とある島へ落下物語 (【時己之千龍】龍時)
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第01話 ながさ…いや、らっかして

 何も無い…何も見えない空間だった。

 

「ここは何処だ」

 

 すると龍燕の身体が何かに引っ張られた。

 

「…出口か?」

 

 引っ張られた先に一点の光があった。

 

 

 

 

 

─海岸

 

「暇ね…」

 

 まちは海を見ながら言った。

 

「何か起きないかしら」

 

 溜息をつきながら立ち上がる。すると何かが後ろにドスンと音を立て降ってきた。

 

「何?」

 

 振り返りながら反射的に構えるまち。

 

「痛つっ…」

 

「貴方…は?」

 

 降ってきたのは人だった。

 

「お前は誰だ?」

 

 空から落ちてきた人は立ち上がり、服についた砂を落とし始める。

 

「貴方は?」

 

「灼煉院龍燕だ」

 

「龍燕ていうの。何故空から?」

 

「遺跡の中にいた筈なんだが…何故か真っ暗なとこにいて、光を辿って来たら落下した」

 

「…そう」

 

 まちは言っている事がよく理解が出来なかった。

 

「とりあえず、オババのところに行きましょ」

 

「……わかった」

 

 オババの家に行くとそこには先客がいた。

 

 

 

 

「君は?」

 

「私はすず」

 

「東方院行人です。貴方もこの島に流れ着いたんですか?」

 

「正確には…落下した、と言うべきか」

 

「「落下?」」

 

 行人とすずは驚いたように復唱する。

 

「その話しは本当か?」

 

 オババは半信半疑で龍燕に聞く。

 

「彼が言っている事は本当よ。私が見たもの」

 

「そうか」

 

「しかし、なんというか…外にいる人達の目線が痛いな」

 

 龍燕が来た時既に集まっていたが、さらに集まって来ているようだった。

 

「そういえばこの島で行人以外の男性はまだ見ていないが…」

 

 龍燕はここまで歩いて来た道程には女性ばかりで男性は見当たらなかったことを思い出す。

 

「今いる男は、落ちてきたお主と流れ着いたお主だけじゃよ」

 

 オババは龍燕と行人を交互に見て言った。

 

「なん、だと?それは本当なのか?」

 

「本当じゃよ。ここいた男は皆、毎年行われていた『漢だらけの大船釣り大会』にの、丁度十二年前に起こった百年に一度級の津波によって島の外に流されてしまったんじゃよ」

 

 そのオババの話に龍燕は悩んだ。行人は驚きで言葉が出てこないようだった。

 

「まさかそんな島があるとは……。しかし、この視線はどうにかならないものか?」

 

 周りの女性の視線が殺気と間違いそうな感じに身体に突き刺さる。

 

「これは誰かの『モノ』にならんと治まらんじゃろ。まぁ半分ずつといってもいいんじゃがそれではいろいろとお主らも大変じゃろ?」

 

 後半の発言中オババは頬を赤く染め、横目で行人と龍燕を見てきた。

 

「いきなり何を言ってるんだ」

 

 龍燕は呆れたように言った。また帰り方がわからないため少し滞在することになっても、早く帰りたいと考えていた。

 

「しかしこのままで良いのか?」

 

 龍燕と行人は顔を見合わせ考えるが、良い案が浮かばなかった。

 

「何もないじゃろう?一度この島に入れば一生、外には出られないのじゃ……それにしても」

 

 オババは周りを見る。戸を少し開け見る者や障子に指で穴を開け覗く者、天井に隠れて見る者もいた。

 

「…まぁ、仕方ないじゃろ」

 

 龍燕と行人はオババに言われ外に出た。

 

「第一回!婿殿争奪おにごっこ大会を開催しよう!!!」

 

「「「「「いぇーいっ」」」」」

 

 オババの宣言の直後、さっきまでの緊張感はどこへ行ったのか、ほのぼのムードへと場が変わり、しかもなんか

いつの間にか『第一回婿殿争奪鬼ごっこ大会』と書かれた大幕……下の方には小さく『あいらん花ヨメの会』と書かれている――が現れていた。

 

「「って?ちょ、待てーいぃ!!」」

 

 龍燕と行人は声を合わせて怒鳴るとオババは「なんじゃ、婿殿?」と首を傾げて来た。

 

「婿殿言うな!っていうかなんでいきなり僕達が婿にならなきゃいけないんだよ!?」

「その通りだ!」

「お主らは、先程わしが言った事をもう忘れたのか?」

 

 オババの言葉に二人はっとした。

 

「先程も申した通り、この島には今おぬしら以外に男がおらん。じゃから自然とこういう流れとなるんじゃよ」

「だ、だからって……」

「納得できるわけはないだろう……」

 

 二人はオババにそういうとオババは二人に近づき、耳打ちをする。

 

「婿殿、娘達を見てみい」

 

 オババの耳打ちに従い、自分達の目の前に群がる娘達を見た。そこには、すずを除いた全員から何か嫌なオーラを感じ取れた。何かピンク色の殺気が混じったような……そう、言ってみれば男二人を草食獣とすれば彼女達の気配は獲物を見つけた肉食獣のそれだ。

 

 その光景を前に二人は絶句する。

 

「十二年間眠っていた女の本能が一気に目覚めたんじゃ、これはもう誰かのモノに決めなければ収まらんじゃろ」

 

 すると、行人はピシッと手を上げて言った。

 

「ぼ、僕は14歳!まだ結婚できる年じゃ」

 

「?行人」

 

 龍燕は行人の発言に首を傾げた。龍燕のいた国では十となれば結婚出来たからだ。

 

「何を言っておる?14、5で結婚は当たり前じゃろ?」

 

「そ、そんな……」

 

 オババの言葉に行人は唖然とした表情を見せる。

 

「だが、いきなり結婚もどうかと思うんだが……おにごっこ大会だったな?ならば、それに俺達が勝てばこの場は置いておく、という事にしてくれないか?」

 

「うむ。まぁお主らが選べないなら島民も増えるし、全員を嫁にしてもらってもいいと思ったんじゃがのう」

 

「全力にてお断り申し上げる!」

 

 にやにやと笑いながら言うオババに龍燕が間髪入れずに拒否する。そしてそのまま流されるようにおにごっこ大会が開始され、オババは全員の前に立って説明を始める。

 

「それではおにごっこ大会の説明を始める!規則は三つ!!一つ!範囲は島の西側のみ!特に東の森には入らぬこと!」

 

 オババは東の森に向け、ピシッと指をさす。

 

「二つ!制限時間は一番星が輝くまで!今の時期はあの辺!」

 

 オババがさらにビシッと大きな山へ指をさす。

 

「そして三つ!最初に婿殿に触ったものを勝者とする!ただし!婿殿同士が触った場合は勝者にはならずおにごっ

こは続行される!!」

 

「くっ…」

 

 龍燕は、最後に言ったオババの説明に釘を打たれたように感じた。オババは龍燕を見てニヤリと笑う。

 

「わしがその盲点に気づかんとでも思ったか?……以上!それ以外なら逃げる方も鬼もなんでもあり!!婿殿達が走り出した後、100数えたら鬼の開始じゃ!!」

 

 オババは説明を終了させ、改めて婿殿を向いた。

 

「それでは婿殿、開始の準備をしてくだされ」

 

「少し、待ってくれないか?作戦はもう一つあるのでな。行人に伝えたい」

 

 龍燕の言葉にオババは頷いた。

 

「わかった」

 

 龍燕はすぐに行人に、自分の考えたもう一つの策を伝えた。

 

「行人、始まりと同時に全力で走れ。俺は娘達を飛び越え、逆方向へ行く」

 

「え?」

 

 龍燕の作戦に行人は目を見開いた。

 

「どうして?自爆する気なのか?!」

 

「自爆?いや、二手に別れれば娘達も、もしかしたら半分となるだろう。そのあとは自分で対処をお願いする」

 

 行人は少し考えてから答える。

 

「……わかった。絶対に逃げ切って勝とうな!」

 

「ああ。勝って祝い酒を飲もう」

 

 俺は未成年だから酒は無理だけどと言いつつ、行人は龍燕の手を取り二人は握手を交わすとオババの方を振り返った。

 

「うむ、終わったかの?」

 

 オババの言葉に二人は無言で頷く。

 

「それでは……始めィ!」

 

 オババの声と同時に、行人は地面を蹴って前に飛び出した。それと同時にオババが「1、2、3」と数字を数えていく。

 

「龍燕殿は走らんで良いのか?まさか勝負を捨てたわけではあるまい」

 

「ああ。まだ結婚はしたくないからな」

 

 オババは、龍燕の言葉と行動の差に首を傾げながらも数を数える。

 

「…百ッ!始めィ!!」

 

 オババの叫びと同時に娘達が走り出した。

 

「一人は動いてねぇだ!」

 

「おらが頂くだ!」

 

「あたいだ!」

 

 そんな声が娘達から聞こえながら、龍燕に突進する。

 

「眞炎流歩法術……『蹴跳』」

 

 龍燕の呟きと同時に娘達の視界から消えた。掴もうと、触れようと手を伸ばしていた一部の娘達は急に龍燕が消えたため、倒れ込み、混乱し始めた。

 

「いい、イタタ?」

 

「いないだ?」

 

「どこ行っただ?」

 

「後ろにいただ!」

 

 娘達の一人が自分達のいたスタート地点を指差した。同時に娘達の六、七割が走り出した。

 

 龍燕は走りながら振り返り「えっ」と声を漏らした。

 

「な、なんでこんなに多いんだ?!」

 

 疑問に思いながら、龍燕は瞬動で移動し、娘達を混乱させた。

 

 無事逃げ切った龍燕は川を見つけた。

 

「川か」

 

 龍燕は川の水を手で掬い、喉を潤した。

 

「美味しい?」

 

「ああ、うま……?」

 

 声に気付いて振り返ると後ろでまちが座っていた。

 

「うふふ」

 

 まちは笑いながら龍燕を見据える。

 

「…何故俺の居所がわかったんだ?」

 

「それは…私が龍燕様を思う力よ」

 

「……」

 

 言葉の意味がわからず首を傾げる龍燕。

 

「…本当は式神を使って、手分けして龍燕様を捜したの」

 

「そうか。また、ぐぁ?!」

 

 振り返り瞬動で逃げようとした龍燕だったが、龍燕は予想外に吹き矢を放たれ背中に刺さった。同時に痺れて石の上に倒れた。

 

「これは……吹き、矢?」

 

「そうよ。私の作った、即効性の痺れ薬よ」

 

 まちはその場で頭を下げる。

 

「…改めてまちと申します。不束者ですがどうぞよろしく…うふふ」

 

 龍燕は能力を使い、癒し火で治そうとしたが集中しようとすると痺れが邪魔で集中できなかった。また脚にも、身体自体が痺れでうまく動かない。

 

 龍燕は(これは……詰んだか?)と心中で思った。しかし異変が起きた。

 

「あれ?痺れがひいた」

 

 龍燕の身体から痺れがひき、その言葉にまちは「あれ?」と声を漏らす。

 

「もしかして、即効なだけにひくのも即効なのか?それとも俺の身体の回復が早かったのか」

 

 立ち上がろうとした時、まちは再び吹き矢を構え撃ち放つ。それを龍燕は矢を手で払った。

 

「同じ手は二度も通じないよ」

 

 龍燕は石を蹴り、その場から瞬動で離脱した。

 

 

 

 

 夕方。空に一番星が上がり、龍燕は堂々とオババのところへ向かった。

 

「逃げ切る事に成功した」

 

「うむ」

 

「行人は?」

 

「あそこじゃよ」

 

 オババはすずと一緒にいる行人に顔を向けた。

 

「結果は?」

 

「無事逃げ切る事に成功したのは…龍燕。お主だけじゃよ」

 

「なに?じゃあ行人は……」

 

 オババは無言だった。龍燕は行人の方へ行く。

 

「行人…」

 

「あ、龍燕」

 

 行人は落ち込んでいた。

 

「残念、だったな」

 

「うん。僕はすずの家に住む事にはなったんだけど、龍燕が戻る少し前にすずが……僕の事、いらないって言って……」

 

「いらない?」

 

 龍燕は?を浮かべた。そこへ、龍燕は声をかけられた。

 

「あの龍燕様?よかったらうちのところへ泊まりに」

 

「いや、おらのところに!」

 

「あたいのところへ!!」

 

 龍燕のところへ駆け寄ってきた娘達が、次々と言う。悩んだ龍燕はそこから一歩下がり、娘達を落ち着かせようと声を上げる。

 

「ちょっと落ち着け!」

 

 しかし娘達の耳には届かなかったようで話が次に進む。

 

「!そうだ」

 

 娘達の一人が声を上げた。

 

「龍燕様が決めるってどうだ?」

 

 その発言で皆は納得し、再び龍燕を取り囲む。

 

「「「龍燕様!誰の家に(来るだか)(来ますか)?」」」

 

「え、と…」

 

 流された龍燕は仕方なくその問いに考える。そして娘達を掻き分け、一人の娘の前に立った。

 

「私?」

 

 まちは少し驚いた顔を見せる。

 

「家を作るまでの間、泊めてはくれないか?」

 

「はい」

 

 まちは喜んで答え、他の娘達は「そんな~」と力が抜けた様に地べたについた。

 

 

 

 

 



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第02話 てつだって

SIDE 灼煉院 龍燕

 

 目を覚ましたらまず目に入るのは見慣れた天井……ではなく、まちの家の天井だった。

 

「……やっぱり夢じゃない、ん?」

 

 なんだか腹に何か重りのようなものがある?

 

「目が覚めた?」

「ん?!」

 

 苦しいと思い気や、まちが俺の腹の上で正座している。

 

「え…と、これは何かの罰か?」

「何かしたの?」

 

 まちは無表情で首を傾げて聞いてくる。その返しで罰ではないということはわかったがなぜ腹上にいるのかわからない。

 

「…何故俺の腹の上にいるんだ?」

「特等席で龍燕様の寝顔を見たかったから」

「特等席……」

 

 冗談だよな……。特等席というならまだ隣で座って覗き見ている方がまだ良かった。

 俺は溜め息をついて、まちに気にせず半身を起こす。布団がクッションとなり頭を打つことはないだろう。まちは後ろに倒れ、赤く染まった頬を手で触れていた。

 

「ふふ。龍燕様ったら大胆ね」

 

 まちの言葉を気にせずに立ち上がった俺は、縁側へ移動し背伸びをする。

 

「ふぁ……いい天気だ」

 

 一言言ったあと俺は布団を畳み、着替えを済ませる。

 

「龍燕様?今どうやったの?」

「ん?」

 

 振り返るとまちは驚いた顔をしていた。

 

「なにがだ?」

「着ていたものが一瞬で変わった……、何をしたの?」

 

 ああ、これか。

 

武己(ブキ)の機能の一つだ」

 

 俺は身につけていた籠手型の武己をまちに見せた。

 

「ぶき?」

「ああ。瞬間装着の応用だ。あらかじめ登録をしておくとできる」

「へぇー便利ね。そうだわ」

 

 まちは笑顔で、何か閃いた様に手を叩いた。

 

「龍燕様は料理できる?」

「ん?出来るが。ええと、作ってほしいのか?」

「食べてみたいわ!龍燕様の手料理」

「そうか」

 

 俺はまちに案内され、台所に入った。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

「ここに野菜があって……こっちには魚があるわ」

 

 龍燕は大きな野菜に目がいった。

 

「随分と大きい……大根だな。それに……」

 

 龍燕は……魚と言われたものを一匹手に取る。

 

「これは新種か?」

「何を言ってるの?それは鰯よ」

「これが…鰯。こっちのはなんだ」

「そっちは鯛よ。龍燕様は初めて見たの?」

「この……魚はな」

 

 龍燕の出身は内陸ではあったが流通や旅をしていた頃によく目にしていて、調理したこともあった。しかし記憶にある魚と目の前にある魚が全く一致しない。龍燕は料理で魚は使わない方が良いなと思った。

 

「わかった。有り難う。まちは居間で待っていてくれ」

 

 まちは頷いて台所から出て行った。

 

「よし、作るか」

 

 龍燕はまず能力の炎で火加減を調節しながら素早く切った野菜を炒めて単純に野菜炒めを作る。続いて味噌汁を作り、最後に武己の収納機能からご飯を取り出だす。収納機能に入った物は入れた時の状態で維持されているため、炊き立てで入れていたご飯はほかほかだ。

 

「これでよし」

 

 使用したものに清めの炎を掛け、元に戻した。出来たものをお盆に乗せてまちのいる居間へと向かう。

 

「出来たぞ」

「え、もう?」

 

 龍燕はちゃぶ台の上に料理を並べた。

 

「随分と早いわね」

 

 料理時間は約10分程。野菜炒めや味噌汁、特にご飯は通常ならありえない早さだ。

 

「ご飯は武己の収納機能にいれておいたのを使った。野菜炒めと味噌汁は台所にあったものを使わせてもらったよ。冷めないうちに召し上がれ」

 

 まちは頂きますと言って食べはじめた。

 

「美味しい。あやねより」

「あやね?」

「妹よ。ほとんど当番はあやねだったの」

「そうなのか。そういえば、その妹は?」

「わからないわ。多分まだ帰って来ないかも。……帰って来たらお仕置きだわ」

 

 ゴゴゴッとまちから黒いオーラが浮き上がる。

 

「…そ、そうか」

 

 

 

 

 食べ終わると龍燕は皿や茶碗に清めの炎を掛けた。まちはその炎を不思議そうに見ていた。

 

「なにそれ」

「ん?清めの炎だ。汚れた物等をその名の通り清める炎だ」

「初めて見たわ」

「そうか。触れてみるか?」

 

 まちは驚いて龍燕に聞く。

 

「火傷しない?」

「温度の調整は出来るから温かいだけだ」

「……触ってみたい」

 

 龍燕は清めの炎を掌に出してまちの方へ差し出す。それをまちはゆっくりと手を伸ばし、炎に触れた。

 

「あ、温かい。不思議ね」

「他にも色々ある。例えば癒し火とか」

「それも…名前の通り?」

「ああ。癒し火は名の通り、傷を癒したり、病気を治したりする技だ。まぁ限度はあるがな」

「凄いわ。そうだ。龍燕様は昨日からお風呂に入っていないでしょう。今沸いてるから…どうぞ入って下さい」

「おっ、風呂か。有り難う。入らせてもらうよ」

 

 龍燕は脱衣所に案内してもらう。脱いだ着物を籠に入れ、武己から手拭いを出して風呂場に入り、身体を洗って湯船に浸かった。

 

「はぁー…いい湯だ」

 

 満足そうに呟く龍燕。

 

『龍燕様。湯加減はどうですか?』

「丁度良いよ」

『そう。よかったわ。うふふ』

 

 まちから妙な笑いが漏れると、突然扉が開かれた。

 

「!!」

 

 龍燕は驚いて振り返る。

 

「龍燕様。お背中を流します。うふふ…」

 

 まちが身体を隠さず風呂に侵入し、不気味な笑みをこぼしながら龍燕に近づいてきた。

 

「ま、まち?何故風呂に?」

「龍燕様のお背中を流そうと」

「俺はもう洗った」

「遠慮しないで」

「…すまんな、流石に遠慮させてもらうよ」

 

 龍燕は一言残し、風呂場から消え去った。

 

「!龍燕様?」

 

 まちは突然龍燕が消えて混乱した。

 

 

 

 

 龍燕はまちの家から(逃げるように)出た後、行人の気配を捜した。

 行人の気配は簡単に見つかり、すぐに向かった。

 

「行人。おはよう」

「あ、龍燕おはよう」

「おはよう龍燕」

「ぷー」

「ん?この生き物は?」

 

 行人の頭に乗る丸い生き物に龍燕は気になった。どこかで見たような、似たようなのを見た覚えがと龍燕は思った。

 

「この子はとんかつ。私のうちで一緒に住んでるの」

「とんかつ…」

 

 その名を聞いて龍燕の脳裏に『豚』が浮かんだ。もちろん行人の頭に乗る丸いのではない。さらに名前がその先なる?非常食みたいで……と思ったところで思考を止めた。

 

「ええと、龍燕さん。頭に思ったの…多分俺が思ったのと同じです」

「そうか」

 

 行人も龍燕の表情から自身が思ったのと同じだと気づいたらしく苦笑しながら言っていた。

 それから龍燕も行人達と一緒に歩き出す。

 

「行人達はこれから何をするんだ」

「すずと一緒に村の方へお手伝いに行くんだ」

「ほぅ、お手伝いか」

 

 龍燕は頷いた。

 

「面白そうだな。俺もついて行って良いか?」

「良いよ。そういえばまち姉は?」

「まち?……多分大丈夫だ」

「多分?」

「置き手紙を置いてきた」

 

 脱衣所に瞬間移動して服を入れた籠を手にさらに居間へと跳び、素早く着たあとに『出かけてくる』の一言紙に書いてきた。たぶん大丈夫だ。

 

「そうなんだ」

 

 三人は村に向かった。

 

「すーずー!おいもの収穫手伝ってー!」

「あ、はーい!」

「早速だな。さ、行くぞ」

「うん!」

 

 早速声をかけられたすずは元気良く手を振りながら返すと声の方に走り出し、それを見た龍燕が静かに行人にそう言うと彼も頷き、二人もすずの後を追いかけていった。

 

「あら、行人さんに龍燕さん」

「おはようございます」

「二人も手伝ってくれるって」

「うん、任せといてよ!」

 

 声をかけてきた二人の少女の名前は人数が多すぎて行人も龍燕も覚えていなかったが、すずの言葉に行人は元気良く返し、龍燕もああと頷く。そして行人はやる気十分に畑へ入っていく。

 龍燕は今朝の巨大野菜を思い出し、もしかしたら大きいだろうなと思った。

 

「よかったー。イモ掘りくらいなら僕にも出来るよ」

 

 行人はそう呟きながら地面から伸びているツルを握る。

 

「あ、行人。一人じゃ無理だよ、一緒にやろ?」

 

 すずが突然そう言い、その言葉に行人はショックを受けたようにうなだれるが直後くっくっと笑い出す。

 

「た、確かに体力じゃ少しばかり皆に劣るかもしれないけど……見せてやるよ!! パワーなら負けてないってとこを!!!」

 

 行人は気のせいか目をキュピーンと輝かせてツルを引っ張り、その勢いにその場にいた女性陣はおぉっと声を上げる。が……。

 

「ゴメンナサイ、ダメデシタ……」

 

 全然全く引っこ抜けないまま行人は力尽きる。

 

「ほう。そんなに抵抗があるか」

 

 龍燕は行人と場所を入れ替わり、行人の握っていたツルを手に握って軽くピンピンと確かめるように引く。

 

「龍燕も一人じゃ無理だよ?」

 

 すずは龍燕にも行人に言ったように言うが、龍燕は何度か頷いてから問題ないと言ってひょいっと引っ張り上げた。直後、巨大な芋が三つ飛び出し、ドスンッと三度音を立てて落ちた。

 

「か、片手で?!」

「凄い……」

「りんちゃんより凄いだ……」

 

 龍燕は通常の芋より約十倍近くあり、さらに自分の予想よりかなり大きかったことに驚いた。

 

「抵抗はそこそこあったがやっぱり、この程度なら問題ないな」

「この程度ってどの程度までいけるの?!」

「……難しいな」

 

 行人の問いを迷いながらも、芋掘りは続き、全てを掘り終えた。

 そしてもう、一つ目の仕事で既に満身創痍となっている行人を連れ、すずと龍燕は村を歩いていく。その先々で龍燕は珍しいものを見るような目を向けていた。

 

「それにしても……でかいな、野菜」

「へえ、龍燕のとこじゃ小さいんだ」

「あぁ、うん、まあな……」

 

 龍燕の言葉にすずが意外そうに返すと、頭をかいて龍燕は言葉を濁す。それを見た行人がすずに聞いた。

 

「で、次は?」

「えと、羊の毛を刈るの」

「羊か。あの毛の生えた動物だろう?一度見たことはあったが、触れると気持ち良さそうな毛だったな」

 

 心なしか嬉しそうに、過去に見た羊を龍燕は思い出しながら言った。

 

「へ~、龍燕って動物好きなんだ。意外だね」

「まぁ好きだな。特に火山龍とか」

「火山龍?そんなのいるの?」

 

 行人とすずは龍燕の言葉で驚き振り向いた。

 

「さて、羊だったな。どこにいるんだ?」

「あ、あっちあっち」

 

 龍燕の問いにすずはそう言って走り出し、それを見た龍燕がいち早く後を追うと行人は一瞬立ち止まって何かを考えるような表情を見せたが再びその後を追う。

 そして彼らはすず達が羊と呼ぶ動物の毛刈りに挑戦する……のだが……。

 

「なんだこれは……」

「羊だよ?もふもふしてて可愛いじゃない」

 

 龍燕の絶句した表情で言った言葉に、すずは何言ってるの?というように首を傾げて返す。

 彼らの目の前にいるのは龍燕の見覚えのある羊から遠く離れたような…、なんというか綿菓子に鳥の足をくっつけたような生物だった。

 

「なんかこの島の動物って変わってるよね?パチモンくさいっていうか……」

「行人、それは失礼だと思うぞ。でもまぁ…触り心地はよくかわいいな」

 

 三人は鋏を貰うと毛刈りを始める。いつも手伝っているのであろうすずは手慣れた様子で羊の毛を苅っていく。龍燕はすずを見ながら行い、少しずつだがコツを掴んで苅っていく。行人は……どうにも手つきがおぼつかず、それを見たすずが口を開いた。

 

「あ、行人。気をつけて刈ってね? その子達怒ると――」

「――メェッ!?」

「あ、ゴメン」

 

 すずの注意は遅く、行人はちょっぴり羊の身を切ってしまい、切られてしまった羊は苦痛の悲鳴を上げる。行人は謝罪の声を出すが、その次の瞬間羊の群れが行人に襲い掛かった。

 

「ぎぃーやぁーっ!!!」

「一斉に襲ってくるから、って遅かった……」

「仲間意識が非常に高い…羊?だな」

 

 襲われている行人が悲鳴を上げ、すずが及び腰になりながら説明を続けると龍燕は自分の手の中に避難してきたとんかつの頭を無意識の内に撫でながらそう呟く。その後怪我をしてしまった羊は龍燕の癒し火によって傷を治してあげた。

 

 

 

 

 

 それから三人は牛の乳絞りやら田植えの手伝いやらを行うが行人は乳搾りでは牛にヘタクソと潰され、田植えでは田んぼの中にダイブしてしまう、ものの見事な足手まといっぷりを発揮していた。

 

「龍燕、ほんと凄かったなぁ……特に水面に、いや宙に浮いてたのかアレ?」

「歩法術の一つ。虚空瞬動の応用だ。虚空瞬動は、足元に精神力を使って擬似的に足場を作って行うんだが、その足場の範囲を広くしてやったんだ」

「なんか非常識な技持ってるね」

 

 行人はアハハと元気なく笑い、龍燕はただそうかと返した。

 

「あ、気づけばもう夕方か。もうそろそろまちの家に戻るよ」

「そうだね。じゃまた明日」

「また明日ね」

「ああ、明日な」

「ぶー」

 

 龍燕は軽く手を振り返して見送った。

 

 

 

 

 長い階段を上り切ると鳥居の下でまちが座っていた。

 

「ただいま」

「うふふ……お帰りなさい、龍燕」

「なんか不気味だな」

 

 まちは不気味に微笑む。いや……不機嫌なんだろう、完全に。

 

「私を置いて行ったわね?ちょっと道場の方に来て」

「道場の方に?」

 

 龍燕は首を傾げながらまちについて行き、道場に入った。

 

「さぁ龍燕様、来て」

「……」

 

 まちは変わらず不気味な笑みを浮かべたまま構え始める。

 

「ええと…まず聞いていいか?」

「なに龍燕様」

「体術とか知ってるのか?」

「これでも強いわよ?」

 

 首を傾げる龍燕にまちはムッとなる。

 

「なんで首を傾げるのよ」

「まぁ、手合わせくらいなら」

 

 龍燕も右半身を引いて構えを取る。

 

「本気で来てね」

「本気でいいのか?」

「いいわ」

 

 まちは笑みを浮かべた。自身が言うほど自信があるようだった。

 

「行くわよ!」

 

 まちが龍燕の懐へ素早く近づき、背負い投げをしようとしたが……。

 

「あれ?」

 

 確実に握った筈の龍燕の腕が消えていた。

 

「遅い」

 

 まちが気づいた時既に、右側から龍燕の手刀が首筋に触れていた。

 

「一様言っとくが、これが俺の能力なし、単純な全力の『速さ』だ」

 

 龍燕は首筋から手刀を離す。

 

「……全く、気づく事ができなかった」

 

 まちは悔しそうな顔で言った。

 

「鍛練すればまちも速く動けるようになると思うぞ」

「そう?」

 

 まちは少し嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「……龍燕様」

「ん」

「私にその速技(ソクギ)を伝授して」

「速技…瞬動を?厳しいと思うが、それでも良いんなら」

 

 まちは嬉しそうに喜び、龍燕に抱き着いた。

 

「頑張るわ」

 

 龍燕はまちに瞬動を伝授することになった。

 

 

 

 

 

 



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第03話 逃げて、逃れて、お姉様

 

「龍燕様、あやねを見てないかしら?」

「あやね?見てないが」

 

 道場から出た龍燕はまちに手拭いをもらった。

 

「そう、一体何処に逃げたのかしら……」

「何かあったのか?」

「ちょっと、ね。そうだわ、龍燕様なら見つけられるわよね?気配でわからないかしら」

「え、ああ出来る」

 

 そう言って龍燕は目を閉じて意識を集中する。

 

「………いた。近くに行人やすずもいるな」

「すずにもお願いしたから。もう捕まえたのかしら」

「ん」

 

 あやねが途中現れたもんじろうと一緒に、いや行人もすずから離れた。

 

「どうしたの?」

「気配からして、あやねともんじろう、行人が一緒にすずから離れた」

「すずったら逃がしたわね」

「俺がちょっと行ってくるか」

 

 自作の饅頭をいくつか武己から取り出し、まちに渡す。

 

「試しに作った自作饅頭だ。くつろいで待ってて」

「ありがとう。ふふ、待ってるわ」

 

 龍燕は瞬間移動であやねの近くへ跳んだ。

 

 

 

 

 

 瞬間移動であやねの近くに跳ぶと行人も一緒にいた。

 

「おう、行人。あやね」

「あ、龍燕」「し、……龍燕様?」

 

 龍燕に気づいたあやねが龍燕から少し離れた。

 

「龍燕様?もしかしてお姉様にお願いされたの?」

「まぁそうなるな。なにをしたのかはわからないが、悪いことをしたなら素直に謝った方がいいと思うぞ?」

 

 あやねは首を横に振った。

 

「そんなの自殺行為よ!どうにか弱味を見つけたほうが得策よ」

 

 あやねの考えに龍燕は溜め息をついた。

 

「行人はどっちが正しい判断と思う?」

「龍燕の方だと思うよ。さっき同じことをあやねに言ったんだけどね」

 

 龍燕はあやねの後を行人と一緒についていった。

 

 

 

 

 

 まちの弱点探しを初めてからだいぶ時間は過ぎたが、あやねはまだ見つけられずにいた。

 

「もう夕方になりそうだな」

「もーなんでもいーから弱点教えてよー!弱点ー!」

 

 あやねは涙目で必死に龍燕や行人にまで言い始めた。

 

「涙目で言われてもなぁ……」

「僕達、島来たばかりだしね」

 

 龍燕と行人が苦笑しながら顔を見合わせる。

 

「あ、そうだ!」

 

 すずが何か思い付いたようで声を上げ、皆が振り返った。

 

「そんなの本人に聞けばいーんじゃない」

「「え?」」

 

 すずの単純な思い付きに龍燕と行人は声を漏らした。

 

「ちょっと行ってくるね」

 

 そう言葉を言い残し、すずは走って行ってしまった。

 

「自分の弱点をそんな簡単に人に教えるかな?」

「僕も教えてくれないと思う」

「でもすずになら案外ポロリと話しちゃうかも」

「話を聞いてあーやっぱりな……て感じになるんじゃないか?なんかまちの弱点というか……人間の弱点、例えば心臓を突かれたら死ぬ、とか」

「あ、たしかにまちならなんかそんな感じがするね」

 

 龍燕の予想に行人も確かにと答える。しかしあやねはすずを信じて待った。

 

「聞いてきたよー」

「よっしでかした!」

「帰ってきたな」

「うん」

 

 あやねはすずを期待の目で見る。

 

「『心臓を刀や矢で刺されると死ぬ』っていうのが弱点だって」

 

 すずの答えに龍燕と行人はやっぱりそうだよなと笑った。

 

「ほぉーそれじゃあんたは心臓に何か刺さっても死なんのか?コラ!」

「痛い目に合う前に諦めといた方がいいんじゃない?」

「確かにな。そうした方がいいと思うぞ?」

「いやよ!」

「ならどうする?続けるのか?この流れから……ん?」

 

 龍燕は話途中、ある気配に気づき言葉を止めて振り返る。

 

「せめて一矢でも報いなきゃくやしーじゃない!」

「まったく、負けず嫌いだなー君は」

 

 あやねと行人は気配に気付かず、まだ話を続けている。

 

「あーあやね?弱点探しは失敗だと思うぞ?」

「まだよ!絶対あの『行き遅れのババァ』にぎゃふんと言わせてやるんだからぁー!」

 

 龍燕は止めに入ろうとしたが、あやねの発言でその後ろにいた気配の主がかなりの精神的なショックを受けた。

 

「行き遅れ?」

 

 行人の言葉にそうよ!と返し、さらにあやねは続けた。

 

「お姉様ももう18!立派に適齢期の過ぎた行き遅れの年増女なのよ!」

 

 さらにまちはショックを受けて膝を地に着かせた。

 

「明治の風習が残っているとはいえ、18が適齢期とは……」

「18?ここではそんなに低いのか?俺のところでは70代でも結構多かったが?」

 

 後者龍燕の場合は、医療技術が高いため長生きする人が多く、自然と高齢者結婚も多いという事だけだ。

 

「ねぇ、そんな言い方したらまち姉、落ち込んじゃうよ?ほら」

「へ……?」

 

 すずがあやねの後ろを指差し、気付いたあやねはピタリと動きを止めた。そして真っ青な顔でゆっくりと振り返る。そこに真っ白なまちがいたのに気づき、あやねは悲鳴を上げた。

 

「裏切ったわねすず!!お姉様を連れてくるなんて」

 

 再びすずの方へ向き直しあやねは怒鳴る。

 

「え?早く顔を会わせて仲直りした方がいいって思ったから」

「すず、そんなつもりで」

「言い判断だ」

 

 行人と龍燕がそうだなと思った。

 

「それに、あやねのところに案内すれば豆大福を五十個にしてくれるって。まち姉が」

「「やっぱ豆大福か!!」」

 

 あやねと行人が突っ込みを入れ、龍燕はまたかと頭を抱えた。

 

 まちは現れて最初は酷くショックを受けた。これが弱点と知るやあやねは言葉の猛攻をまちに良い続けた。

 

「な、なぁ龍燕。さすがにまちが可哀想に見えるが……」

「確かに……でもすぐにあやねの悲鳴で終わりそうだぞ?」

「え?」

 

 行人が改めてまちを見てみると、黒いオーラを身に纏っているように見えた。あやねはまだ気づいていないようだったが、まちが手に持っていた呪いの人形と釘を見てアレ?と気づいたのかまちの顔をうかがい、一瞬で顔を青ざめた。

 

 

 

 今日もあやねの悲鳴が藍蘭島に響く事になった。

 

 

 

 

 



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