常識外れの最強種族 〜俺が始めた異世界歴史〜 (リブラプカ)
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序章 世界に放たれた怪物
第1話 ドラゴンヴァンパイア爆誕


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第1話 ドラゴンヴァンパイア爆誕

 

 

 

 うぅ……ううん。

 何だか身体がふわふわしているような?

 これって……あぁそうか。 俺は……眠っているんだ。

 長い間眠っている気がする……だからもう起きよう。

 

 俺はゆっくりと閉じていた瞼を開く。横になったまま視線だけを動かし、自分がどこで寝ているか状況を把握しようとする。

 すると俺の目に真っ白な低い段差が積み重なった階段が映り、自分がどこに寝ているのかますます分からなくなる。

 もっと辺りを見ようと視線を動かす。 低い階段の上に恐らく椅子だと思われる脚と二本の巨大な人の脚が見えた。

 一瞬俺の目がおかしいのかと思い少し気だるい身体を起こしてしっかりもう一度見ることにする。

 ……やはり俺はおかしいのだろうか?

 俺の目には巨大な椅子に見上げる程の巨大な人間……巨人が座っているように見える。

 その巨人は身体にゆったりとした布を巻きつけた姿で金色の髪を短く切り揃えていた。

 俺はその巨人を見上げて口を開けポカン……としていた。

 

 しばらくして、虚空を見ていた巨人が俺を見下ろす。

 その瞬間、とてつもないプレッシャーが俺を襲いだした。 身体が震え、脂汗が全身から滝のように流れ、視線が定まらない。

 く、苦しい……このままでは身体も心も果ててしまいそうだ!

 俺は白い床に倒れ伏した。

 

 ……どのぐらい経っただろうか? 不意にそのとてつもないプレッシャーが消えてなくなった。

 

「ッ!? ァア――はぁ……はぁ……」

 

 俺はまるでずっと息を止めていたような苦しい状態から解放され空気を思いっきり吸ってから吐いた。

 余裕の出来た俺は『そうしなければいけない』ような気がして身体を起こし再び巨人を見上げる。

 巨人と視線が合う。どうやらまだ俺を見下ろしていたようだ。

 ゆっくりとその巨人の巨大な口が開く。

 

「やっと目覚めたか。いつまで待たせるつもりなのだ……人間」

 

 意外にも巨人の口から発せられたのは渋い声の日本語だった。

 

「……どうした人間」

「ハッ! すみません……えーっと」

 

 つい驚いて思考を停止してしまった。

 何をどう言うべきだろう? ……とりあえずこの真っ白で巨大な玉座のようなこの場所のことでも聞いてみよう。

 

「あのーここは何処なのでしょうか?」

「ここは【創造の間】」

「創造の……間?」

「そうだ人間よ。創造の間とは我が普段から居るべき場」

 

あーえー……どういう事?

 

「えーっと……家みたいな?」

「……そのようなものだ」

 

 いや!? 家なのかよ!!

 で、この巨人さんは何処の誰なのか? まぁ俺の事を人間って呼んでるし少なくとも人間ではないよな。

 

「……あなたは何処の何方で?」

「我は【創造の神】」

「……もしかして神様?」

「そうだ」

 

 あ、神様でしたか……。

 

 

 

「どぇええええええええええ!!!!」

「……それはなんの儀式だ?」

 

 俺が両手で顔を押さえて驚いている様子をみて変な事を言っている。

 

「いやこれは神様だって事に驚いているんです!!」

「……そうか」

 

 そうかって……普通驚くでしょ?

 そういえば、何で俺は創造の神様が住む創造の間に居るんだろうか?

 ……うん? というか俺は……誰だ?

 

「あのー神様?」

「なんだ」

「何で俺はここに居るんでしょうか? というか俺は誰?」

「ふむ……まずお前がここ創造の間に居ることだが……それは我が呼んだからだ」

「神様が俺を?」

「そうだ。そしてお前が誰かという事はこれからの事に必要に無いものだ」

 

 必要に無いって……どういう事だ? それに俺を神様が呼んだって……なんで?

 

「どういう事でしょうか?」

「お前はこれから転生をする」

「転生……」

 

 これって……もしかして!

 

「神様……転生」

「神様転生?」

「あ、いえあのっ」

 

 初めて表情のなかった神様の顔に、少し不思議そうな表情が浮かんだ。

 

「ふむ……少し待て」

 

 そう言うと神様は数秒間瞼を閉じてから再び開く。

 

「なるほど。 お前の生きた世界にはそのようなカルチャーがあるのだな」

「……」

 

 カルチャーってなんだか変な言い方だけど、目を閉じた数秒間でどうやって調べたのか……流石は神様だ。

 でも、これが神様転生ってなら……俺は……。

 

「神様……俺は……死んだんですか?」

「一つ言うとしたらある世界のある平凡な国のある平凡な男が1人その世界から消えただけだ」

「そう……ですか」

 

 不思議と俺の心は悲しくも苦しくもなかった。 これは俺が誰だか忘れてしまったからだろうか?

 

「あの……どうして俺なんですか?」

「お前とはお前が生前の頃交わした約束がある。 お前が輪廻転生をする際に少し便宜を図る……という事だ。 だからお前を呼んだ」

 

 いやいやいや! 生前の俺ってどんな人間だったんだよ!? 神様と生きた人間が約束事をするなんて。

 

「神様転生とやらを知っているなら分かると思うが、お前はこれからどの生命より少しだけアドバンテージを得る。これをどう使うかはお前次第だ」

「はい」

「お前に図る便宜は……新しい肉体を選ぶ権利」

 

 新しい肉体を選ぶ権利? どういう事だ?

 

「どういう事ですか?」

「今のお前は魂だけの存在だ」

「俺が魂だけ?」

 

 自分の両手を見たり触ったりするが、あまり変わらない気がする。本当に魂だけなのか?

 

「だからお前のなりたい存在にしてやる。その新しい肉体を我が創造する」

「神様が俺の身体を作るって事ですか!?」

「そうだ」

「どんな存在にもなれるんですか!?」

「そうだ。その代わり転生する先については選べないがな」

 

 凄い! 凄すぎる! 転生先を選べないとしてもこれはとても大きなアドバンテージだ!

 俺の身体が自然と熱くなる。

 

「もし……もし俺が神を望めば神様になれるんですか?」

「ああ……なれる」

 

 新しい神にだって俺はなれるんだ! それなら!!

 俺に中に二つの存在が思い浮かぶ。 俺が誰だかわからない、忘れてしまったが、俺が大好きな存在は思い出せる!

 

「じゃ、じゃあ……俺は……ドラゴンとヴァンパイアになりたいです!!」

 

 そう……俺はファンタジー最強の存在。大きな翼と力強い四肢を持ったドラゴン……闇に紛れ血を司るヴァンパイアが大好きだ! 生前の俺は間違いなく憧れていたんだろう……その最強なファンタジーに。

 

「同時に二つの肉体は得られない」

「はい……だから俺はドラゴンとヴァンパイアの混ざり合った新しい種族【ドラゴンヴァンパイア】になりたいです!!」

「ふむ……まぁいいだろう」

 

 やっっったぁぁ!! 許可は得られたぞ!!

 

「それで……詳細はどうする」

「えっとえっとあのどんなドラゴンだとかヴァンパイアだとか選べるんですか!?」

「できる」

 

 Fooooooooooo!!

 

「じゃあじゃあドラゴンは光を司る最強ドラゴン【光龍王】でヴァンパイアの方は全てのヴァンパイアの祖といわれる【真祖】で! それで弱点の無い最強のドラゴンヴァンパイアにしてください!! あ、見た目とかはカッコよければ人に少し近い姿でお願いします! でもでも翼と立派な角は必ず生やしてください!! それと勿論【光龍王】の光魔法や龍魔法、ヴァンパイアの闇魔法に血魔法も使えるようにしてください」

「う、うむ」

 

 なんだか少しだけ神様が引いてる気がしたが、そんな事はどうでもいいんだぜ!!

 

「では創造する」

「お願いします!」

 

 神様は片手を伸ばし掌を上に向ける。すると神様の掌の上が輝き始める。俺の身長じゃそのぐらいしかわからないけど、今多分あそこで俺の新しい身体が出来ていってるのだろう。

 数分間神様の掌が輝き続けたあと急にその輝きは収まり、神様の掌から一つの物体が降りてくる。

 

「出来たぞ」

 

 神様が一言そう言った。 降りてきた物体は俺の目の前に浮かんでいる。

 その物体は肉体だった。白髪の長い髪をした170cmくらいの引き締まった身体。その身体は背中から一対の巨大な黄色に近い白の骨格と赤い飛膜の翼を、側頭部から1本ずつ黒い角、臀部からは白い尻尾を生やした正に最強といえる肉体。

 だた一つ……その肉体は両性だった。

 

「なんでだぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 顔立ちはとても美しく、胸は程よく膨らんでいて股には見慣れた物がぶら下がっている。

 

「お前はどうやら二つの物を混ぜるのが好ましいようだから性別も混ぜて両性具有にしてやったぞ」

「oh……」

 

 そんな事は望んでないんですけど!? 混ぜるのが好きってそういう事じゃないから!! ……しかし今更やっぱやり直してなんて神様に言えない。

 すると狼狽える俺を見て何を勘違いしたのか神様が「餞別だ」といって黒い上下の服をその身体に着せた。

 いやいやいや!? 別に裸だから恥ずかしがってる訳じゃないから!?

 

「その服は自動修復機能に自動清潔機能が付いた優れものだ」

「はぁ……」

 

 神様は何処と無く満足気な顔をしているきがする。

 

「では同化を始める」

「え? いやっちょっまっ」

 

 俺が狼狽える間に神様はどんどん事を進め俺の抵抗も虚しく俺は新しい肉体に入っていった。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 身体に力が漲っている。さっきまでとは雲泥の差だ。 

 俺はゆっくりと瞼を開く。

 

「凄い身体だ。今ならどんな事でも出来そう……最高」

 

 ……この身体が両性じゃなければなぁ。ま、まぁ完全に女になった訳ではないからまだマシだ! うん、そうそう!

 俺は自分にそう言い聞かせて無理矢理納得させる。

 

「そろそろこっちを向け」

「あ、はい」

 

 神様に背を向けていた俺は神様の方を向く。

 

「これで肉体への転生は終わった。次は世界への転生だが……これも既に決まった」

「え、もう? それって神様が決めたんですか?」

「いや、ランダムだ。ファンタジー世界なのは決まっていたがな」

「ラ、ランダム……」

 

 ここにきてランダムか。まぁファンタジー世界決定なのは俺の存在がファンタジーだからしょうがないね。

 

「お前が転生する世界はNo.18512世界のある惑星だ」

「えっと……どういう所です?」

「ふむ……人間やエルフ、獣人などがいる世界だな。 あとはモンスターなどだ」

 

 よかった……これでエイリアンじみた奴らしか居ないとかだったら最悪だった。 モンスターとかも居るみたいだし、きっとよくある中世風ファンタジー世界なんだろう。

 

「ただ、どこの種族も大した文化を持っていないようだな」

「え?」

「簡単な独自の言語を手に入れた程度だ」

「まじか……」

 

 どうやら俺が転生するのは中世風ファンタジー世界どころか古代ファンタジー世界らしい。

 

「では早速転生を」

「えっと……転生する世界を変えたりとかは……」

「ダメだ」

「ですよねー」

 

 くっそ……こうなったら古代でも何でも行ってやる! 

 俺はドラゴンヴァンパイアなんだからどこでも生きていけるだろう!

 

「ふむ……少しだけ行く世界のシステムを教えてやろう」

「システムですか?」

「ステータスを見たいと思ってみろ」

「ま、まさか!」

 

 ステータス!

 

 

======================================

 

名前:

種族:ドラゴンヴァンパイア

レベル:1500

 

======================================

 

 

 脳裏に見た事もないものが浮かんでくる。

 うおぉぉおおおお!! ステータスだ! すげぇ……でもなんか……。

 

「ステータス出ましたけど随分簡単な作りですね」

「そういう世界だ。レベルはその存在の強さの指標だな。 絶対ではない。お前がこれから魔法を学んだりモンスターを倒して経験を積めばレベルはどんどん上がるだろう」

 

 なるほど。レベルが低くてもレベルが高い相手を倒せたりするんだな。

 

「ステータスはこれでいいだろう。あとお前には一つだけ制約が掛かっている」

「制約?」

「そうだ。もしお前が愛する相手が出来て子供を作ったとする」

「ええ?」

「産まれてくる子供は多少お前の力を受け継ぐが種族は相手の種族で産まれてくる」

「えっと……つまり人間となら人間が産まれるし獣人となら獣人が産まれると」

「そうだ」

 

 それぐらいなら何の問題もないだろう。

 

「わかりました」

「うむ……最後にお前に名をやろう」

「名前……くれるんですか?」

「うむ……お前は今から【エルトニア・ティターン】だ」

「ッツ!!」

 

 神様に名付けられた瞬間、身体にとてつもない熱が灯る。それは次第に消えていくが、身体は今まで以上に力が漲っていた。

 

 

======================================

 

名前:エルトニア・ティターン

種族:ドラゴンヴァンパイア

レベル:2500

 

======================================

 

 

「神様……この力は」

「神が名付けたのだ。力も得よう」

「ありがとう……ございます」

「さて、もう行くがいい」

 

 最初はどこか恐ろしく感じていたけど、この神様は案外面倒見が良いのかもしれない。俺に高性能な服も名前もくれたしね。

 

「じゃあお願いします」

「ああ……ではな」

 

 次第に視界が白く染まっていく。

 意識が落ちそうになった時。

 

「あぁ……言い忘れていたが、人間の魂では身体に合わないからお前の魂を身体に合わせて変質させた。お前はもう人間ではない。それを忘れるな」

 

 そんな神様の言葉を聞いた。

 

 

♢♢♢

 

 

「行ったか」

 

 目の前に居た新たな生命は新しい世界へと転生していった。

 これで我と奴との約束は守られた。もうこの先を確認する必要はないだろう。

 我は目を閉じ静かに次の事へ意識を向けた。



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第2話 ドラゴンヴァンパイアのスペック

第2話 ドラゴンヴァンパイアのスペック

 

 

 

「うぅん……ハッ!?」

 

 どうやら俺は眠っていたようだ。

 ……なんで俺は眠っていたんだ? というか地面が硬い。

 どこで寝てるんだよ!

 とりあえず身体を起こして自分がどこで寝ていたのか確認する。……どうも俺は大きな岩の上に寝転がっていたらしい。そりゃ硬いわ。

 そこで眠っていた頭が冴えていきここまでの記憶を思い出した。

 

「ああ……そうかー転生したんだ。じゃあここは新しい世界? というか神様最後に何て事言ってんだよ!」

 

 人間の魂では合わないから魂が変質? 一体どういう事だよ……わからん。

 わからない事を考えてもしょうがないし、今はこの新しい身体で新しい世界を堪能しよう。

 そう考えた俺は今いる場所をちゃんと確認しようとして立ち上がる。

 

「見渡す限り……岩。どうやらここは岩場らしいな」

 

 見る限りではどこまでも岩が続いている。そして空からは燦々とした太陽が俺の身体を照らしている。まぁ……これはこれで好都合だな。今からこの身体の力を確認するのにはもってこいの場所だ。

 ……それにどうやら太陽というヴァンパイアの弱点は克服しているようだな。

 

「とりあえずこの岩でいいかな」

 

 手始めに近くに立っている岩に近づいて思いっきり右手の拳を振るう。

 すると、轟音をたてて岩が砕け散った。

 

「こりゃ凄い。次は尻尾だ」

 

白い尻尾をぶんぶんと動かしてから新しい岩に叩きつける。今度も岩は轟音をたてて砕け散る。

 

「ひゃー凄い凄い!」

 

 今岩に叩きつけた自分の鱗が生えた尻尾を抱き寄せ触りながら確認するが、傷一つ付いてない。

 

「今度は翼だ。空を飛ぶぞ〜」

 

 バサバサと翼を羽ばたかせる。最初はぎこちなかったものの段々と上手く動かせるようになっていき、そして俺は浮いた。

 

「うおぉー浮いてる! 俺、浮いてるよ!!」

 

 中に浮き始めた俺は少しずつ高度を上げていき、そのまま移動できるようになる。

 

「飛んでる飛んでる! よっしゃもっとスピードだすぜぇ」

 

 どんどんテンションが上がっていく俺はそのまま移動スピードを上げていき岩場を飛び回った。

 30分後、完全に飛ぶ事に慣れた俺は岩場がどこまで続いているのかを確認してからまだ実験したい事があるので元の場所に戻る。ちなみに岩場の先は森だった。

 

「よし、次は魔法を試すぞ! 」

 

 試す前から心がドキドキして止まらない。俺が使える魔法は設定通りなら光・龍・闇・血の4属性の筈だ。

 先ず王道ならやっぱり魔法を使うには魔力を感じるとこからだろう。

 俺は目を閉じ身体の中に意識を向ける。すると今まで感じたことのない物が身体の中心から発せられて外に出ているのを感じる事が出来た。

 随分と簡単にできたが、これが魔力だと思う。どうやら今のままだと魔力を外に垂れ流しているだけのようだ。

 俺はこの魔力を意識して身体の中に留めるようにする。

 ……すると魔力は外に出なくなる。上手くいったようだ。 次にその魔力を右手に持っていき光をイメージする。

 

「うおぉ、出た!」

 

 上手くできたようで、光の球体が右手のひらの上で浮いている。とりあえず、この魔法は【ライトボール】と名付けよう。

 俺はそのライトボールを見える位置にある岩に飛んでいくイメージをする。するとライトボールは凄まじいスピードで飛んでいき岩に穴を開けて空の彼方へ消えていった。

 

「凄いなこれ……まるでビームだ」

 

 

 それから俺は色々と魔法を試してみた。光魔法は今のところライトボールしか出来ない。

 龍魔法は使ってみると少し身体が軽くなった感じがした、どうやら身体能力を強化するらしい。

 次に闇魔法だが、光魔法と同じように球体を出す事くらいしか出来なかった。とりあえずこの黒い球体を【ダークボール】と名付ける。

 そして最期の血魔法だが……これは何もわからなかった。もしかしたら発動には血が必要なんだろうか?  それなら何処かに生き物でもいたら殺して試してみよう。一応自分を傷付けても出来そうだが、それは何となく嫌だ。

 

 これでとりあえず岩場で試してみたい事は終わり。次はどうしようか?

 色々考えてみた結果、俺は自分以外の生物を見る事にした。この世界に来てまだ何とも出会ってない。

 モンスターであれ人間であれ獣人らと、とりあえず出会ってみる。

 そして相手が友好的ならこちらも友好的に接して、もし相手が敵対的なら……容赦はしない。殺そう。

 そう……この俺に敵対的な存在なんて殺してしまおう。

 ちょうど血魔法の実験も出来そうだしそれがいい。ではさっそく生物を探そう。

 どうやらこの岩場には生物は居ないみたいだし、この先の森へ行こう。

 森ならば生物は豊富な筈だ。だって森に生物が居ない筈はないだろう。では行こう。

 俺は自身の巨大な翼を羽ばたかせ空へと飛び出そうとして一つ思いつく。

 

「この魔力を最初と同じように常に外へ放出していると、どうなるんだろうか?」

 

 気になった俺は魔力をわざと外へ放出しながら空へと飛び出した。行先は森だ。

 

 

♢♢♢

 

 

 森へとゆっくり飛んできた俺は森の入り口に降り立った。

 すると森の木々が軋むような音を立てて震えている。

 

「これは……なるほど。魔力を外に放出するとその強さによって威圧にもなるのか……ははっ! これは良い! 魔力の圧力、威圧……【魔圧】とでも名付けよう。 木々までもが俺に平伏すとはな……なんだか良い気分だが、今は止めといた方がいいだろう。これじゃあ何も寄ってこなくなってしまうしな」

 

 俺は今全力で放出していた魔力を意識して身体の中に留めるようにする。

 すると、軋むような音を立てて震えていた木々が止まる。

 

「よし、では何か生きている者を探そう。血を流す生きている生物をな!」

 

 俺は鬱蒼とした森の中へと足を進めていく。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 30分程、森の中を歩いてどんどん進んでいたが生き物の気配を全く感じられなかった。

 この森は鬱陶しいくらい木々が生い茂っているから直ぐにでも生き物と遭遇するだろうと簡単に考え過ぎていただろうか?

 ……それともやはり森の入り口で全力で魔圧を掛けていたのがいけなかったのか?

 あれで近くの生き物が全て逃げて行ってしまったのかもしれない。……次からは必要な時以外は魔圧は止めておこう。

 

 そんな事を考えながら森を進んでいると前方の木々の間から僅かに光が漏れているのを発見する。

 

「なんだ? ……もしかして森がもう終わってるのか?」

 

 疑問に思いつつも俺はその光に近づいていく。やがて光が漏れている場所にたどり着いた俺は木々の影から覗き込んでみる。

 すると、俺の目には驚くべき光景が映った。どうやらそこは森が途切れている場所ではなく、森が切り開かれた場所だった。

 しかも、その場所には木の柵で周囲を囲まれた村のような物が存在している。

 

「これは……驚いたなぁ。この村は人間の村なのか? それとも獣人やエルフの村か? ……森だし定番だとエルフの村だよな……いや、モンスターの村って可能性も捨てきれないぞ」

 

 首を傾げながら俺は村を木々の間から観察する。村を囲む木でできた簡素な柵。

 村の中の住居だと思われる建造物が幾つか有って、それはお世辞にも家とは言い難い物で、木の枝と葉で組み立てられている。

 しばらく、木々の間から観察していると人影らしきものが住居から出てくる。

 

「あれは……人間か。ここは人間の村なのか」

 

 どうやらこの野性味あふれる村は人間の村だったらしい。

 出てきた人間はおそらく茶髪の女で身体に毛皮を1枚巻いた姿で裸足で歩いている。

 ……前世での人間の生活を思い出すと驚く程、原始的な生活だ。

 本当にあれが人間なのか疑いたくなる。しかし、見れば見るほど、あれは人間だ。

 耳は尖ってはいないし、獣のような耳や尻尾も持っていない。 正真正銘の人間。

 

「ふぅ……」

 

 少し前世とのあまりの違いに戸惑ってしまった。

 ……さて観察ももういいだろう。早速彼女らに接触してみようじゃないか。

 その結果、相手が友好的ならよしだし敵対的だとしても……まぁそれもよしだ。

 俺はニヤけそうになる表情を抑えて木々の間からゆっくりと身体を出した。

 

 ゆっくりと俺は足を人間の村に進める。その間にどうやら茶髪の女が俺の姿に気付いたらしい。

 一瞬ポカンとした顔をした後、悲鳴をあげて村の中を走り回る。

 その悲鳴を聞いたらしい村人達が住居などから続々と集まってきた。

 どの村人も身体に毛皮を1枚巻いた同じような姿をしている。

 というか、いきなり悲鳴をあげるとか酷くないか? まぁ今の俺の姿を見れば仕方ないか。

 俺が村の入り口らしき所に着く頃には女や子供達は皆住居に隠れ、村の入り口には男達が40人程集まっていた。

 その男達は皆、手に尖った石と木の棒を組み合わせた石槍を持っている。

 

「臨戦態勢か……というか石槍って……それで俺が何とか出来ると思っているのか?」

 

 村の入り口に着いた俺に向かって村の男達は石槍の穂先を向けて警戒している。

 とりあえず、俺は対話を試みてみる事にした。俺は笑顔を浮かべて挨拶をする。

 

「こんにちは」

「hababsbjakanasnksksnsnsjdufrb」

「ですよねー」

 

 日本語が通じる訳ないよねー……わかってましたよ。

 でも、もしかしたらと思って話しかけてみたがダメでした。

 さぁどうしようか?

 

「taunsbxilskansjsjsjssaeric」

「gajdoeqnqams!」

「yuaosjdbmxpsksks!」

 

 なんだか村の男達が興奮したように話し始める。なんだろうか?

 

「なんか嫌な予感が……」

「haaksjnsnsns!」

 

 男達は石槍の穂先を俺に押し当て始め、何かを口々に言っている。その男達の中には毛皮の腰当ての前の部分が少し膨らんでる者もいた。

 

「おいおいおい、言葉のわからない俺でも流石にこの状況はわかるぞ」

 

 つまりは攻撃されたくなければ大人しくしろ、という事だろう。その後を考えて不埒な妄想をしている奴もいると……。

 

「おい待て! 俺は男だぞ!」

 

 そんな事を言っても伝わるはずは無く男達は俺ににじり寄ってくる。

 そして石槍の穂先を押し当てている先頭の男が俺に触れようとした瞬間――

 

「もう無理」

 

 俺に触れようとした男の首を手刀で思いっきり切り裂いた。

 その首は宙を舞いくるくると村の真ん中に転がっていく。

 残された男の身体から血が噴き出し、その血は雨となって俺と周囲の男達を血で染める。

 村の男達は何が起きたのかわからないのだろう。首の無い男の身体を見て口を開けている。

 いや……村の男達には見えなかったのだろう……俺の手刀が速すぎて。

 

「もう……お前らは敵だ。容赦はしない」

 

 首の無い男の身体が大きく震えながら大地に倒れる。

 その瞬間には新しくもう2人の首が宙を舞っていた。

 そこでやっと気が付いたのだろう。男達が先程とは違い引きつった顔で石槍を俺に向けるがもう遅い。

 俺は石槍を避け男達の懐に近づき首を飛ばす。

 

「4、5、6…7、8、9、10! まだまだいくぞォ!!」

 

 俺はどんどん首を飛ばしていく。

 途中から数えるのも面倒になり見渡す限りの男達の首を飛ばした。

 

 

 気が付けば村の男達は皆、身体を残して血溜まりの中に倒れていた。

「くっくっく……ハッーハッハッハ!」

 

 俺は血溜まりの中で血塗れで酔っている。この圧倒的な力と血に。

「さて、残るは女と子供たちか……」

 

 今も住居の中で震えている奴らだが、もちろん生かす気はない。俺と村が敵対した時点で奴らに生き残る道は存在しないのだ。

 それに……血魔法の実験にはちょうどいい実験対象だ。

 

 俺は魔力を右手に集めて血魔法を使おうと意識する。すると俺の身体に着いた血や地面の血溜まりから血が右手に集まっていき……やがて巨大な血の球体となった。

 

「こりゃいい。 自由に血を操れるのか……そういえば、俺は半分ヴァンパイアなのだから血を味わう事も出来るはず……少しだけ飲んでみるか」

 

 そう思った俺は巨大な血の球体をひと舐めしてみる。

 

「うーん、飲めなくはない。飲めなくはないが……不味いな。これは血の質が悪いからなのか? それとも俺自身に問題が?」

 

 血は微妙だったが、とりあえず血魔法の続きを実験しよう。

 手始めに巨大な血の球体を別の形にしてみる。両刃の剣だったり、十字の槍にしたり、棘のついたハンマーにしたりと自由自在だった。

 次に巨大な血の球体を小分けにしてそれぞれシンプルな槍にしてみる。

 これは中々に操作が難しいが、なんとか練習がてらその30程に分けた槍で村に残った人間を串刺しにしていった。

 

 

♢♢♢

 

 

 全てが終わった後、村には破壊の跡しか残っていなかった。

 

「うわっこれを俺がやったのか」

 

 間違いなく人間の頃の俺では考えられない行動だろう。

 これが魂が変質した効果って事かな?  まぁ悪いことではないのだろう。

 人間のままの感覚では生きていけないだろうし、神様もいい仕事をしてくれる。

 

「さて、次は何と出会うのかな」

 

 俺は楽しそうに笑いながら、これからの出会いに思いを馳せる。

 とりあえず、どんどん血を集めて巨大になったこの球体は邪魔だから殆ど捨てようか。

 代わりに掌サイズの血の球体を持っていくことに決めて殆どの血を捨て俺は歩き出した。

 



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第3話 ドラゴンヴァンパイアと原始的な人間

第3話 ドラゴンヴァンパイアと原始的な人間

 

 

 

 現在、森で人間の原始的な村を見つけて皆殺しにしてから、新しく2つの人間の村を俺は見つけていた。

 とりあえず2つ目の村では、違う村だし違う反応をしてくれる事を期待して俺は最初の村と同じように近づいていく。

 ……結果は同じ。2つ目の人間の村も最初と同じ対応をしてきたので皆殺しにした。

 もうこの時点で俺は人間の村には期待する事をやめていた。

 なので、人間以外と出会えないかなーっと思いながら真っ直ぐ大地を進んでいく。

 そして今、俺は3つ目の人間の村を発見する。どうやら俺は人間の村に余程縁があるようだ。

 今回の村は美しい湖の横にできた村で住居は最初の村よりはマシな感じだ。

 もう無視して上空を飛んで通り過ぎようかとも思ったが、今回は魔圧を2割程出して村に接触する事にした。

 考えてみれば最初の村も2つ目の村でも人間になめられていたのではないか?

 そう思った俺は魔圧を少し出して人間を威圧すれば相手の対応も変わるだろうと考えた。

 そしてこれでダメならもう人間の村を見つけても無視する事にしよう。

 そう結論を出した俺は魔圧を放出しながら村にゆっくりと歩き出した。

 

 

♢♢♢

 

 

 俺はこの美しい水の村で一の戦士 ヌ・デアだ。 俺が扱う槍は数々の外敵を葬りこの村を守ってきた。

 しかし、この日不条理な力によって村は壊滅した。

 

 日がさす中、俺はいつも通り村に問題がないか確認をする為、村の中を歩き回っていた。

 そんな時、村の入り口の方から見張りを任せていた目の良い戦士が慌てたように俺の所へやってくる。

 その男の様子に俺は驚いた。その男の戦士は目が良い為、見張りをすることになっているのだが、どんな時も冷静な戦士としても有名な筈だったからだ。

 事実、モンスターがこの村を襲ってきた時も俺はその男が冷静に戦っていたのを覚えている。

 その冷静な戦士が大慌てで村一番の戦士である俺の所にやってくる……これは相当な事があったに違いない。

 

「ヌ・デア!! た、大変だ!!」

「どうしたんだ?」

「ば、化け物が……化け物が」

「落ち着け! いつものお前らしくない」

 

 しばらくするとその男は少し冷静になれたのだろう。

 ゆっくりと話し出す。

 

「村に今、化け物が近づいてきている」

「化け物? 一体どんな奴だ」

「見た目は半分くらいとても美しい女なんだ」

「半分くらい女?」

 

 一体どんな奴だ? 半分くらい女って。

 

「そいつは背中に巨大な翼と尻尾が生えてんだよ!」

「女に巨大な翼と尻尾?」

 

 本当なんだろうか?

 

「そいつを見た瞬間、俺は恐怖で全身の震えが止まらなくなって……」

「本当にそんな奴を見たのか?」

「信じられないのも分かるが信じてくれ!  ほら、今でも足が震えてやがる」

 

 確かにとんでもない事が起こってるのはこの男を見れば分かるが、想像できない。

「わかった。俺が先にそいつの所に行く。お前は村中の女子供を家に入れてから戦士を集めてきてくれ!」

「わ、わかった。でもいくらヌ・デアでも1人ではアイツには勝てない。俺たちが行くまで攻撃はしない方がいい」

「……では行ってくる」

 

 俺は村の入り口に急いで向かう。向かっている最中、俺はこんな時に不謹慎だが自分が喜んでいるのがわかる。

 今まで俺と対等に戦える戦士は村の中にはいなかった。

 前のモンスターが村を襲撃した時だって俺に傷を付けられる奴は居らず、俺は無傷で勝利した。

 今度の相手はとんでもない化け物……そいつが俺を楽しませてくれる程の奴なのを願う。

 それにどんな相手だろうと俺の槍さばきとこの水晶の槍があれば負ける筈がない。

 

 そんな事を考えて村の入り口に到着した。 村の入り口に着いた俺は即座に男が言っていた化け物を探す。

 そいつは村の入り口の先に立っていた。 見た目は美しい白い髪の女……しかし、そいつには巨大な翼と尻尾、それに角が生えていて見るだけで俺の全身が急に震えだして止まらなくなる。

 まさか? まさか俺が見るだけで恐怖を感じている?

 こんな女のような奴に恐怖を感じているというのか!?    

 このヌ・デアが!?

 ……そんな訳……そんな訳ないッ!!

 しかし、現に身体は震えるだけで足は前に進まない。

 俺は村一番の戦士ヌ・デアだッ!! 動け……動けェェェェ!!

 僅かに足が進み始める。

 

「うあああああああああああああああ!!」

 

 そのまま俺は自慢の水晶の槍を化け物に向け歩き、次第に足は速くなっていく。

 気が付けば俺は全力で化け物に向かって走って突撃していた。

 その突撃する俺の姿に優れた槍さばきなどなく、ただ槍を突き出すだけ。

 突き出された槍には目に映る理解不能な化け物を消し去りたいという小さな勇気と大きな恐怖が載っていた。

 

 ――そして水晶の槍はその化け物に到達する。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 水晶の槍が化け物に突き刺さる瞬間、俺は恐怖でとうとう目を閉じていた。

 ……だが、確かに槍が何かに当たった感覚はある。まるで硬い岩に槍をぶつけたような感覚だ。

 俺は未だにおそらく何かの恐怖で震える身体を抑え、ゆっくりと目を開く。

 最初は槍を持つ俺の手が目に入る。そのまま視線を槍の先へゆっくりと動かす。

 槍の穂先は化け物の身体の中心に向かっている。

 俺は目を見開いてよく見る。

 

「ああああぁ……あああああああああああああああ」

 

 それを理解した瞬間、俺の中にあった小さな勇気は跡形もなく消え去り残った大きな恐怖が俺を押し潰そうと俺の全てを襲い出した。

 俺は今まで肌身離さず持ち歩いていた愛用の槍を手放し後ずさる。

 

 ――化け物は槍の穂先を止めていたのだ……片手で握って。

 

 化け物は握っていた槍を手放し、無造作に俺に近づくと片手で俺を払った。

 それだけで、俺は横に吹き飛び何かに頭から激突する。

 ……そして俺は意識を失った。

 

 

♢♢♢

 

 

 人間の村に近づいた俺はとりあえず、こっちからも向こうからも見える位置で立ち止まる。

 これで人間達がどう対応をしてくるか様子を見ることにした。

 先ず俺を村の見張りらしき人間の男が発見すると、その人間は全身を震わせる。そしてそのまま村の中に入っていった。

 やはり魔圧は威圧として人間にも効くようだ。2割程の解放で人間の大の男が全身を震わせるくらいらしい……これで人間になめられるという事もないだろう。

 

 しばらくすると、先程見張りをしていた男とは違う男が顔を引き締めて村の入り口に現れた。

 その男は戦士なのだろう。驚く事に石槍以外の武器をその手に持っていた。その槍は穂先に透き通った塊を使っている。……この村の特産か何かか?

 今まではどの人間も武器は石槍しか持っていなかったな。

 その透き通った塊を使って槍を持つ戦士の男も、俺を発見すると見張りの男同様、全身を震わせて目を見開いている。

 ……さて、ここからこの人間はどう行動するのか?

 俺はその人間を観察する。俺の予想では見張りの男と同じように何処かに逃げると考えていた。

 しかし、俺の予想は裏切られる。

 

「へぇ……」

 

 その人間の戦士は一歩足を前に踏み出したのである……槍を俺に向けて。

 驚いた……てっきり震える程、恐怖を感じているなら逃げ出すと思ってたんだが……。

 一歩一歩ゆっくりと近づいてくるその男……段々とその足取りは速くなっていき、とうとう俺に向かって突撃ともいえる速度に達する。

 どうやらこの男には自身を突き動かす何かがあるようだ。

 それが村を守る為か、それとも何かのプライドが刺激されたかは知らないが……無謀だな。

 突撃してきた男が俺に到達する。

 俺は奴が俺に向けている透き通った穂先を右手で握り、その突撃を止めた。

 その人間の戦士は目を見開き、絶望した表情を浮かべ槍を手放し後ずさる。

 無謀だったが、その意外な行動に免じてこの男は手で払う程度にしてやろう。

 

 俺はその人間を手で払う。人間は横に飛んでいき生えていた木に激突して動かなくなった。

 

 いつもなら敵対した時点で殺して終わりだが……まぁこの程度なら生き残るかもな……生き残って幸せかどうかは知らないがな。

 

 

♢♢♢

 

 

 結局、あの湖が美しい村は残した。

 あの後、大勢の戦士だと思われる男達が俺の前にやって来たが、全員が全身を震わせ俺に恐怖して動けないでいたので武器を持っている奴は全員俺が携帯していた血の球体から血の武器【ブラッドウェポン】を使って殺して、そしてそのまま俺はその村から歩き去った。

 もうその村に興味はなかった……でも魔圧2割であのような反応をするのが分かったので収穫はあった。

 しかし、俺はもう人間の村を見つけても無視する事に決めた……今度は人間以外の村、獣人やエルフなどの他種族村なら寄る事にする。

 そう考えながら俺は道無き道を真っ直ぐ進む。

 

 

♢♢♢

 

 

「……デア……ヌ・デ……」

 

 なんだ? 誰かが俺を呼んでいる気がする。

 

「ヌ・デア! 起きてヌ・デア!!」

 

 わかった。わかったからそう五月蝿く騒ぐな……。

 

 俺はゆっくりと目を開き視線を動かす。すると側で俺を呼んでいる声の正体が分かった。

 俺を五月蝿く呼んでいたのは隣の家に住む幼馴染の女だった。

 こいつとは幼い頃から隣に住みよく顔を合わせていて一緒に遊んだりしていた仲だ。

 大人になった今でも家が隣同士なので朝と夜はよく顔を合わせる。

 それに何かがあれば直ぐに俺の所に来ては頼ってくるのでそれなりに可愛い奴だ。

 ……その彼女が寝ている俺の側で何があったか知らないが、泣きながら俺の名を呼んでいる。

 ……応えねば。

 

「……何を泣いている? 泣くな」

「……ヌ・デア? ……本当にヌ・デアなの!?」

「あぁそうだ。何を驚いている?」

 

 泣いている彼女の声に応えるとその彼女は驚いた表情で固まっている。

 ……そういえば何故俺は寝ているのだろう?

 俺は身体を起こす。

 

「――っつ!?」

「だ、大丈夫!?」

 

 身体を起こすとともに痛みが全身を走る。側にいた彼女が慌てて声を掛けてきた。

 そしてそのまま彼女は俺に抱きついてくる。

 

「よがっだ〜ほんどうによがった〜」

「おいおい、どうしたんだそんなに泣いて? ……とりあえず、身体が痛いから離れてくれ」

「あ、ご、ごめん」

 

 彼女は俺から離れて手を握ってくる。

 

「でも……本当に良かった。 ……死んじゃった男の人も沢山いて……ヌ・デアも目を覚まさないかもって……」

「死んじゃった人?」

 

 一体、彼女は何を言っているんだ? 俺が目を覚まさない? そうだ! 何で俺は寝ていたんだ!? 思い出せ!

 

「あ……ああああああああああああああああああ!!」

「ヌ、ヌ・デア?」

「思い出した!! 化け物だ!! 化け物が俺を見て……それで……それで」

 

 何故忘れていたんだ俺は!! 早く逃げなくては! みんな殺されてしまう!!

 

「ヌ・デア!!」

 

 そばに居た彼女が急に俺を抱きしめる。

 

「大丈夫……大丈夫だから」

「え? ……」

「怖いのは居なくなったの。どっか行っちゃったの。だからもう大丈夫」

 

 少しずつ俺の心が落ち着いてくる。

 

「あの化け物は居ないのか……」

「そう。あれはもう居ないの。だから大丈夫」

 

 心が落ち着いて俺の中にあった恐怖も薄れていく。彼女のお陰だ。

 

「……ありがとう。もう大丈夫だ」

「……うん」

「……でも、もうしばらくこうさせてくれ」

「うん」

 

 俺は彼女を強く抱きしめ返した。

 

 

 村の広場には目を背けたくなるような壮絶な光景が広がっていた。

 辺り一面、真っ赤に血で染まっていてその中に戦士だった男達の遺体が転がっている。

 あまりの血の量に隣の美しい湖と比較してまるで村の広場に血の湖が出来たようだった。

 

 大勢の戦士達が死んでしまったが、幸いな事に俺も含めて数名生き残った戦士がいる上に家に居た女子供には被害が全く無かった為、村の立て直しは何とか可能だろう。

……それにしてあの化け物は一体何だったのか?

 俺には何もわからない。

 ただ、1つ言えることはあの化け物は自然が起こす災害のような出来事で俺達にはどうする事も出来ない類のものだという事だろう。

 だから俺達は伝え残す事に決めた……あの美しくも恐ろしい怪物を。

 



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第4話 ドラゴンヴァンパイアとモンスターと新魔法

第4話 ドラゴンヴァンパイアとモンスターと新魔法

 

 

 

 3つ目の人間の村を通ってから約3ヶ月、俺は不眠不休でひたすら真っ直ぐ歩き続けていた。

 あれから人間の新しい村を見つけてはいない……それと同じように人間以外の村も見つからない。

 転生してからこの暇な時間で解ったことが幾つかある。

 まず、俺は強靭な肉体のお陰なのか今まで眠くもならないし、歩くだけならあまり疲れない。

 そして驚くことに転生してから俺はお腹が空いたと感じることがない……その代わり俺は喉が渇く。

 最初は見つけた水場で水を飲んでみたが、喉の渇きは潤わない。

 そこで俺は携帯している血を飲んでみることにした……すると喉の渇きは潤った。

 この事から予想するに、どうやら俺はお腹は空かないが血液を定期的に飲まなければいけないらしい。

 

 その所為で今、問題が1つある。

 俺は最初、少量の血液しか携帯していなかった所為で数度の喉の渇きですべて飲んでしまったのである。

 どこかで補給しようにも何故だか俺は人間の村を出てから血を流すような生物と遭遇しない。

 ……つまり今現在俺には血液のストックがなく、補給手段も見つからないのである。

 こんな事なら人間の村で血液を捨てずにもっと持ち運んでいればよかった。

 ……幸いな事に俺が喉が渇く間の期間はそれなりに長く、一度の補給でそれなりに持つみたいだ。

 なぜなら最初に血液を飲んだのが転生して間もないころ見つけた最初の人間の村でそれも少量だからだ。

 それから喉が渇いたのが約5ヶ月後……だと思う……最初に飲んだのが少量だと考えて約半年は喉が渇かない筈。

 ……まぁ喉が渇いたからといって直ぐにでも血液を飲まなければいけないという事もないだろうし……なんとかなるだろう。

……そう楽観的に俺は考えていた。

 

 

♢♢♢

 

 

 血液を飲まなければいけない問題を考えていた時から約4ヶ月の時が流れていた。

 未だに血液補給が俺には出来ていない。

 それは何故か? それは俺が未だに血を流す生物と出会えていないからだ。

 こうなってくると流石にこの状況がおかしいのは俺でも気がつく。

 しかし、原因がわからない。

 俺自身が何かしら悪いのか? それとも周囲の環境のせいか? それとも他に原因が?

 ……だめだ。まったくわからない。

 流石にこれはヤバイのではないか……と俺も考え始める。

 そう考えていた俺の目の前にある光景が現れる。

 

「これは……山か……デカイなぁ」

 

 俺の目前にそれなりに大きな緑に覆われた山が姿を現した。

 

「徒歩で山越えは面倒だぞ」

 

 流石にこの山を徒歩で越えていくのは面倒だと考えた俺は空を飛んで山を越える事にする。

 

「とっとと飛んで越えてしまおう」

 

 そう口に出した俺は巨大な翼を羽ばたかせて空へと飛び出した。

 そのまま山よりも高い所まで飛んだ俺は山を越えようとする。

 

「……グエェ……」

 

 山の頂を越えようとした頃、何か変な鳴き声が下の方から聞こえてきた。

 

「何だこの鳴き声は?」

 

 そのまま山の頂より上に飛んでいると、バサバサと俺のではない何かが羽ばたく音が下から聞こえてくる。

 

「何だあれは? ……鳥か?」

 

 音が聞こえてくる下の山の頂の方を見ると巨大な何かしらの存在が俺の方に向かって飛んでくる。

 その存在をよく見ると全長6メートルはありそうな見た事もない灰色の鳥のような何かが鳴き声を鳴らしつつ飛んでいる。

 

「……まさか……モンスターか!?」

「グエェ!!」

 

 見た事もない巨大な鳥のような生物なんて間違いなくモンスターだろう。

 どうやら異世界初のモンスターとのエンカウントは巨大な鳥型生物らしい。

 これは俺にとって幸運だ。見たかったモンスターを見れた上に血液も補給できる……まさに一石二鳥。

 ……ただ、1つ問題があるとしたら俺はモンスターの血液でも人間の血液と同じように飲んで喉の渇きが潤うのかどうかという事だろう。

 まぁそれは今俺に向かって飛んできている鳥型モンスターで試してみるしかない。

 

「グエェェェェェ!!」

 

 その鳥型モンスターは奇妙な鳴き声を鳴らしてからその巨大な鋭い嘴を俺に向けて突撃してきた。

 

「おっと」

 

 俺はそのモンスターの突撃を危なげなく横に移動して回避する。

 すると、鳥型モンスターは放物線を描いて再び俺に向かって突撃してきた。

 

「芸がないな!」

 

 突撃してきた鳥型モンスターを避けると同時に軽く蹴る。

 

「グエェ……」

 

 鳥型モンスターはまさか蹴られると思っていなかったのだろう。空中で姿勢を崩してなんとか落ちないように翼を一生懸命羽ばたかせている。

……完全に隙だらけだ。

 

「フッ!」

 

 俺は即座に鳥型モンスターに近付くと右腕で奴の胴体をぶち抜いた。

 

「……グェ……ェ」

 

 少し暴れた鳥型モンスターは直ぐに痙攣して動かなくなった。

 右腕に巨大な鳥型モンスターの全体重が乗るがこのくらいの重さなら俺の腕力で問題ない。

 俺は左手で鳥型モンスターの首を掴み右腕を胴体から引き抜く。

 ぽっかりと空いた胴体の穴から鮮血が溢れ出し下に落ちそうなのを俺は血魔法を使って集める。

 どんどん球体状に集まっていく赤い血液を見て俺はモンスターの血も人間と同じで赤いんだなって感想を頭の中で浮かべていた。

 

 巨大な球体になった血液を見て血液が集まったのを確認すると俺は掴んでいた鳥型モンスターの首を離す。

 血液の無くなった鳥型モンスターの死骸はそのまま重力に従い山に落ちていった。

 

「さて……あとはこれが飲めるかどうかだが」

 

 俺はとりあえず、この血液の球体を舐めてみることにする。

 

「……うん、味は……問題ないかな」

 

 ……どうやらこのモンスターの血液でも問題なく俺は摂取できるらしい。

 

「!!!!!」

「なんだ?」

 

 モンスターの血液に関して考えを進めていると下の山の方が騒がしくなる。

 

「何が起こっている?」

 

 緑に覆われた山から灰色の塊が空に飛び出してくる。

 

「おいおい、マジかよ」

 

 その灰色の塊をよく見ると先程殺した鳥型モンスターと同じモンスターが無数に集まっている姿だった。

 集まった鳥型モンスターは30羽くらい居るのではないだろうか。

 ……しかも、時間が経つごとに山から同じような灰色の鳥型モンスターの塊が2つ、3つと空へと飛び出してくる。

 

「どんだけ居るんだよ!」

 

 ……そして最初の灰色のモンスターの塊が俺に向かって突撃してきた。

 俺はすぐさま迎撃する為に姿勢を整え灰色の塊とぶつかる。

 鳥型モンスター集団の突撃に呑み込まれた中で俺は両腕で1羽ずつ……計2羽を仕留めたところで集団から抜けてモンスターの塊がどこかに飛んでいく。

 ……それで終わりではなかった。

 最初に突撃してきた鳥型モンスター集団とは別の鳥型モンスター集団がすぐに俺の背後から突撃してきたのである。

 

「ナニィ!?」

 

 俺はすぐさま両腕の邪魔な鳥型モンスターの死骸を放り出すがこのままでは間に合わない。

 

「ちっ!」

 

 即座に集めた血液を壁状に変形させて鳥型モンスターの突撃とぶつける。

 しかし、俺の魔法技術が低いからだろう……完全に壁に変形させる頃には鳥型モンスターの集団は俺の身体を通り過ぎていた。

 通り過ぎる間に俺は5、6回ほど鳥型モンスターに攻撃されていた。

 幸いなことにあの鳥型モンスター達では俺に対した攻撃力はないのだろう……俺の身体に傷はない。

 

「くそっ」

 

 怪我はないが頭にくる攻撃だ。

 俺に突撃していった鳥型モンスター集団とは別の集団が既に突撃態勢に入っている。

 

「波状攻撃かよ」

 

 俺は溜めている血液を使ってブラッドウェポンを発動、血液が巨大な大剣の形を作る。

 その大剣を俺は握りしめ、残った血液を動かせるだけ動かして小槍を作る……数は今俺が同時に操れる限界数30本だ。

 なんとか迎撃態勢を3回目の鳥型モンスター集団の突撃に間に合わせた。

 

「オラァァァァァ!!」

 

 3回目の鳥型モンスター集団の突撃に合わせて思いっきり大剣を振るう。

 それと同時に小槍を前に射出する。

 

「グエェェェェェ!!」

 

 俺が振るった大剣の一撃は鳥型モンスターを同時に6羽斬り落としたが小槍の方は制御がまだ粗く30本飛ばして4羽しか仕留められなかった。

 ……1度に10羽仕留めたが、それでも数はまだまだ多い。

 次の集団の突撃に備えてすぐに飛ばした小槍を呼び戻す。

 呼び戻したころにはもう鳥型モンスター集団が突撃態勢に入っている。

 何とか突撃に合わせて咄嗟に小槍を飛ばそうとするが上手く前に飛ばない。

 仕方なく大剣だけは当てようと思いっきり振るう……がタイミングが少しずれて斬り落とせたのは4羽だけだった。

 

「……くそっ! ……何度も小槍30本を制御しながら奴らの突撃に合わせて射出、大剣を振るのは今の俺じゃキツイぞ! ……しょうがない」

 

 すぐに俺は展開していた30本の小槍を集めて血液に戻す。

 戻した血液でもう一本大剣を形作り、両方の手で一本ずつ大剣を握る。

 

「……大剣二刀流だ!」

 

 今の俺では細かい制御をしながら大剣を振るうのは無理だと考えたので大剣をもう一本増やして両手で振るうことにした。

 既に突撃態勢に入っている鳥型モンスター集団に合わせて二本の大剣を振るう。

 

「ラァァァァァァ!!」

 

 ザクザクザクと次々に鳥型モンスターを斬り落としていき、集団の突撃を抜けた時には両方の大剣で塊の半分の15羽もの鳥型モンスターを斬り殺していた。

 

「しゃあ! 見たか!」

 

 それから数度の鳥型モンスター集団の突撃とかち合い、俺は最後の1羽を斬り殺した。

 幾つもの灰色の塊を山の上で斬り落とした所為で下の山の頂が大量の鳥型モンスターの死骸と鮮血で赤く染まっている。

 

「面倒だったな……」

 

 結果的に息も切らせていないし身体に傷一つ付いていないが……とても面倒だった。

 ……というかあの鳥型モンスターは何だって俺をあんな集団で襲ってきたのだろうか?

 とてもしつこい上に最後の数羽になろうとも逃げ出すことがなかった。

 ……まるで狂ったような行動だが、その攻撃は波状攻撃で上手く連携できている。

 

「まぁ……もういいか」

 

 全部倒してしまったことだし、もう関係ない。

 俺は先に進むことに決めて両手でそれぞれ握っている大剣をただの血液に戻す。

 そして山の頂の上から移動したその時--。

 

 ――――グエェェェェェ!!

 

「……おいおい、流石に嘘だろ?」

 

 俺は一瞬、幻聴でも聞こえたのか? と考えたくなったが思い直し嫌々後ろに振り返る。

 するとそこには灰色の塊……鳥型モンスターの集団が幾つも山から飛び出てくる光景が広がっていた。

 

「しつこすぎるだろ……なんかさっきより多いし」

 

 山から飛び出してきた鳥型モンスター集団の数は明らかに先程より数が多い。

 

「ああもう……そうだ! あれやるか」

 

 俺はそこで今までの道中で考えていた魔法を思い出した。

 それは光魔法の新しい攻撃方法だ。

 今の俺は悲しいことだが技量不足で光魔法はライトボール……光の球を飛ばす事しか出来ない。

 そこで俺は考えた……光の球しか出来ないなら光の球で出来ることをしよう! と。

 それは大量の魔力を注ぎ込み、ライトボールをめちゃくちゃデカくして放つという物。

 今までは考えるだけで試す機会が無くて忘れていたが、今こそやる時だろう!

「よっしゃぁ! やるぞぉ!」

 

 俺は両手を空高く上げて魔力を流してライトボールを作る。

 そしてそのまま巨大化させるイメージをして更に魔力を注ぎ込み続ける。

 大量の魔力を注ぎ込まれたライトボールはどんどん大きくなっていき、まるで太陽がもう一つ出来たようだった。

 

「うおぉぉぉすげぇ! まるで元気を集める某少年漫画の主人公みたいだ!」

 

 僅かに感じる熱を発する巨大なそれは最早ライトボールとは別の魔法と言える。

 俺が僅かに熱を感じる程度なので済んでいるのだから中心温度はどれだけ高いのか。

 よし! この魔法は【ライトフレア】と名付けよう!

 鳥型モンスター集団を見ると、どいつもこいつも様子を見ているようで突撃してこない。

 今がチャンスだろう。

 ライトフレアは既に直径20メートルの大きさはありそうだ。

 ……もういいだろう! もう充分な大きさだ。

 

「うおぉぉぉいっけぇぇぇぇぇ! ライトフレアァァァァァァ!!」

 

 俺は上空から山の頂を目指してライトフレアを叩き込んだ。

 ライトフレアはゆっくりと山の頂に向かって落ちていく。

 途中幾つかの鳥型モンスター集団に接触するが、接触した鳥型モンスター集団は一瞬で消し炭となり、跡形もない。

 ゆっくりと落ちていくライトフレアは山を抉りながら落ちていき……そして一瞬の閃光の後、大爆発。

 かなり上空に飛んでいた俺の所までかなりの衝撃が飛んできて俺を襲う。

 飛んできた衝撃で目を閉じて少し姿勢を崩すが何とか持ち直す。

 ……そして目を開く。

 すると俺の眼下には先程とはまったく違う光景が広がっていた。

 そこに存在していた筈の巨大な山は跡形も無く消え去り、更にライトフレアは下の大地をも抉り取り巨大なクレーターがそこには出来ていた。

 

「……は……ははは……スゲェよ……ライトフレア……なんて衝撃だ」

 

 しばらく俺はこの光景を呆然と見ていたが、気を取り直し最初の目的通り先に進むことにする。

 

「新しい魔法も試せたし結果的には良かったな……鳥型モンスターはしつこかったけど」

 

 ……もっと魔力を注ぎ込んでいたらあの距離じゃ俺も危なかったのでは? と考えると、あれくらいで止めといてよかったな……と俺は後で思った。



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第5話 ドラゴンヴァンパイアと新大陸

第5話 ドラゴンヴァンパイアと新大陸

 

 

 

 俺が初めてライトフレアを放ち大地を抉り取り、巨大なクレーターを作ってからおそらく5年くらい経った。

 この5年くらい……というのは俺が途中で年月を数えるのが面倒になった為、数えるのを止めたからだ。

 だからだいたい5年くらいたったかな〜? という曖昧な感じ。

 で、この5年くらいの間、俺はただひたすら前に進み続けた。

 その途中で色々なことがあった……と言いたいところだが、実際は殆ど代わり映えのしない毎日だった。

 あった事といえば新しいモンスターを何種類か遭遇したのと新たな村を見つけたくらいだろう。

 新たなモンスターといっても額に一本角の生えた犬なのか狼なのかよく分からない奴だったり、黒い後ろ足が発達したネズミのような奴で、面白くも大した脅威にもならない奴らばかり。

 で、新たな村ってのがまた微妙に嫌な問題があって……その問題っていうのも正直もう諦めている感じ。

 まぁその問題っていうのは……俺が見つけた村すべてが人間の村だったっていうこと。

 俺が見つけたいのは人間以外の獣人やエルフとかの村なのに見つけた村すべてが人間の村ってどういう事だよ!?

 結局、この5年くらいは移動しながら血液を飲んでは無くなってモンスターから補給して人間の村を見つけては無視、または血液がないとき人間を殺して血液を補給そして移動の繰り返し。

 すこし、獣人やエルフが本当は居ないのでは? 存在なんてしてないのでは? と疑ったりもしたが、あの神様が獣人やエルフが居ると言ったのだから居るのだろう。

 ……では何故見つからないのか?

俺は理由を移動し続けながら考えた。 それはもう考えて考え抜いた。

 ……結果、俺は一つの考えに辿り着いた。 というかもうそれしか考えられない。

 それはこの大陸には人間しか住んでいないのではないか?

 獣人やエルフは別の大陸に住んでいるのではないか?

 ……という考えだ。

 だって俺は多分5年以上ひたすら移動し続けて……それでも見つからないのだ……しかも俺が今いる場所がその考えを助長する。

 今、俺の目前には大海原が広がっている。 ……そう、とうとう俺は海岸に出てきてしまったのだ。

 これはもうこの大海原を越え、新たな大陸に渡れ……という天からのメッセージではないか? と半分くらい考えていた。

 

 という訳で俺は本気でこの大海原を越えて新大陸を目指すことに……。

 それでこの大海原を越える方法だけど……船を作る訳にはいかないし、というか作れないからやっぱり自分の翼で飛んでいくしかない。

 そこで俺は早く新大陸に行きたいので全速力でぶっ飛んで行きたいんだけどまた一つ問題がある。

 全速力で俺が飛ぶと俺の横にふわふわ浮いている携帯血液がその速度に付いてこれない。

 だからといって携帯している血液が付いてこれる速度で飛ぶと何時新しい大陸に着くか分からない。

 今居る場所から俺が大海原をよく見渡しても大陸は影すら見えないのだ。

 なので携帯している血液を持ってゆっくりと飛んで血液不足で悩まないように安全に時間をかけて行くのか?

 それとも、一刻も早く新大陸に行きたいから血液をここで出来るだけ飲んでから全速力でぶっ飛んで行くのか?

 ……少し悩んだが俺は全速力で新大陸を目指すことに決めた。

 正直、全速力で飛んで行くならどれだけ遠くてもすぐに辿り着けると思う。

 前に全力に近い速さで空を飛んでみようと試したとき俺はすぐに音の壁を超えた音がしたのだ……その時はすぐに飛ぶのを止めてしまったが、やろうと思えば何時でもできると思う……つまり少なくとも俺は音速で飛べる。

 それならばいつ着くか分からない速度で安全にゆっくり行くより俺は良いと思った。

 

 そうと決まれば早速準備をしよう。

 と言っても着の身着のままで行くので準備なんて、出来るだけ血液を飲んでいくだけだけど……あまり飲み過ぎて途中で吐くのも嫌だし腹八分目にしておこう。

 では早速、携帯しているそれなりに大きい球体状の血液を飲み始める。

 

「うぐぅ……ぷぁっ……やっぱり質があまり良くないからなのか、そこまで美味しくはないな〜」

 

 ……よし、これで準備は良いな。

 俺は残った携帯血液を海岸に落とす。

 バシャッと音を出して地に落ちた血液を見て、なんかここで誰かが殺された跡みたいだなーと思った。

 

「よし、行くか……あ、そうだ。 飛ぶ前に久しぶりにステータスでも確認しておこう」

 

 

======================================

 

名前:エルトニア・ティターン

種族:ドラゴンヴァンパイア

レベル:2885

 

======================================

 

 

 久しぶりに確認したけど、これはレベルが結構上がっている方なのかな?

 それともあまり上がっていないのか?

 ……他の生物のレベルを確認した事がないから分からないな。

 

「まぁそんな事はどうでもいいや。 さて、今度こそ行くか……とうっ」

 

 少し気の抜けた声とともに翼を羽ばたかせ海岸から飛び発った俺は大海原の上を全力で飛んでいく。

 やがてバシューンという音とともに衝撃波が発生して俺は音速に到達する。

 音速に到達しても俺はどんどん速度を上げて大海原の上を飛ぶ。

 もの凄い衝撃が発生しているのだろう……下の海が抉り取られたかのように俺の飛んでいる道がへこんでいる。

 俺はその様子が面白くてもっと速度を出して飛び続けた。

 

 

♢♢♢

 

 

 およそ1時間くらい全力で飛び続けた俺は視界に海岸と陸地が入ったのを確認して自分の考えが正しかったことを実感した。

 およそ1時間くらいといっても音速を超える速度で飛んでいたのだ。

 血液を携帯してゆっくり飛んでいたら少なくとも辿り着くのに1年は掛かっただろう。

 でもやった! 俺は成し遂げたのだ! 見つけたぞ新大陸!!

 そのまま俺は海面から幾つかの大きな岩のつきでている海岸に向かって飛んでいき……手前で急停止した。

 もの凄い衝撃が俺を襲うが何とか踏ん張って耐える。

 すると俺から発せられた衝撃波が前に飛んでいき海面から突き出ていた大きな岩に衝突した。

 衝撃波に衝突された大きな岩は轟音を鳴らしながら粉砕されて海にバシャーンっと音を立てて沈んでいく。

 

「……衝撃波だけでこれかよ……攻撃に使えないかなこれ? ……っとそんな事より今は新大陸、新大陸!」

 

 目前で起きた破壊行為よりも今、俺が楽しみにしているのはこの新大陸だ。

 俺はゆっくりと片足から陸地に降り立つ。

 

「うおおおお到達したぞ新大陸! おそらく海越えして新しい大陸に足を踏み入れるなんてこの世界初じゃないか!?」

 

 ここは古代ファンタジー世界だと神様が言っていたし間違いないだろう。

 ……世界初だとか海越えとか新大陸とかなんか無性にテンションが上がるな!

 俺はしばらく新しく踏みしめた大地の感触を足で味わいながらはしゃいでいた。

 

 

「あ〜はしゃいだ、はしゃいだ。 もう充分だ」

 

 もう充分、俺ははしゃいで楽しんだ。

 だから次はこの大陸に来た目的を探しに行こうか。

 30分くらい遊んでいた俺はこの大陸に来た目的、獣人やエルフ探しをする為移動することにした。

俺の目前には森が広がっている……どうやら海岸の次は森らしい。

とりあえず、俺は歩いて進むことに決めて森の中へ足を踏み入れていく。

 

 

♢♢♢

 

 

 どれくらい歩いただろう。 俺は木々の枝やら葉、大地から伸びている草を掻き分けながら進み続けている。

 今のところ特にこの森に変わった所はない。 人の手が入っていないごく平凡な森だ。

 草や木々が伸び放題だし流石に人は居ないんじゃないかな〜。

 そんな事を考えながら進み続けるとついに森の中で開けた場所に出る。

 

「うわっマジか。 ……これも村だよな?」

 

 その森の開けた場所には、初めて人間の村を見つけた時の様に簡素な住居だと思われる建造物がならんで建っていた。

 

「まさかいきなり新大陸に来て村に辿り着くとはな。 しかもこんな森の中にひっそりとあるなんて」

 

 とりあえず、俺はいつも通りなめられないように魔圧を2割ほどで放出しながら村に近付いていく。

 

 村の近付いていく途中ですぐに俺はおかしな事に気が付いた。

 

 ――村が静か過ぎるのだ。

 村の中を歩いている村人は1人も居ないし、かといって住居の中に居るようでもない……何故ならば生活音もなんの音もしない。

 俺は思い切って村の中に入ってみる事にした。 一応突然の襲撃に警戒しながら村に入ってそのまま村の中央までやってきたが、村には何の反応もない。

 

「……どういう事だ? 一体何が?」

 

 これでは何も分からない。 俺は困惑する一方だ。

 

「こんにちは〜。 ……誰か居ませんか?」

 

 とりあえず、村の中心で声を上げて何処かで反応がないか試してみるが、村の何処からも反応はない。

 

 ……このままでは何も分からないままなので俺は更に思い切ってこの村の簡素な住居にお邪魔する事にした。

 村の中央に近い所にある村の中の住居の中では比較的大きい住居に近付いて入り口だと思われる所から中を覗いてみる。

 住居の中には何かの毛皮が敷かれていて石でできた小道具が幾つか転がっている。

 俺はそれをもっと近くで見ようと住居の中に入ろうとする……が俺の翼が入り口でつっかえて中に入れない。

 ……というか俺の翼が入り口につっかえた瞬間、ミシミシッという嫌な音が聞こえた気がする。

 

「……嘘だろ?」

 

 とりあえず俺は慎重に後退して身体が住居の中に半分入っている状況から抜け出そうとした。

 

「もうちょっと……もうちょっと……ホッ。 危ない危ない」

 ……なんとか身体を住居から出して一息ついたところでバリバリバリッという何かがへし折れるような音と共にその住居が砂埃をまきあげて潰れた。

 

「……あーこれは……俺知らない」

 

 俺は不幸にも勝手に潰れてしまった村の住居のことは忘れる事にする。

 気を取り直して俺は村の中の住居を探索することにした。

 といっても住居の中に身体が入らない俺は住居の入り口から中を観察するくらい。

 結局、住居を入り口から覗き見たくらいじゃ何もわからない。

 わかった事といえば、どの住居の中も同じように毛皮と石でできた小道具があるという事。

 これだけではこの村に何故村人がいないのか? この村で一体何が起きたのか? まったくわからない。

 

「気になるなぁ。 どうして誰も居ないんだろ?」

 

 そのまま俺は村の中をグルグルと回っていると村の奥の地面が少し鈍く反射したのを目撃する。

 

「なんだ?」

 

 近付いて見てみるとそれはポツポツと赤い斑点が落ちている光景だった。

 

「これは……まさか血痕か!」

 

 よく見るとそれは俺がよく見慣れたもの、血液が落ちた跡、血痕だった。

 

「……まさか絵の具だったりしないよな? いや、俺の嗅覚がこれは血だといっている」

 

 ドラゴンヴァンパイアに転生して鋭くなった己の五感はこれが血液だと証明している。

 ……まぁヴァンパイアになった恩恵かもしれないが。

 

 地面にポツポツと落ちている血痕は村の奥から森の中へと続いて落ちている。

 

「これは……事件ですね!」

 

 なんだかサスペンスドラマの主人公の探偵になった気分で俺は少しノった。

 そのまま俺はこの事件を解決しようと血痕の後を追い森へと入っていく。



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第6話 ドラゴンヴァンパイアと初めての獣人達

第6話 ドラゴンヴァンパイアと初めての獣人達

 

 

 

 森に入り血痕を追う俺はどんどん森を進んでいく。 血痕は地面に落ちていることもあれば生えてる草や枝葉に付いてたりで探すのが面倒な場面もあるが、定期的にあるので何とか追えている。

 ……しかし、それも終わりがやってきた。

 俺が追っていた血痕が進行方向にないのだ。

 最初は何処かで見逃したのかと最後に血痕を見たところまで戻って周辺を隈無く探してみたのだが、見つからない。

 ここまで来て事件のたった一つの道筋が消えてしまったのだ。

 

「ここで血を流していた存在が跡になってるのに気が付いて治療でもしたのか? ……うむぅ、どうしたものか」

 

 俺はしばらく最後の血痕が落ちていた場所で下を向いて考える。

 

「しょうがないな」

 

 結局、俺は幾つかの血痕が落ちている跡から進行方向だと思われる方向に真っ直ぐ進む事に決めた。

 再び無言でひたすら森の中をどんどん歩いて進んでいく。

 今度は道標となる物が無いので先程より少しだけ慎重に進む事になった。

 ……もしかしたら途中で血痕が見つかるかも……という淡い期待を胸に抱きながら進んでいくが、まったく血痕は見つからない。

 

 それから数十分くらい森の中をただ真っ直ぐに進んでいた頃、森の奥木々の隙間から光が漏れているのが見えた。

 

「なんだ? また開けた場所にでも出るのか?」

 

 俺はその木々の隙間から見えた光に向かって進み続けて木々の間を抜ける。

 すると木々を抜けた俺の目に予想外の光景が飛び込んできた。

 なんとそこで森は終わっていたのだ。 俺は森を抜けてしまった。

 そして今、俺の目前には何処までも続いている大平原が広がっていた。

 その大平原は見渡す限り続いていて俺の強化された視力でも終わりが見えない。

 

「スゲェ……こんな広い場所、見た事無いかも」

 

 俺が目を見開いて驚きながらその大平原を眺めていると、遥か彼方に黒い点々が見えた。

 その黒い点々は幾つもあり、よく見てみると少しずつだが動いているように見える。

 

「もしかして……生きている? 生き物か!?」

 

 その僅かに動いている黒い点々が生き物だと考えた俺はその生き物に、もしかしたらあの血痕の落とし主が居るかもしれない……あの村の謎がわかるかもと思った。

 そう思った俺はすぐさま自らの翼を羽ばたかせ空へと飛び出し、上空からあの黒い点々を追いかける。

 それなりに速く飛んだ俺はすぐに黒い点々が人影に変わるのが見えた。

 しかし、その人影達が少しおかしい形をしているのに気が付く。

 

「……もしかして、もしかしちゃう!?」

 

 俺はその人影達がもしかして自分が探しにこの大陸にまできた目的なのではないかと思った。

 すぐに速度を上げてその人影達に追いついた俺はその人影達が2つの集団に分かれている事がわかる。

 片方が森とは逆方向に逃げる集団……もう片方がそれを追いかける集団。

 俺はその逃げる集団を追いかける集団の姿を上空から確認した。

 顔は茶色の鬣に覆われており頭部の方には丸い耳が2つ生えていて全身が毛深い……その姿は人間とは違う、まさに獣人である! しかも、獅子! ライオンだ!

 

「獣人キターーーーー!!」

 

 思わず声を上げてしまったが、それなりに高い場所なので下の獣人達には気付かれていない。

 ……とりあえず、あのライオン獣人達は獅子族と名付けよう。

 そして獅子族に追いかけられている者たちも獣人なのだろうか?

 俺はすぐに追いかけられ逃げている者たちの姿を確認する。

 追いかけられ逃げている者たちは皆、同じような姿で全身から白い毛を生やし頭部に長い耳が2つ生えている……こいつらは兎! 兎獣人! 兎族と名付けよう。

 

「いや~良かった。 この新大陸に辿り着いて数日と経たずに目的の獣人を発見するなんて運が良いな!」

 

 ……というかこれはどういう状況なのだろうか?

 何故、獅子族は兎族をあんなに追いかけているのだ?

 ……そういえば、獣人発見の喜びで少しだけ忘れていたが、あの村の謎も俺は探しに来たんだった。

 と、いう訳で獣人とのファーストコンタクトは後に回してもっとよくあの2つの集団を上空から観察する事にする。

 まずは、兎族を追いかけている獅子族の方を観察する為によく見る。

 ……どうやらあの獅子族の集団は全員が全員手に石槍を持っている……物騒だな。

 そして大事なことだが、あの獅子族集団は全員が男なのだ! ……なんだよ、女の獅子族も確認したかったのに。

 

 次に石槍を持った男だけの獅子族に追いかけられて逃げている兎族の方を観察する。

 ……こちらは獅子族とは違い武器も何も持たず着の身着のままで逃げているって感じ。

 そして兎族の集団には男だけではなく女や子供、更には老人まで混ざっている。

 兎族の集団の数は追いかける獅子族よりもはるかに多く40人は居るのではないだろうか。 その中には怪我をしている者も居るようだ。

 

……いや、もう分かったわ。 流石に分かるわ! 名探偵でも何でもない俺でもこんなに状況証拠が揃えば分かるっての!

 獅子族が兎族を襲っているのは一目瞭然……鬼ごっこをしている訳ではない。

 俺の推理ではあの村人のまったく居ない村は兎族の村で多分隠れてたんだと思われる。

 なぜ、あの村が獅子族の物ではなく兎族の物かってのは見ればわかる。

 獅子族は武装して男しか集団に居ない。 それに比べて兎族の集団は女も子供も老人も居て如何にも村全体で逃げてますって感じだ。

 つまり隠れて暮らしていた兎族の村を獅子族の誰かが発見した。

 それに気が付いた兎族は村を捨てて逃げるも獅子族に追いかけられてここまで来ていると。

 

 ……普通に見れば何もしてない兎族を獅子族が襲っているように見えるが、もしかしたら過去に兎族が獅子族に何かをしてしまったのかもしれないし俺にはわからない。

 このまま見ていれば兎族を獅子族が虐殺するのが目にみえている。

 まぁ正直今の俺に善悪なんて理解できないし、判断もしない。

 

 ――だから俺が判断するのは俺に対して敵対するか友好的になるかだ。

 

 俺は獣人たちとファーストコンタクトをとることにした。

 すぐさま俺は魔圧を2割程身体から放出して兎族の集団と獅子族の集団との間に飛び込んだ。

 すぐに魔圧の所為で何かが来るとわかったのだろう。 兎族は皆、震えて尻餅をついて俺を見ている者も居れば側の仲間に抱きついている者も居る。

 獅子族は皆、顔を強張らせ俺を見て身体を震わせてはいるが、何とかその足で立っている。

 騒がしかった状況が一気に止まり静かになり、俺以外の誰もが緊張しているのが伝わってくる。

 

 ……とりあえず、俺はまずは挨拶しておこうと口を開いた。

 

「こんにちはー。 ……いや、今はこんばんは、かな?」

 

 間違いなく通じていないであろうその言葉を聞いた者達は皆一様にビクリと身体を更に震わせた。

 さて、飛び込んで挨拶してみたもののこれからどうしようか?

 そう俺が考えていると獅子族の先頭に立って震えている男が垂れ下がった右手で持っている槍をなんとか構えようとしている。

 俺はその獅子族の男をじっとみつめた。 するとその男と目が合う。 その獅子族の男は俺と目が合った途端に構えようとしていた槍を手放し地に落とした。

 先頭に立つ獅子族の男が石槍を落としたことに後ろの獅子族の男達は驚いた表情を浮かべる。

 その中の1人の獅子族の男が震える身体を動かし先頭の獅子族と何かを言い合うとその獅子族の男は石槍を構えて俺に突撃してきた。

 

「huddddddddddddddddddd!!」

「何言ってるか分かんないけど」

 

 突撃してきた獅子族の男の石槍を避けもせずに俺は受ける。

 当然石槍など俺の身体には刺さらず止まり、俺はそれを見届けるとニコリと笑顔を見せて右手でその獅子族の男の頭を握り……潰した。

 

 ――敵対するんなら殺すよ?

 

 獅子族の男の頭が砕け、弾けた肉が俺と獅子族の男達との間に飛び散る。

 

「あ、そうだ。 今が血液補給のチャンスじゃん」

 

 ついでとばかりに俺は頭の潰れた獅子族の身体から血を根こそぎ血魔法で吸い出す。

 その獅子族の身体はすぐに全身の残った血という血をすべて吸い出され干上がった。

 

「ghyasubshajabhshshsha!!」

 

 それが契機となったのか、獅子族の先頭に立っていた男が声を上げて逃げ始め、それにつられるように殆どの獅子族の男達は俺に背を向けて逃げ始めた。

 逃げる奴らはわざわざ追いかけて殺す必要もないだろうと考えた俺は新しく手に入れた獣人の血の味を試し飲みする。

 

「ぺろっ……うぉ!? 今までで一番美味しい……かも?」

 

 そんな感想を漏らしながら横目で残った獅子族の男達を見ると、やはり身体を震わせながら……それでも何とか石槍を構えている。

 

「さて……次は君たちの番だ。 遊んであげてもいいけど、そんな事……まさか望んではいないよね?」

 

 まず一番近い獅子族の男の所までゆっくりと歩いて近付いた。

 俺が石槍に当たる距離まで近付いてもその獅子族の男はより一層、身体を震わせるだけで攻撃してこない。

 ……どうやらこの獅子族は逃げたくても身体が動かず、仕方なくここに残り石槍を構えているようだ。

 

「なぁんだ。 つまらない……じゃあ終わらせようか」

 

 俺はその身体を震わせるだけで動けないでいる獅子族の男の首を手刀で切り飛ばし、血魔法で首の断面から一気に血を吸い上げてその獅子族の身体を干上がらせた。

 そして次の獅子族の男に近付いていくが、その獅子族の男も石槍を構えて震えるだけで俺に攻撃してこない。

 

 ……まさか、ここに残った奴らは全員同じ状態なのか?

 試しに他の獅子族の男に近付くが、結果は同じで皆石槍を構えてはいるが身体を震わせるだけで攻撃してこない。

 

「なんだよ。 みんな動けないだけか……まぁでも殺すけど」

 

 だって、俺に対して武器を構えたってことは俺を攻撃しますよ、俺と敵対しますって言っているようなものでしょ?

 ……だから殺すよ。

 逃げた獅子族の男達は武器も構えてはいないし、今はこの生け贄に免じて見逃してあげよう。

 

 俺は残った獅子族の男達一人ひとりにゆっくりと歩いて近付いては首を手刀で切り飛ばして、血魔法でその身体の血液吸い上げ干上がらせた。

 

 俺の側に血魔法で吸い上げ作り出した巨大な血液の球体が出来る頃にはもう立っている獅子族の男は居らず干上がって干物のようになった身体だけが幾つも落ちている。

 

「さぁて、次は兎族のみんなだ。 随分とおとなしく待っていてくれたようだけど、どう出るかな?」

 

 そう言いながら俺は少し笑顔を見せつつ兎族の集団が居た方を振り返った。

 

「……は?」

 

 そこには俺が想像もしていなかった光景が広がっていて、俺の表情は間違いなく驚き固まっていたであろう。

 

「……いや、一体何してんのさ?」

 

 数秒間、固まっていた俺は何とか言葉を絞り出す。

 俺の間違いなく伝わっていない言葉を受けても兎族達は動きもせず……そして一部の兎族を除き ――震えてもいなかった。

 

 俺の目前には、ほぼすべての兎族達が頭を地に伏せている……俺に向けて頭を下げている光景が広がっていた……ただし、子供たちは側の親だと思われる兎族に頭を押さえられている。

 

 

 ――これが、正真正銘俺と兎族とのファーストコンタクトであり……俺と兎族達との長い永い付き合いの始まりでもあり……後に語られる神話の始まりでもあった。



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神章 神話の時代
第7話 ドラゴンヴァンパイアと長耳族とタテガミ族


第7話 ドラゴンヴァンパイアと長耳族とタテガミ族

 

 

 

 俺の目の前に広がっている兎族達が地に伏せて頭を下げているこの光景を見ながら、どうしようか困っていた。

 まず間違いなく兎族達は俺に敵対している感じではないし、友好的なのだろう……友好的なのかこれは?

 とりあえず、未だに震えている兎族もいるので魔圧の放出を止めてみることに。

 すると、頭を下げていた兎族の数人の者達が頭を上げるが、俺を見ると再び頭を下げた。

 

「いや、何でだよ!?」

 

 とりあえず、俺は兎族を立たせようと兎族の先頭で地に伏せているなんか一番偉そうな老人兎族を無理矢理立たせる。

 

「haguainbsbajk」

 

 どうやら俺の意図が伝わったのかどうだか分からないが、無理矢理立たせた先頭の老人兎族が何かを言うと兎族の他のみんなも立ち上がった。

 立ち上がった兎族はみんな俺をじっと見ていて相手もどうしたらいいかよく分かっていないのかもしれない。

 

 ……これは友好的接触でいいんだよな?

 今までにまったくなかった反応に俺は少し戸惑ったが、初めての友好的接触だと思うと嬉しくなってきた。

 じっと俺を見つめている兎族達を見渡していると、数人の兎族が怪我をしていることに気がつく。

 そこで俺は兎族が怪我をして、おそらくその血痕を追いかけてきたのを思い出した。

 俺はとりあえず、一番近くの怪我をしている兎族に歩いて近付いていく……何故か先頭の老人兎族が俺の後をついてくる……なんで? まぁいいけど。

 そんなに俺が何をするのか見たいのかね? ……ならお望み通り見せてやろう! ……俺がただ、5年くらいを無駄に歩いていただけではないのだよ!

 

 怪我をした兎族の近くまで行くと一瞬ビクッとその兎族が震えるが、まぁそんなことはどうでもいい。

 まずはその兎族の様子を見る。

 ……ふむふむ、どうやらこの兎族は男性で怪我は片腕を少し切っているくらいだ。

 これくらうなら問題ないだろう! 見せてやろう我が力を!

 俺はその兎族の片腕にある怪我に右手を近付ける……そして右手に魔力を流しながら光魔法で腕の怪我が治るイメージをして唱える。

 

「……ライトヒール!」

 

 すると、兎族の片腕にある怪我は優しい光に包まれてすぐに消えると怪我が治っている。

 怪我をしていた兎族は少しの間、怪我をした所を不思議そうに見た後、自分の怪我が治ったのに気が付いたのだろう……おそらく喜びの声だと思われる声をあげて喜んだ後、再び地に伏せて俺に頭を下げた。

 ……ついでに俺の後ろについてきた老人兎族も一緒になって興奮したように声をあげている。

 いや、なんであんたまでそんなに興奮しているんだよ!? ……ま、まぁ確かに俺の素晴らしい力が見れて嬉しいのもわかるがな!!

 ……やばいちょっと俺もテンション上がってるわ。

 

 このライトヒールと俺が名付けた光魔法の回復魔法は俺がただ5年くらい歩いている時、片手間に新しく開発した魔法の内の1つだ。

 俺は残りの怪我をした兎族達をこのライトヒールで怪我をどんどん治していった……その兎族の怪我を治している間も老人兎族はずっと俺の後ろをついてきた。

 ……なんなんだよお前は……俺のファンか!? ……まぁついてくるぐらいいいけど。

 

 そうして俺が兎族で怪我をしていた全員をライトヒールで回復させた頃には兎族全員が俺にキラキラしが瞳を向けてくる。

 なんだよこのキラキラした視線の数は!?

 少し居心地が悪くなった俺は兎族の集団から少し離れた。

 ……すると、あの老人兎族を筆頭に兎族全員が俺の後をついてくる。

 

「えぇ?」

 

 試しに俺は右や左にふらふらと移動してみると、兎族全員が右や左に動いてついてきた。

 

「……えぇ? どうしろって言うの?」

 

 なんで兎族全員が俺の後をついてくるのかは知らないが日も暮れてきたし、しょうがないので俺は兎族達の村だったと思われる場所に兎族達を戻すことに決め、来た道を引き返す。

 ……兎族達は俺の後をしっかりとついてくる……その姿を見てまるで遠足中の子供に見えた……じゃあ俺は引率の先生だなと思い少し苦笑いをした。

 

 

♢♢♢

 

 

 俺は全力で平原を走って逃げていた。

 今は少しでも速く、一歩でも遠くあの怪物から離れなくてはと思いながら……。

 

 

 その情報が入ったのは俺がタテガミ族の戦士長として訓練場で若い数人の戦士に訓練をしていた時だった。

 

「戦士長! 戦士長は居られますか!?」

「おう! こっちだ!」

 

 俺は訓練場に走って入ってきて俺を呼ぶ、タテガミ族の男に声をかける。

 

「あぁここに居られましたか。 捜しましたよ」

 

 俺を呼んでいたタテガミ族の男はタテガミ族、族長の護衛戦士をやっている奴だった。

 

「どうしたんだ? お前は族長の護衛の筈だろ?」

「それが……族長が戦士長を呼んでいるのですよ」

「……何があった?」

「とりあえず、移動しながら話しましょう」

 

 族長が俺を呼ぶなんて非常時以外滅多にないことで俺は少し緩めていた気を引き締める。

 

「実はある報告が族長にされまして」

「報告? なんだ?」

「報告された時、俺もその場に居たんですけど……なんでも長耳族の集落を発見したらしいんです」

「長耳族の集落か……」

 

 長耳族は滅多に姿を見せない部族で常にどこかに隠れていることで有名だ。

 なぜなら長耳族には強い戦士がいないからだ……その代わり長耳族は手先が器用だと噂されている。

 そして通常そんな部族ならすぐに何処かの力ある部族に従わされてしまうが、長耳族はその隠れる上手さと速い逃げ足で今まで独立を保っていた。

 

「……まさか長耳族を従える為に族長は集落を攻める気か?」

「それがそのまさかなんですよー」

「なに?」

 

 俺はその言葉に驚く。 正直なところ、長耳族なんて放って置けばいいと俺は考えている。

 なぜなら隠れる上手さと速い逃げ足しか持たない上に噂程度の手先の器用さなんて今のタテガミ族には必要ないからだ。

 

「……俺は反対だな。 それに普段の族長なら長耳族をいきなり攻めるなんて判断はしないだろ?」

「俺もそう思うんですけど、その長耳族の集落を発見して族長に報告したのが……ヤーツなんですよ」

「ヤーツの奴か……」

 

 ヤーツは血気盛んな若い戦士で力もあるし、狩りの腕もある……少し自信家だがこれからのタテガミ族を引っ張っていく事になる新しい世代だ。

 ……そしてヤーツは今の族長の息子でもある。

 

「ヤーツの奴、自信満々で……俺なら長耳族を従えられる、集落を攻めるのは今しかないって族長に進言したんですよ……あいつ今手柄が欲しいですからね」

「そうか……ヤーツは次に族長になりたいんだったな」

 

 通常次のタテガミ族の族長にはその時の戦士長がなる事になっている。

 今の族長ももう歳なのでそろそろ族長が代わる頃だ。

 今まで通りにいくなら次の族長は俺という事になるのだが、ヤーツは次の族長にどうしてもなりたいらしい。

 ヤーツが族長になるには俺を押し退けて戦士長になる程の手柄を獲るしかないからな……今はどんな手柄でも欲しいのだろう。

 

「族長も自分の息子に後を継いでほしいんでしょうね……だからヤーツに許可を出した」

「なるほど……集落攻めには流石にヤーツや若い連中だけで行くわけにもいかないし、攻めるには戦士長である俺の許可もいる。 まぁ族長が許可を出している以上俺は逆らえないが……それにもしもって事もある。 もしヤーツが殺られてしまうのも心配だから俺が呼ばれたのか」

「そうなんですよー。 俺は次の族長は戦士長がいいと思ってるんですけどね」

「そう思ってくれるのは嬉しいが……俺は別にそこまで族長になりたい訳じゃない」

「そうですか。 戦士長はいつもそう言ってますよね……っと着きました、どうぞ」

「ありがとう」

 

 俺はタテガミ族の集落の中にある一際大きな族長の家の前の柵で囲われた広場に入る。

 この広場では族長が何かを伝えたい時に使用される場所だ。

 広場には年老いたタテガミ族の族長と逞しい肉体を持つタテガミ族の若い戦士のヤーツ……それに数名の族長の護衛戦士が居た。

 

「族長、話は来る途中で聞きました。 なんでも長耳族の集落を発見したとか」

「そうじゃ。 わしの息子のヤーツが森で長耳族の集落を発見したそうじゃ。 それでヤーツが言うには自分ならば長耳族を従えられるらしい。 そこまで言うなら、とわしも許可を出した。 これはヤーツが経験を積むのも他の若い戦士が経験を積むのにもよい事じゃろう。 そこで戦士長にはヤーツ主導で若い戦士数名と熟練の戦士の数名を連れて補佐としてヤーツに付いていってほしい」

「チッ」

 

 ヤーツが横で舌打ちをしたのが聞こえた。

 本当は俺を連れてはいきたくないのだろうが、族長に言われたのだから従うしかない。

 

「わかりました。 すぐに戦士を集めてヤーツについていきます」

「うむ。 あくまでヤーツが主導で戦士長は補佐で頼むな」

「はい」

「では行くがよい。 ヤーツしっかりな」

「ああ」

 

 俺はヤーツと共に広場から出る。

 

「では俺は戦士を集めて入り口にいく」

「……わかった。 今回は俺が指揮を執るからな!」

「わかってるよ。 俺は後ろから付いていく」

「わかってるならいい」

 

 ヤーツはそう言うと自分の家に向かって歩いていった。

 

「……さて、俺も戦士を集めるか」

 

 俺は戦士が集まっている訓練場や各家を周ってタテガミ族の戦士達に声をかけてタテガミ族の集落の入り口に集めた。

 集落の入り口には、すでにヤーツが立って待っていた。

 

「遅えよ! ……まぁいい、行くぞ!」

 

 集まった戦士達が先を急ぐヤーツの後ろについて動き出した。

 俺も遅れないように最後尾に付いていく。

 

 森に入ってからしばらく進んだところでヤーツが足を止める。

 どうやら長耳族の集落に着いたようだ。

 

「いいか? 俺が最初に突撃するからその後にお前らも突撃しろ。 何人か殺せば怯えて降伏するだろ」

 

 その作戦は本当に上手くいくのだろうか?

 相手は隠れるのも上手く逃げ足も速い長耳族だ。

 もっと確実に捕らえられる作戦で行った方がいいのではないだろうか?

 俺は補佐としてヤーツに伝えることにした。

 

「ヤーツ。 長耳族は足が速い。 それでは逃げられるのではないか?」

「うるせぇ。 お前は黙ってついてくればいいんだよ」

 

 だめだ……今何を言ってもヤーツの奴は聞かなそうだ。

 

「では、行くぞ! ……うおぉぉぉぉ!!」

「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!」」」

 

 結局、その手柄第一の突撃作戦が始まった。

 

 ヤーツは長耳族の若い奴らの集団に突撃すると槍を振り回して長耳族達を斬りつけた。

 後続のタテガミ族の戦士達も突撃するが、その時すでに長耳族は逃げ始めていたので誰も攻撃できない。

……結局、長耳族が集落を捨て逃げていると気が付いた頃にはもう遅く集落には誰も居なくなっていた。

 俺もまさかこんな簡単に集落を長耳族が捨てると思ってはいなかったので驚いている。

 ヤーツの奴なんか長耳族を少し斬りつけただけで全員に逃げられ少し放心していたが、すぐに慌てたように言葉を叫ぶ。

 

「……追撃だ。 追撃するぞ!! 付いてこい!」

 

 ヤーツ以外のタテガミ族の戦士達が俺の方を見て判断を待つ。

 

「はぁ……ヤーツ。 長耳族に追いつけるなんて思ってるのか?」

 

 何人かの熟練のタテガミ族の戦士は俺の言葉に頷きヤーツを見る。

 

「――ッツ!! うるせぇ! 俺が指揮を執ってるんだ! 俺に従え! ……それに見ろ! 長耳族の奴ら血を流している!これなら奴らの後を追えるし足も遅くなる筈だ」

 

 確かにヤーツは何人かの長耳族を槍で斬りつけ怪我を負わせてその血の跡が地面に残っている。

 それに足が遅くなるというのもわかる。

 ……まぁあの様子なら追いかけたところで長耳族が俺たちに被害をだす心配もないしいいか。

 

「……わかったよ。 じゃあ先導頼むぞ」

「フンッ! 行くぞ!」

 

 ヤーツはそう言うと地面に落ちた血の跡を追って森の中に進んでいった。

 俺たちもその後をすぐに追いかける。

 

 長耳族を追いかけている途中で長耳族が残した血の跡がなくなっていたが、ヤーツは諦めることなく進んで平原でやっと長耳族の姿を捉えた。

 

「よし! あの距離であの速度なら追いつけるぞ! 奴ら怪我もしているんだ!」

「……はいはい」

 

 ヤーツの言葉は確かに当たっていると思うが、俺は長い追いかけっこになりそうだと思った。

 

 その俺の思いは当たっていた。

 長耳族は怪我をしても尚速い。 流石に逃げ足が有名なだけはある。

 怪我を負わせていなかったら間違いなく逃げ切られていただろう。

 ……しかし、今は追いつけないわけではない。

 もう少しで俺たちは長耳族に追いつくところまで来た。

 

 ――そこであの怪物が現れた。

 

 最初に空から物凄い威圧が俺の身体を襲い、俺はその場で身体が震えて動けなくなってしまう。

 何とか首を動かし状況を確認しようとすると、どうやら俺以外のタテガミ族の戦士達も震えて動けず……そして長耳族の者達も同じように震えて動けないでいるようだ。

 ……さすがにこの威圧の正体は長耳族には関係ないみたいだな。

 

 俺は首を動かして威圧を発している奴を何とか見る。

 そいつはどうやら空から降ってきたようで俺たちにタテガミ族と長耳族との間に降りてきた。

 その姿は俺の見たことのない姿だった。

 白い毛を頭から下へ伸ばし黒い角を二本、頭から生えていてその背中には巨大な白と赤の一対の翼を、それに白い尻尾まで生えている。

 俺は長年の戦士長としての勘が特大の警戒反応をし……そして俺自身見ただけでその存在は生物としての【格】が俺たちにタテガミ族とも長耳族とも桁が違うということを感じさせる。

 

「baishbsskjhahabajabanajaa」

 

 そいつが笑顔を浮かべて言葉なのか理解できない何かを発した。

 俺たちは皆一様にそれだけで身体を更に震わせる。

 このままではだめだ、タテガミ族の戦士達が皆殺されてしまう!

 そう考えた俺は震える身体を抑え戦士長としての覚悟を背負い足を動かしてタテガミ族の戦士達の先頭に立つ。

 そしてみんなを守る為、俺はぶら下がった腕を動かして槍を構えようとする。

 ……すると俺はその【怪物】とも言える存在と目が合ってしまった。

 それだけで、戦士達を守るという気持ちや戦士長としての覚悟が吹き飛んでしまい俺の中に恐怖という感情だけが残る。

 それを察したのかは知らないが、ヤーツの奴が前に出ようとする。

 俺はヤーツの奴がこの威圧の中でも動けたことに驚きつつも今はそんな勇気を出す所ではないだろう! と心の中で思った。

 何とか俺は言葉を絞り出す。

 

「……やめろヤーツ! 動くんじゃない!」

「うるさい! 俺は次期族長だぁ!」

 

 そう言うとヤーツは槍を構えてあの怪物に向かっていった。

 

「俺が族長だァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 意外な事にヤーツの突撃をあの怪物は避けることもせずに受けた。

 しかし、ヤーツの突撃を受けた怪物は一歩も動きもせず血も流さない。

 その怪物はヤーツの突撃を受けてニコリと笑うと片手でヤーツの頭を握り……そのまま潰したッ!?

 

 ヤーツの頭の肉片があの怪物と俺たちタテガミ族の戦士達との間に落ちる。

 更にあの怪物が何か言うと残ったヤーツの身体から血が吸い出され干からびた。

 そのありえない光景に俺は堪らず声を上げる。

 

「全員何とか足を動かして逃げろォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 そうして俺はあの場にいた熟練の戦士達と一緒に逃げ出した。

 残念ながら経験を積ませる為に連れてきた若い戦士達は皆足を動かせなかったようで逃げてこなかった。

 ……おそらくもう生きてはいないだろう。

 

 その後、タテガミ族の集落に逃げ帰った俺を息子を失った族長が激昂して責任をとって処刑すると発表したが、俺と一緒に逃げてきた熟練の戦士達が俺の無実を訴え反乱を起こして逆に長耳族襲撃を決めた族長が責任をとらされて処刑された。

 そして俺が新しくタテガミ族の族長になることになった。

 俺はあの後、長耳族がどうなったかは知らないが、もし生き残っているなら長耳族には手を出さないようタテガミ族全体に言った。

 ……そしてあの怪物は禁忌として俺たちタテガミ族は言い伝えることになる。



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第8話 ドラゴンヴァンパイアと兎族の神話の開始1

第8話 ドラゴンヴァンパイアと兎族の神話の開始1

 

 

 

 俺が兎族達を誰も居ない村に連れて帰ったら兎族達を各々がおそらく喜びの声をあげて騒ぐと再び俺に頭を下げる。

 その後兎族達はそれぞれ村の中のどこかに散っていった。

 ……なのにあの老人兎族だけはどこにも行かずに俺の所に留まっている。

 まさか、この老人兎族は俺にずっと付いて回る気か?

 

「おい。 お前は一体どういうつもりなんだ?」

 

 伝わらないと分かっていても、ついその老人兎族に声を掛けてしまうが、老人兎族はニコニコして俺を見るだけだ。

 ……はぁ、しょうがないこいつは好きにさせよう。

 俺はとりあえず、その老人兎族については放っておきこれからどうするかを考える。

 そこで気が付いたのだが、俺は友好的な相手に出会った時どうするのかをまったく考えていなかった。

 ……よくよく考えてみるとこれはとても難題なのではないだろうか?

 なぜならこの世界で言葉は一切通じないし、俺は特別に古代文明の生活や発展に詳しい訳でもない。

 これではどう友好的に接すればいいのかまったく分からないではないか!?

 

 ……とりあえず、兎族とのファーストコンタクトは獅子族とは違って上手くいった……いったよな?

 このニコニコ笑顔の老人兎族を見ると少しだけそこが不安になってくる。

 ま、まぁ兎族とのファーストコンタクトは上手くいったと仮定して俺はこいつらに何をすればいいのか今は分からない。

 だから、俺はしばらくこの兎族の村に滞在して兎族達の生活を観察する事にする。

 その兎族達の生活を観察して俺が必要だと思ったことを何とかして教えていこう。

 ……それに兎族達がもしかしたらまた獅子族……はもう来ないと思うが、それ以外の脅威に襲われるかもしれない。

 折角、この新しい大陸にまでやって来て発見した初めての友好的種族なのだ……何かに襲われて無くなってしまうのは勿体無い。

 だから……俺が滞在している間は少しだけ守ってやろう。

 

 

♢♢♢

 

 

 俺が兎族達の村に滞在し兎族達を観察し始めてから10日が経った。

 この10日間、俺はあの老人兎族と寝食を共にしていた……と、言っても食事は一緒に朝と夕に食べるだけ。

 それに俺は眠る必要がないから俺の隣で夜になると勝手に汚い毛皮を被りその老人兎族は眠る……しかも寝る時間が結構早い、それに起きる時間も早いのだが。

 それと兎族達が毎日貢ぎ物のように俺と老人兎族に木の実などを持ってくるので、俺はしかたなく老人兎族と同じ物を食べている。

 ……まぁ木の実自体は不味くはないのだが、俺は食べる必要がないのだ。

 それを伝えても言葉が通じないので伝わらない……はぁ。

 

 そして今日も始まり、隣で寝ていた老人兎族がゴソゴソと起きてくる。

 

「おはよう」

 

 とりあえず、俺は毎朝と夜に「おはよう」と「おやすみ」だけは声をかける事にしている……と言っても言葉じゃ通じないし伝わらないので意味はないと思うが、何となく続けていた。

 俺が声を掛けると毎回、老人兎族は少しポカンとした顔をすると頭を下げる。

 そのポカンとした顔が意外と面白くて俺は結構この老人兎族の事を気に入りだしていた。

 

 で、この10日間兎族達を観察した感想だが……ほっっっとうに生活がショボイ。

 見ているかぎり、兎族達の住居は木の枝と葉で出来てるし、兎族達の主食は森の恵み……つまり木の実とか木の実とか木の実とかだ。

 でも、たまに何かの弱そうなモンスターを狩ってくると意外にも上手く皮を石の道具でなめしているの見て驚いた。

 こいつら兎族達は意外にも手先が器用なのか石で石を削って道具を作れたりする……まぁ種類は少ないのだけどもそれはほんの少し評価できる。

 しかし、狩ってきた獲物の肉を生で食べようとするのはやめろ!! ……俺も食おうと思えば食えるかもしれないが生肉なんて気持ち悪くて食いたくない。

 驚いた事に、こいつら兎族は火をもっていないというか……知らないのだ。

 考えてみれば当然かもしれない……こいつら兎族達は木を切り倒して木材にして使ってる所なんて見ないし木で出来た道具すら持っていない。

 これは流石に教えた方が良いだろうと、思った俺は今日の昼間に木材と火を兎族達の与える事にした。

 

 俺は先ず兎族達を何とか声を掛けたり引っ張ってきたりして集めようとした……が、中々上手くいかない。

 そこで今まで何の役にも立ってなかった老人兎族が俺の行動をみて何をしたいのか察したのか、周囲に声を掛けて兎族達を集めてくれた。

 急に有能な行動を起こした老人兎族をみて俺は大変驚いて、内心こいつは食っちゃ寝するだけの老人じゃなかったのかと思っていた。

 そんなこんなで集まった兎族達を尻目に俺は村に近い木々の所まで歩いていく。

 俺は先ず木を切り倒すところを兎族達に見せようと思い、新しい龍魔法を発動する。

 これも俺が5年くらいで習得した魔法で、おそらく身体強化を中心とする龍魔法の活用法で身体の一部分を鋭く強化してどんな物でも綺麗に斬り裂けるようになるという一見地味な魔法 ……とりあえず名前は【龍斬】と名付けた。

 その龍斬を肘から先に発動して、木を一本俺は斬り……そして軽く蹴飛ばす。

 すると、バサバサっと木の枝葉が音を立てながら倒れていきドスンと地に横倒しになった。

 木が倒れた後、一瞬静寂に包まれたがすぐに後ろの兎族達が歓声だと思う声を上げる。

 俺はそれを手で制する……こんなことで驚いてもらっては困る。

 今度は人差し指を伸ばして龍斬を発動する……そして木の邪魔な枝葉を切り落とす。

 更に俺は枝葉を切り落とした木を大まかに四角く人差し指で加工する。

 それを兎族達は食い入るように見つめていた。

 俺はそれを確認すると次々と同じように木を切り倒して四角く加工していく。

 

 やがて、数十本四角く木を加工した俺は兎族達を手招きで呼び寄せる。

 すぐに俺の所にやってきた兎族達の目の前で俺は四角い木材を短くして、それぞれに渡す。

 何で渡されたのか? 何を渡されたのか分からない兎族達を見ながら俺も短くした木材を人差し指でどんどん加工する。

 すると、ただの木材が木の器に加工される。

 それを見た兎族達は驚きの声だと思われる声を上げ興奮しているようだ。

 俺は更に木材をどんどん加工していき……木のスプーン、フォーク、箸などの道具をどんどん作っていった。

 ここまで来ると兎族達もこの木材から道具が作り出せることに気が付いたのだろう……幾人かが尖った石を持ってきて木材を頑張って削っている姿が見える。

 ……何故かあの老人兎族は満足気な表情で深く何度も頷いていた。

 だから、お前はなんなんだよ!?

 ……しばらくの間、俺は集中して頑張っている兎族達を見守っていた。

 

 日が暮れ始めた頃、俺はそろそろいいだろうと、思い再び木材を幾つか持って兎族達を手招きして連れて行く。

 村の中心までやってきた俺はそこに持ってきた木材を適当に積み上げていく。

 兎族達は俺が何をするのか興味津々なようで皆俺の手元を食い入るように見ている。

 俺はその積み上げた木材に光魔法の応用で火をつけた。

 最初は小さかった火を見て不思議そうな顔をしていた兎族達だが、やがて火が大きく燃え上がると兎族達はとても驚いた様子だった。

 恐る恐る燃え上がる火に近付いていき火が暖かったり熱かったするのに気が付き、そして夜になっても明るいのを知り興奮したように火の周りで騒いだ。

 俺はそれを見て満足気な気分で見ていた……そして何故か隣で老人兎族も満足気な顔で深く頷いていた。

 ……もうお前はそんな感じなんだなと、俺は諦めた。

 結局、そのキャンプファイアーのような光景は日が昇るまで続く。

 兎族みんなが初めてのお祭り騒ぎを楽しんだ、と思う。

 ……俺はそれを見て何故だか少しだけ……たった少しだけだけど寂しさを感じていた。

 しかし、そのたった少しの寂しさもすぐに何処かへ消え去り俺はいつもの俺に戻る。

 

 それから俺はしばらくの間ずっとその火を燃やし続けることにした。

 そして兎族達に俺は木材を作ってやると共に木材の組み合わせ方などを何とか教える毎日を過ごす事になる。

 

 

♢♢♢

 

 

 あのキャンプファイアーの日から多分1年くらいが経ったと思う。

 俺は未だに兎族達の村であの老人兎族と寝食を共にしていた。

 あれから兎族達はどんどん木材加工の腕を伸ばしていき、今では村のどこでも木の道具が見て取れる。

 もちろん石の道具も現役で技術も上がってはいるが、木材の方が加工が楽なのか、木の道具の方が多い。

 そんなこんなで今までの1年間くらいを振り返っていると、隣で毛皮の中でゴソゴソと動いて起き上がる老人兎族がいた。

 ……もうこいつが横で勝手に寝食をするのも慣れてしまったな。

 とりあえず、俺はいつものように伝わらないであろう言葉を掛ける。

 

「おはよう」

 

 すると、老人兎族はいつもと違い俺をしっかりと見て口を開いた。

 

「おあよお」

「……え?」

「おあよお」

「……お、おはよう」

 

 俺はこの時、転生して初めて心底驚いた。

 ……なんとこの老人兎族は舌足らずだが、確かに「おはよう」と言ったのだ!

 どうせ伝わらないし意味もないと思ってやっていた事がまさかこんな事になるなんて!

 ……そこで俺はある考えを閃いた、というか何故今までの気が付かなかったのだ!?

 言葉が通じない、伝わらないならば――

 

 ――俺がこいつらに日本語を教えればいいじゃないか!

 

 本当になんで俺は今までのこんな事にも気が付かなかった!?

 ……いや、待て。

 数ある言語の中でも難しいと言われる日本語を特別に詳しいという訳ではないこの俺が、木材を加工して木の道具を作れるようになったばかりのこの原始的……兎族達に喋れるようになるまで日本語を教える事が出来るのか?

 

 どうする? どうするのだ?

 考えて考えて考え抜いて俺は結論を出した。

 俺はやはり日本語を兎族達に教える事にした。

 やはり言葉が通じるようになれば、今までの伝えられずに出来なかった数々の事ができるようになり、コミュニケーションがスムーズになる。

 ……それに俺はきちんと兎族達に火が暖かくて明るいことや、木を切り倒して加工すれば道具になる事を教えられたじゃないか!

 ……そしてこの老人兎族は俺に証明してくれた。

 老人兎族でも頑張れば舌足らずながら日本語が喋れることを!

 何だかこの老人兎族を称賛しているようで……何か嫌だが。

 

 よし、そうと決まったら早速兎族達に日本語を教えよう。

 ……でも流石に全員に一斉に教える訳にはいかない、というかそれでは上手くいかないだろう。

 ならば最初は若い男女一組と物覚えの良い子供の男女一組に教えることにしよう。

 そう考えた俺はすぐに村の中で多分暇そうな若い男女一組と子供の男女一組を俺の村の中の定位置に連れてきた。

 それから俺はもう必死でその日本語勉強会を開いて日本語をその4人に教え出す……ついでにあの老人兎族も日本語を勉強会に勝手に参加していた。

 だからお前はなんなんだよ!?

 ……まぁお前が兎族で1番最初に日本語を喋ったし、勉強会参加を許可することに。

 

 ――それからしばらくは兎族達の村の中に俺の日本語を喋る大きな声が響いていた。



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第9話 ドラゴンヴァンパイアと兎族の神話の開始2

第9話 ドラゴンヴァンパイアと兎族の神話の開始2

 

 

 

 先ず、俺はこの兎族達4人プラス1人にどうやって日本語を教えようか考えた。

 俺は日本語に精通したスペシャリストでもなければ、日本講師をした経験も無い……と思う。

 だから、どう日本語を教えようか迷ったのだが、俺は結局日本人が日本語を覚える過程と同じようにしようと思った。

 ……つまり、最初は文字などを書いて覚えさせていくのではなく、できるだけ俺が兎族達に日本語で話しかけて、その内俺の日本語を聞き取れるようにして日本語を耳から覚えさせるというもの。

 文字の読み書き……平仮名、片仮名、漢字などは俺が教えている兎族達が俺と日本語で日常会話をできる程度に日本語の聞き話しが出来てから教えることにした。

 

 ……それに文字などの日本語の読み書きを教えようにも、それを教える為の必要最低限の学習道具がここには無いのだ。

 例えば、日本語の文字を書くための物……つまり前世でいう紙とペンである。

 これが無ければ日本語の文字を教えるのも覚えさせるのも絶対に不可能だと思う。

 唯でさえ日本語は俺が知るところ平仮名に片仮名、それに漢字という3つの文字がある。

 それを言葉で言い聞かせるのみで、教えるまたは覚えさせるなど俺は出来る気がしない。

 なので、どうにかして俺が日本語を教えている兎族達が日常会話をできる程、日本語を習得するまでに、日本語の文字を書くための紙とペンを手に入れられないか考えた。

 

 とりあえず文字を書くための紙になる物だが、先ず紙そのものをこの村で作ろうにも俺が兎族達に紙の作り方を上手く伝えられる気がしない。

 なぜなら、紙の作り方なんて今まで俺が兎族達に木から木材に加工して、そこから木の道具を作れるんだよ!

 ……何ていう風に簡単に教えられる訳ないし、俺自身も紙の作り方なんて大まかにしか知らないから上手く教えられる自信が無い。

 ……まぁそんな事言ったら日本語も同じようなものだがな。

 という事で紙が駄目なら紙の代わりになる物を用意すれば良いじゃない!

 と、いう訳で紙の代わりになりそうな物の候補を幾つか立ててみた。

 

 先ず1つ目! ……毛皮に文字を書く。

 これは俺がどこかで「昔は毛皮に文字を書いていた人が居たんだよ」っていうのを聞いた事が有ったような無かったような曖昧な記憶から出てきた候補。

 ……しかし、今の兎族達のこの村で文字を教えられる程の毛皮なんて用意できないし俺も無理だと思うからこの候補は無い。

 というか、どうやって毛皮に文字を書くのか俺の曖昧な知識じゃ想像出来なかった。

 

 次、2つ目! ……木の板に文字を書く。

 これも俺の曖昧な記憶から絞り出した候補で「昔は紙の代わりに木の板に文字を書いて使ってたんだよ。 あ、でも今でも木の板に文字を書いて使ってるとこあるよね」っていうもの。

 これなら、用意するのは簡単だ。 だって木の板なんて俺が木材から簡単に作れるし、元になる木なんてそこら中に生えまくっている。

 それに木の板なら俺なんて人差し指一本で削って文字を書けるし、兎族達だって尖った石とかをペン代わりにして木の板を削るまたは押し凹ませて文字を書けるだろう。

 ……これは良いのではないだろうか?

 要らなくなった木の板も邪魔ならてきとうに燃やせばいいし。

 とりあえず、最後の候補も考えてみる。

 

 最後の候補……地面に文字を書く。

 これはもう最終候補だが、文字を簡単に書けるし簡単に消せるという大きな利点だ。

 でも、これは保存がきかないし大量の文字を書くには場所も取るから適さないと思う。

 という訳でこれはもう最終手段だ。

 

 で、俺なりに3つの候補についてあれこれ色々と考えてみたわけだが、やはり俺は2つ目の候補の木の板が良いのではないかと思った。

 理由はやっぱり簡単に用意できるし量もある上に保存もできて要らなくなったら燃やせばいいから。

 そんな訳で紙の代わりを決めた俺は兎族達に文字を教える間以外の時間に木の板を作り上げていった。

 

 

♢♢♢

 

 

「どうしてこうなった。 ……何故だ? 何が悪かった?」

 

 いつもの兎族達の村の定位置で俺は頭を抱えていた。

 俺が兎族の若い男女一組と子供の男女一組とあの老人兎族に日本語を教える……というか一方的に聞き取らせてから1年くらいが経った。

 1年くらいが経ったのだが……未だに兎族と日本語で日常会話なんて出来やしない。

 できる事といえば老人兎族と子供の兎族の男女一組が「おはよう」と「おやすみ」などの簡単な挨拶程度だ。

 若い男女一組の兎族達なんて何も喋りもしない……こいつらやる気あんのか? いや、俺が無理矢理日本語聞かせているだけか。

 それにしても兎族の子供一組と老人兎族が同程度の日本語習得率なのはなんなのだ?

 子供なのだから物覚えは良い筈……そのスピードについていく老人兎族とまったく日本語を覚えない若い兎族の男女一組とでは何が違うのか?

 俺はこの1年くらいの生活をゆっくりと思い出す。

 

 朝、日が昇ると兎族達はみんな寝床から起き出してくる。

 ついでにあの老人兎族も俺の村の中の定位置の横で起きる。

 ……それから兎族達が俺と老人兎族の所にやってきて食事を置いていく。

 それを俺は老人兎族と一緒にムシャムシャと食ってから村の中を歩いて若い兎族の男女と子供の兎族の男女を俺の村の定位置まで連れてきて俺が日本語を話しかけて聞かせる。

 日が真上にまで昇った頃に俺は休憩として若い男女と子供の男女を定位置から放り出す。

 その休憩の間に俺は木の板を作りながら、どのくらいの厚さがいいのかを研究する。

 俺が木の板を作りながら研究している間も老人兎族は俺の側で俺の作業を見ていた。

 休憩が終わると俺は再び村の中を歩いて兎族達4人を連れてきて日本語を聞かせる。

 そして日が暮れ始めた頃に今日の日本語授業は終わり、俺は兎族達4人を放り出す。

 その後は俺が疑問に思ってることなどを考えたり研究して過ごす……その間も老人兎族は俺をしばらく見ている。

 それで朝と同じように兎族が持ってきた食事を老人兎族と一緒に食べて老人兎族は眠りその日は終わる。

 

 ……うん、わかったわ。

 老人兎族と若い兎族の男女の日本語習得速度が違う理由なんて簡単だ。

 この老人兎族……マジでずっと俺と一緒に生活を共にしているよな?

 俺と老人兎族一日中ずっと一緒じゃねえか!?

 なんなのこいつ、本当に!?

 そりゃ一日中、俺と一緒に居れば日本語の習得速度なんて勝手に上がるわ!

 

 ……まぁいい、そうと分かったらこの老人兎族と2人だけなのも嫌だし、日本語をはやく覚えさせる為にもあの兎族達4人も同じように生活させよう。

 俺はすぐさま若い兎族の男女一組と子供の兎族の男女一組を村の中から無理矢理連れてくる。

 

 それから俺はしばらく出来るだけ4人の兎族達にその生活の中で話しかける事にした。

 

 

♢♢♢

 

 

 俺と兎族達5人との日本語生活が始まって多分3年くらいが経った。

 俺の予想通り子供の兎族の男女は日本語の習得速度が爆発的に上がり、今では流暢に日本語で俺と会話できるようになり平仮名、片仮名をマスターして今は漢字を勉強中だ。

 ……そしてあの老人兎族は老人なのにも拘らず、謎の努力と根性をみせて日本語を流暢に話すようにまでなって更に平仮名をマスターしてみせた。

 ついでに何故だか俺も兎族達5人と一日中生活していた所為か兎族達の使う獣人語と俺が名付けた言語の聞き取りが出来るようになってしまった。

 これでは俺があんなに苦労して兎族達に日本語を教えた意味がないではないか!

 と嘆きもしたが、残念ながら俺には獣人語を発音できなかったのである。

 獣人語には今のところ文字がないので俺は聞き取りが出来るが伝えることは出来ないので日本語は無駄ではなくなった。

 ……いやー残念だわー。 獣人語発音できなくて非常に残念だわー。

 

 で、問題はあの若い兎族の男女である。

 あいつら日本語の聞き取りは出来るが未だに日本語が片言でしか話せない。

 ……あの老人兎族だって平仮名までマスターしていて、しかも何故だか俺が獣人語を聞き取れるまでになったのに、あいつらはなんなのだ!

 本当にあいつらはやる気があんのか!?

 

 ……まぁいい。 当初の目的は達成して俺が兎族達と意思の疎通は出来るようになったのだ。

 言葉が通じ合うことになって色々なことが判明した。

 例えば俺が日本語を教えた兎族の子供の男の方の名前がリーウで女の方がムーアだという事だったり、あの老人兎族は実は兎族の族長だったり……若い奴らは知らん。

 ちなみに俺も兎族達にエルトニア・ティターンという名前を伝えた。

 すると、兎族達は俺の事をティターン様と様付けで呼ぶようになった。

 

 そして一番驚いたのが、兎族達は俺のことを【神】だと思っているらしいと、いうこと。

 だから、毎日兎族達は俺に貢ぎ物という名の食事を持ってくるし事ある毎に俺に頭を下げるのは俺を崇めているからかと納得しそうになったが、ちょっと待て。

 なんで俺が兎族達の崇められる神ということになってるんだよ!? 俺はドラゴンでヴァンパイアなドラゴンヴァンパイアだぞ! 俺は神ではないとあの老人兎族もとい兎族の族長に言った。

 すると族長は何時ものように笑顔をその皺だらけの顔に浮かべながら口を開く。

 

 「ティターン様がそのドラゴンヴァンパイア? という種族であろうと何だろうとティターン様はあの大平原で獅子族から私たち兎族を救った時すでに私たち兎族の中では間違いなく神なのです」

「別にあの時、俺はお前達を救おうとした訳ではないのだがな。 俺はただ……こうして話せるような相手が欲しかっただけだ」

「いえ、たとえティターン様が私たち兎族を救うつもりがなかったとしても、あの時私たちは間違いなくティターン様に救われたのです。 ……それに今でもティターン様は私たちに様々なものを与え教えてくれるだけではなく、時たまやってくる私たちでは手に負えない外敵を倒してくれます」

「それは俺がただ快適に過ごせるようにしたいだけで、俺が勝手気ままにやっただけ。 だから俺は兎族であろうとあの獅子族と同じように殺すことがこれからあるだろう」

「構いません。ティターン様は御自分がしたいように、やりたいように行動なさってください。 ティターン様の行動を私たちが止めたり咎めることはありません。 私は……私たちはそれがティターン様にとって正しいことだと信じています」

「そうか……なら、しばらくは神として勝手にやらせてもらおう。 お前は今から俺の事を【エルト】と呼べ」

「あの、それは!?」

 

 笑顔を浮かべていた族長が驚いた顔で俺を見ているのを見て俺は少し心の中で笑った。

 

「エルだと女っぽいからな。 エルトで頼むぞ」

「それは!」

「どうした、嫌なのか?」

「……いえ、そうではないのです! そうでは……ただ……私には勿体無いほどの……」

 

 族長は少しずつその瞳から涙を零しながら嚙み締めるように言う。

 

「俺の名前は特別でな、本当は誰にも愛称でなんて呼ばせる気は無かったのだが、お前は今まで頑張ってきただろう? 勝手にお前が付いてきていた所為で俺はお前の努力を近くでみてきた。 ならばそれが報われてもいいだろう」

「は……ぃ……エルト様……」

「あぁ……ははっ、泣きすぎだ」

 

 初めてその族長の泣いている顔を見て、今度こそ俺は顔に出して笑った。

 

 それから数日後、俺はリーウとムーア、それにあの若い兎族の男女を一緒にする生活から解放した。

 そして勉強する時間を午前中だけにしてその勉強で日本語以外のことも教えることにした。

 例えば日付けだ。

 俺は長い間色々な事を考えていたが、その中で日付けを作ることにした。

 しかし、この大陸の兎族の村がある辺りは一年中気温が殆ど変わらず、いつが夏なのか冬なのかよく分からないので困る。

 まぁそのお陰で兎族達は飢えることもあまり無く森の恵みで生きていけているのだが。

 しょうがないので、俺がてきとうに今日は1月1日であると勝手に決めた。

 更に暦を俺は神がいるんだし神聖暦1年でいいや、と決める。

 ついでに、1ヶ月は一律30日として木の板でカレンダーを作る。

 そのカレンダーの読み方など様々なことを教えることにした。

 その代わりリーウとムーアには毎日交代で午後に村の子供たちに日本語を教えるようにと強制的にやらせる。

 これで時間は掛かるが日本語を少しずつ普及させていけるだろう。

 今の子供たちが日本語を覚えれば、やがて大人となり子供を作りその子供に日本語を教えて……そして死んでいく。

 

 ……俺は一体いつまで兎族達を見ているのだろうか?

 その答えは今の俺にはわからない。



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第10話 ドラゴンヴァンパイアの勘違いと初の兎殺し

第10話 ドラゴンヴァンパイアの勘違いと初の兎殺し

 

 

 

 リーウとムーアにこの村の子供たちに日本語を教えるように言ってから、3ヶ月が経った。

 ……カレンダーが出来た為、正確に日付けがどれだけ経ったか分かるのはいいな。

 この3ヶ月は、あれから毎日あの5人の兎族達に午前中に日本語を中心に様々なことを教えている。

 相変わらず若い兎族達は日本語を片言でしか話せないし、もうこいつらに日本語を教えるのをやめようかとも考えていた。

 そして午後は今までと違い俺は比較的暇な毎日を過ごしている。

 

 今日の午前中の日本語などの授業が終わり、若い兎族達がいそいそと離れていった後に俺はリーウとムーアに声をかける。

 

「リーウとムーア。 今日はどっちが村の子供たちに日本語を教えるのだ?」

「はい。 今日は私です!」

 

 ムーアが元気よく声をあげて俺の問いに答えた。

 

「そうか……今日はムーアか」

「……あの僕たちの事で何か気になる事でもありましたか?」

 

 リーウが俺の言葉を聞いて不思議そうに、そして少しの不安を感じさせる声を返してくる。

 

「いや、ただ聞いただけだ。 だからお前達に何か問題がある訳ではない」

「……そうでしたか。 よかったです」

 

 ホッとした表情を見せるリーウとムーアをみて、少しイタズラしたくなり意地悪な事を言ってみる。

 

「……それとも何だ? 何かお前達に問題でもあるのか?」

「い、いえ! 何も問題はありません!」

「な、ないよっ! ティターン様!」

「こら! ムーア、敬語を忘れているよ!」

「ああ! ごめんなさいティターン様!」

 

 慌てて否定してくるリーウとムーアの姿は面白くて自然と口角が上がるのを感じた。

 それにそんなに慌てて否定していたら、まるで問題があるようだと言っているようではないか……まぁこいつら2人なら大丈夫だろう。

 

「フッ……冗談だ許せ。 それに俺はお前達2人がよくやってくれていると思っている。 自身の日本語の勉強も、そして子供たちに教える方もだ」

「きょ、恐縮です」

「ありがとうございます!」

 

 俺は本当にこいつら、リーウとムーアの2人がよくやってくれていると思っている。

 唯でさえ幼い内から無理矢理親から離して日本語を勉強させたというのに、リーウとムーアは文句も言わず積極的に日本語を勉強しているし、日本語を教える側にもなった。

 こいつら2人は素直だし俺の言うことはよく聞く……本当にこんな優秀な人材は中々居ないだろう。

 

「だから、今日も子供たちに日本語を教えるのを頑張れよ。 日本語が普及していく未来はお前達2人に掛かっている、頼むぞ」

「「はい、ティターン様」」

 

 リーウとムーアは俺に頭を下げてから子供たちに日本語を教える為に離れていった。

 交代制にしているので、本当は1人でいいのだが2人で一緒に行くようだ……あいつらは本当に仲が良いな。

 

「さて、今日はどうしようか」

「……エルト様、リーウとムーアにお話は終わりましたかな?」

 

 今日の暇な午後をどう過ごそうかと考えていると、いつの間にか離れていた族長が近付いてそう言ってきた。

 

「ああ、終わったぞ。 今は今日をどう過ごそうか考えていたところだ」

「では、今日も村の中を見て回りますかな?」

 

 最近では俺は暇な午後に、当てもなく村の中をぶらぶらと歩いて回るのが日課になっているので族長がそう問いかけてくる。

 

「そうだなぁ……そうするか」

「はい、エルト様」

 

 結局、特にやることもないので俺は当てもなく村の中をぶらぶらと歩くことにした。

 当然のように族長は付いてくるが、何時もの事だし村の兎族達との通訳に使えるので好きにさせる。

 

 しばらく、村の中をぶらぶらと歩いていると兎族が数人で集まっているところを見つけたので気になって近付いてみる。

 

『……こ、これはティターン様! どうしてこんな所に?』

『『ティターン様!?』』

 

 集まっていた兎族達が近付いてきた俺に気が付いて獣人語で声を掛けてきた。

 どうやら大人の男の兎族が3人集まっているようだ。

 族長は自然に俺の日本語の通訳を始める。

 

「おう、暇でな。 今は村の中を見て回っているところだ。 で、お前達は集まって何をしているんだ?」

『実は今、俺たちは新しい家を作れないかと考えていたんです。 それでその新しい家を作るのに木材を使おうと考えていて』

 

 俺は兎族達のその言葉と行動に驚いた。

 それは俺がいつか兎族達にさせようと考えていた事の一つである。

 しかし、まだ早いだろうと考えていた俺はこの事、木材で家を建てるという事なんて教えていない。

 

「……なんで、そう考えたんだ?」

『い、いや〜それが木材で道具を作る際に木材を組み合わせて作るところを見て、これなら大きくて立派な家を作れるんじゃないかって……そ、それに……』

「それに?」

『……そのー今ってティターン様が入れる家がないじゃないですか……俺たちの神様のティターン様が何時までも野ざらしって訳にはいかないでしょ?』

 

 その兎族の大人の男が恥ずかしそうに頭を掻きながら言った言葉だけでなく、その前の考えた訳にも俺は驚いていた。

 

「……エルト様、どうしました? 口が開いてますよ」

「あ、あぁ。 悪い」

 

 

 それから数日後、村の中に一軒の木材で出来た小屋が建てられた。

 もちろん、そんな小屋に俺の身体が入れる筈もなかったが、兎族達には好評だったようで、すぐにその技術は広まり進歩していく。

 その一軒の木材の小屋が出来てから更に約1年後には村中の枝葉で出来た家は無くなり村中に最初に出来た小屋よりも、少し大きな小屋が建てられまくっていた。

 俺はその村中に建てられた木材で出来た小屋を見ながら、考え思う。

 その木材で出来た小屋は俺が何も教えずに、こいつらだけの力で考えて建てられた。

 ……そう、俺は何もこいつらに教えていない。

 木材で家が建てられる事も、どうやって木材で家を建てるのかも、どうすれば小屋を大きく出来るかもだ。

 俺がこいつらに与えたのは木材というキッカケだけ……そう俺が力を貸したのは最初だけだ。

 

 それで俺は気が付く。

 俺は兎族達や前の大陸で見てきた人間達の余りにも原始的な生活を見てきて、ずっと「俺がすべてを教えていかなくてはいけない」と考えていたが、そんなものは余りにも馬鹿な勘違いだった。

 キッカケ……最初だけ俺が力を貸せば後は何も教えずともこいつら自身の力だけで進んでいける。

 そう気が付いた俺はすぐに自分の中でこれから兎族達に教えようとしていた幾つかの考えをすべて捨てた。

 

「俺はなんて馬鹿だったんだ……」

 

 前世だって人間達は自分達の力だけで長い年月を掛けて進歩してきたではないか。

 最初から俺がすべてを教える必要なんてどこにもなかったのだ。

 

 だから、これからは兎族達に俺はキッカケとして最初だけ力を貸そう。

 後は兎族達が自分達の力だけで勝手に進んでいくだろう。

 俺はその兎族達がどう進歩していくのかを楽しみに見ていこう。

 ……なぁに、俺の寿命がどれだけあるかは知らないが、俺はドラゴンヴァンパイアなのだ。

 間違いなく、兎族達より遥かに寿命が長いだろう。

 だから、兎族達の進歩を十分に見ていける筈だ。

 

 次の日から俺は午前中の授業で日本語以外を教えるのをやめた。

 ……リーウとムーアには自分達が何かしたのか? と泣かれたが俺は笑って誤魔化した。

 

 

♢♢♢

 

 

 俺が自分の馬鹿な勘違いに気が付いてから半年が経っていた。

 あれから兎族達はどんどん木材での建築技術を伸ばしていき、小屋が段々と大きくなっている。

 俺の身体が入って住めるような家が建てられるのも近いだろう。

 

 今は午前中の日本語の授業が終わり、何時ものように午後に入ってから村の中をぶらぶらと歩いている。

 ただし、いつもと違って今日は族長が俺の後をついてきていない。

 なんでも、今日は村の中で族長が居ないと困ることがあるらしい。

 何時も俺の後をついてくるから別に村に族長なんて必要あるのか? と疑問を持っていたので少し驚いた。

 その代わりに今日は手の空いているムーアが通訳として俺の後をついてきている。

 

 そんな訳でムーアをつれて村の中をぶらぶらと歩いて回っていると一軒の小屋の前で何やら揉めているのが遠くから見えた。

 その小屋は確か食料の保管場所として使われている筈だ。

 俺はとりあえず、その揉めている小屋の前に歩いて近付いてみる。

 近付いていくと誰が揉めているのか分かってうんざりした。

 揉めていたのは俺が何度か顔を見た事がある兎族の男と俺が日本語を教えているあの若い男女である。

 あの若い男女も、もう大人になっているだが村の中では若い方なので未だに若い兎族の男女と呼んでいる……というか俺はこいつらがあんまり好きではない。

 何故なら未だにこいつらは日本語が片言だし、俺とあまり話そうとしないし、名前も知らない……はぁ。

 もう歩いて近付いてしまっているので、しょうがなく俺は声をかけた。

 

「おい、お前達何してる」

「コ、コレハ、ティターンサマ」

「ティターンサマ!?」

『ティターン様!』

「ナ、ナゼ コノヨウナトコロヘ?」

 

 若い兎族の男女が驚いてひどく慌てた様子で俺にそう言う。

 

「ここで何やら揉めているのを見て解決しに来てやったのだ。 で、何で揉めている?」

「モメテナド、イマセン。 ナンノモンダイモ、アリマセン」

「本当か? おい、そうなのか?」

 

 こいつらに聞いてもダメだと思った俺はムーアに通訳させて、揉めていた兎族の男の方に聞いてみる。

 

『実はこいつらが俺たちはティターン様に選ばれた特別な存在だからもっと食料を寄越せと言ってくるです!』

『なッ!? お前ッ!』

「は?」

『唯でさえ普段こいつらに何倍もの食料を渡しているのに……これ以上は無くなってしまう!』

 

 ……はぁ。 そういえば、こいつら最近太ってきていると思っていたが、そういう事だったのか。

 

『ふ、ふんッ……何が悪い! 俺たちはティターン様に選ばれた特別な存在だぞ』

『そうよっ! 食料ぐらい、いくらでも食べていいじゃない!』

「何を言っている。 お前達は特別でも何でもないぞ」

『……何だと? 今、何と言いましたかティターン様?』

「もう一度言ってやる。 お前達は別に特別でも何でもない」

『……嘘よ! じゃああの日本語を覚えさせられる地獄のような日々は一体なんだっていうのッ!』

「はっ! そんな風に思っていたのか。 別に日本語を教えるのなんて誰でもよかった。 お前達を特別選んだ訳ではない」

 

 どうやらこいつらもこの前の俺と同じように馬鹿な勘違いをしていたらしい。

 

『馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!! そんな馬鹿な話があってたまるかッ!! 俺たちはお前に選ばれた特別な存在だと思っていたからあの地獄のような毎日も堪えられたのだッ!! ……それが誰でもよかっただと……ふざけるなッ!!』

 

 そう言って激昂した若い兎族の男は女の横で尖った石をどこからか取り出し俺に向けた。

 

 ――そう俺に向けたのだ……武器を。

 

「俺に武器を向けたな」

『……何だ……と……ゴフッ』

 

 並んで立っていた若い兎族の男と女の背中から腕が一本ずつ生えている。

 若い兎族の男は口を開きながら吐血して初めて、自分が俺の腕で胸を貫かれていることに気が付いたのだろう。

 俺は躊躇などまったくしなかった。

 

『……馬鹿……な』

『嘘……よ』

 

 2人の力が抜けて俺の両腕に2人の全体重が乗っかった頃、やっと状況を理解したのだろう。

 

「きゃああああああああああああ!!」

 

 ムーアが物言わぬ死骸となった2人を見て悲鳴を上げた。

 その悲鳴を聞いて兎族達がぞろぞろと集まってくるが、俺はそんな事などまったく気にせずに腕を抜く。

 すぐさま俺は空いた二つの穴から血魔法で血液を吸い上げる。

 すぐに二つの死骸は全身の血液を吸い上げられ干からびた。

 ……そういえば兎族を殺すのは初めてだったな……血はどういう味だろうか、と思って集めた血液をペロリと舐める。

 

「うーん。 ……マイルドな味」

 

 そんなことを言っていると、二つの死骸を見て集まった兎族達が騒ぎ出し、ムーアは放心しているようだ。

 そして騒ぎを聞きつけたのかどこからか族長がやってくる。

 族長は地に落ちている干からびた二つの死骸を見て状況を察したのか大きく息を吸って声を上げた。

 

『鎮まれッ!! 何を騒いでいるのだッ! これは我らが神、ティターン様がされた事! ティターン様がされる事に間違いなどないッ! ムーアも何時まで惚けている! 目を覚ませ!』

『……は、はい!』

 

 その族長の一声で騒がしかった兎族達が一気に鎮まり、放心していたムーアも気を取り直す。

 流石は族長、という訳か……普段のニコニコしている様子からは想像できないような威厳があるな。

 

「エルト様、一体何があったのでしょうか?」

 

 そんな事を族長を見て思っているとその族長から話しかけられる。

 

「とりあえず、こいつらが誰かは分かるか?」

 

 族長が俺の問いに答える為、死骸に近付いて顔を確認する。

 

「まさか、私などと共にエルト様から日本語を教えるていただいている者達ですね?」

「そうだ。 こいつらが俺に武器を向けた」

「なんと馬鹿なことをッ!! ……申し訳ありません、エルト様! まさか私たち兎族の中からこんな恥晒しを出してしまって」

 

 族長は死んだあいつらに激昂すると、すぐに顔を青くして地に伏せて俺に頭を下げてきた。

 

「構わない。 お前がやった事ではないだろう」

「しかし、私は兎族の族長です。 こんな恥晒しを出してしまった責任があります」

「だから構わないと言っているだろう。 とりあえず、いいから立て! もう一度言わせるなよ」

「……はい。 わかりました」

 

 族長は申し訳なさそうに立ち上がる。

 

「いいか? こいつらがやった事はもういい。 だが、同じように俺に武器を向ける者は誰であろうと殺す」

「はい。 村の者たちにも厳しく言って聞かせます」

「ならいい。 俺は戻るぞ」

 

 俺は族長とムーア、それに集まってきた兎族達に見送られながらその場を後にした。



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第11話 ドラゴンヴァンパイアと2人の死

第11話 ドラゴンヴァンパイアと2人の死

 

 

 

 俺が数年前から日本語を教えていた若い兎族の男女を殺してから数日後。

 同じ兎族の男女を俺が殺したことで兎族達が何かしら騒いだりするのかと思っていたが、次の日になっても兎族達の様子は普段と変わりなく、俺が村の中に顔を出して歩いて回っても特に問題はなかった。

 2人を殺す場面を見て悲鳴を上げていたムーアも次の日にはいつも通りの様子で現れて、昨日のことなどまったく気にしていない。

 ……どうやら俺の予想以上に俺に対する信仰が強く、俺のやった事は正しいことで間違いではないと思っているらしい。

 なぜそこまで俺が兎族達に信じられているのかは謎だが、まぁいいだろう。

 そんな訳では2人減り3人に午前中は日本語を教えて、午後は当てもなく村の中をぶらぶらと歩いている毎日を過ごしていた。

 

 今も午前中の授業が終わり、午後はテキトーに村の中をぶらぶらするかなぁと考えている。

 すると、遠くから俺と族長が居るところに走って向かってくる兎族の男が見えた。

 その兎族の男は俺と族長の目の前まで来ると息を整えてから話しかけてくる。

 

『ティターン様、族長……少し問題が発生しました』

 

 また揉め事でも起きたのかと思っていると族長が獣人語でその兎族の男と話し始める。

 

『どうしたのだ? そんなに走って……ティターン様の前だぞ?』

 

 そういえば族長は兎族達と獣人語で俺の名を出すときはエルトではなく、ティターンと呼ぶのは何故だろうか?

 

『すみません。 でも俺たちではどうしたらいいか分からなくて……』

『それで、何が起きたのだ?』

『それが……この村から真っ直ぐ進んで森を抜けた所に角耳族と思われる子供が1人で突っ立ってるんです』

 

 そこで俺は聞いたことのない種族の名前を聞く。

 俺は気になったので族長に聞いてみる事にした。

 

「おい、角耳族というのはどういう種族なんだ?」

「えっと角耳族というのは耳が角ばっていて、尻尾が細長い種族の事です。 私もあまり見たことがありませんね」

 

 角ばっている耳に細長い尻尾? 一体どんな種族なんだ?

 

『それだけならまだ良かったんですけど、その子供は両手が燃えているんですよ』

『燃えている?』

『そうなんです。 ずっと火がでて手が燃えているのに消そうともしないんですよ』

『うーむ。 どういうことだ?』

 

 両手が火で燃えている角耳族の子供か……確か真っ直ぐ森を抜けた先と言っていたからあの大平原だよな……一体どんな奴なのだろうか?

 ますます気になってしまった俺はその問題の原因を見るべく俺が解決する事に決めた。

 

「おい族長。 その角耳族の子供が気になるから俺が解決してやる。 兎族達は村で待っているように言っておけ。 ただ通訳としてお前はついてこい」

 

 そう族長に言うと少し驚いた顔をしたが、すぐに納得して兎族の男に俺がその問題を解決するから村で待っていろと伝えた。

 その後すぐに俺と族長は村を出て森に入り、その森を真っ直ぐ歩く。

 やがて森を抜けると、俺の目には相変わらずに何処までも続く大平原が見えた。

 その大平原を見ているとぽつんと1人で突っ立っている人影を発見する。

 その人影が問題の角耳族の子供だと思った俺は族長と共に近付いていく。

 

 そこに居たのは三角の形をした耳を頭から2つ生やして細長い尻尾が尻から伸びている赤い毛をした10歳程の少女だった。

 その姿はまさしく猫……角耳族は猫の獣人だったようだ。

 そして兎族の男が言っていた問題というのもすぐにわかった。

 その赤い毛の10歳くらいの猫耳少女は両手が燃えている……いや、あれは燃えているのではなく火を灯しているのか。

 俺は自分の目でそれを見て、その火が魔法で出ている事に気がつく。

 しかも、あれは自分の意識とは関係なく手から流れ出ている魔力が勝手に火となっているようだ。

 兎族の男の言う通りならば、もうずっと魔力を手から垂れ流している状態な筈……それならば、凄まじい魔力量だ。

 だが、流れ出ている魔力が勝手に火になるほどの火の魔法の適性を持つなら、もしかしたら他の魔法はまったく使えないかもしれない……その分火の魔法は強力になる筈だが。

 

 俺と族長が近付いてきた事に気が付いたのだろう、だるそうに俺たちの方を見る。

 その顔を疲れ切っているが、驚く事に俺を見てもまったく驚く様子すらない。

 

『誰?』

 

 どうやらちゃんと獣人語は話せるらしい。 すぐに族長に通訳させる。

 

「俺は兎族の神だ。 こいつは兎族の族長」

『神? ……よくわからないけど、あなたは強そうだし私を殺せる?』

「あぁ殺せる」

 

 いきなり自分を殺せるかと聞いてきた少女の問いに特に驚きもせずに答える。

 すると、その少女は疲れ切った顔に僅かな希望を覗かせた。

 

『本当に? ……なら私を殺して』

「……別に殺してやってもいいが、なぜ死にたい?」

『……私は角耳族の村で普通に生活していた。 でも、ある日急に私の手からこのよくわからないものが出てきた。 それで色々あって村から追い出されてここまで来た。 もう辛い、生きていたくない』

 

 角耳族の少女はそう語った。

 その言葉に一切の迷いはない。

 だが、1つだけ俺は問いかけてみることにした。

 

「俺ならその手のものの消し方もわかるし、消すことも出来る。 ……それでもお前は死にたいのか?」

 

 少女が語ったことが事実ならもう何日も魔力を垂れ流していることになる。

 とんでもない魔力量だし、火の魔法の適性もとても高いだろう。

 俺なら強制的にその火を消すことも出来るし、この少女に魔法の制御を教えてやることもできる。

 

『……それでも私は死にたい』

 

 この少女には色々あったのだろう。

 火を消せると知ってもその言葉に一切の迷いは感じられなかった。

 

「ならばいい。 お前の望み通り俺が殺してやろう」

 

 俺は少女の両手から火が出ているのも気にせず近付く。

 すると、少女はしっかりと俺を見据えて口を開いた。

 

『……ありがとう。 今の私にはあなたに対する感謝を形にはできない』

「構わない」

『……あなたの名前を教えて』

「俺はエルトニア・ティターン」

『エルトニア・ティターン……様』

 

 その少女は噛み締めるように俺の名を口に出す。

 

『エルトニア・ティターン様。 今の私には何もできないけれど、私が死んでもしまた生まれるような事があれば……その時、私はあなたに全てを捧げます』

 

 少女は俺に何の感謝の形もできないと言った。

 だから少女はもし次があるのなら俺にすべてを捧げると言った。

 少女は輪廻転生など知らないだろう。

 しかし、俺はそれを知っていて実際に転生をして今を生きている。

 だから、それが少女にできる感謝の形だと少女は知らないが、俺は理解していた。

 もちろん、転生して俺と再び出会い思い出しすべてを捧げることなんて出来ない可能性が殆どだろう。

 それでも、その言葉は俺の中ではとても重く、最大限の感謝だと思えた。

 

「その言葉に嘘偽りはないな?」

『……はい』

 

 少女はしっかりとそう言って頷いた。

 

「では、しばし眠れ。 ……再び出会うその日まで」

 

 そして俺はその少女を殺した。

 少女の両手に灯った火が命のように消えていく。

 しかし、突然少女の身体の内側から炎が燃え上がりすべてを燃やした。

 やがて、少女だったものは何1つ残さずに燃えて無くなった。

 

 

♢♢♢

 

 

 角耳族の1人の少女を俺が殺してから数年が経ち、この兎族の村でも色々な事が起きた。

 

 先ずは兎族達の技術が進歩していき、建てている小屋が大きくなったこと。

 とうとう兎族達が俺の入れる家を建ててくれた。

 その家はもう小屋というより家といえる大きさになっているが、俺は入れるのだが翼は広げられず少し窮屈だ。

 

 次にあのリーウとムーアが夫婦となった事だろう。

 出会った頃はあんなに小さかった子供だった2人もいつの間にか大人になった。

 ちなみにリーウとムーアの2人は今でも村の子供たちに日本語を教えている。

 

 そして次は村の中で日本語を話せる者が増えた事。

 リーウとムーアが教えていた子供たちが日本語を話せるようになった。

 これでリーウとムーアと族長以外にも話せる相手が増えて俺も楽だ。

 

 ……あとはあの族長の死期が近いということだろう。

 あれだけ俺の後ろをついて回っていた元気な族長も年には勝てず、最近は体調を崩してずっと寝込んでいる。

 

 そして今、族長の命の灯火は消えようとしていた。

 族長は最後に兎族達を全員村の中心に集めて最期の言葉を言おうとしていた。

 

『みんな……よく集まってくれた。 私はもうすぐ死んでしまうだろう。 だから最期に……言っておく』

 

 そう言葉を発する族長はとても弱々しく吹いたら消えてしまいそうだ。

 族長の言葉を聞いてその場に誰かが泣いている音が聞こえる。

 

『私は……次の族長を決めないでおく。 私たち兎族は幸せな者だ。 何せ神に出会えたのだから。 だからこれからは……皆ティターン様についていくのだ』

 

 そう言うと族長は首を動かして俺の方を向く。

 

「最期に勝手なことをして……すいませんエルト様」

「あぁ。 俺は何もかもをこいつらに与えたり教えたりはしないぞ」

「構いません。 ……もし族長が必要になったらエルト様が決めてください」

「わかった。 その時はてきとうに決める」

「は……い」

 

 族長は空を見上げて涙を流す。

 

『あぁ……神よ。 私はあの時、神と出会ってから最期まで……ずっと幸せな毎日を過ごせました。 感謝してもしきれません』

 

 その瞳から涙を零しながら瞼を閉じた族長は身体から力を抜いていく。

 

「エルト様……いつまでも私たちを……見守ってく……ださ……い」

 

 そう最期に言い残して族長は死んでいった。

 その顔は弱々しくも笑顔を浮かべていて、族長らしいと思う。

 集まった兎族達は皆、涙を流し目を赤く腫らしている。

 その中にはリーウとムーアの姿もあった。

 

 それからしばらくして、族長の墓は村の端に建てられた。

 数日後、俺は夜中にその墓の前に立っていた。

 少し族長に言いたいことがある。

 

「……お前の最期の願い。 兎族達をいつまでも見守るってやつ。 確かに俺はお前達兎族の発展を見ていくつもりだが……それはずっとじゃない。 いつか……俺がもういいと思えたら俺はお前達から離れるつもりだ。 ……まぁそれまでは見ていてやる」

 

 言いたいことを言ったので俺は墓から去ろうと思ったが、もう1つだけ言うことにした。

 

「……お前の死に兎族みんなが涙を流していた。 リーウとムーアもだ。 ……俺は涙なんて流さなかった……が最近は少し隣にお前が居なくて……寂しく感じている……のかも知れない。 フッ……どうやらお前に最期の最期で心に傷を付けられたらしい。 ……誇れ、俺に傷を付けたのはお前が初めてだ」

 

 そう言った俺は今度こそ族長の墓の前から立ち去った。

 

 族長の墓から俺の家に帰る途中、こんな夜中にこちらに歩いてくる1人の兎族に気が付いた。

 それはどうやらリーウだったようだ。

 

「リーウ、どうしたんだ? こんな時間に」

「……え? ティターン様! どうしてこんな所に!?」

「俺が聞いたんだが……まぁいい。 俺はあいつにどうしても言っておきたい事があったんでな」

「……族長ですか。実は僕も族長の墓に行こうと思ってたんですよ」

「どうしてだ? 何か俺のように言いたい事でもあったか?」

「いえ……族長とは十分生きている間に話せましたから。 ……ただ、少し族長の墓が見たかっただけです」

「ふーん……そうか。 じゃあ俺は帰るな」

 

 俺はリーウの隣を歩いて通り過ぎ、帰ろうとする。

 

「……あの!」

「……どうした?」

 

 リーウが俺の背に声をかけてくる。

 それに俺は背を向けたまま応える。

 

「……こんなこと言うのは失礼だと思います。 僕がティターン様にとっての族長の代わりになんてなれないって分かってます。 でも僕は頑張ります! ……だから元気出してください……ご、ごめんなさい」

「……は、ははははははははは! ……そうかじゃあ頑張れ!」

 

 ……まさかリーウにそんな事を言われるとはな。

 俺はその意外な言葉に笑いながら、今度こそ家に帰った。

 



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第12話 兎族の族長としての奇跡の日々

第12話 兎族の族長としての奇跡の日々

 

 

 

 あの日は突然やってきた。

 

 私たち長耳族は何時ものようにひっそりと、森の中の隠れた集落で暮らしていた。

 しかし、突然私たち長耳族を悲劇が襲いかかってくる。

 森の一箇所からタテガミ族だと思われる男が尖った武器を持って突撃してきて長耳族数人に怪我を負わせたのだ。

 なぜこの集落が見つかったのか? とかなぜ、いきなり攻撃をしてきたのか? という考えが頭に浮かぶが、すぐに私は長耳族の族長として号令をかける。

 その号令はもしもの時に村を捨てて全員で全力で逃げろ、という号令。

 私たち長耳族は子供から大人までみんな足が速いのが特徴で逃げ切れる自信があった。

 実際に誰も突撃してきたタテガミの男に殺されずに森の中に入って逃げている。

 ……しかし、いつもより逃げる速度が遅い。

 どうしても、怪我をした所為で長耳族の男たちが何時もの足の速さを発揮できていない。

 このままではマズイか? と考えながら走っていると怪我をしている男の1人が血を流しながら走っていた。

 その血は地面に跡を残していて、すぐにマズイと思った私はその男に走りながら近付く。

 

「お前の血が跡になっているぞ! すぐにこれで怪我を塞げ!」

「ッ!? ……すまねぇ族長」

 

 私が持っていた毛皮をその男に渡して、男はそれを怪我した所に巻きつけた。

 もうタテガミ族に跡を追われているかもしれないが、ここからは少しだが迷わせられるかもしれない。

 そのまま私たち長耳族は全員で走り続ける。

 やがて、森を抜けて大平原まで来てしまった。

 この大平原は見通しが良くて、ここまでタテガミ族が来たらすぐに見つかってしまうかもしれないが、大平原の向こう側には森と山があり、そこまで入ってしまえば逃げ切れるだろう。

 それに逃げる続けていれば、タテガミ族は諦めるだろうと考えた私たちは大平原を走る。

 大平原を走り続けていると、長耳族の1人の男が声を上げた。

 

「族長! 後ろにタテガミ族が見えます!」

「なにっ!?」

 

 私はすぐさま後ろを振り向いて確認しようとする。

 すると、森を抜けたばかりのタテガミ族がこちらを見つけて追いかけようとしているのが見えた。

 

「馬鹿な! 森を抜けるのが早すぎる」

「どうしますか族長!」

「……どうするも逃げるしかない!」

 

 そんな会話をしながら逃げていると先程怪我をして血を流していた男が涙も流している。

 

「……すまねぇ……すまねぇ。 俺があんな跡を残してしまったばかりに」

「泣くな。 お前は悪くない。 今は全力で足を動かすことだけ考えろ!」

 

 仲間たちを励ましつつ、私たち長耳族は大平原を走り続けた。

 しかし、次第にタテガミ族との距離が縮まっていくのがわかる。

 このままではタテガミ族に追いつかれてしまう……どうしたらいいんだ。

 

 と、考えていたその時!

 突然、空からとんでもない威圧感を覚えて私たち長耳族はみんなが足を止めて震えだす。

 なんとか向こう側の私たちを追いかけてきたタテガミ族を見ると立ってはいるが、私たちと同じように震えていた。

 そして、空から見たことのない恐ろしい姿の何かが降りてくる。

 そのまったく見たことがない姿を見て私は恐怖を感じたが、なぜか美しいと感じた。

 

「baishbsskjhahabajabanajaa」

 

 その存在が聞いたことのない言葉なのかなんなのかを発する。

 すると、その存在はタテガミ族を簡単に殺していく。

 その一方的な力と美しさ、そして状況を考えて私はそこで初めてその存在が私たち長耳族に伝わる【神】だという事に気が付いた。

 長耳族には昔からある言い伝えがある。

 それは私たち長耳族が窮地に陥った時、空からとてつもない力を持った美しい神が舞い降りて長耳族を救う、というもの。

 その言い伝えと今の状況がまったく一緒なのだ。

 

「……あれが私たち長耳族を救う神」

 

 そう気が付いた私はいつの間にか身体の震えが止まり、神を恐ろしいと感じなくなった。

 すぐに動くようになった身体を動かして長耳族全体にこの事を伝える。

 

「……みんな、あの方は私たちの言い伝えにある神だ! 見よ! 私たちを追い詰めていたタテガミ族を簡単に殺している。 言い伝えと同じだ。 私たちは神に救われたのだ。 あの神を恐れることはないのだ!」

 

 すると、次々と長耳族の者たちは身体の震えを止めて神を見る。

 

「おぉ神よ」

「神が舞い降りた!」

「私たちを救ってくれた」

「言い伝えの通りだ!」

「なんと美しい姿なんだ!」

 

 みんなが口々にそう言うがこのままではダメだろう。

 すぐに長耳族全体に号令をかける。

 

「みんな、このままでは神を怒らせてしまうかもしれない。 すぐに地に伏せて頭を下げるのだ。 神に感謝を!」

 

 それを聞いた長耳族達はすぐに地に伏せて神に向けて頭を下げた。

 みんなが頭を下げたのを確認すると私も先頭で地に伏せて頭を下げる。

 

 しばらくしてタテガミ族を全員殺し終えたのか神だと思われる足音が近付いてくる。

 

「hajahsjish」

 

 神がおそらく神の言語で何かを言うが私には理解できない。

 すると、神は長耳族の先頭で地に伏せて頭を下げていた私を無理矢理立たせる。

 どうやら立った方がいいらしいと思った私はすぐに長耳族全体に言う。

 

「みんな立つのだ。 神がそう望んでいる」

 

 その私の声を受けて長耳族たちは地に伏せていた状態から立ち上がった。

 しばらくの間、神と向かい合っていると神は1人の長耳族の男に近付いていく。

 その長耳族の男はタテガミ族に怪我を負わされて血を流していた男だった。

 私も族長として何が起こるのか見届ける為に神の後をついていいく。

 神はその怪我をしている長耳族の男の所まで行くと、その怪我に右手を近付ける。

 

「hahsjshsksjs」

 

 そして神が何かを言うと、突然長耳族の男の怪我をした所が優しい光に包まれてすぐに消えた。

 その長耳族の男は不思議そうに光に包まれた怪我をした所を見ると驚きと喜びの声を上げる。

 

「な、治ってる! 怪我が治っているぞ!!」

 

 なんと先程まで腕を怪我をしていた男はその怪我が治っていると言うではないか!

 その怪我をしていた長耳族の男はすぐに再び地に伏せて頭を下げる。

 

「す、素晴らしい! これが神の御力! 怪我を一瞬で治すなどまさしく神だ!」

 

 私もその神の強大な御力に驚き、興奮してついつい声を上げてしまう。

 その後も神はその御力の不思議な優しい光で怪我をしていた長耳族の者達をどんどんと治していった。

 その間も私は神の御力となさる事を目に収めるべく、神の後を付いて回った。

 

 長耳族のみんなは私を含めて全員が神に尊敬と崇拝の眼差しを向けている。

 すると、神は私たちから離れて移動する。

 これは神がついてこいと言っているのだと判断した私はすぐにみんなに伝える。

 

「みんな、神についていくのだ! この先が私たちの新たな始まりだ!」

 

 そうして私たち長耳族は神についていった。

 

 神の後についていくともう戻れないと思っていた私たちの集落にたどり着いた。

 どうやら神は私たち長耳族に再びこの地で暮らせという事らしい。

 その事を長耳族のみんなに伝えると、場所がバレてしまったのでもう戻れないと思っていた集落で暮らしていいのだと喜び声をあげ、神に頭を下げてそれぞれの生活に戻っていった。

 私はこれからも神がなさる事を間近で見てくのが使命だと思い神について回る。

 

「habsjsjalalaoa」

 

 時たま神は私にそのありがたい神の言葉を聞かせてくれる。

 私は嬉しくて神に笑顔を見せているのを感じながら付いて回った。

 

 それから私は毎日を神と寝食を共にして過ごしている。

 神は私が朝起きるときと、寝るときに決まった神の言葉をかけてくださる。

 私はそれがどう言ったのか分からないのでいつもポカンとしてしまうが、私に言っているのは分かるので嬉しくなってすぐに笑顔になってしまう。

 

 ある日、神が何かをしようとしているのを見た。

 どうやら長耳族たちを集めようとしているらしい。

 すぐに私は長耳族全体に声をかけてみんなを集める。

 神は私たち長耳族を引き連れて村の近くの森の木々に近付いていく。

 すると、神は腕を一振りするだけで森の木を切り倒してしまったのだ。

 その見た事のない神の御力にすぐに私たち長耳族は歓声を上げる。

 歓声を上げる私たちを神は手で静かにするように指示した。

 神は次に木の枝葉をなんと指で切り落として木を瞬く間に四角くしてしまう。

 ……もう私たち長耳族はその神の御力に目が離せない。

 幾つもの木を四角くした神は私たち長耳族を手招きしてそれぞれに短く切った四角い木を渡される。

 すると、神は驚く事になんとその短く四角い木を削って道具と思われる物を作っていくのだ!

 そこで私たちはなんでここに呼ばれたのかに気が付いた。

 神は私たち新たな道具の作り方、木から道具を作れるというのを教えてくださったのだ!

 すぐに長耳族はみんながそれぞれに短く四角い木を石で削って道具を作ろうとする。

 その神の新たな御力と叡智、長耳族たちの真剣な顔を見て私は満足気な気分になり、何度も頷いた。

 

 その後、神は私たち長耳族を更に驚かせた。

 神が私たち長耳族を集落の中央に呼び集めると、そこに四角い木を集めていく。

 そして神が何かをすると、四角い木から赤い何かが出てくる。

 不思議そうに私たちはそれを観察していると色々な事が分かった。

 その赤い何かは近付き過ぎると熱く、程々に近付くと暖かい。

 ……そして何と夜でもその赤い何かは光を放ちずっと明るいのだ!

 私たちはすぐにこれはとんでもない事だと気が付き、それを教えてくださった神に感謝してその日は朝になるまで赤い何かの周りで騒いだ。

 私はそのみんなの姿をみて再び満足気な気分になり何度も頷いていた。

 

 それから幾つもの朝と夜を繰り返したある日の朝のこと。

 いつものように朝起きると神は私に決まった言葉をかけてくださる。

 ……そこで私は前々から練習していたその神の言葉を真似て発するというのをしてみる事にした。

 

 すると、神は初めて驚いた顔をしてから、しばらく何かを考えだした。

 そして神は集落の中に居た長耳族の若い男女と子供の男女を連れてきて神の言葉を聞かせ始める。

 もちろん、私もそれに加わって神のありがたいお言葉をきく。

 それから毎日、神は朝になるとあの4人を連れてきて神のありがたいお言葉を聞かせてもらう日々を過ごした。

 

 それからまた幾つもの朝と夜を繰り返し、神のお言葉を聞かせてもらう毎日を過ごしていると、神は今度はあの4人と一緒に寝食を共にするようになった。

 そこで初めて私は神は何をしたいのかに気が付く。

 どうやら神は私たちに神の言葉を教えてくださっているようだ。

 すぐに私はあの4人に神の意向を伝えると、若い男女はあまり乗り気ではなさそうに、子供たちは目を輝かせて答えた。

 若い男女は神に対して不敬な態度だと思うが、いずれは神がどれだけの存在か気が付く日が来ると思い放っておく事にする。

 

 

♢♢♢

 

 

 それから更に幾つもの朝と夜を繰り返し神のお言葉を教えていただく毎日過ごしていた私たちは神の言語【日本語】を話せるまでになっていた。

 

 神とお言葉を交わせるようになって様々な事が分かった。

 神は私たち長耳族の事を兎族と呼んでいたので、すぐに長耳族ではなく兎族に名前を変える。

 そして私たち兎族の神のお名前がエルトニア・ティターン様とわかり、集落というか村というらしいが村の者たちはみんなティターン様と呼ぶようになった。

 

 そんなある日、ティターン様が自分は神ではないドラゴンヴァンパイアだと私に言ってきたので私はいつものように笑顔で思った事をそのまま口にする。

 

 「ティターン様がそのドラゴンヴァンパイア? という種族であろうと何だろうとティターン様はあの大平原で獅子族から私たち兎族を救った時すでに私たち兎族の中では間違いなく神なのです」

「別にあの時、俺はお前達を救おうとした訳ではないのだがな。 俺はただ……こうして話せるような相手が欲しかっただけだ」

「いえ、たとえティターン様が私たち兎族を救うつもりがなかったとしても、あの時私たちは間違いなくティターン様に救われたのです。 ……それに今でもティターン様は私たちに様々なものを与え教えてくれるだけではなく、時たまやってくる私たちでは手に負えない外敵を倒してくれます」

「それは俺がただ快適に過ごせるようにしたいだけで、俺が勝手気ままにやっただけ。 だから俺は兎族であろうとあの獅子族と同じように殺すことがこれからあるだろう」

「構いません。ティターン様は御自分がしたいように、やりたいように行動なさってください。 ティターン様の行動を私たちが止めたり咎めることはありません。 私は……私たちはそれがティターン様にとって正しいことだと信じています」

「そうか……なら、しばらくは神として勝手にやらせてもらおう。 お前は今から俺の事を【エルト】と呼べ」

「あの、それは!?」

 

 まさか、そんな事をティターン様に言われるとは思っていなかったのでとても驚いてしまう。

 

「エルだと女っぽいからな。 エルトで頼むぞ」

「それは!」

「どうした、嫌なのか?」

「……いえ、そうではないのです! そうでは……ただ……私には勿体無いほどの……」

 

 私はティターン様という神にその様な美しくも優しいお言葉をかけてもらえて嬉しくて涙が止まらなくなってしまう。

 

「俺の名前は特別でな、本当は誰にも愛称でなんて呼ばせる気は無かったのだが、お前は今まで頑張ってきただろう? 勝手にお前が付いてきていた所為で俺はお前の努力を近くでみてきた。 ならばそれが報われてもいいだろう」

「は……ぃ……エルト様……」

「あぁ……ははっ、泣きすぎだ」

 

 こんなに泣いたのは私が子供の時以来だった。

 その日から私は神の事をティターン様ではなく、エルト様という愛称で呼ぶようになる。

 しかし、公の場では今まで通りティターン様と呼ぶ事にした。

 居ないと思うが兎族の誰かがもし私のようにエルト様と呼んでしまわないように。

 

 

♢♢♢

 

 

 あの日から様々な事があった。

 その中には兎族の中からエルト様に武器を向ける大馬鹿者たちが出て私が死を覚悟でエルト様に謝罪をして、エルト様は優しく許してくださったり、手が火で燃えている不思議な角耳族の少女がエルト様に救われたり。

 私たち兎族はエルト様から様々な事を教えていただき救われて見守られ、成長していった。

 今では村の中に木で出来た家が建ち並び、あの幼かったリーウとムーアが夫婦になったりした。

 

 そんな中、私は歳もありどんどんと弱っていきとうとう死期がやってくる。

 そして今、私の命の灯火は消えようとしていた。

 私は最後に兎族達を全員村の中心に集めて最期の言葉を言おうとしていた。

 

『みんな……よく集まってくれた。 私はもうすぐ死んでしまうだろう。 だから最期に……言っておく』

 

 そう言葉を発するだけで、私はとても身体が辛かった。

 それでも私は今まで考えていた事をみんなに言葉として残す。

 

『私は……次の族長を決めないでおく。 私たち兎族は幸せな者だ。 何せ神に出会えたのだから。 だからこれからは……皆ティターン様についていくのだ』

 

 そう言うと私はなんとかいう事のきく首を動かしてエルト様の方を向く。

 

「最期に勝手なことをして……すいませんエルト様」

「あぁ。 俺は何もかもをこいつらに与えたり教えたりはしないぞ」

「構いません。 ……もし族長が必要になったらエルト様が決めてください」

「わかった。 その時はてきとうに決める」

「は……い」

 

 私は空を見上げて涙を流す。

 最期まで神は美しく優しい。

 

『あぁ……神よ。 私はあの時、神と出会ってから最期まで……ずっと幸せな毎日を過ごせました。 感謝してもしきれません』

 

 涙を零しながら瞼を閉じた私は何とか耐えていた身体から力を抜いていく。

 

「エルト様……いつまでも私たちを……見守ってく……ださ……い」

 

 出来るならば、いつまでもエルト様のお側で……あなたのする事を見ていたかった。



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第13話 ドラゴンヴァンパイアと新計画と2人の想い

第13話 ドラゴンヴァンパイアと新計画と2人の想い

 

 

 

 あれは兎族の族長が死んでから一年後の神聖暦13年の3月のこと。

 族長が死んでから数日後に俺はリーウとムーアに日本語を教えるのをやめた。

 もうリーウとムーアは十分日本語を覚えたので、俺は今まで文字を書いた木の板をすべて2人に託して終わらせたのだ。

 そんな訳で殆ど一日中時間が空くようになった俺は今は仮の兎族のトップとして村の中を歩いて回っている。

 そんな時、俺の所に食料を森から村に集めている1人の兎族の男がやってきた。

 

『ティターン様、大変です!』

 

 慌てた様子でそう言ってくる男の話を聞こうと、丁度近くを歩いていた日本語が話せる者に通訳させる。

 

「どうした? そんなに慌てて」

『……それが今日森に入って食料になる木の実などを探していたんですけど……1つも見つからないのです!」

「そうか……」

 

 その言葉を聞いて俺はとうとうこの時が来てしまったんだな、と思った。

 ……俺は前々からこんな事がいつか起こるのではと恐れて、族長が死んだ時からある計画を考えている。

 どうやら今がその計画を発動するときらしい。

 

「今の食料は後どれぐらい持つ?」

『私たちが最低限で食べればあと……60の朝と夜ぐらいだと思います』

「なるほど、2ヶ月は持つのか。 十分だ。 その食料の中から俺の分は抜いておいていい」

『そんな! ティターン様に捧げる食料を抜くなど私たちにはできません!』

「前も言っただろう。 俺は別に食べなくても生きていけるのだ。 今は非常時だ。 それくらい構わない。 とりあえず、村の中央に兎族全員をすぐに集めろ。 これからの大事な計画を発表する」

『……分かりました。 すぐに声をかけて集めます』

 

 その後、すぐに兎族たちは村の中央に集まって俺を見ている。

 とりあえず、隣にリーウを立たせてあとは座らせた。

 リーウに通訳させながら、俺はこれからの計画を話し始める。

 

「聞いた者も居るだろうが、今日森から木の実などの食料が取れなくなった。 これは俺が前からそうなるのではないかと考えていた事である。 これではいけないと考えていた俺はあの族長が死んだあとにある計画を立てた。 その計画とは兎族の村の移住と自分たちの手で食料を育てるという事」

 

 俺のその言葉に兎族たちは騒めく。

 

「先ずは食料を育てるという事だが、これはお前たちに前から集めてもらっていた種を使う」

 

 ……そう、俺は兎族たちの前から木の実などからでる種を集めさせていたのだ。

 

「この木の実や食べられる野草などの種を計画的に育てればお前たちはこれから食料に困らず飢えることもない毎日を過ごしていける」

 

 それを聞いた兎族たちは更に騒めいた。

 俺は話を続ける。

 

「しかし、これには1つ問題がある。 この食料を自分たちで育てるというのは広大な土地が必要になってくるのだ。したがって今のこの場所では全員が食べていけるだけの食料を育てることはできない。 なのでお前たちは新たな土地、あの大平原に新たな村を作るのだ。 これは食料だけの問題ではない。 今の村を見ろ。 確かに木を切り倒して場所を広げてはいるが、お前たちの技術は進歩して家は大きくなり、更にこれから兎族の人口が増えていくのならここでは狭すぎるのだ。 だから新たに広い場所に移る。 正確な場所は大平原のこことは反対側の森と山がある所から少し離した場所だ」

 

 この移住計画は俺が前々から考えていたもので、兎族の技術の進歩と人口の増加でこの村では狭いと思っていた。

 族長が死んでしまったし、この機会に村を新しく作り直してしまおう。

 その為の場所も事前に俺は空からじっくり探して見つけていた。

 大平原のこの森とは反対側には大きな川が流れている森があり、更には山もある。

 将来的にはどちらも活用できそうだし、食料は育つ前はその森で食料を集めればいいので、そこから少しだけ離れた場所に村を作ろうと考えていた。

 

「食料を育てる間はその森から食料を集めて食べる。 それならば十分やっていける。 もちろん、この村を捨てる事になるが将来を考えるとこれが一番いい選択だ。 ……この村を捨てたくない者もいるだろう。 なので付いてきたい者だけで構わない。 俺に付いてくる奴は俺と共に新天地を目指そう!」

 

 そう俺は言い切った。

 兎族たちは俺の言葉を聞いて騒めいていたのが、急に静かになり……そして次々と声をあげる。

 

『……俺はどこまでもティターン様に付いていくぞ!』

『俺だって付いていく!!』

『ティターン様から離れるなんて考えられない!』

『家なんてもっと良いのを建てればいいさ!』

『この村に残ってもティターン様が居ないなら意味がない!』

『そうよ! 私たちの神様は私たちの為を思って言ってくれているの!』

『みんな! どこまでもティターン様に付いていくぞ!!』

『『『『おぉー!!!!』』』』

「……そうか」

 

 てっきり俺は誰かがこの村に残りたいと思っていると考えていたのだがな。

 そこで横で通訳していたリーウが俺に話しかけてくる。

 

「ティターン様」

「なんだ?」

「この村に……僕たち兎族にあなたに付いていかない者など1人も居ません。 村がどんなに住みやすく立派でもそこにティターン様が居なければ意味がないのです。 新しい村を作ること……食料を一から育てることはとても大変だと思います。 でも、それはティターン様が僕たち兎族の為を思い考えてくれた事。 それにティターン様も居るのならば出来ないことなどありません」

「……相変わらずお前たち兎族は俺の事を信じているのだな」

「当たり前です。 ティターン様は僕たち兎族にとって何時でもとても優しく美しい……最高の神なのですから」

「フッ……それは言い過ぎだろ。 美しいかどうかは置いておいて、俺は別に優しくはない。 現に俺に武器を向けた兎族を殺している。 それに俺は神では無いと言っているだろう? 俺はドラゴンヴァンパイアだ」

「いえ、優しいですよ。 それにあの兎族の者たちはティターン様に殺されて当然でした。 ティターン様に間違いはありませんしある筈もないです。 そしてティターン様がドラゴンヴァンパイアという種族であろうとなかろうと僕たち兎族にとっては間違いなく神なのです。 なのでティターン様が何をされようとも誰を殺そうとも構わないのです」

 

 そのリーウの言葉に俺は既視感を覚える。

 

「今のお前と似たような事を昔あの族長に言われたな」

 

 すると、リーウは少し驚いた顔をした後笑顔になった。

 

「そうでしたか……。 族長らしいですね。 ……じゃあ僕は少しだけあの人に近付けたのかな」

「リーウはそんなにあの族長に憧れていたのか?」

「……僕のワガママで勝手な想いなんですけど、長い間見てきて僕はティターン様と族長の関係に憧れていました」

「俺とあの族長の関係?」

「はい。 ……その言ってもいいでしょうか?」

「構わないぞ。 別に怒らないから」

「そうですか……ティターン様って族長のこと何だかんだ言って気に入ってましたよね? ずっと側に居るのを許して名前を呼ぶのも許すくらいに」

「……そうだな」

「ティターン様にそれを許されたのも族長が頑張って得たものです。 それが羨ましくて……憧れていました」

「……ははっ。 リーウがそんな事を思っていたなんてな。あの出会った時はあんなに子供だったリーウがなぁ」

「……おかしいですかね」

「いーや、おかしくない。 おかしくはないが……ただ人の成長は早いものだ……と思ってな」

「そりゃそうですよ。 僕だってもう大人になってムーアと……その……夫婦になったんですから」

 

 少しだけ膨れたり未だにムーアと夫婦になった事を恥ずかしがっているリーウを見ると、俺はやっぱり成長して大人になってもリーウなんだな、と思った。

 

「……よし決めた」

「何をですか?」

「食料を種から自分たちの手で育てることを農業っていうのは教えたと思うが、その農業以外にも新しい村を作ったらやろうとしている事があるんだ。 最初だけ俺が手を貸すが、しばらくしたらそれをリーウにすべて任せようと思う。 ……それが上手くいったらお前に俺の名前を呼ばせるのを許してやろう」

「ッ!?」

 

 俺が名前を許すと言ったことにリーウはそれはもう驚いた顔をして口を開いたり閉じたりしている。

 

「ははっ! なんだその顔は! そんなに驚いたか? ……それともまさか出来そうになくて不安か? すぐに俺の名前を名前を呼ばせてもらえなくて不満か?」

「……いえ……いえ! 不安や不満などある筈がありません! 必ず! 必ずやティターン様の期待に応えてみせます!」

 

 そう俺の言葉に応えたリーウの顔は活き活きとしていて希望に満ち溢れていた。

 

 それからすぐに兎族たちは村を捨てて移動する為の準備に入った。

 その間に俺は少しでも兎族が移動しやすくする為と新しい村の建材集めの為に村から大平原までに生えている木々をどんどんと切り倒しては、木材に加工して幾つもの木材を抱えてできるだけ速く空を飛んで新しい村の予定地に木材を積み上げていく。

 凄まじい速度で木々を切り倒して木材に加工して運ぶ俺の姿は兎族たちには速すぎて見えないらしい。

 ついでに邪魔な草も刈っていき、木を切り倒した後の切り株も邪魔にならないようにする。

 そして兎族たちが新しい村の場所に移動する準備が出来た頃には村から大平原までの一本の道が出来ていて、村からでも大平原が見えるようになっていた。

 

 そろそろ出発しようと一本道で思っていた頃に珍しくムーアが1人で俺に話しかけてくる。

 

「あの! ティターン様!」

「……うん? ムーアかどうした? 1人で俺に話しかけてくるなんて珍しい」

 

 ムーアは基本的に俺と話す時はリーウと一緒だったので、珍しく感じた。

 

「その……リーウに何か言ってくれましたか?」

「……どういう事だ?」

「リーウ、前までは何かをずっと考えていたんですけど……この前から急に元気になって頑張ってるから」

「どうして俺だと思ったんだ?」

「……だってリーウがいきなりあんなに元気になるなんてティターン様くらいしか思いつかないです」

「そうか……確かに俺はリーウに激励したぞ」

「やっぱり、ありがとうございます。 ……ちょっと悔しいけど私じゃあそこまでリーウを元気付けられないから」

「フフッ……そうか」

「どうかしましたか?」

 

 俺が少し笑ったのを不思議そうにムーアが聞いてくる。

 

「いや……俺に対して悔しいなんて言うのはムーアくらいだと思ってな」

「あ!? ごめんなさいティターン様!」

「構わないさ。 相変わらずムーアはムーアらしいな」

「……えへへ」

「その元気な笑顔もお前らしいな」

 

 ムーアは幼い頃から変わらない元気な笑顔を浮かべている。

 

「ティターン様。 私ね、小さい頃からずっとティターン様に感謝していたんです」

「うん? 俺にか?」

「はい。 小さい頃、訳も分からず村から逃げて……それからティターン様に助けてもらって村に戻ってきても不安だったんです」

「ふむ……」

「いつまた私たちが襲われるのかも分からないし……今だから言いますけど当時の私にはティターン様がどういう存在なのかも分からず少し怖がっていました」

「そうか」

「……でも、そんなある日ティターン様に連れられていった先でリーウと出会いました。 リーウは不安でティターン様のことを少し怖がっている私に気が付いて色々優しく教えてくれたんです。 そこで初めてティターン様が私たちを救ってくれた凄い存在だと気が付いて怖さなんてなくなりました。 その時からずっと私はティターン様に感謝しています。 ……それで私はリーウが大好きになりました。 そんなリーウに出会わせてくれた事、私たちを助けてくれる事、全部感謝しています」

「別に俺が勝手にやったことだ」

「ふふっティターン様らしいです。 ……あ、もちろん私はリーウが好きです、でも2番目にティターン様の事も大好きですよ……みんなには2番目なんてって怒られると思うから言えないけど」

「ははっ。 ムーアらしいな……お前しかそんなこと言わないぞ。 ……でも……」

「どうしました?」

「いやなに……俺は誰から大好きなんて初めて言われた。 感謝している、とか……尊敬している、とかは散々言われ慣れているのにな」

「……ふふっそうなんですか。 ならこれからは私だけがそう言ってあげますね!」

「はははははは! そうか、そうだな! ではこれからは頼むぞ」

「はい! では私は戻りますね」

「ああ。 そろそろ出発すると全員に伝えておいてくれ」

「わかりました」

 

 そう返事をするとムーアは機嫌が良さそうな感じで歩いて村に戻っていった。

 

「大好き……か。 この俺がそんな事を言われるとはな。 相変わらずムーアらしい」

 

 ……いつかリーウとムーアのように俺も誰かに愛し愛される時がくるのだろうか?

 出来るならばその相手は女であってほしいと俺は空を見上げながら未来に思いを馳せた。



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第14話 ドラゴンヴァンパイアと農業と魔力の制御

第14話 ドラゴンヴァンパイアと農業と魔力の制御

 

 

 

 俺が村の入り口に着いた時には兎族たちが村を出発する準備を終えて待っていた。

 村を見渡して何も問題が無さそうなのを確認してから出発の号令をかける。

 

「皆、村を出発して新たな土地へ向かう準備は出来たようだな。 ……では出発する。 目的地には木材が積んであるのですぐ分かるぞ」

 

 そうして、今の村をそのままに俺と兎族たち全員は村を出発する。

 捨てた村についてだが、最初は俺の魔法で一気に壊してしまおうかとも思ったが、もし何かあった時の為に残しておく事にした。

 

 新しい村の予定地までの道中の大平原で何度か弱いモンスターが襲ってくるが俺がすべて殺していく。

 弱いモンスターが襲ってくる以外特に問題もなく兎族たちの移動は順調に進んでいき……やがて兎族たちは全員で木材が山積みになっている村の予定地に辿り着いた。

 ここまで来るのに2日ほど掛かったが、まぁ早い方だと思う。

 村の予定地に着いた俺はすぐに木材で家を建てられる兎族たちに家を建てるよう指示を出し、残っている兎族を連れて農業を教えることにする。

 この日のために幾つか作っておいた木のクワっぽいのと集めた種を持って地を耕そうとする場所に移動した。

 

「さて、お前たちには食料を種から育てる農業というのを今から教える。 よく見ておくのだぞ」

 

 俺は早速木のクワで地面を耕そうとするが、なかなか難しい。

 何度かやっていると段々と上手く出来るようになってくる。

 もう見せるのはいいだろうと思った俺は見ていた兎族たちに木のクワを渡す。

 

「ほら、俺と同じようにそれで地面を耕すのだ。 これが先ず最初にすること」

 

 すると、兎族たちは見様見真似で頑張って地面を耕そうとする。

 しばらくして兎族全員が地面を耕せたのを確認すると俺は種まきにはいる。

 

「よし、次は種を蒔く作業だ。 同じ種類の種を均等に土に蒔いていくぞ。 種類が違う種は別の場所に種は蒔け」

 

 耕した地面の上で俺は均等に種を蒔いていく。

 兎族たちも俺の姿を見て同じように種を蒔いていく。

 すべての種を蒔き終わったら種を蒔いていた兎族たちを一度集める。

 

「あとは種を蒔いた地面に水をかけて今日は終わりだ。 水は毎日一回かけること。 あとかけ過ぎもダメだ。 あ、水は森の中の川から汲んでこい。 しばらくすると地面から種が成長して何か出てくる。 それが更に成長すると食料が収穫できるようになる。 そしたらまた地面を耕して種を蒔いて……と繰り返せばいい。 正直なところ俺はこの農業にあまり詳しくはない。 だからあとはお前たちが自分で試行錯誤しながらやっていってくれ」

 

 正直、今回やったことなんて、いくつも間違いがあっただろう。 しかし、俺は農業に詳しい訳ではないので出来ることなんてこれくらいだ。 だからあとは兎族たちが自分で試行錯誤してやっていってもらうしかない。

 どれくらいの時間がかかるか分からないが、兎族たちの頑張りなら俺は出来ると思っている。

 

 俺の曖昧な知識の農業を終えたあと、俺は兎族たちが家を建てている所にやってきた。

 そこにはリーウが居たので丁度いいと思って声をかける。

 

「おい、リーウ」

「あ、ティターン様。 農業の方はもういいんですか?」

「あぁ。 あとはあいつらが自分で試行錯誤して頑張っていくだろう」

「そうですか。 ……それでここには何をしに来られたんですか?」

「あぁ。 今、家を建てている者たちに今までよりも大きな建物を1つ建てるように言っておいてくれ」

「今までよりも大きな建物ですか? それってティターン様の家をってことですか?」

「いや、そうではない。 その建物は……学校にしようと思っている」

「学校……ですか。 それって誰かが勉強を教えてもらったり、勉強を教えたりする場所のことですよね?」

「そうだ。 よく覚えているな」

「ありがとうございます。 ……でもそれって今まで僕とムーアが子供たちに日本語を教えていたのと同じなのでは?」

「まぁあれも学校と言えるだろうが、今回は規模を大きくする」

「規模を大きくする?」

「そうだ。 今度のは子供たちを集めて日本語も教えるが、それ以外にも様々なことを教えていく」

「日本語以外にも様々なことですか?」

「例えばお前に教えた日本語以外の知識や……ステータスそれに魔法のことも」

「ま、魔法ですか!? それってティターンが使われるあの御力の事ですよね!?」

 

 リーウは目を見開きとても驚いた顔をして俺を見つめる。

 魔法を教えるというのは俺が昔、赤い角耳族の少女と出会ってから考えていたことだった。

 

「そうだ」

「あの魔法というのは僕たち兎族でも扱えるのですか?」

「あぁ。 魔力が有る限り誰でも使える。 もちろん魔法にも人それぞれ適性があって使える魔法もあれば使えない魔法もあるだろうがな。 この魔法が使えるようになれば一気にお前たち兎族の技術は進歩するだろう」

「それは……とても凄いことですね。 是非僕もティターン様に教えてもらって使えるようになりたいですね」

「何を言っている。 お前とムーアにも、もちろん魔法を使えるようになってもらって子供たちに教えてもらうんだぞ」

「ほ、本当ですか!?」

 

 その俺が言った言葉にリーウはとても興奮して聞き返してくる。

 それにしてもリーウはそんなに魔法を使いたかったのか?

 

「当たり前だ。 お前とムーアには学校で教師として勉強を子供たちに教えてもらう。 それには魔法の知識も必要だろう」

「や、やったああああ!!」

 

 リーウは両手を天高く上げて喜びを全身で表している。

 いや、どんだけ魔法を知りたかったんだよ!

 

「……そんなにリーウは魔法を知りたかったのか?」

「もちろんですよ! 前からずっとティターン様が使う御力が気になって気になってしょうがなかったんです!」

「そ、そうか。 そんなに喜ぶのはいいが、さっきも言ったとおり魔法にはそれぞれ適性があるから俺の使っている魔法をお前が使えるかはわからないぞ?」

「それでも構いません! 知れるだけでもいいんです!」

「わかったから落ち着け!」

「……あ、すみません」

「まぁとりあえず魔法の事は置いておいて、学校というのは様々なことを子供たちに教えて、やがて学校を卒業したその子供たちの中から今度は教える側に教師になる者を選んで運営していく場所だ」

「はい。 わかります」

「最初は俺が学長として学校を運営していくが、しばらくして卒業する子供が出たら俺は学校の運営をリーウ、お前に任せる」

「ぼ、僕にですか?」

「そうだ。 それがこの間俺がお前に言っていたことだ。 これが上手くいけば俺はお前に俺の名を呼ばせてやろう。 どうだ? 出来そうか?」

 

 リーウは俺のその言葉を聞くと大きく深呼吸してから顔を引き締めて。

 

「はい! やります、やらせてください!」

 

 と、大きなしっかりした声で頼もしくそう答えた。

 

「……まぁまだまだ先の事だと思うがな」

「……そうですね」

 

 翌日、俺は魔法を教える為にリーウとムーアを集めた。

 リーウもムーアもうずうずしていて早く魔法を使ってみたいようだ。

 

「ムーアもリーウに聞いたと思うが、今日は魔法を教える。 と言ってもいきなり魔法を使えるようになるとは思えないので、そんなに急がないように」

「……はい」

 

 とりあえず、俺は2人に最初は魔力の制御を教えることにした。

 

「えー先ず魔法を使うには魔力というのを制御出来なくてはいけない。 魔力というのは魔法の源となるエネルギーで人やモンスターも持っているものだ」

「じゃあ僕たちも魔力を持っているんですか?」

「あぁ持っている。 魔力は基本的に誰でも持っていて身体の中で常に作られて溜められている。 しかし、魔力の制御が出来ない者はその魔力を少しずつ外へと放出している。だが逆に有り余る魔力を魔法にせずに外へわざと放出すると威圧となる。 これを魔圧という覚えておくように」

「「はい」」

「しかし、この魔圧という威圧に感じる程の魔力の放出は普通の人やモンスターには魔力が足らず出来ないので絶対にやろうとしないように。 魔圧を出来る程の存在は俺みたいに常に莫大な魔力を作っていて溜めている存在くらいだ。 ちなみに魔力を放出する量が多ければ多いほど威圧も強くなる。 と、まぁ魔圧についてはこれくらいでいいだろう。 先ずお前たち2人には自分の身体の中にある魔力を感じるところから始めてもらう。 自分の身体の中の魔力を感じられるようになれば自然と外の魔力も感じられるようにもなるし、そこから魔力の制御を覚えれば身体から漏れている無駄な魔力を抑え込むことも出来るようになる。 わかったか?」

「「はい」」

「じゃあ先ずは2人共座って目を閉じろ。 そして身体の中に意識を向けて身体の中から発せられる魔力を感じようとしろ。 さっきも言ったが魔力を制御できていない者は勝手に少しだけ魔力が身体から漏れている。 それを感じられれば制御も早く覚えられる筈だ」

「分かりました」

「やってみます!」

 

 2人は俺に言われたとおりにその場に座って目を閉じて集中し始める。

 まぁ俺の予想ならすぐには魔力を感じることも制御することも出来ない筈。

 

 そう考えてから30分が経った頃、突然ムーアが目を開いて立ち上がった。

 

「……ティターン様、私……魔力分かりました!!」

「そうか……ってえぇ!?」

「ほ、本当なの? ムーア」

 

 予想外なムーアの言葉に俺はつい驚いて声を上げてしまった。

 ムーアの隣で集中していたリーウも集中をやめてムーアを見る。

 

「ムーア本当に魔力を感じられたのか?」

「はい!」

「ど、どんな感じなの?」

「なんか身体の中からぽわーって感じで何かが出てて、それが外にも出てるんです!」

「……ムーア。 身体から出ているそれを抑えられるか?」

 

 まさかと思ってムーアに魔力の制御を出来るか聞いてみる。

 

「う~ん。 ……あ! 出来ました。 うわぁ~なんか自由に身体の中を動かせるようになりましたよ!」

「ティターン様! 本当にムーアは出来てるんですか!?」

 

 驚いて俺に聞いてくるリーウに俺は自分が見ているものを伝える。

 

「……確かにムーアの身体から漏れていた魔力が止まって漏れなくなっている。 間違いないムーアは魔力の制御まで出来てしまっている」

 

 その言葉にリーウは口を開けてムーアをポカーンと見ていた。

 驚いた……まさかムーアにこんな才能が眠っていたなんて……。

 

「イエーイ!」

 

 俺とリーウを驚かせたムーア本人は能天気に喜んでリーウに俺が昔教えたピースをしている。

 驚いていたリーウは急に真剣な表情をしてムーアに詰め寄る。

 

「ど、どうやったの!? 何かコツはあるの!?」

「え!? ……う~ん、だから身体の中からぽわーって何か? じゃなくて魔力が出てるんだって! で、それをぎゅーってすると動かせるようになるの!」

「……いや、それじゃあ分からないって」

 

 リーウは真剣な表情から何だか情けない表情になって俺を見た。

 

「いや、俺を見られてもな。 ……魔力とか魔法なんて今のところ感覚だとしか教えられないから……まぁムーアが言ってることはムーアにとっては正しいのだろう。 ……まさかこんなに早くムーアが出来るとは俺も思っていなかったけどな。 ムーアには予想以上に魔力に関して才能があったのだろう……これはもしかしたら魔法にも才能があるかもしれないぞ」

「やったー! イエーイ! ピースピース!」

 

 それからムーアには魔力の制御をもっと練習してもらいその間、リーウは必死に魔力を感じようと集中していた。

 



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第15話 ドラゴンヴァンパイアと魔法の適性と畑

第15話 ドラゴンヴァンパイアと魔法の適性と畑

 

 

 

 ムーアが魔力の制御に驚きの才能を持っていることが分かってから数日後の朝。

 農業をした場所、畑を見に行ったところ何やら兎族たちが集まっている。

 何か問題でも有ったのかと思い、俺は兎族たちの中に居た日本語が分かる奴に話しかけた。

 

「どうしたんだ? お前たち集まって」

「あ、ティターン様! 見てくださいよこれ!」

「うん?」

 

 何やら興奮した様子で畑を指差す兎族の言うとおりに俺は畑を見る。

 すると、畑の一箇所から可愛らしい芽がピョコンと出ているのが分かった。

 

「……もう芽が出てきたのか。 随分早く感じるが……こんなものか?」

 

 俺は曖昧な知識で色々と考えてみるが、結局分からない。

 

「ティターン様! これって種が成長したって事ですよね?」

「そうだと思うが……」

「じゃあ俺たちの畑は上手くいっているんですね!」

「……そういうことになるな……多分」

「やったぁー!」

 

 そう言って喜んだ兎族を見て周りの兎族も状況を察して一緒に喜び始める。

 少し疑問があるし、これから上手くいくかなんて分からないが、これはもう兎族たちに任せた事なので俺は特に何も言わずに喜んでいる兎族たちから離れた。

 

 その後、俺はリーウとムーアがいつも魔力の制御を練習している場所に向かう。

 向かっている間に、俺はこれまでの2人の成果について考えていた。

 最初に魔力を感じる練習をしてからムーアはずっと魔力の制御を練習させていて、リーウの方はやっと魔力を感じる事が出来て今はムーアと一緒に制御を練習している。

 ムーアの方は魔力の制御はもう完璧って感じだが、リーウの方は魔力の制御はまだまだ甘い感じだ。

 そう考えていると2人が地面に座って練習しているのが見えてきた。

 俺が歩いて近付いてくるのに気が付いたムーアが立ち上がって近付いてくる。

 

「ティターン様、畑の方で何かあったんですか?」

 

 どうやら畑の方の騒ぎにムーアは気が付いて気になったらしい。

 

「種が成長して畑から芽が出たのだ。 それを皆が喜んで騒いでいるだけだ」

「うわぁ〜。 種が成長したんですか! それは凄いですね!」

「そうか? まだまだ成長してもらわなくては困る」

「それはそうですけど……今までの私たちじゃ考えられない事だから」

 

 そう嬉しそうにムーアは俺に言った。

 俺は畑のことはもういいだろうと思い2人の魔力の制御について聞く。

 

「で、魔力の制御だが……ムーアは問題ないと思うが、リーウの様子はどうだ?」

 

 俺はムーアの後ろで地面に座って目を閉じて集中しているリーウを見ながら言った。

 

「リーウは少しだけ魔力の制御が出来るようになったみたいですけど、まだまだですかね」

「……確かにそうみたいだな」

 

 ムーアの言うとおりリーウは少しだけ身体の中から漏れる魔力が減っているが、まだ漏れている。

 今まではリーウが魔力を制御できるようになるまで魔法を教えるのを待とうと思っていたが、ムーアはもう魔力の制御は完璧だし時間も勿体無いと思った俺は先に進めることにした。

 

「よし、先にムーアに魔法を教えることにする」

「え!? リーウが魔力を制御できるまで待たなくていいんですか?」

「……リーウは魔力の制御にまだまだ時間がかかりそうだしな。 だがリーウにも魔法の使い方を聞かせるだけ聞かせておこう。 おいリーウ!」

「……え? あ、ティターン様。 いつの間に」

「これからムーアに魔法を教えるからお前も聞くだけ聞いておけ」

「……すみませんティターン様。 まだ僕が魔力の制御できなくて」

「気にするな。 俺はお前が普通だと思っている……ただムーアが早いだけだ」

「はい……」

 

 ……そう、これについては本当にムーアに才能があって魔力を感じることも制御することも早いだけで、リーウのように時間がかかるのが普通だと俺は思っていた。

 

「一応言っておくが、魔法の使い方を聞いてもお前はまだやろうとするなよ」

「分かりました」

「じゃあ2人共よく聞いておけよ」

「「はい」」

「先ず魔法というのは魔力を消費して発動するもの。 つまり簡単にいうと魔力を魔法に変えているんだ。 魔法は発動するものによって消費する魔力の量が違う。 強力な魔法は魔力を多く消費するし、簡単な魔法は少しの魔力で発動する。 これらの事を上手くするには魔力の制御が上手くできなくてはならない。 で、魔法の発動の仕方だが……これは発動したい魔法によって少し変わるのだが大まかには一緒だ。 発動したい魔法をイメージしながら魔力を放出して魔法に変える。 例えば右手の上に火の玉を出したいのなら、先ず右手に魔力を持っていき、その魔力が火の玉になるようにイメージして魔力を右手から放出する。 これで火の玉が右手の上にできていれば成功だ。 だが、魔法には人それぞれ適性がある。 その適性を分類分けしたのを俺は属性と呼んでいる。 例えば魔力が火に変わるのなら火属性の適性があるし、魔力が水になるなら水属性の適性があるという感じだ。 その属性なのだが……一杯ある。 俺も幾つあるのか今は分からない」

 

 そうなのだ。

 この数年間、俺は魔法の属性を調べようとしたのだが、その存在の持っている詳細な属性の調べ方なんて今の俺では分からないのだ。

 俺自身の属性だって最初から知っている光や闇、血や龍といった4属性に加えて新たに水の属性に適性があるのが分かったくらいだ。

 他の属性なんて時たまモンスターがてきとうに魔法を使っているのを見たのと俺が殺したあの角耳族の少女くらい。

 

「それで、魔法の適性の調べ方だが……今は手当たり次第、魔力が何に変わるか試してみるしかない」

「ティターン様でも分からないんですか?」

「分からない……がこれから魔法技術が進化していけば分かるかもしれない」

「そうなんですか。 難しいですね」

「とりあえず、ムーア。 お前は右手から魔力を放出してそれが火に変わるイメージだったり水に変わるイメージだったりを手当たり次第やってみろ。 俺が想像できるものだと火や水、風に土、光や闇だ」

「分かりました!」

 

 元気よく返事をしたムーアは珍しく真剣な表情をして右手を前に向ける。

 自分の適性に当たるまで時間がかかるだろう、と考えていた俺はムーアから目を離そうとして驚いた。

 ムーアの右手の先から少量の水が出てきたのだ。

 

「む、ムーア! 出てる! 水出てるよ!」

 

 それを見たリーウが驚いてそう叫んでいる。

 ムーアには魔法の才能があると思ってはいたが、まさかこんなに早く適性を見つけ出すなんて思いもしなかった。

 

「え? ……あ、本当だ! 私、水を出してる! やったー!」

 

 自分が水を出したことに気が付いて能天気にムーアが喜んでいると水は地面に落ちた。

 

「あ、落ちちゃった。 難しいなぁ。 ねぇティターン様、これって魔法ですよね?」

 

 驚いて身体が固まっている俺にムーアはそう聞いてくる。

 俺は気を取り直してムーアに向き直った。

 

 「あぁ、間違いなく魔法だ。 ちゃんとイメージして集中している間は魔法を操れるが、集中が切れると操作できなくなるからな。 ……ムーアは水属性に適性があるのが早くも分かったが、他の適性があるかもしれないから試してみろ」

「はい!」

 

 その後、ムーアには新たに土属性の適性があることが分かり、リーウはそのムーアのあまりの適性を見つける早さに唖然としていた。

 もちろん俺も俺ほどではないにしろ魔法の才能を見せるムーアに驚いていた。

 

「土魔法! 次は水魔法! ……楽しいなぁ」

「……ムーアが楽しいなら良かった」

 

 ムーアは楽しそうに土魔法と水魔法を交互に出して遊んでいる。

 その近くでリーウはどこか諦めた表情でそれを見て呟いていた。

 

「次は……あ、あれ? おかしいな」

「ムーア!?」

 

 突然、楽しそうに魔法を使っていたムーアが膝をついて倒れそうになる。

 それをリーウが何とか倒れないように支えた。

 

「ティターン様! ムーアが!」

「……ちょっと待て」

 

 俺はムーアに近付いてよく見る。

 

「ムーアはどうしたんですか!?」

「……大丈夫だ。 どうやら魔法を使い過ぎて身体の中の魔力を多く消費したんだろう。 時間が経てば回復する」

「……ごめんなさい。 ティターン様、リーウも」

「いいんだよ。 でも良かった」

 

 リーウがホッとした顔でムーアを見つめている。

 やはり自分の奥さんだから心配だったんだろう。

 

「最初は自分の魔力の量が上手く分からないだろうから、しょうがない。 ムーア、お前は最初から飛ばし過ぎだ。 2人共、今日はもう休め。 続きは明日からでいいだろう」

「はい……」

「ティターン様、ありがとうございました」

 

 こうして騒がしくも兎族に初めての魔法を使う者、魔法使いが誕生した。

 次の日からムーアはめきめきと魔法の腕を上げていき、リーウも無事に魔力の制御をマスターして風属性の適性があることが分かった。

 これで自分も魔法が使えるとリーウは大喜びしているのが、印象的だった。

 

 

♢♢♢

 

 

 リーウとムーアが魔法を使えるようになって、それからしばらくして木材で建てられた家がいくつか建ち並んだ頃、この村で初めてのことが起きようとしていた。

 それはこの村の畑で初めて作物を収穫する、ということ。

 初めて芽がでてから、とうとう野菜のような物が収穫できるまでに成長していたのだ。

 俺と兎族たち全員は村の畑の前に集合して初めての収穫に胸を躍らせていた。

 俺の隣に立っている若い兎族の男なんてずっと早く収穫したくてうずうずしている。

 そういえば、この若い兎族の男は兎族の中で一番畑仕事を頑張っていたような気がする。

 そう思いながらその若い兎族の男を見ていると、自分が見られていることに気が付いたその男は俺に話しかけてきた。

 

「ティターン様、畑での収穫楽しみですね! 早く収穫しましょうよ!」

「……お前は兎族の中で一番畑仕事をしていたな」

 

 そう言われた若い兎族の男は一瞬驚いた表情をしたかと思えば恥ずかしそうにしている。

 

「……ティターン様、見てたんですか? 恥ずかしいなぁ」

 

 俺はどうしてこの若い男が畑仕事を頑張っていたのか気になって聞いてみることにした。

 

「お前はどうして、あんなに畑仕事を頑張ってやっていたのだ?」

「え? ……簡単な理由ですよ。 ただ、俺は畑仕事が楽しかったんです」

「楽しかった? 畑仕事がか?」

「はい! 俺は土を弄る感覚や自分で作物を育てて成長をみるのが楽しくて楽しくてしょうがないんです!」

「楽しくて楽しくてしょうがない……か。 それなら確かに熱心に畑仕事をやっていたのも分かるな」

「……まぁそれだけじゃないですけど」

「まだ何かあるのか?」

「はい。 と言ってもこれは俺だけじゃなくて畑仕事をしていたみんなも言えることですけど」

「全員がか?」

「そうです。 俺たちは嬉しかったんです。 初めてティターン様に俺や俺たちは仕事を任されたんです。 それが嬉しくて嬉しくてたまらないんです」

「……」

「だって俺たちはみんなティターン様のことを大好きなんですから!」

 

 そう言い切ったその若い兎族の男の顔はとても良い笑顔をしていた。

 そして、俺に大好きなんて言った奴は2人目だった。

 

「……そうか。 お前もそう言うのか。 ……は、ははははははは!」

「ど、どうしたんですか?」

 

 俺はまさかムーア以外に俺に大好きなんて言う奴は居ないと思っていたので驚き、そして愉快な気持ちになって笑い声をあげる。

 

「ははははははは……はぁ。 ……お前、名前は?」

「え?」

「だからお前の名前だ。 聞かせろ。 特別に覚えてやる」

 

 こんな愉快な気持ちにさせる奴がこんなところに居るとはな。

 俺はこいつの名前を聞いて覚えることにした。

 

「お、俺はドウです!」

「そうか! ドウ行くぞ! 収穫だ!」

「は、はい!」

 

 慌ててついてくるドウを連れて俺は畑に一番乗りした。

 

 その後、兎族たち全員と作物の収穫をしてから、村の中央で騒いだ。

 その日は一日中兎族たちと収穫の喜びを分かち合い久しぶりに朝まで騒ぎ続けた。

 

 こうして俺はドウという兎族の中で新しい名前を覚えることになった。

 後にドウは畑仕事を頑張り試行錯誤して、これからの兎族の農業を引っ張って行くことになる。



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第16話 ドラゴンヴァンパイアと名前と騎士団

第16話 ドラゴンヴァンパイアと名前と騎士団

 

 

 

 ドウや他の兎族たちと一緒に出来た作物を収穫して一日中騒いだ日からしばらくして、村の中にとうとう学校として使用する予定の木造のそれなりに大きな建物が建てられた。

 俺はすぐさまその学校、【ティターン学校】の初代学校長として子供たちを集めて学校をスタートする。

 集めた子供たちは6歳から7歳になる子供たちで、予定では6年間学校に通わせる……つまりこの学校は前世でいう小学校という奴だ。

 最初は俺とリーウにムーアがこの学校の教師として勉強を教えていく。

 この学校で教えることは日本語と魔法を中心に様々なこと。

 いずれは日本語と魔法以外のものも中心にして教えていきたい。

 そしてこのティターン学校から卒業生が出た時には、その卒業生の中から新たな教師を選び出し、学校をリーウに任せるつもりだ。

 その時には約束通り、俺はリーウに名前を呼ばせてやることにする。

 

 

♢♢♢

 

 

 兎族の村の中でティターン学校がスタートしてから3年が経っていた。

 今では木材建築の技術が進歩していて村の中にそれなりに大きな木造の家が建ち並んでいる。

 それでも俺の家が一番大きいのは兎族たちが毎年俺の家を作り直すからだろう。

 農業の方も大方上手くいっていて、今では安定して作物を収穫できている。

 そういえば、そういう技術の進歩を披露する場所や、毎年の疲れを発散するような祭りを作った方がいいと考えた俺は毎年の始め1月1日に【ティターン祭】という祭りを開催することにした。

 そのティターン祭では1年の技術の進歩をみんなの前で発表、披露して馬鹿騒ぎをするというもの。

 今では農業技術を引っ張って日々進歩させているドウの奴が毎年ティターン祭で自分で育てた新しい作物などを発表している。

 ちなみに今年のティターン祭で一番兎族たちを沸かせたのは、ある木材建築の職人が作った精巧な装飾であった。

 今まで兎族たちは木材での建築や道具作成などは機能重視で、装飾を入れるなどの遊びが無かったのである。

 なので今まで建築物や道具に装飾を入れるなど考えられなかった兎族たちは大いに驚いた。

 それからは兎族たちに木製の何かに装飾を入れるというちょっとしたブームがやってきている。

 ティターン学校の方は今では四年生まで生徒が進級していた。

 俺と兎族たちが出会った時から人口がどんどん増えている事もあり、毎年安定した人数を入学させている。

 そういえば、この3年でリーウとムーアの間に1人の息子が誕生していた。

 リーウとムーアもいい歳だし何より夫婦なのでそういう事も普通なのだが、ムーアの抜けた間をどうするのか大変だったし……何より子供の頃から知っている2人の間に子供が出来るというのも変な気分だ。

 そんなリーウとムーアに子供が出来た時、リーウとこんな会話をした。

 

「ごめんなさいティターン様。 こんな大変な時期に子供を作ってしまって……」

「い、いや……お前らもいい歳だし……夫婦だし……しょうがないだろ?」

「は、はい。 すみません。 ムーアが抜けた分は僕が頑張りますので」

「いや、お前も妊娠したムーアの面倒を見なければいけないし大変だろ。 俺もムーアが抜けた分に入るから2人で分けてやっていこう」

「ありがとうございます、ティターン様。 この御恩は一生忘れません」

「……元はと言えば俺がリーウとムーア2人が夫婦になったことをあまりよく考えてなかった所為だから気にするな」

 

 それからムーアが学校に教師として復帰するまで俺とリーウの2人で頑張って授業を回した。

 

 

♢♢♢

 

 

 そして更に時間が経ち神聖暦20年。

 今年のティターン祭では俺的に革命的な発見だと思われる物が発表された。

 俺も最初は驚いてまさか兎族たちがこんな発見をするとはと思っていた……それが鉱物資源である。

 色的に銅と鉄だと思われるそれを兎族たちがどこから発見したのかというと、何と村近くの山肌に空いた洞窟からであった。

 まだまだ兎族たちに鍛治技術など無いようなものだし、俺も鍛治なんて詳しくないので兎族たちのこれからに期待である。

 

 それから先日、とうとうティターン学校から初の卒業生が誕生した。

 俺は早速その中から数人の優秀な生徒をティターン学校の新しい教師として任命する。

 これで俺とリーウとムーアで頑張って6学級の授業を回す必要がなくなった訳だ。

 それでこの学校から卒業生も出たし毎年新しい生徒も順調に入学している。

 だから、もう俺が居なくなってもリーウが頑張ってやっていけるだろう。

 そう思った俺はリーウに学校の運営を任せることを告げる為、学校の一室に呼び出した。

 リーウはすぐに俺の待っている部屋に入ってくる。

 

「ティターン様、僕を呼んでいると聞いてやって来ました」

「あぁ。 随分早かったな」

「すぐ近くに居ましたので……それで一体なんで僕を呼んだんですか?」

「……お前はこのティターン学校が始まってからずっと頑張っていた。 それを俺はよく見ている」

「ありがとうございます」

「そして先日、とうとうこの学校を卒業した生徒まで出てきてその中から新しい教師も選べた」

「そうですね。 大変でしたけど僕たちの努力と頑張りが形となったようで嬉しかったです」

「うむ、そうだな。 それで俺はもうこの学校は俺が居なくてもやっていける、と考えている」

「そんな……」

「なに、お前とムーアそれに新しい教師たちなら十分やっていけるだろう。 なんせ今まで俺とお前とムーアの3人でやっていたのだ。 俺が抜けても前よりは人数が多いし大丈夫だ」

「……」

「俺はこのティターン学校の学校長の座から退いて……リーウ、お前にこの学校を任せようと思う」

「……それは、まさか!」

 

 リーウは俺が何をしようとしているのか気が付いたのだろう……目を見開いて俺を見ている。

 

「リーウ、約束の時は来た! お前との約束通り俺の名前をお前が呼ぶことを許そう!」

「あ……ああ」

 

 俺の言葉を聞いたリーウはその場で両膝をついて俯いている。

 やがて身体を震わせたかと思うと部屋の床にポツポツと涙を落とし始めた。

 

「なんだリーウ? 泣いているのか? 予想はつくが間違っていたら恥ずかしい……どうして泣いているのかお前の言葉で聞かせてくれ」

「……あ……この日を……この日をずっと待っていました! ずっとティターン様に認められたくて……」

「そうか」

「……嬉しい……これは喜びの涙です!」

「……俺の名前を許すのだ。 嬉しくて喜んで泣くくらい当たり前だな! ……でも、お前になら俺も喜んで名前を呼ぶことを許せる。 今日これからは俺のことをエルトと呼べ」

 

 リーウは腕で涙を拭いて俺を見上げる。

 

「はい、エルト様! これからもよろしくお願いします!」

 

 リーウは満面の笑顔でそう言った。

 その目を赤く腫らした笑顔を見ていると俺は初めて名前を許した日の事を思い出す。

 ……そういえば、あいつ……族長も喜んで泣いて笑顔だったな。

 

 次の日、俺は全生徒と教師たちを学校の前に集めて、学校長の座を退くことを伝えることにする。

 

「皆、授業の前に集まってもらって悪いな。 今日は大事な事を伝える。 ……突然だが、俺は今日でこの学校の学校長の座を退くことにした」

 

 俺の突然の学校長を退く宣言に集まった生徒と教師まで騒めきだす。

 

「これはこのティターン学校を始める前から決めていた事なのだ。 俺はこの学校から卒業生が出て、俺が居なくてもやっていけるようになって、学校を任せられる奴がいたら全てそいつに任せるつもりだった。 そして今年、初めての卒業生が出て新しい教師も増えたし俺が抜けてもやっていけるだろう……そして学校を任せられる奴もできた。 それが今俺の隣に居るリーウだ。リーウならやっていけると俺は思っている。 ……それに俺はリーウに俺の名前を呼ぶことを許している」

 

 俺がリーウに名前を呼ぶことを許したという言葉に生徒や教師たちは更に騒めく。

 その中でムーアだけは俺の言葉を聞いて泣いて喜んでいた。

 俺の耳が何かを呟いて泣いているムーアの言葉を聞きとる。

 ムーアは「リーウ……良かったね……本当に良かったね」と繰り返していた。

 おそらくムーアはリーウが俺に名前を許されることを目標に頑張っていたのを知っていたのだろう。

 

「これからはこのリーウがこのティターン学校の学校長となる。 学校長が代わってもお前たちはちゃんと勉強するように。 俺からは以上だ。 後はリーウが何か話すだろう……お前たち静かに聞け」

 

 俺の言葉を聞くと騒めいていた生徒や教師たちはすぐに静かになってこちらを向いた。

 

「よし、ではリーウ」

「はい……みんな聞いたと思うけど、この学校の新しい学校長になるリーウだ。 僕は今まで教師として頑張ってきたけどこれからは学校長として頑張っていく。 だからみんなもよろしく頼みます。 ……最後に、今まで僕たちを引っ張って学校を運営してくれたエルト様……ティターン様に盛大な拍手を!」

 

 リーウがそう言った瞬間、もの凄い大きな拍手が俺に向けて贈られた。

 俺はその盛大な拍手を背に学校から離れていった。

 

 

♢♢♢

 

 

 俺がリーウにティターン学校を任せてから6年が経った神聖暦26年。

 村の人口も増えて大きな木造の家も建ち並び、魔法を覚えた兎族たちがそれを活かして生活していて、もう村というより町と言える……かもしれないくらいになっていた。

 そのせいで村の中で兎族同士の揉め事が増えてモンスターに襲われる頻度も高くなっている。

 だいたいは当事者同士で揉め事は解決するし襲ってくるモンスターも弱いので魔法を覚えた兎族が殺す。

 しかし、俺はそろそろこの村というより町を見回って揉め事を解決したりモンスターを退治する組織を作って方がいいと思っている。

 そこで俺はこの兎族たちの町に新しく魔法を使う騎士団を結成しようと考えていた。

 騎士団の名前も、もう決めてある……その名も【白兎魔法騎士団】だ。

 兎族たちの毛が白いことからそう名付けた……なぜ騎士団にしたのか? 警察でもいいのじゃないか? とも思ったが、やっぱりファンタジーといえば騎士だろうと思い騎士団に決めた。

 早速、俺は魔法が使えて腕に多少の自信がある兎族を募集する。

 すぐに集まってきた兎族たちを俺は騎士団に即採用した。

 いくら人口が増えたからといっても今の町に余裕はないので集まった者は採用する。

 集まった20人くらいの男女の兎族を見ながら最初はどうしようかと俺は考えた。

 そこで俺は騎士団を引っ張る騎士団長をこの中から決めようと考える。

 最初はもちろん俺が手助けするが、やっぱり騎士団長は必要だろう。

 

「集まってくれたお前たちは今日から白兎魔法騎士団だ。 明日からこの町を毎日見回って揉め事を解決したり、町を襲ってくるモンスターを退治したりしてもらう。 もちろん訓練をして日々自分を鍛えてもらう……がその前にこの白兎魔法騎士団の騎士団長を決める」

 

 そう俺が言うと喜んでいた集まった兎族たちは皆真剣な表情になる。

 

「騎士団長を決める方法は簡単だ。 この中で一番強い奴がこの騎士団の団長だ。 1時間後にここでトーナメントを行う」

 

 やっぱり騎士団長は一番強い奴がなった方がいいしトーナメントで周囲に力も見せられるから丁度いいと俺は考えていた。

 

「それぞれ武器を持って集まれ。 武器がない奴は俺が石槍と木の盾を貸してやる。 もちろん魔法も使ってくれて構わない。 怪我をしても俺が治してやるから安心しろ。では解散」

 

 すぐに騎士団となった兎族たちは散らばっていった。

 

 そして1時間後、再び集まってきた兎族たちは殆どが武器を持っていなかった。

 まぁこの町で武器を持っている奴は少ないし、しょうがないだろう。

 

「では早速戦ってもらう。 戦う順番は俺が決めておいた。 では最初は……」

 

 俺は1時間の間に見た目で、てきとうにトーナメント表を作っておいた。

 集まってきた兎族たちに早速トーナメント表通り戦わせる。

 

 兎族たちの戦いは見ていて凄いと思えるものが殆ど無かった。

 だいたい石槍で突くか魔法を相手に向かって撃つだけ……まぁ今まで戦ってこなかった兎族だからしょうがないか。

 戦い方はこれから兎族たちに教えていこう、と思っていると1人だけ別次元の戦いを見せる者が居た。

 そいつは若い男なのだが、1人だけ貸した木の盾を使っていて上手く攻撃と防御に石槍と木の盾と魔法を織り交ぜている。

 結果的にその若い男は決勝まで登っていき優勝して騎士団長となった。

 まさかこんな所で戦いの才能を見せる兎族の男が居るとは思わなかった俺は今後のことも考えてそいつの名前を聞くことにする。

 

「おめでとう、お前が今からこの騎士団の団長だ」

「……ありがとうございます」

「さて騎士団長。 お前の名前を聞こう」

「ッ!? ……私の名前を覚えてくださるのですかティターン様?」

「そうだ。 これから色々お前に指示を出すこともあるだろうし、名前を知らないのは不便だ」

「ありがたき幸せ。 私の名前はレクといいます」

「そうか……レク、今日から頑張れ。 騎士団を頼むぞ」

「はッ!」

 

 若いが少し硬派な感じのその男の名はレク。

 これから長く続いていく白兎魔法騎士団の初代騎士団長だ。

 



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第17話 ドラゴンヴァンパイアと神聖ティターン王国

第17話 ドラゴンヴァンパイアと神聖ティターン王国

 

 

 

 

 この町に白兎魔法騎士団が出来てから、しばらくの時間が経ち神聖暦30年になった。

 あれから騎士団は毎日町を見回って兎族同士の揉め事を解決したり訓練をしたり町を襲ってくるモンスターを倒したりしている。

 騎士団は毎年人数を少しずつ増やしていて、騎士の戦い方も毎日の訓練でマシになってきた。

 町も大きくなっていて人口も順調に増えていることだし、俺はそろそろここにおそらく世界初だと思われる国を作ろうと思う。

 国を作ればここに住む兎族たちの結束も強まりそれによって技術の進歩も早くなる筈……何より俺が一度国というのを作りたかった。

 しかし、俺は素人だし国としての体制の作り方なんてよく分からないので、とりあえず各分野のトップを決めて、国の名前を決めて、国民となる兎族たちに国になったと宣言するくらいをしようと思う。

 早速、俺は騎士団長のレクと農業を引っ張っている30歳を超えたドウと町の建築をしている職人を纏めている親方っぽい男、それにティターン学校の学校長をしているリーウの4人を俺の大きくなった家に呼び寄せた。

 集まった4人の中でリーウが代表して俺に話しかけてくる。

 

「エルト様。 今日、僕たち4人は一体どのような御用件で呼び集められたのでしょうか?」

「今日、お前たち4人を集めたのは……俺はそろそろここに新しい国を作ろうと考えたからだ」

「国……ですか。 それは昔エルト様に教えられたのを覚えています」

 

 リーウは国がどのようなものか分かっているが他の3人は分かっていなさそうな顔だ。

 

「確かある一定の範囲を持つ場所を表す言葉で……国には王というトップが居るとか」

「まぁ簡単に言うと俺たちが所有しているこの土地が国となって王というのは国の中で一番偉い奴だ」

 

 それである程度、理解したのか3人が分かったような顔で頷いた。

 

「ではその国の王には、もちろんエルト様がなるのですね!」

「……そうだな。 学校と同じで最初は俺が王としてやっていくが、後継者が出来たら俺はそいつに王座を譲る」

「そんな……族長が居なくなってからやっとエルト様が正式に僕たちのトップだと宣言していただけるのに、すぐに辞めてしまうのですか!?」

 

 リーウが驚いて俺にそう聞いてくる。

 まぁリーウはずっと俺に族長になって欲しそうだったから驚くのもしょうがないか。

 

「いや、流石に王は学校長のように数年で辞めたりはしないし、ちゃんとお前たちが納得する後継者を選ぶ。 これは俺が最初から決めていることだ」

 

 俺はちゃんとリーウに学校長とは違って長く王をやること、納得する後継者を選ぶことを説明する。

 

「……そうですか……分かりました。 ……ではエルト様は神で王になるので、これからは【神王】様ですね」

 

 神王……神で王だから神王か……けっこう厨二的な名前だが、かっこいいからそれもいいな。

 

「神王か……中々にかっこいい呼び名だな。 よし、それでいこう!」

「ご満足頂けたようで何よりです。 それで僕たち4人を呼んだのはエルト様が王になる、ということを宣言するためでしょうか?」

「いや、それだけではない。 お前たち4人にはこの国で今のところだが俺の次に偉い地位に就いてもらう」

 

 俺のその言葉に4人は驚いた顔をして俺を見る。

 なんか兎族と出会ってからこいつらの驚いた顔をばかり見ている気がするな。

 

「あの……それは一体どういう事なのですか?」

「あぁ、今からちゃんと説明するからよく聞いておけ」

「はい……」

「正直に言うと俺は国の事なんて詳しくは知らない。 だから、俺はとりあえず国の名前を決めて今日からここは国だと宣言することと、それぞれの分野のトップを決めることにした」

「それぞれの分野のトップを決める……ですか。 それで僕たち4人が呼ばれたのですね」

 

 流石リーウだ、もう俺が言おうとしている事を理解したのか。

 

「そうだ。 お前たちは4人にはそれぞれの分野でトップになってもらう。 と言ってもお前たちはもうそれぞれでトップなようなものだが、形は大事だ。 例えばリーウであれば学校長兼任でこの国の勉学を纏めてもらうから……そうだなお前は今日から文学大臣だ」

「文学大臣ですか? ……大臣というのは?」

 

 俺がてきとうにそれっぽい地位の名前を使った所にリーウが突っ込んでくる。

 

「あー、それっぽい地位の名前だ。 とりあえず今は大臣というのは俺の次に偉いという事が分かればいい」

「分かりました」

「次にドウだが、お前はこの国の農業を纏めてもらう。 名前は農業大臣でいいだろう」

「は、はい!」

「次に騎士団長のレク。 お前は騎士団長と兼任でこの国の治安と外からの攻撃からこの国を守る為に働いてもらう。 ……あーそれっぽい名前が思いつかないから簡単に騎士大臣でいいか」

「承知しました」

「次は建築を纏めているお前、名前はなんだ?」

 

 俺は連れてきた建築を纏めている親方っぽい男の名前を聞く。

 

「俺はユーグといいます、ティターン様」

「そうか。 ユーグお前にはこの国の建築などを纏めてもらう。 名前は建築大臣でいいだろう」

「俺なんかがいきなりそんな地位に就いてもいいのでしょうか?」

 

 なんか見た目と違って少し気が弱そうな答えで俺はこいつがトップでいいのか少し不安になったが……まぁなんとかなるだろ、と思い直す。

 

「構わない。 俺がそう決めた。 不満でもあるのか?」

「いえ、ありません」

 

 一気に俺は4人の大臣をこの国に誕生させた。

 名前はてきとうだが、いずれ時間が経てばそれなりに良い名前に変わっていくだろう。

 

「よし、とりあえず最初はこの4人に大臣をやってもらう。 いずれ新しい大臣が必要になったらまた増やせばいいだろう。 お前たちにはさっきも言ったようにそれぞれの分野を纏めてもらう。 それと自分の後継者もちゃんと育成していくように。 分かったか?」

「分かりました。 謹んでお受けいたします。 お前たちもいいな?」

「「「はい!」」」

 

 俺が4人に言い渡した仕事をやるように、と自分の後継者を育てるように言っておく。

 最後はリーウが他の3人に確認して大臣となった。

 

「……それでエルト様、この国の名前はなんと言うのでしょうか?」

「あ!」

 

 リーウに言われて俺はこの国の名前を決めるのを忘れていた事を思い出した。

 さて、なんて名前にしようか?

 

「……エルト様、まだ国の名前を決めていないのですか?」

「すまん、忘れてた」

「ではいい名前があります」

 

 俺に神王と名付けたリーウが国の名前を提案してくる……これは任せてもいいのではないか?

 

「どんな名前だ?」

「【神聖ティターン王国】……なんて名前はどうでしょう?」

 

 神聖ティターン王国か……まーた厨二的な匂いのする名前だが悪くはない。

 

「神聖は神が聖なるもの、暦と同じで次にエルト様の姓を入れて最後に王の国なので王国……どうですか?」

「うむ。 神聖ティターン王国か……よし! 今日からここは神聖ティターン王国だ!」

 

 俺がそう言うと4人は拍手をして俺を祝い始めた。

 

「おめでとうございます、エルト様」

「うむ。 お前たちもそれぞれ纏め役を頑張ってやっていけ。 あと町の者たちにちゃんとここが国になったこと、俺が神王となったこと、お前たちが大臣になったことを説明しておけ。 明日全員を集めて改めて俺が国の樹立を宣言する」

「はい、分かりました」

 

 4人は俺の言ったことを了承すると早足で俺の家から出て行った。

 

 翌日、俺の家の前にある広場に集まった兎族たち全員の前に俺は大臣となった4人を連れて立った。

 兎族たちはみんな俺が何を言うのか既に分かっているのか静かに俺を見ている。

 

「もう皆聞いていると思うが俺はここに俺の国を作ることにした。 国を作る理由だが、今まで以上にお前たちが強く結束することで技術の進歩が早くなる……つまり今よりもっと家が大きくなったり、人口が増えたり、良いものが食べられるようになってこの町がもっと繁栄すると俺は考えたからだ。 それに何より……俺が国を作りたいと思った。 だからお前たちにこの俺の思いに付き合ってもらう。 ……今日ここに神聖ティターン王国の樹立を宣言する!!」

「「「「……ワァァァァァァァァァァァァァ!!!!」」」」

 

 俺の神聖ティターン王国樹立宣言に一拍おいて兎族たちから歓声が上がる。

 ……兎族たちに反対の声は上がっていない……どうやら殆どの兎族たちは反対ではなさそうだ。

 兎族たちの歓声が止んで静かになってから俺は再び話し始める。

 

「それに伴い今日から俺はこの国の王、神で王、神王と名乗る。 お前たち、これからはティターンでも神王でも好きな方で俺を呼ぶといい」

 

 少し騒がしくなっていく兎族たちを気にせず俺は続きを話す。

 

「続けてこの国の大臣を紹介する。 ……大臣のことは既に説明されていると思うが、もう一度説明していこう。 大臣たちは、それぞれの分野でそれぞれの者たちを纏めてもらう……その分野でトップに立つ者たちのことで、俺の次に偉いということを覚えておけ。 それぞれの分野で困ったことがあればそれぞれの大臣またはその下の者に相談しろ。 では最初の大臣を紹介しよう」

 

 俺はそう言ってから後ろで控えているリーウを隣に呼び寄せる。

 

「最初の大臣は皆も知っているリーウだ。 知っていると思うがリーウは俺の名前を許すほど努力と結果を重ねてきた。 そしてリーウは今のティターン学校の学校長をしているので兼任で学問に関わる大臣、文学大臣になってもらう」

 

 リーウが一礼して後ろに下がった。

 次にドウを俺の隣に呼び寄せる。

 

「次はこのドウだ。 ドウは今まで一番農業を頑張って引っ張ってきた。 だからドウにこの国の農業を纏めてもらう農業大臣に任命する」

 

 ドウがリーウと同じように一礼して下がる。

 そして次に騎士団長のレクを俺の隣に呼び寄せた。

 

「次に白兎魔法騎士団の騎士団長をしているレクだ。 レクには騎士団長と兼任で、この国の治安や外からの攻撃から守る者たちを纏める騎士大臣をしてもらう」

 

 レクは綺麗な一礼をして下がった。

 最後にユーグを隣に呼び寄せる。

 

「最後はこのユーグだ。 ユーグにはこの国の建築関係を纏めてもらう建築大臣に任命する」

 

 ユーグも皆と同じように一礼して下がった。

 

「今の4人に最初は大臣をやってもらう。 この4人以外に新しい大臣が必要になったら新たに任命する。では今日は解散、それぞれのことに戻ってくれ」

 

 俺がそう言って締めくくると兎族たちはぞろぞろとそれぞれの場所に戻っていった。

 これでこの町は正式に神聖ティターン王国となり、俺は神王に……。

 いつまで俺がこの国の神王としてやっていくのかは、まだ分からない。

 だが、少なくともリーウやムーア、ドウにレク、それとユーグが生きている内は俺が神王としてこの国のトップでいよう。

 そう思いながら俺は後ろで控えている4人に話しかける為に振り返った。

 

「お前たちもこれからの事、頼むぞ」

「「「はい!」」」

「はッ!」

「ではお前たちはそれぞれの仕事に戻れ」

 

 俺の言葉に4人が返事をすると、それぞれの仕事に戻っていった。

 俺はその4人の姿を見送ってからすぐ側の俺の家に歩いて入ろうとする。

 その瞬間、俺は久しく感じていないような感覚が一瞬俺を襲う。

 俺はその場で自分の身体を見下ろして今の一瞬の感覚が何だったのか考える。

 そしてそれに近い感覚を俺は思い出していた。

 それは俺がこのドラゴンヴァンパイアに転生してから一度も感じたことのない、感じる筈のない――

 

「――眠気? ……そんな馬鹿な」

 

 俺はその一瞬の感覚が、眠る必要のないこの身体で感じる筈のない眠気に近かったような気がした。

 

「気のせいだろう」

 

 だが、俺はその一瞬感じた感覚が何かの間違い……気のせいだと思いたいして気にせずに自分の家に入っていった。



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第18話 レクの気持ちと緊急事態

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第18話 レクの気持ちと緊急事態

 

 

 

 神聖暦46年……ティターン様がこの地に神聖ティターン王国を建国してから16年が経っていた。

 あの日、ティターン様から騎士団長、そして騎士大臣として任命されてから忙しくも充実した毎日を過ごしている。

 

「ふぅ……少し休憩するか」

 

 少し疲れた私は気分転換でもしようかと自分の団長室から廊下に出た。

 なんとなく廊下の窓から騎士団の訓練場を見る。

 訓練場では大勢の騎士がそれぞれ思い思いに頑張って必死に訓練している姿が見えた。

 この騎士団も結成から20年で随分と人数が増えている……今では200人を超える人数だ。

 ふと、訓練場の端っこの方を見ると騎士団に入ったばかりの新人騎士が先輩の騎士に盾の使い方を教わっているのが見える。

 その初々しい姿を見て私は自分が初めてティターン様から騎士団長を任された時のことを思い出す。

 

 当時、学校を卒業して数年しか経っていない若造だった私は自分がやっている仕事が不満だった。

 私の父親が畑仕事していたので、私も学校を卒業してから畑仕事を始めたのだが……あまり私に合っているような気がしない。

 なぜなら、畑仕事を引っ張っているドウ殿や私の父親は毎日楽しそうに畑仕事をしているのだが私は楽しくなかったからだ。

 ある日、私は思い切って何故そんなに楽しそうに畑仕事が出来るのかドウ殿に聞いてみることにした。

 何故、私の父親ではなくドウ殿に聞くことにしたのかは、ドウ殿なら怒らずに教えてくれそうな気がしたからだ。

 ドウ殿は私の思った通り怒らずに私の問いに答えてくれた。

 

「レクは畑仕事が楽しくないんだね?」

「はい。 私にはあまり合っていないような気がして」

「そう。 俺はさ、この仕事が直接ティターン様に任された仕事だから嬉しいし、楽しく感じる。 ……なにより土を弄る感覚や自分が育てた作物が成長していく過程を見るのが楽しくて仕方ないし、自分で育てた作物をみんなが笑顔で美味しいって言ってくれるのは嬉しいんだ」

「私には……分かりません」

「そう……じゃあ畑仕事以外でレクにも自分が楽しくて嬉しいって思える仕事が見つかるよう祈っているよ」

「そうだと良いのですが」

 

 結局、私にはドウ殿が言っていることは分からなかった……私もティターン様に直接仕事を任せられたらそう思えるのだろうか?

 そんな事を思いながら相変わらず合わない畑仕事をしている私の耳にある情報が入ってくる。

 なんでもティターン様が新しい仕事を任せる為に人を集めているというのだ。

 条件は自分の腕に自信がある者らしい……私は別に自分の腕に自信がある訳ではないが、すぐに行ってみることにした。

 もしこれで自分に合う仕事が見つかるかもしれないし、ティターン様に直接仕事を任せられればドウ殿のようになれるかもしれない。

 ティターン様のもとには既に数人の男女が集まっていたので私も同じようにそこに入った。

 そこで私は久しぶりにティターン様を近くで見る。

 ティターン様のお姿は相変わらず美しくて力強く……そして少しだけ恐ろしさを感じられた。

 私は生まれた時から父親と母親にティターン様が私たち兎族にとって、どれだけ偉大なお方なのか聞かされて育ってきたので大丈夫だが、もしそうでなければただティターン様を恐ろしいとしか感じられなかったのかもしれない。

 そんな事を考えていると、どうやらティターン様の募集は終わったらしく、ティターン様が説明を始める。

 ティターン様の説明によるとここに集まった私たちは騎士団の騎士というものになるらしい。

 なんでも騎士団はこの町を見回って揉め事を仲裁したり、日々己を鍛えたり、襲ってくるモンスターから町を守ったりするのが仕事だそうだ。

 説明された集まった兎族たちはそれぞれ自信があるのか、それともティターン様に直接仕事を任されたからなのかみんな喜んでいる。

 私は他の者たちとは違い、まだ喜びという感情が湧いてこなかった。

 ティターン様はそんな私たちを見ながら続きを説明し始める。

 

「集まってくれたお前たちは今日から白兎魔法騎士団だ。 明日からこの町を毎日見回って揉め事を解決したり、町を襲ってくるモンスターを退治したりしてもらう。 もちろん訓練をして日々自分を鍛えてもらう……がその前にこの白兎魔法騎士団の騎士団長を決める」

 

 そのティターン様の言葉に喜んでいた兎族たちはみんな喜びから真剣な表情に変わる。

 私は別にその白兎魔法騎士団の騎士団長になりたい訳ではなかったが、もし騎士団長になれば何か変わるかもしれないと考えて目指すことにした。

 

「騎士団長を決める方法は簡単だ。 この中で一番強い奴がこの騎士団の団長だ。 1時間後にここでトーナメントを行う」

 

 騎士団長を決める方法はトーナメント戦か……トーナメントは学校で教えてもらったので分かる。

 

「それぞれ武器を持って集まれ。 武器がない奴は俺が石槍と木の盾を貸してやる。 もちろん魔法も使ってくれて構わない。 怪我をしても俺が治してやるから安心しろ。では解散」

 

 みんなと同じようにその場から離れたが、私はすぐに武器を調達する方法なんて知らないし持っている兎族も知らないのでティターン様に借りることにする。

 1時間後、再び集まった兎族たちは私を含めて殆ど武器を持参していなかった。

 

「では早速戦ってもらう。 戦う順番は俺が決めておいた。 では最初は……」

 

 すぐにトーナメント表通りに戦いは始まった。

 私の順番は比較的最後の方だったので、私は兎族同士の戦いをじっくり見ることにする。

 すると、私はある事に気が付いた。

 兎族の誰もがティターン様から石の槍だけを借りていて、木の盾を借りている者が1人も居ないのである。

 何故、誰も木の盾を借りて使わないのだろうか?

 それはやはり私たち兎族にとって馴染みの無い物だからだろう。

 歴史では確か兎族が魔法をティターン様から教えられるまで、武器は石の槍だけで木の盾なんてなかったらしい。

 木の盾……盾……私は盾についてよく考えてみる。

 盾というものは戦いで相手の攻撃を防ぐ物だと学校で昔教えられた。

 確かにあの木の盾ならば石の槍の一撃を防ぐことは容易であろう。

 もし私が片手に木の盾を持ちもう一方に石の槍、そして魔法を上手く織り交ぜながら戦えばここに居る兎族たちには勝てるかもしれない。

 そう私が考えていると戦いの順番が私に回ってきた。

 私はティターン様のもとに行き石の槍と木の盾を借りる。

 私が木の盾を借りた時、一瞬ティターン様の表情が動いた気がした。

 やはり誰も木の盾を借りなかったから珍しいのだろうか?

 石の槍と木の盾を持って私は戦いの場に向かった。

 すぐに戦いは始まったが、私は冷静に集中して考えていたとおりに石の槍と木の盾と魔法を織り交ぜながら戦う。

 気がつくと私は相手を無傷で倒していた。

 不思議と私は今まで感じていなかった……自分の気分が高揚するのを感じている。

 それからの戦いの中で私はずっと考えて戦うのが楽しく感じていて……いつの間にかトーナメントを勝ち抜いていた。

 トーナメントを勝ち抜いた私のもとにティターン様がやって来られて声をかけて下さる。

 

「おめでとう、お前が今からこの騎士団の団長だ」

「……ありがとうございます」

「さて騎士団長。 お前の名前を聞こう」

「ッ!? ……私の名前を覚えてくださるのですかティターン様?」

「そうだ。 これから色々お前に指示を出すこともあるだろうし、名前を知らないのは不便だ」

「ありがたき幸せ。 私の名前はレクといいます」

「そうか……レク、今日から頑張れ。 騎士団を頼むぞ」

「はッ!」

 

 その瞬間、間違いなく私は今まで感じたことの無いような嬉しさを感じていた。

 ドウ殿の言っていたことが初めて私にも分かった気がする。

 これがティターン様に直接仕事を任される嬉しさ、喜びなのか。

 

 そうして私は自分に合った仕事、騎士団の騎士団長として毎日を過ごし更には騎士大臣にもなった。

 この仕事は大変でもあるが、とてもやり甲斐のある良い仕事だと私は思っている。

 そんな風に昔の事を窓の外を見ながら思い出していると、ドタドタと廊下を走ってこちらに誰かが向かってくるのが分かった。

 私は音の出る方を見て何事かと確認しようとする。

 すると、こちらに走ってくるのが私の仕事の補佐をさせている若い騎士なのに気が付く。

 その騎士は若いが優秀で、いずれは私の後継者にと育てている者だ。

 そんな若い騎士が慌てたようにこちらに走ってくると私を見つけてどこか安堵した表情を浮かべる。

 

「騎士団長、緊急時にて失礼します!」

「何事だ?」

「大平原にこちらに向かってくる大量の武器を持った混成種族を確認しました!」

「何ッ!?」

 

 この若い騎士の様子からただ事では無いとは思っていたが……どういう事だ?

 

「正確な数は? それと何処の種族が向かってきている?」

「数は……およそ200! 種族は角耳族に丸耳族、頭角族に丸毛族です!」

「何故、4種族が200もの人数で武器を持ってやってくる? 我々兎族とやり合うつもりか?」

「更に……」

「なんだ?」

 

 若い騎士が言いづらそうに続ける。

 

「その200の人数の後方におよそ50のタテガミ族を確認しました」

「何!? タテガミ族だとッ!?」

 

 はるか昔にティターン様と我々兎族とが出会うきっかけとなった種族。

 それもティターン様に殺された者たちだった筈だ。

 私はタテガミ族の事を色々と思い出していく……すると、1つの結論に達する。

 

「確か……タテガミ族は倒した相手を自分の支配下に置いていく種族だったか……」

「騎士団長、私はここに来るまでに考えていたことがあります」

「なんだ?」

「タテガミ族がこの国を攻め落とす為に攻めてきていて、200の4種族はタテガミ族に支配されている者たちでタテガミ族の先鋒としてここに向かっているのでは?」

「……私もそう思う……ここままではダメだな。 あとどれぐらいで奴らはやってくる?」

「幸い奴らを発見したのはまだまだ遠くなので……あの移動速度だと後3時間で第1防衛ラインにやってきます」

「よし、すぐに騎士団全員に出撃号令をかけろ! 大平原の第1防衛ラインで迎え撃つ。 私は1度、ティターン様に報告してから向かう。 それまでは攻撃するな」

「分かりました、すぐに号令を掛けます! ……もし騎士団長が来るまでに奴らが来たらどうしますか?」

「そんなに時間は掛からないと思うが、その時はお前が騎士団の指揮を執って魔法で攻撃をしろ」

「了解しました!」

 

 私はそう補佐の若い騎士に指示を出すとすぐに装備を整えてティターン様の家に向かった。

 ティターン様の家に着いた私は1度、息を整えてから扉を叩いて声をかける。

 

「ティターン様! 騎士団長のレクです! 緊急の報告があって参りました!」

「……レクか。 入れ」

 

 中からティターン様のお声が聞こえたのを確認すると私は扉を開けて家の中に入った。

 ティターン様の家にはティターン様の為に特別に作られた椅子があり、そこにティターン様が座っている。

 そのティターン様の近くに報告でもあったのだろうリーウ殿が立っていた。

 

「レク、騒がしいですよ」

「すみません、リーウ殿。 しかし、緊急事態が発生しまして」

 

 リーウ殿が騒がしく家に入ってきた私に驚いてそう言ってきたが、今は悠長にしていられない。

 

「しかしですね。 ここはエルト様の「構わない。 緊急事態なのだろう? 」……しょうがないですね」

「はッ! ありがとうございます」

 

 リーウ殿が私を昔の生徒だった頃のように叱ろうとしてティターン様に止められる。

 

「それでレク。 一体何があった?」

「実は今この国を目指しておよそ250の武器を持った者たちがやってきています……間違いなく攻撃してくるつもりかと」

「ほう……詳しく話せ」

 

 ティターン様がその美しい目を鋭くさせて聞いてこられる。

 

「はッ! 先ず200の武器をもった角耳族、丸耳族、頭角族、丸毛族の4種族がこちらに向かっています」

「……角耳族か」

「はい。 更にその後方に50のタテガミ族を確認しています」

「何だって!?」

 

 リーウ殿が驚いて声を上げる。

 リーウ殿が驚くのもしょうがないだろう……ただでさえこの国を攻撃するなんて考えられないし、リーウ殿は確か昔タテガミ族に襲われた頃から生きていた筈だからな。

 

「それは本当なんですか!?」

「はい、部下が確認しているので間違いないかと」

「あの、タテガミ族どもがッ! ただでさえエルト様に生かしてもらったというのに……今度はエルト様の国を攻めてくるだとッ! 罰当たりにも程がある!」

 

 私の報告を聞いてリーウ殿が怒りでその顔を歪める。

 そのリーウ殿の怒る姿は普段の温厚な姿からは想像できず、私は驚いて声が出なかった。



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第19話 ドラゴンヴァンパイアとレクとタテガミ族

第19話 ドラゴンヴァンパイアとレクとタテガミ族

 

 

 

「あのッ罰当たりどもめッ!!」

「まぁ落ち着け。 そう怒ると身体に悪いぞ、リーウ?」

「……エルト様がそう言われるのでしたら」

 

 怒るリーウ殿をティターン様が宥めると、リーウ殿は渋々といった感じで怒りを抑えた。

 その怒るリーウ殿の姿を見て驚いていた私はリーウ殿が怒りを抑えたのを見て気を取り直す。

 

「それにしてもタテガミ族……あぁ獅子族のことか」

「獅子族ですか?」

 

 ティターン様が言った獅子族という言葉が気になって私は聞き返してしまう。

 

「あぁ獅子族というのは、俺がタテガミ族のことを勝手にそう呼んでいるだけだ。 気にしなくていいぞ。 ……それでタテガミ族が来るまでどれぐらい時間がある?」

「はッ。 分かりました……250の敵が第1防衛ラインに来るまでおよそ3時間あります」

「なら時間はまだあるな……それでレク、お前はこの状況をどう考えている?」

 

 ティターン様どこか楽しそうな雰囲気で私の考えを聞かれたので、私は先程補佐の若い騎士と話していたとおりの事を話すことにした。

 

「間違いなくタテガミ族がこのティターン様の国を攻めてきているのだと私は考えています」

「そうだろうな。 ……それで200の4種族についてはどうだ?」

「昔の情報だったと思いますが、タテガミ族は倒した相手を自分の支配下に置く種族だった筈です。 だから昔の私たち兎族も狙われたのでしょう。 200の4種族ですが、おそらくはタテガミ族に支配されている種族たちで昔にティターン様がタテガミ族を殺した事を警戒して先遣隊としてこの国を攻めさせるつもりだと」

「なるほど、倒した相手を支配下に置く種族か。 それが確かならレク、お前の考えは間違っていないだろう」

「はッ」

 

 どうやらティターン様も私と同じ考えなようだ。

 

「俺の考えだが、おそらくタテガミ族というのは自分たちにない技術を持っている種族を力で無理矢理自分たちの支配下に置いてその技術を自分たちの為に使わせるのだろう」

 

 凄い……ティターン様は私が思い付かなかったタテガミ族の他種族を攻撃する理由まで一気に考え出してしまった……流石はティターン様だ。

 

「なるほど、流石はティターン様です。 私ではそこまで思い付かなかったです。 では今回の攻撃も?」

「大方、タテガミ族がこの国が急速に大きくなっていくのを見てその技術を欲しくなったのだろう」

 

 確かにそれなら今回の攻撃の理由も考えられる……だが1つだけ気になることがある。

 

「どうした? 何か気にかかる事でもあったか?」

 

 私の顔を見てティターン様が聞いてこられる。

 

「……はい。 1つだけ気になる事があります」

「なんだ? 言ってみろ」

「はッ。 タテガミ族はおそらくティターン様を警戒しているとはいえ……ティターン様の居られるこの国を攻撃してきますか? 私だったら絶対に手を出さないと思いますが。 何せ過去にティターン様の御力を知っているのですから」

「うーむ」

 

 ティターン様は上を向いて少し考えるとすぐにこちらを見た。

 

「理由はいくつか思いつくなぁ」

「本当ですか!?」

 

 さ、流石はティターン様だ! もう分からない事なんてないのでは!?

 

「先ず1つにこの国を見たから」

「国を見たから技術が欲しいという事ですよね?」

「それもあるが、おそらくタテガミ族はどんどん大きくなっていくこの国を見て脅威と感じたのだろう。 このままでは自分たちよりも強い力を持って自分たちを脅かすのではってな」

「な、なるほど」

 

 確かにこの国の発展速度は凄まじいからな……脅威と感じられるだろう……しかし、ティターン様が居られるから私だったらそれでも攻めないと思う。

 

「しかし、それでもこの国を攻めますかな?」

「それで次の理由だが……おそらくタテガミ族はこの国のトップが俺だとは知らない。 もっと言うと俺がお前たち兎族と一緒に居るのを知らないのだろう」

「なッ!? 何故ですか? 確かティターン様が私たち兎族と最初に出会った時、そこにタテガミ族も居たのでは?」

 

 私はティターン様の言葉に驚く。

 私が習った歴史ではティターン様と私たち兎族、それにタテガミ族の三者が揃って居た筈だ。

 

「そ、そうか! 確かにタテガミ族の奴らは僕たち兎族がティターン様と行動を共にしているのは知らないかもしれない!」

 

 そこで、今まで怒りを抑えて私とティターン様が話しているのを聞いていたリーウ殿が声を上げた。

 まさか、リーウ殿は知っているのか? ……いやティターン様と出会った時から行動を共にしているリーウ殿なら知っていてもおかしくないのか。

 

「思い出したかリーウ?」

「はい、エルト様」

「……どういうことなんですか?」

 

 私は気になってリーウ殿を見て聞いてみた。

 

「いいですかレク。 僕たち兎族がタテガミ族に追われている時にエルト様と出会ったのは知っていますね?」

「はい。 そう聞いています」

「エルト様は最初魔圧を放出して僕たちとタテガミ族の間に空から降りられました」

「魔圧……ですか」

 

 魔圧……過去に学校の授業で聞いた事があるが、私はそれがどのような威圧なのか感じた事がないので知らない。

 

「そうです。 その魔圧の影響で僕たち兎族とタテガミ族は動けなくなりました。 しかし、タテガミ族はその魔圧の中でもエルト様に武器を向けた者が居たのです」

「ティターン様に武器を向けるなど……馬鹿なことを」

「はい。 すぐにそのタテガミ族はエルト様に殺されました。 そのエルト様のお姿を見たタテガミ族の殆どは身体を震わせて背を向け逃げて行きました。 エルト様は慈悲深く逃げたタテガミ族を見逃しましたが、その場に残った愚かなタテガミ族は全員エルト様が殺します。 そこからなのです、僕たち兎族とエルト様が接触するのは」

「それでは……兎族とティターン様が友好的に接触するのをタテガミ族は見ていない? ……その場にはタテガミ族は残っていなかったのですか!?」

「そういうことです。 なのでタテガミ族は僕たち兎族がエルト様と行動を共にし始めるのを知らない可能性が高い」

 

 はぁ〜凄い。

 間近でこんな伝説のような話を聞けるとは思っていなかった。

 学校の授業や親からはティターン様が私たち兎族を救い、タテガミ族を殺したとしか教えられなかったからな。

 

「確かにそれならこの国を攻撃するのも考えられるかもしれませんね。 タテガミ族はこの国を兎族が支配していると思っているのですから」

「そういう事だ……だが、それだけではない」

「え? どういうことですか?」

 

 まさかまだティターン様には理由が思い付くのだろうか。

 

「世代交代……おそらくこれが一番大きな理由だろう」

「世代交代?」

「あぁそうだ。 俺がお前たち兎族とタテガミ族と出会ったのは神聖暦が出来る前、もう50年以上前のことだ。 今の平均寿命がタテガミ族と兎族で同じなら、もうとっくにタテガミ族は当時と世代が変わっているだろう。 しかも、あの時逃げたタテガミ族たちなんて生きてはいない筈だ」

「……確かにそうですね」

「自分たちタテガミ族が兎族を襲って失敗した出来事なら知っているだろうが、その詳細なんて語り継いでいるかどうかも分からない。 レクだってさっきまで俺と兎族の出会いの詳細な事なんて知らなかっただろ?」

「た、確かに!」

「それにタテガミ族はどうやら力に自信がある者たちらしいし、いつまでもよく分からない過去を気にしているような者でもないだろう。今では当時生まれていなかった者がタテガミ族を率いている可能性の方が高いしな」

「なるほど、それで世代交代……ですか」

 

 今のティターン様の言葉に私はこれまでにない程納得した。

 

「さて、タテガミ族が攻めてくる理由も納得できたようだし聞かせてもらうぞ」

 

 今までのどこか楽しんでいるような雰囲気とは打って変わりティターン様が真剣な表情で私を見据える。

 私も少し緩み始めていた身体に力を入れてティターン様の方を向く。

 

「それでレク。 今、この国に攻めてきている250のタテガミ族の軍勢をお前は打ち倒すことが出来るか?」

「はッ! 出来ます!」

 

 ティターン様に真剣な表情でそう言われて出来ないと答えられる訳がない。

 それに私と白兎魔法騎士団には自信もあるし魔法というティターン様から授けられた力もある。

 タテガミ族という250くらいの軍勢に負ける筈がない!

 

「我々白兎魔法騎士団にはティターン様から授けられた魔法という力も技術もあります! たった250の軍勢に負けたりなどしません! 安心してお任せください!!」

(……ふっ。 これも良い経験か)

 

 その時、ティターン様が聞き取れない小さな声で何かを言った気がした。

 

「……今、何か?」

「いや、何でもない。 ……ではレク、神王として命ずる! 誇り高き白兎魔法騎士団の騎士団長として指揮を執り、タテガミ族の軍勢を打ち倒せ!」

「はッ!!」

 

 私はティターン様に一礼してティターン様の家から出て戦場に向かった。

 

 

♢♢♢

 

 

「……エルト様。 まさかエルト様はこの戦い、負けると思っているのですか?」

「急に何だリーウ?」

「いえ、先程のエルト様の呟きが気になりまして」

「……お前には聞こえていたか」

 

 つい心の中で呟いた筈が少し声に出てしまっていたらしい。

 どうやらそれを聞いたリーウが色々と考えているようだ。

 

「はい。 先程の言い方だと……その……まるで負けるのが良い経験になる、と言っているような感じがしてしまいます」

「リーウ……お前にはそう聞こえたのか」

「はい。 ……エルト様が直々に白兎魔法騎士団に魔法を教えたり稽古をしているのを知っているので、僕には白兎魔法騎士団が負ける可能性なんて万に1つもないと思っているのですが……」

 

 ふむ……やはりリーウもレクと同じような考えをしている……が。

 

「やはりリーウ……お前は優秀だな」

「は? ああいえ、ありがとうございます」

「……確かに俺は今回のタテガミ族との戦い……負けるかどうかは分からない……が、白兎魔法騎士団が完勝するとは思っていない」

「そうですか……やはりエルト様には僕たちが分からない何かを分かっておられるのですね」

「ふっ……さてな」

 

 別に俺はリーウが思っている程深く何かを考えている訳ではないが、分かることもある。

 

「それにしてもリーウ」

「何でしょうか?」

「いいのか? 俺が白兎魔法騎士団がお前たちが思っている程、タテガミ族に簡単には勝てないと思っている事をレクに伝えなくて」

「構いません」

 

 リーウはゆっくりと首を横に振りながらそう言った。

 

「それはエルト様が必要だと考えた事なのでしょう。 なら構わないのです。 ……たとえ僕たち兎族にどれ程の被害が出ようともエルト様がそう考えたのなら僕はただあなた様に従うのみです」

 

 そういうことを言うのが何だか昔の兎族の族長っぽくてつい自分の口角が上がってしまうのを感じる。

 

「そうか……益々お前が昔の兎族の族長に見えてきたよ」

「それはそれは光栄なことです」

「お前は歳をとっても相変わらずだな……安心しろ、とは言えないかもしれんが白兎魔法騎士団以外に被害は出ないさ」

「そうですか」

「リーウ、お前はこれから町にいる騎士団以外の兎族たちに合図があるまで家に閉じこもっているよう言っておいてくれ」

「分かりました……エルト様はどうなさるので?」

「俺は……ここで報告を待つさ」

「そうですか……分かりました、ではこれで失礼します」

 

 側にいたリーウは俺にゆっくりと一礼して家から出て行った。

 

「さて、どうなるのやら」

 

 俺は椅子に座りなおして目を閉じた。

 



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第20話 レクと女騎士と異常な集団

第20話 レクと女騎士と異常な集団

 

 

 

 ティターン様の家を出てすぐに私は第1防衛ラインとして決めている場所に向かった。

 町を出ると遠くの第1防衛ラインの辺りに白兎魔法騎士団の騎士たちが集まっているのが見える。

 私は走って第1防衛ラインに集まっている白兎魔法騎士団に合流した。

 騎士団に合流した私を見て、私の補佐の若い騎士と白兎魔法騎士団で百人長を任せている女の騎士が近付いてくる。

 

「騎士団長!」

「レク!」

「はぁ……今は騎士団長と呼ぶように」

「あ、ごめんなさい騎士団長」

 

 この白兎魔法騎士団で百人長を任せている女騎士とは普段それなりに親しいこともあって、たまに仕事中でも名前で呼ばれることがある。

 私は毎回、仕事中は騎士団長と呼ぶようにと注意するのだが、これがなかなか直らない。

 

「まぁいい。 それで今の状況はどうなっている?」

「はい。 騎士団長あちらを見てください」

 

 補佐の若い騎士に言われた方向を見ると遠くの方に確かにこちらに向かってくる200程の人影が見える。

 

「確かに200程の人影がこちらに向かってくるのが見えるな。 奴らがこちらに来るまで後どのくらいだ?」

「あの移動速度だとあと2時間はあるかと思います」

「2時間か……それだと魔法の射程に入るまで1時間半はあるか」

「やっぱり魔法で倒すの?」

「あぁそうだ。 わざわざ奴らと至近距離でやり合う必要はない。 奴らがこちらの魔法の射程に入ったら魔法で近付かれる前に倒せばいい。 それならこちらに被害は出ないし良いだろう。 なにせ奴らは魔法なんてものを知らないだろうから混乱もする筈だ」

「流石はティターン様だね! こんな凄い魔法なんてのを私たちに教えてくれたんだから!」

 

 この女騎士の言う通りだ。

 ティターン様は私たちにこんな凄いものを教えてくださった。

 この魔法があれば魔法を知らない奴らに負けることはないだろう。

 

「そうだ、左右の森に偵察は出しているか? 途中で横から奇襲される訳にはいかないぞ」

「はい、既に出しています。 報告では今のところ、森に敵の姿は見えません」

「へ〜流石は騎士団長の補佐を任されるだけはあるね。 騎士団長が言う前にやっているなんて」

「まぁこいつは優秀だし、よく訓練もしているからな」

「はい、騎士団長のお陰です!」

「そうかい。 それじゃあ私たちはこのままこの第1防衛ラインで敵が来るのを待つの?」

 

 私は女騎士の問いに考える。

 このまま騎士団全員で奴らを迎え撃った場合……おそらく簡単に勝てるだろう……しかし、最悪の場合も考えなくてはならない。

 

「……よし、第1防衛ラインに100人を残して、残り100人を二手に分けて第2防衛ラインと最終防衛ラインに置く」

 

 その私の言葉に女騎士は不思議そうな顔をする。

 

「どうしてわざわざ分けるの? 確かに100人でも魔法があれば勝てると思うけど、騎士団全員でやった方が確実でしょ?」

「確かにその通りだが……私はこの白兎魔法騎士団の騎士団長として最悪の場合も考えなくてはならない」

「最悪の場合……ですか」

「そうだ。 考えたくはないが、もし騎士団全員でこの第1防衛ラインに居てここが敵に突破されたらどうする? 後ろには誰も居ないから町まで一気に攻められるぞ」

「う〜ん、確かにもし敵に突破されたらそうだね。 でも私は奴らに負けるとは思えないけど」

「自分もそう思います」

「私だって負けるとは思ってない……が保険は必要だ」

「……わかったよ」

「よし、ではこの第1防衛ラインの指揮はお前に任せる。 私と補佐は最終防衛ラインから訓練と同じように合図を出すので見逃さないように」

「了解!」

「了解しました!」

「では下がるぞ。 号令をかけろ!」

 

 そうして第1防衛ラインに100人、第2防衛ラインに50人、最終防衛ラインに50人の布陣になる。

 私は敵がこちらの射程に入るのをじっくりと待ち続けた。

 

 

♢♢♢

 

 

 白兎魔法騎士団の百人長として第1防衛ラインの指揮をレクから任された私はじっと敵が魔法の射程に入るのとレクからの攻撃開始の合図を待つ。

 敵がこちらに近付いてきて姿が良く見えるようになると敵がどんな武器を持っているかも分かった。

 報告通り敵は角耳族、丸耳族、頭角族、丸毛族の4種族が混ざっていて殆どが手に石の槍を持っている。

 しかし、時たま石の槍ではなく細い木の棒のような物を持っている敵が居ることが分かった。

 その細い木の棒のような物をよく見ると、昔教えられた弓という武器に似ていることに気が付く。

 弓というのは矢という木の棒に尖った石を付けて飛ばす武器なのだが、山形にしか飛ばないし威力もないその上射程も短いので私たち白兎魔法騎士団は使っていない。

 何故なら私たちには真っ直ぐ飛ぶし威力もあって射程も長い魔法があるからだ。

 そういう風に敵を観察しながらレクの合図を待っていると、とうとう最終防衛ラインに居るレクから攻撃開始の合図が出る。

 私はその合図を確認すると思いっきり息を吸ってから叫ぶように声を上げた。

 

「全員、攻撃、開始ぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!」

 

 その瞬間、私の居る第1防衛ラインから色取り取りの魔法が音を立てて敵に向かって飛んでいく。

 

「ウインドボール!」

 

 次々と魔法を飛ばしている仲間たちに負けじと私も風の魔法【ウインドボール】を敵に向かって放つ。

 【ウインドボール】は風の属性の魔法で不可視の風の球体を発生させて放つ魔法だ。

 私が放った魔法はどうやらちゃんと前方の敵に当たったようで敵が片膝をついているのが見て分かる。

 その敵は遠目で見た限りでは、まだ大人になったばかりの角耳族の青年に見えたが私は容赦せずに次のウインドボールを放って殺した。

 その後、すぐに私は戦場を見渡して状況を確認する。

 ……どうやら私たち白兎魔法騎士団の攻撃は順調に上手くいっているらしい。

 このままいけばいずれ敵は私たちの攻撃で全滅するだろう。

 やはり、この魔法はとても強力で素晴らしい武器になる。

 そして、この魔法を私たち兎族に教えてくださったティターン様はとても偉大なお方だ。

 私はそう思いながら敵に向かって魔法での攻撃を再開した。

 

 

♢♢♢

 

 

「あいつら……なんて狡賢いんだ!」

 

 私たちの魔法での攻撃は順調に上手く敵を倒していっていたが敵が残り100人くらいになった頃、驚くことに敵は私たちの魔法で倒れていった仲間の死体を盾にして攻撃を防ぎ始めた。

 私たち白兎魔法騎士団では絶対にやらないようなありえない魔法の防ぎ方に憤りを感じる。

 死んでいった仲間を盾代わりにするなんて、あいつらは何を考えているのか?

 だが、実際に盾としての効果は出ていて私たちの魔法での攻撃は敵に届いていない。

 その代わり敵がこちらに近付いてこられないように死体から少しでも身体を出したり動いたりしようならすぐに魔法が飛んでいくので敵は動けないでいた。

 そしてこの戦場は膠着状態になり、それがしばらく続いている。

 

「くそっ……これじゃあ何も変わらない」

 

 私は動かない戦場を見ながら、どうするべきか考えていた。

 その時、最終防衛ラインにいる騎士団長のレクから合図が出ているのに気が付く。

 

「あれは……第2防衛ラインまで後退だって!?」

 

 どうして今、私たちが第2防衛ラインまで後退しなければならないのか?

 今、私たちがこの第1防衛ラインを離れれば確実に敵が進行を再開してしまう……まてよ?

 ……そうか! 相手が動かないのなら私たちが動けばいいのか!

 私たち第1防衛ラインにいる騎士団と今の敵との距離なら追いつかれることもなく第2防衛ラインまで後退できる。

 敵が私たちを追いかけて来るのなら確実に敵は死体から身体を出さなくてはならなくなる……そこが狙い目だ。

 もし敵が死体から出てこなくてもこちらは人数が増えて魔法攻撃の回転率も良くなって悪いことはない!

 私は再び息を思いっきり吸って叫ぶ!

 

「全員、第2防衛ラインまで全力で後退せよッ!!」

 

 その私の号令が出た瞬間、第1防衛ラインに居る騎士団が全員敵に背を向けて全力で後退し始めた。

 私は第1防衛ラインに居た騎士団が全員すんなりと私の号令に従ってくれたことに安堵して、私も少し敵を気にしつつ後退を始める。

 

「はっ……はっ……はっ……やった……」

 

 私たちが全力で第1防衛ラインから後退を始めると予想通り敵は慌てて隠れていた死体から身体を出して私たち騎士団を追いかけてきた。

 このまま私たちが第2防衛ラインまで辿り着けば、第2防衛ラインに配置されている騎士団50人が即座に追いかけて来る敵を魔法で倒してくれる筈だ。

 

 私たち騎士団100人は必死で走り、第2防衛ラインまで後半分の所まできた。

 

「はっ……はっ……はっ……なにあれ?」

 

 突然、私たちを追いかけてきていた100人も居ない敵が左右に分かれて中央を空けた。

 

「……はっ……なにを……するつもり?」

 

 完全に敵の中央に空間が空いた瞬間――そこから猛スピードの何かが飛び出してきた!

 それは通常の敵の何倍ものスピードで私たちに向かってくる。

 

「なに……あれ?」

 

 良く見るとそれは――50人程の集団だった。

 

「はっ……はっ……まさかタテガミ族!?」

 

 そうだ、間違いない。

 とんでもないスピードでこちらに走って近付いてきているのは後方に控えていたタテガミ族50人だ!

 理解出来ない――したくない。

 なんだあのスピードは!?

 通常の人に出せる速度ではない!?

 このままでは、間違いなく私たちが第2防衛ラインに辿り着く前に追いつかれてしまう!

 第2防衛ラインの50人の騎士団は私たちが前に居るせいで魔法で攻撃は出来ない。

 どうする?

 どうするのだ私!?

 このままでは、あの異常なタテガミ族たちに追いつかれて私たちの無防備な背中を攻撃されてしまう!

 

「くそっ……どうすればいいの!?」

 

 このままじゃいけない。

 無防備な背中を攻撃されて、ただやられる訳にはいかない!!

 

 ――ごめん、レク。

 

「全員、反転!! 後方から来るタテガミ族を迎撃せよ!!」

 

 怖い……あの異常な速度で迫ってくるタテガミ族たちがとても怖い。

 相手は50人、私たちは100人居る……負ける筈がないと思う……でも嫌な予感がする……もしかしたらあのスピードで私の魔法を避けられてしまうかもしれない。

 でも、逃げる訳にも……ただやられる訳にもいかない!!

 私たちだって槍と盾、魔法を使った近接戦闘の訓練だって必死にやってきたんだ!

 私の……私たちの……白兎魔法騎士団は負けないんだから!!

 

 私の号令を受けて全力で第2防衛ラインに後退していた騎士団が止まって反転する。

 止まって反転した騎士団は迫ってくるタテガミ族に向かって魔法を放つ。

 

「ウインドボール!!」

 

 もちろん私もタテガミ族の向かって魔法を放つ……がタテガミ族はその異常なスピードで私たちの全ての魔法を避けられてしまう。

 

「そんなッ! くっ! 全員、近接戦闘用意!!」

 

 騎士団の一度の魔法を避けただけで、すでに私たちの近くまで近付いてきたタテガミ族を見て私は即座に近接戦闘の号令をかける。

 遠くから一方的に魔法で攻撃する時間は終わった……でも私たちにはこの槍と盾と魔法がある!

 

『おおおおおおおおおお!!』

「くっ!」

 

 私は大柄な黒いタテガミ族の男とぶつかった。

 その大柄な黒いタテガミ族の男は両手で石の槍を持ち私に突撃してきたので、盾でなんとか受け流す。

 

「重いッ!?」

 

 そのタテガミ族の男の攻撃は予想以上の重さで受け流すのも精一杯だ。

 

『なんだ? 長耳族の女か? ちっハズレだな』

「くっ……舐めないで!」

 

 馬鹿にしてくるそのタテガミ族の男に私は石槍を突き刺そうとするが、そのタテガミ族の男は驚くことに脇で私の石槍を押さえ込んだ。

 

「なっ! う、嘘」

『なんて言っているか知らないが、終わりだ』

 

 ガンッという衝撃とともに私は意識を失った。



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第21話 レクと最悪の悲劇

第21話 レクと最悪の悲劇

 

 

 

「何が……何が起こっているというんだ!?」

「騎士団長!」

「あいつらは一体なんなんだ!? ……私の……私たちの白兎魔法騎士団が!」

「落ち着いてください騎士団長!! ……今はこの状況をどうするかを考えないと」

「…………そうだな。 すまない」

 

 私の補佐の若い騎士のお陰で、あまりの状況に動揺していた私は落ち着きを取り戻した。

 そもそもどうしてこんな事になってしまったのか?

 ……こんな状況になったのは第1防衛ラインに配置していた騎士たちを第2防衛ラインに後退させたのが始まりだった。

 

 

♢♢♢

 

 

 騎士団を第1防衛ラインに100人、第2防衛ラインに50人、最終防衛ラインに50人に分けて配置した後、私は最終防衛ラインに建てられた物見櫓に補佐の騎士と共に登っていた。

 この物見櫓からなら戦場を遠くまで見渡せる上に状況を見て騎士団に合図を送ることも出来る。

 この物見櫓は昔、騎士団が出来た頃にティターン様が1つは建てて置いた方がいいと教えて下さって、それを基に建てた物だ。

 

「ここから見える光景はいつ見ても凄いですね。 上から見ただけで、あんなに遠くまで見えるのですから」

「そうだな。 ここからなら戦場を遠くまで見渡せる上に騎士団に簡単に合図を送ることが出来る」

「そうですね。 訓練の時に全体に合図を出して騎士団が指示通りにバーっと一斉に動く様子は凄いですから」

「今回の戦いも訓練通りこの物見櫓から状況を見て合図を出して上手くやれば負けることはないだろう」

 

 そう、訓練通りやれば魔法を知らない有象無象になど負ける筈がない。

 

「こちらには魔法がありますから、魔法で遠くから攻撃をしていれば勝てますね」

「そうだ。 わざわざ相手に近寄らせて至近距離で戦う必要はない」

「でも報告では相手は石の槍しか持ってなさそうなので近接戦闘でも勝てそうですが」

「そうかもしれないが、魔法があるのにそんな事をする必要はないだろう?」

「そうですよね」

「それにしても流石はティターン様だ……魔法もこの物見櫓もティターン様が教えて下さったもの。 やはりティターン様は偉大なお方だ」

「ですね。 あのお方は一体どれだけ凄いのか私には想像も出来ないです」

 

 補佐の言う通り……ティターン様は一体どれだけ私たちの知らない事を知っていて、どれだけの事が出来るのだろうか……私にも想像も出来ない。

 そんな事を考えていると戦場の遠くに見える敵がそろそろ第1防衛ラインに居る騎士団の射程範囲に入りそうだ。

 私は攻撃開始の合図を出すため、しっかりと敵の動きを見る。

 

「合図の準備をしろ」

「了解です!」

 

 私の補佐にすぐに合図を送れるように指示を出しておく。

 敵はどんどんこちらに向かって進み続けて……そして第1防衛ラインの騎士団の射程範囲に――入った!

 

「攻撃開始!!」

「攻撃開始!」

 

 私の攻撃開始指示を受けて補佐が攻撃開始の合図を第1防衛ラインに配置されている騎士団に送る。

 攻撃開始の合図を受けた騎士団はすぐさま魔法で敵を攻撃し始めた。

 この物見櫓から第1防衛ラインの騎士団が色取り取りの魔法を敵に向かって放っているのが見える。

 敵は突然の魔法での遠距離からの攻撃に混乱しているのか足が止まっていた。

 敵の進行が止まっている間も次々と騎士団から魔法が容赦なく敵に向かって飛んでいき次々と敵を殺していく。

 このまま上手くいけばいずれ敵は第1防衛ラインの騎士団の魔法攻撃で全滅するだろう。

 

「……予想通り、順調だな」

「はい。 このまま騎士団の攻撃が続けば、すぐに私たち白兎魔法騎士団の勝利が決まるでしょうね。 ここから私たちが負けるような状況にはならないですよね」

 

 補佐の言う通りだ。

 この一方的な状況なら負ける要素はないし、すぐに私たちの勝利も決まるだろう。

 思っていた通りの状況だが、こうもあっさりと上手くいくとやはり魔法は素晴らしく強力な武器なんだと私は改めて思った。

 

 

♢♢♢

 

 

「まさか……敵があんな事をするなんて想像もしなかったぞ」

「はい。 くっ……私もまったくこんな状況になるとは思ってもみませんでした……」

 

 第1防衛ラインの騎士団が遠距離からの魔法攻撃で敵を順調に倒していったのだが、敵の数が半数の100人くらいになった頃、驚くことに敵は魔法を凌ぐ為に魔法で死んでいった仲間の死体を盾の代わりにして魔法での攻撃を防ぎ始めたのである。

 

「あんな馬鹿な方法を使うなんて……仲間の死体を使うなんて敵は何を考えているんだ!?」

「……敵もそれだけ私たち騎士団に追い詰められたということだろう」

「でも、騎士団長! 追い詰められたからってあんな酷い……仲間の死体を盾代わりにするなんて考えられません!」

 

 私の補佐が敵のあまりの行動に怒っているが、私はその敵の行動によくそんな方法を思い付いたな、と感心していた。

 私たち白兎魔法騎士団では絶対にやらない事だから、考えもしなかった魔法の防ぎ方だ。

 酷い方法ではあるが、実際に盾としての効果はあるようで騎士団の魔法が敵に届いていない。

 だが、死体を盾としてそこに隠れている為、敵はこちらに一歩も進めなくなっている。

 敵が隠れている死体から少しでも身体を出そうものならすぐに騎士団から魔法が飛んでいく。

 敵は魔法攻撃から身を守る為少しも動けず、騎士団は敵が死体に隠れている為倒せない。

 この戦場は完全な膠着状態となって、それが続いていた。

 

「……騎士団長、このままでは何も変わりません」

「そうだな。 敵は動けず、こちらは敵に攻撃が届かない」

「騎士団長、提案があります」

「なんだ?」

「第2防衛ラインに配置されている騎士団50人を第1防衛ラインの騎士団100人に合流させ150人にして敵に……突撃させましょう」

「うーん……」

「それしかありません!」

 

 確かに補佐の言う通り、敵が動かないなら自分たちが動いて突撃するのも手だろう。

 人数も150人にして敵の100人を上回っているし、負けることはないだろうが……。

 私は未だに何もしてこない敵の後方のタテガミ族50人が気になっていた。

 戦場が膠着状態になっているとはいえ明らかに劣勢であるタテガミ族たちは魔法の届かない後方で待つのみ……一体奴らは何を考えているんだ?

 その不気味なタテガミ族の行動が、騎士団を突撃させるという考えから私を遠ざけていた。

 

「……私は安易に騎士団を敵に突撃させるべきではないと考えている」

「しかし、騎士団長!」

「だから逆のことをする」

「……逆のこと……ですか?」

「第1防衛ラインの騎士団を第2防衛ラインまで後退させる」

 

 私は騎士団を敵に突撃させるのとは逆に騎士団を後退させることを考えた。

 騎士団を動かすことは同じだが、これは動かない敵を動かす案でもある。

 もし第1防衛ラインに居る騎士団が第2防衛ラインに向かって全力で後退し始めたら、敵は慌てて追いかけてくるかもしれない。

 第1防衛ラインに居る騎士団と今の敵との距離なら追いつかれることもないだろう。

 それにもし敵が死体に隠れたまま追いかけてこなくても、結果的に騎士団の人数が増えて魔法の回転率も上がる筈だ。

 

「第1防衛ラインを放棄するんですか!?  今、第1防衛ラインから騎士団が離れてしまったら敵が……」

「そうだ。 敵が動くだろう?」

「……そうか! そういう事ですか! 確かにそれならば騎士団も安全だし敵が動かざるをえないでしょうね!」

「そういう事だ。 すぐに第1防衛ラインの騎士団に第2防衛ラインまで後退の合図を出せ」

「はい! 第2防衛ラインまで後退!」

 

 第2防衛ラインまで後退の合図が出てすぐに第1防衛ラインの騎士団は全員敵に背を向けて全力で後退し始めた。

 騎士団全員が突然の後退指示にちゃんと即座に従った事を私は満足に思う。

 第1防衛ラインに居た騎士団全員が全力で背を向けて後退し始めたのを見て、予想通りに敵は慌てたように隠れていた死体から身体を出して騎士団を追いかけ出した。

 

「やりましたね、騎士団長!」

「あぁ、このまま騎士団が第2防衛ラインまで辿り着けば第2防衛ラインの騎士団50人が即座に敵を魔法で攻撃して倒せるだろう」

 

 そして第1防衛ラインに配置されていた騎士団が第2防衛ラインまで順調に後退していた時。

 

「き、騎士団長! 敵の後方を見てください!!」

 

 突然、私の補佐が声を上げる。

 私は補佐の言う通りに敵の後方を見た。

 

「なんだ? ……なんだあれは!?」

 

 そこには、今までまったく動きを見せなかったタテガミ族がありえない程の速い速度で敵の後方を走っている姿があった。

 

「タテガミ族ッ! 一体どういう事だ! あのスピードはなんだ!? 今までの敵の何倍も速いぞ!」

「わかりません……一体何が起こっているのか」

 

 私と補佐の騎士はそのタテガミ族がなんなのかまったく理解できない。

 すると、突然今まで後退する騎士団を追いかけていた4種族の混成部隊が左右に分かれて中央を空けた。

 

「急に敵は何を!」

「……まさかッ! タテガミ族はここまま後退する騎士団を背後から襲うつもりか!」

「ッ!? だから敵は左右に分かれて!?」

 

 私の予想通りタテガミ族は敵の空いた中央をとんでもないスピードで通って騎士団を追いかける。

 

「まずいッ! このままではタテガミ族に追いつかれてしまう!」

「ど、どうしますか騎士団長!」

「くそっ! ……第2防衛ラインの騎士団は後退する騎士団が居て魔法で攻撃できない……かといってこのまま何もしなければ無防備な背後をタテガミ族に襲われてしまう」

 

 私はこの想像もしなかった窮地をどうするべきか必死に考える。

 

「あ! 騎士団長見てください!」

「今度はなんだ!?」

「後退していた騎士団が勝手に反転していきます!」

「なに!? ……そうか、そうするしかないか。 このままではダメな以上、反転して迎撃するしかないか」

「これならタテガミ族は50人くらいですし、こちらは100人います! 勝てますよ!」

 

 確かに人数的に考えればそうだが……私はあの異常なスピードで動くタテガミ族を見て嫌な予感しかしなかった。

 

「……お前はあの異常なタテガミ族を見ても勝てると思うのか?」

「それは……でも私たちはこれまで必死に訓練を積んできました。 簡単には……負けません!」

「私だって……そう思いたい」

 

 私だって今まで必死に白兎魔法騎士団を率いてきたんだ。

 簡単に負けるなんて思いたくない。

 

 

♢♢♢

 

 

 ……しかし現実は非情だった。

 反転した騎士団100人はまだ離れていたタテガミ族にそれぞれ魔法を放った……だが、タテガミ族は驚くことにあの異常なスピードですべての魔法を避けていく。

 そして騎士団とタテガミ族の距離は無くなり――騎士団100人とタテガミ族50人はぶつかった。

 私の嫌な予感は当たり、タテガミ族はその異常なスピードですべての騎士団の魔法を避けただけでなく、人数を上回る騎士団をどうやっているのか分からないがどんどん殺していく。

 更に最悪なことに第2防衛ラインに配置されていた騎士団50人が私の指示を無視して後退してきた騎士団を救おうとタテガミ族に突撃していった。

 おそらく目の前で混戦になって魔法での援護も出来ずに、ただ仲間が殺されていくのを見ていられなかったのだろう。

 そいつらを責めることはできない。

 ……私だってできるならすぐに仲間を救う為その場に向かいたかった。

 

 結果的に最終防衛ラインの騎士団50人を残して白兎魔法騎士団の騎士たちは死んでいった。

 目の前の騎士たちを殺し尽くしたタテガミ族に被害はなく、すぐに後ろからやってきた100人の敵と合流してまた後方に下がった。

 

「……これからどうしますか?」

 

 私の補佐が落ち着きを取り戻した私のこれからの事を聞いてくる。

 私はすべてを投げ出したくなる衝動を抑えてこれからを声に出しながら考えた。

 

「……今の状況は人数的にも力でも私たち白兎魔法騎士団は負けている……今の距離的に魔法で多少の時間は稼げると思うが……悔しいが私たちの」

 

 ――負けだ。

 

 その言葉を聞いた補佐の若い騎士は俯いて顔を歪めて歯を食いしばっていた……まるで涙を流してしまうのを我慢しているようだ。

 ……いや、実際に我慢しているのだろう。

 勝てると思っていた、楽勝だと考えていた相手に何の攻撃も通用せず、大切な仲間たちをただ殺されて……悲しくて悔しいのだろう。

 私もとても悔しい……だから最後の手段を取る、取るしかない。

 

「……打開策はただ1つ」

 

 補佐が顔を上げて私を見る。

 

「それは……」

「私たち白兎魔法騎士団が負けて居なくなれば、次は国があいつらに荒らされる。 それだけは回避しなくてはならない。 私たちの……ティターン様の国を奴らに荒らされる訳にはいかない」

「まさか!?」

「……ティターン様に助けを求める」

「しかし……それでは騎士団長が!?」

「私の命ぐらい構わない。 ただでさえティターン様に命じられた敵の排除も出来ないのだ。 責任は取る」

 

 ティターン様に助けを求めるという事はそういう事だ。

 

「本当は万全の状態で引き継ぎたかったが、すまん。 今からお前が白兎魔法騎士団の騎士団長だ」

 

 補佐はもう我慢出来ずにその瞳から涙を流していた。

 

「残った騎士に指示を出して、何としてでもティターン様が来るまで耐えるのだ……いいな?」

「……はい……はい!」

「……後は頼んだ」

 

 私は補佐に背を向けて物見櫓から降りて走ってティターン様の家に向かった。

 すべてはこの戦いを終わらせる為に。



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第22話 ドラゴンヴァンパイアと助けを求める声

第22話 ドラゴンヴァンパイアと助けを求める声

 

 

 

「ティターン様、レクです! 緊急の報告があります!」

 

 扉の向こう側から、レクのどこか重い声が聞こえてきた。

 

「……レクか。 入っていいぞ」

 

 俺は閉じていた瞼を開いて、入室の許可を出す。

 

「……ティターン様、失礼します」

 

 そう言って俺の家に入り、報告をしにやってきたレクはどこか重い雰囲気を出しながら深刻そうな表情をしている。

 これは戦場で相当な事があったんだな、と俺はレクを見て思った。

 

「ではレク、お前が言う緊急の報告とやらを聞こう。 さあ話せ」

 

 早速、俺はそのレクが言う緊急の報告というのを聞こうとした。

 

「はい……現在、戦場では第2防衛ライン辺りに敵、約150人がこちらに向かって進行中です」

「ほう」

 

 敵が150人ということは、レクたちが少なくとも敵を100人殺したことになる。

 だが、第2防衛ラインまで敵が進行しているとなると……俺の予想では白兎魔法騎士団に相当な被害があった筈。

 

「そして……私たち白兎魔法騎士団は最終防衛ラインに配置された50人を残すのみ……騎士団150人が敵に、タテガミ族にやられました」

 

 レクは声を絞り出すようにそう言った。

 俺の思った通り、やはり白兎魔法騎士団に相当な被害が出たようだ。

 それにしても騎士団150人が敵に、しかもレクの言い方だとタテガミ族にやられたようだが、一体戦場で何があったのか?

 ……それに。

 

「お前たち白兎魔法騎士団に相当な被害が出たのはわかった……がレク、お前はその状況でなぜ俺に報告をしにやって来た? 今、戦場で指揮を執っているのは誰だ?」

 

 なぜ今そのような大変な状況で騎士団長であるレク本人が俺に報告をしに来たのか?

 俺はそれが気になった。

 

「今、戦場で指揮を執っているのは私の後任として育てていた補佐の若い騎士です。 勝手ですが、私はその補佐だった若い騎士に騎士団長の座を譲ってここにやって来ました。 ……ティターン様にお願いがあります」

 

 レクはそう言うとその場に身体を伏せて俺に向かって頭を下げる。

 

「ティターン様、私たちを助けてください!」

「俺に助けを求めるというのか?」

「今は騎士団がなんとか敵を止めていますが、このままでは白兎魔法騎士団は全滅してしまい、敵にこの国への侵入を許してしまいます! お願いです、私たちを助けて下さるのなら私はどんな事でもしますし、すべてをあなた様に捧げます!」

 

 レクはもう自分たちではどうしようも出来ないから助けてほしいと俺に言った……この俺にだ。

 

「……はは……ははははははははははははは!!」

「……ティターン様?」

 

 驚いた!

 この俺に助けてほしいだなんて……いままで直接「助けてくれ」なんて俺に……この俺に言ってきた奴は居なかったぞ!

 いやー驚いた……それに……とても面白い、愉快な気分だ。

 つい大声で笑ってしまうくらいだ……こんなの族長が死んでリーウに心配された時以来のことだな。

 

「はははははははは……はぁはぁ」

「てぃ、ティターン様?」

「いや悪い、あまりに面白くてな……そうか、助けてほしいか」

「は、はい」

「……よし、いいぞ! お前たちを助けてやろう!」

「ほ、本当ですか!?」

 

 俺は少し考えた結果、レクの助けを求める声に応えることにした。

 しかし、ただでは助けない……条件を付けることにする。

 

「だが、条件が2つある。 1つはレク、お前は騎士団長を辞めたようだがお前はまだ騎士大臣だろう? だからお前は自分の身体が動かなくなるまで騎士大臣の仕事を必死にやれ……いいな?」

「は……はッ!」

 

 つまり死ぬまでレクには騎士大臣を必死にやってもらうこと、それが1つ目の条件……これをレクは了承した。

 

「続いて2つ目の条件だが……今ここで俺に戦場で起こった事をすべて報告しろ。 これは時間が掛かるから急いでいるお前には厳しいかもしれないが、この条件を飲まなければ俺はお前の助けには応えない……どうだ?」

「はッ!  ティターン様に戦場で起こった事をすべて報告します。 白兎魔法騎士団ならそれぐらいの時間は耐えてくれるでしょう」

 

 2つ目の条件は戦場で起こった事を俺にしっかり報告する事……これは俺がなぜ白兎魔法騎士団が劣勢になったのかを気になったからだ。

 時間が掛かり、もしかしたら白兎魔法騎士団が全滅してしまうかもしれないこの条件もレクはすぐに了承した。

 レクは信じているのだろう……白兎魔法騎士団が耐え抜く事を。

 

「ティターン様、ありがとうございます!」

「あぁ……では戦場で起こった事を最初から話してくれ」

 

 身体を伏せていたレクは立ち上がって、俺に報告を始める。

 

「はい。 先ず私は白兎魔法騎士団を3つに分けて配置しました」

「なるほど。 第1防衛ライン、第2防衛ライン、最終防衛ラインにそれぞれ配置したのか」

「その通りです。 第1防衛ラインに100人、第2防衛ラインと最終防衛ラインに50人ずつ配置しました。 これは200人の敵なら100人の魔法で倒せると考えたのと、もしもの時を考えたための配置です」

「ふむ」

 

 確かに魔法で順調に敵を遠くから倒せるなら100人で200人はいけるだろう。

 もしもの時を考えて第2防衛ラインと最終防衛ラインに騎士団を配置するのも悪くはないか。

 

「私と補佐は最終防衛ラインに建てられた物見櫓から戦場全体に合図をすることにしました」

 

 この物見櫓は俺が昔、騎士団に教えて建てさせたものだろう。

 あの物見櫓なら戦場全体を見渡せる筈だし指示も可能だな。

 

「私たちは敵が第1防衛ラインに配置された騎士団の魔法の射程範囲に入るのをじっと待ち、そして敵が射程範囲に入ったのを確認して魔法での遠距離攻撃を開始しました」

 

 その魔法での遠距離攻撃が上手くいけば騎士団は快勝するだろうな……まぁ今の白兎魔法騎士団が遠距離での魔法攻撃だけで勝てるとは思えないが。

 

「最初は私たちの魔法攻撃で敵を次々と殺していきました……が、敵が100人くらいに減った頃……驚くことに敵は死んでいった仲間の死体に隠れて盾代わりにしたのです」

 

 なるほど、死体を盾にして魔法から身を守るか……白兎魔法騎士団では絶対にやらないから思い付きもしなかったのだろう。

 ……だからこそ白兎魔法騎士団は劣勢に追いやられているのだ。

 

「なあレク?」

「はい、ティターン様」

「今回の戦い……」

 

 ――良い経験になっただろう?

 

「ッ!?」

 

 レクは俺のその言葉を聞いて驚いた様子でその場で固まっている。

 

「なあレク、白兎魔法騎士団には足りないものが幾つかあるが、その中で一番足りないものは何だと思う?」

「……まさか」

「俺は前からずっと思っていたんだよ。 白兎魔法騎士団には圧倒的に経験が足りていない、とな」

 

 そう、白兎魔法騎士団には圧倒的に経験が足りていない。

 騎士団では訓練を欠かさずやってはいるが、それだけなのだ。

 未だに白兎魔法騎士団は弱いモンスター相手にしか実戦を経験しておらず、同じ規模の人と戦ったことはない。

 それどころか兎族は騎士団が出来るまで戦う種族ではなかった。

 だから俺は最初からこの戦いが白兎魔法騎士団、兎族の良い経験になると思ったし、簡単に敵に勝てるとは思ってはいなかったのだ。

 

「……まさか、ティターン様は……最初から私たち白兎魔法騎士団が敵に負けると考えていたのですか?」

 

 レクが震える声でそう俺に問いかけてくる。

 

「いや、俺はお前たちが負けるとまでは考えていなかった。 ……ただ、簡単に敵に勝てるとも考えてはいなかったがな」

「そう……ですか。 ……ティターン様に言われてみるとその通りですね。 私は、私たちは魔法を手に入れて、訓練をして強くなったつもりでした。 モンスター相手に勝利して実戦を経験したと思っていました。 だから戦いというのを簡単に考え、軽視していたんだと思います」

 

 レクは身体を震わせ俯いて言う。

 

「私が……愚かでした。 白兎魔法騎士団をまとめる立場にありながら調子に乗っていたんです。 私たちなら負ける筈がない、と。 本当なら私が騎士団のみんなを叱り、気を引き締めなくてはならなかったのにッ!」

「……レク、後悔するには後だ。 今のお前がするべき事は一刻も早く俺に報告をして助けてもらうことだろう?」

「そう……ですね」

 

 俯いていたレクは顔を上げて俺を見る。

 

「……ありがとうございます、ティターン様。 報告を続けます」

「あぁ」

「敵が死体に隠れて魔法が届かなくなりましたが、逆に敵はその場から動けなくなりました。 こちらは攻撃が届かず敵は動けない……膠着状態がしばらくの間続きます。 そこで私は第1防衛ラインに居る騎士団を第2防衛ラインまで後退させることにしました」

「ふむ、なぜだ?」

「私は騎士団が敵を100人も殺して敵が劣勢になった筈なのに未だに後方で動きをみせないタテガミ族50人が不気味で気になって、騎士団を突撃させるよりは後退して安全を取った方がいいと考えたからです。 それにこれは動かない敵を動かす案でもありました。 第1防衛ラインの騎士団が第2防衛ラインに全力で後退を始めたら敵が追いかけてくるかもしれないと考えました。 敵との距離もありましたから追いつかれる事もなく安全だと考えたのです」

「なるほど。 それで後退してどうした?」

 

 そこでレクは苦い顔をする。

 

「途中までは順調に騎士団が後退をしていました……予想通り敵も慌てて隠れていた死体から出てきましたし、このまま後退出来るだろうと思っていました。 すると突然、今まで動きを見せなかったタテガミ族が後退する騎士団を追いかけ始めたのです」

「騎士団を追いかけている敵よりも後方のタテガミ族がか?」

「はい」

 

 なんだそれは……普通に考えて追いつける訳がないだろう。

 

「驚くことにそのタテガミ族の集団は普通の敵の何倍ものスピードで騎士団を追ってきました。 あれは異常な光景でした。 本当にタテガミ族は異常な動きで……追いつける筈がないと思っていた騎士団に迫りました」

「それは……本当のことか?」

「はい、すべて事実です」

「ふむ」

「このままでは無防備な背中を攻撃されると恐れた騎士団はその場で反転してタテガミ族を迎え撃つことにしましたが、異常な動きをするタテガミ族に魔法はすべて避けられて次々に後退していた騎士たちに襲いかかります。 異常な動きをするタテガミ族は強く、騎士たちは次々と殺されていきました。 さらに最悪なことに第2防衛ラインに配置されていた騎士団が目の前の惨状に耐えきれず、タテガミ族に殺される騎士たちを救おうと勝手に突撃していきました。 ……そしてタテガミ族50人に騎士団150人は全員殺されて今の状況になります。 しかも、タテガミ族には被害も出ていない様子で再び100人の敵の後方に下がりました」

 

 なるほどな……異常な動きを見せるタテガミ族に対応出来ず白兎魔法騎士団はやられたのか。

 それにしても異常な動きのタテガミ族ねぇ……俺の考えでは十中八九それは魔法だろうな。

 それも俺の龍魔法のような種族固有の魔法で、しかも身体強化系とみた。

 

「その異常な動きのタテガミ族……おそらく魔法だろう」

「なッ!? それは本当ですか!?」

「あぁ、お前たちの知らない魔法で身体能力を強化する魔法だと俺は思う」

「……なぜタテガミ族が魔法を?」

「まぁ偶然だろうな……あとはその魔法の習得難度が低いのか」

「くっ……魔法騎士団が魔法によって敗れるとは」

 

 悔しそうな表情のレクを見ながら俺は再びタテガミ族について考える。

 タテガミ族は他の種族を支配する上に種族固有の魔法まで持っている。

 おそらく俺という異物が居なければ、獣人たちを支配して最初に国を作ったのはタテガミ族だったのだろうな。

 なるほど、タテガミ族……獅子のようなその姿は世界が変わっても百獣の王、という訳か。

 放置していると面倒なことになりそうだな……誰かに従うような種族でもなさそうだし……消すか。

 

「……よし、これでレク、お前は条件を2つとものんだ訳だ」

「それでは!」

「あぁ、約束通り、お前の助けを求める声に俺は応えよう」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「礼を言うのは早いと思うぞ。 まだ騎士団が助かるのかわからないだろう?」

「いいえ、必ず白兎魔法騎士団は敵の進行を食い止めているでしょう」

「そうか……お前がそう思うなら安心して待っていろ。 後は俺が戦いを終わらせてやる」

「はッ! お願い致します。 ですが私も戦場へ向かいます」

「お前の好きなようにすると良い」

 

 俺は俺の家の大きな扉を開けて外へ出ると、翼を広げて少し羽ばたく。

 

「では行ってくる」

「行ってらっしゃいませ!」

 

 戦場に向かう為、俺は全力で翼を羽ばたかせて空へと飛び出した。

 では、この世界から種族を1つ滅ぼしてやろう……本当の圧倒的な力というものを見せてやる。



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第23話 タテガミ族とタテガミ族の誇り

第23話 タテガミ族とタテガミ族の誇り

 

 

 

「未だに長耳族の集落は大きくなり続けています」

「そうか……報告ご苦労、下がっていいぞ」

「はい!」

 

 俺はタテガミ族の族長として、見張りに出していた者から報告を受けた。

 ……それにしても長耳族か……面倒な相手だ。

 俺たちタテガミ族と長耳族は少なからず昔に因縁がある。

 はじまりはタテガミ族の族長だった俺の親父がまだ戦士長だった頃の話らしい。

 その頃は俺もまだ生まれておらず、死んだ親父と親父の仲間の戦士からの話でしか知らないのだが、何でもある日タテガミ族の1人の戦士が長耳族の隠された集落をみつけたそうだ。

 その報告を聞いた当時の族長が戦士長だった親父に長耳族の集落への攻撃を命ずる。

 親父はその族長からの攻撃命令を受けて、集落に居るタテガミ族の戦士を集めて長耳族の集落へ向かった。

 長耳族に発見されずに戦士たちと隠れて集落に近づいた親父はどう攻撃しようかと悩んだ時、若い戦士が功を焦って長耳族の集落に1人で突撃したらしい。

 その結果、長耳族に怪我を負わせただけで全員に逃げられたそうだ。

 しょうがないので親父たちは長耳族が残した血の跡を追った。

 長耳族を追いかけていた親父たちは大平原で逃げていた長耳族を見つけたが、奴らの逃げ足は速くなかなか追いつけない。

 しかし、長耳族は怪我をしていた者もいたのでやがて親父たちは長耳族に追いつきそうになる。

 ……そこに突然、空から怪物が親父たちと長耳族の間に降ってきたらしい。

 親父はその怪物が現れた瞬間、身体が震えて動かなくなり、すぐにその怪物との差を感じたそうだ。

 そこで先ほど功を焦った若い戦士がその怪物に突撃する。

 その若い戦士は怪物に片手で頭を握り潰されて、身体から血を吸い出され干からびたらしい。

 その光景を見た親父は戦士たちに全力でその怪物から逃げるように指示して逃げた。

 その後、タテガミ族の族長となった親父はタテガミ族全体にその怪物の話をして、その怪物と長耳族には手を出してはならないと言うようになった。

 これが俺たちタテガミ族が唯一敗北した存在と長耳族との因縁。

 

 ……信じられないような事だが親父だけでなく、一緒に逃げたという戦士も同じ話をしていたので事実なんだろう。

 親父たちの話ではその怪物の姿は頭に角を持ち背中から翼と尻尾を生やしているらしい。

 本当にそんな姿の存在が居るのか、と疑問に思う……実際に親父たちが遭遇した時から姿を見せないからな。

 

 ある日、大平原に何かの集落が作られているのを俺たちタテガミ族は発見する。

 その集落をよく見ると今まで見たことのないような凄い建物が建っていた。

 そして驚くことにその集落を出入りしているのは、あの長耳族だということが判明する。

 俺たちタテガミ族はとても驚いた。

 なぜなら俺たちタテガミ族が手も足も出なかったらしい怪物から生き残っていて、尚且つ隠れて暮らす筈の長耳族がこんな見通しの良い大平原にあれ程立派な集落を作るなど思いもよらなかったからだ。

 俺たちはその長耳族があの怪物と関係があるのではないかと思い放置することにした。

 しかし、長耳族の集落はどんどん大きく立派になっていき、このままでは俺たちタテガミ族の脅威になるかもしれない。

 いつまでも見えない影に怯えている訳にはいかない。

 怪物に出会ったという親父や戦士たちはとっくに死んでいった。

 もう攻撃を止める者も居ないのだ。

 長耳族……このまま大きくなっていくのを放って置く訳にはいかない。

 ……それに俺たちタテガミ族には親父たちの頃には無かった特別な力を手に入れた。

 これがあれば、たとえ親父たちを恐怖させた怪物であろうとも負けないだろう。

 だが、念の為警戒はしていた方がいいな。

 俺は側に居る護衛の戦士に声を掛ける。

 

「おい、戦士長を呼べ。 戦いの準備だ」

「はい! 直ぐに呼んできます」

 

 護衛の戦士がすぐに俺の家から出ていって戦士長を呼んでくる。

 

「族長、戦いの準備という事だが次はどこを攻めるんですか?」

「今回はあの長耳族の集落だ」

 

 そう戦士長に言うと戦士長は目を見開いた後、震えてから喜びを身体で表した。

 

「やったぜ! ……ああ、すみません。 それにしてもやっとあのデカイ集落を攻撃出来るんですね!」

「なんだ? お前はそんなに長耳族を攻撃したかったのか?」

「はい、あんな立派な集落を作れる力を俺たちが支配すればどうなるかをずっと考えてたんです」

「なるほど……怪物については何も考えてないのか?」

「怪物ですか……そんな昔の敵に今の俺たちタテガミ族が負けると思いますか?」

「……確かにお前の言う通り俺たちは強くなった」

「それに俺たちタテガミ族にはあの力がありますからね」

「そうだな。 ……だが警戒はしておいた方がいいだろう。 俺たちの被害も減るしな」

「警戒ですか? どうするんです?」

「俺たちタテガミ族が支配している種族から戦士を出させて先に攻撃させるのだ」

「なるほど、あいつらを使うんですか……良いですね」

「決まりだな。 ではすぐに準備をして、準備が出来次第攻撃を始めろ」

「了解しました!」

 

 戦士長は俺の命令に納得して、家から出ていった。

 

「ふぅ……これで怪物なんて存在に怯える日々が終わってくれる事を願う」

 

 

♢♢♢

 

 

 族長から長耳族の集落攻撃の命令を受けて俺はすぐにタテガミ族の戦士を集めてから支配している種族を回った。

 そして今、大平原には多くの戦士が集まっている。

 

「聞けぇ! これから長耳族の集落に向かって攻撃をする。 長耳族の集落に向かって進行せよ!」

 

 こうして俺たちが支配している種族の戦士たちは長耳族の集落に向かって大平原を進み始めた。

 もちろん俺たちタテガミ族もその後ろを長耳族の集落に向かって進む。

 

 そうして進んでいると俺たちの進行方向に長耳族が多く集まっているのが見える。

 どうやら長耳族はここで俺たちと戦うらしい。

 

「戦士長、長耳族の奴ら何故か人を分けていますよ」

「なに?」

 

 仲間の戦士が俺にそう伝えてくる。

 長耳族をよく見ると確かに仲間の言う通り、長耳族が半分くらい後ろに下がっていた。

 

「何を考えているんだ長耳族は?」

「わかりません。 分けなければ俺たちが支配している奴らと良い勝負ができたと思うんですけど」

「確かにそうだな」

 

 仲間の戦士の言う通り、全員を集めて戦えば少しでも俺たちが支配している種族に勝利できたかもしれないのに。

 

「……まぁいい。 このまま敵に向かって突き進め!」

「了解です」

 

 そうして長耳族に俺たちが突き進んでいると、突然長耳族から見たことのない物が一杯支配している種族に飛んでくる。

 その見たことのない物は人に当たるとその当たった者は次々と死んでいく。

 

「な、なんですかあれは!?」

「……わからない。 あんな物見たこともない」

「ど、どうしましょうか!?」

 

 ざわざわと騒がしくなっていく戦士たちに俺は落ち着くように声をかける。

 

「落ち着け! あの飛んでくる物をよく見ろ! あれに当たらなければいいんだ。 俺たちにはあの力がある、あんな物簡単に避けられるだろう?」

「そ、そうですね! 流石は戦士長!」

「当たり前だ。 ……それにしてもあれは一体なんなんだ」

 

 タテガミ族の戦士たちが落ち着いたのを見てから俺は長耳族のあの攻撃について考える。

 だが、俺ではあれの正体がまったくわからない。

 すると、仲間の戦士が再び声を掛けてくる。

 

「戦士長、このままでは俺たちが支配している戦士が全滅してしまいます」

「……そうか。 さて、如何したものか」

 

 俺は戦場をよく見る。

 戦場には長耳族のよくわからない攻撃で一方的に攻撃され死んでいった戦士たちの死体が多くあり、このままでは確かに全滅しそうだ。

 そこで俺は1つのことを思い付く。

 

「良い考えが思い付いたぞ。 死んだ戦士の死体に身体を隠させるのだ。 そうすれば前からの攻撃に耐えられる筈だ」

「……それに奴らは従いますかね?」

「なに、死にたくなかったら従うしかないだろう?」

「確かにその通りですね」

 

 そう、奴らはあの長耳族の攻撃から死なない為には従うしか方法はないのだ。

 予想通り、支配している戦士たちに指示を出してすぐに奴らは従った。

 

「上手く長耳族の攻撃を耐えていますね」

「ああ。 これでなんとか全滅は避けられたな」

「そうですね。 ですが、これからどうしますか? これではこちらが動けませんし」

「そうだな。 ……とりあえず、長耳族の攻撃が止むまで待ってみるか」

「わかりました」

 

 そう決めてじっと支配している戦士が死体に隠れていると長耳族も攻撃が無駄だと思ったのか、あの攻撃をやめた。

 しかし、死体から戦士が少しでも身体を出そうとすると、あの攻撃が飛んでくるので動けない。

 しばらく、その動かない時間が続く。

 すると、突然前に居た長耳族が後ろに向かってこちらに背を向けて走り出した。

 

「動いたッ! 前の戦士たちに追わせろ!」

「了解です!」

 

 突然、背を向けて逃げ出した長耳族を支配している戦士たちが追いかけるが、距離的にも足の速さ的にも追いつけそうにない。

 

「しょうがない。 お前ら! 【タテガミ族の誇り】を使って俺たちタテガミ族が長耳族を追いかけて殺す! いくぞ!」

「「「おおおぉぉぉ!!!」」」

 

 前の戦士たちでは長耳族に追いつけそうにないので、俺たちタテガミ族が【タテガミ族の誇り】を使って長耳族を追いかけることにする。

 タテガミ族の誇りというのは俺たちタテガミ族が使える不思議な力で数年前に発見された力だ。

 このタテガミ族の誇りを使うと俺たちの身体能力が大幅に強化されて、力も強くなるし足も速くなる。

 まさに俺たちタテガミ族にふさわしい最強の力。

 この力があるからこそ俺たちは誰にも負けないと断言出来るのだ。

 タテガミ族の誇りで身体能力が大幅に強化された俺たちは普段ではありえない速さで大平原を走る。

 すると、すぐに長耳族を追いかけている俺たちが支配している戦士たちの背中が近付く。

 

「お前たち! 真ん中を空けろ!」

 

 俺の指示を受けた戦士たちが左右に分かれて道を空ける。

 俺たちはそこを通って長耳族に追いつこうと更に速く走る。

 長耳族の背中が近くに見えてきて、もうすぐ追いつけるというところで背中を見せていた長耳族が反転して俺たちタテガミ族にあの攻撃を飛ばしてきた。

 しかし、タテガミ族の誇りを使っている俺たちにそんな物が当たるはずもなく、すべてを避けてとうとう長耳族に辿り着く。

 

「おおおおおおおおおお!!」

『gansj』

 

 俺は石の槍と変な物を持った長耳族と接触する。

 俺は石の槍を構えてその長耳族に突然するが、長耳族はその変な物で俺の攻撃を防いだ。

 

『slander』

 

 どうやって防いだのかよくわからないが、そんな事はどうでもいい。

 今は目の前の敵を楽しんで倒すのみ。

 そこで俺は目の前の長耳族が男ではなく女だということに気が付く。

 

「なんだ? 長耳族の女か? ちっハズレだな」

『idbdodusgdcdj』

 

 男の長耳族の戦士であれば、もう少し戦いを楽しめたのかもしれないと思いながらそう言ったのだが、その言葉に長耳族の女は怒ったのか石の槍で俺を突き刺そうとしてくる。

 俺はその石の槍を脇で抑えて動かなくした。

 

『usbfceoak』

「なんて言っているか知らないが、終わりだ」

 

 相変わらず、この長耳族の女がなんと言っているのかわからないが、俺は早く次の敵と戦おうと思いながらこの長耳族の女の頭を思いっきり石の槍で上から殴り終わらせた。

 長耳族の女が倒れるのを少し見ながら横に居る新しい長耳族の戦士に俺は向かっていく。

 

 そうして、俺たちタテガミ族は次々と長耳族の戦士を殺していった。

 途中で長耳族の戦士の救援がやって来たが、それも同じように殺していく。

 長耳族はどいつもこいつもおんなじような動きしかせず、大した強さもなかった。

 時折、あの不思議な攻撃を飛ばしてくるが見えているなら当たらない。

 そして、向かってきた長耳族をすべて殺し残るは後ろに居る少しの長耳族だけになった。

 俺たちタテガミ族は追いかけてきた支配している戦士たちの後ろに一旦下がる。

 なぜならタテガミ族の誇りはずっとは使えないからだ。

 再び使うのには少し休憩しなくてはならない。

 

「いやぁ戦士長。 長耳族なんて弱い奴らですね!」

「そうだな。 期待外れもいいところだ」

「それでこれからどうしますか?」

「とりあえずはここで休憩だな。 再びタテガミ族の誇りが使えるまで待つ。 どうせ長耳族に近付こうとしてもあの攻撃を飛ばしてくるだろうしな」

「了解です」

 

 そうして、俺たちは長耳族と向かい合ったままタテガミ族の誇りが使えるまで待つ。

 この時間が終わった時、その時が長耳族の負けだ。

 

 

 そう思っていた俺たちタテガミ族の前に圧倒的な恐怖と力が舞い降りる。

 

 ――それは絶望だった。



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第24話 ドラゴンヴァンパイアという怪物の蹂躙

第24話 ドラゴンヴァンパイアという怪物の蹂躙

 

 

 

 俺は国の家前から飛び立ち、すぐに大平原の戦場近くまで飛んできていた。

 

「おー、やってるなぁ」

 

 戦場の上空、白兎魔法騎士団と敵種族の間まで飛んできた俺は目下の光景を見てそう呟く。

 今、戦場では少ない人数の白兎魔法騎士団が100人の混成種族の敵を相手に魔法で牽制して敵が近付いて来れないようにしているようだ。

 どうやらレクの言っていた通り、白兎魔法騎士団は今までなんとか踏ん張っていたらしい。

 次に俺はレクから聞いた報告のタテガミ族を見ようと100人の混成種族の後ろを見る。

 そこにはレクの報告通り、タテガミ族と思われる種族が50人ほど集まっているのがわかった。

 

「ふむ……」

 

 この状況を見ながら俺はなぜ未だにタテガミ族が混成種族の後ろで集まっているのかを考える。

 レクの報告の通りならば、タテガミ族が使用したと思われる身体能力を強化する魔法を使えば白兎魔法騎士団の魔法は避けられそして殺される……すぐにでもタテガミ族の勝利でこの戦いが終わるのになぜ?

 

「簡単なことか」

 

 その理由を俺はすぐに思い付く。

 おそらくタテガミ族が使用した種族固有の身体能力を強化する魔法は長時間の使用、または連続しての使用が出来ないのではないだろうか。

 その長時間の使用、または連続しての使用が出来ない理由がその魔法の特性からなのか、タテガミ族という種族が持っている魔力が少ないからなのかは知らないがな。

 まぁ白兎魔法騎士団からしてみれば、あのタテガミ族が前に来ないからなんとか耐えられているといった感じだろう。

 さて、俺は俺のするべきことをさっさとやってしまうか。

 そう思った俺は久しぶりに魔圧を少しだけ自分の身体から放つ。

 すると、戦場に居た者たち全員が一斉に空に目を向けて俺を見た。

 魔圧を少し放っただけで、まるでこの戦場の主役になったような気分だ。

 俺は今飛んでいる所から少し高度を下げてから、敵の混成種族100人を見下ろす。

 敵の混成種族100人は何が起きたのかわからないのか、ただ身体を震わせて俺を見上げている。

 俺は右手を伸ばして親指と人差し指以外を曲げてその人差し指を敵の混成種族に向けた。

 

「さーて、どうなるかな」

 

 右手をから人差し指の先に俺は闇の魔力を集中して集める。

 そのまま俺は闇の魔力を変化させていき、人差し指の先に小さな黒い球体が出現。

 その小さな黒い球体はよく見ると、真ん中を中心に渦を巻いているように見えた。

 

「よし、行け【ミニ・ブラックホールガン】バァン!」

 

 バァンという少し間抜けな俺の声で人差し指の先の小さな黒い球体を混成種族に放った。

 ブォンという音を立てて飛んでいった小さな黒い球体はそれなりの速度で混成種族に飛んでいき――着弾する。

 その瞬間、小さかった黒い球体は何倍もの大きさになって周囲を一瞬で抉り、すぐに黒い球体は消えてなくなった。

 混成種族100人の真ん中にポカンと穴が1つ出来る。

 その穴に居た者たちも大地も最初から無かったかのように綺麗に消えていた。

 

 これが俺の新しい魔法【ミニ・ブラックホールガン】だ。

 この魔法は名前の通り小さなブラックホールを指先に作り出して銃弾のように飛ばすというもので、着弾した瞬間に小さかったブラックホールが巨大化してその場にあったものをすべて消し去ってしまう。

 ただ、そのままだと周囲もすべて吸い込んでしまうので、着弾後すぐに消えるように設定している。

 ちなみに小さいブラックホールが作れるなら大きいブラックホールも作れるのかというと……作れる。

 というか、最初に作ったのはそれなりの大きさのブラックホールだった。

 しかも、ブラックホールを作った経緯が要らないゴミを捨てる魔法をどうにか作れないかと試行錯誤した結果、偶然出来てしまったというもの。

 なので、この魔法は実際には何でも吸い込む闇の穴であって本当のブラックホールではない。

 俺がてきとうにブラックホールに似ているからそう呼んでいるので実際は擬似ブラックホールなのだ。

 

 それはそうとこのミニ・ブラックホールガン……実は連射が可能である。

 という事で俺は再び下の混成種族に向かってミニ・ブラックホールガンを何発か放った。

 そこでやっと混成種族の者たちが、自分たちを消されているのを理解したのか四方に逃げ出す。

 

「やっと散ったか。 これで邪魔な奴らは消えた」

 

 元々俺はタテガミ族に支配されている混成種族なんかに興味は無かったので全員を追いかけて殺したりはしない。

 俺が用があるのは今も逃げ出さずに戦場に残って俺を見上げているタテガミ族だ。

 タテガミ族は他の奴らとは違い震えておらず、しっかりと俺を睨み付けている。

 

「タテガミ族か……前とは違って少しはできそうだな」

 

 獅子族……タテガミ族と最初に出会った時は全員が身体を震わせて殆どが逃げ出していったが、今回は違うようだ。

 俺は腕を組んでゆっくりとタテガミ族たちの前に降り立つ。

 そこで先頭に立っているタテガミ族をよく見る。

 そいつは他のタテガミ族が茶色い毛の色をしているのに対して黒い色の毛をしていて身体が他のタテガミ族よりも大きい。

 どうやらこいつがこのタテガミ族たちを率いている者のようだ。

 俺はさらにタテガミ族たちをよく見ると、タテガミ族たちの身体に魔力の流れを見る事が出来た。

 

「ふむ……どうやらお前たちが使っている力は俺の予想通り魔法で当たりのようだな」

 

 俺がそうやってタテガミ族を観察していると先頭の黒いタテガミ族が口を開く。

 

『……こいつが親父たちの言っていた怪物か……角に翼に尻尾、言っていた通りの姿だ……まさか本当に出てくるとは』

「なんだ、俺を知っていてここに攻めてきたのか。 ……やはり世代交代による俺への危機感の薄れか。 それとも魔法という力を得て勝てると思ったのか。 ……あぁ悪いな、俺は獣人語は話せないんだ。 と言っても伝わらないだろうが」

『……何を言っているのか知らないが、怪物よ。 お前が俺たちを邪魔するのなら、俺たちはお前を殺して先に行く。 邪魔する気がないのならそこを退け!』

 

 もちろん、俺にその場を動いてタテガミ族に道を譲る気などなく俺はその場で首を横に振った。

 首を横に振った俺を見たタテガミ族は武器を構えて先程より強く俺を睨んだ。

 

『俺たちタテガミ族に楯突いたことを後悔させてやる! お前たち、やれ!』

 

 黒いタテガミ族がそう言うとタテガミ族の集団の中から屈強な男2人が前に出てきて俺に武器を向けて飛びかかってくる。

 俺は冷静に1人を尻尾で軽く殺さないように優しく大地に叩きつけ、もう1人の男の首を片手で軽く握った。

 

『なッ!? 馬鹿な!』

 

 確かにこいつらは身体能力を魔法で強化していて他の奴らより速く動いていたが――それだけだ。

 俺から見れば大して他と変わりはしない……この程度なら俺も龍魔法で身体能力を強化するまでもない。

 俺は大地に倒れている男を優しく踏みつけ動けなくして、首を握る力を強くしていく。

 

『ガッ……ぐッ……た、たすけ』

 

 そのまま俺は助けを求めるその男の首を軽く握り潰した。

 その瞬間、その男の首から鮮血が四方に飛び散り俺の口元にもべったりとつく。

 舌を動かしペロリと俺は口まわりの鮮血を舐めとる。

 

「う〜ん、30点かな」

 

 手に持っている死体を捨てて、続いて俺は足下の男の頭を潰さないように優しく握って持ち上げる。

 

『ひぃッ! し、死にたくない!』

 

 持ち上げた男はそう言っているが俺はそんなこと気にせずに人差し指をその男に軽く突き刺す。

 

『いッ!?』

 

 そして人差し指を抜いてから、その男を放してやる。

 男はまさか俺が手を放してやるとは思えなかったのだろう……俺の目の前で尻餅をついてボケーっと俺を見ていた。

 ……まぁこのまま助けてやるつもりなど毛頭無いが。

 俺は血魔法を発動させて先ほど男に開けた穴からそいつの体内の全身の血を操る。

 その男の全身の血を俺は外に強引に動かそうとして力を込めた。

 

『うぎぃ、ぐぎぎぎぎぎ』

 

 その男は奇声を発しながら、苦しそうにその場で藻掻く。

 そして段々とその男の身体が大きく膨張していき――パァンと破裂した。

 その男の物だった血肉が俺とタテガミ族たちに降ってくる。

 

「誰が! 誰に! 楯突いたことを後悔させてやるって!? 逆だ! お前たちタテガミ族が俺に楯突いたことをあの世で後悔させてやる! ……アハ、アハハハハハハハハハハハ!!」

 

 タテガミ族たちは、もう俺を睨み付けてなどいなかった。

 俺に向けるその視線は圧倒的な力と想像できない殺し方による恐怖。

 中には先ほどとは違い身体を震わせているタテガミ族も居る。

 あの粋がっていた黒いタテガミ族ですらその俺を見る視線に恐怖を含んでいたが、驚くことにその意思はまだ折れてはいないようだ。

 

『落ち着け! まだ2人やられただけだ!』

 

 確かに黒いタテガミ族の言う通り、50人くらい居るタテガミ族の中で俺はたった2人しか殺していない。

 ……だから。

 

『俺たちタテガミ族の戦士がタテガミ族の誇りを使って全員で掛かれば負けるはずがない!』

 

 だから、次は人数を増やして俺を殺そうとする筈だ。

 それにしても、タテガミ族の誇りか……どうやらそれがタテガミ族が使う身体能力強化の魔法の名前なのだろうが、大層な名前だな。

 そんなことを俺が思っていると、タテガミ族が態勢を取り戻したようで、黒いタテガミ族に指示を受けていた。

 

『よし、みんな行くぞ! あの怪物を滅茶苦茶にしてやれ!』

『『『おおおおおお!!!』』』

「はぁ。 そんなことをしても無駄だとわからないのかなぁ……わからないんだろうなぁ」

 

 40人ほどのタテガミ族が俺に武器を向けて立ち向かってくる中、俺は呑気にそんなことを口にしていた。

 ちなみにタテガミ族全員が俺に向かってきているようではなく、先程の恐怖で身体を震わせたままその場を動かない者もいる。

 ……賢明な判断だな。

 まぁ死ぬのが早いか遅いかの違いしかないが。

 

「ではやるか」

 

 俺は迫ってくるタテガミ族たちの波に自分から突っ込んでいく。

 

「その向かってくるお前たちの蛮勇を讃えて一人一人俺が自分の手で殺してやろう!」

 

 俺は久しぶり龍斬を両手に発動させて、先頭のタテガミ族から次々に斬り殺していく。

 すれ違いざまに胴を斜めに両断し、正面から来る敵を縦に斬り裂き、斜めから迫ってくる奴の首をはねる。

 そうやってどんどんタテガミ族を斬り殺しながら奥へと進んでいき、司令塔の黒いタテガミ族を目指す。

 黒いタテガミ族は徐々に迫って来る俺を見て顔を引きつらせて呟く。

 こんな戦闘の中でも俺の性能の良い耳は、その黒いタテガミ族の呟きをしっかりと聞き取る。

 

『……なんだ。 なんだこれは』

 

 これは俺という存在が一方的に蹂躙する場だ。

 

『お前は……お前は一体何なんだ』

 

 お前は俺をなんだと思う?

 どんな風にお前には見える?

 

『お前なんて……お前なんて存在が俺たちと同じ場所に居ていい筈がない』

 

 ……そうだな。

 お前の言う通りだ。

 俺という、ドラゴンヴァンパイアという異物は本来お前たちと同じ場所に居るものではないのだろう。

 

『化け……物。 そうだ怪物だ。 親父たちの言っていた通りの怪物だ』

 

 そうだ。

 あの日、あの時俺は人としての魂の在り方を捨ててドラゴンヴァンパイア……怪物としての魂の在り方になった。

 事実、これだけの人をむごたらしく殺しても俺の心は少しも痛まない。

 ……だが、そんな俺を兎族たちは神と崇める。

 俺のことを大好きだと、優しいと、慈悲深いと言った。

 馬鹿だよなぁ……あいつら。

 でも、そんなあいつらが俺は案外――――。

 そんな俺に兎族たちは導きと救いを求めた……だから、お前たちタテガミ族に俺の国の地を踏ませるつもりは――

 

 ――ない。

 

 俺と黒いタテガミ族との距離は0になり、俺は横を通り過ぎて止まった。

 

「これで……終わりだ」

 

 俺は後ろ振り向いて、黒いタテガミ族だったものを見る。

 黒いタテガミ族の落ちた首と目が合った。

 そいつの表情は一瞬で死んだ筈なのに苦しんで苦しみ抜いたような顔をしていた。

 

 あとその場に残っているのは血に塗れた俺と大量のタテガミ族の死体に震えたままの数人のタテガミ族。

 俺は残っているタテガミ族を見てから放っていた魔圧を止める。

 すると、身体を震わせていたタテガミ族たちは一目散に逃げ出していった。

 

「……まぁ逃がすつもりはないが、束の間の休息というのを味わえ」

 

 俺は全身に付いた血液を血魔法で剥がして身体を綺麗に戻しておく。

 血は充分にあるので、集めた血は少しだけ勿体無いが大地に捨てる。

 そして逃げ出したタテガミ族を追いかける為、翼を羽ばたかせ空へと飛び出した。

 

 

♢♢♢

 

 

 逃げ出したタテガミ族を追いかけていると、すぐにタテガミ族の村に辿り着いた。

 随分早く着いたので、どうやらタテガミ族は全力で走っていたらしい。

 見た所、タテガミ族の村は昔の兎族の村よりも大きいが、未だに木を使った建築などをしていないので随分と遅れている気がした。

 ……まぁうちの国が進み過ぎているだけか。

 村に辿り着いたタテガミ族たちは、それぞれ家族と思われる者と抱き合ったり、その場で尻餅をついたり、泣き出す者も居る。

 その騒がしい様子をみて村の至る所からタテガミ族の子供や若者、中年に老人などが集まってきた。

 俺はそれを見ながらタテガミ族の村の中央の上空に移動する。

 

「……せめて痛みもなく、一瞬で終わらせてやろう」

 

 俺は両手を胸の前に持ってきて、手の平を向かい合わせるようにする。

 そのまま両手に魔力を流して手の平の間に龍魔法の球体を作り、さらに力を凝縮していく。

 

「さよなら、タテガミ族。 お前たちは確かに王となれる種族であった」

 

 俺は凝縮した龍魔法の球体をそのまま解放した。

 

「【ドラゴン・ノヴァ】!」

 

 

 その瞬間、この世界から1つの種族が姿を消した。

 



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第25話 ドラゴンヴァンパイアと黒い兎族

第25話 ドラゴンヴァンパイアと黒い兎族

 

 

 

 タテガミ族が神聖ティターン王国に攻めてきて、白兎魔法騎士団が迎え撃ち、俺が自分の手でその戦いを終わらせてから数十年が経った。

 鉱物資源を使った鍛治技術は相変わらずまだまだ進歩があまりない……だが、木材での建築技術はどんどん進歩していき、今では二階建ての建物まで建てられるようになっている。

 ……そしてリーウ、ムーアにドウ、レク、ユーグ、皆死んでいった。

 リーウは自身が死ぬ数年前、後任にすべての引き継ぎを終えてムーアとゆっくり暮らしていて、最期はムーアと手を繋いで2人で眠るように。

 ドウは最期まで自分から進んで楽しそうに畑仕事をしていて、クワを握ったまま逝った……あいつらしい最期だ。

 レクは俺との約束通り、その身体が動かなくなるまで騎士大臣として尽力した……奴は最期の最期まで動いて働こうとしていたので、最後は無理矢理後任に引き継がせた。

 ユーグは最期に二階建ての建物を建ててから、満足そうな顔をして死んだ。

 

 俺の胸にあの族長が死んだ時以来の少しの喪失感が生まれた。

 分かっていた筈だった……分かっていた筈なのに、覚悟していた……俺は自分の心に少しの穴が開いたようだ。

 皆が先に逝ってしまうことなんて分かっていたのに、覚悟していたのに喪失感を覚える自分が嫌になるし、逆に皆が死んで少しの喪失感しか感じない自分が嫌になる。

 なぜ皆は俺を置いて死んで逝ってしまうのか……なぜ俺は置いていかれるのか。

 それを俺は考えるようになっていた。

 

 それから少しの時間が経つとあの喪失感はすでに俺の中から消えていた。

 これがドラゴンヴァンパイアとしての魂の在り方、今の俺なのだ。

 それを俺はまだよく理解できていなかったのかもしれない。

 皆が俺を置いて先に死んでいくのは当たり前のことなのだ……だが、もし俺がそれを認めたくないのなら俺は力尽くでその命を変えるのみ。

 ……俺にはそれをなす力がある。

 なんたって俺は人を殺したり変えることを躊躇しないとんでもない怪物で、人を導き導いた人を殺すこともある気ままな神のドラゴンヴァンパイアなのだから。

 

 

♢♢♢

 

 

 あれから100年くらいが経った。

 今は神聖暦160年、俺が神王としてこの神聖ティターン王国を建国してから130年もの時間が経過している。

 もうそんな時間が経っているのに相変わらず俺の容姿に変化はない。

 まったく老化もしておらず、自分でも美しいと思える姿。

 160年くらい経ってまったく変わらない姿……一体、俺はどれだけの寿命があるのだろうか?

 まぁ俺は生きれるだけ生きるさ。

 相変わらず俺はあの巨神に創ってもらった黒い上下の服を着ている。

 この服は巨神の言っていた通り、服に付いた汚れもしばらくすれば勝手に綺麗になるし、この服は丈夫だがもし一部切れたりして破損してもしばらくすれば勝手に修復される。

 そんな高性能な服なので、今のところ俺はこの服から着替える気はない。

 だが、正直なところ……下着は欲しいと思った。

 しかし、悲しいことにまだこの国の文明は履きやすい下着を作ることはできない。

 最初の頃は魂が変質したい影響か周りがほぼ裸だったからなのか俺は自分の身体が見えても気にしていなかったのだが、流石に100年以上男と女として生活して周りも服を着るようになってきて、そういうのが少しは恥ずかしく感じるようになった。

 そういう感性は俺でも変わるんだな。

 なので、俺は時折服の隙間から身体が直接見えるのを最近は気にしながら生活している。

 

 木材での建築技術はとうとう4階建の建物まで建てられるようになったのだが、最近の建築技術は石材を使うのがブームになってきている。

 なぜ石材での建築技術が流行っているのか、というと俺が暇潰しに思い付きで石を削って積み上げたりしていたのを兎族たちが目撃したのが始まりだ。

 なので、もう街といってもいい規模にまで大きくなったこの国に最近ポツポツと石の家が建っていたり、街の道が石材で整備されてたりする。

 

「はぁー。 暇だな」

 

 俺は街の中心に建てられた巨大な屋敷の一室で特別な椅子に座りながらそう零した。

 最近は俺が自分でやらなくてはならないことも少なくなり、この国は勝手に進んでいく。

 もう俺は十分この国を導いたと思うし、兎族たちの発展も十分見た。

 ……そろそろ皆を納得させるような後任でも育ててどっかに旅にでも行こうかな。

 そんなことをボケーっと思いながら椅子に座って今日は何をしようか考える。

 

「あー。 街でも見て回るか」

 

 そんなてきとうな思い付きをした俺は早速実行しようと椅子から立ち上がって家から外に出た。

 すると、家から出てきた俺に家の前に控えていた騎士が近付いて声をかけてくる。

 

「神王様! どうかしましたか?」

「えーと……少し街を見て回ろうと思って……な」

 

 この俺の家に騎士が最低1人は控えているというのは昔レクが決めたことだが、ぶっちゃけ俺の家の前に騎士なんか要らないと昔から思っていた。

 だから、別に家の前になんか居なくていいよって言ってるんだが、いえいえ必要ですとか言って結局いつも騎士が控えている。

 

「そうですか! では、私も付いていきますね!」

「いやいや要らない……1人で行くから」

「いやいやいや必要です! 神王様1人では街が混乱します!」

「……はぁ。 わかったよ」

 

 この騎士はいつも俺の家の前に控えていて元気一杯なのはいいのだが、家の前に控えている騎士の中で一番頑固なのだ。

 いっつも俺が要らないと言っているのに、こいつはいつも必要ですと言って付いてくるのでもう半分くらい諦めている……他の騎士ならすんなりと言うことを聞くのにな……はぁ。

 

「じゃあ俺の後ろをついてこいよ……俺が声をかけるまでお前は何もするな?」

「わかりました! あ、でも街が混乱したら抑えますからね!」

「はいはい。 じゃあ行くぞー」

 

 俺はそう言ってから街を歩き出した。

 

「あ、待ってくださいよー神王様ー」

「黙ってろ」

 

 

♢♢♢

 

 

 街をてきとうに付いてくる騎士と歩き続けて、今は裏の細い道を歩いていた。

 

「……神王様、なんでこんな裏の道を選んだんですか?」

「表の道は歩き飽きたしな。 それにこういう裏の道に普段見えない何かが見えるもんなんだよ……って、だからお前は黙って付いてこい」

「はーい……」

 

 そうして裏の道をてきとうに歩いていると曲がり角にやって来た。

 

「…………」

「……!」

「うん?」

 

 曲がり角の先から何やら声が聞こえてきたので、つい俺は曲がり角の手前で止まって耳を澄ます。

 

「あれ? 神王様なんで止まったんですか?」

「……いいから、ちょっと黙ってろ」

 

 後ろの五月蝿い奴を黙らせて、再び耳を澄ます。

 すると、曲がり角の先から2人の声が聞こえてきた。

 

「ちょっと! どうするのよこの子!」

「どうするって言われたって……こんな不気味な子、あたしは引き取りたくないよ」

「あたしだって嫌だよ!」

 

 ……どうやら中年の女2人が揉めているらしい。

 内容からすると2人の他にもう1人子供が居て、その子供を引き取るかどうかの話ってことか。

 

「……それにしても何だってこんな不気味な子が生まれたんだよ」

「知らないわよ! あたしだって聞きたいわ! こんな子供見たことない!」

「いっその事、この子をここに置いていくって方法も」

 

 俺はそこまで話を聞いて、不気味な見たことのない子供というのが気になったので、曲がり角から出て姿を現わすことにした。

 動いた俺を見て慌てて後ろの騎士が付いてくるのを感じる。

 

「おい、お前たち。 何を揉めて……い……る」

 

 曲がり角の先には俺の予想していた通り、中年の女性2人が居た。

 それだけなら問題はなかったのだが、俺はその場に居たもう1人の子供を見て一瞬思考が停止した。

 そこに立って居た子供は5、6歳くらいの大きさで男なのか女なのかわからない汚い身なりだったのだが、その毛は【黒】かったのだ。

 そう黒い毛の兎族。

 今まで兎族は皆白い毛で、黒い毛の兎族なんて見たことがなかったが、確かにその子供は兎族特有の長い耳をしている。

 なので、間違いなく兎族の子供なのだが……驚いたな。

 そこでいきなり出てきた俺に驚いて固まっていた中年の女2人が声をかけてくる。

 

「こ、これは神王様! こんな所に何の御用でしょうか?」

「……その子供はなんだ」

 

 俺はその黒い毛の兎族の子供から目を離さずに女たちにそう問いかける。

 

「……この子供は親の居ない子です」

「孤児ということか?」

「先日、この子の親が病気で死んで……その親戚であるあたしたちの所にやってきたんです」

 

 その黒い毛の子供はボーっとした表情で俺を見上げて目が合った。

 その視線には疑問と悲しみ……それに不安が混ざっているように俺には感じる。

 

「……悪いがこの子供が不気味だとかなんだとか俺には聞こえたのだが一体どういうことだ」

「そ、それは……」

「……それはその子を見てわかる通り他の兎族と違って毛の色が違うからです」

「ちょ、ちょっとあんた!」

「もう神王様に話すしかないでしょう! ……この子の毛の色が黒いことで、この子の親が病気で死んだのもこの子は不吉だからって言ってあたしたち以外の親戚はみんな引き取りを拒否したんです」

「……お前たちは?」

「正直に言うとあたしたちだって嫌です。 でもこの子の親には生前世話になったから人前で嫌とも言えずに……」

「今になる、と?」

「はい」

 

 ……ふぅ、さてどうしたものか。

 

「神王様!」

「お前は黙ってろ!」

「は、はい」

 

 後ろの騎士が何を言いたいかわかるが俺は黙らせる。

 俺はゆっくりと考える……この子供をどうするか。

 

 しばらくその場を沈黙が支配する。

 

「……よし、そうするか」

 

 俺はとりあえず黒い毛の子供の前まで歩いて近付いてから膝を曲げて目の高さを合わせる。

 

「……お前、名前は?」

 

 俺はその子供と目の高さを合わせてから目を見てそう聞いた。

 

「……チイ。 あなたは神王様?」

「あぁそうだ。 俺はエルトニア・ティターン。 この国の神王だ」

「……えるとにゃてぃた?」

「神王でいい。 なぁ……お前は何かわからないことがあるのだろう? 俺が答えてやる、言ってみろ」

 

 そう言うと、ますますこの子供の視線の疑問が強くでる。

 

「……神王様……わたしのお父さんはどこに行ったの? なんで帰ってこないの?」

 

 ……やはり、か。

 

「よく聞けチイ。 お前のお父さんは死んだんだ」

「死ん……だ? もう……帰ってこないの?」

「あぁ、死んだ者はもう帰ってこない」

 

 俺がチイにそう言うと、チイはボーっとした表情を段々崩していき――。

 

「う……うわあああああああああああああん」

 

 ――泣き出した。

 泣き出したチイは目の前に居た俺に抱きついてくる……俺はこの子の好きにさせる。

 やはり俺の思った通り、チイは自分の親が死んだという事がよく分かっていなかった。

 おそらく誰も、ちゃんとこの子に言ってやらなかったのだろう。

 

「よし、決めた」

 

 俺は泣いているチイを抱き上げる。

 

「俺はこの子を自分の子供として育てることにする」

「「「え、ええええええええええええええええ!?」」」

 

 俺の言葉にその場に居た中年の女と騎士の3人が驚いて声を上げる。

 

「で、ですが神王様。 そんな簡単に決めてしまって……」

「こればっかりはお前の言葉は聞かないぞ。 もう決めたのだ。 お前の仕事はすぐにこの事を他の兎族に伝える事だ。 もうチイを不吉だと言わせん、いいな?」

「は、はい。 わかりました! すぐに通達してきます!」

「お前たち2人もいいな?」

「「はい!」」

 

 俺はそのまま泣き続けるチイを抱いて家に連れ帰った。

 ……ちなみにその数日後、チイの汚れた身体を全身洗ってやると可愛い女の子だという事がわかった。

 

「チイ……お前、女の子だったのか」

「そうだよ。 チイは女の子だよ神王様」

「……お父様と呼べ」

「えー。 ……じゃあお母さん! だって神王様綺麗だもん」

「……やっぱり神王でいい」

「はーい」

 

 俺の家にチイを連れ帰ってから数日、この子が笑顔を見せるようになったのはいいのだが……。

 全身を洗ってやっている際の裸のチイにそう言われて少し凹んだ。



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第26話 ドラゴンヴァンパイアと笑顔の花嫁

第26話 ドラゴンヴァンパイアと笑顔の花嫁

 

 

 チイを俺の子供として迎え入れて名前が【チイ・ティターン】となってから1ヶ月ほど時間が経ち、チイはもう出会った頃のような表情ではなく元気一杯な笑顔を見せるようになった。

 本当はまだ悲しみがチイの心の中にあるだろう……しかし、チイはそれを感じさせないように振る舞っている……強い子だ。

 そんなチイだが年齢を聞くと6歳ということらしい……時期的にもちょうどいいので、俺はチイをティターン学校に入学させることにした。

 今のティターン学校は出来たばかりの昔の頃とは違い、とても立派になっている。

 例えば、今のティターン学校の校舎は3階建ての大きな木造校舎で教室数も多く、校舎の前には運動場も整備されていたりして、そこで毎年生徒の運動会なども開かれたりするのだ。

 学校の教師の数も生徒数も昔とは比べ物にならないくらい増えており、何だか今のティターン学校はまるで昔の日本の小学校のようになっていた。

 

「チイ、お前には今度からティターン学校に通ってもらう」

「ティターン学校? 神王様、ティターン学校ってなにー?」

 

 不思議そうな表情でチイは俺にそう聞いてくる。

 どうやらチイは親から学校というのを教えてもらっていなかったようだ。

 

「あー学校というのは勉強したり、運動したりして必要な知識を学ぶ場所だ。 チイにはそこに行ってもらう」

「……チイ、この家から出ていかなくちゃいけないの?」

 

 チイは急に今にも泣きそうな顔をする。

 どうやら学校に行くことを家から追い出されると勘違いしているらしい。

 

「あー違う違う! 勘違いをするな。 学校というのはこの家から通うのだ。 毎朝、この家から学校に行って勉強したり運動して、それが終わればこの家に帰ってくる。 別にチイをこの家から追い出す訳ではない」

 

 俺は慌ててチイの勘違いを訂正する。

 

「……ほんと?」

「本当だ。 いきなり追い出したりする訳ないだろう」

「よかったー」

 

 今にも泣き出しそうだったチイの顔に笑顔が戻る……がすぐにその表情が曇る。

 

「……でも、わたし学校いきたくない」

「なぜだ?」

「だって神王様とはなれたくないんだもん!」

「ウッ!?」

 

 まさかそんな事をチイが言うとは……俺も懐かれたもんだ。

 

「……あのなぁ〜チイ。 学校に行く前の朝だって会えるし、学校が終わって帰ってくればまたこの家で会えるんだ。 そう考えれば少しくらい会えなくたって大丈夫だろ?」

「うぅ〜でも〜」

「ほら、学校に行けばこれから必要な知識も身につくから」

「うぅ〜」

 

 ……まだダメか。

 あーなんて言えばチイは学校に行く気になるんだ。

 とりあえず、てきとうに色々言ってみるか。

 

「チイに友達だって出来るかもしれないぞ?」

「うぅ〜」

「えーっと……チイが学校に行ってくれたら俺も嬉しいし……なんて」

 

 なんだその俺も嬉しいって……いくらなんでもてきとう過ぎるだろ!

 

「ほんと!?」

「……え?」

 

 まさかの食いつきである。

 

「わたしが学校に行ったら神王様も嬉しいってほんと?」

「あ、あぁ」

「じゃあわたし学校にいく!!」

「そ、そうか。 じゃあ学校に伝えておく」

 

 その後、家でチイが鼻歌を交じりに「学校ー、学校ー楽しみー」とか言っている姿を目撃する。

 そんなチイの姿を俺は見ながら、子育て1ヶ月ちょっとで子育ての大変さを実感するのであった。

 

「子供の考える事はよくわからんし、難しいな」

 

 そう思いながら昔、子供の頃のリーウとムーアと一緒に生活していた時のことを少し思い出した。

 

「そういえば、あの頃は族長が全部2人の世話をしていたな」

 

 意外な所で俺は族長を思い出す。

 あいつが生きていれば、チイのことも任せられたかもな……とか思いながら俺はチイの入学の準備を進めていた。

 

 

♢♢♢

 

 

 チイがティターン学校に入学し、通い始めて瞬く間に時間が過ぎていった。

 その間、俺は必死に子育てを自分なりに頑張ってやっていたと思う。

 学校の授業参観や運動会といった学校行事には必ず参加していたし、チイと家で一緒に勉強したりもした。

 その結果、チイを不気味だとか不吉だとかいう者もこの国から居なくなり、今では逆に1人しかいないその黒い毛を周りから羨ましがられるようになっている。

 

 そして、今日はチイの卒業式。

 ティターン学校に入学した頃は6歳だったチイも6年が経ち12歳となり、少しやんちゃだったチイも今ではお淑やかになっている……と思う。

 

「神王様、そろそろ卒業式に行く時間ですよ」

「あぁ今行く」

 

 チイからそう声をかけられ俺は自分の部屋から出てる。

 すると、チイは白い毛皮を身にまとった姿で扉の前に居た。

 兎族の服の技術はあまり進んではいないが、昔に比べて服っぽくなったな、とそのチイの身にまとっている毛皮を見ながら俺は思う。

 

「神王様、何を見ているですか?」

「……いや、なんでもない」

「そうですか。 ではそろそろ行きましょう」

「あぁそうだな」

 

 俺はチイと共に大きな扉から外へ出た。

 すると、相変わらず家の前に控えている騎士が声をかけてくる。

 

「おはようございます!」

「おはよう」

「おはようございます」

「何でも今日はチイ様の卒業式だとか。 おめでとうございますチイ様!」

「ありがとうございます」

「……お前はいっつも元気だな」

「えぇ! 元気なのは良いことですからね!」

「まぁいい。 行くぞチイ」

「はい」

 

 俺とチイはティターン学校に向かって歩き出す。

 

「あ、待ってくださいよ! お供します!」

 

 慌てて騎士が追いかけてくる。

 どうやら今日もこいつは俺たちの後ろを付いてくるようだ。

 まぁいいけどな。

 何だかんだ言ってこいつには俺も助けられている。

 主にチイが1人で出掛ける時などは後ろについていって護衛をしていたりすることは助かる。

 

 そうしてチイとおまけの騎士と歩いてティターン学校の前に着いた。

 

「じゃあ俺は保護者席に行く。 チイ、しっかりやれよ」

「はい、神王様。 いってきます」

「……私はどうしましょうか?」

「お前はここで待っていろ」

「わかりました!」

 

 チイは学校の中に早足で入っていった。

 まぁチイにはしっかりやれと言ったが、この学校の卒業式なんて現代の学校のように色々あったりしない。

 せいぜい代表者が言葉を述べる程度なので難しくはないだろう。

 というか大体の生徒が椅子に座ったり立ったりするだけで終わる筈だ。

 そんなことを思いながら俺は保護者席にゆっくりと歩いて向かった。

 

 俺は学校にある広い講堂の保護者席に座り卒業式を見守る。

 やがて卒業式が開式して今のティターン学校、学校長が話したりする。

 途中、卒業生代表としてチイが前に出てきて今までの事やこれからの事を色々述べていた。

 その姿は堂々としていて立派で俺は思わず笑顔になってしまう。

 

「以上をもちまして、ティターン学校卒業式を終了いたします。 起立、礼、着席。 皆様、盛大な拍手をお願い致します」

 

 卒業生は盛大な拍手で送られ退場していく。

 そして卒業式は何の問題もなく無事に終わった。

 

 これからチイは俺の後継者として育てていくつもりだ。

 ティターン学校を卒業した後、チイには大臣たちと共に仕事をしたりして必要なことを勉強してもらう。

 彼女のこれからの成長に俺は期待する。

 

 

♢♢♢

 

 

 神聖暦172年となり、チイも18歳になった。

 そろそろ俺はチイに自分の正式な後継者として、すべてを任せようと思う。

 ……ただ、1つ心配事があるとすれば、未だにチイは恋人の1人も作らないことだろうか。

 今のこの国の18歳というのは結婚していて子供が居てもおかしくない年頃なのだ。

 美しくお淑やかに育ったチイならば、その気になればいくらでも恋人なんて作れる筈なのに。

 見た目だけでなく、能力も高く地位もあるのでこの国の独身男性なら誰もが彼女の恋人になることを望むだろう。

 ……まぁいい。

 いずれは彼女も結婚して孫を産んでくれるだろう。

 俺はとりあえずその事は置いといて、彼女に国を任せようと家にある玉座のような場所に呼んだ。

 チイはすぐに玉座のような特別な椅子に座った俺の前にやって来た。

 

「さて、チイ。 今日お前を呼んだのは他でもないチイ、お前にこの神聖ティターン王国を任せようと思ったからだ」

「……」

 

 チイは真剣な表情で俺の話を聞いている。

 

「今までお前はとても頑張ってくれた。 今のお前ならこの国を任せられると思ったのだ。 やってくれるな?」

 

 間違いなくチイは俺の期待に応えてこの国の新しい王となり、皆を引っ張っていってくれるだろう。

 その為に彼女は今まで色々勉強したり仕事をして頑張ってきたのだから。

 

 ――だから彼女の言葉はあまりにも意外だった。

 

「……いやです」

 

 俺は彼女のその言葉を聞いて、驚きで固まってしまう。

 数秒だったのか数分だったのかわからない時間、その場を沈黙が支配して再び俺は動き出す。

 

「……は?」

「いやです」

「……え?」

「い・や・だ・と言ったんです」

「な、なぜだ?」

 

 チイが俺の後継者になる事をなぜか否定する。

 ……そんな馬鹿な。

 俺は何とか言葉に出してチイに理由を聞く。

 

「神王様、こればっかりはワガママを言わせていただきます」

「ワガママ?」

 

 ワガママなんて小さい頃、チイがやんちゃだった頃以来だ。

 

「神王様、私は貴方の後継者として王となる気はありません!」

「だからなぜなんだ!? お前は今まで俺の後継者になる為頑張ってきたのではないのか?」

「……小さい頃の私はただ、貴方が喜んでくれるから後継者としての勉強を頑張っていただけです」

「では今はどうなのだ」

「……私、いつも神王様に大好きって伝えてますよね?」

 

 確かにチイは成長していくにつれて俺に大好きと言うことが増えていった。

 だが、そんな家族に対する愛情なんて今なんの関係があるのだ。

 

「それが今、なんの関係がある!?」

 

 はぁ、とチイがため息をついて首を横に振る。

 

「だ・か・ら! 私は貴方を大好きだと言っているんです!」

「だからそれが「私は!」」

「……私は貴方のことが大好きなんです! 1人の人として私は貴方を愛しているんです!」

「……え?」

 

 ……まさか?

 

「私がなりたいのは貴方の後継者ではなくて、貴方の妻です! どちらかと言うと私は貴方の後継者を作る方になりたいんですッ!!」

「……えええええええええええええええええええ!!!???」

 

 俺は顎が外れんばかりに口を開けて大声で驚いた。

 ……まさかチイがいつも大好きと言っていたのは家族の愛情ではなく恋愛感情だったとは。

 そりゃ彼氏なんて作らないわ……だって既に好きな人が居るんだもの……いや、俺は人ではないけども。

 しかし……いや、しかしどうしたものか。

 後継者の問題もそうだが、チイが俺を愛しているなんて……俺はチイのこと自分の子供だとしか見てないぞ。

 

「あーえーそのー俺はだな」

「……わかっていますよ。 私のこと自分の子供としか見ていないのでしょう?」

 

 チイにはお見通しだったようだ。

 

「そ、そうだ。 だから悪いが俺はチイの気持ちに応えることはできない」

「……今はそれでもしょうがないと思います。 やっと私のこと理解したんだから」

「う、うん?」

「でも、いつか絶対神王様を振り向かせてみせます! 私のことを愛してもらいますから!」

「あ、諦めないのな」

「当たり前です!」

 

 そう言う彼女には今までにないくらいの迫力があった。

 でも、その時俺はいつか彼女が諦めるだろうと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから2年後の神聖暦174年。

 めでたく20歳となったチイと俺は結婚する事となった。

 結婚式には国中の兎族たちが参加して、全員が全員俺たちを祝う。

 誰か1人くらい自分の子供と結婚した俺を非難するかと思ったのだが、そんな奴は誰も居ない。

 どうやら随分前からチイが俺の事を愛しているのは広まっていたらしい。

 それに納得していなかった者はチイに説得されたそうな。

 そういうことを知らないのは俺だけだったみたいだ。

 

 それで俺の予想以上に彼女の執念は凄く、彼女の猛アタックに俺はついに負けた。

 少し彼女の思い通りになったという悔しい気持ちと、本当に彼女と結婚していいのかという気持ちが俺にはある。

 ……それでも今の彼女の花のような笑顔を横から見ていると、結婚して良かったなと俺は思えるようになっていた。

 どうやら俺は彼女を、チイを家族としてだけでなく、1人の人として好きになっていっているらしい。

 この俺がなぁ……人を好きになるか……悪くないな。

 今の俺にはこの先の俺たちの未来が明るいように思えた。



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第27話 ドラゴンヴァンパイア、また会う日まで

第27話 ドラゴンヴァンパイア、また会う日まで

 

 

 

 彼女……チイと結婚した翌年の神聖暦175年。

 チイがどうしても俺との子供が欲しい、と言うので俺は自分の子供が俺の種族を引き継がず力を少しだけしか引き継がない事を説明した。

 それでも構わないとチイは言ったので、俺と彼女は自分の子供を作ることになる。

 そして……比較的早くチイと俺との間に子供が産まれた。

 産まれた子供は男の子でチイと同じように兎族で黒い毛をその身に生やしている。

 やはり、産まれた子供にドラゴンヴァンパイアとしての特徴は引き継がれていない。

 それでも多少の力を引き継いでいる筈なのだが、今の段階ではそれはわからない。

 ……まぁそんなことは正直どうでもいいのだ。

 今はこの子が産まれた事を彼女と共に祝い喜ぼうではないか。

 

「エルト様、この子の名前をどうしましょうか?」

 

 そういえば、チイに俺の名前を呼ぶことを俺は許した……まぁ俺の子供だった時でも良かったのだが、俺は神王と呼ばれるのに慣れてすっかり忘れていた。

 そんな事より今は産まれたこの子の名前だったな。

 さて、どうしようか……。

 

「……クロウ、というのはどうだ?」

「クロウ……エルト様、それはいい名前ですね。 ほぉら、あなたは今日から【クロウ・ティターン】よ……ふふっ」

 

 チイが小さな俺たちの子供、クロウを見て微笑みながら指先で頬を優しくつつく。

 そんな彼女と小さなクロウを見て、俺は結婚して子供を作ってよかったなと思えた。

 

 ――その時、いつものあの感覚が俺を襲う。

 

「……ルト……ト様……エルト様!」

「……あ、あぁ……どうしたチイ?」

「いえ、エルト様が何だかボーッとしていたので……大丈夫ですか?」

 

 チイは心配そうな表情で俺の顔を見る。

 どうやら彼女を心配させてしまったようだ。

 

「いや、何でもない。 ……ただ、この先のクロウの成長を考えていただけだ」

「ふふっ……そうでしたか。 でもまだクロウは赤ちゃんですよ」

 

 何とかチイを誤魔化せたらしい。

 ……それにしても先程の感覚……あれは間違いなく【眠気】だ。

 もう何年も前から時折、感じるようになったこの眠気。

 眠らない筈のドラゴンヴァンパイアがなぜ眠気を感じるのかわからないが、抗えないような感覚でもないので俺は気にせずに放っておいている。

 

「……さて、俺はこの子のことを皆に伝えてくる」

「はい、お願いします」

 

 その後、国中に俺とチイの子供が産まれた事が伝わり、神聖ティターン王国はお祭り騒ぎとなった。

 国中の皆が俺とチイとクロウを祝福する。

 俺は国の者たちが騒ごうが祝おうがどうでもよかったが、それを見て笑顔になったチイを見ると俺は少しだけ嬉しくなった。

 

 

♢♢♢

 

 

 クロウが順調に成長していき、学校に通うようになるとクロウが俺の何の力を引き継いでいるのかわかった。

 どうやらクロウは俺の龍魔法を引き継いでいて、簡単な身体能力強化の魔法が使えるらしい。

 龍魔法が使えると言っても使えるのは身体能力強化だけなので、そんなに強大な力ではない。

 ……まぁあまり強すぎる力を引き継いでも争いの元となるだけなのでこれで良かったと俺は思った。

 

 俺とチイは結婚してから毎日仲良く暮らしているが、クロウが産まれてからはチイはクロウの面倒を見て、ついでに俺の後継者にクロウをしようと勉強させているのでチイは大変そうだ。

 俺としては日々少しずつ好きになっていく彼女にもう少し側に居てほしいのだが一生懸命な彼女を見て俺は黙っている。

 ……それにしても、この俺が時間が経つごとに少しずつでもチイは好きになっていくことに驚いた。

 どうやら俺はちゃんと彼女の夫として、彼女を愛しているようだ。

 ……本当に昔の俺では考えられないような変化だな。

 だが、こうなってくると俺はこの先の未来が怖くなってくる。

 彼女を……チイを失ってしまうという未来が。

 いずれは俺を置いてチイは死んでしまうだろう……その前に昔、俺が考えていたことを実行するべきだ。

 ……命の変質、俺ならば……ドラゴンヴァンパイアの俺の力があれば、その者を俺と同様に長寿に出来る筈。

 その事にすでに俺は手がかりがある。

 俺はドラゴンでヴァンパイアなのだ……ヴァンパイアといえば相手を自分と同じ種族にして自分の眷属にすることで有名だ。

 ならば俺にもそれが出来る筈だろう……その鍵はおそらく血魔法。

 あとはモンスターでも使って血魔法の研究や実験をしていけば、いずれは俺にも相手の種族を変えて眷属にする事が出来るようになる筈だ。

 その日から俺の血魔法の研究が始まった。

 

 

♢♢♢

 

 

 彼女……チイは時間が経つごとに歳をとっていき、神聖暦205年……チイは50歳を超えて最近はベッドにずっと横になっていて、俺が看病している。

 日の日に弱まっていく彼女の命をみて俺は焦っていた。

 

「まずい……非常にまずい。 このままではチイが死んでしまう。 なぜ未だに成功しない!?」

 

 そう、未だに俺は血魔法の研究をしている。

 なぜなら当初は簡単だと思っていた血魔法の相手の眷属化が俺の予想以上に難しく、未だに成功しない。

 ……だが、あと少しなのだ。

 しかし、時間が足りない……。

 

「なんとか時間を作るしかない。 ……クロウももう30歳になったのだしアイツに王位を譲って……それからチイの看病を誰かに任せるか」

 

 そう決断した俺はその日の内に大臣たちや30歳になったクロウを玉座に呼び寄せてすぐにクロウに王位を譲る。

 突然のことにクロウも大臣たちもとても驚いていたが、俺がやらなくてはならない事がある、と言うとすぐに彼らは納得してくれた。

そして今まで俺がしていたチイの看病を詳しい者に任せて、その日から俺のすべての時間を使って血魔法を研究する。

 

 今まで以上に時間を使ったお陰で血魔法の研究は進み、魂の領域まで俺は手を出した。

 その結果、とうとう血魔法の相手を眷属化する魔法が完成する。

 俺がクロウに王位を譲ってから実に2年が経っていた。

 すぐさま俺はチイの居る我が家に飛んで帰る。

 

「チイ! 帰ったぞ!」

 

 チイの居る部屋に飛び込んだ俺は彼女が珍しくベッドの上で身体を起こしているのを見た。

 

「……あらエルト様、どうしたのですか? そんなに慌てて」

 

 チイは皺の多くなったその顔でいつものように笑顔を浮かべている。

 

「出来たんだ! 研究が完成した! これでお前は死ぬことはない!」

「あらあら……それはおめでとうございます。 ……それで私が死ぬことはないとは、どう言うことでしょう?」

「あぁそれはな……俺の血魔法を使うんだ。 俺の血魔法でチイを俺の眷属にする。 そうすれば、チイの身体と魂は作り変えられて俺と近い存在になれる。 それならばチイは俺と同じで死ぬことはない」

「……それは私がエルト様と同じ存在になるということですか?」

「いや、完全に俺と同じ存在になる訳ではないが、近くはなれる」

「そうですか……」

 

 チイは下を向いて俺の言葉に少し驚いた顔をした後、俺を見て微笑んだ。

 

「まったく貴方は……ずっと何をしているのかと思えば、そんな事をしていたのですね」

「そんな事とはなんだ……俺はお前に死んでほしくなくて今まで研究してきたのだ」

「あら、それはごめんなさい。 ……もう一度聞きますが、その魔法を私が受ければ身体と魂が作り変えられて貴方の存在に近くなるんですね?」

「そうだ。 そうなれば俺とお前はずっと一緒に居られる。 ……では早速やろう」

 

 俺はすぐに完成したばかりの眷属化の魔法をチイに使用しようとする。

 

「……ちょっと待ってください」

「どうした?」

 

 眷属化の魔法を使おうとしたところでチイに止められる。

 チイは下を向いて目を閉じて何かを考えているようだ。

 

 それから5分ほどが経ち、チイが目を開き顔を上げて俺を見る。

 ……その目は何かを覚悟したような目をしていた。

 

「エルト様、よく聞いてください」

「なんだ? 何かあるのか?」

「私は……」

 

 ――――いやです。

 

 彼女の口から出てきたその言葉はどこか懐かしい響きで……そして信じられない言葉だった。

 

「……え?」

「エルト様、私はいやだと言ったんです」

 

 頭が真っ白になる。

 ……だが俺はすぐに気を取り直す。

 

「……何を言っているんだチイ。 この魔法を使って俺の眷属になれば、ずっと一緒に居られるんだぞ?」

「これは私の最後のワガママです。 私は貴方の眷属にはなりません」

「……嘘だ。 嘘だ嘘だ嘘だ!! なぜそんなワガママを言う!? なぜ最後だと言うのだ!?」

 

 ベッド脇で混乱する俺にチイが手を伸ばして俺の手に重ねる。

 

「よく……聞いてください。 私は貴方を愛しています」

「……」

「私は貴方を愛しています」

「……あぁ」

「私は貴方を愛しています」

「……分かっている!!」

「なら分かってください。 ……私は【人】として貴方を愛しているんです」

「……だから……なんだ?」

「だから最後まで私は人でありたい。 貴方を愛した1人の人でありたい」

「……勝手な言い分だな」

「ふふっ……貴方だって勝手な方です」

「……俺は神だから良いんだよ……でも、俺にワガママを言ったり、そんな事を言うのはお前くらいだ」

 

 この眷属化の魔法にはたった1つだけ欠点がある。

 ……それは眷属になる相手が眷属になる事を了承しなければ眷属にならない、ということ。

 俺には彼女が言う人として俺を愛することというのが、よく分からなかったが、彼女が昔ワガママを言った時と同じように絶対にそれを譲らないのは分かった。

 

 それから数年後の神聖暦209年。

 チイは俺とクロウに看取られて死んでいった。

 最後まで彼女は笑顔だったが、俺はまったく笑うことが出来なかった。

 

 それからは俺を今までにないほど大きな喪失感が襲い、それと同時に眠気も強くなってくる。

 ……もう俺にはこの眠気が一体何なのか分かっていた。

 これはただ単に俺の勘違いが原因だ。

 実は俺というドラゴンヴァンパイアは眠る必要がない訳ではなく、ただ人より長く起きていられるだけで本当は睡眠が必要だっただけ。

 ……それだけなのだ……だから本当は毎日、他の奴らと同じように睡眠していれば問題はなかったのである。

 しかし、俺はもう200年以上も起きているので次に眠ってしまえば、いつ起きるかわからない。

 ……もしかしたら数年寝ているかもしれないし、数十年、数百年寝るかもしれない。

 だが、それも良いかもしれない、と俺は思うようになっていた。

 今、俺の心はチイのことで傷付いている。

 ……そして俺の眠気を取っ払う為にも一度寝なければならない。

 心の傷を癒す為にも一度寝てしまおうと俺は考えた。

 この国もすでにクロウに任せていることだし、もう俺の国ではないので気にすることもないだろう。

 

 そうと決まれば、クロウにこの事を話して、俺は街外れに長い眠りにつく為の一軒の家を建てることを兎族たちに依頼する。

 

 

♢♢♢

 

 

 神聖暦210年、俺は街外れに建てられた一室しかない木造の家の前でクロウと大臣たちと向かい合っていた。

 

「……それじゃあな」

「もう……会うことは出来ないのですか? お父様」

「あぁ、何度も言っただろう? おそらく俺は長い時間眠りにつく。 運が良ければ数年で済むが……そんな事はないだろう」

「……そうですか。 眠っているお父様を見に来てもいいですか?」

「それは無理だな。 俺はこの後、この家に魔法で結界を張る。 誰も入ってこれないだろう」

「……」

 

 クロウが顔を歪める。

 

「……そんな顔をするな。 まったくしょうがない奴だ」

 

 俺はクロウに近付いて、抱きしめた。

 

「あ……」

「お前はもうこの国の王だろう? 泣くんじゃないぞ? この泣き虫め。 ……でも懐かしいな。 お前が小さい頃はよく泣いて俺とチイがこうやって抱きしめてやったんだぞ?」

「……」

「……もう、大丈夫だな?」

「はい」

 

 俺はクロウから離れると、クロウは何かを決意した顔をしていた。

 

「お父様」

「なんだ?」

「必ず……必ずお父様が再び目覚めるまでこの国を存続させる事を誓います!」

「ふっ……そうか。 なら頑張れ」

「はい!」

「お前たちもクロウを支えてやってくれ」

「「「「はい!」」」」

「じゃあな」

 

 俺は家の大きな扉を開けて中に入る。

 家の中には中央に特別な椅子が1つあるだけの部屋。

 

「お父様、おやすみなさいませ」

「あぁ、おやすみ」

 

 俺は扉を閉じると光魔法と闇魔法で二重に結界を張る。

 それから中央の椅子に座ると膝を丸めて両手で抱え、翼で身体を包む。

 

「……おやすみ」

 

 そして俺は長い永い眠りについた。

 

 

 こうして神の居る時代は終わりを告げ、人の時代がやってくる。

 果たして再び神が現れることはあるのだろうか?

 それは誰にもわからない。

 

 

神章 神話の時代 【完】



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