赤龍帝は千葉に居る (おーり)
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プロローグ

この物語はクロスオーバーなので、登場人物はそれなりに原作より乖離します
尚、俺TUEEEE!にはならないはずです



 

 走る、走る、只管に走って逃げる。

 この時間帯でも、いつもは人通りも雑多な繁華街であるのに、今は何故か人とぶつかることも無い。

 それに、町並みもなんだか変貌しているような、そんな気がする。

 三浦優美子の逃げる先は路地が腐って爛れたような、実際に触れても視覚効果以上に得られるモノなど無いのだが『そういう風貌』に伺える、佇むだけでSAN値が削られる街中を転がるように彼女は駆けていた。

 

 建物に手をついて、呼吸を整える。

 あまり触れたくはない、粘つくような僅かな嫌悪感をその手の感触に覚えつつ、中学時代にテニス部で得た体力と体幹を全身で使い、彼女は前へと駆け続ける。

 一年のブランクがあるために、遊び歩いていた分だけ気合には足りず、すぐに彼女は肺に吸い込んだ空気を吐瀉するような呼吸で立ち止まったのだが。

 

 

「はぁ、はぁ、……っなん、だっての、アレは……っ!?」

 

 

 そうなったのも偏に逃げていたため。

 街中で突然遭遇した、ヘドロのような体毛を備えた大型犬のような怪物を思い出して、それがただの獣とは思えなかったと優美子は身を震わせる。

 向けられた視線には暗く濁った明確な殺意が籠り、尖った獣の口はその端を嗤うように歪ませて。

 それに嫌な気配を感じていて、優美子は間一髪助かった。

 それが多少薄汚れた野良犬だと思っていたら、最初のひと咬みが届く位置に手を伸ばしていた可能性もあっただろう。

 傍に誰も、いつの間にか逸れていたことが、周囲へ自分を良く見せようという気も無かったことが彼女の一命を取り留めた。

 

 ガチリ、と咬み合った歯の音。

 衝撃が先に届き、押されるがままに転んで尻もちを着く。

 翻った短めのスカートから覗く真白い太腿は泥で汚れたが、手にしていた鞄をも投げ出されたことで身軽になった。

 そして、咄嗟だったその時に味わった、微かな痛みを優美子は遅ればせながら自覚する。

 剥き出しにされた、異様な悪意。

 一瞬の判断が、彼女を逃亡へと選択させた。

 

 追い立てられ、追い込まれ、路地を転がるように駆けたその姿は、まるで猫に甚振られる小動物のようでもあった。

 窮鼠の気持ちを思い知った優美子は泣きそうな顔で逃げ惑い、その感情は恐怖に埋め尽くされる。

 追い立てた獣の方もまた、嬲ることそのものを愉しんでいるのだろう。

 逃げる最中、幾度と襲われたために生じた衣服の破損には、微かな血の滲みも生まれていた。

 

 これが遊び半分ではなく、何だというのか。

 制服の汚れと、右の二の腕に滲むジクジクとした痛みを手で押さえ乍ら、一端の小休止を与えられた彼女はじわり、と泣きたくなる気持ちに襲われる。

 なぜ自分がこんな目に。どうして誰もいないのか。誰か助けてくれないのか。

 あの獣がなんなのか、という点については今は良い。

 わかっても助かる見込みが見出せないのでは、逃げることに割ける思考も足りなくなるのだと意識とは違う部分が警鐘を鳴らしていた。

 しかし、――それならば先ずは感情を優先するべきではなかったのだろう。

 

 

『グルァォン!』

「ひぃっ!?」

 

 

 知らず追い付いていた獣が吠え、彼女の脚――右の脹脛(ふくらはぎ)へと噛み付いて来ていた。

 今度は避けることも叶わず、されるがままに、

 

 

「あああああああ!? 痛い! いたいいたいっ! やめっ、やめてぇっ!?」

 

 

 言葉にしても聴く相手ではないことに、気付いていないわけではないだろう。

 しかし声に出さずにはいられないほど、彼女の心はすっかりと折れていた。

 玩具を振り回すようにブルブルと揺する獣に噛み付かれたまま、脚の傷は広がり牙は肉へと食い込んでゆく。

 先ほどまで抑えられていた涙はもう止めることも叶わず、彼女のその顔はぐしゃぐしゃに(ひしゃ)げて絶望に(まみ)れている。

 泣いてもどうしようもなくとも、もうそれしか取れる手段がないのだと、脆弱な命は生存のための選択すらも投げ出してしまっていた。

 

 

「いやだ! やだ、やだぁああああああああ!!」

 

 

 助けは来ない――、

 

 

 

  ☆  

 

 

 

 ――と、思うじゃん?

 

 

「オラぁ!」

『ギャイン!?』

 

 

 ジョジョっぽく拳で殴り抜ければかっこよかったのだけど、俺がやったことは犬っころの無防備な腹を蹴っ飛ばしたチンピラアタックでしかなかった。

 動物虐待で訴えられそうだが、狂犬病患ったようなモノに襲われる奴が居たら仕方ない判断だと思うんだ。

 犬は嫌いじゃないのだが、こうなったら仕方がない。

 ていうか、こいつ犬じゃなくてはぐれ悪魔じゃねーか。犬のふりをしてるのか、それとも言葉の通じないタイプなのかね。

 

 

「ハチマン!」

―バヂンッ

『バウァウ!』

 

 

 蹴っ飛ばした犬をしっかりと見ていたのだが、後ろから来た別のナニかをラウラが顕現させた盾で防ぐ。

 ……二匹目? いや、複数体か? はいはい探知探知。全部捉えないとダメかな。メンドクセー。

 あとどうでもいいけどラウラさん、この場で俺の名前を呼ぶ必要あった?

 

 

「……ぅ、ぁ……っ」

「わぁヤベェ。ラウラ、そっちのコギャルを守っとけ。ハイライトさんが仕事してねぇ」

『『『ウェヒヒヒヒ!』』』

「いや、増えたアレをハチマンだけで対処できないだろ」

 

 

 正論だけども、俺に見知らぬ女子を守れ、と?

 無理云うな。

 

 

「いや、俺がやるにはアレがアレだし、ね?」

「知らん。盾を貸すから婦女子の守りは任せた。私はアレらを円環の理に還してくる。機動力なら任せろー!」

 

 

 わぁお、ラウラさんマジイッケメェン……(トゥンク。

 ビームサーベルみたいな剣を顕現させて光の羽根を肩甲骨辺りから発現させつつバリバリーと突っ込んでゆく運命系の機動戦士みたいな彼女を見送り、俺はまた女子の背後から強襲してくる犬(4匹目)を盾で防ぐ。

 

 なんでコイツこんなに狙われてんの?

 今更ながら見下ろせば、制服のあちこちは破けて血で滲み、力が入らないのであろう座り込んだ脚は泥に塗れて傷だらけで、特に酷い箇所もあるから早急な止血が必要。

 その顔はかなり疲れ切っていて、ボロボロに泣いたような痕すら伺える。

 ゴメン、もっと早くに助けるべきだった。

 

 いや、謎の結界内部であっちへこっちへとはぐれ悪魔ともども動き回られたから追い付けなかったのだけどもね、まあ言い訳にしかならねぇから口にはしない。

 そもそもこういうのって何とかするのは他の、しっかりと土地管理してるひとの仕事じゃないんすかね? そこんとこどうなってんでぃすかグレモリーすぁん!? 俺が懸念する必要はねぇな。うむQED。

 

 

「とりあえず、止血、っと」

『ウォォォン!』

―バヂン

 

 

 魔力で脚の酷い部分を覆い、体液の循環を調整するイメージ。

 女の子だし、出来る限り痕を残さないように手掛ける。

 というか、このままこの子生き残ってこの事態を下手に漏らされるとこちらの都合にかなり悪い。

 痕も残っていたりすると嫌な禍根が残りそうだし、証拠隠滅(印象操作)しとかんと。

 

 

「あと痛む処はあるか? あ、服に関してはどうにもできん。すまんが転んだとでも言い訳しておいてくれ」

「………………(コクコク」

『ギャイィン!』

―バヂン

 

 

 腕の血が滲んでいるところも治して、しかし呆けたままの彼女からの反応は弱い、というか声を聴けない。

 警戒されてるのか、まあ現在普通に襲われてる真っ最中だし、なんともできんか。

 安心できるとは言い難いだろうし。

 

 

「――よし、位置取り完了。ラウラ! 武器くれ武器!」

「威力は!?」

「リボルバーで一発分でかいやつ!」

 

 

 魔力を電波のようなものに変換し、周囲へ放射状に拡散させていたのが探知術の正体だ。

 これは元々が俺の魔力であるためか、既定の電磁波とは位相が異なる波長なので俺以外には感知できず、また遮蔽物などでその放射が止められることも無い。

 要するに『レーダー』と同じ仕様を、覚えたての魔術だか魔法だかで再現して、可能な限り状況のイニシアチブを取ろうという試みだ。ありきたりな技でもあるし、ひょっとしたら俺以外にも備えている奴がいるかもしれない。

 そしてコレは同様に魔力を備えた存在は例外で、ぶつかると見事に反射し居場所と強さと現状の感情などを掌握する。たぶん元素的な性質変換にまでは至ってないのだろう。要するに相手の霊圧を感知するようなモノだ。

 そうなると普通は相手側にも感知されていると思われるのだが、実際コレをラウラへ使った時には一切気付かれなかった。

 波長が微弱過ぎて反応できなかったのか、どちらにせよ俺自身のステルス機能をしっかりと搭載してくれた技術。いわば、ステルスレーダーと呼べる探索術。

 構築したときは出来立て転生悪魔としての拙い魔力量などで実現が暗礁に乗り上げた気もしたが、実際やってみると然程でもなくあっさりと使えている現実。

 アレだな。うちの王様の教えが上手かった。

 うむ、調子には乗らないよ?

 

 犬たちと対峙していたラウラが舞い戻り、武器の製造に取り掛かる間、俺はタンク役を引き続き引き受ける。

 襲い来る犬らを全方向で防御しつつ、小さく悲鳴を上げた女子を守ることも忘れずに。

 

 ラウラの発現した異能は自身の魔力がある限り『銃器を初めとした近代武装の精製』を可能とする具現化能力で、本人が所持することさえできれば具現化できる。

 何処かの異世界で転生したハーレムを造るミリオタみたいな異能だが、素材なしで精製できるし制約も緩いので能力的には上位互換だろう。ニコニコできる静画で主人公(♂)のアヘ顔のキモさにコメントから総ツッコミ食らって俺もまた同意する以外に感想が無かったからコミックスも購入して無いし以降の連載も読んでいないが、多分そんな感じだ。

 精製に必要なモノが魔力だけなので、彼女から10メートルも離れると消失してしまうが、下手に形が残られても見知らぬ他人に使われるだけだろうから其処は問題ない。

 問題点と言えば精製に時間がかかることだが、先ほども見せた通り予め造っておいたモノは彼女自身が何処かへと仕舞って置けるらしく、俺との初戦闘時も『作り置き銃器による絨毯爆撃』で随分と痛い目を見させていただいた。実質、単騎の戦闘においては俺より強いと呼ばざるを得ない。なお、その戦闘能力については異能は関係のない身体的なものだ。素で強い。妬ましい。パルパルパル……。

 妬ましい俺の感想はさておき、こうして注文した品を用意してくれることに時間がかかるが、決定力の無い俺にとっては実に得難いパートナーになってくれるはずであった。

 

 

「できたぞハチマン! 弾数は6、高威力は3発目だ! くれぐれも悪用するんじゃないぞ!」

「了解だラガサ博士!」

「ラガ、誰!?」

 

 

 受け取って、受け渡し、役割をスイッチ。

 ネタを混じらせつつ把握した位置へ、1、2、3、4。2発残った。

 狙うは右手で、左手は添えるだけ。

 追い込むように、位置を調整して、撃つべき場所へと導かれた犬っころへと吸い込まれるように弾丸が飛ぶ。

 

 

『ギャワアアアアアアン!?』

 

 

 最初に把握したここいらに居るはずのはぐれ悪魔は1体。

 つまり、残っていた多数の犬は残像みたいなもので、本体はひとつだけ。

 狙われる痛みを知るが良い。

 窮鼠の気持ちになるでごぜーますよ。

 まあ知るまでもなく絶命する運命なのだが。

 

 

「はぁー……、一撃か。むちゃくちゃな命中率だな」

「当てるっていうよりは当たる場所へ追い込むんだよ。読み取れれば楽だぜ?」

「そんな芸当お前以外に出来るか」

 

 

 同じ技能を習得すればだれでもできると思うのだけどなぁ。

 第一、こうして当てるだけで倒せるのは偏にラウラ自身の魔力のお陰だ。

 人工製でも天使は天使、ラウラの魔力は基本的に聖属性と言うか光系と言うか、悪魔にとってはめっさ毒な威力を発揮できる。

 それで精製した弾丸も同じこと。

 ……よく考えればコイツの科白、自画自賛じゃね?

 

 さて、

 

 

「そろそろこの変な結界も消えるな。帰るぞラウラ。それじゃあお大事に」

「えっ、ちょっ」

 

 

 今気づいたが、狼狽えているこの女子の制服うち(総武)のだわ。

 記憶を弄るような術はまだ知らないから何ともできないけど、俺学校じゃ影薄いからなんとかなるだろ。

 ではサラダバー。

 




ちょい説明が諄いかな


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2話

闇に蔓延る力を示す、本編が開始されるらしい


 

 悪魔として転生させられる直前、俺は禄でもない内容の宿題を提出したペナルティとして変な部活に矯正のために強制入部させられた。

 今になって思えば、やっつけ半分で書くにしたって今更教師へ語る必要はなかったとも思うし、内容に関しても我ながら『砕け散れ』は言い過ぎだった気もする。今になっては遅いが、素直になれない幼馴染っぽく謝罪しよう「べ、別にアンタら(リア充共)のことなんかなんとも思ってないんだからねっ!」。あとついでに言うと易々とそれ(ペナルティ)を受け入れなくとも良かった。

 己の失態はさておき、抵抗すればできただろうし、そもそも高校生にもなって人格の矯正とかカウンセリングとしか思えないし、それを強制することだってまともな教育機関としてもあり得ないことだと今更ながら考えさせる。高校生にもなって性格改善だとか、義務教育も終えているのにそんな扱いをされる奴なんぞ犯罪者としか思えない。少年院か此処は。……あぁ、犯行声明出してましたね……(納得。

 それにしたって、それを抵抗しなかったこともまた俺の落ち度に繋がるのだろう。

 俺の扱いを鑑みれば不公平が絶対的に成り立つ珍妙な勝負事に無理やり巻き込まれて、それすらも受諾せざるを得なくなった経緯のそもそもの理由は、思春期によくある女子との、それも学校でも最上位に位置するであろう美少女との触れ合いというニンジンが目前に吊り下げられていたことに起因する。

 まったくもって、迂闊な真似をした過去の己を、全力で殴り飛ばしてやりたい。

 美人局には気を付けろと、親父も常々言っていたというのに。

 女子には過去にも痛い目を散々と遭っていたのに、俺と言う間抜けはしっかりと学習することが出来ていなかったらしい。

 

 

「そんなわけで、俺は早々に退部したいのだがそれでいいいか?」

「待ちなさい比企谷くん、あなた4日も無断で休んでおきながら突然何を言い出すの?」

 

 

 悪魔へ転生しドイツへ拉致られてから、数えて3日振りの放課後はラウラによって確保された。

 なのでその翌日にご参拝した我らが主人公・比企谷八幡。まあ俺ですが。

 しかし奉仕部と言う胡乱な部活の美少女部長様には、開口一番の俺の提案になおも胡乱気な顔を晒される。

 

 

「いや、先日人生観変わるようなアンビリバボな体験をしてしまってな。そんな奇跡体験を実感した手前、この部活に放課後の希少な時間を割くことが煩わしくなった」

「……随分と上から目線で言ってくれるわね。どうせアレでしょう? 私に勝つ自信がないから捨て台詞みたいな言い訳で、」

「ああ、うん。もうそれでいいから。退部届受理してくれるように平塚先生にお前からも口添えしてくれよ」

 

 

 俺の言葉に彼女は絶句したような顔を見せていた。

 彼女の言う『勝負』というのは先にも言った通り、俺の放逐(入部)の際に平塚先生が(勝手に)差配した『勝った者は負けたモノになんでも命令できる』というさらっと人権を無視した身勝手なモノで、年頃の青少年ならばえっちぃ命令権を想起するのも仕方のない言い分のことを指す。

 ぶっちゃければ、俺もそれにうかうかと釣られてしまったクマー。

 

 

「……あなたわかっているの? あなたが負けたのなら、平塚先生が言っていたペナルティが実行されるわよ?」

「それ、実際のところ何処まで適用される命令権なんだ? 俺の人権を一時的に奪ったとして、法律持ってこられたらフツーにあの先生の首が飛ぶか、お前の醜聞にしかならなさそうだが」

 

 

 え? 俺が勝てる見込み? そんなのあるわけがねぇよ。

 そもそもその勝敗の行方は審判である平塚先生の独善によって基づかれると宣言されており、件の教師より端から良い感情を備えられていないであろう俺にとっては不公平極まりない。

 勝てるはずのない勝負を最初から仕掛けられた。この時点で、彼女の言う『自信』などというモノは沸くはずもねぇ。

 

 ……というか、実際そんな約定が履行されたとしても、手間と下手が積まれたイジメ問題の土壌にしか発展しなさそうだと思うのは俺だけかね?

 まあ今更この話を教育委員会とかPTAとか文部科学省とか新聞記者に垂れ流したところで、証拠そのものが口約束だけだから知らぬ存ぜぬで通されれば話も発展しないと思うけど。

 というか、そもそも信じてもらえるかも無理な話だろうなぁ。まあそんな告げ口みたいなマネしたくも無いからやる気もないけど。

 

 

「……それでも受理する気は私にはないわ。そもそも、あなたの性格の改善を依頼されたのは私なのだし、そんな捻くれた思考を普通にしている時点で社会的に問題のあるレベルなのは間違いがないようだし」

「個人の人格程度が社会でいちいち見直されるわけねえから杞憂だと思うけどなぁ。十人十色でも十把一絡げ人間万事塞翁が馬、結局は好き嫌いの問題だろ?」

「それだから問題なのよ、あなたは」

 

 

 そう言うと、彼女は俺が入室した最初の時の、本を読んでいた姿勢へと視線を傾ける。

 ……結局、退部届の受理はしてくれないのん?

 

 雪ノ下雪乃という名前の冗談みたいに韻が踏まれたこの黒髪ロング絶壁ツンドラ部長様は、俺がおひさしと顔を出した時は一瞬目を見開く程度の表情の変化をも垣間見られたわけだが、次のコンマには『あなたのことなんか顔も見たくないんだからねっ』とでも言いたげな顰めた表情(カオ)で一瞥されたことが記憶に新しい。

 感情の揺れ幅をサーチしておけば会話に関しても相応にイニシアチブを取れそうではあるが、ぶっちゃけあんなメンドイ術を日頃から使ってられるか。

 というか、他人の感情を読み取るなんてのは実際のところ地雷も良いところだ。

 幾度も使えば、人間の弱い精神ではそのうちそれに依存し切ることになるのは目に見えているし、俺に対する世界(他人)の評価なんて地に落ち切っていて検算する必要もない。

 人間不信振り切って自殺するような選択()なんぞ取る気はない。

 だから――、

 

 

 ――先の顔合わせにて割と明白になった人付き合いに難が山盛りになっていそうな事情を抱えていそうなこの大和撫子が、ひょっとしたら俺と似たように他人との会話に飢えているがために、俺のような底辺だとしても何某かの遣り取りが可能でありそうな相手を得られる機会がチラつかせられている状況を好ましく思っているかもしれない――、

 

 

 ――などと言うのは俺の過ぎたる妄想だろう。

 そんな学園ラブコメの出来損ないみたいな、ありもしない話がこれから綴られることなんて微塵も期待していない。

 だから、雪ノ下が再び口を開いたその言葉は、完全な独り言だと思って聞き流していた。

 

 

「……てっきりあなたは私に好意を抱いているのだと思っていたわ」

 

 

 聞 き 流 し て い た 。

 

 視線は本へ落とされているままのようであるし、俺は俺で「部活に参加しなくちゃならないのならせめて俺の席くらい用意してほしいよおめーの席ねーからとかリアルでやられるのも常だけど時間取られてまでイジメって人間性としてどうなん?」と独り言を呟きつつ適当なパイプ椅子を開いて雪ノ下と若干の距離を取り座っていた。

 持ってきた鞄を床へ置いて、スマホを手にしてメールチェック。

 連絡先は新しく得た眷属先輩のクワガタさんという株をやっている転生悪魔のお方だが、将来的にも稼ぐことを示唆されたので手を付け始めていたのである。

 多少の助言を得て小遣い程度から先行投資を始める俺氏。

 王様からは何かせよとの命も得ていないが、命握られているからには有能になっておかんと申し訳が立たない。

 ……今思えば俺の人権ってそもそも王様に握られてんじゃねぇか。そう考えると、こんな子供染みた勝負事とはいえ、取られるわけにもいかねぇか……?

 

 

「……比企谷くん?」

「……ん?」

 

 

 呼ばれて、顔を上げると、何故か『ひょっとして聞いてなかったのかコイツ』みたいな目でこっちを見ている雪ノ下と目と目が合った。

 見つめ合うこと数秒。

 気まずくなったのか、雪ノ下が顔を反らす。

 何も悪いことはしていないはずなのだが、なんだか悪い気がしてしまった俺は素直に謝ることにした。妹に学ぶ、女子の扱い。

 

 

「スマン、なんか言ったか?」

「いいえ。何も言っていないわ」

「え、いや、でも、」

「何も言ってないのよ4日ぶりとはいえ無理に入れられた部活に律儀に顔を出してまで私と最低限度の付き合いを保とうとしていたという勘違いを私がしてしまったとかそんな話をする気も全くなかったわええそんな黒歴史を私が造るはずないのだからあなたの勘違いもいいところよ目だけではなく耳も腐っているのではないかしら?」

「お、おう、え?」

 

 

 早口で全く聞き取れねーぞ、何言ってんだコイツ。

 とりあえず、久方ぶりに女子と会話をしてフラれてしまったことだけは理解した。

 うん、常道常道。平常運転だよ。何処かの世界線で遠くない未来に顕れる妹系後輩のお株が先走って奪われたとかそんな既視感もあった気がしたけど気のせいだったな!

 

 それはさておき、なんだか本格的に気まずくなってきた。

 俺は何もしていないはずなのに、何故か積もる悪いことをした気分。

 気まずい空気をどうにかするほどの払拭力とでも言うべきか、リア充が持っている会話力のような何某かは俺にはない。

 しかし、今だけは宿れリア充の英霊……ッ! プリキュア・ハッピーシャワー!(錯乱)

 

 

「そ、そういえば先生の言っていたアレだけど、ぶっちゃけ依頼人って日にどれくらいくるんだ? 俺も暇ってわけじゃないから、出来ることなら時間つぶしだけにくるのは避けたいんだが……」

 

 

 ……提示した話題が此れかよ!

 身勝手過ぎて泣けてくる。プリキュア・ラブサンシャインにしとくんだった。みんなも幸せゲットだよ!

 

 

「……そう云われると困ってしまうわね。毎日依頼人が来るわけでもないし、こちらから宣伝しているわけでもないから予定は立てられそうにもないわ。ああ、でも比企谷くんにとってはあまり関係ないでしょうね。結局は私が解決するでしょうし」

 

 

 ――成功した!?

 え? なんでコイツドヤ顔で宣えるの? それだけ実績あるってことなの?

 いや、どちらにしろコイツの機嫌が直ったのなら深く考えなくてもいいか。

 何処か悠然と佇む雰囲気を纏いつつある雪ノ下に、浮き沈み激しい奴だなとやや呆れた感想を抱いた丁度その時。

 

 

「失礼しまーす」

 

 

 と、部室に最初の依頼人が。

 

 ガラリと開け放たれたドアから顔を覗かせ、彼女はそのままに後ろ手で扉を閉めて目標へと歩み寄る。

 やや傲岸不遜な眼差しで、少女の目線はゆきのん部長へと真っ直ぐ向けられている。

 

 

「えーと、此処ってホウシブ? っていう部活で合ってる?」

「ええ、合っているわよ。依頼人の方かしら?」

「依頼っつーか、平塚先生に訊いたら此処を紹介されたんだけどね」

 

 

 現れた女子は、如何にもリア充してますと全身で体現している金髪の……た、縦ロール? いや、ゆるふわ系? に見える、髪型へ一部パーマを充てた女子。

 見覚えがあるような、無いような。

 

 ……あ。

 昨夜のはぐれ悪魔に襲われてた系女子だったわ。はっはっは、うっかり!

 

 亜人(デミ)ちゃんらの通う高校の高橋先生の友人の、独特の間の取り方をする物理専攻院生の如き内心の俺はさておいて。

 そんな襲われ系女子の視線は、部屋にいる最も存在感のある部長様にしか注がれておらず、安心乍ら俺には視点は向いていないご様子。

 アレだな。どっちも己に自信を持つタイプだから、見知らぬ部屋へ入って周囲を見渡すような配慮をしないことが癖になっているのかもしれん。

 そして雪ノ下の場合は同族嫌悪だろう。わかるわ。同じ位置に王は要らぬ、みたいなラオウのような配慮を互いにしているに違いない。

 ほおら、俺が回想に入っていた合間に、既に膠着状態だぜ☆

 

 

「要領を得ないわね。どういう目的で此処へ来たというの?」

「それをなんでアンタに言わなくちゃいけないわけ? つーか、此処ってボランティアみたいなことをしてるとかって平塚先生に聞いたんだけど、仮にも依頼人として来るお客にその態度は無いんじゃない? なんでいきなり喧嘩腰に訊いてくるわけよ、雪ノ下サンさぁ」

「あら、私のことを知っているのね。ところであなたのお名前は? 私はあなたのことを一切知らないから、自己紹介からしてもらえると助かるのだけど?」

 

 

 膠着っつうか戦争一歩手前だったわ。

 

 俺が口を挟んでも飛び火する未来しか予想できないし、言い合いを見守っているうちに部屋へと侵入(はい)ってきた襲われ系女子の距離の取り方で、彼女らの対面は最早メンチを切り合っていると言っても過言ではない距離感。

 本当に、なんでこんなに喧嘩腰なんだ、お互いに。

 

 

「し、しつれいしまーす……」

 

 

 そんな状況を見守っているうちに、第二のお客が部屋の扉を開けた。

 桃色お団子ヘアの彼女は先に入ってきた女子のようにずんずんと進むようなことは無く、教室の入り口で顔を覗かせてメンチを切り合っている女子らの存在を把握し恐らくドン引きし、困ったように周囲を見渡すと、先立って雪ノ下と距離を取るために教室の入り口脇に椅子を引いていた俺を見て、驚いたように声を上げた。

 

 

「な、なんで優美子とヒッキーが此処にいるの!?」

 

 

 ユミコというのは先に来ていた女子のことだろう。女子らしい名前だし、他に候補はいない。

 おいヒッキー、何処にいるんだよ、呼んでるぞ。

 

 

「? 結衣? って……っ!?」

 

 

 あ、目が合った。

 

 目が合ったはいいが、漸く俺の存在に気付いたらしいユミコさんとやらが、何故か固まってしまう。

 何故に? 俺に邪眼の力でも宿っていたというのか? 悪魔に転生したことだし、可能性としては無くはねぇな……。

 

 そして煽る対象が沈黙したのをいいことに、雪ノ下は新たな客へ視線を向けた。

 

 

「依頼人の方かしら? ようこそ奉仕部へ、歓迎するわ由比ヶ浜結衣さん」

「あ、あたしのこと知ってるんだ」

「偶然よ」

「へえ、ひょっとして全校生徒の顔と名前把握できてるんじゃね?」

「そんなことは無いわ。何より、あなたのことも最初は知らなかったもの」

「まあ俺は元々有名でも何でもないから当然だろうけど」

「そうね。人間モドキは知られないのが当然だから」

「勝手に人権まで剥奪するの辞めてくれませんかねぇ……」

 

 

 冗談だと解かるが、ひょっとしたら転生に関して察せられたのではとも疑われるから、そういう話はマジでやめておいた方がいいと思うが。

 老婆心染みた忠言でもしておこうかとも思ったが、そもそもまともに生活していて悪魔とそうそう関わることも無いのだろうし沈黙を貴ぶ俺。

 それはそうと、先立っていたユミコさんとは打って変わっての対応に若干の違和感も抱かなくもない。

 恐らく知り合いであろうユミコさんとやらの仲間足り得るのであろうが、敵が強くなれば益々やる気になるとでも言いたいのだろうか。

 何処の戦闘民族だよ。慢心し過ぎだぞユキータ。

 

 あとユミコさんの名前に関しては煽る為だけに、わざと知らない振りしたんじゃないかなという妄想が蔓延るのだけど。

 ……妄想に過ぎないと思っとかんと精神衛生上胃痛が酷い。女子のリアル喧嘩はキャットファイトとルビを振るほど可愛くもないんだもんよ……。

 

 

「なん、ちょ、いつから其処にッ!?」

「最初からいましたけど……」

 

 

 人を指さし絶叫するユミコさん。

 入室の際には周囲の確認からしましょう。

 

 

「彼は奉仕部の部いn……備品よ。用件があるのなら部長である私を通してもらいたいわね」

「だからサラッと俺の人権剥奪せんでよ。普通は悪い方に云い直したりしないだろ」

「仕方がないわね。あなたは勝負を放棄したのだし」

 

 

 そんなところばかり権利を主張しやがる……!

 でも負けでいいから退部させてほしい等価交換が為されてないのだから、言質も取れていないと思うのは俺だけかな? 後で平塚先生に脅hもとい進言しておこう。

 

 

「ところで、顔馴染のようだけどあなたたち知り合いなの? それともストーカーかしら? うちの部から犯罪者が出るのは困るわね」

「いや全zちょっとまて、否定する前にマシンガンみたく言葉を被せるのはやめろ。そうやって冤罪は生まれるんだぞ」

「冤罪だと騒ぎ立てる……。益々怪しいわね」

「訝しげな眼でスマホに手を掛けるな。これだから女子の言い分は性質(タチ)が悪いんだ……!」

 

「いや、さらっと否定されたけど、あたしたち同じクラスだよ? ヒッキーは誰とも喋ってないから覚えてないのかもだけど」

 

「「マジでッ!?」」

 

 

 ユミコさんと言葉が被る。

 同じタイミングでお団子ピンクの言葉に驚愕を覚えた俺たちは、はたと目が合った。

 

 

「ともかく、あなたは彼を探しに来たということでいいのかしら?」

「あー……。まあ、うん。今更隠すことでもないから言うけどね。平塚先生に目の腐った男子の居場所を訊いたら、此処に行けばわかるって言われてさ」

「其処に居る、とは言われなかったのか」

「言われなかったのでしょうね。言葉足らずを意図的にやる人だから」

 

 

 平塚先生の評価が割と低安価に落ち始めた瞬間である。

 

 

「ていうか優美子、ヒッキーのこと探してたの? なんで?」

「え、いや、それは……」

「その前にちょっと待て。その引き籠りみたいなあだ名はひょっとして俺のことか」

「え? いや?」

「いやだよ?」

 

 

 何処に悪口みたいなあだ名で悦ぶ男子が居るというのか。

 

 

「問題ないのではないかしら。ぴったりよ? 引き籠りヶ谷くん?」

「無駄に語呂だけ合わせやがって……!」

「なんか楽しそうな部活だねー」

 

 

 コイツの眼球俺より腐ってんじゃねえのか。

 どの辺がどう楽しいのか、むしろ楽しんでいるのは片方だけなのでは、と言い募る前に。

 

 

「と、とにかく! コイツはあーしが借りてくから! ちょい来な!」

「えっ、ちょ、ま」

 

 

 せ、せめて鞄をー! と引き摺られて逝く俺。

 ファンタ片手にやってらんねー、と河原で佇む様なオチであった。覚えている人いるのかしら。

 

 





3年D組ぃ、ドラゴン先生!


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3話

遅れました


 やばい、あっつい、日差しあっつい。

 まだ4月終わりだというのに、今からこんなでは夏とか本気で死を覚悟しなくてはならない。悪魔の身体は不便である。……海とか行けなくない? いや、元からアクティブ派ではなくてインドア派だけどさ。

 

 屋上に連れ出され、死に欠けのゾンビみたいな目でうへぇあへぇはひぃと呻いていると、そんなことに気付かない女子は俺へと詰め寄る。

 ちょっと女子ぃー、距離感もう少し考えてよぉー、勘違いしちゃうでしょぉー。

 

 

「で、昨日のアレはなんだったわけよ?」

「その前にちょっと良いか――うん、周りには誰もいないな」

 

 

 軽く魔力を広げて周囲を探知。

 いくら屋上が基本立ち入り禁止だからといって、それをいつも従順に律儀に守るほど高校生は純朴ではない。

 周囲に誰もいないことを確認して、俺は自分を此処まで引っ張ってきた女子と向き直った。

 

 

「アレは悪魔だよ。なんかはぐれ悪魔とか呼ばれてる、冥界から指名手配されてる犯罪者みたいな感じ? 災難だったな」

「……は?」

「……」

「……」

「……」

「………………終わり!?」

 

 

 終わりである。

 それ以上言うこともないので彼女の返事以降は反応を伺っていただけなのだが、長い沈黙の後に驚愕された。

 というか、これ以外に説明すべきことが無いような気がする。……そのはずだよな?

 

 

「いや、ちょ、え、ええ~……? もうちょっと、こう、他に無いの? あーしの中に隠されてる力が狙われた、とか、そんな漫画みたいな話があったり……」

「あー。よくありそうな展開だよな。ないんじゃね?」

 

 

 中二っぽいと侮るなかれ。

 ひとむかし前の少女漫画ならば、このくらいの話がゴロゴロと転がっていたのだ。

 闇の末裔とか、天は赤い河のほとりとか。

 なので一見ギャルっぽいこの女子が話の合いそうなことを口走っても、其処に乗って話を広げたりする真似は避けるべき。

 だから鎮まっていろ、俺の中の中学生日記(黒歴史)

 

 詰め寄る勢いで突っかかってきた彼女の肩を押し退けて、何故かその場へ脱力したようにへたり込む女子。

 張り詰めていた気が抜けたのだろう女の子座りで力なく項垂れる彼女へ、俺は言うべきこと(アフターフォロー)を考えながら口にする。

 

 

「はぐれに関することはこの辺りを縄張りにしてる他の悪魔にも通達しとくから、それでもまた会ったりしたらなんとか逃げてくれ。何なら助けてーって呼べば来てくれる可能性も微レ存」

 

 

 王様の話だと、グレモリーの眷属が駅前とかでチラシ配りをしているらしい。

 悪魔としての契約を取るための仕事の一環らしいのだが、件のチラシは広範囲に広がっているらしいので、駅前で屯して居そうなこのあーしさんも持っているはず。

 持っていなくても、配り続けているそれをそのうち手にすることもあるだろうし、なんなら今俺が言っとけばいい話だ。

 そんなことを考えていたら、目の前の女子は何故か呆れたような、呆けたような、きょとんとした表情で俺を見上げていた。

 

 

「……アンタが助けるの?」

「間に合えばな。いつでもとか思うなよ、俺もそうそう暇じゃない」

 

 

 昨日のは買い物帰りに王様からエルプサイコングルウが来た所為だし、ラウラの時だって転生の都合と王様の仕事が噛み合わなかったお陰で説明責任のついでにドイツくんだりまで拉致られた所為だし。

 ……アレ? これ大体王様の所為じゃね?

 

 所為とは言ったが別段、王様のことを嫌っているわけではない。

 改めて言うが、転生したての新人悪魔の為に自分の時間を割いた都合でそうなったのが拉致の理由だし、そもそもそうなった原因を辿れば自分の領地と見做される街中で堕天使(不法入居者)の勝手を許したグレモリーの責任に当たる。

 アフターフォローをする以前に、何の役にも立たなそうな高校生男子の命をサラッと助けてくれた正義の味方みたいな王様には、頭を上げられないわけでもある。

 

 ……というか、実力的な意味合いでも文句も言えるはずもない。いや、言う気はないが。

 うちの王様ってば、単騎でデイバ●ンバスターみたいな砲撃をブッパできるんだぜ?

 そりゃあ転生にも駒が余ってるよ。何の力もない高校生を助けても余裕があるはずだよ。

 個人的ではあるが、あのひとのことを今度から脳内で魔王様って呼ぼうかな。ピンクの砲撃ブッパできるとか、まんま管理局の白い悪魔じゃねーか。

 

 

「そっか、……うん、わかったし。じゃあ、それでいいし。うん」

 

 

 リリカルマジカルな王様の変身衣装なんかを妄想していたところへ、何か決意したようなあーしさんの言葉が耳に届く。

 目を向ければ、気が晴れたような表情になった彼女がその勢いのまま立ち上がっていた。

 

 

「なんかあったらまた相談するし、ちゃ、ちゃんと守れよ?」

「できれば、な」

 

 

 明言はしない。

 しかし、俺のそれを照れ隠しか何かと混同したのだろう。

 彼女には不満げな様子はなく、少なくとも笑顔で屋上を後にしようとしていた。

 人間、己の信じたいものを信じるものなので、良いように解釈するのは仕方がないことである。

 

 

 

  ☆

 

 

 

 悪魔に転生したお陰で、見知らぬ女子相手でも言葉がつっかえたりどもるようなことも無くなった。

 俺がそもそもそうなっていたのは、『失敗するかもしれない』という過去のトラウマに基づいた経験則と、それを『したくない』からこそ意識が躊躇する防衛本能の過剰反応だ。

 つまりは自分を守るために無駄に肥大化した自意識――要するに、ボッチであるがゆえに他人との『折り合いの付け方』を学べなかった、頭でっかちな子供のちっぽけなプライドが虚勢を張っていたに過ぎない。

 悪魔と言う弱点が在れど生物的に無駄に頑強な存在になることが出来た経験は、俺に『自分を見つめ直す余裕』を与えてくれた。

 

 どうしようもなかった子供がいくら泣いていても、この世は誰かが助けてくれるほど、都合が良くは造られていない。

 

 むしろ醜悪なくらいに、この世には上下関係が何処までも蔓延っていて、誰もがそれをどうにかしたくて生きているに過ぎない。

 だからこそ、誰かを助けるような余裕がある奴は滅多にいない。

 それでも助かったと、そういう経緯が存在するとしても、それは結局成り行きのひとつにしか過ぎず、個人の意図が明白に事態を動かせたかと言うとそうでもないのだ。

 世の中は結局、何処まで逝ってもなるようにしかならないわけである。

 つまり何が言いたいのかと言うと、

 

 

「……なんで俺はお前と一緒に下校してるんだ……?」

「何が不満なわけよ、ハチは」

 

 

 不満と言うか、むしろ不気味としか言いようがない。

 

 屋上でのあの後、部室に戻った俺たちを待っていたのは『家庭科室で待つ』という雪ノ下の書き残し。

 ホイホイ釣られて向かった先では、由比ヶ浜結衣というピンク髪のクッキー造りに遭遇した。

 自分の行為に似合わないよねなどと自嘲していたガハマさんであったが、其処を別段悪いとも思わない友達想いであるらしいあーしさんのフォローも相俟って製作は順調に滑り出して逝く。

 

 ――そこで覚えている味は、筆舌に尽くし難い。

 

 さっくりとした生地に混じる納豆の粘りと、咬み応えのある沢庵の舌触りに、つんと鼻に抜けるわさびの辛みが後味を引き立てる。

 クッキーひとつでこれだけ【和】を表現できるのならば、もうこれはこれで一種の完成形ではなかろうか。

 今はいっぱいのお茶が怖い。と感想を締めくくった俺に、雪ノ下は渋い緑茶を淹れてくれた。顔を反らして俯きがちだったのは何故だろうな。

 

 結局、誰かにプレゼントするために練習していたというそれを、生ものはダメだろ流石にわさびを利かせてもよ、と待ったを掛け。

 30分待っていてください、本物のクッキーという奴を見せてやりますよ。と某海原さんちの息子さんのようにドヤ顔たっぷりで『同じクッキー』を全員に振る舞ったところ、阿鼻叫喚の嵐の中で『送る側の気持ちが籠れば良いんだよォ!』と某修造ばりにもっと熱くなれよ!と情熱で押し切った俺が居た。

 食わせた理由? そんなん、俺だけアレ(毒物)を味わうのが我慢ならなかったからに決まってる。女子がやっちゃいけない紫顔で瀕死を味わったようであったが、先ずは味見をするのは料理する上で最低限度のこったろうが。

 正直、すまんかったとは思っているけど(小声。

 

 

「いや、結衣は先帰っちゃったし、かといって雪ノ下さんと帰るのもアレだし」

「ひとりで帰るって選択肢はないのか?」

「昨日あんな目にあったあーしをよく放り出せんね!?」

「冗談だ」

 

 

 うんうん、ホントだよー、ジョウダンダヨー。

 

 俺のウィットに富んだジョークはさておき、もう少しアフターフォローをするべきか、という思考もなくもない。

 しかし下校開始時の「そういやアンタの名前なんだっけ?」という質問に始まり、改めて名を名乗ったところで「じゃあハチね!よろしく!」と渋谷で佇むと噂に名高い番犬マンさんモドキのような扱いをされた事態は冗談で済ませて欲しかった。

 奇跡の風が胸を突き抜ける少年少女の冒険ストーリーの如くにコンゴトモヨロシク……とは決して口走ってもいないのに、何故か勝手に仲魔にされた感。

 超強くなれる気がするとでも言いたいのか、非日常的な物語のプロローグを目の当たりにして純情な感情が騒ぎ出しているのかもしれない。

 特別なことは無いはずだと、さっきも言った気がするのだが。

 こっちの意味でのアフターフォローが必要になるとは思いもしなかった……。

 

 

「わかっちゃいると思うが、というか思っていてほしいのだが、アレみたいな事態はそうそう遭遇しねぇからな? 交通事故みたいなもんであって、非日常がそこらに転がっているとか今時中学生でも思ったりしねぇよ」

「………………ハチ、シスターさんが歩いてんだけど」

「嘘だろおい」

 

 

 何処の馬鹿だよ!? こっちは滔々と日常の素晴らしさをこのおっぱっぴーに説明してやっているっていう矢先に参戦する非日常はよぉ!?

 そんな意気込みであーしさんの視線の先へと振り返れば、すっころんで修道服が翻りピンクのぱんつを全開にしている金髪シスターの後ろ姿が目に映った。

 ………………えーと、あ、ありがとうございます?

 

 

「おい」

「いや、突然のこと過ぎてどう反応していいかわからんかった。つかあーしさん目が怖い、やめて、俺悪くない」

 

 

 思わずガン見してしまっていたことを、零下した気を纏ったあーしさんに窘められる。

 うん、女子の下着をまじまじ見るもんでもねえよな。八幡が悪かった。謝るから警察沙汰は勘弁してください。

 

 口とは違う内心はさておいて、すっころんだ彼女を助けようと歩み寄るあーしさん。

 なんだかんだで面倒見が良いおひとである。

 

 

『す、すいません、助けていただいて……』

「……っ、やべぇ。ハチ、この子完全に外国のひとだわ。言ってる言葉の意味がわかんねーんだけど」

「見たらわかるよ。ああ、安心しろ。俺はわかるから」

 

 

 悪魔には自動翻訳機能が付いている。

 助け起こされた金髪シスターさんに、俺の方が受け答えをする。

 

 

『……呪われているのですか? すみません、わたし解呪の方は専門外です……』

「ねえねえ、なんて言ってんの? つーかハチ、外国語出来るって地味にすげーね」

「呪われてねーよ自前だよ。この目か、この目を見てそう思ったか」

 

 

 割と良い度胸しているシスターだった。

 悪いがその辺を翻訳する気にはなれない。あーしさんはしばらく疎外感でも味わっていてくれ。

 

 

 

  ☆

 

 

 

『申し訳ないのですが、この町の教会の場所を知りませんか? わたし明後日から其処に赴任することになっているのですが、お恥ずかしながら道に迷ってしまいまして……』

 

 

 ふたつみっつと言葉を交わし、アーシア・アルジェントと名乗った同年代と思しきシスターさんへ、結局ユーは何しに日本へ?と問うたところで返ってきた答えが此れである。

 ……仮にとはいえ、悪魔の管理する町で教会?

 不審にも程があるだろ。

 

 

「ちょっと待ってくれ、今確認したい」

 

 

 このまま見過ごすと困ったことにしかならなそうなので、急いで王様へラブコール。

 出てー、王様ー、早く出てー。

 

 

『とぅるっとぅー! はちくん呼んだぁー?』

 

 

 先日も思ったがうちの王様はシュタゲを視聴済みらしい。

 

 

「セラフォルーさん、悪魔の支配域って教会建ってて問題ないんですか?」

『えー? 少なくともリアスちゃんは魔王の妹だしぃ、教会の領土を保有できるわけもなーいよっ☆ 建前上は施設として置いてるけど、神社もカミサマ返しちゃったし、教会は廃墟みたいなのが1棟あるだけかなー?』

 

 

 グレモリーって魔王の家系だったのか。

 怖いな、関わらないようにしとこ。

 

 王様であるセラフォルーさんという黒髪ツインテの年齢不詳お姉さんだが、仮にとはいえ俺の命を救ってくれた恩人なので別段無碍に扱うつもりはない。

 しかし、彼女の言動とリリカルな魔王様を彷彿とさせる戦闘力を垣間見てしまうと、……なんか、こう、あまりマジにお仕えするのも必要ないのでは?と思ってしまう自分が居るのもまた事実なのだ。

 ぶっちゃけ転生に必要な最低限の代償で生きている我が身を顧みれば、己が成長することは必須だとしてもその為に滅私奉公に殉ずるのは間違っているのでは、とも。

 そしてそんな俺程度の弱卒が、今得られた事実を目前のシスターへ抛る以上のことを出来るはずもない。

 だが、得ている事実を噛み合わせてゆくと、推測だけだが見え得る姿もまた見つかるのでは、とも思う。

 

 

「ちなみに質問ですけど、堕天使って普通どういうところに棲む生態なんです? カラスみたいに木の上ですかね?」

『とくにそんなことはなくて、私たちと同じように普通の人間みたいな生活よ? 物を食べて、仕事をして、眠る。屋根があれば充分よね』

「なるほど。神様に対して思うところが?」

『あることはあるんじゃないかしら? 反抗したり、反逆したり。そもそも悪魔の領地で隠れようとしているのなら、うってつけの場所があるのでしょうね?』

 

 

 俺の言いたいこともわかってもらえたようである。

 やっぱり俺、要らない子なんじゃなかろうか。

 

 

「答え合わせありがとうございます。それじゃまた」

『はいはい。まったねー☆』

 

 

 語尾に星がきらりと輝くような跳ねた口調で、天真爛漫な俺の王様との会話を終える。

 そのままに、アーシアさんへと答えを流す。

 

 

「どうやらキミの言う教会で待っているのは堕天使らしいが、神に反抗してるとかいう堕天使が真っ当に教会所属とは思えないし、騙されてないか?」

 

 

 ずるずると答えを先延ばしにしても良いことは無い。

 駒王町(ココ)が悪魔の領土だということ(前提)も踏まえて、そんな悪魔から隠れ住むに教会が売って付けだということも踏まえて、コソコソ隠れている奴らが何かを企んでいる以外にあるわけがない、と自分もハラワタをストライクショット!された経緯を挟み込んでシスターさんへと滔々と糺す。

 事情を呑み込んだシスターさんは納得したように深く頷くと、

 

 

『……わかりました。じゃあちょっと行って堕天使を潰してきますね』

 

 

 と、かなりアグレッシブなことを宣っ……て、ええええええええ?

 アレェ? このシスターさん会話してみて常識人だと思っていたのに、なんか豪くぶっ飛んでね?

 くそっ、やっぱり昼日中からコスプレで街中を歩ける人種に碌な奴はいないのか!

 

 

「………………で、ハチ。結局アンタら何を話してたの?」

 

 

 居たのか、あーしさん。

 

 




こいつ見たことあるぞ…!?


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4話

最近やったことと言えばアベマで生徒会役員共視聴中の*ネタ時にオレンジレンジを挟んだ程度です


 

 フリード・セルゼンは絶望していた。

 今になって明かされた報告を耳にして、普段の狂気的な口調や顔つきも一切消えて、まさに消えるような掠れた声音で、とある報告を告げに来たミッテルトという堕天使(上司)に訊き返していた。

 

 

「…………なんだって(ぱぁどぅん)?」

「だから、教会から神器遣いを派遣させたのよ。アーシアっていう回復系のね。そいつの神器を奪うために今回の作戦が建てられた、って……ちょ、なんでアンタいきなり荷造り始めてんの?」

 

 

 改めて見ると、他にもいた『はぐれエクソシスト』とでも呼べる神父らも、揃ってわたわたと動き出している。

 まるで引っ越しの準備を今始めたかのような慌ただしさに、ミッテルトは驚きを通り越して逆に冷静になって問うていた。

 

 

「なんでって、なんでって! これが逃げる準備をしないわけがないでしょうがよぉ!?」

「は、っはぁ!?」

 

「チクショウ! こんな上手い話があるはずなかったんだ!」

「もうダメだぁ……! おしまいだぁ……!」

「こ、こんな教会に居られるか! 俺は逃げて幼馴染と結婚するんだーーー!」

 

 

 神父らは絶望に染まり切った表情で、言葉の通り逃げる準備はするものの、誰も彼もが逃げられるはずはないと悟っているようでもある。

 いったい何があるというのか、ミッテルトは今になってやってきた驚愕の感情のまま、フリードという少年神父に問い質していた。

 

 

「だ、だからいったいなんで、」

「何でも何も! よりによってアンタら何を呼んだ!? アーシア!? アーシア・アルジェントとか口走ったか!? あの『ひとりイスカリオテ』を、『人外ゼッタイコロスウーマン』を、『処刑する聖少女(アポカリプス・アイドル)』を! こんな極東の僻地で悪魔祓いに勤しむとかいう話もトチ狂っていましたけどねぇ、そこまで、そこまで見境の無い大馬鹿だとは思ってもみませんでしたよぉ!!」

「――え」

 

 

 

  ☆

 

 

 

 堕天使の命題は、世界中に蔓延る『神器遣い』を回収して回ることに尽きる。

 少なくとも組織の末端であるレイナーレはそう教わっており、正確には神器のみの回収『ではない』ことまでは明白に説明されていなかった。

 これは、神器遣いを身内へ転じさせる悪魔側と、人の枠を外れ神秘を司るようになった者たちを囲おうとする天使側との三つ巴から、本来あったはずの『神器遣いらに最低限度の尊重を伴う』という条件を履行し切れなくなってきたために変動した結果である。

 少なくとも堕天使は元は人間を愛するために地に堕ちたはずだったのだが、神器遣いが『戦力』として使える者も居ることから、人外らが種族的に相応に人間を尊重しなくなっていたがために、人命を軽く見るようになってしまった弊害でもある。

 誰も彼も人の世がなくなれば生き残れないはずなのだが、少なくとも【聖書陣営】と呼べる三竦み状態のモノたちは大多数が人を軽視していた。

 

 それは、彼女も例外ではない。

 

 

「(兵藤一誠の神器は回収できなかった。あの時は確かに人払いの結界を張っていたはずなのに、あんなゾンビみたいな目をした男に邪魔をされるなんてついてないわ)」

 

 

 あらすじ乙。

 そして件の兵藤一誠は、既にこの町の領主悪魔であるグレモリーに保護されて転生している。

 迂闊に手を出せば内政干渉に触れるため回収できなくなった、と敵地内の人間の命を狙っておきながら今更過ぎることに注意する黒髪堕天使。

 迂闊なんて一言では、済むはずがなかった。

 

 

「(まあ、悪魔は教会に来れるハズなんてないし、儀式が成功するまで動き回らないのが正解よね。アーシア・アルジェントも明日には日本に来るはずだし、回復系の神器なんてレアものを確保できれば、幹部に昇進するのも早くなるはず……!)」

 

 

 何処かの喋るマスコット付きのロケット団のようなことを妄想し、ほくそ笑むレイナーレ。良いカンジー。

 件のアーシアは予定より早くに日本へ来ており、バタフライエフェクトが働いたのかゾンビみたいな目をした男と邂逅し、さらりと堕天使の企てを察していた。

 原作展開? 予定調和(運命)なんてモノはこの世にはねえんだよ! そんな細かいことを呟くようなその幻想をぶっ殺す!

 

 

「……? それにしても慌ただしいわね、いったい何を騒いd」

 

 

 その瞬間、レイナーレは極大の光に包まれた。

 

 

 

  ☆

 

 

 

 絶句した。

 教会へ行きたくないでござる、とニートみたいなことを宣ったハチマン()の代わりにアーシア・アルジェントの付き添いで来ていたのだが。

 蒼い騎士甲冑のようなコスプレみたいな恰好へ変身したアルジェントが、光の槍をブッぱして教会をピチュった。

 なんということでしょう。

 一撃でクリアされた教会は、クレーターのような更地へとびふぉーあふたー。

 というか、いま明らかに下手な地震以上の衝撃が町中へ響いたのだが、良いのかコレ。

 

 

「――ふぅ、すっきり。では帰りましょうかラウラさん。わたしビザがまだ残っているのでしばらくお世話になりますね」

 

 

 ビザをお持ちでしたか。

 あ、元の服に戻ってる。

 流石に修道服では目立ちすぎるのでカーディガンとロングスカートを貸したのだが、こうして見ると大人し目のお姉さんという感じで似合っていて、……むぅ、小柄な我が身が恨めしい。

 自然と比企谷家に泊まるようなことを口走っているし、ハチマン()もこういう美少女が好みなのだろうか。

 

 夕暮れの道すがら、嫁に助けられた経緯に思いを馳せる。

 ドイツの片田舎で、私は人工天使転生実験というモノの被験者として扱われていた。

 其処の施設は研究成果も芳しくなく、生きてモノを話せたのは私程度で、他にもいた被験者は老若男女『上手くいかなかった』。

 死んだのならばまだマシな方で、簡単に死ねない身体で全身の皮膚が融解し関節が歪に曲がって立つことも儘ならなくなるような一例なんかを見ると、施設の警備くらいなら命令されれば請け負うくらいの同情心は沸いていた。

 そもそも教会に買われた孤児のひとりでしかなく、付けられた苗字もハチマンの主に当たるセラフォルーにいつの間にか用意されていたものなので、持っているものと言えば改造の結果生じた異能と名前くらいなモノだ。

 親も友人もいない、大切なモノもない私は、いつ死んだとしても構いやしなかった。

 

 それが変わったのは、セラフォルーが施設と研究員らを潰しに来たときだ。

 それまでの襲撃にはない圧倒さで、これ以上ないくらいの実力の差を見せつけられたときに、ようやく終わるのだと諦めた私を拾い上げたのは、他でもないハチマンだった。

 

 ひと目見ただけの私を、まだ子供だからと殺すことを由としなかったハチマンの言葉で私は九死に一生を得たわけだが、それでも私の中にあったのは当然感謝などではない、ようやく終われることを受け入れた自身を否定された憤りだった。

 お前に何がわかる、死にたい人間の気持ちがわかるはずがない、何もない奴を生かせていたって意味も理由も未来(さき)もない。

 諦観だけだったはずの私は、そんな酷い罵声をハチマンへ投げつけた。

 

 返ってきた答えは、知るか。

 見つけた奴を見捨てるなんて寝覚めが悪いにもほどがある、と。

 死にたいお前の気持ちなんてものよりも、子供が死にたいと叫ぶ姿を見せられた俺の方が辛い、と。

 場所がないなら探せばいい、見つかるまでは保護くらいはしてやる、と。

 結局、唯一の成功例に当たる私を野放しにすることはセラフォルーも不本意だったので、言い出しっぺの八幡の家に引き取られる形で、私は彼と使い魔契約を交わした。

 捻くれたエゴを突き付けられたのに、それが何よりも私に生きていてほしいという彼の願いであったことはすぐに理解でき。

 

 もう私は、彼からは離れないことを心に決めた。

 

 

 

  ☆

 

 

 

「いや、帰れよ」

 

 

 何故か家へ帰ってきたアルジェントへ、女子の旅行具にしては少なすぎる預かっていた手荷物を突き出し、俺は居座る気満々に見え得る彼女の言い分を切って捨てた。

 教会所属とか口走っていたわけだし恐らくはローマつまりはイタリア語を口遊む彼女の言葉を理解できるのは今のところ自動翻訳アプリを生物的に携えてる俺とラウラだけなわけだが、そんなことは問題ではない。

 教会所属ってことはがっつり悪魔の敵役じゃねーか、易々と泊めていられるか。

 あと最初はさん付けだったけどこの面の皮の厚さでもう呼び捨てでいいやこの子。

 

 

『ええー、いいじゃないですかー。潰したのはさておき、そうなるとわたし泊まる場所がないんですよー。ジャパン観光をひと通り終えるまでは泊まらせてください』

「ホテル行けホテル。いくら清貧重んじる教義とはいえ旅代くらいは貰ってんだろうが」

『お土産を買いたいので極力控えたいんですよ』

「それこそ知らん」

 

 

 はぁーあ、お金もねぇ、情けもねぇ、オラこんな教会いやだー、とカンツォーネ調で歌いだすアルジェント。

 斬新すぎる家なき子が此処に爆誕した。

 同情する気はないからほんと帰ってもらえませんかね……?

 

 

「いいじゃん、泊めてあげたら? せっかくの美少女だよ、むげにしちゃお兄ちゃんこの先どこで出会う(縁を持つ)っていうの?」

 

 

 ラウラの同時翻訳を聞いていた(小町)があっさりと許可を下していた。

 

 

「いや、何気にうちの高校レベル高いから美少女分は割と過負荷なんだが」

「そこは『充分』っていう言葉を使うべきじゃないの……?」

「……出会った奴らそろいもそろってキャラが立ちすぎてるから、やっぱ負荷だよ」

 

 

 思わず遠い目で、今日会っただけでも存在感の在りすぎる連中を想起する。

 普通な奴って居ないのかな。普通ってレアだな。

 

 

 

  ☆

 

 

 

「なんでこねーし!」

「……は?」

 

 

 翌々日の一時限目終了後、憤慨したご様子のあーしさんが我が席にまで詰め寄ってきていた。

 主語がえらく抜けている気がするのだが、問い返した方がよろしいのかしら。

 

 思えば遅刻して一時限目の途中から参加したのだが、授業中もこのひとの席から圧が凄かった。ついでにクラスの雰囲気もやや重かった。

 昨日はそんなことは無かったはず……はて?

 

 

「何がだ?」

「部活! ハチもはいってんでしょうが!? あーしらだけだし依頼人もこねーしで、結局時間潰しただけで終わったし!」

「……? ――ああ、奉仕部!」

 

 

 納得したり、とワードを口遊み手のひらポンと打つ俺氏。

 そういえば昨日は新しい居候が気になって早めに帰っていたわ。

 

 結論として、下手に近づくと日本観光と称して町へ連れ出される恐れがあるので、引き籠りに準じたい俺は放課後はなるべく実家へ戻らない方が良いのだということを理解した。

 俺の家なのに居づらいってどういうことだ。リアルうまるに顕現されても全くうれしくないぜ! 控えろ三角ヘッド!

 

 

「なんだ? あーしさん入部したの?」

「……あと結衣もはいったし」

 

『話のついででバラされた!?』

 

 

 遠ぉくの方からピンクお団子の馬鹿っぽい女子の驚愕の声が響いた。

 不貞腐れたご様子のあーしさんのふくれっ面が無駄に可愛らしくて宇宙の法則がみだれる!

 いや、そこまではいかないか。

 とりあえず、いつもの取り巻き、早く来て宥めてくれよ。

 

 

「ってか、ハチも部員なんでしょーが、今日は来いよ」

「え、めんどくせわかった行くから、だからそのこぶしをゆっくりと下ろそうか」

 

 

 出掛けた本音にいきなり物理に訴えるとかグンマー育ちなのこの子?

 もっと都会感溢れる大人になりたまえよチミィ!

 

 つか、いま普通に脅威を感じたんだが、このひと聖なるオーラを拳に込めておらんかったか……?

 

 




連続投稿です。前話と


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5話

おひさしぶりです


「ははっ、みなよハチ! このちから、自在に動くよっ!」

「お前はどこのキメラアントだ」

 

 

 時刻は放課後、場所は学校の屋上。

 調子に乗って聖なるオーラを身体に纏わせて遊ぶあーしさんに、俺の胡乱なツッコミがむなしく響いた。

 

 てっきり気のせいかと思っていたのだが、よくよく注意して促してみると見事に【特殊なチカラ】に目覚めたあーしさん。

 いやほんとにびっくりだ。

 てっきりちょいと気になる描写で読者の期待を引きつつ物語をフェードアウトさせるだけの過剰表現かと思っていたのだが、神の視点から俯瞰する世界線の状態変動は無駄に緻密に俺の逃げ場を奪ってゆくスタイルを地で往くらしい。これがシュタインズ・ゲートの選択か。ちょっと何言ってるかわからんね。

 

 それにしても、これで(悪魔)の天敵が3人に増えた。

 ラウラにアーシアにあーしさん、と刈り取られる未来しか見えない。

 細心の注意を払って、しかし決して下手に出ていることを悟られないように、俺は微妙な距離感を維持しつつ逃げ場を探すしか生き残る道は無さそうである。

 ……改めて鑑みてももうだめかもわからんね。

 

 

「まあ、そのチカラがあればまた悪魔に襲われても対処できるだろ。悪魔にとってそういう波動は天敵らしいからな、なんか武器の形になるようにでも動かせば、」

「んー? こう、か……? わっ、なんか出た!」

「」

 

 

 出て来たモノのオーラに絶句する。

 それまでにあーしさんが維持していた微かなエネルギーとはもっと別の、特に強力で攻撃的な反応を俺の探知領域が知覚していた。

 ……聖剣やないかーい。

 

 

「ハチハチ! なにこれこわいやばい!」

「ばかやめろ振るな近づくなそれ仕舞えッ!?」

 

 

 素人目に見てもへっぴり腰だとわかる姿勢でぶんぶんと振り回し、大慌てで手放そうとするあーしさん。

 しかし所有権の問題なのか、剣の柄から手が離れないようで、そのまま駆け寄ってくる彼女に思わず声を荒げてしまう。

 普段の女子に近づかれてドキドキ☆ みたいなものとはまた別の、もっとやばい恐怖を生存本能レベルで察知する俺がいた。

 

 

 

  ☆

 

 

 

 そんなドタバタラブコメ(物理)をひと通り終えて部活動に勤しむ俺たち。

 疲れたよミウラッシュ……と、彼女のせいなるぱわーに充てられて弱弱しくなっている俺は正直もう帰りたかったのだが、ユルサンと引き摺られ奉仕部に連れていかれる同伴出勤。

 それを出迎えてくれたのは御馴染み部活メイト女子ふたりの冷たい目つき……などではなく、くだんの奉仕部部室前にて部屋を覗いている不審な姿の部活メイトおふたりであった。

 

 

「……なにしてんの?」

「わっ!? って優美子か………………なんでヒッキーを引きずってんの?」

「というか、ふたりでいっしょに来るってどういうことなのかしら」

 

 

 若干優しい目つきであーしさんに応えたかと思えば、俺へとスライドされた視線から妙に光が消えてゆく始末。ハイライトさん仕事して!

 そして続け様に繋がれた雪ノ下の科白は、何処か温度が感じられない。冷たい視線に晒されることは避けられようもない結果であったらしい。これがシュタインズ・ゲートの以下略。

 

 

「いえ、あなたたちがどういう関係かということは気にはしていないの。でも部内で如何わしい行為に発展しそうになる関係性を不明瞭なままに残してしまうと今後とも活動に支障が出ると言わざるを得ないわ。そういうわけで三浦さん轢企谷くん何故遅れたのか何をしていたのか詳しくじっくり聞く必要があるわね。本当は興味もないのだけれど、仕方ないわよね」

「そういえば、さっきも昼休みもふたりで先に消えてたし……。どういうこと?」

 

 

 無駄に長い言い訳を心なしか早口でつらつら並べる雪ノ下と違って、由比ヶ浜は語彙が少ない。

 どちらにしても言えることは、何をどのように答えても言い訳にしか捉えられないので何を言っても無駄ということでしかない。

 まあ、言い訳する気力が現状無いのだけれど。

 あと雪ノ下、お前俺の名前すげぇ酷く誤変換してませんかね?

 

 

「いや、あーしは、こう、ちょっと用事があったから、ね? ていうかユイ、その言い方だとあーしとこいつがいっしょに教室から出てったみたいじゃん」

 

 

 実際のところ、俺は小手先の魔術で無線のようにあーしさんの鼓膜に直接要件を震わせて、昼休みも放課後もさっさと先に出て行った。

 なので彼女の言う通り、俺たちが連れ立って消えたようだという認識がされていることがおかしいのだが、

 

 

「……でも、優美子はヒッキーが教室からいなくなったのを追いかけるように慌てて出て行ったじゃん、お昼も、さっきも」

「うぐぅ……っ」

 

 

 お前何してんの。

 

 いやタイミングずらせよ。

 お前の身体の事情を鑑みてこっそりやってる俺の労力がほぼ無駄じゃねーか。

 

 しかし、あーしさんの新たなチカラの監修と聖剣の邪気に充てられて、現在俺には弁明するほどの気力が沸いていない。

 がんばれー、まけるなー。

 しかし聖なる剣なのに邪気とはこれ如何に。

 

 

「……あの、そろそろ我の方にも声をかけていただきたいなー、なんて……あ、いえなんでもないですスイマセン……」

 

 

 そんな彼女たちに対して、部屋の中から顔を覗かせたのは若干太めの眼鏡男子であったのだが、ひょっとして冷やかしか不審者なのだろうか。

 依頼人()? そんなモノが申し訳程度の実績も見出せないこの部屋に訪れるわけがなかろうに、と内心鼻で嗤う。

 あと眼力で部屋に再度引っ込むなよ、もうちょい主張しろ。

 

 

 

  ☆

 

 

 

「え、マジでお前依頼人なの? ふーん、わかったわ。痩せろ。これで解決だな」

「いや待ってくれ八幡、我まだ何も依頼内容を言っておらぬ」

「女子にモテたいとかそういう依頼だろ?」

「ち、ちがわい! きめつけるにゃー!」

 

 

 語尾を噛んで無駄に萌えキャラみたいな主張をするのは材木座何某。

 自身に自分で剣豪将軍という二つ名を名付ける中学二年生が陥りそうな病を患っている太めの男子だ。

 ご丁寧にバンダナに眼鏡に指ぬきグローブに厚手のマントという無駄な装備の徹底振りで、御座る口調の道化を買って出ている稀有な人材だ。

 なるほど、確かに、そのような人材がそのキャラ造りを投げ売ってまで女子にモテたいなどと願うはずもない。

 キャラの売買を取り扱う業者が何処にいるかはわからないが、簡単に取引が横行しないからこそ悪魔とかいう精神病の代表みたいな存在が堂々と実在できていたのだろうけれども。

 

 さて話がずれたがこの自称剣豪将軍、先ほど部活メイト女子ふたりが部室に入れなかった原因に当たる。

 実際、先立ってこんな人物が室内に先に佇んで居れば、如何に部屋の主であろうとも入室を躊躇わざるを得ないことは言うまでもない。

 斯く言う部屋の主の乳質(にゅうしつ)は中々薄いことも言うまでもないが。

 本当に言うまでもないことだったのはまた言うまでもない。失言なので言葉にはしない。

 

 

「ていうかヒッキー、そのひとと知り合いなの……? なんだか仲が良くない……?」

「良くはないし知り合いでもない。とりあえずなんでそういう結論に至ったのかをちょっと語れ」

「なにいってんのかわかんにゃい」

 

 

 言い回しを理解し難いあほの子には通じない言葉遣いであったのか、これまた無駄に媚びを売る語尾で他人のことを引き籠り呼びするガハマはすっとぼけていたコンチクショウ。

 思わず腐り目がガンをつけるようにメンチを切るのも仕様が無い話である。

 

 

「あまりそんな下卑た視線を向けないで欲しいわねイヤらしい。おそらく教室内でもボッチを敢行して無言で押し切っている貴方が、彼に対しては饒舌に見えるからそういう発想に至ったのではないのかしら?」

「解説どうも。つうか言うほど饒舌でもねえよ、普段も無言ってわけでもねえけどな」

 

 

 語りたがらないのは騙ることを良しとしない内心と語る必要性を抱けない人間関係の希薄さが原因なのは、ガハマの通訳を買って出た氷雪系の女怪にも理解できる理由だと思うのは俺だけなのだろうか。

 その辺りを説明する気は当然無い。どうせお前も同類だろう。解れる話を改めて語ることは尺稼ぎでしかないのだ。

 

 あと当たり前のように言葉に罵倒を挟まないで欲しいが、そこは薄っぺらいキャラ付の一環でもあるかもしれないので突き詰めるつもりにもあまりならない。

 代わりに内心で狂おしいほどに憐れみを与える。教室(故郷)へ帰…ることもできないのだろうから、お前にも家族がいるのだろう、という言葉はごっくんしましょうねぇ~。

 

 

「けぷこんけぷこん、それでだな相棒」

「俺は特命係じゃねぇぞ」

「そっちではないわ。忘れたか、あの辛く苦しい戦いの記憶を……!」

 

 

 ゴザルキャラというよりはデブキャラが使いそうな咳使いで意識を向けさせる剣豪将軍に留意を促す。

 個人的には亀山が一番好きだ。

 

 

「最近の艱難辛苦っつったらドイツ旅行くらいだが」

「我の知らぬ間に何処に向かっておったのだお主……!? そっちではなく、ほれ、あれであるぞ、いや、マジで忘れてないよね? 我のこと覚えてるよね?」

「……?」

「地の文も働かせずに普通に小首傾げて疑問符を挟むでないわぁー!? 体育の授業であるぞー! ペアを組んだではないかー!?」

 

 

 ああ、あれかぁ。

 

 

「あれは先生の攻勢殺戮呪文(ふたりひとくみつくってー)が炸裂した程度の話だろ。日常じゃねえか、俺やお前や雪ノ下の」

「そこに私を加えないで欲しいのだけど」

「間違ってないだろ」

「大いに間違っているわよ。というか、そのルビで通すってどれだけ殺伐とした日常なのよ」

 

 

 甘いな。それが俺の場合、エンカウントする小学生()によってはニフラムをかけられるまである。

 どちらかというと俺が敵っぽいが。しかもザコキャラっぽいが。しかもお前の経験値なんていらねえよ、と暗に言われているので全く誇れもしないが。

 

 

「ええい! 甘い空気を作り出すでない!」

「作ってねえよ」「偽造(つく)れてないわよ」

「女子と会話できるだけで充分ラノベみたいな話ではないか! それより依頼の話をさせてください! 話を進めさせてください! もう尺稼ぎはこりごりだよぉー!」

 

 

 昭和のオチみたいな画面が円状に窄まる幻覚を見せる怒涛の叫びに、しぶしぶ俺たちは剣豪将軍の依頼を聞く。

 ぶっちゃければ、このまま呆れて帰ってほしかった。はたらきたくないでござる。

 

 

 

  ☆

 

 

 

「転校生をォ紹介する!」

「と、虎沢愛子です! よろしくおねがいします!」

 

「……郷里(ごうり)先生、紹介するところ間違ってませんか?」

 

 

 剣豪将軍が消えたと思ったら何やらやってきて胡乱なことを宣っていた。

 雪ノ下の呆れるセリフは尤もで、そもそも部活動に転校生紹介ってなんじゃそりゃ。

 

 

「間違っとらん、平塚センセーの許可もきちんともらっとる。こいつを預かってもらえりゃそれでいいんだ」

「よ、よろしくおねがいしますぅ!」

 

 

 部室の扉をスパァンと開け放ち言い放ったスタイリッシュな登場シーンで充分に目を引いただけでジャージにグラサン姿の外語教諭・郷里先生の口調は元の落ち着いたモノに戻っていたが、連れてこられていた金髪猫目でショートヘアの、しかし色々とでかい女子の口調は落ち着くことを知らぬようにテンパったままだ。

 というか、此処の顧問に当たる平塚女史の許可も既に得られていたら、雪ノ下の拒絶の言葉も通用するわけもない。

 

 

「……許可が得られていると言われましても、そもそも此処は易々と部員を入れるような活動でも無いと思われます。彼女がそもそも何者なのか知らされていないというのに、入部だなんて、」

「お前や比企谷がいる時点で、此処はボッチを更生する施設みたいなもんだろ。こいつも似たようなもんだから仲間に入れてやってくれや。じゃ、あとは頼んだ!」

「」「よ、よろしくおねがいしますぅぅーー!!」

 

 

 私は拒絶する、そう突き放そうとした事象の隔絶は無手に終わり、自負の届かぬ領域があることを彼女は自覚したのである。

 口惜しそうに歯噛みする大和撫子とは裏腹に、この部のギャル系女子の比率は鰻登りだ。いいぞ、もっとやれ。

 

 というか、意外と俺も知る人ぞ知る人物であったことを今知らされていた。

 思わず誇らしい気持ちになるのだが、その感情は間違っているのであろう。

 

 

「え、ええと、虎沢さん、だっけ? あたし由比ヶ浜結衣、ゆいでいいからね!」

「あーしは三浦優美子、好きに呼びな」

「比企谷八幡だ。よろしく」

「は、はわわあ! と、虎沢です! よろしくですぅぅぅ!」

 

 

 入部がそこまで嬉しいのか、あざとい系とはまた違う慌て方を醸し出しつつ、やや涙目で喜びを露にする虎沢。

 なんだかほっこりとする光景がそこにあった。

 

 

「ま、まちなさい、私はまだ許可するとは言ってないわよ……」

「いや、諦めたら? もう平塚センセイの許可はあるって、ゴリセン言ってたじゃん」

 

 

 郷里先生(ゴリセン)の言い分で絶句していた雪ノ下であったが、案外復活も早かった。いやこれ復活できてるか? もうちょっと休んでろと言いたくなるくらい口調に覇気は無い。

 そんな彼女の代わりに受け入れ態勢を先に作った由比ヶ浜ではなく、あーしさんが諦めを促している。なんだかんだで仲が良いよなぁこいつら(白目。

 

 

「ていうか、雪ノ下が認められないのはゴリセンにボッチ厚生施設って認識されてたこの部の方だろ。わかるわ」

「」

 

 

 めんどくさいのでとどめを刺しておく。

 ゆっくりと、おやすみなさい……。

 

 轟沈した雪ノ下がいつもとは違う、毅然と椅子に腰掛ける姿ではなく、がくーんと背凭れに持たれて天を仰ぎ見る形で口元も半開き。ハイライトさんが死亡したのを確認し、俺たちは新しい仲間につきっきりである。

 此処はアットホームな部活です!

 

 

「虎沢さん、んー、長いから虎子ちゃんだね。虎子ちゃんはなにか特技とかってある?」

「と、とらこちゃん……! あだな、はじめて……!」

「きいてる?」

 

 

 使い物にならなくなった雪ノ下を優しさで放置し、怒涛のコミュ力を誇るガハマさんが率先して虎沢へ話題を振っている。

 そのいちいちが初体験にも当たるのか、虎沢は嬉し泣きで今にも召天しそうなほどに感極まっていたことが傍目にもよくわかった。

 

 

「ああ、呼びやすいのが一番だよな。俺とは違う不本意ではなさそうな綽名で良かったじゃないか。空も飛べそうだ」

「何の話してるん?」

 

 

 例えば校舎二階の窓から大空へ飛翔しそうな。

 本当に何の話だろうか。

 俺の場合なら鷹とバッタを交えてくるくらいのことを語りそうなのに。

 

 さておき、意外にもこの部には綽名持ちが数多く集まったことになる。

 ボッチが半数以上を占めた割には、ゆきのん、ガハマ、あーしさん、虎子、ヒキガエル、と枚挙に暇がない。

 一瞬何処かの怪異譚みたいな方向へシフトし掛けた気もしたが、出揃っているのが雪女にカエルに虎にひとふたりでは物語が始まる余地は余り無い。

 冬が来て虎が人を襲って蛙は冬眠して、それで物語は終わりだ。

 ひとりだけ上手いこと逃れた気がしないでもないが、小動物なのだからそもそも話に語られることがおかしいのだから仕方がない。すまんね、俺は先に位置抜けさせてもらう。

 

 話が大いにズレたので軌道を修正。

 虎沢愛子の話に戻そう。

 材木座の話? そんな物はなかった。そもそも誰だザイモクザって。

 

 金髪のショートカットに、やや釣り目の強気な眼差し。しかしその精神性ゆえか、眼差しは怯えたように垂れて庇護欲をそそる。

 先にも語ったが、彼女の容姿は精神性さえ除けばギャル系と言っても差し支えはない。

 しかしそれだけならばあーしさんともやや被るのだが、大いに違う点が彼女の容姿には存在する。

 でかいのだ、いろいろと。

 肉厚で長身で、豊満。

 雪ノ下が口惜しそうに歯噛みした原因が其処にもあると言っても過言ではないくらいに、彼女はダイナマイトなボディでおどおどと入り口に佇んでいた。

 普段より学内にて深層の美少女などと揶揄されている雪ノ下とはいえ、その厚みは美麗さでは抑えきれない圧倒的な格差、明白に言えば女子としての矜持が白日の下に解体(バラ)され晒され並べられる。

 そんな雪ノ下に言える言葉と言えば、まな板にしようぜ! くらいしか思いつけない俺を許してくれ……っ!

 

 あ、雪ノ下の話じゃなかったな、虎沢だったわ虎沢愛子。

 ゆきのんのことはあたまのなかからポーイっ。

 

 

「さておいて、綽名で呼ぶ、というモノはボッチにとっては一種のステータスであり障壁を破壊する行為にも等しい。ガハマさんは前々から思っていたがボッチキラーの素質がある。この場合のキラーは文字通り殺すことに等しいのだが、意味合いを二つか三つは兼ね備えていると言っても過言ではない。キタナイ、さすがガハマキタナイ。実質俺も呼ばれたくない綽名を名付けられたひとりでもあるのだしせめてそこんところ矯正できやしないものかね、友達として?」

「長いし何言ってんのかわかんねーしつーかあーしに言ってんの?」

「この中でガハマさんの友達っつったらお前だけだろう」

 

 

 新たなゆるゆりの気配、と呼ぶよりはややでっかいモノが並び立ちいっそ『二台巨砲建造』という言葉が生まれそうなおふたりから若干の距離を置いており、尚且つこの部屋で正気を保てているのは俺を除けばあーしさんしかいませんが何か?

 ちなみにガハマさんは平均身長なのに対して虎沢がストロングなので、並び立つと言っても身長の話ではない。おっぱいサンドは男の夢だよな。

 

 

「その認識も中々ひどいと思うんだけど……。つか、言いたいことあったら直接言えば?」

「言っても効かないんだよ。雪ノ下(ゆきのん)なんかもう諦めてるっぽいし」

「ハチがその綽名を使うとすっげぇ違和感……」

「怖気が走るわ」

「言うね、お前も」

 

 

 気付け薬になったらしい。

 気づけば復活し会話に混じっていた雪ノ下がさらりと俺を罵倒していた。

 次にお前は『馬鹿な、お前は死んだはず……!?』と言う……!

 

 

「あ、復活したんだ雪ノ下」

 

 

 なんでもない感じであーしさんが雪ノ下を迎え入れていた。

 言わなかった、残念だ。

 

 

「ええ、少々アイデンティティが揺るがされたけれど大丈夫よ、私はまだ戦える……!」

「何と戦ってるの、あんた……?」

 

 

 虎沢の来る前にも若干感じていたが、雪ノ下は雪ノ下でそれなりに中二病なのではと思う。

 まるでBLEACHのヒロインの如く、幽鬼のように立ち上がろうとする雪ノ下だが、その膝は未だ震えていた。

 結構レバー(肝要)へダメージが届いて要るっぽいが本当に大丈夫か?

 

 

「入部テストよ、虎沢さん」

「「ほぇ?」」

 

 

 どや顔で言い放つ雪ノ下に、虎沢とガハマさんが同じリアクションでこちらへ振り返る。

 ギャルゲーの立ち絵っぽい姿で姿勢を正し、雪ノ下は毅然と続けた。

 

 

「その結果次第では貴女を我が奉仕部へ入部することを許可しても良いわ」

「入部は決定事項なんだから諦めろよ」

「――訂正、結果次第では退部してもらうわ」

 

 

 追い出す方向に問題提起する辺り、よっぽどボッチ扱いが腹に来ているらしい。

 それならば俺のようなボッチの中のボッチこそ追い出すべきではないのか、と提起したいのだがどうか。

 ダメ? それじゃあ物語が終わってしまう?

 いいじゃねーか、代わりに舞台も学園を移して主人公交替で総武校をフェードアウトさせよう。

 それで年頃男子向けにお色気路線多めにシフトチェンジしようぜ。

 タイトルは、そうだなぁ、【乳物語(ちちものがたり)】とかそれっぽくない?

 

 

「ゆきのん、大人げないよ……」

「大人ではないのだから問題ないわ。高校生なんて子供よ」

「それを自分から使うひと初めて見た」

「わ、わかりました! その勝負、受けます!」

「受けちゃうの!?」

 

 

 ガハマさんのツッコミがさく裂する。

 容易く煽りに乗ったというか、話の激流に乗り遅れまいと内容を吟味せずに勢いで乗っている感が無くもない虎沢なのだが、話が早いのは多少ではあるが喜ばしい。何と言っても字数的に。

 

 

「それでは勝負内容なのだけど、」

「い、いきます!」

「え」

 

 

 え、今やるの?

 という雪ノ下の内心が聴こえた気がした。

 

 科白の途中で突貫した虎沢に、雪ノ下くんフットンダ!

 

 って、力業ァ!?

 

 

 

  ☆

 

 

 

「ほむ、では感想を言ってもらおうか! …………? あの、なんか増えておらぬか……?」

 

 

 翌日、部室へ現れたのは眼鏡をかけたデブであった。

 指ぬきグローブにマント、となんだか演出過多な恰好で現れたのだが……。

 正直、誰なのかを皆目思い出せぬ。

 

 

「すまん、お前誰だっけ」

「たった一日で忘れるわけなかろーうw ……え? マジネタ?」

 

 

 その『たった一日』が随分と濃厚だったんだよ、昨日は。

 

 あれから、虎沢に吹っ飛ばされたように見えた雪ノ下であったが、明確には押し『倒された』。

 その際はなんか妙な物理法則でも働いたのか、偶然にも制服を破り捨てられ、下着姿を露わとしてしまったあられもない雪ノ下を女子らが慰めることで絆が深まったらしい。ペルソナか。

 それにしたって衣服を強制的に破くほどの攻撃力ってなんだよ。いつからこの世界はtoLoveるに? その技を【装備破壊(ドレスブレイク)】と名付けよう。

 そんな濃密な放課後で、安いラブコメみたいなお色気シーンを強制的に拝見させられた俺は、とりあえず退部にはさせられなかったらしい。

 おかしい、対象が虎沢から俺に変わってる。

 いや、異論は無いのだが、拝観料として暫くは奉仕活動に準ずることを強いられるそうである。

 

 そして本日になって改めてやってきた男子は、剣豪将軍ザイモクザヨシテル。

 何処かの女神転生を思い起こさせる種族名だが、そういえば虎沢の前に来ていたわ、そんで小説を置いて行かれた。

 さて、そうして感想を言って欲しい、とのことであるが。

 

 

「悪ぃ、読んでなかった」

「そういえば、カバンに入れっぱなしだったわね」

「……え? あーしも読むの?」

「……だれだっけこのひと?」

「なんのおはなしですか?」

 

「我の扱いが酷すぎやしないかねチクショーウ!? あと八幡! お主ますますハーレムの(あるじ)みたいな立ち位置に座っておるぞぉー!?」

 

 

 マテ、今その話題に振るのは不味い。

 あとガハマさんが総じて距離を取っているだけでお前の扱いについては妥当だ。

 

 

「ハーレム……、ああ、そういえば、比企谷君にはしっかりと責任を取ってもらわないといけなかったわね……? 刑罰は何にしようかしら?」

「俺が原因じゃないじゃん、やめてよ、刑罰とか断定するの」

 

「あれはハチが悪いっしょ。女子の肌は気安くねーんだからね」

「下着、下着姿な。裸見た、みたいな言い方やめて? いや、俺からしたら大して魅力もねーんだけど、妹で慣れてるし」

 

「ヒッキーのえっち!」

「幼馴染でも被害者でも恋人でも源さんちの娘さんでもないお前に言われるのは一番納得がいかん。ノリだろ、ノリで言ってるだけだろ?」

 

「ひ、ひきがやさんはわるくないんです! わたしがちからがつよすぎたせいでぇぇ!」

「そうだけどさ、前に立ち塞がらないでくれ虎沢。今度は俺が脱げる気がする」

 

 

 男子のサービスシーンとか誰得。

 そんな悲劇を回避するためにも、全員の一言一答の最中でも虎沢から距離を取ることを忘れない。

 

 もっと明白にするならば全員からも距離を取りたいのだが、教室内の思い思いの場所に陣取る彼女らの誰からも距離を取ることは不可能な狭さなので、極力中間地点を選んでいる俺である。

 もっと広い空き教室を使うような部活動には出来なかったのか。

 平塚先生が無理を通して立ち上げたと噂の非公式活動の癖して部室を備えているとか、奉仕部のくせに生意気だ。

 

 

「やはりハーレムではないか……っ! うわーん! ハチえもーん! 八幡がいじめるよぉー!」

 

 

 薄々感づいていたのだろう、居場所が無いと思い知ってしまった物理的に幅を持つ男子は、俺を愉快な未来道具流出狸みたいなあだ名で呼んで泣きつきつつもその本人にいじめられたと部屋を脱出してゆく。

 というか逃げられた。

 おおい待ってー、お前の依頼まだ終わってないよー?

 つーかマジで俺を此処に取り残すのはやめておねがい。

 




はずかしながらもどってまいりましたが、暇つぶしで書いたモノの適当な放流ですので続きはまた間が開きます


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6話

高評価を頂いたので続きです


「あれ? 比企谷くん、こんなところでお昼食べてたんだね?」

 

 

 なんだか部室棟に赴くことが億劫で仕方がなくなってきていた今日この頃。

 久方振りにベストプレイスでもある体育館裏の自販機前へとやってきた俺であったが、自由な時間を満喫する寸前のところでそう声をかけられた。

 

 声をかけてきたのはジャージ姿だが美少女。

 なんだか最近美少女とのエンカウント率ばかりが鰻登りになっていて、俺の死期が近づいているのではと僅かばかりの危機感を抱かざるを得なくなる。

 ……ああ、そういえば一回死んでたわ。先に命数を売り払った代償かもしれん。

 

 

「……あー、わるい、どちら様だったかな」

「あ、あはは、比企谷くんボクのことやっぱり知らなかったんだね……、いちおう、同じクラスなんだけど……」

「お、おう、悪い」

 

 

 同じクラスの美少女に教室外で話しかけられるとか、そんなラブコメみたいな経験が現実に体験できるわけがない……!

 やはりベストプレイスは中々見つからないからベストプレイス足り得るということか。木刀の竜も紆余曲折を経て流離うわけだ。

 

 しかしよみがーえーれー、とうたわれることも無く現世へ舞い戻ってきた俺からしてみれば、そもそも同じクラスだからと言って声をかけられること自体がイレギュラーの塊。

 普段からコミュニケーションブレイクダンサーを地で往く俺が、多数に囲まれることもないからと内弁慶を発揮した結果、後日に面白可笑しいネタの生き証人として晒される黒歴史に既にいろいろ学んでいる。

 違うんだっつっても裏目に出るばかりでハイ残念。

 喩え純朴そうな美少女が対象であったとしても、その対応を間違うことは二度目の死にも直結する。

 見極めろ、全てを……っ! 正義のその奥にだって闇が潜んでいるものなんだ……っ!

 

 

「えっと、戸塚彩加(さいか)です。よろしくね、比企谷くん」

 

 

 と、俺の人間観察力にも引っ掛からないレベルの、裏のない笑顔で挨拶された。

 ……え? なに、この子、天使……?

 

 

 

  ☆

 

 

 

「天使なら私がいるじゃないか」

「いや、お前みたいなパチモンじゃなくて、マジモノだよ。こう、微笑むだけで祝福を振りまくような? 浄化するレベルで信仰心促せるような奴。なんていうか、もう、尊い……」

「拝むな拝むな」

 

 

 明後日の方向へ滂沱しつつ掌を合わせるハチマンに、柄にもなくツッコミを入れてしまう私がいた。

 お前ら悪魔ってそういう行為は自傷ダメージになるのではなかったか……?

 

 

『ハチマンさん! 天使にほど近い美少女ならここにもいますよ! ホラ!』

「アーシアはそっちで力の扱い方を教えておいてどうぞ」

『私の扱いがおざなりすぎじゃないですかねぇ……?』

 

 

 妥当だとは思うが。

 居候を初めてからこっち、アーシアは町へ散策に出かける以外はハチマンの家でゴロゴロしてるか私と一緒に家事を手伝うかのどちらかだ。

 本職の悪魔祓いに働けと命じても碌な結果にはならないのだろうから半ニートでも道理としては問題なさそうだが、家事手伝いを自分で言うことは花嫁修業とは言い難い。というか、見た目がニートでは心理的に駄目だろう。

 しかして不法滞在に近しい立場の外国人ふたりが、外へ働きへ出ることが難しいこともまた事実。

 ハチマンの(マスター)であるセラフォルーの話では、私だけでも嫁の学校へ転校できる手続きをしている最中らしいのだが……、この半ニートから目を離してもやはり碌な結果にもならないのであろうことは明白なので、せっかくなのでこの自称系天使美少女とやらも道連れにすることを提案してみたのだが、なんだか愉快気に承諾されてしまったのはつい最近の話。

 ……そういえば、この話はハチマンは知っているのであろうか。

 

 そんな私たち、というかアーシアへハチマンが仕事を命じたのが今日の話だ。

 日頃より働きたくないと嘯くハチマンであるが、その実能動的に活動する性格であることは既に把握している。

 というか、比企谷家が根本的にそういうバイタリティ溢れる血筋らしく、他人のことに無意識的に世話を焼こうとする傾向にある。

 そこを覗いてしまえば随分と善性な一家なのだが、元より人間のキャパシティは広くなく、それなのに他人様の手助けに精を出して悪くもない結果を引き出してしまうために更なる依存を誘発し、……結果として、ご両親の行動力の方向性は中々家族へは向き難い。

 今回の事態はそんな、ハチマンが言うところのシャチクコンジョウという血筋(モノ)を発揮した結果なのだろう。

 以前にはぐれ悪魔から助けた少女に、神器の使い方を教えて欲しい、というアーシアへの仕事は。

 

 

「ほら、遊んでないで見てやれよ。あーしさんも若干手持無沙汰な感じだぞ」

『とは言いましても、私たち言葉が通じませんので間にハチマンさんが欲しいのも事実なんです。ラウラさんといちゃいちゃしてないでこっちにも顔を出してくださいよー』

「イチャイチャはしとらんわ。しょーがねえなぁ」

『まってましたぁ! いよっ! ハチマンさんの! ちょっといいとこみてみたいっ!』

「やる気なくなるからそういうのやめて?」

 

 

 何故に彼女のことを『あーしさん』などとややこしくなりそうなあだ名で呼んでいるのかは不明だが、紹介されたミウラユミコという彼女は神器使いであったらしい。

 本人の望む聖剣、明確には聖なるオーラを纏った武器を精製出来る神器(セイクリッドギア)。確か名称は、『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』とか言ったか。

 ………………あれっ? 私の上位互換じゃないか?

 

 そこはかとなく自身の存在意義が揺らぎかけている事実に打ちのめされている一方で、ハチマンはふと明後日の方向へと顔を上げた。

 

 

「……あー、丁度いいサンドバッグが出たっぽいな。先行するから後から来てくれ」

 

 

 そんなことを呟いて、足元に転送魔法陣を一瞬で描き、さらりと姿が掻き消えた。

 ――いや待て、せめてもう少し余韻を残せ!

 

 

 

  ☆

 

 

 

 それは悪意の顕現であった。

 

 まず目立つのは植物のツタが絡まった、新緑が青々と瑞々しい全体図だ。

 例えるならばポ●モンのモン●ャラだが、その『怪物』は大らかに睥睨すると人の形に酷似している。

 腕と思しきツタが蠢く諸手を掲げて、獲物を絡め捕ろうとする様相には人相手では感じられない、命の本能を酷く刺激する醜悪なまでの嫌悪感を覚えさせた。

 

 ――そう、それは『獲物』に襲い掛かっている。

 

 植物は其処まで機敏には動かない。

 ハエトリグサなどの食虫植物でさえ、獲物を粘着性の液汁で絡めて動きが鈍ったところを数秒かけて挟み込む。

 機敏に活動することを求めない代替えとして持続的細胞分裂を備えたのが植物の定義である以上、そのまるで意思を持って襲い掛かっているツタは植物では無い。

 その絡まった怪物の『奥』、または其処ではない何処かに、『そうせよ』と意図を以て活動を促している『何か』あるいは『誰か』が存在するのであろう。

 

 さておき、無数にツタ状の『何か』が蠢いて絡め捕ろうとしている獲物は、一言で云えば美少女であった。

 

 ――またかよ、という意見は黙殺する。

 触手プレイとか好きだろお前ら?

 その対象が美少女だから興奮するんだろ?

 それでも文句があるならば、聞こうか(脱衣。――

 

 ――続ける。

 ツタ状の何かは彼女、便宜的に『彼女』と呼ぶが、彼女の全身を絶妙な力加減で拘束している。

 無駄な肉が一切ついていない華奢な胸や腹に、柔らかそうだがしかしか細い腕や太ももへ、それは蛇かロープのように背後から絡まっている。

 引き摺られることに抵抗をし、前へと逃れようとするその心理はわからなくもない。

 現状でさえ自由が利かないのに、謎の塊へと引き込まれでもしたらどうなってしまうのか、わかりようもないしわかりたくもないことは納得がいく。

 そして植物ではないと先に定義したにも拘らず、繊維としての性質を兼ね備えているのか引き千切ることも容易くないらしい。

 

 敢えて言わせてもらうと、非常に扇情的な絵面が其処に完成していた。

 

 ぎゅるぎゅると締め付けて身動きに不自由を牽引し、彼女を意図的な危機感以上に羞恥も重ねて赤面を促す。

 間違いなく天才か、特殊な性癖を伴った紳士の御業である。賛辞を贈りたい。

 

 

「……っ、ぁ、やぁ……っ!」

 

 

 彼女の口から、遂に悲鳴が自然と漏れた。

 ツタは締め付けを強めて、じゅるぃ、と彼女の胸部を徒に這い蠢いた。

 ――おかしい、此処は年齢制限板では無かったはず――。

 

 

 

 

 

「――何してやがるテメェキーーーーーーック!!!」

 

 

 

 

 

 そんな空気を正面からぶち破ったのは、他でもない主人公だった。

 モンジ●ラモドキの真正面から、本体へ向けて飛び蹴りを噛ましたのだ。

 

 一歩目で赤熱し、

 二歩目で空気を裂き、

 三歩目で推進力を伴う驚異の突破を促す。

 

 まさに完璧なライダーキ●クを再現して見せたその男こそ、我らが主人公・比企谷八幡その人である。

 もうすこしやすんでいてもよかったのよ?

 

 

『うびゃあああああああああ!』

 

 

 咄嗟の威力に防御も間に合わず、思わず少女の拘束を自然と解き吹っ飛ばされる怪人。

 何やらちょぼらうにょぽみ系の悲鳴が響いた気がしないでもないが、気にしないことが精神安定の秘訣である。

 

 

「大丈夫か戸塚!?」

「ハァ……ハァ……っ、う、うん、ありがとぅ…………あ、あれ? 比企谷、くん……?」

 

 

 なんだか救助に入った理由が今回は明白だった。

 

 

 

  ☆

 

 

 

 街中に念のため、と張り巡らせていた魔力波の反響観測から、またもやはぐれ悪魔が出たらしいので現場へ急行してみれば本日天使認定したばかりのクラスメイトが襲われていた。土地を管理とやらしているなんとかって貴族はホント何してんだよ。

 初めは戸塚が襲われている、などとは気づくはずも無く、そもそもが単独で動き始めた悪魔の反応が、人を襲うつもり満々の反応を返していたから現場へ急行した理由に他ならない。

 そもそも、先日のあーしさんの被害からも、管理者が碌に働いていない場合もあると判断しただけでしかないからな。

 そうやっていて正解だったわけだが。

 

 さて勢いで吹っ飛ばしてしまったが、今の俺にこれ以上に戦う能力は無い。

 本当はもっと背後からネチネチと狙撃するみたいに何処かのキリツグさんみたいな『勝てるやり方』を組むことが正解だったのだろうが、やってしまってからはもう遅い。

 しかし戸塚があんな目に遭っている事態を、見過ごすことなどできやしなかったのも事実で。

 やはり感情の赴くままに動くのは間違っていたのかもしれない。後悔などはしてないが。

 

 

「さぁて、かかってこいやァァァァァ!!」

 

 

 いつもの自分らしくもない、心なしか自棄も相俟った気持ちで吠えて見せた。

 男ってやつはなぁ、泣いてる女の子の側に立てれば、それだけで満足なんだよォ!

 

 

 




いっかい何も考えずに書いてみた方がいいのかもしれない


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