞いてないんだよね。

 離婚してからの生みの親がどうしてたのかとか断片的にデコースが語るかと思ったんだけど何一つ喋りもしなかった。

 わたしもお父さんのこととかは兄に話しにくいこともある。なので家族の話はお互いにタブーな感じになっている。

 今も会話の接点をどうしたものかと思っていた。

 

「お昼ご飯食べた? パスタあるけど」

「食う」

 

 デコースは椅子に座ると盛られたペスカトーレを行儀悪く頬張り始める。

 まあ、作りすぎたので来訪は丁度いいタイミングではあった。

 卵スープを持ってデコースの前に置く。

 

「えっと、モラード先生はいないよ?」

 

 多分戻るのは夜か明日の朝だろう。

 

「興味ねえよ」

「そ、そう……」

 

 じゃー、何しに来たの……?

 

「ミジンコ」

「え?」

「お前、エトラエルとお話なんかしちゃってだいじょーぶかあ? ファチマじゃねーんだぞ」

「うちの子はとても賢いんだよ。そのうちファティマなんか追い越してやるんだから」

「フーン」

 

 興味なさげにパスタを頬張っている。作りすぎた分は丸々始末してくれそうだ。

 

「で、ええと……何の用事だっけ?」

「ああ、ちょっと付き合えよ」

 

 パスタをペロリと平らげてデコースは立ち上がる。

 

「はい?」

 

 食後のココアでも入れようかと思ってたらぬっと伸びたデコースの手がローラの襟首を掴んだ。そのまま抱え上げられる。

 

「ちょっとぉ~~~?」

 

 足をじたばたさせるが抵抗不可。

 

「どこ行くの!」

「いーとこだよ。根暗にしてっとブスになるぜ?」

 

 ローラの抗議を無視してデコースは表に出ると真っ赤で派手なディグにローラを放り込む。

 もう何事っ!?

 デコースが乗り込んでエンジンをブンブンと吹かす。

 

「飛ばすぜ~~!」

「うわぁ~~~!?」

 

 突然走りだして風が耳元を走り抜けていく。

 

「おら~~っ!」

「っ~~~!」

 

 黄色い大地の一本道を赤いディグが駆け抜ける。行き先はバストーニュだった。 



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【11話】ローラの休日(後)

 昼時を過ぎたバストーニュの町は一番のにぎわいを見せている。

 前領主ワトルマ公からユーバーへの交代劇があっても庶民の暮らしぶりにはさしたる影響は与えていないようだ。

 路上では観光客相手の物売りとか、宿に呼びこむ人、食べ物の屋台で溢れる。

 市場も近いので荷物を抱えた主婦なども行き交って歩行者天国となっている。

 表に出るのは結構久しぶりだ。

 月に一度は登城することになっていたが、先月はあっちも忙しいらしくてヴィジフォンで簡単に済ませてた。

 ユーバーと顔を合わせても話すことないんだけどね……

 よくわからない人たちに姪っ子として紹介されたりもするんだけど、どういう繋がりなのか不明な人たちだったりもする。

 なので極力関わらないようにしていたんだけど、現在街中でトラブルの真っ最中だ。

 太陽が眩しいなぁ……

 

「あっちいなあ……」

「おとなしくしてりゃ怪我ぁしねえぜ」

「はいはい」

 

 脅しの言葉をかけられローラはストロー突っ込んだストロベリー・シェーキをジュルジュル飲み込む。

 自分が今置かれている状況は人質だ。

 早く終わらないかなぁ~?

 ただ今、ローラは緊張感ゼロで騒動の真っ只中にいる。

 なぜこうなったのかはユーバーが悪いのかデコが悪いのか。とりあえずお前らが悪いってことにしておこう。

 ここは表通りの店が並ぶ建物を少し入ったところにある路地裏。ちょっと通りを外れれば無法者がたむろしているような場所だ。

 

「ふざけた野朗だ。俺たちをコケにしやがって」

 

 ローラの肩を掴むのは頭が禿げ上がった大男だ。がっちりと掴まれていて動けない。

 その後ろに三、四人の男たちがいる。身なりからして荒くれ者で社会のあぶれ者であろうと伺わせる。

 ちなみにこいつらは騎士だ。よってたかっていたいけな美少女を捕まえてる辺りチンピラというしかない。

 振りほどこうと思えばいつでもできるけど大人しくしている。

 シェーキ飲みにくいのでいい加減離して欲しいっす。

 

「だからさあ~ お前らは不合格だって言ってんじゃん? 不採用って言葉ワカリマスカ~?」

 

 連中の前で手をペラペラ振るデコース。かなりやる気のない態度が余計に男たちを刺激している。

 おそらくわざとだろう。

 ちなみになしてこうなっているかはデコもちょっとだけ関係あるんですが……

 

「だから、納得行かねえって言ってんだよ。俺らが使えねえってのはどういう了見だってんだよ?」

 

 男がスパッドをローラに突きつける。ほっぺにスパッドが当たってグイグイ痛い。

 いだいっつーの……

 

「ったく、タリ~なあ」

 

 黒眼鏡のデコースが眉を寄せてうんこ座りにしゃがんでローラを指さす。

 

「お前、そいつには気をつけろよ? 怒るとキンタマにスッポンみたいに食いついて噛みちぎるイカレ悪魔ちゃんさぁ~~! そこのお前、あんま刺激すっとタマ食いちぎられちまうぞっ! チョッキンダ!」

「はっ!?」

 

 おふざけ感たっぷりのデコースが両手で指チョッキンする。

 思わず吹き出しそうになる。

 

「ホント?」

 

 荒くれ者の視線がローラに向けられる。

 何という言葉の辱めでしょう。わたくし様もおざなりながら羞恥心くらい備えているのデス!

 言うに事欠いて可愛い妹に何言いやがりますか?

 

「おいい? 誰が食いちぎるか! バカにいっ!」

 

 肩を掴む手が痛い。というか助けろというに。

 路上で買い物してたらツケられて大人しく捕まったのはデコの指示だ。どういう意図であるのかさっぱり不明状態。  

 大人しくしていたのはそれほど危険ではないだろうという判断からだ。

 こいつらは弱っちい。騎士という強さの基準を満たしてるだけのボンクラみたいな連中だ。

 デコースを基準にすると強いとはどのレベルからなのかよくわからなくなるけど。

 それでも一般人からすれば凶悪な人間に違いない。仕事にあぶれて難癖をつけてくるチンピラどもには丁寧にお帰り願いたい。

 話的にこの男たちはユーバーが雇おうとした騎士の連中だった。だったというのはデコースが使えねーと横槍を入れたせいで彼らは職を得ることができなかったというわけだ。

 つまり現在は逆恨みの真っ最中。わたしは一緒にいて巻き込まれただけ。

 

「つか、お前らユーバーから見舞金貰ってたろうがよ?」

 

 不採用になった男たちには見舞金として相当額のフェザーが支払われたらしい。現場にいたわけじゃないので知りませんけど。

 わたしとしてはあずかり知らぬトラブルですが?

 

「うるせえ、テメエが余計なことしなけりゃこんなことになってねえんだよ。ちと痛い目みてもらうぜ。へへ、こっちは五人だしなあ。まずは土下座して謝ってもらおうじゃん。ここでな」

「へへ」

 

 男らが品の無い声で笑い合う。

 

「ふーん」

 

 デコースは生返事に首の後をポリポリかく。

 人質なんて意味があるとは思えないがとばっちりはゴメンだ。

 

「メンドクセ。まあ、いいや、いいぜ。五人同時にぶっ殺してやっからよ」

 

 耳をほじくりながらさらりと言い放ちべろりと舌で唇を舐める。

 どっちがヤバイけだものかは瞭然だ。ここでアカンよ殺しは。

 こいつらも隙だらけでこっち見てないな。ローラちゃんを甘く見過ぎだよ。

 

「このガキがどうなっても……へ?」

「うっさい!」

「いでえ!」

 

 その瞬間、ローラはタイミングを測って男の手を掴んでひねる。瞬間的なパワーの開放だ。その早さに大男は不意をつかれて倒れこむ。

 次にストロベリーの入れ物をそいつの顔にぶちまけてやる。禿頭にピンクのシャーベットが垂れまくる。

 そこに容赦なく指をVの字に男の目をついて目潰しをする。

 

「っ~~!?」

「で、どうなっても?」

 

 ローラが一歩下がって仁王立ちで男たちを見返す。

 時間を無駄にしてくれた落とし前くらいはつけてほしいかな。

 こいつら全員弱っちい。自分で相手しても問題ないくらいだ。

 次の動きなんて手に取るようにわかる。

 

「こいつ!」

 

 掴みかかろうとした別の男の手を肘でいなす。

 大丈夫、全然トロい。

 そいつの足を払って背中を押してゴミ箱に突っ込ませる。勢いのまま音を立ててゴミ箱の中身が散乱する。

 隙ができた瞬間にローラの背中からもう一人が羽交い締めする。

 それを力いっぱい両腕で払うと掌底を顎にヒットさせる。体を半回転させて浮いたところに蹴りをかましていた。

 

「ローラちゃんキーックっ!」

 

 ローラは蹴りを一閃。真下から振り上げたキックがきれいなくらい捕まえていた男の顎にクリーンヒットする。

 パンツ丸見えはご愛嬌だ。

 

「ぐあ……」

「ごめんあそばせ~~?」

 

 蹴りをかました男が鼻から血を流してもんどり打って倒れる。

 ローラは足を戻してペンペンとスカートの埃を叩く。こんな汚い路地裏じゃすぐに汚れちゃう。

 

「退屈だな、おい」

 

 デコースは見学を決め込んで腕組みしている。

 デコ兄に騎士としての自分の力を見せたのはこれが初めてだ。

 路地裏に呻き声を上げる三人と呆然とする仲間二人。

 

「お前よ~ クマちゃんパンツとか。もっと色気あるパンツ履けよな~」

「うるさいなあ…自分の不始末は自分でつけなよ?」

「ボクチャン悪くないし~~ およ、やる気かぁ~~? へへ…」

「この野郎…下手に出てりゃつけあがりやがって。ガキでも容赦しねえぞっ!」

 

 仲間をやられてとさかだった一人がスパッドのスイッチを入れた。このままでは引き下がれないらしい。

 

「立てよ、こんなガキにやられやがって!」

 

 駄目だこいつ殺気立ってやがる。それをやったらもうヤバイでは済まないんですけど?

 

「ローラ、下がってろよ。そいつ抜いたらボクチンの出番だぜぇ~」

「むう……こ、殺しちゃダメだよ!」

「ボクチンに指図すんじゃねえ。ヤるかヤらねえかは俺が決めんだよ」

 

 デコ兄は待ってましたと舌なめずりな感じだ。相手から抜けば喧嘩であろうが正当防衛が成り立つ。

 デコースがぶらりと前に立つ。まったくの無防備をさらけ出した姿だ。

 

「ファックっ! もう許さねえぞ……」

 

 ローラに一番酷くやられた鼻血男が同じくスパッドを握った。

 正面に二人。背後に三人で路地の逃げ道を塞いだ。

 スパッドも抜いてブンブン音がこだましている。もう血を見ないと気が済まないようだ。

 ローラは逃れるように壁いっぱいに背中をつける。前に出たデコースはポケットに手を突っ込んだままでいる。

 

「おいおい、見舞金じゃ足りないか~~? 金はいいぜ~? 一年は余裕で遊べるだろうに。つーか、ボクちゃん的にも血の雨振らせるほうが大好きなんだけどね~~!」

 

 ポケットから両手を出すと黒眼鏡越しにニヤッと笑ったデコースの指が弾かれる。

 それが合図だった。

 男たちの怒声ときらめく光剣。暗い路地裏に暴力が嵐のように吹き荒れた。それは時間にしてほんの数秒に過ぎなかった。

 壁に血が飛び散って赤い跡を残す。あっさりと全員がぶっ飛んでいた。男たちは悲鳴を上げる間もなく昏倒して血の海に沈みこむ。

 流れ出た血が遅れて溢れでて乾いた地面を濡らす。

 路地裏は惨劇の血みどろ通路となった。

 

「うわぁ……これは酷い……」

 

 誰も死んではいないが呻き声が響いている。時間にして二秒に満たない時間だ。

 ローラは靴が血で濡れないように一歩下がる。圧倒的すぎて非現実感さえある。

 倒れた男たちが受けた傷はまるでちぎられたかのような傷跡を残している。

 抉られたような感じだ。どこをどうしたらこんなになるんだろうか?

 デコースは指先だけしか使っていない。それだけははっきりと見えていた。

 

「ボンクラども。ボクチャンの名前はデコース・ワイズメルだ~~ 憶えとけや~ ローラ、行くぞ~」

 

 剣すら抜かず指だけで五人を倒す。その強さを身に刻んだ彼らはデコースの恐ろしさを宣伝するに違いない。

 ローラが言ったように殺してはいない。

 

「お兄ちゃんは約束を守るのさ~~」

「あ、うん……」

 

 デコースはローラの頭をポンポン叩くとポケットに手を突っ込んで行ってしまう。

 ちょっとだけ同情する。デコースが腕を見せつけて喧伝させるためにこいつらを殺さなかったのだ。

 ここはカステポーと違って治外法権的な隙間では生きられない。騎士同士の争いで殺しが起きれば結構な問題になる。

 バストーニュはユーバーのお膝元なのできっと問題があっても軽く揉み消すのだろうがそう考えるとちょっとだけむかむかする。奴の片棒を担ぎたいわけではないのだ。

 デコースがもう少しまともな人物に仕官すれば……それは今言っても仕方がない。

 

「ひいい……」

 

 酷い傷だが重傷を免れたのは一人だけだ。ローラを捕まえていた禿の大男だった。

 よくそれだけで済んだものだが、その奮える男を見ると股間を黒く染めている。

 臆病さが命を救うこともある。

 

「ちゃんとお医者さんを呼びなよ?」

 

 それだけ言って手持ちのお小遣いフェザー六枚を地面に置くとローラはデコースを追いかけるのだった。

 

◆ 

 

 デコースが暴れた件は警察からの追求が入ることもなかった。路地裏のチンピラの喧嘩に過ぎないと処理されたのかもしれない。

 城に戻ると夕餉の宴の支度に使用人らが忙しく動き回っている。

 ローラにとってはあまり気の乗らない晩餐の準備が行われている。ユーバーと顔を合わせたくない。

 ローラはデコースに連れられて城の格納庫まで来ている。見せたいものがあるらしい。MHの胸部のところまで機械で上がる。

 

「これだよ、これ。ジャーン」

「これ……モーターヘッド……」

 

 すでに見て乗ったことがあるデコースのデヴォンシャとは別に見慣れない「新品」のMHが三台もあった。

 格納庫には五台ぶんまでを収容できるのだが一つを残して満載だ。

 このMHは確か名前はバルンシャだ。

 原作でトローラが乗ってた機体のはず。でも三台もあるのってどういうこと? ヘルマイネいないじゃん?

 

「こいつのお披露目も近いうちにやるらしいぜ。それで騎士の面接してんだがろくなのがいやがらねえ」

「へえ」

 

 えーと、なんか話が違う気がする。原作じゃ三騎以上のMHは出てなかった。

 常識的にはこれだけのMHがあれば小国のメンツが保てるレベルの保有財産だ。

 バストーニュを仕切る大公でこれだけの戦力を持つとなると戦争でもする気かという話になりかねない。

 

「見かけはバルンシャなんだが中身は全然違うぜ。エンジンモーターのトルク段数が段違いにちげえのよ。こいつは並の騎士じゃ扱いが難しいだろうな。スペック表がこれさ」

「はいー?」

 

 見かけはバルンシャで中身は別物って……

 専門外だけどスペック表に記された数値は並のMHとは違うことはわかる。エンジン出力がデコースのデボンシャの二割増しくらいとかね。

 ふつーの騎士に乗りこなせるのかこれ? 国家騎士団でメイン張るレベルのハイチューンじゃないですかー!

 

「ユーバーの後ろに誰がいるのかしらねーけど革命でも起こす気かねえ。つっても動かすのは全部エトラムルっぽいな」

「ふーん……」

 

 破格のMH搬入。

 トランに混乱を起こすつもりでいる誰かの思惑?

 ユーバーは傀儡?

 バストーニュを境にトランが割れれば誰が得をする?

 内戦が起これば政治的、人道的配慮という名の軍事投入が行える。見え隠れするのはどこぞの国の影というわけか。

 昔から武器商人なんてのがいる。この世界では国家そのものが武器商人みたいに振る舞うことも珍しくない。

 軍事力を持て余した大国が暇つぶしのように内紛世界に戦力を投入するのはよくあることだ。

 でっかいところの最大手といえばフィルモア帝国だ。原作でも悪役顔吹かせてたし。

 この世界は根本的なところで民主的政治体は存在しない。それは人民に中立的な公約を掲げるトラン連邦にもいえることだ。

 戦争を起こすことを目的としたMHの投入であれば今現在で相当やばいことになる。

 この国の大統領の先行きが心配になる話だ。水戸黄門は早く国に帰れ!

 

「最近、変なのがここに出入りしてんだがそいつらが持ち込んだのさ。きなくせえよなあ。ま、ボクは退屈しねえならそれでいいけどよ」

 

 デコースさんよ、ふつーの人なら一歩引くお話なんですが?

 ユーバー騎士団だかバラダ騎士団だか知らないけどダサイことには変わりがない。

 

「夕食の準備が整いました」

 

 すぐ下でターバンのビョイトが呼びに来た。

 

「飯だ、飯」

 

 デコースと一緒に下に降りてローラは明かりが消えた格納庫を振り返る。がらんどうな静寂さが肌にひんやりと浸透して身を震わせた。

 そして後ろは見ないで城へ歩くのだった。



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【12話】ザ・バッハトマ・チンピラーズ

 お城の外の空き地。ここに暴風の如き破壊の権化が一人いる。派手な破壊音と砂塵が舞い上がってその様は城からも望むことができた。

 砂塵舞うカーテンの向こうに一人の少女がいる。周囲の波状に広がるミニクレーターは今できたばかりだ。

 すうっと息を吸い込んだ後にローラは腰にためて構えていた腕を突き出す。瞬時にかき回された空気が圧縮されて暴風を生み出す。

 

「ちゅどーんっ!」

 

 放たれた衝撃波が地面を抉って砕き直線上に放射の跡を残す。パラパラと派手に煙と砂が降る。砂を風がすぐにさらっていく。

 騎士技の一つである仁王剣(ショック・ブレード)だ。ただ今絶賛練習中である。

 城で練習するには危険すぎるので適当な空き地を選んでいる。

 

「も一つドーンっ!」

 

 横薙ぎに振り切った腕から放たれた真空波が近くの枯れ木を両断して吹っ飛ばした。

 あり? 間違えた?

 見当違いの違うものをぶった切ってしまった。

 ローラは両手を見ながら手順を確認する。空気をかき乱した衝撃波でぶっとばすつもりが違う技を繰り出してしまった。

 この技はデコースに教えられた通りの見よう見まねだ。連れだされたときに一回だけ見せてくれたのだ。

 デコ兄は今はいない。昨日にいっぺんとおりに教えてもらった後は放りっぱなしだ。

 例の連中との絡みの後、お前は見込みあるかもって言ってたけど放置もいいところだ。

 何でも七音剣(ストラト・ブレード)の基礎だからよ、とか言ってたので興味が湧いて練習を自分で始めていた。

 こうしたら仁王剣(ショック・ブレード)じゃん? 今のは……正しい手順を確認中。

 

「おいおい、振り切ったら真空剣(メイデン・ブレード)になっちまうだろ?」

「誰?」

 

 突然に声をかけられて後ろを振り向く。そこに一人の青年が立っていた。刈り込んだ頭に白のスーツ姿だ。

 青年というほど爽やかな感じはしないヤクザ風スタイルな格好のあんちゃんである。

 ここらでは見たことがない顔だ。オッサンというほどの見かけの歳ではないが格好がオッサン臭い。

 うーん。この……

 デコースはこういうチンピラ、チンピラした格好はあまりしないんだよな。わりかしオシャレには気を使うタイプだし。

 どうやら先程から見物されていたようだ。夢中になってて気が付かなかった。

 

「誰でちか……」

「おりゃー、バギィ・ブーフってんだ。初めましてだ、お嬢さん」

「ブリーフさん?」

「ブーフだ。わざと間違えたろ」

「えと、お城のお客さん? こんにちは……」

 

 黒いサングラスのバギィなんたらの挨拶に一応お辞儀をしてみせる。

 わざわざこんなトコにご挨拶に来るとか他にやることないんだろうか。

 

「俺か? デコース・ワイズメルに呼ばれてきたのさ」

 

 答えるとバギィはタバコを取り出すと吸っていた。わりと様になるヤンキーっぷりだ。

 おいい、自然環境破壊していい許可を出した覚えはないんですけど? この界隈はチンピラっぽいの多いな……

 

「やつに妹がいるってからどんな不細工顔かと思ったけどよ……」

 

 ああ? 何気にディスってますか? 間抜け顔で吹かしてんじゃないよ?

 

「思った以上のオデコちゃんだな。へへへ」

 

 ニヤニヤしながらバギィがペチペチとローラのオデコをはたくのである。

 オデコ広くて何が悪いっ!? 人が何気に気にしているウィークポイントなのだ。

 

「何の御用でちか……」

 

 周囲にいる男どもは何の因果かこの身に辱めを与える連中ばかりである。育ちが悪いのか知らんけど。

 

「おい、あんちゃん……」

「そうそう、もう一人見どころがありそうなの連れてきてんだが、歳が近いからアッチの方が合うかもしんねえな~」

「はいー?」

 

 話が見えねーってば。あんた何しに来たの? デコ関係というと騎士募集とかそういうの? 呼ばれたってことはそれなりに腕が立つってことか。

 

「もう一人の連れは城にいるぜ。すぐに会うだろうけど」

 

 聞いてませんってば!

 

「あれ、ビョイトさんだ?」

 

 ローラは城の方からビョイトの乗るディグがやってくるのを見つける。

 お迎えというほどの距離ではないのだがその隣にもう一人見慣れないのが乗っていた。

 オレンジ頭の……誰だ?

 土埃をまき散らしてディグはすぐ近くに止まった。

 

「ブーフ様、閣下との面会の準備が整いました。お連れ様も……」

「ひゃー、バギィさん。お城まじすっげえよっ! ねーちゃんもベッピンばかりいやがるぜ。誰、そのガキ?」

 

 ビョイトの横にいたガキは見た目はひょろりとした……年頃は中房くらいだろうか?

 髪をオレンジに染めておっ立てている。見た目的にニワトリヘッドとしか言い様がない。

 礼服も適当に着崩していて胸元に趣味の悪いドクロ・ネックレスなんぞを下げている。足元もズボンをたくし上げて靴下すら履いていない。

 そのせいか、たちが悪そうなガラの悪い厨房にしか見えない。まだバギィの方がマシである。

 

「ニワトリ小僧?」

「ああ、何だ、このちんちくりんなガキ……」

 

 ローラの素直な感想に鼻を鳴らしたニワトリが見返してくる。一瞬で火花が散らし合う場面であった。

 

「おい、ジィッド、失礼するんじゃねえ。デコースさんの妹の……」

「ローラですぅ」

 

 ローラはふくれっ面を作って挨拶する。何だか愛想良くする理由が見つからない。

 腐れニワトリの方は見ないふりを決め込むことにした。

 こいつジィッドって名前か……

 

「俺様はジョー・ジィッド・マトリア様だ。覚えとけチビ」

「聞いてないって……」

「バギィさん、早く行こうぜ。庭のでっけえプールも入りてえしよ」

 

 ローラの呟きは無視される。

 

「トローラ様もお戻りになられますか?」

「ひどりでかえりますう……」

 

 ふくれっ面のままローラはビョイトの申し出を断る。

 

「そうですか……」

 

 するとジイッドがヘラヘラしながらこっちを見るのだった。

 お前と一緒には帰りたくないんですけど?

 出会って早々、こいつは合わねえってのはなんだけどその態度が気に入らない。

 

「では先に行ってますんで……」

「じゃあな、バ~イ」

「ゲフ、ゲフ!」

 

 ディグは唐突に走りだす。その土煙に巻かれるローラ。バギィを乗せてニワトリ小僧はもう城だ。

 あの後一人で城に戻った。自室のお風呂に浸かってローラは汗と砂を流し終える。

 ジャブジャブいってる排水口の音を聞きながら乾いたタオルを巻き付ける。

 現在、お金のかかったセレブリティ空間におりますが専門の世話焼きメイドはお断りしています。

 ユーバーがきれいな女の子侍らせているのはいいんだが、みんなスケスケの見えそうで見えないきわどい衣装なんでいまいち趣味が合わない。

 まさに成金趣味ですっていうのを地で貫くのもかなり面の皮が厚くないとできない。ユーバーのはかなり皮あまりしてそうだけど。

 風呂から出ると端末にメールが来ていた。モラードからだ。

 

【師匠危篤、すぐ帰れ】

「はあ? もしもし?」

 

 フツーに電話することにした。ここにいることはちゃんとメールしてあるがいつ帰るかは決めてない。

 生活に必要な物はこっちにも整っているので何泊でもできてしまう。おかげでこっちに来るとだらけ癖が出てしまう有り様。

 

「ローラか? そっちはどうだ。楽しくやってっか? そろそろ寂しくなったんじゃないかって思ってさぁ。おじさん、今日はお昼はカップ麺なんだぜ」

「あ、さいですか」

 

 モラードは手抜きご飯でさり気なくご飯を作る人がいないアピールをするのであった。

 あんた自分で作れんだろ!

 

「じゃあ、こっち来れば? いくらでも美味しいもの食べれるよ?」

「ユーバーの面見ながら食う飯なぞ御免こうむるわ!」

「その苦しみを味わされてますが何か?」

「それはいいとして。ローラちゃんに誕生日プレゼントがあるよ~~!」

「え? 誕生日プレゼント?」

 

 何ですかそれは。頼んだ覚え無いんだけど? プレゼントかぁ……

 

「だから早く帰っておいで~~」

「じゃあ明日帰るよ」

「オーケ~」

 

 そこでフォンは切って着替える。ドレスだけはまだなれない。これだけはメイドを呼ばないとヘアのセットとか上手くいかないのだ。

 ようやく準備が整ってローラはどんより気分で晩餐の席に向かうのである。

 

 

「今日は客人をお迎え出来て光栄ですな。騎士の方々、どうぞゆっくりとおくつろぎください」

 

 でっぷりユーバーは相変わらず合う服がないのかダブっとした服で野暮ったい格好だった。

 正装しても豚みたいという印象が変わらないのはこいつくらいだろう。

 並んでいる贅を凝らした料理の数々もユーバーを見れば食欲なんてどっかに行ってしまう。

 豪華なシャンデリアも着飾った服装の美女もそれほど魅力を感じない。

 それと、どこから呼んだのかトランの貴族らしい連中まで席についている。

 紹介されたけど覚える気も起きない。見るからに傲慢な感じがするし……

 こっちにはバカにしたような顔を向けたし、ユーバーには媚びへつらった顔で笑いかけている。

 どうせユーバーにゴマをすってうまい汁をすする連中に違いないんだけど……

 

「ローラちゃんはいつも可愛いのう。将来は美人だろうから大きくなったら楽しみよな」

 

 ねめつけるような目でローラをじっとり見るとユーバーはゲフゲフ笑うのだった。

 背筋がゾクゾクします。いや~~~! この変態と一緒の空間にいたくないのぉ~~~~っ!

 全身ブルっとするくらいの怖気に耐えるわたくし様。この城で贅沢三昧できるとしてもこの苦行には毎日は耐えたくない。

 行き過ぎたロリコンは死刑にするといいよっ! やけ食いしてやるよ!

 テーブルの向かい側にはニワトリ小僧とバギィがいる。

 

「よぉ、何だ。そのオレンジのは?」

 

 一応正装したデコースがローラの隣に座る。

 

「あんたがデコース・ワイズメルかあ。あんた、つえーんだろ?」

 

 肉を刺したフォークを片手にデコへ向けるニワトリ。お前は命いらないようだな。

 ジィッドの隣にはチンピラスーツからちゃんと正装に着替えたバギィ・ブーフが座っている。

 

「すんませんデコースさん。礼儀もわきまえないやつで」

「別にいーけどよ。お前、モーターヘッド乗れるのか?」

「おれはクラッドじゃ三騎撃墜のエース様さ」

 

 ふんぞり返ったジィッドはデコースヘ挑戦するような目を向ける。

 

「ジィッド、いい加減にしろ」

「いいさ。バギィ、腕は確かなんだろ?」

「ああ……去年のクラッド戦でピーキー仕様のマグロウでフリューゲを三騎食ってる」

「へへ」

 

 マグロで食った? 今食ってるのはターキだよ!

 大人の会話は放って置くことにした。ローラは皿に乗せたターキーを切り刻んでデコースの皿に放り込むので忙しい。

 

「じゃあ、見せてみろよ。明日は模擬戦(ドッグ・ファイト)すっぞ」

「マジで! 俺の腕にびっくりすんなよ」

「相手は……こいつがする」

「は?」

 

 全員の視線がローラへ集中する。

 あれ、なんか粗相いたしました?

 

「ええ? このチビとかよ。勘弁してくれよ」

「こっちのセリフですが……って、ちょっと待ってよお兄ちゃん! わたしモーターヘッド乗ったことないし! コクピットだって合わないでしょ!」

「でえじょうぶだよ、モーターヘッドなんざ手足の延長だぜ? エトラムルがこまけえ調製するしよ。お前のコクピットはちゃんともう付いてるぜ?」

 

 抗議はまったく取り合われることはなかった。あのバルンシャの一騎はローラ仕様だという。

 いや、聞いてないし……

 マジか……こんなことならさっさと帰ってればよかった。

 

「おお、模擬戦ですか、明日は盛り上がりそうですな。皆様方もどうぞ余興ですが」

「それは是非とも」

「では取り計らいましょうぞ」

 

 ユーバーが取りまとめて模擬戦は決定事項となった。

 奴にはただのショーであろうけどこっちは初めてづくしだよっ!

 せんせーには明日帰るって言ってあるし、とっとと終わらせてしまいたい。

 というわけで明日はニワトリを一羽しめることとなりました。まるっと(ローラ) 



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【13話】ローラ、初めての模擬戦

 この日のバストーニュはちょっと曇り空だ。荒野なワールドを高いところから展望するが、遠くの町並みは先日の砂嵐の影響かどこかくすんで見える。

 何が足りないかって言うと緑かなあ……? 観光スポットとしては成金ユーバーのお城以外はいまいちだ。

 経済ばかり見てないでバストーニュ観光組合はもうちょっと頑張るといいのに。

 まあ、わたしの関与することじゃないからどうでもいいや。

 

「ふぅ~~ おにいのバカぁ~~ うにゃ~~~!」

 

 ローラが吠えてモニター端におでこをぶつける。頭には保護用のバイザーをつけているので痛くはない。

 額はひんやり硬くて冷たい。俯せたままにローラは両手ぶらりに動きを止める。

 

「だつりょく……」

 

 薄暗いコクピットの画面に映るのは鋼鉄の巨人。ローラが座っているのはその同型機のモーターヘッド・バルンシャのコクピットだ。

 その席で必勝おぼつかないローラは手探り状態だ。

 こんなことは想定外だ。わたしがMHの操縦をするなんて……一兆馬力を超える星団最強の兵器に乗るなんて。

 

 ──何千年と続く戦いの歴史で培われてきた戦場兵器の粋であるMHは元はマシン・メサイアと呼ばれる兵器だった。

 ファロスディー・カナーン(超帝國星帝団)。通称は超帝國。

 その時代、星団歴を遡ることさらに数千年前に君臨していた帝国は星団そのものを支配していた。

 その時代に騎士は生み出され、魔導師も同様に創られた。

 そう、わたしたち騎士は破壊兵器として生まれた人造人間の末裔なのだ。

 帝国はその頂点にいる焔女帝(ナイン)が支配し、皇帝と呼ばれる存在が星団各地を統治した。

 現在の星団歴よりも強固で進んだ技術を持ち、騎士も今よりもはるかに強力だったと言われている。

 わたしたちが知るMHは”今”の人類が超兵器を扱うために”退化”させた代物だ。

 もちろん、マシン・メサイアには及ばない。が、その現物なんてお目にかかることなどまったくないと言っていいだろう。

 とはいえ、新米にはエンジンいじった練習機でもつらいのだ……

 

 周囲には見物の群衆が集まっている。どういうわけかテレビカメラを抱えた報道陣までいて大げささを振りまいていた。

 模擬戦なのにどーいうことなの~~~~?

 ユーバーが呼んだのに違いない。きっと自分の権力宣伝のつもりなのだろう。

 貴賓席には例のトランの貴族がいる。そこがちょっと引っかかるんだけど、例のユーバーに手を貸している連中もここにいるのかもしれない。

 うーん、このていよく利用されてる感が立場の弱さを実感させられる。大腕振って表に出られぬ身であるので、うかつに降りるわけにも行かない。

 これかぶってるから素顔まではバレないものの、おかげですっごい窮屈だ。

 

「ローラ、あのニワトリ小僧は去年のクラッド戦で三騎喰らってる。そんとき使ってたファティマはエトラムルのC級品だ。経験もお前より上だが本物のファティマを乗っけて戦ったことはねえ」

 

 デコ兄の解説を聞きながらローラは操縦系を確かめる。マニュアルはさっき読んだ。記憶するだけなら得意である。

 実際的な話、MHに騎士の動きをシンクロさせてしまえば機械的な知識なんてなくても動かすだけなら可能だ。

 オートバランスの動体制御は全部エトラムルがやってくれる。火器管制とかは模擬戦なのでそもそも関係ない。

 たく、こっちは乗るの事態初めてなんだけど……

 デコースの説明はローラにはあまり意味のないものだ。

 あのニワトリ小僧…ジィッドとかいうのは気に食わなかったが、負ける戦で勝負するのはしゃくというものだ。

 こっちは初心者もいいところなのに、やつは実戦経験有りとかイジメか。

 やろー、もう勝ったつもりでこっちを笑いやがったんですよ。

 思い出すだけでムカッとくる。普段のわたしはこんな怒りん坊じゃないんだけど。初対面での印象の悪さは引きずるものだ。

 

「だから?」

「前に教えたろうが、どんな強い騎士でもタイミングさえ読んじまえばどうってことねえ。お前にゃ目があるんだからよ」

「ええっと、攻撃ポイントの予測だっけ?」 

 

 一度だけそんなことを言ってた気がする。相手が技を繰り出す瞬間を狙ってくじけば、こっちの攻撃はプラス、相手はマイナスになる。

 リバウンドを制する者はコートの支配者だ~~みたいなバスケ漫画のイメージ。

 騎士の戦いなんて基本はやるかやられるかだが、先手で潰すだけが能じゃない。その先手のタイミングを見極めて相手の攻撃の機会を潰せば相手は無力化できる。

 言ってることはわかっても実践できるかはまったく別の話じゃないのか。目がって言われてもよくわからん。

 デコのストラト・ブレードだってはっきり見えるわけじゃないし、止める自信なんてカケラもないよ。

 

「乗っけてるファティマはエトラムルで条件は同じ。先読みを仕掛けるファティマもいねえ。相手の動きさえ把握しちまえば勝てる」

 

 デコ兄の基準で話されてもこっちはわかわかめだよ。エトラムルと中古MHで星団三大MHと名高いサイレン三騎を打ち破る人の言うことはわかりません。 

 MHとの同期は終わっているから、首を回せば周囲の様子も見れる。コクピットをチビサイズに合わせているので結構広いのだが内装はおかしいことになっている。

 チビうさプリントにピンクの内壁。メルヘンな妖精さんが描かれているのだ。ちなみにMHの外装甲もピンク色で感想に困る。誰だよ、この色指定したの!

 

「エンジンのパワーは四〇%抑えてっから派手にヤってもたぶん死にゃしねえだろ」

「超他人ごとですし……」

「まあ、どうでもいいしな……」

 

 こら、可憐な妹の前で鼻くそほじって食うな。あんたが言い出したことでしょ! それにユーバーの武威宣伝に利用されるのもむかつく。

 デコの言い分ではわたしには利があるってことだけど……

 うーん? そっか、視界は限られてるからファティマのサポートがなければ死角をつくことも可能かな? 追従予測しかできないエトラムルしか知らないのであれば目で頼った戦い方しかできない。

 エトラムルでの戦闘に慣れているということは、つまりはそういうことだ。これを逆手に取れないだろうか?

 ローラは灰色の細胞を振り絞って簡単な作戦を立てることにした。突っ込んで間合いを崩す>死角を取る>一発かます。とっても単純な計画である。

 互いに短い棍棒のような武器を持っているが、緩衝素材で作られているので殴っても装甲が凹むくらいらしい。

 これは割と使えそうだ。間合いが短い分取り扱いも容易い。わたしみたいな素人向けといえる。

 

「やってみるか……」

「へへへ、ほらほらどうした。ビビッてションベン漏らしちゃったかなぁ。お嬢ちゃんは帰っておままごとでもしてろよ」

 

 モニタの向こうからニワトリがせせら笑いながら挑発をしてくる。

 ……冷静になれわたし。やつのタイミングを読むことに集中するんだ。手の内を見るんだ。攻撃の予測ポイントを突く。

 

「お集まりの皆様、本日の模擬戦によくいらっしゃいました。今日はこのユーバー・バラバのモーターヘッドのお披露目をいたします──」

 

 張り切ったユーバーの前振りが長いのもわたしにはちょうどいい準備時間だ。

 心臓はドキドキ言いっぱなし、変な汗が出てきそうなくらい息苦しい。

 いつも通りにやればいいんだ──

 ローラは息を吸って吐く。周囲の音はだんだんどうでも良くなっていく。指先から足の爪先にまで神経を通していく感覚に包まれる。

 指先から毛先までピリっとしている。増大した五感の知覚がわずかな空気の流れさえも感じ取る。

 鋭敏になりすぎるとわずかなショックで大変なことになったりする諸刃の刃でもある。

 生体コントロールによる感覚の拡大は一時的な感覚強化ともなる。

 といっても強化して筋肉量が増えたりとかそういうことはない。集中力が極端に高まるのだ。それを持続させるにはかなりの練習を要する。

 これができるようになるまで一ヶ月くらいかかった。

 生命エネルギーを体内循環させて肉体の回復力を上げることだって可能だ。この技を使えるマイトは健康を維持できるので寿命も一般人よりは長めだと言われている。

 ローラの騎士としての力を制御するためにモラードが教えた技はしっかりと受け継いで学んでいる。

 騎士としての力は負けてはいない。圧倒的に足りないものは実戦感覚とMHの経験だ。

 やつは両方持っているから、これがわたしの唯一の対抗手段だ。デメリットもメリットに換える起死回生の技だといえる。

 使いこなせるかどうか、見極めのポイントが肝心だ。

 

「紹介しましょう。こちらの機体には去年のクラッド内戦で三機を撃墜した若きエース、ジョー・ジィッド・マトリア~~。もう一つはこのわしの姪っ子のローラですじゃ」

「げげ……」

 

 名前出されてビビる。そいやそういう設定でした。

 嘘でも親戚とか思いたくないが、ユーバーがわたしのスポンサーで身元を守っていることは否定のしようもない。

 表には出なくていいと言われてるので座ったまま合図を待つ。

 

「模擬戦を開始します。レディーゴー!」

 

 ターバンがトレードマークなビョイトの開戦合図と同時に二騎のMHが動き出すと会場は喝采で盛り上がりを見せり。

 彼らにとってこの模擬戦はショーでしかない。

 ローラは迷うことなく突撃を開始していた。まずは意表をつく。駆け引きの仕方なんて知らない。当たって砕けろ。これも作戦の内だ。

 

 

 その頃──ベトルカ、モラード宅。テレビのスイッチが入って実況中継の声がリビングに響き渡る。

 テレビの前に立つのは黒ずくめのファッションの女だった。

 

「あれ、なんか面白いことやってるじゃん。音、大きいか……」

「あー、何だ?」 

 

 音量を下げたところでフライパン片手のモラードがリビングに顔を出す。

 

「あのピンク、思い切りの良い突っ込みするなあ」

「ド素人だよなあ。何かと思ったらユーバーのとこの宣伝番組か」

 

 MHの機動動作は普通に目で追えるものではないので、こうした番組ではスロー再生が当たり前だ。

 

「バストーニュの大公直属のMH模擬戦かい。新参なのに派手に金を使うねえ」

「バックにいる連中が好かん。ユーバーはトランの保守派貴族に金をばら撒いているからな。本来ならユーバー程度が保有できるものじゃない。騎士もMHもな」

「そのきな臭い男の姪っ子を弟子にしてるとなりゃ、モラード・カーバイトの名前に関わるんじゃないの?」

「よせやい、俺のことは俺のことだ。周りのことなど知らん。お前さんが一番に来てくれたのは嬉しいよ、ジンク」

「マイト仲間のよしみってやつ? ってのは建前でね。あたしが興味を惹かれたのはこんな田舎じゃないもん」

 

 ロッゾ帝国に拠点を構えるファティマ・マイトのサリタ・アス・ジンクが、友人であるモラード・カーバイトの召喚に応じてベトルカくんだりまで来たのは、旧い友との友好を温めるためだけではなかった。

 

「悪かったなぁ、田舎で~」

「その子…あの論文と中身が本物なら興味本位じゃ終わらないよ。黙っていられない連中なんかいくらでも手を出してくる。モラード、あの子を守れるのかい?」

「そのためにお前さんに声をかけたんだよ。マイトであるサリタ・アス・ジンク博士の力が必要だ。ワイン飲むか?」

「貰う」

『おおっと、相討ちです! 両者が転げるように組み合って、ああ、城壁を破壊して突っ込みました~~~! 派手に煙が上がっています。近隣の被害状況は不明です! カメラ! 二番カメラ回してっ!』

 

 実況の声が大きく張り上げられる。興味から外れていた中継に二人は振り返る。模擬戦の結果は、お粗末にもくんずほぐれつしての転倒劇となっていた。

 

「消すか」

「待て」

 

 ジンクが消そうとするのを制してモラードが難しい顔でテレビを覗きこむ。モクモクとした煙が上がる中で現場の慌ただしい音も飛び込んでくる。

 食い入るようにモラードが見るのをジンクは興味なさげに見返した。

 

『救助隊がピンクのバルンシャを一番に救助に当たります。パイロットは、パイロットは無事なのでしょうか~~?』

「早く映さんか!」

「モラード、何?」

『担架に載せられて出てきたのは小さな女の子です。若い、若い騎士少女です』

「のぉぉ~~~!? おいい、もっとちゃんと映さんかぁっ!」

 

 モラードはテレビに掴みかかる。実況は聞こえても現場が混乱しているのかカメラがぶれている。

 

「モラード、落ち着けって。あの子がどうかしたのかい?」

「うぉ~~ローラちゃん! こうしてはいられんっ! ジンク、行くぞっ!」

「はいい?」

 

 テレビとジンクをうっちゃり置いて表へと駆け出すモラードであった。



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【14話】ローラ、忍者と出会う

 面会謝絶の札がかかる病室前は物々しい空気に包まれている。強面の男が二人立って外部からの一切の取材を寄せ付けない。

 その手にはレーザー銃がある。バストーニュ大公ユーバー・バラダの私兵であるから誰も文句をつけられない。

 ターバン兵士の刺々しい雰囲気に、触れぬ神にたたりなしと医師と看護婦、患者たちも避けて通っていた。

 しかし、そこに臆さずに押し通ろうとする声が廊下に響く。何事かと何人かが振り返って注目していた。

 声を張り上げたのはモラードだ。兵との間で通せ、通さぬの一悶着が起こる。

 

「ええい、お前らなんで邪魔をする!」

「ですから、申し訳ありませんが誰であろうともお通しはできません。大公閣下のご命令ですから」

 

 二度目の説明を辛抱強く兵士が繰り返す。

 じろりと別の兵士が銃を見せつけるようにしてモラードを睨む。

 そんなもの怖くないぞ、という顔でモラードは言い返す。

 

「分からず屋どもが、俺はモラード・カーバイトだ! ローラちゃんの保護者だぞ。会えないとか貴様の指図は受けん。大公だろうが知ったことか。通せっ!」

 

 青筋を立てるモラードに対して、他人ごとのように後ろで見物する黒衣の女が一人。退屈そうに壁の花となっているのはジンクだ。

 成り行きでついてきただけのジンクは元より口を出すつもりもない。

 再びモラードを押し留める男たち。その騒ぎは周囲のいらぬ注意を引き付ける。

 

「モラード、それじゃダメでしょ……」

 

 モラードが強引すぎる。ハナから喧嘩腰では通るものも通らない。

 それよりも、天下のカーバイトを動揺させる少女の方がジンクは気になる。その娘に会いにここまでやってきたのだ。

 ジンクのところへモラードが送りつけてきた論文は、ファティマ・マイトにとっては職業上の禁則事項に触れるものでありながら可能性という未来を示すものだった。

 この世界に染み付いた既成概念を取っ払うには新しい風が必要だ。

 それを書いたのが若干二十才の少女と来れば好奇心を抑えられるものではない。少女が抱えている事情も気にはなるが、そこは他人事である。

 

「貴様ら、止めんかっ!」

 

 そこに一喝が響く。モラードを拘束した男らの手が離れる。現れたのはビョイトだ。

 モラードは自分を手荒に扱った兵を睨んでから襟を正すと、ビョイトへはしかめっ面で向かい合う。

 

「お前は知ってるぞ。ユーバーの手下だな」

「これは…モラード公ではありませぬか。部下が大変失礼をいたしました」

 

 いんぎん無礼なビョイトが片手を上げると兵は後ろに下がる。それを忌々しいという顔でモラードが眉を寄せた。

 

「超絶失礼だ! 俺はローラちゃんの保護者だぞ。なぜ会えないんだっ!」

「申し訳ありません。例え誰であろうと通すなと命令したものですから……それに、ローラ様の情報はマスコミには一切漏らせませんから。ご理解いただきたいですなあ」

 

 ビョイトはかっかしたモラードに耳打ちをする。互いに共有する秘密の事柄である。いらぬ注目を集めるのは避けたいのだ。

 そんなの貴様に言われんでもわかっておるわ、とモラードはビョイトを睨む。

 言っていることのわりに、ローラを客寄せパンダに使った上、テレビに晒したことでこの連中への信用度はゼロに近い。ユーバーを一発殴ってやりたい気分だ。

 バレていなかったから良いということではない。モラードが注意を払ってきたことすべてが破算にされかねなかったのだ。

 任せておけるかと鼻息も荒くなる。今すぐにでも連れ戻すつもりで来たのだ。

 

「それでどーなんだ? ここを通してくれないのか?」

「いえ、ローラ様は検査中でして……」

「それを先に言えっ! お前らに任せてはおけん。検査が終わったら俺が連れて帰るが文句ないよな?」

「は、はぁ……では護衛の者をお付けいたしましょうか……」

「いらんっ! 担当医は誰だ?」

「スカイアー医師です」

「スカイアーだな。ジンクっ!」

「はいはい」

 

 やり取りを聞いていたジンクが億劫そうにモラードの後に続くのだった。

 

 

 そんな騒ぎが病室前であったことなどつゆ知らず、検査の後にローラはこっそり病棟を抜けだしてのんびりとした午後を過ごす。

 ここは病棟の一角。建物に囲まれた四角い空間に小さな庭がある。

 ローラは木製のベンチに座ってストローを吹いてシャボン玉を浮かばせて遊んでいた。

 少女趣味と思うなかれ、結構楽しいのである。

 この庭は外界から完全に切り離されているので妙に落ち着けるのだ。

 あの転倒で腕を折っていたけれど、ガッチガチに固められて今は腕が重いだけだ。腕に巻かれた包帯が痛々しいように見えるが実際は痛くはない。

 入院する理由付けには丁度いいというくらいだろう。脳震盪で意識が飛んでいたが、脳みそに支障はない模様。

 終わってみれば、実戦を経験したという意識はまるでなく、目的の行為をやるだけやった結果がああなったにすぎないという感じだった。

 初めてにしてはすごいとか、上出来だとかいうつもりもない。こうなったのは、あいつが変に抵抗したのが良くないんだ──

 その対戦相手であるジィッドも怪我をしたらしい。派手に絡んで転んだからノーダメージではないだろうけど。

 まだ顔は見ていないから怪我の程度は分からないが、きっとローラは謝らない。というか謝るつもりがない。

 模擬戦という名目もある。何も悪いことはしていないからそんな必要はない。でも今は顔を見たら手が出そうな気がするので会わなくて良いのだ。

 

 ローラには人を殺す戦闘兵器に乗ったという実感も薄い。

 何せ、自分の手足の延長線というのは誇張でもなかった。動き出せば思った通りに動く上にアリのような群衆に自分の力を誇示しているのだという感覚があった。

 自分が思った通りにロボットを動かせるというのも、忘れかけていた男の子精神を強く揺すぶるものであったわけだ。

 ジャンルロボットで、自分だけが上手く動かせるんだってなったら、好き者ならはまってしまうパターンであろう。

 もっとも、わたしは女騎士として将来は戦場に立つというルートはありえないなとも思っている。

 ただでさえお尋ね者であるわけで、人殺しとして先に世に知られてしまった人間だ。

 ふつーの騎士団だったら面接前に落とされそう。

 ユーバーに拾われたのは実は運が良いことであったろうし、カステポーにいたらごろつきの一人となって日の目を見ないまま終わっていたかもしれない。

 ナイアスねーさんとなら上手くやっていける気がしたけれど、こんな身の上だからすごい迷惑になったことだろう。

 あの人はそんなこと気にしないだろうけど。

 会いたいなぁ~ どうしてるんだろう?

 妙に感傷的になってローラはそれを飲み込む。

 今は今なのである。いつか再会する日が来たら何かできることもあるかもしれない。

 またシャボン玉がストローの先から生み出されて宙に舞う。

 

「ふわふわ~~」

 

 きらめくシャボン玉がふわふわ浮いて空気の流れに流されて行く。ローラは連続でストローをシャボン液につけて吹き出す。

 脳震盪起こしてたこともあるんだけど、あちこち検査されてめんどかった。見ての通り怪我をしたといえるのは腕だけで他はピンピンしている。

 新しいシャボン玉が吹き出されて七色の輝きを周囲に振りまく。大きいのから小さいのが色とりどりにこの空間を不思議色に染めるのだ。

 思いつきで始めたにしては大成功。どうせ病室に戻ったら退屈な上にいかめしい兵士の顔を見て過ごさなければならない。今の内に遊んでおかねば損というものだ。

 護衛の兵士は三人いて、女兵士の一人が検査について来ていた。他の二人は病院を歩きまわるには顔も装備も怖すぎて患者を怯えさせる。

 検査室がある病棟は武器を持った兵士は入れないので仕切り戸の向こうで待ちぼうけさせていた。

 検査が終わってからローラは病室へは戻らず、棟を一回りして中庭に出た。

 ここは誰にも邪魔されない。こっそり持ち込んでいたカップとストローでシャボン玉を作った。

 わたしが俺であった頃、子どものときによくこうして妹とシャボン玉合戦をしたものだ。

 

「ん?」

 

 ローラは人の気配を感じ取る。ただでさえ鋭敏な感覚を持つ騎士の性能を広げれば、この狭い空間にあるものの動きは全部感じ取ることができる。

 誰かいる……気が付かなかった。

 普通の人は気配を消したり、姿を見えなくする技なんて使ったりしない。

 生体エネルギーの波動をローラはわずかながらも感じ取ることができるようになっている。

 事故の後で妙に感覚が鋭くなっているような気もする。その感覚は妙に浮ついた気分にさせて安定しないものであった。

 

「誰っ!?」

 

 気を向けて問いを発する。

 茂みの葉が揺れてその向こうの気配が息を呑んだ。迷った素振りを見せてから気配が沈み込む。

 

「出てきなさいよぉ?」

 

 こっそり隠れてこっちを見ていたのだ。殺気は感じられない。でも姿を隠してこそこそしているのだから何をしてきてもおかしくない。

 ローラはおっかなびっくりに構えて無い胸を張って虚勢の態度を張る。

 葉が揺れて音を立てる。おずおずと姿を見せたのは大柄の男だった。

 禿げ上がった頭とぶっとい腕が印象に立つ。そのいかめしさはどこかで見た顔だと思ってローラはすぐに誰かを思い出していた。

 

「あ、いつかのだ……」

「俺……」

「仕返しに来たの?」

 

 つい先日、デコースが血祭りにあげたチンピラ騎士の一人だ。運良く一番軽傷だった気がするけど、他の連中はどうしているのか?

 仲間はいない。男一人だけだと確認する。

 こっちが一人なのを狙ってきたのか。こっちは腕を折ってるし、押さえこまれたら厳しい。

 相手が前に出るとローラは警戒して一歩下がる。

 

「ち、違う。俺、お礼に来た……」

「お礼?」

 

 まったく見当違いの答え。

 何もお礼される覚えはない。お礼参りならわかるけれど。

 

「えと…これ……返しに来た」

 

 大男の差し出した手には数枚のフェザーだった。路地で治療の足しにでもと置いていった。

 ローラの少ないお小遣いである。

 

「はあ……」

「て。手……」

 

 ローラの手にフェザー貨幣数枚を置くと男は手を引っ込める。

 大男のくせに気は小さい。あのときは集団で周りも殺気立っていたが、この男はそれほど気を立てていなかった気がする。

 

「仲間の人の仕返しに来たんじゃないの?」

「俺、もう奴らの仲間じゃない。ほんとはあんなことしたくなかった。俺、ああなって友だち止めた。もう嫌なことしたくない」

 

 ぼそぼそっとながら言う男にローラはしかめっ面で腕組みをする。嘘は言ってないように思える。

 ローラは悪い連中に流されてのことであったのだろうとすぐに納得していた。目も態度も正直で裏がない。何より嘘をつく性格ではないようだ。

 腹黒い人は目を見ると何となく分かるんだよね。うちのビョイトさんとか一番悪巧みしてる。

 

「じゃあ、許してあげる」

「本当?」

「うちのにーさんのこと怒ってる?」

「め、滅相もねえ! あんなつええ人に絡んだ俺らが悪いんだ。あの人が言ったように俺は三流のゴロツキだぁ」

「いや、そこまで言ってないし……」

「それにあんたにも負けた……」

「わたし?」

 

 えっへん、ローラちゃんは強いのです。でも、あんたもちょっとしたもんじゃないの? デコースの攻撃受けて立っていられたんだから?

 ジロジロ見ると恥ずかしそうにしている。見た目が凶悪なだけにギャップが激しい。

 

「さっきの技、やってみせてよ」

「さっき?」

「隠れてたじゃん。やってみて」

「わかった……」

 

 次の瞬間、跳んだと思ったらヒラヒラ何がが舞う。いたはずの場所には布っキレ一枚が落ちていた。

 

「わ、隠れた? どこだ?」

「こ、ここ」

 

 足元から声がして驚く。すぐ後ろの茂みから声がしたのだ。そのくせ、茂みに人がいる様子すら感じさせない。

 感覚を広げればそこにいるのだとわかる。どう考えても普通の騎士が使う技ではない。ダイバーとかそういうのだろうか?

 

「どうやったの?」

「か、変わり身の術……囮で目をくらまして姿を隠す……忍びの技」

「忍者なの?」

「俺…ミミバの技使える。兄者から教えてもらった」

 

 兄者という言葉に誇りの響きが交じる。

 不意打ちとかされたら多分防げない。騎士ってこんな技も使えるのか……

 

「デコ兄の攻撃も防げる?」

「とっさだけど全然間に合わなかった。間合いが見えなかった……」

 

 それだけわかれば十分だ。身代わりの技で致命傷を避けたということだろう。

 ただのチンピラという評価を少し上方修正する。

 あの場にいた男らの中でそんなことができたのはこいつだけだ。運良くかわしたわけではない。

 

「ふうん? もう出てきて隠れないでいいよ」

 

 ローラの疑惑は好奇心に変わっていた。顔を見ないで話すのも辛い。

 

「誰か来た……」

 

 囁くような声に後ろを振り返ると、松葉杖をついたニワトリがとさかを立てて歩いてくる。

 

「見つけたぞこのヤローっ!」

「なんかきた……」

 

 茂みは沈黙したまま。出てくる気はないようだ。まあいいかとローラはジィッドに向き直る。

 ジィッドは頭に包帯。右足はがっちりギプスをハメられている。見た感じはローラより深手っぽい。

 ごめんなさいという感情は、やっぱりこいつの顔を見たらまったく感じない。相性が悪いのはお互い様だろうけど。

 

「あれ、くたばったのかと思ってた?」

「ケッ! ばーろ~~ このジィッド様がこの程度で大人しくなると思うなよっ! つーかてめえ! 基本のキも知らねえで突っ込んできやがって。いてえじゃねえかコンチクショウ!」

「わたしぃ~ モーターヘッド乗ったの初めてだしぃ~ そんなのしらなーい」

 

 ああ、バカな男の子を相手にするのってホントつまらなーいという感じでローラは返す。

 こんな感じで喋る子がクラスにいたのである。たいがい、その手の挑発におバカはムキになるのである。

 

「このアマ……いてー目見ないとわかんねえか? おらぁ!?」

 

 粋がるジィッドをローラは冷ややかに見返す。

 

「小学生にムキになってバッカみたい。また転ばされたいわけ?」

 

 なお、すっ転んだのは不可抗力。すり抜けて一発かまそうとしたらこいつの出した足に絡んでああなった。

 

「俺はエースなんだよ! 舐めやがって。ヒイヒイ言わせてやるっ!」

「でい!」

 

 吠えたニワトリが松葉杖を放り捨てると、すかさずローラはローキックをジィッドのギプスに繰り出した。

 それは見事にニワトリの折れた骨に直撃するのだった。

 

「ぎゃあああ~~~! いでえ! このアマ~~ ブッコロースっ!」

 

 凶悪モードになったニワトリがとさか満開にローラに躍りかかろうとする。

 その襟をでかい手が掴んでいた。ジィッドの手足が空回りする。

 

「乱暴良くない」 

「って、ヤメろぉ~~~!? 何しやがるこのでくの坊!」

 

 ジィッドが後ろの大男に離せとジタバタするが腕のリーチ差で届かない。

 

「病院……うるさくする良くない……」

「何だよ、このおっさんは……」

「忍者かなあ?」

 

 ローラが答える。

 

「わけわかんねえ」

 

 ローラはジィッドに冷笑で返す。ニワトリは捕獲されてるので危険はない。

 

「じゃあ、俺行くから」

「え? ちょっと」

 

 のしのしと中庭を出ていこうとするのをローラは呼び止める。

 すると出入り口のドアの前で足を止め、首だけ回してローラを見返す。

 

「名前、まだ聞いてないよ! わたしはローラだよ!」

「バレン…バレン・B」

「Bが二つ?」

「そう、Bが二つ……BBって呼ばれてる」

「BBね、了解」

「おい、降ろせよっ! このハゲ!」

 

 抗議するジィッドをじろりと見るとバレンはその手を離す。

 

「いで!」

 

 ジィッドは尻餅をつく。直後、バレンは跳んでいた。上の棟を伝ってすぐに屋上へと消える。

 

「行っちゃった……」

 

 また現れるのかも何も言わないで行ってしまったが、縁があれば会うのかもしれない。

 

「何なんだあの野郎は~~」

 

 尻をさするジィッドの前に腕組みのローラが立つ。

 

「で、どうするのさ。ここでケリつけようか?」

「けっ、おむつも取れてないガキなんざ相手にもならねえぜ!」

「口減らないなあ……」

 

 そのときだ。

 

「ローラ!」

「ゲフっ!」

 

 勢い良く開いた戸がジィッドの頭を直撃してニワトリが白目をむいて倒れた。この扉、金属製で結構重いんです。

 交戦態勢から虚をつかれてローラは現れた人物をまじまじと見る。紛れも無くモラードがそこにいた。

 

「モラード先生?」 

「いたいた! 勝手に抜け出しおってこのバカ娘!」

「いった~~~い」

 

 飛んできたげんこが容赦なくローラの脳天に落ちた。あまりの痛さに涙目になって頭を押さえる。

 コブ。コブができたよ~~

 

「ふぁ~~ 親にもぶたれたことないのに~~」

「親など知ったことか! 利かん気ばかり成長しおって、そんな娘は俺が一から再教育だ! さ、荷物をまとめて帰るぞっ!」

「えーと、でも?」

 

 頭痛い……脳震盪起こした子に優しくない理不尽さ。まあ、なんともなかったんですけど。

 

「でももへちまもないわっ! あー、もうそのままでええわ!」

 

 そして、グイグイ引っ張るモラードの手に引かれてローラは当日退院を果たすのであった。 

 モラード先生は怒らせると怖いのです(まるっとな)



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【15話】アトロポスとの約束

 ベトルカへ帰って一息と思ったローラを待っていたのは大きな箱だ。

 リビングにでーんと鎮座したそれは丁寧にリボンが何重にも巻きつけられている。

 プレゼントにしてはでかすぎる気がするの!

 さらにデカダンスーツの見慣れないファティマが大きなはさみを持って箱の横に立つ。

 腰に箱と同じ柄のおっきなリボンを蝶結びで結んでてかなりファンシーチックだ。

 客人であるサリタ・アス・ジンクは一人ファティマを伴っていた。

 名前はエルカセットというらしい。彼女はモラード宅で三人が帰るまでお留守番をしていたようだ。

 エルカセットのことは帰ってくる車中で名前だけは聞いていたけど、この箱は聞いてない。

 モラード先生がニヤニヤしてるからプレゼントってアレかしらん?

 

「これー?」

 

 ローラは首を傾げてみせる。びっくり箱かなんかだろうか?

 

「ローラちゃんへのプレゼントさ~」

「ふうん?」

 

 何が入ってるんだろう。おっさんのセンスはいまいち当てにならないような……

 サイズ的に乙女チックな内容は期待しない。世話になっている立場だし貰っていい物なのかもわからないし。

 

「開けていいぞ」

「はい」

 

 エルカセットがうなずいてリボンにハサミを入れて箱のご開帳。ぱらりとリボンがはだけて彼女は箱の口を開ける。

 横倒しに置いてあったみたいでこっちに向かってふたが開く。

 ローラはそこから異音を聞き取る。

 マシンのモーター音? 

 そう思ったら箱の中からまるーいロボットが飛び出してきた。照明を反射して銀色にボディが輝く。

 

「おお?」

 

 その鋼鉄ボディをホバーで浮かせ床を走らせるとロボットはアームを付き出しローラの前でストップする。

 光沢のある装甲表面は未来チックでシンプルなシルバー。高さは一メートルちょいでローラの身長と大して変わらない高さだ。

 アームは複雑なものではなく物を掴んだりする作業には向いてない。障害物を取り除いたり段差を飛び越えるためにあるようだ。

 モニターの顔みたいな部分はセンサーの赤い光がピッピと点滅している。

 どこかで見たことがあるようなデザイン。そう、あれだよあれ!

 その丸いタンクみたいなロボットの姿はSW(スターウォーズ)のとあるロボットにそっくりだ。

 それ以外連想させるものがないんだけど……

 

「PI、PIPPOOOO-、PIPI」

 

 アームが伸びてボディを浮かせるとローラに挨拶のようなものをする。お辞儀みたいに体を傾けている。

 お前はR2D2! R2D2! じゃないか! このデザインから連想できるのはあのロボットだ。

 どっかにC-3POなんかも隠れてたりしない?

 スターウォーズとかずいぶんと懐かしい。でも、このロボット……

 

「PIRORO、PIPI-」

「って。この波長パターンは……どこかで見たことがあるような?」

「これの中身気になるか? 気になるだろ。ふふ、まさか自走するエトラムルがいるなんて世間様は思うまい……」

 

 自慢気なモラードがウンウンと頷く。後ろで我慢していたジンクが思わず吹き出す。

 ナニが面白いのん?

 いや、って~~!? もしかして中身は……もしかしなくてもそうなわけ?

 帰ってきてからまだ研究室に顔を出していないけれどまさかねえ……

 

「PPI! PIPOPA!」

 

 グリングリンと丸いヘッドを回転させてそいつはローラの前で自己主張をしている。まるでペットの犬のようだ。

 

「もしかしてリョウなの?」 

「ほれ、こいつを繋げてみろ」

「わたしの端末~」

 

 研究で使っている端末を受け取って接続開始。

 ピポピポいってるマシンボイスは暗号電子音だけど、手元のディスプレイで可視文字化できる。

 リョウ用にそういうプログラムを入れてあるのだ。

 この研究室で使ってる電子波長のチャンネルが合うエトラムルは一体しかいない。

 

「PIPO、PA、PURURU?(新ボデー、強い、カッコいい?)」

 

 やっぱりお前か。なんて姿に……かっこ良く……丸いよ。

 

「えー、うん、丸いなあ……」

 

 足元でギュンギュンモーターを回してるのはうちの子のリョウちゃんでした。

 ふつー、エトラムルは動きません。自分で移動できない欠点と世話の面倒さがネックでした。

 エトラムルだから移動大変なのはもちろん、その入れ物をエトラムルが動かすとかは技術的には問題はないと思う。

 思うんだけど、でも星団法は……わからん。これは穴と考えて良いのか。 

 

「いで! あっち行ってなさい!」

 

 突っかかってきたR2D2なリョウを蹴飛ばすと、ギュイーンとモーター音を響かせて在宅のネコを追い回し始めるのだった。

 ネコさんいじめんな。

 

「こいつを運んできたのはジンクお姉さんだぞ。ちゃんとお礼を言うんだぞ」

「ああ、うん。ジンクさん、ありがとうございます」

 

 ローラは礼儀正しくジンクに頭を下げる。

 サリタ・アス・ジンクといえばマイトを志す者なら知らない者はいないと言っていいくらいだ。

 フルマイトでもある彼女のファティマは有名所にも嫁いでいるし、マイトの専門誌でこの間特集が組まれたばかりだ。

 でもエルカセットって子は知らないなあ……博士が作ったオキストロとかアナンダとかは本編にも登場してたけどさ。

 エルカセットはMタイプのファティマだ。見た目がほんわかとした感じで話し方もどこかのんびりしている。

 クリスタルつけてなかったらどっかの良家のお嬢様っぽく見える。

 ナチュラルな仕上がりにマイトの腕前を感じる。

 

「まあついでだったし。こっちじゃファティマのお披露目が多いから。この子の再就職先を決めてやろうと思ってさ。あれ担いできたのはこの子だよ」

「はい、エルカセットが担いできましたぁ~ 可愛いリョウちゃんのボディ運んできたんだよ」

「ああ、うん。ありがとう」

 

 聞けばカラミティからわざわざボォスのイズモ・アストロシティに寄って、受注していたロボットを受け取ってきたらしい。

 結構な長旅だよね?

 

「噂のダイヤモンド・ニュートラル博士には会えなかったけれど、なかなか興味深い工房だったね。アレのパーツ装甲は泰千錫華ご本人が仕上げたもんだよ。設計が金剛仕様だね」

 

 あの、それっていくらかかってるんですか……わたしの財布マネーは二〇フェザーポッチなんですけど。

 

「おお、今度のお披露目か。エルカセットはマスターに恵まれてないからな」

「二回もブーメランして帰ってきたからには今度は気合い入れてマスター探すんだよ」

「はい、エルカセット頑張ります~~~」

 

 エルカセットがフニャッと腕を上げて気の抜けた返事をする。

 こりゃ次もどうかなという顔のモラードとジンク。

 ローラといえば家の中を爆走するリョウを止めようと追いかけっこで忙しい。

 その日の晩はみんなでワイワイと食卓を囲んだ。

 エルカセットがすり鉢でジェラート作って芸を披露したり、珍しい土産物のチーズがテーブルに彩りを添えた。

 みんな沢山飲んで食べた。ああ、家族ってこんな感じだよね。 

 

「今日はもうお休みだ」

「PIPO?」

 

 遊びたりなさそうなリョウの起動をストップさせる。

 このボディはエトラムルが中に入ったままでも循環液を浄化し続ける機能が付いている。液体が劣化するまで使えるらしいから月一の交換でいいらしい。

 廃液を排出する機能があるので新しく補給すればずっとということになる。

 メンテナンスの頻度を考えるとそう手間でないのは嬉しい。フルメンテとなると大掃除になる。

 たぶん、そのときはエトラムルも出して機械のチェックもするだろうけど。

 個体としての成長度はこれ以上はないけど学習はまだまだ続く。

 保護ボディがあれば学習の幅はより広くなるはずだ。

 先を見越したモラード先生の気の利いたプレゼントだった。

 久しぶりに自分の部屋でくつろぎながら布団に入る。ふわ~っとあくびをする。

 結構いろいろあったなあ~ 明日はお披露目か……

 しばらくしてローラは眠りの世界に入り込んでいた。

 

 

 そして本日の朝。朝食後、お出かけの支度をしてわたしたちはお披露目がある会場へ向かう。

 場所はバストーニュ郊外にある衛星都市だ。

 お披露目と言っても有名なマイトの作品はなし。どっかの王様とか偉い人はほとんどこないらしい。

 そういう大きいお披露目は新作ファティマとかの場合で、工場製とかブーメランファティマの発表ではかなり格が下がる。

 最近の期待作といえばクローム・バランシェの最新作であろう。

 公の作るファティマは三体一組が多く、それがもし一同に公開されれば星を上げての大イベントになるだろうということだ。

 その時が近いことをわたしは知っている。自分の運命もそのイベントにかかっている。

 今回のお披露目は、工場から出荷された新品ファティマとブーメランファテマがメインで、相場が安いとなれば嫁ぎ先は限られてくる。

 もっとも掘り出し物を求めて強い騎士が来ることもある。

 その騎士を勧誘するために騎士団のエージェントもやってくるので会場はそこそこ人で溢れることになる。

 お披露目本場と言われる国なので他所からわざわざマスターを探しに来るファティマもいるらしい。

 

「ギューン」

 

 ローラの操作でリョウがユー・ターン。豪華な絨毯に走行の後をくっきり残す。

 なお、自走モードを切ってコントローラを握ればこっちで操作可能です。

 はためからは子供のおもちゃ。こんな高価な玩具はないだろう常識的に考えて。

 偽装は完璧だと自慢したモラードであった。 

 

「飽きた……」

 

 今いるのは市のお披露目会場だ。大きな建物一つを貸し切りなので関係者以外は立ち入り禁止となっている。

 お披露目が始まるまでファティマや騎士は待合室で待つのがルールだ。 

 その時間までの暇つぶしだ。

 ローラは待合室のソファにどっかり座ってぼんやりする。

 そのとき背後から目を閉ざされる。ちょっと低い体温の細い指先に不意打ちを食らっていた。

 

「だーれだ?」

「ふぁ??」

 

 誰だかわからない。声の調子からは判別できない。

 手先と体温、声の調子から女性というのはわかるが知り合いではないような……

 

「こんにちは、小さなマイトさん?」

 

 振り向けばそこにいたのは……

 

「もしかして……アトロポスなの?」

「あれ、わかっちゃった?」

 

 ああ、そう。その姿をなぜ見分けられたのかはわたしだけの秘密事項といえる。 

 アトロポスはローラを見下ろすように立つ。

 その格好といえば男の服装だ。腰には光剣まで下げている。

 ぱっと見は線の細い小柄な騎士にしか見えない。一般人から見ればまったく見分けはつかないだろう。

 もっとも美しすぎて人の目をやたら引く存在だ。

 ファティマやマイトであればすぐにファティマだと気が付くだろう。

 アトロポスは変装のためか髪の色も淡い茶色でアイレンズもより瞳孔がくっきり見えるものをはめていた。

 その姿をわたしは「見たことがある」といえばわかるだろう。

 ユーバーの魔の手から逃すためにバランシェ公が変装させたのだろうか?

 

「成人したんだ」

「一昨日……君には最後に会っておきたかったの。あなたとモラード先生にお願いしたいことがあって」

「お願い?」

「妹たちをお願いしようと思って」

「お願いって言われても……」

「そうね、子どもにはちょっと難しいこと言ったかな?」

「わたし、子どもじゃありません!」

 

 ムキになって反論する。

 むう……アカン、反論したらガキっぽいじゃん。反省すでに遅し。

 

「あのね、アトロポス!」

「ん?」

「わたし、いっぱい勉強して、もっと研究して、ちゃんとしたマイトになる。だから、だから、あなたたちが悲しみに涙を流さなくていい未来を創るの。だから、だから……」

 

 そこから先、上手く言葉が続かない。

 気持ちは突然高ぶって、それが自分を押し流す。

 手を伸ばしてアトロポスの指先に触れると、その指がローラの手を握り返してくる。

 

「待ってる。きっとそんな未来が来るのかもしれない。クローソーが言ってた。私はそんなあなたたち人間の未来を見守って寄り添って生きていたいって。これはあの子の願い。そして私は……」

 

 アトロポスの瞳が揺らぐ。その先を待ったけれど彼女は言葉を続けなかった。

 そのとき電子音が沈黙を破る。リョウが停止モードから抗議の声を上げる。

 

「PIPOPO?」

「この子……君は弟ってことになるのかな?」

「はい?」

 

 リョウに歩み寄ったアトロポスが金属のボディへ触れる。

 ファティマだけがわかるいくつかのやりとりの後すぐに離れる。

 そしてアトロポスは振り返ってローラをじっと見つめた。

 

「希望(フォーチュン)。私たちの未来はまた会う時まで君に預けておくわ。これは私との約束……さようなら、小さなマイトさん。あなたの未来に幸ありますように」

「アトロポス」

 

 ローラの呼びかけにアトロポスは手を振って部屋を去っていた。

 慌てて追いかけたけど扉の向こうの通路にも彼女の姿はなかった。

 

 

………

……

 

 

 ──この小さなローラと女神アトロポスとの約束はやがて果たされることとなる。

 それはいくつもの物語を越えた、終焉の時を語る物語となることだろう。

 時代がファティマを必要としなくなる未来まで続く五つ星の物語(ファイブスターストリーズ)。

 新たな種は蒔かれ芽は息吹く──



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【16話】エルカセットの告白

 お披露目での結果は芳しくないというよりまったくの空振りに終わった。エルカセットの番になってから彼女は誰にも首を振らなかったのだ。

 軽く百人くらいの騎士と面談したんだけど一回一回はすごく短いんだ。対面したら数秒で決着がつく。

 この静かな選別は見てても退屈極まりない。その代わり、ファティマを得ようとやってくる騎士の出で立ちに興味を惹かれた。

 いろんな騎士団の名前が登場するし、中には有名所の騎士なんかもいる。

 覆面スカウトマンに報道関係者。なぜかフードをかぶったダイバーの姿なんかもある。

 有象無象の中にも実力者が混じっているだろうし、きっと誰かが選ばれるんだろうなと思っていた。

 他の何人かのファティマなんか早くて数人め。何十人めかで目的のマスターを選んでいたからだ。 

 選出の際に希望のマスターがかち合う場合は騎士自身の意思でファティマを選ぶことになる。

 

「え? 該当者なし? どうなるの?」

「そりゃいないからまたマイトのところにブーメランだ。こればかりはエルカセット次第だからな」

「えへへ、ごめんなさーい」

 

 悪びれないエルカセットを前にジンクはは~っと息を吐き出す。

 

「つーわけで、モラード、後は頼むわ」

「頼むって?」

「モラード先生~ お世話になります~ エルカセット頑張ります!」

 

 こっちにエルカセットがお辞儀をする。何を頑張るのかは不明だ。

 

「エルは前のマスターが降りてからマスコミの情報担当やってたんだけど、妙な癖はそんときついたのかねえ? 情報収集の腕は一級なんだけど。こっそりお見合いさせたのも二〇件くらいあるけど全然ダメだったのさ」

「何、マスターなんぞそのうち見つかるさ。うちのビルドとかエストはそりゃ手ごわかったぜ」

 

 娘が嫁に行き損なった親談義が始まる。

 エストなんかは騎士同士の血みどろのバトルになってたんだよね。普通のお披露目でそんなこと起こりません。

 あーあ、早く帰って研究の続きがしたい。

 

「あ、あの! ローラさん」

「はい?」

「不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 ローラの手をエルカセットが握ってブンブン振るう。ちょっと勢いがつきすぎて振り回される。

 

「あー、よろしく?」

 

 お披露目ブーメランになったのでしばらくうちに厄介になるってことだろうけど、改めて挨拶されるのも妙な感じ。

 エルカセットはローラの手を離さない。

 ほんわかした雰囲気はキレイというより可愛らしいというのがぴったりだろう。同じファティマでもアトロポスとはぜんぜん違うなぁ。

 

「ロ、ローラさん、お世話はお任せください!」

 

 はい、お世話?

 

「エルカセットにローラちゃんはお任せだ~ 良かったなぁ、お姉ちゃんができたぞ」

「いや、お姉ちゃんとか……」

 

 まあ、嫌いじゃないんだけど……

 エルカセットと目が合う。ファティマがこんなに表情豊かだとダムゲート外れてるんじゃないかと心配になる。

 まあ平時だからそれほどきついコントロールは利いてないだろうけど。

 

「よろしく?」

「はわわ……」

 

 エルカセットは何だかそわそわしている。変なの?

 

「はい?」

「何でもありません~~」

 

 やだ、ちょっとこの子挙動不審?

 

「そんじゃうちらのメインイベントと行こうじゃないか」

「え? まだあるの?」

 

 二人からは何も聞いていない。泊まってるホテルに帰る以外、この後何があるのだろう。

 モラードらについていくと通されたのは貴賓室だった。政治家とか貴族が会合で使うような税金を使った無駄に豪華な部屋だ。

 そこで待っていた人物は……

 

「トローラ・ロージン。俺がここにいる意味はもうわかっているな?」

 

 杖を持ちそこにいるのはドクター・バランシェその人だった。マイトの正装ともいえる五本線がさんぜんと輝くスーツを身にまとっている。

 実物と会うのはこれが初めてだ。

 

「まだ説明してないぞ、バランシェ。気の早い奴め」

「バランシェ公、お待たせして申し訳ない。ほら、モラード」

 

 ジンクがモラードに肘をくれる。

 

「ああ、バランシェを呼んだのはローラのためなんだ」

「わたし?」

 

 一体なんだろう……何かまずいことあったのかな。

 途端に心臓がドキドキしてくる。わたしのまずいことってあのことしかない。

 同級生を殺して、逃げ出して、追われてまた逃げた。

 今の安穏は幻でしかない。

 今でもわたしは、トローラ・ロージンは罪を犯した罪人として星団から追われる身なのだ。

 咎を償えと言われたら償いたい。でもわたしにはどうしてもやりたいことがある。また会いたい人たちがいる。ごめんなさいと謝って済む問題じゃないことはわかっている。

 今この場で逮捕されても殺されたとしても仕方がないことをしてきた。

 

「お前にかけられた懸賞金および星団指名手配は現在停止されている。この男が奔走して国家首脳にまで働きかけて実現させたことだ。本来であればマイトは政治的な事柄にその権威を使うことはタブーとされている。俺たちマイトの公正性を損なうものだからだ」

「そういうわけで、今のローラちゃんはお尋ね者じゃない。もっともクバルカンの方は別ルートなんだがな。表立って捕まえに来る連中はいないと思ってくれ」

「モラード先生が?」

 

 バランシェ公が言ったようにマイトが公正であるには特定の国家の政治などに深く関わっていけない。

 これはマイトの不文律だと言われている。高名なマイトが持つ特権は王侯貴族にも匹敵し爵位さえ与えられる。

 その権力をかさに着ればどんな悪法もまかり通ってしまうことだろう。

 星団法で定められている事柄ではないが一つのタブーとしてあるのだ。それをモラードが破ったということはとても重いことだ。

 黙っていたジンクが口を開く。

 

「あたしがここにいるのはただの見届人としてだ。あんたは罪を犯した。命という贖いようのないものを奪ったんだ。そのことはあんたの一生につきまとうだろう。どんなに罪を悔いたとしても誰かがあんたの後ろを指さして言うだろう。人殺しだと」

「ジンク、脅かすな」

「言わせなモラード。生涯つきまとう人殺しの刻印をその背に背負って生きていくんだ。あたしらマイトは命を扱う。そしてより多くの命を奪うものを創りだす罪深い存在でもある。マイトになるってことはこの世界の命を背負うってことだ。あんたはマイトだ。そのことは理解しているだろう?」

 

 ジンクの視線をローラは受け止める。

 わたしが生きている意味。それを示せる未来があるのなら全身全霊でそれを証明したいと願う。

 

「わかります……わたしは生きていたい。この世界で生まれた意味をずっと考えてました。わたしは、わたしのこの力をファティマが涙を流さない世界を創るのに使いたい。この世界で生まれたのに戦争のためだけに使われるなんて悲しすぎるもの。そしてマイトになって沢山の命を救いたい。それが、それだけがわたしができる奪ったものへの償いになるから……わたし…もっと生きていたい……」

 

 初めて人を殺した。

 あの少年の顔が思い浮かぶ。

 嫌な奴だったけれど、それでも彼には家族がいた。

 お父さんとお母さんがいて将来を望まれていた。

 わたしは耐えられなかった。

 自分が大事なものをなじられてカッとなって逃げ出したんだ。

 胸の内から込み上げてくるのものがローラに涙を流させていた。

 それは溢れ出てきて止まらない。

 熱い雫と慟哭を飲み込んで震える。

 人殺しの名前は生涯背負おう。

 誰も許してくれなくてもいい。

 誰も認めてくれなくてもいい。

 もう逃げることだけはしたくない。

 

「もう逃げることはしたくないんです。わたしの命でそれができるのであれば後は何も望みません」

「その言葉、忘れるな」

 

 ローラを見下ろしてバランシェが告げる。

 その言葉は誓いの言葉だ。何よりも重い世界そのものを背負う言葉。

 そのとき後ろからギュウッと抱きしめられる。花の香はエルカセットだった。

 

「うわぁぁ~~ん。ローラちゃん偉いですー。こんなにちっちゃいのにこんなに偉いこと言える子なんていないです。わ、私、一生ローラちゃんについていきます~~!」

「ええ、え? 助けてえ~」

 

 エルカセットに揉みくちゃにされる。ローラの悲鳴は周囲に生暖かく見守られる。

 

「おいい、エルカセット。感動的なのはわかったが……」

 

 モラードがうろたえて止めようとするのをジンクが遮る。

 

「何でこんなに鈍いのが星団最高のマイトなのかちょっとだけ理解に苦しむ……」

 

 首を振ってジンクは遺憾を表明。

 

「あんだとジンク? 喧嘩売っとるんか?」

「同感だな」 

「俺だけ除け者か、除け者なのかっ!?」

 

 処置なしと深刻そうにバランシェはジンクに頷いてみせるのだった。

 

「ちょ、エルカセット~~?」

 

 もうエルカセットを強引に振りほどこうかと思った瞬間。

 

「どうかエルカセットを、エルカセットをパートナーにしてください~~! マスタ~~~~っ!!」

「な、なんだってー!」

 

 モラードが仰け反って転ける。

 

「エルカセット~~?」

「私じゃダメですか……どじなところもとんまなところも直します。どうか、どうかお側に置かせてください!」

「わたし…ちゃんとした騎士じゃないし……人も殺したし……」

「戦場では誰だって死んじゃいます。それとローラちゃんはずっとずっと耐えてきたんです。どうかその苦しみをエルカセットにも分かち合わせてください!」

「ええと?」

 

 助けを求めるようにモラードを見る。

 

「むう、そうか、そうだったのかぁ……このモラード一生の不覚」

 

 肝心のモラード先生は唸っててこっちには気がつかない。

 

「ファティマの言葉をノーといえばそれで終わりだ。だが、ここまでファティマに言わせて断るのか?」

「わたしにそんな資格あるのですか?」

「ファティマが認めている。それで十分だろう」

 

 バランシェの言葉がローラの背中を押す。

 

「こんなわたしでいいの?」

「はい……」

 

 急にしおらしくなってエルカセットは頷く。

 きっと、ファティマにとって、この告白は一生に何度あるかわからない本当の自分の言葉なんだ。

 その一生懸命な言葉からわたしは逃げようとしていた。エルカセットが求めるのであればわたしはそれを受け入れよう。   

 正面から向かい合ってエルカセットの手を取る。

 

「お、お願いします……ふ、不束者ですが!」

 

 ごっつーんと二人の頭がぶつかる。

 

「あいた……」

 

 額をさするとエルカセットの手が優しくローラの髪を撫でる。柔らかくて心地が良いソアラと同じその手だった。

 少しぼうっとしてしまう。

 

「イエス……マスター・マイロード!」 

 

 天使のほほ笑みでエルカセットはその言葉を紡いでいた。

 

◆ 

 

 星団暦二九八七年某日。

 ファティマ・エルカセットはマイト見習いの少女トローラ・ロージンに告白し嫁いだ。

 その同日、三人のマイトの連名による嘆願、および申請書が各星の首脳級の人物へと提出されこれを受理される。

 同年、トローラ・ロージンにかけられていた星団指名手配と懸賞金の撤回が行われた。

 そして星団暦二九八八年がやってくる。

 電気じかけの黄金の騎士(ナイト・オブ・ゴールド)と一人の少女(ラキシス)。

 神と女神。

 絡みあった糸がローラの運命を紡いでいく……



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一部三章 黄金の騎士(2988-2989) 【17話】女神との再会

 星団歴二九八八年。デルタ・ベルン──上空三〇〇〇メートルを漂う浮遊島フロート・テンプル。

 宮殿内の最も奥の部屋に大きな絵が飾られている。描かれているのは一人の女性の姿絵だ。

 その絵の前に美しすぎるアルビノの青年が立つ。

 真っ白な髪に深紅の瞳。身を包むのは王家の衣装だ。デルタ・ベルンにおいて最も高貴で歴史ある帝王の姿であった。

 

「そうだね、リトラー……ボクは行くことにするよ」

 

 そう呟く青年の前に在るのは実体のない存在。絵にある女性と瓜二つの女性だ。

 メル・クール・リトラ──アマテラスの妻であった者。

 遥か昔に亡くなった故人であるが、今こうしてアマテラスの前にいるのは霊体としてのリトラである。

 死してより彼の守護者としてこの宮殿に存在し続けている。

 

【それがあなたの運命なのです……あなた】

 

 触れることのない手が青年の頬に触れて光の粒子を散らした。

 ──巨大な扉が閉まり霊廟を後にするアマテラスの先に臣下たちの姿がある。

 パラ・ギルドの総帥である黒い髪の娘。

 髪を結った着物姿の青年。

 緑の髪のミラージュの刻印を背負った女。

 そして数人の騎士たちが主を出迎える。

 

「決めたのね」

 

 黒髪の娘が問いを発する。

 

「リンスに東(あがり)、留守は頼むよ」

「御意に……」

 

 メル・リンスと東が首を垂れ、アマテラスはもう一人の女の前に立つ。

 

「アイシャ、ボクはバストーニュへ行くよ」

「アマテラス様。では、ベル・クレールの手配を……」

「頼んだよ」

「畏まりました……」

 

 主役たちが動き出した。今ここに物語は始まる。

 舞台はデルタ・ベルンからアドラーへと移る。 

 

 

 ここはアドラー星、トラン連邦共和国レント自治区のバストーニュである。自由な中立都市としての賑わいを今日も見せている。

 まあ経済以外取柄がないといえば……ないのかな?

 実際は、ユーバーが来てから拝金的な政策が目立つけれど、平和的な都市として才能ある人が数多く集まってくるところでもある。

 こんな風に近々ファティマのお披露目がこの街で行われるとあって日増しに活気は盛んになっているようだ。

 高名なバランシェ公の最新作のお披露目が行われるともなれば各国から主賓級の人物も訪れる。

 今回はかのデルタ・ベルンの光皇も来ると噂に登っているから経済影響は計り知れないだろう。

 空を見上げればお披露目に来た客たちが乗る船が町に大きな影を作って通り過ぎていく。

 露天を見れば観光客目当ての便乗値上げもよくあること。なお、地元民は地元のお店しか利用しないので無問題ではある。

 少女は人々の間を抜けて目的の店に到着する。

 

「これと、これくださーい」

「毎度、お嬢ちゃん。いつも買ってくれるからこれはおまけだよ」

「ありがと、おばさん」

 

 少女はお礼を言って細い腕に紙袋を二つ抱える。

 すぐに人混みに紛れて歩き出す。その足でどこへ向かうのか足取りは軽い。混雑した雑踏もすいすいと通り抜けていく。

 ふわふわとゆれる淡く白いワンピースのスカート。全体的なコーディネートは白をイメージさせる。

 肩ほどまである銀色の髪は真っ直ぐなストレートで、簡素なデザインの髪飾りも右にアクセントを付け加えている。

 おでこは丸っと円を描き、肌は色白であるものの張りがあり頬はほんのり赤みが差して健康的だ。

 大きな焦げ茶の瞳は太陽の光で薄くも見える。

 黙っていれば儚げな薄さを感じさせる外見だ。その本人はいたって元気印いっぱいの女の子である。

 交差点で立ち止まり周囲を見てまた人の間をすり抜けていく。

 乾燥しているので歩けば土煙が立つ。しかし少女はまったく立てることなく歩いて行く。

 気にする様子もなく慣れた足取りで建物と建物の間を抜ける。障害物となる壁もいとも簡単に跳んで越えていた 

 まだ幼い少女が一人で歩くにはここら辺は少し物騒な場所だといえる。都市部の暗部であるスラム街は中心街からそれればすぐ側にあったりもする。

 ほんのすぐ道をそれれば怪しげな商いをする男たちがいるし、夜になれば売春婦がたちんぼしては男を客に取っていたりする。

 少女──ローラは振り返り首を傾げる。

 

「撒いたかな?」

 

 耳に聞こえる音を拾ってどうやら誰も居ないようだと安心する。

 ローラは今度はゆっくりと城に向かって歩きだす。おまけに貰ったお菓子は行儀悪くも歩きながら食べる。どうせ誰も見てやしない。

 本日は大量にお菓子を仕入れた。これも作戦には欠かせないアイテムなのである。

 どんな作戦かは帰ってからのお楽しみだ。

 

「お帰りなさい」

「ただいま~」 

 

 ご苦労、ご苦労と門番の兵士がいる門を抜ける。守衛さんとは顔なじみになっている。

 

「おじさん、いつもお疲れ様」

「おや、くれるのかい? でも仕事中なんだよ」

「じゃあ、いつものとこに置いておくね」

 

 ローラは門を抜けると警備所の控室に立ち寄っておすそ分けのお菓子を置く。

 その後は寄り道せずに城の自分の部屋へ向かった。

 階段を上がるとローラの影に混じるように大きな影が見えては隠れた。それはローラに付き従うようにお互いの影が交差するようについていく。

 部屋の前まで来るとローラはくるりと振り向く。

 

「こら、隠れてないで出てこい」

 

 一瞬の沈黙の後、柱の隅から一人の大男が姿を現す。影の一部に擬態していたかのようでもあったがローラの感覚を騙すことはできない。

 

「また君か……」

「み、見つかったな……」

 

 照れるように呟くのはいつぞやのミミバの忍びだ。

 名はバレン。通称をBBといった。褐色の肌を持つ、まだ若いであろう禿頭の青年だ。 

 中身の純朴さとのアンバランスさは、そのいかつさと外見の怖さからは想像しにくいものがある。

 

「さっきもつけてた?」

「変なのがついてこないように見張ってた」

 

 変なの……尾行してる時点で不審人物ナンバーワンは君だよ……

 突っ込もうか悩んだローラの視線にバレンは言い訳をする。

 

「お、俺、ローラに変なことしない!」

「わかった。わかった。とりあえず中に入りなよ」

 

 扉を開けて中に入るように言う。こんなところで立ち話で見つかるのは避けたい。

 何が目的なのかよくわからないけど遊びに来ただけとも思えない。

 部屋に入って周囲を見てキョロキョロしているのでソファを勧める。無駄に広い空間なので落ち着かないのだろう。

 

「で、何? まだ仕事でも探してるの?」

「あ、ああ……そう……」

 

 眉をしかめてバレンが答える。

 お金に困ってるんだろうか。わたしにできることってあまりなさそうな気がするけど……

 

「ああ、ユーバーに紹介してほしいとか?」

 

 お菓子の詰まった袋をテーブルに並べる。

 そもそもこの青年と関わったのもユーバーが集めていた騎士をデコースが追い払ったことが原因だったけ。

 紹介じゃないか……

 

「い、いや、そうじゃねえ。お、俺は仕えるべき人以外に仕えちゃいけねえんだ」

「真面目に就職活動? まあ、ユーバーじゃねえ……それって騎士の志?」

「兄貴はいつも言ってた。男は仕える人のために生きて死ぬのが騎士の生き方だって。俺は本当の主だけに仕えたいんだ」

「ふうん? 騎士になりたいんだよね? 忍びじゃなくて」

「そうだよ」

 

 騎士として身を立てるということはかなりのことだ。ファティマを持ち、モーターヘッドを駆る者が騎士(ヘッドライナー)と呼ばれる。

 何の当てもなく血が目覚めただけの騎士が辿る道は限られたものとなる。

 バレンのような忍びの技を持つのであれば草(忍者)として雇ってくれるところはどこにでもいるだろう。

 下級の騎士として身を落とした者が這い上がる機会というものがほとんどないのは事実だ。

 いくら強かろうが、経験があろうが、国家や騎士団が求めるのは行儀の良い毛色の良さなのだ。

 ローラもファティマのお披露目に参加してみて色々な騎士を見た。嫌でも理解できたのはそういう事柄が事実であるということだ。

 忍者上がりの騎士というのは色眼鏡で見られがち。

 

「じゃあ、これ上げる」

「何?」

「チョコ」

「うん」

 

 ローラが手渡した粒粒チョコをバレンは一口で頬張る。

 ローラはストロベリーの粒チョコを一粒ずつ口に運ぶ。

 しばし沈黙……

 

「俺の話、変か?」

「何で? 自分の道をこれだって決めたんでしょ? だったら突き進むしかないじゃん。大変かもしれないけど無理じゃないと思うよ?」

 

 やれるだけやって果報は寝て待て。研究も積み重ねが大事なんだよね。

 いつ芽が拓くのかわからないけれど……

 

「夢……兄貴以外に話して笑われなかったの初めてだ」

「誰が笑ったの?」

 

 ローラの問いにバレンは苦笑いで返す。   

 バレンの前にローラの手が差し出される。バレンはよくわからずにその手を見る。

 

「お互いに身の丈には大きい望みがある仲ってことで握手。それも今に見てやがれって感じの願いがある同士ってことで」

「わかった。同士?」

「そう、同士」

 

 その大きい手と握手してローラは微笑み返す。

 

「同士になったってことで一つ協力して欲しいんだけど」

「協力? それっていけないことかい?」

 

 バレンが腕を組んで困った顔をする。

 悪い友だちについ最近までいいように利用されていたせいだろう。ローラは言葉を選ぶ。

 

「悪いことするわけじゃないよ。悪いのはお姫様を捕まえてる奴」

「お姫様?」

「うん、お姫様訪問作戦。悪い奴がお城にお姫様を閉じ込めてるんだ。お姫様が助けが来るまで泣かないように慰めてあげる作戦。これが補給物資」

 

 買ってきた紙袋を見せる。

 

「逃がして上げないのかい? 可哀想じゃないか」

「うーん、きっとすぐに捕まっちゃうよ。だからね、計画は慎重に進めないといけないんだ」

「わかった」

 

 真剣にバレンが頷く。

 そんなわけでローラの計画にミミバの忍びが加わっていた。

 つい先日のことだ。バランシェ邸を襲撃したユーバーの手下がラキシスとクローソーを連れ去った。

 そのときわたしが何をしていたかというと、アカデミーの在籍登録のためにシュリーズのバルチック・アカデミーにいたんだ。

 マイスター、マイトはアカデミーに所属するのが決まりで、一人前の認可を出すのもアカデミーだから登録は義務とされている。

 アカデミーとか日本人的感覚だと馴染みが薄いけど、アメリカ映画の「ポリスアカデミー」とか思い出す。あれは警察学校だけど面白かったなぁ。

 バルチック・アカデミーは大学でもあるけど普通の大学とは異なる。

 より専門的な職種であるマイスターやマイトを生み出す機関でもある。こんな小さい卵でも所属しなきゃ話にならない。

 騎士の行動を大きく制限する騎士公社や国家機関とは異なり行動の自由は保障されていた。

 制限の免除に騎士として最低限の約束事は守ると書面にサインしたくらいだ。

 トローラ・ロージンはマイトとして世界に貢献する社会的役割を担うという約束を交わしたということでもある。

 

 アカデミーへの推薦状を書いたのはなんとバランシェ公だ。

 養育する立場であるモラード先生では推薦は出せないのでということだけど、お尋ね者撤回のこともあり、公には返しても返しきれないものが蓄積中だといえる。

 アカデミーに在籍しているといっても必ずしも通うことは義務付けられていない。

 何せ未成年であるし、保護者元がモラード先生であるので、教育期間中であることを認められていた。

 つまりは、トローラ・ロージンはモラード・カーバイトの正式な弟子として世間から認められたということになる。

 モラード先生が論文を書けと急かしたのはそのための根回しのためだったようだ。

 同行したのはエルカセットとモラード先生。手続きやら何やらの面倒くさいことはエルが全部やってくれていた。

 人前でマスターって呼ばれてチョットドキドキしたり、周りから騎士の扱いを受けてビックリもした。ロージン卿とか柄じゃない。

 エルカセットは出自がチョット複雑だ

 ファティマの大本となる胚を作ったのはあのスティール・クープ博士。それを育てたのはジンク博士。

 ジンク博士がその胚をロッゾ国のファクトリーで育て上げたので公式にはファクトリー製ファティマであるのだが、二人の五本線マイトの共同作品であることは間違いない。

 こういうことはマイトの間では割りとあることだ。この世界は狭いので、交流的な意味合いでのファティマ育成代行を行うことがある。

 なので、高名なマイト製であるにも関わらず、その名前がまったく知られていないということがある。

 それはさておき、ここは暗い。狭い。寒いの三拍子でつらい。

 

「せいっとっ!」

「ローラ、入れるかい?」

「へーき」

 

 バレンに返事を返したローラの足までダクトの中にすっぽりと収まる。ほふく前進で前に進んで具合を確かめる。

 空調のエアダクターという盲点。ここを辿れば目的の部屋にたどり着けるはず。

 ダクトの通路配置は頭に入れてあるものの狭くなったりしているところがないのを祈るだけ。

 まあ、そんときは多少手荒にぶっ壊すしかないけど…… 

 

「うーん狭い……」

 

 明かりはヘッドライトのみ。気合を入れて前進あるのみだ。

 

 

 城の一角。厳重に警護されたその部屋に二人のファティマがいる。保護されているファティマはラキシスとクローソーだ。

 保護とは名ばかりの監禁だ。先日、成人したばかりの二人をユーバーの部下が押しかけてさらった。

 姉のアトロポスは先年に成人した。バランシェがユーバーの好ましくない癖を聞いて逃した。そのときの彼女とわたしは顔を合わせている。

 二人が成人したことを嗅ぎつけたユーバーが武装した私兵を送り込んで姉妹を確保したのだ。

 銃を突き付けての拉致ともいえる強引なものだった。

 

「クローソー、今言ったことちゃんとするのよ」

「でも姉様……私だけなんて」

「私は大丈夫、だって…ソープ様がいるもの」

「でも、ソープ様は……」

 

 もし、二人がこの城から逃げ出せば大変な騒ぎになる。実行すれば二人で逃げだすことは可能だ。

 二人のファティマにはダムゲート・コントロールが施されていない。

 己の意志で戦うことも、人を殺すこともできる。だがそれは重罪だ。ダムゲートを施されていないとわかれば父であるバランシェが罪に問われるのだ。

 だからクローソーだけを逃し、ラキシスは自分が残ればお披露目は続行されるだろうという目論見だった。

 そこに自分の幸せはない。クローソーは姉の不憫さに涙をこらえる。

 ソープ様が来てくれる保証なんてない。でも、それを口にはできなかった。幼い頃の思慕の記憶をずっと大事にし続けてきた姉に言える言葉などなかった。

 

「誰?」

「姉様?」

「表じゃない?」

 

 振り返ったラキシスが見るのは空調ダクトだ。クローソーはわずかな音を聞き取って天井のダクトの排気口を開ける。

 

「気のせい?」

 

 その横から金属を叩く音がする。クローソーが見上げると、ダクトの一部が突然開いて何かが落ちてくる。

 

「にゃふんっ!」

 

 落ちてきたのは女の子だった。ソファがクッションになって大事はない。

 顔も髪も黒ススにまみれ、ここに入るときに着替えた服も悲惨な有様となっている。

 

「作戦成功?」

 

 ラキシスとクローソーを見上げて、ローラは二人にヴイの字を作ってみせる。

 

「あなた……」

「シー」

「何だ、何を騒いでいる?」

 

 ローラは自分を指さしバツを作る。シーシーと口に指先を当ててジェスチャー。

(ここには誰もいませんよ! おーわたし敵じゃありませーん)

 二人は互いに頷いて、ラキシスが返事をする。

 

「何でもありません。何もないから運動しています」

「あまり騒がないでくれよ、ったく」

 

 部屋の前にいた兵士が遠ざかっていく。

 

「あなた、もしかして……」

「ローラさん?」

「うん、モラード先生の弟子よ。はい、これ、支援物資。中身は汚れてないから」

 

 ローラがバックから出したのはお菓子の束だ。

 あー、チョット潰れちゃったけど大丈夫。

 

「これはラキシスで、これはクローソーの分だよ」

 

 両手にお菓子を差し出してローラはニッカリ笑う。二人の手にそれを押し付けてポケットをまさぐる。

 目的のものはもう一つ。割れてなきゃいいけど……

 

「あと、窓ね」

「窓?」

 

 ラキシスの横を抜けて目的の窓のカーテンを開ける。嵌め殺しの格子窓。逃げないようにと念入りだ。今は日陰になってしまっているようだ。

 ローラは出窓に身を乗り出すと、鏡を片手にミニライトを当てる。向かいの建物からキラキラ光るものが見えた。合図成功だ。

 その鏡を出窓に立てかけ降りる。

 

「今ね、合図したんだ」

「何の合図? 誰に?」

「友だちだよ」  

 

 向かいの建物にいたのはバレンだ。この部屋の位置を教えていた。

 ローラは振り返りかしこまる。

 

「コホン、本日はお集まりいただきありがとうございます。今日は二人の計画にチョットばかり修正を加えたく参りました」

「計画って……」

「なぜその話を」

「お披露目前にモラード先生のところに来る計画のことなのです」

「聞いていたのね」

 

 ラキシスのジト目と遭遇。あわわ消されてしまうのかしら?

 なお、聞いてませんけど、時期的にその算段はつけてるだろうという予測はしていた。

 

「さっきの合図はそれを手伝ってくれる友だちにしたんだ。最短で、最速に計画を実行できる手配をすることができます。はい、これ」

 

 ソケット型USBと携帯をラキシスに渡す。

 

「これは……こんなものを?」

 

 すぐにラキシスがソケットを差し込んで確かめる。

 もう一つの要である必須アイテムはこの城の警備情報だ。保安システムの機密も仕入れてある。これをどう使うかはお任せである。

 ファティマは電子情報戦のプロだ。生まれついての本能で電子機器にシンクロし合える力を持つ。

 この城の弱点そのものがラキシスの手元にあるというわけだ。エルカセットって本当に有能すぎるなあ……置いてきて怒ってるかな?

 

「それは手土産。わたし、あなたたちの味方よ。信じた?」

 

 後手に指を絡ませ、ローラは不敵に笑ってみせるのだった。



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【18話】企みと予感

 その視点は遥か上空から角度を変えて遠くの街の様子を映し出した。それは移動しながら上昇したり下降をしながら視点の望遠と拡大を繰り返す。

 マスコミ御用達の情報収集用ロボット・ドローンを操縦するのはR2D2……ではなくエトラムルのリョウである。その傍らにはエルカセットがいた。

 現在、二人はベトルカのモラード工房にいる。

 

「リョウちゃん、どうですか~?」

「PIPOPI~(問題ない)」

「ドローン制御はバッチリです~ 次はマスターのところまで飛ぶです~~! イケイケゴーゴー」

「PIPO~(ラジャー)」

 

 視覚を同調させる薄いゴーグルはエルカセットお手製だ。このゴーグルはリョウを通じてドローンから送られてくる情報を受け取ることができるものだ。

 これらはマスコミ関係者御用達のパパラッチアイテムとして業界で流通している。とくダネ報道部を抱えるテレビ局なら必ず常備しているといっていいくらい普及している。

 なお、たいがいは撃ち落とされる運命にある悲しいロボットだ。報道カメラはときにやんごとない人たちの秘密のベールをも覗こうとするからだ。

 報道部に長くいたおかげでエルカセットはこの手の機器の専門家となっている。いかに監視の目の穴を突いてとくダネをものにするかにその力を発揮していたのだ。

 ファティマが民間の仕事をするのは星団法的にはアウトであるが、世の中の仕組みは星団法が及ばないことも多々あるのである。

 まさに能力の無駄遣いであった。エルカセットがジンクに引き取られたことでその仕事から離れることになったのだ。

 

 ドローンはリョウのコントロールにあるので操縦ミスで落ちることはない。バッテリー切れとか不運の事故でも起きないかぎり。

 目指す位置情報はローラが持つ端末だ。

 工具やらの機材が二人の辺りに散らばっている。リョウが動かすドローンもエルカセットが自分で組み上げていた。

 エルカセットは一級のファティマだ。その脳に詰め込んだ無駄な雑学を駆使すれば市販の機材で何だって作ることができる。

 その気になればミサイルに戦車、レーザーライフルだって作れる。

 もっともその手の専門家とは方向性が違うといえる。ドローンは大学レベルの頭があれば誰でも作ることは可能だ。

 

「見えました! あのお城にマスターが囚われているのです! いけっ! スターファイターっ!」

「PIRURURっ!(やったるぜー)」

 

 何せ、マスターであるローラからバストーニュには来るなと言われてしまった。

 ユーバー・バラダに存在を知られたらナニをされるのかわからないというローラの心配もあったのだが、当のエルカセットはマスターと一緒にいられなくてフラストレーションを溜めまくっている。

 退屈さとマスターに会いたい一心でパパラッチドローンを作った。ついでにリョウの操縦シミュレーションを兼ねている。

 リョウちゃんには色々経験させろってマスターが言ってたもの! えへ、エルカセット褒められちゃうかも~?

 

「PIっ!?」

「へ?」

 

 ユーバーの居城へと滑空しようとしたその瞬間、大きな影が差したかと思うとドローンは破壊されていた。

 

「あーん、もうヒドイです~~ マスタ~~~」

 

 ペタリと芝生に座り込んでゴーグルを投げ捨てるエルカセット。リョウが慰めのアームでエルの肩を叩いた。

 

「PIPU~(元気出せ)」

 

 

 城の郊外──

 地面に長く伸びる影はMHのものだ。硬質なボディを持つその巨体から繰り出されたものが飛行するドローンを木っ端微塵にしていた。

 当のMHバルンシャが投げた輪っかはあらぬ方へ飛んでいき、砂地に突き刺さると派手に砂塵を巻き上げる。

 

「大外れだなジィッド」

「あれ、バギィさん、なんか当たったっすか?」 

「どしたジィッド?」

 

 輪を投げたジィッドへ応答するのはもう一騎のバルンシャに乗るバギィ・ブーフだ。MHの性能テストを兼ねた、演習という名の遊戯の最中だ。

 内容は輪っかを目的のポールに投げて入れる。

 なお、発案者のデコースはデボンシャの影で昼寝中だ。

 

「いや、なんか飛んでたんで~」

「それより投てき範囲の誤差が酷いぞ。適当に投げるなよな」

「えー、モーターヘッドで普通はこんなの投げないっすよ? 輪投げとかさ……」

 

 ブツブツ文句を言いながらジィッドが投げた輪っかがポールに収まって落ちた。文句を言いながらも精度は上がっている。

 

「おー当たり~!」

「次は俺だ」

 

 バギィのバルンシャが投げた輪がポールに収まる。

 一見暇なように見えるが、本当に暇だったのである。

 内戦とか、貴族の喧嘩とか、そんなものを期待していたジィッドらは退屈極まりないこの頃だ。

 ようやくお披露目があるので役目が回ってきたというところだ。

 星団各国の貴賓と王侯貴族が集まるからには、どこかの有名所と模擬戦でもして自分らの実力を売り込むチャンスでもある。 

 

「つーかさぁ、このバルンシャってぶっちゃけ装甲ダサくないすか。なんかかっこ悪いっすよ」

「スポンサーがこれ使えってんだから仕方ねえだろ? そこらの中古とは性能が違うしな」

「そりゃそうっすけど、装甲くらいいじっても問題無いっすよね?」

「知らねえ。スポンサーに聞け」

「あのデブ、ちょっと苦手だ……」

 

 彼らのボスはユーバーだ。金にあかせて何でも揃えてはいるが、騎士団とは名ばかりの世間のはばかり者の集まりでしかない。

 もちろん忠誠心など持ち合わせていない。彼らは傭兵、地獄の沙汰も金次第だ。

 

「おっ! 今ビビッと来るものがあったっ! こいつの新しい装甲思いついたっすよ。グレートでスペシャルな俺様装甲っ! 名づけてデムザンバラっ! 整備の連中に変えさせなくちゃな!」

 

 どこから電波を受信したのか、オレンジヘッドのジィッドは一人悦に入るのだった。

 

 

 その頃──クリスタルのグラスになみなみとワインが注がれると杯は一気に飲み干された。

 豪華な椅子に座るユーバーの傍らに透明に近い素材の服をまとった女たちが侍っている。

 艶やかな色気を振りまいて女たちは甲斐甲斐しくユーバーの世話をしている。

 城内の謁見室で昼日中から関係なくユーバーは酒色に耽っていた。

 そのユーバーの前に顔を仮面で覆った男が跪いている。

 お披露目を前にユーバーの元に挨拶に訪れる者が引切りなしだ。それに飽いて忙しいと断っていたがこの使者は別格の扱いだ。

 

「閣下、例の件、どうぞよしなに……」

 

 それに対しユーバーはおうように頷いてみせる。

 

「はは、それはお任せ下され。ところで事が成った暁にはわしを王にしてくださるのか?」

「そのためにアレを無担保で貸付けしました。例の方々は閣下に大層期待なさっておられます」

「ブーレイ騎士団を動かしてくださる。それだけで千人力ですわい。シオの門番(チーフティーンズ)の方々」

「それにしても閣下は良い手駒をお持ちだ。デコース・ワイズメルといえば、三年前程にカステポーでその名を轟かせましたなぁ」

 

 仮面の男が演習が行われている方角へ顔を向ける。

 二九八五年当時、フィルモアのノイエ・シルチス黒グループに属するサイレン三騎をデコースがダラッカで打ち破ったことはこの界隈ではまだ真新しい。

 ダラッカにおける戦いで用いた騎体がデボンシャであったことがこの騎体の知名度を上げてもいた。

 

「何しろ金に糸目をつけずに集めさせましたからの。他の面々もいざというときに役に立ちましょうぞ。レント独立の……おおっと、口が滑りましたのぉ」

「頼もしい限りです。では、これにて……」

 

 一礼すると仮面の男は謁見の間を去っていた。その後姿を見送りながらユーバーは酔った目を細くする。

 

「誰も彼もがわしの金の前には膝をつく。トランの王というのも悪く無いわい」

 

 空になった盃に再び酒が注がれる。ユーバーは側近のビョイトが入ってくるのを横目に酒をあおった。

 

「閣下、面会の目通り願いが……レディオス・ソープとかいうモーターヘッド・マイスターが」

「そいつは男か?」

「左様です」

「モーターヘッド・マイスター? わしは今忙しい。レディオスなんたらかは知らんが、マイスターごとき追い返せ」

 

 不機嫌に返したユーバーにビョイトが囁く。

 

「それがその男、マイスターとしてはかなりの腕とか。それに大層な美形でして……閣下好みかと」

「何? では会ってみるとするか。通せ。お前たちももう良い」

 

 途端に興味を示してユーバーは女たちを下がらせる。

 男も女もこの男には関係がないのだ。美形であれば手に入れる。ファティマであろうがマイスターであろうが関係ない。

 金で欲しいものを手に入れる。それがユーバーのすべてだった。

 すぐに謁見の場に現れた青年を見てユーバーからほうっと息が漏れる。

 美色狂いのユーバーですら声を漏らしたのは絶世の美を見出したからだ。その美しさはファティマと比べてもそん色はない。

 男と聞いていたが、その美貌は女と見紛うほどで手足も細くまるで芸術品のような佇まいだった。

 ソープは金髪碧眼で腰ほどまである長い髪を前に垂らして編みこんでいる。礼装と呼ぶには程遠い簡素な服だが身についた気品は優雅さを備えている。

 どこかの王侯貴族が身分を隠していると言っても通用しそうな美貌であった。

 

「お目通り叶い、ありがとうございます」

「おお、これは……声もなかなかの美声よのぉ……」

 

 ユーバーの嫌らしいほどのねめつく視線がソープにまとわりつく。

 

「聞けば大層高名なマイスターだとか。なぜわしのところに来た?」

「思う所ありまして……連邦にその人ありと言われる閣下のところであれば存分に腕を振るえるものと思い……」

「わしのことをよう知っておるわ。レントだけではない。いずれ、トランのすべてがわしに跪くのよ」

「はあ……」

「閣下……」

 

 口を滑らせた主にビョイトが袖を引っ張るがユーバーは意にも介さない。マイスターごとき恐れるものでもない。

 

「その顔は本物か? いくつになる……」

 

 諌めは効かぬとビョイトは後手に腕を組んで下った。

 ユーバーはよほどこのマイスターを気に入ったのか質問を続ける。

 ビョイトの猜疑心の強い眼がレディオス・ソープへ向けられる。

 まあ良い、もし計画に支障をきたすような真似をすれば斬り捨てるまでだ。

 この男(ユーバー)には慎重さが足りない。もし秘密が漏れるのであればこのマイスターの口封じをせねば。 

 汚れ仕事はビョイトの十八番となっている。それも自身の目的を達するための手段と割り切っていた。そのためにこの男の財力とコネを利用しているのだ。

 レント独立は手始めに過ぎない……

 

「では下がって良い。部屋は後で教える」

「は……」

 

 立ち去るソープを名残惜しそうに眺めユーバーは頬を震わせて笑った。

 これはまたお楽しみが増えたわい。あの娘たちと一緒に可愛がってやるか。

 

「あの二人はどうしておる?」

「大人しいものです。閣下が懸念することもありますまい。お披露目でマスターがついても、つかなくても閣下が損することもありますまい」

「そうなのだがな、アレだけの器量はなかなかおるまい。そこらのファティマとは格が違うわい」

「それより、連邦が寄越したボードとかいう男ですが、本当によろしかったのですか。モーターヘッドの、持ち込みなど……」

「ふん、何を嗅ぎ回ろうが心配は無用だ。精々、わしらの箔付けに利用すれば良いだけのこと。お披露目が終われば用済みよ。それよりも今後のことよ……」

「例の方々のことですな……」

 

 神妙な顔になったビョイトが囁くような声になる。

 

「連邦には我らの動きは気取られておるまい。旗揚げの際にはブーレイ騎士団が動く。そのときはわしがトランの王よっ!」

「いよいよですな、閣下。フフフ」

 

 二人はほくそ笑み合うのだった。

 

 

 同時刻のアドラー国際空港。エアポート227便。

 入国管理局──背の高い女がカウンター向こうの男に罵声を浴びせる。

 

「遅いぞハルマーっ! いつまでチンタラしてんだい!」

「そう言われましてもお嬢様、手続きってものがあるじゃないですか~ なぜだが荷物いっぱいだし検査に時間がかかるといいますか。そもそも国際便でよく持ち込めたとか」

「ウダウダ言ってんじゃねえ。あたしは気が短いんだよっ!」

「あの、お客様、大声はその……」

「ああ?」

 

 案内係の空港局員を女は見下ろす。

 女はパッツリ前髪のショートカットにエッジの効いたサングラスをかけている。 

 その見上げるほどの高身長とミニスカから飛び出る美脚はスーパーモデルのようにしなやかだ。体には無駄な脂肪を一切蓄えていない。

 その姿は目立ってエントランスホールに集まる客たちの注目を浴びていた。軽く二メートルある身長は一般人の頭を一つ二つは抜きん出て目立つ。

 

「騎士か、でけえな……」

 

 通りすがりが慌てて女を避けていく。

 

「ふう~ お嬢様、手続き完了です。わざわざ民間の船に乗ってこなくても良かったのでは?」

 

 大量の荷物を押してやってきたのはノンナ・ストラウスの付き人で騎士のハルマー・ノッセンだ。二人は急ぎの便でアドラーに到着したばかりだった。

 

「あたしらは今回は非公式のお忍びだからね。目立っちゃダメって言われてるんだよ」

「はぁ……」

 

 反論しかけてハルマーは黙る。すでに十分すぎるほど目立っている。

 

「何せ、法王様からの密命だからね」

「立場が変われば変わるといいますか。二年前に我々が追いかけた少女を今度は守れとか……どうなっているんですか?」

「トローラ・ロージンに対する不可侵条約さ」

「不可侵条約?」

 

 ハルマーが問い返す。

 星団首脳級レベルでかわされた密約のことであるが一騎士でしかないハルマーが知り得ない極秘事項であった。

 ノンナとてどういう経緯で不可侵条約が結ばれたのかを知っているわけではない。クバルカンの最高司法の長である法王猊下が直接関与した機密案件なのだ。

 トローラ・ロージンの身の安全を確保し守れ。極秘裏に。というのがスパンダ法王がノンナに与えた命令であった。

 

「はるか雲の上じゃそういうことになったのさ。我々は彼女の周囲で起こるあらゆる接触行為を監視。場合によっては排除も厭うなとのご命令なのだ。このお披露目が行われる間だけでもということさ」

「このお披露目に何かあるのですか?」

「さあね、今回のお披露目はある意味特別だ。フィルモアのレーダー陛下やジュノーのコーラス陛下。デルタ・ベルンのアマテラス陛下と大物が目白押しだ。これだけの人物が集まるからには影で何が動いているものやら」

「政治的陰謀ですか。私には程遠いものですな。法国神官長自ら護衛とはあの少女には何があるんでしょう?」

 

 ハルマーが遠い目をする。

 

「今のうちに馴れておけ。私とて本意ではないが、これからはそういうことが増えるだろうよ」

 

 ハルマーを伴い表に出るとノンナはサングラス越しに目を細める。向こうに目的地へ向かうバスが停まっていた。

 

「さあ、行くよ。バストーニュっ!」 

 

 何かが起きる予感を秘めて二人はバストーニュへ向けて旅立っていた。



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【19話】クローソー、逃げる

 各国から集った客らが歓迎の宴席会場にいる。

 今回のお披露目は星団中の注目を十分に集めた。ボォス、カラミティ、ジュノー、デルタ・ベルンから王クラスの人物が一同に介していた。

 お披露目といえばアドラーのトランというほど人気の開催地だが、近年でこれほどの賑わいは久しいといえる。

 民族色豊かな衣装をまとった人々が行き交う。紛争状態にある国家首脳同士までが同席しているから、いつ喧嘩が始まってもおかしくはない。

 すぐそこで談笑しているのはカラミティのスロット公にボォス・ハスハのコレット一六世。

 さらにデルタ・ベルンのカリュウト王夫妻とジュノーのマイスナー・リザード女王など。

 星団首脳会議を今すぐに開けるような顔ぶれが揃っている。この場を利用して裏で政治の駆け引きをしようという者も少なからずいた。

 それらを眺めていた男が盃に酒を注ぐ。

 フィルモア王家の紋が入ったマントがその身分の高さを示している。山を冠したようなウォータークラウンの模様はレーダー家のものだ。

 盃に満たした酒の匂いを嗅いだところで声をかける者がいた。

 

「陛下」

「ティルバー女王。わざわざお主がこたびの旅に随行を申し出たのは例のことでか?」

 

 男の背後から陛下と呼びかけたのはカラミティ・バリトー王国のアネッサ・ティルバー女王だ。

 ティルバー女王はフィルモア王家に連なる一員で、フィルモア帝国元老院にしてレーダー直属の軍参謀でもある。

 名うてで知られる彼女がこの場にいるのは事情通が見ればきな臭い違和感を感じるかもしれない。

 彼女が恭しく頭を下げるのはフィルモア帝国皇帝レーダー八世その人だ。

 

「いえね、うちの娘がどうしても連れて行けとうるさいものですから。それに社交場には馴れさせておきませんとねえ。何せ年頃ですから、婿探しも兼ねてね」

 

 扇で半ば顔を隠しながらアネッサは流し目を送る。

 ふむ、とレーダーは相槌を打つ。軍参謀は隠し事や企みがあると口元を隠す癖がある。

 

「そのナイアスの姿が見えぬな。あの娘をノイエ・シルチスに復帰させることだが本当に良いのか?」

「もえぎ教導騎士団への件、お願いいたします……」

 

 アネッサが恭しく目礼する。

 

「わしですら口を出すことができん緑グループか。あれに他の色は合わぬな……」

「御意に」

「よい、任せるわ。それよりこの酒なかなかに美味い」

 

 レーダーが杯を掲げる。もう一つ杯を取ってアネッサへ勧める。

 

「ご相伴に預かりますわ、陛下」

 

 アネッサは口元に笑みを浮かべ盃を受け取っていた。

 

 

 その頃……格納庫までは宴の音は聞こえてこない。

 整備のマイスターたちはいつ出番があってもいいようにMHのメンテナンスをしている姿が見える。

 もっとも戦闘になるとは誰も思っていない。

 基本、お披露目会場にMHの持ち込みは厳禁。争いなど起こったらこの城そのものが吹っ飛んでしまうからだ。

 バルンシャの装甲などお色直しされて式典用に様変わりしているくらいだ。

   

「もしもし、エル? うん、そっちの準備オッケ~? よし、じゃあ出張る用意してスタンバっててね」

 

 バルンシャのコクピットでローラは携帯を切った。

 ローラ用に宴用のドレスなんかも用意されていたのだが、それはうっちゃり、動きやすい服装に着換えている。

 今は宴の真っ最中、人の目と警備も全部アッチに向いているから今が行動すべきときだ。

 事態が動くまでは暇なのでバルンシャの操縦マニュアルを読み返している。

 

「BB、そっちの首尾は?」

『今から警備を黙らせる。大丈夫、す、すぐには気づかれない』

「オーケー、地下の地図が合ってるといいんだけど……」

 

 クローソーの逃走経路確保に使ったのは地下の用水路だ。

 いつかローラが逃走に使ったのと同じ手だ。BBに調べてもらったところ人が通れるくらいの広さは十分にあった。

 作戦前からちゃんとしたルートは確保済みだ。

 ラキシスが城の警備システムを一時的にダウンさせ、その隙にクローソーが地下を伝って城の外に出る。

 BBが調達したディグで逃走というのが今回の作戦。

 原作通りなら、何も考えずに脱走してもべトルカでコーラスと出会う可能性もあるのだが、その原作とは違う現象が発生している以上はすれ違う可能性もある。

 原作じゃ登場しない連中もいることだし、その点は注意しないとね。

 ローラはコクピットから出て真下を見下ろしながら足をプラプラさせる。

 計画開始まで時間はまだある。やるべきことはやった。

 エルカセットには陰で動いてもらっている。ユーバーの悪事の証拠を集めてもらっていた。

 金や口座。謎の資金の出どころなどの洗い出しを頼んでいる。

 

「だからよー、これが俺様が考えたスペシャルな俺様装甲なんだよ! 今すぐ換えてくれよ!」

「そう言われましても……」

「あん?」

 

 一番下から聞こえてくる会話に身を乗り出して下を覗く。

 網目模様なキャットウォークの下でオレンジ頭のジィッドが整備班に絡んでいる。絡まれている方は迷惑そうだ。

 

「今から換えるのは時間が足りませんよー。お披露目用に換装したばかりだし」

「おいおい、俺のデビューに必要なんだよ! デムットザンバラっ! なこの最高のデザインを見ろよ!」

 

 しつこく食い下がるニワトリが自分で書いたらしい絵を見せている。ここからだと見えないけど無茶言ってるなぁ……

 君って痛い子丸出し。年頃にありがちなだけに身に覚えがなくもないが、自分も中二病を患ったことはあったりする。

 でもあいつとは違うから!

 そうだ、この色はともかく、コクピットの内装はいじってもらいたいかも。自分も整備の人に頼み事を思い出すとローラは飛び降りる。

 下はモーターヘッド整備用のキャットウォークだ。そこに人がいるとは思わなかった。

 

「うお、アブね!」

「へ?」

 

 いつの間にか真下に男がいた。滞空時間は短く空中でキャッチされ抱きかかえられる格好になる。

 

「のわわ?」

「おい、ソープ。空から女の子が降ってきたぞ」

 

 どこかで聞いたことがあるようなセリフだよ。

 ソープ? そいやこのタイミングで来た。

 ジタバタするが降りれない。

 そのままおっさんが振り向きもう一人と対面する。

 

「やあ、こんにちはお嬢さん。飛び降りると危ないいよ」

 

 ニッコリ微笑んでくるのはまさかのご本人。

 うわぁ……これが本物……

 中身はデルタ・ベルンの光皇。アマテラスが世を忍ぶもう一つの姿がレディオス・ソープだ。

 名乗られなくても誰かはすぐにわかった。何度も原作思い出してはどうアプローチするか考えてた。

 想像以上の絶世美人ぶりは女の子になった自分でも赤面してしまいそうなくらいだ。これで男なのだから性質が悪い。

 

「降ろしてよっ!」

 

 抗議の声におっさん、もといボード・ビュラードがローラを下ろす。

 

「やや、君の額はなんて見事なおでこちゃん!」

 

 おっさんのドアップが迫る。近い……

 

「はい?」

「このツルッと円を描くおでこちゃんは俺が今まで見た中でナンバ-ツーに違いない!」

 

 ペタペタ額を叩くおっさんの顔に無言のパンチで抵抗する。

 髭面が拳に刺さった。

 ヒゲくらい剃れっつーの。

 

「ビュラード……迷惑がってるようだよ」

「イテテ、手癖が悪い娘っ子め。うがぁ~~!」

 

 ローラはビュラードの伸びる手を避ける。

 

「おでこちゃん逃げるんじゃねえ、グヘヘっ!」

「へ、ヘンタイだー!」

 

 出会って早々この馴れ馴れしさ。これがこの国の大統領ミッション・ルースなんだからいい加減だなぁ……

 おでこにこだわる理由はよくわからないけど。

 

「あ、待てっ!」

「へ? おっとっと」

 

 段差のあるところでたたんとストップ反転したところを捕まえられる。

 

「ここで走っちゃだめよー」 

「子ども扱いしないでよ、そんなのわかってるんだから」

 

 掴まれた手を振り払ってローラは頬を膨らませる。

 

「お子ちゃまはみんなそんなセリフ言うんだよねえ。ガキンチョめ~」

 

 ビュラードに額をこづかれる。

 わたしのおでこに喧嘩を売っているのか……

 

「んで、お嬢ちゃんお名前はなんてーの? こっちはモーターヘッド・マイスターのソープで俺は連邦SPIのボード・ビュラード様だぜぇ」

 

 偉そうに名乗るビュラード。ソープはといえば様子見といった風情だ。

 

「ローラ……」

「ローラなにちゃん?」

「おっさん、しつこい」

 

 乙女の本名をしつこく聞くとかデリカシーゼロである。

 もっともトローラ・ロージンなのはローラ本人の問題であるのだが。

 

「そっか、ローラちゃんって言うんだ。ここで何してたんだい?」

 

 人の目目線にかがんだソープが尋ねる。

 

「わたし、ファティマ・マイトの卵で、エトラムルの勉強しているの。ここのモータヘッド、全部エトラムルなのよ」

「へえ、まあ扱いやすいには違いないが……」

 

 無精髭をなでてビュラードはバルンシャを眺める。

 

「ビュラード、あなたのモーターヘッドは?」

「ああ、一番奥さ。製作者を当てられるかな? そら、俺のブランジだ」

 

 二人のやり取りを聞きながらローラはヘッドホンの向こうからの合図を確認する。

 きっちり今から三分後に城のセキュリティと電源が全部落ちる。

 どうせそのブランジも仮装甲。中身は剣聖ナッカンドラ・スバースが所有したという伝説のMHクルマルスだ。

 クルマルスというのはスバースが使用した数騎のシリーズだ。大統領が所有するのはビブロスという名前だった気がする。

 ビュラード。もとい、ミッション・ルースはその剣聖の血を受け継ぐ子孫なのだ。

 遅くなってから血が出たんだっけ? でも、その割には弱そうなんて気が全然しない。

 見た目のちゃらんぽらんさは地なんだろうけど……

 

「ブランジ!? 随分といじっているようですね。カラミティの骨格のようだ。ニ四一七年作とはまた一品ですね。生き残っているのは奇跡に近い。セビア・コーター公の色が見えますが……」

 

 そう言ってソープは下へ降りるとビュラードの隣に並ぶ。

 

「どうですか、ボクの見立ては?」

「すげえ、大当たりだぜ。ん?」

 

 ビュラードが天井を見上げた。周囲が一瞬で暗くなる。照明がすべて落ちたのだ。

 照明だけじゃない。この城の電源。セキュリティが全部ダウンしている。

 タイムアタック開始だ。

 その後に予備電源が入り一〇秒でセキュリティが復活する。そのわずかな時間をくぐり抜けていれば逃亡は成功。

 ブーンと言う音が鳴り響いて電源が復活していく。

 上を眺めるソープの袖をローラが引っ張る。

 

「何だい?」 

「逃げるのは、クローム・バランシェ四五番めの作品クローソー。向かう先はベトルカ。あなたが来るのを待っていたの」

 

 回復した照明の光から目を背けローラはそう告げるのだった。   

 

 

 ざわめく宴の会場はすぐに明かりがつき、ざわめきはすぐに収まると何ごともなかったように賓客の会話の続きが始まる。

 その中で一人ビョイトは冷や汗をかきっぱなしだった。

 

「ファティマが逃げただと、まさかさっきの停電は……」 

 

 宴席会場で警備についていたビョイトは無線を受けて真っ青になる。こともあろうに各国の賓客が集まるこの日にだ。

 

「二人共逃げたというのか?」

「それがラキシスは部屋にいます」

「クローソーだけいないだと? どうやってあの部屋から逃げたというのだ?」

「わかりません」

 

 この無能者めと毒づく。この城の監視システムをかい潜るなど不可能なはずだ。

 いや、外部からの手引があれば可能だが、誰がそれをやったというのだ?

 

「探せっ! 城の保安システムは何をしていた? 見張りの兵も何をしている!」

「それが三人ばかり気絶しておりまして……」

「ばか者がっ!」

 

 客らの視線が集まりビョイトは背を向けて小声になる。

 

「ファティマが逃げるなどありえん。まさかダムゲート・コントロールされていないのか? 探せっ! 必ず痕跡があるはずだ」

「大公殿下には……」

「報告は私がするわ……」

 

 ビョイトは額を拭う。どう失態を取り戻したものか思案する。

 逃げたとしてもすぐに見つかるはずだ。ファティマが逃げるとすればどこがある? 父親のバランシェのところか?

 ならばすぐに追手を差し向けねば。いや待て情報が集まってからだ。

 アレがいないのではお披露目ができぬ。

 今回のお披露目は周囲の目をくらます暗躍の舞台だ。外部からの協力者を引き込んでレント独立のための布石を撒いていた。

 ファティマが逃げるなどとケチがついたとあっては大公の権威に関わる。バランシェ・ファティマを餌に有力な騎士を引き込む目論見もあった。

 

「閣下」

「うるさい、何だ?」

「例の犬がディグで城外に……追いますか?」

 

 例の犬とはトラン連邦が寄越した騎士のボード・ビュラードのことだ。

 嗅ぎ回られては迷惑とビュラードを監視させていたが、この一連の動きに合わせたように動いたとなればほぼ黒だとみた。

 

「どこへ向かっている?」

「ベトルカ方面かと……」

「ベトルカとはうかつ。これは連邦の画策か? 我々の動きを察知していた? クローソーの脱走も奴か? 追え、私も出るぞ!」

「はっ!」

 

 武装した兵士とビョイトらが物々しい雰囲気で装甲車に乗り込むと城外へ飛び出していく。

 その様子を眺めていた二つの目があった。

 風が吹き、ツインテールの影が揺れて高見していた城壁を飛び下りる。

 こってこての真っ黒蜂をあしらったゴチックドレスに身を包むのはナイアス・ブリュンヒルデだ。

 

「ジゼル」

『いつでもどーぞ~? トレース無問題デス』 

「相変わらず退屈しない子だよ。それじゃ、いつかの鬼ごっこの続きをしようじゃないか」

 

 そして走り出す。一陣の黒い風となってナイアスは街道を疾走する。追いかけるのは先ほど城を出た連中だ。

 逃げるファティマと追いかける者が三名。さらにそれを追いかけるビョイトとブラックゴチックの騎士がそれに続く。

 奇妙な追いかけっこが始まっていた。 



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【20話】ベトルカの邂逅

 ベトルカ──今この町で一つの騒動が起きようとしている。物々しい軍服姿の男たちが街中を駆けていく。

 

「早くクローソーを確保するのだ! お前たちはあっちだ」

 

 ビョイトの指示で兵隊たちが町を探索している。

 逃亡したクローソーがここに逃げ込んだことは間違いない。ほどなくして部隊長から無線に連絡が入る。

 

「早かったな。どうした?」

「閣下、ファティマを捕まえました。妙なロボットがいます」

「クローソーか。でかした! ロボットなぞどうでも良い。さっさと連れてこい!」

「はっ!」

「まったく、手を煩わせてくれるものだ」

 

 連行されてきたファティマとロボットを見てビョイトは眉をしかめた。

 ファティマはウェーブのかかったゆるゆるヘアーにイエローとホワイトのファティマスーツ。その脇には円形型の直立ロボット。

 見るからに不審な取り合わせだが……

 クローソーは藍色の髪でピンクとブラックのスーツだ。どこからどう見てもクローソーではない。

 

「えーん。何するんですかぁ~~ 乱暴は止めてください~」

「PI! PIPOPIPO~~(おい、てめーやろうってのか!)」

 

 アームを掲げてリョウが挑発する。なお、ファティマでないと彼の言葉は直訳できない。 

 

「何だそいつらは……」

「はっ! クローソーを連行しました!」

「これのどこがクローソーだ。ばっかもーん! お前たちは何者だ!」

「私は~ エルカセットです~~ この子はリョウちゃんだよ♪」

 

 能天気満載のおとぼけっぷりにビョイトは眉毛をピクピクさせる。

 苛立ちながら、この取り合わせをどうしたものか考える。

 いや、クローソー確保が先決だ。この際、なりふり構ってはいられない。

 多少の荒事もユーバーに揉み消させればよい。

 

「あは、面白い顔~~」

「PIPOPO~(五〇点かな~)」

「ファティマは連れて行く。何かを知っているかもしれん。そのロボットは始末しろ!」

「了解」

「あなたたち、リョウちゃんに何するの!?」

 

 兵士が銃口をリョウに向け至近距離から引き金を引く。

 光線銃からほとばしったエネルギーがリョウのボディに命中し、反射してディグのエンジン部分を撃ち抜いた。

 リョウのボディはモーターヘッドの装甲そのものである。対光線兵器はばっちりだ。どこに飛ぶかはわからない。

 

「ばかもん! もう、そいつには構うな。来い!」

 

 エルカセットの襟を強引に掴んでビョイトが連行する。

 こいつも連中とグルかもしれんからな!

 

「いやーん! やめてください~~」

「PIPIPURUROO!~~(いい加減にしろ。クソやろうが!)」

 

 ビョイトに襟首を掴まれたエルカセットは引きずられる。

 

「えーん。助けてマスタぁ~~」

「マスターだと~~? おい、お前の主は誰だ? できそこないファティマのマスターは飛んだ間抜け顔だろうがな」

「マスターは間抜け顔じゃありません! とっても可愛いんです~~」

 

 エルカセットの訂正にビョイトはますますいきり立つ。ファティマが口答えするなど彼の辞書……いや、星団法にはない。

 

「どうやらダムゲートが壊れているようだな! 貴様のような不良品は今ここで始末してもいいんだぞ?」 

 

 腰の光剣に手をかけた脅し文句のビョイトにリョウが体当たりする。

 その鋼鉄のボディをビョイトは側面を回転させるように蹴とばして転がす。

 

「痛いぞ、このスクラップ品めが!」

「PUPO!(べーだ!)」

 

 ビョイトは光剣(スパッド)を抜きリョウに向ける。

 そのときだ。

 

「貴様、何者!」

「ぐあ!」

「うう……」

 

 銃を構える暇もなく三人の兵士たちが同時に倒れた。

 黒い影が伸び、ワシャワシャ揺れたスカートが音を立てる。毒女メイクに蜘蛛の刺繍。ゴシックロリータでパンクなファッション。

 

「はぁい。そいつを抜く覚悟はあるんだろうねえ」

  

 ニタぁっと笑うは毒蜘蛛のナイアス・ブリュンヒルデだ。

 その闖入者にビョイトはギョッとして下がる。

 ビョイトが率いる部隊を追いかけるとき、ヒールは走りにくかったので脱いでいる。

 砂埃をかぶっているが派手さは少しも褪せていない。

 その女の登場にビョイトは鼻白む。見るからに異様だが騎士だ。ただのごろつきにしては妙に威圧感がある。

 

「貴様、我々はユーバー大公の麾下であるぞ! 無礼は許さぬぞ?」

「無礼だって? そういうあんたは、弱い者いじめしてるだけの、ケツの穴が小さい野郎だろ」

 

 風が砂埃をさらう。訪れた緊張に周囲の空気が張り詰める。スパッドを手にしたビョイトが震える。

 不味い。こやつはただ者ではないぞ。

 その緊張を破ったのは少女の声──ローラだった。

 

「エル!」

「きゃー、マスタぁ~~~!」

 

 ビョイトの手を逃れ、走り寄ったエルカセットがローラを抱きしめる。

 その光景にビョイトが唖然とする。

 ローラとファティマがすぐに結びつかなかったのだ。

 

「な、何?」

「コレハ、ビョイト卿。ドウカナサレタカ?」

 

 ビョイトが振り向いた先にA.K.Dのミラージュ・ナイトが四人立つ。

 赤いマントに白の十字マークとドクロの仮面は恐怖の印だ。今は仮面は脱いでそれぞれが素顔をさらしている。

 機械の体から発せられるマシンボイスはランドアンド・スパコーンだ。他、三人のミラージュが幽鬼のように立ち尽くしている。

 そこから少し離れてビュラードが立つ。その隣にクローソーともう一人長身の人物がいる。

 レディオス・ソープはビョイトの姿を見て身を隠した。

 

「ビョイト卿。クローソー殿ハタッタ今、コーラス陛下ヲマスタート認メ陛下ノ元ヘ行カレル意思ヲ示サレタ。無用ノ騒ギハ慎マレタシ」

「な、な、何ですと~~~!?」

 

 未練がましくビョイトがクローソーを見る。

 隣に立つコーラス三世はジュノーでは大帝と呼ばれている。若いが今回のお披露目では大物の一人だ。

 

「いや本当である。ここにトランのボード卿もおられる。それにそちらのお嬢さんも。我ら四人は、この事実をしかと見届けた」

 

 答えたのはリィ・エックス・アトワイトだ。

 後ろに控える二人は、顔に傷のあるヌー・ソード・グラファイトと派手なメイクのポエシェ・ノーミンだ。

 ミラージュ・ナイトは星団でも使い手から構成される騎士団で、その一人一人が国家の筆頭騎士や指南役に匹敵する腕前を持つとされている。

 金にあかせて作り上げたお坊ちゃま騎士団などと比喩もされるが、実際に目にすればその意見は引っ込む。

 十字を背負ったドクロの死神たち──

 

「我らは「偶然」この場に居合わせた。このようなケースは大変珍しい。騎士級の三人が立ち会えば、一応略式として認められることであるし」

 

 ポエシェがリィを補足する。

 その決まりはわたし的には体験済みデス。ローラは傍観しながらやり取りを見守る。これでもう大丈夫なはずだ。

 

「そ、それは大変めでたいことですが、お披露目は……その」

「正式な手続きに則っておらず申し訳ない。お披露目だが、大公殿の顔を潰すつもりはない。きちんと彼女の姉が嫁ぐのを見届けさせてもらうよ」

「そ、そうですか。では、我々は失礼させてもらう!」

 

 ビョイトは身を翻してその場を立ち去る。兵士たちに怒鳴りながらの慌ただしい帰還だった。

 ユーバーは怒り狂うことだろう。お姫様の救出は主人公に任せるとして、関わったからには最後まで見届けようと思う。

 いい加減、エルが厚苦しい。

 

「あのね、エル~~~ くるちい……」

「はいー」

 

 久しぶりのマスターに喜びの抱擁からぱっと身を離すと、エルカセットはふにゃ~と笑った。

 ローラは深呼吸してエルのほっぺをギュウギュウする。

 

「うりゃ~~~」

 

 グニグニだ~

 

「まふた~~」

 

 計画ではエルカセットとリョウがクローソーを確保するはずだったが、追っ手の注意があっちに向かったおかげでこっちが先に見つけることとなった。

 クローソーに絡んだごろつきをコーラス三世とソープがやっつけて、クローソーはコーラス三世をマスターと呼んだ。

 結局、ここは原作通りに進んだってわけ。わたしの出番なんて欠片もありませんでした。

 んで……

 

「ナイアスねーさん?」

「よお、ローラ。元気ぃ~?」

 

 てかてかリップを光らせてナイアスがローラの頭をくしゃくしゃする。 

 

「どーしてここに? 最近、連絡取れなかったし」

「妹に会いに来て何が悪いんだい?」

「あ、うん……」

 

 何だかはぐらかされた。最近、ナイアスねーさんの携帯に連絡付かなかったんだけど、まあ、こうしてまた会えたんだし。 

 視線を感じて振り返るとコーラスと一緒にいるクローソーと目が合う。手を振ってバイバイと言っている。

 

「うん、バイバイ……」

 

 ローラも小さく手を振り返す。

 

「それでは私も失礼する。あの小さいご友人と彼女たちの助力に感謝するとしよう」

 

 そしてコーラスとクローソーも去った。ソープとビュラードは肩を並べて顔を合わせる。

 ビョイトが去ってソープは再び姿を現すとクローソーからの伝言を聞いたのだ。

 

「こりゃあ、トラン始まって以来。いや、二度目くらいの大波乱になるかもしれんなぁ……コーラス陛下にノイエ・シルチスのブランシュ・トップ(白の一番)のお出ましとはね。それとミラージュだ」

 

 意味ありげにビュラードがソープに目くばせする。そのミラージュもすでにいない。

 少し先にローラと再会したエルカセット。リョウにナイアスがいる。

 

「それにアマテラス陛下もね。やっぱり、ここに立ち寄ったのは正解だったかもしれない。思いもよらず楽しめそうだ」

「一番の謎はお前かもしれんな」

「あなたほどじゃないですけど?」

「俺? 俺はただのボード・ビュラードだよ。お前たち、送っていくぜ~~」

 

 ビュラードはポケットに手を突っ込んでプラプラ歩きながらローラたちに声をかけていた。

 

 

 それから──そこではデコース・ワイズメルとナイアス・ブリュンヒルデの死闘が繰り広げられている。

 それはローラを巡る大決戦であった。

 舞台はお城のローラの私室だ。結構広くて厨房まである。

 

「てめー、なかなかやるじゃねえか……」

「あんたもねえ……」

 

 飛び散った赤いものが白いテーブルスキンを染め上げ、デコースの唇からも赤いものが垂れる。対するナイアスのほっぺも赤いものでベッタリだ。

 この戦いが始まって二時間余り、戦いは膠着状態に陥っていた。両者ともに勝ちは譲らぬと意地の張り合いとなっている。

 

「あのさ、もう止めたら?」

 

 これを言うのはもう三度目だが、ローラとしてはどっちが勝ってもどうでもいい。何でこんなことになったのかは不明だ。

 わたしとしては、ユーバーにエルのことがバレたかなとドキドキしてたのだ。

 

「あんたさぁ、潔く負けを認めたら?」

「クソったれだ!」

 

 一閃、フォークが躍って皿に残った最後の一口をデコースが頬張る。うっと、青い顔になるが水を飲みくだすと勝ち誇った顔をする。

 

「何てことねえ。もう一皿でも十皿でも持って来いよ」

「ふん、強がるんじゃないよ……」

 

 指についた赤いトマトソースをナイアスが舐める。若干蒼ざめているのは気のせいではないだろう。

 

「お代わりデース!」

 

 エルカセットが茹で上がったばかりのパスタ麺を大皿に特盛して二人の前に置くと、ノロノロとフォークを伸ばす二人。

 もはや限界。食べ切った方が勝ちだ。

 頭上高く積み重なった皿の山は二人とも同数だ。

 騎士が大食らいなのはよくわかった。でもね、食べ物がもったいないと思うの!

 

「だめ……もう限界」

 

 うえっぷとナイアスがテーブルに突っ伏す。

 ナイアスに先んじてもう一皿追加したデコースが最後の一本をチュルリと胃に流し込むと勝ち誇った顔で立ち上がる。

 

「はっは~、シルチスのホープも俺にかかっちゃこれだぜ~~~!」

 

 デコースが勝利宣言。そして次には何ともいえないヒックと呻き声を上げる。

 何か嫌な予感がする……

 ローラは下がって様子を見る。

 

「おい、ローラ。俺の勝ちだ。だろ?」

「まあ、そうだね……」

 

 皿の枚数数えるのは途中で止めた。とりあえず、デコ兄に花を持たせることにする。ねーさんは反応する気力さえなさそうだ。

 

「うごぼぁ……」

「へ?」

 

 デコ兄の様子が変だ。変な声の後、みるみると顔が真っ青から真っ白になる。これは何かヤバイ……

 そのとき、ゴポゴポと胃から逆流する音が響いた。そして次の瞬間、大量のパスタ麺と赤いものがデコースから吐き出される。

 うわぁぁぁ~~~!

 そして、ズルリ、と濡れたものに滑ってデコースは倒れ込む。

 

「いやぁぁぁ~~~~~!?」

 

 赤いソースの中で最後の呻き声を上げてデコースが白目をむく。

 こうして厨房は赤く染まった惨劇の場となった。

 二人の対戦者が気を失っている。

 勝者なしの誰得決闘の果てであった──

 

「PIPOPUPO?~(激烈ばか?)」

 

 ピカピカサインを出しながらリョウが雑巾をアームで器用に床にかける。

 壁で観戦していたBBが何とも言えないという表情で首を振るのだった。



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【21話】想いを越えて

「お披露目にしちゃずいぶん派手じゃないか」

 

 サングラスの女が頭上にあるエア・ドーリーを見上げた。ドーリーの赤い装甲が太陽の光を照り返し真下の城に大きな影を作る。

 民間のエア・ドーリーではない。ユーバー大公が所有する軍事兵器も搭載したエア・ドーリーだ。

 お披露目に持ち込むには無粋すぎる代物だ。そこにMHまで積んでいたら法に引っかかる。

 星団法では原則、お披露目における武力行為は一切容認されていない。

 

「やりたい放題か。思っていたよりトランの行く末はきな臭いな」

 

 自己顕示だけは大国の王並みだ、とノンナは呟く。

 

「お嬢様、チョコパフェお持ちしました」

 

 ノンナの向かいの席に、同じくサングラスにタキシードのハルマーが座る。

 二人が入城する前に起きたイベントを見逃して手持ち無沙汰気味だ。

 コーラス三世が出し抜いてクローソーを手に入れた話で、城内はその話で持ち切りとなっている。

 無論、逃走云々の話は表ざたにはなっていない。

 外では重MHが地響きを立てて降ろされる。観客たちが賑やかな声を上げてそれを見上げる。

 大公ユーバーのデモンストレーションだ。

 

「これがわしのMH”ヘルマイネ”! 名工スターム公の手による一品ですぞ。中身もそんじょそこらのものとは異なる特別仕様! スピードもパワーも桁違い。星団三大MHに並ぶかもしれませんなぁ」

 

 ヘルマイネを自慢のネタにユーバーが持ち上げる。

 

「おやおや、ヘルマイネがサイレンやうちのバングクラスですか……」

「成金のたわ言だ。言わせておくさ」

 

 ノンナはチョコパフェに忙しい。

 

「そしてわしの甥のデコースとバギィとジィッド兄弟。MHバルンシャとデヴォンシャ。これもスターム公のもの」

 

 観客の視線を浴びて得意顔のジィッドが腕を振り上げる。バギィはやる気のない顔だ。デコースはすまし顔で一礼してみせる。

 この日のためにお色直しされたMHは式典用コーティングされた装甲で彩られている。

 ジィッドのバルンシャの頭部はドクロのようなデザインが黒で施されている。傭兵特有のマーキングにしては派手だ。

 ジィッドが整備にごり押しでやらせたものだ。頭部改造は間に合わないのでペイントさせている。

 ジィッド自慢の”デムザンバラデザイン”であった。 

 

「悪趣味な」

 

 アイスをぺろりと飲み込んでノンナが感想を述べる。

 

「そして、このMHのマイスターは、あのレディオス・ソープ殿」

 

 周囲がレディオスと聞いてざわめく。

 ハルマーも興奮気味にノンナに囁く。

 

「レディオスってあれでしょ、一五年前のトブルクで一二台を三六時間でハンガーアウトしたっていう……」

「さすが大公といったところだな。金の力さ」

 

 どうじゃ、わしの金の力の前に誰もが注目する。わしがレントの王になる日もすぐよ。

 にしてもクローソーは惜しいことをした。わしの企みがバレたのではないかと冷や冷やしたわ。

 ラキシスだけは逃さぬぞ。

 ユーバーの視線がコーラス三世と傍らのクローソーに向けられる。

 

「皆さんももうご存知でしょうが、クローソーはコーラス陛下のものとなりましたが、どうですかの陛下。是非、我がヘルマイネでクローソーの腕前を見られては。模擬戦の準備はできていますぞ?」

 

 クローソーを取られたユーバーの意趣返しだ。その二人に注目の視線が集まる。

 空になったグラスにスプーンが入って音を立てる。

 

「行くぞ、ハルマー。仕事だ」

「あれ、模擬戦は見ていかないのですか?」

「コーラスが勝つだろう。あの王家は指折りの達人ばかり。デコースにも負けんさ」

「ですかねえ」

 

 立ち上がったノンナにハルマーが続く。

 

「──おお、それは残念。クローソーの力を見せたくないと? っと、これは失言。予定通り、バギィ兄弟の模擬戦をご覧いただきたい」

 

 ユーバーの申し出をコーラスが断り、武王と名高いその顔に泥を塗ったことに満足すると、ユーバーは模擬戦の開始を宣言する。

 その模擬戦の内容といえば、MHによる輪投げ合戦であった。

 

 

 広場での茶番は特に何もなく終わった。

 うろ覚えでは、ユーバーがコーラスとクローソーを苛めてアマテラスが出てきたはずだけど、そんなことは起こらなかった。

 やっぱり、微妙に起きることが変わっているような気がする。

 それよりも今日はやることがあって忙しい。

 

「それじゃお願いね」

「わかりました」

 

 整備の人にお願いを通したところで、ローラはやってくる二人に目を止める。

 ソープとビュラードだ。二人並ぶとよいコンビに見える。ひいき目かもしれないけど。

 

「お?」

「やあ、ローラ」

「こんにちは」

「よお、今からヘルマイネの中見に行くけど来るかい? 勉強中なんだろ」

「うん」 

 

 ヘルマイネにはエトラムルが乗っかっている。

 果たしてエンジンとかもフルチューン物件なのかわからないけど、あのオデブでは絶対に乗りこなせないだろう。

 

「近くで見るとなんて重そうなんだ。こいつはロッゾのヴーグラ騎士団の主力旗MHだが、あそこはライセンス販売でかなり儲けてるんだよな」

 

 ロッゾ帝国は重工業が盛んな国でMHの産地でもある。ヘルマイネとかバルンシャもロッゾだ。

 主力でも金になるから売る。そりゃ、ユーバーみたいのが買いますよねー。

 一般ライセンスでも、ヘルマイネならそこらのモノより値が張るに違いない。

 ちなみにデボンシャはウモス共和国がライセンスを持っている。そのロッゾ版ライセンスがバルンシャなので、この二つは兄弟みたいな感じ。

 原作じゃ揃ってやられる脇役だけど……

 

「やほー」

 

 タンクの液体に浸かるのはもはや見慣れたミジンコ君。残念ながらふつーのエトラムルだ。

 こいつの進化形態の途上にあるリョウはまだまだ半端ものだ。

 いずれは複数のエトラムルとリンクスし、指揮系統を持つエトラムルとして成長させたい。

 もう理論だけの存在じゃない。現実になれば世界が変わる。大げさかな?

 

「ビュラードは見たことあります?」

「うんにゃ、あまり見たくねえ代物だな……」

 

 確かに初見だとかなりグロイ。でも、慣れれば可愛いんだぞっと。

 

「でも、これが一番自然な形のファティマなのかもしれない」

「ファティマを巡って争うこともない。でしょ? ただ動かすことだけを考えるマシーンだもの」

 

 ほの暗い中で反射する液体の中にあるエトラムルをローラは見つめる。

 

「そうだね、よくできました。さすがモラードの弟子だ」

「あ? モラード・カーバイトか?」

「それ、もう言いましたけど?」

「そいや、そうだったけなあ。君は本当はユーバーの姪っ子じゃあないんだろ?」

「お兄ちゃんが仕官してるだけ。わたしは……居候かな……」

 

 理由をつけてユーバーから引き離すことも考えたけど、どうにも思いつかないまま現在に至る。

 自分も忙しくてそれどころじゃなかったこともあるけど。原作組にバッサリやられるシーンだけは避けたい。

 

「ソープ様、ローラ様、お茶が入りました。オレンジソースのチーズケーキですよ。そこの騎士の方もご一緒に」

「うん、今行くよ。ビュラード、休憩しましょう」

「お招きとあっては行きましょう」

 

 整備クルーと揃ってのお茶会は賑やかなものだった。

 場の中心はソープがメインだ。何もしていなくても人が集まるのは人徳なんだろうか。

 MH・マイスターの間ではレディオスの名前はすでに伝説的だ。

 ここに来たばかりなのに古参のクルーを唸らせているし、特に女性班からの視線が熱い。

 ローラはカップのアツアツのお茶をチビチビ飲みながら、切り分けられたケーキとお菓子を摘まむのに集中する。

 

「作りたいモーターヘッドがあるんだ。ある人と約束してね。歴史に残るようなMHをね──」

「そうですか、レディオス様なら、きっとできますよ!」

「それに、ここの主人だって長く続かないでしょう。きっと、我がトランの大統領ルース様が出て来られるにきまってる」

 

 その本人は目の前でケーキぱくついてる。ほっぺにソースついてるよ、だらしないなあ。

 

「うが?」

「オレンジ味」

 

 指を伸ばして先っぽでふき取る。

 

「わりーな」

「ねえ、ビュラード。まだあなたのファティマ紹介してもらってませんけれど?」

「え? オレの? ……そのうち見せてやるよ。そんないいもんじゃないんだ」

 

 嘘つききたー。メガエラでしょう?

 バランシェ・ファティマだからソープに見せたら一発でバレちゃうもんね。

 残った一切れを頬張ってビュラードは退散する。

 

「じゃあな、オデコちゃん!」

「ふにゃ」

 

 ペンペンオデコをはたいていきやがりました。オデコフェチめえ……

 一人でケーキ半ラウンド食べていったよ……

 そんでお茶会はお開きになりました。

 

 

 その日、夜も更けた頃、ローラは熱いシャワーを頭から浴びる。

 クローソーは一件落着だ。ウリクルと仲良くするといいな。

 ウリクルか……コーラスとは恋仲に近い関係なんだよね。

 ハグーダとの戦いでコーラスをかばってウリクルは死んでしまう。そしてコーラスも……

 コーラスは感じのいい男だ。死んでほしくない人だと思う。

 でも、わたしが介入するとか、余計なことする余地はまったくないように思う。

 来年にはコーラスとハグーダが開戦する。戦争で沢山の人が死ぬんだ。

 

「ばあ!」

「にゃ!?」

 

 後ろから抱き着くのはナイアスだ。

 びっくりして声も出ない。

 

「なーにアンニュイに浸ってんだ?」

「別にー」

「風呂入ろうぜ。背中流してよ」

「いいよー」

 

 応えた目線でねーさんの右肩に注目する。

 えぐられ塞がった跡がある傷跡は見るからに痛々しい。

 

「その傷どうしたの?」

 

 前はなかったはず……

 

「ああ、これ?」

 

 ナイアスはその傷を愛おしそうに撫でる。

 

「恋の証」

「はい?」

 

 全然、意味が分かりません!

 

「おこちゃまには百年早いか」

「おこちゃまじゃありません~~」

 

 ドボンと浴槽に身を沈める。

 なお、小さなプール並みに広い浴室です。

 ナイアスねーさんに傷をつけるほどとなると相当の使い手に違いない。その相手に惚れてるってことなの?

 そいや、しばらく携帯に連絡つかなかったけどそれかな?

 

「で、誰なの?」

「カイエンさま~」

 

 ナイアスはうっとりとその名を呟く。

 はい?

 カイエン?

 剣聖のダグラス・カイエン?

 

「最初はワモンゴキブリな出会いだったんだけど、優しく、包み込むような剣だった……」

「はあ……」

 

 ごめん、よくわからない。男女の恋ってどう始まるかわからないなあ……

 女ったらしで人目を忍ぶ姿がヒーア・フォン・ヒッター子爵。カステポー・ナイトギルド総評ってのが肩書だった。

 ダグラス・カイエンが何してるのかって調べたことがあるからヒッターの裏付けは取れてる。

 ねーさんの手前、運命の出会いってことにしておこう。

 ナイアスの背中を流した後、今度はローラがごしごし洗われる。

 

「ローラ、おっとさんとおっかさんに会いたくないのかい?」

「それは……」

 

 その問いに一瞬だけ詰まる。

 ずっと、今まで考えないようにしていたことだ。

 望んではいけないことなのだと、誰にも言ったこともない。口にしてはいけないと思っていた。

 モラード先生の前でも泣き言は言わないようにしてた。

 とーさんの顔と、懐かしいソアラの顔を思い浮かべる。

 かーさんに関しては、物心つく前にいなくなってしまった人なので顔すらわからない。

 

「会いたい」

 

 言葉にしたら泣いてしまう。弱気を誰にも見せたくなかった。

 モラード先生にもデコースにも明かしたことのない想いを初めて口にした。

 

「会いたい……よ」

 

 肩を震わせる。耐えていたものが零れだしてしまった。

 それを自分でも止めることができない。

 ナイアスがローラの肩を抱き寄せる。

 

「会えるさ。絶対ね。願うことを止めるな。前を歩いて邪魔する奴がいたらあたしがぶったぎってやるから」

 

 物騒な慰めの言葉にローラは頷く。

 落ち着くまでこうしていてほしい。顔をナイアスの胸に埋めてその怒涛の感情が過ぎ去るのを待った。

 

「──ソアラはいつもわたしの側にいてくれた。でも、酷いことばかり言った。お父さんにも……謝りたい。もう一度、家族になってほしいって、許してほしいって」

「許してるよ」

「何でわかるの?」

「わかる。あたしは許した。家族だから」

 

 ローラの濡れた髪をゆっくりとナイアスが梳く。

 

「ねーさんはなんでこんなに優しくしてくれるの。初めて会った時だって、わたしはお尋ね者で……」

「泥棒だった」

「違うけど、そうだった……」

 

 頭を突き合わせて、二人はくすりと笑いあう。

 あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。

 逃亡者となって、誰も信じられない中、唯一味方してくれたのがねーさんだ。

 

「理由なんてもうどうでもいいさ。あんたはここにいる。あたしもここにいる。今はそれだけだ」

「うん……」

 

 過去の過ちと向き合うこと。

 許されること。

 吐き出した想いと、受け止められる言葉。

 ありがとう──

 

「ねーさん……わたし」

 

 そのときだ。ガランと風呂場の戸が開け放たれる。

 頭に器用にタオルを巻いたリョウだった。

 

「へ?」

 

 何やってるんだおまいは?

 

「PIPOPURURU~(いい、湯だな~ アハーン)」

「おい、ロボ錆びるよ?」

「PIPIPU!(お、イイ女!)」

 

 素っ裸で立ち上がったナイアスにリョウのボルテージは急上昇。ランプを無駄にテカラせて興奮気味にターンを切る。

 それをナイアスが追いかける。

 

「わけわからん……」

 

 湯冷めしそうなので肩から湯船に浸かる。

 最後はねーさんがリョウからタオルを奪い取って出ていくのであった。

 おしまい(まるっとな)。



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【22話】お披露目

 ふわ、ふ~

 あったかお日様が頭の上でじわりじわりとローラを照らす。

 ストローの先から虹色の珠が浮かんではまた風に流されていく。

 屋上の端でローラはシャボン玉を飛ばした。

 

「んがぁ……」

 

 足元のいびきはデコースだ。半袖短パン姿でだらしなく靴下も放り出している。

 さっき、暑いとか言って礼服も脱ぎ捨てていた。パンツを脱がなかっただけマシであろう。

 それは無視してローラは建物の向こう側にシャボン玉をまた飛ばす。どこまで飛ぶかだが風には勝てない。

 デコ助は最近寝てばかりいるなあ……

 昨日はナイアスねーさんと飲み比べをしたらしい。近くに寄ればかなりお酒臭い。早く寝たからどっちが勝ったかとかは知らない。

 

「オーライ、オーライ。ストーップ!」

 

 ここからドーリーからMHのパーツを上げる作業を見ることができる。指揮を執っているのはソープだ。

 シャボン液をかき回してストローにつけ、小粒の連弾シャボン玉ストロークを放つ。順番に弾ける虹色の破裂をこぎみよく眺めた。

 

「ふ~」

 

 よし、次はビッグモードだ。風の動きを見計らってプカーと特大シャボン玉を待機させる。

 

「きれいなシャボン玉だね」

 

 後ろから声をかけられ、プツン、と玉が落ちてデコースの鼻先で弾けた。

 

「むが……」

 

 起きたかと思ったが、ゴロリとまた横になる。

 声をかけてきたのはソープだ。もう終わったのだろうか。

 

「もう終わり?」

「まあね、隣いいかい?」

「どうぞ」

 

 横にどいて自分がいた場所を指す。そこを背もたれにして二人は並んだ。

 

「寝てるの、君の兄さんだよね……」

「そこのはお構いなく……」

 

 短パンで屋上で寝てるとか……かなり恥ずかしいと思うの! こっちは一応女の子なんだよ……

 しばしの沈黙。唇を湿らせローラは切り出す。

 

「この間の話の続きなんだけど」

「ん?」

「作りたいモーターヘッドがあるって言ったよね」

「ああ、うん」

「どんなモーターヘッド?」

「あー、一言では言い表せないかな……」

「誰かと約束したんでしょ。絶対に作るって」

「思えば、大変なことを引き受けちゃったよ」

「ラキシスと、でしょ?」

 

 窺うように見上げるローラの視線をソープは受け止める。

 

「参ったな。全部知ってるんだね」

「ちゃんと迎えに行ってね。だけどダメなんて絶対ダメ。ラキシスを泣かせないでね」

「そうだね……約束だから」

「これ」

「ん?」

 

 ローラが見せたのは小さな手鏡だ。それを屋上の欄干からつま先伸ばして頭上で振る。

 鏡は太陽光を反射して輝くと、対岸の建物の窓でキラリともう一つの鏡が光った。

 

「どうぞ。あっちだから」

 

 向こう側の建物を指さしてソープに鏡を渡す。

 

「何かあるのかな?」

 

 まじまじと眺めるがただの手鏡だ。

 

「さあね? ねえ」

 

 一歩下がって後ろ手に指を絡ませて問いかける。

 

「何だい?」

「わたし……アトロポスと約束したの」

「うん?」

「ファティマが悲しみで涙を流さなくていい未来を創るって。そんな世界にするって! 今は無理かもしれない。でも、変えてみせる。それがわたしの約束なの。誰が何と言おうが守らなきゃいけない約束なの」

「アトロポスか……」

 

 呟くソープの手をローラは一歩踏み出して握る。

 

「だから、だから。あなたもファティマを愛することを怖がらないで」

「ローラ……」

 

 その眼差しをソープは正面から受け止める。風が吹いて髪を揺らす。絡んだ指先が離れた。

 

「逃げたら絶対後悔するから」

 

 ローラは一回転して背を向ける。寝ぼけるデコースを起こそうと屈みこむ。

 

「それじゃあ、行くよ。ほら、おにー、いつまでも寝てると風邪引いちゃうよ」

「ああ?」

「起きろ~~」

「ぶえっくしゅ!」

 

 派手にデコースのくしゃみが鳴り響く。

 

「ほら、やっぱり風邪ひくよ?」

「お、そこのべっぴんさんはレディオス・ソープか? ウワサ以上の美形じゃねーか。ぬお」

「ほら、行くよ~~~」

「おい、引っ張るなって」

「服も拾ってっ!」

 

 デコースのベルトを掴んでローラは慌ただしく去っていく。

 

「行っちゃった……変わった兄妹だよね……」

 

 手元の鏡を見ながらソープは振り向く。眼下の建物を眺める。キラキラと窓辺に輝くものを見つける。

 誰かいる……? 

 

「お友だち? かな……」

 

 ソープは手元の鏡をそちらに向けた。鏡は対岸の鏡とシンクロして輝いた。

 

「あ!」

 

 その窓辺に立つ少女の姿は──栗色の髪の乙女はそこにいた。

 

「ソープ様?」

 

 大きく目を見開き少女はその姿を見つめ返す。

 

「ラキシス!」

 

 ほんの一瞬の邂逅──

 交わる視線──

 時間を超越した記憶の交差──

 それは"五つの星の物語"(The FiveStarStories)……

 永い物語を意味する"始まりのページ"であった。

 

 

 そして、わたしはトローラ・ロージンとしての物語を紡ぐ。

 

「エル、BB。最後の仕上げをしよう」

 

 夕刻過ぎに自分の部屋に戻って待っていた二人に声をかける。

 ナイアスねーさんは朝からどこかに行ってしまっていて今日は顔を見ていない。

 ちなみに、でれんでれんなデコ助はデコの部屋に捨て置いてきた。

 酔っぱらうともう駄々っ子なんだもん。酔っぱらいはめんどくさいよ。

 

「準備万端でーす。マスター、これはいつ公開するんです?」

 

 エルカセットが持つのは小型USBだ。これには情報やデータが何でも入る。

 ずいぶんと前からエルカセットには働いてもらっている。その総仕上げがそこに詰まっていた。

 

「それはBBに渡して。君は予定通りに動く」

「わかった。それだけでいい?」

 

 USBを受け取ったBBがそれを懐に収める。

 

「うん。わたしとエルは忙しいんだ。一番大事な役目だから任せるよ。ボード・ビュラードに渡して」

「わかった。任された」

 

 責任重大だと神妙な顔でBBは頷いてみせる。

 後はお披露目を待つのみ。明日、ラキシスの運命が決まる。

 今はお披露目の最中だからユーバーが手を出すことはない。

 でも、ラキシスがマスターを選ばずソープが迎えに来なかったらラキシスの運命は最悪のものになる。

 ソープが選択に迷ってもきっと守護霊のリトラーがいるから大丈夫……なはず?

 もし、ソープが決断しなかったら? 

 最悪、ラキシスを拉致して逃げる手はずも整えてある。本当に最終手段だ。

 深呼吸。

 もし、わたしに何かあっても保険は掛けてある。ビュラードが悪事をすべて明らかにするだろう。

 彼こそがこの十年行方不明のミッション・ルース大統領だ。民衆の味方。改革の先導者。

 ユーバーが生きていても彼が動く。悪い奴らはとっちめて大団円。それが最高のラストだ。

 

「PIPO~」

 

 くるくる回りながらリョウがやってくる。

 

「君は……明日はお留守番だな。あー、いや、今夜でもモラード先生のとこに帰りなさい。帰り道わかるよね?」

「PI!?(ふぁっ!?)」

「帰れ」

 

 一人だけのけ者にされてギュインギュインと拗ねながらリョウは隣の部屋に入って暴れだす。

 まったく子どもなんだから……

 リョウのことは放っておこう。自分のことは自分でやれるだろうし。

 明日のお披露目が生き残りのラストチャンスだ。今日は早く寝て明日に備えよう。

 そして、運命の日がやってくるのだった。

 

 

 会場には星団各国の王、貴族、騎士らがぞろりと居並ぶ。表では大勢の報道機関が詰めかけ、今か今かとお披露目開始を待っている。

 城のセキュリティ・チェックも相当厳しく張り詰めた空気が漂う。

 バランシェ・ファティマの新作公開日ともなれば、その期待感は時間と共に盛り上がっていく。

 以前参加したお披露目とは規模も名声も桁違いだ。前のお披露目だってここらじゃかなりでかいイベントだったんだけど……

 その中で、ローラはただその時を待つ。

 周りのどこを見てもソープの姿を見つけることができない。人があまりにも多すぎる。

 ちょっと、そこのおじさんどいてくれないかな?

 

「やあ、お嬢さん。はぐれたのかい?」

「へ?」

 

 振り向けば、かぼちゃ風な帽子が特徴的なグリーンカラーの衣装の美丈夫とクローソーがいた。

 その後ろには同じカラーのマイスナー女王とエルメラ王妃まで一緒だ。コーラス三世に近い人々勢ぞろいって感じ。

 一応、星団王家の主要メンバーの顔くらいは暗記している。自分が関わるかもしれない人々はもちろんチェック済。

 これだけ人が多いとまだまだだと思い知らされるのだけど。

 

「コーラス陛下?」

「そこでは観ずらいだろう。私たちの席に行かないか?」

「え、でも……」

「クローソーが寂しがっていてね。頼むよ」

 

 耳元で囁かれる。

 ぐぬぬ、なんて甘い言葉。このハンサムにそんな声で囁かれたら、コーラスファンの女性なら一瞬で落ちるであろう。たぶんだけど。

 

「可愛いお嬢さんね。コーラス、紹介してくださらない?」

「こちらは私の妻のエルメラだよ。ローラはモラードの一番弟子でね」

「まあ、年はいくつ?」

「に、二三になります……」

 

 なお、地球人年齢で言うと八歳くらいデス。

 エルメラ王妃、美人だなあ……ニコニコ笑って優しそう。

 わたしのお母さんはどんな感じなのだろうか?

 

「ローラさんね? うちのセイレイとそう変わらないのにマイトの卵なの? ご両親も鼻が高いでしょうね」

「はい……」

「君の先生のモラードは私の友人でね。何だかんだと言って、今まで弟子は取っていなかったのが、どういう風の吹き回しで弟子を迎えたのか興味があるね。それもゆっくりと聞かせてもらおうかな」

「こ、光栄です」

 

 ガチガチに緊張しているのが自分でもわかる。

 

「こっちよ」

 

 クローソーが手を差し出してローラに笑いかける。その手に引かれるまま、ローラは前の席に誘われていた。

 そして、お披露目が始まっていた。

 

「さあ、どうぞ。これが今回のファティマ。クローム・バランシェ公の最新作! ラキシスです!」

 

 幕が引かれ、照明の下に美しいファティマの姿が浮かび上がる。

 会場から感嘆の声が上がり、ざわめきに包まれる。

 ファティマは美しいものだ。それを知っている者たちでさえラキシスの美しさに声を上げずにいられない。

 なんと自然な──

 そう見える。すごくきれいだし。でも……かごの中の飛べない鳥だ。

 

「さて、お披露目の前に。今回の見届け人。トラン評議会のボード・ビュラード卿よりご挨拶を」

 

 背後に控えていたビュラードが前に出る。きっちりとタキシードに身を包んでいる。

 

「見届け人を任されたボード・ビュラードであります。星団法に基づき、今回のお披露目が公正に行われることを──」

 

 ビュラードがお披露目における決まり文句を口上する。

 

「ファティマは各王、騎士との謁見の後、本人の口より一名のマスターの名を口上すること。万が一、ファティマがマスターとなるべき良人を認められえぬ時は、この地に留まり、次の機会を待つこと!」

 

 トラン代表としているが、これだけ大勢いて当人がミッション・ルース大統領だと気が付かないのかちょっと不思議だ。

 確か、十年くらい放浪してるから忘れられてるだけだったりして……もっと頑張れ大統領~

 

「そして王、並びにファティマ所有の権利を持つ者たちよ。ファティマの口より言い出しマスターの名に関しては一切の発言を慎むべし! 以上!」

「それでは、始めましょうぞ!」

 

 宣言が終了し満面笑みのユーバーがお披露目開始を告げる。

 始まっちゃった。ソープ、早く来なさいよ……

 緊張で手に汗をかいている。こっから先は失敗は一つも許されない。 

 

「ソープ様、いない……」

「きっと、来る……」

「うん……」

 

 隣にいるクローソーの不安が伝わってくる。

 来なさいよバカ……不安にさせないでよ、主人公でしょ?

 焦る気持ちから会場の出入り口を何度も繰り返し見てしまう。

 

「クローソー、あれは本当に君の姉上なのかい?」

「はい」

 

 コラースの問いにクローソーは頷いてみせる。

 その言葉の意味とコーラスが感じたことは何となくだがわかる。普通のファティマにはないナニかを感じさせるものがある。

 それよりも、今は目の前のことに集中する。お披露目はクライマックスに向かいつつあった。

 

「──デルタ・ベルンのアマテラスです」

 

 真打ともいえる帝王の登場だ。

 見つめあう二人に会場はどよめきに包まれ、囁きが交わされる。

 アマテラス陛下でダメならお流れでしょうな──

 

「エル……プランBの準備……」

 

 ローラは仕込んである小型無線に囁く。

 

『了解です。マスター』

 

 アマテラスとの面会が終わる。そしてお披露目に参加したすべての権利者が下がった。

 太り四肢を揺らしながらユーバーが前に出る。

 

「さて、皆様、よろしいか? ボード卿! ファティマの声を」

「……ラキシス。マスターの名を」

 

 ビュラードがマイクをラキシスに向ける。

 ラキシスの一挙手一投足に注目が集まる。果たして、幸運な騎士は誰であろうか?

 答えは──その頭はゆっくりと横に振られるのだった。

 

「何と! マスターはおらぬか!」

 

 歓喜の混じったユーバーの声が響きドッと会場が沸いてそれを打ち消した。ざわめきは最高潮に達している。

 もうこっからはどうにでもなれだ。ローラは覚悟を決める。

 また指名手配になったら、先生ごめんなさい。

 

「ローラさん!?」

 

 クローソーの声を背に最前列に出た瞬間──

 

「すいません。前へ!」

 

 その声が会場に響いて……ローラは振り向く。そして主人公の姿を見つける。

 ヒヤヒヤしたじゃないっ!

 

「ごめん、エル。やっぱりAね」

『ラジャー!』

 

 人をかき分けまえに出たソープが壇上のラキシスを見つめる。

 そして──

 

「ラキシス! おいで!!」

 

 その言葉にラキシスが駆け寄る。

 

「マスターっ!!」

 

 愛しい人の胸元へ飛び込んだラキシスをソープは深く抱きしめる。

 

「おおっ!?」

 

 意外な人物の出現に会場の人々も驚きの顔になる。

 

「ば、バカな。ヘッドライナー以外の者にマスターなどと!」

 

 重なり合う二人にユーバーは驚愕を隠せない。その欲望と目論見がガラガラと崩れ落ちる瞬間であった。

 

「マスター。マスター……」

「ごめん、ラキシス。遅くなっちゃって」

  

 その時が来た。ローラも動く。

 

「やはり、あのファティマは狂っておったか! 捕まえいっ!」

 

 ビョイトの指示を受けた兵が連なって動き出す。

 

「逃げるよ、ラキシス。いいね?」

「はい!」

 

 駆けだす二人。

 

「皆さん、この二人を通してやってください! 道を開けて!」

 

 コーラスの通りの良い声が響いて人々が道を開ける。

 

「頑張れ、捕まるなよ!」

「お似合いだよ! お二人さん!」

 

 勢い、駆け落ちへの声援が飛ぶ。

 このようなイレギュラーは滅多にあるものではない。

 人々の予想を超えたお披露目での逃走劇など、後日の噂話におおいに花を添えることになるだろう。

 

「追え~~!」

 

 通路に出た二人の後を追う兵士らの前にローラが立つ。

 

「残念、さようなら!」

 

 クロスした腕を前に向けて解き放つ。その瞬間、衝撃が前列の男たちを吹き飛ばす。

 殺傷性を抑えた仁王剣(ショック・ブレード)だ。

 

「ええい! ローラ! またしても邪魔をするとは! 構わん! 排除せよ!」

 

 指揮するビョイトの怒り狂う指示で銃口がローラに向けられる。

 

「そんなの──」

 

 銃線の軌道は手に取るようにわかる。しかし、ローラや兵士たちより速く動く疾風があった。

 二陣の風が駆け抜けて、銃を構えた兵たちを一瞬で打ち倒す。

 そしてローラの前に女二人が立った。

 見上げるような長身。二人がまとった衣装が風を受けてたなびく。

 

「ね、ねーさん、と?」

 

 はたして、兵たちを薙ぎ倒したのはナイアスとノンナであった。

 ノンナの横顔にローラは過去の記憶を引っ張り出す。自分を追いかけていたあのときの騎士だ──

 

「シルチスの白騎士とルーン・ナイトだと!?」

 

 狼狽した顔でビョイトが呟く。

 

「おっと、こっから先は通行止めだ。他を当たんな」

 

 無手のナイアスが逆方向を指さす。

 困惑顔の兵士がおろおろとビョイトの背に隠れる。

 

「た、隊長。ほ、他をあたれってさ……」

「ええい! 撤退。いや! て、転進だ。向こうを回れ~~~!」

 

 顔面蒼白のままビョイトと兵士たちは後退していた。  

 

「えと、ありがと……」

 

 ローラは二人に向き直ってぺこりと頭を下げる。

 

「礼はいらないさ。ここももう引き時だな。トローラ・ロージン」

 

 やっぱり、あのときの人みたい。

 ねーさんの様子を見る。また喧嘩とかしたりしないよね?

 ナイアスの手が伸びてローラの頭を撫でる。

 

「ローラ。あのさ、あたし、国に戻ることにしたんだよね。だから、しばらくは会えなくなるかな」

 

 短い別れの言葉すぎるよ。

 

「また、会えるよね」

 

 ローラはぎゅっとナイアスに抱き着く。ほんわずかにその匂いを嗅いでから身を離す。

 時間がないのだ。

 

「ありがとう。わたし、やることがあるの」

「行きな」

「うん」

 

 ローラはその場を後にする。全速力でエルが待機する格納庫へと。

 そして残された二人の視線が絡み合った。お互い間合いの内にいる。

 

「さて、どうする? あのときのケリでもつけるかい? ノンナ・ストラウスさんよ」

「やりあう理由がない。お互い、同じものを守っている。今は休戦ということにしておこう」

「いいよ~ 法王様に首輪をつけられたんだね」

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」

 

 見えない火花が一瞬散って、フン、と二人は顔を背けた。そして二人は逆方向へと歩き出すのだった。

 そして現場には、柱の陰にいた、出そびれた黒ずくめの大きな影と小さな影が残される。

 

「マスター……出そびれてしまいましたね」

「……帰るぞ、イエッタ。おやつにする」

「はい、マスター。新作のいちご大福と、豆大福もいっぱい買っておきました」

 

 そうして、謎の黒い二人も立ち去るのであった。  



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【23話】史上最狂のデコ(兄)トラ(妹)対決!!

 モニターに光が宿り、ローラの顔が浮かび上がる。

 しばらくぶりのコクピット内だけど手順は全部覚えている。

 格納庫の中に残されたピンクと白い装甲のバルンシャはいくつもの電力バイパス・チューブに繋がれている。

 この機体は、広場でのデモンストレーションの後、唯一ドーリーに回収されずに残っていた。

 あちこちの電力がここに集まっている。城だけじゃない。周囲の町の電力までが収束している。

 現在、テレポートに備え予備の電力プールにチャージしている真っ最中。

 すぐ真上でエルカセットが作業をしている。

 ローラはMH乗り用のスーツベストを着けてハーネスを固定する。

 これにはもちろん整備班の協力がなければできなかった。

 整備班の人たちもいろいろ思うことが多い。ユーバーの悪事を収めたデータをちらつかせて彼らを抱き込んだのだ。

 誰しもユーバーなんかよりこの国の大統領に戻ってもらい、前任の大公を再任させたいと願っている。

 ユーバーの悪事が収められたデータは、BBを通してボード・ビュラードに託された。

 その連絡をBBから受け取ったばかりだ。

 

「エル、座標は追えてる?」

「衛星から目標確認。追跡するエア・ドーリーは、後一〇分二五秒で並びます。エネルギープールは九一.七八%。テレポート開始可能まで残り六分一五秒」

 

 どうやら賭けの一つには勝った。あの二人には追い付けそう。

 会場にソープが現れなかった場合も想定してエルカセットにバルンシャを待機させた。ラキシスを連れて逃走する計画もあった。

 プランBで逃走する場合は、市内からの電力プールが足りなかったから、MHからの分を回すつもりでいた。

 そうならなかったけど、関わったからには最後まで後始末をつけるつもりだ。

 戦力は温存して事に当たれる。

 

「エル、テレポートしてもすぐに動けそう?」

「問題ありません。市内からの全電力をテレポート用に回します。市内は全機能を停止しちゃいますけど」

「大丈夫だよね?」

「ご心配なく。電力はすぐに復旧するはずです。病院などは予備の電源があるので事故にはなりません」

「わかった、ありがと」

 

 前はエトラムルが入っていたところは改装してファティマ・ルームに置き換わっている。

 この間、整備の人に頼んで直してもらったのだ。

 ラキシスたちを追うエア・ドーリーにはユーバーが。それと腹心のビョイトも悪あがきをしている頃だろう。

 ビョイトが向かったであろうバランシェ邸は鉄壁の警護が付いてるから心配はいらない。

 天下無敵のミラージュ騎士団がいる。

 ターバンさん、最後までちょっと哀れ。でも知らない。悪事の報いは受けてもらう。

 ユーバーの悪事にビョイトはかなり加担していた。

 ユーバーという隠れ蓑を使い、その力を利用してレントの独立を目論んでいた。

 奴が裏でしでかしてきた悪事も例のメモリに記録してある。中には殺人に加担していたと見られる部分もある。

 ここを逃れたとしても、国家反逆罪か動乱を扇動した罪で裁かれるだろう。もしくは両方で。

 ユーバー騎士団を編成した事実も掴んでいる。奴らが隠していたMHは二十騎を超える。

 お披露目の陰でレントだけではない。トランそのものを転覆させるようなとんでもない陰謀が進んでいたのだ。 

 

「マスター、衛星からの画像出します」

 

 モニターに地表を赤いドーリーが地表すれすれで行く姿が映った。

 ラキシスとソープが逃走するディグは点のようだが、徐々にその差を縮められていく。

 地上から追う部隊の銃撃が土煙を立て、二人が乗るディグに切迫する。

 

「ありゃ、エンジン、撃ち抜かれちゃいましたね……」

「こっちの時間は?」

「後三分デス!」

「ホント、ギリギリだよ……」  

 

 突っ伏して金属の冷たさを額に感じる。

 間に合えー。

 いくらバカでも死んではほしくない。デコースなら生き残るだろうけど、あの二人はわからない。

 想定外だったイレギュラーな二人。バギィもジィッドも好きではなかった(第一印象も悪かったし……)。

 特にジィッドはおバカだ。消えるのはいいけど死なれるのはイヤだ。 

 ただ、人生のボタンをかけ間違えただけ。

 わたし自身も彼らのようになっていたのかもしれない。

 ユーバーたちに都合のいいように利用されているだけなのだ。

 嫌いな奴を何でって思うけど、自分は変えられそうにない。

 でも本当の理由は……わたしは、わたし自身が生き残る道を選択するだけだ。

 やきもきするような時間が過ぎていく。

 

「マスター、準備完了です!」

「エル、テレポート開始!」

「ノイズリダクション、クリアー! イケイケ、ゴーゴー、デス!」

 

 エルカセットがテレポートを開始する。

 マシンが小刻みに震動し、電力チューブが切り離される。

 重力場が発生し、光がバルンシャを包み込むのだった。

 

 

 ──時間は数分前に遡る。

 ディグのエンジンを撃ち抜かれ、ソープとラキシスは投げ出されると、一路、道なき道を丘を目指して走り出す。

 

「マスター、後ろ!」

「う?」

「モーターヘッド!!」

 

 背後に迫るドーリーからMHが降ろされ地響きを立てた。四騎のMHがエンジン音を轟かせて威圧するように前に進む。

 地上の部隊が車両を降りて隊列を散開させていく。

 

「浅はかよのお、逃げられると思うたか! たかがマイスターごときに。命まで取ろうとは言わん。だが、もし動いたら…… その美しい顔を二度と見られなくしてやる」

 

 丘の上にソープとラキシスを追い詰め、ユーバーが尊大に宣言する。

 武装した男たちが二人がいる丘を取り囲んだ。蟻の這い出る隙間すらもない。

 

「馬鹿な奴らよ。こんな何もないところへ逃げるとはの」

 

 その二人は観念したのか丘から動こうとしない。

 

「け、つまんねー仕事だぜ。プチって潰しちまっていいよな?」

「雇い主の言うこと聞けよな……殺すな」

 

 呆れたバギィの呟きにジィッドはケケっと笑う。

 

「ダメだぜ~ ソープちゃん。ボクから逃げようなんてさぁ~」

 

 デコースも余裕の顔だ。もう終わったも同然だ。

 

「確か、この丘だったんだよね……」

「え?」

 

 二人のすぐ目の前に兵士の群れが迫る。

 こんな時だというのにソープの態度には焦りというものがない。

 

「ちゃんとしたディグに乗ってこなかったばかりにこんなところに落ちちゃった。何回もテストに失敗してやっとここまで来たんだ。そのおかげでこの国の大統領に会えたし、それに気になっていた子にも会えたんだけどね……」

 

 そのとき、異変が目の前の空間に生じる。 

 丘を囲んだ兵たちの真上の空間がひずむ。そして次の瞬間、兵士らの姿がかき消えて弾け飛んでいた。

 

「何じゃ、何が起こっている!?」

『閣下。テレポート反応です! 質量にしてMHクラスかと』

「マスター、空間が! テレポートです!」

「これまたハプニングだね。おい、お前もそろそろ目を覚ましてくれないか?」

 

 ソープが腕の端末をいじる。目覚めたソレは動き出していた。

 それと同時にピンクのバルンシャのテレポートが完了する。

 地響きを立てて地面が割れる。その中から現れた機械の腕が二人に向かって伸びる。

 地上は謎のテレポートと地割れで大混乱だ。それに乗じて二人は乗り込む。

 

「ラキシス、こいつは僕でさえコントロールできなかったんだ。注意して!」

「わかりました」

 

 ヘッドクリスタルを装着しラキシスの瞳が無表情へと変わる。マシーンを駆るファティマとしての顔になる。 

 土煙が晴れ、そこに二騎のMHが佇む。黄金とピンクカラーのモーターヘッドが──

 

「な、何? あれはわしのバルンシャではないか! どうなっておる!」

 

 ユーバーががなり立てる。

 

「おいおい、ローラか? 何やってんだ?」

 

 デボンシャのコクピットでデコースが目を細める。

 

「回線、開きます。こちら騎士トローラ・ロージン。ファティマ・エルカセット。助っ人でーす」

「どういう紹介……」

 

 気の抜けるエルカセットのアナウンスに脱力するローラ。その声にソープが反応する。

 

「ローラ。何で来たんだい?」

「あのね、説明は後! それと、あいつらだけど、できれば殺さないで! お願い!」

 

 呆気に取られたように見守っていた兵士たちが後ずさりする。

 戦場にMHが現れたとなれば撤退しかない。

 一人が逃げ出すと、それは連鎖のように広がって兵士部隊は散り散りとなっていた。

 

「ば、バカ者! 勝手に逃げるでないわ! それに何じゃ! あれは!」

「おじさーん。そんなこと言って。戦えるの~? あんたも逃げたほうがいいぜ~ こっからは騎士同士の決闘なんだからよ!」

 

 薄ら笑いのデコースが舌を舐めた。ここからは本物の戦場である。

 

「は、どうせ外見だけさ!」

「うかつに動くな、ジィッド」

 

 バギィの制止を無視して、ジィッドのバルンシャが前に出る。光剣が放たれ黄金のMHへ向かって突進する。

 

「やれやれ……僕は女の子のお願いを断れない体質みたいだぞ、っと」

「奥歯ガタガタ言わせてやるぜ~~!!」

 

 その攻防は一瞬だった。目にも追えぬ瞬劇の一幕。

 黄金の電気騎士(ナイト・オブ・ゴールド)が抜き放った光の剣がバルンシャの胴体を一凪ぎすると、胴部は上半身と下半身に分かれて地響きを立てて沈み込む。

 

「ジィ~~ッド!」

 

 バギィが叫ぶ。

 

「わ、わしのバルンシャが一撃じゃと!?」

 

 振り返ったナイト・オブ・ゴールドが残るMHへと剣先を向ける。

 

「ま、待った! こ、降参する! 俺はタダの雇われもんだ~~ 降参するぜー!」

 

 バギィがスピーカー全開で宣言すると、バルンシャのコクピットを開放し、両手を上げながら次には降り立つ。

 

「マスター、よろしいのですか?」

「戦意喪失した相手だ。構うことはないさ」

 

 ナイト・オブ・ゴールドの行けという仕草に、バギィの足は胴体泣き別れになったバルンシャへと向かう。

 

「ありがてえ、ありがてえ!」

 

 それをソープはそのまま見逃す。

 

「おのれえ~~ 敵前逃亡とは使えんやつめ! デコース! お前の出番だぞ!」

「うるせー……」

「はあ?」

「せー、つってんだよ。今はそれどころじゃねー!」

「わ、わしはお前の雇い主だぞ! いくら金を払ったと思っているっ!」

「このデブが……」

「何と言いおった?」

 

 ユーバーをガン無視し、デコースのデボンシャがピンクのバルンシャを指さす。

 

「おい、ローラっ!! 兄貴に歯向かうたぁいい度胸だぜ! わかってんだろうな~~!」

「ちょ?」

 

 怒り全開なデコースにローラはむせる。

 あの、こんな展開聞いてません!

 

「聞いておるのか、デコース! わしの命令が……」

「うぜえ! すっこんでやがれ!」

 

 一喝。ヘルマイネの腕を引っ掴むと、デボンシャは後ろへと投げ飛ばす。

 超重量のヘルマイネが大地を滑り、回転しながら派手に砂埃を巻き上げて止まる。

 

「うごぼぉ!?」

 

 謎の呻き声を発したユーバーはちびりながら失神するのだった。

 もはや無法地帯。誰も展開を予測できない。

 

「仲間割れ? それと、兄と妹の喧嘩はどうしたものかな、ラキシス」

「あはは……」

 

 苦笑いするラキシスであった。

 しかしローラは笑うどころではない。

 兄の怒りは超絶有頂天のようです。

 

「つーわけで、ローラ! てめーは、おしおきだ~~!」

 

 光剣を抜き放ちデコースが殺気を飛ばす。

 その強烈さに思わずちびってしまいそうだ。

 

「ぎゃー! マジで!?」

「いもーとだろーが容赦しねえぞっ!!」

 

 予想外の展開を迎え、史上最狂の兄妹(デコトラ)対決が始まろうとしていた──



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【24話】決着 ザ・ブレイクダウン・タイフォーン!!

「ローラ! 二分だけくれてやる! 今すぐおにー様ごめんなさいしてお尻ペンペンされるか! 教育的指導(バトル)でお尻ぺンペンするかをよ!」

「どっちでもお尻ペンペンじゃない!」

「うるせー! 俺様に逆らうんじゃね~~! 妹なら俺に従うのがどーりってもんだろーが! そこの変態(ロリータ)なんかに味方するんじゃねえ!」

「は、はい~~? それが理由なのね……」

 

 ピリピリ対峙する兄と妹をよそにナイト・オブ・ゴールドのコクピットでソープは頬をかく。

 

「変態(ロリータ)ってボクのことかなあ……」

 

 風が砂塵を巻きたてる。仁王立ちするデコースのデボンシャ。

 しかし、ローラももはや引くには引けないのだ。

 そしてファティマ・ルームでエルカセットがひたすら計算しまくっていた。

 だめ!(〇.一三七秒)

 だめっ!(〇.三〇五秒)

 だめです!(〇.四ニ九秒)

 もっとだめ~~!(〇.六〇〇秒)

 ああ、これもだめです!(〇.七六三秒)

 ちっちゃいマスターがデコース・ワイズメルに勝つなんて出来っこありません!

 でも、マスターが負けるだなんてゼッタイダメ!

 毎秒三六兆五千億回戦闘エミュレートしても勝率は〇.一%以下!

 そのわずかな運をたった一回で引き当てるなんて完全に不可能!

 マスターの将来を……私(ファティマ)たちの希望をここで潰すなんてさせません!

 ……いえ、あった……たったひとつ、あの禁じ手が!

 

「マスター、ごめんなさい!」

「はい?」 

「モーションサンプリング再設定します! コントロールを私に!」

「うん? いいけど……」

「ごめんなさい……」

「何で謝るの?」

「この子のパワーを一時的に上げて勝率を上げます! とてもコントロールしにくくなってしまいます。でも、マスターには絶対死んでほしくないから! 私、マスターを信じます!」

「え? 何? 何するの?」

 

 ローラはコクピットの制御盤に手を触れるがまったく反応がない。エルカセットに全権を取られている。

 ああ、仕方ないよね……

 こんな新米マスターじゃ信用できるわけない。

 MH乗るの実質二回目でこれで戦うなんてまったく思っていなかった。

 もっと沢山乗って練習すれば良かったんだ。デコ兄とやりあうんだから。

 これも運のおさめどきと諦めるか……

 ダメだ、ここで諦めるなんてしちゃいけない。まだやれることがあるはず……

 ローラは意識を集中する。それは指先から伝わって外への知覚となって広がっていく。

 肌がピリピリとした感覚に包まれる。ほんのわずかでもデコースの動きを捉えようと自らの感覚が最大にまで高まっているのを感じる。

 生体コントロールの技は、マイトがその力を医療に役立てる力として備わっているものだ。

 それを磨き上げることで、患者の脈拍や鼓動、体内の異常を感じ取ることができる。熟練すれば、見ただけで患者の具合さえ測ることができた。

 その力を騎士の感覚増大に向ければ、生命の動きを波形のような感覚で捉え、相手の次の動きを察知することができる。

 初の実戦後の病院でローラがBBの居場所を見つけたようにだ。

 バルンシャのエンジン音が切り替わる。明らかに異様な高まりと小刻みな振動が伝わってくる。

 

「お友達の京ちゃんから教わった技でマスターを勝たせてみせます!」

「はえ?」

 

 バルンシャの頭脳とシンクロしたエルカセットがエンジン・チューニングを目いっぱい引き上げる。

 エンジンから生み出されたエネルギーがファンクションタービンから絞り出されて各動力に伝達される。

 

「にゃ~~~!? あばばばばっ!?」

 

 ドン! と大きな揺れがローラの三半規管を揺さぶる。ただでさえ高まっていた感覚が敏感に刺激されてすさまじい酩酊感に襲われる。

 脈動上昇による揺れが激しく襲い掛かってくる。

 

「おえ……き、きもひわるい……」

 

 MHの操縦どころではない。のたうち回りたいほど頭の中がグルグル回っている。

 

「ま、マスター?」

 

 聞こえているが応えられる状況じゃない。

 

「どどど~~~~~!」 

 

 ありとあらゆる感覚がごちゃ混ぜになって襲い掛かってくるのだ。完全にパニック状態。

 外ではデコースのお仕置きカウントダウンが始まる。

 その時だ──まるで時間が止まったかのような感覚に包まれる。

 そして不思議な声をローラは聞く。深みのある静かな男性の声だ。

 

【その力はルシェミ。生命の根源に連なる力。今は失われしもの──】

(だ、誰?)

 

 その瞬間、周りの音はシャットダウンされていた。

 どこまでも広がる色のない無音の世界が広がっている。まるで時間の流れさえもそこにはないかのようだ。

 頭の中に響く声に聞き覚えはない。

 

(誰なの?)

【暇つぶしの見物人さ。さすがに見てられないものでね】

 

 ダイバーパワーによる念話。MHのコクピット・シェルは生半可なダイバーパワーを通さないはずだが、この念話の持ち主は相当な力の持ち主であることは確かだ。

 

【エンジンの鼓動と心をシンクロさせなさい。君とロボットを一つにするんだ──】

(一つ?)

【言うなればロボットも疑似生命体に過ぎない。その命と精神を繋げることは可能なはず】

(そんなことできるなんて……)

【人はいつもそうやって自らの可能性を疑問視するものだよ。前に進む者だけが生きる権利を勝ち取るのだ】

 

 その言葉は冷淡で突き放すものだ。だが、同時に試されているという気持ちに揺さぶられる。

 エンジンの震え──脈動が波打つのを感じ取る。

 ドクン……

 ドクン──

 自分の心臓とその音が重なり合う。そのうねるような音の中をかきわけるように意識が核に結び付く。

 意識が明瞭になる。震える胸の鼓動がエンジンとシンクロする。

 めまいも気持ち悪さも吹っ飛んでいた。今やローラはMHと一体化していた。

 この滅茶苦茶な状況なのにMHをどう動かせばいいのかを本能で理解する。考えるよりも先に体が動く。 

 その瞬間から時は加速して動き始める。

 

「カウントゼロだ~~! おら~~!」

 

 デコースのデボンシャが駆ける。

 ローラはその動きをまるでスローモーションのように感じる。

 迎え撃つ軌道を予測して一歩踏み出す。その機のタイミングをはっきりと理解していた。

 だが、その一体感はほんの数秒のことだった。

 

「あれ?」

 

 デボンシャを迎え撃つバルンシャの軌道がわずかに歪む。

 次の瞬間見えたのは地面だ。操縦のコントロールを失い、すぐ目の前に地面を見た。

 ぶつかる──

 それから無意識に体が動いていた。自分がナニをしたのかも自覚しないままに。

 

「にゃんだと~~!?」

 

 デコースが叫ぶ。

 台地が爆発するように大量の砂を巻き上げる。それは竜巻となってデボンシャへと襲い掛かった。

 その本流の中にピンクのバルンシャがある。きりもみするように真っすぐデボンシャへと突っ込んでいく。

 超高速で振動しながら残像と分身を繰り返す。光速に近い超音速の突撃だ。巻き起こったソニックブームがすべてを吹き飛ばす。

 

「どっせぇ~~~~~!!」

 

 その範囲から逃れるのではなく突っ込むようにデボンシャが跳び、光剣が回転するバルンシャの腕を正確に切り落とす。

 ソニックブームの乱気流を逆利用した突撃の技だ。

 腕を失ったバルンシャに抱き着くと軌道を変え、デボンシャは大地を蹴る。その脚部は一瞬で粉砕され、少し勢いを落としてきりもみになりながら二騎のMHが大地を削っていく。

 

「ぎゃ~~っす!」

 

 バルンシャを抱えていたデボンシャの腕が摩擦と破壊的打撃で砕け散る。もぎ取れた腕が空に舞った。

 ようやく勢いを止めた二騎のMHから激しい熱が放出されて、あたり一面を蒸気で真っ白に染め上げた。

 溶けた装甲が関節部と融合しいびつな形に折り曲がっている。

 

「ち、ちびるぜ……おぇぇ~~」

 

 げんなり顔のデコースが突っ伏す。

 バルンシャの中の二人は完全に気を失っている。

 戦いの様子を見守っていたラキシスが安堵の息を漏らした。

 

「どうやら決着がついたようだね」

「マスター、こうなるとわかってらしたんですね?」

「まあね。兄妹喧嘩だし。ちょっと派手すぎるけど」

 

 コクピットでソープがくすりと笑う。

 そして──ユーバーは意識を取り戻した。先ほどからエア・ドーリーからの回線が主に呼びかけを行っていたのだ。

 ヘルマイネを立ち起こせず、ユーバーは怒りをコンソール画面に叩き付ける。

 

「奴め」

 

 モニタに映ったナイト・オブ・ゴールドの姿を見て、ユーバーの血走った目に狂気が浮かぶ。

 

「デコースの馬鹿者め……裏切者ばかりだ。わしだ。聞こえておるか! あの化け物ごとバスター砲で吹き飛ばせ!」

『危険です。近すぎます! 部隊の回収を!』

「つべこべ言うな! あの怪物はバスター砲以外で倒せるか!」

『りょ、了解!』

 

 エア・ドーリーに積まれた砲台が照準をナイト・オブ・ゴールドに定める。

 

「マスター、バスターロックです」

「なあに、こっちにだってあるさ」

 

 ナイト・オブ・ゴールドが背負った武装を解除する。

 半折れのバスターランチャー。通常ならそんな運用をするMHは存在しない。

 その足元では焦るバギィがバルンシャのコクピットからジィッドを引っ張り出す。

 

「げげ、なんちゅーこっちゃ。ジィッド、しっかりしろー!」

 

 真後ろにはバスターロックな赤いドーリー。背後には黄金のMH。そいつがバスターランチャーを構えている。

 

「おぼぉ……ゲフ。あのやろ~~~」

 

 意識を取り戻したがすぐに動けないジィッドを肩から抱えてバギィはひたすら走る。

 

「やべえなんてもんじゃねえっ! とんだビンボーくじ引いちまったぜ!」

「くそ! あんにゃろ~~ まだ勝負は終わっちゃいないぜ!」

「じたばたすんじゃねえ! このバカタレが!」

 

 放出された過電圧の電流がナイト・オブ・ゴールドの周りで弾ける。それは黄金の装甲をさらに光り輝かせる。

 バギィは走る。神の怒りによって滅ぼされたというソドムとゴモラから逃げるようにわき目も振らずに一心に走った。

 

「当たれぇ!」

「バスター砲だとぉ!?」

 

 バスターロックより早く撃ち出されたエネルギーがすべてを明るく照らし出す。

 それは驚愕のユーバーを飲み込み、エア・ドーリーを真っ白に染め上げる。

 

「どひゃあ!?」

 

 二人が岩陰に飛び込むと同時に巻き起こった爆風が頭上を通過して、その衝撃でさらに吹き飛ばされる。

 すべてを消滅させるバスター砲のエネルギーが収束して円形状のドームのように大地を覆った。

 その様は遠くバストーニュからも見ることができた。ありとあらゆる人々がその光を見た。

 ユーバーを滅ぼした神の光を。

 すべてが原子ごと分解され無に帰る。そして宇宙の爆発のごときエネルギーは亜空間を突き破り吸い込まれて消えていく。

 すべてのできごとを眺めていたのは神のみではない。空に浮かぶ二つの影があらましを見届けていた。

 それは一組の美しい男女だ。

 パラ・ギルドの紋章付きのゆったりとした服を着た若い女と、同じく若いが古代のデルタ・ベルンの和服に身を包んだ男だ。

 

「どうやら一件落着のようだね。御大自ら手を下すとはよほどのことだ。ラキシス、運命の糸をその手に取るか」

 

 男が扇子を広げてその端麗な顔を隠す。

 

「東(あがり)、見ているだけって約束破ったわね」

「私は約束なんてしていない。リンス、君だって黙ってあっちで留守番していられなくて来た口じゃないか?」

 

 リンスと呼ばれた女が顔を上げる。その面差しはどこかクローソーにも似ている。

 

「私は……ソープがリトラーから巣立つのを見届けに来ただけよ。あの女の子に助言したでしょ?」

 

 リンスはデコースを前にしたローラに東が助言をしたことを見抜いていた。

 

「デコース・ワイズメルの妹。面白いね。私としてはデコースを見に来ただけだったんだが、思わぬ拾い物をしたかもしれない。ん?」

「リトラー……」

 

 二人の前に高次元霊であるリトラーの姿が浮かび上がる。

 

『別れは済ませました。あなたたちともこれでお別れです。さようなら……』

 

 その言葉だけ残してリトラーは消えていく。

 

「では私も消えよう。後始末は任せるよ」

「もう、東ったら。いつもそうなんだから。でも、よかったわね、ソープ」

 

 東の後を追ってリンスも立ち去るのだった。

 

「マスター、船です!」

 

 ナイト・オブ・ゴールドで寄り添うアマテラスになったソープとラキシスの元へ迎えのベル・クレールが到着する。

 こうしてラキシスはアマテラスの元へ嫁いだ。

 星団歴二九八八年のことである。

 この年を境にアマテラスは守護神リトラーと別れ、光の神として独り立ちを始める。

 それは全星団を巻き込む悲しい運命の始まりでもあった……

 そして、このファイブスター・ストーリーズという神話のオープニングでもある。

 恐るべき力を持つ運命の三女神の話はまだ続くのであるが…

 

 

「くぉら、ローラ! あっぶねえじゃねえか! ありゃ、おめー。ブレイクダウン・タイフォーンだっちゅうの! ボクじゃなきゃ死んでたぞ~~~!! お尻ペンペンだぁ~~~!」

「いた! 痛い! 謝るから! ごめんなさい!」

 

 溶解したコクピットをこじ開けたデコースがローラを出して現在おしおきモードだ。

 ローラのお尻は真っ赤に腫れ上がる。

 バシンバシンとお尻を打つ音が響くたびにエルカセットがおろおろとする。

 

「あうう。マスターを苛めないでください~~」

「そこのファチマも反省しやがれ! あんなあぶねー技使いやがって! 次使うときは完全にマスターさせろ! お前らわかったか!」

「わ、わかった……」

「ひゃ、ひゃい!」

「よーし……」

 

 長い折檻が終わってローラのお尻はヒリヒリ痛い。

 

「じゃあ、ボクはずらかるぜ~~ 豚公がやらかしてるから指名手配くらいかかってるだろうしな」

「おにい……行っちゃうの?」

 

 ローラの頭に大きな手が乗せられる。

 お父さんみたいに大きな手だ。こうされるのはたぶん初めてだ。

 

「おりゃー、一つのとこにじっとしてらんねえ質なんだよ。それにめんどー見てやらねえといけねえ連中もいるしよ。カステポーに帰るさ」

「うん……」

「お前は」

「ん?」

「お前の道を行きな。みじんこで埋め尽くす世の中とか笑えるしよ。じゃーなー」

 

 ポケットに手を突っ込みデコースは背中を向ける。その先に土埃にまみれたバギィとジィッドがいる。

 オレンジ頭が中指を立てる。なんでお前はドヤ顔なんだよ。

 こいつも全然反省してないな……

 

「バーカ」

 

 同じくやり返す。三人はまだ稼働するバルンシャに乗り込むといずこかへと去っていった。

 残されたのは壊れて動かないデボンシャとバルンシャ。エルカセットの二人だけ。

 

「マスター。やっぱり、マスターは私が信じた通りすごい人でした!」

 

 抱き着かれる。まったく、あんなことするなんてほんとにとんでもない子だ。  

 

「で、誰から教わったって?」

 

 ジト目でエルを見る。

 

「え、ええと…… あ、マスター!」

「ごまかした」

「違いますぅ~~~ リョウちゃーん!」

「はい?」

 

 かげろうかと思ったが半ば破壊された街道の向こうに二つの影が揺らぐ。

 

「あれ、BB?」

 

 リョウのランプが点滅してアームが手を振るように振られる。その隣にいる禿げ頭の巨漢はBBであった。

 

「ローラ!」

「PIPOPIPO~(おーい、みんな~)」

 

 その声にエルカセットの手を取る。

 

「行こう。んで、帰ろう。私たちの家に!」

「はい、マスター」

 

 二人の元へ駆け寄って再会を果たす。

 

「あれ、ベトルカはこっちで合ってるよね? モラード先生、怒ってるかなぁ……」

 

 夕焼けに四つの影が伸びてローラは歩き出す。懐かしい我が家に向かって── 



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【最終話】旅立ちの日…そして

 年が明けて星団歴二九八九年初頭。アドラー、ベトルカのモラード邸──

 

「これも悪くない……こっちもいいなあ~」

 

 くるりと鏡の前でローラは一回転する。その動きに合わせて紫のマントが揺れた。

 マントはこの年頃には持て余す大きさだけど、もっと身長が伸びればちょうど良いくらいになるだろう。

 帽子をかぶれば……ちょっとまだでっかいや。

 帽子とマントについてる羽ペンマークはバルチック・アカデミーの模様だ。

 斜めかぶりでずれた帽子の位置を直して完成だ。うん……もうちょっと二度くらいかな? よしよしっと。

 ショートネクタイはちょっと大人っぽすぎるかなあ……リボンも可愛いのだけど……

 鏡の中の晴れ着姿の自分はマントを着ているだけで何だかえらいっぽい雰囲気が出るのだから不思議だ。

 これから行く場所は博士号や教授の肩書を持ってるのなんて当たり前の世界。星団の権威たる学び舎、シュリーズ・バルチック・アカデミーなのだ。

 あー、ちょっとだけドキドキするかも……

 

「お、なかなかいい感じだ。まさに生まれたばかりのヒナだな~ ピヨピヨ~ん」

 

 ふざけたセリフで登場のモラード先生がピヨピヨ言う。

 

「先生、そこは初々しいって言う言葉があるんですけど?」

「巣立ちの一歩だな~ せんせーは嬉しいよ」

 

 泣き真似モードでおよよするモラード。

 モラード先生もバルチック・アカデミーの卒業生だ。かのエストもアカデミーで創られた。

 アカデミーに所属した時点で世間一般的な義務教育の枠から外れているといえよう。

 仲間の間でもまれて独り立ちしろよ、とモラード先生がさっさと入寮手続きを済ませている。

 わたしの研究を続けるためのスポンサーも探して来いと言われている。

 ぶっちゃけ営業トークはかなり苦手デス。

 しかし金食い虫な子が二人もいるので小学生でも出稼ぎせねばならない財布事情なのである。

 というのは、まあ冗談だけどね。

 ファティマの維持コストはアカデミーに入れば研究施設関連を自由に扱えるようになるのでそっちのケアに費用はあまりかからないそうだ。

 その代わり、専門分野の研究で結果を出して世に知らしめるのがアカデミー流だといえる。

 ファティマ・マイトであればエトラムルやファティマを作製して発表して国などからのお買い上げ金で資金を確保する。

 研究者の道を追求するのであればそれは避けられない道だと先生に言われている。国家や企業のバックアップを確保できれば研究も楽にはなる。

 まあ、それとは別に医療関連の薬や機器開発でお小遣い稼ぎとか。

 モラード先生なんて持っている特許が百を超える。我が家にあるグミ歯磨き粉もそんな発明品の一つらしい。

 特許と発明だけで自分の暮らしが立てられるならいいんですけど……

 

「PIPOPUPUPO~(いかすぜローラ~)」

「あんがとよー」

 

 工房でリケアされてピカピカボディのリョウはご機嫌だ。

 リョウにはそろそろ外部アセットをいじったコミュツールでもつけてやろうかと試行中。

 PIPOPIPOばっかじゃ騎士には伝わらないから独立したアンテナツールをデザインしている。

 そのデッサン画はベッドに放りっぱなしだ。ダスニカ学習帖の見開きに真ん丸なデザインはどうみてもハロ。

 騎士のコクピットにおけるサイズを考慮したらこんな感じになった。

 持ち運びも簡単でハロ型外部アセットは神経を繋げたリョウと常にリンクする。センサー範囲内であれば勝手にリョウについていく。

 ハロそのものに思考能力はない。言語翻訳機能に特化させている。

 デザインを見せたらエルが工具を持って張り切って作成中だ。ここ二日ほど見てないかも?

 あの子かなり器用だしね……

 

「いただきまーす」

 

 手の平を合わせていただきます。

 本日、モラード家で食べる最後の食事になる。お昼ご飯はモラード先生が作った。

 荷物やらなんやらはBBがまとめてディグに積んでくれた。彼も同時に家を出るけどどこに行くかとかの話はまだ聞いていない。

 自分の本当の主人を見つけに旅に出るのかな、と思っている。

 シュリーズまでBBがディグで送って行ってくれるというので甘えることにした。

 この家での賑やかな日々にサヨナラするかと思うと何となく気もそぞろになる。食べ終わったら出発だ。

 食卓にBBとエルカセットの姿はない。どこにいるんだろ?

 

「お、電話だ。一体誰かなあ~」

「ん?」

 

 モラードが立って対応に出る。

 ローラはブロッコリーと格闘しながらもぐもぐと頬張る。

 

「おい、ローラちゃんに友達からだぞぉ~」

 

 何となく態度がわざとらしい気が……

 

「誰から?」

「ジンクだ」

「ジンク博士? 何で?」

「いや~ 何だろうなぁ~」

 

 モラード先生、絶対なんか態度がおかしい。まあ、いいか……

 ローラが対応に出る。モニタにジンクの姿がある。博士はロッゾの自分の工房にいるのだろうか?

 

「こんにちはー」

「やあ、こないだぶり」

 

 こうやって会うのは久しぶりだ。

 

「ささ、ジンクに晴れ着を見せてやれよ~」

「あ、うん」

 

 モラード先生がマントを帽子を持ってくるのを受け取る。

 マントを羽織って帽子をかぶればヒナ・マイト「レベル1」の完成だ。

 

「よく似合ってるよ」

「ありがとうございます」

 

 ちょっとこそばゆい。

 

「あまり時間がないから単刀直入に行くよ。その姿を一番見たいって人があんたに会いたがってるんだよね」

「え?」

 

 ジンクが下がってモニタから一瞬消える。そしてグレーのスーツ姿の男が座った。

 その顔にローラは手を震わせる。

 嘘……

 どうして……

 

「ローラ……」

 

 その声は深く、とても懐かしい響きだった。

 

「おとう……さん」

 

 しわの刻まれた顔。優しい眼差し。遊んでくれたときの大きな背中。

 すべてが記憶にあるままの父の姿がある。

 そして、手を横に伸ばした父の手を握って現れたのは──

 

「ソアラ……二人とも。何で……」

「お嬢様……」 

 

 ファティマ、ソアラ。

 わたしの家庭を壊した。そしてわたしを包み込んで育ててくれた人。

 ひどい言葉で何度も傷つけた。

 お父さん。

 わたしは逃げ出した。自分の罪から。そのとき、わたしは家族そのものを捨てた。

 二度ともう会えないものと思っていた。だって、わたしの罪は決して許されるものじゃないから。

 学校でいじめられて世界は壊れかけた。

 二人に投げかけたひどい言葉。その言葉は百倍醜い言葉となってローラの胸の内に突き刺さったままだ。

 戻れるならば戻りたいと願った。

 許されるのであれば許されたいとも……

 それが、今こうして目の前にいる。たとえモニタ越しでも。

 

「わたし……見て。このマント。ちゃんとして見えるかな?」

「ああ、素敵だよ、ローラ」

「ええ、とても……」

 

 二人の返事に頭を振って応える。言葉が詰まってしまう。

 もう泣かないって決めたのに……

 

「わたし……もう誰も傷つけない。ちゃんとしたマイトになって病気の人やケガした人を救ってみせる。だから。だからね……見ててほしい」

「見ているとも。そして聞いてくれ」

「うん……」

「事の経緯は全部ジンク博士から聞いたよ。お前が一番つらいときに側に寄り添ってやれなかった。お前を助けてやれなかった。済まないと思っている……」

「仕方ないよ……全部わたしがやったことなんだもの」

 

 逃げたのはわたしだ。家族からも、現実からも逃げた。

 相談なんてできなかった。お父さんのカードを勝手に持ち出して泥棒もした。

 逃げて、逃げて。また人を傷つけた。沢山の人に迷惑をかけた。

 そして今ここにいる。

 

「私はいつも仕事ばかりしてお前の側にいてやれなかった。不甲斐ないせいで母さんも出ていった。全部私の責任だ。あんなことが起きてしまったのも」

「それは違うよ。自分を責めないで」

「ああ……後悔ばかりだが、私には一番の誇りがある。お前という娘を持てたことだよ。私が送り出したもので人生最大の喜びはお前だ。神様が送ってくださった最高の贈り物だ。それは今でも変わらないよ」

 

 隣で寄り添うソアラが父の手にその手を重ねた。父とソアラのローラへ向ける眼差しは、あの、過ぎ去った日々のままだ。

 ローラは手を伸ばしてモニタに触れた。二人の姿をもっと近くで見れるようにと。

 

「愛しているよ。言葉一つでは足りないくらいに」

「お父さん……ソアラぁ……おとうさん! ソアラ! ヒック……わ、わたしも大好きだよ……」

 

 とめどなく気持ちが溢れてこぼれた。堰を切ったように落ちた感情は胸を熱く締め上げる。

 それから声をあげて泣いた。全部がぼやけて見える。喉が締め付けられるように感じる。

 少し離れた場所でこっそりとモラードが見守る。その懐で着信が鳴った。ジンクからだ。

 

「ジンクか。ごくろーさんだな」

『手配したのはモラードでしょ? クバルカン側に働きかけてくれたから面会はあっさりだったよ。ロージン博士はクバルカンの機密研究に関わってるみたいで、あそこの機密情報自体がトローラ・ロージンだってこと黙ってたわね』

「おほほ~ばれたか。あの親子に関してはもう誰もちょっかいはださせん。ローラが自分で自立するまではな。切るぞ」

 

 そして煙草をくわえて一服。背後で扉が閉まる音が響く。

 目を赤くしたローラがおずおずとモラードの前に立つ。

 

「先生、お父さんにちゃんと伝えられたよ……」

「ああ」

「ありがとう……」

 

 ローラはモラードに抱き着いてぐずついた顔を押し付ける。

 モラードが抱いてその背中をさすった。

 

「良かった、良かった。涙のお口直しに甘いスイーツでってのはどうだい?」

「そのスイーツ乗った」

 

 ローラはぎこちなく微笑んで返す。

 思い切り泣いて、もう何も怖くなくなっているのが不思議な気分だ。

 涙はしょっぱかったけどデザートは冷たくて美味しいアイスクリームだ。喉元で溶けてすっと胸の内に収まる。

 出かける時間になって自分の手持ちカバンを持って先生と玄関から出た。

 胸いっぱいにベトルカの緑のにおいを吸い込む。この家ともしばらくはお別れだ。

 道で出迎えるのは三人だ。送ってくれるBBにエルカセット。リョウもいる。

 

「さあ、行ってこい」

「うん。先生、行ってきます!」

 

 元気よく返してローラはディグへと歩き出す。未来に続く道への第一歩だった。 




おしまい(´・ω・`)
エンドは【瞳の中のファーラウェイ】を聴くといいよ


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二部一章 ジュノーの戦い(2989) 【1話】開幕

 星団歴二九八九年某日──季節は春から夏へ移ろいを迎えようとしている。

 アドラー──シュリーズ共和国の首都ダルメクスタンは学術都市とも呼ばれている。政治家や学者を輩出することで知られていて多くの学院が存在する。

 その中でもひときわ名高いのがバルチック・アカデミーと呼ばれる機関だ。数多くの学徒らがアカデミーに集い日々を研鑽に勤しんでいる。

 そんな探究の世界も、息抜きに街に出れば開放された雰囲気に包まれてのんびりとカフェで一杯となる。

 洒落た喫茶店の表のテーブルに陣取るのは一人の銀髪の少女だ。年の頃は地球年齢で言うと八~九歳児ほど。

 こんなところを保護者同伴なしで歩いてたら職質されてしまうが肩に羽織る紫のマントを見ればたいがいはスルーであった。

 他のアカデミーのマントを着た姿もある。周りを見れば学徒の姿をどこでも見ることができた。

 ここらではバルチック・アカデミーが一番である。

 昼下がりののんびりした空気はひたすら眠気を誘う空気。

 ローラはふわぁ……とあくびをしてからぼやく。

 

「どいつもこいつも言うこと全部同じ。のーみそ凍り付いてるのかしらん」

 

 ふくれっ面をしながらフルーツ満載のパフェを口に運ぶ。お小遣い二日分の奮発だがこれくらい発散しないとやっていられない。

 そう、ローラちゃんは今日は大変ご立腹なのだ。誰が聞いているわけでもない独り言をぐちる。

 

「あの人たち……すばらしー、さすがはアカデミーの宝ですな、なんて言った後に、だが、いや、しかし! 博士の研究は実に斬新ですがうちの設計プランには壮大でして、これがかかりますのや。うちの売りは安くて、早くて、うまいがモットーでして」

 

 マネー、マネーと親指でわっかを作る。

 

「吉野家か!」

 

 テーブルをドン! と叩いた。飛び上がったスプーンがグラスの中でカランと音を立てる。

 騎士のパワーで殴ったらテーブルなんて真っ二つであるが、生体コントロールで普段の力はふつうの大人三人分くらいまで抑えているのでかなり控えめである。

 

「ひゃんっ!?」

「あ……すいません……」

 

 通りすがりのびっくりしたおばさんに謝って肩をすぼめる。

 張り切ってプラント工場での研修講義という名目で自分の理論を経営陣にアピールしに行ったのだ。

 その対応は無礼ではないもののかなり慇懃に遠回しに拒否された。

 今日訪問したエトラムルの生産プラントはアドラー第二位の企業が出資している。かなりの有望株であったから期待したのだがまったくの空振りであった。

 ローラが持ち込んだエトラムル設計理論などまったく見向きもされなかった。

 理論の実現への投資には莫大な資金がかかる。それをする財源がある企業は限られたものとなる。

 それには理解が欠かせないのだが、利益重視体質の経営陣ははなから耳を傾けようとしなかったのだ。

 エトラムル・ファティマの市場は完成されていて、ファティマ経済需要においては人型ファティマの産業とは競合することがない。

 企業はファティマに近づいたエトラムル・ファティマなど求めていない。

 ローラの盛り込んだ理論は市場原理を混乱させるものでしかないのだ。 

 そういった既得損益と利益の天秤にかければローラの理論は経営陣を当惑させるものでしかなかった。

 売り込む相手を間違えていた。かと言って他に当てがあるわけもない。

 モラード先生くらい有名なら話は別だけど、師のすねをかじって仕事にありつくなどモンスター・ペアレンツすぎて矜持に関わる。

 こうなっては意地でも自立しないとと焦りの気持ちははやるばかりだ。

 

「そりゃ、初期投資にお金がかかるよ。でも、一からニューロンを構築して学習能力を飛躍的に上げるだけでもかなりの改善ができるのに、あいつらってば目先の金だけじゃん。別に話したり、動き回ったりするわけじゃないのにさ」 

『そーねー』

 

 端末の向こうでてきとーに返事を返すのはナイアスだ。

 

「想像よりもだいぶキビシーデスよ……でもお金ないとなんもできないよねえ……」

 

 地面に届かぬ足をブラブラさせながら、思考をふわふわと構築したばかりの理論に漂わせ現実逃避する。 

 

『そんじゃーさ、遊びに行こうぜ。ぱっと気晴らしにソラでも上がって泳ぐに限る』

「ハハ、ソラって宇宙って書いてソラ?」

 

 ローラは青いお空を指さす。雲一つない。まさにこのままソラの旅に出てみたい。

 

『そーよ。アタシもヤボヨーがあって結構あちこち行くし、あんたも乗っけてやるよ』

「え? ホント? マジで言ってる?」

『辛気クセー禿のツラばっか見てると腐っちまうよ。マジだよマジ。三秒で決めな』

「行く!」

 

 即答で決める。

 今日のプラント訪問も実は乗り気ではなかった。本命外にも何件か当たったが回答はみんな似たり寄ったりだ。

 連中は冒険するつもりなし! だったら、わたしは冒険してやる。ちょっとヤケだけど。

 クサクサしたこんな気分ともおさらばできるのならどこだって行く。

 

「でも、ねーさんもお仕事あるんじゃないの?」

 

 お披露目で別れてからナイアスねーさんはフィルモアに戻ったみたいだけど、シルチスのどの騎士団にいるのかはまだ教えてもらってない。

 あのときは白騎士の格好だった。白グループといえば皇帝騎士団のはずだ。 

 

『うちの新人を勧誘しに行くのさ。腕も確かめついでさ。目星付けてるのがみんなソラの上ってわけ』

「団長さんなのに?」

『団長さんだからさ。自分の目しかあたしは信じないからね』

「ふーん……」

『そんじゃ決まり! あんたがいる方が楽しい』

「わたしも!」

 

 話を終えて予定を端末に入力して立ち上がる。足元に置いといたボールを拾ってスイッチを入れる。

 これはボールではありません。HALO零号機。現在特許出願中である。

 HALOと書いてハロ。ガンダムネタでてきとーにスケッチしたらエルカセットがひな型を作り上げた。

 研究所での最初の作品がコレなわけ。

 ハロはピョンと手の平から飛び上がると、重力に逆らって空中を弾みながらローラを認識する。

 

「ヨ! ヨ! オハヨ! ローラ、オハヨ!」

「もー夕方だよ。ラボに帰る」

「ヤダ! モットアソボ! ナンパ、シヨウゼ!」

「お茶してお金払うのわたしなんですけど……一日のお小遣いは二フェザーって決まってるの」

 

 ハロは回転しながら重力制御を真上に展開した耳部分(二つ)で行っている。

 これには高度な技術は使ってない。ドローンの技術応用で作られたものだ。

 重力制御装置はエルカセットのアイデア。

 表面の金属っぽいのは緩衝素材と金属を混ぜた合成素材で作られている。人にぶつかっても怪我をしにくい設計だ。

 コントロールを行っているのはエトラムルのリョウだ。

 リョウ本体は研究所のわたしのラボにいる。エルカセットがボディをメンテナンス中なのでお留守番だ。

 遠隔操作で音声変換装置を備えるので騎士とのコミュツールとしての運用を考える。

 といっても元々の考えにはなかった代物なわけで、何となく書いたものがすぐに実現できてしまうジョーカーの技術であった。

 

「オ! カワイコチャンハッケン! カワイコチャンハッケン! ヘロー」

「お黙り」

 

 通りがかりのキレイなおねーさんによそ見するハロを抱えてローラは研究所がある方に向かって歩き出す。

 ラボでお泊りなんて珍しくもない。古参などアカデミーから一〇年くらい一歩も表に出ないようなツワモノもいるし、そこで仕事を受注している職人気質の研究者も多い。

 変わり者が多いし、世間ずれした人たちだけどわりと相性は良い方だ。

 みんな親切だし、ちっちゃい女の子なんて大学から来たひよこ研修生にもいない。

 でも、わたしの論文を読んだ若い子(学生さんだと思う……)が来て握手を求められたときは驚いた。

 その後も同じようなことあったし。結構それに励まされたりもした。

 アカデミーに来て二か月目。現在、スポンサー探しがわたしの仕事となっているが営業できないのが難点かもしれない。

 造り笑顔とかゴマすり苦手……トホホだよ。

 アカデミーの門を抜けて研究所がある建物に入った。警備は厳重でアリの子一つ入れない(らしい)。

 

 ローラは知らずだが、その後を追う男たちがいた。何人もの黒服サングラスの男たちがアカデミー前で張り込むように立っている。

 そしてもう一人、遠く離れた丘の上からアカデミーを見下ろす位置に白いオープンカーがある。

 そこに一人の女がいた。

 機械的な服装は前時代的なファッションスタイルを強調するもので、メタリックシルバーが金属的に光を照り返す。 

 帽子のように見えるかぶりものもいくつものチューブが繋がり服と一体化している。

 細身に見えるが服の下の筋肉は鍛えられ引き締まっている。

 

「トローラ・ロージン。時代はお前を求めている。いや、私がか……こちら”ワルサー1”。諸君、これより”解禁”の時間だ! ”獲物”を確保せよ」

 

 無線にそう告げると女はエンジンを吹かしてディグが動き出す。

 そしてローラの運命も新たに走り出していた──



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【2話】ローラ争奪戦

 宇宙港(エア・ポート)──現在、宇宙(そら)への入り口にローラはいる。

 半ズボンにシャツというラフな出で立ちで小さなリュックを背負う。髪はめんどいので後ろで一まとめにしている。

 その姿から旅行者という雰囲気はない。たまたま遠足気分でやってきたという感じだ。

 空の上のステーションへ上がるエア・バスを停留所で待っているのだがしばらくはやってきそうにない。

 エルカセットたちとは軌道ステーションで再会予定デス。あの子、ファティマだからこういう公共の場で連れてるのは不味いんだ。

 必要な荷物なんやらはエルカセットがリョウと一緒に先に運び込んでいる。ローラの連れは足元に置いたハロだけ。

 

「後、ニ〇分は来ないか……」

 

 時刻表を確認してローラはベンチに座ると、退屈しのぎに端末を取り出して遊びだす。

 ハロの起動スイッチが入ってポンと軽く跳ね上がる。

 

「ハロ、ハロー」

 

 端末と連動させてラジコン気分で動かせるようにしてある。これくらいの改造はわたしでも簡単にできる。

 リョウとのリンクは今は切ってある。内蔵の思考AIはこのサイズであればその程度というほどしかなく、小型パソコンくらいには役に立つかもというレベルだ。

 AIの基本部分はリョウで構成しているので、独立したミニサイズのおバカなリョウだと思えばいい。

 なお、演算とか難しいことは市販の電卓レベルなので期待してはいけません。本物のファティマの頭脳と、それを生かす機器あってこそ真価を発揮できるのです。

 このモードで画像や映像を蓄積し、本体へアップロードすれば学習にも役立つかもと連れまわしている。 

 学習用ロボットで似たようなのがすでに特許で取られているから、商品として扱うにはもう一つ上手い売り込み方法が必要ではある。

 なーんて、お金のことは今は考えたくないのになぁ……

 

「ぐりん、ぐりん」

 

 ハロが操作に合わせてポンポン跳ねる。自動バランサーで障害物はきっちり避ける仕様だ。

 ちなみにオートにしとけば勝手については来る。

 背後からの興味深げな視線に気が付く。待合の椅子にはローラの他に一人しかいなかった。

 こっちをジーット見ているのがわかる。その子は何というか……ちょっと変わっている。

 ツインに分けた髪をぐるっと巻いて巻いて垂らしているものだから髪のボリュームが半端ない。もしかして盛ってるのかしらんとローラは手を止めて見返す。

 来ている衣装も和風……いや中華っぽいドレス? うーん、髪はどっからか付け足してるのん?

 ローラの視線にその少女がにっこりと笑い返した。

 

「あはは、こんちはー」

 

 アジア系の文句のつけようもないくらいの美少女で、年頃はローラとそう変わらない気がする。

 

「お主、一人か?」

「そう」

「ふうん? 今日は良い天気じゃの。どこへ行くのじゃ?」

「えー、どこかなあ? まだ聞いてないや」

「どこへ行くのかもわからぬ旅かや。面白そうじゃの」

 

 この子、独特な話し方するなぁ……まあ、何となくだけど、ふつーの人々じゃないよね? どっかの貴族とか王族さんなの?

 

「わらわはボォスに行くつもりだ」

「へえ、観光とか?」

「それが営業なのじゃ~ 新たな発注で大忙しなのじゃ~」

「営業……って何の?」

「新商品の開発が上手くいってのー。お得意様からの接待があるのじゃ~ しかし、新しく衣装を下ろすにも金がかかって敵わぬ。一張羅で頑張るにもシアン夫人の助けがいるくらいでの」

「さりげなく高級ブランド名出してますね」

 

 近頃のジョーカーは未成年労働に関して寛容なのか、この子が特殊なのか……

 自分も似たようなものだけど、と心の中で付け加える。

  

「宇宙の旅はいいのう。いつも上にあがるときはこうドキドキする」

「そうだねー」

 

 ドキドキっていうか、わたしの場合、あまりいい思い出ないんですけど……

 追っ手を逃れてボォスに向かう船に密航したり。さらに逃げてユーバーの船でこっちまで来たりと逃げてばかりのイメージががが。

 この旅もねーさんに誘われなかったら今頃暴れてたかも。

 

「ところでそれは何じゃ?」

 

 じゃーじゃー少女がローラの足元のリョウを指さす。

 語尾に「じゃ」を付けてるからじゃーじゃー少女と呼ぶことにしよう。

 だって、まだ名前聞いてないしね。

 

「ハロっ! ハロっ!! オジョーサン、コンニチハ!」

 

 ポンっと跳ね上がったハロがカメラアイでじゃーじゃー少女を撮る。

 リョウに感化されてか端末AIにもしっかり性格は受け継がれている。

 なお、これまで撮った画像はローラの姿が一番多かったりするのだが……そのたびに削除してやる。

 

「これはどこの新作かや?」

 

 興味津々といった風にじゃーじゃー少女がハロと睨めっこする。

 

「まだ開発中なの。ハロっていうんだ」

「お主が作ったのか?」

「まあ、基本設計はね……」

 

 後はエルが勝手に作ったんだけど、商品化は程遠い。デザイン的に女性には受けそうではある。

 今はリョウの端末デバイスに過ぎないし、ペット的玩具にするのであれば、単一AIとしての機能しか持たせられない。

 あくまでも、リョウの拡張インターフェースなのだ。 

 

「お主はハロか?」

「オレ、ハロ! ハンサムネーム!」

「ほう、ハロというのか」

 

 ローラはそっちのけでじゃーじゃー少女はハロと対話を始める。彼女の対応はハロに任せることにする。

 エア・バスを待ちながらローラはエア・ポート案内の栞を開いて眺めるふりをする。

 ほどなくして案内電子板に到着まで二分の掲示が出る。 

 

「来たようじゃ。ハロは返すぞ」

「うん」

 

 降りてくるエア・バスが見える。普段使ってるバスにもいろいろな形があるんだけど、ステーションに行くのは流線型の平べったい大気圏も飛べる宇宙船でもある。

 バス停上から垂直に降りてきて停まるとプシューっと扉が開いた。

 

「あれ……誰も下りないの?」

 

 乗る前に誰か降りるかと思ったら、数人が降りただけ。まだ乗ってるよね、と中を確認する。

 どうやらまだ中にいるようだが折り返し乗車したままらしい。

 ふつーは降りるんじゃ……とローラは首を傾げるのであった。

 

「お主、乗らぬのか?」

「えーと」

「お客さん、早く乗ってくださいよぉ。時間ないんでね」

 

 ごっつい強面の運転手がギロリとこっちを見る。

 おわ、でかい……何だか怖い人がいるよ~

 

「すいませんっ! すぐ乗りますう~~!」

 

 ハロを抱えてじゃーじゃー少女と一緒に乗り込む。扉は閉まってすぐに走り出していた。

 えー、何ですかこの違和感は……ひしひしと張り詰めた殺気っぽいのを感じるんですが……

 

「こ奴らはお主の知り合いか……」

 

 座席を前に、ぼそっとじゃーじゃー少女がローラへ耳打ちする。

 

「いーえ、ゼンゼン」

 

 緊張で喉が渇く。だってさ、このバス……なんかおかしいよ~~~!

 全身黒づくめスーツにサングラスの男たちがずらりんと座り、一斉にローラたちを見るのだった。

 眼光は鋭く、ギランとつやびやかな黒靴を光らせ、葉巻でも咥えれば完璧という出で立ち。

 そんなのが十数人もいるとかどうなってるの?

 さっき降りなかった人たちっぽい……

 ヤクザさんの集団旅行なのかしらん? とそのままuターンしたい気持ちになるものの、すでにバスは空の旅だ。

 

「そこ、空いてるから座ろう~~」

「うむ」

 

 後ろの方の空いてる席二つに座って絡みつく視線から逃れる。肩身が狭すぎて困る。

 明らかにこっち意識しすぎでしょ~~! この人たち何なの~~!?

 パンフで顔を隠しながら黒ずくめの男たちの様子を見る。全員体格が良いし、油断がない。

 やっぱり、こいつら騎士だ……

 

「どうやらVIPはお主じゃのー。もてもてじゃー」

「こういうのはもてもて言わんでしょ……」

 

 心当たりは……じぇんじぇんありません。マジです。たまたまどっかの騎士団さんと遭遇したとかそういう偶然だと思うことにする。 

 シートベルトを付けて備える。エア・バスが大気圏を抜ける。ステーションまではそれほどかからない。

 宇宙空間に出てから見上げればステーションのイン・ポート部分がぽっかり開いているのが見える。そこからドッキングして出国手続きを済ませる。

 とりあえず、降りるとこまでは順調だ……

 バスから男たちが降りていく。全員いなくなるのを待ってからローラたちはその後に続いた。 

 

「なじぇ……ついてくるの……」

 

 二人の後を黒スーツたちがぞろぞろと付いてくる。出国手続きの所まではわかるんだけど…… 

 

「すいませーん。トローラ・ロージン様でしょうかぁ……」

「は、はい?」

 

 ゲートを抜けようとしたら青い港湾局の服を着た男に呼び止められた。ひょろ長い瘦せっぽちな局員だ。

 わたしはいきなり名前を呼ばれてびっくりだよ。

 

「間違いないですね? 実はお連れ様が気分を崩されまして」

「そうなの?」

 

 エルが? それともねーさんが? 

 

「今は安静にしておられるので問題ありません。どうぞ、ご案内しますので……」

「じゃあ、ちょっと、行ってくるかな……」

「待たぬか。怪しいぞ、この男」

 

 ローラの肩をじゃーじゃー少女が引き留めて言った。

 

「お嬢さん、我々は仕事でしてねえ。そちらのお嬢さんに来てもらわないと困るんですよ」 

「誰なの、あんた?」

 

 気を取り直してみれば確かに胡散臭い。身内をネタにどこに連れていくつもりなのか?

 

「航湾局のID見せてくれる」

「……ふん」

 

 やせっぽちが鼻で笑う。その背後から同じ青い服の男が現れる。横幅はやせっぽちの四倍くらいはある太っちょだ。

 

「カエシよお、やっぱダメじゃんかよぉ。さっさとさらっちまおうぜ」

「こやつら、人さらいじゃっ!」

「正体見せなさいよ!」

 

 グルン。ローラは一払いを食らわせる。発生した衝撃が青い服をざっくり引き裂くが二人はもうそこにいない。

 見切られた……

 

「ぐへへ、よ、ようこそなんだな」

 

 眼帯のデブが頬肉を震わせる。

 

「待ちくたびれたぜ、お嬢ちゃん。無理やりは好みじゃないんだがね……」

 

 カエシと呼ばれた辮髪スタイルの瘦せっぽちが呟く。

 二人はローラを斜めに挟むようにして立っている。こちらは片手にはハロを抱え、背中にはじゃーじゃー少女と不利な体勢に立たされる。

 

「そこまでだっ!」

 

 そして背後から響く声。黒服の男たちがゲートを境に勢ぞろいしている。 

 あわわ、この人たちもいたんだっけ! というかこの人たちももしかして……

 

「その少女の身柄は我々が引き受ける。お前らは失せろ」

 

 げげげ、やっぱり~~~っ! つーか、あの二人とは仲間じゃないわけ?

 

「ちゅー、ちゅ、ちゅ~。あれれ、ぼくちんと遊んでくれるんでちか~? ネズミさんのコスプレでね~」

「ケサギはよぉ、マジでさせるんだぜー。ごっこじゃなくてなあ」

 

 脅し文句なのか、冗談なのかよくわからないが、これをチャンスと見て逃げるしかない。ねーさんのいるポートまで5ブロックほど先のはず。

 

「かかれーっ!」

「はあ、はっは~~! この雲竜のケサギがお相手しちゃうぞ~~っ!」

「今だっ!」

 

 黒服たちが躍りかかると同時にケサギとカエシが動く。その隙を突くようにローラはじゃーじゃー少女の手を引いて走り出すのだった。



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【3話】出港

 ここに手と手を取り合って走る二人の少女がいる。めくるめく愛の逃避行……などではない。

 ゲートへ向かう運搬車両の後部へ無断で乗り込み、二人は外部区画へ出るゲートを潜り抜ける。

 開けた視界に広大な空間が広がっている。無数のコンテナがひしめく倉庫では多くの無人機械が稼働している。この区画から一枚向こう隔てた先は宇宙空間だ。

 一般人は立ち入り禁止となっているが、そんなルールは今は守ってもいられない。一般人を巻き込みかねないルートを避けての選択だ。

 大量のコンテナが山高く積まれ頭上にそびえる。コンテナを運ぶ運搬車両が引っ切り無しに行き交っていて、人間よりも車両の方が優先される場所だ。

 頃合いを見て二人は車両の後部から飛び降りる。次のゲートを探さなければ。

 

「えーと、どっちだろ?」

「たぶんあっちじゃ」

 

 交差点を渡り大きな運搬車の間をすり抜ける。運転手が音を鳴らし怒った声が混じる。それを後ろに聞き流す。

 

「ごめんなさーいっ!」

 

 ここで立ち止まるわけにもいかない。すぐ後ろには追手がいるのだ。

 大きな黄色い線とコンテナで仕切られた場所にたどり着いて案内図を確認する。

 

「急ごう」

 

 複数の黒い影が疾風となってコンテナ群の間を駆ける。

 

「うわ、追い付かれたし」

 

 その気配を感じ取りローラは振り向く。姿はまだ見えないがプレッシャーを感じる。

 

「こっちじゃー」

 

 じゃーじゃー娘改めじゃじゃ子がローラの手を掴みコンテナの迷路に飛び込んだ。それと同時に追手が二人がいた通路に姿を現す。

 

「逃すなっ!」

「回り込め!」

 

 障害物のコンテナに囲まれた向こう側からそんな声が聞こえてくる。追手の数はさっきより多い。

 ああ、何ということでしょう。いつの間にか敵の数が増えてませんかっ!?

 子ども相手に大の大人がこぞってかかってくるなんてありえません!

 ローラはダッシュしながら次のコンテナの間に滑り込む。壁際に背をつけて屈みこむと息を整える。

 じゃじゃ子も隣で一息つく。

 

「あー、ちかれる……」

「誰のせいじゃー……」

 

 息を吐き出すとジト目のじゃじゃ子がローラを見る。

 やっぱりフツーの子じゃなかった。逃げ足ならローラよりも早そうである。

 抱えたハロも今はスイッチは切っている。全力で走ったらついてこれないしさ……

 

「ぶっちゃけ、わらわはまったく関係ないのに何で逃げるのじゃ~ おかげでどこに行けばよいのか。わらわは迷子なの……」

「あー、いいよ。狙いはわたしみたいだし。帰ってくれても……」

 

 むしろ、何で付き合ってるのかが不思議なくらい。まあ、人さらいっぽい人たちだったし……とっさだったしね。

 

「シー」

 

 ローラを遮るようにじゃじゃ子が口に指をあてて隙間から外を覗く。ステーション内で作業する機械の音が響いている。

 もう3ブロックくらい通過してるはずだけど、航湾局のステーションはでかい。ねーさんのいるとこまでの距離は掴めない。

 この外部区画だけでも数キロの範囲がある。ちなみに、ここの外壁は戦艦の砲撃でも受けない限り破られることはない。

 貨物置場だから無重力かと思ったけど、コンテナ毎に機械で重力制御して出し入れしているようだ。

 たぶんあっちを突っ切れば近道に……なるかも?

 ローラはゲートがある方を確認する

 

「油断するでないぞ。剣呑なのがおるからお主一人では心もとない」

 

 何気にまだ会ったばかりなのに心配されてしまった。あの二人ヤバそうな人だったしなぁ……

 ケサギとカエシと名乗った二人は逃げ出してからまだ遭遇してないが、しつこそうな臭いがプンプンする。

 あれがこっちの味方だとも思えないし、あのスーツの人たちもいまいちかわからない。というか、全員敵と今は思った方がいいかも。

 

「何をしておる?」

「ぬう……電波届かない……妨害されてる」

 

 携帯はまったく繋がらない。電子機器阻害装置(ジャマー・システム)でも使っているのか。

 

「これはどうだ?」

 

 ハロの起動スイッチは入った。端末からあまり離れるとおそらくダメだろうけど持ったままでは足手まといだ。

 

「サイレンス・モードっと」

 

 ハロの音声機能を停止させ追尾だけさせる。

 

「じゃあ、一緒に出ようか」

「逃げきったらおさらばじゃ」

「オッケー、オッケー」

 

 契約は成立である。

 

「よーし、じゃあ、行ってみよう……」

 

 そろりそろりと歩き出す。周囲を確認して出ようとしたらコンテナの間に男がいきなり立ちふさがった。

 まだこっちに気が付いてない。

 

「げげ?」

 

 うーん、見るからに悪漢面だ。成敗するしかない!

 そいつが振り向いてこっちを見た。

 

「おい、そこっ!」

「ヤバ……」

 

 と思ったら、ローラの目の前に立ちふさがった大男をスーツの男が倒していた。次の瞬間、背後から電撃が走ってスーツの男も倒れる。

 一瞬の間に二人が倒れ、現れたのは黒フード姿の女ダイバーだ。一体どこから現れたのかも不明だが正義の味方には見えない。

 ええ? あれがああなってこの人が倒して? もうわけわかんないんですけどぉ……

 

「さあ、来てもらいましょうか……怪我はしたくないでしょう? 大人しくしな」

 

 そう言う女の手に電撃が発生しバチバチ弾ける。

 

「だって、呼んでるみたいだけど……」

 

 じゃじゃ子の肩を押して差し出す。

 

「お主も観念するがよいぞ」

「いやデスって……」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃないよ!」

 

 電撃が二人の足元で弾ける。なかなかのダイバーフォースの使い手だ。

 

「あんた誰? 何が目的?」

「無駄であろう。こやつらは下っ端じゃ」

「小娘はお黙りっ!」

 

 じゃじゃ子が跳んで電撃が走る。が、じゃじゃ子はそこにはいない。

 ディレイの残像を電撃が追い、途切れて消える。あっさりとダイバーが倒れてじゃじゃ子の足元に転がった。

 

「甘く見てもらっては困るのじゃ~ 安心せい、命は取っておらん」

 

 フフン、とえらそげにじゃじゃ子が胸を張る。なお、発育度はローラとどっこいのツルペタである。

 

「さっさと逃げるが良し」

「りょーかい!」

 

 走り出してからゲートまであと少しというところで背後でドカーンと衝撃音が巻き起こった。かなり派手な爆発だ。

 

「うわ、今度は何?」

 

 たたらを踏みながら振り向くと煙幕の中に光が走る。粉塵の中できらめくのは光剣の輝きだ。

 おいい、中立ステーションでの破壊的戦闘行為は……ヤバイ連中なのはよくわかったよ……

 

「止まるでない~」

「のわぁぁぁ~~~!」

 

 停止したローラの背中をじゃじゃ子が押す。 

 

「ぐへへ。と、とーせんぼ、なんだなぁ……!」

 

 両手を広げ立ちふさがるのは太り四肢の右目眼帯のケサギだ。あちこちが埃と煤にまみれている。さっきの爆発のせいだろうか?

 ローラはケサギに引っ付いてきたオマケに思わず吹き出しそうになる。

 ケサギの腰に半ば半裸状態のスーツの男がしがみついている。顔は真っ黒だしスーツも焦げてボロボロだ。

 意地でも離すまいとケサギの腰に引っ付いて離れない。すごい根性と半ばドン引きでローラは眺める。

 

「お前は……邪魔なんだな……!!」

「ゲフ……」

 

 ケサギが拳骨を振り下ろし上半身裸の男が転がった。だらんと腕をたらし白目をむいて気絶する。

 

「フフ、逃げても……おジョーちゃんの匂いは、お、憶えてるんだな……」

 

 くんか、くんかとケサギがローラの匂いを嗅ぐ仕草をする。

 

「お主、ヘンタイに好かれておるな……南無阿弥陀仏」

「言わないで……」

 

 逃げようにも唯一のゲートにはケサギがいる。後ろの倉庫群で小規模な爆発がまた起こる。戦闘がまだ続いているのだ。

 ここをすぐに突破しないと不味い。前門の虎、後方の狼ってやつかな……

 

「実力行使しかないの」

「だね……じゃあ、せ-の!」

 

 ローラとじゃじゃ子はアイコンタクトと同時に動く。壁に放られたハロが重力制御しながら跳ねた。

 相手の力量は未知だが、こっちも立ち止まっていられない。

 連打の衝撃と突き刺さるようなけん制攻撃が繰り出される、ローラは身を屈めて転がりながら、コンテナを壁に円を描きながらケサギの間合いを測った。

 ケサギから放たれた掌打が後方で弾け、飛び込みながらメイデンブレードで前面にいるじゃじゃ子を支援する。

 ぶっ飛ばされたじゃじゃ子をしり目に、二段分身によるフェイントからケサギの懐に連撃を叩きこむ。

 ローラの分身はケサギに粉砕され、ケサギはやられたという顔で消え去る。

 本体どこっ!?

 

「後ろだっ!」

 

 間一髪でローラは体を回転させ、すぐ後ろのケサギの手から逃れると、後ろに転がっていた、気絶したスーツのおっさんの胴体に爪先を滑り込ませて蹴り上げる(ごめんよ!)。

 ケサギのデスクローがおっさんの頭を鷲掴みにする。意識を取り戻したおっさんがその腕を掴んで力比べが始まった。

 

「ぬぉぉぉっ!」

「おい、お前! 負けた奴はちゅーちゅー言って俺のペットだろーが!」

「抜ける!」

 

 ケサギの手が塞がってる今ならと二人は左右から走る。その瞬間、ケサギがおっさんを羽交い絞めしたまま体を回転させて蹴りを放った。

 

「ソニックブレードっ!?」

 

 じゃじゃ子は跳んで、ローラは旋風に巻き込まれながらも、体をドリル回転させて直撃を免れる。よろめきながらも着地して、視界の隅でハロがゲート付近で転がっているのを見つける。

 あちゃ……越えられなかったか…… 

 

「ふんがーっ!!」

 

 ケサギが力比べに勝利してサバ折にすると再度おっさんは気絶するのだった(うわぁ……)。

 たいした時間稼ぎにもならず、二人は前に進めない。このおっさんさえ倒せば道は拓けるというのに……

 

「脳みそまで筋肉じゃの……」

「ね……」

 

 じゃじゃ子と目でアイ・コンタクト。束の間の共闘で互いの息は掴んでいる。

 

「ちゅ、ちゅ、ちゅ~~ 子ネズミ二匹~ たーのしーなぁ~ いーきまちゅよ~ じゃきーん」

 

 指をワキワキさせてケサギが四つん這いになり二人に躍りかかる。

 

「ネズミ拳でちゅ~」

「ざけんなっ!」

「もー、勘弁してくれなのじゃ!」

 

 四つ足の変則的な動きに翻弄されるも、機動性はふつーの二本足に劣る。

 じゃじゃ子がけん制し、ローラが攻撃を繰り出す。立ち位置を何度も入れ替わりながら、二対一の優位性を発揮してケサギの機動力を奪う。

 

「おっとっと」

 

 ローラのショックブレードを躱してケサギが体勢を崩した。その瞬間を逃さず二人同時に攻撃に出る。   

  

「せりゃ~~!」

「とぉっ!」

「ふんぬぅ!」

 

 二人が繰り出した拳をケサギが受け止め衝撃が波のように走った。ケサギの体が弾むように震えてショックを吸収する。

 なんて脂肪の分厚さっ!?

 

「残念ちゃん!」

 

 動きが一瞬止まるのを見逃さずケサギが二人の手首を掴み返す。

 

「ははは、お仕置きだべ~~!」

「ええっ!?」

「あにゃ~~?」

 

 二人を捕まえたケサギがグルングルンと回転し始める。

 

「おっしおきの~グルグルバタ~~~!!」

 

 ケサギの回転は速さを増して風を巻き起こす。ブンブンブンブンと高速で視界が切り替わる。

 臓腑を揺さぶられながら二人は目を回す。

 

「あーれ~~っ!!」

「にゃあ~~~っ?!」

「あひゃーひゃっひゃっひゃー!」

 

 狂喜の笑いを放つケサギ。その乱舞する嵐の中心点から竜巻(スパイラル・タイフォーン)が発生し、周囲の物を巻き込んで打ち上げる。

 高速回転で視界も麻痺し、もはや何が何だかわからない。

  

「おええぇ……目、目が回るんだな……バターになってとろけちゃうふん~」

 

 回転が緩くなり目を回したケサギの拘束が弱まる。その瞬間、ローラとじゃじゃ子が離脱する。

 

「はきそ……」

「はれほれ~~……」

 

 ケサギがよろめきながらも尻もちをついた。

 どうにか意識をはっきりさせるとローラはケサギに襲い掛かる。それにじゃじゃ子が続く。

 

「今だ! くすぐりの刑っ!」

「くらうのじゃー」

「おわっ! ふひゃひゃひゃひゃっ!!」

 

 少女二人からくすぐられケサギが悶絶する。

 

「あー! イクイクっ!! すごっひ~~~ もういっちゃう~~~!」

 

 ケサギが聞くのも恥ずかしい叫びを連発するも、呼吸困難に陥り、のたうち回るのを見て二人は立ち上がる。

 

「参ったか!」

「成敗完了じゃの」

「あひゃ~~ E気持ち……」

 

 手足をピクピクさせたケサギがよだれを垂らし昇天している。

 

「よし。行こ……」

「いやいや、そこまでなんだな、おジョーさんたち」

「げげ?」

 

 声をかけたのは辮髪のカエシだ。ゲート手前に仁王立ちしている。

 周囲を十人ほどの男たちが包囲していた。スーツの男に黒フードのダイバーもいる。互いをけん制する位置で睨み合っている。

 

「ケサギっ! 遊ぶのはそこまでにしとけよ」

「オホホ、まだまだだぜー」

 

 むくり、とケサギが立ち上がるとニヤリと笑った。一足で飛んでカエシの隣に並ぶ。

 先ほどまでのふざけた行動は全部演技だったのかと思うくらいだ。

 ゲート前にケサギとカエシ。後方にはダイバーとスーツの男たち。四面楚歌とはこのことだ。

 

「ヤバイ……」

「窮すか」

 

 二人肩を合わせてどう対処するかを考える。

 

「あれ?」

 

 携帯が震動する。外部からの通信だ。阻害圏内から外れたのだろうか?

 

『マスター、伏せて目を閉じてっ!』

 

 エルカセットの声が響いた次の瞬間、ゲートが開き飛び込んでくる車両があった。

 ほとばしる閃光。考える間もなくローラはじゃじゃ子の襟首をつかんで身を伏せる。

 

「にゃ~~!?」

 

 じゃじゃ子が叫ぶ。ローラの閉じた瞼の向こうが真っ白に染まっている。

 包囲網の前で閃光が弾け周囲に広がった。エネルギーの奔流が地面を這い、男たちの目を焼く。

 

「ぎゃ~~っ!? カ、カエシ、前が見えねえ~~~~!」

「電磁パルス拡散砲かっ! 畜生、なにもんだっ!?」

 

 電磁砲のトリガーを引く女が笑う。その顔は遮光フェイスガードに覆われている。

 

「PIPIPO~~」

 

 その隣でディグの操縦をするR2D2ならぬリョウが頭を回転させると、転がるハロをコントロールする。ハロが跳びディグに飛び乗る。

 

「前が見えぬのじゃ~~!」

「こっちだ。早く乗れっ!」

「ほら、行くよ!」

 

 目がちかちかするままじゃじゃ子を抱えてディグに乗り込むと、電磁砲とエネルギーパックを女が投げ捨てる。

 

「出せ」

「トバスゼ~~~~~っ!!」

 

 リョウの翻訳係に復帰したハロがピカピカ目を光らせる。ディグはゲートの向こう側へと消えて男たちが残される。 

 

「引き時か……」

 

 まんまと逃げられたとカエシが目を細める。

 追手だった男たちも霧散して消えていた。

 どこかの諜報機関の連中だろうと思考して頭を振るケサギに向き直る。

 

「あー、目がまだピカピカするぜ……」

「とんずらだ」

「おう」

 

 そして二人はすぐに走り出した。

 

「なあ、カエシ、まだ追いつけただろ?」

「宇宙警察が来る」

「それは、や、ヤバいな……」

 

 ケサギは首をすくめる。

 

「なあに、次は捕まえるさ」

「おお、い、行先わかるのか? な、何で?」

「依頼人が教えてくれるのさ」

「ハハハ、物知りな依頼人なんだな? じゃあ、ネズミさんごっこの続きができるな。ちゅちゅちゅ~ 次は勝つぞ~ で、あいつらの行先は?」

「そら後でな。警備の奴らを巻くぞ」

 

 ケサギとカエシの二人組が警備隊を煙に巻き消えた頃、ローラたちはナイアスが乗る宇宙船へ辿り着いていた。

 宇宙船の真下にディグを着けてエンジンが停止する。

 

「マスター、無事でよかったですぅぅぅぅ~~!」

 

 ディグから降りて一番にエルカセットがローラに抱き着いた。ぐにぐにし抱かれるままに任せる。

 

「アシストおっけーよーエル~~」

「ハイ、間一髪でした」

「で、おねーさんはだーれ? 何で知り合いなの?」

 

 リョウが一緒だったのも謎だ。助かったのはありがたいけれど、電磁砲ぶっ放すとかかなり思い切ったことをする。

 機械的フォルムの宇宙スーツに遮光ガードの謎の助っ人がローラを見つめ返すとフェイスガードを脱ぎ捨てる。

 現れた顔はまだ若い。百才も行ってない年頃だろう(地球年齢二十そこそこくらい)。

 体にフィットした機械的デザインの服の下には鍛え上げられた筋肉を隠していることがわかる。

 銀色のマシン的なファッションはエンシェント・スタイルと呼ばれるもので、よりマシンが人類を管理していた頃の名残を残すものだ。 

 人々が機械に支配され依存していた時代もあったのだが、それは遥か古代のこと。現代は人類が主役を取り戻している。

 サイバー化しているかは一目ではわからないが、ほぼ生身であろう。全身サイボーグから生身にフルチェンジとかも可能な世界だ。

 

「その子はドクター・ヒュードラー。あんたと同じマイトだよ」

 

 タンクトップ姿に短パンですらっとした生足を見せたナイアスが船から降りてくる。 

 これから宇宙行こうって格好じゃないなぁ……

 

「ドクター・ヒュードラー?」

 

 その名前は聞いたことが……というか、ラボにいたときメールもらったことあるじゃん……

 エトラムル理論に関する鋭いアプローチだったよね。中身見て何者だよ~~って思ったもん。

 

「私の専門はモーターヘッドだ。トローラ・ロージン博士。君の理論の独創性に期待する者だ。バルターと呼んでくれ」

「あー、はい……メールではお世話になりました」

「君とは楽しい話ができそうで嬉しいよ」

 

 ローラはヒュードラーから差し出された手を握り返す。

 楽しい? でも、何でここにいるんだろう? ねーさんとはどういう関係?

 

「ヒュードラー博士とは古い友だちなのさ」

「しばらく観光で星団を回る予定でね。ナイアスの今回の計画に乗った口だよ」

「そうなんですか」

 

 同行者が増えるとは聞いてなかったけど、サプライズにしても派手なご登場でした。

 

「で、誰だい。この子は?」

 

 ナイアスの目がじゃじゃ子に向けられる。じゃじゃ子はいずまいを正してお辞儀する。

 

「わらわはただの巻き込まれヒロインなのじゃ~~ 助け感謝するぞ。もう安全なようだし、そろそろ行かねばならぬのじゃ」

 

 じゃじゃ子はそう言ってさっさと背を向ける。

 

「って、こら、名前くらい教えなさいってっ!」

「ふむ」

 

 ローラの呼びかけにじゃじゃ子がくるりと振り向く。

 

「わらわの名はタイトネイブと覚えておくが良い。楽しい旅になると良いな。お主とはまた会うこともあろう」

「え、そうなの?」

 

 じゃじゃ子改めタイトネイブに返すと、そうじゃ、とローラに頷き返す。

 そして、じゃあの、と手を振って元気よく駆けていく。それを見送って予定の時刻が近いのを確認する。

 

「迷子とか言ってなかったっけ……」

 

 じゃじゃ子が去った方を見る。

 印象的過ぎて忘れようがない子だったなぁ~

 

「全員、船に乗りな。出発の時間だよ」

「はーい」

 

 ナイアスに促され、ローラたちは宇宙船に乗り込んだ。

 ヒュードラーが乗っていたかっこいいスポーツディグも収納され、予定より一人増えての出発となった。 

 ナイアス。

 ローラ。

 エルカセット。

 リョウ+ハロ。

 ヒュードラー。

 ブリッジに入ったらナイアスのファティマのジゼルが出迎える。

 そして最後に……

 

「姉御、いつでも出れまさ!」

 

 ごっつい肩幅のサングラスのあんちゃんが一人操縦席に……むきむきの肌をタンクトップから露出させている。

 ええと、誰だっけ?

 

「誰?」

「ああ、あんたは会ったことないっけ。カステポーじゃ待機組だったしね」

「カーチェイス楽しかったですね~」

 

 ねーさんからのメールに映ってたブリュンヒルデ・騎士団(ナイツ)のメンバーだった気がする。

 

「ローラ」

「はい?」

 

 ナイアスが投げて寄こしたのはパスポートだ。

 

「これは?」

「あんたの」

「持ってるよ?」

「こっからはあんたはトローラ・ロージンじゃない。ローニャ・ロジーナさ」

「はいい?」

「あんたは狙われてるのさ。てことで偽名を使う。またあんなのに狙われたくないだろ?」

「まあ……」

 

 何だか釈然としないこの流れ……何だかわかっていたかのような動き……

 

「つーわけで、変身してもらうよ」

「はい?」

 

 気配を感じるがもう遅い。両脇をジゼルとエルカセットが固めて微笑んでくる。

 あ、にゃ~ これははめられてるの?

 

「あたし好みのカワイコチャンにしてやんなっ!」

「はーい」

「了解です。マスター」

「のぉ~~拒否権なし~~~!?」

 

 ずるずる二人に引きずられローラは居住区へ連行されるのだった。

 見送ったナイアスがヒュードラーに目を向ける。

 

「お疲れ。面白い子だろう? 昔のあたしみたい」

「木を隠すならば森の中か。君の任務は知らないが、片手間に守れると思うなよ。連中はしつこいぞ。我々が共犯であることも秘密で通すのか?」

「お互いの利害は一致しているだろ?」

「ああ」

「ちなみに私の仕事はただの人探しさ。そうそうおいそれと見つかってくれる相手ならいいんだけどね」

 

 ナイアスは開いたファイルに目を落とす。

 そこにある名は──

 アルル・フォルテシモ・メロディ。

 マヨール・レーベンハイト。

 それに……ブラフォード兄弟。

 その他にもいくつかのファイルがある。ナイアスが探す人物たちだ。目的は有用な騎士の登用であった。

 

 

「ふう……終わった……」

 

 しばらくしてブリッジの扉が開きすっかり変身したローラ……いやローニャが姿を現す。

 ワシャワシャと重ねられたゴチックスカートにフリルいっぱいのドレス。髪は黒く染められ、前はパッツンにされ、軽めの小悪魔メイクのロリータ少女になっているのであった。

 これでパスポート通りの人相であった。ジゼルのメイク術は超プロ級である。

 

「マスター、チョーカワイイデスぅ~~~!」 

 

 エルが大興奮し、リョウがチョウイケテルと返す。

 

「はいはい、どーもね。ねーさん、そろそろ行き先教えてよ!」

「行き先はジュノーさ」

「ジュノー?」

 

 いきなり遠いって思ったけど、ねーさんがラジオのスイッチを入れる。

 

『──一時膠着に陥ったコーラス、ハグーダ間は強い緊迫状態にあり、再度の武力衝突が予想されます。先ほど入った確実な情報によりますと、ハグーダ側に複数の騎士団が味方しているとのこと。識者はこれを長期化の傾向と見ております。コーラス国境を侵したハグーダ側がすぐに撤退するだろうという予想は大きく崩れ、戦線は拡大すると予想されます──』

「コーラス……」

「戦争特需さ。争いがあれば騎士が集まる。全星団の騎士が注目してる。そいつらをハントするのがあたしの任務ってわけよ。おっけー?」

「うん、オッケー……」

「ほら、もっと楽しい顔しなよ」

 

 ぐにぐにほっぺを引っ張られる。

 いてて、しつこい~~やり返してやるぞ~~!

 

「つーわけで、出るよ。ようそろ~~だっ! エンジン吹かしなっ!」

「押すっ! ようそろー! エンジン全開でさ~~~!」

 

 港から宇宙空間に出たクルーザーのイレーザー・エンジンが回りだした。白い閃光となった船が銀河の海を駆け抜けていく。




オプローグ終了(´・ω・`)

このエピソードはモーレツ宇宙海賊の第一話からインスパイアされているよ!


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【4話】入城

 コーラス王朝の首都ヤースは戦時下だけあって手間取ったものの無事に降りることができた。

 戦争中なわりに市内はふつーに人が行き交っているし、観光もまったく問題がない。ぼったくり価格のお土産物屋はどこでも健在らしい。

 警備体制は要所要所が厳重であるものの、戦車(エア・バレル)やMH(モーターヘッド)の部隊は戦場に出ているせいかそれほど目立って見ることもなかった。

 日常的風景から経済的な緊迫感をあまり感じないのはコーラスが大国だからだ。でもじわじわと市民の生活に影響を及ぼしつつあるのかもしれない。      

 ハグーダがコーラスのマイスナー領とバランカ領に食らい付いたままだ。ヤースに入ってから得られた情報は旅立ったときとそう変わらない。

 ハグーダ側の戦力は日々増強されているらしく、前線の防衛ラインは押したり引いたりを繰り返しながら膠着している。

 消耗が蓄積しているのは両国ともだが、敵国ハグーダの背後に手助けをしている連中の影がある以上予断を許さない状況といえる。

 

 わたしたち一行は現在市内の中心部にいる。コーラス城近くのカフェテラスでのんびりと昼食後のお茶を楽しんでいた。

 ねーさんの部下の人は船で待機だ。ジゼルさんは後方サポートでやっぱり船に待機し、エルカセットが市内のホテルから中継して情報のリンクをリョウに繋げている。

 ファティマを街中で普通に連れて歩くと目立つからお留守番が多いのは仕方ない。エルには後でお土産買ってあげようっと。

 ねーさんのお仕事は勧誘って言ってたけど、誰を探してどう会うのかはよくわからない。ジゼルパワー全開にすれば探し人なんてすぐに見つかりそうな気もするけど……

 当てがあってここにいるはずだけど、当人は目の前でエスプレッソをのんびり飲んでいる。なお、ヒュードラ-博士はコーヒー・ブラックオンリーだ。

 今のメンツは、ゴチック・ロリータなローニャ(ローラ)。ねーさんはイケイケなやり手スーツ姿で、マシン・スタイルのヒュードラーさんは変わらず、リョウ+ハロのロボコンビ含めた五名となっている。

 うーん、この統一感のない取り合わせ……思い切り目立っていると思います(まる)

 

『マスター、ハロハロ~』

「ちゃんと見えてるよ、エル~」

 

 ハロを介してエルと会話中。リョウから投影されたエルのホログラムの感度は良好デス。旅の間は暇だったのでコミュ用の回路をハロに増設している。

 アドラーからジュノーまでの一週間はとにかく暇だったのだ。エルを放りっぱなしにしてイロイロ溜まると反動が激しいので連絡は密にしている。 

 

「ねーさん、これからどーするの?」

 

 ハロのスイッチをリョウに切り替え、薄まりかけたカフェオレをローラはストローで飲み込む。

 

「そいじゃお城に行くかね。あんた、サードとお知り合いだろ。友だちってことで入れてもらおうぜ」

「はぁ……? えー、入れて…もらえるのかな?」

 

 いきなり何を言うのこの人は……お友だち違います。顔見知りくらいの関係じゃないですか……? いきなり行って入れてもらえるわけ……

 クローソーの友だちですねん。入れてつかーさい! ダメ……?

 ……というわけで現在、コーラス城手前におります。お店から出てすぐそこという近さ。思い立ったが吉日といいますが、心の準備はできておりません。

 しかし、ダメ元と言うではありませんか。言うだけ言ってみるとしよう。

 

「じゃー、ここで待っててっ!」

 

 みんなを待たせ、強面の衛兵さんが並ぶ横を抜けて受付窓口に。そう、見学の観光客風に行けば問題あるまい。

 平時なら解放されているであろう門は現在きっちり閉じられ警備の人たちが巡回しております。

 港で貰った観光パンフレットにコーラス城見学ツアー案内とかありました。といってもハグ-ダとの戦争が始まってから見学はできないのだがあえて知らん振りをしよう。

 いなかっぺっぽく行ってみよう。

 

「えーとぉ、すいませーん。わだしぃ、ローニャ・ロジーナっていいます~~ お城は入れませんか~~? えええ~っ、ダメっ!? そんなぁ~~わたしぃ~きれいで立派なお城見たくてアドラーのド田舎から出てきたんですぅ~~~ 余命いくばくもないびょーきのおねーちゃんがどうしてもお城が見たいって言うもんだから、なけなしのお小遣いはたいて船のチケット買ったんですよ~~ 見て見てわたしの財布空っぽです~~ でも、入れないとぉ今にもおねーちゃん昇天してしまいそうなんです~~~ およよよよ。お城見れなかったらきっと祟ってナムホーレンゲキョーナムアミダブツナムアミダブツでゴーストになっちゃうんですよぉ~~~! 入る前に死なれたらおねーちゃんに一生枕元に立たれちゃいます~~ あああ~~受付の窓にもう写ってるぅぅ~~~~! の、呪われちゃう~~~~! ナンマイダーナンマイダー! おねーちゃん成仏してぇぇぇ~~~! 祟られちゃうかららいーれーてー」

「あ、あの、お客様。申し訳ありませんが規則でして……」

 

 困り顔の受付のお姉さん。意味不明な泣き落としに入ったローニャに戸惑いを隠せない。

 もう少し押せば何とかなるかしらん?

 

「どうなさいましたか、お嬢さん?」

「はい?」

 

 窓口にのっぽな影が差す。コーラス・テンプルの紋章を付けた騎士が覗き込む。

 

「困りごとですか?」

 

 困惑顔の受付嬢を一瞥してからジロリとローラを見る。本日の不審人物Aである。他の騎士も気づいたのか同僚の所に寄ってくる。

 ありゃ……不味いかしらん?

 

「君、今はお城は見学できないんだ。戦時の戒厳令が出ているんだよ。戒厳令っていうのは緊急事態ってことなんだ」

「そーなんですかぁ……」

 

 知らない振りは予定通り。何だか思い切り失敗している気が……

 

「君の保護者はあちらかな?」

 

 騎士が待機中のナイアスとヒュードラーと目を向けた。見るからに一般人とは違う雰囲気だ。

 

「失礼、こちらのお嬢さんの保護者の方でしょうか。我らはトリオの騎士です」

「正攻法で行くべきだったな」

「あんた、止めなかったじゃん……」

 

 ナイアスがヒュードラーにめんどくさ、とため息を吐き出し眉をしかめた。

 

「えーとねえ……」

 

 その時だ。

 

「その方たちはサードの御客人です。通してあげてください」

 

 涼やかに通る声が響いてトリオの騎士たちが振り向いた。視線の先にグリーンカラーのドレスの女性がいる。

 トリオの騎士がすぐに一歩引くと敬礼の構えでその女性を出迎えた。受付嬢も最敬礼の構えを取る。

 コーラス三王家のマイスナー家の筆頭であるリザード・マイスナー女王がゆっくり頷いて騎士たちを見返した。

 

「マイスナー陛下っ!」

「あなたたち、ここはもうよろしい。門を開けなさい」

「は」

 

 片手を上げて騎士たちを下がらせる。優雅さの中に威厳を込めて女王がローラを見下ろす。

 

「マイスナー陛下」

 

 慌ててローラもスカートのすそを摘まんでお辞儀する。

 

「畏まらなくていいのよ。あなたをこの城の客人に迎えられてとても光栄よ。ローニャ・ロジーナさん。いえ、トローラ・ロージン博士ね。それとバルター・ヒュードラー博士」

 

 そしてナイアスに目を留める。

 

「バストーニュでは凛々しい姿にわたくし目が離せませんでしたわ、素敵な白騎士さん」

「ナイアス・ブリュンヒルデです陛下……」

 

 ナイアスが正式な騎士の礼をする。

 

「立ち話はこれくらいにして、中にお入りなさい。サードも良い気晴らしになるでしょうし。あなた方が来ていると教えてくれた子もいるのよ」

 

 門が開き、女王に誘われて一行はコーラス城に入るのだった。 

 

 

 それから時を前後してハグーダ帝国では──

 王宮は破竹の快進撃でおおいに湧き上がっている。コーラス領の四群を攻め落としたハグーダの将官と兵の士気も高い。

 わずか建国四百年あまりの小国であるハグーダが大国コーラスを苦しめるなど当初は誰も予想しなかった。

 その奇跡の陰に女王アルメメイオスが諸国の王と交わした密約があることも──

 巨大なモニタの前に一人の女が立つ。もう若いと言える年齢ではないが黒髪の美貌はいまだに健在だ。クレオパトラを思わせるその衣装と佇まいは女王そのものだ。

 

「それはほんに良い報せじゃ。ボォスの七色の騎士(セヴンナイツ)。虹のブーレイをお貸しくださると……」

 

 アルメメイオスがモニタの向こうにいる人物を見つめる。

 

『コーラスは大国よ。しかし、この勢いのままに均衡を崩せばコーラスの足元は崩れる。貴国に提供した技術と人材はこの日のためのもの』

「ハスハは、ハスハは動いてくださるのか?」

『案ずるな。我らは一心同体。送ったブーレイ騎士団の主力はノイエ・シルチスの”赤”(テスタロッサ)のラルゴよ。もうそちらに到着する頃ではないか? どうだ、カラミティの”奴”も本気だとわかったかな?』

「おお、フィルモア帝国がっ! コレット王……約束はもちろん果たしましょうぞ。盟約の名にかけて」

『コーラスを倒し、歴史に名を遺すのだ。アルメメイオスよ、亡き父上もそうお望みであろう。我らがそなたの元に参じる日も近い。AP(エープ)騎士団がな』

「無敵と名高いA(エー)・トールならばコーラスなど一蹴できましょうぞ……」

『そのためもう一息押し込むのだ、アルメメイオスよ』

「全軍を持って当たりましょうぞ」

 

 膝をつき深々と頭を下げる。

 そして通信が切れてアルメメイオスは立ち上がった。顔を上げたその目にめらめらと焼き尽くすような炎が宿っている。

 アルメメイオスが女王位を継いで数十年。亡き父から受け継いだ王位を守るために奔走したがこの国は小さかった。

 大国には見くびられ、大臣の顔色を見ながら、誰かに操られる傀儡の様な存在でしかなかった。産業と呼べるものも乏しく、大地も豊かとはいえない。

 大国に隷属することを主張する大臣らに見切りをつけたアルメメイオスは首脳部を把握するために軍事力に頼ることになる。

 アルメメイオスがハグーダを掌握するために手を貸してくれたのがボォスのハスハ連合のコレット王だ。

 その資金と技術提供でMH(モーターヘッド)マグロウを開発した。そして女王の意を拒んだ首脳部を一掃したのだ

 それが三〇年ほど前のことだ。それ以来、ハスハはハグーダの盟友国であった。

 そしてハグーダがロンドの覇権を握ればアルメメイオスの名はサザンド太陽系のみならず全星団に轟くことだろう。

 コレット王が囁いた言葉はアルメメイオスが心の底から望むものであった。ひとえにそれは国を豊かにしようと、民を導くためのものだと信じて疑わない。

 そのためならばいくらでも頭を下げようぞ。

 

「父上……わらわはこの国を強くした。もう大国に舐められることもなくなる。わらわが……ハグーダがコーラスを倒す……フフフ、あはーはっはっ!」

 

 その笑いは王の座の間に空虚に響き渡るのだった。

 

 

「け、どこもかしこもつまんねー顔ばっかだ。ちくしょー、モーターヘッド寄こしやがれ!」

 

 大皿に盛られた肉に手を伸ばし食いちぎったのはオレンジ頭の少年だ。周囲の荒くれ者に混じって宴席の料理を頬張る。

 露出度の高い給仕の女の色っぽい仕草を眺めながら、食欲を満たすためだけに手を伸ばす。

 

「にしても、このジィッド様を舐めやがって。ちっこいって笑いやがった……あのくそ将軍……俺様がモーターヘッドのりゃコーラスの腰抜けなんぞちぎっては投げ! ちぎっては投げっ! こうだ、こうだ!」

 

 うっぷんを晴らすように食いついては肉を食いちぎり頬いっぱいに詰め込んで骨を放り投げる。その飛んだ一本が背後の席に座る大男の頭に当たる。

 ずんぐりとした山のような男が振り向いてオレンジ頭の小僧を睨む。 

 

「おい、小僧」

「あん?」

 

 見上げるような太り四肢の大男にジィッドは目を細めドスを効かせて睨み返す。

 

「おっさんに用はねえよ。失せな」

 

 むしゃむしゃと骨付き肉をかじってまた放り投げる。落ちた骨が男の足元に転がった。

 

「ししし、威勢の良いチビ、なんだな! お前、モーターヘッド乗れんのかよ!」

「おっさん、舐めた口聞いてんじゃねえぞ! この、ジョー・ジィッド・マトリア様はよ、クラッドじゃエースだったんだぜ! マグローだろーがスシローだろーがちょちょいのちょいだぞ!」

 

 眉を吊り上げジィッドは投げまくる仕草をする。    

 

「たく、うるせえガキだな。メシくらい黙って食え」

「あんだ、このひょろながは? 俺様を舐めてんのか?」

 

 大男の横に座っていた辮髪が杯を飲み干すとちらりとジィッドを見る。

 

「ケサギ、子どもの相手をするな」

「へへ、チビガキ。冗談こくのは鳥頭だけにしとけよ」

 

 カエシの制止を無視してケサギが鳥頭に絡む。

 

「上等だ。俺様の実力見て腰ぬかすなよ! この肉布団ヤローがっ!」

 

 中指を立ててジィッドが挑発する。

 

「ヌハハ、やるかー小僧ー」

 

 両手をワキワキさせてケサギが笑う。

 

「あのなあ……おい、指令が来るまでは大人しくしな、ケサギ」

「この小僧の毛をひん剥いて、ポッポッポ~ ニワトリごっこするポッポ~~」

「あんだと~~? いてえっ!」

「俺の言ったこと聞こえなかったか? ああ?」

 

 カエシがジィッドの頭を押さえつける。グリグリ拳が脳天に突き刺さる。

           

「いでででっ! 何しやがる、このスットコドッコイっ! てめーら、まとめて相手にしてやるぜっ! 地獄でオネンネしやがれ!」 

 

 カエシの手を振り払い、ダブル中指で二人に向かってキル・ユーする。

 

「だから相手にすんなって言ったろう……」

 

 呆れたようにカエシはそっぽを向く。

 

「でもよ、指令たってよカエシ。依頼人からの次の連絡は、ま、まだなんだな?」

 

 お預けを食らったケサギが皿の料理を素手で掴んでむしゃむしゃと食べだした。

 

「あるっちゃあるが、まだついてねえ。そいつらが来るまでお預けさ」

「おいい、無視すんな?」

 

 いぶかしむようにジィッドが二人を見返す。

 この二人も傭兵に違いないが、何やら裏がありそうな連中だ。金に目がくらんで集まってきた他の荒くれ者どもとは空気が違う。

 戦争傭兵には特有の雰囲気があるが、ジィッドの直感が告げている。こいつらナニかある。そこらのクズどもとはナニかが違う。

 ジィッドはここのところ運が向いてない。昨年のユーバーに雇われてうまい汁を吸えるところを黄金のMHにぶったぎられ、運良く助かったものの契約金がパーになり、逃げる羽目になったのは全部あのソープとかいう奴のせいだ。

 その命が助かったのはローラがソープに頼んだからなのだが、本人がそれを知るわけもなく、はなはだ方向違いの逆恨みを抱いていた。

 カステポーでバギィやデコースと別れ、バルンシャを売った金を山分けしてさよならした。

 かなりまとまった金額であったものの、金などいくらあっても足りる世界ではない。金も欲しいが、それよりも名前が欲しい。名前を売って自分を売り込むことがすべてだ。

 デコース・ワイズメルがつえーとか、すげーとか聞いてたけど名前だけのこけ脅し野郎だったぜ。全然、強くなかったしな~~

 カステポーでくすぶるつもりはなく、ハグーダvsコーラス開戦と聞いて、乗り遅れてたまるかと傭兵として乗り込んだのだ。

 ところが、ハグーダの将軍から子どもとバカにされたあげく、忍びの任務を押し付けられて悪態を吐き、切れた末にうっぷんを貯めることになったのだ。

 この俺様がくだんねー仕事なんぞやってられかよ。

 

「おい、見ろ」

「あん?」

 

 ケサギとジィッドがカエシの方向を見る。その視線の先にはアルメメイオス女王がいた。その後ろに新参の男たちを引き連れている。

 

「何だ、あいつら?」

「しっしし、あの先頭のはかなりクサイ、んだな」

 

 見るからに正規兵ではない。新手の傭兵騎士団だろう。すでにいくつもの傭兵騎士団が参入しているし珍しいわけでもない。が、なかなか派手な連中だ。

 男たちの先頭にマントを羽織り顔を隠した男がいる。マントと仮面が赤と目立つことこの上ない格好をしていた。

 その男に従うのはミミバ族と呼ばれる連中だ。

 

「ボォスの死神はミミバを使うって聞いたが……本打ちがお出ましか。仕事だ、ケサギ」

「モグング……ひょーか(そうか)」 

   

 口いっぱいに肉いっぱい詰め込んだケサギが返す。

 

「おい、小僧」

「小僧じゃねえ、俺はジョー・ジィッド・マトリア様だぜ」

 

 小僧呼ばわりのカエシに腕組みでジィッドが返す。とことんでかい態度だが、一回り回って大物感すらある。

 

「前線の情報収集に人手が足りないようだな。お前も混ぜてやる」

「あんだ? 俺にちんけな仕事あてがおうってのか?」

「お前のお望み通りモーターヘッドに乗せてやるぞ」

「マジかっ!? 嘘ついてんじゃねえだろうな?」

「斥候部隊に混ぜてやる。一騎くらい回させるさ」

「い、いいのか、カエシ?」

「フン、噂の虹(レインボー)のブーレイのお手並み拝見と行こうじゃないか」

「お、俺らのガストもようやく動かせるってわけだな。フヒヒヒ」

 

 ケサギが不気味に笑い、波乱の予感を告げて戦場は次の一幕を開けようとしていた──




バッハトマチンピラーズ再結成(´・ω・`)


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【5話】虹のブーレイ

 コーラス王朝バランカ領アトキ──コーラスの最前線に位置するアトキはバランカ軍の再大集結地となっている。ここにおよそ八〇〇〇の将兵と戦車部隊が駐在している。

 ここを突破されればバランカ領内はハグーダに蹂躙されてしまうことだろう。国内からハグーダを追い払い、コーラスの地を取り戻そうとバランカ軍は展開している。

 所有するMH部隊で稼働可能なMHはすでに半数を切っていた。防衛ラインにいるMH部隊と合わせて十数騎ほどだ。

 頼みとなる一二師団は再編中で物資や交代人員も滞っている。

 先ほど、トラーオ王子から鼓舞の熱弁がラジオであったばかりだ。若く才気ある王子はバランカの象徴だ。

 

「こっから一〇キロ先で連中が塹壕掘ってやがるんだ。MHさえ揃ってりゃすぐにでも取り返してやれるってのによ……」

 

 ギリ、っと奥歯を噛みしめ、哨戒任務中の若い兵士が双眼鏡を下ろす。足元には迷彩カラーに包まれた戦車がある。

 風を受けてはためくコーラスの楔紋章に”B”はバランカの旗を表す。

 

「頼むぜ守護神……」

 

 目を向けた先の大テントで整備中のMHはキラウラだ。引っ切り無しに男たちがテントを出入りしている。

 本来なら工場に持ち込んで直すところを間に合わせで済ませている。稼働不可能になったMHの部品を集めて整備しているのだ。

 整備の人員も不足していた。コーラスの旗印となるMHベルリンがあれば全軍の士気も上がるのだが無いものはない。

 緒戦における戦いでトリオ騎士団は大きな犠牲を出した。ハグーダのMHマグロウが数で押して防衛ラインを打ち破ったのだ。

 ハグーダは本国の守りを捨てての総力戦に挑み、準備のなかったコーラス側は痛手を負わされていた。 

 コーラスがいまだに奪われた地を奪還できないことは前線の兵士の士気に大きな影響を与えている。 

 前線のMHによる戦闘回数は一〇日に二回程度に落ち着いてきているが疲弊感が各部隊に広がっていた。

 

「すいません、戦車隊の本営はこちらでしょうか?」

「ああ、あんた新入りか……」

 

 歩哨に声をかけてきたのは軍曹のバッジをつけた青年だ。

 

「クライム・ルサ軍曹であります」

「ああ、ごくろーさん。あれだよ」

 

 歩哨は敬礼で青年に返しテントを指さす。青年が向かうのを確認して双眼鏡を手に取ると自分の仕事に戻る。

 その同地点、地下数十メートル付近では──

 

「ほれほれほれ!」

 

 地中深くを超高速で進むものがある。二つの腕が恐ろしい勢いで土をかき出しては前に進んでいく。

 さながら人間掘削機であるが、数人のミミバ族が後方で人海戦術で土を運び出している。

 

「そろそろ目標地点だな……この上がな、何だか匂うんだな」

 

 ケサギが腕を止めて胡坐をかくと鼻をクンクンさせる。次に土壁に耳を押しあて音を聴きとろうと目を閉じた。

 騎士は並外れた五感を持つ。鍛え抜かれ研ぎ澄まされた感覚で頭上に伸し掛かってる重量やわずかな震動、人の気配までも感じ取るのだ。

 空を見れば日中であっても星の正確な位置を特定する者もいる。 

  

「上見るべ」

 

 掘る手を頭上に向けて穴を掘り始める。ケサギが腕にはめたモグラハンドはメトロテカクロム製のお気に入りだ。騎士のパワーで掘り進めれば岩盤があろうが木っ端みじんとなる。

 一昼夜丸々掘り進めて敵本陣を探ろうという大胆な作戦であるが、ケサギからすれば大した仕事ではない。

 ぼこり、と穴が地上に現れ出る。何かの影の下と見てケサギが顔を出す。

 すぐ先を迷彩カラーの兵士たちが通り過ぎていく。いくつもの天幕が見え、自分が戦車の下にいると確認する。

 

「へへ、ドンピシャ、だ! ひーふーみー。い、いっぱいいるから本陣に間違いないんだな……俺は撤退するんだな……」

 

 懐をまさぐり遅発信操作した合図の発信を打ち出す。ケサギは頭を引っ込め元来た道をミミバたちを急かして戻り始める。 

 

 

 その頃──アトキ前線から数キロ地点の峡谷にハグーダ軍主力のマグロウがいる。前線部隊と離れた位置で敵軍本陣の正確な場所を探っていた。

 ここからでは姿は見えないが、隠密モードな二騎がどこかに待機している。が、マグロウのパイロットはすでに暇を持て余している。

 

「くぅ~~~ いつまで待たせやがるんだ。おい、おっさん。俺のトサカももー限界だぜ! さっさと位置特定しやがれ。奇襲でも何でもいいから俺にヤラせろ!」

『坊主、うかつに回線開くんじゃねえ。大人しくしてな』

「ちっ、使えね……」

 

 狭いコクピットでジィッドが舌打ちする。

 

『お前が動かねーでいることも作戦の一部なんだよ』

「カエシさんよぉ、こっちにゃ三騎あるんだ。ヒットアンドアウェイでさっさととんずらすれば奴らを引っ掻き回せるぜ?」

 

 カエシとケサギが持つ謎のMHガスト・テンプルはジィッドの目から見てもマグロウとは比べ物にならない。

 個人傭兵の割に羽振りがいいのも後援者がいるに違いない。どっかの大金持ちか騎士団と繋がっているのだろう。

 ジィッドの物欲センサーに間違いはない。ここはこいつらに協力して金づるなり人脈なりを当てに恩を売っておくのも手だ。

 昨夜、ケサギが日没と同時に探索任務で姿を消してからひたすら待機を命じられてジィッドの短い根気はとっくに擦り切れている。

 

『お前は目先で見る目をどうにかしろ。流れってやつはタイミングも需要なんだよ。それに俺らのガストはお前のマグロウと違ってガチバトル用(駆逐戦仕様)に調整してねえんだ。ケサギがバランカ軍の位置を把握するまで待て。戦闘は新入りどもに任せておけばいい』

「ボォスの死神とかいきってる奴らだろ? 新参のくせによ~」

『女王陛下がお気に入りだしなぁ……仕方ねえ』

「ところで、あのダルマおっさんに諜報なんてできんのかよ……戦働きならともかくよ」

 

 ジィッドは不満をぶちまける。ここに残っているのは二人だけだ。隠密部隊に割り当てられたミミバも出払っている。

 

『連中の目をかいくぐってギリギリで穴掘ってんだよ』

「はぁ? 穴だ? 何だそれ」

『何だって、ってよ。そりゃ文字通り穴掘ってよ。連中の陣の中にいるのさ』

「マジか……」 

『遅発発信? ケサギから合図が来たぞ。敵本陣の正確な位置を把握。すぐに本隊が動くっ! 出番だ、小僧!』

「おっしっ! きやがったぁぁ~~~! はっは~、楽な仕事だぜ。ベルリンの一騎でも回してくれよな、コーラスさんよ」

 

 ジィッドが駆るマグロウのエンジンが起動し機体が立ち上がる。周囲からの目隠し用に集めた葉が大量に落ちていく。

 ハグーダ軍の主力MHマグロウ。包帯を巻いたミイラを思わせるデザインでカラーも砂色やグレー色が採用されている。

 制作マイトはルーザン・アストラ。機体にはこれといった特徴はなくエンジン出力は一兆馬力ほど。

 星団で作られるMHの中でも低出力ながらも操作性は良く、全体的に安定していて流れの傭兵でも扱いやすいことからMHの評価は悪くなかった。

 MHマグロウはハグーダの輸出産業の要ともなっている。

 

 そしてもう一騎。光学迷彩モードを切り離しガスト・テンプルが姿を現した。特徴的な三日月が付きだした頭部にトゲのついた細身の装甲は隠密行動用に特化されたデザインだ。

 所属を伺わせる紀章はない。所属国不明、製作者不明の謎のMHだ。

 戦闘仕様の駆逐型ではないが、その戦闘力はマグロウに劣るものではない。加えてパイロットは超一流のカエシだ。

 

「本隊は防衛ラインすっとばしての特攻だぜ。本陣に奇襲があれば防衛ラインの連中は駆けつけてくる。俺らはそいつらを仕留める。ジィッド、俺らの後についてこい。ガストの索敵範囲はマグロウの三倍ある。各個撃破するぞ」

『なあ、ケサギのおっさんは待たなくていーのか?』

「もう戻ってるさ。ビーコン置いてくから勝手に合流するだろー」

『戻ったぞ~~』

 

 カエシのセリフの途中で相棒の声がスピーカーから響く。

 

「早いなケサギ、出るぞ」

『ぐへへ、問題なし』

 

 そう答えたケサギは戻ったばかりで全身すっぽんぽんでガスト・テンプルのコクピットに乗り込んでいる。脱ぎ捨てた服は泥だらけであちこちを汚している。

 もう一騎の黒いガスト・テンプルが起動し眼に光が宿る。

 

「ケサギは前、俺はジィッドを挟んで後ろだ。シークレット・モード全開でこっちは一騎に見せかける。俺たちは挟み撃ちスタイルで行く。ジィッド、お前は敵MHを見つけたらふつーに仕掛ければいい。後は俺らに任せな」

『ハハ、いつもの作戦だ。三人でブラック・ストリーム・アタック、だな』

『オス、燃えるぜ~~』

 

 三騎のモーターヘッドが防衛ラインの戦力に向けて動きだす。

 そしてアトキ・バランカ本営では混乱が巻き起こっていた。

 

「第一戦闘態勢! 先方でMH戦開始! 全員搭乗せよ! 敵機動部隊移動中! 各車、迎撃態勢に入れ!」

 

 警報が鳴り響き、慌ただしく兵士たちが駆け戦車に飛び乗る。MHに騎士とファティマが乗り込み出動態勢を取る。 

 

「どこだ? 連中、どこから仕掛けてきやがった。敵戦車の位置はわからんのか? 血迷ってるのか? ここはバランカ軍の最大集結地だぜ!」

「准尉、前方注意!」

 

 新人のルサ軍曹がモニタ越しの空間に異常を感知する。

 

「なんだ、ルサ軍曹。何も見えんぞ! 大尉、敵はどこです?」

『准尉黙れ! この音、空間の歪は……全戦車に告ぐっ! 全力で後退しろ! 来るぞ、モーターヘッドだっ!!』

 

 揺らぐようだった空間に巨大な電気騎士のシルエットが浮かび上がる。そして実体を持った大質量のロボットがテレポートを完了していた。

 

『光速移動(テレポーテーション)だっ! 逃げろっ!! 全力で後退しろっ!』

 

 全速力で戦車が後退を始める。指揮官車両の指示に他の戦車車両も一斉に後退を始める。

 

『ガンランチャーの発射は各自の判断に任せる。後退せよ! 逃げきれっ!』

 

 MH戦ともなれば最新鋭の戦車でもまるで歯が立たない。一〇台の戦車が一分間に一二〇〇発の発射ができる一八〇mmガンランチャーを予測計算して打ち込んだとしてもMHにかすることもできないのだ。

 MHの存在は一騎だけでも戦場の行方を一変させてしまう超兵器なのだ。この兵器に対し対抗できるのは同じMHのみだ。

 ゆえにMHを見ての一斉撤退は臆病な選択ではない。

 

「何てこった! 防衛ラインのMHは? くそ、どうしてこの位置がっ!」

「大尉っ! 新たなテレポート反応出現!」

「何っ!? げっ! 何だ、こいつは! マグロウじゃない!」   

 

 重厚な装甲を持つそのMHは赤を基調とした複雑な模様を持つ。胸のデザインは七色のマーク。虹のブーレイと呼ばれる傭兵騎士団だ。

 

『前方に五騎! 後方に二騎出現! MHの国籍、および形態不明! くそ、応援を頼む!』

 

 管制車両が巨大な斧によって叩き潰され木っ端みじんに砕け散った。

 

「はっ! 潰すぞ」

 

 赤のブーレイが別の戦車を掴み投げ捨てる。対戦車ビームがエンジン部を貫き炎上爆散する。

 

「殲滅を開始する」

 

 青のブーレイが宣告する。並び立つブーレイに反撃しようと戦車部隊が一斉砲撃を加える。

 

「あ、あたらんっ!?」

 

 悲鳴が狭い戦車内でこだまする。パニックになった兵士が飛び出して一瞬でミンチとなり、味方の砲撃に巻き込まれて四肢を散らす。

 コーラス軍のMH部隊はまとまることすらできずに各個撃破されていく。

 いくつもの音速衝撃波が戦場を飛び交い戦車が跡形もなく破壊された。 

 砲塔を叩き折られ、軋みを上げる車体。棺桶ごと踏みつぶされ断末魔の声を上げる間もなく圧死する兵士たち。

 まるでおもちゃを叩き壊すように戦車部隊を一瞬で全滅させていた。

 灼熱の対人ランチャーが地上を焼き払い世界は炎獄に包まれる。その中に佇む七騎の虹巨人が破壊しつくした戦場を睥睨する。

 

「こちらブーレイ”赤い頭”だ。ハグーダ聞こえるか? 戦闘は終了。部隊を前進させろ。MH部隊もすべて始末したぞ」

『了解! 貴公らの協力に感謝する。女王陛下はことのほかお喜びだ』

 

 戦闘では損害と言える損害をほとんど出さなかったハグーダ軍地上部隊がバランカ領内に侵入しアトキを掌握した。

 バランカ軍全滅の報せにアトキは無血投降し、市内はハグーダ兵士で溢れかえっている。市民は略奪を恐れ、女たちは姿を隠している。

 勝利に沸くアトキ市内の外れ──三騎のMHが中座になって待機している。

 燃えさしを焚火に突っ込んでカエシがかき回す。隣のケサギは丸焼けになった鶏肉をむしるのに忙しい。

 三人が刈り取ったMHは計五騎だ。どれも防衛ラインにいたMH部隊だ。それを三人で倒していた。

 ガスト・テンプルのシークレット・モードは最先端の遮蔽技術が使われている。MHの索敵センサーさえも遮蔽秘匿し、近寄るまでまったく察知させなかった。

 隠密に長けた高い技術を持つカエシたちだからこそ最大限にその技術を活用できるのだ。正面から打ち破るだけがMH戦ではない──

 

「くっそー、派手にやりやがったなぁ。あいつらの話ばっかで俺らは無視かよ……」

 

 手柄を横取りされたとジィッドが愚痴って空になった豆の缶を蹴り飛ばす。

 

「計五騎。うち二騎はお前がトリしたろーが?」

 

 かなりの大手柄のはずだが、ジィッドの不満は自分が目立てなかったことに向いている。

 

「次は大将首が欲しいよな……」

「まったく処置なしだな……」

「お、これうまく焼けてるぜ」

 

 ケサギが差し出した肉にカエシはかぶりつくのだった。



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【6話】セイレイと秘密の庭で(前編)

 アトキ陥落の報に議場に居並ぶ将軍と諸侯らの口は重たい。その中でバランカの王子トラーオは一言も発さなかった。

 無理もない。アトキの精鋭八〇〇〇を失い、うって出ることも適わず無念を飲み込むしかない状況だ。

 王子の心中を察して誰も話しかけることはなかった。王(サード)も席を外している軍議ではこれ以上の討議は無意味なものとなっている。

 静かに扉が開いて閉まり席を外していたマイスナー女王が席に戻る。

 

「席を外して失礼。方々、冷たいものを用意しました。これ以上しわを寄せあっても良い対策は出ないでしょうし」

 

 人々は安堵した表情を浮かべると議場に雑談の活気が戻った。

 それを背にトラーオは立つとバルコニーに出た。そして肩を震わせる。

 遅れてマイスナーとトラーオの父であるバランカ国王ルーパス・バランカがバルコニーに立った。 

 バランカ領の執政権をトラーオに譲ってはいるがルーパスはまだまだ現役の政治家だ。今は中央にあって国王補佐としてサードに助言を与える立場にある。

 場の重苦しさを払うように女王が口を開く。

 

「エルメラとクローソーがロウトに行ったタイミングで良かったわ。今の空気は母子に悪い影響を与えるでしょうし」

「そうだな、王女殿下も追って離宮に移られる」

「まだセイレイは発っていないのですか?」 

 

 同じ無念を国王であるルーパスも背負っている。平常の言葉を取り繕ってトラーオが問い返す。それに答えたのはもう一人の参入者だ。

 

「あの子なら新しい友人と一緒に遊んでいるよ。やはり年の近い女の子の遊び相手は必要だね」

「陛下……」

 

 三人が振り向いた先に王であるコーラス・サードがいた。近頃は自室にこもって出てこなかったのだ。 

 王がいなくても会議はできるが、姿を見せないと皆が不安を覚える。若くも武王として君臨するサードこそコーラスの要である。

 

「ジュノーンの調整に手間取っていてね。あれが使えればベルリンを一騎トリオに回せるんだが。マグロウでは物足らないから謎の敵MHあたりと手合わせ願いたいね」

「サード、また心臓に悪いことを仰る……」

 

 サードが密かに開発しているMHジュノーンはまだまだ未完成と聞いている。冗談かと女王がホッとするように胸に手を当てる。

  

「こもりきりではみんなに心配をかけるだろうしね。この時期に来られた客人方には申し訳ないが、不自由ないように取り計らってほしい」

「御意に……」

「それと、敵の背後が見えない以上は大軍を動かせない。巣を突いて何が出ることやらだが、ジュノーンの準備ができ次第出ても構わないかな?」

「まあ、本当に……」

「それは……」

 

 マイスナーとトラーオが顔を合わせる。王を止めるのは容易ではない。

 

「ダメと言うて聞くサードではなかろうよ。敵の首の二つ、三つは持ち帰ってもらわねばコーラスの沽券に関わりますからな」

 

 困惑するトラーオとマイスナーをしり目に、ククク、とルーパスが含み笑いをする。昔からサードは言い出したらてこでも曲げない質であったのだ。  

 

「ムダ足にはしないつもりだよ」

 

 笑みを浮かべて決まりとばかりにサードが宣言していた。

 

 

 張り詰めた緊張は城の奥深くにあるこの庭まで伝わっては来ない。純デルタ・ベルン様式の庭園は緑にあふれ季節の花々が咲き誇っている。

 午後の日差しは少し和らいで木陰が作り出す光の陰影がくっきりと砂海の上で境目を分ける。

 花の宮と呼んで差し支えない庭にうら若い少女らの声が響く。

 弾んだボールを追いかけていた淡い白のドレスの少女がボールを投げ返すとボールは円を大きく描き狙いをだいぶ外れて垣根を越えていた。

 

「取ってくるのよっ!」

 

 その命令ともいえる声に電子音を響かせながら銀色のロボットがボールを追尾する。リョウは円道を迂回して垣根の向こうに消える。

 

「PIPOPURUU~~!」

 

 すぐにリョウはボールを見つけるとアーム先の重力制御のポケット・ゾーンにボールを絡めて回収する。

 すると前に影が差す。ゴチック様式のスカートがわしゃわしゃと揺れた。スカート同様に服にはあちこちに可憐なフリルを振りまいている。

 黒髪の前髪ぱっつん少女……もといローラである。が、手を突き出した。

 変装はここでは意味もないがローニャ・ロジーナとしての仮の姿は解いていない。

 

「圏外デース。ボールはこっちのだよ」

「だめよ、私のなんだから!」

 

 腰に両手を当てて威厳を強調する女王様はセイレイ王女だ。王女らしい我がままだが当然とリョウからボールを取り上げる。

 

「姫様、お勉強のお時間でございますよ!」

 

 遠くで侍女が呼んでセイレイが振り返る。

 

「やだ、もっと遊んでいたいのに。ねー」

 

 セイレイは眉をしかめて柔らかな薄桃の唇を尖らせる。その仕草も愛くるしいほどだ。

 セイレイの横顔を眺めながらローラはそうだねえと頷き返す。

 

「かくれんぼですか? 私からは隠れきれませんよ? 授業に一分遅れたらおやつを一品ずつ抜きます。夕食のデザートもね」

 

 侍女ではない誰かの声がこだまする。ここからでは木立に紛れて誰かわからない。

 王女殿下を恐喝するとはなかなかのやり手か……

 ローラは声がした方を木陰から顔を出して見るとトリオ騎士団の制服を着た女性騎士が歩いてくるのを見つける。

 

「今行くわ! アイリーンは容赦ないのよ。トリオの鬼団長って呼ばれてるんだから」

「鬼かー怖いですね……」

 

 セイレイはボールを放り出しリョウがキャッチする。

 

「ここよ、アイリーンっ!」

 

 セイレイが歩いていくのをローラとリョウもついていく。

 門前からマイスナー女王に客人扱いでコーラス城に迎えられた。

 ホテルに待機してたエルも呼びよせている。それぞれの部屋に案内された後にすぐに呼ばれた。ついていったらセイレイ王女に引き合わされたのだ。

 エルメラ王妃とクローソーはローラたちとはすれ違いでロウト離宮に行ってしまって会えなかった。

 サードにいきなり面会とはいかなかったけど王女に会えるのは名誉なことである。

 けっこうお転婆さんだったけどね~~

 王女の周りは戦争しているとは思えないほど静かだ。周囲が気を使ってそう計らっているのだろう。七色の悪鬼がアトキを蹂躙したなんてニュースはここには届かない。

 後ろからハロが弾んでローラたちを追い越していく。何かと追えばトリオ騎士団長アイリーン・ジョルにナンパを仕掛けて一瞬で蹴飛ばされるのだった。

 

 現在、我々はディス・バイス図書館にいます。この中庭は図書館の中にあって外部とは隔絶された場所にあるみたい。

 ディス・バイスという名はコーラス王朝のコーラス一九世のことを指している。

 コーラス中興の祖にして皇帝(ディス)の名前を冠した初代大帝。図書館の名前になるくらい博学で星団法の制定にも一役買っている。

 コーラス・ワンナインでも通用するけど、コーラス王の中でもディス・バイスといえばこの人、ということでディス・バイスの方が有名だ。

 ディス・バイスはコーラス王家の唯一の例外かもしれない。

……いやいや、唯一じゃなかった。かの剣聖ハリコンを出した家系でもあるのだ。とりあえずハリコンは置いておこう。

 植民地惑星であったジュノーの地位を引き上げ、独立した国家をいくつも生み出し、コーラス王朝がジュノーに君臨することになったのもこの人がいたからである(おおげさではなく……)。

 ゆえに大帝と呼ばれています。というわけでちょーすごい人なのです。一つ勉強になりました(まる) 

 

 ちなみにコーラス・サードは二三世。じゅー、とかにじゅーの桁は省略してサードとかナインと呼ぶのが慣例となっている。

 それと、コーラス王家の長子には名前がない。

 王となる嫡子は生まれた時から王の呼称である略称で呼ばれるのだ。次の王子が生まれれば四世(フォース)と呼ばれることだろう。

 また、コーラスに生まれた子は必ず騎士として生まれてくることで知られている。これは星団七不思議の一つとされている。

  

 団長のアイリーンさんは図書室までついてきて見張り役のつもりか直立不動の態勢です。

 トリオのお仕事それでいいの? 戦はいいの? まあ、いいか……

 セイレイさんと一緒に座って先生を待ちます。ゴロゴロ目の前に転がってきたハロをセイレイが蹴っ飛ばす。 

 

「イタイ、イタイ!」

 

 アイカメラを×印にしてハロがポンポン弾む。PIPOPIPOとリョウが隣で抗議の声を上げる。

 まーた蹴っ飛ばされて……正面から王女様に文句を言えないヘタレである。

 

「ねえ、あなたってモラード・カーバイトのお弟子さんなんでしょ?」

「です」

「じゃあ、ファティマをもう発表したの?」

「いや、まだです~ あはは」

 

 笑ってごまかす。スポンサー捕まえるのも一苦労中デスよ。あの、そうじーっと見つめられましても……

 

「でもファティマをパートナーにしてるでしょ。あなたのファティマ見たわ。いいなあ」

「王女様ならパートナーになりたいっていうファティマはいっぱいいるんじゃないです?」

「うちもシクローンとかモンスーンとかいるけど選ばれるかなあ……」

 

 目線を中庭に移しセイレイは不興という顔で頬杖を突く。

 

「今日は新しい生徒さんがいますね。こんにちは」

「こんにちは?」

 

 んで、本日の授業の先生は……何とウリクルさんでした。わたくし本日が初対面ですが、にっこりとウリクルさんが微笑んで言いました。

 

「モラード先生からの伝言です。このバカ弟子。勝手に出かけておってちゃんと連絡しろ。ジュノー名物リストあるからお土産買っとけですって。初めましてトローラ・ロージン博士。ウリクルです」

「ええー。なが……」

 

 ウリクルから受け取った無駄に長いモラードのお土産リストは机に放り出す。

 しょーじきどうでもいいけど買わなかったら文句は言われそう。後で誰かに聞いてみるかな……

 

「私が博士たちを見つけたんですよ」

「それでアレですか……」

 

 門前での女王陛下のお出迎えに納得はいった。

 

「授業を始めますね」

 

 ホワイトボードを前にウリクルがマーカーを手に取るのだった。

 こういう雰囲気は久しぶりかも。机を並べてクラスの女の子とコソコソ内緒話したり、いたずら男子が新任の先生をからかったりしてたっけ。 

 しばし時間が経過して机の上に広げたノートと文字の格闘をしていたセイレイがペンを放り出す。

 

「漢字難しくて嫌い。つまんなーい」

 

 現在、漢字の書き取り中。さっき済ませた課題のプリントはウリクルさんが採点してくれました。

 元日本人として漢字は馴染み深いので読めないこともないわけですが、本の種類によっては完全に古代語クラスのものもあるのです。 

 

「すごい、読めるの?」

「何となく感?」

 

 セイレイさんからすごい! の視線にちょっとだけ優越感。元日本人なだけのアドバンテージであるが、ぶっちゃけここだけしか役には立ちません。

 

「じゃあ、これ読める?」

「はい?」

 

 端末いじったセイレイがコレと付きだすのを見る。

 うーん、学生の集合写真かしらん? どっかの高校の門前にヤンキー座りのオネーチャンたちが改造制服に襟元に鎖なんかぶら下げておりいかにもなヤンキー少女隊。

 空いたところに「夜露死苦!」「喧嘩上等」「腐悪幽」とかキラキラ文字で彩られております。

 

「えーこれは、ヨロシクは仲良くしましょうって挨拶かな……。ケンカジョートウは喧嘩するほど仲が良くなれます(なんか違うか……)。ファックユーは……(教育に良くないからボカスよ!)ですかね」

「物知りなのね。もっと教えて」

「えー、いいですけど……」

 

 ウリクルさんは採点した後サードに呼ばれて席を外している。

 壁際のアイリーンさんと目が合ってにっこり笑い返される。聞いてた鬼団長というイメージからは遠い印象を受ける。

 うーん大人の女性だ。年頃的にはエルメラ王妃とそう変わらない気がする。

 

「教えてよ」

「じゃあ、これは?」

「何て読むの?」

 

 ローラがすらすらとノートに書いた漢字にセイレイが興味津津と乗り出す。

 

「怒羅権(ドラゴン)っす」

「ド、ドラゴン! かっこいい……他にもかっこいいのある?」

「あるよー」

 

 何だか受けた。ので次のを描く。何だかんだと時間は勝手に過ぎていく。

 

「ところでこの写真は誰さんなの?」

 

 ヤンキー娘の写真を王女が持ってることが不思議。

 ええ、何というか時代を感じさせる古典的ヤンキースタイルとか。わたくし様の前世記憶にある女学生にもあんなのおらんわっ!

 

「ママだよ?」

「はいー?」

 

 ママ……? お母さんと言えばエルメラさん……えええ~~! エルメラさん~~~!?

 

「も、もしかしてこの人かな~?」

「うん」

 

 ローラが指さした先をセイレイが肯定する。

 このとき、わたしのエルメラ様へのイメージが激しく音を立てて崩れ去ったのでございます。 

 コーラス王朝ウィンド高等学校は歴代コーラス王家の王子や王女が通うことでも知られる超絶名門学校であります。

 何せ、一般学生ですらふつーの人たちではありません。コーラスと誼を通じる各国の皇族、貴族の子女らが集う学び舎でもあるのです。

 紳士淑女が華麗なダンスを披露し、瀟洒な校舎で談話の一時をお上品に過ごす光景が目に浮かびます。まさに雅の限りと言えるでしょう。

 しかし何ということでしょう……

 可憐なるピンクとホワイトの制服は無残にも改造され、ロングスカートで〇んこ座りに目の下にはべっとりクマメイク。

 髪はぼさぼさにアホ毛を放ち、はだけた胸元から思い切り下着が見えております。

 腕に巻いた包帯にはこれ見よがしにインクっぽい赤がべったり付着し、ベルトにつないだチェーンのバックルは思い切りドクロマークが輝き、おみ足のルブタンのサンダル……じゃなくて便所サンダルは実に涼し気でございます。

 そのお隣に鎮座するそり込みパンクヘアーのおねーさんもどぎついメイクに革ジャンでこちらに中指を立てております。

 なかなか個性的で自由奔放な青春を送ってられたようデス……

 

「あら懐かしい。あーほんとに若いわぁ~~」

 

 アイリーンさんが後ろから覗き込むと端末の写真をタッチしホログラムを立ち上げる。

 ええ? 何です? 

 

「これさあ、フロンドゥが猫被る前のだよ。あの頃は泣く子も黙る女番長だったんだよ」

 

 アイリーンさんって口を開けば結構フランクな人なのね……

 

「えーと、フロンドゥって……」

「エルメラが嫁ぐ前の姓だよ。ほら、これがあたしだ」

 

 エルメラさんとツーショットで映るヤンキー娘がつまりはアイリーン・ジョルさん。トリオの騎士団長と王妃様は昔馴染みっと……  

 

「若かりしサードとエルメラの橋渡しをしたんだよ。ラブレターなんちゅー古臭い手でね」

 

 セイレイがラブレターの台詞で肩をすくめる仕草をする。

 古臭い手なのは違いないが、何が決め手になるかは……わからん。そーいうのはわたしにもまだわからないし。

 

「その手は使えたの?」

「じゃなかったらあんたは生まれてないんだよ」

 

 グリグリとアイリーンがセイレイの頭を揺さぶった。 

 

「おっといけない。呼び出しだ。セイレイ、ちゃんと片づけてお客人の相手をしてあげなさい。明日はロウトに発つのだから準備も終わらせておきなさい」

「はーい」

 

 生返事を返してセイレイがテーブルに手を伸ばすのだった。 

 

 

「さあ、行きましょう」 

 

 教科書とノートをしまい、図書室の扉を閉めるとセイレイは長い廊下を歩き出した。どこへ向かうのか聞いてないが、どこかにはつくだろうとローラは黙って従う。

 コーラスの宮殿はとにかく広い。ユーバーの城よりずっとでかい。すれ違う女官さんの衣装も品が良かった。

 アレと比べてはコーラスに失礼か……ずんずん歩いてくけどどこ行くのかしらん?

 

「みんなが離宮に行けってうるさいの。あそこって退屈で何もないのよ?」

「安全だからでは?」

「どうでもいい! 私は父様の近くにいる方がずっと楽しいの! 母様と一緒にいるとドヨーンってなっちゃうわ。あーあ、やだなー……」

 

 セイレイが立ち止まり暗黒なオーラを背負う。

 この時期のエルメラさんは夫とファティマとの関係にかなり憂うつだったはず。加えて妊娠中で不安定とくればだ。

 コーラス待望の男児を望まれ、いろいろなプレッシャーがのしかかっているに違いない。

 気持ちはなんだかよくわかってしまう。そりゃ、子どもにもきついよね……

 

「トローラは……」

 

 セイレイが口に出しかけて口ごもる。

 

「ローラって呼んでよ。みんなそう呼んでるから」

 

 あけすけに返した。

 王女様だからどうとかをセイレイはあまり気にしないタイプみたいだし、何か言いたいことがあるならこっちも自分全開で返したい。 

 セイレイが向き直ってローラの目を真っすぐに見る。

 

「じゃあ、ローラ……」

「なあに、セイレイ?」

「あなた、秘密守れる?」

「もちろん」

 

 セイレイが差し出した手をローラは握り返した。

 

「とっておきなのよ。どんな国のお客様にも見せたことないんだから」

「見せてくれるの?」

「特別なのよ?」

 

 その先にはリョウとハロがいる。

 

「PIPO?」

「あー……君たちお留守番ね。わかった?」

 

 ハロは追尾できないようにセットし、リョウには部屋に戻るように指示をする。言われるままに戻っていくのを見送る。

 

「オッケーかな?」

「ついてらっしゃいっ!」

 

 セイレイに手を引かれるまま小走りに生垣沿いの小径を抜ける。いくつかの小さな門があってその三つ目でセイレイがいくつめか数えた。そして右に抜ける道を真っすぐに行くと白木でできたアーチ門が見えた。

 

「ようこそ、ここが私の秘密の庭よ」

「お招き預かりまして光栄よ」

 

 ローラのこまっしゃくれた返しにセイレイが笑った。そして二人は小さな白いアーチの門を潜り抜ける。

 宮殿の奥深く、訪ねる者も今はほとんどないその秘密の庭へと──  



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【7話】セイレイと秘密の庭で(後編)

「天辺競争開始!」

「せぇ~の~とっ!」

 

 きしんだ音を響かせブランコが天を目指して高く上がった。セイレイに続いてローラも頂点に達する。

 

「わたしの勝ち!」

 

 ブランコの高漕ぎ競争にセイレイが勝利宣言すると限界突破点を突き抜けたブランコから跳んだ。クルクルっと体を回転させて地面に降り立つ。

 

「わーお」

 

 ローラも跳んで柔らかい地面を踏む。後ろでガシャンと派手な音を立ててブランコ同士が絡みあった。

 鉄の匂いがする手の平をこすり合わせるとローラははしたなく乱れたスカートのすそを直す。

 なお、ブランコの正しい遊び方ではありませんので一般家庭のお子様は絶対真似をしてはいけません(まる)

 

 ローラは改めて庭を眺める。図書館のお庭も良かったけど、ここの花は自然に咲かせた感じが良い感じだ。庭師の性格が見える。 

 庭には他にも子供向けの遊具がある。王女様は遊ぶにも侍女の監視付きが普通なのだがここには誰もいない。

 きっとここは王宮の子どもたちの遊び場なのだろう。遊具についた擦り傷や摩耗具合からずっと前からここに設置されたのだろうと見当をつける。

 そして道具を手入れする人がいる。

 

「他になにして遊ぶ? 追いかけっこしよっか? かくれんぼにする?」

「えへへ、お手合わせ願っちゃおうかなぁ~」

 

 挑発的なセイレイに手を合わせて笑う。思い切り体を動かすのもここしばらくやってなかった。長旅だったので実は運動不足気味だ。

 

「これ! そこを動くなっ!!」

 

 怒った声が響いて二人同時にひゃっ! という顔になって肩をすくめた。

 緑の葉に紛れた曲がり角から一人の老人が顔を覗かせている。ぎょろり、という感じの二つの目がローラをジロジロと見た。

 

「えと、何か……?」

「ん!」

 

 老人が指さしたのはローラの足元。むき出しの茶色い地面。セイレイがそろそろと後ずさりする。

 

「植えたばっかよ……」

「やば……」 

「踏みあらしゃ出るもんも出て来ん」

 

 ローラは一歩下がって花壇の端に出る。ずんずんと老人も勢いよく出てくるからのでもう二歩下がった。

 丁度ローラの目の前に座ると土を両手で囲い込んだ。その熱心な寡黙さにローラは観察の目を老人に向ける。

 白髪はところどころ黒が残り、髪質はごわごわしていて癖が強い。鼻は団子だが先は長い。真一文字の口元は頑固さを表す。

 背丈は一九〇ほどで背筋は張って歳を感じさせないが腹の恰幅は良い。ベストを羽織り足元は長靴ブーツ。ズボンは土いじりで汚れたのか半ば土気色だ。

 老人は小さな山を作ると腰に手を回して小さな粒をその頂きに撒いた。目印代わりなのだろう。

 

「その、ごめんなさい。知らなくて……」

 

 ローラは庭師らしき老人に謝る。

 

「ローラは悪くないわ。私がどーんって飛んだからよ」

 

 セイレイが取りなすが老人は黙ったままだ。そして何かを拾い上げる。 

 

「種を見つけた……拾った命は加護がある。二つ分」

 

 その硬くごつい手は長年庭いじりをしてきた証だろう。土に汚れた手に小さな種が二つ。わずかに芽を覗かせている。

 そしてまた腰を下ろして土を囲うと老人は二つの山に種を落とした。

 

「あのね、じい。こちらはローラよ」

「ローラです。庭を荒らしてホントにごめんなさい」

「子どもは遊ぶもんだ。悪さばかりするのも今のうちですぞ、姫」

 

 眉をしかめてぎょろっとした目がセイレイを見る。

 

「はぁ~~い。庭師のコードレスよ。この庭の木も花も全部じいが植えたんだから。名前も全部教えてもらったの。ローラに教えてあげる」

 

 さっきのお返しに、と付け加えた。

 

「先々代以前のものもありますよ。半分以上がそうです。お付きがおられないのはまた勝手に来られたのですね?」

「平気よ。ここにいるって侍従長は知ってるもの」

 

 ホントか嘘かは不明だが老人の追及の視線をセイレイは素知らぬ顔でかわす。

 

「もう三時過ぎたわコードレス。おやつの時間でしょう?」

 

 コードレスのごつい手を握ってセイレイが甘えた声を出す。コードレスは王女を一瞥した後ローラに目線を向けた。

 ローラは思わず緊張で強張る。老人の目力はなかなかに迫力がある。

 

「お茶の時間ですが、お客人もご一緒にいかがですかな」

 

 居住まいを正してコードレスが丁重な仕草で誘う。宮廷の作法だ。

 

「私はフローズンフルーツがいい!」 

「最初からそのつもりで来られたのでしょう? ジョル団長に叱られますぞ」

「いいのアイリーンは! カーリー・トリオ前団長には誰も逆らえないの」

「前団長?」

「お客人もどうぞ。おもてなしします。フローズンアイスはお好きかな?」

「えー、好きです、大丈夫。じゃあ、ご相伴にあずかりマス!」

 

 そう答えローラは二人の後に続いて庭の一角にある小屋に向かった。

 木造建ての苔むした家は周りの植物や木々に溶け込むように建っている。小さな花たちがそれぞれの個性を際立てるような配分で植えられている。

 どの花も目立ちすぎず、それでいてしっかりと存在を主張している。

 さながらジブリ作品に出て来そうな不思議な小屋っぽい雰囲気だ。

 コードレスが小屋に入った後に続こうとして立ち止まった。戸口の柱木に背比べした古い傷跡とまだ新しいものがあった。

 

「これは私よ。去年のがこれ」 

 

 セイレイが線を指さす。見れば「セイレイ」と下の方に掘った跡がある。

 そこにもう二つ名前が並んでいた。斜め書きで読みにくいが、一つは「アル」だろうか。もう一つは「マヨ」と読める。

 かなり小刻みに刻まれたそれを軽くなぞる。ここはコーラス王家の子どもたちの遊び場なのだ。

 世代交代しながら前の住人と後から来た新参者が入れ替わる歴史の痕跡がある。

  

「これは?」

「これはアルルお姉ちゃんの。ずっと前に出て行っちゃったんだ……」

 

 その声はどこか寂しげだ。セイレイはそこで口をつぐんでしまう。

 あまり立ち入ったことは聞きにくい気がしてもう一人のことは聞かなかった。何となくだが見当はついている。

 

「そーなんだ」

 

 コードレスさんは奥の部屋でお茶の用意をしているのがドアの隙間から見える。準備ができるまで無駄話でもして過ごそう。

 

「座っていい?」

「ええ。そこがいいわ」

 

 二人してウッドデッキの乾いた場所に腰掛けた。

 

「コードレスさんは団長さんだったんでしょ?」

 

 元騎士が何で庭師をやっているのかにも興味がある。

 

「それだけじゃないわ。トリオのひっとー騎士だったんだから。コーラスの騎士では一番。父様以外ではね」

「いつ引退したの? ここでずっと働いてるの?」

「知らない。私が生まれる前か後よ。じいが育てた花は市の植物園にもあるの。賞だって貰ったことあるんだから」

 

 セイレイが自慢げに室内を指差す。壁の飾り棚にトロフィとメダルがある。その様子から実の親や祖父のようにコードレスを慕っているのがわかる。

 

「お二方、おやつの準備ができましたよ」

 

 二人を呼ぶ声に振り向く。立ち上がり際にセイレイがローラに耳打ちする。

 

「後でもう一つの取って置きがあるの。見たい?」

「もちろん!」

 

 セイレイの目配せにローラは頷いて応える。

 この後、ゆったりとした時間を冷たい飲み物と香ばしいお菓子の匂いに包まれて過ごした。

 小屋の主のコードレスさんは頑固者なイメージだ。その割に話は面白い。コツを心得ているのだろう。

 木目の壁に飾られた親子の写真に目を止める。若い女性と一緒に映っている。少し古いのでお孫さんか娘さんだろうと推測する。

 隣のセイレイに囁く。

 

「あの写真はだあれ? コードレスさんと一緒の写真の」

「ヒューズレスよ。ここにはいないよ? 私はよくは知らないの」

 

 ヒューズレス? ヒューズレス・カーリー。ミラージュのオレンジ・レフト。そんな名前をふと思い出す。

 てことはやっぱりトリオの騎士だったのかな。親子揃ってコーラスに仕えていた。

 もしかしてメロディ家とも関係あるのかな?

 

「じいは彼女のことをあまり話そうとしないの。何でも大げんかして家出したんですって。メロディ家が無くなってしまって沢山の人がいなくなったの。アルルお姉ちゃんも、ヒューズレスもね」

「そうなんだ……」

「あの子は帰ってきません。どこで何をしているのか連絡も寄こさない」

 

 コードレスが二人の前に立ち飲み干したグラスを片付ける。 

 コードレスの登場は不意打ち。会話はそこで途切れた。少し気まずいながら話題を変えたが口数少なく時間は過ぎていく。

 その間、メロディ家のことを考えた。

 メロディ家はコーラスにとって重要な家であるが複雑な事情が幾重にも絡まっている。国民の中にはいまだにメロディ家のことを懐かしく思う人も多いようだ。

 お取り潰しになった背景は世間を賑わせたスキャンダルが原因だ。

 

 ボォス星のハスハには神聖不可侵と呼ばれる聖地ラーンが存在する。

 ラーンの地には代々時の歴史を受け継ぐという巫女・詩女(うため)が存在し、その地に住まう人々の拠り所となっている。

 ハスハ・アトール聖導王朝の皇帝とも呼ばれる今の詩女はハスハ連邦のムグミカ・コレット王女だ。その前代となる三〇年前の詩女は魅惑のフンフトと呼ばれる女性だ。

 詩女は代々巫女としての素養がある者の中から選ばれる。どう選ばれるのかは不明だが、継承すると前の詩女の記憶をすべて受け継ぐのだと言われている。

 

 詩女フンフトが一人の青年と恋をしたことから悲しい物語は始まる。

 その青年というのがメロディ家のピアノ・メロディ王子。フォルテの息子で三代目当主となる人物だった。

 それは許されぬ恋。やがてフンフトは懐妊し子どもを産み落とした……コーラスの王子と詩女の恋騒動は破滅という形で結果を迎える。

 フンフトは詩女としての役目を追われ、メロディ家は廃されてピアノ王子は世間から姿を消した。

 噂では死んだとされていて、自殺とも、もっと後ろ暗い話では内々に始末されたのだという。

 わたしはコーラスでそんなこと起こるとか思いたくない。ぐっちょどろりの王宮内の云々はフィルモアの方が想像しやすいと言ったら偏見だろうか…… 

 それはおいて、フンフトが産み落とした子どもは世間の目から隠されてどうなったのかもわかっていない。

 それが世間が知るこの事件の真実だ。関わった当事者たちは今に至るまで黙して語らない。

 メロディ家の王女であるアルル・フォルテシモ・メロディは、父親と詩女の不倫という事実と異母妹の存在をどう受け止めたのだろう?

 コードレスさんは当時は現役だったか退いた頃だったはずだ。なら当時のことを知ってるだろうけど部外者が聞けるような話題ではない。

 そして時計の針が四時を指してボーンという音を鳴り響かせる。

 

「出ましょう……」

 

 セイレイに促されて立つとコードレスさんにお茶のお礼をして二人で小屋を出た。

 そして庭の境にある低い壁に向かった。無数のツタが這い緑の壁面がどこまでも続いている。ここで行き止まりで他には何もないように見える。

 

「っと。ここで、押す」

 

 背伸びしながら壁の緑の葉に片手を突っ込んだセイレイが突起部分に触れると、ゴゴゴと音を立てて壁が動いてその向こう側に通路が現れる。

 何とアナクロな仕掛けでしょう。お城にある隠し通路の実在にちょっとばかり感動してしまいました。

 セイレイの後に続いて踏み入れると明かりは勝手についた。ひんやりとした空気に触れてカツンカツンと靴音が響く。

 わずかに下って地下へと。この先にコーラス城の秘密が……

 セイレイが扉の前で立ち止まって認証を受ける。

 やだ、ホントに機密じゃないですかー!

 

「ホントに入っていいの?」

「見たいって言ったじゃない。今更」

「そーですけど」

 

 地下空間は思ったよりも広かった。天井はかなり高い。無機質な空間で生活を思わせるものは何一つない。 

 ここって?

 セイレイが走った先にさらに大きな扉があった。MHが通れるくらいでかい。その扉が開くのをローラは待つ。

 

「これが取って置きの秘密っ!」

 

 セイレイが指差した先に一体のロボットがある。闇の中に白く美しい姿が浮かび上がって見えた。

 素人目にも遠くからでもわかるほど装甲のラインの継ぎ目は精緻で隙が見えない。そんなMHはこれまで見たことがない。

 工芸品と揶揄されるがMHは戦うための兵器。破壊し蹂躙するための道具とは思えないほどの美しさにローラは見惚れていた。

 それは一目ぼれに近い感情だ。

 そしてこの守護神の名前をわたしは「知っている」。

 ジュノーン──

 

「父様っ!」

 

 セイレイが駆けて座するジュノーンの側にいた男が立ち上がった。誰であろうコーラス・サードその人だ。

 サードが娘を受け止めて、すぐに抱き上げると何度も空中を回転させて二人が笑った。セイレイの弾けるような笑い声が無機質な空間に響き渡る。

 そしてセイレイを抱えたままローラのほうに歩いてくる。

 サードの出で立ちはラフなシャツに作業ズボンと、バストーニュで出会った時の威厳ある服装とまるで逆だった。

 

「やあ、私のおチビさんが素敵な友人を運んできたね」

 

 そう言ってサードは微笑むのだった。 




庭パート完了
次回、ローラはあることを知ってしまうのだが……


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【8話】カナルコード・プロト・ゼロ始動!

「ウリクル、降りておいで」

『はい、マスター』

 

 サードが呼びかけてマイクから女の声が応えた。ここではやたらと響いて聞こえる。

 ウリクルどこにいるの? って思ったらジュノーンの頭部のファティマ用のコクピット・シェルが開く。

 ウリクルの姿が見えたかと思ったら昇降用の器具を掴んですぐに降りてくる。

 

「もう会ったね、ウリクルとは」

「先ほどはどうも~~」

 

 授業の後はこっちに来てたってことね。

 

「お茶をお淹れましょうか?」

「君は甘い匂いがするね……」

 

 くんくんとサードがセイレイの匂いを嗅いだ。お菓子の残り香がしたのだろう。

 

「お茶はもういらなーい」

「あー、わたしも平気デス」

「じゃあ、ボクにもらえるかな」

「はい」 

 

 ウリクルがポットを取り出して急須に熱いお湯が注がれる。湯呑にも達筆な漢字が掘られている。

 

「ここは割と冷えるものでね。最近はいつもここでお茶をしているよ」

「んー、父様……」

 

 サードの胸元でむずがるようにセイレイが頭を擦り付ける。

 

「おや、眠いのかい? 少しだけお休み。後で起こしてあげるからね」

「うん……」

 

 サードの胸に顔を埋めたままとろんとした目でセイレイが頷く。

 

「サード、お連れしましょうか?」

「いや、ここで構わないさ。セイレイ、お友だちにお休みは?」

「ローラ、お休みなさい。ふわぁ……」

「ああ、お休み。ごゆっくり~」

 

 大きなあくびをしてセイレイは目を閉じる。その呼吸はすぐにゆっくりしたものに変わった。

 寝た! のび太君並みの就寝スピードだねー。お姫様って結構疲れるのではないかと思うのですよ。

 周りが気を使う以上に自分も気を張ってなきゃいけないだろうし、ふつーの小学生みたくお気楽に親に甘えてればいいわけでもないし……

 

「毛布を出しますね」

 

 ウリクルがジュノーンの脚部の収納ボックスから毛布を取り出してサードに渡す。

 サードはひざ掛け毛布をジュノーンの側に敷くと脚部に背を預けセイレイを抱えたまま座った。その側にウリクルが立つ。

 娘を見守る優しいまなざしがローラに向けられる。

 

「こんな格好で済まないね」

「いえいえ、とんでもない。お邪魔しちゃったのはこっちだし。セイレイ様にいろいろ教えていただきました。はい」

「立ったままじゃ疲れるだろう。そこに椅子があるから使ってくれ」

「はい」

 

 マイスナー女王も気さくな人だったけど、コーラスの人たちはしゃちほこばった礼儀にこだわらない人ばかりだ。

 忘れがちだけど、この人はコーラス二三世。ジュノーの大帝。つまり皇帝と呼んでも差し支えない身分にある人なのだ。

 なのに対等な目線で話しかけてくれる。こっちは同じ目線で申し訳ないくらいだ。 

 

「遠慮はいらないさ。君も私の娘のようなものだし」 

「はい?」

 

 ええ? どういう意味だろ……

 

「君の命を預かる一人だしね。モラードとも約束がある」

 

 何のこと? 先生たちが関係あるの? 約束って何?

 サードの目と目が合う。ローラははてなマークなおつむで首を傾げた。

 

「じゃあ、知らないのかい? モラードから何も聞いてない?」

「ええと……?」

 

 何言ってるのー!! どーいうことー! 先生と何かあるのーっ!?

 

「君とバストーニュで出会う少し前だが、私の所にアマテラス陛下から直筆の手紙が回ってきてね。それが君に関するものだった」

「ええ……わたし?」

「トローラ・ロージンに関する問題は委細構わず無効とすべし。つまり誰も手を出すな、という意味合いのものだったよ。アマテラス陛下に加えて、最後に星団を代表する最高のマイト三人の連名とあっては断れる人間はそうそういないだろうね。サインしたのは私だけではないよ。アドラーのミッション・ルース大統領もいたね。君もバストーニュで会っているはずだ」

「ボード卿ですよね……」

「君の友人のミミバ族の彼がボード君にデータを渡した時の顔は面白かったよ。ミッション・ルース大統領の鼻を明かした場面を見れたからね。いや、あれは本当に傑作だった。ウリクルにも見せたかったね」

「まあ、イケナイお楽しみだったのですね」

 

 ウリクルの返しにサードはいたずらっぽく片目をつぶってみせる。

 そんな陛下の愛嬌は眩しすぎるくらいです。

 

「……とまあ、ボォスやカラミティの要人の名前も私の後にいくつか追加されていたはずだよ。私もああいうお偉方との連名は初めてで。書簡に名を連ねた時点で全員が共犯になったしね。星団法を定めたご先祖には申し訳ないが、決まりというものは時代に合わせて変わるものさ」

 

 ドッシャーン! まさにそんな感覚だ。うわわぁぁ~~~! 思わず開いた口がパクパクしちゃう。

 あのとき……バランシェ公やジンクさんとで手を回したって聞いたけど……裏でそんなにすごい人たちがわたしのために動いてたなんて……

 モラード先生も、ソープさんもなーんも言わなかったよね……

 

「君のことはモラードから聞いて事情は把握していたからね。才能ある少女の将来を潰すことはない。バランシェ公が内々に各国首脳に通達したのさ。こんなこと前代未聞だって噂になっていたよ。だから私も君には大いに興味があったのさ、モラードの押し掛け弟子とはどんな子だろうってね。予想以上にいい子で、セイレイも気に入ってくれたようだ」

 

 父様の膝で安心して眠るセイレイに目を向ける。

 セイレイは本当にお父さんが大好きで、お父さんもちゃんと娘を愛してる。 

 その一瞬、ローラは胸が締め付けられるような感覚になる。それは衝動的なもので、呑み込むともやもやと胸の内に何かが宿った。

 その幸せを壊していいなんて誰が──

 

「ローラ」

 

 サードの呼びかけに意識を引き戻される。

 

「は、はい」

「良ければ感想を聞かせてくれると嬉しい。このモーターヘッドは三〇年ほどかけて私が作り上げたんだ。名はジュノーンという」

 

 見上げればジュノーンの顔がある。こんな間近で本物を拝めるFSSファンはきっとわたしだけである。

 立ち上がってローラは軽く手を振ってみせた。

 

「えと、初めましてジュノーン。ローラです。お邪魔してるよ~~」

 

 と、ジュノーンにご挨拶する。ロボットに挨拶なんて変な子だと思う?

 彼らにはちゃんと意思がある。人間とは違うけれど幼児くらいの知能があると言われている。

 ファティマは彼らと対話し意思を繋げることでシンクロ率を上げていくのだ。ファティマとMHはある意味一心同体の関係にあると言っていい。

 

「きっと見たらみんな虜になります。特に私たち共通の友人が見たら踊りだしちゃうかも」

「その友人というのはレディオス・ソープ君かな? 彼ほどの腕ならこのジュノーンを一気に完成させてしまうかもしれない」

 

 ドキッとすることを言う。それは実現してしまう残酷な真実だ。ウリクルを失いコーラスが倒れることが前提のジュノーンの完成……

 そして、その死を悲しまない人はいない。コーラスが大きく揺れて残された者が泣く。

 そんな悲劇が目の前で起こることがわかっていて、ただ見過ごすことが「歴史」を変えるからという理由で何もしないでいることが正しいなんてない。 

 ううん。違う、ホントはそうじゃない……わたしの本当の、本当の理由は。

 わたしは罪を犯して家族と離れ離れになった。二度と会えないと思っていたけれど、わたしは生きることを許された。

 望めばお父さんともソアラとも話すことができる。遠く離れていても、いつかまた一緒に暮らすことができると希望を持つことができた。

 でもセイレイは二度とお父さんに会えなくなってしまう。それを知っていながら何もしない自分をきっと自分自身が許せない。

 たとえ、その行動が物語に干渉することだとしてもだ。

 父の側で寝息を立てる少女の顔を見る。幸せに包まれた女の子だ。彼女が泣く姿は見たくない。

 そのときだ、電子音が鳴り響きウリクルが応対すると何言かサードに囁く。

 

「……では一緒に通してくれ」

 

 そう告げてサードはゲートがある方を見る。ローラとセイレイが通ってきた通路がある。

 

「今日は来客日和でね」

「お邪魔でしたら帰ります」

「それには及ばない、同席してくれ」

「はい」

 

 来客は予想もしない三人組だった。

 ゲートの向こうから最初に現れたのは庭師のコードレスだ。その後にナイアスとヒュードラーが続く。

 ねーさん?

 この場に三人が現れたのをローラはすぐに呑み込めない。何でここに? という疑問だ。

 

「ナイアス様とお連れ様です」

 

 ぶすっとした顔でコードレスが告げる。

 不愛想はわざとなのか、彼は下がるとウリクルが会釈してそれに返すとすぐ隣に控えた。

 引退していてもコードレスさんはかなり信頼されていると伺える。

 

「きっとここへ来るだろうと思っていたよ。久しぶりだね、はねっかえりさん。アドラーでは話せる機会がなかったが」

「久しくご挨拶せず……これを預かってまいりました」

 

 跪いたナイアスが懐から一片の紙を取り出して置いた。

 

「見せてくれるかい」

「はい」

 

 ナイアスが紙をサードの手元に運ぶ。紙が広げられ現れたのはひとひらの押し花だ。

 変哲もない萎れひなびたその花はシンプルな淡いパープルの色合いを無機質な空間に広げる。

 

「花咲き都の永遠(とわ)の乙女、歌いて種を蒔く。笑いて人々、かの道に続いて水を撒く。か……」

 

 懐かしむようにサードはその言葉を呟いた。

 何かの詩であろうか……

 

「詩女(うため)の都行きの一節の詩(うた)だよ。人々が希望を込めてその道中を見守ったという、今でも詩女と民衆に受け継がれている伝統なんだよ」

「そうですか……」 

 

 ローラへの説明だろうかと返事を返す。

 そのエピソードは本や映画にまでなっていて知らない者はいないくらいだけど、古い文献に載っているような詩までは知らなかった。  

 

「ラーンの花の街道で摘んだものだね。皆があそこにいて笑っていた……あれからもう三〇年も経った。私の記憶と思い出はあの頃と変わらない」

「はい。陛下も私も……」

 

 わたしの知らないねーさんとサードの関係。

 ──しおれた押花。

 二人の間にどんな物語があるのだろう?

 きっとそれは、わたしが立ち入ることはできない思い出なんだろう。

 聖地ラーン。

 花の街道。

 詩女のおわす地……

 

「カモンの命日を覚えていてくれて嬉しいよ。エルメラはロウトでね。きっと会いたがるだろう。母上のティルバー女王はお元気かな?」

「ピンピンしております」

 

 二人は目を合わせて笑いあう。その様子は年の近い心通う友のようだ。

 ねーさんのお母さんってフィルモアのどこかの女王なの? 何だか置いてけぼりな気分になってローラは隣を見る。

 えーと、ヒュードラーさんどうしたの? さっきから何だか大人しいので変だなと思ってたら……

 当の博士は身をよじらせ恍惚の表情を浮かべている。ムンクよろしく叫びのポーズだ。

 あの……何事なんですぅ~~~?

 

「のおおおぉ~~~ぅ」

「あの、ドクター?」

「素ン晴らしいっ!!」

 

 突然の叫び声を上げる。

 

「やかましい!」

 

 ナイアスが突っ込むがヒュードラーは止まらない。

 

「ああ、私は今! モーレツにカンドーしていマスっ!! これぞまさに窮極の究極の極致だ! これほどの品を見られるとは、やっぱりあなた達に付いてきてよかったぁぁ~~~! ああ、何ということでしょう。このライン! 均衡! まさに絶妙! 神騎とうたわれるに相応しいっ! どー!」

 

 そして体当たりするようにジュノーンの足に抱き着くのだった。

 ベッチーンという音が鳴り響く。その様に全員声を失う。

 

「あのー博士~~?」

 

 半ばドン引き気味なローラがその背に声をかける。

 ベチって音したけど平気です?

 博士とはここに来る船で散々モーターヘッド大好き論を展開してたわけですが、コーラスといえばエンゲージと語り、死ぬ前に一度でも徹底分解してフレームからエンジンまで弄繰り回したいと性癖を暴露しまくってたので予想しなかったわけでもありません。

 マイトの性って奴は救いよーもないくらい好きを追求してしまうものなのだ。 

 

「ム……違う? だが……そうか。この舐めた感じでは……」 

 

 舐める?……ヘンタイさんですか……

 恍惚に近い表情から真剣な顔に変わって博士の呟きは独走状態。

 もはやついていけない世界である。 

 

「これは、ヒュードラー博士を放置したのが不味かったかな?」

「へーか、この人がヘンなだけデス」

 

 ローラはサードに返す。

 

「エンゲージは二騎……初代オクトーバーSR.1……ハリコンの神騎……クルップの後クロスビンが完成を……そしてもう一騎……Mk2はアレンジ……かのバッシュと同等のエンジン……マイスナーが所有……そしてこれは限りなく近いレプリカっ! だが、なぜレプリカが必要なのだ……コーラスにはSR.1があるのでは?」

 

 そこで呟きは止んで視線はサードへと向けられる。

 

「ドクター、もう一騎のエンゲージはこの城に……コーラスにはない。今君の前にある騎体はジュノーン。私が亡き友との約束で創り上げたものだ」

「そう、ジュノーン……違和感はそれか。だが、なぜ未完成なのです。神騎と呼ばれるシリーズでありながら!」

「このジュノーンはどうしても私自身の手で組み上げなければいけなかったからだ」

「それがご友人との約束だと?」

「その通り。この騎体がコーラスの象徴であることを示すためにね。ジュノーンは依り代なのだよ」 

 

 依り代? どういう意味なのだろう。初代エンゲージがここにないこととサードの交わした約束はどう繋がっているの?

 二人のやり取りはローラにさらなる疑念を生じさせる。

 サードがエンゲージをアルル王女に託した? ふと思い浮かんだ推測は妙に現実味があって頭の中にある細切れのシーンと重なる。

 

「いかなる経緯を経てきたのか私には伺い知れないが、私は陛下に賛美の言葉を送りたい。マイトではないあなたが例えレプリカであろうとこれほどのものを組み上げるとは予想すらしていなかった。しかし、あえて言わせてもらいたい。これではあまりにも惜しい。できることならば真の完成に至ることを願うのみです」

「お言葉痛み入る、博士」

 

 だからこそできることが、何か一つでもできることがあるのでは?

 ここにわたしがいることは偶然じゃあない。何かを変えるために、運命を変えるために私はここにいるのでは?

 何かの意志が働いているような気がした。

 

「ここにマイトが二人がいます。陛下にわたしから提案があります」

 

 口を突いて出た言葉はもう後戻りを許さない。

 そう、これはわたし自身の意志。強く何かを変えたいという願いそのものだ。  

 

「提案とは?」

「どうかジュノーンの調整にわたしたちも参加させてほしいのです。ヒュードラー博士はこの通りジュノーンの弱点を見抜いています。そしてわたしからも提供できることがあるかもしれません」

 

 ローラがヒュードラーを見ると頷き返す。何を言わんとしているのかすでに分かっているようだ。

 二人で議論を詰めあった。それらの理論はいまだ机上の空論に過ぎない。けれど、経験と実績を積んで実現の道が拓ければ世界は変わる。

 ローラのエトラムル理論とヒュードラーの唱える新機軸のモーターヘッド理論が結びついた。二つの理論は非常に近しいところにある。

 ファティマに依存しない、機械がマシーンとして機能する世界。互いに目指すものと求めるものが一致していた。

 二人の間にその未来を確信できるだけのものがすでに確立していた。

 

「ウリクル、どう思う?」

 

 サードがウリクルへ視線を向ける。隣に立つコードレスは難しい顔で頭を振るが無言を貫いた。

 

「陛下のご意思一つです」

 

 ウリクルの言葉に、そうだね、とサードは呟く。

 

「ローラ、君の論文は全部読んだよ」

「え? 読まれたのですか?」

「それはもう、穴が開くほど隅々までね。実に興味深く検証もしたほどさ。だから力を貸してくれと頼みたいくらいだ。そしてヒュードラー博士にはあのわずかな接触であそこまで読まれるとは思ってもいなかった。やはり素人では限界がある。お願いしたいのはこちらの方さ。ヒュードラー博士にも」

「よろしいのか? 私の様な流れ者を信用しても」  

「ボクはローラを信用している。その友人である君を信用してはいけないかな?」

「実に光栄ですっ!」

 

 ヒュードラーが返してローラの手を握ってきた。握り返したその手から伝わる力強い興奮は言葉にしないでも十分に伝わってくる。

 

「んー……」

 

 目を開いたセイレイが声を上げた。伏せていた顔を上げて来客たちを見る。

 

「起きたかい、おチビさん」

「ちょっと前に起きてたの。ねえ、父様」

「何だい?」

「ジュノーンはもっと強くなるの? 強くなってコーラスと父様を守ってくれるんだよね?」

「そうだよ。もっと強くなってお前のことも守ってくれるよ。そろそろお戻り」

「うん」

 

 サードがセイレイを立たせ、ウリクルが手を引いた。行きましょう、と告げるとセイレイが頷いて応える。

 

「じゃあね、ローラ。さようなら」

「さようなら、セイレイ」

 

 二人が通路の方に歩いていく。ゲートを抜けてその姿が見えなくなるとサードが口を開いた。

 

「ナイアス、国元は君がここにいることを良く思わないのではないか? 今回の戦は彼らにとっては試金石だろうからね。私としては古い友が遊びに来てくれただけで嬉しいが」

「私はすぐに城を離れるつもりでおります。この二人は御身の側で存分に働きを見せてくれるでしょう。私の役目はここまで」

「え、行っちゃうの?」

「彼女の立場はここでは難しいだろうからね」

 

 ローラの問いにサードが答える。

 

「もう一つの役目をやるだけだよ。ほら、言ったろう。人材発掘もあたしの仕事だって。腕に覚えのある強い奴を勧誘するのさ。ここにいちゃできないだろう?」

 

 肝心なことをはぐらかしている気がしたけれど、ねーさんの言えない事情というのはアレだろうと見当はついている。

 虹のブーレイ。それを率いるのはフィルモアの騎士ラルゴ・ケンタウリだ。ノイエ・シルチスで赤の一番(テスタロッサ)と呼ばれる、コーラス・サードをつけ狙う戦闘狂の人殺し。

 かつてサードとラルゴは対決した因縁があるのだ。それをねーさんが知らないわけがない。

 原作のエピソードでは、学生だったサードをラルゴが殺そうとしたのだ。それがあってウリクルはサードに嫁ぎ星団を旅することになった。

 

「どうか、ブーレイにはお気を付けを……かの者はブローチの一件を忘れていないようです」 

「そうか、奴が……因果は回ってくるものだね」

「では、これにて」 

「いや、一緒に出よう。カーリー、戸締りを頼む」

「御意」

 

 コードレスが返事を返しサードは立って三人に向き直る。

 

「というわけでよろしく頼むよ。アトキの雪辱を晴らしてやらねば散っていった者たちに言い訳も立たない。まずは設計図から見てもらうよ。ここでは何だから私の部屋まで来てくれ」

「はい」 

 

 三人はサードの後に続く。その道すがらヒュードラーはローラの手を離さない。

 

「これはまさに天啓だ、そう思わないか、ローラ?」

「え? そうかも……」

 

 博士に曖昧に返すが未だにこれから起こることへの実感はない。コーラスでこんなにも早く実践の機会を得られるとは思ってもいなかった。

 しかもそれがジュノーンであるなんてっ! 

 

「かねてから私の理論にはコードネームが必要だと考えていた。君がサードに提案するまで頭にはなかったのだが、たった今思いついたよ」

「何とかプロジェクトっぽい名前ですか?」

「そう、名付けてカナルコード」

「カナルコード……」

 

 カナルコード。その名前を呟く。この時代にはなかったはずの言葉だということはわかる。

 

「これはプロト・ゼロだ。カナルコード・プロト・ゼロ始動だなっ!」

 

 意気揚々とヒュードラーは宣言するのだった──

 

 

 これは、後にモーターヘッド史上最高傑作と呼ばれるカナルコード(K)・エリア(A)・ナイン(N)の開発エピソードである。

 プロト・ゼロは進化してやがてナインへと至る。

 時代が生んだ二人の風雲児が出会い結びついた始まりの瞬間であった。



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【9話】ジュノーン改造計画(進行中)

「現状、問題点はエンジンだ。ベルリンと同等の機構でベイル使用のみなら問題ないが、ランド・ブースターとパイドル・スピアの同時併用が足を引っ張っている。エンジンに対して負荷がかかりすぎるわけだが、新たなエンジンを導入するのは時間がないから無理なのでエンジン・システムに措置を施すつもりです」

 

 サードの私室で席に座って間もなくヒュードラーが切り出した。

 サードが見せたジュノーンの設計図をヒュードラはさらっと眺めただけだ。

 機械系が専門ではないローラだがMHの基本設計くらいは頭に入れてある。

 博士ってばベルリン系のエンジン触ったことあるのかしらん?

 

「チューニングを施すのだね。ベルリンのエンジンでどれほどまで引き上げるのかな?」

 

 コーラス主力のベルリンのエンジン出力は一兆一〇〇〇億馬力ほどで、今の星団基準では古い設計となりつつある。

 大国の騎士団の主力MHのパワーは一兆二〇〇〇億~三〇〇〇億程度の馬力を誇る。

 有名なのがクバルカンの破裂の人形、フィルモアの北の魔人サイレン、ハスハのA-TOOL(エー・トール=ア・トールとも言う)。星団三大MHと呼ばれる大手組だ。

 もっともパワーだけで語れないのがMHだ。パワーがあっても騎士がMHに振り回されるのであれば意味がない。

 戦場の状態や天候、装甲の軽重に武装、騎士とファティマの組み合わせなどでいくらでも勝率は変動する。

 コーラス主力のベルリンは長年をかけて改造を施されてきた。ベルリンと同性能出力の新型MHと戦ったとしても何百年もの運用実績のあるトリオが引けを取ることはない。

 設計が古くなっても、さまざまに適応したチューニングを施したベルリンが生まれることだろう。

 MHは星団最強の兵器として生み出され今も君臨し続けている。古いからといって完全廃棄するようなことはなく大切に使用される。

 

「ランド・ブースターをフルで稼働させるのに現状より一八%ほど性能を引き上げます。目いっぱいまで引き上げることになりますが、戦闘システムの切り替えと連動するエンジンのエネルギー配分が難しい。ランド・ブースターが機能しなければパイドル・スピアは突進力を欠いた玩具(オモチャ)に過ぎません。現状ではその半分も生かせていない」

「耳が痛い話だね」

 

 ジュノーンに搭載された超高機動ユニットであるランド・ブースターは設計の要といってよい。

 しばらく聴きに回るだろうとローラは出されたお茶で口の中を湿らせた。

 純和室の広い空間には無駄な家具とかはなくシンプルに構成されていて心が落ち着く。

 わたしの出番はこの後だ。

 エンジン・チューニングによるパワーアップに関しては、一時的な脈動上昇に関する質問をしたときに博士に教えてもらった。 

 一時的なパワーアップではなく、ピーキーに魔改造したまま運用する。

 前にエルカセットが脈動上昇によるパワーアップをやったけれど、その状態維持のまま常に全力で操作するということだ。

 あのときのことは……自分でもよく覚えてません(まる)

 通常、エンジンの出力を上げるにしても五%から一〇%の範囲に留めるのが常識だ。それ以上は騎体とエンジンのエネルギーバランスを保てなければ戦闘中にバラバラに吹っ飛ぶことになる。

 町の工場レベルでやるにはマイスターにかなりの技量を要求されるので、チューニングは一流と呼ばれる人たちでなければ手を付けることはできない。

 当然、騎士とファティマへの負担は半端ないものになる。

 一八%もの性能アップは負担マックスのリスクが高いがリターンも相当なぶっ飛び提案である。

 汎用性を考えない、動かすことだけを考えた設計は通常の国家騎士団では絶対採用されないだろう。

 

「かなりのじゃじゃ馬になりそうだ。しかし、稼働できる時間はそう長くないのだろう?」

「ええ、長時間の戦闘は無理です。騎体への負荷がかかりすぎる。生半可な騎士とファティマでは運用することも難しくなるでしょう。武帝と名高い陛下とモラードのウリクルならば動かせるでしょう」

「これは大きく買われたね」

「だが、問題はそこではありません」

 

 博士がローラを見る。視線を感じて設計図から博士に視線を移す。

 

「はい?」

 

 ごめんなさい。MHの専門的なことはわからないのよ!

 

「続けて」

「エンジン出力を大きく変えることによって装備とのバランスを一から計算しなおさねばならなくなることです。出力を安定させるためにウリクルは全力で制御しなくてはいけません。ジュノーンの動態バランス制御も同時に行わねばならず、いかにウリクルでも戦闘しながらでは厳しい。効率も悪くなり悪循環を引き起こす」 

「確かに。私もここのマイスターと検討しながら考えたがエンジンとの相性を合わせることは難しかった」 

「それも解決可能です」

 

 何だか博士カッコイイ……ちょっとオタクっぽいとか思ったけどしめるとこはしめますね。

 

「ファティマと彼女のエトラムルで作業を分担して効率化すればよいのです。改造する部分はファティマ・シェルとエンジンだけで済みます」

「二人で制御するか……その発想はなかったね」

 

 二人の視線がローラに注がれる。

 息を吸い込んで深呼吸する。正座した足先がちょっとピリピリしてるけど我慢、我慢……

 ここからがわたしのプレゼンだ。こういうこともあろうかと旅の間に用意しておいたプレゼン用の端末を取り出す。

 わたしとヒュードラー博士の理論を基に二人で検証しながら組み立てた新しいMHの設計プランだ。

 ジュノーンを想定して建てたものではなく、いつでもこういう機会があれば説明できるようにと用意していた。

 

「ええと……エトラムルの動態制御能力はご存知かと思いますが、安定性においては通常ランクのファティマに劣るものではありません。今回の提案であるダブル・ユニットはジュノーンの運用においては最適であると考えます。これを、こうと……」

 

 手元の端末を操作してMH(汎用図)とファティマとエトラムルの図を出してポインターで指す。

 博士が言った効率化の図解だ。順序だててウリクルが担当する仕事とリョウが担当する仕事を分けて説明していく。

 要点をまとめると、ウリクルさんは戦闘に専念する一方で、常に全開で動かすエンジン出力の安定に集中してもらう。

 ランド・ブースターやパイドル・スピアの戦闘時における切り替えは細心の注意を払って行わなければ一瞬で騎体バランスを崩し破滅しかねない危険な作業となる。

 エンジンのエネルギーが足りていればそんな心配はいらないけれど、ピーキーに引き上げたエンジンの出力は常に不安定なものになるからだ。

 そしてリョウが分担するのは動態制御システムだ。彼にとってはこれが初陣で不安定な騎体を扱うことになる。

 すでにエトラムルとしての機能は問題ないレベルにあるけれど、チームワークがものを言う作業分担だ。

 エトラムルとファティマの組み合わせ例が少ないのは両者のMH操作にはっきりとした違いがあるからだ。

 動かすことだけを考えるエトラムルと、状況に合わせた対応をするファティマとでは運用に噛み合わせの違いが生じる。

 でもリョウならば周囲の状況に合わせた対応を自らの判断で行うことができる。

 ダブル・ユニットではMH操作上の役割を完全に分担するので噛み合わせ違いの不具合は置きにくいと考えている。

 問題は組むファティマとの性格的な相性とか考え方だ。仲が悪いようではこの計画は成り立たない。  

 その不安要素は顔には出せない。プレゼンにおいて重要なことは、「自信を持ち」、「はきはきと喋る」ことだ。

 

「──のようにして分担化することでジュノーンを運用可能域まで引き上げることが可能です。微動運転から戦闘開始した場合の稼働可能時間は一三分から一六分の間となります」 

 

 言い切って息をつく。

 

「よく頑張ったね、ローラ」

「あ、いえ……」

 

 めちゃくちゃ照れる……陛下の前でプレゼンなんて緊張の嵐でしたよ!

 一時間という時間はあっという間だった。今は貴重な時間だ。一秒たりとも無駄にできない。

 

「だが気が引ける。あのエトラムルは君にとって大事なものだ。下手に傷つけることはできない。戦場に連れていけば危険はどうしても発生するからね」

「いいえ。その、失礼を承知で申し上げます。わたしは経験と実績を必要としています。同じことをリョウにも言えます。戦闘の演習テストで得られるデータは限られた状況のものでしかありません。不確定な要素を含んだデータが欲しいのです」

「ジュノーンで研究に必要な経験を積ませるか……」

「お気に障りましたら申し訳ありません」

「いや……手を貸してほしいというのは本当のところだ。それにこんな話を聞かされて浮き立つ気持ちを抑えきれない。ようやく実戦というところまできたのだ。どうしても形にしてやりたい。それは君の研究もそうだよ。約束しよう。必ず成果は持ち帰って無事にリョウ君を送り返すとね」

「陛下……ありがとうございます!」

 

 ローラは頭を畳につけて深々とお辞儀する。

 

「稼働時間は減るが一人前に動けるようになるのであれば大きな前進だ。エンジンの不安定性の問題はボクが長年悩んできたことだが、この短い時間で解決するとは複雑な気分でもあるね。早速取りかかろう」 

「あのー陛下……一つだけ問題が……」

 

 顔を上げてローラは頬を撫でる。性格相性の噛み合わせという不安定要素があるのだ……

 

「何だい?」

「失礼いたします」

  

 言いかけた言葉を中断するように外から声がかけられ部屋に入ってくる人物が三人いた。

 もとい二人と一基。ウリクルとエルカセットにリョウの組み合わせだ。

 

「サード、お連れしましたよ」

「ああ、こっちに座ってくれ」

「マスター、ハオハオ~」

「PIPOPIPO~」

 

 やけにリョウが上機嫌だ。ハロのやつはウリクルの手に抱えられてる。

 

「ビショウジョ、ビショウジョ、ビショウジョ」

 

 ピカピカ目を光らせているが内蔵カメラを動作させている。ウリクルの写真を撮りまくっているようだ。

 後で削除な…… 

 エルカセットはローラの隣に座ってウリクルもサードに並んで座る。

 

「それでなんだったかな。問題というのは?」

「ローラはファティマとエトラムルのコミュニケーションは問題ないか、と言いたかったのですよ。見る限りではジュノーンの運用に問題はなさそうだな」

 

 ヒュードラーが答えるのだった。

 

「まあ、そんな感じです……」

「ウリクル、リョウ君とはうまくやれそうかな?」

「はい、問題ありません。ね、リョウ君」

「モンダイナイ! モンダイナイ!」

 

 ハロが弾むように返事をする。

 すっかり舞い上がっている。美少女に抱かれていいご身分であろう。 

 

「ウフフ、ベストプライスれす~~」

  

 エルカセットが両手ぐーに親指立てて一人盛り上がる。

 

「はいはい、そですねー。ぐーぐー」

 

 ローラはペチペチとエルのグーパンを手の平で受けるのでした。

 

 

 ジュノーン改造計画の要となるダブル・ユニットは本来目指す完成の姿ではない。今の段階でできる選択肢の一つに過ぎないのだ。

 人間に近いファティマという安定性を欠く存在は、本来兵器が示さなければならない機能を満たしていない。

 最高の能力ゲージを示すファティマでさえ、精神的なストレスを受け続ければ綿密な検査とファティマ・マイトによる長い治療を必要とする。

 人として扱わなければならない兵器など欠陥品でしかない。

 モータヘッド・マイト、バルター・ヒュードラーはそう唱える。

 ヒュードラーはエトラムルに着目したが、これらの存在がファティマに並ぶことはない。そのように世間では扱われている。

 模索を続ける中でとある論文と出会った。書いたのは若干二〇歳を過ぎた少女トローラ・ロージン。

 ヒュードラーは瞠目する。既存の常識に捕らわれぬ発想と着眼点はヒュードラーが目指すものと一致していたからだ。

 だから彼女は接触を持った。ありとあらゆる手段を用いて……

 

 君の理論こそ私が求めたものだ。そして君が求めるものを私は提示することができる。 

 ゆくゆくはエトラムル単機の運用を実現させてみせる。ジュノーンはそのテスト・ケースだ。実現のために利用できるものはすべて利用させてもらう。

 世紀の傑作は天才同士が結びつくことで生まれてきた。

 黒騎士バッシュ・ザ・ブラックナイトとファティマ・エスト。

 ルミラン・クロスビンとモラード・カーバイトしかり。

 彼女が私にとってのモラードになりえるのか、それとも私がクロスビンになりえるのか、それはまだ未知数の世界だ。

 計画はまだ始まったばかりなのだから。




前話で今年最後の更新と言ったがあれはUSOだ(´・ω・`)メリークリスマス


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【10話】運命の序章

 明けて翌日のコーラス城整備ドッグ。集めた聴衆の前でヒュードラーが講義の真っ最中だ。

 その背後にはジュノーンが寝かされた状態で横たわっている。心臓部であるエンジン部は開かれていて今すぐにでも手を付けられるようになっていた。

 

「──ランド・ブースターが画期的なのは本来モーターヘッドは空を飛ばないという常識を根本から覆すからだ。このユニットの運用前提としてモーターヘッドが地上を移動するのと同程度かそれ以上のスピードを求められる。この前提条件を満たすためにどれほどのエンジンパワーを必要とするか、答えられる者はいるかな? 答えは──」

 

 一番前に眼鏡をかけた少年がいた。年頃はローラよりも一学年くらい上そうだ。整備班の人たちも混じって聴きに入っている。

 その様子を見ながらローラは少し離れた場所でハロの調整中だ。リョウは新しいコクピットのために採寸中。

 ファティマ・シェルの拡張は新しい席の設置だけで済むそうな。

 しっかりと講義に聴き入る聴衆に満足してヒュードラーは続けた。

 

「さて、元よりモーターヘッドは空を飛ぶことは飛ぶが、その機動力の範囲は狭く戦闘艇にすら簡単に追いつかれる。航続力もなくエア・バレルの格好の標的にしかならない。戦闘艇並みの機動力を得るには飛行ユニットとの組み合わせが有効だが実際は宇宙での運用に限られている。地上では技術的な制限が多くかさばる飛行ユニットは地表戦闘に適さないからだ。何せ標的がでかくなるだけだからな」

 

 周りからは苦笑という感じの反応だ。

 でかいだけの棺桶が凹殴りにされるイメージ? ましてや戦闘することが無茶な組み合わせだ。宇宙戦で使われる飛行ユニットが地上ではNGなのは一般人でも想像しやすい。

 MHによる飛行移動はマッハに達するが、現代兵器はエア・バレルでも極超音速(マッハ数五.〇以上)を軽く飛び越えて機動する。あくまでも移動手段としてのみで戦闘は想定すべきではないというのが常識だ。

 超帝国時代のMM(マシン・メサイア)は、地上も空も、宇宙だろうがどこでも戦えたらしい。現代の技術の進化と思うものの多くは過去の遺産の再現に過ぎないと言われている。

 

「地上を駆けるモータヘッドの速度に対応できるのは同じモーターヘッドだけだ。この優位性を捨ててまで空を飛ぶ必要性はまるでないが、もし空をモーターヘッドが制すればどうなるか……答えはわかるだろう? 正確な意味での飛行とは異なる。跳躍するというのが正しい。このようにして空を駆けまわる。この時の瞬間最高速度は──」

 

 本来のMH運用からかなりずれている気がするけど、きっと話題提供のためだろう。ランド・ブースターはあくまでも地上戦を目的としたものだからだ。

 博士すっごく楽しそうだ。初めてここに来たときの整備の人たちとの間はかなりぎくしゃくしてた。

 新参で完全なよそ者がサードのジュノーンの調整をする。しかも一番大事なエンジンのチューンをすると聞いてあからさまに嫌な顔をしていた。

 それが一〇分ほど前なんだけど何だかすでに溶け込んでいるという……

 

「ローラ」

「はい?」

 

 あれ、いつの間にか話し終わってました?

 

「私はこれから仕事に取りかかるが、見ていくかい?」

「あー、わたしはプラプラしてよーかな?」

 

 そう返すと博士はさっそく仕事とジュノーンへ歩いていく。

 コーラスの工場はすごく広い。半ば地下にあるんだけど、コーラスを代表するMHがいくつも並んでいる。

 もちろんベルリンもあります。コーラスカラーであるグリーンのベルリンが数騎。あっちには白いベルリンがっ!

 トリオ騎士の人も……あれってアイリーンさんかな? すらっとした女騎士の姿は遠目からでも目立つ。

 アイリーン・ジョルはトリオ・テンプル・ナイツの花だ。一緒にいるのはここの責任者と思われる。

 

「──の加重比率はもう〇.〇五二%下方に下げてくれ。光剣(スパッド)は今回は予備だ。実剣(スパイド)を二つ回せ。おやつはみっくちゅフルーツバーの糖分カットバージョンじゃないやつだぞ、パトラ」

「四パック分用意してあります、マスター」

 

 アイリーンの傍らで端末を持つのはファティマだ。褐色肌のエキゾチックな雰囲気で、コーラスくさび印入りのファティマ・スーツ姿だ。

 名前はパトラ、と。

 

「班長。頼んでいたプルースのベイルだが……」

「ジョル団長。私たちはみんな同じ思いですよ。亡くなられたプルース様の無念を晴らしてほしいです。お二方のご遺体は見つからずベルリンだけが戻ってきた。どうかプルース様、そしてエルマ様と一緒に戦ってください。今やトリオ・テンプルに空席が九つ。プルース様には姉上がおられるとか……」

「ああ……遺族の方には私から電報で報せてある。トリオのかたきはトリオが討つ。陛下も今回の作戦に出陣されるが……」

 

 そう言いかけてアイリーンは振り向いて少女を見下ろす。二人の会話を勝手に聞いていたローラである。

 

「こんにちは~~」

 

 盗み聞きなんてとんでもない。気配を消してただけデスよ!

 

「感心しないな、おチビ……むにゃ……トローラ・ロージン博士殿! へーかをそそのかしたらしいですが、どんな手を使ったのかしら?」

「そそのかすだなんて……」 

 

 そんなあ~ 班長さんも一緒になってジト目で見るなんて泣いてしまいますぅ~

 

「ベルリンを見るのは初めてかい?」

「はい」

「ベルリンの基本武装スタイルはベイルを持たせたバランス型だ。ベルリンが開発されてからそのスタイルはまったく変わっていない。この姿が伝統的なコーラスの騎体なんだよ」

 

 その装甲はまるで武者だ。巨大な盾(ベイル)を携えた武人の佇まいに品格を感じる。

 白いベルリンはエンゲージの流れを汲むジュノーンと同様コーラスの象徴でもある。黒騎士バッシュにも繋がるMHシリーズの系譜だ。

 

「まあ、好きなだけ見て構わない。ジュノーンが実戦に出るのは初めてだ。何せ君らが来る前は単独で出るなんて無茶をサードは押し通そうとしたんだから。ジュノーン改造の目途が付いたおかげで作戦付けで陛下の首に縄をかけられた」

「そーなんですか」

 

 明らかに事態は動いている。数日という時間の猶予がこの先起こることの運命を変えてくれるかもしれない。

 それはまだ確実とは言い切れない。しかし、ジュノーンが単騎で動かないというのは大きな変化だ。

 改造後のジュノーンがまともに動くのかすらわかっていない状況で稼働時間も限られる。護衛がいなくては話にならない。

 作戦というのは、サードの体面を考えてコーラス軍の作戦にジュノーンを投入するということで妥協したものだ。

 その作戦内容はまだ知らされていない。

 トリオのベルリン部隊が動くからには本格的な軍事活動になる。ジュノーンは伏兵としての役割を与えられるだろう、というのがエルカセットの見解だ。

 

「班長、ジュノーンの工程は?」

「ヒュードラー博士はエンジンは半日あれば十分だと。ジュノーンのファティマ・シェル調整と設置は今日中に終わるでしょう。ジュノーンにエトラムルを載せるなど……」

 

 内心の不満が表に出る。ローラと顔を合わせてばつが悪いと班長が顔をそらした。

 コーラス側の反応は当然のことだ。猛反対で却下されなかっただけ御の字と言える。サードが彼らを説得したのだ。

 

「では、一日半あれば十分か……この戦時下でコーラスに二人もマイトが訪れるというのは奇跡的な確率だな」

「マスターがカジノで一〇〇〇万フェザー稼ぐより低い確率ですね」

「それは実に簡単に聞こえるぞ、パトラ」

「フフフ」

 

 連携の取れた相棒同士だ。

 

「プルースさんというのは亡くなられたトリオの方ですよね……」

 

 姓はランダース。戦死した騎士はA.K.Dのミラージュ騎士シャーリィ・ランダースの弟だ。

 彼女もまたコーラスに深い縁を結ぶことになる人物である。

 エルマというのはプルースのファティマの名前であろう。プルースと共に戦死している。

 

「プルース・ランダースは友人だった。優秀な騎士で……バランカ・トリオ一番のエースだった。騎士団長候補にだってなっていたかもしれない。プルースのベルリンのベイルを私のベルリンに付け替えさせた。最後までコーラスを守り通す。プルースと一緒に散っていった仲間の無念を晴らす」

 

 戦友のベイルを持って戦いに臨むという彼女の横顔に力強さを感じる。

 

「アトキに居座ったハグーダの後方は間延びしている。占領が長く続くほど向こうも前線を維持するのが難しくなる。拡大した戦線に対処しきれないはずだ。奴らはマイスナー領にも食い込んでいるのだからね。今回の作戦はハグーダ軍の補給路を叩くものだ。アトキからハグーダ領に通じる経路を押さえて断つ。この作戦でハグーダを内部から浮き立たせる。補給線の確保に躍起になるだろう」

「アトキにハグーダ軍を釘付けにすればマイスナー領からも戦力がやってきますよね?」

 

 コーラスに侵攻したハグーダ軍があちこちを占領しているが、コーラス軍が大きな動きをすればそれに伴って集結してくるだろう。

 

「ハグーダはかなりの戦力をアトキに集結している。放っておけば首都に進攻するだろう。その戦力を削る目的もあるが、一つずつ確実に潰していく。こちらも損害は避けたい。ハグーダに与する連中がダークホースだ。そいつらを引っ張り出す目的もある」

「虹のブーレイですね。七色のモーターヘッドを駆る傭兵と聞いています」

「まったく……聡すぎる子どもというのは可愛くないな。マイトという人種は苦手だ。場所は当日まで言えないが、クロス・ポイント奪還作戦と名付けてある」

「大丈夫です。大切な作戦です。口外なんてしません」

 

 ローラはにっこり微笑んで応える。 

 かなり大規模な作戦内容に思える。予想されるのは激戦だ。単騎潜入による不安要素はなくなったが、集団戦ともなれば別の不安が増える。

 空の経路もあるのだから地上の補給路を断つのは意味がないように思えるが、それは素人の浅い判断だ。MHを運用する戦略上の観点で言えば重要な意味を持つ。

 MH部隊をハグーダ領に通じる経路に展開されればハグーダ軍はうかつな軍事活動を取れなくなる。地上戦力が主なハグーダの弱点でもある。

 攻め込まれた弱みをチャンスに変える機会だ。コーラスの地の利を生かした戦いになる。

 コーラス内部に食い込んだハグーダの動きは鈍くなっているが、全戦力が集結すれば首都ヤースを一気に落としにかかることだろう、というのがアイリーンさんの見方だ。

 この作戦で敵の動きにくさびを打ち込む。まさに瀬戸際の作戦だ。ハグーダもそうされまいと必死になるはずだ。

 これはわたしの知識にはない。原作では語られていない部分の展開なのだろう。

 

「陛下は君らをずいぶんと信頼している。長年仕えている私でもジュノーンには触らせてもらえないのに」

「はは……」

 

 アイリーンに曖昧に笑って返す。

 ヒュードラー博士はジュノーンにかかりっきりで、新しいファティマ・シェルが出来るまでわたしは手持無沙汰である。 

 そのとき、こちらに駆け寄ってくる靴音にローラは振り向く。 

 

「団長っ! すごかったです。本物のマイトの講義でしたよ!」  

 

 駆けてきたのは少年だ。ローラより頭一つ分ほど背が高い。先ほどいた眼鏡少年だ。熱心に博士の話を聴いていたっけ。

 わくわくとした様子と目の輝きは楽しい玩具を手に入れた顔みたいだ。

 誰なんだろう? ここにいるってことは関係者なんだろうけど……

 ローラの視線に少年が顔を向けて一礼する。

 

「こんにちはっ! トローラ・ロージン博士でいらっしゃいますね。ボクはイェンテ。イェンテ・マイスナーです!」

「イェンテさん……?」

 

 イェンテの握手を受け止める。マイスナーと名乗ったから女王の身内なのだろう。

 

「イェンテ様。また勝手に出入りして。ここに来てはいけない、とお小言をこの前女王陛下から貰ったばかりでしょう?」 

「でも……」

「でもも、しかもありません。子どもの遊び場ではありませんよ。班長が甘い顔をするからです」

 

 アイリーンがガルルという顔を向けると、すぐ側で設計図を広げていた班長が困り顔になる。

 彼も板挟みなのではとローラは少しだけ同情する。

 

「ロージン博士、こちらはイェンテ殿下。リザード・マイスナー女王陛下の甥子さんです」

 

 アイリーンからの正式な紹介にローラは作法を思い出してお辞儀をする。 

 

「ボクはサードからお許しをもらってます。ちゃんとしたサードの助手なんですよっ!」

 

 眼鏡の縁を上げ誇らしげにイェンテは胸を張った。

 コーラスに近い血筋だからマイスターとしての才能くらいもっていても不思議ではない。サードがプロの中のプロであるマイトをも唸らせるのだから。

 

『マスター、こちらのシェルの座席調整終わりました。すぐおいでください』

 

 耳にエルカセットの音声が響く。

 ここからローラの出番だ。これからリョウとジュノーンにウリクルを交えた接合テストを行うのだ。

 リョウはジュノーンとの初めての接触だから慎重に進めたい。まずは信頼関係からだ。

 

「オッケー、すぐ行くね」

 

 エルに返事を返して二人に向き直る。

 

「じゃあ、行きますねっ!」 

 

 アイリーンとイェンテに頭を下げてローラは現場に急行する。

 

「ああ、もっと聞きたいことがあったのに……」

 

 残念そうにイェンテは呟き駆けていくローラを見送るのだった。

 

 

「初めていいよ、エル」

「トライアングル・マーチ。シンクロ値正常」

 

 エルカセットがモニタリングするのは「三人」の交信状況だ。モニタの波形グラフはウリクルとリョウの脳波だ。

 ジュノーンと切り離され本体へのチューブやらなんやらを繋いだ状態のファティマ・シェルは外部にむき出しの状態となっている。

 そこにウリクルの背坐位置で固定されたリョウのボディがあった。二人は半ば眠るような状態でテストに入っている。

 ジュノーンのエンジンはヒュードラー博士がいじっている最中だが、シンクロ・テストを実行しても問題はないらしい。

 サードがいないけれどいくつかの公務をこなした後にジュノーンの最終調整に参加することになっている。

 

「今はほぼ眠っているに近い状態ですね」

「うん」

 

 機器動作に問題はない。機材一式はエルカセットが操作している。

 ファティマがどうやってMHと対話しているかはローラにはよくわからない。わかるのは機材を通しての反応だけだ。

 エルが言うには頭の中に神殿を創ってそこで対話しているのだそうな。どうしてそんなことができるのかはファティマ本人にもわからないみたい。

 脳波シンクロしながらMHと会話しているファティマははた目からは独り言を言ってるようにしか見えない。

 中には二人だけの言語で対話するのもいて会話内容がさっぱりわからない例も多いらしい。

 マイトにも不可侵な領域があるのだ。

 

 MHとファティマの関係に第三者を迎えるには前もって準備が必要だとウリクルが言うのでこの状態で臨むことになった。

 エトラムルが単機でファティマ同様の存在になれない理由の一つは「対話」における「関係性」の構築ができないことにある。

 ファティマが女性型であることは、MHにとってそれが「母性」の象徴として認識され「関係性」が生まれる。それがシンクロ率という形で現れる。 

 意思を持つ存在であるMHをなだめ、包み込み、導く存在としてのファティマあってMHはその真価を発揮できる。

 マイトの間では常識だけど、この理論は世間ではあまり認められていない。

 「人間の母親」同様にファティマを扱う話は受け入れられないからだ。だがそこに鍵はあった。

 

 ファティマ・マイト、トローラ・ロージンとしての見解はこうだ。

 リョウは「男性的」で「母性」を体現する存在ではない。しかし、ファティマにも男性型が少ないが存在する。

 ローラはそれをヒントにした。「弟」を守り導く「兄」としてならMHと交信できるのではないか? というものだ。

 それがエトラムルにも可能なのか? リョウの育成プログラムを与え続けた成果から交信は「可能」であるというのがローラが導き出した結論だ。

 エトラムルが越えられなかった壁をリョウが打ち破るのだ。検証に検証を重ねてきた。そして実証を得るチャンスはこうして与えられた。

 こうしてただ待つだけしかできないことにもどかしさを感じる。

 

「終わったようです、マスター。すぐに目を覚まします」

 

 数分後、エルカセットが告げてウリクルが目を覚ます。すぐにリョウもせわしなくランプを点滅させて動き出した。

 

「ヨ! ヨ! ヨ! オレ、アニキっ! ジュノーン、オレノ、オレノシャテイっ!」

 

 ハロのスイッチが勝手に入るとピョンピョンと飛び跳ねてローラにまとわりつくように回った。

 こら、勝手にコントロール持っていくな! って君……今、自発的にスイッチ入れてった??

 

「成功です、博士。ジュノーンもリョウ君を気に入ってくれたみたいです」

「第一段階完了……ウリクルさん、ジュノーンの制御系システムをリョウに教えてあげて」

「それはもう伝達済みです。リョウ君は賢いですね」

「オレ、カシコイ! チョー、アタマイイ!」

「ちょーしにのるな」

 

 コツンとハロをグーで小突く。

 後はエンジン改造が終ってからだ。操縦プログラム変更をしてウリクルとリョウがジュノーンの最終調整を行う。

 ジュノーンとリョウの初陣まで後一日しかない。明日までの時間との戦いだ。

 ヒュードラー博士は多分問題ない。あの人ってうさん臭く見えるけど腕は確かだ。

 ここまで来たらもはやコーラス編の原作知識など意味がない。そこに捉われすぎてたらかえって足元をすくわれる。歴史は新たな局面を迎えたのだ。

 戦場で何が待ち受けているのか。ローラは垣間見えた青い空を見上げていた。

 

 

 ハグーダ帝国王宮──

 アトキ戦勝の余韻冷めやらぬ宮殿に異相の男たちが並ぶ。虹色の騎士(ブーレイ)を駆る者たちだ。

 

「コーラスに大きな動きはなくこのまま兵を進めるが良いかと」

 

 赤い仮面の男がアルメメイオスに直言する。ブーレイの頭にして自らを「赤」と名乗る男だ。

 背後に控える男たちもミミバに扮しているがその素性も怪しい。が、女王は意にも介していない。手駒として十分なまでに働きを見せている。

 

「ほんによう働いてくれた。わらわは実に気持ちが良い。大国などとふんぞり返るコーラスに目にモノを見せてくれたのだからな」

 

 アルメメイオスの野心は小国であるハグーダがコーラスを屈服させることにある。自国と自らの権威を高めて雪辱を注ぐ。

 その権威に相応しい領土をせしめて星団にハグーダの名を轟かせるのだ。

 コーラス王朝そのものを倒すことは考えていないが、これだけの戦力を手にして女王は舞い上がっていた。

 

「それにしてもお前たちは欲がないな。褒美は思いのままと言うたのに何も要求せぬ。こたびの参入でお前たちの主人が得るものは何だ?」

「ひとえに女王陛下の歓喜を得られるのならばこれ以上の喜びはありますまい」

「よう言うわ。マグロウ、エア・バレル。十もの傭兵団とブーレイのそちたちは飛び切りの兵よ。自分の所よりも良い兵を寄こしたのではあるまいな? うん、どうじゃ?」

「……我らは傭兵。気に入ればどこにでも参上仕ります」

「戦場であればどこにでもか? お前たち騎士というのはほんに血に飢えているのじゃな。後ろのミミバと申す者たちの働きも予想以上じゃ。あれらがコーラス軍の退路を断たなんだらこの大勝利はなかった」

 

 アルメメイオスは眼下の光景を眺める。玉座の間は宴会で人が溢れている。

 

「兵を進めることとしよう。お前の主の望みはわかっておる。そのようなマスクをかぶりわらわにも見せぬな? その素顔はどんな顔をしているのやら。本当に何も望まぬのか?」

「我らはすでにいただくものはいただいております。が、これは私個人の望みですが欲しいものは一つ」

「何じゃ? このわらわが望みか?」

 

 蠱惑的にアルメメイオスが微笑んだ。若さは失われたがまだ自分が十分に美しいことを知っている。

 

「お戯れを申されては困ります……実はコーラス三世の首……でございます」

「言うたな、ブーレイの赤殿。そちの働きを期待しておるぞ」

 

 許すと手を振ってアルメメイオスは盃の赤い液体を飲み干すのだった。




次回、嵐に中で輝いて(前後編)
舞台は戦場へ……


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【11話】嵐の中で輝いて(1)

 なだらかな勾配のある地形を覆い隠すように緑の樹林がどこまでも続いている。日の出が薄靄(うすもや)の霧を照らして空気を温め始めた。

 惑星ジュノーはいまだに若い星だ。数千年前に人類がこの星に植民したとき裸子植物や地衣類の生い茂る幼期だった。

 大陸のほとんどは温帯と熱帯で占められ、他の惑星よりも圧倒的に緑が多い。他の星からも植樹されて生態系は変化を見せたもののジュノー特有の緑というものがあった。

 今、その森は戦いの最中にある──

 

 大質量の金属がぶつかり合う音が響き渡る。手付かずの原生林の静けさは乱されて原始の特徴を持つ極彩色の鳥たちの群れが空を舞う。

 森に住む動物たちも異変を察して姿を消していた。

 ──白い影が飛んだ。砂色の巨人が大振りに放った一撃が暴風のように一瞬で木々を薙ぎ払う。が、標的は視界にない。

 

「どこだっ!?」

「ここさ──」

 

 いつの間にかマグロウの背後に回り込んだジュノーンが放った衝槍の突きが肩部の装甲を撃ち抜く。敵の動きが止まり止めの一撃を胸部へと叩きこんだ。

 胸部装甲を突き破ってパイロットである騎士が空中へ投げ出される。

 その攻撃で抵抗力をなくしたマグロウが森に沈み込むように轟音を立てて倒れ込んだ。周囲一帯に蒸気が巻き起こって森は白色に包まれていく。

 倒れたマグロウは完全に動きを停止する。投げ出された騎士はコクピットを破壊された時点で即死だった。

 森に刻まれた破壊の跡が激しい戦いを物語る。

 

「ウリクル、他に敵は?」

「これで最後です」

「聞こえるか。こちらは二騎仕留めた」

『了解、網を引き揚げてください。ジュノーンは絶好調ですね』

 

 サードの問いに応えたのはエルカセットだ。

 

「マグロウでジュノーンの肩慣らしにはなった。今のジュノーンでは網から逃れた奴を狙うのが精いっぱいだが調子は良い。リョウ君の働きも申し分ない。初陣だが良くやってくれた」

「ナイ、ナイ! モーシブンナイ!」

 

 サードの真横でハロが誇らしげに目を光らせた。ハロはサードの視界の邪魔にならない位置で固定されている。

 実験目的なのだからすべて試してしまおうというサードの意見でハロは騎士コクピットに配置されていた。

 

『こちらの作戦フェーズ・ワン終了です。ジュノーンは引き続き潜伏モードで待機をお願いします』

「エルカセット。ローラは退屈してないかな?」

『マスターに変わります』

『大丈夫です。こちらのモニタリングも正常。素晴らしいタイムで撃破しましたね』

 

 通信をローラが変わって返事する。

 現在、エルカセットとローラはコーラス軍の本陣で待機中だ。この通信は暗号化された秘匿回線を用いて行われている。

 

「予想以上の仕上がりだよ。ジュノーンも上手く制御できている。ランド・ブースターとの兼ね合いも抜群だ。相当にエンジンの癖を知っていなければこんな仕上がりにはならない。ヒュードラー博士の腕の程がわかるというものだ」

 

 サードべた褒めのヒュードラー博士は戦地にはいない。戦果を期待すると言って彼女はコーラス城に残っている。

 

「ハグーダの連中がエサ撒きに食らいついてくるかだが、”当たり”を引くのはこっちが先かもしれないよ?」

『……無理をなさらないでください。ジュノーンの稼働時間は限られていますから』

「わかっている。そのときはウリクルが一番の逃げ足を発揮してくれるからね。隠れるのと逃げるのは昔から得意なんだ。ね、ウリクル?」 

「もう、マスターは冗談ばかり……」

『では切りますねっと……』

  

 通信を終えてローラは狭い場所でモニターを眺めた。今いるのはエア・バレル戦車の中だ。

 エア・バレルの通称は蚊トンボだ。ブンブン飛び回って戦場を駆け巡る様からそう呼ばれている。

 戦場への同行は渋られたけど、どうしてもと交渉して修理が終わったばかりの機体に載せてもらった。本来なら前線の兵士に送るはずの貴重な戦力だ。

 操縦はエルカセットがするが作戦中の参戦や行動は一切認められていない。あくまでも実験データのモニタリングと回収のためにここにいるのだ。

 すでに作戦は始まっていた。ハグーダ軍の気を引くために展開したコーラス軍はその構成がほぼMHと極端な編成になっている。

 MHによるゲリラ式転戦を念頭に置いているためだ。

 

「外行く」 

 

 エルに断わってローラはハッチを開け表に顔を覗かせる。野営地は緑に溶け込む迷彩柄のテントで構成されているがすでに撤収の動きをしている。

 この地域一帯には結界が張られている。抜群の精度を誇る衛生カメラでも結界周辺はただのノイズにしか見えない。

 おそらく上空からのカメラを覗けば戦場となっている地域のあちこちに空白地帯が存在することだろう。結界による情報の隠ぺいも情報戦の一環だ。

 緑の匂いと湿気を肌に感じる。戻ってきたベルリン部隊で慌ただしくそれが戦場の空気のようにも感じた。

 コーラス軍は本日明け方近くにハグーダ軍と遭遇、交戦を開始した数時間後に敵部隊を潰走させている。

 

 ジュノーンの任務はエルが言った通り伏兵の任務だ。本隊が漏らした敵の首を取るのが仕事となっている。

 稼働には何の問題もなく二騎のマグロウを屠る戦果をジュノーンは挙げていた。リョウの生体モニタリングを通してジュノーンの位置と活動は把握している。

 ここだけの話、改造版ジュノーンの「完成度」は八〇%くらいだとヒュードラー博士が出発際に言っていた。

 今できる最大効率としての数値だ。それでも十分な戦果を挙げることはできるだろうとも。

 実際にマグロウを倒しているしパワー不足は感じない。わたしたちのシステムはちゃんと稼働している。この先もうまく乗り切れると信じたい。

 

 ハグーダ側はこちらの動きに斥候部隊を繰り出してくるはずだ。正確な位置を把握される前に部隊を動かし次の作戦行動に備える、というのが手順だ。 

  

「マスター、戻ってください。次のポイントに向かいます」

「ラジャー」

 

 顔を引っ込めてローラは再び車中に戻るのだった。

 

 

 時を同じくする頃──アトキのハグーダ軍駐留部隊では前線に動きがありMH部隊には召集がかかっていた。

 招集をかけたのはブーレイ騎士団のギエロという男だ。ブーレイの幾人かは前線のアトキに残ったままだ。

 

「でけえ顔しやがって……」

 

 集まったMH乗りたちの背後で不満顔のジィッドが先頭にいる二人を見てぐちる。その二人とはブーレイの黄と青の二人組のことだ。

 集まる騎士の大半は正規兵ではない雇われ兵ばかりだ。

 先の戦闘で大きな手柄を立てたブーレイ騎士団だが、どこか得体のしれない連中だ。傭兵の中には反感を抱く者も何人かいる。

 ジィッドもその一人だ。

 

「──お前たちはオレの”黄”の部隊に入れ。右半分は”青”の部隊だ。敵戦力は不明だが、MH部隊が前面に出ている。接敵と同時に戦闘状態に入る可能性が非常に高い。気を引き締めろっ! 各員、MHに搭乗し出陣まで待機しろ」

 

 後方にミミバの斥候部隊を従えたギエロが指示を下す。

 

「ようやく出番か、フッシシっ!」

「コーラスは引っ掻き回す作戦に出たか……長くなるぞ」

 

 ジィッドの隣にいるケサギとカエシも部隊に編制されている。先の戦いで手柄を挙げた精鋭を中心に集められていた。

 不気味さで言うならこの二人もブーレイの連中に負けていない。

 こそこそとジィッドに隠れてやり取りをしているし、今も目配せしあっていた。 

 ますます気になるが、ジィッドの目的は「派手に手柄を立てる」ことと「名前を知らしめる」ことだ。

 

「おい、小僧」

「ってぇっ!」

 

 声をかけられると同時に胸倉を掴む手があった。目の前にギエロの顔がある。

 

「お前かぁ、散々でかい口叩いてたガキは……まぐれ当たりで調子に乗るなよ」

「へ、まぐれかどうかはあんたで試してみるかい?」

 

 負けず減らず口で返すが、襟元でさらに力が込められる。喉を締め付けられジィッドは呼吸困難に陥る。

 

「舐めた口聞くんじゃねえ……貴様の様なガキなどすぐに捻りつぶせる。オレの下ででけえ口は許さねえぞ」

「クセー息吐くなや、おっさん……」

「てめえ……」

 

 ギエロの手に力がこもる。睨み返すジィッドの顔面がますます青白くなるがギブアップなどしない。

 

「隊長さんよ、死んじまうぜ。兵士はもっと大事に扱えよ」

「何?」

 

 ギエロがジロリとカエシに視線を返す。周囲の注目を浴びているのを意識してギエロはジィッドの拘束を解くと軽く突き飛ばした。

 

「オレの指示に従えっ! わかったな」

 

 ジィッドが尻もちをつくのをよそ目に吐き捨てギエロは立ち去った。

 

「ケフ、ケフっ! あのヤロー、ふざけやがって……」

 

 締め付けられた喉をさすりながらジィッドは考えつく限りの悪態を吐き捨てる。

 

「おい、ジィッド、やりにくくするなよ」 

「今のはあいつが勝手にきたんだろーがっ!」

 

 カエシのいさめもカッカしたジィッドのとさかは収まらない。

 

「なーんだ、ヤっちまえば良かったのによぉ。あいつはいきがいいからきっといい声で鳴いてくれるぜぇ」

 

 退屈さを紛らわせるなら何でもいいとケサギがチューチューと鳴いてみせる。

 

「ケサギ、煽るなよ。俺たちは”任務”をこなすだけさ。雇い主様が仕事をくれたことだしな」  

「へへ、そうだな……」 

 

 二人は意味ありげに笑いあうと、ジィッドを急かしてそれぞれのMHに乗り込むのだった。

 

 

 その四時間後──森の中の巨人の残骸は破壊の跡を留めて森の静けさの中にあった。

 倒されたマグロウを調べていた男が顔を上げた。まだ年若い青年だ。顔にミミバ特有の模様を刻んでいる。衣装もまた独特の着物姿だ。 

 すぐ近くに青いブーレイが鎮座している。彼の率いる部隊はここで待機中だ。

 すでに手足となるミミバの斥候部隊が前線を調べに出ていた。それを待ちきれず表に出ている。

 

「……もう一騎マグロウが向こうか。しかし妙だな」

 

 妙というのは戦いの現場にある痕跡だ。交戦したであろう敵の正体がいまいち掴めない。

 倒されたマグロウは熱をいまだに発していて近寄れば肌を焼く温度だが気にするほどでもない。

 彼は地に穿たれたMHの足跡を確認する。

 

「この足の運びは飛び回ってでもいたのか? まさかな……」

 

 呟き、足場を辿る。乱闘の跡はマグロウのものははっきりと認識できるが、敵と思わしきMHの正体が掴めない。

 向こう側にあるもう一騎の残骸も同様の痕跡がある。

 マグロウの騎士は二人とも戦死していた。一人はコクピットで潰され、一人は外に投げ出されて即死。死体はすでに動物に食われていた。

 ファティマはいずれもエトラムルだ。正規の騎士でこれだ。二流国の軍隊だということを思い知らされる。

 

「──この私がならず者集団の指揮とはな……せめて正規兵ならばメンツも立つが。ギエロの奴、先走って足元をすくわれるなよ」

 

 青年が吐き捨てる。今回の任務はギエロが進んで受けたものだが青も動けとの赤の指示があったのだ。

 同区域で活動中だが、連携などまるで考えていないように見える。味方であるがこちらを若造とみて軽く見る。

  

「ブルーノ様、ウェザー・コントロールの書き換え完了しました」

 

 ファティマの声が耳元で響いて彼は小さく舌打ちする。

 

「パラーシャっ! 俺の指示なく勝手なことをするな。そうしろ、と命令するまで勝手なことをするなっ! それと、ここでは青と呼べと何度言ったらわかるっ!」

「申し訳ありません、マスター……でも、この子は初めての土地で不安がっていて……」

「黙れ、俺がいいというまで喋るんじゃない」

 

 ブーレイの中のパラーシャが沈黙する。

 

「マスター」

「黙れと──」

「索敵に反応あり。トランスポンダーをジャマー・トリミングされました。敵と思わしき部隊を発見っ! 距離二〇〇〇地点で展開中ですっ!」

「こんな近くにいたのか! 全騎士、戦闘態勢に入れっ!」

 

 ブルーノがブーレイに飛び乗った。全MHが動き出して森は再び騒ぎに包まれる。

  

 

「ハグーダ軍モーターヘッド部隊動きます。各員ランス準備完了」

 

 白いベルリンに搭乗するアイリーンがパトラの報告を受ける。

 陣地を変えた後、ベルリンを率いるアイリーン部隊は舞台を見下ろす高地にカモフラージュして待ち構えていたのだ。

 

「網にかかったな」

 

 それも大きな釣り針だ。

 

「ホスト・コントロール、これより電子戦(ジャマー・アタック)を開始するっ!」

 

 パトラとリンクしたファティマたちがいっせいに電子情報戦を展開する。

 

「カウンター、来ますっ!」

 

 伏兵の有無や部隊の位置取りを把握することは戦場でもっとも重要視されることだ。ファティマの任務は戦うことだけではない。いかに有利な状況を作り出すかにも重点を向けられる。

 ジャマー・アタックに対するカウンター。カウンターに対するカウンター。

 フェイクを織り交ぜた情報をばらまき、通常のレーダーを無効化するなど電子情報戦は多岐に渡る。

 クロス・ジャマーにおける情報戦でファティマの右に出る者はいない。対抗できるのは同じファティマだけだ。

 

「正面に六騎。マグロウが主ですが所属確認できないのが一騎っ! 索敵範囲にもう一部隊反応あります。二〇〇〇の位置より北に距離六〇〇〇。ほぼ正面敵と同数!」

「各員、これより突撃するっ! 合流される前に奴らを叩くぞっ! パトラ、駆け引きしている時間などないぞ」

「ラジャー。ベルリン・フルオープンっ!」

 

 白いベルリンを中心にMHの陣形が組まれる。トリオ騎士団で構築されるこの部隊には援軍も後続部隊もない。

 ベルリンを中心とした、アマロン、キラウラからなるおよそ九騎の編制だ。

 後がないからこそアイリーンは策を練った。何日もかけて戦場の地形を把握し、狙い済ませたこんしんの一撃を敵に叩き込む戦術を。

 ばらまいた餌は陣を敷いた位置からは下流にあった。ここは谷に囲まれた狭隘の場所。MH運用観点からは死角となる地だが駆け抜けることはできる。

 MHの特攻突撃による強襲が可能だ。総数で劣る以上、速攻が唯一の手段だ。

 

「全隊、突撃開始っ!」

『コーラスに栄光をっ!(VIVE LA CO-LUS!)』

 

 アイリーンの合図に突撃用のランスを掲げた騎士たちが声を上げた。

 突撃陣形を組んだMH部隊が谷を一気に駆け降りた。眼前に迫った敵部隊は防御陣形を敷いている。

 ほんの刹那の後に両軍は激突していた。衝撃の波動が大地と森を震撼させる。

 

 

「──マスター、戦闘を開始しました」

 

 衝突を探知したエルカセットがエア・バレルの中で報告する。

 地響きのような軽い震動が小刻みに機体を揺らしている。MHによる集団戦は、遠く離れていてもわかるくらいの揺れをこの身に伝えてくる。

 

「アイリーンさんたちは負けないよね……」

 

 祈るしかない状況だ。MH戦となっている以上、エア・バレルの出る幕はない。味方も気になるが、気を揉んでいるのはジュノーンがどう動くかだ。

 

「……信号が入り乱れてる。電子戦でジュノーンの位置が掴めない。もう少し移動しないとダメかも」

「ハグーダ軍は部隊を二つに分けていますが、衝突展開中ですからそちらに向かうと思われますが……今移動するのは危険です」

「どうにかジュノーンを確認したいんだけど……」

 

 戦況もそうだけどジュノーンが今は心配だ。

 

「マスター……」

 

 考え込む様子のローラにエルカセットの中でやる気がみなぎる。マスターの力になってこそパートナーデスっ!!

 ええ、もう全開でやっちゃうんだから。

 

「やってみますっ! トリオのサポートに回ります。上手くすればジュノーンの動きを捉えられるかも。いえ、やりますっ! 絶対見つけますっ!!」

「え? うん、お願い」

「イエス、マスターっ! パトラさん、ダミー・コード送りますっ!!」

 

 気合みなぎったエルカセットがアンテナ全開で前線に介入する。エア・バレルのエンジンもいつでもフル・スロットル可能状態で待機へ。

 

 

 そして戦場では──激しい攻防が繰り広げられていた。衝突後、ランスを切り離したアイリーン部隊がハグーダ軍MH部隊と接近戦にもつれ込む。

 

「トリオが名乗りもなしかぁぁっ!」

「強襲に前戯なんてないんだよっ!」

 

 ブルーノが叫び、アイリーンが受ける。

 ベルリンの剣とブーレイの斧が交差して互いの装甲を掠めて派手に火花を散らした。

 追い込まれた形になったブルーノの部隊は後退を許されぬまま包囲状態にあった。わずか三騎で七騎の包囲網を破れないでいる。

 正面に立つ青のブーレイが実斧(スパルーク)を持って獅子奮迅しながら他を寄せ付けない。

 前に出たアイリーンが相手を務め青と白の騎体が一騎打ちの様相を見せる。

 

「こいつがブーレイか。ボォスの死神とやらっ! こいつには手を出すなよ。お前たちは一騎ずつ屠れ!」

 

 アイリーンは眼前の敵を睨みながらベイル・カウンターを放つ。ブーレイは巧みに回避して間合いを利用した一撃を振りかざす。

 それをいなし、反撃を打ち込むが反応は浅い。

 

「こいつ、やるな……」

 

 緒戦の突撃で二騎のマグロウを中破させ、一騎を完全に沈めた。自軍は小破二騎で済んだ。敵は残り三騎。こちらで無事なのは七騎だ。残り二騎は下がっている。

 敵は背を預け合うように防御陣形を築いていた。崩すのは時間の問題だが思いの外強敵で手こずる。

 また打ち込んでは離れる。互いに決定打にはならず、探りを入れている状況だ。

 しかし、圧倒的有利だった状況は時間切れで幕を閉じる。立て続けに二騎のベルリンが後方で沈んでいた。 

 

「増援かっ!?」

 

 味方の損害状況を把握するより見たこともないMHに目を奪われる。一騎はマグロウ……もう二騎は漆黒の異形のMHだ。

 

「ハハ、いっちょあーがりぃ~~」

「トリオってのもちょろいもんだなぁ」

 

 謎のMHの正体はケサギとカエシが駆るガスト・テンプルだ。隠密で近づきベルリンを瞬時に屠ってみせた。その腕前はぞっとするほどの鮮やかさであった。

 ガスト・テンプルの不気味な得体の知れなさをアイリーンは肌で感じ取る。

 

「なんだ、こいつらは……仕切り直しだね……方円陣形を取れっ!」 

 

 包囲陣は崩れた。七対六だが予断を許さない状況だ。

 部隊に新たな指示を出しながらブーレイとの戦闘は継続中だ。アイリーンはあえてブーレイの搦め手の誘いに乗る。

 その手はうちの師範(黒騎士)直伝で良くご存じなんだよっ!

 捨て身の様な体当たりと共に剣が舞う。ブーレイに大きく隙ができた。それを逃すアイリーンではない。

 

「なっ!?」

「緊急回避っ!」

 

 ブルーノに迫る危機にパラーシャが騎体を沈み込ませた。ブーレイの喉元を切り裂いたであろう凶刃はわずかに軌道をそれる。

 

「く、青一番の騎士と呼ばれたこの私が無様な格好をさらすとは……」

『青の隊長さんよぉ、俺たちもちょっくら混ぜてもらうんだな~~ ひ、独り占めはダメなんだな』

「ギエロの奴は何をしているっ!?」

 

 ブルーノが吐き捨てる間にハグーダの増援部隊が戦いに加わっていた。

 両軍のMHがぶつかり合う戦場は乱戦の様相を呈してきている。ブーレイ。マグロウ。ガスト・テンプル。ベルリン。アマロン。キラウラが入り乱れて戦っていた。

 

「まだ連中は部隊を隠しているはずだ、パトラ、どこにいる?」

「エルカセットのダミー・コード散布の影響かと! こちらからも仕掛けますっ!」

  

 ベルリンの盾が斧を受け流しブーレイのショルダーに強烈なベイル・アタックを仕掛けた。激しい衝撃と共にブーレイの手から斧が落ちた。

 手応えはあった。今の一撃は流しきれなかったはずだ。

 もはや敵は手負いの虎だ。

 

「くそっ! おうっ……まだまだっ!」

 

 ブルーノが叫ぶ。肩を砕かれ、今や意識を保っているのが不思議なくらいだ。

 

「いけません、マスター。肩にヒビが……ここは引くべきですっ!」

「パラーシャ、後退は許さんぞ! ”青”の名に賭けてなぁっ! この腕が千切れようが俺は最後まで戦う。ブルーノ・カンツィアンに後退はない。無敵のサイレンにノウズの光あれっ! 抜剣!」

「はい……」 

 

 主の決死の訴えにパラーシャはブーレイを立ち直す。抜き放った光剣がブーレイの鉄仮面を照らし出す。

 

「それでいい……」

 

 歯を食いしばったブルーノがベルリンを睨みつける。

 

「肩を砕いた感触はあったが……天晴な根性だよ。パトラ、こちらも武装を切り替えろ」

「光剣用意します」

 

 武器を合わせるのは騎士の意地を見せる若者への敬意からだ。

 アイリーンとブルーノの戦いはいまだ決着を見ない。

 暗雲が戦場の空を覆い始めていた。その不安な色合いは戦いの行方を暗示しているかのようだ。

 そして雨がぽつり、ぽつりと降り始めていた。それは嵐の前触れを予告する雨だった──

  

 

 アイリーン隊が激戦を繰り広げる中でもう一つの戦闘が北に三キロ地点で始まっていた。

 断続的に大地が爆ぜて派手に煙を上げる。森に潜む敵をあぶりだそうとミサイル爆撃は止まらない。

 

「どうやらはぐれに当たったようだ。ウリクル、敵の数は?」

「弾幕(グレネード)の張り方からするともう一騎いそうです」 

「二騎かな? 一騎ずつ倒していこう」

「タオス、タオス!」

「アイリーンが先に始めてくれたおかげで敵の気がそれたが、なぜこんなところをうろついている? まあ、いいさ。ジュノーンの時間は限られているから速攻で行くよ。次の弾が来たら飛ぼう。打ち込みに失敗したら逃げるよ」

「了解」

 

 しらみつぶしのグレネードが迫る。ジュノーンが起動し空に跳んだ。

 

「右下、マグロウいますっ!」

「空を飛んだっ!?」

 

 マグロウのパイロットが驚愕する。

 その速さに対応する前にジュノーンがマグロウに迫り攻撃を繰り出した。衝槍がマグロウの喉元を貫き瞬時に決着はつく。 

 

「もう一騎っ!」

「クル、クルっ!」

 

 対MHミサイルが連射されジュノーンはマグロウを盾に受ける。黄色模様の異様なMHが姿を現してジュノーンと対峙する。

 

「まさか、こんなところで遭遇とはなぁっ! ダミー・トラップのせいで泡食ってたところだったんだぜ。シューシャ、結界を外してハグーダに繋げっ! コーラス王家の真珠みたいなモーターヘッドを発見とな。ものすごい美人だぞ!」

 

 ギエロが舌なめずりというように唇を舐める。

 捜索のため分隊に分けていたのが災いして戦いに乗り遅れた。この失態の言い訳にコーラス王の首なら補って余りある手柄になる。

 

「わかりました」

「ラルゴの大将には悪いがコーラス王の首はオレが貰うことにしよう」

 

 ブーレイが光剣を抜き放つ。

 

「結界、解除されます。こちらの情報漏れますっ!」

「こいつを返すわけにはいかなくなったな……行くぞ」

「はい! 全武装、セイフティ解除!」

「ローラ、ツナガッタ!」

 

 結界に穴が開いた瞬間エルカセットが通信を繋いでいた。

 

『陛下、すぐに向かいます!』

「ダメだ。君たちは動くな。ここはボクたちで切り抜ける。残り時間は?」 

「一〇分切ります!」

 

 抜剣し向かい合う両者。暗雲立ち込める空から降り始めた雨が戦場を色濃く覆っていく。怒涛のスコールが視界を塗りつぶす。

 

「何て雨だ、クソっ! どこだ、見えないぞ?」

「プログラム切り替え中……」

「クソ雨のせいで戦闘モードがパアだっ! シューシャ、いつまでかかってる。早くモードを切り替えろ!」

 

 スコールそのものを想定していなかったギエロの落ち度であるが、ジュノーの気候や風土そのものになれがない。ブーレイの戦闘フォーマットもスコールは想定外の天候であった。

 

「関節が重い! 動きが鈍い! 早くしろ、ウスノロっ!」

「も、もう少しです」

 

 ブーレイの足元に大量の雨水が流れ込んでいる。MHの重量を受けて緩んだ地盤が崩れて足を取られそうになる。最悪の足場となっていた。

 

「バランスだけでもどうにかしろっ!」

「は、はい」

「とに! 役に立たねえ人形が!……オレたちは寒い国育ちなんだっ!」

「敵、来ますっ!」

「何っ!?」

 

 不意を突かれたギエロはとっさにブーレイの肩で防御してジュノーンから繰り出される連撃を分厚い装甲で受け止める。

 

「離脱するっ! バックだっ!!」

 

 後退を余儀なくされる。だが敵の姿はもう見えない。ジュノーンは森のどこかに姿を隠している。

 

「バ、化け物じみた速さだっ! なんだあいつっ!? シューシャ、ダメージはっ?」

 

 質量を伴う実剣などとは異なり、光剣からのダメージは体感ではわかりにくい。シューシャが損害をはじき出す。

 

「左肩軸メインシャフトへの損害一二%。ダメージ全体に出ていますが微小に留まります。ジェネレーターに損害。出力五%低下っ! 敵、機動の正体……特殊な飛行ユニット使用っ!」

「ったく、数発貰ったくらいで根を上げるんじゃねえぞっ! 奴の動きを捉えろ! 蚊トンボみたいに飛び回りやがって」

 

 冷や汗をかくギエロが視界おぼつかぬ森を睨み据える。一方でジュノーンは敵を倒す一撃を蓄えていた。

 

「今のは良かった。リョウ君のバランス能力はさすがだよ。ジュノーンはまったく滑りもしなかった。いつだったか北の国でスケートをしたことがあるんだが、ウリクルはへたくそでね」

「マスター、嘘はダメです。リョウ君、陛下の嘘ですからね」

「オレ、ウマイ、チョーウマイ。エッヘン!」

「時間がない。仕留めるよ、二人ともいいね」

「はい! 速攻で行きます」

「ツブスゼーっ!」

 

 ジュノーンが動きブーレイの動きを完全に捉える。敵の動きは鈍い。戦場はジュノーンの独壇場だった。

 

「クソ、また消えやがったっ!? シューシャっ!」

「対応をっ!! 正面っ!」

 

 正面から受けたブーレイの右手首が飛んだ。フェイントを織り込んだ打ち込みからジュノーンは連撃を放つがブーレイの装甲は分厚くダメージは浅い。

 しかし内部へのダメージは深刻だ。限界を迎えた機器がショートして弾ける音をギエロは聞いた。

 

「これ以上の戦闘続行は不可能。退避を!」

「認めん、認めんぞぉっ!! このオレが敗北など!」 

『じゃあ、あわれに野垂れ死ねよっ!』

「何っ?」

 

 ギエロの血走った目が周囲を見回す。

 

「マグロウ来ます」

「あのガキャ……」

 

 突如森から突進するマグロウが現れ両者に動揺が走る。

 ギエロが忘れていた伏兵だ。そいつの名前など憶えてすらいない。ギエロからすれば名を覚える価値もない雑魚に過ぎない。

 

「俺様が狙うのは大将の首ひとーつっ!!」 

 

 マグロウのコクピットでジィッドが叫ぶ。

 ジュノーンの背後を突く形での特攻だ。雨もまた奇襲を助ける要因となった。 

 屈辱的な従属を強いられた後に伏兵という詰まらぬ仕事を与えられたが、回りまわってきた幸運がジィッドを走らせていた。

 

「待ってたぜっ! この"瞬間(とき)"をよぉ~っ!!」

 

 そのわずかな瞬間をサードとウリクルは見逃さない。 

 

「ウリクルっ!」

「はいっ!」

 

 迫る新手のマグロウに動揺したブーレイの隙を突いてジュノーンから一撃が繰り出される。

 その攻撃はブーレイの頭部を貫いた。狙い済ませたかのような正確で無慈悲な一撃はMHの顎を砕きファティマ・シェルをも破壊した。

 

「くそぅっ!!」

 

 凄まじい衝撃とスパークする電子回路のきらめきの中でギエロが叫んだ。

 MHの弱点となる顎を突き上げる形で貫いた。中のシューシャは即死だ。すべてのシステムがダウンし、コントロールを失ったブーレイが膝をついて倒れる。

 もはや敵ではない。そこにマグロウが迫った。

 すぐさま回避運動に動くジュノーンにマグロウが鉾を振りかざして突進してくる。瞬次の回避運動もランド・ブースターの加速力あってこそだが間に合わない。

 

「逃がしゃしねーぞっ!」

 

 マグロウのリーチを生かした振り下ろしとジュノーンの動きが重なる。

 

「飛べっ!」

 

 その刹那、振り下ろされたマグロウこんしんの一撃がジュノーンを捉えた。が、手ごたえの瞬間にその姿はジィッドの視界から消え去っていた。

 凄まじい熱を帯びた武器の激しい一撃が地べたに叩き付けられる。大地がクレーター状に抉られ土砂が振り注いだ。大量の雨水が蒸発して水蒸気が爆発的に巻き起こった。

 マグロウが見上げ、ジュノーンの動きをカメラで追う。一筋の光となったジュノーンはすい星のように空を駆けていく──



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【12話】嵐の中で輝いて(2)

 ──激しい揺れがコクピットを揺さぶった。サードは遠のきかけていた意識を呼び戻し揺れるモニタを見る。赤い警告を示すサインが繰り返し点滅している。

 胸に受ける強い圧迫感と痛みは凄まじいGによるものだ。安定しないGの圧力はジュノーンが正常なバランスで飛んでいないことを示すものだ。

 

「どうなっている……?」

 

 骨の何本かにひびが入っている。息を吐き出して呼吸を整える。

 あれから時間はそれほど経過していないはずだ。

 ジュノーンは森の上空をすれすれで飛んでいた。一瞬でも油断すれば森に沈みかねない高度だ。

 戦場を急速に離脱しつつあるジュノーンの操縦はサードから離れている。緊急モードでファティマが握っているのだ。

 指先に力がこもらない。感覚を取り戻そうと指を握りしめる。

 

「このままの高度を維持して飛べっ! 味方の位置把握を……ウリクル?」

 

 相棒からの応えはない。訝しみ再度呼びかけるがウリクルの意識を感じ取れない。

 ウリクルはシェル・コクピットで意識を失っていた。流れ出た鮮血がファティマ・ルームの座席を赤く染めている。頭部への損傷による意識不明状態にあった。

 サードの呼びかけが響く中でジュノーンのコントロールは失われていない。ファティマ不在であればとっくに地面に激突していたことだろう。 

 コクピット内で唯一動いているのはリョウだった。

 

「ノコリ、ジュウハチビョー! チャクリク。キンキュー、チャクリク、スル! ジュノーン、ガンバレっ! ガンバレ!」

 

 忙しなくハネを動かしながらハロが「キンキュー!!」を繰り返す。

 

「君が動かしているのか? リョウ……」

「ヤッテル! ヤッテルっ!」

 

 シェル・コクピットの中で状況は目まぐるしく変わり続ける。

 リョウは最大限に頭脳を駆使してジュノーンを制御していた。それは奇跡的なバランスを保ちながらの操縦だ。

 

「ヤクソク、シタ! ウリクル、ゼッタイマモル。ジュノーン、ト! エンジン、テイシっ!」

 

 ブーレイとの戦闘の脱出の際、突進するマグロウから受けた一撃はジュノーンに深刻な打撃を与えていた。

 辛うじて直撃を免れたが、ランド・ブースターに繋がるエネルギー・バイパスの片方を破損した。エネルギー供給バランスが崩れジュノーンは一気に制御不能に陥ったのだ。

 一度崩れたバランスはウリクルでも取り戻せず騎体は崩壊に向かって突き進む。ジュノーンが空でバラバラになるという最悪の事態にだ。

 ウリクルの意識が完全に途切れる間に交わしたリョウとのゼロコンマ秒の交信──

 

『ダメ……っ! このままじゃジュノーンがバラバラになっちゃう!? 血が出すぎて……私もう動かせないっ! ジュノーンお願い、着陸だけでもっ! ……リョウ君、お願い』

『俺が動かす? ジュノーン……ジュノーン。ダメだよすごいパニックだっ! どうしたらいいかわからない! 無理。わからないよ! ウリクル、どうしたらいいのっ!?』

『慌てないで。ゆっくり……再シンクロさせて』

『わかった……再構築開始……』

『そう、それでいい……もう頭が真っ白に……全コントロール、シフト!』

 

 ジュノーンのコントロール全権がリョウに移譲されてウリクルの意識は途切れる。

  

『見てた。俺、ウリクルねーさんの全部見てた。だから、できる! だろ、ジュノーン! 怖いだ? 俺たちが失敗したらみんな死んじゃうんだぞっ! できるか? じゃない。やるんだよっ!!』 

 

 リョウの必死の呼びかけと操縦で熱を帯びたジュノーンは飛行しながらすれすれの状況を維持している。

 そしてエンジンが完全に停止する。モーターヘッドが空中で自壊分解する間際でのエンジン停止……最悪の状況は回避された。

 だが正念場はここからだ。着陸の瞬間──

 

「タイ、ショック、ニビョウマエっ! ハヲ、クイシバレっ!」

「くっ!」

「オチルっ!!」

 

 轟音を唸らせ煙を吐き出すジュノーンが森に落ちる。凄まじい衝撃が二人を襲う。

 ジュノーンは森に接触しながら木々を薙ぎ倒していく。騎体から漏れ出た火花が空中に飛び散り赤く燃え上がった。

 樹木に引火した火は雨に打たれて燻り煙を上げる。黒い煙が周辺一帯に立ち込めた。

 森に轟音と着地の痕跡を残しジュノーンはその動きを完全停止する。光を失った空間でサードは突っ伏したままだ。 

 

「PIPO……?」

 

 すぐに予備電源を立ち上げてリョウは頭部を回転させる。

 異常発生──

 ボディを固定するアンロックキーの解除ができない。何かが引っかかっている。

 アームは使用不可能。折れ曲がった何かが阻害している。前の座席からの流血がリョウの元まで届く。

 状況を把握……

 カメラが前座席のウリクルの顔を映し出す。全身をくまなくチェックする。蒼白の顔は生気をまるで感じさせない。

 バイタル・サインの波はわずか……緊急事態。怪我の程度は深刻、深刻、深刻っ! 治療を必要とする。

 緊急っ! でも解除できないっ!

 ローラ! ローラ! ローラ! ローラ! ローラ! 音声にならぬ電子の叫びがその名を呼んだ。

 

「PIPOPOOOOOっ~!!」

 

 混乱しながらハロを再起動させる。外部からの支援が必要だ。サード、起きろ。起きろっ!

 視界がハロに繋がって意識のないサードに呼びかけた。

 

「オキロっ! オキロ! サード、オキロっ!!」

 

 必死の呼びかけにサードの睫毛がわずかに動いていた──

 

 

 雨は強い風に煽られて散弾のように大地に降り注ぐ。どこもかしこも雨水が川を作り本流の嵩を増やして洪水のようになっている。

 突発的なスコールから季節の嵐に変わっていた。水が戦場の跡すらも洗い流すように流れていく。破壊されたブーレイに這い出た痕跡を残してギエロが立つ。

 空は相変わらず灰色の暗雲だが日没はすぐそこに迫っていた。

 

「一年ともたなかったな。もうくたばっちまいやがった……」

 

 雨に打たれながら破壊された頭部をさらすブーレイを見下ろしてギエロは吐き捨てた。

 頭部はシェルごと押しつぶされ中にいたファティマも生きてはいない。中の惨状は推して図るべしだが原形すら留めていないだろう。

 遺体の回収は不可能だ。

 

「掃除が大変じゃねえか。本国に送り返すのに手間かけさせるなよ。ホント、最後まで使えねえ奴だったぜ……」

 

 戦闘で負った痛みと共に吐き捨てる。道具として使えなければファティマの価値などない。

 人としての発言であれば非難は受けるが、騎士のファティマの扱いの一面がその言葉に現れている。

 特にフィルモアの騎士はそのような道理で動く者が多い。あくまでもファティマは機械であり戦争の道具なのだ。

 ギエロはその言葉を疑う余地もなくシューシャを道具として切り捨てた。銘入りだろうが扱いは変わらない。 

 

「いってぇ! 放しやがれミミクソ野郎!」

 

 耳障りな罵倒がブーレイの足元で響く。ギエロ配下のミミバ族が捕まえていた捕虜を放り出した。

 泥水交じりの水たまりに投げ出されジィッドは泥まみれになる。

 

「あにしやがる!?」

 

 ミミバの男たちにいきり立つジィッド。その前にギエロが降り立った。

 

「やってくれたな、小僧」

 

 ギエロはジィッドの手の甲を靴で踏みにじった。声にもならぬ悲鳴がジィッドから漏れ出る。

 

「ぐ……それが俺への礼かよっ!」

「礼だと……」

 

 ぎらつく目がジィッドを睨み襟元を掴んで立ち上がらせると顔を寄せた。

 

「ほざくなよ……ガキ」

「ギエロ様」

「あん?」

 

 戻ってきたミミバ数人がギエロの前に控える。頭が進み出て耳元に囁く。

 

「何……? あの白い奴が落ちた? 場所はどこだ? ははぁ、運はまだオレに向いてるようだな。てめえはどう落とし前つけてやるか……」 

「俺は役に立つぜぇ……あんた、俺に一つ恩があるんじゃないの?」

「恩だぁ?」

 

 額が付くほど顔を寄せてギエロはジィッドの首に手をかけた。

 

「俺はあんたを助けてやったんだぜ? 赤い仮面のあんたのボスが聞いたらなんて思うかなぁ~ 俺が白い奴にぶちかましたからあんたは生きてるんだぜ? 感謝されてもいいくらいさ。あの白いのを持って帰りゃあそりゃ大手柄だよな? コーラス王の首もつけてよ。でも、あんたのモーターヘッドぶっ壊れちまったよなぁ。俺のマグロウは傷一つないぜ? 今からハグーダに応援を頼むんじゃ手柄を横取りされるだけだぜ。俺がいりゃ白い奴は確実にあんたのものさ」

「いいだろう……ただしだ」

「ぐ……」

 

 喉にかけた手に力がこもる。

 

「オレの命令には、絶対に、逆らうんじゃねえっ! わかったか?」

「わかったよ……へへ」

 

 耳元への服従の言葉にジィッドは口元を歪めて笑った。

 落ち行くジュノーンをすぐに追わずにギエロを待ったのは恩を着せるためだ。

 これはチャンスだ。クソ野郎には従うが手柄は手柄だ。こいつらのバックにいる連中に俺様を売り込んでやる。

 

「……早い者勝ちだ。ハグーダに報せる必要はない。奴はオレのものだっ! お前はモーターヘッドでついてこい。場所は知らせてやる。お前ら行くぞっ!」

 

 男たちがギエロに続いて走り出す。ジィッドも走ってマグロウに乗り込むとすぐに通信を開いた。

 

「早く繋がれよ!」

 

 そしてもう一つの戦場では──

 アマロンの肩に強烈な斬撃が繰り出され辛うじて踏ん張っていた騎体は軋む音を立てて崩れた。

 乗っていた騎士が緊急脱出で投げ出されるがまだ生きている。倒したのは黒い装甲のガスト・テンプルだ。

 カエシが通信に応答する。

 

『ジィッドか? 状況を報告しろ』

「カエシのおっさん聞いてるか? でけえ獲物を狩りに行くぜ。一等賞はコーラスの首だぜ。早い者勝ちだっ! さっさと来いよな」

『簡単に言うなよ。まーいいとこだろう。青の回収は俺が引き受ける。ケサギ』

『お? もう終わりか? お、俺が足止め役だぞ?』

 

 ケサギのガスト・テンプルがアイリーン騎とブルーノ騎の間に割って入り剣風を轟かせる。その斬撃をベルリンが後退して受け流す。

 

「この黒い奴っ!」

「通せんぼーっ! 遊んでチュ~~」 

 

 その背後でカエシが青のブーレイの回収に動く。

 戦場でまともに動けるのは両陣わずか数騎にまで減っている。もはや潮時と踏んでの撤退行動だ。

 突然の乱入者にブルーノは怒り狂う。

 

「余計なことをするなっ!」

「そっちの都合は知らねえよ。投了時間だよ。ファティマさん引かせな。まだ動けるだろう? 跳ぶぜ」

「了解です」

「パラーシャ、勝手なマネはするなとっ!」

「行けますっ!」

 

 ブルーノの抗議を無視してコントロールはパラーシャに移った。

 

「行くぜ」

 

 ガストがブーレイを捕獲し同時に跳んだ。

 ケサギからの強烈なけん制攻撃をアイリーンは弾くが、間合いを測りかねてもろに手首にダメージを受けていた。

 

「厄介な奴! ベイル・パージっ!」 

 

 砕かれた左手が痛みを伝えてアイリーンは歯を噛みしめる。命を守るベイルを切り離し身軽になる。

 ガスト・テンプルからの打ち込みは予測しにくい軌道を辿る。反り返った刃を逆手に持つ動きはまさに忍びのものだ。

 黒いMHの登場で戦いは一気に不利に傾いた。精鋭であるトリオの部隊を翻弄し味方を何騎も沈めたのだ。

 アイリーンは再度剣で流すがベルリンが上げる悲鳴の音を聴いた。騎体の限界が近い。激しい戦いで発生した熱が限界を超えて各関節部を溶かし始めるだろう。

 アイリーンは後退し間合いを取るが戦いはすでに決していた。

 

「敵、引きます。これ以上の戦闘の継続は無用かと」

「わかっている。ベルリンも限界だ……」

「あばよーっと!! ポチっとな」

 

 ガスト・テンプルの姿が煙幕に包まれ小型弾頭が彩色の尾を引いて乱れ飛んだ。周辺一帯が煙幕に包まれていく。

 雨に入り乱れた煙の切れ間が見えた頃には敵の姿は消えている。

 

「パトラ、負傷者を回収しすぐにここを離脱する」

 

 破壊されたMHと生き残った者たちの姿を確認し指示を出す。下方では騎士の応急手当てをするファティマたちの姿が見える。

 受けた損害は想定よりもひどいが、敵に与えた損害も相当なものだ。

 痛み分けでは困るのだがな、と呟く。

 

「陛下を探さねば……味方で一番近いのは誰だ?」 

 

 負傷した手の治療よりもサードの安否が気がかりだ。

 

「動いているのは……識別確認。エルカセットとロージン博士のエア・バレルです」

 

 

 《緊急!》(エマージェンシー)のコール・サインが手元の端末に浮かんだままだ。それを放り出してローラは失敗に終わった何度目かのコールを行う。

 

「リョウ、リョウっ! 応答してっ!」

 

 通信は再度シャットダウンされジュノーンからの応答はない。サードたちに何か起きた。

 リョウの生体波形も通信が途切れる直前に大きく乱れて正常な状態ではないことを示していた。  

 

「急いでエルカセットっ!」

「全速力ですぅっ!」

 

 ジュノーンの起動可能時間はとっくに切れている。エルカセットがエア・バレルを操りマッハで「現場」へ急行する。

 敵の存在を警戒して戦闘があった場所を迂回してのルートだが、ジュノーンが落ちた場所はエルカセットが割り出した。

 

「無事でいて……」

 

 ローラは軽く爪を噛む。通信機器の故障なのか。それとも……良くない方に考える頭を振って目を閉じる。

 違う流れにいると思いたかった自分が甘かったのだ。こうなることを予測できなかったわけではない。

 ううん、今は三人を、ジュノーンを信じなきゃ……

 

『状況はどうなっている? 陛下は?』

 

 棺桶とも称される狭い車内にアイリーンの声が響いた。声から戦場の張り詰めた緊張と憔悴が伝わってくる。

 エルカセットがすぐに対応する。

 

「ジュノーンは戦場を離れて動いています。こちらからの連絡つきません」

『マスター、すぐに手当を……』

『陛下が危ないのだ。じっとなどしてられるか!』

「味方で一番近いのはこちらです。そちらで動ける騎体はありますか?」

『敵は引いたがこちらの損耗も厳しい。すぐに動ける者を回す。頼む……』

「ラジャー。位置情報送ります!」

 

 通信が切られエルカセットが振り向く。

 

「絶対に誰よりも早くサードたちを見つけなきゃ。わたしたちが見つけるの」

「はい!」

 

 エルカセットは頷き返すのだった。

 

◆シーン:1-1

 

 雨は日没が訪れた頃には止んでいた。周囲は闇に包まれ始める。

 薄闇空の境界線に月の姿が朧気ながら浮かび上がる。上空で吹く強い風に雲が月に差し掛かってはあっという間に流れていく。

 戦闘が行われた場所から十数キロ地点に擱座した状態のジュノーンがあった。

 

「ダメか、血が止まらない。応援を呼びたいが……」

 

 頭に包帯を巻いたウリクルの顔は青白く生気がなかった。外界からの接触にまったく反応しない。

 ウリクルはジュノーン脚部収容の簡易用医療ベッドに寝かされている。

 その傍らにハロがいる。リョウはまだジュノーンに残したままだ。ウリクルへの処置が先だった。

 

「ツウシン、デキナイっ! デキナイっ! 」

 

 固定された状態から復旧できないリョウがジュノーンで通信を試みるが上手くいかない。

 

「……ハグーダにジュノーンを渡すことはできない。だが、ウリクルを死なせるわけにはいかない。アイリーンたちも探しているだろうし」

「ウゴク、ヨクナイ」

 

 ウリクルを下手に動かすことはできない。しかし、一刻も早く治療を施さねば危うい状態にあった。巻いたばかりの白い包帯から新たに血が染み出している。

 動くに動けぬまま無為に時間が過ぎる。自ら走らねば応援は呼べまいとサードは立ち上がった。

 医療ベッドを押す。ジュノーンからできるだけ離そうと茂みに分け入った。その後をハロがついていく。

 

「ウリクルを隠すが一緒にいてやってくれ。君たちも必ず回収する。彼女にそう約束したのだからね。む?」

 

 空気を震わせる震動音を感じ取りサードは身構える。近くに何かが迫っているのだ。

 

「モーターヘッド? いや違う……早く隠さねば。ハロはここにいてくれ」

「リョーカイ、リョーカイっ!」 

 

 ウリクルを載せた応急ベッドを茂みに隠すとサードは敵か味方かわからぬ存在に光剣を握った。

 道を戻りわずかに月が照らすジュノーンの下に立った。突風が吹き上空が眩さに包まれる。眩さに目を細めながらサードはそれが友軍のエア・バレルだと悟る。

 

『陛下、ご無事ですか!?』

「ローラかっ!? ここだっ!」 

「エル、降りれる?」

「お任せください!」

 

 絶妙な操縦バランスを維持したエア・バレルが着陸してローラが降り立つ。すぐにエア・バレルのエンジンも切られた。

 周囲は再び月明りだけの世界に埋没する。

 

「ウリクルの意識が戻らない。頭に損傷を負っている。安全な場所に隠している」

「エル、医療キットっ!」

「はい、今すぐに」

 

 大きな医療カバンを持ってエルカセットも降りる。これら医療道具一式は軍の医療班から借りたものだ。 

 

「こっちに来てくれ。ハロ君もいるがリョウ君はジュノーンの中だ。不具合ですぐに回収できないと判断した」

「人命を優先と考えます。リョウは置いていきましょう」

 

 ジュノーンを後にして三人は月明りが頼りの森を進む。

 

「待て……」

 

 隠し場所まであと少しというところでサードは手を上げて制止すると身を屈めて耳を澄ませる。二人もならってしゃがみ込む。

 駆ける足音が複数ある。それにMHの駆動を感じ取る。

 

「追手……のようだ。動きからして忍びの部隊か? 君はウリクルを頼む」

「陛下は?」

「ボクが連中を引き受けるよ。エルカセットもローラをサポートしてくれ。ここを真っすぐに進んでくれ」

「わかりました」

「武器はあるかい?」

「ここに」

 

 ローラにはまだ大きい光剣は医療カバンに差し込んであった。

 

「それは使わぬように。光で居場所がわかってしまうからね」

「はい」

「頼む」

 

 サードが茂みを指さしローラが頷き返すとその姿は暗い森の中に消えた。

 ローラの感覚の目で敵意を持った存在が森の向こうにいると知覚できる。サードが動いたことでその注意が向かうのを感じる。

 ここからは慎重に動かねばならない。二人は音を立てないようにウリクルの隠れ場所に向かう。

 二人をハロが出迎えて弾んでまくしたてる。

 

「ローラ、ローラっ! ウリクル、タスケテっ!」

「静かにしてっ!」

 

 指を口に当て黙るよう言うとハロは沈黙して地面に転がった。

 

「ウリクル……」

 

 ウリクルの状況は一目で危険な状態にあると見ることができた。頭へ手をかざし診察を開始する。

 落ち着け……サードはきっと平気だ。今はウリクルに集中しろ。モラード先生がいつもやってるやり方を思い出せ……

 もう馴染みになったピリピリした感覚が指先を突き抜けてウリクルの体をサーチするアンテナに変わる。

 

「ヘッド・クリスタルに歪み。精神崩壊の兆しアリ。脳へのダメージが予測される……」

 

 このままでは脳が死んでしまう。人よりも遥かに強い細胞神経を持つファティマだが、脳死状態から蘇生するリスクは人と変わらない。

 防ぐための手段は一つしかない。肉体の活動を一時的に休眠させるのだ。ためらっている余裕はなかった。

 ウリクル、お願い死なないで……

 目をつむりローラは全神経を集中させる。額が熱いくらいに感じる。

 

「マスター……」

 

 見守るエルカセットとハロをほのかな光が照らし出す。

 ローラに異変が起きていた。全身がほのかに光を帯び、光る粒子が指先から両手を覆う。その光がこぼれだしてウリクルの体に落ちていく。

 そしてローラは浮遊感に包まれていた。

 目の前にウリクルの存在やエルカセットの存在も感じとれるがローラ自身の体がここにあるかも定かではないフワフワとした感覚。

 黄金の光に包まれ、意志あるかのように光る粒子が世界に舞い踊っている。その中心点がローラのいる場所だ。粒子は意思のままに動き活発に目の前で動く。

 視覚化された力だと感じる。その力を今や自在に操ることができる。意思を受けた粒子がウリクルに集中していく。

 

(これがルシェミの力……)

 

 前に念話で教えられたルシェミの力──生体コントロールの秘技。

 マイトもまた古代超帝国より受け継がれた存在である。ダイバーパワーを操る魔導士から派生したマイトはその力を手繰り寄せ人々を治療する助けとすることができた。

 この技術はこれまで死を迎えようという重篤な人々を何千何万も救ってきた。生命を生み出し育む力なのだ。 

 今は助けとなるものは自分の手一つだけ。持ってきた医療キットでは何の助けにもならない。

 脳死は避けねばならない。ただそれだけに集中する。

 現実時間でウリクルの肉体は仮死状態に移行し血の流出が止まる。体内に流れ込んだ光は活動を止めることなく生命を維持する力へと変わった。

 だがこうしていられる時間は短い。すぐに運び出さなけれれば。

 額のチリチリする感覚と光の中で息を吐き出す。自分でも抑えきれない力を現状維持するのに精いっぱいだ。

 

「仮死状態に移行」

 

 エルカセットがウリクルの状態を報告する。

 

「ヤッタ。ヤッタ!」 

「わたしこれの止め方わかんない。で、止めるわけにもいかないんだ。どれだけ持たせることができるかわかんないし……」

 

 こうしている間も敵がすぐ近くに迫っている──判断を下すしかない。

 力の放出はまだ続いていて集中を切らすわけにはいかない。

 エア・バレルを下りたときに信号は送っている。味方も向かっている。ここを乗り切れば──

 

「動くんじゃない」

 

 ローラの背後で野太い男の声が響いた。振り向けばミミバの男二人が立っていた。集中のあまり気が付くのが遅れたのだ。

 エルカセットが捕まって腕をひねられる。 

 

「イタっ!?」

「オイ、ナニスルコノヤローっ!」

「何だこいつ?」

 

 エルカセットを捕まえるミミバにハロが体当たりするがあっさり弾かれる。もう一人に蹴り飛ばされハロは茂みの中を転がっていく。

 

「コンナノユルサナーイっ! ゼッタイユルサナーイ!」 

 

 光剣の柄がエルカセットに当てられる。

 

「娘、動くなよ。ファティマを殺すぞ……ウリクルを渡せ」

「卑怯者……」

 

 睨むローラに汚い歯をむき出しにして一人が下品な笑いを浮かべる。

 そのときだ──凄まじい爆発音が男たちのはるか背後で響き衝撃の波が過ぎ去り風が木々を大きく揺らした。

 遠くで渦を巻いたそれは一瞬のできごとだった。あまりの破壊にローラは広げすぎた感覚が麻痺する。

 そして地を蹴り高速で迫る存在があった。

 

「何だっ!?」

 

 振り向いた男たちの顔が驚愕に歪む。

 

「え?」

 

 ローラは目を疑う。闇から太い腕が二本突き出て二人の男の首を掴み持ち上げた。

 エルカセットは開放されて地面に投げ出される。

 

「あ、が……」

 

 持ち上げられた二人がビクンビクンと痙攣する。ミシミシという骨が軋むいやな音が響く。男たちの背後にいる男の顔は陰になって見えない。

 誰がいる? ローラはそのシルエットに目を凝らした。

 

「げげ?」

 

 その姿には見覚えがある。右目眼帯に三角体型な太り体型。確かケサギと呼ばれていた男だ。

 ここまで自分を追ってきたわけ……? どうしよう、逃げなきゃ……ウリクルは置いていけない。どうにかしないと。

 骨が無残に砕ける音が響く。喉笛を潰されて絶命していた。

 

「あー、ばっちー」

 

 騎士級の力を持つミミバ二人をあっという間に屠り遺体は投げ捨てられる。

 

「でへへ。そ、そこにいるのがウリクルか?」

「何しに来たの?」

 

 ウリクルを背に警戒して一歩下がる。戦闘態勢だ。

 でも、とうてい敵わない……

 ケサギの耐久力はかなり分厚い脂肪も含まれているのだ。宇宙ステーションでの立ち回りは僥倖だったと言えよう。

 エルカセットが伺うようにローラを見る。それに首を振って返した。

 

「ゆ、ゆーめいなファティマだな……モラードのウリクルっ! で、お前もモラードの弟子だな……」

「そうだけど……」

「だよな! じゃあ、そういうことで……」

「はい?」

 

 ケサギが背を向ける。

 あっさりと隙を見せて拍子を抜かれる。

 

「戻んねえとよ。時間切れだ、な……! カエシに怒られるん……だ」 

「ちょ、ちょっとぉ!?」

 

 ケサギが森の中に飛び込み、あっという間にその気配は消え去っていた。ローラは呆然と見送るのみだった。

 

「マスターっ! 味方の増援来ます。三時の方角!」

 

 エルカセットが指さす方に光を確認する。

 

「あ……エル、ライトをっ!」

「はいっ!」  

 

 エルカセットが付けた強烈なライトが空に向けて放たれる。すぐに味方は気が付くはずだ。

 それを見て、もう安心だという思いにローラは胸がいっぱいになる。

 

「良かった……これで」

 

 あれ……何だろ、立ってられないや……まぶたが急激に重くなって肉体のコントロールを失う。

 周囲が騒がしく聞こえる。地上に降りた部隊の捜索の明かりがそこにぼんやりと見える。けれど自分の感覚はどんどん遠のいていく感じがした。

 

「マスター?」

 

 ふらり、とローラの体が浮いて倒れこむのをエルカセットが慌てて受け止める。

 ローラの意識はそこで途切れていた──




悪党どもには死を! 次回、サード怒りの神砂嵐(ブレイクダウンタイフォーン)が炸裂する!!(´・ω・`)


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【13話】嵐の中で輝いて(3)

◆シーン:1-2

 

 時を前後して月下──強い風が吹きつける暗黒の森にマグロウが立つ。

 

「見つけたぜ……こいつはすげー! 盛り上がって来たぜ下剋上~~っ!」

 

 発見した”獲物”に舌なめずりのジィッドが発見したジュノーンを見下ろす。その輝くばかりの美しさに息を呑んだ。

 芸術にはとんと縁がないジィッドが思わず見惚れてしまうほどだ。

 持ち帰れば女王がたんまり褒美をくれる……コーラスの首はあいつらにくれてやるがこいつは俺のものさ!

 手にする栄華と名声に心奪われてジィッドは浮かれきっていた。そのとき、背後に気配を感じるが仲間と信じて疑わない。

 

「おう、おせえじゃねえか、おっさん! 速く運んじまおうぜ!」

 

 次の瞬間、斬撃が奔りマグロウの首は撃ち落される。その一撃を放ったのは味方のガスト・テンプルだった。

 中のジィッドは昏倒して意識を失っている。よもや仲間に倒されるなど予測すらしていなかっただろう。

 

「これで回収ってか? 悪いなぁ、ジィッド。これも俺たちの仕事の内さ。”雇い主”様の意向でね。娘っ子を守れ、とか。ハグーダに雇われて情報を逐一流せ、とか。あげくエンゲージには手を出させるな、とか現場の苦労を知らねえ無茶ぶりばかりで困るぜぇ。ただでガストくれたはいいがこき使いすぎだろ……追加報酬は貰うけどな」

 

 ガストのコクピットでカエシが雇い主の無茶な「命令」の数々をぐちるが、とっさに行動を起こしていた。

 突如飛んできた物体をガスト・テンプルが打ち落とす。打ち落としたのはバル・バラと呼ばれる騎士やMHが使う飛び道具の一つだ。 

 

「おっと、物騒な連中が他にもいやがったか……」

 

 打ち落とした態勢のまま視線を向けた先に一騎のMHがいた。

 暗黒に沈みこむように立っているが、雰囲気から伝わってくるのは「こいつは手を出したらヤバい奴」というカエシの直感に寄るものだ。

 いずこのものかまったくの不明だがカエシは通信を試みる。

 

『貴様は何者だ? そのモーターヘッドに傷一つつけてみろ。貴様の首が体から離れることになるぞ?』

 

 誰何するのは女の声だ。

 

「そりゃ、こっちの台詞だが、あんたはハグーダ側じゃねえな? 俺はエンゲージに手を出さねえ。そういう依頼主との約束なものでね」

『ハグーダでもコーラスの間諜……でもないな?』

 

 その声はカエシをどう扱ったものか迷ったものだ。

 

「こっちも臭いでわかるぜ、あんたはどっかの国の者だろう? こっちはマグロウのガキを持って帰るだけさ。エンゲージに手を出すってならさすがに見逃せねえがな」

『……いいだろう。我らもコーラスに手を出すつもりはない。持っていけ』

「そんじゃま、そういうことで」

 

 マグロウのコクピットをこじ開け、中で気絶するジィッドを担ぎ上げてカエシが戻る。その間、謎のMHは沈黙を保ったままだ。

 ガスト・テンプルが起動して去ると謎のMHから一人の女が姿を現した。その胸元には赤き逆十字剣のシンボル──ミラージュ騎士を示すマークがある。

 

「よろしかったのですか、マスター?」

「いいさ。カルバリィCの予行演習にはならなかったけれど、あのモーターヘッドからも少し情報は取れたし、陛下も気になさらないでしょう。それよりアキレス……」

「はい」

 

 男性型のファティマ、アキレスが主に返す。

 

「純白のモーターヘッド……まるで宝石でできた乙女のようじゃないか。そう思えないか? 司令に報告しておこう」

「はい……」

 

 アキレスが答え、主ディッパと共にジュノーンを見上げるのだった。 

 

◆シーン:1-3

 

 ローラがその力を開放した頃──闇の中でいくつもの影が跳んで交差する。駆ける人影がもんどりうって倒れ血を吐き出して絶命する。

 独特の衣装のミミバ族の男だ。追手たちを引き付けながら放たれた暗器をかわしサードはジグザクに木の間を跳んだ。

 

「やはりミミバ族か……」

 

 空中で暗器を掴んで投げ返しまた一人倒れるが敵は一人二人ではない。かなりの数が木々の向こう側で息を潜ませている。

 木の陰で一息つき、置いてきた者たちとかなり距離を取ったことを確認する。

 胸元を抑えて少し呻く。肋骨数本のダメージが体を蝕んでいる。深く息を吸い込んで整えると声を上げた。

 

「鬼ごっこはここまでにしよう。出てこい。ボク相手に投げ道具だけとはチョット失礼なんじゃないかな?」

 

 月明りの下、鬱蒼とした下生えを抜けてサードはその身を晒す。 

 

「さすがコーラス・サード陛下ですなあ。ミミバでは不足でしたかな?」

 

 闇夜から抜け出るようにミミバのギエロが姿を現した。その背後に付き従うミミバが沈黙を保ちながら殺気をサードに向ける。

 

「手前はブーレイの黄色(ギエロ)の頭と申します。お相手よろしいか?」

 

 その言葉の後にギエロは光剣を抜いた。

 

「ウリクルはどうした? くたばったのですかなぁ? オレのファティマはミンチになっちまったがな」

「それは気の毒な事をした。だが戦いは騎士の常だ」

「わびなど求めていませんがね。欲しいのはあんたの首とコーラス印の白い奴さ。それとウリクルは弄んで手足をバラバラに引き裂いてやる」

「悪いが渡す気はない」

 

 応じるサードは無手のままだ。周囲をぐるりとミミバたちが囲む。

 

「む、何だ?」

 

 そのとき森の奥に浮かび上がった光にギエロが気が付き笑った。

 

「二人行けっ! ウリクルを捕まえるんだっ!」 

「気が付かれたか。仕方ない」

 

 サードが威圧を叩き付け突破口に男たちを薙ぎ払った。三人が吹き飛ぶが目の前を人の壁が阻む。二人のミミバが駆けて森の奥に走り去る。

 ギエロがサードの眼前に立ちふさがった。

 

「おおっと、年貢の納め時だっ! 終わりさ」

「はたしてそうかな?」

 

 風が吹いた。その風は唸り声となって周囲に満ちる。圧縮されたストリームの渦が溢れミミバたちとギエロに絡みついてその動きを鈍らせる。

 

「う、動けん!?」

 

 サードの腕が不可思議な軌道を辿った。生まれる残像。そこから生み出された風が男たちを圧する。

 

「ボクの技はハリコン直伝さっ! 森の中は災いだったね」

 

 かき乱され圧縮された風が気圧を変化させて耳に異常を感じさせる。サードが片手を上げると轟っという音が轟いた。

 

「これしきの風で我らを封じれると思うか? 殺せっ!!」

 

 一〇人の男たちが殺到するが、サードから解き放たれた技が炸裂するのが先だった。その体が揺れ動いたかと思うと耳をつんざく音が森中に響き渡る。

 回転乱舞するサードから放たれたソニックブレードが男たちを薙ぎ払い空中に千切れた手足が舞った。

 直撃を免れた者たちも逃げることはできなかった。空気の渦に巻き込まれて圧縮され剃刀のようになった風にその身を切り刻まれる。

 跳んだ者もその風に巻き込まれ、破壊された木々に体を貫かれる者や、ある者は大木にぶつかって脳しょうをまき散らした。

 

「ぐふぉ……」

 

 全身から血を噴き出し、骨という骨がすべて砕けながらもギエロは生きていた。他に無事に生きているミミバはいなかった。

 破壊された木々と千切れた体の一部が何十と降り注ぐ中でサードは一人立っていた。

 たった一人で一〇人の騎士を瞬時に屠った恐るべき使い手は痛みの言葉を骸に投げかける。

 

「ダブル・ブレイクダウン・タイフォーン……この技を生きている者に使ったのは初めてだよ。誓いを破ってしまったな……」 

 

 呻くギエロを見下ろしてサードは呟きがくりと膝をついた。万全ではない体でこの技を使うのは危険を伴うのだ。

 ブレイクダウン・タイフォーン──三分身し、三つのソニックブレードの衝撃波と共に使い手が飛び込むという騎士の持つ技でも超至難の荒業であるが、サードはそれを同時に二回放ったのだ。

 技同士がぶつかり合って超乱気流となり森の中という相乗効果を生んだ。誰も逃げることができない嵐が吹き荒れたのだ。 

 この技を受けて生き残る者などいない。

 

「コーラス……ぐ……」

 

 ギエロが血を大量に吐き出して眼をむいた。それが彼の最後の言葉となった。

 荒業の連発で胸を押さえるサードに大小二つの影が伸びた。

 

「ブレイクダウン・タイフォーン。コーラスの武帝殿、見事な技の冴えであった」

「済まぬが動けぬ。御名をお聞かせ願いたい」

「F.E.M.C(ファースト・イースター・ミラージュ・コーア)総司令。A.k.D総司令。バビロン国王、ファルク・ユーゲントリッヒ・ログナー。陛下のウリクルとモーターヘッドは無事です。部下たちが安否を確認しました。お味方も今来たところです」

「そのようだね」

 

 空挺団のサーチライトが空に光るのを見てサードは頷く。

 

「主の命を受けブーレイの行動を追っておりました」

「スターレス・ファイター殿、アマテラス陛下には一度会って礼を言わねばならぬようだ。そちらは白のイエッタ殿と見受ける」

 

 ログナーの側に控えるイエッタが軽く頭を下げた。

 

「帰ったらエルメラに叱られてしまうな。泥んこ遊びをして服を汚して帰った気分だよ」

「やんちゃな子ほど可愛いのでは?」

「ファルク王はお子さんは?」 

「いません」

「そうか。次の子は男の子らしい。父親としての威厳というものを保てるのか自分でも疑問だよ」  

 

 ログナーは答えず、三人は味方の部隊が到着するのを待つのだった──

 

◆終話1

 

 そして一夜が明けたハグーダ王宮──緊急帰還した青のブルーノが赤のラルゴと会っていた。

 肩に巻かれた痛々しい包帯を恥ずるようにブルーノは肩の痛みを飲み込んでいる。

 

「してやられたな。ブルーノよ」

「申し訳ありません。お預かりしたブーレイに傷を付けました」

「これがコーラスの底力というものか。ギエロは見誤ったな。ハグーダの受けた損害は思いの外大きい。私の進軍すべしという意見に女王はすぐに行動に出なかった。おかげでもたついて機会を逃したわ」

 

 コーラス近衛部隊が展開した作戦でハグーダ側は連携を欠いた。失ったMHもそうだが兵力の損失が大きい。

 アトキを落とすまで計画は順調だったが思いもよらぬ敵の奮闘で機会を逃すこととなった。コーラスは大国。甘く見てよい相手ではない。

 

「上は待ちくたびれているのでは? モーターヘッド部隊を下ろして戦力を集中させコーラスを一気に落とすべきです」

「上はもう少し様子を見るだろうな。コーラスの武帝は健在。出回ったコーラス王の騎体の画像で世論は大騒ぎだ。ハグーダは機会を失ったが、あの女王は戦略などまるで理解しておらぬ。相手はコーラス。手駒は慎重に動かさねばならぬ」

 

 ラルゴは赤い仮面に手をかける。顔に馴染まぬそれはここでは仮の姿でしかない。

 

「ギエロのブーレイは本星へ送り返せ。遺体もな」  

「はっ!」

 

 自室へ戻ったラルゴは自らを覆うすべての仮面を脱ぎ去った。部屋に待機していた少年ファティマ・ジャズラブがそれらを拾い上げて丁寧に畳む。

 

「出ていけ……」

「はい」

 

 無機質に主に返事を返すとジャズラブは部屋を後にする。

 ラルゴは本星への通信を開く。モニタに姿を現したのはフィルモアの帝王の姿であった──

 

◆終話2

 

 そしてロウトでは──

 ロウト離宮は広大な敷地を保有し、豊かな自然の山々に囲まれた場所にある。ロウトはコーラス王家の保養地として使われており高地特有の樹木と植物が群生している。

 自然公園としても管理されていて動植物の大きな生態系が形成されていた。

 その離宮に高速で発射された音が鳴り響いた。一筋の煙となったそれは固定されて佇む人型の近くに着弾し爆音と共に吹き飛ばしていた。

 

「たーまや~~」

 

 目標を見事にぶっ飛ばしたのを確認し華やいだ声が上がる。淡い草色のマタニティ・ドレスの貴婦人は誰であろう、エルメラ王妃その人であった。

 エルメラがゴーグルと耳当てを取っ払う。下ろした片手にはハンド・ミサイル・ランチャーがあった。一弾ずつ込める使い切りタイプだ。

 その後ろでテーブル席で耳を抑えるクローソーとセイレイがいた。二人は耳に残る音の余韻が止むと手を下ろす。

 

「ちょっと外れたわ……二メートルくらいね」

「そうですね」

 

 セイレイがクローソに囁きエルメラには聞こえないように返事が返った。

 煙が晴れて人形のあった場所は抉られた土をさらしている。他にもいくつか同じような跡が点在していた。

 

「さあ、次の人形を設置しなさい」

 

 お付きの侍女にエルメラが指示すると新たな人形を抱えた侍女部隊が行進していく。その人形には「宇里苦流(うりくる)」という名が書かれていた……

 人形は何の変哲もないかかしだ。違うのは胴体部に怨念を込めた墨筆でその名が書かれていることだ。

 このうりくる人形、この離宮に王妃たちが来てから通算二三体目の犠牲物となります。たまりにたまったストレスをランチャーでぶっ飛ばすのは王妃様の日課となりつつあるのでした。 

 

「王妃様……」

「何です?」

 

 官の一人がエルメラに声をかける。

 緊急以外では王妃には取り次がないようにと離宮の者には指示されているが、エルメラは立ったまま彼の説明を聞いていた。昨夜起こったことの顛末だ。

 設置完了ですっ! という侍女たちの報告をエルメラは聞き流す。

 

「……以上で報告終わります」

「そう、あの人は無事なのね……ウリクルの意識が戻らないと? 危険な状態なのね……」

 

 少し離れた場所で深刻な話かと二人の少女がやきもきしていた。

 

「父上怪我したのー?」

「ええ、でも全然大丈夫ですって。心配しないで」

「父上強いもん。誰にも負けるはずないわ!」

 

「……報告お疲れ様。下がってよいわ……」

「はい。あの、お戻りになられますか王妃様? 登城の準備は整えてありますが……」 

「私は行きません。武帝の妻が夫が少し怪我をしたくらいで慌ててどうします? 王妃としての務めを全うするのがわたくしの役目です。戻らないと城に伝えてちょうだい」

「は……」

 

 官が報告を終えて下がると三人が残される。かかしの侍女部隊は指示なく待ちぼうけだ。

 

「セイレイ、勉強の時間です。お戻りなさい」

「はーい」

「クローソーは残って。聞いてほしいことがあるの」

 

 セイレイがなだらかな芝生をよぎって離宮へ歩いていくのを見送ってエルメラは口を開いた。

 

「私は本当はね、ウリクルが死んでくれたらって、いつもどこか頭の中で考えてた。どこかの戦場に出てあの子だけが戻らない。そんなことが起きたらどんなにいいだろうって思ってたの」

 

 その告白をクローソーは黙って聴く。

 

「あの人を取り戻せるなら、って。私はコーラスを愛してる。ずっと、ずっと誰よりも愛している。その気持ちは誰にも負けないつもりよ。彼が王位に就く前から、同じ学校で一緒だった頃から……ずっと好きだった」

 

「でも彼の心にはいつもウリクルがいた。彼女はファティマ。決して妻にはなれない。でも、彼女の存在がいつも彼の中にあると感じてた。結婚してからも、セイレイを生んでからも……」

 

「ウリクルが目を覚まさないと聞いて思ったのは、いっそこのまま一生……私たちが生きている間ずっと目を覚まさなければいい、なんて思ってしまったの……」

 

「そんなことを考えた自分がすごく嫌い……大嫌い。こんなの私じゃないっ! 醜い、あさましい女の嫉妬に焼かれてる自分が大嫌いなのよ……」

 

 エルメラは体を抱いて目立ち始めた腹を撫でる。 

 

「私のコーラスを取らないで。何度ウリクルに言いそうになったか。ウリクルにお前なんて大嫌いだって。でも、本当はそうじゃないのよ……」

 

「本当はすぐにでもコーラスのところに行って、怪我を手当てしてあげて、バカなことしちゃだめよって子供を叱るみたいに叱って、優しく包んであげたいの」

 

「でもできない。私は王妃だもの……コーラス王の妻。国母という役割に縛られている。民が待ち望んでいるのは元気な男の子。次のコーラス四世(フォース)……女としての幸せはどこにあるのかしら? クローソー、あなたにはわかって?」

 

 風が吹く。思いを吐露しエルメラは唇を噛んだ。

 

「私──城へ行きます」

「あなたにはわからないのね……クローソー」 

「コーラス陛下にお会いしたとき、私はあの方をマスターと呼びました。けれどそれは幻のようなものでした。あれはきっとコーラスの血を受け継ぐであろう未来のコーラスを観たのです」

 

「私たちファティマは永遠の寿命をもって生まれてきました。その命を持って人々の生活や生き方に寄り添って生きていけたら、そして私たちの力が役に立てればいいと考えてきました」

 

「でも、現実は難しいですよね。姉のアトロポスは私と同じ思いを抱えて姿を消しました。ですが、私たちのもう一人の姉であるラキシスは王妃様の思いを一番わかっている者です。この世界で誰よりも恐ろしいお方──アマテラス陛下を夫にした姉ですから。機会があれば一度会ってくださいませ」

「クローソ-……」

「飛び込んでください王妃様。誰よりも愛しい人を決して離さないで。そして子どもを叱るみたいに悪さをしたら怒ってください。そしてそっと寄り添って優しい言葉をかけてください。笑って……泣いて……私たちファティマができないことをしてあげてくださいませ。だから私……城へ行きます」 

「待ってっ!」

 

 エルメラの制止にクローソーが歩みを止めて振り返る。

 

「私、自分を縛り続けてた。コーラスの王妃という立場と妻としての役目を気にしてばかりで。いつか女として寄り添うということを忘れてしまっていたのかもしれない……そして彼の心が向いてないことを認めるのが怖かった。閉じこもって震えているばかりだった……もうそれは止めるわ。私も城に行くっ! 誰にも止められないの。そうよね、クローソー? あなたの姉のように」

「はい、王妃様っ!」

「王妃様ぁ~~」

 

 遠くで侍女部隊がしびれを切らしている。

 

「あら、忘れてたわ。これを済ませたらね!」

 

 エルメラは視線を返すとゴーグルと耳当てをはめてランチャーを手に取る。それを見て侍女たちが慌てて散る。

 引き金が引かれ爆発が巻き起こる。うりくる人形は木っ端みじんに粉砕され跡かたもなく消え去っていた。

 

「たーまーや~~~! さあ、行きましょうっ!」

 

 ゴーグルもランチャーも投げ捨てて、意気揚々とクローソーを引き連れたエルメラが王城行きのディグに乗り込むのでした。




タイトルネタ>「嵐の中で輝いて」(歌:米倉千尋)
(´・ω・`)ガンダムジャネーケド

次話 二部一章完結「奇跡の方程式」
ローラが目覚めモラードの「わるだくみ」が発動する!?


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【14話】奇跡の方程式は

 高ーい天井が見えた。いや、天井に見下ろされてるのかしらん? アホなことを考えてローラは広い部屋を見回した。

 窓側が全ガラス張りの遠望がくっきりはっきり見える室内。そこから見える景色は遠くに山の稜線にヤース市内の一部だ。

 一息吐き出す。部屋はやたらと静かで外の気配は伝わってこない。情報ゼロでまったく落ち着かなかった。

 

「よっこらせ」

 

 ベッドから体を起こすがやたら重く感じる。寝すぎるくらい寝た感覚だ。

 パジャマは自分のだが私物とかどこにあるのか不明だ。

 全身の力を生き渡らせると軽く体操をする。不調感は和らいですぐに動けそうなくらいになった。

 素足でぺたぺた音を立てて窓の外を眺める。ここがコーラス城なのは間違いない。眼下に警備に立つ騎士とか宮廷の人たちがいる。

 外はすこぶる快晴です。

 呼び鈴があるのでそれを押す。誰かを探しに行くとこの手のサイズの建物では迷子になるのがローラの定番である。

 え、ならない?

 

「ずいませ~~~ん。お腹減った……かな」

 

 ぺったんこのお腹をさする。そーいや最後にご飯食べたの……いつかしらん?

 記憶がなんか曖昧だ。森でのことがずっと昔のように感じる。

 そう、ウリクルだ!

 思い出して扉を開けようとしたら勝手に開いた。そこにここにいないはずの人物がいた。

 

「モラードせんせー?」 

 

 何故ここにいるのー? アドラーから一週間はかかるのですが……

 

「ようやく起きたか寝坊娘っ!」

 

 ぐしゃぐしゃとローラの頭をモラードがかき回した。元より寝癖のついた頭が乱れて収集つかなくなる。 

 ずかずかとモラードが中に入る。

 どうしたものか考えるが、とりあえず扉を閉めよう……

 

「座れ。まだ本調子じゃないだろ?」

「え? はあ……」

 

 指定されたソファに二人並んで座る。

 うーん、ふかふかだ! VIPクラス間違いなし!

 

「お前さん、自分が何したか覚えとるか?」

「はい。ウリクルさんの代謝機能に干渉して……」

 

 仮死状態に移行させた。自分でもびっくりするくらいの力が出たんだっけ。

 

「ちょっと診せて見ろ。うん……」

 

 モラードが手を伸ばしてローラの診察を始める。

 変な感じ。お口をあーんと開ける。異常なんてありませんよー。 

 終わる頃にグーっという逆らいようのない音が部屋に響いた。

 お腹ぁ……

 

「後遺症はないようだな。立派立派。だがいきなり食ったりするなよ。たっぷり八日は寝てたんだからな」

「よーか?」

 

 ひーふーみのよー? 八日も!? うーん、一週間以上とか寝すぎでしょさすがに……

 

「力の暴走が起こったのさ。何だってエネルギーには限界量がある。マイトの治癒能力は使い手の生命エネルギーを根源としているからな。使いすぎたダムの水みたいに減っていくのさ」

「後遺症って? 深刻な影響があるんですか?」

「記憶はなかったりするか?」

「いーえ」

 

 ゆっくり思い出せば全部憶えてた。 

 

「どこかに異常は感じるか?」

「いーえ」 

「若いうちはなんだって加減がわからんもんさ。たいがいはエネルギーが枯渇しても回復量が上回るようになってる。使う力の大きさに対して組み上げるエネルギーの均衡が取れなくなると病になる。ローラちゃんはピッチピチのギャルだから全然平気だがな」

 

 言わんとするところは分かった。マイトのかかる病でもそれは運命病と呼ばれるものだ。

 それとギャルじゃねーから。

 

「ごめんなさい……」

 

 きっと心配かけたのだろうと素直に謝ることとする。

 

「お前の判断は正しかった。あの状況でできることすべてをやったんだ」

「ウリクルさん……は?」

 

 聞くのが怖い……でも聞かなくちゃ。

 

「後で会わせるさ。一人前の仕事をしたんだ。胸を張っていいぞ。無論、俺の指導のたまものだがな! ガハハ!」 

「はいはい……」 

「食事を持ってこさせる。食ったら皆に会えよ。もう十分寝たろ?」

「はーい」

 

 運ばれてきた食事の匂いでペコペコは最高潮だった。慌てて食べず、ゆっくり噛んでココアを胃に流し込んだ。

 モグモグ……うん、美味しい~~♪

 普段なら何気ない健康的な食事が命の洗濯のようにも感じる。

 復活っ! ローラちゃんだ~~

 食事中は席を外していたモラードが扉を開けて、順番だぞと後ろに声をかける。一番に飛び込んできたのはハロとリョウだった。

 馴染んだモーター音が響いてハロが弾んで手の中に収まった。

 

「ローラっ! ゲンキ、ゲンキ?」

「元気だよー。君たち、よく頑張りました」

 

 ハロにチュウしてやる。

 すると手の中でブルルンとハロが震動する。感情を表現するためにつけた機能でいくつかパターンがある。

 今のは照れてるっぽい?

 

「サードとウリクルを守ったね。君にしかできないことをやり遂げたんだよ。誇りに持ちなさい」

 

 ペンペンとメタルなリョウの感触を確かめる。

 

「ホコリ? ジュノーン、スゴイヤツ。ナイテモメゲナイヤツ! オレノオトウト! オレノホコリ!」

 

 ピポピポと電子音を忙しなく鳴らしてリョウがローラの周りを回る。

 

「エルネエサン、シンパイシテタ! ズット、ズット、ローラノソバイタ。ズットイタ」

「エル……?」 

 

 部屋の外にいるのだろうか? 何で入ってこないの?

 

「外見てくる」

 

 ハロを放るとリョウが空中でコントロールして制御する。

 戸は少し開いている。その隙間からローラは外を覗いた。幅の広い廊下が見える。

 話し声が聞こえた。モラード先生が向こうで誰かと立ち話をしている。顔は見えないけど服装からヒュードラー博士だとわかった。

 博士とも話したいけど今はエルカセットが先だ。

 あ、いた……モラード先生とは反対の通路に二人の少女が立っているのを見つける。

 一緒にいる少女はクローソーだとわかった。エルカセットは後ろ姿だけど、ゆるふわヘアーのファティマは珍しい。

 見慣れたイエローを下地にしたホワイトカラーのデカダン・スーツはエルカセットだ。

 

「エル?」

 

 その声に反応してエルカセットが振り向いた。

 

「マスター……」

 

 か細い声で応える。その目は少し赤くて……どこかやつれて見えた。

 

「エル……」

  

 踏み出してその腰に抱き着いた。香るのは花、エルカセットの匂い……ぎゅーっと抱きしめてお腹に顔を埋めた。

 本当に長いこと会っていなかったような気持ちになる。

 

「ごめんね……心配かけて。ずっと一緒にいてくれたの?」

「当然です。大事なマスターですもの……私……もう目を覚まさないんじゃないかって……」

 

 エルカセットの声が震える。顔を上げるとエルカセットの頬に光る雫が落ちた。

 

「ここにいるよ。ちゃんとここにいるから」

「はい……」

 

 じゅうたんに膝をついたエルカセットの顔が目の前にあった。目の下にクマができるくらい痛々しい姿だ。 

 

「寝てないの?」

「全然へっちゃらですぅっ! えへへ」

  

 天蓋の光が二人に降り注ぐ。お日様の中にいるみたいなエルカセットの髪をローラの指が梳く。

 その二人の姿をクローソーが優しく見守る。 

 

「もう安心して。あんなこともう起こさないから。だから、今は”お休みなさい” エル……」

「……っ!」

 

 エルカセットのヘッド・クリスタルにローラの指が触れて光の粒子が散った。

 華奢な体をローラは受け止めて抱きしめた。耳元でエルカセットの安らかな吐息を感じる。

 

「かんどーの再会だったか?」

 

 モラードだ。ヒュードラーの姿はない。

 どうしたんだろうと首を傾げるが、また後でいいやと思い直す。

 

「俺が到着したときにはかなり衰弱しててな。寝ろと言っても言うこと聞かなかったんだぞ。運んでやる。クローソー、戻ってサードに準備ができたと伝えてくれ」

「わかりました」

 

 クローソーが頷いて立ち去り、モラードがしゃがんでエルカセットを抱き上げると歩き出す。

 その後にローラが続く。行くのはモラードが使っている客室だった。

 

「これからサードの奴に会うが、あいつめ、もっと反省させないと気が済まんぞ。俺の娘を傷つけおって! そこでだ、お前にも一つ協力してもらうぞ。かばんにシーツ入ってるから取ってくれ」

「はーい」 

 

 ごちゃごちゃ入ってるカバンを開ける。目的のものを見つけてベッドの上に広げるとエルカセットはそこに寝かされる。

 シーツはファティマの敏感な肌を傷つけない素材でできている。

 

「協力って??」

「耳かせ、耳……」

 

 他に聞いてる人いませんが……ごにょごにょとモラードが耳元へ囁く。

 

「え? え? ええ~~~~~~~~っ!?」

 

 ローラ驚きの声が響き渡るのであった──

 

 

 医務スタッフが控える部屋にコーラス王夫妻が姿を現してローラはいくぶんか強張った顔で出迎えた。

 ファティマ用の医療ベッドにはウリクルが寝かされている。無菌状態を保つためにガラス越しにしかその顔は見えなかった。ウリクルと外界は完全に切り離されている。

 重苦しい空気の中で初めにモラードが切り出す。

 

「怪我の方はどうだ。痛むか?」

「おかげさまで。ウリクルのこと済まん……私がいたらぬばかりに辛い思いをさせた」

「命に別状はない。が、このまま目を覚ましてももっと辛い思いをさせるかもしれん。お前さんもウリクルもな」

「モラード先生! ウリクルは目を覚ますのですよね? どうか仰ってください!」

 

 エルメラの問いかけにモラードは渋面で応える。

 

「すぐには難しい……」

 

 エルメラの肩にそっとサードが手をかけるとエルメラは下がってその手を握り返す。その様子を見ながらモラードは続ける。

 

「幸い脳死は免れた。ローラがいなければウリクルは死んでいただろう」

 

 ローラは注目を感じる。背負った重責で舌がからっからだが幸い喋る必要はなかった。

 

「だが、記憶には重大な障害が残る……お前のことを憶えてはいないだろう。記憶が戻ることもないかもしれない」

「モラード……それでも私は……ボクは彼女が生きてくれたことに感謝している。たとえすべてを忘れてしまっていても」

「再生にはまだ時間がかかる。記憶の修復は望めないかもしれん。だが、ウリクルならばもう一度お前のことをマスターと認めるだろう。やり直すことは可能だ。最初からやり直すんだ」

 

 残酷な事実をモラードは淡々と告げた。エルメラが顔を覆ってサードの胸に顔を埋める。

 

「モラード……彼女と巡り合わせてくれたこと。かけがえのない思い出をくれたこと……これまでのことすべてに感謝している」

 

 その声に苦渋の響きが混じっていた。ローラはサードを直視するのが辛くて外に目を向ける。 

 

「けれど……ウリクルは新しい人生を送るべきだ。ボクのことを忘れてしまったとしても、たとえもう会えないとしても……」

 

 腕の中の妻をいたわるようにサードはエルメラの肩を抱き寄せる。 

 

「モラード、ボクはもうファティマを迎えることはないでしょう……さようなら、ウリクル。君の新しい人生に祝福がありますように……だが、もう騎士でいることはできそうにない。そしてローラ」

「はいっ!?」

「ありがとう。彼女の命を繋いでくれた。感謝してもしきれない」

「いえ……」

 

 視線を足元に落としローラは応えた。モラードとの短いやり取りの後、二人が出ていく姿を見送った。

 二人だけになってモラードは大きく息を吐き出した。ため込んだ重い空気を散らすように。

 

「つーわけだ。ちょっとやりすぎた気もするが、夫婦の絆は深まったようだなぁ」

「せんせ~~! もーこんなお芝居勘弁してよ! あんな大嘘ついてっ!」

 

 モラードが語った話の半分は本当だ。でも、もう半分はとんでもない大ウソなのだ。

 

「これはウリクルも望んだことだ……そうだろう?」

「それでも……」

『ありがとうございます。モラード先生。そしてローラさん……』

 

 ウリクルの声が頭に響いた。その声は念の声だ。

 ルシェミの波長を合わせた者だけが結びつくことが可能な特殊なテレパシーの一種だ。

 

「あなたはそれでいいの? 大好きなサードと一緒にいられなくなっちゃうんだよ?」

『いいんです。私もマスターと一緒にいたい……けれど、私がいることで奥様を大変苦しめてきました。サードを奥様にお返しする時が来ました。だから、私はお父様にお願いしたのです』 

 

 記憶が消えたというのが大ウソだ。この選択が正しいことだったのかはわからない。 

 ウリクルが願い、モラード先生が協力した。わたしも共犯者として片棒を担いだ。

 決して誰にも明かせない三人だけの秘密──それこそお墓の中まで言えないようなことだ。

 

「王妃が無事に世継ぎを生んでコーラスが落ち着くまでの辛抱さ。そんでほとぼりが冷めた頃にだ。あれ? ウリクルの記憶が治っちまったぞーって返してやればいいのさ。それで万事上手くいく」

「マジで言ってるのが怖い……」

 

 ずっと黙ってるのすごくきつかったんだから! どーしてそう涼しい顔であんなこと言えるんだか……先生の胃は超鋼鉄でできてます…… 

 サードをこらしめるにしてもちょっと手が込みすぎ!

 

「それまでウリクルの記憶は封印する。名前も変えてな。秘密を知るのは俺とお前だけだ。後は時間と家族が解決してくれるさ」

 

 してやったり顔のモラードがニシシと笑う。

 ベッドの中のウリクルは心なしか微笑んでるようにも見えた。 

 

「あーそうだ。ローラちゃん、一つ言い忘れてたわ」  

 

 今度は何?

 

「えー、何ですかー?」

「ヒュードラー博士から伝言があった。今日立つからよろしくってな。午後最初のバス便で行くって言ってたぞ」

「え……?」

 

 何で? 今何時……お昼過ぎの最初の便ってもう来る時間じゃないっ!

 

「先生、早くそれ言ってよっ!」

 

 ローラは部屋を飛び出す。駆けて表に出ると門に通じる通路を真上から見下ろした。

 いたっ! 見覚えのあるトランクを持った女性が点のようだが見えた。高台から下の通路に人がいないことを確認してためらうことなく跳んでいた──

 

 

 手荷物のトランクを押してバルター・ヒュードラーはコーラス城門へ向かって歩き出した。午後の日差しがくっきりとその影を地面に映し出す。

 置いてきた未練は後ろ髪惹かれる思いだが、もはやここに彼女の居場所はない、と思い定めてのことだ。

 ふとその足を止めると門の警備所の壁に背を預ける人物を見た。ここしばらく見ていなかった顔だ。

 二人の女が向かい合う。旅装のヒュードラーに対してナイアスはタンクトップに迷彩ズボンの姿だ。

 

「とうに城を出たものと思ったが、まだいたのだね。ナイアス……ローラが心配だったのだろう? 彼女ならば先ほど目を覚ましたよ。会って行かないのか?」

「その荷物は? あんたはどこへ行くつもりさ? 尻尾巻いて国へ帰るのかい? あの子に別れは済ませたのか?」

「必要ない。もはや私は無用の存在となった」

 

 自嘲の言葉は自分に向けたものだ。

 

「そう思ってるのはあんただけかもしれないよ。ほら」

 

 こちらに向かって駆け寄る一人の少女の姿をナイアスが認めると、ヒュードラーも後ろを振り返った。

 

「ローラ……」 

 

 その名を呟き、待った。ヒュードラーの手前でローラは弾むようにして停まった。

 

「何で勝手に行っちゃうのっ!? まだわたしたちやらなくちゃいけないこといっぱいあるのに!」

「これは、私のけじめだ」

「けじめ?」

「笑ってくれ、トローラ・ロージン。私は自分が犯した過ちに背を向けることに決めたのだ」

「過ちって……何?」

 

 ローラとヒュードラーの視線が交じり合う。

 

「思いあがっていたのだ。私は、私がこの手で生み出したものが破れることはないと信じていた。あの奇跡の時間、ジュノーンこそが星団最高のモーターヘッドになると信じていた。例え未完成のエンジンでも三大モーターヘッドにも負けないものになると。だが、それは思いあがった幻想でしかなかった。私は散々に打ち砕かれた。今や残っているのは心に突き刺さった残骸でしかない」

 

 チリジリになった想いをヒュードラーは吐露する。

 

「その思いあがりの結果、ジュノーンは落ちた。私の落ち度が招いたものだ」

「違うよ」

「ローラ……」

 

 泣きそうな顔の少女をヒュードラーは見つめ返す。

 

「あなたは残骸なんかじゃないっ! ジュノーンをいじってるときの博士はすっごく輝いてたし楽しそうだった。わたしの知るバルター・ヒュードラーはこんなことでくじける人じゃない。くじけたって前を向いて歩ける人だよ。たった一回の失敗で諦めるの?」

「君に私の何がわかるのだ? 何を知るというのだ?」

「わかるよ。わかることだけを言うよ。あなたには最後までジュノーンを見届ける義務がある。ちょっと失敗したくらいでさようならなんてわたしが許さない。あなたは言った。カナルコード計画は始まったばかりだって。こんなことでくじけてる暇なんてない。もっと自分を信じて!」

「自分を信じるか……お笑い草だ。年端も行かぬ少女に説教されるとはな……だが、何を根拠にそう言い切れるのだ? ジュノーンは破壊された。私自身のプライドも……」

 

 ヒュードラーはローラに背を向ける。トランクを持ち歩き出す。

 

「待ってっ!」

「ぬぉほぅっ!?」

 

 トランクが倒れ、ヒュードラーも転んだ。その腰にローラが腕を回して止めていた。

 二人とももつれて転んでいた。

 

「何をする、ローラ!? 痛いじゃないか」

「諦めないでっ! 自分を信じられないならわたしを信じて。信じられなくても信じてっ!」

「君は滅茶苦茶言ってると自覚しているのか?」

「わたし……これまでわたしの理論を信じて理解してくれる人はモラード先生や身近な人以外では全然いなかった。どんなに頑張って説明しても、エトラムルがファティマを超えることを信じてくれる人はほとんどいなかった」

 

 既成概念という強固な現実にローラは何度も打ちのめされた。そんなローラにヒュードラーがメールで接触してきたのが始まりだった。

 その論理は確かでエトラムル理論を理解するものだけが書けるものだった。

 

「でも、あなたは真っ向から立ち向かってきてくれた。理論だけではダメだ。実証して結果を見せなきゃって思えたのはあなたがいたからだよ。認めてぶつかってきてもらえる。それがどんなに嬉しかったことか……」

 

「だから、今度はわたしがお返しする……わたしはあなたを信じる。たとえ失敗しても絶対成功するまで付き合うし見捨てたりしない! あなたが信じるものをわたしにも信じさせてっ!! カナルコード・プロト・ゼロの先にあるものをわたしにも見せてほしいっ!」

 

 必死な訴えの言葉にヒュードラは大きく揺れ動く。

 この少女はやはり……ローラこそ私の……クロスビンとモラードの関係のように……いや、それ以上のトローラ・ロージンという存在なのかもしれない。

 私は科学者だ。心のままに探し物を追い求める。そして絶対に求めていた答えを見つけ出す。その為ならばどんなことだって厭わない。

 そうだろう、バルター・ヒュードラー。幼き日にマイトの道を歩むと決めた日からそれは変わらない。

 フッと溜息を吐き出す。認めよう。今日は私の負けだ

 

「……失敗は一つや二つじゃ済まないかもしれないぞ? それこそもっと酷い失敗を繰り返すかもしれない」

「平気、失敗には慣れてるから。科学は一夜にしてならず、でしょ?」

「奇跡の方程式はない。純然たる数字こそが我らの武器だ」

「痴話喧嘩は終わったかい?」

 

 二人の間ににゅっと背の高い影が差す。

 

「ねーさん?」

 

 ローラは初めてナイアスがいることに気が付く。一生懸命だったので視界に入っていなかったのだ。

 

「立ちな。良い見物の的だよ」

 

 ナイアスが差し出した手をローラが握って起きた。通りがかって立ち止まっていた何人かの視線に少し恥ずかしさを覚えるが、騒ぎが収まると通行人はすぐにいなくなった。

 

「うん」

「見物も結構だが、こんなところでさぼっていていいのか?」

 

 尻についた埃を払ってヒュードラーは自分で立ち上がってトランクを起こす。

 

「あそこの喫茶店、新作のアイスを出してたよ。シャービンだかシューヒャービー? だかそんなの。夏季限定品だって。チョコレート、キャラメル、マンゴーに……あとは忘れた」

 

 後ろ指にナイアスが門の向こうを指す。

 門前近くの喫茶店だろう。近いので城に勤める人たちご用達の店になっている。城に入る前にナイアスたちが休憩した場所だ。

 日差しに長いこと照らされてすっかり暑さが浸透している。冷たいものの一つ流し込まないとやってられない。

 

「シェーファービンか? 雪花氷と書くのだ……口の中でふわっととろける薄氷にマンゴーが飛び切りの化学反応を起こす……素材そのものを凍らせた食感は独特のものだ。それを食べずに夏は語れない……」

 

 それは美味しそう……ヒュードラーのアイスうんちくにローラは本能をくすぐられる。

 サクサクアイスにトロリと濃厚な甘い味を連想し思わず喉を鳴らす。

 

「それ、美味しそう……食べたことないや」

「喉乾いたね、ジュノーの夏は蒸し暑すぎるよ」

「何をしている? さっさと行くぞっ! ああ、シェーファービンが私を待っているっ!」

 

 目くるめく甘い世界に心躍らせ、軽い足取りでヒュードラーは先頭に立つ。そして二人を引き連れて門を出ていくのだった。




二部一章完結──次章「反撃の風」編をお楽しみに(´・ω・`)


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二部二章 反撃の風(コーラス) 【15話】風吹きて

 コーラス領内の両軍の動きは停滞したように見えたが長く熱い一週間だった。

 アイリーン・ジョル率いるトリオ騎士団と戦線に復帰した師団がハグーダ軍が集結するのを阻止したのだ。

 ハグーダ軍は戦力を一点集中させることができず、本国からの逐次戦力投入という消耗戦を強いられることとなった。

 クロス・ポイントと名付けた戦略地点を中心にゲリラ戦を繰り広げたことでコーラスは大きく時間を稼ぎ、再生産された戦力を新兵と共に前線へ送り出すことに成功したのだ。

 コーラスはようやく反撃の糸口を掴もうとしていた。

 

──星団歴二九八九年七月二日

 

 そしてここ、コーラス領の第2ヤース空港は多くの兵役志願者で溢れ返っていた。

 招集を呼びかけたコーラス王の演説で集まってきた志願兵、義勇兵が大半を占める。MH乗りの傭兵参加者も混じっている。

 反ハグーダの機運は市民にも伝染し、最初は静かだった波から大きな活気となって盛り上がりを見せている。 

 通常の旅行者にも戦争中の注意と厳しいチェック体制を敷かれているが、おおむね国内の戦闘区域以外への立ち入り制限はなかった。

 とはいってもガイドの料金は大きく跳ねあがっている。危険に似合うだけの戦争見物料だ。バトル・チェイサーと呼ばれる戦争追っかけ人もいるくらいだ。

 人々の熱気に触れて一人の青年がチェック・ゲートでパスポートを職員に差し出す。

 

「戦争特需って奴だねえ……」

 

 見回す限り自分と同じ旅行者という格好の人間を見ることは難しかった。今も傭兵と一目でわかる集団がゲートを抜けていった。

 

「コーラスへようこそ! お一人ですか?」

「ええ、友人を訪ねる所です。しかし、すごい混雑だね……」

「すいませんねえ。ヤースの空港は軍の受け入れ専用になっちまいまして。少し長くかかるのでエア・バスをお使いになるのが一番いいでしょう」

 

 入国の印鑑が押されてパスポートを返される。

 

「東ゲートから出ていますが、何分、戦時中なもので十分お気を付けください」

「ありがとう」

 

 返事を返し、青年──レディオス・ソープは暑い日差しを受け止めて荷物をぶらりと片手に下げる。 

 

「うーん、この日差し! まさにジュノーだね。やっぱり暑いや!」 

 

 エア・バス乗り場を見つけソープは歩き出すのだった。

 

 

 ──同時刻のハグーダ軍、アトキ駐屯地──長引く戦に最前線の兵には色濃い疲労感が漂っている。軍の風紀は乱れ始めアトキ市民といざこざを起こす者も増え始めている。

 市内の通りの噴水広場に一人カエシが水辺の縁に腰掛けている。

 熱い太陽の日差しを広げた新聞で遮り葉巻の煙が上がった。新聞のトップ一面を飾るのはコーラス王の演説の記事であった。

 しばらく沈黙を保っていたコーラス・サードだが、国民の前に姿を現した王は反ハグーダをうたい、連日報道が戦況の行方を論じている。

 コーラスの傍らに民の目に馴染んだウリクルの姿はなく、代わりにエルメラ王妃がサードに寄り添うように立った。

 これまで表舞台にあまり出ることのなかった王妃が報道に姿を現し、ウリクルが重体であると知らされ国民に大きな動揺が走る。

 復帰は容易ではなく生みの親であるモラード・カーバイト氏が快癒まで治療を行うと発表される。

 心配と激励の便りが寄せられコーラス城門前には多くの見舞いの花が届けられた。いかに民衆にウリクルが愛されているかを物語るものであった。

 コーラス軍の再編に貢献したアイリーン・ジョルには「銀剣くさび勲章」が贈られた。

 苦境にあってはベルリンを駆って反撃の道を開き、その活躍は獅子奮迅の活躍であったと報じられ一躍時の人となる。

 

「んで、これが出回ったコーラス王騎ジュノーンですってな。ご満足いただけましたかな?」

 

 ジュノーンの情報をリークした当のカエシは安物の葉巻を吹かす。

 広げた新聞の一面の見出しに大きくジュノーンの姿が載っている。コーラスの公式には存在しない王騎の写真がスクープされてネットでも大きく話題になっていた。

 第三者の手で公開されたことで、いらぬ憶測が飛び交うことを憂慮したコーラス側が王の騎体であることを認めた。

 話しかけた相手は目の前にはいない。相手は宇宙の上のどこかだ。

 

『件の少女がウリクルの命を救った、とはないが、モラード預かりとなればしばらくは表舞台には姿を現さないでしょうね。コーラスと同じ現場にいたということは、ジュノーンとも何らかの関りを持ったのかもしれないわね。Dr.ヒュードラー。彼女の望みも上手く動いたようだし」

「知りませんがね。こちとら面倒な二股かけてるんだ。報酬倍増ししてもらいましょ」 

『ガスト・テンプルが持ち帰った戦闘データ次第ね。面白いモーターヘッドの情報でもあれば良いのだが。そのためにあなたたちに与えたのですから』 

「それについちゃあ見てのお楽しみだな……Dr.ディー」

 

 それが依頼人の名前である。ケサギは口が軽いのでその名前は伏せているがカエシは知っていた。  

 試作品であるというガスト・テンプルの戦闘データ収集をする約束でタダで譲り受けたが、その際に受けた別件の依頼がカエシとケサギが関わったいくつかの事件に繋がっている。

 だが、この依頼人はかなりの曲者だ。まるですべてを知っていて把握するかのようなことを言う。

 裏で使っている人間はカエシたちだけではない。が、立ち入ったことに首を突っ込むのはこの世界では御法度である。

 相手が”一〇本線”の”ダブル・マイト”ともなればなおさら知らぬ方が良いこともある。

 

『そうね……ハグーダの裏にいる連中のことはおおよそ見当はついているわ。面白みのない話だし興味もない』

「追加料金も忘れずに払ってくれよ」

『傭兵というのは現金だね。だが、金の分だけ働いてくれる。君たちの腕は買っているとも。確認するといい』

「そいつはどーも……」

 

 通信を切るとカエシは特殊回線の通信機を新聞に挟み畳むと脇に挟んだ。

 冷や汗ものだ。また戦場で「あの化け物」に出会ったら尻尾を巻いて逃げるが得策である。

 

「くわばら、くわばらだぜ……」

 

 熱くなった金属が焼ける匂いをどこからか嗅いでカエシはその場を立ち去る。

 

 

 ──そして午後のコーラス城で少女二人が行き交う人々を見下ろしている。

 

「そおれ!」

「飛べ~~!」

 

 二つの小さなお口が同時に勢いよくストローに空気を送り込んで丸いシャボン玉が空に舞った。次から次へとシャボン玉が生み出されては眼下へと流れて人々の上に降り注ぐ。 

 コーラス城は連日人の出入りが多くなっていた。工場に運ぶ機材を乗せた小型ドーリーが通り過ぎるのを眺める。

 セイレイとローラは新たなシャボン玉を作ろうと手元の瓶をかき回した。

 

「あなたのお友だち。丸裸でヒッチハイクしてたんですって。服脱ぐと乗せてもらえるの?」

「あの人たちがトクシュなんです」

 

 返事を返したローラはすっかり調子を取り戻している。染めていた髪も元に戻した。

 だいとーりょーとソープ一行は無事に城に到着しサードと面会しているはずである。ついさっき入城したらしいけど顔は合わせていない。

 道路で脱いでヒッチハイカーしてたのをコーラスからの出迎えのディグが拾ったと聞いている。

 やっぱりやりましたね。という感じ。

 ソープ君はともかく、仮にもフローレンス(等級最高位)のメガエラに脱がせるとか常識外れもいいところだけど、ボード・ビュラードならしょうがない(のかな?)。

 

 デルタ・ベルンを統べる光皇アマテラス(ソープ)。

 アドラー、トラン連邦のミッション・ルース大統領(ボード・ビュラード)。

 ジュノー、コーラス王朝のコーラス二三世。

 

 星団三大巨頭会談と呼んでも差し支えない面々が顔を突き合わせているはずだ。

 ラキシスもそのうち来るだろうし、ずいぶんと賑やかになるんじゃないでしょうか? 

 

「あのね、明日になったらすごい人来るよ」

「だーれ?」

 

 セイレイがぷわーっとシャボン玉を送り出す。 

 

「黒騎士が来るの! うちの指南役なんだ」

「そか~~ エストに会えるんだ。初めてだから楽しみ!」

 

 実はもう先生から聞いて知ってた。元々、黒騎士候と一緒にジュノーに来る予定だったらしいけど、ウリクルの緊急事態に駆け付けてきたみたい。

 黒騎士ロードス候とうちの兄が果し合いをしてロードス候は死んでしまう。主をロストしたエストは放浪してデコースと巡り合い、次の黒騎士に兄がなる。 

 それがいつ頃のことなのか記憶は曖昧だ。

 ちょっと複雑な感じ。まだ会ったことないけれど、そんな最期を迎えてほしくない。でも、兄にも死んでほしくないし……勝手だなぁ……わたし。

 

「モラード・カーバイトの弟子なのに会ったことないの?」

「それが初めてなんですねー」

 

 負けじとローラはセイレイと同じくらいシャボン玉を作る。

 セイレイの機嫌はだいぶ改善されたみたい。父様と母様がまたすごく仲良くなって嬉しいみたいだ。

 その裏にあるふかーい事情をセイレイはもちろん知らない。わたくしと先生とウリクルの間で交わした約束は他言無用の門外不出なのであります。

 

「あれ、アイリーンとヒュードラー博士じゃない?」

「はい?」

 

 セイレイが指さした先──城下の格納庫へ揃って歩く二人がいた。遠目からもアイリーン・ジョルとヒュードラー博士だとわかる。

 あの二人、いつの間に仲良くなったんでしょ? 後で行ってみようかな。 

 

「姫様~~!? どこですかー? お時間ですよっ!」

 

 遠くでセイレイを探す声が聞こえる。ウリクルが面倒を見れないので侍女がお目付け役になっている。

 

「じゃあね、また明日遊びましょう」

「うん」

 

 手を振ってセイレイが去る。

 晩御飯までまだ間があるし、一人の時間をどうしようかと迷ってから下に行く通路を歩き始める。

 

「よお、お嬢ちゃん。俺、迷子になっちゃった。案内してぇ~~」

「はい?」

 

 格納庫に向いた足を止めてローラは馴染みのある声に反応する。誰って? ボード・ビュラードだ。 

 

「こんにちは」

 

 ストリップかました時の人、レディオス・ソープもいた。初めて会ったときもこの二人セットだったけ。

 

「どーも、こんにちは……迷ったの??」

「いんや、今日の宿を割り当てられたところさ。俺たちの部屋はあそこー」

 

 ビュラードが来賓客が使う建物を指差す。ローラたちが使ってる建物とは別棟だ。

 

「ソープと一緒にローラちゃんを探してたんだぜー」

「え、何? 何か用事ですか?」

「そりゃ、コーラスの恩人の顔を拝みにさ。ウリクルの命を救けただろ?」

「あ、いや……特に何もしてません。自分の仕事しただけで……」

「良くやった。頑張ったよね」

 

 ソープさんも何ですか……

 

「つーわけで、ローラちゃんのお祝い打ち上げパーティーするぞっ!」

「お祝い?」

「頑張ったお祝いだ。心配するな。俺とソープのおごりだ」 

「はぁ……」

 

 ビュラードに押し切られて案内される。上に上がって扉が開くと同時に星入りクラッカーがパンパンと派手に散った。

  

「サプライーズっ!」

 

 青いファティマ・スーツの美女はメガエラだとわかった。

 

「POPOPIPURURU~♪」

「オイワイ! オイワイ! オメデトウっ!」

 

 リョウとハロにエルカセットまでいる。

 

「えいっ!」

 

 三角きらびやかな帽子をかぶったエルカセットがローラの頭上に正確に金色の星を降らせた。リョウが喜びハロが駆けまわる。

 何です? このカオスは?

 部屋にはもう一人黒メガネに髭の紳士がいるが、エルと同じパーティ用の三角帽子をかぶっている。

 テーブルにはお菓子に簡単な料理と飲み物が並んでいる。

 

「エルまで……」

「メガエラに準備させてたのさ。おっと、ボード・ビュラードのファティマはメルクラな。これテストに出るから」

「出ませんから」

 

 即答で返す。何のテストだ……

 

「そこのメガネはレイス。俺の右腕で左腕だよ」

「どうも、よろしく」

「はい、よろしく……」

 

 ローラは伸ばされた手を握り返した。

 トラン評議会のルビース・レイス判事は評議会の大物で、十年以上姿をくらましていたミッション・ルース大統領よりも庶民に知られた顔である。

 まさに大統領の懐刀と呼んでいい大物が気さくに握手してくるなんてどんな状況なの?

 コップにジュースが注がれ渡される。

 

「えー、お集りの紳士淑女諸君っ! 俺たちのローラのデヴュー記念だ。今日はぶれーこーだ。好きなだけ楽しんでくれ!」

 

 ビュラードが音頭を取り、レイスがタンバリンを鳴らす。

 メガエラが音楽をかけ、ハロが飛び回る。

 エルカセットはキッチンで追加の料理を作り始める。

 何だかとても……楽しいかもっ!

 ローラはソファに座らされ、両側にホスト役のソープとビュラードが陣取る。

 ソファの脇にリョウがボディを置いた。 

 

「君のエトラムルのデータ見させてもらったよ。ジュノーンを最後まで制御できていたし、ちゃんと自律もしている。それにエンジンの調整バランスをしたヒュードラー博士は一流だ。あのバランスで出力を得るにはエンジンの限界まで知っていないとできないことだよ。君が見せたかったエトラムル……エトラムルには性別なんてないけれど、彼と呼んでいいのかな?」

 

 すぐ横のリョウをソープが見る。

 

「リョウには男性的な性格のプログラムを施してます。性別をそう呼んで問題ありません」

「やっぱりね。モラードのお弟子さんは次は何を見せてくれるのかな? まだまだこのエトラムルは進化の余地を残しているようだし」

「ヨンダ? ヨンダ?」

 

 ハロがソープにまとわりつく。

 

「その子を甘やかすのは厳禁でお願いします。粗食に耐える子にしたいので」

「厳しいね」

「ヒジョーニキビシイ! ローラ、イジワル。イジワル! アクマノコっ!」

「口の悪い言葉ばかり覚えてっ!」

 

 指先でハロを弾くとメガエラの方へ流れていく。

  

「よーし、レイス。ギターだ。一曲歌っちゃうぞ~~! 盛り上がってるかーっ! ほらほらぁ~」

「ヒューヒュー?」

 

 ビュラードが歌い、レイスが演奏する。この二人息ピッタリです。

 しかし……近所迷惑では……

 

「ここは角部屋で隣はボクだから……」

「さいですか」

 

 その後お酒が入った男どもがどんちゃん宴会を始めてビュラードが腹芸を披露するのであった。 

 おかしい。これが一国の首脳だなんて。あきれ返っちゃうくらい破天荒な人たちだ。

 飲んで、食べて、踊って。飲みすぎたビュラードが前のソファで寝転がりいびきをかいている。レイスはもう部屋にいない。

 エルカセットとメガエラはキッチンで一緒に後片付け中だ。

 はしゃぎ疲れたローラは足元でハロを転がす。

 時計を見ればもういつもなら寝てる時間だった。

 

「こう見えてもビュラードは頼りになる男だよ」

「知ってます」  

「そしてボクもね。君の研究には興味があるし、頼ってくれてもいいんだ。お金のこととかも心配しなくて大丈夫だし。君が必要とするならいつでも支援する用意はあるんだ」

「え?」

 

 それはレディオス・ソープとしての言葉ではないだろう。デルタ・ベルンのアマテラス帝の懐ならばどんな研究も不可能はない。

 提示された言葉は彼の保護下に入るということだ。

 今は自分の可能性もエトラムルの将来も定まっていない。最初の数歩を歩き出したところにいるに過ぎない。まだ評価されるような立場ではない。

 

「お言葉ありがとうございます……でも、まだわたしは自分の可能性がどこまであるかを知りません。自分の力でどこまでできるのか。どこまで行けるのか。それを探しているのです。だから今は……」

 

 約束された保護と安穏に身を置いたら自分をダメにしてしまいそうな気がした。そんなことを言うのも口はばったい気もして口を濁した。

 

「わかった……君の気持ちを尊重するよ。でもね、いつでも頼ってくれていいから」 

「はい……ありがとうございます」

「そーだぞぉ。いつでも頼ってくれ。俺と俺の仲間はすごく頼りになるぞぉ……んごぉ……」

 

 ビュラードが寝返りを打ち、ソープがくすりと笑って返すのだった。

 

「では失礼します」

「お休み、ローラ」

 

 すっかり夜は更けて部屋を辞す。ローラは自分の部屋に戻り、ベッドに潜り込んでまぶたを閉じていた。

 

 

 そして朝がくる。それは騒がしくも新しい風を伴ってやってきた。

 

「開門! 開門っ!」

 

 コーラスの城門が開き三つ巴のマークが入ったドーリーが入城してくる。そのマークが示すのはただ一つだ。黒騎士(ブラック・ナイト)の紋様だ。

 多くの人が集って黒衣の老人ロードス・ドラグーンを出迎える。その隣に立つのはエストだ。

 人ごみに混じってローラも二人を見上げた。

 黒騎士候の人気は大変なものだ。トリオの指南役は伊達ではない。 

 

「ロードス候っ! エスト様も!」

 

 あっという間に二人は騎士たちに囲まれてローラが近寄る余地もない。  

 

「すごい人……」

 

 話しかけるのは諦めて振り返ると、こちらを見下ろすソープとビュラードがいた。ソープがこちらに気が付いて手を振ってくる。

 

「もう一人客がいるが、引っ込み思案な内気娘でなぁ。マロリー、何をしている?」

 

 ロードスが声を上げて人々の注意がドーリーの降り口に向く。すると、そこで様子を窺っていた影が動いた。

 

「うっせえな、じ・じ・いっ! 乙女にゃ準備ってもんがあるんだよ!」

 

 扉を蹴っ飛ばし中学生ほどの年恰好の少女が姿を現した。

 背中に身の丈ほどの太刀を背負っていて、ジャケットに短パン姿でスラっとした健康的な素足をさらしている。

 ローラとその少女の目が合った。

 

「どーも、コーラスの皆さん。ここにあたしより強い奴はいるかしらん?」

 

 不敵に笑い、マロリーと呼ばれた少女が腕を組んで人々を見下ろす。

 コーラスに新しい風が吹く。それは波乱の風となって吹き荒れるのだが……それはまた次のお話で──



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【16話】爆風三人娘とブラック・サタデー・ナイト(前編)

 黒騎士とエストが王城に入るとドーリーの周りから人はあっという間にいなくなっていた。

 今なら絶好のチャンス。これにバッシュが入ってるんだー、と、ローラは好奇心から車体をベタベタ触ってみる。

 ちょっと埃っぽいけど気にならない。

 何というかここにロマンってやつが詰まってるんですねえ。黒騎士バッシュの名にときめかない星団男子はいないと思います(まる)

 

「おい、そこの!」

「はい?」

  

 ローラの真上に刀背負った少女の影が差した。

 名前はマロリーさん?

 

「きたねー手で触んじゃねえよ。チビ」

「えー」

 

 手は毎朝洗ってますけど……

 

「下がれよ」

 

 ローラが一歩下がるとマロリーが降りて目の前に立つ。背丈はローラより頭二つ分は高い。

 中学生くらいだろうけどその刀大きい……

 何となく業物っぽそうなのはわかる。これ見よがしに獲物背負ってる人を見るのは珍しいかも? 

 マロリーが背負う太刀の拵えは見るからに立派である。こんな少女が持っているのは明らかに違和感があるが、騎士であるからにはそれを咎める人間はいない。

 

「じろじろ見んなつってんだろ。デコ娘」

「いだ」

 

 マロリーがペチペチとローラのオデコをはたいた。

 オデコに対する差別は困ります。額へのいわれなき仕打ちには堪忍袋というものがございます…… 

 

「で、お前、誰だよ?」

 

 ジロジロと上から目線なマロリーがローラを吟味する。

 年上だろうがここで物怖じしてはオンナが廃ります。

 

「わたしはローラですけど……」

「あたしはマロリー・ハイアラキだ。武者修行のさいちゅーさ。今んところ一七戦一七勝中だ」

 

 自慢げな説明にそれでその刀ですかと一応納得する。

 

「その刀でです?」

「そーだよ」

「見せてもらっても?」

「イヤだ」

 

 即答された。そーですか……残念。それよりもだ。

 

「ハイアラキさんって」

 

 その姓はとっても有名所なあの方と同じなようですがご親戚なのでしょうか?

 

「んだよ?」

 

 ローラが疑問を口にする前にビュラードの声が響き渡った。

  

「マーロニーちゃーん!」

「げ、その声は……」

 

 マロリーが振り向くと同時にビュラードが勢いのまま彼女をハグする。

 

「おお、マロニーちゃーん♪ 我が妹よ~~!」

「てめー! クソ兄貴!?」 

「ぐふふ、そーだよ、おにーちゃんだよぉ」

 

 むぎゅーっとハグしたままビュラードはマロリーを離さない。

 何だかすごい嫌がってますけどぉ……大統領の妹さん? でもハイアラキなの? わからん……そいやビュラードも仮名だし……

 ルース家と剣聖ディモス・ハイアラキは親戚同士だしね。

 

「わざわざ会いに来てくれたのー?」

「うぜーよっ!」

 

 抱き着くビュラードを引きはがすのにマロリーが躍起になる。

 マロリーの手が伸び突き放そうとしてビュラードの顔が歪んだ。たらこ唇の変顔にローラは思わず吹き出してしまう。 

 

「むぐぐっ!」

「くっつくんじゃねえ、クソ兄貴! 久しぶりに帰ったと思ったらまた勝手に消えやがって! ついでに寄ってやったら無駄足踏んだんじゃねかっ! 黒騎士のじーさん見つけなかったら来てねーんだよ。なんで、ここにいるんだよ!」

 

 原作ではマロリーはここにいなかったけど兄と妹の再会は偶然っぽい?

 

「おいおい、再会のハグくらいいいだろ、な? マロニーちゃーん!」

 

 体勢を立て直したビュラードが両手をワキワキさせる。

 

「キモイんだよ。バカっ! マロリーだよ! 妹の名前わざと間違えてんだろーてめーは!」

「反抗期もカワイイーやつめ!」

「寄るなって!」

 

 言語コミュニケーションが成り立ってません。

 再度ハグしようとする兄にマロリーが激しい抵抗を示す。

 思春期ゆえの行動か。兄に対する妹の厳しい態度はずいぶん昔の転生前の自分がされたこともあるからちょっとだけ分かります。

 まあ、ビュラードは……ちょっとおかし楽しい人であるけど。マロリーの態度は家庭の事情がありそうではあります。

 バッチーンと派手な音が鳴り響く。マロリーの高速張り手が見事に炸裂しビュラードはコマのように回転して弾き飛ばされるのだった。

 うわぁ……痛そう。

 

「いでー」

 

 頬にくっきりと赤い手形を残してビュラードが倒れる。

 うーん、何この兄妹げんか……

 

「落ち着いてください。マロリー様」

「出たな、どインランでこっぱちファティマっ!」

 

 仲裁を試みたメガエラにガルルとマロリーが噛み付く。

 

「えー……」 

「ど、どインラン……」

 

 ピクピクとメガエラの眉が痙攣する。

 

「でこっぱち……」

 

 メガエラとローラして額に手を当てる。

 兄妹再会早々の口喧嘩とメガエラとは因縁がありそうな雰囲気……額も含めて。

 

「兄との折り合いが悪いのは妹の宿命みたいだねえ」

 

 その光景をソープが窓辺でのんびり見守りながら呟くのだった。 

 そんなわけで、兄妹感動の再会はわりと修羅場でした。

 

 

「──で、何だよガキのお守なんてしねーぞ」

 

 広場でのひと悶着な騒ぎも収まった頃。

 場所を変えて、セイレイ王女とイェンテ王子もマロリーに引き合わされていた。

 子どもたち同士で仲良くしろとのマイスナー女王のお達しですが、相手がチウ学生ではおのずと力関係の上下が生まれるのデス。

 黒騎士バッシュを載せたドーリーは格納庫の方へ運ばれて行ってしまった。まあ、後でまた拝めるだろうし……

 

「チビどもいーか。あたしの仲間にしてやってもいーけどよ。ただで入れてやれねえ。度胸試しに合格したらな」

 

 マロリーが取り出して咥えたのはタバコ……じゃなくて吸って美味しい駄菓子タバコだ。大人も楽しめるお菓子としてわりかし知られているやつ。

 味はイロイロでコーヒー味が大人っぽくて人気ある商品だ。 

 

「度胸試しって?」

「わたし、チビじゃないわ。それと、あなたに指図なんかされないわ」

 

 勝手に仲間にしないで、とセイレイが唇を尖らせて真っ向から異議を唱える。

 

「あんた、おーじょ様だっけ? 知ったこっちゃないね。どっちが上か思い知らせてやろーか。ああ?」

 

 がっつりとセイレイの頭を押さえてマロリーがグリグリ力をこめる。

 たちまちセイレイが涙目になるが王女のプライドからか泣きはしない。両手を上げてマロリーに抵抗するものの果たせない。

 あわわ、いきなりパワハラモード……

 

「や、止めてください~~暴力はダメですよぉ」

 

 怯えた顔のイェンテが止めに入るがマロリーに睨み返されて黙るのでした。

 お、男の子もっと頑張れぇ……

 

「えーと、何するんでしょーか?」

「そうだな……」

 

 ローラが質問するとセイレイをいびる手を止めてマロリーが考える。

 考えなしかよ……

 

「おい、バッシュ見たくねーか?」

「えーと……」

 

 そりゃ見たいけど……

 

「黒騎士くらい見たことくらいあるわよ」

 

 セイレイが返す。

 

「へー、そうかい?」

「当然じゃない」

 

 屈辱の涙を拭ったセイレイは胸を張って余裕という感じで応える。

 マロリーへの対抗意識をバリバリ感じる。セイレイってすごく負けず嫌いだし。年上だろうがひるまない度胸はたいしたもの。

 

「ぼ、ボク見たいですっ!」

 

 隣で勢い込んだイェンテが声を上げる。

 メカは男の子のロマン。星団モーターヘッドの人気トップテン入りするバッシュ・ザ・ブラックナイトとあれば、触れるなんてチャンス、滅多どころか超プレミアに違いありません。

 見たくてたまらないオーラでイェンテは頬を紅潮させている。

 

「だよなー。しかもコクピットにも乗れちゃうぞ」

「そんな勝手なこと黒騎士候が許さないわ。適当なこと言わないで」

「それができるんだなー。簡単さ。黙ってりゃいーんだよ。興味ある奴だけ来いよ。ほら」

 

 マロリーが手招きしてイェンテを呼ぶ。その魔の手の魅力に抗えずイェンテ少年はなびくのでした。

 

「お前は?」

「あー、その、興味あるかもぉ……」

 

 ローラが返すと、セイレイが裏切者! という顔でこっちを見返す。

 いや……だって……黒騎士バッシュの魅力に抗える人はいません(たぶん)。

 

「そんな勝手なこと私、許さないわ」

 

 なおも抵抗するセイレイ。

 

「何だ? チクるのかよチビ」

 

 マロリーとセイレイの間で見えない火花が散る。しかし折れるのはセイレイが先だった。

 

「行きますぅ……あなたたちが変なことしないようにね……」

 

 というわけでマロリーさんの提案は全員賛成? ということに相成ったのでした。

 工場では整備班の人たちが忙しく作業しています。その目を潜り抜け、わたしたちはじゅーよーな任務を果たすために侵入を開始するのでありました。   

 今は内部の警備は手薄状態……ご飯時と交代時間が重なっているというセイレイ情報からさっき決めた計画を決行中であります。

 シュタタ、っと忍者になった気になって人目を避けて回り込む。警備と整備の人の目とカメラの死角を突くのです。

 わざわざ忍者プレイしなくてもふつーに頼めば済むのでは? なんて水を差すのは野暮というものです(たぶん)。

 この中で一番どんくさいのはイェンテ君くらいだ。

 セイレイの手招きに頷いてその後ろに続く。

 監視者(整備班)の目をごまかしながらチビっ子三人組とマロリーが移動する。

 

「あれが標的よ」

「あいあいあさー」

 

 セイレイが指差す。何だかんだでセイレイさん、ふつーにノってきてますよね。

 目と鼻の先にドーリーから解放された状態の黒騎士バッシュ・ザ・ブラックナイトが横たわっているのが見えた。

 まさに本物。全星団マニアが涎垂の生バッシュがすぐそこに!

 

「こっちこっち」

 

 最後の手招きをして全員集合。

 幸いか周囲に人はいません。今こそ絶好のチャンス。

 

「よし一番乗りだっ!」

 

 マロリーが台座の上に飛び乗って消える。

 

「ずるいですー」

 

 ピョンピョン跳ねてイェンテが上を見ようとするが当然見えない位置だ。

 

「ホント、子どもっぽくてやんなっちゃうわ。そこから上がればいいわ」

 

 ちびっ子三人がバッシュの股から顔を覗かせると騎士用のコクピット・ルームが開け放たれていた。

 

「こっち来いよ」

 

 マロリーがコクピットから体を乗り出して手招きするとすぐに頭を引っ込める。

 三人でコクピット内を覗き込むと、計器類をガチャガチャいじる音が聞こえる。連動用の器具もつけてないしエンジンも入ってないので当然動きはしない。

 

「やっぱでけえな。座席のサイズがガバガバだよ。よいしょっと」

 

 もう飽きたのかマロリーがコクピットを出る。

 騎士のコクピットは基本的に搭乗する騎士の体に合わせて座席調整するので、調整後の座席にフィットするのは騎士本人だけとなる。

 アニメでありがちなガンダム強奪! みたいなミッションは成り立たないのであります。

 

「じゃー、順番に入れよ。ジャンケンでな」

「私はいーわ」

 

 セイレイはジャンケン拒否。ここまで来ていい子ぶりっこでありますか?

 

「よーし、ジャンケン……」

「ポンっ!」

 

 イェンテとローラのジャンケン一騎打ちはイェンテ殿下の勝ちです。

 真剣な顔のイェンテに最初から譲る気だったローラはグーを出す。表情やらオーラでパーを出すのはわかり切っていたので、どーぞどーぞと座席に座ってもらう。

 椅子のサイズはやっぱりでかい。

 

「勝手にいじっちゃダメよ」

「大丈夫ですよ。動いたりしませんから。これがバッシュのコクピットか~~」

「ちょっと、隣開けて」

 

 イェンテが感嘆の声を上げるとセイレイも興味が湧いたのか中に入りこんだ。

 子ども二人くらい入っても中のルームは余裕があるので順番は実は関係ない感じだ。イェンテがMH操縦の手順をセイレイに教えている。

 あれ? マロリーさんはどこ行った? と周りを見るといないので下を見るといました。バッシュの足元で屈みこんで何かやってるようだ。

 キュッキュっと音がするのはもしかして……

 

「何して……」

「ふんふふーん♪」

『オレ様参上!』

『黒騎士ケンカ☆上等』

『ぴぃ~~す v』

 

 はわわ……あんた何してるんやー!

 バッシュの足元にそんな文字が刻まれておりました。マロリーの手にはマジックペン。「絶対落ちないユセーペン オメガ」であります。本人はやってやったぜ感満載な得意顔。

 見つかったら確実にヤバい奴だーっ!

  

「そんじゃーずらかるか。チビども呼んでこい」

 

 黒騎士に落書きかますとか命知らずも良いところだ。でもやっちまったものは仕方ない。

 被害を最小に留めるにはここから素早く立ち去るしかない。

 戻ってセイレイたちに早く出てとジェスチャーをする。不満そうな顔のセイレイと名残惜し気なイェンテを伴って下を見ると……時既に遅しでありました。

  

「バッシュ~~~」

 

 そこには拳をぎゅーっと握りしめてプルプル肩を震わすエストさんとロードス候が立っていたのです。

 当のマロリーさんと言えば、こっちに早く降りてこいという仕草。

 なんだかすごく嫌な予感。

 

「あたしがここに来たらもう書いてあったんだよ。落ちないペンで書くなんてひどいだろ?」

 

 はー? あなたがやったんじゃ……

 ローラの追及視線をマロリーはガン無視。 

 

「ガキどものいたずらじゃろう。落書き程度すぐに落とせる。気にするなエスト」

 

 ロードスの取りなしにエストが顔を上げてニッコリ返す。

 

「ええ、もちろん気にしてません。マスター」

 

 そのとき、ローラは背筋が凍るような殺気を背筋に感じるのだった。

 エストさん怖い! 笑ってるけど内心般若じゃないですかーっ!

 

「犯人は誰かなあ~」

 

 隣に立ったマロリーがローラの肩を押した。っと、バランスを保とうと足を踏み出して何かがポケットから落ちた。

 カラーンと音を立てたソレは「絶対落ちないユセーペン オメガ」だ。

 

「は?」

 

 今、わたしのポケットから落ちました?

 

「犯人みーっけ」

 

 マロリーのわるーい顔。その瞬間わたしのハートはダークサイドに染まるのでした。ハメられたっ!!

 

「ち、違う。わたしじゃないよ」

 

 子どもたちの反応と言えば「えー」という感じ。二人がポケットを探ると……

 

「こんなの知らないわ!」

「ポケットにいつの間に?」

 

 セイレイとイェンテの手に同じマジックペン。もはや動かぬ証拠を前にちびっ子は絶体絶命。マロリーは圏外に逃れて涼しい顔だ。

 

「王女様まで……私のバッシュが嫌いなの?」 

 

 エストが顔を手で覆ってシクシク泣く仕草。

 

「エスト。子どもたちにはちゃんと消させるからな? それでいいだろう? な?」

 

 ロードスがエストの肩に手を置いて収拾を図るが、ローラにはいったんは収まりかけたエストのダークオーラが黒騎士の足元から忍び出て渦巻いてるのが見える。

 あれは絶対ウソ泣きデス。

  

「わ、わかった。エスト……ちゃんと始末はつけさせる。落書きくらいで、な? 待てマロリー」

「ぎく」

 

 そそくさと逃げようとしたマロリーをロードスが呼び止める。 

 

「そのペンはお前が買い求めたものだろう。見覚えがあるぞ。手癖の悪い奴め。ディモスめ、娘のしつけがまるでなっておらん。その背負う剣に恥ずかしいと思え」

「ああ? 剣なんざ知ったことかよ。さび付き一歩手前のじーさんに説教なんてされたくないね」

「どうしてこう聞き分けのない娘になったものか。まったく。少しばかりお灸が必要なようだ」

「ごめんこうむるねっ!」

 

 マロリーはあっかんべーで応酬するとロードスの額に血管が浮かび上がる。

 

「セイレイ王女も反省なされよ。そういえば約束していた技の伝授。今年の訪問でお教えする約束でしたな。ちょうど良い、そこの三人娘まとめて伝授することにする。技の重さを直に伝え、受け継ぐという意味を悟るのに良かろうて」

「ぼ、ボクは……」

「イェンテ殿下は落書きを消してもらうことにいたそう。良いな、エスト?」

「まあ、楽しみっ!」

 

 両手をポンと合わせてエストは楽し気に笑う。

 それがどういう意味なのか……そのときのわたしにはまったく予想がつかないことだったのです。

 爆風吹き荒れる会場で三人娘と黒騎士の果し合いが始まるのだが、それは次のお話で……




もーお祭りですから


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