ジャパリパークのかじやさん (Kamadouma)
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しゃくねつのやいば のおはなし
しゃくねつのやいば


うっそうと茂る草木に紛れる洞穴は、今日も暖かい光で照らされています。大雨で薄暗くなった森林では特に目立つ場所です。

 

洞窟が明るい?変だと思いませんか?

 

 

 

…この中には“火”を自ら扱うフレンズがいるのです。

 

 

 

「…しばらくは外に出られないな」

 

 

 

朽ちた木や葉をくべてたき火を眺めるこのフレンズは、鐘が鳴るような無機質ながら荘厳な声でひとりごちました。

 

赤い作業着の上に、濃紺のベストとサポーター、それに青いゴーグル。伸ばした青い髪はまるで目の前の炎のように後ろに逆立っています。長い尻尾は先が硬く尖っていて、地面を擦るたびに火花を散らしています。

 

そして目を引くのが、背中に負った背丈ほどある大きな剣。よく磨かれているのか、火の光を青く反射させています。

 

 

 

「…誰もここに雨宿りに来なければいいが…」

 

 

 

本来野生の生き物は火には近寄りませんから、他に雨宿りしたいものがいても断念するしかありません。この子を力ずくで追い出して火を消すことも考えられますが。

 

そんなことはなるべく避けたいこのフレンズは、誰もこないことを願いつつ雨で濡れた身体を暖めます。

 

 

 

「…止むまで寝ようか」

 

 

 

遠くで雷が鳴って、ため息を付きました。それと同時に火の粉が口から吹き出ます。

 

たき火の隣に身体を倒してまぶたを閉じると、この身体になる前に見た景色が思い出されます。

 

最後に見たのは…“ヒト”のすみか、でした。身体に毒を盛られて身動きが取れない中運ばれて…。

 

そこで見たのは、石と木で作られた風雨をしのぐすみかと、色とりどりの食べ物が並ぶ塚と、火で“何か”を作る場所。

 

今考えてもその意味はわかりませんが、わかったのはそこにすむヒトは、とても幸せそうだったということです。

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

「おい、起きろ!セルリアンがそこまで来てるぞ!」

 

「……?」

 

 

 

身体を揺すられて目が覚めました。火はまだ消えておらず、あまり時間は経っていないようです。

 

そしてゴーグルのフレンズを起こしたのは…。

 

 

 

「…あなたは?」

 

「セルリアンハンターのヒグマだ。…お前、見かけない顔だな」

 

「ああ、この姿になったのもつい最近だ。…というか、虫以外の生き物と出くわすのは初めてだ」

 

 

 

黒い髪のフレンズ、ヒグマは少し怪しむ顔をしましたが、ゴーグルが割と落ち着いた性格だとわかると警戒を解きます。

 

一方ゴーグルのフレンズは、同じ種類の生き物以外で意志疎通が取れることに少し驚きましたが、ヒトの姿になったのなら当然かと納得もしました。なにしろ、自分を狩った“ヒト”なのだから。

 

 

 

「そうだったのか。こんなしんりんちほーの奥地にいたら、誰にも会わないだろうしな」

 

「…その方が好都合だ。武器を研いでいる間は誰にも会いたくない」

 

「へー、なかなかすごい武器を持ってるじゃないか。お前、戦えるのか?」

 

「外敵がいるなら」

 

 

 

ヒグマの視線は背中の剣に注がれます。元の動物はどんなものか。こんな立派な武器を持っているならどれだけ強いのか。

 

 

 

「ああ、外敵ならもう来てるぞ。セルリアンがな」

 

「…なんだそれは」

 

「フレンズを襲う謎のやつらさ」

 

「フレンズ?…ああ、ヒトの形になったやつのことか」

 

「そう。そいつらからフレンズを守って退治するのがハンターってわけ」

 

「………………」

 

 

 

ゴーグルのフレンズはいぶかしげな顔をしましたが、同時に納得もしました。ヒトの姿になったのなら、“ヒト”と同じ行動をとるのも当然かと。

 

仲間のために外敵を狩る者。それは皮肉にもこのフレンズを終わらせた者と同じ名前を持つのでした。

 

 

 

「…おしゃべりはここまでだ。もうそこにやつらがいる」

 

「退路はすでにないな。なら斬り倒すまで」

 

 

 

ゴーグルのフレンズは腰を上げて背中の剣を引き抜きました。刃を地面に置いて走り出します。火花と金属音を上げて地面を刻むと、刃は熱を取り込んで赤熱していきました。

 

その異質な音にヒグマはびっくりしましたが、ただのフレンズを一人で戦わせるのは筋が通らないのであとを追います。

 

 

 

「本当に戦う気なんだな」

 

「あの森で私の縄張りにのさばるやつなんて、腹ペコのあいつと金色の猿くらいだ。それ以外は全部倒してきた」

 

「…暴れ者なのか、お前」

 

「昔は。今は山火事を起こさないように気を遣う小心者だ」

 

 

 

刃全体に熱が回ったところで剣を肩に担いで、外敵の気配を探ります。雨粒が剣をうつとジュウジュウと音を鳴らして湯気を立てました。これだけでも威嚇に見えてしまうものです。

 

ヒグマも手にもった熊手のような武器を構えて視線を辺りに配ります。雨のせいで匂いや音で察知するのは難しいので、ひたすら目を凝らしてセルリアンの姿を探します。

 

 

 

「…そのセルリアンとかいうのはどんな見た目だ?」

 

「種類はたくさんあるが…自然にはほとんど見られない極彩色の丸いやつだ。移動速度からしてもうこの辺りに来てると思うが」

 

「少し準備をしよう。下がれ」

 

「えっ?」

 

 

 

ゴーグルのフレンズは剣を担いだまま高く飛び上がって、前方の大木にけさ斬りをしました。まるで竹を割るように簡単に両断したかと思うと、さらに隣の木に飛びかかって胴抜き。これも一撃で両断します。

 

とんでもない切れ味の剣と、それを扱うゴーグルの技と身体能力。あっという間に前方は切り株だらけになって、視界が開けました。

 

 

 

「…あそこの石はいいな。熱の蓄積と堅さがいいバランスだ。もう少し刷り込んでおこうか」

 

「な、何したんだお前…」

 

「戦いやすいように木を切って広くした。ここで迎え撃ったほうが探すより楽だろう」

 

「…なるほどそうか。でも、この奥地以外ではやるなよ?他のやつらのすみかも壊してしまうからな」

 

「…心得た」

 

 

 

ゴーグルの戦術の斬新さに感心しつつも、パークの環境を破壊する危険性があるとヒグマは諭しました。それでも彼女が十分に戦えるフレンズであると知って、少し嬉しくなります。

 

 

 

「ところでお前、なんて言うんだ?」

 

「…知らないな。ヒトのことは知ってても、自分がヒトになんて呼ばれてたかなんて知らない」

 

「…ヘビ、でもないし…羽はないし…。…元はどんな動物だったんだ?お前の仲間はどんなやつに似てた?」

 

「…二つの足で走り回って、手はこんなに立派なものじゃなくて…この剣みたいな尻尾があって、…火を身体の中で燃やしてたな。…わかりそうか?」

 

 

 

武器を構えて警戒しながらも、リラックスしながら話しています。お互いに何か通じるものがあったのでしょうか。

 

ゴーグルの正体を考えているヒグマでしたが、途中で結論を出すのをあきらめたようで首を振りました。

 

 

 

「ダメだわからん。その“火”なんてものは今日初めて見たしな」

 

「…あなたは火を怖れないのか?」

 

「別に。洞穴に寄ったのだって、もしかしたら誰か逃げ遅れたやつがいるかもと思っただけだし。そしたら案の定お前がいた」

 

「逃げていたところだったか。…なんだか付き合わせてすまないな」

 

「いいや、仲間と合流して倒す手はずだったんだ。…まあ、頼りになりそうなやつが一緒にいるなら問題ないさ」

 

「あまり頼りにするなよ。加減がわからないからあなたまで巻き込んでしまうかもしれない」

 

「わかってるよ。…さあ、やつらのお出ましだ」

 

 

 

ヒグマの視線の先には、暗い森に溶け込まないどぎつい緑の動体が複数。彼女たちより少し小さいくらいの大きさです。正面には目玉のような板状のものがあり、一つ目の化け物を連想させます。

 

異形の相手に少し嫌悪感を感じながらも、ゴーグルはジリジリと歩いて距離を詰めて出方を伺いました。同時に身体の中の燃えるすすを喉元にためて吐き出す準備をします。

 

 

 

「…6、か。群れで戦う生き物なのだな」

 

 

 

最後尾の個体がゴーグルの跳躍力で届く範囲に来ると、彼女は軽やかに飛び上がりました。落下の勢いを殺さず剣を振り降ろすと、最後尾のセルリアンは真っ二つになります。

 

 

 

「…手応えがないな。骨を断った感覚がない」

 

「セルリアンの弱点は“いし”だ!そこを狙わないと倒せない!」

 

 

 

ヒグマは正面から突っ込んで、最前列のセルリアンのいしを熊手でヒットしました。そこから亀裂が走ってセルリアンはキューブ状に砕けます。

 

一方のゴーグルは反転してきた他のセルリアンを剣で薙ぎ払います。浅い一撃でしたが、セルリアンの目玉に横一文字の傷を入れました。

 

 

 

「いし…これか?」

 

 

 

真っ二つになったセルリアンの片割れに、こぶになった部分を見つけました。先ほどヒグマが叩いたものと同じです。

 

ゴーグルは剣を持っていない方の手でそのこぶを握りつぶしました。まるで牙のように尖った硬いグリップがついたグローブで握られれば、鉄の鉱石だって粉々です。セルリアンも身体ごと分解しました。

 

 

 

「そうだ、それだ!その調子だ!」

 

「…性にあわないな。剣で斬ってこその戦いだ」

 

 

 

ヒグマは迫るセルリアンをものともせずその場で押し止めます。数の差があるので隙を出さないようにして、いしをチャンスをうかがっているようです。

 

握りつぶしたものの質感をパラパラとほろって確かめるゴーグル。しかし、そこに目玉を潰したセルリアンが襲いかかります。

 

 

 

「!!危ない!!」

 

「!!」

 

 

 

頭上に迫るセルリアン。青いゴーグルに緑の影が映り込みます。

 

剣は間に合わない。拳も追い付かない。ヒグマの援護も届かない。絶体絶命です。

 

ですが、ゴーグルは不敵に笑います。そして、口角からは火の粉が舞い上がります。

 

 

 

「すぅーっ、ばぁっ!」

 

 

 

大きく息を吹き出すと、身体に溜まったマグマのように燃えるすすが口から飛び出します。剣と同じく赤熱したそれは弾丸のように飛翔して、セルリアンに向かって光の直線を描きました。

 

 

 

ばかーん!

 

 

 

傷のついたセルリアンは爆炎に包まれ、跡形も無く消え去りました。その爆発がいしごとセルリアンを砕いたようです。

 

 

 

「…あまりこれは使いたくないんだがな。雨が降ってなければ火事になってしまう」

 

「大丈夫!?…ほんと、お前は得体がしれないな」

 

 

 

目の前の現実離れした光景に驚いてばかりのヒグマですが、彼女が無事なのを知って安堵しました。言葉は荒いですが、不器用なりにも心配しているのです。

 

ゴーグルは一歩後退して剣を脇に構えてます。牙のついたグローブで強く刃を握って引き抜くと、また熱を帯びて鋭くなりました。

 

 

 

「ヒグマ、三歩下がってくれ。巻き込んでしまう」

 

「あ、ああ」

 

 

 

ゴーグルの彼女が自分より強い生き物だったと何となくわかったヒグマは、大人しく彼女の指示に従います。強さとは他者を傷つけるレベルの高さでもあるのだから。

 

切っ先まできっちり研いで手から刃が離れると、剣はゴーグルのフレンズを軸にして一回転します。ヒグマには、その熱っぽく光る刃の軌道が空に円を描くように見えました。それを、なぜかきれいだと思いました。

 

刃に捉えられたセルリアンは一匹残らず真っ二つになります。

 

 

 

「…さて、後始末だ」

 

「…お前、さいきょーだな。敵を挟み撃ちにする手際も見事だったし、単純な強さも十分。おまけに火も吹けるって…」

 

「でも、負けたんだ。…力を合わせたヒト、に」

 

 

 

あとはいしをチマチマと潰す作業なので、肩の力を抜いて言葉を交わします。

 

最後の一つをヒグマが砕くと、ゴーグルのフレンズは彼女とすれ違って背中を向けます。

 

 

 

「…じゃあ、これで。しばらくはここで剣を研いでるけど、本当は雨の降らない場所がいい。近々移動するから、それまでここには誰にもいなかったことにしてくれるか」

 

「待てよ。お前、自分の正体が気にならないのかよ」

 

「知る由もないだろう」

 

「いいや、ヒトが残したものならある。としょかんにはフレンズのことが記されたものがあるんだ」

 

 

 

ゴーグルのフレンズは足を止めました。振り向かずそのまま言葉を続けます。

 

 

 

「記す…?…ヒトが残したものを、私たちが読み解けるのか?」

 

「それくらい頭のいいフレンズもいるってことさ。…それに、お前もなんだか頭が良さそうだ」

 

「褒めても出るのは火くらいだぞ?」

 

「ああそれが欲しいね。お前、一緒にハンターやらないか?他の仲間と一緒にこのジャパリパークでの生き方を教えてやるよ」

 

 

 

少し考え込んだ様子でしたが、背中の剣から熱が引いた所で返事をしました。

 

 

 

「考えておく」

 

「そうか。いい返事を待ってるよ」

 

 

 

背中を向けたまま手を振って来た道を戻ります。身体が雨でまた冷えてしまったので、早く暖め直したいところですし自然と歩みが早まります。

 

 

 

「としょかんはこのしんりんちほーの真ん中だ。そこで博士に教えてもらうといい」

 

「ありがとうヒグマ。また会おう」

 

 

 

ゴーグルのフレンズはそう言って、走って洞窟へ戻っていきました。

 











[竜盤目ディノバルド科]

ディノバルド

Glavenus


砂漠や火山、深層林に棲む獣竜種の一つで、まるで剣のように研ぎ澄まされた尻尾と、それを身体の中で生成した炎で熱して殺傷力を高めることから〈灼熱の刃〉だとか〈斬竜〉だとか呼ばれてますね。尻尾の手入れもぬかりなくて、なんと自分の牙で研いじゃうんですよ。そして一番のチャームポイントは、尻尾と研ぐ時に火の粉が目に入らないようにとせり出した顔の甲殻ですね!あんないかつい顔して目にごみが入るのが怖いお茶目さんなんですよー!

われらのだん そふぃあおねえさん


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たすけあうということ

一晩明けると、雨雲は去って木漏れ日が木々に彩りを与える風景が広がります。誰もいない穏やかな朝の森を、ゴーグルのフレンズは白いまんじゅうを片手に散歩しています。

 

前の姿なら食事は獲物をとったその場で済ましてしまいますが、かつて見たヒトがやっていたように歩きながら食事をとってみたようです。

 

 

 

「…なるほどな。石探しに熱中したい時とかにいいかもな」

 

 

 

火で少しだけ炙ると、このじゃぱりまんは味が変わります。味覚が発達したヒトならではの楽しみ方をやってみて、ゴーグルは少しうれしくなってきました。

 

ヒトの特徴を持って生きているなら、その特徴を精一杯使わないと。そう思うと頭が冴えて何でもやってみたくなります。

 

 

 

「よし、としょかんとやらに行ってみようか」

 

 

 

自分の正体も気になるし、ヒトが残した何かが自分の役に立つかもしれないと考えるとやはり行っておくべきでしょう。例えば、背中の剣をもっと鋭くしなやかにする方法だとか、雨に濡れないようにする方法だとか。そんな知恵を求めてゴーグルは森の中を闊歩します。

 

 

 

「…しかしまあ、本当になにもいないな」

 

 

 

すみかにしている洞窟の近くに、なぜかこのまんじゅうが毎朝置かれているので食料には困っていないのですが。こんなに生き物がいないのは少し不自然に感じられます。

 

木の上の方まで気配を探りながら歩いて、気付けば小さな湖まで来ていました。この先から中心部につながります。

 

 

 

「……水回りは避けよう。突き落とされたら大変だ」

 

 

 

ゴーグルのフレンズの体温は普通の動物に比べてものすごく高くて寒さにも対応しますが、水をかぶると急激に冷えて動けなくなってしまいます。雨の中で長時間活動するとその場で震えるしかなくなります。

 

熱を持った剣を水につけて冷しただけで、ゴーグルはそのまま踵を返しました。

 

しかし、何かが近付く足音がして剣の柄に手をかけます。

 

 

 

「すみませんっ!ちょっと、手をっ、貸してくださいっ…!」

 

「…何者だ」

 

 

 

その何者かは横から来るようです。すでに臨戦態勢に入っているのでいつでも剣を引き抜けます。

 

しかし息を切らせてやってきたのはフレンズらしく、声色からして戦いにきたわけではないようです。

 

 

 

「わ、私はキンシコウ。ハンターですっ…。湖で漂流しているフレンズがいたので助けようと思ったのですがっ…」

 

「…だが?」

 

「湖がなんだかバチバチしててっ、助けにいけないんです…!」

 

 

 

バチバチ?何のことだろうとゴーグルは首をかしげました。

 

ゴーグルを呼び止めたフレンズ…黄色の毛並みをもつ風変わりな髪止めと真っ直ぐ長い棒状の武器が特徴のキンシコウは、なんだか焦った様子で事情を説明します。

 

しかし、ゴーグルはどのみち泳げないので断ろうとしましたが、ふと前の姿の時の記憶がよみがえります。

 

重装備のハンターを洞窟の池に突き落とした時に、他のハンターが防具を捨てて助けに行った光景が頭の中をかけめぐります。

 

危険を承知で仲間を助けにいく勇気。仲間を大事にする友情。…それがヒトの強さの秘訣なのかもしれない、と根拠のない仮説が妙に説得力をおびてきました。

 

 

 

「…わかった。私は泳げないが、何か手伝えることはあるか?」

 

「っ!ありがとうございます!」

 

 

 

ハンターということはヒグマの言っていた仲間なのだろう、私の仲間の仲間だ、と思ってさらにやる気が沸いてきます。

 

仰々しくゴーグルの手を握ってキンシコウ感謝を伝えますが、ゴーグルのグローブの鋭い牙に触れてしまい手を離してしまいます。

 

 

 

「いたっ…!」

 

「あ、すまないな。私の手には武器を研ぐ牙がついているんだ」

 

「い、いえ、大丈夫です。それよりあの子がっ…!」

 

「…どういう状況だ?」

 

「その子は流木に掴まっているんですが意識がなくて…でも湖はバチバチしてて入れなくて…」

 

「…わからんな。とりあえず現場に向かおう」

 

 

 

話だけ聞いても状況が飲み込めないので、ゴーグルはそのフレンズを見つけた場所に向かうことにしました。キンシコウの後ろについて走り出します。

 

 

 

「で?あなたはどうやってそのフレンズを助けようと考えた?」

 

「私が流木に乗れればあとは棒で漕いで岸につけますから…そこまで跳躍できればと」

 

「…なるほど」

 

「ですから、体格の大きなあなたに放り投げてもらえれば多分届きます」

 

「……大分危険なやり方だな。私がちゃんとそこに投げられるかわからないし、間違って着水したらそのバチバチにさらされる。あなたは自分の危険を顧みないのか」

 

「フレンズを守るのがハンターですから。相手がセルリアンであれ何であれ」

 

 

 

危険を省みず仲間のために命を張るのはヒトの強さだと思い至りましたが、その片棒を担がされるのは何かイヤでした。

 

ヒトの強さはそれだけではない、障害を乗り越えていくための知恵が一番の武器であることもゴーグルは知っています。…その知恵に敗れたのだから。

 

別の方法がないかとあれこれ考えている内に、どうやら現場についたようです。

 

 

 

「あそこです…!あのフレンズです…!」

 

「……?」

 

 

 

湖の中ほどに浮いている大きな流木に、確かにフレンズがしがみついています。

 

よく目を凝らして見ると、黒っぽいトゲがたくさんついたパイロットスーツを着ていて、所々黄緑色に光っています。頭と思われるところにはとさかのように逆立つ黒い髪と、ヒトの耳を覆うようにステンドグラスのような翼が生えていました。

 

 

 

「…確かにただのジャンプでは届かないな。高い木もこの辺りにはないようだし」

 

「はい。では早速いきます!」

 

「…待て。そのバチバチとやらを確認していない」

 

 

 

恐る恐る指で水面に触れてみると、バチっと弾けた音がして痛みが走ります。

 

ゴーグルはさほど痛がる様子は見せませんが、この現象は過去に味わったことがあります。

 

 

 

「……これは、あの狼の…」

 

「…オオカミ?お知り合いですか?」

 

「いいや、縄張りから追い出しただけだ。…そいつが使ってた、“雷”によく似ている」

 

「雷って、昨日鳴ってたあのゴロゴロの…?」

 

 

 

キンシコウはゴーグルのフレンズの横顔を見つめながら頭に疑問符を浮かべています。雷を遠くで見たり聴いたりしても、実際に自身に何かが起きたりはしないので知識がつながりません。

 

ゴーグルは黙って注意深く漂流したフレンズを観察します。蟹のハサミのような尻尾も黄緑色に光っており、水に触れるたびに雷光が走りました。

 

おもむろに自分の喉に手を当てると、ゴーグルのフレンズは沈黙を破ります。

 

 

 

「たぶんだが、この電流の原因はあのフレンズにある」

 

「え?」

 

「雷の力をため込む習性があるのだろう。あの尻尾が水面に触れると電流が流れている」

 

「電気うなぎ…みたいな?」

 

「……それは知らないが、力の溜まった部分を刺激して一気に放出してやればバリバリしなくなるだろう」

 

 

 

推測に過ぎませんが、確信があります。なぜなら、自分自身も同じような現象が起きるからです。

 

ゴーグルは身体から燃えるすすを吐き出しますが、武器を熱して鍛える時は喉にそれをためていつでも使えるようにします。しかし、その時衝撃が加わると喉の中で爆発してしまうのです。

 

大きなエネルギーを持ったものは、取り扱いを間違えれば簡単に放出してしまう。それは炎であれ雷であれ同じはずです。

 

 

 

「でも、どうやって…?それこそ流木に飛び乗らないとできませんよ…?」

 

「………………」

 

 

 

方法はあるにはあるのですが…。

 

ゴーグルのすすの弾丸なら正確に届きます。ですが、あまりに殺傷力が高いのです。セルリアンを一発で木端微塵にする弾丸を、フレンズに放てばただではすまないでしょう。

 

この方法は使えないと頭を悩ませます。

 

 

 

「…爆発させない方法、か」

 

「あの、どうしました?」

 

「いや、マグマを飛ばせば届くのだが、あいつにすごい痛い思いをさせるかもしれないからな…」

 

「マグマ?」

 

「私、口から火を飛ばせるんだ。それなら届くには届くんだが…」

 

「?種を飛ばすみたいに、ですか?」

 

「………!!」

 

 

 

キンシコウの言葉で、足りないものが揃った気がしました。

 

息を吹き出す力でマグマを遠くまで飛ばしているのなら、飛ばすのがマグマでなくても届きます。

 

 

 

「それだ。何か大きな果実はないか」

 

「たしか、対岸にプラムがなってたと思いますね」

 

「わかった、そこに案内してくれ」

 

 

 

方法が見つかればあとは実践あるのみです。ゴーグルとキンシコウは岸を駆け抜けて、ツタのはった赤い実のなる木を見つけました。

 

手の届く実を一つ採って、固さを確かめます。簡単にグローブの牙が入るくらいの固さなら、高速で飛ばしてもケガはしないでしょう。

 

 

 

「これおいしいんですよ。救出が終わったら一つどうですか?」

 

「ああ、そうしよう。…あの首長どももこういうのを食ってたのだな」

 

「??」

 

 

 

昔獲物にしていた首の長い草食竜はこういう果実をよく食べていたな、私もまさか同じものを食べるなんてな、と感慨深く微笑みます。草や実を食べても腹の足しにもならないと見下していたのが懐かしく思えます。

 

でも今はあのフレンズを助けるのが先です。湖に浮かぶ黄緑のハサミに視線を合わせてプラムをくわえます。

 

 

 

「…できそうですか?」

 

コクコク

 

「お願いします。…あんなカッコつけたこと言っておいて、本当は怖かったんです。セルリアン以上に得体のしれないものですから…」

 

 

 

弱音が聞こえて、何故だかほっとしたゴーグルでした。ヒトのもつ“使命感”だけで動いていただけではなくて、ちゃんと心を働かせていたのが知れたからでしょうか。

 

すーっと息を吸って、喉のすすを燃え上がらせます。ある一定温度になると小さな爆発が起こって、ガスが喉を逆流します。蓋になっていたプラムに圧がかかって、やがて口の外へ放り出されました。

 

肺活量だけでなく、爆発の圧を上手に使ってブレスを加速させる…彼女のもつ技はプラムをとんでもないスピードで飛ばしました。ハヤブサの急降下すら追い抜くスピードです。

 

赤い弾丸はまっすぐ漂流したフレンズの尻尾を捉えてました。

 

 

 

どごぉぉーんっ!!

 

 

 

「きゃっ!!」

 

「うっ、耳が…」

 

 

 

近くに雷が落ちたような、他に何も聞こえなくなるような激しい音と光が二人の感覚器を遮りました。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

目が正常に光を捉えて、耳鳴りがおさまってきました。キンシコウがゴーグルの安否を確認します。

 

 

 

「だ、大丈夫ですか」

 

「あ、ああ。何ともない。それよりあのフレンズは」

 

 

 

視線をすぐに湖へと移します。

 

漂流したフレンズは光を失って、流木の上でぐったりしています。たた先ほどの衝撃でゴーグルを認識したのか、まぶたを開けて視線を送ってきました。

 

 

 

「…こっちを見ている?」

 

「意識を取り戻したみたいですね!」

 

「だが、弱っているみたいだ。急いで救出した方がいい」

 

「はい!」

 

 

 

改めて水に触れると、手についたプラムの果汁が洗い流されました。バチっと電気が走ることもありません。

 

安全は確保できましたが、もう一仕事思いつきました。最短であのフレンズを助ける方法です。

 

 

 

「…あなたは泳げるのだな?」

 

「ええ、水棲のフレンズほどではありませんが。ヒトの泳げる能力くらいです」

 

「わかった。…あなたの進言通り、流木へ放り投げることにしよう。たどり着いたらあいつにプラムの木にはっていたツタを引っかけてくれ。手繰り寄せれば最短で救出できる」

 

「…はい!」

 

 

 

少しの思考のあと、キンシコウは嬉しそうに首を縦に振りました。ゴーグルが何をしたいのか察してくれたようです。

 

ゴーグルは長い長いツタをキンシコウに手渡して、彼女の腰を持って抱えました。投げる…というのはあまりやったことのない動きですが、腹ペコのあいつが岩を投げていたのを思い出して、私にもできるはずと自己暗示します。

 

 

 

「せーのっ」

 

「えいっ!」

 

 

 

理想的な角度でキンシコウを放り上げました。勢いはそのまま、流木のフレンズの元へツタが放物線を描いて飛びます。

 

キンシコウはすっと流木に足をつけると、早速フレンズのわきにツタを巻き付けました。そして、ハンドサインで丸を作ります。

 

 

 

「……?どういう意味だ?いいのか?」

 

 

 

…ゴーグルには伝わらなかったようです。とはいえ、ツタを巻き付けたのは見えているので引き寄せ始めます。

 

ぐいっぐいっ

 

手を休めることなくツタを手繰り寄せました。するとすぐにフレンズが岸につきます。即座に仰向けに寝かせて頭を持って意識を確認します。

 

 

 

「もしもし、意識はあるか?」

 

「………………」

 

「…ダメか。返事をする体力もないようだな」

 

 

 

かすかに目は開いていて呼吸はありますが、それ以外に動く部分がありません。

 

身体に傷はないか見渡すと、足に服が破れるくらいの外傷があります。出血が酷く、さらには骨も折れているように見えます。

 

 

 

「!!…足が折れているのか。これはマズイな」

 

 

 

生き物にとっては致命的ともいえる足の骨折。生命力の高い生き物なら自力で治癒してしまうといいますが…。

 

このフレンズは消耗していて、今のままでは治癒は望めません。

 

どうしようか、どうすれば生きられるかを必死で考えても、ゴーグルには剣を鍛える技術と敵を倒すための知恵しかありません。ケガを癒す方法はどうやっても思いつきませんでした。

 

 

 

「どうすればいい…?…わからない…」

 

「はあ、ふう。なんとかなりましたね」

 

「…!キンシコウ、こいつ足をケガしているんだ。どうすれば助けられる?」

 

 

 

ずっと一頭で剣を鍛えて生きてきたゴーグルの口から、誰かを頼るセリフが出るとは本人も思っていませんでした。

 

しかしそれくらいこのフレンズを助けたくて、どうにもできない自分がイヤでしょうがありません。ゴーグルの中で輝く青い瞳が泳いで渡ってきたキンシコウに熱く訴えかけます。

 

 

 

「足を……。…私にもわかりませんが、博士なら何か方法を知っているかも」

 

「博士…?…ああ、としょかんにいるってあのフレンズか」

 

 

 

ヒグマが言っていた自分の正体を知っているかもしれないというフレンズ。確かにその人なら何か知っているかもしれません。

 

思い立ったら即行動。普段は冷してしめた刃のように冷静な彼女ですが、心の中には熱い炎を宿しています。その炎がこのフレンズを救えと身体に流れる血を熱くたぎらせました。

 

背中の剣を地面に突き刺して、漂流したフレンズを肩に担ぎました。ゴーグルの行動はもう決まっています。

 

 

 

「そのとしょかんに案内してくれ」

 

「はい、すぐそこです。…その子を、お願いします」

 

 

 

キンシコウも元々そのつもりでした。ゴーグルの大きな剣を重そうに持ち上げて湖の岸を歩き始めます。

 

 

 

「うんしょ、…この武器、すごく重いですね…」

 

「刃に触れるなよ、簡単に切れるから」

 

「はい。…こんなすごいものを持ってるなんて、元々どんな姿だったのでしょうね」

 

「さてな。自分の名前すらわからないからな」

 

「でも、今は優しくて強いフレンズです」

 

 

 

優しい、と聞いてむずがゆく思いましたが、それが私がフレンズになって得られた一番大きなものなんだとも思いました。

 

 

 



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おえるほしとはじまるほし

キンシコウのあとについて道なりに進むと、人工物らしきものが見えてきました。広場にそびえ立つ木を囲うように作られた、壁が崩れ落ちた家でしょうか。

 

三人以外にフレンズの気配はなくて、風が通る音だけが鳴ります。

 

 

 

「ここです、ここがとしょかんです」

 

「博士は今いるのか?」

 

「呼んでみますね。コノハちゃんはかせー!いますかー!」

 

 

 

返事はありません。外出中でしょうか。

 

 

 

「博士は未知のフレンズの調査で森に出ているのです。キンシコウ、どうしたのです?」

 

 

 

背後から声が聞こえて、ゴーグルは咄嗟に尻尾を構えます。尻尾も剣と同じく研ぎ澄まされた刃なので、剣を落としても戦えるのです。

 

 

 

「…おお、ヒグマが言っていた特徴と一致しているのです。カモがネギを背負ってやってきたのです」

 

「あ、ミミちゃん助手!」

 

 

 

声の主は茶色いコートと茶色の羽毛の髪をもつ、光を吸い込むような瞳のフレンズでした。尻尾を降ろして向き直ります。

 

 

 

「赤と濃紺で長い尻尾、逆立つ甲殻のような髪、目を覆うゴーグル…そして、この常識はずれの大剣…間違いないのです」

 

「この人が博士か?」

 

「いいえ、助手のワシミミズクちゃんです。どうやら博士はあなたを探しに行ったようですね」

 

「そのとおりなのです。まあ、博士が戻るまで待つですよ」

 

「待っていられる状況ではない。こいつが足をケガして大変なんだ」

 

 

 

助手の視線がゴーグルの肩に担がれたフレンズにいきます。

 

 

 

「これまた見たことのないフレンズなのです。このフレンズをどこで?」

 

「すぐ裏の湖で。流木に打ち上げられていたので助けました」

 

「……ふむ」

 

 

 

ぐるっとゴーグルの周りを飛んで助手はフレンズの容態を確認します。時々ケガした部位を注視しその場で停止したりします。頭から生えた翼で飛ぶ姿に、ゴーグルは違和感しか感じませんでした。

 

 

 

「これは大変ですね。足の壊死が進行しているのです」

 

「…?」

 

「外傷がひどく、細菌も入り込んでいるのです。それに、長時間水中で放置されたみたいなので体力も落ちているのです」

 

「端的に聞く、どうすればこいつは助かる?」

 

「壊死がこれ以上広がる前に、足を切り落とすしかないのです」

 

 

 

この言葉に、ゴーグルは耳を疑いました。キンシコウも口を押さえてショッキングな顔をしてます。

 

しばらくしてハッと我に帰ったゴーグルは、助手の胸ぐらをつかんで声を荒げました。

 

 

 

「ふざけたことをぬかすとあなたの足を切り飛ばすぞ」

 

「事実なのです。壊死した部分を治療する方法はありませんし、このまま放置すればどんどん広がりますので」

 

「歩けなくなったら生きていけない」

 

「罠にかかったオオカミは、自分の足をくいちぎって抜け出すというのです。確かに障害が出てはきますが、足を失っても生きていく方法はないわけではないのですよ」

 

「………………」

 

 

 

助手の言葉は確かに論理性を帯びています。

 

足がなくなっても、命はそこで尽きるわけではありません。狩りや争いにはしげく不利になりますが、このジャパリパークではそれを避けることもできなくはないのです。

 

そこまで理解して、ゴーグルは掴んだ手を放します。助手は表情一つ変えることなくコートを整えました。

 

 

 

「…ですが、体力が落ちている今切除するのはリスキーなのです。最悪ショック死しますね」

 

「……そうか」

 

「としょかんで経過を観るのです。…さて、色々と調べなければならないことが増えたのです」

 

 

 

助手はゴーグルの横を通りすぎて、建物へ向かいます。手首をちょいちょいと振ってゴーグルのことを誘導しているようにも見えます。

 

ゴーグルは黙って彼女の後ろについていきます。このフレンズを救うには、助手の指示に従うしかないのだから。

 

 

 

「ありがとう、キンシコウ。あとは私に任せてくれ」

 

「そんな、でも…」

 

「あなたにはハンターの仕事もあるだろう。それに、明らかに現状に嫌悪感を持っている。…これ以上関わるのはあなたのためにならない」

 

 

 

顔色の悪そうなキンシコウを振り見て、ゴーグルは自分自身を大切にするように促しました。こういうショッキングなことに耐性がないのだと一目瞭然なので、これ以上は可哀想に思えてくるのです。

 

 

 

「…大丈夫だ。必ずあいつを助ける」

 

「…なぜそこまでこの子にこだわるのですか?」

 

「なぜだろうな。…ヒトとして…フレンズとして、これまでできなかったことをしたいだけなのかもしれないな」

 

 

 

彼女がフレンズになって感じた最初の違いは、慈愛の心なのかもしれません。

 

縄張りに入ってくる連中を、その刃と熱で叩き伏せるだけの存在…それが元のゴーグルでした。刃を鍛える技術も、獲物を追い詰める知恵と技もそのためのもの。

 

でも、今はそうではありません。自身を倒した、尊敬すべき“ヒト”になれたのだから。仲間と苦難を分かち合い、乗り越えていく種となったのだから。それに順応するための心が与えられたのだと、ゴーグルは結論付けたのだから。

 

 

 

「…わかりました。私の仕事をおしつけるようなことになってすみません」

 

「構わないさ。あなたは他のなすべきことをやってくれ」

 

 

 

頭を下げるキンシコウに後ろ向きで手を振ってとしょかんの中に入りました。剣をその場に突き刺してキンシコウも背中を向けます。

 

プラムを一緒に食べたかったなと思って、次あった時狩りにいこうと記憶にメモを取りました。

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

「…これは何なんだ?あちこちに人工物があるが」

 

「本、なのです。ヒトの思考や発明を文字や絵で形にしたものなのです」

 

 

 

革張りのソファに漂流したフレンズを寝かせました。休むにはそれなりに充実した設備ではないでしょうか。

 

ゴーグルは建物の中を見渡します。壁に無数に棚が取り付けられ、その上に色とりどりの本が並べられていました。助手はその中の一つをとってページをめくります。

 

 

 

「お前の正体を調べる前に、そのフレンズの処置をどういった手順で行うか調べなければなりません。わかるまで大人しく待っているのです」

 

「わかった」

 

 

 

ゴーグルも一つ本を手に取りました。パラパラとページをめくって眺めます。

 

 

 

「………………。…もじ、というのはわからないな」

 

 

 

その本は写真と文字が入り乱れる資料集のようなものでした。なぜか人工物を首に取り付けられた犬や、かごから解き放たれる鳥などなど。

 

ゴーグルは文字は理解できませんでしたが、写真を見て想像を巡らせることはできます。

 

 

 

「…?これは…」

 

 

 

一つの写真が目にとまりました。下肢の片方を失った犬でしたが、鉄の棒をなくした足の付け根に取り付けて走っています。その表情に陰りはなく、何ら正常な個体と変わらないように見えました。

 

 

 

「………………」

 

 

 

地面を擦っていた尻尾が、自分の血の熱さで限界を越えて赤熱していくようでした。あてのない砂漠へ研磨剤を探しにいく前に、硬い甲殻の蟹が狩られにきた時のような、役得感があります。

 

ゴーグルの目標は決まりました。鉄ならば加工できるはずだと、ヒトの叡知を授かったならできるはずだと、彼女の心は熱く燃え上がります。

 

 

 

「…なあ、助手」

 

「どうしたのです、私は忙しいのですが」

 

「これ、使えないか」

 

「……?」

 

 

 

助手は静かに羽ばたいて彼女の隣に降りてきました。そして、ゴーグルの持った本のページを覗きます。

 

 

 

「お前は文字を読めるのですか?」

 

「いや、もじはわからない。だが、この絵の意味はわかる」

 

「ふむふむ…義肢、ですか」

 

「ぎし、というのだな」

 

「そうなのです。肢を失った生き物に、人工の肢を取り付ける。…着眼点は悪くないのです」

 

 

 

助手はそのページの文字を目で追っています。

 

 

 

「……ですが、パークにはもうこれはないのです。ヒトはもう、いないのですから」

 

「なら、一から作る。鉄を鍛える技術なら持ってる」

 

「…本当なのですか、それは」

 

「ああ。あの剣だって最初はか細いなまくらだった」

 

 

 

入口から見える突き刺さった大剣は、青く光を反射しています。助手から見ても、残された人工物と比べても遜色ない出来上がりだと感じています。

 

 

 

「…つくづくお前はわからないフレンズなのです。としょかんの本を見渡しても全く手がかりを得られないばかりか、ヒトの作り出したものを自分も作りたいと」

 

「ですがその知性へ挑戦する姿勢は、パークに新しい価値観をもたらすと思うのです」

 

「博士…戻ったのですね」

 

 

 

入口から白いコートのフレンズが入ってきました。助手にそっくりの、表情に乏しいフレンズがゴーグルを見上げます。

 

 

 

「あなたが博士か」

 

「いかにもなのです。アフリカオオコノハズク…コノハ博士なのです」

 

「自分の名前もわからないフレンズだが、こいつを助けたい気持ちに嘘はない。…手伝ってほしい」

 

「もちろんなのです。ですからその前に、新しい仲間に新しい名前をあげるのです」

 

 

 

博士の手には分厚い本。そのページをめくって一つの写真をゴーグルに見せました。

 

 

 

「……これは?」

 

「お前の名前なのです」

 

「??」

 

 

 

そのページには、夜空のように星々がきらめく写真が載っていました。ただ、大きな星が炎を放って爆散している写真もあります。

 

全く意図のつかめないゴーグルは、疑問符を頭の上に浮かべるばかりでした。

 

 

 

「お前の正体はここにある書物ではわからないのです。実際に存在していたかどうかすら疑問があるのです」

 

「………………。…どういう意味だ」

 

「ですが、事実今ここに、目の前にお前はいるのです。我々の観測できないところでお前という星は燃え尽きて、その輝きはこのジャパリパークで再びサンドスターの子となったのです」

 

「………………」

 

「スーパーノヴァ。星が燃え尽きる瞬間。宇宙に星の誕生の可能性を与える波。お前にふさわしい名前だと思いませんか」

 

 

 

博士の言葉の意味は半分もわかりませんでしたが、自分が正体不明の新しい存在というのはわかりました。

 

そして、“ノヴァ”という言葉を、あの時のハンターたちが使っていたような気がしました。何かの運命なのかもしれません。

 

 

 

「…ノヴァ、か。その名前、気に入ったよ。燃え尽きた私にぴったりだ」

 

「ええ、ノヴァ。我々に感謝するですよ」

 

 

 

ゴーグルのフレンズ…ノヴァは満足そうな表情をしました。自分が本当の意味で仲間として認められることが、こんなにもうれしいことだと初めて思いました。唯我独尊、目の前の生き物は例外なく斬滅する存在だった彼女には、知り得なかったことです。

 

 

 

「ああ、ありがとう。博士、助手」

 

「お前と、そのフレンズの正体もしっかり暴いてやるですよ」

 

「我々はかしこいので」

 

 

 

 



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いなずまのはんぎゃくしゃ

日が沈みかけ、オレンジの光がとしょかんを照らし始めました。

 

本から必要な情報を抜き取るのはノヴァの得意とすることではないので、漂流したフレンズの看護をすることにしました。

 

助手の指示の下、漂流したフレンズのケガした部分の衣服を切り取り、水で濡らした布で患部を冷やします。助手が“ちょいちょい”したという消毒液で傷口をきれいにしてやるのが大事だそうです。

 

 

 

「…あなたも、大変だったな」

 

 

 

くすんだ金色と黄緑の前髪をかき分けて顔を覗きます。今は安静で睡眠しているようですが、それでもわかる表情の鋭さ。眉間のシワは緊張していない今でも消えることはなく、つぶったまぶたは目尻で跳ね上がってます。

 

ノヴァ自身も強面といえば強面ですが、どちらかといえばジトっとした目で表情も固いのでこんなに攻撃的な顔をしていません。

 

 

 

「…うっ…うぅん……」

 

「!…目が覚めたか?」

 

 

 

ギラついた赤い瞳がノヴァの姿を写します。意識はまだぼんやりしているのか、言葉は中々出てきませんが。

 

起き上がろうとしますが、ノヴァは頭を押さえて止めます。

 

 

 

「おっと、まだ安静にしているんだ。あなたは重篤なケガをしている」

 

「う…」

 

 

 

足に痛みが走ったらしく、つらそうな表情をしました。その時に身体に電流が走ったらしく、ノヴァの手からバチっと破裂音が鳴ります。

 

 

 

「…雷の力を持つのだな」

 

「……そうよ。気安く触らないで」

 

「それはすまなかった。私も電撃を食らうのは嫌なので気を付けるとしよう」

 

 

 

ソファから少し離れて座り直しました。

 

彼女は雷のように気性の荒い性格らしく、ノヴァも少し遠慮がちになります。雷のフレンズを救ったのが事実とはいえ、恩着せがましくすり寄るのはあまり好ましい態度とはいえない、とノヴァは自重してしまっているのです。

 

 

 

「…!こんなにヒドイ怪我してたの、あたし…」

 

「傷口がずっと水に浸かっていたみたいで、治癒が遅れているようだ。それどころかこのままでは治らないと言っていた」

 

「え?」

 

「壊死、が進んでいるとか何とか。放置すれば全身に広まって腐っていく、らしい」

 

 

 

自分の傷を見て、雷のフレンズは顔を歪ませました。一目見れば、自分がどんな状態かイヤでもわかるくらいに重傷なのです。

 

ノヴァは事実を淡々と口にします。それがどれだけ残酷なことかは、彼女にはわかっていません。高度なコミュニケーション能力を得て間もないノヴァには、それが他人にどれだけの影響を与えるかなど知る由もないのです。

 

 

 

「そ、そんな、ウソよっ…!あたしの足が、腐るだなんて…!」

 

「残念だが、事実なんだ。あなたのその足でもう歩くことはできない」

 

「…バカ言わないでよっ!!」

 

 

 

バチバチバチっ!!

 

 

 

雷のフレンズの至る場所に黄緑に光るスリットが走って、放電します。ソファの革張りに黒い焦げ目がつき、水の入った桶が破裂しました。

 

頭のとさか状の髪、横のガラスのような翼、ハサミのついた尻尾、着ていたパイロットスーツにも光が宿って…しかしながら傷のついた足だけは光ることはありませんでした。

 

 

 

「……それが事実なんだ。受け入れるしかない」

 

「ウソよっ…ウソよ…!」

 

「さわがしいですね。どうしたのです?ノヴァ」

 

「助手か。…あいつが目を覚ました」

 

「お目覚め早々ド派手にやってくれたのですね」

 

 

 

放電の音を聞きつけて、いぶかしげな顔をして助手が上から降りてきました。

 

 

 

「まず落ち着くのです。落ち着いてお互いに情報を確認するのです」

 

「落ち着いてなんてっ、いられないわよっ!あんた達もそうやって、人間どもみたいにっ!」

 

「落ち着け」

 

 

 

なおも放電をやめず黄緑の雷光でとしょかんを照らしますが、ノヴァが濡れた布を丸めて投げつけます。とさかにクリーンヒットして電力をすべて放出してしまいました。

 

 

 

「ぎゃんっ!」

 

「彼女…ノヴァはお前を助けた命の恩人なのですよ?感謝こそすれ、邪険に扱うのは筋が通らないのです」

 

「良心が残っているのなら、とりあえず話を聞いてくれ」

 

 

 

「私はワシミミズク。このとしょかんで博士の助手をしているのです。そしてこの赤と青のフレンズはノヴァ。お前と同じく正体不明のフレンズなのです」

 

「…フレンズって、なんなのよ」

 

「サンドスターの影響で、ヒトの特徴を持った動物のことなのです。お前もその一人なのです」

 

「違う種でありながらヒトの特徴というつながりで共存できる、そういう生き物なんだ」

 

「だから、あたしを助けたと?」

 

「そうだとも。私だって、フレンズになる前は他者をただ切り捨てる暴れものだったんだ」

 

「…知らないわよ。あたしは生まれた時から一人なのよ。親の顔なんか見たことないし、周りにいたのはあたしを食おうとするやつらだけ」

 

「……そういう種だったのですかね。周りにいるものは全て敵で、排除しなければ気がすまないという」

 

 

 

親に見放されれば自ずとそうなるだろうとノヴァは納得しました。他を思いやることなど無駄でしかないとわかるのだから。

 

前のノヴァならその考えに賛成していたでしょう。自分とて獰猛に外敵を狩るヒエラルキーの頂点の一つだったのだから。

 

ですが、今はヒトです。本物のヒトとは呼べないかもしれませんが、尊敬すべき“心”を持った存在なのです。それに気づいてほしいと思いました。

 

 

 

「…話を戻すのです。今一番問題なのは、お前の足が骨折と化膿…そして壊死で蝕まれているということなのです」

 

「聞いたわよ。もうこの足で歩くことはできないって」

 

「ええ。ですので、壊死が広がる前に足を切除しなければならないのです」

 

「!!!」

 

「………………」

 

 

 

雷のフレンズはさっきよりも酷く絶望に表情を歪めました。それを見る二人は表情を変えたりはしませんが、心をえぐられる思いをしています。ただ、表情に出さないだけで。

 

間髪を入れず助手が説明を続けます。

 

 

 

「博士が今“しゅじゅつ”に必要な物資を揃えているのです。日が落ちてきているので明日の朝になりそうですが」

 

「え…ちょっと……」

 

「そのしゅじゅつのやり方はわかるのか?」

 

「全て完璧にわかる、とは言えませんができるはずなのです。おそらくもう血は止まっているので、壊死していない部分を残して切断して、糸で縫い合わせるのです」

 

「私に手伝えることはあるか?」

 

「執刀はノヴァにお願いするのです。刃物の扱いは我々より慣れていると思うので」

 

「…わかった」

 

「…に、逃げなきゃ…!」

 

 

 

敢えて雷のフレンズの様子を見ずに、助手とノヴァは話を進めます。雷のフレンズから見れば、とてつもなく残酷なことをしようとしているようにしか思えませんから。

 

ガタガタと震え出した雷のフレンズは頭の翼を広げて飛び立とうとします。

 

 

 

ドシンっ

 

 

 

「うっ…くっ…」

 

 

 

しかし足の跳躍なしでは高さが足りず、バランスも取れないので途中で墜落してしまいました。

 

 

 

「ほうほう、飛べるフレンズなのですか。しかし怪我していては満足に動けないでしょうに」

 

「逃げる必要はない。何もあなたをとって食おうなんて考えてはいない」

 

「…そう言って、あんた達は…!」

 

「これを見てくれ。あなたのために新しい足を作ろうと思うんだ」

 

 

 

さっき切り抜いた義肢のページを彼女に見せました。その他にも助手が集めた、いろいろな動物が義肢をつけて動き回っている写真がノートを埋め尽くしています。としょかんにもこうした切り抜きがいくつかあったので、博士と助手は以前から真似て作っていたとか。

 

ノヴァの真摯な眼差しと、写真の動物たちの生き生きとした表情を見て、雷のフレンズは言葉を詰まらせます。

 

 

 

「義肢、というらしい。失った肢を人工の肢で補い身体機能を保全する。…あなたがこのジャパリパークで、私たちの仲間として楽しく暮らしていくためのアイディアだ」

 

「高度な加工技術を我々がどこまで再現できるかわかりませんが…。火を自分のものにするノヴァと文字から知識を起こす我々が、絶対に作り上げてみせるのです」

 

 

 

自分の力で生きていかなければならないのがパークの掟ですが、自分一人ではどうにもならないことは力を合わせて乗り越える。パークを見守ってきた助手にも、新参者のノヴァにも共通の意識が芽生えています。

 

単に興味本位な部分もありますが、だからこそ団結できるのかもしれません。

 

 

 

「あなたも仲間なんだ。今までの孤独に生きる自分を否定しなくてもいいが、仲間がいることは忘れないでほしい」

 

「…あたしに…仲間…?」

 

「少なくとも私と博士と、そしてノヴァはあなたの仲間なのですよ」

 

「………………」

 

 

 

本当に仲間と認めてくれたのか、それともこれ以上の抵抗は無駄だと判断したのか、雷のフレンズは身体の力を抜いて床に倒れます。

 

 

 

「…でも…足を切るだなんて…」

 

「それしか方法がないのです。…残念ながら」

 

「痛いかもしれないが…頑張ってくれ。…ああ、あの虫どもの痺れる毒でもあれば痛みが抑えられるのにな」

 

「…痺れる毒?」

 

「そうだ。あの虫に刺されるとしばらくその部分の感覚がなくなるんだ。…まあ、命に関わることはないんだが」

 

「それなら、あたしも知ってる。確かに感覚がなくなったわね」

 

 

 

助手は疑問符をたくさん並べていますが、ノヴァと雷のフレンズは妙に共感していました。同じ経験をしたことがあるようです。

 

しばらく首を180度かしげていた助手でしたが、はっと何かを思い付いたように首を元に戻しました。

 

 

 

「確かコブラの毒は最初に痺れがくるとかなんとか。やがては生命を奪いますが…お前たちが余程大きな生き物だったのであれば、些細な痺れだけで済むのも納得いくのです」

 

「??」

 

「…まあ、あの虫とは比較にならないわね」

 

「分量を間違えなければ、“ますいやく”として使えるのでは…」

 

「助手、わかるように説明してくれ」

 

 

 

雷のフレンズを抱っこしてソファに戻しながら、今度はノヴァが首を斜めにします。少し雷のフレンズが顔を赤らめたのは誰も気づいていませんが。

 

 

 

「毒をしゅじゅつの時に使うのですよ。動物の毒は致命的かもしれないので、毒草から少し抽出するのです」

 

「危なくないのか、それは」

 

「使う量さえ間違わなければ。おそらく一滴ですら多いくらいですが」

 

 

 

大きい獲物を仕留めるにはより多くの毒が必要と仮定すれば、ごく少量の毒では誰も仕留められない、と助手は結論づけました。

 

元々彼女らが大きな生き物であったことは背丈を見ればわかりますので、虫の毒で死に至らないのは量が足りないからと推測できます。

 

…とはいえ、彼女らの指す虫はこのジャパリパークでは考えられないくらいに大きい虫なのですが。

 

 

 

「まあそれは博士が帰ってきてからにしましょう」

 

「そうか。なら博士の帰りを待つとしよう」

 

「…その博士って何者?」

 

「コノハちゃん博士はコノハちゃん博士なのですよ」

 

 

 

どこからか博士の声がして、雷のフレンズはキョロキョロします。

 

当の博士はバスケットにものをたくさんつめてとしょかんの上の方から降りてきました。

 

 

 

「お帰りなさいなのです博士」

 

「ただいまなのですよ助手」

 

「……その合言葉みたいなのは?」

 

「あいさつ、というのです。ヒトが行っていた、記号化されたコミュニケーションの一つなのです」

 

「記号化、ね…」

 

「…ヒトの考え方は、時に理解できないな」

 

 

 

ヒトの思考を積極的に理解しようとするノヴァでも、頭が追い付かないことは多くあるようです。ですが、それを理解しようと必死で頭を回転させます。

 

 

 

「お前も目が覚めたようですね。聞いているとは思いますが、すぐにでも足を切除しないと不具合が起きるかもしれないのです」

 

「…わかってるわよ。もう、動かないくせに痛みだけが跳ね返ってくるもの」

 

「そこまで進行しているのですか。やはり、施術は明日の朝にしましょう」

 

「……一つ確認させて。…本当にその義肢を作るの?本当に仲間として受け入れてくれるの?」

 

 

 

雷のフレンズの反応に、いまいちしっくりこない様子の博士。疑り深いフレンズはいないことはないのですが、あまりにも誰も信用していないような反応は初めてでした。

 

代わりに答えたのは助手でした。まじまじと彼女の赤い瞳を見つめて、言い放ちました。

 

 

 

「…では物わかりの悪いお前のために、言い方を変えるのです。お前が我々にあだなす暴徒ならばノヴァに叩き斬ってもらうのです。身動きの取れないお前など、あの剣の錆になるのが落ちでしょう」

 

「助手、私はそんなことしない」

 

「お前がこのジャパリパークのフレンズならば我々が新しい足を授けてやるのです。我々のものを作りたいという欲望の手段にすぎないですが、誰も損しないのです。…選択肢は二つに一つなのです」

 

「………………」

 

 

 

「暴徒かフレンズか。どちらか選ぶのはお前なのです」

 

「…あたしが…?」

 

「もう、答えは出ているのだろう。実質選択肢は一つしかないのだから」

 

「変わるのです。反逆者から雷のフレンズに」

 

 

 

仲間になると認めなければ、命を奪う。のたれ死ぬより屈辱的で残酷なことです。

 

この雷のフレンズが踏み切れないのは、自分が助手やノヴァの仲間である、依存してもいい存在であるという意識に欠けることが原因であるとにらみました。助手は敢えて残酷な選択肢を見せることで、逆の選択肢にすがるしかない状況を作り出したのです。

 

 

 

「……わかったわ。…そこまで手の内を見せられたら、疑うのもバカバカしいじゃない…」

 

「ありがとう。信じてくれて」

 

「…そんなこっ恥ずかしいセリフ言わないでよ…」

 

「ノヴァは実直すぎるのです。見ているこっちが恥ずかしいのです」

 

 

 

博士にダメ出しをくらいながらも、表情は少し柔らかくなったノヴァ。いい意味でも悪い意味でも気持ちに正直なのが彼女です。博士の皮肉の意味は通じたのかどうか。

 

そんなとぼけた様子にあきれながら助手は雷のフレンズに語りかけます。

 

 

 

「では、もう一人の新しいフレンズ。…お前の名前はライとしましょう」

 

「ライ…?」

 

「雷を別の読み方でライと読むのです。同時に我々の信用を裏切った時は反逆者(ライオット)の名前となるのです」

 

「…肝に銘じておくわよ」

 

 

 

全幅の信頼をかけられるより、利害関係で信用した方がこのフレンズ…ライにとっては過ごしやすく感じます。常に監視されているという名前も、自分をつなぎ止めてくれている鎖に思えます。

 

ですが、本気で変わりたいライがいるのも事実です。自分を助けたこのフレンズのように、信頼の中で生きてみたいとも思います。

 

 

 

「では二人の新しいフレンズの仲間入りを記念して、景気づけといこうじゃないですか」

 

「そうですね博士。せっかく火を扱えるフレンズがいるのですから」

 

「?どうしたんだ博士、助手」

 

 

 

博士と助手の視線がノヴァに注がれます。その意図を彼女は推し測れません。

 

 

 

「…おいしいものを食べてこその人生なのです」

 

「…同じ釜の飯を食う、ということわざがあるのです」

 

「なんだそれ」

 

「…さあ、ノヴァ。飯を作るのです」

 

「……え?」

 

「火の申し子ならば料理くらいお茶の子さいさいなのです」

 

「写真から内容を推測できる思考能力も把握しているのです」

 

 

 

どこからか本を持ち出してノヴァに迫る二人。写真には色とりどりの食材が、何らかの加工をされて並べられています。

 

博士と助手の要求は、これを読み解いて実際に作り出せ、と。この料理には火を使うことがあるので、助手たちにはできないと。

 

…私を手厚く受け入れてくれたのはこのためだったのか、とまで考えて悲しくなってきました。邪推はやめようと首を降って思考を正します。

 

 

 

「……わかった。できる限りやってみよう」

 

「本当ですか!?」

 

「本当なのですか!?」

 

「すごい食い付くわね。そんなにこの料理に執着があるわけ?」

 

「我々はグルメなので。じゃぱりまんも自生している食材も飽きてしまったのです」

 

「ヒトは食材を加工してよりおいしく食べる方法を知っていたのです。全ての生命に感謝すら覚えるこの技を、味わわずにはいられないのです」

 

「これもヒトのことを知る手段か…」

 

 

 

そう考えればノヴァのやる気の導火線に火がつきます。

 

そして、実はノヴァは料理を見たことがないわけではないのです。

 

 

 

「あの獣人たちもヒトに倣って料理をしていたな。そこから真似てみよう」

 

「実際に料理を見たことがあるのですか?」

 

「ああ。私の最後の時に。ヒトのすみかで、鉄の器を火にかける獣人を見た」

 

「…これは期待大なのです。…じゅるり」

 

「本当にカモがネギを背負ってきたのです。…じゅるり」

 

「悪どい顔してるわね。けど、それを真に受けないあんたもなかなかよね」

 

「さあな。私にできることをやるだけさ」

 

 

 

ヒトへの挑戦は、まだまだ始まったばかりなのです。

 

 











[竜盤目ゼクス科]

ライゼクス

Astalos




飛竜種の中でも特に獰猛で、気に入らないものがいれば問答無用で戦いを挑む暴れん坊ですね!圧電甲と呼ばれる器官で電力をチャージして放電しまくる姿から、“空の悪漢”だとか“電の反逆者”とか“電竜”という異名もあります。でも、卵から孵ったばかりの子供を放置しちゃうネグレクトな種族なのでちょっと可哀想ですよね…。
ああ、私が愛を教えてあげたい!



われらのだん そふぃあおねえさん


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たのしいしょくたく

「さて、どうしたものか」

 

 

 

博士が先ほど持ってきた物資のほとんどが食材でした。見慣れない果実や栄養を蓄えた根菜、葉物もあります。その他にもヒトが作ったであろう木の皮の器に白い粉が入っていたり、透明なガラス状の器に黒い液体が入っていたりします。

 

料理をするための場所ということで案内された所には、石で作られた大きな穴の空いた台と平らにされた木の台が置いてあります。

 

 

 

「…助手」

 

「文字は私が読んでやるのです。ノヴァは写真から直感で作りたい料理を選ぶのです」

 

「……それでいいのか?この食材から何が作れるのか見当もつかないのだが」

 

 

 

ノヴァのとなりで助手が料理本のページをめくっています。彼女がノヴァのサポートをしてくれるようです。しかし頭が働いているのかいないのか、ただただページをめくっているようにしか見えませんでした。料理を早く食べたいという欲求が助手の思考をおかしくしているのでしょうか。

 

ほとほと困ったノヴァも、料理本の一つを手にして目を通します。

 

 

 

「初めてやるんだ、なるべく行程が少なくて簡単なものにしよう」

 

 

 

全体を見渡して載っている写真の少ない料理を探します。

 

 

 

「簡単なもの……」

 

 

 

ページ数が少なくて、何からできたものかわかりやすいもの。そう考えてページを送りますが、条件に引っ掛かる料理はなかなか出てきません。

 

 

 

「こういうの、やっぱり苦手だ…」

 

「頭の良さというのにも種類があるようですね。何かを作り出す力と何かを理解する力は別物なのでしょう」

 

「…そうみたいだ。助手、あなたが食べたいものを選んでくれ」

 

「そうするのです。完全に日が落ちるまで待たせては、博士が空腹で倒れてしまうのです」

 

 

 

じゅるりと音を何度も鳴らしながら、助手は料理本のページを行ったり来たりします。

 

葛藤はあったようですが、助手はズバッと決めたようです。

 

 

 

「これにするのです」

 

「……これは?」

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

「…本を読んでいたのですか」

 

「この身体じゃ満足に動けないもの。その辺にある本を勝手に読ませてもらったわ」

 

 

 

としょかんのソファに寝そべりながら、ライは何かの図鑑を読んでいました。夕暮れで薄暗いですが、とさかが電気で発光して文字や写真がはっきり映ります。

 

博士は明日の準備を終えたようで、ライの方に近寄ります。

 

 

 

「字はわかるのですか?」

 

「そこにある五十音表を使わせてもらったわ。あとこの辞書も」

 

「……それだけでわかるものなのですか?」

 

「ええ、知っている言葉から読み方を逆算すれば何となくね」

 

 

 

博士はどうしてもライへの違和感を拭えませんでした。まるでヒトの持つ複雑な思考回路をそのまま移植したような性格。驚異的なスピードで学習していく知能。ノヴァも頭のいいフレンズだと思いましたが、ライはそれ以上なのかもしれません。

 

…彼女の正体を知るのは必須だと、改めて確信しました。パークに新しい風を吹き込む存在かもしれませんが、それが災厄を撒き散らす風になるかもしれませんので。

 

 

 

「勉強もよいのですが、ちゃんと体力を整えておくのですよ。明日手術なので」

 

「わかってるわよ。食事が終わったらすぐ寝るから」

 

「夜更かしはダメなのですよ、夜行性でもないのに」

 

 

 

こんなにビカビカ光る生き物は夜に生きるのに向きません。自分の位置を示しているようなものです。

 

ですが、その雷の力は絶大です。電気ナマズのように水に電気を這わせることができる生き物は知っていますが、空気に放電したりあまつさえ電気を身体に蓄えるなど考えもしませんでした。

 

雷というワードから博士は昨日の大雨を思い出して、なぜライが漂流してしまったのかを聞きたくなりました。

 

 

 

「ところで、お前はなぜ湖で流木に掴まっていたのです?」

 

「………………」

 

「言いたくないことなのですか?」

 

「…いや、話しておくわ。あの夜のこと」

 

 

 

「あたしが電の竜として終わったのは霞のかかった夜の森だったわ」

 

「竜…?…お前は、竜だったのですか?」

 

「この図鑑には載っていないけど。…でもこの翼竜に似た行動をとっていたと思うわ」

 

「……なるほど」

 

「その時は特別視界が悪くて、さっさと巣に帰ろうと飛んでいたんだけど…気づいたら叩き落とされて足を折ってしまったのよ」

 

「誰に、ですか?」

 

「わからない。だって、そこに誰もいなかったもの」

 

「ますます訳がわからないのです」

 

「それで途中で意識が途絶えて…そうしたらあの湖に流されていたわ」

 

「いきさつが跳躍しすぎて理解が及ばないのです」

 

「あたしもそうよ。訳のわからないまま死にかけて、今ここにいるんだもの」

 

「ですが、ヒントは得られました。お前が翼竜に近い生き物だったとわかっただけで収穫はあったのです」

 

 

 

つじつまの合わない話に首をかしげながらも、知りたい情報の断片を得られたので満足しました。焦る必要はありません。それを全て知るには時間と考察が必要なのですから。

 

 

 

「さて、助手とノヴァの様子を見てくるのです」

 

「料理、か。どんなものなのかしらね」

 

「未知への挑戦なのですよ」

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

「助手、指は曲げて拳で押さえるんだ。でないと指を切ってしまう」

 

「こう、なのですか?」

 

「そうだそうだ。刃物を使う時は自分をケガさせないのが一番大切だ」

 

 

 

ノヴァが助手の後ろに回って、調理器具の中にあった包丁のレクチャーをしています。ほぼ密着していますが、二人とも料理に集中していて意識していません。

 

 

 

「種は取り出して、実をある程度細かくする、だったな」

 

「こっちは私に任せるのです。ノヴァは火の準備をするのです」

 

「ああ、そうだな。すぐできると思うから、それを切り終わったら粉の用意を頼む」

 

「任せるのです」

 

 

 

二人とも自分にできることを理解して分担を徹底しています。

 

穴の空いた石の台の中に木片を積み上げて、口から燃えるすすと熱い息を吹き出すノヴァ。火の広げ方は前から知っています。

 

プラムを細かく切り終わった助手も、ボウルに入れて次の作業に取りかかりました。単純で細分化された作業なら彼女にも十分できます。

 

 

 

「この粉と適量の水と、こちらの粉も加えて…だまがなくなるまで混ぜる、と。これで本当にできるのですか?」

 

「さあな。ヒトの作ったものだから、理屈もわからない。けど、その粉は間違いなくその絵の“それ”なんだろう」

 

「…騙されたと思ってやるしかなさそうなのです」

 

「さて、こっちも温まってきたな。切った果物と、この粉を一緒に火にかけるのだな」

 

 

 

助手はもう一つのボウルに白っぽい粉と水ともう一種類の粉を入れて、ヘラのようなものでかき混ぜます。持ち方が上手ではないのでぎこちないです。

 

一方のノヴァは鍋を石の台の網に乗せて熱を帯びるのを待っていました。

 

 

 

「…しかし、すごいものだな。この“ほうちょう”といい、この“なべ”といい…こんなに美しく形を作れるなんて」

 

「その道具を作るための道具を作っていたのですよ。それを作っておけば後から簡単に作り直せますので」

 

「…なるほどな。私も、そういうものを作りたいものだ」

 

 

 

やはりヒトには敵わないな、と嬉しそうにため息をつくと、果物と助手が指定した粉を鍋に入れました。

 

ジュー、と心地よい音をならしてプラムが水分を出して煮詰まっていきます。甘い香りが調理場に広がってノヴァも助手もうっとりしました。

 

 

 

「…おっといけない、かき混ぜないと」

 

「焦げる、のですね。…焦げるとはどういう現象なのですか?」

 

「もう焼けないくらいにまで火で炙られた状態だ。食べると苦い」

 

「それはいけませんね。苦いのはおいしくないのです」

 

 

 

助手はそう言いますが、ノヴァは焦がした風味が嫌いではありません。手順の手前やりはしませんが。

 

木のヘラで念入りに混ぜて焦げを防ぎながら、果汁がゼラチン質になる様子を見届けます。横で粉のペーストをグリグリ混ぜる助手も、そちらから視線を外せません。

 

 

 

「…おお、すごいな。本当にハチミツみたいになった」

 

「“じゃむ”という食品なのです。保存が効くのでこの後も食べたい時に食べられるのですよ」

 

「…助手、粉が跳ねている」

 

「あら、いつの間に」

 

 

 

ノヴァの料理に夢中で、ボウルから粉のペーストが顔に跳ねたのに気付いてなかったようです。ノヴァは傷つけないようにそっと指で拭いました。

 

それを熱い息で吹いてやると、ジャムとは違う甘くて香ばしい香りが鼻をくすぐります。

 

 

 

「こっちもすごい。こんなにふくらんだ」

 

「混ぜ具合もいいようですね。じゃむをお皿に移してふらいぱんを火にかけるのです」

 

「わかった。けどその前に」

 

 

 

先ほどのペーストを焼いたものに、木のヘラについたジャムを少しつけました。それを助手に差し出します。

 

 

 

「あじみ、というのだろう。料理する者が味を確認するという」

 

「…こほん。では、遠慮なく」

 

 

 

助手はノヴァの指先の料理を、指ごとぱくり。変な刺激が背筋まで走ってビクッとするノヴァでしたが、なぜかはわかっていないようです。

 

 

 

「…さくさくで、甘くて、少しだけすっぱい……うまいのです…!」

 

「さくさく?…それであってるのか?」

 

「わからないのです。ふかふかと本には書かれているのですが。…でも今の一口は、至福の時だったのです」

 

「まあ、気に入ってくれて何よりだ」

 

 

 

ぎこちない笑顔を作る合間にも、鍋にできたジャムを小皿に移し終わっています。

 

てきぱきとジャムを作った道具を片付けて、フライパンを網にかけました。なにも中に入れていないのですが、ノヴァはフライパンを凝視します。

 

 

 

「…ノヴァ、どうしたのですか?」

 

「いいや、この浅いなべ…表面にすごくいい研磨剤を使ってる」

 

「??」

 

「これなら効率よく武器を磨げるんだろうな」

 

「…よくわからないのですが、ふらいぱんには食べ物がくっつかないように表面を特別な加工しているとあります」

 

「特別な加工、か」

 

 

 

もしかしたら切れ味が落ちづらくなる加工とかも知っているのかも、とノヴァの期待は高まります。気づけば熱したフライパンを直に触っていました。

 

 

 

「…熱の伝導もいい。 ああ、どうなっているのだろうなこれ」

 

「熱くないのですか?私はここでも空気が熱いのです」

 

「溶岩に足を突っ込むよりは熱くないさ」

 

 

 

助手は遠巻きからノヴァの異様な行動を冷静に観察しています。火をおこして、よもや火を触りにいく生き物がどこにいるのでしょうか。

 

温度が頃合いになったと見て、ノヴァは助手から預かったペーストをフライパンに流しこみました。丸く形が整うようにフライパンを傾けて、じっとペーストを見ます。

 

 

 

「表面からふつふつと気泡が出てきたらひっくり返すのです。その頃には底が固まっているので」

 

「わかった」

 

 

 

フライパンからは香ばしい甘い香りが広がり、元は肉食だったノヴァでも味覚が味を期待してしまいます。

 

 

 

「ああ、これは身体に毒だな。あとこれを四回もやらされるなんて」

 

「空腹は最高のすぱいすなのですよ。餓狼の気持ちで期待して待っているのです」

 

 

 

助手の言ったとおり表面から気泡がふつふつと出てきたので、薄い金属のヘラで底をすくい…

 

 

 

「あっ」

 

 

 

料理はヘラから滑り落ちて、そのまま地面に…

 

 

 

「おっと危ない」

 

 

 

…地面には落ちませんでした。金属質なノヴァの尻尾のみねで受け止めて、その熱を尻尾に伝えます。

 

 

 

「やってしまったのですねノヴァ」

 

「ああ、これは責任を持って私が食べるよ。鉄くさくなっているだろうし」

 

「…何だか尻尾の上でも焼けているように見えるのです」

 

「この身体になってから自然に尻尾を擦る姿勢になってしまってな。ずっと熱を持ったままなんだ」

 

 

 

ノヴァの長い尻尾はいつでも地面を刻んでその摩擦熱を蓄えています。助手が興味本位でそっと触りますが、あまりの熱さにすぐ手を離してしまいます。

 

 

 

「あつっ!熱いのですっ!」

 

「大丈夫か?擦った時の熱もバカにできないだろう」

 

「…全身火の玉なのですね」

 

 

 

尻尾で器用にフライパンの上に戻すと、刃に触れた部分が黒く焦げていました。頭の後ろをかいて、ノヴァは大皿に料理を乗せます。

 

 

 

「次は失敗しないように気を付けるさ」

 

「お願いするですよ。火を扱えるのはお前しかいないのですから」

 

 

 

 

 

 

「な、ななな、なんてことですか」

 

 

「わ、私にすらくってかかるような助手が、楽しそうにいちゃいちゃしながら一緒に料理を作っているのです」

 

 

「ノヴァ、あなたも災厄の炎を振り撒く存在なのですかぁー!」

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

「待たせたな。コノハ博士、ライ」

 

「とっておきの料理が出来上がったのです」

 

 

 

両手に皿を持ったノヴァと助手が建物の中に入ってきました。椅子に座って落ち着かない様子で足をブラブラさせていた博士は、怪訝な顔をして二人に言葉を返しました。

 

 

 

「料理は楽しかったですか?ノヴァ、助手」

 

「ああ。ヒトの営みに触れることができてすごくためになった」

 

「新しい発見ばかりだったのです。手探りでもの作りをするのは、まさに未知の冒険だったのです」

 

「仲がいいのね、ミミとノヴァは」

 

 

 

ライの一言で少しむっとする博士ですが、漂う甘い香りで怒りなど吹き飛んでしまいました。

 

机に皿を乗せて、ノヴァと助手も着席します。

 

 

 

「…暗いな。少し遅くなってしまった」

 

「我々は夜目が効くので大丈夫なのですが、ノヴァは夜は苦手なのですか?」

 

「そうでもないんだが…。だいたい夜活動する時は周りに火をつけるから、それがないと不安だ」

 

「うわ、はた迷惑…。あの火を吹くチキン野郎みたい」

 

「あんなへなちょこと一緒にしないでもらえるか」

 

 

 

なかなかの毒舌に少しむっとしたノヴァでしたが、相手がけが人なので自重します。獰猛さが残っていたなら尻尾を降り下ろしていたことでしょう。

 

共通の認識を持たない博士と助手は首をひねりますが、共通の認識を持つという事柄からある推測を思いつきました。

 

 

 

「もしかしてノヴァとライは、同じ時代の生き物なのですか?」

 

「時代?」

 

「ジャパリパークでは絶滅したはずの動物も、フレンズになって過ごしているのです。化石や何らかのサンプルがサンドスターに反応するのです」

 

「…理屈はわかったけど、火を吹くやつはあのチキン野郎と耳デカと岩の竜くらいしか知らない。ノヴァみたいに剣みたいな尻尾をぶんぶん振り回すやつは、あたしの縄張りにはいなかったわ」

 

「私もだ。雷を放つのは金色の猿と狼のやつくらいしか知らないな。緑の雷は初めてだ」

 

「あ、でも金色の猿は知ってるわね。あいつだけは関わらないようにしてた」

 

「そうあるべきだ。威嚇と攻撃がほぼ同時だからな、あいつ」

 

「やってられないわよ…。爪を一本折られちゃったりしたし」

 

「私だってせっかく研いだ尻尾を欠けさせられた。……共通の敵はいたようだな」

 

 

 

愚痴で盛り上がる二人についていけない博士助手。ですが、“金色の猿”という共通の天敵がいるということはかなり近い時代に生きていた生物と推測できます。

 

金色の猿と聞いてキンシコウを想像しますが、彼女が雷を纏ってノヴァやライを蹴散らす姿はまるで想像できません。

 

 

 

「まあ、いいや。明かりならそこにランプがあるわよ。火をつければいいじゃない」

 

「らんぷ?」

 

 

 

ライが棚の上に乱雑に置かれたガラスの置物を指さします。ノヴァが立ち上がってそれを手に取ります。

 

 

 

「人間どもが夜に使ってた道具よ。その中の火種に着火すれば安全に明かりにできるんだって。火種が何なのかは知らないけど」

 

「…ああ、確かに。この白いのは火がつくやつだ」

 

「…まずいのです博士。島の長として、森の賢者としてのアイデンティティが奪われかけているのです」

 

「どちらもヒトの文明を象徴するエネルギーを操る生き物なので、知能もものすごく高いということなのです…たぶん。自然とは時に残酷なものなのです」

 

 

 

ノヴァはさっそくランプのロウソクに火をつけて机に戻ってきました。

 

暖かい火の光が四人を照らして、皿の上の料理もはっきりと全貌が見えます。

 

 

 

「さて、雑談で盛り上がっていたけど、冷めない内に食べよう」

 

「ノヴァ、これは…?」

 

「ぱんけーき、というらしい。そして横に付け合わせたのがプラムのじゃむだ」

 

 

 

焼き色のついた真ん丸な生地を、博士とライは凝視します。顔を近付けるほど鼻腔をくすぐる甘い香りが際立ちうっとり。

 

 

 

「ないふとふぉーくで食べるようです、博士」

 

「この金属の道具ね。…私が持ったら通電しちゃうわ」

 

 

 

ライのグローブの指先には黄緑の爪がついていて、常に電気を帯びています。尻尾を掴まれたらビリビリするのだろうな、とノヴァは背筋を無意識に立てます。

 

 

 

「ならこっちのじゅし製のを使うのです。電気を通さないと思うので」

 

「じゅし…?なにこれ…?」

 

「よくわかっていないのですが、ヒトはこれでありとあらゆる形を作っていたそうです」

 

 

 

助手がノヴァの使うはずだったナイフとフォークをライに渡します。それは確かに通電させることなくライの手に収まります。

 

 

 

「軽い…。それに硬い」

 

「…それも材料に欲しいな」

 

「これは難しいのです。それの材料は“せきゆ”に由来するもので、この島では取れないものなのです」

 

「そうか…」

 

 

 

残念がるノヴァを尻目に、今にもパンケーキにかぶり付きそうな博士。もうご託はいいのでさっさと食わせろなのです、と目が言っています。

 

 

 

「…もう博士が辛抱たまらないようだ。いただくとしよう」

 

「ないふで切って、じゃむを塗って食べるのですよ」

 

「で、では…」

 

「全ての生命に感謝して、いただきます」

 

「??何を言っているの?ノヴァ」

 

 

 

ノヴァは両手を前で合わせてまぶたを閉じて一言。ライには少し不気味に聞こえました。

 

 

 

「この果物を実らせた木だって生きている。この粉や道具を作ったヒトも生きていた。そして、それを私たちが食べる。感謝の一つもしないと申し訳が立たないだろう」

 

「…ヒトの世にあった宗教という概念に近い考え方なのです。ノヴァがさっき意味を教えてくれと聞いてきたので教えてたのです」

 

「…バカバカしい考えね。全ての生命は誰かに破壊されるためにあるのよ」

 

「ライ、それも正解なのですが…。今は早く食わせろなのです」

 

 

 

我慢の限界にきた博士はフォークで一突きしてかぶり付きました。ナイフを持つ意味がありません。

 

 

 

「…どうかな、博士」

 

「………………」

 

 

 

パンケーキを凝視して咀嚼を続けます。

 

 

 

「………………」

 

「………………感激なのです!温かくて、ふわふわで、ほんのり甘くて…これを美味、というのですね!」

 

 

 

ノヴァはその一言を聞いてほっとしました。そしてなぜか同時に嬉しくなります。ゴーグルの下の表情も緩みます。

 

 

 

「どれどれ…あたしも……」

 

 

 

すーっとナイフで端を切り取って、ジャムをつけてから口に運びます。

 

 

 

「どうです?ライ」

 

「………………」

 

「??どうしたのです?」

 

 

 

視線を下げて何かをこらえる様子のライ。助手が不安がって前のめりになりますが、状況が掴めません。

 

 

 

「…こ、…こんな美味しい食べ物…初めて……」

 

「な、泣いているのですか?」

 

「大きな草食竜の一番いい部分を食べても、味なんてないようなものだったのに…。…何でかな、仲間が作ってくれたから…?」

 

 

 

意外すぎる反応に博士も助手もノヴァも困惑しています。

 

 

 

「どうやらあの記載は事実だったようですね。みんなで食卓を囲んでとる食事はおいしく感じられると」

 

「そういうものなのか」

 

「そういうものなのです。楽しさと美味しさは相乗効果なのです」

 

 

 

試してみたくなって、ノヴァもパンケーキを切ってジャムと一緒にほお張りました。

 

若干焦げくさいのと鉄の味がするのを除けば、芳醇な甘い香りと甘酸っぱい濃厚な味が楽しめました。自分が食べてきたどの食べ物よりもおいしいと感じたのは確かです。

 

でも一番心を躍らせたのは、これを自分と助手で作り上げたということです。フレンズになってよかった、もの作りはこんなに楽しいんだ、仲間がいるってうれしいことなんだ、と心の底からこの幸運に感謝しました。

 

 

 

「…悪くない、な」

 

「これからもよろしくお願いしますね、ノヴァ」

 

「ああ、助手。一緒にいいものを作っていこう」

 

 

 



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しゅじゅつ

翌朝のとしょかんは、明け方から忙しそうな雰囲気を醸し出していました。

 

博士とノヴァがあちこちから物資を建物の中に運び、並べています。

 

 

 

「博士、これは?」

 

「縫合糸なのです。遺された施設からもらってきたのです」

 

「…これで切断部を縫い合わせるのか」

 

「お前のその指では針の扱いは難しそうなので、我々がやるです」

 

 

 

針すら切断しそうな鋭いグリップの指では、縫合は難しいでしょう。ノヴァも無理だなと感じています。

 

指示された物資を全て建物に入れて、一息つきました。

 

 

 

「……ところで博士。助手はどこに行ったんだ?」

 

「麻酔に使えそうな植物と、注入に使えそうな牙を探しに行ったのです。夜中に出て行ったのでもうそろそろ帰ってくると思ったのですが」

 

「本当にやる気だったんだな」

 

 

 

ただの独り言のつもりが、とんでもないことになってしまいました。一つ間違えれば大変なことになります。

 

荷物を所定の場所に配置しつつも、助手を信じるしかないノヴァでした。

 

 

 

「噂をすれば戻ってきたのです」

 

「ただいまなのです。博士、ノヴァ」

 

「おかえり助手…と、お客さんか?」

 

「今回麻酔薬の取り扱いを請け負ってくれるフレンズをご招待したのです」

 

 

 

助手はフレンズを一人抱えて飛んできました。そのせいか少し疲れた顔をしていますが。

 

助手が連れてきたフレンズは、日に焼けた色の肌の、ノヴァより長い尻尾を持つフレンズでした。大きく膨らんだフードの裏には、まるで威嚇するような目玉の模様が描かれています。

 

 

 

「あなたは?」

 

「キングコブラだ。ミミちゃん助手に助けたいフレンズがいると聞かされて協力することにした。何でも、毒草を使うとか何とか」

 

「そうだったか、協力感謝する。キングコブラ」

 

「これも一族の頂点に立つものの義務だ。…そしてお前が噂の火のフレンズか」

 

「ああ、噂は知らないが。私はノヴァ、今回のしゅじゅつに参加する一人だ」

 

「ああ、よろしくな」

 

 

 

キングコブラが手を差し出しますが、ノヴァは少しためらいます。手のグリップは爪ではないのでしまえない、握手をすれば簡単に相手を傷つけてしまうから。

 

しかし、ヒトの作ったコミュニケーションの方法を実践したい気持ちも強いです。指先の研ぎ澄まされた牙で握るのを避けて、相手に手のひらを握ってもらうことで信用を確認します。

 

 

 

「キングコブラ、あなたは薬の扱いができるのか?」

 

「助手が用意したこの木の実は知らないが…牙を使っての注入はできると思う」

 

「調薬は任せるのです。キングコブラには指定した箇所に牙で薬を投与するのです」

 

「任せてくれ。…で、この薬にはどんな効果が?何で敵でもない者に投与するんだ?」

 

 

 

説明してなかったのかとまゆをひそませるノヴァでしたが、助手も博士もどこか抜けているところがあると再認識しました。

 

 

 

「少しの毒ならば命を奪わない。身体の痺れが起きるくらいだ。その間なら痛みを抑えられる。…だから、その間にあいつの壊死した足を切除する」

 

「足を切る…?どういうことだ」

 

「言葉の通りなのです。もう再生しない足を切除して、壊死が広がるのを防ぐのです」

 

 

 

告げられた事実は、キングコブラにとってもショッキングなことだったようです。毅然とした表情が一転して焦りを色濃く映します。

 

 

 

「…博士、それで本当にそのフレンズを助けられるのか?」

 

「…それは…」

 

「現状よりまし、としか言えないのです。足を失えば普通なら淘汰されてしまいますので」

 

 

 

言いよどむ博士に代わって助手が状況を説明します。かつては動物を狩っていた猛禽であったからこそ、助手は身体の欠損に耐性があるのでしょうか。

 

 

 

「だが、私たちはヒトの叡知に触れる力がある。代わりの足を作り出すことも可能なんだ」

 

「…とまあ、 この二人はヒトの技術への挑戦に夢中なのです。…長としては少し懸念もあるのですが」

 

 

 

やれやれと手を振る博士ですが、彼女も個人としては楽しんでいる節があります。知の追求はアイデンティティでもあるので。

 

 

 

「…気を害してしまいましたか?キングコブラ」

 

「いいや、ノヴァの心の熱は確かに伝わってきた。本当にそのフレンズを助けてやりたいというのに嘘はなさそうだ」

 

「ああ。あいつがここでフレンズとして楽しく暮らせるようにしたいんだ」

 

 

 

キングコブラの感覚器もノヴァが放つ炎のような熱を感知しています。それが単なる体温だけでなく、冷めることのない熱意であることも。

 

力を貸すのに相応しいやつだ、とキングコブラも納得しました。

 

 

 

「…ぜひ協力させてくれ。この灼熱の刃も“王の資格”を持つ者だ」

 

「ノヴァが王ですか?…まあ、元々が強さと知能を兼ね備えた生き物だとは思いますが」

 

「王はやめてくれ。あの臆病者を思い出す」

 

 

 

かつて火を操る空の王を気取る者と戦いましたが、火がノヴァに効かないと知るやすぐに退散しました。ノヴァも同じことですが、彼女には剣というもう一つの武器があったので逃げはしなかったのですが。それ以来空の王はノヴァの目の前には現れなかったのです。

 

 

 

「これで準備は整ったのです。ライを運んでくるのです、ノヴァ」

 

「わかった」

 

 

 

落ち着き払った様子を見せるノヴァですが、心の中では炎が荒れ狂っています。失敗の恐怖に怯えていたり、自分を認めてくれる仲間が増えて嬉しかったり、この後の活動をどうしようか悩んだり。

 

揺れ動くのがヒトの心なのだと、ノヴァが気づくのにはもう少し時間がかかりそうです。

 

しかし、判断に時間はいらないようです。どうなるかわからない未来への考え事はズバッと切り捨てて、としょかんの建物を出てライが待つ休憩所に向かいました。

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

「待たせたな、準備ができた」

 

「ノヴァ…」

 

 

 

ベンチに座って青空を眺めていた様子のライ。健康であればそこを縦横無尽に飛び回っていたのでしょう。

 

 

 

「…あたし、ちゃんとここで生きていけるのかな」

 

「できるさ。ここにいるみんな、全部信じていいのだから」

 

「…あんた、意外と能天気なのね」

 

「外敵はほぼいないからな。同族しかいないのなら、疑うことの意味がなくなる」

 

「同族同士のいざこざだってあるでしょうに」

 

 

 

ライの表情は晴れません。博士やノヴァが処置に失敗するとは思っていませんが、全てを疑ってきたライが全てを信じることはできないのです。不安、猜疑心、絶望感、その他の負の感情ばかりが思考を駆け巡って一切の光を遮断します。

 

そんなの知らない、気づかないと言わんばかりに、ライの身体を抱き上げるノヴァ。この手術がライをいい方向に導くと信じてやまないのです。そう、信じたいのです。

 

 

 

「考えていてもしょうがない。ほら、行くぞ」

 

「…まったく。こっちはわけもわからず見知らぬ場所に見知らぬ姿で放り出されたっていうのに…」

 

「それは私も同じだ。だがそんなこと延々考えているより、ここで今できることをした方が賢いだろう」

 

「…その前向きさ、一体何なのかしらね」

 

 

 

二度もため息をつくライ。この冷淡と熱血が同居している変人には少しうんざりしています。

 

彼女の刃のような歪みのない真っ直ぐな性根だからこそ、すぐに順応できたのかな、と少し羨んだりもしていますが。

 

 

 

「話は終わってからだ。しゅじゅつのために来たお客さんもいることだし」

 

「そうなの?」

 

「毒を上手に使えるやつらしい。麻酔をやってくれるそうだ」

 

 

 

あっちも待たせてしまっているな、と少しノヴァの歩調が早くなります。ライを抱えていてなお、およそヒトの歩くスピードを越えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、主役の登場だ」

 

「ふむ。その者が…」

 

「…種族不明のライよ」

 

「ライ、だな。私はキングコブラ、今回のしゅじゅつの手伝いをさせてもらう」

 

 

 

ライがどこか不機嫌に自己紹介すると、キングコブラも何かを察したようです。それ以上は言及しませんでした。

 

 

 

「ではさっそく始めるのです。ノヴァ、ライをこの台の上に置くのです」

 

「わかった」

 

「……よろしくお願いするわ」

 

 

 

博士の指示の下、ひとまず横向きで台に寝かせました。

 

おもむろに博士は、ライのパイロットスーツのような被服に手をかけ、あっという間に脱がせます。服が脱着できることを初めて知ったキングコブラは少し驚いて、既知の助手とノヴァは気にも止めていません。対してライは、理由のわからない恥ずかしさで声にならない声をあげました。

 

もだえるライの後ろに回って、博士は腰のあたりに丸い印を書きました。

 

 

 

「麻酔を打つ場所はここなのです。しるしをつけた脊椎の部分へ、血ではなく透明な体液が出る深さまで差し込むのです」

 

「…私自身の目ではわからんぞ」

 

「大丈夫なのです。我々が確認するので」

 

 

 

博士がそう言うなら、とキングコブラも納得したようです。台に近づいて位置をしっかり目で確認しています。

 

しかし、ライの緊張が高まってきたのかバチバチと身体に電気が回ってきました。

 

 

 

「うおっ、なんだこれは」

 

「ライ、やっぱり怖いか」

 

「ち、違うわよっ…!で、でも…」

 

「……大丈夫だ。私たちに任せてくれ」

 

 

 

バチっと電気がキングコブラを襲って飛び退きました。威厳のあるキングコブラでも、雷は未知の恐怖の存在です。

 

ノヴァはしゃがんで視線をライと合わせます。そして牙で傷つけないようにそっと彼女の手を握ります。

 

体温の高いノヴァの手は、震えを止めるには十分でした。ピリピリした電気はノヴァの金属質な尻尾を通して、地面へ放出されていきます。どうやら、電気はノヴァの生命を脅かすには至らないようです。

 

ライはノヴァのゴーグルの奥の温かい眼差しで、落ち着きを取り戻しました。ただ一人で孤高に生きてきた彼女にとって、信じられなくも信じたいものでした。

 

 

 

「まったく、毎回放電されては羽毛がちりちりになってしまうのです」

 

「ノヴァ、しっかりアースするのですよ」

 

「…あーす?」

 

「そのままライの手を握ってろということなのです。…ではキングコブラ、お願いするです」

 

「ああ、…これでいいんだな、助手」

 

「こっちが衛生管理用の消毒液、こっちが“こかの実”から抽出した薬なのです。希釈はばっちりなのです。…あ、先にこっちで消毒するのです。…あと、お前も少し痺れるかもしれないのです、キングコブラ」

 

「どれ…」

 

 

 

助手が二つのシャーレの蓋を開けて薬品をキングコブラに差し出しました。ライを連れてくるまでの時間で調薬できるあたり、本当は一人で料理もできるのではないかと疑うノヴァでしたが、今は突っ込みを控えます。

 

キングコブラは指示通り消毒液で指を清めた後、麻酔薬につけてしばらく待ちます。

 

毒をもって毒を制すと言いますが、キングコブラ自身も毒に耐性があります。それゆえに他の蛇たちの上に立つ存在なのです。

 

 

 

「……ああ、確かに。この毒は私でも防げない」

 

「それくらいでいいのです。あまり吸いすぎると大変なことになるのです」

 

 

 

この植物由来の毒には抗体がなかったようです。指先の針のような牙からヒリヒリしてきました。

 

 

 

「さっさとやろう。時間をかけると私までやられそうだ」

 

「ああ、私も電気が流れ続けて変になりそうだ」

 

 

 

印の場所に牙を刺し込みます。長さは足りるようです。

 

 

 

「うっ……っく……」

 

「大丈夫だ、ライ。少しの我慢だ」

 

 

 

ノヴァの手を握る手に力がこもります。その締め付けはすさまじく、メキメキと音を立てて骨を軋ませました。頑強なノヴァでなければ砕かれていたことでしょう。

 

 

 

「…体液が溢れてきたのです。キングコブラ、薬を注入するのです」

 

「承知した」

 

 

 

じーっと牙を注視していた博士。その周りから透明な体液が出てきたのを確認してから、キングコブラに指示を出しました。

 

しばらくした後、キングコブラは牙を抜きました。すかさず助手が跡に消毒液と綿をあて、博士はキングコブラへ消毒液のシャーレを差し出します。

 

 

 

「キングコブラ、具合は大丈夫ですか」

 

「私はな。しかし、この薬が効いているかはわからん」

 

「効き目が出るまで少し時間がかかるのです。それまで待つのです」

 

「…どうなんだ、ライ」

 

「…わからないけど、少しこっちの足に違和感が出てきたかも」

 

 

 

苦しそうな表情はしていないので、ノヴァは少し安心しました。

 

助手がノヴァの隣まできて一緒にライの表情を覗きます。

 

 

 

「異常はありませんね。ではノヴァ、お前は切除の準備をするのです」

 

「…わかった」

 

「………………」

 

 

 

再度ノヴァの手をライは強く握りました。ノヴァも無言で握り返します。うまくやってみせるさと念じて。

 

手をほどいて背中の大剣を引き抜きました。昨日念入りに研いだ刃は、美しくすらあります。

 

 

 

「すごいなあの武器は。シカやサイの角が木の枝に見えるぞ」

 

「切れ味は極上ですが、それゆえに諸刃の剣。手入れの上手なノヴァだからこそ扱える業物なのです」

 

 

 

消毒液で指の牙を清めて、さらに刀身にも消毒液を流しました。青い刃は滞りなく液を弾いて、手のひらも熱を帯びて赤くなります。

 

その指の牙で強く刃をなでつけてやります。熱が瞬く間に広がり、青い剣は灼熱の刃へと変貌します。

 

少し離れた場所の椅子に座るキングコブラも、その熱量に驚かされるばかりでした。

 

 

 

「…本当に、炎、なのね」

 

「ああ。これなら引っ掛からずに切れる」

 

「線のしるしにそって真っ直ぐ、一発でいくのです。下手に刃を止めるといたずらに苦痛を与えることになりますので」

 

 

 

博士は苦虫を噛み潰した顔でライを仰向けに倒し、蝕まれた足に印を入れます。膝の上まで色を失った足を見るのは、気持ちのいいものではありません。

 

 

 

「私は準備できているのです。練習はたくさんしてきたので」

 

「あとはライの効き具合次第なのです。生きてる足をつねっても痛みを感じなくなったら言うのです」

 

「…わかったわよ、コノハ」

 

 

 

助手は縫合と止血の準備を完了していました。いつも通りの無表情でライを見つめます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博士に言われた通り、ライは自分の痛覚を確認して反応がないのを伝えました。

 

 

 

「コノハ…もう感覚はないわ。…切除を、お願い」

 

「わかりました。…ノヴァ」

 

「……ああ」

 

 

 

肩に担いだ剣は未だ盛んに燃えています。

 

ノヴァは刀身の先の方を持って、手元が狂わないように合わせました。灼熱がノヴァの手を真っ赤に染めますが、彼女は意に介しません。

 

反対の手は動かないライの足首を押さえました。牙が入って黒ずんだ血が手を汚しますが、彼女の熱はそれを焼き清めます。

 

 

 

「……いくぞ」

 

「あ…ぅう……あ…」

 

 

 

らしくもない弱々しい声。手で顔を覆って必死で恐怖を圧し殺す姿。通電する部位を触らなくても伝わる放電。いくら痛みがないとはいえ、自分の足がなくなる光景を見せつけられれば正気を保っていられるはずがありません。

 

ライがどんな思いをしているか、ノヴァにはわかりません。後ろ向きな感性が無いのか、それとも後ろ向きになることこそが恐怖と知っているのか。

 

けれど、今それは必要ありません。ライを助けるのは前向きな熱い思いなのだから。

 

 

 

ザッ

 

 

 

「うあぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 

 

耳を押さえたくなる悲鳴と共に、雷鳴がとしょかんに轟きます。光と音と衝撃で他の四人は一瞬意識が飛びました。

 

 

 

「……っく。こっちがくたばるところだったぞ」

 

「ノヴァ!ライ!大丈夫なのですか!?」

 

「…ああ、私は問題ない。思い切り電撃を食らっただけだ」

 

「全然大丈夫じゃないのです!普通なら死んでるのです!」

 

 

 

しりもちをついたノヴァの髪ははね上がって、皮膚にもすすがついています。彼女の息でついたものかもしれませんが。

 

驚異的生命力に驚きと感謝を覚える博士。ノヴァを打ち負かせる生き物などいるのかと思ってしまいます。

 

 

 

「それよりライは?どうなった」

 

 

 

立ち上がりながら視線を上げていきます。手を離れた大剣は台に深い爪痕を残し、床に突き刺さっていました。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「しっかりしろライ。…切除は無事に終わった」

 

 

 

台の上には顔を覆って息を乱すライと……ライの足、だったものがありました。出血は最小限のようで、敷き詰められた布は放電で焼け焦げているばかりです。

 

 

 

「…剣の熱が血を焼き潰しているのです。血が思ったより少ないのです」

 

「それはよかった。助手、さっそく縫合を頼む」

 

「任せるのです」

 

 

 

助手も駆けつけて切断部の縫合を始めました。どの本からやり方を学んできたのか、手順に迷いがありません。

 

 

 

「ライ、やったぞ。もう苦しいことは過ぎ去ったんだ」

 

「はぁ……はぁ…ノ、ヴァ」

 

「…よく、頑張ったな」

 

 

 

ノヴァ自身も何だか高揚して、何をしていいかわからなくなっています。気持ちだけが先走って、ライの首を抱きしめました。

 

 

 

「ちょっ……ノヴァ」

 

「私もどうしたらいいかわからないんだ。だから、何も言わないでくれ」

 

「あ…熱い…」

 

 

 

「…これでいいんだな。博士」

 

「はい。これで行程は終わりなのです。ご協力ありがとうございました、キングコブラ」

 

「…ノヴァか。面白いやつだな」

 

「あげないのです。ノヴァは、我々の研究対象なので」

 

「…まあ、友達になるくらいなら構わんだろう?」

 

「それくらいの報酬は許容してやるのです」

 

「……あと、少しここで休ませてくれ。あの薬のせいか、変な気分になってきた…」

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

手術は無事に終わって、疲れ果てたライはとしょかんのソファで熟睡しています。後始末を終えたノヴァも外のベンチで一息入れました。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

 

ため息と一緒に出てきた火の粉が風に乗って舞います。すぐに消えてしまいますが、焼けた匂いは残ります。

 

 

 

「お疲れさまなのです、ノヴァ」

 

「助手か。そっちは大丈夫なのか」

 

「はい。というより、片付けはノヴァがほとんどやってしまったでしょう?」

 

 

 

助手が静かに飛んできました。ベンチの隣に腰をかけてじゃぱりまんを半分こしてノヴァに手渡します。…よく見てみればノヴァ用のじゃぱりまんでしたが。

 

博士と助手は片付けが得意ではないフレンズのようで、後始末があまり進んでいませんでした。それを察したノヴァが率先して片付けを九割方やったのです。

 

 

 

「…火葬は、うまくできましたか」

 

「……ああ。“はか”も立ててやったよ」

 

 

 

切断したライの足は、火葬という形で葬られました。石の上で焼いて、灰をビンに詰めて、石を集めて立てた墓の中にしまいました。

 

これの意味をノヴァは理解していませんが、ヒトはこのように同胞の死を弔ってやるのだと博士に教わりました。自身の身体の一部だって同じです。

 

 

 

「浮かない顔をしていますね」

 

「……そうか?…そうかもな」

 

「誇ってもよいのですよ。ノヴァは仲間の命を救ったのですから」

 

「…理由はわからないが…あの時のライは、確実に怖がっていた。…もっといい方法があったのではないかと、今でも探してしまうんだ」

 

 

 

熱が引いてから、こみ上げてきたのは後悔。自分の判断がライに不要な苦しみを与えてしまったのではないのかと、この姿になって得られた思考回路が旋回しています。不明な未来を案ずる思考はなくても、選ばなかった過去に思いを寄せる感傷はあったようです。今まで経験したことのない感情に、なかなか前向きになれません。

 

助手は何も言わず、考えているようでした。ノヴァがどうしてそんな気持ちになったのか考えているのか、それともノヴァが元気になる方法を考えているのか。

 

ジリジリ照らす真昼の日射しが沈黙を余計に助長します。耐えきれずに沈黙を破ったのは助手でした。

 

 

 

「我々にできるのは、ライが自分で生きていけるまでのお世話と、義肢を作り上げることなのです」

 

「…それはわかっている」

 

「他に方法があったとしても、…もう後戻りはできないのです。さいは投げられたのです」

 

「わかっているさ。…でも何故か、らしくもなく後悔を断ち切れないんだ」

 

「…それこそヒトの思考なのです。お前が重んずるヒトの心…それは時に足かせにもなるのです」

 

 

 

ヒトの思考はいいことだけではないと、助手は無表情のまま言いました。複雑に絡む事象を紐解こうとするゆえに、糸口が見えなければ立ち止まってしまうこともあります。

 

ノヴァはその時初めて、自分の足に悩みの糸が絡んでいることに気付きました。今までならそれに気づかず力ずくで踏み進んでいましたが、その存在を知ればほどきたくなるヒトの思考が足を止めます。

 

そしてもう、それを元に戻すことはできません。完全にほどききるか、蛮力で断ち切るか、それしかないのです。

 

 

 

「…それがヒト、か」

 

「はい。ノヴァは特別思考が発達しているようなので。フレンズによってはそんな悩みを抱えず野生に近い暮らしをしていますが」

 

「……いいや、返ってよかった。私にもヒトに近づけるチャンスはあるということだからな」

 

 

 

この葛藤を制し生きていくヒトはやはりすごいな、とノヴァは畏敬の念を覚えます。そして、越えなければならない壁であると確信しました。

 

 

 

「その克己心こそノヴァの本質なのです。さあ、腹ごしらえが終わったら料理でヒトに近づくのです」

 

「…結局それかよ」

 

 

 



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へびのおうとあおいほうけん

 

「まずはこのジャパリパークがどんな場所かを身をもって勉強してくるのです」

 

「我々が“製鉄”や“義肢”について調査しておくので」

 

 

 

手術の翌日。博士と助手は最初の仕事をノヴァに伝えました。

 

それは、ジャパリパークを知るべし、と。

 

 

 

「…その真意は?」

 

「ここにいてもお前は料理しかやることがないのです」

 

「我々はそれでもよかったのですが。作成の段取りが決まれば、恐らく素材を集めるためにパーク中を行き来するので。土地勘を身につけるのです」

 

「なるほど」

 

 

 

ノヴァも元々は刃を研ぐ石を求めて遠征する種族です。砂漠や火山を徘徊していた時期もありましたので、縄張りを出ることにそこまで抵抗はありません。

 

納得した様子のノヴァが立ち上がると、背後から誰かが迫るのを感じます。もう剣を抜く仕草をとらないくらいには慣れましたが。

 

ゆっくり振り返ると、キングコブラがそこにいました。

 

 

 

「お帰りですか、キングコブラ」

 

「体調が整ったので私は帰らせてもらうぞ。あと、ノヴァの“りょうり”、すごくおいしかった」

 

「それはどうも」

 

 

 

強面のキングコブラも、最高のおもてなしをしてくれたノヴァにはいい笑顔を見せました。

 

昨日のお昼は、ぜんざいを作りました。豆と砂糖を入れて煮て、もち米を蒸して…。うすときねは見当たらなかったのですりばちで地道についていきました。

 

博士と助手、ライとキングコブラも甘くて温かいぜんざいに満足して、手術後の重い空気はどこかへ飛んでいきました。お互いに打ち解け合い、いろいろなことをしゃべって楽しい時間を過ごしたのです。

 

 

 

「そうですねぇ…キングコブラ」

 

「なんだ?」

 

「じゃんぐるちほーに帰るまで、ノヴァを一緒に連れていくのです」

 

「……それは命令か?」

 

「もちろんなのです。ノヴァの性格なら各ちほーのフレンズとトラブルを起こすとは考えられませんが、一応後見人が欲しいのです」

 

「…案外信用されていないのか、私」

 

 

 

博士が信用しきっていないと知り、少し肩を落とすノヴァ。悲しい気持ちになるのは初めてでした。

 

 

 

「いいだろう。道案内がてら親睦を深めるのも」

 

「お願いするのです」

 

「ノヴァ、ちゃんとキングコブラのいうことを聞くのですよ」

 

 

 

子供のように扱われて少し腹が立ちましたが、実際そうです。ノヴァはまだこの地で生を受けて一月も経っていない子供なのです。

 

いまいち納得のいかないノヴァは首をかしげて渋い顔をします。その背後から這うようにキングコブラが絡んでくるのにも気付かず…。

 

 

 

「そうだぞ。秩序を乱す者は王として制裁を与えてなければならない」

 

「…!」

 

 

 

手足をノヴァの肢体に絡めて、首元に毒針を仕込んだ指を突き立てます。キングコブラの長い尻尾もノヴァの足に絡み付いてがっちり動きを封じます。

 

何だかなまめかしい二人の絡み合いを目の当たりにした博士と助手は、少し顔を赤らめました。

 

耳元でささやくように忠告をすると、ノヴァのゴーグルがくもって表情がわからなくなりました。

 

 

 

「遺憾だが、心得た」

 

 

 

ジュッ

 

 

 

「あつっ!」

 

 

 

赤熱した尻尾はフリーでした。器用にねじって曲げて、一瞬だけみねをキングコブラの背中にあてます。その短時間でも服の上から熱を伝えるには十分でした。

 

真昼の砂漠の地面すらぬるく感じる灼熱の刃で触れられ、キングコブラはすぐさま身を引きました。同時にこのフレンズが自分すら及ばない強者であると認識します。

 

 

 

「だが覚えていてほしい。私という生き物が外敵を滅ぼすことに特化した者であることを。もし我を忘れて暴れたら、辺り一面火の海になってしまう」

 

「…わかった。気を付けよう」

 

「私も理性的に振る舞うようにするが…このように挑発されたら抑えられるかわからない」

 

 

 

改めてノヴァという生き物の凶暴さを認識する博士。身体に込められた炎は文明の象徴ではなく、噴火のような破壊の象徴。これを自ら纏うというのは、外敵を燃やし尽くすという意識の表れ。

 

ノヴァが知性で本来の姿を押し留めているだけであって、一度暴れ出したら災厄の炎がパークを不毛の地に変えてしまうでしょう。

 

 

 

「そうならないようにお願いするのです。お前がヒトに憧れるのであれば、自然との調和を考えられるようになるべきなのです」

 

「…自然との、調和?」

 

「かつてヒトは、過剰に増えた種族の数を減らしたり、滅びそうな種族を保護したりして生き物の力のバランスを保とうとしていたのです」

 

「増えすぎたり悪さする種族を淘汰する者はハンターと呼ばれたのです。そう、ヒグマやキンシコウはフレンズを守るだけではなく、セルリアンの数を調整しパークの力のバランスが崩れないようにしているのです」

 

 

 

キングコブラはその意味が伝わらなかったようですが、ノヴァには身に覚えがあります。

 

なぜなら、かつて自分が淘汰されたからです。それも、ヒトによって。

 

 

 

「…ははは。なるほどな。どうりで」

 

「意味がわかるのか?ノヴァ」

 

「ああ、痛いほどに。実際にハンターに淘汰されてみて、ようやくわかった」

 

「…では、前の姿の時はハンター…ヒトに狩られたのですね」

 

「そうだ。新しい鉱石で研いだ刃を試したくて、辺りにいた奴らを片っ端から斬り捨てた。そうしたら、今度は私が斬り捨てられた。…悪逆の刃は支配者の剣の前に折られたんだ」

 

 

 

ようやく長く悩まされていた謎が解けて、満足そうな顔をしています。なぜ自分が討伐されたのか。ヒトが見つけた世界の仕組みに触れられて、それを理解し実践できる力を得られて。

 

これからの自分が可能性に祝福されていることを噛みしめて、ゴーグルの奥の青い瞳に静かな炎を爛々と輝かせています。

 

 

 

「…つまりは、正義が勝つ、ということだろう?」

 

「大分かいつまんでいますが…だいたいはあっているのです」

 

「大切なのは、何が正義かを間違えないことなのです。キングコブラ、お前の王としての眼で判断するのですよ」

 

 

自然との調和という概念をキングコブラは理解できませんでしたが、自然に反する逆賊は討たれるべきという理念は彼女の中に息づいています。それは王の名前を持つ者の使命でもあるのです。

 

 

 

「ああ。任せてくれ」

 

「ではノヴァのことをお願いするのです」

 

「準備ができたらとっとと行くのです。ライが目覚めてしまうと面倒なことになるので」

 

「わかった。…ライの世話を頼んだぞ」

 

「任せるのです」

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

ライにはとしょかんを出ることを告げずに、キングコブラと一緒に旅路につきました。

 

 

というのも、昨日のライはやたらとノヴァに絡んできて

 

“責任取りなさいよね”

 

“逃げたら許さないんだから”

 

…と、依存のような言葉を浴びせてきました。そして隣に座ったノヴァにべったりくっついて、電気を流してくるのです。

 

 

もちろん彼女の義肢を作ることから逃げるつもりはありませんが、何と言葉をかけていいかわからず困り果てていました。助手や博士が助け船を出そうとしても、電気をバリバリ放たれては本能が怯えてしまいます。

 

対処方がわからない以上、避けるしかありません。ライには悪いと思いつつも、自分ではどうしようもならないと逃げるようにここまできたのです。

 

 

 

「…何でだろうな」

 

「ノヴァが優れた者だからだろう。屈強で頭もいい、それに性格も実直ないい奴だ。本能的に惹かれるのだろう」

 

「あいつ、自分の親の顔すら見たことないと言っていたな…。甘え方を知らないのかもしれないな」

 

 

 

とぼとぼとしんりんちほーの出口まで歩くノヴァとキングコブラ。この先はへいげんちほーに入ります。

 

 

 

「キングコブラ、あなたが住んでいるじゃんぐるちほーまではどれくらいかかる?」

 

「私のペースで2日だな。助手に連れられた時は半日もかからなかったが」

 

「空を飛ぶというのは便利なものだな」

 

 

 

でも、自身は高いところはあまり好きではないので遠慮しておこうと思いました。ノヴァの脚力は重さを支えるのに特化していて、がけを登ったり坂を上がったりするのは得意ではないのです。ゆえに高い場所にはあまり行かず、逆に高所恐怖症気味です。

 

 

 

「このしんりんちほーを出れば、へいげんに出る。…少しきな臭いうわさも聞くから寄り道せずいこう」

 

「きな臭い?争いごとでもあるのか」

 

「…百獣の王と森の王が、縄張り争いをしているそうだ」

 

 

 

そう言ったキングコブラですが、あまり怯える様子を見せません。彼女も蛇の王ですので当然といえば当然ですが。

 

ノヴァの頭の中では、百獣の王と森の王の姿が想像されています。百獣の王、といえばやはりあの金色の猿が思い浮かびますが、森の王とはどんなやつなのでしょうか。最期に見た森では、自分の縄張りを荒らす者はいなかったので想像がつきません。

 

 

 

「…まあ、別に気にする必要もないだろう。私たちが争いに巻き込まれるわけでもあるまい」

 

「そうだといいが。私もノヴァも奴らにしてみれば異邦の民。緊張状態の中では警戒される存在だ」

 

「ちゃんと事情を説明すればわかってくれるさ。…それでも突っかかってくるなら、な」

 

「博士に言われたことをもう忘れたのか。ノヴァの力をフレンズに向けてはいけないって」

 

「わかってるよ。でも、キングコブラなら実力でわからせることもできるだろう」

 

「ノヴァから他人任せな言葉が出るとは思わなかったよ」

 

 

 

少ししたり顔に見えなくもないノヴァの表情。その意味を察して不服にも恭順にも見えるキングコブラの表情。二人はお互いに皮肉を言えるような、対等な関係であると認識しているのです。

 

歩を進めると徐々に高い木が減ってきて、拓けた平地が視界に広がります。

 

 

 

「きれいな場所だな。広すぎて調べ尽くせないな」

 

「こんなところに義肢の素材になるものがあるのか?鉱石なら洞窟や山肌にあるのではないのか?」

 

「それだけでは作れない、と思っている。…私を狩ったヒトは、鉄の他にも草木の繊維や、動物の皮革や骨を使った道具を用いていたんだ」

 

 

 

ノヴァの何気ないセリフが物騒に聞こえて背筋に悪寒が走りました。キングコブラの長い尻尾がくるくると丸まります。

 

 

 

「私に致命傷を負わせたあの槍だって、砂漠の大食らいの甲殻で出来ていた。…あまり考えたくはないが、必要なら動物から素材を採取しなければならないかもな」

 

「お前…正気か…?」

 

「最悪の場合の話だ。なるべくそういうものを使わないで製作しようと思う。…まあ、私の尻尾の破片ならいくらでも使うが」

 

「十分正気でないぞ、その考え方」

 

 

 

自分の尻尾を大事そうに抱えて、ノヴァをじっとりと見つめます。内心ドン引きしていますが、揺るがない熱意は嫌というほど伝わりました。

 

そんなことを考えている間にも、尻尾から剥がれたまるで鉄の破片のような甲殻を熱しています。それを拳で叩いて延ばしたり折り曲げたりして何かを作っているようです。

 

 

 

「…何を作っているんだ?」

 

「草や細い木を刈るための、ないふというものを作ってみようかと」

 

「お前にはそんな立派な剣があるだろうに」

 

「剣や尻尾では小回りが利かないし、牙では刃渡りが足りない時もある。それに、あなたにも手伝ってほしいからな」

 

 

 

何度も折り曲げた鉄片は最後には2つに割れて、細長い形になりました。片方をぐるぐるとねじってエッジ状になった部分を内側にねじ込みます。そこを熱を込めてぎゅっと握ると、鉄片は手の握った形を覚えて丸くなりました。

 

 

 

「これならキングコブラでも使える。誰でも使える、使い方を教えられるものを作っていきたいんだ」

 

「…そうか。しかし驚かされるな、お前には」

 

 

 

刃になる部分を指の牙で軽く研いで、あとは熱を冷ますために腕をブンブン振り回して空気に触れさせます。

 

冷めた頃にはノヴァの剣と同じ青い光を反射させる、美しいナイフができました。

 

 

 

「あなたにあげよう。私の二つ目の作品だ」

 

「…慎んで頂戴しよう」

 

 

 

冷めた柄の部分をキングコブラに差し出しました。それを彼女は宝物を賜るように丁寧に受け取ります。

 

 

 

「食べ物以外のものをもらうのは初めてだな。大切にするよ」

 

「とはいえ刃物は使ってこそ、だ。宝物のように飾られているだけでは刃に込めた魂がふてくされてしまう」

 

「たましい…?」

 

「作品に命を吹き込むもの、だそうだ。それは与えられた役割かもしれないし、製作者の意思なのかもしれない」

 

 

 

ノヴァが熱く語る職人魂ですが、キングコブラには伝わっていません。物を使う生き物はたくさんいても、物を作る生き物はヒトの他にはいません。ノヴァだって尻尾の刃を鍛えることはあっても、一から刃物を作ることはなかったのです。

 

ヒトを尊敬し、その所業からヒトの心を学ぼうと努力するからこそ、ノヴァはヒトの精神論を難なく受け入れられるのかもしれません。

 

 

 

「よくわからないが、草を刈るときに使えるんだな?」

 

「ああ、その他にも石に跡を刻んだり爪や牙を研ぐこともできるだろう。セルリアンにも十分な攻撃力を発揮できると思う」

 

「戦いの苦手なフレンズならこれで少しは安心できるな。私には無縁かもしれないが」

 

 

 

物珍しそうに刀身を眺めるキングコブラ。牙で研かれた刃はキングコブラの顔を青く写し出しています。硬質で重量感のあるナイフは、キングコブラの鱗すら簡単に貫けそうです。

 

 

 

「ありがとう。じゃんぐるちほーに帰ったら自慢できるな」

 

「そうしてくれ。それを聞いた誰かが私に作ってくれと言ってくるかもしれないからな」

 

「…それは嬉しいのか?」

 

「わからないが、それが一番のやりがいになる、らしい。…ヒトの感性は私たちとは別のところにあるのだろうな」

 

 

 

誰かに頼まれる…これ職人冥利に尽きる、と助手が本を読んでくれたのです。

 

確かに自分が作ったものが喜ばれて、他の誰かに広まっていくのはやりがいを感じそうです。

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

昼下がりには強い日差しが草木を照らし、想像以上に気温が上がります。ノヴァにとっては何のことはなくても、元々変温動物だったキングコブラには中々こたえます。中途半端にヒトの性質を預かったので、温度の調節が上手ではないのです。

 

伏流水が地表に出てくる水源の近くで、休憩をとることにしました。大きい石に二人で腰をかけて、草木で彩られた水源を眺めます。

 

 

 

「すまないな。じゃんぐるのように日陰ばかりならこの程度でへばることはないのだが」

 

「いいや、かまわないさ。少しお腹も減っていたところだ」

 

 

 

ノヴァの作業着のポケットから、ビン詰めのジャムと、としょかんでもらってきたじゃぱりまんを取り出しました。木を半分に割って作った簡単なテーブルに並べます。

 

 

 

「それは?」

 

「ジャム、というものだ。果物をさとうで煮詰めて保存が効くようにしたんだ」

 

「これも料理なんだな」

 

「そうだな。これなら簡単に作れる」

 

「私も食べてみてもいいだろうか」

 

「もちろん。誰かに振る舞ってこそだからな」

 

 

 

さっき作った自分用のナイフで、キングコブラの分のじゃぱりまんにジャムを塗ります。冷めてもなお立ち込める甘い香りが鼻腔を刺激して、空腹を助長しました。

 

 

 

「はい、どうぞ」

 

「ああ、ありがとうノヴァ」

 

「さて、私もいただこうか」

 

 

 

自分の分のじゃぱりまんにもジャムを塗ろうとナイフを翻すと、鏡のように反射する刃に何か動くものが写りました。角度から推測すれば、空を飛ぶ何かだと思われます。

 

 

 

「…後ろに何かいる」

 

「丘の裏か?…もしかして、やつらの斥候かもしれないな」

 

「…下手に動くと怪しまれるか。平静を装ってあっちの様子を伺おう」

 

「承知したよ」

 

 

 

キングコブラも唇についたジャムをなめとるように舌をチラチラさせながら気配を探っています。

 

 

 

「…確かに生き物がいるな。…詳しくはわからないな」

 

「…ふむ」

 

 

 

ノヴァは引き続きナイフを鏡のように使って振り向かず後方を見ます。

 

 

 

「材質のせいで色はわからないが…何かがこっちを注視しているらしい」

 

「…どうする?移動するか?」

 

「いや、後をつけられても居心地が悪い。…逆に捕らえて聞き出してしまおうか」

 

「おいおい、手荒な真似はよせとさっきも言っただろう」

 

「まあまあ、別に脅して聞こうってわけじゃない。うまいものを食わせて自白させる、博士が言うには一番効く方法らしいから」

 

 

 

問題はそこじゃないと言いたげなキングコブラでしたが、ノヴァに言っても聞かなそうです。

 

彼女が理性的にことを済ませると願って、一緒にやることにしました。

 

 

 

「狩りごっこくらいに済ませておけよ。で、どうやるんだ?相手がどんなやつかもわからないのに」

 

「挟み撃ちだ。監視しなければならない対象が二人なら、行動を別にすればどちらかに絞るしかなくなるだろう」

 

「…そうだな」

 

「それで今度は監視から外れたどちらかが姿をくらまして、やつの後をつける。もう一人は逃げ場の少ない林に誘導して好機を待つ。相方が揃ったところで確保、といった手順でどうだろうか」

 

「…よくもまあ、そんなことを思い付くな」

 

「一回同じようなことをやられたからな。おとりと誘導。ヒトの知恵にはことごとく一杯食わされたよ」

 

 

 

ノヴァはその上で罠にかけられたのですが。遠い目で在りし日の出来事に思いをはせます。

 

 

 

「…では、王たちの斥候のお手並み拝見といくか」

 

「蛇の王の威光を示す丁度いい機会ですな」

 

「…その言い方はやめてくれ。ノヴァは私の配下ではない、友達なんだ」

 

「ちゃかした訳ではないんだがな。蛇の王の力を誇示できれば、やつらも手を出しづらくなると思ってな」

 

 

 

大蛇の王がへいげんをまかり通るとなれば、あちらも黙ってはいないでしょう。ならばあえて力を示すことで手出しするのは危険と思わせれば、それ以上の干渉はなくなるとノヴァは踏んだのです。

 

芝居くさいノヴァの持ち上げ方が鼻についたキングコブラ。冗談を言えるタイプだったのかと少し驚くと同時に、その本意が別のところにあるとわかって少し安心しました。

 

 

 

「じゃあ、私は上流の方へ向かう。キングコブラは下流の方へ」

 

「仕掛けるタイミングはどう計る?」

 

「私が尻尾で二回音を鳴らしたら一斉に飛びかかるぞ」

 

「ああ、承知した」

 

 

 

二人とも食べ歩きながら二手に別れました。キングコブラは追跡者の分泌物をサーチしながら。ノヴァは鏡面状の刃で追跡者の影を探りながら。

 

 

 

 



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すとーくすとーかー

「どうやらノヴァの後を追っていったらしいな」

 

 

 

川沿いを少しの距離進んで後ろを確認しますが、キングコブラの後には誰もいません。追跡者はあちらを追っていったということです。

 

 

 

「さて、急ぎ目で戻るか」

 

 

 

ノヴァは林に誘導すると言っていたので、川の土手の上から遠方の林を探します。高低差のないなだらかな土地なので、土手の上くらいの高さでもかなり遠くまで見通せます。

 

キングコブラは目がいいわけではありませんが、捜し物はすぐに見つかりました。

 

 

 

「林って…一ヶ所しかないじゃないか」

 

 

 

ノヴァの向かった方向には、木々が生い茂る場所はわずかに一ヶ所。ただの幸運なのか、それともそこまで計算ずくで罠を張っていたのか。どちらにせよ、やることがわかりやすくて好都合です。

 

 

 

「…一応、他のやつがいないかも確かめておかないとな」

 

 

 

抜け目のなさはキングコブラだって負けていません。狡猾で執念深い蛇の王ですから、獲物を横取りされないように気配を探るのも習慣です。

 

幸い周辺にはフレンズや大型の動物はおらず、歩を進めるスピードは落ちませんでした。しかしながら、ノヴァや追跡者すら感知できなかったのは、懸念の材料になります。

 

 

 

「ノヴァ、一直線に林に向かったんじゃないのか?」

 

 

 

博士や助手が言ったとおり、実直すぎるノヴァの性格なら妥当です。寄り道や休憩をはさまず作戦をひたすら実行するのは、ある意味部下としての資質かもな、と鼻で笑いました。彼女が家来ならへいげんで争う二人の王を打ち倒して頂点に立てるかもな、とも思えてきます。

 

 

 

「…これはたぶんノヴァの尻尾の跡だな。まだ焼けた鉄のにおいがする」

 

 

 

林へ向かう途中に、短い草が根こそぎ掘り返された跡が道を作っていました。硬くて重い尻尾でいつも地面をえぐっているのはキングコブラも知っています。つまりこの大地の傷痕は、ノヴァがそこを通った証なのです。

 

方向を修正して、ノヴァの残した跡を静かに追跡します。

 

 

 

ぎぃぃ、ぎぃぃ

 

 

 

跡を追えば追うほど、パークでは聞き慣れない金属が擦れる音が近づいてきます。聴覚が主な感覚器官のフレンズならその音だけでも耳を塞いで震えてしまいそうです。

 

 

 

 

 

 

提案した作戦どおり、ノヴァは林の中を進んでいるようです。林に響く金属音はさらに大きく聞こえ、その存在を主張しているようでした。

 

 

 

「あいつ、わざと鳴らしてるんじゃないのか」

 

 

 

一緒に歩いていた時は会話に支障がないくらいだったのに、この音は大げさです。私が位置を特定しやすいように手掛かりを残している、とキングコブラは少し面白くない顔をしながら結論付けました。

 

ただ、この不気味な音を聞いて追跡者が逃げ出さないか心配です。意識を尖らせて追跡者を探します。

 

 

 

「……?あれか?」

 

 

 

キングコブラが何者かの成分を捉えました。視覚もそちらに合わせて相手の様子を確認します。

 

追跡者…グレーの服を着たフレンズは木の影に隠れながら音源の様子を観察していました。そちらばかりを気にしてキングコブラが後をつけていることには気づいていないようです。

 

 

 

「……鳥のフレンズか?」

 

 

 

側頭部を覆う羽毛があり、横の髪の片方がくちばしをかたどるように黄色くなっています。種族はキングコブラにはわかりませんが、鳥のフレンズであることは確かです。

 

そのフレンズの視線の先には、焼けた鉄の成分が確認できます。おそらくノヴァの尻尾でしょう。枯れ葉を燃やさないように勢いをつけて地面を刻んでいます。

 

そっちにも視線を合わせると、一瞬だけ強い反射光がキングコブラの視界に入りました。ナイフが反射した光でしょうか。

 

 

 

「…ん?止まった?」

 

 

 

赤熱した尻尾は動きを止めてその場で停止します。木の影から木の影へと静かに移動していたグレーのフレンズもその場で隠れます。

 

キングコブラも姿勢をかがめて気配を殺します。藪の中から強襲をかけるのは得意ですので、同じ要領でタイミングを計ります。

 

 

 

ザクッザクッ

 

 

 

赤熱した尻尾が再び動きました。素早く二回、朽木を叩きます。それはつまり、打ち合わせた通りに仕掛ける、という合図です。

 

順調すぎて少し心配になるキングコブラでしたが、約束は果たさなければならないと木の影から乗り出します。

 

 

 

「しゃぁぁあっ!」

 

「ひっ!!」

 

 

 

地を這うように低姿勢のまま駆け出して、とぐろを巻いた時のように足のバネで跳躍しました。狩りに生きる種族の血は、ヒトの姿になっても流れています。

 

背後から潜り込まれて驚くグレーのフレンズ。とっさに頭の羽をはばたかせて上空に逃げます。こうされるとキングコブラの跳躍では届きません。

 

 

 

「ちっ!」

 

「あとは任せてくれ」

 

「えっ!?」

 

 

 

ノヴァの声は上から聞こえてきます。鳥のフレンズの上から。

 

重装備のノヴァがどうしてこんなにも跳躍できるかは謎ですが、現に彼女の脚力だけで鳥たちの高さを越えているのです。

 

勢いはそのまま、鳥のフレンズの首もとに腕を回して一緒に地面に転げ落ちました。もみくちゃになってゴロゴロ転がる二人ですが、ノヴァの硬化した後ろ髪が木に刺さり止まりました。

 

 

 

「うっ…」

 

「まさか自分がつけ回されているとは思っていなかっただろう?」

 

「ノヴァ、すごい勢いだったけど無事なのか!?…お前は無事なようだな」

 

「鱗と骨の硬さには自信があるからな。…でも、抜けなくなってしまった」

 

 

 

ノヴァの髪は大木の幹を深くえぐってがっちりはまっています。自力で足や尻尾を使ってじたばたしますが、空しく地面を掘り起こすだけです。

 

 

 

「意外にドジなのか、お前」

 

「…返す言葉もない。恥ずかしいところをお見せした」

 

 

 

確かに自分から木に貼り付けになるのは間抜けな始末ですが、捕らえた獲物はがっちりと掴んで離しません。剣呑なグローブの牙がグレーのフレンズの首もとで食らう機会を待ち構えています。

 

 

 

「や…、たすけ…」

 

「おっと動くなよ斥候。動いたらノヴァの重厚な牙がお前の喉をかっ切るぞ」

 

「やりはしないさ。ただ、こそこそとつけ回すのが気に入らないんだ。正面きって話そうか」

 

 

 

怯える様子のフレンズを見て、無意識に絡めた腕を解きます。

 

 

 

「…ご、ごめんなさい!」

 

「待て、逃げるのは無しだ」

 

「うわっ!」

 

 

 

すかさず逃げ出そうとしたグレーのフレンズ。それを見計らっていたかのように、キングコブラは尻尾を振るって彼女の足に絡めます。飛び立とうとしたところで転んで、今度はキングコブラに取り押さえられます。

 

 

 

「…私はフレンズに振るう剣は持っていないが、キングコブラは別だ。蛇の王の毒牙は不届き者に裁きを与えるかもしれない」

 

「お前の態度次第だ。私たちと友達になるのも、痛い思いをするのも」

 

「……はいぃ…」

 

「……あと、私のことも助けてくれ。このまま抜けないと、最悪この木を燃やすことになる」

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

木漏れ日が心地よい林はキングコブラが体温を整えるのに丁度いい場所でした。休憩がてら切り倒した大木に腰をかけて話を聞きます。もちろん、グレーのフレンズを挟むようにして逃げられないようにしていますが。

 

 

 

「…で、あなたは何者だ?」

 

「………………」

 

「黙秘、か。よく訓練されているようだな」

 

 

 

この二人の威圧感のせいなのか、素性をバラすのを良しとしないのか、グレーのフレンズはしゃべりません。ただ、その鋭い眼光でノヴァをじっと見つめるだけです。

 

 

 

「ただ、名前くらい教えてくれないと私たちも手の打ちようがない。何もせず手放すほど愚かでもないからな」

 

「………………」

 

「…少し痛い目に遭わないと口を割らないようだな」

 

「まあまあ。気長にやろう」

 

 

 

少しピリピリし出したキングコブラをなだめます。力に寄らない解決を求める、ノヴァのやってみたいヒトの営みですから。

 

 

 

「黙秘も結構だが、それだとあなたも困るのでは?あなたが帰らなかったら、他のフレンズがあなたを探しにくると思われるが…そんな大事にしていいのか?」

 

「それが狙いか?救援を待つって」

 

「………………」

 

「…あなたが百獣の王や森の王の手先かどうかは知らないが、私たちがつけ回された理由を知りたいんだ」

 

 

 

あくまで平静を保って質問をします。相手の事情も考えながら、自分が敵対するつもりはないことを伝えようとしているのです。

 

 

 

「……まあ、話す気になるまで待つさ。元々休憩したいと思っていたしな」

 

「…そうだな。ノヴァ、さっきのアレ、もう少しくれないか。としょかんで食べた料理より気に入ったんだ」

 

「ああ、私も食べ足りなかったところだ」

 

 

 

ポケットからビン詰めのジャムを取り出して、キングコブラに投げ渡しました。その軌道をグレーのフレンズは目で追いかけます。

 

さっそくキングコブラがふたを開けて、もらったナイフで自分のじゃぱりまんに塗りました。その様子もグレーのフレンズはじっと見つめています。

 

 

 

「…なんだ?お前も食べたいのか?」

 

「………………」

 

「沈黙は肯定、と捉える。…キングコブラ、私の分をこいつにやれ」

 

「いいのか?ノヴァ、さっきほとんど食べてなかっただろう」

 

「いざとなったら何か探して食べるさ」

 

 

 

珍しく命令口調で言われて、ノヴァの心配をしながらも遂行します。ノヴァの分のじゃぱりまんにもジャムを塗って、隣のフレンズに手渡しました。

 

 

 

「ほら、あの怖そうな剣のフレンズがお前のために料理を恵んでくれたぞ。ありがたく頂戴しな」

 

「そんな恩着せがましく渡したわけじゃないが…。でも、私の作ったものに興味を持ってくれたなら、それはうれしいことだ」

 

「……あ、ありがとう…」

 

 

 

グレーのフレンズが捕まえたあと初めて口を開きました。キングコブラとノヴァの両方に振り向きながら、ジャムの塗られたじゃぱりまんを受け取ります。

 

そして、小さく一口食べました。

 

 

 

「……甘い…すごくおいしい…」

 

「だろう?ノヴァは強いだけじゃなくて、ヒトの知恵を実践できる賢さもあるんだ」

 

「それを従える蛇の王はさぞかし偉大ですな」

 

「お前、まだそれ続けるのか…?」

 

 

 

さっきノヴァが自分をちゃかしていた言葉は、ただの冗談ではなかったことに今さら気付きました。言われてみれば、冗談を言うタイプではないという第一印象通りの性格です。

 

少し頭を抱えて首を振るキングコブラ。勝手にノヴァの言葉を冗談だと受け止めて、実は真意でしたと冷や水を浴びせられた気分です。

 

 

 

「…蛇の王、ですか?」

 

「そう、ここにおわす蛇の王がじゃんぐるちほーへ戻られる。その道中に立ちふさがるならば、何人たりとも灼熱の刃が退ける」

 

「おいおい、いい加減やめろよ…こっちが恥ずかしくなるから…」

 

「……ふふ」

 

 

 

真顔で芝居くさいセリフを放つノヴァと、顔を赤くしながら嫌がるキングコブラ。さっきの捕り物の時とは空気感がまるで違うゆるさに、グレーのフレンズもくすっと笑いました。

 

 

 

「…面白いフレンズだね、ノヴァさん」

 

「私がか?笑われるようなことをしたか?」

 

「真面目もここまでくると、ぽんこつなのかもしれないな」

 

「…何を言っているんだ?私は真面目に警告をしているんだが」

 

 

 

二人の態度に納得のいかないノヴァ。これ以上追い回さないでほしいと威圧しているのに、仲間のキングコブラにまで笑われるのは不可解でした。

 

緊張がほぐれたのか、グレーのフレンズから口を開いて話しかけます。

 

 

 

「ごめんなさい、視線が気になったのなら謝るよ。…私はハシビロコウ。ヘラジカさまのところで合戦に参加しているんだ」

 

「ヘラジカ…森の王、だな」

 

「うん。次の合戦に向けて仲間になりそうなフレンズを探していたんだけど、その時にあなた達を見つけてね」

 

 

 

ハシビロコウが言った意味を、二人は顔を見合わせて確かめます。二人の出した結論が早とちりだったと気づくのに時間はいりませんでした。

 

 

 

「……つまりは、間者を監視する斥候ではなかったと?」

 

「そんなそんな!そこまでフレンズを疑ったりしないですよ」

 

「…ノヴァ、私たちの思い違いだったようだな」

 

「……そのようだ。すまなかったな、ハシビロコウ。手荒な真似をして」

 

 

 

ノヴァは素直に頭を下げました。本物の狩りではないとはいえ、悪気のない彼女に恐怖を与えてしまったことには変わりないのです。真っ直ぐなノヴァは罪悪感を覚えてしまいます。

 

 

 

「い、いえ。こちらこそ、疑われるような視線で見ちゃってごめんなさい。私、気になるものをじーっと見つめちゃう習性があるの」

 

「いいや、事実の確認を怠ったのは私達だ。すまない、謝らせてくれ」

 

「キングコブラの言うとおりだ。あなたに怖い思いをさせてしまった」

 

「ふ、二人とも、頭をあげてください」

 

 

 

一方的に頭を下げられてハシビロコウはあたふた。地上最強の生き物すら毒殺するという蛇の王と、断てぬものはないと反射する光が言い放つ灼熱の刃…厳かな雰囲気を纏う二名に謝られては、逆に萎縮してしまいます。

 

 

 

「…わかった。このままだと話が平行線だし、お互いに謝罪したということで終わりにしよう」

 

「そ…そうだね…」

 

 

 

こっちの方が落ち度あるのにな、と思っても口にしないのが得か、と思うキングコブラでした。ノヴァは無意識の内にしたたかな手を打っているのでしょうか。そういう卑怯な真似は好まない、とキングコブラは思っていたのですが…。

 

 

 

「……でだ。ハシビロコウはヘラジカの下で百獣の王と戦うと言ったな」

 

「うん。なかなか勝てないから助っ人を探してたんだ。…二人とも、手伝ってくれないかな」

 

「…キングコブラ。あなたの判断に任せる。じゃんぐるへ早く帰りたいなら断るべきだし、興味があるなら私も追従する」

 

 

 

キングコブラとしては、ハシビロコウの手伝いをしたいのはやまやまなのですが…。助手との約束の手前、ノヴァを戦場に放り込むのはいけないとも思っています。

 

 

 

「……すまないが断らせてくれ。ノヴァはフレンズと戦ってはいけないんだ。そして、私はノヴァと一緒にじゃんぐるちほーへ帰ると約束している」

 

「…そう、なんだ。残念です…」

 

「ああ、すまない」

 

 

 

自分をああも簡単に捕らえた二人組が加われば百人力と思っていたハシビロコウでしたが、ノヴァの武器や尖った部位は簡単にフレンズを傷つけることができると理解しました。本人にその気はないとしても、身体は殺意をむき出しにしているようなものです。

 

残念がるハシビロコウに二人ともやるせない気持ちになって、また謝ってしまいます。

 

 

 

「…代わりと言ってはなんだが、他の困ったことかあったら話してくれ。解決法を一緒に考えるよ」

 

「わかったよ。その時はお願いします」

 

「あと、気になっていたようだがらそのジャムは差し上げよう。誰かさんが大量に使ったせいで残り少ないしな」

 

「私のことか?」

 

「自覚はあるんだな。…やはり私が塗るべきだった。あと五回分は使えたはずなんだが」

 

 

 

キングコブラから返されたビンをハシビロコウに手渡します。容量いっぱいまで詰め込んだはずのジャムは、半分以上減っていました。その代わりにキングコブラとハシビロコウが持ったじゃぱりまんにはこれでもかとジャムが乗っています。

 

元々じとっとした目をさらに細めながらも、口角は上がって笑っているように見えます。ノヴァは冗談は言えなくても皮肉を笑えるようです。

 

 

 

「では、休憩もとったし出発するとしよう。もたもたしてると日が落ちてしまう」

 

「私はその方が動きやすいんだがな。砂漠と違って夜でもそんなに寒くないし」

 

「このランプにも限界があるんだ。足元が見えなくて水の中に落ちるリスクは避けたい」

 

「わかったよ。尻尾の騒音で寝てるフレンズを起こしては可哀想だしな」

 

 

 

逆襲と言わんばかりに毒を吐きます。毒を扱うだけあって、なかなかに毒舌です。痛いところをつかれたようで、ノヴァは冴えない顔をします。

 

 

 

「二人のことはヘラジカさまに言っておくよ。他のフレンズにも絡まないようにって」

 

「ああ、お願いする。蛇の王の逆鱗に触れれば毒牙があなたに向くと」

 

「…ノヴァ、お前そのキャラ気に入ったのか?」

 

「あなたの大袈裟な噂が広まれば、楽しそうだ」

 

「やめろよ…。お前、どこまでが本気なんだ…?」

 

「ふふ、じゃあそのように伝えますね」

 

「おい、ハシビロコウまで…」

 

 

 

ノヴァもノヴァで負けず嫌いです。痛いところをつかれたなら、痛恨の一撃で返す。したり顔でキングコブラに向かって笑いかけました。ハシビロコウも悪ノリして便乗します。

 

ノヴァは頼りになる相棒かもしれませんが、少し加減を知らなさすぎると思ったキングコブラでした。これなら、合戦に参加させなくて正解です。

 

 



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ならくのようせい のおはなし
きれいないし


 

ノヴァとキングコブラはへいげんの外れのちょっとした谷の底を歩いていました。夕日がちょうど遮られてキングコブラが歩くのに丁度いい道です。

 

 

 

「いい道を教えてもらったな。ここを真っ直ぐ行けばこはんちほーへのゲートに直行するそうだ」

 

「空を飛べるハシビロコウだからこそわかった道なんだな。普通なら谷底を歩こうとは思わない」

 

「そうだな。低い谷とはいえ普通平地を歩くし気付かないだろう。ここの道は覚えておくか」

 

 

 

キングコブラは意外と外に遊びに行くことが多いらしく、パークの地理は割と知っているつもりでした。さばくやゆきやまのように極端な温度の高低がない場所なら一回は探検したことがあります。それでも、裏道のような場所はわからないものです。

 

 

 

「…もうそろそろ日が落ちてくるな。ゲートの近くまで行ったら寝る準備をしよう」

 

「そこまでいけば、 百獣の王の手先も追ってこないだろう」

 

 

 

もう目の先には開けた場所が見えています。そこには遺棄された人工物がありますので、ゲートで間違いありません。

 

 

 

「さて…寝る前に何か食べられそうなものがあればいいのだが」

 

「…ノヴァ、お前は元々肉食だったんだよな?さすがに狩りはやめてくれよ」

 

「わかってる。本当に飢え死にしそうになった時以外はしないさ。何か、こう、食べられそうな植物の根でもあればお腹を満たせると思うんだが」

 

「根…?食えるのか、それ?」

 

「ヒトならな。…もちろん、毒があるものもあるが」

 

 

 

谷底は大きな岩石や硬質な土壌で覆われており、植物が生える余地がありません。ご飯を食べ損ねたノヴァは周囲を見回して食料を探しますが、場所が悪かったようです。

 

 

 

「それはゲート付近で探したほうがいい。…ほら、もうつくぞ」

 

「そうだな」

 

 

 

低い崖の壁が途切れる場所から再び平地に戻ります。そう遠くない場所に木材で組まれた門があり、打ち付けられた板には大きく文字が書かれていました。

 

 

 

「木材でもあんな立派なものを作れるとはな。…やはり木材も優秀な素材なのか」

 

「?木材?鉄じゃダメなのか?」

 

「ああ。大きな建物を作るなら、鉄材が足りなくなったりするからな。…何とかして木の加工技術を会得したいものだ」

 

「建物…?」

 

 

 

跳躍しまくるノヴァの思考に置いてきぼりにされて、キングコブラは困惑しています。なぜ木材や建物が義肢の製作に必要なのか見当も付きません。

 

門のそばまで来て、ノヴァは指で触れます。原木のまま接合部だけ加工させたそれはがっしりとして、揺らしても崩れる気配を見せません。

 

 

 

「…普段何気なく見ていたそれが、こんなにも作り込まれているなんてな。ノヴァほどじゃないが、私にもわかる気がする」

 

「楽しいと思うぞ、何かを作るって。…ん?」

 

「どうした、ノヴァ」

 

 

 

木の表面の一部が濡れているのを見つけました。今日は快晴でこの前降った雨もまず乾燥しているはずです。

 

不思議に思いつつも濡れた木を目で追います。

 

 

 

「…なんだ、すべすべ…?…泡?」

 

「わっ、本当だ。誰かのいたずらか?」

 

「わからない。何者かの分泌物だとしても、こんなに大量に放つ意味がわからない」

 

「…だよな。両生類の連中だって、こんなにばらまいたりしないぞ」

 

 

 

まだ液が残っている部分もありました。それは泡状になって門の表面にとどまっています。指で感触を確かめると、ぬるぬるしているのではなく割とさらさらした液でした。

 

 

 

「……もう周りには誰もいないようだ。この体液の持ち主は去ったのだろう」

 

「いいや、ノヴァ。誰かはいるぞ。後ろからな」

 

 

 

門から離れて一応臨戦態勢をとります。自分を脅かす天敵はいないことがわかっていても、本能と経験に刻まれたクセはなかなか抜けません。

 

 

 

「大丈夫だノヴァ。成分からして多分フレンズだ。あっちも二人組らしい」

 

「…あなたのその器官は便利だな」

 

「そうでもないぞ。お前の尻尾からいつも焼けた成分が出てるからビビる」

 

「それはすまなかった。…でも、どうしようもないものなんだ」

 

 

 

一応謝っておきますが、実際にはどうにもなりません。骨格が大きく変化したせいで、重い尻尾を持ち上げながら歩くのは体力を消耗するだけですので。

 

キングコブラが凝視する方にノヴァも視線を向けます。薄暗くてわかりづらいですが、確かに動くものがありました。

 

 

 

「…あいつら、何か話しているのか?」

 

「わからん。耳は別段いいわけじゃないからな」

 

 

 

「…こっちはこはんちほーだねー。やっぱり水があるところに住むフレンズなんだよー」

 

「ここを通ってからどれだけ時間がたったのかわからないのだ…。匂いがずーっと残るから追いかけるのは簡単だけど…」

 

「…あれ?アライさーん、ゲートに誰かいるよー?」

 

 

 

「…探し物をしているのか?匂いをかぎまわって」

 

「らしいな。何か因縁でもあるのだろうか」

 

 

 

二人組のフレンズもノヴァたちに気付いたようで、駆け寄ってきます。

 

ピンクのベストを着た耳と尻尾のとても大きい黄色のフレンズと、しましまの尻尾が特徴的な紫がかったグレーの服のフレンズ。特に黄色のフレンズはこのへいげんでは目立ちます。このちほーのフレンズではないのでしょうか。

 

 

 

「こんな時間まで探し物か?」

 

「私は夜行性だからねー。アライさんは24時間動き回ってるけど」

 

「落とし物を届けてあげるのだ!この泡をたくさん出してるフレンズのものに間違いないのだ!」

 

 

 

しましま尻尾のフレンズは、手に持ったものを二人に見せました。

 

 

 

「きれいだな…。宝石か?」

 

「うーん、“しんじゅ”みたいな色してるけどねー」

 

 

 

ノヴァの剣の輝きとは違う、さまざまな色の光を放つ美しい玉石。見る角度を変えれば表情も変わる華やかな輝きに、キングコブラは目を奪われました。

 

 

 

「二人とも、この石みたいに光る白いうろこのフレンズを知らないか?」

 

「……いいや、これは宝石ではないな。あなたの言うとおり、真珠に近いものだと思う」

 

「何かわかるのか!?」

 

 

 

ぐいぐいとノヴァに迫るしましま尻尾のフレンズ。ノヴァは意に介さず玉石に触れて感触を確かめます。

 

鉱山で研磨剤を探していた頃もあるノヴァは、宝石の類いも知っています。研磨に使える量が少なくて見向きもしませんでしたが。

 

そのどれとも違うと思うノヴァなのですが、これが宝石ではないと判断した理由は別にあります。

 

 

 

「わかるのは、これが鉱石ではなくて、生き物の体内で作られるものということだ」

 

「えーと、鳥のフレンズが時々戻す胃石とかなのかなー?」

 

「…さあな、でき方は知らんが。でも、私の火炎嚢で作られる玉石に材質が似てるんだ」

 

「かえんのう?何だそれは」

 

「あなたの毒腺のようなものだ」

 

 

 

ノヴァはおもむろに後ろを向くと、自分の手のひらに向かって燃えるすすを吐き出しました。その場で小さな爆発を起こします。

 

 

その烈光と音に三人は背筋をぴんと立たせてびっくりしました。

 

 

 

「うわぁっ!い、一体なんなのだ!」

 

「び、びっくりしたぁ~」

 

「おいおい…いきなりはやめろよ…」

 

「…?…ああ、すまなかった。三人とも私が火を吐くのを見るのは初めてか」

 

 

 

振り向き直ったノヴァの手のひらで燃え上がる炎を見て、三人とも後ずさりしてしまいます。生き物にとって、本来火とは噴火、つまり破壊を意味するものなのです。

 

 

 

「…これだ。これと似てるだろう」

 

「ち、近寄れないのだ…」

 

「す、すごいねー。こんな技を持ってるフレンズは初めてだよー」

 

「…で?どれだ?」

 

「この、決して燃えない玉があるだろう。これとあなたの玉の質感が似ていると思うんだが」

 

 

 

割とすぐに慣れたキングコブラ。自身が燃えづらい身体を持っているからでしょうか。ノヴァの手の炎を見つめます。

 

ノヴァはすすの塊を崩して広げました。その中から、まるで炎を閉じ込めたかのような透明感のある真っ赤な玉石を掘り出します。

 

 

 

「おお、これもすごくきれいだ。ノヴァから出てきたものとは思えない」

 

「…これも私が作ったものだ。褒め言葉として受け取っておく」

 

「…でも、熱くて触れないな」

 

「そう簡単に冷めるものではない。これを砕いて剣に刷り込めば保温性が劇的に良くなるのだからな」

 

 

 

ノヴァの指でつままれた赤い玉石は、炎から離れても光熱を放ちます。目をそむけていた二人組のフレンズも、ノヴァが炎を握りつぶしたのを確認してから玉石を見ます。

 

 

 

「はーん、確かにねー。こんなにちゃんと丸いなら、削られたってことだしねー」

 

「フェネック…?どういうことなのだ…?」

 

「そうだな。川の下流の石のように宝石が削られるとは考えにくい。やはり胃石のようなものなのだろう」

 

「アライさんにも説明するのだー!」

 

「いろいろ推測できるが…あの泡が固まってできたものが、この玉だと思うな」

 

 

 

紅白の玉を繰り返し見て、知恵を出し合う三人。一人だけ会話に参加できない“アライさん”と名乗るフレンズが手足をじたばたさせて叫びますが、三人は二つの玉にしか意識がいっていません。

 

 

 

「…で、その泡の持ち主はゲートをくぐって行ったようだ。あなた達は追跡を続けるのか?」

 

「もちろんなのだ!このきれいな石はこの泡のフレンズの落とし物なのだ!届けたお礼にお友達になるのだ!」

 

「…その本当の目的は?」

 

「この泡を使った洗いの技を伝授してもらうのだ!きっとなんでもピッカピカにできるに違いないのだー!」

 

 

 

屈託のない笑顔で言い放ったアライさん。それとは裏腹に、割としょうもない理由でこんな時間まで活動しているのかとキングコブラは呆れて鼻で笑いました。

 

 

 

「いや、実にいい心構えじゃないか。自己研鑽を怠らない姿勢、私は尊敬するよ」

 

「お!?わかってくれるのか!?きれいにしたい気持ちを!」

 

「ああ。自分の使うものは強く美しくしたいものだ」

 

 

 

対照に、意外にもきれい好きのノヴァはアライさんに同調します。彼女のスキルアップしようとする向上心も、ノヴァが美徳とする努力につながるものがあり感心しています。

 

相棒も中々理解を示してくれなかったことでしたが、同じ考えを持つ仲間を見つけられて嬉しそうなアライさんでした。ノヴァのまだ赤熱する手を握って信頼感をあらわにしました。

 

 

 

「あっつっなのだ!」

 

「すまないな。冷めづらいんだ。でも、あんまり不用意に熱した場所に触るなよ」

 

 

 

アライさんは少し大げさに手を振って冷まします。悪気を感じたのかノヴァも地面に手を押し付けて熱を逃がしました。パンパンと土をほろってから、今度はノヴァから握手を求めました。

 

 

 

「しんりんちほーから着たノヴァだ。こっちのキングコブラと一緒にじゃんぐるちほーへ向かってる。方向が同じなら途中まで一緒に行かないか」

 

「そ、それはいいアイディアなのだ!四人一緒なら向かうところ敵なしなのだ!」

 

「ノヴァも変わった奴に目をつけたもんだな。…私は構わないが、そっちのキツネさんはどうなんだ?」

 

「私ー?アライさんがいいって言うなら私もいいよー」

 

 

 

改めて、ノヴァとアライさんが握手を交わしました。アライさんのパワフルな笑顔に、自然とノヴァの仏頂面も和らいできます。

 

怪訝な顔をしていたキングコブラも、不敵に微笑していた耳の大きなフレンズも、ちょっと暑苦しい二人が信頼を確かめるのを見て緊張を解きます。

 

 

 

「そっちのノヴァから紹介があったとおり、じゃんぐるちほーのキングコブラだ。遠征の帰り道だが、よろしくたのむ」

 

「よろしくねー。私はフェネックだよー。アライさんと一緒に色んなちほーを旅してるんだー」

 

「じゃあ、旅人としては先輩になるのか。色々教えてもらえると助かる」

 

「ふふふ、アライさんに任せるのだー!」

 

「アライサン、よろしく頼むよ」

 

「よ、よろしくなのだ…」

 

 

 

何かが変なノヴァのイントネーションに、アライさんも戸惑います。間違ってはいないので指摘しづらいですし、彼女の真面目な空気感も余計言いづらくしています。

 

 

 

「で、アライサン。これからどうする?夜中に追跡するのは効率的ではないと思うんだが」

 

「私もそう言ってるんだけどねー。アライさんもあまり目がいい方じゃないし、疲れもたまってるし、危ないと思うんだー」

 

「この泡の持ち主も夜中は休んでいるはずなのだ。その間に追跡を続ければすぐに追い付くと思うのだ」

 

「間違ってはいないが…私はともかくノヴァが旅慣れしてないからな。もう腹ペコだし、夜中も明かりがないと進めないそうだ」

 

「……面目ない」

 

 

 

先を急ぎたいアライさんと、休息をとって万全の状態で挑みたいフェネック。フェネックの思惑を察したキングコブラはノヴァの失態をダシに彼女に同調します。

 

アライさんはぐぬぬと言いながら自分で問答を繰り返しています。つらそうな仲間を自分のわがままに付き合わせるのは申し訳ないと。

 

自分のせいで夜間の追跡を断念せざるを得ない状況になってしまった、とノヴァは申し訳なさそうな顔をします。キングコブラの吐いた毒を言い返せないくらいに罪悪感を感じているのです。

 

 

 

「…仕方ないのだ。今日はここで休むのだ」

 

「…ありがとう、気を遣ってくれて」

 

「ふーん、ああ見えてノヴァさんは素直なんだねー」

 

 

 

フェネックは意外そうな顔をします。弱みを握られても反発しないのは臆病な者ばかりですので。しかし、ノヴァはそこで逃げ出したりしません。正面から受け入れる勇気をもっているのは、弱みを認めない高飛車な者よりも高潔です。

 

 

 

「そうだな。真面目すぎて時々訳のわからんことを言い出すけどな」

 

「でも、キングコブラちゃんも楽しそうにしてるねー。ノヴァさんのこと気に入った?」

 

「あいつの命令ならよろこんで聞くよ。私の…いや、誰も知らない世界を見せてくれる気がするんだ」

 

 

 

キングコブラが受け取った青いナイフは、見慣れた景色を彼女の色に染めて映します。青く輝く世界の先を見てみたいと、ノヴァがこの先どんなものを生み出すのだろうかと、らしくもなくワクワクしているのです。

 

それを作り出すための命令なら、キングコブラは従いたくなります。自分が望んだ“王”は、ここにいるのかも知れないと期待を寄せているのです。

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

「…さて、腹ごしらえしないとな」

 

「ノヴァさんはお腹ペコペコなのかー?なら、アライさんのじゃぱりまんを分けてあげるのだ!」

 

 

 

野営というには少し小規模ですが、簡単に休める設備を作りました。太い木を横に切って椅子に、縦に割ってテーブルにします。

 

 

 

「大丈夫なのか、あなたもお腹が空くだろうに」

 

「いいのだいいのだ。ノヴァさんはこの“いす”と“てーぶる”を作るのにあんなに大きな剣を振り回したのだ。空腹の中体力を使ったら、可哀想なのだ」

 

「そーだよ。これ以上ノヴァさんの空腹を放っておいたら倒れちゃうよ」

 

「ノヴァ、心配するな。私たちはお前より必要な食物の量が少ないんだ。逆に、本来お前ほど大きなフレンズは大食らいでなければおかしいんだよ」

 

「そういうものなのか。…思えば、ヒトの身体になってから満腹になったことはないな」

 

 

 

自分では大食らいのつもりはなかったのですが、元となった身体の大きさは三人よりはるかに大きいのです。当然必要な栄養も多くなります。

 

ノヴァ自身食べることより好奇心を満たすことに執着が強いので、今まで適切な食事量を摂取したことはないようです。

 

 

 

「…わかった。ご好意に甘えよう」

 

「ああ、それでいい。お前もライと同じで甘え下手だからな」

 

「真面目すぎて誰かのお世話になりたくないのかなー」

 

「困難は群れで分け合うものなのだ。はい、あげるのだ」

 

「…群れ、か」

 

 

 

アライさんが差し出したじゃぱりまんを受け取って、何か感傷に浸るノヴァ。

 

群れ、というものにはまだ理解が足りていません。自分が本当は一人で生きる存在で、目的のために行動を共にしているだけではないか…と無機質な発想が思考を駆け巡ります。それに、誰かからの施しを受けるなどと考えたこともありませんでした。

 

 

 

「…ありがとう、アライサン。いただきます」

 

「いただきますなのだ!」

 

 

 

ですが、誰かが自分のことを気遣ってくれることが嬉しくないわけがありません。お互いに気遣い合えるなら、それは幸せなことだと思うノヴァでした。

 

自然と少し笑顔になったノヴァは、アライさんから受け取ったじゃぱりまんを指でちぎって口に運びました。

 

 

 

「…?味が違う?」

 

「あー、そうか。ノヴァはまだパークに生まれて日が浅かったな。知らなくてもしょうがないか」

 

「どういうことだ?」

 

「じゃぱりまんはねー、フレンズごとに作られてて成分が違うんだー。その種族に必要な栄養素が考えられて作られてるみたい」

 

「…?それは“誰か”が作っているということか?」

 

「私もそれは知らないが…運んでくるのはラッキービーストだな」

 

 

 

ちぎった跡を凝視して小難しい顔をしています。

 

確かに自生しているものとは思えませんでしたが、誰かが作ったと考えればつじつまが合います。そして、運んでくるものがいるというのも考える材料になります。

 

 

 

「ラッキービースト…?」

 

「もしかしてノヴァさんはあったことないのか?」

 

「ヒグマと合うまではしんりんの奥地でひっそりと暮らしていたしな…」

 

「そっか。まあ、いつかは会えると思うよー」

 

 

 

アライさんとフェネックと会話している間にも、ノヴァはじゃぱりまんをちぎっては口の中へ運びます。よほどお腹が減っていたのか、あっという間になくなりました。

 

 

 

「…ノヴァさんの食べ方は少し変わってるねー。めんどくさそうだよ」

 

「そうか?この方がお上品だと助手から教わったんだが」

 

「おじょうひんってなんなのだ?」

 

「れでぃの嗜みだとか何とか」

 

「影響受けやすすぎだろ、お前…」

 

 

 

勉強熱心なノヴァにいらないこと教えるなよ…とため息をつくキングコブラ。真面目すぎるのも原因ですが、ヒトの習慣と聞けば試してしまう好奇心も厄介です。

 

 

 

「…ごちそうさまでした。アライサンありがとう、餓死は免れたよ」

 

「どうもいたしましてなのだ。さあ、食べ終わったからみんなさっさと寝る準備をするのだ」

 

「アライさんもホントは眠たかったんだねー」

 

「寝る時はとことん寝るのだ。それで明日はこの石の持ち主に絶対会うのだー!」

 

「会えるといいな。果たしてどんなやつだろうか」

 

「…ただの帰り道が、飛んだ大冒険になりそうだ。嫌いではないがな」

 

 

 

 

 

 

 



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あわときょえい

 

 

 

 

 

「ダメです。ここから先は通せません」

 

「ええーっ!?なぜなのだー!?」

 

 

 

日が登ってきてみんな目を覚ますと、ゲートの奥には一人のフレンズが道を塞ぐように立っていました。

 

丸い耳と模様のある灰褐色の毛が景色に溶け込んで、鋭さの中にも他人に気配りできそうな優しさを感じられる眼が印象的なフレンズです。

 

 

 

「何かこの先であったのかなー?」

 

「とても危険なセルリアンが出現したんです。今同僚のハンターが対応してますので、安全が確認できるまで封鎖しています」

 

「そこまで本腰を入れるとは。よほどの大物なのか?」

 

 

 

不平不満を言っていたアライさんですが、危険なセルリアンがいると聞いて静かになりました。フェネックの表情は相変わらずですが、足止めをくらうことにはあまり納得できていないようです。セルリアンとの戦いを何度もくぐり抜けてきたキングコブラも今回の対応には違和感を覚えているようです。

 

 

 

「何でも、かつてパークに存在したっていう“輝き”を奪うセルリアンらしいですよ」

 

「輝き…抽象的すぎてわからないな」

 

「そうでなくても、小さな丘より大きなやつですので、我々が相手でも難しいものがあります。危険ですので迂回するかしばらく待ってください」

 

 

 

丸い耳のフレンズはそれ以上言葉を続けませんでした。彼女も任務中ですので、揚げ足を取られるわけにはいかないようです。

 

 

 

「…この先に住んでいるフレンズは避難できたのか?」

 

「既に避難誘導は終わっています」

 

 

 

寝起きで黙っていたノヴァが口を開きました。ゴーグルを額に上げて目をこすりながら、渋い顔をしています。

 

 

 

「本当にか?」

 

「我々の知る限りでは、ここに住んでるフレンズにはすべて声をかけています」

 

「じゃあ、あなた達の知らないフレンズは?」

 

「そんなのそうそういる訳……あ」

 

「そうだ。目の前にいるだろう。あなたが初めて見るフレンズが」

 

 

 

ゴーグルが遮らない視線は、焼けるほどにまぶしい強さを宿しています。圧倒的眼力は気の弱いフレンズなら直視できないほどです。

 

その視線で詰めよってくれば、中々強気に出られません。丸い耳のフレンズは冷や汗を流して後ずさりします。

 

 

 

「私だけじゃない。しんりんにはもう一人正体不明のフレンズがいるし、昨日は大量の泡をばらまく奴がこはんちほーに入っていったようだ。…まだ、避難していないかもしれない」

 

「…た、確かにそれは知らなかったですが…」

 

「そう怯えてくれるな。別に揚げ足を取りたい訳じゃない。手伝いたいと言っているんだ」

 

 

 

ノヴァの目的はそこにありました。障害物のせいで進路が塞がれるなら、障害物を取り払えばよい。前の身体の時と変わらない根本的な方法です。

 

威圧感で首を縦に振りかけた丸い耳のフレンズですが、待ったの声がかかります。

 

 

 

「おい待てノヴァ。それは私達の仕事じゃないだろう。ハンター達に任せればいい」

 

「足止めを食らっているなら、原因を解消するのがいいだろう」

 

「別に迂回路がないわけじゃない。わざわざ危険な道を通る必要はない」

 

 

 

キングコブラは別のルートから迂回して通ることを提案しました。彼女は確かに実力者ですが、好んでセルリアンと戦いたくはないのです。

 

 

 

「…それはダメだ。仲間が危機にさらされているのを素通りはできない」

 

「仲間って…お前、ハンターたちと縁があるのかよ?」

 

「私がしんりんの奥地から出てくるきっかけを作ってくれたのもあいつだし、ライを一緒に助けてくれたのもあいつだ」

 

 

 

ノヴァとていたずらに剣を振るうのはもうこりごりですが、仲間が危険というのなら話は別です。あの時見せつけられたヒトの強さを、どうしても自分の目で確かめたい…それで仲間が救えたなら嬉しいことこの上ないのです。

 

 

 

「それって、ヒグマさんとキンシコウさんですか?青い炎のフレンズに会ったって」

 

「そのとおりだ。その正体も私のことだな」

 

「……二人は今超大型セルリアンの対応に当たってます。…正直なことを言えば、戦力が足りていなかったんです。…どうか、協力していただけませんか?」

 

「ああ、任せてくれ。私の剣はそのためのものだ」

 

「………………」

 

 

 

揺るぎない意志を燃やす熱い瞳に、キングコブラはそれ以上言葉を返せませんでした。仲間のためならどんな困難にでも立ち向かいそうな相棒が、誇らしくもあり、不安にも思ってしまいます。

 

 

 

「三人とも、それでいいな?泡の持ち主の安全を確保してからセルリアンを叩く、…付き合いきれないというなら降りても構わない」

 

「いいや、アライさんは賛成なのだ!この石の持ち主を探しながら、超強敵のセルリアンを倒す…アライさんにふさわしい劇的なしちゅえーしょんなのだ!」

 

「アライさん楽しそーだねー。私もついてくよー」

 

「……助手の命令の手前お前についていくが…」

 

「…ということだ。ハンター、共闘を申請する」

 

「リカオンです。共闘の依頼を受理します、…ノヴァさん」

 

 

 

リカオンは認識を改めて、彼女たちを仲間と認めてくれました。握手にも慣れてきたノヴァと手を組み交わします。どちらも意気揚々とした表情で見つめ合います。

 

意気揚々なのはアライさんもでした。ビッグなことをやり遂げたいと思うアライさんにはまたとない機会です。気合いをためる彼女をフェネックはいつも通りに眺めて微笑みます。

 

でも、キングコブラはいまいちこの空気に馴染めませんでした。なぜなのかは自分でもわかっていませんが、なぜか気分が乗らないのです。特に怯えているわけでもなければ、ハンター達に恨みがあるわけでもないのに。もやもやして無意識の内に尻尾をビタンビタンと地面に打ち付けていました。

 

 

 

「では、まずその泡の方の捜索からです」

 

「任せるのだ!まだ泡が残ってるみたいだし、それをたどっていくのだ!」

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

消えない泡を追ってこはんちほーの針葉樹林を突き進む五人。初めて来てもわかるその異常さに、戦いが壮絶なものであると嫌でも思い知らされます。

 

 

 

「通路側の木は軒並み倒させれているな…」

 

「広い道に誘導するのが精一杯で、まともに戦えていないんでしょうか…」

 

「…そのセルリアンはどんなやつなのだ?」

 

「なんと言えばいいのか…地面を砕きながら泳ぐ首の長いやつ…ですかね」

 

 

 

リカオンの言うとおり、所々地面は大きく掘り起こされて新しい道を作っていました。それだけでもわかる敵の大きさと強力さ。いくら剛毅なノヴァでも少し怖じ気づいてしまいます。

 

 

 

「…溶岩を泳ぐやつなら知ってるが…液状でない地面を突き進むなんて、想像もできんな」

 

「今は出くわさないことを祈るばかりです。その泡の持ち主の行方を確認できるまでは」

 

 

 

泡は道なりに残っています。手がかりは失われていないのですが、掘り起こされた土と同じ方向に進んでいるのがとても不安に思います。

 

 

 

「お前の仲間は大丈夫なのか?」

 

「…そう信じるしかありません。先輩たちはどんな苦境も乗り越えてきたフレンズですから…」

 

「普通に逃げ出してもいいと思うけどねー。どう考えてもパーク全体で対応しなきゃいけないセルリアンだよー、それ」

 

「…とにかく無事を祈るだけです」

 

 

 

先輩たちは絶対に逃げ出さない、と言い返したくなったリカオンでしたが、彼女も実物を見ています。あれを見れば、自分たちじゃ戦いにならないと本能が察してしまいます。現実との折り合いをつけて、冷静になろうとつとめました。

 

手がかりを追っていくと、大きな湖にたどり着きました。えぐられた地面も撒き散らされた泡の量も比にならないくらい増えています。

 

 

 

「……やはり、泡のやつを追っているんじゃないか?」

 

「キングコブラさんもそう思う?私もそう思ってたんだー」

 

「どういうことなのだ?」

 

「セルリアンはフレンズを狙う習性があるだろう?この泡がフレンズの出したものだとすれば、セルリアンが追跡していてもおかしくはないだろう」

 

「そうなのかー?」

 

 

 

泡と土の進行方向が一致していると思ったキングコブラは、そんな可能性を口にしました。フェネックも同じことを思っていたようです。

 

 

 

「わからないな。もしかしたら逆なのかもしれない」

 

「ノヴァさん、どういうことですか?」

 

「フレンズの中にはセルリアンを付け狙うやつもいる…リカオンたちのようにな。…普通、自分が敵わない相手には挑まないし、こんなに大量に泡を出したということは…この泡の持ち主はセルリアンと戦ったのだろう」

 

 

 

水面に浮いた泡をじーっと見つめてノヴァが推測を打ち立てました。先ほどから見てきた泡もありますが、赤い色の泡や、緑や青のものも岸に撒かれています。

 

ノヴァは一つ一つ無意識のうちに触って確かめます。なんでも触って確かめるのは彼女のクセのようです。

 

 

 

「…何だろう。これは…魚の匂いか?…こっちは…刺激物?……じゃあ青いのは…?」

 

「色とりどりできれいなのだ。アライさんにも触らせるのだ!」

 

「…!待てアライサン!青いのはダメだ!」

 

 

 

青い液体に触れた時に、ノヴァは異質なものを感じました。さらさらな白や赤や緑とは違う、強烈な粘度。少量手に取っただけで指から離れないそれは、迂闊に触れば身動きが取れなくなってしまうでしょう。

 

ですが、ノヴァの忠告もむなしく、アライさんはべったりと青い液体に手を突っ込んでいました。

 

 

 

「…お?あれ?取れないのだ…!」

 

「土を巻き込んでこんなに大きく…すごい粘度だな」

 

「うわー全然抜けないねー」

 

 

 

フェネックがアライさんの腰を持って引っ張りますが、手についた粘液が伸びるだけ伸びて取れる気配がしません。周りの土にべったり貼り付いて、抜こうものなら土ごと持って行けと言わんばかりにアライさんを離しません。

 

 

 

「大丈夫か、アライサン」

 

「全然他の泡と違うのだ…」

 

「…そうだな。この青いのだけは別のものだろう」

 

 

 

顔を真っ赤にしてふんばるアライさんを見て、緊張感ないなと微笑むノヴァ。彼女は一応臨戦状態にあったのですが。

 

手慣れた仕草で青い液体の周りの土を掘り起こしてアライさんを自由にしました。

 

 

 

「た、助かったのだ。ありがとうノヴァさん」

 

「礼には及ばないさ。さ、水で土を流してこい」

 

「そうするのだ。…けど、これはこれで面白いのだ!」

 

「へー、ノヴァさんも土を掘るのが上手なんだー」

 

「鉱石を探したりしていたからな」

 

 

 

青い液体と土が混ざって泥の塊に巻き込まれたアライさんの両手。なぜか面白がってくるくる回って遊んでいます。

 

 

 

「…あいつ、本当に緊張感がないな」

 

「そーゆーのも含めてアライさんなんだよー」

 

「一応緊急事態なんですが…」

 

「いいじゃないか、周りに流されないのは確かな自分を持っている証拠だ」

 

「お前も似たようなものだがな、ノヴァ」

 

 

 

少しあきれているキングコブラとリカオン。修羅場を乗り越えてきた二人には、今回の事件は重大なことなんだと直感しているようです。

 

フェネックやノヴァもかつては危険な状況をくぐり抜けてきた者たちですが、心の中の“ぶれない何か”が気持ちを安定させているようでした。

 

 

 

「…何だろうこれ」

 

「?リカオン、何か見つけたのか」

 

「はい、…何でしょうこれ?」

 

「……?」

 

 

 

アライさんが泥の塊を振り回して飛び散った破片から、白いものが見つかりました。小さいですが鋭く尖っていて、爪や牙にも見えます。硬さもあって、それでいて軽い素材でできています。

 

四人が集まって観察しますが、中々にわからない物体です。

 

 

 

「牙か?…にしてはゴツゴツしているな」

 

「爪じゃないですか?…でも、付け根がないですね…」

 

「…これ、骨だよ。骨を削って尖らせてるんだよー」

 

「そういうこともできるのか」

 

 

 

フェネックが材質を見てそう言いました。こんな形の骨は自然にはできませんが、加工すればあり得る形だと。

 

その推理力にも驚きましたが、ノヴァはその技術力にも驚いています。

 

 

 

「…だとすると、すごい技術だぞ、これ。風化させずに、更に強度まで増幅させる加工。この青い液体にどんな効果があるのか知らないが、これの持ち主はヒトに匹敵する知性や技術を持っているのかもしれない」

 

「…お前も相変わらずだな」

 

「……でも、その正体はたぶんセルリアンじゃないですか?たぶん、そのセルリアンの外側を覆っていたのもこれですし」

 

「………………」

 

 

 

その言葉で、うきうきしていたノヴァの表情は一転して沈んでしまいました。心なしか尻尾の熱も引いた気がします。

 

 

 

「…そうだったな。相手がセルリアンじゃ、意志疎通は図れないな」

 

「元気出してノヴァさーん。倒したら一杯取れるよー」

 

「問題はそこじゃないだろ…」

 

「そうですね…。こんな硬い外骨格を持ったセルリアンが相手なんです…。二人とも、無事なんでしょうか…」

 

「おーい、みんなー!手を貸すのだー!フレンズが湖に浮いているのだー! 」

 

 

 

水で洗ったら青い液体は取れたみたいです。アライさんが手を振って呼んでいまいた。何でも、フレンズが湖に浮いているだとか。

 

 

 

「…またか」

 

「はい、オーダー了解しました!」

 

「誰か戦いに巻き込まれたのかなー?」

 

 

 

他の四人も急いでアライさんのところへ急ぎます。デジャヴを感じるノヴァですが、なんだか嫌な予感がしました。泳げない自分が役に立つかはわかりませんが。

 

 

 

「あそこに二人、浮いているのだ!」

 

「…!!ヒグマさんにキンシコウさん!?」

 

「セルリアンに敗れたのか?とにかく助けなければ」

 

「キングコブラさんは泳げるのー?私はダメかなー」

 

「いや、私も泳げない。…ノヴァもダメだろう?」

 

「面目ない。水は苦手だ。体温を失って最悪死んでしまう」

 

「ということは、泳げるのは私と…アライグマさんは?」

 

「ばっちりなのだ!救助に向かうのだ!」

 

 

 

元々泳ぐのは得意だったアライさんと、ヒトの姿になって泳ぐ訓練をしたリカオンがハンターたちの救助に向かいました。他の三人は泳ぐことができないので岸で二人を待ちます。

 

さっきの骨の欠片を片手に、ノヴァはヒグマとキンシコウの様子をじっと観察します。目立った外傷はありませんが、なぜ湖で漂っていたのかわかるものが見当たりません。手練れのはずの二人がこうもあっさり押し退けられるのは、不可解です。

 

 

 

「しっかりするのだ!湖に浮いている場合じゃないのだ!」

 

「うぅ…お…?」

 

「キンシコウさん!一体何があったんですか!?」

 

「んんっ…リカオン…?」

 

 

 

二人がハンターたちを背中から抱いて背泳ぎで岸に引っ張ります。アライさんが引っ張るヒグマは意識レベルがあまり良くないみたいですが、キンシコウはリカオンの動きを阻害しないようにできるくらいにはしっかりしているようです。

 

岸につく頃にはアライさんもリカオンもヘトヘトになっていました。まだ泡の残る畔に大の字になって胸を上下させています。

 

 

 

「大丈夫ー?ハンターさんたち」

 

「え、ええ。なんとか」

 

「外傷はないみたいだな。少し落ち着いてから事情を聞こう」

 

「う…、そうだな…」

 

「ヒグマ、キンシコウ、無事でよかったよ。…二人もお疲れ様」

 

 

 

ノヴァの労いの言葉に二人は親指を立てて気持ちを表します。…ノヴァには伝わらなかったようですが。

 

 

 

「…お久しぶりですね、えっと…」

 

「ノヴァだ。種族不明ということで博士がそう名付けてくれた」

 

「…なぜここに?ゲートは封鎖していたはずですが…」

 

「仲間のピンチには駆けつけるものだろう。…無理を言ってリカオンに通してもらった」

 

「すみません。でも、先輩たちのことが心配で…その時丁度通りかかったノヴァさんが手伝ってくれるということで案内しました」

 

 

 

あくまでキンシコウは感情を表に出さず事情を聞きました。リカオンも素直に命令を破ったことを謝って、二人の身を案じていることを告げます。

 

この信頼関係は、ノヴァが憧れていたヒトの在り方そのものです。実際に目の当たりにして感傷的になるのを感じました。

 

 

 

「ぐ…。…まあ…今回は許してやるよ…」

 

「あまり無茶をするなよ。外傷はないみたいだが、ダメージはあるようだしな」

 

「ヒグマさん、もろに相手の頭突きを食らってしまって…。あのフレンズが助けてくれなかったら今頃どうなっていたか…」

 

「…あのフレンズ?」

 

「……どでかい泡をばらまく、白と紫のフレンズだ…」

 

「!!!」

 

 

 

ヒグマの語ったフレンズの特徴は、アライさんの見た者と一致していました。目の覚める衝撃と同時に、やっぱりなのだとなぜか嬉しくなるアライさん。

 

 

 

「…ダメージをもらって動けなくなったところに、突然大きな泡が飛んできたんだ。その液体を浴びたら足元がすごく滑るようになって…坂道をそのまま滑って湖にドボンさ」

 

「後を追うように私もそのフレンズに飛びかかられて…ヌルヌルにされて湖に放り込まれましてね…」

 

「おおっ!そのフレンズなのだ!アライさんが探しているのはその人なのだ!」

 

 

 

誰に対して悔しがっているのか、ヒグマは面白くなさそうに状況を説明しました。対してキンシコウは恥ずかしそうに視線を下げて小声で言います。

 

 

 

「その後彼女があのセルリアンと戦っていたようですけど…」

 

「ど、どこに行ったのだ!?」

 

「…わからないですね…。まるでおちょくるように攻撃をよけまくって退散していきましたから」

 

「セルリアンはそのフレンズを追っていったのかなー?」

 

「…たぶんな。あいつが来てから一切こっちを見なくなったし」

 

「そうなのかー。でも、探し当ててお助けするのだ!」

 

「よかったじゃないか。目標の二つは同じ場所にいるってことだろう?」

 

 

 

行方がはっきりとはわかりませんでしたが、同じ場所にいるというのなら一石二鳥です。追う手がかりはまだ残っていますので落胆している場合ではありません。

 

 

 

「私たちは奴の追撃に向かうが…あなた達は大丈夫か?介抱が必要か?」

 

「心配、ないさ。お前たちを先陣に立たせては…ハンターの名折れ、だ」

 

「ヒグマさん、無茶しないでください。ノヴァさんの言うとおり休んだ方が」

 

「大丈夫だって言ってるだろ。…未来の後輩に、カッコ悪いところは見せられないだろ…」

 

 

 

立ち上がろうとしましたが、ヒグマの負ったダメージは大きいらしく、お腹を押さえて膝をつきます。リカオンとアライさんが肩を担いでやっと歩けるくらいです。

 

一つ息をついて、ノヴァは口を開きます。

 

 

 

「その話だが、悪いがなかったことにしてくれ。他にやりたいことができたんだ」

 

「……そうか。…でも何で協力してくれるんだ?」

 

「ハンターにはならないが、私はあなたの仲間のつもりだ。仲間の危機に立ち上がるのは当然ではないのか、ヒグマ」

 

 

 

真っ直ぐヒグマの瞳を見つめて心中を打ち明けました。フレンズとして得られた優しさを大切にしていきたいと、ただそれだけですが彼女にはよく伝わったようです。

 

 

 

「…大人しく休んでくれ。あいつは気を利かせて邪魔とは言わないが、正直今のお前は足手まといにしかならない」

 

「ちょっ、キングコブラさん!?」

 

「…いいや、キングコブラの言うとおりだ。今の状態じゃ戦いにならない」

 

 

 

オブラートに包んだ棘のない言葉で説得しようとしたノヴァでしたが、見かねたキングコブラはまざまざと事実を突き付けます。歯に衣着せぬ物言いの方が抑止力になるようです。

 

ヒグマはその場にあぐらをかいて、やるせない顔をしながら言葉を続けました。

 

 

 

「…でも、決して倒そうなんて思うな。今までのセルリアンとはワケが違う」

 

「だが、放置できるものでもないだろう。このまま他のちほーに侵入すれば大惨事だ」

 

「こはんに隣接するちほーのフレンズには、別の班が避難するように言って回ってる。もう一つ別の班には各地の戦いが得意なフレンズに協力を仰いでる。…パーク全体で力を合わせなきゃいけない程の敵なんだ」

 

「…そうなんだー。じゃあ、泡のフレンズを守りながらセルリアンの行き先を見失わないようにすればいいんだねー」

 

「…ああ、それでいい。足止めすらままならないと思うからな」

 

「いよいよもって作戦が動き出すのだ!」

 

 

 

悔しそうな声でアライさん達に後を託しました。本来ならヒグマ自身でやらなければならないことでしたが、あっさり蹴散らされてしまったのには変わりません。負傷者は大人しく休養するのが仕事です。

 

 

 

「…問題はどこで合流するか、だな」

 

「奴らの行った道はさばくちほーにつながっているな。そこで戦力が集まるといいが」

 

「さばくはあまりおすすめできませんね。力を発揮できないフレンズも多い土地柄ですので…」

 

「…その先の区画はどんな場所だ?」

 

「じゃんぐるだ。ホームにしているフレンズも多い場所だな」

 

「…そこがいいな。走力や飛行能力が売りのフレンズには申し訳ないが、寒暖差でやられるよりかはマシだろう」

 

 

 

ノヴァ自身は砂漠こそホームグラウンドですが、日照りの苦手なキングコブラや夜の冷え込みで体力を奪われるフレンズもいると考えました。決戦の舞台としては条件が合いません。

 

ならば戦えるフレンズが多いじゃんぐるの方が適しています。高い木々は機動力を殺してしまいますが、罠をはったりするには適した地形です。

 

 

 

「じゃあ、じゃんぐるちほーで迎え撃つように伝令しておく。…頼んだぞ」

 

「任された。…リカオン、あなたはヒグマとキンシコウと一緒に各地のフレンズの指揮をとってくれ。奴の追跡は私たちで行う」

 

「え、でも…」

 

「大事なのは連携の早さと精密さだ。敵の相手をできる者は大勢いても、戦力を一番いいところに割り振れる者は多くはない。リーダーの手足になって私たちを勝利に導いてくれ」

 

 

 

負傷したヒグマの世話役もお願いなと付け加えて、ノヴァは頭を下げました。

 

戦意の高まっていたリカオンには少し冷たい水でした。ノヴァがそこまで見識の広いフレンズだとは思っていなかったからです。冷静に状況を見て客観的な指示を出す彼女に、ヒグマとは違うリーダーシップを感じずにはいられません。

 

 

 

「ノヴァさん、たいしょーみたいでカッコいいのだ!」

 

「間違いなく王の器さ、ノヴァは。私が見立てたんだから間違いない」

 

「やっぱリーダーのオーラあるよねー。頼りにしてるよー」

 

「よせよ。この中じゃ最年少なんだからな」

 

「生まれもっての才能は年をとっても変わりませんよ?」

 

「キンシコウまで…」

 

 

 

リーダーなんて柄じゃないと言い張るノヴァですが、みんなの言うとおり知恵と勇気を分け与える頼りになるフレンズなのです。降りると言っても聞いてはくれないでしょう。

 

もやもやした表情をしますが、仕方ないかと自分に向かってくすっと笑いました。

 

 

 

「…じゃあ、じゃんぐるで落ち合おう。キンシコウ、この仕事が終わったらプラムを食べにいこう」

 

「…はい!」

 

「ジャムもまた作ろうか、それからパンケーキも…もっと他の料理もやってみたいな」

 

「ふふ、ノヴァさん、楽しそうですね」

 

「大きな仕事が終わった時は“うちあげ”をするものらしいからな。おいしいものをたくさん用意しないと」

 

 

 

みんなでおいしいものを食べながらいろんなことを話すあの空気感がノヴァは気に入っています。自分がジャパリパークの一員であることを実感できる瞬間なのです。

 

約束を覚えていてくれたんだとキンシコウも笑顔で返しました。

 

 

 

「あの雷のフレンズのことも、聞かせてくださいね」

 

「ああ。…あいつの名前はライ。ちょっとトゲのある性格だが…頭のいいやつだよ」

 

 

 

もう少し話したくもありましたが、泡のフレンズのことも心配です。としょかんの時と同じ背を向けて手を振りながら別れを告げました。

 

 

 

「ヒグマさんも無茶しちゃダメだよー」

 

「わかってるさー」

 

「二人を任せたぞー、リカオーン」

 

「了解しましたー」

 

「さあ、出発なのだー!」



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ぬくもり

 

「何度来てもここは暑いのだ…」

 

「………………ああ。……頭が…沸騰しそうだ…」

 

 

 

真上から容赦なく照り付ける日光。焼かれた砂は熱を跳ね返して上にあるものに浴びせます。

 

フェネックやノヴァはいつもと表情を変えませんが、熱砂に慣れていないアライさんとキングコブラは非常につらい顔をしています。

 

 

 

「二人ともがんばってー。どうやら泡のフレンズの行き先は岩地みたいだからさー」

 

「そこまでいけば日陰も多くなる。多少はマシになるだろう」

 

 

 

さばくちほーと言っても、全てが砂砂漠というわけではありません。周りの風化についてこられなかった硬い岩石が谷を形成している場所もあるのです。そこなら多少は気温も下がるでしょう。

 

 

 

「ノヴァ…何でお前は平気なんだ…?」

 

「後ろの炎状殻はただの飾りではないんだ。不要な熱を放出する放熱板の役割を持っている」

 

「フェネックの耳みたいなのだ…」

 

 

 

さばくに入ってから、ノヴァの後ろ髪の端は自然と赤熱して陽炎を作っています。うねって逆立つそれは、さながら炎にも見えます。放熱板というには少し暑苦しい見た目ですが。

 

ノヴァが暑い場所を得意とするのは単に身体の耐熱性が高いだけではなくて、高熱をコントロールできる器官があるからです。逆に低温状態では生命を維持できなくなってしまいますが、彼女の灯火を消すことは容易ではありません。

 

 

 

「…うーん。今日は一段と暑いねー。泡が蒸発しちゃってるし、流砂でセルリアンが通った跡も消えかかってるし。…急いだ方がいいかもねー」

 

「そうしたいのはやまやまなんだが…私たちが急いでは二人がついてこられないだろう」

 

「……すまないな…。…なんだか…ぼーっとして…」

 

「いつもより全然暑いのだ…」

 

 

 

湿潤な緑地に生息するアライさんとキングコブラにとっては想像を絶する過酷な環境です。熱だけではなく渇きも猛烈に体力を奪います。

 

あらゆるちほーを渡り歩いたと自慢していたアライさんは口だけ泣き言を言っていますが、キングコブラは口だけではないようです。息が浅くまぶたも力なく半開きでまっすぐ歩くのもつらそうでした。

 

 

 

「……大丈夫ではなさそうだな」

 

「キングコブラちゃんは体温調整が苦手そうだねー。元々変温動物だったからかなー」

 

「言ってる場合ではない。日陰のある岩地へ急がなければ」

 

「へ…?…お、おい…ちょっと……」

 

「あなたに倒れられたら困るんだ。少し振動するかもしれないが我慢してくれ」

 

 

 

今にも倒れそうなキングコブラを、ノヴァは突然肩に担ぎました。意識レベルも低くなっている彼女は、何がどうなったか把握できずにノヴァの成すがままでした。

 

 

 

「ノヴァさん、担いでいくのー?」

 

「ああ、とりあえず涼しい場所まで走ってく。奴らの行き先もそこなんだろう?」

 

「そーだねー。地底湖につながる洞窟の入り口も近くにあるみたいだから、そこで待っててほしいなー」

 

「うらやましいのだ…。ノヴァさんが運んでくれるなんて…」

 

「アライさーん、へばってないでがんばろーよー」

 

 

 

ノヴァの歩く振動がなぜだか心地よくて、抵抗を感じてこわばっていたのも解けていきました。ぐったりと彼女の肩に身体を預けます。いつも毅然としていたキングコブラの表情も、休息をとる時の安らかなものになりました。

 

 

 

「……すまないな……ノヴァ……」

 

「あなたもあなただ。苦手なら前もって言ってくれ。…何かあったらと、心配してしまうんだ」

 

「……ああ、…すまない…」

 

 

 

背中で語るノヴァの顔は見えませんが、声色はいつもどおりの真摯なものです。優しいヒトの心を何よりも大切に思う、真面目な努力家の声です。

 

仕えるべきものを探していたキングコブラには、その理想の姿として映りました。自分が付き従うべきはやはり彼女なのだと。

 

 

 

「悪いなフェネック、先に行かせてもらう。地底湖の洞窟というなら水もあるし十分涼しいだろう。キングコブラを休ませるのに最適だ」

 

「あいよー。私はアライさんの面倒みてるねー」

 

「ああ、待っているからな」

 

 

 

フェネックに軽く謝ってから、ノヴァは砂丘を駆け出しました。大きめの安全靴は砂に足をとられることもなく、砂ぼこりを巻き上げて泡の跡を追いかけます。

 

 

 

「すごいねー。あの重さで砂の上を足だけで爆走するなんてねー」

 

「…ノヴァさんはただ者じゃないのだ…」

 

「アライさんもただ者じゃないよー。全然まだまだ余裕そうじゃないかー」

 

「この程度で止まるアライさんじゃないのだー!…と、ホントは言いたいのだ…」

 

「アライさんは底力しかないからねー」

 

 

 

アライさんを奮い起てつつも、ノヴァに奇妙なフレンドシップを感じるフェネックでした。どことなく似た部分があるのかなぁ、と理由を探しますが結論には至りません。

 

腰を落として息を整えるアライさんに手を差しのべて、二人を追いかける準備をしました。

 

 

 

「アライさーん、急ぐよー」

 

「えっ、フェネック!?」

 

「れっつごー」

 

 

 

アライさんの手を引いてフェネックも走り始めました。強引…というわけではなく、アライさんの足がついてこられるペースでノヴァの足跡を追いかけます。

 

長い一日になりそうだなー、と思うフェネックでした。

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

そびえたつ岩が遠景に見えてくると、足元の砂の量はどんどん減っていきました。この先は硬い岩場の峡谷のようです。

 

 

 

「ここだな…」

 

 

 

キングコブラを担いだノヴァは、見上げるほど大きな岩石の間を歩いて周囲を見渡します。回廊に吹く風は幾分か涼しく、舞い上がる砂も少ないです。追ってきた泡もそこでなら形を保っています。休むにはもってこいの場所でしょう。

 

 

 

「洞窟……どこだろうか」

 

 

 

今でも顔を赤くしてつらそうにしている相棒のために、水を用意しなければなりません。フェネックの話では岩地のすぐ入り口に洞窟があると聞いたのですが…。

 

 

 

「……うぅ…」

 

「…大丈夫だキングコブラ。すぐに休める場所を見つけるさ」

 

 

 

相棒のうめき声にらしくもなく不安になるノヴァ。周囲を警戒していますが、やはり焼けた岩しか見当たりません。

 

しかし、赤茶けた岩に溶け込む色のフレンズを見逃しはしませんでした。

 

 

 

「ん、誰かいるのか。避難させたんじゃなかったのか。…まあ、好都合だ」

 

 

 

ノヴァは大きく響く声で茶色のフレンズを呼び掛けました。

 

 

 

「おーい、そこのフレンズー!洞窟ってどこにあるー!?」

 

「ぎぃゃゃやあああああ」

 

 

 

返ってきたのは文字に再び書き起こせない、奇妙な絶叫でした。間近で聞けばそれだけでビックリしてしまうでしょう。

 

唖然としながらも、ノヴァはゆっくりとそのフレンズに近付きました。

 

 

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

「な、なんだお前ー!」

 

「…驚かせてしまったか。悪いことをした」

 

 

 

フードを被った緑の髪のフレンズ。珍しい木でできた履き物をしていて他のフレンズとは何か違う印象がありますが、どことなくキングコブラと似ています。

 

どうやら彼女の方がノヴァの声に驚いたらしく、少し怒り気味にまくし立ててきました。素直に頭を下げて謝ります。

 

 

 

「私はノヴァ。この近辺にある洞窟の入り口を探してるんだ」

 

「なんだよ、そんなことか。遠くから大声で話しかけるなよ」

 

「すまないな。あなたが岩に擬態しているように見えてな。見失わないようにと」

 

「そうかよ」

 

 

 

不服そうにノヴァと視線を合わせませんが、真面目に謝る気持ちは伝わっているようです。威嚇するように持ち上げていた尻尾も下に垂れ下がりました。

 

 

 

「入り口ならあの柱の陰だが…何でわざわざそんな危ないところに行くんだ?」

 

「…私の相棒が熱にやられてな。涼める場所を探していたんだ」

 

「キングコブラか…。…てか、お前は何なんだ?」

 

「種族不明、らしい。としょかんの博士に聞いたがわからないと」

 

「またかよ。これで三人目だぞ」

 

「……?三人目…?」

 

 

 

フードのフレンズの言葉に少し違和感を覚えました。泡のフレンズがここを通ったのは確定として、ノヴァがその後を追っていて二人目。では、三人目は誰なのでしょう。まったく知らない誰かなのでしょうか。

 

 

 

「ああ、今も残ってる泡で洞窟に滑っていったやつと、しゃれこうべで顔を隠していたやつ、それでお前だ」

 

「しゃれこうべ…?」

 

 

 

その言葉の意味をノヴァは理解していませんでした。ですが、仮面を着けたフレンズだということがわかればそれだけで十分です。

 

 

 

「…まあいいさ。とにかくキングコブラが休める場所に行きたいんだ」

 

「なら、洞窟の入り口付近がいい。奥へ行きすぎると気温が大きく下がるからな。俺もそのせいでなかなか先に進めないんだよ」

 

「あなたも変温動物なのか?」

 

「そうだよ。ツチノコだからな」

 

 

 

ツチノコと名乗ったフレンズは踵を返してそびえたつ岩に向かって歩を進めます。ノヴァもその後を追うように歩きはじめました。

 

 

 

「洞窟に超大型のセルリアンは入っていかなかったか?」

 

「はぁ?入るわけないだろう」

 

「その泡のフレンズをそいつが追い回してると聞いたのだが」

 

「泡のやつを見たのも一瞬だよ。坂でもないのにものすごいスピードで滑ってそのまま洞窟に入っていったんだ」

 

「…それが彼女の移動方法か」

 

 

 

泡のフレンズはセルリアンを振り切ったようです。それには安心しましたが、そうなるとセルリアンの行方がわからなくなります。

 

嬉しい半面、また広い砂漠に奴を探しにいかなければならないのかとノヴァはうんざりしました。

 

 

 

「…顔を隠したフレンズはどんな奴だった?」

 

「青いドレスのなまった言葉をしゃべる変な奴だった。…まあ、知識が豊富そうで面白い奴だけどな」

 

「どこへ向かったのかわかるか?」

 

「あいつも洞窟の奥に行った。セルリアンがいっぱいいるからやめとけって言ったんだが聞かなくてな。なんでも、 あのフレンズを保護しなきゃとかなんとか言ってた」

 

 

 

どうやら気にする必要もないことのようです。お節介なお姉さんが迷子を迎えに行ったようですから。

 

ならばセルリアンを探してじゃんぐるまで誘導するのが仕事か、とノヴァは目的を切り替えます。

 

 

 

「……というか、ハンターたちから避難勧告が出てたんじゃないのか?」

 

「輝きを奪うセルリアンの出現と聞いて黙っていられるか!かつてヒトが撃滅したはずの存在がまた現れたんだ、何か天変地異が起きてるに決まってんだろ!」

 

「…嬉しいそうだな、ツチノコ」

 

 

 

嬉々として熱弁するツチノコに、ノヴァは片手の平を天に向けて肩を上げます。どうやらこのフレンズは自分と似た好奇心を持っているようです。ため息と共に半笑いになります。

 

そしてまもなく洞窟の入り口に差し掛かりました。光が遮られて、中から冷気が吹き込んできます。

 

 

 

「この辺でいいか」

 

「水を飲ませないといけないが、水源がある奥はすごく寒くてな…」

 

「私が汲んでこよう。ついでに進入したフレンズの様子も見てくる」

 

 

 

大きな岩石の上にキングコブラを寝かせました。ひんやりとしていて身体を冷ますのには丁度いいでしょう。

 

 

 

「確かに冷えているな。私の熱も引いてしまっている」

 

「…お前、そんなに身体に熱を溜め込んで大丈夫なのか?全身真っ赤だぞ?」

 

「火で自らを鍛える生き物なんだ。溶岩風呂に一日中浸からない限り大丈夫さ」

 

「そんな生き物いるわけ……」

 

 

 

少し止まっただけで尻尾の熱が少し逃げたのが気になって、壁面に尻尾を擦り付けます。バツの字を刻むように二回尻尾を振るうと、それだけで真っ赤な熱を取り戻しました。予想外の早さに驚いています。

 

 

 

「…なんだこの岩…?一瞬で熱が回ったぞ」

 

「お前の尻尾は鉄なのか?」

 

「鉄鉱石を焼いて付けてある。それ以外の鉱物も含んでいるかもしれないが」

 

「…それなら納得だ」

 

 

 

ツチノコは理屈がわかったように首を縦に振っています。刻まれた赤熱のバツを眺めてさらに納得している様子です。

 

ノヴァは首を傾げて何に納得したのかを問いました。

 

 

 

「どういうことなんだ?」

 

「硝石さ。天然の硝石がこの洞窟にはあるんだよ」

 

「硝石…」

 

「お前の尻尾の鉄、壁面の湿気、そして洞窟の硝石。これが化学反応して熱を発したんだよ」

 

「…かがくはんのう?」

 

 

 

聞き慣れない言葉に更に首を曲げるノヴァ。助手や博士のように半円を描いてしまうかもしれません。

 

ノヴァの反応を見ているのか見ていないのか、ツチノコは更に早口で解説します。

 

 

 

「正確には酸化熱だな。鉄が硝酸と引っ付いて、余った酸素が酸の水素と引っ付いて水になる…その時に強烈な熱反応が起きるのさ」

 

「……すまない、理解できない」

 

「要するにお前の尻尾の錆を、この壁が取ってくれる」

 

「私の尻尾の錆はいつも丁寧に取っているのだが」

 

「目には見えないんだよ。例えば、表面についた鉄粉は」

 

「…で、なぜ熱が出るんだ」

 

「世界の摂理だ!それがヒトが挑んだ科学の世界なんだよ!」

 

 

 

理屈は全然理解できませんが、ヒトが自らの知恵で挑んだ事象というのならそれだけで納得です。ノヴァもそれが摂理なのだと結論を下します。

 

と同時に、一つのアイディアが頭を走ります。ライに電撃を放たれた時のように全身に衝撃が走りました。

 

 

 

「ならばそれを活かさなければならないな」

 

「ん?どうしたんだよ」

 

 

 

おもむろに自分のグローブを外すノヴァ。指の長い手が露になります。その長さは指の先の牙のおかげなのですが。

 

そしてその牙でバツの字を刻んだ壁をガリガリ削って、粉をグローブの中に入れました。

 

 

 

「おい、お前…何をしてるんだ?」

 

「寒くて中を調べられないのだろう?暖をとれるものを作ろうと思ってな」

 

「…はぁ?」

 

「大丈夫だ。私のグローブは燃えない。どんなにこれが熱を発してもあなたを燃やすことはないさ」

 

 

 

壁の粉をたくさん詰め込んだら、今度は自分の尻尾の峰を牙で削っていきます。激しく火花が散って金属音も洞窟に反響しますが、ツチノコはあまり驚きませんでした。

 

 

 

「…お前、鍛冶屋みたいだな」

 

「かじや…金属で物を作ることを職とするヒト、か」

 

「…今からお前が何を作るかは知らんが」

 

 

 

飛び散った鉄の粉もグローブに詰めて口に封をします。その後、中身の詰まったグローブをシャカシャカ振り始めました。

 

 

 

「……ああ。予想通りだ。熱を持ってきたぞ」

 

「…え?」

 

「あなたのおかげだよ、ツチノコ。あなたの知識のおかげで、あなたを助ける道具を作り出せた」

 

 

 

今度はツチノコが疑問符をたくさん並べています。このフレンズの作ったものといい、自分のおかげだと言い張るのといい、自分を助けるものだというのといい、わからないことだらけです。

 

砂で少し汚れたゴーグルの奥には、暖かい炎が優しい瞳に映っていました。同時に嬉しそうな顔もしています。

 

 

 

「これなら、寒い場所でも熱を発し続けられるだろう。血の良く巡る場所に当てて暖をとってくれ」

 

「……お、暖かい…」

 

 

 

ノヴァから手渡されたグローブは、ほのかに熱を帯びていました。本来の反応熱は動物を火傷させるくらいに高いはずですが、ノヴァのグローブが断熱材となって丁度いい塩梅になっているようです。

 

 

 

「……そうか!これがかいろか!」

 

「…かいろ、というのだな?」

 

「そうだよ!反応熱を暖房として使う…まさしくヒトの叡知じゃないか!」

 

「やはり先を越されていたか。ヒトには敵わんな」

 

「いいや、お前すごいよ!頭のいいフレンズはいるかもしれないが、頭を使えるフレンズはそうそういないからな!」

 

 

 

我を忘れてツチノコはノヴァの手を握ってよろこびを露にします。寒い場所の探索ができるようになったのもそうですが、ヒトの叡知への挑戦をしている仲間に出会えたことに感謝しているのです。

 

ノヴァがそれを知る由もないのですが、自分の作ったものでこんなに喜んでもらえてうれしくなります。

 

 

 

「よーし、ノヴァはここでキングコブラを看てろよ!俺がこのかいろの性能を確かめてくるからな!」

 

「そうか、すまないな。水をこれに汲んできてくれ」

 

 

 

ツチノコの好意に甘えて、水を汲んできてもらうことにしました。あまりキングコブラから離れたくなかったのも事実ですし。

 

何か見つけた時に保存しておこうと持ってきた空きビンを複数個ツチノコに手渡しました。違う場面で役に立つようです。

 

 

 

「おうよ!ちゃんと待ってろよー!」

 

「ああ、待ち人もいることだしな」

 

 

 

からんころんと独特の足音を立ててツチノコは洞窟の奥の方へ走っていきました。

 

何かをやり遂げた思いになったノヴァ。黙っていられないほど浮いた気持ちになって、横になるキングコブラの隣に座って話しかけました。

 

 

 

「誰かの役に立つのは、嬉しいことだな。あなたの気持ちもわかった気がするよ」

 

「…うぅん……」

 

「…まだつらそうだな。ゆっくり休んでくれ」

 

 

 

頭の位置を高くして血が登らないようにしようと、キングコブラの頭を自分の太ももの上に置きました。熱が籠らないようにフードを下ろして、タイを緩めて襟元も解放します。

 

 

 

「………………」

 

 

 

少しは赤みの引けたキングコブラの寝顔を見て、なぜかきれいだと思ったノヴァでした。それと同時に、これ以上見つめてはいけないとどこからか警鐘がなっている気がしました。

 

鉱山で採掘して見つけた宝石や自分が磨き上げた刃をきれいと思うことはありましたが、生き物を美しいと感じたのは初めてです。

 

自分の顔もなぜだか赤く熱を持っているのに気づいて、違う違う首を振ってとゴーグルを額に上げて熱を逃がしました。

 

 

 

「これもヒトの性なのか…?」

 

 

 

洞窟の冷気で冷えかけた尻尾は、何もせずとも熱を取り戻しました。

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

「…う……」

 

「…お目覚めかな、王女様」

 

「…ノヴァ……?」

 

 

 

赤い斜陽の光は洞窟には届かず、目覚めたキングコブラの視界に入ってきたのはランプの光でした。それに照らされたノヴァの青い瞳を見て意識がつながりました。

 

 

 

「よかったよー。ノヴァさんの看病のおかげだねー」

 

「妙に手際がよかったよな。誰かに教わったのか?」

 

「助手にさ。安静にする方法を教わったんだ」

 

「ノヴァさんは何でも知っているのだ!」

 

「アライサンそれは違う。私は知ってることなんて砂の一粒くらいだ」

 

 

 

フェネックやアライさんが合流してから時間が経っているようで、キングコブラの回復を待っている様子でした。申し訳なく思って上体を起こすと、キングコブラの腹部あたりに濡れたノヴァのグローブが落ちました。

 

 

 

「…なんだこれ」

 

「熱を冷ますのにいい布が無くてな。私のグローブを手拭い替わりにしたんだ」

 

「ああ……手間をかけたな…。…ありがとうノヴァ」

 

「礼には及ばないさ。あなたの役に立てて嬉しいんだ」

 

 

 

濡れたグローブを熱い息で乾かしながらいつもどおりのやる気に満ちた顔を見せました。幾度となく見た頼りになる笑顔は、熱すぎるくらいに光を浴びせてきます。

 

 

 

「動けそうか、キングコブラ」

 

「ああ、問題ない。日が暮れて寒くなるが、…なんとかしのいでやるさ」

 

「なんとかならない。あなたの身体は熱にも冷気にも弱いんだ。…少しは私を頼ってくれ」

 

 

 

ノヴァが少しだけ怒気をはらんだ声で食い気味に言いました。

 

幾度となく仲間に言ったセリフをそっくりそのまま返されるとは思っていませんでした。豆鉄砲を食らった顔をして呆然とします。

 

 

 

「こっちのグローブもかいろにしてしまおう。キングコブラの分も必要だ」

 

「ノヴァさん、アライさんにも手伝わせるのだ!」

 

「そうか、ならそこのバツの字の岩を削って粉にしてくれ。手頃な石が落ちてるからそれを使えば簡単に採掘できるさ」

 

「任せるのだ!」

 

「じゃあその粉をグローブに詰めるねー」

 

「フェネック、頼んだ。配合は後で調整するから適当でいい」

 

「水は大丈夫か?足りないなら汲みにいくぞ?」

 

「いいや、さっき大型セルリアンを目撃したのだろう?…今ある分で間に合わせる」

 

 

 

そこにいた四人は、まるで群れのようなチームワークで仕事に取りかかりました。その上で群れとは何なのかを知らないと言ったノヴァが、立派にリーダーをしています。

 

更に衝撃の事実を突きつけられて呆然とするばかりのキングコブラでした。

 

 

 

「………………」

 

「…あなたの体温を保てるよう、即席のかいろを今作っている。同じ変温動物らしいツチノコが寒さに耐えられると太鼓判をおしてくれたから、たぶんあなたにも効果があるはず」

 

「…私の目に狂いはなかったな。やはりお前は王となる者だ」

 

「私は王ではないさ。皆が力を貸してくれるだけで」

 

「力を貸したくなるのも王の素養だ」

 

 

 

ノヴァの言葉で、推測は確信となりました。今自分が見たものが、自身が探し求めてきたものであることを。もう見極める必要もなさそうです。

 

キングコブラは立ち上がって、座ったままのノヴァに視線を向けます。ゴーグルの向こうの青い瞳はじっとこちらに眼力を返してきました。

 

 

 

「ノヴァさん、できたよー」

 

「ほっかほかなのだ!」

 

「よし、これで地底湖に行けるな!」

 

「ああ、ありがとう。フェネック、アライサン、ツチノコ。…さあ、奴とご対面といこうか、キングコブラ」

 

「ふっ、…御心のままに」

 

 

 

ノヴァの後ろにぞろぞろと集まった仲間たち。フェネックから中身の詰まったグローブを受け取り、キングコブラに手渡しました。

 

熱すぎず身体を暖めるのに適した温度は、彼女が群れに適応したことに他ならないでしょう。

 

しっかりと青いグローブを握りしめて、歩き出したノヴァの後ろにつきます。彼女に付き従うものは増えていくことでしょうが、キングコブラこそその筆頭であるということは譲れないのです。

 



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えんさのどうこく

王が仕える者は神だそうです


 

「……あれか」

 

「ああ、あれだ。今は地底湖の踊り場で休んでいるが…」

 

「…化け物か。セルリアンにすら見えない」

 

 

 

地底湖への坑道はすでにヒトが開拓していたらしく、ところどころに火種の尽きたランプが設置されていました。ノヴァがとしょかんから持ってきたろうそくを継ぎ足して明かりをつけると、それなりに道が見えてきます。

 

一本道の洞窟を道なりに進めば、巨大な地底湖に踊り出ます。ここまで来ると気温は急激に下がり、変温動物の二人でなくても身体が震えてきました。ノヴァのカイロがなければ低体温で動けなくなってしまうでしょう。

 

まるで人魚たちの舞台のようにせり出した踊り場には、キングコブラが言ったとおり化け物が休息しています。手持ちのランプの明かりでは姿ははっきりと映りませんが、シルエットだけでもよほど大きいようです。

 

 

 

「うーん、どうやら地中からここまできたみたいだねー。あっちの壁にどデカい穴が空いてるよー」

 

「…思ったより多芸なやつらしいな」

 

「どこでも現れるなんて…これはパークを脅かす敵なのだ…!」

 

 

 

五人は周囲を警戒しながら、巨大なシルエットを囲むように位置につきます。

 

一応泡のフレンズや青いドレスのフレンズの捜索もしているのですが、袋小路の洞窟にいないのは嫌な予感しかしません。

 

 

 

「…あいつら、やられてしまったのか…?」

 

「そうとは限らんぞ。地底湖の底はじゃんぐるまでつながってるはずだからな」

 

「ツチノコさん、それホントー?」

 

「ヒトが調査済みさ。あとはあいつらが潜水できるフレンズなら、な」

 

「その可能性を信じるのだ。…今はこのセルリアンをじゃんぐるまで誘導するのだ!」

 

 

 

それぞれが集めてきたランプを、巨大なシルエットを囲うように置いて光源を確保します。主力となるノヴァの知覚器官が暗視のない視覚に依存しているため、明かりがなければ湖に落ちてしまう可能性もあるからです。

 

準備ができたと、それぞれが臨戦体勢に入ります。

 

 

 

「…他のセルリアンはいないな」

 

「……信じられんことに、こいつは他のセルリアンを食っていたんだ」

 

「!!」

 

「…なーんか、すっごいヤバい予感がするんだよねー、それ」

 

「…他とはやはり違う存在なのか」

 

 

 

ツチノコが見たのは、洞窟にひしめいていたセルリアンを片っ端から叩き潰して吸収していた場面です。あまりに衝撃的な絵面に、さすがに恐怖を感じて水だけ汲んで帰りましたが。

 

セルリアンを捕食するセルリアンなど、聞いたことがありませんでした。

 

 

 

「…まあ、好都合だ。周りを気にせず戦える」

 

「ノヴァ、本気で戦う必要はないぞ。相手の注意を引けるくらいに挑発して追いかけさせればいいんだ」

 

「…それなりに本気で挑まなければ、振り向いてくれないと思うがな。…さあ、作戦開始だ」

 

 

 

いよいよ開戦です。ノヴァが背中の大剣を引き抜き、少し湿った岩石の踊り場を刻みました。水滴をものともせず大剣は赤熱し、暗闇の洞窟に光をもたらします。

 

その金属音は洞窟中に響き渡り、目の前の巨大なシルエットも反応します。聴覚の特に発達したフェネックは大きな耳を腕で押さえてかがんでしまいました。

 

 

 

「…ちょっ…ノヴァさん……」

 

「すまない。洞の反響を考慮してなかった」

 

「漫才やってる場合かー!奴が起きたぞ!」

 

 

 

巨大なシルエットは長い長い首をもたげて、青い眼光を走らせました。それと同時に胴体の各部分にも青い光が宿ります。まさしくセルリアンが放つ光です。

 

相手が完全にこちらを捉えきる前に、アライさんはフェネックのフォローに入りました。彼女をかばうように立ちふさがりにらみを効かせています。

 

それを察知したノヴァも、自分がターゲットになるように赤熱した大剣を掲げてアライさんとは反対の方向にサイドステップ。丁度キングコブラの隣に位置を取ります。

 

 

 

「私が最初に仕掛ける。キングコブラとツチノコはその間に弱点を探ってくれ」

 

「あればいいがな。お前の予想通り、外骨格が弱点を隠してしまっているぞ」

 

「なーに、繋ぎ目はどんな生き物でも塞ぎきれないものだ。俺がさっさと見つけてやるよ」

 

「頼んだぞ」

 

 

 

一足先にノヴァが大剣を引きずって前進しました。走った勢いを殺さずに振り上げて地面に少し埋まった首の根元を強打します。熱風は首を駆け上がり、まるで燃えるように外骨格を熱しました。

 

 

 

「…っ。振り抜けないか」

 

 

 

斬撃は入りましたが両断するには至りません。首にも外骨格が張り巡らされていて、それがノヴァの剣を受け止めました。

 

振り抜けないと判断したノヴァはバックステップしながら無理やり引き抜いて相手の行動を伺います。

 

彼女の予測通り、その長い首を使って噛みついてこようとしてきました。尻尾を軸に飛ぶ方向を調整してギリギリで避けます。

 

 

 

「ふっ、危ないな」

 

「次は私たちだ」

 

「手と足がないことを後悔するんだな!」

 

 

 

首が伸ばしてしまえばこのセルリアンが身を守れる部位はなくなります。本体を攻撃し放題です。

 

キングコブラとツチノコは挟み撃ちで本体の側面に尻尾を打ち付けました。

 

 

ピチッ

 

 

 

「…ダメだ、全然効いてないぞ」

 

「硬すぎる…外骨格を叩いても怯みすらしないか」

 

「ならば野生解放するまで!」

 

「全力だこのやろー!」

 

 

 

気合いの入った声で構え直すと、二人の身体から光る何かが湧き出てきました。急に第六感が反応したようで、驚いたノヴァは動きを止めました。

 

 

 

「何だ…?この力のうねりは…?」

 

「野生解放、なのだ」

 

「フレンズの本来の力を発揮するんだよー。サンドスターの消費もすごいけどねー」

 

「……そんなこともできるのか」

 

「…あれ?ノヴァさんは野生解放しないのー?」

 

「…初めて知ったし、やり方もわからない」

 

 

 

ノヴァの後ろについたアライさんとフェネックが質問に答えます。

 

キングコブラとツチノコは、怪しげな光線を目から放ちセルリアンの外骨格に走らせます。キングコブラの紫の眼光は外骨格をもその色に染め上げて侵食していきました。ツチノコの赤い光線は煙を上げながら外骨格を黒く焼いていきます。

 

そして、二つの光線は外骨格の一点で収束します。やはり上面にある繋ぎ目の光る部分です。そこをあぶられるのは痛いようで、セルリアンは胴体を左右に振りました。

 

 

 

「そこか!」

 

「ノヴァ、届くか!?」

 

「厳しいな。跳んだら頭に迎撃されるのが目に見える」

 

「なら、真上から攻撃すればいいのだ!」

 

「私たちもノヴァさんの跳躍を手伝えるよー」

 

「…わかった、その案に乗ろう」

 

 

 

セルリアンの首は依然としてノヴァを捉えています。ノヴァの剣の光熱を捕捉しているとでもいうのでしょうか、ツチノコやキングコブラには目もくれません。

 

突然セルリアンの側面の青く光る部分が隆起すると、こはんで見た青い液体が溢れて上空に舞いました。落下点に光が射し込んでわかりやすいのですが、正確にノヴァのいた位置に落ちてきます。

 

 

 

「フェネック、アライサン、準備を頼む」

 

「はいよー」

 

「任せるのだ!」

 

 

 

二人からも光の結晶が溢れて、暗い洞窟に瞳の色が映し出されます。

 

ギリギリまでノヴァは引き付けて、避けられる限界で宙返りしました。その足でアライさんとフェネックが組んだ腕のジャンプ台に乗っかります。

 

 

 

「ぬぅぅ、重いのだ…!」

 

「だけど、ノヴァさんの一撃はもっと重いよー」

 

「いくぞ、二人とも」

 

 

 

青い液体が地面で炸裂して視界を塞ぎました。それは相手とて同じです。

 

ノヴァはほぼ垂直に飛び上がり大剣を逆手に持ち替えました。落下点は紫と赤の光線が交わる場所。そのまま弱点を串刺しにするようです。

 

 

 

「止められるなら止めてみな」

 

 

 

赤熱した迫撃砲弾のように加速度的に落下するノヴァ。それを察知したセルリアンも首を上空へ向けて、口から青い液体をノヴァに吹き付けました。

 

 

 

「ノヴァ!!」

 

「なんてことはないさ」

 

 

 

青い粘液まみれになったノヴァですが、彼女は止まりません。弱点をかばうようにもたげた頭に剣を突き立てて、そのまま首を縦に割ります。頭骨は割れて、外骨格は刃に削ぎ取られて、骨がそこら中にばらまかれました。

 

こんなに大きな傷を負えばセルリアンだって立っていられません。頭を投げ出して横たわります。

 

 

 

「まだ終わってないぞ」

 

 

 

剣を地面から引き抜いた次の瞬間にはノヴァの追撃が始まっています。いつの間にか喉に溜め込んでいた燃えるすすを三連射、吐き終わった後には地面に剣を滑らせて外骨格の繋ぎ目へと駆け出します。

 

すすは正確に外骨格に挟まれた青い部分を炎上させ、走る剣は刃を限界まで熱して食らいつく好機を伺います。

 

隙のない戦術の組み方だとキングコブラは驚かされると同時に納得もしました。ただ種族として強いのではなく、彼女が知識と経験を元に修練を重ねて得たものがその強さなのだと。

 

 

 

「ふんっっ」

 

 

 

とうとう弱点へと到達したノヴァ。大剣を振り上げて火柱を立てると共に、両手で掲げた刃を降り下ろしました。膂力を余すとこなく使った一撃は地面にまで伝わり、地底湖の水面に大きな波を起こします。

 

セルリアンの青く光る部位に刃は深く入り込み、傷口を熱して内側にダメージを浸透させていきました。自分より大きな存在と戦うのは初めてのことなのですが、傷の拡げ方は変わりません。焼ける刃を押し付けて更に奥へと突き立てると、青い液体が吹き出しノヴァの赤い作業着を染めます。

 

…ですが、仕留めた手応えがないのを一番感じていたのはノヴァでした。

 

 

 

「やったか!?」

 

「…セルリアンは斬った手応えがない。油断はするなよ」

 

 

 

彼女の読みは冴えていました。セルリアンは前のめりになった身体を起こして、首をもたげてます。振動を察知したノヴァは即座に跳躍してセルリアンから離れます。

 

目がつぶれて顔が原型をとどめていなくてもノヴァをじっとにらみつけます。その怨念じみた視線に百戦錬磨の剣豪も戦慄してしまいます。

 

 

 

「ま、まだ立ち上がるのか…?」

 

「あの大剣を受け止められる身体を持っているんだ。いしを狙わなきゃ仕止められねーよ」

 

「そろそろみんな撤退の準備をしよーよ」

 

「フェネックの言うとおりだな。野生解放が通用しない敵なら、私たちじゃ荷が重すぎる。…一人それができない奴もいるしな」

 

「遅れは取らない。殿は受け持った」

 

 

 

剣を素手で撫で付けて乱れた刃を研ぎ直します。手の甲まで真っ赤に赤熱しますが、意に介していないようです。

 

強烈な金属音が止むと、ノヴァはセルリアンに飛び込みました。

 

 

 

 

 

 

ギュオォォォオ!!

 

 

 

「!!!」

 

「うおっ!?何だ!?」

 

「うわぁぁ耳がぁ」

 

「フェネック!しっかりするのだ!」

 

「何て咆哮だよ…!」

 

 

 

聴覚の優れていない爬虫類の三人が耳を塞いでしまう程のおぞましい咆哮。怨霊たちが呪詛を唱えるような不快な音は、本能に直接恐怖を刻み込みます。

 

中でもフェネックは、ヒトが聞こえない音まで聞こえてしまいますので効果は絶大です。ガタガタと震えてその場でうずくまってしまいました。

 

 

 

「…ちっ。アライサン、フェネックをかかえて走れ!大分重症だ!」

 

「わかったのだ!」

 

 

 

最初に恐怖を振り払ったのはアライさんとノヴァでした。ノヴァは剣を拾い直して即座に構えてアライさんに指示を出します。アライさんも言われるまでもなくフェネックを肩に担いで出口の方向へ走り出します。

 

視線をアライさんに注いでいたノヴァは、すぐそこまでセルリアンの頭が来ていることに気付きませんでした。

 

 

 

ドコッ

 

 

 

「うぅぅっ!」

 

 

 

横殴りに頭突きをかまされて大きく吹き飛ぶノヴァ。受け身を取りますが、尻尾が水についたことに気付き危機を感じます。

 

 

 

「ノヴァ!」

 

「大丈夫だっ。あなた達も退避しろ!」

 

「後ろは水だぞ!?お前落ちたら…!」

 

 

 

ツチノコとキングコブラが応戦しようとしますが、ノヴァは退けと叫びました。自分の受けた傷からして、他のフレンズが攻撃を受けたら致命的だと判断したのです。事実、彼女も痛みで普段の動きができないでいます。

 

足を止めてしまった二人を尻目に、セルリアンは尚もノヴァに攻勢を仕掛けます。

 

 

 

「わかってるさっ」

 

 

 

水に落ちれば命はないことは自身が一番知っています。力を振り絞って跳躍し、セルリアンの本体を踏みつけました。上を飛び越して真ん中に戻る手段を選んだのです。まだ持ち上がっていない頭はこちらを迎撃できないのですから。

 

しかし、セルリアンはまだ手を残していました。

 

 

 

ガブッ

 

 

 

「うぐぅっ…!」

 

「頭…!?どこから…!?」

 

「違う、頭が二つあるぞ…!」

 

 

 

地中から首がもうひとつ飛び出して、ノヴァの背中から食らい付きます。赤い目をした頭骨に残った牙が彼女の身体に突き刺さり、がっちりと捕らえて放しません。咬力も凄まじく、頑丈な筋骨を持つノヴァの身体をみしみしと軋ませて自由を奪います。

 

 

 

「う……くっ……」

 

「どうすんだよ…!?」

 

「見棄てるわけにはいかないだろうがっ!」

 

 

 

らしくもなく苦悶の顔を見せる彼女に、キングコブラの身体に熱くたぎる正義感が走りました。このかいろをくれた自分の主になるべき者を守れず、何が蛇の王だ!と忠誠心が奮起して力があらゆる箇所にこもります。

 

その片手には主がくれたもうひとつの宝物が握られていました。いつも彼女がやっていたように、青いグローブの指先を刃に押し当てて滑らせます。するとキングコブラの熱意をそのまま伝えるように光熱を放ちました。

 

力みすぎたキングコブラの指先からは血と、それとは違う液体が流れています。それが混ざり合うようにナイフの刃を伝うと、より一層赤々と燃えるような気がしました。

 

 

 

「つぁぁぁあああああああああっ!!!」

 

 

 

ノヴァよりも冷静で、時に残酷な彼女が、本能のまま獲物に飛び掛かりました。黄金の瞳が暗闇の洞窟に光の線を引いて、妖しく光る赤い目の首に差し込みました。

 

“ヒト”の激昂を初めて見たツチノコは、目の前の怪物よりも同じ起源であろう仲間の咆哮に圧倒され、立ち尽くすばかりでした。

 

 

 

ズッ バッ ザッ

 

 

 

「放せよこの化け物っっ!!!私の主を返せっ!!!」

 

 

 

喉元に取り付いたキングコブラは、何度も何度も赤熱したナイフを突き立てました。外骨格をやすやすと貫き青い液体を身体中に飛び散らせながら、何度も何度も。掴んだ左手や尻尾も首を肉薄して、毒素が指先からにじみ出しています。

 

キングコブラが扱うとはいえ、ナイフはノヴァの尻尾の破片から出来ています。セルリアンにも十分ダメージが入ったようで、彼女を振り落とすように首ごと地面に叩き付けたり振り回したりしました。ですが、くわえたノヴァだけは放すつもりはないようです。

 

 

 

「このっ!!ノヴァはっ!!私の!!」

 

「おい、キングコブラ!!お前まであいつのエサになっちまうぞ!!離れろ!」

 

「放すものかっっ!!ノヴァを取り返すまでっ!!」

 

 

 

キングコブラはものすごい勢いで何度も地面に打ち付けられているのです。普通なら全身の骨がバラバラに砕けていることでしょう。彼女の意志の力とサンドスターの輝きが道理をねじ曲げているのです。

 

業を煮やしたセルリアンは、もう片方の首をキングコブラに差し向けました。外骨格が砕けているとはいえ、巻き付かれて絞められれば圧殺されてしまいます。

 

 

 

「させるかよっ!」

 

 

 

ツチノコはキングコブラに食らい付こうとする首に飛び掛かって、ノヴァのグローブの牙を傷口に突き立てました。熱量こそ適温ですが、牙はもはや刃物です。青い液体をばらまきながらもうひとつの首も暴れ出します。

 

 

 

「くっ…まだ放さないかっ…!」

 

「いい加減諦めろよっ…!」

 

「たぁぁぁあ!アライさんが来たからには好き勝手させないのだ!!」

 

 

 

ものすごい勢いでアライさんが走って戻ってきました。フェネックを入り口付近まで送ってきたのでしょう。迷いもなくノヴァをくわえた首に、飛び込みながら頭突きをかまします。

 

小柄な体躯からどこからそんな力が出てくるのか、セルリアンの首は大きく仰け反りノヴァを宙に放り出してしまいました。

 

…その行き先は地底湖の水面。今のノヴァが着水すればすぐに溺れてしまうでしょう。

 

 

 

「…!しまったっ!そんなぁっ!」

 

 

 

アライさんも反射的にノヴァを追って湖に飛び込みますが、間に合わないことはすでにわかっています。悲痛な叫びと共に、水と空気が反発し合う音が洞に鳴り渡りました。

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

“大丈夫だよ~”

 

 

 

 

 

 

「!?誰なのだ!?どこなのだ!?」

 

「アライグマ…?」

 

 

 

音源のわからない声が三人の耳をくすぐりました。少し舌足らずなあどけない声。

 

そして洞窟には、追ってきた泡が空間を埋め尽くさんばかりに舞っています。今まで見てきた小さな泡ではなく、フレンズを包んで飛ばしてしまうくらいに大きなシャボン玉が数多く。ランプの光を反射して幻想的な風景に塗り替えてしまいました。

 

一際大きな泡の中には、ゴーグルの向こうの眼が窺えないノヴァが浮いていました。ゆっくりと踊り場の入り口まで飛んでいって、役目を終えたと言わんばかりに割れます。

 

 

 

「何かはわからんが、好機だ!脱出するぞ!」

 

「おうよ!」

 

「ありがとうなのだ!泡のフレンズ!」

 

 

 

最後までその正体を目にすることはできませんでした。泡のどこかに入っていたのか?と考えたアライさんでしたが、今はそれどころではありません。

 

一足先に離脱したキングコブラが横たわるノヴァを担いで先頭を走り、その後にツチノコが続きます。水から上がったアライさんもノヴァの大剣を拾い上げて出口へ向かいました。

 

 

 

「さあ、こっちへ来るのだ!アライさんは待っているのだ!」

 

 

 

少し熱の引いた剣を引きずりながら高々に挑発します。

 

とはいえ、この洞窟の通路は超巨大セルリアンが通れるほど広くはないです。セルリアンは伸ばした首を引っ込めて、早々と洞窟の奥へと戻っていきました。その怨念めいた視線は“絶対に逃がさない”と言わんばかりに光っていましたが。

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

「…行ってもうたわ」

 

 

 

フレンズとセルリアンが去った地底湖の踊り場には、青いドレスのフレンズが残されたランプを見ながら座り込んでいました。しゃれこうべの仮面の眼孔には、黄色の光が妖しげに灯っています。

 

 

 

「…油断してたわ。あのヘビキツネもそうやけど…ただのフレンズたちもあなどれんわな」

 

 

 

後ろで二つに束ねた青い髪は先の部分が乳白色に変わっています。少し傷んでいてボサボサになったのをさっと直して湖面に視線を合わせました。

 

 

 

「…さて、追跡は化身に任せるとして…うちはタマミツネを追おか」

 

 

 

踊り場の端まで来て、そっと足を水面に着けました。

 

 

 

「あのおてんば娘にも灸をすえなあかんなぁ…。うちの邪魔ばっかして、あげく逃げおおせて」

 

 

「…けど、ディノバルドを見つけられたんはラッキーやわ。やっぱあっちを最初にしよか」

 

 

「“四神”の輝きを引き継ぐフレンズ…新しいパークには欠かせんフレンズなんや…」

 

 

 

そう言って、彼女は地底湖へ飛び込みました。

 

 

 



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なまえ

 

 

ゴーグルの向こう側に映っていたのは、黒々とした噴煙でした。マグマが煮えたぎる火口からもくもくと噴き上げて、陽の光を遮断して辺りは薄暗いです。

 

鼻腔をくすぐる懐かしい硫黄の匂いを感じますが、なぜか違和感がありました。なぜ火口付近で横になっているのか、説明がつかないのが原因でしょうか。

 

自分には使命があったはずですのでこんなところで油を売っている暇はないのですが、使命とは何か…なぜか思い出せないのです。疲労した身体を起き上がらせることもできず、横になってただマグマを見つめます。

 

 

 

「……なんだろうな」

 

 

 

大きなクレーター状の火口の外壁に、漆黒の鉱物が見えました。他とは違う硬度のなさそうな石。研磨剤としては使えなさそうなので無視してした石です。

 

じーっとその石を見つめていると、火口自体が蠢動しました。噴火か、と思いつつ火砕流に巻き込まれてはいけないと腰を上げます。

 

その衝撃のせいなのか、漆黒の鉱物は外壁から崩れ落ちてマグマに飛び込みました。たちまち巨大な火柱を上げて薄暗い曇天に光を放ちます。

 

 

 

「……あれ、あんなに燃えるのか」

 

 

 

自分の熱なら鉄だって燃やせますが、あんなに勢いよく燃える鉱物があったのは知りませんでした。岩のような外殻をもつあいつが食べていたのもそういう理由か、となぜか納得しました。

 

尚も上がり続ける火柱を眺めて、らしくもなく感慨にふけっていました。世の中わからないことだらけだと、自分の無知を鼻で笑ってしまいます。

 

…しかし、いつまで経っても消えない火柱に疑問もわいてきます。灰になれば火は消えるだけ、その道理は知っているので、おかしいなとマグマの表面を観察します。

 

 

 

「なんだろうか…何かあるのか」

 

“何かとはなんじゃ、何かとは”

 

 

 

火柱が一層大きく火口を貫いて、熱波を彼女に浴びせました。普通の生き物ならのたうち回るほどの熱さですが、なぜだかけだるさを解き放ってくれるような優しさを感じます。

 

火柱に一つ影が現れて、羽ばたくように宙を滑って彼女に姿を見せました。

 

 

 

「…フレンズ、か」

 

「いかにも。というか、少しは驚いたらどうなんじゃ」

 

「別に驚くほどのことでもない。逆に火に囲まれて安心感がある」

 

 

 

火柱のフレンズの姿を彼女は目に焼き付けました。自分と同じく炎を纏う強者というのなら、最悪の場合戦わなければならない…いつでも剣を引き抜けるように腕を上げて構えます。

 

彼女よりも鮮やかな真紅の衣装と、鳥のフレンズのように頭から広がる美しい翼。幾重にも分かれた尾羽は紅の極彩色で飾られ、芸術的美に疎い彼女も息を飲む美しさです。

 

 

 

「…そなたは思ったより冷静なのじゃな。我の輝きを引き継ぐ者なのに感心した」

 

「…何を言っている」

 

「やはり我の輝きだけじゃなく、かの者の成分も含んでおるのか。冷徹なまでに鋭い切っ先、我とは違うものよのう」

 

「…質問に答えてくれ。あなたは私の何を知っている」

 

 

 

上空から彼女の青い剣や甲殻をまじまじと眺める火柱のフレンズ。話が噛み合わないことに少し苛立ち始めた彼女は剣の柄に手が伸びます。

 

 

 

「はやるでない、我が眷族。そなたと仕合うために会ったわけではないのじゃ」

 

「………………」

 

「…よく聞け、我が眷族。そなたに危機を知らせに来たのじゃ」

 

「…危機?」

 

 

 

彼女は構えを解きません。ゴーグルの奥から火柱のフレンズを見上げて、怪しい動きをしないか探っているのです。

 

知ってか知らずか、真紅のフレンズは言葉を続けます。

 

 

 

「我ら四神の輝きを集めて使おうとする者が現れたのじゃ」

 

「……四神?」

 

「パークを守護する四柱の神器。我はその南門を担う器じゃ」

 

「…眷族と言ったが、私のことなのか」

 

「左様。そなたは何者かが我の輝きとサンドスターで再現した新たな存在。ゆえに、火の力を自在に振るうことができよう」

 

「元々私は炎で自らを鍛える種族だ。誰かに与えられたものではない」

 

「では、そなたのその記憶自体が作り物であるとしたらば。そなたの存在自体が虚構であるとしたらば。…それを偽と証明できようか?」

 

「!!!」

 

 

 

他のフレンズならば証明できたかもしれませんが、彼女の場合は不可能です。記録を残せるヒトが記したものならば、フレンズになる前の自分を証明できますが…彼女は記録にない存在、起源の仮説すら立てられない未知の存在です。誰かに恣意的に生み出されたと言われても、それを否定する材料がないのです。

 

考えないようにしていた最悪の予想を突き付けられて、汗をかかない彼女の頬に冷や汗が流れてます。

 

 

 

「…ディノバルド。かの者は我の輝きを持つ新たな存在をそう呼んでおった。ヒトによって生み出されし火の輝きを刃に宿す竜…そなたの真の名よ」

 

「………………」

 

 

 

ディノバルド。彼女が一番知りたかった彼女の本当の名前。

 

それは自身の実在を否定する名前。元の生き物など存在しなくて、全てが作り物の存在。

 

彼女が仲間だと思っていたフレンズたちとは、全く別の存在なのです。

 

 

 

「……ディノ、バルド」

 

「そうじゃ。ディノバルド、我が眷族の一人」

 

「……違う」

 

 

 

焦土に降り注いだ転生の炎は、大地を生き返させたりしませんでした。獄炎がなおも地表を焼き払い、全てを滅して終わらせます。

 

そこにただひとつ立つのは、青い鋼鉄。不浄の土を焼き清め、新たな生命を育むもの。

 

そこに自ら刻んだ碑文は決して消えることはありません。彼女が生きる限り、獄炎を灯りに意思を伝え続けるのです。

 

 

 

「……博士と助手がくれた名前が、私にはある。仲間を救うという使命が、私にはある。ヒトの心を知りたいと願う想いが、私にはある」

 

「ほう」

 

「私が何者であるかなどどうでもいい。私には…“星の終わり”という名前があるんだ…!」

 

 

 

彼女の昂りに呼応するように、陽炎が空間が揺らめかせました。真紅のフレンズに負けず劣らずの熱。視界がどんどん歪んでいくようです。

 

 

 

「…それでよい。そなたはそなた。我の輝きを持つとはいえ、魂までは誰も支配できん」

 

「ああ、わかったよ。悩みが焼ききれたようでスカッとした」

 

「それは良かった。これで、我も安心して休めるというものじゃ」

 

「…?」

 

「そなたならば、我のかわりにパークを守り豊穣をもたらす者となるであろう」

 

「そんな大ぞれたことを任されても困る」

 

「いいのじゃ。そなたはそのままで。それが我の意思でもあり、そなたの行く末なのじゃ」

 

「…私の選択が、あなたの選択なのだな?」

 

「そうとも。そなたがやりたいように何かをするのであれば、我は満足じゃ。…我が子として、いつも見ておるからな」

 

 

 

空間はどんどん歪みを強めて、現実感が薄れてきます。はっきりと見据える真紅のフレンズの声しか聞こえません。

 

初めて笑った真紅のフレンズは、彼女の前に降り立ってゴーグルの奥を覗き見ました。

 

 

 

「…これは助言じゃ。聞くも聞かぬもそなた次第」

 

「………………」

 

「そなたと同じく四神の輝きをもつフレンズが他に三人おる。電の飛竜、泡の海竜、雪の巨獣…かの者らを護るのじゃ。決して別の世界の神に手渡してはならん」

 

「…それはどういう」

 

「でなければ…パークの均衡は崩壊してしまうぞ」

 

 

 

真紅のフレンズが彼女の手を握ると、激しく爆ぜました。それと同時に視界の歪みがより一層広がって、暗黒に覆われていきます。

 

 

 

「…そなたの行く末、楽しみにしておるからな」

 

「待ってくれ、まだ聞きたいことが」

 

「スザクじゃ。今教えられることはそれだけ」

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

「おい、ノヴァ!いい加減目を醒ませよっ!」

 

「ダメなのだっ…!まだアライさんはありがとうって伝えきれてないのだ…!」

 

「お前とならパークに遺された秘密を暴けそうなんだ…!こんなところで寝てる場合じゃないだろ…!」

 

 

 

聞きなれた声が聞こえてきました。珍しく取り乱したキングコブラと、今にも泣きそうな声のアライさん、そして面白そうな提案をしてくれるツチノコです。

 

そんなに大げさに騒ぐほどかとノヴァは身体を起こそうとしますが、背中と脇腹に激痛が走りました。思わず声が出てしまいます。

 

 

 

「ぐっ…」

 

「まだ起き上がってはいけないのです。普通なら命を落としてもおかしくない傷を負っているのです」

 

「……助手…?」

 

 

 

光を正しく捉え始めたノヴァの瞳には、助手の姿が映りました。その隣の三人とはうって変わって無表情で彼女の額を押さえつけます。

 

 

 

「はい、ミミちゃん助手なのですよ。ハンターたちから事情は聞いたのです」

 

「協力者がこのじゃんぐるちほーに集まってきてるのだ。ミミちゃん助手の他にもいろんな場所のフレンズが来ているのだ」

 

「例の双頭のやつも別の連中が見張ってる。私たちはやつを倒す作戦を考えているところだ」

 

 

 

三人の背後にはうっそうと高木が立ち並び、茂った緑や極彩色の植物が視界を覆います。ノヴァが横たわっていた場所は木材の屋根がありますが、外では激しいスコールが不規則なリズムを刻んでいます。

 

 

 

「……そうか、私は…。…すまない、迷惑をかけたな」

 

「全くなのです。最もセルリアンに有効打を与えられそうなお前がそんなんでは、作戦など立てられないのです」

 

「まあまあ、ノヴァさんが無事だっただけでも本当によかったのだ」

 

「一時はどうなるかと思ったぞ」

 

「…今はしっかり休んでおけよ。…私たちが何とかするからな」

 

「……そうはいかない。…奴の狙いは私と…泡の海竜だ」

 

 

 

四人に順々に視線を合わせながら、ノヴァはわかったことを伝えます。夢の中の話かもしれませんが、事実としてつじつまが合います。しつこく泡のフレンズを付け狙ったり、自分を捕らえようとしたり。

 

他の四人の反応は微妙なものでしたが。

 

 

 

「…仮にそうだとしても、お前は寝ていろ。お前が無理をしたら、それこそあいつの思うつぼだろう」

 

「その通りなのです。…ですが、お前を付け狙う理由は何なのです?わかれば何らかの対策が打てるのです」

 

「…あいつは、四神の輝きをもつフレンズを探しているらしい」

 

「!!!」

 

「四神だと!?お前、何言って…!」

 

 

 

そのワードに助手は瞳を小さくして驚きました。同時に思考があらぬ方向に回転していったようで、口に手を当ててうなります。

 

ツチノコはかなり興奮気味でノヴァのすぐそばまで詰めよりますが、相手がケガ人と思い出して自重しました。

 

 

 

「ノヴァ、それをどこで知ったんだ?」

 

「直接会いにきたんだ、その一人がな」

 

「…光炎の輝き…つまりはスザクが、ですか?」

 

「そうだ。私の意識の中に入ってきて、助言をくれた」

 

「意識の中…?夢の中でなのか?」

 

「そうだとよかったんだがな。他にも電の飛竜や泡の海竜がその輝きを持つって聞いて、信じざるを得なくなった」

 

 

 

キングコブラとアライさんは首をかしげたままです。四神という言葉も今初めて聞きましたので、理解は追い付きません。

 

ツチノコや助手は更に話を聞き出そうとノヴァに詰めよります。

 

 

 

「探して、どうするんだ?」

 

「…セルリアンは輝きを奪うのだろう?つまり己のものとするんじゃないのか」

 

「…それはとんでもなく不味いことなのです。あの力が碑から失われて久しいですが…」

 

「助手、ツチノコ、教えてくれ。四神とは一体何なんだ。それを奪われると何が起こるんだ」

 

「……簡単に言えば、パークにセルリアンが溢れ返るのです」

 

 

 

ノヴァは特に驚いた表情は見せませんでしたが、忌々しそうに舌打ちしてまぶたを閉じます。

 

他の二人は助手とツチノコを挟むように押し掛けて質問攻めにします。

 

 

 

「ど、どういうことなのだ!セルリアンが溢れ返るって!」

 

「やまのサンドスターを押し込める蓋が壊れて、セルリアンを成長させるものがパーク中に降り注ぐんだ」

 

「今はどうなってるんだ!?ノヴァがその一つを持っているんなら…!」

 

「確かめたところ、北門の力のみで何とか押し留められている状態なのです。ゆえに蓋が完全ではなく、最近セルリアンが自然消滅せず増えているのもそのせいなのです」

 

 

 

相変わらず淡々と答える助手と、つまらなさそうに言い放つツチノコ。想定以上の危機と感じた二人との温度差は大きいです。

 

 

 

「その双頭のセルリアンとて例外ではないでしょう。サンドスターロウの供給を止めない限り、再生を繰り返すのです。…つまり、また蓋で塞がれないように、四神の力を手中に納めておきたいのでしょう」

 

「蓋でふさげばあのセルリアンを倒すチャンスがあるということなのか?」

 

「チャンスは、あるな。実際に倒せるかは別問題だがな…」

 

「倒すさ。弱体化すればノヴァがぶつ切りにしてくれる」

 

「…仮にノヴァが四神の輝きをもつとして、それを四神の像に返したとしましょう。そうすれば、炎の力を失って生命を維持できなくなるのです」

 

「……え」

 

 

 

何とも情けない声をあげるキングコブラ。やっと見えてきた勝機は、かけがえのない仲間の命と引き換えだったのです。先ほどまでの意気は尻込みして、彼女の足を止めてしまいました。

 

 

 

「…あくまで推測にすぎませんが。私だって、ノヴァを犠牲にしたくはないのですよ」

 

「……まあ、他に方法がないなら。…私はそれに賭けてみようと思う」

 

「!!何を言っているのだ!!」

 

「ふざけるなよ!そんなこと私は許さないからな!」

 

「お前だってフレンズの一人だ…!この奇跡を無下にしてたまるかよ…!」

 

「落ち着け。まだ手札が尽きたわけじゃないだろう。困難な状況でも、知恵と勇気で覆す…それがヒトだろう?」

 

 

 

当の本人は妙に落ち着き払っていました。自身が犠牲になることも選択肢の一つでしかないと言って、別の肢を探そうと思考の海へ繰り出しています。

 

 

 

「お前自身のことなのですよ?少しは慎重に考えて」

 

「行き着く結論なんて決まってる。あらゆる手段を試して、それでダメなら最後の手段だ。迷っている時間で手札が失われていくのなら、即決断するべきだろう」

 

「…それを無機質というべきなのか野性的というべきなのかは置いておくのです。ノヴァがどうしたいのかはわかりましたので」

 

「おい、助手っ…」

 

「止めろよ!あいつ、本気でやる気だぞ…!?」

 

「ダメなのだっ!自分から犠牲になるなんて許されないのだ!」

 

「誰が進んで犠牲になるものか。そうならないように手を打つんだ。…協力してくれ」

 

 

 

横になっていたノヴァは上体を起こして、四人の眼を見渡しました。青く燃え上がる瞳の視線には、絶対の自信が見て取れます。必ず双頭のセルリアンに借りを返すと。

 

有無を言わせぬ強い視線がツチノコとアライさん、そしてキングコブラの言葉を詰まらせてしまいました。どうにもならなければ、ノヴァは自分を生け贄としてセルリアンを止める…協力することを認めてしまうとそれも含めて肯定することになってしまうのです。

 

 

 

「…わかったのです。私はノヴァに従うのです」

 

「……………………ちっ」

 

「…途中までは協力してやるよ。けど、輝きを返すのは意地でも止めてやるからな…!」

 

「……わかったのだ。…アライさんが絶対にあのセルリアンをぶっとばすのだ!そうすればノヴァさんは…」

 

「…ふ、頼りにしてるよアライサン」

 

 

 

いつもの表情で不安を圧し殺したのは助手とアライさん。そうしなければノヴァの足手まといになってしまうと察知したのでしょうか。

 

一方、キングコブラは苛立ちを隠せませんでした。尻尾の先が目に見えないほど振れて、恐怖心をあおる音を鳴らしてします。その感情は自分のものだと気づいているのでしょうか。

 

ツチノコの決断はもう決まっていたようです。ノヴァが生きる選択なら喜んで協力するし、犠牲になる選択なら全力で止めてやると。神妙な表情がツチノコも本気だと伝えます



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おおあめのせんしたち

「すごいねー。あんな大きな木をなぎ倒して進んでるよー」

 

「コブラさんったら、あんなのと戦ったっていうのですか」

 

 

 

じゃんぐるに響き渡るのは動物や虫たちの鳴き声ではなく、ごうごうと降り注ぐスコールや狂ったかのように川を流れる濁流の轟音。そして、破壊の限りを尽くす骨を纏ったセルリアンが大木を伐採する音。ここのフレンズたちはハンターたちの指示に従い別のちほーへ避難しました。

 

ですが、自分のすみかを守るために、ひいてはパークのために力を振るうことを決めたフレンズもいます。

 

今、木の陰からセルリアンの様子を見張るフェネックともう一人のフレンズもそのメンバーです。特徴を良く知るフェネックが彼女を案内してセルリアンを追跡しているのです。

 

 

 

「クジャクちゃんはどうなのー?戦えそう?」

 

「ええ、覚悟はできてますよ。コブラさんがあんな必死になって呼び掛けてきたのも初めてですから」

 

「ふーん、キングコブラちゃんとは長い付き合いなんだー」

 

「そうなんですよ。ああ見えて無鉄砲なところもありますからね、放っておけないんです」

 

 

 

クジャクと呼ばれたフレンズはため息を付きながらも、嬉しそうな顔をしました。

 

クジャクの羽毛のような髪や服の青はノヴァのものよりも鮮やかで見映えがよく、かどの取れた顔立ちが清楚な優しさをかもし出しています。放射状に広がった尾羽には極彩色が散らばって、あたかも格式高い芸術品のような美しさ。

 

その華麗な見た目に恥じない、美しい心を体現しようと清廉な振舞いを心掛ける姿勢は、誰の目にも美というものを脳裏に焼き付けます。

 

 

 

「…ふふ、似てるかもねー、私たち」

 

「アライグマさんもやんちゃなフレンズなんですか?」

 

「そーだよー。細かいことはなーんにも考えてなくて、何か見つけてもなぜかあさっての方向に走って行っちゃうんだー」

 

「それって相当おバカなんじゃ…」

 

「でもねー、どんなに遠回りしても必ずたどり着くんだー。途中にどんな障害があっても乗り越えちゃうアライさんだから、私はついていこうと思うんだー」

 

「…楽しそう、ですね。途中の景色も、たどり着いた先も」

 

 

 

共感する部分があった二人は自然と微笑み合いました。アライさんとキングコブラの行動理念は違うかもしれませんが、二人の行く末を想うフレンズがいるのは変わらないようです。

 

 

 

「だいたい予想通りの道を進んでいますね、あのセルリアン。川縁の近くでカワウソさんが待機してますので合流しましょう」

 

「はいよー」

 

「私はその先で待ってるジャガーさんや、ミミちゃん助手に状況を伝えてきます。それまでカワウソちゃんと一緒にセルリアンの様子の観察をお願いしますね」

 

「羽をむしられないようにねー。助手は中々不敵なフレンズだよー」

 

「なんでそんな物騒なこと言うんですか!確かにミミちゃん助手にはやられましたけど!」

 

 

 

フェネックは軽い冗談のつもりでしたが、クジャクは背筋に悪寒が走ったようでビクッとしています。目の前の化け物よりも、丁寧にお手入れした羽を抜かれる方が恐ろしいようです。

 

大きな声を出してしまいましたが、双頭のセルリアンは見向きもせずひたすら前へ進みます。その替わりに、一人のフレンズがフェネックとクジャクの声に寄せられてきました。

 

 

 

「お?きたきた!おーい!クジャクちゃーん!こっちだよー!」

 

「カワウソちゃん!持ち場はどうしたんですか!?」

 

「んー?すごい音がしたからこっちに来たよー」

 

 

 

にはははと笑って手を振る灰色のフレンズ。足の指が見える先のないソックスと、水泳用に作られた水の吸収量の少ない衣装、そして無邪気という言葉をそのまま形にしたようなあどけない笑顔。先の白くなった灰色の尻尾はそれに反して力強い動きをしています。

 

またも予想外のことが起こって声を荒げるクジャクですが、このフレンズが何を言っても聞かないマイペースの権化だということはわかっています。少し神経質な彼女の条件反射とわかっていますので、灰色のフレンズも気に留めていません。

 

 

 

「…まあ、いいです。フェネックちゃん、カワウソちゃんと一緒にセルリアンの追跡をお願いします。このまま行けば切り株の広場でジャガーちゃんと合流できますので、そこで交代してカワウソちゃんはミミちゃんのところに経過を報告してください」

 

「任されたよー。よろしくねー」

 

「よろしくー!わたしコツメカワウソ!あなたはー?」

 

「フェネックだよー。パークの危機に立ち向かうアライさんとノヴァさんと一緒に戦うことにしたんだー」

 

 

 

お互いに手を振って笑顔を向けました。方向性は違いますが、マイペースな二人は何か通ずるところがあるのかもしれません。

 

頭の羽を広げて飛び立とうとしたクジャクが、立ち止まってフェネックに質問しました。

 

 

 

「…その、ノヴァちゃんってどんなフレンズですか?コブラさんがそれだけ肩入れするなんて…」

 

「すごいよー、ノヴァさんは。頭もきれるし身体も大きくて熱いハートがあって、それにものを作るのが好きなフレンズだよー。あの剣はクジャクちゃんの羽にも負けないうつくしさがあると思うねー」

 

「へぇ~すっごい楽しそうなフレンズだね!戦いが終わったら一緒に遊ぼ!」

 

「きれいな方なんですか。…会ってみたくなりますね」

 

「助手のところにいると思うから、多分会えるよー。よろしくねー」

 

「はい!」

 

 

 

クジャクは枝の合間を縫って、高木の上空へ飛んでいきました。その立ち振舞いすら華麗で、彼女の努力の上にその美しさがあるんだなーとフェネックは感心しています。

 

 

 

「さて、さっそくセルリアンを追うよー。カワウソちゃん、準備はいいかなー?」

 

「もっちろん!」

 

「じゃあ、しゅっぱーつ」

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

 

「…つまり、奴を川に落として押し流せばいいということだな?」

 

「はい。海にまで追いやればセルリアンはその形を保ってはいられなくなるのです」

 

 

 

思った以上にノヴァのケガは重傷らしく、歩き回ることができません。背中に突き刺さった尖った骨が傷口を広げて、動く度に疼きます。

 

そこで、遺された人工物に各地からセルリアン撃退のために集まったフレンズを呼んで作戦を練っているのです。

 

 

 

「…ノヴァでさえ抑えられないほどの相手なんだ。真正面から戦うのはダメだ」

 

「……あいつでダメだったのか。どんなさいきょーなんだよ、あのセルリアン」

 

「ヒグマ…あなたの二の舞になってしまったな」

 

「しょうがないさ。替わりに俺はもう大丈夫だ。なんとかやってやるさ」

 

 

 

各地のフレンズに声をかけたヒグマとハンターたちも、その脅威に戦慄しています。リーダーが自分よりも強いと認めたフレンズが、動けなくなるほどこんてぱんにやられたのだから。

 

 

 

「でも、それならどうやってセルリアンを川に突き落とすのだ…?」

 

「皆の力を合わせれば、たやすいことだろう」

 

「待つのですヘラジカ。正面から戦うリスクがあまりにも大きすぎるのが問題なのです。ちゃんとした戦略を立てて、確実に仕留める手を打たなければ」

 

 

 

柱に寄りかかるノヴァの目の前には、いつか見たねじれた角の竜のように誇張する枝角のフレンズが仁王立ちしています。全体的に暗い色の身なりですが、真っ直ぐにノヴァを見据える視線は勇猛果敢そのものです。その後ろに立つ彼女の家臣たちも戦意に溢れています。

 

助手がヘラジカと呼んだそのフレンズは正面からの戦いを申し出ましたが、彼女は却下しました。相手との力の差が大きすぎる以上、安易な接触は命取りですので。

 

 

 

「…うーん。キングコブラ、じゃんぐるで川の深い場所ってどこだ?あのバカデカいやつを落とすなら足のつかない場所じゃないと」

 

「…渓谷の下はかなり深いな。だが、谷底までかなり落差がある。…こちらが落とされたら大惨事だ」

 

「泳げるフレンズでも致命傷は免れない、のです。…というより雨季の今、激流の川に落ちれば戻ってこれないのです」

 

 

 

具体案が浮かばない面々。ひとまずツチノコが地の利を把握しようと、じゃんぐる出身のキングコブラに尋ねました。しかし、相手を陥れることができる場所は自分たちにとっても危険な場所とわかってふりだしに戻ってしまいました。

 

 

 

「危険、だがそこしかないな。生半可な策略では力ずくで突破されてしまう」

 

「…そのとおりですわ。もう私たちには後がないんですもの。やるしかないです」

 

「だけどカバちゃん。そんな場所で戦えるの?動きの身軽なフレンズじゃないと崖の近くじゃ戦えないし、力持ちなフレンズじゃないとセルリアンを押し出せないよ?」

 

「…その矛盾を覆す一手が必要か」

 

 

 

応援に駆けつけた二人のフレンズの言葉で更に頭を悩ませるノヴァ。誰かにさせるのはあまりに危険だし、崖の危険地帯を動き回りつつ的確に攻撃を与えて相手を追い落とす能力も必要です。

 

指摘をくれた二人のフレンズ…黒いライダースーツ風の衣服のカバと、露出の多い服と長いマフラーが印象的なインドゾウはいかにも重戦士に見えます。力を合わせればあのセルリアンを力ずくで押し出すこともできそうですが、足場の悪い場所で戦えるかは疑問が残ります。

 

この中で身軽なフレンズは、飛行能力を持つ助手とヘラジカの部下のハシビロコウ、セルリアンとの戦いに慣れているというじゃんぐる出身のフォッサとオセロット、それにハンターたちくらいです。パワーに自信があるのはヒグマくらいで、正面から当たるには力不足です。

 

 

 

「…両方を満たすのは私かヒグマだけか」

 

「だがお前はダメだ。そんなケガで戦っても良い結果はでない」

 

「わかってるよ。…何か、あるはずだ。起死回生の秘策がまだ隠されているはずだ」

 

 

 

しかし、その後には沈黙が遺構を支配します。ごうごうと屋根を打つ雨粒がそこにいる全員の焦燥感を駆り立て、薄暗い視界からどんどん光を奪っていきます。

 

 

 

その沈黙を打ち破ったのは一筋の雷光でした。ごく近くに落ちたのでしょう、光と音がほぼ同時に皆に届き、焦燥がパニックへと変わります。

 

 

 

「うおぁっ!?なになに!?」

 

「落ち着けフォッサ!こんなのでビビってどうするんだ!」

 

「まあまあコブラちゃん。みんなコブラちゃんほど肝が据わってないんだよ」

 

 

「し、心臓が止まりかけたでござるよ…」

 

「この前より大きいですぅ…」

 

「こんな時に不吉ですわね…」

 

「…雨もひどくなってきたね」

 

「それだとノヴァさんが外に出られないから、尚更私たちが頑張らないと」

 

「ハシビロコウの言うとおりだ。雷雨などに臆してはいられんぞ」

 

 

「…どうなっちゃうんすかね、パークは…」

 

「弱音はダメよ。まだ大勢は決まってないもの」

 

「そうだけど…見えてこないよ」

 

「大丈夫なのだ、ノヴァさんとアライさんがなんとかしてやるのだ」

 

「お前のその自信、今だけは誉めてやるよ」

 

 

「…こんなに大勢の指揮なんて採ったことないからな…。どうすればいいんだよ」

 

「チームワークが完全に乱れてますね…オーダーに支障が出る前に統率を回復しないと」

 

「……たった雷一発で…」

 

 

 

「悪かったわね、雷一発でそんなにビビらせて!」

 

「…!?…あなたは…」

 

「わざわざ策を弄して来てやったわよ、感謝しなさいノヴァ」

 

 

 

電は、消えかけた炎の前に必然として落ちてきたのです。

 



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はんげきのらいめい

 

恐慌状態の遺構に、二人のフレンズがやってきました。

 

前に立つのは、両手で松葉杖をついた片足のないフレンズ。身体中に光る黄緑のスリットを走らせて、まさしく雷を連想させます。

 

もう一人は、身体中の羽毛を極限までしぼめてシルエットを細める鳥のフレンズ…そう、コノハ博士でした。涙目になってピンと立ち尽くしています。

 

 

 

「やめるのですやめるのです雷はもううんざりなのです」

 

「コノハがビビってあたしを落とすからでしょうが!ちゃきっと着陸しなさい!」

 

「…博士がこき使われているのです」

 

「ああ…どういうことなんだ…。…ライ、どうしてここに?」

 

 

 

予想外の出来事にポカンとするノヴァと助手。二人が来るのは百歩譲って理解できるとしても、あの尊大な博士を雷で脅して空輸させるとは考えもしませんでした。普段絶対見られない光景に、しんりんの二人以外のフレンズも唖然としています。

 

 

 

「ノヴァ、あんたがピンチだって聞いてわざわざ来てやったのよ?あたしだってまだリハビリ中だし、杖で歩き回るのにも限界があるし」

 

「…それで博士に運ばせたのですか?」

 

「そうよ。ミミはノヴァが心配って言って一人で先走るし、コノハはノンキに調べ事してるし。あたしだってノヴァのこと…」

 

「…それはすまなかったな」

 

「ノヴァが謝ることじゃないわよ。このマイペース猛禽二人が悪いのよ」

 

 

 

松葉杖を使ってライゆっくりと屋根の中へと入っていきます。本人はそのつもりはないのでしょうが、黄緑の雷を宿すごく鋭い眼光を向けられればフレンズたちは簡単に萎縮してしまいます。

 

 

 

「…起死回生の一手、あるわよ」

 

「それは本当か?」

 

「ええ。そのためにコノハを使ってこの地域の地形を見て、実現できそうな作戦を考えてたの。そうじゃなかったらとっくにあんたのところに合流してるから」

 

「用意周到なことで。…じゃあ、聞かせてもらおうか。あなたの秘策を」

 

 

 

その中で唯一怯えずに会話を続けられるのはノヴァ。自身に雷が効果を発揮しづらいこともありますが、境遇からして最もノヴァに近い場所にいるのがライなのです。

 

ライはノヴァの隣に座って、パイロットスーツのすそから折り畳まれた地図を取りだしました。違うポケットからとしょかんに遺されていたボールペンを手に取って地図の一部を丸で囲みます。

 

 

 

「何もあたし達が直接攻撃しなくてもいいのよ」

 

「どういうことだ」

 

「高さを用いた落石とか。崖の道を崩落させるとか。人間サマお得意の自然を使った大掛かりなトラップを使えばいいってこと」

 

「…なるほど、小細工どころの話ではないわけか」

 

 

 

ノヴァは相手が小細工など通用しない、常軌を逸した馬鹿力の持ち主と考えていました。実際に攻撃を食らってみて、頑丈さに自信があったのに意識を奪われるまでの怪力なのですから。

 

ライが提案した作戦は彼女の想像の遥か彼方にありました。地形ごと利用した罠を張って自然の力で押し込める…自身の力しか信じてこなかったノヴァには思い付かない発想でした。

 

 

 

「んで、適した場所はここ。崖の中腹に結構大きな道があって、その上も割と広いわ。中腹の道に崩れない程度に穴を空けて、崖の上に大きな岩石を集めて…ターゲットが差し掛かったら落とす」

 

「落石で敵に打撃を与えつつ、足場を崩落させて川へ落とし込む…これならあるいは」

 

「あるいは、じゃないわよ。絶対うまくいくから。…けど、これは一人二人でできる作戦じゃない」

 

 

 

黄緑の電気が走る視線を取り囲むフレンズたちに向けました。臆病そうなヘラジカの部下のパンサーカメレオンや、こはんから避難してきたアメリカビーバーはそれだけで身をすくめてしまいます。

 

 

 

「多くの人員と、それを統率する者がいるの。…あんた達、やってくれるわね?」

 

「…そ、それは……」

 

 

 

雷がつんざくような気性の激しい声色に、周りのフレンズたちは返事を返すことすらままなりません。このくすんだ金色のフレンズは、雷のように目の前に現れて烈光と轟音を撒き散らす恐怖でしかないのです。

 

…その様子にため息と火の粉をついたノヴァが、彼女の尻尾をライの尻尾に当て付けました。安静にしていたとはいえ、まだまだ熱を帯びています。

 

 

 

「ぎゃぁんっ!?あっついっ!!」

 

「はぁ。あなたも旅に出て他を知るといい」

 

「なっ、何よいきなり!」

 

「そんな態度では誰も頷いてはくれない。周りにいるみんなが対等な存在であるということを忘れてはならない」

 

 

 

じとっとした目を余計に平らにさせてライの瞳を見つめるノヴァ。攻撃的な視線でないにせよ、彼女の非難は十分に伝わったようです。ライはしょぼくれてうつむいてしまいました。

 

 

 

「ううっ…そんな目で見ないでよ…」

 

「私たちは群れなんだ。そのことを理解しなければならない。…あなたは私よりも頭がいいんだ、すぐにわかるさ」

 

「……ノヴァはだいぶ成長できたようなのです」

 

「まだまだ。理解できていないことのほうが多い」

 

 

 

着々とフレンズとしての生き方を身につけていくノヴァに、博士はうんうんと頷きました。旅に出て、いろんなフレンズとふれあって、彼女の切っ先は丸くなったと感じています。

 

しかし芯は変わっていません。日々精進して自分を磨きあげる姿勢には一切のブレがありません。それも確認できて博士は満足しているようでした。

 

 

 

「…危険な作戦だ。直接戦わない人員にしても事故の危険性がある。身を引くのも賢い判断だ。…それでもこのちほーの平和のため、ひいてはパークのために尽力したいというのなら、私と一緒に戦ってほしい」

 

「私はやるぞ。もう助手と博士との約束を守るためではなくて、ノヴァの隣にいたいからな」

 

「…キングコブラ…ありがとう」

 

「私を王と呼ばないでいい。コブラと呼べ。…王はお前だ」

 

 

 

一番最初に名乗り出たのはキングコブラでした。彼女の意志は最初から決まっていたのです。

 

自分の故郷を守るため、故郷に生きる民を守るため、そして自分が王と慕う者の剣となるため。王が戦うというのなら、キングコブラも戦うのが道理なのです。

 

 

 

「アライさんもノヴァさんについていくのだ!ノヴァさんの秘策なら、絶対うまくいくのだ!」

 

「いや、立案したのあたし…」

 

「お前はリーダーの器ではないのです。我々と一緒に参謀としてノヴァを支えるのですよ」

 

「頭の良さは誰よりも秀でているので。バカとハサミは使いようなのです」

 

「バカでもハサミでもないわよ!!」

 

 

 

アライさんの底抜けに明るい一声がどんよりした空気をさっと払いました。その前向きさはこの中の誰より勇敢で、決して折れない心の表れでもあります。

 

手柄を勝手にノヴァのものにされてふくれっ面のライですが、反省もちゃんとしています。助手や博士の言うとおりノヴァに陣頭指揮は任せて、自分は裏で暗躍する方が効果的だということも気づいています。

 

 

 

「…へ、こう見てみたら普通のフレンズじゃねーか。いきなり雷と共に現れたかと思ったら脅してきやがって」

 

「悪かったわね!雷を呼ぶ体質で!」

 

「何で逆ギレしてんだよー!」

 

 

 

お互いに大声を出し合うツチノコとライ。しかしそれは彼女が恐れる必要のない、ただのフレンズだということの裏返しでもあります。

 

 

 

「まあまあ。ライさんも悪気があった訳ではなさそうですし…ね?」

 

「…とはいえ、私と一緒にあなたを助けたキンシコウに対してあの態度はいただけないな。もう一つ反省しておけ」

 

「…ごめんなさい。キンシコウ」

 

「いえいえ、お気になさらず。ハンターとしての使命ですから。…そして、ノヴァさんへの解答も決まってます」

 

「ああ。借りを作りっぱなしじゃ悪いからな、俺たち三人はお前と一緒に戦うぞ」

 

「絶対に作戦、成功させましょう」

 

 

 

ハンターたち三人も首を縦に振りました。仮にノヴァやライがいなくても戦う他ないと考えていた三人ですから、頼れる仲間がいるのなら手を取り合わない理由がありません。

 

キンシコウが改めてライの手を握って信頼を確かめました。帯電したかぎ爪に触れないようにそっと包むように。

 

 

 

「…よろしくお願いしますね、ライさん」

 

「う…うん…」

 

「大人しくしていれば可愛げがあるのですが」

 

「しゃべると残念なフレンズなのです」

 

「あんたら…後で覚えてなさいよ…」

 

 

 

やれやれと手を上げる博士と助手。ノヴァが旅立った後のとしょかんではなかなか失敗を重ねていたようです。

 

ライの意外な面を知れて、ノヴァは少し微笑みました。かなり知的な印象を持っていたのですが、それは表面だけのようです。

 

 

 

「私たちももちろん協力するぞ。ハシビロコウが世話になった恩を返させてもらうからな。…その後で私と一つ勝負をしようじゃないか」

 

「そうだな、剣で語る言葉もあると聞く。…にしても、森の王が力を貸してくれるとは心強いな」

 

「私だけじゃない。パワー自慢のシロサイ、鉄壁のオオアルマジロ、攻守を兼ね備えたアフリカタテガミヤマアラシ、周りと同化して身を隠せるパンサーカメレオン、そして飛行と偵察が得意なハシビロコウ。みんなで力を合わせればできぬことなどない」

 

「…それはそうだが、…なぜそれだけの人材がいながら合戦に負け続けているんだ?」

 

「簡単よ。指揮系統に問題を抱えているのよ。…ヘラジカの顔を見ればわかるわ」

 

「???」

 

 

 

ノヴァにはこの勢力が勝てない理由がわかりませんでした。優れた能力を持った人員がこれだけいれば、勝ち筋を見つけるのは難しいことではないと思うのですが…。

 

その解答をライがバッサリと言いました。リーダーのヘラジカの指揮に問題があると。そう皮肉めいた指摘をしても関知しない辺り、相当重症なのねとライは呆れてしまいました。

 

 

 

「そんなことありませんわ!ヘラジカさまは良くわたくし達を見ていますわ!」

 

「そうだよそうだよ!負け続きだけど楽しいもん!」

 

「みんなで一緒に笑って、一緒に散っているのですぅ!」

 

「もう少し頭を使ってほしいと思うこともあるでごさるが、それでも拙者たちの筆頭はヘラジカさまでござる!」

 

「粒ぞろいのみんなだけど、ヘラジカさまのところだから一緒にいて団結できるんだよ」

 

 

「…暑っ苦しい信頼関係ね。これもカリスマ性のひとつなのかしら?」

 

「奇妙なものだが、心とはそういうものだ。ヒトの心と心が理由もなく惹かれ合うんだ」

 

 

 

理詰めの思考のライは今一つピンときてないようでしたが、一応の理解は示しました。理屈では推し測れない存在もあるということをさっき知ったばかりですので。

 

ヘラジカの後ろに立つ従者たちは、彼女が少し思慮が浅くて力任せな部分があると思っていても、付き従いたくなる彼女の何かを信じています。理屈うんぬんではなく、それこそ野生の勘とでも言うべき直感のしわざなのです。

 

 

 

「私たちも故郷を守ろうよ!コブラみたくノヴァに従うってわけじゃないけどさ!」

 

「そうだな。フォッサもしばらく戦ってなかったみたいだし、いいんじゃね?」

 

「たまにはこういうスリルもいいよねー」

 

「まさに決戦?オセロットも参戦?」

 

「タスマニアデビルの名前を轟かせるのに丁度いい舞台がきたな!」

 

「夢物語を描く前に、ちゃんと指示を聞こうね」

 

「オカピに遭うよりも珍しいイベントだゾっ!気合い入れなきゃ!」

 

「遊びじゃないんだよぉ!しっかりしなよぉ!」

 

「いざとなったら逃げる用意も忘れずに!」

 

 

「お前たち……ああ、一緒に戦おう!私たちの居場所を好き勝手させてたまるか!」

 

 

 

じゃんぐるの住人たちも血気盛んに士気を高めています。普段は臆病で排他的なマレーバクやミナミコアリクイやエリマキトカゲも奮起して、キングコブラを中心に結束を強めています。

 

同郷の能天気なフレンズたちがここまで一致団結して何かをしようとするのは初めてです。緊急事態がそうさせたのか、誰かのカリスマ性がそうさせたのかはキングコブラにはわかりませんでした。

 

 

 

「あらあら、助っ人の出番はなさそうですわね」

 

「一人でも人員は多い方がいいのです。カバにも気張ってもらいますですよ」

 

「でも戦うのは苦手っすけど…おれっちも何か役に立ちたいっすよ…!」

 

 

 

戦意がますます上がっていくへいげんのチームやじゃんぐるの住人たちを尻目に、他所からきたカバやアメリカビーバーはその空気に馴染めません。作戦に参加したくても、疎外感があってうまくコミュニケーションを取れなさそうと感じています。

 

 

 

「大歓迎だ。あなたは何が得意なんだ?活躍できる場面は必ずある」

 

「木材の加工や、地形の修繕なら…」

 

「!!いや、素晴らしいものをもっているじゃないか」

 

「まあ、罠の設計を把握して人員に指示できればいいけど」

 

「それだけじゃない。ライ、各々に割り振るべき役割を考えてみろ」

 

「??どういうことっすか…?」

 

 

 

ビーバーの才能になぜか興奮気味のノヴァ。彼女が何を言わんとしているか汲み取ろうとライは頭をフル回転させます。

 

 

 

「…うーんと、工作の終了まで時間稼ぎをする陽動隊、実際に罠まで誘導する迎撃隊、道に穴を空けて細工する工兵隊、崖の上に岩石を集めて落とす攻撃隊、あとは各隊に連絡を回す伝令隊ね」

 

「それで問題ないだろう。ただ、迎撃隊には相手の足止めをできるくらいの攻撃力が必要だと思わないか」

 

「そうね。不確定要素もあるし、足止めは欲しいわね。崖道の上で戦うから身軽なやつでないといけないけど…でもそれじゃ足止めもままならないわね」

 

「そう。…そこを“武器”で補うんだ」

 

「武器…っすか…?」

 

 

 

いつにも増してキラキラとゴーグルの奥の瞳を輝かせています。ビーバーとライはしばらくポカンとしていましたが、ライはその意味を察して目を見開きました。

 

 

 

「!そうか、そうよね!簡単な武器なら、あんたの尻尾の鉄片と木材があれば作れる!」

 

「そうだ。それに、やつには熱がよく通るみたいだしな。簡単な武器でも熱すれば十分なダメージが見込める」

 

「よし、それはノヴァと…」

 

「アメリカビーバーっす」

 

「ビーバーに任せるわね!」

 

「…ああ。よろしく、ビーバー」

 

「よろしくお願いしまっす、…ノヴァさん。…でも武器なんて作ったこと…」

 

「大丈夫、なんとかなるさ」

 

 

 

うれしそうな顔をしてノヴァは握手を求めました。彼女からしてみれば、自分の欲していた技術を持つ者に偶然にも出会えたのです。これからのためにも学んでいこうと意気揚々としています。

 

対照に心配性のビーバーは青い熱い視線に想像以上のプレッシャーを感じていました。ノヴァの足元に置かれた青い剣の完成度を見れば、どれだけの鉄の加工技術を持つかはわかってしまいます。自分の技術ではこの鉄材と合わせるには役不足なのではないのかと、思考が負のスパイラルに陥っています。

 

 

 

「よし、だいたい展望が見えてきたわ。これから役割分担を決めるわね」

 

「ああ、そうしようか」

 

 

 

 

 

 

「…うわぁ、すごい入って行きづらい空気です…。これから担当を決めるっていう時に帰ってきましたー、って私には言えないですよ…」

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

「あーあ、あの橋はもうダメだねー。板がバキバキ折れちゃったよー」

 

「あはは、すごーい!どれだけ重たいんだろー!」

 

 

 

双頭のセルリアンが通った後には瓦礫しか残りません。夜になると灯りが着く柱や道を囲う柵、そして沼地の上にかかる橋も木っ端に変えてしまいました。

 

とんでもない絵面に多少の恐怖を感じるフェネックでしたが、となりのコツメカワウソはあろうことか面白がっています。じゃんぐるの案内を頼んだとはいえ、アライさん以上の不敵さが少し不安に思えてきました。

 

 

 

「もうそろそろ切り株の広場だねー。ジャガーちゃん、待ちくたびれてないかなっ」

 

「それは緊張感なさすぎだよー。結構ヤバいんだからねー」

 

「そうなのー?ジャガーちゃん、ぼけぼけだね!」

 

「カワウソちゃん、あなたのことだよー」

 

 

 

この手のフレンズとの付き合い方は心得ているつもりだったのですが、どうもうまくいきません。

 

結果、フェネックはあーあと呟いて考えるのをやめました。

 

 

 

「んー?どうしたのかな?広場にミミちゃん助手が降りたね」

 

「ほんとー?」

 

 

 

高い樹木のせいで視界は良くないですが、カワウソは土地柄の慣れか木の上から降りてくる助手を見逃しませんでした。

 

何かあったんだー、とフェネックは察したようで自然と早足になります。

 

 

 

「とりあえず助手と合流しよーよ。何かあったのかもー」

 

「面白いこと?きっとそうだよねっ」

 

「それだといいんだけどねー」

 

 

 

高木に行く手を防がれるセルリアンを追い抜かして二人は広場へ乗り出しました。予想どおり待機していた独特の模様のフレンズ…ジャガーと助手が会話しています。

 

 

 

「よっ、助手。どーしたの?」

 

「フェネックにコツメカワウソ。無事でよかったのです」

 

「なになに?面白いことでもあった?」

 

「そうだね、面白そうなことを考えてるフレンズはいるみたいだね」

 

 

 

ジャガーは割と乗り気なようでした。彼女も故郷の平和を守りたいと思っていましたし、助手が話した炎と雷のフレンズが斬新なことを考えてついたと聞いてわくわくしているようです。

 

なになにー?としつこく迫ってくるカワウソを半分シカトして、助手はフェネックに事情を説明しました。

 

 

 

「双頭のセルリアンを倒す作戦が固まったのです。だから、みんなが為すべき役割を全うしなければならないのです」

 

「そっかー。ノヴァさんならやってくれると思ってたよー」

 

「当然なのです。…作戦はもう始まっています。フェネック、お前は渓谷の崖の細工をするのです」

 

「崖ー?どこかなー?」

 

「そこまで私が連れていくのです。その後はそこのリーダー…透けた黄緑の翼を持ったフレンズの指示を聞くのですよ」

 

「あいよー」

 

「コツメカワウソは向こうから来る陽動隊と合流して、セルリアンを追いかけさせるのです。キングコブラが取り仕切っているので彼女の指示通りに動くのですよ」

 

「おお、コブラちゃんが!?とうとう王様に!?」

 

「ジャガーは私についてきて迎撃隊と合流するのです。しばらく動きませんがそれまで身体を暖めておくように」

 

「迎撃、ね。あれと直接戦うわけね」

 

「大丈夫なのです。必殺の武器があるので」

 

 

 

伝令隊の助手はてきぱきと指示を伝えて次の行動に移りました。木々の間を縫うように飛行してフェネックとジャガーを誘導します。トップスピードこそ他の鳥のフレンズには負けますが、複雑な動きを要する林間での飛行は助手の得意とするところです。

 

その後ろにジャガーとフェネックが続きます。道を知っているジャガーはさておき、ちほーを点々としているフェネックは詳しい地理情報を持っていません。なかなかに素早い助手を見失わないように焦って追尾しました。

 

 

 

「…お、うわさをすればコブラちゃんだ!おーい!コブラちゃーん!」

 

「カワウソか。丁度いいタイミングだ」

 

 

 

入れ違うようにコブラが率いる陽動隊が広場へ駆けつけてきました。片手に青いナイフを握りしめて周囲を警戒します。

 

 

 

「まだやつは近くにいるらしいな」

 

「うん!あっちの方にいったよー!」

 

「よし、さっそく仕掛けるぞ。あいつを渓谷に近づけさせるな!」

 

「「「「おー!」」」」

 

 

 

キングコブラの号令と共にじゃんぐるの住人たちは拳を天に掲げました。モチベーションは十分のようです。

 

そして今も聞こえる木々がなぎ倒される音の方へ陽動隊は駆け出しました。

 

 

 



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ちしきがむすぶもの

 

「こんなものか、ツチノコ」

 

「ああ、上出来だ。その指は冷間切削もお手のものか」

 

「最後には熱せず研ぎ澄ます必要があるからな。…しかし、これは何の部品だ?刃にも妙な形の穴を空けて、どうやって使う?」

 

 

 

遺された建物の中では、ノヴァとビーバーの技師二人が武器の製作に当たっています。

 

しかし、それぞれの得意とする素材の特性は把握できていません。簡単なものとはいえ接合部分の強度は確保しなければならなりませんので、そこが問題になっています。

 

頭を悩ませていた二人に知恵をくれたのは、さばくから来たツチノコでした。

 

 

 

「角を立てて穴を空けるって難しっすよ…」

 

「本当ならのみでやるんだけどな。それを作ってる暇はないから手作業でやるしかないんだよ」

 

 

 

周りにあった硬木を武器の柄の形にするビーバーにも、刃と同じような穴を空けるようにツチノコは指示しました。材木を建材にすることは得意でも、かつてヒトがやったような緻密な木工はビーバーも初めてです。やはり自分じゃ力不足だったんだとうなだれてしましました。

 

 

 

「…この刃と柄の穴をさっき作った部品で留めるのか?すぐに外れてしまうのでは?」

 

「いいや、これもヒトの知恵さ。“くさび”っていう技術だ。力学的に一定方向以外の衝撃では外れにくくなってるのさ」

 

「ほう。…ビーバー、少し柄を貸してくれ」

 

「えっ、いや、まだ全然できて…」

 

 

 

ノヴァが少しつらそうにしながら立ち上がってビーバーの前まで来ました。彼女が加工していた柄を手に取って、ノヴァが作った刃とくさびで合わせてみます。

 

 

 

「…お前、少しは自分に自信を持てよ。ほぼ設計図通りに出来てるじゃねぇか」

 

「え、そんな、だって長さが少しずれて…」

 

「いいや、ピッタリだ。私のくさびも少しずれていたらしい。そのずれがお互いを補っているようだな」

 

 

 

かなづち代わりに使っていた石でくさびを叩いて食い込ませると、刃がピタッと固定されました。少し短めの取り回しのいい手槍を掲げて、ノヴァが歓声を上げて眼を輝かせています。

 

 

 

「…すばらしい。これなら他のフレンズでも使いこなせるだろう」

 

「…おお、本当に…!これが武器っすか…!」

 

「ああ、二人のおかげだ。ありがとう」

 

「そんなそんな」

 

「全部お前の熱意のせいだよ」

 

「ぜひ私にもヒトの技術や木工の技術を伝授してほしい。私の鉄材ばかり使っては尻尾が棍棒になってしまう」

 

 

 

いつになくキラキラとした視線をビーバーに向けています。初めてもの作りが好きなフレンズに出会えて、一緒に道具を作り出して、そしてその技を共有できる…ノヴァが夢見ていた理想の生き方が今見えたのです。

 

そして、ヒトの知恵を提供してくれるツチノコにも尊敬の念を抱かずにはいられませんでした。二人と一緒ならば、それこそライの義足も作れると確信しています。

 

 

 

「…変わったやつだよな、ノヴァは。これだけ努力家で真面目なのに、向いてる方向がおかしいんだな」

 

「上しか見えてない、っすよね。たどり着くべき高みへ一直線、というか…」

 

「…高いところは得意ではないのだが」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 

熱っぽかった空気が一転、沈黙と共に冷え固まりました。こういった真面目すぎるゆえの天然ボケを知るのはキングコブラくらいなものでしたので、ツチノコとビーバーも面食らってしまいました。

 

 

 

「…どうしたんだ?言いたいことがあるなら言ってくれ」

 

「あ、ははははっ!お前のギャップはひどいな!」

 

「ぷっ…ふふふ…!怖いくらいに真面目なのに、笑わせてくるなんて卑怯っすよっ…!」

 

「…事実を述べただけなのだが…」

 

 

 

二人の反応に納得がいかないノヴァ。へいげんでハシビロコウとキングコブラにからかわれた時と同じ状況です。

 

少しもやもやしつつも、油を売っている暇はないことはわかっているので作業に戻ります。

 

 

 

「…よし、さっさと人数分作って私たちも合流しよう」

 

「そうっすね!がんばるっすよー!」

 

「あっちは大丈夫だろうか。なんせリーダーがあのビリビリだしな」

 

「………………そうだな」

 

 

 

頭は間違いなく良いのですが、博士いわくしゃべると残念なフレンズがリーダーなのです。不安に思うのは共通認識だったようです。

 

 

 

 

 

 

______________

 

 

 

 

 

 

 

「…もう一人後から合流するって言ってたけど、全然こないじゃない」

 

「カリカリしちゃいけないぞっ。もっと余裕を持たないとビッグになれないんだぞ」

 

「そうですそうですぅ!ライさんは気性が荒すぎですぅ!」

 

「うるさいわね!実際余裕なんてないのよ!陽動隊に負荷を掛けすぎたら大変なことになるの!」

 

 

 

どしゃ降りのスコールの中、ライが率いる工兵隊は渓谷の崖で作業を始めました。片足のない彼女は直接作業を行えないので、地面に印をつけた後は石に腰をかけて監督にあたります。

 

工兵隊に召集されたのは、ヘラジカの部下のタテガミヤマアラシとじゃんぐるのタスマニアデビル。どちらも穴掘りの名手です。それとフェネックも工兵隊に合流するとのことでしたが、なかなか姿を現しません。

 

 

 

「デビル、深く掘りすぎ!迎撃隊が渡る時に崩れたら意味ないのよ!」

 

「はーい」

 

「ヤマアラシは位置がずれてる!深さも位置取りも強度に影響するから正確に!」

 

「はいですぅ」

 

「……あたしが受け持った場所が遅れたら立つ瀬ないじゃない…」

 

 

 

崖の中腹の道は広くはありませんが、地質が硬く掘削に手間取ります。二人の穴掘りの達人がいても、工程を全て時間通りに終えるのはシビアです。

 

そうして時間が延びると、セルリアンを引き付けている陽動隊の疲労がどんどん蓄積していきます。疲労は行動の鈍化を招き、致命傷を受けるリスクが飛躍的に上昇するのです。

 

ライが焦りを覚える理由は、そこにありました。だから、ノヴァから聞いた言葉とは真逆の態度をとって、威圧と恐怖で効率を上げざるを得ないのです。

 

 

 

「……あたしだって、本当は…」

 

「へぇ、そんな顔もするのか。お前、意外とナイーブなんだな」

 

「わあぁっ!あんた、いつのまに!!」

 

「うるせぇよ!ついでの感覚で電気を出すなー!」

 

 

 

多少時間が経過したのか、ライの意識がここになかったのか、やってきたツチノコの声に必要以上に驚きました。圧電甲が少しこすれて放電するとツチノコも反射的に飛び上がります。

 

 

 

「…まったく、脅かさないでよ」

 

「こっちのセリフだよー!いちいち放電するなー!」

 

「仕方ないでしょ!そういう体質なんだから」

 

「…ったく、だからお前には近寄りたくねーんだ」

 

「…悪かったわね」

 

 

 

お互いに膨れっ面ですが、別に敵対している訳ではありません。皮肉が通用する相手だからこそ、そういう態度をとってしまうものです。

 

 

 

「…手伝いにきてやったぞ」

 

「そう。…ノヴァの方は大丈夫なの?」

 

「ああ。技術者同士のノリにはついていけそうになかったからな、知識だけ預けてこっちにな」

 

「面倒な性癖を持ってるのね、あいつ」

 

「それはお前もだ。まあいいや、俺も作業に加わるぞ」

 

「了解よ。地面に直接印を刻んであるから、仕様書通りの大きさと深さに穴を開けて」

 

「はいよ」

 

「地質が硬いから気を付けなさいよ」

 

 

 

やれやれといった感じでツチノコは手渡された仕様書に目を通して、二人の作業員に合流します。まるでヒトが書いたような狂いのない図や文字を見て、やはりこいつは何か違うなと結論づけて何度も首を縦に振りました。

 

対するライも、一目で内容を理解して聞き返してこなかったツチノコを評価しています。バカばかりじゃないのねとそれなりに感心しているようでした。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「…やはり二人一組では無茶…ですが…」

 

「なんの…これしき…!」

 

「パークのためを思えば…ですわ…!」

 

 

 

博士が先導する攻撃隊の面々は、渓谷から離れた場所にある岩場から大きな岩石を運び出していました。

 

ヘラジカが岩にくくられた縄を引き、その部下のシロサイが後ろから押します。その様子は順調とは言えず、二人ともぬかるんだ足元に体力を消耗して思うように進めません。

 

博士は一個に対しての人員を増やそうと考えましたが、ただでさえ人手が足りていないので却下しました。巨岩を運べるパワフルな人員は四人しかいないのです。

 

 

 

「まだまだだよ…まだ一個も運んでないよ…!」

 

「勝つためにはノヴァの計略が絶対必要なのですわ…!」

 

 

 

後ろからへいげんのチームを追うインドゾウとカバのチームも、苦悶の表情を見せながら岩を押し進めていきます。

 

博士は申し訳ないと思いつつも、それでも作業行程を遅らせるわけにはいかないと、エールを彼女たちに告げて設置場所へと向かいます。

 

 

 

「お前たち、この作戦の要はその岩なのです。我々が任務を完遂できなければみんなあのセルリアンに食われてしまうのです。その重みは我々の命の重みなのですから、意地でも運びきるのですよ」

 

「わかってるさっ!みんなが頑張らなければ共倒れだと」

 

「こうしている間にもコブラちゃんたちが引き付けてるんだから…!」

 

「わたくし達が弱音を吐く訳にはいかないですわ…!」

 

「絶対、成し遂げなきゃいけません…!」

 

「…そうです。お前たちは選ばれたフレンズなのです。必ずたどり着くのですよ」

 

 

 

よいしょよいしょ、と息のあった掛け声を背中にして博士は坂道を登っていきます。

 

その頂上に設置場所が設けられていました。オオアルマジロが地面を馴らして固定できるように工作していたのです。

 

 

 

「こちらは完璧なようなのですね、オオアルマジロ」

 

「うん!博士、いつでもいけるよ!」

 

「よいのです。…あとは力自慢どもが運ぶのを待つのみなのです」

 

 

 

アルマジロの甲羅で整地された崖は十分に岩を置ける安定性があります。パワーこそ他の四人に劣りますが、仕事をこなす要領の良さはどのフレンズにも劣りません。

 

掘り出した土は一ヶ所に集められていて、所々に埋まっていたであろう岩が積まれていました。この几帳面さも彼女の強みです。

 

 

 

「…割と大きな岩もあったようですね」

 

「うん。邪魔にならないようによけておいたよ」

 

「…!…いえ、これも使えるのです」

 

「え?」

 

 

 

ノヴァやライの閃きが鋭すぎて忘れられがちですが、博士はパーク屈指の頭脳派です。知識を蓄えることも、新たな考えを打ち出すことも得意なフレンズなのです。

 

博士は表情を少し明るくしてアルマジロに語りかけます。

 

 

 

「直接ダメージを与えるのはあの大岩二つで十分なのです。その後は土砂を大量に落とし込めば川にドボンなのです」

 

「ああ、なるほど!そうだよね!岩でセルリアンを倒すことばかりに気をとられてたよ」

 

「そのとおりなのです。四人が運び終えたら、我々も崖を削る作業に入るですよ」

 

 

 

落とすものは全て岩、その条件を取り除けば上の崖をタイミングよく崩落させるだけで完了します。四人の負荷も最小限で済みますし、セルリアンを川に落とすだけならそれで十分です。

 

翼を広げて崖の全体像を飛びながら把握します。下見は欠かすなとライに言われたことを思い出して、一応は確認しているのです。

 

 

 

「あっ…まだ工兵隊が作業中なのです。もしものためにまだこちらの作業は始めない方が良さそうなのです」

 

 

 

崖の下ではライが率いる工兵隊が地面に穴をあけています。均等に正確に位置取った模様は、彼女の性格の表れでしょうか。

 

何かこちらが事故を起こしたら下に二次被害が及ぶと考えて、博士は一旦アルマジロのところに戻りました。

 

 

 

「…ふむ、一度ライと話さなければならないのです」

 

「あ、戻ってきた。博士、カメレオンがきたよ」

 

「伝令でござる!」

 

「ちょうどよかったのです。私もライに伝えたいことがあったのです」

 

 

 

いつの間にやら来たのか、パンサーカメレオンがアルマジロと一緒に泥で汚れた服をはたいていました。

 

崖の登り下りが得意なパンサーカメレオンは、工兵隊と攻撃隊の伝令役を任されました。博士なら崖の下まで一っ飛びですが、責任者が安易に持ち場を離れるのは良くないということで、彼女を通して連絡を取る手筈になっています。

 

 

 

「あと15分ほどで作業が完了する、とのことでござる!人員が必要ならそちらに回してもよいとのことでござる!」

 

「それはありがたいのです。穴掘りの知識を持つフレンズに乏しいのでこちらにも工兵隊が来てくれると助かるのです」

 

「?」

 

「伝令はこうなのです。わかったのです、上の崖も崩落させるので工兵隊に手伝ってほしい、と」

 

「承知したでござる!」

 

 

 

生き生きとした様子で再び崖を下るパンサーカメレオン。ヘラジカの下では自分の能力を上手く活かせてないからでしょうか、フラストレーションを発散しているようです。

 

 

 

「…さて、攻撃隊も準備が整いつつあるのです」

 

「絶対成功させるよ!」

 

 

 

なおも強さを増すスコールに打たれながら、博士は時を待ちます。この危機的状況をなぜかわくわくしながら…。

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

双頭のセルリアンは足を止めて立ち向かってきたフレンズたちの相手をしていました。

 

先陣を切ったのはキングコブラとオセロット、そしてエリマキトカゲ。コブラは前のように首に取りつき、ノヴァからもらったナイフを突き立てます。

 

 

 

「ほら、お前が探してるのはこれだろう!?」

 

「ほら、こっちもこっちも。じゃんぐるを案内してあげるよ!」

 

「目潰し?サミング?」

 

 

 

もう片方の首にはオセロットが飛び付き、目玉の部分に爪を突き立てて攻撃します。二人の下をエリマキトカゲがちょこまかと駆け回っては尻尾で首を強打して、また逃げ回ります。

 

セルリアンには大したダメージが入っていないようで、二人を激しく叩きつけるような動きはしません。しかし中々追い払えないうっとうしさに少しイライラしているようです。

 

 

 

「コブラちゃーん、こっちの準備はできたよー!」

 

「いつでも下がっていいぞっ」

 

「ああ、よろしく頼む!カワウソ、オカピ!」

 

 

 

何やら準備ができたと伝えに来たコツメカワウソとオカピ。木の陰からひょこっと顔を出してセルリアンを囲むように二手に別れます。

 

 

 

「オセロット、せーのであいつらに飛び移るぞ」

 

「いいよね?準備オーケー?」

 

「………………。…エリー、お前はもう退いていい。目立つように走れ」

 

「がってんしょうちだよ!」

 

 

 

オセロットの爪はセルリアンの目をえぐるように入り込み、青い液体をばらまきました。確かな強さを持つフレンズですが、つかみ所のない性格のせいかキングコブラはあまり得意なフレンズではありませんでした。こうして今も指示を聞いているのか聞いていないのかわからない態度をとられて、キングコブラは困惑しています。

 

反面同じ爬虫類のエリマキトカゲ…エリーとは気が合うことが多いのです。あまり戦いが得意なフレンズではないのですが、勇猛果敢に立ち向かって状況を見て撤退できる判断力を評価しています。独特の構造の“えり”が良く目立つので、殿に適しているのもプラスです。

 

 

 

「よし、せーの」

 

「ぴょいーん?」

 

 

 

エリーが泥を巻き上げて林道に去っていくのを見計らって、コブラとオセロットもセルリアンの首から飛び退きます。木と木の間にはそれぞれオカピとカワウソが待機していて、飛び込んできた前線の二人を受け止めました。

 

 

 

「あいつと歩幅を合わせて後退だ!」

 

「なかなかスリリングな狩りごっこだぞっ」

 

「楽しそうじゃない?」

 

「そうそう!絶対楽しいよー!」

 

「…お気楽すぎて不安だぞ…」

 

 

 

前に出てきたフレンズたちはどうも楽天的な性格ばかりです。一つ間違えれば致命的な相手なことは彼女らもわかっているはずですが、緊張感というものをキングコブラは感じられません。

 

それを不安に思うキングコブラでありますが、それは同時に彼女たちがいつもの調子であることの証明でもあるのです。じゃんぐるの住人たちの底力は知っているので、それを信じるしかないのです。

 

コブラがナイフを地面に走らせ熱っして、高く掲げました。その光に反応したセルリアンは木をもろともせず彼女を猛追します。

 

 

 

「お前のエモノはこっちだっ!」

 

「コブラ、それパスして?」

 

「…わかった」

 

 

 

コブラは足が速いわけではないので、そのままならセルリアンに追い付かれてしまいます。

 

そのフォローに回ったのがオセロット。じゃんぐるでのかけっこではかなりの実力者で、その上かなりの切れ者です。セルリアンが光るものを追いかける習性を考慮して、彼女が代わりに走ろうと考えたのです。

 

自分の宝物を渡すのは少しためらいましたが、コブラは素直にオセロットの提案に乗ります。

 

 

 

「落とすなよ。それから先は熱いから気を付けろよ」

 

「わかってるよ?」

 

 

 

セルリアンが首を伸ばせば届く距離まで詰められてしまいました。前を走るオセロットがバトンを受け取るようにナイフを手にして、木々の間を駆け抜けていきます。

 

その直後、一手遅れでセルリアンが首を振り下ろしました。

 

 

 

「ぐっ…危ないなっ…」

 

「おお、楽しんでるね!」

 

「…お前のお気楽さが羨ましいよ、カワウソ」

 

「ありゃりゃ、尻尾が巻き込まれちゃったんだ」

 

 

 

間一髪横跳びで直撃を避けたコブラでしたが、尻尾までは間に合わなかったようでした。飛び散った骨片が鱗を穿ち、出血しています。

 

セルリアンはコブラとその隣にいたカワウソを見失ったようで、雨降る密林で一際目立つ光源を追っていきました。

 

 

 

「よーし、わたしが運んじゃうもんね!」

 

「…すまないな、カワウソ」

 

「ケガしたらきょてんまで連れていく、だよね!ノヴァちゃんとの約束!」

 

「…ああ。…でも誰がこの後指揮を採るんだ?」

 

「うーん、いらないと思うよ。仕掛けを考えられるの、コブラちゃんしかいないから!」

 

 

 

そうなれば本能のままに陽動するだけか、とコブラは鼻で笑います。実にじゃんぐるの住人らしいなとなぜかうれしくもなります。

 

 

 

「あ、オカピちゃーん!わたしコブラちゃんを助手ちゃんのとこに連れてくから、あとよろしくねっ!」

 

「任されたぞっ」

 

 

 

膝をつくコブラをひょいっと持ち上げると、オカピとは別の方向へ走っていきます。

 

不本意ではありましたが、自身のケガはどうしようもないので大人しくカワウソに運ばれます。

 

 

 

「…サンドスター、使いすぎたな……」

 

「…お休み、コブラちゃん。よくがんばったよ」

 



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つながるこころ

 

 

「…これで人数分か」

 

「そうっすね!うわぁーこれは壮観っす!」

 

 

 

遺構の中には様々な“武器”が並べられていました。技師の二人はその光景を見て悦に浸っています。

 

柄の両方に石突きが付けられた長物、一対の手槍や握り込み式の短剣、トゲのついたブラスナックル、それにノヴァの愛刀…。どれも癖の強い武器ばかりです。

 

 

 

「…ほんとにこれで迎撃隊のみなさんは戦えるんすかね?」

 

「戦いのスタイルは前もって聞いているさ。それに合う武器を選んだつもりだ」

 

「…それで、その手に持ってるのは?」

 

「これはまだオモチャだ。もっと時間をかけて精錬しなければ、想定通りの運用はできない」

 

「オモチャを作れるほど余裕があったんすね…」

 

 

 

そして隅で腰を下ろしたノヴァの手には、からくりが仕込まれた武器が握られています。彼女が言うには未完成であるようですが、試作すら行わず形にしてしまう構想力にビーバーは驚いていました。

 

 

 

「…もうそろそろ主役の登場かな」

 

「邪魔するぞ」

 

「あ、みなさん、お揃いっすね」

 

 

 

セルリアンと真正面から当たり、罠へと追い込む役…迎撃隊に抜擢されたフレンズたちが一堂に会しました。

 

ハンターたちのリーダーのヒグマ、その側近のキンシコウ、キングコブラも一目置く実力者のジャガー、蛇の王に何度も挑んで力をつけたフォッサ、実は達人技を持つアクシスジカ。不安定な場所で戦える最大の戦力を集めたつもりです。

 

 

 

「おーすごいね。私にも使える武器はあるかな?」

 

「あなたがジャガーだな?あなたのスタイルにあった武器はこれだ」

 

 

 

ジャガーと初めて顔を合わせたノヴァ。お互いに一目合わせるだけで、死線を潜り抜けてきた強者だと察しました。

 

彼女を知るじゃんぐるのフレンズたちから戦いのスタイルを耳にして、それ用の武器を手渡します。拳での突きが得意となれば、その威力を集中させる武器…軽くて強靭なナックルダスターが適していると思ったのです。

 

 

 

「なんです、これ?本当に武器なんですか?」

 

「ああ、動きを損なわない武器だ。その穴に指をはめて、底の部分を手のひらで押さえながら握るんだ」

 

「…おお、この角ばった部分で殴るんだね。これなら私でも使えそうだね」

 

「…あの黒曜石の拳のように上手くいけばいいが」

 

 

 

さっそくジャガーはナックルダスターをつけてみました。木製の握り手は少し大きめで余裕のある作りでしたが、手に馴染むように凹凸がつけられています。打ち付けられた青い鋼鉄の角柱もぐらつきを見せず、十分な強度を保っています。

 

 

 

「他のみんなにも見合った武器を作ったつもりだ。爪の技が得意なフォッサにはそれに似たブンディを、二つの武器を同時に使えるアクシスジカには一対の手槍を、棒術で戦うキンシコウには鋼の石突きを備えた棍を、…そしてヒグマ。あなたには私の剣を使ってほしい」

 

 

 

それぞれに技師二人の渾身の作品を手渡しました。

 

それはかつてノヴァに挑んできたヒト…ハンターが使っていた武器でした。取り回しを考えた小型の剣、それを二つ持つことで手数を増やした使用法、変幻自在の一撃を可能とする棍、そして体躯の大きな生き物すら肉薄する大剣。全部彼女がその眼で見たヒトの知恵の結晶です。

 

 

 

「すごいな、これ…。水たまりに写ったみたいに自分の顔が見える…」

 

「これ、全部ノヴァの尻尾から作ったのか?」

 

「柄の部分はじゃんぐるの木みたいですけどね」

 

「ビーバーのおかげだね」

 

「いや、オレっちはノヴァさんの指示通りにやっただけで…。構想は全部ノヴァさんがやったんすよ」

 

 

 

「……いいのか?その剣はお前の魂じゃないのか?」

 

「だからだ。この剣が負傷兵に握られたまま戦いに参加できないのは可哀想だ。こいつの魂のありかは私の手ではなくて、戦いの中にある」

 

 

 

新しく作った武器を授けられた四人は興味津々に眺めていますが、ノヴァのトレードマークである大剣の柄を向けられたヒグマはためらいました。

 

彼女自身も重たい武器を使用していますし、この剣を使いこなせなくはないと思っています。ですが、この剣に込められた重みは彼女でも受け止められるかわかりません。動けない自分の替わりに、戦ってほしいという意味なのです。

 

 

 

「…それとも、重いか?」

 

「いいや、…やるさ。さいきょーのお前と、さいきょーのおれ。合わさったら負けるはずないだろ?」

 

「ああ、思う存分使ってくれ。ただ、…必ず返してくれよ。気に入ったなら後で二号を作るから」

 

「任せろ」

 

 

 

柄を強く握って先を天に掲げました。ランプの明かりを照り返して青く輝く剣はまるで御旗です。パークを守るべく団結したフレンズたちの集うべき場所。

 

それを支えるように、続々とノヴァとビーバーの作った武器が天を衝き交わります。棍、双手槍、短剣、鉄拳…同じ志を持った仲間が目指した場所を示すように合わさります。

 

 

 

「…ノヴァも、ビーバーも、他の連中も心は一つだ」

 

「パークを守る、だね」

 

「そう、この作戦にはみんなの思いが巡ってるのさ」

 

「この戦いの先で、私たちはもっと絆を強めてるはずだよ」

 

「…だから、絶対勝ちましょう」

 

 

 

「…ふう。…私の役目はここまでか」

 

「あとは祈るっすよ。…みんなの無事を」

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

「の、ノヴァさん!聞いてほしいのだっ!」

 

「?アライサン?どうした慌てて」

 

 

 

自分の役目を終えて天井を見上げて黄昏るノヴァに、騒がしい突風が吹き付けられました。入り口に視線を合わせると、びしょ濡れになったアライさんと…その腕には水色の謎の生き物が抱えられていました。

 

 

 

「…何か見つけたのか?」

 

「違うのだ!ボスが…ラッキービーストがしゃべったのだ!」

 

「えっ」

 

「ほんとっすか!?」

 

「ボスってしゃべれたのか」

 

「うわさでしか聞いたことなかったです」

 

「なんだよ、しゃべれるなら返事くらいしてくれたっていいじゃんか」

 

「ボスにもボスなりの事情があるんだろ」

 

 

 

アライさんが抱えてきた水色の生き物…手がなくて頭と胴体が繋がったそれは、どうやらじゃぱりまんを配給してくれているというラッキービーストだそうです。

 

周りのフレンズの様子から察するに、今までは会話してくれなかったようです。そもそも初めて存在を確認したノヴァにはあまり驚くことでもありませんが。

 

 

 

「…で、その内容は」

 

『それはボクから説明するよ。キミは…』

 

「ノヴァだ。種族不明のノヴァ」

 

『…検索中…検索中…』

 

「…?何か思い出しているのか」

 

 

 

アライさんの腕から飛び出して、ラッキービーストはあぐらをかくノヴァのところまで歩いてきます。

 

明らかに自分たちとは違う発声器官でしゃべる音に少し違和感を覚えながら、ボスの次の言葉を待ちました。

 

 

 

『緊急事態により上位コードを優先。検索を保留』

 

「ボスは難しいことを言うのだ…」

 

「それは別にいい。それより、緊急事態なのはわかっているから、用件を教えてくれ」

 

『みんな、このちほーに大量のサンドスターロウが検出された。急いで避難してほしいんだ』

 

「……それは、例の超巨大セルリアンのことだな?」

 

『そうだよ。危険が及ぶ前に、さばんなちほーを抜けてみなとへ向かって』

 

「……それはできない。あなたが誰に指図されて勧告してきたかはわからないが、私たちは奴を打ち倒してパークの秩序を再生させるんだ」

 

 

 

ノヴァも他のみんなも、覚悟は決まっています。保身的な賢い判断を捨てて、この場に残った者たちなのです。理屈では語れない、ヒトの心がそうさせたのです。

 

 

 

『ダメだよ。戦ったら無事ではすまないよ』

 

「そんなことはわかってます」

 

「でも、そしたら誰があいつを止めるのさ?」

 

「それともパークを見棄てる気なのかい?」

 

「それは絶対イヤだよ」

 

「だから知恵と勇気で危機を乗り越える…それがこのパークを作ったヒトの“ワザ”だろ?」

 

「ヒトに憧れたノヴァさんだから、みんなにヒトの心を教えられたっすよ」

 

 

 

表情の読めない顔をして、ボスは言葉を止めました。サンドスターを検知しているのに、そこに見えるのはヒトの表情。いなくなったはずのヒトの心を伝えるのは、検索してもわからない謎の赤と青のフレンズ。

 

ボスのブレインサーキットはショート寸前でした。フレンズが進化したのか、それともこのゴーグルのフレンズが何者かの手先なのか。その判断はラッキービーストの創造主にしかできません。

 

でも、ボスは次の判断を迷ったりしませんでした。

 

 

 

『わかったよ、ノヴァ。キミとフレンズたちがパークを守りたいというなら、ボクも手伝うよ』

 

「…ありがとう。そして、あなたも仲間だ、ラッキー」

 

 

 

ノヴァはその手でボスの頭を優しく撫で付けました。牙を立てずにものに触るのはもう慣れたものです。

 

 

 

「…やっぱりノヴァさんのところへ持ってきて正解なのだ!」

 

「ところでアライサン、自分の持ち場は大丈夫なのか」

 

「へ?あっ…」

 

 

 

小柄ですいすいと狭い場所を通り抜けられるアライさんは伝令隊に抜擢されました。ノヴァがアライさんに頼んだのは伝令隊の本部と各隊への連絡。重要な伝令があればすぐに出発できる状態でなければなりません。

 

ゴーグルを手で覆って首を横に振るノヴァと、やれやれといった表情でため息をつく迎撃隊。苦笑いをするビーバーはさらに表情を困らせています。

 

 

 

「…まあいい、伝令だ。迎撃隊はいつでも出撃できる、崖の工作と岩の用意が出来次第こっちに連絡を寄越してくれ」

 

『連絡なら任せて。他のラッキービーストに内容を送信して他のフレンズに伝えるよ』

 

「そうしん…?」

 

『そうだね。コウモリたちの超音波みたいに声に出さなくても伝えたいことを伝えられるんだ。それも、パーク中にいるラッキービーストにね』

 

「…それは便利だな。ライにも教えておこう」

 

 

 

手間が省けたと微笑んで頷きました。それと同時に、伝令隊の存在意義が薄れてしまったとも勘づきました。

 

 

 

「へっ、伝令隊はお役御免だな」

 

「がーん!なのだ…」

 

「いや、ラッキーを連れてきてくれたのはアライサン、あなただ。これはあなたの功績だよ」

 

 

 

これはアライさんへのフォロースルーなのか、単純な感謝の言葉なのかは誰も知る由もありません。群れを動かすヒトの心を知れど、誰かの心の中を知ることはノヴァにはまだ早いのですから。

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

「…こんなもんかしらね」

 

「うむ、これでいいのです」

 

「まったく、コノハがあたしを呼びつけたと思ったら、崖の上まで加工するなんて。予想外よ」

 

「ライこそ。退路を塞ぐための土砂まで用意するなんて聞いてないのです」

 

 

 

崖の罠の設置に当たっていた工兵隊は中道の工作を終えた後、博士の応援要請に従って崖の上の穴空けを行いました。それと平行して侵入ルート側に土砂の山を築いて崩落させるトラップも完成させました。

 

 

 

「…まあ、いいじゃない。あんたにしてはいい提案だと思うわよ」

 

「完璧な策なのです。あのまま岩運びを続けていたら、攻撃隊の体力が底をついていたのです」

 

「…そうね、そこまで配慮が回ってなかったわ。…けど、少し威力に不安が残るかも」

 

 

 

崖の縁に座る二人の後ろでは、攻撃隊と工兵隊のメンバーが準備運動をしたり身体を休めています。まだ十分に体力を残しているようで、こちらは問題ないでしょう。

 

彼女らの隣には二つの巨大な岩とそれを押し固める土砂、そしてそれを囲うように地面に穴が穿たれています。当初の予定では大小の岩を集めて落とすはずでしたが、博士の提案で整地した時の土砂でかさましをしました。

 

 

 

「土砂でも十分押し流せるのです。ここでとどめを刺す必要はないのですよ」

 

「……相手が相手よ。自称空の王者や無双の狩人を追い払うくらいのノヴァを、倒してしまったのよ?端から常識が通用する相手じゃない…それこそ、いにしえの龍や四神に並ぶ力を持っているはず」

 

「…ノヴァだって、賛成してくれたのです」

 

「あいつはそういう奴だから。誰かの提案を無下にできないし、苦役を強いることを許さないから。…どこまでいっても優しいのよ、あのヒトマニアは」

 

 

 

一応、計画変更の伝令をノヴァに飛ばしたのですが、すぐに帰ってきたハシビロコウが“それで頼む”と伝令を持って帰ってきたのです。迅速で迷いがないノヴァの決断をコノハは快く思っていますが、ライは払拭できない不安を残していました。

 

それは、ノヴァ自身のことです。頂点に君臨するものとしては、あまりに優しすぎると感じています。

 

 

 

「…イネイブラー」

 

「??なんですか、それは」

 

「………………」

 

 

 

ライがこぼした聞きなれない独り言を、博士は聞き逃しませんでした。日々図書館で本や資料を読み漁っていたライは、もはや博士すら及ばない知識を得ているのです。

 

聞き返されて渋い顔をするライは、少し考えてから例を示しました。

 

 

 

「…頑張らないといけないけどもう頑張れない…そんな時は私に全部任せて!…という風に本当は本人がやらなきゃいけないことなのに、ノヴァはその人を助けてしまうのよ」

 

「それはいいことなのです」

 

「本当かしら?…仮にそれがずっと続いて“ノヴァが全部やってくれるからいいや”ってなったら、どうなると思う?」

 

「…それは、だらけてしまうのです」

 

「そうね、その人はノヴァに全てを任せてしまうわ。そしてその人の全てを任されたノヴァはどうなるかしら?」

 

「………………」

 

「間違いなくつぶれてしまうでしょうね。…あたしもこの依存症を知った時に、背筋が震え上がったわよ。間違いなくノヴァのことだって」

 

 

 

ヒトの“いいところ”ばかりに憧れて、それを日々実践しているノヴァ。しかし、ヒトの本質を理解してないのが問題なのです。善の心を持って、その志に殉じていったヒトは数え切れないのです。その裏に潜む自覚のない悪意に喰い殺されたヒトも数知れないのです。

 

ヒトの歴史や心情を学んだ二人は、ノヴァもその一人になるかもしれないと思ってしまうのです。彼女にそんな残酷な運命を歩んでほしくないのは、二人とも同じです。

 

 

 

「…どうすればいいのですか、それは」

 

「知らないわよ。知ってたら、こんな悩むことないじゃない…」

 

 

 

二人の視線は曇天へ放り出されてしまいました。仕事を終えて喜ぶべきなのに、正の感情は雨に流されて憂いが羽毛や鱗に浸透していくようでした。

 

 

 

「…ぬ。どうしたんだ博士、それにライ。何をそんなにしょぼくれているのだ」

 

「…別に」

 

「…さて、そろそろハシビロコウがノヴァのところに着く頃なのです。我々の出番ももうじきなのです」

 

 

 

リーダー二人の落ち込んだ背中を見て、へいげんの双頭の一人…ヘラジカが声をかけました。おおざっぱで短絡的な彼女ですが、感情の機微には鋭いようです。

 

相変わらずライはそっけない反応しかしませんでした。心の中を覗かれたようであまりいい気はしてません。

 

逆に博士は現実に戻されたようにはっとして、この上がってきた空気を壊すまいと鼓舞します。

 

 

 

「そうだな。雨で冷えないように身体を動かしておくぞ」

 

「あまり夢中になって体力を使い果たさないようにするのですよ」

 

「わかってるさ」

 

 

 

少し部隊が暇をもて余しているようです。とはいえ余興のできるフレンズはこの中にはいそうにないです。博士が談話しようにも、理解してくれるのはたぶんライだけでしょう。

 

 

 

「タイリクオオカミでもいれば暇潰しの話でもできたのですが」

 

「博士博士ー。何だかボスがじゃぱりまんをいっぱい持ってきたよー」

 

「?」

 

 

 

ヘラジカの後ろから、いつもアライさんの露払いをしているフェネックが顔を出しました。その足元にはお盆に大量のじゃぱりまんを乗せたラッキービーストが二人います。

 

 

 

「まだ配給の時間じゃないはずなのですが」

 

『緊急事態により、みんなにじゃぱりまんを配ってるよ』

 

「!!?ラッキービーストがしゃべった!!?」

 

「わーほんとだー」

 

「珍しいこともあるのだな」

 

「…そうなの?てか、その声…スピーカー…?」

 

『あと、ノヴァと迎撃隊から伝言を預かってるよ』

 

 

 

博士は驚愕しています。ラッキービーストがしゃべるのは“ヒト”だけ…パーク中を調べた結果が簡単に覆ってしまったのですから。

 

元々感情を表に出さないフェネックは白々しい反応で、肝っ玉の据わったヘラジカも似たような反応。視線を合わせたライは無反応で、どちらかといえば音源に興味を持ったようです。

 

ボスはそのまま言葉を続けました。

 

 

 

『迎撃隊はいつでも出撃できる、崖の工作と岩の用意が出来次第こっちに連絡を寄越してくれ、だそうだよ。もうこっちのチームの準備はできているのかな?』

 

「こっちも準備はオーケーなのです。伝令をノヴァのところに送ったのですが」

 

『タイムラグは少ない方がいいね。直接ノヴァのところと繋げるね』

 

「…?繋げる?」

 

『通話装置を起動するよ。あっちにいるボクが拾った音をボクがみんなに聞かせるよ』

 

「そ、それって…でんわ!?」

 

 

 

食い付いてきたのはライでした。松葉杖で立ち上がってボスの目の前まで詰め寄ります。

 

 

 

『そうだね、電話の機能だね』

 

「なんでそんなもの持ってるのよ!ヒトが作り出した“機械”…その最たるものを!」

 

『物知りだね、キミは…』

 

「…ライよ。ノヴァから聞いてないの?」

 

『キミがライだね。ん、あっちと繋がったみたいだね、応答するよ』

 

「ちょっ、まだ話は終わってないって!」

 

 

 

ライの声もむなしく、ボスは眼を緑に光らせて会話を終了しました。その代わりにどこからか環境音が鳴り始めます。

 

 

 

『本当にこれであっちとしゃべれるのか』

 

「本当にノヴァの声なのです…!」

 

『博士か?私の声が聞こえるか?』

 

「ええ、聞こえてるわ、ノヴァ」

 

『ライも一緒なのだな。丁度いい』

 

 

 

ボスから聞こえてきたのはぐぐもっていますが確かにノヴァの声でした。

 

 

 

『手短に用件だけ言うぞ、陽動隊をもうそろそろ休ませたい。迎撃隊の準備はできた。今からそっちに向かうから陽動隊に伝令を飛ばしてほしい』

 

「了解よ。そっちにハシビロコウが向かったと思うけど、合流したら一緒に連れてきて。伝令はこっちで送るわ」

 

『任せたぞ、ライ』

 

「ええ、そうね。…あまり無茶しないでよ?」

 

 

 

首をブンブン振ってライは平静を取り戻しました。驚いている暇はないのです。その上、向こうのノヴァも平然としているので自分だけ狼狽えるのは悔しいと思っています。

 

すでにノヴァは行動に出ていたようです。さすがねと思いつつも、敵に回したくないなとも思ってしまいます。

 

通信が終わってボスの眼は消灯しました。目の前に座っているライに視線を合わせてしゃべり始めます。

 

 

 

『通話を終了したよ。…さて、ライ。質問の続きを聞くよ』

 

「…多過ぎて絞れないわよ。これからあいつらも来るんだから、暇でもないのよ」

 

『そうだね。じゃあ、今じゃんぐるで戦ってるフレンズの近くにいるボクをさしむけるよ。予定時間は3分だね』

 

「…お願いするわ。あと、ミミたちが使ってるインターセクションの詰所にも一人向かわせて」

 

『わかったよ』

 

 

 

ライの頭の中では既にこの後の流れが思い描けています。ボスが協力してくれるのは予定外でしたが、冷静に手順を簡略化して最適な方法を打ち出しました。

 

 

 

「…でも、とんでもないわね。…伝令の時差を無くせるなんて、戦いの根本がひっくり返ってしまうわ。…ラッキービーストには逆らわない方がいいわね」

 

「?ライどうしたのです?誰かにこびへつらうなんてお前らしくないのです」

 

「うるさいわね。この通信機能にどれだけ価値があると思ってるのよ」

 

「遠くのフレンズと会話できるはわかっているのです。…でも、それほど怯えるものなのですか?」

 

「…いいわよ。わからないなら」

 

 

 

ヒトが強かった理由を知るライだからこそ、その恐ろしさを手にしていることに震えているのです。たぶん、ノヴァも同じことを思っているのでしょう。

 



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はんげきののろし

 

 

 

『ワシミミズク、リカオン、クジャク、ちょっといいかな』

 

「わっ!誰なのです!?」

 

「ぼ、ボス!?しゃべれたんですか!?」

 

「ほ、本当にしゃべってる…!」

 

「しゃべれるのは知っていたのですが、突然はやめるのです!」

 

 

 

大きな道が合流する場所には、ヒトが残した建物が残っています。じゃんぐるの各地へ向かいやすい場所なので伝令隊はそこを拠点としました。

 

情報の管理は助手とリカオンがおこなっています。各隊から集まってきた伝令をクジャクとハシビロコウに預けて各隊に飛ばしていたのです。ハシビロコウは今もノヴァのところへ向かっているのですが。

 

ライが手配した通り、ボスは詰所に現れて二人に話しかけました。

 

 

 

『ライから伝言を預かってるよ』

 

「!ライからですか!」

 

『実際に彼女から伝えてもらうよ』

 

 

 

ボスが通話機能を起動しました。突然のことにちんぷんかんぷんな3人です。何が起こっているか理解するまで少し時間がかかりました。

 

 

 

『あー、ミミ?聞こえてる?』

 

「え…その声は…ライ…なのですか?」

 

『そうよ。ヒトが作った電話をラッキービーストは持ってるらしくてね。有効活用させてもらってるわ』

 

「待つのです、待つのです。理解が追い付かないのです」

 

『待ってられないわよ、陽動隊が危ないってのに。考えなくていいからしっかり聞いて』

 

「は、はい」

 

「そう、ですね」

 

『リカオンとクジャクはお利口ね、そのまま聞きなさい』

 

 

 

ライは説明するのも億劫らしく、一方的に内容を伝えます。彼女らしいといえば彼女らしいのですが、ノヴァ以上に脅迫的な印象が余計に威圧感を与えてしまいます。

 

 

 

『準備は全て完了したわ。伝令隊は解散、後の通信はラッキービーストに任せるわ。あんた達は陽動隊を援護しつつターゲットを崖道まで誘導して。ハシビロコウはこっちで預かるから』

 

「…わかったのです」

 

『…三人とも、生きて帰ってくるのよ』

 

「も、もちろんですよ!」

 

「陽動隊のみなさんも絶対無事で帰しますから!」

 

 

 

助手は豆鉄砲を食らった顔をしています。ボスのこともそうですが、ライが心配してくれていることにも、です。見た目通りトゲのある態度しか見て来なかった助手には、意外に思ってしまいます。

 

指示を聞くことに慣れているリカオンはすんなり受け入れました。ボスがライの声をしゃべっているのは驚きですが、その的確な指示と激励の言葉で使命を再確認します。

 

クジャクは任務中もじゃんぐるの住人たちが心配だったようで、その救援に向かえと言われて嬉しいようです。特に、特別な想いを寄せているキングコブラのことが気になって仕方ないのです。

 

 

 

『任せたわよ。さあ、このパークが誰のものか思い知らせてやろうじゃない』

 

「私たちの故郷ですから!これ以上好き勝手はさせません!」

 

「オーダー了解ですよ!こんな大がかりな作戦、後にも先にもありませんから!」

 

「誰のもの…。…少なくてもあのセルリアンのものではないのです。私もワシ的な部分を見せてやるですよ」

 

『…健闘を祈るわ』

 

 

 

温厚そうな三人ですが、勇気がないわけではないのです。その気になれば誰よりも勇敢に戦えるフレンズなのです。

 

すぐに助手は残していた記録用紙をまとめて詰所をあとにしました。ライと一緒に読み書きを勉強した助手は、文字で記録を残すことも可能になったのです。リカオンは本来の声でしゃべるようになったボスを抱いて、クジャクは詰所に残っていた発煙筒を片手に。

 

…しかし、三人はすぐに足を止めてしまいました。

 

 

 

「お?クジャクちゃん!それにミミちゃん助手にリカオンちゃんも!」

 

「えっ、カワウソちゃん?」

 

「どうしたのですか?お前は陽動隊では」

 

「うーんとね、コブラちゃんがケガしちゃってね。ノヴァちゃんとの約束で連れてきたよっ」

 

「!!コブラさん!大丈夫ですか!?」

 

 

 

丁度詰所の前に、コツメカワウソと…その肩には骨の破片が尻尾に刺さったキングコブラがいました。カワウソはいつも通り無邪気な笑顔をしていますが、キングコブラはぐったりとして視線を合わせてくれません。

 

 

 

「…ああ。少し疲れただけだ…」

 

「!!そのケガっ…!」

 

「たいしたことない…。…ただ…うっ…」

 

「キングコブラ、傷が痛むのですか!?」

 

「大丈夫、だ。…サンドスターを、使いすぎただけだ…」

 

 

 

強がっていますが、表情は苦しそうにしてカワウソの肩を借りて立つ脚も今にも崩れそうです。尻尾の傷も深いようで本人が思うよりずっと深刻な状態だと、助手は判断しました。

 

 

 

「これは処置が必要なのです。詰所に戻ってキングコブラを介抱するのです」

 

「えっ、でもライさんは」

 

「こんな状態の仲間を放っておくわけにはいかないのです。リカオン、コツメカワウソ、お前たちは予定通り陽動隊と合流するのです。クジャク、治療を手伝うのです」

 

「わかったよー!クジャクちゃん、コブラちゃんをお願いねっ!」

 

「はい!カワウソちゃん!」

 

 

 

助手はキングコブラの処置を優先させました。単純に仲間を放っておけないというのと、陽動は上手くいくという打算があったからです。ライが陽動隊に授けた策があれば、必ず目標を達成できると確信しているのです。

 

何も考えてなさそうなカワウソ、とキングコブラが心配でたまらないクジャクは快く返事をしました。しかしリカオンはライの命令に背くことになると思って快諾できません。

 

 

 

「いくよ、リカオンちゃん!」

 

「待って、助手、勝手にっ」

 

「カワウソ、連れていくのです」

 

「いいよー!ほら、こっちこっち!」

 

「はっ、放してください!カワウソさん!」

 

「キングコブラがケガしたことは誰にも言ってはいけないのですよー!」

 

 

 

 

 

 

「…よかったんですか?」

 

「いいのです。…責任者は私なのです。追及を覚悟での、判断なのですから」

 

「……私なんかのために…」

 

「…そう言うと思ったのです、キングコブラ。…そのセリフは絶対にノヴァの前で口にしてはいけないのですよ」

 

「……ああ」

 

「ノヴァさん、心配しますものね…」

 

「ええ、…本当に、危ういフレンズなのです」

 

 

 

極上の切れ味を持つ業物は、それだけ刃が欠けやすいものです。だから大切に扱わなければなりません。それを修繕する業を彼女以外のフレンズは持ち合わせていないのですから。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「その重さじゃ沼地で足を取られるのよぉ」

 

「ミナミコアリクイ、その調子?」

 

「ほら、返すよぉ」

 

「あとは任せて?」

 

 

 

じゃんぐるでも水気の多いぬかるみは、いつにも増して軟らかくなっています。その地で暮らすフレンズたちは歩き方を知っていますが、双頭のセルリアンはそうでもないようです。スピードが大幅に低下して、機敏さには自信のなかったミナミコアリクイでも十分に逃げ切れます。

 

少し休憩をとったオセロットが戻ってきて、青いナイフを受け取ります。

 

 

 

「次はマレーバクのところだね?ついてきなよ?」

 

 

 

オセロットは大きくジャンプして大木の枝に飛び乗りました。彼女のホームグラウンドは地上でもあり、木の上でもあるのです。

 

翼でも生えているかのように枝から枝へ跳び移って、沼地から離れるルートを取ります。セルリアンもそれを追って木をなぎ倒しながらオセロットを追撃します。

 

 

 

「この辺…だったっけ?」

 

「うん、オセロットちゃん、ここだよ」

 

 

 

雨粒の音が鳴っててもオセロットの耳はマレーバクの声をちゃんと聞き分けました。木の影にいた白黒のフレンズの姿を確認して地上へと降ります。

 

 

 

「じゃあ、お願いね?」

 

「やってみる…!」

 

 

 

お互いにアイコンタクトをとってから行動を始めました。オセロットはナイフを石で擦り付けて赤熱させ、マレーバクはセルリアンの進行ルート側にある二本の大木から延びた荒縄を引きました。

 

 

 

「いくら木を倒せる力があっても、直撃すれば…!」

 

「オセロットも挑発しとくよ?」

 

 

 

荒縄が引ききられると、二本の大木を支えていた支柱が外れて、中途半端に幹を削られた大木は傾き始めました。そして、セルリアンの外殼を叩き付けます。

 

いくら規格外の体躯を持つセルリアンとはいえ、自身の体高を超える大木に押し潰されればダメージは免れません。

 

裏を返せば、本来は直撃を避けられるだけの知能と技術を持っているということになりますが…。

 

オセロットもマレーバクが標的にされないように、押し潰されたセルリアンの首の一つに貼りついてナイフを突き刺します。致命傷は与えられないかもしれませんが、挑発にはなります。

 

 

 

「…よし!」

 

「ほら?これがほしかったんでしょ?」

 

「おーやるねぇ。マレーバク、うまくいったじゃん」

 

「エリー、どうしたの?この先でオセロットと走者交代じゃ…」

 

 

 

罠の効果を確かめるマレーバクのところに、エリーが走ってきました。結構急いでいたみたいで、少し息を切らしています。

 

 

 

「なんかね、ボスがライの伝言を持ってきてさ。準備オッケーだから戻って来いって」

 

「わかったよ?んじゃエリー、走るよ?」

 

「はーい」

 

 

 

ようやくなんだ?と嬉しそうにオセロットはセルリアンから飛び退きました。実際、動きがのろくて逃げるのも飽きてきたなー、と思っていたのです。ノヴァやキングコブラとは違った意味での余裕が、オセロットの強みでもあります。

 

彼女に続くのがエリー。…というより、じゃんぐるで彼女のスピードについて来られるフレンズはエリーくらいです。ただ二人ともは持久力はそれほどでもないので、バトンパスして体力を回復させながら逃げ回っているのです。

 

 

 

「マレーバク、ゆっくりでいいからミナミコアリクイと一緒に戻ってきてー?」

 

「わかったよー」

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「ノヴァさーん、セルリアンがこっちに向かってきてるよー」

 

「…とうとう来たか。誰が誘導していたかわかるか?」

 

「うーん、あれはエリマキトカゲちゃんじゃないかなー」

 

 

 

役目を終えた工兵隊はノヴァの指示のもと崖の周囲の偵察へと乗り出しました。周囲警戒は狩りの基本…横取りや余計な争いを避けるには外的要因を排除することが大事と彼女もライも身に染みているのです。

 

そして、拠点を設営した崖の横穴へ報告に帰ってきたフェネックがターゲットを捕捉したと告げました。ノヴァの予測では伝令隊が先に帰ってくると思っていたので、少しまゆをひそめました。

 

 

 

「…少し予定外だが、さいは投げられたんだ。みんな、位置についてくれ」

 

「…こういう時、なんて返事したらいいんですかね?」

 

「確かにね。何か景気付けに号令があったらいいよね」

 

「……そういうものなのか」

 

 

 

迎撃隊の面々は顔を合わせて、認識を確認しあいます。こういう場面では士気が大事だと、集団戦に慣れた彼女たちは脳に焼き付いているのです。

 

まだまだ集団に入り込んだばかりのノヴァは、そこへの理解は足りていません。この群れの指揮をとるリーダーなのは間違いないのですが、“ヒト”の心の機微を捉えられるようになるのはまだまだ先のようです。

 

 

 

「…では、…作戦開始だ。反撃の狼煙を上げるぞ」

 

「……のろしって何だろうか」

 

「わからん」

 

「………………」

 

 

 

この微妙な空気感は何度目でしょう。さすがにノヴァでも何か察してしまいます。

 

 

 

「……たぶん、けむり…火と一緒に出る雲のことだろ。私はここでお前を倒す!ってノヴァなりの号令だろ?」

 

「ヒグマ…あなたは…」

 

 

 

こういった場面でフォローに回ってくれるフレンズは初めてでした。

 

感じたことのない嬉しさと、隣で戦ってくれる“味方”がいる安心感が、彼女の負った責任を少しだけほどいてくれるようでした。

 

 

 

「…おいおい、なんで泣いてるんだよ」

 

「いや…すまない。…おかしいな、ゴーグルしてたら火の粉が眼に入ることはないのに…」

 

「…まあ、お前は為すべきを為したんだ。あとは任せてくれよ」

 

 

 

ノヴァが感じていたのが“孤独”と気付くまでにも、まだまだ時間が必要なようです。守らなければならない“仲間”は多くいても、同じ責任を一緒に持ってくれる“味方”はいなかったのです。

 

ゴーグルを上げて潤んだ視界を拭いました。こうなるのは武器を研いだ時に出る火の粉が眼に入った時くらいなのに、なぜか涙が出てきます。

 

 

 

「じゃあ、いくぞ。お前に勝利をプレゼントしてやる」

 

「ここまでお膳立てしてくれたからね、私も本気でいくよ」

 

「ここにいるメンバーは強者ばかりだけど…私だってみんなと目指す場所は一緒だから」

 

「一致団結して作戦を進めてきたんだ、私たちが失敗する訳にはいかないじゃん」

 

「私たちは絶対勝ちますので…ノヴァさん。安心して打ち上げのことを考えてくださいね」

 

「ああ…このあとは“うたげ”だ」

 

 

 

おおーっ!と歓声が上がって、直後に迎撃隊は横穴を飛び出していきました。心の機微はわからないかもしれませんが、間違いない心は一つなのです。ノヴァはそう確信しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…行っちゃったねー」

 

「ああ、…あとは祈るしかない」

 

「……って言って、その手に持っているのは何かなー?」

 

「ただのオモチャだよ。使い所がない」

 

「ううん、そうじゃなくてー…。服の内側に隠してるそれ。遺されたヒトのすみかで見たことあるよー」

 

 

 

「……他愛もないお守りさ。助手が、もしもの時はこれを使えって」

 

「ふーん…。それって…」

 

「ノヴァさん!迎撃隊が出発しちゃってるのだ!なんでアライさんに教えてくれなかったのだ!」

 

「アライサンか。…もしかして、あなたも参加したかったのか?」

 

「そうなのだ!実際にアライさんはあのセルリアンに一泡吹かせているのだ!だから戦えるのだ!」

 

「アライさーん、ダメだよー。ここから先はぷろの仕事なんだからさー」

 

 

 

「……武器はこれしかないが、使ってくれるか」

 

「えっ、ノヴァさん…?」

 

「も、もちろんなのだ!でもこれは何の武器なのだ?」

 

「…持ち手に付けた引き金を引くと、火打石が硝石と鉄粉と…私の塵粉を起爆して杭を打ち出す。構造上一回使うと壊れる欠陥品だが、…威力は保証する」

 

「わからないけど…ここを引くと木と鉄のこれが飛び出るのだな!?やってみるのだ!」

 

 

 

「ノヴァさーん、アライさんは」

 

「アライサンがやりたいって言うんだ。その意志を尊重したい」

 

「でも、すごい危ないよー…?」

 

「大丈夫なのだ!ここでおくびょうになるなんてアライさんのやることじゃないのだ!」

 

「………………」

 

「…そんな顔をしないでくれフェネック。…何かあったら、私が…」

 

 

 

彼女の手には、注射器が握られていました。

 














たつき監督の件は残念ですが、我々が為すべきは監督が帰ってこられる場所を残しておくことではないでしょうか


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きりふだ

 

「…助手、全然痛みがなくなったのだが」

 

「ええ、一時的なものですが。ライの手術の時に使った麻酔薬をさらに希釈して、痛み止めとして使ったのです」

 

「ミミちゃん助手、そんなものまで…」

 

 

 

キングコブラの治療が終わって、息をついた三人。傷口をきれいにして消毒するくらいしかできませんが、彼女たちにはそれで十分なのかもしれません。あとは、自己再生力に委ねるしかないのですから。

 

授かった能力を再認識する機会にはなりましたが、その上で助手は知識をさらに深めて応用し始めているのです。ライの手術の後も、ノヴァやライに負けじと様々な勉強をしていました。鎮痛剤としての利用も助手の努力の賜物なのです。

 

 

 

「…あとはサンドスターの補給なのです。ちょうどラッキービーストが持ってきたので食べてるのです」

 

「…といいつつ最初に口をつけるのはお前らしいな、助手」

 

「まあまあコブラさん。ミミちゃん助手だって、結構飛び回ってたんですよ?お腹も減ってしまいますよ」

 

「…ああ、ノヴァの料理が恋しいのです。火を克服しなければ、ノヴァの域にはたどり着けないのです…」

 

 

 

一口かじって、はぁ…とため息をついた助手。知識を身につけても、実際に弱点を克服できるかと言われれば、そうではないものです。

 

ノヴァの作った甘味を思って同じくやってみても、火への恐怖はそう簡単に拭えるものではありません。それを越えなければ料理を作るなど絵に描いた餅なのです。

 

 

 

「火、ですか。ノヴァさんって、ああ見えて器用なんですね」

 

「職人気質、なのです。人付き合いは不器用なくせに、自分の作るものは妥協を許さない…まあ、多少丸くなったとは思うのですが」

 

「まあ、誰のおかげなんでしょうか」

 

「…なぜ私を見る?」

 

 

 

いきさつを助手から聞かされているクジャクは、からかうような笑顔でキングコブラの瞳を覗きます。事実とはいえ、そうやって誉められるのは得意ではないことをクジャクは知っているのです。案の定キングコブラは嫌そうな顔をしています。

 

 

 

「いえ、お手柄なのですよ、キングコブラ。ノヴァの指導役を頼んで正解だったのです」

 

「いやいや。あいつは自分で学んで、自分で考えて、自分で動いていたんだ。私が何かしなくてもノヴァは…」

 

「そんなことはないと思いますよ。コブラさんが心で寄り添ったから、ノヴァさんの心を育てられたんです」

 

「やめてくれよ、私があいつを変えたなんて…」

 

 

 

クジャクはずっと笑顔のままです。夢中になりがちなキングコブラを制するのか役目だと思っていますが、その代わりに弱々しくなった彼女を見て役得な目を見るくらいいいですよねと思っている節があります。

 

対して助手は怪訝な顔をしました。キングコブラがノヴァを見る眼は、何か違うと感じているのです。

 

 

 

「…ノヴァはそれほどできたフレンズではないのですよ。卓越した知能と技術と身体を持つ代わりに、心はまだまだ未熟な子供なのです。…お前からは、妄信的な崇拝を感じるのです」

 

「助手、それは聞き捨てならないな。あいつはもう私たちとなんら変わりないくらいに大人だ。それに…仮に子供だったとしても、私はついていく。求道者に大人も子供もない」

 

「まあまあ、ケンカはだめですよ二人とも。とにかくコブラさんは休んで、ミミちゃん助手は現場に合流してください。あとは私が看ますから」

 

 

 

不穏な空気を感じとってクジャクは横槍を入れました。仮にもパークの危機の真っ只中なのでケンカしている場合ではないと二人もわかっているはずなのですが…。

 

 

 

「…では、私はノヴァと合流するのです。キングコブラは大人しくクジャクに看られてろなのです」

 

「そうだな。ノヴァがしくじるはずないからな。養生してるさ」

 

 

 

助手は振り返らずに詰所を飛び立っていきました。

 

 

 

「…もう、コブラさんってば」

 

「……治療のお礼、言いそびれたな」

 

「それは完治したあとでいいと思いますよ。さあ、寝てください寝てください」

 

「ああ。…雨、上がるといいな」

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

ズッ ギィッ ジュゥ

 

 

 

強く打ち付ける雨音に混じって、不快な接触音が渓谷の中道に響き渡ります。

 

先陣を切ったフォッサは、山肌を蹴ったりセルリアンを踏み台に飛び回りながら赤熱した短剣で首に傷をつけていきます。効果は十分で、外殼を破って身に突き立てる度に煙を上げて焼いていきました。

 

崖の中道はセルリアンにとっては少し狭いようで、動きは直線的なものになります。その単調な攻撃では、身軽なフォッサを捉えることはできません。

 

 

 

「へへ、私も強いでしょ?だって強くなろうとしてるからね!」

 

「やるねーフォッサ。これは私もいいところ見せないと」

 

 

 

彼女と対をなす動きをするのはジャガー。飛び回るのはフォッサと変わりませんが、落下する速度を利用して拳を打ち下ろしたり時には首に貼り付いて外殼を打ち砕きます。ナックルダスターの効果も大きく、彼女の打撃はセルリアンをよろめかせたりしているようです。

 

 

 

「二人とも、時間です!後退してください!」

 

「うん、わかったよ。あとお願いねキンシコウ」

 

「次の場所で待ってるね!」

 

 

 

進行方向からやってきたキンシコウから号令がかかり、二人の軽業師は攻撃をやめて後退します。

 

 

 

「さて、ひとつやるかね」

 

「はい、アクシスジカさん!そのまま相手の注意を引くようにお願いします!あと、武器は地面を擦って熱を持たせると効果的です!」

 

「ノヴァの教えの通りだね。安全第一で、行こうじゃん」

 

 

 

キンシコウの影から現れるように彼女の隣に立つアクシスジカ。両手の手槍は既に降り注ぐ雨粒を焼いています。

 

 

 

「ほーら、うっとうしくなってきただろう?」

 

 

 

両手の槍の柄をくるくると回しながら左右にステップを踏みます。熱を帯びた刃が同周円を描いて、岩肌と曇天の灰色に暖色を加えました。

 

動きを止めてアクシスジカを叩こうと、セルリアンは首を彼女の動きに合わせています。そのまま攻撃しても彼女を捉えられないのを知っているのか、セルリアンは同じ動きを繰り返すばかりです。

 

 

 

「私もいきますよ!」

 

「うん、任せたよ」

 

 

 

アクシスジカの動きに合わせて、キンシコウが崖を蹴ってセルリアンの上を取りました。一つの首を迎撃しようとぶんぶん振り回していますが、彼女は無視して本体の方へ飛び込みます。

 

 

 

「今ですよ!」

 

「はいなー」

 

 

 

意識がキンシコウに向いたところで、アクシスジカが前に駆け出します。一手目に強烈な突きを首の根元に打ち込み、刺さった槍を踏み台にしてもたげた頭をもう片方でかち上げました。ジャガーが強打して半分砕けた顎を完全に叩き割って、弾力の強い肉まで刺突します。

 

同じ箇所への執拗な熱攻撃は耐えられぬ一撃になったようで、頭骨も顎もなくなった頭は力なく崖の下へと倒れ始めます。

 

 

 

「おっと、いけない。一つ取り損ねた」

 

「もう十分です!しばらく動けないと思いますから一度下がってください!」

 

「ダメだよ、ノヴァからもらった大切な武器なんだ」

 

 

 

本体に棍を突き立てて、そのしなりを利用してまた上空へと繰り出すキンシコウ。鳥のフレンズでもないのに天地を駆け回る技こそ、彼女がハンターとしてセルリアンを制圧してきた力なのです。

 

アクシスジカのフォローに回るように、もう片方の首との間に降りて攻撃を受け止めます。

 

 

 

「ううぅっ!なんてバカぢから…!」

 

「よし、私も援護するよ」

 

 

 

棒の中央でセルリアンの牙を抑えましたが、野生解放の力無しでは簡単に崖の底に突き落とされてしまうほどの怪力です。ノヴァがこれを食らってまだ戦闘していたと思い起こして、どっちも怪物なんだと思ってしまいます。

 

動かなくなった首から手槍を引き抜いたアクシスジカも援護に入りました。それでも、押し返すどころか持ちこたえることも難しそうです。

 

 

 

「キンシコウ、せーので退くよ。らちがあかない」

 

「はい…!」

 

「うおぉぉぉ!!ノヴァさんのかたきを取るのだぁぁ!!」

 

「えっ、アライグマさん!?」

 

 

 

その声は上から聞こえました。崖の上からです。

 

崖を滑り降りてきたのは、ノヴァと一緒に旅をしていたというアライさん。勇ましい声と共にセルリアンの頭へ飛び掛かります。

 

 

 

「これがノヴァさんとっ、アライさんの一撃なのだぁ!!」

 

 

 

アライさんの手には木と鉄で組まれた不思議な道具。ここにいるフレンズには、これが何か知っているものはいません。

 

アライさんはノヴァからの説明通りに尖った先を頭骨に打ち付け、握り手にある引き金を力いっぱい絞ります。

 

 

 

ドンッッ

 

 

 

「うおっ!」

 

「きゃっ!」

 

「おあっ!」

 

 

 

アクシスジカにとっては初めての、アライさんとキンシコウには聞き覚えのある破裂音が豪雨鳴る渓谷に響きました。それと同時にアライさんの持っていた道具は木片を弾き飛ばして、さらに青い液体をばらまきます。

 

 

 

「こっ…これでどうなのだ…!」

 

 

 

鉄のパーツはセルリアンの脳天を串刺しにするどころか、頭ごと吹き飛ばしたようでした。役目を終えた鉄の杭はカランカランと音を立てて地面に落ちます。

 

破裂した青い液体と木片まみれになった三人は、後ろへ飛び退いて動かなくなったセルリアンを観察しました。

 

 

 

「やった…のか?」

 

「すごいですね…その武器は…?」

 

「ノヴァさんの“ひみつへいき”なのだ。一回使ったら壊れるけど、一回でセルリアンを倒せるのだ」

 

「…油断はしない方がいい。何かおかしいよ、このセルリアン」

 

「ええ。普通なら、四角の箱型になってバラバラになりますから」

 

 

 

その後は、ザアザアと雨の音が鳴るばかりでした。セルリアンも三人も動こうとしません。お互いの発する気を読み合っているとでも言うのでしょうか。

 

 

 

「…なあ、こいつのいしはどこなのだ?」

 

「ツチノコさんやキングコブラさんも弱点は発見できてもいしは見つからなかったって言ってましたし…」

 

「…今のうちに探しておくべきかな?」

 

「…いえ、私たちの役目はあくまで誘導です。無理して倒す必要はないです。…この程度で倒せるならノヴァさんが倒してしまっているはずですし」

 

 

 

…しかし、動かなかったのはミスでした。

 

崖の下へと垂れた首がどのような動きをしたかを見なかったのが失策なのです。

 

 

 

「…?出てきた青い水、こんなに多かったか?」

 

「いえ、首から流れ出ていませんし…え?」

 

「はっ!!みんなよけるのだっ!!」

 

 

 

アライさんだけは経験と直感で気付いたようです。セルリアンの頭が地面に埋まっていたとこ、青い液体を吹き出せること、ノヴァでさえ驚くほど賢いこと。それが合わさると、地面の下から攻撃してくるなんて訳もないのです。

 

アライさんが山側へ飛び出した時には、間欠泉のごとく噴き出す青い粘液が他の二人を打ち上げていました。

 

 

 

「うわぁっ!」

 

「きゃぁっ!」

 

「二人とも、大丈夫か!?…なぁあっ!?」

 

 

 

二人の方へ振り向いたアライさんも、頭のない首で殴打されて山肌へ叩きつけられます。

 

 

 

「いっ…いったい、なんなのだ…?」

 

 

 

頑丈なノヴァを負傷させるほどの威力なのです。小型のフレンズのアライさんが食らえば一撃で戦闘不能となってしまいます。

 

かすむ視界に捉えたセルリアンの姿は、海を知らないアライさんにとっては身の毛もよだつ化け物でした。

 

 

 

「…な…なんなの、だ…?あれ、は…!?」

 

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

「…!!」

 

「えっ…?」

 

「??どうしたの二人とも?」

 

 

 

負傷者のノヴァがいた横穴には、自由に動けないライと二人の介助を申し出たハシビロコウがいました。

 

突然二人が瞳を小さくして驚いた表情をしたのを見て、ハシビロコウは疑問符を並べています。ライとノヴァはお互いの顔を合わせて、言葉を交わしました。

 

 

 

「今のって…」

 

「ああ、感じ取れた…」

 

「…何を?」

 

「腹ペコのあいつと同じ力…だよな…?」

 

「ええ…“龍”の力、よね?」

 

 

 

傍若無人なライや冷静で剛胆なノヴァが焦って怯えるような表情をしています。それを見たハシビロコウにも不安な空気が伝わって、心配そうな表情をします。

 

 

 

「……行かなければ」

 

「ちょっ、ノヴァ!あんたケガしてるんでしょ!?武器作ってる時だって苦しそうにしてたって…!」

 

「だめだよノヴァさん!絶対戦っちゃだめだって博士が!」

 

「だとしてもだ。…このままだと、全滅だ」

 

 

 

おもむろにノヴァは注射器と針をポケットから取り出して、組み立てます。そのままためらいもなく針を自分の腕の関節の近くに差し込みました。

 

 

 

「うっ…!」

 

「な、なにやってんのよノヴァ!!それって…!」

 

「……助手からの、お守りだっ。…もしもの時は使えってっ…」

 

 

 

ノヴァは注射器の中の液体を一滴残らず身体に入れました。

 

すぐに彼女の身体に異変が起こります。刃と呼べないくらいに鉄材が剥がれた尻尾は異常なまでに加熱します。吹き出す息にも黒煙が混じり、髪の先の排熱板からハシビロコウにもわかるくらいの熱が放出されています。

 

傷などなかったかのように立ち上がって、ノヴァは横穴の出口へ歩き出しました。ハシビロコウが止めようとしますが、彼女が発する熱のせいで近づくことも叶いません。

 

 

 

「ど、どこに行くですか!?ノヴァさん!」

 

「決まっているだろう。奴のところへ、だ」

 

「バカっ!あんた、何を」

 

「…初めてなんだ。何かを失いたくないと思うのは」

 

 

 

雨を浴びても湯気が天を衝くばかりで熱は一向に引きません。そのままノヴァは崖道を駆けていきました。

 

 

 

「あいつ…死ぬつもりなのっ…!?」

 

「えっ?」

 

「あんな薬で誤魔化したって、効果が切れたら…!」

 

「な、…なんなんですか、あれは…?」

 

「…私の予想が正しいのなら…あの薬はコカインよ。…ミミのやつ、あんなものまで…!」

 

「…ノヴァさんは、どうなるの…?」

 

「…少しの時間だけ、痛みなんて感じなくなるくらいに意識が高ぶるけど…効果が切れたら戦いなんてできないくらいに無力感に襲われる。その上…」

 

「そ、そんな!!」

 

「…もう遅いわ。あいつ、もう誰の言葉にも耳を貸すとは思えないし。…それにあいつを止められるのは、それこそ双頭のセルリアンくらいよ」

 

「…そんな…」

 

 

 



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ならくのようせい

 

 

青い液体のセルリアンは迎撃隊の前衛を突破して猛スピードで崖道を前進していました。それを探知したパンサーカメレオンが、ヒグマと戻ってきた二人に報告します。

 

 

 

「何だって!?あいつらがやられた!?」

 

「信じられないでござるがっ…本当にっ…」

 

「ヒグマ、急ごう!相手のスピードを落とさないとタイミングが合わせられない!」

 

「私もそれには賛成。成功するかは私たちにかかってるんだよ」

 

「………………」

 

 

 

フォッサもジャガーもヒグマも、驚きを隠せませんでした。背中を預けられるくらいに強くて頼りになるフレンズたちが、武器まで用意して安全第一で戦っていたのに、あっさりと突破されてしまったのです。

 

勇み足になるじゃんぐるの二人。迎撃隊の指揮を取るヒグマはどうするべきか熟慮していますが、答えは一つしかないようなものです。

 

 

 

「で、でもっ、セルリアンが本性を現したでござるよっ!博士やノヴァどのの指示を仰いでからっ」

 

「いや、いい。今は時間が惜しいんだ。特徴だけ教えてくれ」

 

 

 

ヒグマが下した決断は、作戦継続でした。ここで撤退しては全てが水の泡になってしまいますから。

 

せめて何か攻略の足掛かりになる情報をカメレオンにたずねます。

 

 

 

「…二つの頭は、頭じゃなかったでござる。腕だったでござる」

 

「…は?」

 

「本当は、本体の下に顔を隠していたでごさる…。…それも、身の毛もよだつ化け物の顔を…」

 

「そこが弱点なんだな?」

 

「わからないでござる…。…それから、青い液体を地面や身体から放ったり…あと、“赤黒い光”が見えたでござる…」

 

 

 

情報は役に立たないとヒグマは判断しました。知ったところでどうしようもないという意味で、です。何せ、見たこともない化け物なのですから。

 

 

 

「わかった。お前は博士のところに戻って報告をしろ。あとは俺たちでやる」

 

「気をつけるでござるよ…!」

 

「わかってるって」

 

「絶対成功させるからね…!」

 

 

 

ヒグマはノヴァから預かった大剣を握りしめて、崖道を駆け出します。その後にフォッサとジャガーも続きました。

 

カメレオンは恐怖でずっと青ざめていました。本能が警告を鳴らすほどの異形だったのです。勇猛果敢に立ち向かう三人の戦士たちが、なぜあんな表情ができるのか不思議でなりませんでした。

 

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 

「…え…?アクシスジカ、ちゃん…?」

 

「う、うそ……」

 

「キンシコウさんもやられたの…?」

 

 

 

陽動隊のスピードスターたちから遅れて、マレーバクとミナミコアリクイ、そしてオカピが崖道へやってきました。セルリアンが掘り返した土の山を目でたどって、惨状が視界に入ってきます。

 

吹き付けられた青い液体の威力は相当なものだったようです。首で殴打されるのと変わらない衝撃で宙へ打ち上げてられて地面に叩きつけられれば、動くこともできません。

 

 

 

「ちょっとっ!寝てる場合じゃないぞっ!」

 

「………………」

 

「キンシコウさんに、アライグマさんまでぇ…」

 

「……だ、誰か、いるの、か…?」

 

「あ、アライグマさん!いるよ!助けにきたよ!」

 

 

 

崩れた瓦礫を少しかぶっていたアライさんが、かすかに眼を開けてマレーバクと視線を合わせます。

 

 

 

「…ぬぅぅ…!もう十分休んだのだっ…!追いかけないと…!」

 

「だ、ダメだよぉっ!そんなにケガしてっ!」

 

「ノヴァさんから任されたのだっ…!絶対成功させるのだっ…!」

 

 

 

アライさんは何事もなかったかのように駆け出しました。彼女の影からは、キラキラ輝く結晶が尾を引いています。

 

陽動隊の三人には止められませんでした。その動きはあまりにすばしっこいものですし、止めたところで止まらないのを察してしまったのです。

 

 

 

「みんなー!二人のことよろしくなのだー!」

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

本性を現した異形のセルリアンの攻撃は、苛烈を極めました。カメレオンが言った通り、二つの首は本物の頭ではなく腕だったのです。動きの制約が外れた多元的な攻撃は歴然の三人ですら近づくことができません。セルリアンの攻撃を避けるばかりで、ジリジリと後退していくばかりです。

 

胴体だと思っていた骨の外殻は持ち上げられ、その下の顔が露になっています。青いガスが口から出ていて見えづらいですが、横に二本の口腕を携えた大きな顔。陸の生き物では形容しがたいその剣呑な面持ちは、彼女らにとって嫌悪感しか湧きません。

 

 

 

「お、押されてるけどこれでいいの!?」

 

「ああ、このペースなら…!」

 

「うわっ!危ないなぁっ、この!」

 

「そっちも武器を持ってるなんて、聞いてないよっ…!」

 

 

 

頭骨が外れた触腕が持つのは骨だけではありません。見るからに質量の大きい鉱石の塊を右腕に、ノヴァの剣のように研ぎ澄まされた大骨を左腕にもって変幻自在の攻撃を繰り出します。

 

武器を持てるのは自分たちだけではないと知って、うろたえてしまいました。熱攻撃は腕や本体にしか通用せず、武器で防がれてしまっては思うようにダメージを与えられません。

 

…それよりも、優位性を失ってしまった精神的ダメージの方が大きいのが問題なのですが…。

 

 

 

「もうそろそろ作戦地点だ…!ギリギリまで引き付けるぞっ…!」

 

「うんっ、なんとかやってみるよ!」

 

「コブラのためにも、負けられないもんなぁ!」

 

 

 

後ろを見れば大きな岩が上の崖のへりに並べられています。博士も飛びながらタイミングを計っているようです。

 

唯一相手の攻撃を受け止められる武器を持つヒグマは、果敢に懐へ飛び込みました。案の定鉱石の鉄槌が振り降ろされますが、大剣の峰で受け止めて踏ん張ります。

 

 

 

「うぎぎぎぃっ…!」

 

「フォッサ!私たちでもう片方を抑えるよ!」

 

「了解っ!」

 

 

 

ヒグマも長くは持ちこたえられないでしょう。今にも膝をついて押し潰されてしまいそうです。

 

しかし隙はできました。ジャガーをジャンプ台にして、フォッサが剣を持つ腕に飛び掛かります。腕にしがみついてしまえば相手の攻撃手段は限られますので、あとは反撃をするだけです。短剣を青い肌に突き刺して左右にえぐっていきました。

 

 

 

「ほらっ!どうだ!これで!」

 

「私も本気でやらせてもらうよ!!」

 

 

 

腕を両方使ってしまったセルリアン。そうなれば顔はがら空きです。取り巻いていたガスはいつの間にか引っ込んで、ギョロっとした黄色の眼がジャガーをにらみます。

 

ジャガーは怖れることなく、全力のストレートを眼玉へ叩き込みました。グシャッという鈍い接触音を鳴らして、セルリアンはよろめきました。衝撃は両腕まで伝わって、剣と鉄槌を落としてしまいます。

 

 

 

「…よしっ!あとは攻撃隊に任せるぞ!ジャガー!フォッサ!走れ!」

 

「あいよ!」

 

「了解!」

 

 

 

 

 

 

「よし、よくやったのですヒグマ。これなら相手も顔を真っ赤にして追ってくるのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…しかし、セルリアンは愚者を演じていただけでした。

 

武器を落としたセルリアンの両腕には赤黒い光が集中して、暗雲に地獄の色を映し出します。

 

そして、光は二筋の条となって、天を穿ちました。

 

一つは、崖の上の岩石を貫通して。木端微塵になった足場が連動して崩壊し、瓦礫と共に中道へと降り注ぎます。まるで全てお見通しと言わんばかりに、ヒグマたちの退路を絶ってしまいました。

 

そしてもう一つは、上空で様子を見ていた博士に向かって。下から撃たれる、という経験のない彼女は、まさか飛んでいる自分が標的になるとは考えていません。避けるという思考に行き着く間もなく、赤黒い光条が身体を包みました。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

ヒグマはその光景をその眼で見ました。まったく訳がわからないまま、博士が瓦礫の上へ落ちていきます。

 

今起きたすべての訳がわからないのですが、作戦が失敗してしまったということはわかります。そして、それが意味することも。

 

 

 

「そ…そんな……」

 

「博士っ!しっかりしてっ!博士ぇっ!」

 

「うそっ…でしょ…」

 

 

 

訳のわからない何かに蝕まれた博士は返事をしません。力なく瓦礫に横たわるだけです。

 

その様子をただ眺める三人に、もはや戦意などありません。ただ一つの希望だった落石作戦は失敗し、退路は絶たれ、挑んで勝てる相手ではないのです。そして、その状況でもどうにかするアイディアを絞り出せるフレンズは、ここにはいません。

 

 

 

一方で異形のセルリアンは尚も赤黒い光を身体に集めています。光は大きな口に集中して、一帯の色を染め上げるように照らし出します。両腕は地面を穿って食い込み、身体を反らせて力を溜め込んでいるようにも見えます。

 

…あの赤黒い光を、今度はヒグマたちに向けるようです。

 

 

 

「……ちくしょうっ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう助からないと、直感が悟ってしまった時でした。

 

 

 

「グオオオオオォォォォォォッッッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

警鐘のような咆哮が渓谷中、いやパーク中に響き渡りました。

 



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むしんにてしんらばんしょうをたつ

 

聴覚を直接破壊するような咆哮の後、火山弾のような光源がいくつも異形のセルリアンに降り注ぎました。豪雨をもろともせず大爆発を連鎖させて、中道は爆炎に包まれます。

 

その様子を崖の上から見ていたフェネック。土砂を飛び越してセルリアンへ突っ込んでいった影も、しばらく耳が使い物にならなくなるくらいの咆哮の主も、その眼で捉えていました。

 

 

 

「…えっ……ノヴァ、さん…?」

 

 

 

直後、黒煙を切り裂く赤黒い閃光が崖の向こう側へと放たれました。対岸の壁にあっという間にひびが走って、一帯を崩落させてしまいます。あんなものに当たっては遺体も残らないだろうと、フェネックも周りのメンバーも身震いしてしまうのも無理はありません。

 

 

 

「ど、どうなったんだ…!博士は…!」

 

「………………」

 

 

 

フェネックは言葉を失いました。煙が去って中道に残ったものを見て、皆絶句しました。

 

 

 

 

 

 

「…返せ。それは…私のだ」

 

「……え…?ノヴァ…?」

 

「…返せと言っている」

 

 

 

再びまぶたを開いてヒグマが視界に捉えたのは、燃え盛る大火でした。あらゆる箇所が赤熱して雨を蒸発させて、空間を歪めるくらいに陽炎をまとう大火。

 

彼女はヒグマから熱を失いかけた大剣を奪い取ると、それだけで刃は燃え上がりました。その様子を確認する間もなく構え直して、再びセルリアンの方へ視線を向けます。

 

 

 

「…ウヴァァァァァァッッッッッッ!!!」

 

 

 

咆哮。これが彼女のものだと頭が理解するまで、かなりの時間を要しました。いつも理性的で慈しみの心を大切にしていたノヴァから、魔物のような本能のままの咆哮。まるで、元の動物に戻ったかのようです。

 

そう考えている間にも、大火は辺りを炎上させてセルリアンを飲み込もうと牙を向けます。自身が砲弾になったかのごときスピードでセルリアンへ突っ込んで、ヒグマも重いと感じていた大剣を片手で振りかぶりました。

 

触腕で防ごうとしたセルリアンでしたが、防御は意味を為しませんでした。彼女の腕に黒い煙と閃光が走ると、振り下ろす大剣はさらに熱を帯びて加速します。

 

刃に触れた腕は熱で焼けるどころか赤熱し始めて、切断されてしまいます。たまらずセルリアンも悲鳴のようなものをあげてたじろぎました。触腕も痛みを表現するかのごとくうねってのたうちまわります。

 

 

 

「ど、どうなってるんだよ…!」

 

「あれが…ノヴァ、なの…?」

 

「こ、怖い……」

 

 

 

大火は尚も攻勢を緩めません。真っ赤に燃える手でもう一つの触腕を掴んでぶら下がって、刃を失った尻尾を何度も打ち付けます。熱はどんどんセルリアンを染め上げて、深い青色は熱っぽい赤色に濁されていきます。

 

触腕に攻撃している間も、口からはすすの砲弾を絶え間なく放たれて異形の顔も彼女の色に塗られていきます。砲弾は時間差で爆発して濁った青い液体をばらまきました。

 

フォッサも、ジャガーも、ヒグマも、目の前の大火の魔物に恐怖を抱かざるをえませんでした。自分たちが逆立ちしても勝てない相手を一人で圧倒しているのもそうですが、彼女から本能的に忌み嫌うものを感じずにはいられないのです。

 

 

 

「これが…あいつの野生解放なのかよ…?」

 

 

 

彼女の背中の傷があった場所からは、キラキラ輝く結晶が陽炎に揺られて舞っています。ヒグマたちと同じ、野生解放したときに発せられるものです。

 

でも、彼女が放つものはそれだけではありません。剣を持つ腕からは真っ黒な煙が立ち込めて、彼女の眼を守るゴーグルからは暗黒の煙と真っ赤な閃光が走っています。

 

 

 

まるでそれは、セルリアンが放つものと同じ物質のようでした。

 

 

 

「ガアアアァァァァァァッッッッッッ!!!!」

 

 

 

我を失って暴れる魔物は、とうとうもう一つの触腕をもぎ取ってしまいました。地面に落ちた腕は灰になって雨に流されていきます。

 

…そこにいた誰もが、動けなくなってしまいました。どうすることもできないのです。大火が放つ恐怖は、誰の行動も許さなかったのです。

 

ただただ、豪雨と雷鳴だけが流動を許されます。そして、その雷鳴の主も。

 

 

 

「ちっ!なにやってんのよ!!あんたら!!!」

 

「その声…ライなのか!?」

 

 

 

空をつんざく激しい声が崖道に響き渡りました。

 

 

 

「ゴオオオォォォォォッッッッッッ!」

 

「バっカじゃないのっ!!あんたはぁっ!!」

 

 

 

緑の側撃は大火を捉えました。その二又に分かれたハサミのような尻尾で彼女を捕らえて宙に放り出します。そのまま抱きかかえて、半円を描くように飛んでヒグマたちの目の前に降りてきました。

 

 

 

「上のやつら!!!足止め用の土砂を落とすのよ!!!早くっ!!!」

 

 

 

魔物の咆哮にも劣らない大きな声で叫びました。ライらしからぬ必死な叫び。どれだけ切迫した状況かは嫌というほど伝わります。

 

 

 

「あ、ああ!わかった!!いくぞぉ!!!」

 

「しょ、承知しましたわぁ!!」

 

「せーのっ!!」

 

「はいやぁ!!!」

 

 

 

攻撃隊にライの指示は伝わったようでした。丁度足止め用の土砂を落とす場所に、セルリアンはいたのです。

 

リーダー不在で指揮を失っていた攻撃隊ですが、王の血筋を持つヘラジカの号令で堰を切りました。事前に穿った穴の付近で力自慢の四人が地面を叩き付けると、穴と穴の間に亀裂が走って崩落を起こします。

 

 

 

「消え去りなさいっ!骸の化け物!!」

 

 

 

動けなくなったセルリアンに降り注ぐ土砂をどうにかする方法はありません。物量に押し流されるまま、激流の谷底へと落ちていきました。

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「……ど、どうにか、なった、わね…」

 

「!!し、しっかりしてライ!」

 

「…野生解放って……こんなに、辛いのね…」

 

 

 

尻尾で標的を押さえつけつつ片足でバランスを保っていたライは、光の結晶が消え去ると膝から崩れ落ちました。片足がない彼女は野生解放してなんとか飛んだり立ったりしてのですが、想像以上に消耗してしまったようです。

 

 

 

「……ああ、コノハ…。…あなたの犠牲は無駄にしないわ…」

 

「!!そ、そうだよ!!博士が!!」

 

「…勝手に殺すななのです」

 

 

 

ヒグマの腕でかかえられていた博士がかすかにまぶたを開いて、ノヴァに覆いかぶさるライと視線を合わせました。身体や衣服のあちこちが正体不明の何かに蝕まれて黒く変色していますが、生命は続いているようです。

 

 

 

「…私はいいのです…。それより…ノヴァ、は……?」

 

「いいわけないだろ!博士、こんなにケガして…!」

 

 

 

ヒグマは大声をあげて博士をしかりつけました。ノヴァのあの戦いは確かに異常でしかありませんが、生命の危機に瀕しているのは博士なのです。

 

ノヴァを押さえつけるようにしてたライも、ころんと転がって彼女の隣に横になりました。

 

 

 

「…あんた、…コカインやったでしょ」

 

「……こかいん…ああ、助手が麻酔に使った……」

 

「あれはすごい危ない薬なのよ…?依存性が強くて、あれ無しじゃ生きていけないくらいに…」

 

 

 

横たわるノヴァの熱はもう引いています。過度の興奮状態が引き起こした代謝の異常だったのでしょう。反動で気だるそうな顔をして、緑の雷光が引いた赤い瞳を覗いて息をつきました。

 

 

 

「……まあ、結果は私たちの勝ち、だ。…文句はあとで聞くよ…」

 

 

 

“そやな。この決戦はあんさんらの勝ちや”

 

 

“けど、勝負はうちの勝ちやでー”

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

そこにいた誰のでもない、少し間の抜けた声が聞こえました。未だ恐慌状態から復帰しないヒグマとフォッサ、そしてジャガーは動揺を隠せません。意識の薄くなった博士やノヴァも考えを巡らせることができません。

 

はっとしたライが周囲を警戒した時には、もう遅かったのです。

 

 

 

“ディノバルドはもらってくでー。次はキミやよ、ライゼクス”

 

 

 

その声と同時に、ノヴァは崖の底に落ちていきました。いえ、引きずり込まれたというのが正しいです。

 

 

 

「えっ…ノヴァっ!!」

 

 

 

反射的にライは崖の底を覗きます。

 

ノヴァの片手には彼女が切り落とした触腕が巻き付いていました。腕から彼女の身体へと巻き付いてがっちりと締め付けて放しません。

 

 

 

「ノヴァっ!ウソよっ!!ノヴァぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

ライでなくても、この後ノヴァがどうなるかは察してしまいます。冷たい激流に飲まれれば、彼女は体温を維持することができずに力尽きてしまうことでしょう。

 

 

 

「まだよっ!!まだあたしがっ…!!!」

 

 

 

渾身の力を振り絞って透けた翼を広げますが、フレンズたちの光の結晶はライの身体を飛ばすことはありませんでした。既に彼女はサンドスターを使い果たしているのです。

 

そしてついに、ノヴァは谷底の激流に飛沫を立てました。握りしめていた大剣もとうとう手放して…。

 

 

 

「ノヴァぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

 

 

…ライの叫び声は、雷鳴にかき消されてしまいました。

 

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 

 

「…ぬ?また雷なのだ。…ライさんが戦っているのか?」

 

「ライが戦えるわけないのです。片足がないのにどうして戦えるのですか」

 

「わぁっ!助手っ、驚かせないでほしいのだ!」

 

 

 

ケガもなんのそので崖道を走るアライさんの上から、音もなく助手が飛んできました。どうやら追い付いてしまったようです。

 

 

 

「しかし雨が止む気配がないのです。ノヴァにとっては致命的な天候なのです」

 

「ノヴァさんだって、戦えないのだ。ヒグマに自分の剣を託していたのだ」

 

「………………」

 

「助手は何か隠しているのだ。アライさんにも教えるのだ」

 

「………………」

 

 

 

助手の視線は崖の下にずっと向かっています。激流に運ばれる破片が視界に入って、気になっているようです。もしかしたらもう作戦が終わってしまったのかも、と。

 

心ここにあらずな助手の反応に、アライさんは不服な様子です。頬を膨らませて少し上を飛ぶ助手の視界に入ろうとジャンプしています。

 

 

 

「こっちを見るのだ!」

 

「…なんなのです?もう戦いは終わってしまったのですか?」

 

「無視はダメなのだ!」

 

「……え…あれは…」

 

 

 

助手がその瞳に捉えたのは、濁流の中では目立つ青く光る金属質な物体。崖の上から見えることを考えれば、かなりの大きさのようです。

 

心当たりは一つしかありません。しんりんの大木をいとも簡単に両断したあの大剣。それが、谷底の川に流されているのです。

 

それだけの情報があれば、賢い助手は予想をいくつも浮かべられます。自分が打った最後の秘策も、それによって起こりうる最悪の結末も。

 

 

 

「……ノヴァの、大剣…」

 

「…え?ノヴァさんの大剣?」

 

「…!!」

 

 

 

青い漂流物は、それだけではありませんでした。もう一つを見た助手は、青ざめて目を見開いてしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“へへ、やっと二人きりになれたなぁ、ディノバルド”

 

 

 

激流に飲み込まれたノヴァの体温は、すでに危険なところまで下がっています。さっきまで雨を蒸発させていた炎は消えて、美しいまでに研磨された青い鋼は濁流で汚されていきます。

 

泳ぎ方など知らないノヴァは、ただ流されるだけでした。息の仕方も浮き方もわからず、浸食してくる水が彼女の体力をあっという間に奪ってしまいました。

 

薄れていく意識の中で、何者かの声だけが鮮明に聞こえてます。やっと二人きりになれたと。

 

 

 

“あんさんのこと、ずっと気になってたんや”

 

(………?)

 

 

 

水の浸入を許さないゴーグルのおかげで、ぼやけてはいますが視識は生きています。ノヴァの目の前に何かが現れるのがわかりました。

 

身体に絡み付いていた巨大セルリアンの触腕はいつのまにか姿を変えて、フレンズのようなシルエットになったようです。

 

 

 

“みんなはキミの剣や甲殻がキレイって言うけど、うちはキミ自身が美しいって思うんや”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノヴァが…流されているのです…!」

 

「!!!本当なのかっ!助手っ!!!」

 

「助けにいくのですっ…!」

 

「当たり前なのだっ!!!」

 

 

 

自分の眼で確認する前に、アライさんは崖から飛び降りました。情報が思考回路を巡る前に、情報が身体に信号を送るのがアライさんなのです。激流に飛び込むこと自体自殺行為であることなどすっぽ抜けて、すごい知恵と技を持つ友達を助けにいきます。

 

助手も後を追って降下します。この状況を作ったのは恐らく自分であろうという感じたことのない不安な気持ちと、単純にもう一人の尊敬できるフレンズを失いたくない気持ちが濡れた重い羽毛をはためかせます。

 

 

 

「これくらいの川っ!アライさんの敵じゃないのだっ!!!」

 

「ノヴァっ…!無事でいるのですよっ…!」

 

 

 

二人の輝きは濁流を、岸壁を照らしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふう。ここまで下ればフレンズたちも追ってこれへんやろ」

 

 

 

じゃんぐるのはずれ、さばんなちほーに程近い川の下流。広い岸にノヴァと変形したセルリアンは打ち上げられました。

 

日は落ちて暗雲の切れた端から星空が見えます。じゃんぐるの気候とさばんなの気候が対流を起こさず共存している、奇妙な光景です。

 

発光する青い影…フレンズの形をとったセルリアンは次第に姿をはっきりさせていきました。緩やかなフォルムの斑点の入ったドレス。両手にはめた乳白色の長い手袋には尖った骨がちりばめられ、同じ色のシューズもまるで頭蓋骨のような意匠です。

 

 

 

「…こんなこと、ほんとはしとうないんやけど…。ほんとはキミと一緒に…」

 

 

 

後ろで二つに縛られた髪は青く光を放って、少し荒れた毛先は乳白色に染まっています。

 

その姿は、さばくの地底湖にいたフレンズでした。ですが彼女はしゃれこうべの仮面を取って、素顔を露にしました。

 

肌は“ヒト”の色をしていません。透明感のある青い肌と、ギラギラと輝く黄色の瞳。長く伸びた横髪が仮面の内側からするりと抜けて、あのセルリアンの口腕のように動き始めます。

 

 

 

「……堪忍してな。また会う時は、きっと…」

 

 

 

かすかな息しかしていないノヴァの上にそっと座って、青い彼女は顔と顔を近付けます。

 

彼女はノヴァ自身が美しいと言いました。フレンズたちとは違う見解。美しい羽根や毛並みや鱗を持つフレンズに比べればノヴァの容姿は荒々しくて傷だらけです。実用のみを求めてきた結果ともいえます。それを美しいと評するのは、彼女がノヴァのことをよく知っていて、特別な感情を抱いているからでしょうか。

 

憂いたような恍惚としたような表情をして、彼女は顔をさらに近付けました。

 

 

 

「……ごめんな」

 

 

 

悲しげに独りごちた瞬間、彼女の身体は上流の方へと大きく飛ばされました。じゃんぐるの木に叩き付けられます。

 

 

 

「んなっ!だ、誰や!…水?」

 

「ぼくだよ~、ぼく」

 

 

 

どうやら高圧で発射された水を浴びせられたらしいです。着弾した頬から水と光る粘液がぽとぽと落ちてます。

 

下流の方へと視線を向けると、いたずらの犯人が川から顔を出しました。そのまま飛び出して青い彼女の前へと降り立ちます。

 

 

 

「またキミか…。うちの邪魔ばかり…」

 

「まぁね~。これも言い付けだからね~」

 

 

 

悪態をつく青い彼女は、忌々しそうに睨み付けました。

 

落ち着いた高貴な色合いの紫のセーラー服。その上から多彩な色に見える白いパーカー。同じくプリズムを放つ白い鱗とシックな紫の毛で覆われた尻尾は、泡立った液体を纏っています。

 

イヌ科のフレンズのように大きい耳は花のような美しい桜色。調和をはかるようにグラデーションの入った白い髪は、波のようにいくつも段を為して後ろに流れています。

 

視線を華麗な彼女の眼に合わせますが、彼女の瞳を見ることは叶いません。なぜなら、彼女の傷ついた眼はもう光を捉えることはないのだから。

 

 

 

「いまキミの相手しとるヒマはないんよ。いねや、タマミツネ」

 

「うん、きみも一緒にね~。一緒に海までいこ~よ~」

 

 

 

タマミツネと呼ばれた彼女の尻尾からは、泡立つ液体が染み出ていました。気付けば青い彼女の足元までも浸して、滑りをよくしています。

 

そうなればタマミツネの独壇場です。足を払ってやれば川へ落ちます。

 

 

 

「へぶっ!ちょっ!海はあかんて!もううち海にはいかれへんのやー!」

 

「大丈夫だよ~たぶん」

 

 

 

後を追ってタマミツネも川へダイブ。青い彼女を両腕でがっちり押さえて下流へと泳ぎ始めました。

 

青い彼女も泳ぎは得意なのですが、疲れからかタマミツネへの抵抗もかなわず引っ張られるままです。

 

 

 

“…頼んだよ、アライさん”

 

 

 



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うたかたのまい のおはなし
ねつがひくとき


 

 

 

「…メンバーは全員揃ったかしら?」

 

 

 

じゃんぐるの戦いに参加したフレンズたちは、遺構に集合してしました。指揮する者がいないので、臨時でライと、補佐としてツチノコとフェネックが取りまとめています。

 

みんな沈んだ表情をしています。戦いには勝ちましたが、それを祝える雰囲気ではないようです。

 

 

 

「……ツチノコ、あと集まってないのは?」

 

「ワシミミズクとアライグマ、あとクジャクとキングコブラだな。…ったく、ノヴァが大変なことになってる時に…!」

 

「…いいえ、好都合よ。状況を混乱させそうな連中ばかりいないのは」

 

「おまえっ、その言い方」

 

「ヒグマさん、抑えて抑えてー。ケンカしてる場合じゃないよー」

 

 

 

ライの傍若無人な発言に食ってかかるヒグマ。それをフェネックが抑揚なしに抑えます。

 

フレンズたちに集まってもらったのは他でもない、今後のことを話し合うためでした。一応危機は去ったのですが、後始末や負傷者の介護などを考えなければなりません。

 

そして、一番気掛かりなのは…。

 

 

 

「…ノヴァなら、“あなた達は決戦を勝ち抜いた英雄だ。帰って功を誇ってくれ”とか言いそうだけど。…そのリーダーが…」

 

「そうっすよ!ノヴァさんを捜しに…!」

 

「無駄よ。生きちゃいないわ。あの水量に流されてたら、泳げるやつだって溺れてしまうもの」

 

「い、いい加減にしてください!!言わせておけばっ!」

 

「お止めなさい。ライはみんなの安全を考えて探すのを止めてるのよ」

 

 

 

ノヴァの生存を信じて捜索を申し出るフレンズもたくさんいましたが、ライはそれを禁じました。二次被害を考えれば、せめて川が落ち着いてからでないと危険なのです。でも、その頃にはもうノヴァの命はないでしょう。

 

ならば、残された者たちがすべきことは何か。ノヴァが守ってくれた平和を幸福へと変えていくこと、とライは判断しました。…論理的で現実主義な彼女が下した、冷徹な判断でした。

 

 

 

「あたしが気に食わないやつは去っていいわ。感情的になるやつは、はっきり言って邪魔よ」

 

「言われなくてもそうするさ。…二人とも、いくぞ」

 

「は、はい!」

 

「おいおいヒグマ、キンシコウは結構ケガしてるぞ?」

 

「…ちっ」

 

 

 

「ヘラジカさま、拙者たちはどうするでござるか?」

 

「別にライの判断が間違ってるとは思わんがな。でも、私たちはノヴァへ義理立てにやってきたのだ。それが終わったのなら帰る」

 

「ええ、どうぞ。あんた、暗愚に見えて意外としっかりしてるのね」

 

「…どうしてお前は一言多いんだよ」

 

 

 

「…さて、私たちはじゃんぐるの復興でもする?」

 

「え、ジャガー!?ノヴァのこと気にならないの!?」

 

「さてね。私もライの意見は最もだと思うけど」

 

「…見損なったよジャガー。そんな薄情なやつだったなんて」

 

「ケンカはやめてよぉ」

 

 

 

「…ここまでのようね。やっぱり、この群れはノヴァが先導してきたものですのね」

 

「…せっかく話の合う友達ができたと思ったのに…」

 

 

 

これまで心を一つにしてきたフレンズたちは、ノヴァがいないというただ一つの事実だけで瓦解していきました。代理のリーダーの冷血さや仲間への不信が結束を断ち切ってしまったのです。

 

それぞれの縄張りへともどる者。命令に背いてノヴァを捜索する者。ライと一緒に後処理をする者。思いは様々です。

 

 

 

 

 

 

「…まず、戻ってきてないメンバーの確認をしたいわね」

 

「アライさんとミミちゃん助手、だねー」

 

「あれ?アライグマはオカピたちより先に戻っていったゾ?」

 

「あー、あれかもね。コブラちゃんの介抱をまだしてるのかもねっ」

 

 

 

ライの問いにはオカピとコツメカワウソが答えました。ライは眉をひそめてさらに事情を聞きます。

 

 

 

「キングコブラが?そんな報告受けてないわよ」

 

「あっ、これ言ったらダメなやつだったっけ?あはは」

 

「…正直に言いなさい。言わないと電気ショックよ」

 

 

 

ライは尻尾のハサミをカチンカチンと鳴らしてカワウソをにらみつけました。普通のフレンズならそれだけで震えあがってしまいますが、大胆不敵なカワウソは面白がって笑い声を上げます。

 

 

 

「すごーい!ライちゃん、面白いねー!」

 

「笑って誤魔化せるとでも?」

 

「いやいや、そうじゃなくてねー。ミミちゃん助手が内緒にしててって言ってたんだよ」

 

「あ、こいつワシミミズクを売った」

 

「それは別にいいわ。聞きたいのはミミがキングコブラと一緒にいるのかどうか」

 

 

 

ライは助手とキングコブラの居場所がわかればいいのです。助手が何を考えていようが関係ありません。

 

 

 

「うん、クジャクちゃんと一緒にって。きょてんにしてた建物で治療してたよ」

 

「そう。ありがとう、カワウソ。ミミにはあたしのとっておきでお仕置きしてあげるわ」

 

 

 

狂気じみた笑顔のライ。ノヴァがあんなことになったのは助手のせいでもあるので、痛い目に合わせないと気が済まないようです。

 

 

 

「それからオカピ。アライグマの状況を聞かせて」

 

「見つけたのはアクシスジカとキンシコウと一緒だゾ。セルリアンにやられて、倒れてたと思ったら、突然起き上がってセルリアンを追いかけていったゾ」

 

「アライさん…」

 

「…それは不可解ね。一本道で見失うわけがないのに」

 

 

 

珍しくフェネックが不安な顔をします。それを察したのかそうでないのか、ライは予測できる可能性を羅列しました。

 

 

 

「考えてられるのは、ヒグマたちが奴に攻撃を仕掛ける前に戦って敗れたか、何らかの事故で崖から落ちたか」

 

「そ、そんな」

 

「可能性の話よ。気になるなら崖の周囲を捜してくればいいじゃない。川に入らないなら止めはしないわよ」

 

「…うん。そうするねー…」

 

 

 

ライも心の機微には鈍感です。というより、その思考を無意識の内に真っ先に捨ててしまうのです。感情を優先してしまうのは論理的でなくて恥だと思ってしまうのです。フェネックに提案したのも、上の空のままでいてもらってもどうにもならないからです。

 

フェネックはライと一度視線を合わせて、そのまま遺構を去っていきました。やはり相棒の様子が気になって仕方ないようです。

 

 

 

「…あとはキングコブラとクジャクね。確認に向かいましょうか」

 

「ライ…お前、動けるのか?」

 

「ダメね。松葉杖じゃみんなの移動スピードに合わせられないし」

 

「じゃあ、誰かに運んでもらうか?」

 

「あんたはしてくれないのね、ツチノコ」

 

「バカ言え。俺はパワーバカじゃないし、お前を運ぶなんて危ないことやりたくねーよ」

 

 

 

ツチノコはそっぽを向いてぶっきらぼうに答えました。ライのイヤミも本気で言っていないとわかっていての態度なのです。お互いに信頼していると言ってもいいでしょう。

 

 

 

「あたしがいたんじゃ足手まといだから、じゃんぐるの地理に詳しいフレンズに行ってもらいましょうか」

 

「はいはーい。わたしいくよー」

 

「オカピも一緒にいくゾっ」

 

「お願いね、オカピにコツメカワウソ。あっちが動けそうなら連れてきてもらえる?」

 

「わかったよっ。じゃあ、ライちゃんもお大事にねっ」

 

「せいぜい休んでるわ」

 

 

 

コツメカワウソも夜更けのじゃんぐるへと駆け出していきました。

 

遺構に残るフレンズはライとツチノコだけです。騒がしかった場所も、雨上がりと共に静寂に包まれました。

 

 

 

「……じゃ、あたしは寝るわ。ツチノコも休んだら?」

 

「誰かは起きてないといけないだろう。お前はさっさと寝てしまえ」

 

「はいはい、昼行性のフレンズはお休みしますよーだ」

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「あーあ、今日はへんだなー。なんでみんな外に出て来ないんだろー」

 

 

 

水量が増えて大きな音を鳴らす川のそばを、一人のフレンズが歩いています。本来のさばんなの川は荒れることは少ないのですが、隣のじゃんぐるが雨季に入れば川の水はこちらまで押し寄せてきます。

 

そんなことには気づかず、このフレンズは同郷の仲間が出歩かないことを訝しんでいます。

 

さばんなの草の色になじむ黄色と黒のパターンの入った、茶店のスタッフのような服。ボブカットのように切り揃えられた黄色の髪から長い耳を立てています。周囲の音を探っているのでしょうか。

 

 

 

「おっきいセルリアンでも出たのかな?」

 

 

 

月明かりのない暗い川縁でも、彼女の瞳にはしっかりと光が映ります。しかし、特に面白いものは見当たりません。

 

どうやら夜行性らしい彼女は、あてもなくさばんなを歩き回っているようです。

 

 

 

「ん?なんだろう、嗅いだことないにおい…じゃんぐるのフレンズが遊びにきたのかな?」

 

 

 

水っ気のあるにおいが彼女の鼻を刺激しました。川のものとは違う、植物にも似たみずみずしいにおいです。

 

興味をひかれた黄色のフレンズは川の上流の方へと歩みを進めました。

 

 

 

「やっぱりなにかあるね!これは、…泡、かな?」

 

 

 

川縁に月の光を浴びて輝く泡を見つけました。このフレンズにとっては珍しいもののようで、興味を惹かれて駆け寄っていきます。

 

そこで、さらに驚くものを目の当たりにしました。

 

 

 

「えっ…フレンズ…?」

 

 

 

泡のそばで倒れているフレンズ。赤い作業着に濃紺のベスト、耳は見えず代わりに眼を覆うゴーグルが特徴的です。長い尻尾はゴツゴツとしていて、泥とサビで茶色く汚れています。

 

さらに近寄って彼女の様子を伺うと、息は絶え絶えで震えているようでした。

 

 

 

「き、きみっ!大丈夫!?」

 

「……ぅぅ…」

 

「寒いの!?溺れちゃったの!?」

 

 

 

ゴーグルの彼女の頭をかかえて表情を覗きました。蒼白な肌は月明かりのせいではなく、かすかに開くまぶたから見える青い瞳も光を捉えていないようです。

 

 

 

「ど、どうしよう…!」

 

「……さ………」

 

「だ、大丈夫だから!!わたしがなんとかするよ!!」

 

 

 

黄色のフレンズはうろたえながらも、必死にゴーグルの彼女に訴えかけます。穏やかな顔つきと同じく、心も優しさで満ちあふれているようです。

 

ずぶ濡れのゴーグルの彼女の肩を担いで、陸の方へ歩いて行きました。水気のない、暖かい場所へと運ぶつもりのようです。

 

 

 

「でも、どうしよう…。夜だから暖かいところは…」

 

 

 

夜のさばんなは日中から一転して気温が下がります。さばくほどではありませんが、変温動物たちにとっては厳しい変化です。

 

見たところゴーグルの彼女もその仲間のようですので、早く暖を取らなければなりません。しかし、十分に身体を暖められる場所を黄色のフレンズは知らないのです。

 

 

 

ひとまず川から離れて、見渡す限りの草原を突っ切ります。引きずる尻尾が金属音を鳴らして草を揺らしますが、摩擦熱はすぐに逃げてしまいます。刃を失った鉄塊が草を刈ることもありません。

 

 

 

「はあ、はあ…重いね、きみ…」

 

 

 

水で重くなった上に元々重量のある彼女を担いで運ぶのは、かなりの重労働です。黄色のフレンズの華奢な手足では力不足でしょう。

 

草の壁を抜けて土が丸出しの広場につくと、勢いよく黄色のフレンズは倒れてました。ゴーグルのフレンズも覆いかぶさるように横になります。

 

 

 

「はあ…はあ…。…お昼ならここは暑いくらいなのにな…」

 

 

 

地面はひんやりとして、火照った身体の熱を心地よく吸収していきます。

 

身体を起こして仰向けになると、夜風が吹き抜けてますます熱が抜けました。黄色のフレンズにとっては生理的によいことなのですが…。

 

 

 

「…きみは…これじゃダメだよね…!なんとかしなきゃ…!」

 

「………………」

 

「…なにか食べたら暖かくなるかな…?」

 

 

 

ヘビのフレンズは食物を摂取して体温を保つといいます。…とはいえそれは、生き餌を食べる、という意味なのですが…。

 

しかし、黄色のフレンズも食料を持ってはいません。小動物を狩ることなど、フレンズになってからしたこともありません。彼女に与えられるものはないのです。

 

 

 

「…なんにもないよー!どうしよー!」

 

 

 

頭をかかえて考えを巡らせますが、打開策は思いつきません。どうにも賢いフレンズではないようです。

 

今日に限って誰も周りにいませんし、黄色のフレンズは悩むばかりです。左右に転がって苦悩を叫びました。

 

少し疲れて横を向くと、ゴーグルの彼女が視界に入りました。今にも力尽きそうな、弱々しい表情。それを見たら、何かせずにはいられませんでした。

 

 

 

「!!なんとか…なんとかしなきゃっ…!」

 

 

 

考えることが苦手な黄色のフレンズは、衝動のまま行動を起こしました。

 

うつぶせになったゴーグルの彼女を仰向けに起こして、その上から抱きつきます。本能が知っている体温の温め方…身体を寄せ合うことで熱を逃がさないように共有するのです。

 

フレンズになる前は兄弟たちとこうした…のかもしれません。それが記憶のどこかに残っていて、そうしたのかもしれません。ただ、黄色のフレンズにできることがそれだけだったのかもしれません。

 

 

 

「大丈夫だよっ…絶対また元気になるよ…!」

 

 

 

何度も何度もそうささやいて、冷たくなった彼女の身体をぎゅっと抱き締めました。どこの誰ともわからないフレンズですが、そんなことはどうでもいいのです。助けたいと思ったから助ける。この黄色のフレンズはそういう性格なのです。

 

 

 

…ゴーグルの内側についていた雫は、川の水ではありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 



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いぐにっしょん

 

「…うみゃ~…。…わたし…寝ちゃったのかな…」

 

 

 

遠くに見える“やま”の半分だけが、陽に照らされていました。瞳に入る光が多くて視界が一瞬真っ白になります。すぐに順応すると、昨日のことを黄色のフレンズは思い出しました。

 

 

 

「…あっ!そうだよ!あのフレンズはっ…!?」

 

 

 

自分の下にいる瀕死のフレンズに視線を下げました。衣服は既に乾燥していますが、やはり顔色は蒼白のままです。呼吸も感じ取れないくらい浅くて、まぶたも開いていません。

 

 

 

「そ…そんな……」

 

 

 

もう、彼女には打つ手がありませんでした。身体を温めれば元気になると思っていましたが、体温は黄色のフレンズと同じくらいにまで回復しているはずなのに未だ意識を取り戻しません。

 

こうなるとどうしようもありません。このフレンズの身体は自分のとは違うんだと、助ける方法が違うんだと、それを自分は知らないんだとうちひしがれてしまいます。

 

 

 

「…だ、誰か……いないの…?」

 

 

 

朝になれば行動するフレンズが増えますが、そもそもこのフレンズを助ける方法を知っている子はいるでしょうか。

 

そこまで思い付かないのがこの黄色のフレンズですが、問題はそこではありません。自分一人じゃどうにもならないという状況から脱却したいのです。

 

 

 

「誰か………げっ」

 

 

 

辺りを五感を使って探っていると、誰かの気配は察知しました。

 

会いたくもないやつに、です。

 

 

 

「セルリアン…!本当に出てたんだ…!」

 

 

 

昨日誰もいなかったのはこいつが理由か、とまゆを潜ませました。

 

草の壁を飛び越して見えたのはかなりの大物のセルリアンです。肥大化した球体を支えるように4本の足が地面を踏みしめています。黄色の彼女の跳躍力でも飛び越せない巨躯。質量の大きさはそれだけで武器になります。荷が重いことは本人が一番わかっているでしょう。

 

その上で、彼女は守らなければならないフレンズを気にかけながら立ち回らなければなりません。逃げるにしても重いゴーグルのフレンズをかかえて走らなければなりませんし、退治するにしても標的が自分だけになるとは限りません。

 

 

 

「気付かれない内に逃げようか…それとも…」

 

「……っ…」

 

「!!きみっ…!起きてるのっ…!?」

 

 

 

ゴーグルの彼女がかすかですが意識を取り戻したようです。喜びたい黄色のフレンズですが、状況が状況です。声をひそめてしゃべりかけます。

 

 

 

「……ひを……」

 

「動ける…!?動けるなら逃げて…!セルリアンはわたしが…!」

 

「………………」

 

 

 

その沈黙はノーを意味しました。自力で動ける状態ではないようです。

 

しかし、黄色のフレンズの声をセルリアンは探知したようでした。進行方向を変えてこちらに向かってきます。

 

 

 

「き、来たっ…!?」

 

「………………」

 

「…た、戦うしかないよ…!」

 

 

 

黄色のフレンズはとっさにゴーグルの彼女から離れてセルリアンの方へと駆け出します。彼女が見つからない可能性を少しでも上げるために。

 

セルリアンの目の前に立って臨戦体勢をとります。

 

 

 

「わ、わたしが相手だよっ!」

 

 

 

虚勢をはって声をあげますが、彼女も勝てる相手だとは思っていません。ハンターたちや強豪のフレンズたちが戦ってはじめて倒せるくらいの大物です。標的をゴーグルのフレンズからそらすのが精一杯でしょう。

 

見下ろすようにセルリアンの目が彼女を向くと、足を繰り出してきました。動きは鈍重で、黄色のフレンズはさっとよけて反対の足に爪を突き立てます。

 

 

 

「みゃぁぁっ!」

 

 

 

バキンっ

 

 

 

彼女の攻撃は簡単に弾かれてしまいました。全く傷もつけられず、セルリアンは気にも止めません。

 

 

 

「ほ、ほら!こっち、こっち!」

 

 

 

攻撃が通用しない以上、戦いにはなりません。そう判断した黄色のフレンズは陽動へ移りました。姿勢を低くしてセルリアンの股の下に入り込みます。

 

 

 

「反対に抜け出せばっ…!」

 

 

 

セルリアンは目で追うのを諦めると小さく跳ねました。空中で足を伸ばしてそのまま胴体で着地するようです。

 

まだセルリアンの下には黄色のフレンズがいます。いくらすばやいこのフレンズでも間に合いません。巨大な質量で押し潰されてしまうでしょう。

 

 

 

「……!」

 

 

 

その攻撃に気づいた黄色のフレンズは、がく然とした表情をしました。間に合わないことを察してしまったのでしょう。

 

 

 

…ですが、小さな破裂音と共に黄色のフレンズは水平方向に飛ばされました。

 

 

 

「うぎゃっ!」

 

 

 

「……これ、まで…か」

 

 

 

「いたたた…なに?これ…?いし…?」

 

 

 

横っ腹に何かがぶつかったようでした。起き上がってその何かを確認すると、赤く輝く石が粉々になっていました。破片はいくばくか熱を放ち焼けた匂いを漂わせます。

 

その正体が何かわかりませんが、助かったんだと認識しました。そして、敵に向き直ります。

 

 

 

「…あっ!そっちはだめ!!」

 

 

 

セルリアンは黄色のフレンズの方には目もくれず、ゴーグルの彼女の方へと歩を進めます。

 

反射的に駆け出しましたが、セルリアンを止める手段は思い付きません。そんなものないとわかっていますが、止まれ止まれと念じてセルリアンの足を爪で叩きます。

 

 

 

「止まってよっ!!その子は…!!」

 

 

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

 

 

「爆発音…!ノヴァなのです!」

 

「助手!!そっちへ向かうのだ!!」

 

 

 

流されたノヴァを追ってきたアライさんと助手は、さばんなの上空を飛びながら彼女を探していました。アライさんをかかえて何時間も飛び回っている助手ですが、疲れの色を見せずにノヴァの足取りを追っています。

 

日も昇ってきて、そろそろ休もうかと考えた時でした。二人は聞き覚えのある爆発音を耳にしました。

 

 

 

「あ、あっち!大きなセルリアンがいるのだ!」

 

「…!ノヴァも一緒にいるのです!」

 

「急ぐのだ!ノヴァさんの危機なのだ!」

 

「言われなくてもなのです!!」

 

 

 

すぐさま助手は進路を変えて、セルリアンが見える方へと急降下しました。アライさんもいつでも降下できるように姿勢を整えて、タイミングを伺います。

 

 

 

「やらせないのです!ノヴァに手出しはさせないのです!!」

 

 

 

セルリアンの直上まで来ると、助手はアライさんを手放しました。勢いは殺さず、更に身体をしぼめることで速度を上げて突進します。

 

 

 

「そこです!!アライグマ、いしを狙うのです!」

 

「任せるのだ!お前なんか、あのセルリアンに比べたら虫けら同然なのだ!!」

 

 

 

助手の突進はセルリアンの真上にあるいしを浮き彫りにしました。

 

続けてアライさんが、セルリアンの頭の上に飛びかかります。落下の勢いを利用して、杭だけになったノヴァの秘密兵器をいしに突き立てました。

 

 

 

「終わりなのだ!!」

 

「終わりなのです!」

 

 

 

アライさんの杭はいしを貫いて、砕きました。その亀裂を伝搬するようにセルリアンはキューブ状に分裂して、霧散します。

 

地面に降り立った二人は声を合わせて、セルリアンの最後を見届けました。性格的にはデコボコな二人ですが、息のあった連携で大物セルリアンを仕留めました。追っているものが同じだからこそ、かもしれません。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「…す、すっごーい!」

 

「…む?お前は…」

 

「サーバルですね?奇遇なのです」

 

 

 

助手とアライさんはセルリアンの影に隠れてもう一人フレンズがいたことに気づきました。助手には面識があったようで、黄色のフレンズをサーバルと呼びました。

 

しかし二人は一度だけ視線を合わせて、即座に振り向いて倒れている赤と青のフレンズの方へ駆け出しました。

 

 

 

「ノヴァ、しっかりするのです!助手が迎えにきてやったのです!」

 

「アライさんも一緒になのだ!帰ってみんなとぱーてぃーするのだ!」

 

「………………」

 

「二人とも、もしかしてその子のこと知ってるの?」

 

 

 

二人の焦りように違和感を覚えつつも、もしかしたらこのフレンズを助ける方法を知ってるかもしれないと思いました。それなら協力するしかありません。

 

 

 

「ノヴァさんは大事な友達なのだ…!」

 

「サーバル、ことの経緯を教えるのです!」

 

「わわっ!」

 

 

 

逆に質問を返されました。そういえば助手はそんなフレンズだったと思い出して、少し辟易します。

 

 

 

「うんとね、昨日の夜はずれの川の岸に打ち上げられてたから陸地まで運んできたんだ」

 

「ふむふむ」

 

「寒がってたからなんとか暖めてあげようと思ったんだけど、夜は寒いし水で濡れてたし…一緒に寝て暖めたけどうまくいかなかったよ…」

 

「…いえ、サーバル。お前は間違っていないのです。お前のおかげでノヴァは命拾いしたのかもしれないのです」

 

「え?」

 

 

 

不安げな顔をしたサーバルを尻目に、助手はサーバルをじっと見つめて言葉を続けました。

 

 

 

「このフレンズ…ノヴァの体温は本来我々とは比べ物にならないほど高いのです」

 

「身体が熱いの?」

 

「そうなのです。だからちょっとの気温の低下くらいではびくともしないのですが…。水がノヴァの身体の燃焼を妨げてしまうのでしょう」

 

「???」

 

「そして、その状態が長く続けば体温を維持できなくなるのです。凍えてしまうのです」

 

「………そんな」

 

「ですが、お前が温めてくれたおかげでかろうじて息をつないだようなのです。感謝しておくのです、サーバル」

 

「………………」

 

 

 

珍しく助手の口から感謝の言葉が出てきてあっけに取られたサーバル。自分がしたことの意味の大きさよりも、あの偏屈な助手がそんな物言いをしたこと…そうさせたこの赤青のフレンズに驚いているようです。

 

二人が話している間に、アライさんは赤く光る欠片を集めて持ってきました。

 

 

 

「これ…ノヴァさんの宝石なのだ…」

 

「ノヴァの?」

 

「あっそれ…セルリアンに潰されそうになった時に飛んできた…」

 

「……つまりは、ノヴァがお前を助けたのですね」

 

「そうなんだ…。…ありがとう」

 

 

 

そう言って彼女の顔を見ますが、ゴーグルの奥の瞳に光が宿ることはありません。

 

 

 

「でも全然熱くないのだ…。前に見せてくれた時は火がつくくらいに熱かったのに…」

 

「…逆に考えれば、その宝石もノヴァの体温を維持に役立ったのです。いろいろな偶然が重なってノヴァは今瀬戸際にいるのかもしれないのです」

 

「ど、どうにかならないの…!?」

 

 

 

サーバルは悲痛な声でそう助手に問いかけました。実は命を救ってくれた、瀕死の仲間をどうにかして助けたいと強く願っています。

 

アライさんも同じような視線を助手に向けます。助けたい気持ちは他の二人と変わらないのです。

 

 

 

「……可能性があるとすれば」

 

「ど、どうすればいいのだ」

 

「火を起こすこと」

 

「…え?」

 

「低温状態が長引けば長引くほど、ノヴァの身体は壊れていくのです。悠長に日光で温めている時間はないのです」

 

「ど、どういうこと…?」

 

「そこからいち早くノヴァを救うには、森を焼き尽くすほどの大火で温める…それしか考えられないのです」

 

「な、なにを言っているのだ助手!」

 

 

 

期待の視線を向けた助手から、破滅的な答えが返ってきました。ふざけているのではなく、助手の視線も至って真面目です。

 

 

 

「そんなことしたら、パークはっ」

 

「ええ、甚大な被害は免れないのです。火をつける手段はありますが、火を消す手段など知り得ませんので」

 

「だ、ダメだよっ!みんなの縄張りが」

 

「わかっているのです。ですが、他の方法はないのです」

 

「でも…」

 

「…それとも、ノヴァを見殺しにするのですか?」

 

 

 

助手の視線は真面目で、それゆえに狂気じみていました。ノヴァを助けるためなら、パークの半分を焼け野原にしてもかまわないと。私は本気なのですと眼が語ります。

 

脈打つ鼓動がサーバルとアライさんの二人の暗い感情を煽ります。足の震えが止まらず、何もしてないのに息も上がってきました。

 

 

 

「…さっきも言いましたが、時間はないのです。ノヴァの身体が壊死する前にことを起こさないと」

 

「………………」

 

 

 

助手はアライさんの手から赤い欠片を半分持っていくと、さばんなの青空に飛び立ちました。

 

 

 

「…よく燃える木を選ばなければならないのです」

 

「ま、待つのだ助手!」

 

「待たないのです。代わりの方法が見つからない限り…私はノヴァのために火の海を作るのです」

 

 

 

助手が振り返ることはありませんでした。数秒の後に二人の視界から消えてしまいました。

 

 

 

「……やるしかないのだ…」

 

「…え?」

 

「…代わりの方法を、見つけるしかないのだ…!」

 

「あ、アライグマ?」

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

「…どこいっちゃったんだろー…?アライさーん…」

 

 

 

消息を絶ったアライさんの手がかりを求めて、フェネックは川を下っていました。

 

ライに言われた通り崖道を逆走しましたが、見つけたのはノヴァから託された秘密兵器の残骸くらいです。匂いも雨に流されて、手がかりは何もありません。

 

そうなればあとはノヴァの行方を追って川を下ったか、それとも本当にセルリアンに負けてしまったか。フェネックが信じるのはもちろん前者です。

 

 

 

「…あ、もうさばんなに着くんだー。さばんなって、きっと広いよねー…」

 

 

 

ひらけた視界は砂丘続きのさばくよりも広大に感じてしまいます。ここから手がかりもなく一人のフレンズを探すのは骨が折れます。

 

さすがのフェネックのメンタル力でも、これは堪えました。一瞬だけ足を止めてしまいます。

 

 

 

「…アライさん…ノヴァさん……」

 

 

 

ぎゅっと拳を握って溢れそうな感情を必死で抑え込みました。本当に助けが必要なのはアライさんやノヴァさんで、こんなところで折れそうになっている場合じゃないんだと奮起します。

 

下を向いていた首をあげて、さばんなの青空を見上げました。すると、川の方からザバーっと大きな音が鳴りました。

 

 

 

「うわぁー」

 

「…お~?フレンズはっけ~ん」

 

 

 

 



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のこされたもの

「…は?ノヴァが川に流された…?」

 

「…そうよ。作戦が瓦解してどうしようもなくなって、…討伐こそできたけど、ノヴァは奴に道連れにされた」

 

 

 

翌朝のじゃんぐるは、強い日射しが影をより濃くしてコントラストの効いた風景になっていました。

 

容態が回復したキングコブラと付き添いのクジャクはライのところに呼ばれました。もちろん、ノヴァのことを伝えるためです。

 

 

 

「…どうなったんですか、ノヴァさんは」

 

「…確認はしてないけど…生きてるとは到底思えないわ」

 

「…確証はないんだな?」

 

「ええ。探しにいったフェネックも行ったっきりだし、他の連中は自分の縄張りに帰っていったわ」

 

 

 

じゃんぐるの遺構に残っているのはライとツチノコ、ケガをした博士やキンシコウ、アクシスジカくらいです。じゃんぐるの住人たちは結局自分たちで復興する段取りを固めました。

 

ライ自身も博士や助手が復帰するまではしんりんのとしょかんに帰れません。

 

一つだけ事実を確認したキングコブラは即座にきびすを返しました。

 

 

 

「…あんたも行くの?」

 

「当然だ。ようやく出会えた、私の探し人なんだ」

 

「コブラさん…」

 

「ロマンチストね。あんたの熱っぽいところ、あいつにそっくりよ」

 

 

 

ライはその言葉と一緒に、何かを手で放り投げました。何かはキングコブラとクジャクの間をすり抜けて、遺構の木の柱に突き刺さりました。

 

 

 

「それ、オセロットから。コブラに返してほしいって」

 

「…!ノヴァがくれたナイフ…」

 

「あんたのなんでしょ?…形見として持っておけば?」

 

「……形見なんかじゃないさ。私の誓いだ」

 

 

 

深々と刺さった青いナイフをキングコブラは易々と引き抜きます。彼女も扱いになれてきたようです。

 

そのまま一瞥することもなく、遺構をあとにするキングコブラ。後ろにクジャクがついていきます。

 

 

 

「…あの川の行き先はさばんならしいわ。何かわかったら連絡しなさいよ。まあ、無駄骨にならないことを祈ってるわ」

 

「…ああ」

 

 

 

つくづくイヤミな奴だと思うキングコブラですが、何故か嫌いになれません。ライは彼女をロマンチストと言っていますが、助けにいきたくてもいけない自分をリアリスト称して正当化しているだけともとれます。

 

使い回されて切れ味が落ちたはずのナイフは、まるでノヴァが研磨したかのように鋭さを取り戻していました。熱して、冷まして、研いで…その工程を行えるフレンズはノヴァを除けば一人です。

 

 

 

「……全く、わかりづらい奴だ」

 

「ライさんのことですか?…何であんな態度を取っちゃうんでしょう?」

 

「それが、ノヴァの大好きな“ヒト”ってやつの感情だよ」

 

 

 

刃の峰には、黄緑の輝石がちりばめられていました。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「火を…ノヴァさんが満足するほどの火を起こす方法…!」

 

「うぅー…わかんないよー…」

 

 

 

日が昇って気温はどんどん上がっていきますが、ノヴァの意識は朦朧としたままです。このまま手が打てなければ次の夜は越せないでしょう。

 

アライさんとサーバルは顔を合わせて知恵を絞り出そうとしますが、あいにく二人とも頭のいいフレンズではありません。頼れるはずの助手は狂気の策を引っ提げて暴走し、火の扱いの達人のノヴァはコミュニケーションを取れないくらいに弱っています。

 

 

 

「お前とアライさんじゃダメなのだ…誰か頭のいいフレンズを…」

 

「わ、わかったよ!アードウルフちゃんって結構物知りだから聞いてみるね!」

 

 

 

らちが明かないと判断したアライさんは頭のいいフレンズの知識を借りることを思いつきました。即座にサーバルが反応して思い付いた頭のいい知り合いのところに駆け出します。

 

 

 

「ああ、フェネックがいたらなんとかなるのに…」

 

 

 

アライさんは自分の頭脳の限界を理解しています。だからこそ、となりにフェネックがいなければアライさんは成功できないことも自覚しています。ただただ、フェネックを置いてきてしまった自分を悔やんでいるのです。

 

 

 

「縄張りまで結構距離があるけど…急がなきゃ…!」

 

 

 

瀕死の状態ながら自分を助けてくれたノヴァに、サーバルは感謝と好意を抱いています。助けるのは自分のはずなのに、助けられた悔しさと申し訳なさも小さくありません。色々な気持ちが心をかき乱しますが、サーバルの足は止まりません。考えれば考えるほどピッチは加速していきます。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

「…え、キミは目でものが見れないのー?」

 

「そうだね~。狼さんにやられちゃったんだ~」

 

 

 

さばんなの獣道を歩くフェネックともう一人のフレンズ。白と紫のフレンズ…骨のセルリアンを海へ連れていった彼女です。

 

紫の尻尾からは絶え間なくすべすべした液が染み出て、泡となって宙を漂います。風景を映し出す不思議な泡にフェネックも興味津々です。

 

 

 

「でもね~。泡のおかげで全然困らないよ~」

 

「どういうことー?」

 

「泡が全部“見てくれる”から、ぼくは聞いてるだけでいいんだよ~」

 

「???」

 

 

 

このフレンズの言っていることがフェネックには理解できませんでした。目が潰れているのに“見る”とはどういうことなのか。理屈が通りません。

 

逆に“見る”と言ったのは揶揄で、他の感覚で泡の様子を探っているのでしょうか。たとえば音なら泡を伝って認知できそうですが、それでも視覚と同等の情報量を得られるかといえば不足と言わざるを得ません。超音波でやりとりできるフレンズですら見たままを伝えるのは不可能ですから。

 

フェネックは考えてるの考えてないのかわからない表情をしていると、泡のフレンズは口を開きました。

 

 

 

「まあまあ~、深く考えなくていいよ~。ぼくも詳しくは知らないからね~」

 

「そうなんだー。…でも、名前くらいは知ってるよねー?」

 

「名前かぁ~。気にしたこともなかったな~」

 

 

 

フェネックはまたも予想外の受け答えに頭を悩ませました。自分よりひょうひょうとした性格のフレンズは相手にしたことがないので、上手な対応が思い浮かびません。

 

 

 

「あの子は“タマミツネ”って、ぼくを呼んでたけどね~。まあ、あんまり興味ないかな~」

 

「呼ぶ名前がないと面倒だよー」

 

「…そうだね~。今まではずっと一人でいたから不便もなかったからね~」

 

 

 

このフレンズを追跡していた時から、ものすごいスピードでパークを移動していたのは知っています。彼女を目撃したフレンズはいても、彼女の声を聞いたフレンズはいませんでしたし。一人でいることが好きなのでしょうか。

 

フェネックも考えている様子ですが、今度は泡のフレンズも考え中です。何も考えてそうにない表情をしていますが、決しておバカなフレンズじゃない…フェネックはそう感じています。

 

 

 

「…ねぇ、名前、つけてほしいな~」

 

「ええー…突然すぎだよー」

 

「ノヴァやライみたいに、みんなにつけてほしいんだ~」

 

「…え、ノヴァさんとライさん知ってるの~?」

 

「まぁね~。あの子がご執心だからね~」

 

「………………」

 

 

 

聞きたいことはたくさんありますが、一々確認していては昇った日が落ちてしまいます。それは追々聞くとして、名前を考え始めました。

 

 

 

「…そのタマミツネって名前じゃ不満なのー?」

 

「うーん、折角だからあの二人みたいにフレンズからもらいたいんだ~」

 

「そっかー…」

 

 

 

私にそんな大役務まるかなーとか、そういうのはアライさんの役割だよーとか思いました。

 

 

 

「…私じゃないとだめー?」

 

「うん、だめ~。アライさんの相方のフェネックじゃないと~」

 

「私のことも知ってたんだー」

 

「泡が追ってくるキミたちを見てたからね~」

 

 

 

その言葉に底知れぬ恐怖を感じましたが、スルーします。これ以上踏み込んじゃいけないことだと察して、真面目に彼女の名前を考えます。

 

川を泳いできた、泡でものを見る、ヘビともキツネともとれる見た目の、白と紫のフレンズ。

 

 

 

「…ミズネ、でどうかなー」

 

「ネズミ~?」

 

「違うよー。これでも真面目考えたんだよー」

 

 

 

 

 

 

「ノヴァさんは炎と光、ライさんは風と雷。もしキミが同じく四神の力を持ってるとすれば、その性質はセイリュウ…水と雨の力」

 

 

「それから、キミはやっぱり私に似てるんだー。耳の形状とかねー。あと少し冷めた物の見方をするところとかもねー」

 

 

「だから、水のキツネ。略してミズネ。…どうかな」

 

 

 

泡のフレンズの表情は変わりません。心情が読めない、緩んだ笑顔のままです。視線が合わさらないことがこれだけ不安を煽るんだ、とフェネックは視線を下に向けてしまいます。

 

それを知ってか知らずか、泡のフレンズは高揚したように声を上げました。

 

 

 

「うん、すごくいいよ~!ミズネ!…特別な感じがするよ~!」

 

「そ、そうかなー」

 

「うんう~ん!フェネックに会えてほんとによかったよ~!」

 

「わー」

 

 

 

こらえきれなくなったのか、泡のフレンズ…ミズネはフェネックに抱きつきました。すると彼女の被服に染みていた潤滑液が擦れて、瞬く間にすべすべした泡がフェネックを覆います。

 

 

 

「え、待ってー、泡がー」

 

「えへへへへ~」

 

「わっとー」

 

 

 

潤滑液はすぐに足元にたまって、接地面の摩擦を奪います。こうなるとさばんなの乾いた土でも簡単に転んでしまいます。

 

案の定フェネックも足を滑らせて、後ろに傾いてしまいました。

 

 

 

「危ない危な~い」

 

「わ、ありがとねー」

 

 

 

ミズネはいつにもまして素早くフェネックの腕を引いて体勢を持ち直しました。ミズネ自身は泡の上でもある程度踏ん張りが効くようで、土が足で穿たれています。

 

 

 

「ごめんね~。泡のせいで周りをズルズルにしちゃうんだ~」

 

「そうなんだー…。まあ、フレンズの特性ならしょうがないよねー。ノヴァさんだって騒音鳴らしながら歩いてるしー」

 

「はは~、すごいよね~あの音。ぼくもびっくりしちゃうよ~」

 

 

 

意外なところで共感が得られて、自然と笑顔になる二人。ノヴァが無意識に鳴らす金属音はもはや特徴として捉えられているようです。

 

その笑顔を見たフェネックは、また不思議な光景を見ました。ミズネの開かないまぶたの奥から、青白い光が透過しているのです。まるでノヴァが放つ火炎のようにゆらめく光は、遠くから見れば目にも見えるでしょう。

 

 

 

「まあ、探しにいかないとね~。ノヴァと、アライさん」

 

「アライさんがどこに行ったか知ってるのー?」

 

「知ってるよ~。流されたノヴァを追ってアライさんも川を下ってきたんだ~。あと、茶色の飛ぶフレンズもね~」

 

「あ、助手だねー、それ」

 

「あの二人がノヴァの救助に行ったはずだから、さばんなにいると思うんだ~」

 

「うん、じゃあ、一緒に探そっかー」

 

 

 

感情が言葉に表れないものの、フェネックは手がかりが見つかったことで喜びと安堵を感じています。

 

意気投合したらしい二人は、さばんなの奥の方へと歩き始めました。

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

 

「火、ですか?」

 

「そう、火!何か燃えるものって知らない!?」

 

 

 

サーバルはあなぐらで休んでいたアードウルフに会うなり、火が必要なの!と声を張り上げました。本人も状況を上手く説明できてませんが、アードウルフは真面目に考えて察しようとしています。

 

ツートーンの毛並みの、少し気の弱そうな彼女。さばんなの住人の中では比較的温厚な性格で、引っ込み思案なあまり友達は多くありません。やかましく騒いできたサーバルともあまり深い仲とは言えません。

 

 

 

「いきなり言われても…」

 

「そ、そうだよね…ごめん」

 

「火……雨季の時に落ちる雷で木が燃えたりしたっけ…」

 

「今は乾季だよー…!」

 

 

 

ですがアードウルフは嫌な顔をしないで、自分にできる最善をします。もっと深く心を通わせたいといつも願っているのが、彼女です。ここぞと言わんばかりに知識を巡らせます。

 

 

 

「…あっ」

 

「ど、どうしたの!?何か思い付いたの!?」

 

「この前みんなで決めた、近寄ったらダメって決めた洞窟、知ってますよね?」

 

「そ、そうだっけ。そんなのあったっけ」

 

「サーバルちゃんもその場にいましたよね?」

 

 

 

なんのことだろー…、と目を泳がせるサーバルを見て、アードウルフはくすっと笑いました。サーバルが話をよく聞かないことはアードウルフも知っていますので、予想の範囲内のようです。

 

一息ついてから、アードウルフは説明し始めました。

 

 

 

「岩場の方に陥没した洞窟があるのは知ってますよね?」

 

「う、うん」

 

「そこなんですけど、最近の異常気象で雷が落ちてきたそうです」

 

「あー、じゃんぐるちほーみたいに激しいスコールが降った時かな?」

 

「そうです。スコールが過ぎた後洞窟に近づいたフレンズが、“洞窟が光ってる”って知らせてくれました」

 

「???」

 

 

 

サーバルは話が掴めなくて頭の上に?マークをたくさん並べています。なんで洞窟が光ってるのか、そもそもそれが火につながる話なのかわかってません。

 

理解できてなさそうですね、と苦笑いしながらアードウルフは説明を続けました。

 

 

 

「ハンターさんたちが調べたところ、洞窟には“がす”や“せきたん”がたくさんあって、それが雷で燃えてしまったとか」

 

「………………」

 

「今も赤い光を放つその洞窟は危険だってことで、さばんなのみんなとハンターさんたちで立ち入り禁止にした…んです」

 

「!!!」

 

 

 

細かい話をサーバルは理解していないようですが、必要な情報は聞けました。

 

洞窟は今も燃えている。そこに行けばあの赤青のフレンズを助けられる。

 

そこまで理解した時、サーバルは反射的にきびすを返しました。

 

 

 

「ありがとう!アードウルフちゃん!これであの子を助けられるよ!」

 

「え?あ、はい」

 

「今度一緒に遊ぼーねー!」

 

 

 

大声で後ろを向きながらサーバルは来た道を戻っていきます。こうなった彼女は止められません。アードウルフも一体どうしたんでしょうと思いながら手を振りました。

 

 

 



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のこしたいもの

 

 

「ぬぅぅ…ノヴァさんみたいに上手くいかないのだ…」

 

 

 

カチン、カチンと杭と赤い石を打ち付けていたアライさん。しかし杭に熱は回らず、赤い石も反応しません。

 

ジリジリと照り付ける日射しに体力を奪われて、アライさんもノヴァの隣に横たわりました。青い怪物と戦った時の傷もまだ癒えておらず、意識した途端痛みが走ります。

 

 

 

「…どうすればいいのだ…ノヴァさん…」

 

 

 

アライさんはなにもできないのか、フェネックがいなければなにもできないのか、そんな暗い感情がアライさんの視界に闇を作り出します。

 

 

 

「お腹減ったのだ…。今日は何も食べてないのだ…」

 

 

 

さすがのアライさんも空腹には勝てません。ぐぅーっとお腹の虫が鳴いて、顔の疲労感を色濃くさせてしまいます。

 

 

 

「……ああ、ダメなのだ…アライさんは…」

 

 

 

傷と汚れだらけの鉄の杭がアライさんの手から離れて、カランカランと音を立てました。

 

 

 

「…ごめんなのだノヴァさん。少しだけ休ませてもらうのだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ…。やっと着いたよ…」

 

 

 

しばらくするとサーバルが走って戻ってきました。こんなに全力疾走を続けたのは初めてで、元々長距離走は得意ではなかったので息を大きく切らせています。

 

 

 

「あったよ!火が!今連れていくからね!」

 

 

 

横たわるノヴァの肩を担いでさばんなを歩き始めたサーバル。意識のほとんどないノヴァを運ぶのはさらに体力を消耗させます。

 

サーバルは苦しそうな顔をしながらも、一歩一歩力強く歩を進めます。ノヴァを救いたいと思う気持ちだけが、限界近くまで疲労した身体を動かしているのです。

 

 

 

「…あ、アライグマ。…あなたもお疲れなんだね…」

 

 

 

ふとノヴァの横に転がっていたアライさんを見て、サーバルはにっこりと笑いました。遠くからこの子を探しに来たんだから疲れて当然だよね、と少し労いの言葉をささやいて前に向き直りました。

 

 

 

「あとは任せて」

 

 

 

彼女にとっては耳障りな金属音に身体を震わせながらも、光る洞窟へと進んでいきました。

 

 

 

 

 

 

______________

 

 

 

 

 

 

「日射しが強いな…。日陰で上手くやり過ごさないとな」

 

 

 

じゃんぐるからさばんなの端へとやってきたキングコブラ。植生が極端に変わる緩衝地帯ですが、さばんなの日射しを長時間浴びれば彼女も消耗してしまうでしょう。

 

 

 

「…地の利もないしな、聞き込みから始めよう」

 

 

 

彼女は眼や探知器官を集中させて周りにフレンズがいるかどうかをチェックします。すると、見知った気配を感じました。

 

 

 

「…誰だ…?…じゃんぐるの連中でもないし…」

 

「……誰かいるのですか?」

 

「その声…助手か?」

 

「やはりキングコブラだったのです」

 

 

 

声の主…助手は中途半端に育った木の上から降りてきました。手には木の枝を何本もまとめて持っています。

 

 

 

「ライがお前を探していたぞ」

 

「戻っている暇はないのです。一刻を争う事態なのです」

 

「そうだな、ノヴァが流されてたって聞いて追ってきたんだが。助手、何か知ってるか?」

 

「知っているのです。…もっとも、生命の危機に陥っているのですが」

 

「え?」

 

「ノヴァは水を浴びて低体温になっているのです。このままでは明日を迎えられないのです」

 

 

 

助手は簡単に状況を説明しました。キングコブラは割と頭のいいフレンズでしたが、一刻を争う状況なので助手は手短に話します。

 

 

 

「…つまり、山火事を起こすくらいの大きな火がなければノヴァは助からないということか?」

 

「そうなのです。ですから私が“ひだね”に使えそうな木を探しているのですが…さばんなにもじゃんぐるにも、いいものがないのです」

 

「………………」

 

 

 

冷静に状況を確かめるキングコブラでしたが、助手の意見には驚きと懸念の表情を見せます。

 

 

 

「…松やしだのしなる木なら、やにもたくさん入ってて使えると思ったのですが…しんりんまで戻る時間はないのです」

 

「…どうしても火の海にしないといけないのか」

 

「いいえ、必然的にそうなるのです。燃え広がった火を消す方法などわからないのです」

 

「水をかければ消えるんじゃないのか?」

 

「その水源がないのです。大河の通ってるじゃんぐるでさえ、水を運んでかける手段がないのです」

 

 

 

火について我々は知らなさすぎなのです、と小言をもらした助手。無表情なのは相変わらずですが、不本意であることは伝わりました。

 

ですが、やめるつもりもないという覚悟も見て取れます。助手はそれだけ真剣なのです。

 

 

 

「…せめてやるなら、各ちほーのフレンズを避難させてから、だ」

 

「時間がないのです。こうしている間にも、ノヴァは…」

 

「それで助かったとして、ノヴァは喜ぶのか?いや、あいつは悲しむはずだ」

 

「…?」

 

「…みんなを守るために命懸けでセルリアンと戦ったフレンズだぞ?自分のために誰かが犠牲になるのは認められないはずだ」

 

 

 

キングコブラも強い視線で助手に言葉を突き付けます。自分が見込んだ王の器は仲間に犠牲を強いる選択を拒むはずだ…自分がそうであるように真の王たるノヴァもそうでなければならないと信じているのです。

 

だから、最良の選択を探す。誰も犠牲にならない方法を考える。ヒトの知性に与えられた、貴ぶべき力。ノヴァなら迷わずそれを実行するでしょう。

 

 

 

「…では、それはお前に任せるのです。…ノヴァが手遅れになる前に、避難を完了するのです」

 

「…本当にそれしか方法はないのか」

 

「……“かせきねんりょう”がある岩場なら、そこだけで済むかもしれないのですが…」

 

「心当たりはないのか」

 

「露天掘りできる場所はパークにはないのです。あっても洞窟の奥なのです」

 

 

 

助手もパークのあちこちを調べている情報通です。目立つ場所は随分前に調査しています。そのフレンズがないと言うのなら、やはりないのでしょう。その点においてはキングコブラも評価しています。

 

 

 

「…ああ、わかった。手始めにさばんなのフレンズから声をかけていこう」

 

「あと火が回りそうなのはじゃんぐるなのです。さばんなの目星がついたらそっちにも向かうのです」

 

「任せておけ」

 

 

お互いに意志を確認して、二人は別の方向へと向き直りました。

 

 

 

「…なあ助手」

 

「どうしたのです?」

 

「ノヴァのことで変な言い合いをしてすまなかった。…あいつだって完璧なフレンズじゃないって、気づいてなかった」

 

「かまわないのです。だって、ノヴァを支えたいのは一緒なのですから」

 

 

 

二人とも一瞬だけ立ち止まって、また歩き始めました。

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 

既に日は高く昇って、真上から日射しを降り注がせます。休むには少々つらい明るさと気温。フレンズたちも日陰や水辺で休憩しています。

 

フェネックとミズネも孤立した大きな木の根元で一休みしていました。

 

 

 

「ごめんね~。日射しはあまり得意じゃないんだよね~」

 

「さばくを縦断した時もあったよねー?」

 

「すぐに洞窟に入ったからね~。長くはいられないよ~」

 

 

 

木の周りにも不思議な泡が立ち込めて、光を屈折させています。そのおかげか更に気温が下がった気がしています。

 

なかなか心地よい環境で、フェネックも眠気を感じてきました。

 

 

 

「まあ、無理は禁物だねー。アライさんみたいにどこでも生きていける身体じゃないからねー」

 

「へぇ~すごいね~アライさん。…なんだか近くにいそうな気がする~」

 

「えー?ほんとー?」

 

「なんかね~、ぼくの落とした石の匂いがするんだ~」

 

 

 

フェネックはハッとしました。アライさんが持っていたのはミズネの持っていた石のはずです。彼女自身が感じ取ったということは、ほぼ間違いなく近くにあるということです。

 

フェネックはそれを感じ取れませんでしたが、立ち上がってアライさんの気配を探り始めました。

 

 

 

「どこにいるかわかるー?」

 

「う~ん。あっちの草の長いところかな~?」

 

「ありがとーミズネ。私が探してくるからここで休んでてー」

 

「わかった~」

 

 

 

いても立ってもいられずフェネックはミズネが指差した方角へと駆け出します。

 

フェネックは今のようにアライさんを見失うことは初めてでした。アライさんが明後日の方向に走っていっても、後ろから見守って追うのがフェネックの役割と考えていました。実際、そのおかげで二人は苦難を乗り越えられたのです。

 

こうして離ればなれになって、アライさんが今どうしているか考えるだけで胸が苦しくなります。大変な目にあってないか、解決策が見つからなくて困ってないか、…こんなにさびしさを感じるのはなぜか、それしか考えられません。

 

 

 

 

 

 

「……はっ!思い切り寝てしまったのだ!」

 

 

 

ふと目が覚めたアライさん。思考が回復して一番大切なこと…隣で横たわっているノヴァの容態を確認します。

 

 

 

「…あ、あれ?ノヴァさん…?」

 

 

 

しかし、アライさんの周囲にノヴァの姿はありませんでした。見つけられたのはノヴァの刃の欠けた尻尾が地面をえぐった跡だけでした。

 

 

 

「ど、どういうことなのだ…?ノヴァさん?ノーヴァさーん!」

 

 

 

呼んでみても返事はきません。緩やかな風の凪ぐ音が通るだけです。

 

しかし、別の誰かがアライさんの声を聞き届けたようです。

 

 

 

「!!!アライさーん!!そこにいるのー!!」

 

「その声!フェネックなのかー!?」

 

 

 

アライさんにも聞き覚えのある声でした。置いてきてしまった相棒の、自分を呼ぶ声です。

 

アライさんも相手に聞こえるように声を更に張り上げました。

 

 

 

「ここなのだー!!アライさんはここにいるのだー!!」

 

「アライさーん!そこだねー!今行くねー!」

 

 

 

草をかき分ける音が聞こえて、アライさんは草むらを注視しました。徐々に大きくなる音と、慣れ親しんだ匂いが近づいてきます。

 

そして姿を現したのは、目尻に涙を溜め込んだ相棒。普段は表情を崩さないマイペースなフレンズが、今にも感情を爆発させそうでした。

 

 

 

「アライさーん!!」

 

「フェネックー!!うぇっ!!?」

 

 

 

駆け寄ってきたフェネックは勢いをそのまま、やっとこさ立ち上がったアライさんを押し倒しました。その時に、背中の傷に痛みが走ったのは内緒です。

 

 

 

「ど、どこに行ってたのー!!?」

 

「ごごめんなさいなのだ!ノヴァさんが流されたのを見たら身体が勝手に…」

 

「アライさんはほんとアライさんだねー!」

 

 

 

泣きぐしゃりながらもいつものようにアライさんに小言を並べました。普段感情の波が穏やかなフェネックですので、その様子を見たアライさんは更に慌てます。

 

 

 

「もう一人で突っ走ったりしないのだ…」

 

「心配したんだよー。…でも無事でよかったー…」

 

「…は!ノヴァさんは無事じゃないのだ!」

 

 

 

相棒との再会もつかの間、アライさんは大事なことを思い出しました。

 

 

 

「ノヴァさんがいなくなったのだ!さっきまでここで寝てたのに!」

 

「えー?」

 

「一人で動ける様子じゃなかったから…もしかしたらサーバルがどこかに連れていったのかもしれないのだ!」

 

「サーバル?さばんなの子かなー?」

 

 

 

アライさんは知りうる限りの情報をフェネックに伝えました。ノヴァが低体温で生命の危機にあること、それを救うには草木を焼きつくすほどの大火が必要なこと、助手がそのための準備をしていること、一緒にいたさばんなのサーバルと他の方法を探しているということ。

 

フェネックは一つずつ確認して、状況を把握しました。

 

 

 

「…じゃあ、私たちができるのは二つだねー」

 

「二つなのか!?」

 

「そうだよー。一つはそのサーバルちゃんを探してノヴァさんの様子を確認すること。もしかしたら火を見つけたのかもしれないしねー」

 

「どうとも言えないのだ…。話を聞きにいったっきり会ってないのだ…」

 

 

 

状況を判断するには情報が足りないことはアライさんもわかっています。サーバルを探すにも行き先がわからないし、ノヴァを連れていったのかも不明です。

 

続けてフェネックはもう一つの選択を告げました。

 

 

 

「もう一つは、ノヴァさんのことはサーバルちゃんに任せて、助手を止めることだねー」

 

「え?」

 

「これから走り回ってサーバルちゃんやノヴァさんを探しても見つからないかもしれないからねー。なら、助手がパークを焼くのを止めた方がいいよねー」

 

「え、でも…」

 

「…それでノヴァさんが助かったとして、ノヴァさんは喜んでくれるかなー?パークやみんなのことを守ってくれたノヴァさんが、自分のせいで仲間のすみかがなくなったって聞いたら、絶対悲しむよねー」

 

「……それはそうなのだ」

 

 

 

二人が抱くノヴァのフレンズ像は共通していました。フレンズとして生を受けたことを感謝して、パークに遺された“ヒトの遺産”に興味津々で、自分を仲間として受け入れてくれたフレンズたちが大好きな、強くて優しいリーダー。

 

だからこそ、今度は自分たちがノヴァとパークを守らなきゃいけない。彼女の成した偉業に酬いるにはそれくらい大きなことをしないといけない。

 

フェネックの言葉でそれを確認したアライさんは、言うことを聞かない身体をぐっと伸ばして、前に向き直りました。

 

 

 

「よし!目標が決まったのだ!」

 

「おーそれはー?」

 

「ノヴァさんが帰ってくるまでパークを絶対に守るのだ!」

 

「私もついてくよー」

 

 

 

拳を天に突き上げたアライさんですが、ぎゅーっとお腹の虫が鳴きます。フェネックは半分だけ口を開けて、じーっとアライさんを見つめます。

 

 

 

「私のじゃぱりまん半分こしよー」

 

「ありがとうなのだ…」

 

 

 

かっこよさとは無縁の、不器用な実直さこそがアライさんの原動力なのです。かっこよくしめられなくてもアライさんならやってのける、確証のない確信がフェネックのひび割れかけた心を埋め立てました。

 

 

 

 

 



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