星々の冒険者たち (oden50)
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第1話

 リハビリがてらPSO2の二次創作を投稿します。
 別で執筆中の某学園ゾンビサバイバルはちょこちょこ書き進めてます。
 今はSFが書きたいので・・・


  普段、当たり前すぎて知覚する事の無い、内蔵されたストレージを読み込む微細な振動と起動音を、ギアーズは確かに感じていた。

  精緻な機構によって強化された五感は、普段はユーザビリティを考慮して必要な情報のみを得られるように設定されている。その気になれば、ギアーズはVR訓練プログラムの模擬戦終了後に於けるAAR(事後評価)での自分に対するクラスメイトの小さな呟きや、気になる女の子の毛穴まで細かに精査する事が可能だが、知りたくもない情報を片っ端から取得していたのであれば非常に日常生活が煩わしいものとなってしまう。

  だが、今のギアーズは、機械的知覚とは別に、僅かに残ったーどの程度の“自分”が残っているのかは分からないー生身が、何気無い自身の変化を感知している。

  目覚めようと意識をすると同時に、電子化された視界が目の前に広がり、自身の簡易パラメータが表示されたーバッテリー、ラジエーター、人工血液、人工筋肉、各駆動部、油圧、電子機器、生体部品、フォトンレベルといった基礎的事項が、明確に自分の状態を教えてくれる。

  ギアーズは、自分の脳の詳細なパラメータを読み込んだ。成る程、神経伝達物質のバランスが平常時よりも些か偏っている。ノルアドレナリンが普段よりも多い。

  端的に言えば、少し緊張していた。朝、目覚めたばかりだが、これからの新しい生活への記念すべき第一日目ともなれば、仕方がないだろう。心なしか人工血液を循環させるコンプレッサーの回転率が高い気がする。

  機体を固定しているメンテナンスクレイドルのロックを外し、上半身を起こす。人工筋肉とマイクロサーボモーターが滑らかに稼動し、ごく自然で生身に近い挙動だ。

  調子はすこぶる良い。クレイドルから足を下ろし、立ち上がるー脚部に内蔵されたアクティブサスペンションとショックアブソーバーが、重量500kg以上になるフルサイズフレーム(最大身長)を安定して支えた。

  本来ならばそうする必要はないのだが、ギアーズは両手を頭の上で組み、思い切り背伸びをした。肩部装甲が可動の邪魔をしないようにスライド可変し、更に生体と同等かそれ以上の動きを可能とする関節部によって、ごてごてと分厚いPOMーフォトンオーガニックメタルー製装甲に身を包んでいる機体に何気無い動きを可能としていた。

  各関節部が最大限まで伸長し、人工血液の循環率が上昇する。人工筋肉の稼働効率はトップへと至り、今にも空へと飛び上がれる程だ。

  背伸びを終えたギアーズは一通り、朝のルーティーンとしている軽い準備運動をし、パラメータに表示されない機体の調子を感覚的に把握する事にしていた。

  生体の大部分を機械化している種族であるキャストは、感覚的なものを大事にする傾向が強い。キャストという種族はロボット然とした容姿の者が多いから、理論や数値といったものに頼る唯物的な思考をしがちに思えるが、意外と生の感性を大事にするものである。

  でなければ本当に機械そのものと思われてしまい、そういった扱いをされるとキャストの人格と尊厳は大きく傷付けられる。外見は無機的だが、彼らも紛れも無い人間(ひと)であるのだから。

  今日も調子は良いー少し緊張しているのを除けば至って普段通りである。今の状態に満足したギアーズは、大きな姿見の前で自分の容姿を確認した。

  姿見には、フルサイズフレームのキャスト男性ー拡張性に優れ、バランスの良いヴァリエス系のパーツで機体が構成されたーが佇んでいた。その装甲に施されたカラーリングは白を基調としながら、赤、青、黄といったトリコロールであり、派手にならないような抑え目の配色がなされている。

  装甲のカラーリングはキャスト男性にとってはファッションのようなものであり、数少ない自己表現の手段でもある。これを怠るキャストは少ない。

  洗顔や髭を剃るといった身嗜みはキャストであるギアーズに必要ないが、装甲のワックス掛けや汚れの拭き取りといったキャスト独自の身嗜みは存在している。

  ヴァリエス系の特徴である、ゴーグルタイプのセンサーカメラや角のように見えるツインアンテナ、マスク形状の顔面部装甲に傷は一つもなく、機体の全てはフォトニックコーティングされ、工場から直送されたかのようにピカピカだ。

  今日という日に備え、キャスト専用のエステでオーバーホールとメンテナンスをしてもらったのだ。機体制御用OSと火器管制システムも最新バージョンにアップデートしており、あやとりや折り紙などの細かい作業も朝飯前だ。

  身綺麗に整えた容姿と機体の調子を確認し終えた所で、ギアーズはストレージ内に圧縮情報化されたアイテムや装備に不備がないか点検し、その内の一つを実体化させた。

  手元で淡いフォトンの輝きが現れたかと思えば、即座にアサルトライフルがギアーズの無骨な手に握られていた。

  アークスで正式採用されている基礎モデルに改良とオプションを追加したヴィタブラスターは、従来より大型化されてはいるが、ギアーズには丁度良いサイズである。

  ブルパップ式のライフルを構えると、姿見にはまさにレンジャーらしい自分の出で立ちがある。やはりキャストと言えばレンジャーだろう、というのがギアーズの考えであり、実際、高度に機械化されたキャストに向いているクラスはレンジャーやガンナーといった銃火器を扱う職種の場合が多い。

  ライフルに搭載された、電子制御された照準器と自身のFCSが連動し、視界内にターゲットサイトが表示されるー弾種、弾数、フォトン含有率、銃身温度、集弾率などのパラメータも数値で表されている。

  棹桿を引き、薬室内に弾薬が装填されていないことを確認するー真新しい武器から香るガンオイルの匂いは嫌いではない。硝煙に煤けていない銃口や錆や傷ひとつない銃床を眺めるとワクワクする。

  銃身は通常よりも長く肉厚、握把も特注品でフルサイズフレームのキャストの手に合わせて作られている。バットプレートにもサスペンションを追加しており、勿論引き金だって手を加えている。

  カスタムされた武器の感触を楽しむと、再び圧縮情報化する。その他にランチャーとガンスラッシュもデータ化して携行しているが、全ての武器をいちいち実体化させて手触りを確かめていては、今は時間が足りない。

  ギアーズは全ての支度を済ませ、自身にインストールしたアプリケーションを介して電気や戸締りをし、自動化されたスライドドアから部屋を出た。

  背後でドアが閉まると電子ロックにより施錠される。アークスシップ内の一般的な独り住まい用のマンションは、その殆どがスマート化されていた。

  ふと、隣から気配を感じた。動体センサーが反応を捕捉すると同時に、隣接する部屋のドアから僅かな空気の圧搾音が聞こえ、一人の女性が出てきた。

  大柄なギアーズと比べれば、その女性は小柄だった。ハルコタン風ー地球という星の文化で例えるなら、和風という表現だろうかーのヘッドパーツに、涼やかな目元の美人である。肩にはそれなりのブランド物の通勤バッグを掛け、黒を基調としたナビゲータードレスをかっちりと着こなす様子が、彼女の身分と職業を如実に表していた。

  そのキャストの女性は、ギアーズの存在に気づくと、にこりと笑って軽く会釈した。

 

「おはようございます」

 

  キャストらしく、合成加工された声だが、その控えめな響きは鈴の音がなる様に耳に心地よい。まさにオペレーター向きと言えた。

 

「お、おはようございます」

 

  幾らかギクシャクしながら、ギアーズは挨拶を返した。

  訓練学校を卒業し、それまでの寮生活から一転して一人暮らしをする為にこのマンションに越してきたその日から、彼はこのお隣のキャストのお姉さんが気になっていた。

  フウリンカシリーズのヘッドパーツを使用しているが、キャストの女性にとってヘッドパーツは髪型程度のものでしかなく、人工皮膚を備えた顔は十人十色で違う。

  彼女ーヘンリエッタは、ハルコタン風のフウリンカに合わせたかの様に涼やかで清楚な顔立ちをしており、粛々とした出で立ちと相まって実に様になっている。

  それがギアーズの好みにどストライクだった。

 

「これから初出頭ですか?」

 

「ええ、そうです。ちょっと緊張していますけど…」

 

  無機質な外見から判別は難しいが、ギアーズはかなりへどもどしていた。

  密かに憧れている歳上の女性と会話をするだけでも、初心なキャスト男子にはハードルが高い。

 

「訓練学校の修了試験には合格されているのでしょう? 訓練通りにやれば、実地研修も大丈夫ですよ」

 

  ヘンリエッタにそう励まされ、ギアーズは嬉しくて舞い上がりそうだった。

 

「ありがとうございます。一生懸命頑張ります!」

 

  これで貴女がオペレートしてくれならなぁーギアーズは叶いそうもない願いを、胸中で呟いた。

  ナビゲータードレスを身に付けているヘンリエッタは、まさしくアークス専属のオペレーター要員の一人であり、彼女達は任務に赴くアークスのサポートが主な仕事である。

  オペレーターとなるにはかなりの倍率の試験にパスする必要があり、優秀な人材でなければ務まらないエリートとされ、そこらの十把一からげの新人アークスよりも身分は高い。

  つまり、たまたま自分はお隣さんとなっただけであり、彼女からすれば有象無象という訳だーその事実に改めて気分が落ち込むが、歳上の綺麗なお姉さんと隣人になれただけでも幸運であり、更に会話を交わせただけでも僥倖の極みだろう。

 

「ふふ、あまり気を張りすぎない様頑張ってください。それではお先に失礼します」

 

  軽く会釈をし、ヘンリエッタはエレベーターへと向かった。

  ギアーズは、その後姿を見送りつつ、彼女のタイトスカートに包まれたヒップの動きをストレージ内に詳細に記録した。

  キャストには日常生活用のベースボディがあり、それは生体とほぼ変わらない仕様となっている。特に女性キャストのアークスは、オフの日はベースボディで過ごす場合が多く、生身の女性同様にオシャレやショッピング、食事を楽しむ事が可能だ。ヘンリエッタのように、惑星に降下して危険な原生生物と過酷な環境に身を晒すアークスでなければ、ベースボディのまま生活したり就業しているキャストも大勢いる。

  男性キャストも同様だが、アークスに所属する男性キャストの場合、ベースボディで任務から離れて日常を過ごす者もいるが、ベースボディ用の生身の顔と、キャストボディのヘッドパーツの差異に悩む事が多く、街中で見かける事は少ない。

  ギアーズもベースボディを一応所持しているが、ヴァリエス・ヘッドをそのまま挿げ替えて使用するに留めている。今更生身の顔を設定するのは恥ずかしいし、これまでもこれからもこの顔でいたいと思っていた。

  ストレージ内に記録したヘンリエッタの尻を眺めていると、視界内にコミュニケーションウィンドウが突然ポップアップされた。

  映し出されたのは、コロッサスシリーズの重厚なパーツ群で構成された機体のキャストだった。装甲は焦げ茶色の渋い色合いを基調にカラーリングされており、ギアーズとは正反対である。

 

「よお! またエロ画像でも観てるのか?」

 

  開口一番、そのキャストはギアーズの図星をついた。

 

「そ、そんな朝から観る訳ないだろ!」

 

  しどろもどろになっている様子が全てを物語っていたが、敢えて彼はその事には触れずに話を進める。

 

「まぁ、今度新しい秘蔵のエロいデータやるからよ。ちなみにお前の大好きな歳上のオペレーター系だぞ」

 

  ガハハ、と豪快に笑うキャストーバルクは、朝からギアーズをからかった。

 

「…ところで、用件はなんだい? 約束の時間にはまだ余裕があるはずだけど?」

 

  訓練学校で同期だった、この豪放磊落なバルクとは腐れ縁であり、常に連んでいた。

  他にもう一人、連んでいる仲間のキャストがいるが、実地研修が二人とは別の日である為、今日会う予定はない。

 

「俺と会う前に、お前は教官殿に挨拶にでも行った方がいいんじゃないかなぁと、思ってな」

 

  教官殿、という言葉に、ギアーズのストレージ内にはとある女性キャストの顔が浮かび上がるー途端に、コンプレッサーの回転率が高まり、ラジエーターが機体の余剰熱量を過剰に排出し始めた。見る見るうちに機体熱量は下がり、気温との差により装甲表面に結露が生じる。

  はたから見れば、まるで全身に冷や汗をかいているようだった。

 

「いや、今はちょっと出来れば教官には会いたくないんだけどなぁ・・・」

 

  ギアーズはかなりトーンの下がった声で呟いた。バルクとは個人的な通信回線で会話している為、彼との会話を声に出す事なく行なっていたので、第三者から見れば今のギアーズはフリーズしたまま全身に水滴を滴らせる不審なキャストであった。

 

「教え子が初陣だってのに顔も出さなかったら、後の方がよほど怖いと思うけどなぁ」

 

  バルクは肝をすっかり潰しているギアーズの反応を楽しむ半分、素直に忠告してもいた。

 

「…分かった。取り敢えず、教官の所に顔を出してくる。12番ゲートで待ち合わせよう」

 

「骨は拾ってやる。遅れるなよ?」

 

  そして視界内からバルクの顔が消えると、ギアーズは顔の左右に設けられた排熱孔から盛大に排気した。生身であれば深いため息だろう。

  今までの揚々とした気分から一転、ギアーズは暗澹たる思いで記念すべき一日を始めるべく、殊更に重く感じる一歩を踏み出した。

 

 #

 

  市街地を走るトランスポーターを乗り継ぎ、ギアーズはアークスの活動の窓口となっているゲートエリアに到着した。

  広大なホールには多種多様な種族のアークスの老若男女が、様々な惑星へ赴いて行く為に無数のゲートへと足早に消えて行く。此処は巨大な宇宙港のようなものであり、パブリックスペースやショップエリア、果ては遊技場などの娯楽施設も備えていた。

  街中には少ないが、此処にはギアーズのように大柄な男性キャストが大勢いる。皆経歴の差はあるだろうが、この場においては間違いなくギアーズが一番の新人だろうー人波を掻き分け、ギアーズは片隅の談話スペースへと重たい足を運んだ。

  電子化された視界が、談話スペースに置かれたテーブル席に腰掛ける、一人の女性キャストの横顔を捉え、自動的に拡大補正するー青を基調としたカラーリングのイオニアシリーズに身を固めており、無機質な赤褐色の瞳は、手元の今は珍しい紙媒体の本に向けられている。

  テーブルの上にあるのは、キャスト向けのエナジードリンク、といよりも巷では違法スレスレの合法ドラッグに近い、トリップ作用があるとも言われている怪しい添加剤だ。それが3ダースほど空になって転がっていた。

  公共の場で、しかも朝からそんなものを大量に口にする、相変わらず彼女のクレイジーな生態に、ギアーズは改めて肝を潰した。出来れば朝から会いたくないが、やはり此処はそうも言っていられない。

  ギアーズが意を決して一歩を踏み出すと同時、出し抜けに、その女性キャストは何の予備動作もなくこちらを振り向き、機械化された瞳孔が窄まる様子がつぶさに見てとれた。

  瞬間、ギアーズのコンプレッサーはメチャクチャに動き回り、人工血液の循環効率がデタラメな数値を弾き出す。指先の人工筋肉は強張り、脚部のホバー機構が勝手に作動して回れ右をしそうになるが、そこは何とか堪え、逆にホバー噴射で迅速に彼女が座るテーブルまでダッシュする。

  逆噴射により急制動を掛け、そのまま直立不動の姿勢で相対し、彼女の言葉を待つーものの数秒ほどだろうが、ギアーズにとっては堪え難い沈黙でもあった。

  その女性キャストは、自身の倍ほども上背のある、緊張した様子のギアーズを爪先からてっぺんまで一瞥すると、にこりと笑ったーしかし、機械的に口角を吊り上げただけであり、眼は相変わらず笑っていない。言い知れぬ狂気を湛えたままだ。

 

「あらあ、あらあら? おはようございます。いえ、おそようございますですかねえ…リサは待ち遠しくて待ち遠しくて昨日から貴方を待っていましたよお」

 

  その女性キャストーリサは、草臥れた表紙のハードカバーを閉じると、よっこらしょ、と椅子から立ち上がった。

  ギシィ、と昨晩からリサの大重量のキャストボディを支え続けていた椅子が安堵の軋みを立てたが、ギアーズは終始気が気ではない。

  直立不動のまま、彫像のように固まる彼の周囲を、回遊する肉食魚のようにリサが歩き回る。カツ、カツ、と彼女の硬質な金属の足音は、訓練学校時代を思い起こさせ、ギアーズの精神を苛む。

 

「なんだか少し元気なさそうですねえ? そんなことないですか? そうですか。まあ、リサとしてはどっちでも構わないんですけどねえ。勝手に話すだけですしねえ」

 

  黙っていれば可愛いのに、いざ口を開くと狂気が溢れ出てくるリサが、ギアーズは苦手であったー膨大なアークスの中でも、彼女はかなりの有名人であり、特にキャストの間では半ば伝説的な存在であった。

  彼女が通った後には屍が積み重なり、草木は焼き払われ、雑草すら生えない不毛の大地と化すまで破壊の限りが尽くされるという。誰が呼んだか知らないが、死の人造天使と渾名されていた。

  そんなリサが、何故か訓練学校で気紛れに教鞭を執り、彼女が受け持ったレンジャークラスは脱落者が続出、ギアーズを含めた数人しか修了試験に辿り着けなかった。

  彼女からすればギアーズは教え子だが、熱心に後輩指導に回るような人物ではないので常に真意は分からない。ただの暇潰し、あるいは新たな遊びの為に教壇に立ったのだろうか。

 

「緊張しているんですかあ? ダメですよう。力を抜いて、リラックス、リラックスですよお」

 

  ギアーズの背後に回ったリサは、おもむろに彼の腰部装甲に手を触れた―冷やかな彼女の指先の感触に、背筋を悪寒が這い上る。

  刹那、視界内に幾つもの警告ウィンドウがポップアップされ、けたたましいアラート音が脳内で鳴り響く。突然の出来事にギアーズは狼狽し、混乱し、まるで対応できなかった。

 

(外部からの不正アクセス?! 機体の制御システムがハッキングされている?!)

 

  視界はあっという間に様々な警告ウィンドウによって埋め尽くされていく。焦燥感が募るが、機体に搭載されているシステムはプログラム通りに主人を守るべく、電子的な防御機構を作動させる筈だ。最新のアップデートでセキュリティは強化されている。何も焦ることはない―しかし、幾重にも展開されたファイアーウォールは、障子紙程の効力も発揮せず、侵入者によって易々と突破されていく。

  あっという間にギアーズの身体の主導権は奪われ、今の彼はまさにただの操り人形と化していた。

  勿論、この侵入者は、背後に立つリサだろう。ギアーズに全く意識させる事なく、彼女は腰部装甲の下に厳重に秘匿されているメンテナンスポートを開放し、指先に備える端子を滑り込ませたのだ。

  ギアーズの身体は、彼の意志とは裏腹に、その場に膝をついた―リサがどのような表情を浮かべているのかは分らない。後方警戒センサーも当然の如くオフラインとなっており、相変わらずウィンドウがポップアップし続ける視界は狭く窮屈だ。

  腰からリサの指先が抜けるのを感じた。気配から、彼女が目の前に回ったのを察した。

 

「おやおやおや? 相変わらずの甘ちゃんぶりですねえ。リサは心底がっかりしていますよお?」

 

  今ではリサがギアーズを見下ろす格好となっていた。彼女を見上げるギアーズの視界は、ノイズ混じりで普段の半分以下の解像度まで低下していた。

 

「レンジャーが背後を取られるのは即、死を意味するんですよお? リサ、教えませんでしたっけ?」

 

  リサが身を屈めると、その顔(かんばせ)が間近に迫る―両手でギアーズの頭部を挟み込むように抱え、こつん、と彼の額部装甲に、その額を当てた。

  傍から見れば、膝をついて恭しく首を垂れる機械仕掛けの銃士に、まるで褒美の接吻を賜る鋼の姫君といった光景だが、当の本人からすれば生きた心地がしない仕打ちだった。

 

「早く実地に赴いて、たくさん殺して殺して殺して殺しまくってくださいねえ。じゃないとリサはがっかりしすぎて、貴方を後ろから撃っちゃいますから」

 

  殊更に狂気を孕んだリサの低い声音に、もうギアーズの精神は粉々になりそうだった。いったい、僕が何をしたっていうんだ?!

  身体の自由は利かず、アラート音に精神は乱れ、眼前の狂気の双眸に射竦められ、思考はもはや取り留めもなく溢れ、疾走する。

  己の無力感と絶望感に、ギアーズはこれ以上ないほど打ちひしがれていた。

 

「ふふ、びっくりしましたかあ? ごめんなさい、今のは冗談ですよお」

 

  唐突に表情を和らげると、ギアーズの頭からぱっと手を放し、リサは一歩下がった。相変わらず目は据わっているが、少しばかり悪戯っぽい表情を浮かべている。

 

 

「ひとを撃ったら怒られてしまいます。でも、撃ったことないのはひとだけなんですよねえ。どんなふうになるんでしょうねえ」

 

  細い顎に手を添え、少し考える素振りをするリサは、どうやら本気で人間を撃ってみたい様子だ。

 

「でもでも、リサは良識を持っているので、そんな事はしませんよ。安心してくださいねえ、ふふふっ」

 

  リサの口から語られる良識という言葉の意味が、ギアーズにはもはや分らなかった。良識があれば、教え子の身体をいきなりハッキングする事などしない筈なのだが。

 

「ではではではでは、用事も済みましたし、リサもぼちぼち出発します。リサもこれからナベリウスに行って、いっぱいいーっぱい撃って撃って撃ちまくって殺しまくります。ふふふっ、銃はいいですねえ。銃って本当にいいですよねえ・・・感触は残らないし、敵は踊るように倒れていく・・・なんともたまらずぞくぞくしませんかあ?

 貴方もそう思うからレンジャーを選んだんですよねえ?」

 

  恍惚とした表情で、いつの間にか実体化させたライフルを手に携え、リサはその場で無邪気な子供のようにくるくると回りだす。そうしてライフルからツインマシンガン、果てはランチャーに持ち替え、想像上の敵に狙いを定め、引き金を引く。

  勿論、アークスシップ内では武器に内蔵された安全装置が働き、決して発砲される事はないのだが、周囲の人々はリサを遠巻きに足早に去っていく。関わったらヤバイ人物であると思わせるには十分な振舞だ。

 

「まるで全てを支配している感じで・・・ああ、そんなこと話していたら早くやりたくなっちゃいましたよう」

 

  ぴたり、と唐突に止まり、リサは再び考えのわからぬ無機質な表情となり、武器を圧縮情報化してストレージ内に収納した。

 

「それじゃあ、リサは行ってきます。ごきげんよう。ごきげんよう」

 

  可愛らしく手を振り、リサは揚々と軽やかな足取りでゲートへと向かった。途端に、他のアークス達は空気を読んで彼女が歩き出すや否や立ち止まり、進路を譲った―まるでその光景は海が二つに分かれるかのように神秘的だったが、場の空気を支配しているのはリサの隠しきれないほどの凄絶な狂気だった。

  当の本人は鼻歌交じりで搭乗ゲートのアークス職員に一瞥もくれず、ナベリウス行きの定期便キャンプシップへと繋がるテレパイプに消えていった。

  同時に彼女のハッキングから解放されたギアーズは、ようやく身体の自由を取り戻したが、内部機構はめちゃめちゃに作動しており、暫くエラー処理を完了するまで動けなかった。

  ようやくシステムの再起動が終わると、全身の装甲の隙間から余剰熱量が噴き出し、ゆっくりと立ち上がる―ギアーズの足元には、自宅を出る前と同様の理由による結露のために水溜りができていた。

  まだキャンプシップにすら搭乗していないというのに、異様に疲労していた。機体ステータス上のものではなく、精神がかなり摩耗している。

  この調子で、果たして今日の実地研修は大丈夫なのだろうか―顔の横にある排熱孔から、盛大に排気した。本日二度目となる、ギアーズ独自の大きな溜め息だ。

 

「ギアーズ君」

 

  不意に背後から声を掛けられ、ギアーズは大きな機体をびくりと震わせた。この加工された合成音声はキャスト独自のものだろう。しかも女性である。

  振り返るよりも前に、後方カメラでその人物を見る。瞬間、ギアーズのシステムは再びエラーを起こし、土下座をするかのように前のめりに倒れ、膝をついた。

  大重量の金属の塊が倒れる盛大な音が周囲に轟く。道行くアークス達は何事かと足を止め、四つん這いになっている男性キャストを見たが、その傍にいる人物を目にするや否や蜘蛛の子を散らすように足早に去って行った。

 

「どうしたの? 大丈夫?」

 

  その人物は、ただならぬ様子のギアーズを心配し、傍にしゃがみ込む。当の彼は、物凄い勢いで循環系が暴走しており、機体を熱量の損傷から保護する為の強制冷却機構が作動する始末であった。

  これは生身で例えるなら、心臓が今にも破裂しそうなばかりにでたらめに鼓動し、失禁しているようなものである。機体内部に充填された強制冷却材が化学反応を起こし、装甲表面は結露ではなく凍結すらしていた。

 

「な、na、なんde・・・」

 

  もはやエラーを起こしすぎて発声機構すらまともに動作しない。

  意を決し、軋みをあげながら、なんとか顔をその人物に向ける―そこにはリサの顔があった。

 

「アイエエエ!? リサ=サン!? リサ=サンナンデ!? コワイ! ゴボボーッ!」

 

  マッポーめいた悲鳴をあげ、ギアーズはゴキブリめいた四足歩行でその場から逃れようともがいた。傍から見れば生理的嫌悪感を想起させるような、でたらめな動きである。

 

「ちょっと、突然どうしちゃったの?!」

 

  しかしリサは、そんなギアーズを逃そうとはせず、その背に馬乗りになった。女性といえども戦闘用キャストであれば、その重量は200kgを軽く超える―普段のギアーズであればその程度の重量は造作もないのだが、今の彼の人工筋肉はまるで生まれたての小鹿のように弱々しい出力しか発揮できなかった。

  敢え無くその場に潰れてしまい、とうとう万策尽きた。ああ、僕はここで死ぬのか・・・

 

「ヤメロー! ヤメロー! ハイクは詠まないぞーっ!」

 

  精神を錯乱させ、訳のわからない言葉を口走るギアーズは、やはり先程のリサによるハッキングによる精神的ダメージを受けていた。

  キャストにとってハッキング行為とは、個人差はあれどしばしば強姦にも等しいものとされる。精神はおろか肉体すら電子的に支配してしまう為に、その行為は個人の人格と尊厳に対する直接攻撃である。

 

「ちょっと待ちなさい!? よく見なさいよ!」

 

  馬乗りになっていたリサは、ギアーズの頭部をがっしりと万力の如き力で掴むと、彼の後頭部に備わるセンサーカメラをじろりと覗き込んだ。

  幾らかの沈黙の後、ギアーズはもがくのを止め、じっとそのままの体勢でいた。

 

「まったく、失礼しちゃうわ。教官と間違えるだなんて」

 

  情けなく狼狽するギアーズに呆れ、リサによく似たキャストの女性は、やれやれと彼の背から降りた。

 

「貴方の言動は世の中の女性を敵に回したわ。似たような髪形や服装をしている女性はすべて一緒という事になるのよ」

 

  腕組みをし、地面に潰れたままのギアーズを睥睨するその眼差しは厳しい。

  様々な機能や特性を備えたパーツを任務や環境に合わせて組み換え可能なキャストは、他の種族よりも汎用性が高いの利点だが、それ故にパーツ構成が他人と被ってしまう事は珍しくない。それを気にするキャストもいるが、特に女性はその傾向が高い。

  その為、中にはベースボディをわざわざ戦闘用に改造し、他の種族の女性と同様の各種コスチュームを着用する女性キャストもいる程だ。そうなると純粋なキャストボディ程の恩恵は受けられないが、アイデンティティを確立する為には多少の扱い辛さにも目を瞑る。

 

 

「いや、まぁ、その・・・悪かったよ。ごめん」

 

  ギアーズは立ち上がり、ばつが悪そうに謝った。似たようなパーツ構成から他人と間違えられるのはキャストにとっては苦痛であり、ギアーズもその辛さは知っている。

  規格化されて製造されたパーツを使っていても、自分という存在はただ一人であり、決して工業製品の部品の一つではない。外見で判断されて辛い思いをするのは、おそらく生身の人間だってそうだろう。

 

「まったく、イオニアシリーズなんてやめようかしら・・・」

 

  髪型パーツを撫でながら、その女性キャスト―リーリャは、小さな溜め息をついた。

 

「エターナルFにでもしようかな?」

 

「いや、リーリャはその身体が似合ってる。僕のせいで変えるなんて、そんな事言わないでよ・・・」

 

  しゅん、と項垂れるギアーズは、心底から申し訳ないと思っているのだろう。大きな機体が、叱られた子犬のような雰囲気を出していた。

 

「冗談よ、冗談。キャストなら仕方がないことだもん」

 

  流石に意地悪しすぎたかと、リーリャは少し反省した。

  リーリャは確かに全身をイオニアシリーズで統一しているが、カラーリングは白みがかった藍色を基調とし、露出している人工皮膚も陶器を思わせるかのように透き通って瑞々しい。髪型パーツは烏の濡れ羽色であり、顔立ちは柔和でまだあどけない。それに澄んだ藍緑色の瞳を見れば、リサとは全くの別人であるのは容易に判別できるだろう。

  そして何よりも、リサよりもバストとヒップが大きいのが、最大の違いだろう―先程までの落ち込んだギアーズは消え失せ、ただのむっつりキャスト男子と化した彼は、この幼馴染の女性キャストの肢体をまじまじと観察していた。

 

「そういえば、バルクと待ち合わせしてるんじゃないの?」

 

  リーリャの言葉に我に返り、ギアーズはストレージ内に彼女のキャストながらも扇情的な肢体を記録するのを止めた。

 

「忘れてた! それじゃ、ナベリウスで会おう!」

 

  落ち込んでいる様子から一転して、ギアーズはいつもの調子を取り戻し、彼女と別れ、親友の待つ12番ゲートへ向かって駆け出した。

  今日という一日はまだ始まったばかりである。

 

 ♯

 

  これは、一人のアークスを通して紡がれる、星々を冒険する旅人達の物語である。

  彼らの前にはさまざまな艱難辛苦が待ち受け、やがて宇宙を巻き込む壮大な叙事詩へと至るが、それはもう避けられぬほど間近に迫っている。

  だが、彼らに巨大な運命を変えうる術はない。

  ただ、あるがままに暴力的な宇宙の真理の前に翻弄され、やがて力尽きて流されていく。

  それを知る術は、彼らにはない。

  知ったところでどうしようもないのだから。

 

 

 

 




〝人物設定〟

 ギアーズ
 主人公。年若いキャスト。
 アークスシップ17番艦〝ウィアド〟にて訓練学校を卒業し、アークスとして実地研修の地であるナベリウスへと向かう。
 根は素直で真面目、たまに妄想にふけるのは若さゆえ。平均的な男性キャストであり、どちらかといえば年上のお姉さんが好み。
 バランスのとれたヴァリエス系のパーツを使用し、極力派手にならないようなトリコロールのカラーリングが特徴。
 レンジャーを選択した瞬間から苦難の歴史が始まってしまった。


 バルク
 キャストの新人アークス。ギアーズとは同期。
 分厚い装甲と高出力を活かしたパワフルな戦い方を好む。
 豪快な性格であり、細かい事はあまり気にしない。厳つい外見と性格に反し、かなりのエロ孔明。
 重厚なコロッサス系のパーツを使用し、焦げ茶色の渋い色合いのカラーリングが特徴。
 無難にハンターを選択し、それなりに訓練学校生活は楽しんでいた。


 リーリャ
 キャストの新人アークス。ギアーズの幼馴染。もちろんレンジャー。
 イオニアシリーズを使用している為、某有名女性キャストと同一視されるのが苦手。
 カラーリングは白みがかった藍色を基調とし、顔立ちは柔和でまだあどけない。
 澄んだ藍緑色の瞳を見れば、某キャストとは全くの別人であるのは容易に判別可能。
 そして何よりもバストとヒップが大きめなのが特徴。
 イオニアシリーズの公式設定画像に近い外見。
 休日はベースボディで生活し、年頃の少女としてオシャレやショッピングを楽しんでいる。
 ギアーズよりも少しだけ年上。
 

 リサ
 クレイジーシューティングエンジェル。以下略。
 狂気を孕んだ言動と双眸からマジ(キチ)天使とファンの間で呼ばれている。
 何を狂ったのか、訓練学校でレンジャーの教官として教鞭を執り、かなりの脱落者を出した。
 公共の場で、キャスト向けの違法スレスレの合法ドラッグ入り添加剤をがぶ飲みしたり、クレイジーサイコパス感を出すために初っ端からギアーズの精神を蹂躙する。


 ヘンリエッタ
 アークスでオペレーターを務める女性キャスト。ギアーズの隣室の住人。
 憧れの年上のお姉さん枠。おそらく出来るキャリアウーマン。
 戦闘任務に就くことがないのでベースボディで勤務している。



〝用語解説〟

 ベースボディ
 キャストの日常生活用義体。
 生体とほぼ変わらない機能と構造、外観を備える。
 これはキャストの精神衛生の為、生身の人間と同様の生活を送れるよう配慮された代替施策である。
 女性キャストの使用率が高く、男性キャストは総じて低い傾向にある。
 中には戦闘用に改造し、各種族のコスチュームや装備に対応させて任務に赴く者もいる。その場合は純粋な戦闘用であるキャストボディよりも劣ってしまう。
 ベースボディへの換装は簡単であり、その為の最低限の設備は自宅に備えられる程度の大きさで済む。
 

 POM装甲
 Photon Organic Metal―直訳すると、フォトン有機金属。
 アークスとしてキャストもフォトンを扱う関係上、その働きを阻害しない特性を備えた金属で機体が製造されている。
 更にそれに有機的な働きも付与し、ナノマシンやメイト系アイテムの使用により損傷個所を迅速に修復可能。
 

 フルサイズフレーム
キャストのパーツ規格。その名の通り最大身長に合わせて作られている。
 よほど特殊な任務や用途でない限り、男性キャストのフレーム規格は概ねこれに統一されている。
 これは規格を統一することで製造ラインを圧迫しないようにという配慮と、機体の性能保持の為である。
 小型に作ればその分、キャストの特性である頑健かつ高出力の機体を維持するのが難しくなるため。
高出力を必要としないテクニック職は機体の軽量化や小型化を重視する傾向がある。

 アイテムなど
 フォトンの力により、圧縮情報化してアークスは携行する。
 コスチュームや脳内インプラントによるストレージ内に保存され、必要に応じてフォトンの燐光と共に実体化させる。
 アイテムの携行数は各人のストレージ容量に依存する為、ベテランアークスはストレージ容量を拡張することが多い。


 ハッキング
 キャストにとっては強姦にも等しい行為。
 了解を得ずにキャストに電子的に接続し、そのシステムに干渉するのは素手で脳や心臓をこねくり回すのと同義である。
 これをされると、キャストは大きく人格と尊厳を傷つけられる。


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第2話

まだプロローグみたいなものです。
EP毎の種族やクラスの実装については時系列を無視していますが、そこはご容赦してください。
ちょっとギャグ色が強いかも?


『………我々は、諸君らを歓迎する』

 

 通信端末のモニターに映る白いキャストの言葉は、以上を持って締め括られた。

 六芒均衡の中でも特に能力に優れた、三英雄が一人、レギアスだ。アークスに対して、彼の功績や六芒均衡について改めて語るほどの事はないだろう。

 

「いやー、俺たちも年を取ると話が長くなるのかねぇ」

 

 すっかりレギアスの長い訓示に退屈していた様子のバルクは、やれやれと肩をすくめ、全身の排気口から排熱した。

 

「まぁ、相変わらず総長の話が長いのが否定はしないけど……」

  

 ギアーズも肯定の言葉を口にする。レギアスは各アークスシップに設置されている、全てのアークス養成学校の総長を務めており、彼の訓示が長いのはうんざりするほど知っていた。

しかも、終了試験前に放映されるこの訓示は録画ではなく、生放送らしい。毎回、内容が異なっているとのことだが、レギアスならば当然だろう。

 あれからバルクと合流したギアーズは、ナベリウスの実地に於ける修了試験へ向かう為のキャンプシップに乗り込んでいた。

 ナベリウスへの航路はそれほど時間の掛かるものではなく、空間跳躍の後に通常の宇宙空間に現出し、通常航行によりナベリウス上空へと既に至っていた。

 現代の進歩した技術であれば大気圏突入時も滑らかであり、何事も問題なく、窓から眼下に広がるほぼ手付かずの美しい原生林を一望できた。

 

「おー、流石に生で見る光景は違うなぁ」

 

 バルクは窓にべったりと貼り付き、アークスシップの人工的に作られた自然環境よりも雄大で美しい光景を、センサーの有効半径全てに収めようとしていた。

 

「確かに、シップとは大違いだね。これが本当の自然か……」

 

 ギアーズも横に並び立ち、しばし景色に見入る。

 ナベリウスは美しく自然豊かな惑星で、知的生命体や文明の痕跡はない。凶暴な原生動物が多く生息しているが、それほど危険な惑星というわけでもなく、アークス研修生の修了任務の場所に設定されている。

 標準的なアークスシップの全長は約70kmであり、百万人規模の人間が住む為に必要な工業地区、農業地区を備えており、自然環境も整備されている。しかし、人工的に作られた環境よりも、天文学的確立の果てに作られた大自然の息吹には興奮を隠せない。

 

『おいおい、こいつは遠足じゃないんだぞ? そんな気分でいると後悔しても知らんぞ、若いの』

 

 不意に機内放送が入ると、操縦席と兵員室を隔てる扉が開き、一人のキャストが出てきた。

 そのキャストはシェリフシリーズによって構成された機体であり、全身をガンメタリックレッドに塗装し、アクセントにゴールドという派手なカラーリングだ。首には洒落たスカーフを巻き、左肩には跳ね馬のエンブレムが刻印されている。

 

「よぉ、挨拶がまだだったな。俺はキャラハン。お前さんたちの検定官だ。それでこっちが」

 

 キャラハンに続き扉から出てきたのは、渋いオリーブドラブに塗装されたディスタシリーズで身を固めたキャストであった。

 そのキャストの全身の分厚い装甲に施された塗装は所々が剥げ、細かい傷跡が無数にあった―人間であれば、身嗜みに疎いと見做されても仕方がない出で立ちだ。

 キャラハンの洗練された姿を見ると余計に、みすぼらしく怠惰な印象を受けた。

 

「サージだ。お前らの動きは逐次モニターさせてもらうが、基準に満たないと判断したならばすぐに検定を中止する」

 

 サージと名乗るキャストは、ぶっきらぼうにそう言い放った。

 

「まぁ、こいつがこういう性格なのは承知してくれ。さて、改めて実地に於ける修了試験の内容を説明する」

 

 苦笑しながら、キャラハンは二人の目の前にホログラムウィンドウを開いた。

 

「目標は森林奥地に生息するロックベアの討伐だ。最近、やけに原生生物の凶暴性が増しており、特にロックベアの個体数が増加し、生態系を狂わす兆候がある」

 

 ウィンドウにはロックベアの基本的なデータが表示された。類人猿に似たこの生物は、フルサイズフレームのキャストの数倍もの体格を誇り、その豪腕は岩山をも砕く。

 

「〝宇宙のあらゆる生命種の多様性について人の手によってこれを保全する〟……アークス憲章の序文にある通り、俺たちの本来の任務は惑星の調査とその自然環境の維持だ。この現状を見逃すわけにはいかない」

 

アークスとはあくまでも惑星調査が主任務であり、決して戦闘が本分ではない。様々な分野で研究者として活躍するアークスも多く、フィールドワークを行う上でその身分に付与される権限が目的というのもあった。

尤も、ギアーズとバルクは学識者という身分にはまったく興味がないのだが。

 

「さて、お話はこれくらいにして、もうそろそろ目的地だ。テレプールの座標設定も完了している」

 

キャラハンが指し示す先、兵員室後部にはプール状のテレパイプが起動していた。

 

「行ってアークスとしての本分を全うしろ」

 

サージが、相変わらずの硬い声音で言った。

そう言われなくてもそのつもりだ–二人はお互いに見合せると、頷きあい、テレプールへと歩み、その淵に立った。

水面のように揺れる転送空間の先には、二人にとっては未知の大地が広がっているだろう。

アークスや惑星資源開発関係の職に就いていなければ、滅多に惑星に降り立つ事は出来ない。二人はまだ本当の大地に立ったことがないのだ。

不安と期待に高鳴るコンプレッサーの鼓動を鎮めようと、吸入ファンを全開にして、暫し沈黙する。

そうして、どちらともなく、二人はテレプール目掛けて飛び込もうと脚部に力を込めた。

が、呆気なく中断してしまった。

緊張感に満ちたこの場にはそぐわない、突然の陽気な笑い声に、彼らの気勢が削がれてしまったのだ。

 

『ふふふっ。いいですねえ、たまりませんねえ。これから殺戮に赴く雰囲気は』

 

突如、ギアーズの目の前に通信ウィンドウが開かれた–映っていたのは、誰であろうリサだった。

 

『宇宙のあらゆる生命種の多様性について人の手によってこれを保全する…よくもまあそんな偽善と虚偽に塗れたデマカセを言えますねえ? リサはとってもとってもとぉっーても残念でなりませんよお』

 

ウィンドウ画面の中のリサは、大げさな身振りと手ぶりで、芝居掛かった様子で悲嘆にくれていた。

 

『偉い学者先生でも無いリサ達の本分は、こちらの勝手な都合で惑星から惑星へ殺して回ることなんですよお? これから明るく希望に満ちた未来を目指す新人さん達に、大人の汚い事情を耳当たりの良い言葉で覆い隠して教えてあげるのは先輩アークスにあるまじき行いですねえ。ダメですねえ、いけませんねえ、見過ごせませんねえ、言語同断ですねえ』

 

画面の中のリサの姿が遠去かる。恐らく戦闘支援用自立デバイスであるマグが撮影しているのだろう。

そうして映し出されたのは、破壊と殺戮の痕跡だったー多様な原生生物達が、森林の其処彼処に無残な亡骸を晒していた。

頭部を撃ち砕かれたウーダン、散弾で引き裂かれたガルフ、グレネードで爆砕されたガロンゴ、炭化するまで焼かれたアギニス、そして、一際酷い有り様の亡骸は、ロックベアだった。

有りとあらゆる種類の攻撃を加えられたであろう巨大は、自らの血に塗れ、エメラルドグリーンの体毛を朱に染め上げていた。丸太のような四肢は切り取られ、自生する木々に磔のように晒し、引き摺り出された内臓もオブジェとして装飾されていた。

リサは切り株に腰掛けていた–否、それは、切り株ではなかった。

森の王者として君臨していた筈の、ロックベアの横倒しの頭部だった。

例によって酷く損傷しており、脳髄は溢れ、目玉は飛び出し、牙は残らず砕け散っている。

 

『これこそがアークスの本性でありお仕事です。余計な幻想は今の内にポイッてしちゃって下さい。ではではではでは、リサはもう少し、いやもっとたくさんたくさんたーくさん殺しまくりますので。ああ、たまりませんねえ、楽しいですねえ、愉快ですねえ、痛快ですねえ、至福ですねえ…」

 

凶暴的な悦楽に浸る事を隠そうともせず、リサはうっとりと目を細め、陶器のように滑らかな人工皮膚の頬を恍惚に上気させていた。

 

『それでは、待っていますよお。早くしないとリサがぜーんぶ殺し尽くしちゃいますので。ふふっ、うふふっ』

 

可愛らしく手を振ると、リサは恍惚の笑みを浮かべたまま両手にフォトンの燐光を纏い、ツインマシンガンを顕現させた。そしてカメラに背を向けると、空腹で堪らない獣のように獲物を求め、ナベリウスの木々の合間に掻き消えた−直ぐにツインマシンガン特有の高速連射音が響き、哀れな原生生物たちの断末魔が聞こえた。

そこで通信は途切れ、何とも言えぬ沈黙がキャンプシップ内に満ちた。

 

「あー…ギアーズ、お前はリサの教え子だったな?」

 

沈黙を破ったのは、手元にギアーズのパーソナルデータを表示しているキャラハンだった。その声は所在無さげで、バツが悪そうだった。

 

「俺たちはまぁ、アレとは知り合いだが…いや、多くは語るまい」

 

ぶっきらぼうなサージですら居心地が悪そうにしていた。

 

「兎に角、任務内容に変わりはない…気を付けろ、色々とな」

 

キャラハンがそう声をかけても、二人のキャストの若者は互いに無言で顔を見合わせ、どちらともなくテレプールに飛び込んだ。

フォトンの輝きと化した二人は設定された座標に向かって転送され、キャンプシップを後にした。

残されたキャラハンとサージは、まるで息を合わせたかのようにそれぞれの機体各所から盛大に排熱した。

 

「なぁ、サージ。誰に対してもリサはどーしてああなんだろうかな。俺にはよくわからんよ」

 

「俺だって知るか。そもそもあいつがクレイジーじゃない時なんて一瞬でもあったのか?」

 

サージの返しにキャラハンは黙る事で答えてから、言葉を続けた。

 

「…俺はギアーズという若いのを評価するぞ。あのリサの教え子という時点で充分だ」

 

「そいつは検定官としては不適当だが…その気持ちは分かる」

 

サージは手元のフォログラフィックウィンドウに表示されている、ギアーズの採点項目にチェックを入れた。過酷な任務に対する適格性あり、と。

 

「さて、連中はそろそろ行動を開始したところか」

 

キャラハンは気持ちを切り替え、これからアークスとしての一歩を踏み出した若者の動向をモニタリングする事に専念した。

 

 

##

 

フォトンの燐光の中から現れた二体のキャストは、しばしば目の前に広がる雄大な自然に心を奪われていた。

今、立っている大地は紛れもなく人の手を介さず作り上げられたものであり、澄んだ空気は自然の息吹そのものだ。

鬱蒼と木々が立ち並ぶ中で感じる空気はひんやりとしていて、少し湿り気を帯びている。梢から差し込む陽光は、アークスシップ内の人工的な光源と違い、大気によって減衰されたものだが、暖かく穏やかである。

小動物や虫の鳴き声、遠くの小川のせせらぎ、風に揺れる葉や枝が奏でるざわめき−どれもが人が計算して作り出したものではない。

神が存在するならば、ちょっとした気紛れでこの広大な宇宙に砂の粒手を落としたかの如くの奇跡で成り立つ豊かな自然に、しばし想いを馳せた。

 

「いやー、本物の自然は凄いな。全部が偶然の産物かぁ」

 

感慨深げに呟くバルクに、ギアーズも同意していた。

目の前の光景に心を奪われながらも、二人はそれぞれの武器を手にしていた。

ギアーズはオーダーメイドのライフルを、バルクは正式採用されている標準的なソードのひとつである、ヴィタソードを携えている。

バルクのヴィタソードは、フルサイズフレームのキャストに合わせて調整された代物であり、サイズと重量が増している。その分、フォトンアーツに頼らずとも一撃で大抵のエネミーは薙ぎ倒せるだろう。

 

『遠足気分はそこまでだ。早速、任務を開始しろ。既にこちらでも複数の動体反応を確認している』

 

そこへキャラハンからの通信が入り、視界内に投影されるガンメタルックレッドのキャストにギアーズは少々残念だった。

通常、任務中のアークスを支援するのは専門のオペレーターだが、今回は検定官が担当するようだ。密かに憧れている、ヘンリエッタがオペレーティングしてくれれば良かったのに。

しかし、気持ちを切り替え、ギアーズは視界内のレーダースクリーンに注意を払い、各種センサーで周囲を走査した。

反応から察するにウーダンである、と補助脳が自動的に得られた情報から結果を教えてくれた。

 

「三時の方向、距離300、ウーダン五頭、最短で接近中」

 

発声することなく、ギアーズはバルクに秘匿回線で手短に伝えた。バルクは無言で頷いて見せ、背部ウェポンラックに携行しているヴィタソードを手に構え、ギアーズの前に出た。

ハンターであるバルクが前衛を、レンジャーであるギアーズが後衛を担当するのが基本的な戦術だ。ギアーズはレンジャーだが銃剣の扱いにも慣れているので人並み以上に近接戦も得意だが、やはり専門職に任せる方が効率が良く安心できる。

エネミーを表す赤いターゲットマーカーが、電子化された視界内に表示されている。木々の梢に遮られて姿は直接視認できないが、充分に射程内に収まっており、少々の遮蔽物でも必中弾は望めるだろう。

ライフルを肩付けで構え、頭上の梢に銃口を擬する−人工筋肉が意識せずとも照準を微調整した。

枝葉の向こうからこちらを窺う、獰猛な生物の息遣いを感じるようだった。彼らも、その多くの経験からただの野生生物ではなくなっていた。闇雲に攻撃を仕掛ける真似はしないだろう。

つまり、此方から仕掛けなければ、彼らも穏便に済ませたいのだろう。ウーダンは知性が高く、石などを使って硬い木の実の殻を割って食べている程だ。可能であれば戦いを避けようとするのは野生としては当然である。

引き金に掛けた指先に力が加わる−ふと、これから戦いの火蓋を切ろうとしているのに、ギアーズはリサの言葉を思い出していた。

〝リサ達の本分は、こちらの勝手な都合で惑星から惑星へ殺して回ることなんですよお?〟

 

確かにその通りかもしれない。

宇宙の支配者を気取って勝手に自然環境の維持という名目で、個体数の調整という間引きを行うアークスが正しいとは言えないだろう。だが、そんな事は百も承知でこの道を志したのだ。

今更後悔も何もない。

ギアーズは、トリガーを引き絞った。

刹那、遊底が後退し、硝煙を燻らす灼けた薬莢が、排莢孔から蹴り出される。フォトンを纏った大口径高速弾が、三点バーストで撃ち出され、枝葉を切り裂いて飛翔していた。

ビシッ、と鋭く水袋を叩くような破裂音が響き、梢の合間からウーダンが落下する。

そのウーダンは胸に銃弾を喰らい、地面に叩きつけられてもなお悶えていた。ナベリウスの強靭な原生生物を多少の銃弾で即死させるのは難しい。それを証明するかのように、そのウーダンは流血しながらも身軽に立ち上がり、激昂し敵意を露わに胸を叩いてドラミングしていた。

しかしそれまでだった。

脚部ホバーにより、滑るように間合いを詰めたバルクが、上段からの袈裟斬りで瞬く間に両断していた。

フォトンアーツを使用しない通常の攻撃だ。キャストだから可能な膂力と大重量の打撃武器が繰り出すのはもはや斬撃ではなく、力任せに叩き潰すと形容すべきだろう。

肩口から真っ二つに分断されたウーダンの上半身が、内臓や血飛沫を撒き散らしながら地面を転がり、藪の中に消えた。後に残されたのは、バルクの足元で血を流しながら痙攣する下半身のみだ。

初めて意識して、生き物の命を奪ってしまった。それも、原始的だが社会性を持った動物を。人間のように、感情を持っているだろう動物を。

吐き気のような嫌悪感が込み上げてくる。ギアーズに口があれば堪らず嘔吐していただろう。だから今はキャストである事を感謝していた。

群れの仲間を殺された事で、頭上の梢から様子を窺っていた他のウーダン達が口々に威嚇する。甲高い咆哮や木々を揺らし、自分たちの縄張りへの侵入者への敵意を剥き出しにしていた。

 

「次だ、ギアーズ!」

 

 バルクの声に我に返り、ギアーズは次の標的へ狙いを定めた。

 バースト射撃により、次々と梢の合間にいたウーダン達は撃ち落され、待ち構えているバルクの大剣が一刀のもとに斬り潰していく。

 鉄塊の如き大剣が恐るべき速度で振るわれる度に哀れな野生生物たちは内臓や血飛沫、骨の破片を飛び散らせながら周囲にばらまかれる。その虐殺劇は一方的で、彼らに反撃の暇を欠片も与える事はなかった。

 当然の結果だろう。

 宇宙最先端の技術で武装した鋼の機兵が相手では、いかに強靭なナベリウス原生種といえども赤子以下だ。新人とはいえ両名ともキャストであり、訓練されたアークスである。後れを取ることなどあり得ない。

 美しい風景が一変して、酸鼻極まる屠殺場と化していた。無造作にばら撒かれた生物の部品、樹齢を重ねた木々に血飛沫がこびり付き、血生臭さと内臓に詰まっている排泄物の臭気が混ざり合い、あれだけ澄み切った空気を汚していた。

 その中に佇む両名とも返り血と肉片を浴びており、特に前衛のバルクは普段の焦げ茶色の装甲がどす黒く染まっていた。

 センサーの反応から増援が来る様子もない。これ以上の殺戮を重ねないで済んだことにギアーズは内心で安堵し、ライフルを腰部ウェポンラックに戻した。

 

「あれは群れの斥候だろうな。今日は其処彼処でアークスが狩り立てているから、あいつらも必死で安全な場所を探してるんだろう」

 

 ギアーズと同様に背部ウェポンラックに大剣を納めたバルクが、秘匿通信ではなく、肉声を発していた。

 

「僕らのやってることは正しいことなのか…何の罪もない野生動物を殺すことが」

 

ギアーズは込み上げる不快感を露わに呟いた。

 リサの言った通りだ。宇宙の支配者気取りで星から星へ資源を略奪するオラクル船団の尖兵に過ぎないのがアークスだ。

一体、それのどこが正しいのか。何億と生きるオラクルの人々の生活を支える為の惑星調査とはいえ、実際は侵略者と何ら変わらない。

オラクルは、アークスは、生きる為には他者を踏み躙り、搾取することを是とするのか−所詮、ギアーズ一人が悩んだところでこのシステム自体を変える事は出来ない。彼の悩みなど瑣末なものでしかないのが現実だが、事態に直面すれば戸惑うのも当然である。

座学で学んでいたとはいえ、生き物を殺すのは気分の良いものではなかった。

 

「今更くよくよ悩んでも仕方がねえ。承知の上でアークスを目指したんだ。嫌だったら辞めればいい。俺は理解した上で、こいつらを挽肉にした。お前は覚悟もなしに引き金を引いたのか? だったら、帰ってくれ」

 

普段と違い、今のバルクの物言いは少々乱暴だった。

補助脳が感情をある程度制御しているとはいえ、やはり戦闘による昂りは隠せないのだろう。前衛のバルクは直接、手にした武器から命を奪う感触を味わっているのだ。

 

「いや、そういう訳じゃないさ。ただ、やっぱり気分の良いものでは無いからね…」

 

「まあな……お喋りはここまでにして先を急ごう」

 

「ああ」

 

バルクに促され、ギアーズは森の奥へと進んだ。

 

##

 

暫く探索を続けたが、他の原生生物と遭遇する事はなかった。

主にバルクが全身に浴びた返り血のせいだろう。強すぎる死臭が警告となって寄せ付けないのだ。これはこれで無益な戦闘を回避できるから願ってもいない。

しかし問題なのは、この調子で探索を続けていても、目的のロックベアも警戒して出てこないのではないだろうか。

それでは任務を達成できない。考えた二人は、取り敢えず鬱蒼と木々が茂る森林から出て、見晴らしの良い川縁に出た。低地に流れる川で装甲表面を洗浄して少しでも死臭を紛らわす為だ。

インストールされている、ナベリウスの地形データを頼りに川を目指す。目的地は目と鼻の先だ。キャストの足なら数分でつく距離だろう。

 足元に転がる岩が増え、やがて細かな砂利が混じるようになってきた。周囲に観察できる植生も豊富な水源に見られるものとなり、ギアーズの周囲を飛び回る昆虫は清流でしか観察できない細い体に繊細な翅を持つ種類だ。角度によって鮮やかに色を変える硝子細工のような翅は宝石のように美しい―あのような塗装を施すとしたら、どんな塗料が必要なのだろうか、と思わず目を奪われた。

 そうして動植物を観察しながら歩いていると、やがてゴツゴツとした小高い岩場が目の前に現れたが、キャストのブースターを併用した跳躍ならひとっ飛びで越せる程度だ。これを越えれば目的地はすぐだ。聴覚センサーにも水のせせらぎが確認できる。

ギアーズは脚部のホバー機構にエネルギーを回し、一気に跳躍しようとした。

 

「待て。反応が三つある…」

 

そこをバルクが制した。言われた通り、ギアーズもレーダースクリーンに注目した。

反応が確かに三つある。しかし、表示されている光点は青であり、同じアークスである事を示していた。敵味方識別装置(IFF)により、それは間違いのない情報だ。

 

「どうしたんだい? 同じ修了試験中のアークスじゃないのかな?」

 

「静かにしろよ…ここからは秘匿通信と、ステルスモードで行動だ。ついでに敵味方識別装置(IFF)もオフラインにしろ」

 

「なんで?」

 

「いいからそうしろ。すぐにわかる」

 

釈然としないまま、ギアーズは言われた通り、機体熱量や駆動音を極限まで抑えるステルスモードに切り換え、敵味方識別装置(IFF)もオフラインにした。

バルクは、ストレージから何かを実体化させた。

 

「なんでマグなんか持ってるの? 僕たちにマグの所持認可はまだ…」

 

マグは、アークスを戦闘面で支援する高度な小型機械生命体だ。機密の塊でもある為、ある程度の経験を積んだアークスでなければ所持ライセンスが発行されない。尤も、修了試験をクリアしたアークスならば誰でも許可される程度の簡単な条件だが、二人ともまさにその試験の最中であるので、本来ならば所持を許されていない。

 

「世の中には抜け道がいくつもあるんだよ。こいつはプロダクトコードを洗浄(ロンダリング)した代物だが、それ故に機能は最低限しかない。まぁ、偵察用無人機(UAV)代わり程度の使い道しかないが、それで充分だ」

 

バルクは掌にすっぽりと収まる、自立型AIを搭載した丸い形状の愛らしい機械生命体を優しく撫でた。マグは電子音声の鳴き声をあげ、主人の愛撫に小さな体を震わせて応えた。

「よしよし。マグ太郎、これが終わったらお前の大好きなフードデバイスを沢山やるからな」

 

バルクは何事か手元のマグに指示を下した。マグは、了解の意味を込めて短く鳴くと、ふわふわと宙に浮き、忽ち周囲の風景に溶け込むように姿を消した。

 

「光学迷彩まで…僕らにはまだ使用が許可されていない装備じゃないか」

 

「言ったろう? 世の中には抜け道がいくつもあるってな」

 

バルクは大袈裟に肩を竦めて見せると、ギアーズと視界を同期(リンク)させた。

ギアーズの視界の片隅に、マグからの映像が投影されたウィンドウが表示された。丁度、二人を頭上から俯瞰しているようだ。自分の頭頂部を第三者の視点から見るのは奇妙な感覚だった。

マグは音もなく移動を開始した。映像もそれに合わせて切り替わる-目の前の岩場を超え、その先にある低地を流れる清流を目指して滑るように宙を進む。

二人が目指していた川は、まさに目と鼻の先だった。わざわざバルクがマグを偵察に出した意味を訝しみながらギアーズはウィンドウに注目する-直ぐに彼の真意が理解できた。

マグの視界に白いものが映った---いや、白ばかりではない。褐色や、青白いのもある。

一体あれは何だ、とギアーズがそれらに意識を向けた途端、ぼんやりとした色彩たちは輪郭を備え、実像を形成した。

それは裸の、若い女性達だった。色白のニューマン、褐色のヒューマン、青白いデューマンと揃いも揃って弾けるように瑞々しい肉体の持ち主達である。

彼女たちは一糸纏わぬ姿で水遊びに興じていた。装備は恐らく、圧縮情報化して脳内インプラント内に収納しているのだろう。

ギアーズは、突然の光景に絶句した。

  先程まで自分達は原生生物を血祭りに上げ、噎せ返るような血臭に塗れているというのに。何故に彼女たちは、今、このナベリウスの原生林で無防備な姿でいられるのか理解出来なかった。

 

「あ、あの人達は一体…」

 

「俺たちよりもベテランのお姉様方だろうな。あの姉ちゃん達にとって此処は大した脅威がないんだろう。だからああしてムチムチ、バインバインと呑気にキャッキャウフフ出来るのさ。それに見ろ」

 

バルクがウィンドウ内の映像にマーキングした。少し離れた場所でマグが浮遊し、主人達にいつでも警告を発せるように目を光らせていた。

 

「マグだって配置してある。いざとなったら戦闘準備はすぐ整えられる…それにしてもやっぱ生の映像はたまんねえな、オイ」

 

  マグは嘗めるように彼女たちの、艶めかしい肢体を撮影し続けている。

  揃いも揃って見事な身体つきという他なかった。アークスである以上、肉体の鍛錬は必要不可欠である為か、すらりとしていて無駄な贅肉が彼女達にはない。しかし、女性らしく丸みを帯びており、出ているところは出ているのだ。

 

「おっと。俺はこのおねーちゃんがタイプだな。色白でむちむち。いいねえ、たまらんねえ」

  

  秘匿通信で感嘆の吐息を漏らすバルクは、まるで好色な中年男性のそれである。

  マグは、そのバルクの好みのニューマン女性を中心に映している―彼女の腰の辺りまである蜂蜜色の髪は緩やかに波打ち、陽光を受けて殊更に輝いて見えた。

  その女性は三人の中では一番、肉感的だった。胸は殊更に豊満だが腰回りはしゅっと括れ、何とも言えない柔らかさを備えていそうな下腹部、肉付きの良い臀部から伸びる太腿は眩しいばかりに白くむっちりとしている。雰囲気も柔らかく、おっとりと優し気な顔立ちはギアーズの好みでもある。

 

「こっちのヒューマンのおねーちゃんも捨てがたい。恐らくファイターかもしれねえなぁ」

 

  次に映し出されたのは、褐色の肌を持つヒューマン女性だ。

  バルクの言葉通り、彼女が纏う雰囲気は前衛職に多い活発としたものであり、肩の辺りで整えられた黒髪と相まってまるで女戦士然とした端正な顔立ちである。くっきりとした鎖骨、変声前の少年のような背中、うっすらと割れた腹筋、すらりと長い手足はよく鍛え込まれ、運動量に秀でているのだろうが、やはり女性らしく胸と臀部は豊かだ。特に臀部については、羚羊のようにしなやかに鍛えられた筋肉の上に適度な脂肪がついているという、思わずふるいつきたくなるような造形をしている。

 

「このデューマンのおねーちゃんは絶対ドSだぜ。秘密のサド先生シリーズを全部観たから間違いない」

 

最後は、青白いデューマン女性だ。

 成程、確かに、彼女は少々冷淡な印象を受ける容姿をしているとギアーズも素直に同意した。背中まで真っ直ぐに伸びる白銀の髪、額から突き出た黒曜石のような短い角、切れ長で涼やかな目元、白桃色の薄い唇はやや酷薄そうな性格を現しているのかもしれない。デューマンに多く見られる青白い肌は彫刻のように滑らかであり、他の二人と比べると全体的に肉付きは薄く、仄かに肋骨のラインが浮き出て見え、それがパセティックな色気を醸し出している。種族特有の紋様に縁取られたヒップは、未成熟な少女のように控え目だが、そこから伸びる脚は驚くほど洗練されていて、太腿はギアーズの前腕部よりも細いだろう。

 三者三様の美女の映像を観賞している内に、なんだか先程までの殺伐とした気持ちは形を潜めていた。美しい清流で水浴びに興じる異性の姿が、まさかこれほどまでに心を穏やかにするものだとは思わなかった―ギアーズは、戦場で男が女を求める心情が理解できたような気がした。

 

「まぁ、思わぬ眼福なのは認めるけどさ…」

 

  視界内に送信され続ける美女の映像に心を奪われつつ、ギアーズはバルクに向き直った。

 

「当初の目的はどうするのさ? 僕らがこうしているのも逐次モニターされてるだろうし、このままじっとしている訳にもいかないんじゃないの?」

 

  当初の目的は、装甲にこびりついた血肉を落とすというものだったが、このまま映像観賞をしている訳にもいくまい。やましい気持ちは忽ち霧散し、普段の真面目なギアーズに戻り、些か親友の行動に腹立たしくなってきた。

 

「それな。勿論、分かってるさ。でもよ、ここでノコノコ出て行ったら空気読めねえし、そもそも俺たちは下手すりゃ覗き魔だ。このままじっとしているしかねえだろう?」

 

  そう答えるバルクの声は心なしか弾んでいる。

  ギアーズは助平な親友に半ば呆れ果てたが、かといって劇的な良案が思い浮かぶ訳でもない。

  暫し瞑想した後、ふと、その場に屈み、足元に生えている草を束にして毟り取り、立ち上がった。

  そして、無言で手にした草束でバルクの装甲表面を擦り始めた。

 

「おいおい。何するんだ?」

 

  ギアーズの突然の行動に、バルクは咄嗟にその手を掴んで制止させた。小さな事を気にする性質ではないが、流石に装甲に草汁やら泥を着けられればバルクと雖も気分を害される。

 

「水場が使えないなら、こうやって少しでも血肉を落とすしかないだろ? それに、水浴びするより草の汁や土で臭いが紛れるかもしれないし」

 

  バルクの手を払い、彼に構わず血肉をこそぎ落すのを再開する。

 

「やめろって。おい、やめろよ、ちょ、待て、待てったら!」

 

  再び自分の装甲を草束で擦るギアーズの手を掴み、秘匿通信で会話しているとはいえ、バルクは声を荒げる。

ギアーズの腕を掴む彼の手には先程よりも力が込められており、装甲が僅かに軋みを上げた。

 

「だったらどうするのさ? 彼女達を鑑賞するのも良いけど、僕達には任務があるのを忘れていないかい?」

 

腕を掴むバルクの手を、ギアーズは少し乱暴に振り払い、草束を握る手を改めて彼に向かって伸ばす。

 

「だあぁぁもう、お前はせっかちだな! あのねーちゃん達がいなくなってからでも問題ないだろうが!」

 

伸ばされた手をかわし、バルクは後ろに数歩下がってギアーズと距離を開けた。

先程まで無い鼻の下を伸ばしながらいかがわしい映像を共有していた仲が、今は一触即発の剣呑な雰囲気となっていた。

 

「それじゃ遅いから僕はこうして言っているんじゃないか! だいたい、覗きなんて真似は良くないよ!」

 

「うるせえ! こいつは偶然だろうが! それに俺は覗く為にマグを出したんじゃねえ! あくまで偵察の為だ!」

 

「なんで敵味方識別装置(IFF)まで切る必要があったのさ!?」

 

「同じアークスでも試験中はライバルだ! ライバルと無闇に接触しない為だ!」

 

「それは詭弁だろう?! そもそも、こんなところに来てまで君のスケベっぷりには呆れるよ!」

 

「なんだとこの野郎! てめえみてえなむっつり野郎こそ俺は鼻持ちならねえんだ! 男がエロくて何が悪い!? 堂々とスケべが好きだと言いやがれってんだ!」

 

「時と場所を弁えるべきは君だろう! こんな時にまでそんな事にうつつを抜かして! 覚悟がどうとか偉そうに言える立場なのかい!?」

 

「てめえこそウーダンの数匹を撃ったぐらいで落ち込みやがって! おめえみたいな軟弱むっつりキャストがアークスだなんて嗤わせるな!」

 

「言ったなこのどスケベ脳筋キャスト!」

 

「言ったぞこのむっつり軟弱キャスト!」

 

もはや秘匿通信ではなく、大声での応酬となり、それぞれの武器に手を伸ばすほど理性を失ってはいないが、互いに徒手空拳で構え合った。

 

「よっしゃもう我慢ならねえ! 行くぞこの野郎!」

 

「口が先ぐらいなら掛かって来ればいいだろう!」

 

言うや否や、ギアーズはノーモーションで鋭い前蹴りを放った。おまけに脚部のホバー機構を連動させて加速している。高出力の人工筋肉と厚く重たい装甲を纏った一撃は、生身であれば全身を砕ける威力があるだろう。

しかし、バルクの腹部装甲を狙った蹴りは、彼の盾のように厚い右腕部装甲に阻まれた。鋼鉄のぶつかり合う、鈍く重い衝撃音が清涼な空気の中に響いた。

 

「っ! てめえやりやがったな!」

 

防御は完璧だが、流石の重量級のコロッサスシリーズと雖もその凄まじい衝撃には足が地面から浮き、後方に数メートル程吹き飛ばされる。

態勢を大きく崩さぬよう、バルクはホバー噴射により吹き飛ばされる勢いを相殺し、更にその場で氷上の舞踏家のように回転し忽ち後方への慣性をゼロにする。

 

「もう許さねえぞおい!」

 

バルクは、両脚を肩幅程度に開いて腰を深く落とし、片手を地面に着いた。その構えはまるで相撲、若しくはセットポジションについたフットボールプレイヤーのようだ。

構えた瞬間に、既に脚部のホバー機構へは充分なエネルギーが回され、人工筋肉もバネのように力を蓄えていた。

 

「どっせい!!」

 

気合いの一声と共に力が解放される。爆発的な脚力は地面を大きく抉り、大重量のキャストの機体を前進させ、尚且つ最大出力で噴射される脚部スラスターが生み出す推力と相まって、バルクの巨体が弾丸の如き速度で地を這うように射出された。

 

「ぬぁぁ!?」

 

流石にこの一撃は正面から受け止められないとギアーズは判断していたが、予想以上に勢いが鋭く、回避が間に合わなかった。

バルクは右腕でその腰にがっぷりと組み付き、更に左手は右脚を抱え込んでいたので、ギアーズは左脚一本という不安定な姿勢へと追い込まれては強烈なタックルに対して為す術がなかった。

二人のキャストは組み合ったまま一つの鉄塊となって凄まじい勢いで転がり、身を隠していた岩場を容易く砕いて反対側に突き抜けてもなお威力は衰えなかった。

 

「「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」

 

組みつかれたギアーズは兎も角、バルクも自身が放った一撃が予想以上に凄まじかったので、転がりながら思わず頓狂な悲鳴を上げていた。

河原の砂利を散弾のように跳ね飛ばし、清水が緩やかに流れる川に飛沫を上げながら突入してもまだ回転運動は止まらない。

そもそも二人合わせて1トンを超す重量なのだ。普段は重力制御により地面に掛かる負荷を軽減しているとはいえ、単純な重さが変わっても質量までは変わらない。

漸く勢いが衰えたのは、川の深みに到達してからだった。回転運動が水の抵抗を受けて緩やかになり、そうして組み合ったまま二人は川底へと沈み、どちらともなく離れた。

二人は川底に立ち、互いに顔を見合わせた。周囲は流木が沈み、丈のある水草が揺らめき、川魚の群れが泳いでいる−−冷たく澄み切った水がそうさせたのか、もはや両者に闘志はなく、互いに首を横に振り、取り敢えず川辺へと歩を向けた。水中で取っ組み合う訳にもいかないだろう、という気持ちが互いにあったし、些事を理由に争い続けるのも馬鹿らしくなってしまった。

深みは水流が激しかったが、頑健なキャストだから物ともせず、のしのしと岩の転がる川底を歩き、やがて浅瀬へと至ると頭部が水面から出た。

 

「? どうしたの?」

 

しかし、前を歩くバルクが急に立ち止まると、慌ててこちらを振り向き、また深みへ戻ろうとする。

訝しんだギアーズは咄嗟に彼の腕を掴んだ。

 

「一体どうしたのさ?」

 

「やべえ、早く戻れ! いや、急いで水から出るべきか!? どっちにしてもやべえ!」

 

しどろもどろの彼の言動は要領を得ないが、川辺を見たギアーズは状況を一瞬で理解した。

そこには、果たして三人の女性がいた。言わずもがな、先程まで水浴びに興じていた美女たちである。

しかしその装いは一糸纏わぬ妖精のような姿から一変して、アークスの技術の粋を集めた戦闘装備に身を固め、それぞれの手に携えた武装から物々しい雰囲気を察した。

それぞれが、フィーリングローブ、ネイバークォーツ、エーデルゼリンといった各種族や職種に適したコスチュームに身を包んでいる−−フィーリングローブを身に纏うニューマン女性が手にする、法撃職の主武装であるロッドが、自動的に視覚補正されて鮮明に見えた。

彼女が手にするロッドに大気中のフォトンが、肉眼ではっきりと見えるほど収束されている。眩いばかりの煌めきが、フォトンの高まりとなって現れているのだ。

あれはマズイ−−警告音が脳内で鳴り響き、頭上にフォトンによる電位の急激な上昇を感知した。

刹那、鼓膜を破らんばかりの轟音と共に、フォトンの雷光が二人を包んだ。

 

「「アバーーーッ!?」」

 

電子回路が焼き切れるのではないかという電撃に、二人は叫び、硬直するしかなかった。そして瞬時に発生した電気抵抗により、自然界の電撃に対してならば絶縁機能のあるPOM装甲が赤く熱せら、二人の周囲の水が沸騰し泡立つ。

 

「アバ、アババババ…」

 

暴走する電気信号により、ギアーズの人工声帯から意思とは関係なく声が漏れる。ノイズ混じりの視界は、変わらず川辺の二人の女性を捉えていた。

二人? 二人だっけ?−−混濁した意識の中に生まれた微かな疑問は、この後に起こる出来事からすれば瑣末なものだと、ギアーズは後から思い返す事になると知った。

不意に鋭い風切り音が聞こえ、何かが目の前の水面に垂直に近い角度で突入したかと思えば、次の瞬間、足元から強烈な爆発が発生していた。

 

「「グワーーーーッ!?」」

 

フルサイズフレームの重厚なキャストボディが、水柱と共に空高く吹き上げられる。宙を舞いながら、ギアーズは爆発の要因がなんであるかを目にした。

エーデルゼリンに身を包んだデューマン女性が、二人よりも高空でバレットボウを構えていた。放った矢が、恐らく爆発する弾頭を備えたシャープボマーだったのだろう。

二人はそのまま、川辺へと向かって錐揉みしながら落下していく。もはや彼らに抗う術はない。

待ち構えているのはネイバークォーツ姿のヒューマン女性だろう、と諦めにも似た境地でギアーズは予想した。

まさしくその通りであり、ナックルを両手に装備した彼女は、フォトンを込めた拳を固く握り締め、両脚を踏ん張るように開いたスタンスで上半身を大きく後方に捻って待ち構えている。

二人は、寸分違わず彼女の目の前に落下した。が、地面に到達する前に、限界まで引き絞られ放たれた弓矢の如くの一撃をギアーズは左脇腹に、返す刀でバルクは右脇腹に受けた。

真っ直ぐに落下する筈だった運動が、横方向からの衝撃によってベクトルを強引に変更され、彼らの巨体は弾丸ライナーのような低軌道を描いて吹っ飛ばされた。

直後、ギアーズは岩場を砕きながら、バルクは樹齢を重ねた巨木を薙ぎ倒しながら転がり、漸く止まった頃には川辺からかなり離れた位置にいた。

ギアーズは、ノイズ混じりの視界で空を見上げながら、やはり覗きなどするものではないと後悔し、同時にこんな調子で試験を無事に終える事が出来るのかと悩んだが、そこで彼の意識はプッツリと途切れた。

 




キャラ紹介

〝キャラハン〟
キャストのベテランアークス。
ど派手なガンメタリックレッドに塗装したシェリフシリーズが特徴。
軟派な性格であり、女性と見れば種族を問わず声をかける。
元々は警官であったが、ある理由によりアークスとなる。
ツインマシンガンの使い手であり、ヤスミノコフ8000Cを愛用している。

〝サージ〟
キャストのベテランアークス。
渋いオリーブドラブに塗装したディスタシリーズが特徴。
ぶっきらぼうな性格であり、キャラハンとは対照的に寡黙。
元々は軍人だったが、ある理由によりアークスとなる。
ランチャーの使い手であり、ヤスミノコフ4000Fを愛用している。

以下、登場しているが名前が作中で明かされていないキャラ

〝レファーニュ〟
ニューマンの女性。
ギアーズらよりも先輩だが、キャラハンらよりは下の世代。
おっとりと優しげな顔立ちと緩やかに波打つ蜂蜜色の髪が特徴。
肉感的な身体の持ち主であり、バルク曰くかなり好み。
容姿通りの性格だが、他の二人を束ねるリーダーとしての資質を備える芯の強さもある。
フォースであり、サテライトライザーを愛用している。

〝フランシスカ〟
ヒューマンの女性。
ギアーズらよりも先輩だが、キャラハンらよりも下の世代。
凛々しい顔立ちと短く整えた黒髪、褐色の肌が特徴。
アスリートのようにしなやかに鍛え上げられた肢体の持ち主。
容姿通りサバサバとした性格の姉御肌だが、レファーニュには頭が上がらない。
ファイターであり、ヘブルパニッシャーを愛用している。

〝トモエ〟
デューマンの女性。
ギアーズらよりも先輩だが、キャラハンらよりも下の世代。
涼しげな顔立ちと白銀の髪、黒曜石のような短い角、青と赤の瞳が特徴。
他の二人に比べると全体的に肉付きが薄いが、少女のように控え目なヒップから伸びる脚はすらりと長い。
バルクの評価通り、少々口数が少なく冷淡に見受けられるが、仲間や友の為に静かに闘志を燃やすタイプ。
バレットボウをメインにしたブレイバーであり、ハクミナリを愛用している。


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