境界線上の竜鎧 (黒河白木)
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1話 RUN

 音が響く。空へと祈るように、届けるように。

 それはこの準バハムート級航空都市艦〔武蔵〕を構成する〔奥多摩〕艦首側、表層部の墓地から流れている。

 

「───通りませ────通りませ」

 

 それは武蔵の住民なら誰しも知ってる童謡だ。

 歌は静謐な空気に解けるように響き多くのモノ達を魅了する。

 それは凡そ一分にも満たない短い時だ。

 歌が終わればそれに入れ替わるように連続する鐘の音が鳴る。時報だ。

 

『市民の皆様、準バハムート級航空都市艦〔武蔵〕が、武蔵アリアダスト教導院の鐘で朝8時半をお知らせ致します。本艦は現在、サガルマータ回廊を抜けて南西へ航行、午後に主港である極東代表国三河へと入港致します。生活地域上空では情報遮断ステルス航行に入りますので、ご協力お願い致します。────以上。追加、嵐様が街を全力疾走しております。近隣住民の方は巻き込まれないようにご注意ください─────以上』

 

 “武蔵” の放送の最後に付け加えられた一文に街行く人々の視線がマジで全力疾走している白髪混じりの黒髪頭へと殺到する。

 

「ザッケンナ、武蔵ィ!!何で俺を態々晒し者にしやがんだァ!」

 

 彼の頬に差す赤みは運動によるものか、それとも羞恥か、怒りか、とにもかくにも嵐(らん)と呼ばれた少年は歩を早めて走り続ける。

 

「チクショウ何だってこんなことに…………目覚ましのせいだ……!」

「おーい!アラシ坊、これ食ってけ!」

「お、あんがとオッチャン!」

「アラシー!これ飲んできなよ!」

「うっす、どうもオバ…………ネーチャン」

 

 途中で商業地区を駆け抜けるなか店の行く先々で投げ渡される数々のそれはパンであったり果物であったり、密閉容器の飲み物であったりと、いつの間にか嵐の両腕には山が出来ている。

 それでも彼は足を止めることはない。軽快な足取りでスタこらさっさと駆け抜けていきやがて目当ての艦が彼の視界に収まってくる。

 そこで、有ることを思い出したのか顔が真っ青になっていた。

 

「そうだよ、今日はリアルアマゾネスのやつ、朝から体育とか抜かしてたな。うわ……行く気無くなってきた。めんどくさい…………けど、行かなかっ飛ばされるか…………はぁ……」

 

 駆けているのには変わり無いにも関わらず嵐の足は回転をガクリ、と落として普通の50メートル走レベルまで落ち込む。

 そこまで露骨に速度を落として止まらないのは、一重に罰が恐ろしいからだろう。

 既に武蔵の放送で彼の遅刻は確定し、尚且つ彼の担任が青筋立てているのだが…………彼はまだ、知らない。

 

 

 ◇■◇◇◇■◇

 

 

 武蔵アリアダスト教導院の校庭の上を渡すように木造の橋は掛けられており、その端、門側に近い階段の近くに1つの集団ができていた。

 一人の女性と向かい合うように集まる集団。

 

「よぉーし!三年梅組集合ーーー!良いかしら?」

 

 女性は軽装甲ジャージに長剣を背負って一団へと声を掛ける。

 一団である若者達はそれぞれが黒や白の制服を着ており、その中には人であるもの人ならざるもの等、様々だ。

 そんな彼らに女性は笑顔を向ける。

 

「それでは、これより体育の授業を始めまーす!さて、先ずはルールの説明よ」

 

 教師の発言に皆の注目が集まる。

 

「いい?先生これから品川の先にあるヤクザの事務所まで、ちょっとヤクザ殴りに全速力で走っていくから、全員着いてくるように。そっからは実技だからね?」

 

 教師の言葉に一同、制服姿の生徒達は、ん?と首を傾げた。あれ?何かおかしくなかったか?と。

 だが、そんなこと無視して彼女は笑顔で続ける。

 

「遅れたら早朝の教室掃除でもしてもらうからね。返事は?jud.?」

「judgment.!」

 

 一同揃って了承の返事を返す。

 即座に手が挙がる。“会計 シロジロ・ベルトーニ”という腕章を着けた長身の男子だ。

 

「教師オリオトライ、体育と品川のヤクザがどのような関係で?金ですか?」

 

 彼の問いは最もだ。

 何をトチ狂って、授業がカチコミになるのか。

 だが、この女教師は動じない。

 

「馬鹿ねぇシロジロ、体育とは運動することよ?そして殴るのって運動になるじゃない。そんな単純なこと、────知らなかったら問題だわ」

 

 つまりは『体育と運動』『運動と殴る』は繋がるのだから『体育=殴る』でも彼女の頭では繋がるらしい。

 流石、リアルアマゾネス。暴力的な思考だ。

 呆れてため息をつくシロジロの袖を隣に居た女子生徒が引く。“会計補佐 ハイディ・オーゲザヴァラー”という名札を着けた彼女は笑顔のままで

 

「ほらシロ君、オリオトライ先生って最近表層の一軒家手に入れて喜んでたじゃない?そしたら地上げにあって最下層行きになって、自棄酒して大暴れで壁をぶち抜いて教員課にマジ叱られてたから…………」

「中盤以降は完全に自分のせいではないか…………教師オリオトライ、報復ですか?」

「報復じゃないわよー。これは、あれ、単なる八つ当たりだから」

「同じだよ!?」

 

 皆の突っ込みを華麗にスルーしつつオリオトライは自身の背にある長剣を鞘ごと手に取り、脇に抱えた。ブランド名である“IZUMO”の文字を撫でつつ出席簿を取り出した。

 

「休んでるのって誰か居たっけ?ミリアム・ポークウは仕方ないし、東は今日の昼にようやく戻ってくるらしいけど、他は────」

 

 問いに一同、互いを見渡し居ない顔を探す。

 すると、黒い三角帽の少女、“第三特務 マルゴット・ナイト”という腕章を着けた背に金の六枚翼を持った少女が手を挙げて口を開く。

 

「ナイちゃんが見る限り、セージュンとソーチョー、それからランちゃんが居ないかなぁ」

 

 その声を引き継ぐように彼女の腕に抱きついていた黒の六枚翼を背負う少女“第四特務 マルガ・ナルゼ”が首を傾げて口を開く

 

「正純は初等部の講師のバイトに行ってるし、午後から酒井学長を三河まで送るから今日は自由出席のはず。総長…………、トーリは知らないわ。嵐はもうすぐで来るんじゃない?」

「んー、じゃあ“不可能男”のトーリについて誰か知ってる?」

 

 その問いに皆が一斉に1つの場所へと目を向けた。

 中心から一歩引いた地点で立つのは茶髪の少女。ドタプーン、と効果音がつきそうな水蜜桃の前で腕を組みより強調すると一歩前へと歩き出す。

 

「フフッ、皆、うちの愚弟のことそんなに知りたいの?知りたい?聞きたいわよね?だって武蔵の総長兼生徒会長の動向だものね。フフッ────でも教えないわ!」

 

 ええっ?と皆が疑問の声をあげる。

 それに答えるように彼女は頷き口を開く

 

「だって八時過ぎに私が起きたとき、既に愚弟は居なかったんですもの!それに嵐のバカも起こしに来ないから本気で焦ったわ!むしろ嵐じゃなくて私が遅刻してないのが奇跡よ!」

「威張ることじゃないだろ!?」

「フフフ、大丈夫よ。メイクはしてきたし、このベルフローレ・葵、朝から余裕をぶちまけたいだけよ。だけどお腹は空いたから、そろそろ来る嵐に朝食を集るわ!」

「だから威張ることじゃないですよね!?というか、喜美!貴女嵐君にまだ起こしてもらってるんですか!?」

「何よ、ズドン巫女は羨ましいのかしら?そんなに羨ましいならそのホルスタインみたいなオパーイであの白黒ヘッドを染め上げれば良いじゃない!」

 

 な!?と自分の胸を隠そうとしてその豊満な肉体ゆえにむしろエロさを醸し出すのはズドン巫女ことオッドアイの浅間・智だ。

 その姿に一部生徒は何故だかメンタルブレイク寸前の精神ダメージを負う。

 

「はいはーい、そこまでね。それにあんた達の待人も来たみたいよ」

 

 オリオトライが背後の階段を親指で指せば、そこを上がってくるのは食べ物が小山の如く積み上がった何か。

 そのてっぺんから徐々に姿を現して腕、胴体、足、と姿を現した。

 彼は階段を登りきると一息ついて術式を展開し、その上に貰い物の山を乗せる。

 現れたのは白髪混じりの黒髪頭をした優男風の男子。前を開け、袖を捲った男子制服に身を包み、首からはゴーグルを下げそこだけが少々変わっているが後は普通だ。

 

「遅かったわね。あの放送があったからもう少し速いと思ったんだけど?」

「あれだけ持たされたら、そりゃ遅れますわな。つぅわけで遅刻取り消したり…………」

「無いわね。だって放送のタイミングでアンタ走ってたんでしょ?なに?体鈍ってるの?」

「い、いやいや、これには海よりも浅くて山よりも低くて、でも水溜まりよりは深い事情があるんすよ」

「いや、浅いじゃん」

 

 それもスッゴクと続く皆の突っ込みだが嵐はヘラリと笑って見せた。目の前にリアルアマゾネスが居るというのに余裕な態度だ。

 

「まあ、あれっすよ。アレがアレでアレだったもんで………………で、アレだったからバブッ!?」

「基本アレしか言ってないじゃない!あんまりナメてると殴るわよ!」

「殴ってから言うなよ!?」

 

 指摘通り、嵐はオリオトライのフルスイングを脇腹に叩き込まれて校庭へと落下していった。そして盛大な破砕音が響き渡る。

 

「…………さて、じゃあそろそろ始めようかしらね」

「待てやーーーー!!!」

「チッ…………しぶといわね」

 

 下から咆哮が上り、ついで階段から凄まじい速さで嵐は駆け上がってくるとオリオトライへと詰め寄る。

 

「問答無用でフルスイングとか酷いじゃねぇっすか!」

「いや、嵐殿は基本的にアレしか言ってなかったで御座るよ」

「ウルセェ!パシリ忍者は俺の戦利品をクラスの奴等に配ってろ!拙僧半竜!テメェもだ!」

「な、何故拙僧まで…………」

「お前、デカイからな此の分食うだろ?ペルソナにも多めに渡しとけ!俺はこのアマゾネスに用が有るんでな!」

 

 荒々しい物言いながらある程度真面目な人選をする辺り彼も人がいいということだろうか。

 表情の変わるキャップと赤いマフラーの第一特務 点蔵・クロスユナイトと航空系半竜の第二特務 キヨナリ・ウルキアガの二人も言葉では渋々従うようだったが彼、五十嵐・嵐の戦利品という名のお土産は基本的に外れがない事を知っているためその足取りは限りなく軽かった。

 そんなクラスメイトを尻目に二人の話はどうにかの落ちを模索する。

 

「まあ、とにかく嵐はペナルティよそれで遅刻の件はこれ以上突っ込まないわ」

「因みにどんな?」

「そうね…………ま、妥当なところなら【鎧を使わないこと】」

「お、俺の存在意義を全面否定……だと…………」

「返事は?」

「…………jud.」

「よろしい。それにしても今から走るのに食べ物やって良いのかしら?お腹いたくなっても知らないわよ?」

「授業レベルでやられる内臓じゃないっすよ。それに俺は点蔵とウルキアガに配れとしか言ってねぇですし」

「…………鈴も食べちゃったみたいよ?」

「っ!?ペ、ペルソナが運びますし、おすし」

「ふむ…………じゃあペナルティの二つ目【向井・鈴を安全に目的地まで運びなさい】」

「わ、わた、私、で、すか、?」

 

 目隠れ盲目少女にして外道の梅組の良心である向井・鈴が驚きの声をあげる。

 彼女、目が見えない変わりに頗る耳がいいのだ。彼女の前で内緒話など普通に話すのと変わらずに聞こえてしまう。

 

「あー……先生?俺は構わんけど、鈴は良いんすかね?本人の了承は必須でしょ?」

「問題ないわよ。鈴も良いかしら?今日は嵐の背中にのって着いてきてもらうわ。それと、嵐、遅れたらかっ飛ばすから」

「jud.死んでも俺は遅れない。そして鈴には傷ひとつ負わせないさ」

「あ、あ、あの、よ、よろ、しく」

「おう」

 

 今更だが、嵐の身長はけっこう高かったりする。少なくともオリオトライより頭1つ高い。

 そんな彼が小柄な鈴と並べば大人と子供だ。

 

「んじゃ、バカのせいで止まってた説明の続きね。私がヤクザの事務所に着くまでに一発でも当てれた生徒には出席点を五点あげる。いい?5回サボれるって事よ?」

 

 これに対して生徒達は突っ込みは入れない。むしろ、乗り気になっているようだ。

 あちこちから、一限五連続やら、丸一日やら聞こえてくる。

 っと、そんな中で手をあげるのは点蔵とウルキアガの二人だった。

 

「先生、攻撃を“通す”ではなく“当てる”で良いので御座るな?」

「戦闘系は細かいわねぇ。ええ、それでいいわよ。手段も構わないわ」

 

 オリオトライの返答にウルキアガは腕を組み、点蔵を見下ろし

 

「聞いたか?女教師が何したっていいと申したぞ、点蔵。拙僧、想像力を使用してよいか?」

「Jud.。しかと聞いた。しかし、ウッキー殿。相手は尻を“触られそうになった”ということで居住区画の床をぶち抜く傑物で御座るよ」

「点蔵、現実を前にして想像力はその上をいくのだぞ。忍の貴公がその事に気づかんとはな」

 

 この二人、真面目な顔をしながらアホなこと言ってやがった。むしろ、会話の中身が色々とアレ過ぎる。

 そんな中で点蔵は再び手をあげた。

 

「オリオトライ先生、先生のパーツで何処か触ったり揉んだりしたら減点されるところはあり申すか?」

「または逆にボーナスが出るような所とか」

「あっははは!授業始まる前に死ぬか二人?」

 

 その言葉に変態二人は押し黙る。

 何せ目が笑っていない。怖いにも程がある。

 このアホらしい空気に思わず皆が弛緩してしまう。

 

「よっと─────」

 

 その一瞬の隙にオリオトライは背後へと跳んだ。走り高跳びでいう背面跳びのフォームのまま彼女は階段を落ちていく。

 呆気に取られる面々。だが、オリオトライは難なく着地を成して、その先に続く“後悔通り”と呼ばれる通路を駆けていく。

 

「くっ────!」

「追え!行くぞ!」

 

 最初に点蔵が駆け出し、その後をウルキアガ。そして続々と全員が駆けていく中、ポツリと残るは二人のみ。

 

「行っちまったな」

「ご、ごめ、んね?わ、わた、私、の、せ、いで…………」

「いや、鈴のせいじゃないさ。それより行くかね」

 

 嵐は上着を脱ぐと鈴の前に膝をつく。

 そして彼女が乗るのを確認すると固定するために腰に上着を巻き袖を結んで支えとする。

 

「キツくないか?」

「う、うん…………平気、だよ?」

「そっか。よし、ついでに…………来い」

 

 片手で鈴を支えて空いた手を突き出し嵐は呼ぶ。その手に粒子が集まると一本の鞘入りの剣がそこに現れていた。

 

「こいつに腰掛けくれ。それで大分楽な筈だ」

 

 言われた通り背に回された剣へと鈴は座る。

 それを確認して嵐は階段へと歩を進める。既に戦塵はかなり先で立っており集団とはかなり離されてしまっていた。

 しかし、彼は慌てない、余裕を崩さない。

 

「んじゃ、鈴。確り掴まってな。ちょっと飛ばすから直ぐにアイツ等に追い付くぜ」

「う、うん」

 

 そして嵐は最上段から跳び出した。



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2話 RUN Ⅱ

 爆音。銃撃、剣戟、破砕音に爆発音etc.etc.

 既に艦に住む者達からすれば馴染みとなっている光景、そして音だ。

 その出所は中央後艦〔奥多摩〕から届いてくる。

 音は移動を続けており、ついでにあちこちから戦塵が巻き起こっているため危険対処の物見達も観測は楽に行える。まあ、内心穏やかではないが。

 

「“後悔通り”を艦首側に行くぞォーーーー!!」

 

 声が上がったのは奥多摩右舷から。つまりは音は右舷二番艦である〔多摩〕へと向かっているのだ。

 その結果、左舷の表層住民達は万歳三唱を行ない喜びを露にし、逆に右舷の表層住民達は怨嗟の声やら恨み言やら、果てはガチめの呪いをぶちまけたりとマジでキレていた。

 だが、一部店主達はというと

 

「まあ、いつものことかね。通り道にならんことを祈るさ────なったら泣くが」

「俺達も昔は似たようなことやってたし────代々続けば名物ってものよ」

 

 そう言いながらも店主達は防備の術式やシャッターを下ろしたり、と店を閉めていく。

 だが、一件だけなんの反応を示さない店があった。

 “青雷亭”というパン屋と軽食屋を兼任している店だ。

 いや別に、客が居るわけでもない。現に店主は配達に行っており店の中に居るのは道に対して横向きになったカウンターに収まる一人のみ。

 

「………………」

 

 彼女は自動人形。名前をP-01sという。一年ほど前にこの青雷亭の前で店主に拾われ以来ここで朝のバイトを行っていた。

 振動は徐々に近付いてくる。

 

 

 ■◇◇■◇◇■◇◇■

 

 

 右舷二番艦〔多摩〕はその表層部に石造りの町並みと公園を有しており、立看板には他国言語も併記しており観光町という側面も持つ。

 そんな屋根の上を駆ける一人の女性。その背後からは多数の光弾が雨霰のごとく降り注いでいる。

 

「ハッハッハ!よぉしいいぞ貴様ら!もっともっと金を使えェ!」

 

 自身の前に無数に現れた契約申請の表示を一纏めに合掌で挟んでお辞儀をするシロジロ。彼の顔は頗る輝いていた。流石金の亡者である。

 

「契約成立ぅー!ありがとう御座いましたぁー!」

「受け取れ!商品だァーーー!!!」

 

 ハイディが承認の声をあげ、シロジロが両手を空へと振り上げる。

 浮かび上がる多数の式達。その後ろにつけるのは箒に乗った二人組。

 

「商品ありがとー!」

「いくよ、マルゴット」

 

 股がる箒の柄にマルゴットが弾丸となる媒体をセット、その前に柄に対してマルガが一本の線を引いた。

 これで術式の準備は整った。

 

「いっけぇ!」

 

 マルゴットが柄を叩けば媒体は柄を発射台として射出される。その先には先程シロジロから買った術式が浮かんでおりそこを通過すると多数の光弾として対象へと降り注ぐのだ。

 

「どう?マルゴット、いけそう?」

「うーん、ちょっと厳しいけど崩せそう!」

 

 光弾の当たるもののみを選別して背の長剣を使って捌いていくオリオトライにとにかくマルゴットは空襲を続けていく。

 これは布石だ。倒せれば儲けもの。倒せなくとも姿勢が崩せればそれで良いのだ。

 

「あーら、アデーレ。貴女が一番?」

「自分、脚力自慢の従士ですんで!」

 

 最初に追い付いたのは武骨な具足を身につけたら先端を潰した身の丈を越える突撃槍を持つ金髪眼鏡の少女だ。

 彼女は足元に加速術式を起動させ、本の少しだけ速度の落ちたオリオトライへと肉薄していく。

 

「従士、アデーレ・バルフェット!一番槍、お相手願います!」

 

 突撃槍の強みはやはりその刺突だろう。槍を構えた右腕を引き、加速と合わせた渾身の一突きを繰り出した。

 槍との戦闘で左右に逃げるのは悪手だ。反復横跳び等を見れば分かるが左右移動は逆方向へ移動する際に慣性を打ち消すためにエネルギーが完全にゼロに成るタイミングがあるためだ。

 そこを横薙ぎに狙われれば骨を砕かれる。

 それは突撃槍でも変わらない。故にオリオトライは前に出た。

 背負い直した長剣の金属製の柄を用いて槍を受け流し回転しながら槍の側面を滑るようにアデーレの懐へと入り込む。

 

「ヨォイショオ!」

「ふぇえええ!?」

「カレー!いかがでゲフォ!?」

 

 伸びきった腕を掴んで前へと進みながら回転。ターバンを頭に巻き、カレーの大皿を頭上に掲げた少年へと振り抜くことでその腹部に重撃を見舞う。

 少年はカレーを死守しながら町並みの向こうへと落ちていき、振り回されたアデーレも目を回してふらふらしている。

 

「ご、ごめんなさい~~~」

「せぇっのっ!ホームランッ!」

「あいたぁ!?」

 

 リアルアマゾネスのケツバットを受けたアデーレはキレイな弧を描いて飛んでいってしまった。

 それを見送りオリオトライは口を開き

 

「ほら!アデーレとハッサンがリタイアしたわよ!」

「っ!イトケン君!ネンジ君と一緒に救護を頼むよ!」

 

 街道を駆ける一団の中から眼鏡の少年が叫び呼応するように二つの影が飛び出す。

 全裸のムキムキな男。その背には黒翼を背負っており、彼は精霊系夢魔族のインキュバスだ。ツルリと光る禿頭の彼はハッサンを回収して片手を挙げた。

 

「おはようございます!怪しい者ではございません!淫靡な精霊、インキュバスの伊藤・健児と申します!」

 

 見た目にそぐわぬ言動に一瞬先を行く面々が半目を向けたが彼は動じない。

 そして更に彼に負けず劣らずの色物が現れた。

 端的に言って薄い朱色のスライム。眉目を示す黒い感覚器を備えた彼?の名はネンジ。一メートル程のスライムだ。

 

「アデーレ殿!今助け…………!?」

 

 ネンジ、無惨。後ろから来ていた喜美が彼を踏み潰してしまったのだ。

 仮にネンジスライムでなければものスッゴいグロいことになっていただろう。

 

「フフッ、ご免ねネンジ~!悪いと思ってるわ!本気よ!私はいつだって本気なのよ!!」

「ちょっと、喜美!」

 

 あらあらうふふ、と笑う喜美に下から叱責が飛ぶ。

 そこにいたのは街道を疾走するデカイ縦ロールを5つも付けた少女だった。

 

「喜美、貴女、謝るときはもっと誠意を込めなさいよ!淑女として────」

「なによ、この妖怪説教女め!しっかしミトツダイラ、アンタ何で地べた走ってんの?いつもみたいに鎖でドカンとやれば良いじゃない」

「なっ!?ここら辺は私が治める一帯なんですのよ!…………それを貴女達は……!」

「あらあら、先生に勝てない女騎士が狼みたいに吠えてるわ。恐ろしいから嵐のおバカに守ってもらわなくっちゃ♪」

 

 喜美が振り返りついでにミトツダイラも振り返ればそこにはまだ距離があるものの、そろそろ追い付きそうな白黒頭が見えていた。

 

「やっぱり速いね。さって、そろそろネンジ君大丈夫かい?」

『うむ、再生も完了した。ガードの体勢をとっていたのが幸いしたな』

「ガード?」

『こうして、な』

 

 救護者の二人を側に置いたイトケンとネンジの二人は少しの雑談に興じる。

 すると、連なる屋根の一角で盛大な破砕音が響き渡った。

 どうやら先行組の誰かが仕掛けたらしい。

 

 

 ■◇◇■◇◇■◇◇■

 

 

 近接攻撃系の面々は漸くオリオトライの背を捉えていた。

 その中で最初に接敵したのは忍者としてスペックの高い点蔵だ。

 

「ここで来るのは君だと思ってたわ!」

「Jud.!お相手お願いするで御座る!」

 

 この一帯は屋根の斜面が少し急になっており、更に左右の壁が高いためその方向への回避という選択肢を狭めることが出来る。

 オリオトライはその屋根を一直線に進んでいる。途中の煙突やその他の障害物や屋根と屋根の間にある隙間も彼女の速度を落とすには至らない。

 後を追う生徒達はそれらに阻まれて思うように速度を出せない。

 そんな彼らの中で唯一、悪路走行に慣れている点蔵が前に出るのは自然なことだ。

 とはいえ、点蔵は思う。もし、嵐がなんの枷もなければ一番槍からずっと、それこそゴールまで先生についていただろう、と。

 そこで思考を打ち切り彼は前を向く。何故なら、今、この場で最も動けて尚且つオリオトライに接敵できるのは自分なのだから。

 故に宣言した。

 

「戦種、近接忍術師、点蔵────」

「忍者が叫んで良いのかしら?!」

 

 問題ない。何せこれは

 

「参る!」

 

 布石なのだから。

 叫び、点蔵は速度を上げた。前方を走るオリオトライとの距離は目算で凡そ15メートル。

 その距離を点蔵は殆ど倒れるような前傾姿勢で駆け抜ける。前に上体を倒すことで自然と踏ん張ろうと足が出る。その足を蹴り足として加速を得ているのだ。

 更にこの近づき方には別の側面もあった。

 オリオトライの得物は長剣だ。走りながら振り向いて振るうには向かない武器と言える。そして長物は、そのリーチからか下段への攻撃が難しい。剣の軌道は円軌道だ。低い位置には当たりづらい。もし、当てようとするならば、足を止めて姿勢を少々落とさなければならない。そんな体勢では走れない。

 点蔵は蛇のごとく下からを心掛けた接近を試みて──────思った以上に突っ込めていなかった。

 

「……くっ…………!」

「ほらほら、来ないの?だったら置いていくわよ!」

 

 既にオリオトライが合わせを行っているからだ。仮に突っ込めば上段からハンマーのごとき一撃を叩き込まれ、反動と強く踏みしめた右足による大跳躍で逃げられる。

 だが、体勢的に既に突っ込み始めている点蔵に止まる選択肢は取れない。不用意に止まれば長剣に大の字で熨されるか更に酷ければ屋根突き破ってこの建物の一階で熱いベーゼをかますことになってしまう。

 瞬間、長剣は彼の予想通りの軌道にのり射出された。

 だから、点蔵は叫んだ。

 

「行くで御座るよウッキー殿!」

「応…………!」

 

 応えるのはオリオトライの頭上。太陽を背に空中からの強襲をかます半竜のウルキアガだった。

 その姿を視認し、オリオトライは感心の声を上げた。

 

「へぇ……!」

 

 そして、先程の点蔵の宣言も側面の建物の屋根を走るウルキアガに気付かせないための動きということにも気付く。

 彼女からすれば小細工だ。

 だが、同時に思う。その積み重ねが大切なのだと。敵わない強敵相手には策を弄して搦め手を使うことが慣用だと。

 さらにちょっとの小細工ではどうにもならない相手がいるということを教師として教えねばならない。

 

「────!」

 

 オリオトライが動く。

 その動きを一瞬の世界でウルキアガは見ていた。

 彼は航空系の半竜だ。短距離の飛行や加速を行える。

 それを利用した視覚害からのパワーダイブだ。

 

「腰のは使わないのかしら!」

「異端審問官である拙僧は異端ではない者には振るうものを持ってはいない!!」

 

 ウルキアガは宣言し加速した。突き出す外殻に包まれた両腕に自然と力がこもっていく。

 

「神道奏者は殴るに能わず!故に拙僧、私的に打撃を差し上げる!」

「無理だわ、それ!」

 

 瞬間、ウルキアガの視界が勢いよく下へと向けられる。

 向いた本人は何故こうなったか分からないが、点蔵は見ていた。

 なんと、オリオトライは振り抜いていた右手の長剣の鞘を一時的に解放し瞬間的に射程を伸ばしたのだ。鞘が刀身をレールに進んだ分、リーチは伸びる。そして鞘尻が突撃してきたウルキアガの脳天を捉えて彼を屋根へと叩き落としていた。

 オリオトライは背負い紐を口でくわえて引っ張り鞘を元に戻し、流れのまま点蔵へと打ち下ろす。

 彼はそれを見ながら、自身の得物である短刀を腰から引き抜き、右手に逆手、左手を添えるように順手に構える。

 直後、甲高い音をたてて両者がぶつかった。

 そこでオリオトライは、おや?と思う。

 長剣が跳ねてかえって来ないのだ。

 原因は点蔵。彼が全身をクッションの変わりとして衝撃を全て落としたからだ。

 これによりオリオトライの動きは一瞬ながら止まる。そこで彼女は気付いた。

 

「ノリキが本命ってこと!?」

「分かってるなら……言わなくて、いい!」

 

 点蔵の背後より彼の忍術で隠れていたノリキと呼ばれた少年が、ボクシングで言うピーカブースタイルのまま突撃、若干右拳を引き左肩が前に出ていた。

 オリオトライには分かる。ノリキの武器は己の拳。そこに術式をかけることで威力を上げている。

 二段構えの策だった。この光景に長剣を止めていた点蔵は、とった!と思った程だ。

 しかし、リアルアマゾネスは甘くない。

 突如として点蔵は手応えの無さを感じた。慌てて見上げれば彼の短刀を支点としてシーソーのごとく下りていた切っ先が跳ね上がっていたのだ。

 鞘尻の狙う先はノリキだ。

 

「くっ…………!」

 

 彼の拳が射出されて甲高い金属音が響く。

 オリオトライは自身の武器を態と手放した。それにより身軽になった彼女は右足を踏みしめて大跳躍による宙返り。ついでに飛んでいた長剣を回収して駆けていってしまう。

 腰を落とした点蔵、拳を振り抜いたノリキ、撃墜されたウルキアガの3人はそれを見送るしかできない。

 しかし、まだ策は残っている。

 

「浅間殿ーーーー!!!」

 

 それに呼応するように少女は動いていた。自身の武装である弓を取り出して構えると先程の眼鏡の少年が指示を飛ばす。

 

「ペルソナ君!足場になって!」

 

 呼ばれた頭に甲冑を被った上半身裸の大柄な男は右手を地面と平行になるように手のひらを空へと向けて駆け寄っていく。

 それを確認し浅間はその上へと飛び乗る。彼女の背に支えるように左手が添えられた。

 

「いきます!地脈接続!」

 

 左目の義眼でオリオトライを捉えて息を1つついた。

 内心ではリアルアマゾネス等と呼ばれているオリオトライに戦慄を隠せない。今も内心では思ったことを読み取ったかのように彼女は浅間をチラリ、と見ていた。

 

「すぅーーーー…………いきます!うちの神社経由で神奏術の術式を使用しますよ!」

 

 宣言に呼応するように彼女の制服の襟元が開くと僅かな光を帯びた二等親の少女が現れた。

 

「浅間の神音借りを代演奉納で用います!ハナミ、射撃物の停滞と外逸と障害の三種祓いに照準添付の合計四術式を通神祈願でお願い!」

『神音術式だから代演四ついける?』

「代演として二代演として昼食と夕食に五穀を奉納!一代演として二時間の神楽舞い!一代演として二時間ハナミとお散歩+お話を嵐君と行います!これで合計四代演!ハナミ、OKだったら加護頂戴」

 

 うんうんと首肯くハナミ。ッとそこで通神が新たに開かれた。

 

『おい!智!また俺を代演に使ったな!?』

『あー、らんー久しぶり~』

『おう、ハナミか!久しぶりだな、て違う!智!聞いてんのか!』

 

 ギャーギャー喚く嵐を無視して浅間はハナミへと目を向けた。彼が代演に巻き込まれるのはいつものことなのだ。

 

『うんうん、許可出たよ。拍手』

 

 パンッ、とハナミが手を打ち合わせれば浅間の弓につがえた矢に光が灯りそれが四段階で光を強める。

 それと同時にオリオトライを捉えるように鳥居型の照準が出現して浅間の義眼と同期した。

 

「義眼“木葉”、会いました!」

 

 同時に近接を仕掛けた3人もその場から離れていく。

 時は来た。

 

「行って!」

 

 射出される矢は空を裂き、通りを越えるために大跳躍により空中で回避行動の取れないオリオトライへと迫る。

 そこで彼女は背の長剣を抜こうとしていた。しかし、と浅間は思う。

 

「追尾だけじゃありません!障害祓いの回避性能も添付してるから回り込みます!」

 

 縦一閃に振り抜かれた長剣は空を切り、矢は直進から回り込むような横殴りの軌跡を描いて飛んでいた。

 そこで剣を引戻し盾としたオリオトライ。

 音が響き、光が炸裂する。

 だが、歓喜を上げる回りに対して矢を放った浅間は目を見開いて困惑の声をこぼす。

 

「あれを躱したっていうんですか!?」

 

 光が収まれば汚れ1つないオリオトライ。剣を鞘に収めると再び駆け出した。

 

「…………食後のアイスが……!」

 

 彼女の悲観の声を聞くのは足場となった彼のみだ。

 その隣を一陣の風が抜けていく。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

「鈴、大丈夫か?」

「う、うん、だ、だいじょ、うぶ」

「そうか。ちょいと揺れるけど踏ん張ってくれ!」

 

 梅組の他の面々同様に屋根の上を駆ける嵐。彼の走りは走っている、というよりは跳んでいるといった方がいいかもしれない。

 一足で五メートル。視界の景色はグングン後ろへと流れていっている。

 既に彼はイトケンや浅間達を抜き去っていた。

 

「嵐、く、ん、も、もうすぐ、し、品川」

「オーライ。丁度見えたぜ。鈴、カバー頼むぞ」

 

 一度、通りへと降り立った嵐はより一層足に力を込めて跳んだ。

 垂直ではなく水平に対しての跳躍。途中、途中で地面を蹴ることで更に加速、視界に収めた軽装甲ジャージへと近づいていく。

 

「ら、嵐、くん、あ、あれ、!」

「ん?げっ……」

 

 鈴に示された先に居たのは金翼と黒翼の二人組。

 彼女達はオリオトライの上空をとっていた。

 

「マルゴット行くわよ!」

「はいはいガっちゃん急ぐと危ないよー」

 

 箒にまたがる二人は手を繋いでそこから飛び降りる。

 そこで二人は翼を開いた。翼は風を受け止めると二人を空へと滞空させる。

 

「行くわよ…………遠隔魔術師の白と黒!」

「堕天と墜天のアンサンブル!」

 

 二人は抱き合い、飛んだ。翼により押し出された風が暴風のように吹き抜ける。

 

「術式主体の連中が追い付いたってわけ?それで皆の術式展開の時間稼ぎに二人が来たわけだ」

「そういうこと、授業中だから黒嬢も白嬢も使わないでおいてたげる!」

 

 マルゴットが箒を構えて術式を展開、その補足やらをナルゼが術式を展開して箒へとぶちこんでいく。

 

「良いわよマルゴット!」

「狙い撃つよガっちゃん!Herrlich!!!」

 

 放たれる砲撃。だが、先程の浅間の一射に比べれば凌ぐのは遥かに楽だ。

 何せ向こうはこちらの攻撃を回避して追尾してくるのだから。直進しかしてこないなら躱すだけで良い。

 現にオリオトライは跳んで躱し、背後の連結縄に砲撃はぶつかり爆煙を上げていた。

 

「残念!足止めの前に全滅しちゃうかもよ!」

「そいつはどうかな!」

「!?」

 

 爆煙を突っ切りもうスピードで現れた嵐が勢いそのままに飛び蹴りをかます。

 反射的にガードしたオリオトライは靴底を磨り減らして止まる。

 顔をあげればそこには既に学生のズボンに包まれた足が迫っていた。

 

「容赦ないわね!」

「当然!五点とって楽をするためさ!」

 

 前に体を流しながらの飛び回し蹴りはオリオトライがしゃがむことで空を切る。その蹴りの風圧が威力を物語っていることだろう。

 そしてここで、始めてオリオトライの足が明確に止まった。



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3話 RUN Ⅲ

 中央前艦の艦首付近、展望台となっている地点にて1つの視線が梅組の暴走を眺めていた。

 それは一体の黒髪の自動人形。ロングスカートのメイド服に左の二の腕付近に“武蔵”と書かれた腕章をつけている。

 彼女の背後では無人のデッキブラシや束子やらの掃除用具が働いていた。

 

「“武蔵”さんは午前からお掃除かい。ご苦労な事だ。艦橋に居なくて良いのかい?」

 

 現れたのは和装の壮年の男だ。口にくわえた煙管からは紫煙が昇っていた。

 

「重奏領域の多さで難所なサガルマータ回廊も抜けましたし、既に三河入港の準備は終了しております。ぶっちゃけ暇なのです────以上」

「だから、梅組の子達を見ながら掃除かい?あ、それよりも五十嵐の奴が心配なのかな?」

「ただいま鈴様を背負って疾走中です────以上。補足、“鎧”は使っていないようです────以上」

 

 武蔵の言葉は淡々とした報告だ。

 そのあり方に和装の男、酒井・忠次ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 

「酒井学長、何か?────以上」

「いいやぁ、特にないさ。それにしても五十嵐が鎧を使わないってのはどういう事だ?」

「遅刻の罰則として教師オリオトライに課せられたようです。鈴様を運んでいるのも、同じく────以上」

「心配性の姉からすれば良いことじゃないのよ。元からアイツは強いんだし、な」

「甚だ遺憾ではありますが、嵐様が強いことには同意します────以上」

 

 酒井と武蔵の視線の先には重量を感じさせず変態機動で駆け回る嵐の姿がある。

 この〔武蔵〕は一切の武装を積んでいない。その中において明確な“兵器”を彼は持っていた。

 

「酒井学長、それより貴方は何をされているのですか?確か昨日の書類が残っていた筈では?────以上」

「い、いやぁ、アレだよ、アレ…………アレ……うぉい!?」

 

 今朝の嵐とオリオトライを彷彿とさせる二人のやり取り。違うのは酒井が躱しており尚且つ飛んでいるのがデッキブラシだということだろう。

 

「ちょ!武蔵さん!?話ぐらい聞いて…………!」

「酒井学長、嵐様にアレ、というのを教えたのは貴方ですか?────以上」

「違うって!だからデッキブラシと束子は勘弁してください…………はぁ、お?見なよ武蔵さん、五十嵐の奴水平跳躍までものにしてやがる。マジで人辞めてね?」

「Jud.嵐様は生来の肉体を極限まで苛め抜いていますから────以上。酒井学長も嵐様のストイックさを見習って仕事をされれば良いのでは?────以上」

「こいつは手厳しいねぇ。むしろ、五十嵐のストイックを誰かが止めるべきだろ」

 

 下手すりゃ死ぬぜ、と酒井は続ける。

 実際、嵐の肉体は服の上から分からないが背負われている鈴のように接触すればその堅牢さが分かる。肉の熱と練り上げられたような鋼の固さ。

 後悔通りと呼ばれる通りの主が10年前に後悔をしたように。彼は10年前から異常な鍛練をその身に課していた。

 

「“死ぬ気”の鍛練と“死ぬほど”の鍛練。語感は似てるが後者は本当に“死ぬ”。死んでその縁から生還することで強くなる。“死中の活”。やれやれ、俺のダチもけっこうな奴等だったが五十嵐見てると可愛く見えてくるから不思議だぜ」

「訂正、嵐様は素直で可愛らしいです。断じて酒井学長のようにのっぺりとしたおっさんとは違います────以上」

「急に毒を吐くねぇ!?…………はぁ、まあ良いや。んじゃ、そろそろ俺も行くかね」

「今日は三河でしたね。嵐様はお連れになるのでしょうか────以上」

「そこなんだよねぇ。ダっちゃんが連れてきてくれって言ってたんだけど、あんまり気乗りしなくてさ」

 

 嫌な予感がするし、と酒井は渋い顔だ。

 酒井の嫌な予感はこれまでの戦闘経験から来るものだ。今年は聖譜によれば滅びの年、末世だ。

 10年ぶりの呼びだしというのもその予感の補強材料となる。

 

「武蔵さん的にはどうかな?この嫌な予感は思い過ごしと思うかい?」

「武蔵本体と同一である“武蔵”は複数体からの統合物であり、また、人間ではありませんので個人という観点の判断が下せません────以上」

「じゃあ、五十嵐の姉としては?」

 

 酒井のその言葉に直後、8つの通神が開かれた。

 

『却下────以上』

『却下────以上』

『却下────以上』

『却下────以上』

『却下────以上』

『却下────以上』

『却下────以上』

『却下────以上』

 

 それだけ同時に告げると通神は一気に切られた。

 その光景に酒井は苦笑い。アイツ好かれ過ぎだろ、目の前の通神と同一の存在へと目を向ける。

 

「Jud.却下────以上」

「ハッハッハッハ!分かった分かった!怖い姉ちゃんに免じてアイツは連れてかねぇよ。ダっちゃんにも断りを入れとくさ」

 

 そう言って彼はプラプラと手を振りながら去っていく。

 そして先程まで彼の立っていた地点に灰が落ちているのを確認して、武蔵はデッキブラシを叩きつけるのだった。

 あの野郎、掃除しろ、と言外に表情が語る。

 

 

 ■◇◇■◇◇■◇◇■

 

 

 右舷一番艦〔品川〕には多くの貨物艦であるからか暫定居住区という市場街が存在する。

 そして暫定居住区は管理の行き届いていない場所であり

 

「だからヤクザの事務所とか在るのよねぇ」

 

 その建物の前でオリオトライの声は響く。

 黒塗りの貨物庫を改造して作られた事務所の建物を背景に彼女は甲板へと目を向ける。

 そこには死屍累々にぶっ倒れた学生十数人が転がっていた。

 

「こらこら、後からやって来て何で休んでるのよ。無事なのは嵐と鈴だけ?」

「あ、いえ、わ、私、運んで貰って、いた、いただけですので、え、はい」

「チックショー、1発当たってくれよ先生ぇ。そしたら五点だったのにさぁ」

「はいはい、ぶつくさ言わない。嵐が遅刻しなけりゃ鎧使えたんじゃない」

「………………使えても、使わねぇよ」

 

 オリオトライに聞こえぬように呟く嵐。鈴にはバッチリ聞こえていたが伝えることはしない。

 盲目の彼女はその姿を見たことがない。しかし、聞いたことがあった。

 世界に響くと錯覚するほどの大きな大きな竜の咆哮を。

 

「ま、良いわ。私が指示した事だし。それにそれも大切なチームワークって事よ。途中でリタイアした奴も回収出来てたみたいだし。一年の時や二年の時と比べれば成長してるじゃない!」

 

 はぁ、と鈴は頷き、そしてビクリ、と肩を跳ねさせる。

 それに気付き、嵐は鈴を守るように一歩前へと進み出る。出していた剣は腰の後ろに下げており、柄を逆手に持っていつでも引き抜ける体勢だ。

 

「おうおう!さっきからウルセェぞゴラァ!」

 

 事務所から顔をだしたのは赤熱した甲殻を持つ角の生えた四腕の大男。

 

「あらあら、魔神族も地に落ちたわね。って今は空にいるのか」

「誰だてめぇは!?」

 

 野太い怒声に耳のいい鈴は縮こまり、フルフルと震える手で嵐の袖口を掴んだ。

 周りで倒れていた生徒達も顔を上げる。

 皆は、オリオトライと周りの状況を見て

 

「先生…………マジでやるの?」

「俺が変わるか?何か怒ってるし」

「やるに決まってるでしょー?せっかくあっちから出てきてくれたし八つ当たりついでに授業しなきゃね」

「授業がついでかよ!?」

 

 当然の突っ込みを背に受けてオリオトライは魔神族へと向き直る。

 その表情は不敵な笑みであり、得物を抜く気配すらない。

 

「いい?これが魔神族よ。体内器官に流体炉に近いものを持っているお陰で内燃排気の獲得速度がハンパじゃないの。それに加えて肉体はどれも強靱、軽量級の武神とだって正面切って殴り合いできる程よ」

「一体なんだてめぇら!うちの前で遠足か?ああ?!」

「ん、ああ、実はちょっと、夜警団にも頼まれててね。────シメてくれって。あ、個人的には先日の高尾の地上げで用が有るのよ」

「ああ?そんなんいつものことで覚えてねぇなぁ!」

 

 瞬間、ここら一帯の気温が一度下がったのでは、と生徒達は錯覚した。

 その原因は今はこちらに背を向けている女教師。

 

「おい、ヤバくね?まさか死人はでないよな?」

「さあ、さすがに…………ねぇ?」

「いざとなったら嵐に突撃してもらえば良いじゃない」

「成る程」

「ストップザお前ら!?俺に死ねと言うのか外道共!鈴は除く!」

「ふぇ!?」

「ちょ!待ってください嵐君!私も外道認定なんですか!?」

「ズドン巫女が外道じゃないとでも?」

「うわぁああああん!!!」

 

 喧々諤々の梅組面々。どこぞの巫女は膝を抱え、暴力装置は多勢に無勢を前に盲目少女に泣きつき、泣きつかれた盲目少女は頬を染めて赤くしている。

 その他諸々先程の疲れを感じさせない荒れ具合だ。

 

「はーい、お前ら今が授業中だって忘れてないかー?」

 

 魔神族の暴力を軽々と躱しながらオリオトライは半目で生徒達を睨む。そのこめかみにはデフォルメされた怒りマーク。

 シンッ、と静まり返り一同オリオトライへと顔を向けた。

 

「はぁ、ったく、いい?生物には頭蓋があり、脳があるわ。頭部を揺らせば、頭蓋の中の脳も揺れて神経系が麻痺する。それが脳震盪。そして頭蓋を揺らす効果的な方法は頭部に密着しているものを打撃すること。人間なら顎の先、魔神族なら────」

 

 そこでオリオトライは動いた。右足を軸に回転、長剣を振りかぶり

 

「ここね」

 

 長剣が回転の勢いにのって振り抜かれ魔神族の角先へと強かに打ち付けられた。

 結果としては魔神族の首を少々動かすに過ぎない、というもの。

 だが、その効果は次の瞬間明確に現れた。

 

「な…………!?」

 

 殴る体勢だった魔神族は膝を崩して甲板へと拳を降り下ろすことになっのだ。さらに彼はそこからフラフラとしており動けない。

 立とうとしても膝が言うことを聞かないのだ。

 

「そして魔神族や大型の生物はこういう状態になると体のあちこちにある神経塊が働き出すから回復が早いの。だから落ち着いて対角線上の位置を強く打つ!」

 

 鈍い音をたてて振り抜かれた長剣。鞘を着けたままのそれはリアルアマゾネスの膂力と相俟ってそこらの鈍器よりも強い衝撃を魔神族の脳へと叩き込んでいた。

 グルリ、と白目を向き魔神族は倒れ伏す。

 

「っとまあ、こんな感じね。はい、実技は御仕舞い。今度は特別な倒し方を見せるからね」

 

 オリオトライの言葉に全員が首をかしげ事務所の扉が再び開く。

 

「やるじゃねぇか、姉ちゃん。うちの舎弟をノックアウトとはな」

 

 現れたのは灰色の甲殻を持った二本腕の先程の魔神族よりも頭二つ大きい魔神族だった。

 だが、オリオトライはそちらに目を向けることなく親指で指し示すと

 

「嵐、その方法を教えてあげなさい」

「………マジで言ってんのか先生?え、ガチで?」

「本気と書いてマジよ」

「……………………はぁ……」

 

 指名を受けて、嵐は一撫で鈴の頭を撫でると前へと進み出て魔神族と向き合った。

 魔神族の大きさは五メートルほど。対して嵐は180センチ前後だ。

 彼も背が低い訳ではないがその差は大きい。

 

「まずはダメな例からよ。嵐、加減しなさいよ?」

「へいへいほーい」

「何をいってやがる。おい、ガキ。その女をこっちに渡せば見逃してやるぜ?」

「そいつは却下だデカブツ。アレでも俺たちの先生なんでな。ついでに今は授業中だ。進まねぇからさっさと来いよ」

 

 そこで、ブチッ、と音が聞こえた。出所は魔神族だ。

 彼は怒りに顔色を染めて、ギシギシと全身の筋肉を軋ませている。

 誰から見ても激おこだった。

 

「俺は優しいぜクソガキ。もういっぺんだけ言ってやる。退け」

「んじゃ、俺ももう一回言うぜ?さっさと来いや」

「…………ブッコロス!!!」

 

 沸点を越えた魔神族は今まで相手を屈伏させてきたときと同じように掴みかかった。

 

「ほら、アレが悪い例よ」

 

 そんな生徒の危機的状況でオリオトライは解説を続ける。

 なんと、嵐は真っ正面から両手を受け止めると踏ん張って見せていたのだ。

 ギリギリと甲板が軋みどうやら両者拮抗しているらしい。

 

「あんな風にウェイトの差がある相手と組み合っちゃダメ。押し負けちゃうからね」

「いや、負けてないじゃん!?」

 

 突っ込みが入る。そう、嵐は魔神族相手に押し負けていなかったのだ。

 確かに互いの筋肉は軋んでいるが其れだけ。悲鳴を上げるには至らない。

 

「アイツは遂に人を辞めたのか」

「でもシロ君、元々嵐ちゃんはその兆候なかったかな?」

「成る程、やはり人間死ぬほどの鍛練を積めば色々と越えられるので御座るな」

「点蔵、無理をするのは拙僧止めざるをえまい。嵐の鍛練は人の身でやれば間違いなく死ぬぞ」

「というか、ぶっちゃけ嵐って何度か死の縁まで行ってるのよね~。全くこの賢姉に心配かけるなんておバカの癖に生意気よ!」

 

 クラスの結論。五十嵐・嵐は鍛練バカから人を越えた何か、に昇格することとなった。

 だが、お忘れでは無かろうな。本人この場に居るって事を。

 

「ギャアアアアア!?」

 

 魔神族の野太い悲鳴が上がる。見れば両腕を内側へと捻りこまれて肩が脱臼しているところだった。

 あまりの痛みに魔神族はその場に踞り両手を離す。同時に嵐は振り返ると同級達にイイ笑顔向けた。

 

 ────後で覚えてろよ?

 

 音は無くとも聞こえたと錯覚するほどの重苦しい寒気が一同を襲う。特に先程好き勝手言っていた面々は冷や汗ダラダラだ。

 ブンブンと首を振る面々を確認し嵐は倒れた魔神族に触れると外れた肩を無理矢理突っ込む。

 

「うぉおおおおお!?」

「おら、起きろ。さっきから言ってるだろ。今は授業中なんだよ」

「て、てめぇ…………!」

 

 目を血走らせて立ち上がった魔神族は拳を握った。

 それだけでも多大な圧力だが、嵐は動じない。

 

「ほら、来いよ木偶の坊。相手ぶったおすのに力なんて最低限で良いって事を教えてやるよ」

「ウラァ!!!」

 

 隕石と見紛う一撃───はあっさりと嵐の脇を抜けて空を切った。

 拳を振るった本人は何が起きたか分からない。

 だが、引いてみていた面々は見ていた。

 

「ちゃんと見えたかしら?特に戦闘系はしっかりと見ときなさいよ。アレが流しの正しいやり方よ」

 

 嵐がやったのは単純。拳に対して体を外に逃がしながら肘を押したのだ。

 それによってバランスが崩れて狙った場所を殴れない。更に体が勢いにつられたことでバランスを崩して不安定な格好となってしまう。

 

「んじゃ!嵐、当て身よろしく!」

「Jud.!」

 

 無防備に晒された魔神族の顔面。

 返事が返された直後、硬い甲殻を砕いて拳が突き刺さっていた。

 

「オォ……ラァ!」

 

 跳躍、腰の回転、単純な腕の膂力。その全てを結集した拳を嵐は振り切る。

 くらった魔神族は吹き飛ぶことなく、その場で後頭部から甲板へとめり込み上半身が完全に埋没するほどのものだった。所謂、犬神家状態。

 

「…………ヤッベ、やり過ぎた」

「おバカ!当て身だって言ったでしょ!伸してどうするのよ!」

「い、いや、言い訳を聞いてくれ先生!ほら!言ってたじゃん!魔神族って軽量級の武神ともサシでやり合えるって!だから、な?体勢崩せる威力の加減が難しくて…………!」

「問答無用!」

「ヘバッ!?」

 

 オリオトライの折檻を受けて頭が甲板に埋まる嵐。尻を突き出したその体勢は間抜けにも程がある。

 それでも痙攣ではなく抜けようとじたばたもがくのはその耐久度の高さを物語っているに他ならない。

 

「あれ?おいおいおいおい、皆何やってんの?つーか、グルグルは何やってんの?埋まってんの?ま、まさか掘られる準備か!?」

 

 そんなカオスに少年の声が響く。

 皆がそちらへ目を向ければそこに居たのは一人の少年。

 茶色の髪に、笑みを讃えて瞳、崩して着込んだ鎖付きの長ラン型の制服に左の小脇には二つの紙袋を持っていた。

 

「誰が掘られる準備じゃバカトーリ!そこのリアルアマゾネスに折檻された結果じゃボケ!」

「うお!復活早!それより見ろよ、グルグル。ようやく手に入れたんだぜ?!」

 

 顔面を煤けさせた嵐が怒り顔で詰め寄れば笑みを深めてトーリと呼ばれた少年は紙衾の一つを開けて中の箱を誇らしげに掲げる。

 

「ほらこれっ!見てみろグルグル!今日発売されたR元服のエロゲ“ぬるはちっ!”。これ超泣かせるらしくて初回限定版が朝から行列でさあ。俺、今日家に帰ったらこれを電纂機に奏填して涙ボロボロこぼしながらアッチもこぼしながらエロいこと摩るんだ!ほら、点蔵もウッキーも欲しいだろコレ!?────あれ?点蔵は?あいつの親父、店舗別得点求めて忍者走りで駆け回ってるみたいだけど、あいつもそっち行ってんのか?なあ、グルグル!」

「なっげぇよバカ。あと、点蔵はそこらに居るだろ。犬クセェから直ぐに分からぁ」

 

 ─────何故、拙者に攻撃が!?というか父上ぇ!?

 点蔵がorzと崩れ落ちるが全員ガン無視。それよりもヤバイ状況が目の前にあるのだ。

 

「あのさ、君、私が今、何を言いたいか解る?」

「ああ?何言ってんだよ先生!俺と先生は以心伝心のツーカーだろ!?先生の言いたいことは俺にしっかり通じてるぜ!?な、グルグル!」

「お前ここで俺に振るか!?死ねと言うのか!?」

「嵐は通じたのねぇ。肝心の本人が通じてないってのに」

「ええ!?なんだよ先生!何でグルグルとはそんな良さげなんだよ!オッパイ揉ませてくれるんじゃなかったのかよ!」

 

 トーリが言った直後、周囲の包囲が一歩後ろへと下がった。誰しも危機回避はしたいのだ。

 動かなかったのは気づいていないバカと逃げ道を眼力で殺された暴力装置のみだ。

 そして、お気楽能天気な不可能男、葵・トーリは口を開く。

 

「汚ねぇ、大人って汚ねぇよ……!この女教師、オッパイ揉ませるふりして俺を殺そうとしていやがった……!」

「………おいこら、君、何か変なもの見えてない?大丈夫?その目に何が映ってる?ねぇ、幼馴染君、ホントにこいつ大丈夫?」

「そう聞かれたら答えづらい。何を今更、と鼻で笑うか。手遅れです、視たいな医者風に答える二つしかパターン無いっすね」

「あ!なんだよなんだよ!俺だけ除け者かよ!せっかく大発表が有るってのに!それと、今はコレだな!」

 

 瞬間、トーリの五指がオリオトライの両胸に埋まった。それは念入りに何やら感触を確かめるような素振りさえ見せている。

 あんまりな光景に幼馴染の暴力装置は本気で付き合いを考えるように空を仰ぎ目元を手で覆った。

 

「あれ?もっと硬い見立てだったんだけどなぁ…………。おかしい、マジおかしいなぁ…………骨とか筋肉とかでドン引きする予定だったのに」

「いま、まさにテメェがドン引きされてるところだろ。知らねぇぞ、おい。お前、その御大層な発表の前に死にたいのか?」

 

 ────何でだよ。

 と笑ってトーリは手を離してクラスメイトへと向き直った。何となく空気を読んでからか嵐も一同の元へと戻っていく。

 

「あのさ、皆、ちょっと聞いてくれ。前々からちょっと話してたと思うんだけど」

 

 そこで一息切って彼は一人一人と視線を合わせながら再び口を開く

 

「明日、俺、コクろうと思うわ」

 

 いきなりのトーリ告白宣言。一同呆気に取られて首を前に落とし

 

「…………え?」

 

 野次馬も揃って首をかしげた。

 その中で再起動が早かったのは彼の奇行を最も間近で最初から見てきた彼の姉だった。

 

「フフフ愚弟、いきなり出てきて乳揉んで説明無しにコクり予告とは、エロゲの包み持ってる人間のセリフじゃないわね。コクる相手が画面の向こうならコンセントにチンコ突っ込んで痺れて逝ってなさい!素敵!一体どういう事か賢い姉に説明なさい!」

「おいおい、姉ちゃん何で一人で良い空気吸ってんだよ。あのな?このエロゲは明日コクるから卒業のために買ってきたんだぜ?わっかんねぇかな、この俺のマジメなメリハリ具合!」

「フフフいい感じにダメ人間になってるわね愚弟!でも明日フラれたらどうすんの?」

「その時は泣きながら全キャラ実名でコンプリートかな。とりあえず一発目は点蔵の名前でバッドエンド直行な」

「何故に自分で御座るか!?悪意しか感じないで御座るよ!?」

「そんで次はウルキアガの名前で妹キャラを攻略して」

「貴様ァ!!拙僧は姉キャラ専門だと言っておろうが!」

「そんでグルグルは…………どうしよ?グルグルー?お前、誰攻略したいー?幼馴染か姉キャラかもしくは教師ー」

「何で俺は選択肢を提示する?そして何でかどれ選んでも死にそうなんだが!?」

 

 トーリは3人ほど戦闘不能にして満足げに首肯く。

 そして

 

「────ホライゾンだよ」

 

 名を呟いた。

 この場に居るもの達にも馴染みの名前だ。

 ふざけた空気はここで消えた。皆が彼の次の言葉を待っていた。

 それにトーリはニッと笑うと口を開く。

 

「コクった後にきっと皆に迷惑かける。俺、何もできねぇしな。それに、何しろ、その後にやろうとしてることは、俺の尻拭いってか───」

 

 そこで一拍、嵐へと目を向ける。

 

「世界に喧嘩売るような話だもんな。どう考えても」

 

 告げた言葉に異論は挟まれない。皆が一様に表情を硬くしているだけだ。

 そんな皆にトーリは言った。

 

「明日で十年なんだ、ホライゾンが居なくなってから。皆覚えてないかもしんねぇけど」

 

 だから、

 

「あした、コクって来る。彼女は違うのかもしれねぇけど。この一年、色々と考えてさ、それとは別に好きだって分かったから。────もう逃げねぇ」

「じゃあ愚弟、今日は色々準備の日よね?そして…………今日が最後の普通の日?」

 

 喜美の言葉にそうだな、とトーリは首肯く。

 

「安心しなよ姉ちゃん。俺は何もできねぇけど────高望みは忘れねぇから」

 

 そんな彼に一同やれやれといった感じだがコレがいつもの事なのだ。慣れるというもの。

 そこで嵐が口に手を添えて声を上げる。

 

「トーリー、うしろー」

「あん?後ろ?」

 

 言われるがままに振り返ればイイ笑顔のオリオトライ。いや、目が座っている事から先程の嵐より怖いかもしれない。

 非戦闘系の面々が嵐の後ろに隠れる位には危機感を煽る状況。だが、舞い上がったバカは気づかない。

 結果、先程の恥ずかしい話をもう一度オリオトライに行い死亡フラグを回収、ヤクザの事務所に人型の穴が開きその後ろの倉庫のシャッターへと見事にめり込み前衛的なアートとなるのだった。

 

 

 ■◇◇◇余談◇◇◇■

 

 

「ねぇ、嵐。さっきの愚弟の質問だけどあんたはどれを選ぶのかしら?やっぱり姉キャラ?姉キャラよね?姉キャラしか選択しに無いわよね!?」

「嵐君!幼馴染キャラですよね!そうですよね!それ以外にありませんよね!ね!?」

「智も喜美も目が怖いぞ……!それから近い!当たってる!胸が!当たってるから!?」

 

 中身はアレだが美少女二人に詰め寄られる暴力装置が居たとか居なかったとか。

 ついでにリアルアマゾネスがチラチラとそちらを見ていたとか見ていなかったとか。

 神のみぞ知る。



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4話 DAY

 情報遮断ステルス航行中の白い空のもと武蔵の街並みは午前の流れをそろそろ終わろうかとしていた。

 

「P-01s、外に水撒いたら上がっていいよ。夕方からまたお願いね」

「Jud.」

 

 ここ、青雷亭も例に漏れず昼へ向けての仕込みの最中だ。

 女将から休憩を貰ったP-01sは頷くとカウンターから出て水桶と柄杓を手に表に出ていく。

 

 ────一年に一度、初めての三河です。

 

 そんなことを思いながら通行人に掛からぬように水を撒く。

 1年前、彼女、自動人形P-01sは三河から武蔵へと乗り込んだらしい。

 “らしい”というのは彼女にはそれより前の記憶がスッポリと抜け落ちていた為だ。

 市民登録は誰かにされており、携帯していた市民証は確かに本物で、本籍は武蔵だったが本籍地に行けばそこは道路だった。

 何が何だかサッパリだったがそこで今、働いている青雷亭の店主が保護者となることで生活を赦された。

 そういえば、とそこであることを思い出す。自分が保護された次の日、見た目は優男だが口の悪い彼が訪れたのは日のことだ。

 

 ──────はっ?

 

 目を見開いてこちらを凝視していた彼は一頻りパンを購入するとお釣りも受け取らずに外へと飛び出していった。

 それから暫くしてから“濡れた手の男”が来店し一頻り自分の手を握るようになったのは。

 

「あの二人はお知り合いということでしょうか」

 

 朝に一回、午前に一回、午後に一回。既に慣れ親しんだ、むしろ飽きがきそうな程やってきた水撒き。

 ルーティンワークとして身に染み付き、その他仕事をしていると自身が何者なのか、という命題を忘れることが出来ていた。

 パシャリ、パシャリ、と水を撒き、そろそろ桶の水が半分になった頃

 

『おみず』

 

 声が聞こえた。

 

『おみず ほしいの』

 

 声の方へと顔を向ければ、そこにあるのは排水溝。

 そこから黒いモコモコしたものが顔を出そうとよじ登っていたのだ。

 P-01sは声のする方に近づくとそのモコモコへと腰を折る。

 

『ばれてない?いけてる?』

「ばれておりません。いけております」

 

 問いに頷けば黒の藻、黒藻の獣は目とおぼしき部分を細めてコクコクとうなずき返す。

 彼らは武蔵やその他多くの都市で下水処理を行う意思共通生物である。彼らは光合成ではなく“汚れ”を食って“汚れてない”に浄化する。故に各国が黒藻の獣の集合意思と契約を結んで食料供給と下水処理の取引を行っている。

 彼らの住みかは下水が流れる側溝などまあ、汚く臭いところだ。自分達が表に出れば皆が良い顔をしないことを分かっている。

 だが、彼らはここに来る。何故なら

 

『おみず』

「また、淀みましたか?」

『うん した ちょっと つまり ぎゅっ だから ながすの みず ちょっと いけそう』

 

 見れば黒藻の体は少々乾いているようだ。

 武蔵は各艦が巨大であるためどこか皺寄せが来てしまう。

 黒藻の獣は食事である汚水が欲しいが、それが詰まっているらしく誰かがその淀みを取り除かねばならない。

 本来ならば役所の管理人がすべき所だが、生憎と今は三河に停泊するための準備に追われているようだ。

 P-01sはそれを理解し黒藻の獣に水をかける。

 黒藻の獣はプルリ、と体を震わせ全身に水を染み込ませると

 

『ありがと』

 

 側溝の下へと戻っていく。

 入れ替わりに新たな一匹が顔を出した。

 

『わんもあ ぷりーず』

 

 うなずき、再び水をかける。

 同じことを繰り返して都合七回目。

 最後の一匹が側溝の下へと戻ろうとして不意に問うた。

 

『いいの?』

「いいの、とは?」

『におうよね?』

 

 問われP-01sは首をかしげた。確かに臭う。下水の臭いだ。

 今は顔を覗かせるのみだからか自分しか気付いていないが完全にその姿を黒藻の獣が外気にさらせば周囲の店々は気付くことだろう。

 

「Jud.、正直に申しまして、臭います」

『どうして?』

 

 臭いのにどうして相手をするのかと問う。

 

『いつも たすけてくれるの でも ほかのひと いままで おこまりとか だめ なぜ?』

 

 その問いにP-01sは即答する。

 

「貴方の匂いは貴方が誰かに害を成そうととして生んだものでありません。元はP-01s達が生んだ臭いです。そして貴方は側溝から完全に出ずに臭いが広がらないように努力しています。ゆえに率直に申しまして、P-01sが貴方を否定する理由はどこにもありません」

『ともだち?』

「Jud.、認めあっている両者の関係をそう言うのであれば」

『おなまえ ぷりーず』

「P-01sと申します」

『ありがと いつも』

 

 黒藻の獣は頷きその身を側溝へと戻していく。

 

『て あらって おねがい』

 

 それだけを言い残して側溝の蓋は完全に閉じられた。

 P-01sはその言葉に従い、桶に余った水で手をそそぎ、落としていた腰を上げた。

 すると、視界の端に影が映る。

 そちらを見ればた黒の男子制服に身を包んだ線の細い黒髪の少年?がそこにいた。

 そして一言も発することなくフラりと揺らぐとパッタリとその場に直倒れしてしまう。

 

「店主、お客様です。いつものように正純様が、見た感じで申しますと、────餓死寸前です」

 

 何だか色々ととんでもなかった。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 オリオトライの授業は少々一般的なモノと比べると変わっている。

 必罰主義のやり方であるのだ。

 1:授業する

 2:解答者に質問する

 3:答えられなかったら授業点数は引かれずに厳罰が下る。通称“処刑”

 4:答えられたら、申告していた厳罰に応じた授業点が貰える。

 因みにこの厳罰は月始めに自己申告するシステムだ。更に質の悪い事にその内容は執行時に戦犯以外の者達で協議して刑重を調整してくる。

 つまりはネタキャラ色の強いものが厳罰をくらうと申請した以上の罰が降りかかってくることもある。逆にこのクラスの良心である鈴等は厳罰が限り無く軽くなるのだ。

 更にオリオトライの授業には“ご高説”というものもある。

 

「ハイじゃあ今日の極東史は、神州が暫定支配される経緯となった“重奏統合争乱”についてだけど────」

 

 その言葉に自信の無いものは一斉に目を逸らす。それに加えて一部生徒は顔をあげすらしない。

 梅組一同は最強クラスのバカも居るが全員が全員、頭がお粗末という悲惨なものではない。やる気になれば一人を除いて良い点取る位には頭がよかったりする。

 しかし、そこは梅組クオリティ。勉強に対して熱意を持って取り組む者は少ないのだ。

 

「んじゃあ、鈴。知ってる範囲で良いから先生の代わりにご高説よろしくー」

「あ、え?ええ?────って、は、はい、ですっ。重奏統合争乱、です、ね?」

 

 顔を赤くして慌てて立ち上がった鈴は確認すると、少し息を吸い込んだ。

 そして、言葉として吐き出す。

 

「わ、私が知ってる、とこですと、…………え、昔、世界は、ち、地脈の制御によって、現実側の神州と、い、別空間にコピーした重奏神州に分か、分かれて、ますっ。で、現実側の神州は神州の民、異世界側の重奏神州には、世界各国の民が住み、お互い仲良くしてたと、そう思うんですけど、い、いですか?」

「いいわよー。つまりそうやって、安全な神州の外にある過酷な環境への対応を考えつつ、現実側と異世界側の聖譜記述の再現してたのよね」

 

 オリオトライがそう言い、他の皆も頷きを返す。

 そんな中で窓際最後列の席に座るトーリが買ったエロゲの説明書片手に立ち上がる。

 

「おーいベルさん安心しとけよ!危なくなったら俺かグルグルが代わりに殴られてやるからさ!大丈夫!今日、俺、エロゲの最初の分岐に行って悶々と悩んで、セーブするまで死なねぇから!」

「おいーー!!何言ってんだ!?何で俺を毎度の如く巻き込みやがる!?俺はテメェと違ってボケ術式入れてねぇんだぞ!?」

「ケチケチすんなよグルグルー。お前、武蔵から紐無しバンジーしても死ななそうじゃん!大丈夫だって!」

「確証ねぇだろうが!大体テバ!?」

「うるさいよぉ、バカ二人。それと君は死亡フラグみたいなこと言ってないで、っていうか何で授業中に説明書広げてアンケートまで書き込んでるのかな?」

 

 風通しの良くなった教室でオリオトライはオコマークを浮かべて笑顔でトーリに問う。嵐は外で犬神家ごっこに勤しんでいた。

 

「何だよ先生!会員特典欲しいだけなんだから俺のことは放っておいてくれよ!!」

「あはは、うん、出来れば凄く放っておきたいけど、でも、ビジネスだし」

「ハ、ハッキリ言うな先生!ビジネスか!?ビジネスだな!?じゃあこっちもハッキリ言うけど大人って汚ぇーーー!!」

「うぇー…………頭痛い」

 

 トーリが椅子の上に立ち、嵐はベランダをよじ登って戻ってきた。顔に砂が付いてるが見上げた耐久力である。

 

「な、何で俺が殴られたんだ?」

「あ、グルグル!聞いてくれよ!先生汚ぇんだぞ!」

「なんだ?先生風呂入ってねぇのか?」

「そうなのか先生!?」

「んなわけないでしょ。いい加減にしないと打つわよ」

「既に俺は打たれたんだが!?」

 

 何故だかオリオトライが不潔か否かの舌戦になっていた。

 彼らの騒ぎに会計のシロジロが顔を上げる。その据わった目で見やり

 

「静かにしろ。今仕事中だ」

「シロ君?今一応授業中なんだけど」

「うるさいよ、君ら。今、執筆中なんだけど」

「ネシンバラーあんたも人のこと言えないじゃい。マルゴットー、そっちのベタ塗り終わったぁー?」

「ガっちゃんも人のこと言えないよぉ」

 

 帳簿つけたり、自作小説を書いたり、同人誌作ったりと自由なものだ。

 

「え、ええと、い、いですか?」

「あ、ごめんね鈴。浅間、ちょっと手伝ってあげて。私はバカ二人を絞めなきゃいけないから」

「J、Jud.!」

「ちょっと待って!?俺既に…………!?」

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

「ひ、酷い目にあった…………」

「だ、だい、じょうぶ?」

「おう…………ありがとな、鈴………それとすまんな、説明聞いてなくて」

「う、ううん、大丈夫、だよ」

 

 頭にでっかいたん瘤をこさえて机に突っ伏する嵐。そんな彼のたん瘤を労るように鈴が撫でる。

 大天使鈴、降臨である。

 

「さぁて、ちょっと色々あったけどトーリ。君、厳罰ね?」

 

 オリオトライの言葉に鈴に癒されていた皆は言葉を失い、そして一斉にトーリへと目を向ける。

 ────お前、何やった?

 と、視線が語っていた。

 

「さっきの鈴の説明ね?北朝が独裁を開始したのは1413年なの。ま、チョイミスだし。後の説明で十分挽回できてるからオッケー、何だけど…………さっき殴られるなら任せとけ、みたいなこと言ってたわよね?」

 

 全員があーあ、的な残念な目となってトーリを見る。ついでに嵐は青くなっていた。

 立ち上り出席簿と帳面を取り、オリオトライは中身を確認する。

 

「…………トーリの今月の自己申告厳罰は、“グルグルと脱衣ショー”?」

「うわぁーー!!俺またそんなソフトコアなこと書いたのかよ!?もっとスタートから激しい、超ハードコアってかビッグコアくらいのもの書いておくべきだったな俺!」

「バカヤローーー!!!何で毎度の如く俺が巻き込まれんだよ!?さっきも似たやり取りしたばっかだろうが!?」

 

 嵐は必死の形相でトーリへと詰め寄り胸ぐらを掴んでガクガク揺らす。

 

「ちょ!グルグル!酔う!酔うって!揺らすなよー!」

「ウルセェバカ!超弩級の大バカ野郎が!大体なんで俺まで脱ぐんだよ!?脱ぎネタはお前の専売特許だろうが!」

「いやいや、そうなんだけどさあ。そろそろマンネリ化してきたし新しい風を吹き込もうと思ってさ!」

「だったら点蔵とかにしろよ!アイツの格好で帽子とマフラーだけ残して全裸にひんむけよ!」

「嵐殿!?錯乱しているのは分かるが何故に自分に御座るか!?」

「ネタキャラだからに決まってんだろーが!!!」

「マ、マジトーンで断言に御座るぅーーー!?」

 

 ガックリ項垂れる点蔵。彼の扱いなどいつもこんなものだ。

 

「とにかく俺はやんねぇぞ!大体、野郎の脱衣ショーに需要なんて…………」

「ハイディ!カメラを用意しろ!確実に稼げるぞ!」

「Jud.!高性能のHDだよ!動画も写真も何でも御座れ!」

「ハァ……!ハァ……!男二人の脱衣ショー……!ふ、筆が止まらないわー!」

「ガっちゃん!?鼻血!鼻血が出てるよ!?」

 

 腐女子と守銭奴が猛り。

 

「はわわわ……!じ、自分が思うにそう簡単に肌をさらすものでは…………!」

「ら、嵐君の脱衣……!」

 

 この俊足従士とズドン巫女を筆頭に一斉に鼻息荒く嵐へと視線を集中させる。

 

「さぁ!脱ぎなさい嵐のおバカ!脱げないならこの賢姉様が剥いてあげるわ!」

「き、喜美!そんな淑女が……!」

「なぁによミトツダイラ!良い子ぶりっ子してないで欲望をさらけだしなさいよ!このムッツリ狼め!」

「なぁ……!貴女ねぇ…………!」

 

 ストッパーになりそうなミトツダイラは喜美に煽られ援護は期待できない。

 嵐は頬をヒクつかせて口を開く。

 

「こ、このクラス……バカしか居ねぇ…………!」

 

 ────何を今更。

 彼の言葉にはそんな返答が返ってくるが言わずには居れなかったのだ。

 そして何故だかトーリと脱ぐのではなく、嵐が一人だけ脱ぐ流れになっている。ホントどうしてこうなった。

 

「嵐ー」

「せ、先生?止めるよな?な?」

「諦めなさい。厳罰は絶対よ」

「おいぃぃぃ!教師ィィィィ!それで良いのかよォォォォ!!」

「おいおい何躊躇ってんだよグルグル!」

 

 オリオトライにも見捨てられ項垂れた嵐の肩に元兇の手が乗せられた。

 振り向けば

 

「おい、何でもう脱いでんだよ!?」

 

 バカは既に全裸で仁王立ちしていた。

 そして股間に光は肌ではなく、何だか小さな四角を纏めたナニか。

 

「見ろよコレ!光源操作可能な天照系光学神奏術の光学迷彩で、英語名はゴッドモザイクって言うんだよ!符をシロに大量に仕入れてもらったからいつでも脱ぎネタ可能だし、ボケ術式が常時発動でダメージ0だぜ!?スゲェだろ!」

「ああ、スゲェよ!お前の天元突破したバカさ加減には呆れを通り越して最早何も言う気が起きねぇぐらいだよ!それと何で俺に符を押し付ける!?止めろ!は、放せ……!HA・NA・SE!」

「ウッキー!点蔵!手伝え!グルグルをひんむくぜ!」

「承知で御座る!」

「何で拙僧まで…………Jud.!」

「や、止めろ!つーか、拙僧半竜!テメェ渋るわりにノリノリじゃねぇか!?おい、バカ!止め………!?」

 

 廊下にまで響く声にならない悲鳴。

 次いで、女性陣の黄色い悲鳴が上がる。

 そして、教室の背後の壁が人型にぶち抜かれた。



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5話 DAY Ⅱ

 午前が終わる時間帯、入り口に準備中の札を下げた青雷亭の店内には二つの人影があった。

 

「正純さん、もうちょっと割りの良いバイトでちゃんと食った方が良いと思うんだけどねぇ。学問系ばかりが人生の経験になるわけでもないだろうし、男装の女の子が倒れてたら、ファンもつかないよ?」

「私の事、女だと知ってるのは父とその知り合いや、後は嵐位ですよ。店主だって夏場に私が倒れてるのを介抱してくれるまで気付かなかったし」

「いや、前々から怪しいとは思ってたよ?だからP-01sと二人で脱がしたんだけど」

「…………あれは嫌な思い出です」

 

 言いながらも正純は思う。あの一連の流れが有ったからこそ自分は気兼ね無く此処に来れてるのだと。

 そう言えば、嵐の奴は初見で気付いていたことを思い出す。

 

「どうしたんだい?そんな難しい顔して」

「いえ…………嵐は私が女だと初見で気付いてた事を思い出したんです」

「ああ、アラシ坊の事かい?あの子は勘が良いからね。最初に正純さんを担いできた時に気づいたんじゃないかい?」

 

 そうなのだろうか?

 とにもかくにも嵐は何かと正純を手助けしていた。見た目優男で口は悪いが根が優しい鍛練バカ。

 

「それにしても、正純さんはアラシ坊が気になるのかい?」

「い、いえ!そんな訳では…………」

 

 ない、と続けようとするが続かない。

 実際のところ、気になる。

 一度彼の上衣を預かったことがあるが見た目普通の男子制服でありながら、鉄の塊でも渡されたのでは?と思うほどに重かった。

 聞けば鍛練の為に荷重の術式を凡そ100、最大重量でかけているらしい。それも彼の持つ衣服の大半に、だ。

 そして、上着、シャツ、ズボン、下着が基本の男子制服。嵐は基本の着こなしであるためその四つ。合計その体には凡そ400の荷重術式がのし掛かっているのだ。

 

「そういえば、正純さんはこれから何処に行くんだい?生徒会の仕事ってのは分かるんだけど」

「…………はっ!え?あ、ああ、そう、ですね。これから副会長として、酒井学長が三河に行くのを関所まで見送ります。その前に時間が空いたので、母の墓参りに行こうと思ってるんですけど」

「はは、これから教導院に行っても授業に間に合わないだろうしね。理由、聞いてもいいかい?」

「私も、怪異の犠牲になった母も、三河が故郷だったので。…………降りる前に参っておこうと」

「…………怪異の犠牲?やっぱり最近、皆がひそひそ話してる末世の影響?」

「Jud.、公主隠しというやつです。墓にも母の身に付けていた装飾品等が埋まっているだけです」

「そうだったのかい…………」

 

 少々、しんみりとした空気になってしまった。

 何というか自分は話題運びが苦手だと正純は苦笑いする。

 っと、そうこうしている内にパンを食べ終わり、食後の水を飲んで手を合わせる。

 

「あの、毎度すみません。集ってるみたいで…………」

「気にすることないよ。ウチには上客も居るからね」

「えっと……嵐の事ですか?」

「そうそう。あの子大食漢だからね。体鍛えてるせいかけっこう燃費悪くて。一通り買って、お釣りを受け取らないのさ」

「そ、それは良いんですか?その……嵐の家計も含めて…………」

「そう思って最初のうちは返してたんだけどねぇ。返した翌日にお釣りを上乗せした代金渡されちゃったのよ。それを何度か繰り返したから、あの子の好きなようにさせてるのさ」

 

 店主は笑っていたが何処か寂しそうな横顔に見えて仕方のない正純。

 話を掘り下げるか、否か、その葛藤をしている間に話は変わる。

 

「そういえば、正純さんはどうして生徒会長に立候補しなかったんだい?」

「…………生徒会長には、総長の葵が立候補していたからです」

 

 そこで言葉を切り残った水を飲み干して再び口を開いた。

 

「ここに来て一年という新参の私よりも、この武蔵生まれの彼の方が皆にとっては人となりも解ってるでしょう。聖連も葵の入学時の成績から見当をつけていたようですし」

「あれは馬鹿だからねぇ。この前の入学式も在校生の挨拶の時火を着けた式典用の尺玉花火を抱えてゲラゲラ笑いながら式場に飛び込んでったんだって?」

「ええ、新入生を追いかけ回していました。式場はパニックで、でも最終的に新入生が協力して葵を倒して花火をあげて、強引に感動のエンディングを迎えましたよ」

 

 因みにその時の酒井学長の挨拶は『皆、今日の事をよく覚えておけよ』である。

 忘れたくても忘れられない入学式だ。

 更に補足すると、大はしゃぎしたバカはほぼ一日教導院の屋上から吊るされていたりする。

 

「あのバカは相変わらず、バカなのかねぇ。昔も…………いや、今もそのままバカのまんまかね」

「今?葵や皆もここはよく来てるではないですか」

「ああ、十年ぐらい前から去年まで、トーリは来なくなっちゃってたんだよ。昔はトーリと姉の喜美とアラシ坊、それから近所の子が一緒に朝食を摂っててね」

「それが十年より前?じゃあ去年から、九年ぶりに葵が来ていると……」

「アラシ坊は来てたんだけどね。契機はあの子だよ。P-01sが働くようになってから。何だかトーリはあの子が気になるみたいなんだよ」

「…………は!?」

 

 自動人形に恋をする人間。

 それは、何とも

 

「何て無駄というか………マニアックな」

「無駄だと、良いんだけどね」

「…………え?」

「多分、アラシ坊もP-01sの事を気にしてるんだよねぇ」

「ら、嵐もですか!?」

 

 これは驚いた、と正純は目を見開く。

 自動人形は感情を理解できない。人に仕える本能はあれどもそれは感情とは別のものなのだ。

 そんな自動人形を気にする二人。

 

「えっと……聞いても?」

「そうだねぇ…………正純さんは皆と親しくなりたい?」

「別に親しくないわけでは…………」

「じゃあ、もっと親しくなりたいと思わない?」

「それは…………」

 

 思う、だろう。

 武蔵に来て一年、親しくないことはないが何処か皆との壁を感じてしまう。

 母を公主隠しで失ってからか一人になる事に少々抵抗のある正純は素直に頷いた。

 店主は笑い再び口を開く。

 

「それじゃあ、“後悔通り”について調べてみるといいよ。トーリやアラシ坊、皆の事が分かるだろうさ」

「えっと…………ホライゾン、という少女の事ですか?」

「おや、知ってたのかい?だったら話が早いよ。調べるのは十年前かねぇ。その時の大改修で事故が起きたのさ。あと一歩。あと一歩踏み込めば、この武蔵の事や皆の事が分かるよ」

 

 頑張りな、とパンの入った袋を手渡され正純は店を出た。

 とにかく、動こう。と彼女は歩を進める。まずは、花屋だ。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 場面変わって教導院。動物園もかくやと言う喧騒まみれの梅組前の廊下では一組の影があった。

 片方は背が低く、男子の制服を纏った少年。

 問題はもう片方だ。カールした髪の毛、尊大な髭、動きにくそうな格好、豪奢な杖。言い表すなら、そう、トランプの13、キングのカード。それがそのまま肉体をもって現れたような姿なのだ。

 

「武蔵の民は薄情である。東宮君がご帰還だと言うのに麻呂以外に出迎えもないとは」

「何だか騒がしいし……皆大丈夫かな。どう思う?ヨシナオ教頭」

 

 少年の指摘通り梅組の教室からは悲鳴やら絶叫やら何かが吹き出す音や殴打する音、その他諸々とにかく酷いことになっている。

 

『おいおいおいおいグルグルー!何隠してんだよ!男なら堂々としてようぜ!』

『バッカヤロー!テメェと違って俺は羞恥心をだな…………』

『ちょ!嵐!体隠さないでよ!私が描けないじゃない!』

『ガっちゃん、欲望に忠実~。ランちゃんもっとしゃっきりしなよ~!』

『ほら!ほらほら!もっとピシッとしなさい!そしてこの賢姉様にポージングを晒すのよ!』

『バカだろ!?お前らホント色々と酷すぎるだろ!?』

『ええい!隠すな金蔓!お前が体を晒せば儲けは確実なんだ!』

『ランちゃんヌギヌギしてねぇ?そしたらシロ君も私も幸せだよ~』

『女なら恥じらい持てよ!?何で全員俺に視線集中してんだ!特に智!テメェ巫女だろ!止めろよ!?』

『み、見てません!見てませんよ!私は何にも見てませんからあ!』

『指の隙間からチラチラ見てんだろうが!』

『おいおい!お前ら!俺だって脱いでるんだぞ!見よ!この肉体美!』

『『『…………はっ』』』

『鼻で笑いやがった……だと……!』

 

 酷い。何がどう酷いか表せないがとにかく酷かった。

 現にこの騒ぎを廊下で聞いていた東宮こと、東は頬を赤くしてアワアワとしている。見た目と相俟って女の子の仕草にしか見えない。

 そんな状況など知らず、教室内はヒートアップしていく。

 

『てか、先生!もういいだろ!いい加減止めろよ!』

『ええ~、良いじゃない。君、体鍛えてるし。少なくともトーリよりは見れた体してるわよ?』

『別に見せつけるために鍛えてる訳じゃねぇよ!?』

『ほら、嵐!こっちに目線ちょうだい!情けでかっこよく描いてあげるわ!』

『あ!俺も!俺もカッコ良く描いてくれよ!』

『総長を……カッコ良く……?』

『あ、ヒッデェ!何で首傾げるんだよ!酷くねぇかグルグル!皆が揃って首を傾げやがった!』

『俺に触んな!テメェのせいでこうなってるだろうが!』

『ゲブァ!?』

 

 そんな会話の直後、扉を突き破って何かが教室からは飛び出してきた。

 何かはヨシナオと東の隣を抜けて壁にぶつかりめり込む。

 

「あーあ、何やってんのよ嵐。扉壊しちゃって」

「知るかってんだ!文句あるやつは全員外へぶん殴ってぶっ飛ばァす!」

 

 カオスだった。それはもう、何というか色々とカオスすぎた。

 飛んできて壁にめり込んでるのは全裸のバカ(股間が輝いてる)。そしてそのバカを殴り飛ばして扉を粉砕したのはこれまた全裸の筋肉質の暴力装置(股間が輝いてる) 。

 色々と酷い。

 

「んお?東じゃねぇか。久々だな」

「い、いいい五十嵐くん!?ま、前隠して!」

「不本意だが、バカの術式で大事なところは見えないんでな。不本意だが!不本意だがな!」

 

 やれやれと額に手をやる筋肉質の全裸。その肉体は特殊な性癖がなくとも人の目を一身に集めている。

 現に殴り込もうとしていたヨシナオもその筋肉に眼が釘付け、というか唖然としていた。

 

「先生ー、東来てるぞ?」

「へ?…………ああ!もう昼か!」

 

 バタバタと駆け寄るオリオトライは扉の位置で仁王立ちする嵐の背に飛び付き頭の隣から顔を出す。

 

「やっ!東、はいる?よね?」

「先生、アンタ仮にも女だよな?全裸の男に飛び付くってどうよ?」

「なにー?先生に欲情でもしてるのかしら?」

「しねぇよ。知ってんだろ?」

「そうよねぇ…………まあ、良いわ。そこの壁にめり込んでるバカ連れて戻ってきなさい。あ、こんにちは、王様。それじゃ失礼しますねぇ」

「んじゃ、先に入れよ東。俺はこのバカを連れてくから」

「う、うん…………えっと、久しぶりだな、五十嵐くん」

「今さらだな。ま、久しぶり。ほれ、さっさと入れ」

 

 嵐が促し、オリオトライに手を引かれて東は教室の中へ。そして嵐は壁にめり込んでいるバカを回収し肩に担ぐと吹き飛んでいた扉を空いた手で掴み教室へと戻っていく。

 嵌め直された半壊した扉を見てヨシナオは呟く。

 

「…………何これ」

 

 お前、キャラどうした。

 そんな突っ込みもなく。ヨシナオはただ一人、廊下に立つのみだった。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

「何だか、また、距離が離れた気がする。そして美味しい場面を見逃した気がする……!」

 

 霊園の中にて正純は教導院の方角へと振り返り眉を潜めていた。

 因みにその時間帯は丁度バカ二人の脱衣ショーと片方のバカへの折檻が執り行われていたりする。

 とはいえ、この場にいる正純に確認する術はない。それよりも気になることが彼女にはあった。

 

「こそこそ」

『こそこそ こそこそ』

(突っ込んだ方がいいのか?)

 

 チラリと振り返れば木の陰に覗く見覚えのある銀糸。先程からつけられていた。

 一歩進めば、一歩寄ってくる。

 

『ばれてない?いけてる?』

「ばれておりません。いけてます」

「…………いや、バレバレなんだが……」

「なんと……!」

『な、なんと!』

 

 何で驚く?

 首を傾げながらも正純はやって来るP-01sと彼女の手に収まる黒藻の獣を待つ。

 

「嵐様の貸してくださった本の通りにしたのですが…………」

『しっぱい?らん しっぱい?』

「失敗です。ここは大人しく待ち受ける方が良かったですね。流石脳筋の嵐様が貸してくださった本ですね。知性派の正純様には通じませんでした」

「いや、そもそも嵐は本を読むのか?アイツ私が見るたびに鍛練してるし、あの制服スゴく重いよな?」

「嵐様は基本的に脳筋ですが時偶哲学書などを読んでおられるみたいです」

 

 似合わねぇ~~~~と正純は思うが言いはしない。

 何となくだが片手で逆立ちしながら哲学書を読む嵐が想像できたのは秘密だ。

 

「それにしてもお前と此処で会うとはな。自動人形はやはり何処でも掃除するのが好きなの多いって言うし」

「Jud.命題の一つとしてそれもあります。ここの掃除は日課としております」

 

 墓周りの雑草を抜きP-01sは積み上げた雑草の山やらを近くの側溝に放した黒藻の獣に与えている。

 自然と行われる餌付け風景。

 

『ばれない?おーけー?いけそう?』

「Jud.、大丈夫だと判断できます。我々の活動は完璧です。嵐様も親指立てて賞賛してくれる筈です」

『らん しょーさん?』

「Jud.」

 

 ────根拠ない上にガッツリばれてるんだが!?というか嵐に対する信頼の高さ!

 思いつつも指摘しない。面倒はゴメンだ。

 その一心で墓石を磨きその周りの草を抜いていく。

 

「正純様は、こちらの墓石の手入れをよくされておられますね」

「母のでね。遺骨はなくて遺品が納められてるだけなんだけど…………自動人形は、魂から生まれるから分かりにくいかもな」

「Jud.。しかし、率直に推測を申し上げますが、正純様は、お母様が好きなのですね」

 

 P-01sの言葉に正純は考える。

 恐らく、自分は母が好きで大切だった。しかし、その事に気づいたのは、母が公主隠しで消えた後だったのだ。

 思考の渦に捕らわれる彼女の耳にふと、歌が届く。

 それは誰しもが知っている“通し道歌”。

 澄んだ歌声の其は正純の記憶を更に呼び起こす。

 それから自然と口が動いていた。

 自分のこと、故郷のこと、父との確執のこと。

 つらつらと、それこそ武蔵に来てから誰にも話したことが無いようなことが自然とこぼれ続けた。

 そして、同時に涙も頬を濡らす。

 

「……正純様、泣いておられるのですか?」

「ッ!泣くとは格好悪い話だ」

「そうなのですか?」

 

 ────此処で泣かれる方を見るのは二人目です。

 そう続けてP-01sはフムフムと頷き、あの方も格好悪いのか、と一人納得していた。

 少々気になることを言っている気もするが、泣いた手前話題を逸らすことを優先する。

 

「ああ、…………出来れば何処かに隠れたいものだな。ここじゃそうもいかんが」

「Jud.新たな知識をありがとうございます。同時に正純様への疑問が1つ解けました」

「?それは?」

「率直にもうしまして────正純様の男装は趣味ではなかったのですね」

「……………………は?」

 

 結構重い話だったのに、着眼点そこ?

 口には出ないが正純の表情と雰囲気が語っていた。

 何だか疲れたよな気がする彼女の溜め息は誰にも聞かれることなく昇っていく。

 ふと、空を見上げればどうやらステルスが終わったらしく元の空へと変わっていた。

 同時に現れるのは三つ葉葵の紋が刻まれた客船、そして武蔵のあらゆる拡声器が音を流す前の独特の高音をあげる。

 

『やあ、久しぶりだね武蔵の諸君、先生の顔を覚えているかい?』

 

 流れるのは男の声。それは何処か…………なんだろうか?

 とにかく、テンションが高い?

 

『毎度毎度、私が────三河の当主、松平・元信だ。先生と呼んでくれて結構だとも』

 

 

 

 この時、誰一人として気付いていなかった。気づくはずもなかった。

 終わりの足音は着実に、淡々と、直ぐ近くまで迫っていたことを。

 日常など簡単に。それこそ絶妙なバランスの上にあり、容易く壊れてしまうことを。

 誰一人として気付いていなかった。



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6話 DAY Ⅲ

 午後を少々過ぎた時間、教導院の木の橋上の内、正門に近い階段では幾つかの人陰が集まっていた。

 

「4997……4998……4999……5000……!」

 

 橋の欄干に逆立ちし片手で腕立て伏せを続ける嵐の姿もあった。他にもこの場にはトーリや喜美、シロジロにハイディ等の面々、つまりは午後から予定のない梅組の面々が勢揃いしていたのだ。

 

「ハイ、それではこれから臨時の生徒会兼総長連合会議を行う……んだけど、君は何してるのかな、五十嵐君?」

「何って…………ネシンバラ、見りゃ分かるだろ?腕立てしてるのさ」

「いや、この場ですることじゃないよね?それとその超重量の制服着て片手逆立ち腕立て伏せとかして殆んど汗かかないとか、君、結構人辞めてるよね」

 

 ネシンバラに結構な毒を吐かれた嵐は無言で着く手を空中に跳ねて換え、再び腕立て伏せを再開する。心なしか拗ねてるのか先程よりも速い。

 それを見て、1つ溜め息はついてネシンバラは空中に投影した鳥居型の鍵盤を叩く。

 

「えー、本日の議題テーマは“葵君の告白を成功させるぞ会議”。一応の進行は書記の僕、ネシンバラが勤めていくよー…………はい、適当に弄ってあげてねぇ」

 

 何ともやる気のない事だ。まあ、他の面々も似た形ではある。これが梅組クオリティー!

 

「んー……ぶっちゃけ視聴率を考えると俺がフラれた方が面白くね?」

「最初から本人がそれかよ!?」

 

 シンクロ突っ込み。腕立てしてる嵐も三河との貿易に掛かりっきりのシロジロも例に漏れず突っ込む。

 まあ、これから話し合おうとする議題を真っ正面からぶち壊そうとするような発言だ。致し方ない。

 

「何だよお前ら!俺がフラれちゃいけねぇってのか!?俺知ってるぞ!それって成功主義の押し付けってやつだな!モテない男を認めない社会の風潮だ!いいか?────誰もが結婚できると思うなよ!」

 

 ズビシッ、とトーリは帰宅途中の生徒たちへと片っ端から指差していく。途中で隣のクラスの担任である三要先生が巻き込まれて泣きながら駆け去っていったのは余談だ。

 

「お前、適当に口撃すんなよ。三要先生泣いてたぞ?」

 

 腕立てを終えた嵐は片手ハンドスプリングで橋に降り立つとトーリの頭にチョップを見舞う。

 因みにこの一撃はかなり加減して(彼の中で)の一撃だ。だが、“不可能男”等と呼ばれるトーリにとっては結構痛い。打たれた脳天を抑えて踞る。

 

「イッテェーーーー!!!ちょ、グルグル!お前、力強いんだから加減しろよなあ!」

「あん?スッゲェ加減したんだが?もう、蟻も殺せないぐらいの手加減だ」

「いや、スッゲェ痛いんだけど!腕力で俺のボケ術式抜いてくるとか、この脳筋ゴリラめ!」

「誰がゴリラだ、この大バカ!俺は毛深くない!」

「いや、そこかよ!」

 

 どうやら嵐は自分が脳筋である自覚が有るらしい。

 

「つーか、バカ。さっさと話進めろよな。お前の一パーセントにも満たない成功確率を俺達がどうにか二パーセントに上げてやるよ」

「はっ!バッカだな、グルグル!俺の告白の成功率は0パーだぜ!」

「お前がバカだろうが、この大バカ。0を1にするよりも1を2にする方が簡単に決まってるだろうが。つまりは死ぬ気でコクれ、そしたら多分、うん、万が一、億が一、兆が一、京が一、或いは那由多の一かもしれねぇがとりあえず0じゃなくなる」

 

 嵐の言葉に一同、応援?と首をかしげるがそこを突っ込むとバカにぶちこまれた(本人曰く)蟻も殺せないチョップをくらいそうなので、ついでに話も続かないため口には出さない。誰しも自分がかわいいのだ。

 

「よし…………テンゾー!オマエ、回数“だけ”はこなしてるだろ?告白って基本どうやるんだ?」

「い、いま自分、色々と否定されたで御座るな!?」

「いいから話してみ?」

 

 いつもの扱いに近い為に点蔵腕を組んで頷いた。そして君だ腕の上で人差し指を一本立て、

 

「ぶっちゃけ、いきなりコクるのは感心せんで御座る。誰だって心の準備があるというもの。トーリ殿だって朝家ノ前に見知らぬ女の子が立っておって“好きです”とか言われ────、いいで御座るなそれ!いらない!心の準備要らないで御座る!」

「うん。しかしその子が例えばテンゾーだったら俺はかなり嫌だなぁ。オマエが俺にコクるために出待ちしながらくねくねしてたら、正気度下がる前に俺は逃げるね。間違いなく」

「さ、最悪で御座るな貴殿!?」

「…………なあ、点蔵」

「何で御座るか、嵐殿」

 

 一通り話を聞いていた嵐が手をあげ点蔵も応える。周りも意外に真面目な表情の彼に自然と注目していた。

 そんな中で彼は口を開く。

 

「もしも、その出待ちが先生みたいなリアルアマゾネスだったらどうすんだ?」

 

 思った以上に下らなく、そして色々と精神的に変態に傾いている男衆には爆弾とも言える発言が飛び出した。

 さて、ここで彼らの担任であるオリオトライだが。リアルアマゾネスやら暴力ゴリラやらその他諸々、とてもではないが女性につけるようなものではない渾名やら異名やらがつけられている。

 しかし彼女、見た目は良いのだ。顔立ちは整っており、プロポーションも申し分ない。その性格さえどうにか出来れば引く手数多に男たちが放っておかないだろう。

 

「ぐっ…………ぬ……!」

「何故だ……!拙僧は姉キャラ専門の筈……!しかし……何故、こうも揺さぶられるのか!」

 

 若干二名、新たな扉を開けそうになっていた。

 因みに尋ねた本人はというと

 

「えっと……喜美?何で無言で詰め寄ってくるんでせうか?ちょ、ハイライトが仕事してないぞ……!」

「うふふ…………ねぇ、嵐」

「な、なんでせう?」

「さっきの質問の意図を聞きたいのよ。なに?貴方って年上スキーだったのかしら?だからこの私に見向きもしなのかしら?ねぇ?ねえ?聞いてるの、嵐?」

 

 ハイライト消した喜美に詰め寄られてガクブルしていた。

 

「はいはい、君ら少しは真面目にやりなよー。仮にも総長兼生徒会長の告白なんだからさ」

 

 ネシンバラに引き戻され、発端であるトーリと点蔵の二人が腕を組んで唸る。

 そして再び、点蔵が指を立てた。

 

「……ここは1つ“手紙作戦”など如何で御座ろうか?」

 

 そう言い、取り出すのは紙とペン。

 

「いいで御座るか?コクる際は誰しも緊張するもの。例えば彼氏もちに“君の事が好きだ”と言うべき所を慌ててしもうて“君の男が好きだ!”と炸裂し申したり、思いっきり噛んで“き、きめぇとこが好きだ!”と暴発したり、無理に楽しく行こうとして“ミーはユーのことを好ーキデースネ───!?”等とアメリカンジョークも尻尾巻いて逃げ出すハズレぶちかましたりするで御座るよ」

「オマエはホントに体験豊富な。心強いけど少しは忍べよ忍者なんだからよ」

「説教された!説教されたで御座るよ自分!」

 

 ────バカの癖に!

 と猛る点蔵。

 

「と、とにかく!そんな誤爆を防ぐための手紙で御座ふっ!…………ッ!」

 

 興奮しすぎて口癖すらも噛んでしまった。

 クラス一同、揃って外道の癖に微笑ましい、生暖かい視線を送る。

 忍者爆死である。

 

「てーっと、あれか?つまりは、手紙に書いときゃ誤爆しねぇし、もしもテンパっても紙を渡せば万事解決って事だな」

「…………嵐殿はたまに脳筋らしからぬ理解力を示すで御座るな。それと、Jud.。まあ、おおむねそんな所で御座るよ」

「えっと……?」

 

 一人、?を浮かべて首をかしげるトーリに点蔵と嵐は揃ってやれやれと首を振り手をあげる。

 

「やっぱバカだな」

「バカで御座ったな」

「何だよ!お前らだって鍛練バカとパシリ忍者じゃねえか!!!」

「ルッセェ!超弩級のバカめ!!さっさとパシリ忍者の提案通りに書きやがれ!」

「だから何をだよ!ま、まさかナニを書けば良いのか!?」

「こんの……変態大バカ!コクる相手の好きなところを書いてけば良いんだよ!」

「好きなところを…………それって難しくないか?」

「急に冷めんなよ。まあ、確かに気持ちだしな。点蔵、そこのところはどうすんだ?」

「ふむ……まあ、魅力的なところを書くのが良いのでは?基本的に惹かれるところを書くべきで御座ろう」

「…………お前って何で彼女いないんだろうな?」

「…………そこを今、抉るとは嵐殿は鬼で御座るな……」

 

 二人揃ってため息。

 その傍らではバカがペンを片手に唸っていた。どうやら何を書けば良いかよく分かっていないらしい。

 

「仕方ないわねぇ。この賢姉様が助言あげるわ。試しにそこのパシリ忍者と筋肉おバカの嫌いなところを書いてみなさい」

「いや、姉ちゃん、さすがに友人の嫌なところをスラスラ書くとか」

“いつも顔を隠しているのは人としてどうかと思うが上手く言葉にできない”

“ゴザル語尾はそれギャグのつもりかと思うが上手く言葉にできない”

“たまに服から犬のような臭いがするのは本当にどうにかしてほしいが上手く言葉にできない”

“鍛練ばっかでたまに汗臭い中でこっちに寄ってくるのはどうかと思うが上手く言葉にできない”

“加減したと言うけども本人が筋肉ゴリラであるため人な俺は結構痛く止めた方がいいと思うが上手く言葉にできない”

“鍛えすぎてもはや別の生物なのではと思うが上手く言葉にできない”

「やっぱ上手く言葉にできないもんだなあ、友人の悪いところは」

「ス、スラスラ書きまくってるで御座るよ!?しかも箇条書き!」

「そんなに加減してほしくないならそう言えよな。…………ボケ術式ぶち抜いて武蔵の外まで殴り飛ばしてやる」

「あっれ、おかしいなぁ。俺、オマエ等の良いところ書けないのにな。ハア…………」

「何が“ハア…………”で御座るか!最悪で御座るなこの男!?」

「よっし点蔵。こいつ吊るそうぜ。武蔵に頼んで船尾に吊るさせてもらおう…………ビニール紐で」

 

 トーリの襟をつかんでガクガク揺らす点蔵と若干本気で殺しに掛かってる嵐。

 

「ほら、気持ちを表すなんて簡単な事じゃない。その調子で、お熱なあの子のそそる所を書き連ねなさい愚弟!」

「そう言われてもなあー」

“顔がかなり好みで上手く言葉にできない”

“しゃがむとエプロンの裾からインナーがパンツみたいに覗けて上手く言葉にできない”

“ウエストから尻の辺りまでのラインが抜群で上手く言葉にできない”

「やっぱり清純な思いを言葉にするのは難しいなー」

「かなり具体的で御座ったが!?それに即物的で御座る!!」

「むしろ、この変態、コクる前に番屋のお縄になるんじゃねえか?」

「おいおいテンゾー、グルグル。俺が具体的に書いたらこんなものじゃねぇぞ?」

「マジモンの変態じゃねぇか!?」

「ハッハッハッ!よせやい、照れる」

「誉めてねえよ!?」

 

 再び脱線していく彼ら。

 その二段下で腕を組んで座っていたウルキアガから声が上がる。

 

「その箇条書き、トーリとしては肝心なことが抜けておらんか?」

「え?トーリ君の即物的な好意に、何か抜けがあるのかな?」

「ああ、────このオッパイ県民が何故か相手に対する胸の言及が無いだろう」

 

 その発言に皆は一斉にハッとした様子でトーリへと目を向ける。

 更に周囲の帰宅中の生徒たちもヒソヒソと何やら話し込んでいた。

 

「俺、ひょっとしてその道の権威になってね?」

「ひょっとしなくても権威になってるで御座るよ」

「で?何でお前はそこは言及してないんだ?」

「ふむ…………出来た!」

 “オッパイは、揉んでみないと、解らない  とおり”

 

 自信満々に上の句を読み上げるトーリ。

 全員、通行人も含めてドン引きである。

 そんな中でも歪みないのが喜美だ。

 元よりエロとダンスを信奉する彼女だ、弟のエロ発言では揺らがない。

 

「ふふっ、素晴らしいわ愚弟!オパーイに対していい加減できないのね?なんて誠実な!」

「俺、こう見えても真面目だからな!適当なことは言わないぜ!」

「…………この姉弟頭おかしいのは前からで御座るが、その点はどう思われるので御座るか?」

「ここで俺に振るか?…………まあ、トーリが真面目ってのはないな。適当なこと言わないなら俺への被害が多少減る筈だ」

「フフフ、負け犬忍者と筋肉おバカは黙ってなさい。しかし愚弟、アンタの歌の通りだとしても大体は見た目で分かるんじゃないかしら?浅間なんて見た目そのまんまだし」

 

 喜美が言った直後、背後にそびえる校舎三階の窓が開いた。

 そこから顔を出すのは赤面全開な浅間だ。

 

「こらー!勝手に人のカラダネタやらない!大体なんですか見た目そのままとか!」

「そうだよな!浅間のは見た目通りじゃないよな!こう、まろやかな中に少しの────」

「うわ、ソムリエが語りだした最悪です────!ちょっ、そこ動かないっ!弓!弓!!」

「あー……何でか嫌な予感がするんだが?」

 

 言った直後、嵐の額にズドン、と重い一撃。

 流石に不意打ちすぎて反応することも出来ずに彼の体は背面跳びのように階段の最上段から飛び出し一番下へと頭から墜ちていった。

 一同、唖然としてしまい誰も言葉を発さない。

 

「スゥーーーーーッ、ズドン巫女が遂に殺ったぞーーーー!!!」

 

 最初に再起動を果たしたトーリに息をめい一杯に吸って、そう叫んだ。

 それを契機に辺りにもざわめきが伝播する。

 

「ヤバイで御座るよ、頭から地面に刺さるとは…………」

「いつかやると思っておったが………まさか嵐が一撃とはな」

「仕方ない、葬儀の費用を少し出すか」

「シロ君珍しいね。それにしてもランちゃんホントに死んじゃった?」

「皆、冷静すぎない?少しは五十嵐君の心配してあげなよ」

「え、えっ、と、い、生きてる、よ?」

 

 鈴に言われ皆が目を向ければ、泥だらけの嵐がフラフラとした足取りで階段を登っていた。

 

「…………し、死ぬかと思った」

「むしろ賢姉様はアンタが生きてることに驚きよ。どうなってるのかしら?脱いで見せてくれない?」

「何ナチュラルに脱衣所望してんだよ。そして、脱がねぇからな?」

 

 脱ぎネタはトーリの専売特許だ、と続けて嵐は最上段へと腰かける。その背からは哀愁が漂っていた。

 そんな彼を放置して頭おかしい姉弟は会話を続ける。

 そして何故だかオパーイ談義は発展して誰かのオパーイにπタッチすることになった。

 

「────?こんなところに座り込んで何してるんですの?」

 

 生け贄はここに現れた。



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7話 DAY Ⅳ

「よう、五十嵐。ちょいと来てくれないか?てか、どうしたんだ?ボロボロだな」

「色々とあったんすよ。それより何のようで?」

 

 一行から少しはなれた地点で酒井と嵐の二人は未だにバカやってる面々に目を向けていた。

 

「いや、武蔵さんに連れてかないとは言ったんだけどね。一応、本人にも聞いておこうと思って」

「?」

「俺の古い馴染みがな、お前を連れてきてくれって言ってるんだ」

「学長の馴染み?というと、松平四天王の誰か、てことで合ってます?」

「そうそう、ついでに言うなら東国最強の本多・忠勝の襲名者さ」

「で?そんな英雄が俺みたいなボンクラに何の用が有るってんです?」

「ボンクラは言い過ぎだろ。まあ、なんだ、極東においてオマエの持つ、“悪鬼纏身”はそれだけ人目を集めるって事だ」

 

 酒井の言い分に嵐は興味がないのか返すのは適当な返事だ。実際のところ興味はないのだろう。

 その姿に酒井は眉を潜めた。

 この五十嵐・嵐とはそれこそ酒井が左遷されてきてからの付き合いだ。流石に初等部より前からの葵姉弟や浅間には劣るがそれでも長い。

 そして時折見せる、何もかもがどうでも良さそうな雰囲気には慣れることが出来ない。

 

「それで?俺も三河に降りろって?事ですかね」

「まあ、そうなんだが…………来るか?」

「…………いいや、俺は残るよ。明日はトーリが吹っ切れる日だ。もし行ったら明日帰ってこれねぇかもしれねぇし。今日も肝試しらしいしな」

「そうかい。それにしてもトーリの奴はやっぱりアイツがホライゾンだと思ってんのかね」

「トーリだけじゃねえっすよ」

「あー、お前さんもか」

「面影が、な…………もし、生きてたらあんな感じじゃねぇかと思うんすよ」

 

 その言葉は重かった。

 プレッシャーやそんなものではなく。込められた思いが、重かったのだ。

 

「あっははは…………湿っぽくていけねぇや。学長はこれからどうするんで?」

「ん?ああ、正純を拾ってそのまま三河だな」

「んじゃ、俺は学長の嫌な予感が当たらねぇことを祈ってますよ」

 

 後ろ手にプラプラと振りながら去っていく背中を見送り酒井は目当ての場所へと足を向けるのだった。

 

     ■

 ■◇◇◇■◇◇◇■

     ■

 

「最ッ悪ですわ!」

「…………いや、何で俺にそれを言うんだ?」

 

 プリプリと擬音が付きそうな怒り方のネイトの隣で嵐は苦笑いしていた。

 πタッチからの全力の踏み込み、人狼ハーフである彼女の一撃を受けてトーリは校舎に前衛的なアートとしてめり込むこととなっていた。

 

「だ、大体酷いんですのよ!真面目な風かと思えば────、わ、私のむ、胸を…………!」

「お、落ち着けネイト!?な、なんか後ろから変なオーラが出てるぞ!?」

「私だって心の準備や……相手を選ぶ権利があるんですのよ!分かってらっしゃる!?」

「だ、だから何でそれを俺に言う?」

「そ、それは……その…………」

 

 ───貴方を憎からず思っているからですわ!

 とは口が裂けても言えない。

 結果、ネイトは頬を染めて俯いてしまう。

 そして、その反応に脳味噌まで筋肉になってる嵐は何も察せられない。しかし、頬が赤く(羞恥)そして息が荒い(先程まで怒鳴っていたから)彼女を心配はしていた。

 それ故

 

「ちょいと失礼」

「なっ…………!?」

 

 ネイトの額に自身の額を当てて熱を測る暴挙に至ったのだった。

 周りで見ていた面々含めてここら一帯の時が止まる。いや、風が吹いているため実際には違うのだが、そう、錯覚してしまう程に皆の動きは止まっていたのだ。

 唯一、朴念仁であり鈍ちんである嵐が唖然とした周りに気づくことなく、一頻り額を合わせて、そして離れた。

 

「大丈夫か、ネイト。熱は無いみたいだが…………具合悪いのか?」

「…………………………」

「ネイト?」

「……きゅぅ…………」

「ネイトー!?し、確りしろ!大丈夫か!?」

 

 顔どころか首筋、果てには指の先まで熟れきったトマトのように真っ赤に染まったネイトは目をグルグルと回して倒れてしまう。

 そこを慌てて嵐が抱き止め、抱き寄せるのだから余計に場は混乱の一途をたどっていた。

 

「嵐殿はあれを素でやっておるゆえに質が悪いで御座るな」

「その結果勘違い女子が後を絶たないのも事実」

「そういえば、嵐ってモテるのよね。うちのクラスもそうだけど、ほら、嵐って誰にでも優しいし」

「見た目優男なのも相手が警戒心を抱きにくい要因だな。今度アイツに商談をやらせてみるか」

「シロ君、それで相手がランちゃんの逆鱗に触れたら武蔵から一人、商売相手が居なくなっちゃうよ?」

「くっ!まさか嵐はチパーイ派?いえ、そんなことはないわ!この賢姉様に敗北の二文字はないのよ!」

「君らホント、ブレないよね。それにしても五十嵐君はネタが尽きないな」

「嵐がモテるのは今に始まったことじゃないさね。昔からじゃないか」

 

 周りから好き勝手飛ぶ言葉に対して反応を返そうにも腕のなかで真っ赤になって気絶したネイトを放っておけず結局、嵐は外道どもを放置する他ない。

 

(とりあえず野郎には、蟻も殺せぬチョップで、女郎には、デコピンだな。鈴を除く!)

 

 そんなことを嵐が思った直後、マジで鈴を除いて野郎共は脳天を、女郎共は額を抑える。見事なシンクロだった。

 

     ■

 ■◇◇◇■◇◇◇■

     ■

 

「っというわけで、トーリたちは今日の夜にどんちゃん騒ぎするらしいよ?正純君はどうすんの?混ざって消火器煙幕でも張っちゃう?」

「私は副会長ですよ?それにそんなことが聖連に知れたら───」

「大丈夫、連中と同じだって思われるだけだから」

「余計だめじゃないですか。この前だって科学室でアルコールランプを爆発させて───」

「ああ、闇鍋しようとしてたんだよね。んで、暴発で光鍋になっちゃって」

「それだけじゃありませんよ。先日だってレストランでミトツダイラの取引相手を全裸でクリーム濡れにして尻に鰻を突っ込んで、船尾で振り回したとか…………」

「あったねぇ。あ、でも、あれね、あの食通どうやらミトツダイラの家を狙ってたみたいなんだよねぇ」

「…………は?」

 

 思ってもみないことに正純は片眉を上げて首をかしげる。

 正純は詳細を聞いていないが、最初に耳に入ったときには何をバカなと呆れたものだ。だが、どうやら自分の知らないことがあるらしい、と判断して耳を傾ける。

 

「ま、有りがちな話さ。六護仏蘭西側か極東側からかは分からないけど襲名狙っての縁談話。それが取引相手として来てたもんだから、あの性格だしネイトの奴も困ってたみたいでね。俺も相談されてたってわけ」

「では、あの騒ぎは酒井学長の手引きですか?」

「いんやぁ、多分梅組の誰かの耳に入ったのさ、ネイトが困ってるってね」

「それで、あんな騒ぎを起こしたと?」

「ま、やりすぎなのは否めないけどね。だって尻に鰻だよ?最後にはす巻きにされて振り回されるとか、俺は勘弁だね」

 

 ゲラゲラと笑う酒井。

 因みに尻に鰻を突っ込んだのはトーリであり、簀巻きにして振り回したのは嵐だったりする。

 

「…………皆は聖連に睨まれるのは何ともないんでしょうね」

 

 正純は呟き空を仰ぐ。

 

「まあ、少なくとも五十嵐の奴は聖連嫌いだろうしな」

「……え?」

 

     ■

 ■◇◇◇■◇◇◇■

     ■

 

「これ、絶対人選ミスっただろ」

 

 死んだ目で呟く嵐。その両手には肉やら何やらが詰め込まれた袋と花火やら何やらが詰められた箱がそれぞれ持たれている。その他にも肩から斜めがけに折り畳みのテーブルやらその他諸々、とにかく大量に搭載されていた。

 

「いやー、悪いで御座るな嵐殿」

「悪いと思ってんなら少しは持てや」

「いやいや、確かに嵐殿は多いが自分達も相当で御座るからな?」

 

 隣を歩く点蔵も嵐よりは少ないがそれでもけっこうな量の荷物を持たされていた。

 

「早くしろ!経費は最低限で落とさねばならない!次は────」

「そこの魚やさんだねぇ」

「「まだ買うのか(御座るか)!?」」

「ふん、お前たちはよく食べるからな。後々出費する位ならば、今安く買い漁り、腹を満たす方が建設的だろう」

「ホラホラ~第一特務もランちゃんも頑張ってねぇ」

「鬼だな」

「鬼で御座るな」

 

 再び揃ってため息。

 さて、何故こんな訳のわからない組み合わせで買い出しに出ているかと言えば、じゃん拳で決まったのだ。

 結果、二人負けした点蔵と嵐の二人は守銭奴コンビの従者のごとく特売品を持たされていた。

 

「そういえば、嵐殿はトーリ殿のもとへ行かなくても良いので御座るか?」

「あん?…………まあ、吹っ切れるためには、な。喜美だってついてるし大丈夫だろ」

「いや、嵐殿が吹っ切れるというか…………」

「問題ねぇよ。俺は何があっても二度と後悔しない選択が出来ればいい」

 

 思いの外、重い返答に点蔵は忍者スキルを発揮して嵐の表情を盗み見る。因みにキャップの目が動くために結構モロバレだということを明記しておこう。

 そして嵐の表情だが─────特筆することなく普通だった。

 気負いも無ければ、瞳が淀むこともなく、眉間にシワもよっていない。いたって普通、いつもの表情。

 それらが表すのは、既に彼が腹を括っており、常に覚悟してきた証ということになる。

 

「…………嵐殿は時々、頗るカッコいいで御座るな」

「何だよ、急に」

「ランちゃんがかっこいいのは前からだよ、ね、シロ君」

「まあ、お前の写真は高く売れるからな」

「ちょっと待て。シロジロ、てめぇちゃっかり何してやがる」

「なに、売り上げの一割ならばお前にくれてやっても良いぞ」

「え、何で上から何だよ。むしろ俺の写真なんだから十割俺でも良いぐらいじゃねぇか?おい、無視すんなや」

(しまらんで御座るなー…………)

 

     ■

 ■◇◇◇■◇◇◇■

     ■

 

「これで粗方買い終わりましたかねぇ」

 

 憐れな二匹の羊が守銭奴に振り回されていた頃、浅間は腕に下げた買い物袋を眺めて呟いていた。

 

「人数分とはいえ一気に買いすぎじゃないかねぇ?」

「ガ、ガっちゃんや、ゴっちゃんとか、……い、居てくれたら、よかった、かも」

「ナイトもナルゼも運送の仕事をしてますからね。今ごろ、艦の間を飛び回ってることでしょう」

 

 面子は四人、大きな義手の右腕を持つ直政、盲目天使な鈴、俊足従士のアデーレにズドン巫女の浅間。

 彼女たちも憐れな羊よりは少ないがそれでもまあまあな量の買い物袋を下げていた。

 

「まあ、シロジロ達の方も買い物してるし問題はないだろうさね」

「…………あの二人はご愁傷さまとしか言えませんでしたね。ガックリと肩を落とされてましたし」

「基本的にあたしらの尻拭いは嵐の奴がやるからねぇ。特にトーリの尻拭いは嵐の仕事さね」

 

 あの白髪はトーリのせいでもある、と直政は内心で付け足す。

 元々の嵐の髪色は純粋な黒だった。それが10年前のあの日を境にポツポツと白が混じり始め、今では白と黒のコントラストをきめる髪色となってしまったのだ。

 

「笑ってるけど浅間。多分アンタも嵐の白髪の原因さね」

「ええ!?私もですか!?いや、でも…………」

「アンタ、去年の文化祭で弓道部の人間射的に出て射撃場から逃げた部員までぶち抜いてたじゃないかね。景品はそう取り、それを全部孤児院に渡して。孤児もプレゼントが犠牲と引き換えに入手されたもんだとは思うめぇよな。人の命は景品より軽いよな」

「だって、マサ。加速系容れてない人なんて鴨撃つよりよりも楽なんだからしょうがないじゃない。それにあんな大声あげながら逃げるのも近所迷惑だからズドンしただけだし」

「……アンタ、物騒って言葉を知りなよ」

 

 一応その時は怪我人が出なかった。

 

「ホント、あたしの周りは録なのが居ないねえ。どうせ3人も夜に教導院に集まるんだろ?」

「勿論ですよ。その為に神社の仕事も終わらせてきますし」

「自分も模擬用の従士槍に対霊術式着けて参陣しますけど」

「わ、私も、私も行きます」

「何だかんだと皆トーリ君の告白が気になるんですね」

「確かにね。世間は織田だの大罪武装だの末世だのと煩いけどさ。まあ、そんな中で一人のバカの告白が通るかどうかはホント、通し道歌じゃないけど────」

 

 レンチを担ぎ直して直政は空を見上げる。

 

「怖いさね。よくやる気になったもんだと思うよ、あのバカは」

 

 視線を下ろした直政はそのまま浅間へと視線を送る。この中でトーリと付き合いが長いのは彼女なのだ。

 自然と他二人の目も彼女へと向く。

 

「そう、ですね…………少なくともいつもの悪巫山戯、じゃないと思いますよ」

「それは皆分かってる筈さね。もしも悪巫山戯ならあいつは馬鹿を通り越して質の悪い別のナニかになってるだろうし、何より嵐の奴が許さんさね」

「五十嵐君は怒ると怖いですもんねぇ。言動は荒いですけど基本的に優しいですし、そのギャップが余計に怖いです」

「ら、嵐君が怒る、のは、理由、ある、よ?」

「分かってますよ。五十嵐君は理不尽が嫌いなんですよね」

「ある意味では後悔したのはトーリだし、責任を感じたのは喜美で、無力さを味わったのは嵐さね」

 

 あの三人が一番酷かった、と直政は呟く。

 だが、それと同時に

 

「あたしらはあの二人には頭が上がらないね。トーリが向こう側に行かなかったのもあの二人が居てこそさね」

「そうですね。でも、嵐君の無茶が増えたのもその頃からですよね。私の神社にいきなり来て、加重術式をいくつも契約して」

「『誰よりも強くなる』それがあいつの出した答えだからね」

 

 強ければ、不条理に打ち勝てる。強ければ、理不尽に屈しない。

 呪われたように“強さ”に固執する。

 その時、サラリと音がする。

 見れば、鈴が腰につけた吊柵状対物センサーの金柱群に触れている音だった。

 撫でるように手は動き、それに合わせて音がなる。

 

「あのね、こ、これ、最初は、ら、嵐君が始め、たんだ、ひ、広めてくれたのは、トーリ君、と、ホライゾン、だけど」

「ああ、あたしらも真似してそうしてるっけね。……ん?でも、嵐の奴が始めた割りにはあんまり見たことないね」

「ら、嵐君はその、分かる、から」

 

 目の見えない鈴にとって急に声をかけられるのは怖いものだ。更に人が近づくことには感知できるが、それが誰かは声を聞くまで判断できないのだ。

 しかし、どうやらそこに種があるらしい。

 

「ん、とね、嵐君の心臓の音、皆より、大きいの、それに、り、竜の声が、する、から、分かる、の」

「竜の声…………?」

「ほら」

「おーっす、お前ら」

 

 鈴が指差す先には大荷物を背負った嵐と点蔵の姿が。その他にもネシンバラやウルキアガ、シロジロにハイディ等々まあまあな面子が揃っていた。

 

「よう、鈴。大丈夫か?重いなら俺か点蔵が荷物持つぞ?」

「ら、嵐殿!?自分、結構いっぱいいっぱいなので御座るが!?」

「バッカ、オメェ、女に重いもの持たせるとかカッコ悪いじゃねぇか。それに鈴だぞ?オメェ、鈴に重いもの持たせるってのか?」

「ぐぬ……!言い返せぬで御座るな……!」

「嵐君!私の持ってくれても良いんですよ!」

「…………?智は普通に持ててるから良いんじゃね?」

「な、何でですかー!」

 

 先程まで、結構重い話をしていた気もするが人数が集まればそんな空気も霧散する。

 これこそ彼らの持ち味に他ならない。



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8話 DAY Ⅴ

「明日は楽しくなるといいなぁ、そう思わない?ガっちゃんの方は」

『そうね。今日はいいもの見れたし、ネタが捗るわぁ』

 

 通神越しに会話するマルゴットとナルゼの二人。そして、ナルゼの方は鼻息荒く頬を染めて、少々変態チックだ。

 

「いいもの?」

 

 だが、マルゴットには通じなかったらしく首をかしげる。

 彼女の脳内では今日のことがプレイバックされているがその中で引っ掛かることは無かったらしい。

 

『総長と嵐の絡みよ!』

「あー…………、そういえばスゴかったねぇ。ランちゃんの体、その………スゴいよねぇ…………」

 

 ナルゼの指摘にその場面を思いだしマルゴットは赤くなる。

 全身全てが引き締まっており、なんというか言い表すならギチギチ?といった所か。

 隣にヒョロリとしたトーリが立つことでその肉体の強靭さが際立っていた。

 

「あぅううう…………何か顔が熱くなってきたよぉ」

『良い!良いわよ!マルゴット!その表情、スゴく良いわ!』

「もー、ガっちゃん!からかわないでよぉ…………」

『ゴメンゴメン。でも、スゴかったわよね嵐の体。10年の結果、なのよね』

 

 人によってまちまちだがそれでも人にとっての10年は決して短いとは言えない。

 10年あれば人の見た目は変わっていく。少女は女性に、少年は男性に。記憶は薄れていき、やがて忘れてしまうのだろう。

 

「ねえ、ガっちゃんの所から喜美ちゃん見える?」

『見えるわよ。というか階段の上から動いてないわね』

「てことは、ソーチョーも動いてないんだよね」

『まあ、そうよね。少なくとも喜美がトーリを放っておくことはないと思うわ。何かようでもあった?』

「うーん、生徒会宛の荷物なんだけどねぇ。〔絶頂!ヴァージンクイーン・エリザベス初回盤〕っていうのがあるんだけど…………」

『…………あのバカ、朝の奴で終わるって言ってたわよね?』

「まあ、ソーチョーだもんねぇ。この前もランちゃんに折檻されてたし」

『嵐の頭、いずれ真っ白になりそうよねぇ』

「もう縞々だもんねぇ。…………あ、セージュンだ」

「!?……ああ、マルゴット、バイトか?」

「ううん、ちゃんとしたお仕事だよ。セージュンは何してるの?」

「三河の帰りだ。これから学校の……後悔通りの方に行こうと思ってる」

「Jud.成る程ねぇ。今の時間は外舷側は混むもんねぇ」

『?正純、そこに居るの?だったら、今日の夜の事とその荷物お願いしたらどう?』

「夜?というか荷物ってなんだ?」

 

 話についていけない正純は首をかしげるがマルゴットが差し出したモノを見て頬をひきつらせた。

 

「…………聞くが、これは?」

「多分、ソーチョーの注文したやつだよ。セージュン、後悔通りに行くんだよね?だったらついでに渡してきてくれるとナイちゃん嬉しいんだけど」

「後悔通りに葵は居るのか?」

「Jud.。ソーチョーは後悔通りの前にいるから、お願い!あと、今日の夜8時から幽霊祓いするけど、セージュンも来る?」

「いや、生徒会役員が聖連に睨まれるわけにはいかないから遠慮しよう。何より今日は花火を見に行こうと思っているんだ」

「そっかー…………とにかくこれ、お願いね?」

「え、ちょっ…………!」

 

 箒に股がり行ってしまったマルゴットを見送り、正純は手の中のエロゲを見て深々とため息をつくのだった。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

「なぁに考えてんだか、アイツ等は」

 

 ガリガリと頭を掻きながら、フラフラと歩くのは嵐だった。

 彼の背には既に荷物の類いは載っていない。というのも、青雷亭での集合の後、ペルソナやウルキアガに荷物を強奪され残った面子に背中を押されて一人早く教導院へと向かうこととなった為だ。

 

「あんまり首突っ込むのもなぁ……気乗りしねぇ」

 

 その足取りはどうにも重い。そりゃ、物心ついたときからの幼馴染みの踏ん切りをつける日であるため側に居るべきなのだろうが、どうにも気が乗らない。

 周囲のものたちは嵐が10年前の件から真っ先に立ち直りフォローしたようにも見えるだろう。だが、その本質はある意味の逃げだ。“命懸けの鍛練”という道へと最初に逃げた、と本人は思っている。

 まあ、実際のところは本人がそう思っているだけで周りから見れば常軌を逸したヤベェ奴、的なレッテルを貼られるに過ぎないことだったりする。

 

「…………あ?」

 

 後悔通りを教導院へと進んでいけば、見たくないものが彼の視界に入ってきた。

 それは顔面蒼白であり脂汗を流しながら、全力でポールダンスをしているバカ、もとい、葵・トーリがそこに居た。

 

「何やってんだよ、トーリ」

「何って…………なんだろ?俺って何やってるんだ?グルグル」

「錯乱しすぎだろ。因みにテメェ何を思ったかポールダンスしてるぞ。知り合いが10人居れば10人目を逸らすレベルのポールダンスだ」

「お、おう…………」

「とりあえず落ち着けよ」

 

 街灯から降りてきたトーリの呼吸はかなり荒い。10年染み付いた拒否反応、いや、既に拒絶反応といってもいいレベルに達しているせいだ。

 梅組一同、一部を除いて外道の烙印が押されているがそんな彼らでもトーリを後悔通りに蹴り飛ばすことはしない。リアルリバース待ったなしだからだ。

 

「そういや、トーリ。今日は幽霊祓いするんだろ?組分けどうする?」

「あ?…………ああ、どうすっかな。とりあえず一番はベルさんの安全だ!」

「そんなら、智と組ませるか。他はどうする?」

「どうすっかなぁ…………」

 

 割りとマトモな会話をしながら、トーリの足は後悔通りへと進んでいき、入り口の目の前でピタリと止まる。ギシギシとまるで錆びた機械の様に、足裏が張り付いたように、彼はそこから動けない。

 嵐は一瞬目を細めるが何も言わず、動かない。ただただ、動けないトーリの背を見守るだけだ。

 その五分後、バカが愉快なオブジェのように地面に突き刺さった。もちろん、嵐の仕業だ。

 

「……ったく、錯乱して抱き付くんじゃねぇよ。俺にそんな趣味はない!」

「ぼ、ボケに対する突っ込みが……は、激しい……!」

「ビクンビクンしてんじゃねぇよ。それとも何か?お前のケツに“鍵”ぶっ刺してやろうか?」

「ヤメロォーーー!?さすがにボケ術式貫通の浣腸とか死ねるから!」

 

 顔面が煤けた状態で起き上がったトーリは嵐へと詰め寄った。嵐の手に握られた“鍵”を見てその表情は青ざめている。

 

「じゃあ質問だ。テメェ、涙目の野郎が抱き付いてきたらどうする?」

「とりあえず、ぶん殴るかな」

「な?つまり俺がお前にジャーマンスープレックスかましたのも不可抗力だ。理解できたか?」

「おう!…………ってなるかよ!」

 

 二人がやるのはいつものやり取り。トーリがボケだけでなく突っ込みも行い、嵐もまた同様だ

 いつものやり取り。昔からのやり取り。

 そして、どこか物足りないやり取り。

 そんなバカ二人のやり取りを階段の上から眺めるのはバカを心配する姉とその隣に腰掛ける女教師だ。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

「うわ、ジャーマンスープレックス。トーリ生きてるかしら?」

「大丈夫よ先生。嵐はちゃんと加減してるし愚弟はボケ術式容れてるもの」

「そういう問題?それに嵐はボケ術式確か腕力でぶち抜けたわよね?」

「だから加減してるのよ。その為にあのおバカは大量の重量術式を服に仕込んでるじゃない」

「確か“服の所持者にのみ加重する”術式よね。アレ容れる人、嵐以外に見たことないわ」

 

 ケラケラと笑いながら酒を煽るオリオトライ。

 彼女の言う通り、トーリ程ではないが嵐も他人が使わないような術式を多く容れている。その大半が自身の肉体に負荷を掛けるものばかりだ。はっきり言ってマゾ仕様、もしくは気違いが容れる様なモノなのだ。

 それもこれも五十嵐・嵐という男が信奉するものが“力”であることに起因する。

 元々彼は“人間”という括りでありながらその肉体はえらく強靭だった。それこそ、体格差をものともしないレベルであり鍛えた今では種族差すらも覆すほど。

 元来、“五十嵐”の家はどうやら強靭な肉体を持つものが時折出ているらしく、結果“悪鬼纏身”が伝えられている、という側面もある。

 

「あのおバカが“人”から離れていくのは私たちのせいよね」

 

 縋ってしまった、頼ってしまった、寄り掛かってしまった。気付いたときには遅かった。

 既に少年は“暴力装置”と呼ばれる様になっており修羅道へと身を浸してしまっていたからだ。

 

「まあ、でも、嵐が完全に人を辞めないのも貴女達が居るからよ。あの子を追いたてるのが皆なら、あの子を繋ぎ止めるのも皆なのよ」

「…………嵐のおバカにあの子、て表現は似合わないわよ先生~」

「良いじゃない。私は教え子の味方だもの」

 

 これで酒瓶を煽ってなければいい話で終わるのだが、まあそれも彼等彼女等らしいと言えばらしいのだろうか。

 何だかなぁ、と思いつつ喜美は前方、階段下へと目を向けた。

 

「あら?副会長、何してるのかしら?」

 

 

 ◇■■■■◇■■■■◇

 

 

「し、しくじったな…………ここ、何処だ?」

 

 正純は一人途方にくれて辺りを見渡していた。

 後悔通りに向かうために近道しようとした結果がこれだ。そういえば武蔵に来たばかりの時も迷ったことを思い出した。そしてその時に嵐と出会ったのだ。

 

「………掛ければ来てくれるだろうか」

 

 呟く正純の片手には最も安価な物だが携帯社務が握られていた。

 母が公主隠しで消えて以来なるべく一人の時間を作りたくないと思い立ち買ったものだ。

 だが、その手は止まる。どうにも頼りすぎではなかろうかと。それにここは目的地の近くのはずだ、人の声も近い。

 そう判断して正純は歩を進めた。

 果たして、どうやらその判断は正しかったようだ。彼女の視界に木製の建物が入ってきた。

 

「これは…………休憩所か。良かった、なら、そろそろ後悔通りに……ん?」

 

 休憩所の壁に埋め込まれた金属のプレート。

 

「“御霊平庵”一六一八年…………」

 

 そこでそう言えば、と正純は思い出す。後悔通りには確か慰霊碑が建てられていたことを。

 

「確か…………“一六三八年 少女 ホライゾン・Aの冥福を祈って 武蔵住民一同”だったか」

 

 そこを思い出せば他にも色々と繋がってくる。例えば後悔通りそのものの名付けにもその少女が関わっているのだろうと予想がつく。つまりは後悔とはその少女の事ではないのか、と。

 だが、明確な答えが出されない状況ではあやふやな答えでは新たな疑問を誘発する。

 

「しかし…………死者の後悔、なのか?」

 

 そも、後悔とは生者がするものであり死後の世界がどうであれ死者には基本的に無縁の言葉だ。

 何せ後悔とは基本的に全てが終わって、そこに残った者達がするものなのだから。更にその後悔に死者が絡むのならば残るのは生者だ。

 正純も母を喪ってから後悔した。あのとき、もしもだが、確認しにいけば何か変わったかもしれない。いや、元々自分は戦闘向きではないがそれでも何か手がかりが掴めていたかもしれない。

 

「後悔……後悔…………後悔したのは…………誰だ?」

 

 顎に手をやりぶつぶつと呟きながら歩を進める。

 不意に歌が聞こえてきた。

 それはこの武蔵でもよく聞かれる澄んだ声。耳障りの良い鈴のような声だ。

 

「P-01sか…………」

 

 名を口に出せば少しだけ気が楽になった。ついでに今日はよく彼女の声を聞くことも思い出す。

 毒舌?だが、案外話も合う。的はずれな事も言うが基本的には自分の事も気にかけてくれるし────

 

「友達、と言えるのだろうか………」

 

 呟き、少々照れ臭い気持ちになる。

 そんな思いに水を差すのは固い低い男の声。

 

「こんな所で何をしている、正純」

 

 それは自分を武蔵へと呼んでおきながらマトモに顔を会わせることすらほとんどない、父の姿だった。

 

 

 ◇■■■■◇■■■■◇

 

 

 階段の上、未だに後悔通りを見下ろす二人。相も変わらずそこから動いていなかった。

 

「何やってんのかしらねぇ、あの二人」

 

 オリオトライが呆れて呟く。

 その眼下では何故だか嵐が逆立ちしそのひっくり返った足裏に同じく足裏を合わせてトーリが仁王立ちしているのだ。曲芸である。

 

「たまにアイツ等、何をしたいのか分かんないのよねぇ。いや、分かったらそれはそれで私もヤバイんだけどさ」

「あぁら先生、私達の味方なら分かって良いんじゃないのー?」

「それじゃあ喜美は分かるのかしら?あの二人が何考えて曲芸しながら正純を見てる理由」

「この賢姉様が分かるわけないじゃなぁい。そもそもあのおバカ二人に理由を求めるのが間違いなのよ」

 

 そんな会話を知るよしもなく、話題の二人はジッと正純の方へと視線を向け続ける。

 彼等はじっと見ていた。

 

 

 ◇■■■◇■■■◇

 

 

 本多・正純にとって父への感情は筆舌に尽くしがたいものがある。

 悪感情……というほどのモノではない。恨んでいる、というほどでもない。

 ただ、分からないのだ。

 

「お前が出てきた森、その中にあった休憩所について何か解ったことはあるか?」

「え……?────あの、休憩所が、何か?」

「勉強不足だな、何一つ理解がないとは」

 

 久しぶりの会話もこんなものだ。

 明確な衝突などはないが、言葉を交わすことも少ない。

 そんな相手に感情を抱くことは難しい。

 しかし、一つだけ正純は納得いかないことがあった。

 ───母の仮葬儀。

 それに彼は来なかったのだ。来たのは代理の人間。言い渡されたのは武蔵に来い、という言葉のみ。

 政治家が忙しい職業なのは志望している正純も分かっている。だが、納得しているかはまた別の問題だ。

 初めて自身の感情を吐露したP-01sや嵐に相談すれば、前者は少々ずれた毒舌、後者は殴り込みに行きかねない。

 そんなことを頭の片隅に思い浮かべて改めて父へと向かい合う。

 

「おや?ご子息は何やら珍しいものをお持ちのようですね」

 

 だが、口を開く前にそんなことを言われて正純は自分の持っているものを思い出した。

 エロゲである。自分の物ではなくトーリの物だが、それは紛う事なきエロゲなのである。

 

(しまったー!?早く葵に届けないと……!)

「しかも、初回盤とは珍しいですな。いや、私、そちらの方も商売の手を伸ばしておりましてなぁ」

「ふむ、よく分からんがお渡ししろ」

 

 流石に正純はその言葉に息を飲んだ。

 無理なのだ。いや、出来ることならば手放したいが、ワタスアイテデハナイのだから。

 何よりこれは他人の、トーリの物だ。

 同時に自分は試されている、と正純は感じた。

 ここで差し出せば、将来的に何らかの利点を得られる。逆に渋れば未だ子供だと判断されることだろう。

 

「正純」

「…………ッ……」

 

 一際父の声が強くなり、それが最後通牒だと言われているように感じられる。

 頭のなかでぐるぐると言葉や状況、その他諸々が回りに回って─────

 

「おっしゃセージュン!いい仕事だあ!」

 

 バカの来襲によってその空気は見事にぶち壊された。

 

「あ、葵!?」

「そうそう、オレオレ!葵・トーリだぜ!いやぁ、ナイトとナルゼが配達しねぇで空飛んでるから、どこにあるか探して徘徊してたんだ!」

「お前……スゴく顔色悪いぞ?大丈夫か?」

「ん?あ、ああ、あれだ走ってきたからな!ちょっと息が上がってるだけだ!」

 

 明らかに具合が悪そうなトーリだが、どうやら理由は語ってくれないらしい。

 そう判断して正純はため息をついた。

 

「あ、そうだ!酒井学長に聞いたと思うけど、今日のよる教導院の方で俺のコクりの前夜祭するんだけどセージュン来るか?」

「……いや、すまない。今日は花火の方を見に行こうと思っていたんだ。それに私の家は村山の方だから、な」

「そっかあ……出来れば来てほしかったんだけどな」

「は?何故だ?」

 

 問えばトーリは日に顔を向けてしまい表情は見えない。

 しかし、声が聞こえた。

 

「セージュンもよく知ってる相手が俺のコクりの相手だからさ!」

「はぁ!?ちょっ、待て!私に迷惑は及ばないよな!?あ、おい!」

 

 さーてなあー、と後ろ手に手を振りながら駆け去っていくトーリの背中。

 そしてその先には困った表情の嵐が居り手を振っているのが見えた。

 

「これは何とも珍しい光景ですな。後悔通りの主に…………武蔵唯一の戦力にして“暴力装置”が並んでいるとは────10年ぶり、でしたかな」

「後悔通りの────主?暴力装置?」

「あれをご覧あれ。あの碑が建てられたのは刻まれた年、大改修は後に建てられたものです」

「ホライゾン・Aという少女ですね」

「Jud.、そしてフルネームではこう言います。ホライゾン・アリアダスト、と」

 

 正純は再び息を飲んだ。そして先程、駆けていったトーリへと目を向ければ階段を下りた姉に抱き留められており、その頭を友人に撫でられていた。



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9話 Beginning of the end 上

「そこで、彼は言ったんだ…………」

「おぅふ!?ちょっ、鈴……!」

「……ッ!ッ!!」

「ちょっと嵐!そこに居るわよね!?動いたら酷いのよ?ほら!この賢姉様を早く抱き締めなさい!?」

「ぐへぇ……!?く、首がし、絞まる……!」

 

 前から鈴、後ろから喜美に抱きつかれ抱き締められる嵐は情けない声を上げて助けを求める。

 幸せだろう、て?彼の顔色は赤から青へと変わっているところだ。

 抱きつく二人は確かに少女で非力ではあるが嵐も思いっきり振り払うわけにはいかない為にろくな抵抗が出来ず首が極っている為に仕方ない。

 

「自分、あの話がどう怖いのか全く理解出来ぬので御座るが…………」

「鈴は何となく分かるさね。あの子は目が見えない分余計に想像力が働いちまったのさ」

「喜美も昔から怖い話や幽霊は苦手ですからね。そ、その度に嵐君に抱き着くのはどうかと思いますけど」

「お前ら話す前に助けろや……!」

 

 どうにか鈴を前で抱え、喜美を背中に背負った嵐が一同に近づけば、全員が揃って顔を逸らす。

 その反応に青筋を立てるが、特に彼は咎めない。ただ、内心でチョップとデコピンが猛威を振るうのみだ。

 

「ご、ごめ、んね?こ、こわくて……」

「大丈夫だ。鈴に怒ってる訳じゃないからな。…………ただあの外道どもをどう嬲るか考えてただけだ」

「嬲るだなんて……!そのムッキムキの筋肉でアサマチに襲い掛かるのね!獣欲に任せて蹂躙するのね!ヤバイわ!滾ってきちゃうじゃない!」

「何で私!?べ、べべべ別に期待なんてしてませんからあー!」

「嵐の攻め……!……ゴクリッ!」

「ガっちゃん目が血走ってるよお~」

「ふむ…………売れるか?」

「多分売れると思うよお?ランちゃん人気者だしねえ」

 

 脱線に脱線を重ねて元の道が分からなくなるほどに話がぶっ飛ぶ状況に、口は災いの元、という言葉を実感する嵐。因みに盛大に誤爆ったどこぞの巫女は隅で膝を抱えて首筋まで真っ赤にしていた。

 

「…………はぁ……鈴ー俺の周りバカしかいねぇよぉ。勿論鈴は天使だぞー」

「ふぇ!?え、えっと、その………」

 

 胡座をかいてその上に鈴を抱えた嵐は彼女の頭に顎を乗せて深々とため息をついていた。

 別にクラスメイト達が嫌いではい。むしろ、好ましいと思っているほどだ。

 ただ、どうにも尻拭いが多いためか貧乏くじを引きやすいため時偶自重しろよ!と内心で怒鳴ったりしてるだけである。

 そんな脱線どころか線路そのものが宙を舞うような梅組だが締めるところはキッチリ締めていた。

 

「ここからは浅間によるスーパーエロトークショーよぉおおおーーー!!!」

「えええ!?ちょっ、喜美!何を勝手に─────というか男衆も正座しないっ!何で静聴モードなんですか!」

「良いじゃない浅間。これでアンタもモッテモテのエロ巫女よ!その乳で世の男共をメロッメロにしちゃうんでしょう!?」

「なっ……!?き、喜美だって大きさはそんなに変わらないでしょう!?」

「あぁら、このベルフローレ・葵に楯突こうって言うのかしら?私の体に恥じる所なんて無いわ!」

 

 実際のところ、二人揃って美少女である。片方はある意味残念で、片方はズドンだが美少女なのだ。

 そんな二人が面と向かって向き合えば、前面に装備した水蜜桃が歪む歪む。周りの男衆は揃いも揃って前屈みと相成った。

 

「大体私はファンなんて要りません!嵐君に好かれればそれで………!?」

 

 人間、焦っているときや頭に血が昇っているときは大抵へまをやらかすものだ。

 例に漏れず智は再び自爆した。しかも先程よりも直接的な言い方であり相手が朴念神(誤字にあらず)であろうとも色々と感付くであろう暴発。

 

「………………ん?どした?」

 

 だが、聞こえていなければ何の意味もない。

 鈴を胡座の上で抱き込み頭の上で頬ずりしていた嵐は欠片も話を聞いていなかったのだ。

 喜ぶべきか、悲しむべきか。ある意味救われた、と思うべきか。それとも成り行きの誤爆といえども気持ちを知ってもらうべきだったのか。

 少なくとも、誤爆った本人からすれば九死に一生を得た、と言った所。─────まあ、智の気持ちを知らないのはその思いの矛先が向けられた嵐だけなのだが。

 

「何事?」

「フフフやっぱり嵐は筋肉おバカね!脳ミソまで筋肉が詰まってるじゃない!」

「何でいきなり罵倒されてんだ!?お前だって脳ミソ真っピンクだろうが!」

「だって私はエロの神様を信奉してるもの!正確には芸能ウズメ系のサダ派ね」

「俺だって力の神様信奉してるし!」

「でも、脳筋なのは否定できないわよね?明らかにレベルを上げて物理で殴るが貴方のモットーじゃない」

「ぐぬっ…………否定できん」

「そろそろ良いか。お前たちの金にならん談義を続けるのは時間の無駄だ」

「つったってアレだろ?トーリが来ねぇと話にならねぇだろ?」

「だから場繋ぎに浅間のエロトークしましょうよ!」

「しませんから!それより皆さんに聞いてほしい話が────」

「浅間のエロトークよーー!!!」

 

 先程の繰り返しのごとき光景が展開される。先程と違うのは嵐と鈴が加わっていることと、喜美の顔色が若干悪いことか。

 

「もう喜美!自分が都合が悪いからって邪魔しないで!」

「智の話ってことは怪異関係だろ?何だよ、今日の肝試しはガチって事か?」

「えっとですね…………皆さん“公主隠し”をご存知ですか?」

「確か、神隠しの亜種だったか?どっかで聞いたな…………」

「五十嵐君の言ってるのは多分去年のじゃないかな。ほら、本多君のお母さんのやつさ」

 

 ネシンバラが表示枠を空中に投影しながら補足説明を行っていく。

 隣では喜美が耳を抑えてアーアーと声をあげながら現実逃避していた。

 

「“公主隠し”は二人が言ったように普通の神隠しとは別物です。本来神隠しは空間を作る流体が乱れて裏側に入り込んでしまう事です。ですから術式を使えば追えますし、何より消えた本人も存在が残ります」

「でも“公主隠し”では────全部消えて帰ってこない。魂や身体、装飾品の類いもね。聖術や魔術による消滅系の術式をぶつけた時に似てるよね」

「てぇと、何だ?単なる怪異じゃなくて殺しって事か?」

「そういう見方、組織的な連続殺人じゃないかって言う人も杜には居ます」

 

 智の言葉に空気が重くなる。

 

「その根拠になってるのが、この印です」

 

 橋の路面に描かれたのは円とそれを横に貫く線だった。

 

「…………何か、ショボいな」

((言うとこソコかよ!?))

 

 ボソリと誰かが呟いた言葉に一同が内心で突っ込みを入れる。実際のところマークとして見れば単純だろう。それが血文字でなければ、だが。

 とりあえず空気がほんの少し軽くなった所で喜美が震えを無理矢理抑えて強がり口調で口を開いた。

 

「…………フ、フフフ、べ、別にそんなの犯行の印にエロイマーク書こうとして書き損じただけでしょ!皆エロマーク大好き!大好き!」

「そんなマークを最後に残していく犯罪組織なんてねえよ!?」

 

 一同からのツッコミ。喜美は再び耳を塞ぐ。

 そんな中で鈴の頭を撫でながら嵐が手を挙げる。

 

「この公主隠しって回避方法はねぇのか?」

「残念ながら。私が知らないだけかもしれませんけど」

「そもそも公主ってのは中国王家に生れた娘の事を言うんさね」

「娘……?…………なあ、ネシンバラ。公主隠しって30年前からチラホラあるんだよな?」

「うん、そうだね。場所的には─────浅間さん」

「一番多いのは多分、三河と京の周辺じゃないかな」

「そうか………………」

「嵐君?」

 

 脳筋と揶揄され、自他ともに認める最強の物理攻撃信奉者の嵐だが存外頭は悪くない。いや、学力はお察しだが頭の回転は悪くないのだ。

 思考する。2度と後悔しないように、させないように。

 少しでも可能性が有るならば思考を続けねばならない。

 

「モロに直撃圏内ですねー、今。組織相手ならまだしも怪異なら無差別ですしねー…………」

「フフフつまり逃げられないのよ!無駄なの無駄!良いこと言ったわアデーレ!」

 

 喜美は立ちあがり笑い出す。遂に恐怖で壊れたか、と皆が目を向けるなか

 

「無駄!モテない男が何しても無駄なように都市伝説に対処なんて不可能なのよ!フフフこのモテない男共め!お前も!そこのお前もよ!」

「こ、こら喜美!テンゾーとウルキアガを指すのを止めなさい!」

「ウッキー殿……これが理不尽で御座る…………」

「ああ、そうだな点蔵…………拙僧泣いても良いだろうか…………」

 

 モテたい男二人は崩れ落ちてメソメソと泣き出すが誰も触れない、触れられない。モテない男に生半可な励ましやリア充の言葉は突き刺さるからだ。

 因みに特務ということを差し引いても二人のポテンシャルは比較的に高い。ただ、言動があまりにも変態に寄りすぎているために少々敬遠される。

 

「オーイ!終わったぜ!早く来いよー!」

 

 二人ほど沈んだ後、新たな話題を振ろうとしていた彼らのもとにバカの声が届く。目を向ければ校舎の正面玄関から笑顔で手を振るトーリの姿があった。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 夜の校舎。幽霊の正体見たり枯尾花、とあるように見慣れたものも夜闇に紛れて輪郭のみしか分からなければそれは恐ろしい恐怖の対象となる。

 それは一重に人間が視覚情報に情報収集を任せきっているためだ。第一印象が重要視されるのもそのため。

 

「…………なぁにやってんだ、アイツ等」

 

 ドッカンドッカン響く校舎を見ながら嵐は鞘入りの剣を肩に担いで死んだ目で呟く。あ、窓割れた。

 

「トーリぃ……お前、何やったんだ?明らかにアレ智の矢だろ?」

「トーリ、お前何を仕込んだ?金に繋がるか?それとも貴様、死ぬか?」

「おいおいシロ、グルグル。何で俺を真っ先に疑うんだよ!俺、何も仕込んでねえよ」

「本当だな?嘘ついてないな?金懸けるか?」

「言っちゃなんだがこの手のことでトーリを信用しないことにしてんでな」

「ああ!?何だよお前ら!少しは信じてくれても良いだろうが!また、俺を疑うのかよ!」

「お前…………日頃の行いを省みろよ……」

「幼馴染みだろ!グルグル!」

「幼馴染みだからこそ、だ。このバカめ」

 

 頭痛い、と額に手をやり嵐はため息をつく。因みに前にも肝試しは行われており、その際はトーリは全身金色のタイツに身を包んで参加者を襲っていた。

 さて、話が脱線する男衆の間にハイディが割って入ってくる。

 

「シロ君もランちゃんも落ち着いて?さっき合流したばっかの東君がついていけてないから」

 

 いつもニコニコ笑うハイディに少なくとも守銭奴と暴力装置は話をもとに戻しにかかる。と言っても指摘は変わらない。

 

「で?結局どうなんだ?仕込んだのか?」

「金はどうだ?もし、使い込んでるならお前を見世物にして稼がねばならんからな」

「本当に仕込んでねぇよ!今日、そんな時間が有ったと思うか!?俺は半日以上エロゲに打ち込んでたんだぞ!」

「知らねぇよ!」

「お前が二次元に没頭した半日は誰かが欲した半日だぞ……!」

「はいはい、二人ともー?つられちゃダメだよ。特にランちゃんはそれでいつも痛い目見てるでしょー?」

「…………はぁ……だな」

「危うく金の無駄になるところだ」

「ハ、ハイそこ!静かに作戦会議しない!何だよお前ら空気悪いな!」

 

 直後、恐らく後側棟の辺りから響く爆発音。ついでに悲鳴の数々。

 

「スマン、シロジロ。バカの追求任せるわ」

 

 剣を担ぎ直して嵐はそちらへと足を向けた。

 その背からは中間管理職のようなそんな哀愁が立ち込めていた。

 

「頑張れよー、グルグルー」

「嵐は貴様の尻拭いに行くんだぞ……!少なくとも私はあんなところに飛び込む気にもならん」

「ハッハー!シロは貧弱だかんなー!」

「アイツは!お前の!尻拭いに!行ったんだろうが!この大バカ!」

 

 トーリよりも頭1つ高いシロジロは上から押さえ付けるように凄む。

 

「貴様、本当に何もしていないのか?」

「あったりめえだよ!俺は何もしてねぇ!─────ただ、頼んだだけだ!」

「誰にだーーーー!!!」

 

 胸ぐらを掴みガクガクと揺らす。

 

「誰に頼んだ?ちゃんと金で済むのか?誠意なんてもので手をうっていないだろうな?それが一番面倒で金がかかるんだぞ?分かってるか?」

「ま、待てって。揺らすな揺らすな、それから何言ってるか理解できねぇ」

「なら、端的に言ってやる────金払って死ね」

「あれぇーーー!?何か予想外の方に転がってね?」

 

 直後、再び響く爆発音。阿鼻叫喚の声も相変わらずであり、ついでに割れまくる窓の数々。

 

『わはぁーーーー!!』

『バカ、こっちに来るなァ!』

『ズドンが……!ズドンが来るぅぅぅ!?』

『ちょっ、止まれって!?あ、死んだかも…………』

『オワタ…………』

『何で自分までーーー!?』

『理不尽に御座る!?』

『拙僧達が何をしたァ!?』

 

 そんな悲鳴があちこちから響き窓やら、酷いときには扉が吹き飛んでいた。

 

「金がかかるだろ。これは」

「お、倒置法ってやつだな」

「というかこれ、ランちゃん一人で治められるかな?ぶっちゃけ一番物壊して被害が酷いのって彼だよね?」

「今回は鎧は使わない筈だ。アイツ等にも剣を向けないだろう」

 

 シロジロの言葉はある意味希望的観測だ。

 次の瞬間、空に向けてバカデカイ斬撃がうち上がっていた。

 

「…………抜いちゃったみたいだねぇ」

「…………みたいだな」

 

 守銭奴二人は遠い目をして教導院を見続ける。これ以上の被害が出ないことを祈りつつこの件の主犯に近寄った。

 そして徐に左右から首へと肘フックをかまして引き摺っていく。

 

「あ、あれ?これって俺も行くやつ?」

「当然だろう。これ以上金を懸けれるか」

「ランちゃんもちょっと暴走してるし、止める人は多い方が良いもんねぇ」

 

 より一層の喧騒が起こる教導院の校舎。はてさてこのままどうなることやら。



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10話 Beginning of the end 下

 夜の教導院。本日はこの校舎は戦場と化していた。

 そんな震動の現況を中庭から見ることができる。既に辺りの住人には勘づかれており教導院の外周には観客の姿もチラホラあった。

 その中でも一番酷いのが宿直室の周辺だ。本日の宿直がオリオトライなのだからお察しである。

 いまはどうやら学生組とトーリが頼んだ傭兵組とで半ば戦争のようになっているらしく時偶一階の非常口等から形容しがたいナニか、例えば全身タイツであったり変なキグルミであったり多種多様なモノ達が逃げ出していた。

 

「さすが戦闘系、派手にやっておりますなぁ」

「さっき自分が宿直室覗いたとき先生酒瓶抱えてゲーゲー寝てたのですよ」

「それって実質止められるのが嵐だけって事じゃないかね?」

 

 アイツの白髪増えるんじゃね?と誰もが思い、同時に校舎の一角から目映い光と爆発音が巻き起こる。

 

「校舎、壊れませんよね?」

 

 代表したアデーレの言葉。それに対して誰も言葉を返さない、返せない。

 世の中フラグというものがあり、口は災いの元だ。言霊というのもある。

 つまりは不用意な、そして安易な発言でフラグが建てば校舎全壊も有り得る、ということだ。

 しかし、今夜の一件は爆音が上がった時点でどうやらフラグが建っていたらしい。

 

「一体全体、なんの騒ぎだこれはーー!!!麻呂の街で狼藉働くとは、実にけしからん!!」

 

 トランプのキング、武蔵王ヨシナオの降臨であった。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 三年梅組所属の生徒達は揃いも揃って外道認定をくらうようなアクの強い面々が在籍している。

 そんな中で向井・鈴という少女は特異であり、同時に一同に揃って大事にされていた。それは一重に彼女の純粋さ、無垢さが彼らにとって得難いものに他ならないからだ。

 さて、彼女は再三言っているが盲目である。更に少々怖がりな1面もあった。

 そして今は今回の幽霊祓いで張り切りすぎてオーバーヒートした智の看病、ついでに鈴自身も少々焦っていたのだ。

 そこにヨシナオの怒号が響けばどうなるか。

 

「ひ、あ、あっ……!」

「む?何だね?君が説明するならば早くしたまえ!さあ!」

「うわあーーーーん!!」

 

 A.大号泣である。それも教導院の校舎隅々まで響くほどの大きな声。

 その泣き声に呼応するように校舎からは梅組の残りの面々が顔を出していた。そして二人ほどかなり過剰な反応を示していた。

 窓の1つが割れて凄まじい速度で黒い弾丸が一同の元、取り分け泣く鈴の元へと飛んでくる。

 弾丸は地面に当たると暫く滑り、そして鈴のすぐ側で優しくその胸元に抱き寄せ、反対の手に持った剣の切っ先をヨシナオへと向けていた。

 

「あり?王さまじゃねぇかよ何やってんだ?」

 

 黒い弾丸の正体は嵐だった。鈴に対して過保護ともとれるほどに彼は甘く優しい。それ故泣き声なんぞ聞いた暁にはそれまでしていたことを放り出してでも彼女の元に駆けつけるのだ。

 

「おーよしよし、大丈夫だぜ鈴。直ぐに王様の息の根止めてやるからなぁ」

「ら、嵐くん……ぼ、暴力はだ、ダメ、だよ?」

「いやいや、これは暴力じゃないさ。単に……そうだな……単に自分のしでかした事に対する報いを受けさせるのさ」

「あー、Mr.五十嵐。本気であるか?麻呂、この街の王なのだが?」

「オイオイオイオイ、王様よぉ。お前さんよりも鈴の方が俺にとって優先度が高いって事さ」

 

 ────他の奴等にとっても、な?

 そう続け、嵐は背後を親指で指し示す。

 

「非常事態発生ッ!!非常事態発声ッ!!グルグルさっさとベルさん助けろゴラァーーーーッ!!」

「分かっとるわ、バカ!っと、ゴメンな鈴、うるさくしちまってよ」

「う、ううん……だ、大丈夫」

「そうか………さって、王様。アンタには選択肢を…………?」

 

 瞬間、空気がチリッと張り詰めた。

 鼻を鳴らし辺りを見渡す嵐と同じく涙の跡が残っているがそれでも何かを探して辺りを見回す鈴。

 そして────ある一点で止まった。

 

「聞こえる………………」

「コイツは…………臭う……」

 

 二人の見る先、そこにあるのは───────極大の火柱だった。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 燃える燃える燃え盛る。

 末世は目の前まで迫ってる。

 ならば考えろ、人とは考える生き物なのだから。

 考える、考えろ、考える、考えろ。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

「あれって……爆発じゃないのかね?」

 

 仕事柄、その方面に詳しい直政が少し詰まりながらも声を発する。

 爆発、というか言い表せば火の山。

 皆の疑問に答えるようにネシンバラが口を開いた。

 

「彼処は確か…………三河を監視する聖連の番屋、それも一番高いところじゃなかったかな。三征西班牙の生徒が確か詰めてた筈だけど…………下の番屋は気づいてないのかな」

 

 段々と周りからはどよめきが伝播していき憶測が飛び交う。

 その中で一人、眉間にシワを寄せその一点を睨む嵐は剣を握り直していた。

 

「嵐、くん?」

「…………悪い、鈴。喜美ー!ちょいと鈴を預かってくれ!」

「嵐?急にどうしたのよ」

「臭いがする…………あの時と同じ臭いだ」

「臭いって…………アンタ本当に人間やめてるわね…………」

「かもな…………」

 

 言われたとおりに鈴を迎えに来た喜美が軽口を叩くが嵐の返事は重い。

 それどころか表情、雰囲気。全てを引っ括めて引き締まりトゲトゲとしたモノへと変わっていく。

 

「おーい、どうしたんだよグルグルー。顔、スッゲェ怖いことに成ってるぜ?」

「顔が怖いのは昔っからだ」

「いや、嵐殿の顔は明らかな優男で御座るな」

「むしろ、見た目で大分詐欺ってるとも言える。それで落とされた姉キャラが何人いたことか」

「少なくとも初見で奴の本質は見抜けんだろうな口を開けばそうもいかんだろうが」

「ランちゃんは見た目は優しそうだよねぇ」

「口は……ま、開かなければいいわよね」

「顔も悪くないわよねぇ。ただ、たまぁに黙ってれば良いのに、何て思うだけよぉ。ええ、だから嵐のおバカは暫く黙ってなさいねぇ」

「人がシリアス演じてんだから少しは汲み取れやァ!!!そして揃いも揃って顔の事悪く言い過ぎだろ!?俺にだって人並みに傷付く場所が………………あ?」

 

 唐突に途切れる嵐の言葉に一同、首をかしげる。

 彼の反論は最後まで大体言い切るのだ。それが妙な場所で途切れ目を見開いている。

 そして同じく、鈴も嵐と同じ場所を見ながら震え、指を指す。

 

「あ、あれ……その」

「流石に俺も予想外だ、マジか?」

 

 歯切れの悪い二人の視線の先を見ればそこに居たのは一人の少年。

 

「えっと、余が何か…………?」

 

 東が問うが全員唖然としており誰も答えてはくれない。

 ならば、と自分のおかしな部分を探すことにする。

 服、制服のまま。その他、髪型や諸々確かめるもおかしなところは何も

 

「ん?」

 

 そこで気付く。皆の視線は自分の少し後ろを見ていることに。

 振り返り、絶句した。

 東の制服の裾を掴む小さな手。

 それは小さな少女だった。

 それは白く長い髪を乱した小さな少女だった。

 それは一メートルにも満たない小さな少女だった。

 それは────地に足をつきながらも半透明の少女だった。

 

「パパ、居ないの…………」

 

 蚊の鳴くようなか細い声。そして俯く。

 

「ママ、見つからないの…………」

 

 普通ならば迷子か、と心配するところだ。しかし、それ以上に少女には突っ込みどころがあった。

 

「で、出たあーーーー!!!」

 

 それは絶叫となって辺りに響き渡るのだった。

 

 

 ■◇◇◇◇■◇◇◇◇■

 

 

 色々とカオスとなっている教導院。だが、三河の花火を一目見ようと武蔵右舷の二番艦、多摩艦首側も負けず劣らずの状況ではあった。

 

「流石、三河の花火だよなぁ」

「確かにな。見た感じ火の山ってのが印象だけどよ」

(そんなわけないだろう!?あれが花火だなんて皆本当に思ってるのか!?)

 

 あちこちで緊張感無く駄弁る観客達に一人正純は焦っていた。

 あんな火山擬きが花火など堪ったものではない。

 

「正純様、これが花火なのですね。どこが花なのか私には分かりませんがとても綺麗です」

『はなび きれい』

 

 だが、口には出せない。それは一重に隣で目を輝かせて(しかし無表情)花火?を見つめるP-01sと黒藻の獣を思っての事だった。

 とはいえ悪い予感は膨らむばかり。

 こんな状況で必要なのは情報。戦時下でもそうだが全てが混乱している時こそ新鮮な情報が必要となるのだ。

 

「私は少し調べ物をしてくる。P-01sはどうする?」

「花火は見られないのですか?」

『まさずみ はなび みない?』

「少し気になるんでな。とりあえず青雷亭に神肖筐体があったはずだし、そこで色々と調べようと思う」

「Jud.お供します」

『おさき』

 

 P-01sの答えに併せるように黒藻の獣は近くの側溝へと潜っていった。

 それを見送り二人は青雷亭に足を向け、それは起こった。

 

「あれも、花火ですか?」

 

 先程と同じくして巻き上がる火の山。崩壊の時は近い。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 それは正に突然の事だった。

 この神州の大地のあらゆる場所で共通通神体により1つの放送が流されたのだ。

 

『全国の皆!こんばんわーーーーーー!!!』

 

 そこに映るのは学帽を被り、白衣を着た壮年の男。松平家当主、元信公だった。

 

『さてさてぇ!先生が今どこに居るか気になるよねぇ?気になるよね!』

 

 小指をピンと立てマイクを握った彼は背後を紹介するように手を突き出した。

 

『ここはねぇ!いい感じにグッツグツに暴走してる地脈炉のある三河に来ていまーーーす!!』

 

 恐らくこの放送を観ているもの達ほぼ全てがこう思っただろう。

 ────何やってんだ!?と。

 それは武蔵の教導院でも同じくだ。

 

『いやぁー!良いねぇ!いい“危機”だよ!』

 

 そんな突っ込みなど知らぬと元信公は上機嫌に言葉を紡ぎ続ける。狂っているとしか取れない。

 

『そしてそしてぇ!この日のために先生は皆のために出し物を用意したんだよ!』

 

 手を二度打ち合わせれば現れるのは何人もの自動人形の侍女達。彼女達の手には各々が笙に篳、篥に横笛、琵琶、太鼓、等々様々な楽器を持っておりそれが加圧器と共に構えられていた。

 そして、始まるのは皆に馴染みのあるあの歌。

 

『────通りませ────』

 

 通し道歌。

 それがあまりにも不気味だ。

 この歌には歌詞に対する考察が個人により異なる。だが、何れも良い印象とは言えない。

 歌は終わり、静寂となる。そして1つだけ響く拍手。

 

『皆も聞いたことあるよね?この歌は末世を掛けた全ての問題に関係があるんだよ?』

「……ッ!元信公!貴方は何を考えているのですか!」

 

 狂人に問いかけるは大罪武装“悲観の怠惰”を携えた金髪の青年だ。

 

「何故地脈暴走と三河消滅等ということをされるのですか!極東の未来を潰すつもりですか貴方は!」

『おやおや、西国最強の立花・宗茂君。それは愚問と言うものじゃないかね?それと質問の時は手を挙げなさい、先生答えるときは答えるから』

 

 その返答として宗茂は“悲観の怠惰”を大上段で構えることとした。

 対して元信公もやれやれ、と画面に掌を差し向け、空いた手で眉間を摘まむ。

 

『では、宗茂君。それを降り下ろす前に先生の質問に答えてくれるかい?』

 

 そこで一拍空き、彼は至極楽しそうな表情で

 

『危機って面白いよね?』

 

 爆弾をぶちこんだ。

 絶句する人々を無視して彼の口は止まることを知らないかのようにペラペラと回る。

 

『先生よく言うよね?考えることは面白いって。じゃあ、やっぱり、どうあっても、────危機って面白いよね?考えないと死んじゃうんだもん!』

 

 狂人の独白は続く。

 

『考えないと死んじゃう、考えないと滅びちゃう。解決するにはやっぱり、スゴくスッゴく考えないといけない────最大級の面白さ、だよね?』

「────ッ」

 

 宗茂は何も言えない。

 あまりに、余りにも歪に思え、同時に普通の感性な彼では飲み込むことが出来ないためだ。

 その反応は予想通りらしく元信公は頭をかいて口を開く。

 

『危機って言うのは面白い。スッゴく考えるから。では、宗茂君!もっともっと面白いものって何だと思うかな?』

 

 宗茂は大声で答えた。

 

「時間稼ぎのおつもりですか!」

『うん、一般的な答えだね』

 

 元信公は頷き笑う。

 

『解らないから。だからそんな安直で面白味の欠片もない答えが出てくるんだよ宗茂君。君は考えなかった。何故か?簡単さ、君は目を逸らしたんだ。極々一般的で、そして皆が取る手法だね』

 

 だからこそ

 

『今の君は大層な名を持つが危機より恐ろしいものを目の当たりにして真っ先に死ぬ人間だよ』

「────」

『死ぬのが嫌なら考えなさい。じゃないと死ぬよ?これは誇張でも誇大でもない、純然たる事実さ。さて、全く、それこそ答えられたら明日は隕石が降り注ぎそうなほどに期待してないけど、本多君。考えなければいけない危機って何ですか?』

「はーい、我分かりませーん」

『ハイ、じゃあ自動人形を首から下げて街道に立ってなさい。大丈夫、君専用のバケツは用意してるよ』

「我の扱い酷すぎねぇか!?」

 

 先生ガン無視である。そして本多・忠勝の背後には山のようなバケツが積まれていた。

 

『さぁて、本来ならもう一人ゲストを呼ぶはずだったんだけど…………よし、彼にも聞いてみようか!』

 

 元信公が新しく開く通神。そこに映るのは

 

『やあ、始めましてで良いかな?武蔵唯一の武装にして“暴力装置”くん』

「…………何故に俺?」

 

 白黒頭の優男、武蔵で知らぬものの居ない有名人。

 五十嵐・嵐その人だった。

 

 

 ■◇◇◇◇■■◇◇◇◇■

 

 

 いきなり変な放送が流れて気づけば自分が映されていた件について。

 スレとしてそんな風にタイトルが付けられそうな状況。

 

『さあ、五十嵐君!答えたまえ!』

 

 画面越しとはいえテンションの高いおっさんに流石の嵐も引き気味だ。

 しかし一応は答えるらしく口を開く。

 

「ま、末世……か?」

『正解!その通り末世さ!前情報では君は酷く脳筋だと聞いていたけど頭の回転も悪くないみたいだし、ああ、やっぱり対面したかったよ』

「…………少なくとも見ず知らずの相手よりも優先すべき事が有ったんでな」

『アッハッハッハ!実に良い答えだよ!どうやら君は感情に任せて動くようじゃないか』

 

 愉快愉快と笑い元信公は向き直ると右の人差し指を立てて見せた。

 

『ああ、面白い。考えるのではなく感情の赴く方に進む人間と話すのは面白いね。先生機嫌が良くなっちゃったよ』

「……機嫌が良いならついでに暴走止めろよ」

『それは無理だよ五十嵐君!』

 

 ボソリとした呟きだったがしっかり聞こえたらしく元信公は勢いよく振り返り通神の表示枠へと顔を寄せた。

 

『感情派の君も考えなさい。じゃないとそこの宗茂君みた危機の前で死んじゃうかもしれないし。そこの本多君みたいにバカの極みになっちゃうからね』

「何で我がdisられてんの?」

「忠勝様お黙りください。貴方がバカなのは皆が知っておりますから」

 

 解せぬとぼやく東国最強を尻目に嵐は口を開いた。

 

「……この計画、何年前から始まってた?10年前か?それとも30年前か?」

『君の視点は面白いね。返事は曖昧としておこうか。さて、末世を防ぐために君たちには手段が与えられているよね?』

 

 元信公はクルリと指を回して通神へと突き付けた。

 

『────大罪武装さ』

 

 その言葉に真っ先に反応したのは大罪武装を持つ宗茂だった。

 

「それこそおかしいではないですか!大罪武装を各国に配ったのは貴方の筈だ!それを再び集めろ等と…………」

「いいや。理には適う」

『では、五十嵐君。回答をどうぞ!』

「あれだろ?意思の統一ってやつだ」

 

 腕を組み、その状態で指を立てる嵐。珍しく知的な様子だ。

 

「世界は反目しあってるからな。どいつもこいつも腹の中じゃ何考えてるか分からねぇ。だからこそ相手を今一つ信用できねぇし。全力で末世にも向かっていけない。なら、和平でも武力行使でも良い。とにかく1つの国として纏まる、もしくは纏めちまえばそれで一応不意打ちの危険性は無くなる。大罪武装を集めるってのはそういうことだろ?」

『正に!正に!その通りだよ五十嵐君!いや、ホントどこぞのおバカさんにも分けたいぐらいの脳の回転だね!』

 

 元信公の反応にしかし嵐はそれだけじゃ無いだろうに、と内心で付け加えていた。彼自身オツムの出来は宜しくないと自負がある。計画を寸前まで気付かせない元信公の計画など一割も把握できていないと判断していた。

 

『君達が集めるのは“9つ”の大罪武装だ!さてさて、誰が全部集めるのか、先生ドッキドキだよ!』

「きゅ、9?8じゃないのか?言い間違い?」

「元信公、大罪武装は8つではないのですか?」

『フム、そうだね。少し講義をしてあげようか。大罪武装が八つの想念をモチーフにしていることは知っているよね?憤怒、暴食、悲観、嫌気、淫蕩、強欲、虚栄、傲慢。それは8つはその後の七つの大罪の原盤ともされている。けどねこの話には続きが有るのさ』

 

 ニコニコと笑う元信公。だが、それを聞く面々は嫌な予感が拭えない。特に質問した二人は冷や汗を流している。

 

『その八つの想念のさらに原盤。それは負の感情の始まりと言った所かな。つまりは────九大罪、といった所だね』

 

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 誰も何も言えない。完全な沈黙、絶句。

 そんな中でも講義は続く。

 

『さて、さっき先生が言った中で欠けているモノがあります何でしょうか?』

「…………嫉妬、ですね」

『お、宗茂君正解だよ。そう嫉妬だ。君達もおかしいとは思わなかったかい?考えれば分かるよね?それぞれが統合されて出来た七つの大罪だけど嫉妬だけはどう組み合わせても出てこないんだ。さて、さらに質問だ。七つの大罪にはそれぞれに動物が当て嵌められるんだけど…………ここにも嫉妬が全ての始りっていう考えを補強する答えが有るよ、分かるかな?』

「嫉妬の動物だ……?」

「蛇、ですね」

『またまた正解。五十嵐君、発想は良いけど知識不足だね』

「ウルセェよ」

 

 そっぽ向く嵐。やはりオツムが宜しくない。

 

『講義の続きだよ。ウロボロスを知っているかな?これは互いに尾を食らう蛇とも自身の尾を食らう蛇とも描かれるものだよ。これは無限、始まりにして終わりを内包するものを表すんだ。つまりは0だね。1よりも前に存在し、全ての起源となるもの。意味深だろう?そんなものをシンボルの動物として挙げているんだからね』

 

 察しの良いものは既にここである程度の答えを出せている。

 とはいえこの話は嫉妬が如何に想念に関与しているかの説明だ。本題ではない。

 

『よしよし、この位で良いだろう。ついていけてない子も居るかもしれないけど今はスルーだから。先生意外に時間がないんだよね。分かったかい本多君』

「我に対する扱い、辛辣だなぁ。なあ鹿角、どう思う?」

「Jud.妥当だと判断します」

「主も従者も我に厳しい件について」

『はい、本多君。立たされてるんだから私語しない。ふーっ、やれやれできの悪い生徒の相手はやっぱり疲れるね。さて、皆は多分嫉妬の大罪武装がどこにあるか知りたよね?あれ、知りたくない?』

「元信公!」

『あらら、宗茂君はせっかちだね。でもまあ、良いよ。先生は許してあげよう。噂を聞いたことはあるかい?ほら、大罪武装に付き物の噂の一つさ』

「…………人を使ってるって話か?」

『正解!やっと正解だよ五十嵐くん。そう、大罪武装の材料は人間、の感情とそこから産み出される動き、といったところかな。例えば宗茂君の持つ“悲観の怠惰”は対象を“掻き毟る”。どうだい?現実味が出ただろう?』

 

 既に使い古されたと思えるほどに、何度目かの沈黙。

 元信公の言葉はまだ、続く。

 

『大罪武装は人間の感情を元にして作られている。では、その材料となった人物は誰なんだろうね』

 

 一拍。

 

『その人間の名は、ホライゾン・アリアダストという』

 

 それは、その名は、武蔵の住人にとって当然知る名であり、そして幼馴染達にとって後悔がつきまとう名だった。

 

『10年前、私が事故に遭わせて大罪武装と化した子の名だ。そして昨年、彼女の魂に嫉妬の感情を詰め込んで9つ目の大罪武装“焦がれの全域”として、自動人形という体を与えて武蔵に送ったよ』

 

 その言葉が放たれた直後、教導院には爆砕音が鳴り響いた。

 血が滲むどころか掌を抉りそうな程に握り締められた拳。噛み砕かんばかりに噛み締められた顎。正に怒髪天を突く、と逆立った白黒の髪の毛と全身から吹き出す流体の激流。

 

「元信ゥウウウウーーーー!!!!」

 

 怒号、いや、それはもはや咆哮ともとれるほどの爆音。生物として逸脱したその音量は武蔵の端から端まで響き渡る程のものだった。

 

『うひゃあー!ビックリだね!先生、驚きすぎて帽子が落ちちゃったよ』

「フザケンナァ!!!テメェ!そこで待ってろゴラァ!!!!真っ二つにしてブチコロシテやる!!!!」

 

 激昂。それも十数年生きてきた彼の中で始めて発露した最大級の怒りの感情だった。

 だが、元信公の言葉はそれだけ嵐が許容できるものではなかったのだ。

 10年前のあの日に一度、全てが壊れたのだ。それが不慮の事故だったからこそ無理矢理にでも納得した。

 しかし、事故に“遭わせた”?

 そんな事を、避けること叶わぬ理不尽を、嵐は許さない。

 今もペルソナから始まり戦闘系技能を持つ面々、更には力自慢の野次馬なども全力で彼を止めていなければ直ぐにでも三河に身一つで飛び込みそうな勢いだ。

 

「嵐殿……!」

「浅間!術式切るんじゃないよ!切ればアタシ等じゃ止められんさね……!」

「分かってます!」

 

 数十人に押さえ付けられて嵐は漸く、その場からズリズリと這いずる程度の速度で動く形となった。それでも引き摺るのだから彼の怪力は計り知れない。

 

『さて、横槍も入ったけどその自動人形の名はP-01sというんだ。今日は彼女が手を振ってくれたよ』

「…………殺す……!」

 

 嵐の力が強くなった。引き摺る距離が延び、押さえつける面々もより一層力を込めねばならない。

 既に呪詛のごとく殺すと呟き瞳には剣呑な光が点り、徐々にその強さを増していた。

 

『五十嵐君。君は見た目にそぐわない聡明な生徒だと思ったんだがねぇ。怒りに飲まれてしまうとは』

「…………ッ!」

『ホライゾンは元気そうだった………何よりだと私は思うよ』

「どの口が…………!」

「愚弟!?」

 

 再び激情をぶちまけようとした嵐を遮ったのは驚きの声。

 全員がそちらに目を向ければ走る少年の背が見えた。

 誰もが衝撃の事実に止まるなかで一人駆けだし、階段を駆け下り徐々に小さくなっていく。

 その背に喜美が叫ぶ。

 

「愚弟!アンタ、どこに行くの!?」

 

 トーリは答えず、やがて後悔通りへとたどり着く。

 誰かが小さく、あっ、と声をあげた。しかし、トーリは僅かに悩み

 

「────ッ!」

 

 振り切るように暗い道へと飛び込んでいった。

 それに呼応するように、嵐を押さえていた人の壁が僅かに揺れる。半拍おいて風が吹き抜けていった。

 

「脱皮で御座るな」

 

 点蔵がその手に持つ上着をみて再び後悔通りへと目を向ける。

 残されたのはシャツと上着のみ。嵐は蛇の如く脱ぎ捨てて変わり身としていたのだ。

 

「愚弟……!嵐……!」

 

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 夜の下、人々の目が三河に向けられる中、その視線とは逆方向へと進む二人組の影があった。

 

「正純様、寒くありませんか?」

「いいから」

 

 被せられた制服の上着のしたで訊ねるのはP-01s。そしてその手を引いて歩く正純。

 二人は人混みから逃げるように反対方向へと急いでいた。

 そんな状態で正純は内心、酷く混乱の極みと相成っていた。

 自分が何を成したいのか自分でも把握、理解が出来ないのだ。グルグルと様々な事柄が回り続け、正解へと至れない。そもそも正解が有るのかすらもわからないという状態だ。

 

「……ッ、くそっ!」

 

 空いた手で苛立たしげに頭を掻く。髪が乱れるがそんなことすら今は気にしていられない。

 そんな正純を見て、P-01sの歩みは遅くなりやがて止まってしまった。

 怪訝な表情で振り返る正純だったが戦闘系ではない彼女も気が付いた。いつの間にか辺りには人の姿がなく、代わりに気配だけが濃密に自分達を囲んでいることに。

 

「その大罪武装を渡していただこうか」

 

 暗がりより現れるのは若い男。眼鏡をかけた神経質そうな雰囲気、淡い金髪をピッシリと纏めているところを見ると職務に忠実である、ということが読み取れるだろう。

 

「さあ、早く」

 

 男は手を差し出す。対して正純は未だに内心での答えがでないために迷ってしまっていた。

 一歩、男が近寄り、周りの暗がりから銃を構えたK.P.A.Italiaの隊員たちが姿を見せたのだった。

 状況は正に最悪。正純の頬を冷や汗が伝う。

 手が震え─────

 

「退けやァアアアア!!!!」

 

 包囲の一角が吹き飛ばされていた。

 粉塵が空へと舞い上がり、隊員たちの一部が衝撃により吹き飛ばされる。

 

「簡単に連れていかせて、たまるかよ!」

 

 右手を顔の近くまで持ち上げ握る動作で関節を鳴らし、嵐は吠える。

 

「“暴力装置”……!」

「嵐!?どうして此処に…………」

「嵐様…………」

 

 三者三様。

 身内に近い正純は安心し、P-01sはいつも通り…………よりも若干声のトーンが低く、男は苦虫を噛み潰した様子だ。

 

「こっちとしても早々引けんのでな。腸煮えくり返ることもあったし八つ当たりだ!」

 

 言い切り、嵐は周りを煽るように大振りな攻撃とも言えない拳を振り回す。

 当たらずとも拳が掠っただけで岩が砕けたりしているため振り回すだけでも十二分に牽制として成り立っていた。

 常ならば彼はこんなへまはしなかっただろう。今の嵐は頭に血が昇りすぎていた。

 

「ハッ!浅慮だな暴力装置。貴様は所詮、その程度ということ、だ!」

「ガッ!?」

「ッ!トーリ!」

 

 男は嘲笑し拳を振るった。その一撃は正確にトーリの横っ面を捉えており容易く殴り飛ばしてしまったのだった。

 反射的に嵐は駆け寄ろうとするが、一斉に銃を向けられその動きは止められてしまう。

 いや、本来ならば銃に狙われる程度では嵐は止まらない。しかし今回その銃口が向けられた方向が問題だった。

 トーリと正純。

 この二人は有り体に言って戦闘能力はほぼ皆無である。弾丸を見切ることなどできるはずもない。

 

「動くなよ、暴力装置。貴様が指一本動かせば、その二人は蜂の巣だ」

「…………チッ……」

 

 人質が複数いる場合、本人をそのまま脅すよりもその隣の奴を撃つと脅す方が効果的なのだ。何故か。それは誰しも通常の感性ならば罪悪感を多分に含み、それを経験したくはないと考えるためである。

 そして、嵐は1:9の命題について、1に自身の大切なものが居ればあっさりと9を切り捨てる。そんな人間だ。

 故に一度懐を許した相手には頗る甘い。

 だからこそ動けない。血が垂れるほどに拳を握り、視線で人が殺せるのでは、と思えるほどに相手を睨むことしか出来ないのだ。

 

「ホライゾン……!」

「…………」

 

 うつ伏せに倒れたトーリは揺らぐ視界の中でP-01sへと目を向ける。本来彼は戦闘処か運動もそこまで得意ではない。隊長格の男の一撃で延びなかったのが奇跡と言える。

 

「ホライゾン聞いてくれ……!俺は………!」

「ッ!待て、葵……!」

 

 状況は最悪。嵐は動けず、トーリがこのまま聖連に歯向かった反応を示したまま傷を負えば、それだけで極東は終わりかねない事態なのだ。

 判断は一瞬だった。

 振り抜かれる右足、跳ねるトーリの頭部。

 

「ッ正純……!?」

「…………すまない……」

 

 さすがに嵐も目を見開き、凶行の実行犯である正純に目を向けるのみだ。

 話は済んだと言わんばかり男は踵を返し、P-01sはその背に続くように促されて一歩を踏み出してしまう。その背があまりにもあの日と被ってしまう。無力さを味わったあの日と。

 

「ホライゾン!お前はそれで良いのかよ!」

「…………」

「何で死にに行く!」

「…………」

「答えろよ!」

 

 嵐の問いは言葉というよりは血を吐いている様に見える有り様だ。実際、彼にとっては吐血に等しい事なのだろう。

 

「それが最善だからです」

 

 P-01sは背を向けたまま淡々と語る。

 

「そもそも、私、ホライゾンが大人しく従えば総長兼生徒会長は殴られず、嵐様、正純様は銃を向けられることも有りませんでした。これが最善であると判断します」

「命を……捨てるってのか……?」

「嵐様、私は自動人形。人間ではありません。故に命の定義には」

「んなこと言ってんじゃねェ!テメェって存在がこの世から消えて良いのかって聞いてんだ!」

「それが最善ならばそうすべきです」

「この…………!」

 

 感情が昂りすぎでそれ以上の言葉が紡げない。ただただ悔しい。

 感情が希薄であることも相俟って今のP-01sには嵐の言葉が響かないのだ。

 そして今度こそ彼女は消えてしまった。ついでに隊員たちも一緒に船へと消えていく。

 後に残るは倒れ伏すトーリと動けない正純、そして

 

「クソがァアアアアアアアア!!!!!!!」

 

 天に向かって吠える嵐だけだった。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 通達

 本日午後六時を持って三河当地においてホライゾン・アリアダストの“自害”を執り行う。



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11話 ROB

 三河が文字通り終わり、それでも日は昇る。

 それはアリアダスト教導院も変わらず、だ。

 

「まだ8時よりかなり前ですし、誰ま来てないですよね」

 

 そんなことを呟きながら朝日に輝く黒髪を揺らして智は廊下を歩んでいる。

 昨日、というか昨晩のゴタゴタを神社の夜番として捌いてきた後に圧縮睡眠の術式を用いて彼女は登校してきていた。

 現在、武蔵の立ち位置は非常に不安定なものになっている。それもこれも三河の盟主にして武蔵の実質的な持ち主だった松平・元信公が文字通り吹っ飛んでしまった故にだ。

 何より

 

「大きな動きなんて、とりようもありませんしね」

 

 武蔵は一切の武装を積んでいない。それは聖連に対する服従の現れ、そして歯向かう意思を持たせないための措置だ。風防の重力制御術式を用いた対砲弾防御壁がギリギリ軍事転用できるくらいか。

 いや、もう1つ在るのだが、それは実質採れるような選択肢ではない。

 悶々とこれからの事を考えながらいつの間にやらその足は教室の前まで進んできていた。扉の前に立ち、1つ小さく息をつく。

 取り出すのは手鏡だ。寝癖の有無やその他にもおかしいところがないか確めていく。

 恐らく自分が一番早い、筈なのだ。それに情報に関しても自分が多く持っている。質問責めに合うかもしれない。

 だが、それはそれで構わないと智は思っていた。

 知りたいことを知ろうとすること。それはとても大切なことなのだから。

 手鏡を直して1つ頷き、扉へと手を掛け開く。

 そして見てしまった。

 

「トーリ君!?嵐君も!?」

 

 斜めの浅い日差しが入る窓際一番後ろの机に突っ伏して臥せっているトーリ、と彼から少し離れた席で椅子を後ろへと傾けて足を机の上に組んで乗せいつも首から下げるゴーグルを目元に当て天井を見上げる嵐の姿がそこにはあった。

 トーリはピクリとも動かず、嵐はギシギシと椅子のきしむ音をたてて前後に揺れるのみ。

 

「番屋で説教食らってたんだ。僕やみんなは早かったんだけど二人は残されててさ」

 

 ネシンバラの声、振り向けば数人がこの教室に集まっていた。

 彼は眠たげだが力の宿る瞳を智へと向けて表示枠を幾つか空中へと投影させて見せる。そして口を開く

 

「ようこそ、権限類いを殆んどの根刮ぎ持ってかれた生徒会兼総長連合の集まりに。他のみんなもそろそろ来るはずだよ」

 

 一拍の間。

 

「さて、酒井学長は下の番屋で足止め中。とりあえず戻ってくる前に僕らの指針を定めておこうか」

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 疑問があっても

 まとめられるか

 まとめられるのか

 配点(協調性)

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 窓から射し込む浅い日差しを受ける教室には多数の生徒達、というよりも殆んどの席が埋まっていた。

 常ならば騒がしい彼等も今は静かなものだ。

 そんな中で立ち上がるは会計補佐のハイディ・オーゲザヴァラー。彼女は教室の真ん中で表示枠を幾つも開いて周りに笑顔を向ける。

 

「欠席はミトにミリアム、マサとそれからセージュンに東君よね」

 

 ついでにチラリと突っ伏するトーリ、それと椅子を軋ませてそれ以外に動かない嵐へと目を向ける。

 智がそこでハナミを呼び出して表示枠に文字を打ち込む。

 

『昨夜ので番屋に引き取られて、今日は朝一番から教室に来てたみたいです』

 

 それに対して昨夜二人を追ったネシンバラ、ウルキアガ、ノリキが首肯く。

 

『僕らは比較的アッサリと釈放されたんだけど─────ほら、二人共ある意味ブラックリストに載ってるし』

 

 その文に一同思うところがあったのか各々、走狗や自身で表示枠を呼び出して文字を打ち込んでいった。

 

『確かに、街灯やら何やらに意味もなく登ってござるよな』

『嵐は一回暴れると壊しすぎるのよ』

『たまに住宅街のタイトな隙間に挟まってるよね』

『力試しとか言って賭け事もしてましたね。自分に全賭けして人間花火打ち上げて』

『そう言えば聖連の武神にも前に手ぇ出してたような…………』

 

 それからも出るわ出るわ彼ら二人の汚点?だと思われる部分。

 もうあっちこっちから表示枠が浮かび何度も更新されていた。内容も色々と酷い。

 

『あの…………一人ぐらいフォローしないの?』

『無理』

 

 ハイディが問えば一斉に表示枠にその文字が打ち込まれる。

 まあ、聞いた当人も予想済みの事だ。

 

『ま、とりあえずトーリ君とランちゃんは動けないっぽいから、先に進めるよぉ。おいで、エリマキ』

 

 ハイディが手を伸ばし、シロジロの元から白狐が飛び彼女の上に陣取ると表示枠を出現させた。

 

「とりあえず、今の現状だけど────ぶっちゃけ、武蔵とホライゾンの大ピンチってことかな」

 

 ハイディが言えばお世辞にもオツムの出来がよくない一部面々は首を傾げる。

 

「私も含めて、会計のシロ君に書記のネシンバラ、総長兼生徒会長のトーリ君は権限をヨシナオ王に取られちゃって何も言えない状態なの。副会長のセージュンは取られてないんだけど、暫定議会はセージュンを丸め込んで聖連に媚売るって感じかな」

 

 明らかに暫定議会に対して辛辣な物言いだが、まあ、最初から逃げに徹する相手に良い印象を持つのは難しい。

 ハイディは首をかしげて辺りを見渡す。

 

「じゃあ、ここから本題ね?皆の方向性の確認ね」

 

 いつもの表情に戻りハイディは問う。

 

「まあ、色々と障害はあるけどとりあえず────ホライゾンを救出したり、武蔵の移譲を止めた方が良いと思う人ーーー?」

 

 見回し、見渡し、一人として手を挙げない。そもそも

 

「判断材料がない。まずはその点をハッキリしてくれ」

 

 代表としてノリキが言えば他の皆も頷いた。

 そのなかでファッション雑誌の切りぬきをしていた喜美が顔を上げ口を開く。

 

「アレよね?えっと……ことなかれ主義って奴?暫定議会も王様も聖連に睨まれたくないから穏便に済ませたいんでしょ?」

 

 一息。

 

「それから武蔵の住人の殆どはホライゾンの処刑を受け入れて武蔵の移譲を勘弁してもらおうとするんじゃないかしら?実際、殆んどの人は巻き込まれたって認識でしょ?」

 

 意外や意外、喜美が割りと色々理解していることに戦慄を隠せない梅組一同。

 そんな空気を知ってか知らずか喜美は胸を張ってふんぞり返る。

 ハイディはそれを見ながら口を開く。

 

「Jud.。それじゃあホライゾンが自害するとどんな不利益があるか分かる?」

「そんなことこの賢姉様に分かるわけないでしょ!────アレよお空に昇るのよ!若しくは夕日の向こうに行っちゃうの!」

「無理に答えるなよ!?」

 

 突っ込みが入るが、少なくともこのクラスで事態を完璧に理解してるものなど片手で間に合うレベルだ。

 

「えっとね、元々武蔵が松平・元信公の所有物なのは皆知ってるよね?それで彼は吹っ飛んじゃったけど、その権限は肉親でもあるホライゾンに移譲されてるの。それで彼女が自害すると、武蔵の所有権は聖連に移譲されるんだよ」

 

 分かる?と首を傾げる。

 

「つまり極東が聖連に支配されちゃうって事だね」

 

 これには流石に全員が眉を潜めた。

 少なくとも今、この教室に居る面々は武蔵が故郷だ。それは納得いかないものなのだろう。

 

「さぁて、皆これは乗るか逸るかじゃないよ?降りるか、降りないか、の話なの」

「武蔵の住人だから、だね」

「Jud.。そういうこと」

 

 皆の目はそこで色が変わる。

 やるべきはただ1つなのだから。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 暗い部屋のなか、一人身を起こした正純は眠たげな目を擦り辺りを見渡した。

 いつもの部屋だ。

 言ってはなんだがよく眠れなかった。意識は未だに半分惚けており時折、フラりと揺れている。

 

「アイツのあんな顔、始めて見たな…………」

 

 思い出すのは昨夜のこと。

 たった数時間の内に色んな事が起こっていた。

 チラリと傍らに置かれたテーブル、そしてその上に重ねられた資料と一枚のメモ。そこに書かれているのは

 

「助け、か…………」

 

 ホライゾンを助ける方法だった。

 相手である聖連からの主張、そしてこちら側の反撃、等々。政治家志望であるため言葉による戦争に打ち勝つために必要なことを考え続けていた。

 そしてそれが余りにも無茶で無謀なこと、ということを思いしる。

 

「無理だろうな」

 

 他国に対して正当性を叫ぶ方法が何一つ見つからなかった。

 そもそも、ここ武蔵は三頭政治でありヨシナオ王、暫定議会、そして教導院となっている。まあ、王と議会が大分近いのだが。

 そして現在、教導院は権力を没収されており唯一持つのは副会長である自分のみだ。

 議会と王の目論見としては対外に対する迅速な対応と未熟な意見に左右されない、という、つまりは教導院に対する一種のクーデターを起こした形となる。

 大人は利潤で動き、子供は感情で動く。

 今の現状において最善なのは“武蔵”という戦力で立ち向かうのではなく、支配であれ何であれ聖連の傘下に収まることだ。そうすれば少なくとも最悪には至らない、筈である。

 そしてその選択は感情を主とする者達には早々受け入れられない。この選択肢はホライゾンの自害があって始めて成立するからだ。

 そこまで思い至り同時に自嘲する。

 昨夜、あの瞬間。P-01sを、ホライゾンを、あちら側に引き渡すのを手助けした形になったのは自分ではないか、と。

 あの瞬間、トーリの意識を刈り取り、嵐に対する牽制として人質となり、最後には─────

 

「私は……何を成したいんだろうか」

 

 答えるものは居ない。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 場面換わって教導院の梅組教室。

 真面目に議論をしていた筈なのだがいつの間にやら斜め上に話の方向がシフトしていっていた。

 

「ヤバくないか?昔有ったじゃん。ミトツダイラ・ネイトだったからミトネイトに成って」

「最後はミトナットーだろ?」

「トーリ君ボコボコにされてましたよね」

「しかもあの時より今は数段強いし」

「まあ、いざとなったら嵐に突っ込んでもらえば良いじゃない。説教狼も筋肉おバカには弱いもの」

「あれ?でもその時って五十嵐君も混じって葵君をボコボコにしてなかったっけ?」

「あ…………」

 

 議題が今、この場に居ないものに移っていき、直政やネイト、正純やミリアム、東の話だったのだがいつの間にかネイトがいかに化け物じみているかの話になっていた。

 実際、人狼ハーフであり彼女の実力は高い。

 そんな彼女が敵方に付くのは教導院サイドとしては避けたいことなのだが、何故だかそこから彼女の昔のあだ名が再燃していた。

 

「アレで御座ったな。確か嵐殿は『ネイト泣かしたバカは何処だー!』と言っておったで御座る」

「そしてバレたトーリが捕まり」

「イイ笑顔で死刑執行☆って言ってましたね」

 

 因みに補足するとその時のトーリは濡れ衣とまではいかないがそれでもスケープゴートにされたことには代わりなかった。

 

「アレは虐殺と言っても過言ではなかったで御座るな」

「むしろ生身だったら死んでただろうな」

「小生、アレほど寒気がしたのはありませんな」

「アイツは金の威光が効かんからな。止めるには物理的に縛るしかない」

「ら、嵐を縛る…………ゴクリ」

「ガっちゃんヨダレ出てるよー?」

 

 真面目な話は何処へやら。いつも通りの3年梅組だ。

 

「ハイハイハイハイ!話が逸れてるよー?何で皆友達の話なのに悪い思い出ばっかり言っちゃうのかなぁ?」

「仕方ないですよ。基本的に後ろめたいことばっかなのがうちですからね」

「あぁら、アサマチ。この賢姉に後ろめたいことなんてないわよ!」

「…………この前、たい……むぐ」

「な、なななな何言ってるのかしら!?」

「むー!むー!」

「喜美、それぐらいで止めときなよー?っと、またズレちゃった」

 

 やれやれとため息をつき、ハイディはシロジロへと目を向けた。

 そこから語られるのは商人として見る武蔵の現状とこの状況の不味さ。そして意外にもシロジロが乗り気であるということだ。

 問題点を挙げるならば

 

「先ずはその生徒会長兼総長と副長代理の二人をどうにかしろ。とにもかくにもそうせねば始まらん」

 

 シロジロの言葉に一同の視線が突き刺さる。

 未だに臥せっているトーリと手動揺れ椅子状態の嵐はどちらも動きを見せてはいなかった。

 皆が思う。いつでも先陣を切る二人はよくも悪くもこのクラスの指標なのだ。

 航路を示す船頭と道を切り開く得物。

 その二つが今、この時全く機能していなかった。

 無言でそれぞれがどうにか出来ないかとアイコンタクトを送りあう。

 そこに光明。突然教室の扉が開いたのだ。入ってきたのは

 

「オリオトライ先生?」

「ハイハイ、皆大好き先生ですよー」

 

 やって来たオリオトライはいつもの服装で教壇を登り、教卓に紙束を置いた。

 

「ま、色々考えてたみたいね。それでも授業を潰す気はないわよ」

 

 置かれた紙束をトントンと指で叩く音が響く。

 

「これから、原稿用紙を配ります。制限時間は一時間半。題は────」

 

 教室を見渡し不敵に笑む。

 

「“私がしてほしいこと”よ」



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12話 ROB Ⅱ

 “私がしてほしいこと”

 このタイトルで書くことを求められた作文。各々が筆を進めるなかで一人、全く動けない者が居た。

 その職業柄自分の欲を言うのはご法度とされている智は頭を抱えていたのだ。

 ────自分、神職ですから

 神職は施しの職業なのだ。他人に何かをしてあげるならばまだしも自分が何かを“欲する”などあってはならない。

 とはいえ書かなければ理不尽な目に合うことだろう。とりあえず自分のしてほしいこと上位三つを脇に書いてみる。

 

 1:誰か境内の掃除代わってくれませんか←サボりは却下

 2:誰か御菓子やお料理作ってください←飽食!

 3:誰か父の無理矢理な若者言葉を止めさせてください←お父さん撃沈!

 

 改めて頭を抱える。内容もさることながら3つ目とか良いんじゃないのか?と思わないでもない。

 因みに先程の中休みで他の面子にそれとなく聞いたのだが、どいつもこいつも慾望、煩悩、全力全開、フルスロットルでかっ飛ばしていた。

 

 ハイディ:「シロ君に口では言えないことを」

 アデーレ:「誰か少し背丈を伸ばしてくれませんか」

 喜美  :「金!暇!美貌!嵐のおバカは私を養いなさい!」

 

 酷かった。

 よくよく考えたらこのクラス基本的に煩悩が先走っている奴らばかりだった。

 先程男衆などスクラム組んで話し込んでいたが内容など高が知れている。

 例として挙げるならシロジロ、それに点蔵やウルキアガや御広敷などだろうか。

 金、エロ、エロ、ロリである。

 こちらも酷い。

 

「いや拙僧は、貴様ほどでは、ははは」

「いや自分も、貴殿ほどでは、ははは」

「小生のこれは生命礼賛です!そしてロリコンではなくフェミニスト!」

 

 教室の隅で肩組んでアホなこと言ってるエロ煩悩に塗れた二人とその傍らで宣言するロリコン。

 これは酷い。

 だが、ほんの少し味気無い。

 

「…………」

「…………」

 

 常ならば一緒にバカやっているトーリと彼等に呆れながらもそばで見ている嵐。

 智はそんな二人を振り返り小さく息をつく。

 今日は皆が彼等を気にしている。

 会話の合間合間で視線を送ったり、それとなく声を大きくしてみたり。

 心配しているのかと問えば、揃って首を横に振って否定するだろう。だが、気にはする。それが皆の関係性だ。

 昨晩、ホライゾンの元へと駆けた二人に何があったのか智は知らない。

 連れていかれた番屋ではオリオトライの執りなしがありどうにかなったが嵐に関しては少々睨まれることとなったらしい。

 

 ────あんなトーリ君を見たのも久しぶりですし、怒った嵐君を見たのも久しぶりですよね

 

 常にヘラヘラと楽しげなトーリや言動荒いが根が優しい嵐。基本的にこの二人はこの状態がニュートラルだ。

 そんな彼らが荒れて、落ち込んだとき、嵐を戻したのはある意味彼自身であり、トーリを戻したのは喜美と嵐なのだ。

 葵姉弟や嵐、それに智の四人は長い付き合いである。その始まりは初等部よりも更に前、親の付き合いによる顔合わせより始まっていた。

 ネジは飛んでいないがバカであったトーリが突っ走り、その後を追う喜美やホライゾン、そして智に最後尾をちんたら走りながらも何かあれば真っ先に追い付いてくる嵐。

 いつ頃、恐らく初等部のヴァレンタインの祭りを意識する頃から自分は彼に好意を持っていたのでは、と智は思い出していた。

 恋人達の守護聖人であるヴァレンティヌスが没した日に行われる異性間の甘い日である。

 皆が浮き足立ち少女達は好意を持つ相手に甘い甘いショコラと共に甘い思いを添えるのだ。リア充爆発しろ。

 そんな中で人気だったのがトーリと嵐の二人だ。特にトーリは噂がたてられない、という下心ありきの選出だったが。

 

(モテるんですよねぇ…………)

 

 と、そこで智はチラリと振り向いた。

 未だに椅子を軋ませてマトモに動かない嵐の姿。

 今でこそ優男な面構え等と言われているが幼い頃など少女と見紛うベビーフェイスであったのだ。

 その頃より口調が荒く、見た目に合わない腕力を持っており、何というか幼い身空にはカッコよく見えたのだろう。

 今もそうだが周りから浮いており尚且つ自分が確りしている者はモテる。周りが変人ばかりならそれは余計に際立って人目を惹き付ける事となる。

 尻拭いに奔走していた結果である。

 ついでにこの日トーリは股間にショコラを装備してトリケラトプス等とバカやって駆け回り誰彼構わず追っかけ回してつつき回し、泣き付かれた嵐が背後から回り込んで股座を蹴り上げ、蹴り飛ばすまで続いた。その光景に野次馬や果ては教師も含めて内股になって悶絶したのは余談だ。

 だが、このバカ騒ぎの結果ショコラを渡すことが出来ない女子が多発して智も渡せずじまいで持ち帰ってしまっていた。

 それからだ。毎年恒例のようにトーリがバカをやり、周りにはいつの間にか徒党が組まれて、最後には嵐が徒党全員の股座を蹴り飛ばす。そんな流れが出来上がっていた。

 何だか間違っている気がしないでもないが、このバカ騒ぎは悪いことだけではない。

 ショコラを渡せぬチキンな乙女やショコラを貰えぬ負け犬男子、その他引っ込み思案な気の弱い者などその誰もがこの祭りに参加することが出来ていた。

 皆が笑い、皆が楽しみ、皆が共に居る。

 種族も性別も何もかもが関係無い。

 そんな集まりの中央にはトーリが居り、その近くには嵐が居た。

 智は立場的に後者が近くよく話をしたり、そばに居ることが多かったのだ。そのせいか、余計に異性として意識していたのかもしれない。

 だからだろうか、昨晩のあの怒り、いや、そんなことでは生温いと思えるほどの激昂は、なんというか─────

 

(羨ましい、なんてね)

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 さて、人間、別の事に意識を割いて書き物をしたり喋っていたりするとそれらに漏れ出ていたりする。

 その例に漏れず智は自分が書き上げた原稿用紙を見て頭を抱えて突っ伏してしまった。

 題名“私がしてほしいこと”

 中身“エロ小説”

 どうしてこうなった……!

 原因は過去回想と今の状況、そしてふと浮かび上がったちょっとした妄想が大爆発してしまったのだ。

 とにかく消そう。そう思い至って消去用の圧縮パンをかけ─────紙に皺が寄るのみで消える気配が欠片もない。

 

「あ、あれ?」

 

 首を傾げ、再度擦るも結果は変わらず。少しボロッちくなった原稿用紙、もといエロ小説、もとい煩悩の固まりはそこに鎮座し続けている。

 不意に自分の手を見ればそこに握られていたのはインク系のペン。冷や汗が頬を伝う。

 慌ててペンケースを見れば消去可能なコークスペンがそこにはあった。冷や汗が脂汗へと変わりじんわりと頭皮を湿らせる。

 これはヤバイ。エロとダンスの信奉者や白黒コンビの黒い方にバレると色々と終わってしまう。

 いや、それ以前にこのクラスの誰に知られても終わる。そう言えるほどに生々しく正に超大作が智の手元には出来上がっていたのだ。

 

(と、とりあえずこれは隠しましょう。大丈夫、新しく原稿用紙をもらえば……………)

「そろそろ出来た頃かしら?それじゃあ読んでもらおっかなぁ…………うん、じゃ、浅間ー、出来てるみたいだし読んでくれる?」

「えええええ!?だ、駄目です!これは駄目なんです‼」

 

 現実は非情である。

 大声を上げながら身を起こした事により余計に周りから視線を集めてしまっていた。皆が興味津々の目を向けてきている。

 その状況が智から冷静な思考を根刮ぎ消し飛ばしてしまう。

 ダラダラと脂汗が滲み、思考はグルグルと回るばかりで実を結ばない。

 

「あ、えっと………………」

「浅間?」

「ッ────これ、作文じゃないんです!」

 

 ショートした思考が導きだしたのはそんな答えだった。

 さすがにオリオトライも面食らったように片眉を上げて渋い表情だ。

 

「それは新説ね。じゃあ、その大作はなんなの?」

「えっと、その、あの」

「………………ま、いいわ。浅間は変り種みたいだし後で見せてもらうわね」

 

 死刑宣告。そもそも、他人に読まれる時点でアウトだ。智は崩れ落ちるように席に座った。

 

「それじゃあ────」

 

 オリオトライの視線は智の隣に座る生徒へと向けられた。

 

「えーっと、鈴?」

「あ、は、…………はい?」

「えっとね、貴女の、読んでも大丈夫?」

 

 その問いに一同気遣わしげな視線を彼女へと向ける。

 再三書いたが、向井・鈴は目が見えない。

 字を書く際はその大半が平仮名であり字を揃えて書くことも難しい。そして自分で書いたものを読むのもスキャン装置を用いてそれをヘッドホン流してから読み上げる、という形だ。

 そんな彼女の前には原稿用紙の束が重ねられていた。

 その数凡そ十枚。その全てにビッシリと文字が並んでいた。大きさはまちまちであり、列も乱れているが、そこに確かに文字は書かれ、鈴の思いを表している。

 

「誰か、お願い、し、します」

 

 自分では読みきれない。故にこの思いを誰かに託す。

 胸の奥に宿す思いを他者に代弁してもらう。それは誰しも抵抗があるだろう。

 それでも鈴は読んでもらうことを選んだのだ。

 

「よし、じゃあ、浅間。代わりに読んであげて」

「えっと、鈴さん、…………良いの?」

「Jud」

 

 鈴は頷き、自身の思いを智へと手渡す。

 

「ば、番号、書いた、から、順番、は、それ、で」

「はい」

 

 智は受け取った原稿用紙を眺め、そしてゆっくりと立ち上がった。小さく息をついて、中へと目を通す。

 確かに拙い、しかし鈴が必死に書いた思いが詰まった文。

 神職である彼女にはこれが祝詞に思えてならなかった。なればこそ、半端は許されない。

 

「代理に奏上いたします」

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 私には好きな人が居ます。

 ずっと昔、まだ私が一人だったときから、居ます。

 ずっと昔の事です。小等部入学式の事でした。

 私は、嫌でした。教導院に行くのが、嫌でした。

 私の家はおとうさんもおかあさんも朝から仕事をしています。

 二人はその日も忙しくしていました。入学式の日です。私は一人でした。

 本当は一緒に居たかった。おめでとうって言って欲しかった。

 悲しかった。だけどおとうさんとおかあさんに心配してほしくなくて泣きませんでした。

 

 ○◇○◇○

 

 教導院は表層部の高いところにあります。

 私の嫌いな階段、ながいながい階段があります。

 私は一人、階段の前に立ってました。周りでははじめて会う人達がおとうさん、おかあさんに手を引かれて登っていきます。

 私は、やっぱり一人で、そこに立ってるだけでした。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

「だけど」

 智は文字に誘われるように読み続ける。

 

「こえが きこえました

 ねえ どうしたの

 ねえ どうして ないてるの」

 

 それは

 

「ランくん でした」

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 私は急に声を掛けられてスゴく驚きました。

 動けなくて、でも何か言わなきゃって思って、けど、何も言えませんでした。

 ただ私が首を振ると嵐君は『ふーん』と短くそう言って私の手を握ってくれました。

 急に手を握られてやっぱり驚いたけど、それとおんなじ位にホッとしたのを覚えてます。

 それから二人で階段の前に立ってました。

 私が『行かないの?』と聞いたら嵐君は『人待ち』と短く答えて何処か遠くを見ていたんだと思います。

 何となくそれが羨ましかった。私は一人だけど嵐君は一人じゃなかったから。

 それからまたちょっと経つと遠くからトーリくんの声とホライゾンの声が聞こえてきました。

 その時、寂しいと思ったのを覚えてます。また、一人になる、って。

 だけど、二人が来ても嵐君は手を繋いでいてくれました。

 トーリくんが嵐君に私の事を聞くと、嵐君は『友達』と言ってくれました。

 ホライゾンが私の名前を嵐君に聞くと、ちょっと焦ったみたいに私に名前を聞いてきて呆れられて、手を繋いでいることにも驚いていました。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

「一緒に行こうと言ってもらえてとても嬉しかった。トーリくんとホライゾンが手を引いてくれて、嵐くんは私の後ろから助けてくれて」

 

 言葉は紡がれる。その光景がありありと目に浮かぶようだ。

 

「いつの間にか、私は一人で階段を登れていました」

 

 止まらず。

 

「3人は側に居てくれて。私と一緒に階段を登ってくれました」

 

 これを聞いた誰もが思う。あの3人なら間違いなくやるのだと。

 

「私は覚えています。風の匂いや桜の散る音。街の響きや空の唸りも、そして人の声も何もかも。気づけば階段を登り終えていました」

 

 鮮明に思い出せる一番の思い出。一番大切で、一番綺麗な思い出だ。

 

「トーリくんとホライゾンが『おめでとう、これからよろしく』と言ってくれて、嵐くんが私の頭を撫でてくれて、皆が階段上から応援してくれて」

 

 そんなこともあったな、と誰かが呟く。

 

「家に帰って、おとうさんとおかあさんにその事を話しました。そしたら私の事を抱き締めて何度も『ゴメンね』と言って、それから『おめでとう』って言ってもらえて、私は泣いてしまいました」

 

 ハラリと原稿用紙は捲られる。

 

「中等部は二階層で階段がありませんでした。高等部は階段が在りますが私は一人で登れました。でも、一度だけ、嵐くんとトーリくんが入学式の一度だけ、手をとってくれました。トーリくんは左手を、嵐くんは私の隣にそれぞれ居てくれました」

 

 一息。

 

「登りきって、昔みたいにトーリくんも嵐くんも皆も居てくれて、けど、ホライゾンが、居ませんでした」

 

 同じだった。始まりのあの日と何も変わらない。だけど大切なピースが足りなかった。

 

「私には好きな人が居ます」

 

 それは

 

「私はトーリくんの事が好き」

 

 続く

 

「ホライゾンの事が好き」

 

 再度

 

「嵐くんの事が好き」

 

 重ね

 

「皆の事が好き」

 

 そして

 

「ホライゾンと一緒に居るトーリくんと嵐くんが一番好き」

 

 

 ◇○◇○◇

 

 

 『おねがいです』

 

 

 ◇○◇○◇

 

 

「私は、もう、一人でも大丈夫です。だから、私の手をとってくれたように」

 

 ガタリとそこで立ち上り、智が言葉を紡ぐその前に、椅子の倒れるその前に

 

「お願い!ホライゾンを助けて……!トーリ君……!嵐君……!」

 

 それは小さな一歩かもしれない。しかし、その一歩こそが世界の明日を変える大いなるモノなのだ。

 

「御願い…………!」

 

 頬を伝う一滴。されどそれで十二分。

 応えるは─────

 

「────おいおいベルさん、ナメちゃあいけねぇよ。もとより俺等はそのつもりだぜ?な、グルグル?」

「ま、やられっぱなしは癪だしな。一発派手にいこうや」

 

 金の鎖と銀の竜。



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13話 ROBⅢ

「トーリ、君……嵐、君…………」

「おう、そうだよー。トーリ君&グルグルだよー」

「どうしたよ、鈴。かわいい顔が台無しだぜ?」

 

 いつもの通り笑うトーリを尻目に膝をついた嵐は鈴の頬を親指で優しく拭う。

 幼い頃より鈴が泣くとこうして嵐は彼女の涙を拭い優しく頭を撫でていた。

 いつもは腰を折る程度だが今回は膝立ち。何となく鈴の成長を感じられる高さだった。

 

「うんうん、やっぱり笑ってる方が良いな」

「──私、も、一人で、大丈夫、だから────」

 

 頭を撫でるために伸ばされた嵐の手を、しかし鈴は逆に掴んだ。

 一瞬、彼が固まる。

 次の瞬間────抱き締められた。

 

「す、鈴!?」

 

 流石に焦る嵐。顔が胸に埋まるのだから当たり前である。

 だが、動揺はすぐに収まっていた。抱き締め返すように鈴の背に腕を回す。

 

「わた、し、大きく、なった、よ?だから、一人でも、平気、だから………!ホライゾン、を助けて……あげて」

「Jud.」

 

 嵐の返事を聞き、鈴は惜しみながらも彼から離れ─────

 

「待った」

 

 出来なかった。

 嵐は小さな鈴を抱き締めて、抱き寄せる。

 

「一人はダメだぜ、鈴。“一緒”に行くんだ」

「え…………」

 

 抱き締めていた鈴から離れ、嵐は顔を付き合わせる。

 

「その、何だ……昨日は悪かった。怒り任せに動きすぎた。結局、しくじったしな」

 

 あの場で怒りに飲まれていなければ、もう少しマシな結果になっていたかもしれないのだ。

 だが、それは既に過去のこと。今は前に進まねばならない。

 それも一人ではなく

 

「だから、な……その、なんだ」

「…………」

 

 歯切れ悪く、言い淀む嵐。周りの目も彼に集まっている。

 因みに突撃しようとしたバカはその前に取り抑えられ、す巻きにされ猿轡を噛まされていた。

 

「ちょっと自分、ブラック珈琲が欲しいで御座るよ」

「奇遇だな点蔵、拙僧もだ」

「…………良いわね」

「ねえシロ君。恋愛映画でも作る?主演はあの二人で良いんじゃないかな?」

「ふむ……利益は出そうだな」

「いや、一応良い場面なんだから少しは自重しなよ君ら」

 

 一同ニヤニヤとした嫌な表情だ。

 彼ら、人の不幸もメシウマだが人の恥ずかしい姿もメシウマなのだ。

 それも基本的に隙の無い嵐の狼狽える姿などメシウマキタコレと歓喜なのだ。

 そのまま脇道にそれる。そう思われたその時、両の手が打ち合わされてオリオトライが皆の視線を教卓へと戻した。

 

「はいはい、嵐?何だかいい話な感じだけど、君授業放棄は厳罰よ?」

 

 ヒラヒラと原稿用紙を揺らして蟀谷に浮かぶはデフォルメされた怒りマーク。

 危機察知能力はピカ一な梅組一同。ちゃっちゃと席についている。

 

「さて、今日の授業内容は言えるかしら?」

「あん?私のしてほしいこと、だろ?」

「分かってるなら書きなさいよ!」

「え?いや、だって、俺は“してほしい”よりは“する”側だし」

「因みに内容は?」

「『俺の手が届く奴を助ける』それと『俺の大切なものを守る』この二つだな」

 

 グッと拳を握って宣言する嵐。彼は本気で言っているのだ。

 そして続ける

 

「その為の10年だったんだ。もう、負けねぇから」

 

 それは誓い。

 10年前伸ばして届かなかった手。昨晩伸ばして取られなかった手。

 今度こそは届かせる、取らせる。

 万感の思い全てを込めた宣言だった。

 オリオトライは数瞬ポカンと呆け、そして吹き出した。そのままケラケラと笑う。

 

「ホント、嵐らしいわ。じゃあ貴方は答えが出たのね?」

「おう。何度そっぽ向かれても手を伸ばす。まあ、意地だわな」

「気づいてる?貴方の発言、何だか告白みたいよ?」

「は?何がだ?」

 

 どうやら素で言っていたらしい。

 因みに先程の発言の後ろに(意味深)と書けば愛の言葉に早変わりである。

 

「おいおい、グルグルー!お前人の女に手ぇ出すのかよぉー!」

「あん?出さねぇよ。つーか、テメェは行く気あんのか?簀巻きにされてんじゃねぇか」

「そうだよ!聞いてくれよグルグル!あいつ等問答無用で俺を縛りやがったんだ!ご丁寧にボールギャグまで着けやがって!」

 

 背中に五月蠅いみのむしを装備した嵐は後ろを振り返る。数人がその視線を断つように目をそらした。

 ため息をついて、彼は友人の縄を解く事もなく前へと向き直った。

 

「で、まあ、どうすっかね」

「何が?」

「バカ、ホライゾン助けに行くんだろうが」

「…………おお!そうだな!」

 

 直後、鈍い音が響き、ついでに教室の壁が一部崩壊した。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

「おう、こら、大バカ。この状況、端的に言ってみい」

 

 いつもの優男な面にデフォルメされた怒りマークを浮かべた嵐は先程折檻したトーリを教卓へと座らせて凄んでいた。

 

「えっと、大体、手詰まりなのは解ってるんだ!」

「どう手詰まりなんだ?説明してみい」

 

 問われ、トーリは右の人差し指を立て、口を開き、

 

「─────」

「おい、こら、こっち見ろや」

「あ、あははは…………グ、グルグル顔怖いぞ?」

「頭のテメェが分かってねぇと動けねぇだろうが!!」

 

 面と向かって顔を付き合わせた状態からのヘッドバット。

 ゴツッと鈍い音が響いて額から煙を上げてトーリは伸びてしまう。

 

「もういっぺん聞くぞ?どこまで分かってる?」

「い、いや、だからさ────」

 

 未だにクラクラとしているトーリがしどろもどろに答えれば嵐の蟀谷に青筋が浮かぶ。彼の背中しか見えないクラス一同はその背から立ち上る黒いオーラに寒気が止まらないでいた。

 

「おぅふ、ゾクゾクしてきたな」

「おう、そうか。タコ殴りにすんぞ大バカ」

「くそう!ちょっと待てよ!筋肉達磨!手詰まりってことは分かってんだから部分点ぐらい貰えるだろ!」

 

 必死の抵抗としてトーリが皆に問えば全員が顔を見合わせ、嵐をちらっと見てまばらな拍手が出た。ついでにヒソヒソと話し出す。

 

「馬鹿なのに、手詰まりということは理解してるぞ」

「実はこの問題、…………チョロいんじゃねえ?」

「オッパイ会話じゃないトーリ君の話は新鮮ですよね…………」

「あれじゃね?嵐の頭突きで変なスイッチ入ったとか」

「それだ!」

「それだ、じゃねぇよバカ共。だったら一人一発かましてやろうか?」

 

 ギロリと振り向く嵐。優男の癖にこういう仕草は恐ろしい。

 そこに待ったをかけるは我らが総長だ。

 

「まあ、落ち着けよグルグル。ぶっちゃけ手詰まりってのは分かるんだけどよ。ここからどうすれば良いのかさっぱり分からねぇんだ」

「…………まあ、な。最悪、俺一人特攻かましてそのままフケるってのも案には…………」

「ならねぇから!」

 

 本当にやりかねない嵐の提案は満場一致否決された。

 仮にホライゾンを救えたとしてもその後が単に戦争するよりもヤバすぎる。下手すれば世界VS嵐という馬鹿げた事になりかねない。

 そんなことは誰も望まないのだ。

 

「んじゃ、案出せよな。下らねぇ事でグチグチ言い続けるなんて俺等らしくねぇだろ」

 

 嵐は不敵に笑ってみせた。

 そもそも、とれる手段など総長がバカの時点で決まっているようなものなのだ。

 

「ふん、筋肉バカ。ならば問おうか。私たちに今足りないものは何だ?」

「あん?そりゃあれだろ。……………権力?」

「あながち間違いではない。ならばそれを取り戻すにはどうする」

「偉いやつをぶん殴って脅す」

「ヤクザかよ!?」

 

 全員の突っ込み、脳筋は首をかしげる。強ち間違いとも言えないこともないのだ。

 権力とは確かに多くの人々を屈服させるが、例えば即物的な暴力には弱いのだ。つまりは権力に屈しない暴力的な相手には滅法弱い。

 そして五十嵐・嵐という男はこの武蔵でも屈指の武力保持者にして上層部にたいして媚び諂わないまさしく前述の事を体現した男だった。

 

「ダメか?王様程度なら秒で捻れると思うんだが?」

「却下だ筋肉バカ。ハァ……正直期待はしないがトーリ、お前にも聞いておくか」

「何だよシロ!言っとくけどグルグルと一緒にすんなよな!」

「いや、お前が嵐よりもマシな意見を出せるとは私も思ってない」

「あ!ナメんなよ!あれだ!臨時生徒会を開けば良いんだけど、セージュンしか権力無いから開けないんだろ!」

 

 話聞いてから余裕だぜ!と得意気なトーリ。周りも驚きを禁じ得ない。

 バカが理解している、と。

 

「やっぱり脅した方が早いだろ。待ってろ、10分せんうちに帰ってくるから」

「落ち着きなさい、嵐。貴方達にもやれることが有るんだから。その案は最終の後がない時に使いなさいよ」

「んじゃ、案をくれよ先生。ほら、亀の甲より年のこべっ!?」

 

 言いきる前にフルスイングを叩き込まれ嵐は壁突き破って隣の教室へと消えていった。

 二度目の壁破壊、隣の部屋からは三要先生の悲鳴が聞こえた。

 

「ほらー、シロジロー?答えを言いなさい、じゃないと貴方も前衛アートよー?」

 

 オリオトライ、(怒)である。

 まあ、基本的に殴られるのはバカやったトーリかアッサリと地雷を踏み抜く嵐位のものなのだが。前者はボケ術式が、後者は単純な肉体強度のお陰で大ケガを負うこともない。

 

「おー、イテテ…………先生少しは加減しろよな。三要先生驚いてたぞ」

「ちょっと黙ってなさい、嵐。さて、シロジロ。その案をこの馬鹿二人にも分かるように説明したげなさい」

「釈然としないが……金にもならん。だが、Jud.。私とて殴られるのは勘弁願うのでな」

 

 ビシリと馬鹿二人へと指を突きつけシロジロは朗々と語るべく口を開いた。

 

「簡単な話だ。本多・正純副会長の不信任決議を起こせば良い。それならば此方に権力が無くとも臨時生徒会の場へと引きずり出すことが出来る」

「てーと、何だ?…………えっと、相対だったか?」

「そうなるな。やれやれ授業料でも取るべきか?」

「おいおーい、ちょっと空気が堅すぎね?」

「今は真面目な時だろうが。少しは大人しくしやがれ大バカ」

「何だよ何だよ!グルグル!お前だってどっちかってぇと馬鹿の方だろ!」

「お前に言われたくねぇよ!あんまり口が減らねぇなら簀巻きにして吊るすぞ!」

「やってみろー!!!」

 

 そこで何故だかトーリは服を脱ぎ出した。それも1枚1枚ではなく脱皮のごとく一気にだ。

 

「見ろ!グルグル!この肉体美!」

「粗末なモン見せてんじゃねぇえええーーー!!!」

 

 三度目の壁破壊と相成った。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 世界を敵にまわしても

 通したい、意地があったから

 配点(闘争)



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14話 ROBⅣ

 強くあれ

 ただ只管に強くあれ

 さすれば何モノも失わぬ

 配点(逃道)

 

 

 ◇■■■◇■■■◇

 

 

 極東における最強。それは挙げるとするならば“東国最強”そして“西国最強”。この両名だろう。

 強いからこそ名声を得て、だからこそ“最強”と呼ばれるのだ。

 アリアダスト教導院図書室。そこには幾つかの人影が集まっていた。

 

「即座に臨時生徒会の開催提案を取り消すべきだ」

 

 話を切り出したのはこの武蔵の警備隊副隊長を務める体格の良い青年だ。

 向き合うのは交渉事に一日之長がある会計であり守銭奴であり商人であるシロジロ。

 彼らの間には中立としてビデオカメラを持たされた三要の姿もあった。

 

「君達のクラスでどのような話があったのかは報告を聞いて知っている。その上で止めろと言っているんだ」

「金になる理由なのだろうな?」

「第一に兵力差だ。武蔵に武装の類いが無いのだから明らかだ。第二に“西国最強”に勝る手札がこちらにない。以上を踏まえても君達は戦う気なのか?負ければ極東は完全支配を受けることになるんだぞ!」

 

 叩きつけられた拳により机は軋みをあげ、図書室に音が反響していく。

 明確な焦りを目の前で見せられたシロジロは、だがしかし、全くもっていつも通りの仏頂面だ。

 

「第一の理由は分からんでもない。だが第二の理由に関しては疑問だな。中身がハッキリせん」

「我々の隊長ですら歯が立たなかったんだ!“東国最強”本多・忠勝殿より修練を受け、それでも敵わない相手に君達は勝算が有るのか!?」

「…………あるとも」

「な……!?」

 

 冷や水のごとき肯定。

 さすがに青年もその言葉に絶句してしまい目を見開いた。

 警備隊にとって隊長たる本多・二代は間違いなく強者であり、最強に近い信奉をもって慕っている相手だ。

 そんな彼女よりも強い、と断言される存在。

 そこで青年は思い至る。

 

「まさか…………“悪鬼纏身”か?」

「その通り」

「それこそ論外だ!彼は十年前を境に鎧を封じているじゃないか!そんな彼が隊長よりも強いなどあり得ん!!」

「何とでも言うがいい。これは事実だ」

 

 シロジロは不敵に笑むばかり。

 それがあまりにも不気味に思える。少なくとも“悪鬼纏身”の10年を知らない青年からすれば不可解極まりない事だ。

 

「…………仮に悪鬼纏身が強いとして、その上で何故、戦う?君達の旧友であるホライゾンを救うためか?」

「それもある。が、もう一つハッキリせねばならない」

 

 シロジロは指をたて言葉を選びながら目の前の警備隊の代表たちを見定める。

 これは得難い相手だ。故に軽々しくは乗ってこない。

 ならば、どうするか。

 とりあえず現状を教える。

 

「近々、極東は大戦に見舞われるだろう」

「何……?」

「元信公は言っていただろう?大罪武装を“集めろ”と。手段は問われていない。ならば、だ。各国は虎の子とも言える大罪武装をそう易々と他国へ渡したりはしないだろう。話し合いで取引も出来ない。なら、最後に行き着くのは軍事的なやり取り、つまりは戦争だ」

「……ならばそれこそ」

「抗うのは無駄、か?それこそ金にならん。私達のとれるのは進んで激突していくか、停まって沈むかのどちらかだ」

 

 進めばその先何があるかは分からない。停まれば一時的な安全を得て、その後は…………

 そこでシロジロは前へと身を乗り出す。

 

「学生に対するのは学生だ。そして暫定議会と王は最後の説得の為に私達のもとに自分達の手先を送り込んでくるだろう」

「生徒副会長、本多・正純、か?」

「知っているなら話は早い。アイツをどうにかしてこちら側に引きずり込む」

「そして?」

「こちらの代表として立て─────聖連と対決する」

 

 ここで言葉を切り、シロジロは撮影機材を意識するように再び言葉を紡ぐ。

 

「今の生徒会副会長は聖連の手先だ。そして、聖連の言い分が正しいなら私達に万に一つも勝ち目はない。だがもし、私達が副会長に勝つならば────それは聖連を負かすことも可能という事だろう」

 

 言い切った。

 

 

 ■◇◇◇■◇◇◇■

 

 

 正純は人影の少ない街を小走りに進んでいく。

 足は進めど頭のなかでは様々な思考があっちこっちに飛びつつ、同じことを何度も考えている。

 武蔵に帰化していない人々は今、連絡船に乗り火種になりかねないこの場より離れていた。

 隣人が離れていけば動揺が生まれる。そしていつしか武蔵の譲渡が必然という空気が生まれる。

 そこまで思考が至り─────正純は首を横に振った。

 確かにそうかもしれない。だが、同時に知っているのだ。

 

「それを是としない連中が居る」

 

 自分の役割はそいつらの説得。もとい屈服。

 それが大人たちの出した結論。子供の駄々には付き合えない。

 と、余裕のある風な言い方にしてみたが結局は保身の意見だ。

 確かに他者の命も握っているのだから迂闊な事は出来ないだろう。

 正純としてもそれは理解出来る。が、それを自身の本心にしっかりと据えることは出来なかった。故に悶々と考え続ける。

 

「────直政」

「よう。何だいミトも一緒かい?」

「Jud.そう言う貴女方もこれから教導院ではしゃいでる方たちを諌めに行くのでしょう?」

 

 集結する3人。

 機関部、騎士階級、政治家。

 何故だろうパーティとしてはアレなのだがこれから魔王に挑む勇者的な雰囲気がある。

 敵だろうって?

 バカ、筋肉ゴリラ、守銭奴、百合ップル、脳内ピンク、ズドン巫女、パシり忍者etc.etc.

 これらを彼女たちは相手しなければならないのだ。どちらが手強いか。

 

「二人とも、どうしたいんだ?」

「あたしら機関部は武蔵が帰化しちまえばお払い箱だろうからね。確かめるのさ」

「私は騎士として知らなければならないことがあるんです」

「そう言う、正純はどうする気だ?随分と顔色が悪いように見えるさね」

「…………私は暫定議会派だ。主張は、無い」

 

 それはどこか戒める様な口調だった。

 それ以上の会話はなく3人は階段を登り、そして

 

「お、重い…………!」

「動けねぇ……!」

 

 カーテンに巻かれたバカと俯せに倒れ全身に加重術式が施されピクリとも動けない筋肉達磨の姿を目にする事となる。

 

「…………何だいあんたらそのカーテンに巻かれたトーリみたいな塊と重力に叩き潰された蛙みたいな嵐みたいな物体は」

「ああ─────これは春巻と折檻だ」

 

 

 ■◇◇◇◇■◇◇◇◇

 

 

 比較的マジメな態度で話し合いの場を儲ける筈がやはりギャグに飛んでしまうのは梅組クオリティというものか。

 

「違ぇーーーよ!!巻き寿司だから!海苔!……は白いからライスペーパーって事でファイナルアンサー!?」

「げ、激重……!も、モツが……!モツが、出る……!」

 

 ビッタンビッタンとその場で跳ねる自称巻き寿司と最大クラスの武神が乗ることと同義以上の負荷を全身に掛けられ指先一つ動かないバカ。

 

「おい、ホントに大丈夫なのか?トーリはともかく嵐は…………顔が青いぞ?」

「問題ない。そこの春巻「巻き寿司だ!」…………はともかくそこの脳筋は押さえ付けておかないと一人で行きかねないんでな」

「んな……訳、ねぇだろ……!アレだ……!威力偵察……ってやつ!」

「それで鎧を纏っていくから止めたのだろう?」

「い、いや、奥の手使えば……!」

「戦争前に奥の手使うとかバカか貴様は。浅間、重しの追加だ、埋めてしまえ」

「待って……!?謝る!謝るから!それは何とぞご容赦ください!ゲピュッ!?」

 

 必死の形相で顔をあげて懇願し、次の瞬間更なる加重で嵐は橋に体の前半分が埋まった。

 

「ワッハハハ!!!無様だなグルグルー!」

「べ、べべぇぼ……ババンベェバボ……!(て、てめぇも……変わんねぇだろ……!)」

 

 五十歩百歩を地で行く二人を放置して、3人と一団は相対していた。

 

「ここで改めて自己紹介と行こう」

 

 3人の内、中央の一人が手袋に包まれた手を挙げる。

 

「武蔵アリアダスト教導院副会長、本多・正純。そちらの臨時生徒総会を認めた上で、全校生徒への提案に来た。こちら、機関部代表の直政と、騎士階級代表のネイト・ミトツダイラも参考人として来てもらっている」

「元会計のシロジロ・ベルトーニだ。挨拶を受けよう。既に全生徒の暫定代表権は得ている。後は我々と相対で決定していい、とな」

 

 言ってシロジロは後ろからなにかをひっ掴んで持ってくる。

 

「ばっ、シロ!まだ帯締めてねぇって!最初から脱げてたら面白くないだろ!?」

「やかましい。トーリ、金のために一応は貴様が必要なんだ。少しは働け“不可能男”。お前が権限さえ奪われてなければトップダウン制でこんな面倒な手続きなど踏まずに済んでるんだぞ。金も余計にかかっている」

「ちょっ、痛い痛い!うおっ!転ける!転けるって!?」

 

 ジタバタと暴れるトーリにさしもの正純も頬が緩みそうになる。

 それをどうにか抑え込んでシロジロへと問い掛けた。

 

「臨時生徒総会の議題は私の不信任決議で良いんだな?」

「Jud.。こちらを武蔵側、お前たちを聖連側として相対をもってこの場を決する」

「…………お前たちはそれが周りにどれだけの被害を被るか分かっているか?」

「このバカは知らんが。少なくとも、私はこの決定で利益が上回ると試算している」

 

 言い切った。あの金の亡者であり守銭奴の教本のような男であるシロジロが確かに利益があると予想したのだ。

 とはいえそれだけを理由にこの相対を終えることは出来ない。

 周りでも少し離れているがこちらの動向を伺う者達も多数居ることであるし、短絡的な解決は成せないのだ。

 

「ならば相対を始めようか。互いに3人の代表をたて、2勝先取した時点で決着とする。聖連側が勝てばホライゾンの自害を認めて、武蔵の譲渡をする。武蔵側が勝てば────」

「ホライゾンの救出へと向かう。それでいい。相対の方法は、戦闘も交渉も、他の勝負であろうと、何でもありだ。どんな方法であれ聖連側は“刃向かうことの無意味”を知らせ、武蔵側は“抗う方法があること”示せばいい」

 

 シロジロの言葉に正純は頷いた。

 

「ならば一番手は───」

「────一番手はあたしが貰うよ」

 

 正純が問う前に直政が半歩前へと出ていた。

 

「あたしら機関部はどちらかと言えばそっち側さ。何せ武蔵が委譲しちまえば職を失うしね。けど────」

 

 直政は拳を握る。

 

「何の力もなくて、それこそたった一人におんぶに抱っこで戦争を挑むってんなら、看過できないんだよ」

 

 彼女が見据えるのは未だに突っ伏して体が半分埋まったままの白黒頭だ。

 

「各国が持つ戦闘力の内、戦場の代表格ってのは何だい?航空艦?機竜?機動殻?それとも騎士?否、機関部としてはこう言いたいさ。────そうじゃない、と」

 

 握った拳を掲げ、口の端から紫煙を空へと燻らせる。

 

「泰造爺!寄越しておくれ!!」

「任せておけよ!」

 

 いつの間にか階段の下に集まっていた作業服姿の一団。

 彼等は直政と同じく左手を掲げており、その前には鉄色の表示枠が浮かぶ。

 

『射出許可』

「接続!!!!」

 

 直政と、彼等の握り拳が表示枠に叩きつけられた。

 歪に歪み光となって砕ける表示枠。同時に中央前艦武蔵野の機関部から凄まじい勢いで何かが空へと飛んだ。

 既に空高く舞い、視線で追おうともハッキリとは分からない。点として捉えるのみだ。

 

「あたしの走狗はちょっと特殊でね。まあ、少し考えれば分かるだろうけど。その答えをちょっとした社会見学で教えてやるさね」

 

 そしてソレはやって来た。

 風を大量に巻き込み、着地衝撃緩和の鳥居型紋章に轟音をたてて着地し、仁王立ちする赤と黒のカラーリング衣装を纏った女性型の鉄巨人。

 重武神だった。

 

「“地摺朱雀”。あたしが地上にいた頃に武神の破片やらの寄せ集め。出自は、戦闘系だから機関部の重武神作業班の中でも勝てるヤツぁいない」

 

 そう言い直政が右手を掲げれば呼応するように武神の目に光が宿った。

 

「さて、武神とサシでやれる人間なんてそれこそ英雄クラス────それこそ向こうの立花・宗茂や教皇総長という八大竜王や、ガリレオクラスだろ。こっちで言うならミトがそうかね?だけど聖連に刃向かうならそのレベルの奴が居なけりゃ話になら無い。どうだい?コイツとやれるヤツは居るかい?」

 

 直政の声に誰もが口をつぐむ。そんな中で響いた軋む音。

 一斉にそちらを見れば

 

「おっし……!俺が、やろうか……!」

 

 先ほどまで加重に潰されていた嵐が立ち上り不敵に笑んでいた。とはいえ未だに加重は解かれていない。その蟀谷には青筋が浮かび、袖をまくった両腕含めて全身が膨れるほどに力を込めて漸くその場に立つ限りだ。

 

「て、事で智、そろそろ俺の術式解いたり…………」

「?」

「いや、何でイイ笑顔で首傾げるんだよ……!?ここは俺が出る流れだろ!?」

「落ち着け筋肉バカ。貴様が出ればこの相対は意味が無くなる」

 

 シロジロは頭痛いという風にため息をつき再び口を開く。

 

「直政の言葉を忘れたか?“一人におんぶに抱っこ”というのは貴様の事だ」

「いや、でもよ…………」

「まあカッカするなよグルグル。大丈夫だって。お前の代わりにシロが行くから」

「え?」

 

 皆が首をかしげ、そしてその言葉を理解すると同時に慌てた様子で点蔵が一団より飛び出してきた。

 

「ト、トーリ殿!?ぶっちゃけ勢い全開でこっち潰しに来てる直政殿に商人全開のベルトーニ殿はどうかと思うで御座るよ!いったいどんな思惑があっての事で御座るか!?」

「ああ、分かってるだろ点蔵─────私怨だ」

「さ、最悪!この人最悪で御座るよ!?まだ、嵐殿におんぶに抱っこの方が幾分かましに御座る!!」

「だってこの鬼畜商人、ことあるごとに俺にひどいこと言うじゃん?たまにはひどい目に遭うのも仕方ないよね!」

「ほう、つまり勝てば、私の言動は正当化出来るということか」

「あれ?オマエ何かスッゲェやる気になってね?」

「しょ、正気かシロジロ……!俺が出た方が……!」

「リスクは大きいが此の分リターンも大きいのでな。機関部の信頼と我々が武神相手に戦える証明が買えるのなら、この相対は安いものだ。更にバカをバカに出来る特典までついてくる」

 

 シロジロは二人の肩を叩いて前へと歩みでて直政の正面五メートル程の場所で止まった。

 

「直政、術式による契約のために、ハイディの仲介支援を用いる。文句はないな?」

「Jud.。商人で会計なあんたが武神相手にどう立ち回るのかお手並み拝見さね」

 

 直政は飛び上がり、地摺朱雀が差し出した左腕へと跳躍。

 

「────派手に行くよ!!!」

 

 腰を回した武神の拳が振るわれ辺りに激震として衝撃が駆け抜ける。



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15話 ROB Ⅴ

 午後の空の下、小鳥の飛びそうな天気に響く重い金属音。

 その発信源は教導院前の橋の上。

 重武神である地摺朱雀の文字通り、鉄の拳が蒸気をあげるその巨体より放たれたのだ。

 仮に何の対策も施さなければ生物などミンチになりかねない。

 

「……一体どんな術式を使ったことやら」

 

 呆れたように呟く直政。その視線の先は地摺朱雀の拳圧によって巻き起こっていた土煙に居るであろう人物に向けられたままだ。

 

「無事……?」

 

 誰が言ったか、そんな言葉。

 風が土煙を遠くへと運び視界が戻れば、そこではシロジロが両の腕を交差させて鉄の拳を受け止めている姿があった。

 そう“受け止めた”。

 前に踏み出し腰を回して放たれた重武神の拳を伸びきる前に止めていたのだ。

 

「いったいどういう術式だい?」

「私が契約している神はサンクトは稲荷神の商業神だ。効力は神々の間のやり取りに金銭を挟めることだ」

 

 そしてシロジロは背後を顎で指し示す。

 そこは教導院の昇降口、床に座る多数の人影が群としてそこに居た。

 

「警護隊副隊長、以下150名─────彼らの警護隊としての力を“レンタル”しているということだ」

 

 それを引き継ぐようにハイディが口を開いた。

 

「警護隊の“労働力”を一括時給払いで借り受けたのね。契約外の神々の加護を仲介取引するのとやり方は同じだね。時給換算五千円に仲介料の倍払いで一万。それが百五十人分だから一時間で150万。────シロ君、ちゃんと使ってね?これ、急ぎだからポケットマネーだし」

「経費で落ちないか?」

「んー、警護隊に領収証切って貰って生徒会予算の雑費で処理した方が良いかも」

「Jud。総長連合の予算とも折半するように頼む、さて────」

 

 シロジロは再び直政へと向き直った。

 

「今、私は百五十人の警護隊の力を一点集中出来る。重量換算すれば一人七十キロとして約十、五トンと言った所か。十トンクラスの貴様の重武神に対して十分だろう」

 

 言い切ると同時にシロジロの両手足に長いアーマー型の鳥居型の紋章が浮かび上がった。

 

「────対等に見えるか?」

「そうだね」

 

 直政は地摺朱雀の両の腕を引戻し腰に回すと2本の長いレンチを取り出した。

 一度それらを回し

 

「だったら勝負といこうじゃないか!!!」

 

 直政の言葉と共に、地摺朱雀が打撃を放った。

 

 

 ◇■■■◇■■■◇

 

 

 鉄の音が町に響き渡っていた。

 場所は自然公園を離れた奥多摩左舷後方付近の市街。

 片や巨大な鉄巨人、片や人としては長身だが痩躯である制服。

 その二つが先程から真っ正面でぶつかり合っていたのだ。

 街への被害は気にせずにぶつかっている。ハイディが手を回してその点の安全策を講じているためだ。

 

「シロジロ!!」

 

 そんな打撃の嵐の中に響く直政の声。呼び掛けだが拳を収める気は無いらしく踏み込みながらだ。

 

「あんたは何でそっち側で力を振るってるんだい!」

「知れたこと、利益の為だ」

「聖連の支配を受けてもあんたの手腕なら生活安泰だろうけどね!」

「逆に聞こう、直政。貴様は何故そちら側だ?」

「最初に言ったろ!力を見るためさ!」

 

 ガキリ、と二人は離れて睨み合う。

 

「あたしら機関部は武蔵が移譲されれば最終点検の後はお払い箱さ」

「ああ聞いた、その上でこちらも問う。本当にそれだけか?」

「なにが言いたい」

 

 二人の会話。その間に拳は交じらない。

 

「ふん。こちらは商談絡みで人の顔色を読み取るのは必須でな。直政、お前からは別の意思を感じた」

「…………ふぅ、やりづらいね。─────────ああ、そうさ。あたしの戦う理由はそれだけじゃない。言ったろ?一人におんぶに抱っこは許さない」

 

 義手の右手を突きつける直政。併せるように地摺朱雀も右腕をあげてレンチをシロジロへと向けた。

 

「あたしらがアイツから泣く時間を奪ったんだ。トーリ、喜美、あの二人を合わせても嵐のホライゾンとの付き合いは遜色無いほどさ」

 

 直政の語ることは皆が知っている事だ。

 

「ホライゾンが死んで、皆が泣いてるとき。あいつ一人泣かなかった。手を握って、手のひらに爪が突き立って血が流れても、アイツは泣かなかった」

「それは…………」

「分かるだろ?嵐だって泣きたかった筈だ。けどその前にあたしらが崩れた。だからアイツは…………あんな馬鹿げた特訓を始めたんだ!」

 

 最後は叫ぶような口調になっていた。

 常軌を逸した加重術式より始り、その他筋トレと千本組手etc.。

 人間のやるようなもの、それどころか生きてるモノがやるような鍛練ではない。

 始めた当初など術式だけで圧死しかけ、筋トレのしすぎで筋肉は至るところが切れ、組手では自分よりも格上の相手をシュミレートした木偶を相手にし、骨は全身至るところがへし折られ、血反吐をぶちまけた事など数えることが億劫なほどだ。

 全員が最低でも5回は止めろと言った。トップは喜美と鈴の27回。

 だが、止まらなかった。止まれなかった。

 

「アイツは誓っちまったのさ!神の前で!誓いをたてたのさ!あたし達を守ると!その為には手段を選ばないと!」

「…………」

「戦争を始めれば間違いなく嵐は前線に立つ!腕が飛ぼうが、足が飛ぼうが戦うだろうさ!血反吐を吐いて、それでも戦うだろうさ!あたしらを守るために!!!」

 

 直政の言葉は的を射ていた。

 今も現在進行形で折檻を食らっている嵐は威力偵察等と言っていたが、本気で相手を叩き潰すつもりでいたのだ。

 因みにそれがバレた直後にイイ笑顔の巫女にズドンとやられていたりする。

 さて、場面は戻るが未だに相対は未だに続いているのだ。

 

「それが貴様の理由か?」

「ああ、そうさ。あいつ一人に背負わせるならここであたしが止めてやるよ」

「そうか………………1つ、訂正を入れさせてもらおうか」

「なんさね」

「あの筋肉バカがそう易々と死ぬと思うのか?」

「…………死ぬときは人は簡単に死ぬもんさね」

「ふむ、一理ある……がやはり納得できんな。──────ハイディ!」

 

 シロジロは表示枠を呼び出し叫んだ。

 そこに映るのは呼ばれたハイディと橋に若干埋まった嵐の姿。

 

「アレをやる」

『いいのー?』

「構わん。今回ばかりは金に糸目はつけん」

『Jud.ランちゃーん、生きてるー?』

『ば…………ばんぼが……(な…………なんとか……)』

『とりあえず、起きてくれる?そしたらこれにサインしてね?』

『…………ッ!!オオオッ!!』

 

 全身に力を込めて起き上がる嵐。腕が先ずあがり掌が橋に若干めり込み上体が持ち上げられる。

 その状態の彼の前にハイディは1つの表示枠を提示した。

 今の嵐にそれら全てを確認する術などある筈もなく、震える右手を持ち上げて、表示枠へと叩き付けた。

 

『契約成立だねー。シロくーん、いつでも良いよー!』

「Jud.。値段はどうだ」

『勿論、ローリスクハイリターン!』

「完璧だな」

「いったい何を…………!?」

 

 直政が問う前にその答えは出てしまう。

 表示枠を消したシロジロの力が明らかに増していたのだ。彼を包むように渦巻く所々に朱の入り雑じる白銀のオーラ。

 オーラはその姿を徐々に徐々に変えていき、やがて1つの形をとる。

 

「竜……!」

「ほう、これが嵐の力の一端か」

 

 対面する直政は勿論、シロジロも少々驚いた様子を見せる。

 シロジロを包むように顕現している朧気ながらも力強さを感じる白銀の竜はどんどん肥大化していき、それは地摺朱雀と殆んど同格の大きさにまでなっていた。

 

 

 ◇■■■◇■■■◇

 

 

「デカイ…………!」

 

 誰かが呟く。相対している者達からも徐々に大きくなる半透明の巨大な白銀の竜は確認できていた。

 同時に感じる禍々しいオーラ。圧倒的な破壊の雰囲気。

 

「ハイディ……!これって」

「一時的な力の貸借だね。さっきの契約の内容は警護隊の人達のと似てるけど、これは力の一部を借りるって契約」

「つまりアレは嵐殿の力の一部と言うことで御座るか?」

「そうなるかなあ。私もシロ君もちょっと予想外だけどね」

 

 現在、シロジロが嵐より金銭契約で借り受けているのは凡そ全体の五十分の一以下だ。

 それだけで立ち上るオーラがこれほど大きいとは思ってもみなかった。

 ハイディはチラリと契約と同時に再び突っ伏してしまった嵐へと視線を送る。

 未だに呻きながら重さと格闘するその姿にアレほどの力が在るようには到底見えないのだ。

 しかし、契約の内容は絶対。神を通しているのだから、瑕疵は無い。

 

「浅間殿、嵐殿の力はどういうものに御座る?」

 

 この中でこの状況を理解できているであろう智へと点蔵が問う。周りの視線も彼女へと集まる。

 応えるように口を開く。

 

「嵐君が悪鬼纏身の保持者なのは知ってますよね?」

 

 問えば、知っている、といった返事が返ってきた。

 

「悪鬼纏身は字のとおり身に纏うことで効果を発揮するものです」

「鎧だもんね。纏わなきゃ意味がない」

「Jud.。そして悪鬼纏身は身を守るだけじゃなくて色んな効果を使用者に与えたくれるんです。その一つに力、つまりは身体能力向上の効果もあるんです」

 

 指を1つ立てて更に続ける。

 

「ハイディが言ったとおり力の一部を借りるってことは嵐君の力だけじゃなくて、その悪鬼纏身の力も一部流れるって事。多分、嵐君の身体能力と悪鬼纏身の身体能力向上が合わさってるからさっきまでの契約よりも強い筈ですよ」

 

 智の言葉が真実ならば、百五十人の警護隊よりも素の嵐が強いと言うことになってしまうのだが、生憎と誰も突っ込みは入れなかった。

 白銀の竜が動いたからだ。

 

 

 ◇■■■◇■■■◇

 

 

「ッ!出鱈目すぎやしないかい!?」

「文句は嵐の奴に言え、これはアイツの力の一部だからな」

 

 戦局は完全に逆転していた。膨脹していたオーラはシロジロが攻撃に移る直前に急激に収縮していき、半透明のオーラの鎧となっていたのだ。まあ、鎧と言っても彼の周りを覆い、時折朱が駆けるだけなのだが。

 だが、その効果は凄まじい。先程まで互角だった“力”に関して、完全にシロジロが押していたのだ。

 

「成る程、アイツが使いたがらない訳だな。一撃が重すぎる」

「くっ……!」

 

 レンチを片手で押し止め、空いた手を顎にやりシロジロは呟く。まさしく余裕だ。

 そしてニヤリと笑った。

 

「分かるか、直政。これは嵐の力の一部だが、それでこの力だ。私は借り物だが、本人が振るえば更に強いだろう」

「…………」

「貴様はアイツが死ぬことを危惧していたが、少なくとも武神相手で単騎でやり合おうともアイツは死なない」

「…………かも、ね………………はぁ……何だかアホらしくなってきたさね」

 

 地摺朱雀は既にベコベコに凹んだレンチを下ろした。

 間違いなくこのまま続けていれば地摺朱雀がジャンクへと変えられていたことだろう。

 

「機関部は何をすればいいんだい?」

「今まで通りだ。金を集めるにも、戦争するにも足がいる。機関部にはこれまでの通りに武蔵の運行に尽力してもらいたい」

 

 この会話により最初の相対は幕を下ろした。武蔵側の先ず一勝だ。

 

 

 ◇■■■◇■■■◇

 

 

 一戦目の軍配は武蔵側へと挙がり、次の相対となる。

 騎士階級の代表であるネイト、対するは─────

 

「……皆様、何してますの?」

「ちょっとタイム!考えタイムだからチョーーーーーッと待ってくれ!」

 

 梅組の面々は仰向けに向き直り再び橋に埋まった嵐を囲むように頭付き合わせて円陣を組んでいた。

 

「どうする?ネイト、かなりノリノリ何だけど?下手したら直政よりやる気じゃね?」

「…………自分、一応毒持ってるで御座るし、使ってみるで御座るか?」

「それよりもミトは中~近距離系ですし、ここは私が遠距離からズドンと」

「拙僧が思うにシロジロが戻ってきてから銀弾を調達してだな…………」

「二人一組で良いならナイちゃんがガッちゃんと空から安全に…………」

「俺!俺でたい!いい加減に加重地獄は飽きた!」

「「却下」」

「何でや!」

 

 割りと真面目にネイトを倒すための算段をたてている件について。

 声が大きいため倒される算段を突きつけられる当人は黒い気持ちが胸を占拠していた。

 

「─────あの、早くしてくださいませんこと!?」

 

 ついでに、輪から外れている寂しさがほんのちょっぴり在ったりする。

 とにかく女騎士の要求に答えるべく皆は改めて額付き合わせて唸る。

 そのなかで、トーリがヨシと呟いた。

 

「いいこと考えた。点蔵────土下座してこい」

「も、目的の無い土下座はダメに御座るよ!?特にミトツダイラ殿はあまりギャグ通用しないで御座るから簡単に土下っちゃ駄目え────」

「やっぱ俺だろ!出せ!」

「「却下」」

「にべもねぇ!?何でだよ!」

「嵐君、正面からミトを殴れます?」

「………………」

「こっち見なさい」

 

 嵐、全力で目を逸らす。

 先程の直政戦ならまだしも生身のネイトを殴ることなど彼にできる筈もないのだ。

 分かっているからこそ、皆は彼の提案を却下する。

 

「ならば、拙僧が出よう。もしもホライゾンの救出が叶うならば戦えんのでな」

「あの、自分も従士ですので無理です」

「仕事持ちって大変なんだなぁ…………やっぱ、点蔵土下座だろ」

「戻ってきたで御座る!?さっきウッキー殿が逝くって言ったで御座るよ!」

「まて、点蔵。明らかに字がおかしいだろう。拙僧、行くとは言ったが逝くとは欠片も行ってないぞ」

「でも、拙僧半竜考えてみなさいよ。ミトツダイラの鎖でズドンやられて平気なの?」

「………………」

「こっち見なさいよ」

 

 知っているからこそ出来ないこともある。

 例えば、シロジロに金を借りる、嵐に物理的に喧嘩を売る、等々。前者は尻の毛まで抜かれ、後者は物理的に地獄に叩き落とされる。

 ネイトもその類いだ。梅組の中でも戦闘能力は高い方。

 正直に言って正面からかち合うなど出来ない。

 あーでもない、こーでもないと話があっちこっち、跳んで跳ねて、逸れて流れて、漸く結論がでる。

 

「よしっ」

 

 トーリの声がしてスクラムが割れた。

 ネイトも漸く、といった感じで向き直り─────そして絶句し立ち尽くしてしまう。

 相手。相対の相手は拙僧半竜でも、なければ、パシリ忍者でも、ズドン巫女でも、白黒頭でも、なく────

 

「………………えっ?」

 

 鈴だった。



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ROBⅥ

長々と間を開けてしまい申し訳ありませんでした!

それもこれもブラック企業が悪いんです、はい
今後も細々と更新できるときにしていきますので、ご愛顧の事、よろしくお願い致します


 ネイトの視界の中央を鈴が歩いてくる。

 腰と髪の対物センサーのお陰か、その足取りは思ったよりも確りしており真っ直ぐに進んでいた。

 だが、

 

「…………え?」

 

 ネイトからすれば予想外。何度となく、鈴の向こうでこちらの様子を伺う皆へと目を向ける。

 無言で眼を逸らされた。

 いや、今回に関しては彼らに過失はない。鈴が自発的に出ていったのだ。そも、彼等が彼女を生け贄になどしない。仮に一人でもそんなことをすればリンチ確定である。

 

「えっと、あの、じ、自分で、決めた、の。話、き、聞いてたら、私かな、て」

 

 鈴本人からの説明、しかしネイトの混乱は熾烈を極めた。

 正直な話し、彼女は負けるつもりだったのだ。

 もとよりクラスメイト達に暴力を振るうのは彼女も不本意であった。

 割りと毒とか遠距離攻撃とか本気で勝ちにこられていた所は予想外だったが。とにかく、暴力を振るう気は無い。後で銀鎖が火を吹くかもしれないが。

 さてさて、この事態は予想外。けれどもとる選択肢は変わっていない。

 負けること。自分だって、ホライゾンを救いたいのだから。

 十年前のあの日、後悔したのがトーリで、無力さを味わったのが嵐だった。それは誰もが、武蔵に住むもの達が皆知っていることだ。

 そして梅組の面々も十二分に悲しんだ。それこそ、もっとも辛かったであろう二人に手を伸ばせない程に。

 トーリは喜美が引き戻した。ならば嵐は?

 彼は誰にすくい上げられたのか。

 答えとするなら誰にもすくわれていない。

 そして救われるよりも救うのだ。

 それはあまりにも損な生き方ではないか。

 ネイトは嵐を救いたい。それであらずとも、共にありたい。

 そんな覚悟でこの場にたった。

 とはいえ、その悶々とした気持ちを、梅組の良心である鈴に対してぶつけるなど出来る筈もない。

 とにかく、持ってきていたケースを橋の上に置く。当然、半人狼の腕力で持ち上げられていたモノを置けば、それ相応の振動が辺りに伝播するもの。

 音とは空気が振動して伝わるものだ。そして鈴はその振動に敏感である。

 

「あ…………」

 

 粛々と前に進んでいた彼女は音の振動に萎縮し、足がもつれてしまった。

 倒れる。

 反射的に梅組の面々が前へと足を踏み出すが間に合わない。

 常に皆を守るために前に出る男も今は木目に半分埋まった状態で全身に力を込めるが、間に合わない。

 

「ミ、トツ、ダイラ、さん!」

 

 声を聞いた。差し出された手、伸ばされた手。

 このままでは、優しい少女は倒れてしまい、怪我をするかもしれない。

 怖がりな少女が今、この瞬間、助けを求めている。

 自分は騎士だ。民を守ることこそ、その本懐。

 

「ご安心なさい」

 

 思考するよりも先に体が動いていた。

 それは流れるような動作。

 強者には強者の矜持があり、彼女の矜持はただ一つ。

 

 護ること

 

 それにつきる。

 負けようとしたのは、それによって救出側へ回り、友を救い守るため。

 その結果として騎士の階級を失い民になってもネイトは少しも後悔はしないことだろう。

 だが、それではダメなのだ。

 友を守るだけならば民でも良い。しかし、“武蔵”という一種の国を護るには民では足りない。武力、政治、それらに相対するなら民では足りないのだ。

 

「私は騎士ですわ。民を守る勇敢なる盾にして、傷つける者達を成敗する剣ですもの」

 

 見上げてくる鈴に優しく笑みを返し、ネイトはそう語る。

 

「だから、安心なさい。私が全てから護ってみせますから」

 

 鈴を見て、そして未だにめり込む嵐へと視線を送る。

 

 ─────今度こそ貴方も

 

 

 ▽▲■▲▽

 

 

 相対2戦目。これは実質的に、ネイトの勝ちとなるだろう。

 しかし、勝敗はどうであれ、彼女は、そして武蔵の騎士階級は教導院の元へと降りた。

 つまりは聖連派と教導院の戦績は一対一なのだが、その本質は教導院側へと傾いている形となる。

 だが、一人残った正純には負けた、といったような雰囲気はない。

 中立をとらねばならないオリオトライはそんな教え子に苦笑いする。彼女は、正純の立場をある程度理解するがゆえに、そのあり方を不憫に思っていた。

 少なくとも、嵐のお陰と言うべきか、最低限の交流は持てるようになったクラスメイトとの相対に何も思っていないとは、考えられない。

 

(立場、ね・・・・・・)

 

 オリオトライは、聖連側から教導院側へと目を向ける。

 ワイワイガヤガヤと実に緊張感にかけるそんな空気だ。

 

(あんたは分かってるのかしらねぇ)

 

 その中でも目立つのは、やはり未だに半分埋まった白黒頭だろう。

 準バハムート級航空都市艦〔武蔵〕には一切の武装が認められてはいない。

 その中で唯一、“兵器”をもつ五十嵐・嵐という少年は異質なのだ。

 何せその兵器は彼しか使えず、更にはこの極東に置いても重要な文化物の側面も兼ね備えているのだから。

 歴史書には、その他にも複数の兵器が存在したと記されているが、現存し尚且つ使用可能なのは嵐のもつそれだけ。取り上げることもできない。

 そして、これから先、武蔵が戦場という道を進むことによって、もっとも傷付くのも彼だと、オリオトライは思っている。

 戦争ならば、先陣を切り、そして殿を務める。

 10年前のあの日より、五十嵐・嵐という男が目指したのは死んでも何かを護り抜くという事のみなのだから。

 この相対で直政が危惧し、ネイトが新たに誓いをたてる要因となった、危うさ。

 彼は気付くべきなのだ。彼が護ろうとする者たちは、そこまで柔ではないことを。そして、彼自身もまた、守られる対象なのだということを。

 

「それじゃ、最後の相対戦始めるわよ。代表者は前に出なさい!」

 

 思考を振り切りオリオトライは叫ぶ。

 状況はどうあれ、少なくとも点差は同点。これで勝負が決まる。

 

「お!最後はやっぱり俺だよな!秘技『あ~れ~、お代漢さまぁ~』!」

 

 シーツでグルグル巻きであったトーリが回転しながら前へと出てくる。そのはしっこは、ウルキアガと点蔵の二人が踏むことで止められていた。

 

「なあ、点蔵。拙僧こんな重石のような扱いには遺憾の意を覚えるぞ」

「それは自分もで御座るよウッキー殿。これはもうトーリ殿のお宝を頂戴せねばならんで御座る。主にR-元服モノとか!」

 

 そんな馬鹿な会話があったとかなかったとか。ついでに周りの女性陣が冷めた目を向けていることに二人は気付かなかった。

 さて、コロコロと転がるトーリ。彼曰く、今の自分はライスペーパーロールだったらしく、そして具であったらしい。

 具が外皮を抜ければどうなるか、ご想像は簡単であるだろう。

 

「オエップ・・・・・・気持ち悪・・・・・・」

 

 トーリは口許を抑えて立ち上がる。───────────全裸で。

 

「な、ななななな!?」

 

 前に立つ正純は顔を真っ赤にして両手で顔を被ってしまった。

 いや、まあ、うん。同性であれ何であれ、全裸をいきなり見せられれば、そりゃ誰だって戸惑うわな。下手すればトラウマものである。

 

「ちょ、待って・・・・・・うっぷ」

「お、おい、顔が真っ青だぞ?吐くなよ?フリじゃないからな?」

「へへっ、分かってるって、セージュン。本気で逝くから、安心しろよ」

「字が違うだろう!?というか、諦めてるのか!?」

 

 ~しばらくお待ちください~

 

「―――ふぃー、さっぱりしたぜ」

 

 この数分の間に桶が友達となったトーリは清々しい表情を浮かべていた。

 対照的に、正純並びに梅組の面々は白い目を彼へと向けている。

 何故だろう、僅か数分で彼は味方の大半を失うはめになっていた。

 

「んじゃ、いっちょ始めようぜ!俺、バカだけどさ!」

「そうだね。皆知ってるよ、トーリ。バカ筆頭だもんね。でも、良いの?聖連側は正純決定だけど、アリアダスト教導院側ー?」

 

 一応、立会人であるオリオトライが問う。

 

「まあ、こんなのでも代表で御座るし。バカで御座るが」

「然り。仮にも総長兼生徒会長を立てるのは道理だろう。拙僧もバカだとは思うが」

「バカはバカなりに使い道がある。取り引きでも思わぬ視点をもたらしたりな」

「もー、シロ君。バカバカ言っちゃ可愛そうだよ。ちょっと頭が残念って言わなきゃ」

「ハイディ、それって結局抉ってません?」

「愚弟が馬鹿なんて今に始まったことじゃないじゃない。でしょ?白黒お馬鹿」

「げ、現在進行形で、埋まってる俺に話を振るな…………!」

 

 他にも色々上がった中での一部抜粋なのだが、まあ、酷い。

 主にマイナス方面で信頼が厚いとは正にこの事。

 相手方の正純も流石に同情した。最も、自身も同意見ではあったのだが。

 

「く、くそぅ!ここまで信頼が厚いと泣けてくるぜ!」

「その割りに恍惚としてるじゃない、トーリ。なに?まさか新しい扉でも開けちゃったの?」

「おいおい先生。流石に俺も蔑まれて喜んだりしねぇよ!………………ゾクゾクするだけだし」

「「「扉開きかけてるじゃねぇか!!」」」

 

 これぞ、梅組クオリティ。あんなにも緊迫していた状況が欠片も残ってはいない。

 周りから飛んでくる野次やら何やら、兎に角何故だかアウェーのトーリ。

 

「うるせぇ!もう、俺が代表だ!総長命令で、生徒会長命令だ!俺だってやれるとこみせてやんよ!」

 

 不可能男の叫びが木霊する。

 

「腕っぷしでも、何でも、かかってこいよセージュン!やってやるぜ!」

「あ、いや、腕力沙汰にはしないからな?」

「え、そうなのか?」

「ああ。私も、戦闘系じゃないし。けど、一応護身術とかもしてるから、その、トーリが不利だろう?」

 

 申し訳なさそうに言う正純だが、それは正しかったりする。

 仮に、トーリが殴りかかればひっくり返された事だろう。

 

「先生、相対は討論のみに限定してください」

「ディベート形式ね。先攻後攻はどうするのかしら?」

「じゃん拳で!それから、助言ありにしてくれよ!俺、バカだから難しい話は無理だしな!」

「「「威張る所じゃねぇよ!」」」

 

 周りの突っ込みも程ほどに、じゃん拳は行われ、勝ったのはトーリだった。

 

「それじゃあ…………先攻で!長いの面倒だしチャッチャッと決めようぜ!」

「バカか貴様は!?いや、バカだったな、この大バカ者め!商談であれ何であれ、言葉を交わすならばまずは相手の出方を見るべきだろうが!」

 

 シロジロに突っ込まれるものの、トーリは動じない。

 どうやら勝算は、あるらしい。

 

「よし、行くぞ!!―――――――やっぱり、ホライゾン助けに行くの止めね?」

 

 そして投下したのは爆弾であった。



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