転生者の幽雅な日常 (片倉政実)
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番外回 キャラクター設定(オリジナルキャラ編)

政実「どうも、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です」
政実「今回は、柚希達のオリジナルキャラクター設定の紹介です」
柚希「例のごとく、話が進む毎に更新していく形なんだよな?」
政実「うん、そのつもりだよ。さて、それじゃあそろそろ始めていこうか」
柚希「そうだな」
政実・柚希「それでは、どうぞ」


【人間】

 

名前:遠野柚希(とおのゆずき)

性別:男

年齢:6~15(第一章)、16~18(第二章)

趣味:読書、散歩、ヒーリング・クリスタルの手入れなど

好きな物:友達(人間、妖など)、美味しい物(特に甘いもの)、運動、本など

嫌いな物:自分勝手なモノなど

現在の目標:力の強化、合気道の上達、『絆の書』の住人達との連携の強化

転生特典:力(魔力や妖力など)、波動や気を感じ取る力、ヒーリング・クリスタル、絆の書(おまけ)

 

 

後に伯父となる神、シフルの力で転生をした高校生の青年。生前から妖や幽霊などといった非日常的な存在が大好きで、日頃からそういった存在と会いたいと願っていたが、シフルの部下のミスによって起きてしまった交通事故で死亡し、生前の記憶を保持した状態で天上へと招かれた。

その後、シフルから事情を聞き、自身の現状を受け入れた上で、シフルの謝罪を快く受け入れた。そしてシフルの提案を聞き、転生することを決めた後、三つの転生特典とおまけとなる『絆の書』を受け取り、その後シフルによって引き合わされた白澤の義智と絆を結び、現在住んでいる世界へと転生した。

 

 

『転生後』

 

転生後は、この世界においての両親と共に生活を行い、物心がついた後に天斗からヒーリング・クリスタルの絆の書を改めて受け取った。しかし、4歳の時に両親が交通事故で他界してしまい、危うく親戚達からたらい回しにされそうになったが、その前に天斗に引き取られたため、義智と共に天斗の家で暮らすことになった。

普段は本来の主人公達との学校生活を行いながら、出会った妖や神獣達などと共に日常生活を行っており、普段は転生者である事を周囲には隠しているが、仲間になってくれたモノや話しても良いと判断したモノにはその事を明かしたり、転生特典を多少誤魔化しながら使用したりする事もある。

容姿は黒髪のストレートの二枚目顔のため、女子人気は高く、本人は特にその事を気にしていなかったが、とある出来事がきっかけで出会い、その後も度々縁がある同い年の少女の金ヶ崎雫の事は気になっており、雫の顔を思い浮かべた際に照れから頬を赤らめたり、雫が他の異性と恋仲になった様を想像した際は明らかな嫌悪を見せていた。

人間関係なども良好で、妖や神獣達などへの偏見も無いため、基本的には接しやすい存在として見られているが、嫌いな物に対しては直接的にでは無いにしろ、嫌悪感を抱いた反応を見せ、時には強い怒りを見せることもある。

受け取った転生特典を日々の生活でよく活用しており、『力』自体を願ったことで所持している『力』自体は強いが、『力』を使いすぎた際には、目眩や重度の倦怠感や疲労感などに襲われるため、暇を見つけてはそれを防ぐための鍛錬を日々行っている。

基本的に落ち着いた性格で、基本的にはツッコミ担当だが、ノリ自体は良い方なため、時にはボケに回ることもある。

 

 

『転生特典』

 

『力』

 

柚希の願いによってもたらされた物の一つ。

魔力や妖力といった力の集合体であり、柚希の意思に応じてその場に対応した物が使用される形になっている。シフル曰く、量自体は膨大であるため、何らかの術を使用したり『絆の書』の住人達との同調時に使用できる能力を使ったりしてもすぐに無くなる事はないが、使い方次第では枯渇してしまうこともあり、枯渇してしまった場合は、食事をする事で栄養を変換するか睡眠(満タンにするにはおおよそ8時間を要する)などによるリラックスを利用して回復をすることになる。

 

『波動や気を感じ取る力』

 

柚希の願いによってもたらされた物の一つ。

魔力などを高めることで柚希を中心とした半径1kmまでの範囲を読み取ることが出来るが、弱い波動などは読み取りに時間が掛かり、魔力を籠めていない場合は読み取り範囲も半径100m以内にまで限定される。

波動の色や形からその者の現在の状況を知ることも出来るため、その情報を駆使して対象に近付くまでの間に事前に対策を練ることも出来る。

 

『ヒーリング・クリスタル』

 

柚希の願いによってもたらされた物の一つ。

『治癒』や『浄化』の力を内包しているため、柚希が魔力をヒーリング・クリスタルへ送り込む事で、対象の傷によるダメージや疲労などをヒーリング・クリスタルに移し替える形で対象の治癒を行ったり、弱い呪いなどを解いたりする事が出来る。

移し替えた後は、移し替えた物の強さなどによって輝きが曇ったり表面の色が変化したりと様々な変化をする上、効力も減少してしまうため、自身が持つ自浄作用や太陽の光や月の光、塩水による浄化で移し替えた物を消し去る必要がある。

普段はただの水晶のペンダントとして首に掛けているため、力の素養がない者や事情を知らない者からは、ただのアクセサリーであると思われている。

 

 

 

 

金ヶ崎雫(かねがさきしずく)

性別:女

年齢:6~15(第一章)、16~18(第二章)

趣味:読書、アクセサリー作り、ピアノの演奏など

好きな物:友達や家族、甘い物など

嫌いな物:暗闇、孤独など

 

 

柚希達と同じ小学校に通う同学年の少女で、柚希の事はクラスメイト達との会話で知ったが、小学二年生時に行った肝試しでペアになった事で本格的に知り合い、柚希の人柄やその肝試し中の柚希の行動から仄かな恋心を抱いた。そしてその後もクラスメイト達との会話の中で柚希に関する話題が出たり、偶然目が合ったりした際には顔を軽く赤らめ、学校以外の場所で偶然出会った時には素直に喜ぶ様子を見せるなど柚希に対しての好意や恋心を隠すような事は一切せず、友人達からはその柚希を一途に想い続ける姿を温かく見守られている。

とても大人しい性格をしており、異性に自分から話し掛ける事は殆ど無いが、柚希と同じように困っている人を放っておけない性質な上、これと決めた事は最後までやり通す芯の強さを持っているため、友人自体は男女関係なくそれなりに多く、異性の友人の中には雫に微かな恋心を抱いている者もいるが、雫が柚希に対して恋心を抱いてる事は全員が知っているため、告白をするまでに至ったことは無い。

現在は『絆の書』の住人の一人である座敷わらしの小紅と祖母の兄が友人兼家族のような契約関係にあった事から、祖母の兄が生前小紅からの贈られ大切にしていた紅色の石が嵌まっているペンダントを祖母から贈られており、毎日丁寧に手入れをする中で石の種類こそ違うが同じように石が嵌まっているペンダントを柚希が所持している事から秘かにお揃いだと思っている。

 

 

 

 

雪村柊士(ゆきむらしゅうじ)

性別:男

年齢:6~15(第一章)、16~18(第二章)

趣味:サッカー、水泳、天体観測など

好きな物:友人や家族、晴れの日など

嫌いな物:雨、心が醜い者など

 

 

柚希達と同じ小学校に通う同学年の少年で、柚希とは小学校一年生の冬に現在は『絆の書』の住人の一人である雪女の雪花と出会った事で知り合い、以降は仲の良い友人として柚希達と交友を深めている。

とても明るく世話好きな性格から同学年以外にも数多くの友人がいるが、自他共に認める程の美少女並びに美女好きな上に少し惚れっぽい一面があり、その対象は人間のみならず雪女の雪花や人魚のフィアといった人ならざるモノにも及んでいる。

しかし、顔がいくら整っていても心が醜い者には嫌悪感を抱いており、友人として付き合いをしていく中で、そういった面が垣間見えた際にはその人物との付き合いをすぐに止めるなどドライな一面も持ち合わせている。

現在は『絆の書』の住人の一人である河童の青吉と幼い頃に出会っており、再会の印として贈られた青い石の腕輪はその際の苦い思い出を乗り越えられたと感じるまでずっとしまい込んでいた。しかし、小学五年生の秋に祖父母の家に帰省した際に今の自分なら青吉の事を守れると判断した事でそれを取り出し、現在はしっかりと手入れも行いながら青吉との再会を願って肌身離さず腕につけている。

 

 

 

 

海野深也(うんのしんや)

性別:男

年齢:6~15(第一章)、16~18(第二章)

趣味:釣り、筋トレなど

好きな物:友人や家族、運動全般など

嫌いな物:曇り空、勉強など

 

 

柚希達と同じ小学校に通う同学年の少年で、柚希の事はクラスメイト達との会話などで知っていたが、小学校5年生時の臨海学校の際に雪村の紹介で本格的に知り合い、以降は仲の良い友人として交友を深めている。雪村と由利とは小学校1年生の頃からの付き合いであり、その苗字や別のクラスになっても雪村と一緒にいる事が多い事などから由利とのセットで『十勇士コンビ』と周囲から呼ばれ、本人達もその呼ばれ方が結構気に入っている。

雪村と同じように明るく前向きな性格をしており、男女関係なく友人の数も多いが、異性からよく好意を向けられている柚希達の事を羨ましく思っていた事から、臨海学校の際に怪談大会を行って柚希達を女子人気のトップスリーから引きずり下ろそうとしたが、柚希の本気の怪談を前に雪村と共にあえなく敗北した。その後はそういった行動に出る事は無く、前述の通りに柚希達の良き友人となったが、時折夕士達と一緒に雫に対して芽生えた柚希の恋心のような物についてからかうような言動を見せるようになった。

 

 

 

 

由利蒼太(ゆりそうた)

性別:男

年齢:6~15(第一章)、16~18(第二章)

趣味:剣道、ガーデニングなど

好きな物:友人や家族、和風な物など

嫌いな物:曇り空、悪人

 

 

柚希達と同じ小学校に通う同学年の少年で、柚希の事はクラスメイト達との会話などで知っていたが、小学校5年生時の臨海学校の際に雪村の紹介で本格的に知り合い、以降は仲の良い友人として交友を深めている。雪村と海野とは小学校一年生の頃からの付き合いであり、その苗字や別のクラスになっても雪村と一緒にいる事が多い事などから海野とのセットで『十勇士コンビ』と周囲から呼ばれ、本人達もその呼ばれ方が結構気に入っている。

雪村と海野とは違って物静かな性格をしているが、世話好きな性質から男女関係なく友人の数も多く、柚希や長谷程では無いが勉強が得意であり、よく雪村と海野の勉強を見ている。臨海学校での水泳勝負がきっかけで前述の通りに柚希達の良き友人となったが、時折夕士達と一緒になって雫に対して芽生えた柚希の恋心のような物についてからかうような言動を見せるようになった。

 

 

 

 

名前:狐崎朝香《きつねざきあさか》

性別:女

年齢:6~15(第一章)、16~18(第二章)

趣味:読書、裁縫、笛の演奏など

好きな物:友人(特に夕士)や家族、甘い物など

嫌いな物:孤独、暗闇

 

 

柚希達と同じ学校に通う同学年の少女で、小学6年生の始業式の日に道に迷っていたところを柚希達に助けられ、その事がきっかけで友達になる。その際、一番に手を差し伸べてくれた夕士に実は秘かに惚れており、夕士が自身に対しての恋心を告白した事で両想いとなったが、諸事情から現在は友達以上恋人未満という関係に落ち着いている。

柚希と同様に両親とは死別しており、現在は両親の友人である(もみじ)の家に椛や椛の部下であるモノ達と共に住んでおり、紅葉の部下達からも慕われている。

とても明るく活発的な性格をしており、基本的には分け隔てなく接するため、知らない相手ともすぐに友人になる事が出来る。そして、運動神経は抜群だが、勉強が少々苦手な事から、同じクラスになった雫によく勉強を教えてもらっている。

 

 

 

 

名前:夜野翼《やのつばさ》

性別:女

年齢:6~15(第一章)、16~18(第二章)

趣味:読書、天体観測など

好きな物:和風な物、友達(特に長谷)や家族など

嫌いな物:辛い食べ物、ニンニク、雨(嫌いというよりは苦手)

 

 

柚希達と同じ学校に通う同学年の少女で、小学6年生の始業式の日に柚希達のクラスに転入してきた。父方の先祖が吸血鬼のために自分の目を見た相手を自分の(とりこ)にする『魅了(チャーム)』の能力を生まれ持っているが、それが効かない柚希達に興味を持っており、その中でも『力』の気配を感じないながらも効かなかった夕士と長谷に強い興味を持っている。

お淑やかな性格をしており、話し方もどこかのんびりとした物だが、地頭が良い上に悪戯好きなため、自身の言動などによって誰かが驚くのを楽しむという一面もある。

 

 

 

 

名前:山野地彦《やまのくにひこ》

性別:男

年齢:6~15(第一章)、16~18(第二章)

趣味:昆虫採集、山登りなど

好きな物:友人(特に海音)や家族、不思議な物など

嫌いな物:雷、寒さ

 

 

柚希達と同じ学校に通う同学年の少年で、柚希達のクラスメート。

詩人であり童話作家でもある一色黎明の作品の熱心なファンで、小学6年生の夏の修学旅行で柚希が持っていた一色黎明の本がきっかけで柚希達と交流が深まり、今では一緒に遊んだり、本の貸し借りをしたりするようになった。

性格は大人しく、知らない相手に対しては何かきっかけが無い限り、中々話し掛けられない事から交友関係の狭さについて悩んでいるが、困っている相手にはすかさず手を差し伸べる程の優しさを持っており、柚希達と出会って以降は少しずつ引っ込み思案も解消され、それがきっかけで仲良くなった相手も多い。

 

 

 

 

名前:天馬海音《てんまかのん》

性別:女

年齢:6~15(第一章)、16~18(第二章)

趣味:お菓子作り、ショッピングなど

好きな物:友人(特に地彦)や家族、甘い物など

嫌いな物:暗闇、辛い食べ物

 

 

柚希達と同じ学校に通う同学年の少女で、柚希達のクラスメート。

柚希達とは小学6年生の夏の修学旅行がきっかけで交流が深まり、幼馴染みであり秘かに思いを寄せている地彦や同じ女子の翼と特に仲が良い。

性格は明るく活発的で、大人しく引っ込み思案なところがある自分とは対照的な地彦の事を常に心配している。

 

 

 

 

【妖】

 

名前:(もみじ)

性別:女

年齢:?

種族:妖狐

趣味:読書、料理など

現在の使命:土蜘蛛の呪いの解呪

好きな物:家族や友人とのふれあい、酒盛り、将来有望な若者の育成など

嫌いな物:根っからの邪悪なモノ、朝香達を傷つけるモノなど

 

 

狐崎の一族と古くから親交のある妖狐で、部下の妖達をまとめる傍ら土蜘蛛の呪印によって亡くなった朝香の両親に代わって朝香の保護者をしている。

朝香の両親が亡くなった際、朝香が親戚中でたらい回しにされそうになっていたのを見かねた事、朝香を引き取り、自身が住む屋敷へと連れてきた。

その際、朝香の性格を考え、両親は病で亡くなったと朝香に説明していたが、朝香が夕士の事を恋慕っている上、夕士自身も朝香に好意を抱いていて妖への偏見が無い事や部下達の調査から夕士とその家族が善人である事を知った事で真実を話す決意をし、夕士達が屋敷を訪れた際に朝香と夕士に真実を伝えた。

そして、真実を知った事で朝香が強いショックを受ける中、夕士が朝香達と共に土蜘蛛の呪いに立ち向かう事や朝香への恋慕を口にした事で夕士への信頼を強めており、作戦会議などのために屋敷を訪れるようになった夕士に対して部下の妖達を紹介したり妖についての知識を教えたりしている。

とても落ち着いた性格で、朝香達や部下達に対しても心優しいが、夕士や朝香をからかった際の反応を見るのが好きなため、会話の中でからかいの言葉をかける事もある。

 

 

 

 

【天上の存在】

 

名前:シフル/ 遠野天斗(とおのあまと)

性別:男

年齢(天斗時):27~36(第一章)、37~39(第二章)

種族:神

趣味:読書、ガーデニング、旅行など

現在の使命:柚希達の生涯のサポート

好きな物:平和、柚希や絆の書の住人達との会話、食事など

嫌いな物:争い、根っからの邪悪なモノなど

 

天上を統べる神の一柱で、天上において様々な生命の管理をする傍ら、現在は柚希の伯父としての生活もしている。

自身の部下のミスにより柚希が息を引き取ったため、その責任を感じて柚希を天上にある自身の執務室へと招き、柚希の死の理由を自ら語った。そしてその事について謝罪をした際、柚希がその謝罪を快く受け入れた後、柚希に転生の提案をした。そして転生を決意した柚希に制限付きだが、使用者の願いを三つまで叶える道具、『力の宝玉』と特別な力を持つ魔導書、『絆の書』を譲渡した上、自分の友人であり自身の手伝いをしている白澤の義智と引き合わせ、無事に柚希を転生させた。その後、すぐに転生後の柚希の伯父として、赤子時代からその世界での生活を始め、柚希が生まれてくるまで神としての使命を果たしつつ、ヒーリング・クリスタルと絆の書を預かりながら待っていた。そして無事に柚希が生まれ、柚希に無事預かっていた物を渡すことが出来たが、柚希が4歳の時に柚希の両親が交通事故で他界し、その後柚希が親戚達からたらい回しにされそうになったところを自ら引き取ることにし、柚希達と共に同じ家で暮らすことになった。

シフル時の容姿は、いわゆる『神』のようなイメージの白い服を着たクリーム色寄りの金髪の長髪の若い男性で、天斗時の容姿は銀縁の眼鏡を掛けた黒い短髪の若い男性の物を取っている。

会話の際は丁寧語を使っており、柚希や柚希の友人には君付け、そして絆の書の住人などにはさん付けで名前を呼ぶ。

基本的に穏やかな性格をしているが、天然な一面もあるため、その都度義智や風之真などからツッコミを入れられることもある。

柚希や義智の事はもちろん、増えていく絆の書の住人達の事を家族のように思っているため、時折絆の書を通じてや実際に話をすることで悩み相談なども行っている。




政実「以上が、キャラクター設定となります」
柚希「絆の書の住人達は、また別枠での紹介みたいだな」
政実「うん、そうなるかな」
柚希「ん、了解。そして最後に、今作品への感想や意見、そ評価もお待ちしておりますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「よし、それじゃあそろそろ締めようか」
柚希「そうだな」
政実・柚希「それでは、また本編で」


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プロローグ 転生者と天上と魔導書と

政実「初めましての方は初めまして、他作品を読んで頂いてる方はどうも、作者の片倉政実です。今回からこちらの作品の投稿もさせて頂きますので、楽しんで読んで頂けたらとても嬉しいです。
これからよろしくお願い致します」
柚希「どうも、この作品の主人公の遠野柚希です。ところで、この作品を投稿しようと思ったのって何でなんだ?」
政実「それはね、純粋に書きたいと思ったからかな。原作が昔から好きで、前々から書きたいとは思ってたんだけど、ちょっと恐れ多くて踏み切れなかったんだよね」
柚希「ふーん、なるほどな。さてと……それじゃあ残りは後書きで話すことにして、そろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、プロローグをどうぞ」


 突然だが、幽霊や妖怪、魔物達といったモノ達に対して、貴方はどのような印象を持っているだろう。おそらく()()()()()()()だったり()()()()だったり、または()()()()()()()()()()()()だったりとその印象は十人十色だと思う。

俺は昔から幽霊や妖怪、魔物達のような超常的なモノ達が、そしてそういうモノ達が出てくる物語が好きだった。周りの友達がそういったモノ達から興味を無くしていく中、俺だけはずっとそういったモノ達の話を追い、いつかそういったモノ達に会ったり、話をしたり友達になりたいとずっと願っていた。でも──。

 

「……自分がそれら自身になりたい、なんて言った覚えはまったく無いんだけどなぁ……」

 

 全体に鈍く伝わってくる体の痛みと降り続く雨の冷たさなどを感じながら、俺は仰向けのままぼそっと呟いた。

 

 ……あの本、欲しかったなぁ……。

 

 周囲で上がっている様々な人の怒声や悲鳴、そして野次馬達が携帯で写真を撮るカシャッカシャッという音を聞きながら、ぼんやりとそんな事を考えている内に、視界はまるで夜のように徐々に暗くなっていった。

 

 あはは……そりゃあ、そうだよな。何せ、俺は……車に……()か、れ……。

 

 途切れ途切れになっていく思考を続けている内に俺の意識は完全に失われた。

 

 

 

 

 ……ん? 光……?

 

 意識が失われたと感じた直後、何故か俺は目の前にうっすらとした光を感じ、それと同時に何か硬い物の上に寝ている事に気付いた。

 

 でも……俺はさっき死んだはずだ。なのに、どうして……。

 

 人が死を迎えた後に行くとされる場所、天国や地獄といった場所に光が無いわけではないのだろうが、俺が今感じている光はそういった神々しい光などでは無いまるで普通の晴れた日に目を閉じている時に感じるような光だった。そのため、俺は自分が今置かれている状況がとても不思議だった。

 

 よし……このままジッとしてても仕方ないし、とりあえず目を開けてみるか。

 

 俺は今自分が置かれている状況を知るために、ゆっくりと目を開けた。するとまず目に入ってきたのは、快晴の青空と眩しいほど輝く太陽だった。

そして、そのまま体を起こして周りを見回してみると、俺の周囲には色とりどりの綺麗な花々が咲き誇り、更にその花に留まっていたり、ひらひらと飛んでいたりする様々な種類の蝶。少し遠くの方には、青々とした木々で出来た森があり、何故か離れているはずのここからでも、そこに棲んでいると思われる動物達の姿が見えた。

そして俺の目の前には、虹色に輝く橋が掛かった綺麗に透き通った川があり、橋の向こうには白い(もや)のようなものが漂っていた。

 

 うーん……何なんだろう、ここは……。何だかのどかな場所みたいだけど、人の気配は無いし。それに──。

 

 俺は次に自分の様子に注目した。先程、交通事故に遭った事で破れていたり血で汚れていたはずの制服は、新品同様に綺麗になっており、自分の体にも先程まであった傷などは影も形も無くなっていた。

 

 うーん、この色々な情報から察するに……ここって、もしかして天国って奴なのか……? でも動植物の姿はあるのに、人や天使的な存在がいないし……。

 

 俺はこの謎の空間について、色々と考えを巡らせてみたが、いたずらに時間が過ぎていくだけだった。

 

 もっとも、ここに時間の概念があるかどうかは分からないけどな。まあ、このままいてもしょうがないし、とりあえずあの靄のようなのに向かって歩いてみるか。

 

 俺は座り込んでいた状態からゆっくりと立ち上がり、少しふわふわとする地面を歩き、川に掛かっている橋を渡り、そのままもやの中へと進んでいった。

 

 ……この靄、だいぶ濃いみたいだな。

 

 あまりの靄の濃さに、俺はだんだん方向感覚を失っていった。

 

 ……今、どっちに向かって歩いてるのかまったく分からない。なのに、何故かこっちに行けば良いって頭が分かってる気がする……。

 

 その事に少しだけ疑問を覚えながらも、俺は靄の中をひたすら歩いていった。すると、突然目の前が開け、周囲が白い壁で囲まれた部屋に辿り着いていた。

 

「今度は部屋か……」

 

 俺は少しだけ警戒をしながら、部屋の中を見回してみた。部屋の床には真っ赤な絨毯が敷かれ、部屋の隅には様々な本が収められている高価そうな本棚が置かれ、部屋の中心には一人掛けの椅子と机があり、そして椅子の後ろの壁には金色の扉があった。

 

 本棚とか机があるところを見ると……ここは書斎かオフィスみたいな所なのかな……?

 

 俺がこの部屋について考えを巡らせていたその時、後ろから穏やかな声が聞こえてきた。

 

「おや、もういらっしゃっていたのですね」

「え……?」

 

 振り向いてみると、そこにいたのは優しそうな笑みを浮かべている白い服を着たクリーム色に近い金色の長髪の男性だった。

 

「えっと、貴方は……」

「私は、そうですね……あなた方が言うところの、『神』と言ったところでしょうか」

「神……?」

 

 神様……たしかに見た目とかはそれっぽいけど……?

 

 俺が少し警戒しながら神様の事を見ていると、神様は穏やかに笑い始めた。

 

「ふふっ、たしかにあなた方が認識している『神』の服装に似せてはいますから、やはりそう思うでしょうね」

「あ、やっぱり──って、あれ?」

 

 もしかして……俺が考えてる事が筒抜けになってるのか……?

 

 俺が不思議そうにしていると、神様はクスッと笑いながら答えてくれた。

 

「ええ、その通りです。やはり不思議に思いますよね?」

「ええ、まあ……」

 

 よくよく考えてみたら、神話上の神様も色々と凄いし、今更と言えば今更かもな……。

 

 そんな事を考えて少し気持ちを落ち着けた後、俺は神様に話し掛けた。

 

「えっと……まず一個訊きたいんですけど、ここは……天国なんですか?」

「そうですね……具体的には少し違うのですが、あなた方が言うところの天国に近い場所と言えるかもしれませんね」

「やっぱりそうなんですね……」

 

 ……って事は、やっぱり俺は死んだのか。でも──。

 

「死んだ時でも名前とかの生前の記憶は残ってるものなんですね」

「まあ、そうですね。ただ、時には死のショックによって生前の記憶の一部を失っている方もいるようですが」

「なるほど……」

 

 俺の場合は死んだ時の事も鮮明に覚えてるから、正直良いのかは微妙なところな気がするな……。

 

 俺がその事について考え事をしていると、神様の顔が真剣なものに変わった。

 

「さて……それでは、そろそろ本題に入りましょうか」

「本題……ですか?」

「はい。遠野柚希(とおのゆずき)さん、貴方が亡くなってしまったのは、私の部下のミスによるものなのです……」

「部下……それにミスって……」

 

 さっきまでかなり神秘的だったのに、いきなり会社みたいな話になってきたな……。

 

「会社……とは少し違いますが、あなた方人間の皆さんについての書類などはあります。そしてそれが破れてしまったりすることで、本来の寿命から大幅にズレて亡くなってしまうのです……」

「なるほど……つまり、俺の場合もそういう理由だったわけですね?」

「はい……部下のミスは上司である私のミスでもあります。柚希さん、本当に申し訳ありませんでした……」

 

 神様は本当に申し訳なさそうな様子で俺に頭を下げた。

 

 ……そっか、俺の死にはそんな理由があったのか……。

 

 俺は自分の死因がわかり、少しだけスッキリしたような感じがした後、俺は考え事を始めた。

 

 たしかに俺は、この人の部下のミスで俺は死んだかもしれない。でも、ここでこの人に対して怒るのは何か違う気がするし、自分の死について今更怒ってもしょうがないよな。

 

 俺はニコッと笑った後、神様に優しく話し掛けた。

 

「頭を上げて下さい、神様。自分が死んでしまったことに対して、俺は別に怒ってなんていませんから」

「柚希さん……」

 

 神様は呟くような声で言った後、少し安心したような顔で言葉を続けた。

 

「本当にありがとうございます、柚希さん」

「いえいえ。まあ……家族に別れを告げられなかった事とか死んだ後の家族の様子は少し心残りではありますけど、死んでしまった事に関しの心の整理は出来ているので大丈夫です」

 

 死んでしまった今、俺に出来るのはジタバタせずに目の前の現実を受け止めることだけだからな。……あ、そういえば……。

 

 俺は気になったある事について神様に訊いてみることにした。

 

「神様。神様のお名前は何と言うんですか?」

「私の名前……そういえば、まだ簡単にしか自己紹介をしてませんでしたね。私の名前はシフルと言います。よろしくお願いしますね、遠野柚希さん」

 

「シフルさんですね、分かりました。 ……あ、それと……俺の事はさん付けじゃなくても良いですよ」

「分かりました。それでは、改めてよろしくお願いしますね、柚希君」

「はい、こちらこそよろしくお願いします、シフルさん」

 

 そして俺は、シフルさんとがっちりと握手を交わした。

 

 昔から幽霊や妖怪みたいモノ達に会いたいと思っていたけど、まさか死んでから神様と知り合いになるなんてな……。

 

 握手を交わしながらそんな事を考えていると、シフルさんはニコリと微笑みながら静かに口を開いた。

 

「さて……自己紹介を終えたことですし、そろそろもう一つの本題に入りましょうか」

「もう一つの本題……ですか?」

「はい。柚希君、貴方には──」

 

 そして、シフルさんの口から語られた言葉に、俺は静かに驚きの声を上げることになった。

 

「『転生』をして頂きます」

「転生……? 転生って、あの転生ですよね?」

「はい、柚希君の考えている通りの転生で間違っていません」

「転生……俺が……?」

 

 転生、か……滅多にできることでも無いし、俺自身したい気持ちはあるけど──。

 

「転生をすると言っても、どんな世界に転生をするんですか?」

 

 俺が問い掛けると、シフルさんはニコッと笑いながら答えてくれた。

 

「それは、転生をしてからのお楽しみです。ですが、柚希君にとってとても楽しい世界であるのは間違いないと思いますよ?」

「俺にとってとても楽しい世界……」

 

 何だろう……俺にとってとても楽しいって事は、俺が会いたいと思ってる非日常的な存在達が棲んでる世界とかなのかな……? まあ、今訊いてみても転生後のお楽しみとしか言われなそうだし、ここは大人しく後の楽しみとして取っておくことにするかな。

 

 心の中でそう決めた後、俺はシフルさんに返事をした。

 

「分かりました。ところで、転生をするのは今からですか?」

「今からと言えば今からですが、その前に一つ、柚希君にお渡しするものがあります」

 

 シフルさんが手を上に向けてゆっくりと広げると、シフルさんの手に徐々に光が集まり始めた。そして光は少しずつ球のような形に整い始め、完全に球体になった途端、光の球はピカッと強い光を放った。その瞬間、その眩しさから俺はすぐに目を閉じたが、目を瞑った状態で光が止んだことを感じた後、俺はゆっくりと目を開けた。すると、シフルさんの手には金色の宝玉のような物が乗っていた。

 

「これは……宝玉、ですか?」

「これは『力の宝玉』という物で、邪な願いや世界のバランスを壊しかねない願い以外ならば、三つまで願いを叶えることが出来る物です」

「願いを三つまで……そんな物を、俺に……?」

「はい。柚希君ならば、きっと大丈夫だと思ったので」

「シフルさん……ありがとうございます」

「いえいえ。それではまず、この『力の宝玉』を受け取って下さい」

 

 俺は静かに頷き、シフルさんから『力の宝玉』を受け取った。そして手の中にある宝玉の微かな重みを感じながら、俺は集中をするために静かに目を閉じた。

 

「さあ、心の中で思い浮かべて下さい。柚希君が叶えたい、その願いを」

 

 暗闇の中でシフルさんの穏やかな声を聞きながら、俺は叶えたい願いについて考えを巡らせ始めた。

 

 願い……どんな世界に行くのか分からない分、どんな世界でも大丈夫な物にしたいけど……。

 

 願いについて決めかねていたその時、ふと生前に好きで幾度となく読み返した本の事を思い出した。

 

 ……ここは一つ、賭けに出るか。転生先がここだっていう想定の下に、願いを考えてみよう。まあ……もし、転生先がここじゃなかったその時は……自分のカンが悪かったって事で諦めよう。

 

 静かにうんうんと頷いた後、俺は再び願いについて考えを巡らせた。

 

 もし、転生先があの世界だったとして、あったら便利なのは……『これ』と『これ』……それと『これ』かな。……うん、この三つで大丈夫そうだ。

 

 心の中で確信したその瞬間、手の中に『力の宝玉』がピカッと強く光ったのを感じた。そして光が止んでから目を開けると、『力の宝玉』は淡い金色の光を帯びたまま、徐々に光の粉のような物へと変わっていき、キラキラと輝きながら徐々に形作っていき、今度は小さな水晶のような物へと姿を変えた。

 

 これで……良かったのかな?

 

 俺が小さく首を傾げていると、シフルさんはクスリと笑いながら俺の疑問に答えてくれた。

 

「はい。これで柚希君の願いは全て叶えられましたよ」

「あ、はい……分かりました」

 

 何というか……このフワッとした叶えられ方といい、この変わり方といい、この感触が無いと何だか幻でも見てたんじゃないかって錯覚してしまいそうになるな……。

 

 手の中にかすかに残っている『力の宝玉』の感触の余韻、そして手の中にある物の微かな重さに浸りながら、そんな事をぼんやりと考えていると、シフルさんが穏やかな微笑みを浮かべながら話し掛けてきた。

 

「ところで、柚希君の中から膨大な力を感じますが、柚希君は何を願ったのですか?」

「あ、えっと……実は、すぐに願いが思い付かなかったので、転生先の予測を立てて、その世界で住むにあたってあったら便利な物を願ったんです」

「ほう……」

「まず、最初に欲しいと思ったのは、シフルさんが感じている通り、霊力や魔力といった『力』です。想定している世界では、持っていて損はない物だったので、最初にこれを選びました。

 次に願ったのは、周囲の様子を探るための『気や波動を感じ取る能力』です。これさえあれば、自分や周囲の人が不慮の事故とかに遭う確率もグッと減らせるんじゃないかと思い、これにしました。そして最後は――」

 

 俺は手の中にある透明な水晶を見せながら言葉を続けた。

 

「この『治癒』や『浄化』の力を内包した宝石です。と言っても、実際に願ったのは、『治癒や浄化の力を持った物』だったので、この水晶の形を取ったのはちょっと驚いていますけどね」

 

 俺が説明を終えると、シフルさんは微笑みながら静かな声で言った。

 

「ふふ、なるほど。柚希君の願いは自分だけでなく、他人の事までも考えた物ばかりなのですね?」

「あはは……ちょっとお人好し過ぎますよね?」

「いえ、私はとても良いと思いますよ。一つの存在が全ての存在を救うことこそ出来ませんが、自分にとって『見えている』存在、そして『手の届く』存在を助けようとすることは、とても大事なことですから」

「自分にとって『見えている』存在、そして『手の届く』存在……か」

 

 シフルさんの言葉を繰り返しながら、俺は体の奥にある『力』達と手の中にある宝石の重みをうっすらと感じた。

 

 このもたらされた願い達の力は、ある種強大なモノと言える。ちゃんと考えて使うようにしないとな……。

 

 心の中で強く決心しながら、俺が水晶を制服のポケットに入れていると、シフルさんが何かを思い出したように声を上げた。

 

「……っと、そうだ。柚希君にはもう一つ、渡そうと思っている物がありました」

「渡そうと思っている物……?」

 

 シフルさんの言葉に疑問を覚えていると、シフルさんは再び手を上に向けて広げた。すると、突如シフルさんの手の中に真っ白な表紙の一冊の本が現れた。

 

 これは、本……? うっすらと魔力を感じるから、たぶん魔導書の類いだと思うけど……。

 

 俺がその本についてあれこれと予測を立てていると、シフルさんは穏やかな声で本についての説明をしてくれた。

 

「これは『絆の書』という魔導書です。まあ、今は表紙も中も白紙なんですけどね」

「表紙も中も白紙……」

「はい。この『絆の書』は所有者がいて、初めて意味を成す物なのです。柚希君、この本に触れてもらっても良いですか?」

「あ、はい」

 

 返事をした後、俺は表紙にそっと触れた。すると、表紙が急に光を放ったと同時にその表面に徐々に文字や何かの絵のような物が浮かび上がった。

 

 何だ、この文字……今まで見たことが無いはずなのに、何て書いてあるのかがしっかりと理解(わか)る……!

 

『絆の書』の表紙に浮かび上がった文字と絵を食い入るように見ていると、シフルさんがニコッと笑った。

 

「これで『絆の書』の所有者は柚希君になりました。どうぞ、受け取って下さい」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 俺は少しだけ緊張をしながらも、シフルさんから『絆の書』を受け取った。

 

 これが俺の魔導書……か。当然ではあるけど、魔導書なんて持つのは初めてだからちょっと緊張するな……。

 

 手の中にある『絆の書』を緊張しながら眺めていると、シフルさんが穏やかな様子で声を掛けてきた。

 

「それでは、『絆の書』の説明に移りますね。この『絆の書』には、所有者と絆を結んだモノ達を入れる事が出来ます」

「絆を結んだモノ達を入れる……?」

「はい。と言っても、封印をするとかではなく、『絆の書』を扉の代わりとして、絆を結んだモノ達の居住空間のような場所へと送る形ですね。なので、絆を結んだモノ達は、本を通して話し掛けることも出来るため、柚希君に許可を取れば、好きな時に出入りが出来る事になります」

「なるほど……」

「そして絆を結んだモノ達の姿と詳細は、白紙のページに順々に書き込まれていくので、誰かを出したい時は、そのモノのページを開き、魔力を注ぎ込むことでそのモノを外へと出す事が出来ます。そして、『絆の書』にはもう一つ重要な力がありまして、絆を結んだモノと力を同調させることで、柚希君の中にそのモノを代表する力を宿らせることが出来ます」

「力を宿らせる……」

「はい。例を出すならば、脚力に長けたモノならば、魔力を同調させることで、柚希君の脚力を強化することが出来、風を起こす力を持つモノならば、魔力を消費して風を起こす事が出来るようになるといったところです」

「なるほど……でも、デメリットはありますよね?」

「はい。魔力を同調させている間は、お互いに少しずつ魔力を消費する事になります。なので、どちらかの魔力が尽きてしまった時は、強制的に同調が解かれます。因みに、柚希君の魔力が無くなった時は、しばらく『絆の書』の力を使うことが出来なくなり、同調していたモノの魔力が無くなった時は、しばらくそのモノとの同調が出来なくなります。なので、魔力の残量には気を付けて下さいね」

「はい、分かりました」

 

 絆を結んだモノとの同調か……何かの折に絶対頼ることになりそうだな……。

 

 そんな予感を感じながら、俺は『絆の書』のページをペラペラと捲った。すると、シフルさんが何かを思いついたように声を上げた。

 

「そうだ。せっかくなので、一人だけ紹介させてもらいますね」

「紹介って……誰かアテがあるんですか?」

「ええ。彼は知識が豊富なので、きっと柚希君の助けになってくれますよ。……では──」

 

 シフルさんがパチンと指を鳴らすと、シフルさんの隣に銀色の扉が現れた。そしてシフルさんが現れた扉をコンコンと叩くと、ガチャッという音を立てて、ゆっくりと扉が開いた。

 

「……シフル、我に何か用か……?」

 

 少し不機嫌そうな様子で扉を潜ってきたのは、三つ目の牛のような動物の仮面を付け、灰色の和服を着た白い短髪の男性だった。

 

 三つ目の牛……それに知識が豊富って、まさか……?

 

 俺がその男性の正体に関して、大体の予想を立てていると、男性は俺の存在にようやく気付いた様子で、仮面越しに俺の事をジロジロと見た後、不機嫌そうな様子のままシフルさんに話し掛けた。

 

「……シフル、この人間はお前の新しい部下候補か何かか?」

「いいえ、違いますよ、義智(よしとも) さん。この方、柚希君はこれから転生をする方です」

「そうか……それで、なぜ我を呼んだのだ?」

「貴方に柚希君のアシストをお願いしようと思いましてね。義智さんの豊富な知識は、柚希君の転生先でも助けになると思いますから」

「断る。……と言っても、無駄なのだろう?」

「いえ。本当に嫌なのであれば、私も無理強いはしませんよ。ただ、義智さんならば適任だと思ったので、こうして来て頂いたのです」

 

 優しい笑みを浮かべながら言うシフルさんの言葉を聞くと、義智さんは深くため息をつきながら答えた。

 

「はあ……分かった。お前の願いを聞くとしよう、シフル」

「ありがとうございます、義智さん」

「……礼などいらん。我もお前には借りがあるからな。その分を返すためと考えれば、大したことでは無いと思ったに過ぎん」

「ふふ、理由はどうであれ、引き受けて頂きありがとうございます」

「やれやれ……普段のその腰の低さ、本当に神とは思えんな」

「あはは、そうかもしれませんね」

「まったく……」

 

 義智さんは呆れたように言った後、俺の方へと顔を向けた。

 

「小僧……いや、柚希といったか。我は聖獣の一種、白澤の義智という。シフルに借りがあり、それを返すためにこの天上において手伝いをしている者だ。これからよろしく頼む」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします、義智さん」

「……さんはいらん。ついでに敬語もいらん。敬語など、このシフルで聞き飽きているのでな」

「……ふふ、じゃあ……お言葉に甘えさせてもらうかな」

 

 小さく笑いながら言った後、俺は義智に右手を差し出しながら言葉を続けた。

 

「改めてこれからよろしく、義智」

「ああ」

 

 そして俺達はガッチリと握手を交わした。人型を取っているせいか、義智の手にはじんわりとした温かさがあったが、白澤という聖獣が持つ力が発する波動も同時に感じたため、俺の中でワクワクと緊張が混じり合いながら込み上げてきた。

 

 ……それにしても、まさか最初から白澤が仲間になってくれるなんてな……。こうなってくると、これからどんな奴が仲間になってくれるのか、これからワクワクするなぁ……!

 

 俺が心の中で静かにワクワクしていると、シフルさんがニコッと笑いながら俺に話し掛けてきた。

 

「さて……柚希君、『絆の書』の最初のページを開いてもらえますか?」

「はい、分かりました」

 

 返事をした後、ゆっくりと『絆の書』の最初のページを開くと、シフルさんは白紙のページを見ながら静かに頷きつつ言葉を続けた。

 

「お二人とも、そのページに手をついて下さい」

「はい」

「わかった」

 

 そして平手でページに触れた後、俺が何となく目を閉じていると、シフルさんの優しい声が再び聞こえてきた。

 

「それでは、頭の中で自分の体から腕を通して、魔力をページに注ぎ込むイメージをして下さい」

「……はい」

「……うむ」

 

 俺達はそれに返事をした後、シフルさんが言った通りのイメージを頭の中で描き始めた。

 

 体の中の魔力を腕を通して、手のひらからページに注ぎ込むイメージ、っと……。

 

 すると──。

 

 ぐっ……!? な、何だ……これ……!?

 

 体の中にある何か──魔力が突然独りでに動き始め、凄い勢いで腕まで移動し、そのまま手のひらに空いている穴から『絆の書』のページへと流れだしたようなイメージが頭の中に浮かんだ。そしてそれが全て流れ終えた時、身体中の力が一気に抜け、危なく倒れ込みそうになったが、何とか両足で体を支えることで倒れずにすんだ。

 

 ふぅ……危ない危ない。もし、毎回こうなるんだとすると、早めに慣れるようにしないといけないな……。

 

 心の中で静かに決心した後、ふと義智の方を見てみると、そこにいたはずの義智が忽然と姿を消していた。そしてそれに疑問を抱きながら『絆の書』に目を戻してみると、そこには筆のような物で妖の白澤のそのものの姿として描かれた義智の姿、そしてその隣には白澤の詳細と思われる文章が浮かび上がっていた。

 

「これが……『絆の書』の力……」

 

 俺が『絆の書』に描かれた義智の姿をジッと見ていると、シフルさんが穏やかな様子で話し掛けてきた。

 

「お疲れさまです、柚希君。初めてだったので、少々疲れたのではありませんか?」

「はい……でも、死んでるのに疲れてるなんて……何か不思議な気分ですね」

「ふふ、そうですね」

 

 俺の感想を聞き、シフルさんは小さく笑いながら返事をしてくれた。

 

 あ、そういえば……。

 

「シフルさん、一つ良いですか?」

「はい、何でしょうか?」

「こうして成功したとはいえ、俺は義智と絆を結んだようには思えないんですけど、これって……?」

「ああ、その事ですか。たしかに私は説明の際に、『絆を結んだ』という表現を使いましたが、実は双方が共に好感を持っていれば、これは成功するんですよ」

「……つまり、義智は俺に好感を持ってくれてたって事ですか?」

「ええ、もちろんです。先程彼は、柚希君にさん付けや敬語はいらないと言っていましたが、彼がそのように言うのは、私の知る限りでは柚希君だけなんです」

「そう、なんですね……」

 

 俺は再び『絆の書』に描かれた義智へと視線を向けた。

 

 俺の何が気に入ってくれたのかはわからないけど……心を開いてくれてありがとうな、義智。

 

 心の中で義智にお礼を言っていたその時──。

 

『おい、柚希。一度我を外へと出せ』

 

 突然『絆の書』に描かれている白澤の絵から義智の声が聞こえてきた。

 

「……え? 今、絵から声が聞こえた……?」

 

 あ……そういえば、シフルさんが説明の中でそれっぽい事言ってたかも。たしか──。

 

 俺がシフルさんの説明していた事を思い出そうとしていると、再び絵からイライラしたような声が聞こえた。

 

『おい……聞こえているのか……!』

「あ、ゴメンゴメン。今、出すからちょっと待っててくれ」

 

 義智の絵に向かって謝った後、俺は義智のページに魔力を注ぎ込んだ。すると、義智の絵から光の球体が浮き上がり、俺の隣で滞空したかと思うと、球体が徐々に人型へと変化し、光が消えた時にはイライラした様子の義智がそこに立っていた。

 

 あ……これはだいぶお怒りみたいだな……。

 

「まったく……! なぜすぐに、我の事を出さなかったのだ……!」

「ゴメンゴメン。いきなり絵から声が聞こえたから、ちょっと驚いちゃってさ」

「……ふん。まあ、今回は良い事にしよう。だが、次からすぐに出すのだぞ」

「ああ、分かったよ」

 

 俺が素直に返事をすると、ようやく義智は少し機嫌を直してくれたようだった。

 

 ふう、良かった……。

 

 心の中でホッとしていた次の瞬間、シフルさんがニコッと笑いながら話し掛けてきた。

「そうそう、因みに注ぎ込む魔力の量を調整すると、人形のようなサイズで外へと出す事も出来るので、何かの折に試してみて下さいね、柚希君」

「シフル! 貴様という奴は……!」

 

 ようやく落ち着いたかに見えた義智の機嫌は再び悪くなり、義智はシフルさんに対して拳を震わせながら怒声を上げた。

 

 ……このタイミングでそれを言うなんて……もしかして、シフルさんって天然なのかな……?

 

 そんな事を考えながら俺は聖獣が神様に対して怒りをぶつけるという変わった光景に苦笑いを浮かべた。そしてそれから約数分後、義智がようやく落ち着いた時、シフルさんが穏やかな様子で俺に話し掛けてきた。

 

「さて……それでは、そろそろ旅立ちの時です。義智さん、まずは『絆の書』へと戻って頂けますか?」

「……了解した」

 

 義智は静かに答えながら自分のページに手を触れると、再び光の球体となり、そのまま『絆の書』へと吸い込まれていった。

 

「そして柚希君、私の机の後ろにある扉まで一緒に来て下さい」

「あ、はい」

 

 そして俺は、シフルさんと一緒に金色の扉の前に立った。金色の扉はただその場にあるだけなのだが、まるで生きているかのように静かな威圧感や力の波動を発していたが、シフルさんはそれに対して何も反応を見せずに静かに口を開いた。

 

「この扉を潜れば、貴方は無事転生をすることが出来ます。柚希君、心の準備はよろしいですか?」

「はい、もちろんです」

 

 俺は扉に手を掛けながら返事をした。

 

 これから何が待っているのかはまったく分からない。けれど、俺なら──いや、俺達なら大丈夫。何だかそんな気がする。

 

 そして俺は力を込めて、扉をゆっくりと開けながら扉を潜った。

 

「行ってらっしゃい、柚希君」

 

 後ろからそんなシフルさんの声が聞こえた瞬間、俺の意識は完全に失われた。




政実「プロローグ、いかがでしたでしょうか」
柚希「プロローグなのに割と長くなったな」
政実「うん、ちょっと書きたいことが多すぎてね。けど、第1話からはもう少しコンパクトになるとは思うから」
柚希「そっか。そして最後に、この作品への感想や意見もお待ちしておりますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「よし……それじゃあそろそろ締めようか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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第一章 過去編
第1話 二人の新たな友達と風に舞う鼬


政実「どうも、一番好きな季節は春の片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。春か、たしかに桜も綺麗だし、気候も暖かくて過ごしやすい季節ではあるな」
政実「うん。まあ、本音を言えば、暑すぎず寒すぎなきゃどの季節も好きなんだけどね。さて、この第一章では、原作でもちょこちょこと触れられている過去の話を交えた話となります」
柚希「それに加えて俺の『絆の書』の仲間との出会いの章でもあるんだよな?」
政実「うん。最初は第1話から原作の第1巻の話をやるつもりだったけど、それのことがあってこういう形を取ることにしたんだ」
柚希「なるほどな。さて、残りは後書きで話すことにして、そろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第1話をどうぞ」


 暖かな気候の中、桃色の桜の花びらが舞う季節、春。そんな春のある日、穏やかな日差しと吹き抜ける風の中でまるで春を告げる舞いを踊るようにヒラヒラと舞う桜の花びら達を俺は自室の窓から静かに眺めていた。

 

 うん、やっぱり春って良いよな……。まあ、梅雨も含めてどの季節でも好きではあるけど、春って気候のせいもあってか、とても穏やかな気持ちになれるんだよな……。

 

 暖かな朝の日差しに気持ちよさを感じつつ、椅子に座って外を眺めながらそんな事を思っていると、開け放っていた窓を通って外から桜の花弁(はなびら)が部屋へと舞い込んできた。

 

 ……うん、せっかくだし、この花弁を使って栞を作ってみるのも良いかもしれないな。

 

 穏やかな気持ちで静かに来訪した春の証を拾い上げようとしたその時──。

 

「柚希よ、そんなにのんびりしていて良いのか?」

 

 背後から冬の寒さを思わせるような冷たい声で、人間の姿を取った白澤(はくたく)義智(よしとも)が話し掛けてきた。

 

 そっか……冬はまだここに残っていたのか。

 

 本人にバレたら絶対に怒られるであろう事を思いながら、俺はゆっくりと義智の方へと振り返り、ニコリと笑いながら返事をした。

 

「余裕だよ、義智。準備は昨日の夜に終わらせてるし、時間だってまだ6時だから、もう少しのんびりしてても平気だぜ?」

「……いつもそう言っているが、お前にはどこかのんびりし過ぎる傾向がある。そして今日は、小学校の入学式とやらなのだろう? 転生した事で肉体的な(よわい)は幼くなろうとも、精神はそのままなのだから、少しはしっかりとした生活を送るべきだ」

「ん……まあ、それもそうかもな」

 

 義智の言葉に納得しながら答えた後、俺は開けていた窓を閉め、舞い込んできた桜の花弁を机の上に置いていた本の内の一冊に挟み込んだ。そして、椅子からゆっくりと立ち上がった後、俺はニッと笑いながら義智に話し掛けた。

 

「……よし、それじゃあそろそろ下に降りて、『伯父さん』に挨拶してこようぜ、義智」

「ああ」

 

 義智が頷いた事を確認し、俺は机の上の『絆の書』を手に持ち、『ヒーリング・クリスタル』のペンダントを首に掛けた後、義智と一緒に居間のある一階へと降りていった。そして、階段をゆっくりと降りた後、俺達は廊下を通って居間へ向かって歩いた。そして居間に入ってみると、椅子に座って寝間着のままで朝刊を読んでいる銀色の縁の眼鏡を掛けた黒い短髪の男性の姿が目に入ってきた。

 

 あ、いたいた。それにしても……いつも思うけど、伯父さんのこういう姿ってスゴく絵になるよなぁ……。

 

 その様子を見ながらクスリと笑った後、義智と一緒に伯父さんへ近付きながら声を掛けた。

 

「おはようございます、天斗(あまと)伯父さん」

「おはよう、シフル」

「……おや、おはようございます。柚希君、義智さん。今日も早いですね」

 

 天斗伯父さんこと神様のシフルさんは俺達の方へ顔を向けると、ニコッと笑いながら挨拶を返してくれた。そう、俺は今、俺の伯父さんとなったシフルさんの家に居候しているのだ。俺が扉を潜った後、シフルさんはすぐに俺の父さんの兄──遠野天斗(とおのあまと)としてこの世界に誕生し、俺が産まれてくるまで神様の仕事をしつつ、人間としても生活をしながらずっと待っていてくれたらしい。しかし、俺が4歳の頃、俺が傍におらず天斗伯父さんが仕事で忙しかったあの日、俺は両親を交通事故で亡くした。そして両親の葬式の後、他の親戚達が俺の事をたらい回しにしようとする前に、天斗伯父さんが俺の事を引き取ると言い、こうしてこの家に住まわせてくれる事になったのだった。

 

 シフルさん……いや、天斗伯父さんには本当に感謝しないといけないな……。

 

 心の中で静かに思った後、俺は笑みを浮かべながら天斗伯父さんからの問い掛けに返事をした。

 

「はい。起きた後、部屋でのんびり外を眺めていたんですけど、義智が幼くともしっかりとした生活を送るべきだ、と言うので大人しくそれに従って降りてきたんです」

「ふふ、なるほど、そういう事でしたか」

 

 天斗伯父さんが納得した様子で笑いながら言うと、義智は鼻を鳴らしながら静かな声で言った。

 

「……ふん。たとえ、本来ならば元服をしている齢であろうとも、今は幼き者に過ぎん。幼き頃よりしっかりとした生活を心掛けなければ、ロクな者にならんからな。そしてシフル、お前もいつまでも新聞なぞ読んでいるのではなく、その寝癖を直すなりしたらどうなのだ?」

 

 義智の指摘を聞くと、天斗伯父さんは見る人を安心させるような笑みを浮かべながらコクンと頷きつつ答えた。

 

「そうですね。今日は柚希君の入学式ですから、ビシッとして行かないといけませんもんね」

「その通りだ。神であるお前がそんな様子では、天上の者達に示しがつかんぞ?」

「義智さんの言う通りですね。……では、今の内に寝癖をちょっと直してきます」

 

 天斗伯父さんはニコッと笑いながら言った後、読んでいた新聞を綺麗に畳んでテーブルの上に静かに置くと、そのまま洗面所に向けて歩いていった。ここまでの会話で何となく理解して貰えたと思うが、俺は他の人の前でうっかり口を滑らせるわけにはいかないため、シフルさんの事は常に天斗伯父さんと呼ぶようにしているが、義智はその心配が無いためか呼び方を変えていない。

 

 まあ、本当のところは定かでは無いけど、義智的には常に『人間』としての天斗伯父さんではなく、『神様』としてのシフルさんとして見ているからなのかもしれないな。

 

 ぼんやりとそんな事を考えた後、俺はふうと一息ついてから義智に話し掛けた。

 

「……よし、天斗伯父さんが戻ってくるまでに朝食の準備でもしちゃおうぜ、義智」

「うむ」

 

 義智が頷きながら答えた後、俺達は手分けをして朝食を食べるための準備を始めた。

 

 

 

 

『いただきます』

 

 午前7時頃、天斗伯父さんの寝癖が直り、朝食の準備を終えた後、俺達は声を揃えて挨拶をしてから朝食を食べ始めた。

 

 すごい今更だけど、『転生者』と『瑞獣』と『神様』が食卓を囲む様子って、中々レアな光景だよな……。

 

 朝食を食べながらそんな事を考えていると、ふと天斗伯父さんが何かを思い出したように声を上げた。

 

「あ、そうだ……柚希君、義智さん。本当はお休みなのですが、先程ちょっと連絡があったので、お昼を食べた後、少し職場に顔を出してきますね」

「職場……今日は()()()の方ですか?」

「今日は()()()の方ですね」

「分かりました。それじゃあ午後は、いつも通り散歩とか読書をして過ごしてますね」

「はい、よろしくお願いしますね」

 

 天斗伯父さんとの会話が終わった後、俺達は再び朝食を食べ始めた。天斗伯父さんは天上での神様としての仕事の他にも、こちら側で出来た友人が立ち上げた会社で課長として働いている。そしてその働きぶりから、部下達からは慕われ、同僚や上司からは頼られているため、今日みたいな休みの日でもこうして連絡が来たりする事もあるのだ。

 

 ただ、天斗伯父さんが神様じゃなかったら、完全に倒れてるレベルだし、加えてその分の給料がなかったら、完全にやってられなくなるよな。

 

 人間と神様の二重生活を送る天斗伯父さんの現在の状況について心の中で苦笑いを浮かべた後、俺は目の前の朝食を食べ進めた。そして、それから十数分後、すっかり空になった食器を前に俺は両手を合わせた。

 

『ごちそうさまでした』

 

 同じように朝食を食べ終えた義智と天斗伯父さんと一緒に声を揃えて言った後、俺達は自分の食器をシンクへと運んだ。

 

 ……さてと、そろそろ着替えないとな。

 

「それじゃあ、天斗伯父さん。俺は学校に行く準備をしてきますね」

「はい、分かりました。私も食器洗いが終わったら、すぐに準備を始めます」

「分かりました」

 そして、天斗伯父さんが食器洗いを始める音を聴きながら、俺は『絆の書』を持って義智と一緒に自分の部屋へと戻った。

 

 

 

 

 自室に戻ってから数分後、入学式用として天斗伯父さんに用意してもらった子供用のスーツに着替えた俺は、机の上に置いていた『絆の書』を手に取った。

 

「さて……着替えも済んだし、後は『絆の書』をランドセルに入れるだけだな。義智、一度戻ってくれるか?」

「うむ」

 

 静かに頷きながら答えた義智が、小さな光の球になって『絆の書』の中に戻った事を確認した後、目の前にある中身の少ない黒いランドセルに『絆の書』を入れた。

 

 それにしても……またこれを背負う事になるなんて、夢にも思わなかったな……。

 

 少しの懐かしさと少しの気恥ずかしさを感じながら、俺はランドセルを静かに背負った。そして中身が少しだけ入っているランドセルの小さな重みを背中で感じた後、俺は再び一階へと降り、居間の中を覗いた。すると、そこには机の上に小さなカバンを置いて黒のスーツ姿で穏やかな笑みを浮かべながらテレビを観ている天斗伯父さんの姿があり、俺が居間へ入っていくと、天斗伯父さんは静かに俺の方へ顔を向け、ニコリと笑いながら話し掛けてきた。

 

「どうやら、準備は出来たみたいですね。それでは、そろそろ行きましょうか、柚希君」

「はい!」

 

 天斗伯父さんの言葉に元気よく返事をした後、俺達は手分けをして家の中の戸締まりを確認した。そして、戸締まりが完璧なのを確認した後、俺は天斗伯父さんと一緒に玄関から外へと出て、前世から併せて2回目となる小学校の入学式に参加するために話をしながらゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

 

 はぁー……入学式、ちょっとだけ緊張したなぁ……。

 

 数時間後、入学式を終えてクラスメイト達と一緒にクラスに戻った後、俺は席に座りながらぼんやりとそんな事を考えていた。天斗伯父さん達生徒の保護者は、別の教室でこれからの学校生活についての説明を受けているらしく、教室内には担任の先生と俺達生徒だけがいた。

 

 それに学校の式の定番、『校長先生の長話』も味わったし、流石にちょっと疲れたなぁ……。

 

 今にも机にもたれ掛かりそうになるのを我慢しながら、担任の先生の話をのんびりと聞いていたその時、先生が突然クラス内での自己紹介をしようと言い出し、その提案にクラスメート達は楽しそうにざわめき始めた。

 

 自己紹介……そういえば、生前は名前が女子っぽいって言われた事もあったけど、今回はどうかな……?

 

 生前の事をぼんやりと思い出しながらそんな事を考えていると、俺の前の席の生徒が静かに立ち上がり、自己紹介を始めた。

 ……おっと、次は俺か。

 

 そして、前の席の生徒が座った後、俺は静かに立ち上がり、クラス内に聞こえる程度の声で自己紹介を始めた。

 

「遠野柚希です。これからよろしくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げた後、静かに席に座ると、クラス中から拍手の音が上がり、それが止むと同時に後ろの席の生徒が立ち上がる音が聞こえた。

 

 ……まあ、自己紹介はこんなもんで良いよな。……それにしても、普段の授業とかテストではどんな風にやっていこうかな……一応、生前は高校生だったわけだし、小学校レベルなら余裕だけど、それで変に目立ちたくもないし……。

 

 クラスメート達の自己紹介を聞きながらこれからの学校での身の振り方に少し悩んでいると、最後の生徒の自己紹介が終わり、担任の先生がニコニコと笑いながら再び話を始めた。

 

 ……まあ、それについては後で義智と相談しながら考えるか。俺一人で考えるよりも義智と一緒に考えた方が良い案も浮かぶかもしれないし。

 

 そしてそんな事を考えている内に先生の話が終わると、先生は帰りの挨拶をするために、俺達に立つように促した。

 

 ……っと、今日はこれで終わりか。さて……帰ったらまずは天斗伯父さん達と一緒に昼食にしないとな。

 

 そんな事を考えつつ、他の生徒達と声を揃えて帰りの挨拶をした。そして先生がそれに答え、教室を出て行った後、クラスメート達は周りの奴と話を始めたり帰り支度を始めたりと思い思いの行動を取り始めた。

 

 さて、俺も──っと、その前に義智に終わった事を伝えておくかな。

 

 そんな事を思いながら俺がランドセルの中から『絆の書』を取りだし、魔力を使って義智に声を掛けようとしたその時、横から突然興奮した様子の誰かの声が聞こえてきた。

 

「なぁ、それって外国の本なのか!?」

「え……?」

 

 その声を不思議に思いながらそっちに顔を向けてみると、そこには俺と同じように子供用のスーツ姿のキラキラとした目で『絆の書』を見ているツンツンとした黒い短髪の少年が立っていた。

 

 外国の本……まあ、書いてる文字はぱっと見そんな感じだし、これが魔導書だと分からない奴からすれば似たような物かもな。

 

 そう思いながらクスリと笑った後、俺は静かに頷きながらソイツの問い掛けに答えた。

 

「まあ、そんなところかな。……と言っても、描いてあるのは日本の妖怪とか西洋の怪物の絵だから、画集みたいなもんだけどさ」

「へぇ-! そうなのか!」

 

 少年は俺の返事を聞くと、更に顔を輝かせ始め、その子供らしい反応に俺は再びクスリと笑った。

 

 ふふ……やっぱりこのくらいの歳だとこういうのに興味は惹かれるよな。実際、前世で人ならざるモノ達に惹かれ始めたのは、大体この頃だったし。

 

 前世の事を思い出しながらそんな事を思っていたその時、ふと少年の胸の名札に目が行き、その名前に俺は思わず小さな声で「……え?」と言ってしまっていた。

 

()()()()()()……? いや、まさかそんな事が……?

 

 俺がその名前に少しだけ動揺していると、『いなばゆうし』は何かを思い出したように両手をポンと打ち鳴らし、ニッと笑いながら話し始めた。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったよな! 俺の名前は 稲葉夕士(いなばゆうし)! 漢字は、えっと……こんな感じの!」

「どれどれ……」

 

 そして、『夕士』がランドセルから取り出した小さな紙に書かれた漢字を見た瞬間、俺は目の前にいるのが誰なのかを確信した。

 

 ……ちょっと崩れてて見づらいけど、この漢字は間違いない。つまり、コイツは……。

 

 俺がその少年──『稲葉夕士』に視線を戻すと、夕士はニコニコとしながら俺に右手を差し出してきた。

 

「お前は遠野柚希だったよな。これからよろしくな、柚希!」

「……うん、こちらこそよろしくな、夕士」

 

 そして夕士の言葉に答えた後、俺は夕士と固く握手を交わした。

 

 ……やっぱりコイツは、この世界『妖怪アパートの幽雅な日常』の本当の主人公である稲葉夕士本人みたいだな。でも、まさか入学初日で夕士クラスメートになるとは思わなかったなぁ……。

 

 前世の頃から好きだった作品の主人公が目の前におり、その上クラスメートであるという事実に嬉しさを覚えていたその時、頭の中にふとある人物の顔が思い浮かんだ。

 

 ん、待てよ……夕士がいるって事は、たぶんアイツも……。

 

 そして、俺がこの学校にいるであろうもう一人の主要人物の事を考えていたその時、俺の背後から落ち着いた声が聞こえてきた。

 

「……なあ、その自己紹介、俺も混ぜてもらっても良いか?」

 

 その声がした方を見てみると、そこには高級そうな子供用のスーツに身を包み、穏やかに笑いながら俺達を見つめるサラサラとした短いストレートの黒髪の少年が立っていた。そして俺は、すかさず名札に視線を向けると、そこには夕士と同じように見慣れた名前が書かれていた。

 

 ……やっぱりいたか、そしてコイツまで同じクラスとはな……。

 

 その少年の事について考えていると、夕士はニカッと笑いながら少年の言葉に元気よく返事をした。

 

「ああ、もちろん良いぜ! な、柚希!」

「うん」

「ありがとうな、稲葉夕士、遠野柚希」

 

 少年はその端整な顔でニコッと微笑むと、ゆっくりと俺達へ近付いてきた。

 

 それにしても……まさか入学初日にこの二人に会うなんて、これもいわゆる『(えにし)』という奴なのかな……?

 

 その偶然の出来事に少し驚きながらそんな事を考えていると、少年は俺達の傍まで歩み寄り、純真無垢な笑顔を浮かべながら俺達に手を差し出してきた。

 

「俺の名前は 長谷泉貴(はせみずき)、出来れば苗字の方で呼んでくれると助かる。これからよろしくな、二人とも」

「ああ、よろしくな!」

「よろしくな、長谷」

「ああ」

 

 長谷と握手を交わした後、嬉しそうな笑みを浮かべながら握手をする夕士と長谷の姿を見て、俺はこれからの学校生活がとても楽しみになった。

 

 この二人と一緒の学校生活かぁ……どんな毎日になるかは分からないけど、楽しい事に間違いは無いはずだし、二人と仲良くしながら目いっぱい楽しんでいければ良いな。

 

 二人との学校生活の様子を想像しながら心の中で強くそう願った後、俺は握手を終えた夕士達と一緒に様々な事について話を始めた。

 

 

 

 

「それにしても、まさかアイツらと一年生の時から一緒になるなんてなぁ……」

 

 学校からの帰り道、俺は夕士達の顔を思い浮かべながら小さな声で独り言ちていると、それを聞いていた天斗伯父さんがクスリと笑った。

 

「柚希君としては思わぬ出会いにはなったようですが、それでも夕士君達との出会いは嬉しい物のようですね」

「はい、それはもちろんです。元々、どこかのタイミングで出会えればくらいに考えていたので、小学校の時から出会えた上に友達になれたのは、やっぱり嬉しいです」

「ふふ、そうですか。まあ、夕士君達とは色々な事を話せたようですし、これからの学校生活がとても楽しみですね」

「ふふ……はい」

 

 天斗伯父さんの言葉に答えた後、俺はさっきまでの出来事を想起した。自己紹介の後、各々の趣味や家の事といった事などを話していった結果、俺の家と夕士の家、そして長谷の家が実は思っていたよりも近くにある事が分かったため、俺達は明日から一緒に登校する約束をした。

そして、保護者への説明を聞き終えた天斗伯父さん達が俺達の教室へ来た後、保護者同士の自己紹介などが始まり、それらを終えた後、俺は両親と一緒に帰っていく夕士達を見送り、途中からミニサイズの義智を肩に乗せながら天斗伯父さんと一緒に帰路についていたのだった。

 

 ……まあ、今のアイツらには『絆の書』の真実や俺が転生者である事なんかは話せないけど、いつかは話さないといけないわけだし、その心の準備だけはしておいた方が良いかもしれないな。

 

 そんな事を思いながら歩いていると、肩に乗っている義智が小さな声で独り言ちた。

 

「奴らがこの世界の主要人物か……あの長谷泉貴という小僧はともかく、稲葉夕士の方は大した事が無いようであったな」

「たしかに今はそう見えるかもしれないけど、いずれは夕士だって色々な出会いを経て、立派な魔導書のマスターになるんだぜ?」

「ふん。魔導書の主になるからと言って、全ての者が強力な者になるとは限らん」

「ま、そうだけどさー……」

 

 頭の後ろで手を組みながら義智の言葉に返事をしていたその時、不意に小さな妖気を感じ、俺達は静かに立ち止まった。

 

「これは……妖気、という事は……」

「この辺りに妖でもいるのだろうが、この程度であれば大した事はない。この程度の妖気ならば、力の弱い妖か妖の小童だろうからな」

「妖の子供ねぇ……」

 

 たとえ子供だとしても、妖は妖だと思うけど、白澤の義智からすればそういうもんだろうなぁ……。

 

 義智の言葉について考えていたその時、突然弱い風が吹いてきたかと思うと、右手に小さな痛みが走った。

 

 風……でも、同時に妖気も感じたような……。

 

 そして、右手に視線を向けると、そこには小さな切り傷があり、ごく少量だったが出血もしていた。

 

 血が出てるな……しょうがない、ここは『ヒーリング・クリスタル』の力で……!

 

 俺はもう片方の手で首に掛けている『ヒーリング・クリスタル』に魔力を送った。すると、右手にあった切り傷はみるみるうちに塞がり、程なくして細い筋のようになった。

 

 よし、ひとまずこれで良いな。さて、今度はこの辺りにいる妖の正体についてだけど……。

 

 塞がった傷から天斗伯父さん達に視線を移すと、天斗伯父さん達も妖の正体に気付いている様子で静かに頷いた。

 

「……やはり、間違いないですよね……?」

「はい。少し妙な点はありますが、恐らく間違いないでしょうね」

「うむ……」

 

 俺の問い掛けに天斗伯父さん達が頷きながら答えた後、俺は周囲の様子を窺いながらその妖の名前を呟いた。

 

「……『鎌鼬』だな」

 

 

『鎌鼬』

 

 日本で昔から名を知られている妖の一種で、地方によって色々な伝えられ方をされているが、基本的には鎌のような爪を持った鼬の姿として知られている妖で、つむじ風に乗って現れ人を切り付けるが、切り付けられた場所に痛みや出血はなく、ただ鋭い切り傷だけが残される。

 そして時には、それぞれ違う役割を持った三匹一組で現れる妖とも言われている。

 

 

 ただ、今のは痛みも出血もあった……つまり、鎌鼬の仕業だとしたらちょっと妙なんだよな……。

 

「義智、とりあえずどうしたら良いと思う?」

「そうだな……まずは、そやつに話し掛けてみるのはどうだ?」

「話し掛ける、か。分かった、やってみるよ」

 

 義智の提案に頷きながら答えた後、俺はこの辺りにいるであろう鎌鼬に聞こえるような声で話し掛けた。

 

「おーい、鎌鼬-。ちょっと俺達と話をしないかー?」

 

 すると、突然一陣のつむじ風が吹くと、目の前に鎌のような爪を持った一匹の小さな鼬が現れた。

 

 ……お、いたいた。

 

 予想していた正体が合っていた事で少しホッとしていると、鎌鼬は俺達の事をチラリと見た後、義智が乗っているのとは逆の肩に着地してから不思議そうに首を傾げた。

 

「……今、俺に話し掛けたのは、兄ちゃん達かぃ?」

「ああ、そうだよ。ちょっとお前と話したくてさ」

「ほうほう、人間が俺と話ったぁ、中々面白ぇ事を言うもんだ。まあ、隣に何やら強ぇ力を持った御仁を連れてたり、肩に白澤の兄さんを乗せてたりするくれぇだ。兄ちゃん自身も中々の力を持ってると見たぜ? で、実のとこはどうなんだい?」

「さて、それはどうだろうな。自分の事ではあるんだけど、正直な事を言うなら具体的には分かんないかな」

「はっはっはっ! そりゃあ、そうだよなぁ! てめぇの事はてめぇが一番知ってるなんて言葉もあっけどよぉ、一番知らねぇのがてめぇ自身の事なんだよな! これぞいわゆる灯台下暗しって奴だな! はっはっはっ!」

 

 鎌鼬はとても愉快そうな様子で笑い始めた。

 

 ……何というか、すごく明るい奴だな。それに若干江戸っ子口調だし。

 

 俺は心の中で少しだけ苦笑いを浮かべた後、鎌鼬に再び声を掛けた。

 

「なぁ、鎌鼬。お前の名前を教えてもらっても良いか?」

「ん、俺の名前かぃ? 俺は鎌鼬三兄妹、次男の 風之真(かざのしん)ってんだ!」

「風之真だな。俺は遠野柚希、見ての通りの人間だ」

「我は白澤の義智だ」

「私は遠野天斗、柚希君の伯父です」

「柚希の兄ちゃんに義智の兄さん、そして天斗の兄さんだな! よろしく頼むぜ、三人とも!」

「こちらこそよろしくな、風之真」

「よろしく頼む」

「よろしくお願いいたします」

「おうよ!」

 

 俺達の言葉に風之真がニッと笑いながら返事をする様子から、風之真が俺達に対して一切の警戒心を抱いていない事を感じ、心からホッとしていた。

 

 俺としてはただ話がしたいだけなのに、警戒されていたら何も出来なかったからな。さて、自己紹介は終わったし、そろそろ本題に……。

 

 そして、俺が本題に入ろうとしたその時、風之真が空を仰ぎながら明るい調子で独り言ちた。

 

「いや-、さっきまでは今日は厄日だーなんて思ってたが、こんなに良い奴らに出会えたんなら、今日は思ってたよりも良い日だったみてぇだな!」

「厄日だと思ってたって……何かあったのか?」

「んー……まあ、な。実は俺、こことは違ぇ場所の生まれでな? さっきのさっきまで上機嫌なおてんとさんの下で散歩がてらすいすいすいーって飛んでたんだよ」

「うんうん」

「そうしたら、いきなり目の前がおてんとさんが雲隠れしたみてぇに真っ暗になりやがってよぉ! んで、気付いたらこんなとこにいたもんだから、もう耳元で火縄撃たれたみてぇに驚いちまって、さっきまでここがどこかってのを知るためにびゅんびゅん飛び回ってたんだよ」

「……あ、なるほど。そういう事か」

 

 まあ、そういう理由があったんだったら、しょうがないか。

 

 俺が心の中で納得していると、風之真が不思議そうな顔をした。

 

「そういう事って……いってぇどういう事なんだぃ?」

「いや、さっき突然風が吹いたと思ったら、右手に小さな切り傷が出来てたんだよ。それでここに鎌鼬がいることが分かって、理由を聞くためにお前に声を掛けたんだよ」

 すると、俺が理由を話した途端、風之真はやってしまったという顔になった。

「あちゃあ……そいつぁ、申し訳ねぇ事をしたなぁ……。本当にすまなかったな、柚希の兄ちゃん……」

「いや、別に良いよ。いきなり知らない場所にいたらパニックになるのは仕方ないことだからさ。それにほら、俺の持ち物の力で傷自体は塞いだから、もう問題は無いよ」

 

 俺が塞がった傷口を見せながら優しく言うと、風之真はとても感動した様子を見せた。

 

「柚希の兄ちゃん……! あんたぁ、スッゴく良い人だなぁ……! 兄ちゃんのその観音様みてぇな情け、スッゴく胸に染みわたってくるぜ……!」

「観音様って……別にそんな大層なもんでもないよ。誰だってパニックになったら、周りが見えなくなるもんだしさ」

「柚希の兄ちゃん……あんたって奴ぁ、本当に優しいお人なんだなぁ……」

 

 俺の言葉に風之真は少し感動した様子を見せていたが、すぐにショボンとした様子になると、暗い調子で言葉を続けた。

 

「実は、さっきまで本当にそんな感じでなぁ……いっつも周りにいてくれた兄貴と妹がいないってだけで、スッゴく心細くなっちまったんだよ……。いっつもいっつも、少しは落ち着きを持てーだの少しは世界の事を学べーだの言ってくるばかりの兄貴達でも、いないだけでこんなに心細くなるなんて、まったく思ってもみなかったぜ……」

「風之真……」

 

 ……俺の場合は、自分がすでに死んだって分かってた分、心細さとかは無かった。けど……。

 

「大切な人との別れって、やっぱり辛いものだよな……」

「柚希……」

「柚希君……」

 

 俺の呟くような声を聞いて、義智と天斗伯父さんが少しだけ心配そうに声を上げる。俺は両親を事故で亡くしたと聞いた時、そして葬式の時に人前では泣かないように努めていた。それを見ると親戚以外の参列者達は、まだ四歳だった俺の事を『強い子だ』とか『まだ本当はわかってないんだろう』とか様々な言葉で評した。本当は強くもないし、しっかりと理解はしていたけれど。

しかし、天斗伯父さんに引き取ってもらい、その後改めて両親を亡くした事を理解した時、俺は初めて声を上げて泣いた。あの時ならいくらでも耐えられた涙が、止めどなく俺の頬を伝い、そして俺の衣服を濡らした。

 産まれてから四年、そして物心がついてからだと一年足らずという短い期間の関係だったとしても、やはり辛いものは辛かった。そして誰かを大切だと思うのに、時間の長さなんて関係ないんだと、あの日思い知らされたような気がした。

 

 もしかしたらあの日の涙は、生前の分も含まれていたのかもしれないな……。

 

 その時の事を考え、また少しだけ辛くなりそうだったが、それを何とか押しとどめた後、俺は風之真に対して言葉を続けた。

 

「だから良いんだよ、心細くたって辛くたってさ。だって、それが当然だから、大切な人といきなり別れることになる事なんてのは、さ……」

「柚希の兄ちゃん……」

 

 風之真の寂しさと心配の入り混じった小さな声を聞いた後、俺はある事を話すためにゆっくりと口を開いた。

 

「風之真、実は俺は……」

 

 俺は風之真に自分の正体、ここまでの経緯について語り始めた。そして、俺が語り終えると、風之真は少しだけ落ち着いた様子で静かに口を開いた。

 

「……なるほど、柚希の兄ちゃんもそんな辛ぇ出来事を経験してきてたんだな……」

「ああ。今となってはもう乗り越えられたけど、やっぱり辛いものは辛くて良いんだと思うんだ。けど、その後にその辛さをどうするかはその人次第だ。それをバネに頑張っていくか、その辛さに浸り続けるかは、な……」

「辛さをバネにするか、辛さに浸り続けるか……俺は……」

 

 風之真は呟くように言葉を繰り返した後、静かに考え事を始めた。自分自身の気持ちと向き合い、自分なりのベストの答えを導き出すために。そして数分後、風之真は静かに口を開いた。

 

「……やっぱり、兄貴達がいねぇ分、辛ぇものは辛ぇし、心細ぇものは心細ぇ。けど……だからといってそのまま辛ぇ辛ぇって泣いてんのは俺らしくもねぇ……! 俺は……また兄貴達と会うまで、頑張って生きていかなきゃねぇんだ! いつまでもめそめそ泣いてなんていられねぇんだ! だから俺は……! この気持ちを頑張るための原動力って奴にする! いつか兄貴達と会い、また笑い合うその日まで!」

 

 風之真の顔にはさっきまでの不安などの代わりに、炎のように熱い決意が秘められていた。

 

 これが風之真の選択、か……。

 

 俺は風之真の顔を見ながら静かな声でエールを送った。

 

「……そっか。頑張れよ、風之真」

「おう! もちろんでぃ!」

 

 風之真はさっきまでの曇り空みたいに暗い様子から一変し、快晴の青空みたいな明るい様子で返事をした。

 

 うん、これなら問題は無さそうだな。

 

 風之真の様子を見て、俺がうんうんと頷いていたその時、風之真が何かを思い出したように声を上げた。

 

「あ……でも、俺には行くとこがねぇんだった……」

「あはは……」

 

 まあ、初めての場所なわけだし、基本的にはそうなるよな。よし……。

 

 ある決断をした後、俺は再びショボンとしている風之真に話し掛けた。

 

「なぁ、風之真。それなら俺達と一緒に来ないか?」

「へ……柚希の兄ちゃん達と一緒に、かぃ?」

「ああ。このまま行くとこがないお前を放ってもおけないしさ。それにお前のふるさと探しだって、一緒にやれば見つかる可能性もグッと上がると思うんだ」

「……柚希の言う通りだな。見つけられるまでは分からんが、少ない可能性を追い続けるよりは、多い可能性を追う方が賢い選択だと我は思うぞ」

「ふふ、そうですね。探す人の数が多い方が、見つかる可能性も高まりますから」

「みんな……」

 

 風之真は呟くように言った後、小さく笑いながら言葉を続けた。

 

「へっ、アンタ達の言う通りだ。このまま分の悪ぃ賭けなんざ続けちまってたら、ボロボロに負け続けてすぐに文無しのオケラになっちまう。だったら、一匹で探すなんていう大穴は完全に()して、兄ちゃん達と一緒に探すっていう本命を狙い続けた方が賢い選択だからな!」

「大穴とか本命って……ふふ、やっぱり面白い奴だな、風之真って」

「へへっ、兄ちゃん達……いや、旦那達も似たようなもんだろ? なんせ、転生者なんて不思議な存在とその伯父の神さん、そしてその仲間の白澤様なんだからな!」

「ははっ! たしかにそうだな!」

「へへっ、だろ?」

 

 風之真と一緒に笑い合った後、俺は風之真に右手を差し出した。

 

「それじゃあ……これからよろしくな、風之真」

「よろしく頼むぞ、風之真」

「よろしくお願いしますね、風之真さん」

「おう! こちらこそよろしくな! 柚希の旦那! 義智の旦那! 天斗の旦那!」

 

 風之真が満面の笑みを浮かべながら答えた後、俺達はガッチリと握手を交わした。

 

 夕士達の時と同じで、これも思わぬ出会いにはなったけど、風之真が加わったこれからの生活は絶対に楽しいものになるはずだ。

 

 握手を交わしながら俺はそう強く確信した。そして握手を終えた後、俺はランドセルから『絆の書』を取りだし、空白のページを開いた。

 

「よし、風之真。それじゃあここに手を置いてくれ」

「おう! そして柚希の旦那と一緒に妖力をここに送りゃあ良いんだよな?」

「ああ。よし……それじゃあ始めるぞ」

「へっ、合点承知だ!」

 

『絆の書』のページに俺と風之真の手が置かれた後、俺は魔力を、そして風之真は妖力を白紙のページへと流し込み始めた。

 

 ぐ……この感覚、やっぱりまだ慣れないな……。

 

 魔力が体の奥から腕を伝って手からページへ勢い良く流れ込む感覚を味わっていたその時、義智の時と同様に魔力を注ぎ込み終わった瞬間、体の力が一気に抜け、俺は立ち眩みのような症状に見舞われて倒れ込みそうになった。しかし、両足でアスファルトを踏みしめた事で、どうにか倒れずに済んだ。

 

「……ふぅ、危ない危ない……」

「柚希、大丈夫なのか?」

「……ああ、大丈夫。魔力を一気に多く使うと、どうにもこうなっちゃうみたいでさ」

「そうか……」

 

 俺の返事に義智が少しだけ安心したように声を上げ、その様子に天斗伯父さんはクスリと笑う中、俺は自分の力不足を痛感しながらいつの間にか垂れてきていた額の汗をソッと拭った。

 

 ふぅ……やっぱりこの感覚に慣れるために何か修行みたいなのもした方が良いのかな。

 

 そんな事を考えた後、俺は『絆の書』に視線を落とした。するとそこには、風に乗って飛んでいる様子で描かれた風之真の姿と鎌鼬の詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 うん、これでオッケーだな。とりあえず、一回風之真を出してやるか。

 

 俺は再び風之真のページに手を置き、そのまま魔力を送り込んだ。するとページから光の球体が浮かび上がり、そのまま俺の横で滞空すると、そのまま鎌鼬の姿へと変化した。

 

「風之真、どうだ? 『絆の書』の中の居住空間の居心地は?」

「へへっ、最高だったぜ! 柚希の旦那! 広ぇ庭園のある武家屋敷みてぇな場所の横に、同じくれぇ大っきな庭付きの異国の建物があったんだ! それに大っきな山とか森とか川とか、色々な花が咲いてる丘とかちっと寒そうな感じのする場所とかもあってよ! あんなに豪華で心地良い場所、一国の殿様でも住めねぇんじゃねぇかと思ったぜ!」

「ふふ、気に入ってくれたようで何よりだよ」

「おう! あんなに良い場所だからな、一目で気に入ったぜ!」

 

 とても楽しそうに『絆の書』の中の居住空間についての感想を述べる風之真の様子に、俺は居住空間に対しての興味が湧いてくるのを感じた。

 

 そういえば、義智によると居住空間にはお手伝いさんみたいなのもいるんだっけ……居住空間について詳しい事は聞いた事が無かったけど、風之真達の話から考えると、もしかしたら居住空間ってこことはまた別の世界にあるのかもしれないな。

 

 まだ見ぬ居住空間について考えを巡らせていたその時、辺りに大きな腹の音が鳴り響いた。

 

「あ……そういえば、昼食がまだだったっけな」

「そうだな。風之真の故郷について考える前に、まずは腹拵えとしよう」

「よし……それじゃあ今日は、風之真の歓迎会もかねた昼食にするか。天斗伯父さん、良いですか?」

「はい、もちろんです」

「ありがとうございます」

 

 そして『絆の書』をランドセルにしまった後、俺は皆に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあ早速帰りましょうか」

「うむ」

「おうよ!」

「はい」

 

 三者三様の返事が聞こえた後、吹き抜ける気持ちの良い風のような新しい友達と共に、俺達は家に向かって話をしながら歩き始めた。




政実「第1話、いかがでしたでしょうか」
柚希「夕士達との出会い、そして鎌鼬の風之真との出会いの回だったな。ところで、作中で軽く鎌鼬の説明をしてたけど、これからもやっていくのか?」
政実「『絆の書』のメンバーになるモノが出てくる回はそうするつもりだよ」
柚希「了解。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしておりますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「よし……それじゃあそろそろ締めようか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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FIRST AFTER STORY 異世界の鎌鼬

政実「どうも、鎌鼬を肩に乗せてみたい片倉政実です」
風之真「鎌鼬の風之真だ! んで、このAFTER STORYってぇのは、いってぇ何なんでぃ?」
政実「このAFTER STORYは、各話で仲間になったモノがメインになるちょっとした後日談みたいな物かな」
風之真「なるほどなぁ……だから、いつもなら柚希の旦那がやってる事を今回は俺がやってるってぇわけか」
政実「そういう事。さて……それじゃあそろそろ始めていこうか」
風之真「おうよ!」
政実・風之真「それでは、FIRST AFTER STORYを始めていきます」


「んぅ……」

 

 まだ少し眠気が残る中、そんな声を上げながら昼飯後の日課となった昼寝から覚めると、その声に気づいた柚希の旦那が読んでいた本をパタリと本を閉じ、ニコリと笑いながら話し掛けてきた。

 

「おはよう、風之真。その様子だとよく眠れたようだな」

「……ん、まあな。ところで、柚希の旦那は何を読んでたんだ?」

「ん……ああ、色々な妖や神獣なんかが出てくる小説だよ。そういったモノ達の知識が全くない人間が、様々なモノ達と出会ったりふれ合ったりする事で、人間的にも成長をしながらどうやったら人間と人ならざるモノ達が良い関係になれるかを考えていくっていう話なんだ」

「へえ……それで、その話には鎌鼬(かまいたち)は出て来るのかぃ?」

「ああ、出てくるよ。まあ、この話の鎌鼬も風之真と同じで、兄妹達と離れ離れになってるんだけどな……」

「……そうかぃ」

 

 柚希の旦那のどこか哀しげな顔を見ながら、俺は故郷にいる兄妹達の姿とこの家に世話になる事になった経緯を想起した。

二週間くらい前、兄妹達が住み処で勉強に励む中、あまり勉強が好きじゃなかった俺は故郷の空を一人で気持ち良く飛んでいた。しかし、その途中で急に目の前が真っ暗になり、気付いたらこの近くへと来ていたのだった。

俺はいきなり知らない場所に来ていた事にパニックを起こし、その近くを飛び回っていたが、ちょうどそこに通り掛かった柚希の旦那を傷付けた事がきっかけで、転生者である柚希の旦那やその仲間である白澤(はくたく)義智(よしとも)の旦那、そして柚希の旦那の伯父であり神様だという天斗の旦那と出会った。

そして、俺の話を聞いてもらったり、柚希の旦那を傷付けてしまった事を謝ったりした後、柚希の旦那が転生者である事や旦那の過去などを聞き、俺もクヨクヨせずに故郷の家族達と再会をする事を目標にしたは良いが、現時点では行く宛も無かったため、俺は柚希の旦那の申し入れを受け、旦那達の世話になる事にした。

その後、柚希の旦那達と一緒に家に帰り、昼飯を食べた後に天斗の旦那の発案で柚希の旦那と義智の旦那が同調をする事で使えるという能力を俺に使い、故郷がどこにあるのかを割り出す事にしたのだが、それによって誰もが驚く()()()()が分かってしまった。

 

「……柚希の旦那、義智の旦那との同調時の能力は、“この世界”のモノの情報なら何でも視る事が出来るんだよな?」

「ああ。だから、風之真の情報が視えなかった時は本当に驚いたよ……」

「だよなぁ……」

 

 溜息をつきながら柚希の旦那の言葉に頷いた後、俺はその時の事を想起した。そう、あの時、俺の情報は()()視えなかった。つまり、それによって俺は別の世界からこの世界に迷い込んできたという事が分かったのだ。

だが、恥ずかしい事に俺は自分の故郷や少し離れたところにある地域の事しか知らず、自分のいた世界がどんな名前なのかなどについて答えられなかったため、俺の故郷がある世界を割り出すまでには至らなかった。

 

 ……まったく、あの時ほど自分の知識不足を恨んだ事は無かったな。いつも兄貴達から本を読めだのもっと世界の事に目を向けろだの言われてたのに、それをしなかったせいで故郷に帰れるかもしれない機会を自分から失うなんて、笑い話にもなりゃしねぇ。

 

「……ほんと、俺は大馬鹿野郎だな」

 

 俯きながら半ば自嘲的に呟いていたその時、「……いや、風之真は大馬鹿野郎ではないよ」と言う柚希の旦那の声が聞こえ、俺がゆっくりと顔を上げると、柚希の旦那はニコリと笑いながら静かに口を開いた。

 

「たしかに、世界に目を向けてなかった事で、自分の故郷に帰るチャンスを失ったかもしれない。けど、それをしっかりと失敗だと認められるだけ、風之真はまだ賢いさ。世の中には自分の失敗を認められず、他人のせいにしか出来ない奴だっているんだからな」

「柚希の旦那……だが、今回の件は俺が故郷がある世界の事を少しでも知っていりゃあ、済んだ話だったかもしれねぇだろ? だから、やっぱり自分の知識不足って奴がどうにも許せねぇし、スゴく悔しくて辛ぇんだよ……。それに……」

「それに……?」

「……いや、何でもねぇ。聞かなかった事にしてくれ」

 

 不思議そうに訊いてきた柚希の旦那に対して俺は軽くそっぽを向きながら答えた後、口をついて出てきそうになった『ある思い』を急いで飲み込んだ。

 

 ……この思いに偽りはねぇが、こんなバカをやらかした今の俺が口に出して良いような物じゃねぇからな。

 

 そう思いながらその思いを心の奥深くに追いやろうとしたその時、「……仕方ないか」と何かを考えるような仕草をしながら柚希の旦那が呟くのが聞こえたかと思うと、柚希の旦那は俺の目を真っ直ぐに見ながら静かな声で問い掛けてきた。

 

「……風之真、今からちょっと散歩に行かないか?」

「散歩……? それは別に構わねぇが、一体どうしたってんだぃ?」

「いや、少し気分転換をするのも良いかなと思った、それだけだよ」

「気分転換、ねぇ……」

 

 ……まあ、このままウジウジしてるのは性に合わねぇし、ここは柚希の旦那の提案に乗っといた方が良いかもしれねぇな。

 

 そう考えた後、俺は柚希の旦那の目を真っ直ぐに見つめ返しながらニッと笑った。

 

「……そうだな。気分を変えりゃあ、何か故郷のある世界を見つけるための良い案も浮かぶかもしれねぇし、ここはちょっくら散歩に行ってみるか」

「ああ。それじゃあ早速行こうぜ、風之真」

「おうよ!」

 

 そして、柚希の旦那が『絆の書』をショルダーバッグにしまい、肩に載せてもらった後、俺達は一緒に部屋を出た。すると、階段を下りたところで、居間から天斗の旦那が出てくるのが見え、柚希の旦那は天斗の旦那に声を掛けた。

 

「天斗伯父さん、今から風之真と一緒に散歩に行ってきますね」

「はい、分かりました。お二人とも気をつけて行って下さいね」

「はい」

「おうよ!」

 

 そして、玄関のドアを開けて外に出て、昼下がりのポカポカとした陽気の中をゆっくりと歩き始めた後、俺は肩の上から柚希の旦那の旦那に声を掛けた。

 

「それで、どこまで行くつもりなんでぃ?」

「うーん……どこまでとかは特に無いかな。まあ、あくまでも気分転換だから、気持ちが切り替わったかなと思ったら、帰る事にしようかなと思ってるよ」

「……そうかぃ。にしても……今日も良い天気だなぁ、柚希の旦那」

「そうだな。遠くにも雨雲は無いみたいだし、今日一日は快晴のままかもな。まあ、俺的には雨が降ったとしても嬉しいけどさ」

「あー……そういや、柚希の旦那は雨も好きなんだったけな。けど、なんだってそんなに雨が好きなんでぃ? 雨が降っちまったら、体も濡れちまうしジメジメとしちまうじゃねぇか」

「たしかにジメジメとすると色々と困る事があるけど、傘や木の葉なんかに雨が当たる時の音に聴き入るのも結構乙なもんだぜ? まあ、ただの音だって言ってしまえばそれで終わりだけど、雨音ってよく聴いてみると何かのリズムを刻んでるようにも聞こえるんだよ。それに、雨音を聞きながらだと読書も勉強もそれなりに集中して出来るし、俺は雨の日は結構好きだな」

「なるほどなぁ……たしかにそう考えれば、雨の日も悪くねぇって気にはなるな」

「だろ? まあ、さっき言ったみたいに洗濯物が中々乾かないとか気をつけないとカビが生えるとか困る事も多いけど、暗い事ばかり考えるよりは明るい事を考えた方が気持ちも明るくなるし、ずっと楽しいだろうからさ」

「明るい事を考える、か……へへっ、確かにそうだ。どうせだったら、今俺らの上にあるあのおてんとさんみてぇに明るくいった方がずっと良いもんな」

「ああ」

 

 そんな会話を交わしながら歩き続け、近所にある公園まで差し掛かったその時、ふととても気持ちの良い風が吹き、その瞬間に空を飛び回りたいという気持ちが沸々とわき上がってきた。

 

「……柚希の旦那、ちょいとだけその辺りを飛び回ってきても良いかぃ?」

「ああ、もちろん。それじゃあ俺は公園のベンチに座って待ってるから、満足したら戻って来いよ?」

「へへっ、もちろんでぃ!」

 

 元気よく返事をした後、俺はちょうどよく吹いてきた風に乗って飛び始め、空へ向けて徐々に高度を上げていった。そして、それなりの高さまで上がったと感じた後、風向きに気をつけながら少しずつ体勢を俯せの形へと整えていった。

 

「……いよっし、こんなもんだろ。それにしても……飛び心地ってぇのはどこも変わらねぇもんだなぁ」

 

 眼下に広がる街の光景やそこの住人達の姿を見ながら独り言ちた後、俺は故郷の光景や故郷にいる家族の姿を想起した。そして、今頃何をしているだろうと考えた瞬間、何も言わずにいなくなってしまった事への申し訳なさと家族が近くにいない寂しさから徐々に悲しさが高まっていき、程なくして目から涙がポロポロと溢れ始めた。

 

「ちくしょう……なんで俺はもっと世界の事に目を向けなかったんだ……! あんなに学べって言われてたのに、今頃その大切さに気付くなんて遅すぎるだろうよ……!」

 

 学びを放棄していた事への罰、それがこれだとすればこれはあまりにも酷すぎるんじゃないか。そんな思いもあったが、それよりも自分を責める気持ちの方が強かった。ただただその辺りを飛び回る事だけを考え、それ以外にはあまり興味を向けなかったかつての自分がとても憎く、とても恨めしかった。

少しでも学ぶ気持ちがあれば、何か変わっていたと思えば思う程、自分のバカさ加減に嫌気が差し、そしてこれまでの自分はなんて情けない奴だったんだろうと思うと同時に、柚希の旦那の前で言う事が出来なかった『家族に会えない寂しさ』が込み上げ、目から涙が溢れ始めた。

 

「ちくしょう……会いてぇ、会いてぇよ……みんなぁ……!」

 

 会いたいけど会えない。その辛さで胸の奥が締め付けられそうになっていたその時、涙で目の前が歪む中でふと公園のベンチに座りながら本を読む柚希の旦那の姿が見え、俺はいても立ってもいられなくなり、すぐに柚希の旦那の所へと飛んでいった。

そして、柚希の旦那のすぐ近くまで来た瞬間、柚希の旦那はスッと顔を上げ、何かを悟ったような表情を浮かべながら本を閉じると、本を傍らに置いていたショルダーバッグの上に置き、涙を浮かべながら飛んできた俺を優しい笑みを浮かべて受け止めてくれた。

 

「……やっぱり寂しくなっちゃったか」

「……ああ。だけどな、俺はそれ以上に自分(てめえ)が情けねぇんだよ……! 少しでも学ぼうってぇ気を起こさず、ただ遊び呆ける事しか頭に無かった自分が憎らしくて情けなくて仕方ねぇ……! 学ぶ気持ちさえありゃあ、こんな風に家族や旦那方に迷惑を掛けなかったのに、俺って奴ぁ……!」

「……うん、たしかに学ぶ事は大切だし、今回の件に関しては自分の住む世界に目を向けなかった風之真にも非はあると思う。でもさ、これで風之真は学ぶ事の大切さを『学ぶ』事が出来た。だから、これからは色々な事を学んで、それを自分の糧にしていけば良いんだ。そして、自分が学んで得た物で他の人を助けていけば良いんだよ」

「……学んで得た物で、他の奴を……助ける……」

「そうだ。たぶんだけど、これからも色々な人ならざるモノ達が俺達の前に現れると思う。だから、もしソイツらが何か困っているようだったら、風之真がそれまでに学んで得た知識や経験を使って助けてやれ。困っている人っていうのは、今のお前のように心細さみたいなのを感じている物だからさ」

「…………」

「もちろん、学び方はお前がやりやすい方法で良い。本を読んだり小難しい話を聞いたりするのが難しかったら、それについて誰かに噛み砕いて説明してもらう事も出来るし、色々な所に行くのが好きで誰かと話す事が好きな性格を活かしてみても良い。どうせ勉強をするなら、やっぱり楽しい方が覚えるはずだからさ」

 

 そう言いながらニッと笑って俺の頭を優しくゆっくりと撫でる柚希の旦那の顔を見ていた時、俺はそれに対してふと懐かしさのような物を覚えた。

 

 この感じ……そうだ、俺がもっと小さかった頃、兄貴が撫でてくれたのに似ているんだ。ただ撫でられてるだけだけど、どこか温かくてホッとするこの感じ……へへ、やっぱり良いなぁ。

 

 そんな事を思いながら胸の奥がポカポカとしてくるのを感じていたその時、さっきまで感じていた寂しさや悲しさといった気持ちが徐々に無くなっていくのを感じ、俺はその安心感から徐々に微睡みだし、ゆっくりと目を閉じた。そして、意識がスーッと落ちていく中、「……おやすみ、風之真」と言う柚希の旦那の声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

「ん……」

 

 背中に何か柔らかい物を感じながらそんな声を上げつつゆっくりと目を開けると、最初に目に入ってきたのは穏やかな顔で読書をする柚希の旦那の姿だった。

 

「……柚希の、旦那……?」

「……ああ、起きたか。風之真、よく眠れたか?」

「あ、ああ……それはもうグッスリと……」

「そっか、それなら良かったよ。俺の膝の上じゃ流石に寝心地が悪いかと思ってたから、そう言ってもらえて安心したよ」

 

 柚希の旦那はニコリと笑いながら言った後、読んでいた本をショルダーバッグにしまい、体を上にグーッと伸ばしてから軽く空を見上げた。

 

「……まあ、このくらい寝られればたしかにグッスリ寝たって言えるよな」

「え……?」

 

 柚希の旦那の声に疑問を抱き、同じように空を見上げると、さっきまで青かった空はすっかり橙色に染まっており、その事から俺がかなりの時間を眠ってしまっていた事は明らかだった。

 

「柚希の旦那……俺はだいたいどのくらい寝てたんでぃ……?」

「うーん……家を出たのがたしか2時くらいで、さっき5時を報せるチャイムが鳴ってたから、だいたい3時間くらいかな?」

「3時間……俺って奴ぁ、そんなに寝ちまってたのかぃ……」

「まあな。あ……そういえば、さっき天斗伯父さんと義智が来て、夕飯の食材のお使いとお前への伝言を頼まれたんだった」

「俺への伝言……?」

「ああ。天斗伯父さんが『無限にある世界の中から風之真さんの故郷がある世界を見つけるには、恐らく気の遠くなるほどの時間が掛かってしまいますが、それでも部下達と共に絶対に見つけ出してみせますので、もう少しだけお待ち下さいね』で、義智が『風之真自身にも多少の非はあるとしても、まだ幼い中で家族と会えないというのは、流石に気の毒だと思っている。だが、これも一つの学びの機会と捉え、血縁者達と会えるまでの間、己を磨くのもよいかもしれぬぞ』だったかな」

「旦那方がそんな事を……」

 

 天斗の旦那達の伝言に俺が少し驚くと同時に、再び心の奥がポカポカとしてくるのを感じていると、柚希の旦那はそんな俺の様子を見ながらクスリと笑った。

 

「天斗伯父さんはもちろんの事、義智も何だかんだで風之真の事を大切に思ってるんだよ。共に同じ家に住んでいる『仲間』であり『家族』としてな」

「『仲間』であり『家族』……」

「ああ。まあ、愛情の深さや絆の強さなんかは流石に本当の家族には負けるだろうけど、それでも俺達だって風之真の事は大切な存在だと思ってるよ。出会ってからまだ二週間くらいしか経ってないとしてもな」

「柚希の旦那……」

 

『仲間』であり『家族』か……へへっ、柚希の旦那達からそう思ってもらってるってんなら、俺もそれには応えていかねぇとだな。

 

 そう思いながらニッと笑った後、俺は軽く体を上に伸ばしてから柚希の旦那に声を掛けた。

 

「よっし……そんじゃあ行こうぜ、柚希の旦那! 早く帰らねぇと、待ちくたびれすぎて天斗の旦那達の首がろくろっ首みてぇに長くなっちまうからな!」

「ふふ、そうだな。俺的にも目的は達成出来たし、そろそろ行った方が良いか」

「おう! ……って、目的?」

「ああ。お前を散歩に誘ったのは、実は気分転換のためじゃなく、お前自身の本当の気持ちを引き出させるためだったんだ」

「本当の気持ち……?」

「そう。家で話をしていた時、お前はどちらかと言えば自分が知識不足だったという後悔にばかり目が行っていた。

けれど、散歩という名目で外出をし、その外出中にどこかのタイミングで空を飛ばせてみれば、空からこの街やそこに住む人達の姿を見る事で、故郷の様子やそこに住む家族を含めた住人達を連想させられ、それがきっかけで今まで表に出して来なかった家族に会えない事への寂しさとか後悔以外の自分への思いみたいなのを引き出せるかなと思ってな」

「……なるほど、俺が飛んできた時に『やっぱり』なんて言ってたのは、そういう事だったのかぃ……。けど、なんだってそんな方法をとったんでぃ? 自分でも言うのもアレだが、気持ちを正直に話せなんて言われたら、たぶんすんなりと話していたと思うぜ?」

「……たしかに風之真は正直者だから、話してくれって言えば話してくれたかもしれないけど、俺の目的は話させる事だけじゃなく、それを話した上で少しでも感情を表に出し、スッキリとしてもらう事でもあったんだ。実際、実の家族が近くにいない寂しさや学んでこなかった自分への思いなんかを泣きながら話したら、なんだか気持ちが軽くなったような気がするだろ?」

「……あ、言われてみれば……」

 

 柚希の旦那の言う通り、恥ずかしげも無く寂しさなどについてわんわんと大泣きしながら話したからか、家を出る前よりはなんだか気持ちが軽くなったような気がした。

 

 ……まあ、気持ちが軽くなった理由は、たぶんそれだけじゃなく、柚希の旦那が掛けてくれた言葉のおかげでもあるだろうけどな。

 

 そんな事を思いながらクスリと笑った後、俺は柚希の旦那に対してコクリと頷いた。

 

「……まあ、たしかにそうかもしれねぇな」

「ふふ、なら良かったよ。まあ、天斗伯父さんが言うように、風之真の故郷がある世界を見つけるにはかなりの時間がかかるのは間違いない。けれど、こうして風之真と巡り会った以上、絶対に風之真を再び家族と会わせてやるさ。それがお前の『仲間』であり『家族』である俺の使命みたい物だからな」

「柚希の旦那……」

 

 その瞬間、微笑む柚希の旦那の姿が故郷にいる兄貴の笑顔と重なったような気がし、俺はそれに安心感を覚えながらニッと笑った。

 

「……ああ、よろしく頼むぜ、柚希の旦那!」

「ああ、頼まれた。さて……それじゃあ今度こそ行こうぜ、風之真」

「おうよ!」

 

 柚希の旦那の言葉に大きな声で返事をし、ショルダーバッグを背負った柚希の旦那に再び肩に載せてもらった後、天斗の旦那から頼まれたという夕飯の買い物をするべく、俺達は夕暮れに染まる公園を出た。そして、柚希の旦那が近くの店へ向けて歩き出そうとした時、「柚希の旦那」と声を掛けると、柚希の旦那は軽く首を傾げながら俺の方へ顔を向けた。

 

「どうした、風之真?」

「……これからもよろしくな、柚希の旦那」

「……ああ、こちらこそよろしくな、風之真」

 

 そう言いながら笑い合った後、俺は()()()()()()()の肩に乗ったまま、茜色の街の中を様々な話をしながら進んでいった。




政実「FIRST AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
風之真「今回は俺視点での話だったわけだが、次回からもこんな感じでやっていくのかぃ?」
政実「そうだね。因みに、仲間入りした住人が複数いる時は、度々視点の変更をしながら話を進めていく予定だよ」
風之真「おう、分かったぜ。そして、今作品に対しての感想や意見、評価なんかも待ってるから、書いてくれるととても嬉しいぜ。よろしくな!」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
風之真「おうよ!」
政実・風之真「それでは、また次回」


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第2話 心の声を覚る少女

政実「どうも、好きな天気は快晴の片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。たしかに快晴の青空は気持ちが良いから、俺も好きだな。まあ、雨とか雪も嫌いじゃないけどさ」
政実「そうだね。雨も雰囲気とかが好きだし、雪も綺麗な風景を作り出してくれるから、欠かせない天気だよね」
柚希「そうだな。さて、雑談はここまでにして、そろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第2話をどうぞ」


「おはようございます、天斗伯父さん」

「おはよう、シフル」

「おはようございやす、天斗の旦那」

「はい、おはようございます、皆さん」

 

 晴れ渡った青空の下で、気の早い色取り取りの鯉のぼり達が泳ぐゴールデンウイークの初日の朝の事、白澤(はくたく)義智(よしとも)達と一緒に朝の挨拶をしていた時、ふと天斗伯父さんがコーヒーを飲みながら読んでいた朝刊の記事が目に入ってきた。

 

「なになに……『昨今、行き過ぎた森林伐採の影響で山に生息している野性動物達が街へ降りてくるようになり、怪我などの被害を受ける住民も続出している』か……」

 

 そういえば、前世でも同じような事がニュースになったりしてたっけな……。あっちみたいにこれが原因で亡くなる人が出ないと良いんだけど……。

 

 その記事を読んでそんな思いを抱いていたその時、義智の冷たい声が聞こえた。

 

「ふん……たしかに林業は文明の発展には大切な物だ。しかし、その山に棲まう獣や妖、そして精霊などにとっても、樹木というものは無くてはならないものなのだ」

「ああ。確かに山には木霊(こだま)のように樹木に関係する精霊もいるからな」

「その通りだ。だが……昔の人間達とは違い、現在の人間達にはそういった考えを持った者は多いわけでは無い。そしてその結果、このようなしっぺ返しを食らう。まったく……愚かしい事だ」

「まあ……一応、そういう考えを持った人達や今の状況に危機感を覚えてる人達はいるし、保護団体やボランティアの人達が植林とかの活動をしてはいる。でも山の動物や妖達からすれば、正直なところ『現在(いま)』が一番重要だからな……」

 

 すぐ手の届くところに何かしらの食べ物があり、家で雨風や冬の寒さを凌げる俺達とは違い、動物や妖などの山に棲むモノ達は『森』や『川』が自分達の住み処となる。だから、人間の勝手でそれが失われるとなれば、そういうモノ達としては正直たまった物では無いのだ。

 

 ……何か良い手があれば良いけど、そう簡単に何とかなる事でも無いしなぁ……。

 

 新聞記事を見ながらそんな事を考えていると、風之真が俺の肩の上で腕を組みながらうんうんと頷いた。

 

「確かにそうだよなぁ……俺がいたとこには人間がいなかったから、この瓦版の記事みてぇな事は起こってねぇが、もし起こったら喧嘩なんかとはわけが違ぇ事に発展しそうだなぁ……」

「……ん? 風之真の故郷って人間が住んでない所なのか?」

「おっと、そういやまだそれは話してなかったな。何でかは知らねぇんだが、俺の故郷には人間なんて一人もいなくてな。前を見ても後ろを見ても妖がいるし、右を見ても左を見ても妖がいる、そして上とか下を見たって妖がいるようなそんな場所でぃ。

んで、祭の日なんかは『賑やか』って言葉が逃げ出すくれぇの盛り上がりで、それが原因で小せぇ喧嘩なんかも起こったりすんだが、あくまでも昂ぶった気を発散してぇだけだから、色んな奴がそれに対してヤジを飛ばしたり出店の食い物を食いながら見物してたりするんだ!」

「へぇ……そんな場所があるんだな……」

 

 人間がいない妖達だけの世界か……興味はスゴくあるし、そこへ行く手段を見つけられたら皆で一緒に旅行をしてみたいな……。

 

 風之真が話す場所について考えていたその時、風之真から小さな腹の音が聞こえた。そしてそれを聞くと、天斗伯父さんはクスッと笑いながら俺達に声を掛けてきた。

 

「ふふ……それでは、そろそろ朝ご飯の準備を致しましょうか?」

「うぅ……申し訳ねぇです、天斗の旦那……」

「いえいえ。私もそろそろ朝ご飯にしようと思っていましたから。それでは皆さん、お手伝いをお願いしますね?」

「はい」

「うむ」

 

「へい!」

 そして俺達は役割分担をした後、朝食を作るための作業に取り掛かった。

 

 

 

『いただきます』

 

 朝食を作り終わった後、俺達は声を揃えて挨拶をしてから朝食を食べ始めた。明るく話し好きな風之真が加わって話題などが増えた事で、この家も多少賑やかにはなったが、正直な事を言うならもう少し賑やかなのも良いかなと心の中で思っていた。

 

 今はまだ俺達だけだから静かに感じるけど、これから仲間がどんどん増えていったら、そんな風に思う事も無くなるかもしれないな。

 

 その光景を想像して思わずクスリと笑っていると、天斗伯父さんがニコニコとしながら俺に話し掛けてきた。

 

「ふふ……柚希君、何だか楽しそうな事を考えているようですね?」

「あ、はい。もっと仲間が増えたら、この家ももっと賑やかになりそうだなぁと思ってたんです」

「ふふ、そうですね」

 

 天斗伯父さんが微笑みながら答えると、義智はそれに対して小さく鼻を鳴らした。

 

「ふん、お前達の考えを否定する気はないが、妖を含めた超常的なモノの中には、人間に対して悪印象を持つ者がいることを忘れるなよ?」

「それは分かってるけどさ、そういうモノ達とも仲良く出来たら、それは凄く良い事だと思わないか?」

「最悪の場合、仲良くする前に命を奪われかねんがな。……まあ、そうなる前に出来る限りの手は尽くしてやるが」

「ほーう? 義智の旦那は、何だかんだで柚希の旦那の事を大事に思ってんだねぇ?」

「……ふん」

 

 風之真からのからかい混じりの言葉に、義智は鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。

 

 ふふ、義智は何だかんだで面倒見が良いもんな。いつも素っ気ない態度を取ったり冷たい言葉を口にしたりするけど、しっかりと手を貸してくれる時は貸してくれるし、俺達の様子をしっかりと見てくれている。そういう所は、本当に年長者らしい所だって思える気がするなぁ……。

 

 そっぽを向いている義智の様子を微笑みながら見ていると、風之真が突然何かを思い出したように声を上げた。

 

「おっと……そういや柚希の旦那、今日もあの夕士達と遊ぶ約束をしてなかったかぃ?」

「ああ、それは午後からだよ」

「へぇ? そんじゃあ午前中は、いってぇ何をするってんだぃ?」

「そうだなぁ……午前中は宿題でもやろうかな。ため込むと後で苦労するし」

「宿題ってぇと──ああ、あの色んなもんが書いてる紙切れとか冊子みてぇな奴とかか……」

「ああ、そうだよ。……そうだ、風之真も試しに少しだけやってみるか?」

 

 俺が試しに訊いてみると、風之真は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。

 

「いいや、俺は遠慮しとく。今回の一件で学びがどれだけ大事かは思い知ったが、何というか……ああやってジッと座ってんのとか勉学って奴とかとはやっぱり相性が合わねぇんだよ」

「ははっ、たしかに風之真がジッと座ってる様子なんて想像もつかないかも」

「へへっ、だろ?……と言っても、ウチの兄貴と妹は違うんだよなぁ……」

「風之真……」

「前に話したかもしれねぇが、ウチの兄貴は瓦版屋に、そして妹はお医者になりてぇらしくてな。暇がありゃあいっつもその辺飛び回ってた俺とは違って、暇な時にゃあ本を読んでたり何か書き物をしたりするような兄妹達なんだ」

「……そっか、やっぱり兄妹でもそれぞれに違いは出るんだな」

「まあ、そうだな。そういえば柚希の旦那は、前世で兄貴とか弟とかはいなかったかのかぃ?」

「うーん……前世でも俺は一人っ子だったかな。だからちょっと兄弟がいる友達が羨ましかったりしたんだよなぁ……」

「へへっ、そうかぃ。でも、俺は柚希の旦那の事はダチであり、兄弟みてぇなもんだと思ってるぜ? もちろん、柚希の旦那が兄貴だ」

「風之真……ふふ、ありがとうな」

「おう、どういたしましてってな!」

 

 俺達が笑い合っていると、義智がふぅっと息を吐いた後、静かな声で話し掛けてきた。

 

「……兄弟の話も良いが、早く食べ切らんと飯が冷めてしまうぞ」

「……っと、それもそうだな。義智、ありがとうな」

「ふん、飯は出来たばかりの方が美味いのが当然だからな」

「へへっ、そりゃあそうだ。よっし、柚希の旦那。俺らもちゃちゃっと食べちまおうぜ!」

「そうだな」

 

 そして俺達は朝食を再び食べ始めた。

 

 

 

 

「えーと……これがこうでこれがこうだから──よし、これでこれは終わりっと」

 

 朝食の後、俺は自分の部屋で宿題を片付け、義智はその近くで瞑想、そして風之真は近所のパトロールに出ていた。

 

 やっぱり連休は安心して過ごしたいから、ちゃちゃっと終わらせた方が良いよな。よし……午前中に全部終わらせるつもりでやるか。

 

 そして、次の教科に手を付けようとしたその時、ふと義智達とは違う小さな妖気を感じ、俺は手を止めながら義智に声を掛けた。

 

「……義智、お前も感じたか?」

「……ああ。だが、風之真の時と同様に注意するほどではないようだがな」

「そうかもしれないけど、もし風之真と同じような奴だったら、声ぐらいは掛けるからな?」

「ふん……お人好しな奴め」

 

 義智は静かに言うと、再び瞑想を始めた。そしてそれと同時に感じていた妖気がフッと消えた。

 

 まあ、この義智の反応を見る限り、困ってる奴を助けること自体は嫌がってないみたいだし、もし午後に妖気の主に出会えたら、話くらいは聞いてみるか。

 

 そして俺が再び机に向かい始めた時、開け放っていた窓を通って、風之真が部屋の中へと戻ってきた。

 

「ただいま帰ったぜ、柚希の旦那、義智の旦那」

「ああ、お帰り。今別の奴の妖気を感じたんだけど、その辺にそれっぽい妖はいたか?」

「ん? 妖気はたしかに感じたが、それっぽい奴ぁいなかったぜ? まあ……いたとすりゃあ、可愛らしい嬢ちゃんが、その辺を歩いてはいたくれぇだな」

「可愛らしい嬢ちゃん?」

「おう、柚希の旦那と同じくれぇの年っぽくてな、黒の長い髪で色白の可愛らしい嬢ちゃんだったぜ?」

「へー、そっか」

 

 謎の妖気を感じた直前だったせいか、俺は風之真が見たという『可愛らしい嬢ちゃん』とやらに何となく興味が湧いていた。

 

 もしかしたら、その女の子が妖気の主だったりするのかな……? よし、風之真が何か知らないかちょっと訊いてみるか。

 

「風之真、その女の子について何か他に分かることはあるか?」

「おっ、柚希の旦那もやっぱり女にゃあ興味があるのかぃ?」

「興味があると言うかは、その女の子が妖気の主かもしれないからだな」

「あ……なるほど、そういう事か。……つっても、他に知ってる事ねぇ……おっ!」

「ん、何かあるのか?」

「おう、あるともあるとも! 俺がその嬢ちゃんを見てた時なんだけどな、可愛らしい嬢ちゃんがいんなぁと思ってたらよ、いきなりその嬢ちゃんがクルッと俺の方を向いて、ニコッと笑ってきたんだよ」

「いきなりか……その女の子と距離は離れてたんだよな?」

「おうよ。だいぶ距離は離れてたはずで、それも口に出した覚えもねぇんだけどな……」

「思った瞬間、いきなりクルッと向いてきた、か……」

 

 風之真の話から察するに、よっぽど勘の良い人間とかじゃなければ、その子の正体はたぶん……。

 

 その女の子の正体について、何となく予想はついたものの、実際に会わないとどうしようもないため、俺はとりあえず風之真との話を続けた。

 

「まあ、その子の正体が何にしろ、実際に会うことがあったら、話くらいは聞いてみようか。風之真の話を聞く限り、違うとは思うけど、何か困ってる事とかがあれば、解決してあげたいし」

「へへっ、そうだな! この町で暮らす者同士、困ってる時には助けあうもんだしな!」

「そういう事だ。さて、とりあえず俺は宿題の続きをするけど、風之真はどうする?」

「んー、そうだなぁ……さっきまで飛び回ってたことだし、昼の時間までこの机の端っこで眠らせてもらおうかねぇ」

「分かった。それじゃあ昼になったら起こすから、それまでゆっくり寝ててくれ」

「おう! そんじゃあおやすみ、柚希の旦那」

「うん、おやすみ」

 

 挨拶を交わすと、風之真は机の隅へトコトコと歩き、体を小さく丸めると、静かに寝息を立て始めた。

 

 よし……あまり音を立てないようにしながら宿題を片付けちゃうかな。

 

 そして俺は風之真の寝息と外を飛んでいる小鳥の囀りを聴きながら、再び宿題に取り掛かった。

 

 

 

 

「それじゃあ、行ってきます」

「それでは、行ってくる」

「それじゃあ、行ってきやす」

「はい、行ってらっしゃい、皆さん。柚希君、お使いの件、よろしくお願いしますね」

「はい」

 

 昼食を食べた後、俺は愛用のショルダーバッグを肩に掛け、義智達と一緒に夕士達と約束をしている公園へ向かうため、家のドアを潜って外へと出た。

 

「さて、ささっと行ってしまっ──」

 

 そして、妖力を使って姿を隠しているミニ義智と風之真を肩に乗せたまま歩き出そうとしたその時、後ろから元気の良い声が聞こえた。

 

「よっ、柚希!」

「ん、夕士か。今日も元気が良いな」

 

 夕士の元気の良さに少し感心していると、夕士は楽しそうに笑いながら大きく頷いた。

 

「ああ! だって連休だぜ、連休! 連休って何だかテンションが上がるだろ?」

「んー、まあたしかにな。だけど、宿題は忘れるなよ?」

「宿題……ああ、それなら大丈夫だぜ? 午前中の内に大体は終わらせたからな」

「なんだ、夕士もだったのか。……まあ、長谷なら昨日の内に全部終わらせたぞ、なんて言いそうだけどな」

「あはは! 違ぇねぇや!」

 

 出来る限りの長谷の声真似をしながら言うと、夕士は楽しそうに笑い始めた。

 

 まあ、実際そうだろうな。今でさえ、俺が成績で負けそうな気がするし。

 

 夕士が楽しそうに笑う様子を見ながら、フフッと小さく笑っていると、肩の上から義智が霊力を通じて静かに話し掛けてきた。

 

『談笑も良いが、まずは公園へと向かったらどうなのだ?』

『……っと、それもそうだな。ありがとうな、義智』

『ふん、礼には及ばん』

 

 そして俺は、笑い続けている夕士に声を掛けた。

 

「よし、そろそろ行こうぜ、夕士。もしかしたら長谷がもう待ってるかもしれないからさ」

「だな! よぉーし、それじゃあ公園まで競争しようぜ!」

「競争って……まあ、たまには良いか」

「へへっ、それじゃあよーい……」

「「どん」!」

 

 そして俺達は長谷が待っているかもしれない公園へ向けて全速力で走り出した。

 

 

 

 

それからしばらくして、公園の入り口でゆっくり足を止めた後、俺は後ろにいる夕士に声をかけた。

 

「よし、俺の勝ちだな、夕士」

「はぁっ、はぁっ……そ、そうだな……」

 

 走り続けてきた事で少しだけ疲れてはいたが息を切らしていない俺に対して、夕士は少し辛そうに息を切らしながら返事をした。

 

 やれやれ……こうなったら少しだけ手助けしてやるかね。

 

 俺は少し苦笑いを浮かべた後、『ヒーリング・クリスタル』を首から外し、それを苦しそうに息を切らす夕士へ差し出した。

 

「夕士、ちょっとこのペンダントの端に触れてみてくれるか?」

「はぁっ、はぁっ……え、これって柚希が首に掛けてる奴だよな……?」

「そ、何でも疲れとかが取れるおまじないが掛かってるとかっていう話だからさ。ということで……ほい」

 

 俺が先の方を指で摘まんだまま渡すと、夕士はゆっくりと反対側の端に触れた。そしてその瞬間、俺は『ヒーリング・クリスタル』に魔力を送った。すると、さっきまで辛そうにしていた夕士の顔に安らぎの色が見え始めた。

 

「……あれ? さっきまで息が切れてたのに……全然辛くない……?」

「ふふ、どうやらおまじないの話は本当だったみたいだな。その様子を見るに、もう大丈夫そうだろ?」

「ああ! 何だか走る前と同じくらい元気な気がするぜ! ありがとうな、柚希!」

「どういたしまして」

 

 そして夕士が手を放した後、俺は『ヒーリング・クリスタル』を再び首に掛けた。

 どうやら『ヒーリング・クリスタル』は俺の願いによって、疲労や傷とかのダメージ、そして呪いとかの邪な物を自分へ移し替える事で治癒をするアイテムになったらしい。そのため、こうやって誰かのダメージとかを引き受けた後は、少しだけ輝きが曇ってしまうため、『ヒーリング・クリスタル』が持つ自浄作用の他に太陽の光や月の光、後は塩水なんかで清めてやることで、再び力を発揮してくれるようになるのだ。

 

 まだ完全に曇るほどのダメージは受けたことはないけど、いつかは──いや、たぶん『あの時』になったらきっとそうなるだろうし、その時までに俺も力を高めておかないとな……。

 

 首に掛かっている『ヒーリング・クリスタル』を指でピンッと弾きながら考えていると、公園の中から静かな声が聞こえてきた。

 

「入り口が騒がしいと思ったら……やっぱり遠野達だったか」

「よっ、長谷。やっぱり先に来てたんだな」

「ああ。と言っても、俺もついさっき来てどうやって待とうか考えてたところだけどな」

「そっか。それじゃあさっそ──」

 

 その時、俺はある事を思い出し、それを長谷に訊いてみることにした。

 

「長谷」

「ん、どうした、遠野?」

「確認なんだけど、宿題ってやったか?」

「宿題? そんな物は……」

 

 そして長谷は、フッと笑いながら言葉を続けた。

 

()()()()()()()()()()()()()

「……ふふふ、やっぱりそうだったか……!」

「……ふふ、あはは! やっぱりそうだったな!」

 

 予想した通りの答えが返ってきたため、俺達はさっきの会話を思い出して思わず笑い出した。そしてそんな俺達の様子を見て、長谷は合点がいった様子でフッと笑いながら声を掛けてきた。

 

「その様子だと……俺の答えを事前に予想してたんだな?」

「ふふふ……ああ、その通りだよ。それも予想してた通りの言葉だったからさ」

「なるほどな」

「それに柚希の奴、長谷の声真似までやってたしな」

「ああ、そういえばやったな」

「ほう……? それならそれがどんなもんか、遊びながら訊かせてもらおうか?」

「ああ、良いぜ。よし……それじゃあ改めて、早速遊ぼうぜ!」

「おう!」

「ああ」

 

 そして俺は返事をしながら妖力を通じて、義智達に声を掛けた。

 

『義智達も好きなように過ごしてて良いぞ?』

『分かった』

『あいよ!』

 

 義智達が頷いて肩から降りたことを確認した後、俺は夕士達と一緒に遊び始めた。

 

 

 

 

 遊びに少しだけ疲れ、ちょっとだけ休憩を取っていた時、夕士が突然こんな事を言い始めた。

 

「あ、そういえば……」

「ん、どうした? 稲葉?」

「いや、午前中の勉強の合間にちょっとだけ家の辺りを散歩してたんだけどさ」

「うんうん」

「この辺じゃあまり見掛けない女の子がいてさ、同じ学校の子なのかなと思ってみてたら、その子が急に振り向いて違うって言ってるみたいな感じで、静かに首を横に振ったんだよ」

「へぇ……でも、夕士は口には出してないんだよな?」

「ああ、それも少し距離も離れてたから、凄く不思議でさ……」

「なるほどな……」

 

 夕士の言葉に長谷が静かに答えるのを聞きながら、俺は午前中の風之真との会話を思い出していた。

 

 そういえば、風之真もそういう事があったって言ってたな……って事は、その子の正体はやっぱり……。

 

 その子の正体が何となく分かった後、俺は再び夕士達の会話に参加した。

 

「もしかしたら、その子は心の声が聞こえるのかもな」

「心の声か……あれ、そういえばそういう妖怪っていたよな?」

「ああ、いるな。……そうだ、二人はもし心の声が聞こえたらどうする?」

 

 俺が試しに訊いてみると、夕士と長谷はお互いに少し考えた後、それぞれ答えを話し始めた。

 

「俺は……出来るだけ聞かないようにするし、その事を話さないようにしようかな。やっぱり誰だって心の声は聞かれたくないだろうしさ」

「なるほど。長谷は?」

「俺も普段は稲葉と同じく聞かないし、自分から話さないけど、利用できそうな時は使うくらいだな。まあ、当然悪いことには使わないぜ? あくまで“ちょっと利用できそうな時は”ってだけだ」

「あはは、なるほど」

 

 俺はそのらしい答えを聞いて、少しだけ可笑しかったのに加えて、とても安心していた。

 

 分かってた事ではあるけど、やっぱりこうやって面と向かって聞けると安心するな。

 

 俺が静かに思っていると、夕士が興味ありげな様子で声を掛けてきた。

 

「そういえば、柚希はどうなんだ?」

「俺か? 俺は二人のを足した感じだな。普段は隠してるけど、何か困ってる人がいた時はその時にはそれを駆使して助けるみたいな感じかな」

「あはは! 何だか柚希らしいな!」

「そうだな。何というか、お人好しの遠野らしい答えかもな」

「お人好しって……まあ、否定はしないけど」

 

 そういえば、午前中に義智にもお人好しって言われたような……まあ、一生この性格とは付き合っていくことになるんだろうし、良い事にしとくか。

 

 そう考えた後、俺はベンチから立ち上がり、夕士達に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあ休憩はここまでにして、遊びの続きと行くか!」

「おう!」

「ああ」

 

 そして俺達は再び様々な遊びをして、楽しく時間を過ごした。

 

 

 

 

「それじゃあ、二人とも。また明日な」

「ああ、また明日!」

「また明日な、遠野、稲葉」

 

 カラスが鳴き始める夕方頃、夕士達と別れた後、俺は天斗伯父さんに頼まれたお使いをこなすべく、スーパーがある方へと歩き始めた。

 

「んー……! 今日も楽しかったなぁ……!」

「やれやれ……齢が幼くなった分、心まで幼くなったのか? 柚希よ」

「いやいや、楽しい時はいつでも楽しいもんだぜ? それに幼い時から元気に遊ぶのは大切なんだぜ?」

「風之真、お前もまだまだ小童だろうに……」

 

 肩に乗った義智達と話しながら、道を歩いていたその時、ふと小さな妖気を感じた。

 

「これは……午前中の……」

「この妖気……ふむ、やはり妖気の主はまだまだ幼いようだな」

「いやいや、義智の旦那。いくら子供でもその妖によるだろうに……」

「我は余程の力を有した者以外であれば、さして問題はないのでな。ところで、柚希。早々に妖気の主の居所を突き止めた方が良いのではないか?」

「そうだな」

 

まあ、正体はだいたい見当がついてるから、義智の言う通り場所だけでも特定しておくか。

 

 そしてその妖気の出所を探ろうとしたその時、後ろから静かな声が聞こえた。

 

「ふふ、わざわざ探さなくても大丈夫ですよ? 何故なら私はここにいますから」

 

 振り向いてみるとそこにいたのは、白い服に赤いスカートという格好をした長い黒髪の小さな女の子だった。

 

 あまり見掛けない黒髪の小さな女の子……どうやら風之真と夕士が見たのはこの子のようだな。

 

 その女の子の見た目と風之真達の話を総合して考えていると、女の子は不思議そうに首を傾げた。

 

「風之真さんというのは、そちらの鎌鼬さんの事で、夕士さんというのは……もしかしてツンツンとした黒い髪の男の子ですか?」

「ああ、そうだよ」

「ふふ、やっぱりそうだったんですね。風之真さんもそうですけど、その夕士さんも驚かせてしまいましたから、記憶に残っていたんです」

 

 女の子は俺の答えを聞くと、クスクスと静かに笑い始めた。

 

 当然の事だけど、俺はさっきの事は『口には出さずにただ考えていた』だけだ。つまりこの子は……。

 

 俺が目配せをすると義智も風之真も正体が分かった様子で静かに頷いた。そしてその俺達の様子を見て、女の子はニコニコとしながら声を掛けてきた。

 

「その様子ですと……どうやら私の正体が分かっているみたいですね」

「ああ。君の正体、それは……」

 

 俺達は声を揃えてその正体を口にした。

 

『さとりだな』

「ふふっ、大正解です♪」

 

 女の子──さとりは頷きながら嬉しそうに答えた。

 

 

『さとり』

 

 日本古来からいる、『心を見通す力を持つ』妖で、漢字では『覚』と書く。

 鎌鼬同様、日本の様々な場所にさとりについての文献があり、伝えられている姿も様々だが、『心を見通す力を持った妖』という事やそして『山中に棲まう妖』である事は共通している。

 

 

 つまり、その覚がここにいるのはちょっと妙なんだよな……。

 

 俺が不思議に思っていると、さとりは少しだけ顔を曇らせながらそれに答えてくれた。

 

「私がここにいる理由……それは、皆と棲んでいた山が棲みづらい物になってしまったからです」

「棲みづれぇ物……? そりゃあいってぇ、どういう事なんでぃ?」

「実は……山の持ち主が変わった途端、山林や土地を次々と手放し始めたんです……」

「……金に目が眩んだか。ふん、実に浅ましいものだ」

 

 義智が冷たく言うと、さとりは両手をぎゅっと固く握りながら話を続けた。

 

「一族の皆が言うには、昔──それも前の持ち主さんの時までは良かったらしいんです。前の持ち主さん達は、私達妖や山の動物達の事を考えてくれていたようで、たとえ山の木を切る事になっても、切過ぎになったりしないように考えてくれたり、そして時には新たな苗木を植えたりしてくれていたらしいんです。

 ですが……今の持ち主──前の持ち主の息子さんは、山の管理をしないどころか、次々と山林を切り出し、そして土地までも次々と手放していったんです……そしてその結果、私達の一族は次の住処を求めてそれぞれ別の地へと旅立っていきました。

 そしてその時に、お母さん達とも別れました。同じところに固まるよりも色々なところへ散らばった方が良いからという理由から……」

「そうだったのか……」

 

 森林伐採の影響で人間と共存しながら棲んでいた山の妖や動物達が次々と住処を無くし、また別の場所へと旅をしないといけない、か……。たしかに土地の持ち主は人間かもしれないけど、何で『見えていない』ものを疎かにするだけじゃなく、『見えてるもの』まで疎かにしようとするんだよ……!

 

 俺がやり場の無い怒りを感じていると、風之真が覚の姿を見て、不思議そうに話し掛けた。

 

「するってぇと……その人間の嬢ちゃんみてぇな格好は、人間達に怪しまれたりしねぇためかぃ?」

「あ、服はそうですけど、この人間の姿は元からなんです」

「元から……? そいつぁ、いってぇどういう事なんでぃ?」

「実は……私のご先祖様が人間の方と夫婦だったらしくて、その極微量の人間の血の影響で私だけがこの人間の姿で産まれてきたんです」

「ふむ……いわゆる先祖返りの一種といったところか……」

 

 義智は顎に手を当てながら独りごちた後、さとりの顔を真っ正面から見ながら静かな声で話し掛けた。

 

「覚よ、今から我の問いに答えてもらおう」

「はい、何でしょう……?」

「お前は……お前達の一族や獣達を追い出した『人間』の事を恨んでいるか?」

「『人間』の事を……」

「そうだ。そして、そのような行いをした『人間』と同じ姿をしていることをどう感じている?」

「え、ちょっと待っておくれよ、義智の旦那! その問はこの嬢ちゃんには酷なんじゃねぇのかぃ!?」

「酷……? どこがだ? 柚希と違い、覚は『妖』だ。同じ『人間』に訊くのならばいざ知らず、種の違う『妖』に訊いたところで酷では無いだろう?」

「いやいや、そいつぁ違ぇんじゃねぇのか!? たしかにこの嬢ちゃん達は『人間』に酷ぇ目に遭わされたさ! でもよ……でもよぉ! この嬢ちゃんにはその『人間』の血がちょっとだとしても流れてんだぜ!? それならどう考えたってあんな問いは……!」

 

 風之真が今にも泣き出しそうな様子で言っていたその時、覚はニコッと笑いながら風之真に声を掛けた。

 

「風之真さん、ありがとうございます。でも、私なら大丈夫です。私の答えは決まってますし、義智さんの考えは分かっているつもりですから」

「覚の嬢ちゃん……」

 

 そして覚は、真っ正面から義智の顔を見ながら、自分の答えを言い始めた。

 

「義智さん、私は……『人間』の事を恨んでいません。そしてこの『人間』の姿をとても大切な物だと思っています」

「ほう……ならば、まずは『人間』を恨んでいないというその理由を訊かせてもらおう」

「はい。風之真さんが言ってくれた通り、私や一族の皆や動物達は『人間』に住処を追い出されました。でも……それは仕方が無いことなんです。

 一族の皆と前の持ち主さん達が共存していた時と違い、今は妖の存在を知っている人や見ることが出来る人、そして妖達の事を信じている人はとても少ないです……だから、今の持ち主さんみたいな方がいても、それはしょうがない事だと思うんです」

「そうか……ではもう一つの質問の答えの理由を聞かせてもらおう」

「私がこの『人間』の姿を誇らしく思っている理由、それは……この『人間』の姿が『人間』とさとりという『妖』、その二つの種族がかつて共存をしていたことの証だからです」

「共存の証、か……」

「はい。さっき私は、今は妖の事を知っている人や見ることが出来る人、そして信じている人はとても少ないと言いました。でも……この私の姿が示している通り、かつては『人間』と『覚』の二つの種族が共に歩み、そして協力をしながら生きてきました。だからこの姿は、私にとってとても大切な物なんです。ご先祖様達が私にくれたかけがえのない証だから……」

「……そうか」

 

 呟くような声で言った後、俺の方へ顔を向けた義智は、普段なら言わないであろう事を口にした。

 

「柚希、この覚を我々で保護するぞ」

「保護って……つまり、風之真みたいに『絆の書』の中にって事だよな?」

「その通りだ」

 

 俺の問い掛けに義智は頷きながら静かに答えた。

 

 それは別に構わないし、俺としても賛成だ。でも……。

 

「義智にしては珍しいな。自分から妖を保護するって言うなんてさ」

「そ、そうだ! さっきあんな事を訊いてたってのに、どういう風の吹き回しなんだぃ!?」

「ふむ……そうだな。たしかに普段の我であれば、捨て置けまたは滅しろとでも言ったであろうな。だが此奴は、自身や一族の者へ酷な仕打ちをした『人間』を恨まず、そして自身の姿をその『人間』と『覚』が共存していた証であると言った」

「たしかにそうだが……それがいってぇどうしたってんだ?」

「この覚のような者であれば、これからの柚希の助けとなる。そう考えたに過ぎん。もっともあの質問の答え次第では、本当に捨て置くか滅することも考えたがな」

「へ……つまり、義智の旦那はこの嬢ちゃんの事を試してただけって事かぃ?」

「その通りだ。まあ、お前は少々勘違いをしていたようだがな」

「な、何だよぉ……俺はてっきり義智の旦那が、ただ単にこの嬢ちゃんへ酷ぇ問をしてぇだけかと思ったぜ……」

「ふん、そのような事をしたところで、意味は無いだろう。我は意味の無いことはせん主義なのでな」

「そ、そうかぃ……義智の旦那、疑って本当に悪かった……!」

「謝罪など良い、我も本来であれば事前に言うべきだったのだからな。だが事前に言ってしまっては、お前達の思考から此奴が真意を感じ取ってしまうと思ったのでな」

「あ……たしかにそれだったら、俺はドキドキしながら見ちゃってたかも……」

「面目ねぇが、俺もだ……つまり、義智の旦那の考えは合ってたってぇ事だな」

「そうなるだろうな。さて……」

 

 義智はさとりの方へ向き直ると、静かな声でさとりに問い掛けた。

 

「お前はどうする、覚よ」

「私、は……」

 

 さとりは少しだけ迷ったような表情を見せたが、すぐに覚悟を決めた表情に変わると、途切れ途切れになりながらも自分の答えを言い始めた。

 

「私は……皆さんと一緒にいてみたい、です……! 皆さんの事をもっと知りたいですし、皆さんと一緒に色んな物を見てみたい……! そして何より……妖の事をしっかりと分かってくれる人と同じ妖の皆さんと一緒にいたい……! だから……私を、皆さんと一緒にいさせて下さい……!」

 

 覚の答えを聞いた後、俺と風之真はニッと笑いながら、そして義智は静かにフッと笑いながらそれに答えた。

 

「ああ、もちろんだぜ、覚」

「我らの中でお前の事を拒む者はおらん。安心するがいい、覚よ」

「へへっ、困ってる嬢ちゃんを助けねぇなんて道理はねぇからな! それに仲間が増えるってんなら、賑やかになんだから俺的にゃあ大歓迎だぜ!」

「柚希さん……義智さん……風之真さん……」

 

 そして覚は、満面の笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「皆さん、ありがとうございます。そして、これからよろしくお願いします」

「うん、よろしくな、さと……」

 

 その時、俺はある事に気付いた。

 

「そういえば、お前の名前を訊いてなかったよな?」

「私の名前……ふふ、そういえばそうでしたね」

 

 そして、覚はニコッと笑いながら自己紹介をしてくれた。

 

「私は覚のこころ、と申します。皆さん、改めてよろしくお願いします」

「ああ。それじゃあ改めて……俺は転生者の遠野柚希だ。これからよろしくな、こころ」

「我は白澤の義智だ。よろしく頼むぞ、こころ」

「そして俺は鎌鼬の風之真だ。これからよろしくな、こころ!」

「……はい!」

 

 俺達に返事をする覚──こころのその顔には安心などの色が浮かんでいた。

 

 よし……それじゃあ次は……。

 

 俺はショルダーバッグから『絆の書』を取りだし、空白のページを開いた後、『絆の書』で行う作業の事を思い浮かべながらこころに声を掛けた。

 

「こころ、それじゃあこのページに手を置いてくれるか?」

「ふふっ、はい。そして手を置いたら、ここに私の妖力を入れれば良いんですよね?」

「その通り。それじゃあ早速始めるか」

 

 そして俺とこころはページに手を置き、俺は魔力を流し、こころは妖力をページへと流した。

 

 ……三度目とはいえ、やっぱりこの魔力を流し込む作業はまだ慣れないな……。

 

 その事に少しだけ苦笑しながら、体の奥から腕を伝って、手にある穴からページへと魔力が流し込むイメージをし続けていた。そして必要な魔力が全て流し込んだその瞬間、いつもと同じように体の力が急に抜け、倒れ込みそうになったが、いつもと同じように足に力を込める事で、それを何とか耐えることが出来た。

 

 ふぅ……何とかなったな。

 

 そして『絆の書』に視線を落とすと、そこには木の枝に腰掛けながら優しく微笑むこころの絵と覚についての詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

「よし……成功だな」

「お疲れさん、柚希の旦那。それにしても……俺達はいつもこんな風にこの中に入ってたんだな」

「まあな。さて……一度出してやらないとな」

 

 俺はこころのページに魔力を注ぎ込んだ。そしてページから光の球体が浮かび上がると、俺の隣で人の形に変化し、光が消えるとそこにはこころの姿があった。

 

「お疲れ様、こころ。『絆の書』の中はどうだった?」

「ふふ、とても快適ですよ。景色もお屋敷も綺麗ですし、とても居心地が良い場所だと思います」

「そっか、それなら良かったよ。それじゃあ改めて……これからよろしくな、こころ」

「はい、よろしくお願いします」

 

 そして俺達が笑い合いながら握手をしていると、義智が静かな声で話し掛けてきた。

 

「柚希、握手も良いが、今は他に成すべき事があるだろう?」

「成すべき事……あ、そうだ、お使いがあったっけな。まあ、大して時間は経ってないだろうし、今からでも問題は無いな」

「へへっ、そうだな。そんじゃあ使いを片して、ちゃちゃっと俺らの家に帰ろうぜ?」

「そうだな。それじゃあ早速行こうぜ、皆」

「うむ」

「おうよ!」

「はい!」

 

 夕暮れ時の中、新たな仲間である覚のこころを加えた俺達は、再びスーパーへ向けて仲良く歩き始めた。




政実「第2話、いかがでしたでしょうか」
柚希「前回は鎌鼬で今回は覚だったけど、このまま妖ばかりが仲間になっていくわけじゃないんだろ?」
政実「うん。まあ、今のところは義智以外の二体は妖だし、最終的には妖の数が多くなるかもしれないけど、基本的には東洋西洋の両方、そして妖怪以外も仲間になる予定だよ」
柚希「分かった。そして最後に、この作品への感想や意見、評価もお待ちしておりますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「よし、それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「そうだな」
政実「それでは、また次回」


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SECOND AFTER STORY 心の音を聴く少女の決意

政実「どうも、もし心が読めたらそれを人間関係に活かしていきたい片倉政実です」
こころ「皆さん、どうもです♪ 覚のこころです」
政実「さて、今回はこころがメインのAFTER STORYです」
こころ「えっと……これは前回風之真さんがやってらした物ですよね?」
政実「うん。そして、今回はこころが主役の話で、こころ視点で話を進めて行く感じかな」
こころ「ふふ、なるほどです。さてと……それでは、そろそろ始めていきましょうか」
政実「うん」
政実・こころ「それでは、SECOND AFTER STORYを始めていきます」


「……ふふ、今日も良いお天気ですね……♪」

 

 ある春の日のお昼過ぎ、私は和室の縁側に座り、近くで鳴いている雀などの(さえず)りと『心の声』を聞きながら頭上に広がる綺麗な青空を見上げつつそう独り言ちた。

そして、春らしいぽかぽか陽気に思わず小さな欠伸を漏らしてしまった後、私は「いけないいけない」と言いながら眠気を覚ますために軽く首を横に振り、完全に眠気が無くなった事を確認してから両手を軽く握って気合いを入れた。

 

「……うん、これで大丈夫ですね。それにしても……昔は山に棲んでいた私が、今ではこんなに立派なお家にお世話になっているなんて聞いたら、お父さん達は本当に驚くでしょうね……」

 

 お父さんやお母さん、そして仲間の(さとり)達の驚く顔を思い浮かべながらクスリと笑った後、私はこのお家にお世話になる事になった経緯を想起した。

およそ二週間前の事、棲んでいた山の持ち主がその山やその土地を手放すという話を聞き、私の一族は次の住み処を求めて棲んでいた山から去る事になった。

しかし、たとえ家族でも同じ所に固まるよりも散らばった方がこの一族の存続のためになるという長老様の言葉で、私はお父さん達とも別れる事になった。もちろん、お父さん達と別れるのは寂しくて悲しかったけれど、長老様の言葉はもっともであり、私だけ()()()()()姿()である事を考え、その言葉を受け入れた。

そして、一緒にいるよりもお父さんから何かのためになると思って手に入れておいたという人間の女の子らしい服を受け取り、お父さん達ともしっかりと別れを告げた後、私はご先祖様が人間と夫婦だった事で発生した『先祖返り』の影響で人間の姿として生まれた事を利用してどこかの街で暮らせないかと考え、一番近くにあったこの街へとやって来た。

その後、どこか良い所は無いかと思いながら街中を歩き回ったものの、流石に子供が一人で住めるような場所は無く、私は途方に暮れそうになっていた。でもそんな時、どこからか楽しそうに話す声が聞こえ、それと同時に不思議とその声の主と話してみたいという気持ちが湧き、私はその声がした方へと歩いていき、その先で柚希さん達と出会ったのだった。

 

「ふふ……今思えば、あの時の私は本当に幸運でしたよね。柚希さん達のような綺麗な心の持ち主と出会えた上、こうして一緒に住まわせてもらえているのですから……♪」

 

 だから、私はこれからも柚希さん達の事を傍で支えていく。それが私の願いであり、人間と覚という妖が共存していた証である私の使命だと思うから。

 

 そう思いながら再び青空を見上げた後、「……だからこそ、これは考えないといけませんよね」と独り言ち、私はもう一度両手を軽く握って気合いを入れ直した。

 

「さて……それでは、今日も人間と妖の架け橋となるためにはどうするべきか、その方法について考えていきましょうか」

 

 そして、顎に軽く手を当てながらつい先日立てたばかりの目標について考え始めた。この目標を立てたのはこのお家にお世話になる事になった翌日、風之真さんから故郷にいらっしゃるご家族と再会をするのが目標だと聞き、私も何か目標を持って生活をしたいと思ったからで、人間と覚の血を引く私らしい目標は何だろうと考えた結果、つい昨日思いついたのが人間と妖の架け橋になるという事だった。

 

 ……とても果てしない目標ではありますけど、人間と妖の血を引くモノとして生まれた以上、これは避けては通れない事ですし、人間と妖が仲良く暮らせるようになれば、私の一族のような事になる妖だって減りますからね。それに、柚希さんというお手本にするにはピッタリだと思える方もいますし、私も柚希さんのように両方に寄り添う事が出来るような存在になる方法を考えないと……!

 

 その想いを胸に人間と妖の架け橋になるにはどうしたら良いか考え始めたものの、いくら考えてもそれらしい答えは一向に思いつかず、私は小さく溜息をついた。

 

「……ダメです、良い考えがまったく思いつきません……」

 

 良い考えが思いつかない事にガッカリしながら畳の上にゆっくりと倒れ込んだ後、私は射し込んでくる太陽の光を浴びながら額に静かに手の甲を当てた。そして、静かに目を閉じながら再び小さく溜息をついた。

 

「……思いついたのが昨日とはいえ、まったく何も思いつかないとなると、やはり考え方が悪いのでしょうか……。それとも、私じゃ柚希さんのようにはなれないというのでしょうか……」

 

 それらしい答えにまったく辿り着けないという辛さから、悲しさで胸がいっぱいになりそうになったけれど、この目標を話した時の柚希さんや風之真さんの嬉しそうな顔を思いだした瞬間、このままじゃいけないという思いが私の中で強くなった。

 

「……そうですよね。人間と覚の両方の血を引く私を受け入れて下さった皆さんのためにもこのまま諦めるわけにはいきませんよね……!」

 

 そして、目を開きながらゆっくりと体を起こした後、再び考え事を始めようとしたその時、廊下の方から風之真さんの楽しそうな『声』が聞こえてきた。

 

 ……何やらずいぶん楽しそうですけど、何かあったんでしょうか……?

 

 不思議に思いながら小首を傾げていたその時、「……おっ、いたいた!」と楽しそうな笑顔を浮かべた風之真さんが和室へと入ってきた。

 

「風之真さん、どうかしたんですか?」

「へへっ、ちょっとな」

『まさか、天斗の旦那がケーキを焼いてくれるなんてなぁ……!』

「……なるほど、天斗さんがケーキを焼いて下さるから、私を呼びにいらっしゃった、と……」

「ありゃ、心を読まれちまったか。まあ、そういう事だから、さっさと行こうぜ? お前が人間と妖の架け橋になるための方々を考えてぇのは分かるが、根を詰めすぎても良い事はねぇからな」

『このまま考えさせ続けるよりも一度息抜きをさせた方がぜってぇ良いからな』

「……そうですね。私も良い方法がまったく思いつかなくて困っていたところですし、一度休憩をするのも良いかもしれませんね」

「へへっ、だろ?」

『という事で、早速行こうぜ!』

「ふふ……はい♪」

 

 ニッと笑いながら言う風之真さんに返事をした後、私はゆっくりと立ち上がり、風之真さんを肩に乗せて居間に向けて歩き始めた。

そして居間へ向かう途中、天斗さんがどんなケーキを焼いて下さるのかなと考えていたその時、「……なあ、こころ」と風之真さんから突然声を掛けられた。そのため、風之真さんの『声』は聞き逃してしまったものの、私はすぐさま平穏を装いながらニコリと微笑んでそれに答えた。

 

「はい、何ですか?」

「こころが目標にしてる人間と妖の架け橋になる事についてなんだがな……具体的にはどんな風になりてぇみたいなイメージって奴は固まってるのかぃ?」

『……まあ、話を聞いた日から今日まで悩んでるところを見るに、固まってはいないかもしれないけどな……』

「……そうですね。たしかにちゃんと固まっているわけではありませんが……出来るなら柚希さんのようになりたいかなとは思っています」

「……柚希の旦那みてぇにかぃ?」

『柚希の旦那かぁ……たしかに柚希の旦那も純粋な人間側って言うにはちょいと違ぇかもしれねぇから、そう考えんのも分からなくもねぇか』

「はい。柚希さんは人間ではありますが、普通の人間が持ち得ない『力』を持つ転生者でもありますし、人間と人ならざるモノの両方への理解も深いので、私が目指す形としてはピッタリなのかなと思うんです。架け橋となる以上、どちら側に対しても近い距離で接していきたいですから」

「なるほどなぁ……」

『……だが、その考えはちょいと違ぇ気がすんだよなぁ……』

 

 その『声』を聞いた瞬間、私は思わず「え……?」と言いながらその場に立ち止まってしまった。

 

 人間と妖の架け橋になりたいのに、柚希さんのようになるのは違うって、どういう事……?

 

 そんな疑問を抱きながら風之真さんの顔を見ていると、風之真さんは小さく溜息をついてから静かに話を始めた。

 

「……たしかに、柚希の旦那は俺達や義智の旦那みてぇな人ならざるモノの知識や理解は深ぇし、人間に対しての不信感なんかもねぇから、こころが目指す形としてピッタリだと思ったのは分かる」

『だが、それはあくまでも柚希の旦那だから出来てる事で、こころがそんな風になりてぇと思ったところで、本当にそうなれるわけじゃねぇし、柚希の旦那本人もそれは望んじゃいねぇだろうしなぁ……』

「柚希さんもそれは望んでいないって……それじゃあ私は人間と妖の架け橋として一体どのような存在になっていけば良いんですか……?」

「……そんなの決まってんだろ?」

『これからの人生の中でゆっくりとその答えを探すしかねぇよ』

「ゆっくりと……ですか?」

「おうよ。人間と妖の架け橋になりてぇっていうその考えは立派だが、正直俺やこころはまだまだ人生経験って奴が圧倒的に足りてねぇ」

『だから、その状態で完全な答えなんて求めたところで、上手くいくわけもねぇや。知識や経験が足りねぇ状態でそんなご立派なモノになろうとするのは、材料もねぇのに料理を作ろうとするのと大差ねぇからな』

「そんな……」

「それに、柚希の旦那の事を参考にして自分らしいやり方をみっけていくならまだ良いが、ピッタリだと思ってそのまま突き進んだ結果、本当にそれ自身になっちまったら、こころらしさってのが無くなっちまうぜ?」

『こころにはこころにしかねぇ良さや強みがあんだから、それはやっぱり捨てて欲しかねぇよなぁ……』

「私にしか無い良さ……」

「そうだ。こころは相手の『声』が聞こえる他にも先祖返りだかの影響みてぇなので、そんな風に人間の姿をしてるし、相手の心の様子を視る事も出来るんだろ? だったら、それを活かして行きゃあ良い。

柚希の旦那は相手の波動の様子は視られても、心の中まではこころと同調してねぇと視る事が出来ねぇみてぇだからな」

『もっとも、これは俺的にはそうなってほしいという希望みてぇなもんだから、それを矯正するつもりはねぇさ。だが、心の片隅くれぇに留めておいてくれりゃあ俺としては大満足だ』

 

 声と『声』の両方で自分の思いを話した後、私を見ながらニッと笑う風之真さんの心の中はとても澄み切っており、その事から風之真さんが私の目標に対してとても真剣に意見を述べてくれていた事がしっかりと伝わってきた。

 

 ……ふふ、なんだか不思議ですね。覚である私の良さや強みを活かしながら人間と妖の架け橋になっている自分の姿がまったく想像できないのに、風之真さんの笑顔を見ていると、いつかは絶対にそうなれるような気がしてきます。

もっとも、それが本当に私が目指すべき姿なのかは分かりません。ですが、少なくともただ柚希さんのようになりたいと思うよりは、ずっと正解に近いかもしれませんね。

 

 そんなことを思いながらクスリと笑った後、私は風之真へ向けてペコリと頭を下げた。

 

「風之真、本当にありがとうございます。風之真さんのおかげで、少しだけ道が開けたような気がします」

「へへっ、それなら良かったぜ。まあ、また何か困った時は遠慮なく言えよ?」

『俺で良ければ、幾らでも助けてやっからな!』

「ふふっ……はい、もちろんです」

 

 そうして風之真さんと一緒に笑い合っていたその時、「……どうやら、こころの悩みは解決したみたいだな」という声が聞こえたかと思うと、居間の扉の影からどこか安心したような表情を浮かべた柚希さんがスッと現れた。

 

「柚希さん……私達の話を聞いていたんですか?」

「ああ。居間でお前達を待ちながら義智と一緒に天斗伯父さんの準備をしていた時、お前達の話す声が聞こえたもんでな。悪いかなとは思ったけど、扉の影から聞かせてもらったよ」

『本当は俺もその話には参加したかったけど、風之真が俺の言いたかった事を全て言ってくれたからな』

「なるほど……という事は、風之真さんの言う通り、柚希さんも私が目指すべきは柚希さんのような存在ではなく、私の良さや強みを活かしながら人間と妖の架け橋になれるような存在になるべきだと思っているわけですね?」

「そんなとこだな。まあ、俺みたいになりたいと思ってくれてるのはスゴく光栄だけど、恐らくこころにはこころに合ったやり方が存在すると思うから、俺みたいになろうとするのはあまりオススメ出来ない」

『だから、こころには色々な経験を積み、色々な知識を得ていく中で、どんな風に人間と妖の架け橋になっていきたいかを決めていって欲しいんだ。そのこころの目標自体はとても素晴らしいと思うし、俺としても応援していきたいからな』

「まあ、最後に決めるのはこころだから、口うるさく言い続ける気はねぇが、さっきも言ったように心の片隅くれぇに留めておいてくれりゃあ俺も嬉しいぜ。『こころ』、だけにな!」

「……風之真、お前なぁ……」

 

 柚希さんがどこか呆れたように風之真さんを見るのに対して、風之真さんが頭の後ろに両手を回しながら楽しそうな笑顔を浮かべるいつも通りの光景に、私は安心感を覚えながら思わずクスリと笑っていた。何故なら、それは人間と妖が仲良くしているという光景、人間と妖が共存しているという私が望む光景が広がっていたからだ。

 

 ふふ……やっぱり、この光景を見ていると、スゴく安心しますね。ですが、このお家に神様である天斗さんと聖獣の白澤である義智さんがいらっしゃるように、世界には私達とは違う方が大勢いらっしゃいます。

 

「……となると、私が本当に望むべき光景は……!」

 

 私の中に『ある思い』が生まれた後、私は柚希さん達に声を掛けた。

 

「柚希さん、風之真さん、少し私の話を聞いて頂いても良いですか?」

「ん、別に良いけど……」

『こころ……』

「いってぇどうしたんだ?」

『……まあ、とりあえず話を聞いてからでも良いかねぇ……』

「……お二人もご存じの通り、私は人間と妖が共存するための架け橋となれる方法を模索していました」

「そうだな」

『この感じ……』

「ですが……この世界には、人間と妖以外にも様々な方が大勢いらっしゃいます。つまり、人間と妖の二つだけが、共存出来ていても意味は無いと思うんです」

「ふんふん……」

『やっぱり、か……』

「だから、無謀なのは分かっていても、私は更に上の目標を目指してみたいと思うんです。人間と妖だけではなく、様々な種族が仲良く出来るそんな未来が来るようにこの覚としての能力を駆使して、様々な種族の方々の架け橋のような存在になる。それが私の新しい目標です」

「「……」」

『まあ……予想通りではあるけど……』

『正直、難しい話ではあるかねぇ……』

 

 柚希さんと風之真さんの『声』に私は不安感を覚え、思わずその発言を取り下げてしまいそうになった。けれど、発言を取り下げてしまったら、自分の思いにも嘘をつく事になるような気がし、私は声を震わせながらも柚希さんに問い掛けた。

 

「……やはり、そんなのは私には無謀でしょうか……?」

「……無謀とまでは言わないけど、こころの新しい目標は、実現させるのがかなり難しいと思う」

『人間に対して強い憎しみを持ったモノ達は、世界中に多くいるだろうし、そもそも他種族との関わりを絶っているモノ達もいるはずだしな』

「……そう、ですよね……」

「でも、その目標自体はとても素晴らしいと思うよ」

『俺だって出来るなら色々なモノ達とふれあいったり話をしたりして、仲良くしていきたいからな』

「へへ、だな!」

『実際、神様と聖獣と人間と妖が仲良く暮らせてるんだ。やってやれねぇこたぁねぇよな!』

「柚希さん……風之真さん……」

「だから俺達は、その目標を達成出来るように出来る限りサポートするよ、こころ」

『正直、それくらいしか出来ないのはもどかしい限りだけどな』

「こころ、何か相談してぇ事や協力してほしい事があったら、遠慮無く言ってくれよ?」

『まあ、もっと知識なり経験なりがありゃあ、色々な事をしてやれんだが……今はこれくれぇで勘弁してもらうしかねぇな……』

 

 柚希さん達の頼り甲斐のある声と申し訳なさそうな『声』の対比にクスッと笑ってしまった後、私はニコリと笑いながら柚希さん達に話し掛けた。

 

「お二人とも、本当にありがとうございます。私、お二人のご期待に応えられるように精いっぱい頑張りますね」

「こころ……ああ、頑張れよ」

『俺もこころに負けないように色々頑張らないと、だな』

「へへっ、応援してるぜ、こころ!」

『さーて……俺も負けずにもっと色々な事を学んでいかねぇとな!』

「ふふっ……はい♪」

 

 柚希さんと風之真さんの決意に満ちた『声』を聞き、改めてやる気を出していたその時、「ふふ……どうやら解決したようですね」という声が居間から聞こえ、私達は揃ってそちらに視線を向けた。

すると、居間から天斗さんと義智さんが私達の事を見ており、天斗さんがニコニコと笑っているのに対し、義智さんはいつものように落ち着き払った様子で軽く腕を組んでいた。

 

「天斗さん、それに義智さんも……」

「ケーキが出来上がったので早速呼びに行こうとしたのですが……何やら真剣にお話をしていたので、申し訳ありませんがこっそり聞かせて頂いていました」

「……まあ、結論は想定通りではあったがな」

『だが、その考えは悪くない』

「ふふ、そうですね。こころさん、柚希君達同様、私達も何かお手伝い出来る事があれば、お手伝いさせて頂きますね」

「共に暮らす者として、それくらいはやって当然だからな」

『どこまで出来るかは分からんが……な』

「天斗さん……義智さん……はい、ありがとうございます♪」

 

 ふふっ……やっぱり、皆さんに出会う事が出来て、本当に良かったです。皆さんにもサポートしてもらう以上、この目標を達成出来るように精いっぱい頑張っていかないと、ですね♪

 

 柚希さん達の姿を見ながらやる気を高めていると、突然グーッという音が鳴り響き、途端に柚希さん達の視線が私に集中した。

 

「あ……す、すみません……」

「ふふ、頑張る前にまずは腹拵えですね。腹が減っては戦は出来ぬ、なんて言葉もありますし、とりあえず休憩がてらティータイムにしましょう。柚希君、義智さん、手伝ってもらっても良いですか?」

「はい、もちろんです」

『まずは、皿とフォーク……いや、紅茶からの方が……』

「無論だ」

『……とりあえず、作業については柚希と相談をしなければな……』

 

 そして、柚希さん達が準備のために居間へ入っていった後、私がそれに続いて歩き始めようとしたその時、「こころ」と風之真さんが声を掛けてきた。

 

「風之真さん、どうかされました?」

「……いや、頑張るのは良いが、頑張りすぎねぇようにだけはしろよって言いたくなっただけだよ」

『こころはいつもほわほわとしてるが、何だかんだで真面目だから、ほっとくとがんばり過ぎちまうかもしれねぇからな』

「……ふふ、お気遣いありがとうございます。私もそうならないように気をつけますが、もしもそうなりそうな時は止めてもらっても良いですか?」

「おう、もちろんだ!」

『こころだって、俺達の大切な仲間で家族だからな! 手伝うと決めた以上、全力で手伝わせてもらうぜ!』

「……ふふっ、ありがとうございます。さてと……それでは、私達も行きましょうか」

「おうよ!」

『ケーキ♪ ケーキ♪』

 

 ケーキを楽しみにしている気持ちが風之真さんの『声』から伝わってきた後、私は同じようにケーキを楽しみにしながらゆっくりと歩き始めた。

 これから、私は柚希さん達と一緒に様々な出会いや経験をして、時には哀しく辛い事にも遭うかもしれない。でも、例えどんな事があったとしても、この幸せで平和な時間だけは、いつまでも大切にしたい。ここは私にとっての新たな居場所であり、新しく出来た大切な宝物なのだから。

 そんな事を思いながら小さく笑った後、私は美味しそうな香りが漂ってくるのを感じながら柚希さん達のいる居間へと入っていった。




政実「SECOND AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
こころ「今回は私のこれからの目標についてのお話でしたね」
政実「そうだね。人間の血を引く妖であるこころだからこそ全てのモノ達が手に手を取り合うような未来を夢見る。そんな話を書いたつもりだけど、正直いつもの会話文の他に心の声を書くのは結構疲れたかな……」
こころ「ふふ、お疲れ様です♪ さて……それでは最後に、今作についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願い致しますね」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
こころ「はい♪」
政実・こころ「それでは、また次回」


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第3話 七夕の夜に響く古き箏の音と鷲の声

政実「どうも、七夕の願い事が叶ったことがない、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。叶ったことがないのは、思いが足りないからじゃないのか?」
政実「やっぱりそうなのかな……」
柚希「それか自分の力で叶えろって事なんだろうし、それに向かって頑張れば良いんじゃないのか?」
政実「そうだね。そうすることにするよ。さて……それじゃあそろそろ始めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、第3話をどうぞ」


「おはようございま──って、あれ……?」

 

 澄み切った快晴の青空が広がる七夕の朝、『絆の書』の皆と一緒に起きてくると、居間の隅に古ぼけた黒い箏が一張だけ立て掛けてあり、俺はそれを不思議に思いながら箏をじっくりと観察した。

箏は見るからに壊れている様子で、龍尾や龍腹には傷があり、弦は大きく広がっているため、修理しないと弾けそうもなかった。

 

「ん……こいつぁ、箏みてぇだが……見たところ、すっかり壊れちまってるみてぇだな……」

「はい。でも、どうしてこんなところに箏が……?」

 

 鎌鼬(かまいたち)の風之真と(さとり)のこころが不思議そうに首を傾げる中、俺がもう少しだけ箏の様子を調べようとしたその時、ふと箏から微かな妖気が漂っている事に気付いた。

 

 妖気……って事はまさか……!?

 

「ほう……まさかこんなところにこのような者がいるとはな……」

 

 そして、義智が興味深そうに声を上げたその時、突然箏の弦がざんばら髪のようにぶわーっと広がり、それと同時にさっきまでは見えなかった眼が勢い良く開かれた。

 

 ……あ、やっぱりそういう事か……。

 

 その様子からこの箏がどのようなモノなのかを悟っていると、同じくこの様子を見ていた風之真が心底驚いた様子で声を上げた。

 

「うおっ!? 箏に眼が出て来やがった……!?」

「ふふっ、最近の箏って凄いんですね♪」

「いやいや! こころ、んな事言ってる場合じゃねぇって!!」

 

 こころの的外れな感想に風之真がツッコミを入れていると、箏は俺達の方に視線を向け、俺達の事をジロジロと見始めた。

 

 ……うん、これは間違いなく『アレ』だな。

 

 俺はこの箏の正体の予想がついたため、少し屈みながら箏に向かって話し掛けた。

 

「えっと……貴方は、『琴古主』さんですよね?」

 

 すると琴古主らしき箏は、ふんと鼻を鳴らしながらお爺さんのような低めの声で返事をしてくれた。

 

「そうじゃ、小僧。儂は箏の付喪神、『琴古主』じゃ」

 

 

『琴古主』

 

 長い年月を経た器物に精霊などが宿った存在、『付喪神』の一種で、こちらはそれの箏バージョン。基本として、破損した箏に眼のようなあり、ざんばら髪のように広がった弦を持った姿で描かれており、八橋検校(やつはしけんぎょう)という箏などに秀でた人物が筑紫流を踏まえた上で興した流派、『八橋流』によって筑紫流が廃れた事を恨んで成ったともされている。

 

 

 でも、本当にどうしてこんなところに『琴古主』なんて……? 俺の知ってる限り、この家に箏なんて無かったと思うんだけど……。

 

 俺がその事を少し不思議に思っていると、風之真がおそるおそる琴古主さんに声を掛けた。

 

「えーと……確か琴古主って言ったかぃ?アンタ……何でここにいるんでぃ……?」

「……それならば彼奴に訊けば良かろう」

 

 琴古主さんがキッチンの方をジロリと見ながら言った時、キッチンの方から天斗伯父さんが歩いてきた。天斗伯父さんは俺達が起きてきている事に気付くと、穏やかな笑みを浮かべながら挨拶をしてくれた。

 

「おや、皆さん。おはようございます」

「おはようございます、天斗伯父さん」

「おはよう、シフル」

「おはようございやす、天斗の旦那」

「おはようございます、天斗さん」

 

 俺達が挨拶を返した後、俺は琴古主さんの事を天斗伯父さんに訊いてみた。

 

「天斗伯父さん、この琴古主さんはいったい……?」

「ああ、この方ですか。この方は私の『あちら』の部下が山中の集落にて見つけた方ですよ」

「山中の集落だと……?」

「ええ。早朝に部下の一人が、山中の集落にて付喪神に成りそうな箏を見つけた、と報告をしてくれましてね。

なので、私が直接見に行ってみたところ、件の箏を見つけたのですが……既に琴古主さんに成っていらしたので、とりあえずお話をして、この家まで一緒に来てもらったんです。さすがにあのまま放っておくわけにもいきませんでしたから」

「なるほど……」

 

 つまり、付喪神に成りたてって事か。……でも、それにしては、さっきよりも強い妖気を感じるような……?

 

 その事に疑問を抱いた俺は、続けて天斗伯父さんに質問をした。

 

「天斗伯父さん、この琴古主さんの妖気が付喪神に成りたてにしては強い気がするんですけど、これって……?」

「そうですね……恐らくですが、この家に巡っている柚希君や風之真さんの妖気を多く吸って琴古主さん自体の力が強まったからだと思います」

「あ、なるほど……」

 

 天斗伯父さんの答えに俺は素直に納得した。

 

 言われてみれば、俺は魔力に妖力、それに霊力とかも使ってるし、この家の中だと風之真達も常に外に出てるから、そのくらい多く妖気が巡っててもおかしくはないよな……。

 

 俺がこの家の力や気の巡りについての考察をしていると、天斗伯父さんがクスクスと笑いながら声を掛けてきた。

 

「柚希君、考え事も良いですが、まずは朝ご飯にしませんか?」

「……あ、それもそうですね。えっと……何か手伝うことはありますか?」

「そうですね……朝ご飯は既に出来ているので、皆さんで食器などの準備をお願いしますね」

「分かりました。よし……皆も協力してくれ」

「うむ」

「おうよ!」

「はい♪」

 

 そして俺達は朝食の準備をするために、天斗伯父さんと一緒にキッチンへと向かい、手分けをしながら朝食の準備を始めた。

 

 

 

 

『ごちそうさまでした』

 

 皆で声を揃えて挨拶をした後、俺達は自分の食器をシンクへと運んだ。

 

 さて、そろそろ学校に行く準備でも──。

 

 ランドセルとかの準備をするために、俺が部屋に戻ろうとした時、風之真が突然声を上げた。

 

「あ、そういや……俺らが学校に行って、天斗の旦那が仕事に行っちまったら、琴古主の爺ちゃんはどうしたら良いんだ?」

「あ、そういえば……」

 

 天斗伯父さんを除いた全員の視線が琴古主さんに集中すると、琴古主さんはふんと鼻を鳴らしながら素っ気ない返事をした。

 

「儂は別に構わん。この場に流れる力を吸ったからと言うて、そこの白澤や覚のように人の姿を取ることは今は出来んからな。それであれば、この姿で静かにしとった方がずっとマシじゃ」

「え、でも……」

 

 でも、やっぱり一人だけだと、寂しくないのかな?

 

 そっぽを向くように俺達から視線を外している琴古主さんの事を心配しながら見ていると、天斗伯父さんが穏やかな笑みを浮かべながら俺達に声を掛けてきた。

 

「心配しなくても大丈夫ですよ。私がお昼に琴古主さんの様子を見に来ますから」

「……そういう事なら」

「ああ……問題はねぇな……」

「はい……」

 

 天斗伯父さんの言葉に俺達は返事をしたが、それでも琴古主さんの事が心配なのは変わらなかった。

 

 うーん……もう少し琴古主さんに歩み寄れれば良いんだろうけど、どうしたら良いんだろうな……。

 

 俺の中で琴古主さんに対しての心配の感情がぐるぐると渦巻いていたが、学校に遅れるわけにも行かないので、ひとまずその事は頭から除け、とりあえず学校に行く準備をするために自分の部屋へと戻った。

 

 

 

 

「それじゃあ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 優しく微笑む天斗伯父さんに見送られながら、俺は『絆の書』を入れたランドセルを背負って外へと出た。そして家の前に夕士がいないことを確認し、俺はランドセルを背負い直した。

 

 ……さて、それじゃあまずは夕士の家に行くか。

 

 前にも述べた通り、俺達の家は近所にあるのだが、長谷の家と比べると夕士の家の方が俺の家に近いため、夕士が朝に迎えに来ていない場合は、まずは夕士の家に向かうことにしていた。

 

 まあ、来てる確率は半々だから、いつも通りと言えばいつも通りだけど。

 

 そして俺が夕士の家に向かおうと道の方へ出た時、近くから静かな声が聞こえた。

 

「おはよう、遠野」

「へ……?」

 

 変な声を出しながら声の方を見ると、そこにいたのは長谷だった。

 

「は、長谷……?」

「そうだけど、どうしたんだ? そんな幽霊でも見たような顔をして……?」

「いや、幽霊だったらもちろん大歓迎だけど?」

 

 俺が真顔で答えると、長谷は一瞬ポカーンとしたが、すぐに楽しそうに笑い始めた。

 

「はははっ! そうだよな、遠野はそういう奴だもんな!」

「ああ。あ……もちろん、妖怪でも西洋の怪物でも大歓迎だぜ?」

「あははっ! 遠野なら違ぇねえな!」

 

 俺が軽い決め顔で言うと、長谷は更に楽しそうに笑い出した。

 

 ……まあ、大歓迎どころか、家には神様と付喪神がいるし、ランドセルの中に入ってる魔導書の中には、白澤と鎌鼬と覚がいるんだけどな。

 

 楽しそうに笑う長谷を見ながらそんな事を考えていたその時、後ろから不思議そうな声が聞こえた。

 

「えーと……何で長谷はこんなに大笑いをしてるんだ……?」

 

 振り向いてみると、そこにはポカーンとした顔の夕士が立っていた。

 

 まあ、経緯を知らなかったら何が何だかって感じだよな。

 

 俺はクスリと笑いながらそんな事を思った後、笑い続ける長谷を余所に夕士に話し掛けた。

 

「おはよう、夕士」

「あ、ああ……おはよう。それで、何で長谷はこんなに大笑いをしてるんだ……?」

「それはな……」

 

 俺はここまでの経緯を夕士に話した。すると、夕士は心から納得した様子でうんうんと頷いた。

 

「あー……なるほど。そういう事か……」

「ああ」

 

 俺が話し終えると、夕士はとても納得した様子を見せ、長谷も俺が話している内に笑うのを止めていた。しかし、さっきの長谷の笑いっぷりを見たせいか、心が妙にムズムズとしてきたような気がした。

 

 ……何だろう、ここでもっと長谷を笑わせてみたい衝動に駆られてきたような……。

 

 そして俺が長谷を笑わせようと口を開こうとしたその時、妖力を通じて『絆の書』の中から義智が冷たい声で話し掛けてきた。

 

『……柚希、それは止めておけ』

『……はーい』

 

 少しだけ残念な気持ちを感じながらも俺はゆっくりと口を閉じた。すると、夕士が何かを思い出した様子で声を上げた。

 

「あ、そういえば……今日って七夕……だっけか?」

「そうだけど……それがどうかしたのか?」

「たしか……七夕の日限定のデザートがあるらしくてな、それが楽しみなんだよなぁ……」

「ああ、そういえばそうだっけな……」

 

 夕士の楽しみに満ちた顔を見て、俺はその事を思い出した。

 

 給食のデザート……それだけでも中々の魅力を誇るけど、限られた日にのみ俺達の元を訪れる限定品となれば、その楽しみは倍増するもんな……。

 

 ぼんやりとそんな事を考えていると、長谷がニヤリと笑いながら俺達に声を掛けてきた。

 

「たしかに楽しみだけど、もし争奪戦になったら、お前らは俺に勝てるのか?」

「へっ、勝てるのかじゃねぇよ、長谷……」

「ほう……?」

「勝つんだよ! 栄光を勝ち取るためにさ!」

 

 夕士は少年漫画の主人公ばりの気合いを籠めて、右手をぎゅっと握りながら力強い口調で言ったが、それを長谷は余裕綽々な様子で見ており、ますます少年漫画の一コマを思わせるような光景になっていた。

 

 あ、これは……アレかな?

 

 俺はその夕士達の様子を見て、静かにフラグが立ったのを感じていたが、あえてその事は口に出さず、平静を保ったまま夕士達に話し掛けた。

 

「とりあえず学校に行こうぜ、遅刻をしたらそれどころじゃないからな」

「だな!」

「ああ」

 

 そして、夕士が再び長谷に対して闘志に満ちた言葉を掛け、それに対して長谷が余裕綽々といった様子で言葉を返すのを聞きながら、俺は夕士達と一緒に学校へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

「何でだよ……何で勝てなかったんだ……」

 

 給食の時間、朝の様子とは一転して、夕士はショックを隠しきれない様子で小さく呟いた。

 

 うん……やっぱりこうなるよな。

 

 俺は生徒による血で血を洗う争い──もといジャンケン大会で勝ち取った七夕ゼリーを前に苦笑いを浮かべていた。今日は風邪などで二人休んでいたため、俺と長谷、そしてやる気満々だった夕士は七夕ゼリーを賭けたジャンケン大会に参戦した。そして俺達三人が残ったまでは良かった。しかし──。

 

「フッ、合気道を習ってる俺に、精神力と勝負強さで勝つにはまだまだ早いぜ、稲葉」

 

 もう一つの勝利の七夕ゼリーを前に、長谷は勝ち誇った笑みを浮かべていた。そう、合気道を習ってる長谷の精神力と自然とカンが鋭くなっていた俺を前に、夕士は為す術も無く敗退したのだった。

 

 霊力とか波動の感知は、流石に反則になるからあえて使わなかったのに、まさか夕士が出しそうな手がピタリと当たるなんてな……。

 

 俺が苦笑いを浮かべていると、その前に敗退していた生徒達からの羨望と恨みの籠もった視線が刺すように伝わってきた。

 

 ……勝負とは時に非情なのだ、恨むなよ少年達。

 

 俺は心の中で静かにクラスメイトに言った後、勝利の七夕ゼリーに手を付けた。

 

 ……うん、美味い。

 

 俺はこの暑さには嬉しい微かにひんやりとしたゼリーを咀嚼しながら静かに思った。

 

 

 

 

 午後の授業が終わり、各持ち場の掃除も終わらせた後、俺達は帰りの会での先生の話を静かに聴いていた。

 

 さて……琴古主さんの件はどうしようかな……。

 

 そして家にいるであろう琴古主さんの事に考えを巡らせていると、先生の口から出てきたある言葉がフッと俺の耳に入ってきた。

 

「さてと……今日はみんなも知ってる通り、7月7日の七夕です。なので、帰る前にみんなのお願い事をこの短冊に書いてみましょう」

 

 先生はクラスの人数分の短冊を見せながら、俺達にニコッと笑った。

 

 うーん、お願い事か……前世の俺だったら絶対に『非日常的な存在達に会えますように』って書くんだけど、それはもう既に叶ってるし……。

 

 俺があれこれと悩んでいる内に、俺の机に件の短冊が渡ってきていた。

 

 まあ……とりあえず考えてみるか。

 

 そして後ろの席に残りの短冊を渡した後、俺は短冊に書く願い事について考え始めた。

 

 

 

 

「うー……やっぱり悔しいなぁ……」

 

 学校からの帰り道、夕士がとても悔しそうな様子で声を上げると、長谷がニヤリと笑いながら夕士に話し掛けた。

 

「それなら、俺と一緒に合気道でもやるか? もちろん、遠野でも良いぜ?」

「うーん……考えておくよ」

「そっか。遠野はどうだ?」

「そうだな……」

 

 ふむ……合気道で培われる精神力が力の強化に繋がるかもしれないし、一度天斗伯父さんに相談してみるか。

 

「ちょっと興味はあるし、まずは伯父さんに相談してみるよ」

「そっか。まあ、返事はいつでも良いからな」

「ん、了解」

 

 俺が長谷の言葉に返事をしていると、夕士が何かを思い出した様子で声を上げた。

 

「あ、そういえば……長谷と柚希は短冊に何を書いたんだ?」

「俺は……『学校の番長になれるように』だな」

「……ウソ、だよな?」

「……さぁな?」

 

 夕士が少し顔を強張らせながら訊くと、長谷はニッと笑いながらそれに答えた。

 

 たとえ冗談じゃなかったとしても、長谷ならやってのけそうだなー……。

 

 俺がのんびりとそんな事を考えていると、夕士が今度は俺に声を掛けてきた。

 

「柚希は何て書いたんだ?」

「……俺か? 俺は……たしか『家内安全』だったかな? それも筆ペンで」

「か、家内安全……それも筆ペンって……」

「あ、だから短冊を集めた時の先生の顔が固まってたのか」

 

 俺の答えを聞くと、夕士達はそれぞれ違った反応を見せた。

 

 父さん達の事があったから、これで良いかなと思ったんだけど……やっぱり小学一年生らしくない願い事だったかな……?

 

 俺の短冊を見たと思われる先生の困惑顔を思い出しながら、静かに思っていると、今度は長谷が夕士に話し掛けた。

 

「それで? 稲葉は何て書いたんだ?」

「……『もっと成績が良くなりますように』」

「あー……うん、良いと思うぞ? な、長谷?」

「そうだな。俺達よりはずっとそれらしいから、良いんじゃないか?」

 

 俺達がそれなりにフォローを入れたが、夕士は少々納得がいかない様子で小さく腕を組み始めた。

 

 うーん……やっぱりこの空気はマズいよな。何か……何か別の話題は……。

 

 その時、俺はある事を思い出し、それを話題にすることにした。

 

「……そういえば、二人にちょっと相談したい事があるんだけど、良いか?」

「……相談したい事?」

「へぇ……相談事なんて、柚希にしては珍しいな」

「ん……まあな」

 

 俺は若干内容を隠しながら琴古主さんの事について相談をした。そして話を終えると、夕士達は少しだけ難しい顔をし始めた。

 

「……なるほど、それで柚希はその人に少しでも歩み寄りたいわけか」

「ああ。せっかく知り合ったからには、仲良くなりたいんだけど、どうしたもんか分からなくてさ……」

 

 夕士の言葉に対して、両手を頭の後ろに当てながら呟くように答えながら、俺はゆっくりと空を見上げた。

 

 琴古主さんがこれからもウチにいるとは限らないけど、やっぱりいる間だけでも仲良くしたいんだよな……。

 

「仲良くはしたいけど、あまり踏み込みすぎてもいけない。けど、踏み込まなすぎても歩み寄れない。そこがかなり悩みどころなんだよな」

『なるほどな……』

 

 夕士と長谷は声を揃えながら言うと、真剣な様子で考え始めた。

 

 さて……俺も少しは考えないとな……。

 

 そして皆で並んで歩きながら考えていたその時、夕士が何かを思いついた様子で声を上げた。

 

「あ……これなんかどうかな?」

「ん? 何だ?」

「もし出来たらなんだけどさ……今日は七夕なんだし、一緒に星空を眺めるとかどうかな?」

「一緒に星空を眺める……?」

「ああ。一緒に何かをすれば、少しでも仲良くなれるんじゃないかなと思ってな」

「一緒に何かをする、か……」

 

 なるほど、正直これは盲点だったな……。『絆の書』の皆とは話す事で仲良くなってたから、それについてはまったく考えてなかったし……。うん、家に帰ったら試してみようかな。

 

「夕士、ありがとうな」

「どういたしまして」

 

 俺がお礼を言うと、夕士はニコッと笑いながらそれに答えてくれた。

 

 よし……まずは琴古主さんと仲良く話す事を目標して頑張ってみるか!

 

 夕士達と一緒に歩きながら、俺は決意を新たにし、そのまま家へ向かって歩き続けた。

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

「戻ったぞ」

「ただいまー」

「ただいまです」

 

 夕士達と別れた後、俺は『絆の書』から皆を出し、一緒に家の中に向かって声を掛けた。すると──。

 

「う……うえぇぇん……!!」

「まあまあ、まずは泣き止んでくれませんか?」

 

 居間の方から突然女の子の物らしき泣き声とそれを慰める天斗伯父さんの声が聞こえてきた。

 

 ……え、一体何だろう?

 

「今のって……完全に女の子の泣き声だったよな?」

「……そうだな」

「……まさか、天斗の旦那……女を連れ込んだ挙げ句、別れ話を切り出したんじゃあ……!」

「天斗さんに限ってそれは無いと思いますけど……」

 

 理由は何であれ、中から聞こえてきたその声に、俺達は困惑の色を隠しきれなかった。

 

 ……まあ、色々気になるけど、とりあえず──。

 

「……中に入って、確認してみるか」

 

 俺の言葉に皆が静かに頷いた後、俺達は家の中に入っていった。

 

「天斗伯父さん……? 一体何が……?」

 

 声を掛けながら居間に入ってみると、そこには少し迷惑そうにしている琴古主さんと困ったような表情を浮かべる天斗伯父さんとあまり見た事がない存在の姿があった。

 

「うぅぅ……! わたし、もうダメなんですぅ……!」

「いえいえ、大丈夫ですから……」

 

 天斗伯父さんが慰めていたもの、それは獅子の頭を持った鷲のような小さな生き物だった。

 

 あれ……? コイツってもしかして……?

 

 俺がその生き物の正体についての予測をしていると、俺達が入ってきた事に気づいた天斗伯父さんが俺達に声を掛けてきた。

 

「あ……皆さん、お帰りなさい」

「はい、ただいまです、天斗伯父さん。えっと……そこにいるのはもしかして……」

 

 俺は頭の中に浮かんでいたその生き物の正体と思われる名前を口にした。

 

「『アンズー』ですか……?」

「はい……その通りです」

 

 俺の言葉に天斗伯父さんは少し困った様子で返事をしてくれた。

 

 

『アンズー』

 

 メソポタミア神話における怪物の一匹で、本来の名前はズー。

 天の主神、エンリルに仕えているが、実はそのエンリルが持つ主神権の簒奪(さんだつ)を目論見、結果として主神権の象徴である『天命の書板』を盗み出したが、その後の動向に関しては様々な話が伝えられている。

 

 

 ……神話的にはそういう奴の筈なんだけど、コイツは……。

 

「うっうっうっ……」

 

 小さなアンズーは天斗伯父さんに慰められながら悲しそうに泣いていた。

 

 うん……やっぱりわけが分からないな……。

 

 その様子を見ながら俺が首を傾げていると、義智が小さくため息をついた後、アンズーを慰めている天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「シフル……我らに説明を頼めるか……?」

「あ……はい」

 

 そして、天斗伯父さんはアンズーがここにいる理由を話し始めた。

 

「まずは……柚希君、アンズーさんについてはご存じですよね?」

「あ、はい。えっと──」

 

 俺は義智達に分かりやすいようにアンズーについての簡単な説明を始めた。そして説明を終えると、風之真が腕を組みながら声を上げた。

 

「なるほどなぁ……だが、その主神に仕えてる筈のアンズーが、何でここにいるんでぃ?」

「実はここにいるアンズーさんはその主神であるエンリルに仕えているアンズーさんの娘さんの一人でして……お母様が娘さん達に主神に仕えるにあたっての心構えなどを教えていたのですが……」

「……もしかして、この()だけがそれを中々覚えられないんですか……?」

「はい……それでお母様とエンリルさんがこちらの娘さんを連れて、私の執務室においでになったのですが……エンリルさん達が言うには、この娘さんに世界という物を見せてあげて欲しいとの事だったんです」

「世界という物を見せる……もしかしたらそうすることで、見識を深めつつ度胸とかを付けて欲しいって事かもしれませんね……」

「はい、私もそうだと思います。なので、とりあえず家にお連れしたのですが……突然泣き出してしまって……」

「ふん……おおよそ、自身の不甲斐なさに泣き出したのだろう」

 

 義智が鼻を鳴らしながら言うと、アンズーは涙声でそれに答えた。

 

「グスッ……はい……わたし、精いっぱい頑張っているんですが……姉さん達みたいに全然出来なくて……それでその事を考えてたら……どんどん悲しくなってきて……」

「なるほどな……」

 

 これは物覚えが悪いのとはまた違った事のような気がするな……。よし、それならこのアンズーにもちょっと俺の計画に付き合ってもらうとするか。

 

 俺は心の中で静かに決めた後、アンズーと琴古主さんに声を掛けた。

 

「アンズー、琴古主さん。ちょっと良いですか?」

「グスッ……はい」

「……何じゃ、小僧」

 

 悲しむアンズーと不機嫌そうな声の琴古主さんを見ながら、俺は夕士が出してくれたアイデアを口にした。

 

「今夜、一緒に星空を見ませんか?」

 

 

 

 

「おっ、これは良い感じに見えてるな……」

 

 その日の夕食後、俺は天斗伯父さんや『絆の書』の仲間達、そしてアンズーと縁側に置かれた琴古主さんと一緒に縁側に座りながら星や天の河を眺めていた。

 

 うん、今日はすっかり晴れてたし、絶好の観測日和みたいだな。

 

「わぁ……! きれい……!」

「……ふん」

 

 アンズーは目をキラキラさせながら、そして琴古主さんは静かに星空を眺めていた。

 

 よし、第一段階はこれで良いな。

 

 琴古主さん達の様子を見て、俺が確信していると、琴古主さんが俺の事を片眼でジロリと見ながら話し掛けてきた。

 

「……小僧、この催しは一体何のつもりなんじゃ……?」

「あ……わたしもそれは訊きたいです……」

 

 琴古主さんの問いを聞き、アンズーも不思議そうな様子で俺の事を見始めた。俺はそれにニッと笑いながら静かに答えた。

 

「せっかくこうして知り合ったので、一緒に何かをやってみたいと思った。ただそれだけの事ですよ」

「ふん。共に何かを、のぅ……であれば、別の物でも良かったのではないのか?」

「いいえ、()()だから……いや、()()だから良かったんです」

「今夜だから、じゃと……?」

 

 不思議そうにしている琴古主さんに、俺は星空を眺めながら静かに答えた。

 

「今日は七夕と言われる日、そしてその七夕の伝説の中でわし座のアルタイルである彦星とこと座のベガである織姫が一年に一度だけ会う事が出来る日なんです」

「わぁ……! それってすごくロマンチックですね……!」

「うん、そうだな。そして今夜だから良かった理由、それは──」

 

 俺は琴古主さんとアンズーの両方を見ながら言葉を続けた。

 

「性別こそ逆ですが、お二人が()()だからです。……まあ、アンズーに関してはちょっと微妙な言い方かもしれませんけどね」

「……つまり、儂とこの娘の姿がその話の内容にちょうど良かったからというわけか?」

「はい。それに……そういった話題があった方が話は楽しくなりますからね」

「ふん……そうか」

 

 琴古主さんは静かに言うと、再び星空に興味深そうな視線を向け始めた。

 

 さて、まずはアンズーの方から行くかな。

 

 星空を眺めつつ、俺の様子を静かに見ている天斗伯父さん達の視線を受けつつ、俺はアンズーに話し掛けた。

 

「アンズー、お前は主神に仕えるにあたって、覚えるべき事が中々覚えられなくて泣いてたんだよな?」

「は、はい……姉さん達みたいにすんなりと出来るなりたいんですけど、それが中々出来なくて……」

「そっか……でもさ、焦る必要なんてどこにも無いんじゃないのかな?」

「え……?」

 

 不思議そうな表情を浮かべるアンズーに対し、俺はニッと笑いながら俺なりの考えを話し始めた。

 

「だって今、そのお姉さん達に少しでも追いつきたいって思った結果、焦ってるんだろ?」

「は、はい……」

「でもさ……焦ったところで、何の解決にもならないだろ?むしろ、もっと出来ないってなって更に落ち込むことになる気がするし」

「そ、それは……! でも、私は……」

 

 アンズーは少しだけ納得したように見えたが、すぐにまた元の表情に戻ってしまった。

 

 うん……後、もう一押しかな。

 

 アンズーの様子を見て判断した後、俺は静かに話し掛けた。

 

「なあ、アンズー。何でエンリルさんとお前のお母さんがお前を天斗伯父さんのところに連れて来たんだと思う?」

「それは……お母さんが言ってた通り、色々な世界を見て欲しいから……そして姉さん達みたいになって欲しいから……」

「うん。たぶん半分正解で半分不正解かな」

「え……?」

「エンリルさん達が思ってた事、それは……色々な世界を見る事で、お前に気付いて欲しかったんだよ。お前らしいやり方って物にさ」

「わたしらしい……やり方……?」

「そう。お前はお姉さん達と自分を比べてしまった事で、自分の悪いところばかりを見てしまい、自分らしいやり方に気付くことが出来ずにいた。

だからエンリルさん達は、お前に一度別の場所で生活を送らせる事で、自分自身を見つめ直し、自分自身にとってやりやすいやり方を見つけて欲しいと思ったんだと思う」

「わたしらしい……やり方……。そんな物、見つけられるんでしょうか……?」

「きっと──いや、絶対に見つけられるよ。だって──」

 

 俺は天斗伯父さん達、この家の住人達の事を見ながら言葉を続けた。

 

「数こそ少ないけれど、ここには色んなモノ達が住んでいる。つまり、住んでいるモノの数だけ、色んな考え──そして色んなやり方があるんだよ。だからそんな中で過ごしてれば、いつの間にか自分らしいやり方も見つけられると思うぜ?」

「住んでいるモノの数だけ色んな考え、やり方が……」

 

 アンズーは俺の言葉を呟くように繰り返すと、何かを考え込むように小さく俯いた。

 

 よし……次は琴古主さんだな。

 

 そう思いながらアンズーから琴古主さんへと視線を移すと、琴古主さんは俺の視線に気付いた様子で、俺の事をジロリと見始めた。しかし、俺はそれには一切動じずに琴古主さんへと話し掛けた。

 

「琴古主さん、半日くらいですけど、ここに来てみてどうでした?」

「……ふん。お前達によるものかは分からんが、ほどよい妖気が巡っておるため、居心地は良いがな」

「ふふ、それなら良かったです。琴古主さんがいつまでここにいるかは分かりませんけど、いる間はやっぱり居心地が良いようにしたかったので」

「ふん、儂に気なんぞ使わんでも良い。……むしろ気なんぞ使われた方が迷惑じゃからな」

「そうかもしれませんが、俺はそういうタチなので、何かとお世話を焼くことがあるかもしれませんね」

「……ふん、お人好しめ」

 

 琴古主さんは静かに言うと、そっぽを向くように視線を逸らした。

 

 ……これで一応第二段階──いや、これで今回の作戦の全体が成功かな。

 

 星空を眺めながら静かな決意を秘めた目をしているアンズーと静かに星空を眺めている琴古主さんを見ながら確信していたその時、琴古主さんの姿が突然月光のような白い光に包まれ始めた。

 

 まさかこれは、しんかの……。

 

 その時、義智が冷たい声で話し掛けてきた。

 

「……柚希、今ボケるのは止めておけ」

「……了解」

 

 義智にボケを止められた後、俺は皆と一緒に琴古主さんの様子に注目した。琴古主さんは白い光に包まれながら二つに分かれると、一つは徐々に人のような形に変化していったが、もう一つは箏の形のままだった。

そして光が消えた時、そこにいたのは長い銀髪を麻紐で結った作務衣の老人と新品同様に綺麗になった一張の黒い箏だった。

 

 これは……琴古主さんの人間体なのかな……?

 

 義智と天斗伯父さんを除いた全員がボーッとしながら琴古主さんの事を見ていると、琴古主さんは自分の姿と傍らに置かれた箏に目を向け、信じられないといった様子でポツリと呟いた。

 

「……これは、まさか……この家に巡る妖気の影響か……?」

「それもあると思いますけど……たぶん、月から発せられる霊力や魔力の影響かもしれませんね。おそらくそれらとこの家に巡る妖気、そして琴古主さんの妖力が共鳴した結果、こうなったんだと思います」

「ふん……なるほどのぅ……」

 

 琴古主さんは俺の説明を聞くと、縁側に向かって箏の前に座り、いつの間にか両手の指に付けていた爪を使って箏を演奏し始めた。

 

 ……これは、あの曲かな……。

 

「ふふ、とても綺麗な音色ですね」

「……ふん」

「俺は、音楽には明るくねぇんだが……この演奏だけは凄ぇって断言できるぜ……」

「はい、そうですね♪」

「ふふっ……♪ 何だかこの星空みたいな綺麗な音色です……♪」

 

 皆がそれぞれ感想を述べる中、琴古主さんは静かに演奏を終えた。そしてまた自分の姿と目の前の箏に目を向けると、静かな声で呟いた。

 

「……なるほど。これが儂──琴古主か……」

 

 その琴古主さんの顔は、箏の時みたいな気難しそうな様子では無く、演奏が出来たことを静かに喜んでいるような様子だった。

 

「琴古主さん」

「……小僧。いや……柚希と言ったか。今の音色をお前はどう感じた?」

「俺は音楽の事について詳しいわけではないですけど……聴いていてとても穏やかな気持ちになる、そんな音色だと思いました」

「ふん……そうか」

 

 俺の感想に琴古主さんは鼻を鳴らしながら答えると、今度はアンズーの方へ視線を移した。

 

「アンズーの娘、お前は柚希の話を聞いたわけだが、柚希の言う通り己に相応しき手段を見つける事が出来ると思うか?」

「それは……今は分からないです。でも──」

 

 アンズーは俺や天斗伯父さん、そして義智達に視線を向けた後、琴古主さんの方へ視線を戻してから言葉を続けた。

 

「柚希さん達となら、様々なものを見る事が出来、それらを通じてわたしらしいやり方に近付けるかもしれないと思いました」

「……そうか」

 

 アンズーの言葉を聞くと、琴古主さんは満点の星空の中に浮かぶ月を仰ぎながら静かに話し始めた。

 

「儂は……この琴古主となった時、恨みなどよりも何故か寂しさというものを感じておった。

しかし、儂にはその理由が全く分からず、柚希達が出掛けた後、しんと静まり返ったこの家で考えておった。そしてそれによって、儂が辿り着いたその寂しさの答え。それは……廃れる事で忘れ去れていく事への恐怖と儂を弾く者がいなくなる事への寂しさだった」

 

 琴古主さんは遠い時を想うような眼で、俺達へと視線を移した。

 

「柚希、天斗、義智、風之真、こころ。しばらく──いや、お主らの命の火が消え行くその時まで、この箏と共に厄介になるぞ」

「……え? それってもしかして……」

「うむ。このような物言いは少々気恥ずかしいが、お前達の確固たる繋がりを見ている内に、儂の感じておった寂しさと恐怖、それらはすべてお主らと共に過ごすことで無くせると思うたからのぅ」

「琴古主さん……」

 

 琴古主さんの少し気恥ずかしそうな顔を見ていた時、アンズーも微笑みながら俺達に話し掛けてきた。

 

「みなさん、わたしもそれにご一緒させてもらえませんか?」

「アンズー……?」

「さっきも言いましたけど、わたし、思ったんです。みなさんと一緒なら、わたしらしいやり方に近付けるかもしれないって。だからその時まで──いえ、みなさんとずっと一緒にいさせて欲しいんです」

「アンズー……」

 

 琴古主さんとアンズーの顔は出会った時の様子と違い、この星空みたいな綺麗な輝きを放っている気がした。

 

 ふふ、そういう事なら断る理由はないな。

 

 そして口元を綻ばせながら皆の方に視線を向けてみると、皆も嬉しそうな笑みを浮かべていたが、義智だけはいつも通りの真剣な表情を浮かべていた。しかし、その雰囲気からは拒絶などの感情は感じられなかった。俺は琴古主さん達の方へ視線を戻し、ニコッと笑いながら静かに答えた。

 

「分かった。それじゃあこれからよろしくな」

「うむ、よろしく頼むぞ、皆の者」

「よろしくお願いします、みなさん」

 

 琴古主さんとアンズーが声を揃えて言うと、風之真が何かを思い出した様子で声を上げた。

 

「そういや……琴古主の爺ちゃんとアンズーの嬢ちゃんの名前を訊いてなかったんだが、名前は何て言うんだぃ?」

「ふむ、名か……琴古主となる以前も、名と言えるものは無かったのぅ……」

「わたしも……まだ見習いなので、エンリル様より名前を頂いてないです……」

「あ、そういう事なら、柚希の旦那が付ければ良いんじゃねぇか?」

「え、俺が付けても良いのか?」

 

 風之真の提案に俺は少しだけ驚いた。琴古主さんはともかく、アンズーの話によると、主神エンリルさんから名前をもらう事になるはず。それなのに俺が勝手に名前を付けても良いものか、俺は少しだけ迷っていた。

 

 そういうのって、やっぱり良くはないんじゃないのかな……?

 

 俺がどうしたものか迷っていると、天斗伯父さんが静かにクスリと笑った。

 

「大丈夫ですよ、柚希君。エンリルさんには私が後で伝えておきますから、柚希君は安心してアンズーさんと琴古主さんのお名前を考えて下さい」

「天斗伯父さん……分かりました」

 

 そして俺は琴古主さんとアンズーの名前を考え始めた。

 

 うーん……名付けなんて久しぶりだし、どうしたもんかな……。

 

 悩みながら琴古主さんとアンズーの姿を見ていた時、俺の中にある考えが浮かんだ。

 

 うん、こうなったら()()()みたいに素直に考えちゃった方が良い気がする。だからここは──。

 

 そして名前を考え終えた後、俺はその名前を口にした。

 

「琴古主さんは……黒銀(くろがね)、それでアンズーはアン。……で、どうかな?」

「ほぅ……この箏の黒と儂の銀髪から取り、黒銀か……ふむ、中々悪くはないのぅ」

「私のはアンズーを縮めてアンですね。ふふ、でも何だか響きが可愛くてわたしは良いと思います」

「そっか、良かったぁ……」

 

 黒銀さんとアンの感想を聞き、俺が心の底から安心していると、黒銀さんが静かな声で話し掛けてきた。

 

「柚希よ、名付けの件、感謝するぞ」

「どういたしまして、黒銀さん」

「……柚希、儂に敬語なぞいらん。儂らはこれからと共に歩む友なのだからな」

「……分かった。黒銀、アン。これからよろしくな」

「うむ」

「はい♪」

 

 黒銀達の返事に頷いて答えた後、俺は傍らに置いていた『絆の書』を引き寄せ、そのまま空白のページを開いた。

 

 さて、そろそろ俺の事について話すとするか。

 

 そう感じた後、黒銀達に対して、『絆の書』の事や俺の事について話を始めた。そして俺が話を終えると、黒銀は興味深そうな声を上げた。

 

「ふむ……転生者、そして我らのようなモノとの絆の証となる『絆の書』か……」

「えっと……それで、この『絆の書』に柚希さんとわたし達の力を入れれば良いんですよね?」

「うん、そうだよ。

 さて……まずは黒銀、お願いな」

「うむ、承知した」

 

 黒銀の返事を聞いた後、俺達は空白のページに手を置いた。そしていつものように自分達の力を『絆の書』へと注ぎ込み始めた。

 

 ……っと、始まったな……。

 

 体の奥から腕を通して手から『絆の書』へ流れていく魔力を静かに感じていた。

 

 ……ぐっ……!

 

 そして、必要な量が流れ込んだのを感じた瞬間、体の力がすっと抜け、そのまま倒れ込みそうになったが、何とかすぐに力を入れる事でそれを回避することが出来た。

 

 よし……少しは慣れてきたかな。

 

 そして『絆の書』に視線を移すと、そこには穏やかな表情を浮かべる箏の姿の黒銀と琴古主についての詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 じゃあ……次は、アンだな。

 

 俺はその次の空白のページを開いた後、アンに声を掛けた。

 

「それじゃあ、アン。頼んだぞ」

「はい」

 

 そして、アンと一緒に空白のページに触れた後、俺達は『絆の書』に自分達の力を注ぎ込み始めた。

 

 ふぅ……一日に二人なんて初めてだから、さっきよりもちょっとキツいな……。

 

 いつの間にか額に浮かんでいた汗のひんやりとした冷たさを感じながら、俺は魔力を注ぎ込み続けた。

 

 ……ぐ、やっぱりキツいかな……!

 

 そして必要な量が流れ込んだのを感じた瞬間、いつもより酷い脱力感と軽い目眩に襲われた。

 

 あ……流石にこれはマズいかも……。

 

 しかしその時、俺の両腕と服の襟を掴まれたような気がした。

 

「え……?」

 

 その感覚を不思議に思いながら後ろを振り向いてみると、義智とこころが腕を片方ずつ、そして風之真が服の襟を掴んでいた。

 

「まったく……柚希、無茶をするな」

「大丈夫ですか、柚希さん?」

「俺らがしっかりと掴んでるから、問題はねぇぜ。柚希の旦那」

「皆……ありがとうな」

 

 皆にお礼を言いながら微笑んだ後、俺は『絆の書』に視線を移した。するとそこには、楽しそうに空を飛ぶアンの姿、そしてアンズーについての詳細が浮かび上がっていた。

 

 うん、これでオッケーだけど、やっぱりもう少し力をつけないと、これからキツそうだな……。

 

 その事について苦笑いを浮かべていると、月の魔力の影響かだんだん体の力が戻ってきているのを感じ、いつの間にか目眩も治まっていた。

 

「よし……もう大丈夫そうだ。皆、ありがとうな」

「うむ」

「おう!」

「はい♪」

 

 皆は俺の言葉を聞くと、ゆっくりと手を放した。

 

 ……うん、やっぱり合気道の件は受けておいた方が良さそうだし、後で天斗伯父さんにしっかりと話そう。

 

 心の中で静かに決意した後、俺は黒銀とアンのページに魔力を注ぎ込んだ。するとページから二つの光の球体が浮かび上がり、俺達の近くに静かに滞空した。そしてそれらは徐々に姿を変え、光がゆっくりと消えた後、そこには人間体の黒銀と黒い箏、そしてアンの姿があった。

 

「ふむ……あれが『絆の書』の中か……中々住み良い雰囲気を持つ屋敷であったな、アンよ」

「はい。それに綺麗な花も咲いていて……わたし、とても素敵だと思いました♪」

「ふふ、それなら良かったよ」

 

 黒銀達の感想に小さく笑いながら答えた後、俺は月光が『ヒーリング・クリスタル』に当たるようにしながら、また星空へと視線を移した。すると黒銀を除いた全員が同じように星空へ視線を移し、黒銀はまた静かに箏を弾き始めた。

 

 うん、こんな七夕の夜も良いもんだな……。

 

 静かで儚い箏の調べの中、俺達はキラキラとした輝きを放つ七夕の夜の星々を静かに眺めていた。




政実「第3話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回の俺はボケ担当みたいになってたな」
政実「うん、たまには良いかなと思ってね」
柚希「ふーん……まあ、たしかにたまになら良いかもな。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価もお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「よし……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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THIRD AFTER STORY 静かな箏の音と優しき翼の羽ばたき

政実「どうも、箏は学校の授業くらいでしか触れた事が無い片倉政実です」
黒銀「どうも、琴古主の黒銀じゃ」
アン「どうも、アンズーのアンです」
政実「今回は黒銀とアンがメインのAFTER STORYです」
黒銀「儂とアンがメインという事は、初回で言っていたように視点変更もしていくのか?」
政実「そうだね。と言っても、今回は二人だから、まだそんなにコロコロと変わる感じにはならないけどね」
アン「分かりました。それでは、そろそろ始めていきましょうか」
政実「うん」
黒銀「うむ」
政実・黒銀・アン「それでは、THIRD AFTER STORYをどうぞ」


 七月も終盤へと差し掛かり、蒸し蒸しとした暑さからカラッとした暑さへと変わり始めたある日の昼頃、儂は世話になっている遠野家の和室で一人『依り代』である(こと)を前に『ある事』で悩んでいた。

 

「ふうむ……思っていたよりも中々思い浮かばぬ物だな。箏曲(そうきょく)という物は……」

 

 溜息交じりに独り言ちる中、箏はただ静かに佇むだけで何も答えず、儂は再びゆっくりと溜息をついた。

 

「やれやれ……ただの箏から付喪神(つくもがみ)である琴古主に成ったからには、儂の持ち主であった人間がやっていた箏曲の制作をしてみようと思い立ったまでは良かったが……ここまで思いつかんとは思わなかったな」

 

 何かを生み出すという事が難しいというのは分かっていたが、まさかここまでとは……。まったく……儂の持ち主であったという人間は、本当に大した奴だったようじゃな……。

 

 そんな事を考えながら本日何度目になるか分からない溜息をついた後、どうしたらよいか考え始めようとしたその時、「……あ、黒銀さん」とどこか嬉しそうな声が背後から聞こえ、ゆっくりと振り向いてみると、和室の入り口には儂と同時にこの遠野家に世話になる事になったアンズーのアンの姿があった。

 

「アンか……どうかしたか?」

「あ、はい。そろそろお昼ご飯の時間のようだったので、黒銀さんを呼びに来たんです」

「そうか……わざわざすまなかったな、アン」

「いえいえ。ところで……先程、何か考えているようでしたが、何かお悩みでもありましたか?」

「あ、ああ……まあな。昨晩、琴古主となったからには、何か箏曲でも作ろうと思ったのでな。どのような曲が良いか朝食後からずっと考えておったのだ。だが、どうにも上手く行かなくてな……」

「そうだったんですね……私も何かお手伝い出来れば良かったんですが、曲作りの事についてはまったく詳しくないもので……」

「気にせんでよいぞ、アン。その気持ちだけでも充分嬉しいのだからな」

「黒銀さん……」

 

 アンが心配そうに儂を見つめる中、それに対して微笑みながらゆっくりと首を横に振った後、儂は静かに立ち上がりながらアンに声を掛けた。

 

「さて……それでは、行くとしよう。これ以上、柚希達を待たせるわけにもいかんからな」

「は、はい……」

 

 そして、アンを肩に乗せながら和室を出た後、柚希達がいるであろう居間へ向けて歩いていた時、「そういえば……」とアンは何かを思い出したように声を上げると、少し嬉しそうな様子で儂に話し掛けてきた。

 

「お互いこのお家にお世話になる事にして、もう少しで一ヶ月が経ちますけど、黒銀さんはここでの生活をどう思っていますか?」

「……ふふ、何だかんだで楽しいと思っておるさ。柚希や義智(よしとも)と話をしたり、風之真(かざのしん)やこころから箏についての質問をされたり、お主や天斗(あまと)と共にゆっくりとしてみたり……と、毎日様々な事があって、まったく退屈せんからな」

「ふふっ、そうですね。私も同じく、ここでの生活はとっても楽しいですし、色々学ばせてもらっています」

「そうじゃな。ここで起きる出来事は、あの山中の集落にいた頃には決して起きぬ事ばかりじゃからな」

「……そういえば、黒銀さんは元々はそこにあった一張(ひとは)りの箏だったんですよね?」

「ああ。と言っても、儂が琴古主となった頃には、誰も住んでおらん消滅集落と呼ばれる物になっておったようじゃがな」

 

 そんな事を話しながら儂はここに世話になる事になった経緯を想起した。

今からおよそ2週間前の七夕の朝、儂は山中のある集落の中にあった屋敷内でただの箏から付喪神である琴古主に成った。そして、琴古主となった事に驚いている内に、『依り代』がこれまで辿ってきた出来事が突然頭の中に流れ込み、更に驚く事となったが、その『記憶』を辿る内に儂の中でしかし、その頃には既に儂の持ち主だけでなく、持ち主が住んでいた集落の住民は一人もおらなかったらしく、儂は寒々しい部屋の中でただ佇んでいるしか無かった。

そして、その内に寂しさのような物を感じていたその時、儂の目の前に現れたのが、数人の部下を連れた儂達『絆の書』の住人の主である遠野柚希の伯父であり、柚希を転生させた張本人──いや、『張本神』の遠野天斗だった。

天斗は儂が既に琴古主に成っている事に驚きながらも和やかに儂に話し掛けてきたが、儂は突然現れた天斗達の事を訝しみ、素っ気ない返事ばかりをしていた。

そしてそんな会話を続けていたその時、天斗は何か思いついたような表情を浮かべると、よければ自分の家に来てはくれないかと言ってきた。儂はその天斗の提案の意味が分からず、そんな提案をしてきたのは何故なのかと問い掛けると、この集落に儂をこのまま置いておくと、儂の姿を見た周辺の住民達から化け物が出る場所だと騒ぎ出す可能性がある上、それを面白がった者達が次々と来て、この消滅集落が荒らされる事にもなりえると返してきた。

儂はその話を聞き、それでは天へと昇った儂の持ち主や集落の住民の魂が哀しむと思い、天斗の提案に乗り、遠野家へとやって来たのだった。

 

 ……まあ、儂を遠野家へと連れて行った後、その集落が荒らされる事が無いように色々取り計らったり、儂の持ち主に儂の現在について報せに行ってくれたりしたらしいから、天斗には柚希達と出会わせてくれた事も含めて本当に感謝せねばいかんな。

 

 天斗への感謝の念を抱きながらアンと共に進む事数分、儂らが居間に着いてみると、せかせかと昼食の手伝いをしていた柚希が不意に儂らへと視線を向け、嬉しそうにニコリと笑った。

 

「黒銀、アン、もう少しで準備が終わるから、それまでソファに座って待っててくれ」

「分かった」

「はい!」

 

 儂らの返事に柚希がコクンと頷き、再び準備に取り掛かりだした後、儂らがソファへ視線を向けると、そこには楽しそうに話をする鎌鼬(かまいたち)風之真(かざのしん)(さとり)のこころの姿があり、儂は風之真達に声を掛けた。

 

「お主ら、何やら楽しそうに話をしておるが、何の話をしておるのだ?」

「ん? おお、黒銀の旦那にアンじゃねぇか。いやな、午後からどう過ごすかってぇのを話してたんだよ」

「午後からの過ごし方……ですか?」

「ふふ、はい。今日は夕士さんや長谷さんもお家の予定がある上、合気道の練習もお休みという事で、柚希さんもずっとお家にいるみたいでしたので、せっかくなので私達も今日はお家の中で過ごす事にしたのですが、どのように過ごそうかまだ明確に決まってないんです」

「なるほどのう……たしかに儂やこころはまだしも、風之真は散歩に行ったり外出する柚希にくっついていったりする事が多いから、風之真の場合は家での過ごし方は少々悩むところかもしれんな」

「そうなんだよぁ……まあ、候補としては柚希の旦那が読書してるのに付き合って知識を蓄えるとかこころと一緒に庭の花の手入れをするとかが挙がってるんだが、黒銀の旦那やアンは何か良い案は無いかぃ?」

 

風之真からの問いかけに儂は少し考えてから答えた。

 

「そうじゃのう……柚希に時間があるなら、様々なモノ達の話を聞くというのはどうじゃ?」

「あ、たしかにそれは良いですね。これからも私達は色々な人ならざるモノ達と会う事にはなると思いますし、予め知識を持っているのと持っていないのではだいぶ心構えや対応の件で違いが出ますから」

「ふんふん、なるほどなぁ」

「たしかにそれはとても良い事だと思います。私も人間と人ならざるモノ達の架け橋となる事を目標としていますし、アンさんを含めて妖以外にもどのような方々がいるのかは知っておきたいですから」

「ははっ、違ぇねぇや。俺ももう後悔しねぇように色々な知識を取り入れてぇと思ってるし、色々知れるんなら大歓迎だ。ってぇ事で、その案は参考にさせてもらうぜ。黒銀の旦那、アン、本当にありがとうな」

「お二人ともありがとうございます」

「ふふ、礼には及ばんさ」

「そうですね。お二人にはいつも色々とお世話になっていますし、何か困っていらっしゃったら相談に乗ったり、一緒になって考えたりするのは当然の事ですから」

「そうかいそうかい……そんじゃあ、()()()()()()()()にも一口かませてもらっても問題はねぇよな?」

 

 ニヤリと笑いながら言う風之真の言葉に儂とアンが揃って驚いていると、風之真は両手を軽く広げながらなんて事無い様子で口を開いた。

 

「二人ともだいぶ驚いてるようだが、このくれぇ分かって当然だぜ? 話をしてる時、黒銀の旦那の方は表情が少し暗く感じたし、アンはアンで何か心配そうに黒銀の旦那を何度かチラッと見てたしな。そうだよな、こころ?」

「はい。なので、私達もお二人のお悩みに協力をさせては頂けませんか?」

「正直、悩みの内容までは見当がついてねぇし、俺達がどこまで手助けできるかは分からねぇが、俺達は俺達なりに解決へ向けて精いっぱい頑張らせてもらうつもりだ。さっき、アンが俺達にいつも世話になってるって言ってたが、俺達だって二人にはちょくちょく手伝ってもらったり、話を聞いてもらったりしてるからな」

「こころさん……風之真さん……」

「もちろん、そういうのはいらないと仰るなら、私達は大人しく見守るだけにしますが……どうでしょうか?」

「そうじゃな……」

 

 こころからの問い掛けに対し、顎に手を当てながらどうしたものかと少し考えた後、儂は顎から手を離しながら考えた結果を話した。

 

「……それなら、お主ら達にも手伝ってもらう事にしようかの。そう言ってくれたのを無碍(むげ)に出来なかったというのもあるが、その気持ちが嬉しかったからな」

「ふふ……そう言ってもらえて良かったです。さて……そのお悩みなんですが、どちらかと言うならアンさんも私達と同じ立場である上、アンさん自身にも何かお悩みがあるという事で、よろしいんですよね?」

「ん、そうなのかぃ?」

「ほう……それは初耳じゃな」

「あ、はい。説明不足ですみません……」

「ははっ、そんなの気にすんなって。アンだって俺達の大切な仲間だからな」

「そうじゃな……儂の悩みをまるで自分の事のように心配してくれていた分、儂もお主の悩みが解決できるように全力であたらせてもらうぞ」

「お二人とも……はい、ありがとうございます!」

「さて……それじゃあ早速──と言いてぇところだが、準備もしてもらってるから、まずは腹拵えだな。それに、腹をしっかりと満たさねぇと、思いつくもんも思い付かなくなっちまうからな」

「……ふふ、そうじゃな。さて……風之真、こころ、アン、よろしく頼むぞ」

「おうよ!」

「「はい!」」

 

 風之真達の返事を聞き、それに対して儂は心強さを感じた後、仲間達がいてくれる事への心地良さに浸りながら風之真達と共に話を始めた。

 

 

 

 

 昼食後、私と黒銀さんは風之真さん達を連れて和室へと戻ると、全員分の座布団を敷き、各々思い思いの座布団に座った。そして、風之真さんは全員が座った事を確認すると、コホンと一つ咳払いをしてから静かに口を開いた。

 

「さて……それじゃあ早速話を聞かせてもらっても良いかぃ? まずは……黒銀の旦那からだ」

「うむ、分かった。それでは話すが……今、儂は新たな箏曲について悩んでおるのだ」

「なるほど……つまり、新しい曲のアイデアに悩んでいるという事ですね?」

「そういう事だ。アンには話したのだが、せっかくこうして琴古主となったからには、儂の持ち主だった人間と同じように箏曲を作っていきたいと思った。しかし、まったくどのような曲が良いか思い付かず、朝食を食べ終えてからずっと考え続けていたのだ」

 

儂が話を終えると、風之真は少し難しそうな顔をしながら腕を軽く組み始めた。

 

「ふーむ……俺はそっち方面には明るくねぇからこれといったこたぁ言えねぇが、俺にとってそういう曲ってぇのは、作り手の思いや願いが込められてるイメージが強ぇかねぇ……」

「作り手の思いや願い……」

「おうよ。柚希の旦那と一緒になって本を読むようになってから思い始めたんだが、曲に限らず、物語や詩なんかもその作り手の思いや願いみてぇなのが大なり小なり内包されていて、俺らはそれを感じ取る事で感銘を受けたり、影響をされたりするんだと思うんだ。もちろん、その思いや願いは必ずしも良い物ばかりじゃねぇし、その取り方次第では良い物だったはずの物が悪い物として取られる事もあるし、取り入れた結果として悪事を働く奴だって恐らく出てくる」

「そうですね……取り方は人それぞれですから、場合によってはそういう事もあるかもしれません」

「だが、自分が誰かに伝えたい思いや願いがあるなら、それを込めて何かを作るってぇのはありだと俺は思う。まあ、これはあくまでも俺個人の考えだから、参考程度に留めといてくれ」

「ああ、分かった。だが……」

「ん、何だぃ?」

「いや……話をしている時の風之真の顔が、どことなく柚希と同じように見えてな」

 

黒銀さんの言葉を聞くと、風之真さんは心から嬉しそうな顔をした。

 

「おっ、そうかぃ? へへ、そいつぁ嬉しいねぇ」

「そう……なんですか?」

「おうよ! 何と言っても俺は柚希の旦那の一番の弟分だからな。柚希の旦那と似てるとか同じって言われるのは、やっぱり嬉しいもんだ」

「そういう物か……まあ、それなら柚希の良い部分を見て、更にそれを高めながら自分だけの良い点も伸ばしていくのが良さそうじゃな」

「へへ、だな! さて……こころ、お前は何かあるかぃ?」

「そうですね……私は身近な物や自然からヒントを貰うのも良いと思います。正直、私も作曲などには詳しくないですが、私は日常の中にある様々な音にも旋律がある気がするんです」

「……あ、そういえばこの前、こころさんと一緒にお家の中を歩いていた時、柚希さんが縁側で雨が降っているのを楽しそうに眺めているのを見かけて、その理由を訊いてみたら雨音を聞いているんだって答えていましたね」

「はい。柚希さん曰く、雨音にも色々あるらしく、よく聞いてみれば雨粒が当たる場所や雨の強さによってもその音は少し違うみたいなのです」

「ふむ……なるほどな。つまり、そういった日常的な音を聞き、それらを元にして箏曲を作るのも手だという事か」

「その通りです。後は……少し風之真さんと被ってしまうかもしれませんが、誰かを想って曲を作るのも良いのかもしれません」

「誰かを……想う?」

 

 こころさんの発言に黒銀さんが小首を傾げると、こころさんは上品そうな笑みを浮かべながらコクンと頷いた。

 

「自分にとって大切な人やお世話になった人、そういった誰かへの想いを曲の旋律に篭め、その想いを胸に箏を弾く事で人の心を打つ曲になると思うんです。私にとって、一族のみんなや両親、柚希さんや皆さんがそうであるように黒銀さんにもそういった誰かがいらっしゃると思うので、その想いを篭めてみてはいかがでしょうか」

「想いを篭める、か……思えばそういった事をしてみようとはしていなかったな」

「ふふ……それなら、一度試してみてはどうでしょう? もしかしたら、思っていたよりもすぐに浮かぶかも知れませんよ?」

「そうじゃな……試してみるとしよう」

「おう! さてと……アン、おめぇは何かあるかぃ?」

「えっと……私は既存の曲から何かヒントを得られないかと思っています」

「既存の曲か……たしかに儂も持ち主だった男が生前に作った曲や他の者が作った曲を演奏できるから、それを弾く事で何か得られるかもしれぬな」

「へへ、だな! さて……黒銀の旦那、ここまで色々な案を出してきたが、作曲の方は何とかなりそうかぃ?」

 ニッと笑いながら風之真さんが訊くと、黒銀さんは優しく微笑みながら静かに頷いた。

「……ああ。まだ試してはいないから、どうなるかまでは分からんが、どの案もとても良い物だと思っておる。後はそれらを試してみるだけだ」

「まあ、それが良いだろうな。それじゃあ今度は……アン、おめぇの悩みの解決と行こうかね」

「は、はい……!」

 

 突然話を振られた事で少し驚きながら答えると、風之真さんはからからと笑い始めた。

 

「はっはっは! 突然話し掛けられたから、ちっと驚いちまったか?」

「え、と……はい……」

「へへっ、そいつぁ悪かったな。んで、おめぇの悩みったぁいってぇ何なんだ?」

「私の悩み……それは、()()()()()()()()()()()()()()()……です」

「自分に自信を持つ方法……か?」

「はい……」

 

 少し驚いた様子を見せる黒銀さんに返事をしながら、私はここにお世話になるまでの経緯を想起した。

私は風の神様であるエンリル様に仕えるお母さんから生まれた三姉妹の末っ子だけど、物覚えも良くて頭も切れるお姉ちゃん達とは違って、どんなに色々な事を教えてもらってもそれをしっかりと行えず、いつしか自分はダメダメな子なんだと思うようになり、自分に自信を持つ事が出来なくなっていた。

そんなある日、エンリル様とお母さんが話しているのを見て、私をエンリル様に仕えさせるのを止めさせようとしてると思い、一人で勝手にショックを受け、意気消沈しながら部屋に閉じこもっていた。

そしてそれから数時間後、エンリル様とお母さんから一緒に来るように言われ、遂にその時が来たかと思いながら着いていくと、到着したのが天斗さんが神様としての姿であるシフルさんとして勤めている執務室だった。

そこはベージュ色の壁紙が貼られていて、クリーム色の絨毯が敷かれたお部屋で、中心にある大きな机と椅子、そしてそれを囲むように置かれた多くの本棚以外には何も置かれていなかったけれど、空気がとても澄んでいて居心地がとても良い場所だった。

そんな事を思っている間、私はの頭の中からさっきまで思っていたような事はスーッと無くなっていたけれど、柚希さんの言うところの神様モードになっていた天斗さんが、エンリル様に訪ねてきた理由を尋ねた瞬間、私の気持ちは再び沈み、今すぐにでもこの場を離れたいという気持ちでいっぱいになっていた。

そして、そんな気持ちを抱きながらエンリル様や天斗さん達の話を聴く事数分、エンリル様達が私を連れてきた理由が、私に世界を見せてほしいという物だと聞いた瞬間、私は勝手に愛想を尽かされたのだと思い、一人で悲しみに暮れていた。私は何故こうもダメなのだろう、私は何故お姉ちゃん達のように出来ないのだろう。そんな気持ちが私の中でグルグルと回る中、私は涙を堪えながらエンリル様とお母さんにお別れを言い、天斗さんに連れられてこのお家へとやって来た。

そして、天斗さんから優しく声を掛けてもらった時、堪えていた悲しさが溢れ出し、涙が堰を切ったように流れ出していた時に柚希さん達が帰ってきたのだった。

 

 ……あの日、柚希さんの提案で皆さんと一緒に星空を眺めたあの七夕の日、あの日に私は立派なアンズーになるための私らしいやり方を見つけると誓い、このお家にお世話になる事を決めた。

けれど、そのためにはやっぱり自分に自信を持つ事が出来ないとダメな気がする。自分の行動に自信を持てなければ、どんなに良い方法を思い付いても、それを実行する事が出来ないから……。

 

「皆さん……自分に自信を持つには、どうしたら良いと思いますか?」

 

 その私の問い掛けに、こころさんと黒銀さんはどうしたものかといった様子で顔を見合わせていたけれど、風之真さんだけは腕を組みながら難しい顔をしていた。こころさんのように他の人の心の声が聞こえないため、風之真さんが難しい顔をしているのが、私には風之真さんが本当にどうしたら良いのか分からないからそんな顔をしているように見えていた。

 

 ……やっぱり、こんな悩みを話しても皆さんに迷惑だったのかもしれない……。

 

 そんな事を考え、もう少し自分で考えてみる旨を伝えようとしたその時、「……なあ、アン」と風之真さんが腕を組みながら私に話し掛けてきたため、私は突然話し掛けられた事に再び驚きながらもそれに返事をした。

 

「は、はい……なんでしょう……?」

「あくまでも俺の考えなんだが……その悩みを解決できるのは、たぶんおめぇしかいねぇぜ?」

「……え? そ、それって一体……?」

「……ああ、間違っても考えるのが無理そうだからそう言ってるんじゃないぜ? 色々考えた結果、そんな答えに辿り着いただけだ」

「は、はい……」

「んで、どうしてそんな事を思い付いたかなんだが……アン、『自信』って漢字でどう書く?」

「え、えっと……『(みずか)ら』を『信じる』と書きますよね……?」

「そうだ。自らを信じる、それが自信って奴だ。という事は、まずアン自身が自分を、自らを信じてやらなきゃ、自信を持つなんて出来やしねぇんじゃねぇかな?」

「私自身が私を信じる……」

「ああ。この場合の自分ってのは、自分の中にある能力や知識、それと経験や記憶見てぇな物を引っくるめたアン自身の力だ。アン、いくら失敗続きだったからと言っても、おめぇにだって本を読んで得た知識やこうしたらどうなるみてぇな経験はあんだろ?」

「はい……」

「それなら、まずはそれらを信じて色んな事をやってみろ。そして、失敗してもへこたれずにどうして失敗したかみてぇな反省点を自分で考えて、それをどうしたら良いか答えが出たら、最初の内は柚希の旦那や義智の旦那辺りに相談をしてみると良い。

そうやってる内に、失敗続きだった事も成功が重なって、段々自信を持てるようになり、自分はどうやったら良いのか分かってくるはずだからな」

「風之真さん……」

「まあ、相談するなら俺達でも別に良いぜ? 黒銀の旦那と違って、俺とこころはおめぇと一緒でまだペーペーのがきんちょだが、今みてぇに一緒になって考えたり、自分なりの考えを話してやったりは出来っからな。な、こころ、黒銀の旦那」

 

風之真さんがこころさんと黒銀さんに視線を向けながら言うと、お二人は笑みを浮かべながら静かに頷いた。

 

「……ふふ、そうですね」

「こうして巡りおうたのも何かの縁。仲間であるお主の力となれるなら、儂も相談相手や話し相手になるとしよう」

「皆さん……本当にありがとうございます……!」

 嬉しさから目から涙が溢れ、涙交じりになりながら皆さんにお礼を言っていると、風之真さんはニッと笑いながら首を横に振った。

「いいや、礼なんていらねぇさ。俺達だっておめぇの助けになりてぇからな。ところで、こころと黒銀の旦那は何か他に案はあるかぃ?」

「……いいえ、私もそれが良いと思います」

「うむ、そうじゃな。自信の持ち方など十人十色だと思っていたから、どう答えた物かと思っていたが、風之真の答えを聞いて、アンにはその方が良いと思ったからな。儂も異論はないぞ、風之真」

「おう、分かった! さて……ここまでだいぶ話したが、俺達の話はあくまでも参考程度に考えてくれて構わねぇ。さっき、黒銀の旦那は俺達の案はとても良い物だから、色々試してみると言ってくれたが、俺達の案が必ずしも合うとは限らねぇからな」

「そうじゃな。今日出た案とはまた別の物で解決する可能性もあるからな」

「そういう事だ。だが、もしも今回の件に関してまた何か悩みが出て来たり、他の悩みが出て来たりした時は、また遠慮無く相談をしてくれ」

「その時は、また今回のようにお話を聞いたり、一緒に解決の糸口になる物を見つけられるように頑張りますから」

「……ああ、その時はまたよろしく頼む。じゃが……」

「それは風之真さんとこころさんも同じですからね? 何かお困りの事やお悩みがあったら、遠慮無く相談をして下さいね」

「……おうよ!」

「その時はよろしくお願いしますね」

「うむ」

「はい!」

 

 そして、私達が笑い合っていたその時、廊下の方からゆっくりと誰かが歩いてくる足音が聞こえ、私達が揃って廊下に視線を向けると、襖の陰から柚希さんがひょこっと顔を出した。

 

「よっ、みんな。黒銀とアンの悩みは解決したか?」

「ん? ああ、まあほとんど解決したと言っても良いが……柚希の旦那、黒銀の旦那やアンが悩みを抱えてた事を知ってたのかぃ?」

「まあな。流石にどんな悩みなのかは分かってなかったけど、波動から何か悩んでたのは知ってたよ。ただ……なんだか風之真とこころがそれに関わろうとしてたみたいだったから、とりあえず風之真達に任せて、難航しそうだったら俺も関わろうと思ってたんだ。もっとも、俺が関わるまでも無かったようだけどな」

「へへっ、そうみてぇだな。まあ、何か困った時は柚希の旦那にも相談するから、その時はよろしく頼むぜ?」

「ああ、もちろんだ。その時は、皆の仲間であり『絆の書』の主でもある者として、全力であたらせてもらうさ」

「おうよ!」

 

 ニコリと笑う柚希さんに対して、とても嬉しそうに笑う風之真さんの姿に、私達は顔を見合わせながらクスリと笑った。

 

 ふふっ……やっぱり、柚希さんは風之真さんにとってお兄さんのような存在なんですね。

 

 そんな事を思いながら柚希さん達の事を見ていた時、柚希さんは私達へ視線を向けると、優しい笑みを浮かべた。

 

「皆、天斗伯父さんが知り合いの神様から色々お裾分けをしてもらったようだから、お相伴にあずかりに行こうぜ。後、皆がどんな風に話をしていたのかも聞きたいから、それも聞かせてもらおうかな」

「へへっ、それなら好きなだけ話してやるぜ、柚希の旦那!」

「ふふ、ありがとうな。という事で行こうぜ、皆」

「おうよ!」

「「はい! 」」

「うむ」

 

 全員で返事をした後、私達は座っていた座布団を片付け、柚希さんの後に続いて居間へと向かった。その途中、黒銀さんが何か考えているような様子だったため、私は小首を傾げながら黒銀さんに話し掛けた。

 

「黒銀さん、どうかなさいましたか?」

「……いや、箏曲の名について少々考えておってな。とりあえず、二曲分は考えついたのだが……」

「そうだったんですね。あの、その曲の名前を聞いても良いですか?」

「ああ。『絆』と『白金(しろかね)』じゃ」

「なるほど……『絆』は柚希さん達との事だと分かりますが、もう一曲の『白金』はどのような理由からつけたんですか?」

「……儂の持ち主だった男の楽士としての名じゃ。幼い頃に親から儂を貰い、その命の火が消えるまで儂を傍に置き続けていた男の……な」

「……そうだったんですね」

「まあ、彼奴は今も天国で箏を弾いているらしいが、この曲が出来た暁には、天斗に伝えてきてもらおうと思っておる。そうすれば、彼奴も大層驚くじゃろうからな」

 

 笑顔でそう話す黒銀さんの顔は、いつもの落ち着いた物とは違って、どこか悪戯っ子のような感じがして、私は「そうかもしれませんね」と返しながら思わずクスリと笑っていた。

 

 たしかに驚く事は驚くかもしれないけど、それ以上に喜んでくれるかもしれないなぁ……。

 

 黒銀さんが作った『白金』を天斗さんから伝えられ、驚きながらも喜ぶ男性の姿を想像して心の奥が温かくなったのを感じた。

 

 黒銀さんも前に向かって歩き出したんだし、私もこれから先へ向けて一歩ずつでも良いから、進み出さないといけないよね。

 

「……皆さん、支えて頂きありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いしますね」

 

 小さな声で皆さんに声を掛けた後、私は皆さんと一緒に話をしながら居間へ向けてゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

「……よし、これで完成じゃな」

 

 その日の夕方、和室で出来上がったばかりの『絆』と『白金』の楽譜を見て、儂は満足感と達成感を覚えながら小さな声で独り言ちた。

そして、2枚の楽譜を畳の上に置くと、儂は縁側へ向かって歩き、そこに敷いていた座布団の上に座った後、夕焼け空を見上げた。空はいつもと変わらぬ綺麗な橙色をしており、どこからか烏の鳴き声や遊びから帰る人の子達の声も聞こえてきていた。

 

「……平和じゃな。あの山奥で琴古主として目覚めた時にはこんな平和な日常の中で過ごす事になるとは思わんかったが、やはり良い物じゃ。まあ、これから柚希が更に仲間を増やし、とても賑やかな毎日となるだろうが、それはそれでまた一興かもしれぬな」

 

 そんな事を独り言ちた後、儂は空の向こうにあるであろう天国とそこで今でも箏を弾いている儂と同じ銀髪の老人──白金を想像しながら小さく息をついた。

 

「……白金。お主の箏は、琴古主となって今でも仲間達と共に仲良くやっておる。お主もそちらの仲間達と仲良くなるのだぞ?」

 

 天国の白金へ向けてそう呼びかけた後、儂はゆっくりと立ち上がり、畳の上の楽譜を拾ってから隅に寄せていた箏へ向けて歩み寄り、その傍に置いていた爪をつけた。そして、箏の前に静かに座り、弦を一本軽く弾いた後、儂は『白金』を弾き始めた。

仲間達の助けがあってようやく作る事が出来た儂の初めての曲、『絆』と『白金』。どんなに時が過ぎようともこの2曲を作るために風之真達と話し合い、柚希達とふれ合った時間は、永遠に儂の中で良き思い出となるに違いないと感じていた。

 

 ……ありがとう、皆。そして、これからもよろしく頼むぞ。

 

 この場にはいない皆に向けて心の中で声を掛けながら、儂は日暮れ過ぎまで依り代と共に琴の音色を奏で続けた。




政実「THIRD AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
アン「黒銀さんは新たな箏曲、私は自分に自信を持つ方法について悩みを抱えていたわけですけど、AFTER STORYでは必ずしも誰かの悩みを解決していくのではないんですよね?」
政実「そうだね。時には日常回みたいなのもある予定だよ」
黒銀「そうか。さて……それでは最後に、今作についての感想や意見、評価なども待っているため、書いてもらえると嬉しい。よろしく頼むぞ」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
黒銀「うむ」
アン「はい!」
政実・黒銀・アン「それでは、また次回」


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第4話 落ち葉舞う涼やかな秋と双頭犬

政実「どうも、秋と言えば読書の秋、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。まあ……イメージ通りの回答だったな」
政実「スポーツの秋っていうほど、スポーツをしてるわけでもないし、食欲の秋っていうほど、食べ物を食べるわけでもないし、他の秋シリーズに当てはまる物も無いから、消去法でもこうなっちゃうんだよね」
柚希「まあ、良いんじゃないか? 読書も大切なわけだし。さてと……前書きはここまでにして、そろそろ始めていくか」
政実「そうだね」
政実・柚希「それでは、第4話をどうぞ」


「もう秋かぁ……この前まで夏休みだったせいか、何だか不思議な感じがするなぁ……」

 

 煌めくような日差しと灼熱のような暑さだった夏も過ぎ、すっかり涼しくなった秋の気候の中、俺達が学校に向かって歩いていると、ふと夕士がそんな事を言い始めた。

 

「不思議って……まだ頭の中では夏な感じがするからって事か?」

「うーん……たぶんそうなんだと思う。ほら、休みの日に一緒に遊んでると、いつの間にか夕方になってて、あ……もう夕方かぁみたいになるだろ? アレと同じような感じがするんだよ」

「なるほどな」

 

 俺が相づちを打つと、長谷が静かに微笑みながら夕士の言葉に答えた。

 

「たしかに楽しい時間はあっという間だよな。俺なんか稲葉達と初めて会ったのが、ついこの前みたいに感じるよ」

「長谷……ああ、俺もだぜ! 柚希もそうだよな?」

「ああ、もちろん」

 

 もっとも、俺の場合は絆の書の仲間達との出会いもあったから、尚更そう感じるんだけどな。

 

 微笑みながら夕士に答えつつ、そんな事を考えていると、向こう側から茶色と黒色の柴犬の二匹を連れた人が歩いてきた。柴犬達は時々目の前に降ってくる落ち葉に視線を移したりしながら、飼い主の人と一緒に俺達の横をスタスタと歩いていった。

 

 柴犬か……そういえば前世で柴犬を飼ってたけど、アイツは今頃元気かな……?

 

 距離が離れていく柴犬達と前世で飼ってた柴犬とを重ね合わせながら見ていると、夕士が羨ましそうな様子で柴犬達の事を見ていた。

 

「犬かぁ……良いなぁ……」

「ん、もしかして夕士……犬が飼いたいのか?」

「あ、うん。お父さん達に何回も飼いたいって言ってるんだけど、いつも考えとくねって言われてばっかりでさ……」

「まあ、そうなるよな。なにせ犬だって俺達と同じ命だからな」

「そうだな。生き物を飼うって事は、それ相応の責任を伴う。その責任を背負う覚悟が稲葉に見られた時、その時には稲葉の親御さん達も首を縦に振ってくれるんじゃないか?」

「責任を背負う覚悟……か」

 

 夕士はその言葉を噛み締めるように繰り返した。

 

 実際、俺も前世で同じ事を父さん達から言われた後、その覚悟を見せたからアイツを家族として迎え入れられたんだっけ……でも、生き物を飼うっていう事は、それだけ重要なことだし、仕方がないんだよな……。

 

 夕士の姿を見ながら、前世での事を思い出していると、夕士は何かを決意した様子で俺達に話し掛けてきた。

 

「よし……俺、その責任を背負う覚悟っていうのが決まるまで、お父さん達に言わないことにするよ」

「そうか……でも、本当に良いのか?」

「ああ。覚悟もないのに、犬を飼った所で、可哀相な目に遭わせちゃうかもしれないだろ?

 だから、良いんだよ、これで」

「そっか。そういう事なら、俺達も応援するぜ。な、長谷」

「ああ、もちろんだ」

「柚希……長谷……ありがとうな!」

「どういたしまして」

 

 原作だと犬を飼ってたみたいな描写は無かったけど、果たして今の俺達の発言でそれが変わったりするのかな……?

 

 本来は無かったはずの発言による、話の流れの変化について少しだけ考え始めたその時、夕士が何かを思い出したような様子で俺達に話し掛けてきた。

 

「そういえば……柚希と長谷ってさ、何というかこう……今みたいに大人っぽい時があるよな? 難しい言葉を知ってたり、大人が言いそうな事を言ってたりさ」

「そうか? 俺はこれで普通だと思うけど……遠野はどうだ?」

「え、あー……うん、そうだな。それに難しい言葉を知ってるのは、たまに伯父さんの持ってる本を読ませてもらってるからだと思うぜ? ……うん」

 

 俺が内心冷や汗をかきながら答えると、夕士は納得した様子を見せた。

 

「そっか……うーん……俺も本を読んでみた方が良いのかな……?」

「まあ……読書は大事だと思うし、良いんじゃないか? な、長谷?」

「そうだな。小さい頃から本を読む習慣をつけておけば、いざという時に役に立つだろうからな」

「なるほどな……うん、分かった。それじゃあ、何かおすすめの本があったら教えてくれよ?」

「ああ、良いぜ」

「俺も大丈夫だ」

「うん、ありがとうな、二人とも」

 

 夕士の笑顔を見ながら、俺は心の底からホッとしていた。

 

 ふぅ……どうにか話をそらせて良かった……最終的には話さなきゃいけないと思うけど、そのタイミングは絶対に『現在(いま)』なんかじゃない。だから、その時が来るまでは用心しておかないとな……。

 

 心の中で強く決心をしながら、俺は夕士達と話をしながら学校に向けて歩いていった。

 

 

 

 

「ただいま帰りましたー」

「戻ったぞ」

「ただいまー」

「ただいまです」

「ただいま戻りました」

 

 今日は合気道の道場に行く日では無かったため、学校から帰ってきて、そのまま夕士達と別れた後、俺は絆の書から出した黒銀以外の仲間達と一緒に家の中へ向かって声を掛けた。すると、家の中から何かが走り回るような音が聞こえてきた。

 

 え……この展開、何か覚えがあるんだけど……。

 

「……今、家の中から何かが走り回るような音が聞こえたよな?」

「……うむ」

「……七夕の時は、アンが泣いてやがったわけだが……今度は一体何だってんだ……?」

「えっと、走り回ってるという事は……もしかしたら何か動物さんがいるんでしょうか?」

「あ、そうかもしれませんね」

「動物か……」

 

 普通の動物ならまだ良いけど……七夕のアンの件で、天斗伯父さんには神様の知り合いがいることが完全に明らかになったし……もしかしたら今回もその類いなんじゃないかな……。

 

 心の中で少し嫌な予感を感じていると、微かな魔力を持った何かがだんだん近付いてきているのを感じた。

 

 魔力って事は……やっぱりそういう系か。でも、今度は一体……?

 

 その魔力を持った何かについて考えようとしたその時、居間から頭が二つある小さな仔犬のようなモノが飛び出してきた。そして仔犬みたいなモノは、突然俺達の方に向きを変えると、舌を少しだけ出しつつ短い尻尾をぶんぶんと振りながら全速力で走ってきた。

 

「……え? は、ちょっ……!?」

 

 突然の事に俺が反応できずにいると、その仔犬らしきモノは俺の目の前でピョンと飛ぶと、俺の胸に勢い良くぶつかった。

 

「ぐ……!」

「柚希!」

「柚希の旦那!」

「柚希さん!」

「柚希お兄さん!」

 

 義智達の声を聞きながら、その衝撃と鈍い痛みに俺は声を上げたが、合気道で得た精神力で何とか堪えると、咄嗟に仔犬らしきモノの下に手を伸ばした。すると仔犬らしきモノは、俺の手の中にすぽんと収まると、俺の顔をジッと見つめながら、舌を出しながらハッハッハッという息づかいをしていた。

 

 ふぅ……これで一安心だな。

 

 俺は心の中で少しホッとした後、胸に残る痛みを感じながら、その仔犬らしきモノを観察した。仔犬らしきモノはさっき見たように頭が二つあり、生えている毛は闇のように黒かった。そして短い尻尾のようなモノを見てみると、それは尻尾というよりは蛇のようなモノだった。

 

 頭が二つあって、尻尾が蛇みたいなモノ……つまり、コイツの正体は……。

 

 俺が仔犬らしきモノの正体を確信していると、居間の方から少し困った様子で額の汗を拭う天斗伯父さんが出てきた。そして天斗伯父さんは俺達の姿、そして仔犬らしきモノの姿を見ると、とても安心した様子で声を掛けてきた。

 

「お帰りなさい、皆さん」

「ただいまです、天斗伯父さん。……あの、コイツってもしかして……」

 

 そして俺は、仔犬らしきモノの正体について口にした。

 

「『オルトロス』ですか?」

「はい……その通りです」

 

 天斗伯父さんが少し疲れた様子で返事をすると、仔犬らしきモノ──オルトロスはまるで正解っと言うかのように、ワンッと仔犬らしい高めの鳴き声を上げた。

 

 

『オルトロス』

 

 ギリシャ神話に登場する、双頭の犬。

 テュポーンとエキドナを親に持ち、兄は地獄の番犬として有名なケルベロス。

 名前には『速い』という意味があり、性格は落ち着きがなく、せっかちであると伝えられている。

 

 

 うん、まさにその通りだったな。

 

 手に収まっているオルトロスに目を向けると、周りをきょろきょろと見回しながら、走り回りたそうな様子でもぞもぞと動き始めた。

しかし、走り回らせたら最後、総出で家の中の片付けをしないといけなくなりそうなので、俺はオルトロスが逃げないように両手でしっかりと体を掴んだ。そして大丈夫だと感じた後、俺は天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「でも……どうしてオルトロスがこの家にいるんですか?」

「それは……まず、皆で居間に行ってから話す事にしましょうか。今、ちょっと居間の片付けもしないといけなかったので……」

「分かりました。よし、それじゃあ行こうか、皆」

 

 義智達が静かに頷いた後、俺達は居間へと向かい、そのまま途中になっていた居間の片付けを始めた。

 

 

 

 

 十数分後、居間の片付けも無事に終わり、俺は知恵を借りるために黒銀にも外に出てもらった。そして俺達、人型のモノ達は椅子へと座り、風之真達のような獣型のモノ達には机の上に座ってもらった後、俺達はオルトロスについての話を始めた。

 

「えっと……それで、どうしてここにオルトロスがいるんですか?」

「それはですね……七夕の時のアンさんと同じように、オルトロス君のご両親から頼まれたからなんです」

「なるほどな……おおよそ、お前が『こちら』の仕事終わりに、『あちら』に行った際、このオルトロスの両親がちょうど来ていたといったところか」

「はい、その通りです」

 

 義智の問い掛けに天斗伯父さんが答えると、風之真がオルトロスのことを見ながら不思議そうな様子で訊いてきた。

 

「このワン吉の両親ねぇ……ってこたぁ、その両親ってのもわんこなのかぃ?」

「いや、父親のテュポーンはギリシャ神話に出てくる巨人だし、母親のエキドナは同じギリシャ神話に出てくる、人間の女性の上半身に蛇の下半身を持った、いわゆる蛇女みたいな感じかな」

「はぁー……! そんな両親からこんなワン吉が生まれるってのか……! 異国ってのは、中々どうして珍妙なとこなんだねぇ……」

「まあ……そう言えなくも無いかもな」

 

 風之真の感想に俺は苦笑いを浮かべながら答えた。

 

 実際のところ、日本神話も含めて神話っていうのは、大体のが人間から見れば珍妙な物ばかりだしな。

 

 そして、天斗伯父さんも風之真の感想に朗らかに笑いながら静かに答えた。

 

「ふふ、たしかにそうですね。私が知っている限りでも、様々なご夫婦がいらっしゃいますから。さて、話を戻しますね。それでご両親の話を聞いてみたのですが……先日、お兄さんのケルベロス君をある魔導師に預けたそうなのですが、このオルトロス君も修行の一環として誰か良い人に預けたいとの事だったのです」

「良い人……それはつまり、魔導師で誰か良い人って事ですよね?」

「その通りです。七夕のアンさんと同じように色々な物を見たり触れたりして、成長をして欲しいとご両親は言っておりました」

「ふむ……まあ、子供の成長という物は、親にとって大事なことだからな。それで、そのアテという物があるからとりあえず預かってきたのだな?」

「はい。ですが……初めての場所だったからなのか、家の中を突然走り回ってしまって……」

「その結果……さっきみたいな事になってしまったんですね?」

「はい……皆さんには、本当にご迷惑をおかけしました……」

「あ、いえ……迷惑なんて思ってませんよ。それよりも……」

 

 俺は再びオルトロスの方へ視線を向けた。すると、オルトロスはさっきまでの落ち着かない様子とは打ってかわって、とてもリラックスした様子で体を丸めていた。

 

 もしかして流石に疲れたのかな……?

 

 オルトロスの様子に少しだけ疑問を抱きながらも、俺は言葉を続けた。

 

「良い魔導師のアテがあるって言ってましたけど、それって一体……?」

「それはですね……少々魔導師とは違うのですが、柚希君の事なんです」

「え、俺ですか……?」

「はい。柚希君ならば、オルトロス君の事も大事にしながら、成長を促していけると感じましたので」

「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど……でも、本当に俺で良いんですか?」

「はい。それにそう決めたのには、ちゃんとした理由もありますしね」

「理由……ですか?」

 

 俺が首を傾げつつ訊くと、天斗伯父さんはニコニコと笑いながら静かに答えた。

 

「オルトロス君なんですが……さっきはとても活発に走り回っていましたが、今は柚希君の傍でとてものんびりとしていますよね?」

「はい、でもそれが一体……?」

「実はご両親のお話によると、オルトロス君は気に入った相手の傍でしか、このような姿を見せないそうなのです」

「そうなんですか?」

「はい、そのようです。さっき初めて会ったはずの柚希君に対してこのような姿を見せている、つまりオルトロス君は柚希君の事を気に入ってるという事になります」

「ふむ……なるほどな。どうせ預けるならば、オルトロスが気に入った相手の方が良いという事か」

「はい、その通りです。それに、オルトロス君の世話をする事が、柚希君がまた違った成長をするチャンスにも繋がると思いましたので」

「また違った成長をするチャンス……」

 

 俺がオルトロスに視線を向けると、オルトロスはゆっくりと起き上がり、再び俺の顔をジッと見ながら尻尾の蛇をぶんぶんと振り始めた。

 

 違った成長をするチャンス……それに繋がるかは正直分からない。でも、コイツが俺の事を気に入ってくれているのなら……!

 

 俺は心の中で決心した後、天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「天斗伯父さん、俺にコイツを……オルトロスを育てさせて下さい」

「柚希君……ふふ、そう言ってくれると思っていましたよ。

 それではご両親には私がお話をしておきますので、オルトロス君の世話はお願いしますね?」

「はい!」

 

 天斗伯父さんの顔をまっすぐに見ながら、俺は大きく返事をした。

 

 コイツが俺の事を気に入ってくれているのなら……俺はコイツの世話をする事の責任を背負おう。今日初めて会った俺の事に好意を示してくれているコイツや期待してくれている天斗伯父さんの為にも……。

 

 そしてオルトロスの方へ視線を移した後、俺はオルトロスと同じ目線になるように頭の位置を下げてから、オルトロスの頭を撫でつつ声を掛けた。

 

「これからよろしくな、オルトロス」

 

 するとオルトロスは、それに答えるようにワンッと大きな鳴き声を一回だけ上げた。

 

 それにしてもオルトロスか……ケルベロスを預かったっていう魔導師が、もし俺の思ってる存在だとしたら、数年後に兄弟が再会することになるなぁ……。

でも……『あの時』のケルベロスって、たしか目も開いてないようなくらいの仔犬だった気もするし……もしかしたら、俺達のような『特別(イレギュラー)』な存在のせいで、少しずつ本筋からズレてきてるのかな……。

 

 オルトロスを撫でながらそんな事を考えていると、風之真が少々高めのテンションで話し掛けてきた。

 

「よっし……となりゃあ、柚希の旦那。早速このワン吉に名前をつけたらどうでぃ?」

「名前か……それならもう決まってるよ」

 

 少しだけ口元を綻ばせながら風之真に答えた後、俺はオルトロスの顔を見ながら、前世での事を思い出していた。前世でアイツを飼うことが決まった後、俺は色んな本とかを参考にして、アイツの名前を考えていた。そしてその中で、俺はある名前を見つけた。それがこのオルトロスだった。

 そしてあの頃の俺は、そのオルトロスの絵と詳細を見て、とてもピッタリだと感じ、すぐにアイツが入っているケージへと走り、今みたいにアイツの顔をまっすぐに見ながら、少し興奮気味に話し掛けた。

 

『お前の名前が決まったよ!』

「お前の名前は……」

「『オルト』だ」

 

 あの頃と重なるような形でオルトロス──オルトに名前を告げると、オルトはあの頃のアイツと同じように俺の顔をジッと見つめた後、嬉しそうな様子でワンっと一声だけ鳴いた。

思い返してみれば、アイツと出会ったのもこのくらいの時だった気がする。前世でのペットだった黒柴のオルト、そして俺の新しい仲間であるオルトロスのオルト。このあの時と同じような出会いも、また俺の『縁』が招いた物なのかもしれない。

 

 さて……そろそろいつものをやっておくか。

 

 そして机に置いていた絆の書の空白のページを開いた後、俺はオルトに絆の書や俺の正体についての説明を始めた。説明をしている間、オルトの顔からは俺の説明が理解出来ているかは分からなかった。

けれど説明を終えた瞬間、オルトは再びワンっと大きな鳴き声を上げた。すると、こころがクスクスと笑いながら静かに声を掛けてきた。

 

「柚希さん、オルト君にはしっかりと説明は届いてるみたいですよ?」

「そっか、それなら良かったよ」

「はは……こりゃしばらくは、こころを介しての会話になりそうだなぁ……」

「そうだな。でも……いつかはちゃんとオルトとも話せる日が来る、俺はそう思ってるから」

「うむ、そうじゃな。だが、オルトと話す事が目的になるのではなく、オルトを成長させつつ、お前も精進せねばならんぞ、柚希」

「ああ、もちろんだ。よし、それじゃあ早速……」

 

 皆との会話を終えた後、俺はオルトに声を掛けた。

 

「それじゃあオルト、お前もここに前足を置いてくれ」

 

 そして、オルトがワンっと一声鳴いて、空白のページに前足をポンッと置いた後、俺も手をページに置いた。その瞬間、いつものように魔力が体の奥底から腕を伝って、手にある穴から空白のページへと流れ込むイメージが頭の中に浮かんだ。

 

 ここまで何回もやってきたから、俺は大丈夫だけど……。

 

 チラリとオルトの方へ視線を向けると、オルトは少しだけ辛そうな表情を浮かべていたが、俺の顔をチラリと見ると、すぐに大丈夫だというような表情へと変わった。しかし、必要な量が流れ込んだ瞬間、俺の体から力が抜け、ガクッと倒れ込みそうになったが、机にもう片方の手を置くことでどうにか体を支えることが出来た。

 

 オルトは……?

 

 絆の書に視線を向けると、そこには空に向かって雄叫びを上げているオルトの姿とオルトロスについての詳細が浮かび上がっていた。

 

 良かった……成功したんだな……。

 

 心の底からホッとした後、俺はオルトのページに手を置き、魔力を注ぎ込んだ。そして、ページから光の球体が浮かび上がり、それが机の上でオルトへと変化すると、オルトは元気な様子でワンっと一声鳴いた。

 

「ははっ! オルトの奴、向こうの空気吸ってすっかり元気になったみてぇだな」

「そうみたいだな」

 

 風之真の言葉に返事をした後、俺はオルトに声を掛けた。

 

「オルト、これからよろしくな」

 

 するとオルトは、俺の顔をジッと見ながら、それに返事をするように元気な声でワンっと鳴いた。そしてその日の内に、天斗伯父さんがオルト用のリードと首輪を用意してくれたため、次の日から学校や合気道の道場通いの他に、早朝のオルトの散歩が一日の行動の中に加わった。

 

 

 

 

 次の日の午前5時頃、絆の書の中から出したオルトに首輪とリードを付け、俺は散歩へと繰り出した。様々な事を考え、この時間に設定したものの、やっぱり久しぶりの早起きは少しだけキツかった。

 

 まあでも……オルトのためだし、これくらいは頑張らないとな。

 

 そして、二つの頭で周りをきょろきょろと見回しながら歩くオルトの姿を見ていた時、ふと黒銀の言葉を思い出した。

 

 オルトを成長させつつ、俺も精進をしなければならない、か……。前々から分かってはいたけど、これからはもっと頑張らないとな。オルトのためにも、俺の事を信じてくれてる皆のためにも。

 

 強く決心した後、俺はオルトに声を掛けた。

 

「オルト、これから一緒に頑張っていこうな」

 

 するとオルトは立ち止まり、二つの頭を同時にこちらへ向けると、俺の言葉に返事をするように元気な声でワンっと鳴いた。




政実「第4話、いかがでしたでしょうか」
柚希「徐々にだけど、俺達が関わってきた事による、影響みたいなのが明らかになってきたな」
政実「うん。そしてこれにより、徐々に原作の流れとは少々違うことにはなっていくかもしれないけど、それはまだ未定かな」
柚希「そっか。さてと、次の投稿予定はいつ頃になりそうなんだ?」
政実「未定ではあるけど、この過去編が当初よりも長くなりそうだから、過去編が終わるまでは出来る限り早めの投稿にしていくよ」
柚希「分かった。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価もお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「そうだな」
政実・柚希「それでは、また次回」


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FOURTH AFTER STORY 幼き双頭犬と一つの決意

政実「どうも、柴犬の次に好きな犬種はシベリアンハスキーの片倉政実です」
オルト「どうも、オルトロスのオルトです!」
政実「という事で、今回はオルトのAFTER STORYです」
オルト「そうだね。サブタイトルから察するに今回も今までのAFTER STORYみたいな話になるのかな?」
政実「それは読んでからのお楽しみという事で」
オルト「はーい。さてと……それじゃあそろそろ始めていこっか!」
政実「うん」
政実・オルト「それでは、FOURTH AFTER STORYをどうぞ」


『んぅ……ふわぁー……』

 

 ある日の朝、僕は『絆の書』の居住空間にある屋敷の一室に作ってもらった寝床の中で目を覚まし、まだ少しぼんやりとする中で大きく欠伸をした。

そして、寝ぼけ眼のままで寝床から起き上がって、ゆっくりと体を出した後、目を覚ますために体をブルブルとさせていると、「んー……?」と近くの寝床で眠っていた鎌鼬(かまいたち)の風之真兄ちゃんが眠そうに声を上げ、目を擦りながら僕に視線を向けてきた。

 

「……あー、オルトか。おはようさん……」

『うん、おはよう。今日も良い天気だね』

「んー……ああ、そうだな。つっても、この『居住空間』は基本的に天気が場所によって固定されてるって天斗の旦那が言ってたから、この屋敷のとこにおてんとさんが昇ってんのはいつもの事だけどな」

『へえー……それじゃあ、雨の中を駆け回りたかったら、雨が降ってるところに行くしか無いんだね?』

「まあ、そうなるな。だが、天斗の旦那辺りに頼みゃあ、この辺りも雨に出来るみてぇだし、頼んでみるのも手かもな」

『そっかぁ……うん、分かった。ありがとう、風之真兄ちゃん!』

「おう。さぁーてと、そいじゃあ俺も起きるとするかねぇ。このまま眠り直すよりは、俺もその辺を風の吹くまま気の向くままのんびりと飛んできた方が良いかもしれねぇからな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、自分のせいで風之真兄ちゃんを起こしてしまった事に気付き、僕は申し訳なさを感じながら風之真兄ちゃんに謝った。

 

『……なんだかゴメンね、風之真兄ちゃん……』

「へへっ、良いって良いって。早起きは三文の得、なんて言葉もあるからな。それなら、飛んでる内に三文以上の得を見つけられるかもしれねぇし、むしろ起こしてくれてありがとうって言いてぇぐれぇだ。まあ、おめぇは柚希の旦那との散歩を楽しんで来いよ。柚希の旦那もそろそろ起きて──」

 

 その時、『オルト、そろそろ散歩に行くぞー』という声が上から聞こえ、僕達は揃って天井を見上げた。

 

「噂をすれば何とやら……だな」

『だね。はーい、起きてるからいつでも行けるよー』

『……ん、風之真も起きてるのか?』

「ああ、今朝はちょいと早起きなんだ。まあ、さっきオルトにも言ったが、早起きは三文の得なんて言葉もあっから、起きられたのは結構嬉しいと思ってるぜ?」

『ははっ、そうかもな。あ……それじゃあお前も一緒に来るか?』

「ん……良いのかぃ?」

『ああ。別に拒む理由も無いし、散歩も人が多い方が楽しいからな』

「へへっ、だな。んじゃあ、今回は付き合わしてもらうぜ、柚希の旦那」

『ああ。という事で、早速こっちに呼ぶぞ』

「おう」

『うん』

 

 風之真兄ちゃんと一緒に返事をした瞬間、僕達の体が白い光に包まれだし、程なくして目の前は白い光でいっぱいになった。そして目の前が見えるようになったかと思った瞬間、いつもの散歩セットを傍に置きながらニコリと笑う柚希兄ちゃんの顔が目に入ってきた。

 

「よっ、お前達。今日も良い天気だから、絶好の散歩日和だぞ」

「おお、そいつぁ嬉しいねぇ。やっぱり、おてんとさんがニコニコと笑ってる空の方が、飛び甲斐もあるってぇもんだからな!」

『うん、晴れてる日の方が気持ち良く散歩できるし、僕も晴れてる日の方が良いかな』

「へへっ、だよな!」

 

 晴れの日について僕と風之真兄ちゃんで話をしていると、柚希兄ちゃんは僕にリード付きの首輪を付けながら風之真兄ちゃんに話し掛けた。

 

「風之真、オルトはなんて言ってる?」

「ん? 晴れの日の方が気持ち良く散歩出来っから、晴れの日の方が良いって言ってるぜ?」

「ふふ、そっか。まあ、どちらかと言うなら俺も晴れの日の方が良いかな。雨の日も風情があって良いけど、突然降られた日にはたまったもんじゃないからな。服が濡れて体も冷えるし、湿気も大変だからさ」

「へへっ、違ぇねぇや。それにしても……オルトも大変だねぇ。仕方ねぇとはいえ、散歩の度にそんなのを付けなきゃねぇなんてなぁ……」

 

 僕の両方の首に付けられた首輪を見ながら風之真兄ちゃんが言う中、僕は両方の首を傾げながらそれに答えた。

 

『うーん……たしかに最初は違和感もあったし、何となく嫌だったけど、こういうのを付けるのが人間にとって犬なんかを散歩させる時のルールだから我慢をしてくれって初日に頼まれたし、僕が他の人間から騒がれないように色々な工夫をしてもらってるし、このくらい平気だよ。それに、今ではすっかり慣れちゃったしね』

「……へへっ、そうかぃ。そんなら良いさ」

 

 風之真兄ちゃんが少し安心したように笑った後、柚希兄ちゃんはニコリと笑いながら僕達に話し掛けてきた。

 

「さて……話の続きは散歩の時にして、早速出発しようぜ」

「おうよ!」

 

『うん!』

 そして、柚希兄ちゃんの部屋を出て、そのまま一階へ降りると、リビングから柚希兄ちゃんの伯父さんの天斗さんが出て来た。

 

「おや……おはようございます、皆さん。今からお散歩でしたか?」

「はい」

「ふふ、そうですか。今日は良いお天気ですし、とても気持ち良くお散歩が出来そうですね」

「そうですね。それじゃあそろそろ行ってきます」

「はい、気をつけて行ってきて下さいね」

「はい、行ってきます」

「行ってくるぜ、天斗の旦那!」

『行ってきまーす!』

 

 そして揃って家を出た後、僕達は晴れ渡った青空の下をゆっくりと歩き始めた。歩き始めてから数分後、カサカサと音を立てながら涼しい風に吹かれていく赤色や黄色の枯れ葉を眺めていた時、「ん、そういや……」と風之真兄ちゃんは何かを思い出したように声を上げた。

 

「なあ、柚希の旦那」

「ん、何だ?」

「オルトには俺達と違って二つの頭があって、いっつも同時に動いてるが、バラバラに動く事は無いのかぃ?」

「いや……兄のケルベロスみたいにオルトロスの二つの頭にはそれぞれに意志があるとは思うんだけど、もしかしたらもう少し成長したらバラバラに動くようになるかもな」

「なるほどなぁ……因みに、オルト自身はそんな兆しみてぇなのは感じねぇのかぃ?」

『うーん……特には無いかな。でも、バラバラに動くようになって、話せるようにもなったらスゴく楽しそうだと思うし、お父さんとお母さんも喜んでくれると思うんだ』

「ははっ、そうかもな。それなら、柚希の旦那達と一緒に頑張って修行していくしかねぇな」

『うん!』

 

 ニッと笑う風之真兄ちゃんに対して大きく頷きながら答えた後、僕は喜ぶお父さん達の姿を想像しながら柚希兄ちゃん達のところへ来る事になった経緯(いきさつ)を想起した。

今から2週間くらい前の事、いつも遊び相手になってくれていたケルベロス兄ちゃんがいなくなってスゴく退屈になっていた時、お父さんとお母さんが僕にある場所へ一緒に行こうと言ってきた。その時はその場所がどんなところかはわからなかったけれど、何だか面白そうな予感がした事から、僕はお父さん達についていき、天斗さんが働く天上へとやって来た。

そして、いつもとは違う物珍しさ漂う天上の景色に目を奪われながらお父さん達の後に続いて歩き、とても大きな白い建物へ入っていき、しばらく歩いた後、僕達はある一つの部屋へと入り、そこで柚希兄ちゃんの伯父である天斗さんと出会った。

天斗さんは急に訪ねてきた僕達に少し驚いた様子を見せたものの、すぐに和やかな笑みを浮かべると、お父さん達に訪ねてきた理由を訊くと、お父さん達は少し不安そうに顔を見合わせてから訪ねてきた理由を口にした。僕達が天斗さんの元を訪ねた理由、それは僕を立派なオルトロスに育ててくれる魔道士がいないかを訊きに来たからだった。

もちろん、お父さん達は僕の事を育てたくないからそんな事を訊きに来たわけじゃないのは分かっていたし、僕もまだ見た事が無い人と出会えるのはとても嬉しいから、それには正直賛成で、天斗さんとお父さん達が話すのを聞きながらとてもワクワクしていた。

そして、天斗さんとお父さん達の話が終わり、一度天斗さんが僕の事を預かる事になった後、僕はお父さん達に別れを告げ、天斗さんと一緒に今お世話になっている遠野家へとやって来た。

しかし、ワクワク感が爆発した僕は早速探険をしようと天斗さんの手から離れ、家の中を走り回った。そして、玄関が開く音が聞こえ、どんな人が来たのかを見に行った時に出会い、結果として僕の事を育ててくれる事になったのが、柚希兄ちゃんなのだった。

 

 それにしても、まさかこんなに楽しい人達と毎日を過ごせるなんて夢にも思わなかったなぁ……。柚希兄ちゃん風に言うなら、これも何かの縁なわけだし、みんなとこれからも楽しい毎日を過ごしながらここで得た知識や経験を何かに活かしていきたいんだけど、どんな風に活かしていくのが良いのかな?

 

『よし……後でみんなに訊いて回ってみよう』

 

 歩きながらそう独り言ちた後、僕は柚希兄ちゃん達と一緒に晴れ渡る青空の下をゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

『さてと……それじゃあ早速訊いて回ってみよう』

 

 みんなと一緒に朝御飯を食べ終えた後、僕が家の中を歩き始めようとしたその時、「オルト、ちょいと良いかぃ?」と机の上から風之真兄ちゃんが声を掛けてきた。

 

『風之真兄ちゃん、何?』

「んー……ちょいとお前さんの家の中巡り──いや、『調査』に同行させてもらえねぇかと思ってな」

 

 その風之真兄ちゃんの言葉に僕が驚いていると、風之真兄ちゃんはニッと笑いながら机の上から飛び出し、そのまま僕の背中へと着地した。

 

「へへっ、何で分かったのかって面をしてるな」

『う、うん……』

「なーに、簡単な事だ。今朝の散歩の時、途中から何やら小難しい事を考えてる顔をしていたからな。おおよそ、どうやりゃあここで得た知識や経験をどうやったら活かせるかを皆に訊いて回ろうとしていたんだろ?」

『うん、大正解。お父さん達のおかげでこうしてみんなと一緒に暮らして、色々な事を学べているわけだから、何かに活かしたいと思ってるんだ。まあ、自分ではまだまったく思いついてないんだけどね』

「なるほどなぁ……まあ、そういう事なら尚更お前さんについてくぜ? 一人から訊いた意見でも二人で聞いたらまた新しい見方があるかもしれねぇしな」

『あ……たしかにそうだね』

「へへっ、だろ? という事で、早速行くとしようぜ、オルト。まだ朝っぱらだが、このままつっ立っていたら、足から根が生えちまうかもしれねぇしな」

『うん!』

 

 風之真兄ちゃんの言葉に頷きながら返事をした後、僕は風之真兄ちゃんを背中に乗せたままでリビングを後にした。そして歩き始めようとしたその時、背中に乗っている風之真兄ちゃんは「さて……」と小さな声で独り言ちたかと思うと、背中の上から僕に話し掛けてきた。

 

「恐らく、義智の旦那や黒銀の旦那なら和室、こころとアンなら庭、柚希の旦那や天斗の旦那なら自分の部屋か書斎にいそうだが、まずは誰から話を聞きに行くんでぃ?」

『……うーん、そうだなぁ……』

 

 そういえば、誰から話を聞きに行くかみたい順番を決めてなかったなぁ……でも、決めない事にはどうにもならないし……。

 

 そんな事を思いながらリビングの扉の前で立ち止まっていたその時、「おや、どうかされましたか?」と声を掛けられ、そっちに視線を向けると、そこにはニコニコと笑う天斗さんの姿があった。

 

『あ、天斗さん』

「おっ、早速出会えるたぁ俺達も運が良い。ちょうど天斗の旦那や柚希の旦那に尋ねてぇ事があったんでぃ」

「私達に尋ねたい事……ですか?」

『はい、実は……』

 

 そして僕が話をすると、天斗さんは「なるほど……」と言いながらニコニコと笑い、優しく僕の両方の頭を撫でてくれた。

 

『わふっ……』

「ふふ、ここで得た知識や経験を何かに活かしたいというのはとても良いと思いますし、そう思ってもらえるのはとても嬉しいです」

「へへ、だよな。それで……天斗の旦那の意見も聞かせてもらいてぇんだが、天斗の旦那ならどんな事に活かしたら良いと思うんでぃ?」

「そうですね……やはり周囲の人のために活かす方が良いとは思いますが、オルト君自身の更なる成長のために活かすのもありだと思います」

『僕自身の更なる成長……』

「はい、その通りです。オルト君、この先どのような存在になっていきたいかといったような目標はありますか?」

『えっと……まだちゃんとは決めてないですけど、お父さんやお母さんに誇れるようなオルトロスになりたいなとは思っています』

 

僕が答えると、天斗さんは嬉しそうな顔をしながら頷いた。

 

「なるほど……それならば、まずはその目標を達成するために知識や経験を活かしてみてはどうでしょうか?」

『え……でも……』

「オルト君、恐らくですが……柚希君や義智さん達に訊いても同じ回答が返ってくると思いますよ。何故なら、皆さんはオルト君が知識や経験を自分達のために使ってくれるよりもそれらを活かして無事に成長をしてくれる事の方が嬉しいからです」

『僕の成長の方が……嬉しい……』

「風之真さん、貴方も実は同じ気持ちですよね?」

 

 ニコリと笑いながら天斗さんが訊くと、風之真兄ちゃんは小さく溜息をついてからそれに答えた。

 

「……気付いてたんだな、天斗の旦那」

「ふふ、もちろんです」

「……ははっ、やっぱ天斗の旦那には敵わねぇや」

 

 風之真兄ちゃんは頭を横に軽く振りながら言うと、背中から僕を見下ろしながらニッと笑った。

 

「天斗の旦那の言う通り、俺もお前さんが得た知識や経験を自分自身の成長のために使ってくれた方が良いと思ってる。そうしてくれた方が、俺達にとって嬉しい事だからな」

『風之真兄ちゃん……でも、どうして……?』

「へへっ、そんなの決まってんだろ? 家族の成長を喜ばない奴なんていないからだよ!」

『家族の……成長……』

「そうだ。まあ、血の繋がりがあるのは天斗の旦那と柚希の旦那だけだが、俺達は血の繋がりが無くてももう家族も同然だ。なにせ、同じ釜の飯を食って、同じ家で毎日を過ごしているんだからな」

『風之真兄ちゃん……』

「さってと……とりあえず全員に話を聞きに行こうぜ? 天斗の旦那の言う通り、全員が同じ回答をするかもしれねぇが、話を聞いてみねぇ事にはわからねぇからな」

『あ、うん』

「という事で、天斗の旦那。早速全員に話を聞きに行ってくるぜ」

「ふふ……はい、行ってらっしゃい」

『……行ってきます』

 

 そして、天斗さんに見送られながら僕は『絆の書』のみんなに話を聞きに行くため、風之真兄ちゃんを連れて家の中を歩き始めた。

 

 

 

 

「……というわけで、柚希の旦那以外の全員の話を聞き終わったわけだが……まあ、予想通りの結果だったな」

『うん、そうだったね』

 

 数十分後、話を聞き終えた僕達は再びリビングへと戻ってきていた。風之真兄ちゃんが言うように他のみんなに話を聞いてみても、全員が得た知識や経験を僕の成長や目標のために使ってくれる事の方が嬉しいと答えていた。

そう言ってくれるのはとても嬉しいけれど、僕としてはやっぱりみんなのために使いたいというのが本音だった。

 

 でも、そう言ってもらっているわけだし、やっぱり自分のために使うのが一番なのかな……。

 

 ソファーの上で伏せながらそんな事を考えていた時、「おーい、お前達ー」とリビングのドアの方から声を掛けられ、僕達は揃って顔を向けた。すると、そこには柚希兄ちゃんの姿があった。

 

『柚希兄ちゃん?』

「おや……柚希の旦那、いってぇどうしたんでぃ?」

「いや、お前達がオルトの事について皆に話を聞いて回ってるって天斗伯父さんから聞いてさ。どんなもんかなと思って訊きに来たんだよ」

『ああ、なるほど』

「んー……まあ、予想通りの答えばかりが返ってきたかねぇ……」

「ははっ、やっぱりか」

「やっぱりって事は……柚希の旦那も俺らと同じ考えってぇ事かぃ?」

「ああ。オルトが得た知識や経験は、自分のために使って欲しいと思ってるよ。今のところはな」

『今のところ?』

「今のところってぇ事は、いつかは俺らのためにも使って欲しいってぇ事かぃ?」

 

風之真兄ちゃんからの問いかけに柚希兄ちゃんは顎に手を当てながら答えた。

 

「うーん……正しく言うなら、この先仲間になる奴のため……かな? ほら、これからだって俺達には仲間が増えていくかもしれないし、その仲間はその時のオルトの年下の可能性だってあるだろ?」

『たしかに……』

「その可能性は大いにありえるなぁ……」

「だから、もしそういう時が来たら、今度はオルトがその仲間に色々教えてやったら良いと思ってるんだ。今まで自分がそうしてきてもらったようにさ」

『柚希兄ちゃん……』

 

 今まで自分がそうしてきてもらったように、か……。うん、そうだよね。まだここに来てから2週間くらいしか経ってないけど、柚希兄ちゃんや天斗さん、『絆の書』のみんなにはスゴくお世話になっている。

だからこそ、今度は僕が新しく加わった仲間達のために頑張る番になるんだ。そして、その上でお母さんやお父さんに誇れるような立派なオルトロスになるんだ……!

 

 その熱い気持ちが胸の奥で燃え上がっていくのを感じていた時、風之真兄ちゃんがニヤリと笑った。

 

「どうやら、答えは決まったみてぇだな」

『うん! 僕、立派なオルトロスになる事を目指して、新しく仲間に加わった仲間達の事を支えながら、これからも色々な知識を取り入れたり、経験を積んだりしていくよ。そして、立派なオルトロスになれたその時は、その知識や経験を活かして柚希兄ちゃん達や風之真兄ちゃん達『絆の書』の仲間達だけじゃなく、この先出会う色々なモノ達を支えていく。それが僕の新しい目標だよ』

「ほー……良いじゃねぇか。それじゃあ俺は、そんなおめぇをこれからも支えていくとするかねぇ」

『風之真兄ちゃん……えへへ、ありがとう!』

「へへ、どういたしまして!」

 

 そんな会話をした後、会話の内容を風之真兄ちゃんが柚希兄ちゃんに通訳するのを聞きながら僕はふと窓の外に視線を向けた。窓の向こうでは、色とりどりの落ち葉が舞うとても綺麗な光景が広がっており、その光景の綺麗さに僕の口許は自然に綻んでいった。

 

 こんな良い光景をこの先もみんなで見られるようにこれからも精いっぱい頑張っていこう。

 

 そんな想いを感じながら眺めていた時、「オルト」と柚希兄ちゃんから声を掛けられ、そっちに顔を向けると、柚希兄ちゃんはニコニコと笑いながら僕を見ていた。

 

「お互いにこれからも頑張ろうな」

『うん!』

 

 落ち葉がはらはらと舞い落ちていく光景を背にしながら、僕は新たな目標を胸に柚希兄ちゃんの言葉に大きく返事をした。




政実「FOURTH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
オルト「今回は僕が新しい目標を見つける回だったね」
政実「そうだね。最初はオルト視点の日常回みたいなのを書こうと思ってたけど、書いてる内にこういう形にした方が良いかなと思い始めて、今回の話にした感じかな」
オルト「なるほどね。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしてますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします!」
政実「さて、それじゃあそろそろ締めていこうか」
オルト「うん!」
政実・オルト「それでは、また次回」


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第5話 凍てつく冷気の中の雪女

政実「どうも、冬は暖房器具にみかんが至高の片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。……まあ、昔から炬燵にみかんなんていうセットもあるわけだし、悪いわけではないか」
政実「うん。ただ……わりと寒くなる所に住んでるのに、寒さに弱いのはどうかと最近自分でも思ってるかな……」
柚希「そこは慣れみたいな物だし、まずは暖房器具からできる限り離れて生活する事からで良いんじゃないか?」
政実「そうだね……今年からできる限りやってみるよ」
柚希「ん、了解。さて……そろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第5話をどうぞ」


「うーん……今日も寒いなぁ……」

「ああ……寒いなぁ……」

「ああ、寒いな」

 

 山の獣が冬眠を始め、犬や子供が辺りを駆け回る季節、冬。

そんな冬のある日、俺達は話す度に口から白い息を吐きつつ、いつものように三人で一緒に学校へ向けて歩いていた。

 

 冬か……そういえば、あの歌みたいにオルトは今朝の散歩の時に楽しそうに駆け回ってたけど……。もし猫の妖とか、例えば『猫又』とか『ケットシー』なんかが仲間にいたら、すぐに炬燵で丸くなろうとするのかな……?

 

 空から降る雪を見ながらそんな事を考えていた時、夕士が突然何かを思い出したように声を上げた。

 

「あ……そういえば、雪で思い出したんだけどさ」

「ん、何だ、稲葉?」

「他のクラスの奴が話してたんだけどさ、なんでも公園の方で雪女みたいなのを見たらしいんだよ」

「雪女って……あの雪女だよな?」

「ああ。夕方頃に一人で帰ってたら、公園の中に白い着物を来た可愛い女の子がいたらしくてな、どうにもその子が泣いてるように見えたから近付いてみたら、その雪女みたいな子が突然ソイツの方に顔を向けて、ニイッと笑ったらしいんだよ」

「ふーん……突然ニイッとねぇ……」

「それでソイツはすっかり怖くなって、そのまま逃げ帰ったんだってさ」

「ほぅ……」

 

 

 夕士の話が終わると、長谷は興味深そうな様子で声を上げた後、次々と夕士に質問を始めた。

 

「ソイツが雪女みたいなのを見た公園っていうのは、俺達もよく使ってる公園だよな?」

「ああ、そうだ」

「じゃあ次、他にその雪女みたいなのを見た奴はいるのか?」

「いや、俺が知ってるのはソイツくらいだから分からない。……でももしかしたらまだいるかもしれないな」

「ふむ……」

 

長谷は夕士から情報を次々と聞くと、まるで頭の中で整理するように顎に手を当てながらうんうんと頷いた。

 

 あ……これはまさか……。

 

その長谷の様子から俺は何となく長谷が考えている事が分かった気がし、それを確認するために長谷に話し掛けた。

 

「……長谷、まさかとは思うけど、俺達でその雪女らしきモノを捜そうって考えてたりしないよな?」

「そうだが?」

 

 俺の問い掛けに長谷は当然だといった様子で答えた。

 

 あはは……やっぱりそうだったのか。

 

 すると、夕士が少し心配そうな様子で長谷に声を掛けた。

 

「でもさ、長谷……相手は妖怪だぞ? それに見つけたとしても、その後はどうするつもりなんだ?」

「いや、何もしないぞ?

今日はちょうど俺も遠野も合気道は休みの日だから、その話が本当なのかを調べてみたいだけだ」

「あ……そういう事か」

 

 長谷の答えを聞いて、夕士がホッとした様子を見せると、長谷はニッと笑いながら言葉を続けた。

 

「それに……お前達だって気になるだろ?」

「それは……まぁ」

「たしかに気にはなるかな」

「だろ? だから、放課後にこの三人で雪女が本当にいるかを見に行こうと思うんだが、お前達はどうしたい?」

 

 長谷の問い掛けに俺達は一度顔を見合わせたが、すぐに長谷の方へ向き直ってから返事をした。

 

「俺は大丈夫だぜ、見に行くだけなら別に危なくはないからな」

「俺も大丈夫だ」

「分かった」

 

 長谷は俺達の返事を聞くと、静かに頷きながら答えた。

 まあ、見に行くだけなら確かに危なくは無いか。俺の場合は、いざとなったら皆の力を借りられるけど、夕士達はそうはいかないし、今の俺じゃあ夕士達を絶対に守れるわけじゃないからな。

でも……。

 

俺は夕士の話を聞いていて、少しだけ気になる点があった。

夕士が聞いた話によれば、雪女が出現したのは街中にある近くの公園だ。雪女の話は日本各地にあるけど、その話に共通してくるのは、『出現場所が山や人が住む場所など』という点と『出会った人間の命を奪ったり、精気を吸いとったりする』という点などだ。

なのに、件の生徒は雪女と出会ったのに、そういう被害を被るどころか、ただ笑いかけられただけだ。

 

……一応、その生徒から直に話を聞いてみた方が良いかもな。そしてそのためにもまずは……。

 

 俺は楽しそうに話している長谷の話をうんうんと頷きながら聞いていた夕士に話し掛けた。

 

「夕士、その話をしていた生徒の名前は分かるか?」

「……ん? ああ、分かるぜ。

隣のクラスの雪村って奴だ」

「隣のクラスの雪村、だな……分かった、ありがとうな」

「どういたしまして。でも、どうしてそんな事を……?」

「ちょっと本人からも話を聞きたくてな。どうせ探すんなら、情報は多い方が良いからさ」

「なるほどな」

 

俺の答えを聞くと、夕士は納得した様子を見せた。

 

 まあ、新しい情報が得られるとは思ってないけど、一応聞いておいて損はないだろうし、昼休みにでも訊きに行ってみるか。

 

 そして放課後の雪女捜しについての話を続けながら、俺達は学校に向けて歩いていった。

 

 

 

 

 昼休み、俺は雪女についての情報を聞くために、隣のクラスの雪村に会いに行った。雪村は隣のクラスの生徒である俺が突然訪ねてきた事にちょっとだけ驚いてはいたが、俺が雪女の話を振ると雪村は納得した様子を見せた。

 

「なんだ、そういう事か。でも、たぶんお前ももう知ってる話くらいしか出来ないぞ?」

「それでも良いよ。この話を一回本人から聞いておきたいと思っただけだからさ」

「そっか……まあ、そういう事なら……」

 

 そして雪村は雪女と出会った時の話をしてくれた。

 

「……あれは一昨日の放課後、学校が終わった後に他の奴と一緒に別の奴の家で遊んだ帰りの話なんだけどさ。ソイツらの家は公園の近くにあるんだけど、俺の家は別方向だったから、一人で公園の近くを歩いてたんだ。

それで公園の入り口に来た時、急に寒くなったんだけど、まあ冬だし仕方ないってその時は思ったんだよ。そしてそのまま帰ろうとした時、ふと公園の方に目が行ったから、何となく公園の中を見てみたんだ。そしたら、少し離れたところに白い着物みたいなのを着た長い髪の奴がいるのが見えたんだよ」

「ふむふむ……」

「それでこんな時間に一体誰なのかなと思って、ちょっとだけ近付いてみたんだよ。そしたら、手で顔を覆ってるのが見えてさ、それでもしかしたら泣いてるのかなと思って、声を掛けようとしてもっと近付いてみたんだ。

でもその時、ソイツが突然クルッて俺の方に振り返ってさ、そしたらソイツは……スゴい赤い目で俺の事を見ながらニイッと笑ったんだよ……!」

「なるほど、それで怖くなったお前は急いで逃げ帰ったんだったな」

「ああ……」

 

 雪村はその時の恐怖を思い出したせいか、ブルブルと震えだした。

 

 うん、やっぱり雪村は特に襲われたわけじゃない。それに赤い目とニイッと笑ったっていう情報……もしかしたらその雪女は……。

 俺がその雪女の事について考えていると、雪村は突然震えを止めると、少しだけポーッとした表情を浮かべた。

 

「……でも、あの雪女みたいなの、スゴく可愛かったんだよなぁ……」

「可愛かったって……ちゃんと顔とかも見たって事か?」

「いや、チラッとしか見れてないけど、それでも十分可愛かったぜ? もし、あの時みたいな出会い方じゃなかったら、仲良くなりたいところだったしな!」

「そ、そうか……」

 

 チラッとでも可愛いと思えるって……まあ、それは置いとくとして、もう少し情報を……。

 

 俺がもう少し雪村から話を聞こうとしたその時、雪村のクラスメイトが雪村の事を呼び始めた。

 

 ……仕方ない、情報収集はここまでだな。

 

 雪村からの情報収集を諦め、俺は雪村に声を掛けた。

 

「どうやらお前の事をクラスメイトが呼んでるみたいだし、俺はこれで失礼するよ。話を聞かせてくれてありがとうな、雪村」

「ううん、別に良いぜ。

お前こそわざわざありがとうな、えっと……」

「俺の名前は遠野柚希だ、これからもよろしくな、雪村」

「ああ、よろしくな、柚希!」

 

 雪村はニッと笑っていった後、クラスメイト達のところへと戻っていった。

 さて……それなりに情報は取れたし、後は実際に会ってみるだけだから、俺も夕士達のとこに戻るか。

 

 そして俺は夕士達に今の話を伝えるために、自分のクラスへと戻った。

 

 

 

 

 その日の放課後、俺達は雪女捜しをするために、いつもの公園へ向かって歩いていた。

 

 ……そうだ、『絆の書』の誰かに力を借りれられないか、一応訊いてみるか。

 

俺はランドセルから『絆の書』を取りだし、表紙に手を載せながら静かに魔力を流し込み始めた。『絆の書』の内外から声を掛けるには、こうやって魔力や妖力を使う必要があるんだが、この状態で話す場合は俺達にしか声は聞こえないため、こういう時にスゴく便利なんだ。

 

『皆、聞こえるか?』

『うむ、聞こえている』

『俺も聞こえてるぜ、柚希の旦那』

『私もオルト君も大丈夫です』

『無論、儂と』

『私も大丈夫です』

『そっか、それなら良かった』

 

 俺が微笑みながら言うと、風之真の不思議そうな声が聞こえてきた。

 

『そんで、俺達に何か用だったのかぃ?』

『ああ。今から夕士達と雪女捜しをするんだけど、誰か手伝ってくれるか?』

 

 すると風之真と黒銀、そしてアンが申し訳なさそうな声で返事をした。

 

『あー……手伝いてぇのは山々なんだが、俺は寒ぃのはちっとムリでな……』

『……すまないが、儂はこの琴からあまり離れられないものでな』

『私も寒いのはちょっと……』

『分かった。義智とこころ、オルトはどうだ?』

『ふん、雪女捜しか……まあ、そのような事はさておき、冬の寒さは気を引き締めるには最適だ。よって、我は参加するとしよう』

『私とオルト君も大丈夫です』

『分かった。それじゃあ早速……』

 

 俺が『絆の書』から義智達を呼ぼうとしたその時、前を歩いていた夕士達がゆっくりと立ち止まり、周りをきょろきょろと見回し始めた。

 

「……何か、いきなり寒くなった気がしないか?」

「……そうだな。遠野、確か雪村が雪女に会った時も突然寒くなったんだよな?」

「ああ。そうだって言ってたぜ」

「……という事は、雪女が俺達の近くにいるって事か」

「……そうなるだろうな」

 

 長谷の言葉に返事をしながら、俺は周囲の妖気を探った。

 

 ……微弱だけど、公園内から妖気を感じる。って事はもしかして……。

 

 俺は再び絆の書の表紙に手を載せながら静かに微量の魔力を流し込んだ。

 

『義智、こころ、オルト、ちょっと来てくれ』

『分かった』

『はい♪』

『ワウンッ!』

 

 

義智達の返事が聞こえた瞬間、絆の書の義智とこころ、そしてオルトのページから小さな光の球が浮かび上がった。光の球は上へふよふよと浮かび、俺の隣で止まった後、小さな状態でそれぞれの形へと変化した。

そして完全に光が止むと、俺の隣には各々の力で夕士達からは姿を隠したいつもの姿の義智とオルト、そして桃色のダウンを着込んだこころの姿があった。

 

 うーん……オルトとこころは良いとしても、義智はそれで寒くないのかな……?。

 

 俺が義智の格好を見ながら疑問を抱いていると、義智は公園の方をジッと見つめながら静かに声を上げた。

 

『ふむ……これは風之真やこころ同様、幼き妖の妖気だな』

『あ、やっぱりそうか』

『ああ。だが、どうやら我らと同じく力を使う事で姿を隠し、静かに我らの様子を窺っているようだ。……こころ、雪女の位置は特定できているか?』

『……一応は出来てます。ですが、ちょっと警戒されてるみたいで、いざとなったら攻撃をしてくる覚悟もしているみたいです……』

『そうか……そうなると、夕士達を早めに帰して、その後に俺達だけで会おうとした方が良いかもな』

『うむ。我らだけならば、雪女も多少は警戒を解くやもしれんからな。柚希、とりあえずは夕士達と共に雪女を捜すフリをしておけ』

『分かった』

 

 義智達との会話を終えた後、俺は少し心配そうに話をしている夕士達に声を掛けた。

 

「夕士、長谷。とりあえず雪女を捜してみよう。雪村の話通りになってるって事は、いる確率が高いって事だからさ」

「……ああ、そうだな。元々そのためにここまで来たわけだし、ここで怖じ気づいているわけにはいかないからな」

「だな。それに本当に雪女がいるなら、色々と訊いてみたい事もあるし、ここはとりあえず柚希の言う通りに捜してみるか」

 

 夕士と長谷は顔を見合わせながらうんと頷いた後、同時に俺の方へと顔を向け、そして同時に声を掛けてきた。

 

「行こう、柚希」

「行くぞ、遠野」

「ああ」

 

 俺は頷きながら答えた後、夕士達と一緒に公園の中へと入っていった。

 

 

 

 

 公園内へ入ってみると、冬という季節と時間の関係からか、そこには俺達以外の人の姿は無かった。

 

 つまり、今のこの場にいるのは、俺達と雪女だけか。

 

 俺は夕士達と一緒に歩きながら、『力』を通じてこころに声を掛けた。

 

『こころ、雪女の様子はどうだ?』

『えっと……まだ私達の事を警戒してますけど、今はとりあえず様子見に徹しようとしてるみたいです』

『……分かった。とりあえずこころはそのまま雪女の様子を探ってくれ』

『はい、了解です♪』

 

 そして公園の中心にある噴水の辺りまで来た時、夕士達が立ち止まると同時に俺もその場に立ち止まり、雪女捜しの事について夕士達に声を掛けた。

 

「さてと……どうやって雪女を探そうか?」

「そうだな……公園の中は広いし、ここは手分けして捜す事にしよう。ただ、時間も時間だから、軽く捜したらここに集合することにしよう」

「分かった」

 

 同時に頷いた後、俺達はバラバラの方へと歩き始めた。そして夕士達との距離が少し離れたのを確認した後、俺は義智達へ普通に話し掛けた。

 

「長谷が手分けして探すことを提案してくれて助かったな」

「うむ。だが、こうなればこの捜索時間中に雪女と話をした方が良いかもしれんな。今は我々の様子を窺っているだけだが、いざとなれば夕士や泉貴を襲いかねないのだからな」

「はい。今、雪女さんの心の中はとても強い不安と私達に対する小さな警戒で占められているみたいなので、考えたくは無いですけど、もしかしたらその可能性もあるかもしれないです……」

「クウン……」

「……分かった。それじゃあ早めに雪女に会ってしまおう。こころ、雪女の心の声はどの辺から聴こえる?」

「えっと、今は……あちらの方みたいです」

 

 こころが指差したのは、俺達が集合場所として定めた噴水の辺りだった。

 

「分かった。よし……夕士達の気とかは向こうの方から感じるし、今の内に雪女と話をしてしまおう」

「うむ」

「はい!」

「ワンッ!」

「……オルト、もう少し声を小さくして良いからな?」

「……ワン」

「……よし」

 

 そして俺は義智達と一緒にさっきまでいた噴水の方へと歩いて行った。すると噴水に近付くにつれて、体に感じる冷気と妖気が強くなり、噴水に着いた時には上着を着ていてもとても寒いと思える程の冷気を感じていた。

 

 さて……そろそろ声を掛けてみるか。

 

「おーい、雪女-……! ちょっと話をしたいんだが、出て来てくれないか-……!」

 

 夕士達に聞こえないように少し声を抑えながら噴水に向かって呼び掛けると、噴水の陰の方から少し青みがかった黒髪の女の子がひょこっと顔を出した。女の子の顔からは俺達に対して警戒と不安、そして少しだけの期待のような物が感じ取れた。

 

 あ、いたいた。

 

 女の子の姿を確認した後、俺は再び声を抑えながらその子に呼び掛けた。

 

「俺達は別に君に何かをしようなんて思ってない、ちょっと話をしたいだけだ。だから、ちょっとこっちの方まで出て来てくれないか?」

 

 女の子は少しだけ迷ったような表情を見せたが、すぐに覚悟を決めた様子を見せると、噴水の陰からゆっくりと出て来た。女の子は雪村の話通り、白い着物――白装束を身に纏っており、背丈は俺より少し低い程度で顔付きから歳は同じくらいだと予測できた。

そして女の子と俺達との距離が近付くにつれて、微かに冷気が強くなっていった。

 

 う……さ、寒い……。でも、雪女と話すためだ。ここは我慢しないと……。

 

 俺が冷気に耐えている内に、女の子は俺達の目の前で立ち止まり、少しだけ警戒した様子で俺に話し掛けてきた。

 

「……君は、私の事が怖くないの?」

「まったく怖くは無いな。見ての通り俺には瑞獣や妖、そしてアンズーとオルトロスの友達兼仲間がいるし、元々妖とかみたいなモノが大好きだからさ」

「友達……仲間……」

 

 俺の答えを聞き、女の子は小さな声で寂しそうに呟いた。

 

 ……この様子、やっぱりそういう事なんだろうな。

 

 その様子からある予想を立てた後、俺は女の子に話し掛けた。

 

「さて……一応確認するけど、君は『雪女』で間違いないよな?」

「うん……そうだよ」

 

 女の子──雪女はまだ寂しそうな様子で俺の言葉に答えた。

 

 

『雪女』

 

日本各地に話が伝わっている有名な妖の一体で、雪女をテーマとした作品やキャラクターなども作られている。そして雪女について伝わる話には、人の命を奪ったりする物が多いが、人の命を奪わない物や歳神として要素が含まれた物なども存在するため、一概には危険な妖とは言えない。

 

 

 まあ、雪村が襲われなかったのは、また別の理由があるからだろうけどな。

 

その雪女の様子からは、各地の話にあるような人に対しての静かな殺意などは感じられず、こころが言うような不安や心配などの感情が見て取れた。

 

 色々と気になる事はあるけど、とりあえず話を聞いてみるか。

 

 俺は雪女がここにいる理由、そして雪村の話の真相を訊くために、静かに話し掛けた。

 

「雪女、君の話を聞かせてもらえないかな?」

「私の……話……」

「ああ。君がここにいるのには、何か理由があるんだろうからさ」

「でも……正直、私自身よく分かってないけど、それでも良いの?」

「うん、大丈夫だ」

「……分かった」

 

 そして雪女は静かな声で話を始めた。

 

「……私はここじゃないところ、あまり誰も来ないような雪原にお母さん達と一緒に住んでるの。そこには私達の他にも色んな寒さに強い妖が住んでて、たまに一緒に遊んだりしてとても楽しい毎日を過ごしてた。

でも一昨日、私はちょっと散歩をしようと思って、一人で外に出たの。それで辺りの綺麗な景色とかを見ながら楽しく歩いてたら、突然目の前が真っ暗になって……私はそれがちょっと怖くなったから、ギュッと目を瞑ったの」

「ふむ……」

「それでずっと目を閉じてたら、突然冷気が少しだけ弱くなった気がして、それが不思議だったからゆっくりと目を開けてみたら……」

「もうここにいたわけか」

「うん……いきなり知らない所に一人でいたから、どうしたら良いか分からなくなって、そしたらドンドン涙が出て来て……」

 

 雪女はその時の不安を思い出したのか、少しだけ目に涙を浮かべていたが、白装束の袖で涙を拭った後、話を続けてくれた。

 

「それで一人で泣いていたら、突然後ろの方から誰かの足音が聞こえてきたの。

『そうだ……この足音の人にここがどこか訊いてみよう』

そう思って後ろを振り向いてみたら、そこにいたのは同じくらいの年の男の子だったの。

『大人じゃなくて同じくらいの歳の子で良かった……』

そう思ってちょっと安心してたら、ちょこっと口元が緩んじゃって……そしたら、その男の子の顔が急にサーって青ざめて、どうしたのかなと思って声を掛けようとしたら、悲鳴を上げながらそのまま走って行っちゃったの……」

「なるほど……」

 

 雪村の話にあった赤い目は泣いていたからで、ニイッと笑ったように見えたのは安心で口元が緩んだからだったか。まあ、夕方に一人でそんな状態のモノに出会ったら、普通の小学生ならたしかに怖くなるかもな……。

 

 雪村の話の真相を知り、一人で納得していた時、雪女はショボンとした様子でポツリと呟いた。

 

「……私、あの子に何か悪いことでもしちゃったのかな……」

「あー……いや、それに関しては君が悪いわけじゃないし、アイツが悪いわけでもないし……。ちょっとした誤解があっただけだから、特に気にしなくても良いぜ?」

「……そう、なの?」

「ああ」

 

 俺が頷きながら答えると、雪女はとても安心したような表情を浮かべた。

 

「良かった……私ね、悲鳴を上げながら逃げられちゃったのは、スゴく悲しかったし辛かった。でもそれよりも、あの子に何か悪いことでもしちゃったのかもしれないっていう罪悪感の方がずっと辛かったから……だから、今はとってもホッとしてるよ。ありがとね、えっと……」

 

 雪女が言葉に詰まった様子を見て、俺は自己紹介がまだだった事を思い出し、少しだけ苦笑いを浮かべた。

 

「あはは……そういえば自己紹介がまだだったな。俺は遠野柚希だ、よろしくな」

「我は白澤の義智だ」

「私は覚のこころです。 そしてこっちの子はオルトロスのオルト君です♪」

「ワンッ!」

「柚希君に義智さん、それとこころちゃんにオルト君だね。私は雪花(せっか)だよ、よろしくね」

「ああ、よろしくな、雪花」

「うんっ!」

 

 雪花はとても明るい笑顔で俺の言葉に答えた。

 

 雪女って基本的には静かなイメージがあるけど、雪花は明るい雪女っていう感じだな。

 

 雪花の様子からそう感じていると、こころが何かを思い出した様子で小さく呟いた。

 

「そういえば……雪花さんのお話って、風之真さんのお話と似たところがあるような……」

「風之真さんって?」

「風之真は俺達の仲間の鎌鼬で、春に出会って以来一緒に住んでるんだけど、アイツも雪花と同じような形でこの街に来たみたいなんだ」

「ふーん、そうなんだね。あ、でも一緒に住んでるって事は……」

「ああ。未だにアイツが住んでる場所も帰る方法も分かってない」

 

 俺が静かに答えると、雪花は再びショボンとした様子を見せた。

 

「そう、だよね……。つまり……私もまだお母さん達の所には帰れないって事に……」

 

 雪花の声がどんどん小さくなるにつれて、雪花の目にも涙が溜まっていった。

 

 雪花……よし、こうなれば……!。

 

 俺はある事を決めた後、雪花に話し掛けた。

 

「雪花」

「……なに……?」

「良ければ俺達と一緒に来ないか?」

「柚希君達と一緒……? あ……そ、それって…… !?」

「ああ。俺達に雪花が帰る手伝いをさせて欲しいんだ」

「柚希君……でも本当に良いの? それに他のみんなも……」

 

 雪花が不安そうに義智達のことを見ていると、義智が静かな声でそれに答えた。

 

「雪花よ、我らは既に風之真を受け入れ、そして共に生活をしている。そのような中で、今更お前だけを拒むような真似はせん」

「私ももちろん大丈夫です♪ それに雪花さんをこのまま放ってはおけませんから」

「ワン! ワウンッ!」

「ふふっ♪ オルト君も大歓迎みたいですよ?」

「みんな……!」

 

 義智達の答えを聞き、雪花の顔がぱあっと明るくなった。

 

 まあ、義智の言う通り、俺達の中に雪花の事を拒むような奴はいないしな。さてと……。

 

 俺はある事を訊くために、雪花に声を掛けた。

 

「それで雪花、君はどうしたい?」

「私……私は……」

 

 雪花は真剣な表情を浮かべながら、静かに考え始めた。そしてそれが覚悟を決めたような表情に変わった時、雪花は俺達の顔を真正面から見ながら静かに口を開いた。

 

「私……今日までスゴく不安だったし怖かったの。ここは知らない場所だし、近くを通るのは妖怪じゃない知らない人間達ばっかりだったから。だから……柚希君達に会うまで、住んでた場所にはもう帰れないし、お母さん達とももう会えないって思ってた。でも……」

 

 雪花はニコッと笑った後、言葉を続けた。

 

「こうして柚希君達と会って、色々と話をしてたら、何でか大丈夫だって思えたの。だから……私は住んでいた場所をみんなと一緒に探したい。みんなとだったら、絶対に探し出せるってそう思うから」

「雪花……ああ、分かった」

 

 そして俺は雪花に右手を差し出しながら言葉を続けた。

 

「それじゃあ…これからよろしくな、雪花」

「うん! よろしくね、みんな!」

「うむ、よろしく頼む」

「よろしくお願いします、雪花さん」

「ワンッ!」

 

 雪花が俺達の手を取った瞬間、手にひんやりとした感触が伝わってきた。

 

はは……さすがは雪女ってとこだな。さて……どうやら幸いにも夕士達はまだみたいだし、さっさと説明しとくか。

 

 俺は雪花に俺や絆の書の事について説明を始めた。そして話を終えると、雪花は少し驚いた様子で声を上げた。

 

「絆の書……転生者……なるほど、そうだったんだね」

「ああ。……という事で雪花、早速お願いしても良いか?」

「うん! もちろん!」

「分かった。それじゃあ……」

 

 俺が手に持っていた絆の書の空白のページを開いた後、俺達は空白のページに手を置いた。すると、いつものように、体の奥から腕を伝って、手にある穴から絆の書へと魔力が流れ込むイメージが頭の中に浮かんできた。

 

 ……うん、やっぱり最初の頃に比べれば、まだ楽に出来るな。

 

そして、必要な量の魔力が流れ込んだ瞬間、いつものように体中から力が抜けたが、瞬時に足全体に力を入れる事で、何とか倒れずにすんだ。

 

 ふぅ……今回も何とかなったけど、やっぱり目指すべきはこうしなくても倒れないようにする事だな。

 

 額の汗を拭いながらこれからについての目標を改めて定めた後、俺は絆の書に視線を移した。そこには、妖しげな笑みを浮かべながら立っている雪花と雪女についての詳細が浮かび上がっていた。

 

 よし……今回も無事成功だな。

 

 無事に雪花の絆の書への登録が完了した事に、小さな達成感を覚えていたその時、絆の書から風之真の焦ったような声が聞こえてきた。

 

『ゆ、柚希の旦那ぁ!』

『ん、どうした、風之真?』

『どうしたもこうしたも……! あの雪女の嬢ちゃんが来た途端、周りが凄ぇ寒くなりやがってよぉ……!』

『来た途端、寒くなった……?』

 

 風之真の言葉を聞いた時、俺達はさっきまで感じていた冷気が無くなっている事に気づいた。

 

『そういえば……さっきまで少し寒かったのに、それに比べたら今はあまり寒くないですね……?』

『クゥン……?』

 

 こころとオルトが不思議そうに首を傾げていると、義智が静かに口を開いた。

 

『柚希、一度雪花をこちら側へと出せ』

『あ、うん、分かった』

 

 返事をした後、俺は雪花のページに手を置き、静かに魔力を注ぎ込んだ。すると、雪花のページから光の球が浮き上がり、俺の目の前に移動すると、ゆっくりと雪花の姿へと変化した。そしてその瞬間、さっきまで感じていた冷気が、再び俺達の周囲に発生した。

 

 ……これってもしかして……。

 

 俺がこのような現象についてある予測を立てていたその時、義智が静かに独り言ちた。

 

「ふむ……やはりか」

「やはりって……何がなんですか?」

 

 雪花が義智に不思議そうに訊くと、義智は静かな声でそれに答えた。

 

「雪花よ。まずお前は、この冷気に気付いているか?」

「冷気……あ、もしかして、さっき『絆の書』の中の人達が言ってた……」

「ああ、その通りだ。そして恐らくだが、この冷気はお前自身が雪女という種族が生まれ持つ力を制する事が出来ていないために起きているのだろう」

「雪女の力を……でも、一体どうしたら……」

「……我も確かな事は言えん。だが、しばらくは己の妖力を高めつつ、雪女の力と向き合っていくほか無いだろうな」

「妖力を高めつつ、雪女の力と向き合っていく……でもそんなのどうやって……」

 

 雪花が少し不安そうな表情を浮かべていると、義智は静かな声でそれに答えた。

 

「そうだな……妖力を高める方法だけであれば数限りなくあるが、雪女の力と向き合えるかどうかは……雪花、お前次第だ」

「向き合えるかどうかは……私次第……。そう、ですよね……雪女の力は私の中にある力。だったらそれとちゃんと向き合えるのは、私だけですもんね……」

「ああ、その通りだ。己や己の力と向き合い、それを我が物とした後、更にそれを昇華させる。それこそが、今お前自身が成すべき事だ。……出来るか? 雪花よ」

「……私、は……」

 

 雪花は不安そうな様子でポツリと呟いていたが、すぐに覚悟を決めたような表情を浮かべた後、言葉を続けた。

 

「正直なことを言えば、自信も無いですし、とても不安です。でも……この雪女の力を制御出来ないまま、もしお母さん達の所に戻ったとしても、私はこのままずっと雪女の力と向き合うこと無く過ごしてしまう気がするんです。

それに……私だけがここに来て、柚希君や義智さん達と会う事が出来たのは、たぶんこの雪女の力としっかりと向き合うチャンスみたいな物をもらえたからだと思うんです。だから……私はこのチャンスを無駄にはしたくない、このチャンスを活かして、しっかりと雪女の力と向き合いたい、そう思っています」

「……そうか」

 

 義智は雪花の答えを聞いた後、雪花の顔をジッと見ながら静かに口を開いた。

 

「ならば、我はその思いに応えるとしよう。もっとも、我の考えている方法が確かな物であるとは言えないがな」

「義智さん、それって……!」

「うむ、雪花よ。しばらくの間──お前が最低限の妖力を制御出来るようになるその時まで、我の課す試練や修行に付き合ってもらうぞ。覚悟は良いか?」

「……はい! もちろんです!」

「……分かった」

 

 雪花の答えを頷きながら聞いた後、義智は俺の方へと顔を向けた。

 

「では、柚希よ。我と雪花は先に戻らせてもらうぞ」

「ああ、分かった」

 

 俺は返事をした後、『絆の書』の中の義智のページと雪花のページを開いた。そして、義智と雪花は自分のページへと手を置き、静かに自分の力を『絆の書』へと流し込むと、そのまま『絆の書』の中へと戻っていった。

 

 雪花、頑張れよ。

 

 心の中で雪花にエールを送っていると、こころが少し不安そうな様子で俺に話し掛けてきた。

 

「……柚希さん、雪花さんは雪女の力を制御出来るようになるでしょうか?」

「俺は出来ると思うぜ? 白澤である義智がついてるわけだし、何より雪花自身が決めたことだ、だから雪花なら絶対にやり遂げられると思ってるぜ」

「柚希さん……ふふっ、そうですね」

「ワウンッ!」

「ふふっ♪ オルト君もそう思うんですね♪ 私達が出来ることは少ないかもしれませんが、私達も雪花さんが頑張っていけるように支えていきましょうね?」

「ワンッ!」

 

 オルトがこころの言葉に返事をするように鳴き声を上げていたその時、サクッサクッと誰かが雪の中を歩いてくる音が聞こえてきた。そして音のした方に向いてみると、夕士と長谷が話をしながら一緒に歩いてきているのが目に入ってきた。

そして夕士達は俺の姿に気付くと、少し急ぎ気味に近付き、目の前で止まってから俺に話し掛けてきた。

 

「柚希、先に戻ってきてたんだな」

「ああ、まあな。ところで、二人は雪女を見つけられたか?」

「いや……全然だったよ」

「俺もだな……遠野はどうだ?」

「俺も見つけられなかったよ。……寒さも少し弱くなったみたいだし、もしかしたらもうここにはいないのかもな」

「そっか……」

「もしそうなら、仕方ないな」

 

 俺の言葉を聞くと、夕士達は諦めたような表情を浮かべた。

 

 う……仕方ないとは言え、二人に嘘をつくのはやっぱり辛いな……。

 

 二人に嘘をついた事、そして無駄足を踏ませてしまった事に罪悪感を感じていると、長谷が空を見ながら静かに呟いた。

 

「……どうやら軽くやるつもりが、思っていたよりも真剣に捜していたみたいだな」

「え……あ、本当だ」

「だな」

 

 季節のこともあってか、空は既に薄暗くなっており、幾つかの星々がちかちかと瞬いていた。

 

 まあ冬だし、仕方ないと言えば仕方ないか。

 

 空の様子からそう感じた後、俺は夕士達に声を掛けた。

 

「それじゃあ雪女探しはここで切り上げて、そろそろ帰ることにするか。あまり遅くなると、お互いに心配されそうだからな」

「ああ」

「そうだな」

 

 夕士達の返事を聞いた後、俺達は公園の入口に向けて歩き始めた。そして俺は歩きながら話をしている夕士達を見ながらこころ達に声をかけた。

 

『こころ、オルト、お前達は『絆の書』の中に戻ってて良いぞ?

帰る途中にまだまだ寒くなるかもしれないからさ』

『ふふっ、私達なら心配ご無用之助です♪ ね、オルト君♪』

『ワンッ!』

『心配ご無用之助って……もしかして風之真の影響か何かか?』

『ふふ、ご名答です。それに私達はこうして柚希さんと一緒にお家に帰るのが好きなので、このままで大丈夫ですよ♪』

『ワウンッ!』

『そっか。そういう事なら良いけど、震動で肩から落ちないように気を付けろよ?』

『はーい♪』

『ワンッ♪』

 

 こころ達の返事を聞いた後、俺は手に持っていた『絆の書』の雪花のページを開いた。

 

 雪花、これからお互いに頑張っていこうな。

 

『絆の書』の中の居住空間で義智との修行を頑張っているであろう雪花の姿を思い浮かべながら、俺は心の中で静かに語り掛けた後、再びちらちらと降り出した雪の中を大切な仲間達と一緒に歩いていった。




政実「第5話、いかがでしたでしょうか」
柚希「この調子だと……このオリジナル要素8割強、原作からの情報が2割弱の過去編の進み具合は、各季節につき1話程度ずつになるのか?」
政実「そうだね。本来はもっと短い予定だったけど、それだと絆の書の住人がちょっと少ないかなと思って、こういう形になった感じかな」
柚希「そっか。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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FIFTH AFTER STORY 悩める雪女と温かな絆

政実「どうも、民話や伝説を追う旅がしたい片倉政実です」
雪花「はい、どうもー! 雪女の雪花です!」
政実「という事で、今回は雪花のAFTER STORYです」
雪花「遂に私だねぇ……まあ、本当の事を言えば、遂にって言う程、まだAFTER STORYも数は無いんだけどね」
政実「ふふ、そうだね」
雪花「さってと、それじゃあそろそろ始めていこっか!」
政実「うん」
政実・雪花「それでは、FIFTH AFTER STORYをどうぞ」


「むむむ……!」

 

 ある日の朝、『絆の書』の居住空間にあるお屋敷の一室で、私は正座をしながら体に力をこめていた。そして、体の奥底に力が溜まったような感覚がした瞬間、部屋の温度が少しだけ上がったような気がし、私は思わずニヤリとしてしまった。

すると、力が急に抜けていくような感覚に襲われ、それと同時に部屋の温度は再び下がっていった。

 

 あう……またダメかぁ……。

 

 失敗をしてしまった自分への落胆と少し出来たからといって気を抜いてしまった自分への怒りを同時に感じていると、私の目の前で座布団に座っていた義智さんは目を瞑りながら静かに口を開いた。

 

「……残念だったな、雪花」

「はい……」

「原因はわかっていると思うが、今のはお前の気の緩みが招いた物だ。上手く行ったからといってすぐに気を緩めるな。お前の目標はただ力を高める事なのではなく、その漏れ出ている雪女の力と向き合い、それを制御する事なのだからな」

「はい……」

 

 義智さんの言葉に答えた後、私は自分が今ここにいる理由、そしてどうして力の制御の修行を積み始めたのかについて想起した。

私、雪花は元々は妖達が住む世界に住んでいて、家族や他の雪女や寒さに強い妖達と一緒に楽しい毎日を過ごしていた。けれどそんなある日、私が近所を散歩していた時、急に目の前が真っ暗になり、私は怖くなってそのまま目を瞑ってしまった。

そして、突然冷気が少し弱まった事でそれを不思議に思って目を開けてみると、そこは私の知っている雪原ではなく、誰もいない公園だった。いきなり知らないところに何故かいて、その上一人きりだった事で私は不安と恐怖で泣き出し、しばらくその場で泣いていた。

すると、そこに誰かが近づいてくる足音が聞こえ、その人にここがどこなのか訊こうとして振り向いた瞬間、その人は泣き腫らした私の顔に恐怖を抱いてそのまま走り去ってしまった。その事にショックは受けたけれど、それよりも何か悪い事をしまったかもしれないという思いを抱きながらその公園に身を隠しながら過ごす事数日、逃げてしまった人──雪村君から話を聞いて本当に私がいるのかを友達である夕士君達と確認しに来た柚希とその仲間である『絆の書』の皆に出会い、柚希が私の故郷を探す事に協力を申し出てくれた事で、私は『絆の書』の仲間になった。

けれど、まだ私が未熟だった事で私の中にある雪女の力の制御が出来ず、辺りに強い冷気を発してしまっている事が分かり、私は白澤の義智さんの元で力の制御を目標にして修行を始めたのだった。

 

 はあ……修行を始めてからまだ2週間くらいしか経ってないとはいえ、中々上手くいかないのはやっぱりヘコむなぁ……。

 

「……あの、義智さん」

「……なんだ?」

「義智さんは……私が雪女の力を制御出来ると思いますか?」

「……それはお前の頑張り次第だ。現に始めた当初よりは早く力を抑えられるようになっている。これはお前がしっかりと修行をしている証拠だ」

「義智さん……」

「もっとも、最終的な目標は意識せずとも力を抑えられる事だがな」

「うぅ……やっぱりそうですよね……」

 

 意識せずに力を抑える、かぁ……。言葉にするだけなら簡単だけど、やってみると本当に難しいんだよね……。

 

「義智さん、因みになんですけど、それを達成するための近道みたいなのって……もちろん無いですよね?」

「……ある事はある。だが、それは肉体的にも精神的にも強い痛みを伴う物だ。雪花、お前にそれを耐えるだけの自信はあるか?」

「……正直、無いです……」

「それならば、今の修行をひたすら頑張るのだな。今は終わりが見えず辛いとは思うが、いつかその頑張りが報われる時が来る。それだけはたしかだ」

「義智さん……はい、わかりました!」

 

 義智さんからの激励に大きく頷きながら答えた後、私は再び修行に励むべく、体に力をこめ始めた。

 

 

 

 

「……よし、今日はここまでとする」

 

 その義智さんの言葉と同時に、私は疲れを感じながら目の前にバタリと倒れ込んだ。

 

「うー……今日も疲れたぁ……」

「疲れを感じているという事は、しっかりと修行に励んだという事だ。そこは誇ると良い」

「は、はい……」

「さて……我はこれから遠野家の和室で瞑想をするとしよう。雪花、お前はどうする?」

「え……えーと、私も外に出ます」

「わかった」

 

 私の返事を聞くと、義智さんは静かに頷きながら答え、天井を見上げながら外にいる柚希に声を掛け始めた。

 

「柚希、聞こえるか?」

『……ん、聞こえるけど……どうした?』

「なに、 我と雪花を外に出してほしくてな」

『……わかった。それじゃあちょっと待っててくれ』

 

 その柚希の声が聞こえた瞬間、私達の体は白い光に包まれだし、目の前が白い光でいっぱいになった後、静かに目を開けると、そこは遠野家のリビングであり、柚希はソファーに座りながら私達に視線を向けると、ニコリと笑った。

 

「ほい、転送は無事に完了したぞ」

「ああ、すまないな。柚希」

「ありがとう、柚希」

「どういたしまして。それじゃあ俺はまた読書に──」

「……柚希、すまないがもう一つ頼まれてくれるか?」

「それは別に良いけど……なんだ?」

「少し雪花の話し相手になってやってくれるか?」

「……え?」

「雪花の話し相手か……ああ、それは別に構わないぜ? せっかくだから、最近の修行の様子も聞かせてもらおうかな」

「それが良いだろう。では、また後でな、二人とも」

「ああ」

「あ、はい……」

 

 私達の返事に頷いてから、義智さんがリビングを去っていくと、柚希は笑みを浮かべながらゆっくりとソファーから立ち上がった。

 

「さて……話を聞かせてもらう前に何か準備するか。雪花は何が良い?」

「え……あ、それじゃあ冷茶が良いかな」

「わかった」

 

 大きく頷きながら答えると、柚希は機嫌が良さそうな様子で鼻歌を歌いながらキッチンの方へ向かって歩いていき、私はそんな柚希の事を見送ってからゆっくりとソファーに座った。

 

 ……義智さん、一体何を考えているんだろう? もしかして、柚希との会話で何かを掴んで欲しいのかな?

 

 そんな事を考えながら待つ事数分、冷茶が入ったグラスとホカホカと湯気を立てる湯呑み茶碗の二つをお盆に載せた柚希がリビングへと入ってきた。

 

「お待たせ、雪花」

「あ……ありがとう、柚希」

「どういたしまして。ほら、疲れてるだろうし、ゆっくり飲めよ?」

「うん」

 

 そして、柚希から冷茶を受け取り、私の隣に柚希が座った後、柚希は熱いお茶を一口啜ってから静かに口を開いた。

 

「さて……それじゃあ早速話を聞かせてもらおうかな。雪花、最近の修行はどうだ?」

「うん、まだ無意識下での力の制御は出来てないけど、義智さんが言うには始めた頃よりは力を抑えるのが早くなったみたいだよ」

「そっか……」

「まあでも、出来たと思ったら嬉しくなっちゃってすぐに気が抜けちゃうんだけどね……。それでさっきも失敗しちゃったし……」

「はは、それは残念だったな。けど、少しずつ成長はしてるわけだし、焦らずに頑張っていけばいつかその頑張りが報われる時が来ると思うぜ?」

「それ、義智さんにも言われたよ」

「ふふ、そっか」

 

 クスリと笑いながら言う私の言葉に柚希はニコニコと笑いながら答えると、もう一口お茶を啜ってからふぅと小さく息をついた。そして、少し心配そうな表情を浮かべながら私の方に顔を向けた。

 

「それにしても……風之真だけじゃなく、雪花もこことは違う世界から迷い込んだ事を義智との同調時の能力で知った時は驚いたよ。まあ、二人の話を聞く限り、風之真と雪花はたぶん同じ世界の出身なんだろうけど……他に何か手掛かりって無いんだよな?」

「あ、えっとね……お母さんからは私達のいる世界の裏側には、今私達がいるような人間や他のモノ達が住んでる世界があって、私のご先祖様達は当時の人間達から身を隠すために妖怪達が住む世界に移り住んだって聞いた事があるよ」

「なるほどな……という事は、人間や他のモノ達が住んでる世界と妖達の世界の間には何らかの『扉』みたいなのがあって、それを通る事でお互いに行き来してるんだろうな。もっとも、それを通るには何らかの『力』が必要そうだけど」

「『力』っていうと……妖力や魔力みたいな?」

「ああ。そうじゃないと、悪意を持った普通の人間達がまた妖達の生活を脅かす事になるからな。だから、そういう仕掛けはあると見て間違いないと思う」

「そっか……」

「まあ、世界は数限りなくあるけど、手掛かりさえ増えればいつかは見つかるはずだし、絶対に元の世界に帰れるようにはするよ。雪花だって故郷の家族や友達にはまた会いたいだろ?」

「……うん、会いたい。会いたいけど……まずは雪女の力の制御が出来ないと……」

 

 そう、柚希達ならいつか私と風之真を元の世界に帰してくれると思う。けれど、それだけじゃダメなんだ。雪女の力の制御が出来て、ようやく私は自分の事を誇れるし、風之真を始めとした『絆の書』の仲間達に迷惑を掛けずにすむし、胸を張って帰る事が出来るんだ。

 

 そう思いながら冷茶を一口飲んでいたその時、「なあ、雪花」と柚希が話し掛けてくるのが聞こえ、私は柚希の方へ顔を向けた。

 

「ん……どうかした?」

「修行を頑張ったり、高い目標を持つのはもちろん良いと思う。けど、あんまり気を張ってると、すぐに潰れちゃうぜ?」

「柚希……でも、私は……!」

「雪花が力を早く制御出来るようになりたいのは知ってる。でも、雪花には雪花のペースがある。だから、雪花。お前はお前自身のペースで力を制御できるようにしていけば良いんだよ。それが今のお前に一番合ってる方法だと俺は思うぜ?」

「私は、私のペースで……」

「ああ。まあ、最終的にどうするかはお前次第だけどな」

 

 ニッと笑いながらそう言う柚希の顔を見ていると、柚希は少し冷めたお茶を一気に飲んでから静かに立ち上がった。

 

「さて……俺も雪花に負けずにこれから宿題でもするかな。雪花、お前はどうする?」

「え、うーん……ここでもう少し考え事をしようかな」

「わかった。後、それ飲み終えたらそのままテーブルに置いてて良いからな」

「うん、わかった」

 

 私の返事に頷くと、柚希は自分の分の湯呑み茶碗を持ってキッチンの方へ向かって歩いていった。そして、それを見送った後、私は柚希に言ったように考え事を始めた。

 

 ……さて、柚希からは私のペースで力を制御できるようにしていけば良いとは言われたけど、どうやって私のペースっていうのを見つければ良いんだろう……?

 

「私のペース……私のペース……うぅ、さっぱりわからないよぅ……」

 

 頭を抱えながら自分のペースがどのような物かについて考えていたその時、「……うぉっ!」という声がリビングの入り口から聞こえ、私はそちらに視線を向けた。するとそこには、オルトロスのオルトとオルトの頭の上で少し寒そうにしている鎌鼬の風之真の姿があった。

 

「あっ、ゴメン! ちょっと待っててね……」

 

 風之真に声を掛けた後、私は体に力を加えて雪女の力の制御を始めた。すると、すぐに部屋の気温は下がり、それと同時に風之真の顔もみるみる内に安心した物へと変わり、オルトと風之真は私へと近づいてきた。

 

「ふぃー……すまねぇな、雪花」

「ううん、こっちこそゴメンね」

「ワン、ワンワオン?」

「あ……風之真、通訳をお願いしてもいい?」

「おうよ! えっとな……雪花は何をしてたのかって訊いてるぜ」

「私はさっきまで修行の事や私の元いた世界について柚希と話をしてたんだ」

「なるほどな……ところで、修行の方は順調なのかぃ?」

「ううん、順調とは言い難いかな。でも、柚希からは自分のペースで雪女の力の制御をしていけば良いって言われたよ。もっとも、その自分のペースっていうのがまったくわからないんだけどね……」

「クゥン……」

 

 オルトが心配そうな鳴き声を上げる中、風之真は少し考え込む素振りを見せた後、静かに口を開いた。

 

「なんでぃ、そんなの簡単じゃねぇか」

「え?」

「自分のペースなんてのは、やっていく内に掴みゃあ良いんだよ。のっけからこうすれば良いなんて誰にもわかりゃしねぇ。だから、ひたすら試行錯誤するしかねぇんだ」

「試行錯誤する……」

「おうよ。それに、修行に付き合ってる義智の旦那だってああしろこうしろとは明確には言ってきてないんじゃねぇか?」

「……あ」

「言ってみりゃあ、義智の旦那だって試行錯誤してるところなんだ。どうすりゃあおめぇが早く力の制御が出来るか、な」

「ワン、クゥン?」

「ん? 義智の旦那でも悩む事があんのかって? はっはっは! そりゃあ義智の旦那にだって悩みの一つや二つあるだろうよ! むしろ、悩みすぎて頭だけが巨大化しそうな──」

 

 そんな事を風之真が言っていたその時、「……ほう」という冷たい声がリビングの入り口から聞こえ、私達はビクリと体を震わせてからそちらにゆっくりと視線を向けた。すると、そこにいたのはさっきの声と同じくらい冷たい視線を風之真に向ける義智さんであり、風之真は声を軽く震わせながら義智さんに話し掛けた。

 

「よ、義智の旦那……瞑想はもう良いのかぃ……?」

「……ああ。充分心も落ち着き、妙案も思いついたので雪花に話してみようと思ってきたのだが……風之真、何やら面白そうな話をしているでは無いか?」

「え、あ……いや……」

「それで? 誰の頭が悩みすぎで巨大化するというのだ?」

「あ、あはは……それは……」

「それは?」

「……に、逃げるぞ! オルト!」

「ワ、ワン!」

 

 そして、オルトに乗って風之真がリビングを去っていくと、義智さんはリビングの入り口を見ながら小さく溜息をついた。

 

「まったく……彼奴(あやつ)はもう少し物を考えて話すクセをつけた方が良いな……」

「あはは……そうかもですね……。ところで、さっき妙案を思いついたと言ってましたけど、どんな案を思いついたんですか?」

「……ああ、それなのだが、雪花の修行に瞑想も加えてはどうかと思ってな」

「瞑想も……ですか?」

「そうだ。自分でやっていてわかるのだが、瞑想中は心を静めて自分と向き合う良い時間と言える。だから、雪花も瞑想をすれば、雪女の力ともっと向き合えると思ったのだが、お前はどうしたい?」

「私は……」

 

 瞑想……正直、ただジッとしてるのは苦手だから自信は無いけど、義智さんがせっかく考えてくれたわけだし、この機会を逃すのはやっぱり良くない気がする。

 

「……私は、やってみたいです。瞑想やいつもの修行を通して、自分のペースという物を見つけてみたいです!」

「……どうやら、柚希や風之真との会話から何かを得られたようだな。わかった。では、明日から──」

「いえ、今日の午後からにします!」

「それは構わないが、本当に良いのか?」

「はい、大丈夫です」

 

 義智さんの目をしっかりと見ながら言うと、義智さんは私の目を真っ直ぐに見返してから小さく息をついた。

 

「……わかった。それでは、昼食後に行うとしよう」

「はい、わかりました!」

 

 うん……これで後は自分のペースを見つけていくだけ……!

 

 そう思った瞬間、不意に気が抜けた気がし、それと同時にリビングの温度が徐々に下がっていった。

 

「あっ……またやっちゃったぁ……」

「ふ、残念だったな。だが、風之真達と話していた時から今まで無意識下での制御が出来ていたのは大した進歩だと思うぞ」

「……あ、言われてみれば……私、一旦力を抑え込んだ後、力の制御に意識を向けずに風之真達と話せていたかも……!」

「ならば、よし。後はそれを好きな時に出来、更に持続させられるように出来れば上出来だ」

「はい!」

 

 そっか……私、しっかり成長出来てたんだ……!

 

 自分が成長していた事に嬉しさを覚え、これからの修行に対してのモチベーションが上がっていくのを感じていると、義智さんは時計をチラリと見てから再びリビングの入り口へ視線を向けた。

 

「さて……そろそろ昼餉(ひるげ)の時間だな。雪花、柚希とシフルを呼びに行くぞ」

「はい!」

 

 義智さんの言葉に返事をした後、私はチラリと窓の外に目を向けた。窓の外では晴れた空から雪がゆっくりと降ってきていて、それを見た瞬間、故郷の事を思い出したけれど、私はすぐに頭の中から追い払った。

 

 故郷のみんなの事は心配だし、早く帰ってあげたい気持ちはある。でも、焦ったってしょうがない。だから、私は私のペースで力を制御して、帰れた時にはそれをみんなに胸を張って報告するんだ!

 

 その新しい目標を胸に秘めた後、柚希や天斗さんを呼びに行くため、私は義智さんと一緒にリビングを出た。




政実「FIFTH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
雪花「これまでもそうだったけど、私も新しい目標を見つけて、それに向けて歩いてく感じだったね」
政実「そうだね。完全な日常回もそろそろ書く予定だけど、それを誰のAFTER STORYにするかはまだ未定かな」
雪花「ん、りょーかい。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いしまーす!」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
雪花「うん!」
政実・雪花「それでは、また次回」


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第6話 春に響き渡る雷の音

政実「どうも、春と言えば花見に甘味の片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。
花より団子じゃなく、花も団子もなんだな」
政実「うん。春に咲く桜の花とかも良いけど、それを見ながら食べる甘味も捨てがたいからね。もっとも、甘味に関しては一年中好きなんだけどね」
柚希「……まあ、人の好みはそれぞれだけど、食い過ぎには注意しろよ?……さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第6話をどうぞ」


 春、それは穏やかで暖かな気候の中、様々な花々が咲き乱れる出会いと別れの季節。そんな春の日、俺がいつものように夕士達と一緒に学校へ向けて歩いていると、夕士が日差しを浴びながら気持ちよさそうに体を上にグーッと伸ばした。

 

「うーん……! やっぱ春って、暖かくて良いよなぁ……!」

「まあ、たしかにそうだな」

「だな。この前まで冬で寒かった分、春は暖かくて過ごしやすいからな」

「そうそう。冬は冬で楽しかったけど、春は暖かいから走っててスゴく気持ちいいんだよな」

「まあ走るのは良いけどさ、はしゃぎすぎて転ぶなよ? 稲葉」

「へへっ、分かってるって!」

 

長谷の言葉に夕士は笑いながら返事をした後、空を見上げながらのんびりとした声を上げた。

 

「それにしても、俺達ってもう二年生なんだよなぁ……でも、何だかいつも通り過ぎて、あまり実感が湧かないや」

「そうだな。だが、こうやって進級をしていく事にどんどん下には後輩が出来ていくんだ。それなりに気を引き締めていかないとな」

「後輩って……まあ、そうだけどさ」

 

 相変わらずの長谷の言葉の選び方に俺は苦笑いを浮かべた。

 

 それにしても後輩か……この言葉を聞くのっていつぶりだろ……?

 

 空を見上げながらそんな事を考えていたその時、少し離れた空に黒い雲が浮かんでいるのが見えた。

 

「黒い雲……って事は、今日は午後から雨でも降るのかな?」

「……え?あ……本当だ」

「割と距離は離れてるみたいだし、遠野の予想通り、雨が降るとしても午後からだろうな」

「そっか。でも、帰る途中に降らなきゃ良いなぁ……今日は傘持ってきてないから、もし降ってきたらずぶ濡れになるからさ」

「そうだな。それに、俺達は午後から合気道の道場があるから、尚更注意をしないとな」

「だな」

 

 長谷の言葉に返事をしながら、俺は遠くの空に浮かぶ雨雲らしき物をジッと見つめた。

 

 雨もそうだけど、俺的には雷にも注意しないといけないよな……。

 

俺や義智、風之真に黒銀なんかは雷は平気なのだが、こころとアンはどうやら雷が苦手らしく、雷が鳴っている時には怯えた様子でブルブルと震えていたりするため、俺達でこっちと居住空間との移動のタイミングについて色々と注意していたりする。

 

 居住空間の方にもしっかりと四季とか天候の変化とかはあるみたいだし、今日もそれなりに考えないといけないな……。

 

 そんな事を考えながら歩いていた時、ふと薄らとした妖気を感じた。

 

 妖気……? でも……。

 

 その妖気は近くからではなく、少し離れた所、具体的には黒い雲がある方から感じていた。

 

 あっちの方からするって事は、大分強い妖気って事になるけど……

けど、そんなに強い妖気を持った妖というと、かなり絞られるような……。

 

 俺が妖気の主の正体について考えを巡らせていたその時だった。

 

「ん、どうした柚希?」

「向こうに何かあるのか?」

「……え?」

 

 声の方に向いてみると、夕士達が不思議そうな様子で俺の事を見ていた。

 

 ……っと、いかんいかん。

 

 俺は急いで微笑みを浮かべた後、静かに夕士達の言葉に答えた。

 

「あ、いや……雨が降るとなると、伯父さんも大変だろうなぁ……って思ってただけだからさ」

「ん、そっか」

「まあ、たしかにそうだよな」

 

 どうやら俺の少し苦しい言葉に納得してくれたらしく、夕士達の顔から不思議そうな様子は無くなっていた。

 

 ふぅ……危ない危ない。妖気の主も気になるけど、それについては後にしておいた方が良さそうだな。

 

 自分の意識を謎の妖気の主から今の状況へと変えた後、俺は夕士達に声を掛けた。

 

「さてと、雨が降る前にさっさと学校に行こうぜ」

「おう!」

「ああ」

 

 俺は謎の妖気の主について少しだけ後ろ髪を引かれながらも、夕士達と一緒に学校へ向けて歩いていった。

 

 

 

 

 そしてその日の昼頃、今日は始業式のみで授業が無かったため、俺達は速やかに下校し、話をしながら通学路を歩いていた。するとその途中で、夕士が空を見上げながら少し不満そうな様子で口を開いた。

 

「うーん……授業が無いのは嬉しいけど、この調子だと絶対に雨が降るよな……」

「……ああ」

「そうだな……」

 

 俺と長谷も少し薄暗い空を見上げながら、不安そうに返事をした。今朝見つけた雲は、どうやら雷雲だったらしく、雨こそまだ降ってはいないものの、空はすでに薄暗くなり、時折どこかで雷が落ちている音が聞こえてきていた。

 

 雷か……そういえば、雷と一緒に現れる妖っていうのもいるけど、今朝の妖気の正体ってもしかしてその妖だったのかな……。

 

そんな事を考えながら空を見上げていたその時、突然目の前でピカッと光った後、かなり大きなゴロゴロゴロッという音が聞こえてきた。

 

「……今のは近かったな」

「……そうだな」

 

 夕士達が少し警戒した様子で今の雷について話していたが、俺はそれとはまた別の事が気になっていた。

 

 ……今、一瞬だけだけど、強い妖気を感じた気がする。

 

 雷が落ちた瞬間、その方向―俺達の進行方向から強い妖気を一瞬だけ感じ取っていたのだった。そしてそれと同時に雷と妖気、その二つに共通するモノについて、俺は頭の中に思い浮かべていた。

 

 ……この状況から見るに、あの妖気の主は、恐らく俺が思ってる妖だとは思うけど、もし本当にそうだったら今回はこころとアンの力は借りられそうにないな。

 

 そんな事を考えながら歩いていた時、夕士が少しつまらなそうな様子で声を上げた。

 

「あーあ……これじゃあ今日は、外には出られそうに無いなぁ……」

「まあ、そういう日もあるだろ、稲葉。こういう時こそ、家で本でも読んでみたらどうだ?」

「本かぁ……そういえば、お前達から何冊かオススメの本を訊いて買ってたのがあったし、たまにはそうしてみようかな」

「ああ、それが良いと思うぜ」

「だよな! よし……今日は色々な本を読む日に決定だな!」

 

 その夕士の表情は、さっきまでの曇り空のような物とは違い、この雷雲の向こう側にある晴れ渡る青空のようだった。本来夕士が諸事情により読書にハマるようになるのは、もっと先のことなんだが、どうやら去年の秋に俺達でオススメの本を教えてみたことで、小学生の時点で趣味の中に読書が加わったみたいだった。

 

 まあ、悪いことでは無いけど、このちょっとした変化が更なる大きな変化を呼ぶこともあるだろうし、色々と注意しておいた方が良いのかもな。

 

 夕士達の様子を見てそう思った後、俺は夕士達と一緒に話をしながら再び通学路を歩いていった。そして、途中で夕士達と別れた後、家の前でさっきの強い妖気を感じた俺は『絆の書』から風之真とミニサイズの義智を出した。

 

「義智、風之真。お前達もこの妖気を感じるか?」

「うむ。どうやらそれなりのモノがいるようだな」

「……みてぇだな。だが、俺らや柚希の旦那の力がありゃあ、何とかなったりはしねぇのかぃ?」

「……それは分からない。この妖気の主の正体について何となく分かってはいるけど、まだ妖と戦ったりなんてしたことは無いからさ」

「まあそうだよなぁ……いくら、柚希の旦那や義智の旦那がえれぇ力持ってたとしても、いざとなりゃあ経験と知識が物を言うってもんだからなぁ……」

「まあ、そう一概には言えないけどな。ただ、もし戦闘にでもなったその時は……」

「ああ。たとえ同調をするとしても、現時点では我と風之真、そして黒銀とオルトくらいとなる」

「こころとアンは雷が苦手だし、雪花は力の制御の問題があっからなぁ……それに義智の旦那とオルトは戦闘向きってぇわけでもねぇ。

となると、俺と黒銀の旦那くれぇしかやりようがねぇからな」

「そういう事。だからできる限り話し合いで……」

 

 その時、強い妖気を持った何かが俺達に向かって背後からゆっくりと近付いてくる気配を感じた。

 

「……これって……」

「……うむ、どうやら我らと接触を図ろうとしているようだな」

「……へっ、望むところでぃ。どんな(やから)だろうと、俺達なら問題ねぇって事を思い知らせてやらぁ!」

 

 そしてそれから程なくして、道の先にゆっくりと近付いてくる何かが見え始めた。ソレは大きめの狼のような形をしており、その体に生えている灰色の体毛は微かな光を反射してピカリと光っていた。そして二本の前足と四本の後ろ足にはとても鋭い爪が備わっているものの、その足音はとても静かな物だった。

 

 ……あれは、間違いないみたいだな。

 

俺がその正体を確信している内に、そのモノは俺達へ向かってゆっくりと歩き続け、その内に俺達の目の前でスッと止まった。するとそのモノは、俺の顔をジッと見つめながら静かな声で話し掛けてきた。

 

「……この異様な強さの力の持ち主は(なんじ)らか?」

「異様な強さの力かは分からないけど、俺達は間違いなく何かしらの力を持ってるよ」

「そうか。汝らが悪行を働く輩であれば、少々キツい仕置きでもくれてやろうと思ったが、汝らからは悪意の類いはまったく見えんな」

「へっ、そりゃあ当然でぃ! 今はちっと雲隠れしちまってるが、あの暖かいおてんとさんが輝く下で、俺らが暗闇みてぇにくれぇ悪事なんざ働くわけがねぇんだからな!」

「……フッ、威勢の良い鎌鼬だな。私はそういった威勢の良い者は嫌いでは無いぞ?」

「へ、へぇ……そ、そうかい」

 

それは風之真としてはまさかの言葉だったらしく、風之真はいつものような言い回しが出来ずに、少々戸惑った様子を見せた。

 

うん……この様子を見るに、少なくとも俺達に敵意は無いみたいだし、まずは正体の確認からしてみるか。

 

そして、俺はそのモノに対して声を掛けた。

 

「えっと……ちょっと良いかな?」

「む? 何だ、人の子よ?」

「まず……お前は『雷獣(らいじゅう)』で間違いないよな?」

「うむ、その通りだ」

 

ソイツ──『雷獣』はコクリと頷きながら静かに答えた。

 

 

『雷獣』

 

東日本を中心にその姿が伝えられており、名前に『雷』と付いているように落雷と共に現れると言われている妖。伝えられている姿はその伝承や文献によって異なっており、現在では知名度も低い傾向にあるが、江戸自体においては非常に知名度が高かったと言われている。

 

 

 ……まあ、雷獣っていう名前ではあるけど、実際に雷を放ったりするわけでは無いみたいなんだよな。さて、次は……。

 

俺が雷獣に次の質問をしようとしたその時、風之真の腹からグゥーという音が聞こえてきた。そして俺達の視線が風之真に集中すると、風之真は恥ずかしそうに頭をポリポリと掻き始めた。

 

「す、すまねぇ……昼頃だからちょいと腹が減っちまって……」

「ふふっ、別に良いよ。空腹なんてのは仕方ないことだからさ」

 

 小さく笑いながら風之真に言った後、俺はある事を思いつき、その考えを雷獣に話した。

 

「なぁ、雷獣。せっかくだから、家で昼飯を食べていかないか?」

「む……汝らの家でか?」

「ああ。お前がここにいる理由とか色々と訊きたい事があるからさ。……まあ、お前さえ良ければだけど」

「……そうだな。私も少々汝らに訊きたい事がある故、それとの等価交換と考えれば良いかもしれんな」

「だな。よし……それじゃあ家の中に入る前に、軽く自己紹介でもしておくか」

 

そして俺達は、雷獣に軽い自己紹介をし始めた。

 

「俺は遠野柚希、この家に住んでる小学二年生だ」

「我は白澤の義智だ。よろしく頼むぞ、雷獣」

「んで、俺は鎌鼬の風之真ってんだ! よろしくな!」

「うむ、よろしく頼む」

「ああ。よし、それじゃあ早速……」

 

そして俺はある事を確認するため、ドアノブを軽く回してみた。するとドアノブは途中で止まることなく、すんなりと回ったため、俺はそのままドアを前へと押し開けた。

 

「天斗伯父さん、ただいま戻りました」

 

 中へと入りながら奥の方へと声を掛けると、居間の方から天斗伯父さんがひょこっと顔を出し、俺達の姿を確認すると、静かに微笑みながら答えてくれた。

 

「お帰りなさい、皆さん」

「うむ、戻ったぞ、シフル」

「ただいま帰りやした、天斗の旦那」

「ふふっ。はい、お帰りなさい」

 

 そして俺達の後ろにいる雷獣の姿に気付くと、おやっという表情を浮かべながら俺に話し掛けてきた。

 

「柚希君、お客さんですか?」

「はい。すぐそこで出会った雷獣で、少し話をしたいことがあったので、昼食に誘ってみたんです」

「ふふっ、なるほど。そういう事でしたか」

 

 天斗伯父さんは静かに微笑むと、雷獣へとゆっくりと近付き、目の前で止まると、穏やかな様子で自己紹介をし始めた。

 

「初めまして、雷獣さん。私は遠野天斗、柚希君の伯父です」

「うむ、よろしく頼む、天斗殿」

「はい、こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 天斗伯父さんは雷獣に向かってペコリと頭を下げた後、俺達の方へと向き直ってから声を掛けてきた。

 

「さて、それでは早速お昼ご飯にしましょうか。柚希君、義智さん、風之真さん。お手伝いをお願いします」

「はい」

「うむ」

「へい!」

 

 天斗伯父さんに返事をした後、俺は雷獣の方へと顔を向けた。

 

「それじゃあ行こうぜ、雷獣」

「うむ」

 

 そして俺は、皆と一緒に居間へと向かい、昼食の準備を始めた。

 

 

 

 

『いただきます』

 

 

 昼食が出来た後、俺は他の皆も『絆の書』から出し、そして皆で挨拶をしてから昼食を食べ始めた。一応、居住空間に存在するお手伝いさん達の料理の腕はプロ級らしいんだが、『絆の書』の皆曰く、こっちで食べた方が美味いとの事だったので、こうして仲間が増えても皆で食べるようにしている。

 

 まあ、その意見には俺も賛成だけどな。それに俺は学校での出来事とかを話して、『絆の書』の皆からは居住空間での出来事について聞ける分、食事の度に楽しくなれるからな。

 

 昼食のカレーチャーハンを咀嚼(そしゃく)しながら考えていたその時、雷獣が静かに俺に話し掛けてきた。

 

「ところで柚希よ、私に訊きたい事があったのでは無いのか?」

「……え? あ……そういえば、そうだったな」

 

 俺は雷獣の方に顔を向けた後、訊きたかった事を順々に訊き始めた。

 

「えっと、まずは……雷獣は何でこの街に来たんだ?」

「ふむ……その事か。

そうだな……強いて言うならば、旅の最中に異様な妖力を感じ取ったから、とでも言ったところか」

「旅の最中……?」

「ああ。私は元々、雷獣の一族が住む里の生まれでな、昔から一族の皆と共に平和に生活をしていた。だがある日、私はある事を思ったのだ。

『この里の外には一体何があるのだろう』

とな。

そして私はそれを確かめるべく、里の皆に別れを告げて、一人旅ならぬ一匹旅を始めたのだ」

「なるほどのぅ……そして、その最中に柚希の妖力などが入り混じった力の気配を感じ、柚希達と接触をしたというわけか」

「その通りだ。柚希から感じる力は、私達が持つ妖力とは少々違った雰囲気を醸し出していたので、それがとても気になっていたのだ」

「なるほどな」

 

 雷獣が話してくれたその理由に、俺はかなり納得していた。それというのも、実は以前天斗伯父さんから俺の力の事についてある話を聞いていたからだ。

その話の内容はというと、俺の力は様々なモノ――妖力や魔力などを反発し合わないように混ぜ合わせているせいか、通常の力とは違う雰囲気を醸し出しているらしく、それを力の強いモノから関知されやすいので、できる限り注意をして欲しいという物だった。

 

 たしかに俺の力や同調は何か……例えば悪事なんかに利用しようとすれば、かなり厄介なことになる物だからな。もちろん、俺自身はそういう事に力を貸す気は無いけど、何かの理由でそうせざるを得ない場合だって無いわけじゃない。それを避けるためにも、俺は力をしっかりと鍛えつつ、色々な知識を得る必要がある。だから、これからもその姿勢は変えずに頑張っていかないとな……。

 

 自分自身の事を思い返し、改めて強く決心をしていると、雷獣が静かな声で話し掛けてきた。

 

「さて、今度は私の番だ。柚希よ、お前のその力やこの者達について、教えてもらえるか?」

「……ああ、分かった。実はな……」

 

 そして俺は俺自身の事、義智達『絆の書』の事について説明を始めた。俺が説明を終えると、雷獣は静かに驚いた様子を見せた。

 

「転生者……『絆の書』……そして神や妖などの同居人……お前達のその様子を見るに、先程の話に嘘偽りは無いようだが、やはり俄には信じられん話ではあるな……」

「あはは……やっぱりそうだよな」

「ああ。だが先程も言ったが、お前の様子から嘘などで私を煙に巻こうとしている風に見えん。よって、私はその話を信じることとしよう」

「そっか……ありがとうな、雷獣」

「……別に構わん。私は私が正しいと感じた事をしたまでだからな」

 

 雷獣は静かに言うと、まるでそっぽを向くように少しだけ顔を逸らした。するとその様子を見た風之真が、少しからかうような口調で雷獣に声を掛けた。

 

「おーやおやー? もしかして雷獣の旦那、柚希の旦那の言葉を聞いて、ちょいと照れてたりしてんじゃねぇのかぃ?」

「……風之真。その華奢(きゃしゃ)体躯(たいく)に雷を落とされたくなくば、少々口を慎んだ方が良いぞ?」

 

 雷獣の静かな怒りを込めた言葉を聞いて、こころとアンがビクッと体を震わせると、その様子を見た風之真が少し戯けた様子で返事をした。

 

「おっと、怖ぇ怖ぇ。俺に雷なんざ落ちちまったら、昼間っから髑髏(しゃれこうべ)が踊る事になっちまいかねぇや。それに口は災いの元なんて言葉もある事だし、ここはその助言を大人しく聞いとくとするかねぇ……」

「……まったく」

 

 雷獣が怒りを収めると、こころとアンはホッとした様子で小さく息をついた。

 

 やれやれ……後で風之真にはちょっと注意をして、こころとアンには雷獣は別に雷を放ったりする奴じゃないって言っておくかな。

 

 雷獣達の様子を見ながらそんな事を考えていると、天斗伯父さんがチラッと壁掛け時計に視線を向けた。そして、時間を確認し終えると、食べ終えた食器を手に持ちながら俺達に声を掛けた。

 

「それでは私は、そろそろ会社に戻りますね。柚希君、義智さん、こころさん、黒銀さん。後片付けはお願いしてもよろしいですか?」

「あ、はい。もちろんです」

「働かざる者食うべからず。今の場合は先に食してはいるものの、この言葉には従うべきだからな」

「ふふっ、そうですね♪」

「天斗よ、後片付けは儂らに任せ、お主は己の職務を全うしてくると良い」

「分かりました、ありがとうございます」

 

 天斗伯父さんはペコリと頭を下げた後、台所へ食器を置きにいった。そして居間に戻ってくると、ソファーに置いていた鞄を手に取り、俺の方へ顔を向けた。

 

「さて……柚希君、学校で疲れているかもしれませんが、今日も合気道の練習、頑張ってきて下さいね?」

「はい、もちろんです。天斗伯父さんも午後からの仕事、頑張ってきて下さいね」

「ふふ、もちろんです」

 

 俺の言葉に天斗伯父さんは穏やかな笑みを浮かべた後、背後に銀色の扉を出現させながら俺達に声を掛けた。

 

「それでは皆さん、行ってきます」

『行ってらっしゃい』

 

 雷獣を含めた俺達の声の揃った言葉を聞き、天斗伯父さんはコクンと頷いた後、背後の扉をゆっくりと開けて、そのまま扉の向こうへと消えていくと、それと同時にドアも徐々に消えていった。

 

 ……うん、この光景を見る度に、やっぱりあのドアを思い出すな。

 

 前世のアニメで見た某猫型ロボットのドアの事を思い出した後、俺は皆の食器が空になった事を確認し、皆に声を掛けた。

 

「さてと……それじゃあ挨拶をした後、早速後片付けをしちゃうか」

 

 俺の言葉に皆がコクンと頷いた後、俺は皆と一緒にいつもの挨拶を口にした。

 

『ごちそうさまでした』

 

 そしてその言葉と同時に、俺はすぐに役割分担をし、皆と一緒に昼食の後片付けを開始した。

 

 

 

 

 昼食の後片付けが済んでから少し経った午後3時前、外が綺麗に晴れ渡っている中、俺は合気道の道着などを詰めた鞄を傍らに置き、長谷が来るのを待ちながら居間のソファーに座り読書をしていた。

 

 ……そういえば、雷獣はこれからどうするのかな?

 

 俺はその事が少し気になり、窓際で日向ぼっこをしている雷獣に声を掛けた。

 

「なぁ、雷獣。お前はこれからどうするかは決めてるのか?」

「ふむ……特に決めてはいないが、おそらくまた別の地にでも赴く事になるだろうな」

「そっか……それじゃあちょっと寂しくなるな」

「……まあな」

 

 

雷獣は静かに答えた後、何かを考えるように少しだけ俯いた。そしてそれからすぐに顔を上げると、俺の顔をジッと見ながら静かに口を開いた。

 

「……柚希よ、お前の合気道の修練に付いて行っても良いか?」

「え、それは別に良いけど……どうしたんだ?」

「……なに、少々お前と共に歩きたいと思ったからに過ぎん。それにお前の話していた長谷という友垣に少々興味を引かれたからな」

「そっか……うん、分かった。けど、長谷には義智の事とかは話してないから、妖力で姿は隠してもらうぞ?」

「承知した。その程度であれば、私には造作もない事だからな」

「ははっ、そうだろうな」

 

 雷獣の言葉に俺が少し笑いながら返事をしていたその時、長谷の気がゆっくりと近付いてくるのを感じた。転生特典の一つである『気や波動を感じる事が出来る能力』は、意外と感知できる範囲が広いため、こういった使い方の他にもかくれんぼの時などにも使える。

もちろん、これに頼るのが卑怯(ひきょう)なのは分かってるので、最後の一人が本当に見つからない時の最終手段として使う程度に抑えてはいるものの、やっぱり使う度に罪悪感を感じていたりする。

 

 ……っと、いかんいかん。とりあえず鍵は持ってるから、後は義智達に声を掛けていかないと。

 

 俺は読んでいた本と『絆の書』をバッグへとしまった後、ソファーからゆっくりと立ち上がってバッグを背おい、壁を挟んだ向こうにある和室へ向けて歩いた。そして和室の襖を開いた後、縁側で瞑想中の義智と雪花、そして琴の調律をしている黒銀に声を掛けた。

 

「それじゃあ俺は行ってくるけど、念のために玄関の鍵は閉めていくからな」

「……うむ、承知した」

「……うん、了解」

「柚希や天斗がいない間、儂らで風之真達の様子は見ておくから、柚希はしっかりと修練に励んで来い」

「うん、ありがとう。それじゃあ行ってきます」

『行ってらっしゃい』

 

 義智達の返事を聞いた後、俺は和室の襖をゆっくりと閉め、傍らの雷獣へ声を掛けた。

 

「さて……それじゃあ行くか」

「うむ」

 

 そして、雷獣と一緒に玄関に向かおうとしたその時、インターホンのピンポーンという音が聞こえてきた。

 

 ……おっ、ナイスタイミングだな。

 

 そんな事を思いつつ、俺は玄関のドアをガチャッと開け、予想通りの来訪者に声を掛けた。

 

「さっきぶりだな、長谷」

「ああ、そうだな、遠野」

 

 俺の言葉に長谷がフッと笑いながら答えていると、雷獣が妖力を通じて俺に話し掛けてきた。

 

『ふむ……この少年が長谷泉貴か』

『ああ。俺と同い年とは思えないほど、大人びた奴だよ』

『……柚希も転生者という事を知らなければ、他人からはそう見られていると思うが?』

『そうか? 俺自身はそうは思わないけど……』

『……まあ、良い。さて、私から話を振っておいて悪いのだが、そろそろ向かった方が良いのではないか?』

『ん、そうだな』

 

 そして俺は道着や『絆の書』が入った鞄を背負い直した後、長谷に声を掛けた。

 

「さて……それじゃあそろそろ行くか」

「そうだな」

 

 俺は靴を履いて長谷と一緒に外へ出た後、家の鍵をしっかりと掛け、長谷や雷獣と話をしながら合気道の道場へと向かった。

 

 

 

 

「それじゃまた明日な、長谷」

「ああ、じゃあな、遠野」

 

 合気道の練習も終わり、行きと同様に話をしながら長谷の家の前まで来た後、長谷は俺と言葉を交わすと、家の中へと入っていった。

合気道の道場がある場所からは、俺の家よりも長谷の家の方が近いんだが、長谷が学校に行く時と同じように話をしながら行きたいというので、行きの時は今日みたいに長谷が迎えに来てくれることになっている。

 

 正直、かなり申し訳ない反面、それと同じだけ嬉しかったりするんだけどな。

 

 そんな事を思い、ふふっと小さく笑った後、俺は傍らの雷獣に声を掛けた。

 

「さてと、俺達もそろそろ帰るか」

「うむ」

 

 そして俺達は少し薄暗くなった道を話をしながら歩き始めた。

 

「雷獣、今日俺と一緒に行動してみてどうだった?」

「そうだな……私としては、とても楽しい一日だったと思っている」

「そっか、なら良かったよ」

「うむ。私は今まで人間と共に行動をする事が殆ど無かったからな……今日で人間に対しての印象が少し変わったような気がするぞ」

「人間に対しての印象か……やっぱり妖サイドから見れば、人間ってあまり良い印象を持ってなかったりするのかな?」

「妖によりけりだな。古来より人と接してきた妖共ならば、人の良い面も悪い面も知っているだろうが、私のようにあまり人とは関わっていない妖などは、他の妖からの伝聞で判断せざるを得ないからな」

「そっか……」

 

 言われてみれば、雷獣について伝えられてる話の中には、雷獣を飼ったとか食べたとかっていう話はあっても、他の妖──例えば天狗とか河童の話にあるようなしっかりとした交流をしたっていう話は聞いたことが無いかも。

でもそれは、雷獣自体が人型をしていないからとかだけじゃなく、昔や今の人達が感じている雷や異様なモノに対しての恐れとかも関係してるのかもしれないな……。

 

 雷獣の話からそんな事を思いつつ、一緒に道を歩いていたその時、雷獣がふいに立ち止まった。

 

「ん、どうした?」

 

 俺が不思議そうに訊くと、雷獣はとても真剣な表情を浮かべながら俺に話し掛けてきた。

 

「柚希よ。私をお前達の仲間に加えてはもらえないか?」

「え……それは別に良いけど、いきなりどうしたんだ?」

「……今日、お前達と過ごして、私はある事を感じたのだ。私は元々、様々な物を見るためにこうして旅を始めた。しかし、私が今まで見てきた中で、お前達のように人間と妖などが協力し、まるで同じ種のように楽しげに語らう様を見た事が無いとな」

「……そうかもしれないな。昔ならいざ知らず、今は妖とかの存在を信じてる人や妖達が視える人も少ないしな。それに、例え視えたとしても、恐怖を抱いて逃げたり何かに利用しようとしたりする奴がでるかもしれないからな」

「その通りだ。昔は至る所に『陰』や『闇』といった物があり、それを介して私達のようなモノは人間と時には交流を図り、また時には襲い掛かったりなど様々だった。しかし今は……」

 

 雷獣は道に設置されている街灯などに視線を向けた。

 

「……仕方の無いこととは言え、このように存在していた『陰』や『闇』は消え失せ、そして妖の住処ともなっていた山や海も穢れ崩れ、妖としての姿を隠し人間の中に住むモノや別の地へ去るモノもいる」

「……ああ、こころの一族もそうだったからな」

「だが、お前達は特殊な関係性であるとは言え、お互いに思い遣り、高め合い……種は違えど同じ一族のように、家族のように触れあっている。だから、そんなお前達の事をもう少し踏み込んで見てみたい、と私は感じたのだ」

「雷獣……」

 

 種は違えど家族のように、か……。確かにそうかもしれないな。種族も歳も育った環境も違うけど、俺達はお互いの過去などを受け入れて、こうして過ごしてる。それに今日だって……。

 

俺は今日の昼食の時などの事を思い出した。義智と黒銀はいつものように少し難しい話をしていたり、風之真はこころとアンと一緒に雨の様子を眺めていたり、雪花は力の制御の練習もかねてオルトと触れあっていたりしていた。

そして、雷獣も義智達の話に加わっていたり、風之真達に色々な事を教えていたり、雪花達の様子を興味深そうに眺めていたりと、もう既に家族のように触れあっていたように見えた。

 

 ……だったら、もう答えは見えてるよな。

 

 俺はニッと笑った後、言葉を続けた。

 

「雷獣、お前はもう俺達の仲間だよ」

「……え?」

「一緒に昼食を食べたり、色んな話をしたり……俺はそうやって一緒に何かをしたり、一緒に楽しんだりするだけでも友達や仲間になれると思ってる。……だからさ、雷獣。俺は……いや、『絆の書』の皆も天斗伯父さんもお前の事をもう仲間だと感じてるよ」

「一緒に何かをしたり、楽しんだりするだけで仲間……か」

 

 俺の言葉を静かに繰り返している雷獣に、俺はクスッと笑いながら声を掛けた。

 

「ああ。だから──」

 

 俺は雷獣に右手を差し出しながら言葉を続けた。

 

「これからよろしくな、雷獣」

「柚希……ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

 雷獣はフッと笑いながら俺の言葉に答えつつ、俺と握手を交わした。その瞬間、少しだけビリッとした気がしたけど、俺はそのまま握手を続けた。

 

 さて、今度は……。

 

 そして握手を終え、鞄から『絆の書』を取りだそうとしたその時、俺はある事を思い出した。

 

「そういえば……お前の名前ってなんて言うんだ?」

「……名か。私の一族は個々に名を付けない一族のため、私個人の名という物は無いな」

「そっか。……あ、それじゃあ俺が付けても良いかな?」

「柚希の名付けか……そういえば黒銀とアンとオルトの名付けは柚希がしたのだったな。わかった。よろしく頼むぞ、柚希」

「ああ、任せてくれ」

 

 そして俺は雷獣の名前を考え始めた。

 

 さて、どうしたもんかな……黒銀達みたいに見た目とか名前を使ってみるのも良いけど……。

 

 考えながら雷獣の事をジッと見ていたその時、俺はある事に気付いた。

 

 ……そっか、雷獣の見た目はこれだから、これ系統の特徴とかを使って……。

 

 そして少し考えた後、俺は一つの名前を思い付き、雷獣に声を掛けた。

 

「雷獣、一つ名前を思いついたんだけど、聞いてみてもらっても良いかな?」

「ああ、もちろんだ。……して、どのような名前なのだ?」

「それはな……『雷牙(らいが)』だよ」

「ほぅ……雷牙か」

「ああ、雷獣の『雷』と雷獣の見た目が狼みたいだから、狼の大きな特徴の『牙』をくっつけて雷牙だ」

「なるほどな……うむ、私は良い名だと思うぞ」

「ふふ、ありがとうな。それじゃあ改めて……」

 

 そう言いながら俺は雷牙に再び右手を差し出した。

 

「これからよろしくな、雷牙」

「……うむ、こちらこそよろしく頼むぞ、柚希」

 

 俺達が再び握手を交わすと、また手がビリッとした気がした。

 

 ……まただ。まあ、それは一度置いておいて……。

 

 俺は握手を終えた後、今度こそ『絆の書』を取りだし、空白のページを開いた。

 

「それじゃあ頼むぜ、雷牙」

「うむ」

 

 そして俺と雷牙は空白のページに手と前足を置いた後、それぞれの力を『絆の書』へ流し込み始めた。

 

 ……ぐっ!?

 

 いつものように体の奥から魔力が腕を伝って、手のひらの穴から『絆の書』へ流れ込むイメージが頭の中に浮かんだが、何故かいつもよりも疲労感を覚えている気がした。

 

 ……あ、そうか。いつもは休みの日とか疲れがあまり無い時にやってたけど、今日は合気道の練習の後だからこんなに疲れを感じてるんだ。……でも、だからと言って止めるわけにはいかない。だから……!

 

 俺は疲労感を感じながらも集中して魔力を流し込み続けた。そして、必要な量が流れ込み終えた瞬間、体の力が急に抜けそのまま道路へと倒れ込んでいきかけたが、俺はすぐに首に掛かっている『ヒーリング・クリスタル』を握り込みながら魔力を注ぎ込んだ。

その瞬間、体が感じていた疲労感などが少しだけ和らぎ、体の力も少しだけ戻ったため、足に力を加えることで何とか倒れずにすんだ。

 ふぅ……危ない危ない。……けど、こういう場合も考慮して、『ヒーリング・クリスタル』に力を溜め込んでおける能力を備える必要もあるのかもしれないな……。

 

『ヒーリング・クリスタル』に対しての新たなアイデアを思い付いた後、俺は『絆の書』へと視線を移した。するとそこには、周囲に雷が轟く中で雄叫びを上げている雷牙の姿と雷獣についての詳細が浮かび上がっていた。

 

 よし……成功だな。

 

 そして俺は、雷牙のページに手を置き、魔力を静かに注ぎ込んだ。その瞬間、いつものように雷牙のページから光の球が浮かび上がり、俺の隣へふわふわと移動した後、雷牙の姿へゆっくりと変化し、光が消えた頃には少し興味深そうな表情を浮かべた雷牙の姿があった。

 

「……なるほど、あれが居住空間という物か」

「ああ。それで、どうだった? 居住空間に行ってみた感想は」

「うむ。義智らの話の通り、とても住み良い環境であった」

「ははっ、それなら良かったよ。さてと……それじゃあそろそろ家に帰ろうぜ、雷牙」

「ああ」

 

 そして俺は新たな仲間である雷牙と一緒に、家に向かって歩き始めた。

 

 あ、そういえば……。

 

 その時、俺はある事を思い出し、雷牙に話し掛けた。

 

「なぁ、雷牙」

「……む? 何だ、柚希よ」

「雷獣って雷と一緒に現れるとは言われてるけど、別に雷を操ってるわけではないよな?」

「そうだが……それがどうかしたのか?」

「いや……お前と握手した時にさ、ちょっとビリッとした気がしてな」

「ビリッと……か。……ふむ、言われてみれば、体の奥の方に何やら感じた事の無い力を感じるような気がするな……?」

「感じた事の無い力……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺はある仮説を思い付いた。

 

「雷牙、黒銀が今みたいに人間の姿を取ることが出来るようになった理由は聞いたよな?」

「ああ。あの家に巡っている力と黒銀自身の妖力が反応し合った結果……」

 

 その瞬間、雷牙は何かに気付いた様子を見せた。

 

「……まさか、そういう事か……?」

「ああ。多分だけど、雷獣が雷と一緒に現れる時に、気付かない程度の量の電気が体に溜まってるんだ。そしてそれが、家に巡っている力と反応し合った事で、本来備わるはずがない雷の魔力みたいな物が雷牙の中に生まれたんだと思う」

「なるほどな……しかし、それだとこころ達が……」

「……うん。だから、雪花みたいに力の強化と制御のための修行が必要になるな」

「うむ……こればかりは仕方がないだろうな」

「ああ。まあ、俺もまだまだ修行が必要だし、一緒に頑張っていこうぜ、雷牙」

「……うむ、そうだな」

 

 そうやって微笑み合った後、俺達は薄暗い道を少しだけ明るい気持ちで歩きながら帰途についた。しかし家に帰った後、皆に雷牙の事について話した結果、こころとアンが少しだけ雷牙に近づく時に用心をし始め、それをどうにかするために雷牙が修行を頑張り始めるんだが、それはまだ別の話。




政実「第6話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回は他作品ネタとかオリジナル要素とかが割と出て来た回だったな」
政実「うん。原作の方は他作品の名前とかを普通に出してたりするけど、流石にそこまでは出来ないから、作中みたいに『某~』とか軽い表現に留めてるよ」
柚希「それが良いだろうな。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めようか」
柚希「だな」
政実・柚希「それでは、また次回」


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SIXTH AFTER STORY 雷獣の悩みと雷の力

政実「どうも、雷は結構好きな片倉政実です」
雷牙「どうも、雷獣の雷牙だ」
政実「という事で、今回は雷牙のAFTER STORYです」
雷牙「サブタイトルと私の登場回の最後の文を見る限り、今回の話は私の中に生まれた力に関する事のようだな」
政実「まあ、そういう事になるけど、どんな話になったのかは読んでもらってからのお楽しみという事で」
雷牙「わかった。では、そろそろ始めていくとしよう」
政実「うん」
政実・雷牙「それでは、SIXTH AFTER STORYをどうぞ」


 突然だが、私にはある悩みがある。これは私にとってはかなり重要な悩みであり、解決できるなら早々に解決したい悩みだと言える。だというのに、中々解決できなく、私は日々頭を悩ませる事になっている。そして、その悩みというのが──。

 

「……こころ、アン、今私の中の雷の力を使うつもりは無い。よって、用心する必要は無いぞ?」

「え、あ……はい……」

「それは……わかっているんですけど……」

「……やはり、まだ無理か?」

「「はい……」」

「……そうか」

 

 ソファーの上に座っている私を少し怯えた表情を浮かべながらリビングの入り口から見ている(さとり)のこころとアンズーのアンの返答を聞き、私は小さく溜息をついた。

そう、私の悩みというのは、この二人が私の中に生まれた『力』を恐れて、他の皆のように気軽に近づいてくれないという事だ。もちろん、雷が苦手だという二人に無理強いをするつもりは無い。しかし、共に暮らす仲間として、やはり気軽に話が出来たり、様々な物を分かち合えたりする方が生活をしていて楽しいのは間違いないだろう。だが現在、この問題をすぐに解決できる方法は無い。

 

 となれば、やはり修行によって力を制御するしか無い。そうすれば、こころとアンも安心して私に近付けるようになるからな。

 

「……よし、ならば行くとするか」

 

 そう独り言ち、私はソファーから降りた後、ゆっくりとリビングを出ていった。その際、こころとアンからは申し訳なさそうな様子で避けられたが、それは仕方ないと考え、私はあるモノの元へと向かいながら、ここに来る事になった理由を想起した。

私は元々、同じ雷獣達が住む里で一族の皆と共に仲良く過ごしていた。しかしある日の事、私は里の外には何があるのだろうと思い、里の皆に別れを告げて各地を巡る旅を始めた。

そして、旅を続ける中で妖気と様々な力が入り混じった『力』の気配を感じ、私はそれに興味を持ってこの町を訪れ、『力』の主を探した。そうして探す事数時間、ようやく巡り合えたのが『絆の書』の主であり神の甥でもある転生者、遠野柚希(とおのゆずき)だった。

そして、柚希達と話をし、人間と人ならざるモノ達が仲良く暮らす柚希たちの姿を見て、そんな柚希たちの事をもう少し踏み込んで見てみたいと感じ、私は『絆の書』の仲間になる事を志願し、柚希が私を仲間だと認めてくれた事で、私は柚希達の仲間入りを果たし、こうして今は遠野家に世話になっているのだった。

 

 ……遠野家に世話になり始めてから今日でおよそ2週間が経つが、柚希と天斗殿、そして『絆の書』の面々の絆には驚かされ、気付かされる事が多い。やはりここに世話になる事に決めて本当に良かった。だが、だからこそこの雷の『力』によって、こころとアンが私に近付く事を恐れているというこの状況は早急にどうにかせねばならないな。

 

 そう思いながら目的地である和室に着いた後、和室の襖をスーッと開けると、予想していた通り、そこには白澤の義智が一人で瞑想に(ふけ)っており、その傍には経文が置かれていた。

 

「義智、瞑想中申し訳ないが、少し良いか?」

「……む、雷牙か。何だ?」

「私の『力』をどうにかするため、今から修行に付き合ってほしい。良いか?」

「……構わん」

「感謝する」

 

 義智に礼を言った後、私は隅にある座布団の内の一枚を抜き出し、それを義智の向かい側に置いて、その上に静かに座った。その後、義智が渡してくれた経文を開き、「行くぞ」という義智の声に頷いてから共に経文を読み始めた。

 

 

 

 

「そこまでだ」

 

 読み始めてからどれくらいか経った頃、義智のその声が耳に届いた瞬間、まるで身体中に重りをつけられたかのように身体が重くなり、私は息を荒くしながらその場に静かに倒れ込んだ。

 

「はぁ……はぁ……やはり、まだまだ修行が足りないという事か……」

「……それもあるが、今のお前からはかつての雪花と同じような焦りを感じる。雷牙、お前はこころとアンが早く自分に安心して近付けるようにしたいと考えているな?」

「はぁ……当然、だろう……? 私が早くこの『力』を制御できれば、こころとアンが私を見てもビクつく事は無くなる。彼女らを怯えさせるのは、私とて本意ではないのだからな」

「そうだろうな。だが……急いでも『力』の制御という目標を達成する事は出来ない。急いては事をし損じる。お前も聞いた事があるのでは無いか?」

「……ある。だが……!」

 

 その時、「しっつれいしまーす!」という明るい声と同時に和室の襖が開けられると、そこには雪女の雪花とオルトロスのオルトの二人が笑みを浮かべながら立っていた。

 

「雪花、それにオルトか。我らに何か用か?」

「私は義智さんに雪女の『力』について少し相談に乗ってもらいたくて、オルトは風之真が言うには雷牙さんと一緒にお昼寝がしたいんだそうです」

「なるほどな……ならば、ここで好きなだけ寝ていけ。ちょうど雷牙も修行終わりで疲れているからな」

「義智……」

「まあ、寝るかは別として、少し休んでおけ。そうでなければ、体が持たんからな」

「……わかった」

 

 たしかに義智の言う通りだ。ここは少し休むとしよう。

 

 そう考えた後、私が座布団の上で身体を丸めると、オルトは嬉しそうに私の傍へと駆け寄り、二つの頭を擦りつけながら話し掛けてきた。

 

『えへへ……雷牙さん、修行はどうでしたか?』

「……そうだな。まだまだ修行不足であった事、自分自身の心の未熟さを思い知らされたと言ったところか」

『そうなんですね……でも、雷牙さんならきっと『力』を制御出来るようになります! 僕はそう信じてますから!』

「オルト……感謝する」

『えへへ……どういたしまして。それじゃあ……おやすみなさい』

「……ああ、おやすみ」

 

 オルトが身体を私に預けながら目を閉じ、静かに寝息を立て始めると、雪花は羨ましそうな目で私を見始めた。

 

「雷牙さんも風之真も良いなぁ……私もオルトとちゃんと話をしたいなぁ……」

「オルトも成長すればいつかは人語を話すようになる。それまで待つ事だな」

「はーい……それで、義智さん。『力』の事なんですけど……」

「ああ、そうだったな。何だ?」

「最近、どうにか『力』を使って周囲に冷気の障壁を作る事までは出来るようになりましたよね? けど、私としてはもう少し色々出来るようになりたいんです」

「色々……例えば、何だ?」

「そうですね……例えば……あっ、空気中の水分を凍らせて、それを相手に発射するとか! ほら、義智さんもいつも言ってるように、必ずしも柚希に友好的なモノ達だけが近づいてくるわけじゃないですから、この前柚希から貸してもらったバトル物のお話みたいに何か攻撃する方法とか防御技みたいなのが欲しいんです! でも、どうやってそれを作り出したら良いかちょっと分からなくて……」

「なるほどな……だが、それは我よりも柚希の方が適任では無いか? 前に柚希がお前と『同調』をした際、同じような事をやっていたのだからな。それか、同じように『力』について悩みを抱える雷牙に相談をしてみる……とかな」

「なっ!?」

 

 義智の言葉に私が驚いていると、雪花は私の顔をジッと見つめ始めた。

 

「雷牙さんか……うん、たしかに雷牙さんも物知りだし良いかも。という事で、雷牙さん。何か良い方法は無いですか?」

「う、そうだな……『力』の制御が大凡(おおよそ)出来ているのなら、後は頭の中で『力』をどのように使いたいかイメージをし、その通りに『力』を行使してはどうだ?

空気中の水分を凍らせて、それを弾丸のようにして放つならば、まずは『力』の放出によって水分が凍り付くイメージを頭に浮かべ、それを妖気で空中に固定した後、それを相手に向けて飛ばすといったようにすれば私は良いと思うが……」

「ふむふむ、なるほど……助かりました、雷牙さん。とりあえず、それでやってみます!」

「あ、ああ……助けになったようで良かったぞ」

「ふふ、はい! あ、そうだ……雷牙さん、何か『力』の事で悩みがあるんですよね? お礼……と言える程では無いかもしれませんけど、私で良ければ話を聞きますよ!」

「む、そうか……それなら、雪花。一つ質問があるのだが……お前はどうやって自分自身の『力』をそこまで制御したのだ?」

「『力』の制御の仕方、ですか……。そうですね……正直、自分のペースでやっていたらある日突然出来るようになったっていうのが、正しいかもしれません」

「自分の……ペース……」

「はい。私も前は雪女の『力』を中々制御できなくて、風之真やアン達にスゴく寒い思いをさせていたんです。だから、早く『力』を制御しなきゃって思って、制御のための近道なんかを義智さんに訊いちゃう程だったんですが、そんな時に柚希から自分のペースで『力』の制御をしていくのが、一番私らしいやり方だって言われたんです。

それで、その後に自分のペースって何だろうって悩んでいたら、今度は風之真から自分のペースなんていうのは、やっていく内に掴んでいく物で、ひたすら試行錯誤して行くしかないんだって言われたんです」

「試行錯誤しながら自分のペースを掴んでいく、か……」

「はい。だから、雷牙さんも色々試行錯誤しながらやってみて良いと思います。たしかに、こころとアンが怖がるのを見るのは辛いと思いますけど、制御できた後はこころ達とも仲良く話せると思えば、毎回の修行だっていつもよりやる気が出るはずですしね」

「なるほどな……うむ、たしかにそうかもしれん。雪花、感謝するぞ」

「どういたしまして。ところで……義智さん、義智さんの見立てでは、雷牙さんはいつ頃『力』の制御が出来ると思いますか?」

 

 すると、義智の口から驚くべき言葉が飛び出してきた。

 

「そうだな……雷牙自身が上手くやれば、すぐにでも制御は出来るかもしれんな」

「わぁ……スゴいですね! すぐにでも制御出来るかも……って、えっ!?」

「……義智、それは真か?」

「ああ。先程、雷牙自身が手掛かりになる事を言っていたからな」

「手掛かり……あっ、もしかして『力』のイメージの事ですか?」

「そうだ。雪花とは違い、雷牙は元々妖力は高かった。それなのに、『力』を中々制御出来なかったのは、その『力』が妖力とは性質が違う故、雷牙の中にまだしっかりと馴染んでいないからだ」

「性質が違う……そういえば、柚希達は雷牙さんの『力』を妖力というよりは、魔力寄りの物だって言ってましたね」

「そういう事だ。よって、雷牙自身がその『力』を体に馴染ませてしまえば良い」

「なるほどな……」

「因みに、私が訊こうとした近道ってそれだったりしますか?」

「いや、それはまた別の方法だ。念の為に聞いておくか?」

「あ、いえ……大丈夫です……」

「私も大丈夫だ。しかし、性質の違う『力』を身体に馴染ませるとあれば、それ相応の代償が必要なのでは無いか?」

「あ、たしかに……私が近道の方法について訊いた時、それは精神的にも肉体的にも強い痛みを伴うって言ってましたし、やっぱりそういうのも何かしらの痛みを感じる物なんじゃ……」

「いや、それは元々その中に無かった物を何らかの力を以て取り入れようとした場合だ。よって、今回の件には当てはまらない」

「あ、そうなんですね……」

「まあ、今から雷牙にやらせようとしている事は、それなりの精神力を要する物だが……雷牙、お前はどうしたい?」

 

 義智からのその問い掛けに私はフッと笑ってから答えた。

 

「そんな事決まっているだろう? せっかく『力』を制御できるかもしれない機会を得たんだ。それを逃すわけは無い」

「……わかった。では、始めるとしよう。まず、お前の中の『力』がどのような物か頭の中で明確な形として思い浮かべろ」

「……ああ」

「次だ。その『力』が光となり、自分と一体化していく様子を思い浮かべるんだ」

「…………」

 

 義智の言う通り、私の中の雷の『力』が黄色の光となり、それが私と一体となっていく様子を思い浮かべた瞬間、先程の修行終わりの時よりも強い疲れが私を襲った。

 

 くっ……なるほど、精神力を要すると言ったのはこういう事か。だが、この程度……どうという事は無い……!

 

「ぐっ……うぐぐ……!」

「最後だ。一体となった『力』を使いこなす自身の姿を思い浮かべ、今この場で軽くその『力』を使ってみろ」

「……良い、のか?」

「ああ。ここまで何も問題なく出来たのなら、『力』の制御は出来ているはず。今のお前なら、思ったように『力』を使えるだろう」

「……わかった」

 

 義智の言葉に頷きながら答えた後、私は『力』を使いこなしている自分の姿を想像し、続けて身体から微量な電気を放つ自分の姿を思い浮かべた。すると、私の目の前でバチリという音を立てながら小さな放電が起き、それを見た雪花は嬉しそうな笑みを浮かべながら私に話し掛けてきた。

 

「雷牙さん……今のってもしかして……!」

「……ああ、どうやら本当に制御が出来るようになったみたいだ」

「やっぱり……! 良かったですね、雷牙さん! これで、こころとアンから怖がられずにすみますよ!」

「……ああ、そうだな」

 

 そうだ……これで、こころとアンが私に近付く事を恐れたりする事は無くなった。ようやく、彼女らを怖がらせずにすむんだ……。

 

 そう思った瞬間、緊張の糸が切れ、徐々に眠気が襲い始めた。

 

「う……流石に眠く、なってきた……か」

「ふふっ、それなら眠った方が良いですよ。ねっ、義智さん」

「そうだな。雷牙、よく頑張った」

「あ、ああ……ありが、とう……」

 

 義智に礼を言った後、私は静かに目を閉じ、そのまま静かに眠りについた。

 

 

 

 

「……ん……」

 

 (まぶた)の裏で光を感じ、小さな声を上げながら目を開けると、そこには雪花と義智の他にこころとアンの姿があった。

 

「こころ……それに、アンまで……」

「……あっ、おはようございます、雷牙さん」

「あ、ああ……私は一体どれくらい眠っていたんだ?」

「雷牙さんが眠り始めたのが午後3時頃、今は午後5時頃だから……2時間くらいですね」

「2時間……修行と『力』の制御でだいぶ疲れたと思ったが、そのくらいの睡眠で済んだのか」

「……いや、本来ならばそれ以上の睡眠を要する。だが、お前が眠っている時、柚希がお前の弱った波動を感じ取って、こころ達と共に和室を訪ね、『ヒーリング・クリスタル』を用いてお前の疲れを取っていったのだ」

「なるほど……それなら、後で礼を言わないとだな」

「ああ、そうしておけ。それと……こころとアンが何か言いたい事があるそうだ」

 

 その言葉と同時にこころとアンは私の目の前に立つと、同時に頭を下げた。

 

「雷牙さん……さっきは怖がってしまいすみませんでした」

「本当にすみませんでした……」

「……なんだ、そんな事か。別に謝る事では無い。誰しも苦手な物はあるのだからな」

「雷牙さん……」

「それに、今では無事に『力』も制御出来、これでお前達が私に近付く事を恐れたりする必要は無くなったわけだ。それで良いという事にしよう」

「……わかりました。あの……雷牙さん」

「む、何だ?」

「私達と握手……しませんか?」

「握手……か。ああ、良いだろう。私もお前達に『力』の制御が出来たという事をしっかりと証明したいからな」

 

 そう言った後、私が両前足を出すと、こころとアンは恐る恐るといった様子でそれを掴み、何も起きない事を確認すると、満面の笑みを浮かべた。

 

「アンさん……! 私達、雷牙さんと握手出来てますよ……!」

「はい……! 私、スゴく嬉しいです……!」

「ふふ……私もです……!」

 

 こころとアンは未だ眠り続けるオルトを起こさないように声を潜めながらとても嬉しそうに話をし、その姿に私は心からの喜びを感じた。

 

 うむ……やはり、皆が笑っている方が良い。まだまだ私には修行が必要だが、これでとりあえず一安心といったところだな。

 

 こころ達の嬉しそうな顔を見ながらそんな事を考えていた時、私の口から小さな欠伸が漏れた。

 

「ふあ……せっかくだ。夕飯の時間までもう少し眠らせてもらうとしよう」

「ああ、そうしておけ」

「夕飯の時間になったら、しっかり起こすので、ゆっくり眠ってくださいね、雷牙さん」

「ああ……頼んだ、ぞ……」

 

 眠気で意識が遠退いていき、視界がぼんやりとしていく中、私は先程のこころとアンの笑みを想起した。

 

 私の『力』で皆の事を笑顔にするため、これからも義智や雪花との修行に精を出し、『力』の強化を努めていくとしよう。それが、今の私の目標と言えるからな。

 

 そう考えた後、私はスーッと意識が遠退いていくのに気持ち良さを感じながら、静かに眠りについた。




政実「SIXTH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
雷牙「今回もこれからの目標などについて触れた回だったな」
政実「そうだね。そろそろ日常回も書く予定だけど、誰のAFTER STORYでになるかは未定かな」
雷牙「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
雷牙「ああ」
政実・雷牙「それでは、また次回」


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第7話 夏の夜に染み入る雀の声

政実「どうも、肝試しはクラスのレクリエーションくらいでしか経験したことが無い、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。クラスのレクリエーションって事は、脅かし役は他のクラスメートだったわけか」
政実「うん。ただ……あの時はそれでもだいぶ怖かったんだけどね」
柚希「まあ、肝試しは怖がってなんぼな物だし、俺は良いと思うぜ? さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第7話をどうぞ」


 暑い中、各地で連日蝉達のリサイタルが開催される季節、夏。そんな蝉バンド達の演奏を聴きながら、いつものように学校へ向かって歩いていると、夕士が煌めく太陽を恨めしそうな様子で見始めた。

 

「あー……暑ぃ……」

「ああ、暑いな」

「そうだな」

 

 俺が額の汗を軽く拭いながら、そして長谷が平然とした様子で答えると、夕士は少し不思議そうな様子を見せた。

 

「……何で、お前達はそんなに平気そうなんだよ……?」

「平気……ではないぜ?」

「ああ、暑い暑いなんて言ってたり考えてたりする方が暑くなるから、極力考えないようにしてるだけだ」

「極力……考えないように……?」

「そう。確かに暑いは暑いけどさ、でもそこで暑いって考えちゃうと、もっと暑く感じてしまう。だから、極力考えないようにしたり、何か涼しい事を考えたりした方が良いってわけだ」

「後は少し心理学的になるが、こういう暑い時は何か青い物を見て、逆に寒い時は赤い物を見るのも良いらしいし、結局は考え方一つって事になるだろうな」

「考え方一つか……よし、それなら俺は……」

 

 すると、夕士は歩きながら燦々(さんさん)と煌めく太陽ではなく、入道雲が浮かぶ青空へと視線を移した。そして青空を見つめる事十数秒、夕士の顔から少しだけ辛そうな様子が無くなった気がした。

 

「……うん、少しだけ涼しくなった気がする」

「そっか、それなら良かったよ。な、長谷」

「ああ」

 

 俺達が静かに笑い合っていると、夕士は太陽のように明るい笑みを浮かべた。

 

「へへっ、ありがとうな、柚希、長谷」

「どういたしまして」

「どういたしまして」

 

 夕士の言葉に声を揃えて答えた後、俺達は再び学校に向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 その日の昼頃、今日は終業式だけだったため、終業式の後に軽く教室などの掃除をした後、俺達は帰りの会をやっていた。そして、帰りの会が終盤に差し掛かった頃、今年の担任である新任の先生がニコッと笑いながら静かな声で話し始めた。

 

「さて……明日からみんなが楽しみにしている夏休みですが、お休みだからといって、遅くまで起きていようとしたり、宿題をしないまま遊んだりしないようにしましょう。先生との約束ですよ」

『はーい』

 

 先生の言葉に俺達が声を揃えて返事をすると、先生は満足そうに頷いた。

 

 うーん……先生の気持ちは分かるけど、去年も似た事は言われてるしな……。それに先生との約束って、流石に子供っぽいような……。

 

 先生の言葉に俺が少しだけ疑問を抱いていた時、ふと後ろの席に座っている長谷の方を横目で見てみると、長谷は小学二年生としては100点満点と言っても良い程のあどけない笑みを浮かべていたが、その笑顔からは静かな怒りが感じられた。そしてその瞬間、俺はある事を思い出した。

 

 ……あ、小学二年生って言えば、たしかあの事件が起きる時だったっけ……。まあ、それがいつ起きても良いように、心の準備だけはしておくか。

 

 そんな事を考えながら先生の方へ視線を戻すと、先生は日直の生徒に挨拶を促した。そして俺達が挨拶をし、それに挨拶を返した後、先生はニコニコとしながら教室を出て行った。その瞬間、教室内は夏休みの予定について、ワクワクした様子で話し合うクラスメート達の声で騒がしくなった。

 

 ……まあ、待ちに待った夏休みなんだろうし、そうなるのも当然か。

 

 そんなクラスメート達の様子をボーッと眺めていると、前の席に座っている夕士が同じようにワクワクした様子で俺達に話し掛けてきた。

 

「柚希! 長谷! 俺達も夏休みの事について話し合おうぜ!」

「……分かったから、一旦落ち着け、夕士。それに話し合うって言っても、遊びの計画についてだろ?」

「ああ、もちろんだぜ!」

「まあ……遊びの計画を立てるのは別に良いけど、当然宿題の事も考慮して考えるからな」

「それが良いだろうな。まあ、本来宿題なんてのはササッと終わる物だが、もし残しておいたりしたら後から辛い目に遭うのは間違いないからな」

「ああ。まあ、夕士なら問題は無いと思うけど、やっぱりそういうのも予定に組み込んどいた方が良いからな。……というわけだけど、夕士はそれでも良いか?」

 

 その俺の問い掛けに、夕士はニッと笑いながら答えた。

 

「ああ、別に大丈夫だぜ。勉強が大事なのはもちろん分かってるからさ」

「そっか。それじゃあ早速……」

 

 そして俺達が、夏休みの予定について軽く話し合おうとしたその時、

 

「……あ、いたいた! おーい! 柚希-! 夕士-! 長谷-!」

 

 教室のドアの方から突然そんな大きな声が聞こえた。

 

 ……ん、誰だろ?

 

 不思議に思いながら振り向くと、そこにいたのは雪花の時に世話になった隣のクラスの雪村だった。

あの日の翌朝、俺が夕士達と一緒に登校していた時、偶然会った雪村から雪女がいたかどうかを訊かれた。しかし、俺は本当のことを話すわけにもいかなかったため、雪村には夕士達と一緒に捜してみたものの、結局雪女は見つからなかったと軽く夕士達の事を紹介しながら話した。

それを聞くと雪村は少し残念そうな様子だったが、すぐにその気持ちを切り替えると、今度は夕士達と話を始め、一瞬の内に仲良くなった。そしてその日以降、廊下で偶然会った時や体育の時間などで一緒になった時には軽い話をしたりするようになっていた。

 

 それはそうと……一体何の用だろ?

 

 不思議に思っている内に雪村は俺達の席へと近付くと、ニッと笑いながら言葉を続けた。

 

「ちょっと訊きたい事があるんだけど、良いか?」

「別に良いが……何の用なんだ?」

「実はさ……3日後に俺達のクラスの何人かを誘って肝試しをするんだけど、お前達も来ないかなーと思ってさ」

 

 雪村が楽しそうな様子で言うと、夕士の顔がぱあっと輝き始めた。

 

「へー、肝試しか! 面白そうだな!」

「へへっ、だろ? それで、どうだ? お前達も来れそうか?」

「俺は大丈夫だぜ! 柚希と長谷はどうだ?」

「3日後か……」

 

 3日後なら合気道の練習は休みだけど、まさかの肝試しだな。いつも妖とか幻獣とか神様とかと暮らしてる身としては、年相応の楽しみ方が出来るか少し心配だけど……まあ、せっかくの誘いだし、ここは乗っとくか。

 

「うん、俺も3日後なら大丈夫だ。合気道の練習も無いし」

「俺も大丈夫だ、家の用事も無いし、遠野と同じく合気道の練習も無いからな」

「オッケー! それじゃあ肝試しのコースとかはその日までに決めとくから、3日後の19時頃に学校の前に集合な!」

「分かった」

「おう!」

「了解した」

 

 俺達が返事をすると、雪村はとても楽しそうな様子でコクンと頷いた後、少し急ぎ気味に教室を出て行った。そしてそれを見届けた後、夕士はとても楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「へへっ、何だかんだで夏休みの予定が一個決まったな」

「そうだな。それにしても……向こうのクラスの何人かを誘ってって言ってたけど、どんな奴が来るんだろうな」

「さぁな。まあ……これもせっかくの機会だ、どんな奴が来ようとも仲良くしてみせるさ」

 

 長谷はそこで言葉を止めた後、ニッと笑ってから言葉を続けた。

 

「人脈ってのは多いに越した事は無いからな♪」

「人脈はって、お前なぁ……」

 

 長谷の言葉に俺が苦笑いを浮かべていたが、それに対して夕士はとても面白そうに笑い出した。

 

「あははっ、長谷らしいな!」

「……まあ、確かにらしいと言えばらしいけどさ」

「それにさ、長谷の言う通り、どんな奴が来ようとも仲良くなった方が絶対に楽しいと思うしさ」

「それは……まあ、同感だけどな」

 

 夕士の言葉に俺は静かに返事をした。よくよく考えてみれば、今の俺は傍目からみれば、ただの一般的な小学2年生だ。それなら夕士や長谷の言う通り、どんな奴が来ても仲良くなっておいた方が自然と言えば自然かもしれない。

 

 それに雪村が声を掛ける相手に悪い奴はいなそうだし、ここは普通の小学2年生らしく楽しんだ方が絶対に良い気がする。

 

 俺がそんな事を考えていた時、ふと周りを見回してみると、さっきまでクラスメート達の楽しげな声で溢れていた教室には俺達以外には数人程度しかいなくなっていた。

 

「皆、いつの間にか帰ってたみたいだな」

「え……あ、本当だ」

「それなら俺達も帰ることにして、話の続きは帰りながらにするか」

「そうだな」

 

 長谷の言葉に返事をした後、俺は机の中に入れていた『絆の書』をランドセルに入れ、席から立ち上がってからランドセルをゆっくりと背負った。そして、夕士達もランドセルを背負った事を確認した後、俺達は件の肝試しや他の夏休みの予定について話しながら、教室を出て行った。

 

 

 

 

「ほう……肝試しですか。ふふ、夏らしくて良いですね」

「はい」

 

 その日の夕食時、俺はいつものように学校での出来事を天斗伯父さんや『絆の書』の仲間達に話していると、風之真が少し不安そうな声を上げた。

 

「肝試しねぇ……確かに納涼にはピッタリだけどよぉ、ガキだけでやって本当に大丈夫なのかぃ?」

「それは大丈夫だと思う。肝試しって言っても、小学2年生のやる事だし、たぶん二人一組で学校の周辺を歩くだけになるんじゃないかな?」

「それはそうかもしれないが……補導などの心配は無いのか? 柚希よ」

「あ……それについて、全然考えてなかった……」

 

 言われてみれば、こういうのは普通に小学生だけじゃなく、保護者も付くもんだよな……。

 

「あ、でも……流石に雪村君のお父さんとかが付くんじゃないかな?」

「あ……たしかにそうだよね」

「うむ。よってその点については心配はいらんだろう。しかし、柚希も理解しているだろうが、夜というものは我らのような存在が跋扈(ばっこ)する時間帯だ」

「……なるほどのぅ、悪戯好きな小童の妖などであれば良いが、それとは別のモノが紛れ込む恐れもあるという事か」

「その通りだ」

 

 義智は静かに頷いた後、俺の顔をジッと見ながら真剣な様子で話し掛けてきた。

 

「柚希よ、もし関わるのが我らだけであれば、このような事は言わん。しかし、肝試しは夕士や長谷と共に行くとは限らん。念のために注意だけはしておけよ?」

「ああ、了解」

 

 義智からの忠告に俺は微笑みながら返事をした。義智が言いたいこと、それは雷牙が気付いたみたいに俺の中にある力の存在に気付く奴がいて、ソイツがそれを狙って襲い掛かってくるような事もあるから、一応注意しておけという事なのだろう。

 

 ……もしそういう奴が来ても、一緒に行くのが夕士と長谷ならまだ多少は誤魔化したり気を逸らして、皆の力をこっそり借りることは出来る。でも雪村や他の奴だった場合はどうやってやったら良いかわからないし、当日までに何か考えておこうかな。

 

 そう考えた後、俺は夕食のコロッケをゆっくりと味わいながら、皆との楽しい夕食を再開した。

 

 

 

 

 そして肝試し当日、俺は夕士達と一緒に集合場所の学校に向けて話をしながら歩いていた。

 

「そういえば、結局肝試しのコースってどうなるんだろうな?」

「そうだな……流石にあまり遠くまでは行かないだろうし、学校の周辺を回るとかじゃないか?」

「あり得るな。街灯があるとはいえ、学校の周辺はそれなりに暗いから、俺達が肝試しをやる程度ならあれくらいで充分だと思うぞ?」

「そっか……神社の脇を通るとか、墓場の傍を通るとかは流石にやらないだろうしな」

「だな。まあ、俺とか長谷なら大丈夫だろうけど……」

「そもそも俺達の学年で、こんな時間に出歩いてる奴の方が少ないだろうし、そんな所を通ろうとした瞬間、恐怖で動けなくなる可能性もあるしな」

「まあ、そうだよな」

 

 そんな会話をしつつ、俺は後方と上空から感じている妖気と魔力に意識を集中した。

 

 ……うん、皆しっかりといるみたいだ。

 

 夕士達の会話を聞きながら、俺は皆がいてくれる事への安心を静かに感じていた。肝試しの最中の対策として考えた事、それは家を出る前に『絆の書』の仲間達の何人かに各々の力で姿を隠した状態で出て来ておいてもらい、様々な位置からそういう奴がいないかを監視してもらうというものだ。

形としては上空から風之真とアンに監視してもらい、もし何か怪しい動きをするモノがいた時は、俺の後ろに控えてもらっているこころに聞こえるように、心の中で叫んでもらい、それが聞こえた時にはこころと一緒にいる雷牙に捕らえてもらうという物であり、そしてそれと同時に俺自身も周囲の妖気などには注意を払っている。

 

 ……まあ、少しやり過ぎな気はするけど、この先の未来で似たような事や皆との連携が必要な事は少なからずあるわけだし、それのための練習だと思えば良いかもしれないな。

 

 そんな事を考えながら夜道を歩いていると、少し先の方に何人かの子供が立っているのが見えてきた。そして、それに近付いてみると、そこには予定通り雪村達、別のクラスの生徒達が立っていた。

しかし、雪村を含んだ何人かの男子生徒達はやる気満々でいる反面、女子生徒を含んだ残りの生徒達はビクビクしながら周囲の様子を窺っていたが、俺達の姿に気付くと、人が増えたことで安心したからか、女子達の波動に少しだけ安心などの色が浮かんだ気がした。

 

 うーん……たぶんこっち側の奴らは、誘われた時は楽しそうと思ったけど、いざ来た瞬間に怖くなったんだろうな。まあ、まだ小学2年生だし、仕方ないと言えば仕方ないけど。

 

 そして、その生徒達から視線を雪村達へ移した後、俺達は雪村に声を掛けた。

 

「雪村、来たぞ」

「おっ、来たなお前達。一応お前達で最後だし、早速始めるとするか」

「始めるのは別に良いけど……」

 

 俺は周囲を見回し、大人の姿が無いことを確認した後、小さな声で雪村にこっそりと話しかけた。

 

「保護者とかの姿が見えないようだけど、もしかして驚かし役とかを頼んでるのか?」

「いや、頼んでないし、そもそも来てもらってすらいないぜ?」

「え……それって大丈夫なのか? 夏休み期間中だから、たぶん警察の人とかが見回ってるかもしれないし……」

 

 夕士が少し心配そうに訊くと、雪村も少し心配そうな表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべながらそれに答えた。

 

「……まあ、大丈夫だろ。コースだって学校の周りを一周するだけだから、すぐに終わるだろうしな」

「あ、結局コースはそんな感じなんだな」

「ああ。最初は神社にお札みたいなのを置こうとか、墓場にろうそくを置こうとかって話してたんだけどさ、あっちで震えてる奴らがそういうのは怖いって言い始めて、結局こんな感じになったんだよ……」

「なるほどな……」

 

 夜の神社とか夜の墓場には濃いめの霊気とかが漂ってる分、俺達はやりづらかったし、アイツらに感謝しないとな。

 

 未だに怖がっているソイツらに横目で視線を向けていると、雪村が足下に置いていたカバンから何本かの割り箸が入っている筒状のものを二本取りだした。

 

「雪村、それはもしかして……クジか?」

「ああ。男子用と女子用の二本で、割り箸の先に数字が書いてあるから、その数字同士で組んだら良いかなと思ってさ」

「なるほど。それなら男女で必ずペアになるから、不公平なペアにはならないし、その数字の順に出発させられるな」

「へへっ、だろ? ……というわけで、まずはお前達から引いてくれるか?」

 

 雪村の言葉に頷いた後、俺達は一本ずつ割り箸のクジを引いた。そしてそれを見て、他の生徒達も次々とクジを引いていった。

 

 さてさて……俺は何番かな?

 

 少しだけワクワクしながらクジに書かれている番号に目を向けると、そこには赤ペンで『2』と書かれていた。

 

 『2』か……まあ、どうせやるなら早い方が良いし、ラッキーと言えばラッキーかな?

 

 そんな事を考えた後、俺は夕士達に声を掛けた。

 

「夕士、長谷、お前達は何番だった?」

「俺は……5番だ」

「それで俺は……7番だな。遠野は何番だったんだ?」

「俺か? 俺は……2番だった」

「へぇー、2番か。早めに出発出来るし、ラッキーだったな、柚希」

「ん、まあな」

 

 俺達が番号について話をしていると、雪村が俺達全員に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあ早速、同じ数字同士で組んでくれ」

 

 その言葉と同時に、俺達は自分が引いたクジの番号を見せ合い、同じ番号が見つかった順に次々と男女のペアが出来上がっていった。

 

 さてさて……同じ2番のクジを引いたのは誰なのかな?

 

 そんな事を考えながら、クジの番号を見せ合っていたその時、

 

「……あ、私も2番だよ」

 

 近くからそんな小さな声が聞こえてきた。声の方に向いてみると、そこにいたのは白いワンピースを着た長い黒髪の大人しめな印象の少女だった。

 

 この子が肝試しのパートナーか……うん、やっぱり皆に待機してもらって正解だったな。

 

 心の中でうんうんと頷いた後、俺はその子に右手を差し出した。

 

「そっか、よろしくな」

「う、うん……私こそ、よろしくね」

 

 少女は少し躊躇いながらも、微笑みながら俺と握手を交わしてくれた。すると、その様子を見ていたこころが少しからかうような口調でこっそりと話し掛けてきた。

 

『ふふっ♪ 良かったですね、可愛い女の子と一緒に肝試しが出来て♪』

『いやいや、俺はこの子をそういう目で見てないからな?』

『柚希さんはそう見てなくても、この子の方はちょっと安心してる上、柚希さんの事をカッコいいって思ってるみたいですよ?』

『ふーん……まあ、苦手意識を持たれてないだけマシか』

『ふふっ、そうですね。それにしても……私や雪花ちゃん、そしてこの子と……柚希さんは長い髪の子に縁があるんでしょうか?』

『そう……なのかもしれないな』

 

 言われてみればこころの言う通り、こころと雪花、そしてこの子と俺が知り合う女子は長い髪の子が多い気がする。

 

 これも俺の『縁』が招いたものなんだろうか……?

 

 その事について少し不思議に思っていると、雪村が俺達の事を見回しながら声を掛けてきた。

 

「よし、これでみんな二人ずつになったな……それじゃあ早速、1番の組からこの懐中電灯を持って出発してくれ」

 

 1番の組の生徒達はコクンと頷くと、雪村から懐中電灯を受け取り、暗い夜道へと消えていった。

 

 懐中電灯一本か……雰囲気は出るけど、あの程度の光だと風之真達が俺達の事を少しだけ捜しづらく思うかもしれないな。ここは流す妖力の量を少しだけ増やすかな……?

 

 空から見てくれている風之真達が捜しやすいように、周囲に流す妖力の量を少し調整していたその時、雪村が再び懐中電灯を一本持ちながら俺達に向かって声を掛けてきた。

 

「それじゃあ次は……2番の組だな。2番の組もこの懐中電灯を持って出発してくれ」

「分かった」

「う、うん……」

 

 雪村に返事をした後、俺は雪村から懐中電灯を受け取った。そしてパートナーの子の顔を見ながら、出来る限り優しく声を掛けた。

 

「それじゃあ行こっか」

「うん……」

 

 そして俺達は、一本のスジのように前方をぼんやりと照らす懐中電灯を手に、暗い夜道へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 道路を横切る車の音などを聞きながらちょこちょこと会話を交わしつつ、夜道を歩き続ける事数分。パートナーの子のゆっくりとした歩調に合わせながら、ゆっくりと車道側を歩いていた時、俺の中にある疑問が浮かんだ。

 

 そういえば……この子はどうして肝試しに参加することにしたんだろ?

 

 隣を歩いているその子の様子を見てみると、少女はビクビクとしながらゆっくりと道を歩いており、自分から肝試しに参加すると言ったようには思えない様子だった。

 

 うーん……やっぱり気になるし、ちょっと訊いてみるか。

 

「えっと……一つ訊いても良いかな?」

「……え? な、何……?」

「あ、いや……どうして君はこの肝試しに参加しようと思ったのかなぁと思ってさ」

「え……え、えっと……それは……」

 

 その時、答えにくそうにしている少女の目に薄らと涙が浮かんでいる気がして、俺は少し慌て気味に質問をした理由を話した。

 

「あ……もちろん、悪い意味とかじゃなく、ただ……君はこういうのに自分から参加するような感じに見えないかったからで……」

 

 すると、俺が慌ててる様子を見たからか、少女は一度きょとんとした後、クスッと笑みを零した。俺はその少女の様子を見て、少しだけ安心した後、微笑みながらその子に話し掛けた。

 

「……良かった、てっきりさっきの質問で泣かせちゃったかと思ったよ」

「ううん、大丈夫だよ。ただ……あまり男の子と話した事が無かったから、何て答えたら良いかわからなくなっちゃって……」

「そっか。でも、あまり考えずに色々と喋ってくれて大丈夫だよ。俺と君は同い年で、今はこの肝試しのパートナー同士なんだしさ」

「う、うん……それじゃあそうさせてもらうね」

 

 その子は完全に安心した様子でニコッと笑いながら答えた。そしてその様子を見て、こころがクスクスと笑いながらこっそりと話し掛けてきた。

 

『ふふっ、どうやら柚希さんは年下の女の子に泣かれるのは苦手みたいですね♪』

『……ノーコメントで』

『ふふ、はーい♪』

 

 こころは楽しそうに笑うと、それ以上この話題については触れてこなかった。

 

 ……さっきの言い方、絶対に風之真の影響だな……。

 

 こころのこれからに少しだけ不安を感じたが、俺はすぐに気を取り直した後、少女に再び話し掛けた。

 

「それでさっきの話の続きだけど、どうして君はこの肝試しに参加しようと思ったのかな?」

「あ、えっとね……実は友達に誘われたからなの」

「友達にか……それなら俺達と同じだな」

「え……そうなの?」

「ああ。俺達の場合は、雪村自身に誘われたからなんだ」

「そっか、雪村君に……何か意外だったかも」

 

 意外……? 一体どういう事だろ?

 

 少女のその言葉が気になり、俺はその事について訊いてみることにした。

 

「えっと、意外っていうのは……?」

「あ、それはね……クラスの子達が柚希君達は色々なところに遊びに行ってるって話してたから、てっきり雪村君に柚希君達から声を掛けたのかと思ってたの」

「クラスの子達がって……俺達は別のクラスの話題に上がることをした覚えとかは無いんだけど……?」

「あ、えっとね……柚希君たちはとってもカッコイイ三人組って、私たちのクラスだけじゃなく、他のクラスの女の子達の中でも話題になってるみたいなの」

 

 とってもカッコイイ三人組、ねぇ……何だか詳細を聞くのが怖いけど、一応訊いてみるか……。 

 

「えっと……例えばどんな風に言われてるのかな?」

「例えば…… 夕士君はいつも元気でスポーツが出来てカッコイイとかで。長谷君はいつも大人みたいな上に頭も良くてカッコイイとか。それで柚希君は本を読んでる時とかの雰囲気とか同じクラスの子が困ってる時にすぐに助けてあげられる所とかがカッコいいだったかな……? あ……後は柚希君達に共通することなんだけど、顔がカッコイイって言ってる子もいるみたいだよ」

「な、なるほど……」

 

 俺達三人の周囲からの感想に、俺は戸惑いを隠しきれなかった。

 

 俺達って別のクラスの女子からそういう風に見られたのか……いや、夕士と長谷なら分かるけど、まさか俺までそんな風に見られていたとはな……。

 

 その時、俺は俺達が到着した瞬間に女子達の波動に喜びや安心の色が見え始めたことを思い出した。

 

 ……なるほど、だから波動がちょこっと変化してたのか。ただ、これは喜んで良いのか微妙な気がするけどな……。

 

 俺がその事について苦笑いを浮かべていたその時、突然近くから妖気を薄らと感じた。

 

 ……妖気、か。でもこれは義智に言わせれば、大したことの無い幼い妖の妖気みたいだし、とりあえず正体を見極めるために様子を見てみるか……。

 

 そして俺は妖気を通じて、後ろに控えてくれているこころ達に話し掛けた。

 

『こころ、雷牙、お前達も気付いてるか?』

『はい、バッチリです』

『私も気付いているぞ、柚希』

『なら、良かった。とりあえずお前達もこの妖気に気付いてないフリをしていてくれ。ただ、もしこの妖気の主が悪意を持って近付いてきたその時は……』

『ああ。私がそやつに飛びかかり捕まえている内に、こころが風之真達に助太刀を頼む、だったな』

『その通りだ。よし、それじゃあ……』

 

 俺がこころ達に指示を出そうとしたその時、件の妖気がゆっくりと俺達に近付いてきたのを感じた。そしてそれと同時に、チッチッチッという音が聞こえ始めた。

 

 ……これは、雀の鳴き声……? って事は、妖気の主は……。

 

 俺が妖気の主について大体の当たりを付けていたその時、少女の体が弾けるようにビクッと震えた。そして少女は、恐怖の表情を浮かべながら周囲を見回し始めると、声を震わせながら俺に話し掛けてきた。

 

「な、何……? この音……」

「……何だろうな。鳥の鳴き声……みたいにも聞こえるけど……」

 

 俺はその正体について何となく分かっていたが、それを説明するわけにもいかないため、それが何か分からないふりをした。

 

 ……うん、スゴい罪悪感を感じるな、これ。

 

 その事について俺が罪悪感を感じていると、少女は恐怖で目に涙を浮かべながら再び話し掛けてきた。

 

「……ねぇ、柚希君……」

「ん、どうした?」

「手……繋いでもらっても……良い、かな……?」

「……うん、良いよ」

 

 俺は微笑みながら頷いた後、少女の手をしっかりと繋いであげた。

 

 ……小学生だし、やっぱりこの状況って怖いよな。うん、この子のためにも早めになんとかしてあげよう。

 

 少女の様子を見て強く決心をした後、俺は少女と一緒に歩きながら、妖力を通じて後ろに控えてくれているこころ達に話し掛けた。

 

『こころ、雷牙。俺に一つ考えがあるから、妖気の主がお前達の横を通っても、一切手を出さないでくれ』

『え……良いんですか?』

『ああ、妖気の主の正体は大体見当が付いてるからな。それとこころ、今の内に風之真とアンに静かに降りてきてもらってくれ。そして風之真達が降りてきたら、この妖気の主には手を出さないように言ってくれ』

『分かりました』

『承知した』

 

 こころ達の返事を聞いた後、俺は妖気の主が近付いてくるのを待ち続けた。そしてそれから程なくして、妖気の主がこころ達の横を音も無く通り抜け、俺の肩へ静かに留まった事を感じた後、俺は妖気の主に対して妖力を通じて話し掛けた。

 

『……肩に乗ってる奴、俺の声が聞こえるか? もし聞こえてるなら、お前も妖力を通じて答えてくれ』

『……こんな感じで良いかな?

『ああ、大丈夫だ。すまないな、いきなりこんな事を頼んでしまって……』

『ううん、別に良いよ。だってこれって、君の隣を歩いてるこの子をこれ以上怖がらせないためでしょ?だったら、ボクにも責任はあるし、君のお願いを聞くのは当然のことだよ』

『……そっか、ありがとうな、『夜雀(よすずめ)』』

『どういたしまして』

 

 妖気の主である夜雀は肩の上から明るい調子で返事をした。

 

 

『夜雀』

 

高知県や愛媛県などに伝わる鳥の妖怪で、名前が示すように雀のような鳴き声を上げながら、山道を進む人の前後に現れると言われている。

ある地では、夜雀に憑かれるのは不吉の証拠であると言われ、またある地では迂闊に捕まえると夜盲症(やもうしょう)(わずら)ってしまうと言われているが、夜雀が憑いている間は山の魔物に襲われないと言われている地もあるなど、害があるとは一概には言えない妖怪の一匹である。

 

 実際、今も俺の頼みを聞いてくれてるし、肩に留まっているだけで何かをしてくる様子も無いみたいだし、このまま話し合いで何とかなりそうだな。

 

 夜雀の様子を見て確信した後、俺は様々な事を聞くために再び夜雀に話し掛けた。

 

『夜雀、色々と訊かせてもらいたい事があるんだけど、大丈夫か?』

『うん、良いよ。だけどその代わり、ボクにもキミ達の事を教えてもらうよ?』

『……分かった。それじゃあまずは自己紹介から始めようか。俺は遠野柚希、見ての通り妖達と一緒に生活をしている人間だ』

『柚希だね。ボクは鈴音(すずね)、ボクなんて言ってるけど、ボクは女の夜雀だよ』

『ああ……所謂、僕っ娘って奴だな』

『へぇー、人間達の間だと、ボクみたいな子ってそう呼ばれてるんだね)』

『まあ、一応はな。それで次だけど、お前達夜雀はここから離れた地域に住んでるはずなんだが、お前がここにいるのって、もしかして一人旅ならぬ一羽旅中だからか?』

『うん、その通り。でもよく分かったね』

『ああ、それは……』

 

 俺が同じようにして知り合った雷獣、雷牙の事を話そうとした時、少女が不思議そうな様子で俺に話し掛けてきた。

 

「……さっきの鳴き声みたいなの、聞こえなくなったね……?」

「そうだな……もしかしたら寝ぼけた鳥の鳴き声だったのかな?」

「寝ぼけた鳥の鳴き声……ふふっ、もしそうだったらちょっと可愛いかもね」

「ああ、そうだな」

 

 俺が微笑みながら答えると、少女の顔から完全に恐怖や不安といった感情が消え、その代わりに安心などの色が見え始めた。

 

 うん、これなら大丈夫そうだな。

 

 少女の様子を見てホッとしていると、鈴音が少しのんびりとした調子で声を掛けてきた。

 

『ふふ、柚希は優しいし、冗談みたいなのを言って、場を和ませられる。これはスッゴくモテるだろうねぇ……』

『……正直、俺としては不本意なんだけどな。今のところ、そういった色恋沙汰には興味は無いからな』

『おやおや、勿体ない。まっ、これは当人の問題だし、他人が口出すことでも無いから、これ以上は言わないでおいてあげるよ』

『……助かる』

『ううん、別に良いよ。ただ……ボク達の会話は後の方が良いみたいだし、とりあえずキミの肩の上で大人しくしてるよ』

『わかった、ありがとうな、鈴音』

『どういたしまして』

 

 鈴音の返事を聞いた後、俺は少女と話をしながら夜道を歩き続けた。そしてそれから程なくして、先の道に子供のような背丈の誰かが立っているのが見えたため、それに向かって近付いてみた。するとそこには、肝試しの提案者の雪村と1番のクジを引いたペアの姿があった。

 

 あれ、何で雪村が……?

 

 少しだけ不思議に思った後、俺は肝試しを始める時に雪村が進行役みたいに動いていた事を思い出した。

 

 ……なるほど、雪村はスタートでありゴールでもあるここで待つ役だったのか。

 

 俺はその事について納得した後、少女と一緒に雪村達の所へ歩いていこうとした。しかしその時、俺は手の感触から鈴音の鳴き声の一件で少女と手を繋いでいた事を思い出した。

 

 あ……そういえば、あの時からこの子と手を繋いでいたんだっけ……。うーん……もしこのままゴールしたら、手を繋いでいた事で、この子がからかわれるかもしれないよな。……よし、とりあえずこの子自身はどうしたいか、一応訊いてみよう。

 

「えっと……一つ良いかな?」

「うん、どうしたの?」

「この繋いでる手についてなんだけど……君はどうしたい?」

「繋いでる手……あっ!」

 

 少女はどうやら俺と同じで、手を繋いでいた事を今思い出したらしく、しっかりと繋がれている手をジッと見て、少しだけ頬を赤く染めながら慌てた様子で話し掛けてきた。

 

「ど、どうしよう……! もし……このままゴールしたら、みんなから何か言われちゃうよね……!」

「……たぶんな」

 

 俺は少女の言葉に返事をしながら、どうするべきかを考えていた。

 

 ……たぶんこのままゴールしたら、俺やこの子が思っている通り、何かからかわれたりするかもしれない。でも……。

 

 俺が少女の方をチラリと見ると、少女の表情から皆に見られる前に手を離すべきだと考えている気持ちと暗い夜道に対する恐怖の色が見て取れた。俺はその様子を見て、ある決断をした。

 

 この肝試しにおいて、この子のパートナーであるのは俺だ。だったら、最後の最後までこの子をサポートし、守ってあげる必要がある。肝試しのパートナーとして、そして男として……。

 

 俺は強く決意した後、繋がれている手を更にしっかりと握った。すると少女は少し驚いた様子で呟くように声を掛けてきた。

 

「柚希……君?」

「行こう、このまま」

「え……で、でも……」

 

 不安そうな様子を見せる少女に、俺は微笑みながら静かに言った。

 

「大丈夫だよ。たとえ雪村達に何かを言われても、俺がしっかりと説明をする。だから、安心してくれ」

「柚希君……」

 

 少女は小さな声で言いながら、俺の顔をジッと見ていたが、やがてコクンと頷くと、雪村達が待つ方へと顔を戻した。

 

「よし……それじゃあ行こうか」

「……うん」

 

 そして俺達は雪村達が待つゴールへ向けて再び歩き始めた。

 

 

 

 

 ゴールへ着いてみると、1番ペアは肝試しの内容について話をしており、雪村は暇そうに俺達が歩いて行った方向をジッと見つめていた。その様子に少しだけ苦笑いを浮かべた後、俺は雪村にゴールしたことを告げるために声を掛けた。

 

「雪村、2番ペア、無事に戻ったぞ」

「……ん? おっ、柚希に金ヶ崎じゃん、お疲れさん」

 

 そして雪村は俺から懐中電灯を受け取ろうとしたその時、俺と金ヶ崎の手が繋がれている事に気付いたらしく、弾かれたように俺達に視線を移すと、少しニヤッとしながら話し掛けてきた。

 

「柚希、どうやら肝試しを利用して金ヶ崎と仲良くなってたみたいだな?」

「生憎だが、雪村。お前が考えているような事はしてないよ。肝試しの最中に何か不気味な声が聞こえてきたから、安心してもらうために繋いでいただけだからな」

「不気味な声……! それって、お化けが出たって事か!?」

「いや、本当に出てきてたかは分からない。ただ……その時にこの子、金ヶ崎が怯えちゃってたから、少しでも安心してもらうために手を繋いでいたんだよ」

「ふーん……まあ、良いや。とりあえずお疲れさん、柚希、金ヶ崎」

「ああ」

「うん」

 

 雪村の言葉に対して返事をした後、俺は金ヶ崎の方へ視線を向け、微笑みながら声を掛けた。

 

「お疲れさま、金ヶ崎。よく頑張ったな」

「う、ううん……柚希君が手を繋いでくれてたおかげだよ。柚希君、本当にありがとうね」

 

 お礼を言ってくれている金ヶ崎の顔には、さっきまであったはずの恐怖などの色は無く、その代わりに信頼や心からの安心などの色が見えていた。

 

 うん、これで完全に大丈夫だな。後は……。

 

 そして俺は静かに微笑みながらそれに答えた。

 

「どういたしまして。さてと……それじゃあそろそろ……」

「……うん」

 

 俺達はしっかりと繋がれていた手を静かに離した。すると、金ヶ崎は俺に向かってにこっと笑った後、1番ペアにいた女子の方へ向けて歩いて行った。そしてその様子を静かに見ていた時、雪村がこっそりと話し掛けてきた。

 

「……柚希、金ヶ崎と手を繋いでみてどうだった?」

「どうって……例えば?」

「……え、手を繋いでみてドキドキしたとか嬉しかったとかそういうのは無かったのか……?」

「そういうのは……無いな。あくまでも金ヶ崎に安心してもらうために繋いでいただけだから、そういうのはぜんぜん無かったな」

 

 俺が静かに答えると、雪村は信じられないといった表情を浮かべた。

 

「マジかよ……繋いでる時に金ヶ崎の事とかは何とも思わなかったのか……?」

「うーん……金ヶ崎はたしかに可愛い子だとは思う。ただ、さっきも言ったけど、手を繋いでいたのは金ヶ崎に安心してもらうためだから、それ以外の感情は一切ないな」

 

 俺が静かに答えると、雪村はとても驚いた様子を見せた。

 

「そ、そっか……流石、モテる奴は違うな……」

「……それに関しては、本当に不本意なんだけどな。さてと……それじゃあ他の皆が戻ってくるまで、その辺で適当に待ってることにするよ」

「あ、ああ、分かった」

 

 雪村の返事を聞いた後、俺は皆から見えづらい暗がりになっている所を探した。そして見つけ終えた後、俺は肩に留まっている鈴音に声を掛けた。

 

「お待たせ、鈴音。ずっと待ってたから暇だったろ?」

「ううん、全然。むしろ柚希のカッコいいとこが見れてたから、スッゴく楽しかったよ」

「そっか、なら良かったよ」

 

 そうやって鈴音と話していた時、後ろの方からこころ達の妖気を感じ、俺は静かに振り向いた。そして、こころ達がしっかりと揃っている事を確認していると、こころ達は微笑みながら俺に声を掛けてくれた。

 

「ふふっ、お疲れさまです、柚希さん」

「お疲れさん、柚希の旦那」

「お疲れさまです、柚希お兄さん」

「お疲れさまだな、柚希」

「うん、皆こそお疲れさま。皆がいてくれたから、安心して肝試しに臨めたよ。本当にありがとうな」

 

 俺がお礼を言うと、雷牙の頭に乗っていた風之真がニッと笑いながらそれに答えた。

 

「へっ、あんなん朝飯前……いいや、夜食前ってもんだぜ」

「風之真……流石に夜食前というのはおかしくはないのか?」

「んー……そうかぃ? 時間的に見りゃあ、そろそろ夜食時だと思うんだが……」

「……いや、そういう事では無くてだな……」

 

 風之真の言葉に雷牙が少しため息を付きながら答えていると、アンを肩に乗せたこころが俺の肩に留まっている鈴音に微笑みながら声を掛けた。

 

「初めまして、鈴音さん。私は覚のこころ、柚希さんのお友達兼仲間の一人です♪」

「そして私はアンズーのアン、こころお姉さんと同じく柚希お兄さんのお友達兼仲間の一匹です」

「うんうん、こころにアンだね。そしてそっちにいるのが……」

「鎌鼬の風之真と雷獣の雷牙だ。さっき言いそびれてたけど、雷牙は鈴音と同じく旅をしていたんだよ」

「へー、そうなんだ-。ふふっ、種族はぜんぜん違うのに何だか親近感が湧いてくるよ」

「それなら良かったよ。それと……一緒に暮らしてる仲間は他にもいるんだけど、風之真達も含めて皆良いやつばかりなんだ」

「ふーん、そうなんだ。それならボクも安心かな?」

「安心……?」

「うん」

 

 そして鈴音は俺の顔をジッと見ながら言葉を続けた。

 

「ねえ、柚希。ボクもキミ達の仲間に入れてくれないかな?」

「え……それは別に良いけど、どうしたんだ、いきなり……」

 

 俺が驚きながら訊くと、鈴音は楽しそうに笑いながらその理由を答えてくれた。

 

「ふふっ、何だかキミ達を見てたら、とても楽しそうだなぁと思ってね。それにさ……旅を始めたのも、元々は故郷とは別の場所が見たかったから、そして面白そうな物が見たかったからだったんだ」

「そうだったんだな」

「うん。だから……」

 

 そして鈴音はニコッと笑いながら言葉を続けた。

 

「みんな、ボクもキミ達の仲間に入れてくれないかな?」

「鈴音……ああ、もちろんだ」

「ふふっ、私も大歓迎です♪」

「もちろん私も大歓迎です!」

「へへっ、こんな面白そうな嬢ちゃん、拒むわきゃねぇよな!」

「面白そうかは別として……新たな仲間が増えるというのなら、私も拒む理由は無いな」

「(みんな……! うん、これからよろしくね!)」

 

 俺達の返事を聞くと、鈴音はとても嬉しそうな様子でニッコリと笑った。

 

 さて……それじゃあそろそろあれについて話しておくか。

 

 俺はカバンから『絆の書』を出した後、俺自身の事や『絆の書』の事などを鈴音に話した。そして話し終えると、鈴音はとてもワクワクした様子で話し掛けてきた。

 

「そっか、そんな事もあるんだね……! ふふっ、やっぱり旅はしてみるもんだね♪」

「そうかもな。さてと、それじゃあ……」

 

 俺はこころの方に視線を向けた後、『絆の書』をこころへと差し出した。

 

「こころ、ちょっと『絆の書』を持っててくれるか?」

「それは良いですけど……一体どうして?」

「ちょっと新しい方法を考えてみたから、それを試してみたくてな」

「新しい方法……分かりました、それじゃあお預かりしますね」

「ああ」

 

 俺は『絆の書』の空白のページを開いた後、こころに『絆の書』を手渡した。そして鈴音とアイコンタクトを交わし、鈴音が右の翼を空白のページに置いた後、俺は左手で『ヒーリング・クリスタル』を握り、右手で空白のページに触れ、いつものように魔力を注ぎ込むイメージをした。

 

 ……さて、成功するかな。

 

そんな事を考えながら精神を集中させ、体の奥から魔力が沸き上がり、腕を伝って手のひらにある穴から空白のページに流れ込むイメージを浮かべつつ、静かに魔力を『絆の書』へと注ぎ込んだ。そして、必要な量が流れ込んだ瞬間、少しだけ頭がキーンとなったが、いつものように倒れ込みそうになる事は無かった。

 

……よし、こっちは成功したな。後は……。

 

 俺が『絆の書』へ視線を落とすと、そこには普通の雀とは違う黒い翼をはためかせながら空を飛ぶ、鈴音の姿と夜雀の詳細について書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 うん、こっちも成功。どうやらこの方法でしばらくは大丈夫そうだな。

 

 新たな方法が無事に成功した事で、俺は心の底から安堵していた。新しい方法、それは先日の雷牙の登録の際に思いつき、天斗伯父さんに加えてもらった『ヒーリング・クリスタル』の新機能、『力の貯蔵と分配』を利用した物だ。

 

 ……まあ、それでもさっきみたいに少しだけは俺にも疲労とかの形で負荷は掛かるみたいだけど。

 

 そんな事を考えた後、俺は左手で握っていた『ヒーリング・クリスタル』に視線を移した。『ヒーリング・クリスタル』の中は魔力の欠乏により少しだけ白く濁ってはいたものの、穏やかな月の光に照らされると、その濁りは徐々に消えていった。それを確認した後、俺はこころの方へと視線を戻した。

 

「こころ、ありがとうな」

「ふふっ、どういたしまして♪」

 

 そしてこころから『絆の書』を受け取った後、俺は鈴音のページに魔力を流し込んだ。すると『絆の書』から小さな光の玉が浮かび上がり、俺の肩の辺りまでふよふよと移動した。そして光の玉は鈴音の形に変化した後、俺の肩にポトンと落ちてそのまま肩に留まった。

 

「アレが居住空間かぁ……ふふっ、何だかとっても楽しそうな場所だったなぁ……」

「ふふ、気に入ってくれたようで良かったよ。さて、あっちは……」

 

 俺が雪村達の方へ視線を移すと、5番目のペアである夕士達が戻ってきた所だった。

 

 夕士も来たことだし、そろそろ戻っておくかな。

 

「よし……皆、向こうに戻っておこう。そろそろ戻らないと、流石に怪しまれそうだしさ」

「はーい♪」

「はい!」

「おうよ!」

「承知した」

「了解!」

 

 そして俺達は夕士や雪村達がいるゴール地点へと戻った。

 

 

 

 

「うーん……! 肝試し、スッゴく楽しかったな!」

「そうだな」

「ああ」

 

 夕士が楽しそうに言うその言葉に、俺達は静かに答えた。全ペアが無事に戻ってきた後、俺達は各自で解散をする事にした。そして雪村達が女子メンバー達を連れて帰っていく時、金ヶ崎が突然俺の方へ視線を向け、ニコッと微笑みかけてきたのが少しだけ印象に残っていた。

 

 そういえば……俺は前世でもあまり彼女を作ることとかに興味が無かったなぁ……。それよりも妖とか西洋の幻獣とかの話を追う方がずっと好きだったし……。

 

 穏やかな輝きを放つ青白い月を見上げながらそんな事を考えていたその時、長谷が何かを思い出したように声を上げた。

 

「そういえば、さっき女子の一人が遠野の事を見てたけど……遠野、肝試し中に何かあったのか?」

「……ああ、ちょっとな」

「ちょっとなって……そのちょっと、俺達はスゴく気になるけどな……!」

「……そうだな。遠野、何があったのか……根掘り葉掘り聞かせてもらうぞ?」

「え……あぁ、それは……」

 

 ……正直、金ヶ崎の事を考えるとあまり話したくは無いんだけど……。

 

 俺が金ヶ崎との事について話すべきか迷っていると、鈴音達がその俺の様子を見てクスクスと笑っていた。

 

 ……まあ、夕士達なら言い触らさないだろうし、良いことにしちゃおうかな。

 

 俺は静かに観念した後、夕士達に肝試し中の事を話した。そして話をしている最中、何故だか金ヶ崎のニコッと微笑みかけてきたあの顔が鮮明に浮かんできた。

 

 金ヶ崎、か……俺の苗字が遠野なせいか、何か不思議な『縁』を感じるな……。

 

 そんな事を思いつつ、金ヶ崎との肝試しの話を終えた後、俺は今度は夕士達が話してくれた肝試しの話を聞きながら、大切な仲間達と共に優しい月の光に照らされた道を歩き続けた。




政実「第7話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回はオリキャラ回+パワーアップ回みたいな感じだったな」
政実「うん。雪村は動かしやすいキャラだから、これからも度々出してくかもしれないし、金ヶ崎も機会があれば出していくつもりだよ」
柚希「了解。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めよっか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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SEVENTH AFTER STORY ある日の夜雀と一人の少女

政実「どうも、好きな鳥類は雀の片倉政実です」
鈴音「はい、どうも。夜雀の鈴音です」
政実「という事で、今回は鈴音のAFTER STORYです」
鈴音「サブタイトルを見るに今回は念願の日常回みたいだね」
政実「あはは、そうだね。今までのも日常回といえば日常回だけど、絆の書の仲間達の悩みの解決がメインだったけど、今回はちょっと違う感じかな」
鈴音「そっか。さーてと、それじゃあそろそろ始めていこうか」
政実「うん」
政実・鈴音「それでは、SEVENTH AFTER STORYをどうぞ」


「ふんふんふ~ん♪」

 

 夏の暑さが厳しいある日のお昼頃、お世話になっている遠野家の中をボクが鼻歌を歌いながら飛んでいた時、ふとある事を思いついた。

 ……そうだ。せっかくだし、少しだけ外を飛んでこようかな。こんなに良い天気なんだし、外に出ないともったいからね。

 

「よし……そうしよう!」

 

 そう独り言ちた後、ボクはそのままリビングへ向かって飛び、リビングのソファーに座って本を読んでいた柚希に話し掛けた。

 

「ねえ、柚希」

「ん、何だ?」

「ボク、今から外を飛んでくるね」

「うん、わかった。それにしても……夜雀のお前が昼から外に出るなんて風之真が聞いたら、『それじゃあ『夜雀』じゃなく、『昼雀』だな!』なーんて言いそうだな」

「ふふっ、そうだね。それじゃあそろそろ行ってくるね」

「ああ、(からす)とかには気をつけて行ってこいよ」

「はーい!」

 

 柚希の言葉に元気よく答えた後、ボクは開けていたリビングの窓から飛び出し、そのまま空に向かって飛んでいった。

 

 さーてと、まずはどこに向かって飛んでいこうかな。せっかく色々な物を見るためにこうして故郷を離れて旅に出たんだし、何か発見してから家に帰りたいかな。

 

 そんな事を思いながらボクは遠野家にお世話になる事になった経緯を思い出した。今から2週間ほど前、ボクは仲間達と共に故郷で楽しく暮らしていた。けれど、ボクは故郷には無い面白い物などを見たくなり、仲間達に別れを告げて故郷を旅立った。

そして、訪れた先で色々な物を見ながら旅を続けていたある日の夜、ボクはこの街を訪れた。何故、この街を訪れたのかというと、実は正直理由は無かった。何となく訪れたくなった。ただ、それだけだった。

そして、街の中を特に何を探すでも無くボーッと飛んでいた時に見つけたのが、学校の友達主催の肝試し中だった柚希だった。ただ肝試しをしているだけなら、特に興味を惹かれはしなかったけれど、柚希は人間でありながらその傍には妖や異国のモノがおり、何故柚希の傍にそんなモノ達がいるのかについて興味を持ち、ボクは柚希へと近付いた。

そして、肝試しをしながら柚希と話をしている内に柚希達と一緒にいるのは楽しそうだと感じ、ボクが仲間入りを志願したところ柚希達はそれを快く受け入れてくれ、ボクは柚希達の仲間入りを果たしたのだった。

 

 故郷での生活も楽しかったけど、柚希達の仲間になってからの生活も色々な発見があって楽しいし、仲間にして欲しいって言って良かったなぁ……。

 

 楽しい気分で満ち溢れながら空を飛び続けていると、その内に柚希が友達とよく遊んでいる公園に着いていた。

 

「公園かぁ……せっかくだしここでちょっと休憩しようかな。何か面白い物と出会えるかもしれないしね」

 

 そう独り言ちた後、ボクは公園に植わっている木の枝に留まり、そよそよと吹く涼しい風を感じながら静まり返った公園の中を軽く眺め始めた。すると早速、『ある人』が目に入ってきた。

 

「……ん? あそこにいるのは、もしかして……」

 

 ボクはその人へ向けて枝から飛び出し、その人の肩に留まった。するとその人は、ボクの姿に一瞬驚いた後、どこか嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「わあ……雀さんだ、可愛いなぁ……。でも、なんだか他の雀さんと少し違うような……?」

 

 その子、金ヶ崎ちゃんはボクの姿に少しだけ不思議そうに首を傾げていたけれど、すぐに「まあ、いっか」と言うと、軽く周囲を見回してから肩の上のボクにそっと顔を近付けた。

 

「雀さん、私の話を聞いてもらっても良いかな?」

「……うん、良いよ」

「ありがと──って、ええ!? 雀さんが喋った?!」

「そりゃあ喋るよ。だってボクは、ただの雀じゃなくて夜雀だもん」

「夜雀……?」

 

 金ヶ崎ちゃんが不思議そうに首を傾げる中、ボクは頷きながら答えた。

 

「そう。簡単に言えば、遠くの地方出身の妖怪かな」

「よ、妖怪……こんなに可愛いのに……」

「ふふ、妖怪の中には色々なのがいるんだよ、金ヶ崎ちゃん」

「そうなんだ……って、どうして私の名前を知ってるの?」

「この前、友達の誘いで肝試しに参加してたでしょ? あの時、ボクもいたんだよ。まあ、あの時はボクの(さえず)りで怖がらせちゃったけどね」

「そっか……あの時の声はあなただったんだね」

「そういう事。あ、そういえば自己紹介がまだだったね。ボクは夜雀の鈴音。ボクなんて言ってるけど、性別は雌だよ」

「女の子だったんだね。私は金ヶ崎雫、雫で良いよ」

「オッケー、雫。それで、ボクに聞いて欲しい事って何かな? もしかして、肝試しの時にペアだったあの子の事かな?」

 

 すると、雫はとても驚いた表情を浮かべた。

 

「よ、よくわかったね……」

「ふふっ、話す前の雫の様子を見たら一目瞭然(いちもくりょうぜん)だよ」

「そ、そっか……あ、それでね。私のペアだったのは、私とは違うクラスで遠野柚希君って言うんだけど、柚希君と同じクラスの稲葉夕士君と長谷泉貴君を含めた三人は、同じ学年の子達だけじゃなく、他の学年の子達からもスゴい人気があるの」

「まあ、そうだろうね。顔ももちろん良いし、肝試しの時に君が怖がらせないように色々な事をしていたんだ。モテて当然だよ。なのに、自分にとっては不本意だって言うなんて……まったく、贅沢(ぜいたく)な事を言うよね」

 

 ため息混じりに言っていると、雫は少し驚いた様子を見せた。

 

「あれ……鈴音ちゃんは、柚希君ともお話した事があるの?」

「うん。ボクと柚希は友達だからね」

「そっか……柚希君、妖怪のお友達までいるんだ。スゴいね……」

「ふふ、そうだね。けど、この事は柚希や他の子には内緒にしててね。柚希、その事は他の人には知られたくないようだからさ」

「うん、わかった。私達だけの秘密だね」

「うん、ボク達だけの秘密。さてと、それじゃあ雫の話に戻ろうか」

「あ、うん。それで、鈴音ちゃんはもう気付いてると思うけど、私は柚希君の事が好きなんだ。でも……」

「同じように柚希の事が好きな子が多くて、柚希の事を振り向かせられるかちょっと自信がない、と」

「うん……可愛い子も多いから、私なんかそもそも同じ土俵にすら立ててないんじゃないかって思って……」

「雫……」

「やっぱり……私なんかじゃ、柚希君の事を好きになってもしょうがないのかな……」

 

 目を涙で潤ませながら俯いて雫がポツリと呟いた時、「……そんな事ないよ」とボクが雫に対して言うと、雫は少し驚いた様子で顔を上げた。

 

「鈴音ちゃん……」

「私なんかなんて言うけど、雫も充分可愛いとボクは思う。まあ、今のところは脈は無いと思うけど」

「……やっぱり、そうだよね……」

「でも、あくまでも()()()()()()だよ。そもそも脈が無い理由は、柚希自身が恋愛に興味が無いからだしね」

「あ、そうなんだ……」

「うん。だから、モテるのは不本意だなんて言うんだよ。柚希にとって、今は恋愛よりも友達との毎日の方が楽しいんだからね」

「それじゃあ、誰がいくら柚希君に想いを伝えようとしたり、アピールしようとしても無駄って事?」

「無駄では無いよ。そういう積み重ねは恋愛においても重要だからね。けど、その中でも一番可能性があるのは……君だよ、雫」

「え……わ、私!?」

 

 ボクの言葉に雫が驚く中、ボクはクスリと笑ってから言葉を続けた。

 

「肝試しの際、君はボクの声を聞いて何かがいるという事に恐怖を感じ、それを見た柚希は君をそれ以上怖がらせないように手を繋ぐなどして恐怖を紛らわせようとした。

そりゃあ柚希は優しいから、たとえペアの相手が君じゃなかったとしてもその時に応じて行動は取ったと思う。けれど、今回はそれが君だった。この時点で君は他の女の子よりもアドバンテージがあるんだ」

「そう……なのかな?」

「うん。間違いなく君は他の女の子よりも少し先に行けてるけれど、このままだとすぐに先を越されてしまう。だから、このアドバンテージを維持したまま君自身の良さを柚希にアピールするんだ。そうすれば、少しずつ柚希も君の事を意識しだし、いつかは君の事を好きになるはずだよ」

「鈴音ちゃん……」

「大丈夫だよ、雫。自分の容姿や良さに自信を持って柚希に接すれば、きっとその想いは伝わる。それだけの良さを君は持っているんだから」

「鈴音ちゃん……うん、ありがとう。私、これからは私なんかなんて言わずに頑張ってみるね」

「うん、その意気だよ、雫。それと……そんな雫のためにボクが知ってる限りの柚希についてのあんな事やこんな事を教えてあげよう」

「それは嬉しいけど……鈴音ちゃんはどうしてそこまでしてくれるの?」

 

 雫からのその問い掛けにボクはニコリと笑いながら答えた。

 

「君の事を応援したいからだよ、雫。ボクは君みたいに直向(ひたむ)きに頑張れる子が好きだからね。そんな君の事を応援したくなるんだよ。まあ、偶然とはいえ肝試しの時に怖がらせちゃったお詫びでもあるんだけどね」

「鈴音ちゃん……」

「という事で、せっかくだから色々訊いてよ。もっとも、本当にプライバシーに関わる事までは話せないけどね」

「……うん、わかった」

 

 雫がニコリと笑いながら答えた後、ボクは雫から投げかけられる柚希についての問いかけを次々と答えていった。質問に答えている最中、雫は本当に楽しそうな笑みを浮かべており、その笑みから雫が本当に柚希の事が好きなんだという事がわかった。

 

 ふふ……こうなったら、とことん雫の事をサポートしてあげなくちゃね。まあ、いつでも会えるわけじゃないけど、会えた時には今みたいに話をしたり、何かボクが出来ることをしてあげよう。それがボクの中に出来た新しい目標だからね。

 

 そんな事を思いながら雫と話す事数十分、そろそろ話のネタも尽きてきたと感じてきたその時、ボクはある事が気になりそれを雫に訊いた。

 

「ねえ、雫。スッゴく今さらなんだけど、雫はどうして一人で公園にいたの?」

「あ、それはね……これから友達と遊ぶ約束をしてるからだよ。それで、先に来て待ってたんだけど……一人で待ってるのはちょっと寂しかったんだ。だから、鈴音ちゃんが来てくれてスゴく助かっちゃった」

「そっか。それじゃあそろそろその友達も来るかもね。だいぶ長い事話しちゃったし」

「あ、そうだね」

「それなら、ボクはそろそろ行くよ。君の友達がどんな子かは気になるけど、君がボクと話してるところを見られると、君が変な目で見られかねないからね」

「そっか……」

「うん。それじゃあ──」

 

 またね、と言いながら飛び立とうとしたその時、「待って」と雫から声を掛けられ、ボクは翼を軽く広げながら雫の方へ顔を向けた。

 

「どうしたの、雫?」

「……また、会えるよね?」

「……うん、会えるよ。会える機会は少ないかもしれないけど、ボクは暇があったらその辺を飛んでるし、時々はこの公園にも来る。だから、その時にはまたこうして色々な話をしよう。正直、ボクはまだまだ話し足りないからね」

「うん、そうだね。それじゃあ……」

「うん、またね、雫」

「うん、またね、鈴音ちゃん」

 

 そう言いながら手を振る雫に対して翼を振り返した後、ボクは雫の肩から飛び立ち、空へ向かって静かに飛んでいった。そして、家に向かって飛びながらボクはさっきまでの雫との会話を思い出し、一人でクスリと笑った。

 

 ふふ……雫との会話、本当に楽しかったなぁ……。会える機会自体は本当に少ないかもしれないけど、もしまた会えたなら今度は目いっぱい話をしたいな……。

 

 そんな事を思いながらボクは飛び続け、開け放された窓から遠野家の中に入った。すると、鎌鼬(かまいたち)の風之真と話をしていた柚希が僕の方を見ながらクスリと笑った。

 

「おかえり、鈴音。なんだか楽しそうだけど、何かあったか?」

「ふふ、まあね」

「へえ、そんなら何があったか話してもらっても良いかぃ?」

「うん、良いよ。あのね……」

 

 そしてボクは、出会ったのが雫だという事などを隠しながらさっきまであった事を柚希と風之真に話した。

 

 

 

 

「うーん、今日も良い天気だなぁ……」

 

 翌日、リビングの窓から射し込む陽射しに当たって日向ぼっこをしていた時、リビングに入ってきた柚希がクスリと笑ってから話し掛けてきた。

 

「鈴音、今日は外に飛びに行かないのか?」

「今日、かぁ……うん、今日も良い天気だし、ありかもね」

「そっか。それじゃあ窓は開けておくから、行くなら好きに行ってきても良いぞ。ただし……」

「烏とかには気をつけて行ってこい、でしょ? わかってるよ」

「それなら良し。それじゃあ窓を開けとくな」

「うん」

 

 返事をした後、ボクはゆっくりと立ち上がり、開け放された窓から外へ向かって静かに飛びたった。そして、どこに向かって行こうかと考えながら飛んでいた時、ふと昨日の事を思い出した。

 

「……流石に雫はいないと思うけど、また思いがけない出会いもあるかもしれないし、今日も公園に行ってみようかな」

 

 そう独り言ちた後、ボクは公園に向かって飛び、昨日と同じように木の枝に静かに留まった。

 

 さて、何か面白い物は無いかな~?

 

 そんな事を思いながら公園の中を軽く見回していたその時、『ある人』が目に入ってきた。

 

「……これも『(えにし)』があったっていう事なのかな?」

 

 クスクスと笑いながら独り言ちてから、ボクはその人に向かって飛び、その人の肩に留まった。すると、その人はボクの姿に驚いた様子を見せた後、微笑みながら優しい声で話し掛けてきた。

 

「こんにちは、鈴音ちゃん」

「うん、こんにちは、雫。思ったよりも早く再会できたね」

「ふふ、そうだね。鈴音ちゃんは今日もお散歩?」

「うん。雫は?」

「私も今日はお散歩。家が公園の近くだから、昨日の鈴音ちゃんとのお話を思い出して公園に寄ってみたんだけど……まさかまた会えるなんて思ってなかったよ」

「ふふ、ボクもだよ。さて……こうして再会できたわけだし、今日も色々お話ししようか」

「うん!」

 

 雫がとても嬉しそうに返事をした後、ボク達は昨日と同じように色々な事を話し始めた。

 

 ふふ……やっぱり雫と一緒にいるのは楽しいな。

 

 そんな事を思った後、ボクは雫の方を見ながらニコリと笑った。

 

「雫」

「うん、どうしたの?」

「改めてこれからもよろしくね」

「……うん、こちらこそよろしくね」

 

 微笑みながら言う雫に対して同じように微笑みながら頷いた後、ボク達は気持ちの良い青空の下で再び話を始めた。




政実「SEVENTH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
鈴音「今回は珍しく柚希や絆の書のメンバーが殆ど出なかったから、ボクと雫だけの回みたいな感じだったね」
政実「そうだね。柚希と絆の書のメンバーのやりとりは今まで色々書いてきたけど、絆の書のメンバーと他のキャラクターとのやりとりは設定上中々書けなかったから、今回はこんな感じにしてみたよ」
鈴音「そっか。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いしまーす」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
鈴音「うん!」
政実・鈴音「それでは、また次回」


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第8話 風そよぐ月夜に跳ねる白きモノ

政実「どうも、今年こそしっかりとお月見がしたい、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。お月見か……しっかりととは言え、住んでる場所の事とかもある上、必ず満月になるわけじゃないんだし、思ってるような形になるとは限らないぞ?」
政実「そうなんだよね……でも、出来る限り自分の思ってるようなお月見になるように頑張るつもりだよ」
柚希「そっか……まあ、健闘を祈ってるよ。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第8話をどうぞ」


 少し涼しくなってきた中、風で舞う落ち葉によって赤や黄色のカーテンが各地に出現する季節、秋。そんな秋の日の事、教室内がクラスメート達の話し声で満ちていたその時、教室の前方にあるドアがガラガラガラッという音を立てると、一人の先生が少し緊張した面持ちで教室内へと入ってきた。そしてその瞬間、教室内はシーンとなり、俺達の視線は先生へと集中した。

 

 あの先生は……たしか今年新任で入ってきたもう一人の先生だったっけ……。

 

 そんな事を考えている内に、先生は静かに教室内に入ってくると、そのまま教壇の前に立ち、俺達の方を向いた後、一度深呼吸をした。そしてそれによって緊張が(ほぐ)れた様子を見せると、先生は少し大きめな声でゆっくりと話し始めた。

 

「えーと……皆さんももう知っているかもしれませんが、このクラスの担任を務めて頂いてた先生は、先週末を以て、正式に先生をお辞めになりました。そして今日まで色々な先生に担任を務めて頂いていましたが、今日から私がこのクラスの担任を務めることになりました。

私は今年先生になった事もあって、まだ色々と未熟ですし、失敗する事も多いと思います。……ですが、短い間とはいえ、皆さんの事をちゃんと知って、皆さんの学校生活がとても楽しい物になるように頑張って行くつもりです。こんな私ですが……皆さん、どうぞよろしくお願いします」

 

 話が終わり、先生が深々と一礼をしたその時、バラバラと教室の至る所から拍手が起こり、すぐに俺達全員が先生へ向けて拍手を送った。そしてその俺達の様子を見ると、先生はとてもホッとした様子で見せた。

 

 ……まあ、この先生ならこの前みたいな事にはならなそうだしな。

 

 拍手を続けながら、横目で後ろに座っている長谷の様子を窺うと、長谷はとても真剣な表情を浮かべながら拍手を送っていたが、その表情からは先生に対しての嫌悪感などは一切感じられなかった。

 

 ……うん、どうやら長谷もこの先生には嫌な感じを抱いたりはしてないみたいだ。

 

 長谷の様子に少しだけホッとしている内に、皆は徐々に拍手を止めていった。そして完全に拍手が止んだ時、先生はニコッと微笑みながら机の上に置いていた出席簿を開いた。

 

「それではこれから出欠を取りますので、名前を呼ばれた人は返事をして下さいね」

『はい』

 

 俺達が声を揃えて返事をすると、先生はとても明るい声で俺達の出欠を取り始めた。さて、それでは何故、俺達のクラスの担任の先生が変わることになったのか。その事についてこれから話していくことにしよう。

雪村達との肝試しや夕士達と行った夏祭りなどがあり、とても充実していた夏休みが終わってから少し経った頃、俺達のクラスに(いじ)めが起きていた事が発覚した。虐めが起きた理由、それは小学生らしいほんの些細(ささい)な事であり、その虐め自体も考えていた物よりもとても小さい物だったため、傍から見ても同じクラスの俺達から見ても当人同士がしっかりと話し合えばすむ程度の物と言えた。

しかし、俺達の担任だった新任の先生はその虐めをとても大きな事件であると受け止めたらしく、ある日の帰りの会の最中にその虐めの事を話題にした。その話の中で、先生はとても真剣に虐めという物の愚かさやクラスメート同士が仲良くする事の大切さについて説き始め、その表情からはクラスメート同士を絶対に仲良くしてみせるといった確固たる思いのような物が見て取れた。

俺はその話を聞きつつ、

『全員が絶対に仲良くなるなんてそう簡単に出来る物じゃないだろ』

と、そう思いながら後ろに座っている長谷の様子を窺ってみた。

すると、長谷はとても真剣な様子で話を聞きながら、とても冷たい眼差(まなざ)しで先生の事をジッと見つめていた。その様子から、俺は長谷の我慢の限界が近い事を感じつつ、先生の方へと視線を戻した。

そして俺達が静かに話を聞いてる事で、先生の表情がとても嬉しそうな物に変わったその瞬間、先生は

『これからはみんなで仲良くしましょうね』

という禁断の言葉を口にしてしまった。

それを聞いた時、俺がこれから起きるであろう事に対して覚悟を決めていると、長谷がおよそ小学生が出さないであろう冷たい声で先生の事を呼んだ。

しかし先生はその長谷の静かな怒りには気付いていない様子で、笑顔のまま長谷に対して何かあったのかを訊いた。

すると長谷は静かに席を立ち、

『何故みんなで仲良くしなければならないんですか』

と、教室の温度が下がりそうな程、冷たい声を出した。

その瞬間、先生は一瞬だけ絶句した様子を見せたが、すぐにさっきまで笑顔に戻すと、皆で仲良くする事の良さなどを話す事でそれを長谷への返事にしようとした。

しかし長谷はその言葉で更に怒りを強めたらしく、先生の話が終わると、

『仲良くしたくなければしなくても良いじゃないんですか』

と、教室中が凍り付きそうな程、冷たい声を出しながら、先生の事を同じだけ冷たい眼差しで見た。

その瞬間、先生は自分が話した事にそんな言葉を返される、それも生徒である小学2年生から返されるとは思っていなかったらしく、どうしたら良いのか分からない様子で、しどろもどろに言葉を口にするだけだった。

そしてその先生の様子を見た瞬間、長谷がとても深いため息をつくと、長谷達の様子をおろおろしながら見ていた俺と夕士以外のクラスメートの表情に微かな恐怖の色が見えた。その様子を見て、俺と夕士が静かに苦笑いを浮かべていると、長谷はすっかり場の空気を支配した様子で、

『先生、仲良くしろと強要しないでくれませんか』

と、一見柔らかいようだが、その実とても冷たく厳しい口調で先生に話し掛けた。

先生は長谷の言葉や様子にすっかり畏縮(いしゅく)してしまっていたものの、何とか生徒達が仲良くしてくれるが教師陣の助けにもなるといった言葉を口にした。

その瞬間、長谷の波動の中にあった先生への軽蔑(けいべつ)や怒りなどが更に強くなると、長谷は更に冷たい声で、

『それは大人の勝手な都合です。

俺達をそんな事で縛ったり振り回さないで下さい』

と、先生の事を突き放すような声で言い放った。

すると先生は一瞬だけポカーンと呆けていたが、徐々にその眼に涙が溜まり始めた。そして先生の表情が悲しみで歪み、口から徐々に声が漏れ出したその時、先生は教卓に突っ伏しながら声を上げて泣き出してしまった。

その先生の姿には教師としての自信などは無く、自分の気持ちを理解して貰えないといった事や小学生の言葉に対して充分な返事を出来ない自分自身への不甲斐なさといった悲しみなどが見て取れた。

長谷はその様子に視線を向けていたが、一度小さく息をついた後、冷たい声のままで今度は虐められていた生徒の名前を呼んだ。

それから程なくして、泣き声を聞きつけた先生達が俺達のクラスへと駆けつけてきたが、その目に入ってきたのが、声を上げて泣く先生と生徒、そしてそれに冷たい視線を向ける長谷や俺達以外の生徒達がどうしたら良いか分からずにおろおろしている様だったため、先生達こそどうしたら良いのか分からずに困惑していたのは想像に難くないだろうし、実際にその通りだった。

その後、先生の一人が俺達に帰って良いことを伝えると、何人かの先生は泣き出してしまった先生と生徒を何とか落ち着かせようとし、他の先生は長谷を連れて職員室へと戻っていったため、俺と夕士以外の生徒達は困惑しながらもバラバラと帰って行った。

因みに俺と夕士は長谷の事を教室で待とうとしていたが、先生の一人から今日の所は大人しく帰って欲しいといった事を言われてしまったため、俺達はその日は大人しく帰ることにした。

尚、この事を天斗伯父さんや『絆の書』の皆に伝えたところ、その表情などはそれぞれ違ったものの、一様に長谷らしいやり方だといった事を口にしていた。

そして翌日の朝のホームルームで、先生がしばらく休むため、その間の担任は持ち回りで行うことを告げられ、その期間中は少しだけ変わった学校生活となった。

そして泣き出してしまった先生はというと、あの出来事によって教師としてやっていく自信と周囲からの信頼をすっかり失ってしまったらしく、休職してから今日に至るまで一回も姿を見ることが無かった。

因みに虐められていた生徒はその出来事があった後、虐めていた生徒達としっかりと和解したらしく、仲良く話をしている所をよく見るようになった。もっとも、長谷の事は未だに怖いみたいだが、何とか仲良くなりたいらしく、まずは話し掛けるところから始めようとしてる様だった。そしてそんな学校生活を送り、約一ヶ月が経った今日、ようやく冒頭の部分へと繋がるわけだ。

 

 さて、この先生との学校生活はどうなることかな……。

 

 出欠を取り終えた後の先生の話を聞きながら、俺は静かにそんな事を考えていた。

 

 

 

 

「新しい先生、何だか良さそうな感じだったよな」

 

 その日の放課後、俺と長谷の合気道の練習が休みだったため、俺達が話をしながらのんびりと帰路についていると、夕士がそんな事を言ってきた。

 

 まあ朝も思ったけど、あの先生ならあの出来事みたいな事にはならなそうだし、良さそうと言えばそうかもしれないな。

 

 俺は改めてそう思った後、夕士の言葉に返事をした。

 

「……まあ、そうだな」

「へへっ、だよな。……そうだ、長谷はあの先生の事はどう思うんだ?」

 

 夕士が長谷に訊くと、長谷は少しだけ考え込んだ後、落ち着いた様子で返事をした。

 

「まあ、あの教師よりはマシだとは思うが、今のところは良い教師だと断言する事はできないな」

「そっかぁ……」

 

 長谷の答えに呟くような声で返事をした後、夕士はふと何かを思い出した様子で長谷に話し掛けた。

 

「そういえば、今日まで何となく聞きそびれちゃってたけどさ、長谷は何であの時にあんな感じの言い方をしたんだ?」

「……というと?」

「いや、あの時は長谷らしいとは思ったんだけどさ、後でゆっくり考えてみたら、長谷ならもっと違う方法も取れたんじゃないかなと思ったんだよ」

「……ああ、そういう事か。答えは簡単だ、これ以上あんな甘っちょろくて青臭い奴に教えられるなんてウンザリしたから追い出してやった。それだけだ」

 

 長谷がしれっと言ったその言葉に夕士は一度キョトンとしたが、すぐに楽しそうな笑い声を上げ始めた。

 

「あははっ! なーんだ、結局長谷らしい理由だったんだな」

「当然だ。それに俺は、あんな歳を食っただけの奴を大人とは認めない。あの教師に教えられるくらいなら、自主学習でもしてた方がマシだからな」

 

 夕士の言葉に長谷はいつも通りの調子で返事をした。

 

 ……まあ新任だったとはいえ、俺もあの先生はちょっと嫌だったし、今回の件に関しては長谷に感謝かな。

 

 そんな事を考えていたその時、俺はある事を思い出したため、今度はそれを話題にしてみることにした。

 

「……ちょっと話は変わるけど良いか?」

「もちろん良いけど、どうしたんだ?」

「雪村から聞いた話なんだけどさ、最近長谷のファンクラブを作ろうとしてるグループがいるらしいんだけど、その中心にいるのがどうもウチのクラスの女子らしいんだってさ」

「え……そうなのか?」

「ああ」

 

 不思議そうに訊く夕士に対して、俺は静かに返事をした。そう、あの一件でどうやらウチのクラスの女子の大半が長谷のファンとなったようなのだが、実はそれだけではなく、その女子達が中心となって長谷のファンクラブを立ち上げようとしているらしいのだ。

とは言うものの、あの一件があった後、しばらくの間は長谷の事を見る女子の眼に微かな恐怖の色が見えていたことは間違いない。

しかし、クラスの女子達はその時の長谷の姿にどうやら恐怖以上にカッコよさを見出し、他のクラスの女子のようにすっかり長谷のファンになってしまったようで、元々の長谷のファンである他のクラスの女子を巻き込んで、自分達を中心とした長谷のファンクラブを作ろうと目論んでいるらしい。

あの一件があってもこういった事が起きるのは、やはり長谷が持つカリスマ性や雰囲気などに()るものなのだろう。

 

 ……まあ、男子の中にも長谷を手本にしたいって言ってる奴もいるらしいし、当然と言えば当然なのかもしれないな。

 

 そんな事をぼんやりと考えていた時、夕士が空を見上げながらポツリと呟いた。

 

「そっか、ファンクラブかぁ……」

「なんだ、稲葉。お前もファンクラブが欲しいのか?」

「あ、いや……別にそういうわけじゃないんだけどさ、ただファンクラブが実際に出来るとしたらどういう気持ちになるのかなと思ってな」

「どういう気持ちになるか、か……」

 

 夕士の言葉を聞き、長谷は少しだけ考え込んだ後、いつも通りの調子で言葉を返した。

 

「出来ること自体は別に何とも思わない。ただ、ソイツらが何かしらの問題を起こしたりしないか、それだけが心配だな」

「問題を、起こす……?」

「ああ。何かに固執した人間ってのは、自分とは違う者に対して過剰に反応し、時には危害を加えようとする事もあって、しかもそういうのは、大抵本人の(あずか)り知らぬ所で起きている。

まあ、宗教なんかが良い例だな。熱心に布教して、ソイツらにとってのありがたい教えを守ってるだけなら問題は無い。ただ、その熱心さが暴走すると、自分達の教えを守らない奴とか一般人に対して『救う』っていう名目を掲げて危害を加えたり、他の宗教の事を邪教扱いした挙げ句、戦争みたいな争いを起こし始める。

(あが)められている神やら本当の意味で救いをもたらそうとして宗教を(おこ)した奴らの考えをそっちのけにしてな」

「長谷……」

「……まあ、小学生の女子が立ち上げるファンクラブ程度なら、そこまでの事は起きないだろう。ただ……この前の虐めの問題、あれもほんの些細な事が発端(ほったん)となって、結果的にあそこまでの事になっただろ?」

「……そういや、そうだったな」

「つまり、ファンクラブを立ち上げるだけならまだ問題は無い。

ただ、立ち上げた後にメンバー達がしっかりとした活動を出来るようにまとめられるリーダー的な存在、または顧問(こもん)的な存在がいない場合は止めておいた方が良いと俺は思ってる。人間が本当に暴走した時っていうのは、それだけ大きな事を起こしかねないからな」

「そっか……」

 

長谷の言葉を聞き、夕士が呟くような声で答えた。人間の暴走、その種類は様々ではあるけど、その多くは最終的に悲劇を招くことになる。そしてそれは俺達にとって、決して他人事なんかじゃない。自分達も一歩間違えばそういった事を起こしてしまうし、そして何より俺や夕士はいずれそういった人間が暴走した結果の出来事に遭遇してしまうからだ。

 

 ……その時、俺はしっかりとその事を受け止めたり、解決したり出来るかな……?

 

 遙か先の未来で待っているその出来事について考え、俺が少しだけ不安を感じていたその時、長谷が突然フッと笑いながら俺達に話し掛けてきた。

 

「まあ、お前達はそういうファンクラブを作るとか欲しいとかみたいな事は無さそうだから問題は無いな。特に……遠野なんかは」

「……え、俺?」

「ああ。だってそうだろ?

遠野には『あの子』がいるから、そういうファンみたいなのは必要ないだろうし」

「いやいや……金ヶ崎とはそういうんじゃ……」

 

 その瞬間、長谷のニヤッとした顔を見て、俺はしまったと思った。

 

 あ、これはマズい……早めにどうにか話題を変えないと……!

 

 俺がどうにか話題を変えようと、適当な事を話し始めようとしたが、長谷の眼がキラリと輝いた瞬間、長谷は少しからかうような口調で話し掛けてきた。

 

「おや……? 俺は『あの子』とは言ったが、一言も『金ヶ崎』とは言ってないけどなぁ?」

「あー……えーと、それはな……」

「あ……もしかして、あの肝試しの日以降に『何か』あったんじゃないか?」

「い、いや本当に何もないぞ、うん……!」

 

 くっ……! 流石は長谷だ……! この人の付けいる隙を見逃さない洞察力と話術、そして赤ん坊の時からお父さんに帝王学やら社会の裏やらを教わってるだけのことはある……!

 

 長谷のその実力に少しだけ怯んだものの、俺はすぐに気持ちを切り替え、心の中でニヤッと笑った。そう、実際に何もないからだ。

あの日以降、廊下で会った時に挨拶や会釈をするようになったくらいで、雪村の時みたいに一緒に何かをしたり、話をしたりする事は一切無かった。

 

 ふっ……ここまでの攻めたて方は見事だったぞ、長谷。だがな、これ以上攻めたところで得られるものは何も無い……! さぁ……来るなら来い! 空虚な守りという物の力を見せてやる!

 

 俺が長谷からの追求に対して自信満々に構えていたその時、俺は思いもよらぬ方向からの砲撃を受けることとなった。

 

「あ……そういえば、この前雪村が言ってたんだけどさ、雪村のクラスの女子が俺達の話をしてた時に、柚希の名前が出た瞬間に金ヶ崎の顔が少しだけ赤くなってたらしいぜ?」

「ほう、それはそれは……」

 

 夕士からの情報を聞いた瞬間、長谷は更に面白そうな様子でニヤリと笑った。

 

 夕士……! お前、何て最悪のパスを渡しちゃったんだよぉ……!

 

 その夕士からの情報に俺は心の中で頭を抱えた。そしてその後、更なる長谷からの追求を何とか躱しつつ、俺は夕士達と一緒に各々の家に向かって歩き続けた。

 

 

 

 

 途中で夕士達と別れ、無事に家の前に着いた瞬間、俺は今まで感じた事が無いほどの疲労感に襲われた。と言うのも、あれから長谷からの名刀のような鋭い切れ味の追求に対し、舞い落ちる葉のようにひらりひらりと躱すために、俺はいつもよりも精神を磨り減らしていたからだ。

 

「はぁ……本当に疲れたぁ……」

 

 深い深いため息をつきながら独り言ちた後、俺はランドセルの中から『絆の書』を取り出した。そして義智のページを開いた後、静かに魔力を注ぎ込んだ。その瞬間、『絆の書』からいつものように光の玉が浮かび上がり、俺の横へふよふよと移動すると、徐々に義智の姿を形成していった。そして完全に姿を現した時、義智は俺の様子を見て、やれやれといった様子で声を掛けてきた。

 

「……柚希よ。長谷だけでなく、夕士にも注意を払うべきであったな」

「……ああ、そうだな」

 

 義智からのその言葉に何とか返事をした後、俺は家のドアを開けて中へと入った。

 

「天斗伯父さん、ただいま帰り……」

 

 俺が奥の方にいるであろう天斗伯父さんに向かって声を掛けようとしたその時、和室の方から何やら楽しげな笑い声が聞こえてくると同時に天斗伯父さんとは別の神力みたいな物も漂ってきていた。

 

 ……まさか、このパターンって……。

 

「義智……」

「……ああ。だが、この神力はもしや……」

「……義智、何か心当たりでもあるのか?」

「一応は、だがな」

「そっか……」

 

 

義智の言葉に答えつつ、漂ってきている神力に対して、俺は少しだけ緊張をしていた。このパターンは去年の七夕の時のアン、そして秋の時のオルトと同じパターンではある。けれど……今回漂ってきているのは『魔力』ではなく『神力』。つまり、和室にいるのは神または神に近いモノという事になる。

俺はこの気持ちを落ち着けるために一度深呼吸をした。そして気持ちが落ち着いた事を確認した後、俺は義智とアイコンタクトを交わしてから和室へと向かった。そして襖の閉まっている和室の前に立った瞬間、俺は天斗伯父さん達の神力を感じたが、それに対して出来る限り動じないようにしながらゆっくりと襖を開けてみた。すると、そこには思っていたよりも平和な光景が広がっていた。

 

「ふふ、なるほど、そういう事だったんですね」

「ええ、どうやらそういう事だったらしくて」

 

 畳の上に敷かれた座布団に座って楽しそうに笑いながら話をしている天斗伯父さんと少し大きな白い兎、そしてその兎の影に隠れている小さな白い兎の姿だった。

 

 ……白い、兎……? でも神力を感じるって事は、もしかして……。

 

 俺がその兎の正体について、大体の予想を立てていたその時、突然天斗伯父さんがゆっくりとこちらの方を振り返り、俺達の姿を見て穏やかな笑みを浮かべながらコクンと頷いた。俺はそれに頷いて答えた後、義智と一緒に静かに和室へと入っていった。

するとその瞬間、大きな白い兎の鼻がピクリと動いたかと思うと、ゆっくりと俺達の方へと振り向いてきた。

 

「……おや、こちらの方はもしや……?」

「ええ、先程お話しをした柚希君です」

 

 白い兎のその言葉にクスッと笑いながら答えた後、天斗伯父さんは穏やかな笑みを浮かべながら俺に話し掛けてきた。

 

「柚希君、この方々がどなたか、分かりますか?」

「あ、はい。たぶんですけど……」

 

 そして俺は、白い兎達の方を見ながらその正体を口にした。

 

「『因幡(いなば)白兎(しろうさぎ)』こと白兎神(しろうさぎのかみ)様ですよね?」

「……ふふっ、はい、ご名答です」

 

『因幡の白兎』こと白兎神様は優しい笑みを浮かべながらそう答えてくれた。

 

 

『因幡の白兎』

 

日本神話に登場する名前の通り白い兎で、同じく日本神話に登場する出雲大社(いずもたいしゃ)祭神(さいじん)大国主神(おおくにぬしのかみ)が助けた兎として知られている。そして鳥取県にはこの因幡の白兎──白兎神を主祭神として祭る神社、白兎神社も存在する。

 

 

 まさか天斗伯父さん以外の神様にお目に掛かることになるとはな……今日が合気道の練習のない日で本当に助かったな……。

 

 天斗伯父さん以外の神様と実際に会うのは初めての事なため、俺はとても緊張しながら天斗伯父さんの横に義智と一緒に正座をした。すると、白兎神様はその俺の様子を見て、クスッと笑いながら穏やかな声で話し掛けてきた。

 

「そんなに緊張なさらずとも大丈夫ですよ、柚希さん。私としては緊張をされる方が話しづらかったりしますから」

「……分かりました」

 

 俺は返事をした後、座ったまま深呼吸をして気持ちを整えた。

 

 ……よし、これなら大丈夫だな。

 

 そして気持ちを整えた後、俺は白兎神様の姿を改めて見てみた。

一見すると、白兎神様は普通の白い兎のようだが、その雪のように真っ白な毛には光沢があり、触らずともその毛がとてもサラサラとしている事が分かった。

そして外から風が吹いてくると、風の香りを感じるために、鼻をピクピクとさせているが、その度に二つの耳がゆらゆらと揺れていた。しかし、纏っている雰囲気はとても(おごそ)かなものであり、外から射し込む光がまるで後光のようにも見えてくるようだった。

 

 ただ……ぱっと見は本当にただの白い兎みたいなんだよなぁ……。

 

 俺がそうやって白兎神様の姿を眺めていると、天斗伯父さんがクスクスと笑いながら話し掛けてきた。

 

「白兎神さんは私や義智さんの古くからの友人でして、私がこうして人間としての生活を始めてからも時々お話しをしに来て頂いてたんです」

「あ、そうだったんですね」

「はい。……と言っても、柚希君達と暮らすようになってからは、今日が初めてなんですけどね」

「ふふ、天斗さんであれば問題は無いと思っていたのですが、やはり新たな家族が増えると色々と大変ですからね。その辺を考慮して、何か用事がある時は執務室の方にお邪魔してたんですよ」

「なるほど……」

 

 そっか……それなら今日まで会うことが無かったのも納得がいくな。

 

 心の中で納得した後、俺は再び白兎神様に話し掛けた。

 

「ところで……今日はどういったご用件でいらっしゃったんですか?」

「ふふっ、柚希さん、本日は何の日か分かりますか?」

「今日……あ、そういえば今日は十五夜ですね」

「はい。そして人間の方々は、あのお月様の模様が私達兎がお餅を()いている様子に見えているんですよね?」

「そうですね。ただ、その月の兎の話の由来は諸説ありますし、月の兎が餅を搗いている理由も色々なものがありますけどね」

「そのようですね。……さて、それではそろそろ本題に戻りますね」

「あ、はい」

「本日こちらにお邪魔した理由、それは皆さんとお月見をしようと思ったから、そして……」

 

 白兎神様は自分の陰に隠れている小さな白兎を見ながら言葉を続けた。

 

「この子のためなのです」

「この子のため……ですか?」

「はい。この子は兎和(とわ)と言いまして、私の玄孫(やしゃご)なのですが……ご覧の通り人見知りをする子でして、私達以外の方がいらっしゃるところでは、このように私達の誰かの陰に隠れてしまうのです」

「なるほど……あ、この子のためっていうのは、もしかして……」

「はい。天斗さんや柚希さん、そして義智さんを始めとした『絆の書』の住人の方々と接すれば、この子も少しは人見知りがどうにかなると思いまして」

「人見知り、か……」

 

 子供の人見知りって普通にあるものではあるけど、神様の子供とかにもそういうのはあるんだなぁ……。

 

 そんな事を思いつつ、兎和ちゃんの方に視線を向けると、兎和ちゃんは白兎神様の陰に隠れながらも、俺達の事を興味ありげな様子でジーッと見つめていた。

 

 子供の人見知りをどうにかするには、ひとまず静かに見守るのが一番って聞いたことがあるけど、兎和ちゃんの場合ならこころとかアンとかから始めるなら、ふれ合いとかでも何とかなりそうな気がするな。

 

 兎和ちゃんの様子を見てそう確信した後、俺は小さく微笑みながら白兎神様に返事をした。

 

「分かりました。兎和ちゃんの人見知りの件、微力ながらお手伝いさせて頂きます。義智もそれで良いか?」

「ああ。昔馴染みからの頼みを特に断る理由もないからな」

「分かった、ありがとうな」

「うむ」

 

 義智が静かに頷くと、白兎神様はとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「本当にありがとうございます、柚希さん、義智さん」

 

 そして、兎和ちゃんの方に視線を向けると、穏やかな声で話し掛けた。

 

「兎和、皆さんと仲良くするんですよ?」

「……はい」

 

 兎和ちゃんはとても小さく、けれどとても可愛らしい声で返事をした。

 

 さて……とりあえず風之真とオルトと鈴音には、兎和ちゃんに対して最初からあまりグイグイ行かないように言わないとな。

 

 ウチの元気兄弟、風之真とオルトと鈴音の元気のよさの事を考えながらも、俺は白兎神様達と行うお月見にワクワクしていた。

 

 

 

 

 そしてその日の夜7時頃、満月が穏やかな光を放ち、静かに吹く風になびきながら(すすき)がサラサラと音を立てる中、黒子(くろこ)の格好をした白兎神様の部下の兎達がせっせとお月見用の団子などを準備してくれていた。

 

 白兎神様の部下だけあって、やっぱり兎なんだな。

 

 義智と一緒に縁側の隅に座りながら俺は静かにその様子を眺めていた。餅を搗く担当の兎達は器用に(きね)を操りつつしっかりと餅をひっくり返し、まるでリズムゲームをしているかのようにぺったんぺったんとテンポよく餅を搗いていった。

そして飾り付け担当の兎達は月見団子を置くための台、三宝(さんぽう)や縁側に置くための座布団などの準備に追われていた。

 

「なんというか……こんなに豪華なお月見って本当に初めてかもしれないな」

「そうだろうな。準備だけであれば、当然人間達でも出来るだろうが、その準備をしているのが、白兎神の部下であるからな」

「だよな」

 

 そして俺は次に和室の方へと視線を向けた。和室の中ではお月見用に和服に着替えたこころと雪花がアンや兎和ちゃんと一緒に話をしていたり、風之真と鈴音が兎達が準備している様を物珍しそうに眺めていたり、穏やかな音色を奏でている黒銀の演奏をオルトと雷牙が静かに聴いていたりと、皆思い思いの事をして楽しんでいた。

その様子を見て、俺がクスッと笑っていた時、台所の方から天斗伯父さんの声が聞こえてきた。

 

「柚希君、義智さん。晩御飯の準備を手伝ってもらえますか?」

「あ、はーい」

「承知した」

 

 返事をした後、俺達は夕食の準備をするために台所へと向かった。

 

 

 

 

『いただきます』

 

 声を揃えて挨拶をした後、俺達は居間で夕食を食べ始めた。

この日の食卓には十五夜という事で月見うどんと里芋の煮物など、十五夜らしい料理が並んでいた。

 

 ……うん、やっぱり美味い。

 

 醤油などの味がしっかりと染みこんだ里芋の煮物をゆっくりと咀嚼(そしゃく)していると、白兎神様が穏やかな声で話し掛けてきた。

 

「柚希さん、お月見の際に少々お話ししたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「あ、はい。もちろん大丈夫ですけど……その話をしたい事って一体何なんですか?」

 

 咀嚼していた里芋をしっかりと飲み込んでから訊くと、白兎神様はクスッと笑いながら返事をした。

 

「ふふっ、その話の内容はお月見の時にしっかりとお話ししますから、それまでのお楽しみにしていて下さい」

「はい……分かりました」

 

 白兎神様からの話の内容が気にはなったが、お月見の時にしっかりと話してくれるというので、ひとまず俺は頭の中からその事を追い払い、再び目の前に並んでいる夕食を食べ始めた。そして夕食の片付けが済んだ夜八時頃、俺達は縁側に座りながら夜空に輝く星々の真ん中で穏やかな光を放つ満月を眺めていた。

 

「ふふ、とっても綺麗なお月様ですね♪」

「うん、見ていると何だか心が洗われるような気がするよね」

「ふふっ……そうですね」

 

 こころと雪花、そしてアンが言葉を交わしながら静かに月を眺めているのに対して、

 

「むぐ……うん、やっぱりお団子は美味しいね!」

「へへっ、だな!」

「ワオンッ!」

 

 鈴音と風之真、そしてオルトは月を眺めながら月見団子を摘まみ、

 

「うむ……このような月見も、たまには良いものだな」

「うむ……そうだな」

 

 黒銀と雷牙はこころ達や風之真達の様子を時折見つつ月を眺めていた。

 

 やっぱりこういうのにも性格って出るんだなぁ……。

 

 皆の様子からそう感じつつ、義智と天斗伯父さん、そして白兎神様と兎和ちゃんと一緒に月を眺めていたその時、白兎神様が俺の方へと顔を向けると、静かな声で話し掛けてきた。

 

「さて……それではそろそろお夕飯の時に言ったことについてお話ししますね」

「あ、はい」

「実は……柚希さんに一つお願いしたい事があるのです」

「お願いしたい事……」

「はい」

 

 そして白兎神様は、兎和ちゃんの事をチラッと見てから言葉を続けた。

 

「この子……兎和の事を柚希さん達にお願いしたいのです」

「兎和ちゃんの事を、ですか……?」

「はい」

 

 コクンと頷くと、白兎神様は兎和ちゃんの事を愛おしそうに撫で始めた。

 

「先程も言いましたが、この子は知らない方に対して人見知りをしてしまう上にあまり興味を持とうとはしてくれません。ですが……」

 

 白兎神様は風之真達、『絆の書』の住人達の姿を見ながら言葉を続けた。

 

「事前に話をしていたとは言え、初めて会ったはずの柚希さんや『絆の書』の住人の方々には興味を示し、その上おそるおそるではあるもののお話しをしていた。その様子を見て、私は思ったのです。柚希さん達なら兎和も安心して人見知りを克服できるし、私達も安心して兎和をお任せする事が出来る、と」

「そうだったんですね……」

「はい。もちろん、兎和の事が心配じゃないわけではありません。私の大切な玄孫の一匹ですから。ですが……可愛い子には旅をさせよ、なんて言葉もあるように、いつまでも私達の陰にいるのではなく、様々な物を見て様々な事を知り、時には辛いことなどがあったとしても、それを乗り越えて成長をして欲しい。私達はそう考えているんです」

「なるほど……」

 

 白兎神様の話を聞いて、呟くような声で言っていると、白兎神様が俺達の事をジッと見ながら話し掛けてきた。

 

「皆さん、兎和の事をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「白兎神様……はい、もちろんです」

 

 俺が強く頷きながら答えると、義智もコクンと頷きながら静かに答えた。

 

「先程も言ったが、昔馴染みからの頼みを断る理由はない。それに幼きモノの成長を願い、それを支えるのは我らのようなモノの務めでもあるからな」

「ふふ、そうですね」

 

 義智の言葉に微笑みながら同意する天斗伯父さんの姿を見た後、俺は兎和ちゃんに静かに話し掛けた。

 

「なぁ、兎和ちゃん。兎和ちゃん自身はお母さん達と離れることになっても平気なのかな?」

「……本当は平気ではないです。でも……私ももっと色々な人達とお話しをしたいですし……もっと色々なものを見てみたいです。だから……」

 

 兎和ちゃんは俺の顔をジッと見ながら言葉を続けた。

 

「これからよろしくお願いします、柚希さん」

「……うん、こちらこそよろしく、兎和ちゃん」

「はい……!」

 

 俺の言葉に兎和ちゃんが静かに、しかししっかりとした意思を込めた返事をした後、俺達はしっかりと握手を交わした。

 

 それにしても……今度は因幡の白兎か。ますます『絆の書』の住人の種類がスゴいことになってきたな……。

 

 そんな事を思いつつ、俺は傍らに置いていた『絆の書』の空白のページを開き、兎和ちゃんに俺自身の事や『絆の書』の事について説明した。そして、説明を終えると、兎和ちゃんは静かに目を輝かせた。

 

「『絆の書』に……転生者……! 世の中には本当に色々な事があるんですね……!」

「まあ、そうだね。俺からしたら兎和ちゃん達だって、その色々な事の一つなんだけどさ」

「あ……ふふ、たしかにそうですよね」

 

 俺の言葉に静かに笑いながら答えた後、兎和ちゃんは何かを思い出したような表情を浮かべた。

 

「あ……柚希さん、お願い事があるんですけど……良いですか?」

「ああ、俺に叶えられる事であれば」

「あ、ありがとうございます。えっと……柚希さんの事をお兄ちゃんと呼びたいんですけど……良い、ですか……?」

「お兄ちゃんか……」

 

 ……うん、ちょっとどころじゃなく気恥ずかしいけど、まあ兎和ちゃんのせっかくのお願いだしな。

 

「うん、大丈夫だよ、兎和ちゃん」

「ありがとうございます。あ、後……私の事は兎和って呼び捨てにしてもらっても良いですか……?」

「うん、分かった。それじゃあ……」

 

 俺は『絆の書』の空白のページを指差しながら言葉を続けた。

 

「ここに自分の力を注ぎ込んでくれるか、兎和」

「……はい、分かりました、柚希お兄ちゃん」

 

 兎和は静かに返事をした後、自分の前足を空白のページの上へと置いた。そして俺も空白のページに右手を置きながら、左手で『ヒーリング・クリスタル』を握り、空白のページに自分の中の魔力を注ぎ込むイメージを頭の中に浮かべた。

そして、いつも通りに体の奥から湧き上がる魔力が腕を伝い、手のひらにある穴から『絆の書』の中へと流れ込むイメージが浮かんできた事を確認しながら俺は静かに魔力を注ぎ込み続け、必要な量が流れ込んだ瞬間、頭が少しだけキーンとなったが、鈴音の時と同じように倒れ込まずに済んだ。

 

 さてと……こっちはどうかな?

 

 俺が『絆の書』へ視線を向けると、そこには花畑の中で体を丸めながら穏やかな笑みを浮かべている兎和の姿と因幡の白兎についての詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 よし……これで完了だな。

 

 そして俺は兎和のページに右手を置き、静かに魔力を流し込んだ。すると『絆の書』から小さな光の玉が浮かび上がり、兎和がいた場所までふよふよと移動すると、徐々に兎和の姿へと変化した。

そして完全に姿が現れると、兎和はとても楽しそうな様子で俺に話し掛けてきた。

 

「柚希お兄ちゃん! あの居住空間、スゴく良いところですね!」

「ああ。まあ、俺は皆から話を聞いたくらいでしか知らないんだけど、その兎和の様子を見る限り、やっぱり良いところみたいだな」

「はい! とても綺麗なお屋敷とか色々なお花が咲いてるところとかもあって……! まだ少しだけしか見られてないですけど、私はあの場所が大好きになりました!」

「ははっ、喜んでもらえたようで何よりだよ」

 

 笑いながら兎和の言葉に答えた後、俺は白兎神様に向かって正座をしながら、静かな声で話し掛けた。

 

「それでは白兎神様、大事なお玄孫さんをお預かり致します」

「はい、こちらこそよろしくお願い致しますね、柚希さん」

 

 そしてお互いに深々と一礼をした後、俺達は同時に微笑み合った。

 

 これでまた新たな仲間が増えたわけだけど……仲間が増えたという事は、それだけ俺が負うべき責任や力を高めるべき理由も増えたわけでもあるわけだし、だからこれからまた頑張っていかないといけない。でも……。

 

 俺は『絆の書』の住人達の方へと視線を向けた。風之真達を始めとした『絆の書』の住人達は、さっきと変わらず各々らしい月見を楽しんでいた。しかしそんな彼らであっても俺にとってはとても大事でとても頼もしい仲間達だ。

 

 だから……一人で抱え込まずに皆と一緒に頑張っていけば絶対に大丈夫なはずだ。

 

 皆の姿を見てそう確信した後、中秋の名月が優しく見守る中、俺は皆と一緒に再び月見を始めた。




政実「第8話、いかがでしたでしょうか」
柚希「作中でも言ったけどさ、ますます『絆の書』の住人の種類がスゴい事になってるんだけど、この後も色々な妖とか幻獣とかが住人になっていくんだよな?」
政実「うん。ただ……今のところ考えているのだと、今回の因幡の白兎みたいに妖とか幻獣とかとはまた違ったモノも住人になる予定だよ」
柚希「そ、そっか……それは楽しみなような怖いような感じだけど……まあ、今は置いておくか。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしておりますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこっか」
柚希「そうだな」
政実・柚希「それでは、また次回」


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EIGHTH AFTER STORY 人見知りの白兎と悩み解決

政実「どうも、兎を飼ってみたい片倉政実です」
兎和「ど、どうも……因幡の白兎の兎和です」
政実「という事で、今回は兎和のAFTER STORYです」
兎和「こういうのは慣れてないから、ちょっと緊張してきました……」
政実「ほら、リラックスリラックス」
兎和「は、はい。え、えと……それじゃあ早速始めていきましょうか」
政実「うん」
政実・兎和「それでは、EIGHTH AFTER STORYをどうぞ」


「…………」

 

 ある秋の晴れた日の事、私はリビングで楽しそうに話す鎌鼬(かまいたち)の風之真さんと(さとり)のこころさんの事をリビングのドアの陰から静かに見つめていた。見つめている理由は簡単。私も風之真さんのお話に混ざりたいから。だけど、人見知りな私は中々声を掛けには行けなかった。

 

 うぅ……やっぱり、声を掛けづらい……。何で私ってこうなんだろう……。せっかくひいひいおばあちゃんがくれたチャンスなのに……。

 

 自分の人見知りの酷さに小さく溜息をつきながら落ち込みながら、私はここにお世話になる事になった経緯を頭の中に思い浮かべた。

今からだいたい一週間前の事、私がお花畑でお花の香りを嗅ぎながらのんびりとしていた時、突然ひいひいおばあちゃんに呼ばれた。何のご用事なのかなと思いながらひいひいおばあちゃんに尋ねると、今からひいひいおばあちゃんのお友達である天斗さんのところへ行くから、私も一緒に来るようにとの事だった。

この時、私はひいひいおばあちゃんが私についてくるように言ったのが不思議で仕方なかった。けれど、私はその疑問を口には出さず、ひいひいおばあちゃんと一緒にこのお家へとやって来た。

そして、お家の中へと上がり、ひいひいおばあちゃんと天斗さんが楽しそうにお話をしていた時、出会ったのが天斗さんの甥っ子で転生者の柚希お兄ちゃんだった。

その後、柚希お兄ちゃんがひいひいおばあちゃんに訪ねてきた理由を訊くと、ひいひいおばあちゃんは二つの理由を答えていて、その内の一つは私の人見知りをどうにかするためだった。ひいひいおばあちゃんの考えでは、柚希お兄ちゃん達とのふれあう事で、私の人見知りが少しでも良くなるんじゃないかという事らしく、柚希お兄ちゃん達がそれを了承した事で私は柚希お兄ちゃんが持っている『絆の書』に登録されている皆さんと話をしたり、一緒にお月見をしたりする事で少しずつ仲を深めた。

そして、柚希お兄ちゃん達ともっと一緒にいたいと思い始めた頃、ひいひいおばあちゃんは柚希お兄ちゃん達に私の事を預けたいと話し始めた。その事に私は驚いたけれど、それと同時に嬉しさも感じていた。そして、柚希お兄ちゃん達がそれを了承して、私も柚希お兄ちゃん達に思いを伝えた事で私は晴れて『絆の書』の皆さんの仲間入りを果たしたのだった。

 

 うぅ……このままじゃ人見知りを克服するなんて絶対に出来ないよ……。一体どうしたら……。

 

 落ち込みながら風之真さん達を見続けていたその時、不意にこころさんが私に視線を向け、ニコニコと笑いながら私に向かって手を振ってきた。そしてそれに続いて風之真さんはこっちを見ると、ニッと笑いながらスーッと私へ向かって飛んできた。

 

「なんだ、兎和(とわ)じゃねぇか。そんなとこでなにやってんだ?」

「か、風之真さん……え、えと……お二人が何かお話をされていたので、私もその……」

「んー、つまり俺らの話に混ざりたかったのかぃ?」

「は、はい……」

「なーんだ、そんな事か。そんなら大歓迎だぜ? なあ、こころ?」

「ふふ、はい。今、柚希さんのお話をしていたところでしたしね」

「柚希お兄ちゃんのお話……ですか?」

 

私が首を傾げると、風之真さんはニッと笑いながら頷いた。

 

「おうよ。おめぇも含めて『絆の書』のメンバーが結構増えてきただろ? それで、柚希の旦那はあんな性格だから、義智の旦那を除いたメンバーから何かと相談をされたり、困っていそうだったら状況を見て自分から手伝おうとする。そうなると、柚希の旦那の負担が結構大きくなるわけだ」

「柚希さんはそんなのは苦にはならないと仰っていますけど、毎日の学生生活や家事のお手伝いもやってらっしゃいますし、知らない内に疲れが溜まっていらっしゃると思うんです」

「そこで、俺とこころで『絆の書』のメンバーの今の悩み事を一掃してしまおうって話してたのさ。そうすりゃあ、柚希の旦那の負担も減るし、お互いの仲も更に深まるから一石二鳥だろう?」

「な、なるほど……」

 

 たしかに風之真さんの言う通り、悩みを解決する事で仲を深められて、柚希お兄ちゃんの負担も少なく出来るなら、それに越した事は無いのかも。それなら……!

 

「あ、あの……!」

「ん? どうしたぃ?」

「私にも……そのお手伝いをさせて頂けませんか?」

「兎和もかぃ? そいつぁ助かるな。けど、珍しいじゃねぇか。人見知りのおめぇが自分からそんな事を言いだすなんて」

「……はい。でも、柚希お兄ちゃんの負担も少なく出来て、皆さんともっと仲良くなれるなら私はそうしたいんです。私は……人見知りな私のままじゃ駄目だと思っていますから」

「……なるほどなぁ。よーし、わかった。そんじゃあおめぇにも手伝ってもらうとするぜ、兎和。こころ、おめぇも異議はねぇよな?」

「はい、もちろんです♪」

「風之真さん……こころさん……! ありがとうございます……!」

「へへ、どういたしましてってな! そんじゃあ早速、手分けをして『絆の書』のメンバーの悩み事を聞きに回るぞ!」

「はい♪」

「はい!」

 

 風之真さんの言葉に返事をした後、私は風之真さん達と別れ、『絆の書』のメンバーの皆さんの悩み事を聞きに回り始めた。

 

 でも……最初は誰に訊いてみようかな?

 

 そんな事を考えながら廊下を歩いていたその時、『……あっ、兎和だ!』と嬉しそうな声が聞こえ、私がそちらに視線を向けると、そこには尻尾を大きく振りながら私へ向かって走ってくるオルト君の姿があった。

 

 オルト君かぁ……いつも元気で悩んでるところなんて見たこと無いけど、もしかしたら何か悩みがあるかもしれないし、ちょっと訊いてみようかな……?

 

 そう思っている内にオルト君は私の目の前で足を止めると、尻尾を大きく振ったままで私に話し掛けてきた。

 

『ねえ、兎和。今って暇? 良かったら一緒に遊ばない?』

「えっと……実は、今風之真さんとこころさんのお手伝い中なの」

『お手伝い? どんなお手伝い?』

「今、『絆の書』の皆さんが抱えてる悩みを訊いて回ろうとしていたところなの」

『僕達が抱えてる悩み……』

「うん。オルト君は何か困ってる事とかは無い?」

『そうだね……これといって無いけど、強いて言うなら最近柚希兄ちゃんとあまり遊べてない事かなぁ……』

「柚希お兄ちゃんと遊べてない事……」

『うん。柚希兄ちゃん、学校での生活もあるし、家事のお手伝いや僕達の事で一緒に悩んだりしてくれてスゴく忙しいでしょ? だから、僕がここに来た頃よりは、あまり遊べなくなっちゃって……』

「つまり、ちょっと寂しいんだね」

『そうなるかな。まあでも、これは悩みというよりは僕の()(まま)みたいな物だから、別に気にしなくても──』

「ううん、それは柚希お兄ちゃんに言ってみても良いんじゃないかな?」

『え?』

 

 私の言葉にオルト君が不思議そうな表情を浮かべた後、私はクスリと笑ってから言葉を続けた。

 

「たしかに柚希お兄ちゃんは色々忙しそうだし、言いづらい気持ちはスゴくわかるよ。でも、寂しい時は寂しいって言ってみた方がやっぱり良いと思う。このまま気持ちを自分の中に押し止めてる方が、柚希お兄ちゃんにとってもオルト君にとっても良くない事だと思うから」

『兎和……』

「あ……でも、これは私の意見で本当にそうした方が良いって事じゃ──」

『ううん、スゴく参考になったよ。たしかに寂しいのをそのままにしてたら、それこそ柚希兄ちゃんの事を心配させちゃうからね。だから、柚希兄ちゃんには正直に言ってみる』

「オルト君……うん、わかった。柚希お兄ちゃんとまたいっぱい遊べるようになると良いね」

『うん! 兎和、本当にありがとう!』

「どういたしまして」

『兎和も何か悩みがあったら遠慮(えんりょ)なく言ってね。僕も全力で力になるから!』

「うん、ありがとう。それじゃあ私は行くね」

『うん、またねー!』

 

 オルト君に見送られながら私はまたお家の中をゆっくりと歩き始めた。

 

 今のオルト君、スゴく嬉しそうだったなぁ……この調子で他の皆さんの悩みも解決していこう……!

 

 そう意気込みながら歩いていた時、和室から雪女の雪花さんが出てくるのが見えた。

 

「雪花さん……雪花さんも普段から悩んでるところは見た事が無いけど、悩みが無いわけでは無いだろうし、とりあえず訊いてみようかな」

 

 そして、私は雪花さんに近付きながら声を掛けた。

 

「雪花さん」

「……ん? あ、兎和。私に何か用だった?」

「用というか……今、風之真さんとこころさんと手分けをして『絆の書』の皆さんの悩みを解決しているところなんです」

「へえ、そうだったんだ! 兎和、自分からそれを手伝ってるなんて偉いね。どれ、この雪花さんがそんな偉い兎和の事を撫でてあげよう♪」

 

 雪花さんは楽しそうに言いながら私の事を優しく抱き上げると、腕を使って私の体を静かに抱え、もう片方の手で優しく撫で始めた。

 

 ……あ、雪花さんの手がなんだか適度に涼しくてとても気持ちいい……。

 

「雪花さん……スゴく、安らぎます……」

「ふふ、それなら良かった。まだ残暑が厳しいから、私の『力』はスゴく役立つんだ。実際、夏になったらオルトや風之真が自分達から私のところに来るくらいだしね」

「そう……なんですね。ところで……雪花さんは和室に何のご用事だったんですか?」

「義智さんに修行の件でちょっと訊きたい事があったんだけど、義智さんは天斗さんの書斎に行ったって中にいた黒銀さんと柚希から聞いて書斎に行くところだったの」

「なるほどです……」

「それで、私の悩みだったよね。そうだなぁ……私にとって一番の悩みだった雪女の『力』の件は殆ど解決したから、これといった悩みは無いんだよね。でも、強いて言うなら……」

「強いて言うなら……?」

「柚希と天斗さん、義智さんに何か恩返しをしたいんだけど、これといって方法が思いつかないのが悩みかな……」

「恩返しの方法……」

「そう。ほら、私って風之真と同じで別の世界から来たでしょ? それで今も天斗さんには部下の人達と一緒に私が元いた世界がどこかを探してもらってるし、柚希と義智さんにはここに迎えてもらった事や雪女の『力』の件で色々お世話になってる。だから、ここらで一回何かお世話になった分のお返しをしたいなって思ってるんだ。でも、すぐには思いつかなくてね……」

「なるほど……」

「ねえ、兎和。兎和だったら何が良いと思う?」

「そうですね……」

 

 私だったら、かぁ……私だったらまだ弱いけれど、因幡の白兎の縁結びの力で柚希お兄ちゃん達にとって良い縁を結ぶ気がする。私はここに来てまだ日が浅いし、この体格のせいで出来る事も少ないから。でも、雪花さんは……。

 

「……これは答えになるかはわかりませんが、雪花さんはいつも恩返しをしていると思います」

「え?」

「雪花さん、いつも柚希お兄ちゃんと一緒に家事のお手伝いをしたり、『絆の書』の皆さんのお話を聞いたりしていますよね?」

「あ、うん。皆と話をするのは好きだし、家事の手伝いも好きでやってる事だから」

「そうかもしれません。でも、それだけでも柚希お兄ちゃん達にとってはとても助かってるんだと思います。何故なら、家事を手伝ってくれるおかげで負担も減って自分の時間を作れますし、皆さんのお話を雪花さんが代わりに聞く事で柚希お兄ちゃん達だけでは解決出来なかったかもしれない事が解決出来て、その分、他の悩み事を聞いてあげられるから」

「あ……」

 

 雪花さんが声を上げる中、私はにこりと笑ってから言葉を続けた。

 

「だから、自分は恩返しを出来ていないなんて思わないで下さい、雪花さん。雪花さんは充分柚希お兄ちゃん達に恩返しを出来ていますよ」

「兎和……ありがとう。それなら私、もっと自分の出来る事を頑張ってみるよ。これからも『絆の書』の仲間は増えるわけだし、そういった仲間達のためにもなるわけだからね!」

「……はい、頑張って下さい、雪花さん」

「うん! それにしても……兎和って結構悩み解決に向いてるんじゃない?」

「え、そう……ですか?」

「うん。なんか話を聞いてもらってる時、どんどん話したくなる感じになったもん。たぶん、兎和は聞き上手さんなんだよ」

「私が……聞き上手……」

「そうそう。この長いお耳で相手の悩みを聞き逃さないぞ! ……みたいなね。まあ、兎和が人見知りをどうにかしたいのはわかってるけど、まずは色々な人の話を聞くところから始めても良いのかもしれないよ?」

「なるほどです……雪花さん、ありがとうございます」

「どういたしまして。それじゃあ、私はもう行くよ。悩み解決の旅、頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」

 

 笑顔で手を振りながら歩いていく雪花さんと別れた後、私は雪花さんが出てきた和室へ向かって歩いた。理由はもちろん、黒銀さんにも悩みが無いかを訊くためだ。

 

 あ、でも……柚希お兄ちゃんも中にいるんだっけ……。柚希お兄ちゃんに聞かれちゃいけない事では無いけど、柚希お兄ちゃんに遠慮させちゃわないかな……?

 

 そんな事を考えながら和室の(ふすま)の前に立った後、私は前足を使って襖をトントンと叩いた。

 

「黒銀さん、柚希お兄ちゃん、入っても良いですか?」

『……む、その声は兎和か』

『ああ、良いぜ。と言っても、兎和じゃ開けづらいか……兎和、ちょっと待っててくれ』

 

 その声を聞いて私が襖から離れると、襖はスーッと開き、柚希お兄ちゃんがニコリと笑いながら私に話し掛けてきた。

 

「兎和、どうかしたか?」

「あ、えっと……実は今、風之真さん達のお手伝い中で、黒銀さんに用事があってきたんです」

「黒銀に?」

「はい。風之真さん達が柚希お兄ちゃんの負担を減らしたいからという事で、自分達以外の『絆の書』の皆さんの悩みを訊いて回っていて、私もそれをお手伝いしてるんです」

「そっか……偉いな、兎和」

 

 そう言いながら柚希お兄ちゃんは私を抱き上げると、さっきの雪花さんのように私の事を優しく撫で始めた。

 

 ふあ……雪花さんのなでなでは適度な冷たさがあって気持ち良かったけど、柚希お兄ちゃんのなでなではスゴく温かくてなんだか寝ちゃいそう……。

 

 雪花さんのなでなでとはまた違った気持ち良さに思わず寝てしまいそうになっていた時、ふと風之真さん達のお手伝いの事を思い出し、私は急いで眠気を覚ますために頭をぶんぶんと振った。

 

「いけないいけない、思わず寝ちゃうところだった……」

「あはは、寝てても良かったんだぞ、兎和。けど、風之真達の手伝いもあるんだったよな?」

「はい。それで……黒銀さんは何かお悩みはありますか?」

「悩みか……ここに来てから満ち足りておるからのぅ……まあ、強いて言うならば、新しい箏曲(そうきょく)の名前を悩んでおるくらいか」

「箏曲の名前……」

「うむ。まあ、とりあえず一度聞いてもらうとするか」

 

 そう言うと、黒銀さんは自分の本体でもある箏の前に座り、静かに新しい箏曲を弾き始めた。

 

 わあ……スゴい……! なんというか……最初の一音が一滴の雫としてこの空間にポトンと落ちたかと思うと、それが波紋として広がりながら色々な音色の海を作り上げていくように感じる。そう、これはまるで……。

 

「……虹色の海……」

 

 そんな感想を抱きながら黒銀さんの演奏を聞く事数分、黒銀さんが曲を弾き終えると同時に私達は黒銀さんに拍手を送った。

 

「良い曲じゃないか。な、兎和」

「はい、私も聞いていてとても良い曲だと思いました!」

「そうか、それならば良かった。さて……とりあえず聞いてもらったわけだが、名付けるにおいてなにか手掛かりはあったか?」

「そうだなぁ……兎和、そういえば聞いていた時に何か呟いてたけど、なにか思いついた事でもあったか?」

「え? あ……はい」

 

 返事をした後、私は箏曲を聴いて感じた事を素直に話した。すると、柚希お兄ちゃんと黒銀さんは顔を見合わせながら静かに頷いた。

 

「虹色の海……良いイメージだと俺は思うけど、黒銀はどうだ?」

「うむ、儂も同意見だ。そして、それを縮めて……『虹海(にじうみ)』というのはどうだ?」

「『虹海』か……良いんじゃないか?」

「はい、私も良いと思います」

「そうか……ならば、この曲の名は『虹海』だ。感謝するぞ、兎和。お主のおかげで良き名を付ける事が出来た」

「い、いえ。私はただ思った事を言っただけで……」

「だが、それで良き名を付けられたのは事実だ。それは誇っても良いと思うぞ?」

「黒銀の言う通りだな。兎和、お前のその想像力はスゴいと素直に思う。俺的には羨ましいくらいだよ」

「ゆ、柚希お兄ちゃんまで……でも、ありがとうございます。なんだか私、自分に自信が持てそうです。さっきも雪花さんに聞き上手なのかもしれないって言われましたし……」

「ああ、雪花にも会ったのか。そういえば、他には誰の悩みを解決したんだ?」

「えっと……黒銀さんの他にはオルト君と雪花さんだけです。だから、義智さんとアンさんと鈴音さんの悩みは風之真さんとこころさんが解決してるはずで──」

 

 その時、襖を静かに叩く音が聞こえ、私達が襖の方へ視線を向けると、襖がゆっくりと開くと同時に風之真さんを肩に乗せたこころさんの姿が見えた。

 

「あ、風之真さんにこころさん。お疲れ様です」

「おう、お疲れさん!」

「ふふ、お疲れ様です♪ 兎和さん、調子はどうですか?」

「はい。オルト君と雪花さん、それに黒銀さんのお悩みを解決出来ました」

「ほう、それなら一番解決したのは兎和ってぇ事になるな。俺は鈴音だけで、こころはアンだけだからな」

「ん? 義智には訊かなかったのか?」

「あー……二人で揃って訊いてはみたんだが、悩みは本当に無かったみてぇで諦めて撤退してきたんだ」

「あはは、なるほどな。でも……兎和はスゴいな。こういう事を手伝うのだけでもスゴいのに、三人もの仲間達の悩みを解決したんだからな」

「へへ、だな! 兎和にも手伝ってもらって本当に良かったぜ」

「ふふ、そうですね。兎和さん、本当にありがとうございます」

「皆さん……」

 

 皆さん、こんなにも笑顔になってる。こんな私でも──ううん、もう『こんな私』なんて言わない。これからは自分に自信を持っていこう。そうすれば、いつの日か人見知りも良くなってもっと皆さんのために努力できるようになるはずだから。

 

 そう思いながら皆さんの顔を見回した後、私は嬉しさを噛みしめながら同じようにニコリと笑顔の花を咲かせた。




政実「EIGHTH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
兎和「今回も日常回……になるんでしょうか?」
政実「そうだね。まあ、次はどうなるかまだ未定だけどね」
兎和「わ、わかりました。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よ、よろしくお願いします……!」
政実「よし、それじゃあそろそろ締めていこうか」
兎和「は、はい」
政実・兎和「それでは、また次回」


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第9話 新たな決意と三本足の霊鳥

政実「どうも、新年はのんびりと過ごしていたい、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。まあ、仕事次第では元旦だけが休みで、2日からまた仕事なんてとこもあるみたいだしな」
政実「うん。それに関しては仕方ないとは思ってるけど、やっぱり三が日くらいはゆっくりと過ごしたいかな……」
柚希「……同感だな。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第9話をどうぞ」


 師走(しわす)、それは一年の終わりである12月の別名であり、その名前の由来には諸説あったりする。そしてそんな師走のラストを飾る日、大晦日(おおみそか)へ向けて、俺達は3日前から大掃除などで大忙しだった。

 

「風之真、アンと鈴音と一緒に各部屋の上の方にあるホコリを取ってくれるか?」

「おうよ! さぁて……行くぜ! アン! 鈴音!」

「はい、風之真お兄さん!」

「りょーかいだよ、風之真!」

 

 風之真達がホコリ取りを始めた事を確認した後、俺は次にこころ達に指示を出し始めた。

 

「そしてこころと雪花はおせちの材料の確認を頼んでも良いか?」

「ふふっ、了解です♪」

「うんっ、任せてよっ!」

 

 こころ達が仲良く台所へ向かった事を確認した後、俺はその次に雷牙達に指示を出した。

 

「雷牙、オルトと兎和と一緒に床の雑巾掛けを頼むぞ」

「うむ、任せておけ。よし……ではやるぞ、オルト、兎和」

「ワンッ!」

「はいっ!」

 

 雷牙達が前足などを器用に使いながら雑巾掛けを始めた事を確認した後、俺が玄関の掃除をするために(ほうき)などを持って玄関へ向かおうとしたその時、玄関の方から微かな力を感じた。

 

 ……これは神力と霊力か。でも一体誰だ……?

 

 少しだけ不思議に思いながらも、俺は来訪者を確認するために玄関へと向かった。そして玄関を静かに開けてみると、そこには三本の足を持った二羽の烏が立っていた。

 

 三本足の烏……って事は、コイツらは『アレ』だな。

 

 俺がその正体について確信していた時、三本足の烏の内の一羽がピシッとした様子で俺に話し掛けてきた。

 

「人間の方、シフル殿……いや、天斗殿のお住まいはこちらでよろしいですか?」

「あ、はい」

「そう、ですか……」

 

 三本足の烏は俺の返事を聞くと、少しだけ安心した様子を見せたが、すぐにまたピシッとした様子に戻ると、再び俺に話し掛けてきた。

 

「人間の方、天斗殿はただ今ご在宅でしょうか?」

「はい。あ……こんな所で立ち話もなんですし、どうぞお上がり下さい」

「お心遣い痛み入ります、人間の方」

 

 俺の言葉を聞くと、三本足の烏は礼儀正しい様子で頭を下げた。

 

 何というか……神様に使えてる霊鳥だけあって凄く礼儀正しいな。

 

 三本足の烏の様子からそう感じた後、俺は彼らが通りやすいようにドアを開け、そのまま彼らと一緒に天斗伯父さんがいる和室へと向かった。そして和室に着いた後、俺はゆっくりと襖を開き、和室の中に入りながら、天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「天斗伯父さん、ちょっと良いですか?」

「……おや、柚希君。それにそちらは……高皇霊産尊(たかみむすびのみこと)さんに仕えていらっしゃる『八咫烏(やたがらす)』の黒羽(くろは)さんですね」

「はい、お久しぶりでございます、天斗殿」

 

『八咫烏』の黒羽さんは深々と一礼をしながら静かな声で答えた。

 

 

『八咫烏』

 

日本神話に登場する霊獣の一体で、神武東征(じんむとうせい)の際に高皇霊産尊から神武天皇(じんむてんのう)熊野国(くまののくに)から大和国(やまとのくに)までの道案内役を命じられた話が有名。

そして現代でもその姿と名前は、様々な団体のシンボルマークや小惑星の名前として付けられていたりもするため、日本人にとても親しまれている霊獣の一体とも言える。

 

 

 そういえば、八咫烏の名前の中にある『(あた)』って長さの単位で、長さは大体18センチくらいだったっけ……って事は、この小さい八咫烏は子供なのかな……?

 

 黒羽さん達の様子を見ながらそんな事を考えていた時、天斗伯父さんが穏やかな声で俺に話し掛けてきた。

 

「柚希君。申し訳ありませんが、座布団を準備してもらっても良いですか?」

「……あ、はい。分かりました」

 

 返事をした後、俺は和室の隅にある座布団を三枚程手に取り、それを和室の中心に敷いていった。そしてそれを確認すると、天斗伯父さんはニコッと笑いながら八咫烏達に声を掛けた。

 

「どうぞ、お座り下さい」

「はい……それでは、失礼致します」

「し、失礼致します……」

 

 天斗伯父さんに向かって一礼を返事をした後、黒羽さん達は目の前に置かれた座布団に静かに座った。そして天斗伯父さんも座布団に座った後、話の邪魔にならないように俺が和室を静かに出ようとしたその時、天斗伯父さんが穏やかな笑みを浮かべながら俺に声を掛けてきた。

 

「良かったら柚希君も同席して頂けませんか? これも良い機会ですので、黒羽さん達に柚希君の事を紹介したいのです」

「あ、分かりました。それじゃあ、失礼しますね」

 

 返事をした後、俺は自分用の座布団を一枚取り、それを天斗伯父さんの隣に敷いてから、その上に静かに正座で座った。俺が座った事を確認すると、天斗伯父さんは静かな声で黒羽さん達に俺の事を紹介し始めた。

 

「黒羽さん、こちらは私の甥で転生者の遠野柚希君です」

「なるほど……こちらの方がそうだったのですね」

「はい。元々は私の部下のミスがきっかけで、柚希君とこのような関係になりました。ですが……今となっては、柚希君は私の自慢の甥だと思っています」

「天斗伯父さん……」

 

 ……たしかに、元々は天斗伯父さんの部下の人のミスがきっかけになったかもしれない。でも……あの時に天斗伯父さんが俺の事を引き取ってくれたから、夕士達や義智以外の『絆の書』の仲間達とも出会えたんだ。だから……。

 

 俺は天斗伯父さんの方へ顔を向け、ニコッと笑いながら言葉を続けた。

 

「天斗伯父さん。あの時、俺の事を引き取ってくれてありがとうございました。そして……これからもよろしくお願いします」

「……はい、こちらこそよろしくお願いしますね、柚希君」

「はい!」

 

 そして俺達が笑い合っていると、それを見た黒羽さんが穏やかな笑みを浮かべながら声を掛けてきた。

 

「……とても羨ましいものですね、お二人のその絆の深さは。ウチの愚息にもそのような関係性を持てる存在を見つけてもらいたいものです」

「ご子息というと……ああ、そちらの方ですね?」

「ええ。私の末の息子で黒烏(くろう)と申します」

「は、初めまして、黒烏と申します……」

 

 黒羽さんが紹介し終わると同時に黒烏さんが緊張した面持ちで自己紹介をすると、黒羽さんはその様子をチラッと見てから話を続けた。

 

「……黒烏はまだ幼いため、様々な事を教えている最中です。ですが、いずれは私共のように高皇霊産尊様に仕えさせて頂こうと考えております。ただ……もし自分でやりたい事を見つけたその時には、親としてそれを応援してやりたいと思っております」

「ふふ、そうですね。それに今回黒烏さんをお連れになったのも、見聞を広げて欲しいからですよね?」

「はい。本日は天斗殿だけではなく、この後も様々な方々のお住まいを訪れる予定ですので、その際に何か一つでも興味の惹かれるものを見つけてくれればと思っております」

「ふふ、そうですね」

 

 黒羽さんの言葉に小さく笑いながら答えた後、天斗伯父さんは穏やかな表情を浮かべながら言葉を続けた。

 

「さて……それではそろそろ本題に入るとしましょうか」

「はい。本日、天斗殿を訪ねたのは、高皇霊産尊様より神々の新年を迎える行事についての言付けを賜ったからです」

「ああ、毎年行っている新年会についての連絡ですね?」

「はい」

 

 そして黒羽さんは、今回の神様達の新年会の主催を務める高皇霊産尊様からの連絡事項を話し始めた。神様達の新年会、それは毎年元旦に行われているもので、どうやらその年の主催神によって開催される場所が違うらしい。

そしてその場には日本だけじゃなく、世界中のあらゆる神様達が一堂に会するため、毎年神様間での異文化交流なんかも行われているようだ。因みにこの神様達の新年会、自分に仕えている霊獣や幻獣など、他には家族や友人などを連れて来ても良いため、一応俺や『絆の書』の住人達も参加することが出来る。

しかし、新年早々家をずっと空けておくわけにもいかないため、俺達は参加せずに留守番をしているのだ。

 

 ……まあ、正直なところ神々の会話とかは凄く興味はあるけどな。

凄い壮大な話をしたりするのか、それともこの前の天斗伯父さんと白兎神様みたいな日常的な話でもするのかとか気になるところだし。

 

 黒羽さんの話を聞きながらそんな事を考えていた時、和室の襖がスーッと開くと、4つの湯飲み茶碗が載ったお盆を持ったこころと兎和が静かに入ってきた。

 

「こころ、それに兎和か。もしかして義智に頼まれて持ってきてくれたのか?」

「はい。先程、義智さんから和室に柚希さんと天斗さんとは霊力と神力を感じるから、人数分のお茶を運ぶようにお願いをされましたので♪ ね、兎和ちゃん」

「はい。ただ……私はまだお盆とかは持てないので、そのまま着いてきただけになっちゃいましたけど……」

「いや、だとしても手伝いをしてる事に変わりないし、俺は偉いと思ってるぞ、兎和」

「えへへ……ありがとうございます、柚希お兄ちゃん……♪」

 

 兎和が少し嬉しそうに返事をした時、黒羽さん達の視線が兎和へと注がれた。すると、突然黒烏君がとても驚いた様子で小さく声を上げた。

 

「あれ? もしかして……兎和、ちゃん?……」

「……え? あ、もしかして……黒烏君?」

「うん、そうだよ! 久しぶりだね、兎和ちゃん」

「うん、本当に久しぶりだね、黒烏君」

 

 そして黒烏君と兎和はとても嬉しそうに会話する様子を見ながら、俺は黒羽さんに話し掛けた。

 

「兎和と黒烏君は友達だったんですね」

「ええ。一年ほど前に、高皇霊産尊様より賜った言付けを白兎神様の元へお伝えしに行く際にちょうど黒烏を連れていっておりまして、どうやらその時に仲良くなったようです」

「なるほど」

 

 ……まあ、子供っていつの間にか仲良くなってるものだしな。

 

 そんな事を思いつつ、兎和と黒烏君の微笑ましい様子を眺めていると、いつの間にか俺達の目の前に湯飲み茶碗を置き終わっていたこころがクスクスと笑いながら静かに声を掛けてきた。

 

「兎和ちゃん、とても嬉しそうですね……♪」

「……ああ、そうだな」

 

 そんな会話を交わしながら、兎和達の事を見ていた時、ふと黒羽さんの方へ視線を向けると、黒羽さんは兎和と話しながら楽しそうに笑う黒烏君の事をジッと見つめていた。しかしすぐに真剣な表情になると、天斗伯父さんの方へと視線を戻してから、再び高皇霊産尊様からの連絡事項を話し始めた。そしてそれから数分後、

 

「……以上が今回の新年会における高皇霊産尊様より賜った言付けの全てです」

 

 黒羽さんはとても落ち着いた様子でそう言葉を締めくくった。

 

 ……うん、やっぱり神々の新年会だけあって、開催場所とかも凄かったな……。

 

 途中途中に聞こえてきた参加者である神様達の名前はさることながら、今回の新年会の開催場所の名前もやっぱり凄かったため、俺は話を聞きながら会場内の様子を想像し、少しだけ冷や汗をかいていた。

 

 ……もし、この近くに住んでる人がこの事を知ったら、絶対に驚く……いや、もしかしたら元旦から近所の人が皆集まって神様達を崇め始めるかもしれないな……。

 

 そしてその想像の中の人達が、御神体まで作り始めたその時、黒羽さんが静かに息を吐いてから、ゆっくりとその場に立ち上がった。そして俺達の顔を見ながら静かな声で話し掛けた。

 

「それでは皆様、そろそろ私達は失礼致します。そしてとても美味しいお茶、ご馳走様でした」

「はい。この後も頑張って下さいね、黒羽さん」

「黒羽さん、頑張って下さい」

「はい、ありがとうございます」

 

 黒羽さんは深々と一礼をした後、まだ楽しそうに話をしていた黒烏君に声を掛けた。

 

「では、黒烏。次の方のお住まいを訪ねに行くぞ」

「……あ、うん……」

 

 黒烏君は少々残念そうに返事をした後、ゆっくりと座布団から立ち上がり、スッと黒羽さんの隣へと動くと、俺達の方に顔を向けた。

 

「それでは、失礼致します」

「はい、頑張って下さいね、黒烏さん」

「頑張って下さい、黒烏君」

「……はい、ありがとうございます」

 

 そして黒烏君は、黒羽さんのように深々と一礼をした後、兎和の方へと向き直り、静かにニコッと笑いながら声を掛けた。

 

「それじゃ……またね、兎和ちゃん」

「うん……またね、黒烏君」

 

 兎和への挨拶を終えた後、黒烏君は黒羽さんの方へと向き直った。そしてそれを確認すると、天斗伯父さんは俺達の方へ視線を向けてから声を掛けてきた。

 

「それでは、私はお見送りをしてきますので、柚希君達は大掃除の続きをお願いしますね?」

「はい、分かりました」

「了解です♪」

「はい!」

 

 俺達の返事を聞くと、天斗伯父さんはコクンと頷き、黒羽さん達と一緒に静かに和室を出て行った。

 

 さてと……それじゃあ早速大掃除を再開するか。

 

 そう考えた後、こころ達の方に視線を向けるとこころ達は静かに和室の後片付けを始めていた。

 

 ……っと、その前にこっちを先にやっちゃうか。

 

「よし……それじゃあささっと和室を片づけて、その後に大掃除を再開するぞ」

「はーい♪」

「はい!」

 

 そして俺達は、早めに和室の後片付けを終え、自分達がやっていた大掃除の続きをやり始めた。

 

 

 

 

そして来るべき元旦の朝、

 

「柚希君、明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとうございます、天斗伯父さん」

 

俺は和室で天斗伯父さんに新年の挨拶をしていた。

 

 一年の計は元旦にありって言うし、やっぱり新年の挨拶はしっかりとしないとな。

 

 そして俺は傍らに置いていた『絆の書』の表紙に手を置き、静かに魔力を注ぎ込んだ。すると、『絆の書』から幾つもの光の珠が浮かび上がり、俺の隣へふよふよと移動した。そしてそれは次々とそれぞれの姿へ変化していくと、程なくして皆の姿が俺の隣にズラッと並び、それぞれの言葉で新年の挨拶を口にし始めた。

 

 ……うん、全員揃っての新年の挨拶はやっぱり気持ちが良いな。

 

 皆の新年の挨拶を聞きながら、俺は静かにそう感じていた。

 

 

 

 

 数時間後、俺達は新年会へ向かう天斗伯父さんを見送るために、玄関に集合していた。天斗伯父さんは俺達の顔を見て、ニコッと笑ってから、穏やかな声で話し掛けてきた。

 

「それでは皆さん、行って来ますね。柚希君、お留守番はお願いしますね」

「はい、天斗伯父さん」

「シフル、お前ならば心配はいらないと思うが、羽目を外しすぎたりするなよ?」

「ふふ、肝に銘じておきますね」

 

 義智の言葉に天斗伯父さんがクスクスと笑いながら答えたその時、玄関の向こうから幾つかの神力と霊力を感じた。

 

 ……あれ、この神力と霊力って……。

 

 そして皆もそれらに気付き始めると、天斗伯父さんは穏やかな笑みを浮かべながら、静かに玄関のドアを開いた。するとそこにいたのは、兎和の高祖母である白兎神様と先日訪ねてきた黒羽さんと黒烏君だった。

 

「白兎神様……それに黒羽さんに黒烏君……? ……って事は、もしかして……」

「……なるほどねぇ。道理でいつものあのドアを出さねぇと思ったら、このお人達と一緒に行く事にしてたってぇ事か……」

 

 俺と風之真の言葉を聞くと、天斗伯父さんはコクンと頷きながら答えてくれた。

 

「はい、その通りです。……まあ、実を言うと理由はそれだけではないんですけどね」

「ん~……? それってどういう事なんですか? 天斗さん」

 

 天斗伯父さんの言葉を聞き、雪花が不思議そうな声で聞くと、白兎神様が静かに微笑みながらそれに答えてくれた。

 

「ふふ……それはですね、新年会へ行く前に兎和の様子を一度見ておきたかったからですよ」

「私の……様子を……?」

「ええ」

 

 そして白兎神様は兎和へゆっくりと近付くと、優しい笑みを浮かべながら兎和の事を静かに撫で始めた。

 

「……兎和、皆さんと仲良くしてる?」

「……うん、大丈夫だよ」

「ふふっ……それなら良いです。これからも自分なりに精一杯頑張ってね、兎和……♪」

「うん……♪」

 

 兎和がとても幸せそうな表情を浮かべながら静かに頷きつつ答えると、白兎神様はそれを優しい表情で見つめた後、俺達の方へ視線を向けた。

 

「皆さん、これからも兎和の事をよろしくお願い致しますね」

『はい』

 

 俺達が声を揃えて返事をすると、白兎神様は穏やかな笑みを浮かべながらコクンと頷いた。そして、白兎神様が兎和からスッと手を離し、そのまま静かに後ろへ下がると、今度は黒羽さんと黒烏君が前へと出て来た。

 

「そしてもう一つの理由、それは……今日一日、黒烏をこちらでお預かりして頂きたいからです」

「黒烏君を……ですか?」

「はい、その通りです」

 

 黒羽さんが静かに答えると、雷牙と黒銀が不思議そうな様子を見せた。

 

「……少々腑に落ちんな」

「そうじゃな……神々の新年会には、多くの神々が出席するはず。となれば、これから神に仕えていくモノとして、名を知られる良い機会ではないのか?」

「……それはたしかにそうです。ですが……」

 

 黒羽さんは一度黒烏君の事をチラッと見た後、俺達の方に視線を戻してから言葉を続けた。

 

「今の黒烏にとって、それよりも必要な事があると私は考えているからです」

「それよりも必要な事、ですか……?」

「はい。先日、こちらを訪ねた際、私は人間と神、そして妖や幻獣といった様々な方々が共に協力し合う光景、そしてそれに対して黒烏が興味を惹かれている様子を目にしました。そしてその時、私は一日でもこの環境──皆さんのいるこの場所で共に暮らすことで、黒烏が何か見つけられるのではないかと思ったのです」

「……それが黒烏君にとって必要な事、なんですね?」

「はい。先日も申しましたが、もし黒烏にとってやりたい事があれば、親としてそれを応援するつもりです。そしてこれによって黒烏にとってやりたい事が見つからなかったとしても、この体験は黒烏の成長に繋がると考えております」

「なるほど……」

「……もちろん、これが私の勝手な願いであるのは百も承知です。ですが……もし、皆さんさえよろしければ、今日一日だけでも黒烏と共に暮らして頂けないでしょうか?」

「黒羽さん……」

 

 俺は黒羽さんのその姿──親として子を思うその姿を見た後、ニッと笑いながらそれに答えた。

 

「もちろん、俺は大丈夫です。皆はどうだ?」

「……ふん、ここまで親に言わせておいて、それを突っぱねるほど心は狭くないつもりなのでな」

「へへっ、だな!」

「ふふ、もちろん私も大丈夫です♪」

「八咫烏と共に過ごす元旦なぞそうそう無い体験じゃからな。こちらも色々と学ぶ良い機会と言えよう」

「ふふっ、たしかにそうですね」

「ワンワウンッ!」

「もちろん、私もオッケーだよ♪」

「私も当然問題は無いな」

「ボクももちろん大丈夫だよ」

「もちろん、私も大丈夫です、柚希お兄ちゃん」

「うん、分かった」

 

 皆の返事を聞いた後、俺は黒羽さんの方へと向き直った。

 

「黒羽さん、安心して下さい。今日一日、黒烏君の事をしっかりと預からせて頂きます」

「柚希殿……皆さん……本当に(かたじけな)いです」

 

 そして黒羽さんは、黒烏君の方へ視線を向けると、静かな声で黒烏君に話し掛けた。

 

「黒烏、無理にとは言わん。だが、皆さんとの生活の中で、何か自分の成長に繋がるものや、興味を惹かれるものを探してみてくれ」

「……はい、父さん」

 

 黒烏君は静かに答えた後、スッと俺達の目の前に立ち、ペコッと頭を下げながら俺達に声を掛けてきた。

 

「……皆さん、今日一日よろしくお願いします」

「うん、こちらこそよろしく、黒烏君」

 

 俺が代表して答えながら、握手をするために右手を差し出すと、黒烏君は少しだけ迷ってから静かに俺の手を取り、しっかりと握手を交わした。

 

 まあ、会うのもこれで2回目だし、こういう反応も仕方ないよな。

とりあえず、今日は少しでも仲良くなる事を目標にして頑張ってみるか。

 

 黒烏君と握手を交わしながら決心していると、その様子を見ていた天斗伯父さんがクスッと笑ってから、俺達に声を掛けてきた。

 

「それでは皆さん、今度こそ行って来ますね」

「では、行って参ります」

「それでは、行って参ります」

『はい』

『うむ』

 

 俺を含んだ風之真達の返事と義智達の返事を聞いた後、天斗伯父さんはクルッと振り返り、右手を目の前に翳した。すると、天斗伯父さんの目の前に徐々に銀色の扉が姿を現し、完全に現れた瞬間、静かにゆっくりと独りでに開いた。そして、天斗伯父さん達の姿が扉の向こうに消えると、銀色の扉は静かに姿を消していった。

 

 うーん……やっぱりいつ見てもこの扉って、色とか見た目はところどころ違うけど、某青いロボットが出してくれる某未来道具っぽいんだよなぁ……。

 

 そんな事を考えている内に、扉は完全に姿を消し、その場には俺達だけが残された。

 

 ……まあ、アレについては後々訊けば良いか。

 

 件の扉についてそう結論付けた後、俺は皆の方へと向き直り、穏やかな笑みを浮かべつつ皆に声を掛けた。

 

「それじゃあそろそろ居間に戻ろうか。雪花ならともかく、いつまでもここにいたら寒いだろうからさ」

「たしかにそうだね。私は雪女だからこのくらいの寒さは平気だけど、皆はそうはいかないしね」

「そういう事だ。さてと……それじゃあ戻ろうか、皆」

 

 そしてその言葉に皆が頷いた後、俺はドアを静かに閉めてから、皆と一緒に居間へと戻った。居間に戻ると、風之真とアン、そして鈴音がすぐさま暖房の近くに置かれた専用スペースへ向かってスーッと飛んでいった。

そして、そのスペースへ静かに降りると、風之真達は送られてくる暖風を感じ、ホッと息をつきながらとても幸せそうな表情を浮かべた。本当なら風之真達のためにも炬燵を置いた方が良いんだが、居間には既に少し高さのあるテーブルが置かれているため、炬燵を置く場所が無く、去年まではホットカーペットや和室の方の炬燵で凌いでもらっていた。

しかしそれについて義智達と相談した結果、暖房の前に少し太めのホースのような物を、そして暖房の横にホースの先が填まるほどの穴を開けた少し大きめの箱を置く事で、その箱の穴にホースを通し、ホースから暖気を送られてくる冬だけの風之真達の専用スペースを作る事にしたのだった。

因みに風之真達的にはこの専用スペースはとても快適らしく、最近は先程述べたような様子でのんびりとしてる姿を良く目にするようになった。

尚、一応部屋にエアコンは設置されているのだが、皆が言うにはエアコンを使うよりも今のやり方の方が良いとの事だったので、エアコンは夏の冷房限定となっている。

 

 せっかく皆で住んでるわけだし、皆が住みやすいようにしてやりたいもんな。

 

 風之真達の様子を見ながらそんな事を考えていた時、黒烏君が少し緊張した様子で俺に話し掛けてきた。

 

「柚希さん……父さんから自分の成長に繋がるものを出来る限り見つけてみろと言われましたが……本当に見つかるでしょうか……?」

「んー……そうだな……」

 

 俺は少し考えてから、黒烏君の顔を見ながら言葉を続けた。

 

「正直なところ、俺にも見つかるかは分からない……かな?」

「……そう、ですか……」

「うん。でもさ、たとえ見つからなかったとしても、それはそれでも良いと思うんだ」

「……え?」

 

 俺の言葉に黒烏君が驚きの声を上げる中、俺は静かに言葉を続けた。

 

「ここでそれが見つからなかった場合、それはここにはなく、他の場所にあるかもしれないって事になる。そう考えたらさ、これから自分が出会う物全てに興味が湧いて、それの事を知ろうって気にならないか?」

「それは……確かにそうかもしれませんけど……」

「それにちょっと他人事な言い方になっちゃうかもしれないけどさ、そうやって色々な物を見たり知ったり、触れたり感じたりするだけでも成長って出来るもんなんだ」

「それだけで……成長が……」

「ああ。それと……黒羽さんはああ言ってたけどさ、たぶんこんな風に考えてたから、黒烏君を俺達の所に預けたんだと思うんだ。ちょっと悪い言い方をすれば、ここにいるのはある意味個性的な奴らばかりだからさ」

 

 俺がニコッと笑いながら言うと、話を聞いていた義智が呆れた様子で声を上げた。

 

「そうは言うが……一番個性的なのはお前だろう? 柚希」

「え、そうか……?」

 

 俺が不思議そうに声を上げると、義智を除いた『絆の書』の住人達が納得した様子で次々と声を上げ始めた。

 

「うーん……確かにそうかもしれねぇなぁ」

「柚希さんには申し訳ないですけど、義智さんの言う通りかと……」

「柚希よ、そもそも何故自分が個性的ではないと思っていたのだ?」

「ちょっと違うかもしれませんけど、私達の名前をすぐに答えられる時点でかなり個性的な気が……」

「クゥン……」

「正直、柚希以上に個性的な人間って見た事ないしね」

「うむ、まったくだ」

「世界のどっかにはいるだろうけど、この辺りだと柚希が1番でしょ」

「え、えっと……ごめんなさい、柚希お兄ちゃん……」

「そ、そうか……」

 

 ……うん、ここまでズバッと言ってくれるのは、皆が俺の事を信頼してくれてるからなんだろうけど、いざこんな風に言われると、それはそれで来る物があるな……。

 

 風之真達の言葉に俺がどんな顔をしたら良いのか分からなくなりつつも、ふと黒烏君の方に視線を向けてみた。すると、黒烏君は俺達の会話を聞き、少しポカーンとした表情を浮かべていたが、徐々に口から笑いを堪えるような息が漏れ始めると同時にその表情が楽しそうな物へと変わっていった。そして、それを見た風之真がニヤッと笑ったかと思うと、専用スペースからスーッと黒烏君の方へ飛び、とても面白そうな様子で声を掛けた。

 

「なぁ、黒坊。笑いてぇときゃあな、しっかりと笑った方が気持ちが良いってぇもんだぜ?」

「ふふ……! け、けど……それだと柚希さんに失礼、になるんじゃ……!」

「んー……まあ、やり過ぎちまったらそうだろうなぁ。でもな、黒坊。おめぇはどうにも固ぇところがある。それはおそらく、俺らに対してどこか遠慮って奴を感じてるからだろうな……」

「そ、それは……!」

「まあ、それはおめぇの性格だったり、世話になる相手に対して失礼を働けねぇからなんだろうな。だがな、俺が言えたことでもねぇかもしれねぇが、俺もおめぇもまだまだペーペーのガキだ。

そりゃ大人になったら始めてやる事以外の失敗なんてのは殆ど出来やしねぇさ。だが、その反対に俺らガキの内ってのはな、失敗して学ぶのに丁度良い機会なんだ」

「失敗して学ぶのに丁度良い機会……」

「おう。それにな、柚希の旦那にしても、他の『絆の書』の連中にしても、『間違った叱り方』なんてのはしねぇ。だからそういう連中が近くにいる時は、失敗なんて恐れずにとりあえずやってみな。

それが合ってりゃあそれで良いし、間違ってりゃあ他の連中が合ってる方へしっかりと導いてくれる。だからよ……」

 

 そして風之真はニッと笑いながら言葉を続けた。

 

「とりあえず、笑いたいときゃあ笑っとけ。柚希の旦那はあんな程度じゃあ怒ったりしねぇからよ。な、柚希の旦那」

 

風之真は明るく言いながら俺にアイコンタクトを送ってきた。そしてそのアイコンタクトから察するに、どうやら風之真は俺にも一芝居打って欲しいようだった。

 

 ……やれやれ、仕方ないか。

 

俺は静かにそう思った後、少し明るめな口調で話し始めた。

 

「んー……まあ、そうだな。風之真の言う通り、あのくらいの軽口とかは日常茶飯事だしな。……ただ、たまに風之真が悪乗り過ぎる時はあるけど」

「おっとぉ、そいつぁ違ぇぜ? 柚希の旦那。あれは悪乗りなんかじゃなく、ちょっとしたふれあいって奴だぜ?」

「ほう……? すやすやと寝てるオルトを驚かした結果、慌てたオルトが隣に寝てた雷牙の尻尾を踏んで、更にそれに驚いた雷牙の雷が俺に直撃しそうになったのをお前はふれあいと言うのか……?」

 

 俺がわざと声を低くしながら微かな霊力を周囲に流すと、風之真は突然演技なのか演技じゃないのか分からない程に焦り始めた。

 

「へ……いやいやいや! 俺が考えてんのは別の事だって!!」

「ほう……? それなら一体何の事だって言うんだ……?」

「え、えーと……それはだなぁ……!」

 

 風之真がとても焦った様子で目を泳がせている様子を見ながら、こっそり黒烏君の方へ視線を向けてみた。すると、黒烏君は俺達の事を見ながらどうしたら良いのか分からない様子でオロオロとしていた。

 

 ……あ、もしかして……やり過ぎたかな……?

 

 俺はすぐさま風之真に黒烏君の方を向くようにアイコンタクトを送ると、風之真は不思議そうな表情をしながら横目で黒烏君の様子を窺った。そして黒烏君がオロオロとしている事に気付くと、風之真はしまったという表情を浮かべながら、慌てて黒烏君に話し掛けた。

 

「だ、大丈夫だ黒坊! 柚希の旦那は怒っちゃいねぇから! な、柚希の旦那!」

「あ、ああ! 今のは風之真から演技を頼まれたからで……!」

 

 俺達が焦りながら言ったその時、突然黒烏君の顔から困惑の色などが消えると、ニコッと笑いながら俺達の言葉に答えた。

 

「ふふっ、大丈夫です、全部分かってますから」

「……へ? まさか黒坊……おめぇ、俺らの企みが全部分かってた上にあんな芝居まで打ってたってぇことか……?」

「はい。……と言っても、途中から柚希さんが霊力を流し始めた時はちょっと焦りましたけどね」

「あー……たしかになぁ……。柚希の旦那、流石にありゃあ怖ぇって……」

「あ……うん、ごめん。ちょっと緊迫感を出そうかなと思って、やってみたんだけど……やっぱりやり過ぎだったかな……?」

「……ああ、アレは本当にそうだぜ、柚希の旦那。それにあの時の話まで出してくるしよぉ……」

「……うん、それは本当にごめん」

 

口をとがらせながら言う風之真に俺は心の底から謝った。そう、話題にしたその事件自体は本当にあった事だ。そして事件の後にしっかりと風之真は皆に謝っていたのだが、風之真からアイコンタクトを送られた時、すぐに思い付いたのがこの事件だったため、俺は口にしたのだった。

 

 ……風之真には後でちゃんとお詫びをしないとな。

 

 風之真に対して俺が申し訳なさを感じていると、風之真がふとこころの方へジトッとした視線を向けた。

 

「こころ……お前はぜってぇ分かってたよなぁ……?」

「ふふっ♪ はい、もちろん分かってましたよ♪」

「だよなぁ……後は義智の旦那に黒銀の旦那、それに雷牙の旦那辺りもぜってぇ分かってたよなぁ……?」

「ふん、当然だ」

「黒烏の様子を見れば一目瞭然じゃったからな」

「……だが、そこで言ってしまっては面白くなかったのでな。なので、柚希と風之真には悪いが、こっそりと楽しませてもらったぞ」

「あはは……楽しんでくれたようで良かったぜ……。なぁ……柚希の旦那……?」

「……ああ、そうだな。でも……」

 

 そして俺は口元を綻ばせながら黒烏君の方へと視線を戻し、ニッと笑いながら言葉を続けた。

 

「黒烏君がこんなドッキリを仕掛けてくれたのは、やっぱり大きな一歩だと思うぜ?」

「……へへっ、まあな。いきなりあんな芝居を仕掛けてきたんだ、黒坊……いいや、黒烏も少しは俺らに慣れてきたって考えても良い気がするからな。だろ、黒烏?」

「ふふ……そうですね。

僕は元々こういうイタズラは好きなんですが、やっぱりさっきの風之真さんの言葉が無かったら、こういう事は出来なかったと思いますから」

「へへっ、だよなぁ。……ったく、とんだ役者だぜ、おめぇはよ」

「ふふっ、ありがとうございます、風之真さん……いや、風之真お兄さん」

「お、お兄さんって……おめぇなぁ……」

 

 黒烏君の言葉に風之真は少し困惑した様子を見せたが、すぐに小さく笑いながら言葉を続けた。

 

「……ま、弟分とか妹分が増えんのはいつものことだしな。だから俺にどこまでやってやれっかは分かんねぇけど、出来る限りおめぇの事を支えてみてやるよ。柚希の旦那の1番の弟分兼おめぇ達年下の兄貴分としてな!」

「はい! よろしくお願いします、風之真お兄さん!」

「おうよ!」

 

 嬉しそうな黒烏君の言葉に風之真も嬉しそうな表情を浮かべながら答えた。

 

 さてと……俺は風之真達の長兄として、風之真がどんな風に黒烏君に接するのか見せてもらうとするかな。

 

 とても楽しそうに笑い合う次男と仮の弟分の様子を見ながら俺は静かに口元を綻ばせた。

 

 

 

 

 そしてその日の夜7時頃、俺達が協力して晩御飯の準備をしていたその時、玄関の方からドアがゆっくりと開く音が聞こえ、それと同時に天斗伯父さん達の神力が漂ってきた。

 

 あ……天斗伯父さん達が帰ってきたな。

 

 俺は居間の机を拭く作業をこころに任せた後、天斗伯父さん達を迎えるために玄関へと向かった。そして玄関に着いてみると、そこには出掛けた時と変わらない様子の天斗伯父さん達の姿があり、俺の姿を見ると天斗伯父さんと白兎神様はニコッと笑いながら、そして黒羽さんはピシッとした様子で声を掛けてきてくれた。

 

「ただいま戻りました、柚希君」

「ただいま戻りました、柚希さん」

「ただいま戻りました、柚希殿」

「……はい、お帰りなさいです、皆さん」

 

 三者三様の挨拶をしてくれた天斗伯父さん達に対し、俺は静かに微笑みながら挨拶を返した。そして、天斗伯父さん達と軽い会話を交わしながら一緒に居間へ戻ってみると、机の上に強い決心を秘めた目をした黒烏君が立っており、更にその少し後ろには黒烏君の様子を見守るように風之真が真剣な表情を浮かべながら立っていた。

 

 黒烏君……頑張れよ。

 

 俺は心の中でエールを送った後、黒羽さんと黒烏君が話をしやすいようにスッと横に避けた。そして黒羽さんは、黒烏君の目を見て、コクンと頷いてから静かに飛び立った後、黒烏君の目の前へ音を立てずに降り立ち、真剣な表情を浮かべながら黒烏君に声を掛けた。

 

「……黒烏、お前の答えを聞かせてもらおう。お前はこちらでお世話になっている間に自分の成長に繋がるものを見つけられたか?」

「……いいえ、見つけられていません」

「……そうか」

「でも……」

「でも……何だ?」

 

 黒羽さんが静かに訊くと、黒烏君は黒羽さんの目を真っ直ぐに見ながら言葉を続けた。

 

「これからの……僕の目標は見つかりました」

「ほう……? それで……それは何なのだ?」

「僕の目標、それは……柚希さんや風之真お兄さん、そして他の皆さんと共に生活をしながら、様々なものと出会う事で、自分を立派に成長させる事です」

「……なるほどな。しかし……こう言ってはなんだが、別にここで無くともお前は様々なものと出会う事は出来るのでは無いのか?」

「……いいえ、出来ません」

「……ならば、その理由を聞かせてもらおうか」

「……はい。僕は今まで……高皇霊産尊様に仕える父さんや兄さん達を見て、自分もこうならなければいけない、高皇霊産尊様だけでなく、様々な方に失礼の無いようにしないといけないと考え、それだけを自分の目標として生きてきました」

「……」

「……しかし、風之真お兄さんはそんな僕にこう言ってくれたんです。

『子供の内は失敗をして学ぶのに丁度良い機会なんだ』

と。そして、

『正しく叱ってくれる相手がいる時は失敗を恐れずにとりあえずやってみろ。

やったことが正しかったらそれはそれで良いし、ダメだったらその相手がしっかりと導いてくれるから』

と……」

「……」

「その時に僕は思ったんです。

『この人達と一緒に様々なものを見る事が出来たら、絶対に楽しいだろうし、それを自分の成長に繋げていけるだろう』

と……」

「そうか……」

 

 黒羽さんは静かに息をついた後、再び真剣な様子で言葉を続けた。

 

「……それがお前の答えであり、お前の思いなんだな? 黒烏」

「……はい」

 

 黒烏君がとても真剣な様子で答えると、黒羽さんは再び静かに息をついた。そして、俺達の方へと顔を向けると、深々と頭を下げながら静かに口を開いた。

 

「皆様、私の息子を、黒烏の事をどうぞよろしくお願い致します」

「父さん……それって……!」

「……言ったはずだ、お前のやりたい事や興味を惹かれる事があれば、それを親として応援する、とな。それに……お前があそこまで真剣に頼み込んできたのは今回が初めてだ。そこまで本気であるならば、それを止める権利は私には無いからな」

「父さん……ありがとう!」

「礼など良い。だが……自分で言い始めた事だ。しっかりと最後までやり遂げるのだぞ、黒烏」

「……はい!」

 

 黒烏君がとても嬉しそうに答えると、風之真は緊張が解れた様子で静かに息をつき、ペタンとその場に座り込んだ。俺はその様子を見て、クスッと笑いながら風之真に声を掛けた。

 

「弟分がしっかりとやれた姿を見て、その安心から力が抜けたみたいだな」

「……ああ。あいつが話してた時、俺もかなり緊張してたからな……」

「だろうな。……でも、しっかりとお父さんに自分の気持ちを伝えられたわけだし、兄貴分としてこれからも頑張れよ? 風之真」

「……おうよ!」

 

 風之真のいつものように明るい返事を聞いた後、俺は黒羽さんの所へと歩いた。そして黒羽さんの目の前に立った後、真剣な表情を浮かべながら黒羽さんに話し掛けた。

 

「それでは黒羽さん、黒烏君をお預かり致します」

「はい、よろしくお願い致します、柚希殿」

 

 そしてお互いに深々と一礼をした後、俺は机の片隅に置いていた『絆の書』を手に取り、空白のページを開いてからそれを黒烏君の前へと出した。そう、あの後に黒烏君には俺が転生者である事や『絆の書』の事については伝えていた。

そしてその際に黒烏君自身はこの『絆の書』の住人となる事を望んでいたのだが、まずは黒羽さんに自分の気持ちを伝え、それを認められる必要があったため、まだ『絆の書』への登録はしていなかったのだ。

 

 これでようやく黒烏君……いや、黒烏の願いを叶えてやれるな。

 

 そして俺はニッと笑いながら黒烏に声を掛けた。

 

「それじゃあ黒烏、この空白のページに自分の力を流し入れてくれ」

「はい!」

 

 元気良く返事をした後、黒烏が右の翼を空白のページに置いた事を確認し、俺は左手で『ヒーリング・クリスタル』を握りながら、右手で空白のページへと触れた。

その後、いつものように『絆の書』へと魔力を流し込むイメージをし始め、体の奥に湧いている魔力が腕を伝って右手へと集まり、右手の中心にある穴から『絆の書』へと流れ込んでいくイメージを感じながら、俺は静かに魔力を流し込み続けた。

そして必要な量が流れ込んだ瞬間、いつものように頭が少しキーンとなったが、俺はそれを難なく耐え抜いた。

 

 さて、こっちはどうかな?

 

 俺が『絆の書』へ視線を向けると、そこには木の枝に留まりながら遙か彼方を見つめる黒烏の姿と八咫烏についての詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 よし……今回も無事に成功っと。後は……。

 

 俺は黒烏のページに再び右手を置き、静かに魔力を注ぎ込み始めた。そしていつも通りに黒烏のページから光の珠が浮かび上がり、さっきまで黒烏が立っていた所へふよふよと移動した後、それは徐々に黒烏の姿へと変化していき、俺は黒烏の姿が完全に現れてから静かに声を掛けた。

 

「黒烏、居住空間は住みやすそうか?」

「はい! とっても素晴らしい場所だと思います!」

「そっか、喜んでくれたようで良かったよ。さて……」

 

 俺は右手を差し出しながら言葉を続けた。

 

「改めてこれからよろしくな、黒烏」

「はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 そして俺達がガッチリと握手を交わしていると、天斗伯父さんが穏やかな笑みを浮かべながら俺に声を掛けてきた。

 

「それでは話も無事に済んだことですし、早速夜ご飯の準備を再開しましょうか」

「はい」

 

 そして天斗伯父さんはコクンと頷いた後、何かを思い付いた様子で白兎神様達に話し掛け始めた。俺はその様子を見た後、ある事を話すためにキッチンにいる義智の元へと向かった。キッチンに入ってみると、義智は材料を取り出すために冷蔵庫を開けている所だった。

 

 さて……俺も一つ上のステップに進まないとな。

 

 俺は義智に近付いてから静かに話し掛けた。義智は少し不思議そうに振り向いたが、俺の目を見た瞬間、とても真剣な表情を浮かべた。そして俺はその義智の表情を真っ直ぐに見つめながら、頭の中で考えていたある事を口にした。

 

 

 

 

 翌日の朝6時頃、オルトの散歩を終えた俺は義智と共に完全に締め切られた和室の中にいた。

和室の中には俺達だけしかおらず、灯りは中心に立てられた一本の蝋燭(ろうそく)がぼんやりと放つ物だけだった。

そして俺は義智の隣で正座をしながら、静かにゆっくりと手に持った和紙に書かれている経文を唱えていた。

経文を唱えている間、俺の視界には読み上げた文字達が和紙から次々と飛び出し、まるで渦を巻くようにぐるぐると動く様子が見えており、少しでも気を抜くとその文字達の渦の中へ飲み込まれてしまうような錯覚に襲われていた。

しかし俺はそれに耐えながら静かにゆっくりと経文を唱え続けた。

読み上げた文字達が俺の中に入り込み、奥の方に湧いている力と一体化していくようなイメージを浮かべながら。

そしてどのくらい読み続けたか分からなくなった頃、義智が静かに口を閉じ、ゆっくりと立ち上がると、締め切っていた和室の襖などを次々と明け始め、最後に蝋燭の火を静かに消した。

するとその瞬間、俺は強い脱力感と空腹に襲われ、体が前へグラリと倒れ込んだ。

 

 くっ……やっぱり最初はきついな……!

 

 俺が何とか体を一人で起こしていると、義智は静かな声で俺に話し掛けてきた。

 

「今日の所はここまでとするぞ、柚希」

「あ……うん、分かっ、た……」

 

 俺は少し途切れ途切れになりながらも義智に返事をした。

昨日の夜、俺は義智に力の強化のためのトレーナーになってくれるように頼んでいた。と言うのも、義智は良く一人で瞑想をしているため、こういう事を頼むのにはピッタリな存在だったからだ。

俺が話をした時、義智は少しだけ不安そうな様子を見せていたが、俺がしっかりと気持ちを伝えると、静かにこの事を了承してくれた。

そして夕食後、白兎神様達を天斗伯父さんが送りに行っている内に俺達はやり方を相談し、その準備も終わらせていた。

それでようやく今に至るわけなのだが……やっぱりやり慣れていない分、最初はキツいようだった。

 

 ……そういえば、先の未来で夕士がこの方法と同じような物をやってた時も似たような事になってたっけ……。

 

 そんな事を考えつつ、俺が息を整えていると、義智が静かな声で話し掛けてきた。

 

「……柚希よ、お前の求める力とは何だ?」

「……俺が求める力、か……そんなの決まってるよ、義智」

 

 俺は精一杯ニッと笑いながらそれに答えた。

 

「『手が届く人』も『手が届かない人』も助けられるような力。

それが俺の求める力だよ」

「……ふん、相変わらずお人好しで傲慢な思考だな。では、もう一つ問おう。

例え『手が届かぬ者』を追うことで己が傷付き、『手が届いた者』からの裏切りがあったとしても、お前はその思考を続ける気か? 柚希よ」

「……ああ、例えそういう事があったとしても、この力で救える人がいるなら、俺はその人達を救いたい。傲慢でもお人好しでも子供っぽくても良い。それがこの様々な力を持つ、俺の責務だと思うから」

「……ふん、責務か。そんな物、たかが一人の人間風情が背負える物でも無かろう」

「あはは……まあ、な。でも段階を踏めば少しずつそれに近付ける、俺はそう思ってるから」

「……そうか」

 

 義智は静かに答えた後、少し呆れた様子でフーッと息をついた。

 

「……まったく、奴らもお前がここまでのお人好しだとは思わんだろうな」

「……まあ、そうだろうな」

「……しかし、そんなお前を主として、そして仲間として認めたのは我らだ。そう認めた以上、お前の望みが叶うその時までお前と共に歩むことにしよう」

「……ふふ、ありがとうな、義智」

「……礼などいらん。それよりも、まずは様々なモノが負った痛みなどを可視化出来る程度にはなれ」

「……うん」

 

 義智の静かな優しさに触れた後、俺は『ヒーリング・クリスタル』の助けを借りつつ、何とか立ち上がった。

 

 さて……そろそろ朝食の時間だし、まずは『絆の書』を取りにいかないとな。

 

 そして俺はニッと笑いながら義智に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあ行こうぜ、義智」

「うむ」

 

 義智のいつも通りの返事を聞いた後、俺は新たな決意と今まで通りの信念を胸に抱きながら、自分の部屋へと戻っていった。




政実「第9話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回は八咫烏か……そういえば、絆の書の仲間になるモノを選ぶ基準とかはあるのか?」
政実「一応は。ただ、四大元素や五行思想なんかも取り入れようとしてるから、ちょっとその基準から逸れることもあるけどね」
柚希「そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしておりますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこっか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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NINTH AFTER STORY 迷える八咫烏と幾つもの言葉

政実「どうも、烏はちょっとだけ苦手な片倉政実です」
黒烏「どうも、八咫烏の黒烏です」
政実「という事で、今回は黒烏のAFTER STORYです」
黒烏「サブタイトルを見る限り、今回は風之真お兄さん達と同じような感じの話になりそうですね」
政実「さて、どうなるかな。それは読んでからのお楽しみという事で」
黒烏「わかりました。さて、それではそろそろ始めていきましょうか」
政実「うん」
政実・黒烏「それでは、NINTH AFTER STORYをどうぞ」


「ふう……」

 

 冬の寒さが更に厳しさを増し始めたある日の夜、暖房でポカポカとする室内から雪がちらちらと降るのを見ながら僕は小さく息をついた。

 

 この遠野家にお世話になる事になってから数週間、これまで色々な事をお手伝いしたり、話を聞いたりしてみたけど、まだそれらを糧に出来てるとは言えない。立派な八咫烏(やたがらす)になると決めた以上、どうにかしたいんだけど、どうしたら良いのかは未だにわかっていない。

 

「……本当にどうしたら良いかな……」

 

 小さく溜息をつきながら独り言ちた後、僕はこの遠野家にお世話になる事になった経緯を想起した。去年の師走頃、父さんが末子である僕を連れて高皇霊産尊(たかみむすびのみこと)様から賜った言付けを様々な神様にお知らせに行った事がきっかけとなり、この遠野家の皆さんや『絆の書』の皆さんと出会った。

そして、久しぶりに因幡の白兎の兎和(とわ)ちゃんと会えた事に喜びながら、僕は人間や妖、神獣達が手を取り合う姿に衝撃を受け、少しだけその輪の中に入ってみたいと思っていた。けれど、僕はそれを口には出さなかった。何故なら、将来は僕も父さん達のように高皇霊産尊様に仕える事になっていると自分の中で思っていたからだ。

そして、神様達の新年会が行われる元旦の日、兎和ちゃんの様子も見に行く事にしていた兎和ちゃんのひいひいおばあさんを連れて遠野家を訪れると、父さんは僕を一日預かってくれるよう柚希さん達に頼んだ。その理由は、僕がここで皆さんと一緒に暮らす事で僕が何か──やりたい事を見つけられるかもしれないと思ったからだった。

そして、僕を預かる事を承諾した柚希さん達と一緒に新年会に行く父さん達を見送った後、僕は遠野家で色々な体験をし、色々な話を聞いた。その中で一番印象に残り、元気づけられたのは、やっぱり風之真お兄さんの言葉だった。その言葉があったからこそ僕は父さんに自分の気持ちを伝えられたと言えるし、今こうして皆さんの輪の中に入っていけたと言えるからだ。そして、父さんが僕の気持ちを聞き、僕のやりたい事を認めてくれた事で、僕は正式に『絆の書』の一員となったのだった。

 

 でも……僕はまだ立派な八咫烏への道の第一歩すら踏み出せずにいる。はあ……どうしたら良いのかな……?

 

 また小さく溜息をついていたその時、「くーろう♪」と後ろから声を掛けられ、僕はゆっくりと後ろを振り返った。すると、そこにはニコニコと笑いながら僕を見る雪女の雪花さんの姿があった。

 

「雪花さん……僕に何かご用でしたか?」

「ううん、黒烏が外を見ながら何かを考えてる様子だったから、何を考えてるのか気になってね」

「そうでしたか……」

「それで、何を考えてたの? せっかくだから、この雪花さんにドーンと話してみなさい!」

「……実は──」

 

 僕は考えていた事を雪花さんに話した。話している間、雪花さんは時折相槌を打ちながら僕の話を真剣に聞いてくれた。そして、話を終えると、「なるほどね……」と言い、ニコリと笑うと、僕の頭を優しく撫で始めた。

 

「せ、雪花さん……?」

「黒烏、成長なんてのはねすぐに出来る物じゃないよ。色々な事を試して、色々な事を悩んで、色々な事を相談してようやく出来る事だからね」

「雪花さん……」

「実際、私だって雪女としての『力』をここまで制御するには結構苦労したよ。ね、風之真?」

 

 雪花さんがソファーの上でのんびりとしていた風之真お兄さんに声を掛けると、風之真お兄さんはゆっくりとこちらに視線を向けながら小さく頷いた。

 

「そうだなぁ。毎日義智の旦那との修行に励んではスゴくくたびれたり、考えた事を色々試してみたりしてこれまで色々頑張った結果、氷の武具を作れるようになったり、自分から出る冷気を抑えられるようになったわけだからな。正直、ここまで頑張った雪花の事は何だかんだで尊敬してるぜ?」

「ふふ、ありがとう。まあ、そんなわけで私も色々頑張った結果、ここまで成長出来たんだ。だから、黒烏もあまり焦らない方が良いよ。私には私のペースがあって、黒烏には黒烏のペースがあるんだからね」

「僕には僕のペースが……」

「……なーんて、これは私が早く自分の『力』を制御したいって焦っていた時に柚希が言ってくれた事なんだけどね」

「柚希さんが……」

「うん。その後、風之真からも自分のペースの掴み方について教えてもらったよ」

「へへ、そうだったな。まあ、そん時のくり返しになっちまうが、自分のペースなんて物は、やっていく内に掴みゃあ良いんだ。のっけからこうすれば良いなんてのはだれにもわかりゃあしねぇ。だから、ひたすら試行錯誤してみろ。

これだと思う物を試して、失敗して、そこから学んで行きゃあ良いんだ。ガキである今の内は、失敗して学ぶのにちょうど良い機会なんだからな」

「風之真お兄さん……」

「お前さん的にはどう見えてるかは知らねぇが、こう見えて俺だって今も失敗続きなんだぜ? けど、そこから色々な事を学んではそれを自分の糧にしてる。いつか本当の兄貴や妹と再会出来た時に恥ずかしくねぇようになるためにもな」

 

 風之真お兄さんが少し寂しそうな目をしながら言った時、僕はある事を思い出した。

 

「……そういえば、風之真お兄さんと雪花さんはこことは違う世界のご出身なんでしたね」

「うん、まあね。それで、私達の話を総合する限り、私達はどうやら同じ世界の出身みたいなんだよね」

「ああ。人間は一人もいなくて、色々なところに色々な妖が住んでいるんだ」

「そうそう。ただ……前に聞いた事があるんだけど、私達の世界は前に人間達の世界にいた妖が作った物で、人間の世界と繋がる扉みたいなのがあるみたいだよ」

「人間の世界と繋がる扉……」

「ああ、それなら俺も聞いた事があるな。んで、人間の世界から流れてきた文化も中にはあるんだったよな」

「そうみたいだね。因みに、私達の世界の文化は、柚希に言わせれば人間達の世界で言うところの江戸時代っていう時代に今の文化を合わせた物らしいよ」

「そうなんですね……」

 

 風之真お兄さん達が住んでいた世界、か……話を聞く限りだとスゴく楽しそうだし、行けるなら一度は行ってみたいなぁ。

 

 そんな事を思いながら風之真お兄さん達が住んでいた世界の光景を想像していると、風之真お兄さんはソファーから飛び立ち、僕の頭に静かに着地すると、ニッと笑いながら話し掛けてきた。

 

「まあ、少し話が脱線しちまったが、俺達が言いてぇのはもう少し肩の力を抜いてゆっくりとやってみろって事だ。自分で色々な事を試したり、柚希の旦那との同調能力の研究をしてみたりな」

「そうそう。例えば……義智さんに修行をつけてもらうとか柚希や天斗さんから『力』の使い方について話を聞いてみるとかね」

「なるほど……」

「まあ、例を挙げていきゃあもっと出せるが、大体はそんなとこだな」

「だね。そして、後は黒烏のやる気次第かな」

「僕のやる気次第……そうですね、僕、色々試してみます。そして、立派な八咫烏になってみせます!」

「おう、頑張れ!」

「応援してるよ、黒烏」

「はい、ありがとうございます!」

 

 風之真お兄さん達の言葉に笑みを浮かべながら答えていると、「何やら楽しそうだな」と言う声が聞こえ、そちらに視線を向けると、そこには気持ち良さそうに目を細める兎和ちゃんを撫でている柚希さんの姿があった。

 

「おう、柚希の旦那。旦那達も話に混ざるかぃ?」

「ああ、混ざる混ざる。それで、何の話をしてたんだ?」

「黒烏の話だ。黒烏が前の雪花みてぇに少し焦りを感じてるようだったから、二人で焦る必要はねぇって言ってたんだ」

「なるほど。まあでも、たしかに二人の言う通りではあるよな。焦って何かをやろうとしたって、それはあまり身につかないし、想像しているよりも大きな失敗を生む事もある。だから、時間をかけられるならゆっくりと腰を据えてやった方が結果として良いんだ」

「それじゃあ、早く結果を出したい時は?」

「早く結果を出したいなら、それ相応の努力が必要だな。まあ、余程の事が無い限りは、時間はあるわけだし、自分の体調なんかと相談しながらゆっくりとやった方が良い。そうじゃないと、いざという時に力を発揮出来なかったり、体調を崩して倒れたりする事もあるからな」

「そう、ですよね……」

「ああ。だから、お前はお前のペースでやってみろよ。そうすれば、きっと結果はついてくるからさ」

「ふふ……柚希、それはさっき私も言ったよ?」

「おっと、そうだったか。まあでも、俺はそうするのが良いと思うよ」

「……わかりました。僕、自分のペースを掴んで精いっぱい努力してみます」

「ああ、その意気だ」

「頑張ってね、黒烏君」

「うん」

 

 柚希さんと兎和ちゃんの言葉に頷きながら答えた後、僕は再び外へと視線を向けた。外では未だに綺麗な夜空から雪がちらちらと降っていて、その光景は見ていてとても心が落ち着く物だった。

 

 今の僕はちっぽけでまだなんでもない存在かもしれない。でも、柚希さん達と一緒なら僕は父さん達に誇れる立派な八咫烏になれる。そんな予感がする。いや──。

 

「……絶対になってみせる」

 

 雪を見ながら小さな声で呟いた後、僕はその姿を想像しながら自分の中のやる気を高めていった。




政実「NINTH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
黒烏「今回はちょっと短めでしたけど、次回はどうするんですか?」
政実「その辺はまだ未定かな」
黒烏「わかりました。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろしていこうか」
黒烏「はい!」
政実・黒烏「それでは、また次回」


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第10話 草木芽吹く季節の白き竜

政実「どうも、ドラゴンの背中に乗って旅がしてみたい、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。ドラゴンの背中か……少しごつごつはしてそうだけど、乗り心地は良さそうだよな」
政実「うん。ただ、空を飛んでる時の風圧は凄そうなんだよね……」
柚希「まあ、そこはたぶん慣れな気はするけどな。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第10話をどうぞ」


 様々な草木が芽吹き、冬眠から目覚めた動物達が活動を始める季節、春。そんな暖かな春の日でも、俺は義智と共に力を高めるための修行に励んでいた。

静かにゆっくりと経文を読む俺の視界には相変わらず経文の中の文字達が渦巻き、時には辺りを跳ね回るように見えていたが、俺はその文字達を自分の中に取り込み、体の奥にある力と一体化していくようなイメージを浮かべながら経文を読み続けた。

 

「……よし、今日はここまでとしよう」

 

 どのくらい読み続けたか分からなくなった頃、義智の静かな声が聞こえた。そしてその瞬間、俺は強い脱力感と空腹に襲われ、その場に静かに倒れ込んだ。

 

 うぅ……三ヶ月続けてもこうなるのかぁ……。

 

 脱力感と空腹の中で少しだけ悔しさを滲ませていると、義智が俺の事を見下ろしながら静かな声で話し掛けてきた。

 

「始めた頃に比べれば、多少は力も増したようだが……その様子を見るに、やはりまだまだのようだな」

「……そうだな。でも……」

 

 俺は『ヒーリング・クリスタル』の力を借りながらゆっくりと立ち上がった後、ニッと笑ってから言葉を続けた。

 

「一歩ずつ進んでるのは確かなんだし。このまま頑張ってやってみるさ」

「……ふん」

 

 義智は返事の代わりに鼻を鳴らした後、俺からスッと離れると、和室の襖や障子などを静かに開け始めた。義智は直接的に答えてはくれなかったものの、こうやって修行に付き合ってくれたり、しっかりと俺の様子を窺ってくれる事から俺に対して心配や期待の念は抱いてくれているのは感じ取れた。

 

 ……ゆっくりでも良いから、しっかりと力をつけて、この修行の成果を見せられるようにしないとな。

 

 義智の姿を見ながらそう強く決心した後、俺は和室の襖などを完全に開け終えた義智に声を掛けた。

 

「よっし……それじゃあ『絆の書』の皆を迎えに行って、ささっと朝食でも食おうぜ、義智!」

「……うむ」

 

 いつも通りの素っ気なさを含んだ義智の返事を聞いた後、俺は『絆の書』を取りに行くべく、義智と一緒に自分の部屋へと戻った。

 

 

 

 

『いただきます』

 

『絆の書』を取り、皆と一緒に朝食の準備をしていた天斗伯父さんの手伝いをした後、俺達は声を揃えて挨拶の言葉を口にし、目の前の朝食を食べ始めた。

今日は和食メインの朝食のため、一粒一粒がピカピカとした輝きを放つ米飯と鰹と昆布の出汁の香りが食欲をそそる味噌汁、そして脂が良くのっている事でとても良い色に焼けている焼き鮭などが今朝のメニューであり、皆はとても美味しそうに朝食を食べ進めていた。

 

 うん、パンももちろん良いけど、やっぱり和食って何だか落ち着くんだよな……。

 

 穏やかでのんびりとした気持ちで味噌汁を啜っていた時、天斗伯父さんがニコッと笑いながら俺に話し掛けてきた。

 

「柚希君、修行の調子はどうですか?」

「そうですね……始めた頃に比べれば少しは楽にはなってきましたけど、まだあの脱力感と空腹には慣れませんね……」

「ふふっ、そうですか。ですが、焦ることなく義智さんと相談をしながら柚希君のペースでやってみて下さいね」

「はい、もちろんです」

 

 俺が静かに頷きながら答えていると、風之真が突然何かを思い出した様子で声を掛けてきた。

 

「そういや、柚希の旦那。今日は何かの日とかって言ってたよな?」

「今日は……ああ、始業式の日だな。それも新しいクラスでの」

「ほう、新しいクラスねぇ……」

「どんな人がクラスメートになるかは楽しみですけど、やっぱり柚希さんは夕士さんと長谷さんとは一緒の方が良いですよね?」

「ん、まあな」

 

 こころからの問い掛けに答えていた時、俺はある事を思い出していた。

 

 そういえば……本来夕士と長谷が出会うのはこの小学三年生になってからなんだよな……。ただ、俺という転生者(イレギュラー)や天斗伯父さん達の介入があったせいなのか、結果としてそれが二年も早まっている。

もしかしたら他にもこういった変化みたいなのが大なり小なり起きてるのかもしれないし、その辺は少し注意していった方が良いかもしれないな……。

 

 そんな不安にも似た何かを感じつつも、俺は皆と一緒に朝食を食べ進めていった。朝食を食べ終え、学校へ行く準備を済ませた後、俺は部屋へと戻り、いつものように『ヒーリング・クリスタル』を首に掛けた状態で、『絆の書』などを入れたランドセルを背負った。

そして玄関へ向かった後、玄関のドアを軽く開けながら、家の中にいる天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「それじゃあ行ってきます、天斗伯父さん」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 天斗伯父さんの返事を聞いた後、俺はそのままドアをゆっくりと押し開け、春の麗かな陽射しを感じながら外へと出た。そしてその俺の視線の先には、とても良い笑顔で笑っている夕士といつものように静かに微笑んでいる長谷の姿があった。

 

 ……どうやら今日は俺が最後だったみたいだな。

 

 その事に俺は静かにクスッと笑った後、夕士達の所へと歩いて行った。

 

「おはよう、夕士、長谷」

「うん、おはよう、柚希!」

「おはよう、遠野。今日は珍しく遠野が最後だったな」

「ああ……本当に珍しく、な」

 

 俺がチラリと夕士の方を見てから、ニヤリと笑いつつ言うと、夕士は少し口を尖らせながら非難するような声を上げた。

 

「柚希~……そうは言うけどさ、長谷と違って俺とお前は来る順番は大差ないだろ~……」

「……あ、それもそっか」

「それもそっかって……お前なぁ……」

 

 俺の発言に夕士が少し呆れたような表情を浮かべていると、それを見た長谷がクスッと笑った。

 

「まったく……お前らといると、本当に飽きないな。今日のクラス替え、お前達と一緒なら良いんだけどな……」

「長谷……」

 

 長谷が少し寂しそうに言う様子を見て、夕士が心配そうに声を上げたその時、長谷はニヤリと笑いながら俺にアイコンタクトを送ってきた。それを見て長谷の考えをすぐ察した後、俺が静かにコクンと頷くと、長谷は夕士の肩をポンッと叩きながら優しく話し掛けた。

 

「だがな、稲葉。たとえ、お前と俺達が離れる事になっても、友達なのは変わらないからな」

「うん……うん!?」

「そうだな……たとえそうなっても、雪村みたいになるだけだし、俺達の友情は変わらないからな」

「……いやいや!? ちょっと待てって!?」

「……ん? どうした?」

「いやいやいや、どうしたじゃなくてさ!? 何で俺だけが離れる事が前提の話になってるんだよ!!? それと何でそんなすぐに息を合わせられるんだよ!!!?」

 

 夕士の畳みかけるようなツッコミを聞いたその瞬間、俺と長谷は顔を見合わせてから静かに笑いつつ夕士に話し掛けた。

 

「ふふっ……悪い悪い。夕士ならちゃんとツッコミを入れてくれると思ってさ」

「くくく……ああ。稲葉のツッコミは俺達にとって安心と信頼のツッコミだからな」

「安心と信頼のツッコミって、お前らなぁ……」

 

 少し呆れ気味に言う夕士に俺は更なる種明かしを始めた。

 

「因みに息をすぐに合わせられたのは、事前に長谷がこっそりアイコンタクトを送ってきてくれたからだ。な、長谷」

「ああ、遠野なら完璧にノってくれると思ったんだ。実際、やってみたら綺麗に行ったしな」

「……まあ、な」

 

 拗ねたように言う夕士に対し、俺達は肩を片方ずつポンッと叩きながら言葉を続けた。

 

「まあ、安心しろ。俺達が離れる事なんて絶対に無いだろうからさ」

「ああ、その通りだ。それに……もし本当に離れたとしても、さっき言った事を覆す気はないしな」

「柚希……長谷……」

 

 夕士は俺達の顔を交互に見た後、ニッと笑ってから言葉を続けた。

 

「……そうだな!俺達はずっと友達だ! なっ、長谷、柚希!」

「ああ、もちろんだ」

「ああ、そうだな」

 

 俺達がフッと笑いながら答えると、夕士はとても良い笑顔で学校がある方を向き、少し大きめな声で俺達に話し掛けてきた。

 

「よぉし……! それじゃあ行こうぜ、二人とも!」

「ああ」

「うん」

 

 そして俺達は他愛もない話などをしながら学校へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 そして学校に着いた瞬間、俺達は昇降口に貼り出されていたクラス表に目を向けた。

 

 ……えーと、俺は……あ、あったあった。

 

 そして同じクラスの生徒の名前を確認していると、そこには夕士と長谷の名前も書かれていた。

 

「あ、三人とも同じみたいだな」

「おっ、本当だ! へへっ、やっぱりみんな同じクラスだったな!」

「ん、そうだな」

「しかし……本当に分かれてたらどうしたもんかと思ったが……分かれていなくて本当に助かったな」

「あははっ、本当にそうだな!」

 

長谷の言葉に夕士が笑いながら答えているのを聞いた後、俺達は顔を見合わせてニッと笑ってから、一緒に新しいクラスへ向けて歩き始めた。そして新しいクラスに着いた後、俺は静かに教室のドアを開けた。すると、すぐ目に入ってきたのは、俺達にとって馴染みのある生徒の顔だった。

 

「……あれ、雪村も同じクラスだったのか」

「ん……? おぉっ! お前らも同じクラスなのか!」

「まあ、そういう事になるな」

「マジかぁ……!! へへっ、何だかお前らと一緒ならスッゴく楽しい学校生活になりそうだぜ!」

「ああ、俺達もそう思うよ、雪村」

 

 とても嬉しそうな様子の雪村と話をしていたその時、突然周りが徐々にざわつき始めた。何事かと思いながらコッソリ周囲の様子を窺ってみると、どうやら俺達がいることに気付いた女子達のヒソヒソ声が原因らしく、その女子達の視線は俺や夕士にも向かっていたものの、視線の多くは長谷へと注がれていた。

 

 あー……そういう事か。

 

 俺がその事について苦笑いを浮かべていると、俺の顔を見た雪村がこのざわつきと俺の視線の先にいる女子達の様子に気付いたらしく、周囲を見回した後、納得した様子で話し掛けてきた。

 

「そういえば、お前らって女子人気が高かったもんなぁ……こうなるのも納得って言えば納得だなぁ……」

「……何度も言うけど、俺としては不本意なんだけどな」

「まあ、そうだろうな。それに……」

 

 雪村はニヤッと笑いながらひそひそ声で言葉を続けた。

 

「お前には金ヶ崎がいるもんなぁ……」

「……雪村、お前までそれを言うか。何度も言うようだけど、俺は別に金ヶ崎とは何も……」

 

 その時、俺の肩がポンッと叩かれた。

 

 あ……この展開って、まさか……。

 

 俺が肩を叩いた人物──夕士と長谷の方を向くと、二人ともとても良い笑顔を浮かべながら俺の事を見ていた。

 

「え、えーと……二人とも? その笑顔……何だかスッゴく怖いんだけど……?」

 

 俺が少し声を震わせながら言うと、夕士はとても良い笑顔のままでそれに答えた。

 

「いいや、怖くなんてないと思うぞ? な、長谷?」

「そうだな。俺達はただ、遠野から最近の金ヶ崎とのアレやコレについて、ちょっと聴いてみたいな~と、思ってるだけだしな」

「いやいやいや……!? 最近のアレやコレって言われても、基本的にお前達と一緒にいるから、そんなのあるわけないだろ……!?」

「さ~て、それはどうかな~?」

「ああ。実は俺達の知らない所で会ってた、な~んて事もあり得なくはないからな」

「はぁ……お前達なぁ~……」

 

 あはは……やっぱりこうなるんだな……。

 

俺 が心の中で少し空しい笑い声を上げていると、俺達の様子を見ていた雪村が少し楽しそうな表情を浮かべながら話に参加してきた。

 

「……なるほど、そういうノリか……! なら、俺もその話に参加させてもらうぜ!」

「雪村、お前まで来なくて良いって……」

 

 雪村の参加により、俺は心の中で更に頭を抱えることになった。しかし俺はその反面、多少の楽しさのようなものも感じていた。

 

 ……でも、こういう新しい形で賑やかなのも悪くはないのかもしれないな。

 

 次々と繰り出される夕士達からのからかい混じりの言葉に反応を返しつつ、俺はこれからの学校生活におけるワクワクなどを静かに味わっていた。

 

 

 

 

「はぁ……今日は始業式だけのはずなのに、どうしてこんなに疲れなきゃ無いんだろうなぁ……」

「あははっ、ゴメンゴメン」

 

 その日の昼頃、今日は始業式と先生からの簡単な話だけで学校が終わったため、俺達は他愛ない話をしながら各々の家に向けて歩いていた。しかし、今朝の事があったせいか、俺は肉体的よりも精神的な疲労を静かに感じていた。

 

 まあでも……これからの二年間は本当に楽しそうではあるし、いつもの金ヶ崎絡みの話なんかは軽く流せるようにしていかないとな……。

 

 そんな事を考えながら歩いていた時、夕士が何かを思い出した様子で話し掛けてきた。

 

「あ、そうだ……! 二人とも、今日は午後から合気道の練習ってあるのか?」

「いや……今日は休みだな」

「ああ、そうだが……突然どうしたんだ? 稲葉」

「ん……今日二人とも空いてたら午後から遊ぼうと思ってさ」

「あ、なるほど……そういう事なら俺は大丈夫だぜ?」

「俺も予定は無いから大丈夫だな」

「うん、分かった。それじゃあ集合場所は……いつもの公園で良いか?」

「ああ、良いぜ」

「俺も異論は無いな」

「オッケー! それじゃあ何をするかだけど……!」

 

そして俺達は下校をしながら、午後からの遊びの予定について話を始めた。その数分後、途中の道で夕士達と別れた後、俺はランドセルから『絆の書』を取りだした。そして義智と風之真とこころのページを開いてから、静かに魔力を流し込み始めると、『絆の書』から三つの光の珠が浮かび上がった。

その珠の内、一つは俺の肩の方へ、そしてもう二つは俺の隣へふよふよと移動すると、光が消えていくと同時に徐々にその姿を変えていき、完全に皆が姿を現した後、こころがとても楽しそうな様子で話し掛けてきた。

 

「ふふっ♪ 夕士さん達との遊びの約束、とても楽しみですね」

「ああ、そうだな。ところで、俺達が遊んでる間の事だけど……」

「んー……俺ら、外に出る組は今日も柚希の旦那達の様子をちょこちょこ見つつ適当に過ごすつもりだから、俺らの事は心配いらねぇぜ?」

「そして我ら、家に居残る組の心配もいらん。我らも我らの好きなように過ごさせてもらうからな」

「ん、了解」

 

 義智達とそんな会話を交わしつつ歩いていると、俺達はいつの間にか家の前へと辿り着いていた。

 

 さて……まずは。

 

 俺は玄関のドアノブを軽く握り、ゆっくりと回してみた。そして途中で止まることなくすんなりと回る事を確認した後、俺はそのままドアをゆっくりと押し開けた。

 

「天斗伯父さん、ただ今戻り……」

 

 俺が奥の方にいるであろう天斗伯父さんに声を掛けようとしたその時、和室の方から知らない魔力が漂っているのを感じた。

 

 ……どうやらまたこのパターンみたいだな。

 

「さてさて……今回は誰がいるのかな?」

「ふむ……魔力という事は、おおよそアンやオルトと同じ類のモノであろうな」

「アイツらと同じかぁ……もしそうなら、ま~た誰かから引き取ってきたって事になるのかねぇ……」

「ふふっ、そうかもしれませんね♪」

 

 俺達は魔力の主について様々な予想を立てながら、家の中をどんどん進んでいった。すると、家の中を進んでいくと同時に漂っている魔力が段々強くなっていくのを感じた。

 

 ふむ……思ったより魔力が強いな。でも、こんな魔力を持ってそうなモノなんて、だいぶ絞られるような……?

 

 そして和室に着いた後、俺はゆっくりと和室の襖を開けた。しかし、中にいたモノを見た瞬間、俺はすぐに襖を閉めた。

 

 ……え? 今のって絶対に『アレ』だよな……?

 

 中にいたモノの姿に少し困惑しながらも、俺は隣に立っている義智に声を掛けた。

 

「義智……今のって、アレだよな……?」

「……そうだな」

 

 今回に限っては流石の義智も困惑を隠しきれないようで、額を手で押さえながら静かな声で俺の問いかけに答えた。

 

 あはは……アレを見たらやっぱりそうなるよな……。

 

 義智の様子に俺が心の中で苦笑いを浮かべていると、風之真とこころが不思議そうな表情を浮かべながら俺達に話し掛けてきた。

 

「旦那方……? そんな鳩が火縄食らったみてぇな面して、一体どうしたんでぃ?」

「……どうやら、さっきチラッと見えた何かに困惑してるようですけど……柚希さん、アレって一体何なんですか?」

「えっと……アレは……」

 

 俺が襖の向こうにいるモノについて説明しようとしたその時、俺達の背後から穏やかな声が聞こえてきた。

 

「……おや、皆さん、お帰りになっていたんですね」

「あ……天斗伯父さん、ただいまです」

「ただいま戻ったぞ、シフル」

「ただいま帰りやした、天斗の旦那」

「ただいまです、天斗さん♪」

「はい、お帰りなさい、皆さん」

 

 穏やかな笑みを浮かべつつ、二つの湯飲み茶碗が載ったお盆を持った天斗伯父さんに俺はアレについて訊いてみることにした。

 

「天斗伯父さん、和室にいるのって……『ドラゴン』、それも『白竜』ですよね?」

「はい、その通りですよ」

 

 天斗伯父さんは俺の問いかけに静かな声で答えた。

 

 

『ドラゴン』

 

神話や昔話、そしてファンタジーをテーマにした物語などで有名な生物の一体で、その多くは体が爬虫類を思わせるように鱗で覆われており、鋭い牙や爪を具えた上、背には大きな翼を生やし、口から炎や毒を吐くモノとして描かれている。

そしてその種類も多く、取り扱っている作品によっては、人間に友好的であるモノや人間と敵対するモノ、または神獣であったり神その物であったりするなど、様々な描かれ方をされている。

 

 

 はは……やっぱり見間違いとかじゃなかったんだな……。

 

 心の中で苦笑いを浮かべた後、俺は風之真達にドラゴンについての簡単な説明を始めた。そして説明を終えると、風之真はとても驚いた様子で声を上げた。

 

「へぇ……! あいつはそんな大層な奴だったてぇのか……!」

「ああ。それに物語なんかではかなりの確率で登場する生き物だからな」

「なるほど……でも、そんなにスゴイモノがどうしてここに……?」

 

 こころが呟くように疑問の声を上げた後、俺達の視線が天斗伯父さんに集中した。すると、天斗伯父さんは少し考え込んだ後、俺達の事を見回しながら静かに口を開いた。

 

「そうですね……それについて私が説明をするのは簡単です。ですが……せっかくですから、皆さんも彼自身から話を聞いてみませんか?」

「それはもちろん構いませんけど……話を聞くという事は、あの白竜は人間の言葉を喋ることが出来るって事ですよね?」

「はい。皆さんも既に感じているとは思いますが、彼自身はとても強い魔力を身に宿しています。ですが、彼は人間や妖などに好意を持っている上、争いを好むような性格ではないので、そこは安心してもらって大丈夫です」

「ふん……そうであろうな。もしそうでなければ、大人しく和室にいるわけは無いのだからな」

「あはは、確かにそうですね。では……行きましょうか、皆さん」

 

 天斗伯父さんの言葉に頷いて答えた後、俺達は再び和室の襖をゆっくりと開けた。そして静かに中へ入ると、俺達の話し声が聞こえていたのか、白竜は静かに俺達の方へと視線を向け、不思議そうな表情で俺達の事を見た後、穏やかな声で天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「……シフルさん、この方々はもしかして……?」

「はい、私の甥の柚希君と『絆の書』の住人の方々ですよ、ヴァイスさん」

「……ふふ、そうだったんですね。先程、少しだけ姿が見えた気がしたのですが、すぐに見えなくなってしまったので、不思議に思っていたのです」

「それについてはすいません……貴方の姿を見て、ちょっと驚いてしまっていたもので……」

「ふふ……なるほど、そういう事でしたか。確かにいきなりこのようなモノがいたら、驚いてしまいますよね」

 

 そうヴァイスさんが穏やかに笑う様子は、まるで天斗伯父さんを見ているかのように思える程、そっくりに見えた。

 

 そういえば、話し方とか雰囲気も似てる気がするけど、もしかして何か理由でもあるのかな?

 

 俺がその事に疑問を抱いていると、風之真が少し不思議そうな表情を浮かべながら天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「……それで、この御仁と天斗の旦那はどういう関係なんですかぃ?

何だか雰囲気とか話し方が天斗の旦那に似てる気がしやすけど……」

「ふふっ、そうかもしれませんね。なぜなら彼は……私が育てた白竜なのですから」

「……え?」

 

この白竜を……天斗伯父さんが……? ……いや、それはある意味納得ではあるけど、それだとこの白竜の年齢とかって……。

 

 天斗伯父さんの言葉に様々な疑問が浮かんでいると、今まで腕を組みながら静かにしていた義智が天斗伯父さんに静かな声で話し掛けた。

 

「……シフル、お前がこの白竜を育てたというその言葉に嘘偽りは無いのだろう。しかし、我はこの白竜とは一度も出会った事が無いのだが……?」

「ふふ……そういえばそうでしたね。ヴァイスさんは私が育てた後、今日まで別の方の部下として働いていましたので、会う事が無いのは仕方が無い事かもしれません」

「……なるほど、確かに部署が違うのであれば、出会う事は殆ど無いかもしれぬな……」

 

 天斗伯父さんの言葉に納得した様子を見せていたが、俺の中には更なる疑問が浮かんでいた。

 

 部署違いなら仕方ないって……あの場所ってそんなに広い場所だったのか……?

 

 俺がその事について話を聞こうとしたその時、風之真の方からグーッという音が聞こえた。

 

 あ……これってまさか……。

 

そして、俺達の視線が風之真に注がれると、風之真は頭をポリポリと掻きながら少し恥ずかしそうな声を上げた。

 

「す、すまねぇ……思ってたよりも腹が減っちまってたみてぇだ……」

「ははっ、まあ時間的にそうなるのも仕方ないから大丈夫だよ」

 

 小さく笑いながら風之真に返事をした後、俺は天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「まだ色々と訊きたい事はありますけど……とりあえず俺達で昼食を作ってしまうので、その後にそれを食べながらまた話をするという事でも良いですか?」

「はい、私は大丈夫ですよ」

「もちろん、私も大丈夫です」

「分かりました」

 

 天斗伯父さん達の返事を聞いた後、今度は義智達の方へと顔を向けた。

 

「よし……それじゃあ早速、昼食作りに取り掛かるぞ」

「うむ」

「おうよ!」

「はい♪」

 

 義智達の返事に頷いた後、俺はランドセルから『絆の書』を取りだし、表紙に手を置きながら魔力を注ぎ込んだ。そして出て来てくれた皆に軽く説明をした後、俺達は昼食を作るためにキッチンへと向かった。

 

 

 

 

『いただきます』

 

 昼食を作り終えた後、俺達は声を揃えて食事の挨拶をしてから昼食を食べ始めた。

 

 さて……それじゃあ早速訊いていくとするか。

 

 俺は咀嚼していたミニ醤油ラーメンの麺をゴクンと飲み込んだ後、天斗伯父さん達に話し掛けた。

 

「天斗伯父さん、ヴァイスさんは天斗伯父さんが育てたと言っていましたけど、何故天斗伯父さんのところではなく、別の部署に所属しているんですか?」

「ああ、その事ですね。私も本当ならヴァイスさんを自分の部署に所属させる予定だったんですが……実は、その時にちょっと人材不足に悩んでいた部署がありまして、そこから誰か良い人はいないかと訊かれた際にヴァイスさんなら大丈夫そうだと判断し、本人からも了承を得た上でその部署に所属してもらっていたんです。

ですが……その部署も最近は活発化してきた事で、人材不足も無事に解消されたらしく、それによりヴァイスさんは今朝から私の部署へと転属されてきたというわけです」

「なるほど……でも、どうしてヴァイスさんはウチの和室にいたんですか?」

「それはですね……ヴァイスさんの事を柚希君達に紹介しようと思って来てもらっていたんです。新しい『絆の書』の仲間の一体として」

 

 天斗伯父さんがニコッと笑いながら言うと、雷牙が天斗伯父さんの事を見ながら静かな声で訊いた。

 

「新たな仲間が増えるのは助かる。しかし……天斗殿はそれで良いのか?」

「はい。私の神として、そして伯父として為すべき事は、柚希君のサポートですから。それに……これは私達で話し合った結論ですから」

「そう、なんですか……?」

「ええ。向こうの仕事を手伝う際は、事前に柚希さんに言っておけば問題は無さそうですから。それに……今朝、天斗さんから柚希さんのお話を聞いた際、何だか他人とは思えませんでしたから」

「他人とは思えないって……どういう事なんですか?」

 

 俺が首を傾げながら訊くと、ヴァイスさんはクスクスと笑いながらそれに答えてくれた。

 

「私が天斗さんに育てられたという話はもうしましたよね?」

「はい……でもそれが一体?」

「実は……私も貴方と同じく、両親を亡くしているんです」

「そう……なんですか……?」

「ええ。ただ……私の場合は、物心が付いてまもなくに亡くしてしまったせいか、両親の顔を朧気(おぼろげ)にしか覚えていないんですけどね」

 

 ヴァイスさんが少し哀しげな表情を浮かべながら言うと、黒銀が納得した様子で声を上げた。

 

「なるほどのぅ……亡くしたタイミングは違えど、同じく両親を亡くした上に天斗に育てられた者である柚希の事が他人とは思えなかった、という事か」

「はい。まあ……理由はそれだけではなく、柚希さんや『絆の書』の皆さんとの生活がとても楽しそうだと思ったからでもあるんですけどね」

「ヴァイスさん……」

「ヴァイス、で良いですよ、柚希さん。私も名前に敬称を付けられたりするのは、少々むず痒く思ってしまうタチなので」

 

 ヴァイスさん……いや、ヴァイスが穏やかな笑みを浮かべたまま言うと、風之真が不思議そうな様子でヴァイスに話し掛けた。

 

「……とか言ってる割に、旦那は敬称を付けたりしてるみてぇだが、それは何でなんでぃ?」

「あはは……それなんですが、どうやらこの話し方が体に染みついてしまっているみたいで、自然とこのしゃべり方になってしまうんですよね」

「あー……そういう事かぃ。確かにそういう事ならしょうがねぇよなぁ……」

「なので、これからも私はこの話し方になりますが、よろしくお願い致します」

「……うん、分かった。それじゃあ……」

 

 俺は握手をするために、ヴァイスへ右手を差し出しながら言葉を続けた。

 

「これからよろしくな、ヴァイス」

「ふふ……ええ、こちらこそよろしくお願い致しますね、柚希さん」

 

 そしてヴァイスと握手を交わした後、俺は『絆の書』を手に取り、空白のページをヴァイスへと開いて見せた。

 

「それじゃあ早速……頼むぜ、ヴァイス」

「はい、分かりました」

 

 ヴァイスが右前足を空白のページに乗せた後、俺は左手でしっかりと『ヒーリング・クリスタル』を握りながら右手で空白のページに触れ、静かに魔力を注ぎ込むイメージを頭の中に浮かべた。その後、体の奥で静かに沸き立つ魔力が腕を伝って右手へと流れ、そのまま手のひらの中心にある穴から『絆の書』へと流れていくイメージがしっかりと頭の中に浮かんだ事を確認しつつ、俺は静かに魔力を流し込み続けた。

そして必要な量が流れ込んだ瞬間、久しぶりに俺の体がグラリと揺れたが、『ヒーリング・クリスタル』から更に力を供給し、それを使って疲労と脱力感を中和する事で何とか倒れ込まずに済んだ。

 

 ふぅ……まさか倒れ込みそうになるなんてな……。ヴァイスの力が思ってたよりも強かったせいなのか、はたまた俺の力不足なのかは分からないけど、やっぱりまだまだ力の強化はした方が良いみたいだな。

 

 額に浮かんでいた汗をそっと拭った後、俺は『絆の書』へ視線を移した。するとそこには、険しい山々の中を力強く翔ぶヴァイスの姿とドラゴンの詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 ついにドラゴンまで仲間に加わったわけだけど……このまま行くともっと力の強い妖とか幻獣なんかとも出会う事になりそうだな。

 

 俺はこれから待ち受けているかもしれない強大な力を持ったモノ達との出会いに対してのワクワクと同じだけの緊張を感じつつ、ヴァイスのページに魔力を注ぎ込んだ。そして、ヴァイスが『絆の書』から出て来た後、ニコッと笑いながらヴァイスに声を掛けた。

 

「ヴァイス、改めてこれからよろしくな」

「はい、こちらこそよろしくお願い致します、柚希さん」

 

 俺達は穏やかに笑い合いながらガッチリと握手を交わした。少しだけ開いていた窓から吹いてくる春の穏やかな風と麗かな陽の光を感じつつ──。

 

「……おい、柚希」

 

 その時、義智が静かにそして少し呆れ気味に声を掛けてきた。

 

「ん、どうした?」

「新たな出会いの感動を静かに感じているのも良いが、何か忘れていることは無いのか?」

「忘れていること……あっ!」

 

 その瞬間、俺は夕士達との約束がある事を思い出した。

 じ、時間は……!

 

 壁掛け時計に視線を向けると、時計の針は約束の時間の十分前頃を指していた。

 

「くっ……もうこんな時間か! い、急いで食べて準備しないと……!!」

 

 俺は頭の中にあった出会いの感動やまだ見ぬ強大な力を持ったモノ達の事を追い払い、急いで昼食を食べ始めた。

 

「ごちそうさまでした!」

 

 昼食を食べ終えた後、俺は急いで食器をキッチンへと運んだ。

そしてそのまま居間に戻ってくると、ヴァイスを含めた家に残る組以外の皆は既に『絆の書』の中へと戻っていた。俺はそれを確認した後、『絆の書』を手に持ちながら一度部屋へと戻った。そして、バッグに『絆の書』を入れた状態で戻ってきた後、俺は天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「天斗伯父さん、すいません! 食器の後片付けとかをせずに行くことになってしまって……!」

「ふふ……大丈夫ですよ、柚希君。今日は早上がりだったので、私と義智さん達でやっておきますから、柚希君は夕士君達との約束を優先して下さい」

「ありがとうございます、天斗伯父さん……!」

 

 天斗伯父さんにペコリと頭を下げながらお礼を言った後、俺は次にヴァイスの方へと体を向けた。

 

「ヴァイスも本当にゴメン! 初めて会った日なのに、こんなに慌ただしくしちゃって……!」

「ふふ……大丈夫ですよ。むしろこれくらい賑やかな方が私としては楽しいですから」

「ヴァイス……! ありがとう!」

 

 ヴァイスにもペコリと頭を下げながらお礼を言った後、俺は急いで玄関まで行き、ドアを軽く開けながら天斗伯父さん達に声を掛けた。

 

「それじゃあ……! 行ってきます!」

「はい、行ってらっしゃい、柚希君」

「柚希さん、行ってらっしゃい」

「うむ。行ってこい、柚希」

「行ってらっしゃいです、柚希さん♪」

「柚希お兄さん、行ってらっしゃいです!」

「気をつけて行ってくるのだぞ、柚希よ」

「柚希、行ってらっしゃーい!」

「行ってらっしゃいです、柚希お兄ちゃん!」

「柚希さん、気をつけて行って来て下さいね-!」

 

 皆からのそれぞれ違った声を聞いた後、俺はドアをしっかりと開けて外へと出た。そして、爽やかに吹いてくる春の風と綺麗に舞う桜の花びらが発する春らしい香りを感じつつ、夕士達との約束場所である公園へ向けて勢い良く走り出した。




政実「第10話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回はドラゴンが仲間入りか……何だか回を追う毎に、どんどん絆の書の住人が豪華になってる気がするんだけど?」
政実「確かにそうだね。
ただ、第二章までにまだまだ豪華にはなっていく予定だよ」
柚希「……うん、それが楽しみな反面少しだけ怖くなってきたけど、とりあえずそれは置いておくか。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「そうだな」
政実・柚希「それでは、また次回」


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TENSE AFTER STORY 白竜と穏やかな一日

政実「どうも、乗ってみたい竜は白竜の片倉政実です」
ヴァイス「皆さん、どうも。白竜のヴァイスです」
政実「という事で、今回はヴァイスのAFTER STORYです」
ヴァイス「そういえば、今回でAFTER STORYも10個目ですね」
政実「そうだね。これからも『絆の書』の仲間達は増えていくから、AFTER STORYもどんどん書いていくよ」
ヴァイス「わかりました。さて、それではそろそろ始めていきましょうか」
政実「うん」
政実・ヴァイス「それでは、TENSE AFTER STORYをどうぞ」


 穏やかな春のある日の事、私はお世話になっている遠野家のリビングに置かれているソファーの下で『絆の書』の皆さんの内の何人かと一緒に日向ぼっこをしていた。

一緒に日向ぼっこをしていた皆さんは、最初こそのんびりとしながら、色々な話をしていたけれど、その内に一人また一人と寝息を立て始め、最後の鎌鼬の風之真さんがうつらうつらとし始めたのを見て、私はクスリと笑ってから風之真さんに声を掛けた。

 

「風之真さん、眠っても大丈夫ですよ」

「う……す、すまねぇ……な、ヴァイスのだん、な……」

「いえいえ。それでは、おやすみなさい」

 

 そう言葉を掛けると、風之真さんは目を静かに閉じ、他の皆さんと一緒にすーすーと寝息を立て始めた。そして、そんな平和な光景を見て、私は幸福感を覚えていた。

 

 ……ふふ、こんなにも幸せな気持ちになれるとは思ってもいませんでしたね。これは天斗さんに本当に感謝をしないといけませんね。

 

 そんな事を思いながら、私はこの遠野家にお世話になる事になった経緯を想起した。ある日の事、天上で仕事に励んでいた私は突然直属の上司から育ての親である天斗さんのいる部署への転属を命じられ、その翌朝にその部署へと向かった。

そして、天斗さんとの再会を喜んだ後、天斗さんに転属の理由を訊いた。すると、天斗さんは元々私がいた部署の人材不足が解消されたら、私が天斗さんの部署に転属される事になっていた事や魔書『絆の書』の主でありご自身の甥っ子さんでもある柚希さんの事を私に話した。

そして話を聞き終えた後、天斗さんは私に『絆の書』の一員になる事を頼み、私はそれを二つ返事で承諾した。『絆の書』の皆さんとの生活が楽しそうだなと感じたのもあったが、柚希さんが私と同じで両親を亡くしていたと聞いて、柚希さんに親近感を感じた事や種族こそ違えど同じ境遇の柚希さんの事を支えたいと思ったのが何よりの理由だった。

その後、私は天斗さんに連れられて遠野家を訪れ、柚希さんとも出会って昼食を食べながら話をし、正式に『絆の書』の一員となったのだった。

 

 この遠野家にお世話になる事になってから、まだ一週間しか経っていませんが、この選択はやはり間違ってなかったと断言出来ますね。

 

 スヤスヤと眠る風之真さん達を見ながらそんな事を考えていると、「よう、ヴァイス」と声を掛けられ、私がそちらに視線を向けると、そこにはこちらに向かってゆっくりと歩いてくる柚希さんの姿があった。そして、柚希さんは穏やかに眠る風之真さんや黒烏さん達を見ると、優しい笑みを浮かべながらクスリと笑った。

 

「皆、よく眠ってるな」

「ふふ、はい。最初は私が一人で日向ぼっこをしていたのですが、途中から風之真さんが兎和さんと黒烏さんを連れていらっしゃり、私の尾を枕にしながら色々な事を話しながら同じように日向ぼっこをしていたんです。

その後、アンさんと鈴音さんとオルト君もいらっしゃり、同じように日向ぼっこをしながら風之真さん達とお話をしていたのですが、兎和さんと黒烏さんとオルト君が眠り始めたのがきっかけとなって、アンさんと鈴音さんも次々に眠りだし、先程風之真さんがお昼寝をし始めたところでした」

「そうだったのか。皆の姿を見かけないから、どこに行ったかと思ってたんだ」

「そうだったんですね」

「ああ。それにしても……ヴァイスって年少組からスゴく好かれてるよな」

「ふふ、嬉しい限りです。天斗さんから『絆の書』の皆さんがとても良い方ばかりだというのは伺っていたのですが、私のような新参者が馴染んでいけるのか実は少し心配をしていたのです。ですが……そんな心配はいらなかったようですね」

「ああ。『絆の書』の皆は全員良い奴だからな」

「そうですね。皆さん、とても良い方ばかりなので、私も毎日が楽しいですし、とても幸せです」

「それなら良かったよ」

 

 柚希さんは心から安心したような笑みを浮かべると、そのまま私の隣に静かに座った。

 

「ところで、ヴァイス。ヴァイスが前にいた部署ってどんなところだったんだ?」

「私が前にいた部署、ですか。そうですね……簡単に言うなら、あらゆる部署間の伝達役といったところでしょうか」

「あらゆる部署間の伝達役……?」

「ええ。例えば、天斗さんが担当してらっしゃる部署は、生物の生き死にに関わるところ部署なのですが、そこで書かれた生まれたばかりの生命についての情報を他の部署へ持っていき、他の部署で書かれた書類をまた他の部署へ持っていく他、部署間の荷物の移動も行うなどその業務は様々です。もっとも、私は天斗さんの担当してらっしゃる部署とは別の部署間の伝達役だったので、あの日まで天斗さんに会う事は一度も無かったですね」

「なるほどな……そういえば、義智が部署が違うなら会う事は殆ど無いって言ってたけど、それってあり得るのか?」

「はい。天上はとても広いですし、何か催し事を行っても天斗さんの担当してらっしゃる部署を始め、いつも忙しくしていらっしゃる部署は多いので欠席率は高いんです。なので、別部署のご友人に数年ぶりに会ったという話も珍しくは無いようです」

 

 私のその返答に柚希さんは「そうなのか……」と言うと、顎に手を当てながら何かを考え始めた。そして、その様子を見ながら、私は柚希さんに声を掛けた。

 

「柚希さんは天上のお仕事に興味がおありなんですか?」

「え? ああ、うん……俺、いつかは天斗伯父さんの仕事の手伝いをしたいと思ってるんだ。俺の事を引き取ってくれた事はもちろん、ここまで育ててもらった恩返しみたいな物でさ。もちろん、天上での仕事は大変なのはわかってるけどな」

「ふふ、それを聞いたら天斗さんもとても嬉しく思うと思いますが、天斗さん自身は恐らく柚希さんが本当にやりたい事をやって欲しいと思っていると私は思っていますよ?」

「俺が本当にやりたい事……」

「はい。天斗さんのお仕事のお手伝いも柚希さんにとって本当にやりたい事なのだと思いますが、それ以外にもやりたい事を探して欲しいと天斗さんは思っているはずです」

「……そうかもしれない。でも、今のところは特に思いつかないかな」

「そうですか。それでは、それも柚希さんのこれからの目標になるかもしれませんね」

「そうだな。自分のやりたい事を見つけて、それらをこなした上で最終的には天斗伯父さんの天上の仕事を手伝えるまでになる。それが『力』の強化以外に出来た俺の目標だ」

「ふふ、その目標を達成出来るように私も全力でサポートさせて頂きますね」

「ああ、よろしくな、ヴァイス」

「はい」

 

 そして、私と柚希さんが固く握手を交わしていると、「おや……ここにいらしたんですね」という天斗さんの声が聞こえ、私達がリビングの入り口へ視線を向けると、そこにはニコニコと笑う天斗さんの他に白澤の義智さんの姿もあった。

 

「天斗伯父さん、それに義智も」

「私達に何かご用でしたか?」

「いえ、先程所用で天上に義智さんと一緒に行ってきたのですが、その時に偶然私の部署を訪れていた豊穣を司る神様からたくさんの贈り物を頂きましてね。今からそれを頂こうと思って皆さんを呼びに来たんです」

「そうだったんですね。わかりました」

「それじゃあ早速お手伝いを──」

「いえ、ヴァイスさんはそのままで。風之真さん達が眠ってらっしゃるのを起こすのは可哀想ですので」

「わかりました」

 

 天斗さんの言葉を聞いて私が頷いていると、柚希さんはニコリと笑いながら静かに立ち上がり、そのまま天斗さんへと近付くと、静かに口を開いた。

 

「それなら、天斗伯父さんも休んでいて下さい。準備は俺や義智達でやりますから。それで良いよな、義智?」

「……ああ。シフル、お前はヴァイスと話をしながらゆっくり待っていろ。久しぶりに会ったのだから、色々話したい事もあるだろう」

「お二人とも……ふふ、わかりました。それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」

「はい。よし……それじゃあこころ達も呼んで早速取り掛かるぞ、義智」

「うむ」

 

 そして、柚希さんと義智さんがリビングを出ていくと、天斗さんは先程の柚希さんと同じように私の隣に静かに座った。

 

「先程まで柚希君と何を話していたんですか?」

「柚希さんからの天上でのお仕事の事についての質問に答えていました。柚希さん、天上でのお仕事に興味がおありのようで、いつかは天斗さんのお仕事のお手伝いをなさりたいようです」

「そうですか。それはとても嬉しいですが、別のやりたい事も見つけて欲しいと私は思っています」

「ふふ……やはり、そうですよね。天斗さんがそう思っていらっしゃると思って、私がそう言ったところ新しい目標が出来たようですよ?」

「ほう、そうなんですか?」

「はい。ですが……それは柚希さん本人から聞いた方が良いかもしれませんね」

「ふふ、そうですね。それでは、柚希君が話してくれるまでの楽しみにしておきます」

「はい」

 

 天斗さんとの会話を楽しみながら気持ちが穏やかになっていくのを感じていたその時、私の口から不意に欠伸が漏れ、それを見た天斗さんはクスリと笑ってから私の頭に静かに手を置いた。

 

「ヴァイスさんも少し眠っていて良いですよ。柚希君達が呼びに来たら起こしますから」

「……わかり、ました。それでは、おやすみ……なさい、あま──()()()()

「……ふふ。ええ、おやすみなさい」

 

 そして、静かに目を閉じた後、天斗さんが歌う心地良い子守歌の調べに更に気持ちが安らいでいくのを感じながら私は意識がスーッと落ちていくのを感じた。

 

 ……ふふ、父さん、母さん。私はこんなにも素晴らしい育ての親と家族に囲まれて生きているので、心配などせずに新たな人生を歩んでいって下さいね。

 

 既に転生を果たしている私の本当の両親に対して心の中でそう声を掛けた後、私は完全に意識を手放し、静かに眠りについた。




政実「TENSE AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
ヴァイス「今回は日常回でしたね」
政実「そうだね。もっとも、次はどうするかは未定だけどね」
ヴァイス「わかりました。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
ヴァイス「はい」
政実・ヴァイス「それでは、また次回」


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第11話 夏の夜に響くは暗き狗の声

政実「どうも、好きな犬の種類は柴犬、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。確かに柴犬は良いよな、俺も飼ってたのは黒柴だし。まあ、犬はどれも好きではあるけどさ」
政実「同感だね。さてと、それじゃあそろそろ始めていこうか」
柚希「そうだな」
政実・柚希「それでは、第11話をどうぞ」


 大音量で辺りに響き渡る蝉の声や静かで涼しげな風鈴の音が聞こえる季節、夏。そんな夏にあるイベントの一つ、夏休みのある日の午前中、俺達は長谷の家にある長谷の部屋で夏休みの宿題を片付けていた。

もちろん、宿題自体はそんなに難しくはないから、それぞれで片付ける事は出来るんだが、やっぱり皆で集まってやった方が色々と訊き合えるし、何よりも夕士達と一緒にいられるのが楽しいから、こうして皆で集まって宿題を片付けている。

 

 ……まあ、その間『絆の書』の皆には居住空間にいてもらう事にはなっちゃってるから、ちょっと申し訳ないとは思ってるんだけどな。

 

そして持ってきていた分の宿題が大体終わったその時、部屋のドアが軽くノックされた。そのノックの音に長谷は少し迷惑そうな表情を浮かべつつも、静かに部屋のドアを開けた。するとそこにいたのは、長谷のお父さんである長谷慶二さんだった。

慶二さんは自身の父親である長谷恭造さんのやり方を嫌い、身一つで家を飛び出した後、一流のビジネスマンへとのし上がった程の実力を備えた人物で、どう考えても社長などといったトップに君臨する方が似合っている人なのだが、本人としては表だってやるよりも裏から『暗躍』する方が性に合うらしく、現在は会社のナンバー2として、日夜辣腕を振るって仕事に励んでいるようだ。

 

 まあ……こういう人だからこそ、社長の事を呼び捨てとかで呼べるんだろうけどな。

 

 慶二さんの姿を見ながら、そんな事をぼんやりと考えていると、慶二さんは右手を挙げながらニッと笑いつつ、とても明るい調子で話し掛けてきた。

 

「よっ、少年達。今日も元気に勉強中か?」

「……見れば分かるだろ、親父。……ったく、一体何の用なんだ……?」

 

 長谷がムスッとした表情を浮かべながら訊くと、慶二さんはうーんと声を上げながら少し考えたフリをし始めた。そしてそれを見た事で、長谷の波動に怒りによる波が立ち始めた時、慶二さんはニッと笑いながら答えた。

 

「暇、だったからだな♪」

「……そうか、なら帰れ」

 

 長谷がとても冷たい声で言いながらドアを閉めようとすると、慶二さんはスッと足を入れることでそれを阻止しつつ、少しからかうような調子で話し掛けた。

 

「おいおい、泉貴く~ん? こんな色男相手にそれはちょっと冷たいんじゃないかなぁ~?」

「当然の対応だ……! というか、自分で色男とか言ってんなよな……!」

「いやいや、それは本当の事なんだから仕方ないだろ~? それに、そう言うお前だって、学校じゃあモテモテなんだろ?」

「……それはそうだが、それを言ったら稲葉と遠野も似たようなものだろうが……!」

「くくくっ……確かにそうらしいな。けど、そんな情報で俺の注意を逸らせるって考えるのは大間違いだぞ? なぁ、み~ず~き~く~ん~?」

「だから……! そういう風に呼ぶのは止めろと、いつもいつも……!」

 

 長谷が静かに怒りながら言う中、慶二さんはそれをものともせず、むしろそれを楽しむように次々と言葉を投げかけていく。そしてその様子を見て、俺と夕士はまた始まったという風に苦笑いを浮かべた。

慶二さんは黒いオールバックが似合うとても端整な顔立ちをした一流のビジネスマンであり、その仕事ぶりもとても凄いのだが、こういったちょっとお茶目とも言える一面を持っており、息子である長谷をからかってみるのが大好きな人なのだ。

そしてそれは、今みたいに俺達がいる時でも変わらないようで、今日のようにぶらりと長谷の部屋に立ち寄っては長谷の事をからかい、満足したら戻っていくというのが一連の流れである。

俺は前世知識として知っていたとはいえ、最初こそは少し驚いた。

しかし慣れてしまった今となっては、珍しい長谷の姿を見る事が出来るので、長谷の家に来た時のちょっとした楽しみとなっている。

そんな事を考えている内に、長谷の顔に徐々に諦めの色が浮かび始めると、程なくして長谷はドアノブから手を離した。

そしてそれを見た慶二さんは楽しそうな様子で笑うと、ドアをゆっくりと開き、そのまま部屋の中へと入ってきた。

 

「くくく……泉貴、今日も俺の勝ちみたいだな」

「はぁっ、はぁっ……! ……ああ、『今回』はそうだな。だが……『次』こそはアンタに絶対に負けたりしない……それだけは覚えておけよ……!」

「……ああ、楽しみにしてるぞ、泉貴」

 

慶二さんはニカッと笑いながら長谷の言葉に答えた。この様子からも分かるように、長谷と慶二さんの中は決して悪いわけでは無い。

そして長谷自身はこう見えて慶二さんのやり方や実力なんかをしっかりと認めており、慶二さんの事を学ぶべき対象であり、いつか絶対に越えるべき相手として考えており、慶二さんも長谷の今の力をしっかりと認め、こういったふれあいのようなものを通じて、長谷の成長を促しているようにも見えた。

 

 この長谷と慶二さんの関係って、正しい親子の関係性なんだよな。子供は親の良い所と悪い所を見て、それを取捨選択してから自分の血肉として、親は子供に様々な成長を促しつつ、それをしっかりと見守っている……。

 

 そこまで考えた時、俺は亡くなった父さん達の事を思い出していた。あの時、俺も天斗伯父さんも傍にいない時に父さん達は事故で亡くなった。そしてそれにより、俺は天斗伯父さんに引き取ってもらい、共に暮らすことになった。

今の生活に当然文句なんかは無い。天斗伯父さん達との生活は充実してはいるし、それにとても楽しいから。けど、この長谷親子のふれあいのような物などを見る度、俺は本当の意味でもうこういう事すら出来ないんだと思い、少しだけ寂しくもなっていたのだった。

 

 ……でも、そうやって(うらや)んでみたり寂しがってみたりばかりしていても、父さんも母さんも浮かばれない。だから、俺は俺なりに頑張って生きていこう。父さん達に向かって頑張ってると胸を張って言えるように。

 

 俺が改めて決心していると、慶二さんが静かに微笑みながら俺に声を掛けてきた。

 

「……良い顔してるじゃないか、柚希」

「え……そう、ですか?」

「ああ。また一つ男を上げたって感じの面だ。なあ、泉貴? 夕士?」

「……そうだな」

「はい!」

「長谷……夕士……」

 

 とてもカッコイイ笑顔で言う慶二さんの言葉、そしてフッと笑いながら答える長谷の言葉ととても良い笑顔で答える夕士の言葉を聞き、俺は心の底から嬉しくなった。

 

「皆……ありが……」

 

 俺がお礼を言い掛けた時、慶二さんは突然ニッと笑いながら俺の言葉に被せるように言った。

 

「まっ、まだまだ俺には敵わないけどな♪」

「け、慶二さん……」

「あはは……」

 

 慶二さんの言葉に俺と夕士が苦笑いを浮かべていると、長谷がとても呆れた様子で慶二さんに話し掛けた。

 

「……それで、そんな戯れ言を言うためだけに俺の部屋まで来たのか?」

「ははっ、戯れ言とは酷いなぁ~。まっ、それだけじゃなく、勉強の休憩として、お前達にちょっとした怪談でも話してやろうと思ってな」

「怪談って……まだ夜じゃないだろ……」

「くくく……甘いぞ、泉貴。話し方次第では、夜じゃなくとも人を怖がらせるのは簡単なんだぞ?」

「……それで? その怪談ってのは一体どんなのなんだ?」

 

長谷が少々怒りながら訊くと、慶二さんは怪談らしく少々声を低くしながらその怪談を話してくれた。

 

「……実は、この近くにある神社についての話なんだが……3日ほど前の深夜、神社の近くを歩いていた人が境内の方から犬の鳴き声を聴いたそうだ」

「3日前っていうと……そこそこ大きな地震があった頃か」

「そうだ。それでその人は神社の方から犬の鳴き声がしたのを不思議に思い、こっそりと近付いてみたそうだ。その人は恐怖で心臓を高鳴らせながら、音を立てないようにしながら石段を静かに上っていった。

そして石段を上りきった時、その人が見たのは、もぞもぞと動いている毛の生えたサッカーボールのような物だったそうだ」

「もぞもぞと動いているサッカーボールのような物……」

「その人はその奇妙な雰囲気に更に恐怖を覚え、急いで逃げるために静かに後退った。ところが……その時に近くに落ちていた枝を踏んでしまい、枝が折れるパキンッという音が境内に響いてしまった。

その瞬間、その何かがその人の方を向き、ゆらゆらと揺れながら浮き上がったかと思うと、その人の方へとゆっくり近付いていったそうだ。

そしてその人は遂に恐怖に耐えきれなくなり、悲鳴を上げながらその場を急いで立ち去ったという……」

 

 慶二さんがそう話を締めくくると、夕士はゴクリと喉を鳴らした後、緊張した面持ちで慶二さんに話し掛けた。

 

「それで……その人は無事だったんですか……?」

「まあ、一応な。ただ……だいぶその時の事が怖かったらしく、今はあまり神社の傍を通りたくないそうだ」

「そうなんですね……」

 

 慶二さんの話を聞き、夕士の顔が強張っていく中、長谷は少し胡散臭(うさんくさ)そうな表情を浮かべながら慶二さんに話し掛けた。

 

「……何でそんな話を親父が知ってるんだよ?」

「今朝、その人に偶然会ってな。最近、神社の境内で鳥の死骸とかが見つかるようになった話をしていたら、突然ブルブルと震えだしたから、その理由を訊き出してみたらこの話をしてもらえたってわけだ」

「鳥の死骸……っていうと、一昨日くらいから見つかるようになった奴か」

「その通りだ。まあ、最初は野良犬の仕業なんじゃないかって言われてたが、その人の話が本当であれば、その犬の鳴き声を出す毛玉みたいな奴の仕業って事になるだろうな」

「ふーん……」

 

 長谷は少しだけ興味を惹かれた様子を見せていたが、すぐいつものように落ち着いた様子に戻ると、静かに言葉を続けた。

 

「……まあ、夜に神社の傍を通る用事なんて殆ど無いし、不用意に出歩かなきゃ大丈夫そうだな。そうだろ、親父?」

「まあ、そうだが……去年のように肝試しをやる時は、念のため神社の傍を通らないコースを選べよ?」

「ああ、分かってるさ」

 

 長谷が頷きながら答えると、慶二さんは満足そうな様子でニッと笑った。そして部屋の外の方へ体を向けた後、顔だけ俺達の方へ向けて声を掛けてきた。

 

「それじゃあな、少年達。頑張って勉強をするんだぞ?」

 

 俺達が揃って頷くと、慶二さんは部屋から静かに出ると、ゆっくりとドアを閉めた。

 

「さて……それじゃあ早速、宿題の続きをするか」

「だな!」

「ああ」

 

 長谷の言葉に頷きながら答えた後、俺達は再び宿題を片付け始めた。しかし、夕士達と話をしながら宿題を片付けつつも、俺はさっきの慶二さんの話に出て来た『何か』の事がとても気になっていた。

 

犬の鳴き声……サッカーボールくらいの大きさの毛玉……か。まさか、な……)

 

 その『何か』の情報から、俺は微かな嫌な予感を感じていたが、それは今すぐにはどうにも出来ない物なため、とりあえず宿題を片付ける事に集中することにした。

 

 

 

 

「ほう……犬の鳴き声を上げる妙な毛玉、ですか……」

「はい……」

 

 天斗伯父さんの少し緊張した声に俺も少し緊張をしながら答えた。宿題を片付けた後、俺と夕士は長谷と午後から遊ぶ約束をしてから、宿題を持って帰ったりするために一度それぞれの家へと帰った。そして昼食を食べながら、俺は天斗伯父さんや『絆の書』の皆にさっき聴いた話について相談をしてみることにした。

 

 その『何か』が俺の考えてるモノだとしたら、正直俺の力じゃあどうにもならないかもしれないしな。

 

 俺が昼食の冷やし中華を静かに味わいながら考えていた時、義智が静かに口を開いた。

 

「……柚希。お前はその『何か』について、大体の予想はついているか?」

「……一応は。けど、実際に見たわけじゃないから、本当に予想でしか過ぎないけどな。それに……義智だってその『何か』の正体について何となく予想はついてるんだろ?」

「……うむ」

 

 義智がいつになく真剣な声で答えると、風之真がとても不思議そうな声で話し掛けてきた。

 

「柚希の旦那……その毛玉みてぇな奴ぁ、そんなに危険な奴なのかぃ?」

「……もし、その正体が俺達の考えてるような奴だったらな」

「へぇ……話を聞いてるだけなら、そんな大したこと無さそうに聞こえっけどなぁ……」

「まあ、『話を聞いてるだけ』ならな」

 

 風之真に言葉を返しながら、俺はその『何か』について思考を巡らせた。

 

 今のところ、『何か』は人に危害を加えたりはしていないみたいだ。でも……いつかは誰かに危害を加えるかもしれないし、早めに手を打てるなら手を打っておきたいな……。

 

 その何かをどうにかしたいという気持ちと対峙する事への緊張の二つが俺の中で渦巻いていたその時、天斗伯父さんが真剣な表情を浮かべながら俺に話し掛けてきた。

 

「……柚希君、もし、その『何か』が私達の思っている物だとしたら、貴方は『何か』をどうしたいですか?」

「『何か』をどうするか……」

 

 その『何か』が俺達の思っている物だとしたら、それはとても哀しいモノであることなのは間違い無い。なぜならばそれは一つの犠牲と一つの暗いモノによって産まれる物なのだから。

 

 だったら俺がやるべき事は一つだな。

 

 俺はそう決心をした後、天斗伯父さんに返事をした。

 

「俺は……その『何か』を『救いたい』と思います」

「救いたい……ですか」

「はい」

 

 俺が静かに返事をすると、義智が真剣な様子で声を掛けてきた。

 

「柚希……分かっていると思うが、その『何か』が奴であるならば、お前や我々の手に負える相手では無いかもしれぬ。加えて話し合いで解決できる可能性は殆ど無く、最悪奴とやり合わねばならぬ。それでもお前はその『何か』に会い、そしてその上救いたいと言うのか?」

「ああ。俺達が思っているモノだったとしたら、確かに俺達の手に負えない奴じゃないかもしれない。もちろん、それを救おうなんて考えるのは馬鹿な事だっていうのは分かってる。本来、アレは救えるようなモノじゃないはずだからな。

でも……もしその『何か』がソイツだとしたら、ソイツはとても哀しい生まれ方をしてるだろうし、恐らく人間の事を恨んでるはずだ。

だからこそ、俺はもし救えるならばソイツの事を救いたい。誰かを憎み恨むっていうのは、やっぱり哀しいことだからさ」

「……そうか」

 

 義智は静かに返事をした後、呆れ果てた様子で息をついた。

 

「……そこまで分かっていてその道を選ぼうとするとは……柚希、お前は本当に救いようのないお人好しなのだな」

「あはは……確かにな」

「……して、柚希よ。策はあるのか? 『何か』がそれであった場合の対策や救うための策は、既に浮かんでいるのか?」

「それが……まだなんだよな……。とりあえず気持ちだけを伝えておこうと思って言い出しただけだし……」

「ふん……そうだろうな。お前という奴はそういう奴なのだからな」

「うん……本当にゴメン」

 

 俺が申し訳なさそうに謝ると、義智は目を閉じながら静かな声で答えた。

 

「だが……お前は様々なモノ達と分かり合い、こうして共に生活をしているのも事実だ。ならば、我のこの身と知識を……お前の願いのために用いるのも悪くは無いかもしれぬな」

「義智……でも、本当に良いのか?」

「ああ。あの時、お前を選び、共に生活を送ろうと考えた時点で、お前は我の友であり主人だ。それに……万物を知る妖として、『救えぬやもしれぬ』モノを『救う』、その時を見てみたいと思ったからな」

「義智……うん、ありがとうな」

 

 俺が静かに微笑みながら義智にお礼を言っていると、風之真達が次々と俺達に声を掛けてきた。

 

「おっとぉ……俺らを忘れてもらっちゃあ困るぜ? 旦那方」

「ふふっ♪ そうですね♪」

「儂らも柚希を信じた上で、ここにおる身じゃからな」

「微力ながら精一杯お手伝いします!」

「ワンッ!」

「ま、柚希達が私達を置いて行こうとしても、無理矢理着いてくけどね♪」

「何が相手であろうとも、私達であれば何とでもなるだろうからな」

「うんうん、ボク達なら絶対に大丈夫だよ!」

「本当はちょっと怖いですけど……柚希お兄ちゃん達がいるから大丈夫です!」

「それに……たとえ怖くても、それが誰かに危害を及ぼすなら、放ってはおけませんからね」

「柚希さん、及ばすながら私達も助力致しますよ」

「皆……!」

「……やれやれ、どうやら『絆の書』の住人は、いつの間にかお人好しな連中に姿を変えていたようだな」

 

 義智が小さく首を横に振りながら言うと、それを見た風之真が楽しげに笑いながら義智に話し掛けた。

 

「おやおや~? 柚希の旦那の次にお人好しな義智の旦那が言えた事じゃあねぇんじゃないかぃ?」

「……まあ、そうかもしれぬな」

 

 義智はポツリと呟くように答えた後、俺の方へと視線を戻した。

 

「さて、柚希よ。こうなればもはや後戻りは出来んぞ?」

「ああ、少ない時間にはなるかもしれないけど、夕士達との約束の後に、『何か』と対峙した時の対策とかを皆で考えないといけないな」

「うむ」

 

 俺の言葉を聞き、義智がコクンと頷いていると、天斗伯父さんから呟くような声が聞こえてきた。

 

「……なるほど、それが皆さんの気持ち、というわけですね」

「はい。もちろん、俺達がやろうとしている事が危険な事なのは承知しています。でも……このまま放置しておいて、他に危害を被る人が出てしまうのはやっぱり間違ってると思うので」

「そう、ですか……」

 

 天斗伯父さんは俺の答えをとても真剣な表情で聞いた後、何かを考えるように俯いた。しかし、程なくゆっくりと顔を上げると、いつものように穏やかな笑みを浮かべながら俺達に話し掛けてきた。

 

「分かりました。皆さんが目的を果たせるよう、私も精一杯協力させて頂きますね」

「天斗伯父さん……! 本当にありがとうございます……!」

「ふふ、どういたしまして」

 

 俺のお礼の言葉に天斗伯父さんが小さく笑いながら答えると、義智は静かな声で天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「……シフルよ。お前が手伝おうと思った理由、それは柚希自身がお前にしっかりとした意志を伝えてきたから、だな?」

「はい。今回の件は今の柚希君には確かに荷が重い物ですから、本当ならこちらから人員を派遣してどうにかしたいと考えていました。

しかし、先程の柚希君や義智さんを始めとした『絆の書』の皆さんの意志を聞いて、私はこの件を柚希君達にお任せしようと思ったのです。柚希君達ならば、きっと私達とは別の解決をしてくれるはずですから」

「俺達のしっかりとした意志……」

「ええ。何かを成し遂げるためには、必ずと言って良い程、『意志の力』が必要になってきます。確固たる意志はその人の力となり願いを叶えるための原動力となります。

それは今回の件においても同じで、『何か』を助けたいという柚希君の意志、そしてその柚希君を助けたいという『絆の書』の皆さんの意志、それら二つがあって初めて皆さんの力となりますからね」

「……確かにそうかもしれませんね」

「はい。それと……やはり、家族として柚希君達の事が心配でしたから」

「天斗伯父さん……」

 

 俺が呟くようにして言うと、天斗伯父さんはニコッと笑いながら言葉を続けた。

 

「私は柚希君を転生させた神であるのに加えて、柚希君の伯父でもありますし、『絆の書』の皆さんの事も大切な家族だと思っています。ですので、皆さんには危険な目に遭って欲しくないというのが本音です。

……ですが、先程の皆さんの意志を聞いた以上、私がやるべき事は皆さんを止めることではなく、皆さんをサポートする事だと思っています。皆さんの家族として、そして皆さんの友人として、出来る限りのサポートを……」

 

 そう言うと、天斗伯父さんは両手の掌を上に向けて開いた。すると、手の中に一つずつ小さな光の珠が現れ、それは徐々に小さな長方形のような形へと変化していった。

 

 これは……お札、か……?

 

 そして天斗伯父さんがそれを掴むと、それが放っていた光は徐々に消えていき、光が完全に消えた時、天斗伯父さんの手には薄い青色のお札と薄い赤色のお札が一枚ずつ握られていた。

 

「コレは……お札、ですよね?」

「はい。薄い青色のお札の方は『浄解(じょうかい)の札』、そして薄い赤色のお札の方は『封壊(ふうかい)の札』と言いまして、どちらも相手をお札の中へ取り込むことで効力を発揮する物です」

「『浄解の札』と『封壊の札』……」

「はい。柚希君の目的を達成するだけならば『浄解の札』だけでも良いのですが、万が一という事もありますので、こちらの『封壊の札』もお預けしますね」

「あ、はい……」

 

 そして俺は天斗伯父さんから『浄解の札』と『封壊の札』の二枚を受け取った。

 

『浄解の札』と『封壊の札』……片方からは浄化の力を感じるし、もう片方からは破壊の力を感じる。つまり、万が一っていうのはやっぱりそういう事だよな……。

 

 俺は天斗伯父さんの言う万が一の事を想像し、その事から二枚のお札を軽く握った。

 

 考えたくはないけど、確かにその可能性だって無くはない。だからこそ、その覚悟もしておかないとな……。

 

 心の中でその覚悟を固めていると、義智が俺達の事を見回しながら声を掛けてきた。

 

「よし……それでは、決行は本日の午後9時頃とする。柚希よ、この事はくれぐれも夕士達には気取られるなよ?」

「ああ、もちろん分かってるさ」

 

 義智に返事をした後、俺は手の中にあるお札をジッと見つめた。

 

『何か』の詳細はまだ分からない。でも……救える奴であるなら、出来る限り救ってやりたい。だから、しっかりとソイツと向き合ってみないといけないな……。

 

 俺はまだ見ぬ『何か』の事を思い、そう強く決心した。

 

 

 

 

 そしてその日の午後9時頃、俺は義智と一緒に件の神社へ向けて気配を殺しつつ、出来る限り誰もいない道を選んで歩いていた。ここまで徹底する必要は無いように思えるかもしれないが、途中で誰かに見つかってしまった場合、誤魔化したりする手間も生まれ、最悪家に連絡されてしまう可能性もあるため、俺達は極力人がいなそうな道を選んで進んでいた。

そして出発してから十数分後、俺達は件の神社へと辿り着いた。

明るい時とは違って、神社全体から不気味な雰囲気が漂っているのに加え、境内の方からは妖気ともう一つ別の力の気配を感じた。

 

 この暗い波動の感じ……どうやら間違いないみたいだな。

 

 俺は義智と頷き合った後、静かに石段を登り始めた。そして石段を上り終え、境内に足を踏み入れた瞬間、風が吹いていないにも関わらず、周囲に植えられている木々がサワサワという音を立て始め、それと同時に空気がピーンと張り詰めた様な気がした。まるで、神社が俺達の事を的と認識し、警戒をし始めたかのように。

 

 ……とりあえず声を掛けてみるか。

 

 俺は周囲に注意を払いながら、境内全体に聞こえるような声で呼び掛けた。

 

「……俺達はお前と戦いに来たんじゃない。とりあえず俺達と話をしてくれないか?」

 

 すると、境内に入る前から感じていた妖気などが突如強くなり、神社の社の陰からフラフラと大きな犬の頭が姿を現した。

 

 ……とりあえず出て来てくれたな。

 

 その事に少しだけ口元を綻ばせた後、俺はフラフラと寄ってきたモノに声を掛けた。

 

「出て来てくれてありがとうな、『犬神』」

「……」

 

 しかし、『犬神』はそれには答えず、俺と義智の事をジッと見つめ始めた。

 

 

『犬神』

 

狐憑きや狐持ちと並ぶ憑き物の一種で、西日本に多く分布している犬霊の憑き物。そして蠱術(こじゅつ)という特定の動物の霊を使役する呪詛(じゅそ)の一種でもあり、その生み出し方はとても凄惨なものである。

犬神に憑かれたものは、胸の痛みなどを訴えるようになる上、嫉妬深い性格になるなど様々な変調を及ぼしてしまう。

 

 

 ……俺の声に答えないのは、恐らく俺達の事を警戒してるからだろう。とりあえず、もう少し話し掛けてみるか。

 

 俺は再び犬神に声を掛けた。

 

「……犬神、俺達と少し話をしないか?」

「……お前達と話を、か。だが……お前達と何を話すというのだ?」

「そうだな……まずは、お前が何故ここにいるのかだ」

「……ほう?」

「お前の本来いるはずの場所は、ここよりもずっと遠い地方のはずだ。なのにお前はここにいる。だからその理由を知りたいんだ」

「……なるほど」

 

 犬神は地の底から響くような低い声で言うと、口で三日月を描くかのようにニイッと笑いながら言葉を続けた。

 

「……お前の言う通り、我は本来この地とは別の地にて、ただの仔犬として生まれた存在だ。しかし……その一匹の犬としての存在はある者によって、脆くも崩れ去ることとなった」

「ある者……」

「ああ。元々、我はとある家の飼い犬として生涯を過ごしていたそして家の者達が我を可愛がる度に我もそれに感謝の意思を示しながら暮らしていた。その頃の我にとって、この暮らしはとても満ち足りたものであり、これ以上の幸福は無いのではないかと考えるほどだった。

……そう、あの時までは」

 

 犬神はそこで一度言葉を切ると、憎しみに満ちた表情を浮かべながら夜空を見上げた。しかし、その犬神の表情にはどこか哀しみの色も混じっているような気がした。

 

 この哀しみは……たぶん……。

 

 俺がその哀しみの意味に気付いた時、犬神は再び自分の過去について話し始めていた。

 

「……我が成犬となり、幾年が過ぎた頃、我が暮らしていた家の周辺に見知らぬ男の姿を見るようになった。他人に自身の姿が見つかっては都合が悪いのか、家の周辺に来る度に男はしきりに周囲を見回していた。

そして周囲に人の姿が無い事を確認すると、我の姿を見てニヤリと笑ってその場を去って行くという事を日々繰り返していた。我はその様子を少々不審には感じていたものの、所詮は取るに足らん事だと考え、あまり深くは考えないようにしていた。

しかし……ある日の夜、その時は我に訪れた」

「……」

「その日、我が静かに寝息を立てていると、何やら周囲から何かを探しているかのような音が聞こえ、我はゆっくりと目を開いた。

そして何事かと思いながら周囲の気配を探っていると、我の目の前に件の男が突如現れ、我の口元に何やら布のようなものを宛がった。

我はこの事をすぐに家の者達に報せるべく、大声で鳴こうとしたのだが、何故か徐々に意識が遠退いていったため、我は力無くその場に倒れ込んだ後、静かに目を閉じた」

「……」

「そして再び目を開けた時、我は何やら小屋のような場所へと閉じ込められていた。小屋の中には一切の灯りも無く、我以外の何者かがいる気配すら無かったため、完全に我一匹のみがここに閉じ込められている事が見て取れた。

そして暗闇に目が慣れてきた頃、我は小屋の中を調べるべく、小屋内の探索を開始した。ところが、小屋の中には食物はおろか、物と呼べるものは一切無く、扉も外側から棒を支えて閉めているらしく、扉が開く様子は一切無かった。

それを知った時、我はここを出ることを一度諦め、何故ここに閉じ込められているのかを考えながら、我をここに閉じ込めたであろうあの男の事を待つことにした。

しかし……待てども待てども男は現れず、我は次第に飢餓や喉の渇きに悩まされる事となった」

「……それで、その男は?」

「……男は来た。しかし、来た時には我は飢餓や喉の渇きによって今にも命が尽きようとしていた。

すると、それを見た男は大層喜び、我が抵抗出来ないことを良い事に、乱暴に我の体躯を持ち上げると、小屋の外へと持ち出した。

そして我の体を小屋の近くへと放ると、用意をしていた道具を用いて穴を掘り始めた。

それから幾分か過ぎた頃、男は穴を掘り終えると、我の体を再び掴み、頭が上に来るようにしながら、我を穴の中へと置いた。

そして再び道具を用いて穴を埋め始めると、我は頭だけを残して地面に埋められる形になった。

我は微かに残った意識の中で、男の考えを読み取ろうと男の顔を窺おうとした。しかし……その瞬間、男は足下に置いていた斧へ手を伸ばすと、斧を静かに振り上げ、そのまま勢い良く我の首を目掛けて振り下ろした」

「……っ!」

 

 生前の犬神の最期を知った瞬間、俺は何とも言えない気持ちになっていたが、犬神はその俺の様子を静かに眺めた後、再び口を開いた。

 

「……地中の体躯から首を切り離された時、我は徐々に意識が途絶えていくのを感じ、そのまま静かに目を閉じた。しかし、いつになっても我に死が訪れる様子は無く、それどころか意識がハッキリし始めたため、我は静かに目を開けた。

すると、男は先程よりも大きく喜びの声を上げ、我の頭をむんずと掴み、頭を風呂敷で包むと、そのままどこかへ向けて歩き始めた。

我は何故己が死していないのかを疑問に思っていたが、それよりも男に対して憎悪の方が明らかに強く、男が歩いている間、我はその男がいるであろう場所を静かに睨みつけていた。そしてそれから数日が過ぎた頃、男はゆっくりと足を止め、風呂敷を静かに解いた。

すると、どうやら着いた時には夜更け頃であったらしく、辺りは暗闇に包まれていたが、周囲に灯りの付いた民家があった事から、ここがどこかの街である事が見て取れた。

男は周囲の様子を窺い、人の姿が無い事を確認すると、我の頭を持ったまま辻道へ向けて歩いた。

そして三度道具を用いて少々浅めの穴を掘ると、我を穴の中へと放り込み、上から土を被せ、完全に我を穴の中へと埋めた。

我は暗闇の中で微かに聞こえる男の足音を聞きつつ、男への憎悪の炎を燃やしていた。

しかし……本当の苦しみはここからだった」

 

 犬神がそこで一度言葉を切った時、俺はポツリと呟くような声で話し掛けた。

 

「……次の日からお前は、自分が埋まっている上を人が踏んでいく音を聴き続けなくてはならなくなった。……そうだよな?」

「……その通りだ。我が地中にいる中、人間達は様々な足音を立てながら歩いているため、我はその雑音にも似た足音を聴き続ける事となった。

そしていつしか、我の憎悪の対象はあの男から全ての人間へと移り、我は静かに人間達の事を恨み続ける事となった。たとえそれが間違ったことだとしても、それだけが我の心や理性を繋ぎ止めていた物だったからだ。

そしてそれから幾日が過ぎ、我の中で何かの力が産声を上げ始めた頃、頭上から穴を掘るような音が聞こえてきた。その力のせいか、我はすぐにあの男が来たのだと気付き、静かに男が我を穴の外へと出す時を待っていた。

そして程なく我の頭が持ち上げられ、穴の外へと出された後、男は我の様子を確認し、ニヤリと笑ってからまたどこかへと持ち去ろうとした。しかし、我はその瞬間、男の手からするりと抜け出し、男の首元にこの牙を突き立てた。

男は咄嗟の事に慌てふためき、近隣の住民を呼ぼうとしたが、我は牙を更に奥まで押し込んだ後、勢い良く口を閉じた。その瞬間、男の顔が痛みと驚愕に歪み、体がグラリと揺れた。そして地面に倒れ伏した後、男の首がゴロリとその場に転がった」

「……」

「我はそれを確認した後、近隣にある空き家に身を潜めた。我が憎む人間達への復讐のため、そしてこの身に宿る妖気と呪力が訴えてくる飢えと渇きを満たすために。その後、我はひたすらに近隣の住民達の命を奪い続けていたが、遂にあの日が訪れる事となった。

ある日、我の前に一人の人間が姿を現した。その人間はどうやら術士であったらしく、我の噂を聞きつけ、封印をせねばなるまいと決意し、我の元を訪れたとの事だった。

話を聞き終えた後、我は恐れを成すことなく、その術士へと襲い掛かった。我の中に沸き立つ憎しみや恨みの感情を以て、彼の者を喰らい尽くすために。しかし……結果として、我はその者に敗北を喫した。

そしてその者は何やら文言を唱えると、我を水瓶の中へと封印した。我は再び訪れた静寂と意識の喪失に身をゆだね、幾年もの間水瓶の中で眠りについていた」

「……ところが、最近あった地震の影響でここにあったその水瓶が割れ、お前がまた目を覚ました、って所か」

「……そうなのだろう。目が覚めた時、周囲には割れた水瓶の破片が転がっていたからな」

 

 そして犬神は俺達の事を再びジッと見つめながら言葉を続けた。

 

「さて、これで我の話は終いだが……おおよそ、お前達の目的は話を聞くだけでは無いのだろう?」

「ああ。犬神、お前の事を救いたいんだ」

「我を……救う、だと……?」

「これは俺の勝手な考えに過ぎないけど、人間への恨みや憎しみに溢れたお前の事を放ってはおけないからな。もちろん、犬神という存在がどういうモノかは理解してるよ。でも……やっぱり恨みや憎しみに満ちているのなんて、哀しいだけだと思うんだ。

だから俺はお前の事を救いたい、お前の中にあるそんな暗いもの達を少しでも減らしてやりたいんだ」

「……ふん、なるほどな。どうやらお前はあの時の人間達とは少々違うようだな」

 

 そこで一度言葉を切った時、犬神は何かを思い付いた様子で再び口を開いた。

 

「ならば、小僧。我と勝負をせんか?」

「勝負……?」

「そうだ。我とお前、先に力が尽きた者が負けとし、敗者の身は勝者の自由となる、といった形でな。どうだ? やる気はあるか? 小僧」

「……当然やってやるさ。そして俺が負けたら、この体を好きに使えば良い。もっとも、俺は負ける気なんて一切無いけどな」

「ふん……ならば、その威勢がいつまで続くか、見せてもらうとしよう……!」

 

 そう言うと、犬神は俺に向かって勢い良く飛んできた。

 

 やっぱりそう来るよな……だったら!

 

 俺は『絆の書』のオルトのページを開き、魔力を通じてオルトに声を掛けた。

 

『オルト! 力を貸してくれ!』

『ワウンッ!』

 

 オルトの返事を聞いた後、俺はオルトのページから漂う魔力と自分の魔力を同調させた。そして、自分の足にオルトの力が宿った事を確認した後、俺はすぐさま横へと避ける事で犬神の突進を躱した。すると、犬神は俺の方を向き、感心した様子で声を掛けてきた。

 

「……どうやら、考えていたよりもやるようだな、小僧」

「……これは俺だけの力じゃないよ」

「……ほう?」

「俺には妖を始めとした様々な種の仲間であり家族である存在がいる。そんな彼らの助力があるからこそ、俺はこうしてお前と対峙できるんだよ」

「……人間と人ならざるモノ達の絆、か……。ならば、その絆とやら……我にしかと見せてみるが良い!」

 

 そして犬神は自分の妖気を使って、周囲の砂利を浮かび上がらせると、勢い良くそれらを俺に向けて撃ち出してきた。

 

 砂利……なら今度は!

 

 俺はオルトとの同調を解いた後、今度はアンのページを開き、魔力を通じてアンに声を掛けた。

 

『アン! 頼んだぞ!』

『はい、任せて下さい!』

 

 返事を聞いた後、俺はアンのページから漂う魔力と自分の魔力を同調させた。そして自分の背中から魔力で作られた大きな翼が生えた事を確認した後、俺は向かってくる砂利へ目掛けて羽根を飛ばした。

羽根は向かってくる砂利を次々と弾いていくと、犬神へ向かって一直線に飛んでいったが、犬神は上へ飛ぶ事でそれを難なく躱すと、ふよふよと浮かびながら俺に声を掛けてきた。

 

「ふん……中々見事な反撃であったぞ? 小僧」

「そりゃどうも。俺だって絶対に負けられないからな」

「そうだろうな。だが……この程度では我の憎しみや恨みが消えることはない!」

「……そうだと思うよ」

「む……?」

 

 犬神の不思議そうな声に俺は静かに答えた。

 

「平和に暮らしていただけなのに、一人の人間の勝手な都合で犬神にされた挙げ句、ここ最近まで封印をされてたんだ。そう簡単にその恨みや憎しみが消えるわけはないさ。だから……全力でぶつけて来いよ、俺達にその恨みや憎しみを! 俺達も全力でそれを受け止めてやるからさ!」

「小僧……」

 

 俺の言葉を聞き、犬神は呟くような声で言った後、フッと笑いながら言葉を続けた。

 

「小僧、お前の名は何だ?」

「俺は遠野柚希、人間でありながら妖や霊獣、そして神様と共に暮らす存在だ」

「……面白い。ならば、我の中に渦巻くこの憎悪、しかと見るが良い!」

 

 そして犬神は自分の中の妖気などを全体に纏うと、さっきとは比べ物にならない速さで俺に向かって飛んできた。

 

 さて……こうなればアイツの出番だな!

 

 俺はアンとの同調を切った後、『絆の書』のヴァイスのページを開き、ヴァイスに声を掛けた。

 

『ヴァイス、行くぞ!』

『ええ、任せて下さい』

 

 そしてヴァイスの魔力と自分の魔力を同調させると、俺の左手に穏やかな光を放つ白い盾が、そして右手には同じように光を放つ白い剣が現れた。

 

 まずはこれで……!

 

 俺は向かってくる犬神に対して盾を構え、そのまま犬神の突進を盾で受け止めた。犬神が纏っていた妖気や呪力、そして積もりに積もった恨みや憎しみのせいか犬神の向かってくる力は想像をしていたよりも強く、少しでも気を抜いてしまったらすぐにでも押し負けてしまいそうな程だった。

 

 ははっ……やっぱり強いな。でも、俺達だってこんなもんじゃない……!

 

 俺は盾を持つ手に力を加え、盾の向きを変える事で犬神の突進を受け流した。そして、すぐさまヴァイスとの同調を切った後、今度は風之真のページを開いた。

 

『風之真、やるぞ!』

『おうよ!』

 

 返事を聞いた後、俺は風之真の妖力と俺の魔力を同調させた。そして、手に風之真の妖力が宿った事を確認し、俺は神社を出来る限り傷付けないようにしながら、風による斬撃を飛ばした。しかし犬神はそれを難なく躱すと、再び俺に向かって一直線に飛んできた。

 

 それじゃあ今度は……!

 

 俺は風之真との同調を切った後、今度は雪花のページを開いた。

 

『雪花、頼むぞ』

『うん、任せてよ!』

 

 雪花の返事を聞いた後、俺は雪花の妖力と俺の魔力を同調させた。そして雪花の妖力を利用して、俺は目の前に俺がすっぽりと隠れる程度の大きさの氷の壁を作り上げた。しかし犬神の波動にはこの氷の壁にぶつかる事への恐怖などは無く、躊躇せずにそのまま氷の壁へと勢い良くぶつかってきた。

そしてその瞬間、壁に大きな亀裂が入り、もう一度ぶつかってきた時には壁はガラガラガラッという音を立てながら無残にも崩れ落ちた。

 

 ふむ……なら今度は……!

 

 俺は雪花との同調を切った後、今度は雷牙のページを開こうとした。しかし、雷牙のページを開いた瞬間、俺は力の使いすぎによるものなのか、微弱な頭痛に襲われた。

 

 くっ……! そろそろマズいか……!?

 

 俺は回復をするために首に掛かっている『ヒーリング・クリスタル』へと手を伸ばそうとした。しかし、手が触れる寸前で俺はその手を止め、『ヒーリング・クリスタル』から静かに手を離した。

 

 ……やっぱり、回復なんてしたら、全力でぶつかってきてくれてる犬神に失礼だよな。

 

 そして俺は再び雷牙のページを開き、魔力を通じて雷牙に声を掛けた。

 

『雷牙、やるぞ』

『……ああ。だが……ムリだけはするなよ、柚希』

『ああ……分かってるよ』

 

 雷牙の言葉に答えた後、俺は雷牙の妖力と俺の魔力を同調させた。そして、雷牙の妖力が体全体に伝わってきた事を確認すると、俺は犬神へ向かって小さな雷を飛ばした。しかし犬神は、それを再びヒラリと躱すと、今度は突進はせずに、俺の事をジッと見ながら話し掛けてきた。

 

「……柚希よ、そろそろ諦めろ」

「……いいや、まだやってやるさ。俺の力はまだ残ってるんだからな」

 

 俺が息を切らしつつニッと笑いながら言うと、犬神は心底理解出来ないといった様子を見せた。

 

「……分からんな。お前が我のようなモノを憐れみ、救おうと考えているのは分かる。しかし、お前がそこまでしようとする必要なぞあるのか? 己の命を削ってまで、我のようなモノを救う必要など本当にあるのか?」

「……あるよ」

「……何だと?」

 

 俺は息を整えた後、犬神の疑問に答えた。

 

「俺は……昔から妖とか幻獣とかみたいな人間とは違うモノ達が大好きでさ、いつも会ってみたいなとか話をしてみたいなとかって考えてたんだ。そしてそれは、転生をした今でも変わらなくて、人間として生活する中で俺は様々なモノ達と出会い、一緒に話をしていった結果、こうして一緒に暮らすようになった」

「……」

「お前はさっき、俺がお前みたいな奴の事を憐れんでるからとか言ってたけど……それは違うよ。俺はお前みたいな奴も含めて人間とは違うモノ達が大好きだから、一緒に何かをやってみたいと思うし、困っている時は力になってやりたいと思うんだ。

だから、そこに『憐れみ』とかは無い。俺の原動力は『大好き』だという気持ちだからな」

「『大好き』だという気持ち……」

 

 犬神が独り言ちるような声で俺の言葉を繰り返していると、さっきまで沈黙を貫いていた義智が不意に犬神へと話し掛けた。

 

「……犬神よ。実際、柚希は様々なモノ達の心に全力でぶつかっている。時には共に笑い、また時には共に悲しむといった風にな」

「義智……」

「そしてそれは柚希自身が言うように、安っぽい憐れみなどの感情から来る物では無い。この柚希という人間は心の底から我らのようなモノを好いているから、そして他人のために全力になることが出来るからなのだ。……お人好しなまでにな」

「……我らのようなモノの為に全力になれる人間、か……」

 

 犬神は義智の言葉を静かに繰り返すと、フッと笑いながら俺達に話し掛けてきた。

 

「柚希、そして義智……と言ったか。この勝負、どうやら我の負けのようだ」

「え……でも、お前にはまだ妖力とかが残って……」

「確かに我にはまだ余力はある。しかし……我にはどうしてもこれ以上お前達を傷付ける事が出来そうに無いのだ。まるで情に(ほだ)されたかのように、な」

「犬神……」

「傷付ける事が出来ぬという事は、勝負を捨てたのと同義だ。よって、この勝負は我の負けという事になろう。柚希よ、約束通り、我の身をお前の好きにするが良い」

「……分かった。それじゃあ、ちょっとこっちに来てくれるか?」

「……承知した」

 

 犬神は静かに答えると、ふよふよと浮かびながら俺へと近付いてきた。そして犬神が目の前まで近づいた時、俺は『浄解の札』を取りだし、お札に残っている力を注ぎ込んだ。

すると、『浄解の札』は優しい光を犬神へ向けて放ち、その光によって犬神の姿が徐々に見えなくなっていった。そして光が消えた時には、犬神の姿も完全に無く、その場には俺と義智の二人だけが残された形となった。

 

 これで……全部終わったのかな……?

 

 俺がその事について義智と話そうとしたその時、再び『浄解の札』が優しい光を放ち始めた。そして、『浄解の札』から小さな光の珠が浮かび上がったかと思うと、光の珠はふよふよと浮かびながらさっきまで犬神がいた場所へと移動した。

 

 これって……もしかして……!

 

俺が小さな期待を抱いていると、光の珠は徐々に変化し、まるで人型を思わせるような形へと変わっていった。そして光が完全に止んだ時、そこにいたのは烏帽子を被り、深い藍色の狩衣を纏った義智と同じくらいの背丈の犬のようなモノが、笏を手にしながら静かに目を閉じながら二本足で立っていた。

そしてその犬のようなモノはゆっくりと目を開くと、周囲を静かに見回した後、俺達に話し掛けてきた。

 

「お前達、これは一体どういう事なのだ……?」

「えっと、俺も正確にはまだ分かってないんだけど……とりあえず、調子とかはどうだ? 『犬神』」

 

 俺がそう訊くと、『犬神』は自分の様子を眺めたりした後、静かな声で答えた。

 

「そうだな……調子自体は非常に良い。そして我の中に渦巻いていたはずの人間達への恨みや憎しみといったものが消えたせいなのか……心がとても安らいだような気がするな」

「……そっか、それなら良かったよ」

 

 犬神の言葉に俺がニッと笑いながら答えたその時、突然軽い目眩に襲われた事で、俺の体はグラリと揺れた。

 

「……っ!」

 

 そして体が倒れると思った次の瞬間、義智がすぐに俺の右手を掴んでくれたため、俺は何とか倒れずにすんだ。

 

「ふぅ……ありがとうな、義智」

「……礼などいらん。しかし……その様子ではだいぶ無理をしていたのでは無いか?」

「……まあ、な」

「……まったく、お前という奴は……」

 

 俺の答えを聞くと、義智は呆れた様子を見せた。そして犬神の方へ体を向けると、静かな声で話し掛けた。

 

「犬神よ。この柚希の状態に気を病むことは無いぞ。此奴は好き好んでこのような無理をするような奴なのだからな」

「しかし……本当に良いのか?」

 

 犬神がまだ心配そうな様子で訊いてきたため、俺はフッと笑いながら答えた。

 

「義智の言う通りだよ、犬神。俺なら大丈夫だから、気にしないでくれ」

「柚希……」

 

 犬神は呟くような声で言った後、俺達の様子を見てフッと笑ってから言葉を続けた。

 

「……まったく、お前という奴は本当に変わった人間だな。我のような憑き物を救おうとするばかりか、自身の事よりも敵対していた我の事を思い、そして我の中に渦巻いていた暗き感情が消えた事を自分の事のように喜ぶ……我が負けたのも、お前のような相手であれば当然といったところか……」

「え、そうかな……?」

「……ああ」

 

 そう頷きながら言う犬神からは、さっきまであったはずの暗い波動は無く、穏やかに澄んだ青色と喜びの黄色の波動だけがあった。

 

 ……ふふ、どうやら頑張ったかいはあったみたいだな。

 

 その事に、俺が静かに喜んでいると、犬神は真剣な表情を浮かべながら話し掛けてきた。

 

「柚希、一つ頼みを聞いてはくれぬか?」

「ん、別に良いけど……何だ?」

「我を……お前達の仲間に加えてはくれぬか?」

「犬神……それは別に良いし、とても嬉しいけど……本当に良いのか?」

「……うむ、本来であれば、元の主の元へと馳せ参じるべきなのだが、我がいた時間(とき)は既に遙か彼方へと過ぎ去った。それであれば、お前達と共に今の人間達の様子を見てみたいと感じたのだ」

「犬神……」

 

 俺は小さく呟くような声で言った後、ニカッと笑いながら言葉を続けた。

 

「分かった。それじゃあ……これからよろしくな、いぬが──」

 

 その時、俺はある事に気付き、その事について犬神に訊いてみる事にした。

 

「そういえば……飼われてた時の名前とかって覚えてるか?」

「……いや、このようなモノとなった時、我は飼い主より授かった名を捨ててしまった。つまり、現在(いま)は名も無き妖が一体という事になるだろう」

「そっか……」

 

 犬神の答えを聞いて、俺がどうしたものかと思っていると、義智が静かな声で俺に話し掛けてきた。

 

「……ならば、柚希が名を付ければ良いのではないか?」

「俺が、か……?」

「うむ。『絆の書』の仲間の内、何名かは柚希が名を付けており、全員がその名をとても気に入っているからな」

「確かにそうだけど……犬神はそれでも良いのか?」

「……うむ。柚希が付けた名であれば、とても良い名になると思っているからな」

「あはは……期待に答えられるように精一杯頑張ってみるよ」

 

 そして俺は犬神の名前について考え始めた。

 

 さて……今回はどうしようかな。今のコイツはオルトや雷牙と同じ犬系統の妖だし、突進してきた時の牙が印象的だから『牙』の文字は入れておきたい。後はその前か後に入れる文字だけど……。

 

 その時、俺はさっき見た犬神の波動の事を思い出した。

 

 ……なら、入れる文字はこっちの方が良さそうかな。

 

 そして俺は名前を決め終えた後、犬神に声を掛けた。

 

「犬神、一応名前は思い付いたから、聞いてもらっても良いか?」

「うむ、もちろんだ。して……その名とは何なのだ?」

「それはな……『蒼牙(そうが)』だよ」

「ふむ……『蒼牙』か。響きなどは良いと思うが、由来などはあるのか?」

「ん……まあ、一応な。まず『牙』からだけど、これはウチの雷獣の雷牙と同じく犬や狼系統の特徴である牙から、そしてさっきの勝負の時のお前の鋭い牙が少し印象に残ってたからだな。

それで『蒼』だけど……これは今のお前の波動に見えた色の内の1つ、静寂とか心の平穏を示す『青色』からだな。因みに『青』の字が『蒼』なのは、こっちの方がお前に合ってそうだと思ったからだよ」

「ふむ……なるほどな。確かに今の我は、今までに無い程に心の平穏を感じている。今までに内包していた呪力や恨みや憎しみなどから解放され、新たな我として生まれ変わることが出来たからな」

「ふふっ……そっか。それで、この名前──『蒼牙』は気に入ってくれたか?」

 

 俺が微笑みながら訊くと、犬神は静かにフッと笑いながら答えた。

 

「……愚問だな。先程聞いたような思いの籠もった名だ、気に入らんわけが無かろう?」

「そっか……さてと、それじゃあ改めて……」

 

 俺はニッと笑いつつ、右手を差し出しながら言葉を続けた。

 

「これからよろしくな、蒼牙」

「うむ、よろしく頼むぞ、柚希、義智」

「うむ」

 

 俺は蒼牙と握手を交わした後、改めて俺達の事や『絆の書』の事について蒼牙に話をした。そして話を終えると、蒼牙はとても興味深そうな様子を見せた。

 

「……なるほど、そのような仕組みとなっていたのか……」

「まあ、そうだな。さてと……それじゃあ早速頼んで良いか?」

「うむ」

 

 蒼牙の返事を聞いた後、俺は『絆の書』を義智に差し出した。義智は静かに頷くと、俺から『絆の書』を受け取り、空白のページをゆっくりと開いた。そしてそこに蒼牙の手が静かに置かれた後、俺は左手で『ヒーリング・クリスタル』を握り、右手を『絆の書』へと置いた後、少しだけ残っている魔力を流し込むイメージを頭の中に浮かべ始めた。

そして、いつものように体の奥にある魔力が腕を伝って、手のひらの中心にある穴から空白のページへ向かって流れ込むイメージが無事に浮かんだものの、やはり今使える魔力量が少ないせいか、始めの頃のように体に少々辛さを感じ始めた。

 

 くっ……でも、ここで倒れるわけにはいかない……!

 

 そして必要な量が流れ込んだ瞬間、俺の体が再びグラリと揺れ、その場に倒れ込みそうになったが、踏ん張ることでそれを耐えたため、どうにか倒れずに済んだ。

 

 ふぅ……どうにかなったな。

 

 額の汗を左手でそっと拭った後、俺は『絆の書』へと視線を向けた。するとそこには、和室の中で真剣な表情を浮かべながら正座をしている蒼牙の姿と犬神についての詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 うん……無事に成功したみたいだな。

 

 その事に安堵し、俺が蒼牙を呼び出そうと再び『絆の書』に魔力を注ぎ込もうとしたその時、義智が静かな声で制止した。

 

「柚希、止めておけ。今のお前の魔力量で呼び出そうものならば、家に着くまでに力尽きてしまうぞ」

「あ……それもそっか」

 

 その瞬間、俺はいつもよりも疲れを感じている事を思い出した。

 

 ……確かにここで力尽きるのは流石にマズいかもしれないな。仕方ない……蒼牙を呼ぶのはまた後でにしよう。

 

 少しだけ残念に思いながらも、『絆の書』を義智から受け取ってバッグへしまった後、俺は義智に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあ行こうぜ、義智」

「……うむ」

 

 そして俺達は再び人のいない道を選びながら家へと戻った。家に着いた後、俺は静かにドアを開けた。すると、そこには天斗伯父さんが少し心配そうな表情を浮かべて立っていた。しかし、俺達が帰ってきた事を確認すると、天斗伯父さんはホッとした様子を見せた後、いつものような穏やかな笑みを浮かべた。

 

「お帰りなさい、柚希君、義智さん」

「……はい! ただ今戻りました、天斗伯父さん!」

「……うむ、戻ったぞ、シフル」

 

 その後、俺達は天斗伯父さんが作ってくれた夜食を食べながらさっきあった出来事について話した。そして魔力が回復した後、俺は蒼牙と風之真達を『絆の書』から呼び出し、しっかりと蒼牙の事を皆に紹介した。

蒼牙は敵意を向けていた事に対して、申し訳なさそうな様子を見せていたものの、風之真達という元気三兄妹や他の皆と触れあっていく中で徐々にその表情は柔らかくなり、最後にはとても穏やかな表情を浮かべていた。

 

 ……蒼牙の事を救う事が出来て、本当に良かった……。

 

 その蒼牙の様子を見て、俺は静かにそう思った。

 

 

 

 

 翌日、外で遊ぶために俺達が公園に向かっていた時、長谷がふと何かを思い出したように声を上げた。

 

「そういえば……昨日、親父が怪談を話していただろ?」

「ん、そうだな」

「けど、それがどうかしたのか?」

 

 俺達が不思議そうに訊くと、長谷は少し興味深そうな様子で話を始めた。

 

「実はな……親父に話をしてくれた人が昨日の夜にまた不思議な物を見たらしいんだ」

「不思議な物、ねぇ……」

「それで、その不思議な物って何なんだ?」

「……何でも、昨日の夜に件の神社の近くを通り掛かったら、神社の上の方に向けて飛んでいく雷とか空をひらりひらりと飛ぶ丸い物を見たらしくてな……」

「へぇ……上の方に向けて飛んでいく雷とか空をひらりひらりと飛ぶ丸い物、か……」

 

 夕士が不思議そうに呟く中、俺はその話の内容に少しだけ冷や汗をかいていた。

 

 ……完全に昨日の俺達の事だよな、これ……。

 

 俺は徐々に強くなっていく心臓の鼓動を感じながら、長谷に話し掛けた。

 

「……それで、その人はどうしたんだ?」

「ん……今回もそれが怖くてすぐに逃げ出したらしいぜ?」

「へ、へぇ……そうなのか」

 

 長谷の言葉を聞き、俺はそっと胸を撫で下ろした。

 

 ……うん、今回みたいな事をする時は、ちゃんと気を付けてやらないとな……。

 

 夕士達と一緒に歩きながら、俺は静かにそう思った。




政実「第11話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回は……『妖怪アパートの幽雅な日常』というよりは、『地獄堂霊界通信』の方に近い話になったな」
政実「うん……書いてる内にちょっとだけバトル描写みたいなのを入れたいなと思ってたら、こんな感じになっちゃって……」
柚希「なるほどな。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「よし、それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「そうだな」
政実・柚希「それでは、また次回」


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ELEVENTH AFTER STORY 迷える犬神と一つの光

政実「どうも、呪術にも興味がある片倉政実です」
蒼牙「犬神の蒼牙だ」
政実「という事で、今回は蒼牙のAFTER STORYです」
蒼牙「サブタイトルを見るに今回も風之真やこころ達のような話になるようだな」
政実「さて、それについては呼んでもらってからのお楽しみという事で」
蒼牙「わかった。では、早速始めていくとしよう」
政実「うん」
政実・蒼牙「それでは、ELEVENTH AFTER STORYをどうぞ」


「……平和、だな」

 

 静かな夏の夜、我は世話になっている遠野家の和室の縁側に座りながらそう独り言ちた。その言葉通り、近隣からは虫の鳴き声以外の音は何も聞こえず、その静けさは我の心に安らぎをもたらしていた。

 

「……うむ、実に心地良いな。先週までの我であれば考えられない程に心が安らいでいる。これも全て柚希達に出会い、我の中にあった憎しみや恨みを無くしてもらったおかげだ」

 

 そう独り言ちながら、我は柚希達との出会いなどについて想起した。

 遥か昔、ただの犬であった我は一人の男の暗い企みによって憑き物の一種である犬神へと変わった。

 そして、それによって我の中には呪力や妖力の他に人間に対しての恨みや憎しみが芽生え、それに突き動かされる形で人間達の命を奪い続けていたところ、とある術者によって我は封印され、長い間眠り続けていた。

 しかし、地震によって我が封印されていた水瓶が割れ、眠りから目覚めた我の話を聞いた柚希は仲間達と共に我の元を訪れ、あろうことか我を救いたいと言い始めたのだった。

 そして、当時の人間達とは違う考えを持つ柚希に我は興味を抱き、我は柚希に敗者は勝者の好きなようになるという取り決めをした上で勝負を挑んだ。

 その結果、柚希と仲間達との強い絆と我々のような人ならざるモノを愛する柚希の想いの前に我は敗北を悟り、自ら負けを認めた。

 その後、柚希が天斗から預かっていた『浄解(じょうかい)の札』の力によって、我の中にあった憎しみや恨みは浄化され、それと同時に身体が再構築された事でただの憑き物から一体の妖として我は生まれ変わる事が出来た。

 そして、現代(いま)の人間達の姿を柚希達と見たいと思い、柚希に仲間入りを志願し、それを受け入れてもらえた事で我は『絆の書』の仲間入りを果たしたのだった。

 

「……敵であった我を快く受け入れ、こうして仲間として接してくれる皆には感謝をしてもしきれないな。だからこそ、皆に何か報いたいところだが……さて、どうしたら良いものか……」

 

 飼い犬だった頃、我の主人だった人間が短歌を(たしな)んでいた事から、我も短歌を読む事は出来るが、それを用いての感謝というのは何か違う気がする。

 となれば、他の手段という事になるが、いくら考えてもそれらしい手段というのが我にはまったく思いつかなかった。

 

 ……柚希達はそんな事をしなくても良いと言うだろうが、やはりそれでは我の気が済まない。だが、思いつかないとなると……。

 

「……少しその辺を歩いてみるか」

 

 散歩をする事で何かを思いつくというわけでは無いが、このままただ考えるよりは気分転換をしながらの方が名案が思いつくと考え、我はゆっくりとその場に立ち上がった。

 そして、和室を出てから玄関に向かって廊下を歩いていると、その途中で風之真を頭に乗せながら楽しそうに話をする柚希と出会った。

 

「……お前達か」

「お、蒼牙」

「何やら楽しそうに話していたが、何を話していたのだ?」

「へへ、この先どんな奴が仲間になっていくんだろうなって話してたんだ。ほら、ここには俺やこころみてぇな妖から義智の旦那みてぇな瑞獣まで色んな奴がいるだろ?」

「そうだな」

「となると、この先も俺達が予想をしていねぇような奴が仲間になるかもしれねぇ。そう考えたらなんだかワクワクしてこねぇかぃ?」

「……たしかにな」

 

 ……風之真の言う通り、この先どのようなモノが仲間になっていくかはわからん。柚希自身が持つ『(えにし)』が特殊なのもそうだが、我のようなモノを救おうとする柚希の性格上、我と同じように何か理由があって自身と敵対していたモノや過去に哀しい出来事があったモノをも救おうとするのは想像に(かた)くないからな。

 

 風之真の言葉からそんな事を考えていると、柚希は少し不思議そうな顔をしながら首を傾げた。

 

「ところで……蒼牙、何か悩んでないか?」

「……何故だ?」

「お前の波動が少し乱れてるし、そんな感じの色をしてるからな」

「そうか……まあ、たしかに思案している事はあるが、大した事ではない。よって、お前達は気にしなくても良いぞ」

「そっか。でも、何かあったらいつでも俺達を頼ってくれて良いからな」

「そうだぜ、蒼牙の旦那。困ってたら助け合うのが仲間って奴だからな」

「……ああ、その時はそうさせてもらう。さて、我は少し外を歩いてくる。遅くならぬ内に戻ってくる故、心配はいらんぞ」

「わかった。車とかには気をつけて行ってこいよ」

「ああ、ではな」

 

 そう言って柚希達と別れた後、我はそのまま玄関へと向かい、玄関先に置かれた草履を履いてから外へと出た。そして、念のために妖力を身に纏って姿を消した後、特に目的地を定めずに我は夜の街を歩き始めた。

 

「…………」

 

 街中を歩く事数分、和室で考え事をしていた時と同様に辺りからは虫の鳴き声以外の音は聞こえず、人間や野良犬などともすれ違う事は無かった。

 

 ……この静けさ、考え事をするにはピッタリだが、遠野家の賑やかさに慣れてくると、少し物足りなさを感じるな。それだけ、我があの環境に馴染んできているという事なのだろうが、特に苦労せずに馴染めているのは、やはり柚希達の存在があるからだ。

 柚希達は相手の気持ちによく気がつく上、相手が悩みを抱えていても先程のように無理に関わってくる事はない。しかし、相談をされればしっかりとその悩みに関わり、自分なりの考えは話すが、明確な答えになるような事は言わない。それは自分自身で答えを出すという事の大切さを知っているからだ。

 答えを知っている他人からそれを聞くのは簡単だが、それでは自分自身が成長をする機会を失う事にも繋がる。だから、柚希達はその状況に応じた形で相手を支え、相手が自分自身で答えを出せるようにする。そして、悩みが解決出来たら、まるで自分の事のように共に喜ぶ。それが柚希達のやり方なのだ。

 

「……ふ、だからこそ我は奴らと歩みたいと思えたのだろうな。一体の妖としてただ生きていくのではなく、異なる種族同士でありながら手を取り合う奴らと共に歩む事がこれからの我にとって大切な事だからな」

 

 柚希達が笑みを浮かべながら共に協力をする姿を思い浮かべ、心の奥がぽかぽかとしていくのを感じながら歩き続けていたその時、ふとある場所まで来ていた事に気づいた。

 

「ここは……あの神社か」

 

 そこは我が封印されていた水瓶が置かれ、柚希達と戦いを行った神社だった。

 

「……特に目的地を定めずに歩いていたつもりだったが……まさかここに辿り着くとはな。せっかくだ。少しだけ境内を歩いていくか」

 

 そう独り言ちた後、我はゆっくりと石段を上っていった。そして境内に着いた後、吹いてくる風を感じながら静かに目を閉じた。

 

「……静かだな。まあ、場所や刻限を考えれば当然ではあるが、この神社も時には賑わいを見せるのかもしれんな」

 

 そしてその時には、皆と共に心地の良い一時を過ごしたいものだな。

 

 境内を見回しながらそんな事を考えていたその時、突然コツコツと誰かが石段を上がってくる音が聞こえてきた。

 

「……我が言うのもあれだが、こんな刻限に一体誰が……まあ、とりあえず姿を隠したままで良いか」

 

 何者かが近付いてくるのを姿を隠したままで待っていると、我の視界にふと一人の少年の姿が入ってきた。

 

「……あれは柚希の友垣の……稲葉夕士、といったか。どうやら一人のようだが……ここに一体何の用だ?」

 

 夕士がここにいる理由について疑問を抱きながらその様子を見守っていると、夕士は境内を注意深く見回しながらポツリと独り言ちた。

 

「……例の犬のようなモノが出たっていうのはここだよな……。そういうのに詳しそうな柚希に聞いてもそれが何かはわからなかったから、気になって来てはみたけど、やっぱり夜の神社って雰囲気あるな……」

 

 その夕士の言葉を聞き、我は納得をしながら頷いた。

 

 なるほど……我の噂を聞いてその真偽を確かめに来たのか。力を持たぬ人間の小童(こわっぱ)にしては中々勇敢だが、このままでは他の妖や浮遊霊が近付き、ちょっかいを掛け始める恐れがあるな。

 仕方ない。ここはとりあえず声をかけ、早々に帰るように促すとするか。

 

 そう考えた後、我は夕士の後ろに移動し、姿を表しながら声をかけた。

 

「……そこの(わらべ)

「え──って、服を着た犬が立ってる!?」

「……その言い方では普通の犬が立っているだけにも聞こえるが……まあ良い。悪い事は言わん。早々にこの場を立ち去った方が良い。今は特に気配を感じないが、お前のような力を持たぬ人間が不用心に出歩いていると、興味を持った妖や霊などに近寄られるぞ」

「……お前みたいな奴に……か?」

「……まあ、似たような物か。だが、我は少し気分を変えようと思い、この辺まで歩いてきたところ、お前を見かけて声をかけただけだ。よって、お前に危害を加えるつもりなどはない」

「……つまり、俺を心配して声をかけてくれたのか?」

「そんなところだ」

「そっか……わざわざありがとうな」

「礼など必要ない。しかし……我の姿を見てもお前は怖がらぬのだな……?」

 

 夕士があまりに平然とした様子で話すのに対して少し驚いていると、夕士はにっと笑いながらそれに答えた。

 

「怖がる理由が無いからな。たしかに見た目は中々インパクトがあるけど、こうしてわざわざ声をかけてくれた奴を怖がるわけが無いさ。それに、妖怪にはもっと見た目がスゴい奴だっているしな」

「……違いないな。それに比べれば、たしかに我はまだマシな方か」

「へへ、だろ? それで、お前は何の妖怪なんだ? 見た目的には、犬の妖怪みたいだけど……」

「我は犬神。名は蒼牙という」

 

 我が自己紹介をすると、夕士は少し不思議そうな顔をした。

 

「犬神……それってたしか、妖怪というかは憑き物の一種だったような……」

「……流石は柚希の友垣だな。たしかに以前の我はそういったモノであったが、ある事情があって今は妖の一体として生きているのだ」

「なるほど……って、柚希を知ってるのか?」

「ああ、柚希は我の恩人であり友人だからな。だが、この事を柚希は周囲に知られたいとは思っていない。よって、我がこの事を話した事などは柚希にも他の者にも内密にしてくれると助かる」

「ああ、もちろん良いぜ。それにしても……柚希が犬神と友達だったなんてな。まあ、柚希は妖怪や神獣みたいな人間じゃないモノ達が好きだから、知り合えば友達にはなりたがるだろうし、納得ではあるかな」

「……我は柚希と知り合ってからまだ日は浅いが、柚希の人ならざるモノ達への想いや知識の深さについては素直に感心している。我がまだ憑き物であった時も柚希は犬神がどのようなモノであるかを知った上で己の命を賭してでも我を救おうとしてくれた。

 柚希がいなければ、今でも我はこの神社をさ迷い、人間達に対して憎しみと恨みを募らせていただろうな」

「って事は……長谷の親父さんが聞いた話に出てきたのは憑き物の頃の蒼牙だったんだな」

「そういう事だ。さて、お前が知りたがっていたモノの正体は判明した。これ以上遅くならぬ内に家に帰っておけ」

 

 そう言いながら夕士から視線を外したその時、「……なあ」と夕士が声をかけてきた。

 

「……なんだ?」

「俺の気のせいなら良いんだけどさ。蒼牙、お前って何か悩みを抱えてないか?」

「何故そう思った?」

「これといった理由は無いんだけど……なんとなくそう感じたんだ。何か俺達に相談をしてくる前の柚希もそうなんだけどさ、今の蒼牙からは悩みを抱えてる奴特有の雰囲気を感じるっていうか……」

「特有の雰囲気、か……」

 

 ……この(よわい)でそんな物を感じ取れるとはな。なるほど、柚希が信頼を置くわけだ。

 

「……たしかに我はある事についての答えを探している。考え始めたのはここ最近の事ではあるが、中々答えを見つけられずにいるな」

「やっぱりか……でも、柚希には相談出来ないのか?」

「……その内容が柚希に関する事だからな。それに柚希の性格上、話したところでそんな事を考えなくても良いと言われるだろう。我が悩んでいるのは、いかに柚希に対して恩を返すかなのだからな」

「恩返しの方法……そういえば、さっき柚希の事を恩人だって言ってたな。蒼牙の事をどう救ったかは聞かないけど、たしかに柚希ならそう言うよな。別に恩なんて返さなくても良いとか自分がやりたいからやった事で恩義を感じる必要なんて無いとかさ」

「ああ。だが、柚希との出会いが無ければ、今の我が無いのはたしかだ。だから、その恩を返す方法を考えているのだが、どうにも思いつかぬのだ」

「そっか……」

 

 夕士は腕を軽く組みながら少し顔を俯かせつつ考え事を始めた。その様子を見て、我はふぅと息をついてから夕士に話しかけた。

 

「夕士、お前は考えなくても良いのだぞ。これはあくまでも我の問題なのだからな」

「……たしかにそうかもしれない。でも、さ。こうして出会って悩みを抱えてるのがわかった以上、俺は蒼牙を放ってはおけないよ」

「……何故だ。何故、柚希にしてもお前にしても自分には関係無いはずの相手のためにそこまで一生懸命になれる? そうする事で得られる物は何も無いかもしれぬのだぞ?」

「……助けたいと思ったからだよ」

「なに?」

 

 夕士の言葉に対して疑問の声を上げると、夕士は顔を上げながらどこか大人びた真剣な表情を浮かべた。

 

「俺には長谷のような明晰な頭脳も要領の良さも無いし、柚希みたいな深い知識も勘の良さも無い。その上、人生経験も少ないちっぽけな存在だよ。でも、困ってる相手を助けたいという気持ちだけは長谷や柚希にも負けないと思ってる」

「夕士……」

「たしかに俺が助けたところで何も得られないかもしれない。それどころか助けた相手から恩を仇で返される事だってあるかもしれないさ。でも、たとえそうだとしても俺は手が届くはずの相手を放ってなんておきたくない。

 俺なんかの助けでも必要としてくれる人は必ずいるはずだからな。そんな人を放っておいて後から後悔したり相手の哀しむ顔を想像するなんてまっぴらごめんだ」

「…………」

「きっと、柚希だって同じ気持ちだったと思う。お前が人間じゃない存在だったから柚希は助けようと思ったわけじゃない。たしかに柚希は妖怪や神獣みたいな人じゃないモノが大好きだから、その想いを抱きながらお前を救いたいとは感じたろうけど、その時の柚希は決してそれだけでお前を救おうとはしてなかったはすだ。柚希の言動の根底には、いつだって誰かを助けたいという純粋な気持ちがあるんだからな。

 たとえ相手が人間であろうと無かろうと柚希は自分の手が届く相手であるなら、全身全霊で手を差しのべる。もちろん、相手の状況なんかを見ながら色々な判断を下したりはするだろうけど、柚希は決して誰かを(ないがし)ろなんてしない。柚希はそういう奴だからな」

「夕士……」

 

 ……たしかにそうだ。この境内で我らが戦った時、柚希は我が内に秘める憎しみや恨みを全力で受け止めようとした。現時点の自分では手に余るであろう我を全力で救おうとしてくれた。だが、そこには我に対しての憐れみは一切無く、ただ我を助けたいという気持ちがあった。

 だから、『絆の書』の仲間達もそれに全力で応え、義智も少し呆れながらも戦いの際に柚希を見守ったり柚希について我に説いたりした。それは柚希が相手の気持ちに寄り添い、全力で助けてきたからこそなのだ。

 

「……まあ、柚希なら手が届く相手でも手が届かない相手でも助けたいと思ったら全力で臨みそうだけどな」

「……ふ、そうだな。本来、柚希だけでは我を救うには少々力不足だった。だが、それでも柚希は決して諦めなかった。どんなに疲れ果てようとどんなに我が言葉を掛けようとも柚希はその真っ直ぐな目を向けてきた。

 その時点で我はもう救われていたのかもしれんな。出会って間もないただ話に聞いただけの我を救おうとした柚希の裏表の無い気持ちのお陰でな」

「蒼牙……へへ、俺もそうだよ。入学式の日、柚希が持ってた『絆の書』がきっかけで俺と柚希は出会って、これまで色々な場面で俺は柚希に助けられてきた。そしてその恩は、決して返しきれる量じゃない。だから、俺は決めたんだ」

「ほう、何をだ?」

「柚希が困っていたり、何か迷っていたりした事があったら、今度は俺が柚希を助けるってな。そして、何があっても俺は柚希の事を見放さないし、何か間違った判断をしようとしていたら、それを全力で正す。

 これが俺なりの柚希への恩の返し方であり、友達としてのやり方だよ」

「……なるほどな」

 

 迷いの無い真っ直ぐな目を向けてくる夕士の姿がどこか柚希と重なり、その姿に頼もしさを感じた後、我は頭上に静かに浮かぶ青白い月を見上げた。

 

「お前のような友を持って柚希も幸せだな」

「そ、そうかな……」

「ああ。先程、お前は自分には明晰な頭脳も要領の良さも深い知識も勘の良さも無いと言っていたが、お前にはその思いやりの強さがある。その点は誇っても良いと我は思うぞ、夕士」

「蒼牙……へへ、ありがとうな」

「礼などいらん。むしろ、礼を言うのはこちらの方だからな」

「え……?」

 

 夕士が不思議そうな声を上げる中、我は夕士を真っ直ぐに見ながら口を開いた。

 

「お前のお陰で柚希に対してしてやるべき事が定まったのだ。まあ、お前と同じで柚希の傍にいながら我が持つ知識を用いて奴を支えるというだけなのだがな」

「……たとえそれだけでも柚希にとっては嬉しいと思う。柚希は結構自分よりも他人を優先しちゃうとこがあるから、自分の事を考えてくれる相手が一人増えるだけで助かるはずだぜ。それに、自分の大好きな相手が傍にいてくれるのは、誰だって嬉しいからな」

「……そうだな。夕士、我に道を示してくれた事、心から感謝するぞ」

「どういたしまして。でも、これくらい当然だよ。友達が困ってたら助けたくなるもんだからな」

「……出会ってまだ間もない我を友と呼ぶか。まったく……お前といい柚希といいお前達は本当に変わっているな」

「ふふ、そうかもな」

「だが……そう言われるのも悪くはない。我らが出会う機会は少ないかもしれないが、お前のような友人がいれば、楽しい日々を過ごせるだろうからな」

「そう言ってもらえて嬉しいよ」

 

 夕士はにこりと笑いながら言った後、石段の方へゆっくりと顔を向けた。

 

「さて……それじゃあそろそろ帰ろうかな。このまま蒼牙と話していたいけど、流石にこれ以上は怒られそうだし」

「それが良いだろうが、この夜道をお前一人で歩くのは流石に危険だ。よって、我が送り届けてやろう」

「え、良いのか?」

「ああ、お前には我の悩みを聞いてもらったからな。その礼みたいなものだ」

「そっか……へへ、蒼牙、ありがとうな」

「どういたしまして。では、行くぞ」

「おう!」

 

 夕士が返事をした後、我は夕士と共に歩き始め、そのまま神社を後にした。そして、話をしながら歩き続けること十数分、一軒の家が見えてくると、夕士は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「あ、見えたぜ。あそこが俺の家だ」

「そうか。では、早く帰って親を安心させてやれ」

「ああ。蒼牙、送ってくれてありがとうな」

「礼には及ばん。我がやりたいからやった事なのだからな」

「……ふふ、そっか。よし……それじゃあ、またな、蒼牙」

「……ああ、またな」

 

 手を振ってから夕士が家に向かって歩いていき、家の中へ入っていったのを見送った後、我は安心感を覚えながら遠野家へ向かって歩き始めた。そして、歩き始めてから数分が経った頃、我がふと夜空に浮かぶ月に目を向けていると、「……あ、いた」という声が聞こえ、我がそちらに視線を向けると、そこには兎和(とわ)を抱き抱え、両肩に風之真と黒烏を乗せながらにこにこと笑う柚希の姿があった。

 

「お前達……もしや、我を探しに来たのか?」

「ああ。義智は心配しなくても良いって言ってたんだけど、思っていたよりも遅かったからさ」

「それに、出掛ける前に何か悩みを抱えてる様子だったから、ちょいと心配になったんだ。んで、俺と柚希の旦那が一緒に出ようとした時に蒼牙の旦那の事を心配してた兎和と黒烏もついてくるって言うもんで一緒に来たんだ」

「そうだったのか。皆、わざわざ迎えに来てくれて感謝する」

「どういたしまして。さあ、早く帰ろうぜ」

「ああ」

 

 そして、柚希達と一緒に歩き始め、数分が経った頃、兎和が我に声をかけてきた。

 

「あの……蒼牙さん」

「む、なんだ?」

「少し晴れやかなお顔をされているようですが、お悩みは解決できたんですか?」

「……なんとかな。だが、ある奴との出会いがあったからこそ解決出来たのだがな」

「ある奴……ですか?」

「ああ。ただの人間ではあるが、我に対しても怖じ気づかずに接する事が出来、悩みを抱えると知ればまるで自分の事のように共に考えてくれるような奴だ」

「へえ……なんだか柚希の旦那みてぇな奴なんだな」

「そうだな。それで、その礼として家まで送り届けた帰りにお前達と会ったわけだ」

「なるほどな。それじゃあ次にその人に会う機会があったら、俺からもお礼をしないとな」

 

 柚希が楽しそうに言う中、我はそんな柚希を見ながら声をかけた。

 

「柚希」

「ん、何だ?」

「我を救ってくれた件、改めて礼を言う。本当にありがとう」

「……お礼なんて良いよ。俺がやりたくてやった事だからさ。それに、哀しい思いをしている奴がいるってわかったら、放ってはおけないよ」

「……そうか。ならば、我も心からお前達の支援を“やりたいから”やらせてもらうとしよう。もっとも、その状況によっては静観をさせてもらうがな」

「……ああ、それでも別に良いよ。何でもかんでも手伝ってもらう事にしたら、俺自身が成長出来ないからな」

「……そうだな」

 

 我らの主は大切な事をしっかりとわかっている。だが、それでも判断を誤る時はあるだろう。だからこそ、その時には我らが柚希の支えとなり、正しき道を共に見つけ出すべきだ。柚希自身がいつもそうしているようにな。

 

「……皆」

「ん……」

「なんでぃ、蒼牙の旦那?」

「……改めてこれからよろしく頼む」

 

 その言葉に皆が笑みを浮かべながら頷いた後、我らは様々な話をしながら我らの帰るべき家に向かって歩いていった。




政実「ELEVENTH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
蒼牙「鈴音が金ヶ崎雫と絆を結んだように我は夕士と絆を結んだわけだが、この先のAFTER STORYでも長谷や雪村と絆を結ぶモノが出てくるのか?」
政実「一応、そのつもりだよ。まあ、誰にするかはまだ未定だけどね」
蒼牙「そうか。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価なども待っているため、書いてもらえると助かる。よろしく頼むぞ」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
蒼牙「ああ」
政実・蒼牙「それでは、また次回」


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第12話 静かな秋と白き訪問者

政実「どうも、好きな秋らしい食べ物は焼き芋、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。焼き芋か……確かに美味しいけど、熱々なのを食う時は気を付けないと色々なところを火傷する事になるんだよな」
政実「うん、確かにね。けど、少し冬みたいに寒くなってきた時には、そんな熱々なのが食べたくなるんだよね」
柚希「それについては同感だな。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第12話をどうぞ」


 吹き抜ける風によって舞い落ちた赤や黄色の葉で出来た海が各地に出現する季節、秋。そんな秋のある日の事、俺は教室の掃除の手を止めて、窓の外でひらりひらりと舞う枯れ葉をボーッと眺めていた。

 

風に舞う枯れ葉って、見てると何だか気持ちが落ち着く気がするんだよな……。

 

 そんな事を考えながら静かに眺めている内に、外掃除をしている生徒達が落ち葉を竹箒で掃き集め、小さな落ち葉の山を作り出していった。

 

 ……まあ、俺と同じ事を考えてるのは義智とか黒銀とかくらいだけどな。風之真達元気三兄妹は焼き芋とかの『食欲の秋』派だし、こころ達ガーデニング組は腐葉土作りに熱心になってるし……ふふ、やっぱり色んな奴が一緒に住んでると、色んな違いがあるから楽しいもんだな。

 

『絆の書』の住人達の秋の様子を思い出しながら静かに笑っていた時、右の肩をポンッと叩かれた気がした。その事を不思議に思いながら振り向いてみると、箒を手に持った夕士が不思議そうな表情を浮かべながら俺の事を見ていた。

 

「どうかしたのか、夕士?」

「どうかしたのか、はこっちの台詞だぜ? 柚希。突然ボーッと窓の外なんか見てどうしたんだ?」

「ん……ちょっと風に舞う枯れ葉とかを見てただけだよ」

「風に舞う枯れ葉見てただけって……柚希って本当に同い年なのか時々分からなくなるよな」

 

 苦笑いを浮かべながら言うその夕士の言葉を聞いた瞬間、俺は少しだけドキッとしながら少々焦り気味に答えた。

 

「え……いやいや、俺はお前達と同じ小学三年生だからな?」

「あ、いや……俺もそれは分かってるけどさ、何というかこう……柚希から時々長谷とも違う雰囲気を感じる時があるんだよ」

「長谷とも違う雰囲気、ねぇ……」

 

 ……さて、何て返したら良いかな。最近の夕士は長谷の影響か鋭い時があるから、下手な答えを返しても更にツッコまれそうな気がするし……。

 

 俺が夕士への答えに困っていたその時、近くで何かが空を切るような音が聞こえた。

 

 ……ん?

 

 不思議に思いながら夕士と一緒に向いてみると、そこには箒を剣に見立てて振り回している同じ班の男子の姿があった。

 

 掃除……はしゃぐ男子……箒……あれ、何かこのキーワードに覚えがあるような……?

 

 俺がそのキーワードに関係する物を思い出そうとしていると、夕士と班長の長谷がその男子達に声を掛け始めた。

 

「おい、箒は振り回す物じゃないぞ」

「稲葉の言う通りだ。それに振り回してると、誰かに当たるかもしれないんだから、今すぐ止めろ」

「へへっ!気を付けてるし、へーきだよ!」

 

 しかし、夕士達の注意を聞かず、その男子は箒を振り回し続け、徐々に窓の方へと近付いていった。

 

 窓……あ、まさかこれって……。

 

 俺がある事を思い出したその瞬間、振り回されていた箒の柄が窓ガラスへと当たると、その箇所がパリンッという音を立てた。

 

「あ……」

 

 その瞬間、男子生徒はやってしまったという表情を浮かべながら、箒が当たった箇所へ視線を向け、そして俺達もその箇所へと視線を向けた。窓ガラスは大きく割れたりはしていなかったものの、箒の柄の大きさほどの穴が空き、その周囲には幾つもの亀裂が入っていた。

 

 あー……やっぱりこれだったのか……。

 

 窓ガラスを見ながらそんな事を考えていた時、割れる音を聞きつけたのか、担任の先生が慌てた様子で教室へ入ってきた。そして先生は、窓ガラスに視線を向けた後、俺達の事を見回しながら声を掛けてきた。

 

「みんな……怪我は無い?」

 

 俺達が揃って静かに頷いていると、長谷はスッと先生の前へと進み出て、先生の顔をジッと見た後、静かに頭を下げた。

 

「先生、俺が止められなかったんです。これは班長である俺の責任です。すみませんでした」

「長谷君……」

 

 先生は長谷のその姿に少し驚いたようだったが、すぐに微笑みを浮かべると、静かな声で長谷に話し掛けた。

 

「……長谷君の言う通り、確かにこの件については班長である長谷君にも非はあります」

「……」

「だから、班長としてこのガラスの片付けや残りの掃除の指示をしっかりと班のみんなに出してくれますか?」

「……はい、もちろんです」

 

 長谷がしっかりと顔を上げながら答えると、先生はニコッと微笑んだ後、俺達に声を掛けてきた。

 

「さぁ、みんな。先生も手伝うので、長谷君の指示に従ってガラスで怪我をしたりしないように気を付けながら、片付けと掃除を終わらせちゃいましょう」

『はい!』

 

 長谷と男子生徒を除いた俺達は声を揃えて返事をした後、長谷や先生の指示に従って片付けと掃除をし始めた。そしてその最中、男子生徒が長谷に話し掛け、ペコリと頭を下げている様子が目に入った時、長谷は優しい笑みを浮かべながら男子生徒に答えていたが、男子生徒が微笑みながら長谷の元を去った瞬間、誰にも気付かれないようにニヤリと笑った後、何事もなかったかのように再び作業に取り掛かり始めた。

 

 ……うん、何となく長谷の考えてる事は分かるけど、帰ってる時に一応確認してみるか。

 

 俺はそう決めた後、班の皆と一緒に作業を進めていった。

 

 

 

 

「うーん……! 何とか無事に片付けとかが終わって良かったな」

「そうだな」

 

 下校途中、体を上に伸ばしながら言う夕士の言葉に俺は静かに答えた。片付けなどが終わり、長谷が件の男子生徒と一緒に先生からの軽いお叱りを受けている間、俺と夕士は下駄箱で待っていた。そしてそれが終わり、長谷と合流した後、俺達はいつものように三人一緒に下校していた。

 

 ……まあ、今日みたいに合気道の練習がない日だから出来たことではあるけどな。

 

 空を見上げながらボンヤリと考えていた時、夕士が後頭部に両手を当てながらポツリと独り言ちるように言った。

 

「それにしても……さっきの長谷はいかにも班長って感じだったな」

「まあ……そうだな」

 

 夕士にそう答えた後、俺は長谷の方へ視線を向けた。

 

「長谷、あそこでアイツを庇うような形を取ったのは、話がすんなりと進むようにするためだろ?」

「ああ。あの時、アイツ自身に謝らせても良かったが、やらかした直後ではまともに謝れるとは思えない。だから班長である俺が『責任』とかっていう言葉を使って先に謝っておく事で、担任もとりあえず俺に責任がある事を認め、説教よりも先に片付けとかをする事に目を向けると思ったからな」

「ふふ、やっぱりな」

「ああ。それに……これであのバカに恩を売れたしな」

 

 長谷はあの時と同じようにニヤリと笑いながら俺達にそう言った。

 

あはは……やっぱりそういう事だったのか。

 

 俺は夕士と一緒にその事に苦笑いを浮かべつつ、さっきの出来事について考えを巡らせていた。

 

 ……今回も原作にあった出来事は起きてたけど、やっぱり幾つかの違いは存在していた。となると……これから起きるはずの出来事にも原作との相違が発生する事になるわけだし、やっぱりそれなりに注意はしておくか。

 

 心の中でそう決めた後、俺は夕士達の話に再び加わりつつ、家に向かって歩き続けた。

 

 

 

 

 夕士達と別れた後、再び俺が家に向かって歩いていた時、どこかから霊力と神力のような物を感じた。

 

 霊力と神力……って事は、兎和とか黒烏の時みたいなモノのパターンか。でも、一体どこから……?

 

 その力の主の行方を知るべく、俺が周囲の波動を探ろうとしたその時、その力の気配が徐々に近付いてくるのを感じた。

 

 ……この気配から悪意とかそういうのは感じないけど、とりあえず警戒だけはしておくか……。

 

 気配が近付くにつれ、俺が警戒心を強めていたその時、道の向こうから何やら白いモノが二つほど近付いてくるのが見えた。

 

 ……あれがこの力の気配の主か。

 

 そのモノが発する突き刺さるようなプレッシャーを体中に感じつつ、俺はそれが何なのかを知るために、ジッとそれが近付いてくるのを待った。そしてそれがだいぶ近づいてきた時、俺の視界に入ってきたのは、周囲の様子を探りながら歩く大小2頭の白い虎だった。

 

 霊力と神力を持った白い虎……って事はこの虎達はもしかして『アレ』かな。

 

 俺は虎達の正体について大体の予想を立てた後、虎達の姿などに注目した。虎達の光沢のある白い毛皮は彼らが歩く度に陽の光を反射してピカピカと輝きを放っていた。

更に口元からはとても鋭い牙が覗き、そして道を強く踏みしめる前後の足には同じく鋭い爪が生えていた。しかし、大小の虎の様子はその同じような姿とは異なっており、周囲の様子を探りながらも悠然と歩く大きな虎に対して、小さな虎は周囲の様子を探るというよりは、少々ビクつきながら歩いているように見えた。

 

 ……小さい方の波動から察するに、どうやらあのビクつき方は見知らぬ土地に対しての恐れから来てるものみたいだな……。

 

 俺が虎達の観察を続けていたその時、大きい方の虎がふと立ち止まった後、前に視線を向けると、鋭い眼光でそのままジッと見つめ始めた。そしてそれに続いて、小さい方の虎も大きい方の虎の様子に首を傾げた後、同じように前の方をジッと見つめ始めた。

 

 ……あれ、もしかしてアイツらが見てるのって……俺か?

 

 頭の中にそんな疑問を浮かべていると、まるでそれに答えるかのように虎達が静かに俺に向かって歩いてきていた。そして俺の目の前で止まると、大きい方の虎が低い声で俺に話し掛けてきた。

 

「そこの方、一つ伺ってもよろしいですか?」

「あ、はい。別に構いませんよ」

「ありがとうございます。この辺りにシフル殿──遠野天斗殿の御自宅があると伺ったのですが、ご存じありませんか?」

「あ、はい、もちろん知っています。遠野天斗は俺の伯父で、今一緒に住んでいますから」

「ほう、そうでしたか。……という事は、もしや貴方が遠野柚希殿ですか?」

「はい、そうです」

 

 俺が静かに答えると、大きい方の虎は少し驚いた様子を見せた後、静かに微笑みながら再び口を開いた。

 

「なるほど、そうでしたか。まさか偶然お目にかかれるとは思ってもいなかったもので、少し驚いてしまいました」

「ふふ、それは俺も同感です。まさか家の近くで『白虎』さんにお会いするとは思ってもいませんでしたから」

「はは、確かにそうでしょうね。私共の住まう場所は、ここよりも遙か遠くにありますので、お目にかかる機会もそうそうありませんから」

「そうですね。……さて、それではそろそろ御案内しますね」

「はい、ありがとうございます」

 

そして俺は、『白虎』さん達と一緒に家に向かって再び歩き始めた。

 

 

 

 

『白虎』

 

中国に伝わる伝説上の神獣の一体で、五行思想において『金行』を司り、西方を守護する存在。そして他の四神と共にその名は広く知られており、数多くの作品などで登場したりや、幕末の会津藩の組織の名の由来になったりなどもしているため、中国のみならず世界中で知られる神獣であると言える。

 

 

 大きい方の白虎さんと話しながら歩くこと数分、白虎さん達が力を使って姿を隠していた事もあって、俺達は何事もなく家へと辿り着いた。

そして俺は家のドアを静かに開けた後、白虎さん達と一緒に天斗伯父さんの神力の気配がする和室へと向かった。和室に着いた後、俺は襖の向こうにいる天斗伯父さんに向かって声を掛けた。

 

「天斗伯父さん、お客さんがいらしてるんですけど、入っても大丈夫ですか?」

「はい、もちろん大丈夫ですよ」

「分かりました」

 

返事をした後、俺は襖を静かに開け、白虎さん達が通れるようにそのまま横へと避けた。そして白虎さん達が和室へと入った後、俺は襖を静かに閉めてから、お茶の準備をするべく、キッチンへと向かった。

人数分のお茶などの準備を終え、俺がお茶が載ったお盆と『絆の書』を持ちつつ、再び和室へと向かうと、襖の向こうから天斗伯父さんと大きい方の白虎さんの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

俺はその笑い声を聞きつつ、静かに襖を開けて中へと入りながら天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「天斗伯父さん、お茶をお持ちしました」

「ありがとうございます、柚希君」

 

 天斗伯父さんの言葉に静かに頷いて答えた後、俺は白虎さん達と天斗伯父さんの前に用意してきたものを声を掛けながら置いた後、天斗伯父さんの隣に敷かれた座布団に静かに座った。

さて、何故俺がこの天斗伯父さん達の話の場に同席をしているのか。それは白兎神様や黒羽さんの時にも同席をしたから、そして俺は天斗伯父さんから家で神様や幻獣などに会う時にはできる限り同席して欲しいと頼まれていたからだ。

俺としては様々な神様や幻獣、果ては大妖にも出会えるチャンスなのでとても嬉しい事なのだが、天斗伯父さんがそんな事を頼んできた理由が少し気になったため、俺がその事について一応聞いてみた。すると、天斗伯父さんの口から語られたのは、俺にとってとても光栄である反面、それと同程度に緊張をしてしまうような理由だった。

先日、神様の新年会の場で白兎神様や黒羽さんと俺の事について話をしていたところ、それに興味を惹かれた他の神様やその従者達が話に加わってきたため、天斗伯父さん達はそのまま俺の事についてその神様達に話した。

するとその結果、話を聞いた神様達は神の甥兼転生者という変わった経緯を持つ俺に更に興味を惹かれたようで、もし会えるなら会ってみたいという話を天斗伯父さんにしていたらしい。

そして天斗伯父さん自身、前々から俺が様々な神様達と会う機会を探していたため、その話を快く承諾した。なので、今日のように俺の都合が良い時には、こうして様々な神様や霊獣達との話の場に参加する事になったのだった。

 

 それにしても……この白虎さん達は何で家を訪ねてきたんだろう……?

 

 俺がその事について疑問に思っていると、天斗伯父さんは俺の様子を見てクスッと笑った後、俺がいなかった間の話をしてくれた。

 

「柚希君、こちらは私の友人で剛虎(ガァンフー)さんというのですが、本日いらした理由というのが、ご子息であるこちらの智虎(ヂィーフー)さんに関係しているとの事です」

「智虎君に関係した事……ですか?」

 

 俺が疑問の声を上げると、剛虎さんは静かに頷きながら答えてくれた。

 

「はい。実は……この智虎を鍛えて頂けるような方を探していまして、天斗殿ならばどなたか心当たりがあると思い、本日こちらに伺ったのです」

「そうだったんですね。しかし……どうしてそのような方を探しているのですか?」

「実は……先日、我々四神は我らの長である『黄龍』様よりあるご指示を頂いたのです。ですが……それというのが、己の末子を誰かの元へ修行に、または見聞を広げるため旅へと出せという物だったのです」

「自分の末の子供を誰かの元へ修行に、または見聞を広げるための旅に出す、か……」

 

 形は少し違うけど、俺も白兎神様から玄孫である兎和を、そして黒羽さんから末子である黒烏を預かってるわけだし、何というか他人事とは思えない話だな……。

 

 剛虎さんの話からそう考えていた時、天斗伯父さんが静かな声で剛虎さんに話し掛けた。

 

「つまり、他の四神の皆さんもそれぞれの考えを以て、現在行動を起こしているというわけですね」

「はい、その通りです。そして私もこの智虎を修行へ出そうとしたまでは良いのですが……」

 

 剛虎さんは智虎君の方をチラリと見た後、一度息をついてから言葉を続けた。

 

「この智虎には臆病な所がありまして、初めて見る物などにはあまり近付こうとしないばかりか、己よりも小さなモノすら恐れてしまう程なのです」

「そうなのですね……」

 

 なるほど……だからさっきもビクつきながら歩いていたわけか。

 

 俺が静かに納得していると、天斗伯父さんが静かな声で剛虎さんに話し掛けた。

 

「剛虎さん、その師となる方に求める物などはありますか?」

「求める物、ですか……?」

「はい。簡単に言うならば……こういった力を持った方が望ましいやこのような気性の方が良いなどといった希望、といったところでしょうか」

「そうですね……強いて言うならば、智虎にしっかりと寄り添っていける方が望ましいですね」

「智虎さんにしっかりと寄り添っていける、ですか?」

「ええ。先程も申しましたが、智虎は初めて見る物などにはあまり近付こうとしないほど臆病な子ですので、どなたかにお預けしたとしても、中々その環境などに馴染むことが出来ないと思います。

ですが、私個人としては、ゆっくりでも構わないので、智虎には様々な物に触れ、少しでも心身ともに成長をしてもらいたいと思っています。ですので、私はそんな智虎の特徴などを理解し、出来る限り智虎に寄り添って下さる方が望ましいと考えています」

 

 剛虎さんが真剣な表情で言うと、天斗伯父さんはいつものように見るモノ全てを安心させるような笑みを浮かべながらそれに答えた。

 

「ふふ、確かにどなたの元へ修行に出すのならば、そのような方の元が望ましいですよね。本人としても、私達保護者としても」

「ええ。ですが天斗殿……そのような方に心当たりなどはございますか?」

「はい。現在、お一人だけならば浮かんでいますよ」

 

 天斗伯父さんはクスッと笑った後、隣に座っている俺に声を掛けてきた。

 

「柚希君、引き受けてみる気はありませんか?」

「……え? 俺、ですか?」

「はい、柚希君ならばこの件に関しては適任だと思いましたので」

 

 天斗伯父さんが静かに微笑みながら答えると、剛虎さんが不思議そうな様子で天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「天斗殿、何故柚希殿ならば適任だと思われたのですか?」

「ふふ、それはですね……身内の贔屓目などは無しで見たとしても、柚希君にはそれだけの実力が、そして実績があるからです」

「実力と実績……」

「ええ。まず実力の方ですが、柚希君の中には妖力や魔力、そして霊力や神力といった様々な力の集合体と言える物がありますし、現在様々な妖や霊獣の皆さんをまとめつつ、共に協力し合いながら生活をしています。これは一般的に見ても、中々出来る事では無いと私は感じています」

「……なるほど」

「次に実績ですが、現在柚希君は白兎神さんから玄孫の兎和さんを、そして八咫烏の黒羽さんからご子息の黒烏さんを預かっている身である上、先日近くの神社に封じられていた犬神と勝負を行った際、友人であり仲間でもある方と協力し合う姿を見せ、自らの思いを伝える事で勝利した後、その犬神すら仲間に加えてしまうという実績があります」

「ほう……そうなのですね」

「はい。そして何より、柚希君は我々のように人とは違う存在への理解が深い上、我々のような存在の事をこよなく好んでくれていますし、柚希君自身には様々なモノを惹きつける力もあります。

ですので、私個人の意見としては、この件に関して柚希君が適任だと思っています」

「天斗伯父さん……」

 

 ……前世も含めて、ここまで評価してもらったことが無いせいか、ちょっと気恥ずかしい気はするけど、天斗伯父さんがこんな風に言ってくれるのはとても光栄だし嬉しい。だったら俺のやる事は一つしか無いよな。

 

 俺は小さくクスッと笑った後、天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「天斗伯父さん、ありがとうございます」

「ふふ、どういたしまして」

 

 天斗伯父さんの返事にニコッと笑って答えた後、俺は剛虎さんの方へ視線を向けた。

 

「剛虎さん。智虎君の修業の件、俺に引き受けさせてください。

よろしくお願いします」

「柚希殿……」

 

 剛虎さんは俺と天斗伯父さんの顔を見た後、真剣な表情を浮かべながら智虎君の方へと視線を向けた。

 

「智虎、私は柚希殿の申し出をとても良いものだと思っている。だが、これはお前の修業の問題だ。智虎、お前自身はどうしたい?」

「僕、は……」

 

 剛虎さんの問いかけを聞き、智虎君は少し不安げな表情を浮かべながら俯きつつ少しだけ考え込んでいたが、程なくして決心したような表情になると、剛虎さんの方へ視線を戻した。

 

「僕は……臆病な今の自分を変えたい……! 色んな物に怖がってばかりで、お父さん達の陰に隠れてばかりの自分なんて……もう、嫌だから……!」

「智虎……ならば、己の取るべき行動は分かっているな?」

「……はい!」

 

 そして智虎君は、大きな声で返事をした後、俺の方へと視線を移し、真剣な表情で話し掛けてきた。

 

「……柚希さん。僕は……自分の臆病な性格を直し、そしてお父さんみたいに立派な白虎になりたいと思っています。だから……僕を一人前の白虎になれるように鍛えて下さい! お願いします!」

「智虎君……」

 

 智虎君の決意を聞き、俺はニッと笑いながら返事をした。

 

「ああ、任せてくれ」

「柚希さん……! ありがとうございます!」

「どういたしまして。まあ、俺もまだまだ修行中の身みたいな物だから、俺が鍛えていくというよりは、お互いに高め合っていく形で頑張っていこうぜ、智虎」

「はい……! これからよろしくお願いします、柚希さん!」

「うん、こちらこそよろしく」

 

 そして、智虎と握手を交わした後、俺は剛虎さんの方へ視線を移した。

 

「剛虎さん、大事なご子息をお預かりします」

「はい。智虎の事、何卒(なにとぞ)よろしくお願い致します」

「はい、もちろんです」

 

 剛虎さんの言葉にしっかりと頷きながら答えた後、俺は傍らに置いていた『絆の書』を手に取り、剛虎さん達に『絆の書』についての説明を始めた。そして説明を終えると、剛虎さんは興味深そうな様子を、そして智虎は興味津々な様子を見せた。

 

「……なるほど、これが『絆の書』ですか……」

「スゴい……! この中に……本当に別の世界があるんですね……!」

「ああ、そうだ。『絆の書』の仲間達の話を聞くに、自然に満ち溢れたかなり広い世界らしいし、和風や洋風の屋敷まであるっていう話だな」

「わぁっ……! そうなんですね……!」

 

 俺の話を聞くと、智虎はさっきまでの怯えた様子とは打って変わって、とてもワクワクした様子で言った。

 

 智虎っていう名前だけあって、本当は色んな事に興味があるんだな。

 

 その智虎の様子を見てクスッと笑った後、俺は空白のページを開いてから、畳の上に『絆の書』を置いた。そして、智虎の顔を見ながら俺は静かな声で話し掛けた。

 

「さて、その居住空間に行くには、この『絆の書』に自分自身を登録する必要があるんだけど……智虎、やり方は大丈夫か?」

「えっと……僕の力と柚希さんの力をこのページに注ぎ込むんですよね?」

「そうだ。よし……それじゃあ早速始めようか」

「はい!」

 

 智虎は大きな声で返事をした後、右の前足をポンと空白のページへと置いた。そして俺も左手で『ヒーリング・クリスタル』を握りながら、静かに右手を空白のページへと置き、いつも通りのイメージを頭の中に浮かべた。

その後、体の奥に沸き立つ魔力が腕を伝って、手のひらの中心にある穴から『絆の書』へと流れ込むイメージが無事浮かんだ事を確認した後、俺は静かに魔力を流し込み続けた。

そして必要な量が流れ込んだ瞬間、俺はいつもの頭痛に似た現象に備えて、目を閉じながら身構えていたが、何故か今日はその現象が起きる気配が一切無かった。

 

 ……あれ、いつもの頭がキーンとなる奴が来ない……? まさか……智虎の登録が失敗したとか……!?

 

 俺はすぐに『絆の書』へと視線を向けた。すると、そこには周囲が岩山で囲まれた丘のような場所で力強く立っている智虎の姿と白虎に関して書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 ……良かった、登録は無事に出来てるみたいだな。

 

 その事にホッとした後、俺は『絆の書』の義智のページと智虎のページに手を置き、静かに魔力を注ぎ込んだ。そして、『絆の書』の義智と智虎のページから光の珠が浮かび、義智と智虎が出現した事を確認した後、俺はまず智虎に声を掛けた。

 

「智虎、居住空間は良さそうな感じだったか?」

「はい! 空気も水もとても澄んでいますし、綺麗な花々が咲いている場所もありましたし、とても良い場所だと思いました!」

「そっか、なら良かったよ」

 

 智虎の感想に微笑みながら答えた後、今度は俺の隣に座っている義智に声を掛けた。

 

「義智、さっき智虎を登録した時にいつもの頭痛みたいなのが起きなかったんだけど、それが何でなのかとかって分かるか?」

「……あくまで予想に過ぎないが、それでも良いのか?」

「ああ、もちろんだ」

「……分かった。まず、その頭痛に似た現象、そして今までに発生していた目眩(めまい)や立ち暗みに似た現象についてだが、これは登録の際に消費する魔力の量が柚希が一度に消費する魔力の量を(わず)かにでも超過した事で起きる、いわば警告のような物だと我は考えている」

「つまり、僅かではあるけど、キャパシティーオーバーを起こしてたってわけか」

「ああ。だが、今回はその現象が起きる気配が一切無かった。つまり、『ヒーリング・クリスタル 』に備わっている『分配』の力を含めた状態且つ一体程度の登録であれば、一度に消費したところで問題は無いと柚希の体が判断したと言えるだろうな」

「なるほどな……」

 

 義智の予想を含めた説明に納得しつつ、俺は心の中で小さな喜びを感じていた。

 

 つまり、義智との修行の成果はしっかりと出てるって事が証明されたわけだ……! うん、やっぱり一歩ずつでもやってきた甲斐はあったな……!

 

 そして、喜びの気持ちが顔に出そうになったその時、義智がいつものように落ち着いた様子で声を掛けてきた。

 

「……しかしこれは、あくまで『ヒーリング・クリスタル』の助力があっての事だ。それは分かっているな? 柚希よ」

「……ああ、それはもちろん分かってるよ。けど、このまま続けていけば、いつかはこれ無しでも出来るって事なんだし、これからもそれを目指して地道に頑張ってみるよ」

「……ふん、ならば良い」

 

 義智は鼻を鳴らしながら答えた後、剛虎さんの方へと視線を向け、落ち着いた様子で声を掛けた。

 

「さて……実に久しいな、剛虎よ」

「ええ、本当に。最後に会ったのは、義智さんがまだ天上での職務をしていた頃なので……大体十年くらい前になりますね」

「……そうなるだろうな」

 

 剛虎さんの言葉を聞き、義智は珍しく懐かしむような表情を浮かべていたが、すぐにいつものような表情へ戻ると、静かな声で言葉を続けた。

 

「剛虎。既にシフルより聞いたと思うが、柚希は修行中の身ながら、内なる力は未だ底知れぬ物であり、そして妖や霊獣などへの理解もあるという人間にしては珍しい奴だ。お前の息子の件については、安心して柚希に任せておけ」

「ふふ、もちろんそうさせてもらいますよ、義智さん」

 

 剛虎さんが微笑みながら答えると、義智は小さく息をついた後、俺の方へと視線を戻した。

 

「柚希、そろそろ奴らも呼んでやれ。奴ら──具体的には風之真達が新たな仲間に興味があるようだからな」

「ん、了解」

 

 俺は頷きながら答えた後、『絆の書』の表紙に右手を置き、静かに魔力を注ぎ込んだ。そして『絆の書』から幾つもの光の珠が現れると、それらは俺の周りへ移動した後、それぞれの姿へと変化していき、程なくして『絆の書』の仲間達が一堂に会した。

すると、それを見た智虎が少しだけ後退りそうになったものの、風之真達元気三兄妹がすぐに智虎の近くへと寄り、あれやこれやと話し掛け始めた。

そしてそれを義智や蒼牙がどうにか止めようとしたが、戸惑いながらもどうにか答えようとしている智虎の姿を見ると、やれやれといった様子でその場に座り、こころ達はそんな皆の様子を微笑みながら見ていた。

 

 ……まあ、俺も含めてここには個性的な存在が揃ってるけど、この調子なら智虎もすぐに馴染みそうだな。

 

 風之真達の問いかけに笑顔で答え始めた智虎の姿を見て、俺はそう確信しながら静かに智虎達の様子を見ていた。

 

 

 

 翌日、服の中に入り込んでくる朝冷えに少しだけ身を震わせながら、俺は朝の日課であるオルトの散歩をしていた。

 

 ……今日はそれなりに冷えるな。

 

 歩きながらそんな事を思った後、俺はオルトの隣を歩いている智虎に声を掛けた。

 

「智虎、今日はそれなりに冷えてるみたいだけど、お前は大丈夫か?」

「はい、これくらいへっちゃらです、柚希さん」

「分かった。けど、寒いと思ったらすぐに言ってくれよ?」

「わかりました」

 

 頷きながら返事をすると、智虎は再び歩きながら周囲にある物を見始めた。さて、何故智虎がオルトと一緒に朝の散歩をしているのか。事の発端は、昨日の夜に智虎から受けた相談だ。

昨日の夕食後、俺は自分の部屋で智虎から修行の内容についての相談を受けていた。智虎が達成するべき目標は大きく分けて二つ、臆病な性格の矯正と立派な白虎になるための力の増強なのだが、力の増強とは違って、性格の矯正というのはどうしたら良いのかまったく見当がつかなかったため、俺達はこの事について義智に相談をしてみた。

そして、義智から提案されたのがオルトの朝の散歩への同行やこころ達のガーデニングの手伝いなどだった。義智によると、性格というのはそう簡単に矯正できる物では無い上、何かきっかけとなる物が無い限り変わる事は殆ど無いため、皆と触れ合っていく中で、そのきっかけとなる物を探していくのが現時点では最適なのだという。

 

 ……確かに簡単に矯正できる方法があったら、試してるはずだもんな。

 

 そんな事を考えながら智虎に目を向けてみると、智虎はオルトと一緒に歩きつつ、周囲をきょろきょろと見回していたが、智虎の波動には恐怖を表す紫色などは見られず、その代わりに好奇心などを表す黄色などに染まっていた。

 

 ……うん、この調子なら臆病な性格が変わるのもそう遠くはなさそうだな。

 

 智虎の様子からそう感じた後、俺は智虎とオルトに声を掛けた。

 

「智虎、オルト」

「はい、何ですか? 柚希さん」

「クゥン?」

「ゆっくりでも良いから、これからも一緒に頑張っていこうな」

「……はいっ!」

「ワンワウンッ!」

 

 揃って返事をする智虎達のその表情は、俺達の頭上に広がる快晴の青空のように晴れ晴れとしたものだった。

 

 さて……俺もコイツらに負けないようにしっかり頑張らないとな。

 

 智虎達のその表情を見ながら、そう強く決心した後、俺は快晴の青空の下、オルト達との散歩を再開した。




政実「第12話、いかがでしたでしょうか」
柚希「作中の表現からすると……智虎以外の四神とも何かのきっかけがあって出会いそうな感じだな」
政実「一応そのつもりでいるよ。まあ、最初は四神を仲間にするのはアレかなとは思ったけど、よくよく考えてみたらもう因幡の白兎とかが仲間にいるし、これはこれでアリかなと思って、今回みたいになった感じかな」
柚希「なるほどな。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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TWELVETH AFTER STORY 迷える白虎と導きの風

政実「どうも、落ち葉の上を歩く音が好きな片倉政実です」
智虎「どうも、白虎の智虎です」
政実「という事で、今回は智虎のAFTER STORYです」
智虎「今回は僕なんですね。それにしても、どんな話になるのかなぁ……」
政実「それは読んでからのお楽しみという事で」
智虎「わかりました。さて……それじゃあ早速始めていきましょうか」
政実「うん」
政実・智虎「それでは、TWELVETH AFTER STORYをどうぞ」


 涼しげだった風が徐々にその冷たさを増し始めた秋のある日、お世話になっている遠野家のリビングで僕はソファーの足元で丸くなりながらのんびりとしていた。

リビングには僕の他にも転生者であり神様の甥でもある柚希さんと神様である天斗さんがソファーに座りながら楽しそうに話をしていたが、柚希さんの肩には鎌鼬の風之真さんと夜雀の鈴音さんが、柚希さんの膝の上にはオルトロスのオルト君と因幡の白兎の兎和ちゃんと八咫烏の黒烏君が乗っており、とても落ち着いた様子で柚希さん達の話を聞いていた。

 

 ……さっきから思ってたけど、柚希さんは重くないのかな? 天斗さんと楽しそうに話してるから、風之真さん達が乗ってる事自体はあまり気になってないようだけど……。

 

 端から見たらだいぶ重そうに見える柚希さんの姿に少し心配になりながら顔を上げて見ていると、僕の視線に気づいた柚希さんが微笑みながら話しかけてきた。

 

「智虎、どうかしたか?」

「あ……いえ、風之真さん達が乗っていて重くないのかなと思って……」

「うーん……まあ、重くないわけじゃないけど、いつもの事だし、こうやって一緒にいる事で皆の成長も感じられるから、俺はこうしてるのは好きだな」

「そうなんですね……」

「智虎もこっちに来るか? まだ膝にはスペースがあるから、乗せる事は出来るぞ?」

「あ、えっと……僕は大丈夫です。お誘いは嬉しいですけど、これ以上は流石に柚希さんの負担になってしまいますから」

「そっか。まあ、そうしたくなったらいつでも言えよ?」

「はい」

 

 微笑みながら言う柚希さんの言葉に頷きながら答えた後、柚希さんは風之真さん達とも話し始め、僕は再び丸くなりながらそんな皆さんの様子を眺めた。

本当の事を言えば、僕も柚希さんの膝の上には少し乗ってみたかったし、話にも混ざってみたいと思っていた。

けど、僕まで乗ってしまったら、本当に柚希さんの負担になってしまうし、まだ柚希さんやオルト君以外の人とは馴染めていないと思っている分、近づきづらさを感じているのも断った理由だった。

 

 はあ……やっぱり馴染もうとするのは難しいし、まだあまり知らない相手と話すのはなんだか怖いなぁ。でも、この性格をどうにかしたいと思って、ここでお世話になる事にしたんだから、何とかしないと……。

 

 まだ少し怖さを感じながらも僕は決意を固めつつここにお世話になる事にした経緯を想起した。

四神の内の一体である白虎の父さんの末っ子として生まれた僕は父さん達を統べる存在である黄龍(こうりゅう)煌龍(ファンロン)様から同じ四神の子供であり仲の良い友達でもあるみんなと一緒に四神としての修行に出るように指示を受けた。

その後、他のみんながそれぞれのお父さんから指示を受ける中、僕も父さんから指示を受けるのかと思っていた。けど、父さんが選んだのは僕に修行をつけてくれる術者を探す道であり、術者を紹介してもらうために訪れたのがこの遠野家だった。

父さんが遠野家を訪れる事にしたのは、父さんや煌龍様と親交のある神様の天斗さんなら臆病な僕に寄り添いながら修行をつけてくれる術者を知っていると考えたためだったけど、父さんから話を聞いた天斗さんが選んだのは転生者であり甥っ子である柚希さんだった。

その理由を尋ねる父さんにたいして天斗さんは柚希さんのこれまでの人ならざるモノ達との交流などに触れると同時に知識の深さや人ならざるモノへの理解もあると言い、柚希さんと僕の思いによってここで修行を積んでいく事を決めたのだった。

だけど、お世話になり始めてから二週間程が経った今でも見知らぬ物に中々近付けない臆病さは直らず、僕のトレーナー役を務めている柚希さんや白澤(はくたく)の義智さん、朝の散歩仲間でもあるオルト君や度々修行の調子などを気にかけて下さる天斗さん以外の人とはあまり交流を出来ずにいた。

 

 ……このままここで修行をしていく以上、他の人達との交流は避けては通れないけれど、いざ話そうとしたり一緒に何かをしようと思ったりしても中々一歩を踏み出せない。

それは良くないってわかってるけど、良い方法も思いつかないし、踏み出す勇気も中々出ない。はあ、本当にどうしたら良いかな……。

 

 良いアイデアも思いつかず、暗くなりながらため息をついていたその時、突然僕の頭の上に何かが乗っかったような重みと衝撃があり、驚きながら頭の上に視線を向けると、そこには僕の頭に掴まりながら見下ろしてくる風之真さんがいた。

 

「か、風之真さん……?」

「なあ、智虎。奥底に閉じ込めてるだけじゃ何も始まらねぇし伝わらねぇぜ?」

「え……?」

「おめぇ、柚希の旦那の負担になっちまうからって言ってたが、誘いを断った理由は他にもあんだろ?」

「そ、それは……でも、どうしてそれがわかったんですか?」

「雰囲気でなんとなくな。おおよそ柚希の旦那やオルト以外にはまだあまり馴染めてねぇから、近づきづらさを感じてるんだろ? だから、ソファーの足元にはいても、柚希の旦那の足元までは近づかなかった。そうじゃねぇのかぃ?」

「……はい。ここでお世話になる以上は、他の皆さんとも話したり一緒にご飯を食べたりしますから、早く馴染まないとって思っているんですけど、どうにも上手くいかなくて……」

「早く馴染まないと、ねぇ……」

 

 僕の言葉を聞いた風之真さんは何故か少し納得いっていないような様子だった。僕は自分の発言を思い返したけれど、特に変な事を言った覚えは無かったから、風之真さんの様子に首を傾げるしかなかった。

すると、風之真さんは小さくため息をついてからゆっくりと口を開いた。

 

「智虎、おめぇはさっき早めに馴染むって言ったが、早めに馴染むなんてのはおそらく無理だと思うぜ?」

「えっ……? それって、どういう……」

「兎和、おめぇも最初は中々柚希の旦那や天斗の旦那以外には近づいたり話しかけたり出来てなかったが、出来るようになったのは結構後だったよな?」

「あ、はい。人見知りな自分を変えたいと思って何度も挑戦しようとしたんですけど、やっぱり中々出来なくて、結局出来るようになるまで時間はかかりましたね」

「そうなんだ……でも、その事で焦りはしなかったの? 人見知りなままじゃ良くないとか早く他の人とも話せるようにならないととか」

「最初はどうにかしないとって思ったけど、段々そう思わなくなったかな。だって、自分のペースでも大丈夫だって事に気づけたからね」

「自分のペース……」

「兎和の言う通りだな。そもそも『馴染む』っていうのは、ゆっくり時間をかけて馴れていく事で早めにどうこうする事じゃねぇ。中には他の奴にさっさと話しかけに行ったり距離をすぐに詰めたり出来る奴もいるだろうが、全員が全員そういうわけじゃねぇからな」

「風之真やオルトはまさにそっちタイプだよな。積極的に話しかけに行くし無理なく相手との距離も詰められるからな」

「へへっ、まあな。だが、兎和や智虎はそういうタイプじゃねぇ。だったら、変に焦らずにゆっくりやっていく方がぜってぇ良いさ。

早く仲良くならねぇとなんて考えてたら、元々の目的である修行も疎かになっちまうし、焦りが逆に距離を離す原因にもなるだろうしな」

「け、けど……この臆病な性格をどうにかしたいというのも目標の一つですし、早めに成果を出せるなら出した方が良いんじゃ……」

 

 僕が恐る恐る言った言葉に風之真さんは腕を組みながら頷く。

 

「まあ、そう考える気持ちはわからなくねぇ。だが、そんなに急いでやったところでその焦り方じゃ思ってるような成果も得られねぇし、むしろ悪い方へ行く可能性もある。

天斗の旦那達がいつもやってるような仕事なら、その日の内みてぇに時間の制限なんかもあってそれ相応の出来も求められるが、お前の場合はまだまだ時間はあるんだろ?」

「あ……はい、今のところいつまでというのは無いです」

「だったら、変に焦らずに自分のペースでやってみてもいいんじゃねぇのかぃ? 命にも限りはあるかもしれねぇが、のんびりやるよりも焦りで妙な方法を試しちまう方がぜってぇ良くねぇ。

それで智虎が怪我や病気で苦しむ事になったら、お前だって後悔するかもしれねぇが、実父の剛虎の旦那やこうして一緒にいる俺達だって心配になるんだ。付き合いの長さや関係の深さなんて関係ねぇ。おめぇだからこそ心配になんだよ」

「僕だから……」

「風之真の言う通りだな。出会い方はどうであれ、一緒に食事をしたり話をしたりした相手だからこそ何かあったら心配になるし、困ってるなら助けたいと思う。そうじゃない相手だったとしても助けたいと思う時はもちろんあるけどな」

「柚希さん……」

 

 柚希さんの言葉に話を聞いていた鈴音さん達も次々と頷く。

 

「まあ、たしかにまだまだ付き合いは短いけど、智虎が困ってるならどうしたんだろうって思う気がするね」

「そうですね。もし、私でも力になれるならその時はお話も聞いて自分なりの意見も言いたいと思います」

「僕達も柚希さん達に話を聞いてもらって自分の進むべき道を定める事が出来たわけだし、今度は僕達が同じように力になる番だね」

『うんっ! 智虎は朝の散歩仲間でもあるし、僕も全力で手伝うよ!』

「皆さんも……」

「私も同意見ですよ、智虎君。私に出来る事であればお手伝いしますし、焦るよりもゆっくり皆さんと交流をしながら馴れていったり修行に励んだりして良いと思います。

剛虎さんもそうお考えだったからこそ私に良い魔道士のあては無いかと尋ねられたのだと思います。ただ四神として成長させるために修行をつけるだけなら剛虎さんも相応しい方は思い当たるはずですが、そうではなく智虎君に寄り添いながら修行をつけてくれる相手という考えだったのは、やはり智虎君には焦らずにゆっくり頑張ってほしいという思いがあったからだと思いますよ」

「父さんがそんな事を……」

「まあ、それでも智虎が早めに成果を上げたいなら、俺達もそのつもりで手伝うよ。ただ、個人的には無理せずに智虎にはみんなと仲良くなってもらいたいし修行にも励んでもらいたい。こうして一緒にいるわけだし、智虎には楽しい日々を過ごしてもらいたいからな」

 

 柚希さんの優しい表情を見た後、風之真さん達にも視線を向けると、風之真さん達も微笑んだりやる気に満ちた顔をしていたりしていて、さっきの言葉が嘘じゃない事はハッキリと見て取れた。

 

 ……正直、まだ焦りはあるし、早くしないとという思いもある。でも、やっぱり柚希さん達の言う通りかもしれない。たしかに焦り過ぎて変な方法を試そうとするのは良くないし、結果的にいらない心配をかけてしまうのも良くないから。

 

「……わかりました。まだ焦りが無いわけじゃないですけど、少し肩の力を抜いてみようと思います。ご心配をおかけしました」

「へへっ、それくれぇ気にすんなよ。心配ばかりかけるのはよくねぇが、心配をかけないようにし過ぎるのもよくねぇ。だから、これからも困った事や助けが欲しい事があったら遠慮なく声をかけてくれ」

「はい、そうさせてもらいますね」

「よし……そうと決まれば、智虎も柚希の旦那の膝の上でのんびりしとけ。柚希の旦那も構わねぇかぃ?」

「ああ、もちろんだ。ほら、智虎」

「……はい、それじゃあ失礼します」

 

 そう言ってから僕は柚希さんに近付き、優しく抱き上げてもらった後にオルト君の隣で体を伏せた。膝の柔らかさと柚希さんから漂う雰囲気に気持ちが落ち着いていくのを感じ、徐々に眠気が襲ってきた。

 

「ふあ……」

「ふふ、やはり気持ちが張り詰めていたようですね」

「そうみたいですね。智虎、眠たいならそのまま寝てても良いぞ」

「あ……は、はい……そうさせて、もらい……ます、ね……」

 

 徐々に意識が薄れていき、体を優しく撫でられる感触に安心感を覚えながら僕はゆっくり目を閉じた。

修行の結果、どんな自分になれるかはわからない。でも、僕は柚希さん達と一緒に未来に向かって歩いていく。それが僕自身の選んだ道であり、柚希さん達と一緒ならしっかりと一歩ずつ踏みしめながら歩いていけると信じられるから。




政実「TWELVETH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
智虎「今回の僕もそうですけど、風之真さんは悩みや問題の解決役になる事が多いですよね」
政実「まあね。性格上、他のメンバーとも関わらせやすいからそうなる事が多いけど、話によっては他のメンバーがその役目になる事もあるし、他のメンバーがそうなる回ももう少し増やしていく予定だよ」
智虎「わかりました。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
智虎「はい!」
政実・智虎「それでは、また次回」


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第13話 しんしんと降り積もる白き雪と黒い旅亀

政実「どうも、冬はあまり外に出たくない、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。いや、冬でも外に出た方が良いぞ? 冬は冬で楽しい事はあるはずだからさ」
政実「えっと、それはもちろん分かってるんだけど、どうにも暑さと寒さには弱くてね……まあ、今年はどうにか対策を立てて冬に臨んでみるよ」
柚希「ん、了解。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第13話をどうぞ」


 白い雪が空から静かに降り、風によって変幻自在に舞い踊る季節、冬。そんな冬のある日の朝、俺はいつものように智虎と一緒にオルトの散歩をしていた。

 

 う……流石に寒いな。

 

 口から白い息を吐きつつ、俺は道を歩きながら周囲を静かに見回した。いつも通っている散歩道は、昨夜降った雪にすっかりと覆われていたため、俺達が一歩一歩踏みしめる度にサクッサクッという音が聞こえてきた。

 

 一応、俺は防寒対策をしてるからまだ大丈夫だけど、オルト達は寒くないのかな?

 

 疑問に思った俺はその事について、オルト達に訊いてみることにした。

 

「なぁ、お前達。今日はそこそこ冷えるみたいだけど、寒かったりはしないか?」

「……ボクは、大丈夫……だよ、柚希兄ちゃん」

「僕も問題ありませんよ、柚希さん」

「そっか、なら良いんだけどさ。ただ、もし寒くなってきたら遠慮なく言ってくれよ?」

「う……ん」

「分かりました」

 

 “オルト達”の返事を聞いた後、俺は再びオルト達と一緒に散歩を続けた。そう、最近までこころ達の通訳無しには俺達と話す事が出来なかったオルトだが、この前から少しずつではあるものの、俺達と会話が出来るようになってきたのだ。この事に俺や風之真達はもちろんのこと、こころ達もとても喜び、最初に喋った日の夕食にはオルトの好物が並ぶこととなった。

因みにこの事について、義智は俺の力が強くなった事で、家の中に巡る力の流れと『絆の書』の居住空間に漂う力の性質が微かに変化し、それにオルトの魔力が影響を受けた事で、少しずつ話す事が出来るようになったのでは無いかという予測を立てていた。

 

 つまり、俺の力が高まれば高まるほど、『絆の書』の皆の力も高まっていくっていう事でもあるわけだし、これからはより一層修行を頑張っていかないとな……。

 

 その時の事を思い出し、改めてそう決心していたその時、近くから微かな霊力と神力を感じ、俺達はその場に立ち止まった。

 

 霊力と神力……って事は、また四神でも近くにいるのかな……?

 

 不思議に思いながら周囲を見回してみたが、智虎の時みたいに何かが近付いてくる様な感じはなく、ただそこに立ち止まっているだけのような印象を受けた。

 

 こんな冬の日に立ち止まってられる奴、且つ霊力と神力を持ったモノなんてだいぶ限られるけど、それっぽいのが今のところまったく浮かばないな……。

 

 俺がその正体について考えを巡らせていたその時、智虎が何かに気付いたように声を上げた。

 

「……この霊力と神力はもしかして……!」

「智虎、何か心当たりがあるのか?」

「はい! でも……一体どこからするのかまではさっぱり……」

 

 智虎がショボンとしながら言ったその時、オルトが突然周囲の匂いを嗅ぎ始めた。

 

「オルト、何か匂いはするか?」

「……う、ん。たぶん、こっちの方……だと思う、よ」

「分かった。よし……それじゃあとりあえずその匂いのする方に行ってみよう」

「う、ん」

「はい!」

 

 そして俺達は、オルトの先導でその匂いのする方へと歩き出した。

 

 

 

 

 歩き出してから数分後、オルトは突然立ち止まると、ある一点を見つめながら俺達に話し掛けてきた。

 

「あ、れ……だと思うよ、柚希兄ちゃん」

「あれって言うと……あの変に雪が積もってる所か」

 

 オルトが見つめていた一点、そこには他の道とは違い、何かが下にあるかのような形で雪が積もっていた。

 

 って事は……あの下にいるのがこの霊力と神力の持ち主って事になるな。

 

 俺達はすぐさまその場所へと向かい、協力して雪の中を掘ってみた。すると、すぐに何か固い物が手に当たったような感触があったため、俺はその何かを掴み上げてみた。

 

「……これって、もしかして……」

「か、め……だね」

 

 俺が掴み上げたのは、頭と尻尾を甲羅の中に隠した少し小さめの黒い亀だった。そしてその亀からは、小さな寝息のような音とさっき感じた霊力と神力が微かに発せられていた。

 

 霊力と神力を持った亀……って事は、コイツは恐らくアレだな。

 

 亀の正体について大体の予想を付けた後、俺は亀を見せながら智虎に声を掛けた。

 

「智虎、お前の友達ってこの亀で合ってるのか?」

「はい、間違いなく僕の友達で、『玄武』の賢亀(イェングィ)君です。でも、何でこんなところに……?」

 

 智虎が『玄武』──賢亀の事を不思議そうに見ていたが、当の本人……いや、当の本亀は甲羅から頭などを出す様子は一切見られなかった。

 

「それに関してはサッパリだな……でも、このまま眠ってる状態で放ってはおけないし、とりあえず家に連れて帰ろう」

「りょう、かい……だよ」

「分かりました!」

 

 オルト達の返事を聞いた後、俺はリードを左手に持ち替え、賢亀を右手で掴んでから、家に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

『玄武』

 

中国に伝わる神獣の一種で、五行思想においては水行を司り、四神の中では北方の守護を担当している。『玄』の字が名に入っている通り、その姿は黒い亀そのものであるが、描かれ方としては、蛇の尾を持っていたりや足の長い亀に蛇が巻き付いている形であったりと様々である。

 

 

 家に着いた後、俺はオルト達の足を専用のマットで拭き取ってから中へと入っていった。そして居間に着いた後、俺は冬の間の風之真達用スペースへ賢亀を静かに置き、ヒーターのスイッチを押した。

 

「ふぅ……とりあえずこれで良いかな」

 

 風之真達用スペースに静かに収まっている賢亀を見ながら独り言ちた後、俺はオルト達に声を掛けた。

 

「何があったかは気になるけど、とりあえず賢亀が起きるまで待ってみよう。寝てるところを起こすのは何か申し訳ないからさ」

「そうですね」

「うん」

 

 オルト達の返事を聞いた後、俺は椅子に座りながら賢亀が起きるのを待つことにした。そしてそれから数分後、廊下の方から足音が聞こえてきたかと思うと、居間に少し眠そうな天斗伯父さんが入ってきたので、俺達は天斗伯父さんに朝の挨拶をした。

 

「天斗伯父さん、おはようございます」

「おは、よう……天斗さん」

「天斗さん、おはようございます」

「……おや? おはようございます、皆さん。今日はもうお帰りになっていたのですね?」

「はい、ちょっと理由がありまして……」

 

 俺が賢亀の方を見ながら答えると、天斗伯父さんは風之真達用スペースにいる賢亀の姿を見て、不思議そうな表情を浮かべた。

 

「おや、そちらはもしや……」

「はい、智虎の友達の玄武で、賢亀という名前らしいです。

「なるほど……という事は、剛虎さんの同僚にあたる甲亀(ヂィアグィ)さんのご子息ですね」

 

 天斗伯父さんはそう言いながら賢亀に近付き、起こさないように静かに賢亀のことを観察した後、穏やかな笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「どうやら……冬眠に近い状態となっているようですね」

「冬眠……そういえば、さっき見つけた時に雪の中に埋もれてたんですけど、もしかして……」

「ええ、恐らく雪が降る中を歩いてたせいで、途中で冬眠状態に入ってしまったものと思われます」

「やっぱり……」

 

 玄武は一応四神の中では冬を司ってる筈なんだけど、これは亀自体の本能みたいなのが働いた結果なのかな。

 

 賢亀の冬眠状態について考えていた時、ふと時計を見てみると、時計の針は義智との修行の開始時間を指そうとしていた。

 

「あ……もうこんな時間か」

「あ、本当ですね。でも、賢亀君の事も気になりますし……」

「そうだよな……」

 

 俺達がどうしたものか悩んでいた時、天斗伯父さんはクスリと笑った後、俺達に話し掛けてきた。

 

「大丈夫ですよ、柚希君、智虎さん。賢亀さんの事は私とオルト君が見てるので、お二人は義智との修行の方に集中して下さい」

「え……でも、良いんですか?」

「ええ。私も玄武の冬眠状態というのは初めて見るので、ちょっと興味がありますから」

「ボク達……が、しっかりと見て……るから、柚希兄ちゃん、達は義智さんの方に……行って、良いよ」

「オルト……」

「天斗さん……」

 

 そして、智虎と顔を見合わせてコクンと頷いた後、俺は天斗伯父さん達に答えた。

 

「分かりました。それじゃあ賢亀の事、そしてオルトの事もお願いします」

「ふふ、任せて下さい」

「オルトも賢亀の事を頼んだぞ?」

「うん」

 

 オルトの返事を聞いた後、俺は智虎に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあ行こう、智虎」

「はい!」

 

 そして俺達は、義智が待つ和室に向かって歩き始めた。和室に着いた後、俺は静かに襖を開けて中へと入り、和室の中心で正座をしながら瞑想をしている義智に声を掛けた。

 

「義智、来たぞ」

「……来たか、柚希、智虎。そして……どうやら客も連れて帰ってきたようだが?」

「あ、やっぱり分かるか?」

「ああ。微かではあるが、智虎や剛虎とは異なる霊力と神力を感じるのでな。しかし、だからといって修行を取り止める気はない。本日も集中して臨むのだぞ?」

「ああ、もちろんだ」

「はい、もちろんです!」

「……よし、では始めるぞ」

 

 義智の声に頷いてから俺達は目の前に置かれた座布団へと座った。そして経文を手に取った後、義智の声に続いて俺達は経文を静かに読み始めた。

 

 

 

 

「……よし、本日はここまでとする」

「……了解」

「……わ、かり……ました」

 

 始めてからどのくらいの時間が経ったか分からなくなった頃、義智の言葉が聞こえたため、俺達は経文から顔を上げて返事をした。そして返事をした後、俺がゆっくりとその場に立ち上がったのに対して、智虎はその場へ静かに倒れ込んだ。

 

「智虎、大丈夫か?」

「は、はい……なん、とか……」

 

 言葉ではそう言うものの、智虎の様子から強い疲労と空腹を感じているの明らかだった。

 

 俺も最近は何とか『ヒーリング・クリスタル』の力を借りずに立てるまでにはなったけど、始めてから三ヶ月くらいはこんな感じだったな……。

 

 その時の事を思い出し、小さく苦笑いを浮かべた後、俺は首に掛けていた『ヒーリング・クリスタル』を智虎の額へと付け、静かに魔力を注ぎ込んだ。すると、『ヒーリング・クリスタル』が穏やかな光を放つと同時に徐々に智虎の顔が安らいでいった。

 

 気休め程度にしかならないけど、やらないよりはマシだからな。

 

 そして『ヒーリング・クリスタル』の表面が少し曇りだした頃にはだいぶ楽になったようで、ゆっくりではあるものの、その場に静かに立ち上がり始めた。

 

「ありがとう……ございます、柚希さん……」

「どういたしまして」

 

『ヒーリング・クリスタル』を離しながら返事をしていると、義智が静かな声で俺達に話し掛けてきた。

 

「……始めた頃に比べ、お前達の力は確実に成長している。しかし、お前達も気付いている通り、求めている段階まではまだ遠い。現状に満足する事なく、一歩ずつ高みを目指すのだぞ」

「ん、了解」

「はい……」

 

 義智の言葉に頷きながら答えた後、俺は智虎を抱き抱えてから義智達に声を掛けた。

 

「よし……とりあえず部屋に戻って『絆の書』を取りに行って、その後に居間に戻ろう」

「……うむ」

「はい」

 

 義智達の返事を聞いた後、俺は義智達と一緒に一度部屋へと戻った。

 

 

 

 

『絆の書』を取ってから居間に戻ると、どうやら未だに賢亀は起きていないらしく、天斗伯父さんとオルトは風之真達用スペースをジッと見つめていた。

 

 うーむ……やっぱり冬眠状態ともなれば、そう簡単には起きないのか。

 

 そんな事を思いつつ、俺は天斗伯父さん達に近付きながら声を掛けた。

 

「天斗伯父さん、ただ今戻りました」

「……おや、お疲れ様です。義智さん、柚希君達の修行の調子はどうですか?」

「……一歩ずつではあるが、着実に力はついている。本人達の努力次第では、想定よりも早く次の段階へと進めるだろう」

「ふふ、そうですか。それなら良かったです」

 

 義智の言葉に天斗伯父さんが微笑みながら答える中、オルトは俺の足下までトコトコと歩いてきてから声を掛けてきた。

 

「いぇんぐぃ……はまだ、起きてないよ。やっぱり、冬眠状態……になってる、のが原因……かな?」

「そうかもな。本来冬眠っていうのは、読んで字の如く冬の間は寝てるもんだから……」

「そうですね……」

 

 俺の言葉に同意しながら、智虎が少々不安そうな様子で賢亀の事を見つめ始めた。

 

 うーん……もしこのまま起きないようだったら、天斗伯父さんにお願いして賢亀の親御さんに連絡を……。

 

 その時、賢亀の甲羅がピクッと動いたような気がした。

 

「あれ……?」

「どうしました、柚希さん?」

「今……賢亀が動いたような……?」

「え、本当……に?」

 

 俺の言葉を聞き、オルトが賢亀の様子を見るために顔を近付けたその時、賢亀の甲羅からニューッと頭と尻尾が姿を現した。

 

「わわわっ!!?」

 

 その事にとても驚いたらしく、オルトは大きな声を上げると、急いで俺の所まで戻ってきた。

 

 ……まあ、顔を近付けた瞬間に頭とかが出てきたらそりゃあ驚くよな。

 

 オルトの様子にクスリと笑った後、俺はオルトに声を掛けた。

 

「オルト、大丈夫か?」

「う、うん……! ビックリはしたけど、怪我とかは無いから大丈夫だよ、柚希兄ちゃん……!」

「そっか、それなら良かっ……」

 

 その時、俺はオルトの話し方にある違和感を覚えた。

 

 ……あれ? 今、普通に喋ってなかったか……?

 

 その事に疑問を感じた俺は、もう一度オルトに話し掛けてみることにした。

 

「オルト……? お前、さっき普通に喋れてなかったか?」

「……え、本当に?」

「ほら、言葉も途切れ途切れになってないし、喋ってて違和感とかも感じないだろ?」

「う、うん……でも一体どうして……?」

 

 オルトが不思議そうにしていた時、義智が興味深そうな様子で話し掛けてきた。

 

「恐らくだが……賢亀が動いた事に衝撃を受けた際、オルトの中の魔力が防衛のために活性化した事が原因かもしれぬな」

「防衛のためって……オルト、お前そんなに驚いてたのか?」

「んー……まあ、驚いたと言えば驚いたかな? 何せそーっと覗き込んだ瞬間に突然頭とかがニューッと出てきたからね」

「……まあ、それもそうか」

 

 まあ、きっかけがどうであれ、オルトの魔力が活性化した事、そしてオルトがしっかりと喋れるようになった事は嬉しいかな。

 

 オルトの成長に俺が口元を綻ばせていたその時、天斗伯父さんと一緒に賢亀の様子を見ていた智虎が俺達に声を掛けてきた。

 

「皆さん、賢亀君が少しずつ動き始めましたよ」

「ん、分かった」

 

 返事をした後、俺は賢亀と話をするために義智達と一緒に専用スペースへと近付いた。甲羅から頭などを出した賢亀はまだ少し眠そうしながら周囲を見回していたが、智虎が近くにいることに気付いた瞬間、ニコッと笑いながら智虎に話し掛けた。

 

「あ、智虎君。おはよう」

「うん、おはよう、賢亀君。目はもう覚めたかな?」

「うん、何とかね」

「そっか、それなら良かったよ」

「うん、良かった良かった」

 

 智虎の言葉に頷きながらのんびりとした口調で答えた後、賢亀はゆっくりと周囲を見回すと、首を傾げながら再び智虎に話し掛けた。

 

「ところで……ここはどこ? 知らない人達がいる上、何だか色んな力が巡っているみたいだけど……?」

「ここは僕が修行のためにお世話になってるところで、この人達はここの住人の人達だよ」

「あ、そうなんだね」

 

 賢亀は納得したように言うと、俺達の方へと顔を向け、ペコリと頭を下げてから自己紹介を始めた。

 

「初めまして、玄武の賢亀と申します。現在は修行のために様々な場所を旅しています。どうぞ、よろしくお願いします」

「うん、よろしく賢亀。俺は遠野柚希、人間だ」

「私は遠野天斗、柚希君の伯父です。よろしくお願いしますね、賢亀君」

「……我は白澤の義智、柚希の仲間だ」

「そしてボクはオルトロスのオルトだよ。よろしくね、賢亀」

「はい、どうぞよろし……」

 

 賢亀がニコッと笑いながら答えようとしたその時、賢亀と智虎の両方からグーッという音が聞こえてきた。

 

 あ、もしかして……。

 

「賢亀、お前も腹が減ってるのか?」

「あはは……そうみたいです……」

 

 俺の問い掛けに賢亀は少し恥ずかしそうに答えた。

 

 まあ、賢亀は冬眠してたし、智虎はさっきまで修行をしてたし、仕方ないよな。

 

 そう考えながらニッと笑った後、俺は天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「天斗伯父さん、それじゃあそろそろ朝食にしましょうか」

「そうですね。色々と訊きたい事はありますが、空腹の状態よりは、お腹を満たしてゆっくりとしている時の方が話をしやすいですから。……では、柚希君、義智さん。お手伝いの方をお願いしますね?」

「はい」

「うむ」

 

 天斗伯父さんの言葉に答えた後、俺は『絆の書』を机の上に置いてから、オルトに声を掛けた。

 

「それじゃあ、オルト。智虎と賢亀の事は任せたぞ?」

「うんっ! 任せてよ、柚希兄ちゃん!」

「ああ」

 

 オルトの言葉に頷きながら返事をした後、俺は天斗伯父さんと一緒に朝食の準備をするためにキッチンへと向かった。

 

 

 

 

『いただきます』

 

声を揃えて食事の挨拶をした後、俺達は目の前の朝食を食べ始めた。今朝は洋食向きな材料が多かったため、トーストにベーコンエッグ、それとコーンスープにトマトサラダという献立だ。

 

 ……うん、やっぱりたまには洋食っていうのも良いよな。

 

 そんな事を考えつつ、俺はトーストを一枚手に取り、マーマレードのジャムを塗ってから口へと運んだ。そして噛んだ瞬間、小気味の良いサクッという音と共に、口の中にトーストの香ばしさとマーマレードの爽やかな酸味がじんわりと広がっていった。

 

 さて……賢亀の様子はどうかな?

 

 食べかけのトーストを手に持ったまま、俺は賢亀の方へ視線を向けた。すると、賢亀は智虎と楽しそうに話をしながらゆっくりと朝食を食べており、賢亀の様子からとても安心しているのが見て取れた。

 

 ……よし、これなら落ち着いて話が出来そうだな。

 

 賢亀の様子からそう判断した後、俺は賢亀に話し掛けた。

 

「さて、賢亀。何であんな所で冬眠状態になってたのかを訊いても良いか?」

「あ……はい」

 

 賢亀が返事をすると、俺を含めた全員の視線が賢亀へと集中したが、賢亀はそれには動じること無く話を始めた。

 

「皆さんも知っての通り、僕達は現在黄龍様のご指示に従い、修行のために各地を旅していたり、智虎君のようにどこかでお世話になっていたりしています。そんな中、僕はお父さんから各地を旅をするように言われたんです」

「……ふむ、それは(いささ)か妙な話だな……飛翔が容易な青龍や朱雀ならばいざ知らず、玄武であるお前に旅を指示するとは……」

「それなんですが……お父さんの考えとしては、僕にはのんびりとした所があるから、僕をどこかに預けるよりは、旅をさせて様々な物を見せたり、色々な苦労をした方が修行になるという事らしくて……」

「なるほどな……そして、その旅の最中にこの辺まで来たは良いけど、時期的に雪が降ってたこともあって、いつの間にか冬眠状態に入ってしまっていた、と……」

「はい……」

 

 俺の言葉に賢亀が少しショボンとした様子で答えた。

 

 ……まあ、いくら玄武とはいえ、賢亀もまだまだ子供なわけだし、仕方ないと言えば仕方ないよな。ただ、問題は……。

 

 賢亀から視線を外した後、俺は天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「天斗伯父さん。しばらくの間、賢亀をこの家に滞在させるのは大丈夫ですか?」

「はい、私は大丈夫なのですが……」

 

 天斗伯父さんは賢亀の方へ視線を移してから言葉を続けた。

 

「やはり、一度甲亀さんに今の賢亀君の事を報せる必要はあるので、とりあえずその間ならばという事になりますね」

「……分かりました」

 

 天斗伯父さんの言葉に返事をした後、俺は賢亀へと視線を戻した。すると、賢亀の顔は先ほどまでのショボンとした物から、少し不安そうな物へと変わっていた。

 

 ……うん、やっぱりこれからの事を考えると不安になるよな……よし、賢亀がここにいる間だけでも、どうにか元気づけたり何か成長に繋がる物を一緒に探してやってみるか。

 

 そう強く決心した後、俺はニッと笑いながら賢亀に話し掛けた。

 

「賢亀、大丈夫だよ。今回の件について、たしかにお前のお父さんから少しは叱られるかもしれないけど、それはあくまでもお前の事を想ってるからなんだからさ」

「柚希さん……」

 

 そして俺は、再び天斗伯父さんの方へ視線を戻した。

 

「天斗伯父さん、甲亀さんへ賢亀の事を報せに行くのは何時頃ですか?」

「そうですね……今日は私もお休みですので、朝食の後に行ってこようかと思っています」

「朝食の後、ですね。分かりました」

 

天斗伯父さんの答えを聞いた後、俺は賢亀の方へ視線を戻した。

 

「賢亀、家にいる間、俺達と一緒に色々な事をしてみないか?」

「色々な事……ですか?」

「ああ。元々、お前の旅の理由は色々な物を見たり色々な苦労をしたりする事だろ? だったら、ここはそれにピッタリな場所だと思うんだ」

 

 俺のそんな言葉に風之真達も納得したように次々と声を上げた。

 

「んー……まあ、たしかに間違っちゃあいねぇな。ここにゃあ、妖やら霊獣やら色んな奴がいっからなぁ……」

「ふふ、そうですね。そしてそれに加えて、私も含めて皆さん様々な生き方をしてきていますし、年齢や趣味も様々ですから」

「そうだな。簡易的に様々な経験をするのであれば、この家が最適であると言えるだろう」

「うんうん、確かにそうだよねっ♪」

「それに……私達も賢亀さんのお話を聞いてみたいです」

「うん。僕達とはまた違った経験をしてきてる筈だから、こっちこそ色々な勉強になるからね」

「皆さん……」

 

 風之真を始めとした皆の声を聞き、賢亀が皆の事を見ながら嬉しそうにしていると、智虎が賢亀の甲羅をポンッと叩きながら優しい笑みを浮かべた。そしてそれを見ると、賢亀もとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

 よし、これでまずは第一段階は大丈夫だな。

 

 賢亀達の様子を見て、俺がそう確信していると、天斗伯父さんが穏やかな笑みを浮かべながら静かな声で話し掛けてきた。

 

「それでは柚希君、私がいない間、賢亀君の事をお願いしますね?」

「はい、任せて下さい」

 

 俺はニコッと笑いながら天斗伯父さんの言葉に答えた。

 

 

 

 

「さて……まずはどうしようかな」

 

 朝食を終え、天斗伯父さんがいつもの扉を通って出掛けた後、義智や蒼牙と一緒に朝食の洗い物をしながら、俺は今日の事について考えを巡らせていた。

 

『絆の書』の住人達がいつもやってる事に賢亀を参加させる事にはしたものの、賢亀にも可能な事と不可能な事は流石にあるわけだしな……さてさて、本当に何から始めたもんかな……。

 

 俺があれこれと考え始めようとしたその時、後ろからトットットッという足音が二つほど聞こえてきた。それが何の音か気になり、洗い物の手を止めてその足音の方へ振り向いてみると、そこには賢亀を背中に乗せた智虎と風之真を頭に乗せたオルトの姿があった。

 

「あれ……お前達、どうかしたのか?」

「あ、いやな……柚希の旦那が何か悩んでるみてぇだったから、ちっと気になってな」

「あ、なるほど……まあ、確かに悩んでると言えば悩んでる……かな?」

 

 俺が微笑みながら言うと、オルトは耳をペタンと倒しつつ、心配そうな表情を浮かべながら話しかけてきた。

 

「えっと……悩んでるのってもしかして……」

「ああ、まずは賢亀に何をさせて上げたら良いのか、それが中々思い付かなくてな」

「あー……やっぱりそうかぁ……。まあ、中々難しい話ではあっからなぁ……」

 

 風之真はオルトの頭の上で立ち上がって腕を組んだ後、義智と蒼牙に声を掛けた。

 

「旦那方は何か良さそうな案はあったりするのかぃ?」

「ふむ、良さそうな案か……ある事はある。しかし、それを今言うわけにはいかん」

「へぇ? そりゃあ何でなんでぃ?」

「この件は柚希が自ら引き受けたことだ。つまり、柚希自身が今回の件に適した方法を思い付かなくては意味が無い。よって、そのためにも我々は今回の件について、静観することにしたのだ」

「静観することにしたって……今回の件は本当に時間が……!」

 

 義智達の答えを聞き、風之真が大きな声を上げようとしたが、俺はそれを手で制止しながらニッと笑いつつ声を掛けた。

 

「良いんだよ、風之真。義智達の言いたい事は分かってるからさ」

「け、けどよぉ……!」

「風之真の気持ちはスゴく嬉しいよ。でも、これからの事を考えると、これくらいの事すら出来ないといけないからさ。そうだろ? 義智、蒼牙」

 

 視線を移しながら訊くと、義智と蒼牙は静かに頷きながらそれに答えた。

 

「その通りだ。現在、この家……そして『絆の書』には妖から霊獣に至るまで様々なモノ達が住んでいる」

「つまり、柚希にはそれだけ多くの責任が伴っている。そして柚希の性格から、これからも様々なモノ達と出会い、我々のように仲間に加えていくことが容易に想像できる」

「よって、その時の事を考えるならば、今回の件の解決策は柚希自身が考え付かなければならないのだ」

 

 義智はそう言葉を締めくくると、俺の方へ視線を移した。

 

「柚希、お前ならば我々と同じ──もしくはそれ以上の解答に辿り着けると我らは思っている。しっかりと今回の件について考え、お前にとって悔いの無い解答を導き出すのだぞ?」

「ああ、分かってるさ」

 

 ニカッと笑いながら答えた後、俺は風之真達の方へと視線を戻した。

 

「とりあえず、ちゃちゃっと洗い物を終わらせちゃうから、お前達は居間に戻っててくれ。話の続きはその後にしよう」

「あいよ!」

「はーい!」

「はいっ!」

「分かりました」

 

 風之真達が居間に戻っていくのを見届けた後、俺は洗い物を再開した。

 

 俺にとって悔いの無い解答、か……正直なところ、まだぜんぜん浮かんでないけど、義智達の期待を良い意味で裏切れるように頑張ってみないとな。

 

 そして、賢亀の事について再び考えつつ、俺は洗い物を済ませていった。

 

 

 

 

 洗い物を済ませた後、俺は和室に行くという義智達と別れた後、約束通り居間へと戻った。すると、ヒーターの前で暖を取っていた風之真達がすぐに俺の所へと駆け寄ってきた。

 

「柚希の旦那! お疲れさん!」

「お疲れ様、柚希兄ちゃん!」

「柚希さん、お疲れ様です」

「お疲れ様です、柚希さん」

「うん、ありがとうな、皆」

 

 そしてソファーに座った後、俺は洗い物中に思いついた事を風之真達に話し始めた。

 

「さて……賢亀の事について、一つ思いついた事があるんだけど、聞いてくれるか?」

「んー……そいつぁ構わねぇけど、一体何なんでぃ?」

「それはな……智虎がいつもやってる事を賢亀にもやってみてもらおうと思うんだ」

「僕がいつもやっている事を……」

「僕が一緒に……ですか?」

「そう。ほら、智虎って修行をするためにここにいるし、賢亀は修行のために旅に出たわけだろ? だったら、智虎の修行を賢亀が一緒にしてみるのもありかなと思ってな」

「あー……なるほどな。けど、義智の旦那との修行はもう終わっちまってるし、後は雷牙の旦那や雪花と何かやるか他の連中と何か話したりするくれぇだから、賢亀にとっちゃあ大した修行にはならねぇんじゃねぇのかぃ?」

「いや、なるさ。風之真、賢亀が旅に出る事になった理由は何か覚えてるか?」

「へ……そりゃあ、色んな物を見たり色々な苦労をしたりして、自分の成長に繋がる物を見つけ……」

 

 その瞬間、風之真は何かに気付いたような表情を浮かべた。そして賢亀の方をチラッと見てから、顎に手を当てながら言葉を続けた。

 

「そうか……! ここにゃあ色んな奴がいっから、色んな物を見る事も出来れば、その手伝いをする事で多少の苦労も出来る。つまり、いつもの智虎の行動についてくだけでも賢亀にとっては修行の一つにはなるってぇわけか……!」

「そういう事だ。それに、智虎と一緒だから賢亀も安心して過ごせるだろうしな」

 

 そして俺は、智虎と賢亀の方へ視線を移しながら言葉を続けた。

 

「という事なんだけど、お前達はどうだ?」

「僕はもちろん賛成です。少しは成長できた所を賢亀君に見てもらいたいですから」

「僕も賛成です。智虎君がいつもどんな事をやっているのかちょっと気になっていたので」

「分かった」

 

 智虎達の答えに頷いた後、今度は風之真達に声を掛けた。

 

「それじゃあ、俺は智虎達と一緒にいるから、風之真とオルトはいつも通り過ごしてくれ」

「おうよ! んじゃあ、お前ら、また後でな!」

「また後でね~!」

 

 そう元気良く言うと、風之真達は家の奥に向けて走って行

そしてそれを見送った後、俺は智虎達に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあ、俺達も行こうぜ」

「はい!」

「はい」

 

 智虎達が声を揃えて返事をした後、俺達は智虎の一日体験ツアーを開始した。

 

 

 

 

 数時間後の昼頃、俺達は一度居間に戻り休憩をしていた。

 

 ……ふふ、やっぱり色んな奴がいて色んな出来事が待ってるっていうのは本当に楽しいよな。

 

 その数時間の間にあったこころ達ガーデニング組のガーデニング講義や雷牙と雪花の力の制御のための修行、そして義智達による力の使い方についての講義や風之真達元気三兄妹との散歩の様子を思い出した後、俺は智虎達の方へ視線を向けた。

すると、智虎はいつもやってる事だけあって、まだまだ余裕そうな表情を浮かべていたが、賢亀は少し疲れたような表情を浮かべていた。

 

 まあ、ウチの皆にあそこまで付き合えばそうなるよな。

 

 俺は賢亀の様子を見てクスッと笑ってから声を掛けた。

 

「賢亀、ここまで色々な事をやってみたけど、どうだった?」

「あ……はい、何というか……色々な事がありすぎて、まだ頭が追い着いていないというか……」

「ふふっ、そうだろうな。智虎も最初はそうだったしな……な、智虎?」

「……ふふ、そうでしたね」

 

 智虎は楽しそうに笑うと、賢亀の方へ視線を向けてから言葉を続けた。

 

「僕の場合、元々の臆病な性格もあって、柚希さん以外の方には自分からあまり近寄ってはいけませんでしたけど、風之真さんやオルト君達が最初にグイグイと話し掛けて来てくれた事がきっかけになって他の皆さんとも話すようになって、そして次の日から皆さんの一日の行動に付き合っていって……今となっては、そんな毎日が楽しいですし、今までやった事が無い色々な事に挑戦してみたいと思えるようになりました」

 

 智虎がニコッと笑いながら言葉を締めくくると、賢亀は少しだけ信じられない様子でポツリと言葉を漏らした。

 

「あの智虎君が……こんな風に変わるなんて……」

「ふふ、たしかに旅に出る前だったらこんな事は言っていないし、僕自身も不思議に思ってるよ。けどね、賢亀君」

 

 智虎は静かに目を閉じながら言葉を続けた。

 

「毎日、色々な発見をしたり色々な事を話していたりすれば、少しずつでも何かは変えられるんだよ。そしてそれは柚希さん達のような人間でも僕達のような四神でも同じ。大事なのはとりあえず失敗を恐れずに色々な事をやってみる事、それが僕がここで最初に学んだ事なんだ」

「とりあえず失敗を恐れずに色々な事をやってみる……」

「うん。……もっとも、賢亀君の場合はちょっと事情が違うから、あまり参考にならなかったかもしれないけどね」

 

 智虎が少し申し訳なさそうに言うと、賢亀は穏やかな笑みを浮かべつつ、静かに首を横に振りながらそれに答えた。

 

「ううん、そんな事は無いよ。さっきの話もそうだし、智虎君達と一緒に色々な事をやってた時もそうだけど、智虎君の表情とかからここでの生活を楽しみつつ、それをしっかりと自分の成長に繋げているのがちゃんと伝わってきたからね」

「えへへ、それなら良かったよ」

「うん、それに今の話を聞いて決心もついたしね」

「うんうん、それは良かっ……え?」

 

 賢亀の言葉に智虎が不思議そうな表情を浮かべる中、賢亀は真剣な表情を浮かべながら俺に話し掛けてきた。

 

「柚希さん、もし……お父さんに許可を貰えたら、僕もここでお世話になっても良いですか?」

「え、それは別に良いけど……どうしたんだ、いきなり?」

 

 俺が少し驚きながら訊くと、賢亀は穏やかな笑みを浮かべながらそれに答えた。

 

「さっきの智虎君の話す様子や柚希さんと一緒に他の皆さんと触れ合っている様子を見た時、僕はとても驚いていたんです。こう言ってはなんですが、僕の知ってる智虎君は色々な物にビクついていたり、お父さんの陰に隠れているような子でしたから。

でも、久しぶりに会った智虎君はそんな様子は一切無いどころか、あの時とは別人なんじゃないかと思えるほど、良い方へと変わっていました」

「賢亀君……」

「そしてそれを感じた時に思ったんです、ここは色々な変化や発見に満ちた場所であり、今まで見て来た事の無い景色が見えるかもしれない場所なのだと。だから、僕もここで見つけてみたいんです、僕ののんびりとしたし過ぎた性格を変えられる、または何か良い方へ活かせる物を」

「そっか……」

 

 賢亀の言葉に小さく呟くように答えた後、俺はニッと笑ってから言葉を続けた。

 

「そういう事なら俺もそれを手伝わせてもらおうかな。まあ、それについて話したら皆も手伝ってくれる気はするけどな」

「柚希さん……! ありがとうございます……!」

「どういたしまして。ただ……問題は賢亀のお父さん―甲亀さんがどう言うかだな」

「はい……普段はとても物静かで優しいんですけど、自分で決めた約束事とかにはとても厳しいので……」

「そうか……」

「はい……」

 

 目の前に立ちはだかっているとてつもなく高い壁に俺達がどうしたら良いのか分からなくなっていたその時、玄関の方からドアが開くガチャッという音が聞こえてきた。

 

「ん……どうやら天斗伯父さんが帰ってきたみたいだな」

「みたいですね」

「……という事は、お父さんに今の僕の状況がしっかりと伝わったって事ですよね……」

 

 賢亀がとても不安そうに言う中、俺は賢亀の甲羅をポンッと叩きながら声を掛けた。

 

「大丈夫だよ、賢亀。賢亀の頑張りだってお父さんには伝わってる筈だからさ」

「そうだよ、賢亀君。だから、暗くならずに明るくいこう」

「柚希さん……智虎君……」

 

 俺達の言葉に賢亀が少し安心した表情を浮かべていた時、天斗伯父さんの神力が徐々に近付いて来るのを感じた。そしてそれに少しだけ手汗を握っていると、天斗伯父さんが穏やかな笑みを浮かべつつ、手に黒い風呂敷包みを持ちながら静かに居間へと入ってきた。

 

「皆さん、ただ今戻りました」

「お帰りなさい、天斗伯父さん。賢亀のお父さんとの話はどうでした?」

「そうですね……それに関しては、柚希君達が話したい事を聴かせてもらってからの方が良いかもしれませんね」

 

 天斗伯父さんは手に持っていた黒い風呂敷包みを俺達に見せつつ、俺の手元を見ながら優しい声で言った。

 

 はは……流石は神様、そんな事くらいお見通しか。

 

 俺は心の中で苦笑いを浮かべた後、ジンワリと湿っていた手を服の袖でそっと拭った。そしてスッと立ち上がってから、静かに微笑みつつ天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「そうですね。それじゃあ……俺はお茶の準備をしてきます」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 優しい笑みを浮かべながら言う天斗伯父さんの言葉に静かに頷いた後、俺はお茶の準備をするためにキッチンへと向かった。そしてその数分後、俺達用に少し熱めに淹れた緑茶が入った湯呑み茶碗と智虎達用に少し温めに淹れた緑茶が入った底が少し深い飲み物用の皿を載せたお盆を持ちつつ、俺は居間へと戻ってきた。

 

 さて……天斗伯父さんが甲亀さんとどんな話をしたかまでは分からないけど、俺達が話した事をしっかり伝えるために落ち着いて話をしないとな。

 

 俺はそう強く決心した後、天斗伯父さん達がいるテーブルへと静かに歩き、天斗伯父さんの目の前に静かにお茶が入った湯呑みを先に置いてから、次に智虎達の目の前に緑茶が入った皿を置いていった。そして自分用のお茶を天斗伯父さんの席の向かいに置いてから俺はその席へと静かに座り、緑茶を一口飲んで気持ちを落ち着かせた後、賢亀達と話していた事をゆっくりと話し始めた。

 

 

 

 

「……そう、ですか……」

 

 俺が話を終えた後、天斗伯父さんの口から出て来たのはそんな言葉だった。そしてその声には、小さな驚きが籠められているように聞こえた。

 

 ……という事は、もしかして甲亀さんとの話は……。

 

 その瞬間、外の冷たい風が入ってきたかと錯覚しそうな程にぶるっと体が震えた。

 

 ……いや、まだ話を聞いたわけじゃ無いんだ。暗い想像をするのは止めよう……!

 

 頭の中で強くそう思いながら気持ちを落ち着けた後、俺は天斗伯父さんの顔を真っ正面からしっかりと見つめた。すると、天斗伯父さんはニコッと微笑みながらいつものように穏やかな調子で声を掛けてきた。

 

「そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ、柚希君。私が驚いた理由は別にありますから」

「……え? 別にあるって……それは一体どういう事ですか?」

「それはですね……」

 

 天斗伯父さんは俺の疑問に答えながらテーブルの上に置いていた風呂敷包みを静かに解いていった。すると、風呂敷包みの結び目がシュルシュルという音を立てながら徐々に解かれていくのにつれて、風呂敷包みの中から神力や霊力といった力が漂い始めた。

そして、風呂敷包みの結び目が全て解かれ、中の物の正体が明らかになった時、智虎と賢亀はハッとした表情を浮かべながら静かに驚きの声を上げた。

 

「こ、これって……!」

「まさか……!」

 

 俺達の目の前に現れた物、それは古びた和紙のような物で作られている何冊もの本だった。その本達からはさっきよりも強い霊力や神力が発せられており、明らかに只の本では無いのが見て取れた。

 

「天斗伯父さん、この本は一体……?」

「これは智虎さんと賢亀さんのお家に伝わる様々な術が書かれている書の写しですよ」

「智虎と賢亀の家に伝わる様々な術……」

 

 俺はその内の一冊を手に取り、パラパラと捲ってみた。そして、書かれている術を試しに一つ暗唱してみたその時、俺の湯呑み茶碗が静かに震えだし、入っていた緑茶が徐々に量を増していった。俺は瞬時にやってしまったと思い、どうにか止めようとしたが、緑茶は飲み口のところまで上がったのを最後にその動きを止めた。

 

 ふぅ……何とか止まってくれて良かった……。

 

 その事に心の底から安堵していた時、俺はある違和感を覚えた。違和感を覚えた理由、それはさっきまで緑茶はホカホカと湯気を上げていた筈なのに、量が増えた後は全く湯気を上げていなかったからだ。

 

 ……つまり、増えたのは『緑茶』じゃなくて『水』って事か……。

 

 俺がその現象に目を奪われていると、天斗伯父さんがクスクスと笑いながら話を始めた。

 

「今、柚希君が体験した通り、この書達には玄武が司る『水』の力、そして白虎が司る『金』の力を持つ術が記されています。そして、その種類は今のように初歩的な物からとても強大な力を持つ物まで様々です。

……そしてこれらはそれ故に、必ず管理する者が必要となります。なのに、これがここにある理由……分かりますか? 賢亀さん」

 

 その時、この書達がここにある理由に気付き、賢亀がハッとした表情を浮かべると、天斗伯父さんはニコッと笑いながら話を続けた。

 

「そして私が驚いた理由、それは甲亀さんの思いと賢亀さんの思いが同じだったからです」

「つまり……僕はまだ修行を続けても良い。そして、ここにお世話になっても良い。……そういう事ですよね?」

「はい、その通りです」

 

 その天斗伯父さんの言葉を聴いた瞬間、とても嬉しそうな表情を浮かべながら、体の力が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 

「よ、良かったぁ……!」

「ふふ、良かったね、賢亀君」

「うんっ!」

 

 とても嬉しそうにしている賢亀達を見た後、俺は天斗伯父さんに話しかけた。

 

「『金』の力を持つ術の書もここにあるという事は、もしかして剛虎さんにも会いに行ったんですか?」

「いえ、私が甲亀さんのお宅を訪ね、賢亀さんの事をお話していた際、丁度剛虎さんも術書を持って甲亀さんのお宅を訪ねていらっしゃったんです」

「あ、そうだったんですね」

「はい。その後、剛虎さんもお話に参加し、剛虎さんが智虎さんの事を話題にした際、甲亀さんがこの家の事、そして柚希君に興味を示して下さったので、それらについてお話をしたのです。すると、甲亀さんは賢亀さんを旅に出した本当の理由を私達に話して下さったんです」

「本当の理由……ですか?」

「はい。実は……元々甲亀さんは賢亀さんをどなたかの元へ修行に出そうと考えていたのですが、賢亀さんのある点が気になり、急遽旅に出す事にしたそうです」

「ある点……」

「甲亀さんが気になった点、それは賢亀さんが自分自身の中にある玄武にとってとても良い個性に気付いていながら、それをただ放置していた事です」

 

 それを聞くと、賢亀は少し不思議そうに首を傾げた。

 

「玄武にとってとても良い個性、ですか……?」

「はい。そしてそれというのが、賢亀さん自身も自覚している性格―暢気な性格なのです」

「僕の暢気な性格が……玄武にとってとても良い個性……」

「はい。本来、術というものは心を静め、冷静な状態で使用するのが望ましい物です。そして、その中でも『水』の力というのは、他の力に比べて何かを形作る事には集中力を多く使う傾向があります。

因みにその理由は分かりますか?」

「えっと……『水』は他の力とは違い、形を次々と変えてしまうから、ですよね?」

「その通りです。『金』や『土』など元より形を持つ物、そして『火』のように留まりやすい物とは違い、『水』は受け止める物が無い場合、次々と形を変えてしまいますし、他の何かと同化をしてしまいがちな物でもあります。つまり、『水』の力を操るには、常に心を落ち着かせていられる事が望ましいのです」

「……なるほど、暢気な性格の人というのは、ある意味いつも心が落ち着いていると言っても良い。つまり、賢亀は『水』の力を操るには最適な性格の玄武である、という事ですね?」

「はい。ですが……賢亀さんは年のせいもあったせいか、その事に気付く様子は一切なかった。そこで、甲亀さんはあえてその事を賢亀さんに報せず、そして自分の性格に意識を向けやすいように旅の理由を性格の矯正という物にした上で旅に出したのだそうです」

「なるほど……でも、そんな考えがあって旅に出したのに、どうしてこの家に修行へ出す方に考えを変えたんですか?」

 

 俺が首を傾げながら訊くと、天斗伯父さんはクスクスと笑いながらそれに答えてくれた。

 

「実は……その理由というのが、どうやら柚希君の存在にあるらしいのです」

「え、俺……ですか?」

「はい。先日、剛虎さんにもお話ししましたが、柚希君はこの数年の間に様々なモノ達と絆を深めてきた実績、そしてそんな彼らを纏められるだけの実力があります。

甲亀さんはそんな力を持った柚希君ならば、賢亀さんのその個性を活かしつつ、新たな可能性を見出す事が出来ると考え、私達に賢亀さんを預けたいと申し出て下さったそうです」

「あ、そうだったんですね……」

 

 うーん……そう思ってもらえてるのは嬉しいけど、それと同じ分だけプレッシャーを感じるな……。

 

 その事に苦笑いを浮かべていると、智虎が少し不思議そうな様子で天斗伯父さんに話しかけた。

 

「そういえば……どうしてお父さんが持っていた筈の書を天斗さんが持っているのですか?」

「それなんですが……元々、剛虎さんは甲亀さんのお宅を訪れた後、智虎君にこの書達を渡すためにここを訪れる事にしていたらしいので、私達は剛虎さんと一緒に家の前まで来たのですが、丁度その時に剛虎さんのお宅に仕えている方が剛虎さんを捜しているのを見つけまして、剛虎さんと一緒に話を聞いてみたのです。

すると、どうやら剛虎さんでなければどうにも出来ない事が起きたとの事だったので、急遽私がその書達を預かる事となったのです」

「そう、なんですね……」

 

 理由を聞き、智虎がショボンとしていると、天斗伯父さんは優しい笑みを浮かべながら智虎に声を掛けた。

 

「大丈夫ですよ、智虎君。近い内、甲亀さんを誘って智虎君の様子を見にいらっしゃると帰り際に仰ってましたから」

「……そう、なんですか?」

「はい。剛虎さんは約束を違えない方なので、間違いないです」

 

 天斗伯父さんの言葉を聞くと、智虎はとても嬉しそうな表情を浮かべた。

 

 ……まあ、智虎は剛虎さんのような白虎になりたいと思ってるわけだし、こういう反応になるのは当然だよな。

 

 その様子にクスリと笑った後、俺は賢亀に声を掛けた。

 

「さて……賢亀、親御さんの許可も出たことだし、これでお前も正式に俺達の仲間入りだな」

「はい。まだまだ未熟ですが、精一杯頑張ろうと思います。これからよろしくお願いします」

「ああ。

よろしくな、賢亀」

「よろしくお願いしますね、賢亀君」

「よろしくね、賢亀君」

 

 賢亀と言葉を交わした後、俺はテーブルの上に置いていた『絆の書』を手に取り、俺の事や『絆の書』の事などについて、賢亀に説明した。そして話し終えると、賢亀はとても興味深そうな表情を浮かべた。

 

「……なるほど、この本にはそんな力があったんですね……」

「まあな。さてと、それじゃあそろそろ始めようぜ、賢亀」

「はい!」

 

 賢亀の返事を聞いた後、俺は『絆の書』の空白のページを開き、そのままテーブルの上に置いた。そして賢亀が前足を空白のページに置いたのを見た後、俺は左手で『ヒーリング・クリスタル』を握りながら、右手を空白のページへと置き、いつも通りのイメージを頭の中に浮かべた。

その後、体の奥に沸き立つ魔力が腕を伝って、右手の中心にある穴から『絆の書』へと流れていくイメージが無事に浮かんだ事を確認し、俺はそのまま静かに魔力を流し込んだ。

そして必要な量が流れ込んだ事を確認した後、俺は右手を静かに『絆の書』から離し、開いているページに視線を向けた。すると、そこには穏やかな清流の中心にある岩の上で真剣な表情を浮かべている賢亀の姿と玄武についての詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 ……よし、無事に完了っと。

 

 俺はその事に少しホッとした後、賢亀のページに魔力を注ぎ込んだ。そして『絆の書』から賢亀が出て来た後、俺は賢亀に声を掛けた。

 

「賢亀、向こうの様子はどうだ?」

「はい。柚希さんのお話通り、とても綺麗な場所ですし、霊力とかの流れも良いので、スゴく居心地の良い場所だと思いました」

「ふふ、それなら良かったよ」

 

 賢亀の感想に返事をしながら『絆の書』を再び手に取った後、俺は静かに『絆の書』を閉じた。そして、すっかり冷たくなった緑茶を一気に飲み干した後、智虎と賢亀に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあ食器を片付けた後、賢亀が仲間に加わった事を皆に報告しに行くか」

「はい!」

「分かりました」

 

 智虎達の返事に頷いて答えた後、俺は賢亀を智虎の頭の上に載せてから自分達の食器を手に取った。すると、天斗伯父さんは突然クスクスと笑いながら俺に話し掛けてきた。

 

「柚希君、後片付けは私がやっておきますので、柚希君は智虎君達と一緒に皆さんの所へ行って来て下さい」

「え……でも、天斗伯父さんはさっきまで出掛けていたから疲れてるんじゃ……」

「ふふ、このくらい疲れの内に入りませんよ。なので、柚希君達は早く皆さんにこの事を伝えてあげて下さい」

「天斗伯父さん……分かりました、それじゃあお言葉に甘えさせてもらいます」

 

 天斗伯父さんに向かって静かに頭を下げた後、手に持っていた食器をテーブルの上に戻し、椅子に座っていた智虎を静かに床へと下ろした。そして『絆の書』を手に取った後、智虎達に声を掛けた。

 

「よし、それじゃあ早速行こうぜ、智虎、賢亀」

「はい!」

「はい」

 

 智虎達が声を揃えて返事をするのを聞いた後、俺達は他の皆の所へ向けて歩き始めた。智虎達が発する外の寒さにも冷めてしまった緑茶にも負けないほど温かい絆の波動を感じながら。




政実「第13話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回は玄武……って事は、次回はアイツかな?」
政実「まあ、それに関しては次回のお楽しみという事で」
柚希「分かった。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「よし、それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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THIRTEENTH AFTER STORY 静かな冬と決意の玄武

政実「どうも、冬は暖房の前から離れられない片倉政実です」
賢亀「どうも、玄武の賢亀です」
政実「という事で、今回は賢亀のAFTER STORYです」
賢亀「今回は僕かぁ……どんな話になるかは読んでからのお楽しみで良いんですよね?」
政実「うん、そうだね」
賢亀「わかりました。さて……それじゃあそろそろ始めていきましょうか」
政実「うん」
政実・賢亀「それでは、THIRTEENTH AFTER STORYをどうぞ」


「はふぅ……」

「ふぅ……」

「ほわぁ……」

 

 外で雪が降り積もり、外の寒さで廊下も冷え冷えとしているある冬の日、庭で雪女の雪花さんとオルトロスのオルト君が楽しそうに遊び回る中、僕はヒーターの前に作られたスペースでのんびりとしていた。

その傍では鎌鼬の風之真さんと夜雀の鈴音さんもホースから出てくるヒーターの暖気にほわんとした表情を浮かべており、その表情から二人も幸せを感じているのがハッキリと見て取れた。

 

「はぁ……やっぱりここでのんびりするのは良いなぁ」

「違ぇねぇな……雪花とオルトは外ではしゃいで、義智の旦那や蒼牙の旦那はこの寒さも修行の一つだって言って和室にいるが、俺達は寒さには弱ぇから、ここにいるのが一番だな」

「だねぇ……でも、賢亀(イェングィ)は四神の玄武とはいえ、乾燥には弱い亀なのにここに一緒にいて良いの?」

「それは大丈夫ですよぉ……術を使って乾燥しすぎないようにしてますし、僕達玄武は冬を司ってはいますけど、寒すぎたら冬眠状態になっちゃうので……」

「あー……そういや、そんな状態になっていた時に柚希の旦那達と出会ったんだったよな」

「はい……あのまま見つけてもらえなかったら、ずっと雪の中で埋まっていたり気付かずに踏まれたりしていたかもしれないので、智虎君とオルト君に見つけてもらえて本当に良かったです」

 

 ホースから流れてくる暖気でぽかぽかとしながら僕はここにお世話になる事になった経緯を想起した。

四神の一体である玄武のお父さんの末っ子として生まれた僕は同じ四神の子供として生まれた智虎君や他の子達と一緒にお父さん達を束ねる黄龍の煌龍様の命で四神として成長するための修行をする事になった。

修行の方法についてはそれぞれに任せられていたため、僕は父さんから修行の内容を告げられたけれど、父さんが決めたのは玄武である僕には向いていないと言える旅だった。

どうして父さんが修行の方法として旅を指示したのかはわからなかったけれど、それを断る理由も無かったし、その旅を通じて僕の暢気すぎる性格を少しでも変えられるかもしれないと思ったので、僕は父さんからの指示に従って旅を始めた。

玄武というモノの特徴上、動きが遅い事から色々な場所を巡るのは本当に骨が折れ、大変だと思う度に父さんがどうして僕に旅を指示したのだろうと不思議に感じていた。

そして、旅を始めて数ヶ月後にこの街に辿り着き、空からはらはらと降る雪と冬の寒さに辛さを感じながら歩いていたけれど、その途中で遂に眠くなり、冬眠状態に入って雪に埋もれていたところを発見してくれたのが智虎君とオルト君、そして転生者であり神様の甥っ子でもある柚希さんだった。

柚希さん達に助けられて遠野家に保護された後、父さん達の知り合いであり神様でもある天斗さんが父さんのところへ行っている間に僕は智虎君の変わり様や様々なモノ達が一つの場所で協力し合ったり仲睦まじく暮らしたりしている姿に驚かされ、それと同時にここで僕も一緒に暮らしてみたいと感じた。

その後、父さんが僕に旅を指示した理由やこの遠野家で智虎君や柚希さん達と一緒に暮らす事について許された事で僕は智虎君と同じように柚希さんにトレーナー役を務めてもらえる事になったのだった。

 

 ……今思えば、あの時柚希さん達に偶然見つけてもらえてなかったら、本当にあのまま春まで埋もれてたかもしれないし、その分、みんなよりも修行の期間も短くなっていたはずだ。

それが原因で父さんや煌龍様を失望させたり智虎君達に心配をかけたりしたかもしれないし、見つけてもらえたのは本当によかったなぁ。

 

 嬉しさと安心感で胸の奥もぽかぽかしてくるのを感じていた時、リビングのドアがゆっくりと開き、柚希さんと智虎君が中へと入ってきた。

 

「あ、柚希さんに智虎君」

「よっ、賢亀。そのスペースはやっぱり落ち着くか?」

「はい、ここにいると居住空間にいなくても寒くなくて良いですし、風之真さん達ともお話出来て楽しいです」

「ふふ、賢亀君は冬を司る玄武ではあるけど、春に陽に当たりながらのんびりしたり夏に水の中にいて涼んだりする方が好きだからね。まあ、僕も冬よりは春や秋の方が好きだけど」

「俺も春や秋の方が良いかねぇ……夏も冬も美味ぇ食い物は多いが、夏は暑くてかなわねぇし冬も寒くて凍えちまうからな」

「ボクも冬は苦手だけど、夏は好きだよ。夜の涼しい時に飛んでみるのもまた乙な物だからね。柚希はどう?」

「俺か? 俺はどの季節でも好きだぜ? 春は桜の花を愛でられるし夏は暑い中で飲む冷たい飲み物が最高だし、秋はサツマイモや栗が美味いし冬は雪で色々作って遊べるからな」

「なるほどねぇ……まあでも、冬の楽しさは庭で遊んでるアイツらが一番知ってそうだな」

 

 そう言いながら風之真さんが庭に視線を向けるのに合わせて僕達も庭で遊ぶ雪花さんとオルト君に視線を向けると、柚希さんは二人の様子を見ながらクスリと笑った。

 

「たしかにな。毛皮でモフモフなオルトに冬が本番みたいな雪花だから、この寒さも気にせずに遊べるのは羨ましい限りだな」

「たしかにねぇ……冬が近くなったらいつ雪が降るか聞きに来るくらいだし、あの二人が一番冬を楽しんでると思うよ」

「へへ、違ぇねぇな。まあ、人生ってのはそういう物でありてぇしあるべきだからな。生き急ぐよりものんびりのんきにいた方が俺としては楽しいと思うぜ?」

「のんびりのんきに……たしかにそうですね。僕は自分ののんきな性格を直したいと思っていましたけど、そののんきさが玄武にとってはとても良い物で、そんな自分を受け入れた上でどっしりと構えて皆さんのサポートをしていけたら良いなと思います」

「ふふ、そうだな。無理に性格を変えようとしても良い事は無いし、その賢亀の性質が歓迎される物ならやっぱりそのままで良いんだよ。ウチにはその程度の事で目くじらを立てるような奴はいないし、なんだったら俺だってのんきなところはあるしな」

「たしかに……義智さんからも少しのんきすぎると言われている時もありますからね。僕達はあまり気にしてませんでしたけど……」

「はっはっは! 義智の旦那はちっと細けぇとこがあるからな。細けぇ事ばっか言ってると、その内、細けぇシワばかりに──」

「風之真。そういう事を言ってると、また義智に聞かれて酷い目に遭うぞ?」

 

 柚希さんが呆れ顔で(たしな)めると、風之真は口を押さえながらニヤリと笑う。

 

「おっと、いけねぇ。二年前の冬にあったあれの再来は勘弁してもらいてぇし、ここらで止めとくかね。だが、賢亀はのんきなままで良いと思うぜ。のんきすぎても良くはねぇが、賢亀程なら問題ねぇし、何かあった時の頭脳の一人として信頼出来るからな」

「そうだね。ボクや風之真、オルトは結構せっかちなところがあるし、義智さんや蒼牙みたいに落ち着いて判断出来るメンバーが増えてくれるのは本当にありがたいよ。その分、ボク達も協力して何かをする時に安心しながら行動出来るしね」

「だな。俺も相談相手が増えるのは嬉しいよ。まあ、風之真達も相談相手としてすごく信頼してるけどな」

「へへ、ありがとな。まあとりあえず、賢亀はそのままでいてくれや。頭脳派が増えるのは実に良い事だが、ウチの頭脳派達の中でも賢亀みてぇにあまり焦らずに物事を考えられる奴は貴重だからな」

「はい、もちろんです。今はまだ修行途中の未熟者ですけど、父さんのような立派な玄武になりたいと思っていますし、智虎君と一緒にいっぱい修行をして、お世話になっている皆さんのお役に立てるように頑張ります」

「これからも一緒に頑張ろうね、賢亀君」

「うん」

 

 微笑みながら言う智虎君の言葉に僕は頷きながら答えた。僕も智虎君もまだまだ修行が足りない子供で今のままだと煌龍様からも父さん達からも一人前の四神として認めてはもらえないだろう。

それに、修行をしっかりとしないと僕達と同じく修行を積んでいる彼らにだって失礼だし、きっと呆れられてしまうに違いない。だからこそ、しっかりと修行を積んで父さんや煌龍様、彼らや智虎君、そして柚希さん達にも胸を張っていられる自分であろう。

今はまだちっぽけでもそれが出来るようになった頃にはきっと大きくて強い自分になれているだろうから。

 

 そのためにも一歩ずつ前に進む事を忘れずにいよう。僕だけだとその歩みは本当に遅いかもしれないけど、手伝ってくれる人や一緒に歩いてくれる人が傍にいてくれるのだから。

 

 みんなとのこれからを想像して静かにやる気を高めていると、庭で遊んでいたはずの雪花さんとオルト君の姿はいつの間にか無くなっており、玄関のドアが開く音が聞こえると同時に雪花さん達の声も聞こえてきた。

 

「みんな、たっだいまー! いやぁ、本当に楽しかったぁー!」

「ただいまー! 柚希兄ちゃーん、ブラッシングしてー!」

「……アイツら、普段から元気だけど、冬はもっと元気いっぱいだよな」

「へへっ、違ぇねぇや。だが、元気なのが良いのは間違いねぇし、オルトも俺達みてぇに柚希の旦那達ともしっかり話せるようになれるくれぇ成長してる。まったく、ガキの成長の早さときたら目を見張るばかりだねぇ」

「ふふ、兄貴分としてはやっぱり弟分の成長は嬉しいみたいだな。だけど、俺達だってまだまだ成長の途中の子供だし、これからもっと伸びていける。だから、俺達もオルト達に負けないように日々成長していこうぜ、風之真」

「おうよ、柚希の旦那!」

 

 柚希さんと風之真さんは笑い合いながら拳をぶつけ合い、その姿に僕は羨ましさを感じると同時に更にやる気を高め、智虎君に視線を向けた。

智虎君はその視線に気付いた様子で僕に顔を向けると、視線の意図がわかっているらしく、やる気満々な表情を浮かべながら頷き、僕もそれに対して頷き返した。

そして、雪花さんとオルト君がリビングに入ってきて柚希さん達が二人と話を始める中、僕はそれに混ざりながらこれからの修行についてやる気を高めていった。




政実「THIRTEENTH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
賢亀「今回は日常回も兼ねた感じでしたね」
政実「そうだね。悩みの解決回や日常回だけでも良いけど、時にはこういうのもありかなと思ってるし、少しずつ増やす予定だよ」
賢亀「わかりました。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
賢亀「はい」
政実・賢亀「それでは、また次回」


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第14話 芽吹きの季節の青き龍

政実「どうも、一番好きな花は桜、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。確かに桜は綺麗だし、春っぽいから良いよな」
政実「うん。それに桜の花弁がひらひらと舞う様子を見てると、春が来たんだなぁって感じがして、何だか和やかな気持ちになるんだよね……」
柚希「確かにそうかもな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第14話をどうぞ」


 山の動物達や樹木達が次々と目覚め、様々な香りや声に満ち溢れる季節、春。そんな春の穏やかな気候の中、俺はいつものように夕士と長谷の二人と一緒に学校へ向けて歩いていた。

 

「それにしても……俺達ももう四年生なんだな……」

「そうだな。小学生生活も後半戦なわけだし、色々と気を引き締めていかないとな」

「ああ。来年から高学年になるという意識を持っていないと、後輩達に示しが付かないからな」

 

 長谷が静かに言うと、夕士は晴れ渡った青空を見上げながらポツリと呟くような声で言った。

 

「高学年かぁ……何だか来年の事とは言え、まだ実感が湧かないよなぁ……」

「確かにそうだな。けど、時間は待ってくれないし、早め早めにその自覚を持っておいた方が良いと思うぜ?」

「んー……まあ、確かにそうかもな」

 

 のんびりとした様子で答える夕士の声を聞きながら、俺は道中に植えられている桜の木に視線を向けた。桜の木は時折吹く風に揺れつつ、サワサワサワという音を立てると、俺達や道に向かって花弁(はなびら)を降らせ、瞬く間に桃色の川を作り出していった。

 

 うん、何か春らしい風流な感じで良いな。

 

 そんな事を考えていた時、俺は咲き誇る花達の中に一つだけ、まだ蕾のままになっている物を見つけた。

 

 ……あれ、まだ蕾なのもあるのか。まあでも、こんなに暖かいんだし、数日の間に咲くよな。

 

 そう思い、蕾から視線を外そうとしたその時、近くから微かな霊力と神力、そして智虎や賢亀と同じような気配を感じた。

 

 霊力と神力、それにこの気配は……。

 

 俺が気配などの出所を探ろうとした時、蕾が突然ゆっくりと開き、他の花々と同様に微かな香りを放ちながら綺麗に咲き始めた。

 

 ……花が突然咲いたって事は、どうやら間違いないみたいだな。

 

 俺が気配などの主について大体の目星を付けていたその時、隣から夕士の不思議そうな声が聞こえてきた。

 

「柚希……? あの桜の木がどうかしたのか?」

「ん……いや、今年も桜が綺麗だなぁと思ってただけだよ」

「ふーん、そっか。確かに桜って綺麗だもんな」

 

 どうやら俺の答えに納得してくれたらしく、夕士の顔から不思議そうな様子は消え、咲き誇る桜の花々や降り注ぐ花弁のシャワーへと興味が移ったようだった。

 

 まあ、まだ夕士達には正直に言う必要は無いから、コイツらにはこれで良いとして……この気配とかについては後で智虎達と一緒に確認しに来た方が良さそうだな。

 

 心の中でそう決めた後、俺は学校へ向けて歩きつつ、再び夕士達の会話に混ざっていった。

 

 

 

 

「ふぅ……ようやく今日も終わったなぁ……」

「いや、何か疲れたように言ってるけど、実際は始業式に出て来ただけだからな?」

 

 学校からの帰り道、夕士が疲れたように言うのに対して、俺が静かにツッコミを入れると、夕士は頭の後ろに両手を当てながら言葉を返してきた。

 

「そうだけどさ、始業式での校長先生の話が長かったから、ちょっと疲れたんだよ……」

「……まあ、確かにそうだけどな」

「確かにそれについては否定できないな」

 

 夕士の言葉に俺と長谷は静かに頷きながら答えた。夕士の言葉通り、ウチの学校の校長先生も校長先生というものの例に漏れず、中々話が長い人なため、始業式が終わった後の教室ではわりと校長先生の話の長さについてクラスメートが文句を言っていたりする。

 

『校長先生の話が何故か長い』

これはある意味学校の七不思議並みの謎なんじゃないかな……。

 

 そんな事を考えていた時、俺達は今朝霊力と神力を感じた場所まで来ていた。

 

 ……今は特に気配とかは感じないけど、まだ近くにいたりするのかな……?

 

 そんな事を考えつつ、周囲の霊力などを詳しく探ろうとしたその時、俺の視界に今朝見たのとは違う桜の木が入ってきた。しかし、その桜の木は他の物とは種類が違うためか、咲いている物よりも蕾ばかりが目立っていた。

 

「……あれ、これはまだあまり咲いてないな」

「え……あ、本当だ。何でだろ?」

「おそらくだが、他のとは種類が違うから、開花時期がズレてるんじゃないのか?」

「あー……なるほどな」

 

 俺達がその桜の木について話をしていたその時、今朝感じた物と同じ気配、そして霊力と神力を近くから感じた。

 

 ……やっぱりいたか。でも、一体どこに……?

 

 気配の主の居所を探るため、俺が周囲の霊力や神力などに注意を向けていると、桜の様子を見ていた夕士達が何かに気付いたように突然声を上げた。

 

「……ん? あの辺……さっき咲いてたっけ?」

「いや……さっきは蕾だったはずだが……?」

 

 夕士達の視線の先に俺も視線を向けてみると、そこにはさっきまで蕾だった桜が満開に咲き誇り、快晴の青空の下で綺麗な桃色を主張しつつ、微かな香りを漂わせていた。

 

 ふむ……俺達の会話でも聞いてたのかな……? でも、だとしたらまだ近くにはいる筈なんだけど……。

 

 不思議に思いながらまた周囲の霊力などを探ろうとしたその時、俺はある事を思いついた。

 

 ……そうだ、相手が相手だし、ここはアイツらの力を借りてみるか。

 

 俺はこっそり夕士達に背中を向けた後、ランドセルから『絆の書』を取りだし、智虎と賢亀のページに魔力を注ぎ込んだ。そして、智虎達が神力によって姿を隠した状態で俺の肩の上に現れたのを確認した後、俺は智虎達に神力を通じて声を掛けた。

 

『智虎、賢亀。ちょっと力を貸してもらっても良いか?』

『はい。それは別に大丈夫ですけど……』

『何かあったんで……』

 

 その時、智虎達は何かに気付いた様子を見せると、周囲をキョロキョロと見回し始めた。

 

『……あれ? この気配は……』

『……うん、間違いなく護龍(フゥーロン)君の気配だよね……?』

『うん……そうだと思うけど……?』

 

 智虎達は不思議そうに周囲を見回した後、再び何かに気付いたような表情を浮かべると、俺に話し掛けてきた。

 

『もしかして、力を貸して欲しいっていうのは……』

『護龍君の事を捜して欲しいっていう事ですか?』

『ああ。たぶん、その護龍って奴は近くで俺達の事を見てるんだと思うんだけど、初対面の俺や夕士達の事を警戒して、こっちから捜しても中々姿を現してくれない気がする。

そこで同じ四神のお前達に呼びかけてもらって、少しでも警戒心を解いてもらおうと考えてたんだが、お前達の様子からするに、この気配の主はお前達の友達なんだよな?』

『はい。僕達と同じ四神で、とても頼りになる子ですよ』

『うんうん、そうだよね。とても勇敢だし落ち着いてるし、僕達の中のリーダーみたいなものだもんね』

『うん。ただ……ちょっと頭の固い所もありますし、人見知りとかではないんですが初めて会う人への警戒心も僕達以上なんですよね……』

『なるほどな……でも、友達であるお前達に呼びかけられれば、流石に少しは警戒心を解いてくれるとは思うんだ。だから、今みたいに神力や霊力を通じて、その護龍に呼びかけてみてくれないか?』

『……分かりました』

『出来る限りやってみますね』

『ああ、頼む』

 

 智虎達へ頼んだ後、俺は再び夕士達の方へと注意を向けた。しかし、夕士達は護龍の力で突如咲いた桜に目を奪われていたらしく、俺の動きには少しも気付いていない様子だった。

 

 ふぅ……良かった。けど、ここにずっといてもしょうが無いし、とりあえずまた歩き始めないとな。

 

 智虎達が護龍に呼び掛ける声を聞きつつ、俺は夕士達に声を掛けた。

 

「さてと……それじゃあそろそろ行こうぜ、二人とも。確かにそれは気になるけど、このままここにずっといても腹が減りそうだからさ」

「ん……確かにそうだな」

「ああ。それに、これは俺達には解決できるような物でも無さそうだし、とりあえず不思議な事があったという思い出として記憶に残してた方が良さそうだからな」

「そうだな」

「うっし……それじゃあ行こうぜ、二人とも!」

「ああ」

「分かった」

 

 夕士の元気の良い声に頷きながら答えた後、俺達は再び各々の家に向けて歩きつつ、他愛ない会話を始めた。

 

 さて……智虎達の方はどうかな?

 

 夕士達の会話を聞きつつ、俺は智虎達に声を掛けた。

 

『智虎、賢亀。調子はどうだ?』

『えっと……正直なところ、良くはないですね……』

『一応、何度も呼びかけてはいるんですけど、まったく応えてくれないばかりか、姿すら見せてくれなくて……』

『そっか……やっぱり俺達がいるから、警戒して出て来ないのかな……?』

『うーん……もしかしたらそうかもしれませんね』

『僕達も最初の頃はとっても警戒されてましたから……』

『うーん……なるほどな……』

 

 となると、何か新しい方法を考えないといけないな……でも、一体どうしたら……?

 

 俺が次の作戦について考え始めようとしたその時、

 

『……あ、そうだ……!』

 

 智虎が何かを思い出したように声を上げた。

 

『ん? どうかしたのか?』

『護龍君は植物がとっても好きなので、何か目を引くような植物があればそれに興味を持ってくれるかもしれません……!』

『目を引くような植物……か。でも、この辺に目を引くような植物なんて……』

 

 その時、俺はある事を思い出した。

 

『……あ、そうだ。それがあったか……!』

『え、何か目を引くような植物がありましたか?』

『ああ。少し前にこころ達、ガーデニング組が庭に花を植えてただろ?』

『あー……そういえば、そうでしたね。確か天斗さんが花の神様などから贈り物として貰ったものだったような……』

『その通りだ。加えて、あれは俺達もあまり見たことが無い花ばかりだった。という事は、その護龍って奴も興味を持つんじゃないかな思ってな』

『なるほど、確かにそうですね』

『護龍君は植物ならずっと見ていられるって前に言っていた程、植物が好きなはずなので、絶対に興味を持ってくれると思います』

『分かった。それじゃあお前達はこのまま護龍の霊力と神力に注意を払いつつ、聞こえそうな声で植物の話題を出し続けてくれるか?』

『分かりました』

『了解です』

 

 智虎達の返事に頷いた後、俺は再び夕士達の会話に混ざり、午後から遊ぶ約束などをしながら家に向かって歩き始めた。そして、夕士達と別れ、智虎達と一緒に家に帰ってきた後、俺達は件の花達が咲いている庭へとやって来た。

件の花達はガーデニング組の世話の甲斐もあって、太陽に向かって元気に咲き誇っていた。

 ……よし、護龍もしっかりと付いてきてるみたいだし、後は……。

 

 俺は静かに息を吸った後、周囲に聞こえそうな声で賢亀に声を掛けた。

 

「さぁ-てと……賢亀、花に水をやらなきゃないから、ちょっと手伝ってくれるか?」

「あ、はい」

 

 賢亀の返事を聞いた後、俺は『絆の書』の賢亀のページを開き、いつもよりも多くの魔力を注ぎ込み、賢亀との同調を開始した。そして、俺の中に賢亀の水の力が宿った事を確認した後、俺は右手を花達へと翳し、水圧を少々強めに設定した状態で右手に水の魔力を溜め始めた。

 

「……え!? ゆ、柚希さん!?」

「柚希さん! その量だと花が千切れちゃいますよ?!」

 

 俺のその様子に智虎達が焦ったように声を上げ始めたのを見て、俺は左手の人差し指を立て、静かにするように合図をした。そして、智虎達が戸惑いながら口を閉じたのを確認し、俺は“ただ水の魔力を右手に溜め続けていた”その時だった。

 

「ま……待て! そこの人間!」

 

 少し焦ったような声を上げながら、青みがかった緑色の体の小さな龍が俺の目の前に立ちはだかった。その龍の目からは花を守ろうとする強い意志と花に危害を加えようものならば今にも襲いかかろうとする決意の色が浮かんでいた。

 

 ……よし、そろそろ良いかな。

 

 俺はクスッと笑った後、水が細かい粒状になるように発射方法を変えつつ、右手を斜め上へと向け、そのまま発射した。すると、放たれた水達は緩やかな曲線を描きつつ、太陽の光を反射してキラキラと輝きながら次々と静かに花達へと降り注いだ。

 

「……は?」

「え……?」

「……あれ?」

 

 俺のその行動に智虎達はポカンとした表情を浮かべながらそんな声を上げていたが、俺はそのまま放水を続けた。

 

 ……うん、こんなもんかな。

 

 土の湿り具合や花達の波動の様子からだいたいの見当を付けた後、俺は放水をゆっくりと止め、完全に止まってから賢亀との同調を解いた。

 

 ……ふぅ、やっぱり同調はそれなりに力を使うな……。

 

 そんな事を考えつつ、右手に付いている水滴を払っていると、智虎がポカンとした表情のままで声を掛けてきた。

 

「えーと……柚希さん? もしかして、最初から花に水をあげる気だったんですか?」

「まあ、半分はそうだな。そして、もう半分はコイツを誘き出すためだよ」

「……私を誘き出すため、だと……?」

「ああ。お前が植物好きなのは智虎達から聞いてたから、家に咲いてる花の苗の花をしたら絶対に食い付くし、花達に危険が及べばすぐにでも駆け付けると思ってたからな」

「ぐ……! 実際、その通りであったため、反論のしようが無い……!」

 

 俺の言葉を聞き、龍が悔しそうな声を上げた。

 

 ……まあ、流石に悔しいだろうな、俺だってあそこまですんなりと行くとは思ってなかったし……。

 

 俺は少し苦笑いを浮かべつつ、悔しそうな表情を浮かべている龍に声を掛けた。

 

「さて……お前は智虎達の友達の『青龍』の護龍で良いんだよな?」

「……いかにも、私は『青龍』の護龍。黄龍様のご指示により、この世のあらゆる場所を旅している者だ」

 

 護龍はさっきまでの悔しそうな表情とは打って変わって、四神らしい凜々しい表情で答えた。

 

 

『青龍』

 

中国に伝わる四神の一体で、東方を守護し、五行思想においては木を司る神獣。他の四神同様、様々な物語やゲームなどに登場しているため、中国のみならず世界中でその名が知られている龍の一体とも言える。

 

 

 ……まあ、今のは四神らしいと言えば四神らしい感じだったな。

話し方も何だか厳かな感じだし……。

 

 そんな事を考えながら、俺が護龍の様子を見ていた時、智虎が不思議そうな表情を浮かべながら護龍に声を掛けた。

 

「ところで……何で護龍君がここにいるの?」

「それはだな……」

 

 護龍が静かに語り始めようとしたその時、俺達の背後からとても穏やかな声が聞こえてきた。

 

「……おや? 柚希君達、帰っていたんですね」

 

 振り向いてみると、そこには買い物袋を持って優しい笑みを浮かべている天斗伯父さんの姿があった。

 

「あ、天斗伯父さん、ただ今戻りました」

「天斗さん、ただ今戻りました」

「ただ今戻りました、天斗さん」

「はい、おかえりなさい、皆さん。そしてそちらにいるのは、もしや……?」

「あ、はい。智虎達の友達で青龍の護龍と言うそうです」

「ふふ、やはりそうでしたか」

 

 天斗伯父さんが穏やかな表情を浮かべながら言っていると、護龍は再びポカンとした表情を浮かべながら、静かに声を上げた。

 

「……あの方が、父上の御友人である天斗殿、なのか……」

「ああ。まあ、今は人間の姿をしてるけど、普段はしっかりと神様としての仕事もこなしつつ、人間としての仕事もこなすスゴい人なんだ」

「ふむ、なるほどな……。して、おま──いや、貴方は天斗殿の甥殿という事か」

「そう。俺は遠野柚希、様々なモノ達と暮らしつつ、智虎達のトレーナー役もやってる転生者だよ」

「……なるほど、智虎達のトレーナーか……」

 

 俺の言葉を聞くと、護龍が少し暗い表情を浮かべながらポツリと呟いた。

 

 ん……? もしかしてコイツ、旅の最中で何かあったのかな……?

 

 その事が気になり、俺がちょっと訊いてみようとしたその時、護龍は決意を固めたような表情を浮かべると、天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「天斗殿、少々お話ししたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「あ、はい。それは別に構いませんが、どうかしましたか? 護龍君」

「それは……」

 

 そして護龍が話し始めようとした時、護龍の腹から少し大きな音が聞こえてきた。

 

 あ……これはまさか……。

 

「護龍、もしかして……腹が減ったのか?」

「……はい。実は朝から何も食べていなかったもので……」

「そっか。それじゃあ、今日の所はウチで食べて行きなよ。修行のための旅の最中だと、あまりのんびりと食べられる機会も少ないだろうからさ」

「それは助かりますが……本当によろしいのですか?」

「ああ。天斗伯父さん、大丈夫ですよね?」

「はい。智虎君達の御友人が困っているところを放ってはおけませんからね」

「柚希殿……天斗殿……誠に(かたじけな)いです……」

「どういたしまして。さてと……それじゃあそろそろ中へと入りましょうか」

「そうですね。それでは、柚希君。お昼ご飯のお手伝いをお願いしますね」

「分かりました」

 

 天斗伯父さんの言葉に頷きながら答えた後、俺達は昼食のために家の中へと入っていった。

 

 

 

 

『いただきます』

 

 昼食を作り終えた後、俺達はいつも通りの席へと座り、声を揃えて食事の挨拶をしてから昼食を食べ始めた。今日の昼食は和風メインのため、鰹と昆布の香りが漂ううどんと天斗伯父さんが貰ってきた稲荷寿司と漬け物、さして少し熱めに淹れた緑茶が並んでいた。

 

……うん、このメニューならそれなりに腹には溜まるはずだ。

 

 うどんの汁を啜りつつそんな事を考えていると、出汁に使った鰹と昆布の香りが口から鼻の方へスーッと突き抜けていったため、味覚と嗅覚の2つでうどんの旨味を感じることが出来た。

 

 さて……護龍の方はどうかな?

 

 俺はうどんの入った器を静かに置いた後、護龍の方へと視線を向けた。護龍は智虎達と時折話をしつつ、静かに昼食を食べていたが、その表情にはゆったりと出来ている事による安心感と智虎達と会えた事の喜びの色が浮かんでいた。

 

 うん、どうやらゆっくりはしてくれてるみたいだし、そろそろ護龍に話を聞いてみるとするか。

 

「なぁ、護龍。そろそろお前がここにいる理由を教えてもらっても良いか?」

「……む、そういえばまだ皆さんにはお話していませんでしたな。

それでは、お話させて頂きます」

 

護龍は俺達の方へ体を向けた後、静かにここまでの経緯について話し始めた。

 

「黄龍様のご指示があった後、私は父上に呼び出され、旅に関する指示を受けました。そしてその指示というのが、まずは見識を深めるための旅に出、見識がそれなりに深まったと自分自身で感じた後、自分自身がこの方ならばと感じた方のお世話になり、自分自身の『木』の力を高める修行を積め、という物でした」

「旅に出るだけじゃなく、その後にトレーナーになってくれる人を自分で捜さないといけないなんて……何だか智虎君達よりも難しい事をしてるような……」

「……確かにそのようですが、この修行の方法については各々で決め、そしてこなしていくもの。この事について、私は文句などを言う気はありません」

 

 護龍がカッチリとした答え方をしていると、風之真が少々腑に落ちない様子で首を傾げた。

 

「んー……なーんか固ぇなぁ……」

「固い……とは?」

「おめぇの話し方だよ。おめぇの話し方を聞いてっとな、なーんかこう……智虎達と同じ歳ってぇ感じがしねぇんだよなぁ……」

「……なるほど、そういう事でしたか……。この話し方なのですが、実は父上の話し方が移った物でして、度々直そうとはしているのですが……どうにも直らないため、今でもこの話し方になっているのです……」

「あー……そういう事なら仕方ねぇよな。俺も兄貴の話し方が移った結果、こんな話し方になっちまったわけだしなぁ……」

「そうなのですか?」

「ああ。だが、この話し方は気に入ってるし、兄貴との繋がりみてぇなもんだと思ってるから直す気はさらさらねぇけどな」

「……移った話し方も、家族との繋がりとなり得る……」

 

 護龍は呟くような声で独り言ちた後、少し淋しそうな表情を浮かべた。

 

 護龍、もしかして……。

 

 俺はその事について訊こうとしたが、護龍はすぐに真剣な表情へと戻ると、話の続きを始めた。

 

「……失敬、話を続けます。そして父上の指示を受けた後、私は様々な場所を旅しました。見た事の無い獣達が住む場所や様々な文化が共存する場所などもあり、私はそこで様々な事を見聞きし、知識を増やしていきました。

そして、私の『木』の力も高まってきた頃、そろそろどなたかのお世話になろうと考え始めたのですが……旅の最中は他の方には殆ど出会えず、修行をつけて頂けるような方も知らなかったため、私はどうしたものかと途方に暮れていました。

しかしその時、私は父上から以前天斗殿のお話を聞いていた事を思い出し、微かな記憶を頼りにしながら、この地へと渡り、柚希殿達と出会った結果、今に至るというわけです」

 

 護龍がそう話を締めくくると、雪花が少し不思議そうな表情を浮かべながら護龍に声を掛けた。

 

「でも、どうして天斗さんに会いに来たの?」

「天斗殿は神々のみならず、様々な方々と親交を深めていらっしゃる方なので、どなたか『木』の力に精通している方を紹介頂ければと思い、本日こちらを訪ねたのです」

 

 護龍が静かな声で理由を話すと、天斗伯父さんは少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら答えた。

 

「『木』の力に精通している方……確かに何名か心当たりはありますが、どなたも遠くに住んでいらっしゃいますし、何よりそういった弟子を取る事などにはあまり興味を持っていない方ばかりですので……」

「そう、ですか……」

 

 天斗伯父さんの言葉に護龍はとても落胆したようだったが、天斗伯父さんは俺の事をチラリと見てクスッと笑った後、護龍に話し掛けた。

 

「護龍君、『木』の力に精通している方に関しては先程申し上げたとおりですが、その他の力──霊力や魔力といった様々な力に精通し、且つ我々のような存在への関心が高い方ならここにいますよ?」

「ここに……ですか?」

「ええ。そうですよね、柚希君?」

「あ……やっぱりそうでしたか」

 

 天斗伯父さんの言葉に俺が苦笑いを浮かべていると、護龍が少し大きな音が不思議そうな表情を浮かべながら天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「柚希殿……ですか。あ……そういえば先程、賢亀の『水』の力を自在に操っておられましたね。流石に仕組みまでは分かりませんでしたが……」

「あ、さっきお前を引っかけた時の奴だな。でもアレは俺の力だけじゃなく、賢亀の協力があって出来た奴だよ」

「賢亀の協力……そういえば庭先でお会いした時、智虎達のトレーナーでもあると仰ってましたね」

「ああ。まあ、俺自身もまだまだ修行中みたいなもんだから、正確にはトレーナーとは言えないかもしれないけど、剛虎さんと甲亀さんから預かってる身として、精一杯一緒に頑張ってるつもりだよ。

たとえ、人間と神獣という別の種族同士だとしてもな」

「別の種族同士が……共に頑張り合う……」

 

 俺の言葉を聞き、護龍が呟くような声で独り言ちていると、智虎がふと時計をチラリと見た。そして何かに気付いたような表情を浮かべた後、智虎が話し掛けてきた。

 

「柚希さん、そろそろ夕士さん達との約束の時間じゃないですか?」

「……え?」

 

 智虎にそう言われたため、壁掛け時計に目を向けてみると、時計の針は約束をしていた時間の丁度15分前くらいを指していた。

 

 ……おっと、いけないいけない。智虎に言われなかったら、気付かないところだったな。

 

 俺はニッと笑いながら、智虎の頭を撫でつつお礼を言った。

 

「ありがとうな、智虎」

「ふふっ、どういたしまして」

 

 智虎が微笑みながら嬉しそうな声を上げていると、それを見ていた護龍が真剣な表情を浮かべながら話し掛けてきた。

 

「柚希殿。貴方は先程、別の種族同士だとしても共に頑張り合っている、と仰っていましたよね?」

「……ん? あぁ、言ったぜ? まあ、智虎や賢亀とだけじゃなく、他の絆の書の皆ともだけどな」

「……そう、ですか……」

 

 俺の答えを聞くと、護龍は少し難しい顔をしながら黙り込んでしまった。

 

 ……あれ、俺……何か変なことでも言っちゃったか……?

 

 その護龍の様子に俺が心配をしていると、天斗伯父さんが声を掛けてきた。

 

「柚希君。せっかくなので、夕士君達との約束に護龍君も連れて行ってみてはどうでしょうか?」

「護龍も……ですか?」

「ええ。流石に夕士君達と触れ合うわけにはいかないかもしれませんが、外の風を感じてみれば、何か変わるかもしれませんから」

「あ、なるほど……」

 

 天斗伯父さんの言葉に納得した後、俺は難しい顔を続けている護龍に声を掛けた。

 

「護龍、お前はどうしたい?」

「私は……天斗殿の案に乗ってみたいと思います。天斗殿の言う通り、外の風を感じてみれば、この考えの答えが見つかる気がするので……」

「ん、分かった。それじゃあ、ちゃちゃっと昼食を食べちゃおうぜ?」

「……承知しました」

 

 護龍の答えを聞いた後、護龍を含めた外出組は急いで昼食を食べ始めた。

 

 正直、護龍の考えてる事はちょっと気になるけど、それについて訊くべきタイミングは今じゃない気がするし、護龍自身が話してくれるのを待ってみた方が良さそうだな。

 

 先程の護龍の様子についてそう結論付けた後、俺は外出組同様に急いで昼食を食べ始めた。

 

 

 

 

「それじゃあ……行って来まーす!」

「んじゃあ、行ってくるぜ-!」

「行って来まーす!」

「行ってくるね-!」

「それでは、行って来ます!」

「……行って参ります」

 

 昼食を食べ終えた後、後片付けを残る組の皆にお願いしてから、俺はいつものバッグを背負いつつ、外出組と一緒に残る組の皆に声を掛けながら外へと出た。

 

 さぁーて……約束の時間まであまり余裕も無いし、ここは『ヒーリング・クリスタル』頼みで走って行く方が良いか……!

 

 時間などの都合からそう決めた後、俺は自分の力で姿を隠している風之真を始めとした外出組の皆に声を掛けた。

 

「よし、皆。ここから公園まで皆で走って行こうと思うんだけど、皆はどうだ?」

「俺はもちろん良いぜ、柚希の旦那。もっとも俺と鈴音なんかは『飛ぶ』だけどな?」

「あははっ、確かにそうだね! そして、ボクももちろん構わないよ、柚希!」

「僕も大丈夫だよ、柚希兄ちゃん!」

「僕も大丈夫です、柚希さん」

「……私も問題ありません」

「分かった。よし……それじゃあ早速出発だ!」

 

 風之真達が頷いたのを確認した後、俺達は夕士達が待っているであろう公園へ向けて走り出した。

 

 

 

 

 走りだしてから数分後、俺達は公園の入口に辿り着いた。

 

 ……よし、どうにか間に合ったかな。

 

 そう思いながら首に掛けている『ヒーリング・クリスタル』の力を借りて、走ってきた分の疲れを取っていると、公園の中の方から既に来ていた夕士達が話をしながら歩いてきたのが見えた。

 

 あ、やっぱりもう来てたか。

 

 そんな事を考えつつ、夕士達が歩いてくるのを見ながら、俺は風之真達に声を掛けた。

 

「それじゃあ、皆。ここからはいつも通り、帰る時間まで自由行動にして良いぞ。ただし、くれぐれも危ない真似だけはしないでくれよ?」

「へへっ、わかってるって!」

「了解だよ、柚希兄ちゃん!」

「ボクもりょーかい♪」

「分かりました、柚希さん」

「……承知しました」

「……よし、それじゃあひとまず解散!」

 

 俺の声と同時に風之真達は思い思いの方へと散っていったが、護龍は智虎に連れられて一緒の方向へ飛んでいった。

 

 護龍の事はとりあえず智虎に任せよう。友達だからこそ、何か話せる事もあるだろうし。

 

 智虎達が向かっていった方をジッと見つめていたその時、突然近くから声が聞こえた。

 

「……ずき? どうかしたのか?」

「……え?」

 

 そんな声を上げながら声がした方を向いてみると、そこには不思議そうな表情を浮かべている夕士と長谷の姿があった。

 

 あれ……いつの間に近くにいたんだろ……?

 

 その事を少々不思議に思ったものの、俺はすぐにほほえんでから返事をした。

 

「いや……今日も風が気持ちいいな、と思ってさ」

「あ……言われてみれば、確かにそうかも。何か晴れてる日って、風が気持ち良く感じる気がするんだよな」

「同感だな。カラッとした風、とまではいかないが、曇りや雨の時みたいなジメッとした風よりは晴れてる時のサラッとした風の方が気持ちが良いからな」

「そういう事。さて……それじゃあ今日は何から始める?」

「そうだな……」

 

 そんな会話を交わし、そしてやる事を決めた後、俺達は晴れ渡った空の下で遊び始めた。

 

 

 

 

 遊び始めてからおおよそ二時間後、俺達は休憩をするために噴水の傍にあるベンチに並んで座っていた。

 

 ……ふぅ、やっぱり夕士達と一緒に何かするのって楽しいな。

 

 額から流れてくる汗を静かに拭いつつ、そんな事を考えていた時、俺はふと出会ってから昼食時までの護龍の様子を思い出した。

 

 ……そういえば、俺が智虎達のトレーナー役を務めている事を言ったり、智虎達と一緒に頑張り合っている事を言ったりした時、何だか暗い顔してたけど、もしかしてあれって……。

 

 護龍の様子についてある予想を立てた後、俺は夕士達に話し掛けた。

 

「なぁ、二人とも。ちょっと訊いても良いか?」

「ん、別に良いけど……」

「どうかしたのか? 遠野」

「もし……もしだけど、自分の知らない所で友達が自分よりも頑張ってる事を知ったら、そして自分よりも力をつけていたら……お前達はどう思う?」

「自分の知らない所で友達が自分よりも頑張ってて……」

()つ自分よりも力をつけていたら、か……」

 

 俺からの問い掛けに夕士達は少し俯きながら考え込んでいたが、程なく自分なりの答えを出したらしく、再び俺の方へ視線を向けた。

 

「俺は……その友達に負けないように更に頑張る……かな?」

「……ほう?」

「だってさ、その友達に負けっぱなしなのは何か悔しいだろ? だったら、その友達と同じ方法を使ってでも、俺はその友達に負けないように精一杯頑張りたいってそう思うんだ」

「なるほど……長谷はどうだ?」

「俺も稲葉と大体同じだが……俺の場合は自分が誇れる物を増やそうとするかな」

「自分が誇れる物を増やす、か……」

「ああ。稲葉の言う通り、同じ方法を使ってやるのも結構だが、どうせなら自分が誇れる物、自分が他の奴よりも得意な物を増やしてみるのも面白いと思ってな」

「自分が得意な物を増やす……か。確かにそれはそれで面白いかもな」

「だろ? まあ、俺がもしその状況に陥ったら、自分の得意な物を増やしつつ、ソイツの得意な物も超えてみせるけどな♪」

 

 長谷がニヤッと笑いながら言うと、それを見た夕士が楽しそうに笑い始めた。

 

「あははっ! 確かに長谷なら出来そうだよな!」

「当然だ。何なら、初めてやる事すらマスターしてみせるぜ?」

「あー……確かに長谷ならそれすら出来そうだな」

「だろ? まあ、俺にとってそれくらい負けたくない身近な相手は……」

 

 長谷は俺と夕士の顔を交互に見ながら言葉を続けた。

 

「当然、お前達だけどな」

「長谷……」

 

 夕士がポツリと呟くような声で言うと、長谷は真剣な表情を浮かべながら話を続けた。

 

「……自分でも言うのもアレだが、俺は他の奴──同じ学年の奴らには何の勝負だとしても負ける気はしない。けど、稲葉と遠野を相手にした時だけは違う。お前達が相手になった時、その時だけは他の奴らの時と違って、“負けたくない”っていう心の底から思うんだ。たとえ、どんな物だったとしてもな」

「うん……」

「たぶん、俺はお前達の事を掛け替えのない友達だと思うと同時にライバルとしても見てるし、お前達の事を頼りになる存在としても見てるんだと思う。俺が将来会社を興したり何か大きな事をする時には隣に立っていて欲しいくらいにな」

 

 そう俺達に言う長谷の眼は、とても真剣であり、先程語ったようなとても強い思いが籠もっている気がした。友達でありライバルみたいな関係。この言葉を思い返した時、長谷の姿に護龍の姿が重なったような気がした。

 

 ……うん、たぶん護龍の思ってる事、考えてる事はそういう事なんだろう。だから智虎達の姿を見た時に少し暗い顔をしていたんだ。

だったら俺が出来る事は……。

 

 護龍の事に対しての答えを出した後、フッと笑いながら長谷に返事をした。

 

「長谷、俺達だって同じ気持ちだぜ? な、夕士」

「ああ、俺達だって長谷の事を大事な友達でありライバルみたいなものだって思ってるぜ? 長谷」

「遠野……稲葉……」

 

 呟くような声で言いながら俺達の事を交互に見た後、長谷は静かにフッと笑った。

 

 ……そうだ、せっかくだしこんな事でも提案してみるか。

 

 俺はある事を思いついた後、夕士達に声を掛けた。

 

「夕士、長谷。ちょっとやりたい事があるんだけど、良いか?」

「別に良いけど……」

「それって一体何なんだ? 遠野」

「えっとな……」

 

 俺は右手を裏返しにした状態で前に出してから言葉を続けた。

 

「順番はどうでも良いから、この上にお前達の右手を重ねていって欲しいんだ」

「ああ、なるほど。じゃあせっかくだし、俺がその上で……」

「そして俺が一番上にしておくか」

 

 そして夕士、長谷の順に俺の右手の上に手が置かれた後、夕士が不思議そうな表情を浮かべながら俺に話し掛けてきた。

 

「それで? この後はどうするんだ?」

「ん、どうもしないよ。ただ、さっきお互いの関係の再確認みたいなのをしたから、ちょっと友達の誓いみたいなのをやってみたかっただけだよ」

「友達の誓い、か。……うん、何か良いな、それ」

「だな。ただ、これの細かい所を変えたら、桃園の誓いみたいになりそうだな」

「あ、確かにそうだな。となると……劉備は長谷で、張飛が夕士……とか?」

「って事は……関羽は柚希だな。……あれ? でもそれだと俺が一番下の義弟になるんじゃ……?」

「いや、俺はわりとしっくり来るぜ? それにこの中での長兄っていうのも、中々面白そうだしな♪」

「……まあ、面白そうって言えば、確かに面白そうかもな」

「だろ?」

 

 夕士が微笑みながら言うその言葉に長谷がニッと笑いながら言葉を返した。

 

 うん、やっぱり良いな、この感じ。さて……後は護龍達の方をどうにかしてやらないとな。

 

 心の中でそう決めた後、俺は再び夕士達の会話に混ざり、夕暮れ時までの間、とても楽しい時間を過ごした。

 

 

 

 

 午後5時頃、公園を出てからいつもの場所で夕士達と別れた後、俺は外出組の皆と一緒に家に向かって歩いていた。

 

「ん~……! やっぱ伸び伸びと飛べるって良いなぁ……!」

「あははっ、そうだね~♪」

「僕の場合は走るだけど、その気持ちはスッゴく分かるよ!」

 

 風之真と鈴音がオルトの頭の上に座り、オルトも混ぜて楽しそうに会話を交わす中、俺は隣を飛んでいる護龍に声を掛けた。

 

「護龍、考えの答えは見つかったか?」

「……いえ。外の風を感じた事で、多少は気持ちがスッとはしましたが、考えの答えに関してはまったく……」

「護龍君……」

 

 暗い顔をしている護龍の事を智虎が心配そうに見ている中、俺は夕士達との会話の中で見つけられたかもしれない答えについて話す事にした。

 

「なぁ、護龍。俺なりにお前の考え、そしてその答えについて考えてみたんだけど、聞いてくれるか?」

「……柚希殿が考えた……私の考えとその答え……」

「ああ。……まあ、俺なりのだから色々と間違ってるかもしれないけどな」

 

 俺がニッと笑いながら言うと、護龍は少し考え込んだ後、静かに頷きながら答えた。

 

「お聞かせ願えますか? 柚希殿」

「ああ」

 

 俺はコクンと頷きながら返事をした後、俺なりに考えた事について話を始めた。

 

「……護龍。お前は智虎と賢亀の事をただの友達だと思ってないんじゃないか?」

「なっ……!?」

「えっ……?」

 

 俺の言葉に護龍が驚愕の表情を浮かべると同時に智虎が弾かれたように護龍の方へと顔を向けた。

 

 あ……ちょっと言い方が悪かったかな……?

 

 智虎達の反応からそう思った後、俺はすぐに言い方を変えた。

 

「言い方が悪かったな。俺が言いたかったのは、護龍が智虎達の事を友達でありライバルみたいな関係だと感じてるんじゃないかって事だよ」

「友達でありライバルみたいな関係……」

 

 智虎が護龍の事を見ながら呟くような声で繰り返していると、護龍は静かに頷いた。

 

「……私自身、この感情が何なのかは分からなかったのだが……先程の柚希殿の言葉、その言葉こそがこの感情を表すに相応しい物なのだろうな」

「でも……いつから……?」

「わから──いや、恐らくだが旅に出ると決めた時からなのだろうな」

「そう、だったんだ……」

「ああ……私はいつからかお前達の事をまとめる役目を担い、その役目を全うしようと常に考えつつ、お前達という友人達がいてくれる事をとてもありがたく思っていた。しかし、黄龍様のご指示により旅に出ると決めた瞬間、私の中で自身の力を高めようという気持ちの他にもう一つの感情が生まれた。

それが……お前達に誇れる自分を、負けない自分を目指そうという感情──ライバル意識だった。私はこの初めての感情に困惑した。

お前達に負けたくない、お前達に誇れる自分になりたいという感情は私の知っている友情とは違い、お前達との関係を否定する物に感じられたからだ。

そしてそのような迷いを抱えながら、私は旅へと出発した。迷いを抱えながらも、私は己の力を高めようと、様々な物を見聞きし、それらを己の力にどうにか利用できないかとひたすら考え続けた。私の中にある迷いから必死に目を逸らすために……」

「護龍……」

「そして、修行の旅を続けて半年が過ぎた頃、私は自分の力が多少なりとも高まったと感じ、次のステップへと進むべく、天斗殿の元を訪れようとこの地へと降り立った。降り立った後、私は天斗殿のお宅を探すため、この辺りを探索していた。

すると、その道中で見事な桜の木を見掛けた。そしてその桜の木を見た瞬間、私の中にあった迷いや焦りが少しずつ薄らいでいったのを感じ、私はこの上ない安心感を覚えていた。しかし、それから程なくして、私よりも遙かに強力な力の奔流を感じ、私の中で薄らいでいった迷いと焦りが再び濃くなっていった」

「それが……今朝の事、だよな?」

「はい。何故かその時、私はこの力の持ち主に私の力を見せつけたいと思い、私の『木』の力を用い、まだ蕾だった桜の花を咲かせました。すると、力の持ち主はそれに少し驚いた後、そのままその場を去って行きました。

私はそれを感じた時、桜の木を見た時とは違った安心感を覚え、再び天斗殿のお宅を探し始めました」

「そして、昼頃にまた力の持ち主──俺の気配を感じたから、今朝と同じように桜の花を咲かせたんだよな」

「はい。しかし、この時は今朝とは違い、その後に智虎と賢亀の気配を感じました。その瞬間、私は懐かしさを感じると同時に眠っていた智虎達へのライバル意識が燃え上がったのを感じました。

智虎達に負けたくない、智虎達に誇れる自分になりたいという感情が再び濃くなり、私はどうしたらいいのか分からなくなっていた時、智虎達が私の好きな花の話をしているのが聞こえました。その瞬間、私はその花々を眺める事でこの感情を少しでも収めようと思いつき、距離を離しながら柚希殿達の後を付いて行きました」

「……そして、俺の考えによって姿を見せることになった、だよな」

「はい……そしてその後、柚希殿や智虎達の話を聞きながら、智虎達の力が旅に出る前よりも遙かに強くなっている事に気付き、私の中の迷いと焦りが更に強くなっていきました」

 

 護龍はそこで一度言葉を切ると、夕陽でオレンジ色に染まった空を哀しそうな表情を浮かべながら見上げた。

 

「……そして、今も私はその迷いと焦りの気持ちに囚われていますし、智虎達へのライバル意識を持て余しています。智虎達と『友人』でありたい私と智虎達に『ライバル』として負けたくない私が(せめ)ぎあい、私自身の心を徐々に曇らせていくのを感じながらも、それをどうにも出来ない自分自身にもどかしさを感じながら……」

「そっか……」

 

 護龍の心からの声を聞いた後、俺は静かに微笑みながら声を掛けた。

 

「やっぱり良いんじゃないのかな? 友達でありライバルっていう関係でさ」

「……え?」

「友達とライバルってさ、一見違うように見えるけど、本当は同じような物なんだよ。友達は仲良く何かをする関係、ライバルはお互いに競い合う関係ってだけに思えるけど、どちらも誰かと仲良くするっていう意味では同じ物なんだよ」

「友達もライバルも同じ物……」

「そう。お互いの力を認め合い、お互いに切磋琢磨し合う。それは友達だってライバルだって同じ事。そうやって行く事で、昔から誰もが成長して来たんだよ」

 

 世の中にある様々な物語に誰かと競い合い、力を高め合う描写が出てくる事は多い。それはやっぱり、そういった事が成長に繋がるって心の底で理解しているからなんだと思う。どんなに泥臭い友情でもどんなにピリッとした関係でも心の奥底ではお互いの力を認め合い、お互いに負けたくないと思い合う。

そういった感情を持っているからこそ、誰もが自分の力を高めながら成長をしてきたんだと俺は思っている。

 

「だからさ、護龍はそのままでも良いんだよ。智虎達の事を友達と思いつつ、それと同時にライバルとしても意識する。

そういう感情を持った、今のままでもさ」

「柚希殿……」

 

 護龍は真剣な表情を浮かべながらポツリと呟いた後、静かにフッと笑った。

 

「……まさか、半年も迷っていた物の答えがこんな簡単で当たり前な物だったとは……」

「いや、簡単な物で当たり前な物だからこそ、答えを見つけるのに時間が掛かることもあるんだよ。簡単で当たり前だからこそ、すぐには気付けないからな」

「……そうかもしれませんね。実際、今の私がそうだったのですから……」

 

 護龍は静かにそう言うと、智虎の方へと視線を向けた。

 

「智虎、これからもお互いに高め合い競い合っていこう。……同じ場所の下でな」

「護龍君、それって……!」

 

 智虎の嬉しそうな様子にコクンと頷いた後、護龍は再び俺の方へと視線を向け、真剣な表情を浮かべながら口を開いた。

 

「柚希殿、私のトレーナー役の件、正式に引き受けて頂けませんか?」

「……ああ、もちろん引き受けるさ。これからは一緒に頑張って行こうぜ、護龍」

「はい。承知しました、柚希殿」

 

 そう言う護龍の顔にはさっきまであったはずの迷いなどは微塵も無く、とても晴れやかな気持ちであるのが見て取れた。

 

 ……うん、何とか護龍の助けになれたみたいだな。

 

 そんなちょっとした安心感を覚えつつ、智虎と嬉しそうに話をしている護龍の姿を見ていると、風之真が俺に話し掛けてきた。

 

「柚希の旦那、これでまた新しい仲間が増えるってぇことかぃ?」

「ああ、そうだ。分かってるとは思うけど、仲良くやるんだぞ?」

「ふふっ、分かってるよ、柚希」

「柚希兄ちゃんがそうなように、僕達だって色々なモノと仲良くしたいからね」

「うん、それなら良いや。さてと……」

 

 元気三兄妹との会話を打ち切った後、俺は護龍に声を掛け、俺の事や『絆の書』について話した。そして話し終えると、護龍はとても興味深そうな様子を見せた。

 

「……『絆の書』、そして同調……なるほど、柚希殿が賢亀の『水』の力を使えたのにはそのような理由があったのですか……」

「まあな。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか、護龍」

「はい」

 

俺がバッグから『絆の書』を取り出し、空白のページを開いてみせると、護龍は右前足を静かに空白のページへと置いた。そして俺はある事を試すために、左手に『絆の書』を持ったまま、右手を空白のページへと置き、そのまま頭の中でいつものイメージを浮かべた。

その後、体の奥底にある魔力が腕を伝って、手のひらの中心にある穴から流れ込むイメージが無事に浮かんだ事を確認し、俺はそのまま魔力を流し込んだ。

そして必要な量が流れ込んだ瞬間、頭が軽くキーンとなったが、それを目を瞑りつつ歯を食いしばって耐え、それが止んだ瞬間、俺は静かに目を開けて、『絆の書』に視線を移した。

すると、そこには森のような場所で様々な種類の樹木を真剣に見つめている護龍の姿と青龍に関して書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 ……成功はしたけど、やっぱりまだ『ヒーリング・クリスタル』の力に頼らなきゃいけないみたいだな。

 

 その事に苦笑いを浮かべた後、俺は護龍のページに再び右手を置き、そのまま静かに魔力を注ぎ込んだ。そして、護龍が『絆の書』から出て来た後、俺は不思議そうな表情を浮かべている護龍に声を掛けた。

 

「護龍、居住空間はどうだった?」

「そうですね……様々な方々が住まう場所であるからかもしれませんが、霊力や神力のみならずその他様々な力の気配があり、あの場にいるだけでも自分の力が高まっていくような感じがするだけでなく、雰囲気も良いためとても住みよい場所であると思いました」

「ふふ、そっか。さて……それじゃ、ささっと帰ろうか。他の皆にも護龍が新しく加わった事を報せたいからさ」

「へへっ、だな!」

「ボクもさんせーい!」

「僕も賛成だよっ!」

「もちろん、僕も賛成です」

「承知しました、柚希殿」

 

 皆の返事に俺はコクンと頷いた後、皆と一緒に家に向かって再び歩き始めた。夕暮れ時のオレンジ色の空の下、桜の花弁の桃色がひらひらと風によって舞う、その中を。




政実「第14話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回で青龍が仲間になったわけだし、これで次回に出てくる奴は確定したな」
政実「まあね。そして、それだけじゃなくその後に出てくるのも絞れてきた感じだね」
柚希「まあ、四神と言えば……みたいなのがいるからな。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて、それじゃあそろそろ締めていこっか」
柚希「そうだな」
政実・柚希「それでは、また次回」


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FOURTEENTH AFTER STORY 苦悩する青龍と花々の導き

政実「どうも、春は桜、夏は向日葵な片倉政実です」
護龍「どうも、青龍の護龍です」
政実「という事で、今回は護龍のAFTER STORYです」
護龍「ふむ、今回は私ですか。そしてタイトルを見る限り、私の悩みに関する話のようですね」
政実「うん、そんな感じだね」
護龍「畏まりました。さて……それでは始めていきましょうか」
政実「うん」
政実・護龍「それでは、FOURTEENTH AFTER STORYをどうぞ」


「……ふぅ、やはり植物は良い物だな」

 

 穏やかな陽気が眠気を誘い、あらゆる花々が各地で開花する春。私はお世話になっている遠野家の庭にて咲き乱れる色とりどりの花に心を癒されていた。

この庭に咲く花は世界各地にある物だけではなく、神の一柱である天斗殿が花や植物を司る神々から頂いた花の種や苗を植えているからか他所では見られないような花もあり、見ている者の目を楽しませる花々の綺麗さや漂う良い香りは私の心に癒やしを与えてくれていた。

 

 やはり植物は良いな。見ている者の気持ちに安らぎを与えるだけでなく、時には腹を満たす手助けをして虫達の生活にも欠かせないというのは本当に素晴らしい。

世の中には花を簡単に踏みにじる事が出来る人間もいるというが、その考えは本当に理解出来ないな。

花を愛でる事も出来ない人間と分かり合えないのは仕方ないが、罪も無い花々や必死に生きている植物達を面白半分で傷つけたりその命を奪おうとするなら決して容赦はしない……。

 

 可憐に咲き誇る花々の素晴らしさに心を奪われながらもそれらを踏みにじろうとする人間の姿を想像して徐々に怒りを燃やしていたその時だった。

 

「……ふふ、心配はいりませんよ、護龍さん。少なくともここにはそのような事をする方はおりませんし、むしろお花や植物に興味関心を持っている方ばかりですから」

「え……」

 

 声がした方へ顔を向けると、そこには因幡の白兎である兎和殿を抱き抱えた(さとり)のこころ殿が立っており、こころ殿の発言から察するに先程の私の心の声はこころ殿に聞かれていたようだった。

 

「……聞かれていましたか」

「はい♪ ただ、声を聞かなくとも護龍さんから力の気配が漏れ出ていたので、波導を感じ取れる柚希さんはもちろん、智虎さんや賢亀さんでもわかったと思いますよ。ですよね、兎和さん?」

「あ、はい。私でもなんだか強い神力の気配を感じるなと思えたくらいなのでそれは間違いないかなと」

「そうですか……私もまだまだ修行が足りませんね。花や植物を想うあまり心をかき乱した挙げ句、それを容易に感じ取られてしまったのですから……」

「たしかにそうですが、あまり落ち込まなくても良いと思いますよ。他所でならばまだしも、ここには力の強い方も多い上に柚希さんや私のようにまた別の方法で誰かの事を感じ取れる方もおりますし、好きな物を傷つけられる様を想像して怒りを感じるのは誰でもある事ですから」

「そうですよ、護龍君。だから、この件についてはあまり気にしなくても……」

「そう言って頂けるのは嬉しいです。ですが……私は修行中の身です。それなのに、心を簡単に乱してしまったり力の気配を出してしまったりするのは本当によくありません。

 それに、智虎と賢亀も以前よりも力をつけていますし、二人とも精神的にも成長をしています。その中で私だけが以前と同じなのはやはりよくありませんから」

 

 そうだ。智虎は以前までの臆病さは鳴りを潜めて様々な知識を熱心に取り入れており、賢亀も以前からののんきな性格を活かして司っている水の力を更に高めている。

その中で私だけが何も成長をしていないというのはやはりよくない。このままでは修行に出た意味もなく、煌龍様や父上の想いを無駄にしてしまうからな。

 

 自分の力や精神面の未熟さを痛感しながら私はここにお世話になるまでの出来事を想起した。

私達四神の末子達は煌龍様より四神として成長をするために修行に出るように指示を受け、智虎や賢亀がそれぞれの父から修行の内容について指示を受ける中、私に課せられたのは司る『木』の力を高めるための旅だった。

その上、見識を深める旅を行いながらこの方ならばという相手を見つけ、そこで『木』の力を高めるように私に指示を出したため、その困難さを噛みしめながら私は旅を始め、旅の中で様々な場所を訪れた。

だが、私の『木』の力が高まる中、師範となって頂ける相手も見つかる様子が無かった事から、私は少々焦りを感じていた。

そして、父上から以前聞いた話から父上達の古くからのお知り合いである天斗殿ならば『木』の力に精通する方をご存じだと思い、記憶を手繰り寄せてこの街に辿り着いた事で私は天斗殿とその甥御である転生者の柚希殿、柚希殿が管理をしている魔導書の『絆の書』の居住空間に住まう様々な方と出会い、遠野家にお世話になっていた智虎と賢亀とも再会した。

だが、その再会は私の焦りを増長させた。修行以前は初めて見るものには中々近づいていけない程に臆病だった智虎は様々な物に対して自ら興味関心を示すようになり、顔つきや雰囲気もどこか智虎の父上に似た物になっていて、賢亀も周囲への気配りの上手さや状況を読み取る判断力は高くなっていた上に智虎と同じく賢亀の父上に似た雰囲気を醸し出していたのだ。

その事自体は別に疎む事ではなく、それどころか共に四神として成長する仲間の成長は喜ばしかった。

だが、同時期に煌龍様より指示を受けた智虎と賢亀が見違える程に成長していた事を知り、私の中に芽生えていた智虎達へのライバル心は警鐘を鳴らすと同時に闘志を燃やし始めた。

その後、風之真殿や智虎と共に幼馴染み達と遊びに行くという柚希殿に同行し、柚希殿が幼馴染み達と遊ぶ中、私がこの感情について考えていたが、智虎達とのこれまでの関係を否定するかのようなこの感情についての答えはまったくわからず、私は辛さと悔しさを感じていた。

だが、その帰り道で柚希殿から私が智虎達に対してライバル心を持っていた事を気付かされ、これからはただの幼い頃からの友人ではなく、共に成長しながらも競い合う相手として見る事を決め、智虎と賢亀と同じように柚希殿にトレーナー役を務めて頂き、遠野家にお世話になる事に決めたのだった。

 

 ……こうして智虎達と共に修行に励む事にした以上、智虎達の成長度合いを間近に見る事が出来るが、それは智虎達も同じだ。

修行に出ると決めたからには手を抜くつもりは無いが、私が不調であればそれは智虎達に筒抜けとなり、智虎達は私の心配をしてくれるだろう。

だが、智虎達に負けたくないという思いがある以上、智虎達に心配をかけたくはなく、少しでも智虎達のように成長した私を見せたいのだ。

 

「子供っぽいとは思いますが、私は智虎達に負けたくないという気持ちを強く持っていて、少しでも智虎達に追いつきたいと考えています。

それなのに、簡単に心を乱してしまってはそれも叶いませんし、私も自分の事を許せません。智虎達は幼い頃からの大切な友人ではありますが、それと同時に負けたくない存在でもありますから」

「護龍君……」

 

 私の言葉を聞いて兎和殿が心配そうな表情を浮かべる中、こころ殿は朗らかな笑みを浮かべており、兎和殿を優しく撫でながら静かに口を開いた。

 

「ふふ、なんだか護龍君が羨ましいですね」

「羨ましい……ですか?」

「はい。私にも目標はありますが、その目標には競い合う相手はいませんし、柚希さんや護龍君のように負けたくないという気持ちを持つ機会もありませんから羨ましいんです。

護龍君はそう思っていないようですが、競い合う相手がいるという事は自分の目標を更に高い物にしていける、また一歩先の自分に進むための道を歩めるというのは素晴らしい事だと思いますよ?」

「また一歩先の自分……」

「その通りです♪ 智虎君達に追いついてそのまま追い抜いたとしても智虎君達もまた追い抜いてくるはずですし、その途中でまた別の自分を見つけてそこで別の競争相手を見つける。

それはキリが無い話ですし、もしかしたら途中で立ち止まってしまう程の出来事もあるかもしれません。ですが、競い合う相手がいれば、同じ目標に向かって進む中で同じ目線で先を見ながら助けあう事も出来ます。これは私や柚希さんでも出来ない事で、同じように修行に励んでいる護龍君達だからこそ出来る事です」

「競い合うと同時に助け合う……」

 

 不思議な言葉のように聞こえたが、こころ殿の言う通りだと素直に思えた。たしかに私にとって智虎達は負けたくない競争相手ではあるが、智虎達が何かで困っていたり悲しんでいたりしたならば私は手を差し伸べるだろうし、智虎達もきっと同じだろう。

それは同じように四神として成長する事を目標にした私達だからこそ相手の辛さや苦しみを一番理解出来るからだ。もちろん、柚希殿やこころ殿に手伝って頂く事も出来るが、それでも最後には私達自身がお互いを支え合う事になる。それが同じ目線で目標へ向かって歩いている私達の為すべき事だからだ。

 

 ……ここにお世話になる事を決めたのは本当に正解だったな。様々な種族が同じ場所に住みながら共に協力し合い、それぞれが抱える問題にも真剣に向き合って解決へと向けて考える。

旅を続けていてもこのような場所は中々無いと断言出来、ここへ来られた私は非常に幸運だったと言えるだろうな。そういった方々と共にいるだけでなく、智虎達と共に切磋琢磨(せっさたくま)しながら成長していけるのは私にとってこれ以上ない程の好環境なのだから。

 

「こころ殿、助言をありがとうございます。おかげで少しは肩の荷も下りたような気がします」

「ふふ、それはよかったです。護龍君の嬉しそうな顔を見られて私も嬉しいです」

「私もホッとしました。ただ、私はあまりお力になれなかったので少し申し訳ないです……」

「そんな事はありません。兎和殿からも言葉はかけて頂きましたし、それはとても嬉しかったです。本当にありがとうございました」

「護龍君……いえ、喜んでもらえたなら私も嬉しいです」

 

 兎和殿は本当に嬉しそうな笑みを浮かべており、こころ殿も兎和殿を見ながら嬉しそうに頭を撫でていた事から、兎和殿が心からそう思っているのがハッキリとわかった。

そして、これからの修行へ向けてやる気を高めていたその時、こころ殿は花壇や鉢に植えられた花に視線を向けると、優しい笑みを浮かべた。

 

「さて、こうして出て来た事ですし、お花のお世話をしましょうか。兎和さん、お手伝いをお願いします」

「はい、任せて下さい、こころさん」

 

 こころ殿と兎和殿が頷き合う中、私はある事を思いついた後、二人に話しかけた。

 

「こころ殿、兎和殿、私にも手伝わせてもらえませんか?」

「それはもちろん良いですけど……護龍君、修行は良いんですか?」

「……はい。修行も大事ですが、根を詰めても仕方ない事はわかりましたから。それに……私もただ愛でるだけではなく、自分の手でこの花々を更に美しい物にしたいと思いましたから」

「ふふっ、素晴らしい考えだと思いますよ。では、せっかくなので私は天斗さんとヴァイスさんを呼んできますので、お二人は如雨露などの準備をお願いしますね」

「はい!」

「畏まりました」

 

 私と兎和殿で返事をし、こころ殿が兎和殿を静かに下ろしてから家の中に入っていった後、私と兎和殿は如雨露を持って外の水道へと向かった。

 

 ……思えば、柚希殿が私を誘き寄せるために花を傷つけるフリをしたのがきっかけで私は柚希殿や皆さんと出会ったのだったな。あの時は本当に花を傷つけられると感じて出て来てしまったが、修行を通じて相手の真意などを感じ取れるようになろう。そうすれば、相手の策にも簡単には乗らず、困っている相手の力にもなれるだろうからな。

 

 そう思いながら柚希殿や智虎達、遠野家の皆様の顔を思い浮かべた後、私は決意を固めながら静かに頷いた。




政実「FOURTEENTH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
護龍「今回はこころ殿と兎和殿に助けられましたが、今度は私が皆様を助けられるようになりたいですね」
政実「いずれはそういう話も作る予定だよ」
護龍「わかりました。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願い致します」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
護龍「はい」
政実・護龍「それでは、また次回」


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第15話 朱く燃ゆるは決意の翼

政実「どうも、夏には花火大会に行きたくなる、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。花火大会か……人混みの中は大変だけど、花火が始まった瞬間、その時に感じてた苦労も一瞬で吹き飛んだような気になるよな」
政実「うんうん、そうだよね。ただ……最近行けない時が多いのがちょっと残念かな……」
柚希「……まあ、そこはどうにか調整してみるしか無いわけだし、色々頑張ってみるのが一番だな。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第15話をどうぞ」


 眩しく暑い陽射しが照り、ソフトクリームのような形の入道雲が浮かぶ空の下、向日葵(ひまわり)色の林が出現する季節、夏。そんな夏のある日、俺は額に浮かぶ汗を拭いつつ、夕士達と一緒に学校へ向かって歩いていた。

 

 うー……暑い……こんな暑さだと雪花じゃなくても、外に出たくなくなるよな……。

 

 そんな事を思いつつ、俺達に向かって燦々と照りつけてくる太陽を手で(ひさし)を作りながら見ていると、夕士が暑そうな表情を浮かべながら話し掛けてきた。

 

「なぁ……今日って何でこんなに暑いんだ……?」

「……さぁ、な。ただこうなってくると、今日が終業式だけなのが本当に救いに思えてくるな」

「……そうだな。とりあえず終業式を乗り切ってしまえば、後は家に帰って幾らでも涼める。……今日の校長の話が早めに終わる事を今の内から祈っておくか」

「あはは……そう、だな……」

 

 長谷の本音全開な言葉に夕士は笑いながら返事をするものの、その声にはいつものような元気はなかった。

 

 ……まあ、こんなに暑かったら仕方ないよな。

 

 俺はそう思いながら苦笑いを浮かべた後、暑さによる辛さを訴えてくる体に鞭打ちつつ、夕士達に話し掛けた。

 

「……とりあえず、早く学校に着くためにもささっと歩こうぜ?このままだらだらと進んでも、ただただ暑いだけだからさ」

「……賛成」

「……同じく」

 

 夕士達の少し暗めな返事に頷いた後、俺達は他愛のない話をしつつ、少し急ぎ気味に学校に向かって再び歩き出した。

 

 

 

 

「……さて、明日から夏休みですが……」

 

 終業式での体育館に隠っていた暑さと校長先生の長話という二重の責め苦に耐えた後、俺達は教室で先生が話す夏休みにおける注意事項を静かに聴いていた。

 

 毎年毎年同じような内容だから、特に聴かなくても良いように思えるけど、やっぱりこういうのはしっかりと聴いておく方が良いよな。もしかしたら何か新しい情報とかもあるかもしれないし。

 

 そんな事を思いながら聞いている内に先生の話は終わり、先生は日直の生徒に帰りの挨拶などを促した。そして、日直の生徒はそれにコクンと頷くと、少し大きめな声で俺達へと呼び掛けた。俺達が日直の生徒に続いて帰りの挨拶を口にすると、先生は静かにコクンと頷いてからゆっくりと教室を出て行った。

そして、それと同時に帰り始める奴や夏休みの予定について話し合い始める奴とクラスメイト達がそれぞれの行動を取り始めると、夕士がワクワクした様子で声を掛けてきた。

 

「よっし……! それじゃあ俺達も夏休みの事について話し合おうぜ!」

「……それは良いけど、毎年毎年言ってるように宿題の事とかも考えての計画だからな?」

「へへっ、それくらい分かってるって! 後は……今年もお泊まり会はやるよな?」

「んー……まあ、俺の方は問題ないけど?」

「俺の方も問題ないな」

「ん、了解! それじゃあ、今年もお泊まり会をやる事で決まりだな!」

 

 夕士がとても楽しそうに言う様子を見て、俺達は顔を見合わせながらフッと笑った。この長期休暇の際のお泊まり会は小学一年生の夏休み前に夕士が提案した事がきっかけで始まったんだが、何だかんだで俺と長谷も楽しみにしているため、今まで続いている長期休暇内の一大イベントとなっている。

夕士の家と長谷の家にはちょこちょこ遊びに行ってるけど、こういうので行く時はまた違った発見とか楽しみがあるから、俺はとっても楽しみにしている。

 

 ……ただ、そういった時に『絆の書』の皆に色々と我慢してもらう事になっちゃってるのは、スゴく申し訳なかったりするんだよな……。うーん……そうなると、やっぱりもう少し『絆の書』の皆が住み良くなる方法でも考えるべきかな……?

 

 俺が仲間であり大切な家族である『絆の書』の面々について考えを巡らそうとしたその時、とても面白そうに俺達に話し掛けてくる声が聞こえた。

 

「おっ、お前達も早速夏休みの話し合い中か?」

「……ん?」

 

 一度思考を中断し、声がした方へ向いてみると、そこにはクラスメイトである雪村の姿があった。雪村の背中にランドセルがある事から、どうやら帰るところだったみたいだ。

 

「なんだ、雪村か。確かにそうだけど、どうかしたのか?」

「いや、お前達が楽しそうに話をしてるから、ちっと興味が湧いてさ」

「ふーん、そっか。……ところで、今年も何かやる予定はあるのか?」

 

 夕士が少しワクワクした様子で訊くと、雪村は少し申し訳なさそうに返事をした。

 

「うーん……今年はまだ特に考えてないんだよな……」

「うーん、そっかぁ……」

「あ、でも三日後の花火大会は行こうかなと思ってるぜ? やっぱ夏と言えば花火だからな!」

「夏と言えば花火って……二年前に嬉々として肝試しに誘ってきた奴の言葉とは思えないな」

 

 俺がクスリと笑いながら言うと、雪村はニヤリと笑いながら言葉を返してきた。

 

「おやおや~? その肝試しがきっかけで、金ヶ崎と懇意にしている奴がそう言うか?」

「懇意って……何度も言うが、俺はあの子とはそんなんじゃないって……」

 

 俺がため息混じりに言うが、雪村は更にニヤーッと笑うと、少し戯けたような口調で答えた。

 

「いやいや~♪ 別のクラスだから噂程度にしか聞かないけどな? 女子の会話の中でお前の名前が出る度にハッとした表情を見せるとかお前の話をする時だけ饒舌になるとか、そこまで想われてて、そういう仲じゃないっていうのは、ちょいとおかしくないか~?」

「いや、別におかしくはないと……」

 

 俺が反論をしようとしたが、雪村はそれに被せるように更に話し掛けてきた。

 

「それで? お前達も三日後の花火大会は来るのか?」

「……まあ、花火は好きだから行くけどさ」

「俺も行くぜ!」

「それじゃあ俺も行くかな?」

「ん、了解! それじゃあ柚希、他の奴を誘うついでに誘えれば金ヶ崎も誘うから、楽しみにしててくれ! じゃあな~!」

 

 雪村は元気いっぱいにそう言うと、勢い良く教室を飛びだしていった。

 

 ……はぁ、まったくアイツは……。

 

 雪村が出て行ったドアを見ながら、俺は心の中で深くため息をついた。同じクラスになって以降、雪村は夕士達の影響を受けたのか、何かにつけて金ヶ崎との事を話題に出したりするようになっていた。

 

 ……からかい混じりに言ってるのは分かるけど、否定するのにそろそろ疲れてきたんだよなぁ……。

 

 俺が心の中でもう一度深くため息をついていると、俺の両肩に同時にポンッと何かが置かれたような感触があった。俺がそれにゆっくりと振り向いてみると、夕士と長谷が静かに微笑みながら俺の肩に手を掛けていた。

 

「夕士……長谷……」

「まあ、雪村だってからかいたいから言ってるんだろうし、気にしない方が良いぜ? 柚希」

「その通りだ。このくらいの歳の奴はそういう話が大好物だからな」

「お前達……」

 

 俺はパアッと顔を輝かせながらそこまで言った後、すぐに表情を戻してから言葉を続けた。

 

「……というか、そもそも雪村がああ言い始めたのは、お前達のせいだろ」

「……あ、バレたか?」

「バレたもなにも、それ以外の原因がないだろ……」

「いや、あるかもしれないぞ?

 例えば、二年前に肝試しに行った奴から聞いたかもしれないし、もしくは去年初めて同じクラスになった奴から聞いたかも……」

「だ~か~ら~! それ全部お前達の事だろ!? わざわざそういう言い方しなくても分かるっての!」

 

 俺が珍しく強めのツッコミを入れるも、夕士達は穏やかな笑みを浮かべながら静かに言葉を返してきた。

 

「あはは、悪ぃ悪ぃ。いっつもツッコミを担当させられてるから、ちょっと仕返しがしたくてな」

「そして俺はそれをサッと察知したからすぐに乗った、というわけだ」

「……だろうな」

 

 長谷のニヤリと笑いながら言うその言葉に、俺は少し呆れたように返事をした。

 

 ……ふぅ、やっぱりコイツらに組まれると中々厄介だな。まあでも……。

 

 俺は目の前で微笑んでいる夕士達を見ながらクスリと笑った。

 

 コイツらとだからこそ、俺は素のままでいられるんだろうな。……たとえ、転生者の事とかを隠していたとしても、な。

 

 俺は静かにランドセルを手元に引き寄せ、そのままゆっくりと背負った後、夕士達に声を掛けた。

 

「さて、後の話は帰りながらにしようぜ? 流石にそろそろ帰らないと、腹が減りそうだからな」

「へへっ、だなっ!」

「そうだな」

 

 夕士達が頷きながら答え、ランドセルを背負ったのを確認した後、俺達は夏休み中の話や他の他愛のない話をしつつ、教室を出て行った。

 

 

 

 

「さてさて、今年はどんな夏休みになるかなぁ……!」

 

 学校を出てから、各々の家に向かって歩いている途中、夕士はとても楽しそうな様子でそう独り言ちた。

 

 ふむ、どんな夏休みになるか、か……俺の場合は夕士達と遊んだり勉強したりする他に、智虎達の修行に付き合ったり、俺自身が義智に修行をつけてもらったり、『絆の書』の面々の生活に付き合ったりだから、いつも通り忙しいけど中々充実した夏休みになりそうだな。

 

 半分以上は夕士達に言う事が出来ない夏休みの様子を頭の中に思い浮かべていた時、長谷がふと何かに気付いた様子で静かに声を上げた。

 

「……そういえば、今朝はあんなに暑かったのに、今はそんなに暑くないよな?」

「……言われてみれば」

「……確かにそうだな」

 

 その長谷の言葉通り、額に次々と汗が浮かんだ今朝とは違い、今は暑い事は暑いものの、そこまで汗が出る様子も無く、所謂(いわゆる)“夏の暑さ”と言える程度の暑さだった。

 

 基本的に午前中の方が涼しくて、昼から夕方に掛けての方が暑い筈なんだが……もしかしたらこれは異常気象的な何かなのかな?

 

 今朝の暑さについて、少し考えてみようとしたものの、すぐにはそれらしい答えが浮かばなかった上、夕士達はこの事を特に重要視していない様子だったため、俺も考える事を一度止めた。

 

 ……まあ、そういう事もあるって考える事にするか。たとえ、何か原因があったとしても、“科学的な方”の原因だったら俺にはどうしようもないしな。

 

 暑さの謎について一度そう結論付けた後、俺は再び夕士達と共に各々の家に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 いつもの場所で夕士達と別れた後、俺は午後からの過ごし方について考えながら家に向かって歩いていた。

 

 今日は合気道の練習はないけど、夕士達は予定があるらしいしな……まあ、ここはいつも通り『絆の書』の皆と一緒に過ごす事に──。

 

 そう決めたその時、どこからか智虎達と同じような霊力と神力が漂ってきた。

 

 ……この霊力と神力って事は、たぶんアレだな。

 

 霊力と神力の気配の主に大体の予測を立てた後、俺はランドセルから『絆の書』を取りだし、智虎達のページに魔力を注ぎ込んだ。そして、智虎達が『絆の書』から出て来た事を確認した後、俺は智虎達に声を掛けた。

 

「お前達、この漂ってくる霊力と神力に心当たりはあるか?」

「はい、この霊力と神力の気配は間違いなく僕達の友達の物です」

「うん、これは間違いなく麗雀(リーツェ)ちゃんの気配だもんね」

「ああ。しかし……まさかアイツまでこの地に赴いていたとはな……」

「あはは、確かにそうだね。……でも一体どこにいるんだろう……?」

 

 智虎が霊力と神力の主──麗雀の居場所を探ろうと辺りを見回し始めたため、俺も一緒になって霊力と神力の気配に意識を集中した。すると、件の霊力と神力の気配は俺達の上空から漂ってきている事が分かった。

 

 空か……となれば、護龍に頼んだ方が良さそうだな。

 

 現在、『絆の書』の四神’sの中で唯一空を飛ぶ事が出来るのは青龍である護龍だけのため、麗雀が本当に空にいるかを確認するには護龍に見にいってもらう必要があるのだ。

 

 まあ、智虎達が自分の友達の気配を間違えるとは思えないから、その麗雀って奴は今も俺達の上を飛んでるんだろうし、早めに護龍に見に行ってもらった方が良さそうだな。

 

 俺は空を見上げながら決めた後、すぐに護龍に声を掛けた。

 

「護龍、ちょっと空を飛んで来てもらっても良いか?」

「空……ですか?」

 

 護龍は不思議そうな声を上げながら空を見上げたが、すぐに得心した様子で言葉を続けた。

 

「……なるほど、そういう事ですか」

「ああ。たぶんまだいるかもしれないし、とりあえず行ってみてくれないか?」

「承知しました」

 

 護龍は静かにコクンと頷いた後、空へ向かって勢い良く飛び出し、風で体をたなびかせながら空の上にいるであろう麗雀のところへと昇っていった。

 

 ……これでよし。後は護龍が戻ってくるのを待つだけ……。

 

 空を見上げつつ、護龍の様子を見守っていたその時、昇っていった護龍の元へ赤い影のようなモノが凄い勢いで飛んでいった。護龍は自分へ向かってくる赤い影に気付くと、その場に静かに止まり、その赤い影が自分の近くに来るまでジッと待った。

そして赤い影は、護龍の側で止まると、護龍に向かって話し掛けるような動きを見せ、護龍は赤い影からの話を聞いた後、俺達の方を見ながら赤い影に返事をした。すると、赤い影も俺達の方へと顔を向け、俺達の姿をジッと見つめてから一度コクンと頷き、護龍と共に俺達へ向かってゆっくりと降りてきた。

そして、護龍達が俺達の目の前で止まった後、俺は護龍と共に降りてきたモノの姿をジッと見始めた。護龍と共に降りてきたモノ、それは全身が真っ赤な羽毛で覆われ、蒼い眼と胴体と同じ真っ赤な翼、そして複数に別れた煌びやかな緑色の尾を持った全長が小学生の頭くらいの大きさの鳥だった。

 

 この霊力と神力、そしてこの姿……やっぱりコイツだったみたいだな。

 

 俺はその鳥の正体について確信を得た後、目の前に滞空しているソイツに声を掛けた。

 

「なぁ、お前は『朱雀』の麗雀で間違いないよな?」

「ええ、そうよ。私は『朱雀』の麗雀、この智虎達と一緒で黄龍様の指示を受けて修行に出た四神よ」

 

 俺の問い掛けに真っ赤な翼の鳥──『朱雀』の麗雀はとても落ち着いた様子で答えた。

 

 

『朱雀』

 

 中国に伝わる四神の一体で、南方を守護しており、五行思想においては火を司る神獣。他の四神と同様に様々な物語に登場しているため、同じく中国に伝わる伝説の鳳凰と同じく世界中でその名を知られている神獣と言える。

 

 

 白虎、玄武、青龍、そして朱雀。修行中の身とは言え、まさかこの日本で四神が勢揃いするなんてな……。

 

 目の前で起きているその出来事に、少しだけ感動を覚えていると、智虎と賢亀がとても嬉しそうな表情を浮かべながら麗雀に話し掛けた。

 

「ふふっ、久しぶりだね、麗雀ちゃん」

「最後に会ったのが旅に出る前だから……大体一年ぶりくらいかな?」

「そうね。まあ、貴方達も元気そうで良かったわ。特に智虎が、だけど」

「え、僕?」

「ええ、もちろん。なにせ、いつも色々な物を怖がってたし、修行の話を頂いた時だってとても不安そうな顔をしてたしね」

「う……確かにそうだったね……」

 

 麗雀の言葉に智虎が少しショボンとしたが、麗雀は智虎の姿をジッと見た後、静かにクスリと笑った。

 

「……でも、その様子を見る限り、少しは成長したみたいね。立ち姿にも少しだけ風格みたいなのが出てきたし、纏ってる霊力とかも強くなってるみたいだもの」

「……え? そ、そう……?」

「ええ。……それに、どうやら賢亀と護龍も最後に会った時よりも力が強くなっているみたいだし、だいぶ優秀な師範にでも出会えたみたいね?」

 

 最後の方で俺の方を見つつ、麗雀が楽しそうな様子でそう言うと、智虎がとても嬉しそうな様子でそれに答えた。

 

「うんっ! こちらの柚希さんもそうだけど、僕達がお世話になってる方々は皆さん良い人達ばかりなんだよ!」

「ふふ、確かにそうだね。色々な種族の人達が一緒にいるから、ちょっと戸惑うこととかもあったりはするけど……」

「それもまた修行の一環と思ってしまえばどうと言う事は無く、それどころか新たな事を学ぶ機会にもなる。よって、私達は今の生活を送れている事をとても幸福な事だと感じている」

「皆……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺は智虎達のその言葉が、そしてその気持ちがとても嬉しかった。俺は別にそう言って欲しいと思って智虎達と接した事は一度として無い。あくまでも俺は智虎達の事を親御さん達から預かってる身であり、俺自身四神’sの皆から色々と学ばせてもらってる身でもあり、他の『絆の書』の皆同様家族のような存在でもあると考えているからだ。だから尚更、この智虎達の言葉が俺の胸に強く、とても強く響いていた。

 

 ……ふふ、俺でこんなになるんなら、アイツら──特に風之真なら感動の涙を流すだろうな……。

 

 俺は目元まで来ていた感動の涙を必死になって堪えた後、クスリと笑いながら智虎達に話し掛けた。

 

「……智虎、賢亀、護龍、ありがとうな。俺もお前達と出会えた事、そしてこうして一緒に修行したり生活したり出来てる事がとても幸せな事だと思ってるよ」

「柚希さん……」

「俺自身まだまだ未熟だけど、お前達の事を支えていけるよう、精一杯努力していくつもりだ。だから──」

 

 俺はニッと笑ってから言葉を続けた。

 

「これからもよろしくな、皆」

「……はいっ、柚希さん!」

「はい、これからもよろしくお願いします、柚希さん」

「こちらこそよろしくお願い致します、柚希殿」

 

 三者三様。その言葉がピッタリ合う程、智虎達の言葉自体は違っていたが、智虎達から感じるその気持ちは同じであると俺は断言出来た。この信頼は実に重い。何故なら智虎達からの信頼だけではなく、俺を推してくれた天斗伯父さんや義智からも、智虎達の親御さん達からの信頼も合わせたもの、それがこの智虎達からの信頼の言葉とも言えるからだ。

 

 この重みに押し潰される事なく、そしてこの信頼全てに答えていけるよう、これからも頑張っていかないとな……。

 

 信頼の重み、その不可視であり確かな物を噛み締めていたその時、

 

「……良いなぁ」

 

 麗雀からポツリとそんな声が聞こえた。

 

「……む、麗雀。どうかしたのか?」

「……いいえ、何でもないわ」

 

 麗雀は首を横に振りつつ、愛想笑いを浮かべながら護龍の問い掛けに答えた後、微笑みながら智虎達に話し掛けた。

 

「そういえば……貴方達はいつ頃からこちらにお世話になっているの?」

「えっとね……僕は去年の秋、黄龍様のご指示を頂いた数日後くらいからお世話になってるよ」

「それで僕は去年の冬からで──」

「そして私は今年の春頃からだな」

「へえ、そうなの。……そういえば、皆自分が司る季節の時からお世話になってるみたいね」

 

 麗雀がその事を指摘すると、智虎と賢亀がハッとした表情を浮かべた。

 

「……あ、本当だっ!」

「そう言われればそうだね。僕、今の今まで全く気が付かなかったよ」

「ふふっ、だね!」

 

 智虎達が楽しそうに話す中、護龍はその様子を見ながら小さく息をついた。

 

「……やれやれ、まさか智虎と賢亀がその事実に気付いていなかったとはな……」

「まあ……よくよく考えてみれば一目瞭然な事だからな」

「はい、その通りです。……こうなれば、私達四神の本来の役割などについて、一度復習をさせた方が良いのでしょうか?」

「んー…流石にそこまではしなくても良いと思うぜ? 一応智虎達も自分達が本来守護すべき物くらいはしっかりと理解してるだろうからさ」

「……まあ、柚希殿がそう仰るのであれば良いのですが……」

 

 護龍はそう言いながら渋々引き下がった後、麗雀の方へ顔を向けた。

 

「さて、麗雀よ。お前が何故ここにいるのか、修行の進捗など訊きたい事は様々ある。しかし、今は昼時だ。お前さえ良ければ、私達と共に来て欲しいのだが、どうだ?」

「私は……まあ、大丈夫よ。私はどこかにお世話になってるわけじゃなく、ただ旅をしているだけだから」

「分かった。……柚希殿、よろしいですか?」

「ああ、もちろん。俺も麗雀の話が聞きたいし、天斗伯父さんもきっと良いって言ってくれるだろうからさ」

「承知しました」

 

 護龍が静かに頷きながら言った後、俺は四神達の事を見回しながら声を掛けた。

 

「それじゃあ、そろそろ行こうか、皆」

「はいっ!」

「はーい」

「はい」

「ええ」

 

 そして、朱雀の麗雀と共に俺達は再び家に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 四神′sと一緒に家に帰った後、俺は天斗伯父さんに麗雀の事を話した。そして天斗伯父さんが快く麗雀の事について了承してくれ、義智達『絆の書』の仲間達に出て来てもらった後、俺は天斗伯父さん達と一緒に昼食を作り始めた。皆の分を作り終え、昼食を居間のテーブルやオルト達の目の前に並べ終えた後、俺達は席に座り一斉に手を合わせた。

 

『いただきます』

 

 そして、美味しそうな匂いを漂わせている昼食を前に、俺達は声を揃えて食事の挨拶をした。

 

 ……うん、今日も美味しそうだ。

 

 俺は目の前に並ぶ昼食を見ながらそう思った。今日の献立はオムライスにコーンとハムとレタスのサラダ、それにトマトスープと洋風一色となっている。オムライスなどのピカピカと光るような黄色にトマトスープなどの綺麗な赤、そしてレタスの目に優しい穏やかな緑色と見た目にも楽しいメニューだ。

 

 俺達も手伝っているとはいえ、仕事の休憩時間にこの料理達を人数分作り、それでいて疲れてる様子は無い。やっぱり天斗伯父さんは神様なだけあって、スゴいよな……。

 

 天斗伯父さんの神様としての力量を改めて思い知った後、俺は皆の食べている様子を微笑みながら眺めている天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「天斗伯父さん」

「どうかしましたか? 柚希君」

「……いつもありがとうございます。仕事で疲れている中、俺達や今回の麗雀みたいに学校帰りとかに出会った奴の分まで料理を用意してくれて……」

「ふふ、どういたしまして。ですが、お礼なんて別に良いですよ、柚希君。私は私がやりたいからやっているだけですし、柚希君や皆さんの支援が私の役目なのですから」

「それでも、ですよ」

 

 俺が微笑みながら言うと、天斗伯父さんはキョトンとした後、クスリと笑いながら答えた。

 

「……それなら、ここは大人しくその言葉を受け取っておきますね」

「はい、ぜひそうして下さい」

 

 天斗伯父さんの言葉に対し、俺がクスリと笑いながら答えていた時、ふと四神達が楽しそうに話す声が聞こえてきた。

 

 ……そうだ、そろそろ麗雀から話を聞かないといけないな。

 

 俺は四神達の方へ顔を向けてから麗雀に声を掛けた。

 

「なぁ、麗雀。そろそろお前の話を聞かせてもらっても良いか?」

「……ええ、もちろん良いわ。もっとも、貴方達が面白いと思えるかは分からないけどね」

 

 そう前置きした後、麗雀は静かに語り始めた。

 

「黄龍様のご指示を頂いた後、私は父さん達から修行についての指示を受けた。そして、その私の修行内容、それは旅をしながら自分の師範となってくれる人を探し、その人の元で『火』の力を高めることよ」

「……なーんか護龍よりもムズそうな修行内容だよなぁ、それ……」

「まあね。でも、私は別にそれに文句は無いわ。文句を言ったってしょうがないし、何より目の前の課題が難しければ難しいほど燃えるもの♪」

 

 麗雀が楽しそうに言うと、護龍はやれやれといった様子を見せた。

 

「……変わらないな、お前は」

「変わらないって……どういう事? 護龍」

「……麗雀は昔から何かに挑戦する事、それも難しい事に挑戦する事が好きなのだ。

 そして私達は、それにいつも付き合わされていてな……」

「あー……そうだったね……」

「うんうん……スゴく高い崖を登る事になった時は、本当にどうしようかと思ったよ……」

「……そうだね」

 

 遠い目をしながら言う智虎達の様子から、その体験してきた事の辛さが見て取れたような気がした。

 

 あはは……皆苦労してきたんだな……。

 

 智虎達のその様子に苦笑いを浮かべていると、麗雀が再び話を始めた。

 

「……続けるわね。そして指示を受けた後、私は様々な場所を旅しながら、私の師範となってくれる人を探した。けれど、私の『火』の力は日々高まっていったものの、私の師範になってくれそうな『火』の力に長けている人には中々出会えなかった……」

「『火』の力に長けている者か……神々などであればざらにいるだろうが、現世の術士などから選ぶとなれば、そう簡単に行かぬのは当然だ」

「……まさにその通りよ、この現状には流石の私も諦めたくなってきたもの。そして今朝、偶然この辺りに立ち寄った時、何だかスゴい力の気配を感じたの」

「スゴい力の気配って……まさか、俺か?」

「ええ。……ただ、神力とも霊力とも違う力の気配だったから、ちょっと警戒させてもらったけどね」

「警戒……まさか今朝の謎の暑さって、それだったのか?」

 

俺の問いかけに麗雀はウインクをしながら答えた。

 

「その通りよ。私の中にある『火』の力で周囲の気温を少々上げさせてもらったの。まあ、気温を上げただけだから、霊力とか神力の気配は感じられなかったと思うけどね」

「……まあな。それにあの時は友達との登校途中だったから、たとえ気付けたとしても後回しにせざるを得なかったろうけどな」

「ふふ、そうでしょうね。そしてさっき、また力の気配──柚希が近付いてきたから、もう一度同じ事をしようとしたの。けど、その時に突然智虎達の力の気配を感じたから、とりあえず様子を見るために急いで空へと飛んだの。そして、貴方達の様子を窺っていると、護龍が勢い良く昇ってきたから、話を聞くために護龍へと近付いたのよ」

「そして護龍から軽く俺達の話を聞いた結果、警戒を解いてくれて、今に至るわけか」

「ええ、その通りよ。けど……まさか智虎達が皆同じ人にお世話になっているとは思わなかったわ」

「あはは……確かにそうだよね」

「智虎君と護龍君は天斗さんがきっかけだけど、僕と麗雀ちゃんは完全に偶然だからね」

「うむ……だが、こうして再び会う事が出来たのはとても喜ばしい事だな」

「うんうん、皆の事はいつも心配してたから、やっぱりこうして全員が揃うと何だか嬉しくなるね」

「うん、そうだよね」

「ふふ……確かにそうね」

 

 護龍の言葉がきっかけとなり、智虎達は楽しそうに笑い合い始めた。

 

 ……うん、やっぱり友達って良いよなぁ……。

 

 智虎達の様子を見てそう思っていると、智虎が何かを思いついたように声を上げた。

 

「あっ、そうだ!麗雀ちゃんもここにお世話にならない?」

「え……私も?」

「うん。見ての通り、ここには柚希さんを始めとして様々な人達が一緒に過ごしてるから、色々と勉強になる事もあるからさ」

「そうだね。ここには麗雀ちゃんが求めてるような『火』に長けている人は流石にいないけど、義智さんや蒼牙さんみたいな知識人もいるから、その話の中から何かヒントになる事だって見つかるかもしれないしね」

「……なるほどね、確かに魅力的な提案だとは思うわ」

「それじゃあ……!」

「でも……ごめんなさい。流石にそう簡単には決められないわ」

 

 麗雀が申し訳なさそうに言うと、護龍は静かに腕を組みながら頷いた。

 

「賢明な判断だな。私達は柚希殿や遠野家に住む方々の人となりなどを知っているが、麗雀は今日になって初めて柚希殿などに会った。つまり、まだ柚希殿達に自身の身を委ねても良いと判断するには情報が少ない状態にあるわけだ。

そしてその中で、簡単にお世話になる事を決めてしまっては、ご指示を頂いた黄龍様や麗雀のご両親の期待を裏切る事にも繋がりかねんならな」

「う……それもそうだね」

「うん……言われてみれば、僕達も実際に見たり体験したりした後に判断したわけだしね……」

 

 智虎と賢亀がショボンとしていると、麗雀は再び申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「……私も本当は智虎達と一緒に修行をしたいけれど、護龍が言うように簡単には判断できないの。ごめんなさい……」

「ううん、それなら仕方ないよ」

「うん。僕達が優先するべきなのは、あくまでも僕達の力の強化と見識を深める事だからね」

「そうだな」

 

 智虎達の言葉に護龍は深く頷いていたが、その眼や様子から護龍自身も残念であり、少し寂しいと思っている事が窺えた。

 

 うーん……どうにかならないもんかな……。

 

 智虎達のために何かしてやれる事は無いかと考え始めたその時、ふと天斗伯父さんから声が上がった。

 

「それでしたら……期間限定の修行体験というのはどうでしょう?」

「期間限定の……」

「修行体験……」

「ですか?」

「はい。要するに、判断するための情報が欲しいわけですから、とりあえずこの日までという期間を決めて、その期間内に自分が必要だと思う情報が集まればそのまま継続。そして逆に集まらなかった上、別の方法の方が良いと思えば、そこで打ち切りという形にすれば良いと思いましてね」

 

 天斗伯父さんが微笑みながら言うと、麗雀と護龍が納得した様子を見せた。

 

「なるほど……確かに期間を決めてやれば、その期間内に情報を真剣に集めようという気になるから、修行などにも一層身が入るかも……」

「……そしてそれに加え、期間を定めている事で、たとえ打ち切る事になったとしても後腐れなく終わる事が出来るからな」

「その通りです。それに、その期間内は麗雀さんにも生活する場所が出来ますから、雨風を凌いだり食料の心配をしたりする必要もなくなります」

「……つまり、私にとっては至れり尽くせりな状況が出来上がる、という事ですね?」

「はい。もっとも麗雀さん自身がそれでも良いと仰るならですが……」

「……こんなに恵まれた条件はないので、私自身はもちろん良いんですが……」

 

 麗雀は少々不安そうな様子で俺達の事を見ながら言葉を続けた。

 

「ただ……皆さんにとって、それについての不満などが無いか。それだけがちょっと不安で……」

「麗雀……」

 

 護龍が心配そうな様子で麗雀の事を見ていたその時、

 

「んー……不満なんて特にねぇぜ?」

 

 話を聞いていた風之真が首を傾げながら麗雀の言葉に答えた。そしてそれに続いて、他の『絆の書』の皆からも次々と声が上がった。

 

「……うむ。その程度の事など、我らにとっては不満の内に入らん」

「ふふっ、そうですね♪」

「うむ、この程度を不満などと思っていては、この者達と住む事など到底出来んからのぅ」

「ここには色々な人達がいる分、色々な事が常に起きてますからね」

「加えて、そのような考えや行いが失礼に当たるなどと考える必要も無いぞ?」

「うん、私達はそういうのはまったく気にしないもんねっ!」

「うんうん、そういうのを気にしてたら、なにも楽しくないからね」

「あははっ! 確かにそうだよね!」

「それよりも、何か私達にお手伝い出来る事があったら、遠慮なく言って下さいね?」

「僕達なりに精一杯お手伝いはしますから」

「皆さん……」

 

 麗雀が少し驚いた様子を見せていると、ヴァイスがクスクスと笑いながら、そして蒼牙がいつものように落ち着いた様子で話し掛けた。

 

「ふふ。皆さんの言う通り、私達は貴女の期間限定の修行体験を応援していますし、何も不満に思ったりはしません」

「よって、お前は何も心配せずに定められた期間の中、ただ自分にとってこの場が有益かを思考しつつ、修行に励んでいれば良い。せっかく、お前の友であり同じ四神の仲間達もいるのだからな」

 

 蒼牙が智虎達の方へ視線を向けると、智虎達は微笑みながら次々と声を上げた。

 

「そうだよ、麗雀ちゃん。僕達にも何か手伝える事があったら遠慮なく言ってよ?」

「僕達の力で出来る事なんてだいぶ限られるとは思うけど、僕達なりに精一杯手伝うからね」

「うむ。私達は友であり同じ四神の仲間なのだからな」

「みんなまで……」

 

 麗雀は義智達『絆の書』の面々や智虎達四神′sの事をもう一度見回した。そして覚悟を決めたような表情を浮かべると、麗雀は天斗伯父さんの方へと視線を向けた。

 

「天斗さん、先程の期間限定の修行体験の件、喜んで受けさせて頂きます。短い間ですが、よろしくお願いいたします」

「ふふ、こちらこそよろしくお願いしますね、麗雀さん」

 

 天斗伯父さんは麗雀に向かってニコッと笑った後、隣に座っている俺へと視線を移した。

 

「柚希君、麗雀さんの修行体験のサポートをお願いします」

「はい、もちろんです。義智達『絆の書』のみんなと一緒に精一杯頑張ってみます」

「ふふ、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 天斗伯父さんの言葉に微笑みながら答えた後、俺は麗雀に声を掛けた。

 

「麗雀、期間限定ではあるけど、これからよろしくな」

「ええ。何かあったら色々頼らせてもらうわね、柚希」

「ああ、任せとけ」

 

 そう言いながら、俺は麗雀と笑い合った。

 

 さて……この期間限定の修行体験、俺なりに頑張りつつ、麗雀にとって実りあるものにしてやらないとな。

 

 決意を秘めた麗雀の目を見て、俺は静かにそう決意した。そしてその後、修行体験の終了日を丁度良く花火大会がある三日後へ定め、麗雀の修行体験が幕を開けた。

 

 

 

 

 修行体験の期間中、俺は四神′sと一緒に麗雀のサポートに回りつつ、時には夕士達と遊んだり一緒に勉強をしたりしつつ、また時にはいつものように『絆の書』の皆と麗雀の修行内容を話し合ったり、と中々充実充実した毎日を過ごした。

そして、当の麗雀自身も義智達による精神力の修行や雪花達と一緒の力を高める修行に精を出しつつ、他の『絆の書』の住人達と話をしたり手伝いを楽しんでいたり、と中々楽しそうに過ごしている様子が見て取れた。

 

 うん、中々良い感じに進められている気がする。後は……麗雀自身がどう感じてるか、だな。

 

 その点だけは少し心配だったものの、俺は出来る限りの力を振り絞り、麗雀の修行体験のサポートに回った。そして、遂に訪れた修行体験の最終日の夜、俺は力で姿を隠した麗雀達四神′sや風之真達を連れて、夕士達と一緒に花火大会の会場に来ていた。花火大会の会場には老若男女、様々な人達が集まっており、花火が始まる前から楽しそうに話す人達の声で溢れていた。

 

 やっぱり花火大会なだけあって、色々な人達がいるなぁ……まあ、それを見越して義智とか蒼牙とかは天斗伯父さんやヴァイスと一緒に家に残ることにしたんだろうけどな。

 

 家に残ることにしたメンバーの事を思い、俺がこっそりクスリと笑っていると、夕士と風之真がほぼ同時に楽しそうな声を上げた。

 

「へへ、やっぱり花火大会なだけあって、街の人達がいっぱいいるな!」

「うん、そうだな」

『へへっ、やっぱ夏と言いやぁ、花火だからなぁ……!』

『風之真、お前の場合は花火だけじゃなく、スイカとかもあるだろ?』

 

 口に出して夕士に返事をしつつ、力を使って風之真に返事をするという離れ技をこっそりと披露したため、俺は少しだけ疲労感を覚えていた。

 

 ふぅ……思ったよりこれって疲れるんだな……。

 

 すると、浅葱(あさぎ)色の浴衣に身を包んだこころがクスクスと笑いながら話し掛けてきた。

 

『柚希さん。私達は私達でぐるりと回ってきますから、柚希さんは夕士さんや智虎さん達と一緒に行って来て下さい』

『こころ……でも本当に良いのか?』

『はい♪ 私達は私達でのんびりとしていますから、柚希さんは夕士さんや智虎さん達の方に集中してあげて下さい』

 

 すると、そのこころの言葉を皮切りに、風之真達からも声が上がった。

 

『そうだぜ、柚希の旦那。元々、夕士達と一緒に来る予定のところに俺達が付いてきたわけだからな)』

『うんうん。それにこれは麗雀の修行体験のお疲れ様会みたいなものでもあるしね』

『そうそう。ボク達の事はボク達に任せて、柚希は夕士達や智虎達の方に構ったげてよ』

『いざという時はしっかりと柚希さん達の事を呼びますから』

『皆……』

 

 こころ達の優しさに触れ、少しだけ感動を覚えた後、俺はニッと笑いながら返事をした。

 

『分かった。それじゃあ……また後で会おうぜ、皆』

『はい♪』

『おうよ!』

『はーい!』

『りょーかい!』

『分かりました♪』

 

 そしてこころ達は楽しそうに話をしながら、人混みの中へと消えていった。

 

 ……ありがとうな、皆。

 

 心の中でこころ達にお礼を言った後、俺は夕士達や智虎達に声を掛けた。

 

「よし、せっかくの花火大会だし、目いっぱい楽しもうぜ、皆」

「おう!」

「ああ」

『はい!』

『はーい』

『承知しました』

『ええ』

 

 こうして、人間と転生者と四神という一風変わったメンツによる花火大会が幕を開けた。

 

 

 

 

 会場では偶然出会った雪村達と話をしたり、出ている出店を見て回ったり、とある程度花火大会の雰囲気を楽しんだ後、俺達は花火を見るための場所を探した。

そして、それなりに人が少なく並んで座れそうな場所を見つけた後、俺達がそこに並んで座ると、賢亀を頭に乗せた智虎が俺の足下に座り、飛んでいた護龍と麗雀が俺の肩に留まった。

 

 ……ふふ、夕士達もこんな近くに四神がいるなんて知ったら、流石に驚くだろうなぁ……。

 

 そんな事を考えていたその時、メインイベントである花火が大きな音を立てながら次々と上がり始めた。花火は赤や橙、黄色に緑、果ては紫色と様々な色を使って、夜空という黒いキャンバスにまるで絵を描くように上がり続けた。

 

「ははっ、やっぱり花火ってスゴいなぁ……!」

『わぁー……! 色々な色や形があって、スゴく綺麗だなぁ……!』

『うんうん、何だか見とれちゃうよね……!』

「……うん、やっぱりのんびりと花火を見るのも良いな」

『……夜空に咲く花か。うむ、やはりたまにはこのような花も良いものだな』

 

 花火に夕士と智虎達が目を輝かせる中、長谷と護龍はとても落ち着いた様子で花火を眺めていた。

 

 ……ふふ、いずれ夕士達にも皆を紹介する日が来るし、その時はこのメンツがまずは仲良くなりそうだな。

 

 そんな夕士達や智虎達の様子を眺めた後、俺は右肩に留まっている麗雀に声を掛けた。

 

『麗雀、花火大会を楽しんでるか?』

『ええ、もちろん。……色々な所を旅していたから、花火も様々な物を見てきたつもりだけど、やっぱり友達と一緒に見る花火の方が何だか綺麗に見える気がするわ』

『ふふ、そうだろうな。どんな事だろうと、友達と一緒の方が楽しいのは当然だよ』

『友達と一緒の方が楽しいのは当然、ね……』

 

 俺の言葉に麗雀は少しだけ暗い顔をした後、静かに俯きながらポツリと呟いた。

 

 ……麗雀、もしかして……。

 

 俺は麗雀の考えを自分なりに察した後、静かに話し掛けた。

 

『……麗雀、もしかしてだけど、智虎達と一緒に修行を続けたいと思うのは、黄龍様や親御さんの期待を裏切る事になるとか思ってないか?』

『……どうして、分かったの?』

『……何となく、だな。まあ……強いて言えば、さっきの俺の言葉を聞いた瞬間に顔が曇ったように見えたからかな 』

『……そう。私もまだまだ修行が足りないみたいね』

 

 そう言うと、麗雀はポツリポツリと自分の気持ちを話し始めた。

 

『……本当はね、私はこのまま柚希達や智虎達と一緒に修行を続けたい。修行体験を通しての皆との生活は、とっても楽しかったしとても勉強になったから。でも……このまま続けてしまっては、私が何のために修行に出る事にしたのか分からなくなる気がしたの』

『修行に出る事にした理由……』

『……ええ。それに、このままだと皆に甘えてしまいそうだから。私達はあくまでも、四神としての力を高めるために修行に出た。なのに……甘えてしまっては何も得られないし、黄龍様や父さん達の事を裏切る事にもなるんじゃないかって……思えてきちゃって……』

 

 自分の気持ちを話す麗雀の声が徐々に震え始め、目には少しずつ涙が浮かび始めた。

 

 ……麗雀って、本当は護龍よりも責任感や自分が四神である事への使命感とかが強いのかもしれないな。だから、自分自身が他人に甘える事を頑なに拒否しつつ、皆をどうにか引っ張っていこうと自分だけで奮闘する。

でも、そんな生き方を続けていては、いつか絶対に潰れてしまう。自分自身が支えられる責任などには絶対に限界があり、自分だけで生きていこうなんて事は殆どの奴が出来るわけが無いからな。だったら、俺が掛けてやるべき言葉は……。

 

『……なぁ、麗雀……』

『麗雀よ、甘えるのはそんなに悪いことなのか?』

『え……?』

『……え?』

 

 俺達が不思議そうな声を上げながら護龍の方へ向くと、護龍はとても真剣な表情を浮かべながら言葉を続けた。

 

『麗雀、私は甘える事は悪いことだとは思わん。むしろ、今の私達は様々な方々に甘えるべき時期だと考えているが?』

『甘えるべき時期って……そんなのおかしいわ。私達は黄龍様のご指示を受けて、今こうして修行に出ている。なのに甘えるべき時期って……絶対におかしいわ』

『おかしくなどはない。確かに私達は修行中の身だが、それと同時に(よわい)の上ではまだ幼子だ。その幼子である私達が、様々な方々に甘えていけないという道理がどこにある? 麗雀よ』

『そ、それは……!』

 

 麗雀が護龍からの問い掛けへの答えに詰まっていると、更に智虎と賢亀も麗雀に話し掛け始めた。

 

『護龍君の言う通りだよ、麗雀ちゃん。コレを言い訳にする気は無いけど、僕達はまだまだ子供だ。それなのに、四神としての責任感とか使命感を必死に背負おうとしたら、絶対にどこかで潰れちゃうよ』

『そして潰れちゃったら最後、たぶんもう元には戻らない。だから、そうならないためにも今の子供である内は柚希さんや天斗さん、そして『絆の書』の皆さんに甘えないまでも、少しでも助けてもらう方が良いんだよ』

『智虎……賢亀まで……』

 

 智虎達の言葉を聞いても、まだ自分がどうするか決めあぐねている麗雀の様子を見て、護龍が静かに声を掛けた。

 

『麗雀よ、お前も本当は分かっているんだろう?四神としての責任感や使命感も大事だが、今の自分にとってそれらは背負っていくには明らかに重すぎるという事が』

『……そんなの分かってるわよ。でも……たとえ重すぎたとしても、それを背負おうとしないと、黄龍様や父さん達の期待を裏切る事に……!』

 

 花火の光に照らされつつ、目に涙を溜めながら心からの声を吐き出す麗雀に対して、護龍はいつも通りの落ち着いた様子で麗雀に話し掛けた。

 

『麗雀よ、お前の修行内容はたしか……様々な場所を旅しつつ、己の師範となってくれる者を探し、その者の元で『火』の力を高める、だったな?』

『そうよ……でもそれが一体……!』

『……やはりお前は、お前の両親がなぜそのような修行内容を定めたのか、その真意をお前は理解していないようだな』

『修行内容の……真意……?』

『ああ。……まあ、これはあくまでも私の予測に過ぎないが、恐らく大体同じような考えであると思っている。お前の修行内容をこのように定めた真意、それは……お前に他者と触れ合い、他者に心を許すという事を知って欲しかったから、だと考えている』

『他者と触れ合い、他者に心を許すという事を知って欲しかったから……。私……そんなに他人の事を信用してないように見えるのかしら……?』

『信用してるしてないというかは……もう少し家族以外の人にも甘える事を覚えて欲しかったから、じゃないかな?』

『うんうん。今回の件もそうだけど、麗雀は何かあったら自分だけで抱え込んだり解決しようとしたりする事があるからね』

『家族以外にももう少し甘える、か……』

 

 麗雀は智虎の言葉をポツリと繰り返した後、夜空に咲き続けている花火に視線を向けた。

 

『……私、たぶん本当は怖かったのかもしれないわね……父さん達や智虎達はいつも近くにいてくれたけど、他の人は絶対にそうとは言えない。いつかはこの花火が散るみたいに儚くその関係性が無くなってしまうって、そう……思っていた。

だから、他人との関係性の始まりとなる触れ合いとかを無意識の内に避けていた。そうじゃないと、私の中でいつの間にか大切な存在になって、その人との別れる事になるのが絶対に辛くなってしまうから……』

『麗雀……』

『そして智虎達の言う通り、四神としての責任感や使命感を自分だけで背負おうとしていた。そうすれば、それにだけ自分の目が向くから、他人との触れ合ってる暇なんて無いって自分に言い聞かせることにも繋がるしね。

 ……でも、今の私にとってやっぱりそれは辛かった。だから、天斗さんからの提案を受けたんだと思うの。無意識の内に柚希達に助けを求めるために。

『誰か私を助けて……!』

『誰か私を支えて……!』

 ……みたいにね』

 

 麗雀は夜空に咲き続ける花火を少し哀しそうに、そして淋しそうに見詰めながら言った後、静かに俺の方へと顔を向けた。

 

『ねえ、柚希。私……今からでも誰かに、柚希達に甘えても良いかな? 自分が今まで一人で抱え込んできた物を柚希達に支えてもらう事って許されるのかな?』

『……甘えても良いし、許されるに決まってるだろ? 麗雀』

『……そっか』

『ああ』

 

 俺がニッと笑いながら言うと、麗雀はとても安心したような表情を浮かべた後、ニコッと笑いながら話し掛けてきた。

 

『……それじゃあ早速、その言葉に甘えさせてもらおうかな。三日間の皆との修行体験はとても楽しかったから、これからも続けていきたいしね♪』

『麗雀ちゃん、それって……!』

『ええ。皆、これからもよろしくね』

『……ああ、よろしくな、麗雀』

『……うんっ!これからもよろしくね、麗雀ちゃん!』

『ふふっ、よろしくね、麗雀』

『麗雀、これからもよろしく頼むぞ』

『……うんっ!』

 

 麗雀は年相応のとても良い笑顔で返事をした。

 

 ……さて、麗雀にもそろそろ伝えないとな。

 

 俺がいつものように『絆の書』の事について話そうとしたその時、遠くから俺達の事を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

『おーい! みんな-!』

『こんなところにいたんだね-!』

 

 声のした方に視線を向けると、そこにはとても嬉しそうな様子でこっちへと向かってくるオルトと鈴音の姿があり、その後ろからは風之真とアンを肩に乗せたこころがゆっくりと歩いてきていた。

 

『オルト、鈴音……それにこころ達まで……良くここが分かったな』

『えへへっ、僕の嗅覚と……』

『ふふっ♪ 私の力を使ったらすぐに分かっちゃいましたよ』

『ふふ、なるほどな』

 

 オルトの嗅覚とこころの覚の能力があれば、確かにすぐに見つかるか。

 

 そんな事を思いつつ、花火を見ている夕士達の方へ俺がチラリと視線を向けると、こころがクスクスと笑いながら話し掛けてきた。

 

『大丈夫ですよ、柚希さん。花火と私達だけの会話法のおかげで、夕士さん達にはまったく柚希さん達の会話の様子は見えていなかったみたいですから♪』

『……そっか、それなら良かったよ』

『ところで……この様子を見る限り、麗雀も仲間になったってぇ事で良いのかぃ?』

『ええ、そうよ。皆、これからよろしくね』

『おうよ! 何かあった時は遠慮無く頼れよな、麗雀!』

『ふふ、私達でよければいつでもお力になりますから』

『……ええ、そうさせてもらうわね』

 

 そう風之真達に返事をする麗雀の表情からは、受け入れられた事への安心感とこれからに対しての希望のような物が見て取れた。

 

 ……うん、やっぱりこういう時のこころや風之真って本当に頼りになるなぁ……。

 

 そんな事を思いつつ、俺はこっそりとバッグから『絆の書』を取りだした。そして麗雀に声を掛けた後、俺は自分自身の事や『絆の書』の事について麗雀へと話した。すると、麗雀は護龍のようにとても興味深そうな様子を見せた。

 

『転生者に『絆の書』……なるほど、智虎達の成長の影にはそんな物が関わっていたのね』

『まあ、そうだな。さて、と……』

 

 俺は静かに『絆の書』の空白のページを開きながら、こっそりとこころへと渡した。

 

『こころ、頼むな』

『ふふ、任せて下さい♪』

 

 こころが微笑みながら絆の書を受け取った後、麗雀は自分の右の翼を、そして俺は左手に『ヒーリング・クリスタル』を握りつつ、目を瞑りながら右手を空白のページへと置いた。

そして、いつものように奥底にある魔力が腕を伝い、空白のページについている右手の中心にある穴から『絆の書』へと流れ込むイメージが浮かんだ事を確認した後、俺は静かに魔力を流し込み続け、必要な量が流れこんだ後、俺は静かに目を開けて『絆の書』を確認した。

するとそこには、晴れ渡った青空の下で翼を大きく広げて飛ぶ麗雀の姿と朱雀についての詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 よし……とりあえずこれで良いな。後は麗雀を出してやるだけなんだけど……。

 

 俺が再びチラリと夕士達の方へ視線を向けると、幸いにも夕士達はまだ花火に夢中になっていた。しかし『絆の書』の住人達が出て来る時に発している光はそこそこ明るいため、今麗雀の事を出してしまったら、気付かれてしまう事はほぼ確定だった。

 

 うーん……どうしようかな……。

 

 麗雀を出してやる方法について考え始めたその時、

 

『……賢亀、護龍、ちょいと手伝ってもらうぜ?』

『……はーい』

『……承知しました』

 

 ニヤリと笑いながら言う風之真の言葉に、賢亀と護龍が静かに頷きながら答えた。

 

 ……アイツら、一体何を……?

 

 俺が不思議に思っていると、護龍が神力を使って近くに生えていた木から数枚ほど葉っぱを落とした。そしてそれを見るや否や、賢亀が水の力を使って、その場に即席の水溜まりを作り出した。すると、風之真はその場所へ向けて軽く風を送り、風之真の風が小さな渦となると、護龍が落とした葉っぱを不自然に浮かばせ始めた。

 

 ……そうか、風の渦は肉眼では見えづらいから、風で舞っているわけじゃなく、浮いている葉っぱの様子は明らかに不自然に見える。後は、この渦の音とかで夕士達の注意を引ければ……!

 

 風之真達の考えに俺が気付いた瞬間、近くから鳴り始めた風の音に夕士達が気付き、そちらの方へと視線を向けた。

 

「……えっ、何だこれ……!?」

「……葉っぱが風で浮いているし、いつの間にか水溜まりが……?」

 

 風之真達が起こしてくれた現象に夕士達が気を取られている内に、俺はすぐさま麗雀のページに右手を置き、そのまま魔力を注ぎ込んだ。そして、『絆の書』から小さな光の珠が浮かび上がり、そのまま俺の右肩の方へ移動すると、徐々に麗雀の姿へと変化していった。

 

 ……ふぅ、これで何とかなったな。

 

 無事に麗雀が『絆の書』から出て来た事を確認した後、俺は風之真に向けて軽く頷いた。すると、風之真はニヤッと笑いながらコクンと頷き、風の渦へ向けて軽く風を送り、力を相殺させる事で風の渦を消滅させた。

そしてそれにより、浮かび上がっていた葉っぱがひらひらと水溜まりへ落ちると、夕士達は不思議そうな様子で呟くように声を上げた。

 

「……落ち、た……?」

「……何だったんだ、一体……?」

 

 その様子を見ながら、俺は夕士達に対して少し申し訳ない気持ちを感じていた。

 

 ……本当ならしっかりと説明してやりたいけど、夕士達にこの事を話すのは現在(いま)じゃなく、もっと先の未来じゃないといけない……。夕士達には悪いが、今だけはしらばっくれさせてもらおう。

 

 夕士達の様子を見ながらそう考えていると、夕士達が弾かれたように俺の方へと体を向けた。

 

「柚希……今の見たか?」

「……ああ、見たぜ? 何だったんだろうな、一体……」

「……本当にな。まるであの辺りだけ上昇気流でも発生したみたいになっていたしな……」

「……そうだな」

 

 夕士達と一緒に悩むフリをしながら、俺は力を通して風之真達にお礼を言った。

 

『風之真、賢亀、護龍。本当にありがとうな』

『へへっ、どういたしましてってな!』

『どういたしまして、柚希さん』

『どういたしまして、柚希殿』

 

 風之真達の返事にこっそりと頷いた後、俺は肩に乗っている麗雀に声を掛けた。

 

『すまなかったな、麗雀。しょうがなかったとはいえ、中々出してやれなくてさ』

『ふふ、気にしないで、柚希。その間、例の居住空間って物をのんびりと楽しむ事が出来たから、私としては大満足よ』

『そっか、なら良かったよ』

 

 静かに微笑みながら返事をした後、ふと花火が打ち上がっていた方へ視線を向けると、どうやら作戦中に花火は終わっていたらしく、帰る準備を始めている人の様子がチラホラと見えた。

 

「……どうやら、花火は終わったみたいだな」

「え……あ、本当だ」

「道理でさっきから静かだとは思っていたが……

 まあ、花火とはまた違った不思議な現象に出会えた分、俺達の方が得したような気がするな」

「へへっ、だな!」

 

 夕士と長谷が楽しそうに話す中、俺はそっと『絆の書』をバッグへと戻し、バッグを背負い直してから夕士達や風之真達に声を掛けた。

 

「さて、と……それじゃあ俺達もそろそろ帰ろうぜ」

「おう!」

「ああ」

『おうよ!』

『はい♪』

『はい!』

『はーい!』

『りょーかい!』

『はいっ!』

『はーい』

『承知しました』

『ええ』

 

 そして、俺は夕士達と話す傍らで風之真達とも話しつつ、満天の星空の下を歩いて家に向かって歩いていった。




政実「第15話、いかがでしたでしょうか」
柚希「これで四神は全員揃ったわけだけど、次回出て来るのも四神関連の奴だよな?」
政実「うん、そのつもりだよ」
柚希「ん、了解。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「よし、それじゃあそろそろ締めていこっか」
柚希「そうだな」
政実・柚希「それでは、また次回」


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FIFTEENTH AFTER STORY 盛夏の朱雀と雪女の助言

政実「どうも、夏は冷たい飲み物と扇風機が必須の片倉政実です」
麗雀「どうも、朱雀の麗雀よ」
政実「という事で、今回は麗雀のAFTER STORYです」
麗雀「四神のラストは私ね。そして、タイトルから察するに雪花が関係してくる話のようね」
政実「うん、そんな感じ。それで、どんな話になってるのかは読んでからのお楽しみという事で」
麗雀「了解よ。さて……それじゃあそろそろ始めていきましょうか」
政実「うん」
政実・麗雀「それでは、FIFTEENTH AFTER STORYをどうぞ」


 強い日差しが照りつけ、近所から蝉の鳴く声が聞こえてくるある夏の日、お世話になっている遠野家のリビングで私がソファーの背もたれに留まっていると、ソファーでは雪女の雪花が冷茶の入ったコップを片手に持ちながら座り、膝の上には因幡の白兎の兎和と八咫烏の黒烏が気持ち良さそうにしながらのんびりとしていた。

 

「はあー……今日も暑いねぇ」

「ええ、そうね。というか、雪女って寒いところにいる妖なのよね? そのわりには、思ったよりもバテては無さそうだけど……」

「んー……まあ、私は自分の力で冷気のカーテンみたいなのを作れるからまだ平気だよ。ここに来たばかりの頃は力の制御がまったく出来てなかったから、夏はまったく出てこれなかったけどさ」

「なるほどね。それで、今は他の子達の冷房係みたいになってると」

「そんなとこ。兎和、黒烏、涼しさは程良いかね?」

 

 膝の上にいる兎和と黒烏を見ながら雪花が聞くと、二人は気持ち良さそうな様子のままで揃って頷く。

 

「はい……雪花さんのヒンヤリとした冷気とお膝の柔らかさがとても心地良いです……」

「夏の間はこうしていたくなるけど、流石にずっとこのままだと雪花さんにも悪いし、風邪を引いちゃいそうだね……」

「あはは、私はこのままでも平気だけど、風邪についてはその通りだし、寝ちゃわないようにだけは気をつけないとね」

「はい……」

「わかりました……」

 

 兎和と黒烏が完全にリラックスした様子で答え、そんな二人の事を雪花が微笑ましそうに見ながら時折空いてる手で撫でている姿を見て、私は少し不思議な気持ちになっていた。

 

「……それにしても、やっぱりここって不思議よね。神様と転生者、瑞獣が一緒にいるだけでも不思議なのに、妖怪や異国の怪物、ドラゴンまでもが同じ所にいて、その上、そんな風に仲良くしてるなんて中々見られない光景よ?」

「まあ、そうだろうね。でも、それは私達のボスである柚希がしっかりとまとめてくれてるからだよ。この家のボスっていうなら天斗さんだろうけど、私達は柚希が持ってる『絆の書』に登録されてるメンバーだからね」

「たしかにそうですよね。私達もお互いに協力し合うようにはしていて、種族の壁なんて考えずに接してますけど……」

「衝突や意見の違いも無いわけではないし、その度に柚希さんがお互いの言い分を聞いた上でお互いに納得出来る落としどころが見つかるまで一緒になって考えてくれるから、僕達も安心していられるよね。

それに、そもそも僕達って義智さんの判断がきっかけになったこころさんや天斗さんから紹介されたオルト君とヴァイスさんを除けば全員柚希さんの優しさに救われて仲間になったところがあるし、こころさんやオルト君達も柚希さんの事は信頼してるから、柚希さんに頼りきりにならないように僕達だけでも問題を解決出来るように心掛けてるしね」

「そうそう。本当にどうにもならない時は柚希や天斗さんにも意見を聞いてるけど、基本的にはお互いに話し合って解決出来るようにはしてる。柚希にだって柚希の生活があって天斗さんのお手伝いもしてるから、頼りきりにしちゃったら、柚希のやりたい事も出来なくなる上にいつかは倒れちゃうからね」

「なるほど、そういう関係ってなんだか良いわね。まあ、そういうあなた達だったから、先にお世話になってた智虎達も前より確実に力も心も成長してるのかもしれない。正直、それを知った時には心から羨ましくて、もっと早い内からここで修行をしたかったと思えたくらいだったしね」

 

 心からの感想を口にした後、私はここにお世話になる事になった経緯を想起した。

一年程前、私達四神の末子達は黄龍の煌龍様の指示で四神として成長するための修行に出る事になり、智虎達が自分達の親からそれぞれ別の修行を指示される中、私は父さんから指示されたのは旅をしながら師範になってくれる人を見つけ、その人の元で『火』の力を高める事だった。

その指示を受けてから私は旅に出て様々な場所を訪れたけれど、中々師範になってくれるような人には出会えず、自分が指示された修行の内容の難しさに諦めそうになっていた時に偶然この街を訪れた。

すると、そこにいたのが転生者であり神様の甥でもある柚希と智虎達だった。智虎達はそれぞれ別のタイミングでここに来ていて、揃って柚希にトレーナー役を務めてもらっていたらしく、旅に出る前よりも確実に成長をしていた。

そんな三人と柚希の絆に私は羨ましさを感じていたけれど、三人のように柚希にトレーナー役を務めてもらおうとは中々思えず、父さん達の知り合いであり神様でもある天斗さんの提案で私はお試し期間を設けて遠野家での修行体験をする事になった。

その修行体験の期間中、私は『絆の書』のメンバー達に手伝ってもらいながら修行に励む以外にも雑談を楽しんだり色々な事を手伝ったりし、私にとって至れり尽くせりな状況にありがたさを感じていて、このまま柚希達のところで修行を続けたいと思った。

けれど、そうしてしまったら私はみんなに甘えてしまう上に父さんや煌龍様からの期待を裏切る事になると思って、自分の思いを口には出せなかった。

そんな時に私を救ったのが修行体験の最終日に行った花火大会での護龍達の言葉だった。三人の言葉は頑なだった私の心を解きほぐすと同時に父さんの指示の真意を私に伝え、いつか来る別れへの寂しさや四神としての責任感や使命感を自分だけで抱える必要は無い事を思い知らせ、それで吹っ切れた私は素直に甘える事にして引き続き柚希達の世話になる事を決めた。

 

 ……それにしても、バラバラに修行に出たはずの私達四人が待ち合わせもしてないのに一カ所に揃って、その上、同じ師範を持つなんて不思議なものね。

天斗さんが父さん達の知り合いだったからというのもあるけど、こうやって集まれたのも何か意味があるのかもしれないわね。

 

 そんな事を考えていた時、雪花は私の方を向くと、兎和と黒烏を交互に撫でながら微笑んだ。

 

「そういえば、修行の調子はどう?」

「おかげさまで順調よ。もちろん、炎を司る神とか炎の魔術に精通する術者の方が『火』の力自体は強くなるかもしれない。でも、ここに智虎達と一緒にいる事でお互いに励まし合ったりお互いの頑張りが刺激になったりするからただ『火』の力を高めるよりはずっと良い時間を過ごせてるわ」

「そっかそっか」

「それに、ここには柚希や雪花達のように色々な人達がいるから、まったく退屈しないし、為になる話も聞けて色々な事を学べるから前よりも成長出来た気がする。先にいた智虎達があそこまで成長してるのも納得だわ」

「ここにいるみんなは私も含めて色々な事情を抱えていたり達成したい目標を定めたりしながら生活してるしね。そのためにお互いに支えられるところは支えて、指摘出来るところは指摘し合う。そんな風に私達はやってきてるから」

「そうですね。和気藹々(わきあいあい)としながらも切磋琢磨(せっさたくま)し合って、無理なく絆を深めながら協力し合う」

「たしかにそれが僕達、ですもんね」

「なるほどね……」

 

 雪花達の話を聞いて私は納得しながら頷く。雪花達の言う通り、ここにいるみんなはお互いの様子を結構見ていて、困っていたり悩んでいたりしたら声をかけに行き、誰かの行動を見て何か違うと思ったりそれが悪いと思ったりしたらちゃんと言いに行く。

普段から種族の壁を軽々と乗り越えて毎日楽しそうに過ごしているのは、そうやって自分達の生活を良くするために各々がしっかりとしていこうとしているからなのだ。

 

 転生者の柚希や神様の天斗さん、瑞獣の白澤の義智さんのように誰かをまとめられる力を持つ人にばかり任せずに自分達でも出来る事は出来る限り自分達で頑張ろうとするのはやっぱりすごいわよね。

その上、自分達の目標へ向かって全力で進んで行ってる。年齢が私達と同じや下のメンバーもいるのにそれが出来ているわけだし、私も頑張っていかないといけないわね。

 

 雪花達の話からそう決意を固めていると、雪花は私を見ながらニコリと笑う。

 

「まあ、私達だって最初は中々出来なかったし、あまり焦る必要はないからね」

「……もしかして私が考えてる事、バレバレだった?」

「こころみたいな能力は無いから、すべてはわからないよ。でも、麗雀の性格を考えたら、そんな事を考えてるかなと思ったんだ。まだ付き合いは浅いけど、麗雀について智虎達からも話は聞いたし、麗雀とは仲良くなりたいと思ってるからね」

「私と仲良く……ね、意地悪な事を言うようだけど、『火』の力を持つ私と熱さに弱い貴女でうまくいくのかしらね?」

「り、麗雀ちゃん……」

「うーん……まあ、たしかにお互いの特徴を考えたら正反対だし、性格もだいぶ違うよね」

「雪花さんも……」

 

 私達の会話を聞いて兎和達が少し不安げな表情を浮かべていたけれど、雪花は笑みをうかべたままで口を開いた。

 

「でも、私は麗雀と仲良くしたいかな」

「へえ、理由を聞いても良い?」

「簡単だよ。仲良くしたいと思ったから、それだけ」

「たとえ、何かの拍子で私の力が貴女を傷つけるかもしれなくても?」

「うん、もちろん。だって、麗雀自身はわざとそうするような子じゃないって思ってるし、その時は麗雀が何かを抱えてたり力自体がうまく操れてない時だと思う。

 だから、本当にそうなった時、私は麗雀の事を助けるよ。そして、また同じような事が起きないように色々対策を練る。麗雀とは一緒に楽しい毎日を過ごしたいからね」

「……なるほどね」

 

 ……正直、雪花はだいぶお人好しよね。自分が傷つけられても相手のために頑張ろうとするんだもの。でも、そこまで言われてそれを無碍にする気も無いわね。

 

「意地悪言って悪かったわ、雪花。こんな私でも仲良くしてくれるかしら?」

「うん、もちろんだよ。それに、麗雀は悪気があって言ったわけじゃないってわかってるしね」

「貴女……本当にこっちが心配になるくらいお人好しよね」

「ふふっ、私達のボスの影響かな。その内、麗雀もそうなるかもよ?」

「……そうかもしれないわね」

 

 雪花の言葉に私はクスリと笑う。雪花の言う通り、柚希は雪花達以上にお人好しな気がするし、ここにいる事で私も同じになる気はする。

でも、不思議とそれは嫌じゃない。それは私がもう既にここにいる事を幸せに感じていて、柚希達の考えを肯定しているからなんだろう。

 

 ……さて、私はいつそうなるのかしらね。その時を楽しみにさせてもらいましょうか。

 

 その時の事を考えて楽しさを感じながらクスリと笑った後、私は雪花達との会話を始め、その楽しさを噛みしめながら幸せな気分に浸った。




政実「FIFTEENTH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
麗雀「今回のは賢亀の時と同じで日常回と悩み解決回が合わさったような感じだったわね」
政実「そうだね。その時にも書いたけど、そういった回はこれからも少しずつ増やしてくつもりだよ」
麗雀「わかったわ。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
麗雀「ええ」
政実・麗雀「それでは、また次回」


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第16話 四神の試練と土を司る神獣 前編

政実「どうも、一番好きな四神は青龍、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。まあ、他作品にも竜だったり名前に『龍』の字が付いたキャラがいる時点で大体分かってたけどな」
政実「あはは、まあね。でも、四神並びに麒麟や黄龍とかももちろん好きだけどね」
柚希「だろうな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「そうだね」
政実・柚希「それでは、第16話の前編をどうぞ」


 赤・黄・茶で彩られた落ち葉の海で陸が覆われ、様々な場所から食欲をそそる香りが漂う季節、秋。そんな秋のある休日、俺は左手に鉄の棒を右手に『絆の書』を持ちながら、四神′sの皆と共に家の庭の畑の前に立っていた。

 

 ……よし、そろそろ始めるか。

 

 俺は時が来た事を悟り、まずは智虎に声を掛けた。

 

「智虎、やるぞ」

「はいっ!」

 

 智虎の元気の良い返事を聞いた後、俺は『絆の書』の智虎のページを開き、智虎との同調を始めた。そして、智虎との同調が完了した後、俺は手に持っている鉄の棒へと意識を集中させた。

すると、棒の先端が突然三つに分かれ、別れた先端は鋭く尖り始めると、やがて鉄の棒は簡易的な(くわ)のような物へと変わった。

 

 ……よし、次だ。

 

 智虎との同調を解いた後、今度は花壇の方へ視線を向けつつ、右肩の上にいる賢亀に声を掛けた。

 

「よし……行くぞ、賢亀」

「はい」

 

 賢亀の返事を聞いた後、俺は『絆の書』の賢亀のページを開き、賢亀との同調を始めた。そして、賢亀との同調が完了した後、俺は鉄の簡易鍬を近くの塀に立て掛けてから、左手に水の魔力を溜め始めた。

 

 ……とりあえず、このくらいかな。

 

 左手に感じる水の魔力からそう感じた後、俺は細かい粒状になるように調整をしてから、目の前の花壇へとシャワーのように水を静かに撒き始めた。

 

 ……うん、大体こんな感じだな。

 

 土の湿り具合や花達から感じる喜びの波動からそう判断した後、俺は水を撒くのを止めた。そして、賢亀との同調を解いた後、今度は右肩の辺りでふよふよと浮いている護龍に声を掛けた。

 

「それじゃあ、今度は護龍だな」

「はい、畏まりました」

 

 護龍の静かな返事を聞いた後、俺は『絆の書』の護龍のページを開き、護龍との同調を始めた。そして、護龍との同調が完了した後、俺は庭のあちこちに散らばっている枯れ葉に意識を集中させた。

すると、枯れ葉達はカサカサカサという音を立てながら独りでに動きだし、見る見るうちに俺の隣に置かれた丸太の上へと集まっていった。

 

 ……うん、これくらいあれば良さそうだな。

 

 枯れ葉の集まり具合からそう判断した後、護龍との同調を解きながら、家の中に向かって声を掛けた。

 

「おーい、そろそろ良いぞ-!」

「はーい♪」

「了解したぜ、柚希の旦那!」

 

 すると、こころと風之真が元気良く返事をしながら家の中から姿を現した。そして、こころは手に持っていたビニール袋と火鋏を使って集めた枯れ葉をゆっくりと拾い上げ、それが終わると今度は風之真が縁側に置いていたサツマイモを一つずつ残った枯れ葉の中へ大事そうに入れていった。

 

「……うっし、こっちは良いぜ、柚希の旦那!」

「ふふっ、私も大丈夫ですよ、柚希さん」

「ん、分かった」

 

 風之真達の言葉を聞いた後、俺は左肩の辺りに滞空している麗雀に声を掛けた。

 

「やるぞ、麗雀」

「ええ」

 

 麗雀の返事を聞いた後、俺は『絆の書』の麗雀のページを開き、麗雀との同調を始めた。そして、麗雀との同調が完了した後、俺は左手に火の魔力を少しずつ溜め、それが細かい粒状になるように調整をした。

 

 ……大体このくらいだな。

 

 左手に感じる火の魔力からそう判断した後、俺は左手に溜めていた火を火の粉のようにして枯れ葉へと撒いた。すると、火は枯れ葉や下に敷かれた丸太を火種として少しずつ強くなり、程なくしてパチパチパチという音が鳴ると同時に少しずつ煙が上がり始めた。

 

「……よし、これで四神′sの特訓も兼ねた作業は全部終わりだな」

 

 目の前の焼き芋セットを見ながらそう独りごちた後、俺は麗雀との同調を解きつつ風之真に声を掛けた。

 

「それじゃあ風之真、後の火の調整とかは任せたぞ?」

「おうよ! 旦那や四神′sにここまで手伝ってもらったんだ、それくれぇやって当然だぜ! 焼き上がったらすぐに報せっから、楽しみにしててくれよ? 」

「ああ、分かった」

 

 風之真の言葉に微笑みながら返事をした後、今度は枯れ葉の入ったビニール袋を持ったこころに声を掛けた。

 

「こころ、枯れ葉の量はそんなもんで大丈夫か?」

「はい、大丈夫ですよ、柚希さん♪ 智虎さん達も手伝って頂きありがとうございます♪」

「いえいえ。僕達こそ自分達の特訓も兼ねさせてもらってますから」

「うんうん。同調って柚希さんの力も借りてはいるけど、僕達の力だって重要になってくる物だからね」

「うむ、柚希殿の力が尽きてしまってもいけない上、私達の力が足りなくともいけないからな」

「強力である分、それだけ制約もあるって事なわけだし、私達ももっともっと皆と一緒に強くなっていかないといけないわね」

「ん、まあそうだな。それと……頼まれていた簡易鍬はそこの壁に立て掛けてるから、使ってみて何か調整が必要だったら、遠慮なく言ってくれよ?」

「ふふ、分かりました」

 

 こころの返事に微笑みながら頷いた後、俺は四神′sの皆に声を掛けるために四神′sの方へと視線を向けた。

 

「さて……それじゃあ俺達は、一回家の中に戻ろうぜ。流石に少しは休憩しないといけないからな」

「はい!」

「はーい」

「承知しました」

「了解よ」

 

 四神′sの返事を聞いた後、俺達は玄関の方へと回り、玄関から家の中へと入っていった。

 

 

 

 

 家の中に戻った後、俺達が揃って居間へと入ってみると、そこには椅子に座ってコーヒーを飲んでいる天斗伯父さんとソファーの上で寄り添い合いながら眠る兎和と黒烏、そしてそれを微笑ましそうに見ているヴァイスの姿があった。

 

 ……何というか、スゴく平和な光景だな……まあ、その実は中々スゴいものなんだけど。

 

 神様に因幡の白兎、そして八咫烏に神に育てられた白竜と、一般家庭では絶対にあり得ないであろう組合せを見て静かにそう感じた後、俺は天斗伯父さん達に声を掛けた。

 

「天斗伯父さん、ヴァイス。ただ今戻りました」

「……おや、お帰りなさい、皆さん」

「特訓を兼ねた作業の方はどうでした?」

「うん、バッチリだよ。それにしても……兎和と黒烏はどうしてここに……?」

 

 ソファーの上で静かに眠っている兎和達を見ながら訊くと、天斗伯父さんがクスクスと笑いながら答えてくれた。

 

「先程まで柚希君達を待ちながら仲良くお話しをしていたからですよ」

「俺達を……?」

「はい。同じ神力を持つ存在同士、やはり色々と気になる事があったのかもしれませんね」

「神力……そういえば、今この部屋にいるのは、全員が神力を持った存在ですね」

 

 俺が部屋の中を見回しながら言うと、それを見た智虎達も周囲を見回しながら声を上げ始めた。

 

「言われてみれば……確かにそうですね」

「うん、そういえばそうだね」

「神である天斗殿がいらっしゃるものの、神域や天界でも無いこの場所でこれだけの数が集まっているとはな……」

「何というか……本当に『縁』に引き寄せられたって感じがするわよね」

「……確かにな」

 

『縁』か……こうして転生した後って、いつもその『縁』に導かれて生きてきた気がするな。そもそも四神′sと出会ったのだって、黄龍様からの修行の指示があったから――。

 

 その時、俺はある事を思い出した。

 

 ……そういえば、四神′sの修行の成果を、黄龍様はどんな風に見る気なんだろう?

 

 それが気になり、俺は四神′sに声を掛けた。

 

「皆、一つ訊いても良いか?」

「あ、はい」

「どうかされましたか、柚希殿?」

「お前達の修行の件なんだけどさ、黄龍様はどうやってお前達の修行の成果を見るつもりなんだ?」

「それは……あれ? どう説明されたんだっけ?」

「確か……黄龍様の代理の人が見に来るって言われた気がするけど……」

「黄龍様の代理の人、ねぇ……」

 これといって覚えが無いけど……一体誰が来るんだろう……?

 

 黄龍様の代理とやらについて考えを巡らせようとしたその時、智虎が何かを思い出したように声を上げた。

 

「そういえば……彼は今、どうしてるかな……?」

「彼っていうと……ああ、彼だね」

「……ああ、アイツか」

「……そうね、今頃何してるかしらね……?」

 

 彼……? 一体誰のことなんだろう……?

 

 俺はその彼について訊くため、智虎達に話し掛けた。

 

「皆、その彼っていうのは誰なんだ?」

「あ、そういえば彼について、柚希さん達には話した事が無かったですね」

「彼というのは、私達の友達の内の一体の事です」

「お前達の友達っていうと……四神関連の聖獣か?」

「ええ、そうよ」

「会った回数こそ少ないけど、僕達にとっては大切な友達なんです」

「そっか……」

 

 その友達の事を話す智虎達の嬉しそうな様子から、智虎達がその友達の事を本当に大切に思っていることが強く伝わってきた。

 

 それにしても、四神関連の聖獣か……それだけで判断するなら、その正体はたぶんアレとかだな。

 

 その友達の正体について、大体の予想を立てていたその時、家の近くから四神′sと同様の霊力と神力を感じた。

 

「……この霊力と神力、まさか……!」

「うん……これは間違いないね……!」

「まさか、アイツまでもがこの地へと来ようとはな……!」

「ふふ、そうね……!」

 

 その智虎達の様子から、現在感じている力の気配が件の友達が発している事が分かったが、俺はこの時少しだけ嫌な予感を覚えていた。

 

 このタイミングで智虎達の友達が登場か。本当なら喜んでやるべき展開なんだろうけど……何だろう、この嫌な予感は……?

 

 静かに感じている嫌な予感について考え始めようとした時、智虎がとても嬉しそうな様子で話し掛けてきた。

 

「柚希さん! 今から彼のところに行ってきても良いですか?」

「んー……それは良いけど、せっかくだから俺も行こうかな。ちょっと気になる事もあるし」

「分かりました! それじゃあ早速行きましょう!」

「ん、了解」

 

 智虎に返事をした後、俺は天斗伯父さん達の方へと再び視線を向けた。

 

「それじゃあ、ちょっと行って来ますね」

「はい、分かりました」

「兎和さんと黒烏君の事は、私達がしっかりと見ていますので、安心して下さい」

「うん、ありがとう、ヴァイス。……よし、それじゃあ行こうぜ、皆」

「はいっ!」

「はーい」

「畏まりました」

「ええ」

 

 智虎達の返事を聞いた後、件の友達に会いに行くべく、俺は四神′sと共に再び外へと出るために玄関へと向かった。そして、玄関のドアを開けようとしたその時、独りでにドアが開いたかと思うと、そこには肩に風之真を乗せたこころが立っており、その足下には龍のような顔の小さな鹿のようなモノが立っていた。

 

 この姿……やっぱりその友達っていうのはコイツだったか。

 

その鹿のようなモノの背中には五色の毛、体には黄色の毛と鱗、そして頭には金色の角が生えており、尾と蹄はそれぞれ牛と馬を思わせるものだった。だが、俺が気になったのはソイツの来た理由、そしてソイツの智虎達の事を見る眼と波動の様子だった。

表情自体はとても柔らかいものなため、傍から見れば智虎達に対して微笑んでいるように見えるが、眼とその波動からは強い決意と微かな哀しみの色が浮かんでいた。

 

 ……って事は、コイツが来た理由はやっぱり……。

 

 ソイツが来た理由について、俺が静かに確信をしていると、智虎がとても嬉しそうな様子でソイツに向かって飛び込んでいった。

 

輝麒(フゥイチー)君っ! 久しぶりっ!」

「……わっ!? ヂ、智虎君……いきなりどうしたの……!?」

「えへへっ、久しぶりだったから、つい……ね」

「……うん、たしかに久しぶりだね、智虎君」

 

 輝麒が静かに微笑みながら答えると、賢亀達も輝麒の元へと近付いていった。

 

「ふふっ、久しぶり、輝麒君」

「久方ぶりだな、輝麒」

「久しぶり、輝麒」

「うん、皆も久しぶり。最後に会ったのは……二年前だったかな?」

「そうだな。私達が黄龍様からの修行のご指示を受けた丁度一年前だからな」

「うんうん、だから本当に久しぶりだよね」

「そうね。輝麒のお家は私達とは違って、ちょっと特殊だから会えるタイミングも中々無かったものね」

「……ふふっ、たしかにそうだね。だから、こうしてまた会えたのは、本当に嬉しいよ」

「うんっ、僕達もだよ! 輝麒君!」

「うんうん」

「うむ」

「ええ」

「みんな……うん、ありがとう」

 

 輝麒がニコッと笑いながら答えると、智虎達が俺達の方へと視線を向けた。

 

「柚希さん、風之真さん、こころさん。紹介します、僕達の友達で『麒麟(きりん)』の輝麒君です」

「……初めまして、輝麒と言います」

 

 智虎の紹介に合わせて、『麒麟』の輝麒が静かに一礼をしながら自己紹介をした。

 

 

『麒麟』

 

中国神話における伝説の霊獣で、黄龍と同一視されることもあったりや、中央の守護と『土』の力を司ったりなど、黄龍同様に四神と関連性がある存在。

性質は非常に穏やかで優しく、足下の生命を踏むことすら恐れるほど殺生を嫌っており、1000年を生きている、その鳴き声は音階に一致する、歩いた後は正確な円を描く、曲がる時は直角に曲がるなど、様々な言い伝えが存在する。

 

 

 ……さて、智虎達には悪いけど、そろそろコイツが来た理由を訊いて──。

 

 俺がそれについて訊こうとした瞬間、智虎が不思議そうな様子で輝麒へと話し掛けた。

 

「ところで……輝麒君はどうしてここに? 輝麒君も僕達みたいに修行のご指示を受けたとか?」

「あ、それは──」

 

 智虎からの問い掛けに輝麒が答えようとするのに被せるようにしながら、俺は輝麒に話し掛けた。

 

「お前が黄龍様から遣わされた修行の成果の監督役だから、だよな?」

「……え?」

「え、柚希さん……?」

 

 輝麒と智虎が疑問の声を上げる中、俺は再び輝麒に話し掛けた。

 

「どうなんだ? 輝麒」

「ゆ、柚希さん……そんな事があるわけが──」

 

 智虎が声を震わせながら俺にそう言ったが、輝麒は少し顔を曇らせながら暗い声で被せるように声を上げた。

 

「……ご名答です、流石は智虎君達のトレーナー役といったところでしょうか」

「ふ、輝麒君……」

「……ほ、本当なの?」

「……うん、そうなんだ……」

 

 賢亀の問い掛けに、輝麒が暗い声のままで答えると、護龍が難しい顔で輝麒に話し掛けた。

 

「だが……何故、お前が黄龍様の代理に選ばれたのだ?」

「……ゴメンね、護龍君。悪いけど、それには答えられないんだ」

「答えられないって……何か理由でもあるの?」

「うん、そんな所……かな? とにかく、今の所は答えられないんだ、ゴメンね……」

 

 輝麒が暗い声で答える中、俺は輝麒に向かって話し掛けた。

 

「……それで、修行の試練みたいなのは、今から行うのか?」

「……いえ、今日の所は僕がそういった役割であるのを伝えに来ただけで、試練自体は明日行う予定です。そして、この試練には……柚希さん、貴方にも参加してもらいます」

「え、俺もなのか?」

「はい、これは黄龍様からのご指示でして、柚希さんが持っている力や智虎君達四神達と協力し合う様子を見たいからとの事です」

「なるほどな……分かった、そういう事なら喜んでその試練に参加させてもらうよ」

「分かりました。……それでは、明日になったらまた伺わせて頂きます。では……」

 

 そう言って輝麒が帰ろうとすると、智虎が驚いた様子で声を掛けた。

 

「えっ……せっかくなんだし、輝麒君も一緒に――」

「ううん、これも黄龍様のご指示だから。それじゃあ……また明日」

「う、うん……」

「また明日ね……」

「うむ……」

「うん……」

 

 智虎達が暗い声で答えると、輝麒はコクリと頷いてから、静かに帰って行った。そして、輝麒が帰って行くその様子を、四神′sは寂しそうに見詰めていた。

 

 皆……。

 

「……なんかゴメンな。せっかくの再会だったのに、俺があんな事を言い出しちゃったから……」

「……いいえ、柚希さんのせいではないですよ」

「うん……柚希さんが言わなくても、輝麒君自身がしっかりと言ったはずだから……」

「うむ……輝麒は普段のんびりとしているが、やる事はしっかりとこなす奴だからな」

「……そう、ね……」

「そっか……」

 

 智虎達の話を聞きつつ、俺は明日の試練の事について、考えを巡らせた。

 

 ……智虎達の力に関しては、一切問題は無い。けど、この状態のままで試練に臨んだ所で、絶対に力を発揮する事は出来ない。たとえ、持っている力が強くとも、それを発揮する術者の精神が乱れていては、しっかりとした力を発揮する事が出来ない上、周囲への悪影響を及ぼす事だってあり得る。

……つまり明日までに、智虎達の事をどうにかしないといけないわけだけど、一体どうしたら良いかな……。

 

 暗い表情を浮かべている智虎達を見ながら、俺はどうしたら良いのか悩み続けた。

 

 

 

 

「……さて、本当にどうしたら良いかな」

 

 合気道の練習の休憩時間、俺はふとそう独りごちた。輝麒が帰った後、昼食中も智虎と賢亀は暗い顔を、護龍と麗雀は難しい顔をしていた。そして、いつもならば昼食後にも四神′sは一緒にいるのだが、今日に限っては皆バラバラに行動をしていた。

 

 ……やっぱりこのままじゃ試練どころか皆の結束力にも影響が出てしまう。でも、本当にどうしたら良いんだろう……。

 

 智虎達の件について、必死になって考え始めようとした時、隣から不思議そうな声が聞こえてきた。

 

「……遠野、何かあったのか?」

「……へ?」

 

 声の方へ向いてみると、長谷が水筒を片手にキョトンとした表情を浮かべていた。

 

「……まあ、何かあったって言えば、あった……かな」

「……そうか」

「ああ。でも、どうして俺に何かあるって思ったんだ?」

 

 そう訊くと、長谷は少し呆れた様子でそれに答えた。

 

「どうしても何も……いつもの遠野にしては、技のキレもちょっと悪いし、さっきもどうしたら良いかな、なんて呟いてただろ?」

「……あ、そっか」

 

 ……マズいな、それにすら気付けないほど悩んでるなんて……けど、智虎達の事を放ってなんておけないし……。

 

 その時、俺はある事を思いついた。

 

 ……ここはそうしてみるのが一番か。

 

「長谷、ちょっと話を聞いてもらっても良いか?」

「……ああ、もちろん良いぞ」

 

 優しく微笑む長谷の答えを聞いた後、俺は真実を多少隠しながら、智虎達と輝麒の事について話をした。そして、話をし終えると、長谷は少し難しい顔をし始めた。

 

「……なるほど。久しぶりに再会したは良いが、その再会の仕方がちょっと複雑な形だった事で、そのお前の友達って奴が落ち込んでるわけか」

「ああ。何とかしてやりたいけど、今の所は良い方法が浮かばなくてさ……」

「ふむ……」

 

 俺の言葉を聞いた後、長谷は顎に手を当てながら少し考え込み始めた。しかし、すぐに何かを思いついたような表情を浮かべたかと思うと、ふいにクスクスと笑い始めた。

 

「……え、どうかしたのか、長谷?」

「いや……遠野はいつも他の奴の悩み事はすんなりと解決するのに、自分の事となると時々考えすぎるところがあるなと思ってな」

「考えすぎるところ……か?」

「ああ、お前ならこんな問題ぐらい、簡単に解決出来るはずだぜ?

お前がいつもやってる事、そして落ち込んだ時とか悩み事がある時に何をやってもらってるかを思い出せばな」

「俺がいつもやってる事……落ち込んだ時とか悩み事がある時にやってもらってる事…… 」

 

 そう呟きながら俺はいつもの俺の行動、そして落ち込んだ時などにしてもらってる事について思い返した。その瞬間、俺の中にあった迷いがまるで霧が晴れたかのようにスッキリと消えていったような気がした。

 

 ……そっか、それで良かったんだ。

 

「……どうやら、答えにはたどり着けたみたいだな」

 

 俺のスッキリとした様子を見てニッと笑いながら言う長谷の言葉に、俺はフッと笑いながら答えた。

 

「ああ、本当になんて事は無かったよ。俺がやるべき事、それはただ話を聞いてやったり、傍にいてやる事だからな」

「その通りだ。お前も分かってる通り、困ってる人とか落ち込んでる人の中には、放っておいて欲しい人だって当然いる。だが、本当は話を聞いてもらいたかったり、傍にいて欲しかったするもんだ」

「ああ。それに、話を聞いたり傍にいる事で、その人が抱えてるモヤモヤがスッキリとしたり、話し合って新しい何かを見つける事だって出来る」

 

 長谷と話をしつつ、俺は天斗伯父さんや義智達『絆の書』の皆、そして夕士や長谷の顔を思い浮かべた。

 

俺は色々な人を支え続けているつもりだけど、それと同じだけ俺も色々な人に支えてもらってるんだ。だからこそ、今回だって智虎達の事を支えてやらないといけない。

智虎達の友達の一人として、そして智虎達のトレーナーの一人としてな。

 

 俺が決意を新たにしていると、長谷が静かに頷きながら呟くような声で話し掛けてきた。

 

「……どうやら、いつもの遠野に戻ったみたいだな」

「ああ、おかげさまでな。ありがとうな、長谷。やっぱりお前や夕士がいてくれて本当に良かったよ」

「どういたしまして。だがな、遠野。俺達だって、お前がいてくれて助かってる時があるから、お互い様なんだぜ?」

「ふふ、そっか」

「ああ」

 

 俺達がそうやって笑い合っていると、休憩時間の終了を告げる声が聞こえてきた。

 

 ……さて、まずはやるべき事をやらないとな。

 

 長谷とコクンと頷き合った後、俺は気持ちを切り替えながらスッと立ち上がり、長谷と共に再び合気道の練習に励み始めた。

 

 

 

 

「……よし、後はアイツらと話をしないとな」

 

 合気道の練習を終え、長谷と別れて家に帰っている途中、俺は智虎達の事を思い浮かべながら独りごちた。

 

 明日の試練を万全の体勢で臨む事が出来るようにするのが望ましいけど、とりあえずアイツらの気持ちを少しでもどうにかしてやる事が一番だな。

 

 智虎達の事を真剣に考えながら家に向かって歩いていたその時、近くから声が聞こえてきた。

 

「柚希殿、少々よろしいですか?」

「……え?」

 

 声がした方に向いてみると、護龍と麗雀が真剣な表情を浮かべながら、どこかの家の塀の上に立っていた。

 

「護龍、それに麗雀も。どうかしたのか?」

「……まあ、ちょっとね」

「柚希殿にお話ししたい事があるのですが、お時間の方はよろしいですか?」

「ああ、良いぜ。俺もちょうどお前達と話したいと思ってたからさ」

「畏まりました」

「それじゃ、早速行きましょ?」

「ああ」

 

 俺はコクンと頷きながら答えた後、護龍達と一緒に夕暮れの街中を歩いて行った。護龍達に着いていく事数分、俺達はいつもの公園へと辿り着いた。

 

「ここって……公園だよな?」

「はい、その通りです」

「さ、早く入りましょ」

「あ、うん」

 

 麗雀に促されるまま、俺は護龍達と一緒に公園の中へ入っていった。そして、公園の中へ入っていくに連れて、徐々に霊力と神力の気配が漂ってきた。

 

 ……あれ、でもこの気配って……智虎と賢亀、だよな……?

 

 その事に疑問を覚えながら進んでいき、噴水などがある辺りまで来たその時、智虎と賢亀が噴水をジッと見つめながら立っているのが目に入ってきた。季節の事もあって、噴水の水は全て抜かれていたが、それにも構わず智虎達は何故か噴水をジッと見詰め続けていた。

 

 ……とりあえず、まずは話し掛けてみるか。

 

 俺は護龍達と一緒に智虎達に近付き、智虎達のすぐ後ろで止まってから声を掛けた。

 

「智虎、賢亀」

「……柚希さん」

「お疲れさまです、柚希さん」

「ああ、お疲れさま。ところで、お前達はここで何をしてたんだ?」

「それは──」

 

 智虎が話し始めようとした時、それを制するように護龍が智虎の目の前に立ち、智虎に向かって一度コクンと頷いてから、俺に話し掛けてきた。

 

「その前に、一つよろしいですか? 柚希殿」

「ああ、良いけど……何だ?」

「柚希殿。柚希殿は明日(みょうにち)の試練について、どのように考えていらっしゃいますか?」

「どうって……精一杯やるだけだぜ? お前達の頑張りが黄龍様に認めて貰えるようにな」

「……そうですか」

「でも……それが一体どうしたんだ?」

 

 俺が首を傾げながら訊くと、麗雀がポツリと言葉を漏らした。

 

「……分からなくなったのよ」

「分からなくなった……?」

「はい、僕達がどうしてここまで修行を頑張ってきたのか、その理由が分からなくなってしまったんです……」

「修行を頑張ってきた理由、か……」

 

 智虎の言葉を繰り返していると、賢亀が暗い表情を浮かべながらぽつりぽつりと話し始めた。

 

「……僕達は、それぞれ色々な思いで、今日までそれぞれの修行に励んできました。けれど……今朝、輝麒君と久しぶりに会った時、輝麒君が今回の試練の監督役だと知らされた事が原因なのかは分からないんですが、柚希さんが出掛けた後に僕達がいつものように修行に励もうとした時、ふと思ったんです。

『僕達は何のためにここまで修行に励んできたんだったっけ……?』

と……」

「もちろん、それは分かってる筈なんです。なのに……それをいくら思い出そうとしても、全然思い出せなくて……」

「それに私達が修行を続けて来た理由が、もちろん輝麒のためじゃないのは分かってるの。けど、心のどこかでやっぱり思ってる気がするのよ。

『どうして黄龍様は、輝麒を試練の監督役に据えたのか。

どうして黄龍様は、私達を修行に出すように指示を出されたのか』

……って」

「そう考えた後、私達は集まって話し合い、私達のトレーナー役である柚希殿に意見を仰ごうという事にしたのです」

「……なるほどな」

 

 ……やっぱり、輝麒との再会の件でだいぶショックを受けてたんだな。

 

 智虎達はこうして親元を離れて修行に出ているが、年齢だけで見ればまだまだ遊びたい盛りであるため、こういった出来事が起きる事でショックを受け、自分の目指すものを見失ってしまうのは当然の事だろう。

だからこそ、本来であれば剛虎さんや甲亀さんといった親御さん達が正しい方へと舵を切れるように手助けをする。しかし、今となっては俺も智虎達のトレーナー役であり保護者の一人と言える。

だからこそ、俺が皆の事をしっかりと支え、皆が正しい方へ行けるようにしてやらないとな。

 

 俺はフッと笑ってから、智虎達に話し掛けた。

 

「たしかに、黄龍様が何を思って、今回お前達を修行に出すように言ったのか、それについてはまったく見当がつかないな」

「……やっぱりそうですよね」

「ああ。でもさ、お前達の親御さん達が何を思って、お前達を修行へ出したのか、そしてお前達がどんな風に今日まで修行をこなしてきたのか。それに関しては、バッチリ分かるだろ?」

「父さん達が何を思って、僕達を修行に出したのか……」

「そして、私達がどのように修行をこなしてきたのか……」

 

 智虎と護龍が呟くような声で俺の言葉を繰り返す中、俺は更に言葉を続けた。

 

「後、さっき智虎と賢亀が何のために修行を励んできたのか分からなくなったって言ってたよな?」

「あ、はい……」

「まあ、言ってたわね……」

「お前達が修行に励んできた理由、それは黄龍様から頂いた修行の指示をしっかりとこなす事、そして自分自身が感じている欠点を克服したり長所に変えたり、自分を更に昇華させたりする事じゃないのか?」

「自分自身が感じている欠点の克服……」

「欠点を長所に変える……」

「自分を……」

「更に昇華させる……」

 

 智虎達はその言葉を噛み締めるように繰り返した後、目に決意を秘めながら言葉を続けた。

 

「そうだ……! 僕は元々、臆病な自分を変えて、そしてお父さんみたいな立派な白虎になろうとしてたんだった……!」

「そして僕は、こののんびりとした性格を自分の力に変えるために、智虎君達と一緒にここまで頑張ってきたんだったね……!」

「私は……智虎達と共に切磋琢磨しつつ、己の力を更に昇華させる事が目的だった……!」

「そして私も、皆と一緒に修行をしつつ、この『火』の力を強くする事が目的だったわね……!」

「……輝麒君の事があったとはいえ、こんな大切な事を忘れていたなんて……」

「うむ……そうだな」

「でも、こうしてそれを思い出した事で、何だか元気が湧いてきた気がするよね 」

「ふふ、たしかにそうね。何だかさっきまでの暗くなってた気持ちが一気に吹き飛んだ気がするわ」

「うん、そうだね。……まあ、輝麒君との再会があんな感じになっちゃったのは、ちょっと残念ではあるけど、いつまでもその事でくよくよしてるわけにもいかないしね」

「ああ、そうだな」

 

 そう話し合う智虎達の目には、さっきまであった迷いや哀しみといった感情はなく、その代わりにやる気などといった感情に満ち溢れていた。

 

 うん、これなら明日の試練も大丈夫そうだな。

 

 智虎達の様子からそう判断した後、俺は智虎達に声を掛けた。

 

「どうやら、皆元気になったみたいだな」

「はい。柚希さんの言葉のおかげで、僕達が目指していた物を改めて見つける事が出来ましたから」

「うんうん、何だか気持ちが本当にスッキリした感じだよね」

「うむ、この気持ちであれば、明日(みょうにち)の試練も全力で取り組む事が出来るだろう」

「ええ。この気持ちを以て、黄龍様や輝麒に今の私達の力という物をしっかりと見てもらいましょう!」

「うん!」

「うん」

「うむ!」

 

 智虎達は声を揃えて返事をした後、それぞれの右前足などを重ね合わせながら、一斉にコクリと頷いた。

 

 ……護龍達の言う通り、これなら明日の試練にも全力で臨めそうだな。そして、問題は試練の内容だけど……まあ、これに関しては明日にならないと分からないし、どんな内容になっても良いように心の準備だけはしておくか。

 

 智虎達の様子を静かに眺めながら、俺は心の中で決意を新たにした。そして、ふと空を見上げて、現在の大体の時間を確認した後、俺は智虎達に声を掛けた。

 

「よし、それじゃあそろそろ帰ろうぜ。明日の試練を万全の状態で迎えるためにもさ」

「はい!」

「はい」

「はい」

「ええ」

 

 そして、俺達は明日の試練の事などについて話をしながら、夕焼け空の下を歩いて行った。

 

 

 

 

 翌日、俺達は他の『絆の書』の面々が見守る中、庭先で輝麒が来るのを静かに待っていた。

 

 やるべき事はやった。後は試練の本番でここまでの成果を見せるだけだ。

 

 緊張により心臓が早鐘のように打つのを感じながら、静かに輝麒の事を待っていたその時、輝麒の霊力と神力が近付いてくるのを感じた。そして、それから程なくして、輝麒が俺達の前に姿を現し、俺達の目の前で足を止めると、緊張した面持ちで話し掛けてきた。

 

「……さて、いよいよ試練の開始ですが、準備の方はよろしいですか?」

「……ああ、俺達は大丈夫だぜ、輝麒」

「柚希さんの言う通りだよ、輝麒君」

「僕達はこの日のために今まで頑張ってきたわけだからね」

「いかなる試練が待っていようとも、私達は全力で立ち向かい、全力で突破するのみだからな」

「輝麒、成長した私達を見て、腰を抜かさないでよ?」

「……ふふ、そうならないように頑張らせてもらうよ。さて……それでは、そろそろ試練の場へと赴きましょうか」

 

 そう言うと、輝麒は体に力を込め始めた。そして、輝麒の角が穏やかな光を放ったかと思うと、俺達の目の前に小さな黄色い玉のような物が現れた。

 

 ……この玉、微かにだけど天斗伯父さんの霊力と神力を感じるな。

 

 俺はチラッと天斗伯父さんの方へ視線を向けると、天斗伯父さんは静かに微笑みながらコクリと頷いた。

 

 あはは……やっぱり天斗伯父さんが作った物だったのか、これ……。

 

 心の中で苦笑いを浮かべつつ、その玉の方へ視線を戻すと、智虎が首を傾げながら輝麒に声を掛けた。

 

「輝麒君、この玉は何?」

「これは『時空玉(じくうぎょく)』、これにあらゆる力を籠める事で、決められた別の空間へと跳ぶ事が出来るんだ」

「……つまり、試練を行うのは別の空間って事だね」

「……まあ、そうだろうな」

「黄龍様の課した試練なんだし、だいぶスケールの大きな物になる筈だものね」

「……まあ、そんなところだね。さて……それでは、そろそろ向かいましょうか」

「ああ」

「うん!」

「うん」

「うむ」

「ええ」

 

 俺達が返事をした後、輝麒は時空玉へと神力を注ぎ込み始めた。そして、それに答えるように時空玉が白い光を放ち始めたかと思った次の瞬間、俺達の視界は白い光に包まれ、意識がスーッと消えていった。

 

「う……」

 

 意識が戻ったのを感じ、声を上げながら静かに目を開けると、目の前には周囲を白いもやのような物で囲まれたとても広い空間が広がっていた。

 

 ここが……試練の場、か……。

 

 静かに周囲を見回していると、智虎達も驚いた様子を見せながら次々と声を上げた。

 

「わぁ……! 何だか夢の中みたいな場所だね……!」

「うん、試練の場として来るんじゃなく、のんびりするために来たくなる感じだよね」

「……ふむ、試練の場というだけあって、霊力と神力が絶妙な均衡を保ちながら周囲を漂っているようだな」

「ええ。それにそのせいなのか分からないけど、何だか体が軽く感じるわね」

「あ……確かにそうだな」

 

 麗雀の言う通り、周囲に漂っている霊力と神力のせいか、家の中と同じくらい体が軽く感じる上、力の流れなどもスッキリとしているような感覚を覚えた。

 

 これは……万全の状態で試練を迎えさせるための工夫みたいな物なのかな……?

 

 この異空間に関して、様々な憶測をしていたその時、俺達に向かって幾つかの霊力と神力を持った何かが近付いてくるのを感じた。

 

 ……あれ、この力の気配ってまさか……!?

 

 力の気配の主の正体について気づいたその瞬間、俺達の目の前に驚くべきモノ達が現れた。

 

「……久しぶりだな、智虎」

「……どうやら、あれからもしっかりと修行はしていたみたいだね、賢亀」

「……さて、お前のその力を見せてもらうぞ、護龍」

「……たとえ、相手がお前であろうとも、私は一切の手心は加えんからな、麗雀よ」

「え……お、お父さん……!?」

「……嘘でしょ? 何でお父さんがここに……!?」

「……まさか、父上が試練の相手だと言うのか……!?」

「……本当に何でここに父さんがいるのよ……!?」

 

 驚く俺達の目の前に現れたのは、監督役である輝麒と智虎達のお父さん達だった。




政実「第16話の前編、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回は前後編に分けたわけだけど、元々は結構長めの一話だったよな」
政実「うん。そのままで行こうかなとも思ったんだけど、区切った方が読みやすいかと思ったし、今回終わらせたところで区切った方が面白そうかなと感じたから、予定変更で前後編に分けた感じだね」
柚希「わかった。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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第16話 四神の試練と土を司る神獣 後編

政実「どうもなにかと四神に関連したキャラクターを作品に出しがちな片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。たしかに四神をモチーフにした名前のキャラとか四神に何か縁がありそうなキャラとかがいるよな」
政実「うん。好きだからというのもあるけど、モチーフにしやすいからつい使いたくなるんだよね」
柚希「なるほどな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第16話の後編をどうぞ」


 まさか……智虎達の親御さんが試練の相手とはな……。

 

 その様子を見ながら静かに緊張をしていると、智虎のお父さん──剛虎さんが俺に声を掛けてきた。

 

「柚希殿、お久しぶりです」

「……あ、はい。お久しぶりです、剛虎さん」

 

 俺が剛虎さんに返事をしていると、賢亀のお父さんである甲亀さんと護龍のお父さんの飛龍(フェイロン)さん、そして麗雀のお父さんの緋雀(フェイツェ)さんも話へと加わってきた。

 

「柚希さん、お久しぶりです」

「お久しぶりです、柚希殿」

「柚希様、お久しぶりです」

「はい、皆さんもお久しぶりです」

 

 智虎達、四神′sとはまた違った四神の圧に少し気圧されそうになりながらも、俺は静かに微笑みながら甲亀さん達に返事をした。この様子からも分かる通り、智虎と一緒に家を訪ねてきた剛虎さんはもちろんの事、甲亀さん達とも面識がある。

因みにその理由は、天斗伯父さんが賢亀達が『絆の書』の住人となった後に、甲亀さん達にその旨について連絡をした事で、甲亀さん達が直接挨拶に来てくれたからだ。

 

 ……正直、最初に会った時はその力の波動にかなり気圧されてたんだけどな……。

 

 その時の事を思い出し、心の中で苦笑いを浮かべていると、智虎が驚きを隠しきれない様子で剛虎さんに話し掛けた。

 

「でも……本当にどうしてお父さん達がここにいるの……?」

「……先程、護龍君が口にしたように、私達がお前達の試練の相手であるからだ」

「そう、なんだ……でも、どうしてお父さん達が試練の相手なの?」

「それはね、私達がそれを志願したから、そして私達がこの試練において適役だったからだよ、賢亀」

「父上達が志願を……?」

「そうだ。柚希殿や天斗殿、そして様々な方々が師としていて下さるとはいえ、やはり我が子の成長はこの眼で確かめるべきだからな」

「……なるほど。つまり、私達は父さん達を越える、またはそれと同じだけの力を示す必要があるわけね……!」

「……まあ、越えられるというのならば、越えてみて欲しいものだがな。しかし、今回私達が求めるのは、私達が定めた最低限の力、すなわち四神として一人前であると認めるに相応しい力を示す事だ」

「四神として一人前の力、か……」

 

 緋雀さんの言葉を繰り返しながら、俺は緊張感が強くなっていくのを感じた。

 

 ……今回、四神′sだけじゃなく、トレーナー役である俺の力も同時に試されるわけだな。たとえ、俺がどうにか出来ても四神′sがどうにもならなかったらダメ、そして四神′sがどうにか出来ても俺がどうにもならなくてもダメって事だ……。

 

 その瞬間、俺の手が静かにブルブルと震え出した。

 

 ……やっぱり重い。分かっていた事であるはずなのに、その責任の重さを再認識した途端、こんなにも心が辛く、今にも逃げ出してしまいそうになってしまう……こんな状態で智虎達のアシストなんてとても──。

 

 強い緊張感とずっしりとのし掛かってくる責任の重さに思わず目を閉じてしまいそうになったその時、両肩と両足に何かがポンッと置かれた感触があった。そして、そちらへ視線を向けてみると、四神′sの皆が穏やかな笑みを浮かべながら俺の事を見ていた。

 

「皆……」

「大丈夫ですよ、柚希さん」

「智虎君の言う通り、僕達なら絶対に試練を突破できますよ、柚希さん」

「昨日、柚希殿に私達の事を支えて頂いた分、本日は私達も全力で試練に当たります」

「だから、柚希は自分の力を発揮する事に集中して。心配しなくても、私達の事は大丈夫だから」

「……皆」

 

 四神′sの皆の顔を見た途端、俺の中にあった緊張感やプレッシャーなどが徐々に消えていくのを感じた。

 

 ……うん、やっぱりこうして皆が一緒にいてくれる事、この事だけでも充分な心の支えになるな。

 

 智虎達の顔を見ながら静かにそう感じた後、俺は智虎達に話し掛けた。

「ありがとうな、皆」

「ふふ、どういたしまして、柚希さん」

「こういう状況だし、やっぱりお互いにサポートし合わないとね」

「うむ、此度の試練では、私達の団結も暗に試されているはずだ」

「そうね。だからこそ、手に手を取り合って、頑張っていかないとね」

「ああ、そうだな。……皆、今日はこれまで培ってきた力を存分に発揮して、全力で試練を突破するぞ!」

「はいっ!」

「はい!」

「はい!」

「ええ!」

 

 俺の言葉に智虎達が声を揃えて答えた後、俺達は一緒に頷いた。そして、試練の内容について訊くべく、輝麒の方へ視線を向けると、輝麒はどこか羨ましそうな表情を浮かべながら、俺達の事をジッと見ていた。

 

 輝麒……もしかして……?

 

 しかし、輝麒は何かを頭の中から追い払うように頭を横へと振り、表情を元に戻した後、静かに話し始めた。

 

「……それでは、試練の形式についてお話しします。試練は柚希さんと智虎君達の内の誰かが一組となり、剛虎さん達の中でその力の種類に対応した方が相手を務める形です」

「……要は、俺と智虎が組んだ場合は、剛虎さんが試練の相手になるって事だな」

「はい、その通りです。そして、先程も緋雀さんがチラッと話されましたが、緋雀さん達が定めた最低限のラインを超えた力を柚希さん達が示した上、試練の内容をクリアする事が出来れば、試練突破となります。しかし、途中で試練を諦めたり、定めた最低限のラインの力を示せなかった時は、残念ながら試練突破ならずとなります」

「なるほどな」

 

 規定の力を越えた上、試練の内容自体のクリアで試練突破、つまりどちらか一方がダメな時点で試練突破ならず、か……正直、辛いと言えば辛いけど、智虎達の力だけじゃなく、同調も駆使してどうにかやってみるしか無さそうだな。

 

 試練の内容を頭の中で再確認してから、静かにコクンと頷いていると、輝麒がジッと見つめながら俺達に話し掛けてきた。

 

「さて……最初は誰から行きますか?」

「最初は──」

 

 俺が最初の相方を決めようと智虎達の方へ視線を向けたその時、智虎がやる気に満ちた目をしながら一歩前に出た。

 

「僕が行きます、柚希さん!」

「智虎……ああ、分かった。一緒に頑張って試練を突破しようぜ!」

「はい!」

 

 智虎が大きく頷くと、剛虎さん以外はスッと後ろの方へと下がった。そして、剛虎さんは智虎の事を見ながら、静かに声を掛けた。

 

「智虎、たとえ我が子とはいえ、一切手心は加えない。全力で私に立ち向かってくるが良い!」

「はい! もちろんです!」

 

 智虎が大きな声で返事をすると、剛虎さんは静かに頷いた後、『金』の力を発揮した。すると、剛虎さんの目の前に突如幾つもの金属が次々と現れ、それらは大きな音を立てながらその場へと落ちた。

 

 やっぱり『金』の力だけあって、金属が関わってくるみたいだけど、これを一体どうするんだ……?

 

 地面に転がった金属を見ながら不思議に思っていると、智虎が首を傾げながら剛虎さんに話し掛けた。

 

「……お父さん、これをどうにかすれば良いの?」

「……半分正解、半分不正解だ」

「え……それってどういう──」

 

 智虎が疑問の声を上げようとしたその時、目の前に置かれた金属達が突如独りでに震えだし、スーッと上へと浮かび上がると、大きな金属音を立てながら次々と組み合わさっていった。そう、それはまるで何かを形作るように。

 

 ……まさか、俺達が相手にしなきゃないのって……!

 

 俺の中の力がまるで警報を鳴らすように強く反応し始めたかと思うと、目の前にあった金属達はそのまま次々と組み合わさり、程なくして最後の金属が『ソレ』へと組み合わさった。

 

「……マジか、これ……!」

「え……何、コレ……!?」

 

 俺達の目の前に現れた物、それは様々な種類の金属で組み上がった大きな人型ロボットのような物だった。加工などをせずに組み上げた事で、どこか歪な見た目をしているものの、その手には大きな剣と盾を持ち、そしてその無機質な目で俺達の事をジッと見つめていた。

 

 これを……相手にしなきゃないのか……今の俺達の状況で……!

 

「お、お父さん……これを一体どうすれば良いの……?」

「……簡単な話だ。コレの攻撃を躱しながら、お前の『金』の力を用いて、コレを撃破しろ」

「撃破しろって……こっちには武器も何も無しで……!?」

「……武器くらい己の力で確保しろ。さて……それでは、始めるとするか……!」

 

 剛虎さんの大きな声が響き渡った瞬間、金属の巨人は音を立てながら俺達へ向かって歩き始めた。

 

 くっ……! とりあえず距離を取るためにアンと同調をしておくか……!

 

 俺は手の中の『絆の書』にあるアンのページを開き、魔力を急いで注ぎ込んだ。ところが──。

 

「……え、アンと同調出来ない……!?」

 

 そう、何故かアンの魔力が俺の中に来る様子が一切ない上、同調時に生える翼も一向に姿を見せなかった。

 

 ……まさか、この異空間内だとあっちの皆とは同調出来ないのか!? くっ……なら、とりあえず智虎と同調を……!

 

 自分の考えが崩れた事に動揺したものの、俺はすぐに智虎のページを開いた。

 

「智虎、やるぞ!」

「は、はい……!」

 

 智虎の返事を聞いた後、俺は『絆の書』へと魔力を急いで注ぎ込んだ。そして、智虎の『金』の力が俺の中に宿った事を確認した後、俺は目の前の金属の巨人を構成している金属の性質を変えるべく、『金』の力を行使した。しかし──。

 

「……嘘だろ、力が全部弾かれてる……!?」

「え……!?」

 

 俺が行使した力は、巨人に当たる直前でそれよりも強い力によって弾かれていたため、巨人には一切効力を発揮していなかった。

 

 そんな……!

 

 そんな俺達の様子を見て、剛虎さんが静かに話し掛けてきた。

 

「……同調による『金』の力の行使を用いた策は見事ですが、私とて策を講じていないわけではありません。現在、この巨人の周囲には『金』の力で作成した結界が張られているため、ただ力を行使するだけではこの結界を越えて巨人に効力をもたらす事は一切叶いません」

「つまり……この結界を攻略した上でこの巨人をどうにかしない限り、俺達はこの試練を突破する事は出来ない、と……」

「はい、その通りです」

 

 俺の言葉に剛虎さんは静かに頷きながら答えた。

 

 これは本当にマズいな……結界っていうのは、ソレと同等の力をぶつけて無理やり壊すか力の中心になっている物を壊すかしないとどうにもならない。今の場合は、それに加えてこの巨人の攻撃を躱しながら、それを実行しなきゃないわけだ。まあ、見たところ巨人の動きは遅そうだし、そこだけがすく──。

 

 その瞬間、巨人が突然ビクッと震えたかと思うと、勢い良く金属の剣を俺達へと振り下ろしてきた。

 

「……は!?」

「……え!?」

 

 その先程までとは明らかに違う速さに一瞬怯んだものの、俺はすぐに我へと返り、未だに怯んでいる智虎を腕に抱えた後、左の方へと跳ぶ事で巨人の攻撃を躱した。俺達が立っていたところには金属の剣が深く突き刺さっていたが、巨人が首を傾げながら勢い良く引き抜くと、大きな亀裂だけが残っていた。

 

 ……ふぅ、何とかなっ──。

 

 巨人の攻撃を躱せた事に安堵していた時、突如左腕に激痛が走った。

 

「ぐ……!?」

「柚希さん……!?」

 

 智虎の声を聞きながら左腕に視線を向けると、左腕には大きな擦り傷があり、傷からは少量ながら血が徐々に染み出してきていた。

 

 くっ……躱した時に負ったのか……!

 

 左腕の痛みに耐えながら傷について考えていた時、傷の上に赤黒い(もや)のような物が見え始めた。

 

 マズい……思ったより傷のダメージが大きいみたいだ……! 早くあの巨人を守っている結界をどうにかしないと……!

 

 俺はすぐに左手で『ヒーリング・クリスタル』を握り、魔力を注ぎ込んだ。すると、傷から染み出していた血が緩やかに止まっていき、程なくしてそこには血の赤色に染まった痛々しい擦り傷だけが残った。

 

 ……よし、これでとりあえず止血は出来た。ただ、これはあくまでも、一時的に自然治癒力を高めて無理やり止めたに過ぎない……。つまり、長期戦になってしまったら、この後の試練にも影響が出てしまう事に……。

 

 傷の様子を見ながら考えを巡らせていると、智虎が申し訳なさそうな様子で話し掛けてきた。

 

「柚希さん……申し訳ありません……」

「……これは別に智虎のせいじゃないよ。俺がもう少し上手く受け身を──」

 

 俺が微笑みながら答えようとした時、智虎が首を静かに横へと振りながらぽつりぽつりと話し始めた。

 

「……いえ、僕があの時、あの巨人の攻撃に反応出来ていれば──怖がらずに一緒に避けようとさえすれば良かったんです……」

「智虎……」

「……巨人の攻撃が迫ってきたあの時、僕は心の底からの恐怖を感じていました。あの頃の臆病な僕を──ただの怖がりだった僕を克服出来たと思っていたのに、僕は未だに怖がりのままだったんです……!」

「智虎……」

 

 涙を必死に堪えながら辛そうに言う智虎に、俺はなんと言葉を掛けたら良いのか分からなかった。自分自身が大丈夫であると、しっかりと克服出来ていると実感していた物が本当は出来ていなかった。そのショックは、やはり本人にしか知り得ない物なのかもしれない。

 

 怖い、か……確かに智虎は臆病な自分を克服する事、そして剛虎さんのような立派な白虎になるために修行に励んでいた。けれど、智虎は少々思い違いをしてるんじゃないかな……?

 

 智虎の様子や言葉からそう感じた俺は、智虎の目の前にしゃがみ込んだ後、両手で智虎の顔を挟み込んだ。

 

「ゆ、柚希さん……?」

「なあ、智虎。怖い物があるって、そんなにダメな事かな?」

「……え?」

「……確かに、お前は臆病な自分を克服するため、そして剛虎さんのような立派な白虎になるためにここまで修行に励んできたよ」

「は、はい……だから──」

「でもな、智虎。お前はもう立派な白虎になってるって、少なくとも俺達はそう思ってるぜ?」

「そんな事……!」

 

 目を瞑りながら辛そうに言う智虎に、俺は更に声を掛けた。

 

「あのな、智虎。もしお前が前のお前のままだったら、まずここにはいないと思う」

「前の僕のままだったら、ここにはいない……」

「ああ。前のお前は、ただ様々な物を怖がってるだけだったから、ここに来ることすら怖がってたと思う。でも、今のお前はこれが試練だとはいえ、ちゃんとこの場に立っているし、実の親である剛虎さんが相手でもちゃんとソレを受け入れている。これはお前がちゃんと成長出来てる証拠だと思うぜ?」

「……僕がちゃんと成長出来ている……」

「ああ。それにさ、誰にだって怖い物なんてあって当然なんだよ。

 俺だって怖い物が無いわけじゃないし、たぶん剛虎さんだってそうだと思う。だからさ、智虎──」

 

 俺はニコッと笑いながら言葉を続けた。

 

「お前はもう、前のお前じゃない。お前はもう立派な白虎になってるんだよ」

「僕が……立派な白虎に……」

 

 智虎はその言葉を噛み締めるように静かに繰り返した。そして、迷いと哀しみに満ちていた眼が決意と覚悟を秘めた眼へ変わると、智虎はさっきまでとは違う凜々しい表情を浮かべながら話し掛けてきた。

 

「……やりましょう、柚希さん。僕達の力であの巨人を倒して、お父さんに成長したという証を示しましょう!」

「……ああ、もちろんだ!」

 

 俺達は一緒にコクンと頷いた後、剛虎さん達の方へ視線を戻した。すると、どうやら俺達の事を待っていてくれたらしく、巨人はその場にジッと立ち止まり、俺達の事を無機質な目で見つめ続けていた。そして、剛虎さんは智虎の事をジッと見た後、静かに口を開いた。

 

「……どうやら覚悟を決めたようだな、智虎」

「……もちろんだよ、お父さん。もう僕は、泣いてばかりの僕なんかじゃない。その事を……今から証明してみせるよ!」

「……そうか、ならば見せてもらうぞ。お前の成長の証、そしてお前の覚悟を!」

 

 その剛虎さんの言葉と同時に再び巨人は動き始め、ゆっくりとした動きで俺達へと近付いてきた。

 

 移動速度は遅いが、攻撃速度はそこそこ速い……なら、巨人の攻撃範囲に入らないようにしながら、アイツの情報さえ手に入れれば良いはずだ!

 

「智虎、少しだけアイツを引き付けてくれるか?」

「はい、任せて下さい!」

 

 智虎は大きく頷いた後、巨人の目の前へと走りながら、自分の毛を『金』の力で硬化させた。そして、巨人の目の前で大きく跳び上がった後、体を前方へ回転させながら硬化させた毛を巨人へ向けて次々と勢い良く飛ばした。しかし、巨人の周囲に張られた結界の力により、毛針は当たる直前でその力を失うと、次々とただの毛へと戻ってしまった。

 

 ……やっぱりそうなるか。けど、巨人の注意はしっかりと引き付けてくれたし、後は俺がしっかりとやれば……!

 

 俺は巨人と剛虎さんの挙動に注意を払いながら、急いで巨人の陰へと走り込んだ。そして、静かに巨人の胴体へ触れた後、精いっぱいの『金』の力を籠めて、巨人の解析を始めた。

 

 ……そうか、そこをどうにかすれば、この結界も巨人も何とか出来るのか……!

 

 結界と巨人、その二つを一度にどうにかする手段を見つけた俺は、すぐに巨人から距離を離し、同じく巨人から距離を離していた智虎に声を掛けた。

 

「智虎! 巨人から何とか剣を奪えないか!?」

「きょ、巨人から剣を……ですか……!?」

「ああ! あの剣さえ奪ってしまえば、俺達の勝ちは見える筈だからな!」

「けど……! 剣を奪うってどうやれば……!」

「そうだな……恐らくだけど、あの巨人を転ばすことさえ出来れば、その衝撃で剣と盾を手放すと思う。だから、まずはアイツを転ばさないと……!」

「巨人を転ばす……あ、それなら一個だけ考えがあるのでやってみますね!」

「……分かった。それじゃあ、俺はサポートに回るから、ここからの攻撃は智虎がメインになってくれ!」

「分かりました!」

 

 智虎は大きな声で返事をした後、再び巨人へ向けて走り出した。そして、直前で今度は自分の尾を硬化させると、巨人の足下目掛けて硬化させた尾を勢い良く衝突させた。すると、巨人の体がグラリと前後へと揺れたかと思うと、静かに後ろの方へと倒れ、程なくして大きな音を立てながら仰向けに倒れ込んだ。

 

 よし……! 後は剣と盾を回収すればいける……!

 

 そう確信した後、俺はすぐに巨人の元へと走り出した。そして、倒れた衝撃で巨人の手から離れた剣と盾に触れた後、俺は『金』の力を用いて、剣と盾を組み合わせた別の武器を組み上げた。

 

 ……後は、これを智虎へ……!

 

 俺はその武器を何とか持ち上げつつ、智虎へと声を掛けた。

 

「智虎! 後は言わなくても分かるよな!」

「はい! 恐らく大丈夫です!」

 

 智虎の返事を聞いた後、俺は持ち上げていた武器を勢い良く上へと放り投げた。そして、智虎は後ろから急いで走り込んでくると、俺の隣で大きく跳び上がり、再び硬化させていた尾を武器の柄へと力一杯に振るった。

 

「はああぁ──!!!」

 

 智虎の気合いの籠もった声と同時に撃ち出された武器は、勢い良く巨人の心臓目掛けて飛ぶと、結界に阻まれる事なくそのまま巨人の心臓へと突き刺さった。そしてその瞬間、巨人の周囲に張られた結界がまるで硝子が割れるような音を立てながら割れ、巨人の体も大きな音を立てながら崩れ落ちていった。

 

 ……倒した、のか……?

 

 息を切らしながら目の前の状況をボンヤリと見ていると、同じく息を切らしながら智虎がボンヤリとした様子でポツリと呟いた。

 

「……倒した、んですよね……?」

「……ああ、結界も破れてたし体も崩れてるから、そうだと思うけど……」

 

 お互いにボンヤリとした様子を続けながら、剛虎さんの方へと視線を向けると、剛虎さんは俺達の事をジッと見詰めた後、静かにフッと笑った。

 

「遠野柚希殿、そして我が子智虎。

共に『金』の試練を突破した事をここに証明しよう」

 

 その言葉を聴いた瞬間、俺の中に喜びが込み上げてきた。

 

「……よっしゃあー!!」

「……突破……! 僕……試練を突破出来たんだっ……!」

 

 俺達が共に喜びの気持ちを声に出していると、剛虎さんは静かな声で話し掛けてきた。

 

「柚希殿、私の創り出した巨人の弱点を見つけ出した技術、そして智虎を鼓舞し再び立ち上がらせた手腕、実に見事でした」

「ありがとうございます、剛虎さん」

「いえ、こちらこそ先程の柚希殿の動きなどから、多くの事を学ばせて頂きました。柚希殿、これからも智虎の事を何卒よろしくお願い致します」

「はい、もちろんです、剛虎さん」

 

 俺が静かに微笑みながら言うと、剛虎さんは静かに頷いた後、今度は智虎の方へ視線を向けた。

 

「智虎。先程、柚希殿が仰っておられたように、お前は既に一人前の白虎だ。だが、今回の結果に甘える事なく、これからも精進するのだぞ」

「はい! お父さん!」

 

 智虎の嬉しそうな返事を聴くと、剛虎さんは満足そうに頷いた後、甲亀さん達の方へと静かに歩いて行った。

 

 これでまずは一つだけど、後三つもどうにか頑張らないとな……。

 

 俺の中にある魔力量、そして左腕の傷の様子を見ながら考えていた時、ふとさっきのロボットの残骸がある方へと視線を向けた。すると、あった筈の残骸達はまるで最初から無かったかのように、跡形も無くなっていた。

 

 ……あれ、どこに行ったんだろ?

 

 その場所を見ながら不思議に思っていると、智虎がとても嬉しそうな様子で声を掛けてきた。

 

「柚希さん! 本当にありがとうございます!」

「どういたしまして、智虎。だけど、この結果はお前の頑張りもあっての結果だ。その事はちゃんと誇って良いと思うぜ?」

「柚希さん……」

「後は……さっき剛虎さんが言ってたけど、この結果に満足する事なく、これからも更に頑張っていかないとな」

「はい! もちろんです! これからも柚希さんと一緒に、この『金』の力を更に強くするため、精いっぱい頑張ります!」

 

 そう俺に言う智虎の顔は、とても晴れやかで凛々しく、見ているこっちまで明るくなりそうなものだった。

 

 うん、これで智虎は大丈夫そうだな。

 

 智虎のその様子からそう感じつつ同調を解いた後、ふと輝麒の方へ視線を向けてみた。すると、輝麒は喜んでいる智虎の事を見ながら、心の底からホッとしたような様子を見せていた。

 

 ……もしかして、輝麒が今回の監督役に選ばれた理由って……。

 

 しかし、ハッとした表情を浮かべた後、輝麒はすぐに真剣な表情を浮かべながら静かに話し始めた。

 

「それでは、次の試練に移りたいと思いますが、次は誰が行きますか?」

「次は──」

 

 俺が次の試練の挑戦者を決めようとした時、賢亀がゆっくりと歩いてきながら声を上げた。

 

「次は僕が行きます、柚希さん」

「……分かった、一緒に試練を突破しようぜ、賢亀!」

「はい」

 

 賢亀は静かに頷きながら答えたものの、そのゆっくりとした動きのせいか、中々こっちまで辿り着く様子が無かった。

 

 ……そうだった、賢亀は歩くのがそこそこ遅いんだっけな……。

 

 その様子に苦笑いを浮かべていると、智虎が静かに微笑みながら賢亀へとトコトコと歩いていった。そして、賢亀の所へ着くと、賢亀の事を軽く咥えながら背中へと乗せ、再びこっちへ向かって歩いてきた。

 

「柚希さん、お待たせしました」

「うん、ありがとうな、智虎」

「いえいえ。それじゃあ僕は、護龍君達の方へ行ってますね」

「ああ、分かった」

 

 俺が微笑みながら答えると、智虎はニコッと笑いながら静かに頷いた。そして、賢亀を背中からゆっくりと降ろした後、微笑みながら賢亀に声を掛けた。

 

「賢亀君、試練頑張ってね」

「うん、ありがとう、智虎君。僕も智虎君みたいに、柚希さんと一緒に精いっぱい頑張ってみるよ」

「うんっ!」

 

 賢亀の言葉に智虎は嬉しそうに返事をした後、護龍達がいる方へと走っていった。そして、それと同時に甲亀さんがのしのしと前へと進み出てきた。

 

 今度は『水』の試練……でも、どんな試練内容なんだ……?

 

『水』の試練の内容について、俺が疑問に思っていると、甲亀さんが静かに話し始めた。

 

「賢亀、私も一体の四神として手心を加えずにやるつもりだから、全力で向かってくるんだよ」

「うん、それはもちろんだよ、お父さん。それで、僕の試練の内容はどういうのなの?」

「それはね──」

 

 甲亀さんが静かに答えたその時、甲亀さんの足元から突如水が湧き出し、俺達の足元まで迫ってきた。そして、水は足元でピタリと止まると、高さだけがそのまま徐々に増えていった。

 

 何というか……ちょっとしたビニールプールみたいになったな。

 

 水の様子を見ながらそんな事を考えていると、甲亀さんが静かに話し始めた。

 

「私からの試練はこれ、この水を使って何かを作ってみる事だよ」

「何かを作ってみる事って……智虎君の試練みたいに何かと戦うわけじゃないんだね」

「まあ、戦うわけじゃないけど、集中力を欠いてこようとするモノはしっかりと用意してあるから、それに集中力を欠かれないようにしながら、私が納得する物を作ってくれ」

「うん……分かったよ、お父さん」

 

 賢亀は静かに返事をした後、俺の方へと顔を向けた。

 

「柚希さん、どんな物を作ったら良いと思いますか?」

「そうだな……俺はあくまでもお前のサポート要員だから、コレを作れみたいな事は言えないし言わないけど、お前が作りたい物を作れば良いんじゃないのか?」

「僕が作りたい物……分かりました。とりあえず考えてみます」

「ああ」

 

 賢亀の言葉に返事をした後、俺は『絆の書』の中の賢亀のページを開き、魔力を注ぎ込んだ。そして、賢亀との同調が完了した後、俺は周囲の様子に注意を向け始めた。

 

 ……賢亀が何を作るかは分からないけど、俺のやるべき事は決まってる。今はそれにだけ神経を使っていれば問題は無いはずだ。

 

そう思いながら神経を集中させていたその時、突如賢亀の横から水で出来た魚のような物が飛びだしてきた。

 

「なっ……!?」

「えっ!?」

 

 その咄嗟の事に俺達が茫然とする中、水の魚は賢亀の頭上を軽やかに飛び越えると、そのまま水の中へと消えていった。

 

 ……まさか、今のが甲亀さんが言っていた邪魔をしてくる奴なのか……?

 

 さっきの水の魚について疑問を浮かべていると、甲亀さんがクスクスと笑いながら賢亀に話し掛けてきた。

 

「ふふ、早速邪魔をされてしまったみたいだね、賢亀?」

「……って事は、さっきのがお父さんが言ってた邪魔をしてくる奴って事?」

「……まあ、一応はそうだね」

 

 甲亀さんは少し含みのある言い方で、賢亀からの問い掛けに答えた。

 

 一応は、って事は……アレよりも遙かに危ない物も出てくるかもしれないって事か……?

 

 甲亀さんの答えに嫌な予感を感じながらも、俺は賢亀に声を掛けた。

 

「賢亀、とりあえず落ち着いていこう。お前も知ってる通り、『水』の力は落ち着いている事が必要になってくるからな」

「……は、はい、そうですよね。よーしっ……!」

 

 賢亀は気合いを入れ直すと、再び何を作るかを考え始めた。

 

 ……さっきみたいなのやさっきよりも危ないのが出てきた時は、全力で妨害しないとな……。

 

 そして、再び周囲の様子に注意を向け始めたその時、俺の横から何かが跳ね上がってくる音が聞こえた。

 

 ……来た!

 

 瞬時にそちらへ視線を向けると、そこにいたのは──。

 

「……は? さ、鮫……!?」

 

 そう、そこにいたのは、水の体を持った大きな鮫だった。

 

 いやいやいや!? さっきは小魚で、何で今度は鮫なんだよ!?

 

 そのあまりの落差に俺は心の中で思わずツッコミを入れてしまっていた。そして、その隙に水の鮫は賢亀に狙いを定めると、大きな口を開けて賢亀に向けて泳ぎ始めた。

 

 くっ……! マズイ、急いで何とかしないと……!

 

 俺は急いで水の魔力を左手に溜め、水の鮫へ向けてソレを撃ち出した。ところが、水の鮫は何故かすぐに進路を変えてしまったため、俺が撃ち出した水の砲撃は賢亀に向かって飛んでいってしまった。

 

「賢亀! 避けてくれ!」

「……え?」

 

 俺が急いで声を掛けたものの、集中力を高めていた賢亀は反応が遅れてしまっていたため、突如向かってきている水の砲撃を避けられずにいた。

 

 くそっ……! こうなったら……!

 

 俺は急いで賢亀の周囲の水を操作し、大きな水の盾を砲撃の前に作り出した。そして、俺が撃ち出した水の砲撃がどうにか水の盾にぶつかった事で、賢亀がダメージを負っている様子は見られなかった。

 

「賢亀! 無事か!?」

「は、はい……何とか」

「そっか……」

 

 賢亀の返事を聞き、俺は胸をなで下ろした。

 

 冷静になって考えてみれば、あの水の魚達は甲亀さんが作り出してる物なんだし、あんな動きをするのは当然だ。つまり……まさに水のように変幻自在に襲い掛かってくる邪魔モノ──水製生物(アクアクリーチャー)を相手にしつつ、甲亀さんの課題に答える必要がある。これは思っていたよりも難問かもしれないな……。

 

『水』の試練という難問の難しさを改めて思い知っていると、賢亀がさっきの智虎のように申し訳なさそうに声を掛けてきた。

 

「柚希さん、すいません……僕がもっとぱっぱと作る物を作れれば、こんな事にはならないのに……」

「いいや、お前のせいじゃないよ、賢亀」

「でも──」

 

 申し訳なさそうに言葉を続けようとする賢亀の声に被せるようにしながら俺は賢亀に話しかけた。

 

「……なあ、賢亀。突然だけど、お前はどんな玄武になりたい?」

「……え? どんな玄武にって……本当に突然ですね?」

「はは、まあな。それで、どんな玄武になりたい?」

「どんな玄武に、か……そういえば、今までそんな事考えた事無かったかもしれないです。いつも、のんびりと過ごしてきてたし、修行を始めてからも自分の性格を『水』の力に活かせる方法なんかを考えてただけですから」

「……そっか」

「はい、でも……強いて言うなら──」

 

 賢亀はスッと顔を上げ、ニコッと笑いながら言葉を続けた。

 

「僕は今のままののんびりとした僕でいようと思います。もちろん、智虎君がいつも言ってるようにお父さんのような立派な四神は目指しますけど、智虎君とか護龍君とか麗雀ちゃん、後は柚希さん達の事を静かにのんびりと支えていけるような玄武になりたいです」

「賢亀……」

 

 そう俺に話す賢亀の顔はいつものように穏やかだが、どこか他人に安心感を与えるような優しい雰囲気を漂わせていた。

 

 静かにのんびりと他人を支えていけるような玄武、か……ふふ、何だか本当に賢亀らしい玄武の形かもしれないな。

 

 そう感じた後、俺は賢亀に微笑みながら言葉を続けた。

 

「俺は良いと思うぜ? 何だか賢亀らしい玄武の形だと思うからさ」

「……ふふ、ありがとうございます、柚希さん」

 

 賢亀は静かに微笑んだ後、再び甲亀さんの方へと向き直った。

 

「お待たせ、お父さん」

「ふふ、別に良いよ、賢亀。それよりも……その様子を見るに、どうやらさっきの会話で何かを掴んだみたいだね」

「うん、もちろん。だから、ここからはお父さんの思い通りには行かないかもよ?」

「……さて、それはどうかな?」

 

 甲亀さんのその言葉と同時に、甲亀さんの周囲には水で出来た魚を始めとした様々な生き物を模った水製生物が出現した。

 

 あはは……今からアレ全部を相手にするのか……。これは本当に思ってたよりも骨が折れそうだ。

 

 無数の水製生物達を前に、俺は心の中で苦笑いを浮かべたが、すぐに気を取り直してから賢亀に声を掛けた。

 

「賢亀、ここからは更に気合いを入れていくぞ!」

「うん!」

 

 元気の良い返事をした後、賢亀は『水』の力を用いて周囲の水を目の前に集め始めた。 そして、それを見た甲亀さんが尾を一振りすると、それを合図に水製生物達が一斉に俺達へ向かって飛んできた。

 ……生憎だけど、これ以上賢亀の邪魔はさせない……!

 

 俺は頭の中で静かにたゆたう水面(みなも)をイメージする事で気持ちを落ち着けた後、再び左手に水の魔力を溜め、向かってくる水製生物達へ向けて次々と撃ち出した。

撃ち出した水弾は、一発として外れることなく次々と命中したが、それに応じて次々と別の水製生物が作り出され、俺達へ向かって飛んできた。

 

 ……やっぱり切りがないな……けど、賢亀のためにもどうにか持ちこたえないと──。

 

 その時、甲亀さんが右前足を静かに動かしたかと思うと、向かってきていた水製生物達は次々と一体の水製生物へと集まっていき、程なくして俺達の目の前にはさっき見たモノよりも明らかに大きな水の鮫が現れた。

 

 ……まさか、今からこれが来るって言うのか……!?

 

 そう、そのまさかだった。甲亀さんがニッと笑いながら再び尾を一振りすると、巨大な水製鮫(アクアシャーク)がその大きな口を開けながら俺達へ向かって襲い掛かってきたのだ。

 

 くっ……! これから賢亀を守るには──。

 

 体の中にある水の魔力を多量に使い、賢亀の目の前に大きな水の盾を作ろうとしたその時、賢亀が突然大きな声を上げた。

 

「……よし、出来た!」

 

 弾かれたように賢亀の方へ視線を向けると、賢亀の目の前には、いつの間にか水で出来た大きな玄武が姿を現していた。

 

 コレって……まさか、さっきの会話で話してた、賢亀がなろうとしている玄武の姿か……?

 

 賢亀の作り出した水製玄武(アクアトータス)のその大きさや完成度に驚いていると、水製玄武はその大きな体を揺らしながら、目の前の水製鮫へ向かって歩を進めた。そして、水製鮫に肉薄すると、こちらも大きな口を開けて水製鮫へと牙を立て、水製鮫もそれに負けじと鋭い牙を水製玄武へと立てた。

両者は一歩も譲らずにそのまま牙を立て続けていたが、俺がその光景に小さく息をついた瞬間、二体の水製生物の体が徐々に崩れていくと、ただの水へと戻りながら、そのまま大きな音を立てつつその場へと落下した。

 

 互角……って事か?

 

 二体の水製生物の戦いの結果に疑問を覚えたその時、賢亀が静かにその場へと倒れ込んだ。

 

「賢亀!」

 

 俺はすぐに賢亀の元へと駆け寄り、静かに賢亀の事を持ち上げた。

 

「賢亀! 大丈夫か!?」

「あ、あはは……ちょっと力を使い過ぎちゃったみたいですけど、僕は大丈夫ですよ……」

「……そっか、良かった……!」

 

 賢亀の声の調子や賢亀との同調が自動で解けていない事、そして賢亀の体に纏わり付いている靄のような物が疲労による物であった事から、賢亀の調子に大きな問題が無い事を感じ、俺は心の底からホッとしていた。

 

 ……うん、本当に良かった……。

 

 そして、賢亀の体に『ヒーリング・クリスタル』を付け、魔力を注ぎ込む事で賢亀の疲労を少しずつ取っていると、甲亀さんが心配そうな表情を浮かべながら俺達へ向かってのしのしと近付いてきた。

 

「……柚希さん、賢亀は大丈夫ですか?」

「はい、どうやら力の消費による疲労のようです」

「そうですか……それなら良かった」

 

 そうホッとしたように言う甲亀さんの顔は、先程までの真剣な様子とは違い、心の底から息子の無事に安堵をしている父親の物だった。

 

 ……やっぱり、親子の絆って本当にスゴく大切で暖かいものなんだな……。

 

 甲亀さんの様子を見ながらそう感じていると、賢亀が静かに甲亀さんへと視線を向けた。

 

「お父さん……僕、精いっぱい頑張れたかな……?」

「……ああ、もちろんだよ、賢亀。父親として、本当に誇らしく思っているよ」

「……ふふ、そっか」

 

 賢亀がニコッと笑いながら言うと、甲亀さんはそれに優しく微笑みながら頷いた。そして、すぐに先程までの真剣な表情へと戻ると、静かな声で話し始めた。

 

「……遠野柚希殿、並びに我が子賢亀。

共にこの『水』の試練を突破した事をここに証明する」

「お、お父さん……! 本当に良いの……?」

 

 賢亀が嬉しさを顔に滲ませながら訊くと、甲亀さんは再び父親の顔になりながらコクンと頷いた。

 

「ああ、あそこまで見事なもの──賢亀が目指す玄武の形を見せてもらったからね。試練は合格だよ、賢亀」

「お父さん……! ありがとう……!」

「ふふ、礼には及ばないよ。賢亀、これからも自分の目指す玄武の形を忘れないように頑張るんだよ?」

「うん! もちろんだよ!」

 

 疲労が多少取れた事で大きく返事をする賢亀を見て、甲亀さんは静かに頷いた後、今度は俺の方へと視線を向け、穏やかな笑みを浮かべながら話し掛けてきた。

 

「柚希さん、これからも賢亀の事をよろしくお願いします」

「はい、任せて下さい、甲亀さん」

 

 俺が静かに返事をすると、甲亀さんは静かに頷いた後、のしのしと剛虎さん達の方へと歩いていった。

 

 これでようやく半分……『水』の試練で想定してたよりも力を使っちゃったし、ここからは本当に考えて臨まないとな……。

 

 試練を突破した事による喜びを素直に表情に表している賢亀を見ながらそう感じた後、俺はさっきの水がいつの間にか消えていることに気付いた。

 

 ……まただ。さっきの金属といい、今の水といい、何か秘密がありそうだけど、今は……。

 

 そして、俺は再び輝麒の方へと視線を向けた。すると、輝麒は賢亀の事を見ながら、心配半分安心半分な表情を浮かべていたが、すぐにまたハッとしたような表情へと変わると、再びすぐに真剣な表情へと変えながら俺達に話し掛けてきた。

 

「さて……それでは、次の試練に移りますが、次は誰が行きますか?」

「それじゃあ──」

 

 俺が次の四神の名前を口にしようとした時、護龍が静かに声を上げた。

 

「では……次は私が行くとしよう。守護をする季節の順としても丁度良いからな」

「……分かった。一緒に試練を突破しようぜ、護龍!」

「はい、もちろんです」

 

 護龍は静かに返事をした後、隣に立っていた智虎に声を掛けた。

 

「智虎、そろそろ賢亀の事を迎えに行ってやれ。『ヒーリング・クリスタル』で多少回復をしたとはいえ、あそこまで疲弊しているのだからな」

「うん、もちろん!」

 

 智虎は元気良く返事をした後、俺達に向かって急いで走ってきた。

 

「柚希さん! 賢亀君! 二人とも本当にお疲れ様!」

「ああ、ありがとうな、智虎」

「ありがとう、智虎君」

「えへへ、どういたしまして」

 

 智虎は嬉しそうに笑いながら答えた後、賢亀の事を軽く咥え、静かに背へと乗せた。そして、俺の方へと向き直ると、智虎はニコッと笑いながら声を掛けてきた。

 

「それじゃあ、柚希さん。残りの試練も頑張って下さい!」

「ああ。護龍と麗雀が試練を突破できるように、精いっぱい力を尽くしてみるよ」

「はい! よし……それじゃあ行くよ、賢亀君」

「うん」

 

 賢亀の返事を聞いた後、智虎は走って麗雀がいる方へと戻っていった。そして、護龍はそれを見てフッと笑った後、静かに俺の方へと近付いてきた。

 

「護龍、智虎達に続いて試練を突破できるように精いっぱい頑張ろうな!」

「はい」

 

 護龍が静かに返事をしていると、飛龍さんが厳かな雰囲気を醸し出しながら静かに近付いてきた。

 

「それでは、これより『木』の試練を開始しよう。護龍、準備は良いか?」

「はい、父上。私が今日(こんにち)まで励んできた修行の成果、必ず示して見せます」

「……そうか。ならばその修行の成果とやらを、しかと見せてもらうぞ!」

 

 飛龍さんが大きな声を上げながら『木』の力を発揮すると、突如俺達の周囲に大きな樹木が幾つも出現し、程なく俺と護龍は『木』の力で発生した森の中に閉じこめられた。

 

 森の中……でも、これが修行とどんな関係が……?

 

 俺が疑問を抱いていると、どこからか飛龍さんの声が聞こえてきた。

 

「では、試練内容を発表する。

『樹木らの声を聞き、その森の中より脱出せよ』」

「樹木らの声を聞き……つまり、普通にはこの森の中からは脱出できないという事ですね?」

「左様です、柚希殿。その森の中には特別な呪いが掛かっているため、樹木らの声に従わぬ限り、いかなる理由があろうとも、その森の中より出る事は叶いません」

「いかなる理由があろうとも、か……」

「つまり、長期戦になればなる程、私達が不利になるのは明白という事ですね」

「ああ、そうだな。……正直、俺の力の残量も不安なところだし、どうにか早めに突破できるように頑張っていこう」

「はい」

 

 護龍が静かに返事をした後、俺達は森の中を進み始めた。森の中を進むこと数分、護龍が突然耳を澄ませ始めた。

 

「護龍、何かあったのか?」

「はい、どこからか話し声のような物が聞こえてきましたので、それに神経を集中させていました」

「話し声のような物……もしかして、それが樹木らの声って奴なのかな?」

「恐らくは」

「分かった」

 

 コクンと頷いた後、俺は『絆の書』の中の護龍のページを開き、護龍と一緒に頷き合ってから魔力を注ぎ込んだ。そして、体の中に『木』の力が備わった事を確認した後、俺は護龍と一緒に耳を澄ませ始めた。すると、護龍の言う通り、どこからか話し声のような物が聞こえてきた。

 

 ……この音の感じからすると、たぶんあっちの方だな。

 

 声がする方角に大体の当たりを付けた後、俺達はその方角へと歩き始めた。再び歩く事数分、話し声のような物は徐々に大きくなっていき、更に数分歩いた頃、俺は目を疑うような光景に出くわした。

 

「……何だ、アレ……?」

「……恐らくは、アレがこの話し声の主達なのだと思います……」

 

 俺達の目の前にあった物、それは枝を動かしながら話をしている何本もの木々だった。

 

 ……ヴァイスと初めて会った時以来だな、こういう不思議な存在を見て自分の目を疑ったのは……。

 

 その事を思い出し、少しだけ懐かしさを感じた後、俺達はその木々へと近付いた。

 

「なあ、お前達。ちょっと良いか?」

「……ん? おぉ、こんな所に迷い人と迷い龍とはな……!」

「不思議! 不思議! あはははっ!」

「こんな事、滅多にないから、本当に不思議だよね」

「ほんとほんと!」

 

 木々は俺達の姿を見ると、そんな声を上げ始めた。

 

 不思議度で言えば、そっちの方が不思議だと思うけどな……童話とかの中でしか、こんな光景はお目に掛かれないし……。

 

 木々を見ながら心の中で苦笑いを浮かべていると、護龍が小さく息をついてから木々に話し掛けた。

 

「……私達はこの森を抜ける術を探しています。皆様は何かご存じ無いですか?」

「そうじゃのぅ……知っていると言えば知っておるが、知らないと言えば知らないかのぅ……」

「知ってる! 知らない! あはははっ!」

「教えるのは簡単だけど、ただ教えるなんてのはつまらないからね」

「ほんとほんと!」

「……それじゃあ、どうやったら教えてくれるんだ?」

「そうじゃのぅ……どうやらお主達は『木』の力を持っておるようじゃし、儂ら全員の枝から葉を全て落とす事が出来たら、教えることにしようかのぅ」

「全部! 全部! あはははっ!」

「もちろん、一枚ずつ落としても良いけど、落とす時は必ず『木』の力を使ってね」

「使ってね使ってね!」

「……分かった」

 

 木々に返事をした後、俺は個性的な木々の話し方に思わず額を押さえていた。

 

 ……ダメだ、何かコイツらの話し方を聴いてると、段々頭が痛くなってくる。別に苦手ではないけど、今の状況にこれは辛い……。

 

 ふと護龍の方へ視線を向けると、護龍も額を押さえながら辛そうな表情を浮かべていた。

 

 あはは……やっぱり護龍はこういうのって苦手みたいだな。ここは護龍のためにも、早めに抜けてやるか。

 

 護龍の様子からそう感じた後、俺は護龍に声を掛けた。

 

「護龍、大丈夫そうか?」

「……はい、何とか大丈夫そうです。ですが……早々にここを抜けられるのならばありがたいです」

「……分かった。それじゃあ、ささっとコイツらの葉を全て落とす方法を考えるか」

「……はい」

 

 護龍の返事を聞いた後、俺は個性的な木々の葉を全て落とす方法を考え始めた。

 

 さて……どうしたら良いかな。一応、一枚ずつ地道にやるのはアリって言ってるけど、『木』の力を使ってとなると、だいぶ量を持ってかれるし……。

 

あれこれと考えを巡らせていたその時、護龍が静かな声で話し掛けてきた。

 

「柚希殿、一つよろしいですか?」

「……ん? どうした、護龍?」

「いえ……一つ柚希殿のご意見を伺いたい事柄がありまして……」

「ほうほう、それでその事柄って何なんだ?」

 

 俺が興味ありげに聞くと、護龍は少し暗い表情になりながら話し始めた。

 

「……私自身自覚があり、智虎達からもよく言われる事なのですが、私は少々物事について考え過ぎる事があります。冷静になってみれば、何という事もない事柄であっても、つい何かまだ他にあるのではないかと勘繰り、必要以上にその事について考えてしまい、結局無駄な時間を作ってしまうのです……」

「なるほどな……」

 

 護龍が抱えるその悩みを聴き、俺は呟くような声で答えた。

 

 考え過ぎる事が悩みか……。

 

 護龍は四神′sのブレインとしてだけではなく、義智や蒼牙のようによく『絆の書』の面々の相談にも乗っている上、すんなりとその解決策なんかも提示している。そのため、そういった悩みを抱えてるようには見えなかったんだが、実はそうじゃなかったようだ。

 

 考え過ぎの解決策か……長谷にも言われたけど、俺も自分の事となると、考え過ぎる傾向があるみたいだからな。まあ、俺だって長谷と話したからこそ、自分なりの解決策が見つかったんだけどな。

 

 昨日の長谷との会話を思い出した後、俺は護龍の言葉に答え始めた。

 

「……実は、俺も護龍みたいに考え過ぎる傾向があるみたいなんだけどさ」

「……そう、なのですか?」

「ああ。と言っても、昨日長谷に言われて初めて知った事なんだけどな」

「は、はぁ……」

「それで、その後に俺は自分なりの解決策を一応考えてみたんだよ」

「自分なりの解決策……ですか?」

「ああ。そして、その解決策っていうのが──」

 

 俺はニッと笑いながら言葉を続けた。

 

「原点回帰とあえて考えない事の二つだ」

「原点回帰、そしてあえて考えない事……」

「ああ。考え過ぎっていうのはさ、大抵は考えて考えて元々の問題からドンドン離れて行って、その内に思考が迷子になるものなんだ。だから、そこまでの思考を一度放棄して、元々の問題をもう一回見直すことで、自分がさっきまで気付かなかったものなんかに気付けるようになるんだよ」

「なるほど……」

「そして、もう一つの方はそのままだな。自分の直感を信じてそのまま答えを出したり自分の中に元々ある答えを提示する。これでも問題は解決する事もあるから、意外とバカには出来ないんだよ」

「自分の直感……元々ある答え……」

 

 護龍はその二つの言葉を呟くように繰り返すと、護龍の目は覚悟を決めたような眼差しへと変わった。

 

「柚希殿、一つ提案があるのですが、よろしいですか?」

「ああ、良いけど?」

「では……」

 

 そして、護龍はその提案をこっそりと俺に耳打ちした。

 

 ……なるほど、たしかにそれならだいぶ楽にここを突破できそうだな。でも……。

 

「護龍、お前はそれでも良いのか?」

 

 その提案内容がいつもの護龍らしくなかったため、俺は首を傾げながらそう訊いた。すると、護龍は静かに首を縦に振った。

 

「はい、本来の私であれば、この答えを行動に移すことはありません。しかし、今はそのような事を言っている場合では無い上、それ以外の解答を見つけられる気が致しません。なので──」

 

 護龍はフッと笑った後、静かに言葉を続けた。

 

「ここは私の“直感”に任せてみようと思います」

「……そっか」

 

 護龍の答えを聞いた後、俺はフッと笑いながら木々の方へと向き直った。そして、『木』の力を使う準備をし終えた後、ニヤッと笑いながら護龍に声を掛けた。

 

「それじゃあ……始めようぜ、護龍。楽しい楽しいショータイムをな!」

「畏まりました」

 

 同じく護龍がニヤッと笑いながら答えた後、俺達は木々へ向かって『木』の力を使った。

 

「……ほうほう、ようやく儂ら全員から葉を落とす方法を思い付いたようじゃのぅ……」

「全員! 全員! あはははっ!」

「さて……僕達に力を使った後はどうするのかな……?」

「どうするどうする!」

 

 俺達のその様子に、木々は楽しそうに声を上げた。

 

 どうする、か……。

 

「こうするんだよ! やるぞ、護龍!」

「御意!」

 

 そして、俺達は木々へと行使した『木』の力で木々の動きを操作し始めた。すると、木々は自らの枝を上へと振り上げ、隣接する木へ目掛けて枝を振り下ろした。

 

「ほうっ! ほうっ! これは、中々! 考えたのぅっ!」

「バサバサ! バサバサ! あはははっ!」

「これはっ! かなり痛い! けど楽しい! よね!」

「ほんとほんと!」

 

 木々は大きな声を上げながら、お互いに枝をぶつけ合った。そしてその内に、枝から徐々に葉が取れ始めると、それと同時に木々の根元には落ち葉が積もり始め、程なく木々の枝に付いていた葉は全て根元へと落ちた。

 

「……よし、これで全部落ちたみたいだな」

「はい」

 

 木々の枝の様子を見ながら俺達が話をしていると、木々は感心した様子で話し掛けてきた。

 

「ふぉっふぉっ! まさかこのような術を用いようとは思わんかったわぃ!」

「すべすべ! すべすべ! あはははっ!」

「ちょっと痛かったけど、何だか楽しかったよ!」

「ほんとほんと!」

 

 しかし、護龍は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「……しかし、やはり皆さまを傷つけるような策を講じてしまった事に変わりは……」

「いやいや、良いんじゃよ、若人よ。人も四神も、そして木々も時には傷つく事で成長に繋がる事もあるからのぅ」

「みんな成長! みんな成長!」

「それに、そういった申し訳なさを感じてくれるだけでも、僕達は嬉しいからね」

「ほんとほんと!」

「皆様……」

 

 護龍が静かに顔を上げると、長老木は優しい声で話し掛けてきた。

 

「若き人の子、そして若き青龍よ。優しさの意味、そして慈しみの心。この二つを履き違えぬようにこれからも精進していくのじゃぞ?」

「はい、もちろんです」

「はい」

「うむ。では──」

 

 すると、木々はサワサワサワという音を立てながら横へと動き、そしてその間から外へと繋がっているであろう道が姿を現した。

 

「行くが良い、若人達よ」

「バイバイ! バイバイ! あはははっ!」

「これからも頑張ってね、二人とも」

「頑張ってね頑張ってね!」

「はい!……よし、行こうぜ、護龍!」

「御意!」

 

 そして、俺達は木々が開けてくれた道をしっかりとした足取りで走って行った。走り続けること数分、視界が光に包まれたかと思った瞬間、俺達の視界にはさっきまでいた試練空間の光景が広がっていた。

 

「ここは……」

「……外、ですね……」

 

 俺達がボーッとした声で話をしていると、後ろから静かな声が聞こえてきた。

 

「……どうやら、無事に脱出を果たせたようですね」

「……え?」

 

 振り向くと、そこには飛龍さんの姿があり、俺達がいたはずの森は跡形もなく消えていた。

 

「飛龍さん、あの森は一体……?」

「……あの森は、ある方の力をお借りして作り上げた幻の森です」

「幻……という事は、私達は幻を見ていたという事ですか?」

「……似たような物だな。しかし、あの森の木々の言葉はその身に染みたであろう?」

「……はい。優しさの意味、そして慈しみの心、この二つはしっかりと私の中で受け止め、これからの私の生活の中で活かしていこうと思います」

「……そうか」

 

 護龍のその言葉に、飛龍さんは安心したように静かに微笑んだ後、真剣な表情を浮かべながら厳かな声で話し始めた。

 

「遠野柚希殿、並びに我が子護龍。

共に『木』の試練を突破した事をここに証明する」

「父上……しかし、よろしいのですか?」

「うむ。あの森を正規の手段で抜けた事、そして柚希殿と護龍の眼、この二点より私は合格点を与えるに相応しいと感じた。よって、『木』の試練は無事に合格だ」

「父上……ありがとうございます」

「礼などいらん。私は為すべき事を為した、ただそれだけの事だ」

「……分かりました」

 

 護龍が静かに頷きながら答えると、飛龍さんは護龍の顔を正面から見ながら静かに声を掛けた。

 

「護龍。これからも様々な物を見聞きし、それらをお前の力としろ。そして、柚希殿や他の皆様、智虎君達の力となるのだぞ」

「……はい、もちろんです、父上。この護龍、父上より認めて頂いた四神として、恥ずかしくないように努めて参ります」

「……うむ」

 

 護龍の言葉に静かに頷くと、飛龍さんは今度は俺の方に視線を向けた。

 

「柚希殿、我が子護龍をこれからもよろしくお願い致します」

「はい、任せて下さい、飛龍さん」

 

 俺が頷きながら答えると、飛龍さんはフッと笑いながら頷いた後、剛虎さん達の方へと戻っていった。

 

 ……これで後は『火』の試練だけ。一応、まだ力は残ってるし、『ヒーリング・クリスタル』も多少は大丈夫だけど、最後まで保ってくれるかどうかは心配だな……。

 

 護龍との同調を解きつつ、力の残量について心配をしていると、護龍が静かに話し掛けてきた。

 

「柚希殿。此度の試練、本当にありがとうございました」

「どういたしまして。でも、護龍の考えのおかげであそこから脱出したようなもんだったけどな」

「いえ、柚希殿のお力やお言葉が無ければ、試練に臨む事すら出来なかったと思っています。これからもご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します」

「……ああ、こちらこそこれからもよろしくな、護龍」

「はい」

 

 俺の言葉に静かに答えた後、護龍は智虎達の方へと体を向けた。

 

「……では、私は麗雀と交代致します。柚希殿、『火』の試練も頑張って下さい」

「ああ、もちろんだ!」

 

 護龍は安心したようにフッと笑うと、智虎達の方へと戻っていった。そして、それと同時に麗雀がこっちへ向かってゆっくりと飛び始め、そのまま俺の肩へ静かに留まった。

 

「さて、最後は私達ね、柚希」

「ああ、頑張っていこうぜ、麗雀!」

「ええ。智虎達が合格できて、私だけが合格できないなんてカッコ悪い真似はしないわ!」

 

 麗雀が翼を広げながら、やる気に満ちた目で答えていると、緋雀さんが静かに前へと進み出てきた。

 

「麗雀よ、試練へと臨むその意気は認めよう。しかし、私も手心を加える気は一切無い。それは分かっているな?」

「ええ。むしろ、そんな事をしようものなら、一生口を利かないつもりだったわよ?」

「フッ……そうか、それは父親としてだいぶ困るな。……さて、それではこれより『火』の試練を開始しよう!」

 

 緋雀さんがその言葉を口にしたその瞬間、俺達と緋雀さんの間に幾つもの火の壁のような物が出現し、それらは徐々に何かを作り出すように組み合わさっていった。そして、程なくして俺達の目の前に現れた物、それは──。

 

「……炎の迷路、か……?」

「……どうやらそうみたいね……」

 

 そう、俺達の目の前に現れたのは、メラメラと燃え盛る炎で作られた大きな迷路だった。

 

 これ、だいぶ熱そうだけど……俺が通っても大丈夫なのか……?

 

 炎の迷路についてそんな疑問を覚えていると、迷路の向こうから緋雀さんの声が聞こえてきた。

 

「これはある方の力をお借りして作り上げた幻の炎の迷路。なので、熱さこそ感じるでしょうが、燃え移る事などはありません」

「あ、そうなんですね……」

「……まあ、そうじゃないと、私しか入れないものね」

「確かにそうだな……」

 

 炎の迷路を見ながらそんな事を話していると、再び迷路の向こうから緋雀さんの声が聞こえてきた。

 

「私が課す『火』の試練、それはこの炎の迷路を柚希殿と麗雀が共に抜け出す事。よって、迷路の外側を通るなどという手段は使えず、迷路に入った時点で入り口と天井は炎で封鎖されるため、一度入った後は出口から出る以外の手段は封じられます。何か質問などはありますか、柚希殿」

「えっと……制限時間とかはありますか?」

「制限時間はありません。しかし、炎の熱などで柚希殿の命に関わるような事態に陥ったその時は強制終了と致します」

「分かりました。麗雀は何か質問とかはあるか?」

「……無いわね。この迷路の中に賢亀の時みたいな邪魔者とか護龍の時みたいな課題も無さそうだしね」

「分かった。……それじゃあ、早速行くか、麗雀」

「ええ」

 

 麗雀が頷きながら答えた後、俺達は炎の迷路の中へと足を踏み入れた。そしてその瞬間、緋雀さんの言葉通りに入り口と天井が炎で封鎖され、体に感じる熱さが更に強くなった。

 

 ……流石は『火』の試練、だいぶ熱いな……でも、ここまで頑張ってきたんだし、この試練だって絶対に突破してやる……!

 

 心の中で強く決意を固めた後、俺は『絆の書』の麗雀のページを開いた。

 

「よし……やるぞ、麗雀!」

「ええ!」

 

 そして、麗雀のページに魔力を注ぎ込み、麗雀との同調が完了した後、俺達は炎の迷路の中を進み始めた。炎の迷路の中を進む事数分、俺は炎の熱と少しの息苦しさを感じながらひたすら迷路の中を進んでいた。

 

 ……ふぅ、それなりに歩いたはずだけど、一体どこまで進んだのかな……。

 

 そんな事を思ったものの、それを確かめる術が無い事を思い出し、俺は他の事を考え始めた。

 

 ……そういえば、迷路の壁に手を付けながら進むと、必ずゴール出来るとか聞いた事あるけど、ここでも通用するのかな?

 

「なあ、麗雀。この迷路に手を突いたら流石に熱いよな?」

「そうね……私とかなら大丈夫だと思うけど、柚希だと流石に火傷するんじゃないかしら?」

「……それもそうだな」

 

 麗雀の言葉を聴き、その考えを頭の中から追い払った。

 

 ……それに、確かにいつかは辿り着けるだろうけど、それは緋雀さんの求めてる脱出法じゃない気がするしな。とりあえずここは、そのまま進んで行く事にするか。

 

 そして、それから更に進んだ頃、感じていた熱さと息苦しさが更に強くなった気がした。

 

「……まだ、着かないみたいだな」

「……そうね。柚希、だいぶ苦しそうだけど、大丈夫なの?」

「……あ、ああ。何とか、な」

 

 麗雀には微笑みながらそう答えたものの、本当はだいぶ辛くなってきていた。ここまでの試練での体力と力の低下、そして迷路の炎から感じる熱と酸欠による息苦しさ、それら全てが組み合わさった事で、俺の思考能力や気力などは確実に消費されていた。

 

 ……ヤバいな、少しだけ頭がボーッとしてきた……でも……ここで倒れるわけにも……。

 

 ボーッとした頭でそんな事を考えていた時、

「──ずき、柚希!」

「……え?」

 

 声を上げながら向いてみると、麗雀が心配そうな表情を浮かべながら俺の事を見ていた。

 

「……麗雀、どうかしたのか……?」

「どうかしたのかは貴方よ、柚希! さっきから話し掛けても何も答えないし、フラフラとしながら歩いていたし!」

「え……そう、だったのか……?」

「そうよ! それに眼も虚ろだったし、息もかなり苦しそうだったし……!」

「そ、そうか……ゴメンな、麗雀……」

 

 俺が素直に謝ると、麗雀は涙を滲ませながら辛そうに答えた。

 

「……いいえ、柚希が謝る必要なんて無いわ。私がもっと考えてここに入るべきだったのよ、人間である柚希への負担とかそういうのをしっかりと……!」

「麗雀……」

 

 その麗雀の顔には、いつものような勝ち気なところなどはなく、俺への心配や自分に対しての非難の色が浮かんでいた。

 

 ……違う、俺にだって落ち度はある。朱雀である麗雀と人間である俺の差とかそういうのを考慮すべきだったし、ここを早めに抜ける努力を怠っていたし……。

 

 そうやって自分の落ち度などを並べていたが、その内に俺はその事を考えるのをやめた。

 

 ……ダメだ、ここでそうやって落ち度とかを並べたところで、何も得られやしない。だから……ここは、まず……。

 

 段々思考能力が無くなっていくのを感じつつ、俺は麗雀に声を掛けた。

 

「……麗雀、そうやって自分を責めないでくれ」

「で、でも……!」

「……お前はいつものように……何に対しても、自信満々でいてくれれば……良いんだ。その自信の強さが、お前にとっての……強さになるん、だからさ……」

「自信の強さが……私の強さに……」

「ああ、そう……だ。だから、お前は緋雀さんが言う通りに自分の『火』の力を信じろ……お前は立派な朱雀、なんだから……な」

「柚希……」

 

 麗雀は静かに俺の事を見詰めた後、覚悟を決めたような表情を浮かべた。そして、静かに目を閉じたかと思うと、静かな声で話し掛けてきた。

 

「……柚希、今から私が言う方へと進んで。そうすれば、絶対にゴールに辿り着けるから」

「……分かった。それじゃあ……頼んだぜ……?」

「ええ、絶対にゴールに辿り着かせてあげるわ!」

 

 そして、俺は麗雀の言葉通りに迷路の中を進んでいった。時には右へ、またある時は左にと、朦朧とする意識の中、俺は麗雀の言葉を信じ、ひたすら迷路の中を進んだ。そして迷路の中をそのまま歩き続けていたその時、俺達の目の前に炎と炎の隙間のような物が見えた。

 

 ……あれって、もしかして出口……か?

 

 ぼんやりとそんな事を考えながら歩いていくと、目の端に見えていた炎が消え、感じていた熱と息苦しさが徐々に和らいでいった。

 

「……あれ、もしかしてゴール、なのか……?」

「……ええ、そうよ! 私達、無事にゴール出来たのよ!」

「そっか……良かった……」

 

 何とかゴール出来た事に対して、静かに安堵感を覚えていた時、体が少しだけふらついた。

 

 あ、倒れるな……。

 

 そう思っていた時、誰かに体を支えられたような気がした。

 

 ……あれ、誰だろ……?

 

 そんな事をぼんやりと考えつつ、そちらへ視線を向けると、そこには──。

 

「ふふっ、お疲れ様です、柚希君」

「え……天斗伯父さん……?」

 

 いつものように穏やかな笑みを浮かべながら俺の事を見ている天斗伯父さんの姿があった。

 ……あれ、何で天斗伯父さんがここに……?

 

 未だにぼんやりとしている頭でそんな事を考えていると──。

 

「旦那ー! 大丈夫かー!?」

「柚希兄ちゃーん! 大丈夫-!?」

「柚希さーん!」

 

 向こうにいるはずの風之真やオルト、そして智虎の声も聞こえたため、そちらへ視線を向けると、そこには本当に向こうにいるはずの『絆の書』の皆が智虎達と共に立っていた。

 

 え、え……? 何で皆までここに……?

 

 予想外の展開に俺が混乱していると、天斗伯父さんがクスリと笑いながらその理由を話してくれた。

 

「実はですね……ここでの試練の様子を私達はずっと見ていたんです」

「ずっとって……まさか、俺達がここに来た時からずっとですか?」

「はい、その通りです。もっともここに来たのは、ついさっきなんですけどね」

「ついさっき……」

「はい。先程、柚希君が炎の熱と息苦しさで意識を失いかけていたその時、風之真さんやオルト君を始めとして、皆さんが柚希君のところへ行きたいと言って下さったので、こうして皆さんと一緒にここへ来たんです」

「な、なるほど……」

 

 そういえば……ここって天斗伯父さんが作った道具で行けた空間だったっけな……。

 

 そんな事を考えていたその時、俺はある変化に気付いた。

 

「……あれ、そういえばさっきまで意識がぼんやりしてたのに、今はスッキリしてる気がする……」

「それに……話し方も途切れ途切れじゃなく、いつも通りに戻ってるわね……?」

「ああ……それに、何だか力も徐々に戻ってる気がする……」

 

 そう、ボーッとしていたはずの頭が突然スッキリとしている上、ここまでの試練で消費していたはずの力がいつもよりも速く戻っていっていたのだ。

 

 ……もしかして、これって……。

 

 天斗伯父さんの方へ再び視線を向けると、天斗伯父さんはニコッと笑いながら答えてくれた。

 

「柚希君が試練を頑張っていたご褒美の一つですよ。あのまま辛いよりはこっちの方が良いでしょう?」

「あ、はい。……ありがとうございます、天斗伯父さん」

「ふふ、どういたしまして。……まあ、これは私の力だけでは無いんですけどね」

 

 天斗伯父さんはいつものように優しく微笑みながら答えると、『絆の書』の皆の方へと顔を向け、少し大きめな声で呼びかけた。

 

「皆さん、柚希君ならもう大丈夫ですよ」

 

 すると、義智や黒銀といった静かな面々を除いた全員が、一気に俺達の方へ走ったり飛んだりしてきた。そして、俺達の目の前で止まると、風之真がとても心配そうな表情を浮かべながら声を掛けてきた。

 

「旦那! 本当に大丈夫なのかぃ!?」

「ああ、天斗伯父さんのおかげで、だいぶ元気になったよ、風之真」

「……本当に? 本当に大丈夫……?」

「ああ、大丈夫だよ、オルト」

「うう……本当に良かったぁ……! 柚希お兄ちゃんが無事で……!」

「そうだね……柚希さんが倒れそうになった時は、本当に気が気じゃなかったもんね……」

「あはは……ありがとうな、兎和、黒烏」

「……柚希が辛そうだった時、こっちまで辛くなったもんね……」

「そうそう、実際にボク達がやってるわけじゃないのに、何だか胸の辺りがキューッとなったからねぇ……」

「そっか……ゴメンな、雪花、鈴音」

「でも……柚希さん達が無事に出て来られて本当に良かったです」

「うんうん、出て来られずに倒れ込んでたら、本当に一大事だったからね」

「あはは、確かにそうだよな、智虎、賢亀」

 

 そんな風にしながら一足先に掛け寄ってきてくれた皆と話していると、義智を始めとした残りの皆も俺達の所へと来てくれていた。

 

「ふふ、柚希さんが無事で本当に良かったです♪」

「そうですね……柚希さんは私達にとって、本当に大切な人ですから……♪」

「……そうじゃな。柚希との出会いがあったからこそ、今の儂らがいるわけじゃからな」

「その通りだ。もはや柚希は、私達にとって掛け替えのない存在と言っても過言ではないからな」

「ふふ、本当にそうですよね」

「柚希、お前が想像している以上に、私達がお前の事を大切に思っている事を努々(ゆめゆめ)忘れるでないぞ?」

「ああ、もちろんだよ、皆」

 

 俺がフッと笑いながら答えると、義智が静かに話し掛けてきた。

 

「柚希、智虎達四神との出会いと今回の試練への参加は、確実にお前自身の力となった。その事にお前は気付いているか?」

「え……それって……?」

「『金』の試練と『水』の試練。この二つの試練の際、お前はダメージの可視化が出来、『水』の試練の終了後には賢亀の疲労の治癒を促進した。そして今も、シフルの助力こそあれど、疲労の回復速度が明らかに増進している。この意味、当然お前でも分かるな?」

 

 え、それってつまり……。

 

「……つまり、前よりも確実に成長してるって事か?」

「ああ、そうだ。そして、試練内での四神達への助言なども見事だった。……成長したな、柚希」

「……義智……?」

 

 その時の義智の様子は、何故かいつもの義智とは違うように感じていた。もちろん、成長した事を言ってもらえるのは嬉しいんだけど、雰囲気だとか声の調子だとかそういった一部分一部分が少しだけいつもの義智とは違うように感じ、俺は少しだけ違和感を覚えていた。

 

 ……そういえば、義智の過去について、一回も聞いた事なかったな……。もしかして、義智は過去に何かあったのかな……?

 

 そんな事をぼんやりと考えていると、緋雀さん達が揃って俺達の所へと歩いてきた。そして、緋雀さんは天斗伯父さんの方を向くと、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「天斗殿、大切な甥御殿を命の危険にさらしてしまい、本当に申し訳ありませんでした……」

「ふふ、謝らなくても良いですよ、緋雀さん。これも柚希君にとっては、大事な成長のチャンスだったのですから。そうですよね、柚希君?」

「はい、今回の四神達の試練は、俺にとって滅多にない経験でしたから」

「天斗殿、柚希殿……本当にありがとうございます」

 

 緋雀さんは静かにお礼を言った後、俺の肩に乗っている麗雀の方へと視線を向けた。

 

「……麗雀、此度の試練は見事だった。あのような状況で『火』の力を用いて、迷路内の様子を察知した技術は充分評価に値する」

「え……それってもしかして……!」

 

 麗雀が顔をぱあっと輝かせると、緋雀さんは静かに話し始めた。

 

「遠野柚希殿、並びに我が子麗雀。

共に『火』の試練を突破した事をここに証明する」

「父さん……! 本当にありがとう……!」

「礼はいらん。試練を突破した事を認めるに相応しいと感じたからに過ぎないからな」

 

 緋雀さんは静かに答えた後、俺の方へと視線を向けた。

 

「柚希殿、麗雀の事をこれからもよろしくお願い致します」

「はい、もちろんです、緋雀さん」

 

 俺が微笑みながら答えると、緋雀さんは安心したように微笑んだ。

 

 ……ふふ、やっぱり四神′sの親御さん達は皆良いお父さんなんだな……。

 

 緋雀さんの様子を見ながらそう感じていると、智虎がふと何かを思い出したように輝麒に話し掛けた。

 

「そういえば、輝麒君。試練が全部終わったら、僕達ってどうすれば良いの?」

「あ、それはね──」

 

 輝麒が説明をしようとしたその時、突然近くからとても強い神力と霊力の気配が漂い始めた。

 

 ……このタイミングで来るのって、まさか……!

 

 その力の気配の主に予想がついた時、突然後ろの方から厳かな雰囲気を纏った声が聞こえてきた。

 

「……どうやら、此度の試練は全員が合格のようだな」

 

 俺達がその声の方へ顔を向けると、そこにいたのは、金色(こんじき)に輝く一体の龍だった。

 

 あはは……まさか、本当にそうだったとはな……。

 

 俺がその龍が本当に登場した事に、心の中で苦笑いを浮かべていると、天斗伯父さんがクスリと笑いながらその龍へと話し掛けた。

 

「久しぶりですね、煌龍(ファンロン)さん」

「……うむ、久方振りだな、シフルよ」

 

 その龍──『黄龍』の煌龍様は楽しげに笑いながら答えた。

 

 

『黄龍』

 

 四神達の主である龍で、中央を守護し、五行思想においては『土』を司る。四神に比べれば名前などの浸透率は低いものの、中国では皇帝の権威を象徴する龍であるとされたり、日本でもめでたい獣としてされていたりと、その名前自体は広く知られている。

 

 

 そして……やっぱり天斗伯父さんと黄龍様──煌龍様は知り合いだったんだな。

 

 そんな事を考えていると、天斗伯父さんは微笑みながら煌龍様に話し掛けた。

 

「そういえば、今回の試練で使用していた物、あれらは全て私達が以前作り出した物でしたね」

「うむ、此度の試練の内容を思案していた際、あれらであれば丁度良いと感じたのでな」

「ふふ、確かにそうでしたね」

 

 煌龍様のその言葉に天斗伯父さんは小さく笑いながら答えた。

 

 ……え、時空球だけじゃなく、あの試練で使われた奴って全部天斗伯父さんと煌龍様が作り出した物だったのか……?

 

「天斗伯父さん、その話って本当ですか?」

「はい、本当ですよ。以前、煌龍さんと四神の試練の内容について話をしていた際、自身が司る力以外にも何かを掴んで欲しいという事になったので、色々と案を出していく内にあのような形になったんです」

「自身が司る力以外にも何かを掴む……」

 

 その瞬間、俺はここまでの試練の内容が瞬時に頭の中に甦った。

 

 ……確かに、今思えばどの試練でもただ力を使うんじゃなくて、何かもう一つの要素を求められてた気がするな……。

 

 ここまでの試練の事を思い出しながらそう考えていた時、煌龍様はゆっくりと輝麒の方へ視線を向け、静かに話し掛けた。

 

「我が同輩たる『麒麟』聖麒(シァンチー)の子、輝麒よ。此度の試練の監督役の任、実にご苦労であった。汝の監督役の任を全うしようとするその様、実に見事な物であったため、汝を推した事はどうやら間違いではなかったと確信した」

「……はい」

「よって、此度の『土』及び『中央』の試練は合格とする。輝麒よ、これからも精進する事を忘れるでないぞ?」

「はい……! ありがとうございます、煌龍様……!」

 

 煌龍様の言葉に輝麒は顔をぱあっと輝かせながら答えた。

 

 あ、やっぱりそうだったのか。

 

 煌龍様と輝麒の様子を見ながらそう思っていると、話を聞いていた智虎達から次々と声が上がった。

 

「……え? 『土』及び『中央』の試練って、まさか……!」

「……つまり、輝麒君も僕達みたいに試練に挑戦してたって事……?」

「……なるほど、そういう事だったのか……」

「でも……輝麒が試練に挑戦してる様子なんて全くなかったわよ……?」

 

 何かに気付いた様子の護龍とは違い、智虎達は不思議そうな様子を見せていた。

 

 ……まあ、いきなり言われても何が何だかだよなぁ……。

 

 智虎達の様子に苦笑いを浮かべた後、俺は煌龍様に静かに話し掛けた。

 

「四神の試練の監督役をしっかりと果たす、そして四神の試練が全て終わるまでは、四神にその試練の存在を気付かれてはいけない。それが『中央』の試練だったって事ですよね、煌龍様?」

「うむ、その通りだ。流石はシフルの甥であり転生者である者といったところか」

「ありがとうございます、煌龍様」

 

 煌龍様の言葉に返事をしていると、智虎が不思議そうに話し掛けてきた。

 

「柚希さん、いつからその事に気付いてたんですか?」

「もしかしてと思ったのは『金』の試練の後だよ。あの時、智虎が無事に試練を突破したのを見て、輝麒が心の底からホッとした顔をしてたからさ、本当は素直に喜びたいけど、何かの理由でそれが出来ないんじゃないかって思ったんだ」

「その何かの理由っていうのが、『中央』の試練だったわけですね」

「ああ。監督役をしっかりと務めようとする気持ちがあったからこそ、智虎達が試練を突破した事を一緒に喜ぶわけにはいかなかったんだろうしな」

「なるほどね」

 

 俺の答えに麗雀が納得した様子を見せていると、輝麒が申し訳なさそうな様子で智虎達へと近付いてきた。

 

「みんな、本当にゴメンね……試練のためとはいえ、あんなに冷たい態度を取っちゃって……」

「輝麒君……」

「輝麒君……」

「輝麒……」

「輝麒……」

 

 智虎達は揃って輝麒の様子を見た後、静かに微笑みながら話し掛けた。

 

「謝らなくても良いよ、輝麒君。それが輝麒君が挑戦していた試練だったのなら、本当にしょうがないからね」

「そうそう、もし同じ立場だったら、僕達だって同じようにするだろうしね」

「そうだな、申し訳ないとは思いつつも、試練を全うせねば、推して頂いた黄龍様や父上達に申しわけないからな」

「つまり、貴方は謝る必要なんて全然無いのよ、輝麒」

「みんな……うん、ありがとう」

 

 智虎達のその言葉に輝麒は心からの笑顔を浮かべた。

 

 うん……これでひとまず一件落着かな?

 

 智虎達の様子を見ながらそう思っていると、煌龍様が静かに話し始めた。

 

「……さて、ではこれより、試練を乗り越えた四神達へ例の物を授けるとしよう」

 

 そして、煌龍様の体が光り輝いたかと思うと、煌龍様の放つ光が智虎達の体を優しく包み込んだ。

 

 例の物……一体何だろう……?

 

 不思議に思いながらその様子を見ていると、光は徐々に智虎達の尾の方へ集まり、程なくして光は一つの玉へと姿を変えた。

 

「これは……宝玉……? それも、みんなそれぞれお父さん達と同じ色の……」

「ちょっと小さいけど、そんな感じだよね」

「うむ……しかし、この玉からはとても強い力を感じるな……」

「そうね。それに、この玉を通じて、私達の中に力が流れ込んでくるような感じもするし……」

「うん、何だか不思議な感じだけど、どこか暖かい感じもするよね」

 

 宝玉を見ながら智虎達が話をしていると、煌龍様は静かに宝玉について話し始めた。

 

「その玉は、試練を乗り越えた四神にのみ与えられる証のようなものだ。先に汝らの親からも言われたであろうが、此度の試練の結果に満足することなく、これからも精進する事を忘れるでないぞ?」

「はい!」

「はい」

「畏まりました」

「はい」

「はい」

 

 煌龍様の言葉に智虎達は揃って返事をした。そして、その時の智虎達の表情は、幼い四神達としてのものではなく、剛虎さん達を彷彿とさせるような立派な四神達としてのものだった。

 

 ……何というか、智虎達のトレーナーとして感慨深い物があるな……。

 

 そんな事を考えていた時、俺達の後ろから再び強い神力と霊力の気配が漂ってきた。

 

 ……このタイミングで来るって事は、たぶん……。

 

 そして、俺達がその気配の方へ視線を向けると、そこには──。

 

「……どうやら、試練をしっかりと乗り越えたようだね、輝麒」

「……うん、お父さん」

 

 輝麒のお父さんである聖麒さんの姿があった。聖麒さんは、とても神々しいオーラを放っており、見ているだけでも何だか落ち着いてくるような雰囲気を漂わせていた。

 

 ……何というか、本当にスゴいよな。四神の親子に麒麟の親子、それに黄龍に神様に妖や霊獣や幻獣、そして転生者なんてのが一堂に会してるわけだし……。

 

 そのあまりにも特殊なメンツの揃い方に妙な感動を覚えていると、聖麒さんは輝麒へと静かに近付いた後、穏やかに微笑みながら話し掛けた。

 

「輝麒、麒麟としての試練を良く乗り越えたね。私も父親として誇らしい限りだよ」

「……うん、ありがとう、お父さん」

 

 輝麒はニコッと笑いながら答えた後、チラッと智虎達の方を見てから、聖麒さんに話し掛けた。

 

「あ、あのね……お父さん。その……一つお願い事があるんだけど、良いかな……?」

「……うん、もちろんだよ。言ってごらん、輝麒」

 

 聖麒さんに優しく促された後、輝麒は一度小さく息をついてから真剣な表情で口を開いた。

 

「……僕を柚希さんのところで修行させて欲しいんだ」

「……やっぱりか」

「え……?」

「へ……?」

「……ほう?」

「……へ?」

「……やっぱりそれだったんだね」

 

 智虎達が驚きの声を上げる中、俺と聖麒さんだけは静かに微笑んだ。

 

 あの『金』の試練の前の様子的にそうかなと思ってたけど、まさか本当にそうだったとはな……。

 

 その時の輝麒の様子を静かに思い出していると、輝麒は静かに話し始めた。

 

「この試練の監督役に任命される前、智虎君達の様子を煌龍様から教えて頂いた時に思ったんだ。羨ましい、僕も皆と一緒に生活してみたいな、って。最初は本当にその気持ちだけだったんだけど、この試練での皆の様子とかを見てる内に、僕の中にもう一つ別の気持ちが出来たんだ。

 この人、柚希さんと一緒なら僕も一体の神獣として、一体の麒麟してもっともっと力を付けていける、ってね。もちろん、智虎君達や柚希さんの事を思ってここまで駆け付けてくれた皆さんとの生活が楽しそうっていうのはあるけど、やっぱり僕にとって一番の理由は──」

 

 輝麒は再び智虎達の方を見てから、静かに言葉を続けた。

 

「麒麟として、煌龍様やお父さんのように中央を守護する神獣として、そして智虎君達の友達として、智虎君達の事を支えていきたい。それが僕にとって一番大きな理由なんだ」

「輝麒君……」

「ふふ……そっか」

「……なるほどな」

「……ふふ、輝麒らしいわね」

 

 智虎達が嬉しそうな様子を見せていると、聖麒さんは静かに微笑みながらそれに答えた。

 

「輝麒、お前の気持ちはしっかりと私に伝わったよ。とても輝麒らしい思いであり、素晴らしい考えだと私は思っているよ」

「お父さん、それじゃあ……!」

「うん、私は賛成だよ、輝麒。お前自身が決めた道を私は否定する気は無いからね」

「お父さん……ありがとう!」

「どういたしまして。……さて、それじゃあ後は分かるね?」

「うん、もちろん!」

 

 輝麒は元気良く答えた後、俺の方へと体を向け、真剣な表情で話し掛けてきた。

 

「柚希さん、僕を仲間に加えて下さい! お願いします!」

「……ああ、もちろんだ。これからよろしくな、輝麒」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 輝麒がとても嬉しそうに答えると、智虎達も同じように嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「輝麒君、これからもよろしくね!」

「これからもよろしくね、輝麒君」

「改めてよろしく頼むぞ、輝麒」

「これからは一緒に頑張って行きましょ、輝麒」

「うん! 改めてよろしくね、みんな!」

 

 智虎達の言葉に輝麒は幸せそうな笑顔を浮かべながら答えた。

 

 ……よし、そろそろ恒例の説明タイムと行くか。

 

 そして、俺は輝麒に転生者の事や『絆の書』の事について話し始めた。話し終えると、輝麒は興味深そうな様子を見せた。

 

「この本が別の空間の扉……何だか不思議な感じですね」

「あはは、まあ確かにそうだな。さて、それじゃあそろそろ頼んでも良いか? 輝麒」

「はい!」

 

 輝麒の返事を聞いた後、俺は『絆の書』の空白のページを開いた。そして、輝麒が右前足を置いた事を確認した後、俺は左手で『絆の書』を持ちながら、右手を空白のページに置き、いつも通りのイメージを頭の中に浮かべながら、静かに目を閉じた。

 

 ……よしよし。

 

 体の奥から魔力が腕を伝って、右手の中心にある穴から流れ込むイメージが無事に浮かんだ事を確認し、俺はそのまま静かに魔力を流し続けた。

 

 ……よし、これで良いな。

 

 そして、必要量が流れ込んだ事を確認した後、俺はゆっくりと目を開けた。

すると、『絆の書』には野原一面に咲き誇る花々を優しい目で眺めている輝麒の姿と麒麟についての詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 うん、無事に完了っと。

 

 無事に完了した事に安心した後、俺は輝麒のページに魔力を注ぎ込んだ。そして、輝麒が『絆の書』から出て来た後、少し不思議そうに周囲を見回してる輝麒に声を掛けた。

 

「輝麒、居住空間はどうだった?」

「あ、はい……とても心地よい力の波動と色とりどりの花が咲いている花畑や澄んだ川、それに綺麗な山々などがあって、何だか夢の中にいるような気分でした」

「ふふ、そっか。喜んでくれたようで良かったよ」

 

 輝麒の感想に俺が微笑みながら答えていると、煌龍様と聖麒さんが楽しげな様子で声を上げた。

 

「くくっ、そのような異空間を本を媒介にして作り出すとはな。やはりシフルの作る物は、愉快な物ばかりのようだ」

「そうですね、煌龍様。それに、そのように過ごしやすそうな異空間であるならば、私達も住んでみたい物です」

「はははっ、まったくだ!どうだ、柚希。我らも仲間に加えてみる気は無いか?」

「え、あー……その……」

 

 いや、煌龍様や聖麒さんが仲間になるのはスゴく頼もしいし嬉しいけど、ちょっと恐れ多いような……!

 

 俺が答え(あぐ)ねていると、義智がため息をつきながら煌龍様達に話し掛けた。

 

「……煌龍、聖麒。柚希をからかうのはそこまでにしておけ。お前達の冗談は本当に冗談にならん時があるからな」

「くくっ、そうだな。お前の言う通り、戯れはここまでにしておくか」

「ふふ、そうですね。これ以上柚希殿を困らせてしまうのは、流石に心苦しいですから」

「……やれやれ」

 

 楽しげな様子の煌龍様と聖麒さんを見ながら、義智は呆れたように息をついた。

 

 ふぅ……冗談で助かったような残念なような……それにしても、さっきの煌龍様は何だか長谷のお父さんの慶二さんみたいな感じだったな、冗談の重さとかからかうのが好きなところとか……。

 

 そんな煌龍様達の様子を見ていた時、天斗伯父さんが何かを思い付いたように手をポンッと叩いた。

 

「皆さん、せっかくこうして皆さんが集まっていることですし、これからここで昼食会にしませんか?」

「……ほう、それは中々愉快な提案ではないか、シフル」

「ふふ、煌龍さんならそう言うと思っていました。それに、そろそろお昼頃ですし、柚希君達のお祝いも兼ねる事が出来ますからね」

「はははっ、違いないな! よし……そういった趣向であるならば、この催しは大いに盛大な催しとしよう!

剛虎! 甲亀! 飛龍! 緋雀! 聖麒! そして、シフル! 義智!

共に準備を為すぞ!」

「畏まりました、煌龍様」

「ふふ、承知致しました、煌龍様」

「煌龍様の仰せのままに」

「私も承知致しました」

「了解しました、煌龍様」

「ふふっ、了解です、煌龍さん」

「……仕方あるまい、今回だけは手伝ってやるか」

 

 剛虎さん達や天斗伯父さん達が返事をした後、煌龍様は満足そうに頷きながら金色の光を放った。そして、光が止んだ頃には煌龍様の姿はどこにも無かった。

 

 あー……あの調子だと、本当に豪勢で盛大な昼食会になりそうだな……。

 

 その様子を想像し苦笑いを浮かべていると、智虎達が少し不安そうに話し掛けてきた。

 

「……何だか、スゴい大事になっちゃましたね……」

「あはは……楽しみなような怖いようなって感じだね……」

「……煌龍様のご指示とあらば、父上達は様々な事を迅速にこなしてしまいますので、やはり規模の方が少々心配ですね……」

「……それに、天斗さんもだいぶノリノリだったわよね……」

「……柚希さん、僕達はどうしたら良いでしょうか……?」

「……そうだな」

 

 ……まあ、事はもう進んじゃってるし、せっかくの厚意を無碍にするのも良くはない。それに、今日は予定がある事を夕士達には伝えてあるし、合気道の練習日でもない。だから、ここはもう全力で楽しんだ方が良さそうだな。

 

 そう決めた後、俺はニッと笑いながら智虎達に返事をした。

 

「こうなったらもう仕方ないし、全力で楽しむ事にしようぜ。

 こんな経験も滅多にないんだしさ」

「……ふふっ、そうですよね……!」

「うんうん、今更どうしようもないなら、楽しんだ者勝ちだもんね」

「……そうだな、ここは大人しく試練合格の祝いを受け取ることにするか」

「ふふっ、そういう事なら目いっぱい楽しんじゃおうかしらね……♪」

「ふふっ、そうだね。こうなったら、柚希さんの言う通りに全力で楽しんじゃおうかな」

 

 智虎達の顔が明るくなった事を確認した後、俺はこの場に残っている『絆の書』の住人全員に声を掛けた。

 

「よし……皆、これから始まる昼食会兼宴を目一杯楽しむぞー!」

『おー!』

『承知した』

『承知しました』

 

 言葉こそ幾つか種類はあったものの、皆の顔や波動には楽しそうな色が浮かんでいた。

 

 さて……新たな仲間達との昼食会はどうなるのかな……!

 

 そして俺は、そんな皆の様子を見ながら、まったく予想の付かない昼食会への期待などで胸を静かに膨らませた。




政実「第16話の後編、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回はこうやって前後編に分けたわけだけど、この先も今回みたいな感じにする話は出てくるのか?」
政実「そこは未定かな。ただ、書きたい事が多くなって、一話の文字数が明らかに多くなったかなと思った時はそうするかもね」
柚希「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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SIXTEENTH AFTER STORY 深き絆の麒麟

政実「どうも、きりんと聞いて初めに浮かぶのは四霊の麒麟。片倉政実です」
輝麒「どうも、麒麟の輝麒です」
政実「という事で、今回は輝麒のAFTER STORYです」
輝麒「そういえば、僕が出て来たお話は前後編でしたけど、AFTER STORYは1話だけなんですね」
政実「うん。AFTER STORYは仲間になった後の話だから、これからも同じパターンがあってもAFTER STORYは1話だけかな」
輝麒「わかりました。さてと、それじゃあそろそろ始めていきましょうか」
政実「うん」
政実・輝麒「それでは、SIXTEENTH AFTER STORYをどうぞ」


 涼しかった気候から少しずつ肌寒い風が吹き始め、地面を埋め尽くすように落ちていた枯れ葉が消え始めたある秋の日、和室の炬燵に入ってのんびりしていると、同じく炬燵に入っていた柚希さんがふぅと息をついた。

 

「……この時期になると、やっぱり炬燵みたいな暖房が欲しくなるな」

「そうですね……気持ちを引き締めるために寒さも必要ですが、今みたいにのんびりしたい時には暖かい方が良いです」

「ふふ、それに暖かくしていれば体調を崩す事も少なくなりますからね。ですが、暖かいからといってうたた寝をしてしまうと、風邪をひいてしまう事もありますし、それも気をつけないといけませんよ?」

「はい」

「わかりました」

 

 同じく炬燵に入っていた天斗さんの言葉に柚希さんと一緒に答えていると、和室の襖がゆっくりと開き、白澤の義智さんが姿を見せると、炬燵に入ってのんびりとしている柚希さんの姿を見て小さくため息をついた。

 

「……ここにいたか、柚希。徐々に寒さが厳しくなっているのはわかるが、妖や神獣達の主としてその姿はどうなのだ?」

「そうは言っても寒いからなぁ……そうだ、せっかくだから義智も炬燵で暖まろうぜ? そこにいても寒いだけだしさ」

「柚希君の言う通りですよ、義智さん。義智さんが寒さに強いのは知っていますが、体調を崩さないわけでは無いですし、義智さんが体調を崩したら私達も心配になりますから」

「……わかった」

 

 義智さんがため息交じりに答え、天斗さんの向かい側にまわってから炬燵に入ると、柚希さんは僕の方を見ながら優しい笑みを浮かべた。

 

「そういえば、輝麒が来てから二週間くらいになるけど、ここでの生活にはそろそろ慣れてきたか?」

「はい。色々な方がいるので初めは戸惑う事も多かったですが、少しずつそれも楽しめるようになってきました。それに、毎日勉強になる事ばかりなので、智虎君達があそこまで成長出来たのも納得出来ました」

「そっか、それならよかったよ。何か生活面で不満とか悩みがあったらどうしようかと思ってたから、それを聞けたのは嬉しいな」

「色々気を遣って頂いてますから、感謝こそすれど不満を抱く事は無いですよ。ただ……智虎君達との事でちょっと悩んでいる事があるんです」

「智虎達の事……もしかして試練の件か?」

「……はい」

 

 柚希さんからの問い掛けに答えた後、僕は先日までの智虎君達四神と僕に課せられた試練の事を想起した。

一年程前、父さんと同じ四霊である黄龍の煌龍様から智虎君達は四神として成長するための修行を指示され、つい先日その成果を見るためにトレーナー役である柚希さんと協力して試練を受け、全員が無事にそれを乗り越えたけれど、僕もその時に智虎君達には隠して試練を受けていた。

僕に課せられた試練、それは『土』の力を高めるという修行をしながらも智虎君達の試練の時にはその監督役として試練に立ち会い、全員の試練が終わるまで試練を受けている事をバレないようにするという物だった。

僕にも父さんのように立派な麒麟になりたいという目標があったため、智虎君達には悪いとは思いながらも『土』の力を高めながらその時を待っていたところ、驚いた事に智虎君達は時期こそ違えど揃ってこの遠野家のお世話になっていた上にトレーナー役である柚希さんとしっかりとした絆を結べていた。

その姿を見て僕は安心感を覚えていたけれど、それと同時に僕はそんな四人に羨ましさを感じていた。再会した四人の力が確実に高まっていた事や四人の絆が深くなっていたのもそうだけど、種族が違う人間である柚希さんとの間には信頼感があり、試練を一緒に突破出来るだけのコンビネーションを築けていたのが心から羨ましかったのだ。

そして、智虎君達の試練も僕の試練も無事に終わった事で僕は安心感を覚えると同時に今度からは僕も柚希さんの元で智虎君達と一緒に成長していきたいと思い、父さんや柚希さんの了承を得た上で僕はこの遠野家のお世話になる事になったのだった。

柚希さんにも言ったようにここでの生活には不満は無いし、これまで会う機会が少なかった智虎君達と一緒に話したり修行に励んだり出来るのは本当に嬉しい。けれど、これまで会う機会が少なかった事で、智虎君達四神の輪の中に僕が中々入っていけないのがどうにも辛かった。

智虎君達は僕にも声を掛けてくれるし、久しぶりに会えたあの日にも嬉しそうにしてくれていたのはとても嬉しいし、これからもみんなとは良い友達であり高め合う仲間でいたい。

けど、あの四人の絆の深さを目の当たりにすると、僕が入っていってしまったら、その和を乱してしまうように感じてしまっているし、先日の試練の際に仕方なかったとはいえ、少し冷たい態度を取ってしまった分、もっと智虎君達との接し方に悩んでしまって智虎君達が話しているところに近づいていけなくなってしまっていた。

 

 ……このままじゃいけないのはわかってるし、話しかけに行けば智虎君達も話に混ぜてはくれると思う。でも、やっぱりどうにもうまくいかない。はあ……本当にどうしたら良いんだろう。

 

 智虎君達が楽しそうに話している様子を想起しながらため息をついていると、柚希さんは腕を組みながら難しい顔をし始めた。

 

「……仕方なかったとはいえ、試練が終わるまで少し冷たい態度を取っていた分、たしかにそれまでと同じような接し方はし辛いか。その上、智虎達は一緒に入ることが多いほど元から仲が良いし、試練のために協力して修行に励んでいたから、もっと絆は深くなっているだろうしな」

「……そうだと思います。智虎君達の仲は前から良かったですが、試練の時、智虎君達はそれぞれの試練を見守っている姿は心配しながらも確信した様子で、試練を乗り越えられないなんてまったく考えていない感じだったのが印象に残っています。

僕も試練の様子は見守っていましたが、どの試練もとても大変な物で、監視役として振る舞いながらも四人が無事に試練を乗り越えられるか不安で仕方ありませんでした。

でも、智虎君達は違った。心配はしながらもそれぞれの事を信頼していて、その絆の強さに僕は嬉しさと羨ましさを感じました。もちろん、試練中の柚希さんとの絆の深さも羨ましかったですし、僕達のような神獣と人間があそこまでお互いを思い合ったり力を合わせる姿には本当に驚きました。

だけど、智虎君達の姿にはそれ以上の衝撃を受け、僕はあの輪の中には入っていけないと思えました。それくらい智虎君達の関係は僕には綺麗に輝いて見えましたから」

「輝麒……」

 

 僕の言葉を聞いた柚希さんが心配そうな表情を浮かべていると、話を聞いていた義智さんはふぅと息をつく。

 

「……輝麒、今のお前も智虎達と同じなのではないか?」

「え……?」

「試練を終え、『絆の書』の一員となったお前は智虎達と同じ存在だ。そんなお前が智虎達の輪の中に入れないという理由は無い。それどころか今のお前のような悩みを抱えている方が智虎達を心配させると我は思うが?」

「それは……」

「たしかに智虎達は共にいる時間が多く、絆の深さは我から見ても大した物だと思う。だが、そこにお前が加わってはいけない理由も無く、加わる事でお前達は更に成長出来ると確信している。

試練の前日、お前が試練の監督役だと聞いて奴らは落ち込み、自分がこれまで修行に励んできた理由や意味を見失っていた。柚希の助言によってどうにか持ち直したが、この事実はそれだけお前が奴らにとって大切な存在だという証拠になるだろう」

「智虎君達が……」

 

 あの日、僕が帰る前の四人はたしかにいつもとは違って静かではあったけど、試練の時が迫ってるから気持ちが張り詰めてるんだと思ってた。でもあれは落ち込んでくれてたんだ。

 

「まあ、たしかにそうだったな。いつもなら一緒にいたり食事の時も楽しそうに話したりしてるのに、その時だけはすごく辛そうな感じだったし、それだけ輝麒との再会があの形だったのが智虎達にとって辛かったんだと思う。

だから、智虎達が輝麒の事を本当に大切な友達として見てるのは間違いないよ。輝麒の気配が近づいてきたのを感じた時、護龍ですら本当に嬉しそうな感じだったしな」

「ふふ、そうでしたね。私達から見ても智虎君達四神の絆はたしかな物ですし、その中へ入って行きづらい気持ちもわかりますが、輝麒君も加わった五人の絆はもっと強固な物になると思いますよ」

「僕も加わった絆……」

「お前達が司る五行思想は力を高めたり抑えたりする関係性だしな。輝麒が司る『土』があるからこそその関係性がしっかりと成り立つわけだし、智虎達にとっては欠けちゃいけない大切な物なんだよ」

「我もそれには異論はない。だが、それに甘えて修練を怠っては意味が無い。お前達五人の力は誰か一人だけが高まっても意味はなく、逆に弱まっても成立しないのだからな。それは忘れるなよ?」

「……はい」

 

 義智さん達の言う通りだ。僕達の力はそれぞれでも問題なく使えるけれど、相手こそ決まっていても時には高めて時には抑えるといったように均衡を保てるようになっているし、誰か一人だけが強くなっても今度はその一人を止められなくなってしまう恐れもある。

もしそうなったら試練を突破したと認めてくれた父さんや煌龍様の期待と想いを裏切る事になるし、柚希さん達や智虎君達を傷つけてしまう事にもなり得る。そんなのは絶対にダメなんだ。

だからこそ智虎君達の輪の中に入りづらいなんて考えずにみんなとの絆を深めて連携を強める必要がある。これは僕が果たすべき使命でもあるし、僕自身の想いでもあるんだから。

決意を固めながらやる気を高めていた時、和室の襖がトントンとノックされ、炬燵から出た柚希さんが襖をゆっくり開けると、そこには智虎君とその頭の上に乗った賢亀君、そしてその隣に浮く護龍君と麗雀ちゃんの姿があった。

 

「みんな……」

「四人揃ってどうしたんだ? もしかして輝麒に用事か?」

「はい!」

「それぞれ別の事をしてたんですけど、輝麒君と話したいなって思ったらここでみんなと合流したんです」

「どうやら皆同じ気持ちだったようです」

「これまでは中々会う機会は無かったけど、これからはただの友達同士じゃなく一緒に修行をしていく仲間でもあるものね」

 

 智虎君達の話を聞き、僕が嬉しさでいっぱいになっていると、天斗さんはクスクスと笑いながら智虎君達に話し掛けた。

 

「それなら智虎君達も炬燵に入っていきませんか? 私達も先程から炬燵に入りながらお話をしていましたし、廊下にいたままでは体が冷えてしまいますから」

「……そうだな。まだ秋とはいえ、気温も低くなってきている。すぐに風邪をひく事はないと思うが、体調を崩しては苦しむだけであり、風之真達やお前の家族も心配させてしまうからな」

「義智の言う通りだな。という事で、みんなで色々な話をしようぜ。智虎達それぞれの話は聞いた事があるけど、輝麒と一緒だった時の話ってまだ聞いた事がなかったしな」

「はい、わかりました!」

「ふふ、輝麒君との想い出を話すのは楽しみだなぁ」

「会えた機会こそ少ないが、輝麒との想い出はどれも良い物だからな」

「ええ、思う存分語ってあげましょうか」

 

 智虎君達が和室に入って来た後、みんなは思い思いの場所に入り、全員が炬燵に入った後に智虎君達は楽しそうに僕との想い出を話し始めた。その表情から想い出自体や話す事がとても楽しいと感じているのがハッキリと見て取れた。

智虎君達の輪の中に入りづらいなんて考えていた僕だったけど、僕が気付いてなかっただけで智虎君達は僕を自分達の仲間だとしっかり思ってくれていて、智虎君達の輪は僕がいつだって入れるようにしてくれていたんだ。

 

 ……ふふ、僕って本当にバカだなぁ。変に考え過ぎずに素直に智虎君達のところへ行って話したり一緒に遊んだりすればよかったんだ。でも、それならこれからはそうしよう。智虎君達と話したり一緒に食事をしたりする事でもっと色々な想い出も出来るし、麒麟の子供として四神の子供である智虎君達の支援もずっとし易いはずだから。

 

 みんなが楽しそうに話す様子を眺めたりそれに混ざったりしながら僕は決意した後、久しぶりに会えた友達を交えた話の楽しさと嬉しさに浸っていった。




政実「SIXTEENTH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
輝麒「今回のお話で智虎君から始まった四神の試練の流れも終わりですね」
政実「そうだね。まあ、煌龍とか智虎達のお父さんもまた出てくる予定だよ」
輝麒「わかりました。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」


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第17話 白き輝きを放つ一角獣

政実「どうも、一番好きな属性は光属性、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。まあ、スゴくイメージ通りだよな、それ」
政実「まあね。物語とかゲームとかに出て来る属性はどれも好きではあるけど、その中で一番を決めるなら光属性になるかな」
柚希「そっか。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「そうだね」
政実・柚希「それでは、第17話をどうぞ」


 白く小さな雪が静かに舞い降り、太陽の光に照らされた雪によって光の道が出来る季節、冬。そんな冬のある休日の朝、俺は特にやる事も無かったため、居間のソファーに座りながら読書をしていた。

 

 ……今日は夕士も長谷も用事があるし、合気道の練習も無い。 それに宿題も昨日の内に終わってるし、何か予習復習をする物も無い。

となれば、ここはゆっくり読書をするにかぎ──。

 

 その時、廊下の方からとても楽しそうな声と誰かが走ってくる足音が聞こえた。

 

あ……これは、読書は無理かもしれないな……。

 

 そう思いながら静かに本を閉じた瞬間、足音の主が居間の中へと走り込んできた。

 

「柚希ー!! 一緒に外で遊ぼうよー!!」

「柚希兄ちゃん!! 雪だよ、雪!!」

「……雪花、オルト。もう少し声量は小さくしような」

 

 声と足音の主──雪花とオルトの二人に俺は苦笑いを浮かべながら声を掛けた。

 

 ……まあ、まさに季節真っ盛りの雪女に犬系統であるオルトロスのコンビだから、冬にはしゃぐのはしょうがないけどな。

 

 そんな事を考えながら雪花達の事を見ていると、雪花はとても楽しそうな表情を浮かべながら言葉を返してきた。

 

「えー! だって冬だよ、冬! 冬は雪女にとって最高の季節なんだから、ここで楽しまきゃ損ってもんでしょ!」

「……まあ、それは分かるけどさ。今、風之真達がグッスリと寝てるから、起こす事になるのも可哀相だと思ってな」

 

 俺はストーブの前に置かれた暖房スペースの中にいる風之真達を見ながら、静かな声で返事をした。暖房スペースの中では、現在風之真を始めとしたアンや賢亀といった何匹もの妖や神獣などのモノ達がグッスリと眠っているため、風之真達を起こさないようにかなり神経を使っていた。

 

 まあここにいるのは、俺達ぐらいな物で、他の皆は俺の部屋とか和室にいるから、俺さえ静かにしていれば問題は無かったんだけどな。

 

 そして、雪花達は体を寄せ合って眠る風之真達の姿を見ると、納得した様子を見せた。

 

「あ、なるほどね……」

「たしかに風之真兄ちゃん達を起こしちゃうのは可哀相だもんね……」

「そういう事。まあ、外で遊ぶのに付き合うのは別に良いけど、とりあえず風之真達が起きてからだな」

「そうだね。となると……」

「何をしたら良いかな……?」

「そうだな……」

 

 俺は少し考えた後、ふと思いついた事を雪花達に言ってみた。

 

「俺みたいに読書してみるとか義智みたいに瞑想してみるとか……後はいっその事、ここで一眠りするとかはどうだ?」

「うーん、読書に瞑想……それにちょっと早めの一眠りかぁ……」

「……柚希兄ちゃんには悪いけど、まだあまり眠くないし、僕達は静かにしてるのってちょっと苦手なんだよね……」

「そうだよねぇ……義智さんとか雷牙さんとの修行とかこころ達のガーデニングの様子を眺めてる時はまだ良いんだけど、普段は全然そういう事が出来ないんだよね……」

「そういえばそうだな……」

 

 そういった時の雪花の様子を思い出し、俺は再び苦笑いを浮かべた。修行を始めた頃に比べれば、雪花もそういった修行とかは好きになったため、その時だけは静かにする事は出来る。

しかし、基本的には居住空間などで風之真達と一緒に遊んでいたり誰かと楽しく話していたりする方が好きなため、やっぱり静かにしているのは苦手なようだった。

 

 昔話なんかの雪女のイメージ的には、白装束を着ていて物静かな性格だったり、言葉や態度が冷たかったりするけど、雪花ってまさにそれの真逆なんだよな……まあ、そうやって皆を明るくしていけるのは、雪花の良いところではあるけどな。

 

 今日はいつもの白装束ではあるものの、雪花はよくこころやアン、それに兎和や鈴音や麗雀といった女子組でよくファッションの話をしていたり、居住空間にいるらしいお手伝いさんに実際に作ってもらった服を着ていたりと、世間一般の雪女のイメージとはやっぱり真逆の位置にいるような気がする。

 

 どこかにいるはずの雪花の親御さん達が今の雪花を見たら、絶対に驚くだろうなぁ……。

 

 そんな事をぼんやりと考えていたその時、居間に蒼牙と兎和、そして黒烏とヴァイスという珍しいメンツが一緒に入ってきた。そして、雪花とオルトが居間にいるのを見ると、ヴァイスが珍しそうな様子で声を上げた。

 

「……おや、雪花さんにオルト君。外で遊ぶのはもうよろしいんですか?」

「ううん、違うよ。柚希を誘いに来たんだけど、風之真達が寝てる間は風之真達の側にいるって言うから、その間何をするかを一緒に考えてたの」

「ふむ……そういう事か」

「ところで、みんなはどうしたの? さっきまで縁側にいたような気がするけど……」

「少々居間の様子が気になったのに加え、兎和と黒烏が柚希の元へと行きたそうにしていたのでな、せっかくなので我らもそれに付き合う事にしたのだ」

「えへへ……柚希お兄ちゃんが読書をしてたのは、もちろん知ってたんだけど、ちょっと顔を見たくなっちゃって……ね、黒烏君」

「うん……正直、柚希さんの読書の邪魔になるんじゃないかと思ったんですけどね……」

「いや、そんな事は無いよ。俺だって読書をしてたのは、風之真達が眠ってるのを見守るのに丁度良かったからだからさ」

 

 俺が微笑みながら言うと、黒烏はホッとした様子で小さく息をついた。

 

「そうですか、それなら良かったです……」

「ふふ、良かったですね、黒烏君」

「はい」

 

 ヴァイスの言葉に黒烏が微笑みながら答えている中、蒼牙は暖房スペースで未だに眠り続けている風之真達を見て、少し呆れたようにため息をついた。

 

「やれやれ……声を抑えながら会話をしていたとはいえ、未だに眠り続けたままとはな……此奴らは本当に冬が苦手と見えるな」

「私達も冬が得意ではないですけど、風之真さんとアンちゃん、それに賢亀君は冬になるとよくここにいますもんね」

「まあ、雪花が夏が苦手なのとはちょっと違うけど、似たようなものだと思うしかないよな」

「ふふ、そうですね」

 

 幸せそうに眠り続けている風之真達を見ながら話を続けていたその時、玄関の方からドアがゆっくりと開く音が聞こえたかと思うと、天斗伯父さんの神力と知らない魔力の気配が突然漂ってきた。

 

「……おや、どうやら向こうの方からお客様をお連れになったみたいですね」

「どうやらそのようだな。しかし……魔力という事は、ヴァイスやオルトなどと同じ類の客なのかもしれぬな」

「そうだな」

 

 さて、お客さんの正体は後で分かることだし、とりあえず天斗伯父さん達を出迎えに行かないとな。

 

 天斗伯父さん達を出迎えるべく、玄関へと向かおうとした瞬間、クリーム色よりの長い金髪に白の衣服という神様モードの天斗伯父さんの姿と鋭く尖った角を備えた綺麗な白馬の姿が見えたため、俺は静かに足を止めた。

 

 あ……この白馬ってもしかして……。

 

 俺がその白馬の正体に気付いた時、ヴァイスがニコリと笑いながら天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「お帰りなさい、天斗さん」

「お帰りなさい、天斗伯父さん」

「天斗さん、お帰りなさい」

「天斗さん、お帰りなさい!」

「お帰りなさいです、天斗さん」

「お帰りなさい、天斗さん」

「お帰り、天斗」

 

 ヴァイスに続いて俺達が天斗伯父さんに挨拶をすると、天斗伯父さんはニコリと笑いながら返事をしてくれた。

 

「はい、ただいまです、皆さん。柚希君、ヴァイスさん。こちらの方はどなたか分かりますか?」

「あ、はい」

「はい、もちろん分かりますよ」

 

 そして、俺達は天斗伯父さんの隣で緊張した面持ちで立っている白馬の名前を揃って口にした。

 

「「『ユニコーン』ですよね?」」

「はい、ご名答です」

 

俺達が白馬──『ユニコーン』の事を見ながら答えると、天斗伯父さんはクスリと笑いながらそう答えた。

 

 

『ユニコーン』

 

額の中央に一本の角を生やした白馬のような見た目の伝説の生き物。その見た目こそ綺麗であり、備えた角には毒や病などを浄化する力を有しているが、その気性は非常に獰猛で、清らかな処女にのみ宥める事が出来ると言われている。

 

 

 ……つまり、本来なら俺達はだいぶ危ない筈なんだけど……。

 

 俺は少し警戒しながらユニコーンの様子を窺った。ライオンのような尾に牡山羊(おすやぎ)のような顎髭(あごひげ)、そして二つに割れた(ひづめ)に額の中央に螺旋状(らせんじょう)の筋が入った鋭く尖った長い真っ直ぐな一本の角と、見た目だけであれば言い伝えられているユニコーンその物だ。

ところが、そのユニコーンの体長はそこそこ小さく、俺達の事を少し緊張した面持ちで見つめているその様子から、言い伝えられているような獰猛さはまったく感じられなかった。

 

 ……角だけはかなり立派だけど、体長から察するにこのユニコーンって仔馬だったりするのかな?

 

 ユニコーンの様子を見て少しだけ警戒を解いた後、俺は天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「……天斗伯父さん。このユニコーン、何だか知ってる様子と違う気がするんですけど……」

「……はい、そうだと思います。実はこの方は──」

 

 次の瞬間、俺は天斗伯父さんの口から出た言葉に耳を疑うこととなった。

 

「言い伝えられているユニコーンの気性とは真逆で、非常に大人しく気弱な方なんです」

「……へ?」

 

 俺が疑問の声を上げると、ユニコーンは少しショボンとしながら静かに項垂れた。

 

 いや……ユニコーンだって生き物なんだし、色々違いはあるのは当然だけど、ここまで違うのも中々無いんじゃないのか……?

 

 項垂れたままのユニコーンを見ながら不思議に思っていると、天斗伯父さんは静かに説明をし始めてくれた。

 

「この方──シングさんは、どうやら特異個体という物らしく、先程述べた気性の穏やかさに加えて、他のユニコーンに見られるような清らかな女性にしか宥められないという特徴も無いとの事なのです」

「……つまり、警戒は完全に解いても良いって事ですよね?」

「そうですね。シングさんは柚希君達を襲うような事は一切ありませんので、警戒は解いてもらっても大丈夫ですよ」

「……分かりました」

 

 天斗伯父さんの言葉を聞いて、完全に警戒を解いた後、俺はヴァイス以外の皆にユニコーンについての簡単な説明をした。そして話を終えた後、俺はシングさんの事をチラッと見てから、天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「ところで、天斗伯父さん。シングさんはどうして家に来たんですか?」

「それはですね──」

 

 天斗伯父さんが説明をしてくれようとしたその時、暖房スペースの方から風之真達がモゾモゾと動き出す音が聞こえた。

 

 ……あ、流石に起きたのか。

 

 そう思いながら暖房スペースの方へ視線を向けると、風之真達がまだ少し眠そうな様子でむくりと起き上がった。

 

「ん……なんだ、まだ昼じゃねぇのかぃ……? 」

「ふあぁ……どうやら、そうみたいですね……」

「……でも、お腹は減ってるし、そろそろなんじゃないかな……?」

「うん……たぶん、そうだと思うよ……」

 

 そして、揃って眠そうに目を擦った後、俺達の他にシングさんがいるのに気付いた瞬間、

 

「……って、うおぉっ!? 何だか知らねぇ御仁がいやがるぞ!?」

「あっ……! ほ、本当ですね……!」

「おぉー! 何だかこの馬、スッゴく白いねー!」

「うん、そうだね。それに天斗さんが神様モードって事は、天斗さんの知り合いとかなのかな……?」

 

 風之真とアンは驚いた様子を見せたが、鈴音と賢亀は興味津々な様子でシングさんの事を見始めた。

 

 あはは……まさか、ここまで反応に差が出るなんてな……。

 

 風之真達の反応の差に苦笑いを浮かべていると、シングさんは風之真達の事を少しビクビクしながら見始めた。

 

 あれ、もしかして……?

 

「えっと……シングさん? 風之真達は別に危険な奴らとかじゃないので、そんなにビクビクしなくても大丈夫ですよ?」

「あ……はい、分かりました……」

 

 シングさんは静かに返事をすると、少しだけ表情を和らげたものの、その目と波動からはまだ風之真達への警戒心が見て取れた。

 

 うーん……何だかシングさんを見てると、最初の頃の兎和と智虎を思い出すな……。

 

 今でこそ他の皆とも仲良くしている上、毎日を笑顔で過ごしている兎和と智虎だが、仲間になってすぐの頃は興味こそあれども俺や義智以外とは中々馴染めず、時間を掛けて接することでようやく今のようになった。

 

 まあ、兎和と智虎がそうなる事が出来たのは、風之真達元気三兄妹が無理なくゆっくりと距離を詰めていったのと他の皆のフォローがあったからなんだけどな。

 

 その時の事を思い出し、少々懐かしい気持ちになっていると、天斗伯父さんがクスクスと笑いながら俺達に声を掛けてきた。

 

「風之真さん達も起床なさったようですし、シングさんの事についてはお昼ご飯を食べながらという事にしましょうか。時間的にもそろそろお昼のようですから」

「……え?」

 

 天斗伯父さんの言葉を聞き、時計の方へ視線を向けると、時計の針はもうそろそろ正午を指そうとしていた。

 

「……あ、本当ですね。それじゃあ、今日は俺達で昼食の準備をするので、天斗伯父さんはシングさんと一緒に待っていて下さい」

「ふふ、分かりました。それでは、シングさん。ここは柚希君達にお任せして、私達はこれからの事について少々お話しをしていましょうか」

「は、はい……分かりました……」

 

 シングさんは静かに返事をすると、天斗伯父さんと一緒にソファーの方へと歩いてきたため、俺はスッとその場から退いた。そして、風之真達の事を見回しながら俺は指示を出し始めた。

 

「さてと……それじゃあ、風之真とアンと鈴音は俺の部屋に行って、こころ達を呼んできてくれ。そして、黒烏と兎和と賢亀は和室に行って、義智達を呼んできてくれ」

「おうよ!」

「はい♪」

「りょーかいっ!」

「分かりました」

「分かりましたっ!」

「はーい」

 

 風之真達は返事をすると、それぞれの指示に従って居間を出て行った。そして、風之真達が完全に出て行った後、俺は残っているヴァイスと蒼牙に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあ俺達は、昼食の準備に取りかかるか」

「はい、分かりました」

「うむ」

 

 ヴァイス達の返事を聞いた後、俺達は揃ってキッチンへと向かった。

 

 

 

 

『いただきます』

 

 声を揃えて食事の挨拶をした後、俺達は昼食を食べ始めた。今日の昼食は、パラパラのカニカマチャーハンにソースの香りが漂う肉野菜炒め、そして中華風わかめスープという献立だ。

 

 ……うん、やっぱりまだまだ天斗伯父さんの味には敵わないな……。

 

 カニカマチャーハンを咀嚼しつつ、俺は自分の力不足を実感した。天斗伯父さんはわりと料理を作るのが好きなため、時々残り物を利用した献立なんかを考えては、それを大学ノートに纏めていたりする。

そして、そのノートに纏められている試作料理達はどれも美味しいため、風之真達みたいに食べる事が好きな『絆の書』の住人達は、天斗伯父さんがその献立ノートを持っているところを見ると、すぐに天斗伯父さんに質問をしに行ったりしている。

 

 ……うん、近い内に天斗伯父さんにもっと料理を教わっておこう。

 

 心の中で静かにそう決意していると、天斗伯父さんが持っていたレンゲを静かに置き、ニコリと笑いながら俺に話し掛けてきた。

 

「柚希君、とても美味しいご飯を作って頂き、本当にありがとうございます」

「あ……ありがとうございます。……と言っても、天斗伯父さんにはまだ敵わないですけどね」

「ふふ、そんな事は無いですよ。私には私なりの味が、柚希君には柚希君なりの味がありますし、料理は作る人の気持ちが一番重要ですからね」

「作る人の気持ち……」

「ええ。確かに貴重な食材や様々なテクニックを用いる事も必要になる時はありますし、食材や料理の基本的な知識はもちろん必要です。

ですが、それ以外にも大事なのは、食べてくれる人について、様々な事を考慮しつつ、食べてくれる人達の笑顔を思い浮かべる事だと私は思っています。料理は愛情、という言葉もありますしね」

「……そうですね」

 

 天斗伯父さんの言葉に対して、俺は微笑みながら答えた。

 

言われてみればそうかもしれないな。天斗伯父さんもそうだけど、これから先の未来で出会うかもしれない『あの人』だって食べてくれる人の事を想って日々料理を作っているし、一般的な家庭においてもそうだと思う。

もちろん、その想いは必ず届くかどうかは分からないけど、ちゃんとした想いさえ常に抱いていれば、いつかは届くはずだ。何となくだけど、そんな気がする。

 

 そう思っていた時、義智が静かな声で天斗伯父さんに話し掛けてきた。

 

「……さて、シフル。そろそろそこの奴──シングについて、我らに説明をするべきでは無いのか?」

「……ふふ、そうですね」

 

 天斗伯父さんは穏やかな笑みを浮かべながら答えると、シングさんの方へ視線を向けた。

 

「シングさんはユニコーンの一族の長の息子さんの内の末っ子なのですが、今朝私が天上の方へ用事のために向かった際、ちょうど私の事を尋ねるために、天上へといらっしゃっていたんです。

そしてお話を聞いてみると、昨今ユニコーンの一族を狙うハンターのような者の姿を度々目撃していて、ユニコーンの一族はその者より逃れるべく、住処を転々としているとの事でした。

因みにそのハンターのような者は男性らしいので、本来であれば言い伝え通りの対策さえ取られなければ問題は無いのですが……」

 

 天斗伯父さんがそこで一度言葉を切ると、シングさんは再びシュンとした様子を見せた。そして天斗伯父さんは、その様子を見ながら話を続けた。

 

「先に皆さんにもお話しした通り、シングさんは姿以外はユニコーンという種族の特徴とは異なった特異個体でして、その特性を知られてしまった場合、シングさんは簡単にその者の手に落ちてしまいます。

そこで、シングさんのお父様は、シングさんの身を案じた上、シングさんの成長などへの期待を込めて、旅に出す事を決心し、その相談のために天上へといらっしゃったとの事でした」

 

 天斗伯父さんがそう言葉を締め括ると、雷牙は納得した様子を見せた。

 

「ふむ……確かに風之真達にすら恐れをなす程の気の弱さでは、一族の者と共に逃げ延びるには少々無理があるからな。一族というものは、しっかりとした意思決定をする事が出来る長とその長に協力する意思のある者達がいて、初めて成り立つものだ」

「うんうん、そうだよね。多少の性格の差異とかはもちろんあるけど、ちゃんと従う時には従わないと、最悪一族自体が無くなりかねないからね」

「それに、ユニコーンの角には浄化の力がありますから、シングさんの一族を狙う者以外にも多くの人間がその力を欲してユニコーンを狙います。つまり、ユニコーンの一族は、他の種族に比べてそういった事にはもっと気を配る必要があります」

「確かにそうだな……」

 

 ユニコーン自体がまず貴重だし、その角ともなれば更に貴重なものだ。加えて浄化の力ともなれば、商業目的で乱獲する奴が出てもおかしくは──。

 

 その時、風之真が何かを思い出したように声を上げた。

 

「んー……? 浄化って言いやぁ、旦那の持ってる『ヒーリング・クリスタル』もそんな力を持ってた気がすんなぁ……?」

「……え、そうなんですか?」

 

 おそるおそる訊いてくるシングさんの言葉に、俺は『ヒーリング・クリスタル』を見せつつ、優しく微笑みながら返事をした。

 

「ええ。もっとも、もう一つの治癒の力の方がよく使うので、あまり目立たないですけどね。なので、人間とユニコーンという種族の違いこそありますけど、シングさん達ユニコーンという種族の事は、あまり他人とは思えないんですよね」

「柚希、さん……」

 

 俺の言葉にシングさんがポツリと呟くと、雪花が静かにうんうんと頷いた。

 

「私もそうかな。私は治癒とか浄化の力を持ってないし、特異個体って奴じゃないけど、一般的な雪女のイメージとは正反対って意味で見れば、私も似たようなものだからね」

「……一応、その事には気付いていたのだな、雪花よ」

「うん。というか、向こう──故郷の方でも私だけはちょっと違ってたんだよね。他の皆はちょっと静かめだったり、こころとか兎和みたいにおっとりとしてたりでね。もちろん明るい子もいた事はいたけど、こんな感じだったのは私だけだったんだよ」

「そう……なんですか」

「うん、そう。そして私にも友達とかはいたけどさ、向こうにまだいた頃、友達とかと一緒にいる時にふと思ったんだ。

『私って回りに比べたら、ちょっと浮いてるなぁ』

って、ね。

まあ、友達の反応を見る限り、友達とかはそんな事を思ってないし、私だけが思ってた事なんだろうけど、やっぱり同じような人が揃ってる中で一人だけ何か違うとさ、何か疎外感みたいなのは感じちゃうんだよね。

『私はこのままこの一族の中にいて良いのかな?』

……なんてね」

「雪花……」

 

 いつもと違い少し哀しそうな笑みを浮かべている雪花に、俺はまだまだ雪花の事を理解しきっていなかった事を痛感した。もちろん、雪花が話しているのは、俺達と出会う前の事ではある。けれど、いつも明るい雪花の中にも、そういった哀しみを感じていた時期があった事を感じ取れなかった事に、俺は自分自身の力不足のようなものを感じた。

 

 ……やっぱり俺もまだまだなのかもしれないな……。

 

 心の中で静かにそう思っていた時、雪花はすぐにいつものような明るい笑顔を浮かべながら話を続けた。

 

「でもね、この世界に来て、柚希達と出会ってから私の思いはちょっとずつ変わってきたんだ。ここのみんなは、良い意味でも悪い意味でも個性的な存在が揃ってるけど、でもそんな存在の事をお互いに認め合いつつ尊重し合ってる。そんな様子を見て、私は思ったんだ。

『個性は邪魔なものなんかじゃなく、自分や他の人のために活かせるもの』

なんだってね」

「自分や他の人のために活かせるもの……」

「うんっ! それに、さっき聞いたシングのその他のユニコーンと違うところだって、困ってる人や妖や他の存在を助けるために使えるはずだよ。だって、気の弱さ──大人しいところは、誰かを傷付けずに済むって事だし、清らかな女性以外でも宥められるっていうのも、要するに誰にだって近付けるって事だからね」

 

 雪花がニコリと笑いながら言うと、シングさんはとても驚いたような表情を浮かべた。

 

「……私自身がダメだと感じていたところは、考え方一つでそこまで変わるんですね……」

「ふふっ、そうだね。……まあ、私も個性の塊みたいな人から教えてもらったようなものなんだけどね♪」

 

 雪花はチラリと俺の事を見た後、楽しげにニヤリと笑った。

 

 個性の塊みたいなって……。

 

「雪花……まさかそれは、黒烏の時にお前達の事をある意味個性的な奴ら、なんて言った事への仕返しか?」

 

 俺がジトッとした目で訊くと、

 

「……ふふ♪ さぁーてね? 私は義智さんとか雷牙さんみたいじゃないから、ちょーっと分かんないかなー?」

 

 雪花は悪戯っ子のような表情で答え、その表情や波動からは悪意のようなものは、当然感じられなかった。

 

 はぁ……まあ、良いけどな。雪花が楽しそうならそれで。

 

 俺が諦めたようにため息をつくと、雪花はクスクスと笑いながら再びシングさんに話し掛けた。

 

「まあ、私が結局何を言いたいかって言うとさ、自分の性格や個性を嫌いにならないで欲しいって事なんだ。ここまで話した通り、性格や個性っていうのは、別に悪いものじゃなくて、活用の仕方次第でいくらでも良いものにしていけるものだからね。だからさ──」

 

 そして、雪花はニコリと笑いながら言葉を続けた。

 

「もし、シングがその性格を嫌いだっていうなら、好きになってあげてよ。自分で思っているよりも、その性格は悪いものじゃないはずだからさ」

「雪花……さん」

「雪花、で良いよ。それにタメ口でも大丈夫だよ。たぶん、歳もそんなに変わらないだろうし、天斗さん達以外からさん付けとかで呼ばれるのも、何だかこそばゆいからね」

「……うん、分かった。ありがとう、雪花」

「……ふふ、どういたしまして」

 

 シングさんからのお礼の言葉に対して、雪花は楽しそうな笑みを浮かべながら答えた。

 

 ……うん、やっぱり風之真達もそうだけど、雪花は無理なく少しずつ距離を詰めていくし、相手を嫌な気持ちにさせない話し方が出来るから、こういう時は本当に頼りになるな。

 

 雪花のその姿に頼もしさを感じていると、シングさんはとても穏やかな笑みを浮かべながら静かに話し始めた。

 

「……雪花の言う通り、私は自分のこの性格がとても嫌いでした。一族のみんなともぜんぜん違いますし、周囲から一族の長の息子でありながら弱虫な奴だなどと陰口を言われる事もありましたから。

けれど、今の雪花の言葉で私は少しだけですけど、この性格の事を好きになれたような気がします。性格や個性は自分の活用の仕方次第でいくらでも良いものにしていく事が出来る。この言葉のおかげで、私は自分の性格と向き合っていく自信がつきましたしね」

「ふふ、きっとお父様もそれに気付いて欲しかったから、シングさんを旅に出す事を決意なされたのかもしれませんね」

「そう……かもしれませんね」

 

 天斗伯父さんの言葉に、シングさんは微笑みながら答えた。その表情や波動には、安心や喜びの色が浮かんでおり、感じていた不安や哀しみといった物が無くなっている事は明らかだった。

 

 ……うん、本当に良かった。

 

 シングさんの様子を見ながら静かに安心していたその時、シングさんがニコリと笑いながら言葉を続けた。

 

「……それに、この気持ちさえあれば、ここでも上手くやっていけるような気がしますね」

「……え?」

「……おやおや?」

 

 シングさんの言葉に、俺と雪花は疑問の声を上げていると、義智が呆れた様子で天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「シフル……まさかとは思うが、我らに相談の一つもせずにその事を決めたのではあるまいな?」

「……ふふ、私はあくまでもシングさんに提案をしただけですよ? 義智さん」

「……やれやれ、お前という奴はいつもそうだな……」

 

 天斗伯父さんの穏やかな笑みに対して、諦めたようにため息をついた後、義智は俺の方へ視線を移した。

 

「……さて、柚希よ。お前の意見を訊かせてもらうぞ? こういった件についての最終決定を下すのは、シングが所属することとなる『絆の書』の主であるお前なのだからな」

「……そうだな」

 

 義智の言葉にフッと笑いながら答えた後、俺はシングさんの方ヘと視線を移した。

 

 どうするかなんて、もう決まってるしな。

 

 そして俺は、ニコッと笑いながらシングさんに話し掛けた。

 

「俺は大歓迎ですよ、シングさん。もちろん、他の皆も。な、皆」

 

 俺が皆に声を掛けると、満面の笑顔を浮かべる雪花や諦めたようにため息をついている義智を除き、皆は微笑みながらコクンと頷いた。

 

 ……ふふ、やっぱりな。

 

 予想通りの皆の反応に俺が小さく笑っていると、シングさんはホッとした様子で話し掛けてきた。

 

「皆さん……本当にありがとうございます。そして、これからよろしくお願いいたします」

「はい、こちらこそよろしくお願いします、シングさん」

「はい、よろしくお願いします。あ、それと……私の事は呼び捨てで大丈夫ですよ、柚希さん」

「……うん、分かった。それじゃあ、改めてよろしくな、シング」

「はい、よろしくお願いします、柚希さん」

 

 俺達はそう言葉を交わしながら握手を交わした。

 

 さてと……それじゃあそろそろシングにも説明をするか。

 

 そして、俺はシングに俺の事や『絆の書』の事について説明を始めた。すると、説明を終えた途端、シングは目をキラキラと輝かせ始めた。

 

「転生者に『絆の書』……! 柚希さんはそんなにスゴい方だったんですね……!」

「あはは……俺自身がそんなにスゴいわけじゃないんだけどな。さて、それじゃあそろそろ頼むぞ、シング」

「はい!」

 

 シングの返事を聞いた後、俺は『絆の書』の空白のページを開いた。そして『絆の書』を左手に持ち、シングと一緒に右手を『絆の書』へ置いた後、いつも通りのイメージを頭の中へと浮かべつつ静かに目を閉じた。

 

 ……よし、今日も大丈夫そうだ。

 

 体の奥に沸き立つ魔力が腕を伝って、右手の中心にある穴から流れていくイメージが無事に浮かんだ事を確認した後、俺はそのまま魔力を流しこみ続けた。

 

 ……うん、これで良いな。

 

 そして、必要な量が流れ込んだ事を確認した後、俺はゆっくりと目を開けた。『絆の書』には、青々とした草原の中心で気持ち良さそうに風を感じているシングの姿とユニコーンの詳細について書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 ……よし、今回も無事にとうろ──。

 

 シングの事を無事に登録出来た事に安堵していたその時、風之真が不思議そうに声を上げた。

 

「……ん? そういやこの前も、柚希の旦那は『ヒーリング・クリスタル』の力を借りずに輝麒の事を登録出来てたっけな……?」

「……あ、そういえばそうだったな……」

 

 風之真の言葉を聞き、俺は四神′sの試練の日の事を思い出した。

 

 ……あの時は、頭の中が智虎達の試験の事でいっぱいだったから忘れてたけど、確かに『ヒーリング・クリスタル』の力を借りずに登録完了出来てたよな……?

 

 その事について俺が疑問に思っていると、輝麒が何かを思い付いたように声を上げた。

 

「そういえば……あの時、義智さんは柚希さんが智虎君達との出会いや四神の試練への参加が柚希さんの力となったって言ってた……つまり、柚希さんの中で強くなっていたのは、そういった感覚的な能力とかだけじゃなく、特典として手に入れていた『力』自体も強くなっていた、という事なんだと思います」

「『力』自体が強くなっていた、か……義智、お前の意見はどうだ?」

 

 俺が意見を訊いてみると、義智は腕を組みながら静かな声で答えた。

 

「……そうだな、我の予想を話す事は構わぬが、まずはシングの事を出してやってはどうだ?」

「……そうだな。シングだって、もう俺達の仲間なんだし、この件についての話を聞く権利はあるもんな」

 

 俺は静かに微笑みながらシングのページに右手を置き、そのまま魔力を注ぎ込み始めた。そして、シングが『絆の書』から出て来た後、俺は驚いたような表情を浮かべているシングに声を掛けた。

 

「シング、居住空間はどうだった?」

「あ、はい……! とっても爽やかな風と力の波動がスゴく心地良かったですし、力いっぱいに走る事が出来そうな草原もありましたので、これからの生活がとても楽しみになりました」

「ふふっ、そっか。喜んでもらえたようで何よりだよ」

 

 とても楽しそうに話すシングの言葉に微笑みながら答えた後、俺は再び義智の方へと視線を向けた。そして、義智は腕を組みながらコクンと頷いてから話を始めた。

 

「……我の予想に過ぎぬが、柚希が有する『力』は『絆の書』とも連動をしているのやもしれぬな」

「『絆の書』との連動……」

「ああ。『絆の書』をシフルより受け取り、柚希が『絆の書』の主となった時、『絆の書』には柚希の『力』自体が登録されたのだろう。

そして柚希が『絆の書』を使う度、更には『絆の書』に住人達が登録される度に住人達が有する力が『絆の書』を通して柚希の中へと蓄積され、柚希自身が修行などで高めた力と統合される事で柚希が有する『力』が徐々に増えているのだと、我は考えている」

「……つまり、柚希が『絆の書』を用いる度に柚希自身が有する『力』は徐々に強くなるという事か……」

「……あくまでも恐らくだがな。しかし──」

 

 義智はそこで一度言葉を切った後、俺の目を真正面から見つめながら言葉を続けた。

 

「柚希自身が我との修行や住人達との触れ合いを通じて、力を高めているのは確かだ。よって、現在柚希が有する『力』は柚希自身の努力の結晶であると言っても差し支えないだろう」

「義智……」

 

 俺の中の力は俺の努力の結晶。その義智の言葉は俺の心にとても強く響いた。

 

 こんな事を言うなんて義智にしては珍しいと思うけど、こうして自分自身の事を認めてもらえるのってやっぱり嬉しいもんだな……。

 

 義智の言葉に少しだけ感動を覚えた後、俺はニコッと笑いながら義智に話し掛けた。

 

「義智、ありがとうな」

「……ふん、礼を言われる事などしてはおらん。風之真達を始めとした『絆の書』の住人達は、お前の言葉や行動、そして『絆の書』の住人達に救われ、それによって仲間入りを果たした者ばかりだ。

つまり、元を辿るならば、全てはお前自身の力といっても過言ではないのだからな」

 

 義智が鼻を鳴らしながら言うと、それに続いて風之真達が次々と声を上げ始めた。

 

「へへっ、確かに義智の旦那の言う通りだ。あの時、柚希の旦那が俺に気付いてあんな風に話を聞いてくれたから、今の俺があるわけだしな!」

「ふふっ、私もそうですね。あの時に柚希さんと出会えずにいたら、私は今のように笑って過ごせていたか分かりませんから♪」

「……儂らも同じじゃな、アンよ」

「はい。柚希お兄さんのあの言葉は、今でも私達の心に残っていますから……♪」

「僕もいつも柚希兄ちゃんの雰囲気には癒されてるし、このオルトっていう名前ももちろん大好きだよ!」

「私も柚希にはスゴく救われたかなー……凍り付きそうになってた心を温かい言葉で静かに融かしてくれたのは、本当にありがたかったからね」

「……ならば、私は柚希達が醸し出す雰囲気に救われたといったところか。柚希達との出会いにより、私は人間と妖の関係の可能性に気付かされたのだからな」

「それならボクもそうだね。柚希達との毎日は楽しいし、柚希達と一緒だと色々な事を学べるからね」

「……私も柚希お兄ちゃんのおかげで、だいぶ人見知りはしなくなってきましたし、今の柚希お兄ちゃんや皆さんとの生活はとっても楽しいと思っています……♪」

「僕も柚希さんや風之真お兄さんのおかげで、自分の目標を見つける事が出来ましたし、生活を楽しみながら様々な事を学ばせてもらっていますからね」

「……ふふっ、私も皆さんと同じですね。柚希さんや皆さんの優しさは、いつも私の支えになってくれていますし、それによって穏やかな毎日を過ごす事が出来ていますから」

「……我は、柚希との出会いが無ければ、今でもただ人間を怨むだけの存在であった。あの夏の日の柚希達との邂逅、そしてあの時に我を救おうとしてくれた事は、心より感謝している」

「僕達は個人個人の悩みだけじゃなく、試練の時もスゴくお世話になったもんね」

「うんうん、本当にそうだよね」

「話を聞いて頂いた旨、そして試練においての助力も含め、柚希殿には感謝してもしきれぬほどの恩義があるからな」

「そうよね。それに……もし、柚希との出会いが無かったらと思うと、スゴくゾッとするわ……」

「うん、そうだよね。智虎君達の事もだけど、僕がここで皆と一緒に過ごせるのも、柚希さんの存在があってのことだからね」

「……私は、この中では一番の新参ですが、柚希さんの人となりはしっかりと理解してるつもりです。何せ、柚希さんと雪花の言葉があったからこそ、私は自分の性格を好きになれましたからね」

「皆……」

 

 皆の言葉に俺が感動を覚えていると、義智が静かな声で話し掛けてきた。

 

「柚希よ、お前はこれまでの言動や人間以外のモノへの思いの力により、こうして様々なモノに慕われている。この意味は分かるな?」

「……ああ、分かるよ。今の自分の力に慢心する事無く、そして皆の期待に応えるために、皆と一緒にこれからも頑張る必要がある。

そういう事だろ?」

「その通りだ。確かにお前の力は強くはなっているが、それにあぐらをかいてしまっては、これまでの努力や此奴らの想いは全て水泡へと帰してしまう」

「だからこそ、これからは一層頑張って、俺の中の『力』や知識などを更に増やしていかないといけない。……だよな?」

 

 俺がフッと笑いながら言うと、義智は少しだけ安心したような表情を浮かべた。

 

「……分かっているのならば、我から言う事は無い。柚希、人と人ならざるモノの間に立ち、その絆を結ぶ者として、これからも鍛錬を怠るなよ?」

「……もちろんだよ、義智」

 

 俺はニッと笑いながら義智の言葉に答えた。これからも様々なモノ達と俺は遭遇するはずだ。そのモノ達は必ずしも人間とに対して好意を持っているわけじゃないし、場合によっては蒼牙の時のように戦わないといけない時だってあるだろう。でも──。

 

 俺は天斗伯父さんと『絆の書』の住人達を静かに見回した後、夕士と長谷の顔を思い浮かべた。

 

 皆と一緒に頑張っていけば、絶対にどんな事だって乗り越えられる。何となくだけど、そんな気がする。

 

 そんな確信にも似た予感を覚えつつ、皆がいてくれるというその事に、俺は心が温まっていく様な気がした。




政実「第17話、いかがでしたでしょうか」
柚希「何というか、前回の試練回と同じような雰囲気で終わったな」
政実「うん、前回の時点で柚希が『ヒーリング・クリスタル』無しで輝麒を登録出来てた事について触れてなかったからね。それに柚希に対しての『絆の書』の住人達の気持ちみたいなのも書きたかったから」
柚希「なるほどな。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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SEVENTEENTH AFTER STORY 迷いの白馬と静かなる導き

政実「どうも、一度はユニコーンに乗ってみたい片倉政実です」
シング「どうも、ユニコーンのシングです」
政実「という事で、今回はシングのAFTER STORYです」
シング「私のAFTER STORY……どんな内容になっているのか楽しみです。さてと、それではそろそろ始めましょうか」
政実「うん」
政実・シング「それでは、SEVENTEENTH AFTER STORYをどうぞ」


「……はあ、本当にどうすれば良いんだろう……」

 

 雪がしんしんと降り積もり、日が沈みきった事で外が寒気で包まれているある日の夜、私は外で雪が降る様子を見ながらため息をついた。私の吐いたため息は窓を白く曇らせたが、それ以上に曇っているのは窓に映る私の表情だった。

 

「……この遠野家にお世話になりながら、一族の皆とはまったく違うこの性格を好きになり、どうにか良い方へ頑張ろうとし始めたけれど、性格の活かし方が思い付かないのは参ったな。雪花が色々言ってくれた以外にも何か良い方法を考えておきたいんだけど、本当にどうしたら良いかな……」

 

 ため息をつき、窓が再び白く曇るのを見ながら私はここにお世話になる事になった経緯を想起した。少し前、私は一族の長である父さんに呼ばれて、神である天斗さんを訪ねるために天上へ来ていた。父さんは私が他のユニコーンとは違う特異個体である点を考えて、成長のための旅に出すべきだとしており、その相談のために天斗さんに意見を仰ごうとしていたのだ。

旅に出る事自体は私も反対しない。私は一般的なユニコーンと違って性質も大人しく多少気弱で、清らかな女性以外でも(なだ)める事が出来るという点から、そのままではユニコーンの角に宿る力を狙ったハンターの手に容易に落ちてしまうのはわかっているから、たとえハンターと相対しても私だけで対処出来るようになるべきだと考えているからだ。

天上に着き、父さんが訪問の理由と考えを話すと、天斗さんは自身が転生させた人間であり実の甥でもある柚希さんや柚希さんと絆を結んだモノ達が共に住む遠野家で様々なモノとふれ合いながら成長していくのはどうかと提案してくれた。

天斗さんが言うには、柚希さんは私達のような人ならざるモノ達について深い知識と強い関心を持ち、これまでも神の玄孫や私のような一族の長の末子を預かっている上に人間に憎しみを抱いていたモノと心を通じ合わせたり神獣達と共に試練を乗り越えたという実績があるらしく、叔父の贔屓目を抜きにしても柚希さんなら問題ないと考えているようだった。

それを聞き、旅を考えていた父さんも天斗さんの考えに乗る事を決め、私は天斗さんと共に遠野家を訪れた後、柚希さんや柚希さん達と共に住む様々な方達との昼食会を兼ねた顔合わせをした。

その際、柚希さんは初めて会う私に対してもしっかりと接してくれ、私と同じように同じ種族の仲間とは違った性質を持っている雪女の雪花は私が変えないといけないと思っていた性質が考え方一つで良い物へ変わるのだという事を教えてくれた。

この雪花の言葉は私にとってとても衝撃であったと同時にこれからの指針を示してくれる物になり、そんな人達の中ならば私も安心して成長のために頑張れると感じて正式に柚希さん達のお世話になる事を決め、柚希さんが持つ魔導書である『絆の書』に名を連ねる事になった。

その後、私は柚希さんや雪花だけじゃなく、他の皆さんとも接しながら自分の性質や性格を活かす手段を考えていたが、まったくそれらしい考えが浮かばず、気落ちしていたのだった。

 

 ……はあ、こうしてお世話になる事を決めたからには父さんや他の皆にも恥ずかしくないユニコーンになりたいと思っているけれど、一体どうしたら良いものかな……。

 

 良案が浮かばない事も辛かったが、それすらも出来ない自分にも私は失望しており、このままではいけないという思いが奥底から私の事を強く責めていた。

考える事は苦手ではないし、私自身もこの性質を活かせるならばそれに越した事はないと考えているが、方法が浮かばないとなると、どうにもならない。それがわかっているからこそ辛く、自分の無力さを嘆いて責めているのだ。

 

「……この雪のように良案もどんどん浮かんで積み重なる程なら良いんだけどな」

 

 そんな事を独り言ちていた時、私はふとある事を思い付き、リビングの入り口へと向かった。すると、その私の行動に気づいたのかソファーに座りながらオルトロスのオルト君や白虎の智虎君を撫でていた柚希さんの声が背後から聞こえた。

 

「シング、どうかしたのか?」

「……いえ、考えすぎている頭を冷やすために少し外を歩いてこようかと思いまして」

「今からか……もうだいぶ暗くて冷えるし、よかったら俺もついていこうか?」

「お気遣いありがとうございます。ですが、私に付き合わせて柚希さんに風邪をひかせてもよくありませんから大丈夫です。それに、すぐに帰ってくる予定ですから」

「……わかった。でも、あまり遠くには行かないようにな。力を使って姿は隠せるけど、雪道で歩きづらい上に滑る事もあるし、車だって走ってるからさ」

「わかりました。それでは、行ってきます」

 

 柚希さん達の心配そうな視線を背に受けながら私はリビングを出た後、前足を使って玄関のドアを開けて外へと出た。時間のせいか外は思っていたよりも冷えており、やはり柚希さんを付き合わせなくて正解だったなと感じた。

 

「……さて、それじゃあ歩くか」

 

 呟くように独り言ちてから私はゆっくり歩き始めた。降り積もった雪は踏む度にサクサクという音を立て、私の蹄の跡をしっかりと残していたが、止まずに降り続ける雪がその上から少しずつ載っていき、その様子に私は程なく足跡も白く染まって消えるだろうという予感を覚えた。

ユニコーンである私がいるところを他の人間に見られるわけにはいかないため、私は遠野家にお世話になり始めた頃に会得した力を使って姿を隠す手段を取っているが、この純白の身体ならばその方法を用いなくても雪に隠れて見えないのではないかと思ったが、私はすぐに頭を振ってその考えを彼方へと追いやった。

 

「……ダメだ、そんな事をして誰かに見つかり、柚希さん達に迷惑をかけるわけにはいかない。とりあえず歩くだけ歩いて気持ちを切り替えてさっさと帰ろう」

 

 自分に言い聞かせるように呟いた後、私は雪が降る中を一人で歩き続けた。時折、車が通る音や風が吹く音が聞こえる以外はとても静かで、人の姿すら見かけなかった事から、突然この世が私一人だけにでもなってしまったのではないかという錯覚すら覚え、私は寂しさと心細さを感じながら白い息を吐いた。

 

「……もし、もしも本当に私しかいなくなったら、その時は私は一人でもうまくやっていけるのか? 今は柚希さんや天斗さん、『絆の書』の皆さんのおかげで楽しい毎日を過ごせているし、雪花の言葉が私の支えとなってくれている。

けれど、本当にそのままで良いのか? この性格を活かす手段について悩みだけじゃなく、他にも考えないといけない事があるんじゃないのか……?」

 

 気分を変えるための外出だったが、新しい不安と疑問が私の中に生まれ、それは降り続ける雪のように徐々に私の事を蝕み、次第に私の身体を覆いつくしていくようにして私の気分を沈ませていった。

けれど、このまま帰っては柚希さん達を更に心配させるような気がし、私は遠野家から更に離れていき、あてもなくただひたすらに歩き続けた。

そして数分後、気づくと私は公園の入り口の前にいた。その公園はいつも柚希さんがお友達と遊んだり時には風之真さんやオルト君を連れてきたりしているところであり、偶然にも雪花と柚希さん達が出会った場所でもあった。

 

「……ここまで来るつもりはなかったけど、せっかくだから中に入ってみるか。そして一通り歩いたら、流石に帰ろう。これ以上は本当に柚希さん達を心配させてしまうから」

 

 独り言ちながら頷いた後、私は公園内へと入った。時間の事もあってか公園内も静まり返っており、私は静寂の中を歩き続け、ベンチなどが置かれた広場に着いた。

 

「……ふぅ、なんだかだいぶ歩いたような気がするな。ここら辺で一度休憩でもしたいところだけど、この寒さで休憩なんてしていたら風邪をひいてしまうし、休憩なんて考えずにさっさといこ──」

 

 その時、背後から雪を踏みしめるサクサクという音が聞こえ、私は身体をビクリと震わせる。その音は誰もいないと思っていた私を不安にさせて姿を隠すために纏っていた力を剥がすには十分であり、足音が近づいてくる事を知りながらも私は一歩も動けずにいた。

 

「ど、どうしよう……このままだと見つかってしまう。見つかってしまったら、私は……私は……!」

 

 不安と恐怖、それが私を支配する物であり、その支配からはまったく抜け出せずにいた。その間も足音はゆっくりと近づき、不安と恐怖に耐えきれなくなって私が目を閉じると、その足音はすぐそばで止まり、身を縮こまらせながらもうダメだと考えていたその時、私の耳に誰かの声が聞こえてきた。

 

「……え? う、馬……?」

 

 聞こえてきたのは柚希さんとは違う男の子の澄んだ声であり、その声からとても困惑しているのははっきりと感じ取れたが、不安と恐怖でいっぱいになっていた私はその顔を見ようという気にはなれなかった。

 

「う、うぅ……」

「……いや、よく見たら渦のような模様の角があるし、コイツはユニコーンって奴か。おい、俺の言葉はわかるか?」

「う……わ、わかります……」

「……そうか、それならよかった。けど、妙だな。聞いた話だと、ユニコーンはとても獰猛で、清らかな乙女じゃないと宥められないって“遠野”から聞いたんだが……」

「……え?」

 

 男の子の口から出た言葉に思わず驚き、声がした方へ顔を向けると、そこにいたのは柚希さんの幼馴染みで親友だという長谷さんであり、高級そうなダウンを着た長谷さんの頬は寒さで軽く赤くなっていた。

 

 ど、どうして長谷さんがここに……?

 

 柚希さんの同行を断ったくらい外は寒いはずなのに同い年である長谷さんが一人でいる事が私には不思議でしかたなく、長谷さんの顔を見ながら驚いていると、長谷さんは少し私の顔を眺めてからニッと笑った。

 

「ようやく顔を見せてくれたな、ユニコーン。ただ、その角で貫こうとしたり足で蹴ろうとはしないでくれよ?」

「……しませんし出来ませんよ。正直、今は不安と恐怖でそれどころじゃなかったので」

「不安と恐怖……やっぱりお前は遠野から聞いたようなユニコーンの特徴とは少し違うようだな。獰猛さもなくて、男である俺でもここまで近づけて話だって出来てるわけだし……」

「……私は他の個体とは違う特異個体なんです。だからか他のユニコーンよりも弱気で誰が近づいてきても角や足で傷つけようとは思えません」

「なるほど、そういうのもいるのか。まあ、人間にも色々な性格の奴がいるし、ユニコーンにも他とは違う奴がいても不思議じゃないのかもな。それで、お前はどうしてここにいるんだ? 俺が言えた事じゃないが、ここにいたら寒さで身体が冷えきって風邪をひくかもしれないぞ?」

「……はい、それはわかってます。けど、今はちょっと……」

「……なんだか事情がありそうだな。せっかくだ、少しそこで話していかないか?」

 

 自動販売機の横に置かれたベンチを指し示しながら言った長谷さんの提案に私は驚いた。柚希さん程ではないにしても長谷さんが私達のような存在に関心を持っているのは知っていたし、柚希さんの話からとても優しい方なのもわかっていた。

けれど、この寒さの中でベンチに座って話を聞くとなると、流石に身体も冷えきってしまうだろうし、最悪本当に風邪をひいてしまう恐れがある。それなのに長谷さんをこの場に留めておくのは間違いだと感じ、私は静かに首を横に振った。

 

「……大丈夫です。このまま貴方をこの寒さの中にいさせるわけにはいきませんから」

「たしかに今夜はだいぶ寒いし、下手したら風邪をひくと思う」

「そうですよね。だから、私なんて放っておいて早くお帰りになった方が……」

「けど、俺はまだ帰らないぞ。お前の悩みを放置して帰るなんて出来ないからな」

 

 そう言う長谷さんの顔は頼もしさを感じる程の笑顔であり、次第に私は長谷さんになら話しても良いんじゃないかと思うようになっていた。

 

 ……本当に不思議だ。転生前の年齢も含めたら確実に成人している柚希さんとは違って、同じ子供なのにここまで落ち着いていて、誰かを安心させられるような雰囲気を出せるなんて本当に不思議な人だ。私もこんな風になれたらいいのに……。

 

「……わかりました。それじゃあ話を聞いてもらいますが、本当に無理だけはしないでくださいね?」

「ああ、わかってる。それじゃあ行こうぜ、ユニコーン」

「はい」

 

 頷きながら答えた後、私達はベンチへと向かった。長谷さんはベンチに座る前に隣にある自販機で何かを買うと、一つを一度ポケットにしまってからもう一本を開け、それを静かに飲み始めた。

 

「ん……はぁ、やっぱり寒い中で飲むホットコーヒーは格別だな。ユニコーン、お前も何か飲むか?」

「あ……いえ、大丈夫です。そもそも私では缶の物は注いでもらわないと飲めないので」

「それもそうか……何か良い方法でもあれば良いんだけどな」

「あの……どうして長谷さんはこんな時間にここにいたんですか?」

「それは……って、どうして俺の名前を?」

「あ……」

 

 そうだ、私と長谷さんは初対面なのに名前を知ってるのは明らかにおかしい。それに、ここで柚希さんの名前を出すのも絶対にマズイ。ど、どうしたら……。

 

 失敗に慌てて私があたふたする姿をジッと見つめた後、長谷さんは突然クスリと笑った。

 

「……なんとなくだけど、それは遠野が関係してるのか?」

「え……あ、あの……」

「その様子だとそうみたいだな。まあ、どんな経緯でお前と遠野が出会ったかはわからないけど、別に深くは聞かないよ。気にはなるけど、無理やり聞く事でもないからさ」

「長谷さん……長谷さんは本当に優しいんですね」

「そうか? 優しいと見せかけて、何か企んでるかもしれないぞ?」

 

 そう言いながらも長谷さんの表情はいたずらっ子のような感じであり、本心からそう言っているわけではないのは明らかだった。

 

「……企んでるとしたら私が甘かったと諦めるだけです。けど、長谷さんの雰囲気はそうじゃない。柚希さんと同じように春の陽気のように暖かな雰囲気ですから」

「そうか。さて、ユニコーン……って、そういえばまだ名前を聞いてなかったな」

「そういえばそうでしたね。私はシング、ユニコーンの一族の長の子で、柚希さんとは少し前から交流をしています」

「シング、だな。俺は長谷泉貴(はせみずき)、遠野の幼馴染みで親友だ。ここにはちょっと考えたい事があって来たんだが、まさかユニコーンと出会うなんて思ってなかったよ」

「私もです。あの……それで、長谷さんの考え事って何なんですか?」

「俺のか? まあ、簡単に言うなら、どうやってこれからもあいつらと並んで歩くか、だな」

「柚希さん達と並んで歩く……」

 

 長谷さんは頷いてから再びコーヒーを一口飲み、白い息を吐いてから話し始めた。

 

「両親を亡くしてもへこたれずに頑張る遠野と俺達よりは勉強は得意じゃなくても誰かのために頑張る事に関しては俺達よりも得意な稲葉。そんな二人と一年生の時に出会えたのは本当に幸運だったし、この出会いには感謝してる。

だから、俺はあいつらのために何をしてやれるかって思ったんだ。二人とも努力家だし、俺の本性を知っていてもそれを面白がれる程だから、俺も安心してあいつらには素でいられるし、あいつらよりも良い成績を取れた時には遠慮なく自慢出来るけど、あいつらのために何かをしてやれたかというと別にそういうわけじゃないって思ってな」

「そうだったんですね……」

「まあ、あいつらの事だから、別にそんなのは良いって言うのはわかってるけど、感謝の気持ちは一度しっかりと示しておきたいんだ。あいつらとの出会いがなかったら、素で話せる相手も競い合える相手もいなくて、きっと俺の学校生活はつまらない物になっていた。それくらいあいつらの存在は俺の中で大きい物になってるんだよ」

「長谷さん……」

「シングだったらどうする? いつも世話になってる相手に対してどんな風にその感謝を示す?」

 

 問いかけてくる長谷さんの表情は真剣で、心から柚希さんと夕士さんに対して何かをしたいと思っているのはハッキリしていた。

 

 感謝を示す方法……私も柚希さんや雪花、天斗さんや他の『絆の書』の皆さんに対してとても感謝をしている。だから、私だって皆さんには感謝を示したい。なら、私がやるべき事は……。

 

「……私ならしっかりとその気持ちを言葉にして伝えると思います」

「言葉にして、か……」

「はい。私はまだまだ未熟ですから、何か贈り物をしたり皆さんの手助けをしたりする事で感謝を示す事は出来ません。私の性格の活かし方すらまったく思い付けない私ではとてもとても……」

「……それがお前の悩みなんだな、シング」

「はい。この性格は考え方一つで良い方へ利用していけるとは言ってもらえたんですが、どうやったら私の性格を活かしていけるかがまったくわからないんです。それに、もしも私以外の人に頼れない事態に陥った時、私は一人でもうまくやれるのかが不安になってしまっていて……」

「…………」

「……やはり、私のような弱いユニコーンではダメですよね。父さんや他の皆のように強ければ何か力になれると思いますが、こんな私ではやはり……」

 

 話している内に気分が沈んでいくのを感じ、私はゆっくりと俯く。視界には降り積もった雪だけが映り、その白さは私の中にあるアイデアが白紙である事を示すかのように見え、私は更に気分が沈んでいくのを感じた。

このままではダメだとわかっていても気分はどんどん沈んでいき、この雪の中へ徐々に埋まっていくような感覚に襲われ、気温だけではなく不安と恐怖で身体が震え始めた。

 

 怖い。私が成長すら出来ず、ずっとこのままでいるかもしれない事が怖い。私の成長を期待して旅に出そうとしてくれた父さんや私を受け入れてくれた上に力を貸してくれている柚希さん達を裏切る事になるのが怖い。

 

 そんな事を考えていたその時だった。

 

「お前は弱くなんてないぞ、シング」

 

 そんな声が聞こえて顔を上げると、長谷さんは私を見ながら優しく微笑んでいた。

 

「長谷さん……?」

「そうやって悩めるだけお前は強いよ、シング。世の中には相手の期待を裏切る事を何とも思ってない奴や弱さを認められない奴だっている。そんな奴らに比べたらシングは強いと俺は思ってる。自分の弱さをどうにかしたいと考えて、誰かのために何とかしたいと思うのは簡単じゃないしな」

「そうでしょうか……」

「ああ、少なくとも俺はそう思う。だから、お前はお前自身の強さを大事にしながらお前の親父さんの強さに近づこうとすれば良いんじゃないか?」

「父さんの強さ……ですか?」

「そうだ。お前にとって一番身近なユニコーンは一族の長である親父さんで、お前はその強さを間近で見てきたはずだ。だったら、まずはその強さに近づくために頑張り、その後はまた別の強さを求めれば良い。強さの形には明確な答えなんてないしな」

「…………」

「それと、変に考えすぎないっていうのも重要だな。遠野もそうだが、お前達は少し考えすぎるところがあるようだ。この前だって、いつも通りにやれば良いだけなのに変に考えすぎて悩みの迷宮をさ迷い続けていたしな。アイツ、他人の悩みや不安はすぐに解決出来るのに、自分の事となるとからっきしなんだよな」

 

 長谷さんはどこか呆れたように言っていたけれど、その表情はとても穏やかで嬉しそうな雰囲気だった。

 

「だから、お前も自分の性格を活かそうとするのは良いけど、変に考えすぎて逆に周囲の奴らに心配をかけないように気をつけろよ。答えなんて思ったよりも単純な事もあるからな」

「思ったよりも単純……」

「ああ。幸せの青い鳥だって、旅先じゃなく自分達のすぐそばにいたんだ。一旦深呼吸して自分を見つめ直してみたらきっとお前の求める答えもすぐそばにあると思うぜ?」

「深呼吸をして自分を見つめ直す……か。たしかにそうですね、考えすぎて悩みの中に埋もれるんじゃなく、一度深呼吸をしてみて自分と対話しながら出来る事を探した方が良いかもしれません」

「そうだな。誰でも近づけるっていう点もお前が誰かのそばにいて話を聞いてやれるっていう事にも役立つし、その角に宿る浄化の力や穏やかな気性も助けになる相手はどこかにいるはずだ。だから、一人で抱え込もうとせずにまずは誰かに遠慮なく相談してみろ。遠野だってきっとそうして欲しいって思ってるさ」

「……はい、そうしてみます。ありがとうございます、長谷さん。悩みを聞いて頂いた上にアドバイスまで……」

「良いんだよ、それくらい。それに、お前のおかげで俺も助かったからさ」

「え……?」

 

 長谷さんの言葉を聞いて私が不思議に思っていると、長谷さんは私の額を指でつんとつついてからニッと笑う。

 

「何かをしてみたり贈り物をしたりするのも良いけど、変に考えすぎるんじゃなく、正直に自分の気持ちを伝えるべきだって気づかせてくれたからな。面と向かって言うのは中々気恥ずかしい物があるし、あいつらも驚くとは思うけど、この感謝はしっかりと伝えてみるつもりだ。これからもあいつらとは良好な関係でいたいしな」

「……それが良いと思います。たしかに驚くとは思いますけど、柚希さんも夕士さんも絶対に喜んでくれるはずですから」

「ああ、そうだな」

 

 長谷さんが優しく微笑み、それを見た私の心の奥底がぽかぽかとしてきたその時だった。

 

「おーい、シングー」

 

 突然柚希さんの声が聞こえ、私は安心感を覚えると同時に長谷さんとはここでお別れしないといけない事を残念に思った。

 

「……そろそろお別れみたいですね」

「だな。お前の様子的に遠野はお前と交流がある事を周りに隠しているみたいだから、俺と一緒にいるのがバレたら良くない。俺もそろそろ帰るよ」

「はい……あの、今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ。物語の中くらいでしか名前を聞かない奴と出会えて俺もまだまだ世界は広いって実感出来たし、俺としても今日の出会いはとても良い経験になったよ。とりあえずお前と出会った事は遠野には内緒にしておく。でも、絶対にまた会おうな。そしてその時には、お前が成長した姿を見せてもらう事にするよ」

「……はい、もちろんです。きっと立派なユニコーンになってみせます」

「ああ、約束だ」

 

 そう言って長谷さんはポケットにしまっていたもう一本の飲み物を取り出すと、ベンチの上にそっと置いた。

 

「これは……?」

「今回のお礼みたいなもんだよ。遠野だってここまで来て体が冷えてるだろうし、帰りながら二人で飲んでくれ。きっと遠野なら良いアイデアを思いつくはずだからさ」

「わかりました。ありがとうございます」

「どういたしまして。それじゃあ元気でな、シング」

「はい、長谷さんもお元気で」

 

 長谷さんは微笑みながら頷いた後、そのままゆっくりと歩いていき、それから程なくして柚希さんが姿を見せたが、その隣には雪花が、柚希さんの腕の中には智虎君とオルト君の姿があった。

 

「柚希さん、雪花……それに智虎君にオルト君まで……」

「ここまで来てたんだな、シング」

「まったく……私やオルトじゃないんだから、頭を冷やすだけじゃなく身体まで冷え冷えになっちゃうよ?」

「うん、ごめん」

「あれ……そこのベンチに何か置かれてますね?」

「うん、缶に入った飲み物みたいだけど……シング、これってどうしたの?」

「ああ、これは私に道を示してくれた方から頂いたんです。私もどうやらお力になれたみたいなのでそのお礼との事でした」

「そっか。その人に会えたらシングが世話になった事についてお礼を言いたいけど、まずは家に帰ろうか。このままだと、本当に冷えきって風邪をひくからな」

 

 柚希さんの言葉に私達が頷いた後、柚希さんがベンチの上の飲み物を拾い上げるのを見ながら私はゆっくりと立ち上がった。そして柚希さん達が歩き出そうとした時、私は一度深呼吸をしてから静かに口を開いた。

 

「……あの、皆さん」

「ん、どうした?」

「特異個体である私を受け入れて頂き本当にありがとうございます」

「……どうしたの、突然?」

「改めてお礼が言いたくなったんだ。柚希さんや雪花、天斗さんや他の『絆の書』の皆さんにはいつもお世話になってるからさ」

「……なるほどな。でも、お礼を言いたいのは俺達もだぜ?」

「え……?」

「そうですね。シングさんが来てから、僕達の生活はもっと賑やかになりましたし」

「たぶん、シングは自分があまり僕達の力になれてないなんて考えてるかもしれないけど、そんな事はないんだよ。シングの穏やかな雰囲気や誰かを気遣おうとするところは僕達にとってとても大切な物の一つだからね」

「そうそう。だから、こちらこそありがとうシング。そしてこれからもよろしくね」

 

 皆さんの言葉を聞いてようやく雪の中から顔を出せたような気持ちになり、私は目の前に見える優しい光に感謝と安心感を覚えながら頷いた。

 

「はい、改めてよろしくお願いします。今はまだまだ未熟ですが、皆さんに見つけて頂いた私の強さと父さんの強さの二つを兼ね備えた立派なユニコーンになってみせます」

「ああ、そのためにもこれからも一緒に頑張っていこうな、シング」

「はい!」

 

 嬉しさを感じながら返事をした後、私は柚希さん達と共に歩き始めた。思わぬ出会いによって示された私の道。この道を歩いていった先に何があるのかはまだわからない。けれど、私は不安になったりしない。一緒に歩いてくれる人がいて、その人の力になりたいと思えるから、私はこれからもこの道を歩いていく。それが私のこれからの目標なのだから。

 

 ……そして、また長谷さんに会えた時には約束通りに立派なユニコーンになったところを見せるんだ。

 

 長谷さんの顔を思い浮かべながらやる気を高め、私は柚希さん達と話をしながら行きよりも心なしか歩きやすくなった雪道をゆっくりと歩いていった。




政実「SEVENTEENTH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
シング「鈴音さんや蒼牙さんの時と同じで私は長谷さんと出会いましたね」
政実「そうだね。そして、この先のAFTER STORYでも柚希の人間側の仲間と出会うメンバーは作っていく予定だよ」
シング「わかりました。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
シング「はい」
政実・シング「それでは、また次回」


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第18話 春眠の夢を喰らう獣

政実「どうも。夢の内容が大抵はカオスな事になる、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。夢か……俺はあまり変わった夢とかは見ない方だな。まあ、夢の内容は自分の記憶とか心理状態が関係してるっていうし、少しリラックスしながら眠れるようにした方が良いかもな」
政実「そうだね……それじゃあ少しそういう事について調べてみることにしようかな?」
柚希「それが良いだろうな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第18話をどうぞ」


 ぽかぽかとした陽気の中で様々なモノ達が野原を駆け回り、様々な花の香りが風に乗って仄かに漂い始める季節、春。そんな春のある日、いつものように義智(よしとも)との和室での修行を終え、固まった体を静かに伸ばしていると、義智が落ち着いた声で話し掛けてきた。

 

「柚希、修行の件について一つ言う事がある」

「……ん、何だ?」

「先日の四神の試練、並びにシングの件において、お前の中の『力』が高まっている事が明らかとなった。よって、そろそろ新たな修行を行おうと思う」

「新たな修行……?」

 

 俺が首を傾げながら疑問の声を上げると、義智はゆっくりと頷きながら答えた。

 

「そうだ、己の『力』が高まるという事は、他の者にそれを感知されやすくなる。つまり、以前よりも妖や幻獣などにお前の存在を知られやすくなるのだ」

「あ……そっか」

「そういえば、雷牙(らいが)さんや護龍(フゥーロン)君も柚希さんの力を感じ取ったから、柚希さんに接触を図ってきたり警戒のために力を誇示してきたりしたんですもんね」

「……うむ、その通りだ。そして、柚希の存在に勘づいた上で近付いてくるのは、全てが清き心を持ったモノとも限らず、中には邪な心を持ったモノもいる」

「……まあ、確かにそうだよな」

 

 蒼牙(そうが)の件を除けば、まだ本当に危険なモノとは出会った事は無いけど、このまま『力』の気配を無警戒に流していたら、いつかはそういうモノ達が接触を図ってくるし、もしそうなったら夕士達にだって危害を加えるかもしれない。

未来の夕士なら何とか出来るだろうけど、今の夕士は魔本の主(ブックマスター)では無いから、そういう事態に巻き込まれてもどうにも出来ない。

 

 だからそういう最悪の事態だけは、絶対に避けないといけないな……。

 

 最悪の自体を頭の中に思い描き、俺が両手の拳をギュッと握っていると、義智はいつもと変わらぬ静かな声で再び話し掛けてきた。

 

「よって、明朝(みょうちょう)より『力』の気配を消す修行なども取り入れていく。もちろん、その分心身への負担も増えるが、お前にその覚悟はあるか? 柚希」

「……愚問だな、義智。大きな力を持つ以上、それを扱うにあたっての責任や覚悟なんてのは当然あるさ。それに、この力のせいで天斗伯父さんや『絆の書』の皆、そして夕士や長谷達に何かあってからじゃ遅いからな」

 

 フッと笑いながら答えると、義智は静かに頷いてから、今度は智虎(ヂィーフー)の方へと視線を向けた。

 

「せっかくの機会だ。智虎、お前達四神と輝麒(フゥイチー)にも同様の修行を受けてもらう。当然、現在受けている修行も含めてだ」

「僕達も……ですか?」

「お前達四神と輝麒は『絆の書』の住人達の中では上位に位置する力の持ち主だ。故にその程度の事は、簡単にこなしてもらう必要がある」

「な、なるほど……」

「……まあ、お前達が出来るのなら、だがな。どうだ? 智虎よ」

 

 義智が挑戦するような眼差しで見つめながら訊くと、智虎は覚悟を決めたような眼差しで義智の事を見つめ返しながら口を開いた。

 

「出来ますよ、義智さん。僕達だって四神の試練を乗り越えた四神と麒麟ですから。それくらい乗り越えなきゃ、力を認めてくれた父さん達や黄龍様の期待を裏切る事になりますしね」

「……分かった。では、お前の方から賢亀(イェングィ)達にはしっかりと伝えておくのだぞ、智虎」

「はい!」

 

 智虎が大きな声で返事をすると、義智は再び静かに頷いてから、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……さて、そろそろ朝餉(あさげ)の時だ。他の奴らを呼び出しつつ、シフルの手伝いをしに行くぞ」

「ああ」

「はい!」

 

 そして、返事をしながら立ち上がった後、俺は『絆の書』の住人達を呼び出しつつ、義智達と一緒に天斗伯父さんがいる居間へと向かった。

 

 

 

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

 朝食を食べ終え、学校に行く準備を整えた後、俺は玄関のドアを開けながら天斗伯父さんに声を掛けた。そして外に出てから静かにドアを閉めていると、近くから俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「おはよう、柚希!」

「柚希、おはよう」

 

 そこにはいつものように夕士と長谷の姿があり、二人とも俺の事を見ながらにこやかに微笑んでいた。

 

 うん……やっぱり良いよな、こういう平和な光景って。

 

 そんな事をしみじみと感じつつ、俺は夕士達へと近付きながら挨拶を返した。

 

「おはよう、二人とも。今日は珍しく俺がラストみたいだな」

「ああ。だがな、珍しいのはそれだけじゃないぞ?」

「それだけじゃないって……特に変わった様子は無さそうだけど?」

 

 長谷の言葉に首を傾げつつ、俺は夕士達の様子を観察した。俺のその言葉通り、夕士達の姿はいつもと何ら変わらない私服にランドセルといった物であり、波動も夕士から強い喜びの波動を感じる以外には特にこれといった変化は見られなかった。

 

 ……って事は、この夕士の強い喜びの波動が何か関係してるのかな……?

 

 そう思いながら、俺は夕士に話し掛けた。

 

「夕士。何だか嬉しそうな様子だけど、何かあったのか?」

「へへっ、まあな! なんて言ったって、今日は長谷よりも早かったからな!」

「早かったって……まさか、長谷よりも先に準備したって言うのか……?」

「おう、その通りだ!」

 

 夕士が太陽のように明るい笑顔で答える中、俺は“夕士が長谷より早かった”という事実に心の底から驚いていた。

 

 珍しい……本当に珍しいぞ、それ……。

 

 夕士は別に朝が弱いわけでもなく、学校に行く準備などが遅いわけでもない。だが、それよりも先に長谷が俺達の家に来ている事が殆どで、朝に夕士が一番に来ている時などは、この数年で初めての事だった。

 

 ……まさか、夕士が一番なんてな……。

 

 俺が心の底から不思議がっていると、長谷が静かにフッと笑った。

 

「不思議に思うのは本当に分かるぞ、遠野。俺も外に出た瞬間に稲葉がいるのを見た時に夢かどうか疑ったしな」

「あははっ、そうだったな。まさか、長谷が自分の頬を抓る姿を見る日が来るなんて思ってもみなかったぜ」

「……長谷が自分の頬を抓る姿……」

 

 夕士が見たというその姿を想像し、俺は思わず吹き出しそうになった。

 

 ……くくっ、いつも冷静な長谷が驚いた表情を浮かべながら自分の頬を抓るって……! そんなの絶対に面白いに決まってるじゃないか……!

 

 俺が笑いを堪えるのに必死になっていると、長谷がニヤッと笑いながら話し掛けてきた。

 

「遠野。そんなに見たいなら、それを今から見せてやろうか?」

「……や、止めてくれ……! 今それを見たら、絶対に学校に着くまでに笑いを止められないから……!」

 

 俺は笑いを堪えるのに更に必死になりながら答えた後、一度大きく深呼吸をして気持ちをどうにか整えた。

 

 ……ふう、これで何とか落ち着いたな。

 

 そして夕士達の方へ向き直った後、

 

「それにしても……どうして今日は夕士が一番だったんだ?」

 

 と、思っていた疑問を夕士へとぶつけた。

 

 何かしらの理由は当然あるんだろうけど、その理由がまったく見当たらないしな……。

 

 すると夕士は、ニカッと笑いながらその理由を話してくれた。

 

「実はさ……俺、昨日の夜にちょっと怖い夢を見たんだよ」

「怖い夢……どんな夢だったんだ?」

「そうだな……もうボンヤリとしか覚えてないんだけど、どこかの建物で知らない大人に襲われた感じだったな」

「どこかの建物で知らない大人に襲われる……」

 

 それ、警告夢とか予知夢とかじゃないよな……? 実際、後々の未来で似たような事に巻き込まれるわけだし……。

 

 夕士の夢の内容に少しだけ不安を覚えたが、夢の続きが気になったため、一度その不安を頭の中から追い払った。

 

「それで、その後はどうなったんだ?」

「それで……どうにかしないとって思った瞬間、目の前に変な動物が現れたんだよ。何か鼻が長くてちょっと大きめな動物が」

「鼻が長くてちょっと大きめの変な動物……」

「ああ。それでこの動物は何なのかなって不思議に思ってたら、いきなり目の前が光に包まれたんだ。そして気付いたらいつの間にか綺麗な花畑に立ってて、それに首を傾げてたら、お前達が花畑の向こうから歩いてきたんだ」

「ふむふむ……」

「それで直前まで怖い夢を見てたせいか、お前達の姿を見た瞬間にスゴくホッとしてさ。その事についてお前達と話そうと思って近付いたら、突然目が覚めたんだよ」

「……悪夢の内容はボンヤリとしてるけど、その後の夢はしっかりと覚えてるんだな」

「んー……まあ、そうだな。そして目が覚めた時間がいつもよりも早い時間でな、せっかくだから今日はもう起きようと思って起きたら、結果的に長谷よりも早い時間になった感じだな」

「なるほどな……」

 

 夕士から話を聞き終えた後、俺はある奴の名前を思い浮かべていた。夕士の話の内容に合致するであろう、ある『奴』の名前を。

 

 夕士の夢に出てきたっていうのは、たぶんコイツだな。何せコイツは、『夢』に関してはスペシャリストみたいな奴だし。

 

 そんな事を考えつつ、ソイツの事を頭の中に思い浮かべていた時、長谷が静かな声で俺達に話し掛けてきた。

 

「さて……このまま話してると遅れそうだし、そろそろ学校に行こうぜ? 始業式の日に遅れるのは流石に良くないからな」

「ん、だな」

「……そうだな」

 

 長谷の言葉で一度ソイツに関しての思考を止めた後、俺はランドセルを背負い直した。

 

 まあ、今は長谷の言う通り学校に行く事を優先するか。ソイツに関しては後で皆に相談してからの方が良いだろうし。

 

 ソイツについてそう結論付けた後、俺は夕士達と一緒に他愛ない話をしながら学校へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

「えーと……5年生の教室はこっちで良いよな?」

「んー……多分そうだと思うぜ?」

 

 少し自信は無かったものの、俺は夕士の問い掛けに答えながら廊下を進んだ。そして突き当たりを曲がった時、昇降口のクラス表で確認した組の教室を無事に見つけ、俺は安堵の息を漏らした。

 

「……うん、どうやら教室はそこみたいだな」

「……おっ、そうだな!」

「……やれやれ、何とか無事に着けそうだな」

「ふふ、だな」

 

 教室を見つけられた事に揃って笑い合った後、俺達は教室に向かって再び歩き出した。そして教室内に入ると、見知った顔が目に入ってきた。

 

「……ん、あれって……雪村だよな?」

「……おっ、そうだな」

「アイツとも同じクラスか……だが、残念な事に金ヶ崎とは別のクラスみたいだな、遠野?」

 

 ニヤッと笑いながら言う長谷の言葉に俺は小さくため息をついた。

 

 はは……結局、それについては言われるんだな。まあ、事ある毎に夕士達から金ヶ崎の事について言われていたせいか、最近少しだけ金ヶ崎の事が気になってはいたし、クラス表に名前が無いのを見た時にちょっとだけ残念かなとは思ったけどな。

……でもこれは、別に金ヶ崎の事が好きになってきたからでは無いと思うし、今のところそういった事にかまけてる暇なんて無い。今朝義智が言っていたようにこれから更に修行の内容も増えていくわけだし、恋愛なんてのはもっと先の話で良いもんな。

 

 そんな事を考えながら小さくうんうんと頷いてると、俺達の話し声が聞こえたのか、雪村が俺達の方へと顔を向けた。そして俺達に気付くと、雪村は顔をぱあっと輝かせながら勢い良く立ち上がり、俺達へ向かって歩いてきた。

 

「おおっ! お前達、また同じクラスなんだな!」

「どうやらそうみたいだ。雪村、これからもよろしくな」

「おう! よろしくな!」

 

 雪村は大きな声で答えながらニッと笑った。

 

 小学5年生からは色々なこれまでよりも色々な行事があるわけだし、このメンツがいるならスゴく楽しい事になりそうだな。

 

 楽しそうに笑い合う夕士達と雪村を見ながら、俺はそんな予感にも似た何かを静かに感じていた。

 

 

 

 

「んー……!これで今日も学校は終わりだな!」

「まあそうだけど……毎年恒例の始業式だけの日なわけだから、何とも言いようがないけどな」

 

 始業式を終えて家に帰っている途中、夕士が体を気持ち良さそうに伸ばしながら言う言葉に俺は苦笑いを浮かべながら答えた。

 

 夕士の気持ちは分からなくはないけど、別にそんなに疲れてはいないから、夕士の反応が少しだけ大げさに見えるんだよなぁ……。

 

 そして歩きながらふと空をボンヤリと見上げ始めた時、長谷が何かを思い出したように声を上げた。

 

「……そういや、雪村も稲葉みたいな経験をしたって話してたよな……」

「……ああ、そうだっけな」

 

 長谷の言葉に対して返事をしながら俺は帰る前に雪村から聞いた話を思い出した。今朝、雪村も夕士のように悪夢を見たらしいんだが、その内容というのが様々な異形の存在から追い掛けられ続けるという物だ。

そして必死になって逃げていたその時、突如目の前に鼻の長い動物のようなモノが現れ、ソイツの正体について考えようとしたその時、目の前が強い光に包まれた。ここまでは夕士とほぼ同じなんだが、その後の夢というのが色々なタイプの美少女に囲まれ、チヤホヤされるという物だったという。

つまり、悪夢の後に見る夢には、その人にとって『その時に望んでいて安心出来るモノ』が登場するという事になる。夕士にとっては光栄な事に俺と長谷であり、雪村にとっては美少女といった風に。問題は悪夢の内容と『アレ』がこの辺にいる理由だけど、悪夢の内容に関しては一貫性は無いため何とも言えず、『アレ』がいる理由に関しても恐らく話を聞かないと分からない気がする。

 

 ……今日は幸いにも合気道の練習が無いし、昼食の後に昼寝でもしてみるか。必ずしも会えるわけでは無いにしろ、悪夢を見る事が出来れば、出会える可能性は格段に上がるわけだし。

 

 ソイツについてそんな風に考えを纏めていた時、夕士が少しつまらなさそうに声を上げた。

 

「あーあ……せっかく午前で終わりなのに、午後から家の用事があるせいで、お前達と遊べないから、何か損した気分だなぁ……」

「まあ、そう言うなって。家族で過ごせる機会なんて一生の内で限られた回数しか無いようなもんだし、今日の家の用事だって楽しんだ方が良いと思うぜ?」

「そうだな。ウチの家族はちょっとあれだが、稲葉のところはどっちも良い人なんだし、ここは遠野の言う通りに家族の団欒(だんらん)を楽しんだ方が良いぞ?」

 

 夕士の言葉に対して俺達が意見を述べると、夕士は少し考えた後に静かに頷きながら答えた。

 

「……それもそうか。お前達とか雪村とかなら登下校とか学校とかにでも遊べるし話せるけど、父さんと母さんとは夕飯の時とか今日みたいに父さんが休みの時くらいしか無いもんな……」

「その通りだ。家族との会話っていうのは自分の世界を広げるチャンスだったり、絆を深めるための一番の方法だったりする。だから、家族と話せる時にはしっかりと話しとけ。……後から後悔したって遅いんだからさ」

「柚希……」

「遠野……」

 

 寂しさが滲んだ俺の声に夕士と長谷が少し心配そうな表情を浮かべた。今の俺にとっては、天斗伯父さんや義智達『絆の書』の皆が家族にあたるわけだが、本当の家族である父さんと母さんとは、そういう後悔をする前に死に別れてしまった。

事情を知らない人からすれば、事故なんてしょうがない事だと思うだろう。けど、俺には気や波動を感じ取る力があるため、やろうとすれば事故なんて簡単に阻止できるし、漂ってくる悪人の気配も避けていく事だって容易だ。つまり、『俺がその場にいれば』自分や周囲の人間の安全を守る事が出来るわけだ。

だからこそ、あの4歳の時の事は大きな後悔として俺の中で燻り続けている。父さんと母さんは用事で出掛けていた日に、俺は留守番をしながら二人を待っていた。そして父さん達はその帰りに交通事故に遭ってしまったのだった。あの時の喪失感や後悔はいつまでも忘れる事は出来ないだろうし、俺自身忘れるつもりはない。これは俺自身が俺自身に掛けた呪いのようなものであり、一生を掛けて臨むべき試練のようなものだからだ。

もちろん、父さん達や天斗伯父さん達はそんな事を望んではいないだろう。けど、俺はもうあんな思いをしたいとは思わないし、あんな思いをする人を作りたいとは思わない。だからこそ、自分の手が届く人やモノだけでも俺は全力で助けたい。

そして、未然に防げたりその可能性の芽を摘めたりするなら、俺はそれのために全力を尽くす。自己満足とか自分に酔っているとか言われたって良い。力を持っている以上、それをどうにか良い方へ駆使するのは力を持つ者としての使命だと思う。そう考えを深く巡らせていたその時、

 

「──ずき……柚希?」

「……へ?」

 

 突如声が聞こえたため思わず変な声を上げながらスッと顔を上げると、夕士と長谷がとても心配そうな表情を浮かべながら俺の事を見ていた。

 

「夕士、長谷……どうかしたのか?」

「どうかしたのかって……今の柚希、スゴく思い詰めてるような顔をしてたぜ?」

「思い詰めてるような顔……か。あながち間違ってないかもな」

「……って事は、やっぱり……」

「……ああ。さっきの話の流れで、ちょっとだけ父さん達の事を思い出しちゃってな。まあでも、もう6年も前だし、自分の中ではちゃんと折り合いはつけてるんだけどな」

 

 場の空気をどうにかするために小さく微笑みながらそう言ったが、夕士達の心配そうな表情は変わらなかった。

 

 う、マズイ……どうにか雰囲気を変えたいけど、この状況を打開出来る話なんて思い付かないし……!

 

 暗い雰囲気をどうにかするべく、俺があれこれと考え始めた時、突然夕士の手が右肩に、そして長谷の手が左肩に置かれた。

 

「え……?」

 

 俺が不思議そうに声を上げると、夕士が小さく微笑みながら静かに口を開いた。

 

「柚希。同い年の俺達が言うのもなんだけどさ、たまには泣いてみても良いと思うぜ?」

「泣いて……みる?」

「ああ。遠野の様子を見る限り、こういう話になった時は、いつもそうやって他人を心配させまいとしてるんじゃないか?」

「それは……まあ、そうだけど。でもそれは──」

 

長谷の言葉に対して答えようとした時、長谷はそれを手で制しながら首を横に振った。

 

「分かってる。暗い雰囲気のままよりも、明るい雰囲気の方が誰だって良いからな。だからいつも、そうやってあまり違和感を覚えられないような方法を用いて、雰囲気を変えるように努めてきたんだろ?」

「……まあ、そうだな……」

「そうしたい柚希の気持ちも分からないでもないし、そうやってくれるのは助かるって考える人はいるんだと思う。でもさ、柚希自身はそれでも良いのか?」

「俺自身……?」

「そう。学校とかで困ってる奴がいると、柚希はいつも自分が何か出来ると判断した時はどんな奴でも助けてるし、自分だけじゃどうにもならない時は誰かの力を借りてでも困り事を解決しようとするだろ?

それはもちろんスゴいと思うし、中々出来ない事なんだと思う。でもさ、そうやって他人の事をどうにかしようとする分、柚希は自分の気持ちを押し殺してるんじゃないか?」

「それは……」

 

 そんな事は無い。そう言いたいのに、何故かその言葉が口から出て来なかった。『絆の書』の皆はもちろんの事、クラスメート達の事も普通に助けているつもりなのに。

 

 ……まさか、心のどこかで俺は見返りみたいな物を求めてるとでも言うのか……?

 

 自分自身の今までの行いに少しだけ迷いを感じ始めた時、夕士達が微笑みながら再び口を開いた。

 

「さっきも言ったけど、柚希のやってる事はスゴいと思うし、正直尊敬してる」

「だが、もう少しだけ自分の気持ちに正直になる時間とかを作っても良いんじゃないか?」

「自分の気持ちに正直になる時間……」

「ああ。自分の気持ちに蓋をしたままだとさ、たぶん心の底から喜んだり哀しんだりとかが出来なくなる気がするんだ」

「そして、次第に感情が希薄になっていき、最後には……なんて事もあり得る。つまり、それだけ『自分』っていうのを出していくのは、誰にだって大切な事なんだよ」

「……まあ、そうだな」

 

 夕士達の言葉にフッと笑いながら静かに答えると、夕士はニッと笑いながら言葉を続けた。

 

「よっし……それじゃあそろそろ帰ろうぜ? 流石にそろそろ腹が減ってきそうだからさ」

「そうだな」

「ああ」

 

 夕士の言葉に返事をして、二人と一緒に再び歩き始めた後、俺は二人と話をしながらさっきの話について考え始めた。

 

 ……自分の気持ちに正直になる時間、そして自分を出していく事の大切さか……。それについてはしっかりと分かってるつもりだし、『自分』という物を俺自身はしっかりと出しているつもりだ。でも、それは本当にそうなのかな……? もしかしたらそう思い込んでるだけで、本当は自分自身の思いを押し殺してきたんじゃないのか……?

 

 そんな事を自問自答しながら、俺は夕士達と一緒に家に向かって歩き続けた。

 

 

 

 

「ただいま帰りました」

 

 夕士達と別れ、そのまま家に帰ってきた後、俺はドアを開けながらそう声を掛けた。すると、居間の方から天斗伯父さんが顔を出し、安心するような笑みを浮かべながら答えてくれた。

 

「おかえりなさい、柚希君。今お昼ご飯を作るところだったので、ランドセルを置いたらお手伝いをお願いしますね?」

「あ、はい。分かりました」

 

 返事をしながら廊下を歩き、ランドセルを置きに行くために天斗伯父さんの前を通ろうとしたその時、

 

「……大丈夫ですよ、柚希君」

 

 優しさに満ちた天斗伯父さんの声が聞こえ、俺はハッとしながら弾かれたように振り返った。すると、天斗伯父さんは穏やかな笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「柚希君が抱える迷いは、柚希君自身がちゃんと解決できますし、この迷いを解決したその時には柚希君はまた新たな成長を遂げられますから」

「天斗伯父さん……」

 

 ……はは、流石は神様。それくらいはお見通しか。でも、この言葉のおかげで少しだけ気持ちが軽くなった気がする。

 

 天斗伯父さんの言葉のおかげで、胸のつっかえみたいなのが少しだけ取れた気がして、俺は少しだけ気持ちを明るくする事が出来た。そして静かに微笑んだ後、天斗伯父さんに対して言葉を続けた。

 

「天斗伯父さん、ありがとうございます」

「ふふ、どういたしまして。それでは、私はキッチンで待っていますね?」

「はい!」

 

 大きな声で返事をした後、俺は再び部屋へ向かって歩き出した。

 

 俺の新たな成長か……今回の件でどんな成長を遂げられるか分からないけど、頑張ってこの件に臨まないとな……!

 

 そう強く決心をしながら俺は拳を強くギュッと握った。

 

 

 

 

「……それにしても、どうしたもんかな……」

 

 昼食を食べ終え、午後からの仕事に向かう天斗伯父さんの見送りや洗い物を終えた後、俺は居間のソファーに座りながらボンヤリとした声でそう呟いた。この悩みもそうだけど、夕士と雪村が出会ったという存在の事もまだ解決はしていない。つまり、考えるべき事は思ったよりも山積みなのだ。

 

「……夕士と長谷は予定があるし、合気道の練習も無いから、今日は考え事をするにはピッタリなんだけどな……」

 

 天井をのんびりと見上げながら俺はボンヤリとした声のままでポツリと呟いた。そう、考え事をするのにはピッタリだとしても、良さそうな案が思い付かなければ正直意味は無い。

それはしっかりと分かってるんだが、この二つの事を解決する方法が昼食中も洗い物中も全然思い付かなかった。言ってしまえば、いわゆる手詰まり状態という奴なのかもしれない。

 

「……いっその事、一度この問題達から離れてみるべきかな……?」

 

 そしてそんな事を考えていたその時、居間に誰かが入ってくる気配がしたため、俺はゆっくりと入口の方へ視線を向けた。すると、そこには──。

 

「……風之真、オルト、智虎。それにヴァイスにシングに兎和に黒烏か。どうかしたのか?」

 

『絆の書』の住人達が中々珍しい組合せで立っていたため、俺はその事に少し驚きながらも風之真達に声を掛けた。すると、風之真はニッと笑いながらそれに答えた。

 

「へへっ、柚希の旦那が今日は家にいるってぇ話を昼飯ん時に聞いたもんでな、今日は一緒に過ごさせてもらおうってぇ思ったんだよ。んで、和室で話すってぇ義智の旦那達や花の世話をするこころ達を除いた結果、俺達が集まったってぇわけだ」

「今日は良い天気ですけど、外にいるよりは柚希さんと一緒にいたい気分だったので、風之真さんの案に乗せてもらいました」

「僕もそんな感じかな。走り回るだけじゃなく、たまには柚希兄ちゃんとのんびり過ごしたいからね」

「ふふ。本日はあちら側のお仕事が無い日でしたので、私も皆さんの案に乗せて頂きました」

「私も柚希さんと一緒に過ごしたいと思ったので、風之真さんの案に乗せてもらいました」

「私も柚希お兄ちゃんと過ごしたかったから、風之真さんの案に乗せてもらいました」

「僕もそうですね。やっぱり柚希さんと風之真さんと一緒にいると落ち着きますから」

「ははっ、なるほどな」

 

 風之真さん達の言葉を聞き、俺は小さく笑いながら答えた。こうやって皆が慕ってくれるのはとても嬉しいし、俺自身も皆と一緒に過ごす時間はとても大切に思っている。

 

 だからこそ、この申し出はとても嬉しいんだけど……。

 

「ところで、何をするのかは決まってるのか?」

 

 俺がそう訊くと、風之真はハッとした表情を浮かべた後、少し難しい顔をしながら手を顎へと当てた。

 

「あー……そういや、何をするのかは特に決めてなかったなぁ……」

「そういえばそうですね……とりあえず柚希さんの所へ行こうという事で集まったわけですから……」

「それに、何をするかは着くまでに決まるつもりでいたしねぇ……」

「そうですね……」

 

 そして、ヴァイスを除いた皆は少し難しい顔をしながら何をするかについての話し合いを始めた。

 

 あはは……まあでも、そういう時ってあるよな。何をするでも無いけど、とりあえず集まってみようって時なんて。

 

 そんな事を考えながら風之真達の話し合いを眺めていたその時、頭の中にある考えが浮かんだ。

 

 ……そうだ、このメンツでこういう事をするのも中々ないし、これなら『アレ』にも出会える可能性もありそうだ。……まあ、結果として皆を利用する形になるのは、ちょっと申し訳ないけどな。

 

 皆に対して申し訳なさを感じつつも、俺は思い付いた事を風之真達に話す事にした。

 

「皆、ちょっと良いか?」

「……ん、何だぃ?」

「せっかくだし、皆で昼寝とかはどうかなって思ったんだけど、どうだ?」

「ほー……柚希の旦那との昼寝かぁ……そういや、出会ったばかりの頃はたまにやってたが、最近はめっきりやってなかったなぁ……」

「あ……僕もそうかも。最初の頃はよく付き添ってもらってたけど、最近は柚希兄ちゃんがそこそこ忙しくなってたからね」

 

 風之真とオルトは話をしながら懐かしむような表情を浮かべた。

 

 確かにそうかもしれないな……最近は義智達との修行とか夕士達との遊びの約束とかがあった分、風之真やオルトと一緒に昼寝をする機会も中々取れてなかった気がする。もちろん、修行とか夕士達との約束は大事だし、これからも大事にしなくちゃいけない。けれど、最初の頃からいてくれてる風之真やオルトの事だって大事にしなくちゃいけない。

 

 ……うん、これからは、時々こういう機会を作るのもアリかもしれないな。

 

 心の中で静かにそう感じた後、俺は風之真達に向かってニッと笑った。

 

「まあ、そういうわけで昼寝でもどうかなと思ったんだけど、お前達はどうだ?」

「……へへっ、俺はもちろん賛成だぜ?」

「僕も賛成です!」

「僕も僕も!」

「ふふっ、私ももちろん賛成です。このような穏やかな気候の中での皆さんとのお昼寝はとても素晴らしいと思いますから」

「私も賛成です。皆さんとはもっと仲良くなりたいと思っていたので、これを良い機会にしたいと思います」

「私ももちろん賛成です♪」

「もちろん僕も賛成です、柚希さん」

「ん、分かった。それじゃあ──」

 

 俺が昼寝の方法を考え始めようとしたその時、ヴァイスがニコニコとしながら声を掛けてきた。

 

「柚希さん。よろしければ、私の体を枕にしてみませんか?」

「ヴァイスの体の枕か……その申し出は嬉しいけど、本当に良いのか?」

「はい。このソファーを使ったり柚希さんのお部屋のベットを使うのも良いですけど、私の体を枕にすれば皆さんが並んで眠る事が出来ると思いますから。それに私はわりと寝付きは良い方だと自負していますので、皆さんの重みくらいならば問題はありませんしね」

「そっか……うん、分かった。それじゃあ頼むな、ヴァイス」

「はい、任せて下さい」

 

 ヴァイスの返事を聞いた後、俺はソファーの背もたれに掛かっていたタオルケットを取りながらソファーから降り、ヴァイスの足元に静かに座ってからタオルケットを掛けつつヴァイスの腰の辺りに頭を乗せた。

すると、ヴァイスの鱗が思ったよりも程よい硬さだった上、少しだけひんやりとしていたためか、何だかすぐに眠れるような気がした。

 

「……これはスゴいな。竜の鱗ってもっと硬いイメージだったけど、ヴァイスの鱗は本当に程よい硬さって感じがする……」

「ふふ、それなら良かったです。私の鱗は本当はもっと硬いんですが、今回はちょっとした魔術のような物を使っているので、少しだけ柔らかくなっているんです」

「へー……そんなのまであるのか」

「はい。まあ、これも天斗さんから教えて頂いた事なんですけどね」

「あ、やっぱりか」

 

 ヴァイスの説明に納得しながら返事をした後、俺はふと天斗伯父さんの部屋の本棚の様子を思いだした。天斗伯父さんは神様や聖獣以外にも無名有名を問わず様々な魔導師などとも親交があるらしく、部屋の本棚にはその際に手に入れたという魔導書なども収められている。だから、恐らくヴァイスが使っている魔術もその中にあるのかもしれない。

 

 ……いつか、あれら全部を読破してみたいな。あの中には様々な魔術や魔導が収められているんだろうし、それを使いながら皆と一緒に過ごすのも絶対に楽しいだろうしな……。

 

 そんな未来の光景に少しだけ胸を膨らませていたが、すぐに当初の目的を思い出した後、床とタオルケットに隙間を作りながら風之真達に声を掛けた。

 

「よし、良いぞ」

「おうよ!」

「はい!」

「はーい!」

「はいっ!」

「はい♪」

「はい!」

 

 そして返事をした後、風之真達は仲良く俺が空けた隙間から入っていった。すると、思っていたよりもタオルケットの中の密度が高くなり、それと同時に中の温度が静かに高くなっていくのを感じた。

 

 ……何だか思ったよりもぎゅうぎゅうになったけど、これはやっぱり皆も成長してるって事なんだろうな……。

 

 皆から発せられる感覚的な『確かな温かさ』と波動としての『仄かな温かさ』の二つから、俺は皆の成長の証を感じたような気がした。

 

 ……うん、こんなに温かいならゆっくりと眠れそうだな。

 

 そんな事を考えた後、俺は皆に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあおやすみ、皆」

「おう、おやすみー」

「おやすみなさいです」

「おやすみー」

「おやすみなさい、皆さん」

「おやすみなさいです、皆さん」

「おやすみなさいです」

「おやすみなさい」

 

 そして俺達は、お互いの体温を静かに感じつつ、そのまま眠りについた。

 

 

 

 

「ん……」

 

 そんな声を上げながら目を開けると、俺は何故か家の居間ではなく、何故か様々な人々が行き交う夕暮れ時の交差点に一人だけで立っていた。

 

 ……あれ、もしかしてここって……。

 

「……父さん達と暮らしてた家の近く、か……?」

 

 何故なのかはわからないが、どうやらここは父さん達と暮らしてた家の近くにある交差点だったらしく、周囲を見回してみると、見覚えのある建物などが確認できた。

 

「……あれ、でも何で俺はこんなとこにいるんだ……?」

 

 まだ眠気が残る薄ぼんやりとした頭でそんな事を考えていた時、ふと右手にしっかりと握られている『絆の書』が目に入ってきた。

 

 ……良かった。とりあえず『絆の書』があれば大体のことは何とかなるからな。

 

 そう安堵しながら体の奥にある『力』を呼び起こした。しかし──。

 

「……あれ? 気配が……しない……?」

 

 魔力を手に纏わせた状態で『絆の書』の表紙に触れた瞬間、いつもであれば感じるはずの皆の力の気配を一切感じなかった。

 

 ……まさか、俺だけがここに飛ばされたっていうのか……? それってかなりマズいような……。

 

 途端に俺の中で不安感が強まり、それと同時に心細さのような物を感じ始めた。

 

 マズいな……皆がいないとなると、ここにいる理由を探るのにも時間が掛かるし、その間に何かに巻き込まれてもそれに対応する事もできない。つまり──。

「……本当にどうしようもないかもしれないな」

 

 本当ならどうにかする方法はあるのだろうが、今の俺にはその方法すら思いつく気がしなかった。

 

 はは……皆がいないだけでここまで心細いなんてな……でも、本当にどうしたら──。

 

 俺が途方に暮れかけたその時、幾つかの覚えがある気配がこっちへ近付いてくるのを感じた。

 

 ……この気配ってもしかして……!

 

 その気配に小さくも確かな希望を見い出し、俺はすぐにそちらへと体を向けた。するとそこには──。

 

「……おっ、いたぞ! 柚希の旦那だ!」

「柚希さーん!」

 

 ヴァイスの背中に乗った風之真達の姿があり、皆はとても嬉しそうな様子でこっちに向かって近付いてきていた。

 

 ……良かった。どうやら皆無事みたいだ……!

 

 皆が無事だった事に心から安堵をしていたその時、急いで向かってきている風之真達の目の前へと路地裏から一人の男性が飛び出してきた。

 

 あ、危ない……!

 

 どうにかしてその事故を阻止するべく、急いで風之真達に呼びかけようとしたその時、俺は信じられない光景を目にした。

 

「……あ、あれ……? 風之真達が人をすり抜けた……?」

 

 そう、風之真達は何故かその人の体をすり抜け、そのまま俺の方へと走ってきていたのだ。そしてそれを見た瞬間、俺は今俺達がどこにいるのかを悟った。

 

「……そっか。つまりここは、夢の中か……」

 

 眠っていたはずなのにいきなり外にいる事など、冷静になってみるとそれに気付くヒントは幾つもあった。しかしそれに気付けなかったのは、やはり突然皆と引き離された事による不安などによるものかもしれない。でも──。

 

「……一番の理由は、やっぱり皆の存在が俺の中に強い安心感とかを与えてくれてるからなんだろうな」

 

 フッと笑いながらそんな事をポツリと呟いている内に、風之真達は俺の所へと辿りついた。

 

 そして風之真は、ヴァイスの頭の上に乗ったまま俺に向かってニッと笑った。

 

「……へへっ、ようやく会えたな」

「……ああ、そうだな。皆、怪我とかはしてないか?」

「へっ! 俺はこの通り、ピンピンしてるぜ!」

「僕も大丈夫ですよ、柚希さん!」

「僕も問題なーし!」

「私も異常なしです、柚希さん」

「私も大丈夫です、柚希さん」

「私も大丈夫です、柚希お兄ちゃん!」

「僕も怪我とかはまったくしてないです」

「そっか……良かった……」

 

 風之真達の返事を聞き、俺は再び心から安堵した。風之真達に会えた事はもちろんだが、風之真達が無事だった事が何よりも嬉しかった。

 

 そしてその事に少しだけ眼が潤みそうになった時──。

 

「うぅ……! 柚希お兄ちゃーん!!」

「柚希さん……!」

 

 目に涙を滲ませながら兎和と黒烏が勢い良く飛び込んできた。

 

「わっとと……!」

 

 俺が少し焦りながら兎和達を受け止めると、兎和達は俺の腕の中でとても安心した様子で小さく息をついた。

 

 ……そうだよな。皆が一緒にいたとはいえ、兎和と黒烏だってまだ子供なんだ。さっきまで一緒にいたはずの俺がいなくなっていたら、不安になるのも当然だ。

 

 腕の中にいる兎和と黒烏の事を優しく撫でながらそう思った後、俺は目の前にいる風之真達に話し掛けた。

 

「皆、兎和達の事を支えてくれてありがとうな」

「へへっ、それくれぇ当然だぜ? 柚希の旦那。兎和達が感じてる不安は俺達にも痛ぇほど分かるからな」

「そうですね。柚希さんがいない事に気づいた時には、僕も含めて風之真さんとヴァイスさん以外の皆が取り乱しちゃいましたし……」

「あはは……そうだったね。何というか……柚希兄ちゃんがいない事に気づいた瞬間、スゴく不安になっちゃったんだよね……」

「はい……けど、そんな中でも風之真さんとヴァイスさんだけは落ち着いていて、私達の事を落ち着かせようとしてくれたり柚希さんを探す方法を考えてくれたりしていましたから、私達は本当に助かりました」

「ふふ。私はこの中では最年長ですからね。不安は当然ありましたが、私が不安に駆られて慌てていては何も始まりませんから」

「俺もそうだな。この中では柚希の旦那とは一番長い付き合いだからこそ、柚希の旦那のことがスッゲぇ心配だった。だが、俺達が慌てふためいちまったら、この弟分妹分達に示しがつかねぇどころかこっから出る算段すらつかねぇからな。……まあ、こうやって何とか無事に会えたから、正直かなりホッとしてるけどな」

「……俺もそうだよ。皆がいない事に気づいた瞬間、スゴく不安になったし心細かった。俺がいつもどれだけ皆に支えられてるかを心底理解したよ。……皆、本当にありがとうな」

 

 俺が静かに微笑みながらお礼を言うと、皆は一度顔を見合わせた後、『こちらこそ!』と、元気よく声を揃えながら答えた。

 

 ……ふふ。やっぱり皆がいてくれるのって、スゴく安心するな。

 

 皆がいつも傍にいてくれる事、これはごく当たり前の事のように見えるけど、実は当たり前の事なんかじゃない。お互いが傍にいたいと常に思うから側にいる。心と心が通じ合い、お互いがお互いの事を大事に思うから、こうやって思いを伝え合えるんだ。

 

 ……ここから出たら、他の皆にも言って回ろう。いつも傍にいてくれてありがとう、って。

 

 心の中で強くそう思った後、俺はここから出るための案を考えるために頭を切り換えた。

 

「……さて。俺達がさっき眠った事とかお前達が他の人の事をすり抜けた事とかから考えるに、ここは間違いなく夢の世界なんだと思う。そして、たぶん俺達は今『ある奴』の力の影響か何かで明晰夢を見ている状態になってるんだと思う」

「んー……? 柚希の旦那、その明晰夢っつーのは何なんでぃ?」

「明晰夢っていうのは、自分が夢を見てるって自覚できてる夢の事だよ。ただ、俺の予想が合っているなら、これはただの明晰夢じゃないけどな」

「柚希さんの予想……先程口にしてらっしゃった『ある方』の力でということですね?

 しかし、どうしてそのような予想を立てられたのですか?」

「ああ。実は──」

 

 俺は皆に夕士と雪村が見たという夢の内容を皆へと話した。そして話を終えると、皆は納得したような表情を浮かべた。

 

「なるほど……つまり、夕士さんと雪村さんの目の前に現れた存在がこの夢を見せているモノかもしれないという事ですね?」

「見せているというかは、関係しているかもってだけどな。そして……この夢のベースは、恐らく──」

 

 俺が説明を続けようとしたその時、俺の目に再び信じられない光景が映った。

 

 ……あれ、は……。

 

「父さん……母さん……」

 

 そう、俺の視界に映ったもの、それは4歳の時に亡くなった父さん達の姿だった。兄である天斗伯父さんとは逆で活発的なスポーツマンであり、様々なスポーツや武道に精通していたという陸斗(りくと)父さん。

そして、普段はとても物静かだが、様々な事に対して知識が深い上、熱心な読書家だったという七海(ななみ)母さん。その二人が俺の目の前、それも生きている姿で話をしながら車に乗っていた。

 

 ……って事は、やっぱり夢のベースは俺の記憶か……。

 

 父さん達の事を見ながらあの時の自分への悔しさなどを思い出していると、ヴァイスが静かに話し掛けてきた。

 

「……柚希さん。あちらのお二人が、柚希さんのご両親なんですよね?」

「……へ? 柚希の旦那、そうなのかぃ?」

「……ああ、そうだよ」

 

 ヴァイス達の言葉に静かに頷きながら答えつつ、俺は二人の様子を観察し続けた。少々浅黒い肌に黒く短いストレートヘアの陸斗父さんと絹のような白さの肌に黒のロングヘアという七海母さんの二人は喪服に身を包んでおり、少し暗い顔で話をしながら信号が変わるのを待っていた。

 

 ……あの日、あの日は母さんの親戚の誰かの葬式の日で、父さん達はまだ4歳だった俺が葬式に出ても退屈だろうと思って、俺に留守番を頼んだ上、天斗伯父さんに家へ来てくれるように頼んでいた。あの時の俺は別に退屈にはならないと父さん達に言ったものの、結局父さん達の頼みを聞くことにし、大人しく留守番を始めた。

 そして家で天斗伯父さんが来るまで読書をしながら待っていた時に父さん達が事故に遭ったっていう電話が──。

 

 そこまで思い出した時、歩行者信号が青から赤へと変わり、父さん達の車を含めた信号待ち中だった車達が静かに動き始める準備を始めた。間もなく父さん達の後方から走ってくる居眠り運転のトラックが突っ込んでくるとも知らずに。

 

 ……やろう。たとえこれに意味がなかったとしても、俺はやらないといけないんだ。

 

 心の中で強く決心しながら俺が『絆の書』を開き始めたのを見て、智虎が不思議そうな声で話し掛けてきた。

 

「柚希さん……いったい何を……?」

「止める。父さん達の後ろから迫ってくるトラックを止めるんだよ」

「トラックを止めるって……夢の中でんな事をしたって、結局何の意味も──」

「……無くても良いよ」

「……え?」

 

 風之真の言葉に被せるように言った俺の言葉に兎和が疑問の声を上げたが、俺はそれには構わず言葉を続けた。

 

「今の俺にとって大事なのは、行動に意味があるかなんかじゃない。もうあんな後悔をしたくないからだ……!!」

「柚希さん……」

「“あの時”俺がいれば何か変えられたかもしれない。“あの時”俺がもう少しでも父さん達の用事について行こうと頑張っていたら、こんな悲しみを感じる事は無かったかもしれない。

 ……もう、俺はそんなたらればで苦しみたくないんだよ……!! そんな後悔でこれ以上心を縛りたくないんだよ……!!」

 

 込み上げてくる哀しみと悲しみの二つを感じながら、俺は心からの叫びを、心の奥底に深く深く沈めていた感情を口にした。『自分の中ではすっかり折り合いを付けた』と、夕士達には言ったが、本当は真逆だ。俺は今でもあの時の後悔を引き摺っているし、後悔や哀しみを感じながら自分自身の事を責め続けている。

だからこそ、夕士達や智虎達の時のような親子の絆みたいなのを感じさせる光景を目にした時は、羨ましさを感じつつも心を静かに痛めていた。たとえ一緒にいられた期間が短かったとしても、俺にとって父さん達の存在はそれだけ大きいものだったからだ。だから──。

 

「……この夢の中では絶対に父さん達の事を助けたい。この行動に意味が無くたって自己満足だって言われたって良い。俺は……あの時の後悔をもう味わいたくだけなんだ……!!」

「柚希の旦那……」

「柚希さん……」

「柚希兄ちゃん……」

「柚希さん……」

「柚希さん……」

「柚希お兄ちゃん……」

「柚希さん……」

 

 風之真達は揃って心配そうに声を上げたが、すぐに何かを決意したような表情を浮かべた。

 

「……っし、ならちゃちゃっとやっちまおうぜ?」

「そうですね。僕達で何が出来るかは分かりませんが、出来る限りの事はやってみましょう!」

「そうだね。やれる事があるなら、それに向かって力を尽くすだけだからね!」

「はい。それに柚希さんにとって大切なものは私達にとっても大切なものですしね」

「ふふ、そうですね」

「私に出来ることがあるかは分からないけど、私も全力で頑張るよ! 柚希お兄ちゃん!」

「僕達で夢の中のご両親を絶対に助けましょう! 柚希さん!」

「皆……! ああ、やろう! 皆で!」

「おうよ!」

『はい!』

 

 皆の返事を聞いた後、俺は『絆の書』を開きながら道路の方へと視線を戻した。すると、ちょうど良く車道の方の信号が赤から青へと変わり、父さん達の車を含めた信号待ち中だった車達が静かに動き始めた。そしてそれと同時に件のトラックも後方から姿を現し始めた。

 

 さて……今のメンツで考えるなら、一番良いのは風之真の風の力かヴァイスの白龍の武具で──。

 

 俺がどうやって止めるかを急いで考えていたその時、

 

「……やれやれ、あんなもん見せられちまったからには、俺っちも助けねぇといけねぇよなぁ……」

 

 突然そんな声が後ろから聞こえ、それと同時に風之真達とは違う妖力の気配が漂ってきた。

 

 ……今のって、まさか……!

 

 俺はすぐにそれの正体に気づき、後ろを振り向いた。すると、そこにいたのは──。

 

「そこの坊ちゃん嬢ちゃん達と待ってなよ、柚希の(あん)ちゃん。こんな悪夢ぐれぇ俺っちがすぐに終わらせてやっからさ!」

 

 熊のような体に象のような鼻、そして(サイ)のような眼に牛のような尾と虎のような足を備えた黄黒色の動物だった。

 

 ……やっぱりコイツが関わっていたのか。

 

 自分の予想が当たっていた事、そしてこの状況において一番の助っ人が現れた事に喜びを感じながら俺はソイツに声を掛けた。

 

「……本当に任せて良いのか?」

「おうよ! あんなに綺麗な絆を見せられて何もしねぇのは、男じゃねぇからな!」

「……分かった。それじゃあ頼んだぞ、(ばく)!」

「あいよ!」

 

 俺の声に元気よく答えると、ソイツ──『獏』は勢い良くトラックへ向かって走って行った。

 

 

『獏』

 

 中国から日本へと伝わった伝説の生物で、悪夢を食べて生きるという言い伝えが有名。尚、中国の伝説の中では、夢を食べるという描写自体が無いものの、獏の毛皮を座布団や寝具に用いたりや、獏の絵を描いて邪気を払うといった俗信から『悪夢を払う』が転じて『悪夢を食べる』という解釈になったと考えられている。

 

 

 そしてトラックが迫る中、獏は道路の真ん中で止まると、トラックを見つめながら象のような鼻を使って大きく息を吸った。すると、トラックの運転席から白い(もや)のような物が現れ、そのまま獏の方へ引き寄せられるようにして向かっていった。

 

「……さて、んじゃあささっと片してしまうかね」

 

 そう言ったかと思うと、獏は白い靄のような物へと(かぶ)りつき、何回か租借した後、ゴクリと飲み込んだ。すると、スゴい勢いで走っていたトラックのスピードが徐々に遅くなっていき、他の車と同様に何事もなくそのまま走り去っていった。

 

 ……事故はまったく起きてない。つまり、これは──。

 

「……成功したって事だよな……?」

 

 目の前の光景を見ながらボンヤリとした声でそう呟いていた時、俺はある事を思いついた。

 

 ……一回見に行ってみた方が良いかもしれないな。

 

 一人で静かに頷いた後、俺は皆に声を掛けた。

 

「皆、ちょっと行ってみたい場所があるんだけど、良いかな?」

「んー……そいつぁ一向に構わねぇけど……」

「柚希さん、それはどこなのですか?」

「……それは着いてから話すよ。獏、せっかくだからお前も一緒に来てくれるか?」

「おう、別に構わねぇぜ? ここまで関わったからには最後の最後まで付き合うのがスジってもんだからな」

「……ありがとう。よし、それじゃあ行こうか、皆」

『おうよ!』

『はい!』

 

 そして俺は、皆を引き連れてある場所へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 歩き始めてから数分後、俺達はある一軒の家の前に立っていた。

 

 ……やっぱり俺の記憶がベースになってるだけあって、外観すら忠実に再現されてるな。

 

 緑色の屋根に茶色いドア、そして少し広めの庭もあり、駐車場には先程見たばかりの車が静かに止まっていた。

 

「車がある……って事は、どうにかなったんだな……」

 

 安心感から俺が思わず独りごちていると、肩に乗っている風之真がきょろきょろと周囲を見回しながら話しかけてきた。

 

「柚希の旦那。もしやここって……」

「ああ。父さん達が亡くなる前、俺が父さん達と住んでた家だよ」

「やっぱりそうだったんですね……」

「うん。まあ、今は事情があって天斗伯父さんの知り合いの家族が住んでるんだけどな」

 

 風之真達の言葉に答えた後、俺は家の中の波動に意識を集中した。夢の中だからなのか、中にいる人物達の波動は感じ取れなかったが、それでも夢の中の父さん達や小さい頃の俺の喜びや嬉しさの色が浮かんだ声などが微かに聞こえたような気がした。

 

 ……さて、そろそろ帰らないとな。

 

 心の中でフッと笑いながらコクンと頷いた後、俺は皆に声をかけた。

 

「さぁ、そろそろ現実世界に帰ろうぜ、皆」

「え、良いんですか? 柚希さん」

「せっかくだからもう少し様子を見てからでも──」

「良いんだよ。これで」

 

 俺は黒烏達の言葉に被せるように言った後、ニッと笑いながら言葉を続けた。

 

「この夢は覚めるべきものだからさ」

「柚希お兄ちゃん……」

 

 心配そうな兎和の声を聞いた瞬間、静かに涙が込み上げてきたが、俺はそれを堪えながら話を続けた。

 

「叶える夢はいつか本当に出来るし、見る夢の方は正夢という形で本当になったりする。けど、この夢は本当にならないしなっちゃいけないんだ……! それに……これ以上ここにいたら、俺は向こうに帰りたく無くなりそうなんだよ……!」

 

 正直な事を言えば、このまま夢の中の俺達の暮らしを見届けたい気持ちはある。けど、それは絶対に叶わない。眠っている時の夢というのは、絶対に覚めなきゃいけないものだからだ。それに、今の俺にとってはそれよりも優先すべきものがあるから。

 

 涙を指で静かに拭いながら心の中である事を考えていると、風之真が腕を組みながらうんうんと頷きつつ口を開いた。

 

「……そりゃあそうだよな。なにせ、この夢は柚希の旦那にとっての理想みてぇなもんだからな……」

「……ああ。でもな、風之真。それはちょっと違うぜ?」

「へぇ? そいつぁ、どういう事なんでぃ?」

「確かにこの夢は俺の理想と言える。でもこれは、あくまでも理想の一つに過ぎないんだ」

「理想の一つ、ですか?」

「ああ。それに今の俺にとって一番の理想は──」

 

 俺は再びニッと笑いながら言葉を続けた。

 

「天斗伯父さんや夕士達、そしてお前達『絆の書』の皆との楽しい毎日だからな」

 

 正直な事を言えば、まだ父さん達の事を引きずってはいる。けど、それに縛られていてはどうにもならないし、そんな事を誰も望んではいないはずだ。過去は振り返ったり思い出して楽しむ物であって、心などを縛ったり逃避したりする手段ではないからな。

 

 そして俺は、皆の事を見回しながら静かに頷きつつ声を掛けた。

 

「さぁ、帰ろうぜ。俺達にとって最高の今が待っている場所へさ」

「……おうよ!」

「はい!」

「うんっ!」

「はい、柚希さん」

「はい!」

「はい、柚希お兄ちゃん!」

「もちろんです!」

 

 皆の返事に対して静かに微笑んだ後、俺は獏の方へと体を向いた。

 

「お前もありがとうな、獏」

「へへっ、気にすんなって! それに、腕試しの旅の最中に、お前達のお天道様みてぇな絆を見せてもらったんだ。それの礼と思ってくれりゃあそれで良いからよ、柚希の兄ちゃん!」

「ああ、分かった」

 

 俺がフッと笑いながら返事をしていると、智虎が少し珍しそうな視線を獏へと向けながら風之真に話しかけた。

 

「それにしても……風之真さんやそのご兄弟以外にもそんなしゃべり方をする方がいたんですね……」

「んー……確かにそうだなぁ。だが、俺としては同じ話し方な分、親近感ってぇ奴が沸くし、良い事ではあっけどな♪ 獏、おめぇはどうだぃ?」

「おう! 俺っちも同じ気持ちだぜ、風之真の兄ちゃん!それに兄ちゃん、見てくれこそ小せぇが、柚希の兄ちゃんや他の坊ちゃん嬢ちゃんの事を思いやる気持ちや懐なんかは見てくれ以上みてぇだからな。何だか、兄ちゃんが本当の兄ちゃんだったら良いなって思っちまったぜ!」

「ははっ、そうかぃそうかぃ! おめぇ、見てくれは少々へんちくりんだが、旦那との話を聞いてる限り、中々面白ぇ奴みてぇだしな! もうすでに色んな弟分妹分がいるが、おめぇみてぇな弟分だってもちろん大歓迎だぜ!」

「ははっ! 恩に着るぜ、風之真の兄ちゃん!」

「へへっ、どういたしましてってな!」

 

 風之真と獏。そんな見た目こそ違えど、中身は似た者同士の二人はお互いに楽しそうな笑みを浮かべた。

 

 あはは、また風之真に新しい弟が出来たみたいだな。そして、たぶんこれからもこんな風にどんどん増えていくんだろうし、風之真の兄代わりとして俺もフォローとかをしていかないとな……。

 

 風之真達の様子を見ながら小さく苦笑いを浮かべた後、俺はもう一度家の方へと振り返った。

 

 ……さよなら、夢の中の父さん、母さん。

 

 心の中で夢の中の父さん達に別れの言葉を言った後、俺は再び皆の方へと向き直った。

 

「さて、それじゃあそろそろ帰るか。獏、まだ色々と話したい事はあるけど、今度はあっちで話そうぜ」

「おうよ! んじゃ、また後で会おうぜ!」

 

 そう言うと獏の姿は徐々に消えていき、完全に消えると同時に意識が徐々に薄れていった。

 

 ……さよなら、夢の中の父さん、母さん。

 

 もう一度、夢の中の父さん達に心の中で別れの言葉を言った後、俺の意識は暗闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

「……ん」

 

 近くから多くの気配を感じ、声を上げながら目をゆっくり開けると、そこには天斗伯父さんと義智を始めとした『絆の書』の皆の姿があった。そして天斗伯父さんと義智など年長組を除いた全員は不安そうな表情を浮かべていたが、すぐにホッとしたような表情へと変わった。

 

 皆がいる……って事は、俺達は帰ってきたのか……。

 

 寝起きのボンヤリとした頭でそんな事を考えていると、天斗伯父さんがニコリと笑いながら声を掛けてきた。

 

「おはようございます、柚希君」

「……はい。おはようございます、天斗伯父さん」

 

 ボンヤリとしながら天斗伯父さんに返事をすると、義智が腕を組みながら静かに口を開いた。

 

「……まったく、(うな)されて皆に心配を掛けようとは……我らを束ねる者としてもう少ししっかりとして欲しいものだな」

「あはは……義智、ごめんな?」

 

 俺が苦笑いを浮かべながら謝っていると、それを見ていたこころがクスクスと笑いながら話し掛けてきた。

 

「こうは言ってますけど、柚希さんが魘されている時の義智さんの心の声──」

「……こころ」

「ふふ……はい、何でもありませんよ、柚希さん」

「……うん、分かった」

 

 義智とこころのその様子に、俺はそう答えながらクスリと笑った。

 

 義智が心配してくれたのは、波動からも何となく分かるし、隠したって無駄ではあるんだけどな……。

 

 そんな事を考えていたその時、

 

「んー……」

「んむぅ……」

「ん……」

「……ん」

「んむ……」

「ふみゅ……」

「ふわ……」

 

 俺と一緒に寝ていた皆が声を上げながら次々と目を覚まし始めた。

 

 うん、これでとりあえず全員集合だな。

 

 そんな皆の様子を微笑みながら見ていると、風之真がボーッとした様子で周囲をキョロキョロと見回し始めた。

 

「……あれ、もしや俺達、帰って来れたのか?」

「ああ、そうだよ」

「……ん、そうかぃ。ところで……アイツの、獏の奴の姿が見えねぇんだが……」

「……そういえば、そうだな」

 

 風之真の言葉に答えながら俺は獏の波動を探った。すると──。

 

「んー? 兄ちゃん達がお捜しなのは、この俺っちのことかい?」

 

 廊下の方から獏の声が聞こえた後、獏がゆっくりとした動きで居間へと入ってきた。

 

 あ、いた。まあ、また後でって言ってたし、当然と言えば当然か。

 

 そんな事を考えていると、天斗伯父さんが少し心配そうな表情を浮かべながら声を掛けてきた。

 

「……獏さんから少しだけお話は聞きました。彼ら──陸斗さん達が夢の中に出てきたそうですね?」

「……はい。生きている時、それもあの日の記憶をベースにした状態の父さん達でした」

「そう、ですか……」

 

 天斗伯父さんは珍しく少し曇った表情を浮かべた。そしてその表情は悲しみというよりは、哀しみといった印象を受けた。

 

 ……やっぱり天斗伯父さんもあの時の事は今でも後悔してるし、哀しんでいるんだ……。けど、それは当然だ。天斗伯父さんと陸斗父さんは趣味や性格は正反対だけどとても仲が良かったらしいし、俺が知ってる限りでも天斗伯父さんと陸斗父さんは良く一緒にどこかへ出かけていたから。神様と人間という本来なら異種族の兄弟だけど、そこには確かな絆があったんだ。

 ……だからこそ、俺は俺自身が考えた事、決意した事を天斗伯父さんに伝えないといけないな。

 

 そう思いながらコクンと頷いた後、俺は天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「天斗伯父さん。昼に俺が帰ってきた時に天斗伯父さんが掛けてくれた言葉、覚えていますか?」

「……はい、もちろんです」

 

 天斗伯父さんはいつものように穏やかな笑みを浮かべながら静かに答えた。

 

『俺が抱える迷いは、俺自身がちゃんと解決できるし、この迷いを解決したその時には俺はまた新たな成長を遂げられる』

この言葉に答えを出すべきタイミングはやっぱり今しかない。

 

「俺が抱えている迷い。それは俺自身が誰かを助ける際に自分自身の思いに蓋をして、誰かを助けているんじゃないか。俺自身は本当に困ってる人を自分の出来る範囲で助ける事を普通だと思ってるけど、実は何か見返りを求めて助けているんじゃないかの二つです」

「……そうですね。ですが、それらについて、柚希君はしっかりと答えを出せた。そうですね?」

「はい」

 

 天斗伯父さんの問い掛けに俺は静かに頷きながら答えた。夢の中で得た確固たる答えとこれからへの決意を抱えながら。

 

「俺は夢の中であの日──父さん達を亡くしたあの日と向き合う事になりました。そしてそこで俺は、皆の支えと獏の手助けによって理想の一つと言える世界に変える事に成功しました」

「理想の一つ……陸斗さんと七海さんが生きていて、柚希君がお二人と一緒に暮らしている状態、ですね」

「はい。けれど、俺はその理想の世界に背を向け、こうしてこの現実へと帰ってきました。でもそれは、風之真達の事を思いつつ自分自身の思いに従うためですし、夢の中で父さん達を助けようと思ったのは、“自分自身が助けたいと思った”からです」

「……ふふ、そうだと思います。柚希君はいつも様々な方の事を思っていますが、その根幹にあるのはその人の助け──“本当の意味での助け”になりたいということですからね」

「はい」

 

 以前、四神′sの件で悩んでいた時、長谷から『遠野は自分の事となると考え過ぎる所がある』と、笑いながら言われたけど、考えてみれば今回もそうだったんだ。俺の根幹にあるのは善意の押売にならない程度に誰かを助けたいという思い。ただそれだけだった。

そしてそれは、人間に限らず妖や幻獣達にだって当てはまる。皆の話を聞いたり一緒に何かをしたりして心を通わせて、そうやってゆっくりでも確実に皆の助けになれそうな方法を見つけていく。俺はいつもそんな風にやってきたんだからな。

 

「だから、俺はこれからもこのままでいこうと思います。手が届くモノにも届かないモノにも自分の出来る範囲の手助けをしていくというこのやり方のままで。皆の心からの笑顔という最高のものを引き出すためにも」

 

 俺が静かにそう答えると、天斗伯父さんはクスリと笑いながらそれに答えた。

 

「……ふふ、柚希君らしい良い答えだと思います。思えばあの時──私と柚希君が初めて会ったあの時もそんな柚希君の性格に助けられましたからね」

「ふふ、それなら良かったです」

 

 天斗伯父さんの穏やかな笑みに俺も微笑みを浮かべて答えた。時には支え時には支えられる。そんな支え合いという心と心のコミュニケーションに俺はいつも助けられている。だからこそ、大切にしていかないといけないんだ。確かな物に見えて、本当は儚い物でもあるから。そう考えながら心の中に改めて深く刻み込んだ後、俺は獏の方へと顔を向けた。

 

「お前もありがとうな、獏。今回は本当に助けられたよ」

「へへっ、さっきも言ったが別に構わねぇよ。俺も柚希の兄ちゃんみてぇな考えでやってるからな! それにちょうど今朝も二人ほど兄ちゃんと同じくれぇの奴らを助けたが、どっちも最後には良い顔してたし、俺としてはあれで大満足だ!」

「……って事は、夕士と雪村を助けたのはやっぱりお前だったんだな」

「んー……まあ、そうなるな。だがな、柚希の兄ちゃん。その二人の夢ん中に入ったのは偶然だが、兄ちゃんの夢ん中に入ったのは偶然でも何でもないんだぜ?」

「ん……? どういう事だ?」

 

 獏の言葉によって浮かんだ疑問をぶつけると、獏はニカッと笑いながらそれに答えた。

 

「今朝の奴らを助けた時、片方の夢ん中に兄ちゃんが出てきたんだがな、そん時に夢の中の兄ちゃんの雰囲気的なもんに触れた瞬間、なんとも言えない安心感みてぇなもんを感じたんだよ。寒ぃ時のお天道様の暖かさみてぇな安心感をな」

「……確かにそうだよな。柚希の旦那が出してる雰囲気ってのは、何というか心の底からのんびりと出来る感じがすんだよな……」

「そうですよね。私も柚希お兄ちゃんの傍にいると、いつもほわんとした気持ちになりますし……」

「へへっ、だよな! んで、柚希の兄ちゃんに興味が湧いたもんで、町ん中をぶらぶらとしながら探してたら、ちょうどそれらしい雰囲気が漂ってくる夢を見っけたから、そのまま飛び込んだんだ」

「そして、俺達の事を見つけて、俺達の事を助けてくれた。そうだよな?」

「おう、その通りだぜ! あん時も言ったが、兄ちゃん達の絆って奴ぁスッゲえ綺麗なもんだったからな。そんな良いもん見せられて何もしねぇ阿呆なんざいねぇからな!」

「……ふふ、そっか」

「おう!……まあ、そんなキラキラしたもんだから、俺もこんな気持ちになったんだけどな」

 

 そうポツリと呟いた後、獏は真剣な様子で言葉を続けた。

 

「……柚希の兄ちゃん、ちぃと頼みがあんだが……」

「頼み……別に構わないけど、何だ?」

「俺を兄ちゃん達の仲間に加えちゃあくれねぇか?」

「それは別に構わないけど……一体どうしたんだ?」

 

 俺が少し首を傾げながら訊くと、獏は真剣な表情を崩さずに答えた。

 

「簡単な話だ。兄ちゃん達の輝きの中に混ざりてぇと思った、ただそれだけだ」

「俺達の輝き……」

「ああ。兄ちゃんは俺っちと同じような志を持ってるが、俺っちにはない暖かさや様々な絆を持ってる。そして兄ちゃんはそんなキラキラしたもん達を更に輝かせている。だからこそそんな兄ちゃん達の輝きに混ざりてぇと思ったんだよ。まあ、ただ混ざるだけじゃなく、それの手助けだってしてぇしな」

「……なるほどな。そういう事なら──」

 

 獏の言葉に答えながら微笑んだ後、俺は右手を差し出しながら言葉を続けた。

 

「俺達こそ大歓迎だよ、獏。これからよろしくな?」

「柚希の兄ちゃん……おう! こちらこそこれからよろしくな!」

 

 そして、俺達が笑い合いながら握手を交わそうとした時、獏が何かを思い出したような表情を浮かべた。

 

「……っと、そういやちゃんとした自己紹介がまだだったな。俺っちは琥珀(こはく)ってんだ。改めてよろしくな、柚希の兄ちゃん!」

「ああ。こちらこそよろしくな、琥珀」

 

 そして俺達は今度こそガッチリと握手を交わした。

 

 さて……そろそろ説明の時間といくか。

 

 そう思った後、俺は琥珀に俺自身の事や『絆の書』の事について説明した。説明を終えると、琥珀は物珍しそうな目で『絆の書』を見始めた。

 

「ほー、『絆の書』に転生者ねぇ。何かスゲぇ力を感じると思ったら、そんな絡繰りがあったのか……」

「ははっ、まあな。さてと……それじゃあ頼むぜ? 琥珀」

「おうよ!」

 

 琥珀の返事を聞いた後、俺は『絆の書』の空白のページを開き、琥珀の目の前へと出した。そして琥珀が右前足を『絆の書』に置いた後、俺も右手を『絆の書』へと置き、いつも通りのイメージを頭の中へと浮かべながら静かに目を閉じた。

 

 ……よし、とりあえず良いな。

 

 体の奥で沸き立つ魔力が腕を伝い、手のひらにある穴から『絆の書』へと流れ込むイメージが浮かんだ事を確認した後、俺はそのまま『絆の書』へ魔力を流し込んだ。

 

 ……よし、完了だな。

 

 そして、ゆっくりと目を開けて『絆の書』を見ると、そこには大きな満月の下で楽しそうな笑みを浮かべる琥珀の姿と獏に関する詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。俺はそれに対してコクンと頷いた後、再び『絆の書』へと右手を置き、静かに魔力を流し込んだ。そして『絆の書』から琥珀が出てきた後、少しだけ屈みながら琥珀に話し掛けた。

 

「琥珀、『絆の書』の中はどうだ?」

「おう! スッゲぇ住みやすそうな感じのお屋敷もあるし、空気も漂う力の波動も心地良いし、俺っちが知る限りだと故郷と同じくれぇ住みやすい場所だと思うぜ!」

「ふふ……そっか。喜んでもらえて良かったよ」

 

 琥珀が楽しそうに話す感想に対して微笑みながら答えていると、天斗伯父さんが穏やかな笑みを浮かべながら俺達に声を掛けてきた。

 

「さて……それでは本日の夕食は、琥珀さんの歓迎会も兼ねたものにしましょうか。皆さん、お手伝いの方をお願いしますね?」

『はい』

『うむ』

 

 天斗伯父さんの言葉に返事をした後、俺達はそれぞれの作業へと入った。

 

「さて、俺も──」

 

『絆の書』を手に持ちながら天斗伯父さんに指示を仰ごうとしたその時──。

 

「柚希よ、一つ良いか?」

「ん? どうした、義智?」

 

 そう訊きながら振り向くと、義智はいつものように腕を組みながら落ち着いた様子で静かに口を開いた。

 

「……今回、お前はある意味でお前自身の過去に触れた事になるが、お前にとって過去とは何だ?」

「俺にとっての過去? そんなの決まってるさ。過去は振り返ったり思い出して楽しむ物で、心とかを縛ったり逃避したりする手段じゃない。それが俺の答えだぜ?」

「……そうか。ならば、その考えは己が死するその時まで絶対に貫け。その考えはけして間違ってはいないのだからな」

「ああ、そのつもりだけど……」

 

 ……妙だな。何というか、いつもの義智らしくない感じがする。波動も何だか迷いの色とかが見えるし……。

 

「義智。もしかして……過去に何かあったのか?」

「……まあ、な。しかし、この件は今語るべきではないため、いずれ機会があったら話そう」

「……分かった。俺もお前から無理やり訊く気は無いしな」

「恩に着る。では、我らも夕餉(ゆうげ)の手伝いに向かうぞ」

「ああ」

 

 義智の言葉に返事をした後、俺は義智と一緒に歩き始めた。天上で天斗伯父さんの紹介で出会った後、4歳の頃から天斗伯父さんと義智と一緒に住んできた。けれど、未だに義智の過去については訊いたことが無かった。しかし、さっきも言ったように今は無理に義智から過去を訊く気なんてさらさら無い。

 

 ……これが俺達の信頼の形でもあるからな。だから、ここは待つことにしよう。その機会って奴が来るのを。

 

 隣を静かに歩く義智の姿を見てクスリと笑いながらそう思った後、俺はそのまま義智と一緒に天斗伯父さん達の所へと向かった。義智から感じる親愛の波動を静かに感じながら。




政実「第18話、いかがでしたでしょうか」
柚希「この前からそうだけど、だんだん義智の過去とかにも迫りつつあるよな?」
政実「まあ、そうだね。ただ、義智の過去の話についてはもっと後になるかな。具体的には原作に入る前くらいだけどね」
柚希「ん、分かった。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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EIGHTEENTH AFTER STORY 夢を旅する獏と過ぎ去った過去

政実「どうも、明晰夢を一度は見たい片倉政実です」
琥珀「どうも、獏の琥珀だ」
政実「という事で、今回は琥珀のAFTER STORYです」
琥珀「今回は俺っちだな。にしても、タイトルを見る感じだと、なんだかしんみりしそうな感じがするな」
政実「まあ、そこは読んでみてからのお楽しみという事で」
琥珀「わかった。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・琥珀「それでは、EIGHTEENTH AFTER STORYをどうぞ」


「……さって、今夜も夢の中のパトロールに出るとすっかねぇ」

 

 穏やかな時間が流れる深夜、俺っちはあてがわれた自室で独り言ちた後、簡単にストレッチをした。今からやろうとしてるのは、柚希の兄ちゃん達の世話になってから始めた仲間達の夢の中を巡るパトロール活動だ。

いくら人ならざるモノといっても、悪夢を見ないわけじゃないし、実際に悪夢を見た事でよく眠れずに翌日に眠たそうにしていた奴もいた。そこで俺っちは獏の力を活かして簡単に仲間達の夢の中をパトロールする事に決め、柚希の兄ちゃん達に事前に話した上で毎夜パトロールをしているのだ。

獏という種族上、夢の中を旅するのは好きだし、悪夢を取り除いた事で仲間達から感謝されるのは悪い気はしない。それに、俺っちが仲間になりてぇと思えた程の光輝く絆を結んでる奴らの力になれるのは本当に嬉しい事なのだ。

 

「えーと……この前は風之真の兄ちゃんががしゃどくろに襲われてる夢を片して、その後に兎和の嬢ちゃんが暗闇で一人になってる夢を片したんだったな。

夢ってのは見る奴によって色々変わってくるが、ウチの場合はその夢もバラエティー豊かだから、悪夢を見てねぇ日はだいぶ楽しいパトロールになるし、今夜もそうなる事を願うとするかねぇ。よし……んじゃあ、行くとするか」

 

 パトロールへのやる気を高めた後、俺っちは静かに目を瞑る。目を瞑って集中力を高める事で夢へと入りやすくなり、夢と夢の間を通るのもスムーズになるんだ。

もちろん、そうしなくても夢の中を旅する事は出来て、力も十分に扱えるが、それが俺っちなりのルーティンだから、それは欠かせねぇ。それに、やるからにはしっかりと見回りてぇし、手抜かりも油断もねぇようにしたいんだ。

そして、これだと思えたタイミングで目を開けると、いつものようにどこかの屋敷みてぇなとこの大きな広間に立っていて、周りには色々な模様の扉があった。

 

「さて……今夜も来たな。まずはどの扉から行ったもんかねぇ……いつもならフィーリングで決めるし、今夜もそうしよ──」

 

 その時、背後から妙な気配を感じて俺っちはハッとしながら振り返った。そこには三つ目の牛のような物が描かれた大きな鉄の扉があり、扉からはさっき感じた気配が立ち上っていた。

 

「こいつぁ……義智の兄さんの夢の中に続く扉だな。そういや、義智の兄さんの夢の中はこれまで入った事ねぇや……なんでか義智の兄さんの扉は中々見つけられねぇからなぁ。まあ、これも良い機会だ。今回は義智の兄さんから始めさせてもらうか」

 

 独り言ちてから俺っちは扉を開けて中へと入った。すると、目の前には広大な大地が広がっていた。

 

「……ここが義智の兄さんの夢の中。気持ちの良い程に広いところに出たが……何故か物悲しく思えるな。まあ、その理由を探すのは後にして、まずはこの大地を歩いて義智の兄さんを探してみるかねぇ」

 

 理由探しを後回しにして俺っちは大地を歩き始めた。夢の中はとても広く、花畑や綺麗に澄み渡った川、鬱蒼とした森なんかは見かけても人間や動物なんかの姿はまったく見かけず、俺っちはただひたすらに歩くしかなかった。

 

「なんつーか……やっぱ物悲しい感じがすんだよなぁ。光景自体は綺麗で見ていて気持ちは良いんだが、人間や動物なんかがいないのにこの広さってのがなんだか寂しくてたまらねぇや。義智の兄さんはどうしてこんな夢を見てるんだ? もしや、柚希の兄ちゃんみてぇにこの夢は何か義智の兄さんの過去に関わってんのか……?」

 

 首を軽く傾げた後、俺っちは柚希の兄ちゃん達と出会い、世話になる事にした経緯を想起した。獏として色々な人間や動物の夢を渡り歩き、偶然柚希の兄ちゃん達が住む街を訪れた際に俺っちは柚希の兄ちゃんのダチの悪夢を取り除いた。

その時、その内の一人である夕士の兄ちゃんの夢の中に出てきた柚希の兄ちゃんにおてんとさんのような暖かな雰囲気を感じ、興味を持った事で柚希の兄ちゃんを探し当てたところ、偶然にも仲間達と眠っていたため、その夢の中へと入った。

すると、その夢の中で柚希の兄ちゃんは過去に亡くした両親の記憶と相対しており、夢の中だとしても柚希の兄ちゃんは今度こそ両親を救いたいのだという想いを仲間達に語るその姿に俺っちは心を打たれ、その手助けをした。

その後、現実世界で再び柚希の兄ちゃん達と会った時に柚希の兄ちゃんに対して感じていた事とその光輝く絆を俺っちも結びたい事を告げ、それを受け入れてもらえた事で『絆の書』の一員になった。

 

 ……そういえば、あの時に義智の兄さんは柚希の兄ちゃんに対して過去とはどういう物かを問いかけて、その答えを聞いた後にその想いを貫くように言っていた。もしかしたら義智の兄さんは過去に何かあって、同じような想いを柚希の兄ちゃんにしてほしくないと思ってたんじゃねぇのか?

 

「……その答えはわからねぇが、とりあえずこの夢の中を歩いてれば、いずれは何かわかるはず──」

 

 その時、少し離れたところに誰かがいるのに気づき、俺っちはようやくこの夢についてわかると安堵してそこへ向かった。すると、目の前には意外な光景が広がっていた。

 

「……あれは義智の兄さんと……俺っちの知らねぇ人間?」

 

 普段の人間の姿とは違って白澤(はくたく)そのものの姿をした義智の兄さんと簡素な布の服を着た若い人間の男がそこにはおり、ソイツは目の前に自分とは違うモノがいても怖がっている様子はなく、むしろ嬉しそうにしながら話しかけているようだった。

 

「……こいつぁ、ちっと妙だな。だが、さっきの俺っちの予想通りにこの夢の内容が義智の兄さんの過去に関係するなら別に不思議じゃねぇや。にしても……あの人間、どっか柚希の兄ちゃんに似てる気がするな……?」

 

 その人間をちゃんと見れば柚希の兄ちゃんじゃねぇ事は一目瞭然だが、顔つきや雰囲気、声の感じなんかはどこか柚希の兄ちゃんを思わせ、義智の兄さんも少し鬱陶しそうにしながらも心なしか落ち着いた様子で人間の話を聞いているように見えた。

 その光景に疑問と興味を持った俺っちが、ゆっくりと近づいていくと、少しずつ人間の話の内容が耳に入ってきた。

 

『それで、近い内に出会った記録を書くための本を作りたいんだ』

『……我のような人ならざるモノ達と出会った記録をか?』

『そう! もちろん、それがバカな考えなのもわかってるし、相手によっては危険な目に遭う事も承知してる。でも、そうじゃないモノだっているわけだし、出会えた事をしっかりと記録しておきたいんだよ』

『……馬鹿馬鹿しいな。その記録を書いてどうするのだ?』

『後で見返して楽しむんだよ。どんな姿をしていたか絵に描いて、その隣のページにどんな名前でどんな特徴かを書く。ほら、なんだか楽しそうでしょ?』

『……聞けば聞く程に馬鹿馬鹿しい。柚瑠(ヨウリウ)、何故お前はそこまでして人ならざるモノ達と会いたいのだ?』

 

 義智の兄さんからの問いかけに柚瑠は微笑みながら答える。

 

『だって、その方が面白いし楽しいから。伝承や民話でしか名前を聞かないようなモノ達が現実に存在していて、実際に歩いていたり一緒に話したり出来るんだよ? 絶対に楽しいよ』

『……わからんな』

『ふふ、貴方の場合はそうかもしれないね。でも、僕は白澤である貴方とこうして過ごしてる時間は大好きだよ。貴方が白澤だからっていうのもあるけど、こうしたなんて事ない話の中にも色々な知識があって、それを学ぶ良い機会でもあるからね』

『学ぶだけならば、人間達の中にいても出来るだろう。まあ、お前は人間達の中にいたくないと前に言っていたがな』

『あはは……うん、そうだね。両親を亡くしてからこれまでどうにか頑張ってはきたけど、親無しの僕を見る目はあまりよくないし、親戚の家を転々とするのはもう飽き飽きしてる。だから、大人になれたらその時には自分だけの家を持って、人ならざるモノ達の事を落ち着いて学べる環境を整えたいんだ』

『その時には懸想している相手も家には招くのか? この前も共に出掛けた事を嬉しそうに話していたが』

『あー……うん、出来るならそうしたいかな。彼女、水香(スイシアン)ちゃんも人ならざるモノには多少興味を持ってくれているようだけど、僕と一緒にいたら彼女まで変な目で見られちゃうし、それは中々実現しないかもね』

 

 柚瑠は笑いながら言っていたが、その声や表情からは哀しみが感じられ、義智の兄さんも同じように思ったのか少し心配そうに見てからふぅと息をついた。

 

『それならば、水香を守れる程にお前が強くなり、水香を妻にすれば良い』

『つ、妻って……』

『別に不思議ではないだろう? 気に入った異性と婚姻を交わし、愛情を注ぎあいながら契りを交わして子を成し、その血を残していくのは人間以外にもやっている事だからな』

『そ、そうだけど……べ、別に僕達はそういう関係じゃないし、あの……その……』

『今はそう言っていられるかもしれないが、いずれ水香を好む男が現れ、水香をかっさらって行ってしまうかもしれんぞ? 実際に見た事はないが、お前が言うには水香は内気ではあるが、周囲の人間達からとても好まれる顔立ちをしているようだからな。手の届かぬところに行ってからではどうにもならん』

『う……』

『まあ、お前が初心(うぶ)で女人とそのような関係になった事がないのはわかっているが、その可能性だけは考えておけ。後悔しても遅いのだからな』

 

 義智の兄さんの言葉を聞くと、柚瑠は少し迷ったような表情を浮かべたが、やがて何かを決意したように静かに頷いた。

 

『……そうだね。僕が水香ちゃんの事が好きで夫婦になって一生添い遂げたいのはその通りだし、少し勇気を出してどこかに行ってみたり容姿を褒めたりしながらちょっとずつでも良いから関係を深めていきたい。

水香ちゃん以外の女の子には興味はないし、水香ちゃんが他の人の恋人になるのを考えただけでもモヤッとして心の奥がチクチクと痛むから』

『それが良いだろう。いつも我のところへ来ては人ならざるモノや水香の話をして我の平穏の邪魔をしていくが、他の人間に比べればお前の方が遥かに好ましく思える。柚瑠、焦る事なくしっかりと水香の気持ちを汲んだ上で距離を縮めていくのだぞ?』

『うん、そうだね。ありがとう』

『礼には及ばん。人間の中ではお前が好ましい方であったため助言をしても良いと判断したに過ぎんからな』

 

 義智の兄さんはいつものように落ち着き払った様子で答えており、その様子を見て柚瑠はクスクスと笑っていたが、やがて何かを思いついた様子で両手をポンと打ち鳴らした。

 

『そうだ……ねえ、貴方の事をこれから義智(イーヂィー)って呼んでも良いかな?』

『義智、か……』

『うん、とても義理堅くて多くの智恵を持つ貴方にピッタリだと思うんだ。前に名前はないって聞いてから、どう呼ぼうかと思ってたけど、これ以上の名前は思いつかないしね』

『……お前が呼びたければ勝手に呼ぶと良い。名がない事で困った試しはないが、それを断る理由もないからな』

『うん、ありがとう。義智』

 

 義智の兄さんの返事を聞いて柚瑠は嬉しそうに笑い、その様子を見て義智の兄さんはため息をついていたが、その表情はとても穏やかで柚瑠に対して嫌悪感がないのはハッキリと見て取れた。

だが、そうなると少し不思議な感じがする。柚希の兄ちゃんから聞いた話では、義智の兄さんは天斗の旦那に借りがあって天上での天斗の旦那の手伝いをしていて、義智の兄さんが再び人間達がいる地上に来たのは、柚希の兄ちゃんが転生した際に『絆の書』の最初の仲間として紹介されたからだったはず。

だが、あそこまで柚瑠の事を気に入っていたのなら、柚瑠が死んで天に昇った後もその側にいてもおかしくはなく、天斗の旦那や義智の兄さん本人からもそれらしい話は聞いた事がない。

 

「……まさか、あの柚瑠って……」

 

 俺の頭の中にある考えが浮かんだその時だった。

 

「……ここにいたか、琥珀よ」

「うぇっ……!?」

 

 予想してなかった声に驚きながら後ろを振り返ると、そこにはいつものように人間の姿をした義智の兄さんがいた。

 

「よ、義智の兄さん……」

「夢の中で瞑想をしていてお前の気配を感じて来てみたが、まさかここにいるとはな」

「お、怒らねぇのかぃ……?」

「怒る気はない。お前が夢の中をパトロールしている事で他の者達が助かっているのだからな。それに、いずれはお前も我の夢の中へ来ると考えていた。もっとも、その夢の内容がこれだったとは思わなかったがな……」

 

 そう言いながら義智の兄さんは夢の中の自分と柚瑠が話す姿に視線を向け、どこか哀しそうに息をついた。

 

「……義智の兄さん、あの柚瑠って人間は昔仲良くしていた奴で良いのかぃ?」

「ああ、少なくとも人間の中では大した奴だとは考えていた。我が白澤である事を知っても恐れずに幾度も会いに来たのは奴だけであり、奴の雰囲気は不思議と悪くなかったからな」

「……俺は柚瑠の雰囲気や顔つきが柚希の兄ちゃんにどこか似てると感じた。柚瑠と柚希の兄ちゃんは何か関係があると見て間違いねぇかぃ?」

「……ここまで見た以上、隠しだてはせん。深くは話せないが、柚瑠と柚希は関係があるのは間違いなく、今見ているのは我の過去であるのも間違いない。我がまだただの白澤として地上で生き、シフルとも出会っていない頃だ」

「ほう……天斗の旦那とも出会ってねぇって事は、だいぶ前って事になりそうだ。んで、柚瑠とは今も交流はあるのかぃ?」

 

 その瞬間、仮面越しでもわかるくれぇに義智の兄さんの雰囲気が暗くなり、俺っちは地雷を踏んじまった事を知って酷く後悔した。

 

「う……す、すまねぇ。訊いちゃいけねぇ事だったみてぇだな」

「……いや、構わん。柚瑠とは今は会ってはいない。いや、“もう会えない”と言った方が正しいか」

「会えないって……柚瑠は死んだ後に天上には来なかったのかぃ?」

「来ていないわけではない。だが、諸事情で奴は魂を二つに分ける事になり、その内の一つはシフルの手によって転生したが、もう一つは今も魂のままで天上にある。よって、会って話す事ももう出来んのだ。会ったところであの頃の記憶は失っているだろうからな」

「そうか……けど、義智の兄さんはまた柚瑠に会いてぇんじゃねぇのかぃ?」

「……そうだな。だが、それは叶わぬ夢だとわかっている。奴はもう既に我の知る柚瑠ではないのだからな」

「義智の兄さん……」

 

 俯く義智の兄さんの姿はとても哀しく見え、普段はあまり感情を表に出さない義智の兄さんがさっきのような反応を示す辺り、柚瑠の存在はとても大きかったんだと感じた。

いつもの義智の兄さんの冷たさを感じる程に落ち着き払って、柚希の兄ちゃんや智虎達に修行をつけながらも風之真の兄ちゃん達ともうまく接する姿とは違う種族の違うダチの事を悲しむその姿はどこか小さく見えていた。

 

 ……なんだか、あの柚瑠って人間が羨ましいよな。柚希の兄ちゃんとも義智の兄さんは光輝く固い絆を結んでいるが、柚瑠との絆はとても細くてもしっかりとした虹色の糸のような綺麗な絆に見える。そんな絆を義智の兄さんとの間に結べた柚瑠はそれだけ義智の兄さんにとって大切な存在だったんだろう。

 

 そんな事を考えていた時、義智の兄さんは夢の中の自分と柚瑠から視線をそらし、ゆっくりと歩き始めた。

 

「義智の兄さん、どこへ行くんだぃ?」

「……瞑想に戻る。琥珀、お前もこの夢の中だけでなく、他の奴らの元にも行ってやれ。このままここにいても得られる物はないぞ」

「得られる物……いいや、あったね」

「……ほう?」

 

 義智の兄さんが立ち止まり、俺っちに視線を向ける中、俺っちはニッと笑った。

 

「柚希の兄ちゃんすら知らねぇ義智の兄さんの事を知れたからな。まあ、この件は柚希の兄ちゃんには言えねぇから黙ってるが、これで義智の兄さんもいつか柚希の兄ちゃんに話さねぇといけなくなった時に一緒に話をしてくれる仲間が出来た。ほら、俺っちも義智の兄さんも得られる物があっただろ?」

「……ふっ、そう言っても良いのかもしれんな。あの頃の我であればくだらんと一蹴していただろうが、柚希や他の者達と共に暮らす中で我もずいぶん丸くなったようだ」

「性格は丸くなっても体型は丸くなんなよ?」

「心配はいらん。ではな、琥珀」

「ああ──と言いてぇところだが、一つだけ確かめてぇ事がある。訊いても良いかぃ、義智の兄さん?」

「……答えられる事ならな」

 

 その返事を聞いた後、俺っちはさっき浮かんだ考えを義智の兄さんに話した。それを聞いた義智の兄さんは少し驚いたようだったが、すぐにいつものような落ち着いた義智の兄さんに戻って頷いた。

 

「ああ、お前の予想した通りだ。もっとも、この件は柚希だけではなく、他の者にも話せんがな」

「だよなぁ……だが、いつかは話さねぇといけねぇだろ? いつ話すかは決めてんのかぃ?」

「……一応はな。だが、その時までに柚希の成長が我の考えている段階まで来ていなければそれも延期だ。それもシフルと決めていた事だからな」

「……そうか。なら、俺っちもそれまでは黙ってるさ。だが、一応天斗の旦那には知った事を話しておく。その時は義智の兄さんにも同席してもらうが良いかぃ?」

「……構わん。では、そろそろ行くぞ」

「おう、また現実でな」

「ああ」

 

 義智の兄さんが静かに答え、そのまま歩き去っていった後、俺っちは再び二人に視線を向けた。視線の先では夢の中の義智の兄さんと柚瑠が話をしており、楽しそうに話す柚瑠に対して義智の兄さんは素っ気ない返事をしていたが、その表情は嫌がってる様子ではなかった。

 

「……なんだか切ねぇなぁ。義智の兄さんの気持ちを考えるとやるせねぇし、俺っちにも何か出来たら良いんだけどなぁ……」

 

 そうは言ったものの、俺っちに出来る事はない。悪夢だったら、俺っちが食べてどうにか出来るが、この夢は決して悪夢なんかではない。柚希の兄ちゃんの時と同じで、もう二度と帰ってこない過去を再現した夢であり、義智の兄さんの哀しみの象徴のような物なんだ。

 

 ……柚希の兄ちゃんは夢の中に残りたい気持ちを堪えて前に進み、義智の兄さんは過去に囚われながらも柚希の兄ちゃんのために支え続ける道を選んだ。ウチのメンバー達にもそれぞれ心に残り続ける過去はあるだろうが、自分を責め続ける程の後悔を夢の中でもしていたのは二人だけだ。

哀しいがそれもまた一つの絆。いつもの光輝く固い絆とは違った涙の雫のような透き通った絆なんだ。

 

「……ほんとに綺麗だが哀しい絆だな。さて、俺っちもそろそろ行くかね。このまま哀しむよりも今は仲間達のために夢の中をパトロールする方が大事だからな」

 

 そう独り言ちてから俺っちは再び意識を集中させ、扉が並ぶ広間に到着した。しかし、そこにはもう義智の兄さんの夢に繋がる扉はなかった。

 

「……完全に閉じきったな。まあ、また見つけたらその時には少しお邪魔させてもらうかね。今回は少し哀しい話になっちまったが、次はもしかしたら違う夢を見てるかもしれねぇしな」

 

 夢の中で義智の兄さんと話す姿を想像して微笑んだ後、俺っちは次に行く夢を選び始め、決め終えた後にその扉を開け始めた。

 正直、まださっきの出来事が頭の中に残っていて、パトロールに集中出来ない程だ。けど、それじゃあやっぱいけねぇ。当事者の義智の兄さんが頑張ってんのに、俺っちがこんなんじゃ話してくれた義智の兄さんに顔向けが出来ねぇからな。

 

「うっし……それじゃあ次の夢の中に行くか」

 

 扉の先に広がる光景を見ながら独り言ちた後、俺は夢の中へ向けてゆっくりと歩き始めた。




政実「EIGHTEENTH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
琥珀「今回は義智の兄さんの過去に触れた回だったが、まだ少し謎が残った感じで終わったな」
政実「そうだね。まあ、それに関してはもう少し後になったらしっかりと書く事にはなるかな」
琥珀「なるほどな。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価なんかも待ってるから、書いてくれたら嬉しいぜ。よろしく頼むな」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
琥珀「おうよ」
政実・琥珀「それでは、また次回」


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第19話 深海より響き渡る歌姫の調べ

政実「どうも、海に行く機会があまり無い片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。海ねぇ……住んでる場所の近くに無ければ、あまり縁が無い物ではあるか。ただ、潮風を感じながら波の音を聞くのもまた良い物だろうし、夏にちょっと行ってみるっていうのもありかもしれないな」
政実「そうだね。住んでる場所からはちょっと遠いけど、それ目的で行ってみるのも楽しそうだから、少し考えてみようかな?」
柚希「それが良いかもな。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第19話をどうぞ」


 ()けるような太陽の熱を空から浴びせられ、額から滝のような汗をかくと同時に、日陰などの涼しいものや水などの冷たいものが無性に欲しくなる季節、夏。そんな夏のある日の事、帰りのHRでの先生の話が終わりに差し掛かった時、先生は俺達の事を見回した後、ニコリと笑いながら静かに口を開いた。

 

「……さて、明日はいよいよ皆さんが楽しみにしていた臨海学校の当日です。臨海学校は、普段とは違った事を学ぶとても良い機会ですので、楽しみながら頑張って多くの事を学んで下さいね」

『はい』

 

 俺達が声を揃えて返事をすると、先生はそれに静かにコクンと頷き、日直の生徒に挨拶を促した。そして日直の生徒に合わせて先生に帰りの挨拶をすると、先生はそれに挨拶を返した後、出席簿を持って静かに教室を出て行き、それと同時にクラスメート達は明日の臨海学校について楽しそうに話を始めた。

 

 臨海学校か──そういえば、こういう遠くに行く行事は、転生してからだとこれが初めてだったっけ……。

 

 そんな事を思いながら続々と帰っていくクラスメート達の様子をボーッと眺めていた時、前の席に座っている夕士(ゆうし)が顔をぱあっと輝かせながら俺と後ろの席に座っている長谷(はせ)に話し掛けてきた。

 

「なあ! 明日からの臨海学校、スゴく楽しみだよな!」

「そうだな。けど、先生も言ってた通り、臨海学校は色々な学びのチャンスなわけだし、その事は忘れないようにしないといけないな」

「ああ。それに分かってるとは思うが、学校のプールと違って海には様々な生き物がいるし、その中には危険なのだっている。だから、その辺についてはしっかりと気をつけないといけないな」

「あ……確かにそうだよな。海にはクラゲなんかもいるし、プールとは違って足が着かない場所だってあるもんな」

「そういう事だ。だから楽しみながらも色々な事を学び、()つそういった事もしっかりと気をつけていかないとな」

 

 夕士達と話をしていた時、俺はふと鎌鼬(かまいたち)風之真(かざのしん)を始めとした三匹、通称『元気三兄妹』の事を思い浮かべていた。

今でこそ風之真達は、行動や考え方が少し落ち着いてきてはいるが、今でも時々注意力なんかが散漫になってる時があるため、そういう時には傍目から見たら危ない行動を取っている事が割と多い。なので、その度に俺や義智(よしとも)が軽く注意を促したり少しだけ叱ったりする事で、それを諫めるようにしている。

 

 ……この前の琥珀(こはく)の時も思ったけど、オルト達のような年少組だって旅に出たり修行に出たりしてるとはいえまだ子供だ。だから、過保護にならない程度に俺達がしっかりと支えつつ、本人達が自ら色々な事に気付き、それを学んでくれるのが今のアイツらにとってベストなんだ。

俺達が何でもあれこれ教えるのは簡単だけど、それよりも本人達が自ら気付いて学んでくれた方が本人達の記憶に残りやすい。言ってみれば、それこそが本当の()()という物だからな。

 

 風之真達を含めた『絆の書』の年少組の事を思い浮かべながらそんな事を考えていた時、夕士が突然不思議そうな表情を浮かべた。

 

「……なあ、柚希って弟妹はいなかったよな?」

「え、いないけど……それがどうかしたのか?」

「いや……今の柚希の雰囲気が何だかそういう感じに思えてさ。な、長谷」

「んー……まあ、そうだな。何というか、そういう事を言い慣れてるような──いつも弟とか妹にそういう事を言っているような印象は受けたかな」

「あ、あー……な、何でだろうなー……?」

 

 俺が軽く目を反らしながら答える中、夕士達は不思議そうな視線を俺に向け続けていた。

 

 マズいな……最近の夕士達のカンは本当に良いから、このままじゃ本当に気付かれかねないし、何とか誤魔化さないと……。

 

 夕士達の追求に対しての上手い言い訳を考えていたその時──。

 

「お前ら、何の話してんだ?」

 

 そんな声が聞こえたため、俺達がそちらの方へ顔を向けると、そこにはクラスメイトである雪村の姿があった。

 

「あ……雪村か。明日の臨海学校の事について話してたんだよ」

「あー、明日のか! スッゲぇ楽しみだよなー!」

 

 雪村が少し興奮気味に元気よく答えると、長谷はその雪村の様子に疑問を覚えたらしく、少し不思議そうな表情を浮かべながら雪村に話し掛けた。

 

「……雪村。何だかスゴくテンションが上がっているようだが、お前ってそんなに海が好きだったのか?」

「うーん……確かに海は好きだけど、俺が楽しみにしてる理由は別にあるぜ?」

「え、それじゃあ何でなんだ……?」

「それはな……!」

 

 雪村は少し言葉を溜めた後、拳をギュッと握りながらとても大きな声で答えた。

 

「ウチのクラス以外の女子の水着姿が見れるからだよ!」

「……は?」

「……え?」

「……そういう事か……」

 

 俺達がそれぞれ異なった言葉で反応していると、雪村はとてもワクワクした様子で言葉を続けた。

 

「燦々と輝く太陽の下、バシャバシャと水飛沫を上げながら楽しそうに海で遊ぶ何人もの女子達の水着姿! それを普通に見られるんだぜ!? 楽しみに決まってるだろ!?」

「え、えーと……」

「そ、そう……なのかな?」

「……正直、何とも言えないな」

 

 俺と夕士が困惑しながら、そして長谷がため息をつきながら答えると、雪村は少し呆れ気味に「おいおい……」と言った後、腰に手を当てながら不思議そうに言葉を続けた。

 

「お前ら……それでも男子なのか? 女子達が水を跳ね上げながら楽しそうに騒ぐ様! そして太陽の光と付いた水によってキラキラと光る健康的な肌!! そんなの最高に決まってるだろ!?」

「決まってるだろ、って言われても……俺達は別にそれを最高とは思ってないぜ?」

「ああ。それにそれなら別に水泳の授業でも同じ事だしな」

「そうだな。加えて、そんな目で見ようものなら女子達から後で色々と言われるぞ、雪村」

 

 テンションの高い雪村に対して、俺達が揃って冷静に言葉を返すと、雪村は拳をギュッと握りながら悔しそうな表情を浮かべた。

 

「くっ……! これがモテる奴らの余裕なのかっ……!」

「いやいや……何度も言うけど、俺的には不本意なんだって……」

 

 悔しそうな表情を浮かべる雪村に対し、溜息交じりに返事をした後、臨海学校の事についてぼんやりと考え始めた。

 

 そういえば……前世では、臨海学校じゃなく林間学校の方だったから、これが初めての臨海学校になるな。よし……これも良い機会だし、夕士達と一緒に色々な事を学びながら良い思い出になるようにしっかりと楽しむ事にしよう。

 

 静かに頷きながら心の中でそう決めた後、俺は再び夕士達と一緒に臨海学校の事についての話に花を咲かせ始めた。

 

 

 

 

 その日の夜、皆といつものように食卓を囲んでいた時、天斗(あまと)伯父さんが「そういえば……」と、ふと何かを思い出したように声を上げたかと思うと、少しだけ首を傾げながら話し掛けてきた。

 

「柚希君。訊くまでも無いかとは思いますが、明日からの臨海学校の準備は大丈夫ですか?」

 

 俺はそれに答えるために、咀嚼(そしゃく)していた夕食の内の一品である山菜の炊き込みご飯をゴクンと飲み込み、天斗伯父さんの方へ顔を向けてから答えた。

 

「はい。荷物の準備は帰ってきてからすぐに整えたので、後は当日に備えてしっかりと睡眠を取るだけです。ただ……臨海学校の間、天斗伯父さんの作る美味しい料理を食べられない事は残念ですけどね」

「ふふっ……そうですか。そう言ってもらえるのは、とても嬉しいです」

 

 俺の返事に天斗伯父さんはクスリと笑いながら答えた後、とても優しい笑顔を浮かべながら言葉を続けた。

 

「柚希君。君も理解しているとは思いますが、こういった学校の行事というのは、貴重な体験であり後々の大切な思い出になります。もちろん学びも大切ですが、せっかくのイベント事なのですから、夕士君達と一緒に楽しむ事も忘れないで下さいね?」

「はい、もちろんです」

 

 話をしながら俺と天斗伯父さんが笑い合っていた時、風之真が首を傾げながら俺に話し掛けてきた。

 

「柚希の旦那、話の途中で悪ぃんだが……その臨海学校ってぇのは、結局のところどんなもんなんでぃ?」

「そうだな……簡単に言えば、学年単位で海の方へ行って課外授業を泊まりがけでやる感じかな。因みにウチの学校は臨海学校だけど、俺が前世で通ってた学校だとそれの山バージョンの林間学校っていうのをやってたな」

「へぇー、海かぁ……! 何だか夏らしくて良いなぁ……!」

「ボクは翼が濡れるといけないから入れないけど、この暑い中での海は絶対に気持ちいいよね!」

「うんうん、そうだよね!」

 

 話を聞いていたオルトロスのオルトと夜雀(よすずめ)鈴音(すずね)の遊び盛りコンビがワクワクした様子で話す中、

 

「……ふむ、夏の海にて共に遊びながら学ぶ童達……か。ありきたりな情景ではあるが、短歌などの材としては実に良い物だな」

「うむ、そうじゃな。これを機に夏の海や童を題材とした箏曲でも作ってみるのも良さそうじゃ」

「相違ない」

 

 犬神の蒼牙(そうが)と琴古主の黒銀(くろがね)の文化的コンビはオルト達とは対照的に静かに頷き合った。

 

 なるほど……当然と言えば当然だけど、やっぱりそれぞれ興味があるポイントが違うんだな……。

 

 オルト達と蒼牙達、それぞれの興味の違いに関して考えていると、雪女の雪花(せっか)が何かを思い出したように声を上げた。

 

「そういえば……ねえ、柚希?」

「ん、何だ?」

「臨海学校中は、殆どが向こうでの食事になるんだよね?」

「まあ……そうなるな。明日の昼は各自で持参した弁当になるけど、後は全て泊まる所で出てくる食事になるな」

「でも、食事の量って……柚希は足りるの?」

 

 雪花が不安げに首を傾げながら訊いた時、因幡の白兎の兎和(とわ)八咫烏(やたがらす)黒烏(くろう)が同時にハッとした表情を浮かべた後、すぐに心配そうな表情を浮かべながら俺の方へ視線を向けた。

 

「確かに……雪花さんの言う通りだよね」

「うん……柚希さんは、『力』を使う時に同時に体力も使ってるから、食事の量は本当に重要だもんね……」

「はは……まあ、そうだな」

 

 兎和達のその言葉に、軽く苦笑いを浮かべながら答えた。雪花達の言う通り、俺は修行の際や皆を『絆の書』から呼ぶために『力』を使うと、肉体的な体力が減ると同時に、腹も空いてくる。そのため、一日の食事の量は一般的な小学生よりも遙かに多く、今義智達と行っている修行を始めたばかりの頃は、その給食の量の多さに夕士達からかなり驚かれた。

尚、その分のカロリーは義智との修行や『力』の使用、そしてオルト達との散歩などでしっかりと燃やせているため、脂肪にはならずに済んでいる。

 

 ……まあ、義智や天斗伯父さんがしっかりとした指示を出してくれてるから、体重が急に減ったり食事が喉を通らなくなったりする事は無いのは、スゴく助かってるよな。ただ……もし、臨海学校の最中に何かあって、皆の事を呼ばないといけなくなった時が一番困るよな。

いくら俺が保有している『力』自体が強くて量が多いとはいえ、蒼牙の時みたいに同調を連続で使おうものなら流石に保たないだろうし、最悪夕士達にも勘づかれてしまいかねない……。

 

「けど、一体どうしたら良いもんかな……?」

 

 俺が腕を組みながら考え始めた時、(さとり)のこころが何かを思いついた様子でぽんと手を叩き、「あ、もしかしたら……」と独り言ちてから天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「天斗さん。例えばですけど……柚希さんを『絆の書』の居住空間へ連れて行く事は出来ますか?」

「俺を……居住空間に……?」

「はい。『こちら側』が無理ならば、『あちら側』で足りない分の食事を取れば良いかなと思いまして♪」

「あ……なるほどな」

 

 こころの案に俺が納得していると、蒼牙が難しい顔をしながら疑問の声を上げた。

 

「しかし……たとえ居住空間へ柚希を送る事が出来たとして、次はいつ柚希をあちらへ送るかという問題が出て来るのではないか?」

「あー……確かにそうだよなぁ……。送るのは良いとしても、タイミングをしくじっちまったら、柚希の旦那が突然消えたって事になっちまうからな……」

「……それもそうだな。それに最近夕士もかなり勘が良いから、下手な真似は出来ないし……」

 

 つまり、夕士達と一緒に行動をしている間は完全に無理という事になるため、出来たとしても皆が寝静まった夜ぐらいしかその時間はないという事になるしな……。

 

 そうやって俺達がうーんと唸りながら悩んでいたその時、義智が呆れた様子でため息をついた。

 

「……お前達、そのような事を考える前にやる事があるのではないか?」

「やる事……?」

「……柚希を居住空間へと送れるかどうかの確認だ。先程、こころがそれを訊いていたが、その答えをまだシフルから聞いてはいないだろう?」

「……あ、確かにそうだったな……」

 

 その事を思い出しながらあははと苦笑いを浮かべていると、義智はやれやれといった様子で首を振ってから天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「さて、シフル。結局のところ、柚希を居住空間へと送る事は可能なのか?」

「はい、可能ですよ。『絆の書』には柚希君の『力』が登録されていますから、柚希君が頭の中で居住空間へ行きたいと念じながら『絆の書』へと力を注ぎ込めば、柚希君の体は居住空間へと送られます」

「あ、そうなんですね」

「はい。因みに戻ってくる時は、頭の中で戻りたいと念じれば戻ってくる事が出来るので、忘れないようにして下さいね」

「分かりました」

 

 ……そっか、一応行く事は出来るのか。となると、やっぱり隙を見て行った方が良いのかな……?

 

 天斗伯父さんの説明を元にして更に考え始めた時、天斗伯父さんがクスリと笑いながら再び静かに口を開いた。

 

「因みに……以前からこころさん達がやっていましたが、柚希君も向こうから戻ってくる際に居住空間にある物をこちら側へ持ってくる事が出来ますよ」

「え……そうなんですか?」

「はい。居住空間からこちらへ来る際、持ってきたい物を手に持つか身につけていれば、それをこちらへと持ってくる事が出来ます。なので、向こうにあるお菓子やお握りなどの軽食を持ってきて食べるという事も一応は可能です」

「なるほど……少しリスクはありますけど、確かにその手もありますね」

 

 黒銀達と初めて会った七夕の日や朱雀の麗雀(リーツェ)達と行った花火大会の日の事を思い出し、 静かに納得しながら天斗伯父さんの言葉に答えた。

 

 うーん……けど、こっそりと持って戻ってくるのは、やっぱりリスクが大きいかな……。だからここは、この前四神′sの親御さん達から頂いた霊力補給用の特製饅頭を予め居住空間に置いておいて、隙を見て誰かにそれとか元々向こうにある簡単な食べ物とかを持ってきてもらうのがベストか。

まあ、『絆の書』から皆が出て来る時の光は、夕士達でもうっすらとなら見えるから、どっちにしろタイミングを間違うわけにはいかないけど、こっちの方法の方がまだ無難かもしれないな。

 

 そんな事を考えていた時、白竜のヴァイスが小さく首を傾げながら義智に話し掛けた。

 

「義智さん。愚問かもしれませんが、臨海学校の間、早朝に柚希さん達と一緒に行っている修行はどうされるつもりなんですか?」

「……無論、明朝の修行は通常通り行うが、臨海学校の間の修行は、柚希を抜きにして居住空間にて行う。本来であれば、修行は間を置かずに行うのが最良であるため、柚希を交えて居住空間にて行うべきだ。

……しかし、他の生徒が共にいる以上、柚希を居住空間へと連れて行くのはあまりにもリスクが大きい。このような催し事は、基本的に多人数で一つの部屋に泊まる物であるため、柚希が戻ってくる間に起きる奴などがいては面倒な事になるからな」

「んー……まあ、確かにそうだよなぁ。同室の奴らがぐっすりと眠ってる間にやるなら俺っちが夢の中に入ってどうにかしてやれるが、柚希の兄ちゃん達の修行は早朝にやってるわけだから、下手したら俺っちがどうにかする前に誰か起きちまうかもしれねぇしなぁ……」

 

 義智の言葉に同意しながら、獏の琥珀(こはく)が少し残念そうな声を上げた。一応、琥珀と同調した時の付加能力を使えば、夢の中に入れるだけじゃなく、誰かを少しの間眠らせる事は出来る。けれど、同調を使うのにも『力』は使う事になるから、この方法を使うのは極力避けたい。

 

 ……精神力や力自体を鍛える手段は他にもあるし、修行の件は義智の言う通りにして、夕士達の前でやっても良さそうな手段を後で義智と話し合う方が良いかな。

 

 修行の件についてそう結論づけた後、俺は皆の事を見回しながら口を開いた。

 

「皆、できる限り時間を見つけて皆と話をしたりこっち側に呼んだりはするけど、臨海学校の間は基本的に居住空間での生活になる。かなり不便になるとは思うけど、三日間よろしく頼むな」

 

 そして俺が頭を下げると、義智の静かな声が聞こえてきた。

 

「……柚希、顔を上げろ」

「……え?」

 

 疑問の声を上げながら顔を上げると、義智は呆れたような表情を浮かべながら俺の事を見ており、やれやれといった様子で首を小さく振りながら話し掛けてきた。

 

「柚希、その程度の事で我らが不便に思うわけは無い。本当の不便というのは、各々が自由に出来る時間や場などがない事なのだからな」

「義智……」

「……お前は、我らの友や主である前に一人の人の子だ。よって、お前は先程天斗が言ったように夕士達と共に此度の臨海学校を楽しんでおけ」

「……でも、それだとお前達だけが割を食うことに──」

「柚希」

 

 義智は俺の言葉に被せるように静かに口を開いた。

 

「……そのように様々なモノを気遣う優しさはお前の良さだとは思っている。しかし、我らの事を案じながら夕士達の相手をするのは、今のお前ではどう考えても難しい。まあ、お前がもう一人いれば話は別だろうがな」

「あははっ、確かにそうだな」

「うむ。よって、此度の臨海学校においては夕士達の事を優先しておけ。お前も知っている通り、海には様々なモノがいるため、そういった輩が夕士達に興味を持ち、接触をしてこないとも限らんからな」

「……だな」

 

 義智の言葉を聞きながら、俺は海に関するモノ達の事を思い出した。義智の言う通り、海には様々なモノがいる。そして陸とは違って、海の場合は国内の奴だけじゃなく、外国の奴だって何かのきっかけでふらっと来ないとも限らない。

もちろん、人間に対して友好的な奴とか害を与えてこないような奴とかもいるけど、用心をしておくに超した事はないのは言うまでもない。

 

 俺達の中で水生の奴らに強いのは、玄武(げんぶ)賢亀(イェングィ)とヴァイス達のように空を飛べる奴らだけだからな。夕士達を危険に晒さないためにも色々考えておいたほうが良いかもしれないな。

 

 そう思いながら一人でコクンと頷いた後、俺は義智に対しての言葉を続けた。

 

「……分かった。けど、臨海学校の間も『絆の書』を通じてお前達と話したり景色の共有をしたりはするつもりだぜ? さっきお前が言った通り、お前達だって俺の友達なんだからさ」

「……そうか」

 

 義智がフッと笑いながら答える様子に微笑んだ後、俺は再び皆の事を見回した。

 

「……よし、それじゃあ『皆』でしっかりと臨海学校を楽しもうぜ!」

『おー!』

『分かりま

した』

『うむ』

 そして、『絆の書』の面々は微笑みながらそれぞれの答え方で声を揃えて答えた。

 

 さてさて……『絆の書』の皆とも初めての遠出になるわけだけど、果たしてどうなるかな……?

 

 そんな事を思いながら俺は、楽しそうに話す風之真達や落ち着いた様子で話す義智達の事を見つつ、皆と行く初めての臨海学校へのワクワク感に静かに浸った。

 

 

 

 

「ふふ、今日は晴れて良かったですね」

「はい、本当に良かったです」

 

 翌日、俺は玄関で靴を履きながら天斗伯父さんと会話をしつつ、様々な物が入った背中の荷物の重みを静かに感じていた。いつものランドセルやショルダーバッグとは違い、今日から三日間はリュックサックなどがメインとなるため、背中にじんわりと伝わってくるいつもとは違う感触に少しだけ違和感を覚えていたが、靴を履き終わる頃にはその違和感も静かに消えていった。

 

 ……よし、それじゃあそろそろ行くかな。

 

「それでは、行ってきます」

「はい、気をつけて行ってきて下さいね」

「はい」

 

 天斗伯父さんの言葉にクスリと笑いながら答えた後、俺は静かにドアを開けた。そしてそのまま歩いていくと、

 

「おはよう、柚希!」

「おはよう、遠野」

 

 塀の陰から同じようにリュックサックを背負った夕士と長谷がゆっくりと姿を現した。

 

 ……あれ、今日は俺が最後だったのか。

 

 そんな事を思いながら俺は夕士達へと近付きつつ挨拶を返した。

 

「おはよう、夕士、長谷。今日は俺が最後だったみたいだな」

「ははっ、そうだな。まあ、一番は結局長谷だったんだけどな」

「あはは、流石に臨海学校への楽しみがあっても長谷には勝てなかったか」

「当然だ。学校の行事とはいえ、お前達と一緒に色々な体験が出来るのは、スゴく貴重だしとても楽しみだからな」

「……そうだな。出会ってから一緒に色々な事はしてきたけど、今回みたいな遠出はまだした事は無かったし、今日からの臨海学校は本当に良い思い出になりそうだよな」

「ははっ、そうだな! よし……それじゃあそろそろ学校に行くか!」

「「ああ」」

 

 夕士の言葉に声を揃えて返事をした後、俺達はいつものような他愛ない話やこれから始まる臨海学校の事について話しながら学校へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 学校に着いてみると、そこには既に何人もの生徒と教師達の姿があり、生徒達はグラウンドにクラスごとに事前に決めていたバスの席順で並びながら楽しそうな様子で話をし、教師達は真剣な表情で打合せをしていた。

 

「あー……やっぱり学校の近くに家がある奴とかだともう来てるんだな」

「みたいだな。まあ、俺達も遅いわけじゃないし、とりあえず並ぶとするか」

「ああ」

「おう!」

 

 そして俺達のクラスの列に並ぶと、他の奴と楽しそうに話をしていた雪村が俺達に話し掛けてきた。

 

「おっ、おはよう、お前達!」

「ああ、おはよう、雪村」

「楽しみにしてただけあって、やっぱり早かったな」

「おうよ! 昨日の夜はワクワクして中々眠れなかったけど、今日も俺は元気いっぱいだぜ!」

「そうか。まあでも、はしゃぎすぎて怪我とか具合を悪くしてもつまらないし、ハメを外し過ぎないようにしないとな」

「へへ、だな!」

 

 そうとても楽しそうな笑みを浮かべながら答える雪村の様子から、雪村が心の底からこの臨海学校を楽しみにしていた事が改めて分かったが、雪村が楽しみにしている理由は女子に知られたら明らかにマズい物なため、小さく苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 一般的な男子学生の思いとしては正しいのかもしれないけど、やっぱり女子からすればあまり良い気分はしないだろうし、ここは雪村の動向にも少しは注意を払っておくべきかもな。

 

 そんな事を考えながら夕士達と話している内に、他の生徒達も次々と集まり、やがて集合時間になった。そしてクラス内の点呼や校長の話も終わり、そのまま順々にバスの中へと入り、席順通りに次々と席に着いた。

 

 ……よし、この機会にちょっと試してみるか。

 

 俺はこっそりリュックサックの中へ手を入れた後、静かに目を閉じながら『絆の書』の力の気配を探った。そして『絆の書』をどうにか探り当て、そのまま表紙に軽く触れた後、頭の中で俺と『絆の書』の間に細い綱のような物が伸びているイメージを浮かべた。

すると、俺の心臓の辺りから一本の透明な綱が飛び出し、そのままリュックサックの中へスーッと伸びると、『絆の書』にしっかりと『繋がった』のを感じた。

 

 うん……これで良いはずだ。後は本当に大丈夫か試すだけだな。

 

 そして俺は、その綱を通じて『絆の書』の中へ呼び掛けた。

 

『……皆、聞こえてるか?』

『……うむ、しっかりと聞こえている上、柚希が見ている光景も我らに届いているぞ』

『そっか……それなら良かったよ』

 

 義智の言葉で昨夜の内に考えておいた()()が上手くいった事を知り、ふうと息をつきながら静かに胸を撫で下ろした。俺と『絆の書』の間に伸びている綱は、俺の中にある『力』をとても細い紐状にした物を束ねて作った物であり、これを通じさせる事で、俺は『絆の書』に触れなくても自分の声や見ている物を『絆の書』の中へ流す事が出来るようになった。

そして、これを教えてくれた天斗伯父さん曰く、『絆の書』の中では俺の声はいつものように空から聞こえ、見ている光景は宙に浮かぶ半透明のスクリーンみたいな物で見えているのだという。

ただし、この綱──『伝映綱(でんえいこう)』はいつでも切り離せるものの、繋げている間は『絆の書』との同調をしているのと同じ事らしく、いつもよりも『力』の消費量が多くなるため、タイミングをしっかりと見極めないといけないらしい。

 

 けど、俺が修行をして今よりも力を付ければ、『絆の書』の皆との同調もこの状態のままで出来るらしいし、これからもっと頑張っていかないとな。

 

 新たに出来たこれからへの目標に対して、俺の中で静かにやる気が満ちてきたその時、『絆の書』からこころがクスリと笑いながら話し掛けてきた。

 

『柚希さん、その事については帰ってきてから皆で考えませんか?』

『……っと、それもそうだな。というか、そっちからでも俺の心の声って聞こえるんだな』

『ふふ……はい、それはもうバッチリと。ですが、どうしてこんな事が出来るのかまでは分からないですね……』

『……ふむ、恐らく柚希と『絆の書』が同調した形を取っている事で、部分的に我らとも同調をしている形になり、こころの覚としての力が外にいる柚希に伝わっているのかもしれんな』

『なるほど……』

 

 蒼牙の推測を聞き、思わず顎に手を当てながら「ふむ……」と唸ってしまったその時、隣に座っていた夕士が不思議そうに話し掛けてきた。

 

「柚希、どうかしたのか?」

「あ、いや……これから臨海学校に行くんだなぁと思ったら、ワクワクからちょっと声が出ちゃっただけだよ」

「ははっ、なるほどな。確かに何かが始まる時って、何だかスゴくワクワクしてくるんだよな」

「ああ。それに、今回はお前達と一緒だから、尚更そう感じるかな」

「あははっ、それは俺達も同じだぜ。なっ、長谷、雪村」

「ふふ、そうだな」

「おう!」

 

 夕士の声に長谷が微笑みながら答え、雪村がとても楽しそうに答える様子を見て、俺の口元が静かに綻ぶのを感じた。

 

 ふふ……やっぱりコイツらが一緒で良かったな。さて、夕士達人間組の友達と義智達『絆の書』内の友達との幽雅な臨海学校は、果たしてどんな内容になるかな。

 

 そんな楽しさと期待に胸を膨らませていた時、外で最後の打ち合わせなどを行っていた担任教師がバスが静かに乗り、俺達の期待やワクワク感に溢れた声が響く中、バスが臨海学校先へ向けて走り出した。

 

 

 

 

 学校を出発してから約二時間後、誰かが開けていた窓から海の匂いが静かにバスの中へと入り、綺麗な青い海が見え始めた瞬間、クラスメート達から大きな歓声が上がり、それに続く形で「おおーっ! すっげえーっ!!」と、雪村が窓に手を掛けながら大きな声を上げた。

 

 あはは……まあ、気持ちは分かるけど、流石にテンションが高すぎやしないか……?

 

 そんな事を思いながら苦笑いを浮かべていると、同じく苦笑いを浮かべていた夕士と長谷が半ば呆れ気味に口を開いた。

 

「雪村……今からそんなに大声出してたら、絶対に後でバテるだろ……」

「いや……本当に何となくなんだが、雪村の事だから、バテずにそのまま海で遊び回る気がするな……」

「……かもな」

 

 軽く溜息をつきながら夕士が答え、担任は雪村を始めとしたはしゃいでいる生徒達をどうにか宥めようと声を上げる中、俺は『伝映綱』を通じて『絆の書』の皆に声を掛けた。

 

『……何というか、のっけからスゴい事になってきた気がするな』

『えーと……そう、ですね……』

『やれやれ……童は元気なのが一番ではあるが、ここまで元気なのも考え物じゃのぅ……』

『そうだよなぁ……』

 

 ユニコーンのシングが少し困ったように、そして黒銀が溜息交じりに答えるのに対して、苦笑いを浮かべながら相槌を打っていると、風之真が楽しそうにクスクスと笑いながら話に入ってきた。

 

『けど、元気がねぇよりはある方が良いのは間違いねぇだろ?』

『まあな。さっき黒銀が言ったように、子供は元気なのが一番ではあるからな』

『そう考えると、今のままでも良い気もするけど、やっぱり時と場所を考える必要はあるんだよね?』

『そうだな。そういう所はしっかりとしておかないと、後々困る事になるのは他でもない自分だからな』

『うーん……まあ、そうだよね。けど、今からでもはしゃぎたい気持ちは、スゴく分かるんだよね……』

『あははっ、そうだろうな。今回は海で遊ばせてやれないけど、近い内に皆で出掛けられる機会はどうにか設けてみるから、楽しみにしててくれ』

『おう、合点だぜ!』

『うん、分かった!』

『はーい!』

 

『元気三兄妹』のとても嬉しそうな声にこっそりクスリと笑っていたその時、バスは一軒の建物の駐車場に止まり、それと同時に担任教師が目的地に着いた事と忘れ物をしないように降りる旨を俺達に告げた後、俺達はそれに従って各自の荷物をしっかりと持ちながら次々とバスを降りていった。

 

「ここが臨海学校の間、俺達が泊まる場所か……」

「へえ……何か結構綺麗な建物みたいだな」

「そうだな。築年数がかなりいってる場所だったら、それはそれで楽しかっただろうけど、これはこれで楽しそうな感じがするな」

「ふふっ……だな」

 

 長谷の言葉に小さく笑いながら答えた後、件の建物へ再び視線を向けた。俺達が今日から泊まるのは、『八百海荘(やおみそう)』という名前の三階建ての宿泊施設で、綺麗な白に塗られた漆喰壁(しっくいかべ)や落ち着きのある佇まいから、長谷が言うようにかなりの築年数が経っていないまでも、俺達のような団体客を何組も迎え入れてきたような雰囲気を感じた。

 

 ……うん、この建物からは特に変わった気配もしないし、霊気とか妖気もしない。この三日間は、そういうホラーな展開になる事はまず無さそうだな。

 

『八百海荘』を見上げながらそんな事を考えていた時、『絆の書』の皆からも様々な声が上がった。

 

『わあっ……! 何だかスゴく落ち着いた雰囲気のある場所ですね……!』

『うんうん、そうだよね……!』

『ふふ……どうやら悪い霊気なども無いようですし、柚希さんも安心して三日間を過ごせそうですね』

『そうだな。まあ、後は海の方から来る奴に気をつけないといけないけど、とりあえず考えないといけない事が一つでも減ったのは助かったかな』

『そうですね。後は海の方にだけ注意を向けるだけですし、こっちには水を司る賢亀君もいますから、いざという時でも大丈夫な気がしますね』

『うん、一応油断はしないようにはするけど、少しだけ肩の力を抜いておく事にするよ』

 

 白虎の智虎(ヂィーフー)の言葉に微笑みながら答えていた時、担任教師から俺達へ向かって『八百海荘』の前に並ぶように指示が飛び、それに従って俺達は席順の通りに並んだ。

そして『八百海荘』の職員からの挨拶や今日の簡単な流れについて話があった後、各部屋の室長達が部屋の鍵を受け取り、そのまま自分達の部屋へ向かって次々と歩き始めた。

 

 

 

 

 中を歩く事約数分、三階にある部屋の前に着いた後、俺達の部屋の室長である長谷が受け取った鍵をドアの鍵穴へと差し込み、そのままゆっくりと鍵を開けた。

 

「……っと、それじゃあ入るか」

 

 その長谷の言葉に頷いた後、長谷が室内に入るのに続いて俺達も室内へと入った。すると目の前に思っていたよりも広い和室の光景が見え、俺達は入り口で靴を脱いでからそのまま進み、これから過ごす和室の中を見回した。

室内には少し大きめのテーブルや湯沸かし用のポットや簡単な茶器一式、そして小型のテレビや布団などが入っていると思われる押し入れがあり、障子を開けた先には少し小さめのベランダのような物が付いており、ここから潮風を感じながら朝日や夕日を見る事が出来るようになっているみたいだった。

 

「外から建物を見た時も思ったけど、中々落ち着いた雰囲気の室内だよな」

「そうだな。けど、柚希の家の和室だってスゴく落ち着いた雰囲気だし、実は物足りなさを感じてるんじゃないのか?」

「いや、そうでも無いぜ? 俺は和室の雰囲気自体が好きだからな。こう見えてかなり満足はしてるぜ?」

「ふーん、そっか」

 

 そんな事を俺達が話していた時、軽く室内を見回していた長谷が、ニヤリと妖しげに笑いながらポツリと言葉を漏らした。

 

「……これなら怪談話で盛り上がれそうだな」

「怪談話かぁ……へへっ、確かに面白そうだな! なっ、深也!」

「そうだな。へへ……こうしてウチのクラスの女子人気トップスリーと同じ部屋になったからには、お前達が震え上がるような話をして、その様子を女子達に話す事で、お前達の事を人気トップスリーの座から引きずり下ろしてやるぜ!」

 

 雪村の紹介で知り合った海野深也(うんのしんや)が、とても楽しそうな様子でそう宣言をしたその瞬間、長谷は「ほう……」と一言言葉を漏らすと、獲物を見つけた肉食獣のような眼をしながら俺達の方へと顔を向けた。

 

「それなら、俺達も()()でやらないといけないよな?」

「あ……うん、そう……だな」

「……だな。俺達としてもそう簡単にビビってなんていられないしな」

 

 今夜雪村達に起きるであろう悲劇を予感しながら俺達が答えると、長谷は満足げに頷きながらニヤリと笑い、再び雪村達の方へと顔を向けた。

 

「それじゃあ、今夜は怪談話をする事にするが、()()()良いんだよな?」

「おう、良いぜ!」

「俺も大丈夫だ!」

「……分かった」

 

 雪村達からしっかりと言質(げんち)を取った後、長谷はこっそり俺達の方へ視線を向けると、いつもの優等生の仮面を少しだけずらしながら『やるぞ、二人とも』と言うかのように、とても妖しい笑みを浮かべた。

 

 はあ……仕方ない、こうなれば俺も本気でやるとしますかね。

 

 ふうと息をつきながら覚悟を決めた後、長谷に対してコクンと頷いた。そして隣に立っている夕士へ顔を向けると、夕士も覚悟を決めた様子で俺の方を見ていた。その瞬間、俺達が同時にクスッと笑っていると、長谷はいつもの優等生の仮面を被り直しながら俺達に向かって呼び掛けてきた。

 

「よし……それじゃあそろそろ準備をして玄関に向かうぞ。今から雪村達が待ちに待った海水浴らしいからな」

「「ああ」」

「「おう!」」

 

 長谷の言葉に声を揃えて返事をした後、俺は夕士達と同様に海水浴の準備を始めた。そして鞄の中から水着などを取り出し、鞄の口を閉めようとした時、念のために入れておいた特製饅頭が目に入り、今まで『伝映綱』を繋ぎっぱなしだった事を思い出した。

 

 ……一応、一個だけ食べておくかな。『絆の書』を持っていく事は出来ないけど、何かあった時に皆に相談するくらいは出来るはずだし。

 

 そう思いながらその内の一つを口に入れた瞬間、一口サイズに収まった餡の程良い甘みと生地のひんやりとした感触が口の中へふんわりと広がり、それを楽しんでいる内に俺の中の『力』がじんわりと回復していくのを感じた。

 

 これはスゴいな……もしかしたらこれがあれば、臨海学校の間は『力』について心配する必要が無いんじゃないのか……?

 

 そう思える程に特製饅頭の効力は高く、これを作ってくれた智虎達の親御さんや煌龍様達の偉大さを改めて知ったような気がした。

 

 ……今度、智虎達の様子を見に訪ねてきた時にでも、何かお礼をしないといけないな。

 

 心の中でそう強く思った後、準備を終えた夕士達と一緒に集合場所である『八百海荘』の玄関へと向かった。

 

 

 

 

 生徒が全員玄関に揃った後、教師からの海水浴においての注意事項や更衣室などの説明があり、それが終わると同時に、俺達は更衣室へ向かいそのまま着替えを行った。 そして全員が今度は浜辺に集まった後、体育教師の先導で準備体操が始まり、それが終わって海に入っても良いという指示が出た瞬間、雪村達を始めとした生徒達が大きな声を上げながら海へ向かって勢い良く走り出し、俺達他の生徒もそれに続いて次々と海へと入り始めた。

 

「……あははっ、冷たいけどやっぱり気持ちいいな!」

「そうだな。それに水もスゴく澄んでるし、その分更に気持ちよく感じるのかもしれないな」

「ふふ、そうかもな」

 

 そんな事を話しながら笑い合っていた時、先に海に入っていた雪村とその友達の海野深也と 由利蒼太(ゆりそうた)が、こっちに向かって戻ってきながら大きな声で俺達に話し掛けてきた。

 

「おーい! 俺達と水泳で勝負しようぜー!」

「別に良いけど、どんな勝負にするんだ?」

「1対1であそこの岩まで行って、こっちまで戻ってくるんだ。簡単だろ?」

「確かに簡単だけど……本当にそのルールで良いんだな?」

 

 長谷が自信満々な様子でニヤリと笑うと、雪村は長谷の肩をポンッと叩きながらニカッと笑った。

 

「もちろん良いぜ? ただし、長谷はこっちのチームで、柚希と夕士のチームには深也が入るけどな」

「あ……そういう事か」

「なるほど……つまり、今回だけは長谷が敵になるって事か」

「……みたいだな。けど──」

 

 長谷はとても楽しそうな笑みを浮かべながら雪村の隣に立つと、俺達の顔を真正面から見据えながら挑戦的な雰囲気を漂わせた。

 

「お前達との真剣勝負なんて楽しそうだからな。これも良い機会だと思って、全力でやらせてもらうぜ♪」

「……そうかい。なら、俺達も全力でやらせてもらおうかな? な、夕士」

「だな。俺と柚希、どっちが長谷と当たろうとも絶対に勝ってやるぜ!」

「ああ、臨むところだ」

 

 余裕綽々といった様子の長谷に対して俺と夕士が闘志を燃やす中、雪村が楽しそうな様子でルール説明の続きを始めた。

 

「さてと……チーム分けはさっき言った通りだけど、実は誰と誰が勝負するのかはもう決めてあるんだ」

「へえ……いやに手際が良いな」

「もしかして、前々から決めていた……とか?」

「へへっ、実はそうなんだ。それで勝負する順番なんだけど……最初は深也と蒼太、次は俺と夕士、そして最後が長谷と柚希だ」

 

 勝負をする順番について雪村が説明をすると、夕士は「へえ……」と少しだけ驚いた様子で声を上げた後、やる気に満ちた目で雪村を見ながら静かに話し掛けた。

 

「自分から俺に挑戦するなんて、余程自信があるみたいだな?」

「ふふん、俺は週1で水泳教室に通ってるからな。泳ぎなら自信があるんだぜ?」

「ふーん……そういう事なら相手に不足は無さそうだな。だけど、俺だって水泳の授業で長谷と柚希に負けない程の速さで泳げるし、運動は元々得意だからな、相手が誰だろうと全力で勝ってやるさ!」

「へへっ……その威勢がいつまで続くか、見せてもらうぜ!」

 

 夕士と雪村がまるでスポ根漫画のような熱い言い合いを繰り広げる中、長谷はいつものように落ち着いた様子で俺の目をジッと見つめてきた。

 

「さて……さっきも言ったように俺は全力でやらせてもらうぜ?」

「ああ、もちろんだ。合気道だといつも五分五分だけど、この水泳の勝負くらいは俺の方が上だと証明する必要があるし、夕士と海野のためにも負けられないからな。俺だって全力でやらせてもらうさ」

「ふふ……そうか。まあ、確かに俺も雪村と由利のためにも負けられないというのはあるが、学校の成績以外でもお前に勝てるという事を証明したいという気持ちもあるからな。この勝負、お前に絶対に勝ってみせるぞ、遠野」

「ははっ、それはこっちの台詞だぜ、長谷」

 

 長谷の言葉に返事をしながらニカッと笑った後、『伝映綱』を通じて『絆の書』の皆へと声を掛けた。

 

『皆、応援よろしくな』

『おう! 任せといてくれ、柚希の旦那!』

『柚希殿が力を出し切れるように我々も全力で応援をさせて頂きます』

『柚希、私達にカッコいいところを見せてちょうだいね?』

『ああ、任せとけ!』

 

 風之真達の声に対してこっそりと頷きながら答えていた時、突然近くから「おい、お前達」という声が聞こえ、俺達は揃ってそちらへ顔を向けた。

すると体育教師が腕を組みながら楽しそうな笑みを浮かべており、俺達がそれに少し困惑していると、体育教師はそのままの表情で俺達に話し掛けてきた。

 

「その勝負の審判、俺が引き受けよう。生徒だけで水泳勝負をやらせるわけにはいかないが、俺が審判をやりながらそれを監視する形なら問題は無いからな」

「おおっ、先生サンキュー!」

「ありがとうございます、先生」

「ははっ、どういたしまして。さて……それじゃあお前達、勝負に真剣になるのは良いが、危ないことだけは決してするんじゃないぞ?」

『はい!』

 

 俺達が声を揃えて返事をすると、体育教師はうんうんと満足そうに頷き、俺達へ念入りな準備体操をするように指示を出した後、俺達の勝負の話をするために一度他の教師達の方へと歩いていった。そしてその様子を見て、クラスメート達からざわめきが起こり、やがてそれは他のクラスにも広がっていった。

 

 はは……思ったよりギャラリーが多くなったな。けど、せっかく先生が俺達の水泳勝負を認めてくれたわけだし、更に気合いを入れてやらないとな。

 

 ギャラリーからの視線に小さく苦笑いを浮かべながらも気持ちが徐々に高揚していくのを感じ、俺は準備体操を念入りにしながら長谷との勝負へ向けて静かに闘志を燃やした。

 

 

 

 

「それでは最終戦、長谷と遠野の試合だ。二人とも、ゆっくり海へと入ってくれ」

「「はい」」

 

 数分後、俺と長谷は静かに返事をしながら海へと入り、泳ぐための気持ちを整え始めた。第1試合の海野と由利の試合は由利がギリギリの所で勝ち、第2試合の夕士と雪村の試合は夕士が圧勝したため、この俺と長谷の試合で勝負が決まる事となった。

 

 ふう……思ったより良い勝負になったな。ただ、これよりも強いプレッシャーを感じた時が今まで多かったのと『絆の書』の皆が付いていてくれるおかげであまり緊張してないし、ここまで頑張ってくれた2人のためにも絶対に勝たないとな。

 

 そう思いながら改めて気合いを入れ直していた時、ふとどこからか知らない魔力の気配が漂ってくるのを感じた後、同時に妙な波動の気配も感じた。

 

 穏やか……だけど、どこか興味みたいな物が混じってる感じがするな……。それとこれはたぶん──哀しみかな……? けど、本当にどこから──。

 

 いつもの癖でその2つが発せられている場所を無意識の内に探ろうとしていたその時、ゴーグルを着けようとしていた長谷が不思議そうな様子で小さく首を傾げた。

 

「遠野、どうかしたのか?」

「あ、いや……俺達の試合で決着がつくんだなぁと思ってただけだよ」

「なるほどな。まあ、確かにその通りだが……これは由利と雪村の期待を背負った勝負であり、お前──遠野との本気の勝負だと俺は思っている」

「長谷……ああ、そうだな。これは俺とお前、どっちが勝っても恨みっこ無しのガチンコ勝負だからな。全力で勝ちに行くのもそうだけど、お互いに悔いの無い勝負にしようぜ!」

「ああ!」

 

 お互いにニッと笑い合った後、俺達はゴーグルをしっかりと着けた。

 

 さあ……やるとしようか。転生者や見習い術者としてじゃなく、一人の男子として絶対に負けられない勝負って奴を!

 

「遠野、長谷、準備は良いか?」

「「はい!」」

「それでは……3、2、1……スタート!」

 

 体育教師の大声で俺達は足下の砂を強く蹴り、勢い良く泳ぎ始めた。

 

「はっ……はっ……」

「ふっ……ふっ……」

 

 隣から長谷が息継ぎをする声が聞こえる中、俺は一番得意なクロールで折り返し地点である岩まで向かって一定のペースで泳ぎ続けた。いつものプールとは違い、海ではランダムな強さの波があるため、少しだけ泳ぎづらさを感じた。

しかし、日頃『絆の書』の住人達との生活の中で培ってきたスタミナと根性、そして友達として長谷に負けたくないという気持ちが力となり、正面から向かってくる波をものともせずに進み続ける事が出来ていた。

 

 ……ふふ、やっぱり競い合うのは楽しいもんだな……!

 

 拮抗した実力の中での勝負という燃えるシチュエーションに、心が強く熱く燃え上がるのを感じ、水を掻く手に少しだけ力が加わった。しかしここでペースとリズムを乱してしまっては、消費するスタミナの量が明らかに増え、最後の最後でバテてしまう可能性があったため、すぐにそれを修正しながら俺はひたすら泳ぎ続けた。

そして折り返し地点の岩が目前に迫った時、少しだけスピードを落としながら体の向きをすぐに変えられるように調整を行い、足が完全に岩に届く直前へ近付いた瞬間、隣から長谷の闘志に満ちた波動を感じ、俺は再び昂揚感が強くなるのを感じながら、足の裏全体と岩を使って体を前へと勢い良く押し出した。

そして長谷もほぼ同じタイミングで同じように体を前へと押し出したのを静かに感じ、俺は楽しさと昂揚感から今にも笑みを浮かべそうになったが、それをどうにか抑え込みながらひたすらゴール地点へ向けて泳ぎ続けた。

その間、『伝映綱』から伝わってくる風之真を始めとした『絆の書』の皆からのしっかりとした声援と夕士達から向けられる途切れ途切れの応援の声が、俺の中で更なるやる気と力へと変わり、いつもの修行中と同じような集中状態へと意識が切り替わっていった。そして──。

 

「「……っ!!」」

 

 水を掻こうとした手が水中のサラサラとした砂に触れた瞬間、俺の意識がスーッと戻り、それと同時に強い疲労感が体全体へと広がり、口から荒い息が漏れた。

 

「はぁっ……はあっ……」

「ふー……ふー……」

 

 そして隣で長谷が同じように荒い息遣いをし、夕士達を始めとした生徒達がシンと静まりかえる中、体育教師は驚いた表情を浮かべながら大きな声を上げた。

 

「遠野、長谷、同着だ!」

「……はぁ、どう……ちゃく……」

「……ふぅ、つまり……この試合は……」

「ああ、引き分けだ! よって、お前達の勝負も一勝一敗一分けだ!」

 

 その瞬間、他の生徒達から歓声が上がり、夕士達が笑みを浮かべながら俺達へと駆け寄ってきた。

 

「柚希! 長谷! お疲れ!」

「二人とも、スッゲぇ良い勝負だったぜ!」

「あ、ああ……ありがとうな。それにしても……まさか、引き分けるなんてな……」

「はは……そうだな。けど、スゴくやりきったって感じはするし、満足のいく結果ではあったかな……」

「……だな。長谷、良い勝負をありがとうな」

「……こちらこそ」

 

 俺達はニカッと笑い合いながら固く握手を交わした。すると『伝映綱』を通して、『絆の書』の皆からも楽しそうな声と労いの言葉が聞こえてきた。

 

『柚希お兄さん、お疲れ様です!』

『柚希、見事な泳ぎだったぞ』

『柚希さん、スゴくカッコ良かったです!』

『うん、ありがとうな、皆』

 

 アンズーのアンを始めとした『絆の書』の住人達からの声に答えていたその時、ふと背後からさっきも感じた魔力が漂ってきているのに気付き、静かに後ろを振り返った。

すると水泳勝負の折り返し地点にしていた岩の上で水着のような物を着た誰かが足を反対側に垂らしながら座っているのが見え、俺はその人物が漂わせる魔力の気配に気をつけながらその正体を知るために目を凝らした。

その時、その人物──長いクリーム色の髪の少女が不意にこちらを向き、少しだけ目を丸くしながらジーッと見つめてきたかと思うと、突然それはハッとした表情ヘと変わり、そのまま海の中へと飛び込んでいった。

しかしその瞬間、俺の目に本来ヒトの下半身に付いているはずの無い物──虹色の鱗に覆われた細長い魚の尾びれが見え、少女が()()()()()()()なのかが大体分かったような気がした。

 

 ……今のって、たぶん『アレ』だよな……? って事は、『あの名前』の由来って『アレ』って事になるのかな……?

 

 そんな事を考えていた時、ふと隣を見てみると、夕士達がボーッとした様子で岩の方へと視線を向けていた。

 

「……もしかして、お前達も見た……のか?」

「ああ、あの岩の上に座っていた子の事……だよな?」

「……あの子、もしかして──」

 長谷が『アレ』について話そうとしたその時──。

 

「……スッゲぇ可愛かったよな!」

 

 興奮気味な雪村の声が聞こえ、俺達は思わず『……は?』という声を上げてしまった。

 

 ……まさかとは思うけど、雪村は『アレ』の正体についてまったく気付いてないのか?

 

 そんな疑問を抱きながら雪村の方を向くと、雪村は鼻息を荒くしながら話し掛けてきた。

 

「なあ、柚希! あの子、この辺の子なのかな!?」

「さ、さあ……でも、少なからずウチの学校の子では無いみたいだし、もしかしたらそうなんじゃないかな……?」

「だよなだよな!! あー、この三日間でもう一度くらい会う機会がねぇかなー!!」

 

 雪村が目をキラキラと輝かせながら大きな声で言う中、俺達は顔を見合わせながら大きく溜息をついた。

 

 ……雪村の場合、たぶん美少女とか美女とかであれば、どんな存在と出会っても平気そうな気がするな……。まあ、それはさておき……あの様子だとしばらくは姿を見せなそうだし、昼食後にでも『絆の書』の皆と相談をして、夜の怪談が終わって皆が寝静まった頃にでも会いに来てみるかな。

 

『アレ』の事についてそう結論づけた後、俺は夕士達と一緒に教師達の指示に従い、海から静かに上がった。

 

 

 

 

「あー……初日からスッゲぇ疲れたぁ……」 

「はは、確かに初日から色々な事をやってたもんな」

 

 夜9時頃、グッタリとしながら掛け布団の上に寝そべる雪村に対して笑いながら答えた。海水浴を終えた後、俺達は水難救助訓練を受け、それが終わってから昼食を食べた。そして午後からは、近くにある水族館へとバスで行き、夕方頃に戻ってきた後に今日一日の活動で感じた事などを書く時間が設けられ、それが終わってから各自で大浴場での入浴を行い、その後夕食を済ませて今に至る。

そして俺や長谷、夕士は午前中に水泳勝負をしてもまだまだ元気はあったが、雪村と海野はあーやうーなど、今にも死にそうな声を上げながら布団と一体化をしそうな勢いで寝そべっていた。

 

 まあ、俺達は各々別のスタミナの付き方をしてるけど、雪村達なんかだと流石にキツいのかもしれないなぁ……。

 

 雪村達が『妖怪布団寝そべり』と化そうとしているのをボーッと眺めていた時、部屋のドアがトントンと叩かれ、長谷が不思議そうな様子でドアへと歩いていき、そのままゆっくりとドアを開けた。するとそこには、少しだけ疲れた様子の担任の姿があり、ドア越しに俺達の姿を見ると、ホッとした様子で話し掛けてきた。

 

「皆、そろそろ消灯時間だから、眠る準備をしておいてね?」

「あ、はい……先生、何だか疲れてるようですけど、何かあったんですか?」

「えーとね……別の部屋で枕投げをしてたから、それを止めていただけよ」

「そうだったんですね……」

「先生、お疲れ様です」

「先生もゆっくり休んで下さいね」

「……うん、ありがとう。それじゃあ皆、お休みなさい」

『お休みなさい、先生』

 

 声を揃えて返事をすると、担任はニコリと笑いながら静かに頷き、ゆっくりとドアを閉めた。

 

 ……当然の事だけど、やっぱり小学校教師って色々大変なんだな。

 

「……先生、本当に大変そうだよな」

「そうだな。何というか……雪村達があんな状態だった事と俺達と同じ部屋なのは、ある意味ラッキーだったのかもしれないな」

「違いないな。だから、怪談をやる時には、叫び声を上げたり煩くしたりしないようにしながらやるぞ」

「ああ」

「もちろん」

 

 長谷の言葉に頷きながら答えた後、電気のスイッチの方へと向かう長谷を見ながら雪村達に声を掛けた。

 

「ほら、二人とも。早速怪談を──って、寝ちゃってるな」

「え、あ……本当だ」

 

 雪村達は日中の疲れからか二人揃って寝息を立てながら眠っており、その様子に俺達は思わずクスリと笑っていた。

 

「まあ、スゴく疲れてたみたいだしな」

「だな。さて、とりあえずコイツらの事をどうにか布団の中に入れてやらないといけないか……柚希、手伝ってくれるか?」

「ああ、もちろんだ」

 

 そして、夕士と協力をして雪村達を一人ずつ布団の中に入れ終えると、少し呆れた表情を浮かべた長谷が「やれやれ……」と言いながら歩いてきた。

 

「この様子だと……怪談は明日の夜になりそうだな」

「ああ。ただ……この調子だと、明日もどうなるかは分からないけどな」

「ははっ、そうだな」

「さて……それじゃあ俺達も寝るとするか」

「うん、明日も色々やる事はあるみたいだから、しっかりと眠っておかないといけないしな」

「だな」

 

 三人で頷き合った後、長谷が再び電気のスイッチの方へと向かい、俺と夕士はそれぞれの布団の中へと入った。そして長谷は、それをしっかりと確認すると、スイッチに手を掛けながら声を掛けてきた。

 

「それじゃあ消すぞ」

「「ああ」」

 

 その返事と共に部屋の電気がフッと消えると、訪れた暗闇の中で長谷がゆっくりと歩いてくる音が聞こえ、そのまま静かに布団の中へと入る音が続けて聞こえてきた。

 

 さてと……まずは、コイツら全員が眠るのを待つとするか。そしてその後、アン達の力を借りて──。

 

『絆の書』の皆と事前に決めていた手順を頭の中で確認していたその時、向かい側の布団から長谷の声が聞こえてきた。

 

「稲葉、遠野。まだ起きているか?」

「ああ、起きてるぜ?」

「どうかしたのか、長谷?」

「いや……海水浴の時に見た子の事なんだけどな。見間違いじゃなければ……足がある所に魚の尾びれみたいな物があった気がするんだが、お前達はどうだった?」

「魚の尾びれ……確かにそんな感じだったよな」

「……そうだな」

 

 長谷の口から出た言葉を、俺は()()()否定せずにそのまま答えた。すると長谷は、少し安心したような様子でふうと息をつくと、そのまま静かに話を続けた。

 

「普通の人間に魚の尾びれなんて付いているはずは無い。なのに、あの子には付いていた。つまりあの子は、俺達とは違う『何か』なのは間違いないという事になるよな」

「そうなるな……でも、どうしてそんな奴が俺達の近くにいたんだろうな?」

「さてな……けど、もしかしたらこの地域だと昔から『アレ』がいたのかもしれないぜ?」

「ん……どういう事だ?」

「この建物の名前……当然覚えてるよな?」

「ああ、『八百海荘』だろ? それが一体──」

 

 その時、長谷は合点がいったという様子で声を上げた。

 

「なるほど、『八百比丘尼(やおびくに)伝説』か……」

「ああ、そうだ」

 

 頷きながらそれを肯定すると、夕士は不思議そうに話し掛けてきた。

 

「『八百比丘尼』……確か不老長寿になった人だったよな? 『人魚』の肉を食べたとかで」

「その通りだ。『八百比丘尼伝説』は、日本の至る所で伝わってるから、この地域にも伝わっていてもおかしくはない。現にこの宿泊施設の名前に『八百』って付いているし、その可能性は高いかもしれないな」

「……なるほど。けど、それでもまだ『人魚』またはそれらしきモノが、この地域に生息している理由にはならないんじゃないか?」

「まあな。だけど、こういう超常的なモノ達っていうのは、何らかの理由で別の地域から移り住む事も無くはないし、見間違いや未知の物への恐れからそういう物であったと伝わる事もある。

もしかしたら俺達が見たのは、そういう事情があったモノか突然変異で産まれた『何か』だったかもしれないな」

「……別の地域から移り住んできたモノ……遠野、もしかして雪村と出会うきっかけになったあの『雪女』の事を言ってるのか? 」

「それもあるけど、山や海に棲むモノなんかは、そういった傾向が強いからな。あの『人魚』らしきモノもそのパターンで、アレは遙か昔に外国からこの地域へと渡ってきた奴の子孫か何かで、この辺では見掛けない俺達に興味を持って近付いてきたっていう事もあり得るのかもしれないぜ?」

「そっか……」

「確かにそうかもしれないな……」

 

 夕士と長谷が俺の推測に納得した様子を見せた事で、俺はこっそりホッと胸を撫で下ろしていた。長谷の『人魚』らしきモノの目撃証言を否定しなかった理由、それは長谷を安心させるためと話の広がりを防ぐためだ。

俺が目撃証言を否定してしまうと、『人魚』らしきモノを見た時の俺の反応との矛盾が発生し、その事について長谷と夕士から問い詰められるという事態が起きてしまう。そして翌日、雪村達にもこの件について話を訊き、雪村達発信で運良く目撃をしていなかった他の生徒達にも話が広がり、最悪の場合この辺りが大騒ぎとなり、『人魚』らしきモノがどこかへ姿を消してしまう恐れがあった。

そこで、俺があえて目撃証言の否定をせず、安心した長谷が更に話を進める中で長谷と夕士が納得をするような『落とし所』を提示する事で、二人がそれ以上踏み込まないようにしたのだ。そしてその策は上手くいき、夕士と長谷から発せられる波動には、疑念や不信感の代わりに安心感や安らぎなどが満ちていたため、俺は心の中でこっそりガッツポーズをしていた。

 

 ……こうでもしないと、夕士達の眠りにも影響が出かねないからな。アイツ──『人魚』に会うためには、夕士達が安心して翌朝まで眠ってくれる事が必要だったし、これで後は先生達の見廻りについて対策を立てるだけだな。

 

 そんな事を考えていた時、隣と向かい側からスースーという音が聞こえ、俺は『伝映綱』を通してこっそり琥珀へと声を掛けた。

 

『琥珀、どうだ?』

『……ん、バッチリ寝ちまってるな。この調子なら地震が来たり誰かが起こそうとしたりしねぇ限りは、明日の朝までグッスリと寝ちまってると思うぜ?』

『分かった、それじゃあそろそろ行動開始といくか。先生達の見廻りがいつ来るかは全く分からないからな』

『うむ、そうだな』

 

『伝映綱』を通して聞こえる義智の声に静かに頷きながら布団の中から出た後、俺は音を立てないようにリュックサックの方へと進み、中から『絆の書』を取りだした。そしてアンのページを開きながら部屋の入り口にある靴を取り、そのまま今度はベランダヘと向かった後、靴を履きながらアンへと声を掛けた。

 

「さあ、頼んだぜ、アン」

『はい、任せて下さい、柚希お兄さん』

 

 そのアンの返事に静かに頷いた後、開いていたアンのページに右手を置き、アンと同調するために『絆の書』へと魔力を注ぎ込んだ。そして背中に大きな鷲の翼のような物が現れたのを確認し、現在の風向きを軽く確かめてから俺はベランダの手摺に足を掛けてそのまま夜の空へ向かって飛び立った。

その瞬間、穏やかな潮風が俺の横を吹き抜けていったが、同調で得た鷲の翼はそれに負ける事なく風をしっかりと掴み、そのまま目的地へ向かって静かに飛行を始めた。

 

『ふう……いつも思うけど、こうやって空を飛ぶっていうのは、やっぱり気持ちが良いもんだな』

『ふふ……そう言ってもらえて私も嬉しいです。風向きや自分の体力を気にする必要はありますけど、風の中を飛んでいきながら様々な場所を上から眺める事が出来るのは、やっぱり良いですよね』

『そうだな。ただ、今の状況を誰かに見られようものなら、確実に大騒ぎになるだろうから、滅多に出来ないのが残念だよな』

『そうですね……あ、でも天斗さんが言うように柚希お兄さんもこちら側へ一度いらっしゃれば、好きなだけ空を飛び回る事が出来ますよ』

『……あ、それもそうだな。その時は、飛べるメンバーや他のメンバー達と一緒に色々な場所を飛んでみたいな』

『ふふ、そうですね』

 

 そんな事をアンと話していた時、目的地が眼下にあるのに気付き、そのままゆっくりと高度を下げていった。そして目的地である『人魚』を目撃した浜辺に着地した後、アンとの同調を解きながら周囲を見回した。時間が夜だった事もあり、浜辺はおろか道を歩いている人の姿も全くなく、波の音と風の音だけが辺りには響いていた。

 

「……今がチャンスだな。目撃される可能性が低い内にどうにか話を付けたいところだったし、この隙にさっさと『人魚』に会っておくとするか」

 

 そう独り言ちた後、今度は黒銀と鈴音のページを開きながら居住空間にいる二人に声を掛けた。

 

『黒銀、鈴音、やるぞ』

『うむ、任せておけ』

『うん、任せといてよ!』

 

 そして『絆の書』に魔力を注ぎ込み、黒銀と鈴音が姿を現した後、俺は再び黒銀のページに魔力を注ぎ込んだ。その後、隣に一張りの黒い箏と弾くための爪が現れ、俺はそれを持ちながら黒銀達と一緒に琴を弾くための平たい場所へと移動した。

そして黒銀と隣り合う形で箏を静かに置き、弾くための準備を整えた後、黒銀達とコクンと頷き合ってから俺は目の前の箏を静かに弾き始めた。

 

「…………」

「…………」

「る~るる~♪」

 

 静かな風の音と波の音という自然の二重奏、そして俺と黒銀が奏でる琴と鈴音の歌声という人為的な三重奏、それらは重なり合ったりお互いに高め合ったりしながら辺りに響き渡った。俺達はある曲を演奏しているものの、風と波はそれとは関係なく自然のままに音を鳴らす。

しかし箏を弾き続けている内に、次第に風と波の音さえも楽器の音のように聞こえ始め、まるで自然との合奏をしているような気持ちになり、やがて心と体が自然の中へ溶け込んでいくような錯覚に襲われた。

 

 ……楽しいからなのか自然との一体感を味わっていたいからなのかは分からないけど、何だかずっとこうしてたくなってくるな。

 

 そんな事を考えている内に曲は終わり、それと同時に意識が引き戻されると、突然近くからパチパチパチという拍手の音が聞こえてきた。そしてその拍手の音がする方──海へ顔を向けると、昼に見た少女が上半身だけを水面から出しながら嬉しそうな笑みを浮かべて俺達へ拍手をしているのが見えた。

 

 どうやら、あの『人魚』は西洋に伝わるパターンの奴で間違いなかったみたいだな。

 

 夜中のコンサートのたった一人の聴衆である『人魚』の事を見ながら自分の予想が当たっていた事に対して少し安心した後、俺は黒銀との同調を解きながら『人魚』に向かって静かに歩み寄った。

そして『人魚』との距離が程良く詰まったと感じた後、後ろからゆっくりと近付いてくる黒銀達の足音を聞きながら『人魚』へと話し掛けた。

 

「俺達の演奏を聴いて頂きどうもありがとう。その笑みを見れば大体の予想は付くけど、俺達の演奏はどうだったかな? 『人魚』」

「ふふっ……もちろんとても素晴らしかったよ。不思議な演奏家さん達?」

 

『人魚』は僅かに首を傾げながら小さな笑みを浮かべてそう答えた。

 

 

『人魚』

 

 世界中でその名を知られるほど有名な神話上の生物で、『人魚』をモチーフとしたキャラクターや物語も数多く存在するが、それらは殆どが西洋で伝えられている姿が元であり、中国や日本ではまた別の姿として伝えられている。

 

 

 ……それにしても、どうして西洋で伝えられている姿の『人魚』がこの日本にいるんだ……?

 

 さっきは、少しでも納得してもらうためにああいった仮説を盛り込んで夕士達には話をした。けれど、よくよく考えてみればあの仮説はかなり粗が目立つ物となっている。

まず宿泊施設の名前に『八百』と付いているのは、『八百比丘尼』に関係しているかもしれないからと言ったが、『八百比丘尼』が不老長寿となったのはあくまでも別の県の話だ。そして『八百比丘尼』がこの地域を訪れた事もあって、その時の功績などに肖ろうとして名前に『八百』と付けた可能性は確かにあるかもしれない。けれど、『八百比丘尼』の伝説は日本各地にある物であり、同じような事を考えたであろう人は多い上、もし『八百比丘尼』に肖ろうとするなら、町ぐるみでやる方が明らかに自然だからだ。

そして次に、遙か昔に『人魚』が外国から移り住んできた説だが、これもよくよく考えてみれば可能性が低い物なのは明らかだ。もしそれが正しいとすれば、この『人魚』の他にもこの地域には西洋の『人魚』が棲んでいる事になるし、その事が軽くでもニュースに取り上げられてもおかしくはない。

しかしそういったニュースはまず聞いた事が無いし、天斗伯父さん伝手でも聞いた事は無い上、仲間が他にいるなら同じように俺達に興味を持つ奴がいる可能性はそこそこあったのにも関わらず、実際に出てきたのはコイツだけだ。つまり──。

 

 今のところあり得るのは、コイツが風之真と雪花のように何かの理由で偶然迷い込んできたパターン、もしくは雷牙や鈴音のように見識を広げるための旅に出たパターンのどっちかなのかもしれないな。

 

 朗らかな笑みを浮かべる『人魚』に対してそんな予測を立てていると、黒銀が「……ふむ」と少し興味深そうな様子で声を上げてから『人魚』に声を掛けた。

 

「お主……齢はおよそ柚希と同じとみたが、何故一人でこの地におるのじゃ?」

「うんうん、確かにそうだよね。柚希が言うには、君って外国の子なんだよね?」

「う、うん……そうだよ。まあ、ちょっと理由(わけ)があってね……」

「理由……良ければ、その理由を俺達に話してくれないか?」

「うん、もちろん良いよ。けど、その前に自己紹介だけさせてもらうね」

 

『人魚』は朗らかな笑みを浮かべたまま、自己紹介を始めた。

 

「私はフィア、さっきそこの君──柚希君が言ったように人魚だよ」

「フィア、か。俺は遠野柚希、妖や神獣達のような存在と一緒に暮らしている人間だ」

「儂は黒銀、琴古主という付喪神じゃ」

「ボクは鈴音、夜雀っていう妖だよ」

「ふふっ、そっか。何だか魔力とか他の力とかの気配を感じると思ってたけど、そんな理由があったんだね」

「ああ。まあ、他にも色々な仲間がいるけどな」

「そうなんだ。さてと……それじゃあそろそろ私がここにいる理由を話さないとね。私は君達が予想している通り、外国の生まれで故郷には私の家族や他の人魚の友達、他にも色々な友達がいるんだ。

私はそんな皆に囲まれて楽しく暮らしていたし、その生活に一切の不満は無かった。けど、そんなある日の事、私はお婆ちゃんからこの国についての話を聞いて、どんな人達がいるのかスゴく気になったの」

「お婆さんから聞いたって……お婆さんは昔この国に来た事があるって事か?」

「どうやらそうみたい。お婆ちゃんが私くらいだった頃、色々な物を見てみたいと思って世界中を旅してた時に偶然立ち寄ったらしいんだけど、その頃はこの国も忙しかった頃みたいであまり長くはいられなかったって言ってたよ」

「……まあ、そうかもしれないな」

 

 フィアのお婆さんが若い頃だと、本当にこの国に色々な事があった辺りだろうし、そこはしかたないのかもしれないな。ただ、その頃に来ていたとすると、実は『八百海荘』の由来にも本当に関係してるのか……?

 

 そんな事を一瞬考えかけたが、まずはフィアの話を聞くべきだと感じ、俺は直ぐに気持ちを切り替えた。

 

「すまん、話を続けてくれるか?」

「うん。それで、最初は誰かと一緒に来ようと思ったんだけど、皆は人間にあまり興味が無かったみたいで、誰もうんとは言ってくれなかったんだ……。それどころか、私がそんなところに行こうものなら、人間に捕まって見世物にされるなんてお手伝いの人達も言い出すから、私はもう誰とも一緒に来られないと思ったんだ。

それで、皆が寝静まった夜に一人で家からこっそり出て、そのまま海を東に泳ぎ続けて、昨日この辺りに着いた感じかな」

「お手伝いの人達……え、もしかしてフィアはお嬢様だったりするの?」

「えっと……まあ、そうだね。自慢みたいになるから、あまり言いたくはなかったんだけど……私のお父さんは、故郷の海を統べる王様なんだ。だから私は、一応王女って事になるかな? もっとも、私は末っ子だから王位継承とかにはあまり関係も興味も無いんだけどね」

「一応って……」

 

 そういう事を一応で片付けるのってどうなんだ……?

 

 フィアのあっけらかんとした様子に、少し呆れながら溜息をついていると、話を静かに聞いていた黒銀が「……やれやれ」と首を横に振りながら言ったかと思うと、不意に俺の方へと顔を向けた。

 

「柚希、どうやらお主は長や神の親類縁者に縁があるようじゃな」

「はは、そうだな」

「え、そうなの……?」

「ああ、俺自身も結果としてはそういう感じだし、俺の仲間には一族の長の子供とか神様の玄孫とかもいるからな。けど、皆そういう事を鼻に掛けたり自慢したりするような奴らじゃないし、他の皆とも協力し合えるようなとても良い奴らなんだぜ?」

「……そっか」

「フィアの方はどうなんだ? さっき、友達がいるとは言ってたけど……」

「うん……いる事はいるし、一緒にいるのは楽しいよ。でも……時々思う時があるんだ、皆は私を『人魚フィア』じゃなく、『人魚姫フィア』として見てるんじゃないかって」

「……なるほどな」

「もちろん、私の思い込みの可能性もあるよ。でも、やっぱり皆の言葉の節々からそんな感じの思いが伝わってくるような気がして、少し辛かったんだよね。

()()()()()()、こういう物よりも良い物を知っている。()()()()()()、もっと美しい物を知っている』

みたいな感じにね」

 

 フィアは目を伏せながら言うと、哀しそうな表情を浮かべたまま黙り込んでしまったため、俺はその様子を見ながら少しだけフィアの事について考えてみる事にした。フィアの言う通り、周囲の友達なんかはそういう事──フィアが人魚姫である事を気にせずに接してくれているのかもしれない。

しかし心のどこかで、フィアの事を羨ましがっていたり、フィアならもっと別の物を知っているんだろうという思いがあったりすると、そういった感情や思いは本人が意識していないところで思わず出てしまう事も珍しくはない。何かに秀でている人や何か自分には無い物や優れたものを持っている人の事を羨んだりそれを欲してみたりするのは、別に誰にだってある事だからだ。

実際、俺も琥珀と出会うきっかけになったあの夢を見るまでは、誰かが自分の両親と一緒に楽しく過ごしている様子を見て、少しだけでも良いなと思っていたからな。今となっては、もうそう思う事は無くなったけれど、やっぱりそういう感情や思いなんてのは誰にだってあり得る物なんだ。

問題はそういった物とどう向き合って行くか。羨む側は、羨むだけじゃなくてそういった状況へ自分を持っていくには、どうしたら良いかを考えるべきであり、そして羨まれる側の場合は、自分が置かれている立場を一度しっかりと理解し、自分の事を自慢したり変な謙遜をしたりしないようにして、他人を嫌な気持ちにさせずに生活していく事が大切になる。

もちろん、フィアはそういう事を分かっている上で友達なんかと接しているんだろうけど、フィアの友達が心のどこかでフィアに対して感じている『羨望』や『嫉妬』みたいな感情がフィアにとってはとてもキツく、今回も無理に誘うなんて事が出来なかったのもあるのかもしれない。

 

 うーん……そうなると今回の場合は、俺よりも長谷の方が絶対に良いアドバイスを出来る気がするな。でも、フィアの事をこのまま放置は出来ないし──。

 

 そんな事を考えていたその時、『絆の書』から『柚希さん』とヴァイスが俺の事を呼ぶ声が聞こえ、一度考えるのを中断してそれに答えた。

 

『どうした、ヴァイス?』

『お話の途中で申し訳ないのですが、私を一度そちらに出して頂けませんか?』

『あ、うん。ちょっと待っててくれ』

 

 俺は『絆の書』の中のヴァイスのページをすぐに開いた後、そのまま魔力を注ぎ込んだ。そしてそれによってヴァイスが外に出てきた瞬間、俺は思わず驚きの声を上げてしまった。

 

「……へ? ヴァイス……だよな?」

「ふふ、その通りですよ、柚希さん」

 

 声や雰囲気はいつも通りのヴァイスその物だったが、姿はいつものような白竜の姿では無く、まるで物語の中の王子のような雰囲気を漂わせた少し長めのブロンドヘアの白いシャツと淡い水色のズボン姿の外国人の青年の姿だった。

しかし、立ち姿や穏やかな笑みから漂う気品の良さ、そして魔力の気配や波動の様子などはいつも通りのヴァイスであり、俺は何が何だか分からず困惑していた。するとヴァイスは、天斗伯父さんのようにクスリと笑い、優しい声で話し掛けてきた。

 

「ふふ……やっぱりそうなってしまいますよね」

「あ、ああ……えっと、一体どうしたんだ?」

「これは私の人間体です。もっとも、私自身の力だけではまだ人間の姿になる事は出来ないので、天斗さんから最近教わった変化の術を用いた物ですけどね」

「変化の術……でも、どうしてその姿になったんだ?」

「ふふっ、実は私にちょっと考えがありまして、それにはこの姿が必要だったので、まずは柚希さん達にお披露目しようと思ったんです」

「なるほど……それで、その考えっていうのは?」

「柚希さんは、フィアさんの事を放っておけないけれど、この臨海学校も参加しなければいけない。そしてフィアさんの事について長谷さんに一度相談してみたいと考えていますよね?」

「ああ。それに、フィアが無事だっていう事を一度フィアの親御さん達に知らせなきゃないと思ってるよ。フィア自身は、スゴく気が進まないとは思うけど……」

 

 俺の言葉にフィアがシュンとしていると、ヴァイスはフィアに対してニコッと微笑みかけながら声を掛けた。

 

「大丈夫ですよ、フィアさん。確かにお叱りは受けるかもしれませんが、それよりもフィアさんがご無事だった事を聞けば、御両親を始めとした皆さんはとても安心すると思いますから」

「そう……でしょうか?」

「ええ、もちろんです。お叱りも元を辿れば、フィアさんの身を心配しての事ですからね」

「心配……」

「はい。私の実の両親は既にこの世を去りましたが、育ての親──天斗さんから負けない程の愛情を注いで頂きました。私も今は落ち着きましたが、幼い頃はよく無茶なことをして天斗さんから叱られたり心配をして頂いたりしたんですよ?」

「ヴァイスが無茶……いつもヴァイスには風之真達の保護者役をやってもらったり、俺の兄貴分をしてもらったりしてるせいか、全然想像がつかないな」

「ふふ……私にもそういう時期があったという事です。さて、考えの話に戻りますが、この変化の術を利用して、明日一日だけ私がフィアさんのお世話をさせて頂こうと思っています。もちろん、天斗さんにはこの事をお伝えしますし、フィアさんの御両親にも明日中にお目に掛かるつもりです」

「フィアの世話をするって……でも、どうやってやる気なんだ?」

「簡単な話です。この変化の術は、私自身だけでなく他の方にも掛ける事が出来るので、天斗さんからの連絡を待つ間、フィアさんには人間の姿になってもらいます。そしてフィアさんの御両親にお目に掛かれると確定した後、フィアさんに掛けた変化の術を解き、私達でそちらへ向かいます。尚、私にも少々蓄えはありますので、お金の心配はいりませんよ」

「ヴァイス……分かった、それじゃあ頼んだぜ」

「はい、任せて下さい」

 

 ヴァイスがニコリと笑いながら答えると、それを聞いていた黒銀と鈴音が難しい顔をしながら俺達に話し掛けてきた。

 

「……柚希、ヴァイス。お主らにしては、少々らしくのないやり方ではないか?」

「そうだよ。まだ天斗さんに話を通してないのにそこまで話を進めても、天斗さんが無理だったらどうにもならないんじゃないの?」

「うーん……確かにそうかもな」

「だったら──」

「でも、さ……いつもは本当に年長者らしいしっかりとしたやり方を提案してくれたり色々な事を応援してくれたりしてる側だったヴァイスが、ここまで自分からやりたいと言ってくれるんだったら、今度はこっちが応援してやる番だと思うんだ。まあ、天斗伯父さんには色々迷惑を掛ける事にはなるけど、その時は俺もしっかりと謝るつもりだよ。俺はヴァイスの主兼友達というだけじゃなく、いつもヴァイスに助けてもらってる側としてな」

「「柚希……」」

 

 黒銀達は顔を見合わせた後、半ば諦め気味に溜息をつき、仕方ないといった様子で再び口を開いた。

 

「……分かった。それならば、儂らも異論は無い」

「そうだね。柚希がそこまで言うのなら、ボク達もそれに協力するよ。こう言ったらなんだけど、中々面白そうな感じだしね」

「黒銀、鈴音……ありがとうな」

「お二人とも、本当にありがとうございます」

「礼は全てが済んでからにしておけ。そして後は、他の奴らとフィア自身が良いと言えばだが……」

 

 黒銀が少し不安げに言ったその時、『伝映綱』を通じて義智が話し掛けてきた。

 

『柚希、我らも異論は無い。お前とヴァイスがやりたいようにやると良い』

『それは助かるけど……珍しいな、風之真達ならまだしも、お前や蒼牙まで賛成するなんてさ』

『ふん……柚希が考えていた事を我らも考えていただけだ。ヴァイスは自身の意見よりも他人の意見を尊重しようとする奴だからな。そんな奴が自分から何かをやりたいと欲しているなら、それを手助けするのが仲間の務め、そうなのだろう?』

『……ふふ、そうだな。さて、後は……』

 

 そう言いながらフィアの方を向いた後、不安そうな表情を浮かべているフィアに話し掛けた。

 

「フィア、お前はどうしたい? せっかく来たからには人間の生活を見てみたいと言うなら、俺達は全力でそれを手助けする。ただ……もし、そういうのが必要ないなら、それでももちろん良い。あくまでもこれは、俺達のお節介みたいな物だからな」

「柚希君……でもこれは、元々は私の我が儘から始まった事だよ? それなのに君達に迷惑を掛けるなんて……」

「それは気にしなくて良いぜ、フィア。さっきも言ったけど、これはあくまでも俺達のお節介に過ぎないんだからさ。お前はお前が好きなように決めて、好きなようにやりたい事をやってみれば良いだけだ」

「私が好きなように決めて……好きなようにやってみるだけ……」

「ああ。少なくともここには、お前の事を『人魚姫フィア』としてしか見る奴はいない。お前は何の気兼ねをせずに、『人魚フィア』としての一時を過ごせば良いだけだ」

「『人魚姫フィア』としてじゃなく、『人魚フィア』として……」

 

 フィアは軽く俯きながら小さな声で呟くと、決意を固めた様子でコクンと頷き、真剣な表情を浮かべながら再び俺達の方へと顔を向けた。

 

「私は……この眼でこの国の人間がどういう人達なのかをしっかりと見てみたい。お手伝いさん達は、人間は私達みたいな存在を蔑ろにするだけじゃなく、捕まえて見世物にするような恐ろしいもの、なんて言っていた。

でも、お婆ちゃんの話の中では全く違っていた。だから私は、自分の眼で人間というものをしっかりと見てみたい。……そうじゃないと、絶対に後悔すると思うから」

「……分かった。それなら、俺達は全力でそれをサポートさせてもらうぜ」

「うん……ありがとう、皆」

 

 ニコッと笑いながら礼を言うフィアに対して微笑みながら頷いて答えた後、『力』を通じて『絆の書』の居住空間にいるメンバーと外に出ているメンバーの両方へ呼び掛けた。

 

『皆……何か手伝ってもらう事があったその時は、よろしく頼むな』

『はい!』

『おう!』

『うむ』

 

 皆の返事を聞いた後、俺はフィアと翌朝にヴァイスを向かわせる約束を交わし、再びアンと同調をして『八百海荘』の部屋へ向かって飛び始めた。

そして空を飛んで戻る事約数分、部屋のベランダに静かに降り立った後、靴を持ったまま息を潜めながら部屋へ戻ると、琥珀の見立て通りに夕士達はグッスリと眠っており、その様子にホッと胸を撫で下ろした。

 

 良かった……これでひとまずは大丈夫そうだ。

 

『よし、俺達も一度寝ておくか。そうじゃないと、眠気でまともな判断が出来なくなるかもしれないしな』

『うむ、そうだな』

『まあ……柚希の旦那の場合は、本当に寝ておいた方が良いよな』

『私と二回も同調をしただけじゃなく、ずっと『伝映綱』を繋げている上、黒銀さんとも同調をしていますからね』

『午前中の事もありますから、ゆっくりと休んで下さいね、柚希さん』

『うん、ありがとうな、皆。それじゃあ──』

 

 おやすみ、と言おうとしたその時、「……柚希?」という声が聞こえ、その声にビクッとしながら静かにそちらへ顔を向けた。すると、体を起こしている夕士が眠そうに目を擦りながら俺の事を見ており、俺が今の状況についてどう答えたものか悩んでいる中、大きな欠伸をしながら眠そうな声で話し掛けてきた。

 

「ふあ……どうしたんだ? まだ朝じゃないだろ……?」

「あ、ああ……ちょっと目が覚めちゃったから、ベランダから外を見てたんだよ」

「……ああ、なる……ほどな。というか……俺、いつの間に寝てたんだろ……?」

「……午前中の海水浴の時に見た人魚みたいな物の話をしてたら、いつの間にか寝てたみたいだぜ?」

「ん……そっか」

 

 うつらうつらとしながら答えると、夕士はもう一度大きな欠伸をしてから再び布団へと寝転んだ。

 

「……まあ、明日も色々忙しいみたいだし……お互いに早く寝よう、ぜ……?」

「そうだな。それじゃあおやすみ、夕士」

「ああ……おや、すみ……」

 

 そして夕士は静かに目を閉じると、程なくしてスースーという寝息を立てながら再び眠り始めた。

 

 ふう……危ない危ない。まさか起き出してくるとは思わなかったから、本当にビックリした……。

 

 額にいつの間にか浮かんでいた汗を静かに拭っていると、琥珀の申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

 

『柚希の兄ちゃん、申し訳ねぇ……夕士の奴が夢から覚めてたのは気付いてたんだが、教えるのが遅くなっちまった……』

『気にしなくて良いぜ、琥珀。咄嗟のことだったわけだし、こればかりは仕方ないからな』

 

 琥珀に対してそう答えた後、これ以上同じ事を起こさないためにささっと靴を部屋の入り口へと置き、そのまま布団の中へスッと入った。

 

『よし……それじゃあ今度こそおやすみ』

『おやすみ』

『おやすみなさい』

 

 そんな『絆の書』の皆の声を聞いた後、意識がスーッと沈み込み、そのまま眠りの渦へと飲み込まれていった。

 

 

 

 

「……ふう、ちょっと休憩するか」

「だな」

「ああ」

 

 翌日、朝にこっそりヴァイスと別れた後、俺は他の『絆の書』の皆と一緒に二日目の日程をこなしていた。そして昼過ぎ、昼食を終えた後に二度目の海水浴をしていた頃、俺達は少し泳ぎ疲れたと感じ、夕士達と一緒に休憩を取るために一度海から上がった。

 

 ……それにしても、ヴァイス達は今頃何をしてるかな……? 蓄えはあると言ってたから、その辺は心配しなくても良いけど、正直あの見た目はこの辺りだとだいぶ目立つだろうし、変な奴らに因縁付けられたり妙な目に遭ったりしてないと良いけど……。

 

 照りつける太陽の下、別行動を取っているヴァイス達の身を静かに案じていると、隣を歩いていた夕士がふと何かを思い出したように声を上げた。

 

「……そういえば、昨日の夜は本当にビックリしたな……」

「ビックリしたって……俺が寝付けないから外を眺めに行ってた時か?」

「うーん、それもあるんだけどさ。その時の柚希の姿が、一瞬だけ違う風に見えたんだよ」

「違う風に……」

「ああ、何というか……雰囲気とか表情とかはいつも通りなんだけど、()()を纏っている大人みたいな感じに見えた……かな?」

 

 夕士が少しだけ首を傾げながら言うと、長谷もそれに賛同するようにコクンと頷きながら静かに口を開いた。

 

「確かにそう見えた時はあったな。具体的には、去年の花火大会の時やお前達が話していた昨夜だな」

「え、あの時に長谷も起きていたのか?」

「ああ。何か物音がすると思ってこっそり様子を窺っていたら、お前達が話しているのが聞こえてな。それで、話が終わるまでお前達に気付かれないようにしながら話を聞かせてもらってたんだ。まあ、遠野が眠りだしたタイミングで俺も寝てしまったみたいだけどな」

「そうだったのか……」

 

 あぶな……いつも通りに皆と会話をしてたからまだ良かったけど、うっかり誰かを外に出してたら本当にアウトだったな。これからは本当に気をつけるようにしないと……。

 

 夕士達の話から心の中で冷や汗を掻きながらそう感じていた時、長谷に相談したかった事があるのを思いだし、それ用にすぐに気持ちを整えてから長谷へと話し掛けた。

 

「長谷、一つ訊きたい事があるんだけど良いか?」

「ん……何だ?」

「もし──もしもだけど、自分が他の人よりも何か優れている物があったとして、それに対して周囲から直接的じゃないにしろそれについての羨みや嫉妬の感情を向けられたとしたら、お前はどうする?」

「……いやに具体的だな。もしかして、その質問も俺達とは別の友達の事だったりするのか?」

「まあ……そうだな。ただ、ソイツの意思を尊重して名前なんかは出せないけど……」

「ふむ……なるほどな。自分が他の人よりも何か優れている物があり、それに対して周囲との会話の中やこそこそ話なんかでソイツらが俺に対して羨みや嫉妬の感情を向けているとしたら……か」

「ああ。まだ伝えてはいないけど、一応俺なりの考えはある。けど、何というか……長谷の方がこれの答えを出すのが得意そうな気がしてな」

「まあ、そうだな。自慢じゃないが、俺はクラスメイト達よりも環境は恵まれ、学力も運動能力も勝ってると思っているからな」

 

 なんて事ない様子でそんな事を言った後、長谷はしばらく考え込んだ。そして、いつも通りの落ち着き払った様子で静かに口を開いた。

 

「……別に気にする必要は無いな」

「気にする必要は無いって……周囲からの反応をだよな?」

「そうだな。確かに周囲からの反応は気になる物かもしれないが、それを一々気にしてそれで自滅しても意味が無いだろ? だから、それを一々否定したり自慢したりするんじゃなく、まずはそれを気にせずにそのまま過ごして、周囲がそういった事を気にしなくなるように自分の実力を上げ、それを見せつけてやれば良い。

そうやって嫉妬とか嫌悪の感情をぶつけてくる奴は、大抵が自分にとってそれが足りない事を知りながらも、それを持っている奴を嫌う事で、自分の気を落ち着けようとしてる奴らだ。だったら、ソイツらが向けてくる感情自体を嫉妬や嫌悪なんかのマイナスな物から、賞賛や尊敬なんかのプラスな物へ変えてやれば良い」

「……つまり、周囲に自分を認めさせれば良いって事か」

「そういう事だな。頑張りっていうのは、結局誰かが見てるものだ。そして、その頑張っている様子は、何かのきっかけで徐々に伝達されていき、それによって自分が周囲に認められる事に繋がる。だから、自分が何か優れている物があるなら、それが周囲に認められるようになる事を目標にして、ひたすら頑張っていく事が俺のベストだと思ってる。優れている事に胡座をかいて、それをただ自慢するだけの奴なんかに成り下がるつもりは一切無いからな」

「なるほどな……」

 

 自分が周囲に認められるようにひたすら頑張っていく、か……。スゴく大切な事だけど、これって意外と忘れがちな事でもあるよな。そしてこれは、フィアの事だけじゃなく、俺にも関係してくる事だな。

転生特典で膨大な『力』とか波動や気を感じ取る力とかは持ってるけど、その強さに酔っているだけだったとしたら、風之真達の事を助けるまでには至らなかったし、義智やヴァイス達が力を貸してくれようなんて思わなかったと思う。だから、この事は今回だけの事だとは思わず、これからも胸の奥底に留めておく事にしよう。

 

 そう強く誓っていた時、長谷は少し安心した様子で笑みを浮かべながら話し掛けてきた。

 

「……どうやら、無事に解決は出来そうだな」

「ああ、おかげさまでな。長谷、そして夕士もいつも相談に乗ってくれてありがとうな」

「こちらこそ、だな」

「へへっ、だな!」

 

 そして三人で笑い合っていたその時、雪村達がこちらへ向かって走ってくるのが見え、そのままそちらへ顔を向けた。そして雪村達は目の前で止まると、少しだけ息を切らしながら雪村が話し掛けてきた。

 

「はぁ……はぁ……お前達、昨日の子って見てないよな?」

「見てないけど……それがどうかしたのか?」

「……やっぱりそうだよな。もし、地元の子だったらまた会えるんじゃないかと思って軽く探してたんだけど、全く見つからなくてさ……」

「そっか。まあ、今日は一応平日だし、その子だって学校に行ってるんじゃないか?」

「はぁ……やっぱりそうかな。あー……昨日の内に話くらいしておけば良かったなぁ……」

 

 雪村が心の底から残念そうに溜息をついていると、その様子を見た夕士が少しだけクスリと笑った。

 

「何だか今の雪村を見てると、臨海学校の前日に女子達の水着姿とか海で遊ぶ姿について真剣に話してた奴とは思えないよな」

「……甘いな、夕士。女子達が海で遊ぶ姿は、もう十分堪能させてもらったぜ。だがな、地元の子との一夏の思い出は、それよりも価値がある物なんだよ……!」

 

 雪村がガバッと顔を上げながら真剣な様子で言うと、長谷が「……スゴい勢いで復活したな」と少し呆れ気味に呟いた。しかし雪村にはそれは聞こえていなかったらしく、とても太陽のように輝く笑顔を浮かべながら突然別の方を向き、そちらを指差しながら俺達に大きな声で話し掛けてきた。

 

「見ろ、お前達! 確かにそういった特別な夏の思い出とはまた違うが、女子達が海で水飛沫を上げながら楽しそうにはしゃぐその様子を!」

 

 その言葉に従い俺達が大人しく顔を向けると、そこには雪村の言葉通り、何人かの女子達が楽しそうに遊んでおり、その中には金ヶ崎の姿もあった。そして何かに気付いた様子で不意にこちらへ顔を向けた時、俺と金ヶ崎の目がしっかりと合った。

その瞬間、妙な気恥ずかしさが俺を襲い、頬をうっすらと染めながら顔を背ける金ヶ崎の姿が見える中、俺も軽い顔の火照りを感じながら軽く顔を背けた。

 

 う……何で照れてるんだ、俺……? 別に照れる必要なんて無いだろ……?

 

 自分の様子について疑問を抱いていたその時、妙な視線を感じてそちらへ顔を向けた。すると夕士達がとても面白そうな物を見るような目で俺の事を見ており、その様子に嫌な予感がした瞬間、夕士がニヤニヤと笑いながら口を開いた。

 

「いやー……青春してるなぁ……」

「そうだな。いつもはスゴく落ち着いてる遠野でも、あんな顔をするんだなぁ……」

「あんな顔って……ただ、金ヶ崎と目が合って──」

「それにしても、目が合った瞬間の二人の顔、スゴかったよなぁ……」

「そうそう、何かそういうドラマでも見てるのかと思うほど、スゴく絵になってたからなぁ……」

「まるで夏の海の魔法みたいな物に、二人して掛かったみたいな感じだったよな」

「実際のところは恋の魔法、だと思うけどな!」

「違ぇねぇ!」

 

 そして楽しそうに笑い合う夕士達を見た瞬間、俺の中で怒りと()()()()()が静かに湧き上がってきた。

 

 ……少しだけからかうならまだ見逃したけど、ここまでやるというなら、ちょっとしたお仕置きをする必要があるみたいだな。

 

 表面上は平静を装っていたが、心の中では夕士達に対しての怒りが少しずつではあるが、しっかりと込み上げてきていた。そして俺は、その怒りを隠しながら()()()を頼むために『伝映綱』を通じて『絆の書』の住人達へと声を掛けた。

 

『……皆、少し良いか?』

『……別に構わんが、大人気ない真似だけは止めておけ』

『大人気ない……? いや、ちょっとした夏の思い出を作ってやるだけだよ。主に夕方の肝試しと夜の怪談でな』

『だ、旦那……? まさかとは思うが……その二つの最中に何かする気じゃねぇよな……?』

『何か、というか……体感型のホラーアトラクションにしてやるだけだよ。まあ、まだ俺は幻術みたいなのは使えないから、本格的なのは出来ないけどな』

 

 風之真の言葉に答えながらニヤリと笑っていると、『絆の書』の皆の様々な声が聞こえてきた。

 

『あはは……柚希、かなりお怒りのようだね……』

『こんな柚希さんを見るのは、風之真お兄さん達の時以来だね……』

『う、うん……柚希お兄ちゃんが静かに怒ってる時って、本当に怒ってる時だもんね……』

 

 そんな声が聞こえる中、俺は夕士達にはそれを気付かれないように接しながら、静かに湧き上がる怒りとやる気を糧にし、夕士達への()()()()の内容を考え始めた。

 

 

 

 

 その日の夜、入浴や夕食を済ませた俺達が部屋に戻ると、雪村と海野は少しだけ警戒をしてから部屋の中へと入った。すると、夕士はその様子がおかしかったのか、少しだけ声を抑えながらクスクスと笑った。

 

「二人とも……この部屋は昨日もいたんだから、そんなに怖がる必要は無いだろ?」

「あ、あはは……そう、なんだけどさ……?」

「思ったより、柚希の怪談が怖かったもんで……それがまだ残ってるというか……」

「ああ、なるほどな。まあ、遠野が話す怪談は、聞いている内にどんどん引き込まれるから、雪村達のように慣れてない奴はかなりキツいだろうな」

 

 長谷がいたって平気そうな様子で言うと、雪村と海野は「何でアレが平気なんだよ……」と言いながら信じられない物を見るような目で夕士と長谷の事を見た。

夕士達との夏の泊まり会の時にも怪談大会をしていた事もあってか、どうやら夕士達には俺の怪談への耐性があるらしく、今回の『絆の書』の住人達に音や演出の協力をしてもらった肝試し中の怪談もあまり効果はなかったようだった。

 

 ……冷静になってみると、『絆の書』の皆にはかなり面倒なお願いをしたもんだよな……。よし……これのお詫びになるかは分からないけど、初日に『絆の書』の皆と約束した近い内に出掛ける件は絶対に叶えてやる事にしよう。

 

『絆の書』の住人全員の顔を思い浮かべながら固く誓っていたその時、麒麟(きりん)輝麒(フゥイチー)の不安そうな声が聞こえてきた。

 

『……ヴァイスさんとフィアさん、今頃大丈夫かな……』

『……そうだなぁ。ヴァイスの旦那は、育ての親の天斗の旦那に似て物腰は柔らけぇし頭もキレる。だから、もめるような真似はしねぇと思うが、向こうさんがどんな感じかは分からねえしなぁ……』

『そう考えると、やっぱり不安よね……』

『うむ……』

 

 風之真を始めとした他の住人達の声にも不安の色が浮かび、その内に俺の中でも徐々に不安感が募り始めた。

 

 ……ヴァイスの事だし、大丈夫……だよな? でも、もしヴァイスの身に何かあったら、その時は極力天斗伯父さんの手を煩わせないようにしながら自分の力でどうにかしないといけないな……。

 

 そんな事を考えていたその時だった。

 

『……柚希、さん……聞こえま、すか……?』

 

 小さなノイズを伴った声が、魔力を通じてどこからか聞こえてきた。

 

 え……この声って──。

 

『ヴァイス……ヴァイスだよな!? お前、今どこにいるんだ!?』

『……落ち着い、て下……さい、柚希さん。私にも……フィアさんにも何も、起きてはいませ……んから』

『そっか、良かったぁ……』

 

 まだヴァイスの姿を見ていないものの、ヴァイスの声からいつものような優しさや落ち着きが感じられた事で、さっきまで時化の状態のようにザワついていた俺の気持ちは、凪の状態のように静かになり、とても大きな安心感で満たされていた。

すると、ヴァイスはその様子が何となく想像できたのか、クスクスと笑いながら再び話し掛けてきた。

 

『大丈夫ですよ、柚希さん。私は貴方や天斗さん、そして『絆の書』の仲間の皆さんを残して命を落とすような真似だけはしないつもりですから』

『……うん、これからも是非そうしてくれ。ところで……今お前達はどこにいるんだ?』

『フィアさんとお話をしたあの浜辺にいます。なので、昨夜のように夕士さん達が寝静まった後にこちらへと来て頂けますか?』

『……分かった。因みに腹が減ってたり喉が渇いていたりはするか?』

『いえ、それは私もフィアさんも大丈夫です』

『うん、了解。それじゃあまた後でな』

『はい、また後で』

 

 そしてそこでヴァイスの声が聞こえなくなった瞬間、『絆の書』の住人達から次々と問いかけの言葉が飛んできた。

 

『旦那! 今、ヴァイスの旦那と話してたのかぃ!?』

『柚希さん! ヴァイスさんとフィアさんは無事でしたか!?』

『……大丈夫だよ。ヴァイスの声からは怯えとか苦しみみたいな物は伝わってこなかったし、演技を強要されてる様子も無かった』

『そう……ですか』

『よ、良かったぁ……』

 

 青龍の護龍(フゥーロン)と兎和が安堵の声を漏らす中、義智が落ち着き払った声で話し掛けてきた。

 

『それで、ヴァイスは今どこにいると言っていた?』

『フィアと会った浜辺にいるってさ。だから夕士達が眠ったのを確認したら、すぐ出るようにしよう』

『うむ、そうだな。恐らく、今はフィア共々魔力を用いて姿を隠しているのだろうが、今朝から『絆の書』やお前から離れていた事から、魔力量も少なくなっている可能性は高い。そして先程の会話も魔力を用いて行った物なのは間違いなく、その分魔力も減少しているだろうからな』

『ああ、そうだな。後は──』

 

 義智との会話を続けようとしたその時、部屋の入り口の方から声が聞こえ、一度会話を中断した後、俺はそちらへ顔を向けた。すると前日と同様に、担任が消灯時間を伝えに来ており、それに室長の長谷が落ち着いた様子で応対をすると、担任はとても安心した様子でそれに頷いた。

そして部屋の中にいる俺達を含めた全員へ向かって「おやすみなさい」と声を掛け、それに対して声を揃えて答えると、担任は頷いてからドアを閉め、そのまま俺達の部屋から遠ざかっていった。

 

「……先生、昨日よりは疲れて無さそうだったな」

「……だな。流石に連日枕投げをしようなんて部屋も無かったんだろうし、皆肝試し中にかなり騒いでたから、素直に眠る事にしたのかもな」

「かもな」

 

 そんな事を夕士と話していると、長谷が部屋の中へとゆっくりと戻り、俺達の事を見回しながら静かな声で話し掛けてきた。

 

「さて……怪談大会の件は、結局どうするんだ?」

「へっ、もちろんやるに決まってる! 肝試しの時はちょーっとビビっちまったけど、今度は俺達がお前達の事をビビらせてやるぜ! なっ、深也!」

「おう! ビビってるだけの俺達じゃないって事をぜってぇ証明してやるぜ!」

「そうか。稲葉、遠野、お前達はどうだ?」

「んー、俺も別に構わないぜ? 雪村達の話す怪談も気になるからさ。な、柚希」

「そうだな。あの時の俺を超えられるだけの怪談があるかどうか気になるし、元々約束もしてたからな」

「分かった。それじゃあまずは、部屋の電気を消すとするか」

 

 そう言って長谷が部屋の電気を消しに行く中、雪村と海野は俺達──主に俺の事を見ながら闘志を燃やしている様子を見せていた。

 

 ……さて、今回は『絆の書』の皆の協力は無しだけど、ヴァイス達の事を早く迎えに行ってやりたい所だし、雪村達が気絶する程度の怪談でも話してやるとするかね。

 

 そんな事を考えている内に、部屋の電気が静かに消え、暗闇の中で長谷が近付いてくるのを感じた後、俺達はそれぞれの布団の中へと入った。そして長谷も布団の中へと入った後、長谷は楽しみや嬉しさを波動に表しながら静かに口を開いた。

 

「さあ、それじゃあ始めようか」

 

 その言葉にコクンと頷いた後、俺達の怪談大会が静かに幕を開けた。

 

 

 

 

「……っと、ようやく来れたな」

 

 アンとの同調で得た翼を使って浜にゆっくりと降り立った後、そう独り言ちながら俺は周囲を見回した。そして、ヴァイスの魔力の気配を感じた後、そちらへと向かいながらさっきの怪談大会での様子を何となく思い出した。

怪談を話す事二巡目、俺が話した海にまつわる怪談で雪村と海野は少々ビビってはいたが、まだ気絶をするには至っておらず、強がりを言うだけの余裕はあるようだった。

しかし、五巡目で話した浜辺に関する怪談で雪村達は遂に気絶し、それをきっかけに俺達は怪談大会を切り上げ、そのまま眠る事にした。その結果、昨夜よりも出て来るのが遅くなり、今こうしてヴァイスの魔力の気配を感じながら歩いているのだった。

 

 肝試し中に話した事で、少しは耐性が付いたようではあったけど、流石に夕士達クラスになるには早かったみたいだな。

 

 そんな事を考えながら歩き続けていたその時、先の方に白竜モードのヴァイスと人魚モードのフィアの姿が見え、俺は急いで二人の元へと駆け寄った。

 

「ヴァイス! フィア!」

「……おや、柚希さん。お疲れさまです」

「あ、柚希君。お疲れさま」

「ああ、お疲れさま。二人が本当に無事で良かったよ」

「ふふ……ありがとうございます。柚希さんは、本日の臨海学校を楽しむ事は出来ましたか?」

「ああ、バッチリな。ただ……やっぱりヴァイス達の事はちょっと心配だったかな。『絆の書』の皆──主に兎和や黒烏、それに護龍に輝麒なんかはスゴく心配してたしな」

「そうでしたか……ふふ、皆さんにそこまで思って頂けるのは、やはり嬉しい物ですね」

「うん、そうだな。ところで……そっちの方はどうだったんだ?」

「それがですね──」

 

 ヴァイスが話を始めようとしたその時、『伝映綱』を通じて年長組などを除いた全員から次々と声が聞こえてきた。

 

『柚希の旦那! 俺達もヴァイスの旦那に会っても良いかぃ!?』

『ヴァイスさんが大丈夫だというのをこの眼で確かめたいので、お願いします!』

『柚希殿、私からも是非お願い致します』

『……はは、分かった分かった。それじゃあせっかくだし、全員に出てきてもらう事にしようか』

 

 そう言いながら『絆の書』の表紙に手を乗せた後、体の中を巡る『力』を『絆の書』自体に注ぎ込んだ。そして、『絆の書』から次々と小さな光球が現れ、それらが皆の姿へと変わった瞬間、兎和や黒烏、四神’sなどの年少組がヴァイスへ向かって飛び込んだ。

 

「ヴァイスさん! お帰りなさい!」

「お帰りなさいです、ヴァイスさん!」

「ヴァイスさんがご無事で本当に良かったです」

「皆さん……ふふ、心配して頂き本当にありがとうございます」

 

 自分へ向かって飛び込んできたメンバーの様子に最初は驚いた様子だったが、すぐにいつものような落ち着いた様子に戻ると、ヴァイスは優しい笑みを浮かべた。そしてその様子を見ていた時、俺の肩に乗っている風之真が小首を傾げながら話し掛けてきた。

 

「柚希の旦那。旦那はヴァイスの旦那のとこに行かなくても良いのかぃ?」

「今は良いよ。そういうお前はどうなんだ? 風之真」

「うーん、俺も今は遠慮しとくかね。今飛び込もうもんなら、弟分妹分連中に示しがつかねぇからな」

「……そうか。さてと……ヴァイスはあの通りまだムリそうだし、先にフィアから話を聞くとするか」

 

 そして風之真や義智達と一緒にフィアに近付いた後、俺は事の詳細について訊くためにフィアに話し掛けた。

 

「フィア、今日あった事について話してもらっても良いか?」

「あ、うん……まず、今朝ヴァイスさんと合流した後、ヴァイスさんの魔法で人間の姿に変えてもらったの。そして二人でお昼過ぎくらいまで町の中を歩いたりお昼を食べたりしながら、この辺りの人間について二人で見て回ってたんだ。

それで、ヴァイスさんの服のポケットから何か音が聞こえたと思ったら、ポケットから何か丸い物を取り出して時には笑ったり時には申し訳なさそうに頭を下げたりしながら話を始めたの。そして話が終わると、『フィアさんのご家族に会いに行く約束は、無事取り付けられたので今から行きましょう』って、ヴァイスさんが言い始めて、私はちょっと気が引けたけど結局行くことにしたの。

でも、ここから故郷までどう行くのかな、って思ってたら、何も無かった所にいきなり銀色の扉が現れて、そこから黒い短髪の人間の人──天斗さんが出てきたんだ」

「……そっか。天斗伯父さんの力があれば、外国まですぐに行けるもんな」

「うん、扉をくぐったらすぐに近くの陸地に着いたから、本当にビックリしたよ。それで私に掛けていた変化の魔法を解いた後、天斗さんが何かぽそぽそと呟いたら、私達の事を大きな泡が包み込み始めて、それにもビックリしてたらヴァイスさんが『これはこのまま海へ潜るための手段の一つです』って説明をしてくれたの。

そしてその泡に包まれている天斗さん達と一緒に海の中へと潜って、城下町に着いた後にそのまま王宮の中へと入って、お父さん達に会ったんだ」

「親御さん達、やっぱり心配してたろ?」

「うん……スゴく心配してたみたいで、お母さんが泣きながら抱き付いてきた時、私までつられて泣いちゃったよ。

『私……本当に自分の我が儘で皆の事を困らせちゃってたな』って思いながらね。そしてその後に、天斗さんとヴァイスさんがお父さんや大臣達と話してる間、私はお母さんとお婆ちゃんと一緒にいたんだけど、その時にお婆ちゃんがこの国に来た時の話をしてくれたの。

そしたら、昔この地域に来てた綺麗な女の人に出会ってたみたいで、その時にこの地域で流行ってた流行病を協力して治してたところ、その中にはその女の人が泊まっていた宿屋の主人もいたみたいだよ」

「ふむ……なるほどな。だが、その時にお前の祖母は自分が協力した事がしれたら、周囲が大騒ぎになる上、その人間にも何か災いが訪れると感じ、自分が手伝った事は伏せるように言い含めた結果、助けた人間が営む宿屋──柚希達が泊まっている宿の名前に『人魚』の文字はないが、その人間の名の一部である『八百』を新たに付けたといったところか」

「たぶん、そうだと思います。そしてその話が終わった頃、私はお父さんに呼ばれて天斗さんとヴァイスさんの隣に立った。その時、スゴく緊張はしてたけど、二人が傍にいてくれたからそれ以上に安心はしてたかな。

それで、私の目をしっかりと見ながらお父さんが最初に言った言葉が、『フィア、お前にとって人間とは何だ?』だったの。その言葉に私はスゴく驚いたけど、すぐに気持ちを整えてからそれに答えたよ。『私にとって、人間は私達のようなモノの良い友達になれる存在だよ』ってね」

「フィア……」

「ふふ……それだけ、柚希と黒銀さんや鈴音ちゃん、そしてヴァイスさんとの絆はとてもキラキラと輝いてるように見えたからね。それにお婆ちゃんだって、人間と一緒に流行病を治したって言うし、仲良くなれるもの同士じゃなかったら、そんな事は出来ないと思うもん。

そして、お父さんはそれを聞いた後、今度は別の質問をしてきたの。それで、その質問が『お前はここに戻ってくる前、今の人間達の一部を見てきたようだが、それを見て何を感じた?』だった。

そして、それに対して私は『人間達の中には、皆が思っているような悪い人ももちろんいたよ。けど、私が見てきた中で一番印象に残ったのは、何かに向かって一生懸命頑張る事が出来て、お互いの健闘を讃え合える人達。そしてさっきも言ったような私達のようなモノと仲良く協力し、お互いに想い合えるような人。人間は必ずしも良い人ばかりじゃないけど、中にはこんなに良い人達だっている。だから、私はもっと色々な人間の姿を見てみたい。そして、もっと自分自身の見識を広げて、色々な人に誇れる人魚を目指したい。世間知らずの小さな世界の中の人魚姫のままじゃ、もうダメだと思うから』って答えたよ」

「そっか……そこまで分かってるなら、俺の友達なりの答えは必要なかったかな?」

「柚希君の友達って──あの一緒に泳いでた子だよね?」

「ああ、アイツはフィアみたいな王族では無いにしろ、親御さんもスゴく立派な家の出だし、アイツ自身の実力はとても高い。だから、言ってみればアイツも周囲の奴に色々な方面から羨まれるような奴なんだ」

「へー……そうだったんだね。何だかカッコいい子だとは思ってたけど、そんなにスゴい子だったとはね」

「ああ、俺にとっては自慢の友達の一人だよ。それで、お前の事を多少隠して相談をしてみたら、周囲からの反応は一度気にせず、しっかりと頑張って自分の実力を上げる事で、周囲に自分を認めさせれば良いって言ってたよ」

「周囲からの反応は気にせず、自分の実力を上げて周囲に自分を認めさせる……か」

「そうだ。アイツは勉強も運動も日々頑張っているし、それを怠るような真似は一切しない。アイツの場合は、自分の父親に対して負けたくないという気持ちもあるんだろうけど、そうやって頑張って自分の実力を上げていく事の大切さは、しっかりと分かってるような奴だ。

だから、男女関係なく人気はあるし、アイツの事に関して陰口をたたくような奴を見た事は無い。それはやっぱり、そういう頑張りを皆からしっかりと評価されているからだし、それに対して一切の自慢をしないから、あそこまで皆の事を惹きつけるんだと俺は思ってるよ」

「……なるほどね。確かにそんな人の事を悪く言おうなんて私も思わないかな。ただ、柚希君も負けてないんじゃない? 昨日の水泳大会の件もそうだけど──」

 

 そう言いながらフィアは俺と一緒にいる義智達の事やヴァイスと一緒にいる年少組の事をゆっくりと見回した後、ニコリと笑いながら言葉を続けた。

 

「こんなにも色々な友達から慕われてるんだし、柚希君だって私から見たらスゴいと思うよ」

「はは、ありがとうな。でも、これは俺だけの力じゃない。夕士や長谷、それにここにいる皆の力があったから、こんなに良い友達に巡り会えたって思ってるよ。もちろん、お前ともな」

「ふふ……そう言ってもらえるのはとっても嬉しいよ。これなら、私も安心してこれからの毎日を過ごせそうかな」

「……え、もしかしてそれって……?」

「うん。柚希君、私も君達の仲間に加えてもらえないかな?」

「それはもちろん良いけど、親御さん達は納得してるのか?」

「もちろん。さっきの私の答えを聞いたら、人間の姿を見てみたいと言うなら、人間のすぐ近くにいるのが一番だろうって言ってくれて、その後に天斗さんとヴァイスさんを含めて私のこれからについて軽く話し合いをしてた。

そして、それが終わった後、正式に加わるのは柚希君達に訊いてからにはなるけど、自分達は私の事を喜んで迎え入れるって言ってくれたんだ」

「なるほどな。まあ、さっきも言ったように俺はお前が仲間に加わるのは大歓迎だ。皆はどうだ?」

「ふん……今更断る理由などない」

「へへっ、もちろん俺も大歓迎だ!」

「ふふっ……また居住空間が賑やかになりますね」

「そうじゃな」

「うんうん、これからまた一層楽しくなるよね!」

「違いないな」

 

 義智達の返事を聞いた後、俺はそれに対してニコリと笑いながら『絆の書』の空白のページを開いた。

 

 さてと……とりあえずフィアにも説明をしておくか。

 

 そしてフィアへ俺や『絆の書』の事、そして居住空間の事について改めて説明をすると、フィアは目をキラキラと輝かせながら大きな声を上げた。

 

「わぁっ……! それ、絶対にスゴいよね!」

「まあな。それに、まだ確認はしてないけど、居住空間にはお前が人魚の姿でも人間の姿でも快適に暮らせる環境は揃ってると思う。だから、生活面に関してはあまり心配をしなくても良いぜ?」

「ふふっ、そうだね。たぶん基本的には、変化の魔法で人間の姿になって生活する事にすると思うけど、たまには人魚の姿で泳ぎたいからね」

「そうだろうな。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」

「うん!」

 

 そして、フィアが静かに空白のページに手を置いた後、それに続いて俺も右手を空白のページヘと置き、体の中を巡る魔力が右手を通じて『絆の書』へと流れ込むイメージをしながら、目を静かに閉じた。

すると、いつものように魔力が勢い良く腕を伝って右手に空いた穴から『絆の書』へと流れ込むイメージが浮かび、俺はそのイメージを感じながらそのまま魔力を注ぎ込んだ。

 

 ……よし、完了だな。

 

 そう感じた後、右手を離しながら目をゆっくりと開けた。すると、空白だったページには海の中を楽しげに泳ぐフィアの姿と人魚について書かれた詳細な文章が浮かび上がっていた。

そして、それに対して微笑みながら頷いた後、再びフィアのページに右手を置き、そのまま魔力を注ぎ込み、フィアが外に出てきた事を確認してから、満面の笑みを浮かべているフィアに話し掛けた。

 

「フィア、居住空間の感想はどうだ?」

「うん、想像以上の快適さだったよ! 陸地にあるお屋敷とか花畑はもちろん、海もスゴく澄んでいたし、海中に豪華な造りの宮殿もあったんだ!」

「へぇー……そんな竜宮城みたいな物もあるのか。それは始めて聞いたな」

「ふふ……これからの生活の中で、色々探検してみるつもりだから、何か新しい発見があったら教えてあげるね!」

「ああ、ありがとうな、フィア。そして、これからよろしくな」

「うん! こちらこそよろしくね!」

 

 フィアと握手を交わしながら微笑み合っていると、年少組を背中に乗せたヴァイスがニコニコと笑いながらこちらへと近付いてきた。

 

「ふふっ、どうやら無事にフィアさんも仲間に加わったようですね」

「ああ、おかげさまでな。ヴァイス、今回は本当にありがとう。今回の件について、天斗伯父さんからは何か言われたか?」

「そうですね……意外な事にお叱りを受ける事は無かったのですが、今回の件を伝えた時は非常に驚いた様子で、まるで昔の私を思い出すようだとは言われましたね」

「ああ、例の少しやんちゃだった頃のヴァイスって奴か」

「ふふ……はい、その通りです。あの時は、本当に天斗さんや他の方に迷惑を掛けてばかりでしたが、その時に出会った方とは今でも交流がありますし、あの時の経験は私の助けになってくれています」

「……そっか。確かに過去の経験っていうのは、自分が抱えている問題の解決のヒントになる事が多いよな」

「はい。だからこそ、あの時の経験は私にとって大切な宝物と言えますね」

「ふふ……だな。さて……それじゃあそろそろ帰ろうか。夕士達が眠ってるのを確認してきたとは言え、何かのきっかけで起きないとも限らないからな」

『うむ』

『おうよ!』

『はーい!』

『分かりました!』

 

 皆の返事を聞いた後、俺は全員を『絆の書』に戻してからアンとの同調を行い、青白い月が優しい光で照らす中、晴れやかな気持ちを抱きながら夜空を飛んで戻った。

 

 

 

 

「あー……これで臨海学校も終わりだなぁ……」

「そうだな。でも、お前達と一緒に滅多に出来ない経験も出来た事だし、今回の臨海学校はスゴく満足だったかな」

「ははっ、違いないな」

 

 翌日のバスで学校に戻っている最中、俺は心地よい疲れを感じながら夕士達と臨海学校についての話をしていた。

 

 ……今回もそうだけど、来年の修学旅行や中学でも似たような状況にはなるわけだし、今回の経験を次に活かせるように色々考えておく必要はありそうだな。

 

 そんな事を考えていた時、『伝映綱』を通じてヴァイスの声が聞こえてきた。

 

『柚希さん、昨夜言い忘れていた事なのですが、フィアさんのお父様が柚希さんの都合の良い時に是非一度お目にかかりたいと仰っていましたよ』

『うん、分かった。俺も一度会っておかないといけないと思ってたし、そこは天斗伯父さんと相談して決める事にしようか』

『そうですね。私が柚希さんを乗せて飛んでいっても良いですが、天斗さんと一緒の方があちらにとっても良いかもしれませんからね』

『だな。ところで、天斗伯父さんとの通信に何かの道具を使っていたらしいけど、どんな道具だったんだ?』

『道具……ああ、『通信玉(つうしんぎょく)』の事ですね。アレは自分が知っている方──主に魔力などの超常的な力を有した方の顔を思い浮かべながら自分の力を込める事で、簡易的な通信を可能にする物です。因みに、柚希さんに連絡をした時にも使っていましたよ』

『へー……そうだったのか。道理で少しだけノイズが混じってるとは思ってたけど、そんな物も持っていたんだな』

『はい。そして、天斗さんの方が遙かに詳しい説明をして下さると思うので、お互いに時間があった時にでも訊いてみると良いかもしれません』

『うん、わかった』

 

 ヴァイスの言葉に対してこっそり頷きながら答えていたその時──。

 

「はあ……結局あの後も会えずじまいだったなぁ……」

 

 雪村が溜息交じりに言う声が聞こえ、俺達は苦笑いを浮かべながらそれに答えた。

 

「雪村、こればかりはしょうがないんじゃないか?」

「そうだな。それにさ、今回は会えなかったとしても、いつかまた来た時には会えるかもしれないんだし、それまでの楽しみにしてても良いと思うぜ?」

「お互いに成長した状態で会うというのは、中々ドラマチックな展開で良いと思うしな」

「……お互いに成長した状態で、出会った場所で再会する……か。うん……良いな、それ!」

「だろ? だから、今回はもうしょうがない事にして、それまでに振り向いてもらえるように自分磨きでもしとけ」

「だな! よぉーし、やるぞーっ!」

 

 途端にやる気満々な様子で大きな声を上げる雪村に対して、やや呆れ気味な視線を向けていた時、フィアの楽しそうな声が聞こえた。

 

『ここまでやる気を出されちゃうと、理由はどうであれ何だか頑張れって応援したくなるよね』

『ふふっ、そうだね。それに、私達は一応雪村君とは顔見知りみたいな物だし、いつかはちゃんと会ってあげないといけないかもね』

『確かにそうだね。その時がいつになるかは分からないけど、その時はよろしくね、柚希君』

『ああ、任せとけ。その時までに、お前達にピッタリなシチュエーションでも考えておくからさ』

 

 その返事を聞いて楽しそうに話す雪花達の声を聞きながら、俺はいつかは必ず来る()()()()について思い浮かべた。ある未来、それは『絆の書』の面々に話したように、夕士と長谷にも俺の正体や『絆の書』の事などについてしっかりと話す事になる日の事だ。

俺は、その日がいつになるかは一応分かっているが、ここまで様々な変化が生じている以上、その想定している未来の通りにいかない可能性の方が遙かに高く、場合によっては俺が話す前にアイツらに気付かれるというパターンもあり得る。そしてそれに加えて、雪花達にさっきのような約束をした以上、雪村にもいつかは話さなければいけない時が来る。

 

 ……その時、雪村は俺の話をどう受け止めるかは、今のところ全く想像が付かない。でも、ここまで色々なモノに関わらせてしまったからには、しっかりと話をする機会を設けないといけないな。これは、雪村の友達だからというだけじゃなく、雪花達の友達兼家族兼主としての務めだからな。

 

 いつかは必ず来るそう遠くない未来についてそう結論づけた後、俺は再び夕士達との会話に混ざりながら徐々に見えなくなっていく海の景色を心にしっかりと刻み込んだ。

 

 

 

 

 バスが学校に着き、校長からの長い話や学年主任からの軽い連絡を聞いた後、俺達は各自で解散した。そしていつものように話をしながら歩き、分かれ道に差し掛かった時、夕士がニッと笑いながら声を掛けてきた。

 

「それじゃあまた明日だな」

「ああ。明日は学校も休みだけど、合気道の練習も休みだからな」

「そうだな。明日は何をするかはまだ決まってないが、明日会った時にでも決める事にしよう」

「だな。それじゃあな、二人とも」

「おう、じゃあな!」

「じゃあな、二人とも」

 

 別れの挨拶を言って二人と別れた後、いつものように『絆の書』の住人達との会話を交わしながら家に向かって歩いた。そして玄関前へと着き、ドアに軽く力を加えて押し開けた時、ちょうど廊下へと出てきていた天斗伯父さんが、見ている者を安心させるような笑みを浮かべながら静かに口を開いた。

 

「おかえりなさい、柚希君」

「はい、ただいま戻りました、天斗伯父さん」

 

 家に帰るまでが遠足。その言葉通り、無事に帰宅をした事で、俺の臨海学校も無事に終わりを告げた。




政実「第19話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回は人魚だったな。そして、作中でどこかに出掛けるフラグみたいなのが立ってたけど、これは次回に関係してる感じか?」
政実「簡単に言えば、そうなるかな」
柚希「わかった。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「だな」
政実・柚希「それでは、また次回」


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NINETEENTH AFTER STORY 人魚姫と白竜

政実「どうも、人魚の歌が聞いてみたい片倉政実です」
フィア「どうも、人魚のフィアです」
政実「という事で、今回はフィアのAFTER STORYです」
フィア「私のAFTER STORYかぁ。どんなお話なのか楽しみだなぁ」
政実「まあ、それは読んでからのお楽しみという事で」
フィア「はーい。さて、それじゃあそろそろ始めていこうか」
政実「うん」
政実・フィア「それでは、NINETEENTH AFTER STORYをどうぞ」


 ある日の午後、私は澄みきった海の中を泳いでいた。『絆の書』の居住空間にある海は視界がとてもはっきりとしている上に様々な魚の姿も見え、陸上と同じように色々な力の波動が混ざりあっていてとても心地よく、何時間でも泳いでいられるような気すらしていた。

もちろん、故郷の海の方が馴染み深いし、さっと泳いだ後に帰ってきて、泳いだ時の事をお祖母ちゃん達にも話せるから楽しい。でも、この居住空間の海はまた違った安心感を与えてくれるし、海底にある豪華な宮殿──柚希君が竜宮城と命名した──もあって、探検している気分にもなれてとても楽しく泳げていた。

 

「……ふふっ、変化の魔法で人間の姿になってみるのも良いけど、こうして人魚の姿で泳ぐのはやっぱり格別だなぁ。この事に気づけたのも柚希君達と出会えたおかげだし、あの日に少し気になって様子を見に行ったのは正解だったかも」

 

 クスリと笑いながら独り言ちた後、私は柚希君達と出会ったあの日の事を想起した。その日、私は一人で海を泳いでいた。理由は簡単、お祖母ちゃんが若い頃に見たという人間に興味を持ったから。

お祖母ちゃんが若かった頃、色々な物を見てみたいと感じた事で世界中を旅していた時に柚希君達が住んでいる日本にも訪れていて、そこで起きていた流行り病をその土地で偶然出会った人間の女の人と一緒に治して回り、仲を深めたのだという。

その話を聞いた人間や日本という国に興味を持ち、行ってみたいと思うようになった。けど、周りのみんなは人間は私達を捕まえて見世物にするような奴らで人間達に近づくのは危険だと言っていて、その反応から誰にもついてきてもらえないだろうなと思った私は一人で出発し、その先で臨海学校中だった柚希君達と出会った。

柚希君は出会って間もない私の話や悩みを聞いてくれて、自分の方の臨海学校のスケジュールなどを考えながら私の望みも叶えようとしてくれた時、柚希君の仲間の内の一人の白竜のヴァイスさんがある提案をしてくれた事で、私達はそれに乗る事にした。

その翌日、変化の魔法で人間の姿に変えてもらった私は同じように人間の姿になったヴァイスさんに付き合ってもらいながら人間達の姿を見て回った。

柚希君やその友達のような良い人ばかりじゃなく、人間にも色々な人がいると知った私は柚希君を転生させた神様であり伯父さんでもある天斗さんと合流し、二人についてきてもらいながら家族の元に帰った後、私はそれまでに見たり感じたりした事をお父さん達に話し、何も知らない世間知らずの人魚姫じゃなく、もっと人間達や世界の事を知りたいと伝え、それを許してもらえた事で柚希君達にも報告し、私は柚希君達の仲間の一員になった。

その後、私は柚希君や天斗さん、『絆の書』のみんなとの生活の中でこれまで知らなかった様々な事を学び、時には女の子達と一緒にファッションを楽しんだり白澤の義智さんや犬神の蒼牙さんから授業を受けたり、他にも一緒にお昼寝したりご飯を食べたり、と充実した生活を送らせてもらっている。

 

「……ほんと、私って幸せ者だなぁ。でも、それには甘えずに私も人魚として成長して、みんなをあっと言わせられるようにならなきゃ」

 

 拳を軽く握りながら決意を固めた後、私は数分程度泳ぎ回ってから、海上に顔を出した。すると、白竜の姿のヴァイスさんが浜辺で日向ぼっこをしているのが見え、私はゆっくりと近づいてからヴァイスさんに話しかけた。

 

「ヴァイスさん」

「……おや、フィアさん。お疲れ様です」

「お疲れ様です。今日はこっちで日向ぼっこですか?」

「ええ、そうです。あちらで皆さんと日向ぼっこするのも良いですが、こうして居住空間でのんびりするのもまた違った良さがありますから」

「そうですね。みんなと一緒にあっちで過ごすのも楽しいですけど、この居住空間は過ごしやすくて色々な自然にも触れられるので私もここにいるのは大好きです」

「ふふ……皆さん、そう言っていますよ。この居住空間は天斗さんがどのような方が来ても落ち着けるように工夫して創ったようですから。おかげで私も幼い頃のようにのびのびと飛び回ったり様々な発見をして楽しんだりさせてもらっています」

「幼い頃のように……」

 

 その言葉を聞いた時、私はある事を思い出した。

 

「そういえば、ヴァイスさんは小さい頃は少しやんちゃだったって話してましたよね?」

「そうですね。せっかくなので、少しその時の事についてお話ししましょうか」

「あ、是非聞きたいです。今のヴァイスさんからはあまり想像がつかないので気になってましたから」

「わかりました」

 

 ヴァイスさんが頷きながら答え、私が浜辺に上がって座った後、ヴァイスさんは静かに話を始めた。

 

「柚希さんから聞いているかもしれませんが、私は物心がつく前に両親を亡くしており、保護をして頂いた天斗さんの元で育ちました。その頃は天斗さんも人間の姿の年齢的にはまだ学生でしたから、学校に通いながらタイミングを見計らって私の様子を見に来てもらっていました。

ただ、その頃の私はまだまだ幼く落ち着きも無かったので、天斗さんがいない間に色々な所へ行こうとしたり与えられていた部屋を散らかしたりしていて、それを見る度に天斗さんは困ったような笑みを浮かべていました」

「なんというか……柚希君から聞いた来たばかりの頃のオルト君みたいだったんですね」

「そのようです。天斗さんから両親が亡くなっている事は聞いてましたし、血の繋がりこそなくとも天斗さんからは愛情を注いで頂いたのは間違いないですが、それでも実の両親がいないという事実を私は受け入れる事が出来ておらず、まだどこかで生きているのではないかと思っていたのかもしれません。飛び回ったり探したりすれば見つかると信じて」

「ヴァイスさん……」

「天斗さんも私の様子からそう感じていたようで、両親はもういないのだと言い聞かせようとしたり私の行動を叱りつけたりする事はせず、後で自分が片付ける事を覚悟して私の思うようにさせてくれていたようです。

そんなある日、私は天斗さんが意地悪で両親の居場所を黙っているのだと思い、天斗さんがいないタイミングを見計らって外へ飛び出し、思い付く限り色々な場所をまだあまり強くない翼で飛び始めました。

天斗さんから後で聞いた話だと、その頃には両親ももう転生を果たしていたようなのでいくら探しても見つかるはずがないのですが、天斗さんに対して反抗してやろうと考えていた私はその可能性すら考えずに天上や下界のあらゆる場所を飛び、両親がいないかと探し続けました。

もちろん、両親はもういないので当然見つからず、私が疲労感と空腹で飛べなくなって悲しみに暮れていたその時、突然雨が降り始めまして、たまらず近くにあった洞窟へと入りました」

「そんな時の雨……疲れてるのに更に寒さまでなんてすごく辛そうですね」

 

 その時の気持ちを思い出したのかヴァイスさんは辛そうな表情で頷く。

 

「はい……時間もだいぶ遅くなっていましたし、辺りも暗くなっていた時ですから、当然のように洞窟内も薄暗く、心細さから涙も流れだして、いもしない両親に心の中で助けを求めていました。そうして泣きながら助けを求め、涙も枯れ果てようとしていたその時でした、傘を差した天斗さんが姿を見せたのは」

「よかった……でも、どうして天斗さんはヴァイスさんの居場所を見つけられたんですか?」

「私がいなくなった事を知った時、天斗さんは授業を終えて帰る前に様子を見に来たタイミングだったようですが、ご自身の家に帰るよりも私を探す事を優先し、私を見ていないか色々な方に聞いて回ったようです。

その日の私は誰かに姿を見られる事について特に気にはしておらず、目撃情報は多かった事からそれを辿りながら私がいそうな場所を考えて探し、その洞窟から私が泣く声が聞こえてようやく見つけたと言っていました」

「そうだったんですね……」

「天斗さんの姿を見た瞬間、私は安心すると同時に勝手に出歩いた事などを怒られると思ってびくびくしていましたが、天斗さんは怒るどころか心配そうに見ながら私の体調を気にして下さり、特に怪我や具合の悪さはないと答えると、安心したように微笑んでから私を抱き上げて家まで連れていってくれました。

帰宅後もすぐにはご家族の元には帰らずに私が暖まるように取り計らってくれたり食事の用意をしてくれましたが、まだビクついていた私は天斗さんが怒らないのはきっとそれ以上に呆れていて怒る気にすらならないからだと思い込んでいて、天斗さんに対して私は謝る事すら出来ませんでした。

そして身体も適度に暖まり、天斗さんが食事を並べてくれた時にようやく私は天斗さんに謝る事が出来たのですが、天斗さんはそれでも怒りはせずに私の謝罪を受け入れ、やはり怒られないのだと私が落ち込んでいると、天斗さんはやれやれといった様子で息をついてから私を優しく抱き締めてくれました」

 

 そう話すヴァイスさんの表情はとても安らいでいて、その時のヴァイスさんが天斗さんから抱き締められて本当に安心していたんだと感じた。

 

「それで、その後はどうなったんですか?」

「抱き締められている時に天斗さんから発せられる穏やかな波動に心の底から安心していると、怒るのは簡単だけれど、今は私が無事でいてくれた事が何よりも嬉しくて安心しているのだと言い、その言葉から天斗さんが本当に私の事を実子のように感じてくれていると知って、私は泣きながら何度も謝り、それと同時に両親が亡くなっているという事実を受け止める覚悟を決めました。もっとも、天斗さんが一度お家へ帰って向こうでやる事を全て終わらせた後にちゃんと叱られはしたんですけどね」

「あはは、やっぱり叱られたんですね」

「ええ、もちろん。ただ、その時から私は少しずつ今の私に近づいていき、天上でお仕事をさせて頂けるようになった頃にはすっかり今のような話し方や考え方になりました。私には育ての親である天斗さんのようになりたいという目標がありましたしね」

「そっか……それで今のヴァイスさんになったんだ」

「はい。だからこそ私は同じように実の両親を亡くしても負けずに頑張ろうとする柚希さんを応援したいんです。柚希さんは転生者という事もあって、あの頃の私よりは精神面は成熟なさってますから、周囲に心配をかけないように心がけていますが、それでも辛い物は辛いですからね」

「……そうですね。私は天斗さんとヴァイスさんに付き添ってもらいながらみんなのところへ帰った時、お母さん達から無事だった事を喜ばれてお父さんからは叱られながらも私が家出をしてた時の事をちゃんと聞いてもらえたけど、柚希君の場合はそれすら出来ないですもんね」

「その通りです。誰かに叱られたり注意を受けたりする事はあまりいい気分では無いですし、その事について不満を感じる事もあります。ですが、そうしてもらえるのは、私達がその方達からしっかりと“見てもらえている”という証拠でもあるんです。そうでなければ、わざわざ叱ったり注意をしたりなんてしませんよ」

 

 微笑みながら言うヴァイスさんのその言葉は私の心にスーッと染みていく。少し前に好きの反対は嫌いではなく無関心だと聞いた事があるけど、ヴァイスさんの言っている事はまさにそれだ。

小さい時のヴァイスさんを天斗さんが叱ったのも柚希君が風之真君やオルト君を叱るのもお父さん達が私を叱るのも全部叱ってくれた人が私達の事をしっかりと見ていて、叱ろうと思ってくれているから。叱るという行動も会話や一緒に食事をするのと同じコミュニケーションの一つで、それが成立するのは相手が自分に少なからず興味を持ってくれているからなんだ。

 

 ……私、やっぱりまだまだ子供だったなぁ。でも、こうしてお父さんから許可を貰えて、柚希君達からも受け入れてもらえてここにいるわけだし、色々な事を学んだり経験したりしながら私もお父さん達みたいな大人になりたい。学んだり経験したりして得た物を活かして次の世代にも伝えていけるような大人に。

 

「ヴァイスさん、話してくれてありがとうございます。ヴァイスさんのお話、すごく勉強になりました」

「それならばよかったです。私もまだまだ学ぶべき事や努力すべき事は多いですし、私達を信じてくれたり見守ってくれたりしている方々の期待を裏切らないようにこれからも頑張っていきましょう」

「はい!」

 

 ヴァイスさんの言葉に返事をして、それに対してヴァイスさんが微笑みながら頷いていたその時だった。

 

『おーい、ヴァイス、フィア』

 

 空から柚希君の声が聞こえ、私達は揃って空を見上げる。

 

「柚希君だ。うん、なにー?」

『天斗伯父さんと一緒におやつを作ったからよかったら食べに来ないか?』

「おやつ……! うん、食べる食べるー!」

「私もご相伴に預かりますね」

『わかった、それじゃあフィアが人間の姿になったら呼んでくれ』

「うん、りょうかーい」

 

 返事をした後、ヴァイスさんと顔を見合わせて私達は笑い合う。

 

「話をしていたら、ですね」

「そうですね。では、皆さんをお待たせしても悪いですし、早速参りましょうか」

「はい」

 

 笑いながら返事をして、私達は付いた砂や海水をまずは落とすために『絆の書』のみんなと一緒に住んでいるお屋敷へ向けて歩き始める。正直な事を言えば、この先にどんな事が待ち受けているかがわからなくて不安なところもある。

でも、どんな事が待ち受けていても私には支えてくれる仲間も見守りながら助けてくれる人もいる。それを当たり前だと思ったり甘えすぎたりせずにこれからも頑張っていこう。それが私に出来る恩返しみたいな物だから。




政実「NINETEENTH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
フィア「今回はヴァイスさんの過去に関するお話だったね」
政実「うん。フィアの回だけじゃなくヴァイスの回でも触れてはきてたから、これを機に書いてみようかなと思ってね」
フィア「なるほどね。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
フィア「うん」
政実・フィア「それでは、また次回」
フィア「」


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第20話 伝承の地と山に住まうモノ達

政実「どうも、今回の話を書くために実際に現地を訪れた片倉政実です」
柚希「どうも遠野柚希です。それで、実際に行ってみた感想はどうなんだ?」
政実「そうだね……色々な都合上、約半日程度しかいられなかったけど、駅舎や駅周辺の雰囲気もとても落ち着いていて時間さえあればそこでのんびりとしていたい程に居心地が良かったし、河童や座敷わらしの話が有名なだけあって、カッパ淵以外でも河童を象った像みたいな物も見掛けたし、観光協会の土産物店でもそれらをモチーフにしたグッズなどを見る事も出来たし、自分的にはまた行きたいと思えたかな。だから、今度はちゃんと計画を立てた上でその時に行けなかったところにも行きたいかな」
柚希「そっか。さて、今回はちょっとした注意事項があります。話の内容上、今回は実在の地名や場所の名前が所々に出て来ます。先程、作者が語ったように実際に訪れた上で今回の話は書いていますが、表現などについては作者の主観による物なので、その点については予めご了承下さい。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ始めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、第20話をどうぞ」


 徐々に風が冷たくなり、三色の枯れ葉の雨が降り注ぐ季節、秋。そんな秋のある大型連休を数日後に控えたある日の事、俺が所有する魔導書、『絆の書』の住人の数名と一緒にリビングのソファーでのんびりとしながら旅行雑誌に目を通していた時、リビングへ入ってきた天斗伯父さんがニコリと微笑みかけてきた。

 

「柚希君、そろそろ秋の大きな連休がありますが、その間に夕士君達との約束などはありますか?」

「あ、はい。最後の方にならありますけど、最初から中盤までは二人とも家族旅行や帰省の予定があるみたいです」

「ふふ……なるほど、そうでしたか」

 

 俺の答えに天斗伯父さんがいつものように優しい笑みを浮かべながら答える中、鎌鼬(かまいたち)風之真(かざのしん)が俺の肩の上で不思議そうに首を傾げた。

 

「しかし……天斗の旦那は、何だって突然そんな事を訊いてきたんですかぃ?」

「実は……先日、仕事が終わった後に社長の方からそろそろ纏まった有給休暇をとっても良いんじゃないか、と言われてしまいましてね。せっかくなので、今回はその言葉に甘える事にしたわけです。この前から柚希君も『絆の書』の皆さんと一緒にどこかへ旅行に行ければと言っていましたしね」

「あ……確かに言いましたね。この前の臨海学校で、『絆の書』の皆にはだいぶ世話になりましたし、その時に皆を旅行に連れて行く約束もしていましたから。それに……今もちょうど、そのために旅行雑誌を読んでいた所でしたしね」

「ええ。なので、秋の連休の前半部分は、全員でどこかへ行ってみたいと思っているのですが、どうでしょうか?」

「それはもちろん良いと思います。けど……どこに行きましょうか?」

「そうですね……ではここは、柚希君が行ってみたい場所へ行く事にしましょうか。早速ですが柚希君、どこか行ってみたい場所はありますか?」

「え……行ってみたい場所なら色々ありますけど、本当に俺が行きたい場所で良いんですか? 皆だって行ってみたい場所はあると思いますけど……」

 

 申し訳ないという気持ちを抱きながら言うと、魔法の力で人間の姿になっていた人魚のフィアがソファーに座ったままでクスクスと笑う横で、同じく人間の姿になっている白竜のヴァイスがニコリと笑いながら話し掛けてきた。

 

「大丈夫ですよ、柚希さん。柚希さんが行きたい場所がどこであろうと、私達は反対する事はありませんし、前々からどうせ行くなら柚希さんに行きたい場所を決めてもらおうと全員で話し合っていましたから」

「え、そうだったのか?」

「あははっ、実はそうなんだ。もっとも、最初にそう言い始めたのは、義智さんなんだけどね」

「ふふ、確かにそうでしたね。それで、それを聞いた他の皆さんもその意見に次々と賛成していった結果、満場一致でそうする事に決まったんですよ」

「なるほど……」

「だから、遠慮せずに行きたい場所を決めてもらっても大丈夫ですよ、柚希お兄ちゃん」

兎和(とわ)ちゃんの言う通りですよ、柚希さん。僕達も柚希さんがどんな所へ行きたいのかは、とても興味がありますから」

「そうそう。それに、俺達からすりゃあ柚希の旦那と一緒にどっかに行けるってぇだけで嬉しいもんだからな。だから、兎和達が言うように行ってみてぇ場所を遠慮無く行ってくれて構わねぇぜ? 柚希の旦那」

「兎和……黒烏(くろう)……それに、風之真まで……」

 

 皆の微笑む顔から皆の優しさを感じ、更に申し訳ない気持ちを抱いたが、俺はそれと同時に皆への感謝の気持ちも感じていた。今回に限らず、皆には色々と世話になっている上、皆にも本当は行ってみたい場所がある中で、こんな風に言ってくれるのは心から嬉しかった。

 

 ……こうなったら、今回の旅行は本当に皆も楽しめる物且つしっかりとした思い出になる物にしていかないとな。

 

 心の中で強く決意を固め、旅行雑誌を持つ手にも力が入る中、膝の上に乗っていた白虎(びゃっこ)智虎(ヂィーフー)が少しだけ首を傾げながら話し掛けてきた。

 

「それで……柚希さんが行きたい場所は、一体どんなところなんですか?」

「そうだな……さっきも言ったけど、行きたい場所は色々とあるけど、その中にはこれからの学校行事なんかでも行きそうな場所もあるから、それらを抜いて考えるとなると……」

 

 顎に手を当てながらしばらく考えていたその時、前世から行きたいと思っていた()()()()が頭に思い浮かんだ。

 

「……うん、それならここが良いかな」

「ん……思ったよりも早く決まったみてぇだが、そこはいってぇどんなところなんでぃ?」

「えっとな……東北地方の岩手県にある『遠野市』っていうところで、そこに伝わる説話や伝承を纏めた本が前世から好きなんだけど、それには座敷わらしや河童みたいな妖の話から『マヨイガ』っていう不思議な家の話もあって読んでてとってもワクワクするんだよ。

もちろん、日本全国には妖とか不可思議なモノ達とかの話は数多く伝わってるし、そういう意味では行きたいところがいっぱいあるけど、京都とか沖縄とかはこれから修学旅行で行く可能性も有るから、今回は省いた感じだな。それに、俺の苗字も遠野だから、そこにも親近感が湧いててさ……」

 

 気持ちの高まりを感じながらそこまで話したその時、風之真達がポカーンとしているのに気付き、俺はしまったと思いながら風之真達に声を掛けた。

 

「ご、ごめん……いきなりベラベラと話し始めちゃって……」

「いや、それは別に構わねぇんだが……」

「柚希さんがあんなに目を輝かせながら話すところを見た事が無かったので、その……ちょっと驚いちゃって……」

「うんうん。確かに、いつもの落ち着き払った感じとは真逆だったもんね」

「でも、声の調子や表情から本当にそこに行ってみたい気持ちは伝わってきたよね」

「うん、何だか聞いているこっちまで楽しくなってくる感じだったもんね」

「あはは……それなら良かったけど、何か恥ずかしいな……」

 

 さっきの自分の様子に気恥ずかしさを覚えていた時、リビングの入り口の方から「……今更、恥ずかしがる事も無いだろう」という呆れの色が浮かんだ声が聞こえ、俺はそちらへ視線を向けた。

すると、そこには聖獣である白澤(はくたく)の義智と犬神の蒼牙(そうが)の姿があり、俺は頬をポリポリと掻きながらその義智の言葉に返事をした。

 

「……まあ、それはそうなんだけど、こういう姿を見せたのは義智くらいだったから、思ったよりも恥ずかしさがあるんだよ」

「……まあ、普段からお前は主に年少組などの長兄役として振る舞ってはいるから、尚更そう思うのだろうな。だが、それならば日頃から自身の思いや気持ちなどには気をつけ、それが暴走をしないように努めておけ。この先、他にも仲間が増えた際に恥ずかしくないようにな」

「……そうだな。ありがとうな、義智」

「ふん……礼には及ばん。だが、分かっているとは思うが、先の言葉は忘れるなよ?」

「もちろんだよ。皆のお手本になれるようにこれからも頑張っていくつもりだからな」

 

 ニッと笑いながら言うと、義智は一言「……そうか」と静かに答え、それ以上は何も言わなかった。義智は他の皆に比べたらあまり話す方では無いため、何か本当に必要な事を話す以外は、いつもこんな感じなのだ。

けれど、これは義智の性格なのもあるが、必要以上に話さなくとも分かるだろうという義智からの信頼の証でもあるんだ。

 

 ……いつも思っているけど、義智が俺の最初の仲間で本当に良かったな……。今回の件もそうだけど、いつも義智には白澤(はくたく)としての知識だけじゃなく、様々な経験から培われた判断力にも助けられてるし、いつかは俺も義智の助けになれるようにならないとな……。

 

 義智への感謝を感じながら心の中で決意を固めた後、俺はその場にいた皆に対してニコリと微笑んだ。

 

「よし……皆、秋の連休は目いっぱい楽しんでいこう!」

『おー!』

『うむ』

 

 皆がそれぞれ声を上げる中、俺は皆との遠野ヘの旅行の様子を想像しながら楽しさと期待で胸を膨らませていた。

 

 

 

 

「ん~……着いたー!」

 

 旅行当日、電車の乗り継ぎなどを行いながら昼頃に目的地である遠野市へと到着し、重厚で落ち着いた雰囲気のある駅舎が出た瞬間、俺の口から思わずそんな言葉が出て来ていた。前世でも一回も行った事が無かった場所だった事もあり、そこにようやく来る事が出来た事で、俺の気持ちはとても晴れやかな物になっていた。

 

 いつもならもっと落ち着いて行動するところだけど、やっぱり前々から来たかった所に来る事が出来たわけだし、もっとはしゃいでも良いよな……!

 

 そんな事を思いながら初めて見る駅周辺の景色を弾んだ気持ちで見回していると、その俺の様子に天斗伯父さんがクスクスと笑った。

 

「柚希君、気持ちはとても分かりますが、嬉しさのあまり『力』の気配が周囲に漂ってしまっていますよ?」

「……え、本当ですか?」

「ええ。一般の方々なら感じ取れませんが、妖怪や何かしらの力のある人間ならすぐに分かる程度には」

 

 天斗伯父さんのその言葉を聞き、俺はすぐに『力』の気配を消した。すると、すぐに霊力を通じて『絆の書』の中から義智の呆れ声が聞こえてきた。

 

『柚希……少しは落ち着いたらどうなのだ?』

『あはは……ゴメンゴメン。ようやく来られたもんだから、思ったよりも気持ちが弾んじゃってさ……』

『ふふっ……ここに着いた瞬間、心の声がスゴく弾んでましたもんね♪』

『……この前もそうだが、こういう柚希の旦那の姿を見る度、柚希の旦那のイメージが良い意味でどんどん壊れていくよな』

『うん。でも、良い意味でなわけだし、このままどんどん壊していっても良いんじゃない?』

『へへ、だな!』

 

『絆の書』の面々が俺の事について次々と話し出すのを聞き、俺は少しだけ気恥ずかしさを覚えた。けれど、それと同じだけの安らぎも感じていた事もあり、俺は思わずクスリと笑っていた。

 

 ……まあ、皆も楽しんでくれているようだし、これも良い機会だと思って皆と一緒にハメを外しすぎない程度に楽しんだ方が良いよな。

 

 少しだけ落ち着いた気持ちでそんな事を考えていたその時、「ねえ」と突然近くから声を掛けられ、俺は驚きからビクリと体を震わせた。そして、天斗伯父さんと一緒にそちらに視線を向けると、そこにいたのは黒いおかっぱ頭の少女だった。

その子は綺麗な赤い小袖を着ており足には草履を履いている事から、傍目からはただの地元の子にしか見えなかった。しかし、小さな鞠のような物を手に持っている事やその少女から感じる『妖気』からこの子がただの人間では無いのは明らかだった。

 

「えっと……君はもしかして……」

「おっ、その様子や姿が見えてるところを見るに、どうやらボクの正体が何か分かっているみたいだね」

「いや……だって有名だろ? でも、そんな君が何でこんなところにいるんだ? 『座敷わらし』」

 

 心の底からの疑問を問い掛けると、その子──『座敷わらし』は俺の顔を見ながら悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

 

 

『座敷わらし』

 

 主に岩手県で伝えられている子供の姿をした妖であるが、同時に精霊的な存在としても伝えられている。基本的に5~6歳頃の着物を着た子供の姿をしており、旧家の奥座敷などに好んで住み着く。そして、座敷わらしが住む家や出会った人物は様々な幸運に恵まれるとされ、それを求めて座敷わらしに会いに来る人も多い。

 

 

 つまり、座敷わらしがここにいるというのは、普通に考えればおかしくないようでおかしい話と言えた。

 

 ……いや、着いた直後に座敷わらしに早速会えたのは幸運以外の何物でも無いし、とっても嬉しい事ではあるんだけど、何で座敷わらしがここにいるんだ……?

 

 目の前の座敷わらしの存在に疑問を募らせながら返事を待っていると、座敷わらしは悪戯っ子のような笑みを浮かべたままで楽しそうに答えた。

 

「それはね……ボクの『友達』に言われたからだよ」

「友達って……同じ座敷わらしの仲間とか別の妖の仲間とかか?」

「うん、そんなとこかな。さっきまである神社でこの鞠をついて遊んでたんだけど、その友達が突然ボクを訪ねてきて、こっちの方から強い気配を感じるから、一度見てきて欲しいって言われたんだよ」

「強い気配……たぶん、さっき俺が出してた奴かな?」

「そうかもね。実際に見に来たら、君達がこうしていたわけだし、それを彼が感じ取ったんだと思うよ」

「そっか……」

 

 座敷わらしの友達……この地方にいる妖は色々限られるし、少なくとも遠くからでも俺の『力』の気配を感じ取れる程の力の持ち主となれば、『アレ』くらいしかいないよな……。

 

 座敷わらしの友達について大体の予測を付けていた時、「……あ、そうだ!」と座敷わらしは何かを思いついた様子で大きな声を上げながらパンッと両手を打ち鳴らし、ニコニコと笑いながら俺の両手を取った。

 

「君達って別のところから来た旅行者なんだよね?」

「え……まあ、そうだけど……」

「それなら、ボクが色々と案内してあげるよ!」

「案内してあげるよって……その友達に報告をしに行かなくても良いのか?」

「あははっ、大丈夫大丈夫! 彼ならボクのいる場所くらいすぐに分かるだろうし、こうする事くらい分かってるはずだからね!」

「そ、そうか……」

 

 うーん……これも信頼の形の一つ……なのかな?

 

 座敷わらしの自由さに溢れた発言に対して苦笑を浮かべていると、『絆の書』の中から風之真達を始めとした皆の話し声が聞こえてきた。

 

『あー……まあ、ちょいと自由すぎるきらいはあるみてぇだが、おてんとさんみてぇに明るいのは良い事なんじゃねぇのかぃ?』

『……まあ、確かにそうだね』

『その友達とやらは少々気の毒だが、案内役を頼めるのならば、頼むのもまた一興やもしれんな』

『うんうん。いざとなれば、柚希がさっきみたいにバーッと気配を漂わせればすぐに来そうな気がするし、この子に案内役を頼んじゃうのも私達らしくて良いんじゃないかな?』

「……俺達らしい、か……」

 

 確かに妖が案内役の旅行なんて普通じゃ経験できないし、これも良い機会だと捉えても良いのかもしれないな……。

 

 皆の話し声からそんな事を考えていた時、隣で静かに話を聞いていた天斗伯父さんがクスリと笑いながら話し掛けてきた。

 

「柚希君、ここは『絆の書』の皆さんの言う通り、この方に案内役をしてもらうのも良いかもしれませんよ」

「……天斗伯父さんもそう思いますか?」

「ええ。座敷わらしの案内役というのは、確かに私達らしくて良いと思いますし、座敷わらしさんのやる気を無碍(むげ)にするのも申し訳ないですから。まあ、一度泊まる予定の民宿に行って荷物を軽くする必要はありますけどね」

「……確かにそうですね」

 

 天斗伯父さんの言葉に頷きながらニコリと笑って答えた後、俺は座敷わらしの方へ視線を戻した。

 

「それじゃあ……頼んでも良いか?」

「うん、任せといてよ! というわけで……まずは自己紹介しとくね」

「ああ」

「ボクは座敷わらしの小紅(こべに)。ボクなんて言ってるけど、ボクは女の座敷わらしだからね」

「あ、それは何となく分かってたぜ? 俺の仲間にも同じように僕っ娘的なやつがいるからな」

「な、何と……!? まさかまさかのキャラ被りをするなんて……!」

 

 座敷わらしの小紅はオーバーリアクションを取りながらそのまま心底ショックな様子で崩れ落ちたが、すぐに何事も無かったかのようにスクッと立ち上がり、再びニコニコと笑い始めた。

 

「まあ、そういう事だってよくあるわけだし、落ち込んでなんていられないよね!」

「あはは……まあ、そうだな。それに、流石にソイツも座敷わらしっていうわけでは無いから、完全に被っているわけじゃないかな」

「ふふっ、そっか。何だかその子とは仲良くなれそうな気がするし、会えるなら会いたいかな?」

「ん……何なら今から会うか?」

「え、今からって……?」

 

 不思議そうに首を傾げる小紅をよそに、俺は愛用のショルダーバッグの中から『絆の書』を取り出し、鈴音のページを開きながら声を掛けた。

 

『それじゃあ行くぞ、鈴音』

『はいはーい!』

 

 そして『絆の書』に魔力を込め、鈴音を外へ出した瞬間、小紅は突然鈴音が俺の肩の上に現れた事で、信じられない物を見たかのような表情を浮かべた。

 

「え……今、本の中から雀が出てきた……よね?」

「ああ。この本、『絆の書』は俺が所有する魔本なんだ。それで、この鈴音を含めた俺の仲間兼友達がこれを扉代わりにした先の世界にいて、とりあえず鈴音だけを出した感じだな」

「この本が……扉……」

「ふっふっふ……やっぱり最初は驚くよね。まあ、この『絆の書』もスゴいんだけど、柚希だってこの体の中にスゴく強い力を秘めてるんだよ!」

「わぁ……君、本当にスゴい人間なんだね……!」

「はは……まあ、まだまだ修行中の身ではあるんだけどな。さて……次は俺だな。俺は遠野柚希、妖力や霊力が混ざり合った力を持ってるけど、一応普通の人間だ」

「それで、ボクは夜雀の鈴音だよ!」

「そして私は遠野天斗、柚希君の伯父です。よろしくお願いしますね、小紅さん」

「こちらこそよろしく! ところで……」

 

 小紅は『絆の書』へ視線を向けると、ワクワクとした様子で目をキラキラと輝かせながら『絆の書』を指差した。

 

「さっき、その『絆の書』の中には他にも仲間がいるって言ってたよね? 他にはどんな仲間がいるの?」

「うーん……それについては、また後で顔合わせの機会を作るから、その時でも良いか?」

「うん、良いよ! それじゃあまずは、その民宿に向けて……しゅっぱーつ!」

「おー!」

 

 座敷わらしの小紅の明るく元気の良い声に鈴音が負けず劣らず元気よく答えるのに合わせて頷いた後、俺達は小紅の隣に並び民宿に向けて話をしながら歩き始めた。

 

 

 

 

 民宿に荷物を置いてきた後、俺達は一度駅へと戻った。その理由は、駅から民宿までの距離が本当に近かったため、それなら民宿から始めるよりも駅から始めたいという小紅の意見を汲んだからだ。

 

「でも、小紅。どうして駅から始めたいって言ったんだ?」

「うーん……別に深い意味は無いんだけど、強いて言うなら出会ったのがここだったからかな」

「……そっか」

「うん! という事で、まずはボクの友達の内の一体が住んでいる所まで行くよー!」

 

 小紅が元気よく言う中、鈴音が首を傾げながら小紅に話しかけた。

 

「友達の内の一体……って事は、その友達も妖なんだね?」

「その通り! ボクの友達、青吉(せいきち)はとっても腕力が強くて優しい妖なんだけど、ちょっと無口なせいで他の妖達や同じ種の仲間達から実は怖い奴なんじゃないかって思われてるんだ……」

「無口なせいで怖がられる、か……」

「うん、そうなんだ。だから、友達もボクと翡翠(ひすい)くらいしかいないみたい」

「翡翠……それがお前をここに行ってくれるように頼んだ友達か?」

「そうだよ。翡翠は元は別の地方から来た妖なんだけど、物知りだし力も強いからいっつも頼りにさせてもらってるんだ」

「なるほど……」

「ただ……昔、人間達と何かあったみたいで、人間の事が心底嫌いみたいなんだよね。けど、ボク達には何かと世話を焼いてくれるし、山に住む動物達にも優しいから決して悪い妖では無いよ」

「人間嫌いの妖か……」

「まあ、妖にも色々といるからそれは珍しくないけど、その翡翠っていう妖に会うのは、出来るだけ控えた方が良さそうだね」

「……残念だけど、そうした方が良いかもな」

「うん……ボク的には、翡翠にも会わせてあげたいところだけど、たぶん会わせたら()()()()()怒るだろうし、止めとくのが良いかもね」

 

 小紅が残念そうに言う中、俺はさっきの小紅の言葉の中に一つだけ疑問を感じた。

 

「哀しそうに怒る……?」

 

 烈火の如く怒るとか、声を荒げずに静かに怒るとかならまだ分かる。けれど、ただ怒るのではなく、哀しそうに怒るのは少々疑問だった。恐らく、人間達との間にあった何かというのが原因なのだろうが、哀しそうに怒るという事から、少なくとも昔は人間とも仲良くしていたという可能性は高い。そうじゃなければ、人間の事を嫌うどころか気にもとめないだろうからだ。

 

 うーん……その辺がどうにも気になるな。別に無理やり仲良くなろうなんて気持ちは無いし、本当に嫌がるなら無理に会おうとは思わないけど、その哀しそうというのはやっぱり気になるよな……。

 

 翡翠と呼ばれている妖の事について軽く俯きながら色々と考えていた時、ふと視線を感じそのままゆっくりと顔を上げた。すると、視線の主──小紅が何かを決心したような表情を浮かべており、その波動にも迷いの色は一切見られなかった。

 

「小紅、どうかしたか?」

「……あ、ううん。ちょっと思うところがあっただけだから、あまり気にしなくていいよ」

「……そうか」

「うん! さてと……それじゃあそろそろ青吉のところに行こっか! という事で、まずはバス停までレッツゴー!」

 

 何事も無かったようにニコリと笑う小紅に対して頷いて答えた後、俺達は小紅の後に続いてバス停へと向かった。

 

 

 

 

 約十数分後、俺達はバスと徒歩で青吉と呼ばれている妖の住み処である場所へとやって来た。そこは一橋(いっきょう)の橋が架かっている淵であり、寺の近くに位置しているためか周囲はとても静かだった。

 

「ここは『カッパ淵』……だな」

「そうだよ。まあ季節の関係もあるから、今日は人間の姿は全然無いけど、春とか夏とかならここにも大勢の人間達が訪れるかな」

「確かにその辺りの季節なら、この淵の近くで涼む事が出来そうですからね」

「それに、ここにはある御利益がある像もあるし、それを目当てに来る人間もいるみたいだよ」

「なるほどな……」

 

 小紅の言葉に納得しながら頷いていたその時、淵の向こう側で人のような形をした()()の何かが淵を見下ろしながら座っているのが見えたが、それが妖気を発している事から、それの正体はすぐに分かった。

 

「小紅、あそこにいるのってもしかして……」

「んー……? あ、そうだよ! あそこにいるのが、ボクの友達の『河童』の青吉だよ!」

「……やっぱりな」

 

 嬉しそうに答える小紅の様子にクスリと笑った後、俺は淵の様子を静かに見つめる河童の青吉へ再び視線を向けた。

 

 

『河童』

 

 日本各地に言い伝えなどが残っている妖。一般的に伝えられている容姿は、皿が載った頭や短い嘴に亀のような甲羅、手足に水掻きが付いた緑色の体だが、伝承や民話によっては赤色の体色であったり、体が毛に包まれていたりなど様々な姿をしている。

 

 

 河童の呼び方や成り立ちなんかも地方によって色々と種類があるし、中には河童大明神が祭られているお寺もあるみたいだから、日本の妖の中では河童は人間の生活に深く根付いた存在と言えるよな。

 

 青吉を見ながらそんな事を考えていた時、青吉は不意にこちらに視線を向けると、そのまま静かにスクッと立ち上がった。そして、こちらに向かって歩いてきながら青吉は小紅へと話し掛けた。

 

「……小紅、連れているのは人間か?」

「うん、柚希はそうだけど、天斗さんは神様だし、柚希の肩に乗ってるのは夜雀っていう妖の一種だよ」

「……神に妖、か……」

「まあ、柚希も色々な力が使えるらしいし、付喪神や神獣達とも一緒に暮らしているみたいだから、人間の中では一風変わった存在ではあるけどね」

「そうか。だが、人間と一緒にいると、翡翠が良い顔をしないぞ?」

「あはは……確かにね。ボクは柚希達の案内人を志願した身だから、その役目は最後まで果たすつもりだよ」

「……分かった」

 

 青吉は淡々とした調子で答えた後、今度は俺達の方へ顔を向け、少しだけ物珍しそうな視線を向けながら静かに口を開いた。

 

「既に小紅が紹介したと思うが、俺自身からも自己紹介をさせてもらう。俺は河童の青吉、この淵を住み処にしている。よろしく頼む」

「ああ、こちらこそよろしくな。俺は遠野柚希、小紅が言ってたように妖力や霊力を織り交ぜた力を持っている人間だ」

「私は遠野天斗、神の一柱であり柚希君の伯父です」

「そして、ボクは夜雀の鈴音だよ。よろしくね、青吉」

「……ああ、よろしく頼む」

 

 お互いの自己紹介を終えた後、鈴音は青吉の事を見ながら少し不思議そうに首を傾げた。

 

「その様子だと……青吉は翡翠っていう妖と違って、柚希達人間の事が嫌いじゃないんだね?」

「ああ。小紅のように人間の事が特別好きというわけでは無いが、翡翠のように嫌う理由も無いからな」

「ふーん……そっか」

「まあ、中には人間を好ましく思っていない奴も当然いる。そしてそういう奴は、こうして姿を見せる事は無く、普通の人間では辿り着けない場所で暮らしている」

「普通の人間では辿り着けない場所……」

「簡単に言うなら、人間がいない別の空間かな。翡翠が言うには、ボク達のような人間とは違った存在がいる地域には、そういう別の空間や神域なんかへ通じる扉のような物があって、よっぽど力の強い人間やボク達のような存在以外には通る事も視る事も出来ないけど、中には波長が合っちゃう人がいて、そのまま迷い込む事もあるんだってさ」

「ああ……いわゆる、神隠しの一種だな」

「うん、そんなとこだね。まあ、中には先の空間にいたモノに()()()()()()()()人間もいるかもしれないけど、青吉の仲間達の場合はしっかりと帰しているみたいだから、その辺は安心して良いよ」

「分かった」

 

 笑みを浮かべながら小紅の言葉に頷いていたその時、ふと俺はある事を思い出した。

 

 神隠し……そういえば、風之真と雪花は元々は自分達の仲間がいる地域で暮らしていたけど、気付いた時には俺達が住んでいる街に来てたって言ってたよな。

という事は、もしかしたら風之真達が来た理由も神隠しに似た現象に巻き込まれた結果なのかもしれないし、後で天斗伯父さんや義智達ともその線についてもう少し深いところまで話をしてみる必要がありそうだな。

 

 顎に軽く手を当てながら風之真達に訪れた謎の現象について考えた後、俺はショルダーバッグから『絆の書』を取り出した。

 

 さてと……今のところ、周囲からは俺達以外の人間の気配や波動は感じ取れないし、出してやれそうな奴はそろそろ出してやるとするか。伝映綱のおかげで景色や小紅達の姿は見えてるとは言え、この旅行は皆で楽しむために計画した物だからな。

 

 そして、『絆の書』の表紙に手を載せながら魔力を通じて中にいる皆に話し掛けた。

 

『皆、今のところ他の人間の気配はしないみたいだから、誰か外に出て来てみるか?』

『ん……本当に良いのかぃ?』

『ああ。少し先の方まで探知してみたけど、今なら大丈夫そうだし、そろそろ鈴音以外の皆も出してやりたいと思ってたからさ』

『へへっ、なるほどな。んじゃ、その言葉に甘えさせてもらうとするか!』

『あ、それなら僕も一緒に出るよ、風之真兄ちゃん!』

『ふむ……ならば、我も出るとするか』

『絆の書』の皆から次々とそんな声が上がった後、俺は小さくクスリと笑ってから『絆の書』の表紙に手を載せたまま魔力を込めた。そして『絆の書』の中から風之真を始めとした『絆の書』の住人の半分近くが俺の後ろに出現すると、小紅と青吉の二人は揃って目を丸くし、小紅は驚きの色を浮かべながら風之真達を指差した。

 

「柚希……その後ろにいるのが、もしかして……?」

「ああ、そうだ。まあ、もう半分くらいはまだこの中にいるけどな」

「……これでも多いと思ったが、まだこの他にも仲間がいるのか……」

「おうよ! 俺達みてぇな妖からオルトみてぇな異国の怪物、他にも神様の玄孫や人魚姫、白竜に四神の子供なんてのまでいるが、皆大事な仲間であり家族みてぇなもんだな」

「仲間であり家族……」

「はい。もちろん、正式な家族というわけではありませんけど、柚希お兄さんや天斗さん、『絆の書』の皆さんは本当の家族にも負けないくらい大切な存在です」

「種族や性別も様々だし、年齢も出身も結構バラバラではあるけど、色々な事を協力し合ったり学び合ったりしてるから、毎日スゴく楽しいんだ」

「そっか……」

 

 皆の事を見回しながら楽しげに言う鈴音の言葉に、小紅はどことなく寂しそうに微笑み、青吉はその小紅の姿を少し心配そうに見つめていた。

 

 小紅達……どうかしたのかな……?

 

 その二人の様子に疑問を抱き、小紅達の波動を視てみると、青吉は少しだけ波が立っていたもののまだ静かな方と言える波動だったが、小紅の波動はとても荒々しい波が立っていて、どことなく暗い印象を受ける物だった。

 

 この感じ……寂しさの他にも哀しみや苦悩、怒りなんかも混じってるみたいだけど、小紅の過去に何かあったのか……?

 

 小紅の波動に関して自分なりの予測を立てた後、それを確かめるために俺は「なあ」と声を掛けようとした。しかしその時、上空からまた別の妖気を感じ、俺達は揃って空へ視線を向けた。するとそこにいたのは、上空からこちらに視線を向けている背中から大きな黒い翼を生やした背の高い修験者の格好をしたモノだった。

そして、ソイツが手にしている緑色の羽団扇や赤い顔と長く伸びた鼻、そして体中から発せられるその妖気の強さから、その正体は明らかだったが、俺は念のためその正体を確かめるために小紅に話し掛けた。

 

「……小紅、もしかしてアレって……」

「うん! アレがボク達のもう一人の友達、『天狗』の翡翠だよ」

「……やっぱりそうだったのか」

 嬉しそうな笑みを浮かべる小紅の横で俺は『天狗』の翡翠の姿を見ながらポツリと呟いた。

 

 

『天狗』

 

 日本各地で言い伝えや伝説が伝わる妖怪。河童や鬼と同様に有名な妖怪の一種で、『烏天狗』や『木の葉天狗』などの種類が存在し、その中でも『大天狗』と呼ばれる種類は天狗の中でも体調や力が強く、地域によっては神と同一視される事もある。

 

 

 ……ぱっと見、『烏天狗』や『木の葉天狗』のようには見えないから、この翡翠っていう天狗はいわゆる『大天狗』と言われる種類だな。そして、翡翠がここに来た理由は恐らく……。

 

 翡翠が放つ妖気に少しだけ緊張をしながら翡翠の様子に注目していると、翡翠は翼を静かにはためかせながら俺達の目の前へと降りてきた。そして小紅と青吉の事を見てから俺へと視線を移すと、とても忌々しそうに鼻を鳴らした。

 

「……ふん、やはりあの気配は人間の物であったか。気配がした方角から悪意や邪念などを感じなかったため、一応小紅に様子を見に行かせたが、まさかそれが人間の身でありながら妖などを使役する術士であったとはな」

「確かに形としては使役にあたるかもしれないけど、俺はコイツらの事を使役しているとは思っていない。皆は俺にとって友達であり家族のような存在だからな」

「友達であり家族、だと……? ふん……全くもってくだらんな。人間と妖が相容れる事などあり得るわけが無いだろう」

「そんな事──」

「そんな事ねぇよ!」

 

 その瞬間、全員の視線が俺の肩に乗る風之真へと集中した。

 

「風之真……」

「人間と妖が相容れねぇだぁ……? んな事あるわけねぇんだよ! 人間と妖だって同じ生き物なんだ、しっかりと話をすれば分かり合える事だってあるに決まってんだよ!」

「……威勢の良い小童だ。だが、我は人間と妖が相容れる事は無いという意見を変える気は無い」

「何でだよ!?」

「何故……か。そんな物、この世に住んでいるならば分かるはずだ。人間と妖は同じ世界で暮らしてきたが、時が経つに連れて人間は己らの生活や欲望を優先し、山を必要以上に崩し海を汚す事でそこに棲むモノ達の生活を脅かしてきた。そんな状態で人間と妖が相容れる事などあり得るわけが無いだろう」

「良いや、あり得る! 確かに仲間の中にはこころのように人間のせいで故郷を追われたり、蒼牙の旦那のように酷い目に遭わされたりした奴だっているさ! けど、人間である柚希の旦那と触れ合い心を通わせた事で、こころ達は友達であり家族のような存在になったんだ!」

「ふん……そんな物が証明になるわけが無いだろう」

「何だと!?」

 

 風之真が怒りで拳を震わせ、再び口を開こうとしたその時、「……待て」と蒼牙がそれを手で制しながら声を掛けた。

 

「蒼牙の旦那……」

「風之真、お前の気持ちは嬉しく思う。だが、怒りに支配された状態ではあの翡翠という大天狗に気持ちを伝えることは叶わん。よって、お前は少し気持ちを落ちつけておけ」

「……分かった。すまねぇな、蒼牙の旦那」

「構わん。我もお前と同じ気持ちなのだからな」

 

 そして風之真に対して蒼牙が静かに微笑んでいると、翡翠は蒼牙の姿に驚いた様子を見せた。

 

「……お前は、もしや犬神か?」

「そうだ。翡翠、我もかつては人間への怨みを募らせるだけのモノだった。しかし、柚希とその仲間である『絆の書』の住人達としのぎを削り、その絆に触れた事で我はその考えを改め、こうして仲間となった。翡翠よ、これは人間と妖などが相容れる事が可能だという確固たる証明になるのではないか?」

「……なるほどな。確かに犬神を()()しているのでは無く、()()としている者は今まで見た事は無いな」

「…………」

「しかし、我の意見は変わらん。その程度では、我の意見を変えるだけの信用たり得る証拠にはならんからな」

「……そうか」

 

 翡翠の言葉に蒼牙が静かに答えると、翡翠は再び小紅と青吉に視線を向け、落ち着いた声で話し掛けた。

 

「小紅、青吉、お前達が人間と話したり触れあったりする事には何も言う気は無い。しかし、あまり深入りをするなという忠告だけはしておく。()()()()人間の中に潜む『深淵』に苦しめられていたのだからな」

「……その忠告、とりあえずありがたく受け取っておくよ」

「……同じく」

「……それならば良い。ではな」

 

 小紅達の返事に頷いた後、翡翠は静かにその場を飛び去った。そして翡翠の妖気が彼方へと消えた瞬間、風之真は緊張が解れた様子で肩に乗ったままへたり込んだ。

 

「ふぅ……あんな強い妖気を感じたままであんな物言いするのは、流石に疲れるぜ……」

「まあ、そうだろうな。『絆の書』の中だと彼所までの妖気を発する奴はいないし、俺も本当に怒る時くらいしかやろうと思わないからな」

「いや……俺的には、出来れば怒る時でもそれはしねぇでおいてくれると助かるんだけどな……」

「……まあ、考えておくよ。後……大天狗相手にあそこまで言ってくれてありがとうな、風之真」

 

 風之真に対して微笑みながら礼を言うと、風之真は一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐにいつものような笑顔を浮かべると、少し誇らしげな様子で答えた。

 

「へへっ、礼には及ばねぇぜ、柚希の旦那。俺は自分の思った事をそのまま言っただけだし、俺は柚希の旦那の一番の弟分だからな。それに、あんな風に言われたままだと男が廃るってもんだぜ!」

「……ふふっ、そっか」

「おう!」

 

 風之真の嬉しそうな笑みに微笑み返した後、俺は小紅達の方へ視線を向けた。先程の翡翠の言葉のせいか、小紅達の表情は曇っており、波動からも不安や哀しみといった感情がしっかりと感じ取れた。

 

 ……さっき、翡翠は小紅達に対して()()()()という言い方をしていた。つまり、小紅達にも人間達との間で何かあったのは間違いなく、そしてそれは小紅達にとって哀しく辛い出来事だったんだろうな。

 

 小紅達の姿からそう感じた後、とりあえず俺は小紅達に声を掛けた。

 

「小紅、青吉、大丈夫か?」

「……え? ああ……うん、ボク達は大丈夫だよ」

「……そうだな」

「そっか……それなら良いんだけど」

 

 波動の様子や表情から小紅の言葉が俺達を心配させまいと思って出た物だと分かった上で答えていると、小紅は突然俺の顔をジッと見つめたかと思うと、哀しげな笑みを浮かべながら呟くような声で話し掛けてきた。

 

「……訊かないんだね。ボク達の過去に何があったのか」

「まあな。確かに何があったのかは気になるけど、それを無理に訊くのは間違っているし、本人が話したいと思ってくれたタイミングで訊くのが、一番だと思っているからな。だから、小紅も青吉も今は無理に話そうとしなくて良いよ」

「……そっか。」

「ああ。まあ……一応、明日まではこの遠野にいる予定だから、もし俺達の滞在中に話したいと思えるタイミングが来たら教えてくれ。その時は、俺達もしっかりと話を聞くし、お前達の助けになれるように努力するからさ」

「「柚希……」」

 

 小紅達の声に俺がニッと笑いながら頷くと、小紅達は一度顔を見合わせた後、安心したように笑い合った。そしてこちらへ向き直ると、同時に頷いた。

 

「うん、その時はそうさせてもらうよ。ね、青吉」

「そうだな。会ったばかりの奴を信じるのは本来ならば早計なのかもしれないが、柚希達なら信じても良いと思えるからな」

「そっか……うん、ありがとうな」

「ううん、お礼を言うのはこっちの方だよ。翡翠の言葉で柚希達も何となく分かってると思うけど、ボクや青吉は過去に人間達との間で辛い出来事があった。翡翠に比べれば、ボク達の過去の出来事なんてまだマシなんだろうけど、正直な事を言うならあの頃のボク達にとってはとても辛い出来事だったんだ。

だから、その事を無理には聞かずに話したいと思ったタイミングで話すように言ってくれたのは、本当に嬉しかったよ。ありがとう、柚希」

「……柚希、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 小紅達に対して微笑みながら答えていた時、今まで俺達の話を聞いていた天斗伯父さんが静かに口を開いた。

 

「さて……お話も纏まったところですし、そろそろ行きましょうか。個人的にはもう少しここで青吉さんともお話ししたいところですが、これ以上留まっていては近隣の皆さんにもご迷惑をお掛けしてしまいますから」

「あ……確かにそうですね。それじゃあ青吉、もし話したいと思った時は小紅を伝達役にして教えてくれ。そうすれば、余程遅い時間じゃなかったら、『絆の書』の皆の力を借りて話を聞きに来られるからさ」

「ああ、分かった。……小紅、案内人としての役目はしっかりと果たせよ?」

「……ふふっ。もちろんだよ、青吉。さっきも言った通り、自分から引き受けた以上は最後までやり通すよ!」

「それなら良い。さて……俺は一度仲間達の元に行くとしよう。俺は仲間達からはみ出している存在ではあるが、たまには顔を出す必要があるからな」

「そっか。それじゃあ()()()、青吉」

「……ああ、()()()

 

 俺の言葉に青吉は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにフッと笑いながら答えると、淵の中へと飛び込み、そのまま姿を消した。そして青吉の妖気が完全に消えた後、小紅は俺達の方を振り返りながらニコリと笑った。

 

「さてと、それじゃあボク達も行こっか。皆にはまだまだ紹介したい場所がいっぱいあるから、早く行かないと暗くなっちゃうしね」

「ああ、そうだな」

「んじゃあ、よろしく頼むぜ、小紅!」

「うん! 僕にドーンと任せておいてよ!」

 

 小紅が楽しそうに笑いながら答えた後、俺達は次の目的地へ向かうため、様々な話をしながら『カッパ淵』を後にした。

 

 

 

 

「……ふう、今日は久し振りにしっかりと歩いた気がするなぁ……」

 

 その日の夜、俺は民宿の部屋で心地良い疲労感を覚えながら座布団に座ってのんびりとしていた。民宿の人達から話を聞くところによると、どうやら今日の宿泊客は俺達だけだったらしく、民宿の中は外からの虫の鳴き声が聞こえるほど静かだった。

 

 ……うん、やっぱりこの雰囲気はスゴく落ち着くなぁ……。

 

 そんな事を思いながら満ち足りた気持ちでいると、それを見た天斗伯父さんがクスリと笑った。

 

「確かにそうですね。私も普段ここまでは歩いていませんから、今日の小紅さんとの観光はとても良い経験になったと思っていますよ」

「ふふ、ですね。まあ、色々見て回るために途中でバスに乗ったりちょっとだけヴァイスに乗せてもらったりはしましたけど、それでも普段のオルト達との散歩や夕士達と遊ぶ時よりは足を動かしたような気がします」

「そうかもしれませんね」

 

 天斗伯父さんがいつものように優しげな笑みを浮かべながら頷いていると、部屋の隅で静かに座っていた義智が小さく鼻を鳴らした。

 

「ふん……楽しむのは実に結構だが、あの翡翠という天狗の件はどうするのだ? 無理に関わる必要は無いと思うが、お前としては何とかしたいと考えているのだろう?」

「ああ、もちろんだ。翡翠の過去に何があったのかは分からないし、無理に人間の事を好きになってもらおうとは思ってない。けれど、もしも何か助けになれる事があるのなら、俺は翡翠に手を差し伸べたい。もちろん、小紅と青吉にもな」

「……そうだろうな。翡翠の言葉を聞いた後の反応から察するに、小紅と青吉にも人間との間で何かがあったのは間違いない。ならば、お前が成すべき事は一つだ」

「ああ。だから、小紅達が話す決心を固めるまで待ってみるよ。まあ、今回はもう時間があまり無いけど、ここにはまた来るつもりだし、いざとなればその時に解決するという手も──」

 

 その時、廊下の方からコツコツという足音と共に小紅の妖気が漂ってくるのを感じ、俺は話すのをピタリと止めて、小紅の妖気へ意識を集中させた。そして、小紅の妖気が部屋の前で止まった事を確認した後、俺はそちら側へ向けて声を掛けた。

 

「……小紅か?」

「うん、そうだよ。ゴメンね、夜に訪ねてきちゃって」

「ううん、それは別に良いよ。けど、どうしたんだ?」

「うん、ちょっとね。ところで、明日まではここにいるんだったよね?」

「ああ、そうだけど……」

「それなら、明日の案内の後──夕方頃に少し時間をもらっても良いかな?」

「明日の夕方頃か……ああ、もちろん良いぜ」

「うん、ありがとう。それと……明日はここまで迎えに来るから。それじゃあまた明日ね」

「うん、また明日」

 

 そして、足音と共に小紅の妖気が遠ざかっていく中、小紅との会話の内容を思い返していると、後ろから義智の声が聞こえてきた。

 

「……柚希、先の小紅との会話、お前はどう感じた?」

「……何かを話したいというよりは、何か他の考えがあるように思えたかな。まあ、約束した以上はどんな用事でも付き合うけどさ」

「……そうか。だが、あの小紅の事もまだ完全に分かったわけではない。油断だけはするなよ?」

「分かってるよ、義智。けど、小紅からは悪意とか邪念みたいなのは感じなかったし、たぶん大丈夫だと思うぜ?」

「……それなら良いがな。シフル、お前も柚希と同意見か?」

「はい。柚希君の言う通り、小紅さんからは邪な物は感じませんでしたので、安心して良いと思いますしね」

「分かった。ならば、我はお前達の考えに従うだけだ」

「そっか……ありがとうな、義智」

「……礼には及ばん。それが我の成すべき事だからな」

 

 義智が軽く顔を背けながら答える様子に俺と天斗伯父さんと揃ってクスリと笑った。そして、そのまま窓から見える夜の遠野の街並みへ視線を向けた。

 

 ……さて、明日がどんな一日になるかは分からないけど、どんな事があろうとも皆と一緒に全力で楽しまないとな。

 

 小紅や天斗伯父さん、そして『絆の書』の皆の顔を思い浮かべながら俺はニッと笑った。

 

 

 

 

 翌日、民宿の前で小紅と合流した後、俺達は昨日と同じく小紅の案内で色々な場所を巡り、様々な話をした。俺達ももちろん楽しんでいるが、天斗伯父さんや風之真達と会話を交わす小紅の表情もとても柔らかく、皆と一緒にいる事を心から楽しんでいるように見えた。

 

 ……ふふっ、この調子だとお別れの時が大変そうだな。まあ、俺も小紅とのお別れは少し寂しいけど、小紅にも小紅の人生があるわけだし、そこは強制できないもんな。

 

 そんな事を考えながら小紅達の様子を見ていた時、兎和を腕に抱き抱え肩に黒烏を乗せたこころがニコニコと笑いながら話し掛けてきた。

 

「ふふ、柚希さんのその気持ちは分かりますよ。私も小紅さんと一緒にいるのは楽しいと思っていますから♪」

「私もです、柚希お兄ちゃん。だから、明日にはお別れをしないといけないのが、スゴく残念で……」

「うん……せっかく仲良くなれたのに、もうお別れだと思うと、寂しくなるよね……」

「そうだな。でも、小紅にも小紅自身の思いや人生があるわけだし、そこは仕方ないよ」

「そうですよね……」

「ああ。だから、小紅と一緒にいられる今のこの時間を大事にしよう」

「はい♪」

「「もちろんです!」」

 

 こころ達の返事に微笑みながら頷いた後、俺は再び小紅達の方へ顔を向けた。そして、「行こう」と声を掛け、そのままこころ達と一緒に小紅達の方へ向けて走り出した。

 

 

 

 

「……さて、そろそろ良いかな……?」

 

 夕方頃、二日目の遠野観光を終えて人通りが少なくなってきた街中を歩いていた時、先頭を歩いていた小紅がそんな事をポツリと言った。そして、その言葉に疑問の声を上げるよりも先に小紅は俺達の方へクルリと振り返り、真剣な表情を浮かべながら静かに口を開いた。

 

「柚希、そしてみんな。申し訳ないんだけど、今からある所まで着いてきてくれるかな?」

「ああ、昨日からその約束はしてるしな。もちろん良いぜ」

「だが……そのある所ってぇのは、いってぇどこなんだぃ?」

「うーん……簡単に言うなら、ちょっとした秘密の場所……かな? 普段は限られたモノしか入れないようにするために、翡翠特製の特殊な結界が張られてるんだけど、今日は柚希達も入れるようになってるはずだから、そこまで一緒に来て欲しいんだ」

「なるほど……でも、本当にそんなところに皆で行っても良いの? 話の内容からするに、そこは小紅達の秘密基地みたいだけど……?」

「うん、もちろんだよ。それに……」

「……それに?」

「……ううん、何でも無い。それじゃあ早速行こっか」

「……ああ」

 

 小紅の様子が少し気になったが、それについては何も触れず、俺は小紅にその場所がどこにあるのかを訊いた。すると、そこは少し遠くにある山中にあるらしく、歩いていくには少々時間が掛かってしまうため、俺達はヴァイスに乗ってそこへ向かう事にし、人気が完全に無くなった所を見計らい、俺達は小紅の言う秘密の場所へ向けて出発した。

そして出発から十数分後、一度麓で降りてから件の場所へ向かうと、そこには周囲に木々が生い茂ったとても静かな広場のような場所があり、その中心には俺達にとって見知ったモノ達の姿があった。その姿に風之真達が驚きの表情を浮かべていると、小紅はニコリともせずにそれらへ近づき、その内の一人──翡翠に声を掛けた。

 

「……お待たせ、翡翠。約束通り、柚希達を連れてきたよ」

「……ああ、ご苦労だった。さて……小紅、青吉は何もしないと言っているが、お前はどうする?」

「……僕は柚希達を()()()()必要は無いからね。このまま青吉と一緒に翡翠がやる事を見させてもらうよ」

「……そうか」

 

 小紅の答えに翡翠は静かに頷きながら答えると、羽団扇を片手に俺達の方へ視線を向けた。そして翡翠はゆっくりと歩み寄り、俺達の目の前で足を止めると、冷たい目で俺達を見下ろしながら静かに口を開いた。

 

「……さて、昨日は自己紹介が出来ていなかった故、ここで自己紹介をさせてもらおう。我は翡翠、他の地よりこの地へと渡ってきた大天狗だ」

「そっか……やっぱり、大天狗だったんだな」

「ああ、そうだ。だが……他の名高い大天狗とは違い、神として祭られた事はないがな」

「へっ……んなこたぁどうだって良い。んで、何で小紅に俺達をここまで連れて来させた? 小紅はおめぇとグルなのか?」

「……急くな、鎌鼬。順に説明していく故、少し落ちつけ。まず、ここにお前達を連れてこさせたのは、そこの人間の力とお前達の言う人間と人ならざるモノ達の絆とやらを試すためだ。

そして小紅は、ただ我の頼みを引き受けただけだ。よって、小紅は我の協力者ではあるが、けしてお前達の事を騙そうとしたり、陥れようとしたりなどはしていない。それだけは保証しよう」

「……そうかぃ。なら、これ以上俺から言うこたぁねぇ。小紅が俺達のダチのままだってぇ事が分かりゃあ、俺は充分だからな」

 

 風之真は軽く腕を組みながら強気な態度で言うと、少し離れたところで青吉と一緒に俺達の事を申し訳なさそうに見ている小紅に視線を向け、そのままニカッと笑った。

すると、小紅は一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、すぐにそれは安心したような笑みへと、その小紅の様子を翡翠はただ静かに見ていた。そして「……なるほどな」と小さく独り言ちた後、翡翠はこちらへと向き直った。

 

「……では、早速始めるとしよう。人間──遠野柚希よ、準備は良いか?」

「ああ、いつでも良いぜ。それで、試すって何をするつもりなんだ?」

「簡単なことだ。この広場にて我とお前達がお互いの力をぶつけ合い、どちらかが先に負けを認めるか気絶するまで続ける。よって、どれ程の傷を負おうがそのどちらか以外の決着はありえん」

「なるほど……」

「そして、お前達が勝った際にはお前の力やお前達の言う絆とやらを認めてやろう。もっとも、我が負ける事などありえんがな。して、何か質問はあるか?」

「いや、特に無い」

「……そうか。では──」

 

 その瞬間、翡翠の体からさっきまでとは比べ物にならない程の妖気と霊気が立ち上り、その力の波動に俺が気圧されそうになる中、天斗伯父さんはスッと後ろに下がり、翡翠は懐から数枚のお札を取り出しながら空へと飛び上がった。

 

「これより試練を開始する。お前達の力、見せてもらうぞ!」

 

 そして、お札を指の間に挟みながら構えると、「……はぁっ!」と声を上げながらお札を勢い良く飛ばした。

 

 お札……これを喰らうのは流石にマズい……だから、ここはこれをどうにかしつつ隙を窺う!

 

 真っ直ぐ飛んでくるお札から目を反らさずに『絆の書』を開いた後、俺はその内の1ページ──麗雀(リーツェ)のページに右手を置いた。

 

『頼むぞ、麗雀!』

『ええ、任せて!』

 

 そして麗雀と同調をした後、『絆の書』から離した右手に『火』の力を込め、向かってくるお札へ向けて幾つもの小さな火球を飛ばした。そして火球は向かってきていたお札を焼き尽くすと、そのまま翡翠へと飛んでいった。

しかし、翡翠はそれには一切動じず、余裕げな笑みを浮かべながら火球へ向けて手を翳した。すると、火球は翡翠の目の前でピタリと止まり、翡翠が翳した手を閉じると同時に跡形も無く消滅した。

 

「……やっぱり、そう簡単にはいかないよな」

 

『火』の神力を込めた火球がいとも簡単に消された事や翡翠の力の強さを目にした事で、俺は冷や汗を掻きながらそう独り言ちた。そして、翡翠は少しだけ感心したような表情を浮かべながら手を開くと、落ち着いた調子で話し掛けてきた。

 

「神力を纏った火球で我の放った札をかき消すという策は見事だった。しかし、その程度では我を打ち負かす事などできぬぞ」

「そうだろうな。でも、俺だって今まで色々なモノ達と出会い、協力をし合いながら絆を深めてきた。そしてその絆の力があれば、どんな事だって乗り越えられると俺達は信じてる! だから、俺は絶対に負けない。俺の事を信じ、力を貸してくれる皆と一緒にお前に人間と人ならざるモノ達の絆を証明してみせる!」

「……そうか。ならば、その絆の力とやらを以て我に打ち勝ってみせろ!」

「ああ!」

 

 翡翠の言葉に大声で答えた後、俺は『絆の書』を一度閉じて表紙に右手を置き、魔力を込めながら居住空間へと声を掛けた。

 

『雪花、雷牙、力を貸してくれるか?』

『うん、もちろんだよ! ねっ、雷牙さん』

『ああ。私達の力を存分に示してやるとしよう!』

 

 雪花と雷牙の返事を聞いた後、俺は『絆の書』から雪花と雷牙を両隣に呼び出し、今度は肩に乗っている風之真と鈴音に声を掛けた。

 

「風之真、鈴音、お前達も頼んだぞ」

「おう、任せとけ!」

「ボク達だって言われっぱなしなのは癪だからね。ここからは全力でいかせてもらうよ!」

「ああ」

 

 仲間達の姿に頼もしさを覚えた後、俺は次に力を借りるべき仲間のページを開きながら風之真達に指示を出した。

 

「風之真と鈴音は俺が合図を送るまで翡翠の動きに注目しながら空を飛び回り、合図の後は小紅達の元へ向かって話を聞いてきてくれ。そして雪花と雷牙は、風之真と鈴音に当てないように気をつけながら翡翠へ向けて氷と雷を飛ばしてくれ」

『了解!』

 

 風之真達は同時に返事をすると、指示通りに動き始めた。俺は風之真達の動きに目を配りながら開いたページに描かれている仲間へと声を掛けた。

 

『蒼牙、お前も力を貸してくれ』

『ああ、それはもちろんだが……打ち勝つための策はあるのか?』

『一応な。だけど、俺が目指す勝利というのは、翡翠を出来る限り傷つけない事が絶対条件だ。そしてそのためには、お前の力が必要なんだよ』

『……なるほどな。では、我もその願いに協力するとしよう。かつてお前達と力をぶつけ合い、安寧と居場所を与えてもらった者として。そしてお前達の仲間としてな』

『……ありがとう、蒼牙』

 

 蒼牙に対してお礼を言った後、俺は蒼牙のページに魔力を込めて蒼牙と同調をした。そして、風之真達の動きに注意を払いながら雪花と雷牙が放つ氷と雷を避ける翡翠に視線を戻した後、右手に四つの小さな紫色の輪を出現させ、手で雪花達の事を制してからそれを翡翠へ目がけて飛ばした。

すると、紫色の輪は翡翠の両手両足にピタリと嵌まり込み、翡翠はそれに驚いた様子で手足を動かそうとしたが、禍々しい雰囲気を放つ輪の力によってそれは叶わなかった。その様子を見ながら風之真達に合図を送っていると、翡翠はどうにかして手足を動かそうとしながら話し掛けてきた。

 

「……この気配は、まさか呪詛か……!?」

「いや、違うよ。これはあくまでも蒼牙──犬神の力で創りあげた枷だ。そして、それが嵌まっている限り、お前は両手両足を動かすことは出来ない」

「枷……そして動けない我をその仲間達に攻撃させる腹積もりか?」

「……それは違うよ、翡翠。俺の目指す勝利の形は、お前を傷つけずにお前から負けを認めてもらう事だからな」

「我を傷つけずに負かす……だと? ふん、そんな事が本当にあり得ると思っているのか?」

「ああ、もちろんだ。俺はお前を傷付けるために戦っているんじゃなく、俺達の力を証明するために戦っているからな。だから──」

 

 その時、突然ガサガサッという音が聞こえ、俺は話を止めながらそちらに視線を向けた。すると、天辺が少し焼け焦げた大樹が倒れそうになっているのが見え、倒れようとしている場所にはそれに対して驚きの表情を浮かべる小紅と青吉、そしてその方に乗っている風之真と鈴音の姿があった。

 

「「お前達、早く逃げろ!」」

 

 俺と翡翠は大声で呼び掛けたが、あまりに突然の事だったらしく、小紅達は驚きで動けずにいた。

 

 くっ……あの様子だと護龍(フゥーロン)の力を借りる前に風之真達の上に倒れてしまう……! でも、どうすれば──。

 

 その瞬間、頭の中に()()()()が浮かび、俺は「……やるしかないよな」とその危険性を承知しながら独り言ち、風之真達の方へ向けて走り出しながら蒼牙との同調を解き、オルトのページに魔力を込めた。

 

『オルト! 頼む!』

『え……!? で、でも……!』

『頼む! 迷っている暇が無いんだ!』

『……分かった!』

 

 その返事を聞き、オルトに感謝を覚えながら同調を終え、その同調時の能力を駆使して目にも留まらぬ速さで小紅達の元へ走った。そして、俺はオルトとの同調を解きながら風之真達を大樹から守るために覆い被さり、樹に押し潰される痛みに耐える覚悟を固めた。しかし──。

 

「……あ、あれ……?」

 

 いつになってもそれらしい痛みが走る様子が無く、俺はそれを不思議に思いながら樹がある方を見た。すると、そこには樹を片手で抑える翡翠の姿があった。

 

「ひす……い?」

「……柚希、人間風情が無茶な真似をするな。人間の体は樹の重みに耐えられるようには出来ておらんぞ?」

「それは……でも──」

「だが……その身を呈してまで仲間や小紅達を護ろうとしたのは見事だった。よって、我もお前の事を助ける事にしよう」

 

 その言葉と同時に翡翠は樹を抑えていた手に力を込めると、樹はそのまま反対側へと押されていき、大きな音を立てながら他の木々を巻き込んで倒れた。

 

「……スゴいな。これが翡翠の力、なのか……」

「ふん……この程度、我の力の内にも入らん。ただ押し返すだけならば、青吉達のような河童でも容易なのだからな」

「あはは……それもそうだよな」

 

 俺が苦笑を浮かべながら頭をポリポリと掻いていたその時、「柚希!」という声が聞こえ、そちらへ顔を向けた。すると、雪花達がとても心配そうな顔でこっちに向かって走ってくるのが目に入り、俺はそれに対して申し訳なさを感じた。

けれど、それ以上心配をさせたくなかったため、どうにか笑みを浮かべていると、目の前で止まった雪花が息を切らしながら俺に話し掛けてきた。

 

「はあ……はあ……柚希、無事……?」

「ああ、翡翠が助けてくれたから、全くの無傷だ。だから、安心してくれ」

「……そうか。だが、あんな無茶な真似をするのは、これからは出来る限り止めてくれ」

「ホントだよ! 柚希に向かって樹が倒れた瞬間、心臓が止まるかと思ったんだよ!?」

「あ……うん、それは本当にゴメン」

 

 涙で目を潤ませる雪花に対して頭をポリポリと掻きながら謝った後、今度は天斗伯父さんの方へ顔を向けた。天斗伯父さんの表情は、いつものように穏やかな物だったが、その雰囲気から天斗伯父さんが怒っているのは明らかだった。

 

「……天斗伯父さん、ご心配をお掛けしてしまい本当にすみませんでした……」

「……柚希君、誰かのために精一杯頑張る事が出来るのは、柚希君の良い所だとは思います。ですが、先程のような行動を取った事で自分の命を落としてしまったり、眠り続けたりするような真似をしては、残された人達が哀しむ事になります。その事はしっかりと分かっておいて下さいね?」

「……はい」

 

 申し訳なさでいっぱいになりながら軽く俯いていたその時、俺の頭にポンと手が置かれる感触があり、俺はゆっくりと顔を上げた。すると、天斗伯父さんは先程までとは違った和やかな笑みを浮かべていた。

 

「天斗伯父さん……」

「方法はあまり褒められませんが、風之真さん達を護ろうとしたその事は、とても素晴らしかったですよ。柚希君」

「……はい、ありがとうございます。天斗伯父さん」

 

 天斗伯父さんの手から伝わる温かさを感じながらお礼を言った後、俺は風之真達の方へ顔を向けた。

 

「お前達、大丈夫だったか?」

「……ああ、おかげさまで誰も怪我一つしてねぇぜ、柚希の旦那」

「そっか、それなら良かったよ」

 

 風之真の答えにホッと胸を撫で下ろした後、俺は風之真達に対して静かに頭を下げた。

 

「……皆、本当にゴメンな。俺達がもう少し考えて戦っていれば、お前達をあんな危険に晒す事も無かったわけだしさ……」

「……へへっ、んな事気にしねぇでくれよ、柚希の旦那。旦那は自分のやろうとした事を精一杯やってただけだし、今回の件は完全に事故でしかねぇって」

「そうそう。だから、柚希が気に病む必要は無いよ」

「お前達……」

「むしろ、助けてくれてありがとうって言いてぇくれぇだ。柚希の旦那にも翡翠にもな」

 

 風之真がニカッと笑いながら言うと、鈴音達もそれに頷きながら微笑み、俺もそれに釣られる形で静かに微笑んだ。

 

 ただ……風之真達や天斗伯父さん達もそうだけど、他の皆にも心配を掛けちゃったし、後でしっかりと謝っておかないとな。

 

 再び申し訳なさを感じながらふと翡翠の方へ向き直ると、翡翠は呆れたような表情を浮かべながら大きく溜息をついた。

 

「……我を傷つけずに負かそうとしたり、命を賭けてでも他の者を護ろうとしたり、自分の身よりも他人の身の心配を優先したり……まったく、お前という人間は本当におかしな奴だな」

「そうかもな。でも……コイツらの事は、絶対に助けたいと思ってたんだよ」

「たとえ、それによって己が命を落としても……か?」

「ああ。蒼牙と戦った時にもアイツに言ったんだけど、俺の原動力は妖達みたいなモノ達が『大好き』だという気持ちだからな」

「『大好き』だという気持ち……だと?」

「ああ。まあ、そんな不安定で曖昧な気持ちで命を賭けるなんてバカな奴だと思われるだろうけどな」

「……ああ、本当に馬鹿な奴だ。だが……お前のように下心の無い者だからこそあのような行動が取れ、ここまで様々なモノに慕われるのだろうな」

 

 そう呟く翡翠の声はどこか優しげであり、さっきまで感じていた敵意や闘志のような物はまったく感じられなかった。すると、風之真はその翡翠の様子に首を傾げ、不思議そうな声で話し掛けた。

 

「なんだかさっきまでと雰囲気が違ぇ気がするんだが……まだ俺達と戦うつもりなのかぃ?」

「……いや、勝負はここまでだ。充分にお前達の事を見定める事が出来た上、これ以上やろうとすれば小紅と青吉の雷が落ちるだろうからな」

「えっと……それって、つまり……」

「ああ、負けを認めよう。こんな形で負けを認めるのは正直癪だが、お前達の言う絆は確かなようだからな」

 

 その瞬間、風之真と鈴音は顔を見合わせ、とても嬉しそうな笑みを浮かべると、同時に「やったー!」と両手を上げて大声で喜んだ。

 

 ……まあ、俺達の中では風之真と鈴音が一番認めさせたがってたし、こんなに喜ぶのは当然なのかもな。

 

 そんな風之真達の嬉しそうな様子を微笑みながら見ていた時、「……柚希」と翡翠が呼ぶ声が聞こえ、俺はそちらを向きながら返事をした。

 

「翡翠、どうかしたのか?」

「いや……今更ではあるのだが、お前達には色々な事を言ってしまったと思ってな……」

「あはは、なるほどな。でも、そんなの別に良いよ。アレも一つの意見ではあったし、俺だって人ならざるモノ達全員と仲良くなれるとは思ってないからさ」

「……そうか」

「ああ。でも、『絆の書』の皆や小紅達とはこうして仲良くなれたわけだし、いつまでも仲良くしていきたいと思ってるよ。もちろん、お前ともな」

「我とも……か?」

「ああ、翡翠が本当は優しい奴だっていうのは小紅の話やさっきの行動から分かってるし、こうして出会ったのも何かの縁だからな。まあ、お前が嫌じゃなければだけどさ」

 

 少し驚いた様子で俺を見ている翡翠の目を見ながらニコリと笑うと、翡翠は驚いた表情を浮かべたままでしばらく見つめていたが、やがて静かにフッと笑った。

 

「先程までであれば、その言葉を一笑に付していただろうが……お前達の事を認めた以上、これ以上嫌う必要も無い。遠野柚希よ、数々の暴言については本当にすまなかった。そして、これからよろしく頼む」

「……ああ、よろしくな、翡翠」

 

 少し気恥ずかしそうな翡翠に対してニコリと笑いながら頷いた後、俺達が固く握手を交わしていると、それを見ていた風之真が軽く腕を組みながら小首を傾げた。

 

「んー……? 柚希の旦那、つまり翡翠──いや、翡翠の旦那はこれからは俺達の仲間ってぇ事で良いのかぃ?」

「まあ、そういう事だな。もっとも、『絆の書』の仲間というわけでは無いけど、これからは友達という事で──」

 

 その時、「柚希、少し待ってくれるか」と翡翠から声を掛けられ、俺はそれを疑問に思いながら翡翠の方へ顔を向けた。

 

「翡翠、どうした?」

「まさか……やっぱり友達と呼ばれるのはちょっとなんてぇ事を言う気じゃ……」

「いや、むしろその逆だ。柚希、我をお前達の仲間──その『絆の書』の仲間に加えてくれないか?」

『……え!?』

「……ほう?」

 

 翡翠の言葉に風之真達が揃って驚きの声を上げ、雷牙が少し楽しそうな声を上げる中、俺は翡翠の目を真っ直ぐに見つめながら話し掛けた。

 

「それはもちろん構わないけど、いきなりどうしたんだ?」

「そうだな……理由をつけるなら、お前達との戦いを通じてもう一度人間という物を見つめ直し、人間と人ならざるモノ達との可能性を模索したいと思ったからだ」

「人間と人ならざるモノ達との可能性……」

「……ああ。お前達には想像もつかぬかもしれぬが、かつて京の都の近辺に聳える山に住んでいた頃の我は、今のような人間嫌いというわけでは無かった。時には住んでいた山の麓にあった村の人間と酒を酌み交わしたり、時には山で迷った者の道案内をしたりもしていたな……」

「……言ってみれば、昔のお前さんは今の小紅みてぇな事をしてたんだな……」

「そうだな。あの頃の我にとって、そんな人間達との触れ合いはとても楽しい物であり、このまま人間達と交流を深めながら生きていく物だとすら考えていた。だが──」

 

 その瞬間、翡翠の表情が険しくなり、波動にも哀しみや怒り、憎しみや絶望といった感情を表す色が浮かび始めた。

 

「ある出来事が起きた事で、我は大切なモノを失った上、人間という種族を忌み嫌うようになったのだ」

「人間嫌いになった出来事……翡翠の旦那、アンタにいってぇ何があったってんだぃ?」

「……ある日、我の住み処に麓の村の村長が訪ねてきた。村長とは幾度か酒を酌み交わした事はあったが、他の村民ほど山の中で出会ったり、立ち話をしたりした事も無かったため、その来訪を我は珍しいと感じていた。

しかし、村長がわざわざ訪ねてきた事から、何か重大な話があると思い、我は村長の話を聞く事にした。すると、村長の口から出てきたのは明朝に都から人間達がこの山へ来るという話だった」

「都から……一体何のために?」

「……村長の話では我を捕らえるためだという。どうやら大天狗である我を捕らえ、その力を隣国との戦などに使うつもりらしいと村長は言っていた。もっとも、我はそのような下らん事に手を貸すつもりも無く、都の人間達が来ようが羽団扇などを用いてすぐに追い払ってやろうと思っていた。

しかし、村長にその事を伝えると、村長は突然慌てながらそれを止めてきた。理由を訊いてみると、村長は都から来た人間の相手は自分達だけでも出来る上、我が不必要に傷つけば村民達が心配をするからと答え、我にはしばらくの間は別の地域にでも避難をしてはどうかと提案をしてきた。

だが、正直な事を言えば我はその提案に乗り気では無かった。別の地域へ行く事は構わぬのだが、これまで仲良くしていた村民達を残して我だけがどこかへ行くという事が、我にとって好ましくなかったからだ。しかし、我は結果としてその提案を受け入れ、その日の夜中に旅立つ事にした」

「……村民達にその事は?」

「伝えようとした。しかし、村長は再び慌てたような表情を浮かべると、その件は自分から伝えるから我は姿をくらます事だけを考えてくれと言うので、我はその事を少々怪しみつつも仕方なく旅立ちの準備に取り掛かる事にし、予定通り夜中に山から旅立った。

しかし、どうにも村長の様子が気になっていた我は、そのまま夜闇に紛れて山へと戻り、妖術を用いて気配を消した後、人間達が普段から寄りつこうとすらせん洞穴に隠れ、静かにその時を待つ事にした。そして明朝、仮眠を取っていた我の元に山に住む獣達が訪れてきた。獣達が我の元へ来るのは大して珍しい事では無いのだが、その獣達は様子がどうにも気になったのだ」

「気になったって……どういう感じだったの?」

「大層怯えていた。何かとても恐ろしい物を見たかのように体を震わせ、本来共にいるはずも無い種の者同士ですら身を寄せ合っていたのだ。そして、どうにか落ち着かせながら話を聞いてみると、あの麓の村で人間達が争っており、その争う様子に恐怖を覚え、我にそれを伝えるために山中を駆け回ってくれていたとの事だった。我は獣達に礼を言った後、すぐさまその村へ向かって飛んでいった。

あの村の者達は、非常に大人しく朗らかな者達ばかりだったため、件の都の人間達が村民達を襲っているに違いなく、すぐに駆けつければまだ助けられると信じていたからだ。しかし……村に着いた我の視界に入ってきたのは、我にとってとても耐え難い惨状だったのだ……!」

「耐え難い……惨状……」

「……そうだ。昨日まで平和に暮らしていた村民達や飼われていた獣達の亡骸(なきがら)がそこかしこに転がり、中には首を刎ねられた者や槍で頭を貫かれている者までいた」

「…………」

「そしてその光景を見た瞬間、我は言葉を失った。酒を酌み交わしたり、山で獲れた物を交換し合ったりしていた者達の亡骸が目の前に転がっているその光景が信じられなかった。夢であって欲しいとすら思った。

しかし、目の前に広がっている光景は、いつになっても消えず、我はようやくそれが現実であると認識し、村民達の死を悼みながら涙を零していた。そしてそんな時だったのだ。我の目の前に血に塗れた武具を纏った都の人間達とニタニタと笑う()()が現れたのは……」

「……()()、だよな?」

「ああ。そして怒りに震える我を前に、彼奴は少しだけ驚いたような表情を浮かべたものの、すぐにそれは嫌らしい笑みヘと変わった。明らかに村民達の死を悼んだり、申し訳なさを感じたりしていないそんな笑みをな。

そんな彼奴を睨みながら我は何故村民達の命を奪ったのかと問い掛けた。すると、彼奴は表情を変えずに『邪魔だったから』と答えたのだ」

「邪魔だったから……?」

「……どうやら、村長は公家の一人との関わりがあったらしく、以前からあの村があった場所に別宅を建てたいという話をされていたようだ。しかし、村長とは言えども村民達の土地を好き勝手にどうこう出来るわけでは無く、村民達からは強い反発を受けていた。

そして、我という存在もその計画を推し進める上では邪魔だった。だから、村長はその二つを一度にどうにかする手段を考え、それを実行したのだ」

「……なるほど、そういう事か」

 

 翡翠の言葉を聞いて、俺がある事について納得をしながら頷いていると、それを見た風之真が不思議そうに首を傾げた。

 

「柚希の旦那、何がなるほどなんでぃ?」

「さっき、翡翠は村長から都の人間達が翡翠の事を狙っていて、それから逃れるためにしばらくは山を離れるように話をされていた。でも、翡翠が狙われているというのは真っ赤な嘘だった。

それじゃあ何故、そんな嘘をついたのか。それは翡翠さえ近くにいなければ、邪魔な村の人達を襲っていても助けに来る事も無いし、翡翠が戻ってくるまでに術者なんかを呼んで翡翠が山に立ち入れなくするための結界を張る事だって出来るからな。もっとも、大天狗を相手に何とか出来るだけの結界を張れる術者が、その頃にいたかと言われると流石に分からないけどさ」

「あ……なるほど。つまり、その村長的には翡翠の旦那さえそこから遠ざけられれば後はどうにでもなるって思ってたわけか……」

「そういう事だ。そして、村長が周囲にいた兵や術者達に我の排除を命じ、奴らが村民達の亡骸を踏んだり、蹴り飛ばしたりしながら近付いてくるのを見た瞬間、我の怒りは頂点へと達した。

我は羽団扇を振るい、法力などを用いて奴らを次々と蹴散らしていった。怒りや憎しみ、哀しみなどの感情が心の奥底で入り混じるのを感じながら我はひたすらに奴らへ攻撃を仕掛けた。

すると、奴らは我の事を簡単にどうにか出来ると思っていたらしく、恐怖心から大きな悲鳴を上げると、転げるように逃げながら次々と村から出ていき、その場には我と村民達の亡骸、そして荒れ果てた大地だけが残されたのだ」

 

 翡翠の話がそこまで終わった時、風之真の口から「……どうして」と哀しそうに呟く声が漏れたかと思うと、風之真は軽く俯きながら震える声で言葉を続けた。

 

「どうしてソイツらはそんな事が出来たんだよ……今まで一緒に暮らしてきた仲間達に対してどうして申し訳なさを感じなかったんだよ……!」

「……さてな。そこばかりは我にもまったく分からん。だが、一つだけ分かるとすれば……彼奴にとっては、我や村民達だけならず家族すらもどうでも良い存在だったという事だけだ」

「家族すらも……」

「ああ。転がっていた亡骸の中には、その家族の姿もあった。他の村民達と同様に無残な姿となってな」

「そんな……」

「……その亡骸も含めて亡くなっていた村民達は、その後に我が丁重に弔らったが、あの出来事によって我の人間に対しての印象が変わったのは事実だ。もっとも、己の欲に囚われる事で様々な者の命などを奪ったり、哀しませ苦しませたりするようになるのは、人間だけではなく我々のようなモノ達でも同じ事であり、今となってはそう思う事も出来る。

しかし、あの日の我はそう思う事すら出来なかった。それだけ村民達の死に衝撃を受けており、その村民達の命を奪った者達に憎しみを抱いていたからな」

 

「……そうだろうな」

 

 大切な人の死は、いずれは訪れるものだ。けど、翡翠にとってそれはあまりにも突然で、その死をもたらしたのが大切な人達と同じ『人間』だった上、自分がもう少し早く駆けつけられれば誰も死なずに済んだかもしれない状況だった。それに気付いた瞬間、翡翠は人間を憎むと同時に自分の事も恨んでいたのかもしれない。

人間に対してもう少し疑いの目を持っていれば、どうにかなったはずだ。人間に対して歩み寄りすぎた結果がこれなのだ。そんな言葉が頭の中に渦巻いた結果、翡翠が選んでしまったのは人間を自分からも他の人ならざるモノからも遠ざける事で、同じような目に遭うモノを作らない道だったのだろう。

 

 ……哀しいけれど、そうしたくなる気持ちは分かる気がするな……。

 

 そんな事を思いながら軽く俯いていた時、「柚希の旦那……」と風之真が心配そうな顔で俺の事を覗き込んできたため、俺はすぐに微笑みながら風之真の頭を軽く撫でた。そしてそのまま翡翠の方へ向き直ると、翡翠は軽く頷いてから話を続けた。

 

「弔いを済ませた後、我は自信の見識を深めるために様々な地を巡った。その旅は、数百年も掛かるとても長い旅であったが、その旅の中で我は様々なモノと出会い、そのモノ達との交流の中を通じて己の力を高めていった。

しかし、人間に対しての憎しみや怒りは消える事は無く、そのまま心の奥底で黒く淀んだ泥のような物として残り続けていた。そして数年前、その長き旅の最中で降り立ったこの地で出会ったのが、あの『カッパ淵』にて話をしていた小紅と青吉だった」

「ふふ、そうだったね。いきなり空から大天狗が降りてくるもんだから、最初は何事かと思ったよ」

「……だが、翡翠も俺達と同じようなモノだと分かった後、俺達は次第に意気投合し、今のような関係性になった」

「同じようなモノ……って事は、やっぱり小紅達も人間との間で何かあったんだな」

「……うん。流石に翡翠程の出来事は起きてないけど、ボク達にとっては結構ショックは大きかったかな……」

「……そうだな。だが、小紅の方がショックは大きいんじゃないのか?」

「……まあ、そうかもね」

 

 青吉の問い掛けに小紅は寂しげに微笑ながら答えた後、俺達の方へ顔を向けた。

「せっかくだから、その時の話を聞いてもらっても良いかな?」

「ああ、それは良いけど……」

「小紅、おめぇはその時の事を思い出すのは辛くねぇのかぃ?」

「辛いよ。でも、翡翠が話をした今がボク達も話をするタイミングだと思うから」

「……そっか」

「うん。さてと……それじゃあ話を始めようかな。青吉と出会うよりも遙か前、ボクはある家の当主と『契約』を交わしていたんだ」

「契約……?」

「そう、契約。本来、ボク達座敷わらしというのは、旧家の奥座敷なんかにひっそりと住み着いて、この家はもう嫌だなみたいな事を思ったらスーッといなくなるモノなんだけど、ボクは座敷わらしの中でも人間の事が好きな方だったから、他のみんなのような方法じゃなく、何か別の住みつき方をしたいと思っていたんだ。

そんなある日、ボクがフラリと立ち寄ったある家に一人の男の子が住んでいた。その子は三人兄妹の長男で、その家の次期当主として育てられていたんだけど、その子は他の人と話すのがあまり得意じゃない上に臆病なところがあったから、親戚筋からは当主に相応しくないんじゃないかって常日頃から言われてたみたいで、当主になる自信を無くしていた。

ボクはその子の事をどうにか元気づけたいと思い、縁側に一人寂しく座るその子の前に姿を現した。すると、その子はいきなり現れたボクの姿に最初は驚いたものの、すぐに自分と同じ子供がいると気付くと、ホッとしたような笑顔を浮かべた。

そしてその後、ボクはその子と一緒に縁側に座りながら色々な話をし、当主になる自信が無いという事を聞いた時、ボクはその子のために何かをしてあげたいと思ってボクの正体を明かした上で『ある提案』を持ちかけたんだ」

「その提案というのが、さっき言ってた契約なんだな?」

「そう。ボクに家の奥座敷を提供してくれる代わりに、彼が生きている間はボクはその家に住み続けるという契約、それをボクは彼に持ちかけた。彼はその契約の内容を嬉しく思ったみたいだったけど、それと同時に結果的にボクをその家に縛り付ける事になるのを申し訳なく感じていたみたいで、とても申し訳なさそうな様子で本当にそんな事をしてもらっても良いのかって訊いてきた。

それに対してボクがそうしたいと思ったからそうするんだという事を伝えると、彼はようやく安心したように微笑み、ボクと彼の間でその契約は結ばれた。そしてその日から、ボクはその家の奥座敷に住みつき、座敷わらしらしく様々な幸運を彼や家にもたらす傍ら、彼の日々の相談相手や話し相手にもなり、彼が立派な当主になれるように支えていった。

その甲斐あって、彼は出会った頃の臆病さや人と話す事の苦手意識なんかも無くなり、成人する頃には友達もとても多くなり、元々顔立ちも整っていた上に頭もキレて運動も苦手じゃなかった事から、色々な名家から縁談の話が舞い込んでくるようになったんだ。

そして、当主になってひと月が経った頃、彼はとても綺麗で気立ての良いお嬢さんをお嫁に貰い、その後は子宝にも恵まれて幸せいっぱいの日々を過ごしていったんだ」

 

 その頃の事を思い出し、小紅が懐かしそうな様子で微笑んでいると、天斗伯父さんはクスリと笑いながら小紅に話し掛けた。

 

「小紅さんにとっては、その当主の方との毎日はとても充実していて楽しかったみたいですね」

「うん、それはもちろん。彼との毎日は、ボクにとって掛け替えのない宝物のような物だからね」

「なるほどなぁ……けど、そんな契約を交わしてるのに、小紅が青吉や翡翠と一緒にいるってぇことはもしかして……」

「……そう、楽しかった日々はある出来事がきっかけで、突然終わりを告げたんだ。彼の子供達が大きくなってきた頃、ボクはとある噂を耳にした。

その噂というのは、当主は座敷わらしの力を借りているだけで、実はそんなに大した事が無い若僧なのだという物だった。確かに、彼には今まで住んできた家で手に入れたり、他の仲間や妖達から聞いたりした知識を教えたし、ボクの力で必要最低限の支援はした。けれど、彼自身も武道の修練や勉学にはしっかりと励んでいたし、自分の苦手を克服するために慣れない事にだって進んで挑戦をしていた。

なのに、こんな噂を立てられるのは本当に可哀想じゃないか。ボクはそう思って彼にその事や噂の件について話した。すると、彼もこの噂の事は聞いていたらしく、概ねは事実だから仕方ないよ、なんて笑っていたけど、やっぱりどこか哀しそうな感じだったよ。

そして噂も次々と増えていった。あそこの家に行けば、幸運に肖られる。あそこの家に何か物を置いてくれば、座敷わらしが恩返しをしてくれる。最初はそんな物ばかりだったけど、それはだんだんエスカレートしていき、最終的にはひっきりなしに人が訪れるようになった。

ボクは基本的に当主の家族にしか姿を見せてないし、話もしてなかったんだけど、来客の中には座敷わらしを一目見るまでは帰らないなんて人まで出る始末でね。あそこの家が、この地の色々なところにある座敷わらしが出るという事を売りにしてる民宿とかだったら良かったんだろうけど、そういう商いは一切してなかったから、当主の家族はただただ疲れていき、次第に体調も悪くなっていったんだ……」

「それじゃあ……小紅がその当主さんとお別れしたのは、病気で亡くなったからって事?」

「ううん……それならまだ諦めもついたよ。けど、彼との別れは別に理由があるんだ。噂話のせいで当主の家族が体調を悪くするようになってからふた月が経った頃の夜中、突然煙臭さを感じてボクは布団から飛び起きた。

すると、家の周りが炎に囲まれていたから、ボクは急いで彼らを起こしに行った。そして彼らの部屋に行った時、ボクの視界に入ってきたのは、外から入って来た黒い煙や炎の熱で苦しそうに呻く彼らの姿だった。そんな彼らの様子にボクは慌てながらもすぐに全員を外へ連れ出そうと思い、まずは当主を背負うために彼らへと近付いた。

けれど、彼はゆっくりと顔を上げてそのままボクに視線を向けると、苦しそうに微笑みながら静かに首を横に振った。ボクが彼のその行動に驚いていると、彼は途切れ途切れにボクへ逃げるように言った。当然、ボクはそれを嫌だと言ったよ。けど、彼は再び首を横に振ると、家族を自分の方へ抱き寄せながらこう言った。

『僕達の事は良い。でも、君だけは生き残って欲しい。君は僕達に幸せを与えてくれた大事な家族の一人なのだから』とね」

「大事な家族の一人……」

「……うん。その言葉を聞いてボクは嬉しかった反面、彼らを見捨てていかないといけない事に悲しみを感じたよ。ボクにとっても彼らは種を越えた家族のような物だったから、このまま彼らと一緒に暮らしていくのがボクの幸せだとも思っていたから。けど、結果的にボクは涙を呑んで彼の言う通りにする事にした。

そして、彼らに背を向けてそのまま家を出ていこうとしたその時、『小紅』という彼の声で振り返ると、彼は家族と一緒に涙を流しながらもニコリと笑い、『今までありがとう。どうか幸せになってくれ』って言ってくれたんだ……」

 

 そこまで話し終えると、小紅は目に涙を浮かべながら静かに俯き、青吉もそれに続いて静かに俯いた。そして小紅が啜り泣く中、俺は小紅から発せられている哀しみの波動を感じながら同じように俯いていると、翡翠が静かに話を始めた。

 

「……小紅の調べによると、噂話や火事は当時近くに住んでいた親戚達が引き起こした物で、その動機は当主の家ばかりが幸運に恵まれていた事が許せなかったから、そしてその幸運を自分達に分けようともしなかったからなのだという。

もっとも、その親戚達はかなり詰めが甘かったため、すぐにその犯行が明るみに出た上、次々と原因不明の奇病に罹り、今となってはその一族の血を引く者は、遠くに行った当主の弟妹の家系の者達だけなのだそうだ」

「そっか……ちょっと違うかもしれないけど、『人を呪わば穴二つ』って事だな」

「そうだな。幸運をもたらす妖やその家の者に害を為したのだ。そのくらい当然の報いと言えるだろう」

 

 そして翡翠は、未だに啜り泣く小紅へ視線を向けると、とても優しい声で話し掛けた。

 

「小紅、その後の事を話せぬようならば、我が代わりに話すが?」

「……ううん、もう大丈夫。ありがとうね、翡翠」

「礼には及ばん。友を気遣うのは当然の事だからな」

「ふふ……そっか」

 

 小紅は目を赤くしながら翡翠に対してニコリと笑った後、一度軽く息をついてから俺達の方へ向き直った。

 

「話の途中だったね。そして、家族と住み家を同時に無くしたボクは、次の住み家を探すために色々なところを巡った。けれど、やっぱりあの家での毎日がどうにも忘れられず、良いなと思える家には中々出会えずにいた。そんな中、ボクはちょっとした気晴らしをしようと思って『カッパ淵』に行ってみたら、そこに一人で座っていたのがこの青吉だったんだ」

「……そうだったな。そして、並んで座りながら小紅の話を聞いている内に俺達は友となり、暇さえあれば一緒に淵の水面を眺めたり、訪れる人間達の様子を観察したりするようになったのだったな」

「そうそう。そして、それから何カ月か経った時に翡翠と出会って今に至るんだよね」

「ああ、そうだ。だが……まさか自分に座敷わらしと大天狗の友が出来る事になろうとは、まったく思ってもみなかったがな」

「あははっ、それはお互い様だよ」

「そうだな」

「……それもそうか」

 

 小紅と翡翠の言葉に青吉はフッと笑い、俺達の方へ向き直った。

 

「さて……最後は俺の話だ。少し長くなるかもしれないが、最後まで聞いてもらえるとありがたい。小紅と出会う数年前、俺はその時もあの淵に一人で座っていた。何故一人で座っていたのか。それは仲間達と一緒にいるのがあまり好きじゃなかったからだ。

もちろん、仲間達の事は嫌いでは無かったし、時には相撲を取る時もあったため、仲間達との仲は悪くなかった。しかし、仲間達と一緒にいるよりも一人でいる方が俺的には好きだった事もあり、仲間達が件の別空間で生活をしている中、俺は夜中に寝に帰るまではこっち側で過ごしていた。

まあ……今は小紅達と一緒にいる方が好きではあるが、あの頃の俺はそんな生活が気に入っており、その生活に仲間達が介入する事を快く思っていなかった。あの日──()()()と出会ったあの日まではな」

「ある奴……その人が翡翠にとっての村人達であり、小紅にとっての当主達みたいな存在だったわけか」

「そういう事だ。ソイツと出会ったのは、暑さがとても厳しかった夏の日。流石にこの暑さは耐えられないと思いながら淵の中で涼んでいた時、誰かの気配を感じてそちらに視線を向けた。

すると目に入ってきたのは、橋の上から俺の事をジッと見ている白い半袖に短パン姿の麦わら帽子を被った人間の子供だった。その子供は俺の姿にとても驚いた様子で、どうしたら良いか分からずにただおろおろとしていた。

俺はしばらくソイツの姿を観察していたが、いくら待っていても恐る恐る近付いてくる様子すら無かったため、俺は痺れを切らして淵から上がってソイツへと近付き、何の用でここに来たのかを訊いた。するとそいつは、怯えた表情のままで『探検に来た』と答えた。

どうやらソイツは祖父母の家に遊びに来ていたらしく、祖父母からここに河童が出るという話を聞いて怖がりながらもそれが本当か確かめに来たとの事だった」

「怖がりながらも来るって……それだけソイツにとっては、その話は興味を惹かれる物だったってぇ事かぃ?」

「恐らくな。そして俺は、ソイツをとりあえず落ち着かせる事にし、色々な話題を振ってみた。ソイツは最初こそ警戒しながら答えていたが、次第にその警戒も解かれていき、楽しそうな笑みを浮かべるようにもなった。

そしてその日から俺達は友となり、その翌日から同じようにソイツの家族の事や俺の事について話をしたり、遊び程度に相撲を取ったりする日々が始まった。ソイツはこの辺りに住む人間の子供達とはあまり打ち解けられていなかったらしく、両親や祖父母からはその事を心配されていたようだったが、ソイツは俺という友がいるだけで満足しているようだった。

そして俺の仲間達は、親しげに人間と関わる俺の事をあまり良く思っていなかったようだが、俺はソイツと会う事を楽しく思っていたため、そう思われていてもまったく気にしていなかった。だが……その頃の俺はまだ気付いていなかっただけだったんだ。何故仲間達が人間と関わろうとしなかったのか、何故俺とソイツが会う事を良く思っていなかったかを……」

 

 そこまで話した時、青吉は一瞬辛そうな表情を浮かべたが、すぐにその表情は元へ戻り、再び落ち着いた調子で話を始めた。

 

「ソイツと初めて会った日から一週間近くが経った頃、俺がいつものようにソイツの事を待っていると、慌てた様子でこちらに走ってくるソイツの姿が見え、俺はその事に首を傾げながらどうしたのかと問い掛けた。すると、ソイツは息を切らしながら今にも泣きそうな顔でこう言った。

『青吉、今すぐに姿を隠して! そうじゃないと、みんなに見つかって捕まえられちゃうかもしれないから!』とな。俺はソイツに俺と出会った事は誰にも話すなと言い含めていたからその言葉に非常に驚いた。

しかし、落ち着かせながら話を聞いてみると、そうなってしまったのはソイツのせいではなかった事が分かったのだ」

「んー……? ってぇなると、いってぇ誰のせいでそうなっちまったんでぃ?」

 

 風之真が不思議そうに小首を傾げる中、俺は頭の中に浮かんだ考えを口にした。

 

「青吉の存在が明るみに出た原因、それは『地元の子供』だよな? 青吉」

「……ああ、その通りだ」

「……へ? 柚希の旦那、そいつぁいってぇどういう事なんでぃ?」

「青吉はその子に対して自分と会った事を誰にも話すなと言っていて、青吉の話からその子がその言葉を無視して誰かに話すような奴には思えなかった。そうなれば、他に考えられるのはその子の行動を疑問に思い、後を追ってきそうな存在であり、且つその子から少し隠した状態でも話を聞く事が出来ない人物。つまり、その子と関わりが無い地元の子供に限られるわけだ。

追ってきていたのが親類だったとしたら、わざわざその事を他の誰かに話さず、青吉との関係をその子に直接訊くだけで済むからな。けれど、実際に追ってきていたのは地元の子供だった上、その子も青吉も追ってこられていた事に気付かなかったため、口止めをする事が出来ず、騒ぎになってしまったってところだろうな」

「なるほどな……んで、その子供は周囲が青吉の事について騒いでるのに気付き、身を隠させるために急いで青吉の所まで来たってぇわけか」

「そうだ。だが……俺がこのまま身を隠してしまっては、来てしまった人間達からの質問攻めに遭ってしまう。俺はその事が気になり、中々身を隠せずにいた。するとソイツは、覚悟を決めたような顔で俺の手を取ると、その事に驚く俺を見ながらニコリと笑いこう言った。

『青吉、僕の事は気にせずに君は姿を隠して。大丈夫、僕は君が思っている以上に強いから。それに……こうなった以上、僕がここに来られるのは今日が最後だと思うから、悔いは残したくないんだ。だから、お願い』と。

俺は一瞬迷ったが、ソイツの言葉を信じる事にし、分かったと言ってそのまま身を隠そうとした。だがその時、俺はコイツに何か物を残してやりたいと思い、急いで仲間達がいる空間へと移動した。そして『ある物』を住み処から持ち出し、ソイツのところへ戻った後、俺はまた会えるように願いながらそれを『再会の印』として渡し、そのまま別れと礼を告げて、身を隠すために仲間達がいる空間へと戻った」

 

 青吉が懐かしそうな表情を浮かべながら話を終えると、風之真が腕を組みながら小首を傾げた。

 

「青吉、その人間とはそれから一回も会ってねぇのかぃ?」

「ああ、そろそろ良いかと思って俺が戻った時にはもうアイツはいなくなっていた。そしてそれからもあの淵で待ってみたが、アイツが来る事は一度も無かったな」

「そうか……だが、おめぇの場合はまだ再会できる可能性があるだけ幸せなんだろうな」

「そうだな。アイツ──()()()は今もどこかで暮らしているだろうから、何かのきっかけで会えるかもしれない。もっとも、シュウは俺の事を忘れているかもしれないがな」

 

 青吉は少し寂しげな表情を浮かべながらフッと笑ったが、それに対して雪花は微笑みながら首を横に振った。

 

「ううん、きっと大丈夫だよ。青吉が楽しかったようにそのシュウ君も青吉と一緒にいて楽しかったはずだし、再会の印だってあるんだから、青吉の事を忘れるなんてあり得ないよ」

「雪花……」

「だから、シュウ君にまた会えるって信じていれば、二人はまた絶対に会えるよ。一度結ばれた絆は、そう簡単には無くならないし、お互いを引き寄せ合う物だからね」

「絆はお互いを引き寄せ合う……か。そうだな、俺がまた会えると信じ続ければ、いつかまたシュウと会えるかもしれないからな」

「そうそう。せっかくだし、ポジティブに行こうよ。前向きに考えてる方が、絶対に楽しいから。そうだよね、風之真?」

「へへっ、そうだな。後ろ向きに考えちまうと、どんどん暗くなっちまって、最後には真っ暗闇の中みてぇに何も見えなくなっちまう。それだったら、前向きに考えておてんとさんみてぇに明るく行く方がぜってぇ良いに決まってるぜ!」

「ふふっ、だよね♪」

 

 風之真と雪花が楽しそうに笑い合うと、それを見ていた小紅も釣られてクスリと笑い、青吉と翡翠もそれに続く形で静かに笑った。

 

「……ここまで自然に笑い合えるのは、やはり常日頃から楽しさを感じながら生活をしているからなのだろうな」

「ああ、恐らく──いや、間違いなくそうなのだろうな」

「ふふっ、だね。こうなってくると、これからそんな楽しい生活が待っている翡翠が羨ましくなってくるなぁ……」

「……それならばお前達も仲間に加われば良いだろう。もっとも、元からそのつもりだったのだろうがな」

 

 やれやれといった様子で翡翠が言うと、小紅はその言葉に驚きの声を上げた。

 

「え……バレてたの?」

「ああ、そのくらいすぐに分かる。これでもお前達の友なのだからな。だが……小紅はともかく、青吉はそれで良いのか?」

「……ああ。柚希達との生活が楽しそうに感じたというのもあるが、柚希についていけばシュウに会えるような気がしたからな。それに……既に仲間達には別れを告げてきたから、その点も心配はいらない」

「ボクも昨日の夜の内にその辺は済ませてあるから、問題は一切無いよ」

「……そうか、ならば我から言う事は何も無い。だが……」

「うん、柚希達には言わないといけない事があるよね」

「……そうだな」

 

 そして小紅は青吉と一緒に俺達の方へ向き直り、軽くアイコンタクトを交わしてから静かに口を開いた。

 

「みんな。みんなさえ良ければ、ボク達も仲間に加えてほしい」

「翡翠とは違い、俺と小紅は出来る事も少ない。だが、出来る事は精一杯頑張るつもりだ」

「だから、お願いします。ボク達も君達の仲間に加えて下さい」

 

 小紅と青吉が同時に頭を下げると、風之真は小紅達の事を見ながら大きな溜息をついた。

 

「はあ…… 何言ってんだよ、おめぇ達は。おめぇ達はもう俺達の仲間だろ?」

「……え?」

「風之真の言う通りだよ、二人とも。『絆の書』に登録こそされてないけど、ボク達にとって君達はもう仲間なんだよ」

「そうそう。それに……出来る事が少ない事なんて気にする必要は一切無いよ」

「そうだな。そんな事を気にする奴は仲間の中にはいないからな」

「だな。だから、そこまで身構える必要は無いぜ? 二人とも」

「みんな……」

「お前達……」

 

 風之真達の言葉に小紅と青吉は少し驚いた様子だったが、すぐにその表情は安心したような笑みへ変わった。

 

「みんな……本当にありがとう!」

「皆……感謝する」

「へへっ、このくれぇ礼には及ばねぇよ。俺達が小紅達を迎え入れねぇわけもねぇからな。ああ、翡翠の旦那だってもちろん例外じゃねぇぜ? 小紅達とは違って、さっきまでは『争い合う仲』だったが、今は『笑い合う仲』だからな。これから色々と頼りにさせてもらうぜ? 翡翠の旦那」

「……ああ、任せておけ。これから世話になる以上、皆のために大天狗としての力やこれまで得た知識を活かしていくつもりだ。皆、これからよろしく頼む」

「改めてよろしくね、みんな!」

「皆、よろしく」

「ああ、こちらこそよろしくな」

 

 翡翠達と固く握手を交わした後、俺が翡翠達にいつも通りの説明をすると、翡翠は俺の左手にある『絆の書』を興味深そうに見始めた。

 

「なるほど……小紅達から簡単に話は聞いていたが、この『絆の書』という魔本は中々調べ甲斐がありそうな物のようだな」

「まあそうだな。『絆の書』はただの魔本じゃなく、言ってみれば『主と共に成長する魔本』みたいな物だし、これから俺が成長する度に『絆の書』にも様々な機能が増えていくかもしれないな」

「……そうか。それならば、その主としてこれからも精一杯頑張らなくてはな」

「ああ、そうだな。さてと……それじゃあ早速、皆の登録を始めていくか」

「だね。えーと……それじゃあまずは、翡翠からが良いかな?」

「そうだな。一応、翡翠は俺達よりも先に仲間入りを志願したわけだから、その方が良いだろうな」

「……分かった。では、よろしく頼むぞ、柚希よ」

「ああ」

 

 翡翠の言葉に頷きながら白紙のページを開いた後、俺と翡翠は白紙のページに静かに手を置いた。そして、いつも通りに体中を巡る魔力が右手を通じて『絆の書』へと流れ込むイメージを浮かべながら目を瞑り、魔力が勢い良く手の中心の穴から『絆の書』へと流れていくイメージを浮かぶのを感じながらそのまま流し込み続けた。

 

 ……よし、これで良いな。

 

 そう感じた後、右手を離しながらゆっくりと目を開けると、空白だったページには羽団扇を携えながら木の上に立つ翡翠の姿と天狗についての説明文が浮かび上がっており、それに対して満足感を覚えながら頷いた後、俺は小紅達の方へ向き直った。

 

「さてと……次はどっちにする?」

「うーん……それじゃあ今度はボクが行くよ。青吉もそれで良い?」

「ああ、出会った順から考えれば、俺よりもお前の方が早いからな」

「うん、分かった。という事で……よろしくね、柚希」

「ああ」

 

 小紅の言葉に頷きながら再び白紙のページを開いた後、俺達は同時にページの上に手を置いた。そしてさっきと同じやり方で『絆の書』へと魔力を流し込み、大丈夫だという確信を持った後にゆっくりと目を開けると、そこには奥座敷で鞠を持ったまま座布団の上に座る小紅の姿と座敷わらしについての説明文が浮かび上がっていた。

 

「これで小紅もオッケーっと。それじゃあ最後は青吉だな」

「ああ。それでは頼んだぞ、柚希」

「うん」

 

 青吉の言葉に頷いてからまた別の空白のページを開き、俺は青吉と一緒にページの上に手を置いた。そして三度『絆の書』に魔力を流し込み、大丈夫だという確信を持った後にゆっくりと目を開けると、そこには淵の中で静かに佇む青吉の姿と河童についての説明文が浮かび上がっていた。

 

 ……よし、これで完了だな。

 

「三人続けてなんて初めてだったけど、何とかなって本当に良かった……」

「へへっ、それだけ柚希の旦那も成長してるってぇ事なんだろうな」

「うんうん。でも、私達もそれに負けないようにこれからも修行をしていかないとね」

「うん。これからも仲間は増えていくわけだし、ボク達も精一杯頑張らないとだね」

「ああ、そうだな」

 

 風之真達が笑い合いながら話す中、俺は『絆の書』に『伝映綱』を繋ぎ、居住空間にいる翡翠達に声を掛けた。

 

『翡翠、小紅、青吉、居住空間はどうだ?』

『ああ、思っていたよりも快適だ』

『うん、そうだよね。自然も豊かで気温も程良いし、これからここに住めるのが本当に嬉しいくらいだよ』

『そうだな』

『……ふふ、そっか。喜んでもらえたなら何よりだよ』

 

 翡翠達の答えに微笑みながら答えていると、天斗伯父さんが俺の肩をポンと叩きながら全員に声を掛けてきた。

 

「では皆さん、そろそろ民宿へ帰りましょうか。柚希君、色々な事があってお疲れでしょうが、ヴァイスさんを呼んで頂けますか?」

「はい、分かりました」

 

 天斗伯父さんの言葉に答えた後、俺は『絆の書』のヴァイスのページを開き、魔力を通じてヴァイスへと話し掛けた。

 

『ヴァイス、頼んで良いか?』

『はい、もちろんです』

『うん、ありが──』

『あ、柚希。それならボクも一緒に出してもらっても良いかな? 一応、まだ道案内役としての役目は果たして終えてないからね』

『ああ、分かった』

 

 そして一度『絆の書』を閉じ、再び『絆の書』へと魔力を流し込んでヴァイスと小紅を外へと出すと、小紅は気持ち良さそうに体をグーッと伸ばした。

 

「……うん、居住空間の空気もとても良かったけど、やっぱりこっちはこっちでスゴく落ち着くなぁ……」

「ははっ、そうだろうな。さてと……それじゃあ頼んだぜ、ヴァイス」

「はい、帰りも安全運転を心掛けますね」

 

 ニコリと笑うヴァイスに対して微笑み返した後、俺達は揃ってヴァイスの背に乗り、天斗伯父さんの術で姿を隠しながら民宿へ向けて夕暮れ時の空を静かに飛び始めた。

 

 

 

 

 翌朝、民宿の人達に見送られながら民宿を出発した後、俺達は一度電車の時間を見に駅へ向かった。すると、帰りの電車まではまだ時間があったため、小紅や翡翠の提案でまだ行っていない様々な場所を軽く巡る事にした。

自然が豊かな場所や歴史的な物が残る場所、そして小紅達だけが知る穴場などの様々な場所を話をしたり笑い合ったりしながら一緒に巡った事で、俺は小紅達との絆が更に深まったような気がしてとても嬉しく思っていた。

そして昼過ぎ、駅へ戻ってきた俺達は電車の時間を待つ間、駅のすぐ近くにある観光協会内の土産物屋へと立ち寄ると、小紅は店内の様子に顔をぱあっと輝かせた。

 

「わぁ……! 見て、柚希! 面白そうな物がいっぱいあるよ!」

「そうだな。けど……こういう所って入った事無いのか?」

「うん、実はそうなんだ。ふらっと駅まで来た時は、翡翠の気持ちを考えていつも駅を使う人達の姿しか眺めてなかったからね」

「そっか」

「でも、翡翠もまた人間と妖みたいなモノ達との可能性を模索したいって言ってくれたし、ボクもこれからは積極的に人間達がいる場所に行ってみようかな」

「ああ、それが良いと思うぜ? まあ、学校なんかは難しいかもしれないけど、公園とか公共施設とかなら問題無さそうだしな」

「ふふっ、だよね!」

 

 そんな会話を交わしながら小紅と笑い合っていたその時、「……あれ、柚希君?」と不思議そうに俺の名前を呼ぶ声が聞こえ、俺は「え……?」と言いながらそちらへ視線を向けた。するとそこにいたのは、小首を傾げながらもどこか嬉しそうな笑みを浮かべる金ヶ崎の姿だった。

 

「金ヶ崎……? どうしたんだ、こんなところで……?」

「ふふ、ちょっとね。柚希君こそどうして? もしかして旅行とか?」

「あ、ああ……伯父さんと一緒にな」

「やっぱりそうだったんだね。私はお祖母ちゃんのお家がこっちの方にあるから、昨日まで帰省してたんだ。それで、今は帰りの電車を待っているところだったんだけど、まさか柚希君に会えるなんて思ってなかったから、本当にビックリしたよ」

「はは、そうだな」

 

 金ヶ崎の言葉に軽く笑いながら答えていると、その様子を静かに眺めていた小紅が突然「……あれ?」と不思議そうな声を上げた。

 

『ん……どうした?』

『……いや、この子から何か懐かしい感じがして……』

『懐かしい感じ……?』

『うん、具体的に言うなら……微弱ではあるけど、懐かしい妖気を感じるかな?』

『懐かしい妖気……』

 

 ……言われてみれば、確かに金ヶ崎から妖力の気配を感じるような……。

 さっきまで気付かなかった金ヶ崎から発せられる妖力の気配に疑問を覚えながらその姿を観察していたその時、俺は金ヶ崎が何かを首から掛けている事に気付き、その事について金ヶ崎に問い掛けた。

 

「金ヶ崎、そういえば何かを首から掛けているようだけど……何を掛けているんだ?」

「え? あ……ああ、これだね」

 

 金ヶ崎は一瞬驚いた様子を見せた後、嬉しそうにそれを取り出した。すると、出てきたのは透き通った小さな紅色の石のペンダントであり、金ヶ崎から感じていた妖力の気配はそれから発せられているようだった。

 

「……スゴく綺麗な石だな」

「うん……これは、お祖母ちゃんのお兄さんが持ってた大切な物らしいんだけど、そのお兄さんはもう何年も前に火事で亡くなったんだって」

「火事で、か……」

「……うん。それで、焼け跡からこれが綺麗なままで出てきたらしくて、遺品の一つとしてお祖母ちゃんが貰ってたの。でも、帰った時にお祖母ちゃんがこれは私が持ってた方が良いかもって言って私にくれたんだ。これには『座敷わらしの力と想い』が宿ってて、持ってると幸運を呼び込んでくれるからって」

「座敷わらしの力と想い……」

 

 それってもしかして……。

 

 チラリと小紅の方へ視線を向けると、小紅は信じられないといった表情で金ヶ崎のペンダントを見ており、その目には涙が浮かんでいた。

 

『小紅……』

『そっか……あのペンダントは、まだ残ってたんだ……。そして、それは次の世代へしっかりと受け継がれていったんだね……』

『良かったな、小紅。お前の大切な人達の血を引く奴にまた巡り会えて』

『うん、うん……!』

 

 嬉しそうに涙を流しながら頷く小紅の姿に、俺は同じように嬉しさを感じた。大切な人にはもういなくとも、その血や想いを受け継ぐ人がここにいる。それはやっぱりとても嬉しい事なんだ。

 

 ……それにしても、小紅と金ヶ崎にこんな繋がりがあるなんてな……これは夕士達だけじゃなく、金ヶ崎にもいつか鈴音や小紅と会わせる機会を設けなきゃ──。

 

 そんな事を考えていたその時、「……おっ、そこにいるのはもしかして……!」と嬉しそうな声が聞こえ、俺と金ヶ崎は同時にそちらへ視線を向けた。すると、そこには顔をぱあっと輝かせながらこちらを見る雪村の姿があった。

 

「雪村……まさかお前ともここで会うなんてな……」

「ははっ、本当だな! それにしても、柚希と金ヶ崎が一緒にいるって事は……もしかして一足早い新婚旅行か何かか?」

「し、新婚旅行って……! 雪村君、何言ってるの!?」

「……そうだぞ、雪村。親御さんも近くにいる時にその冗談は流石に笑えない」

「ははっ、すまんすまん。けど、お前達はどうしてここにいるんだ?」

「俺は伯父さんと一緒に旅行で、金ヶ崎はお祖母さんの家に帰省した帰りだってさ」

「へえー……金ヶ崎もそうだったのか。俺もこっちの方に祖父ちゃんと祖母ちゃんが住んでるから、昨日まで帰省してたんだよ」

「そうだったのか。なんかスゴい偶然だな」

「へへ、だな!」

 

 雪村は嬉しそうに笑うと、そのまま両手を頭の後ろに回した。すると、雪村の手首に妖気を発する青い石の腕輪のような物が嵌まっているのが目に入り、俺はそれを指差しながらそれについて訊いた。

 

「雪村……その腕輪は?」

「ん……ああ、これか? これは昔、あるダチから貰ったもんなんだけど、ついこないだまでずっとしまってたんだよ」

「しまってたって……何でだ?」

「……実は、この腕輪にはちょっとした苦い思い出があって、その思い出をしっかりと乗り越えられるまでは、付けないようにしてたんだよ」

「苦い……思い出?」

「ああ。小さい頃、俺はちょっと引っ込み思案なところがあって、ダチも全然いなかったんだ。それで、今回みたいに帰省した時もこっちの方のダチが全然出来なくて、かなり寂しい思いをしてたんだ。でも、そんな俺にもついにある一人の友達が出来てさ。俺はそれが本当に嬉しかったから、朝から夕方までずっとソイツと遊んでたんだ」

「……その友達は、本当に良い友達だったんだね」

「ああ、俺には勿体ないくらいの奴だったよ。でも、ある出来事がきっかけで俺はソイツと会う事が出来なくなったんだけど、その別れの時にソイツが渡してくれたのがこの腕輪なんだ」

「ある出来事がきっかけで会えなくなった……」

 

 ……この話、どこかで聞いたような……。

 

 その時、それをどこで聞いたのかを思い出し、その真偽を確かめるために『ある質問』を雪村に投げかけた。

 

「雪村、その友達と出会ったのってどこなんだ?」

「……え? ああ、『カッパ淵』っていう所だよ。まあ、それ以来そこには立ち寄ってないから、ソイツとは一度も会えてないし、今もそこにいるとは限らないけどな」

「そっか……」

「……でも、さ。いつかまたアイツと会えるって俺は信じてるし、会いたいってスゴく思ってるんだ。あの時の俺の不注意が原因で、アイツと会えなくはなったけど、あの時の俺とは違う今の強い俺ならアイツに何かあっても守れるはずだし、こうやって会えるって信じながらアイツがくれた腕輪を持ち続けていれば、出会えるはずだからさ」

「雪村君……」

「そしてその時は、あの時にアイツが呼んでた『シュウ』じゃなく、ちゃんと『柊士(しゅうじ)』って呼んでもらうつもりだ。『シュウ』って呼ばれるのも嫌いじゃないけど、やっぱり成長をしたからには、そっちでも呼んでもらいたいからさ」

「……ああ。お前の言う通り、また会えるってお互いに信じ続ければ、何かのきっかけでまた会えるはずだ。想いの力は無限大だからな」

「……ああ、そうだよな!」

 

 雪村がニカッと笑いながら大きく頷く中、俺は傍らに立つ小紅とこっそり笑い合った。

 

 ……やれやれ、雪村に会わせないといけない奴が、もう一人増えたみたいだな。でも、雪村と青吉の両方の友達である以上、この二人もしっかりと再会させてやりたいな。

 

 青吉と雪村が笑いながら握手を交わす様子を想像しながらそんな事を思っていた時、「……そうだ」と雪村が何かを思い出したように声を上げ、俺と金ヶ崎の両方を見ながら楽しそうに笑いながら話し掛けてきた。

 

「なあなあ、お前達も今から土産を選ぶところだよな?」

「まあ、そうだな」

「うん、私も同じだよ」

「だったら、一緒に色々と見てみようぜ! 一人で選ぶよりもお前達と話しながらの方が絶対に楽しいと思うし、こうして会えた記念として俺達だけの何かも欲しいからな!」

「……ああ、良いぜ。たしかにここで会えたのも何かの縁だしな」

「私ももちろん良いよ」

「よっし! そうと決まれば、早速見てみようぜ!」

「ああ」

「うん!」

『おー!』

 

 そして、俺と小紅は楽しそうに笑う雪村と金ヶ崎の二人と一緒に歩き始めた。色々な出会いがあったこの旅だったが、小紅達と出会った事や雪村達と旅行先で偶然出会った事は、これからの俺を作る上での大切な思い出の一つになると確信していた。

 

 夕士達や『絆の書』の皆はもちろん、雪村や金ヶ崎ともこれから一緒に色々な事をやったり、色々な出会いをしていったりしていこう。大切な思い出という宝物を増やしていくためにも。

 

 皆と話をしながら様々な物を見る事で現在進行形で思い出を作りつつ、俺は皆の事を思い浮かべながら静かにそう心に誓った。




政実「第20話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回は実際に現地を訪れた上での執筆になったわけだけど、これからもこういうパターンってあったりするのか?」
政実「うーん……そう出来るならそうしたいけど、第1章が終わるまでに柚希達が訪れる場所はどこも県外になっちゃうから、それはちょっと難しいかな。けど、他作品でならそういう事をしようと考えてるのは何作かあるかな」
柚希「そうか。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めようか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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TWENTIETH AFTER STORY 伝承の者達の一日

政実「どうも、片倉政実です」
小紅「どうも、座敷わらしの小紅だよ」
青吉「河童の青吉だ」
翡翠「大天狗の翡翠だ」
政実「という事で、今回は遠野組のAFTER STORYです」
小紅「三人でのパターンはこれが初めてだよね?」
政実「そうだね。まあ今後も三人まとめて仲間になる時はあるとは思うけどね」
青吉「そうか。では、そろそろ始めていくぞ」
政実「うん」
小紅「はーい」
翡翠「わかった」
政実・小紅・青吉・翡翠「それでは、どうぞ」


「うーん……」

 

 

 ある日の事、ボクはリビングで唸っていた。すると、それを聞いていた青吉と翡翠が僕に視線を向けた。

 

 

「どうした、小紅」

「何か拾い食いでもしたか」

「お腹が痛いわけじゃないよ。ここで作ってもらえるご飯は本当に美味しいし、拾い食いなんてするわけないじゃない」

「それはそうだな」

「この遠野家に世話になるようになってからというもの、本当にここまでしてもらって良いのかという待遇ばかり受けている。それならたしかに拾い食いなどする気も起きんな」

「でしょ?」

 

 

 ボクはクスリと笑ってからこのお家にお世話になる事になった経緯を想起した。秋の大型連休とかで人間達がウキウキしていたある日、神社で毬をついて遊んでいた時、翡翠が突然出てきて強い力の気配を感じるから見てきて欲しいと言ってきた。

 

 それを聞いてボクが最初に思ったのは珍しいだった。ボクは座敷わらしだから姿を見せずに様子を見に行くのは容易だけど、幸運を引き寄せる力を持っているからもし悪意を持った人間に捕まったらその力を悪用される可能性がある。

 

 大天狗の翡翠はそれを当然知っているからこそ珍しいと思ったけれど、悪意や邪念を感じなかったからこそボクを向かわせたのを後で知ってボクは納得した。そして駅で出会ったのが家族旅行に来ていた柚希達だったのだ。

 

 どうやら柚希は前々から遠野市に来たかったらしく、そのわくわくで力の気配が漏れだしてしまったのを翡翠が感じ取り、それをボクに教えてきたみたいだった。

 

 そんな柚希に興味を持ったボクはガイドを買って出た。そして柚希やその叔父さんで神様の天斗さん、そして『絆の書』の愉快なみんなとの絆を深めたり翡翠が柚希に挑戦したり、と色々な事があった後に僕達はそれぞれの過去を話し、柚希の仲間となってこの遠野家にお世話になる事になったのだった。

 

 

「まあそんなわけでボクが唸ってたのは拾い食いでお腹を痛くしてたからわけじゃないよ」

「では、何故唸っていたのだ?」

「うん、まだその時じゃないのはわかってるんだけど、ボクがお世話になっていたあの子の血を引く雫ちゃんに会ってみたくなっちゃってね」

「なるほどな……俺も久しぶりにシュウに会いたいと思っていたが、たしかに再び会うとすればもう少しアイツが成長し、柚希がアイツらに自分の事を話せるタイミングになってからだと思っていたからな」

「そう。でも、やっぱり会いたくなっちゃって。だから、どうしようかなと思ってたんだ」

 

 

 柚希が雫ちゃん達に自分の事を隠してるのは仕方ないし、話すのを躊躇うのはわかる。だけど、何か方法がないかと考えてしまうんだ。

 

 小さくため息をつきながらひとまず諦めようとしていたその時だった。

 

 

「……仕方ない。小紅、青吉、我に一つだけ手がある」

「え?」

「本当か?」

「会えるかはわからんがな。とりあえず柚希に外出してくる旨を伝えるぞ。何も言わずに出かけるわけにはいかんからな」

「うん、わかった! それじゃあボクが言ってくるよ!」

 

 

 翡翠の考えというのがわからなかったけれど、もしかしたら雫ちゃんに会えるかもしれないという嬉しさを感じながらボクは自分の部屋にいる柚希のところへと向かった。

 

 

 

 

「よし、それでは行くぞ。お前達」

「うん!」

「ああ」

 

 

 外に出た後、現代風の服装に着替えた小紅と共に返事をする。そして歩き始めようとした時、小紅は物珍しそうに俺を見始めた。

 

 

「変化の術のおかげとはいえ、青吉が河童の姿をしてないのは中々不思議な感じ。人間の子供の姿をするのってどんな気分?」

「そうだな。水掻きや甲羅、そして頭の皿が無いというのは中々不思議な感覚だが、水が近くになくともこうして快適に動けるというのは中々嬉しいものだな。柚希達も普段はこの快適さを味わいながら生活をしてるんだろう」

「そうだろうな。では、ゆくぞ」

 

 

 俺と小紅は頷き、翡翠と共に歩き始めた。翡翠の考え、それは小紅を現代風の服装に変え、俺を人間の子供の姿に術で変えて外出をする事だった。翡翠自身もその大きさや姿から目を引くが、俺達も同じように人間達からすれば珍しい姿をしている。そのため、変化の術を用いて他の人間と遜色無い姿になれば、珍しがられたり怪しまれたりせずに会いたい相手に会えるかもしれないというのが翡翠の考えだったのだ。

 

 その考えは正解だったのかすれ違いざまに俺達を見る人間は少なく、その様子を小紅は面白そうに見ていた。

 

 

「ふふ、なんだか不思議な感じ。普通の人間に混じってこうして歩けてるなんて」

「我らは普段から人間の前には姿を現していないからな」

「そうだな。さて、柚希から聞いた馴染みの公園とやらはそろそろだと思うが……」

 

 

 そう言っていた時、柚希から聞いた名前が目に入り、俺達は公園内に入った。休日だからか公園内は家族連れや子供の姿が目立っており、小紅はワクワクした様子でそれを見ていた。

 

 

「わあ……なんだかスゴく楽しそう。ボクも混ざってきたいなぁ」

「それも別に良いが、まずは公園内を見てまわるぞ」

「はーい。それにしても、こんなに楽しそうにしるのを見るのはやっぱりいいね」

「そうだな。さて、今日は公園まで遊びに来ていると良いんだが……」

 

 

 小紅と俺が目当ての相手を探していたその時だった。

 

 

「なあ、お前達」

 

 

 近くから声をかけられ、俺達はそちらに視線を向けた。そこにいたのは雫やシュウではなかったが、その友人である海野深也と由利蒼太だった。

 

 

「君達、ボク達に何か用?」

「用というか……初めましてのはずなのに俺達のダチと同じような雰囲気を出してたからちょっと気になって声をかけたんだ」

「ダチ……あ、もしかして柚希の事かな? もしかしてというかはそうだったらいいなって感じだけど」

「そうだけど……お前達も柚希のダチなのか?」

「というかよくわかったな?」

「君達の事は柚希から聞いてるよ。海野深也君に由利蒼太君」

 

 

 小紅がクスクス笑いながら言うと、二人は軽く頬を赤らめた。

 

 

「き、聞いてるって……」

「ど、どんな感じにだ?」

「もちろん良い友達って聞いてる。それでなんだけど、君達にちょっと聞きたい事があるんだ」

「聞きたい事?」

「ああ。お前達の知り合いに金ヶ崎雫と雪村柊士の二人がいると思う。お前達から見た二人の印象を聞かせてほしい」

「金ヶ崎と雪村の印象……別に良いけど、二人とも知り合いなのか?」

 

 

 その質問に小紅は困ったような顔をする。それはそうだろう。遠野の出立の日に見ただけで、実際には話した事がないのだから。

 

 そうして小紅がどうしようと言うかのように俺達に視線を向けてきたその時、翡翠はやれやれとため息をついた。

 

 

「海野に由利、といったか。お前達にとって今から信じられないような事を話すが、この件は口外しないでもらいたい」

「え、翡翠?」

「変に嘘をつくよりは良いだろう。さて、その信じられないような事だが、我らはお前達のような人間ではない」

「人間じゃ……ない? あ、もしかしてお前達も精霊みたいな存在なのか?」

「正確には妖だが、よく驚かんな」

 

 

 翡翠が驚いていると、海野君は笑みを浮かべた。

 

 

「まあ基本的に俺達だけの秘密にしてるんだけど、俺達にも人間じゃない友達がいたんだ」

「今は会えてないけどな。だから、お前達の事も内緒にしとくよ。金ヶ崎や雪村、当然柚希にもな」

「そうか。ありがとう、二人とも」

「どういたしまして。それで、お前達は何者なんだ?」

 

 

 由利君の問いかけにボクは安心感を覚えながら答える。

 

 

「ボクは座敷わらしの小紅でこっちの青吉は河童、それで翡翠は大天狗だよ。三人とも遠野で柚希と出会って、今は柚希と一緒に暮らしてるんだ」

「柚希が妖怪と……」

「アイツ、妖怪とか神話の怪物大好きだからスゴく嬉しいだろうな」

 

 

 翡翠は静かに頷く。

 

 

「事実、いつも他の仲間達とも楽しそうに暮らしている。そして小紅は金ヶ崎雫の親族と共に暮らしていた過去を持ち、青吉は幼い頃の雪村柊士と夏の日に友垣として楽しく過ごしていた過去を持つ。だが、今は柚希の事情もあって面と向かって話す事はおろか会う事も控えている。そのため、お前達にその二人についての印象を聞きたいのだ」

「そういう事か。まあ金ヶ崎の印象といっても俺達もそんなに話した事はないぜ?」

「違うクラスだしな。けど、柚希の事が好きなのは見ててわかるし、金ヶ崎自身も結構男女関係なく人気は高いな。おとなしいけど、成績は優秀みたいだし、なんだかんだで柚希みたいに誰かを助けようとする事が多いからクラスメート達からは慕われてるし、男子で金ヶ崎が好きな奴は結構いるみたいだ。俺達も金ヶ崎の事は可愛い女子だと思ってるし、そんな金ヶ崎に好かれてる柚希は羨ましいと思ってるぜ」

「後は雪村についてだよな……昔のアイツは知らないけど、今のアイツは結構女好きで底無しに明るい奴だな。俺達以外の友達も多いし、夏休みとか冬休みになると他の奴も巻き込んで企画を立てたりもするんだ。臨海学校の時は俺達と柚希達での水泳競争や怪談大会も企画してたしな」

「昔のアイツは友達を作る事すら中々出来ない奴だったが、今ではそんなに強くなってるんだな。女好きというのも度が過ぎなければ別に良いだろう。様々な女を知り、最終的に自分が一番に大切にしたいと思える女に出会えれば俺は文句は言わん」

「そっか。それ聞いたら雪村も喜びそうだけど、今は会えないなんてちょっと寂しいな」

「だが、再会出来た時の喜びもまたひとしおだと思っている。だから、これで良いんだ。アイツの成長を友の口から聞く事が出来ただけでも十分だ」

 

 

 その言葉に偽りはない。直接会って話したいという気持ちがあったために今回のような提案に乗ったのもまた事実だ。けれど、別に会えなくとも構わないとも思ってはいた。一番の再会のタイミングは柚希が考えてくれているからこそ、その時まで待った上でその喜びを分かち合うのが一番だと思ってはいたからだ。

 

 

「因みにシュウは、雪村は今日はお前達と一緒では無いんだな」

「ほんとは一緒に遊ぶ予定だったんだけど、今朝急に家の用事が入ったって事で無くなったんだよ」

「それがなかったら会えたろうにな。柚希辺りからここが俺達の集まりやすい場所だって聞いてきたんだろ?」

「うん、そんなとこ。でも、今日会えなかったって事は、やっぱり柚希が考えてくれてる一番のタイミングまで待てって神様に言われてるんだと思う。だから、それまで僕達は待つよ」

「そうだな。深也、蒼太、今日はありがとう」

 

 

 二人は顔を見合わせるとどこか照れ臭そうな顔をした。

 

 

「別にお礼なんて良いよな」

「ああ。俺達だって珍しい出会いに恵まれたわけだし、こっちこそお礼が言いたいよな」

「そうか。お前達、我らも家で柚希を支えるが、お前達も学校や他の面で柚希を支えてやってくれ。もちろん、青吉と小紅の大切な存在の事も」

「わかった。俺達に任せとけ!」

「アイツが悪い奴じゃないのはわかってるしな。お互いに柚希とはこれからも仲良くやってこうぜ」

 

 

 その言葉に俺達は頷いた後、二人に別れを告げてそのまま公園を出ていった。

 

 

 

 

「あーあ、でも会えなかったのはちょっと残念。まあ別のクラスだって言ってたし、雫ちゃんの件はわからないかな」

「いるのがわかっていれば連れてきてくれただろうからな。残念な気持ちは同じだが、やはり一番のタイミングまで待ってこそなんだろうな」

「だね。それまではじっくりと待とうっと」

 

 

 帰り道、小紅と青吉はそんな事を話していた。しかし、その表情は穏やかであり、会えずとも満足していたのがはっきりと見て取れた。

 

 

「だが、もし実際に会えていたらどのような事を話す予定だったのだ?」

「うーん……言われてみれば何話そうか決めてなかったなぁ」

「会えた喜びが強くなっていただろうからな。俺も久しぶりに会えた事で満足してしまい、何かを話すという事までは気が回らなかったと思う」

「そうか」

 

 

 それで良いのかとは思ったが、二人にとってはやはり会えたという事実が何よりも嬉しい事なのだ。小紅にとっては大切にし合っていた相手の親族で、青吉にとっては絆を深め合えた種の違う友垣であり、柚希に対して感じている親愛とはまた違った感情があるのだろうから。

 

 そしてそんな二人が我にとっては羨ましかった。我にとってはそう言えるような相手はもういない。絆を深めてきたあの村人達は家族もろとも命を奪われてしまい、血を分けた相手の行方すらわからないのだから。

 

 だからこそ、我はこの二人や柚希、そして天斗や『絆の書』の奴らと共に歩んでいこう。もうあのような悲しみを感じないためにもそのそばにいて、我が出来る限りの支援をし、後悔のない毎日になるようにするのだ。

 

 

「小紅、青吉」

「ん、なに?」

「どうかしたか?」

「いや、改めてよろしく頼む。そう言いたくなっただけだ」

「……そっか。翡翠、こちらこそよろしくね」

「こちらこそよろしく頼む、翡翠」

 

 

 二人から返ってきた言葉を聞き、我の心が満たされていくのを感じていた時、風之真と鈴音を肩に乗せ、オルトと智虎を連れた柚希から反対側から歩いてきた。

 

 

「あっ、いたいた」

 

 

 嬉しそうに言うと、柚希は我らに近づいてきた。

 

 

「帰ってくる途中で会えてよかったよ。まあ力の気配を探れば会えるけどさ」

「へへっ、だな。んで、どうだった? 小紅は雫の嬢ちゃん、青吉は雪村がいねぇか見に行ったんだろ?」

「残念ながら会えなかったよ。会えたとしても嬉しさが先に立って話すのも難しかっただろうけどね」

「そっかぁ……でも、なんだか満足そうではあるね」

「あ、たしかに」

「何か良い出会いでもあったんですか?」

 

 

 智虎の問いかけに我は頷く。

 

 

「まあそうだな。人間を憎んでいた頃の我では考えられなかった事だが、此度の出会いは本当に良いものだったと言えるだろう」

「そっか、それならよかったよ。よし、それじゃあ帰ろうぜ」

「そろそろおやつの時間だしな。おめぇらもいてこそ楽しいおやつ時間になるんだし、さっさと帰って話でもしながらゆっくり食おうぜ」

「だね。おっやつ、おっやつ♪」

 

 

 小紅が楽しそうに言い、それに対して鈴音とオルトがそれに続いて言い始めると、柚希達はクスクス笑い始めた。このなんという事のない日常ですら以前の我は楽しめていなかったが、柚希達と出会った今は違う。新たな友と出会い、その友との毎日だからこそ楽しいと思えるのだ。

 

 

「……大切にしなければな。この毎日を」

 

 

 柚希達との帰り道、以前は冷えきっていた心が今はあたたかくなっているのを感じながら我は柚希達と共に帰路に着いた。




政実「TWENTIETH AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
青吉「俺達は深也と蒼太と出会ったわけだが、この調子だとシュウもいずれは誰かと出会いそうだな」
政実「そのつもりではあるかな」
翡翠「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価なども待っている故、書いてもらえると助かる。よろしく頼む」
小紅「それじゃあそろそろ締めていこうか」
政実「うん」
青吉「ああ」
翡翠「わかった」
政実・小紅・青吉・翡翠「それでは、また次回」


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第21話 幸福を呼び込む三つの光

政実「どうも、四霊の中では一番麒麟が好きな片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。四神の時の青龍もそうだけど、今回の麒麟もイメージ通りの選択だったな。そういえば、今回はいつもとは少し違う事をしてみたんだっけ?」
政実「うん。読者の方から感想を書いて頂いた時にちょっとしたリクエストも頂いていたから、それにチャレンジしてみた感じかな」
柚希「なるほどな。まあ、それに関してはここで書くよりも実際に読んでもらった方が良いだろうし、早速始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第21話を始めていきます」


 雪も降り積もり寒さで体も震える師走のある朝の事、いつものように天斗伯父さんや『絆の書』の皆と一緒に朝食を食べていた時、「……そうだ」と天斗伯父さんは何かを思い出したように声を上げた。そして俺の方へ視線を向けると、ニコリと笑いながら声を掛けてきた。

 

「柚希君、今日はたしか終業式でしたよね?」

「あ、はい。なので、昼頃には帰ってくる予定ですし、合気道の練習も無いので、今日は夕士達と一緒にウチで冬休みの宿題を片付けちゃおうと思ってます」

「なるほど……」

「でも……どうしてそんな事を?」

「実は、今日のお昼頃にあるお客様がいらっしゃる予定になっているので、予めその事を伝えておこうと思いましてね」

「お客さん……ですか」

「はい。ですが、その方は柚希君も知っている方ですし、私も今日は仕事がお昼までなので、そういう予定がある事だけ覚えておいてもらえれば大丈夫ですよ」

「は、はい」

 

 お客さん……か。天斗伯父さんの『人間側』の知り合いで俺が知ってる人は殆どいないから、たぶん『神様側』の方だと思うけど、この時期に来る人となると、結構限られるような……?

 

 朝食を食べながらあり得そうな人を考えていた時、ふと何組かあり得そうな人を思いつき、俺はその人達の関係がある『絆の書』の住人達をチラリと見た。しかし、その誰もが俺の視線に対して静かに首を振ったため、俺は「ふむ……」と唸りながら顎に手を当てた。

俺が想像していたのは、兎和(とわ)の曾祖母である白兎神様や黒烏(くろう)の父親である黒羽さん、そして智虎(ヂィーフー)達四神′sや輝麒(フゥイチー)の親御さん達だったのだが、兎和達の反応から察するにお客さんは恐らくその人達では無いのだろう。

 

 ……まあ、ただ報されていないだけの可能性もあるし、断言するのはまだ早いんだけどな。でも、もし本当に俺が考えている人達じゃないとしたら、一体誰が来るんだろう……?

 

 そして、朝食そっちのけでこれまでに会った事がある人間以外の知り合いを次々と思い浮かべていたその時、義智が呆れ声で話し掛けてきた。

 

「……柚希、考え事をする前に食べ終えてしまったらどうなのだ? それに、客人の正体は後で分かるのだから、その時の楽しみとしていた方が良いだろう?」

「……あ、それもそうだな」

 

 義智の言葉に納得顔で頷いていると、義智は大きな溜息をつき、それを見ていた『絆の書』の住人達からクスクス笑う声が聞こえてきた。

 

「まったく……柚希の旦那と義智の旦那の掛け合いは、いつ見ても面白ぇもんだなぁ」

「ふふっ、本当にね」

「何というか……二人のこういう所を見てると、スゴく安心するよね」

「あー……今日も平和だなぁ、みたいなね」

「そうそう、そんな感じそんな感じ」

 

 風之真達を始めとした年下組の住人達が楽しそうに話し、その様子を天斗伯父さんを含めた大人組が微笑ましそうに見ている中、義智は更に深く溜息をつき、俺はそんな皆の様子を見ながら苦笑いを浮かべた。

 

 俺自身もこのやりとりや義智の存在に安心感を覚えているから、時には今のように肩の力を抜いた状態でいられるけど、いつまでもこのままではいられないという事は分かってる。

一応、俺も『絆の書』の魔書使い(ブックマスター)であり、『絆の書』の住人達の主でもあるわけだから、自分の根っこの部分は変えずに少しずつでも良いから人間としても魔導師の一人としても成長していかないといけないよな。

 

 そんな決意にも似た思いを抱いた後、俺は楽しそうにしている皆の様子を眺めながら再び朝食を食べ始めた。

 

 

 

 

「それじゃあ行ってきます」

 

 朝食後、俺はいつも通りの準備を済ませ、会社へ行く準備をしている天斗伯父さんに声を掛けてから、玄関のドアをゆっくりと開けた。すると、そこには冬の寒さにも負けず元気な様子の夕士と長谷の姿があった。

 

「おはよう、二人とも」

「ん、おはよう」

「おはよう、柚希。どうやら今日は、俺の方が早かったみたいだな」

「だな。でも、一番は相変わらず長谷みたいだけどな」

「当然だ。たとえ勉強や運動以外でも俺は簡単に一番を譲る気は無いぞ? それくらいの気持ちでいないと、あの親父達は絶対に越えられないからな」

「ははっ、違ぇねぇや」

「だな。あの人は長谷をイラつかせるためなら、たとえ仕事の日でも俺達よりも先に待ってそうだからな」

「よう、お前達。今日はどうやら俺が一番早かったみたいだな、って感じでな」

「……否定できないし、満面の笑みでそんな事を言っているのが容易に想像できる……」

 

 長谷が額に手を当てながら深く溜息をつく中、俺と夕士は顔を見合わせながら一緒に苦笑いを浮かべた。いつも落ち着いていて頭のキレる長谷だが、お父さんである長谷慶二さんはその遙か上を行き、男女両方から慕われるとてもカッコいい人だ。

しかし、息子の長谷泉貴(はせみずき)をからかう事が趣味という一面を持っているという中々変わった人で、慶二さんが家にいる時に遊びに行くと、学校なんかでは見られない長谷の姿が見られるので、俺と夕士はそれをこっそりと楽しみにしていたりする。

 

 まあ、長谷親子の仲は悪いわけではないし、二人ともお互いの事を認めあっているからこそ、あんな風にやれてるわけだし、アレも理想の親子像の一つだと言っても良いかもしれないよな。

 

 長谷親子のいつものやり取りを思い出しながらクスリと笑った後、「……それじゃあそろそろ行くか」と夕士達に声を掛け、夕士達がそれに頷くと同時に俺達は学校に向かって歩き始めた。そして、雪をサクサクと踏みしめながら夕士達と歩いていた時、「あ、そうだ……」と夕士が何かを思い出した様子で声を上げた。

 

「確か今日の午後は、皆で冬休みの宿題を片付けるんだったよな?」

「ああ、宿題を早めに終わらせておけば後々ゆっくり出来るからな。冬休みは年末年始で色々と忙しくなるだろうし、今日中に半分までは終わらせたいところだな」

「だな。それくらいやっておけば、ゆっくりやっても大晦日までには確実に終わるはずだし、その分大掃除とかの新年を迎える準備に時間を割けるからな」

「大掃除かぁ……家の中を念入りにやらないといけないから、ちょっと面倒臭いけど、やっぱり新年を迎えるためには必要な事なんだよな……」

「そうだな。まあ、ウチは毎年何日間か掛けてやってるから、面倒には感じないけどな」

 

 夕士達と会話を交わしながら俺は毎年の大掃除の際の様子を思い出した。ウチの大掃除では、『絆の書』の皆も交えた全員でしっかりと役割分担をしてから大掃除を行っており、それぞれがそれぞれの得意分野を担当してもらっている。

そのため、毎年大晦日の前には大掃除が終わっており、住人の数も毎年増えている事もあり、大掃除に掛かる日数も年々減っていたりする。

 

 ……そういえば、黒烏と出会ったのも大掃除の日だったっけな。あの時は黒羽さんと一緒に高皇霊産尊(たかみむすびのみこと)様からの新年会についての連絡を伝えに来てくれたわけだけど、もしかして今日来るお客さんっていうのもそういうタイプの来客なのかな……?

 

 今朝聞いた来客の話を思い出し、その正体について再び考え始めたその時、突然肩をポンポンと叩かれ、「え……?」と言いながら俺はそちらへ視線を向けた。すると、俺の肩に手を置いたまま不思議そうな表情を浮かべる夕士の姿が目に入ってきた。

 

「夕士……どうかしたか?」

「いや、どちらかと言えばそれはこっちの台詞だぜ? なんか突然難しい顔をしながら考え事をし始めたみたいだけど、何かあったのか?」

「んー……まあな。実は今朝、天斗伯父さんから昼頃に来客があるって話をされたんだけど、その来客は俺の知っている人だっていう情報しか知らされてないから、どんな人なのかつい気になっちゃってな」

「へえ……そうだったのか」

「……つまりその来客は、遠野も会った事がある天斗さんの知り合いって事になるのか?」

「そうだと思う。まあ、昼頃に来るのは確実だろうし、その時までのお楽しみにしていれば良いんだろうけど、どうにも気になるんだよな……」

「ははっ、なるほどな。でも、確かにそういうのって気になっちゃうよな」

「そうだな。秘密って言われると、どんな事でも気になってしまうのは仕方ないけど、中には触れられたくない物だってあるんだろうし、その辺はしっかりと判断しないといけないよな」

「……まあな」

 

 長谷の言葉に返事をしながら俺はランドセルの中に入れている『絆の書』の事などを頭の中に思い浮かべた。確かに俺も夕士達や雪村達に転生者の事や『絆の書』の事などは秘密にしている。けれど、それは秘密にしなければならない理由があるからであり、俺が考えているタイミングがベストだと思っているからだ。

だから、俺はその時まで何があっても話さない事に決めており、何か勘付かれそうになったら、その事から意識を逸らすために不自然にならない程度に話題を変えるなどの努力をしていた。

 

 ……親友達に隠し事をしているのはとても申し訳ないと思ってる。けれど、夕士が()()()()()を果たすまでは、俺の事や『絆の書』の事は話さない方が良いんだ。話した事で本来起こりえない出来事が起きてしまう恐れもあるし、もしそれが本当に起きてしまった時に必ず対処できるとも限らないからな。

 

「……だから、この先どうなっても良いようにこれからも修行はしっかりとしないとだな」

 

 体の奥で静かに巡る『力』を感じながらポツリと独り言ちた後、俺は隣を歩きながら楽しそうに話をしている夕士達へ視線を向け、その平和な様子にクスリと笑ってからその話へと混ざっていった。

 

 

 

 

 放課後、一度昼食を食べてから俺の家に集まる約束をし、俺達はいつも通りの場所で別れた。そして『伝映綱(でんえいこう)』を『絆の書』に繋げ、居住空間にいる皆と午後の事などについて話をしながら家に向かって歩いていたその時、突如複数の強い神力と霊力の気配を感じ、俺はその気配に緊張をしながら立ち止まった。

 

「……輝麒、この気配はもしかして……」

『はい、間違いなく父さんと煌龍(ファンロン)様の気配です。それと後は──』

『……ん? 輝麒、後はってぇ事は他の気配にも覚えがあんのかぃ?』

『あ、はい。ただ……最後に会ったのが本当に前だったので、恐らくですが……』

『なるほどな……』

 

 居住空間にいる皆が会話を続ける中、俺は輝麒の父親である聖麒(シァンチー)さんと黄龍の煌龍様の事について想起した。聖麒さんと煌龍様は、共に瑞獣と呼ばれる吉兆の前触れに現れるとされる動物の一種であり、鳳凰(ほうおう)霊亀(れいき)という二種類の瑞獣と合わせて四大瑞獣──四霊(しれい)と呼ばれている。

そんな聖麒さん達と出会ったのは、四神の子である智虎達四神′sの試練並びに輝麒の『土』の試練の時で、その際に俺は四神′sのトレーナーとして共に試練に臨み、見事試練を突破した。そして、その後は輝麒が『絆の書』の住人の仲間入りを果たしたり、四神′sと輝麒の試練突破を祝う食事会も催されたり、とその日は俺にとってもとても特別な日となった。

その後、聖麒さんは四神′sの親御さん達のように度々輝麒の様子を見に来るようになったのだが、煌龍様とはその日以来一度も会う機会は無く、聖麒さんや天斗伯父さんから近況を聞くくらいだった。

 

 ……この感じだと天斗伯父さんが言っていた『お客さん』というのは、恐らく煌龍様達の事なんだろうけど、一体何の御用なんだろう……?

 

 煌龍様達がここにいる理由について小首を傾げながら考え始めたその時、突然煌龍様達の神力がゆっくりとこちらに向かってくるのを感じ、俺はハッとしながら考え事をすぐに止め、煌龍様達が近づいてくるのを待った。

そしてそれから数分後、前方から強い神力を発しながら雪を踏みしめつつ歩いてくる中国服姿の数人の男性と男性達に抱き抱えられたり周囲をふよふよと飛んだりしていたモノの姿に、俺は思わず「マジか……」と驚きの声を上げてしまった。

何故なら、そこにいたのは小型ではあったが紛れもなく『黄龍』や『鳳凰』、そして『霊亀』といった四霊達だったからだ。

 

 ……つまり、『絆の書』の中も含めれば、この場には四神と四霊が揃ってるって事になるけど、この調子だといずれは四凶(しきょう)とも出会う事になるのかな……?

 

 そんな事を考えながら苦笑いを浮かべていたその時、前方から歩いてきていた煌龍様が「……おおっ!?」と俺の存在に気付いた様子で大声を上げたかと思うと、その声に驚いた様子で足を止めた聖麒さん達を置き去りにし、とても嬉しそうな笑顔を浮かべながら駆け足でこっちへ近づいてきた。そして、俺の目の前でピタリと足を止めると、その大きな手で俺の頭をガシガシと撫でながら大きな声で笑い出した。

 

「はっはっは! やはりお前だったか、柚希! 久しぶりだな!」

「お、お久しぶりです、煌龍様……えっと、今日は人間の姿なんですね……?」

「うむ、我はいつもの龍の姿でも良いと思ったのだが……聖麒達が今日は人間達が住む街を歩くのだから、人間の姿で歩いた方が良いと言うので、こうして人間の姿をしているのだ。まあ、この姿もだいぶ気に入っているので、我としても問題は無いのだがな! はっはっは!」

「あはは……そうなんですね。ところで、今日はどうしてこちらに?」

「ん? ああ、それはだな……」

 

 煌龍様が説明を始めようとしたその時、「煌龍様……」と話をしている内に他の人達と一緒に追いついていた人間の姿の聖麒さんが背後から呆れ声で話し掛けると、煌龍様はクルッと振り返ってから不思議そうに聖麒さんに話し掛けた。

 

「む……聖麒よ、どうした?」

「どうした、では無いですよ……柚希さんにあえて嬉しいのは分かりますが、本日は他の皆もいるのですから、いきなり走り出すのは止めて下さい」

「ははっ、すまんすまん。久しぶりに柚希に会えた事もそうだが、どうやらあの日からまた一段と力を増したようだったのでな。そうなれば、思わずこちらまで嬉しくなってしまうのも仕方なかろう?」

「それは……まあ、そうですけどね。実際に試練を課したのは四神の皆さんですが、柚希さんにも試練に参加するように言った事で、煌龍様は間接的に試練を課したような物ですから、それを乗り越えた者が更に力をつけたとなれば、賞賛をしたくなるのは当然かもしれませんね」

「そういう事だ」

 

 優しい笑みを浮かべながら言う聖麒さんの言葉に煌龍様がニッと笑いながら答えていたその時、煌龍様と聖麒さんを除いた全員の視線が俺に集中し、俺はその光景に思わず気圧されてしまった。そして、視線を向けられている緊張でどうしたら良いか分からなくなっていると、そんな俺の様子に緋色の中国服姿の若い男性が小さくフッと笑った。

 

「……人ならざるモノ達と共に生きている神の甥といえども、流石に四霊達から一度に視線を向けられれば緊張くらいはするようだな」

「ふふ、そのようですね。まあ、私達とは初対面なわけですから、これも仕方ないと思いますよ」

「そうだな」

 

 緑色の中国服姿の男性の言葉に緋色の衣服の男性は頷きながら答えた後、未だ緊張をしている俺に顔を近付け、俺の目を真っ直ぐに見つめながら優しい笑みを浮かべた。

 

「では、緊張を解すためにここらで自己紹介といこうか。恐らく既に気付いているかもしれないが、私は聖麒や煌龍と同じ四霊の鳳凰で、名は幸凰(シィンフアン)という。これからよろしく頼むぞ」

「そして、私は霊亀の恵亀(フゥイグィ)といいます。幸凰さん共々これからよろしくお願いしますね、柚希さん」

「あ……はい。こちらこそよろしくお願いします、幸凰さん、恵亀さん」

 

『鳳凰』の幸凰さんと『霊亀』の恵亀さんの穏やかな笑みでようやく緊張が解けた後、俺はしっかりとした調子で返事をしてから幸凰さん達へ向かって感謝の気持ちを込めながら深々とお辞儀をした。

 

 

『鳳凰』

 

 中国神話における伝説上の鳥で、麒麟や黄龍などと合わせて四霊または四大瑞獣と呼ばれている瑞獣の一体。一般的には孔雀などに似た中国哲学の基礎とされる五色の鳥として知られているが、その詳しい姿形については諸説ある。そして、鳳凰をモチーフとしたキャラクターが登場する物語やゲームがあるなど四瑞の中では麒麟と同様に世間的に広く名を知られている存在である。

 

 

『霊亀』

 

 中国神話における伝説上の亀で、麒麟や黄龍などと合わせて四霊または四大瑞獣と呼ばれている瑞獣の一体。中国神話では、背中に仙人達の桃源郷とされる蓬莱山(ほうらいさん)を背負っているとされており、四霊の中では唯一日本の奈良時代の元号にその名前が使われている。

 

 

 さて……幸凰さんや恵亀さんの事も気になるけど、そろそろさっきの質問に戻るとするか。

 

 そして、幸凰さん達から煌龍様へ視線を戻した後、俺は先程聞きそびれていた事についてもう一度煌龍様に問い掛けた。

 

「それで、先程も訊いたのですが煌龍様達はどうしてこちらに? 今朝、天斗伯父さんがお昼頃に来客があると言っていたのですが、もしかして……」

「ああ、我らの事だ。まあ、実際に用事があるのは我らだけで、ここにいる息子達はお前に紹介をしようと思って連れてきただけだがな」

「あ、やっぱりお子さん達だったんですね」

「そうだ。お前の『絆の書』の住人でもある智虎や輝麒のように末子ではあるが、その実力は上の兄姉達にも劣らん。なにせ、我らが課した試練をしっかりと乗り越えているのだからな」

 

 そう誇らしげに語る煌龍様の姿に俺は思わずクスリと笑っていた。俺が今まで煌龍様に抱いていたイメージは、時には軽い冗談を交えながらも四神′sの親御さん達をまとめる四神達の長としての姿だったが、今の煌龍様の姿は息子の事を自慢げに語る父親の姿であり、その姿に俺は四神′sの試練を行った後の天斗伯父さんの姿が重なって見えたような気がした。

 

 ……あの時、天斗伯父さんも同じような気持ちだったのかもしれないな。

 

 煌龍様達と違って俺と天斗伯父さんは実の親子というわけでは無いけど、俺は天斗伯父さんから家族としての愛情をしっかりと注がれているし、様々な期待を掛けられている。

そして、俺はその事を忘れる事無く、一人の人間や一人の『魔本の主(ブックマスター)』として無理の無い努力を日々重ねている。神様と人間という異なる存在同士の関係ではあるけど、そこにはわざわざ口に出さなくても分かる程の目には見えない確かな絆が存在しているのだ。

 

 ……これからも今の自分に満足せずに『絆の書』の皆と一緒に精一杯努力を続けていこう。この努力は絶対にこれからの自分の糧になるし、いつか天斗伯父さんが困った時の助けになるだろうから。

 

 拳を軽く握りながら心の中でそう誓っていた時、『絆の書』の中から『柚希さん』と輝麒が話し掛けてくる声が聞こえ、俺はハッとしながらその声に答えた。

 

『……輝麒、どうした?』

『あ、いえ……煌龍様がいらっしゃるなら僕達もご挨拶をした方が良いと思って……』

『ん……それもそうだな。それじゃあちょっと待っててくれるか?』

『はい』

 

 輝麒の返事を聞いた後、俺がランドセルの中から『絆の書』を取り出すと、幸凰さん達は興味深そうな様子で『絆の書』に視線を向けた。そして俺が『絆の書』の表紙に手を置きながら魔力を静かに注ぎ込み、『絆の書』から智虎達四神′sと輝麒が姿を現した瞬間、幼い四霊達はその姿にとても嬉しそうな様子を見せながら智虎達へと近付いた。

 

「お前達、久しぶりだな! 元気にしてたか?」

「うん、もちろんだよ!」

光龍(グアンロン)君達も元気そうみたいだね」

「ふふっ、私達だって立派な四霊になるために頑張ってるんだもの。そのためにはやっぱり元気でいなくちゃ! そうよね、希亀(シィーグィ)

「ふふ、そうですね」

「……美鳳(メイファン)の場合は、少し元気すぎる気がしなくも無いがな」

「あら……でも、元気なのに越した事は無いでしょ? 元気じゃなかったら頑張りたい時に頑張れないもの」

「ふふ……確かにそうかもね」

 

 輝麒達は煌龍様の息子さん──光龍君達ととても楽しそうに話していたが、その様子をどこか微笑ましそうに見つめる煌龍様の視線に気付くと、ハッとしながら慌てたように煌龍様の方へ顔を向けた。

 

「も、申し訳ありません……! 煌龍様がいらっしゃるのにご挨拶も無しに……!」

「くく……よいよい。お前達も試練を乗り越えたとは言えまだまだ幼子なのだ、今は久方ぶりに会った喜びを分かち合っておけ。それに、こうしたふれあいもお前達の力を更に高める事にも繋がるのだからな」

「煌龍様……はい、ありがとうございます!」

『ありがとうございます!』

 

 智虎に続いて賢亀達もお礼を述べると、煌龍様はそれに対して静かに微笑みながら頷いた。そしてそのまま俺の方へ向き直ると、楽しそうにニカッと笑った。

 

「では、そろそろ行くとしよう。人間としての仕事があるとシフルは言っていたが、もしかすると既に帰っているかもしれぬからな」

「そうですね。今日の仕事はお昼までだと朝食の時に言っていたので、もう帰ってきている可能性は高いと思いますが、もしかしたら俺や煌龍様の『力』の気配を感じてここまで──」

 

 来ているかもしれない、そう言葉を続けようとしたその時、俺の後ろに視線を向けていた煌龍様が急に何か面白そうな物を見つけたような笑みを浮かべたため、俺は「え……?」と言いながら背後を振り返った。すると、そこにいたのはにこにこと笑う天斗伯父さんだった。

 

「……え? あ、天斗伯父さん……?」

「ふふ……お疲れ様です、柚希君。その様子だと……私の気配は完全に消せていたようですね」

 

 そして、天斗伯父さんは悪戯っ子のような笑みを浮かべながらクスクスと笑った後、俺の背後にいる煌龍様達に話し掛けた。

 

「お疲れ様です、皆さん。今回はわざわざ来て頂き本当にありがとうございます」

「はっはっは! 礼には及ばんぞ、シフル。なあ、お前達」

「ええ、そうですね。シフルさんが呼んでくれたおかげでこうして少し早く柚希殿にも会う事が出来たので、私達としてはちょっと得したような物です」

「ふふ、それならよかったです」

「しかし……何故、わざわざ気配を消して柚希殿へ近付いたのだ? 私にはそういった事をする必要が無いように思えたが……?」

 

 幸凰さんが不思議そうな表情で問い掛けると、天斗伯父さんはクスリと笑いながらそれに答えた。

 

「……ああ、その事ですか。なに、これはちょっとした遊び心のような物ですよ。いつもならば、こういった事は煌龍さんがやるイメージがありますが、私もたまにはこうした事を柚希君にやってみたいと以前から思っていましたし、仕事もお昼までという事で帰り時間も柚希君と同じくらいになるので、柚希君には申し訳ないことをしたと思っていますが、今回このように気配を完全に消した上で後ろからこっそりと近付かせてもらったんです。まあ、柚希君の『力』の気配を探った時に同時に煌龍さん達の『力』の気配を感じた時は流石に驚きましたけどね」

「あはは……まあ、そうですよね。俺も煌龍様達に偶然会った時は、本当に驚きましたし……。ただ、どちらかと言えばさっきの方が驚いたかもしれませんね。天斗伯父さんの話をしていたら本当にいきなり後ろにいたこともそうですけど、天斗伯父さんがそういう事をするのもかなり意外だったので……」

「ふふ、そうでしょうね。けれど、先程も言ったように私もたまにはこうした事をやってみたいと思っていたので、これも良い経験になりましたよ」

「経験って……」

 

 苦笑いを浮かべながら天斗伯父さんの言葉を繰り返していたその時、俺は天斗伯父さんの言う『経験』の意味がふと分かったような気がした。

 

 ……なるほど、たしかにそう考えればこれは俺にとっても『良い経験』になったかもしれないな。だからこそ、この事だけは伝えないといけないよな。

 

「天斗伯父さん」

「はい、なんですか?」

「俺はこういった経験をこれっきりにせず、これからもしていくつもりでいますからね?」

 

 その言葉に天斗伯父さんは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに俺の言葉の意味が分かった様子でニコリと笑った。

 

「……ええ、もちろん私もですよ」

「ふふ……なら、良かったです」

 

 天斗伯父さんの答えを聞いて俺も同じようにニコリと笑っていると、それを見ていた煌龍様がとても楽しそうな笑みを浮かべながら天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「シフル、お前も良き家族を持ったものだな」

「はい、私も常日頃からそう思っていますよ。もっとも、私は柚希君だけではなく、『絆の書』の居住空間に住む方々も大切な家族だと思っていますけどね」

「くくっ、違いない。さて……もう少し話をしたいところだが、この続きはお前達の家に着いてからにするか。恐らく、そろそろ昼餉の時間だろうし、光龍達を『絆の書』の住人達にも引き合わせたいからな」

「ふふ、そうですね。では、そろそろ行きましょうか」

 

 俺のその言葉にその場にいる全員が頷いた後、俺達は他愛の無い話をしながら家に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 それから約数分後、家に帰った俺は四神′sと輝麒以外の『絆の書』の住人達を外に出し、軽く自己紹介をし合った後、天斗伯父さんに煌龍様や幸凰さん達の、そして四神′sと輝麒に光龍君達の話し相手を頼み、残ったメンバーで手分けをして昼食の準備を始めた。

 

 ……帰ってきて早々大変だけど、天斗伯父さん達の用事や俺自身の用事のためにもここは頑張らないとだよな。

 

「よし……もう一踏ん張りだ」

 

 小さな声で独り言ちて自分を奮起させた後、俺は手伝ってくれている皆に次々と指示を出した。それから数分後、料理を全て完成させた後、皆でそれらを居間に持っていき、手分けをしてテーブルに並べた。そして、俺達も席に着いた後、『いただきます』と俺達は声を揃えて言い、いつもよりも大人数での昼食会が始まった。

 

「……ほう、これ程の味の物を作れるとは……これは将来有望だな」

「ふふ……柚希君は『絆の書』の皆さんと一緒にいつも私のお手伝いをしてくれていますし、少し時間がある時には自分なりに料理の研究をしていますからね。この調子でいけば、私なんてすぐに追い越されてしまいますよ」

 

 俺を見ながらクスリと笑う天斗伯父さんに対して俺は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。

 

「いやいや、俺なんてまだまだですよ。味も盛り付け方もまだ天斗伯父さんには及ばないですし」

「くく……そう謙遜(けんそん)するな。その(よわい)でここまで作れるのならば充分大した物だ。まあ、これならいつお前が同じ人間の女子(おなご)懸想(けそう)する日が来たとしても問題は無いだろうな」

「俺が女子に懸想を……」

 

 その時、ふと頭に浮かんだのは夜雀(よすずめ)鈴音(すずね)が仲間になったあの日に出会い、それから臨海学校や遠野旅行の時など何かと縁があった同級生の女子、金ヶ崎雫(かねがさきしずく)の顔だった。

 

 え……な、なんで金ヶ崎の顔が思い浮かぶんだ……!?

 

 金ヶ崎の顔が思い浮かんだ事に驚くと同時に、頬がうっすらと熱が帯びるのを感じていると、その様子を見ていた煌龍様がどこか楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「ほう……柚希、誰かそれらしい者でもおるのか?」

「……え、いや……そういうわけじゃ……」

「くくっ……そうか。だが、もしもお前に本当に好いた女子が出来た時には、その者を大事にしてやれ。血の繋がりのある家族も学び舎などで得た友人も大切だが、恋い慕う相手というのはまた違った価値を持っているのだからな」

「……はい、分かりました」

 

 俺の答えに煌龍様が満足げに頷く中、俺は煌龍様の言葉を頭の中で思い返した。

 

 俺が恋い慕う相手、か……今はそういった事に興味は無いし、そんな事にかまけている暇も無いと思っている。だけど、さっき金ヶ崎の顔が浮かんだ事や頬が少し熱かったのは、俺が金ヶ崎の事を少なからず意識しているからなのかもしれないな……。

 

 自分の中に生まれた新たな感情に少し戸惑いながらもそれをどこか嬉しく思っていたその時、「……ん、そういや……」と風之真が何かを思い出したように声を上げるのが聞こえ、俺は小首を傾げながら風之真の方へ顔を向けた。

 

「どうかしたか、風之真?」

「あ、いや……さっきの会話を聞いてちょいと思い出した疑問ってぇのがあってな……」

「疑問……?」

「おう。んで、その前に一つ訊いときてぇんだが……天斗の旦那達みてぇな神様や煌龍の旦那達みてぇな四霊ってぇのは、普通は一人しかいねぇんだよな?」

「……まあ、そうだな。国や神話によって伝えられている神様や聖獣達はそれぞれ違うから、数だけを見れば本当に大勢いらっしゃるけど、本当に同じ存在っていうのは神話や逸話を読む限りだといないかな」

「……だが、そう考えると因幡の白兎である兎和や智虎達の存在ってどうなるんでぃ? こう言っちまうのもあれだが、同じ神様が世界にいねぇってんなら、子供の因幡の白兎──白兎神や白虎達がここにいる事がおかしいって事になるんじゃねぇのかぃ?」

「……なるほど、そういう事か……」

 

 言われてみれば確かにそうだ。今まで疑問に思っていなかったけれど、さっきの俺の言葉を考えれば、因幡の白兎はまだ良いとしても同じ四神や四霊が複数存在するのはおかしい事になる。

 

 ……けど、四神′sや輝麒達は実際にここにいる。という事は、やはり何か理由がある事になるんだけど……。

 

 風之真の疑問についてあれこれと考え始めたその時、それを聞いていた煌龍様が俺と風之真を見ながらニヤリと笑った。

 

「柚希、風之真、そんなにその事が気になるか?」

「あ……はい」

「柚希の旦那が別の世界にいた転生者だとは言え、俺達は今までその知識に助けられてきたわけだから、そこに違いがあるとなれば気になるのは当然だと思わねぇかぃ?」

「くくっ……違いない。では、早速それについて話してやろう」

「はい、お願いします」

 

 そして、その会話を聞いていた『絆の書』の皆や天斗伯父さん達の視線が煌龍様に集まると、煌龍様は静かに話を始めた。

 

「まず、先程柚希が言った事についてだが、これは半分正解だ」

「半分正解……ですか?」

「うむ、そうだ。そして半分正解と言ったのは、あくまでも『人間側』の知識としては正解だからだ」

「『人間側』……つまり、風之真の疑問を解決するには、柚希達人間では知り得ない情報が必要というわけか……」

「その通りだ。そして、人間から見れば一体しか存在しないはずの白兎神や四神や四霊の子が存在する理由だが、これは至って簡単だ。我らにも人間達と同じように連れ合いが存在するからだ。もっとも、連れ合いは元から我らと同じ存在だったわけでは無いがな」

「元から同じ存在じゃなかった……?」

「そうだ。我らは時が来ると、己の連れ合いになってくれる者を求めて世界中を旅する。そして無事に見つけ終え、夫婦(めおと)になってくれる事が決まった後、己の神力をその者に注ぎ込のだ」

「神力を注ぎ込むと……どうなるのですか?」

「……注ぎ込んだ神力によってその身体(からだ)が徐々に変化を始め、変化を終えるまでの間、その者は強い痛みや体調不良などに苦しめられる事になる。

というのも生まれながらに神力を有する者というのは、本来ならば天斗のような神々や柚希のような特異な者のみで、それ以外の者が外部から取り入れようとすれば、それを己に馴染ませるために身体がそれ用に変化をしなければならないからだ。そして、注ぎ込んだ神力が馴染む頃には、完全に同じ存在とまではいかないが、同じような姿へと変化し、正式に夫婦となるのだ」

「……つまり、僕達も将来誰かと夫婦になるためには、その相手にそういった苦しみを与えないといけないのか……」

 

 煌龍様の話を聞いた智虎が哀しそうに俯きながらポツリと呟くと、煌龍様は優しい笑みを浮かべながら静かに首を横に振った。

 

「いや……これはあくまでも自分の血を後世に残すならそうしなければならないという手段の説明に過ぎん。中にはそうしなければ己の力の影響で共にいるだけで連れ合いを苦しめてしまう事になる者もおるからな。だから、好いた相手と共にただ生きていきたいというのならば、そのような手段を執る必要はない。安心するが良い」

「は、はい……!」

「……しかし、そのような話をし始めたという事は……智虎、もしやお前にも柚希のように恋い慕う相手でもおるのか?」

「……え!? いやいや、そんな相手なんて──」

「なに!? そうなのか、智虎!?」

「智虎……まさか私達が知らないところでそんな相手を見つけていたなんて……」

「……まさか四神′sの中で智虎が一番先に恋って奴に目覚めるとはなぁ……こりゃあ剛虎(ガァンフー)の旦那の耳にもちょいと入れておかねぇと──」

「いや、いないですって! と言うか、麗雀ちゃんと風之真さんはいないって分かってるんだから、悪ノリしないで下さい!」

 

 珍しく大声でツッコミを入れ、息を切らしながら肩を上下させる智虎のその様子に光龍君達はポカーンと口を開けて驚いていたが、麗雀と風之真は一度顔を見合わせてから楽しそうにクスクスと笑った。

 

「ふふっ、ごめんごめん。珍しく智虎がからかわれてるところを見たものだから、ちょっと悪戯心が騒いじゃってね」

「ははっ、だな!」

「まったくもう……」

 

 麗雀と風之真の事を智虎はジトッとした目で見つめた後、未だに驚いた様子で智虎の事を見つめている光龍君達にニコリと笑いかけた。

 

「なんかゴメンね? いきなり大声を出しちゃって」

「あ、ああ……それは別に良いけどさ」

「……智虎君があんな風に大声でツッコミを入れるところを初めて見たので、少し……いや、かなり驚いたというか……」

「ええ、本当にビックリしたわ……」

「あははっ、まあそうだろうね」

「たしかに修行の旅に出る前の智虎君しか知らなかったら、驚くのも無理はないよね」

「ああ。以前の智虎であれば、まずツッコミを入れようとすら思わなかっただろうからな」

「ふふ、そうね。でも、こうやってツッコミを入れてくれるようになったり、『金』の力を上手く操れるようになったりしたように智虎も以前よりは遥かに成長したけれど、誰かが困っていたら何か自分に出来る事は無いか訊いたり、誰かが落ち込んでいたら風之真やオルト達と一緒にすぐに励ましに行ったりするような優しい部分なんかは今でも変わらないわ」

「うん、そうだね。まあでも……それは賢亀君や護龍君、そして麗雀ちゃんにも同じ事が言えるんだけどね。成長したり変わったりしたところはあるけれど、本質自体は変わらない……みたいな」

「ふふ、そうだね。だから、これからもそれは忘れないようにしていかないといけないよね」

 

 智虎の言葉に賢亀達が笑みを浮かべながらコクリと頷いていると、それを見ていた煌龍達は満足顔でうんうんと頷いた。

 

「うむ、その通りだ。幼き四神達と幼き麒麟よ、先程の言葉はけして忘れぬようにな」

『はい!』

 

 煌龍様の言葉に智虎達がやる気に満ちた表情を浮かべながら揃って返事をする中、それを見ていた光龍君達はお互いの顔を一瞥した後、同じような表情を浮かべながらコクリと頷き合った。

 

 ふふ……これは同じ修行を重ねる身として、俺も負けてられないかもしれないな。

 

 智虎達や光龍君達の姿に触発されて内側から沸き立ってくるやる気を感じ、俺はそう思いながら拳を軽く握った。

 

 

 

 

『ごちそうさまでした』

 

 十数分後、全員で声を揃えてその言葉を口にした後、俺は後片付けをするために立ち上がりながら天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「天斗伯父さん、後片付けは俺と『絆の書』の皆でやるので、天斗伯父さんは煌龍様達との用事の方を優先して下さい」

「ふふ、分かりました。それでは、お言葉に甘えさせてもらいますね」

「はい!」

 

 そして、『絆の書』の皆に指示を出そうとしたその時、「柚希」と煌龍様から突然声を掛けられた。

 

「はい、何か御用でしたか?」

「……うむ、お前に少し頼みたい事があるのだが……良いか?」

「あ、はい……俺に出来る事であればもちろんお引き受け出来ますけど、その用事というのは……?」

「……実は我らの用事が済むまでの間、光龍達を預かってもらいたいのだ」

「光龍君達を、ですか……?」

「そうだ。まあ、我らも和室で話をしたり少し旧友の元を訪れたりするだけではあるのだが、光龍達にとっては我らの用事に付き合うよりも智虎達と共にいた方が楽しいと思ってな。もちろん、お前達さえ良ければなのだが……どうだ?」

「え、えっと……」

 

 さて、どうしたもんかな……せっかくの煌龍様からの頼み事だから、応えたいのはやまやまだけど、居住空間に戻る事が出来る『絆の書』の皆と違って光龍君達はそういう事が出来ないから、夕士達が家にいる間はずっと姿を消していてもらう事になってしまうんだよな……。でも、だからと言って夕士達にいきなり場所の変更を申し出るというわけにも……。

 

 夕士達の事も加味しながら煌龍様の頼み事について考えていたその時、ふと()()()()()が突然想起された。

 

 ……そういえば()()()ってそういう事が出来たんだっけ。という事は、これを上手く利用できれば、光龍君達だけじゃなく、もしかしたら『絆の書』の皆にも居住空間に戻っていてもらわなくても良い事になるかもしれないな。

 

「ただ……アイツらを騙す事になるのは、ちょっと気が引けるけどな」

 

 そんな罪悪感を感じはしたが、今回の一件をどうにかするにはこの手段しか無かったため、俺は覚悟を決めてからニッと笑いながら煌龍様からの問い掛けに答えた。

 

「はい、俺に──いや、()()に任せて下さい!」

「……分かった。では、光龍達には我らから話をしておこう」

「柚希殿、よろしくお願い致します」

「よろしくお願いします、柚希さん」

「はい」

 

 煌龍様達の言葉に答えた後、俺は『絆の書』の皆に後片付けの手伝いをしてくれるように頼み、皆と一緒に昼食の後片付けを始めた。

 

 さて……俺のこの考えは、果たして上手く行ってくれるかな……?

 

 考えついた案について少しだけ不安はあったものの、それで行く事はしっかりと決めていたため、頭の中にあった不安を遠くへと追いやり、考えの成功と食器の後片付けの方へ意識を向けていった。

 

 

 

 

「それじゃあ、行ってきまーす!」

 

 午後1時頃、家の中にいた母さんにそう声を掛けた後、俺は勉強用具などを入れたリュックを背負いながら玄関のドアを開けた。すると、そこには既に同じようにリュックを背負った長谷の姿があり、「やっぱ、長谷は早いな……」と俺は苦笑交じりに独り言ちながら長谷へと近付いた。

 

「長谷、お待たせ」

「ああ、待ってたぜ、稲葉。さて、それじゃあそろそろ遠野の家に行くか」

「おう!」

 

 ニッと笑いながら答えた後、長谷と一緒に柚希の家に向けて歩き始めた。そして、歩きながら色々な話をしていたその時、俺はふと登校中にした話を思い出した。

 

 ……そういえば、柚希の家には今お客さんが来てるんだっけ……。どんな人なのかは柚希の家に着けば分かる事だけど、知る前に予想をしてみるのも楽しそうだし、ちょっと長谷と話してみるか。

 

「なあ、長谷」

「ん、何だ?」

「今朝、昼頃に家にお客さんが来るって話を柚希がしてただろ?」

「ああ、たしか……遠野も会った事がある天斗さんの知り合いが訪ねてくるとしか遠野も報されてないんだったよな」

「そうそう。んで、今朝はあまりその事については話さなかったけど、そのお客さんって結局どんな人なのかなぁと思ってさ」

「……さあな。ただ、遠野も会った事があるという点から考えるなら、例の『友達』とやらが関係してるかもしれないな」

「友達って……ああ、柚希がたまに俺達に相談をしてくる時に話の中に出てくるあの友達か」

「そうだ。まあ、今までの相談内容に出てきたその友達が全員同一人物とは限らないが、その友達の親類縁者が天斗さんの知り合いだったとしたら、その知り合いの付き添いで来ているという可能性もあると思うぜ?」

「なるほどな……」

 

 友達、か……これまでも柚希にその友達がどんな奴なのかそれとなく訊いてみた事はあったけど、いつもはぐらかされたりあまり自分の事を話さないでほしいと言われてるからって言われたりしてまったくどんな奴なのか知らないままだったんだよな……。

けど、長谷の予想がもしも当たっていたら、その友達がどんな奴なのか今度こそ分かるわけだし、長谷の予想が当たっていたら良いなぁ……。

 

 そんな期待を抱きながら俺は柚希の友達がどんな奴なのかを考えてみたり、長谷と色々な話をしたりしながら柚希の家に向けて歩き続け、それから数分が経つ頃には柚希の家に到着していた。

柚希の家は少し広い庭付きの二階建ての一軒家で、柚希の伯父さんである天斗さんが大学の卒業と同時に子供の頃からずっと貯め続けていた貯金を使って建てた物らしいんだが、家の中自体もかなり広い上にリビングやキッチンの他にも縁側付きの和室や世界中の本が収められているという書斎、少し広めの客間まであり、初めて柚希の家に遊びに来た時には、その広さに驚くと同時にどんな物があるのだろうと思ってとてもワクワクしたのを今でも覚えている。

 

 ……今もそうだけど、やっぱり自分の家よりも大きかったり、あまり見た事が無い物があったりすればワクワクはするよな。

 

 そんな事を考えながら家のドアへと近付き、静かにチャイムを鳴らそうとしたその時、ガチャリという音を立ててドアが独りでに開き、それに対して俺が驚く中、柚希が内側のドアノブに手を掛けながら俺達の事を見てニッと笑った。

 

「さっきぶり、二人とも」

「あ、ああ……さっきぶり。というか、もしかして俺達が来てるのを知ってたのか?」

「んー……知ってたというか、あ……来たな、って何となく分かった感じかな? それで、夕士がチャイムを鳴らす前にドアを開けられたってわけだ」

「何となく分かったって……」

 

 柚希はなんて事無いように言うけど、それって普通にスゴくないか……? ドアを開けるタイミングだって本当に俺がチャイムを鳴らす直前だったわけだし、まるで──。

 

()()()()()()()()()()()()()だろ? 夕士」

「……え? ああ……確かにそう思ったけど、本当に何で分かったんだ?」

 

 思っていた事を当てられて驚く俺に対して、柚希は悪戯っ子のような笑みを浮かべながらそれに答えた。

 

「ふふっ、いわゆる幼なじみの勘みたいな奴だよ。さて……このまま話してても寒いだけだし、そろそろ中に入って暖まるとしようか」

「あ、うん……そうだな」

「だな」

 

 柚希の勘の良さに少しだけ疑問を抱きながらも長谷と一緒に「おじゃまします」と言いながら家の中に入ったその時、リビングの方から何やら何人もの子供が楽しそうに話す声が聞こえ、それに対して長谷が首を傾げた。

 

「遠野、リビングに誰かいるみたいだが……もしかして今朝言ってた天斗さんの知り合いの子供とかか?」

「ああ、半分はそうだけど、もう半分は少し前からウチに泊まってる別の知り合いの子供だよ。皆、俺達よりは年下だけど、とてもしっかりとしてるんだぜ?」

「へー……あ、ところでその子達って、柚希が前々から俺達に相談をしてくる時に話に出てくる『友達』だったりするのか?」

「んー……一部はそうだな。まあ、正確に言うなら、去年の春や秋頃に相談をした時の『友達』はそうで、他の時のはまた別の『友達』だよ」

「あ、そうなのか」

 

 つまり、来る時にした長谷の予想は当たってたってわけだな。それにしても……結構楽しそうに話をしてるみたいだけど、一体何を話してるのかな?

 

 リビングから聞こえてくる話し声に興味をそそられていると、柚希はそんな俺の様子にクスリと笑った。

 

「そんなに話の内容が気になるなら勉強会の前にちょっと話に混ざりに行くか? あの子達も夕士達には前々から興味を持ってたから、お互いのことを紹介するのには良い機会だと思うし」

「……ああ、せっかくだからそうさせてもらおうかな。長谷も良いよな?」

「ああ、俺も遠野の話に出て来た『友達』っていうのがどんな奴なのか前々から気になっていたし、遠野の言うようにこれもいい機会だからな。是非紹介してくれ」

「分かった」

 

 俺達の返答に柚希がどこか嬉しそうに頷いた後、俺達はそのままリビングへと向かった。すると、目に入ってきたのはソファーや椅子に座りながら仲良さそうに話す中国服姿の子供達の姿とそれをニコニコとしながら同じように椅子に座って見守る白いシャツに淡い水色のジーンズ姿のブロンドの髪の男性だった。

そして、俺達が近付いていくと、ブロンドの髪の男性と白の中国服姿の短い銀髪の男の子が俺達の姿に気づいた様子でこちらに顔を向けると、とても嬉しそうな笑顔を浮かべながら柚希に話し掛けた。

 

「ふふっ、柚希さん、お疲れ様です」

「これから勉強会ですか?」

「ああ。でも、その前にこれもいい機会だからお互いの事を紹介し合おうと思ってな」

「あ……なるほど」

「確かに、以前から簡単にでも良いので話をしてみたいと思っていましたから、柚希殿が言うようにこれも良い機会かもしれませんね」

「ふふっ、そうね。偶然とは言え、こうして面と向かって会う機会が出来たんだもの。こういう機会は大事にしないといけないわよね」

「うん、そうだね」

 

 柚希の言葉を聞き、黒の中国服姿の短い黒髪の男の子と青の中国服姿の少し長めの青みがかった黒髪を麻紐で一本にまとめている男の子、そして朱色の漢服姿の赤毛のポニーテールの女の子と黄色の中国服姿の短い明るい茶髪の男の子の四人が顔を見合わせて笑いながら話す中、残った金の中国服姿の短い茶髪の男の子と緋色の漢服姿の赤いロングヘアーの女の子、そして緑の中国服姿の短い黒髪の男の子の三人が、少し緊張したような顔で柚希の方を見ると、柚希は大丈夫と言うかのようにふわっとした柔らかな笑みを浮かべながらコクンと頷き、俺と長谷を手で指し示しながら紹介を始めた。

 

「皆、ここにいる二人は俺の幼なじみで、こっちが稲葉夕士(いなばゆうし)でこっちが長谷泉貴(はせみずき)だ。智虎達はもう知ってるけど、夕士達とは小学一年生からの付き合いで、俺にとってとても大切な親友だ。まあ……皆は夕士達に会う機会は少ないかもしれないけど、夕士も長谷も頼りになるとても良い奴だから、仲良くしてやってくれ」

『はい!』

「承知しました」

『ええ』

「ああ!」

「分かりました」

 

 智虎君達がそれぞれ別の言葉で返事をすると、柚希は今度はブロンドの髪の男性と智虎君達を指し示しながら俺達に紹介を始めた。

 

「夕士、長谷、こっちのブロンドヘアの人は、天斗伯父さんの知り合いで『白羽竜(しらはりゅう)』さんだ。そして、ここにいる八人はさっきも言ったように天斗伯父さんの知り合いの子供で、白い中国服の男の子が『白智虎(パイ・ヂィーフー)』で、黒い中国服の男の子が『黒賢亀(ヘイ・イェングィ)』、青い中国服の男の子が『青護龍(チィン・フゥーロン)』で、朱色の漢服の女の子が『朱麗雀(チュー・リーツェ)』。そして、金色の中国服の男の子が『金輝麒(ヂィン・フゥイチー)』で、黄色の中国服の男の子が『黄光龍(フアン・グアンロン)』、緋色の漢服の女の子が『紅美鳳(ホン・メイファン)』で、緑色の中国服の男の子が『碧希亀(ピィー・シィーグィ)』だ。九人とも外国人なんだが、さっき話してたみたいに日本語はペラペラだから、安心して話し掛けてくれ」

「……ああ、分かったぜ」

「了解した」

 

 長谷と一緒に頷きながら答えた後、俺は智虎君達へと近付き、握手をするためにニッと笑いながら右手を差しだした。

 

「今、柚希が紹介してくれたけど、自分でも自己紹介をするよ。俺は稲葉夕士、柚希の幼なじみで親友だ。よろしくな、皆」

「同じく、遠野の幼なじみで親友の長谷泉貴だ。稲葉共々これからよろしくな」

「はい、こちらこそよろしくお願いします!」

「よろしくね、二人とも」

「夕士殿、長谷殿、よろしくお願い致します」

「二人とも、これからよろしくね」

「よろしくお願いします!」

「よろしくな、兄ちゃん達!」

「ふふっ、よろしくね」

「よろしくお願いします」

「ふふっ……よろしくお願いしますね」

 

 そして、俺達の自己紹介が終わると、柚希は軽く時計を確認した後、ニコリと笑いながら智虎君達に話し掛けた。

 

「それじゃあ俺達はそろそろ勉強会をしに行くけど、何か用があったら遠慮せずに来て良いからな」

「はい、分かりました。皆さん、勉強頑張って下さいね」

『ああ』

 

 俺達は揃って返事をした後、智虎君達がいるリビングを出て柚希の部屋がある二階へ向けて歩き始めたが、ふとある事を思い出し、俺は柚希に声を掛けた。

 

「柚希、そういえば天斗さん達はどこにいるんだ?」

「天斗伯父さん達は和室で話をしてるよ。まあ、少ししたら別の知り合いのところへ揃って出掛けるみたいだけどさ」

「そっか……それじゃあ今の内に挨拶をしてきた方が良いよな」

「そうだな。話し中とは言え、挨拶も無しというのは流石に良くないからな。という事で、勉強会の前に和室まで行くとするか」

「おう!」

「ああ」

 

 長谷の言葉に返事をした後、俺達は天斗さん達に挨拶をするため、一時進路を変えて和室へと向かった。そして和室に着いた後、柚希が襖越しに「天斗伯父さん、ちょっと良いですか?」と声を掛けると、すぐに「はい、どうぞ」という天斗さんからの返事があり、柚希は「それでは、失礼します」と言いながら襖を静かに引き開けた。

すると、和室には天斗さんの他に中国服姿の大人の男性達が座布団の上に座っており、俺はその知らない人達の姿と雰囲気に少し緊張をしてしまっていた。

 

 中国服……って事は、この人達がさっきリビングにいた内の誰かのお父さんって事か。

 

 緊張をしながらそんな事を考えつつ柚希の後に続いて「失礼します」と言って和室に入った後、俺達を見ながらニコニコと笑う天斗さんに対してペコリと頭を下げた。

 

「おじゃましてます、天斗さん」

「天斗さん、おじゃましてます」

「はい、いらっしゃい、夕士君、長谷君。勉強会の件は柚希君から聞いてますよ。確か、今日の内に宿題の半分を終わらせるつもりなんですよね?」

「あ、はい。その方が後々楽かなと思って、三人でそう決めたんです」

「ふふ、そうでしたか。皆さん、無理はしない程度に頑張って下さいね」

『はい』

 

 俺達が声を揃えて返事をし、天斗さんがニコニコと笑いながらどこか満足げにコクンと頷いていると、光龍君と同じ金色の中国服を着た体格の良い男性が柚希を見ながらニッと笑った。

 

「柚希、その二人がお前の幼なじみであり親友だという者達か」

「はい、小学一年生の春からの付き合いで、これまでも様々な相談に乗ってもらったり、支えてもらったりしている俺にとって自慢の親友達です」

「くくっ……なるほどな。それならばシフ──天斗の友人であり、柚希の友人として我らもここらで自己紹介をしておくとしようか」

 

 そう言うと、中国服姿の男性達は静かに立ち上がり、ゆっくりと俺達に近付いた後、金色の中国服姿の男性が落ち着いた調子で自己紹介を始めた。

 

「我は黄煌龍(フアン・ファンロン)、先程も言ったように天斗と柚希の友人だ。そして、今はリビングにいる光龍の父親なのだが……もうわが息子達には会ったか?」

「あ、はい……ちょうどさっき会ってきたところです」

「はっはっは、そうかそうか! まあ、我らはそう何度もこの家を訪れるわけでは無いため、会う機会もあまり無いとは思うが、今日(こんにち)のように会う機会があったならば、是非とも遊びに誘ってやってくれ」

「は、はい……!」

「分かりました」

 

 俺達の返答に煌龍さんが満足げにうんうんと頷くと、それを見ていた他の男性達が優しい笑みを浮かべながら俺達に話し掛けてきた。

 

「初めまして、私の名前は金聖麒(ヂィン・シァンチー)と言います。煌龍さんと同じく天斗さん達の友人で、輝麒の父親です。どうぞよろしくお願いします」

「私は美鳳の父親の紅幸凰(ホン・シィンフアン)だ。娘共々これからよろしく頼む」

「そして、私は希亀の父親の碧恵亀(ピィー・フゥイグイ)です。これからよろしくお願いします」

「あ……稲葉夕士、です。よろしくお願いします」

「長谷泉貴です。皆さん、どうぞよろしくお願いします」

 

 そして、俺と長谷の自己紹介が終わると、柚希は天斗さん達を軽く見回してからペコリと頭を下げた。

 

「それじゃあ、俺達はそろそろ行きますね。お話中、すみませんでした」

「ふふ、謝る必要はありませんよ。私達の話自体はもう終わったので、そろそろ別の友人のところに行くところでしたから」

「あ、そうだったんですね。ところで、その友人っていうのは誰なんですか?」

「くく……それは秘密だ。……だが、ヒントを出すとすれば、我らのような『四人一組』の奴ら、とでも言ったところか」

「四人一組……」

 

 そう呟いた後、柚希が何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべながら煌龍さんに視線を向けると、煌龍さんは悪戯っ子のような笑みを浮かべながらコクンと頷き、柚希はそれを見ると納得顔で「なるほど……」と呟いた。そして、その柚希の様子に天斗さんはクスリと笑った後、煌龍さん達へと視線を向けた。

 

「さて……それでは、そろそろ行くとしましょうか。先程連絡をしたところ、彼らも私達の来訪を待ち望んでいるようでしたから」

「そうかそうか……それならば、旧友達の元へさっさと行ってやるとするか」

「そうですね。それでは柚希君、行ってきますね」

「はい、いってらっしゃいです、天斗伯父さん」

「そして、夕士君、長谷君。どうぞゆっくりしていって下さいね」

「あ、はい」

「分かりました」

 

 天斗さんの言葉に返事をした後、天斗さん達はそれぞれの言葉で俺達に『行ってきます』を言いながら和室を出ていった。そして、それに続いて俺達も和室を出た後、そのまま二階に続く階段を上がり、上がりきってすぐの所にある柚希の部屋のドアをゆっくりと押し開け、俺達は部屋の中へと入った。

その後、中央にある小さな折りたたみ式のテーブルの近くに俺と長谷が背負っているリュックサックを置いていると、柚希は窓際にある勉強机をチラリと見た後、ドアノブに手を掛けながら俺達に声を掛けてきた。

 

「さて……それじゃあ今から適当に何かつまめる物を用意してくるけど、飲み物について何か希望はあるか?」

「んー……特には無いかな」

「俺もだ」

「分かった。それじゃあお前達は先に勉強会の準備したり好きなように寛いだりしていてくれ」

「おう!」

「了解だ」

 

 俺達の返答に柚希がコクンと頷き、部屋を出ていった後、俺が床に座ってふぅと息をついていると、それを見た長谷がクスリと笑った。

 

「和室の時に何となく気づいてたけど、やっぱり緊張してたんだな」

「……まあな。長谷、お前は緊張しなかったのか?」

「うーん……俺はあまり緊張しなかったかな。親父達の付き合いで、色々なところに行く事もあるから、たぶん知らない人に初めて会うっていう事に慣れちゃってるんだろうな」

「ははっ、なるほどな。それにしても……さっきだけでもかなりの出会いがあったよな」

「ああ。智虎君達にしても煌龍さん達にしても良い人達ばかりみたいだし、これから末永く付き合っていきたいよな」

「だな」

 

 そんな事を話しながら長谷と笑い合った後、俺は部屋の中を何となく見回した。柚希の部屋は入ってすぐ横に小説や妖怪などについての伝承なんかが収まっている本棚があり、その向かいには柚希が普段使っている勉強机と窓、そして部屋の右端にはもう一つの窓と本棚から少し離されたところにベッドが置かれ、その向かいには壁掛け時計やクローゼットや箪笥、布団などが入った押し入れがある。

因みに、今は部屋の中央にテーブルが置かれているが、俺達が柚希の家に泊まる時にはそのテーブルは畳んで片付け、押し入れから出した布団を三つ敷いて並んで寝ていたりする。

 

 ……来年も──いや、これからもずっと柚希と長谷と一緒に仲良く遊んだり泊まったり、色々な事をしていけたら良いなぁ……。

 

 そんな事を考えながら思わずクスリと笑っていた時、それを聞いた長谷が不思議そうに話し掛けてきた。

 

「どうかしたのか、稲葉?」

「……いや、柚希と長谷ともこれからもずっと仲良くしていきたいなって思っただけだよ。さっき、柚希は俺達の事を頼りになるとても良い奴とか大切な親友達だとか言ってくれてたけど、俺も柚希と長谷に対してそう思ってるからさ」

「稲葉……ああ、俺もだ。あの入学式の日に出会い、今日まで色々な事を一緒にやって来たが、そのどれもが俺にとって大切な宝物だ。だから、お前達とはこれからも仲良くしていきたいと思ってるよ」

「長谷……へへっ、これからもよろしくな」

「……ああ、こちらこそ」

 

 そう言いながら拳をコツンとぶつけ合った後、何となく柚希の勉強机に視線を向けたその時、机の上に『ある物』が載っている事に気づき、俺は勉強机に近付いた。すると、それはいつも柚希の傍にあり、俺が柚希と出会うきっかけにもなった妖怪や西洋の怪物などが描かれた画集だった。

 

「……そういえば、柚希がこれを持ってるのを見掛けて話し掛けたのが、柚希との最初の出会いだったんだよな」

「それで、お前達が自己紹介をしてるところに俺が混ざりに行ったわけだが、考え方次第では俺達はこの本に導かれたのかもしれないな」

「そうかもな。それにしても……この本の文字って本当にどこの国の文字なんだろうな?」

「さあな……ただ、それよりも一つ気になる事があるんだ」

「気になる事って……?」

「この本の事を遠野は『絆の書』って呼んでいるだろ? 何回か見せてもらっている内にこれにちょっと興味が湧いて、どこの国の本なのか調べてみた事があるんだが、いくら調べてみてもネットの検索に引っ掛からないんだよ」

「検索に引っ掛からないって……そんな事があるのか?」

「無いわけでは無いさ。だが、検索に引っ掛からない以上、この『絆の書』はただの画集ではない可能性が高いと思う」

「ただの画集とは違う、か……」

 

 ただの画集じゃないとすると、この『絆の書』は一体どういう物なんだ……?

 

 そんな疑問を抱きながら何となく『絆の書』を開き、そのままページをパラパラッと捲っていたその時、『犬神』が描かれたページがあるのに気付き、俺は夜の神社で出会ったアイツの事を思い出した。

 

「犬神……か」

「ん……稲葉、犬神がどうかしたのか?」

「あ……いや、こういう画集に犬神が描かれてるのは珍しいなと思ってさ」

「まあ、そうだな。けど、『絆の書』は古今東西の妖や怪物達が描かれているらしいし、そういうあまり見ないモノが描かれていても不思議ではないかもな」

「……そうだな」

 

 ……蒼牙、今頃元気かな。アイツは柚希の友達らしいし、柚希なら蒼牙の事を知ってそうだけど、アイツとの約束を破るわけにはいかないし、どっかでまた会えるのを楽しみにしてた方が良いよな。

 

 蒼牙の顔を思い出し、クスリと笑いながらまたページ捲っていたその時、とあるページに描かれているモノの姿を見て、俺は『ある事』に気が付いた。

 

「……ん、そういえば……」

「どうした、稲葉?」

「長谷、このページに描かれてるのって……たぶん『白虎』だよな?」

「どれどれ……ん、そうだな。それで、その次が『玄武』でその次が『青龍』、そして更にその次が『朱雀』でその次が『麒麟』か。麒麟以外はいわゆる『四神(しじん)』と呼ばれる奴らだが、それがどうかしたのか?」

「いや、偶然だとは思うんだけど……さっき会った智虎君達の内、輝麒君以外の苗字と名前の『動物』のところを組み合わせたら、全員この『絆の書』に載ってる奴と同じ名前になるなと思ってさ」

「……言われてみれば、確かにそうだな。玄武の『玄』には黒っていう意味があるから、稲葉の言っている事は間違ってない。まあ、稲葉の言う通り、偶然なのかもしれないが、それにしては揃いすぎだよな……」

「ああ……」

 

 もしかしたら、智虎君達の家は四神を祀っていて、その力に肖るために代々そういう名前を付けてきたという可能性も無くは無いが、そんな家の人達が一堂に会してる上、それが描かれた『絆の書』を持つ柚希と交友関係があるというのは、何というかあまりにも出来過ぎている気がする。それに──。

 

「……よく見たら、この『絆の書』には『(さとり)』や『雪女』、『獏』に『人魚』まで載ってるけど、これらって全員今まで何らかの形で俺達が名前を知ったり近くにいるかもしれないってなったりした奴らだよな……」

「……そうだな。四神にしろこの妖怪達にしろ何か俺達の目には見えない力が働いてるような感じがするな」

「目には見えない力……」

 

 長谷の言葉を聞きながら俺は『絆の書』に視線を向けた。どこの国の物か分からない文字が書かれているこの『絆の書』だが、もし長谷の言うような目には見えない力がこれにあり、柚希や俺達はそれに導かれる形でこの『絆の書』に描かれたモノ達との出会いを果たしているとしたら、この『絆の書』は長谷の言うようにただの画集なんかでは無く、何かの力を持った魔法の本という事になるのかもしれない。

 

「でも、本当にそうだとしたら天斗さんはどうやってこれを手に入れたというんだ……?」

 

『絆の書』を見ながらそんな疑問を口にしていたその時、外の方から階段を上がってくる音が聞こえ、俺達は同時にそちらへ視線を向けた。

すると、目に入ってきたのはホカホカと湯気を上げる三つのティーカップとクッキーを載せたお盆を両手で持っている柚希の姿であり、柚希はお盆に注意を払いながら俺達の方に視線を向けると、部屋の中に入りながらニコリと笑った。

 

「二人ともお待たせ。和室の片付けもしてたら、ちょっと遅くな──ん、どうした? 『絆の書』なんて持って……」

「……柚希、一つ訊いても良いか?」

「良いけど……何だ?」

「スゴく子供っぽい事を訊くようだけど、この『絆の書』って……魔法の本とかでは無いよな?」

 

 その瞬間、お盆を机の上に置いていた柚希は表情を硬くしながら体をビクリと震わせたが、すぐに微笑みを浮かべながらクスリと笑った。

 

「魔法の本って……あははっ、そんなわけ無いだろ? 『絆の書』はあくまでもただの画集だよ。まあ、表紙やページも古ぼけた感じだし、書かれている文字もあまり見ない物だから、そう思うのも仕方ないけどさ」

「……けど、長谷が前にパソコンで調べてみたけど、検索に引っ掛からなかったって言ってたぜ? そんな事ってあり得るのか?」

「無いわけでは無いと思うぜ? なにせ、この『絆の書』はこの世に一冊しか無い『自費出版本』らしいからな」

「自費出版……確か、著者が自分で費用を出して本を出す事だったな」

「そう。何でもこの本は、著者が今までに出会った妖怪や西洋の怪物などの超常的なモノ達との出会いを記録するために書いた本で、自分で読み返すためだけに書いたから、これの存在を知っていたのは著者自身と著者にとって一番親しかった友人、後は出版に携わった業者くらいで、『絆の書』自体もこの一冊しか無いんだってさ」

「な、なるほど……」

 

 そういう事なら、確かにネットの検索に引っ掛からなくてもおかしくないかもしれない。でも……。

 

「だとしたら、天斗さんはどうやってこれを手に入れたんだ?」

「ああ、それなんだけどな。なんでもその著者にとって一番親しかった友人っていうのが、天斗伯父さんみたいなんだ」

「え、そうなのか!?」

「ああ、どうやらそうらしい。まあ、天斗伯父さんは昔から旅行好きだったらしいから、交友関係が広くてもおかしくは無いけどな。それで、著者はもう亡くなってるらしいんだけど、作者の遺言で天斗伯父さんがこの『絆の書』を受け取る事になり、『絆の書』は今も変わらず世界中の誰もが知らない本としてここにあるわけだ。

因みに、俺が貰った理由は、天斗伯父さん曰く俺からその友人と同じ雰囲気を感じ取った事で、俺が持っていた方が良いと思ったからだってさ」

「そんな事が……」

「まあ、『絆の書』に関してはそんなところだな。因みに、他に何か質問はあるか?」

「あ、えっと……この『絆の書』に今まで俺達が名前を知ったり近くにいるかもしれないってなったりした妖怪達が載ってるんだけど、これも偶然なのか?」

「……ああ、覚とか人魚とかだな。まあ、偶然だとは思うけど、俺的には本に宿った著者の思いが俺達とそういったモノ達を引き寄せたって考える方が好きかな」

「そうか……ところで、さっきこの『絆の書』は著者が実際に出会ったモノ達との出会いを記録するために書いた本だと言っていたが、妖怪達はまだ良いとしても、遠野は著者が『オルトロス』や『白竜』とも本当に出会ったと思っているのか?」

 

 長谷のその問い掛けに、柚希はニッと笑いながら頷いた。

 

「ああ、思ってるさ。確かに、実際に会えたのかは本人にしか分からないけど、俺はそういうモノ達がいて欲しいし、いると信じてる。だから、『絆の書』の著者だって本当にそういうモノ達と出会ってきたんだって思ってるよ。

それに、そうじゃなきゃここまで活き活きとした絵も描けないし、そもそも『絆の書』自体作ろうなんて思わないだろ?」

「柚希……」

「だから、俺もいつかはそういうモノ達と出会いたいし、今の夕士や長谷のようにとても親しい友人になりたい。まあ、必ずしもそうはいかないだろうけど、その方が楽しいはずだからさ」

 

 そう笑いながら言う柚希の顔はとても楽しそうな物であり、心からそう思っているのがハッキリと感じられた。

 

 ……ここまで話を聞いた感じだと、柚希が嘘をついてるとはまったく思えない。つまり、『絆の書』は本当に魔法の本なんかじゃなく、天斗さんが亡くなった友人から受け継いだ物だったって事か。

 

 柚希の話からそんな事を思いながらふと長谷に視線を向けると、長谷も俺に視線を向けており、俺の視線に気づくと確信に満ちた目をしながらコクンと頷いた。そしてそれに対して頷き返した後、俺は『絆の書』に対して疑いを全て彼方へと追いやりながら柚希に対してニッと笑った。

 

「そっか。なんかゴメンな、突然変な事言いだして」

「いや、別に良いよ。さっきも言ったように『絆の書』の見た目もなんかそれっぽいし、そう思うのも仕方ないからさ。

それに、御利益がありそうとか魔法の道具とかって言うなら、この前の旅行で雪村と金ヶ崎とお揃いで買った天然石のチャームとかいつも付けている水晶の首飾り──『ヒーリング・クリスタル』とかの方がそれらしいかな。もっとも、『ヒーリング・クリスタル』は諸事情で今は天斗伯父さんに預けてるけどさ」

「へえ……あの首飾りって『ヒーリング・クリスタル』っていう名前だったのか」

「まあな。前に夕士も体験した通り、この『ヒーリング・クリスタル』にはちょっとしたお呪いが掛けられていて、疲れてる時とかどこか怪我をしてる時とかにこれを握ると、それらを癒してくれる力があるんだ。だから、どちらかと言えばこっちの方が魔法の道具らしいかな」

「ははっ、確かにそうかもな」

 

 クスリと笑いながら言う柚希の言葉に俺が笑いながら頷いていると、柚希は俺を見つめながらどこか安心したような笑みを浮かべていた。そして、そのまま壁掛け時計に視線を向けた後、「……そろそろ始めた方が良いな」と呟くと、俺達の方へ視線を戻してからニッと笑った。

 

「それじゃ、話はここまでにしてそろそろ勉強会を始めようぜ。話は休憩中でも出来るしな」

「だな!」

「ああ」

 

 そして、柚希も交えて勉強道具の準備をした後、俺達は当初の予定だった冬休みの宿題を終わらせるための勉強会を始めた。

 

 

 

 

「……よっし、これで終わりだ!」

 

 勉強会開始から約3時間後、取り掛かっていた問題集の最後の問題を解き終え、俺が嬉しさから大きな声を上げていると、その様子を見た柚希と長谷が同時にクスリと笑った。

 

「お疲れ様、夕士」

「あんなに頑張ってたんだし、流石に目とかも疲れたんじゃないか?」

「んー……まあな。けど、これで元々の目標よりも多く終わらせる事が出来たんだし、後はスゴく楽になるよな」

「そうだな。これで問題集系は大体終わったし、これで冬休みは気楽に過ごせるだろうな」

「だな。けど、だからと言って油断はするなよ、夕士」

「おう! ……って、何で俺だけに言うんだよ!」

 

 柚希の言葉に俺がツッコミを入れていたその時、部屋のドアがトントンとノックされる音が聞こえ、柚希はドアの方を向きながら「はい、どうぞ」と声を掛けた。

すると、ドアがゆっくりと開くと同時に、智虎君達と見慣れぬ和服姿の少年達、そして黒いシャツに赤いズボン姿の少年が揃って部屋の中へと入ってきた。

 

「智虎達……それと、『真』に『九朗』に『和』、後は『雀』に『双志(そうし)』か。何か俺達に用事だったか?」

「えっと……用事という程でも無いんですけど……ちょっと夕士さん達とお話がしたいなと思って……」

「俺達と?」

「宿題も一段落したし、それは構わないけど……えっと、そっちの五人は?」

 

 首を傾げながら智虎君達と一緒に現れた少年達に視線を向けると、その中の同い年くらいの藍色の和服姿の明るそうな少年が楽しそうにニッと笑った。

 

「おっと、確かに自己紹介がまだだったな。俺は『風祭真(かざまつりまこと)』、歳は一個だけ違ぇが、歴とした柚希の兄ちゃんのダチだ! よろしくな!」

「僕は『矢多九朗(やたくろう)』といいます。真お兄さんと同じで柚希お兄さんの友達です。よろしくお願いします」

「えっと……私は『因幡和(いなばのどか)』です。真お兄さんと九朗君と同じで、柚希お兄ちゃんの友達です。よろしくお願いします」

「やっほー、僕は『小夜雀(さよすずめ)』。同じく柚希の友達だよ、よろしくね!」

「そして、僕は『犬走双志(いぬばしりそうし)』、真兄ちゃん達と一緒で、柚希兄ちゃんの友達だよ。よろしくね」

 

 真君達の自己紹介が終わると、柚希はニコリと笑いながら真君達を手で指し示した。

 

「真達も天斗伯父さんの知り合いの子供達で、智虎達とは違って住んでる所も近いから、暇があればこうして自分達から遊びに来るんだよ。因みに、和が俺を柚希お兄ちゃんって呼んでるのは、初めて会った時にそう呼んで良いかと訊かれて良いって答えたからだ」

「なるほどな……お兄ちゃんなんて言うから、てっきり柚希の親戚の子達かと思ったぜ」

「はは、そうだな。ところで、真君達も智虎君達と一緒で、俺達と話をしに来たのか?」

「へへっ、まあな。突然、柚希の兄ちゃんに会いてぇなと思って、九朗達を連れてちょいと立ち寄ってみたら、冬休みの宿題を終わらせるための勉強会ってぇのを少し前からやってるって智虎達から聞いたもんでな。

あんまり根を詰めてもいけねぇと思って、話をしたがってる智虎達も交えてこうして馳せ参じたってぇわけだ」

「因みに、竜さんも誘ってみたんですが、『誘って頂いてありがたいのですが、少し掃除をしたいところがあったので、今回は遠慮させてもらいます』と言われてしまったので、僕達だけで来たんです」

「まあ、そういう事なら仕方ないさ。さて……それじゃあ今度は皆分の飲み物やつまめる物の準備をしてくるよ。真、九朗、和、雀、双志、手伝ってもらっても良いか?」

「おうよ!」

「はい」

「もちろんです!」

「オッケー!」

「うん!」

 

 そして、柚希達が仲良く部屋から出ていった後、長谷はふぅと一度息をついてから智虎君達を見ながら静かに口を開いた。

 

「……さて、俺達と話したいという事だったけど、俺達と何を話したいんだ?」

「えっと……実は、特に何かについて話したいというのは無いんです」

「うんうん、ただ夕士さん達と話をしてみたいというだけだったからね」

「そうなのか……でも、何でだ?」

「そうですね……強いて言えば、夕士さん達がどういう方達なのかを知りたいからでしょうか」

「大体の人となりなんかは柚希から聞いていたけど、やっぱりちゃんとどういう人なのかを知るなら面と向かって話をするのが一番でしょう?」

「まあ、確かにそうだな。それにしても、俺達の人となりについて柚希が話してたって……具体的にはどんな風に言ってたんだ?」

「そうですね……夕士さんはいつも明るく活発で見ているこっちまで元気をもらえ、何かボケを振ってみてもちゃんと返してくれるとても優しくて律儀な性格だと言っていました。

それで、長谷さんは冷静な判断力や豊富な知識を持っている上、頭も良いし運動神経も抜群だけど、その裏では自分を高めるための努力を絶えず続けている努力家だと言っていました」

「そして、お二人とも自分にとっては掛け替えのないとても頼り甲斐のある親友で、お二人との関係は生涯大事にしていきたいと言っていましたよ」

「柚希が……」

「そんな事を……」

 

 智虎君達や煌龍さん達に紹介をしてくれた時も色々と言ってくれてたけど、まさかそんな風に思ってくれてたなんてな……。

 

 智虎君達の口から語られた柚希の思いに俺達が少し驚く中、智虎君は俺達を見ながらクスリと笑った。

 

「柚希さん、夕士さん達の話をする時はいつも楽しそうなんです。もちろん、妖怪や聖獣のような人ならざるモノ達の話をする時もとても楽しそうですけど、夕士さん達の話をする時もそれに負けないくらい──いや、それよりも楽しそうに話をしてくれるんです」

「だから、こうして面と向かって一度話をしてみたかったんです」

「柚希殿があそこまで楽しそうに話をする方々が果たしてどんな方なのかを知るため」

「そして、柚希経由とは言え、私達の悩みを解決してくれたお礼を言うためにね」

「なので、そのお礼を今言わせてもらいますね。夕士さん、長谷さん、本当にありがとうございます」

『ありがとうございます』

 

 そう言いながら智虎君達が揃って頭を下げる姿に、俺と長谷はどこか気恥ずかしさを感じながら顔を見合わせたが、同時にコクンと頷きながらニッと笑った後、俺は智虎君達に声を掛けた。

 

「皆、お礼なんて別に良いよ。俺達は柚希から話を聞いて俺達が思った事を話しただけだからさ。な、長谷」

「ああ。それに、『友達』が困っていたら助けたり話を聞いたりするのは当然の事だからな」

「友達……」

「そう。まあ、その頃はまだ出会ってなかったけど、今の俺達はもう立派な友達だ」

「たとえ、遠野経由で知り合い、まだそんなに話していないとしてもな」

「だから、これからも何か困ったり相談したい事があったりしたら、遠慮なく柚希経由で話してくれ」

「……まあ、大した事は出来ないかもしれないけど、俺達でよければ出来る限り力になるからさ」

 

 そう言いながら智虎君達に微笑みかけると、智虎君達はそれに対して嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「……分かりました。夕士さん、長谷さん、本当にありがとうございます」

「それと……お二人も何か悩みがあったら、柚希さん経由で僕達に相談して下さいね」

「まだ私達は幼いですが、それでも何か出来る事はあると思いますから」

「そうね。友達が困っていたら、話を聞いたり助けたりするのは当然の事だもの」

「ふふっ、そうだね。なので、その時は遠慮なんてせずに何でも話して下さい」

「難しい話はちょっと苦手だが、それでも兄ちゃん達のために全力で頑張るからさ!」

「こうして会えたのも何かの縁だし、二人とはこれからも末永く付き合っていきたいものね」

「ええ、そうですね」

 

 そして仲良く笑い合うと、智虎君達は揃って俺達の目を真っ直ぐに見てから、ニコリと笑った。

 

「夕士さん、長谷さん、改めてこれからよろしくお願いします」

『よろしくお願いします』

「……ああ、こちらこそ改めてこれからよろしくな!」

「これからよろしくな、皆」

 

 智虎君達の言葉に答えながら俺達もニコリと笑っていた時、再び階段の方から柚希達がゆっくりと上がってくるのが聞こえ、チラリとそちらに視線を向けると、ドアが静かに開くと同時に真君達を連れながらどこか嬉しそうな表情を浮かべる柚希の姿が目に入ってきた。

 

「柚希、何だか嬉しそうだけど、何かあったのか?」

「……ん? ああ、夕士達と智虎達が随分仲良くなったみたいだから、どっちもの友達としてそれが嬉しくてな」

「まあ、確かに仲良くはなったけど、よくそれが分かったな?」

「……ふふ、俺は雰囲気からでも俺達が席を外していた時にどんな事があった何となく分かるからな」

「……なるほどな」

 

 言われてみれば、柚希は一年生の頃から人の気持ちなんかには鋭かった覚えがあるな。だからこそ、柚希のおかげで助かったって言ってる奴も多いし、今でも頼られる事は多いわけだけど、それでも柚希は嫌な顔一つせずにソイツの話を聞いたり手助けをしたりする。

もっとも、自分の手に余ると感じた時は、俺や長谷にも手助けを頼んでくるわけだが、そういう状況になっても基本的には柚希が問題解決の話し合いの進行役を買って出、最終的にどんな事でも解決をしてきた。

でも、それは柚希がいつだって相手の事を考えながら行動しているからで、そういう点については俺も長谷も多分勝てないだろう。けど、それはそれで良いのかもしれない。

俺達は今までお互いの弱いところを補いながら過ごしてきたし、これからもそういった関係性である事が望ましいと思っているから。

 

 そんな事を考えた後、俺は長谷と一緒に柚希達が持ってきてくれた物達を机の上に並べ、大切な友達たちとの話に花を咲かせ始めた。

 

 

 

 

「……それじゃ、また明日な、柚希」

「また明日な、遠野」

「ああ、また明日な」

 

 午後5時頃、夕焼け空の下を帰っていく夕士達を見送った後、俺は緊張が解れていくのを感じながらふぅと息をついた。そして家の中に入って、玄関を静かに閉めた後、『絆の書』を片手に持ちながら『伝映綱』を通じて『協力者』に声を掛けた。

 

『……お疲れ様、()()()。ずっと同調をしていたから、流石に疲れただろ?』

『ふふ、ありがとうございます。確かに今までに無い事だったので、いつもより疲れてはいますが、少し休めば回復する程度なので、ご心配には及びませんよ』

『……そうか』

 

 こころの返答にクスリと笑いながら答えた後、俺はこころとの同調を解きながら居間へと移動し、既に元の姿に戻ってソファーに座っている智虎達に声を掛けた。

 

「皆もお疲れ様。慣れない人間の姿だったから、いつもよりも疲れたんじゃないか?」

「あはは……まあ、そうですね」

「でも、ようやく夕士さん達にお礼を言う事が出来たので、僕達的には大満足です」

「……違いないな。それに、いつかは私達も自分の力で人間の姿に変化する事が出来るようにならないといけないと思っていたので、今回の件はとても良い経験になりました」

「そうね。まあ、それはまだまだ先の話だろうけど、いつかは達成してみせるわ!」

「うん、そうだね。ここまで色々頑張ってきたからには、それも絶対に達成しないといけないからね」

「……まあ、そうだな。立派な黄龍になるって父さんとも約束したし、それくらいは楽勝だって言えるようにはならないとだよな」

「ふふっ、そうね。そうじゃないと、父さん達に笑われちゃうもの」

「ふふ……ええ、そうですね」

 

 智虎達がやる気に満ちた目をしながら話す様子を同じく元の姿に戻った風之真達が微笑みながら見つめる中、白竜の姿に戻っているヴァイスがニコリと笑いながら話し掛けてきた。

 

「柚希さん、お疲れ様でした」

「……ああ、ありがとう。ヴァイスもお疲れ様。あんなに大人数を人間に変化させるのは、流石に疲れたんじゃないか?」

「いえ、このくらい大丈夫ですよ。それにしても……今回の作戦が成功して本当に良かったですね」

「……そうだな」

 

 微笑みを浮かべながら言うヴァイスの言葉に答えた後、俺は煌龍様から頼み事をされた時から今までの数時間の出来事を想起した。煌龍様から用事が済むまでの間という事で光龍君達の事を頼まれた時、俺はヴァイスが使える対象を人間の姿に変える魔術の事を思い出し、それを光龍君達と智虎達、そして風之真達にかけてくれるように洗い物を終えた後にヴァイスに頼んだ。

というのも、四霊の姿では夕士達を驚かせてしまう事になる上、どうして四霊が居るのかなどについて話さないといけなくなるが、人間の姿であれば今回のように『天斗伯父さんの知り合いの子』という説明だけで済むからだ。

因みに、智虎達も人間の姿に変えてもらう事にしたのは、光龍君達と一緒にいてもらった方が、智虎達も光龍君達も楽しいだろうと思ったからと前々から夕士達に悩みを解決してもらったお礼を言いたいと言っていたのを覚えていたからで、風之真達を人間の姿に変えてもらったのは、風之真達も以前から夕士達と話をしてみたいと言っていたのを覚えていたからだ。

そして、ヴァイスにこの事を頼むと、ヴァイスはスゴく驚いた様子を見せたが、すぐに楽しそうな笑みを浮かべながらこれを了承してくれた。その後、俺はもう一人の協力者である覚のこころに声を掛け、夕士達が家にいる間、俺と同調をし続けて欲しいと頼んだ。

何故かと言えば、理由はまったく分からないが、夕士達の勘が年々鋭くなっており、それによって今回のように『絆の書』や俺の『力』の事について何かしらの疑問を抱く可能性があると日頃から感じていたからだ。

だが、もしそういう事態になったとしても、事前にこころと同調をしておけば、『波動や気を感じ取る能力』とこころとの同調時能力を使いながら、夕士達の様子を観察しつつ真実の一部を織り交ぜたそれ用の作り話をする事で夕士達からの疑いを一時的にでも晴らす事が出来ると思ったのだった。

もちろん、夕士達を騙す事に変わりは無いが、今朝も考えていたように(てんせいしゃ)の事や『絆の書』の事について話すべきタイミングは俺が考えているタイミングがベストだと思っており、その時までは絶対に夕士達には話さず、隠し続ける必要があるのだ。

話した事で生じてしまう本来とは違う流れが想像できないというのもあるが、何よりもこの事を夕士達が受け入れられずに俺から離れていってしまう可能性がある事が辛いからだ。もちろん、そうならずに夕士達がこれまで通りに接してくれる可能性もあるが、自分達が今まで普通の人間として接してきた相手が、転生者というイレギュラーだと知った時のショックは計り知れない。

その上、夕士が『魔本の主(ブックマスター)』となった後や世の中には人間とヒトならざるモノが普通に共存している場所があるという事実を知った長谷ならまだ何とかなるだろうが、この事実を知った事で本来関わる事が無かったはずのヒトならざるモノ達との出会いが発生し、それによって二人が命の危機に瀕するなんていう最悪の可能性もある。そのため、俺はヴァイスだけじゃなくこころにも協力を頼んだのだった。

そして、こころにその事を頼んだ時、こころは快く引き受けてくれたのだが、ここである一つの問題が生じた。それは長時間に渡る同調をどうやって実現させるかだ。俺の『力』の量は問題無かったのだが、こころの方がそれを維持し続けるだけの量の『力』をまだ持っていないため、途中で同調が強制で切れてしまう上にそのペナルティでこころを最低でも今日一日はこっち側に出してやれなくなる事になるからだ。

そして、その事についてこころと一緒に考えた結果、俺達が行き着いたのが『ヒーリング・クリスタル』の強化と制約の緩和だった。『ヒーリング・クリスタル』は『浄化』や『治癒』、『力の貯蔵と分配』の力を内包しているが、今までだとこれらの力を使うためには俺が魔力を注ぎ込まないといけなかった。

だが、俺以外にも天斗伯父さんや『絆の書』の仲間達でも使えるようにその制約を緩和してしまえば、事前に俺が『力』を『ヒーリング・クリスタル』の中に貯めておき、それをこころに使わせる事で同調を維持できると考えたのだ。

そして、俺達はそれを実行に移すために天斗伯父さんの元へ向かい、今回の作戦やもしもの時用として以前から考えていた『絆の書』についての作り話の設定を話した後、『ヒーリング・クリスタル』の件を話した。

すると、天斗伯父さんはそれを快く引き受けてくれ、一瞬の内に『ヒーリング・クリスタル』の強化と制約の緩和をしてくれた。そして、天斗伯父さんにお礼を言った後、夕士達が来るまでの間にこころとヴァイスとの軽い打ち合わせをし、居住空間に引っ込んでいると言っていた住人達と共にこころに『絆の書』の中へと戻ってもらい、ヴァイスが智虎達に変化の魔術を掛けている様子を見ながらこころとの同調を済ませた後、玄関付近で夕士達が来るのをジッと待っていたのだった。

 

 それにしても……夕士がチャイムを鳴らそうとしたタイミングでドアを開けた時や心の声を当てて見せた時の夕士の驚きようは中々スゴかったな。まあ、事情を知らない側からしたら、どうしてそんな事が出来たのか分からないわけだし、それも仕方ないのかもな。

 

 そんな事を考えながら椅子の内の一つに腰掛け、傍らに『絆の書』を置いたその時、俺はふとある事を思い出した。

 

「そういえば……『絆の書』の作り話を天斗伯父さんにした時、何故かスゴく驚いてたっけな……」

 

 天斗伯父さんの心の中はこころでも探れないらしいので正確な事は言えないが、その驚き方が話の内容があまりにも突拍子も無い物だったからみたいな物では無く、まるで何か隠していた事がバレたからみたいな感じだった。

 

「……たぶん、気のせいなんだろうけど、もしも俺が話した作り話の中に俺が知らない真実が混じっていたとしたら、天斗伯父さんはどうしてそれを隠しているんだろう……」

 

 それだけ『絆の書』にはまだまだ隠された秘密があり、それは俺が知るにはまだ早いということなのだろうか……。

 

 そんな事を思いながら『絆の書』をジッと見つめていたが、いくら『絆の書』を見てもそれらしい答えは出ず、その内に俺は考える事を止めた。

 

「……まあ、俺が転生者の事や『絆の書』の事を夕士達に黙っているように、天斗伯父さんも今は話すべきじゃないって考えてるのかもしれないし、今は考えなくても良いかもしれないな」

 

 そう結論づけながらポツリと独り言ちていた時、さっきまで楽しそうに話をしていた智虎か突然寂しそうな顔をしながら俯くと、その様子を見た光龍君が不思議そうに声を掛けた。

 

「智虎、どうかしたのか?」

「……うん、せっかく光龍君達にも会えたけど、煌龍様達がお帰りになったら、サヨナラしないといけないと思ったら、ちょっと寂しくなっちゃって……」

「……そういえば、そうだったね……」

「ああ……仕方ない事とはいえ、やはり寂しい事に変わりは無いな」

「そうね……」

「うん……」

 

 四神′sと輝麒が揃って寂しそうな表情を浮かべる中、それを見た光龍君は残りの二人と顔を見合わせながらニッと笑った後、笑みを浮かべたまま智虎の肩をポンポンと叩いた。

 

「心配ねぇよ、智虎。もしかしたら、そうならねぇかもしれねぇからさ」

「……え?」

 

 光龍君の言葉に智虎が顔を上げながらキョトンとした表情を浮かべていると、光龍君達は俺へと視線を移し、真剣な表情を浮かべながら静かに口を開いた。

 

「柚希兄ちゃん、俺達も智虎達みたいに『絆の書』の仲間に加えてくれねぇか?」

「……それは別に構わないけど、理由を聞いても良いか?」

「……今日一日、智虎達と一緒にいて思ったんだよ。智虎達は確実に俺達よりも成長をしているって」

「私達としては、四神や四霊としてだけじゃなく、肉体面や精神面も明らかに前の皆とは違うって見せつけられちゃった感じだったのよ……。お昼の智虎の件しかり夕士さん達との会話の時しかり、ね。そして、それがどうにも羨ましかったし、悔しかったのよ……」

「そして私達が行き着いた結論が、私達も智虎君達のように柚希さんや『絆の書』の皆さんといった様々な方達と話をしたり共に修行をしたりする事だったのです。

今までのように父さん達の元で修行をするだけでも確かに成長は出来ますが、こちらで積む事が出来る経験や得る事が出来る知識は他の場所では決して手に入れられない物だと私達は思っています」

「皆……」

「柚希兄ちゃん──いや、柚希さん。俺達も仲間に加えて下さい。よろしくお願いします……!」

『よろしくお願いします……!』

 

 光龍君達が揃って頭を下げ、それを智虎達が真剣な表情で見つめる中、俺はふぅと息をついてから、光龍君達にニコリと笑った。

 

「……ああ、もちろん良いぜ。そこまでの思いがあるなら、断る理由なんて無いからな」

「柚希さん……ありがとうございます!」

「どういたしまして。それと、さん付けとか敬語で話したりとかは別に無理にしなくても良いぜ? 一応、俺は『絆の書』の主という事にはなってるし、ヴァイスとかこころみたいに普段から敬語で話す仲間はいるけど、『絆の書』の皆の事は友達であり家族のような物だと思ってるからな」

「友達であり家族か……へへっ、そういう事なら遠慮無くそうさせてもらうぜ! あ、それと……俺達の事も君付けとさん付けはしなくても良いからな!」

「うん、分かった。それじゃあ、これから改めてよろしくな」

「おう! こちらこそよろしくな、柚希兄ちゃん!」

「これからよろしくね、柚希!」

「柚希さん、どうぞこれからよろしくお願いします」

 

 光龍達が嬉しそうに俺の言葉に答える中、その様子を見ていた風之真が腕を組みながら少し不安げな表情を浮かべた。

 

「柚希の旦那、新しい仲間が増えるってのは嬉しい話だが……まずは親である煌龍の旦那達にもこの事を話す必要があるんじゃねぇのかぃ?」

「ん……それなら大丈夫だぜ?」

「大丈夫って……」

「柚希さん、それってどういう……?」

 

 兎和と黒烏が揃って首を傾げる中、俺は頬をポリポリと掻きながらそれに答えた。

 

「実はさ……夕士と長谷を部屋に通して、紅茶とクッキーの用意をしに一階に降りてきた時に、ちょうど天斗伯父さんや煌龍様達が出掛けようとしてるところだったから、もう一度行ってらっしゃいって言おうと思って、話し掛けに行ったんだよ。

それで、その時に煌龍様達から『もし、光龍達がお前達の仲間に加わりたいと言ってきたら、光龍達の思いなどを聞いた上でお前が仲間に加えるべきか判断をしてくれ。お前の判断ならば、我らも信用がおけるからな』っていうお言葉を頂いてたんだよ」

「なるほど……だから、先程光龍さん達が『絆の書』の仲間に加えてほしいと言っていた時に、落ち着いた様子でその理由を訊いていたんですね?」

「そういう事だな。それに……光龍達もどうやら煌龍様達から事前に何かを言われてたみたいだしな」

 

 その言葉で智虎達の視線が光龍達に集中すると、光龍はニッと笑いながら静かに頷いた。

 

「その通りだ。ここへ来る前、父さんから『絆の書』の事や智虎達を始めとした『絆の書』の仲間達の話を聞いたんだが、その時に『もしも今回の来訪でお前達が『絆の書』の仲間に加わりたいと思った際は、その思いを『絆の書』の主である柚希に伝えろ。そしてその結果、柚希がそれを認めたならば、我らも文句は言わん』って言われてたんだよ」

「そっか……だから、僕達が寂しくなるねって話をしてた時に、そうならないかもしれないって言ってたんだね」

「まあ、そういう事だけど……やっぱり、内心はかなり不安だったわ」

「そうですね……この数時間で柚希さんとも仲良くはなれましたし、『絆の書』の仲間になりたいだけの理由は見つけたつもりでしたが、もしも断られたらと考えると……」

「……ああ、かなり怖かった。だが、そんな恐怖くらい乗り越えないと、この先へは進めないって思ってたからな。だから、それはどうにか表には出さずに精いっぱい頑張る事にしたんだよ。兄貴達や父さんとはまた違った立派な黄龍になるためにな!」

 

 そう胸を張りながら語る光龍の表情は希望で満ち溢れており、目に迷いの色などは微塵も浮かんでいなかった。そして、それに対して美鳳と希亀が同じような表情で頷いた後、光龍は美鳳達と一緒に俺の方へ顔を向けながらニッと笑った。

 

「さて、それじゃあそろそろ登録ってのを始めようぜ、柚希兄ちゃん!」

「ああ、そうだな。ところで、登録のやり方とか居住空間の事とかも煌龍様達から教わってるのか?」

「ええ、もちろんよ」

「なので、そのまま登録の作業に移って頂いても問題はありませんよ、柚希さん」

「分かった」

 

 そして、傍らに置いていた『絆の書』を手に取り、空白のページを開いた後、俺は光龍の方を向いた。

 

「それじゃあまずは……光龍、お前から行こうか」

「ああ、分かったぜ!」

 

 光龍が元気よく返事をした後、俺達は揃って空白のページに手を置いた。そして、いつものように目を閉じながら体中を巡る魔力が右手を通じて『絆の書』へと流れ込むイメージを頭の中に浮かべ、それに続いて右手にある穴から『絆の書』へと魔力が注ぎ込まれていくイメージが浮かぶのを感じながらそのまま魔力を流し込んでいった。

 

 ……うん、こんな感じかな。

 

 そして、右手を離しながらゆっくりと目を開けると、そこには奥深い山の中で周囲の木々を優しい眼差しで見つめる光龍の姿と黄龍についての詳細な情報が浮かび上がっていた。

 

「うん……これでよし。それじゃあ次は……美鳳だな」

「ええ、了解したわ」

 

 美鳳がコクンと頷いた後、俺は別の空白のページを開き、美鳳と一緒に再び空白のページに手を置いた。そして、さっきと同じように魔力を流し込み、そろそろ大丈夫だという感覚を覚えた後、右手を離しながら『絆の書』を見ると、そこには空を気持ち良さそうに飛び回る美鳳の姿と鳳凰についての詳細な情報が浮かび上がっていた。

 

「……よし、それじゃあ最後は希亀だな」

「はい、分かりました」

 

 希亀が頷きながら答えた後、俺はまた別の空白のページを開き、希亀と一緒に空白のページに手を置いた。そして、再び『絆の書』に魔力を流し込み、もう大丈夫そうだと思った後、右手を離しながら『絆の書』を見ると、そこには小高い丘の上でのんびりとした表情を浮かべる希亀の姿と霊亀についての詳細な情報が浮かび上がっていた。

 

「……よし、これで全員終わったな」

「へへっ、だな。それにしても……初めの頃に比べると『絆の書』の仲間も結構増えたもんだよな」

「ふふ、確かにそうですね」

「けど、仲間が増えれば増える程、もっともっと賑やかになりますし、これからどんな仲間が増えるのか今から楽しみですね」

「……そうだな」

 

 風之真達の楽しそうな様子に俺も口元を綻ばせながら答えた後、俺は『絆の書』を一度閉じ、表紙に手を載せながら魔力を注ぎ込んで光龍達を外へと出した。

 

「お疲れ様、お前達。居住空間はどうだ?」

「ああ、話に聞いていたよりもスッゴく住みやすそうな場所だったし、色々気になる場所もあったから、これから探検するのが楽しみだぜ!」

「ふふっ、そうね。それに空も海もスゴく綺麗だったし、吹いている風も心地良かったわよね」

「はい。それに加えて、湿度や温度も程良いので、のんびりとするのにもピッタリだと思いました」

「そっか。喜んでもらえたようで良かったよ」

 

 楽しそうに話をする光龍達に微笑みながら返事をしていたその時、廊下の方から電話のベルの音が聞こえ、俺は「誰からだろう……?」と独り言ちながら廊下へと出た後、黒電話の受話器を静かに取った。

 

「もしもし……」

『もしもし、私です』

「あ、天斗伯父さん。用事は済んだんですか?」

『ええ、それはバッチリです。それでそろそろ帰るところなのですが、柚希君達に少し頼みたい事がありまして……』

「はい、何ですか?」

『実は……今年の年越しは剛虎さん達四神の皆さんと煌龍さん達四霊の皆さんと一緒に過ごすという事になり、今日からお泊まり頂く事に決まったので、『絆の書』の皆さんと一緒に客間の簡単な掃除や夕食の買い出しなどをお願いしたいのです』

「あ、はい……それはもちろん構いませんけど、もしかして和室で話をしていたのはその件だったんですか?」

『はい。先日、煌龍さんから柚希君や『絆の書』の皆さんと一緒に年越しをしてみたいという話をされてまして、前もって柚希君達にはお話ししようと思っていたんですが、煌龍さんから柚希君達には黙っていた方が面白いからそうしてほしいと言われていたんです』

「なるほど……分かりました、それじゃあ今から皆に指示を出してきますね」

『ありがとうございます。それでは、そろそろ切りますね』

「はい」

 

 そして通話が終わり、静かに受話器を置くと、風之真が小首を傾げながら話し掛けてきた。

 

「柚希の旦那、今の電話は天斗の旦那からだったのかぃ?」

「ああ。なんでも今年の年越しは煌龍様のご要望で剛虎さん達や煌龍様達と過ごす事になったから、客間の簡単な掃除や夕食の買い出しをお願いしたいんだってさ」

 

 天斗伯父さんからの電話の内容を伝えると、四神′sと四霊′sは驚きのあまり口をポカーンと開けたが、ヴァイス達は一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに楽しそうにクスリと笑った。

 

「まったく……煌龍の旦那は本当に色々な事で俺達を驚かせてくれるな」

「ふふ、そうだね。でも、今年の年越しはいつもよりも賑やかになりそうだし、それはそれで楽しみかも♪」

「ああ、そうだな」

 

 まあ、これから色々と大変になりそうだけど、確かに楽しそうなのには変わりないし、ここは楽しんじゃった方が絶対に良いよな。

 

 剛虎さん達や煌龍様達との年越しの光景を想像し、その楽しさからクスリと笑った後、俺は両手をパンッと打ち鳴らしてから皆に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあ早速作業に取り掛かるぞ!」

『おー!』

『はい!』

 

 風之真達の返事に頷いた後、俺は再び『絆の書』の表紙に手を置き、静かに魔力を注ぎ込んだ。

 

 

 

 

 夜、自分の部屋の机に向かい、宿題の残りを片付けていたその時、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえ、俺はドアの方を向きながら「どうぞ」と声を掛けた。すると、部屋に入ってきたのはどこか楽しげにニヤニヤと笑う親父だった。

 

「……なんだ、親父か。一体何の用だ?」

「何の用だって……つれないなぁ、泉貴君はー……」

「……ふざけるだけなら出てってくれないか? それとも、本当に何か用事でもあるのか?」

「おう。今、夕士から電話が掛かってきたから、それを伝えに来たんだよ」

「稲葉から……?」

 

 稲葉や遠野から電話が掛かってくる事は珍しくないが、こんな時間に掛かってくるのは結構珍しいな。何か宿題で困った事でもあったのか……?

 

「……分かった。ありがとうな、親父」

「どういたしまして。ほら、さっさと行ってやれ」

「ああ」

 

 そして部屋から出た後、俺は電話のところへと向かい、外れたままになっている受話器を取ってから、保留のボタンを押した。

 

「もしもし……?」

『ああ、長谷。こんな時間にゴメンな』

「いや、別に良いさ。それで、何か用だったのか?」

『ああ、実は……柚希の事でちょっとな』

「遠野の……?」

『そう。長谷、お前は昼頃に柚希が話してくれた『絆の書』の説明についてどう感じた?』

「どうって……特におかしなところは無いと思ったぜ? もっとも、少し妙なところやまだ何か隠してるところはあると思ってるけどな」

 

 そう答えると、受話器からどこか安心したような声が聞こえた。

 

『……やっぱりそうだよな。そう思ってるのが俺だけだったらどうしようかと思ってたから、スゴく安心したぜ』

「そうだろうな。俺も同じ立場だったら、多分そう思ったと思うよ」

『へへ、そっか。それで、話の続きなんだけど、柚希は『絆の書』は著者が実際に出会ったモノ達との出会いを記録するために書かれた物だって言ってたけど、そうなると白虎や玄武だけじゃなく、因幡の白兎や八咫烏とも出会ってる事になるよな?』

「そうだな。あの時は言わなかったが、覚や人魚だけならまだ納得は出来るとしても、神話に登場するモノ達まで書かれてるとなると、その話もどこか信憑性が低くなるよな」

『ああ。まあ、世の中には俺達が知らない事がまだまだあるし、もしかしたら本当に出会っていたのかもしれないけど、普通の人間が神様や神獣に会える確率なんて本当にごく僅かのはず……なのに、『絆の書』の著者はそんなモノ達との出会いを何回も果たしているんだよな』

「そうだな。遠野からすれば、あくまでも『偶然』や『運が良かったから』なんだろうが、そんな事なんて普通はあり得ないだろうな」

 

 そう、()()()()そんな事はあり得ない。だが、『絆の書』の著者がいわゆる『普通の人間』では無かったら、話がガラリと変わってくる。それこそ、物語なんかに出てくる魔道士やら神様に愛された某のような特殊な人間だった場合なら、そういう出会いも無いわけではないが、遠野の話にはそんな表現は一切出て来なかった。つまり、『絆の書』の著者は至って普通の人間だった可能性が高い事になるだろう。

 

 けれど……そうだとすれば、著者はどうやってそんなモノ達と出会ったというんだ? まあ、遠野が聞いた話がまず真実なのかが確かでは無いが、話をしていた時の遠野の目から少なくとも遠野が嘘を話しているような様子は無かったし、天斗さんが嘘の話を遠野にするとも思えないしな……。

 

『絆の書』の話の真偽などについて色々と考えていたその時、『……なあ、長谷』という稲葉の声で不意に意識が現実へと引き戻され、俺はそれについては一度保留にする事にし、受話器をしっかりと持ち直しながら稲葉の声に答えた。

 

「稲葉、どうした?」

『……あのさ、実はもう一つ気になる事があるんだけど良いか?』

「ああ、別に良いが……何だ?」

『……智虎君達もそうだったけどさ、今回初めて知り合った人達って、名前に『絆の書』に描かれているモノの名前とか特徴が入ってただろ?』

「……そうだったな。たしか、智虎君達の場合は代々それらに関する漢字を名前に入れるしきたりがあり、真君達はご先祖様がそれらに助けられた事でその恩からそんな名前を付けるようになっただったよな」

『ああ。でも、帰ってから父さん達にこの近くに『風祭』や『因幡』って家があるかって訊いたら、少なくとも自分達は聞いた事が無いって言ってたんだよな……』

「……そういえば、俺の方もそうだったな。だが、これだけならまだ俺達が考える近くと遠野が言う近くが違っただけと言えるよな」

『ああ、まあな。ただ……そんな特殊な家の人間があんなにも揃っている上、それらが描かれている『絆の書』の持ち主である柚希と友達になる可能性なんて本当にあり得るのかなと思ったんだよ』

「なるほどな……」

 

 確かに稲葉の言う通りだ。けど、彼らは実際にいた人物なのは間違いないし、わざわざ嘘の名前を言う必要も遠野に友達だと嘘をつかせる理由も思いつかない事から、彼らと遠野は実際に友達なのだろう。

だが、そうなってくると、彼らと遠野がこうして出会えたのは何故なのかという疑問が出てくる。一応、世の中には共通の趣味などを持った見ず知らずの人間達が集まり、それについて話をするような手段はあるが、遠野がそういう物を使うというのはあまりにも考えにくい。それに、もしも本当に彼らがそういう物で集まった友達ならば、家の中に保護者の姿が無かったのもおかしな話だ。

 

 ……こう考えてみると、『絆の書』と言い彼らの存在と言い、あまりにも謎な事が多すぎるな。……いや、待てよ。そうなると一番の謎は──。

 

()()()()という事になるのか……?」

 

 小学校の入学式の日に出会い、これまでずっと仲良くしてきた親友が、自分の理解を超えた存在である可能性が出てきた事に、俺が動揺をしていると、受話器から『……長谷、一つ良いかな?』と言う少し不安げな稲葉の声が聞こえ、俺はハッとしながらそれに答えた。

 

「……何だ?」

『……自分でもこんな事を考えるのは正直おかしいと思うんだけど、たぶんこれが『絆の書』や真君達の真実に一番近いんじゃないかと思う考えがあるんだ』

「……分かった、言ってみてくれ」

 

 緊張で声を震わせながら稲葉にそれを話すように促すと、稲葉は一度深呼吸をしてから、とても真剣な声で話を始めた。

 

『あの『絆の書』は本当は俺達が予想した通りの魔法の本で、柚希はそれを扱う力を持った魔道士的な存在、そして真君達は人間に姿を変えた妖怪や神獣達だったんじゃないかって思うんだけど……長谷はどう思う?』

「……遠野が魔道士で『絆の書』が魔法の本、真君達が本当は『絆の書』に描かれているようなモノ達だった、か……」

 

 その瞬間、そのあまりにも突拍子も無いが、どこか腑に落ちる考えで遠野に対しての疑念のような物が全て取り払われたような気がした。

 

 ……なるほど、俺とした事が変に難しく考え過ぎていたのかもしれないな。

 

 そんな事を思い、俺が思わずクスリと笑ってしまっていると、受話器から稲葉のどこか恥ずかしそうな声が聞こえてきた。

 

『あはは……流石に小学校高学年にもなって幼稚すぎるよな、こんな考え……』

「……確かにそうだな。だが、そう考えれば納得のいく事が多いのも確かじゃないか?」

『それはそうだけど……長谷、まさかこの話が本当の事だって言うのか?』

「……いや、そういうわけじゃない。だが、さっきまで自分が考えていたように遠野が自分の理解を超えたなんじゃないかと疑うよりはまだ良いと思っただけだ。これからも大切にしていきたい親友の事を変に疑うよりはずっと、な……」

『長谷……』

「ありがとうな、稲葉。お前の言葉で目が覚めたような気がするよ」

『あ、ああ……どういたしまして。けど、柚希が本当に『絆の書』を使う事が出来る魔道士だとしたら、俺達はこれからどうすれば良いんだ?』

「どうもしないさ。まあ、強いて言えば……今まで通り接していくだけだな」

『今まで通り……』

「ああ、そうだ。遠野が何者で『絆の書』が結局何なのかは分からないが、俺達が突然素っ気なくなったりどこか様子がおかしかったりしたら、アイツだって困惑するし不安になる。

だから、今回話していた事が真実ならそれはそれで良いし、本当に何かを隠しているならそれを話してくれるまで待つしか無いさ。恐らく、それなりの理由があるんだろうからな」

『……そうだな。まあ、話してもらえないのはちょっと寂しいけど、柚希がどんな奴だとしても親友なのは変わらないし、これからも仲良くしていきたいから、ここは柚希が話してくれるのを信じて待つしかないよな』

「……ああ、そうだな」

 

 稲葉の言葉にクスリと笑いながら答えていたその時、受話器からとても眠そうな稲葉の欠伸が聞こえてきた。

 

「……お前も眠そうだし、この話はここまでにしておくか」

『ふあ……ああ、そう……だな』

「……稲葉、一応言っておくが……遠野の前ではこの話はもちろんしないようにしろよ?」

『……分かってるよ。それじゃあおやすみ、長谷』

「ああ、おやすみ」

 

 そして稲葉との通話が終わり、受話器を静かに置いた後、俺は壁にもたれながらふぅと息をついた。

 

「……遠野が魔道士かもしれない、か……。稲葉には言わなかったが、実は幾らか思い当たる節があるんだよな……」

 

 そう独り言ちながら俺は額に軽く手を当て、それらしい出来事を頭の中で振り返った。そして振り返り終えた後、俺は壁から体を離しながら一人でクスリと笑った。

 

「……まあ、これについては話そうと思った時に稲葉に話せば良いか。さて……そろそろ俺も寝よう。明日も親友達(アイツら)との約束があるし、眠そうな姿を見せたら笑われてしまうからな」

 

 そして、俺は雲一つ無い青空のような晴れ晴れとした気持ちで明日は二人とどんな事をしようかと考えながら自室へ向けて歩いていった。




政実「第21話、いかがでしたでしょうか」
柚希「前書きで話していたちょっとしたリクエストっていうのが、夕士達視点から見た俺を見てみたいという事だったわけだけど、作者的には今回の出来栄えはどうだったんだ?」
政実「そうだね……本音を言うならかなり難しかったし、リクエストに正確に応えられているかは分からないけど、自分的には精いっぱい書いてみたつもりだよ」
柚希「そっか……因みに、他者視点や三人称視点みたいなのは、これからも機会があれば書くつもりなのか?」
政実「うん、そのつもりだよ。そして……今回、リクエストをして下さった方、本当にありがとうございました。尚、これからも読者の皆さんから何かリクエストがあった際は、出来る限り実現させていくつもりなので、よろしければ感想欄などに書いて頂けると嬉しいです」
柚希「そして、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、こちらも書いて頂けるととてもありがたいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「そうだな」
政実・柚希「それでは、また次回」


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第22話 春風と共に訪れた出会いと癒しの霊鳥

政実「どうも、好きな鳥は雀の片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。たしかに雀の囀りってなんだか安心するし、平和って感じで良いよな」
政実「うん、そうだね。ただ、雀が大量に留まってる下はあまり通りたくないけどね」
柚希「だろうな。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第22話をどうぞ」


 辺りを白く染めていた雪も融け、春らしいポカポカとした陽気の中で蝶や桜の花弁が舞い踊るようになったある春の日の朝、いつものように朝食の準備をするために少し大きめな欠伸をしながら『絆の書』を片手に一階へ向けて階段を下りていたその時、居間から神様モードの姿をした天斗伯父さんが出てくるのが目に入ってきた。

 

 朝から神様モードなんてなんだか珍しいけど、天上の方で何かあったのかな?

 

 そんな事を考えながらそのまま階段を下りていくと、下りる音に気づいた天斗伯父さんがこちらに顔を向け、ニコニコと笑いながらペコリと頭を下げた。

 

「柚希君、おはようございます」

「おはようございます、天斗伯父さん。神様モードだなんて珍しいですけど、天上の方で何かあったんですか?」

「あ、はい。実は……先程、向こうの部下からちょっとある連絡を受けまして、話を聞く限りだと、どうやら私が行かないといけない物らしいので、今から行ってくるところだったんです」

「なるほど……こっちの仕事が会社の創立記念日で休みだと思ったら、向こうの仕事が突然入ってくるとは……天斗伯父さんも大変ですね」

「ふふ、確かにそうですが、こっちの仕事もあっちの仕事も私にとっては等しく大事ですし、慣れているので平気ですよ。さて……それでは、早速行ってきますね。恐らく、帰ってくるのはお昼頃になると思うので、家の鍵は掛けていって下さい」

「分かりました。それじゃあ、行ってらっしゃいです、天斗伯父さん」

 

 その言葉に頷き、「行ってきます」と微笑みながら言うと、天斗伯父さんはゆっくりと玄関へ向けて歩いていき、静かにドアを開けて外へと出ていった。

 

「向こうでの仕事か……今回のはどんな内容なのかちょっと気になるけど、それは天斗伯父さんが帰ってきてから聞けば良いか。よし……それじゃあそろそろ皆と一緒に朝食の準備を始めようかな」

 

 そして、キッチンへ向けて歩きながら『絆の書』の表紙に手を置いた後、俺は皆を外へ出すために魔力をゆっくりと注ぎ込んでいった。

 

 

 

 

『いただきます』

 

 天斗伯父さんが出発してから約一時間後、皆で協力して朝食を作り上げ、居間のテーブルに並べ終えた後、声を揃えて食事の挨拶をし、俺達は朝食を食べ始めた。そして、食べ始めてから数分後、鎌鼬(かまいたち)風之真(かざのしん)が不思議そうに小首を傾げながらポツリと独り言ちた。

 

「それにしても……天斗の旦那はいってぇ何の用事で朝っぱらから呼び出されたってんだろうかねぇ……?」

「さてな……ただ、天斗伯父さんが行かないといけない物となると、それだけ難しい問題かそれだけの立場のモノから呼び出されたからなんだろうけど……義智(よしとも)やヴァイスはこの件について心当たりとか無いか?」

「……無いな」

「申し訳ありませんが、私にも心当たりはありませんね……」

「そっか……」

 

 部署の違いとか仕事内容の違いはあっても、同じ天上での仕事をしていた義智達なら何か知ってるかなと思ったんだけど……まあ、心当たりが無いって言うなら仕方ないよな。

 

 義智達の回答を聞いてそんな事を思っていた時、義智は小さく溜息をつくと、どこか諭すような調子で話し掛けてきた。

 

「……それよりも、お前も今年で小学校を卒業するのだから、少しずつでも将来の進路について考えておけ。ボーッとしていると、あっという間に学生生活が終わってしまうのだからな」

「それもそうだな……まだ明確には決めてなかったし、そろそろ決め始めておいた方が良いかもな」

「明確にはってぇ事は……何となくなら何をやりたいかは決まっているってぇ事かぃ?」

「ああ、今のところは高校で色々な社会的なスキルを身に付けて、その上で就職をしようかなと思ってるよ」

「へえ……就職だなんてなんか意外かも。柚希の事だから、将来はまだ見ぬ人ならざるモノ達を求めて世界中を旅するかそういうモノ達の事を文献か何かにまとめるような仕事をしたいって言うもんだと思ってたよ」

「あはは、それはそれで楽しそうだけど、やっぱり俺は天斗伯父さんにこれまでお世話になった分の恩返しがしたいんだよ。そして、最終的には天上での仕事の手伝いが出来るまでになる。それが新しく出来た俺の目標かな」

 

 ニッと笑いながら今の自分の思いを口にすると、義智は白澤のお面越しに真剣な眼差しを俺に向けながら静かに口を開いた。

 

「……柚希、それが今のお前のやりたい事、なのだな?」

「ああ。まあ、これからの人生の中で多少変化する事はあるだろうけど、天斗伯父さんに何らかの恩返しをしたいという気持ちは絶対に変わらないよ。天斗伯父さんが俺の伯父さんとしてこの世界に来てくれたからこそ、父さん達を交通事故で亡くしても俺はこうして幸せな毎日を送れているんだからな」

「……そうか。ならば、我から言う事は無い。だが、その思いだけは絶対に手放すなよ?」

「ああ、もちろん!」

 

 俺の言葉に満足げな様子を見せる義智に対して大きく頷きながら答えていたその時、それを見ていた雪女の雪花(せっか)がクスクスと笑い始めた。

 

「今の義智さん、なんだか柚希のお父さんみたいだったね」

「義智が父親かぁ……それはそれで面白そうだけど、俺の父さんは亡くなった父さん一人だけだし、どちらか言うなら歳の離れた兄貴みたいな感じだな。まあ、それにしては本当に離れてるけどさ」

「年齢……そういえば、今まで義智さんのお歳って聞いた事が無かったですよね」

「ん、そういやそうだな……それに、誕生日だって正確には聞いた事がねぇや。まあ、これまでは天斗の旦那が決めた日にそれらしい事はやってきたが……なあ、そこんところどうなんでぃ?」

 

 風之真からのその問い掛けに、義智はいつもと何ら変わらない調子で答えた。

 

「……さて、どうだったか。少なくとも剛虎(ガァンフー)煌龍(ファンロン)とは近かったはずだが、正確なところは我もとうに忘れたな」

「忘れたって……つまり、そんなに長く生きてるって事?」

「うむ。だが、我の年齢など些末(さまつ)な事ゆえ気にする必要は無い。たとえ気にしたとしても、我自身が忘れているのだから、正確に割り出す事すら不可能なのだからな」

「それはそうだけど……なんかそれって寂しくないか?」

「寂しさなどはない。そもそも、この世に生を受けてから、他者から誕生を祝われたり、年齢を気にされたりする事などは、これまで殆ど無かったのだからな」

「殆どって事は……今までにあった事はあったんですか?」

「……あった事はあった。だが、先程も言ったように気にする必要は無い。その大半が煌龍が剛虎達を引き連れて勝手にやって来て祝っていった物だからな……」

 

 義智が軽く溜息をつきながら言うと、それを聞いていた黄龍(こうりゅう)光龍(グァンロン)が納得顔で頷いた。

 

「……なんか容易に想像がつくなぁ、その光景。父さん、誰かを祝う事が本当に好きだから、知り合いのそういう話を聞きつけたら、すぐに祝いの品を持って駆けつけるんだ。んで、その会場でまた知り合いを増やすから、今では色々な神様と知り合いなんだぞっていつも自慢げに言ってたよ」

「……なるほど。だから、四神の試練の後の食事会とか今年の新年会もあんなにはりきってたのか」

「あー……たしかにあの時は豪華絢爛(ごうかけんらん)って言葉がピッタリ合う感じだったよね。今まで見た事が無いような料理も結構並んでたし、どの料理も本当に美味しかったから」

「たしかになぁ……柚希の旦那、旦那も色々と料理の勉強にはなったんじゃねぇのかぃ?」

「うーん……なった事はなったけど、流石にアレを作るとなると結構難しいぞ? 材料の事もそうだけど、技術面も俺はまだまだだし。まあ、天斗伯父さんなら作れるかもしれないけどさ」

「ははっ、違ぇねぇや! だが、俺は柚希の旦那の作る料理も好きだぜ? 柚希の旦那の作る料理は、食ってると心の奥がポカポカとしてくるからな!」

「風之真……」

「へへっ、これからも美味くて心の奥がポカポカとしてくる料理を頼むぜ? 柚希の旦那」

「ああ、任せとけ!」

 

 ニッと笑いながら言う風之真の言葉に親指を立てながら答えた後、俺は皆と一緒に再び朝食を食べ始めた。

 

 心の奥がポカポカとしてくる料理、か……個人的には天斗伯父さんや『あの人』に比べればまだまだだと思ってたけど、食べてくれる側からそう言ってもらえると、やっぱり嬉しいよな。

 

「……それなら、俺は俺らしい料理を目指して、これからも頑張ってみるかな」

 

 咀嚼(そしゃく)していた物をゴクンと飲み込んだ後、俺は微笑みながら小さな声で独り言ち、俺の料理を美味そうに食べてくれる皆の顔を見ながら再び料理を口に運んだ。

 

 

 

 

「……よし、これで戸締まりは大丈夫そうだし、そろそろ行くとするか」

 

 約一時間後、朝食の後片付けを皆と協力して済ませ、家の中の戸締まりを確認してそう独り言ちた後、俺は居間のソファーに置いておいたランドセルを取りに行った。すると、点けっぱなしになっていたテレビの画面には、今日一日の星座占いの結果が映し出されていた。

 

 占いか……まあ、完全に信じてるわけじゃないけど、参考にする程度なら良いかもしれないな。

 

「……えーと、俺の星座は……あ、これだ」

 

 そして、俺の星座の欄を見ると、そこには──。

 

「『出会いの季節らしく、新しい出会いがあるかも。もし出会いがあったら、その出会いは大切にするべし』……か。他の人ならたしかに春は出会いと別れの季節なんてのが合うかもしれないけど、俺の場合は『(えにし)』があったからかこれまで最低でも一年に四回は新しい出会いがあったから、出会いの季節だからみたいなのはたぶん当てはまらないんだよな……」

 

 ……けど、この出会いというのが、まだ『人ならざるモノ』との出会いとは限らないし、もしも夕士達や金ヶ崎達のように新しい人間の友達との出会いになるなら、それはたしかに大切にしないといけないよな。

 

「……まあ、それに関しては出会ってからのお楽しみという事で、まずは学校に行くか。今日は小学校最後の始業式だから、遅れるわけにもいかないしな」

 

 占いの内容をそう結論づけた後、テレビの電源を消し、ランドセルをしっかりと背負った。そして、玄関へ向かって歩いていき、ドアを開けようとしたその時、ドアの向こうから夕士と長谷の波動を感じ、俺はクスリと笑いながらゆっくりとドアを開けた。

すると、そこには感じ取った通り、笑みを浮かべる夕士達の姿があった。

 

「おはよう、二人とも。待たせちゃったみたいでゴメンな」

「おはよう、柚希。俺達も今来たところだから、別に謝る必要は無いぜ」

「そうだな。そしておはよう、遠野」

「うん、おはよう。さて……それじゃあ行くか、二人とも」

「おう!」

「ああ」

 

 二人の返事を聞いた後、俺達はゆっくりと歩き出した。そして他愛ない話をしながら学校へ向けて歩いていたその時、少し離れたところから妖力と霊力の気配を感じた。

 

 妖力と霊力の気配……二つの気配が同じ方からする辺り、たぶんこの二つの気配の主は同一人物で、弱いとはいえ只者では無いんだろうけど……一体どんな奴なんだ?

 

 そんな疑問を抱きながらもそれを夕士達に悟られないように夕士達の話に相槌を打ちながら歩き、近くにあった曲がり角を曲がったその時、少し先の方に赤いランドセルを背負った黒いポニーテールの少女が辺りをキョロキョロと見回しているのが見えた。

 

 ……どうやら、さっきから感じてる力の気配はあの子から発せられているみたいだな。ただ、何かを探してるように見えるけど、一体何を探してるんだ?

 

 そんな疑問を抱きながらその子を見ていると、同じようにその子を見ていた夕士が不思議そうに首を傾げた。

 

「あの子……この辺では見掛けない顔だけど、何かあったのかな?」

「キョロキョロとしてる辺り、何かを探してるみたいだが……二人とも、どうする?」

「んー……時間はまだあるし、とりあえず話を聞きに行こうぜ? あの子の悩みが俺達に解決できる事かは分からないけど、話を聞く事くらいは出来るからさ」

「俺も柚希に賛成だ。それに、困っている人を放って置くわけにもいかないしさ」

「……分かった。それじゃあ行くか」

 

 その長谷の言葉に頷いた後、俺達はゆっくりとその子へと近付き、その子が発する困惑と不安の波動を感じながら静かに声を掛けた。

 

「あの……ちょっと良いかな?」

「……えっ!?」

 

 俺の声にその子は体をビクリと震わせながら振り向いたが、声を掛けてきたのが自分達と同じくらいの子供だと分かった瞬間、胸に手を当てながらとてもホッとした様子で息をついた。

 

「……ビックリしたぁ。いきなり声を掛けられたから一体誰かと思ったよ……」

「あー……それはゴメン。けど、何だか困っている様子だったから、何か手伝えないかなと思ってさ」

「……あ、そうだったんだね。うん、君の予想通り、ちょっと道が分からなくて困ってるところだったんだ……」

「道が……?」

「うん……実は私、家の事情で一週間ほど前にこの近くに引っ越してきて、それで今日からこの辺にある学校に通う事になったんだけど、その学校の場所をど忘れしちゃったんだよね。それで、どうしたら良いかなと思って困ってるところだったんだ……」

「なるほど……それで、その学校の名前は?」

 

 長谷の問い掛けに少女は不安げな表情のまま学校名を答えた。すると、少女が答えた名前は、俺達が通っている学校と同じ名前だったため、俺達は安心感を覚えながら揃って息をついた。

 

 良かった……他の学校だったら、最悪遅刻も覚悟しなくちゃいけなくなったかもしれないけど、同じ学校なら連れて行くだけで済むもんな。

 

 そう思いながら少女に説明をしようとしたその時、夕士がスッと一歩前に進み出たかと思うと、少女に対してニッと笑いながら優しい声で話し掛けた。

 

「それなら、俺達と一緒に行こうぜ。その学校、俺達が通ってる学校と同じだからさ」

「え、それは助かるけど……でも、本当に良いの……?」

「ああ、もちろん。二人もそれで良いよな?」

「……愚問だな」

「ああ、全くだ。そんな話を聞いて、俺達が断るわけないだろ?」

「……へへ、ありがとな!」

 

 俺達の返事に夕士は嬉しそうな笑みを浮かべながら礼を言うと、少女の方へ向き直り、ニッと笑いながら話し掛けた。

 

「という事で、早速行こうぜ? このまま立っていても遅れちゃうだけだしさ!」

「あ……う、うん! ありがとうね、えっと……」

「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は稲葉夕士(いなばゆうし)、そして、こっちの二人が俺の幼馴染みで親友の長谷と柚希だ」

長谷泉貴(はせみずき)だ。出来れば、苗字の長谷で呼んでくれるとありがたい。これからよろしくな」

「そして、俺は遠野柚希(とおのゆずき)だ。遠野でも柚希でも好きな方で呼んでくれていいぜ」

「夕士君に長谷君、それに柚希君だね。私は狐崎朝香(きつねざきあさか)、この春から六年生になるんだ! 三人ともこれからよろしくね」

「六年生……って事は、俺達と同い年だな!」

「あ、そうなんだ! わぁ……それじゃあもしかして同じクラスになるかもしれないね!」

「ははっ、かもな。さて……それじゃあ行こうぜ、皆」

「「ああ」」

「うん!」

 

 夕士の言葉に揃って返事をした後、俺達は学校へ向かって歩き始めた。そして歩き始めてから数分後、「……ん、そういえば……」とふと何かに気付いたような声を上げると、夕士は少し不思議そうな様子で狐崎に話し掛けた。

 

「なあ、朝香。さっき、家の事情で引っ越してきたって言ってたけど、それって親の仕事の都合みたいな奴なのか?」

「……ううん、違うよ。実はね、私のお父さんとお母さんは一月前に亡くなったんだ」

「亡くなったって……一体どうして?」

「……病気。お父さん、元々持病があったみたいで、お母さんはそれをどうにかしようと必死になって色々と調べてたんだけど、結局お父さんはその持病の悪化で亡くなって、お母さんもその後を追うようにしてその間に罹っていた別の病気で亡くなったの。

それで、最初は親戚の誰かのところにお世話になるっていう話になったんだけど、その親戚が全員引き取る事に反対して、それでたらい回しにされそうになったところをお父さん達の昔からの知り合いの人がそれならウチで面倒を見るって言ってくれて、今はその人の家でお世話になってるんだ」

「そっか……なんかゴメン、辛い事を訊いちゃったよな」

「ううん、気にしないで。それに、今の生活もスゴく楽しいから。家も和風のお屋敷でスゴく広いし、書庫にも色々と珍しい本があるから、毎日退屈しないしね」

「へえ……書庫なんてあるのか」

「うん、まだ全部は読めてないけど、なんでも世界中から集めた本があそこにはあるみたいで、中には色々な曰く付きの本もあるって言ってたよ」

「曰く付きの本って……それ、大丈夫なのか?」

「うーん……大丈夫じゃないかな? その人、(もみじ)さんが言うには、しっかりとお祓いはしてるから読んだところで何か起きる事は無いみたいだし、私も一冊読んでみたけど、特に何も起きてないしね」

「そっか……それなら良いけど」

 

 曰く付きの本か……その曰くの種類によって危険度はガラリと変わるけど、たしかに狐崎自身からは何かが憑いてるような感じはしないし、本人が言うように大丈夫なのかもな。

 

 狐崎の話からそんなことを考えていたその時、どこからか妖気が漂ってくるのを感じ、俺は夕士達に気付かれないようにしながら周囲の様子を探った。

 

 ……恐らくだけど、妖気の主は二人。幸い波動から敵意みたいなのは感じないけど、少なくとも警戒はされてるみたいだな。問題はどんな理由があってここにいるかだけど……本人達に訊かない限り、それは分からないよな。

 

 漂ってくる妖気の主に注意を払いながら、『絆の書』の皆に相談をするために『伝映綱(でんえいこう)』を繋げようとしたその時、突然気配の主たちから感じてた警戒心がスッと消えると、それと同時に漂っていた妖気もゆっくりと消えていった。

 

 ……どうやらいなくなったみたいだな。けど、妖気の主達の目的は一体何だったのかは分からないままだし、一応『絆の書』の皆や天斗伯父さんにもこの事は言っておいた方が良いかもしれないな。

 

 妖気の主たちについてそう結論づけた後、俺は歩きながら『伝映綱』を繋ぎ、『絆の書』の皆にさっきの事を話しながら楽しそうに話を続けていた夕士達の会話に混ざっていった。

 

 

 

 

 数分後、学校に着いた俺達は職員室に用がある狐崎と別れ、話をしながら俺達の教室へと歩いていった。そして、教室に入った瞬間、窓際で海野(うんの)由利(ゆり)と話をしていた雪村がバッと俺達の方に顔を向けると、少し興奮した様子で俺達へと近付いてきた。

 

「お前達、もう聞いたか!?」

「聞いたって……何をだ?」

「何って転校生だよ、転校生! それもかなりの美少女で、ウチのクラスと隣のクラスに一人ずつ来るって話だぜ!?」

「転校生……ああ、その一人にならさっき会ったぜ? この学校の場所をど忘れしたって言うから、三人で案内しながら一緒に登校してきたんだ」

 

 すると、雪村はとてもショックを受けた表情を浮かべながらゆっくりと後退った。

 

「お前達……噂の転校生と仲良く登校してきたのか……!?」

「まあな。活発的で人懐こそうな感じだったし、あれならすぐに友達も出来るんじゃないか?」

「そうだな。話した感じだと裏表が無い性格みたいだし、男子女子両方から好かれそうだったよな」

「ははっ、違いないな」

 

 先程出会った狐崎の事を思い出しながら話をしていたその時、雪村は突然膝からガクンと崩れ落ちると、俯きながらとても悔しそうに声を上げた。

 

「……くそっ、何故だ! 何故、お前達だけそんなに美少女と出会えたり仲良く出来たりする機会が多いんだよ! 柚希の金ヶ崎しかり五年の時の臨海学校の件しかり!」

「あのさ……金ヶ崎に関してはお前だって仲良いし、臨海学校の時はお前だって見てたろ?」

「いいや、違う! たしかに、あの肝試しの時や遠野で偶然会った時の事を含めれば、俺も金ヶ崎とは仲が良いと言えるかもしれない。だが、お前は明らかに金ヶ崎から惚れられてるし、お前だって前よりは金ヶ崎の事が気になってるんじゃないのか!?」

「それは……まあ、否定しないけどさ」

 

 すると、それを聞いた夕士と長谷が少し驚いたような表情を浮かべながら顔を見合わせた。

 

「意外だな……柚希が否定しないなんて……」

「ああ……いつもの遠野だったら、ここでやんわりと否定するところなのにな……」

「そうだよな……なあ、もしかして何かそう思うだけの出来事でもあったのか?」

「……去年、煌龍さんと話した時に少なくとも金ヶ崎の事を意識しているんだろうと思っただけだよ。それより……女子から好かれるという点では、さっきの夕士だって負けてないんじゃないのか?」

 

 ニッと笑いながら長谷に視線を向けつつ言うと、長谷は一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、すぐに俺の考えが分かった様子でコクリと頷き、夕士の肩に手をポンと置きながら悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

 

「それもそうだなぁ……何せ、困っていた狐崎に対して俺達よりも先に一緒に行かないかと声を掛けたり、まるで不安を無くさせるかのように積極的に話し掛けていたもんなぁ」

「……へ? いや、それはその通りだけど……でも、そんなんで別に女子から好かれるなんて事は──」

「いやいや、それを自然に出来てる時点でスゴいんだぜ? なあ、長谷?」

「ああ。それに、狐崎からすれば転校初日で困っているところに優しい男子が助けてくれたわけだし、これがきっかけで稲葉の事を意識し始める可能性は充分にあり得るよなぁ……」

「おやおや……幼馴染みとしてそれはちょっと気になる話ですなぁ……。まあ、気になってるのはたぶん俺達だけじゃ無いと思うけど……?」

 

 チラリと雪村を見ながら言うと、雪村はにいっと笑いながら大きく頷き、長谷と同じように夕士の肩に手をポンと置いた。

 

「ああ。柚希の件も気にはなるけど、こっちはこっちでちょっと話がしたいところだな」

「あ、えっと……」

「さあ、色々と話してもら──」

 

 その時、スピーカーからタイミング良くチャイムが鳴り出し、雪村は少し悔しそうにスピーカーに視線を向けた。

 

「くっ……ちょうど話を聞こうとしたタイミングで鳴り出すなんて……」

「まあ、時間ならしょうがないさ。それに、同じクラスなんだから訊く機会なんて幾らでもあるだろ?」

「うーん……まあ、それもそうか。よし……それじゃあ今日の放課後にまた訊く事にしよう!」

「え……ほ、ほんとに訊くつもりなのか……?」

「おう、もちろんだぜ! という事で……また後でな、お前達!」

「ああ、また後でな」

「おう、また後で」

「ま、また後で……」

 

 いつも通りの調子で返す俺と長谷、そして少し暗い表情で返事をする夕士に対してニッと笑うと、雪村は鼻歌を歌いながら自分の席へ向かって歩いていった。

 

 ……さて、俺もそろそろ自分の席に──。

 

 そんな事を考えながら歩き始めようとしたその時、突然肩をガッと掴まれ、俺はそちらに視線を向けた。すると、夕士が恨めしそうな視線を向けながら肩を掴んでいる姿が目に入ってきた。

 

「夕士、どうした? そんな死んだ魚のような目をして……」

「どうした、じゃないだろ……なんであそこであんな話題を出したんだよ……」

「なんでって……そんなの決まってるだろ? 雪村が狐崎について知りたがってたから、それに関連した話題を提供しようと思ったからだよ」

「だからって、今のは話す必要なかっただろ……それに、長谷もなんだかノリノリで話してたし……」

「ふふ……良い話題があったら提供したくなるのは当然だろう? まあ、これからも遠野と一緒に稲葉と狐崎の件については温かい目で見守っていてやるよ」

「いや、だから……俺と朝香はそんなんじゃないし、朝香だって俺の事は友達くらいにしか思ってないって……」

「いやいや、長く付き合っていく内に友情が愛情に変わるパターンなんていくらでもあるぜ? ほら、遠野と金ヶ崎が良い例だろ?」

「そうそう、俺と金ヶ崎が──って、俺と金ヶ崎だって別にそういう関係ではないからな!? あくまでも少し意識はしてるかなっていうだけで──」

「はいはい。まあ、とりあえず俺達も席に着こうぜ。早く席に着かないと担任に怒られるしな」

「……そうだな」

「……ああ」

 

 正直な事を言えば、まだ少し納得は出来ていなかったが、長谷の言葉はもっともだったため、俺達は一度この話を止め、黒板に貼られていた座席表通りに座った。そしてそれから数分後、廊下の方から二人分の足音と微かな()()()()()を感じ、俺はその気配に少しだけ警戒心を抱いた。

 

 登校中に妖気を感じたと思ったら、今度は魔力か……まあ、力自体はまだ弱いみたいだけど、魔力の主がどんな奴かは分からないし、警戒だけはしておいた方が良いよな。

 

 そんな事を考えながら警戒心を強めた後、廊下から聞こえてくる足音に注意を向けていると、足音が止むと同時に教室の前の方にあるドアがガラッという音を立てながら開いた。

そして、出席簿を持った担任の先生がゆっくりと教室へ入って来たが、先生の目はどこかとろんとしており、微かに魔力の気配を漂わせていた。

 

 ……この感じ、前に天斗伯父さんが持ってる本で読んだ『魅了(チャーム)』の特徴に似てるな。という事は、もう一人の転校生はそういう魔術の使い手って事になるけど、それを先生に掛けた理由は一体何だ……?

 

『魅了』が掛かっていると思われる先生の様子に注意を向けていたその時、廊下からパチンという音が聞こえたかと思うと、先生は突然ハッとしたような表情を浮かべ、それと同時に先生から漂っていた魔力の気配は消えていった。

そして、先生は少し驚いたような表情を浮かべながら俺達を軽く見回した後、不思議そうに首を傾げてから静かに口を開いた。

 

「えーと……皆さん、おはようございます。今日から皆さんも6年生になるわけですが、自分達はこの学校の最高学年なのだという自覚を持って学校生活を送るようにして下さい。良いですか?」

『はい!』

「はい、よろしい。さて……たぶんもう知っている人もいるかと思いますが、今日からこのクラスに転校生が来ます。学区の都合などで人によってはこの一年しか一緒にいない人もいるかもしれませんが、それでも転校生の子が楽しい学校生活を送れるようにしていきましょう」

『はい!』

「……では、そろそろ入って来てもらいましょう。夜野(やの)さん、入って来て下さい」

「はい」

 

 先生の言葉に答えると、廊下から色白で艶々とした長い銀髪の少女がゆっくりと教室内へと入って来た。そして、その姿に教室中からざわめきが起こる中、夜野がこちらに顔を向けた瞬間、クラスメート達から漏れていたざわめきの声は止み、それと同時にクラスメート達からさっき先生から漂っていたのと同じ魔力の気配が漂い始めた。

 

 ……夜野がこっちを向いた瞬間にこうなったという事は、夜野の顔を見るか目を見ると『魅了』の魔術に掛かると見て良さそうだな。ただ、俺を含めて何人かは『魅了』に掛かっていないようだけど……。

 

 軽く教室内を見回してみると、クラスメート達が『魅了』に掛かっている様子を不思議そうな表情で見回す夕士や夜野の事を興味深そうに見つめる長谷、そして夜野の姿に目を輝かせる雪村やどこか困惑したように周囲の様子を窺う由利と海野と先生の姿が目に入ってきた。

 

 夕士と長谷が『魅了』に掛かっていないのは、恐らくウチによく遊びに来てる分、『能力(ちから)』が開発されていたり、俺や本人が気付いていないだけで内に眠る霊能力のような物が目覚め出したりした事で、それの影響で多少の魔術になら 耐性が出来たからと考えられるし、雪村は河童(かっぱ)青吉(せいきち)から貰った腕輪の影響で掛かっていなく、先生はたぶんさっき掛かったから今度は掛からなかったんだろう。

けど、由利と海野が掛かっていない理由だけはまったく分からないんだよな……もしかして、由利と海野も金ヶ崎や雪村みたいに人ならざるモノとの関わりがあったりするのかな……?

 

 夜野に視線を戻しながら由利と海野が『魅了』に掛かっていない理由を考えていたその時、夜野は静まり返った教室内を見回し、ハッとした表情を浮かべると、慌てたように右手でパチンと指を鳴らした。

すると、『魅了』に掛かっていたクラスメート達が一斉にハッとした表情を浮かべ、それと同時に漂っていた魔力の気配が消えていった。

 

 なるほど……今のが『魅了』を解く方法なのか。そして……さっきの夜野の様子から考えるに、あの『魅了』は掛けたくて掛けているわけでは無さそうだな。掛けたくてやっているのならわざわざ解く必要なんて無いしな。

 

 そう思いながら夜野の様子を観察していると、夜野はクラスメート達に掛かっていた『魅了』の魔術が解けた事に安堵したように笑みを浮かべた後、黒板の方へクルリと振り返り、白いチョークを一本取って自分の名前を書き始め、書き終えると同時に静かに振り返ってペコリと頭を下げた。

 

「初めまして、皆さん。私の名前は夜野翼(やのつばさ)といいます。先程、先生が仰っていたようにこの中にはこの一年しか共に学ぶ事が無い方もいらっしゃると思います。

ですが、だからこそ私はこのクラスの皆さんとの絆を深め、この一年を将来一生の宝だと誇れるような一年にしたいと考えています。こんな私ですが、仲良くして頂けると嬉しいです。これからよろしくお願い致します」

 

 そう言い終え、もう一度夜野がペコリと頭を下げると、クラスメート達からパチパチパチと拍手の音が上がり、夜野は少しホッとしたように顔を上げた。そして、拍手の音が止むと、先生は夜野に視線を向けながらニコリと笑った。

 

「はい、ありがとうございます。さてと……夜野さんの席は──あ、あそこの長谷君っていう子の隣なので、あそこに座って下さいね」

「はい、分かりました」

 

 夜野は先生の言葉に静かに頷くと、クラスメート達からの視線を浴びながら長谷の席へと近づき、その隣に座ると、ニコリと笑いながら長谷に話し掛けた。

 

「これからよろしくお願い致しますね、長谷君」

「ああ、こちらこそよろしくな、夜野」

「ふふ……はい」

 

 優しげな笑みを浮かべる長谷の言葉に対して柔らかな笑みを浮かべながら夜野が答えていると、そんなとても絵になる二人の姿にクラスメート達からは溜息が漏れ、俺と夕士はそんなクラスメート達の様子に顔を見合わせながらクスリと笑った。

 

 まあ、長谷と夜野はどっちも整った顔付きをしてるわけだし、クラスメート達の反応も分からなくは無いよな。

 

 そんな事を思いながら楽しそうに話す長谷と夜野の方へ視線を向けていると、俺の視線に気付いた様子で夜野がこちらに顔を向け、兎のように赤い目でジッと俺の事を見つめ始めた。そして、しばらく見つめたかと思うと、何か納得した様子で軽く頷き、再び長谷の方へ顔を戻した。

 

 ……今の感じ、俺がこっちを見ているのを見て、『魅了』にまだ掛かっているかを確認してる感じだったな。まあ、天斗伯父さんの話によれば、俺は『力』の影響でそういう魔術なんかには耐性があるらしいから、まったく掛からなかったんだけどな。

 

 そんな事を思いながら先生の方へ視線を戻すと、先生はニコニコと笑いながら俺達の事を見ていた。そして、他の生徒達の視線も先生の方へ向くと、先生は「さて……」と言ってから俺達の事を軽く見回しつつ言葉を続けた。

 

「それでは、そろそろ始業式が始まるので、これから体育館へ移動します。皆、静かに廊下へ並んで下さいね」

『はい!』

 

 声を揃えて返事をした後、クラスメート達は静かに席を立ち、次々と廊下へと出ていった。

 

 俺とどこか似た境遇の狐崎に『魅了』の魔術を掛けられる瞳を持った夜野、か……。どうやら、朝の星座占いは大当たりだったみたいだな。

 

 出てくる前に見た星座占いの内容を思い出しながらクスリと笑った後、俺はクラスメート達がぞろぞろと出ていくのに続いて廊下へと出ていった。

 

 

 

 

 始業式後、教室に戻った俺達は先生が話す明日についての連絡事項を聞いていた。そして、連絡事項を話し終えると、先生は軽く俺達を見回してからニコリと笑った。

 

「……はい、それでは今日はこれで終わりです。皆、午前中で学校が終わったからといって、あまり浮かれずに気をつけて下校してください」

『はい!』

 

 俺達が声を揃えて返事をすると、先生はニコリと笑いながらコクリと頷き、出席簿を持ってゆっくりと教室を出ていった。そしてそれと同時に、クラスメート達は興味津々といった様子で夜野のところへと集まり、次々と質問をしていった。

 

 あはは……夜野も大変だけど、その隣の長谷も大変だな。まあ、質問タイムもそんなに長くは掛からないだろうし、とりあえずあれが終わるのを待って、終わったら長谷に声を掛けにいくか。

 

 少し困ったような笑みを浮かべる夜野とその様子をニコニコと笑いながら見ている長谷の姿を見つつ帰り支度をしながらそんな事を考えていると、突然肩をポンッと叩かれ、俺はそちらに視線を向けた。すると、苦笑いを浮かべている夕士の顔が目に入り、俺はクスリと笑いながら夕士に話し掛けた。

 

「長谷も大変そうだよな。夜野への質問タイムが終わるまでこっちに来られなそうだしさ」

「まあな。けど、長谷も夜野の話を楽しそうに聞いてるみたいだし、良いんじゃないか?」

「ふふ、そうだな。けど、あの笑顔の裏では一体何を考えてるんだろうな」

「さあ……夜野の容姿を褒めてる可能性はあるけど、もしかしたら夜野の事を面白い奴って思ってるかもな。ほら、夜野が自己紹介をする前、皆が夜野の事を見てボーッとしてたから、それで興味を持ったとかでさ」

「……ああ、あり得るな。けど、お前と長谷、雪村に海野や由利はそんな事無かったみたいだな。まあ、先生は入ってくる時に同じようになってたから、あえてカウントしないけどさ」

「あはは、そうだな。たしかに夜野はスゴく美人だと思うけど、皆みたいにボーッとするような感じではなかったかな。ただ……」

「ただ?」

 

 俺が首を傾げながら訊くと、夕士は不思議そうな様子でそれに答えた。

 

「夜野がこっちを向いて、『あ、美人だな』と思った瞬間、頭の中で声が聞こえたような気がするんだよ。『魅了されるな』って、俺の声みたいな感じの声が、さ……」

「魅了されるな、か……まあ、あの時の皆の様子を見てると、たしかに魅了という言葉がピッタリ合う感じだったよな」

「だな……けど、あの声は一体何だったんだろうな?」

「……さてな」

 

 首を傾げながら訊いてくる夕士に対して頬杖をつきながら心当たりが無い様子で答えたが、頭の中にはもしかしたらという答えが一つだけ浮かんでいた。浮かんでいた答え、それは夕士の心のエコーだ。

本来ならば、夕士が自分の心のエコーを初めて聴くのは、高校生になってから起きる『ある出来事』の時なんだが、もし俺の家に遊びに来ている事がきっかけで、さっき考えたような事が起きているのなら、心のエコーを聴いたのも納得がいく。

長谷に関しては未知数だが、夕士に関しては原作においてそういう環境に数ヶ月いただけでヒーリングの能力に目覚める程の素質を持っていたからだ。

 

 ……もし、この考えが合っていたとしたら、夕士は原作よりも早い段階で自分の力を高め、あのとても愉快な妖魔達と上手くやっていきそうな気がするな。

 

 その光景を想像して思わず口元を綻ばせていたその時、「よっ、お前達!」という声が聞こえ、俺達が揃って顔を向けると、そこにはランドセルを背負いながら楽しそうな笑みを浮かべる雪村と苦笑いを浮かべている由利と海野の姿があった。

 

「お前達か。もしかしてこれから夕士の尋問タイムだったか?」

「んー……夕士がそうしたいならそうしても良いけど、どうする?」

「……いや、そう訊かれてやりたいなんて言うわけ無いだろ……」

「あはは、だよな。まあ、朝は放課後にお前と転校生の事についてもう少し訊くなんてつもりだったけど、今日のところは勘弁しといてやるよ。正直な事を言えば、気にならないわけではないけど、夜野の方も気になるからさ」

「あ、やっぱりか」

「当然だろ? まあ、夜野が美人だからっていうのもあるんだけど、実はもう一つ気になる事があるんだよ」

「気になる事って、夜野がこっちを向いた瞬間に皆がいきなりボーッとし始めた事か?」

 

 俺の問いかけに雪村は頷きながら答えた。

 

「ああ。いくら夜野が美人だからといって、俺達や先生を除いた全員がいきなりボーッとし始めるなんてやっぱり変だろ? それに、夜野がこっちを向いた瞬間、この腕輪も何だか軽く熱くなったし……」

「腕輪……たしか小さい頃に友達から貰った物なんだっけ?」

「ああ、そうだ。まあ、さっき熱くなったのはこの腕輪が俺に活を入れてくれたからだと思ってるよ。美人に見とれてばっかりいるな、しっかりしろ、みたいにさ」

「なるほどな。そういえば……由利と海野もボーッとしてなかったよな」

「ん……まあな」

「さっきは本当にビックリしたよな。いきなり教室が静まり返るもんだから、何かあったかと思ったぜ」

「あはは、まあな。けど、皆すぐに元に戻ってたし、あまり気にしなくても良いかもしれないな」

「かもな」

 

 笑い合いながらそんな事を話していたその時、「……あ、いた!」ととても嬉しそうな声が廊下から聞こえ、俺達はそちらに視線を向けた。すると、そこには嬉しそうに夕士に視線を向ける狐崎と狐崎に手を固く繋がれながら少し気恥ずかしそうに俺に視線を向けている金ヶ崎の姿があった。

 

 ……そういえば、狐崎は隣のクラスに転校生として来たんだったな。けど、金ヶ崎まで連れて一体何の用なんだ……?

 

 そんな疑問を抱きながらランドセルを背負った後、夕士達と一緒に狐崎達へ近付くと、夕士は首を傾げながら狐崎に話し掛けた。

 

「狐崎、俺達に何か用か?」

「うん! せっかくだから、途中まで一緒に帰ろうかなと思ってね。ねっ、雫ちゃん!」

「う、うん。あ……もちろん、柚希君達が迷惑じゃなければだけど……」

「迷惑って事は無いけど、帰れるのはたぶんもう少し後になるぜ? 今、長谷を待ってるとこだったからさ」

「長谷君を……?」

 

 狐崎は首を傾げながら教室内を覗き込み、未だに質問をされている夜野とそれを静かに聞いている長谷の姿を見ると、納得顔で頷いた。

 

「あ、なるほどね。けど……翼ちゃん、スゴい人気だね」

「ああ、そうだけど……あれ、夜野の事を知ってるのか?」

「うん。夕士君達と別れた後、職員室に行ってみたら、先に翼ちゃんが中で待ってたから、待ってる間に二人で少しお話をしたんだ」

「あ、そうだったのか」

「うん! それにしても……」

 

 そして、狐崎は笑みを浮かべながら質問に答える夜野へ視線を向けると、どこか羨ましそうな様子で小さく溜息をついた。

 

「はあ……翼ちゃんって、本当に美人さんだよねぇ。私が職員室に入った時、何人か翼ちゃんを見ながらボーッとしてたし、やっぱりあれだけ美人だと人の目を引くのかもしれないねぇ……」

「うーん……たしかにそうかもしれないけど、俺だったら夜野よりは朝香の方が良いと思うぜ?」

「……え?」

 

 狐崎が不思議そうな表情で夕士を見ると、夕士はニッと笑いながら言葉を続けた。

 

「だって、朝香みたいに明るくて活発な奴と一緒にいた方が落ち込んでる時に元気をもらえそうだし、接しやすい感じがするだろ? それに、朝香だって一般的に見れば、充分可愛い方だと俺は思うぜ?」

「そ、そうかな……?」

「ああ。だから、朝香はもっと自分に自信を持って良いと思う。その明るく周りを元気にする性格もその容姿もさ」

「夕士君……」

 

 夕士の言葉に狐崎が嬉しそうな笑みを浮かべながら頬を軽く赤く染める中、俺は夕士の肩に手をポンと置いた。

 

「いやぁ……そんな言葉をさらっと言えるなんて、流石は天然のイケメンですなぁ。これはもう『夕士』じゃなく、『夕士先輩』と呼ばないといけないかなぁ……?」

「いやいや、別に先輩呼びとかする必要ないから! というか、天然のイケメンって何だよ!?」

「ん? あんな感じの言葉をさらっと言えたり、今朝みたいに爽やかな笑顔を自然に浮かべられる奴の事に決まってるだろ?」

「決まってるだろって……そんな言葉今まで聞いた事ねぇよ!」

「そりゃ、そうだ。だって、俺がさっき考えたばかりの造語だからな」

「……はあ、だと思ったよ……」

 

 夕士が少し疲れた様子で溜息交じりにそう言うと、それを見ていた狐崎がクスクスと笑い始めた。

 

「ふふ、やっぱり夕士君達は面白いね。これなら毎日を楽しく過ごせそうかも」

「……はは、たしかに楽しいけど、柚希と長谷の悪ノリは結構疲れるぜ? コイツら、事前の打ち合わせとかも無しで話を合わせてくるからな……」

「ははっ、そんなの当然だろ? 入学式の日からの付き合いなんだから、言葉にしなくても何を言えば良いのかは大体分かるんだよ。それに……それはお前だって同じだろ?」

「……まあな」

 

 ようやくクスリと笑った夕士に対してニッと笑いながら頷いていたその時、「待たせたな」という声が後ろから聞こえ、俺達は同時に振り向いた。すると、そこにはランドセルを背負った長谷と夜野の姿があった。

 

「その様子だと……夜野の質問タイムは終わったみたいだな」

「ああ。ところで……狐崎や金ヶ崎までいるみたいだが、お前達は何を話してたんだ?」

「ん……ちょっと夕士先輩の口説き講座を受講してただけだよ」

「いや、だから別に口説いたりしてないって!」

「へえ……それは俺も参加したかったな」

「長谷も変にノらなくて良いから!」

「ははっ、冗談だよ。さて……それじゃあそろそろ帰るとするか。そうじゃないと、また質問タイムが始まりそうだしな」

 

 そう言いながら長谷がチラリと教室内を見るのに続いて視線を向けると、教室内ではさっきまで夜野に質問をしていたクラスメート達が興味津々といった様子で狐崎を見ており、このままだと長谷の言葉通りになるのは明らかだった。

 

「……そうだな。それに、せっかく狐崎と金ヶ崎が一緒に帰ろうって言ってくれてるわけだし、これ以上待たせるのも申し訳ないからな」

「ん……狐崎と金ヶ崎もだったのか?」

「も、って事は、もしかして……?」

「ああ。さっき、夜野からも俺達と途中まで一緒に帰りたいって言われていたんだ。まあ、断る理由も無いから、OKはしてたんだけど、問題は無かったよな?」

「ああ、もちろん」

「俺達も断る理由なんて無いしな」

「ああ、サンキューな。狐崎と金ヶ崎も良いか?」

「うん、もちろん」

「どうせ帰るなら、大勢の方が楽しいからね。私も賛成だよ、長谷君」

「分かった。二人とも、ありがとうな」

「皆さん、本当にありがとうございます」

「どういたしまして。さてと、それじゃあそろそろ──」

 

 そう言いながら夕士が歩き始めようとしたその時、「ちょっと待った!」と雪村は大声で夕士の声を遮ると、夕士の肩にポンと手を置きながら話し掛けた。

 

「夕士、俺達もお前達と一緒に帰って良いか?」

「それは良いけど……まずは海野と由利にも話を──」

「……俺達は構わないぜ、夕士。雪村のこういう行動は今に始まった事じゃないし、元々一緒に帰る予定だったしな」

「そうそう。だから、心配はいらないぜ」

「……分かった。それじゃあ一緒に帰るか」

「おう、サンキューな!」

「どういたしまして。さて……それじゃあ早速帰ろうぜ」

 

 その夕士の言葉に全員が頷いた後、俺達は揃って教室を出た。そして、下駄箱へ向かって歩いていたその時、「あっ、そういえば……」と狐崎は何かを思い出した様子で声を上げると、隣を歩く夜野に話し掛けた。

 

「ねえねえ、翼ちゃん」

「はい、何でしょう?」

「翼ちゃんの髪って、とても綺麗な銀色をしているけれど、それってお父さんかお母さんからの遺伝なの?」

「はい、そうです。これは父からの遺伝で、生まれた時からずっとこの色でした」

「そっかぁ……」

「……やはり、変でしょうか?」

「ううん、そんな事無いよ。さっきも言ったように綺麗な銀色だと思うし、落ち着いててちょっとミステリアスな雰囲気の翼ちゃんにスゴく似合ってると思う!」

「朝香さん……ふふ、ありがとうございます。ですが、私は朝香さんもとても素敵だと思いますよ」

「私……?」

「はい。朝香さんのその明るく活発な性格と可憐さ、それは私には無い朝香さんだけの魅力だと思っています。そうですよね、夕士さん?」

 

夜野から突然そう訊かれ、夕士は驚いた様子を見せながら答えた。

 

「え、ああ……そうだと思うけど、どうして俺の名前を?」

「ふふ……皆さんに自己紹介をした後、長谷さんから既に名前だけは聞いてたんです。それに、先程も長谷さん達との会話で名前を呼ばれていましたしね」

「な、なるほど……」

「そして、夕士さんに話を振った理由は、先程夕士さんが朝香さんに対して同じような事をお話ししていたから、そして夕士さんがこの中では朝香さんの魅力について一番理解をしているようだったからです」

「一番理解してるって……別にそんな事は──」

「……ふふっ、夕士さんはそう思わないかもしれませんが、異性から容姿や性格を褒められるのはとても嬉しい物なんですよ。それに、夕士さんも長谷さんのようにカッコいい方ですから、朝香さんからすればとても嬉しかったと思いますよ。そうですよね、朝香さん?」

「え……う、うん。実は今まであまりそういう事を言われた事が無かったから、夕士君にあんな風に言ってもらえて私はとても嬉しかったよ」

「そ、そっか……それなら良かったよ」

「うん……」

 

 狐崎の言葉に夕士がどこか気恥ずかしそうに少し赤くなった頬を掻き、狐崎が少しだけ顔を赤らめながら俯く中、俺達男子組がニヤニヤしながら顔を見合わせ、金ヶ崎達女子組が夕士達を微笑ましそうに見つめていると、その空気に耐えられなくなった夕士がわざとらしく大きな声で話し始めた。

 

「あっ、そうだ! まだ長谷と朝香以外は夜野に自己紹介をしてないし、今から自己紹介をしないか!?」

「それは良いけど……夕士、お前逃げたな?」

「に、逃げてないぞ! 俺はただ、これから一緒に学校生活を送る上で、自己紹介をするのは当然だと思っただけだ!」

「あー……はいはい、そうだな。それじゃあ夕士から自己紹介を頼むぞ」

「……ああ」

 

 夕士はまだ納得がいっていない様子で答えたが、すぐに深呼吸をして気持ちを切り替えると、ニコニコと笑いながら自分を見つめる夜野に自己紹介を始めた。

そして、それに続いて俺達も夜野に対して自己紹介をしていき、最後の金ヶ崎が自己紹介を終えると、夜野は名前と顔を一致させていくかのように名前を小さな声で口にしながら俺達を軽く見回していき、それが終わると夜野はニコリと笑いながら静かに口を開いた。

 

「それでは、私も改めて自己紹介をさせて頂きますね。私は夜野翼、出身は京都でイギリス人の父と日本人の母がいます。好きな物は和菓子と緑茶、そして友達や家族との会話で、苦手な物は辛い食べ物とニンニクを使った料理、それと雨です。皆さん、改めてこれからよろしくお願い致しますね」

「ああ、こちらこそよろしく」

「それにしても……翼ちゃん、ニンニクと雨が苦手なんて、その見た目も相まってなんだか物語に出てくる吸血鬼みたいだよね」

「ははっ、そうだな。まあ、夜野みたいな吸血鬼にだったら、血を吸われたい男なんていっぱいいそうだけどな」

「はは、違ぇねぇや」

 

 狐崎の言葉を聞き、長谷と夕士が笑いながらそんな事を言っていたその時、夜野は上品な笑みを浮かべながら静かに口を開いた。

 

「ふふ……今、朝香さんが私が吸血鬼みたいだと仰いましたけど、それは一部事実みたいな物なんですよ?」

「……え?」

「それって……どういう事だ?」

「……私の父方のご先祖様が実は吸血鬼らしく、この銀髪もこの赤い瞳もそのご先祖様から受け継いできた物だと父から聞いているんです」

「ご先祖様が吸血鬼……」

「はい。そして、受け継いだのはそれだけではなく、先程から皆さんが話題にしている現象もそうなんです」

「現象……あ、もしかしてそれって……!」

「……はい。父によれば、私の瞳には父やご先祖様と同じ『魅了』の力が宿っているらしく、何らかの力を持っているかそういった力に耐性がある人以外が私の瞳を見てしまったら、この『魅了』の力で心を奪われてしまうのだそうです」

「それじゃあ、先生やクラスの皆がボーッとしていたのも……」

「はい、その通りです。ただ、私が指を鳴らす事でそれは解除できますし、一度掛かった人は一時的に耐性が出来、半年程度は掛かる事がありません。もっとも、ここにいる皆さんは最初から掛からなかったようですけどね」

 

 その夜野の言葉に夕士と長谷は不思議そうに顔を見合わせていたが、座敷わらしの小紅(こべに)の力が宿ったペンダントを持つ金ヶ崎と河童の青吉(せいきち)から貰った腕輪を持つ雪村、そして狐崎や海野達は納得したような表情を浮かべていた。

 

 ……この反応、やっぱり海野達もこれまでに人ならざるモノ達と何らかの関わりがあったみたいだな。となると、海野達ももしかしたら雪村や金ヶ崎みたいに何かそのモノに関連した道具を持ってるのかもしれないけど、妖力と霊力の気配を感じる狐崎とは違って、海野と由利からはそういう気配は感じない事から考えるに、雪村みたいに何らかの事情があって、今は手元に置いてないか身に着けてなくても力を発揮する何かなのかもしれないな。

 

 海野と由利に夜野の『魅了』が効かなかった事についてそんな事を考えていると、「そういえば……」と言いながら夕士が俺に視線を向けてきた。

 

「柚希、お前が夜野の『魅了』っていうのが効かなかった理由って、もしかしてその『ヒーリング・クリスタル』のおかげなのかな?」

「かもな。お呪い程度ではあるけど、これもそういうタイプのアイテムではあるしな」

 

 夕士の問い掛けに対して、俺が『ヒーリング・クリスタル』を見せながら答えていると、狐崎と夜野の視線が『ヒーリング・クリスタル』へと注がれた。

 

「へえ……それ、『ヒーリング・クリスタル』って言うんだ」

「ヒーリングと言うからには、この水晶には癒しの力が備わっているのですか?」

「ああ。これを握ってると、疲れがスーッと無くなっていくし、怪我とか病気とかも治してくれるんだ」

「俺も前に体験した事があるけど、本当に不思議な程に疲れも取れるし、むしろ使った後の方が元気になった気がするし、あの時は本当に助かったよ」

「そうなんだ……あ、そういえば私も似たようなペンダントなら持ってるよ」

「え、そうなのか?」

「うん! ちょっと待っててね」

 

 そう言うと、狐崎は服のポケットを探りだし、「……あ、あった!」と嬉しそうな声を上げたかと思うと、ポケットから手を出した。そして、握られていた手を開くと、そこには霊力の気配を放つ空色の麻紐が通された青色の水晶のペンダントと妖力の気配を放つ小さなお札が乗っていた。

 

 ……なるほど、狐崎から感じた『力』の気配はこれが放っていた物だったのか。

 

 謎が解けた事で納得しながら軽く頷いていると、夕士は水晶のペンダントとお札を見ながら興味津々な様子で狐崎に話しかけた。

 

「へえ……朝香のは、青い水晶なんだな」

「うん。これは、一年生の頃にお父さん達からもらった物で、なんでも悪い物を寄せ付けないようにする力があるんだって。それで、このお札は同じ頃に椛さんからもらった物で、悪い物が襲ってきたらこれを貼る事で撃退できるって言ってたよ」

「なるほどな……」

「まあ、このペンダントのおかげなのかその悪い物っていうのには出会った事も無いから、このお札の出番は全くないんだけどね。ただ、椛さんの気持ちは嬉しいから、ペンダントと一緒でどこに行くにもずっと持ってるの。いつか、このペンダントでも力が及ばないような悪い物っていうのに出会うかもしれないしね」

「悪い物、か……」

 

 夕士が狐崎の言葉を繰り返す中、俺はその言葉の意味を考えていた。狐崎の両親や椛さんという人が言う『悪い物』というのは、恐らく悪意を持って狐崎に近づこうとする人ならざるモノ達の事で、この水晶のペンダントやお札を狐崎に与えた理由は、そういうモノが狐崎に近づく恐れがあったからだと考えられる。

だけど、狐崎自身からは『力』の気配は感じられない事から、狐崎がそういうモノ達から力を目当てに襲われる可能性は考えられない。

 

 そうなると……狐崎の両親と椛さんが水晶のペンダントやお札を渡した理由がまったく分からないけど、もしかしたら俺には想像もつかない理由でもあるのかもしれないな。

 

 狐崎が持つ水晶のペンダントを見ながらそんな事を考えていると、夜野は突然俺達の事を軽く見回し、少し不思議そうに小首を傾げた。

 

「それにしても……不思議な道具をお持ちの柚希君と朝香さんはまだ良いとして、他の皆さんが私の話を疑わなかったのはちょっと不思議です。自分で言うのもあれですが、ご先祖様が吸血鬼だという事や『魅了』の力を持っている事などは、普通に考えれば眉唾物な話ですし、そんな血筋の者が近くにいるのは怖いとは思いませんか?」

「ん……まあ、他の奴ならそう思うだろうな。だが、俺達はこれまで雪女や人魚みたいな人間とは違うモノ達らしき姿を見た事があるから、他の奴よりはそういう話は身近なんだよ」

「だな。と言っても、全員が共通して見た事があるのは人魚らしい奴で、雪女は雪村だけだし、獏らしい奴は俺と雪村だけしか見た事が無いんだけどな」

「それに、私はお祖母ちゃんのお兄さんが持っていた『座敷わらしの力と想い』がこもっている石のペンダントを持っているから、私も疑うなんて事はしないかな。それに、翼ちゃんの事を怖いだなんて全然思ってないよ」

「皆さん……」

 

 長谷達の言葉に夜野が少し驚いた様子を見せる中、俺はクスリと笑ってから夜野に話し掛けた。

 

「……まあ、つまりはそういう事だ、夜野。お前がご先祖様が吸血鬼だろうとお前の瞳に『魅了』の力があろうと俺達がお前を怖がるなんて事はありえないんだよ」

「それに、翼ちゃんはもう私達の大切な友達だもんね。そんな翼ちゃんを怖がるなんてするわけが無いよ」

「柚希君……朝香さん……」

「だから、これからの学校生活の中で、お前の『魅了』の力で何か起きたとしても俺達が色々サポートするよ。事情を知っている上に『魅了』が一切効かない俺達なら、余程の事が無い限り、対応できるだろうからさ」

「そうだな。それに……こういう時こそ俺達が周囲から得ている人気を利用するタイミングだからな♪」

「人気を利用って……長谷、お前っていつもそういうあくどい事を平気で思いつくよな……」

「ははっ、それ程でも無いぞ」

「いやいや、雪村は別に褒めてないって……」

 

 笑いながら言う長谷に夕士が肩をポンと叩きながらツッコミを入れていると、それを見ていた夜野はどこか安心したような笑みを浮かべながらクスリと笑った。

 

「……やはり、皆さんはとても楽しく面白い方々ですね。ここに転校してくる事になった時は、色々不安がありましたが、こうして皆さんと出会えたのは本当に良かったです。皆さん、改めてこれからよろしくお願い致しますね」

 

 その夜野の言葉に俺達は揃って頷いた後、再び下駄箱へ向けて歩き始めた。そして、夕士達が長谷に対して夜野の容姿などについて問い掛ける中、それに長谷がいつものように落ち着いて答え、金ヶ崎達女子組がとても楽しそうに他愛のない話を始める姿を見ていた時、俺はそんな平和な光景に安心感を覚えると同時に、思わずクスリと笑っていた。

 

 ……こういうのって、やっぱり良いよな。人間である夕士達が吸血鬼の血を引く夜野を受け入れ、仲間としてふれ合うという光景は。でも、人ならざるモノ達と暮らす者としては、()()()()のようにこれに妖や聖獣といった人ならざるモノ達がなんて事無く混ざる事を目指したい。

だから、これからも『絆の書』の皆とも協力して、そういう未来が来るように精いっぱい頑張っていかないとだな。

 

 その光景を想像して、やる気が満ちてくるのを感じた後、俺は夕士達の会話に混ざっていった。

 

 

 

 

「それにしても……今日は本当に朝から色々な事があったなぁ……」

 

 十数分後、いつもの場所で夕士達と別れた俺が、春風に吹かれて桜の花弁が舞い散る中を歩きながらそんな事をポツリと呟いていると、ずっと繋ぎっぱなしにしていた『伝映綱』を通じて風之真が話し掛けてきた。

 

『たしかになぁ……道に迷っていた転校生を学校まで案内してたら、その途中で妙な妖気を感じるし、もう一人の転校生が吸血鬼の子孫な上に『魅了』なんて物を掛けられる眼を持ってたなんて話、滅多にあるもんではねぇよなぁ……』

『そうですよね……でも、朝香さんも翼さんもとても良い方のようですし、そこは安心ですね』

『ああ。だが、件の妖気の主の正体はまだ分かってない事だけは少々気がかりだな……』

『そうなんだよな……警戒していた理由が、狐崎の周りに俺達がいたからなんじゃないかと思って、狐崎に一緒に住んでる人の数をそれとなく聞いてみたけど、狐崎の他には例の椛さんって人が住んでるだけらしいんだよな』

『ふーむ……って事は、あの朝香ってぇ嬢ちゃんとは無関係って考えちまって良いのかぃ?』

『いや、妖力が宿ったお札を渡している辺り、椛さんという人がただの人間には思えない。だから、妖気の主が椛さんの部下みたいなモノで、狐崎の事を心配した椛さんが様子を見に行かせていたとすれば説明はつきそうかな』

『なるほどのぅ……まあ、本当ならばあの朝香という少女の家に行ければ良かったが、朝香だけではなく夕士達すら予定があるとの事じゃったからな。今のところこの件については、どうしようもないじゃろうな』

『だな。それに、狐崎からは『力』の気配は感じなかった事から、椛さんが狐崎に自分の事を話してない可能性は高いし、変に訊いてこっちの事を話さないといけない事態になっても良くないからな』

『そうですね……』

『まあ、いつか知る事にはなるだろうし、今は様子見に徹するよ。無理やり知ろうとするのもなんか違うしな』

『ふふ、そうですね』

 

 そんな会話を交わしながら歩く事数分、家の前まで着いた後、俺は家の中に入るためにポケットから家の鍵を取り出そうとした。すると、家の中から天斗伯父さんの神力の気配の他に霊力の気配が漂ってくるのを感じ、俺は「……またみたいだな」と呟いた。

 

 これはアンやオルトと同じで、天上がらみのお客さんが来ているパターンだけど、今度はどんなモノが来ているのかな?

 

 そんな事を思いながら期待で胸を膨らませつつドアをゆっくりと開けると、俺は「ただいま戻りました」と声を掛けながら家の中に入った。すると、居間へ差し掛かった時、横から突然軽い衝撃を受け、俺は思わず「えっ……!?」と声を上げてしまった。

 

 な、何だ……!? またオルトみたいなやんちゃな奴でもいるのか?

 

 そんな事を考えながらゆっくりそちらに視線を向けると、そこには五彩七色に揺らめく長い尾と三つに分かれた炎を思わせる形の尾羽、猛禽類のような鋭い嘴に煌めきを放つ冠羽を持った鳥のようなモノがおり、それはパタパタと羽ばたきながら滞空した後、俺の肩へ向けてスーッと飛び、そのまま肩にふわりと着地した。

 

 この姿……うん、『アレ』で間違いないな。

 

 特徴からそれの正体を確信していると、居間から困り顔の天斗伯父さんが姿を現し、俺達の姿を見た瞬間に安心したような笑みを浮かべた。

 

「おかえりなさい、柚希君。いきなりその子が飛び出して来て驚きましたよね?」

「ええ、まあ……ところで、天斗伯父さん。コイツは『シームルグ』で間違いないですよね?」

「はい、その通りです」

 

 俺の問い掛けに天斗伯父さんがコクリと頷きながら答えると、『シームルグ』はとても安らいだ表情を浮かべながら小さく囀った。

 

 

『シームルグ』

 

 鳥の王とも呼ばれるイラン神話に登場する治癒の力を持った羽を持つ霊鳥。様々な物語やゲームでも登場する程、その認知度は高く、その身体は象などを掴める程に巨大で、犬のような上半身に孔雀のような下半身を持つとされているが、猛禽類その物の姿で描かれる事もある。

 

 

 やっぱりシームルグだったのか。そして、大人の鷹くらいあるとはいえ、体が明らかに小さい事を考えるに、コイツはシームルグの雛なんだろうけど、なんでシームルグの雛がここにいるんだ?

 

 肩に乗っているシームルグの雛を見ながらそんな事を考えていると、天斗伯父さんはシームルグの雛を微笑ましそうに見つめながら静かに話し始めた。

 

「その子、柚希君の肩がだいぶ落ち着くのかスゴく安らいだ表情をしていますね」

「そうですね。それで、シームルグの雛がここにいる理由なんですけど、もしかして今朝言っていた用事に関係しているんですか?」

「はい、そうです。今朝、私は部下と一緒にこの子の親御さんのところを訪ねていまして、その理由を訊いてみたところ、この子を柚希君に預けたいと思ったから、伯父である私に来て欲しかったとの事でした」

「俺に預けたい……ですか?」

「はい。この子は生まれてからまだ二年ほどの雌の末っ子らしいのですが、先程柚希君も見たように、結構活発な子のようでして、少し目を離した隙にどこかへ飛び去ってしまおうとするため、親御さんも少し困っていたとの事でした。

それで、どうしたものかと考えていたその時、以前他の方から柚希君の話を聞いた事を思い出し、神の甥であり人ならざるモノ達と共に暮らす柚希君に預かってもらえれば、この子も色々な体験をする事で分別の付いたシームルグになってくれるのでは無いかと考え、まずは伯父である私に話をしたいという事で、今朝からシームルグさんの元を訪れていたんです」

「なるほど……俺はこの子を預かるのはもちろん構いませんけど、天斗伯父さんはシームルグさんの考えをどう思っていますか?」

「そうですね……私も柚希君ならば、この子をしっかりとしたシームルグとして育てられると思っていますよ。実際、先程まで以前のオルト君のように縦横無尽に動き回っていたこの子も柚希君が来た途端、肩に留まってとてもゆったりとしていますしね」

「……そういえば、オルトもそうでしたね」

「はい。なので、柚希君がこの子を預かるというのなら、私もそれを全力でサポートします。それが君を転生させた神であり君の伯父でもある私の務めであり望みでもありますから」

「天斗伯父さん……」

 

 その俺への信頼に満ちた目を見た後、俺は肩に乗っているシームルグへ視線を移し、キョトンとした表情で俺を見ているシームルグに話し掛けた。

 

「……シームルグ、お前はどうしたい?」

「キュ……?」

「俺が預かるとすれば、お前はまだ幼い中で親元を離れ、全く知らない俺達と一緒に暮らす事になるけど、お前にとって親御さんや兄姉達と離れる事は寂しくないか?」

「…………」

「もし、寂しいと思うなら、俺はお前の意思を尊重するつもりだ。親御さんの気持ちも分かるけど、お前の気持ちを蔑ろするのはやっぱり違うと思うからさ」

 

 シームルグに向かって思っている事を伝えると、シームルグは小首を傾げながら俺の顔をジッと見つめた後、「キュー!」と嬉しそうに鳴き声を上げ、俺の頬に頭を擦りつけ始めた。

 

「えっと……これは、つまり……」

「……はい、この子は柚希君といる事を選んだようです」

「シームルグ……」

「キューッ!」

 

 シームルグが嬉しそうに鳴き声を上げた後、俺は「……分かった」と言いながら微笑み、天斗伯父さんへ視線を戻した。

 

「天斗伯父さん、シームルグの親御さんには喜んで預からせて頂き、しっかりとしたシームルグになるように育てさせてもらいます、と伝えてもらっても良いですか?」

「はい、分かりました。それと……親御さんからのお願いがもう一つありまして、もしも預かってもらえるなら名前も柚希君に付けてもらえないかとの事でした」

「名前も……ですか?」

「はい。なんでもどんな名前を付けようとしても納得する様子が無かったので、とりあえずシームルグという種族名から取ってルーシーとは呼んでいたようですが、もし可能ならばこの子が納得のいく名前を付けてみてもらえないかと仰っていたんです」

「なるほど……それじゃあちょっと考えてみますね」

 

 そして、どこか期待に満ちた視線を向けてくる『ルーシー』を前に、俺は名前を考え始めた。

 

 ……さて、名付けは結構久し振りだからどうしたもんかな。とりあえずシームルグ要素は欲しいけど、たぶんそれに拘っても『ルーシー』は納得するとは思えない。だから、それ以外の何かも加えて……。

 

 そうして考える事数分、ある名前を思いついた瞬間、「……よし、これだな」と独り言ち、俺は『ルーシー』にその名前を告げた。

 

「『ルーシー』、お前の事をこれからは『リルム』って呼ぼうと思うんだけど……どうかな?」

「キュ……」

 

 俺からの問い掛けに『ルーシー』が軽く俯き、やっぱりダメだったかと思った瞬間、「キュー!」と『ルーシー』は嬉しそうに鳴くと、再び頭を俺の頬に擦りつけ始め、その姿に俺は安心感を覚えながら胸を撫で下ろした。

 

「……どうやら、気に入ってくれたみたいですね」

「そうですね。ところで、何故その名前にしたのか訊いても良いですか?」

「はい。まず、種族名のシームルグの要素を入れた名前にしようと思ったんですけど、そこに拘りすぎてもコイツは納得するとは思えなかったので、他に何か無いか考えてみたんです。そしたら、不意にシームルグの羽に備わっている治癒の力の事を思い出して、『シームルグ』と治癒の英語である『ヒーリング』を組み合わせる事にして、後は女の子らしい名前はどんなのかなと思いながら考えた結果、『リルム』になったんです」

「ふふ、そうだったんですね。私もその名前はとても素敵だと思いますよ」

「ありがとうございます」

 

 天斗伯父さんにお礼を言った後、空色の目をキラキラとさせながら俺を見つめる『ルーシー』改め『リルム』を見ながらニッと笑った。

 

「リルム、これからよろしくな」

「キュー!」

 

 リルムが嬉しそうに返事をし、それに対して俺が優しく頭を撫でていると、『絆の書』の中から風之真が楽しそうな声で話し掛けてきた。

 

『へへっ、どうやら新しい出会いってぇのは、あれだけじゃ無かったみてぇだな』

『……そうだな。まあ、そういう事で新しい仲間が加わったから、皆もリルムの事をよろしく頼むぞ』

『ああ、もちろんだ』

『了解です、柚希さん!』

『私達も全力で柚希をサポートしつつ、リルムのお世話をするよ!』

『ああ、よろしくな』

 

『絆の書』の皆からの言葉に頼もしさを覚えた後、俺はリルムに『絆の書』の事や俺の事についてなどを話した。そして話し終えると、リルムは「キューッ!」と大きく鳴き声を上げながら右の翼を上へと上げた。

 

 ……うん、どうやら理解はしてくれたみたいだし、早速やっていくか。

 

 そう思った後、俺は『絆の書』の空白のページを開き、左手で『絆の書』を持ちつつ空白のページに右手を置きながらリルムに話し掛けた。

 

「それじゃあ頼むぞ、リルム」

「キュ!」

 

 リルムは大きく頷きながら返事をすると、右の翼を空白のページへと置き、それと同時にいつも通りに目を閉じながら体中を巡る魔力が右手を通じて『絆の書』へと流れ込むイメージを頭の中に浮かべ、それに続いて右手にある穴から『絆の書』へと魔力が注ぎ込まれていくイメージが浮かぶのを感じながらそのまま『絆の書』に魔力を流し込んでいった。

 

 ……よし、これで良いな。

 

 そして、右手を離しながら目をゆっくりと開けると、そこには晴れ渡った青空を気持ち良さそうに飛ぶリルムの姿とシームルグについて詳細に書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

「……うん、今回も無事に登録できたな。さてと、せっかくだからこころにも出てきてもらうかな」

 

 そう言いながら『絆の書』をパタンと閉じ、再び魔力を注ぎ込むと、リルムを肩に乗せながらニコニコと笑うこころが『絆の書』から姿を現し、俺はこころにアイコンタクトを送ってからリルムに話し掛けた。

 

「お疲れ様、リルム。居住空間はどうだった?」

「キュー!」

「……ふふ、居住空間はとっても良い場所で、これから探険するのが楽しみだと思っているようですよ」

「そっか……それなら良かったよ」

「そうですね。さて……それでは、そろそろお昼ご飯にしましょう。柚希君、リルムさんの登録で疲れているかもしれませんが、こころさん達と一緒にお手伝いをお願いしても良いですか?」

「はい、もちろんです! よし……やるぞ、こころ」

「ふふ……はい♪」

「キューッ!」

 

 こころと一緒にリルムが返事をした後、俺はランドセルを置きに行くために一度自分の部屋へと向かいながら『絆の書』に再び魔力を注ぎ込んでいった。

 

 狐崎から始まって、夜野、リルムと今朝の占いの通りに新たな出会いが続いたわけだけど、この出会いにはきっと何らかの意味があるんだろう。だから、その意味をしっかりと考える事を忘れずに、皆との出会いは大切にしないといけないな。

 

 そんな事を考えながら、こころやリルムと笑い合いながら話をする『絆の書』の皆、そしてそれを微笑ましそうに見つめる天斗伯父さん達の姿を見ながら俺は春風が運んできた新たな出会いに感謝の気持ちを抱いていた。

 

 

 

 

「……はぁ、今日は本当に良い日だったなぁ……♪」

 

 夕方、はらはらと落ちてくる桜の花弁を見ながら縁側に座って足をブラブラとさせていると、「……ほう、ここにおったか」という声が聞こえ、私はそっちに顔を向けながら視線の先にいた鮮やかな紅葉の柄の和服姿の人に声を掛けた。

 

「椛さん、私に何か用だった?」

「いや、そういうわけでは無い。ただ、部屋にはいないようだったので、どこに行ったかと思っておっただけじゃ」

「……そっか。ところで、みんなは?」

「……ああ、アイツらも思い思いの場所でのんびりとしておる。お主が少しは休むように言った事で、休むという事を覚えたようじゃからな」

「……それなら良かったよ。それじゃあ、椛さんも私と一緒にのんびりしようよ。夕御飯の準備まではまだもう少し時間があるでしょ?」

 

 ニコリと笑いながら言うと、椛さんは一瞬驚いたような顔をしたものの、それはすぐに微笑みに変わり、頭からピョコッと生えている()()()()とお尻の辺りにある()()()()()をゆらゆらとさせながら歩き、スッと私の横に座った。そして、桜の花弁を乗せて風が吹き抜けていくと、椛さんは気持ち良さそうに目を細めながらポツリと呟いた。

 

「……うむ、今日も良い春風が吹いておる。こんなに良い風が吹くのなら、今宵は酒呑童子と宴をした際に貰った盃で酒を飲むのも良いかもしれぬな」

「あははっ、それも良いかもね。でも、あの盃は結構大きいし、椛さんくらいじゃないとすぐに酔っ払っちゃうんだよね」

「……まあ、それは仕方あるまい。あの盃にはちょっとした呪いも掛かっておる上、ワシが好む酒は軒並み度数が高い物なのだからな」

「そうだったね。でも、私もいつかはそんな風になれるかな? 椛さんみたいにお酒に強くて、とっても頭の良い和服美人に」

「……さてな。酒の耐性については各々によって異なる故、ワシにはどうにもならん。しかし、お主は母親に似て他者から好かれる顔立ちをしておるし、父親に似て人懐っこい上によく気のつくところがある。故に、そのままのお主でいれば、様々な者達から恋い慕われる事となるだろう」

「……そうかな?」

「ああ。それに……恋しい者が出来れば、自然と身の回りに気をつけるようになり、己の磨き方も洗練されてくる。恋する者とは得てしてそういう物なのだからな」

「……椛さんも?」

「……さてな。そういうお主はどうなのじゃ? 昼にも話は聞いたが……その中でお主が特に好いている(おのこ)がいたようじゃが……?」

 

 ニヤニヤと笑いながら言う椛さんの言葉に一瞬ドキッとしていると、椛さんは愉快そうにクスクスと笑った。

 

「……やはり、お主はわかりやすいのう、朝香。まあ、お主の事が心配だからと言って、様子を見に行った者達から何やら朝香に気になる男が出来たかもしれないとは言われておったから、その反応が無くとも分かっていた事ではあったがな」

「も、もう……椛さん!」

「はは、すまんすまん。お主の両親も幼子の頃からそうであった。お互いに好いているのは誰の目から見ても明らかであったというのに、当人達はそれに気付かず気持ちの行き違いばかり起こして……ワシが仲を取り持つために何度心を砕いたかわからんくらいじゃった」

「……そうだったんだ」

「ああ。まあ、お主がその男と恋仲になりたいと思った時も手助けはしてやるつもりじゃ。ワシは古の頃よりお主の一族と共に生きていくと決めたのじゃからな」

「椛さん……うん、ありがとう」

「……どういたしまして」

 

 私と椛さんが笑い合っていたその時、「椛様ー! 朝香様ー!」と嬉しそうに言う声が聞こえ、私達はそちらに視線を向けた。すると、そこには水色の着流しを着た短い黒髪の色白の若い男の人がおり、その姿に椛さんは不思議そうに首を傾げながらその人に話し掛けた。

 

(みなと)か……何かあったのかの?」

「先程、新鮮な魚と野菜が届きましたので、早速お二人にお伝えしようと思いまして!」

「ほう……それは良い事を聞いた。湊、他の者達にも夕飯の手伝いを頼んできてくれるか?」

「はい、お任せ下さい!」

 

 湊さんは弾んだ声で答えると、嬉しそうに走り出し、その姿を見た椛さんは少し呆れた様子を見せた。

 

「やれやれ……元気なのは良い事じゃが、もう少し落ち着きを持ってくれても良い気がするのう……」

「ふふ、そうかもね。さてと……それじゃあ私達も行こっか、椛さん」

「うむ」

 

 椛さんが頷いた後、私は椛さんと一緒に立ち上がり、今日出会った夕士君達の姿を思い出しながらクスリと笑った後、他のみんながいるであろう台所へ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 夜、図書室から持ってきていた本を戻しに行く途中、お父様達の部屋に電気がついているのが見え、私はおやすみの挨拶をするために部屋のドアをノックした。

すると、「どうぞ」という声が聞こえたため、私が「失礼します」と答えてから中に入ると、お父様は椅子に座って読書をしていたらしく、私の姿に気付くと、「ほう……」と少し驚いたような顔をしながら声を漏らし、読んでいた本をパタンと閉じた。

 

「誰かと思ったら翼だったのか。もう眠るところだったのかい?」

「はい。ですが、その前に図書室から持ってきていた本を返しに行こうと思いまして」

「くく……そうだったのか。まあ、お前も私と同じで夜の闇でも目が見えるから問題は無いと思うが、足元には気をつけていくんだよ?」

「はい、もちろんです。ところで……お母様は?」

「彼女ならメイド達と話をしに言っているよ。向こうの家に住んでいた頃から仲は良いからね、色々話したい事があるのだろう」

「なるほど……」

 

 たしかにお母様はメイドさんや使用人さん達からとても慕われていますからね。時々、皆さんと一緒にお茶を飲んだり、趣味についてのお話をしたりしてコミュニケーションを取るようにしている姿をよく見かけますし、お父様のお話も納得です。

 

 そんな事を考えながら頷いていると、お父様はクスリと笑ってから私に話し掛けてきた。

 

「ところで、翼。昼にも聞いたんだが、新しい学校では上手くやっていけそうかい?」

「はい。うっかりしていて『魅了』を何人もの方に掛けてしまいましたが、この力や私の血筋を知ってもなお、サポートをしてくれると言ってくれた方々に出会えましたから、私はあまり心配をしていません」

「……ああ、昼に話していた遠野柚希君や長谷泉貴君、それに金ヶ崎雫さんや狐崎朝香さんの事だね。たしか『魅了』が効かなかったと言っていたが、その中に何らかの力を持っていると思えた子はいたのかね?」

「そうですね……柚希君と朝香さんは特別な力を持ったアイテムを持っていた上に柚希君からは魔力とも違った力の気配を感じましたし、雫さんや雪村君も同様に何らかのアイテムを持っている様子でした。ですが……夕士君と長谷君だけはそれらしいアイテムを持っている様子が無かった上に力の気配を感じませんでした」

「……ほう? それなのに、『魅了』を無効化したのか。ふふ……それは中々面白いじゃないか。まあ、まだ力に目覚めていないだけで、危機回避のためにそれが一時的に働いた可能性もあるが、その二人も中々興味深いようだね……」

 

 お父様が楽しそうに笑い始める姿に、私は小さく溜息をついた後、釘を刺すために話し掛けた。

 

「……お父様、面白がるのは良いですが、分かっていますよね?」

「ああ。お前の友人だからね、危ない目には合わせないさ」

「……それなら良いです。さて……それでは、私はそろそろ失礼しますね」

「ああ、分かった。おやすみ、翼」

「はい、おやすみなさい、お父様」

 

 お父様からのおやすみの挨拶に答えた後、私はゆっくりと部屋を出て、静かにドアを閉めた。そして、再び図書室へ向けて歩き始めた時、窓枠に嵌められたステンドグラス越しに入り込んできた月光の美しさにふと目が行った。

 

「……今日の出会いが、この先の未来でどのような出来事を起こすのかはまったく分かりませんが、皆さんと出会えた事にはしっかりと感謝しないといけませんよね。なにせ、吸血鬼の血を引く私を受け入れて下さったのですから」

 

 今日出会った皆さんの姿を思い出しながら窓から見える青白い月を見上げた後、私は月の力で魔力が少しずつ回復していくのを感じた。そして、しばらく月光を浴びた後、私は図書室へ向かうために誰もいない廊下をゆっくりと歩いていった。




政実「第22話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回の話で新キャラが出て来て、なんだかそれぞれ夕士と長谷との関わりが深くなりそうだけど、それぞれ色々な事情がありそうな感じだよな」
政実「そうだね。朝香と翼はこれからも出していくし、これからの話の中でそういうのも出していくつもりだよ」
柚希「分かった。そして最後に、今作についての感想や意見、評価などもお待ちしているので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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第23話 北の大地と古から住まう小人

政実「どうも、北海道には一度だけ行った事がある片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。北海道には行った事があったんだな」
政実「うん、中学生の時に一回だけね。機会があったらまた行ってみたいとは思ってるよ」
柚希「そっか。さてと、それじゃあそろそろ始めるか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第23話をどうぞ」


 強い太陽の陽射しとそれによって熱せられたアスファルトから発せられる熱気の二つで滝のような汗を流すある夏の日の事、帰りの会が終盤に差し掛かった時、担任は俺達を軽く見回すとニコリと笑った。

 

「さて、来週はいよいよ待ちに待った修学旅行です。ですが、修学旅行だからといって浮かれたりハメを外し過ぎたりせず、自分達は学校の代表なのだという意識を持って修学旅行を楽しむようにして下さい」

『はい!』

「はい、よろしい。さて……今日はこれで終わりです。皆さん、気をつけて下校をして下さいね」

 

 担任はニコリと笑いながらそう言った後、日直の生徒に挨拶を促し、日直の生徒はコクンと頷きながら答え、「起立」と言いながらスッと立ち上がった。

そして、日直の生徒に続いて俺達も立ち上がり、担任に対して帰りの挨拶をすると、担任はそれに対して答えてからニコリと笑うと、出席簿を持って教室を出ていき、それと同時に教室中から話し声や帰り始める音が聞こえだした。

 

 さて……来週は遂に修学旅行か。夕士達と一緒の修学旅行というだけでも楽しみだけど、行き先も俺にとってはとても興味があるところだし、来週が待ち遠しいなぁ……。

 

 そんな事を考えながら帰り支度をしていた時、ふと何やら深刻そうな顔をしながら窓際で話をする海野(うんの)由利(ゆり)の姿が目に入ってきた。

 

 ……どうしたんだ、アイツら? なんだか波動も細かく乱れてるみたいだし、何か困った事でもあったのかな?

 

 海野達の様子の理由を知るために立ち上がろうとしたその時、「柚希、どうかしたのか?」と後ろの席から話し掛けられ、俺がゆっくりと振り向くと、さっきまで長谷や夜野、そして雪村と話をしていた夕士が不思議そうに小首を傾げているのが目に入ってきた。

 

「ん……ああ、海野と由利が何やら深刻そうな顔で話してるみたいだから、ちょっと気になってさ」

「海野と由利が……あ、ほんとだ」

「たしかに、いつも楽しそうにしてるアイツらにしては珍しい感じだな」

「そうですね……」

「うーん……アイツら、一体どうしたってんだ……?」

 

 海野と由利の様子に夕士達も心配そうな表情を浮かべていたが、「……よし、ちょっと訊いてみるか」と言いながら夕士はスッと立ち上がると、そのまま海野達の方へ歩いていき、俺達もそれに続いて海野達のところへと歩いていった。

そして、海野達の近くで立ち止まると、夕士は心配そうな表情を浮かべたまま海野達に話し掛けた。

 

「なあ、お前達」

「……ん?」

「夕士、それに皆も……どうかしたのか?」

「ああ、話をしてるお前達の様子がなんだかいつもと違う感じだったから、何かあったのかと思ってさ」

「……ああ、なるほどな」

「いや、大した事じゃ無いんだけどさ……修学旅行の行き先って、北海道だろ?」

「そうですね」

「でも、それがどうかしたのか?」

 

 雪村が顎に手を当てながら訊くと、海野はコクンと頷いてからそれに答えた。

 

「……雪村には前に話したけど、俺達の親って昔から友達で、その縁もあって今でも家族ぐるみの付き合いをしてるんだよ」

「ああ、そういやそんな事言ってたな」

「それで、一年生の冬に二家族揃って北海道に旅行をしに行ったんだけど、その時にちょっとした友達が出来たんだ」

「友達……地元のか?」

「うーん……まあ、そんなところだな。もっとも、歳はそこそこ離れていたんだけどさ」

「それで、初日に仲良くなって以降、俺達は家族と一緒の時間以外はソイツと一緒に遊んだり話をしたりして、スゴく楽しい時間を過ごしてたんだ」

「アイツ……スゴく物知りでさ、俺達の親でも知らなさそうな事も知ってて、色々勉強になったんだよ」

「そうそう。日常的な知識からちょっとした豆知識、それとアイヌ語まで教わったんだったよな」

「そうだったな……それで、俺達に相応しいアイヌ語で渾名(あだな)も付けてもらったり慣れないながらもアイヌ語を使って話をしたりして、スゴく楽しかったよな……」

「ああ……」

 

 その頃の話をする海野達の表情は、とても楽しそうだったが、それと同時にどこか哀しそうな感じも受けた。

 

 ここまで聞いた感じだと、普通に楽しそうな話だけど、たぶんこの後に何かあったんだろうな……。

 

 そんな事を考えていると、夕士は海野達の顔を見ながらキョトンとした表情を浮かべた。

 

「なんだか楽しそうな話だけど……それなら、どうしてそんなに哀しそうな顔をしてるんだ?」

「それは……」

「……実は……さ、今ソイツと会うのは、ちょっと気まずいんだよ……」

「気まずいって……その友達とは仲が良いんだろ? だったら、気まずいなんて事無いんじゃ……」

「……たしかに普通ならそうだな。だけど、ある理由から俺達はソイツにちゃんとした別れを告げられずに別れる事になったんだよ」

「ある理由……?」

「ああ……あれは旅行の終わりの二日前。結構吹雪いてたから、俺達はホテルの部屋で宿題を片付けてたんだよ。そしたら、最終日は天気が大荒れになるっていう予報が出てさ、それで帰れなくなっても良くないから、親から旅行の最終日を一日早く繰り上げるって言われたんだ」

「だから、俺達はそれをソイツに伝えようと思ったんだけど、ソイツといつも会ってたところは、ホテルから少し離れた場所にあったから、俺達も吹雪が止むまで伝えに行くのは待とうって事にしたんだ」

「でも、夜になっても吹雪は止まず、ソイツに何も伝えられずに寝る時間になって、ソイツに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、その日は大人しく眠った」

「そして、その翌日の午前6時頃、どうにか時間を作ってもらおうと思いながら起きたその時、枕元に何かが置かれてるのに気付いて、見てみたらそこにあったのは一枚の手紙と小さな緑色の宝石で出来た四つ葉のクローバーの形をした根付けだったんだ」

「緑色の宝石……?」

 

夕士が首を傾げながら訊くと、海野はコクンと頷いてから答えた。

 

「ああ。因みに蒼太の枕元にも同じ物が置いてあったんだけど……蒼太、たしかあれってエメラルド……だったよな?」

「そう。手紙にもそう書いてたし、旅行から帰ってきてからすぐに調べたから間違いないぜ」

「クローバー……たしか花言葉は『幸運』や『約束』、そしてエメラルドの石言葉は『幸運』や『希望』だったっけ」

「となると……それを贈って下さったのは、お二人の事をとても大切に思っている方という事になりますけど、もしかして……」

「……ああ。それをくれたのは、その友達だったみたいだ」

「手紙には、なんだかこの旅行中にはもう会えないような予感がしたから、それを親愛の証として贈るために俺達が寝ている時に置きに来た旨とさっき柚希が言ってたようにクローバーの花言葉とエメラルドの石言葉が書いてあって、最後は二人仲良くいつまでも元気でやってくれっていう言葉で締め括られていたよ」

「そっか……その友達、スゴく良い奴なんだな」

「……まあな」

「けど、それならどうして会うのが気まずいんだよ? 俺だってちゃんとした別れ方が出来たわけじゃないけど、この腕輪をくれたダチには会いたいと思ってるぜ?」

「いや、俺達だって会えるなら会いたいさ。でも……」

「なんというか……アイツがいるのが遠くだとは言え、今まで会いに行こうともしなかったのに、今更になって会おうと思うのは流石にどうかと思ってさ。

まあ、たぶんアイツはそんな事はまったく気にしないと思うけど、修学旅行の数日間の間に会いに来てもらうのもなんだか申し訳ないし、ちゃんとした別れを告げられずに別れる事になったのが心残りでな……」

「だから、今会ったとしてもなんだか気まずくなりそうだなと思ってるんだよ。仕方なかったといっても、しっかりとお別れを言えなかったのはやっぱり申し訳なかったからさ」

「そっか……」

「まあ、修学旅行で泊まる場所は、あの時とは違うとこみたいだし、会う可能性は低いと思うけどな」

「だな。アイツ、そんなに遠くまでは行けないからな」

「そうだな」

 

 海野と由利が頷き合う中、俺は海野達の話から海野達が出会ったという『友達』の正体がなんとなく分かったような気がした。

 

 ……もし、本当に『それ』だとしたら、たしかに遠くに行く手段は中々無いだろうし、会える可能性は低そうだな。まあ、遠野旅行の時みたいに偶然俺が出会ってしまう可能性はありそうだけど。

 

 そんな事を考えていたその時、「おーい! みんなー!」ととても元気な声が聞こえ、俺達は揃ってそちらに視線を向けた。すると、教室のドアのところに狐崎と金ヶ崎の二人がいるのが見え、その姿に長谷と夜野はクスリと笑った。

始業式の日に一緒に帰った際、狐崎はそれが余程楽しかったらしく、その翌日から何か用事が無い限りは、金ヶ崎の事を連れて一緒に帰ろうと誘いに来るようになった上、その時に一緒に帰った夜野や雪村達も便乗しだし、この春から俺達は軽い集団下校状態で帰るようになったのだった。

 

 ……まあ、楽しいのは否定しないけどな。

 

 そんな事を考えていると、長谷は俺と夕士の顔をチラリと見て、何かを思いついたような顔をしながら俺達を見回しつつ口を開いた。

 

「さて……まだ話を聞きたいところだが、まずは帰らないといけないみたいだな」

「そうですね。せっかく来て下さったのに、朝香さん達をお待たせするわけにもいきませんから」

「ああ。という事で、話の途中で悪いが、とりあえず帰るとしようか。稲葉と遠野を早くそれぞれの彼女に会わせてやらないといけないしな」

「ああ……って、ちょっと待て!」

「何度も言うけど、俺と金ヶ崎はそういうのじゃ無いって!」

「は、ってなんだよ! 俺と朝香だってそういう関係じゃ──」

「はいはい。さーて……そろそろ帰ろうぜ、みんなー」

「ふふ……はい♪」

「ういーす」

「おうー」

「あいよー」

 

 俺達の言葉を軽く流して帰り支度するために自分の机に戻る長谷に続いて、夜野達が同じようにそれぞれの机に戻っていった後、俺と夕士は顔を見合わせて同時に溜息をついた。

 

 ……今に見てろよ、長谷。お前に好きな相手が出来た時は、夕士と一緒に目いっぱいイジってやるからな……!

 

 涼しい顔で帰り支度を進める長谷を見ながら心の中でそう宣言した後、ふと夕士へ視線を戻すと、夕士も同じように俺に視線を戻しているところであり、その表情や波動の様子から同じ事を考えていた事が分かり、俺はスッと手を差しだした。

すると、夕士は一瞬驚いた表情を浮かべたものの、俺の行動の意図を理解した様子で頷くと、俺の手を静かに握り、俺達は笑い合いながら無言で固く握手を交わした。

 

 ……まあ、夕士と狐崎の間に何かあったら、その時は遠慮なくイジらせてもらうけどな。

 

 そんな事を考えながら握手を終えた後、夕士が席に戻っていくのを見送ってから、俺も再び帰り支度を始めた。

 

 

 

 

「なるほど……それは中々不思議な話ですね」

「はい」

 

 その日の夜、夕食を食べながら天斗伯父さんや『絆の書』の皆に海野達の話について話すと、『絆の書』の面々が本当に不思議そうな表情を浮かべる中、天斗伯父さんは不思議だとは言いながらもいつものような微笑みを浮かべ、白澤(はくたく)義智(よしとも)や犬神の蒼牙(そうが)のような年長組は海野達の話を大して不思議には思っていない様子だった。

 

 うーん……これっていうのは一つだけなら浮かんでるけど、それを実現するには『ある人』の協力が必要不可欠だし、協力を取り付けられるかと言われると、かなりの賭けになるはずなんだよな……。

 

 夕食の野菜炒めを口に運びながら自分の予想について考えていると、鎌鼬(かまいたち)風之真(かざのしん)が小首を傾げながら俺に話し掛けてきた。

 

「柚希の旦那、旦那はそのダチってのが誰なのか見当はついてんのかぃ?」

「……一応な。でも、()()()が誰なのかはまだ分からないかな」

「協力者……ですか?」

「ああ。海野達の話によれば、帰る前日は吹雪が発生していて、海野達ですら外に出るのを諦める程だった。となると、その『友達』が海野達が泊まっていたホテルに来るには、その吹雪をどうにかする手段が必要になるだろ?」

「たしかに……でも、海野君達が行ってたのは、北海道なんでしょ? それなら私みたいな雪女がその『友達』だった可能性はあるんじゃない?」

「それも無くはないけど、それでも協力者は必要だ。季節的にホテルの中は暖房が効いていたと思うし、その中を雪女が進むのは流石に難しいからな」

「……あ、それもそうだね。私は冷気の障壁でどうにか出来るけど、他の雪女達もそれが出来るとは限らないしね」

「後は、人間に化けられる程の力を持った大妖という可能性もあるけど……義智、お前達はその可能性はまったく考えてないんだろ?」

 

 静かに夕食を食べていた義智に話を振ると、義智は食べる手を止めてコクリと頷いた。

 

「ああ、それ程の力を持ったモノがわざわざ来たとなれば、その周辺の力の流れに僅かに乱れが生じる。そして、それによって周辺のモノ達が騒ぎ出し、人間達も多少なりともそれを感じ取れるはずだが、柚希が聞いた話ではそれらしい様子は無かった。よって、その可能性は無いとみて良いだろうな。それに……柚希、お前がその『友達』と予想している奴は、妖では無いのだろう?」

「……ああ。北海道ならではのモノではあるけど、妖というわけでは無いからな。ただ……」

「お前の言う協力者が誰なのかはなんとなく予想がついていても、そうだと言えるだけの決め手が無い。そうなのだろう?」

「ああ。正直、俺が考えている相手に協力を求めるのは、本当に賭けだと思うからな。ただ、もしも俺の考えが合っているなら、俺は心から嬉しいと思うよ」

「……そうか。まあ、今ここで話していても真実は分からん。真実が知りたければ、修学旅行中にその『友達』とやらに会えるのを願うしか無いな」

「だな」

 

 俺が考えている『友達』の姿を頭に思い浮かべながら返事をした後、俺は白飯を口へと運んだ。

 

 さて……ただ会うだけなら出来ると思うけど、問題はその『友達』を()()()()()()()だよな。波動や気を感じ取れれば、大体の位置は把握できるけど、それでも分からない可能性はあるし、もしそのチャンスに恵まれたら声に注意しながら周辺をしっかりと確認してみないとな。

 

 そんな事を考えながら白飯をゴクンと飲み込んだ後、俺はその『友達』と会う算段をつけながら夕飯を食べ進めていった。

 

 

 

 

 修学旅行当日、朝食後に昨夜揃えておいた荷物の点検をしていると、『伝映綱(でんえいこう)』を通じて雪花が話し掛けてきた。

 

『ねえ、柚希』

『ん、何だ?』

『海野君達の話に出てきた『友達』に会いたそうにしてたけど、結局その『友達』と会うための算段はついたの?』

『うーん……正直な事を言えば、ついてないかな。ただ……』

『ただ?』

『先週、海野達から話を聞いた時、海野達は会うのは気まずいとは言っていたけど、その『友達』に会いたそうな顔をしていた。だから、今回の修学旅行にエメラルドで出来た四つ葉のクローバーの根付けを付けてくる気がするんだ』

『ふんふん……』

『まだ話しか聞いてないけど、たぶんその根付けには俺の『ヒーリング・クリスタル』や金ヶ崎のペンダントみたいに何らかの力が宿ってるはず。となれば、それを感じ取ってその『友達』が海野達に会いに来ようとする気がするんだ』

『たしかにその可能性はあるけど、その『友達』はあまり遠くには行けないんでしょ? だったら、そもそも感じ取れる程の距離にはいない可能性があるんじゃない?』

『まあ、その時はその時だけど、この考えには結構自信があるんだ』

『というと?』

『ウチには天下の座敷わらしがついてるからな』

 

 そう言うと、『伝映綱』を通じて座敷わらしの小紅の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 

『あははっ! たしかにそうだね。ボクの力があれば、大抵の幸運くらいなら引き寄せられるし、その『友達』が柚希達の行くところに()()来てるなんて事もありえるかもね』

『ふふ、そうなる事を願ってるよ』

 

 小紅の言葉に対して微笑みながら答えた後、俺が荷物を再びリュックサックなどに詰めていたその時、ピンポーンというインターホンの音が聞こえてきた。

 

『おっ、アイツらもう来たのか』

『それじゃあそろそろ行かないとだね』

『そうだな』

 

 そう言いながらリュックサックの蓋を閉めた後、俺は荷物を持ち、部屋の戸締まりを確認してから部屋を出た。そして、そのまま玄関へ向かうと、リビングから天斗伯父さんが顔を出した。

 

「柚希君。皆さんとの修学旅行、楽しんできて下さいね」

「はい、もちろんです。そして、出来そうなら海野達の『友達』の正体も明らかにしてきます」

「ふふ、楽しみにしていますね。それでは……行ってらっしゃい」

「はい、行ってきます」

 

 頭を下げながら挨拶を返した後、俺は玄関のドアをゆっくりと開けた。するとそこには、夕士と長谷の他に雪村達や金ヶ崎達の姿があり、俺がそれに驚いていると、夕士は片手を軽くあげながらニッと笑った。

 

「おはよう、柚希」

「あ、ああ……おはよう。えっと……今日はいやに大所帯だな」

「ああ、まあな。でも、楽しそうだろ?」

「楽しそうは楽しそうだけど、一体何があったんだ?」

「えっとな……最初は長谷が俺の家まで迎えに来て、二人でここへ向けて歩いてたんだけど、そしたら偶然雪村達と出会って、せっかくだから一緒に柚希の家まで行く事にしたら、そこに金ヶ崎達が通り掛かって、それだったら全員で柚希を迎えに行くかって話になったんだよ」

「な、なるほど……」

 

 まあ、楽しそうって言ったのは真実だし、これはこれで良いか。

 

 そんな事を考えながらふと海野達に視線を向けると、海野達のバッグに四つ葉のクローバー型の根付けが付いているのが見えた。

 

「海野、由利。それがこの前話してた『友達』からもらったっていう根付けか?」

「ん? ああ、そうだ」

「これを付けてたら、もしかしたらアイツに会えるかもって思ってさ」

「そっか……会えると良いな」

「「ああ」」

 

 予想していた通りに海野達が件の根付けを付けてきた事に俺が嬉しさを感じていた時、長谷は俺を見ながらニコリと笑った。

 

「さあ、行こうぜ、遠野。早く行かないと遅刻するからな」

「……ああ、そうだな」

 

 長谷の言葉に返事をした後、俺は皆と他愛ない話をしながら学校へ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 

 学校に着いた後、俺達はクラス毎に並び、学年主任や校長の話を聞いた。そして、用意されたバスに乗り、数十分かけて空港に着いた後、俺達は北海道行きの飛行機に乗るために搭乗口へと移動し、飛行機に乗った後に予め決めてあった席へ次々と座っていった。その後、飛行機は時間通りに離陸し、クラスメート達からはワクワクしたような話し声が聞こえ始めた。

 

 ふぅ……後は飛行機に乗って待ってるだけだし、皆と話したり、本を読んだりしてようかな。

 

 そんな事を思いながら『絆の書』や暇潰(ひまつぶ)し用の本などを入れていた小さなバッグから『ある本』を取り出したその時、「あっ、その本って……」という声が隣から聞こえ、俺は隣を見た。

すると、隣の席に座っている黒縁の眼鏡を掛けた短い黒髪のクラスメートが俺が手にしている本をジッと見ていたため、俺は夕士と出会った時の事を思い出し、懐かしさからクスリと笑ってからそのクラスメートに話し掛けた。

 

「山野も知ってるんだな、『一色黎明(いっしきれいめい)』さん」

「うん……! 僕、一色さんの本が大好きなんだけど、他に好きだって言う人に中々出会えなくて……遠野君も一色さんの本は好き?」

「ああ、俺もそうだけど……夕士、長谷、お前達も一色さんの本にはハマってるよな?」

 

 後ろの席に座っている夕士と長谷に話を振ると、夕士達は座席の陰から顔を出してニッと笑いながらコクリと頷いた。

 

「ああ、元々は柚希から勧められて読んだんだけど、読んでいく内にドンドン引き込まれていくんだよな……」

「正直、この人の作品は大人向けの作品ばかりではあるけど、俺達は結構好きだぜ?」

「そっかぁ……遠野君にもさっき言ってたんだけど、一色さんの本が好きだって言う人に中々出会えないから、遠野君達も一色さんの本が好きだって知れたのは、本当に嬉しいよ」

 

 俺が手に持っている一色さんの本をチラリと見た後、山野が本当に嬉しそうな笑みを浮かべていると、通路を挟んだ向こう側の座席に座っている黒髪のポニーテールの女子生徒が小さく溜息をついた。

 

地彦(くにひこ)……同士が見つかって嬉しいのは分かるけど、ちょっと喜びすぎじゃない?」

海音(かのん)ちゃん……そうは言うけどさ、やっぱり嬉しい物は嬉しいよ。前に海音ちゃんに勧めてみたけど、私に合わないって言われちゃったし……」

「はは、そうだったのか。まあ、天馬みたいなタイプには合わないかもしれないな。ウチのクラスだと……夜野なんかは普通に読みそうだな、一色さんの本」

「一色黎明さん……初めて聞く方ですが、どんなお話を書く方なんですか?」

「そうだな……簡単に言うなら、一部には偏執狂的(へんしつきょうてき)な読者も持つ非常に難解で高尚な詩やグロテスクで耽美(たんび)な大人の童話を書いてる人かな」

「なるほど……お話を聞いていて、少し興味が出てきました。柚希君、良ければ一冊貸して頂いてもよろしいですか?」

「ああ、もちろん良いぜ。一応、童話の単行本と詩集のどっちもあるけど、どっちが良い?」

「それなら……童話の単行本で」

「オッケー。それじゃあ今読もうと思ってたこれを貸すよ」

「それはありがたいですけど……本当に良いんですか?」

「ああ、もう一冊別の奴があるからな」

「……わかりました。それでは、お借りしますね」

「ああ」

 

 そして、山野と天馬に手伝ってもらいながら夜野に文庫本を渡すと、夜野は嬉しそうな笑みを浮かべながら会釈(えしゃく)をし、静かに文庫本を読み始めた。すると、その姿を見た天馬は小さく溜息をついた。

 

「はあ……やっぱり翼は画になるよね……。女の私から見てもスゴく綺麗だと思うし、見惚れちゃうもん」

「あはは……たしかに夜野さんは綺麗だけど、海音ちゃんだって負けてないと僕は思うよ?」

「……え? そ、そう……?」

「うん。小学生になる前から見てきた僕が言うんだもん。間違いないよ」

「そ、そう……ありがと、地彦」

「ふふ、どういたしまして」

 

 山野の言葉に対して天馬が頬を赤く染めながらお礼を言い、山野が微笑みながら答える中、長谷はフッと笑ってから山野に話し掛けた。

 

「山野、中々カッコいい事を言うじゃないか」

「えへへ、そうかな」

「ああ。そうやって素直に誰かを褒められるのは大した物だと思う。恐らくそれは、山野の長所なんだろうな。まあ、稲葉と遠野は相手の容姿や性格を褒めちぎって、平気で照れさせるんだけどな」

「長谷、お前なぁ……」

「言っとくけどな、長谷。俺達だって山野と同じように思った事や感じた事を口にしてるだけで、照れさせようとしてるわけじゃないからな~……」

「けど、結果的にそうなってるんだから一緒だろ」

「「一緒じゃない!」」

 

 長谷の言葉に対して俺達が同時に反論すると、それを聞いていた山野はクスリと笑った。

 

「遠野君達は本当に仲が良いんだね。僕は()()()()()()()()()海音ちゃんくらいしか仲の良い友達がいないから、スゴく羨ましいなぁ……」

「何言ってるんだよ、山野」

「俺達は同室なんだし、これから仲良くなっていけば良いさ」

「そうだな。それに、雪村達も同じ意見だろうし、今日から修学旅行の終わりまで一切退屈が出来ない数日間になるぞ。覚悟しておけよ、山野」

「三人とも……うん、よろしくね!」

『こちらこそ』

 

 三人で揃って返事をしていたその時、「そういえば……」と夕士が何かを思い出したように声を上げ、少し不思議そうな顔をしながら山野に話し掛けた。

 

「山野、さっきある一人を除いたらって言ってたけど、それって誰なんだ?」

「……あ、それは私も気になっていました」

 

 その夜野の声に驚きながら夜野の方へ顔を向けると、夜野は俺の顔を見ながらクスクスと笑った。

 

「ふふ、驚きましたよね。私、実は何かをしながらお話を聞くのは結構得意なんです」

「な、なるほどな……」

「それで、山野君。その一人というのはどなたなんですか?」

「えっと……ね、小学一年生の頃にお父さんの実家に遊びに行った時に出会った同い年くらいの子で、僕がやる事を繰り返すのがスゴく好きな子だったんだ」

「やる事を繰り返す……?」

「うん。僕、こう見えて木に登ったり、色々な鳥や昆虫を探すために野山を駆けまわったりするのが好きなんだけど、その最中に僕が気になったところを見てみたら、その子も続けてその場所を見始めたり、喉が渇いて綺麗な小川で水を飲んだら続けてその子も飲み始めたり、ね」

「なるほどな……」

「もっとも、その子とはその日以来一度も会えてないんだけど、いつかまた会いたいと思ってるんだ。変わった子ではあったけど、ずっと友達でいたいとは思える子だったから」

「そっか……それにしても、雪村といい海野達といい皆結構変わった出会いをしてるんだな」

「え、そうなの?」

「ああ」

「因みに、雪村は岩手県の遠野市で、海野達は今向かってる北海道で出会ったんだってさ」

「へー、そうなんだね。三人はそういう出会いは無いの?」

「俺達の場合は、変わった友達との出会いは特に無いけど、人間以外のモノやそれらしいモノとの出会いならあるかな。その中でも夕士は特にスゴいぞ? (さとり)っていう妖みたいな子や(ばく)に出会ってるし、去年の臨海学校では人魚らしき女の子を見かけてるしな」

「あ、その話なら知ってる。たしか遠野君や雪村君も目撃したんだよね?」

「ああ」

「ほんと、まさかの出会いだったよ。まあ、それ以来見てないから、真偽のほどはわからないけどな」

「そうなんだぁ……みんな、色々な出会いをしてるんだね」

「そうだな……」

 

 山野の言葉を聞き、夕士が頷きながら答える中、『伝映綱』を通じて風之真の楽しそうな声が聞こえてきた。

 

『へへ……その覚みてぇな嬢ちゃんや獏、人魚みてぇな嬢ちゃんが柚希の旦那の仲間で、すぐ近くにいるって知ったら、夕士達は腰を抜かすだろうなぁ……』

『ふふ、そうだな。まあ、ウチにはそれ以外のモノ達もいるわけだし、それを知ったら腰を抜かすどころじゃないかもな』

『あははっ、たしかに!』

『だが……柚希の考えでは、まだその事を話す時では無いのだろう?』

『ああ。少なくとも夕士が『あそこ』の存在を知って、『ある物』と出会うまでは話さないつもりだ。それが俺にとって最高のタイミングだと思ってるからな』

『なるほど……』

『まあ、話す時になったら皆にも出てきてもらうから、その時はよろしくな』

『おうよ!』

『わかりました!』

 

 風之真達の返事を最後に『絆の書』の皆との会話を打ちきった後、俺は夕士達の話に混ざっていった。

 

 

 

 

「ん……! ようやく着いたぁ……!」

 

 飛行機に乗る事数時間、新千歳空港(しんちとせくうこう)に着き、預けていた荷物を受け取ってから外に出た後、担任の指示に従って列になって並んでいた時、夕士が体を上にグーッと伸ばしながらそう言うと、それを見た長谷がクスリと笑った。

 

「稲葉、気持ちは分かるけど、そこまで体を伸ばす程の時間はまだ経ってないぞ?」

「はは、まあな。それにしても、ここが北海道か……俺、北海道って初めて来たから今からスゴくワクワクするよ」

「俺もだな」

「なんだお前達もか。実は俺もなんだ」

「あれ、そうなのか?」

「ああ。家族で外国に行った事はあったが、北海道はなんだかんだで初めてだな。だから、お前達と一緒でスゴくワクワクしてるよ」

「長谷……」

「それなら、この修学旅行は雪村達や夜野達と一緒に目一杯楽しまないとだな」

「ああ」

 

 夕士の言葉に長谷がフッと笑いながら答えた後、俺達は固く握手を交わした。そして、点呼を終えた後、俺達は事前に用意されていたバスに乗り、今日から最終日まで泊まる旅館へ向けて出発した。バスに乗って移動する事数十分、泊まる旅館に着き、旅館の外観を見た瞬間、『絆の書』の仲間達から色々な声が上がった。

 

『おぉ……! なんか老舗って感じの旅館だな!』

『こんな良いところに泊まれるなんて……柚希が羨ましいなぁ……』

『そのような事を言ってもこればかりは仕方ないだろう。しかし……中々情緒のある外観だな』

『うむ、これは儂らの創作意欲もかき立てられるという物じゃな』

 

 そんな皆の声を聞きながら俺は旅館の外観をジッと眺めた。俺達の泊まる旅館は、木造の3階建ての建物で、去年の臨海学校で泊まった『八百海荘(やおみそう)』と同じようにこれまで様々な人を迎え入れてきたような雰囲気を醸し出していた。

 

 ……うん、この旅館や周囲から変な感じなんかはしないし、悪霊とかに関しては考えなくても良さそうだな。

 

 そんな事を考えながら旅館の女将さん達の挨拶や話を聞いた後、それぞれの部屋の班長が担任から鍵を預かっていった。因みに、ウチの部屋の班長は長谷で、副班長は俺だったりする。

その後、泊まる部屋へと向かい、長谷が部屋の扉を静かに開けると、俺達は部屋の中へと入っていった。部屋はとても広い和室で、おぼんや湯飲み茶わんなどが載った漆塗りの机に小型のテレビ、布団などが入ってるであろう大きな押し入れなどが目に入ってきた。

 

「うわぁ……! この部屋、スゴく落ち着きがあってのんびりするには最適そうだな!」

「たしかにな……ところで、去年の臨海学校みたいに怪談大会はするのか?」

「か、怪談大会……? 遠野君、去年は肝試しの他にそんな事やってたの?」

「ああ。長谷がポツリと言った言葉を雪村が聞いて、それに海野達が乗っかった結果、2日目にやったな」

「いやー……あの時は、雪村達が恐怖で気絶したから、布団に寝かせるのに苦労したぜ……」

 

夕士がその時の事を思い出しながら懐かしそうに言うと、雪村と海野は苦笑いを浮かべた。

 

「あ、あはは……」

「あの時はすまなかったな……」

「まさか、気絶するほどの怪談を柚希から聞く事になると思ってなかったからな……」

「ふっふっふ……俺はそういうの得意だからな。それで、今年もやるのか?」

「おうよ! 去年のリベンジをさせてもらうぜ!」

「そうだな……!」

「去年までの俺達とは違うってところを見せてやるぜ!」

「わかった。山野はどうする?」

「そうだね……うん、せっかくだから僕も参加するよ。僕もそういうのは好きだし」

「よし、決まりだな。それじゃあ去年と同じく2日目の夜にやるぞ」

 

 その雪村の言葉に揃って頷いた後、俺達は財布や修学旅行のしおりなどを小さなバッグへと移し、旅館の前へと向かった。そして、再びバスに乗り、俺達は最初の目的地に向かった。

 

 

 

 

「んー……! 一日目からスゴく楽しかったなぁ……!」

 

 夕方頃、旅館の部屋に帰って来た後に夕士が声を上げると、それに対して雪村が大きく頷いた。

 

「そうだよな! 『さっぽろ羊ヶ丘展望台』でラベンダー畑やクラーク博士の像を見たり、ジンギスカンを食べたりな!」

「そうそう。他にも色々行ったけど、どこも楽しかったよな」

「そうだな。色々勉強にもなったし、良い一日だったと思うよ」

 

 そんな夕士達の会話を聞きながらふと霊力回復用の特製饅頭が食べたくなり、回復がてらこっそりバッグから取り出そうとしたその時、バッグの中から突然知らない()()を感じ、俺はそれに気をつけながらバッグの中に手を入れた。

すると、人型をした何かが手に当たったため、それをゆっくりと摘まみ上げると、俺の目に入ってきたのは特製饅頭を両手に抱えながら俺の事をジッと見つめる蕗の葉を背中に差して緑色の衣服を身に纏った小さな男性だった。

 

 小人……って事は、もしかして……。

 

「あの……貴方は『コロポックル』……ですか?」

「……そうだ。俺はクロル、コロポックルのクロルだ」

 

 コロポックルのクロルさんは俺からの問い掛けに答えると、特製饅頭を一口齧った。

 

 

『コロポックル』

 

 アイヌの伝承に登場する小人で、『(ふき)の葉の下に住む人』を持つアイヌ語でもあり、『土の家に住む神』という意味を持つ『トイチセコッチャカムイ』という別名がある。アイヌの人々とは友好関係にあったが、姿を見られる事を極端に嫌っており、とある出来事がきっかけで、アイヌの人々の前から姿を消した。

 

 

 さて……クロルさんを見つけたは良いけど、まずはどうしたら良いかな。やっぱりクロルさんに頼んで、『力』を使って姿を消してもらってから話をした方が良いよな。

 

 そう思った後、俺は美味そうに特製饅頭を食べるクロルさんに話し掛けた。

 

「あの、クロルさん……自分の『力』を使って姿を消す事って出来そうですか?」

「ん、出来るぞ。なんだ、そうした方が良いのか?」

「はい。今、貴方の姿を他の皆が見たら、たぶん大騒ぎになると思うので」

「……たしかにな。わかった、ちょっと待ってろ」

 

 クロルさんは急いで特製饅頭を食べ終えると、体の周りに『力』を纏った。そして、それを見て安心感を覚えた後、俺はクロルさんを肩の上に乗っけてから『力』を通じて話し掛けた。

 

『さて……クロルさん』

『……ああ、クロルで良いし、敬語なんていらねぇ。たしかに俺の方が遥かに年上だが、敬語で話し掛けられるのはあんま慣れてねぇんだ』

『……わかった。それじゃあクロル、まず一つ訊きたいんだけど、どうやって俺のバッグの中に入ったんだ? これでも気や波動を感じ取る力を持ってるから、感じ取れないと思ってなかったんだけど……』

『はっはっは! それはお前さんの考えが甘かっただけなこったな! 俺達コロポックルは、古来からアイヌを始めとした人間達に姿を見せないために色々な研究をしてきたんだ。身につけた『力』の気配を消す方法だったり、音を出さずに動く方法くらいは子供のコロポックルでも容易に出来るんだぜ?』

『な、なるほどな……』

『それで、どうやって鞄の中に入ったかだが……お前さん達、『さっぽろ羊ヶ丘展望台』に行っただろ? その時、俺もちょうどいてな。お前さんから何やら珍しい『力』の気配がするもんで、興味が湧いて鞄の中に飛び込んだんだ。

んで、その後は聞き耳を立てながらさっきまで『力』の気配を消してたんだが……つい腹が減って何か無いかと探していた時に……』

『霊力回復用の特製饅頭を見つけ、それを食べてる時に気が緩んで、俺に見つかった、と……』

『まあ、そういう事だ。それにしても……』

 

 クロルは肩の上から夕士達を見回すと、不思議そうに首を傾げた。

 

『この小僧達の中から、何やら懐かしい気配を感じるんだが……?』

『懐かしい気配……』

 

 その言葉を聞いた瞬間、ある事に気付いた俺は、海野達を指差しながらクロルに話し掛けた。

 

『なあ、もしかしてそれってアイツらじゃないか? アイツら、海野深也(うんのしんや)由利蒼太(ゆりそうた)っていうんだけど……この名前に聞き覚えは無いか?』

『海野深也……由利蒼太……』

 

 クロルは海野達の名前を口にすると、驚いたような表情を浮かべながら俺の顔を見た。

 

『聞き覚えはあるさ……だって、アイツらは……!』

『5年前、お前が仲良くしていた子供達だから、だろ? 海野達、最後にお別れを言えなかったから、今更会うのは気まずいって言ってたけど、お前の事を今でも友達だと思ってるし、会いたい事は会いたいみたいだし、お前があげたっていうエメラルドで出来た四つ葉のクローバー型の根付けを大切にしてるみたいだぜ?』

『アイツら……』

『まあ、アイツらと話をしたいって言うなら、この修学旅行中にその機会を作っても良いけど……どうする?』

 

 その問い掛けにクロルは少し考えた後、静かに首を振った。

 

『いや……いい。いくら会いたいとは言え、アイツらが今会うのは気まずいって言うなら、それを無理にする必要は無い。それなら、アイツらの気持ちに整理が付いた時に会う事にするさ』

『そっか……でもさ、一緒に修学旅行を楽しむのは良いんじゃないか?』

『……というと?』

『今みたいに俺くらいしか姿を視られず、『力』を通じて話をしている状態でも良いなら、俺はお前がこの修学旅行についてくるのに協力するって事さ。まあ、それが余計なお世話だって言うなら、これ以上は何も言わないけどな』

『お前さん……』

『さあ、どうする?』

 

 ニコリと笑いかけながら問い掛けると、クロルは俺の顔をジッと見てからニッと笑った。

 

『それなら、少し手伝ってもらうとするか。久しぶりにアイツらの顔を見ながら一緒に楽しませてもらうのも良いかもしれねぇしな』

『わかった。それじゃあこれからよろしくな、クロル』

『おう。えーと……』

『俺は遠野柚希、色々な人ならざるモノ達の友人で、こう見えても神様の甥だ』

『……そうかい。それじゃあ改めて……これからよろしく頼むぜ、柚希』

『ああ』

 

 そして、こっそり俺がクロルと握手を交わしていると、雪村は俺達を見回してからニヤリと笑った。

 

「さて、お前達。今夜、飯を食って風呂にも入ったら、あれをやるぞ!」

「あれって……なんだ?」

「そんなの決まってるだろ。恋バナだよ!」

『……え?』

『……ほう』

 俺と夕士と山野が疑問の声を上げる中、長谷と海野と由利は楽しそうな笑みを浮かべ、それを見た雪村はビシッという音が鳴りそうな程、勢い良く俺達の事を指差した。

 

「柚希と金ヶ崎、夕士と狐崎という前々から気になってるカップルもあるが、今回は長谷から山野と天馬も何やら気になる関係だという話を聞いた。こうなったらもう話すしかないだろ!」

「いや、ちょっと待て!」

「それなら、長谷と夜野はどうなんだよ!」

「長谷と夜野……なるほど、そのカップルもあったな。なら、それも追加で後は同学年の可愛い女子の話をとことんするぞ!」

「いや、するとは言ってないぞ!」

「そうだそうだ! 第一、俺と朝香は普通の友達だ!」

「あ、あの……それを言ったら僕と海音ちゃんも普通の友達なんだけど……」

「もちろん、俺と金ヶ崎も──」

「はいはい、お決まりの言葉は良いからな。とりあえず、これはもう決定事項だ。さあ、今夜は楽しむとしようぜ!」

『おー!』

 

 長谷達が楽しそうな声を上げる中、俺達は諦めムードを漂わせながら顔を見合わせた。

 

「……これは本当に諦めた方が良さそうだな」

「はあ……そうだな」

「あはは……そうだね」

「だが……」

「……ああ、この恨みは2日目に晴らすとしようぜ……! 山野、何か良さそうな怪談ってあるか?」

「え、ある事はあるけど……」

「よし……それなら、大丈夫だな。柚希、お前は?」

「もちろん、あるぜ」

「わかった。それなら、2日目は俺達のターンだ!」

「ああ!」

「う、うん」

 

 俺がやる気満々に、そして山野が少し困惑気味に返事をする中、クロルは腕を軽く組みながらこっそり話し掛けてきた。

 

『……柚希、アイツらもちょっとやり過ぎたが、『ラメトㇰ』と『ホロケウ』をあまりいじめてやらないでくれよ?』

『……わかってるよ。ところで、どっちがラメトㇰでどっちがホロケウなんだ?』

『深也の方が『勇気』を意味する『ラメトㇰ』、蒼太の方が『狼』を意味する『ホロケウ』だ。因みに、どっちもアイヌ語だ』

『ん、わかった』

 

 勇気に狼、か……たしかに結構勇敢なところがある海野と雪村達の中では一番賢い由利にはピッタリなアイヌ語かもしれないな。

 

 そんな事を思った後、俺は楽しそうに話を始めた夕士達の会話へと混ざっていった。

 

 

 

 

 修学旅行2日目の朝、旅館の前に並びながら俺は小さく欠伸をしていた。その理由は簡単だ。雪村発案の恋バナが思っていたよりも長くなり、眠るのがいつもより遅くなったからだ。

 

 ……修学旅行期間中は、義智達との修行は無いから良いけど、もしあったとしたら眠くて眠くて仕方なかっただろうな……。

 

 そんな事を考えながらいつもの修行の様子を思い出していたその時、「柚希君、眠そうだね……?」という声が隣から聞こえ、俺は隣を向いた。すると、偶然隣に並んでいた金ヶ崎が不思議そうに首を傾げていたため、俺はまた欠伸をしてからそれに答えた。

 

「ああ、うん……ちょっと雪村発案のイベントで寝るのが遅くなったからさ」

「そうなんだ……それで、どんな事をしたの?」

「んー……恋バナ、だよ……」

「恋バナって……え、ど、どんな事を話したの?!」

「え……俺と金ヶ崎や夕士と狐崎、後は長谷と夜野や山野と天馬の話や同学年の女子の話とか……だな」

「そ、そうだったんだ……」

「ああ。おまけに雪村の奴が俺と金ヶ崎がとてもお似合いのカップルだなんて言いだしてな。まあ、そう言われて悪い気はしないけどさ」

「……悪い気は、しなかったんだね……」

「ああ、まあ……な……?」

 

 ……あれ? 俺、眠気のせいでいつもなら言わないような事を今言ったような……!?

 

 その瞬間、俺の頬が熱を持ち始め、金ヶ崎がどこか嬉しそうな顔をしながら同じように軽く頬を染めるのを見て急に恥ずかしさを覚え始めると、それを見ていたクロルはニッと笑った。

 

『青春してるなぁ、柚希。こんなたいしためんこい子から好かれてるのは、羨ましい限りだぜ?』

『それはそうかもだけど……俺にはまだ恋愛とかは早いっていうか……』

『はっはっは! そんなこたぁ無いぞ? 恋愛に歳なんて関係ない。好きな奴が出来たのなら、もう後はその意中の相手と一緒になれるまで全力を出すのが男ってもんだ。それともあれか? この子が他の男に取られてもお前は良いってのか?』

『それは……』

 

 クロルの言葉を聞いて金ヶ崎が顔も知らない誰かと恋人になって仲良くしている様子を想像した瞬間、俺はとても嫌な気分になった。

 

『……やっぱり、嫌だな』

『だろう? まあ、そのめのこはお前さんにすっかりほの字のようだから、その心配はまったくないが、この修学旅行をきっかけにして付き合わないまでももう少し距離を詰めておけ。そうすれば、更に心配は無くなるだろうよ』

『クロル……ありがとうな』

『良いって事よ。俺だって今世話になってるし、ラメトㇰ達も普段から世話になってるからな。これくらいは当然の事だ』

『……そっか』

 

 そんな事を話している内に点呼が終わると、担任達から2日目の自由行動についての旨が話され、それが終わった後、皆はそれぞれ組みたい奴の所へと向かった。

 

 自由行動か……そういえば、せっかくだから行きたいところがあったし、夕士達に行ってみたいって言ってみようかな。

 

『ある場所』の光景を頭の中に思い浮かべながら夕士達のところへ向かおうとしたその時、「ゆ、柚希君……!」と金ヶ崎から声を掛けられ、俺は一瞬ビクリとした。そして、金ヶ崎の方へ顔を向けた後、首を傾げながら金ヶ崎に話し掛けた。

 

「どうした、金ヶ崎?」

「あの……自由行動は夕士君や雪村君達と一緒に行くんだよね?」

「え、まあ……そうだけど……?」

「それなら、私もついていっても良いかな?」

「……ああ、良いよ」

「ほんと!?」

「ああ。俺も金ヶ崎が一緒なら嬉しいしさ」

「良かったぁ……私も柚希君と一緒に自由行動が出来るのは本当に嬉しいんだ。だって……私は柚希君の事が大好きだから」

「お、おう……そっか」

 

 あれ……金ヶ崎ってこんなに真っ直ぐに想いを伝えてくる子だったっけ……?

 

 そんな事を思いながら気恥ずかしさから頬をポリポリと掻き、ふと夕士達の方を見たその時、俺達の事をニヤニヤと笑いながら見る夕士達の横で狐崎が満面の笑みを浮かべながら金ヶ崎に向かって親指を立てていた。

 

 ……なるほど、狐崎が何か言ったんだな……。まあ、悪い事を吹き込んだわけでも無いし、良い事にするか。それに、俺だって一歩踏み出す良いタイミングだったからな。

 

 そう思いながら気持ちを切り替えた後、俺は金ヶ崎と初めて出会った小学二年生の夏の夜と同じように金ヶ崎にそっと手を差しだした。

 

「さあ、行こうぜ、金ヶ崎。皆を待たせるのも悪いからな」

「……うん!」

 

 金ヶ崎は俺の手をジッと見つめた後、懐かしそうな顔をしてから満面の笑みを浮かべると、俺の手を固く握った。そして、二人揃って夕士達のところへ行くと、長谷と狐崎と夜野を除いた全員が意外そうな顔をしており、それを見ながら俺はニッと笑った。

 

「お待たせ。さあ、行こうぜ」

「お、おう……」

「行く事は行くけどさ……柚希、お前もしかして結構吹っ切れたか?」

「吹っ切れたというよりは、自分の気持ちに正直になっただけだよ。もっとも、まだ今だけだけどな」

「そうか……まあ、それでも良いんじゃないか?」

「ふふ……そうですね。柚希君にとっては、大きな一歩だったようですし、それを踏み出せただけでも良いのだと私は思います」

「うん、僕もそう思うよ」

「やっぱり、自分の気持ちには正直でありたいしね」

「だな。さて……それじゃあ行こうぜ、皆!」

『おー!』

 

 夕士達の楽しそうな声が響き渡った後、俺達はいつものように他愛ない話をしながら北海道観光を始めた。

 

 

 

 

「さて……着いたな、『伏見稲荷神社(ふしみいなりじんじゃ)』に」

 

 午後3時頃、札幌駅から電車やバスなどを乗り継いで俺達は藻岩山(もいわやま)山麓(さんろく)にある『伏見稲荷神社』の鳥居の前へと来ていた。ここに来たかった理由は一つ、ここにある荒御霊(あらみたま)(やしろ)の御利益に(あやか)りたかったからだ。

荒御霊とは古神道(こしんとう)の世界における一霊四魂(いちれいしこん)という物の一つで、勇ましさや向上心、前に進む力を司る物だ。俺自身、まだまだ迷う事や少し後ろ向きな事を考える事もある。だから、ここにある荒御霊の社を参拝して、これから先どんな事があっても、前を向いて進めるようになりたいと思い、俺は夕士達にここに行きたい旨を伝えた。すると、夕士達はそれに賛成してくれ、こうして『伏見稲荷神社』へと来たのだった。

 

 そういえば、ここの神社は京都にある伏見稲荷大社の御分神を頂いて創建されたんだっけ。もし、この先京都に行く事があったら、伏見稲荷大社にも行ってみたいな……。

 

 そんな事を考えながら伏見稲荷神社から発せられるパワーに意識を向けていると、肩に乗っていたクロルが楽しそうな笑みを浮かべた。

 

『ここはいつ来ても良い気が巡ってるな』

『いつ来てもって……前にも来た事があるのか?』

『おう。知り合いの鳥に背中に乗せてもらって何度かな』

『ああ、なるほどな』

 

 クロルの返答に納得しながらこっそり頷いていると、夕士は周辺をキョロキョロと見回し始めた。

 

「それで……その荒御霊の社っていうのはどこにあるんだろうな?」

「えーと……たしか本殿の右手にあるらしいぜ?」

「本殿の右手か……まあ、とりあえず歩いてれば着くよな」

「そうですね」

 

 長谷の言葉に夜野が頷きながら答えた後、俺達は鳥居をくぐって『伏見稲荷神社』の境内を歩き始めた。そして数分もしない内にそれらしい社を見つけたその時、社の前に二人の人物が立っているのが目に入ってきた。

 

 ん……あの人達も御利益に肖りに来たのかな。

 

 そんな事を思いながら近付いていき、あと少しというところまで近付いた時、その内の一人がクルリとこちらへ顔を向けた。そしてその瞬間、俺はその子供の落書きのような簡単などこかとぼけたような顔を見て思わず「え……」と言いながら立ち止まってしまった。

 

 嘘、だろ……まさかこんな所で出会うなんて……!?

 

「柚希……どうかしたのか?」

「それに、夕士や長谷、山野まで……」

 

 雪村と海野が不思議そうに問い掛けてくる中、山野はその人を指差しながら信じられないといった様子で声を上げた。

 

「い、一色黎明先生!? 嘘、本物!?」

「そう、本物。いやあ……まさかこんな所でアタシの名前を知ってる子に出会うなんて思わなかったよ」

 

 一色さんは嬉しそうな笑みを浮かべながらゆっくりと近付いてくると、俺達を見回しながら小さく首を傾げた。

 

「君達、もしかして修学旅行生かな?」

「あ、はい……そうです」

「そうかそうか。他に子供達の姿は見当たらないけど、自由行動中だったのかな?」

「はい。ここにいる遠野の提案でここの荒御霊の社を参拝して、その御利益に肖ろうとしていたんです」

「なるほどねぇ……まあ、それは良い考えだと思うよ。これから先、君達若い子は何かと迷う事や後ろ向きな事を考える事が多いと思う。それは決して悪い事ばかりでは無いけど、前向きに考えた方が良い事だってもちろんある。そんな時にここで参拝して、祭られている神様達の荒御霊に力を頂いた事を思い出せば、きっと良い方へと運も向くからね」

「一色さん……そうですね、そうなるように祈ってます」

「うんうん、その方が良いよ」

 

 一色さんとそんな会話を交わしていた時、一色さんの隣にいたキングコブラがデザインされた黒い革のバイクスーツ姿にバサバサの茶髪、鋭い目付きにくわえ煙草、と一見暴走族のような出で立ちの男性が俺達の方へと近づいてきた。そして、一色さんと同じように俺達の事を見回すと、ニッと笑ってから静かに口を開いた。

 

「黎明がここに来れば珍しい出会いがありそうだ、なんて言うから来てみたら、まさか黎明の事を知ってるガキ共に会うとはな。お前達、もしや黎明のファンか何かか?」

「あ、はい。半分はそうで、特にこの山野は熱心なファンみたいです」

「へっ、そうか。まあ、黎明としてはこんなに珍しいファンに出会えて嬉しいんじゃねぇか?」

「ふふ、そうだねぇ。そういえば、君達の名前は?」

 

 その問い掛けに答え、俺達が自己紹介をすると、一色さんはうんうんと頷いてから静かに口を開いた。

 

「それじゃあアタシ達も自己紹介をしようかね。アタシの名前は一色黎明、これでも詩人や作家をやってるんだ。ほら、深瀬も」

「おう。俺は深瀬明(ふかせあきら)、画家だ。もっとも、お前達にはあまり縁はねぇだろうけどな」

「昨日、深瀬の絵の個展をやっていたんだけど、それだけで帰るのも勿体ないってなって、色々観光をする事にしたのよ。アタシ達が住んでるアパートには色々な住人がいるから、お土産も買っていってあげたかったしね」

「なるほど……」

「まあ、酒と肴さえあれば大喜びする連中だけどな。さて、黎明。せっかくだから、ガキ共にサインの一つでもしてやったらどうだ?」

「それもそうだね。ここで会ったのも何かの縁。アタシのサインで良ければ幾らでも書いたげるよ」

「ほ、本当ですか!」

「うん。さあ、書いて欲しい子は何か書ける物を用意してね」

 

 その言葉に一色さんと明さんを除いた全員が頷いた後、俺達は修学旅行のしおりや童話の単行本を用意し、一色さんにサインを書いてもらった。

 

 まさかこの時点で出会うだけじゃなくサインまで貰えるなんてな……ほんと、人生ってどうなるかわからないもんだな。

 

「一色さん、本当にありがとうございます」

『ありがとうございます』

「どういたしまして。さて……それじゃあアタシ達は行こうか、深瀬」

「そうだな。おい、お前達。お前達も暗くならねぇ内に教師や他の生徒と合流しとけよ」

『はい』

「……良い返事だ。それじゃあな、お前達」

()()()、皆」

 

 そう言って一色さん達が去っていった後、長谷は一色さん達の姿を見ながらポツリと呟いた。

 

「今の一色さんの言い方、まるでまたどこかで会えると確信してるような言い方だったな」

「……そうだな。まあ、もし本当に会えた時は素直に再会を喜ぶ事にしようぜ」

「だな。さてと……それじゃあ早速俺達も荒御霊の社に参拝しようぜ」

「ああ、早くしないと本当に帰るのが遅くなるからな」

 

 その海野の言葉に全員が頷いた後、俺達は荒御霊の社に近づき、一緒に静かに手を合わせた。すると、突然頭の中に色々な声が響き始めた。

 

『……おや、そこにおるのはシフルのところの甥っ子では無いか』

『ほう、この子がシフルの甥か』

『シフルの甥よ、この声が聞こえているか?』

 

 その問い掛けに対して、俺は『力』を使って答えた。

 

『はい……聞こえております』

『そうか、それならば良かった。それと、我らに対してそう畏まる事は無いぞ』

『そうですね。なので、楽にして下さい』

『わかりました。ありがとうございます』

『礼など良い。ところで……お主のところに世話になっている兎和(とわ)は元気か?』

『兎和の事をお尋ねになるという事は……貴方は大國主命(おおくにぬしのみこと)様ですか?』

『うむ。我にとっても兎和は家族同然だからな。それで、兎和は元気か?』

『はい。他の仲間達と一緒に楽しそうに話をしたり、元気に遊んだりしています』

『そうか……』

『ところで、皆さんはどうしてこちらに?』

『なに、昨日シフル殿に会う機会があって、その際にお主がこの北の地に来ていると聞き、お主ならばここを訪れると思い、皆と共に来てみたまでの事だ』

『人間の身でありながら神の甥という変わった存在で、妖や神獣などの仲間を持つ柚希殿には神々も興味を持っているからな』

『本来であれば、姿を現して話をしたいところだが……共にいる友垣達には『力』の事などは隠しているとシフルから聞いておるからな。今はこれで済ませるとしよう』

『ですが……いつかは貴方と直接会って話せる日が来るのを楽しみにしていますよ』

『皆さん……』

『さて……それでは、そろそろ力をお主らに授けるとしよう』

 

 その言葉が聞こえた瞬間、体の奥底から気力や元気が湧き出し、今ならどんな事でも上手く行くんじゃないかという気がし始めた。

 

『これが皆さんの、荒御霊の加護の力……!』

『ふふ、どうやら喜んでもらえたようだな。まあ、お主だけは特別に他の力も授けておいたのだがな』

『遠野柚希よ、これからも精進を重ねていくのだぞ』

『もちろん、友垣も大切にな』

『たまには、神々の新年会にも顔を出すと良い。まあ、来たら来たで質問攻めに遭うかもしれぬがな』

『でも、本当に楽しいので来られるようなら是非来て下さいね』

『はい、わかりました。大國主命様、倉稲魂命(うがのみたまのみこと)様、大山祇神(おおやまつみのみこと)様、事代主命(ことしろぬしのみこと)様、天鈿女命(あめのうずめのみこと)様、本当にありがとうございます』

『礼など良い。ではな』

 

 その言葉を最後に神様達の声が聞こえなくなると、夕士は突然辺りをキョロキョロとし始めた。

 

「稲葉、どうした?」

「いや……さっきまで誰かの気配みたいなのを感じた気がしてさ。まあ、気のせいだと思うけど」

「そうか……さて、参拝も済んだし、社務所で御守りでも買って帰るとするか」

 

 それに対して全員が頷いた後、俺達は社務所へと向かい、各々好きな物を買った。そしてそれが終わった後、俺達は集合場所である旅館へ向けてゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

 

「ふぅ……今日も色々な事があったなぁ……」

 

 その日の夜、夕食や怪談大会なども済み、夕士達が寝静まった頃、俺は『絆の書』を手にしながら窓から外を眺めつつそう独り言ちた。本来ならあのアパートで出会うはずの一色さん達と夕士達が出会った事、そして夕士が祭神の皆さんの気配を感じ取れた事、いわゆる原作には無かった事が次々と起きている事に俺は驚いていたが、それと同時に少しだけワクワクもしていた。

 

 もしかしたら、この先もまだ出会うはずの無かった人達とも出会うかもしれないし、これからが楽しみだな……。

 

 そんな事を考えながら夜の札幌の風景を眺めていたその時、「なあ、柚希」とクロルが不意に話し掛けてきた。

 

「クロル、どうした?」

「スゴく突然だが、俺をお前の仲間に加えてはくれないか?」

「本当に突然だな……でも、どうしてだ?」

「なに、ちょっと見てみたくなったんだよ。これからのラメトㇰとホロケウ、そしてお前の姿をすぐ近くでな」

「海野と由利はわかるけど……どうして俺まで?」

「久しぶりだったからだよ。俺がコロポックルである事を素直に受け入れ、協力を申し出てくれた奴に出会えたのがな」

「協力を申し出てくれた……もしかしてなんだけどさ、お前がエメラルドの根付けを届けに来た時に協力をしてくれたのは、海野と由利の両親だったんじゃないのか?」

 

 俺の問いかけにクロルはとても驚いた様子を見せた。

 

「……そうだが、よくわかったな」

「海野達の近くにいて、協力をしてくれそうなのは海野達の両親くらいだからな。それに、もしそうだとしたら心から嬉しいと思っていたんだ。俺みたいにすぐ近くに人ならざるモノ達がいるような環境にいない人が、そういったモノ達を受け入れ、協力をしてくれるっていうのはさ」

「なるほどな……実は俺が根付けと手紙を届けに来た時、ラメトㇰ達の親はせっかくだからラメトㇰ達に挨拶をしていかないかって言ってくれたんだ。だが、俺はそれを断った。何故なら、あの時のラメトㇰ達だったら俺とは離れたくないって言いかねなかったからだ。それだとアイツらは成長出来なかったし、最悪の場合他の人間にも俺の存在がバレてしまう。

だから、俺はアイツらの親に根付けと手紙を託し、俺は知り合いの狼に乗せてもらいながら吹雪の中を帰っていった。そして、コロポックルの仲間達がいる里まで帰ったんだが、その時に俺はある事を思った。このままこの里にいるだけで良いのかとな」

「つまり、見聞を広めたいと思ったわけだな」

「ああ、そうだ。だから俺は、その次の日に長老に話をして、里を出る許可をもらった後、すぐに準備をし、その翌日には里を出て、色々な動物の力を借りながら日本の各地を旅した。時には命の危険に晒される事もあったが、それでも楽しかったよ。そして昨日、ようやく北海道に帰り、少しだけ里に寄ろうかと思っていた時に偶然お前達に出会い、お前の鞄の中に入りこんだってわけだ」

「そっか……」

「それで……どうだ? もし、お前さえよければなんだが……」

 恐る恐るといった様子でクロルが問い掛ける中、俺はクスリと笑ってからそれに答えた。

「もちろん良いぜ。俺だってクロルと一緒に色々な物を見たり、体験したりしたいと思ってるからな」

「柚希……ありがとうな」

「どういたしまして。さてと……それじゃあそろそろ恒例の説明タイムと行くか」

 

 そして、俺が転生者である事や『絆の書』について話すと、クロルは興味深そうな様子で『絆の書』を見始めた。

 

「この本が扉になり、ここと別の世界を繋いでるのか……ははっ、やはり世界ってのは広いもんだな」

「まあ、この本自体が特殊なのもあるけどな。さて……それじゃあそろそろ始めるか」

「ああ」

 

 クロルが頷きながら答えた後、俺は空白のページを開き、左手に『絆の書』を持ちながら空白のページにクロルと一緒に手を置いた。そしていつも通り、目を閉じた状態で体内を巡る魔力が右手を通じて、『絆の書』へと流れ込むイメージを頭の中に浮かべ、それに続いて右手にある穴から『絆の書』へと魔力が流れ込んでいくイメージが浮かぶのを感じながらそのまま『絆の書』に魔力を流し込んでいった。

 

 ……よし、そろそろ良いかな。

 

 右手を離しながら目を開けると、そこには蕗の葉の下で空を見上げるクロルの姿とコロポックルについて詳細に書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

「よし……これで良いな。ふあ……それじゃあ俺もそろそろ寝るとしようかな」

 

 そう独り言ちてから布団へと戻ろうとしたその時、「遠野……?」と話し掛けられ、俺は体をビクリと震わせながらそちらに顔を向けた。すると、長谷が少し眠そうな顔をしながら俺の事を見ていたため、俺は内心ビクつきながら長谷に話し掛けた。

 

「長谷、どうかしたか……?」

「……いや、ちょっと目が覚めちゃってな。それで、窓の方に視線を向けたら、遠野がいたからちょっと声を掛けてみただけだ」

「そ、そっか……」

「遠野はどうしたんだ?」

「俺も目が覚めたから、ちょっと夜景を眺めていたんだよ」

「そういえば、臨海学校の時もそうだったよな」

「そうだな。まあ、すぐに寝るから心配はしなくて良いぜ」

「わかった。それじゃあおやすみ、遠野」

「ああ、おやすみ」

 

 そして、再び長谷が寝息を立て始めたのを確認し、俺が安心感からホッと胸を撫で下ろしていると、風之真が『絆の書』の中から声を掛けてきた。

 

『危なかったな、柚希の旦那』

『ああ……たぶん、クロルを登録してるところは見られてないはずだけど、明日の帰りにでもそれとなく訊いてみようかな』

『そうだな……それにしても、ここが『絆の書』の中にある居住空間か。なんだかとても住みやすそうな場所で安心したぜ』

『それなら良かったよ。クロル、改めてこれからよろしくな』

『ああ、こちらこそよろしくな、柚希』

 

 クロルの言葉を聞いて一人でコクンと頷いた後、俺は自分の布団の中へと入り、そのまま静かに眠りについた。

 

 

 

 

 翌日、朝食後に布団などを片付けていた時、不意に夕士が少し残念そうな声でポツリと呟いた。

 

「それにしても……海野達の『友達』には結局会えなかったな」

「言われてみればそうだな……なあ、深也、蒼太、やっぱりお前達的には残念だったりするよな?」

「んー……まあ、そうだな」

「けど、修学旅行の前に言ったように今会うのはなんだか気まずいし、残念半分安心半分ってところかな」

「海野……由利……」

「でも、さ……今はこうも思うんだ。会えなかったのは、今が会うタイミングじゃなかったからだってさ」

「だな。たぶんだけど、俺達の気持ちの整理がついたその時には、どこにいてもアイツと会える気がする」

「まあ、アイツが自分から会いに来たらそれはそれで嬉しいけどな」

「ははっ、違ぇねぇな」

 

 海野と由利が笑いながらそう話す中、クロルは俺の肩の上に座りながら嬉しそうに笑った。

 

『アイツら……成長したもんだな』

『後は最高のタイミングで再会するだけだな』

『そうだな。まあ、それはお前に任せるから、しっかりと頼むぜ、柚希』

『ああ、任された』

 

 肩の上のクロルと笑い合った後、俺はある事を思い出し、それについて尋ねるために長谷に話し掛けた。

 

「そういえば、長谷。昨夜、俺に話し掛けてくる前、何か変な光って見てないか?」

「いや、何も見てないけど……何かあったのか?」

「いや、起きてた時に一瞬変な光を放つ何かを見た気がして、もしかしたら長谷もだったかなと思ったんだけど……俺の気のせいかもしれないな」

「そっか……まあ、それなら良いけどな」

 

 どこか心配そうに微笑みながら俺を見る長谷の姿に俺は一瞬罪悪感を覚えた。しかし、これも仕方の無い事だと考える事にして、その罪悪感をどうにか追い払い、部屋の中を見回しながら皆に声を掛けた。

 

「さあ、さっさと片付けを終わらせて旅館の前に集まるぞ」

『おー!』

 

 皆が声を揃えて答えた後、俺達は急いで片付けを終わらせ、荷物や土産物を持って旅館の前へと向かった。そして、旅館の前に行き、列になって並んだ後、俺達は旅館の人達に挨拶をして、来た時と同じバスへと乗った。

 

 これで修学旅行も終わり──いや、遠足と同じで帰るまでが修学旅行、かな?

 

 そんな事を思っている内にバスは出発し、俺達は他愛ない話をしながらバスに乗って空港へと向かった。

 

 

 

 

 数時間後、飛行機に乗って住んでいる街へと帰ってきた俺達は、再びバスに乗って学校へと戻った。そして、次の日が休みな事や休み明けの学校の事などについての連絡を聞いた後、生徒達はバラバラと帰り始めた。

 

「それじゃあ俺達も帰るとするか」

「そうだな。それにしても……修学旅行、スッゴく楽しかったな!」

「ああ。だが……遠足と同じで修学旅行も帰るまでが修学旅行、だからな」

「ふふ、そうですね」

「だったら、本当に気をつけて帰らないと、だね」

「そうだね。それじゃあ帰ろっか」

 

 その狐崎の言葉に全員で頷いた後、俺達は歩き出し、それぞれの家の近くで別れた。そして一人になって家に向かって歩いていたその時、ふと後ろからゆっくりと近付いてくる天斗伯父さんの気配を感じ、俺が静かに背後を振り返ると、そこには予測した通りにスーツ姿で少し驚いた表情を浮かべる天斗伯父さんがいた。

 

「ふふ……驚いてますね、天斗伯父さん」

「……ええ、今回も流石にバレないと思ったのですが……柚希君もやはり成長しているという事ですね」

「それもあるかもしれませんが、やっぱり大國主命さん達から力を頂いたのが大きいかもしれません」

「ああ、やはりお会いになったんですね」

「はい。もっとも、荒御霊のお社越しにですけどね。天斗伯父さんは今日は午前中で終わりだったんですね」

「はい、その通りです。なので、このまま一緒に帰りましょうか」

「はい。あ、そうだ……」

「はい?」

「ただいまもどりました、天斗伯父さん」

「……はい、おかえりなさい、柚希君」

 

 晴れ渡る空の下で二人で微笑みあった後、俺は修学旅行であった事を天斗伯父さんに話しながら家に向けてゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

 

「ふう……北海道から帰ってきたね、深瀬」

 

「ああ、そうだな。個展はいつも通りだったが、今回は面白ぇガキ達にも会えたし、良い時間にはなったかもしれねぇな」

「ふふ、そうだねぇ」

 

 晴れ渡る空の下を一色黎明と深瀬明が会話を交わしながら歩く事数分、二人はある建物の前で足を止めた。その建物は(つた)に覆われた古びた灰色の壁、濃い臙脂色(えんじいろ)の屋根、ステンドグラスが嵌まった窓に同じくステンドグラスが嵌められた木製の観音開きの玄関、といった『大正ロマン風』の造りである『寿荘』という名前のアパートで、近隣住民からは『妖怪アパート』ととも呼ばれていた。そして二人は、玄関をゆっくりと開けながら入ると、中に向かって声を掛けた。

 

「皆、ただいまー」

「おう、帰ったぞー」

『おかえりなさい』

「あ、花子さん。ただいまー」

 

『花子さん』と呼ばれた姿が軽く()()()()()女性に対して黎明が手を挙げながら答えていると、食堂から半袖の薄いシャツを着た小さな子供と白い犬がひょこっと顔を出し、とてとてと黎明達に近付いてきた。

 

「クリ、シロ、ただいま」

「お前達用にも土産を買ってきてやったぞ」

 

 その言葉にクリと呼ばれた子供は無表情ながらもどこか嬉しそうに両手を挙げ、その様子に黎明は微笑みながらクリとシロの頭を優しく撫でていたその時、長い黒髪を後ろで束ねた長身痩躯(ちょうしんそうく)の美男子が階段を下りてくるのが見え、明は少し驚いた顔で「おっ」と声を上げた。

 

「龍、お前帰ってたのか」

「やあ、明さん、おかえりなさい。一色さんもおかえりなさい」

「ただいま、龍さん。いつ帰ってたの?」

「昨日帰ってきたんです。お二人は北海道に行っていたんですよね?」

「おう。黎明が俺の個展の様子を久し振りに観に行きたいっていうから、一緒に行ってたんだ」

「なるほど……それにしても、スゴい量の荷物ですね。これは皆喜びそうだ」

「ふふ……でも、すぐに無くなっちゃいそうだけどね」

「そうですね」

「そういえば……龍、北海道で面白いガキ達にあったぜ?」

「……へえ、どんな子達だったんですか?」

 

 その龍の問い掛けに黎明はクスクスと笑ってから答えた。

 

「伏見稲荷神社の荒御霊のお社を参拝しに来た子達だったんだけど、その中には龍さんみたいに何らかの『力』を持った子達もいたみたいだよ」

「そうなんですね。それは是非とも会ってみたいなぁ」

「ふふ、龍さんもいつか会えると思うよ。あの子達とはまた会えるような気がしたからね」

「それは楽しみだ。さて……そろそろその荷物を運びましょうか」

「そうだね。それじゃあお手伝いをお願いしても良いかな、龍さん」

「はい、任せて下さい」

 

 龍がポンと胸を叩きながら答えた後、黎明達は土産物などを手分けして運び始めた。




政実「第23話、いかがでしたでしょうか」
柚希「一色さん達だけじゃなく、最後の方で龍さんやクリ達も出してたけど、過去編の中で寿荘の人達をまた出したりするのか?」
政実「一応そのつもりだよ」
柚希「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて、それじゃあそろそろ締めようか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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FIRST ANOTHER STORY 夕士と狐崎家

政実「どうも、片倉政実です」
夕士「どうも、稲葉夕士です。ところで、このANOTHER STORYっていうのは何なんだ?」
政実「ANOTHER STORYは、柚希や絆の書のメンバー以外の登場人物をメインとした物で、AFTER STORYのように本編にも関わってくる話だよ」
夕士「なるほどな。それで、最初は俺がメインのANOTHER STORYってわけか」
政実「そういう事だね」
夕士「わかった。さて……それじゃあ、早速始めていくか」
政実「うん」
政実・夕士「それでは、FIRST ANOTHER STORYをどうぞ」


「……よし、後もう少し……」

 

 夏休みも一週間が過ぎた日の午前中、俺は自分の部屋で夏休みの宿題を片付けていた。宿題の大部分は最初の三日間の内に柚希と長谷の二人と一緒に片付けていたため、残った分というのも本当に微々たる物だった。

 

 自由研究はいつものように柚希達と相談しながら片付ければ良いし、これなら今年の夏休みものんびりと過ごせそうだな。

 

 そんな事を思いながら鼻歌交じりでドリルに問題の答えを書いていく事数分、最後の問題を解き終わった後、俺はペンを机の上に置いてから身体を上にグーっと伸ばした。

 

「んー、終わったぁ……」

 

 これで夏休みの宿題も自由研究だけとなり、俺は残った夏休みをゆったりと過ごせる事に嬉しさを感じていた。

 

「さてと……午後から何をしようかな。せっかくだし、柚希と長谷を誘ってどこかに遊びにでも──」

 

 そんな事を独り言ちていたその時、ドアがガチャリと音を立てて開き、母さんがニコニコ顔で話し掛けてきた。

 

「夕士、電話よ」

「電話?」

「ええ。朝香ちゃんから」

「朝香から……ああ、そういえばこの前番号を訊かれたから教えたんだっけ」

「ふふ、早く出てあげなさい。女の子を待たせる男の子は嫌われるわよ?」

「はいはい」

 

 母さんの言葉に答えながら部屋から出た後、俺は玄関の近くにある電話機まで向かい、外れたままになっている受話器を手に取って耳に当ててから保留のボタンを押した。

 

「もしもし?」

『あ、もしもし、夕士君。今、大丈夫だった?』

「ああ、夏休みの宿題を片付けてただけだからな。それで、どうしたんだ?」

『えっとね、午後からいつものみんなで集まって夏休みの宿題をしたいなって思ったんだけど、夕士君は何か予定とかあった?』

「いや、無いな。宿題も後は自由研究だけになったから、柚希と長谷を誘ってどこかに遊びに行こうかと思っていたところだしな」

 

 すると、受話器の向こうから朝香のとても驚いた驚いた声が聞こえてきた。

 

『え、そうなの!? 夕士君、宿題片付けるの早いんだね……』

「まあ、毎年と同じように夏休みの最初の三日間で柚希達と一緒に大体は終わらせてたからな」

『なるほど……』

「でも、みんなで集まるのは賛成だぜ? みんなでやれば宿題も楽しいし、早く終わればその分だけ夏休みも多く楽しめるからな」

『夕士君……ありがとう!』

「どういたしまして。それで、どこに集まるんだ?」

 

 すると、朝香は少し弾んだ声で答えた。

 

『私の家。ほら、始業式の日にどんな家かは軽く話したけど、まだ家に来た事無かったでしょ?』

「あ、そういえばそうだな。たしか、亡くなった両親の友達の椛さんと住んでるんだっけ?」

『そうそう。椛さんも一度みんなに──特に夕士君に会ってみたいって言ってたんだ』

「お、俺に……!?」

『うん、どうやらそうみたいだよ』

 

 朝香の言葉を聞き、俺は自分に何か気になる点があるかを考えてみたが、それらしい事は何も思い浮かばなかった。

 

「俺……何か興味を引くような事あったかな……」

『それはわからないけど、私が知る限りは椛さんが興味を持った人は少ないし、私から夕士君の話を聞いて何か思った事があったんだろうね』

「そ、そっか……まあ、会ってみたいって思ってもらえたのは悪い事じゃないし、良い事にするか」

『そうだね。それじゃあ、雫ちゃんや翼ちゃんには私から連絡をするから、夕士君は柚希君や長谷君に連絡をしてもらってもいいかな?』

「ああ、わかった──あ、そういえば集合場所はどうするんだ?」

『そうだね……それじゃあ学校で待ち合わせよっか』

「わかった。それじゃあまた後でな」

『うん!』

 

 そして、朝香からの電話が切れ、受話器を静かに置くと、いつの間にか隣に来ていた母さんが少し楽しそうに声をかけてきた。

 

「午後から朝香ちゃん達と集まるの?」

「うん、みんなで宿題を終わらせるんだ。まあ、俺や柚希は自由研究の相談をしたり、みんながわからないところのサポートに回る事になるけどさ」

「ふふ、そう。くれぐれも朝香ちゃんのお家の方に迷惑をかけないようにしなさいね?」

「それくらいわかってるよ」

「それなら良いわ。さてと……そろそろ良い時間だし、お昼にしましょうか。夕士、手伝ってくれる?」

「うん、もちろん!」

 

 そう答えた後、俺は母さんと一緒にキッチンへ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

「それじゃあ、行ってきまーす!」

 

 昼食後、参考書や筆記用具などを入れたリュックサックを背負い、俺は玄関のドアを開けた。すると、そこには何かを楽しそうに話す柚希と長谷の姿があり、俺が出てきた事に気付くと、二人はにこりと笑った。

 

「よっ、夕士」

「今日はお前が最後だったな、稲葉」

「そうだな。それで、なんだか楽しそうに話をしてたけど、何の話をしてたんだ?」

「これからの夏休みの過ごし方と狐崎の家についての話だよ」

「どんな家なのかは聞いてたけど、実際に行くのは今日が初めてだからな。稲葉から誘いの電話が来た時から、結構楽しみにしていたんだ」

「はは、そっか。まあでも、俺も結構楽しみではあるかな」

「だろうな。さてと、それじゃあそろそろ行こうぜ」

「おう!」

「ああ」

 

 長谷と一緒に返事をした後、俺達は色々な話をしながら待ち合わせ場所の学校へ向けて歩き始めた。そして歩く事数分、ふとある事を思い出した俺はその事について柚希達の意見を聞く事にした。

 

「……なあ、二人とも」

「ん、何だ?」

「朝香からさ、椛さんが俺達に──特に俺に会ってみたいって言ってたらしいんだけど、俺って何か興味を引くような物あったかな?」

「椛さんがお前にか……」

「俺達には正確なところはわからないけど、狐崎から一番好かれてるのは明らかにお前なわけだし、そこに興味を引かれたからじゃないのか?」

「ありえるな。それに、その相手が異性なわけだから、保護者としてはなおさらどんな奴なのか気になってるんじゃないか?」

「そっか……」

「まあ、会いたくないどころか会ってみたいと言われてるわけだから、そこは喜んで良いと思う。それだけ椛さんからも好意を持たれているという事でもあるからな」

「そうだな。これからも狐崎との付き合いを続ける上で保護者から好意を持たれているのはありがたい話だからな」

「そう……だよな」

 

 たしかに二人の言う通りだ。朝香とはこれからも仲良くしていくつもりだし、椛さんからも興味や好意を持たれているのはとても良い事なのは間違いないよな。

 

 そう思った後、俺は二人に対して笑みを浮かべた。

 

「ありがとうな、二人とも」

「どういたしまして。それと、椛さんと話す機会があったら、興味を持った理由を訊いてみても良いかもな」

「そうだな。もしかしたら、俺達では予想もつかないような理由があるかもしれないしな」

「だな。もし、訊けそうならそうしてみるよ」

「ああ」

 

 そんな会話をしながら歩き続ける事数分、学校の校門が見えてくると、校門の前には朝香の他に夜野と金ヶ崎の姿があり、三人はとても楽しそうに話をしていた。

 

「おっ、いたいた。おーい、朝香ー!」

 

 朝香に向かって大きな声で呼び掛けると、朝香はこちらに視線を向け、とても嬉しそうな顔をしながら手を振ってきた。そして、そのまま三人の近くまで寄ると、朝香は嬉しそうな笑みを浮かべながら話し掛けてきた。

 

「夕士君、それに柚希君に長谷君も来てくれてありがとう」

「どういたしまして」

「雪村達も来るはずなんだけど……まだ三人だけみたいだな」

「はい。なので、皆さんを待ってる間、色々な話をしていたんです」

「へえ、例えば?」

「毎年やってる花火大会の話とか宿題が終わった後の夏休みの過ごし方とかだよ」

「花火大会か……たしかに楽しみだよな」

「うんっ! それに、雫ちゃんから雪村君が毎年色々なイベントを開催してるって聞いてとってもワクワクしてるんだ」

「雪村のイベントか……代表的なのは、遠野と金ヶ崎が仲良くなるきっかけになったあの肝試しだが、今年はどうするんだろうな……」

 

 長谷がそんな事を言っていたその時、「おーい、お前達ー!」という雪村の元気な声が聞こえ、俺達は揃ってそちらに視線を向けた。すると、視線の先にはこっちに向かって走ってくる雪村や山野達の姿があった。そして、五人が俺達の目の前で足を止めると、雪村は少しだけ息を切らしながらニッと笑った。

 

「はあ、はあ……待たせたな、お前達」

「ううん、私達もちょっと前に来たところだから」

「俺達もついさっき来たばかりだ」

「あ、そうなんだね」

「ああ。ところで、雪村。今、お前の計画するイベントについて話してたんだけど、今年も何かやるのか?」

「ん、今年か? もちろん、今年も計画はしてるぜ。もっとも、それが何かはまだ秘密だけどな」

「そうか。さて……これで全員揃ったな」

「そうだね。それじゃあ私の家に向けて出発しよっか」

 

 その朝香の言葉に揃って頷いた後、俺達は夏休みの話をしながら朝香の後に続いて歩き始めた。そうして歩いていく事十数分、目の前に大きな和風のお屋敷が見えてくると、朝香は俺達を振り返りながらにこりと笑った。

 

「あれが私の家だよ」

「あれが朝香の家……」

「広い屋敷だって聞いてたけど、本当に広そうだな……」

「うん……なんだか昔話に出てきそうなお屋敷だもんね……」

 

 俺達はお屋敷の大きさに圧倒されながらもそのまま歩き続けた。そして、大きな門の間を通って玄関に向けて歩いていったその時、玄関のドアがゆっくりと開き、中から水色の着流し姿の男の人が出てきた。

 

「あ、湊さん。ただいま」

「朝香様、お帰りなさいませ。そちらは……」

「ああ、そういえば湊さん達には話してなかったね。今日はね、ここにいるみんなと夏休みの宿題を終わらせるつもりなんだ」

「そうでしたか」

 

 湊さんは納得顔で頷くと、人懐こそうな笑みを浮かべながら俺達に話し掛けてきた。

 

「皆様、初めまして。私は湊、この屋敷の主である椛様の部下です」

「部下……お仕事の関係のですか?」

「……まあ、そんなところです」

「ところで、湊さん。椛さんは?」

「椛様はお部屋にいらっしゃるようでした」

「そっか。また自分の部屋で何か本でも読んでるのかな?」

「そうかもしれません。さて、私は一度失礼させて頂きます。皆様、宿題を終わらせられるよう精一杯頑張ってくださいませ」

「うん、ありがとう」

『ありがとうございます』

「いえいえ。それでは……」

 

 そう言うと、湊さんはチラリと柚希を見てからその場を立ち去り、柚希も湊さんが去っていくのを静かに見つめていた。

 

「柚希、どうかしたか?」

「……いや、不思議な人だったなぁと思ってな」

「まあ、そうだよな。まるで江戸時代からタイムスリップしてきたような服装だったからな」

「ああ、それもあるんだけど……」

「あるんだけど?」

「……いや、なんでもない。ところで、狐崎。今の湊さんは椛さんの部下って言ってたけど、度々ここを訪れているのか?」

 

 その問いかけに朝香はコクンと頷いた。

 

「うん。他にも色々な人がいて、たまに面白い話を聞かせてもらえるよ」

「そっか」

「さて、私達も中に入ろう。早くしないと宿題をやる時間が無くなっちゃうし」

「おっと、そうだな。俺や柚希はもう自由研究だけだけど、出来るなら早めにその相談をしたいしな」

「そうだな」

 

 そして俺達は、開いたままのドアをくぐって中へと入った。

 

「おじゃましまーす──って、中もスゴく和風な感じだな」

「うん。さっき、雫ちゃんも言ってたけど、昔話に出てきそうな感じだよね」

「ふふっ、私も初めて見た時はそんな感じの事を思ったよ。さてと、それじゃあみんな、私について来て」

 

 その言葉に従って朝香の後に続いて歩いていき、俺達は一つの部屋の前に着いた。そして、障子戸を静かに引き開け、中へと入ってみると、そこには大きな机やソファーなどが置かれていた。

 

「ここは居間だよ。みんなで勉強をするならここが一番だと思ってね」

「なるほどな」

「たしかにこの机を囲むようにして座れば良さそうだな」

「そういう事。それじゃあ私はみんな分の座布団を持ってくるから、みんなは勉強会を先に始めちゃってて」

 

 そう言いながら朝香が部屋を出ようとした時、俺はリュックサックを静かに置いてから朝香の肩にポンと手を置いた。

 

「それなら俺も手伝うよ、朝香」

「え、でも……」

「良いから良いから。一人で全員分は流石に疲れるだろ?」

「……うん、そうだね。それじゃあお願いしちゃおうかな」

「ああ、任せとけ」

 

 自分の胸を軽く叩きながら言うと、後ろから両肩をポンと叩かれた。それを不思議に思いながら振り返ると、柚希と長谷がニヤニヤと笑いながら俺の肩に手を置いていた。

 

 あ、この感じ……なんだか嫌な予感が……。

 

「流石は夕士先輩。すぐに手伝いを申し出る辺り、夕士先輩はカッコいいですなぁ」

「そうですなぁ。これは我々も見習わないといけませんなぁ」

「違いない違いない」

「はあ……お前達だって同じ立場だったら普通にそうするだろ?」

「「もちろん、そうだが?」」

 

 お前は何を言っているんだと言わんばかりの顔で二人が揃って答えるのに対してため息をついた。

 

 やっぱりこうなるよな……まあ、このままここにいてもしょうがないし、そろそろ座布団を取りに行くか。

 

 そう思った後、俺は朝香に向かってにこりと笑った。

 

「さて、行くか」

「うんっ!」

 

 朝香が頷いた後、俺達は障子戸を開けたままにして居間を出て、座布団がある部屋へ向かって歩き始めた。そして、朝香の隣を歩き続けていたその時、向こう側から紅葉柄の着物を着た綺麗な女の人が歩いてくるのが見え、その姿に朝香はとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「あ、椛さん」

「おや、朝香ではないか。む、隣にいるのは……」

「椛さんが会いたがってた夕士君だよ」

「は、初めまして。稲葉夕士です……」

 

 俺が少し緊張しながら自己紹介をすると、椛さんは優しい笑みを浮かべた。

 

「そうか、お主が夕士か。ワシは椛、この家の家主で、朝香の保護者じゃ。これからよろしく頼むぞ、夕士」

「は、はい……! こちらこそよろしくお願いします……!」

「うむ。ところで、二人とも。お主らの時間を少しもらっても良いか?」

「え、それは良いけど……」

「俺達に何か用事ですか?」

「用事……というかは、伝えておきたい事があってな」

「伝えておきたい事……うん、わかった。でも、その前にみんなのところに座布団を運びに行っても良いかな?」

 

 その問いかけに椛さんは笑みを浮かべながら静かに頷いた。

 

「うむ、もちろんじゃ。だが、二人でも全員分はキツかろう。ワシも手伝うとしよう」

「わあ、ありがとう!」

「どういたしまして。では、行くぞ」

 

 反れに頷いた後、俺と朝香は椛さんの後に続いて再び歩き始めた。そして、三人で手分けをして座布団を持った後、俺達は居間に向かって廊下を戻っていった。

 

 それにしても……俺と朝香に伝えたい事って何なんだろう……?

 

 居間に戻るまでの間、椛さんが言っていた伝えたい事というのが何なのか考えたが、まったくそれらしい事は思い付かなかったため、俺はその内に考えるのを止めた。そして居間に着いた後、俺達が入っていくと、俺達を迎えようとした柚希達の視線はすぐに椛さんへと注がれた。

 

 あはは……まあ、仕方ないよな。

 

 そんな事を思いながら、座布団を静かに置いていると、朝香はにこりと笑いながら椛さんを紹介し始めた。

 

「みんな、ここにいるのが椛さんだよ」

「この人が椛さん……」

「この家の家主で、朝香の保護者の椛じゃ。皆、これからよろしく頼むぞ」

「あ、はい……」

「こちらこそよろしくお願いします……」

 

 みんな、椛さんの綺麗さやその立ち居振舞いに圧倒されているのか少し緊張した様子を見せていた。しかしそんな中、柚希や長谷、夜野は緊張した様子はなく、余裕があるような表情で椛さんの事を見ていた。

 

 まあ、長谷と夜野はパーティーとかで色々な人と出会ってそうだし、柚希も天斗さんの知り合いとの出会いでこういう雰囲気の人には慣れてそうだから、違和感はないよな。

 

 そんな事を思いながら柚希達に座布団を次々と渡していった後、俺は柚希と長谷に近づき、小さな声で話し掛けた。

 

「……柚希、長谷、少しの間みんなの宿題のサポートを任せても良いか?」

「それは良いけど……」

「どうかしたのか?」

「さっき、椛さんから俺と朝香に伝えたい事があるって言われてな」

「伝えたい事……」

「狐崎だけにならまだわかるが、出会ったばかりの稲葉にも伝えたい事となると、だいぶ限られそうだな」

「そうだな──あ、もしかしたら狐崎を夕士の許嫁(いいなづけ)にしたいとか?」

 

 クスリと笑いながら柚希が言うと、それを聞いた長谷は納得顔で顎に手を当てた。

 

「ふむ……なるほど。狐崎の稲葉への好意は明らかだからな。どこかで変な虫に引っ掛かるくらいなら、稲葉に任せた方が良いと考えるのは不思議ではないな……」

「いやいや、それはないから。とりあえず、そういう事だから、少しの間任せたぞ」

「ああ、任された」

「稲葉、俺達の事は気にせずに椛さんとの話に集中しろよ?」

「ああ、もちろんだ」

 

 頷きながら答え、朝香と椛さんの隣へ戻ると、朝香はいつもの人懐こそうな笑みを浮かべながらみんなに声を掛けた。

 

「それじゃあ、みんな。私と夕士君はちょっと椛さんと話があるから、椛さんの部屋まで行ってくるね」

「うん、わかった」

「夕士君、朝香さん、こちらはこちらでしっかりと宿題を進めておくので心配なさる事なくお話をしてきてくださいね」

「夕士、彼女と椛さんの二人と一緒だからって変な気を起こすなよ?」

「起こすか! というか、朝香は彼女じゃないって!」

「おや、ワシは似合いの二人だと思うぞ?」

「いやいや、椛さんまで変にのらないで下さい!」

 

 俺が思わず椛さんにつっこむと、椛さんは愉快そうにクスクスと笑った。

 

「ふふ、本当にそう思っておるのじゃがな。さて……では、行くとしよう」

「うん!」

「はい」

 

 返事をした後、俺達は揃って居間を出て、椛さんの部屋へ向かって歩き始めた。そして、椛さんの部屋に着いた後、俺達は部屋の隅に積まれていた座布団を並べ、その上に静かに座った。

 

「……さて、それでは話を始めるとしよう」

「うん。それで、話って何なの?」

「うむ、それなのだが……夕士、これを見ても驚くでないぞ?」

「……え?」

 

 俺が疑問の声を上げる中、椛さんが小さく息を吐いたその時、椛さんの頭から()()()がひょこっと生えた。

 

「……え、狐の耳……? ほ、本物……?」

「うむ、本物じゃ」

「椛さん……良いの? 一応、私やお父さん達、狐崎の人間以外には隠してたんじゃ……」

「ああ、よい。もっとも、あの中にはワシの正体について気づいている者がおったようじゃがな」

「椛さんの……正体……」

「そうじゃ。ワシは妖狐、いわゆる妖じゃ」

「妖狐……」

 

 つまり、椛さんは人間じゃなく、本物の妖怪って事か……。

 

 椛さんの突然のカミングアウトに俺が少し驚いていると、椛さんは意外そうな様子で話し掛けてきた。

 

「おや……驚くでないぞとは言ったが、思ったよりも驚いたり怯えたりはしないのじゃな」

「あ、えーと……一応、これでも人間じゃない何かと会ったり見かけたりした事はあったので……」

「……そういえば、朝香からそんな事を聞いた気がするのう。まあ、怯えられないだけ話がしやすくてこちらとしては助かるがな。因みに、先程湊に会ったと思うが、あの湊も人間に見えて正真正銘の妖じゃ」

「湊さんも妖怪……という事は、椛さんって妖怪達の親玉的な存在なんですか?」

「そうなるのう。じゃが、ワシとて元からそうだったわけではない。狐崎の一族と親交を深めていく中で出会った妖達を気紛れで助けていたら、あちらから慕ってきただけじゃからな」

「……そうなんですね」

「さて、夕士。ここで一つお主に謝らないといけない事がある」

「謝らないといけない事……ですか?」

 

 俺が訊くと、椛さんは静かに頷いた。

 

「そうじゃ。もう気付いていると思うが、朝香はお主の事を明らかに好いておる。そこでワシは、部下の妖達を使って、お主やお主の家族について色々調べておったのじゃ」

「え、そうだったんですか?」

「うむ。保護者として朝香が慕う者について知りたいと思うのは当然の事であろう? よって、色々調べていたのだが……」

「…………」

「その結果、お主もお主の家族もとても良い人間である事がわかり、ワシは調査をさせていた妖達を引き上げさせた。夕士、気になったとはいえ、勝手に調べていた事、本当にすまなかった」

 

 椛さんが深々と頭を下げ、その様子を朝香が不安げに見つめる中、俺は静かに首を横に振りながら答えた。

 

「いえ、謝らないで下さい。自分が預かっている子──朝香が心配でそういう事をしたわけですから仕方ないですよ」

「夕士……ふふ、礼を言うぞ。お主のような(おのこ)と朝香が出会い、こうして友人となった事は、本当に幸運であった」

「そう言ってもらえて嬉しいです。でも、俺は椛さんとも仲良くしていきたいですよ?」

「ほう?」

「たしかに椛さんは俺や朝香のような人間ではないですけど、だからと言って仲良くしたらいけない理由はないですから。それに、昔から生きている椛さんなら色々な事を知っていそうですから、それを学んでいきたいんです」

「……くく、そうかそうか。そういう事ならその思いに応えるとしよう。夕士、改めてよろしく頼むぞ?」

「はい、こちらこそ」

 

 そう言いながら、俺達は固く握手を交わした。繋いだ椛さんの手から優しい温もりが伝わり、椛さんが本当に優しい妖怪なんだという事が同時に伝わってきた。

 

 まさか本物の妖怪に会う事になるとは思ってなかったけど、この出会いは大切にしていこう。さっきも言ったように俺は椛さんとも仲良くしていきたいからな。

 

 そんな事を考えながら手を離すと、朝香はとても安心した様子で小さく息をついた。

 

「良かったぁ……夕士君に椛さんの事を受け入れられなかったら、私どうしたら良いかわからなかったもん……」

「はは、そうじゃろうな。じゃが、全ての人間がこのように人ならざるモノと絆を結ぼうと考えてくれるとは限らんし、その逆もしかりじゃ。もっとも、あの者達は驚きはすれども受け入れてはくれると思うがな」

「そうだと思います。特に柚希は妖怪や西洋の怪物、神獣や神様みたいなのが好きですし、『絆の書』っていう名前の色々な妖怪や西洋の怪物なんかが描かれた画集をいつも持っていますし、椛さんが本物の妖怪だって知ったら、本当に喜びますよ」

「そうじゃろうな。しかし、あの柚希という童は既にワシが人ならざるモノだという事に気付いているじゃろうな」

「……え?」

「椛さん、それってどういう事?」

 

 朝香が問いかけると、椛さんは真剣な顔をしながらそれに答えた。

 

「……お前達は気付いていないかもしれないが、あの遠野柚希という童からは尋常ではない程の力の気配を感じる。その力の気配というのは、ワシら妖が有する妖力とも西洋の魔女達の扱う魔力、神々が用いる神力とも違う物じゃがな」

「でも、柚希君は人間なんだよね?」

「ああ。しかし、始業式の日に朝香を心配して様子を見に行った部下達からもそのような報告を受けておる。まあ、夕士のように朝香とは仲良くしてくれているようじゃから、差程警戒はしておらんがな」

「柚希が……」

 

 じゃあ、前に俺と長谷が電話で話した内容はもしかして……。

 

「……夕士。その様子は何か思い当たる節があるようじゃな」

「……はい。確信があるわけではないですが、俺と長谷は柚希について去年の冬にある予測を立てています。でも、俺と長谷は柚希の事について話す中である事を決めたんです」

「……それが何か訊いても良いか?」

「……たとえ、柚希が何者であろうと今まで通り、幼馴染みであり親友として接する。それが俺達の決めた事です。もしかしたら、柚希は俺達の理解を超えた何かなのかもしれない。

でも、柚希は俺達の事を幼馴染みであり親友として扱ってくれている。だから、俺達もこれまでと変わらずに柚希と接すると決めたんです。柚希が何かを隠しているとしても絶対にいつかは話してくれると信じていますから」

「……そうか。夕士、お前達の絆は本当に美しいのだな」

「うん、椛さんの言う通りだね。なんだかそこまで信じてもらえている柚希君が羨ましいや」

「そうじゃな。朝香、お主も夕士や他の友人達との絆を大切にしていくのだぞ?」

「うん、もちろんだよ」

 

 朝香の返事に椛さんは安心したような笑みを浮かべたけど、すぐにまた真剣な顔をしながら口を開いた。

 

「さて、次の話じゃ。朝香、これはお前に一番関わる話じゃ」

「私に一番関わる話……」

「ああ。朝香の両親の死因に関わる話じゃからな」

「お父さん達の死因……?」

「たしか……お父さんは持病、お母さんはまた別の病気で亡くなったって朝香から聞いたような……」

「それは表向きの理由じゃ。朝香の両親が死んだ理由、それは狐崎の一族に掛けられていた呪いによるものだ」

「の、呪い……!?」

 

 突然の事に朝香が驚く中、俺は高鳴る鼓動を押さえつけながら震える声で椛さんに話し掛けた。

 

「も、椛さん……狐崎の一族に掛けられていた呪いって何なんですか? もしかして、朝香にもその呪いが……?」

「……残念じゃがな。朝香、お前の胸元に昔からアザがあったじゃろう?」

「え……あ、あるよ……? なんか蜘蛛(くも)みたいな形の奴が……」

「それは土蜘蛛の呪印。遥か昔、狐崎家の初代が土蜘蛛を討ち取った際に受けた呪いが形となって現れた物じゃ」

「土蜘蛛……あれ、たしか土蜘蛛って源頼光(みなもとのよりみつ)が討ち取ったんじゃ……?」

「それとは別の個体じゃ。人間達の間ではよく知られておらぬが、かつて人間によって討ち取られたとされる妖や鬼と同じ個体は複数おり、討たれなかった個体は今でもこの世に生きておるのじゃ」

「そうなんですね……」

「ああ。朝香、お主は知らないと思うが、狐崎の一族は代々陰陽師として生計を立てており、お前の父も幼き頃から陰陽道を学んでおったのだ。そして、お前の母の家系である近衛(このえ)の家は、それを支えながら人間や他の妖に仇をなす妖を討ち取る使命を背負っていた。そんな二つの家の血を受け継いだのが、お主なのじゃよ」

「そうだったんだ……でも、どうしてそれを私に教えてくれなかったの?」

 

 その朝香の問いかけに椛さんは哀しそうな顔をしながら首を横に振った。

 

「お前の父も母もお前を陰陽師にしたくなかった上、悪意を持つ妖と争う使命を背負わせたくも無かったのだ。お前には普通の人間として生きて欲しかった。ただ、それだけだったのじゃ」

「そんな……」

「それで、その土蜘蛛の呪いっていうのは、受けた相手に対してどういう効果を及ぼすんですか?」

「……この呪いは解呪されるまで自身の子供にも受け継がれる物で、呪いを受けた者は己の中にある霊力などを抑え込まれ、酷く短命になる上、呪いを受けた者と(ちぎ)りを交わした者にも移る。つまり、朝香が将来恋慕う者との間に子を成した場合、その恋慕う者にも子にも土蜘蛛の呪いが移るという事じゃ」

「…………」

「それならば、何故今まで朝香にその事を教えなかったと思うじゃろうな。簡単な話じゃ。朝香が恋慕う程の相手、それも妖への理解が深い者が今まで現れなかったからじゃよ。心優しい朝香の事じゃ。朝香にこの呪いの事を話したら、誰にも迷惑を掛けたくないと言って、周囲との関わりを絶とうとするからな」

「それはそうでしょ!? だって、ご先祖様が受けた呪いのせいで他の人まで不幸になんてしたくないよ!」

「そう言うと思った。じゃから、ワシらはこの事を今まで隠し、呪いの力であ奴らが命を落とした時もこれは病によるものだと朝香に話した。それが今の朝香のためだと思ってな」

「そんな……そんな事って……」

 

 朝香は絶望しきった様子で項垂れ、それを椛さんはただ見つめるだけだった。

 

 椛さんは朝香が恋心を抱いていて、妖怪への理解がある相手が現れなかったから、この事を話さなかったと言った。でも、今それを話したという事は、椛さんにとって俺がその相手だと思ったからだろう。

 

 ……恋、か。柚希や長谷にはまだはっきりと言ってないけど、俺は朝香の事を少なくとも他の女子よりも大切な存在だと思っている。これは始業式の日に朝香から好意を抱いてもらったからじゃない。今日まで朝香と一緒に帰ったり、何かについて話したりしていく中で朝香のその明るい性格や可愛らしい笑顔に心を奪われたからだ。この気持ちに嘘は無いし、嘘をつくつもりはない。

 

「……だったら、やるべき事は一つだな」

 

 小さな声でそう言った後、俺は椛さんに話し掛けた。

 

「椛さん」

「……なんじゃ、夕士?」

「その呪い、解く事は出来るんですよね?」

「……恐らくな。しかし、初代の頃から付き合いがあるワシでもその解き方は見つけられていない。それだけ、この呪いは強いのだ」

「でも、解ける可能性は0じゃない。だったら、色々な事をとことん試せば良いだけじゃないですか?」

「……そうじゃが、まさかお主……」

「……はい。その呪いを解く方法を探すのを俺にも手伝わせてください」

 

 その言葉に朝香は弾かれたように俺の方へ泣きそうな顔を向けた。

 

「夕士君、何を言ってるの!? 本来、この事は夕士君には関係ない事なんだよ!?」

「本来はな。けど、話を聞いてそれを放っておく程、俺は薄情じゃない。それに……」

「……それに?」

「……俺的に好きな奴の泣く顔を見たくない……というか……」

「え、それって……」

 

 朝香が驚いた顔を向ける中、俺は恥ずかしさを感じながらも自分の気持ちを口にした。

 

「……ああ、そうだよ! 朝香が俺の事を好きでいてくれるように俺だって朝香の事が好きなんだよ!」

「夕士君……」

「うう……言ったら言ったでなんだか恥ずかしくなってきた……」

「ふふ……若いというのはいいのう。しかし、夕士。話をしたワシが言うのもあれだが、本当に良いのか?」

「……はい。さっきも言ったように話を聞いた以上、それを放っておけませんし、この土蜘蛛の呪いで朝香が苦しむのは我慢出来ませんから」

「……わかった。では、夕士にも土蜘蛛の呪いの解呪の方法を探すのを頼むとしよう。朝香、お前は良いか?」

「私は……」

 

 朝香は不安と心配が入り交じったような顔をしながら俺に視線を向けたが、俺が大きく頷くと、安心したような笑みを浮かべた。

 

「……私も夕士君が手伝ってくれるなら本当に嬉しい。それに、こんな哀しい事は私の代で終わりにしたいもん!」

「……そうじゃな。土蜘蛛の呪いは、この代で確実に途絶えさせる。それがワシらに出来る朝香の両親やこれまで呪いによって命を落としていった者達への手向けとなろう。朝香、夕士、これから共に頑張っていくぞ」

「うん!」

「はい!」

 

 俺の中から沸き上がってくるやる気を感じながら、俺は朝香と一緒に大きな声で返事をした。

 

 大切な人を救うため、そして今まで無念の死を遂げた狐崎の人達やそれを支えてきた人達のために絶対にこの土蜘蛛の呪いは解く。それが朝香を好きになった俺の役目だからな。

 

 土蜘蛛の呪いを解くという新たな目標を胸に抱き、静かにやる気の炎を燃やしていたその時、「あ、そういえば……」と言ったかと思うと、朝香は少し恥ずかしそうな顔をしながら俺の事を見始めた。

 

「ん、どうした?」

「私が夕士君を好きで、夕士君も私が好きって事は私達は相思相愛って事……で良いんだよね?」

「……そ、そうだな……」

「……それに、さっきプロポーズみたいな事も言ってもらったし、これはもう恋人同士って事に……!?」

「ちょ、ちょっと待てって! たしかにそれっぽい事は言ったけど、まだ正確には恋人っていうわけでは──」

「おや、違うのか?」

「椛さん!」

「ふふ、冗談じゃ。しかし、お主らはお互いがお互いの事を好いている事がハッキリとしておる。それなら、そういった関係になっても良いとは思うがのう」

「そ、それは……」

「まあ、今は土蜘蛛の呪いを解く事が最優先じゃからな。しっかりとした恋仲になるのは、その後が良いかのう」

「……そうですね」

 

 椛さんの言葉に返事をした後、俺は朝香の目を真っ直ぐに見ながら口を開いた。

 

「朝香、お前に掛けられた土蜘蛛の呪いをどうにかしたら、絶対にお前にもう一度想いを伝える。だから、それまでは友達以上恋人未満っていう関係でいる事にしてくれ」

「……うん、わかった。夕士君、一緒に呪いを解くって言ってくれて本当にありがとう。そして、改めてこれからよろしくね」

「ああ、こちらこそよろしくな」

 

 とても嬉しそうな笑顔を見せる朝香と俺は固く握手を交わした。その手からは椛さんの時と同じように温もりが伝わり、その温もりは俺の心をぽかぽかとさせていった。そして、手を離した後、俺はまた椛さんの方を向いてから話し掛けた。

 

「椛さん、この土蜘蛛の呪いの事はやっぱり柚希達にはまだ話さない方が良いですよね?」

「そうじゃな。信じてはくれるじゃろうが、心配をかける事に間違いは無い上、それを朝香が望まんだろうからな」

「うん。みんなに隠し事をするのは、ちょっと気が引けるけど、これは仕方ないもんね」

「そうだな。ところで、椛さん。一つ質問があるんですけど」

「む、なんじゃ?」

「朝香が持っているお札とペンダントなんですが、その効果で少しでも土蜘蛛の呪いをどうにかする事って出来ないんですか?」

「……なるほど、その事か。そうじゃな。一応、多少抑え込めてはおるが、完全にどうにかする事は出来ん。しかし、その呪いの気配は完全に消す事が出来ておるから、それを解くという建前で下心を持って朝香に近づく悪い虫共は避けられるじゃろうな。もっとも、これからは夕士がおるから、悪い虫共も迂闊には近づけんじゃろうがな」

「はい、それはもちろんです」

 

 流石に悪意を持った妖怪はどうにも出来ないけど、それはペンダントやお札に任せて、下心を持って近づく人間からは俺が守らないとだな。

 

「うむ、任せたぞ。さて……今回の話はこれで終わりじゃ。二人とも時間をとらせて悪かったのう」

「ううん、良いよ。これからの私達にとってとても大切な事だったから。ね、夕士君」

「そうだな」

「そう言ってもらえて助かる。では、そろそろ居間へ戻るとしよう」

「うん」

「はい」

 

 そして、椛さんが再び人間の姿になった後、椛さんの部屋を出てそのまま居間に向かって歩き始めようとしたその時、不意に朝香が俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。

 

「あ、朝香?」

「えへへ、相思相愛ってわかったら、ちょっと大胆な事をしたくなって……」

「そ、そっか」

「ねえ、居間に戻るまでこのままでも良いかな? こうしてると、夕士君をもっと近くに感じられて私的にホッとするし、とっても嬉しいから」

「……ああ、良いぜ。俺も朝香と同じ気持ちだからな」

「ふふ、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 朝香の嬉しそうな笑顔を見て俺も嬉しくなった後、俺と朝香は椛さんの温かな視線を感じながら居間へ向かって歩きだした。そして、揃って居間の中に入ると、俺達の気配に気付いたらしい柚希が勉強を教える手を止めてこっちに顔を向けた。

 

「おかえり──って、腕なんて組んでどうしたんだ、二人とも?」

「えへへ、ちょっとね。ねっ、夕士君」

「ああ、ちょっとな」

「へえ……ちょっと、ねえ……」

「そのちょっとを俺達に聞かせてほしいところだけどなぁ……」

 

 話を聞いていた長谷や雪村がにやにやと笑いながら言う中、俺は少しだけ胸を張りながらそれに答えた。

 

「お互いの気持ちを伝えあって、少しだけ仲が進展した。それだけだよ」

「気持ちを伝えあって、か」

「良いんじゃないか? 何を伝えたかは知らないが、お互いに思っている事を正直に言うのは良い事だからな」

「へへ、まあな。ところで、柚希。ちょっと質問があるんだけどさ」

「ん、何だ?」

 

 不思議そうに首を傾げる柚希に対して俺は柚希の首から下がっている『ヒーリング・クリスタル』を指差した。

 

「その『ヒーリング・クリスタル』って、たしか色々な物を癒せるんだよな?」

「ああ、他にも悪いモノを浄化する力もあるって聞いてるけど……もしかして、どこか怪我でもしたか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど──って、浄化?」

「……ああ、そういえばまだそれは話してなかったか。この『ヒーリング・クリスタル』には、色々な物を浄化する力もあって、簡単な呪い程度なら解く事が出来るんだってさ」

「呪いを……」

「解く……」

 

 朝香と椛さんが少し期待をするような視線を『ヒーリング・クリスタル』に向けると、柚希はとても不思議そうに俺に話し掛けてきた。

 

「でも、それがどうかしたのか?」

「あ、いや……」

 

 どうする? 今、土蜘蛛の呪いの事を正直に話せば、もしかしたら呪いは解けるかもしれない。でも、解けなかったら、みんなに心配をかけるだけだ。

 

 柚希の視線を感じながら土蜘蛛の呪いについて話すべきか迷っていたその時、椛さんが不意に俺達の前へと出た。

 

「椛さん……」

「なに、先程少し書庫へ行っておったのだがな。その時にある本を触れたら、朝香が目眩を起こし、それを夕士がなにか呪いにでも掛かったのではないかと心配しているだけじゃ」

「そういう事ですか……それじゃあ、一応『ヒーリング・クリスタル』で浄化してみますか?」

「そうじゃな。頼めるか?」

「はい、任せてください。それじゃあ、狐崎。ちょっとこの『ヒーリング・クリスタル』を握ってくれるか?」

「あ、うん」

 

 朝香は組んでいた腕を静かにほどくと、柚希の前にしゃがみこみ、『ヒーリング・クリスタル』を優しく握った。そして、柚希はそれを確認してから目をゆっくりと瞑った。すると、『ヒーリング・クリスタル』は淡い白い光を放ち出し、それと同時に朝香の顔も少しずつ安らぎの色が浮かび始めた。

 

 これはもしかすると、もしかするか……!

 

 そんな期待を込めた視線を向けながら待つ事数分、『ヒーリング・クリスタル』の表面が完全に曇ると、柚希は静かに目を開けた。

 

「……たぶん、これで大丈夫だと思う。狐崎、調子はどうだ?」

「……うん、すごく体が軽い……!」

「それじゃあ、もしかして……!」

「ああ。その呪いなら狐崎の体の疲れと一緒に無くなったと思う。ただ……」

「ただ……?」

「……いや、なんでもない。まあ、何にしてもこれで心配はいらないだろ?」

「ああ、そうだな」

 

 柚希からの問いかけに答えながら俺は朝香に小さな声で話し掛けた。

 

「朝香、土蜘蛛の呪印はどうなってる?」

「ちょっと待ってね──う、まだ残ってる……」

「そうか……」

「しかし、その気配は確実に薄れておる。朝香、呪印も薄くなっておるじゃろう?」

「うん。前見た時よりも確実に薄いし、なんだか体の底から力が沸き上がってくるような気がするよ」

「って事は、『ヒーリング・クリスタル』の浄化の力で少しは土蜘蛛の呪いもどうにかなったって事か」

「そうじゃな。しかし、まだ全てが解けたわけではない。よって、これからも呪いを解く方法を探す必要はある」

「そうですよね……でも、やっぱり解けない物では無いみたいですし、いつか絶対にどうにか出来ますよ」

「ああ」

「うん、そうだね」

 

 椛さんと朝香の返事を聞いた後、俺は朝香の肩にポンと手を置いた。

 

「よし、それじゃあ俺達も勉強会を始めようぜ、朝香」

「うん!」

 

 そして、揃って勉強道具を準備した後、俺達は隣同士で座りながら勉強会に混ざっていった。結局、朝香に掛けられた土蜘蛛の呪いはまだ解けてない。けど、解けない物では無いという事はわかった。

 

 ……俺にどこまで出来るかはわからないけど、朝香のためにも絶対に解いてみせる。たとえ、どんなに辛い目に遭ったとしても。

 

 奥底から沸いてくるやる気を感じながら、俺は静かにそう決意した。




政実「FIRST ANOTHER STORY、いかがでしたでしょうか」
夕士「今回の話で朝香の身に起きている事や俺の新しい目標がわかったわけだけど、ANOTHER STORYはこれからもこんな感じにやっていくのか?」
政実「そうだね。まあ、また夕士メインのANOTHER STORYをやる時があると思うけど、その時はよろしくね」
夕士「おう! そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
夕士「ああ」
政実・夕士「それでは、また次回」


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第24話 二又の尾の猫と火中の鼠

政実「どうも、好きな猫の種類は和猫の片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。和猫っていっても何種類かいるけど、その中でもどれが一番好きなんだ?」
政実「そうだね……強いて言うなら三毛猫かな。もちろん、他の猫も好きだけどね」
柚希「そっか。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第24話をどうぞ」


 ある秋の日の朝の事、俺は朝の会が始まるのを待ちながら教室の自分の席に座ってボーッと外を眺めていた。

 

 小学校卒業まであと半年、そうしたら中学生になるわけだけど、中学生になったら()()()()()が待っている。そして、()()()のためにも出来るならそれを回避したいところだけど、正確な日時がわからない以上、このままじゃ回避のしようが無い。

 

「さて……本当にどうしたら良いものかな……」

 

 窓の向こうで色とりどりの落ち葉がはらはらと落ちていく中、中学一年生の春に起きるであろう出来事について考えていたその時、肩をポンポンと叩かれ、俺がそちらに視線を向けると、夕士達が少し心配そうな顔をしていた。

 

「皆……どうかしたか?」

「あ、いや……柚希がどこか哀しそうな顔をしていたから、心配になってさ。な、長谷」

「ああ。遠野、何を考えてたんだ?」

「……あと半年で小学校も卒業するんだなぁって考えてたんだよ」

「……ああ、なるほどな」

「たしかにあと半年で卒業だな。まあ、俺達やお前達、それに金ヶ崎達や山野達は同じ地区だから中学も同じになるけどな」

「そうだな……となると、少なくとももう三年は賑やかな毎日になるわけだ」

「ふふ、そうですね」

「本当なら高校生になってもそうしたいところだが、高校からはそれぞれの進路によって変わってくるからな。必ずしもそうなるわけじゃないな」

「だな。でも、出来るなら楽しい毎日にはしたいよな。どうせなら楽しい方が良いし」

「ははっ、違ぇねぇ!」

 

 俺の言葉に夕士が笑いながら答えていた時、教室のドアが開く音が聞こえ、俺達は揃ってそちらに視線を向けた。すると、そこには楽しそうに話しながら歩いてくる山野と天馬の姿があった。

 

「よっ、お前達。おはよう」

「あ、おはよう」

「おはよう、皆」

「おはよう、山野、天馬」

「なんだか楽しそうに話をしていたが、何かあったのか?」

「あ、うん。実は学校に来る途中で珍しい物を見たんだ」

「珍しい物……ですか?」

 

 夜野が首を傾げながら訊くと、天馬は頷きながら答えた。

 

「うん。まあ、地彦(くにひこ)曰く珍しい物ではあるんだけど…私達が見たのは少し大きめの白鼠とそれを抱きかかえた山吹色の着物姿の女の子なの」

「少し大きめの白鼠とそれを抱きかかえた女の子、か……」

「そう。それでね、僕も最初はただの白鼠だと思ったんだけど、その女の子がすれ違った時、鼠からこんな声が聞こえてきたんだ。『寒い……寒いよぉ……』ってね」

「寒いって……本当にそう言ったのか?」

「僕にはそう聞こえたよ。まあ、鼠の鳴き声がそう聞こえただけだと思うんだけど……」

「はは、そうだろうな。だって、人の言葉を喋る鼠なんて──いや、いなくもない、のか……?」

「雪村君……?」

「あ……いや、なんでもない。でも、本当に人の言葉を喋る鼠だったとしたらスゴい発見だよな」

「たしかにそうですね。ですが……その『寒い』という言葉は不思議ですね……」

「たしかにな……」

「最近、涼しくはなってきたけど、寒いって程ではないからな……」

 

 皆が謎の鼠の言葉の真意について考える中、俺はその鼠の正体について大凡(おおよそ)の予想がついていた。

 

 たぶん、山野達が出会ったという鼠の正体はあれだと思う。けど、その女の子はソイツとどこで出会ったんだろう……? ソイツは本来ならこの国にはいない奴のはずだし……。

 

 そんな事を考えている内にスピーカーからチャイムの音が鳴り響き始めた。

 

「おっと、もうそんな時間か」

「この話の続きは昼休みや帰りにするか」

「そうだな。よし……皆、今日も一日頑張っていくぞ」

 

 その長谷の言葉に全員が頷いた後、夕士達はそれぞれの席へ向かって歩き始めた。

 

 まあ、特に危険なモノでは無いし、もし会えた時には理由を訊けば良いか。

 

 山野達が見たモノについてそう結論づけた後、俺は教室の前の方のドアから担任が入ってくるのを見ながらそちらに意識を向けた。

 

 

 

 

「それじゃあまた明日な、柚希」

「またな、遠野」

「ああ、またな」

 

 放課後、いつものところで夕士達と別れた後、俺は『伝映綱(でんえいこう)』を繋ぎながら家に向かって歩き始めた。すると、『伝映綱』を通じて『絆の書』の中から風之真が話し掛けてきた。

 

『柚希の旦那、山野達が見たっていう謎のネズ公の正体は見当がついてるのかぃ?』

『ああ。大凡の見当はついてるよ。まあ、本当にただの大きめの鼠だという可能性も捨てきれないけど、もし本当に喋ったとしたら正体はたぶんアイツなんじゃないかな……』

『そうか……だが、謎はまだ他にもあるぞ。その人ならざるモノを抱きかかえていた少女が何者かという謎がな』

『そうなんだよな……』

 

 たしかにその通りだ。俺達の例もあるから、人間が人ならざるモノと出会い、仲良くなるというのは不思議じゃない。けれど、山野達が出会ったという鼠の正体が、俺が思っているモノだとすれば、普通の女の子じゃ抱きかかえる事すら出来ない程、重いモノのはず。つまり、その子もただの人間ではないか人ならざるモノという可能性が出てきたのだ。

 

 もう少し正体を探るためのヒントがあれば良かったけど、山野達からはあれ以上の話は聞けなかったからなぁ……。

 

『まあでも、ウチには天下の座敷わらし様がいるし、クロルの時みたいに『運良く』出会えそうな気がするな』

『ふっふっふ、任せてよ、柚希。ボクの力でその謎のコンビと出会わせてあげるからさ』

『ああ、任せた』

 

 そんな会話を交わしながら歩く事数分、家の近くまで来たその時、前方から手に大きな袋を持った天斗伯父さんが歩いてくるのが見えた。そして、天斗伯父さんに近付いていくと、天斗伯父さんはニコリと笑いながら俺に話し掛けてきた。

 

「おかえりなさい、柚希君」

「ただいま戻りました、天斗伯父さん。そして、おかえりなさい」

「ただいま、柚希君」

「ところで……天斗伯父さん、その袋は?」

「これは仕事帰りに天上に寄った際、偶然訪ねていらっしゃった豊穣を司る神様から頂いたサツマイモです。なんでも大量にお供え物として頂いたらしくそのお裾分けだそうです」

「なるほど……それじゃあ、今日は今から焼き芋ですね」

「ふふ、そうですね。柚希君、手伝ってもらえますか?」

「はい、もちろんです」

 

 天斗伯父さんの言葉に頷きながら答えていたその時、後ろの方から二つの妖力がゆっくりと近付いてくるのを感じた。

 

 この妖力……もしかして、山野達が出会ったっていうモノ達か……?

 

 そんな事を思いながら背後を振り返ると、大きめの白鼠を抱きかかえながらこっちへ向かって走ってくる長い黒髪の山吹色の着物姿の女の子の姿が見えた。そして、女の子は俺達の目の前で足を止めると、息を切らしながら俺に話し掛けてきた。

 

「あ、あの……! この近くに火はありますか?」

「火……ああ、それなら今から焚き火をするところだったんだ」

「ほ、ほんとですか……!? よ、良かったぁ……」

「でも、火は何に使うのかな?」

「え、えっと……この子、とても寒いみたいなので暖めてあげたいんです」

「なるほど……わかりました。それでは、急ぐとしましょうか、柚希君」

「はい」

 

 そして俺は、天斗伯父さんと一緒に女の子と白鼠を連れて家に帰った後、天斗伯父さんがサツマイモの準備をしにキッチンへ向かうのを見送ってから、庭に向かって焚き火の準備を始めた。

 

 さて……まずは、焚き火をするための落ち葉集めをしないとだから、今回も護龍(フゥーロン)麗雀(リーツェ)に力を借りるか。

 

『護龍、麗雀、出てきてくれるか?』

『はい、わかりました』

『もちろんよ、柚希』

 

 護龍達が返事をした後、俺がランドセルから『絆の書』を取り出すと、女の子は不思議そうに首を傾げ、紫色の瞳で俺を見つめながら話し掛けてきた。

 

「えっと、その本は一体……?」

「まあ、見ててくれ。よし……来てくれ、護龍、麗雀」

 

 そう言いながら『絆の書』の表紙に手を置きながら魔力を注ぎ込んだ。そして、『絆の書』から護龍達が姿を現すと、女の子は頭から()()()を、腰の辺りから()()()を飛び出させながら驚きの声を上げた。

 

「にゃっ!? 本の中から龍と鳥が出てきた!? 君、もしかして手妻(てづま)が出来るの!?」

「ふふ、これは手品なんかじゃないよ。さてと、それじゃあまずは燃やすための葉っぱを集めないとな。護龍、頼んだ」

「はい」

 

 護龍は静かに答えると、『木』の力を使って周囲に散らばる落ち葉を目の前に集め始めた。そして、落ち葉が適度に集まったのを確認した後、俺は次に麗雀に声を掛けた。

 

「よし、それじゃあ麗雀、お願いな」

「ええ、任せて」

 

 麗雀が頷きながら答え、『火』の力を使って落ち葉に火を付けると、落ち葉はぱちぱちと音を立てながら燃え始めた。すると、その音を聞いた白鼠は「うぅ……?」と言いながら焚き火に視線を向け、焚き火をジッと見つめ始めた。

 

「火……火だぁ……!」

 

 そう言いながら女の子の腕の中から飛び出すと、白鼠はそのまま焚き火の中に()()()()()。そして、その様子に護龍と麗雀は納得顔で頷き合った。

 

「なるほど、この鼠の正体は……」

「ええ、間違いないわね。柚希、貴方もこの子の正体はわかっているんでしょう?」

「ああ、まあな。それと……その子の正体もな」

 

 その言葉に女の子は更に驚いた様子を見せた。

 

「にゃっ!? ど、どうして……!?」

「その、『にゃっ』っていう言葉と耳と尻尾、そこから一目瞭然(いちもくりょうぜん)だよ。君は……『猫又』なんだろ?」

「……う、うん。君の言う通り、私は猫又だよ」

 

 女の子──『猫又』が頷きながら答えた後、俺は焚き火の中に声を掛けた。

 

「後は……おーい、聞こえるかー?」

「……あ、はい……」

「君は……『火鼠(かそ)』で間違いないよな?」

「は、はい。私は火鼠で、名前は朱夏(しゅか)といいます」

 

 すっかり体が赤くなり、落ち着いた様子で『火鼠』の朱夏が答えた後、俺は「やっぱりな」と独り言ちた。

 

 

『猫又』

 

 年月を重ねた猫が成る妖。外見は普通の猫と変わりないが、尻尾が二叉になっているという違いがあり、中には体が大きいモノや人間に化ける事が出来るモノもいる。また物語にも猫又をモチーフとしたキャラクターが良く登場する事から、一般的にも有名な妖の一体と言える。

 

 

『火鼠』

 

 中国の伝承に登場する生物で、火光獣(かこうじゅう)とも呼ばれる。体重が約250kgとされる大鼠で、その絹糸よりも細い毛は50㎝ある。日本では竹取物語に名前だけ登場する『火鼠の皮衣』で有名だが、火鼠自体や火鼠をモチーフにしたキャラクターが登場する物語も存在する。

 

 

 さて……猫又はさておき、まずは朱夏がここにいる理由をまずは訊かないとだな。

 

 焚き火の中から朱夏が俺をジッと見つめる中、俺は少しだけ焚き火に顔を近付けながら話し掛けた。

 

「それで、朱夏。お前はどうしてここにいるんだ? お前達火鼠は、中国に伝わるモノだから、本来は中国にいるはずなんだけど……」

「あ、えっと……」

「うん」

「うぅ……えっとぉ……」

 

 朱夏がもじもじとしながら答えづらそうにしていると、猫又は拳を軽く握りながら朱夏に声を掛けた。

 

「大丈夫だよ、朱夏。この人なら信用出来そうだから、正直に話してしまおう」

(ゆかり)さん……はい、わかりました。それじゃあ、話しますね」

「ああ」

「はい……私の住んでいる場所は、私と同じ火鼠がたくさん住んでいる里で、私はお姉ちゃんや一族のみんな、そして友達と一緒に仲良く暮らしていました。でも……今朝、私が日課の散歩をしていた時、急に目の前が真っ暗になって、私はその怖さからギュッと目を瞑りました。

そして、ゆっくりと目を開けると、私はこの近くに一人でいて、すぐにお姉ちゃんや一族のみんなの事を呼んでみたけど、誰からも返事が来なくて、私は恐怖と悲しさからその場でしくしくと泣いてました。すると、そこに通り掛かったのが……」

「私だったんだ。私はこの辺に住んでる野良猫で、ちょうどこの前猫又になったばかりなんだけど、猫又になれた事が嬉しくて人間の女の子に化けて近くを散歩していたの。そしたら、哀しそうに泣くこの子を見つけて、恐がらせても悪いかなと思って猫の姿に戻ってから話し掛けたんだ。

それで、話を聞いてみると、私がまったく知らない場所から来たみたいだったから、もしかしたら朱夏はなにか超常的な出来事に巻き込まれたんだと思って、とりあえず人間の女の子にまた化けてから、この子を連れて何か手掛かりが無いかこの近辺を朝から歩いてたの」

「なるほど……ところで、朱夏。何か自分の住んでる場所についての手掛かりって無いか? もし、その場所がわかれば、俺達が連れて行ってあげられるけど……」

「えっと、それは嬉しいんですけど……たぶんそれは無理だと思います」

「え、何でだ?」

 

 朱夏の言葉を不思議に思いながら訊くと、朱夏は恐る恐るといった様子で問いかけてきた。

 

「えっと……貴方は人間ですよね?」

「あ、ああ……たしかにそうだけど……」

「前にお祖父ちゃんから聞いた事があるんですが、私の住んでいる世界には人間が()()()()()()らしいんです。つまり、ここは私が住んでいる世界では無いという事になります……」

 俯きながら言うその朱夏の言葉を聞き、俺達は顔を見合わせた。

「人間が一人もいない世界……それって、まさか……」

「はい……恐らくですが、風之真殿や雪花殿と同じ世界から迷い込んだ可能性がありますね」

「そうね……それに、この世界に来た時の状況も似ているし、ほぼ間違いは無いと思うわ」

「そうだな……」

 

 つまり、また風之真達が住んでいた世界からの迷子が来てしまったわけか……。これまでその世界以外からは誰も迷い込んだ事は無いけど、本当に一体どんな世界なんだ……?

 

 風之真達が住んでいたという世界について考えを巡らせていた時、猫又の紫は不思議そうに首を傾げた。

 

「ねえ、その風之真と雪花っていうのは誰?」

「風之真と雪花は俺達の仲間で、二人とも朱夏と同じように人間が一人もいない世界から迷い込んできたんだ」

「そうなんだ……」

「……せっかくだ。二人と義智もここに呼ぶか」

 

 そう言いながら俺は再び『絆の書』の表紙に手を置いた後、居住空間にいる風之真達に声を掛けた。

 

『三人とも話は聞こえてたか?』

『ああ』

『出る準備ならいつでも出来てるぜ、柚希の旦那!』

『だから、いつ呼んでも良いよ』

『わかった』

 

 義智に返事をした後、俺はそのまま『絆の書』の表紙に触れながら魔力を注ぎ込んだ。そして、義智達が出てきたと同時に義智にアイコンタクトを送り、それに義智が答えた後、俺は『絆の書』の義智のページを開いて義智と同調し、朱夏に関しての情報が視られるかを確認した。

 

 ……ダメだ、火鼠自体についての情報は視られるけど、朱夏や朱夏の世界についてのあらゆる情報は靄が掛かってる感じになって視られない……。となると、朱夏がここじゃない世界から来たのは間違いないみたいだし、その事がしっかりと確認出来ただけでも成果かもしれないな。

 

 そう思いながら義智との同調を解いた後、風之真と雪花に向かって首を横に振ると、風之真と雪花は小さく溜息をついてから頷いた。すると、それを見ていた朱夏は不思議そうに首を傾げてから俺に話し掛けてきた。

 

「あの、何かありましたか?」

「あ、いや……さっき、朱夏についての情報が視られないか確認してみたんだけど、風之真達の時と同じように視られなかったってだけだよ」

「私の情報……?」

「そう。俺はこの本、『絆の書』を使う事でここにいる仲間達と同調する事が出来、その仲間に応じた能力を使えるんだ。それで、無断にはなったんだけど、ここにいる白澤の義智と同調して、朱夏の色々な情報を視てみようとしたんだけど……」

「視られなかったんですね……」

「ああ。火鼠自体についての情報は視られたけど、朱夏の個人的な情報や朱夏の世界についての情報はまったく視られなかったよ」

「そうですか……」

 

 俺の言葉を聞いて朱夏がシュンとしながら俯き、それを見た紫が「朱夏……」と心配そうな声を上げる中、風之真は俺の肩に乗りながら軽く腕を組んだ。

 

「……なあ、柚希の旦那」

「ああ、わかってるよ。朱夏の事を放っておけないんだろ?」

「へへ、流石は柚希の旦那だ。俺の考えはお見通しってかぃ?」

「ふふ、まあな。それに、俺も同じ考えだったからな。護龍、麗雀、雪花、義智、お前達はどうだ?」

「私も柚希殿達と同意見です」

「このまま放っておくなんて出来っこないからね」

「もちろん、私だって放っておくつもりはないよ」

「我も異論は無い」

「わかった。それじゃあ……」

 

 皆の返事を聞いた後、俺は未だにシュンとしている朱夏に声を掛けた。

 

「朱夏」

「……はい、何でしょうか……?」

「よければ、お前の故郷探しを俺達にも手伝わせてくれないか?」

「え……?」

「お前の元いた世界を探すのは、スゴく困難なのはわかってる。でも、哀しむお前を俺達はこのまま放っておくなんて出来っこないからな」

「柚希の旦那の言う通りだぜ、朱夏。まあ、俺達の元いた世界もまだ見つかっちゃいねぇが、俺達は柚希の旦那達と一緒にいりゃあいつかは見つかるって信じているし、柚希の旦那達の優しさに触れたから、俺達は一緒にいるんだ」

「ふふっ、そうだね。だから、朱夏もよければ私達を信じてみてくれないかな? 絶対に朱夏がいた世界を見つけて、お家まで帰してあげるからさ」

「皆さん……」

 

 俺達の言葉に朱夏が目を潤ませる中、俺は少し不安げに状況を見つめる紫に声をかけた。

 

「そして……紫、よければお前も俺達と一緒に来ないか?」

「えっ、私も……?」

「ああ。この中で一番朱夏が信頼を置いてるのは紫だし、紫だって朱夏が本当に元の世界に帰れるか心配だろ?」

「それはそうだけど……でも、本当に良いの?」

「ああ。それに、こうやって関わった以上、お前達はもう俺達の仲間だと思ってるからな」

「私達が……」

「みんなの仲間……」

 

 そう言いながら紫と朱夏は顔を見合わせると、真剣な表情を浮かべながらコクンと頷き合った。そして、俺達に視線を戻すと、その表情のままで朱夏は静かに口を開いた。

 

「皆さん……皆さんの力をお借りしても良いですか?」

「ああ、もちろんだ。これからよろしくな、朱夏」

「……はい。こちらこそこれからよろしくお願いします!」

「うん、よろしく。それで、紫はどうする?」

「……ふふ、それなら私もお世話になっちゃおうかな。柚希君の言う通り、朱夏の事が心配だし、なんだか柚希君達と一緒の方が毎日が楽しそうだからね」

「わかった。それじゃあ改めてよろしくな、紫」

「うん、こちらこそよろしくね、柚希君」

 

 俺の言葉に紫がニコリと笑いながら答えていると、風之真は満足げにうんうんと頷いた。

 

「いやぁ、やっぱり良いなぁ。この仲間が増えた時の昂揚感って奴は」

「あははっ、たしかにそうだね。新しい仲間との毎日を考えたら、スゴく楽しくなっちゃうよね」

「そうですね」

「このまま『絆の書』のページも無くなっちゃうくらいの数になっちゃったりしてね♪」

「……無いとは言い切れないな。さて、柚希。そろそろお前の事や『絆の書』についての説明をしてやったらどうだ?」

「……っと、そうだな」

 

 義智の言葉に頷いた後、俺は紫達に俺が転生者である事や『絆の書』の事などについて話した。そして話を終えると、紫達はとても驚いた様子を見せた。

 

「柚希君が転生者で神様である天斗さんの甥っ子……あはは、なんだか私達ってスゴい人達の仲間になったみたいだね」

「そうですね。でも、それなら私達も負けないくらいスゴくならないと……!」

「ふふっ、そうだね。さてと……それじゃあそろそろその登録っていうのを始めていこうか」

「ああ、それじゃあまずは……紫、頼んで良いか?」

「うん、良いよ」

 

 紫がニコリと笑いながら答えた後、『絆の書』の白紙のページを開き、左手で『絆の書』を持ちながら白紙のページに俺達は手と前足を置いた。

そして、いつものように目を閉じた状態で体内を巡る魔力が右手を通じて『絆の書』に流れ込んでいくイメージを頭に浮かべると、それに続いて右手にある穴から『絆の書』へと魔力が流れていくイメージが浮かぶのを感じながらそのまま『絆の書』へと魔力を流し込んでいった。

 

 ……よし、そろそろ良いかな。

 

 そう感じた後、右手を離しながら目を開けると、そこには猫の姿で縁側で丸まりながら和んだ表情を浮かべる紫の姿と猫又についての詳細に書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

「紫は完了……っと、それじゃあ次は朱夏だな」

「あ、はい」

 

 返事をしながら朱夏が焚き火の中から出てきた後、俺はしゃがみ込みながら朱夏の前に『絆の書』の白紙のページを広げた。そして、朱夏が白紙のページに前足を置いたのを確認してから俺は再び右手を置き、同じようにしながら『絆の書』に魔力を注ぎ込んだ。

 

 ……うん、そろそろ良いな。

 

 右手を離しながら目を開けると、そこには安らいだ表情を浮かべながら炎の中で眠っている朱夏の姿と火鼠について詳細に書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

「よし、これで完了だな」

「これでまた仲間が増えたわけだが……この調子だと本当に『絆の書』が埋まるくれぇの数になりそうだな」

「ははっ、そうなったら楽しいだろうな。さて、そろそろ紫達を出すか」

 

 そう言いながら『絆の書』の表紙に手を置いて魔力を注ぎ込み、紫達が『絆の書』から出てきたのを確認した後、俺は紫達に話し掛けた。

 

「紫、朱夏、居住空間はどうだった?」

「うん! スッゴく良い所だったよ!」

「とても住みやすそうな場所で、これからの生活がスゴく楽しみになりました」

「そっか、それなら良かったよ」

 

 紫達の感想に対してニコリと笑いながら頷いていたその時、「柚希君」と縁側の方から声を掛けられ、俺達は揃ってそちらに視線を向けた。

すると、そこにはアルミホイルに包まれたサツマイモを載せたザルを持った天斗伯父さんの姿があり、天斗伯父さんは紫と朱夏の姿を見回すと、優しい笑みを浮かべた。

 

「どうやら、そちらのお二人も仲間に加わったようですね」

「はい」

「天斗さん、よろしくお願いします」

「これからよろしくお願いします、天斗さん」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。さて、それではそろそろ焼き芋を作るとしましょうか。皆さん、手伝って頂けますか?」

 

 その天斗伯父さんの言葉に全員で頷いた後、俺達はザルからサツマイモを取り、次々と焚き火の中に入れていった。そして、落ち葉がハラハラと舞う中、他愛ない話をしながら縁側に座って焼き芋が出来上がるのを待ち始めた。

 

 ……うん、こんな風に平和なのはやっぱり良いな。

 

 皆と楽しい毎日を過ごせる事に喜びを感じながら俺は一人で静かに微笑んだ。




政実「第24話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回で別世界から迷い込んだ仲間が増えたわけだけど、この先もこういう仲間は増えていくのか?」
政実「それは今のところ未定かな」
柚希「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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SECOND ANOTHER STORY 長谷の苦悩と悩みを吹き飛ばす風

政実「どうも、片倉政実です」
長谷「どうも、長谷泉貴です」
政実「という事で、今回は長谷のANOTHER STORYです」
長谷「今回は俺か。そういえば、今回はいつもとは少し違う感じなんだよな?」
政実「そうだね。まあ、どこが違うかは読んでもらってからという事で」
長谷「わかった。それじゃあ、そろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・長谷「それでは、SECOND ANOTHER STORYをどうぞ」


 夏の暑さも和らぎ、気温も秋らしくなってきたある休日の昼、その日の過ごし方について自室で考えていた時、部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえてきたかと思うと、それに続いてとてもイラッとする声が聞こえてきた。

 

「みーずき君、あーそびましょ」

「……遊ばねぇ。親父、何の用だ?」

「なーに、ウチの愚息が何か悩んでそうだったから、ちょっとちょっかいを掛けに来ただけだ」

「……悩み事なんてない。遠野や稲葉が今日は他に予定があるらしいから、今日の過ごし方について考えていただけだ」

「ふーん……」

「……なんだよ」

「……泉貴(みずき)、本当にそれだけか?」

 

 ドア越しに聞こえてきたそのいつになく真剣な声での問いかけに、俺はさっきまでとは気持ちを切り替えながら答えた。

 

「……どういう意味だ?」

「最近、柚希も夕士も前より良い顔をするようになったよな。言うなれば、新しい目標に向かって歩き始めたってところか」

「……そうだな」

 

 親父の言う通りだ。遠野は両親を亡くした過去をしっかりと受け止め、自分が目指す未来に向かって現在(いま)を一歩ずつ生きているし、稲葉も理由はわからないものの前よりも学ぶ事に真剣になり、着実に成績を伸ばし始めている。

 そんな二人に対して俺だけは今までと変わらず、親父達を超えるという目標を達成するために生きている。別にその目標を変えるつもりも無いし、そうやって生きてきた自分の事を下らないと言う気もない。

 だが、入学式の頃から共に色々な事をしたり切磋琢磨(せっさたくま)し合ってきた親友達が新しい目標に向かって歩みを進める中で、俺だけがこのままで良いのかとは思っていた。俺も二人のように新しい可能性を見つけ、それに向かって歩き始めるのも悪い話ではないからだ。

 

 ……だが、いくらそうしたいからと言っても、新しい目標なんてのがすぐに見つかるわけじゃない。それに、新しい可能性を見つけてそれに向かって歩き始めるのは良いとしても今度はそれにかかりきりになって、元々の目標を疎かにしてしまう恐れもあるんじゃないか……?

 

 そんな事を考えながら俺の中に新たに生まれたモヤモヤとした物に対してどのように接したら良いかわからなくなっていた時、ドアの向こうから親父のため息が聞こえてきた。

 

「……仕方ない。泉貴、ちょっとその辺ぶらついてこい」

「は? 何でだよ、親父」

「良いから行ってこい。理由なんて考えずに適当にぶらついてくるんだぞ。じゃあな」

「お、おい!」

 

 俺の声に答えずに親父がそのまま部屋の前から去っていった後、俺はドアを見ながら小さくため息をついた。

 

「はあ……親父の奴、一体何を考えてるんだ? まあ、何をするか特に決めてなかったから、別にその辺を歩いてくるくらい良いが、それに何の意味があるんだ?」

 

 まあ、親父が意味の無い指示をするとは思えないし、何か今の俺に必要な事だと思ったから、そんな事を言ったんだろうが、やっぱりその理由がわからないな。

 

「……仕方ない。このまま悩んでも時間が過ぎるだけだし、とりあえず行ってくるか。そうすれば、親父も満足するだろ」

 

 そう結論付けた後、俺は椅子から立ち上がり、外出する準備を整えてから、閉まっていたドアを開けて外へと出た。そして、そのまま外に出ると、俺は特に何も考えずにゆっくりと歩き始めた。

 

「……もう、秋か。この前、遠野が後半年で小学校も卒業だなんて言ってたが、それってつまりは俺達もまた次の成長をする時が来たって事だよな」

 

 成長をする事はもちろん悪くない。肉体的にも強くなり、様々な知識を得たり経験を積む事で精神的にも成熟していく。そうする事で、俺達は大人になり、いつしか庇護(ひご)()()()側から()()側にも変わっていくんだ。

 でも、それは当たり前の事で、ウチの親父達や親友達の保護者達だって同じ事だ。時間というのは、全員に等しく与えられ、何にも邪魔される事無く流れていくのだから。

 

 ……でも、俺はどうだ? 俺は本当に成長出来ているのか?

 

 そんな疑問が頭の中に浮かぶと同時に、親友達やこれまでの出来事を通して仲を深めていった友人達の顔が次々と思い起こされる。

 両親を亡くしながらもそれに負ける事無く自分の人生を力強く生きていく遠野と狐崎、新たな自分の目標を見つけてそれに向けて一歩ずつ歩いている稲葉、そして自分の大好きな異性との未来のために少しずつでも積極的な行動を見せている金ヶ崎と天馬、幼い頃に別れた友人との再会のために自分磨きをしている雪村達、自分の能力についてしっかりと理解してそれをどうにかしようとしている夜野。

 俺の友人達は、誰もが自分の未来に向かって精一杯努力し、しっかりと歩みを進めている。だが、俺はどうだろう。目標に向かって毎日努力はしているが、果たしてそれはアイツらと同じだと言えるだろうか。

 

「……わからない。俺は本当にこのままで良いのか? このままで俺は本当に親父達を超えられるのか?」

 

 今まであまり感じてこなかった自分の未来に対しての不安。それがさっき俺の中に生まれたモヤモヤの正体であり、俺自身が成長をするために乗り越えないといけない壁だ。だが、今の俺にはそれを対処する方法がどうにも浮かばなかった。

 

「……ダメだ。このままじゃ、絶対にダメだ。こんな迷いを抱えたままじゃ、親父達を超えるどころかアイツらと共に歩む事さえ……!」

 

 不安と恐怖、二つの思いに押し潰されながら俺はひたすら歩いていたが、その内に少し疲労感を覚えてゆっくりと歩みを止めた。そして、軽く回りを見てみると、そこは遠野や稲葉達と昔から良く遊び場として利用していた公園だった。

 

「公園か……気づかない内にこんなところまで来てたんだな。少し歩き疲れた気がするし、ここで少し休んでいくか」

 

 そして、公園の中へと入った後、俺は公園内に設置された自動販売機から飲み物を一本買い、近くに置かれたベンチにゆっくりと腰を下ろし、買ったばかりの飲み物に口をつけた。

 

「……ふぅ、少し歩いただけとはいえ、運動の後の水分補給はやっぱり格別だな。稲葉や遠野達と遊んでる時も休憩の時には、こうしてベンチに座りながら色々な話をしてたな」

 

 普段は稲葉と遠野との三人で遊ぶ事が多いが、三人で遊ぶばかりだった昔とは違い、今は雪村達や金ヶ崎達も加わる事も多くなった。そして、それに伴って休憩中にする雑談の種類も増えたし、俺が今まで知らなかった事について知る機会も増えたため、俺はこの事についてとても感謝をしていた。

 

「……感謝、か。俺はその恩をアイツらにどうやって返していけば良いかな」

 

 遠野や稲葉なんかはそんなのは別に良いと言うだろうし、雪村や海野、由利辺りはそれならと言って何かを頼もうとするもすぐに冗談だと言うだろう。つまり、アイツらは総じて俺が感じている感謝や恩に対して何も返さなくて良いという回答をする。

 だが、俺から見ればアイツらとの出会いはとても大切な物であり、それが無かったら俺の人生は今程の楽しさは無かっただろうと断言出来る。それだけ俺はアイツらと出会う事で過ごす事になった今の人生に楽しさを感じ、充実感を覚えているからだ。

 

「……いつか、俺は何らかの形で社会に出ていく。そこには心が育たないままで体だけ育ってきた奴らやただ誰かを利用して私腹を肥やす事だけを目的としてる奴らだっているはずだ。

 俺はそんな奴らには負ける気もないし、同じような奴になる気もない。俺が目指すべき物は、そんな物ではないからな。けど……もし本当にそうするつもりなら、今の俺のままじゃダメだ。やっぱり、何か新しい武器みたいなのを見つけて、それを使ってまた上のレベルに上がっていかないと……」

 

 自分が勝手に焦りを感じ、少しずつ空回ってきているのは自覚している。要するに、俺は怖いのだ。自分が目指している未来に辿り着けない可能性がある事、そして友人達がそれぞれの未来に進んでいく中で自分だけが取り残されていく可能性が。

 

「……未来なんて誰にもわからない。ずっと家族と幸せに過ごしていくと思っていた遠野や狐崎のようにある日突然家族を亡くす事だってあるからな。でも、俺は俺が望む未来を絶対に手に入れたい。そうじゃなきゃ、俺が今まで対抗心を燃やしながら努力を重ねてきた事が無駄になる気がするからな……」

 

 そうは言ったが、決してそんな事は無いだろう。だが、俺の中にある不安と恐怖は次第に大きくなり、そんな考えすらも闇の中に消し去ろうとしていた。

 

「……俺は、一体どうすれば良いんだ……」

 

 俯いて地面を見つめながらポツリと呟いていたその時だった。

 

「こんにちは、長谷君」

「え……?」

 

 顔を上げると、そこには上品さを漂わせながら俺と同じように飲み物を手に持ってにこにこと笑う夜野の姿があった。俺はさっきまで感じていた不安や恐怖を気取られまいとするために気持ちを瞬時に切り替え、いつも通りの自分を演じながら夜野に話しかけた。

 

「こんなところで会うなんて奇遇だな、夜野。金ヶ崎や天馬とは一緒じゃないのか?」

「ふふ、はい。皆さん、本日はご予定があるようなので、なんとなく散歩でも思ってここまで歩いてきたんです。長谷君も本日は柚希君や夕士君とはご一緒では無いのですね」

「ああ。遠野は伯父さんの天斗さんの付き添いで稲葉は今日も狐崎の家に行ってるみたいだ。それに、雪村達もそれぞれ別の用事があるって言ってたな」

「そうでしたか。隣、よろしいですか?」

「ああ、どうぞ」

 

 俺が隣を指し示し、夜野がそのまま俺の隣にゆっくりと腰を下ろすと、その動きに合わせて夜野の銀色の髪がふわりと動きながらキラキラと輝き、夜野の魅力を更に際立たせていた。

 

 ……ふふ、こういうのを他の男子が見たら、間違いなく夜野に惚れてるだろうな。まあでも、もう好きな相手がいる遠野や稲葉なんかだとそうでも無いかもしれないな。

 

 夜野を見ながらそんな事を考えていると、夜野はそんな俺の視線に気づいた様子でこっちに顔を向けると、不思議そうに首を傾げた。

 

「長谷君、どうかしましたか?」

「いや、今日も夜野は綺麗だと思っただけだよ」

「ふふ、ありがとうございます。いつも女の子にはそんな風に言ってるんですか?」

「いいや。そもそもいつも話すのは同性の遠野や稲葉ばかりで、俺が良く話す異性は夜野や天馬、後は金ヶ崎に狐崎くらいだな」

「そうなんですか? 長谷君、女の子からとても人気があるようなので、てっきりよく声をかけられている物だと思ってました」

「そうでもないさ。話しかけられる事も無くはないけど、男女関係なく話しかけたり話しかけられたりする事が多いのは遠野の方だ。アイツはよく他の奴の悩みを解決してるからさ」

「なるほど……たしかに、柚希君は他のクラスの生徒からもよく挨拶をされているところを見かけますね」

「ああ。アイツは困ってる相手を放っておけないからな。そういう奴を見かけたら、結構積極的に声をかけに行ってるんだ。まあ、アイツでも難しそうだったり誰かに相談したいと思ったりした時は、俺や稲葉に相談をしに来るんだけどな」

「ふふ、そうですか。長谷君は結構他の生徒から頼りにされているイメージがありますが、同じようなイメージがある柚希君からも頼られているんですね」

「そうだな。まあ、小学一年生の頃からそんな感じだし、俺としてはもう慣れたんだけどな」

 

 これまでにあったそういった出来事を思い返しながら小さく笑っていた時、夜野はそんな俺を見ながら優しく微笑んだ。

 

「そういえば、長谷君達は入学式の頃からの友達でしたね」

「ああ。稲葉が遠野の持ってる『絆の書』に興味を持って話しかけに行ってその流れで自己紹介を始めた時に俺が混ざりに行ってな。それから、俺達の交流が始まって、今では本当にかけがえの無い存在になったよ」

「なるほど……でも、長谷君の悩みはそんなお二人にも話せない物なんですね」

「……え?」

 

 突然の夜野の言葉に俺が驚いていると、夜野は驚く俺の顔を見ながらクスクスと笑った。

 

「今はいつも通りに振る舞っていらっしゃるようですけど、私が話しかける前は何やら辛そうなご様子でしたから、何か重大な悩みがあると思ったんですが、もしかして勘違いでした?」

「え……いや、考えていた事はたしかにあるけど、悩みという程じゃないぞ?」

「でしたら……どうしてそんなに辛そうなのですか?」

「俺が……辛そう……?」

「はい。表情などには出さないようにしているようですが、雰囲気がどことなく哀しそうな物に感じます。もちろん、私の勘違いならそれでもいいですが、もしも何かお悩みがあるなら私に話してみませんか? とても近い関係である柚希君達には話せない事でも今年の春に知り合ったまだ関係がそこまで深くない私にならあまり気負う事無く話せるかもしれませんよ?」

 

 にこりと笑いながら言う夜野の姿に俺は少しだけ安心感を覚えていた。

 

 ……まあ、そうだな。こうして申し出てくれたのを無下にするのも良くないし、話すだけ話してみるのも良いか。

 

 そう思った後、俺はさっきまで考えていた事を夜野に話した。話している間、夜野はうんうんと頷いたり軽く相槌を打ったりしていたが、話が終わる頃には少し心配そうな表情を浮かべていた。

 

「……そんなお悩みがあったんですね。意外、と言ったらあれかもしれませんが、長谷君にもそういった悩みがあったんですね」

「ああ。正直、俺自身も驚いてるよ。これまで目標に向かって迷う事無く進んできたはずなのに、今になって迷い始めるなんてな……」

「迷う事は悪い事では無いですが、いきなり迷いが生じたらたしかに混乱しますし、不安にはなりますからね」

「そうだな……でもさ、実はそれだけじゃないんだよ」

「それだけじゃない……というと?」

「話しながら気づいたんだよ。俺は親友達の前では強く頼り甲斐のある自分でいたいと思ってる事にさ」

 

 この迷いが生じたのはついさっきだったため、もちろんアイツらにはこの事を話していない。しかし、この迷いに限らず、俺が何かについて迷ったり弱気になりそうな出来事が起きたとしても、俺はアイツらにこの事を話さず、解決又は解決寸前になってから笑い話の一つ程度として話すだろう。

 それはアイツらに話したところで問題が解決すると思っていないからとかアイツらを巻き込みたくないからとかじゃない。いつの間にか俺の中にあったちっぽけなプライドがアイツらに弱い自分を見せまいとしているからだ。

 

 ……はは、俺もまだまだ子供だって事か。こんな虚勢を張るような真似をしたってしょうがないし、勘の良いアイツらにはすぐにバレるっていうのにな。

 

 そんな事を考えながら自分の幼さに苦笑いを浮かべていた時、隣に座る夜野は小さく息をついてから静かに口を開いた。

 

「私はそういう長谷君でも良いと思いますよ」

「え……?」

「大切な人の前ではしっかりとした自分を見せたいというのは、誰しもが考える事ですし、長谷君はいつだって強い長谷君を皆さんに見せています。だから、そうし続けられる長谷君の事を私は尊敬してます。私には到底出来ない事ですから」

「夜野……」

「それに、私は長谷君がこのまま進んでいくのが良いと思っています。様々な事を器用にこなせる長谷君の事ですから、レベルアップのために新しい目標を見つけてそれに向かって歩き始めるのはありだとは思いますから。

 ですが、それでもいつかはどこかでつまづいてしまう事だって考えられます。そして、それがきっかけとなって本来の目標にも何らかの障害が発生する可能性もあります。なので、新しい目標も追うとしてもあまり増やし過ぎない方が良いかと思います。新しい目標が原因で元々の目標を達成出来なくなったとしたら、それこそ本末転倒ですから」

「……まあ、そうだな」

 

 夜野の言う通りだ。レベルアップのために新しい目標を立てたのに、それが原因となってそれだけじゃなく、元々の目標すらも達成出来なくなったら意味は無い。だから、新しい目標を立てるなら、慎重になる必要がある。

 でも、だからといって慎重になりすぎてもいけない気がする。慎重になりすぎて機会を失う可能性も大いにあるのだから。

 

 ……けど、だったらどうすれば良いと言うんだ?

 

 俺が再び悩み始めると、夜野は少し心配そうな顔をしながら声をかけてきた。

 

「……まだ完全には解決していませんか?」

「……申し訳ないけどな。さっきの夜野の言葉はすごく助かったんだが、完全な解決にはもう少しピースが足りない気がするんだ」

「なるほど……となると、また別の方からの助言があった方が良いですが、生憎他の皆さんはご予定がありますからね……」

「たしかにそうだが、別に無理に他の誰かを巻き込む必要なんて無いぞ。元々は俺自身の問題で、本当なら俺自身が答えを見つけるべき物だからな」

「長谷君……」

「だから、もうこの話は止めに──」

 

 そう言って話を打ちきろうとしたその時だった。

 

「うーん……どこか座れそうなとこ無いかな?」

「んー……たしかこの辺りにベンチがあったはずだぜ?」

「……あ、たぶんあそこじゃないですか?」

 

 そんな声が聞こえ、二人で声がした方へ顔を向けると、そこには肩に小型の(いたち)を乗せ、両手で少し大きめな鼠を抱き抱える秋らしい服装をした青みがかった長い黒髪の女の子の姿があった。

 そして、女の子がこっちに向かって歩き、ベンチに俺達が座っている事に気づいて少し迷ったような表情を浮かべると、それに対して夜野はくすりと笑ってから女の子に話しかけた。

 

「よければ、私の隣にどうぞ」

「え、でも……良いの?」

「はい。長谷君も良いですか?」

「ん……ああ、良いぜ。別に座られて困る事も無いからな」

「そっか……うん、わかった。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうね」

 

 女の子はにこりと笑いながら言った後、夜野の隣に腰を下ろし、抱き抱えていた鼠を膝の上に置いてからもう片方の肩に掛けていたバッグから水筒と小さなコップを取り出すと、肩の上に乗っていた鼬が降りてきたのを確認してから膝の上にコップを置き、水筒の中身をコップにゆっくりと注ぎ始めた。

 

「はい、二人とも。ゆっくり飲んでね」

 

 その言葉に答えるように鼬と鼠は頷くと、器用に前足を使ってコップを押さえながらコクコクと飲み物を飲み始め、その様子に夜野は口許を綻ばせた。

 

「ふふ、二匹とも可愛らしいですね」

「えへへ、まあね。でも、朱夏(しゅか)はともかく、風之真(かざのしん)はどちらかと言うならかっこいいって言われたかったりしてね」

「風之真さんと朱夏さんと言うんですね」

「うん。こっちの鼬の方が風之真で、鼠の方が朱夏。二人とも大切な家族だよ。因みに、私は雪花だよ。よろしくね、お二人さん」

「はい、よろしくお願いします。私は夜野翼といいまして、こちらはお友達の長谷泉貴君です」

「長谷泉貴だ。これからよろしくな」

「うん、よろしく」

 

 雪花がにこにこと笑っている様子を見ていた時、ふと雪花達から遠野と似た雰囲気を感じ、それに興味を持った俺は雪花達の事を静かに観察した。そして、風之真と朱夏の姿にどこか見覚えを感じていた時、夜野は同じように風之真達を見ながら小首を傾げた。

 

「それにしても……風之真君も朱夏さんも中々見ない種類ですよね。風之真君の爪は鎌のような形をしていますし、朱夏さんに至っては体がかなり大きいですから」

「まあ、そうだね。たしかに一般的な鼬や鼠に比べたら珍しい方ではあるかな」

「……何故なら、風之真の方は鎌鼬(かまいたち)で、朱夏の方は火鼠(かそ)だから」

「……え?」

「長谷君……?」

 

 俺の言葉に二人が驚いた様子を見せる中、俺は静かに言葉を続けた。

 

「俺の親友で妖怪や神獣みたいな人ならざるモノ達が大好きな奴がいてな、そいつがいつも持ってる画集を時々見せてもらうんだが、風之真はその中に書いてある鎌鼬の見た目とそっくりだし、朱夏も火鼠の見た目とそっくりなんだ」

「なるほど……」

「でも、それだけじゃ風之真達がそれだと断定するには早いんじゃ……」

「たしかにそうだな。でも、雪花がこのベンチに来る前、雪花の話し声が聞こえてきたんだが、少なくとも二人の人物と話し、その内の一人の声は明らかに男の声だった。もちろん、雪花が腹話術みたいなのが得意で、それを使って風之真達が話しているような形で話す遊びをしていた可能性もある」

「そうだね。だったら──」

「だとしたら、さっきの会話で少し不自然なところがあるんだ」

「不自然なところ……?」

「雪花がどこか座れそうな所がないかと言っていたのに対して次に聞こえてきた声はこの辺りにベンチがあると言っていた」

「それのどこが不自然なの?」

「その時の雪花の声からするに、雪花はあまりこの公園には来ていない様子だったのに、次に聞こえてきた声は『たしか』という言葉を使っていた割には、ベンチがあるという事を確信しているような声だった。まるでこの公園にはよく来ているかのようにな」

「…………」

「まあ、これは俺の勝手な考えで、もし違うならしっかりと謝るよ。でも、もしも当たっているならそれだけは教えてくれると助かる」

 

 俺の言葉に雪花がどうしたら良いかわからない様子で迷っていると、話を静かに聞いていた風之真は小さくため息をつくと、軽く腕組みをしながら静かに口を開いた。

 

「やれやれ……黙ってりゃあバレねぇかと思ったんだが、まさかさっきの会話を聞かれていて、それを元に正体を見破られるとはねぇ……」

「え……ちょっと、風之真!」

「雪花、仕方ねぇよ。ここまで言わせて嘘を突き通そうなんざ、俺の性に合わねぇ。それに、俺達がそういった存在だと考えても恐れたり騒ぎ立てたりしなかった。だったら、正体を明かしても問題はねぇ。俺はそれくれぇコイツの事を信用出来ると思うんだ」

「風之真……」

「風之真さん……」

 

 雪花達が揃って風之真の名前を口にする中、風之真は俺の顔を真っ直ぐに見ながらニッと笑った。

 

「長谷の旦那、お見事だ。さっきも言ったが、まさかちょっとした会話から正体を見破られるなんて思ってもみなかったぜ」

「いや、俺も親友の影響でお前達の事を深く知ろうとしてなかったら、流石にわからなかったよ。だから、これはその親友のお陰だ」

「へへ、そうか。んじゃあ、その親友って奴にはだいぶ感謝しねぇといけねぇな」

「そうだな。それにしても……またこんな不思議な体験をする時が来るなんてな……」

「ん……その言い方、前にもどこかで妖怪か何かと出会った事があるのかぃ?」

「ああ。本人の希望で詳しくは話せないが、前に一度だけそういう出会いがあったよ」

「なるほどねぇ……道理で俺達を見ても動じねぇわけだ。まあ、ウチの親分は俺達のような奴らを見ても動じねぇどころか会えた事を喜ぶようなお人だけど」

「……こう言ったらなんだが、お前達の親分は結構変わり者なんだな」

「はっはっは、違ぇねぇや! これまで色々な出会いをしてきたが、ウチの親分以上に変わったお人は見た事ねぇからな!」

 

 風之真がとても愉快そうに笑うと、それを見ていた雪花は小さくため息をついた。

 

「風之真……そういう事言ってると、またウチの親分の雷が落ちるよ」

「おっと、そいつぁいけねぇ。かみなりさんからのお説教なら平気だが、ウチの親分の雷はいくつになってもぶるぶると震えちまうからな。いつもは穏やかで優しいお人だが、本気で怒った時は閻魔さんのお説教よりも怖ぇんだよ」

「へえ……そうなのか。でも、それは風之真の事を思っているからだろうけどな」

「まあな。俺はウチの中では古株だが、ウチの親分は俺達に対して一切優劣をつけねぇお人だ。だから、俺らも親分の事を信頼してる。

 まあ、まだちっこい奴らに対しては多少判断を甘くする時はあるが、基本的に俺らが何か間違った事をしたら、その時はしっかりと叱ってくれる。俺達の親分はそんなしっかりと心の持ち主なんだ」

「そうだね。相手が人間だろうと私達みたいな存在だろうと関係なく接してくれるし、困った時には助けてくれる」

「そんな方だったからこそ私達も日々安心して楽しい毎日を過ごせるんですよね」

 

 風之真達が仲良く笑い合っていると、それを聞いていた夜野はクスリと笑ってから雪花達に話しかけた。

 

「皆さんのリーダーさんは本当に良い方なんですね」

「うん。だから、私達はみんなウチの親分が大好きなんだ」

「なるほどな。そういえば、さっき雪花が私達みたいな存在だろうとと言っていたが、雪花も人間とは違う何かなのか?」

「あはは……実はそうなんだ。あまりイメージが沸かないかもしれないけど、こう見えて私は雪女なんだよ」

「雪女に鎌鼬に火鼠、か……また変わった取り合わせだな」

「へへ、まあな。だが、種族は違っても俺達は仲良くやれてる。それはウチの親分がやってくれたようにお互いの心を見せ合って心からの言葉をぶつけ合ってるからだ」

「お互いの心を見せ合い、心からの言葉をぶつけ合ってる、か……」

 

 たしかにそれは良い事だが、同じ人間同士でも中々出来ない事だ。けれど、風之真達は違う種族同士でもそういう事が出来ている。それはやはり凄い事だ。

 

「おう。んで、良ければ長谷の旦那達ともそういう仲になりてぇんだ。ここで会えたのも何かの縁って奴だからな」

「……そういう事なら喜んでなるよ。妖怪の友達なんて作りたくても中々出来る物じゃないしな」

「ふふ、そうですね。私も皆さんとお友達になれるならとても嬉しいです」

「へへ、そうかぃ」

「それじゃあ……二人とも改めてこれからよろしくね」

「よろしくお願いします、長谷さん、翼さん」

「ああ、よろしくな」

 

 親父に言われて渋々始めた外出だったが、こんな出会いがあるなら出てきて良かったと言えるかもしれないな。

 

 雪花達の顔を見ながらそんな事を考えていると、風之真が俺の顔をジッと見つめているのに気づき、俺は首を傾げながら風之真に話しかけた。

 

「風之真、どうした?」

「……長谷の旦那、何か悩み事があったりしねぇかぃ?」

「……まあ、考えてる事はあるけど、どうしてそう思ったんだ?」

「ウチの親分の一番の弟分としてよく一緒にいるからわかるようになったんだが、悩みを抱えてる奴には特有の雰囲気ってのがあるんだ。んで、長谷の旦那からそんな感じの雰囲気を感じたってぇわけだ」

「……さっき、夜野からも雰囲気がどこか哀しそうだって言われたんだが、今の俺はそんなにわかりやすいんだな……」

「まあ、悩み事を抱える時ってのは仕方ねぇさ。んで、長谷の旦那は何を悩んでるんでぃ? 俺達に話す事で解決するとは限らねぇが、話すだけでもだいぶ楽になるかもしれねぇぜ?」

「……そうだな。さっき夜野にも聞いてもらったし、それなのにお前達には話さないなんていうのもあれだからな」

 

 そして、夜野に話した内容と同じ事とそれを聞いた夜野の回答を風之真達に話してみると、風之真は少し難しい顔をしながら軽く腕組みをした。

 

「なるほどねぇ……そいつぁたしかに難しい話だなぁ……」

「うん……中々こうだって断言出来るような事でも無いからね」

「はい……」

「……まあ、そうだよな」

「ああ。だが、俺なりの考えってぇ奴なら話せるな。もっとも、あくまでも俺なりの考えだから、それで解決するとは限らねぇが……それでも良いかぃ?」

「もちろんだ。そもそもこれは俺自身がしっかりと答えを見つけるべき事だからな。少しでも誰かの考えを聞けるなら、それだけでも嬉しいさ」

「わかった。んじゃあ、話すんだが……」

 

 風之真はそう言ってから少し緊張した様子で息をついた後、ゆっくりと自分の考えについて話し始めた。

 

「まず、元々の目標に向かってこのまま進んでいく事や新しい目標を見つけるにしても増やし過ぎないってのは俺も賛成だ。新しい目標を見つけるのも結構だが、その内にそっちにばかり目が行って、元々の目標が達成出来なくなっちまったら本末転倒だからな」

「……そうだな」

「ああ。だが、新しい目標を見つけながらも元々の目標にもそのまま迎える方法ってのも無くはねぇと思うんだ」

「え、そんな方法があるんですか?」

「おうよ。まあ、新しい目標というには少し違うかもしれねぇが、最終的に達成したい目標に辿り着くまでの通過点みてぇなのを自分で定めりゃあ良いと思ってるんだよ」

「目標を達成するための通過点……」

「そうだ。自分の親父達を超えたいっていう目標があるなら、まずは超えるために何が必要かを考える。んで、必要な物が定まったら、今度はそれを自分の物に出来るように努力を重ねてどんどん手に入れていく。

 そして、全ての通過点を越えたら、後は今までに手に入れてきた物を武器にして、元々の目標を達成出来るように頑張る。俺的にはそれが今のところの最適解だと思ってる」

「なるほどな……」

「後、親父達を超えるにしてもどんな風に超えたいかっていう具体的な考えも必要だな。超えるって言っても色々な形があるから、自分はどういう超え方をしたいかっていう明確な想像はしておいた方が良い。最終的な形によって、それまでに必要な物も変わるからな」

「どのように超えたいか……」

 

 言われてみれば、俺は今までどんな風に親父達を超えたいかっていう事は考えずにただ親父達を超えたいというあやふやなビジョンのままで来てる気がする。超えたいという思いは変わらないが、風之真の言う通り、俺がどんな形で親父達を超えたいかという明確なビジョンは持ってた方が良いんだろうな。

 

「そうだ。まあ、寄り道程度にまた別の目標を見つけるのもありだが、元々の目標を達成するまではあくまでも寄り道程度に考えた方が良い。じゃねぇと、そっちにも意識が向きすぎてどっち付かずになっちまうからな。二兎追う者は一兎も得ず、なんて言葉もあるしな」

「…………」

「それと……信頼出来る相手の前では少しでも弱い自分は見せても良いと思うぜ。大切な相手の前では強く頼れる自分でありたいという考えも嫌いじゃないが、そのままだと相手から見た自分の姿ってのがそれで固定されちまう。

 そうなると、いざという時に弱さを見せられなくなり、最悪の場合その相手との関係も悪くなっちまう。だから、今は難しいかもしれねぇが、いつか機会があったら、弱気な自分や困ってる自分ってのも見せておいて良いと思う。意外とその相手も長谷の旦那がそうしてくれるのを待ってるかもしれねぇしな」

「アイツらが俺がそうしてくれるのを、か……」

「おう。ダチや家族ってのは自分にとって永遠の財産になる。だから、そういう相手には時に何かしらの形で感謝を伝えるのも必要だし、相手が困っていたら声をかけたり手助けをしたりするのも必要だ。頼ってばかりや頼られてばかりの関係じゃあ、本当の絆は結べねぇからな」

「本当の絆……」

「後は……長谷の旦那だけがこのまま取り残されるんじゃねぇかっていう心配はいらねぇと思うぜ?」

「え……?」

 

 俺が疑問の声を上げると、風之真はどこかアイツらに似た雰囲気を漂わせながらニッと笑った。

 

「そういう心配をしたり何か新しい物を見つけ出そうって考えたり出来てる時点で長谷の旦那は前に進めてる。本当に周囲から取り残される奴ってのは、今の自分に満足して進む事を諦めた奴らだからな。

 だから、長谷の旦那はしっかりと未来に向かって歩けてるし、少しずつでも成長出来てる。そこは安心しても良いと俺は思うぜ」

「風之真……」

「俺もまだ知識も人生経験も少ないぺーぺーのガキだからあまり偉そうな事は言えねぇが、長谷の旦那はそのままその親友達や翼の姐さん達と一緒に頼ったり頼られたりしながら進んでって良いんだ。

 当然、今回みたいに迷う事もあるだろうが、その時は隣を見てみれば良い。そうすりゃあ、いつだって長谷の旦那の事を助けてくれる最高のダチ達がいるだろうからさ」

「……そうか」

 

 もしかしたら俺は、心のどこかにアイツらには頼ってはいけないという思いがあったのかもしれない。アイツらだってそれぞれの未来に向かって歩いているんだから、それを妨げないために俺は競い合ったり支えたりしながら自分の力で頑張ろうという考えがあったのかもしれない。

 けど、今回みたいにそうするのにもいつかは限界が来る。人は一人じゃ生きられないなんていう言葉を聞いた事があるが、まさにその通りだったんだ。

 

 ……はは、前に遠野に対して自分の事になると時々考えすぎるところがあるなんて言ったが、今回の俺もそうだったみたいだな。答えがこんなすぐ近くにあるのにも気づかずに悩んでたんだからな。

 

 そんな事を考えながら気持ちがすっきりとしているのを感じていると、それを見ていた風之真はとても安心したように笑った。

 

「どうやら少しは楽になってくれたみてぇだな」

「……ああ、お陰さまでな。風之真、夜野、助言ありがとうな。そして、雪花達も話を聞いてくれてありがとう。みんなのお陰ですごく気持ちが楽になったよ」

「えへへ、そっか。それならよかったよ」

「はい。私達は本当にお話を聞いただけでしたが、それでも助けになれたなら良かったです」

「ふふ、そうですね。それにしても……さっきまでの話を聞いていて思ったんですが、風之真さんはスゴいんですね」

「へへ、そうでもねぇさ。俺の考えももちろん入ってるが、ウチの親分ならこう言うんじゃねぇかなっていうのを考えながら話をしていたからな」

「……そうか。風之真は本当にその親分が好きなんだな」

「おうよ! 出会ってまだ5年ちょっとくれぇだが、親分に出会ってあの優しさに触れられたから今の俺があるし、途方もねぇ目標に向かって歩き続けられるんだからな」

「途方もない目標……?」

 

 風之真の言葉に疑問を覚えた俺が聞くと、風之真は少し哀しそうな顔をしながらコクンと頷いた。

 

「ああ。俄には信じられねぇかもしれねぇが、俺達三人はこの世界とは違うとこの生まれなんだ」

「この世界とは違う世界……」

「うん。それで、三人ともその世界で普通に暮らしてた時に急にここに飛ばされて、それで困っていた時にウチの親分に出会って、話を聞いてもらった上で親分から一緒に元の世界に帰る方法を探そうって言ってもらって、今は一緒に暮らしながら日々元の世界に帰る方法を探してるんだ」

「私は最近来たばかりですが、風之真さんと雪花さんはもう5年も方法を探しているみたいで、今回三人で出てきたのも風之真さん達がその頃からやっていた街中での帰るためのヒント探しをするためだったんです」

「そうだったんですね……」

「でも、諦めるつもりは無いんだよな?」

「もちろんでぃ。今の親分達との生活も楽しくて不満なんかは一切ねぇが、このままあっちの世界に残してきた家族に会えねぇままになるのだけは勘弁だからな」

「そうだよな……」

「ああ。でもな、俺達だってただその目標を追い続けるんじゃなく、その目標を達成するまでの通過点は用意してるんだ」

「ん、そうなのか?」

 

 俺のその問いかけに風之真達は笑みを浮かべながらコクンと頷いた。

 

「俺は元の世界で『学び』っていうのを怠ってきた事で、あの世界の事について親分達に全く話せず、自分自身辛い思いをした。だから、俺は元の世界に帰るまでの間に読書や誰かとの会話の中で色々な事を学び、それを他の奴のために活かそうって考えてるんだ」

「私の場合、今は結構大丈夫だけど、当時はまだまだ未熟で雪女の力を制御出来ずにみんなに寒い思いをさせちゃってた。だから、元の世界に帰るまでにもっと雪女の力を上手く扱えるようになって、お母さん達や向こうの友達をビックリさせたい。もちろん、この力を使って親分達の役にも立つけどね」

「私はまだお二人のような明確な目標はありません。でも、お姉ちゃんやお祖父ちゃんにも誇れるような私になって向こうの世界に帰りたいと思ってます」

「……そうか。俺もお前達に負けないようにこれからも努力をしないとだな。もちろん、親友達にも時々頼りながらな」

「へへ、それが良い。どうせ頑張るなら、一緒に頑張れる相手がいてくれた方が良いからな」

「だな。さて……そうと決まれば、早速家に帰って勉強でもするか。親友達に他に予定がある内にもっと先に進んで、アイツらの前でたっぷり自慢してやらないといけないしな♪」

「はっはっは! 長谷の旦那、アンタ結構悪だねぇ♪」

「はは、まあな。あ、それと……風之真、ちょっと耳を貸してくれるか」

「ん、良いぜ。雪花、ちょいと俺を長谷の旦那の肩に乗っけてくれるか?」

「うん、わかった」

 

 雪花が頷きながら風之真を掌に乗せ、そのまま俺の肩の所まで持っていくと、風之真は俺の肩にゆっくりと降り、そのまま顔の近くまで歩いてきた。

 

「んで、どうしたんでぃ、長谷の旦那?」

「なに、ちょっと伝えたい事があってさ」

「伝えたい事ねぇ……それで、伝えたい事ってのはなんでぃ?」

「……()()()()()()()()()、そう伝えたかっただけだよ」

 

 その言葉に風之真は心から驚いた様子を見せたが、すぐに愉快そうに笑い始めた。

 

「はっはっは! 長谷の旦那は本当に大したお人だ。因みに、いつからそうだと思ってたんでぃ?」

「話し方や考え方、それと以前に会った『風祭真(かざまつりまこと)』と名前が似ていた。そして何より雰囲気がアイツに似てるんだよ。もちろん、雪花と朱夏からもアイツと似た雰囲気を感じたけどな」

「なるほどなぁ……まあ、雰囲気が似てるって言われるのは本当に嬉しい限りだ。俺にとって第二の兄貴みてぇなお人だからな」

「そっか。まあ、この事についてはアイツには黙っておくよ。たぶんだが、アイツも今は俺達に話せない何かを抱えてるようだからな」

「ああ、そうしてくれると助かるぜ。俺達としても考えは尊重してやりてぇからな」

「わかった。風之真、学校なんかでは俺達が支えるから、家なんかの方は任せたぞ」

「へへ、合点承知だ!」

 

 風之真と笑い合いながら拳を軽くぶつけ合い、風之真が雪花の肩の上に戻った後、ふと夜野に視線を向けると、夜野は少しだけむくれた様子だった。

 

「夜野、どうした?」

「……いえ、結局私はあまり役には立てなかったなと思っているだけです」

「そんな事は無いぞ? 夜野がまず話を聞いてくれようとしたから、その後に風之真達にも話を聞いてもらおうと思えたわけだからな」

「それに、翼の姐さんが先に長谷の旦那に色々な助言をしていたんだ。決して役に立ってねぇわけじゃ無いと思うぜ?」

「……ありがとうございます。ですが、私の目標を達成するには、このままではまだ程遠いんです」

「夜野の目標か……」

「因みに、それって何?」

「私の目標、それは……」

 

 そう言うと、夜野は俺にゆっくりと顔を近づけていき、首筋辺りで動きを止めると、どこか妖しげな雰囲気を漂わせながらクスリと笑った。

 

「長谷君の隣でずっと長谷君を支える事です」

「……え?」

「おや……それってぇのは、そういう事で良いのかぃ?」

「……ふふ、そうですね。でも、長谷君は色々な女の子から好かれていますし、この先も同じような事があると思います。なので、今の内に予約をしておこうかと」

「よ、予約って……」

「つ、翼さん……?」

 

 雪花と朱夏が緊張した様子で見つめる中、夜野がそのまま俺の首筋に顔を近づけたかと思ったその時、俺の首筋に何か柔らかい物が触れ、その感触に俺が戸惑っている内に夜野は顔を離しながら再びクスリと笑った。

 

「本当なら吸血鬼の血筋らしく噛み痕を残したかったですが、それはまだ流石に恥ずかしいので、今回はキスまでにしておきます。でも、覚悟しておいてください。いつか長谷君をも魅了できる程の存在になってみせますから」

「あ、ああ……」

「さて……それでは私はそろそろ失礼しますね。午後からお家の用事があるので。では……」

 

 そう言って夜野が去っていくと、雪花と朱夏は緊張した様子のまま夜野が歩いていくのを見つめていた。

 

「……今のは私達が見て良い物だったのかな……」

「なんだか、私達にはまだ早い物を見てしまった気分です……」

「くく……かもな。にしても、中々情熱的な告白をされたわけだが、長谷の旦那的にはどうだぃ?」

「えっと……まあ、気持ちとしては嬉しいが、まだ心の整理がついてないというか……」

「まあ、そうだろうな。だが、あんな風に長谷の旦那の事を想ってる相手はいるんだ。いつかしっかりと長谷の旦那の気持ちも伝えねぇとな」

「……そうだな。でも、誰かさんに気持ちを伝えないといけない奴は他にもいるよな?」

「いるなぁ……最近は結構意識してんだから、そろそろ気持ちの整理をつけて、想いを伝えてほしいとこなんだが……まあ、その内どうにかなんだろ」

「はは、だったら良いな。さて……それじゃあ俺もそろそろ行くかな。お前達はどうする?」

「んー……俺達ももう少しこの辺を回ったら帰るかねぇ。ウチの親分達も帰る頃だろうし、夕飯の手伝いをしねぇとな」

「わかった。それじゃあ……()()()、みんな」

「おう、またな!」

「またね、長谷君」

「長谷さん、またお会いしましょう」

 

 そう言いながら風之真達と別れた後、俺は公園を出てそのまま家に向かって歩き始めた。特に行きたいと思って始めた外出ではなかったが、この数時間で起きた様々な出来事は俺の世界を更に広げ、新たな発見をくれた。認めるのは癪だが、今回ばかりは親父に感謝をしないといけないようだ。

 

「……それと、さっきの件に関してもいつか決着をつけないとな」

 

 さっきの夜野の言動を思い出しながら呟いていた時、ふと頬が軽く熱を帯びるのを感じ、その事に俺はクスクスと笑い始めた。

 

「……まったく、俺もアイツらの事を笑えないな。まあでも、こういう気持ちも悪くないし、気持ちを伝えてくれた夜野には感謝だな。ただ……夜野は少しだけ間違ってる。魅了こそされてはいないが、転校してきたあの日、少なくとも俺は夜野に対して今まで他の女子には感じた事がない程の興味を感じた。アイツの言葉を借りるわけじゃないが、近くでアイツの人生を見ていたいと思う程にな」

 

 まだ人生経験が少ないから、これが恋という物なのかはまったくわからない。ただ、もしもこれが恋だというのなら、俺は絶対にこの件についてはしっかりと答えを出す。それが夜野に対しての誠意だからだ。

 

「……俺の隣でずっと俺を支えたい、か……今まで女子からかっこいいや好きは言われた事があったが、そんな事を言われた事は一度も無かった。だったら、俺もそう言ってくれた夜野に相応しい男にはならないとな」

 

 新たに定まった目標を口にしてやる気が体の奥から沸き上がってくるのを感じながら歩く事数分、家に着いた俺が玄関のドアをゆっくりと開けると、そこにはにやにやと笑う親父の姿があった。

 

「おっす! 俺、慶二(けいじ)!」

「……はあ、またアニメの真似事か。どうせやるなら、しっかりとやれよ……」

「はっはっは! まあ、その内な。それにしても……出てくる前よりも良い顔してるじゃないか、泉貴」

「……お陰さまでな。友達の力は借りたが、なんとかなりそうだ」

「そいつはよかったな。まあ、目標に向かってひたすら頑張るのも良いが、たまには何も考えない時間や誰かとの息抜きも大事だ。そうじゃないと、いずれ潰れて終わりになるからな」

「そうだな。親父、正直な事を言えば癪に障るが、今回は助かった。ありがとうな」

「どういたしまして」

 

 そう言いながら笑う親父の姿に、悔しいが俺は安心感を抱いていた。

 

 ……俺が親父を超えられるのはまだ先の話のようだな。だが、やると決めたからには、絶対にやり遂げてみせる。それが俺なりのけじめだからな。

 

 そう思いながら軽く拳を握っていたその時、親父は突然ニターッと笑ったかと思うと、俺を指差しながらからかうような調子で話しかけてきた。

 

「ところで……今日はどこの女の子と仲良くしてきたんだ?」

「どこのって……春に転校してきた夜野だが……」

「ああ、夜野コーポレーションのご令嬢か。なるほど、そうかそうか……」

「……んで、それがどうしたんだ?」

「いや、将来はウチの愚息とそこのご令嬢が仲睦まじくするんだと思ったら、ちょーっと楽しくなってきただけだよ」

「は……? 突然何を言って──」

 

 そう言いながらふと首筋を見ると、そこにはうっすらとだったが、赤いキスマークが付いていた。

 

「これ……さっきの……!」

「いやぁ、ウチの息子は愛されてるなぁ。まあ、もしかしたらウチの息子は()()()()()側かもしれないけど~?」

「てめぇ……親父!」

「わあ、怖い。怖い泉貴君はほっといて、母さん達に教えてこないとなぁ♪」

「おい! 待て、親父!」

「母さーん、(みぎわ)ー、ウチの泉貴君が女の子と仲良くしてきたみたいだよ~」

 

 とても楽しそうに言う親父の声にとてつもない疲労感を覚えながら深くため息をついたが、すぐに首筋のキスマークに視線を向けた後、俺はクスリと笑った。

 

「予約、か……キスマークは取れるかもしれないが、アイツが俺の心に空けていった予約席は、このまま他の奴で埋まる事はなさそうだな。さて……このまま玄関にいてもしょうがないし、さっさと親父達のところに行くか」

 

 そう独り言ちた後、俺は心が青空のように晴れ渡っているのを感じながら家に上がり、家族の笑い声が聞こえてくるリビングに向かって歩き始めた。




政実「SECOND ANOTHER STORY、いかがでしたでしょうか」
長谷「今回は主人公の遠野が不在の回だったな」
政実「そうだね。それと、今回は他の話に比べてちょっとだけ大人な回になったかなと自分では思ってるよ」
長谷「そっか。因みに、この先も大人な回っていうのは書く予定があるのか?」
政実「今のところはないけど、読者さんからの希望があればもしかしたらくらいかな」
長谷「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
長谷「ああ」
政実・長谷「それでは、また次回」


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第25話 再会と家族の形

政実「どうも、将来はペットを家族に迎えたい片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。ペットか……お世話は大変だけど、アニマルセラピーっていう言葉もあるくらい動物がいる状態っていうのは癒されるし、それも良いかもな」
政実「うん。どんなペットにするかはまだ未定だけど、少しずつ決めていきたいかな」
柚希「そうだな。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第25話をどうぞ」



 年の暮れも迫ったある冬の朝、俺は『絆の書』の皆と一緒に毎年恒例の大掃除に取りかかろうとしていた。

 

 

「よし……それじゃあ早速始めていこうか。皆、今日中に終わるように頑張るぞ!」

『おー!』

『うむ』

『ああ』

 

 

 皆の返事を聞いた後、俺は仕事を割り振った。そして、皆がそれぞれの仕事を果たすために歩いていったのを見送った後、俺も自分がやるべき事をやるために歩き始めようとしたその時、「柚希君」と天斗伯父さんから声を掛けられた。

 

 

「はい、何ですか?」

「今日、乙野さん達のところにご挨拶に行こうと思っているのですが、柚希君はどうしますか?」

「乙野さんのところへ……」

 

 

 天斗伯父さんの言葉を聞き、俺は乙野さん一家の事を頭の中に思い浮かべた。

 

 乙野さんは天斗伯父さんの知り合いで、仕事の都合で一家揃ってこっちの方へ引っ越してくる予定だった人達だ。

 

 しかし、引っ越し先だった貸家がダブルブッキングが原因で直前で駄目になり、乙野さん一家が酷く困っていた時、天斗伯父さんが提案したのが、俺が父さん達と住んでいた家を乙野さん一家に貸し出す事で、俺もそれを承諾したため、乙野さん一家はその家に今も住んでいる。

 

 もちろん、そういう理由で困っていたからといって、まったく知らない人達をあの家に住まわせるのは抵抗はあったし、乙野さん達がどんな人達なのか興味もあった。

 

 なので、俺はそれを決める前に乙野さん一家に会わせてもらう事にし、天斗伯父さんと一緒にあの家で顔合わせをしたのだが、実際に会った乙野さん達はとても好感の持てる人達だった。

 

 大黒柱の乙野陸久(おとのりく)さんは小さい頃からスポーツをやっていたらしく、色白で細身ながらもとても筋肉質な体をしている黒いスポーツ刈りの爽やかな人で、色白で長い黒髪の奥さんの乙野南海(おとのなみ)さんは、話し方や雰囲気から穏やかな印象を受けたが、その言葉の一つ一つにしっかりとした重みがあり、もっと話を聞きたいと思わせるような人だった。

 

 そして、その二人の息子で、学区こそ違ったが同い年の乙野柚瑠(おとのゆずる)は、幼いながらも受け答えがしっかりとしている大人しい性格の色白で短い黒髪の男子で、初めましてのはずなのに何故か初めて会った気がしない不思議な奴だった。

 

 そんな非の打ち所のない乙野一家と話し、この人達なら家を悪いようには使わないと判断して、乙野一家に家を貸す事を本格的に決めたのだが、俺はその日から一回も乙野さん達には会っていなかった。

 

 別に乙野さん達は悪い人達ではないし、俺もまた会いたいとは思っている。けれど、俺達が住んでいた家で他の人達がもう俺には出来ない事をしている姿を見るのが俺にはどうにも辛かったのだ。

 

 ……でも、今は違う。琥珀と出会ったあの夢の中で父さん達とさよならをした時に俺は泣いたり羨んだりするだけの自分とも別れを告げたんだ。だから……!

 

 

「……俺も行きます」

「……わかりました。それでは、早速行きましょうか」

「はい!」

 

 

 微笑みを浮かべる天斗伯父さんの言葉に返事をした後、出掛ける準備をするために自室へ行った。そして、厚着をして玄関へ戻ってみると、そこには同じように厚着をした天斗伯父さんと話をする義智の姿があった。

 

 

「義智……」

「……柚希か。シフルから今から乙野家に行くと聞いたが、お前は大丈夫なのか?」

「……大丈夫だよ。もうあの頃とは違うし、そろそろ俺も前に進む時だと思うからさ」

「……わかった。だが、無理だけはするな。何かあった時は、遠慮無くシフルに頼るのだぞ」

「わかってるよ。それじゃあ、皆の事は頼んだぞ」

「ああ」

 

 

 義智が頷きながら答えた後、俺は天斗伯父さんと一緒に外に出た。道は昨夜から降っていた雪ですっかり覆われ、気温も思っていたよりも低かったが、厚着や滑り止めが底に付いた靴のお陰で歩きづらいという事は無かった。

 

 

「ふう……外もだいぶ冬らしくなってきましたね」

「そうですね。そして、あと三ヶ月で中学生になるわけですが、柚希君は中学生になったらやってみたい事はありますか?」

「やってみたい事……」

「なんでも良いですよ。どこかに行ってみたいでも良いですし誰かと会ってみたいでも良いです。柚希君がやりたいと思った事を自由に言ってみてください」

「えっと……」

 

 

 突然そんな事を言われてもな……行ってみたいところは結構多いし、会ってみたい人ならざるモノも多いから、挙げていったらキリが無いよな……。

 

 そんな事を考えながら歩いていた時、ふとある事を思いつき、立ち止まりながらそれを口にした。

 

 

「……義智の事をどうにかしてやりたいかもしれません」

「義智さん……ですか?」

「はい。四神の試練の時と父さん達が亡くなった日の夢を見た時、アイツの雰囲気がいつもと違った気がするんです。あの時は特に気がつかなかったんですけど、今思えば俺と誰かを重ねて見ていたような気がするんです」

「…………」

「天斗伯父さんは義智の過去を知っているんですよね? もしかして、義智が俺と誰を重ねて見ているか知っているんじゃないですか?」

 

 

 別に俺と重ねている人が誰なのかを知りたいわけじゃない。俺は少しでも義智の過去を知り、義智にもっと深く寄り添いたいだけだ。

 

 今まで傍で支えてもらい、力になってもらってきた分、今度は俺が力になりたい。それが今の俺が出来る最大限の恩返しだから。

 

「……教えて下さい。アイツの過去にいったい何が──」

「落ち着いてください、柚希君」

「天斗伯父さん……」

「……たしかに私は義智さんの過去について知っています。ですが、義智さんの過去について私から聞くのは、果たして本当に良い事でしょうか」

 

 

 天斗伯父さんの言葉を聞いてハッとする。

 

 

「あ……」

「まだ話すべきタイミングではないと判断して、柚希君が夕士君や長谷君に転生者の事や『絆の書』の力について内緒にしているように義智さんもご自身の過去についてまだ話すべきではないとお考えになっているからお話にならないのだと私は思います」

「…………」

「もちろん、それは義智さんが柚希君の事を信頼していないからではありません。義智さんの柚希君への信頼は私から見ても強いですから。

 恐らくですが、義智さんにとって、今はその事よりも柚希君の『力』の強化や『絆の書』の皆さんとの生活のサポートを優先するべきだと判断しているから、そして過去について話すタイミングをご自身で決めているからだと思います」

「それって……」

 

 

 その俺の呟くような声に天斗伯父さんは静かに頷いた後、にこりと笑いながら言葉を続けた。

 

 

「柚希君と同じです。ですから、今は義智さんの事を待っていてあげて下さい。義智さん自身も苦悩はされているはずですから」

「……わかりました」

「さて、それでは乙野さん達のところへ行きましょうか。このまま立っていても体が冷えるだけですからね」

「はい」

 

 

 返事をした後、俺は天斗伯父さんと一緒に再び歩き始めた。そして十数分後、俺達は乙野さんの家の前に立っていた。

 

 遂に来たな……正直な事を言えば、今だって足は重いし、この先で見る物がもう俺には手に入らない物だっていうのはわかってる。でも、ここまで来た以上、もう俺は逃げない。いや、逃げたくない。

 

 

「……行きましょう、天斗伯父さん」

「はい」

 

 

 天斗伯父さんが返事をした後、俺は小さく息を吸ってからインターフォンのチャイムを鳴らした。

 

 

「はーい」

 

 

 扉の向こうから綺麗な声が聞こえてきた後、ドアがゆっくりと開く。すると、そこには南海さんの姿があり、天斗伯父さんの姿を見て微笑んだ後、俺を見てとても驚いたような顔をした。

 

 

「柚希……君」

「ご無沙汰してます、南海さん。今日まで顔すら見せず本当にすみませんでした」

「……ううん、良いの。柚希君の気持ちを考えたら仕方ない事だってみんなで話をしてたから。それよりも来てくれて、こうして顔をまた見られて本当に嬉しい」

 

 

 そう言う南海さんの目にはうっすら涙が浮かんでおり、波動からも嬉しさの感情が強く伝わってきた。

 

 

「そう言って頂けて嬉しいです。陸久さんと柚瑠もいますか?」

「うん。陸久君はリビングにいるし、柚瑠なら部屋にいるよ」

「そうですか……」

「さあ、上がって。二人も柚希君と会えたら本当に喜ぶと思うよ」

「わかりました」

 

 

 南海さんの言葉に返事をした後、俺は天斗伯父さんと一緒に家の中へ入った。そしておじゃましますと口にしてから靴を脱いでリビングまで行ってみると、南海さんの言う通り、そこには陸久さんの姿があった。

 

 

「陸久君、柚希君が来てくれたよ」

「……みたいだな。久しぶりだな、柚希君。元気そうで何よりだよ」

「陸久さんもお元気そうでよかったです。陸久さん、先程南海さんにも言ったんですが、今日まで顔すら見せず本当にすみませんでした」

「いや、仕方ないさ。この家は柚希君が亡くなったご両親と一緒に住んでいたところで、ここに来るにはとても覚悟がいるわけだからね。こうして来てくれただけでも本当に嬉しいよ」

「……ありがとうございます」

 

 

 温かかった。その言葉もその気持ちもその全てが俺にとっては温かかったのだ。本来、俺と乙野さん達は無関係であり、こういう事情でもなければ関わる事すら無かっただろう。

 

 だけど、二人は俺が来てくれて嬉しいと言ってくれたし、柚瑠にも向けているであろう“家族”への暖かい視線を向けてくれている。その事が本当に嬉しかった。

 

 ……俺と乙野さん達は家族というわけじゃないし、こんな事を感じるのはやっぱりおかしいのかもしれない。でも、この視線はまだ両親が生きていた頃に俺に向けてくれていた物、そして天斗伯父さんがいつも向けてくれている物に似てる気がする。

 

 それだけ乙野さん達は俺の事も大切に考えてくれていて、数年振りの再会を喜んでくれているんだ。だから、これからは定期的に来られるようにしよう。俺だって乙野さん達と話すのは好きだし、また会いたいと思ってきたのだから。

 

 そう思った後、俺はかつて俺の部屋だった場所がある方へ視線を向けた。

 

 

「ちょっと柚瑠にも挨拶をして来ます」

「うん。柚瑠、すごく柚希君の事を気にかけてたから、とっても喜ぶと思うよ」

「度々私に柚希君の様子を聞いてくれていましたからね」

「そうでしたね。よし……それじゃあ行ってきます」

 

 

 その言葉に三人が頷いた後、俺はリビングを出て二回へ続く階段へと向かった。階段を一歩ずつ踏みしめ、一番上まで着いた後、俺はすぐ近くにある部屋のドアをノックした。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

 その言葉を聞いた後、俺は部屋のドアを開けてそのまま中へ入った。そして机に向かっていた柚瑠がこっちを向いた瞬間、柚瑠はさっきの南海さんのように本当に驚いたような顔をした。

 

 

「ゆ、ずきくん……」

「久しぶりだな、柚瑠。元気にしてたか?」

「……うん、元気だよ! 柚希君こそ元気そうでよかったよ!」

 

 

 柚瑠は本当に嬉しそうな顔で言い、波動からも嬉しさが伝わってきた。

 

 

「ごめんな、また会おうって話してたのに何年も会いに来なくて」

「そんな事……こうして来てくれただけでも本当に嬉しいよ。来るにはとても覚悟がいるはずなのに……」

「それ、陸久さんにも言われたよ。やっぱり親子だけあって考える事も同じになるんだな」

「父さんにも……ふふ、なんだか嬉しいな。父さん、何かと悪戯を仕掛けてきたりちょっと僕よりも詳しい事があると自慢げにしてくるけど、似てるって言われるのは悪い気はしないし、少しだけ父さんみたいになりたいと思うところもあるから嬉しいかな」

「……そっか」

 

 

 少し照れ臭そうにしながらも微笑む柚瑠は嬉しそうに見え、柚瑠にとって陸久さんがどれだけ大きい存在になっているかというのがハッキリとわかり、その姿にかつての俺の姿が重なって見えた気がした。

 

 そう、俺も父さんが生きていた頃に父さんみたいになりたいと思っていたのだ。父さんも仕事があったからあまりふれ合う時間はなかったし、まだ俺も小さかったから親子としての絆を育むだけの機会もそう多くはなかった。

 

 だけど、俺から見えた父さんはどんな時でもしっかりとした判断を下す上に母さんをいつも大切にしていて、理想の父親像として考えるには相応しい人だと感じていたし、身近にいて参考に出来る大人の男性と言えば父さんだったのだ。

 

 

「柚瑠ならきっとなれるよ。今だって勉強の傍ら空手を頑張ってるんだろ?」

「うん。友達が元々やってたんだけど、柚希君や学校や他のところで出来た友達、両親を守るために何かを始めたいと思って始めた物なんだ」

「うん、良い考えだと思う。けど、俺だって守られてばかりじゃないからな?」

「そういえば、柚希君も友達の影響で合気道をやってるんだよね? 合気道は楽しい?」

「ああ。新しい事を知れるのは楽しいし、段々自分が強くなっていくのがわかる感じがして、やりがいはとても感じてるよ」

「うんうん」

 

 

 そうして俺は柚瑠と一緒に色々な事を話した。学校の事や日常生活の事、お互いの習い事など数年も溜まっていたから話題はまったく尽きず、楽しく話をしている内に俺達の話題は柚瑠のある言葉で一気に毛色が変わった。

 

 

「あ、あのさ柚希君……」

「ん、どうした?」

「柚希君は……その、好きな子とかって出来た?」

「好きな子……」

 

 

 それを聞いて俺の頭には金ヶ崎雫の顔が浮かんだ。二年生の夏の肝試しがきっかけで出会い、それからも何かと関わる機会があった事で意識をし始め、気になる女の子というカテゴリーに入ったとても可愛らしい女の子、それが金ヶ崎雫だ。

 

 正直な事を言えば、俺は金ヶ崎の事が好きなんだと思う。まだちゃんとした告白もしてないし、夕士と狐崎のようにちゃんとした進展をしたわけでもないけれど、恋人にしたいと思えるのは間違いなく金ヶ崎だし、前に金ヶ崎が他の男子と交際を始めたらという想像をして心がモヤモヤした事からそれは間違いないのだろう。

 

 

「……いる。まだちゃんと好きだって伝えてはないけど、好きだと言える女の子ならいるよ」

「……そっか」

「柚瑠は?」

「僕もいるよ。入学式の時に出会って、それからずっと好きな子が一人」

「そっか……因みに、その子がさっき話してた幼馴染みの女の子の一人か?」

「うん。“金ヶ崎泉”ちゃんっていうんだけど、いつも落ち着いていて勉強も得意で……」

「……ん、金ヶ崎?」

 

 

 その聞き覚えのある名字に引っ掛かりを覚えていると、柚瑠は不思議そうな顔をしながら頷いた。

 

 

「うん、そうだけど……どうかした?」

「いや、俺が好きな子の名前が金ヶ崎雫っていうんだけど……」

「……え? あ、そういえば前に泉ちゃんが従姉妹が柚希君の学区に住んでるって言ってた気がする……」

「それじゃあ俺達って……」

「二人揃って金ヶ崎っていう子に恋をして……」

 

 

 俺達は顔を見合わせ、どちらともなく笑い始めた。

 

 

「あははっ! こんな事ってあるんだな!」

「ふふっ、ほんとだね」

「向こうもそれを知ったら本当に驚くだろうな」

「そうだろうね」

 

 

 柚瑠がクスクス笑いながら言う様子を見ながら俺は小さく息をついた。

 

 

「……なんかこうやって笑いながら色々な話が出来るならもっと早く来るべきだったな」

「柚希君……」

「たしかにきっかけはちょっとした偶然だったけど、こうやって笑いながら話せるのは本当に嬉しいし楽しい。親友たちや他の友達と話す時も楽しいけど、柚瑠と一緒の時はまたどこか違う楽しさがある気がするよ」

「……うん、同感。不思議だけど、他の子とだと味わえないようなワクワクとかドキドキがある感じだよね」

「ああ。そんな楽しみがあるのにまた来なくなるのはやっぱり損だよな」

 

 

 その言葉に柚瑠が少し驚いたような顔をする中、俺は微笑みながら口を開いた。

 

 

「だから、またここに来るよ。次だっていつになるかはわからないけど、もう数年かけてなんて気の長い話はしない。今度は友達の家に遊びに来たような気軽さで来る事にするよ」

「柚希君……うん、待ってるよ。ここは本来なら柚希君のお家なんだし、来てくれたら家だって喜ぶと思うよ」

「家が付喪神だったら大はしゃぎかもな」

「だね。そしていつかはここに泊まっていくとか……」

「それはまだハードルが高いな。でも……いつかは本当にやりたいな。夜更かししながら柚瑠と学校の事や友達の事、お互いの習い事の事や人ならざるモノ達の事、そして恋愛の話……したい話は幾らでもあるからな」

 

 

 そう、今日だって色々話した気がするけど、まだ話し足りない気はしていた。だから、いつかはそうやって夜通し話がしたい。前に夕士や長谷とはやってみたけど、その時も結局揃って寝てしまったのだから。

 

 

「柚瑠、お互いにもっと強くなろうな。自分や超えたい奴を超えるため、そして大切なものを守るためにも」

「うん、もちろん。あ、そうだ……いつか合気道と空手で手合わせがしたいな。空手同士でなら道場でもやってるけど、他の武道とはやった事がないから」

「中々機会もないしな。けど、その異種格闘技戦みたいなのは俺も乗った。空手の型っていうのも興味はあるし、どこまで俺の合気道が通じるかも見てみたいしな」

「僕もどこまで自分が通用するか試してみたい。だから、約束だよ」

「ああ、約束だ」

 

 

 俺達は固く握手を交わした。今回、乙野さん達に会いに来て本当に正解だったと思う。自分の中で気持ちの整理は出来ていたとは言っても、やっぱりこうして会わなければまだ燻らせたままだったかもしれないからだ。

 

 でも、もう違う。ここには俺がもう手に入れる物が出来ない物があるかもしれないけれど、ここにある物は俺にとって重荷になる物じゃなく、気持ちを安らげ落ち着かせてくれる物だとしっかりわかったから。

 

 

 そうして握手を交わしていた時、廊下の方から足音が聞こえ、ドアがゆっくり開くと、そこには天斗伯父さんの姿があった。

 

 

「天斗伯父さん」

「ふふ、どうやら柚希君の中でまた一つ決着がついた物があったようですね」

「……はい。これでようやく何も気負わずに乙野さん達にまた会いに来れそうです」

「それは良かったです。今、南海さんがお菓子を作って下さっているので、柚希君達も降りてきてください」

「わかりました。それじゃあ行こうぜ、柚瑠」

「うん!」

 

 

 柚瑠が返事をした後、俺達は揃って部屋を出て、そのままリビングへと向かった。

 

 

 

 

「それじゃあお邪魔しました」

 

 

 昼前、俺と天斗伯父さんは玄関前に立ち、揃って乙野さん達に頭を下げた。

 

 

「来てくれて本当に嬉しかったよ、柚希君」

「本当はお昼ご飯も食べていってほしかったけど、お昼から用事があるなら仕方ないからね。柚希君、よかったらまた来てね」

「はい。柚瑠とも約束しましたし、近い内にまた来られるようにします」

 

 

 南海さんの言葉に答えた後、俺は柚瑠に視線を向けた。

 

 

「柚瑠、またな」

「うん、またね。次は僕の友達とも会ってもらえたら嬉しいな。ちょっとからかうのが好きな子もいるけど、みんな良い子達ばかりだから」

「ああ、会ってみたいな。その時は俺の親友たちや他の友達とも会わせてみるか」

「そうだね。その時が本当に楽しみだよ」

「俺もだよ」

 

 

 そう言って笑いあった後、俺達は乙野さん達に見送られながら歩き始めた。さっきまで暖かいところにいたからか少し寒く感じたけれど、心の中はとてもポカポカしていた。

 

 

「天斗伯父さん、乙野さん達のところへ誘ってくれて本当にありがとうございました。今日行かなかったら、またしばらく行く機会が無かったと思いますから」

「どういたしまして。今回の乙野さん達との時間は柚希君にとってより良い時間になったようですね」

「はい。琥珀と出会った日に過去は引きずる物じゃなく、懐かしむ物だって感じましたけど、今回の件で完全に過去を振りきれた気がします。と言っても、また色々な家族を見てその姿を羨ましいと思う時は出てしまうかもしれませんけどね」

「それでも良いんですよ。羨み過ぎては良くないですが、羨む事は悪いわけじゃないです。羨ましいと思うからこそそれ以上の物を自分から求められるわけですしね」

「それ以上の物……」

 

 

 天斗伯父さんの言葉を繰り返していると、天斗伯父さんはにこりと笑った。

 

 

「柚希君にもいますよね、好きな子が」

「それは……まあ……」

「将来、本当にその子と家族になるかはわかりません。それは柚希君次第ですから。ですが、もし本当にそうなった時には、その子と相談しながら柚希君が求める家族としての形を追い求めても良いと私は思います。その羨ましいと思った気持ちを糧にして」

「羨ましさを糧に……」

「もちろん、今でも良いですよ。血の繋がりという形で言えば、家に私しか家族はいませんが、柚希君には義智さんを始めとした『絆の書』の皆さんがいますからね」

「……そうですね」

 

 

 端から見れば、それはただの家族ごっこだし、そんなに大層な物でも無いのかもしれない。でも、俺は『絆の書』のみんなを家族、いやそれ以上だと思ってる。生まれも出会いの形も違うけど、誰が一番だとかそういうのはない。みんなが大切で、みんなが家族なんだ。

 

 

「……それじゃあ早く帰ってやらないといけませんね。義智達が指示出しをしてるかもしれませんけど、早く姿を見せて安心させてやりたいですから」

「そうですね。そして私達も大掃除に参加しましょうか」

「はい!」

 

 

 返事をした後、俺達は雪をサクサク踏みながら家に向かって歩いていった。そして十数分後、家の前についた俺がドアをゆっくりと開けると、そこには大掃除に励むみんなの姿があった。

 

 

「あはは、やっぱりまだ終わってなかったか」

 

 

 その光景を見ながら軽く笑った後、俺は気持ちが満ち足りていくのを感じながら口を開いた。

 

 

「みんな、ただいま」

「皆さん、ただいま戻りました」

 

 

 その瞬間、玄関にいたみんなやリビングから顔を出したみんなが嬉しそうに笑い、揃って口を開いた。

 

 

『おかえりなさい』




政実「第25話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回の話で柚瑠がこっちに初登場したな。そういえば、そろそろ小学生編も終わりだけど、次からは中学生編なのか?」
政実「そろそろではあるけど、ちょっと考えてる事があるから、もしかしたらもう一話挟むかも」
柚希「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて、それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」


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