虚偽のエース (戦国宰相)
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虚偽のエースの失踪
次回で全容を発表します。
私は丹川道隆(にかわ どうりゅう)。本日4月1日を以て晴れて高校生になる男だ。
…というのは表の姿。実は私はよくある何処にでもいない転生者という奴である。
こんな事を他人にでもしゃべたら即精神病院行きだが、私の中では真実である。
何せその証拠に私は所謂前世の記憶と、それに基づいたチート能力を持っているのである!
…現在封印中だが。無期限の。理由は後にて語るとしよう。
さて、こういうもののお決まりとしてアニメやらゲームやらの世界にいる訳なのだが、私はこの世界の題材を既に把握している。ある一部分以外ほぼ現実と変わらないリアル世界だったため、気づくのにかなり時間がかかったが…。
端的に言えばここはパワフルプロ野球、つまりパワプロ世界だったのだ!パワプロちっくな姿ではなく皆がしっかりとした人間の姿だったのでこれも気付くのに時間がかかった理由の一つだ。当然私もだ。顔も前世よりイケメンに少し変わっていて「よっしゃ!彼女作ったる!」と中学生の当時は意気込んでいたものだ。
パワポケ?さあ何のことかな?(すっとぼけ)
私はあまり運動が得意ではなかったが、野球という文化に対して人一倍、という方でも無いがまあ兎も角ゲームをする位は好きだった。得意ではなかったので見る専であるが。
しかし、先述した通り、私はチート能力を持っている!ちゃんとこの世界にも通じる能力!そしてほぼ最強と言って過言でないその性能!
私はそのチートによって投打両方において凄まじい選手として鮮烈なデビューを果たした。所謂二刀流という奴である。
小学生から野球を始め、そのチート能力を以てして中学2年まで多くの野球大会にてチームに優勝をもたらし、絶頂の気分に浸っていた。
投げればあらゆる面で圧倒しほぼ完全試合達成。打てば中距離俊足巧打者。守れば強肩外野手。
まるで物語の主人公になったかのような気分だった。
後から思えば身に過ぎた力を行使しすぎたと後悔の念で一杯だが。黒歴史ものである。
というのも、私は中学2年の頃において気づいてしまったのだ。気付かない方が私は幸せであったかもしれないが、気づいた事でそれ以上私という存在がこの世界の野球少年たちの夢を壊す事を避ける事が出来たのだ。
尤も、今となっては遅すぎたが。
「あれ?これ自分の力で何かを成したというよりも他人の力を使って、しかもプロを超える力で捻じ伏せてきただけじゃね?しかも、しっかり努力した子の苦労を嘲笑って。」
例えるなら子供の喧嘩に片方がプロの格闘家連れてきてガチで相手をぼこぼこにするような行為である。その上でプロの格闘家ではなく、自分がやったと自慢している。卑怯という言葉を超えた外道行為である。
もうね、あほかと。恥ずかしいどうこうではない。こんな事を約8年間もやってきたのかと。
何故今まで気づかなかったのか。人は強すぎる力を持つと馬鹿になるのか?
その日より酷い自己嫌悪から私は絶頂期から一気に鬱になったような気分に襲われ、毎日のようにかつて対戦した敵チームが罵声を浴びせてくる悪夢を見るようになった。
ある子供は「卑怯者!」と言い、ある子供は「本当は変化球すら投げれない投手失格の癖に!」と秘めていた真実を突きつけた。ある子供は「努力もせずに勝って嬉しいかよ。けっ。おめでたい奴。」と皮肉った。全て夢だったが、私の心を現実よりも傷つけた。
これが私がチート能力の一切を封印した経緯である。まさに黒歴史。8年間中二病同然だったという事実を突きつけられ、私はあっという間に精神的に追い込まれた。自業自得だが。練習にも時折出られなくなるほどだった。
自分が所属していた野球部のチームメイトは原因不明のうつ病に罹ったような私を見てとにかく手を尽くして励ました。何せ今までチームを引っ張ってきたエースであり、キャプテンだった。
それに私が超人的な力を発揮してほぼ一人で勝ちをもぎ取っていた事から実質的に私中心のワンマンチームであったこともあり、このまま野球部を辞めてしまえば間違いなく今後の大会の優勝は不可能だった。
野球部だけではない。顧問ですらない先生達までが私を見るなり「野球部にはお前が必要だ(意訳)」と言葉に付け足してくる。時に他の子供の親たちもだ。
しかし当然ながら私には逆効果であり、励まされれば励まされる程ほとんどの周りの人間が信用出来なくなり、人間不信に陥っていった。
唯一救いだったのは私の親が理解を示してくれたことだろう。
「野球以外にも楽しい事は沢山ある。辞めたいなら辞めてもいい。」
と父や母は慰めてくれた。
私は両親の言葉に甘えて野球部を退部。色々な人たちが応援から罵声まで様々な声をかけてきたが両親がしっかりガードして、転校手続きだけでなく引っ越しまでしてくれる事になった。原因の私一人の為にここまでしてもらって本当に感謝してもしきれない。
そこそこのマンション暮らしだったが、これを機に別の町の一軒家に住む事となり、この町そのものからも去る事となった。
自分のしたことの結果の末であるとは言え、長く暮らしていた場所を離れるのは寂しい事である。数少ない信頼できる親友だけに別れの言葉を告げ、移動中の車の窓から暮らしていた町の日暮れ姿を寂しく見ながら新たな家へ向かった…。
さて、これは別の話になるがパワプロ世界において当然と言わんばかりに野球がスポーツの中心として全国的に大流行している。その次位にサッカーがある程度か。
その為、どの中学、高校も野球部が充実しているが、一応例外も無い事も無い。
例えば女子校。パワプロ世界特有の性質上、ソフトボール部があくまで女子のスポーツのメインではあるものの、一応男子程に野球文化に理解があるわけではなく、そこそこばらけている為、野球部が無い所もそこそこにある。
つまり何が言いたいかと言うと流石に私は男性である以上女子校に通う事は出来ないが、中学3年生になった私は進路を考えるに考えてこの度共学になるという元女子校の高校に通う事にした。態々そんな場所にした理由は先に挙げた野球部への興味の低さだ。決して女性にもてたいからではない。というか寧ろ針の筵である。
このパワプロ世界では野球が大流行しているだけあって私の黒歴史伝説?とやらがかなり噂として広まっているらしく、普通の高校に通ったとしてもまず目を付けられて何かと理由も付けて入部させられる可能性があった。よってそもそも野球部の存在しない高校に通わねばならなかった。
何処の高校の野球部であっても実力に関わらず甲子園優勝を目指して努力する程の熱狂ぶりから嫌でも分かってしまった事もあって、可能性は限りなくそぎ落としておく。もう黒歴史増産は懲り懲りだ。
そうした中で都合よく見つけた高校が今年4月1日を以て共学となる聖ジャスミン学園だった。
調べた所によればソフトボール部はあるものの、野球部は存在せず。そして元女子校故の男子の少なさ。新たに野球部を設立する可能性はかなり低いだろう。そもそも今年から共学になるから、少なくとも私が居る間は大丈夫だろうと確信した。
ただ難点があるとすればやはり女子の割合が9割以上という居心地の悪さだろうか。偏差値そのものはかなり良い方ではあるし、お嬢様校程ではないが気品は良いようで悪い噂らしきものは殆ど無い。
ああいや、一つ不穏な噂があった。何でも今年、「番長」の渾名を持つバリバリの不良が入学するらしいが…まあそんな奴がこんな所来るわけもなし。ただのデマだろう。
ともかく私は安住の地を得た。その代償としてチートを使う機会を自分から消してしまったがこれでよかった。あのままこの世界に生きる野球に生きる子達を無自覚につぶし続けるよりは遥かに。野球の無い場所に逃げて野球という世界の表舞台から永遠に去る事こそが今の私の贖罪だったのだ。
そして前世のように大人になって、テレビやネットでプロの野球を観戦するだけを楽しみにして生きる人生を送る。それでいいじゃないか。
私もまた、私のチートによって圧倒的な実力差を見せつけられ、夢をつぶされた子供達のように夢を諦めたのだ。
そうして1年が経った頃、私は捨て去った夢に再び向き合う事となる。
「なあ、野球部に入ってくれないか?俺達と一緒に甲子園に行こうぜ!」
………本当の物語の主人公。
『パワプロ君』こと、『羽輪布留』(はわ ふるい)によって。
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エースの面影も今は無く
パワプロ君視点
聖ジャスミン学園。ここは転校する事になった俺、羽輪布留が今年から通う学校だ。
元は女子校だったらしいけど、去年から共学になったらしく、俺も前の校長先生の「超高校級の選手がいる」という話に騙されてここに転校してしまった。
そんな2年間通う高校の情報すらまともに調べる事の無かった程の間抜けだった野球馬鹿。そんな俺の夢は甲子園優勝。そしてプロ野球選手になる事だ。
しかし、後輩に当たる野球ファンの川星ほむらちゃんにここは野球部すらない事を聞かされて愕然とした。
それでも諦めきれない俺は一人の女の子、そしてほむらちゃんにある天才ピッチャーがこの学園にいるという噂を聞き、まず野球部設立の為にスカウト活動に乗り出す事にした。
矢部田亜希子ちゃん、ほむらちゃん、そして数少ない男の子?の小山雅君にマネージャーの猫塚かりんちゃんを取りあえず集める事に成功し、さらに時間を掛けて太刀川広巳と小鷹美麗、ちーちゃんこと美藤千尋をスカウトする事に成功!所属していたソフトボール部には悪い思いをさせてしまったけど、こちらとしても甲子園を目指すには妥協できない。後日、形だけでも謝りに行った。
みよちゃんこと大空 美代子も何やかんやで興味を持ってもらえたようで野球部に入ってくれた。
これで一先ず7人が集まり、後最低でも1人。ここで矢部田ちゃんが知り合いの底野尾前子ちゃんを紹介してくれたお陰で一応野球部としての体制は整った。
しかし、投手である太刀川は女性投手としては140kmにもなる重い速球や3種の変化球が投げれる程優秀だったけど昔の度重なる無理な練習が祟り、肩の具合が悪いらしく、連投が出来そうにないから少なくとももう一人先発が必要になった。補欠役も怪我人が出来たときの為に出来れば欲しい。
一応ソフトボール部の投手も兼任しているちーちゃんもいるけど、正直太刀川程投手としては活躍出来そうなセンスは無さそうだし…。
正式に部活として認められたから余裕も出来た事だし、ほむらちゃんが言っていた噂の天才ピッチャーを探してみる事にした。どうやらここでは珍しい男の子だとか。………小山君も男の子なんだけど、何か男の子って感じがしないんだよなぁ…。言ったら失礼だから言わないけど。
数日後、ようやく見つける事が出来た。噂から発見までほむらちゃんには頭が上がらないな。
丹川道隆。やや目元の隈が気になるけど、身長は171㎝ある俺より高い様に見え、体つきそのものもやはりスポーツマンと言った服の上からでも分かる引き締まり具合だ。
ほむらちゃんによると中学では140km/hを超える球速と7色の多彩かつキレのある変化球に巧みな制球力の持ち主と全てにおいて高水準な右腕エースピッチャーとして数々の大会で優勝。しかも全ての試合で負けなし。完全試合達成を何度も経験しているという聞くだけでもその凄さが伝わってくる。
それだけの投手が居てくれれば投手の問題は解決されたも同然になる。早速放課後にスカウトしてみた。
「なあ、野球部に入ってくれないか?俺達と一緒に甲子園に行こうぜ!」
「いやだね。」
即答されてしまった。
「い、いやそんなことを言わずに…」
「いやと言っているんだ。私とて、部活紹介で野球部の実情は少しは把握している。人数も大していない。経験も碌に無い。そんなチームで甲子園?夢のまた夢だろう。」
「確かに俺達の野球部は作ったばかりの弱小だけど、皆で息を合わせて練習すればきっと…」
「はぁ………」
今度は溜息を吐かれてしまった。どうもかなり現実思考の出来る奴みたいだ。
こうなると説得はかなり難しそうだ。何せ急造の、それもほぼ女子による野球部で甲子園を目指そうというのだから当然と言えば当然の反応ではあるけれど…。
どうやったら説得が出来るか悩む俺を見て、今度は向こう側から話しかけてきた。
「そういう問題じゃない。今の私がチームに加わった所で話にならないと言っているんだ。」
「話にならない?どういう意味?」
「じゃあ勝負をしよう。一打席勝負。」
丹川はおもむろに席を立つとこう切り出してきた。
「私が投手。お前が打者。私がアウトを取ったらお前さんの勝ちで野球部に入っていい。お前さんがヒットを打ったらお前さんの負け。分かったか?」
「へ?」
一瞬何を言っているのか分からなかった。普通打った方が勝ちで、アウトになった方が負けじゃ…?
しかし、こちらの返答を待たないまま丹川は教室の扉を開けて振り向かないままこう一言告げた。
「手を抜いてわざとアウトになるなよ。これは勝負。そうだろう?じゃグラウンドで待ってるからな」
「あ、ああ…」
返答を聞いた丹川は困惑する俺を尻目にそのまま去って行った。正直どうしてそんな勝負をしようと言うのか。
そもそも、プロでも3割打てれば巧打者であるし、仮に俺が優れた打者、丹川が凡投手で本気の勝負でやったとしても7割は打ちとれるのだ。
「ま、まあでも完全にこっちの有利な条件の勝負じゃないッスか!正直完全試合達成投手なんてほむらじゃ打てる気がしないッス。態々こんな回りくどい真似するなんて素直じゃないッス!」
「そ、そうだね…。」
ほむらちゃんはそう言いはしたが、俺は絶対にこの勝負が丹川の野球部に入りたがらない理由に繋がっていると考えた。でなければほむらちゃんの言う通り、こんな回りくどい事はしなくてもいいはずだからだ。
ただその理由が勝負の意外な結果でわかる事になろうとはこの時想像もしていなかった。
川星ほむら視点
私達野球部は今、グラウンドの外側に立っていたッス。
その視線はマウンドに立つ丹川先輩、そして打席に立つ羽輪先輩に向けられていたッス。
一応キャッチャーと審判の両方を務める小鷹先輩も既にキャッチャーミットを構えて真剣な表情を見せているッス。
丹川先輩は気だるげな表情を隠そうともしないものの、投球フォームを確認し、投げる姿勢を少なくとも見せているッス。
正直な所、あの丹川先輩の投球を見られるという事で内心興奮を抑えがたいッス。太刀川先輩も少なからず注目、というか憧れていたらしく、目を輝かせているッス。
何せ、小学生の頃から剛速球で同年代の野球少年を圧倒し、中学生の時点ではプロ顔負けの多彩かつキレのある変化球を身に付け、制球も非常に安定し、全体的に完成度の高さを見せた将来のエースプロ野球選手候補としてスカウトの間ですら知られたという所謂若きレジェンドッス。
それでいてチーム打順でも常に上位打線、俊足巧打の打者として活躍した二刀流候補でもあるッス。正直、漫画の世界の主人公みたいッスが、事実記録としてしっかり残っているッス。
一方で羽輪先輩も野球一筋で生きてきたらしく、外野手として能力は勿論、打者としても全体的に優れた実力の持ち主である事は一緒に練習した時に把握してるッス。流し方向にも強い打球が打てる広角打法打者で、はっきり言って私達の中では一番上手いッス。
ただ、丹川先輩程名は知られてないッス…。まあ差がありすぎて比べる方がおかしいッスけど。
さて情報整理もそこそこに、二人の対決を見守るッス。
まず、丹川先輩が投げる数々の変化球で一番脅威と言えるのがキレ、落ち具合共にヤバイ『SFF』ッス。
フォークよりもストレートに近い球速で投げ込まれて一瞬で真下に大きく落ちる為、三振要警戒の決め球ッス。
次にやや遅めで大きくキレて曲がる『スロースライダー』。これも厄介で、ただキレてるだけじゃなく通常のスライダーよりもやや遅いせいでタイミングを崩されやすいッス。一部のメジャー行きのプロやサブマリン投手も主な変化球として使っている事で有名ッス。
最後にこれはこれでヤバイのが『超スローカーブ』ッス。超、と付いているようにスローカーブよりもさらに遅い変化球で、その球速差はストレートと比べて何と50~60km/h差にもなる強烈な緩急がつく魔球ッス。
そして何と言っても一番の武器が中学2年頃には既に到達していたという140km/h越えの『ストレート』ッス!
高校2年生の今なら恐らく150km/hにも到達していても可笑しくない、ノビも併せ持った剛速球…。
まさにプロ顔負けッス。羽輪先輩には負けて欲しくは無いッスけど、こればかりは打ち返せるビジョンが浮かばないししょうがないと思うッス。
こんな投手が何でここで燻ぶっていたのかは謎ッスけど…これだけの人が仲間になるのは頼もしい事ッス。フッフフー!
私は最早丹川先輩に対して野球部に入ったも同然の思いだったッス。流石にあの条件を出して手加減しようというのは余りにかっこ悪いッス。
「さて、それじゃ投げ始めるぞ。用意はいいか?」
「ああ、全力で行くぞ!」
二人が勝負の準備を完了した事を伝え合うと丹川先輩がゆっくりと投球姿勢に入るッス。
大きく振りかぶりその剛腕から投げられるのは剛速球かそれともキレッキレの変化球か―――!!
ややヘロヘロ気味ながら真っすぐに投げられたボールがキャッチャーミットに入る。………あれ?思っていたより明らかに球速もノビも無くないッスか?しかも真ん中に近いややインロー気味のストレート。え、これチェンジアップじゃないんッスか?
流石の羽輪先輩も逆方向で予想外の球に唖然としてるッス…。
「ス、ストライク!」
小鷹先輩ですら厳しい球が来ると構えていた所にこんな酷い球が来るのが予想外だったらしく、少し間を置いてストライクを宣言するッス。
持っていたスピードガンに計測されているのはたった114km/h。
中学生1年時代のレベルじゃないッスか…。しかしこんな球を投げたというのに丹川先輩は平然として次の球を投げる準備をしているッス…。
次の投球では丹川先輩はアウトローにキレッキレで大きく曲がるスライダーを!………投げなかったッス。
投げたのは大して変化しないしキレもまるで無いただのスライダーッス。これはストライクコースに入らずアウトローのボールに。球速104km/h。
どういう事だろうと思ったッス。この人は丹川道隆という名の別人なのでは、とすら感じさせる余りに稚拙な投球。ストレートは球速もノビも無い。変化球はキレも変化もしない。
そのまま続けて3球目、4球目と投げるもどちらもボール球。投げたのはストレートとスライダーのみッス。
あの多彩な変化球もスライダーのみと何処へやら。制球も定まらず。
結局追い込まれた形からストライクを取りに行った5球目の真ん中高めのストレートを思い切り羽輪先輩に打ち返されて柵越えのホームランとなり、決着。
かつてのエースは見る影もなかったッス………。
次回の主人公視点にてそのチートの謎の全貌が明らかに。
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偽りの末路にあるものとは
リアル的に説明するのはやっぱキツイです。
丹川視点
私のチートを端的に言えばプロ野球スピリッツで作成したある特定のオリジナル選手の能力とある程度自身の能力を同値化する能力だ。いや、より正確に言えばその動きに出来うる限り近づける事が出来る能力と言った方がいいか。
プロ野球スピリッツ(以下プロスピ)はパワプロとも一部連携しているリアル志向のプロ野球ゲームで、実際のプロの試合というものをかなり近いレベルで再現した完成度の高いゲームである。私はパワプロが好きであったがこちらはこちらで大好きで、様々な選手を作ろうと試行錯誤していた。
パワプロとの違いは例えばパワプロでは変化球は特に使っている中でも2~3球種くらいまでしか投げれないのに対し、プロスピはその選手が投げれるほぼ全ての変化球を再現している為、5~7球種位持っている事はそう珍しくない。
また、それぞれ変化球の球威(ようはキレ)や制球もそれぞれ個別に決まっており、パワプロと違って単純に変化量が大きければいいというものではないのである。
で、ここで問題なのがそう、変化球の多さである。
パワプロでは先程も述べた通り、変化球は大体2~3球種位。多くても4球種位だろう。
しかし、それに対してプロスピの変化球をそのままぶっこんでしまった場合どうなるかというと、文字通り『7色の変化球』投手が出来てしまうのだ。これはパワプロとしてなあまりに破格レベルである。最強選手を育てるにしてもここまで変化球は増やせない。
もう一つ、問題としてはある特定のオリジナル選手の性能である。
このオリジナル選手はずばり言うと私の前世の「私のつくった最強の投手」である。
よって能力は私が作ったオリジナル選手の中でも最高の性能で、大〇なんて目じゃないレベルである。
特殊能力もがっつり付けまくった苦労に苦労を重ねたエースである。
まあ尤も、廃人レベルで強いという訳では絶対に無いが。
これによってチートを使っている間はプロスピステータスが変換されてフィクションであるパワプロ選手を遥かに凌駕してなおかつそのもののステータスと化す。その結果が以下の通りである。
パワプロステータス
球速 :163km/h
コントロール :A
スタミナ :S
変化球 :スロースライダー 5、カットボール 3
SFF 6、チェンジアップ 4
超スローカーブ 5、ナックルカーブ 2
シュート 3
シンカー 4
火の玉ストレート 、ツーシームファスト
投手特殊能力 :強心臓、、不屈の魂、クイックC、ガソリンタンク、ノビA
重い球、逃げ球、対左打者B
牽制〇、尻上がり、変幻自在、リリース〇、球持ち〇
奪三振、勝ち運、キレ〇、投手威圧感、調子安定
………流石に小中時代はこれそのままではなく、その身体能力に合わせてかなり能力を落としてはいた。それでも中学で140km出せるくらいには破格レベルであり、最終的にプロになればこのステータスそのままの実力をパワプロのプロ野球で発揮されてしまうのである。
これの恐ろしさを今更ながらに確認した私は尚更このチートの封印を決断。
で、そうしたら今回のこの勝負はどうなるのかというと――――――
「カキーン!!」
乾いた音が鳴り響き、今しがたど真ん中高めに投げたストレートは勢いよく高く飛び上がり、高い柵をあっさりと越えた。
「…ホ、ホームラン!」
相手方から審判として任されていた小鷹美麗から勝敗を決定づけた一打の結果を伝える大きな声がグラウンドに響き渡った。
打った側の羽輪は何故か信じられないというような顔で呆然としている。
まあそれも当然か。何せ、今の私の球は130km/hすら出ていない。
恐らく114~119km/hそこらである。それもチェンジアップではなく純粋なストレート。
さて、もうお分かりになると思うがチートを使わない私はこの通り酷いものである。
パワプロステータス【()のステータスはチートステータス】
球速 :120(163)km/h
コントロール :F(A)
スタミナ :D(S)
変化球 :スライダー 1(スロースライダー 5)(カットボール 3)
(SFF 6)(チェンジアップ 4)
(超スローカーブ 5)(ナックルカーブ 2)
(シュート 3)
(シンカー 4)
(火の玉ストレート)(ツーシームファスト)
投手特殊能力 :ランクがある特能全てE
ポーカーフェイス
(強心臓)(不屈の魂)(クイックC)(ガソリンタンク)(ノビA)
(重い球)(逃げ球)(対左打者B)
(牽制〇)(尻上がり)(変幻自在)(リリース〇)(球持ち〇)
(奪三振)(勝ち運)(キレ〇)(投手威圧感)(調子安定)
変化球はスライダーのみ。球速は無いわノビも無いわ制球も定まらないわ。とてもではないがまともな投手とは思えない能力である。対比はひどいもの。
これほどまでチートと本来の実力差はかけ離れていた。
羽輪はボールが飛んだ先を少し見送るとはっと気が付き、こちらまで駆け寄ってきた。
「よう。これで私の負け…いや勝ちだな。」
「ちょっと待て!今のは…!」
「言っておくが今の私が出来る投球はこれで精いっぱいだ。言っておくが私は絶対に手加減はしていない。」
「………」
「分かっただろう?こんな程度の投手が甲子園で通用するものか。本当の私はこんなものだったんだ…。」
私はゲームの世界に居る。しかし、世界とは非情な物で私が主人公のように1年であっさり最強クラスの実力を本当の意味で身に付ける事などは不可能なのだ。そんな所で変にリアルにするなと言いたい。高校生で160km/h出す奴がアプリの方でも出たというのに。妄想力で大半が一部プロ並みの能力に成長する高校もあるというのに。
実際、黒歴史後の中学3年からは自分なりにチート抜きで一人努力した。ひょっとしたら自分の力だけでも強いとは言えなくとも、チートでこれまで投げてきた経験を活かしてそれなりの投手位の力は身に付けられるんじゃないかと。
そんな僅かな希望もあっさり打ち砕かれた。
チートにも弱点があったのだ。『チートを使っている間、一切の野球的な成長をしない』という。
所謂このチートというのは初心者救済措置みたいなもので、これを多用する事は自らの成長を大きく阻害する行為だったのだ。
そして私は中学2年生に至るまでこれを試合から練習までフルに使っていた。当然、そうすれば私は野球選手としての成長をする事は無い。そう、身になる事は無い。
結果として私が野球選手として努力してきた分は中学3年の頃にチート抜きで練習した半年分しかない。
もっともこれまでの練習全てが無駄であったという訳では無い。あくまでもチートで成長しないのは野球の実力だけで、身体的能力は鍛えれば身に付く。そもそも、チートには前提条件があり『最低限、その力を発揮する上で身体的能力を要する』。
例えば球速を出す為には肩がある程度強くなくてはならないし、足を速くする為には足腰の部分を鍛えなければならない。身長、というより足が長ければより良い。チートはその身体能力で最も最良な動きを、出来うる限りで勝手にしてくれるのだ。ちなみにどの程度まで、というのも自分の意思で決められる。
故にトレーニングはチート能力を持っているとしてもそれを引き出す為に不可欠な行動なのだ。
尤も、例えチートが参照する以上の能力もまた、発揮できない。つまりチートで発揮できる私のコントロールの最高はAまで。Sになる事は無い。球速も最高163km/hまで。スタミナは…最高のSなので大して問題無い。
自力でそこそこのスタミナとメジャーなスライダーを習得する位は出来た。しかし、未だにノーコンで軟投派もビックリな球速。メンタルも正直、弱い事は自覚している。
これだけの課題を私は3、4年でどれだけの努力をすれば改善出来るのか、そもそもそんな途方もない努力を楽してきただけのこの軟弱な精神でこなす事が出来るのか。私は半年という時を掛けてその答に諦めという判断を下した。
チートを使ってきた罰が当たったのだ。そもそも、後で考えてみればこのチートが何時までも使えるとは限らない。このチートが何らかの形で消滅するような事があれば私はそれだけで詰む。
であるならば今気づいたのが不幸中の幸いと言った所だろう。プロに入ってからでは遥かに遅い。
羽輪の横を通りすぎて帰ろうとする私だったが、羽輪は右肩を掴み、
「待ってくれ!」
と声を荒げて引き留めようとする。
一体何だというのか。この程度の投球しか出来ないような投手に用があるとはとても思えない。
背後を見せたまま羽輪に聞いた。
「どうした?勝負には私が勝ったんだ。そもそも、今の私に期待出来る事なんてなにも無い。私なぞ、居ても居なくても問題ないだろう?現に今、私自身がそれを…」
「………それでも、お前がこの野球部に必要なんだ。それにそんな寂しそうな仏頂面をしているお前を放っておけない!」
この仏頂面は元からなんだが。場面が場面だからそう見えたかもしれんが。
次には何か何処となく同情しているような顔をしている太刀川が近寄ってきた。何故そんな目で私を見るのか?
「そうだったんだね…君も私と同じで、しかももう取り返しのつかない所まで行っちゃってたんだね………」
「………一体何の話」「君の肩だよ。中学2年から投げれなくなったのって、それが理由なんでしょ?噂だと確か中学の頃、いつも熱心に練習するのに、2年生のある日挙動不審になって部活を早帰りした頃から練習に出なくなってそれっきり野球を止めたって。………君が出なくなったのは肩を壊してしまったんじゃないかな?」
ああ………それ多分今までの事が黒歴史化した日だわ。部活に出るのが怖くなってそれ以降出れなくなってしまったんだよな。
しかし、肩を壊したと誤解されるとは………いや、ある意味帳尻を合わせるには好都合か。話に乗っかっておくとしよう。
「…気づかれてしまったか。ああ、私はもうまともな球を投げる事が殆ど出来ない。もうあれで精いっぱいだったんだ。」
「そんな…それでいいのかよ!それで野球を!」
「出来ないものは出来ないんだ。あれから私はあらゆる野球のセンスを失ってしまった。野手としても守備は覚束ない。バットもまるで真芯を捕らえる事すらままならない。走りもやらない間に大きく衰えてしまった。投手としての才能が私を支える全ての才能に結び付いていたんだ。」
「なんてことだべ…。」
嘘だけど。ぶっちゃけ投手出来なくても内野手出来るでしょって言われたら困るからこんな方便付けただけだし。後、君矢部に似ているね。まあ矢部ーズなんて沢山いるからわけわからん事になってるけど。
無論、この行いは私の良心を大きく傷つけた。だけどまるで才能が無いのは事実であるし、こんな奴が惰性で野球部にいても足を引っ張るだけだろう。未練こそあるが彼女らには自分達の野球をしてもらいたい。それが私の純たる願いだ。
ふと、足を動かすと足元に落ちている何かに当たった。野球ボールだ。練習中に回収していない物がそこらへんに転がっていたのだろう。
私は特に深く考える事なく左手で落ちているボールを持つとそのままの腕で目に付いた遠くのボール籠に投げ込んだ。
ボールは我ながら良いコントロールでボール籠にすっと入った。内心ガッツポーズを決めているとふと回りが悲しい雰囲気から驚いたような顔に変わっていた。一体何に驚いているのかと思った瞬間、
「丹川先輩、左でも投げれるんッスか!?」
「ん?あ、ああ…私は両手利きだからね。」
「「「えっ!?」」」
そう、現実において私の数少ない自慢出来る事、それは両手利きである事だ。どうやらパワプロ世界でもそれは共通していたようでどちらでも器用に同じようにこなせる。お陰で右打席でも左打席でも自由に打てる…なんて思っていた事もある位だ。まあチートにおいては対象となった選手が右利きだったため、発揮される事は無かったが。
それに何やら閃いたように太刀川が迫ってこう話しかけてきた。
「丹川君!私に提案があるんだけど、聞いてくれる?」
「て、提案?」
非常に嫌な予感がしたが太刀川の言葉は止まる事無く、
「左投手として、うちでやってくれないかな!」
折角の逃げ場をつぶされてしまう事となった。
プロスピ2015ではパワプロ2014の選手を引っ張ってこれるけど、逆ならどうなるんだろうというほんの考えだけで出来たのがこの小説です。
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武器を得る
3月14日:タイトルを変更。我ながらタイトルネーミングセンスが悪すぎる。
丹川視点
結局、あの後野球部に入る事となってしまった。
折角の断りの方便も台無しにされ、猫の手すら借りんばかりの必死の勧誘に根負けしてついつい頷いてしまった私はやはり意思薄弱な人間なのだろう。
そして自身がそう思うのもあれだが私はお人よしなのだろう。
左投手。皆が私に希望を見出す一つの可能性。
普通右の手を利き手として使う方が多い人間において左手を利き手として使う人は少数派だ。しかしながらそれが有利に働く物事は限りなく少ない。
しかし、野球のようなスポーツであればそれは大きな有利性を持つ。
左利きが少数派であるという事は必然的に左利きを相手にした経験のある相手も少ないという事だ。よって経験の少ない投げ方をする投手に対して相手打者は変則的な投手を相手しているような状態となる。
特に同じく少数派の左打者においてのキラー投手になれるという利点がある。
何故かと言えば打者の背中側に投手の投げる手があるためにリリースポイントが見極めにくく、配球がボールが投げ込まれる瞬間まで分からないからだ。
尤も、逆に右打者に不利に働くのだが、そこは前述したように対応した数の少なさで十分有利の方に持っていけるだろう。そうでなくては態々プロでも右利きなのに左投げに転向するような事はしない。
ついでに言えば左投手は左打者へのキラー存在として局所で起用される事がある。
そうした投手を俗に『左のワンポイント』と数少ない存在として一部のプロ野球チームで重宝されている。
そう、これだけの要素があり、左投手であれば私でも中継ぎくらいはこなせるのではないかと考えた。
幸い私は両手利き。右だろうが左だろうが投げる事においてはどちらでも遜色ない。最速120km/h位の球速は出せるし大したことの無いスライダーだが変化球の一つは投げれる。………しかし、女子で140超える球速が投げれる太刀川はともかく、130とそこそこのカーブを投げれる美藤すら負けているのに、ここにいていいのか、その答えは未だ出ていない。
皆はむしろ!と言うが、実力ではなく知名度のお陰だろう。流石にそれが分からない程鈍感でもない。
ともかく、私は今求められている。そしてここにいる。求められている以上、チートを封印していようともそれだけの信頼に答えなければ元社会人の名が、漢が廃るというものだ。何よりあれだけ美少女だらけだし!私も男だ。
まず、最初にやる事と言えば長所を伸ばす練習をする事だろう。
何か一つでも武器となる長所が無くては打者を打ちとる事なんて夢のまた夢だ。
さて、私の長所は……………。
……………。
なんだろうか?
球速?120までしか出ないのに何考えてるんだ。
制球?ボール球出しまくるし四隅に入らんのに?
変化球?変化しないスライダー1本ですが何か?
スタミナ?先発なら必要だけどリリーフでそれ要る?ロングならいるかもだけど重要ではない。
……………。
………うむ、まず長所を作る事から、かね。
太刀川視点
「カーブを教えて欲しい?」
「ああ、頼む。この通りだ。」
練習中、何かに悩んでいた様子の丹川君がそう言って頭を下げて頼み込んできた。
丹川君は中学時代、右肩を取り返しの付かない程の怪我で故障して以来、選手としての能力を殆ど失ってしまったらしいけどそれまでは私もとても尊敬していた大投手だった。実際にその試合を見た事もあった。
自信満々で中学生とは思えない剛速球を投げ込んで、直球を狙ったら落ちるか緩急極まった超スローカーブでバットを外す。アウトコースの遅いスライダーで打者からスッと逃げていくボールも強烈だった。
時折、直球が打者の手元でブレたような変化を見せる事もあった。今思えばあれはファストボールだったかもしれない。
低めにもバッチリコントロールが出来ていて常にストライクを狙っていくその姿勢は一見すれば自らの実力に驕っているようにも見えるけど、その実巧みで細やかな技術を持つ。彼の自信はその通りの実力に裏付けされた、当然の投球だった。
だからこそ、あれ程自信に満ち溢れていた頃の彼が今こうして自分に野球の技術を師事してもらおうとしているこの姿がとても信じられない。
最初、いや2度目に偶然廊下で実際に見て会った彼の姿はまるで別人のように覇気を失ってしまっていた。最初は面影から疑いはしたけれど、こんな所に来るはずがないと彼が丹川君であることを信じなかった。
だけど、ほむらちゃんが彼が丹川君であることを突き止め、その報告を受けた時にようやく確信した。
何故、どうして彼は野球を辞めてまでここにいるのかが不思議でならなかった。その理由がまさか私も今抱えている肩の故障だとは思いもしなかった。
私も子供の頃から野球が好きで男の子に交じって練習を沢山してきた。そのお陰で男の子にも負けないと自負する程の打者としても投手としても自信があった。
しかし、あまりに度を過ぎれば悪くなってしまうもの。私は自分も気付かぬうちに過度の投球で肩に負担を掛け過ぎていた。気づいたときには、既に肩が痛んでいた。
悔しかった。もっと野球がしたい。もっと野球が上手くなりたい。
そんな気持ちを抑えて練習に制限を掛けるのは練習疲れよりも辛かった。皆がまだ練習しているのに、そこからボール一つ投げれないのはとても歯痒かった。
皆は私を女性投手としては1、2を争うエース級と言うけれど、魔球を習得したという橘みずき、早川あおいというライバル的な存在がいるのに加えて、彼女達は十分な時間をとってより成長出来る。
対して私は練習制限を掛けざる負えない状態。これ以上の成長が見込めない私と二人との差は歴然だ。
だからこそ、私は自慢の直球に技術を加えて飛びにくく重く伸びるストレートを生み出した。これは二人には無い絶対的な強みだ。そう、二人には。
だけど二人に勝ったと言って全国で甲子園を目指ししのぎを削って戦う男の子達より強い訳じゃない。もしそうだったなら、男女の差なんてものは無かった筈だ。
それでも、甲子園は私の夢だ。女の子が何を言っているのかと、世間は笑うかもしれない。
それでも、目指したいものがあるならそれに一生懸命にならなきゃいけない。諦めてはいけない。
だから、彼にも諦めて欲しくなかった。自分勝手な願いだと分かっていても。
彼は当時中学生だった。でも、当時の彼にはプロが放つような『夢を持たせる輝き』のようなものを感じた。凄く楽しそうで、周りはそれに魅せられていた。私もそうだった。あの時のような投球が出来なくても、あの姿形をもう一度見せて欲しい。
女の子だからなんだ。肩を壊したからなんだ。才能を失ったからなんだ!?
努力して、勝つためにやれること全てやって、それから諦めればいい!
その為に彼への協力を惜しむつもりは無かった。多少強引だったけれども左でも投げてくれるなら、リリーフでもいいから投げて欲しいと頭を下げた。
彼は最後まで渋ってはいたけれど、「仕方ない。助っ人だと思ってやってはみよう」と承諾してくれた。
彼に脈が無ければどうあっても承諾してくれなかったと思う。でも、一先ずは受け入れてくれた。それは多分、彼の中にも何処か未練が残っているのだと思う。そう信じたい。
さて実際の所、丹川君の今の実力を測る為に一緒に練習したけれどやはり左投げでも左程、右投げと変わった投球は出来なかった。
直球は球速もそうだけどノビが若干足りない。スライダーは私の高速シュート、いやそれ以下しか曲がらない。
コントロールもノーコン並みの難がある。ただ唯一、スタミナは衰えたとは言え、今でも中々根性のある粘りの投球が出来る。
そこから考えると私も手っ取り早く強くなる為に変化球がもう1、2つ欲しいとは思うけれど、同じ左投手としての意見としては投げる人の少ない強力なスクリュー辺りを覚えて欲しい所。後はシュートが投げれればスライダー左右で揺さぶってゴロに打ち取りやすくなるし。
そもそも何故カーブなんだろう?彼は当時超スローカーブを投げれた筈だ。それなら性質はやや違うと言えど自力でも習得はそう難しい事ではないと思うんだけど。
そう聞くと彼は少し口ごもりつつ、
「いや、どうもあの時の感触が殆ど抜け落ちてしまって、もう今まで投げてきた変化球も最初から覚えなおさなくてはいけないんだ。それに、あのカーブは球速ありきな所があって成立するようなボールだったから余計慣れなくなってしまった。」
と話した。
私はそれに何処か違和感を覚えたけど、変化球が元のように投げれたのなら今の状態にはなっていないだろうと気にする事は無かった。
ただ、教えを請われた側の私も変化球に関しては絶対的な自信を持っている訳では無い。そもそも直球が決め球で、高速シュートは打ち取る為、カーブやスクリューは緩急の為に覚えている。だからあまり武器としては見ていない。
だが彼は違う。今の彼はスタミナ以外に何もない。例え将来復活して直球が武器になるとしても、今武器になる変化球が必要不可欠なんだ。
だとすれば唯のカーブ、スクリューでは余りに決め手に欠ける。スライダーはどうにもならないとして、決め球が無い事には………。
一瞬、私はSFFを頭に過らせて、その考えをすぐに消した。確かに元々彼の決め球だった変化球の一つだったけども、私には、部員皆には教えられるようなノウハウが無い。やはり私が覚えている3球種から教えるしかないか。
「うん、分かった。取りあえずカーブから教えるよ。これは私からの提案だけど、良ければその後スクリューも習得してみない?」
「………いいのか?太刀川とて自分の練習があるだろう?」
「ううん、気にしないで。元々私は制限を設けてるから、皆の練習が終わるよりも早く自分の練習が終わっちゃうし、寧ろ暇つぶしに付き合うと思ってくれていいよ。」
「済まない、助かる。」
投手とはプライドの生き物。差はあるかもしれないけど、私もそう思っている。そしてそれが投手の強さ。
打ち込まれても、ピンチに陥っても、相手を捻じ伏せようとする負けん気の精神が投球にも影響してくるから。
おそらく彼が失ったのは才能だけじゃない。自信だ。それの喪失が彼をより弱めた。
あの頃の彼からなら、きっとこの頭を下げるという謙虚な姿からも堂々とした威風を感じたと思う。今は、何も感じない。
だから武器を作るという事は同時に精神的な強さを得させる事に繋がる筈。彼が昔のような自信を持てばきっと―――伝説が蘇る。蘇らせて見せる。皆で甲子園に行くために。
しかし、我ながら彼のポテンシャルを見誤っていたのかもしれない。
この後の練習でただのカーブを教えた筈だったのがまさか明日には大化けするとは、想像もしていなかったよ。
「………ヒロ。今の、カーブよね?」
「やっぱり、そう思うよね。私が昨日教えたのは普通のカーブだった筈だよ。」
美麗が呆然とキャッチャーミットから零れ落ちたボールを見つめつつ、私に問いかけた。
そう、カーブ。少なくとも本人はそうだと主張している。だけど、普通のカーブに無い不規則な変化と『キレ』がそれを否定している。
本来カーブは緩やかで遅い為、緩急を主として投げられる場合が多い。ちなみに他の球種と違って全力で投げなくてもいいから、疲労が溜まりにくくて私も重宝している。
しかし、カーブにも種類というものがあって、大きな変化をする、もしくはキレる事によって決め球として三振を狙うものがある。特にその典型的な例がドロップカーブと言われる縦に変化するカーブで、日本プロ野球では打者の視点、変化を調節しやすいなどの理由から武器にする選手も多い。
実際、現在主流となっているフォークボールが台頭するまでは落ちる球の代表的変化球だった。
でも丹川君の投げたカーブは通常のカーブと『軌道』自体はそれ程大きく変わらなかった。
ただ、山なりの頂点に達した瞬間、不規則な変化を伴って鋭く曲がり落ちたんだ。
恐らく私やちーちゃんが投げる緩やかなカーブに慣れていて不意な変化に対応出来なかった美麗はボールを捕球し損ね、落ちたボールは地面を小さく転がって止まっていた。
まさか、あれは―――!
「………ナックルカーブ。スパイクカーブとも言われている、変化とキレで空振りを狙いにするカーブだよ」
その声の方を反射的に顔を向けた。そこには驚いた表情でさっきの私達のように落ちたボールを眺める小山君の姿があった。
主人公変化球
スライダー:1
ナックルカーブ:2 ←NEW!
地味にキレを除けば実はチート有主人公が投げるナックルカーブと同程度。
尚、実戦ではスロースライダー、超スローカーブ、SFF、ツーシームだけで事足りたので実はそれ以外の変化球は知られていない。なので回りからすれば今初めて身に付けたように見える模様。
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改善への道のり
自分語り失礼しました。それではお待たせしました本篇をどうぞ。
丹川視点
練習を始めて早一か月が経った頃。
あれから野球をするのもぎりぎりの部員数であった野球部は今や13人にもなる人数へと急速に増加していた。
原因は信じられない事に私の存在だと言う。
確かに私は一度だけだがテレビ出演もしたり、雑誌の取材を受けた事が有る為、自分で言うのもあれだがそこそこ有名人だと言う自覚はある。
しかし、テレビに関してはかなりマイナーな番組だった印象があるのでそこまで知名度が上がった気にはなっていなかった。そもそも元は凡人かつ小心者だった私は非常に緊張していて、その時の記憶がごっそり抜け落ちて何を言ったかまるで覚えていない。
そもそもあの頃はチートを使っていたので今となってはその知名度は有難迷惑なものである。あれも黒歴史と言えば黒歴史だろう。
とはいえ、それが野球部存続の為、戦力増強の為だと思えば少しは役に立っただろう。どうせ本来の自分には野球の才能がまったく無い。その内有望な新人が代わりをやってくれてお払い箱になる事を祈りたいものだ。
………しかし、今のところ投手希望の子、来ないんだよなぁ。
このままだと投げれるの太刀川、美藤、私の3人だけなんだけど。しかも太刀川爆弾持ちだし。美藤は私よりも打も投も守も強いけど投の方で私にちょっと勝ったくらいでは通用しないだろう。大体比較対象の私が弱すぎるし。
んで私はあれからほんのり制球が良くなった程度。球速は依然最速120km/h止まり。変化球は大したことのないスライダーとカーブだけ。
ただ、カーブに関してはまだマシな程度のレベルだと自分では思っているが、どうやら皆はそうは思っていないらしく驚きと称賛の声が挙がった。ただのカーブなのに。ただ、握りは『教えてもらったのがしっくりこなかったから少し投げやすいように変えた』けど。
………折角他人から教えてもらっておきながら勝手に自己流にするって私は相当な屑ではなかろうか。ま、まあ参考にして自己流に改良しただけだし…これくらいはね。
それは兎も角としても正直これでも武器になるとは思えない。チートを使い過ぎて決め球並みなのかそうでないのか分からない程感覚が麻痺しているが、恐らくは。
まあ簡単に一か月で成長出来るなら苦労はしないというものだ。諦めた理由がそれだし。
とはいえ、このままの調子で実際に試合に出て打ち込まれっぱなしというのも悲しくなる。よって私は成長の方針を固めた。
ずばり、変化球覚えまくって多種多彩な球種で翻弄する。軟投派の結論だ。
どの道、私が大きな成長して強くなる事はほぼ不可能。ならば軟投派らしく良し悪しに関係無く沢山の変化球を投げられれば誤魔化せられるでは、と考えたのである。
キャッチャー小鷹にもこの旨を伝えておいた。「やたら選択肢やサインあっても困るんだけど…」と愚痴られたが最低限活躍するにはそれしかないのだ。そもそもサイン覚えるのはチート使おうが誰でもやる事だ。元よりそれくらいは苦にならない。
という訳で今はチェンジアップの練習をしている。といっても球速を落とせればいいだけなので、楽で使いやすい。
しかし我ながらこう思った。
チェンジアップはその性質上、対応されたらあっさり打たれる。変わっているのは球速だけだからだ。特に珍しいボールという訳でもない為、経験のある人は多い筈だ。ボールの質に自信の無い私では余計厳しい可能性もある。
では珍しい変化球を覚えられれば翻弄出来るのではないか。そう考えた私はチェンジアップと『同じ』握りで投げられるある変化球を思いついた。性質としても似ているが現在では稀な変化球。
そう、パームだ。投げた瞬間からゆったりと大きく落ちるチェンジアップに似た緩急を武器とする変化球。
性質上、速球派の方が武器になるが元より多彩な変化球で誤魔化すスタイルで行くつもりなのだから問題ない。変化が大きい為、ウイニングショットにもなりえる。やはり大きく落ちる球は決め球にするに相応しい威力があると言える。
ただ、コントロールすら悪い私が上手く変化の大きい球をしっかり制球出来るかと言われるとやはり難しい。さっきから練習しているが、上手い事ストライクゾーンに入れる事がままならない。
変化もしない事の方が多く、正直使い物にするにはやや時間が掛かりそうだ。
「丹川、今日も変化球の研究か?精が出るな!」
悩む私に羽輪が声を掛けてきた。
表情は今この瞬間すら楽しいと言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、腕を組んで何やら頷いている。流石は主人公という奴か。この身には余りに眩しすぎて見るのもいたたまれない私は顔を逸らしたまま応答した。
「ん?ああ。この腕で投げられる球質には限界があるからな。投げうる限りの変化球を試してみるつもりだ。」
「へえ。俺も負けてられないな!だけど、随分悩んでいるみたいだけどどうしたんだ?なんか妙な球を投げてるけど。もしかして魔球ってやつか!?」
「違う。知らないのか?まあそう見えるのであれば完成した時、武器の一つには数えられるかもしれないな。」
「んん?どういう事だ。」
「今練習しているのはパームボールだ。お前さんも聞いたことはあるんじゃないか?」
「パーム………ああ!何というか、投げた瞬間に落ちる奴!ゲームで対人戦になると意外と打てないんだよな~あれ。」
その気持ちは分かる。ゲーム上、パームボールは変化が小さいとそこそこ打てるが、大きいとほかの変化球にも言える事だが投げた瞬間から落ちる為、着弾地点が分かりにくいから非常に狙って打つのが難しい。そのことから対人戦の切り札と言わんばかりの性能を誇る。
尤も、球の動きをカーソルに合わせて先回りして振れば打てなくもない。強振であれば当たれば飛びやすいからホームランもよく出る。まあ所詮チェンジアップ系だから仕方ない。
そもそも変化球の軌道に関してプロスピとパワプロでは一部異なる場合がある。
例えば先程から話題となっているチェンジアップはパワプロでは変化量が大きくてもブレーキがより効くだけで落ちる事は無いが、プロスピではチェンジアップは『落ちる』。流石に他の落ちる変化球程では無いが。
パームに関してはプロスピでは地味に軌道が斜めより。
他ではナックルカーブはパワプロだと落ちる変化球扱いとして高めだと変化が小さくなるが、プロスピだと通常のカーブと同じように高めでも変化は変わらない………ect。
まあそんなように同じ会社が出しているとはいえ、その方向性はやはり本格派と新規の入りやすいゲームではそこそこ違ってくる。
しかし、私が考えるに本当に重要な事は先程も考えた通り、ボールの性質だとかゲーム上の性能だとかそういう所ではなく、『知名度の低さ』、『投げる人の少なさ』の二つにある。
何球か投げた程度じゃ対処されないような経験の少なさを最大限に利用する。
左腕を振りかぶって投げるボールは壁の中心からやや落ちて当たり、地面に転がった。
それはひねくれ者の精いっぱいのように弱弱しいボールだった。
けれどもそれを見る目は輝かしいばかりで、余計に居た堪れなくなるのだった。
羽輪視点
「練習試合?」
それは、野球部設立にあたり新しく顧問となった外部コーチから告げられた言葉だった。
この学校は元より女子校であった為、先生も殆どが女性であり顧問も自然と女性に決まった。
しかし、顧問が決まるまでには一悶着があり、正式に決まったのは野球部のメンバーが9人揃ってから1か月もの時間が経っていた。
というのもそもそも運動で熱心な先生はこの学校における強豪スポーツに当たる部に既に所属しているし、そもそも運動部自体そう多くなかったのもあった。
ソフトボール部の顧問を野球部と兼任させるべきという案も出たが、ソフトボール部の顧問はこれを拒絶。そもそも野球部設立における部員引き抜きに憤慨していたので反対するのも無理は無かった。(有望株を3人も引き抜きされればそれはそうなる。だけど後悔はしていない)
そのまま顧問の押し付け合いが始まり、一向に決まらない状態が続いていたのだった。
「なら私が外部のコーチを招き、その人を顧問にしては如何でしょうか?」
そこで出てきたのが我らが元レジェンド、丹川だった。
学校側の条件である『女性のコーチである』事を受け入れ、所謂『コネ』(本人談)を使って外部コーチを招き入れたのだった。
尚、金は学校持ちな模様。(丹川交渉による割引はしたらしい)
外部コーチはとても熱心な人で、厳しいながら様々なトレーニングや機材を提供してくれる為、俺達も喜んで受け入れた。
そんな新顧問のコーチ、竹中胡桃(たけなかくるみ)顧問。彼女の発した言葉が練習試合を行うという宣言だった。
今は6月。夏休みと予選大会をあと一月に控えた夏真っ盛りの時期。俺を含めた皆は暑さに耐えつつ、より練習を重ねていた。
「みんな頑張ってくれているし、今年甲子園まで行くのはまだまだ未熟だから厳しいけど予選大会を出来うる限り勝ち抜いて来年の冬と夏の為に経験を積んでおきたいからね。それに備えて同レベルの高校と試合して、一先ず実践に慣れて欲しいんだ。」
竹中顧問は熱心ではあったけれど熱血な人ではない。寧ろ現実的な視点で俺達を見て指導してくれる明るくも冷静なコーチだった。チームの弱点を分析、見定めてはそれの克服の為のトレーニングに取り組ませた。
「まずウチらの弱点は特筆するような身体能力を持つ選手が限りなく少ない事。細かなバッティング技術や勝負強さは凄い長点だけれど、特に打撃力や長打力は根本的な面から正直どの強豪校に遠く及ばないレベル。例外も居るみたいだけど、扇風機じゃ安定した打点には繋がらないわ。」
「まあ確かに、安定してヒットが打てるのはちーちゃん位で、それもヒットを確実に打てる技術があってこそですしね。」
「正直貴方とちーちゃん以外に打撃を期待するのは難しそうね。守備に関しては全員センスがあるのか皆安定して守れるみたいだけど、小山ちゃん以外特筆する程のものではないし走力は微妙だね。矢部田とやはり貴方が盗塁を狙える位。」
「…俺って意外と評価されてるんですね。」
「巧打も長打も出来て、足も俊足。肩もそれなりで守備もライトやセンターを任せられる。男という区分においても十分過ぎる位優秀だよ羽輪君。私を呼んだ彼も昔はその位出来たんだけどね」
溜息を吐きながら丹川を見るその目は何処か切ない色を映していた。その先に見える丹川は投手としての守備練習をしていたが、反応は鈍く、送球も落ち着かず不安定。時折ボールを溢してはこちら側をも不安にさせる。
「正直別人を見ている気分だよ。中学の頃とはまるで大違いだ。確かいきなり故障してああなっちゃったんだっけ?」
「本人はそう言ってました。」
「ふ~ん………」
如何にも納得がいかない、といった表情で手元のバインダーに挟んだ練習メニュー表の空欄に書き込んでいく竹中コーチ。その書き込む手がふと途中で止まると呟くように話し始めた。
「本当にそうだと思う?」
「え?」
「幾ら何でも肩が壊れたからと言ってそれ以外の動きに大きく影響を及ぼすなんて子。私は見た事も聞いたこともないよ。」
いきなり何を言い出すのか。俺は内心訝しんだ。
確かに丹川のあの動きは素人同然だ。しかしそれは丹川が語った『才能を失った』という語りからその答えは出ている筈だ。
「い、いや。俺もそうだと思いますけど、あの動きを見せられちゃ…あれは演技じゃとても出来ないくらい…」
「素人としては自然。だけど野球少年としては不自然。前に会った時はそれこそ他の子と一線を画した素早く、無駄の無い動きだった。その動きがまるで残っていない。1年や2年で鈍るようなものじゃなかった筈。」
竹中コーチは自己紹介で『元女子プロ野球選手』であったと話していた。それに加えてプロ3年目の25歳という若さで『故障』によって技巧派投手としての人生を閉ざされ、引退した人とも。
…恐らくはこれを承知で丹川は竹中コーチを呼んだのだろう。太刀川という爆弾持ちの投手を管理して、無理をさせないように。
勿論、本人自身相当体の管理に気を遣っている。一日の投球数に自ら制限をし、トレーニングも十分な程度に留めるようにしている。しかし、自分の事は自分でも意外と分からないとも言う。
実際、太刀川への体の分析力は高かった。引退後は反省からスポーツトレーナーとしての資格を取っただけの事はあり、太刀川の投球スタイルを出来る限り尊重しながらトレーニング方法、投球フォームなどの改善を図り、少しずつ効果が出始めている。
説得力は十分であると言える。だからこそ、重みがあった。
「………何が言いたいんですか?」
「彼はまだ何かを隠しているね。そもそも、疲労による怪我をするような練習はしていなかった筈。となれば練習以外での何らかの重い怪我を負った。もしくは心的なダメージを負った事によるトラウマ。もしくは…」
そこで竹中コーチは一度目と口を閉じた。その先を言うのを躊躇ったのだろう。もし想像の通りであるなら、彼の闇は相当深い物であるからだ。軽々しく踏み込むべきではない。
だけど俺は敢えてその先に踏み込むべきだと、そう思った。その瞬間、既に口は動いていた。
「言ってください。」
「………」
「あいつは俺達野球部の仲間です。付き合いは2か月程度。決して長くはありません。だけど仲間なら、野球が好きな仲間なら、俺は、俺達は………助けてやりたい。」
「………そう。」
竹中コーチはゆっくりとその口を開いた。鉄の門を思わせるような重く、緩やかな開きだった。
「彼は野球における重度の怪我、そしてトラウマによる心的ダメージの両方によって野球選手としての反射思考を………失っていると思われる。単なる怪我であれば投げられなくなる程度で済む筈だよ。」
「それが丹川が言う本当の意味での『才能を失った』、という事ですか?」
「恐らくはね。ただ、表面上彼には強い恐怖や戸惑いを感じ取る事が出来ない。相当根が深いのか、もしくはかなり限定的な場面でその原因が生まれたのか。どちらにせよ、解決するには彼の深層心理まで探るか、原因が現れるのを待つしかない。」
尤も、心の内を探ろうにも彼は口が堅そうだけど。と竹中コーチは締めくくって、溜息を吐いた。
次回、投手メンバーは
先発 :太刀川広巳(ステータス省略)
リリーフ:美藤千尋(同述省略)
丹川道隆
球速 :120km/h
コントロール:F(35)
スタミナ :D(50)
変化球 :スライダー 1
ナックルカーブ 2
パーム 1
投手特殊能力:ランクがある特能全てE
ポーカーフェイス
以上でお送りします。野手は次回。
省略されたステータス?各自アプリ版で調べてください。
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