多くの生き物が寝静まった、真夜中。
その男は、寂れた廃墟の中で佇んでいた。
青いコートをきて、片手には鞘に収まった刀を持ち静かに佇んでいる。
しばらくすると、周りから呻き声のようなものが聞こえてきた。
まるで地獄の底から響いてくるような、おおよそ人間のものとは思えぬ声。
当然のことだ。
実際に、それは人間のものではない。
『悪魔』
この世たる
やがてそれは亡霊のような、あるいは死神の様な姿で、暗闇より這い出てきた。
ボロボロの黒いローブに、髑髏の顔、そのローブの下からは、大きな鎌の様な鉤爪が覗いている。
一体だけでは無く、彼の周りから次々と現れ、周りを漂いはじめ、血の様に紅く輝く瞳は、強烈な殺意と共に彼を睨みつけている。
「ようやくお出ましか。」
だがしかし、その男は全く動じること無く、それどころか待ちくたびれたと言わんばかりの態度だ。
その態度が気に入らなかったのか、それともただの本能か、現れた悪魔の内の数体が堪え切れないとばかりに飛び出した。 獣の様な声を上げながら凄まじい速度で迫り、そしてその鉤爪で目の前の獲物を引き裂こうする。
ただの人間であればなすすべなく、その鉤爪の餌食となり、見るも無惨な死体となっていただろう。
だが
その男はただの人間などではなかった。
悪魔達が彼を引き裂こうした、その瞬間、男の姿が青い残像を残しながら搔き消えた。
どこへ行った、と悪魔達が周りを見渡そうとした時、
不意にカチン、という音が響き、襲いかかった悪魔達の意識は闇に沈み、二度と目覚めることは無かった。
残った悪魔達は宙を舞う仲間の頭を見ながら動きを止める。
それ対して男は退屈そうな目をしながら振り向き刀の鯉口を切る。
次の瞬間、いち早く我を取り戻した悪魔の一体が男へと襲いかかった。
しかし、
「ーー屑が。」
居合の構えをとった男はその刀を抜き放つ。
「死ね。」
神速の抜刀、音を置き去りにした一閃。
目視することも出来ないその一撃を受けた悪魔は断末魔の叫び声を上げることも出来ずに絶命した。
たかが人間に殺されたという事実に怒りを覚えた悪魔達だったが、しかしそれ以上に悪魔達を動揺させることが起こった。男の持った刀。その刀が青い炎を纏っていたのだ。暗い廃墟の中で明るく輝くそれはどこか禍々しくもあり、美しくもある。
『ガミノボノオ』
悪魔の一体が皺がれた声で呟く。次第にその言葉が広がって行き悪魔達を恐怖の渦に陥れる。だがそれも仕方のないことだろう。悪魔が神の炎とよぶこの青い炎は彼等にとっては文字通りの神の炎なのだから。
悪魔が住む虚無界そのものでもある魔神サタンのみが纏う青い炎。
悪魔とは元々その全てが、サタンから生じたものなのだ。
そんな自分達の神の力が、自分達に向けられているのだから。
次第に悪魔の中から怒りが消え焦りが生じ始める。
最初はただ獲物だと思っていた相手が、自分達の手に負える存在ではないのではないか?、と思い始めたのだ。
だが、男はそんなことはどうでもいいとばかりに悪魔達に襲いかかる。青い炎を全身に纏い、その炎を利用して高速で移動する。青いオーラの様な炎を立ちのぼらせ炎の影響か青くなった残像を残しながら悪魔に迫り刀を抜く。青く輝く一閃が駆け抜け、次々に悪魔を蹂躙していく。かなりの数の悪魔が狩られ、そうして遂に自分達が狩られる側だと悟ったのか、悪魔達の中から逃げ出そうとする個体まで現れた。
だが、彼は自分の獲物を黙って取り逃がす様な狩人ではない。
逃げ出そうとした悪魔の背後から青い炎で作られた剣『幻影剣』が突き刺さった。
次の瞬間、今までの比ではない程の速度でその悪魔の前に、その青い魔人が現れ刀を抜き放ち、哀れな悪魔の命がまた一つ刈り取られる。 悪魔を斬り殺しまるで血を払う様に刀を振った後、刀を鞘に納める。その隙に男を殺そうと近くに居た悪魔達が襲いかかるが、彼の周りに円を描くよう回転しながら現れた『円陣幻影剣』に切り刻まれる。
もはや戦いにすらならず、皮肉なことに今まで多くの獲物を狩ってきた悪魔達が、一方的に狩られるだけの獲物と化していた。倒された悪魔は青い炎に燃やされ、最初から何もいなかったかの様に消えていく。そんな光景を見て、このままでは、皆殺しにされるだけだと確信した悪魔達が新たな行動に出る。残りの悪魔達全てが一つの場所に渦を巻く様に集まり、一つになっていく。
やがてそこに現らたのは、一体の巨大な悪魔。
今までの亡霊の様な姿と違い、獣の様な姿はまるで魔獣の様だ。その見た目通りの機敏さで男へと襲いかかる。 凄まじい衝撃が生じ、地面が抉られ砕けた欠片が勢いよく周りに飛び散る。
「その程度か?」
しかし男は上に跳ぶことであっけなく攻撃をかわし、
「でかくなれば勝てるとでも思ったのなら、愚かにも程がある。 ーーいい的だ。」
そう言い、男は着地して居合の構えを取る。
そして悪魔との距離があるにもかかわらず刀を抜き放つ。
次の瞬間、魔獣の悪魔の身体がまるで何かに抉られたかの様に二つに引き裂かれた。
『次元斬』
それが、男の放った技。
男の神業とも言える、その刀の斬撃に圧縮した青い炎を乗せて放つ奥義。物質界と虚無界の双方のモノを燃やすサタンの青い炎が乗ったその斬撃は、距離など関係なく、あっけなく悪魔を飲み込み、燃やし尽くした。
「ーーフンッ。」
つまらなそうに鼻を鳴らすと男は何事もなかったかの様に歩き出した。
その男の背後の地面には、焦げた跡とわずかな青色の火の粉が舞い、やがて何も無かったかの様に消え去ったーー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
気がついたら俺は転生していた。いや、転生というより憑依だろうか?前世では大学生だったのだが、気付いたら幼稚園児になっていた。
最初はそれはもう混乱したものである。なんせ目覚めたら急に視界が低くなっていたのだから。しばらくしてようやく現実を受け入れ始めた俺だったが、また俺を悩ませることが起きた。
なんと今世の俺の名前は奥村燐だったのである。
奥村燐とは『青の祓魔師』の主人公。魔人サタンと人間との間に生まれたハーフである。それゆえに様々な陰謀に巻き込まれたりするのだが、まさか自分がその主人公になるとは思わなかった。最初はただの偶然かと思ったのだが、眼鏡の双子の弟がいるし、本当の両親はいないし、養父の名前が藤本獅郎だし、身体能力が人間辞めちゃってるぐらい高いし、変な生き物の様なナニカが見えたし、極めつけは青い炎を出しちゃったことだろうか。原作では青い炎の能力が発現するのはたしか、15歳の頃の筈だったが、小学生になった頃に自分で意識してみたら普通に出せたのである。もうここまで来て認めないとか現実を逃避しているだけなので前向きに考えて見ることにした。これからどうするか、というのを考えようとした時、俺は思いついてしまったのである。
(そうだ、鬼イちゃんになろう。)
思い浮かべたのは デビル メイ クライに登場するキャラクター、主人公ダンテの双子の兄バージル。
だって俺も双子の兄貴だし、青い炎とかそれっぽいし、将来手にするであろう、自分の悪魔の心臓が封じられた降魔剣倶利伽羅も刀だし、もうこれはバージルになるしかないと確信し、それからはスタイリッシュな戦いが出来る様に弟や養父に隠れて修業に明け暮れた。元々この身体能力とか、憑依転生したせいで周りが幼く見え、そういう態度を取っていた俺は周りから浮いていた。なのでごく自然に一人になることができた。修業の傍ら何度か下級の悪魔を殴り倒したりしながら成長し、小学生を卒業すると同時に獅郎が持っていた降魔剣の隠されているタンスの鍵を、あらかじめ用意しておいた偽物と入れ替えることで本物の鍵を奪取、これまで原作知識を利用して念入りに探っておいた甲斐があったというものだ。そして教会のみんなが寝静まった夜に決行、念願の倶利伽羅を手に入れ家を出ようとしたちょうどその時に弟の雪男に気づかれてしまうというアクシデントがあったが、「俺の魂が叫んでいる、もっと力を 。」とその場のノリと勢いで誤魔化しながら乗り切り、晴れて自由だー、と思ったのもつかの間、持って来た金がそこをついたので夜中に絡んでくる柄の悪い連中から逆カツアゲしたり俺がやんごとない存在だと気付いた悪魔に襲われ、逆に切り刻んだり、悪魔以外にも祓魔師の追っ手と戦ったりしながら旅を続けること2年、14歳になった俺はいつの間にかフリーのデビルハンターとして扱われるようなっていた。
この世界の祓魔師は、そのほとんどが聖十字騎士団という巨大な祓魔組織に所属している。各国上層部から社会治安を揺るがす事件の内、悪魔が関わっているものをふりわけられ、それを解決するために祓魔師がいるのだ。なので本来はフリーランスの悪魔払いなんて怪しい存在は、大概が本物の悪魔を見たことが無いインチキばかりである。
だが、世の中陽に当たらない様な場所はどんな業界にも存在するものである。色々な連中や悪魔に喧嘩を売りながら生きていた俺はやがてデビルハンターと呼ばれる様になった。悪魔を狩る男がいる、という噂は裏社会に広がり、ヤクザやら、大企業の社長やらが表沙汰に出来ない悪魔関連の仕事を高額の報酬を持って俺に依頼してくるのである。まぁ、金にも困っていたしそろそろ、腰を落ち着けたい
と思っていた俺はそれらの依頼を受けることで生計を立てる様になり、聖十字騎士団に属さない凄腕のデビルハンターとして裏社会で活動することになったのである。
この仕事は基本表沙汰にはならないので、聖十字騎士団の祓魔師達にも見付からずに過ごすこともできる様になったのである。
そうして今に至る。
「ーー帰るか。」
今回の依頼も終わり月をながめながら言葉を吐き出し俺は、ゆっくりと帰路へとついた。
バージルと燐の設定って割と似てますよね。
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依頼
人があまり近づかない裏路地、そこにはひとつの便利屋の事務所がある。だが便利屋とは名ばかりで、そこに普通の依頼を持ち込む普通の人間はいないし、受ける事もない。
その店の名はデビルメイクライ。
その名の通り、悪魔も泣き出すデビルハンターが住まう場所である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「国が経営している、悪魔関連の研究所の調査だと?」
燐は、面倒くさそうな態度を隠しもせずにその男に言う。デビルメイクライの事務所の中、そこには2人の人間がいた。一人はこの事務所の主である奥村燐。もう一人は、紳士の様な姿をした40代程の男性で、名をモリソンという。その名からわかる様に日本人ではない。彼は世界中を飛び回る情報屋のようなことをしており、悪魔に関しても理解がある。そんな彼だが、ここ最近は日本に留まり、燐のマネージャーの様なことをしている。というのも、元々燐にフリーの悪魔払いの仕事を勧めたのは彼なのだ。
悪魔を狩る男の噂を聞きつけ、誰よりも早く燐に接触して来て悪魔狩りの仕事を斡旋したのである。最初は燐も胡散くさがったが、彼の持ってくる仕事はどれも高額で、情報も正確だったため彼の仕事をこなす様になった。
それからというもの、彼は燐に多くの仕事を紹介しその仲介料で儲ける様になった。燐としても仕事が向こうから来てくれるのは大変助かるので、そのまま関係は続きかれこれ1年以上は立っている。
「そうだ、国のお偉いさんからの、直々のご指名だぞ。」
燐のその態度を見て苦笑しながらモリソンは言う。
「本来、その手の仕事は、騎士団の管轄だった筈だが。」
「騎士団に回せないから、お前に頼んでいるのさ。なんせその研究所は所謂、存在してはならない筈の物だからな。」
「フン、非合法の研究施設か。」
そう、この世界の悪魔関連の技術は基本的に騎士団が独占している。2000年以上に渡り勢力を拡大させ、様々な土着の悪魔払いを吸収し世界最大の祓魔組織となった正十字騎士団、その成り立ち故に、悪魔関連の知識も技術も騎士団の独占状態にある。それは悪魔に対抗し、世界の安寧を守る為でもあるのだが、それでも悪魔の力を利用したいと思う者は多い。だが、その知識も技術も騎士団しか持っていないし、そんな邪な目的の為に騎士団が知識も技術も渡す筈がない。
ならどうするか、答えは簡単だ。自分達でやれば良い。実際にそういった組織は多くは無いものの存在するのだ。
「その研究所では、一部の者が独断で悪魔を兵器として運用する為の研究がされていたらしい。当然、倫理なんてものは存在しない。新しい
屍番犬は古代の人々が悪魔に対抗する為に屍を繋ぎ合わせて造られた人工の悪魔だ。現在では新しい
「こんなものが騎士団にバレれば責任を問われ、上の人間のクビがいくつか飛ぶことになる。だが、さっきも言ったがこれは一部の者の独断だ。発覚したときは、それなりのパニックになったがすぐに責任者とその計画に加担した者達を騎士団に突き出そうとした。しかし、どういうことか、何度試しても一切の連絡がつかない。その研究所は、相当念入りに隠されていたから連絡手段は元々限られているし人里離れた場所にある。そこで、何人かの人間が赴いたんだが、すぐに音信不通になった。奴らは悪魔の兵器化にも一応成功している。その力で、人を殺したのではないか、と上層部も考えた。そこで、念には念を入れて国に所属する凄腕の悪魔払いを含めた完全武装の特殊部隊がその研究所を制圧することになってな。悪魔の憑依実験が成功していない以上、これだけの戦力があれば問題なく対処出来る、筈だった。」
「しかし、そうはならなかったか。」
「ああ、突入した特殊部隊はなんと全滅。突入する前、事前の報告によれば研究所は完全に閉ざされていて中から外には誰も出てきた様子がなかったらしい。周辺でも悪魔による被害の報告は無く、悪魔の封じ込めは出来ていた。問題はその後、突入してしばらくは悪魔にも人にも遭遇しなかった。施設内の探索を進めていると、隠されていた地下への入り口を発見したそうだ。その地下もかなり広大なものだったらしい。その地下に降りたという報告を外で待機していた隊員が通信機で聞いた直後、その通信機から悲鳴と銃声の音が聞こえしばらくするとなにも聞こえなくなった。そこで隊員全員のバイタルサインも消失。誰一人戻らなかった。」
「隠されていた広大な地下空間か・・・。 それだけの規模の施設、運営する為に必要な物を、一部の者の独断で用意出来るとは思えんが。」
施設が巨大になれば、それだけ必要な人員、物資、費用も多くなる。聞けばかなりの規模の施設だったらしく、その施設を運営する為には、かなりの額が必要だった筈だ。一部の人間だけで、それらを準備出来るとは思えない。となると、
「裏で繋がっている奴らがいた。それもかなり大規模な組織ではないか、ってのが共通の見解だ。
まあ、はっきり言って今回の話はかなりキナ臭い。俺も色々調べてみたが、余りに情報が少なかった。
今の話以上の情報がどこにも存在しない。さっきはああいったが、この仕事は本来、お前が言った通り騎士団に依頼すべきことだ。事態が此処まで膨れ上がってしまった以上、一刻も早く騎士団に助力を乞うのが当たり前だ。もはや、責任云々などと言っている場合では無くな。しかしなぜか、お前に名指しで依頼が来た。その意味を理解した上で、この依頼を受けるかどうか決めてくれ。」
モリソンは真剣な顔で燐の青い瞳を見つめる。
燐はその話を聞き終え、しばらく思考した後に答えを出す。
「いいだろう。その依頼、受けてやる。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
というわけで、件の研究所にまでやって来た。
ふむ、聞いた話通り中から外に何かが出て来た様子がない。
というのも、この研究所の周りは巨大な壁が円の様に取り囲みその壁の上には電気ワイヤーが取り付けられている。見た限り、この設計は外から中に入れないためというより、中から外に出さないためのものだろう。
そんな巨大な外壁には一つしか扉がない。人間一人が通るのがやっとだろうという大きさだ。どうやら物資の運搬は、空輸か何かで行なっていたらしい。外壁にはそれを持ち運べるだけの広さがある入り口は存在しないし、そもそも周囲が閉ざされていて、トラックなど車両事態が近づける様な場所じゃない。
その唯一の完全に閉ざされている頑丈そうな扉も専用のカードキーが無ければ開閉出来ないもので、その扉も特に壊された様子はない。それは、外壁も同じだ。
「行くか。」
俺は、モリソンからもらったカードキーを使い扉を開け研究所内に侵入する。今のところ悪魔の気配は感じない。しかし、施設の中は微かだが腐臭と血の匂いが漂っている。
だが、この研究所の一階は特に何もない。いたって普通の研究施設だ。
いや、なさすぎる。人がいないせいか、多少汚れているが全く荒れていないのだ。
(一体、此処で何があった?)
不気味な静けさが漂う中、事前にモリソンに言われた通りの場所へ向かい地下へ行くためのエレベーターに乗り、その扉が開いた瞬間だった。
「これはヒドイな。」
今までとは比較にならない、強烈な腐臭と血の匂い。
途中で気づいていたが、かなりの数の悪魔が地下を我が物顔で徘徊していた。そのほとんどが屍だか、その屍の服装が問題だった。
「なるほど、この研究所の職員も利用されていただけだったか。」
そこにいた屍は様々な種類がいたが、その中に研究所の職員らしき服を着た個体がいたのだ。
屍は死体に憑依する悪魔だ。生きた人間には憑依しない。
しかもその屍は職員がなったと思わしきものだけ欠損が激しかった。あちこちに銃で撃たれたと思わしき傷もあれば切られた様な傷もある。最初は自分で作った悪魔を手懐けられずに殺されたのかとも思ったがそうではない。あれは人間によってつけられたものだ。
そんな風に観察していたら、屍達がこちらに這い寄って来た。どうやら俺に気付いたらしい。さて、仕事をするとしますか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ノロすぎるな。」
屍達は人間を見た途端、すぐさま襲い掛かろうと燐の元へ行こうとする、しかし燐が刀の鯉口を切った途端、その姿が残像を残して消える。その次の瞬間には屍達のはるか後方で、カチンという音が響いた。その音を聞いた途端に屍達の体がバラバラに崩れ落ちる。
『疾走居合』
燐は高速で駆け抜けながら周囲の敵へ向けて斬撃を放った。その凄まじい速度に動きが遅い屍が反応出来るはずもなく、なすすべなく切り刻まれる。燐はそれを見ることなく駆け抜ける。すると前方から、屍とは違う悪魔が近づいて来た。屍番犬だ。恐らく新しく作られた個体だろう、かなりグロテスクな、複数の人間をつなぎ合わせた様な肉塊のような姿をしたものが十数体、かなりの速さで近づいてくる。地下には、視界の確保に困らない程度の明かりがあるがそれでも全体的に薄暗い。そのせいか、屍番犬は活性化しているようだ。
それを見た燐は炎を込めた倶利伽羅を抜き放つ。
「死ぬがいい。」
繰り出される技は『次元斬』、それを4回。一撃目で自分にいち早く飛びかかって来た1体を、二撃目で一体目の後ろに並びながら迫って来た6体を、三撃目でその死体を飛び越えて来た4体を、そして、四撃目で何が起きたのか分からず、動きを止めてしまった、1体を、合計12体をすぐさま片付け、その間に周りから這い出て来た屍達に幻影剣を飛ばし始末する。
通路を進むと、また新たな屍番犬が現れる。
今度は比較的人間に近い構造をしている。それが7体、
たかが7体、燐の敵ではない。内一体が、腕を思い切り振りかぶり殴りつけてくるが、燐はそれをかわしながら居合切りを放ち、両断する。
残り2体が挟み込むように襲いかかって来たが、それをあえてギリギリまで引きつけてかわす。
かわした瞬間、2体の頭がぶつかった瞬間にその2体の首を同時に跳ねた。
残りの4体の内一体に幻影剣を飛ばして突き刺す。
その痛みからか叫び声を上げるも、『エアトリック』炎を足に込めることにより可能となる超高速移動で眼前に現れた燐に真っ二つに両断される。
残り三体が同時に背後から襲ってくるが、それをバック宙でかわしながら切り裂き三体纏めて排除する。
その直後、通路の奥からまた新たな屍と屍番犬が現れる。それも比較的広い通路を埋め尽くすほどの数だ、軽く見積もって百体以上はいる。
「くだらん。」
そんな悪魔達の頭上に無数の幻影剣が現れる。
『五月雨幻影剣』
数多の幻影剣が絨毯爆撃の如く降り注ぐ。
そんな爆撃から運良く生き延びた数体の屍番犬が燐に凄まじい速度て駆け寄るも、燐が連続で放った次元斬に近づく事も出来ずに切り殺される。奥から新たにやって来た悪魔の群れには疾走居合を繰り出し、一気に始末した。
あれだけいた悪魔が、一瞬で皆殺しにされていた。
死体から、青い炎が燃え盛る。
だがそんなものはどうでもいい。
再び燐は駆け抜ける。自身に備わった、悪魔を探知する能力、それが知らせる今までの悪魔とは比べ物にならない気配の元へ向かって。
自然と口角を上げながら。
りん(リアルバイオハザードだぜ、ヒャッハー)
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魔具
戦闘描写が上手く描けず四苦八苦してました。
それでも微妙だと思いますが。
それと、今更ですが感想ありがとうございました。とても励みになります。
「ん?」
それは、悪魔の気配を追って施設内を探索しながら悪魔を始末している途中に偶然発見した。屍を切り殺した時にその屍がたまたま落としたもので、元はここの職員と思わしき悪魔の一体が手記を持っていたのだ。それに気づいた燐はもしかしたら、何かがわかるかもしれないと手記の内容を確認する。
「職員の日記か。」
内容を確認しようにもほとんどが血で汚れていて虫食い状態になっている。だが、その中にも所々読める部分は存在した。それはどうやら日記のようだ。燐はすぐさまその内容を読み進めていく。書かれている事はその日の研究成果の事がほとんどで、役に立つような情報ではなかった。しかしその日記の最後ページ、そこに興味深い事が書かれていた。
○月○日
今日は魔具の実験を行う。人間に高位の悪魔を憑依させる目論見はその全てが失敗に終わった。憑依させようとする悪魔が強ければ強いほど、憑依体に必要な素養は跳ね上がっていく。ましてや憑依させた人間側に肉体の支配権を持たせようとすればなおさらだ。理論上は可能だが、それだけの素体を集めるのは不可能だ。そこで魔具だ。悪魔が封印された強力な武器、これを量産する。本来ならこの手の武器は封印されている悪魔と使用者の間で契約を交わす必要がある。だが、人工的に作られた悪魔ならどうか。質は大きく低下するだろう。しかし莫大な数を揃えることができる。問題は魔具そのものが希少なものであるためデータがほとんどなかったことだが、スポンサーからぜひ使ってくれと、サンプルとして強力な魔具も渡されている。かなり高位の悪魔が封印されているとか。これだけのものを渡されて失敗するわけにはいかない。それにこれが成功すれば、安定した戦力の供給も可能となる筈だ。
「スポンサーに魔具か・・・」
これで確定だ。この研究所のバックにはかなり巨大な組織がいた。魔具なんてものをポンと渡せるような連中など、かなり限られてくる。騎士団以外にそんな事ができる連中など数えるほどしかいないのだから。
「行くか」
燐は日記を自らの炎で燃やすと進みはじめる。
すでに、強大な悪魔の気配のすぐ近くにまで来ていた。
☆★☆★
研究所の最奥には、まるでコロシアムのように巨大な施設があった。その中心には円状の台座が有り、周りからいくつものケーブルが伸びている。その台座の上には獣の手足の様な漆黒の具足が置いてあった。
燐がそこに足を踏み入れた時、光の弾丸がまるで絨毯爆撃のように降り注いだ。一発一発が凄まじい速度と熱量を持って襲いかかり光弾が着弾した地面は大きく抉れ溶け始めている。その光弾を放った本人は天井に張り付きながらそれを見ていた。トサカを持った黒い獣のような姿には不釣り合いな、まるで天使の様な二対四枚の光る翼を持っている。
(あれ?こいつベオウルフじゃね?)
そう、燐が見たその悪魔はデビルメイクライに登場するボスキャラ、ベオウルフそのものだったのである。
燐がその姿を視界に収めながら光弾を横に躱し幻影剣をいくつも飛ばす。しかしベオウルフはその巨体に似つかわしく無い俊敏さで回避しながら地上に降り立ち、お返しとばかりに翼から部屋を埋め尽くすほど光弾を放ち、爆撃による面制圧を行う。これを燐は躱さず倶利伽羅を抜き自分に迫る光弾だけを切り伏せる事で迎撃する。その隙にベオウルフは高速で燐に接近しその勢いのまま巨大な腕で殴りつけた。予想以上の速さに回避出来ず、勢いに逆らわずに自分から飛ぶ事でダメージを最小限に止める。衝撃と痛みが燐を襲い動きを止めようとするが、燐は無理矢理それらをねじ伏せて即座に駆け出す。次の瞬間には燐がいた場所が凄まじい音を立てて爆発した。なんてことはない、ベオウルフが驚異的な速度で突っ込んで来たのである。それを見た燐はそこへ次元斬を放つ、がしかしベオウルフは上空へ跳び上がることでそれを回避し光弾を放つ、燐もそれに合わせて幻影剣を放つ事で迎撃する。次々に爆発音が響き周辺を溶かし、吹き飛ばし、破壊し瓦礫の山に変えていく。
(このままでは埒があかない。)
そう判断した燐は自分から攻めようとする。エアトリックで駆け抜けて、疾走居合で斬りつけるが浅い擦り傷程度のダメージしか与えられず、次元斬を放とうとしても即座に跳び上がり天井へ張り付き離脱される。あれを確実に仕留められるのは次元斬だけだが、次元斬を放つには一瞬の溜めがいる。普段は気にならない程度の僅かな隙だが、あの機動力ではその一瞬の隙を突かれて先程の様に回避されてしまうだろう。さらに此処は広いとはいえ密閉された地下施設、壁や天井に張り付くことで三次元的な動きを行いその機動力を存分に活かせるベオウルフに有利なフィールドだった。
ーーー強いな、と胸中で呟くと同時に口角が上がる。今まで燐が戦って来た悪魔の中でもかなりの強さだ。そもそもこれ程の上級悪魔と巡り合う事自体が稀なのだが、燐は知っている。この悪魔より上の存在を、自分の実父を始めとした悪魔の権力者達の存在を。だがそれらと出会う機会自体が極めて稀だ。燐だってまだ一度も出会った事がない。そして、それらの存在は目の前の相手よりはるかに強大な力を持っている。
故に、この程度の相手に苦戦する訳にはいかないーーー。
そう決めて鞘に収めたままの倶利伽羅を強く握りしめ
「ーーーそこだ!」
ベオウルフが着地するタイミングを狙いエアトリックで接近する。それを見てベオウルフは腕を振り上げて落ちてくる勢いをそのままに叩き潰そうとするも燐は至近距離から事前に用意していた次元斬を放つ事で正面からそれを迎え撃った。
獣の腕が宙を舞う。それだけでなく背中の翼も片方の二枚が半ばから切断され不恰好な姿と化したベオウルフが絶叫をあげる。怒り狂ったベオウルフはすぐに自分の腕を切り落とした男を残った腕で潰そうとするが、その時目に激痛が走った。怒りに飲まれたベオウルフの隙をついて眼に向かって神速の居合斬りを繰り出したのである。いかに頑強な外殻を持つベオウルフでも眼球まではそうはいかない。思わぬ痛みに後ずさるベオウルフ。
「これで終わりだ」
そう言って燐は再び至近距離から次元斬をベオウルフの首へ向かって繰り出した。
カチン、と刀が鞘に収められた音が鳴り響いた時、首の無い悪魔の死体から血が雨の様に吹き出し倒れ、やがて光の粒子となって中央の具足へと吸い込まれた。
☆★☆★
いや〜ベオウルフは強敵でしたね!
まさかこの世界でベオウルフに会えるとは思いもしなかったよ。
さて、それでは調査を再開するとしますか。
倒した悪魔は本来、消え去るだけなのだがベオウルフは消えるのではなくあの具足にまるで吸収された様だった。
ベオウルフを倒した後中央の具足を調べようと俺が近づくとその具足が光となって俺の手足にまとわり付いた後、元の形を取り戻す。獣の手足の様な漆黒の具足は、最初の漆黒とは違い光の様なラインが輝いていた。予想通りといえば予想通りだったが、どうやらこいつが日記を書かれていた強力な魔具で、ベオウルフを倒した俺は正式な契約者として認められた様だ。ーーー完全にデビルメイクライのベオウルフですね。
憧れの武器パート2を手に入れて心の中で狂喜乱舞していた俺だったのだが、パチパチパチとその場に似つかわしくない拍手の音が聞こえた。
振り向くと、其処にそれはいた。
ベオウルフとは比較にならない強大な存在感に冷や汗が止まらなくなる。
なぜ、今まで気づかなかった?
俺はそいつを前世の知識から知っていた。
軍服の様なデザインの服を着て仮面を被っている。その後ろからは悪魔の弱点の一つである尻尾が覗き、人でない事が丸わかりだ。
「お見事ですね。流石と言った所でしょうか。」
啓明結社イルミナティ総帥
虚無界の実質的な最高権力者
光の王ルシフェルが、其処にいた。
次回は出来るだけ早く投稿したいです。
出来れば一週間以内に。
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光の王
「で、何をした?言い訳ぐらいは聞いてやるぞ。」
モリソンはデビルメイクライの事務所のソファーにタバコをふかしながら座り、憮然とした表情で先日帰ったばかりのこの事務所の主人に問いかける。対する事務所の主人こと燐は何食わぬ顔で自身の刀を磨きながら言った。
「光の王と戦った。」
「え?なんだって?」
「光の王ルシフェルと戦った。研究施設一帯が吹き飛ぶ程度ですんだことに感謝するんだな。」
それを聞いてモリソンは天を仰いだ。
☆★☆★
「お見事ですね。流石と言った所でしょうか。」
そう言って佇むのは光の王ルシフェル。
実質的な虚無界の支配者である彼は一人の人間に対して本心からの惜しみない賞賛を送った。
「今回の依頼、俺をおびき出すためのものだな?」
いや、一人の人間というのは誤りかもしれない。強大な力を持った悪魔の王族の一人、その力を知りながらその男はそれを前にして恐れることなく問いかけた。
「ええ、あなたの噂を聞いてぜひ、その力を見てみたいと思いまして、丁度潰す予定の研究施設を利用してあなたに依頼が渡る様に手配しました。我々の力があればその程度どうとでもなります。ああ、それとその魔具は私からのささやかな贈り物です。御自由に使って構いませんよ?」
仮面の奥から感情の伴わない不気味な瞳をその男、燐へと向けながら抑揚の無い声で話しかける。
「何が望みだ?」
「貴方に、我々の協力者となって欲しいのです。私はいずれ、この物質界と虚無界を一つにし我らの父であるサタンを復活させます。その為にも、その力をぜひ我々の元で振るっていただきたい。勿論望むだけの報酬も用意しましょう。」
そう言って、僅かに熱を孕んだ声音で燐に語るルシフェル。だが、燐はそんなルシフェルに向かって心底興味無いと言わんばかりの態度と口調で答えた。
「断ると言ったら?」
「その時は仕方有りません。手足を消してでも連れて行きましょう。」
そう言った瞬間、ルシフェルを中心に膨大な魔力が渦巻き光となって燐に襲いかかった。
先程戦ったベオウルフも光を放ってきたが、それとは比べ物にならないほどの熱量。
何より恐ろしいのがその速度、文字通り光の速さで燐の手足目掛けて
事前に魔力の収束を感知していた燐は紙一重で回避に成功するが、それでも完全に躱すことは出来ず、右脚に深い火傷を負う。
だが燐はそれを無視して全力で駆ける。魔力の収束を感じ取り光が放たれる前にその場所から離れる。
サタンと人間との間に生まれた彼は青い炎を操る能力を抜きにしても筋力や動体視力、反射神経などが完全に人間離れしている。
青い炎の補助無しでも全力で走れば当たり前のように世界記録を塗り替え、クルマなど数トンの重さを持つものも片手で持ち上げ、銃弾程度の速さなら見てから対処する事もできなくは無い。
そんな燐でも光の速さで迫るソレを見てから躱すことは不可能だ。
事前に射線を予測してそこに入らないようにする以外に打てる手が無い。
そんな中、幻影剣を飛ばすことで何とか隙を作ろうとするがそれらもやはり全て光で弾かれてしまう。光の中をくぐり抜ける程の隙を作ることが出来ない。
(新たに手に入れたベオウルフは完全に近接戦用、次元斬を放とうにも、この状況で立ち止まるのは自殺行為。)
「やむを得ないか。」
そう言って燐は回避行動をやめて立ち止まった。
それを見たルシフェルは漸く諦めたのかと攻撃をやめて燐に再び問いかける。
「我々の元に来てくれる気になりましたか?」
「はっ、まさか。」
諦めたと思っていたルシフェルはその答えを聞いて怪訝な顔をするが、それならとまた嬲るだけだと魔力を束ねようとしたその時だった。
「なに?」
燐の体のその奥から凄まじい魔力が発せられる。膨大すぎる魔力は形を与えられずとも世界へ干渉しだし空間そのものを揺らし始めた。
「馬鹿な!!」
最高位の悪魔であるルシフェルには、その力の正体が、燐がなにをしていようとしているのか、即座にその答えにたどり着いた。
「倶利伽羅を通じて虚無界に封じられていた悪魔の心臓を物質界に存在する自身の肉体に憑依させたのか!!」
倶利伽羅には自身の悪魔の心臓が封じらている、倶利伽羅はその力を一部分だけ引き出しているに過ぎない。それを知っていた燐は自身の真の力を手にする為に思考錯誤して正気の沙汰とは思えない答えにたどり着いた。
実体を持たない悪魔がこちらの世界で力を振るうには何らかの物質に憑依する必要がある。
倶利伽羅は自身の悪魔の心臓を封じている。
此処から燐が思い付いた自身の真の力を使う方法。それは倶利伽羅の中にある悪魔の心臓を自身の肉体に憑依させるという方法だった。
本来悪魔を人間に憑依させるにはよほど相性が良くなければならないが、燐の場合は自身の心臓を自身の肉体に憑依ささているため相性云々は関係無い。
もう一つのリスクとしては、悪魔に近づき過ぎる為に自身の欲求に対して忠実になり暴走する危険性もあったが、元々燐は自身の欲求に対して忠実に生きてきた。
ーーーもっと、力をーーー
ただ、それだけの為にたった一人の血の繋がった兄弟も育ての親も裏切り此処にいる。
「
その瞬間、燐から発せられた膨大な魔力が炎と光となって解き放たれ、地下であるにもかかわらず研究所を文字通り消し飛ばした。
☆★☆★
研究所跡地となった場所で二体の悪魔が対峙する。
広大な研究所を吹き飛ばす程のエネルギーを放ったにもかかわらずどちらも無傷だった。
だが、その片方である光の王ルシフェルは激しい焦燥に駆られていた。
辺り一帯の空気が重くなった様だ。
その中心に立つのは先程まで自分に手も足も出ず嬲られるだけだったはずの存在だった。
しかし、それは本当に同じ存在なのか疑わしい程の変化を遂げていた。
全身が青い鱗の様な物に覆われ、顔面部は角の様なものが生え完全に異形と化している。
その姿はまさに悪魔。
ルシフェルは目の前に立つその悪魔から目が離せない。
「なんだ、これは!!!」
ルシフェルは気付かない。
長い時を生きてきたルシフェルが未だかつて感じた事のない感情、人が恐怖と呼ぶそれを自分が抱いている事に。
「行くぞ。」
完全な魔人と化した燐が居合の構えを取る。
それだけの動作で燐の周りから風が吹き荒れルシフェルに打ち付けられる。
本能が危機を感じ取りルシフェルは一切の加減なく光を放出する。
町一つを跡形も無く焼き払えるだけの熱量を躊躇い無く辺り一帯に解き放つ。
それだけで無く自身の眷属であるセラフィムを大量に作り出し、燐を囲み爆発させようとする。
「死ぬがいい。」
青い悪魔がそう呟き搔き消える。
その瞬間にルシフェルが作り出したセラフィム達爆発する前には斬り裂かれ青い炎に包まれて消えていた。
そして自分に迫る光を見ながら、燐は再び居合いの構えを取り倶利伽羅を抜き放つ。
膨大な光ごと次元斬はルシフェルを斬り裂いた。
(浅いか。)
ルシフェルの放った光に幾らか威力を殺され仕留めるまではいかなかった。
しかし胸元には深い裂傷が刻まれ、さらになんの加減も無く力を使ったルシフェル自身の肉体の限界も訪れた。
「これほどとは、完全に見誤ったか。」
吐血しながらセラフィムを空から燐を押し潰す様に作り出し追撃を防いだルシフェルは光の翼を広げ凄まじい速度で戦場から離脱した。
☆★☆★
「運が良かったな」
俺は人間の姿に戻りその場に座り込みながら呟いた。
先の戦闘の余波で周りの山もいくつか消し飛んでおり、人里離れた場所とはいえ、すぐに多くの人がやってくるだろう。
俺はすぐさまそこから離れるべく刀を杖代わりにして立ち上がった。
今の俺の身体は極度の疲労状態になり、まるでフルマラソンをした後の様な疲労感に見舞われている。
いや、本当に運がよかった。
もしあのまま戦闘が続けば敗北していたのは俺の方だ。
試行錯誤の末習得したのはいいが、まだまだ不完全な物だった。
自身の肉体に悪魔の心臓を憑依させて肉体そのものを悪魔の物に変質させるのだが、肉体そのものを変質させているのだから当然体への負荷がデカい。
それゆえ長時間の戦闘には使えない、解除した後は体がろくに動かないなどデメリットも大きい、その為これは本当に最後の手段、奥の手としている。
今でも修行は続けているが、それでもせいぜい10分維持するのが限界だ。
一応限界がくると強制解除されるのだがその場合はぶっ倒れて丸一日起き上がれない。
昔これを初めて習得した頃、人のいない山の奥で使ったら1分足らずで変身が解け、そのまま一日中動けず本気で死ぬかと思った。
その頃に比べれば大分進歩したものである。
まぁ、それでもとんでも無く消耗するけど。
そうして俺は、大分見渡しが良くなったこの場所から立ち去るべく身体に鞭打って歩き出したのだった。
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兄弟
一応時系列としてはルシフェル戦の前になります。
その日のことを、今でも覚えている。
その日、何となく起きた僕は、部屋に兄が居ないことに気づいた。
手洗いにでも行ったのかとも思ったが、不意にさっき見た兄の様子を思い出した。
まるで何かに浮かれる様な兄の様子を。
普段物静かで、退屈そうな雰囲気を醸し出す兄にしては珍しかったのでよく覚えている。
「兄さん、何か良いことでも有ったの?」
「ああ、欲しかった物が手に入りそうなんだ。」
そう問いかけると、兄はすこし驚いた様子で答えた。
普段、何かを欲することの無い兄がここまで欲しがる物がある事に僕自身もすこし驚いた。
兄は強い人だった。
虐められる僕を何度も助けてくれた。
そのせいでありもしない悪意ある噂を広められたりもしていたが、兄はくだらないとばかりに何の興味を示さなかった。
どんな時でも自分の信念を曲げようとせず、ただ自分であり続けた。
いつも何かに怯えている僕とは違って。
兄はいつも、何処か別の場所を見ていた。
それは幼い頃から変わらず、ただひたすらにその場所に向けて生きていた様にも感じる。
人を必要以上に近づけようとせず、自分達家族に対しても何処か一線を引いていた。
父はそんな兄を気にかけて、よく話しかけていた。
そんな兄に対して幼い僕は嫉妬を覚えなかったといえば、嘘になる。
だから兄の秘密を父から知らされた僕は、兄を守る為に祓魔師になる事を決めた。
いつも守ってくれた兄に恩返ししたいという想いもあったが、自分が弱く無い事を証明したい、父と兄に認めて貰いたいという気持ちもあった。
だから僕は努力した、兄を守るために。
なのにーーー
満月が明るく輝く夜。
兄はいつもと変わらない様に見えた。
本当にいつもと変わらない。
その身に纏う青い炎を除けばだが。
なんとなく気になって兄を探し、外にいた兄を見つけてこんな時間に何をしているのかと問い詰めようとした時の事だった。
兄の手に見たことのない刀が握られていた。
兄が今まで見たことのない笑みを浮かべてその刀を抜き放つと、目が眩むほど眩い青い炎に包まれた。
それを確認した兄はより一層深い笑みを浮かべる。
「兄、さん?何を、してるの?」
思わぬ光景にどう言葉をかければ良いのかわからなくなり、咄嗟に出た言葉はたどたどしくなってしまう。
それでも目の前の光景を信じられずーーー信じたくなかった僕は恐怖から逃げる様に必死に兄に声をかけた。
「何を、してるんだ! 兄さん!!」
そう叫んで兄に詰め寄よろうとした時、腹部に今まで感じたことのない激痛が走った。
メキメキと体の中から危機感を煽る様な音がすると同時に一瞬の浮遊感を感じ、そのまま何が起こったのかわからずに倒れふす。
殴られたのだと気付いた時には兄が目の前に立っており、僕を冷たい瞳で見下ろしていた。
「雪男、お前は弱いな。」
その言葉を聞いた時、自分の中の何かにヒビが入った音がした。
意識が朦朧としながら、それでも兄に必死に問いかける。
「なぜ、こんなことを?」
それを聞いた兄は僅かに熱のこもった声で答えた。
「俺の魂が叫んでいる、もっと力をと」
その言葉を最後に、僕の意識は闇に沈んだ。
☆★☆★
正十字騎士団日本支部。
そこには多くの祓魔師が集まり日々悪魔との戦いに備えている。
その為のトレーニングルームで一人の少年が汗だくになりながら鍛錬を続けていた。
13歳で祓魔師の資格を得て、史上最年少でエクソシストになった少年、奥村雪男。
多くの人々が彼を讃える中、彼自身はそれでも自らを鍛え続け、高め続ける事をやめなかった。
(あの日の事を忘れた事はない。)
あれから父は最初こそ、いつもと変わらない様に振舞って一人で兄の行方を捜していたが結局見つけられず時間が経つにつれてまるで抜け殻の様になってしまった。
今では聖騎士の称号まで剥奪された。
それからというもの、雪男はひたすら己を鍛え続けた。
もはや自傷行為となんら変わらない程の、余りにも激しい鍛錬に何度か周りの人間が止めようとしたものの、頑なに続けようとする雪男についぞ諦めた。
今では気味の悪い物を見る様に遠巻きから眺めるだけである。
(周りの人間がどう言おうと構わない。僕は強くなる。強くならなければならない。そうでなければーーー)
「おうおう、相変わらずだな〜雪男。」
「何の用です?シュラさん。」
幼い時から面識があり彼女も雪男と同じ藤本獅郎の教え子で彼にとっての姉弟子でもある女性、霧隠シュラが軽い調子で話しかけてきた。
雪男は彼女のそう言ったところが余り好きではなく、嫌そうな顔を隠しもせず問いかける。
「良い加減休め。お前朝からロクに休まず続けてるだろ。もう昼過ぎだぞ。」
「もう、そんな時間でしたか。」
呆れた顔をしながら手に持っていたドリンクを雪男に渡すシュラ。
そんなシュラを気にせず雪男は渡されたドリンクを一気に飲み干す。
「お前、なんでそんなに強くなろうとする? 史上最年少でエクソシストになったてのに、余計に焦ってる様に見えるぜ。」
「・・・・そう、見えますか?」
そう言う雪男の顔はあらゆる感情を必死に押し殺して作った様な無表情で、それを見たシュラは雪男が如何に危うい状態かを見抜いた。
(ったく、あのクソ親父何やってやがんだ。)
心の中で二年程前からすっかり腑抜けになってしまった男の事を思い出す。
元々雪男は悪魔堕ちしやすいタイプだったが、こちらも二年程前からますますそれに拍車がかかった。
そんな様子になる原因に、ヴァチカンからの特別任務を与えられていたシュラには一つだけ心当たりがあった。
シュラが与えられた任務は日本支部のメフィストと獅郎が関わっていると思しきサタンにまつわる何かの調査である。
二年前。
そう、事の始まりは二年程前からだ。
突如として裏の世界に青い炎を操る男が現れたと言う噂が広がり騒ぎになった。
しかし騎士団が本腰を入れて調査に踏み切った時にはすでにその男の噂は過去の物となっており、完全に情報がなくなっていた。
また、それと同時期に騎士団のスポンサーなどの有力者から圧力がかかる様になった。
騎士団はその職務上様々な特権を持っているが、それでも組織である以上、そう言った連中に逆らう訳にはいかなかった。
それでも青い炎という特大の爆弾を放置出来なかった騎士団上層部は、それに関わっていたと思われるメフィスト・フェレスと藤本獅郎の調査をシュラを含めた数名に与えたのだ。
メフィストと獅郎には数年前から不審な動きがあり、青い炎を操る男の件では騎士団に情報を伝えるのを故意に遅らせる、或いは隠蔽した疑いがあった。
(二年前。クソ親父が腑抜けになったのも、雪男がああなったのも二年前からだ。そして青い炎を操る男。)
昔、獅郎から雪男の双子の兄にいつか剣を教えて欲しいと頼まれたことがある。
しかし、獅郎は二年前からその双子の兄の事を何も話さなくなった。
ーーーサタンにまつわる何かーーー
「なぁ、雪男。お前、確か双子の兄貴がいたっ、」
その言葉を口にした瞬間、雪男は思い切りシュラの胸ぐらを掴み上げて思い切り壁に叩きつけた。
その顔は完全な無表情だが、その瞳からは憎しみや悲しみといった様々な感情が見て取れた。
「おいおい、いきなりどうしたんだよ。」
額に冷や汗を流しながらシュラは確信した。
「っ、すいません。つい手が出てしまって。」
本当に申し訳なさそうに、そして自分の感情を必死に押し殺す様に謝罪する雪男。
そんな雪男を見て確信した。
サタンにまつわる何か、すなわち青い炎を操る男は雪男の双子の兄だと。
(メンドくせーからこんな任務、ほかの奴らに任せようと思ってたんだけどなー。こりゃ本腰入れて調べて見るか。)
今にも色々な物が崩れ落ちて取り返しのつかなくなってしまいそうな雪男を見て、シュラは姉弟子としての範疇で面倒くらいは見てやるかと心に決めたのだった。
というわけで原作より強くなったけど、色々追い詰められている雪男でした。
獅郎は一応生存してはいますが、精神的に追い込まれてすでにパラディンとしての力はありません。
サタンが憑依しなかったのは近くに燐がいなかったことと、最初はそこまで追い詰められていなかったことから、心の準備だけは出来ていたから。
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