修羅の旅路 (鎌鼬)
しおりを挟む

修羅よ、亡霊と踊れ
歓迎しよう、その決断を




ーーー私は強くなりたい。過去に、弱い自分に負けたくない。


ーーー戦いを!!闘いを!!飽きれる程の闘争を俺にくれよ!!その果てで俺を倒してみろよ!!


ーーー自分が弱いなんて自分が一番知ってるんだよ!!だけど、2人が戦ってるのに僕だけ引きこもっていられるかよ!!



 

「ーーーガンゲイル・オンライン?」

 

「ーーーそうそう。通称GGOって言うんだ」

 

「GGO……DDBを思わせるフレーズだな」

 

「エラッタされたんだから許してやろうよ……」

 

「ダメだ、絶対に許さない」

 

 

昼休みの屋上でコンビニで買って来た惣菜パンをもそもそと食んでいると隣に座って弁当を食べていた友人の新川恭二が唐突にゲームのタイトルを口にしたのだ。

 

 

「ガンって名前から銃がメインのゲームか?」

 

「そうだよ。その上PKも推奨されているし、RMT(リアルマネートレード)方式だからゲーム内で稼いだ通貨を現金にすることも出来るよ」

 

「何それ超楽しそう」

 

 

RMT(リアルマネートレード)の部分も心揺さぶられるが一番興味を引いたのはPK推奨の部分だ。

 

 

今までVRMMOはALO(アルヴヘイム・オンライン)の方ばかりをやり込んでいたのだがあちらは多種族との関係を悪化させない様にとサラマンダー以外は然程PKに対して良い顔を示さなかったのだ。おかげで俺はプレイ初日に手当たり次第にPKをして領地追放処分(レネゲイド)を喰らってしまうという伝説を築き上げてしまった。

 

 

それでも気にせずにPKはしまくっていたけど。

 

 

それに結果的には追放されたおかげであいつらと知り合うことが出来たのだから良いこと尽くしだと言えなくもない。

 

 

「ALOからコンバートって出来たっけ?」

 

「出来る出来る。GGOからも出来るはずだしね。その代わりアイテムを預けとかないと全ロストするから気を付けてね」

 

「それは知り合いに任せるとして……GGOか、やってみようかね?」

 

「良し、これで新規ユーザー勧誘のボーナスアイテムが手に入る!!」

 

「それが目的かよ」

 

 

恭二の目的に呆れながら最後の一切れになった惣菜パンを口の中に放り込んでお茶で流し込む。時間を見れば昼休みが終わるまでまだ30分もあった。

 

 

「んじゃあ寝て来る」

 

「また昼寝?よく寝るね」

 

「ALOにダイブしっぱなしで精神的に疲れてな」

 

 

ヘラヘラと笑いながらパンのゴミの入ったビニール袋を片手に転落防止のフェンスを越えて周囲を見渡し、人がいない事を確認してから雨樋を伝って地上まで降りる。

 

 

向かう先は中庭にあるベンチだ。あそこは分かりにくい場所にあるわけでも無いのにどういうわけだか人があまりやって来ない。植えられた木の影もあるので昼寝をするにはもってこいの場所なのだ。

 

 

鼻唄混じりで中庭に向かっていると、ベンチに既に先客がいた。黒髪の眼鏡をかけた少女で、膝の上に置いてある本を真剣に読んでいる。人がいるなんて珍しいなと考えながらどうしようかと迷っていたがその少女は不意に本を閉じて顔をあげ、しばらくするとまた本を読み始めた。

 

 

その行動が気になったので気配を消しながらこっそりと近づく。後ろから何を読んでいるのかを覗いてみるとそこには銃のイラストと説明が記されていた。

 

 

「銃?」

 

 

思わず声に出してしまい、気付かれて少女が振り返る。だがその顔は真っ青で、驚愕というよりも我慢の限界を迎えている顔だった。

 

 

そして正面から見て気が付いた。こいつは知り合いだ。

 

 

「大丈夫?動けるか?」

 

 

どこからどう見ても吐き出す数秒前の顔をしている彼女に尋ねるが返事は無く、口元を押さえているだけ。動かせないと判断してビニール袋からゴミを全部出して差し出すと引っ手繰る様に取られて、

 

 

一気に決壊した。前屈みになりながら吐く彼女の背中を摩ってやる。中途半端だとスッキリしないと経験から知っているのだ。なので吐く時は全部吐き出した方がいい。そうしてしばらく背中を摩っていると落ち着いてきたようだった。

 

 

「まだ出そうか?」

 

「……いいえ、もう大丈夫よ」

 

「だったらこれで濯いどけ。飲みかけで気持ち悪いかもしれないけどな」

 

 

まだ顔は青いがそれでもさっきよりもマシになっている。それでも吐いたままの状態では気持ち悪いだろうと思って飲みかけのお茶のボトルを差し出した。そういうのを気にしない性格なのか、それともそれを気にしている余裕は無いのか彼女はお茶を受け取り言われた通りに口を濯ぐ。

 

 

「はぁ……ごめんなさい」

 

「困った時はお互い様ってな。本当に済まないと思ってたら俺が困ってる時に助けてくれ」

 

「……相変わらずね、漣くんは」

 

「それが一番俺だからな」

 

 

ヘラヘラと道化の様に、心配など不要だと思わせる様に笑う。そうでもしないと彼女は気にしなくても良い心配をする事になるから。

 

 

「んで、朝田はなんで銃を見てリバースしたんだ?」

 

 

メガネをかけた、どこか痩せた子猫を思わせる彼女は朝田詩乃(あさだしの)。同学年でクラスは違うが、借りているアパートのお隣さんでとある出来事から他人以上友人未満の関係だった。

 

 

余計なお節介だとは分かっているが力になれるのなら成りたいし、助けたいと思っている。

 

 

「……銃が、苦手なのよ」

 

 

戸惑いがちに朝田は嘔吐の理由を教えてくれた。その顔は苦々しく、どこか怯えている様に見えた。

 

 

「リバースしてもんじゃを作るほどにか……」

 

「もんじゃって言わないでくれるかしら?」

 

 

現代の日本において銃に苦手意識を持つ人間はほとんどいないだろう。なにせ、日本では一般人が銃を所持することは認められていないのだから。職業として銃に触れる警官や自衛官、もしくは裏稼業の人間かそれらに関わりのある人間なら銃に触れる機会もあるだろうが朝田からはそういう人種から感じるはずの特有の匂いや気配は感じられない。正真正銘の一般人だろう。そういう人間が銃にトラウマを持つのなら自然と限られて来る。

 

 

過去に銃で殺されそうになったか、それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

後者だと考えれば朝田は現代社会において忌諱される人間なのだろうが俺は気にしない。なにせーーー()()()()()……いや、朝田の事だから巻き込まれてと考えるのが普通か。

 

 

「銃が苦手ねぇ……」

 

「こんな本だけじゃなくてモデルガンのケースを見るだけでも気分が悪くなるから……」

 

「重症すぎるな」

 

 

銃といえば日本人に取っては関わりのない物だと思われるが見るだけならテレビの中やモデルガン、それにゲームの中など様々なところで目にする物だ。本を見るだけ、モデルガンのケースを見るだけで気分が悪くなる程の重症なら治したいと思ってもおかしくない。

 

 

そしてなんの因果か、俺は丁度その悩みを解決出来るかもしれない方法を知っていた。

 

 

「一つだけ、どうにか出来るかもしれない方法を知ってる」

 

「……本当に?」

 

「かもしれない方法で治らないかもしれないし、もしかしたら今よりも酷くなるかもしれない。教えて欲しいというのなら教えるし、知らなくても良いというのなら教えない」

 

「何よそれ」

 

「要するに自己責任って事。治るかもしれない可能性に賭けて教えてもらうか、酷くなる可能性に怯えて断るかは朝田次第だ」

 

 

力になりたいと思ったところで俺は所詮は部外者に過ぎない。朝田が抱えているトラウマを克服するかどうかなんて朝田自身が決めなくてはならない問題なのだ。

 

 

リスクとリターンを秤にかけているのか、それともリスクを承知しながらも覚悟を決めているのか朝田は暫し逡巡し、自分の答えを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーリンク・スタート」

 

 

恭二からGGOに誘われたのが木曜日。その日の内にソフトの購入を済ませたりALOの知人にコンバートをする事を伝えてアイテムを預けたりし、金曜日の夜に俺はアミュスフィアを被ってコマンドを入力しゲームを開始する。

 

 

目を開いて視界に入ってきたのは霧の様な物が漂う近未来の街並み。メタリックな質感を持つ高層建築群がそびえ立ち、それらを繋ぐ通路が空中で掛かっている。痛いほどに光っているネオンに目移りしながら地面を見れば、そこは土や石ではなくて金属のプレートで補強されていた。

 

 

「ここが〝SBKグロッケン〟ねぇ」

 

 

ALOの幻想的な要素など一切無い街並みは見ていて新鮮なものがあったが、今の目的はそうでは無い。自分のアバターの姿を確認する事だ。

 

 

課金でもしなければアバターの制作はランダムになる。ALOではどんな幸運かほとんどリアルと同じ容姿と身長のアバターだったので気にはしなかったが、GGOにコンバートした事で変更されているはずだ。視線から身長はリアルの170センチと然程変わりはない様に思える。出来れば見た目も変わって欲しくないなと考えながら視界に入ったミラーガラスに歩み寄ってアバターの容姿を確認する。

 

 

「……中性的なスキンになったなぁ」

 

 

リアルでは誰が見ても男と分かる見た目だったが、このアバターはどちらかといえば中性的な見た目になっていた。短く切り揃えられた黒髪は艶やかで、肌の色は健康的な白。目付きはリアルとALOと同じ様に気怠げで鋭いのがそれもこのアバターの魅力の一つになってしまっている。身長も合わさってモデルやアイドルにも見えなくはない。

 

 

中性的、男性が見れば女性に見えて女性が見れば男性に見えるというどっち付かずな仕上がりになっていた。

 

 

「ま、いっか」

 

 

マトモな感性の持ち主だったら頭を抱えるのだろうが俺は気にしなかった。身体つきがリアルと似通っていて、不愉快を感じさせない容姿であるなら文句は無い。

 

 

アバターの確認は済んだので、次は先に入っているはずの恭二を探さなくてはと辺りを見渡しーーー隅の方で周囲からキチガイを見る様な目で見られながらスクワットをしている迷彩模様の上下を着ている長身痩躯のプレイヤーを見つけてしまった。

 

 

本音を言えば知らないと言って目を逸らしたい。でも恭二は絶対に分かるって自信満々に言っていた。多分あれだ。近付きたくない。

 

 

そう考えてどうしようか迷っていると、スクワットをしているプレイヤーと目が合ってしまった。

 

 

「サモサモキャットベルンベルン」

 

「DDBDDBオラッ!!オラッ!!射出射出あざっしたー」

 

「お前だったのか」

 

「畜生」

 

 

関わりたくなかったが、分かってしまってバレた以上は仕方がない。出来るだけ周囲からの視線を避けながら恭二へ近づく。

 

 

「なんと言うか、モデルみたいなアバターになったね」

 

「身長がリアルと変わらないのは助かったけどな。ちなみに名前は?俺はウェーブだ」

 

「シュピーゲルだよ」

 

「ん?シュピーネ?」

 

「形成様と同系統に見られるとか恐れ多いから止めてくれ」

 

 

真顔で言われたので本当に止めてほしいのだと察して降参の意を示すために両手をあげる。そしてそのまま流れる様にフレンド登録を済ませ、その場に待つ事にした。

 

 

「んで、本当に来るの?」

 

「来るって言ったんだから来るんじゃない?1時間待ってみて来なかったら諦めるけど」

 

 

俺の提案を彼女は受け入れた。だから来ると、トラウマに立ち向かう覚悟を持っている彼女は来ると信じている。中々決心はつかないだろうが必ず来ると信じている。

 

 

そうして待ち始めてから10分程経ち、キョロキョロと辺りを見渡している女性プレイヤーを見つけた。額の両側を結わえた細い房がアクセントの水色のショートヘアーで、猫を思わせる藍色の大きな瞳が誰かを探しているのか忙しなく動いている。

 

 

その目を見て分かった。若干の不安の色が浮かんでいるものの、あれは彼女であると。

 

 

「よう、来たみたいだな」

 

「えっと……漣くん?」

 

「イエスイエス、見た目がアレだけどな。ところで、名前は何にした?俺はウェーブね」

 

「……シノンよ」

 

 

そう、彼女は、朝田詩乃は選んだ。銃へのトラウマを克服するために銃が全てのGGOの世界に飛び込む事を。

 

 

それを祝福しよう。それを歓迎しよう。そして俺は誓おう。

 

 

君が折れない限り、俺は君の力になる事を。

 

 

 





主人公は新川きゅんやシノのんと同い年、それでいてシノのんのお隣さんとかいう。

DDBは絶対に許さない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

修羅式金稼ぎ

 

 

「それじゃあGGO先輩であるシュピーゲルのレクチャーでゲームを始めようか〜って思ったけど一つ重大な問題が出てくる」

 

「重大な問題?」

 

「金が無い」

 

 

そう、ゲーム初心者であるシノンはもとよりコンバートしてアイテムと同時に金も無くした俺もボーナスとして与えられた1000クレジットしか手持ちに無いのだ。ALOなら初心者向けの武器を一つ買えば無くなる程度の金しか無い。恐らくGGOでもそのくらいの価値しかないはずだ。

 

 

シュピーゲルをボコしてカツアゲするという手段があるのだがあくまでそれは最終手段にしたい。このままだと最終手段を取ることになるが。

 

 

「おうシュピーゲル、どうにかしろよ。出ないとお前の装備をカツアゲする事になるぞ?」

 

「止めて!!せっかく集めた装備なのに!!大丈夫だから!!手っ取り早くウェーブのキチガイじみたプレイヤースキルでお金は稼げるから!!」

 

「だったら早く案内するんだな」

 

「ゆう……じん?」

 

 

シノンが俺たちの関係を見て首を傾げているがそうされても態度は変えない。これが俺たちの関係なのだ。

 

 

「シュピーゲル、お前は俺の奴隷(ゆうじん)だよな?」

 

「うん、ウェーブは僕の家畜(ゆうじん)だよ!!」

 

「「HAHAHA!!」」

 

 

互いの肩を叩きながらアメリカンに笑ってみるがシュピーゲルの目は笑っていない。絶対にこいつ別の言葉を友人と呼んでたな。

 

 

「そういえば2人はいつからの付き合いなの?」

 

 

金稼ぎが出来る場所へ向かう途中にシノンが純粋な疑問なのかそう口にした。

 

 

「いつからって……高校に入学した時からだな」

 

「どう見ても10年来の関係みたいな感じなのだけど」

 

「ほら、ウェーブって言動狂ってるじゃん?それに付き合わされたら遠慮してるのが馬鹿馬鹿しくなって同じように接してたらこんな感じになったんだよ」

 

「ヤバかったな。学年に1人はいそうなひ弱なモヤシだったのに気がついたらちょっと煽っただけでタバスコ入りの催涙スプレー噴きつけてくるキチガイになってるんだから」

 

「悪ふざけでパイ投げたら受け止めて投げ返された上に関節外して強制的に土下座させた事は忘れない」

 

「どっちもどっちよ……」

 

 

シュピーゲルのキチガイっぷりを聞いて頭痛がするのかシノンは頭に手を添える。そういう反応をする辺り、彼女は常識的な思考を持っているようだ。出来れば俺たちのようなキチガイにはならないで欲しい。

 

 

付き合っていく内に汚染されたら知らないけど。

 

 

「っと、ここだよ」

 

 

シュピーゲルの案内したのは一見すればアミューズメントパークのような店。NPCの店員が矢鱈と露出度の高いコスチュームを着ているがその手に握られているのは黒光りする拳銃や機関銃。そして店の中にも同じ物が飾られている。

 

 

「ガンショップ?」

 

「そうそう、初心者向けの店だから覚えておいて損はないよ。掘り出し物が欲しかったらディープな専門店に行けば見つかるかもしれないから」

 

「へぇ……色々種類があるのね」

 

「シノン、大丈夫なのか?」

 

 

リアルでシノンは銃の本を見ただけで嘔吐していたのだ。VRMMOでは嘔吐出来るとは聞いた事は無いが、極度の緊張や興奮状態で心拍数が上がればアミュスフィアの安全装置が働いて強制的にログアウトさせられる事になる。しかしシノンは興味深そうに銃を見ているだけで、リアルの時のように顔色を変えたりはしていない。

 

 

「……そういえば平気ね」

 

「仮想現実では平気なのね。良かった良かった、あの時みたいにならなくて済んだな」

 

「……忘れなさい」

 

「ごめん、記憶力良いから基本的に忘れないの」

 

「〜〜〜ッ!!」

 

 

昨日の事を思い出したのか、シノンは顔を真っ赤にして睨みながら殴ってくる。圏内の上に初期ステータスなので痛みは欠けらも感じない。寧ろ猫の様な雰囲気のシノンがこんな事をしても和むだけである。

 

 

「んで、金稼ぎってどこで出来るんだ?」

 

「えっと確か……あぁ、アレだよ」

 

 

そう言って指差した先にあるのは腰ほどの高さの柵に囲まれた幅が3メートル、長さが20メートル程の西部劇の様なセット。その一番奥では酒場の様なセットを背にしたこれまた西部劇のガンマンの格好をしたNPCが立っていて、時折腰のホルスターからリボルバー式の拳銃を引き抜いて挑発的なセリフを叫んでいる。

 

 

「何アレ?」

 

「〝Untouchable〟っていうギャンブルゲーム。手前のゲートから入って奥のガンマンの銃撃を躱しながら前に進むゲーム。今からやるみたいだし見た方が早いんじゃない?」

 

 

シュピーゲルが言う様に今からこのゲームをプレイしようと2組のプレイヤーの片方が手前のゲートに設置されていたキャッシャーのパネル部分に手を乗せるとそれだけで支払いが済んだのか賑やかなファンファーレが鳴り響く。そのファンファーレに引き寄せられ、野次馬なのかプレイヤーがゾロゾロと集まって来た。

 

 

拳銃を弄んでいたガンマンがホルスターに拳銃をしまい、右手を添えて早撃ちの姿勢を取る。プレイヤーの目の前にウインドウが現れて3カウント、0になった瞬間にゲートの金属バーが開いてゲームが開始された。

 

 

20メートルならば大した距離では無い。普通に走れば数秒で走り抜けられる距離だがプレイヤーは数歩程ダッシュしてその場で急停止、上半身をズラして右足を上げるという奇妙な格好になった。

 

 

ここにもキチガイがいるのかと思ったが違ったらしい。ガンマンが拳銃を引き抜き立て続けに3発ぶっぱなす。そのプレイヤーが奇妙な格好になる前に頭と足があった場所を赤いライトエフェクトを纏った弾丸が通り過ぎて行った。

 

 

「今のは……」

 

「〝弾道予測線(バレットライン)〟による攻撃回避。相手の銃撃の軌道を教えてくれる守備的システム・アシストだよ。確か銃撃による戦闘にゲームならではのハッタリ的な面白さを盛り込む為に採用されたとかなんとか」

 

「ふぅん」

 

 

説明を話半分で聞き流しながら俺はゲームから目を離さない。1度目の銃撃を回避し、2度目も立て続けに放たれた3発の銃撃を同じ様に回避してガンマンがリロードする。そして3度目の銃撃でガンマンはリズムを変える。2発までは同じ間隔で撃ち、少し間を開けて3発目を撃ったのだ。2発を躱し、遅れて来た3発目を大きく仰け反って躱す事が出来たがその姿勢では続かない。ガンマンがニヤリと笑い、ゲームオーバーと叫んで行動出来なくなったプレイヤーを撃った。

 

 

結果そのプレイヤーは10メートルも満たない距離でゲームを終了させた。周りのプレイヤーからはやっぱりかとか、ガンマン凄えなどの感想が飛び交っている。

 

 

「こんな感じのゲーム。プレイ料金が500クレジットで10メートル突破で1000、15メートル突破で2000クレジットが賞金。それで、ガンマンに触れたらこれまでプレイヤーが突っ込んで来たプレイ料金を全額バックなんだよ。これはもうリアル戦闘民族のウェーブにやらせるしか無いって思ってさ」

 

「ちなみに全額っておいくら?」

 

「看板のところに書いてあるよ。今なら……15万ちょっとだね」

 

「15万!?」

 

 

1000クレジットしか無い俺たちにとって15万クレジットは大金に等しい。仮にシノンと山分けしても一人頭7.5万クレジットになる。それだけあれば初心者には充分すぎる程の装備が整えられる。その上、このゲームはどう考えても()()()()()()()()。ここまで肥やしてくれたプレイヤーたちに感謝しよう。

 

 

「んじゃ、やって来るわ」

 

「大丈夫なの?」

 

「へーきへーき。こんなのクソジジイに奇襲された時の事を考えれば楽過ぎて欠伸が出る」

 

 

ヘラヘラといつも通りに笑いながら感想を言い合っていたプレイヤーの集団を掻き分けてゲートのキャッシャーに手を添える。次の挑戦者が出た事にか、それとも俺のアバターの見た目に釣られてなのかプレイヤーたちは話していた内容を感想から囃し立てる様な野次に変える。

 

 

ウインドウのカウントダウンが0になり、ゲートの金属バーが開く。それと同時に俺は走り出した。

 

 

前傾姿勢、ただ早く進む事だけを考えて足を全力で前へ前へと動かす。5メートルを超えたところでガンマンが拳銃を引き抜き、銃口をこちらに向けてトリガーに指を乗せる。その瞬間に前へと出していた左足を交差させながら前進して身体一つ分右へとズレらす。

 

 

そして赤い線ーーー〝弾道予測線(バレットライン)〟が現れてさっきまで身体があった所を弾丸が通り過ぎて行った。

 

 

どんなに早撃ちをしたところで所詮は銃なのだ。弾丸は銃口の向けられた方にしか飛ばないし、引き金を引かなければ発射されない。銃口と引き金を引く指、それだけ見れば()()()()()()()()()()()()()

 

 

続く3発も同じ様に左にズレて躱して10メートルを突破。ガンマンは空になった薬莢と新しい弾の交換を0.5秒の早業で交換し、先程の挑戦者を仕留めた変則的なリズムでの射撃を放つ。2発は更に左へと避けて、1発を()()()()()()()()()()()()()()()()()()。野次馬からどよめきが聞こえるがゲームからの警告や強制中止は無いのでルール的にはセーフらしい。

 

 

そして柵を蹴り、()()()()()()()()()()()。柵の上を2発、柵から降りると考えていたのか柵のそばを1発の弾丸が通り抜けていく。

 

 

残り5メートルとなりって地面から降りる。それと同時に早業のリロードが終わり、銃口が俺からズレる。その向きから予想出来るのは横薙ぎの銃撃。成る程、俺が左右に逃げ続けたのを学習してなのか逃げ道を塞ごうとしているらしい。

 

 

それに対して俺は左右に逃げず、更に身体を前へと倒した。もはや地面スレスレまで倒れたことで頭上を6発の弾丸が予想していた通りに横薙ぎで放たれた。これで弾切れ、あと0.5秒でリロードされたとしても撃つまでの間で充分にガンマンに触れることが出来る。

 

 

しかしそこでガンマンが()()()。弾切れで使えないはずの拳銃を向けて来る。どうやら何か奥の手でも持っているらしい。恐らくはノーリロードでも銃が撃てるのだろう。

 

 

なので、()()()()()()()。ハイスピードからマックススピードへのチェンジオブペース。ガンマンが何かするよりも先に間合いを詰め、引き金を引くよりも先に拳銃を蹴り飛ばす。

 

 

宙を舞うガンマンの拳銃。触ればクリアと聞いていたが蹴りでも触ったという判定になったのか、ガンマンは空になった手を震えさせながら〝オーマイ、ガーーーっ!!〟と叫び、背にしていた酒場から大量のクレジットを吐き出した。

 

 

ジャラジャラを音を立てながら流れ出るクレジットを見ても野次馬からは何も聞こえない。ニヤニヤと笑うシュピーゲル以外のシノンを含めた誰もが目を見開き、口を開けて信じられないと驚愕している。

 

 

そして俺はーーーやはりN()P()C()()()()()()()()()()などと言う感想を抱いていた。

 

 

 






弾道予測線?そんなものが無くても銃口と指が確認出来れば充分なんじゃよ。散弾銃でも無い限りは銃弾は銃口から真っ直ぐにしか飛ばないし、引き金を引く指を見ればいつ発砲するか分かるし。それを分かってサラリと実現出来るのが修羅なのだよ。でも修羅波は不満な模様。やっぱりパターン化されたNPCよりも不規則なプレイヤー相手の方が良いらしい。

あとガンマンよ、レーザーはキリトちゃん君が来るまで取っておけ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

習うよりも慣れろ、凡人であろうが天才であろうが数をこなせ

 

あの後ゲームで得たクレジットをシノンと折半し、そのままガンショップで装備を整える流れとなった。シノンからクレジットを受け取れないと断られたが元はと言えば俺から誘ったのだ。装備が心許ない上にVRMMO初心者のシノンの助けになるのは先達として当たり前の事だと説き伏せ、最終的に借金扱いで必ず返すという事になった。

 

 

シノンはハンドガンの〝グロック17〟、アサルトライフルの〝AK-47〟、スナイパーライフルの〝H&K MSG90〟エネミー用としてシュピーゲルから勧められた光学銃の〝ブラスター〟というレーザーを撃つというSFチックな銃を買っていた。初心者であるが故に何も前準備の無いプレーンな状態であるので一通りの銃を使わせ、その中で気に入った物を使えばいいと考えたから。

 

 

それに対してGGO初心者だがVRMMO経験者である俺の装備はGGO経験者に中指を立てて唾を吐き捨てる様な物だった。

 

 

「イヤね、求められるままにホイホイ進めたのは僕なんだけど本当にそれで良いの?馬鹿なの?キチガイなの?」

 

「誰がキチガイだオラァ!!良いんだよ、俺GGOで遠くから撃って悦に浸ってる奴らの顔面にドロップキック決めるつもりだから」

 

「その思考回路がキチガイよ……」

 

 

俺の装備を見てシノンがため息を吐くが仕方のない事だと思っている。だがシュピーゲルは許さん。気がついたらPKしてやる。

 

 

ショップで俺が買ったのは恐らく銃としては最も有名な部類に入ると思われる〝デザートイーグル〟を二丁、そして通常のナイフよりも刃渡りが長いどちらかと言えば小太刀に近いサイズのナイフを二本、防弾加工の施された紅いコートに黒いインナーと迷彩模様のカーゴパンツに鉄板入りのブーツ。それだけなのだから。

 

 

自動式拳銃では世界最高峰の威力の弾薬を扱えるとされている〝デザートイーグル〟を買ったが所詮は拳銃でしかないので射程距離は高が知れている。普通ならアサルトライフルの一本でも買うのだろうが、リアルとALOで培った経験を生かすのならこれが最適なのだ。

 

 

「にしてもまさかGGOでガン=カタしようとするなんてね」

 

「リアルで武術やってたのとALOでの経験で接近戦が強いことは分かってるんだ。だったら下手に使い慣れてないアサルトライフルやらスナイパーライフルやら使ってあたふたするよりも慣れてる近距離戦でやった方が良いだろ?」

 

「ウェーブって武術やっていたの?」

 

「あぁ、実家の関係でね」

 

 

シュピーゲルは俺の家のことは知っているがシノンは付き合いが浅いので俺の家の事を知らなかったらしい。知られて困る事ではないので話す事を決め、先程アイテムショップで買ってきたタバコに火を着けて咥える。

 

 

「ふ〜……うちの実家は端的に言ってキチガイの家系でな、確か武士が出てきた辺りから続いてるんだよ。んで、戦いが当たり前だった時代から続いてきたせいかご先祖様が考えてきた戦闘術が伝えられてきてな、さっさと途絶えれば良いのになんの因果か俺の代まで続いちゃったわけよ。聞こえが良いから武術なんて呼んでるけどな」

 

「つまりキチガイ一族が産み出した最新式のキチガイがウェーブってわけ」

 

「それでさっきはあんなに動けたのね……まるで小説か何かの設定みたい」

 

「ぶっちゃけた話し、ただのろくでなしの家だぞ?爺さんはいつの日か第三次世界大戦が来る事を信じていて米兵ブチ殺す方法を日夜研究してるし、母さんは母さんで強いと思ってる奴を蹂躙するのが趣味だって世界駆け巡ってるしな。この間はロシアか何処かで馬鹿でかい熊の首をへし折ってる写真送られてきた」

 

「ごめんなさい。なんて言ったら良いのか分からないわ」

 

 

それはそうだ。逆に母さんが熊殺ししてるなんて知って平然と返されてもこっちが困る。自重を投げ捨て始めたシュピーゲルですら嘘だと言って、証拠の写真を見せてようやく信じたくらいだからな。

 

 

「っと、話し込んでる間に着いたね」

 

 

話しながらフィールドを移動し、辿り着いたのは〝SBCグロッケン〟から少し離れた場所にある初心者(ニュービー)向けの演習場。GGO内の時間は現実世界と同化しているので今は夜空、その為なのか無人の演習場はナイターで照らされている。乱雑に積み上げられた廃車に寂れて風化しつつある廃墟と廃ビル、放り投げられているドラム缶は的になったのか銃痕で穴だらけになっている。

 

 

「取り敢えず使うよりも慣れろって事で好きに撃ってみようか」

 

「待って、私使い方とか知らないんだけど」

 

「あ〜演習場とはいえここは圏外だから周囲警戒しときたいんだよね……」

 

「心配しなくても良いぞ、うちのキチガイ爺さんから銃の使い方は一通り教えられてるから」

 

「なんで銃の使い方まで教えられてるのよ……」

 

「戦争になって上陸された時に武器を奪って戦う為にって教えられた。しかも実弾付きのマジモンの銃」

 

「突っ込まないからね?じゃあウェーブに任せるとして、僕は周囲警戒してくるから。何かあったら無線で連絡するからチャンネル弄らないでよ」

 

 

そう言ってシュピーゲルはストレージからアサルトライフルを取り出して演習場の外へと向かっていった。残されたのは俺と、警戒しているのかチラチラと視線を投げかけてくるシノンだけになる。

 

 

「取り敢えず一通りの使い方を教えるからストレージから出してみて」

 

「分かったわ」

 

 

そして始まる銃の簡易レクチャー。それぞれの銃の特徴と安全装置の位置、それと構え方を教えて後はひたすらドラム缶を的にして撃ち続けるだけである。習うよりも慣れろ、凡人であろうが天才であろうが数をこなせ、それが我が家の教えである。それを聞いてシノンは教えられているという立場を意識しているのか反論一つせずに頷いて俺の指示に従った。

 

 

ハンドガン、アサルトライフル、スナイパーライフルまでは爺さんから教えられたので良かったが光学銃に関しては使った事はもちろん見たこともない武器だったので理解するのに少し時間が掛かってしまった。それでも銃の形をしている以上、構造も銃に似せられているのですぐに理解することは出来たが。

 

 

「脇が甘い、もう少し締めて」

 

「こう、かしら?」

 

「そうそう。んで力を抜いて構えろ。反動は押し込めるんじゃなくて受け止めるつもりでな。もう少しステータスが高かったらそっちの方が良いけど今のシノンのステータスじゃ無理だから」

 

「……」

 

「うん、慣れて来たな。それじゃあ次からは移動しながら撃ってみようか。基本的に狙撃手(スナイパー)でもない限りは動き回って戦うし、狙撃手(スナイパー)だって1発撃ったら場所を変えるしな」

 

「全力で走った方がいいかしら?」

 

「それはまだ早い。まずは移動しながら的に銃を向けることに慣れろ」

 

「ッ!?キャッ!!」

 

「的だけを見てるから転ぶんだよ。人間の視野ってのは広いんだから見えてる物をちゃんと意識しろ。大丈夫、俺は出来たから」

 

「戦闘民族に言われても安心出来ないわよ!?」

 

 

そんなこんなで撃ち続けて30分。ゲーム内なので肉体的な疲労は存在しないが精神的に疲れて来たのを見計らって休憩させる。余程集中していたのか休憩を伝えるとシノンは息絶え絶えの状態でその場に座り込んだ。それでも〝グロック17〟を手放さない辺りに意思の強さを感じる。

 

 

「ご苦労さん、水飲んどけ」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

差し出された水をひったくるようにして受け取り、それをゴクゴクと一気に飲み干す。どうやら俺が考えていた以上に消耗していたらしい。10分程度の休憩にするつもりだったが今日の目的はシノンを銃に慣れさせる事だ。30分くらい休ませておこう。

 

 

「どうだ?苦手だった銃に触ってみた感想は」

 

「ハァ……ふぅ……意外と、普通ね。もっと怖い物だと思っていたけど」

 

「そりゃあそうだ。人を殺せるっていっても所詮銃は道具だからな」

 

 

そう、朝田が写真を見ただけで嘔吐する程に恐れている銃だが所詮は道具に過ぎない。銃を人が持って銃口を人に向け、引き金を引く事で初めて人殺しの道具になる。

 

 

今日の経験だけで朝田が抱いている銃へのトラウマが改善されることは無いと分かっている。だけど今日の経験がトラウマの改善への一歩になればと信じている。

 

 

「そういえば、さざ……ウェーブは撃たなくても良いの?」

 

「他に人が居なかったらリアルの名前でも良いぞ?……そういえば最後に銃触ったのは中学の時か……鈍ってそうだな」

 

「普通は中学生で銃に慣れてないわよ」

 

「普通じゃないからな、うちの家系は」

 

 

ホルスターから〝デザートイーグル〟を二丁引き抜き、さっきまでシノンの的になって居たドラム缶へと銃口を向ける。引き金に指を乗せた途端、視界にライトグリーンの円が二つ浮かび上がった。恐らくこれが攻撃的システム・アシストの〝着弾予測円(バレットサークル)〟だろう。Wikiでの説明では発射した弾丸はこの円の内側のどこかにランダムで命中するらしい。しかもこの〝着弾予測円(バレットサークル)〟のサイズは一定ではなく、心臓の鼓動に合わせるように拡大と縮小を繰り返している。

 

 

「ーーーいらねぇな」

 

 

着弾予測円(バレットサークル)〟によるアシストを邪魔だと判断し、引き金から指を退ける。引き金に触れることが条件なのか、〝着弾予測円(バレットサークル)〟は消えて無くなり、()()()()()()()()()()()

 

 

銃である以上、発射される弾丸は銃口から水平に真っ直ぐに飛ぶ。つまり銃口をきちんと目標に向けていれば、弾丸は目標に向かって飛んでいくのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

左右で5発ずつ発射し、全ての弾丸が半径10センチ以内に収まったのを見て思いの外衰えていなかったことを知る。剣などはALOをしていたので衰えるどころか研鑽する事が出来たが、銃は流石にGGOでもなければ取り扱っていないので腐らせるしか無かったのだ。

 

 

良かった、これで実家に帰った時に爺さんに銃で奇襲が出来る。

 

 

「……凄いわね」

 

「まだまだ。うちの母さんなんてマシンガンでワンホールショット決めるキチガイだから」

 

「ワンホールショット?」

 

「最初に撃った弾が当たった位置に他の弾を当てる技術」

 

「……それって人間なの?」

 

「正直言って〝SAZANAMI〟っていう別ジャンルとして扱われても当然だと思ってる」

 

 

休憩がてら話していた事でシノンの呼吸も回復し、気力も戻って来たようだ。練習を再開するかどうかを訪ねようとした時、シュピーゲルから渡された無線機からノイズ混じりの声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーウェーブ!!シノン!!敵襲、PKだ!!狙われてるぞ!!』

 

 

 




テーレッテレー!!
キチガイ は 不可視の一撃(インビジブル・バレット) を 習得した !!

システムアシストを邪魔だと切り捨てて取得するキチ修羅がいるらしい。エムは泣いてもいい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初戦闘

 

 

「マジか……逃げれる?」

 

『滅茶苦茶に撃って来てるしAGI特化だから逃げようと思えば何とか!!』

 

「だったらここまで逃げとけ。まずは合流する事が重要だ」

 

『了解ィ!!』

 

 

叫ぶように返事をくれ、シュピーゲルからの連絡は途絶えた。リアルではモヤシなシュピーゲルだがGGO経験者だし、AGI極振り型のビルドならば全力で逃げに徹すればここまで来る事が出来るだろう。

 

 

「あの……PKって何?」

 

「プレイヤーキルの頭文字。その通りにプレイヤーを殺す事だな。ALOだとデスペナしか発生しなかったけどGGOだと持ってるアイテムをランダムで落とすデスペナがあるからそれを期待してか、俺があのゲームをクリアするのを見て狙って来たかだな」

 

 

どちらかといえば後者の確率が高いと考えている。あのガンマンのゲームをクリアした時の野次馬が俺の装備を見てGGO初心者だと思いクレジットか購入した装備を狙って来たのだろう。

 

 

シノンはPKが何を意味するのかを理解して目に見えて動揺しているが俺は動じずに新しいタバコを咥えるだけだ。GGOでは初めてだがALOじゃ良くPKをしたりされたりしていたからもう慣れているのだ。

 

 

あれは楽しかったな、俺1人対全種族とかいう端的に言って絶体絶命な状況だった。真っ先にヒーラーブチ殺して回復手段を奪ってから魔法部隊の中に飛び込んで惨殺してその他を殺し回った。

 

 

だけど終盤になってからバーサクヒーラーとブラッキーの最終戦力の逐次投入とかやめて欲しい。戦術的に愚かだと言われているが有効な局面で使えば有効なのだ。流石に限界を迎えて何とか相討ちに持っていくのが精々だった。

 

 

「取り敢えず隠れるぞ」

 

「わ、分かったわ」

 

 

惚けているシノンに声をかけて正気に戻し、手を引いて一番近くの廃墟へ飛び込む。本当なら廃車の影の方が近かったのだが一方だけしか壁にならない廃車では不十分だと考えて廃墟を選んだ。

 

 

「オッホォォォォォォォォーーーッ!!!」

 

 

制圧射撃のように面で撃たれる機関銃の弾丸を極振りした敏捷で無理矢理逃げながらシュピーゲルが俺とシノンが隠れていた廃墟に飛び込んでくる。ダメージを受けた様子は見られないが全力で走って来たのか疲弊しているように見えた。

 

 

「お帰り。数と武器は分かるか?」

 

「オフッ!!ウェッ……か、数は5、武器は機関銃とアサルトライフル……」

 

「ご苦労、水をくれてやろう」

 

 

外を警戒しながらストレージから水を取り出し、蓋を開けて死にかけているシュピーゲルの上で逆さまにする。重力に従って中身がすべて顔に向かって落ちて、シュピーゲルが息を吹き返す。

 

 

「し、死ぬかと思った……」

 

「シュピーゲル、5人で全部だと思うか?」

 

「あ〜……多分他にもいると思うよ」

 

「どういう事なの?」

 

「良くある手だよ。正面で騒いでる奴らは囮で、本命は後ろから気配を隠してズドンってね」

 

 

問題はその二つが繋がってるかどうかだがな。繋がっているのなら本命を撃退すれば囮は引くか逆上して攻めてくるかの二択、繋がってないのならあいつらはただ銃を撃ってるだけの馬鹿になる。

 

 

「そいじゃあ俺は来るであろう本命を片付けるからシュピーゲルは囮をやってくれ。そいでシノンだけど」

 

「……なによ」

 

「これはゲームだ、そう頭では理解しているかもしれないけど心はそう簡単に納得してくれないかもしれない。撃てるのなら撃て、撃てないのなら俺が来るまで生き残れ、そうしたら俺が助けるから」

 

 

この世界をゲームだとシノンは理解しているかもしれないがVRMMOである以上、ある意味リアルよりも現実的な世界である。銃に対してトラウマを持つシノンが銃を持って撃つことが出来ただけでも大金星と言っていいのに、トラウマの原因であろう人を撃つ行為が出来るかどうかが心配なのだ。追い詰められて撃ってトラウマがフラッシュバックして精神崩壊されたら……どう償って良いのか分からない。

 

 

「最悪適当に撃ってるだけでも良いからさ」

 

「ねぇねぇ、僕は僕は?」

 

「あぁ?お前は適当に生き残れ。いいや死んでもシノンを生かせ」

 

「シノンと対応が違い過ぎない?」

 

「ヒョロヒョロのモヤシとクールな美少女、お前だったらどっちを選ぶよ?」

 

「あぁ、それは仕方ないね」

 

 

このやり取りで顔を赤くしてくれれば儲け物だったがシノンは葛藤しているようで聞いていないらしい。少し残念に思いながらナイフと〝デザートイーグル〟を引き抜き、シュピーゲルはストレージから〝レミントンR5RGP〟を取り出していた。

 

 

「前は任せたぞ、シュピーゲル」

 

「後ろは任せたよ、ウェーブ」

 

 

兎も角、GGOに来てから初めてのPVPだ。適当に遊ぶだけの奴か、ガチ勢なのか知らないが楽しませて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

囮と思われるプレイヤーたちが騒ぎ回っている正面の反対側、廃墟の後ろから4人のプレイヤーが侵入して来る。目出し帽に暗視ゴーグルを装着して揃いの衣装で固めた彼らの先頭のプレイヤーが鏡を使って中を確認し、誰もいないことを確認してから1人目が侵入。左右を警戒し、残りのプレイヤーたちに入るようにハンドサインで指示を出す。

 

 

その動きだけで彼らが其れ相応の訓練を積んでいる人間だと分かる。ガチ勢ならば経験からそういう動きを取るべきだと学んでいるかもしれないが、彼らの動き方は余りにも自然だった。恐らくはリアルでそういう訓練を受けている職種なのだろう。つまり、自衛隊か特殊部隊……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そんな人間がGGOをしている事に軽く驚愕したが、考えてみれば当たり前なのかもしれない。彼らは厳しい訓練を積んで其れ相応の技術を習得した。ならば、自分がどれだけやれるのか試したくなるものだ。銃社会で銃による犯罪が起こっている国ならば習得した技術を使う機会も出て来るだろうが日本ではそんな技術を使う機会など滅多にないのだから。

 

 

気持ちは分からないでもない。納めた以上、使ってみたいとは俺もガキの頃には良く考えていたから。()()()()()。銃を向けて来たのはそちらが先だ。殺されても文句は言えないだろうと()()()()()()()()()()()()

 

 

最後尾のプレイヤーが通り過ぎた瞬間に張り付いていた天井から離れて音もなく着地し、無防備な延髄へ右手で逆手に持ったナイフを突き立てる。GGOでは人間の急所が再現されており、リアルでも即死するような攻撃はGGO内でも即死扱いにされるとWikiにはあった。それはつまり、リアルで人を殺すように攻撃すれば、GGOでも殺せるという事。

 

 

延髄を削り、頸動脈を断ち切られたことでプレイヤーはHPゲージを無くしてポリゴンになって砕け散った。しかしその時のライトエフェクトで先行していた3人にバレる事になる。

 

 

()()()()()()

 

 

1-2-1のフォーメーションを取っていたので左右に2人、後方に1人という配置。右手に持つナイフを投げて右側のプレイヤーを牽制、左手に持った〝デザートイーグル〟を撃ち左側のプレイヤーの頭を吹き飛ばす。

 

 

投げたナイフは躱され、その間に後方にいたプレイヤーが銃を向けて来るがもう詰みだ。躱したことで態勢を崩したプレイヤーの胸元を掴んで盾にして前進し、味方ごと俺を撃つかどうか悩んだ後方のプレイヤーにぶつかり倒す。

 

 

その上に乗り頭に〝デザートイーグル〟を突き付けて引き金を引く。拳銃にしては規格外の反動を片手で完全に殺し、ポリゴンになって砕け散ったプレイヤーの下で倒れていたプレイヤーに銃口を押し当てる。

 

 

「外にいるのはお仲間か?」

 

「……何のことだ」

 

「あぁ、もういいわ」

 

 

何を言っているのか分からないという返答だったが知りたいことは知れたので引き金を引いてポリゴンに変える。

 

 

どうやらこいつらと前の連中は無関係だった様だ。恐らくこいつらはこの騒ぎを聞いて漁夫の利を狙ってやって来たのだろう。そうでないと外の連中も自衛隊か特殊部隊という事になってしまう。あんなバカスカ撃つ連中が彼らの同類だと信じたくない。

 

 

「っとなると、外の連中は止まらないよな」

 

 

彼らと外の連中が繋がっているのならこれで止まる可能性があったのだが、繋がっていないとなれば関係ないのだから止まらないだろう。リアルがどうであれシュピーゲルは俺よりも長くGGOをプレイしているので実力に関しては疑っていない。問題なのはシノンの方だ。

 

 

「放っておいてどうするのかを見るのもありだけど……ダメだよなぁ人として」

 

 

無理矢理戦わせる事で精神を鍛えることも出来るのだがそれを彼女にさせるのは酷というものだろう。

 

 

なにせ彼女は普通の女の子だから、歯を食いしばってトラウマに立ち向かおうしている素敵な少女なのだから。自分から選んだ事ならば兎も角、追い詰めて選ばせてもロクな事にはなりはしないと俺は経験で知っている。

 

 

〝デザートイーグル〟の弾を補給し、ランダムドロップで落ちたガッツリとカスタムされた〝ベレッタAR70/90〟を拾って2人の元に向かう事にした。

 

 

 






チョロリと修羅波のALO時代の話を出したり。ブラッキーとバーサークヒーラーと戦って相討ちに持ち込んだらしい。一体誰なんだ……

どれだけプレイヤースキルを持っていても自衛隊だろうが特殊部隊だろうがアンブッシュで死ぬのならクソ雑魚。卑怯?殺される方が悪いのだよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決意と約束

 

 

シュピーゲルに前は任せたと言ってウェーブは暗がりに紛れる様にして姿を消した。それはゲームのスキルによる物では無くてプレイヤースキル……彼が修めた技能によるものだと察する事が出来た。気配を消す技能があることはよく小説でも挙げられているので知っているが、視覚に影響を及ぼす程の練度とか彼は何者だと問いたくなるがはぐらかされるのは目に見えているので黙っておく事にする。

 

 

漣不知火という人間は、その本性を隠している。いつもヘラヘラとした笑みを浮かべて警戒していなさそうに見えるがその目は相手を観察し、どういう人間なのかを見極めようとしている。トチ狂った様な言動は本心からなのだろうが、それも見極めの為の材料の一つにしか思えない。

 

 

道化の仮面を被った何かの様にしか思えない。

 

 

だというのに彼は恐ろしく律儀なのだ。

 

 

約束は何があっても守ろうとするし、困っていれば手を差し伸べる。今日の私だって自分が誘ったからと言いながら決して少なくは無いクレジットを簡単に差し出して来た。それは流石に気軽に受け取れる物では無かったので借りるという形にしたのだが。

 

 

総合してみればよく分からない人間というのが私が彼に抱いた感想だった。

 

 

「さてっと。シノンは悪いけど二階に居てくれるかな?そこに隠れてても良いし、撃っても良いし」

 

「シュピーゲルはどうするつもりなの?」

 

「ここでガン待ちしてる。AGI極振りって奇襲には向いてるけど防衛には向いてないんだよね。だからウェーブが戻って来るまで耐えるつもり」

 

「……分かったわ」

 

 

GGOもVRMMOも初心者の私は素直に経験者であるシュピーゲルの言葉に従う事にした。気を引くためにか外に向かって〝レミントンR5RGP〟を撃っているシュピーゲルを背にして二階に登り、窓からスナイパーライフルの〝H&K MSG90〟を構えてスコープを覗き込む。

 

 

映るのは弱者を甚振る事に快感でも覚えているのか下卑た笑みを浮かべて銃を乱射し続けている5人の男性プレイヤーの姿。考えなしに撃ち続けているのかと思えばオブジェクトの陰に隠れながら少しづつ前進しているのが上から見て分かる。幸いな事に彼らは私に気がついていない。狙い撃ちに特化していると教えられたスナイパーライフルなら、頭を狙えば倒せるはずだ。

 

 

そう思い、トリガーに指を乗せーーー過去の出来事がフラッシュバックする。

 

 

ーーー五月蝿く喚く男の姿が

 

ーーー虚ろな目を宙に向けて床に倒れる女性の姿が

 

そしてーーー返り血を浴びながら黒い拳銃を握る、幼い少女(自分)の姿が

 

 

「ーーーッ!!」

 

 

その光景を思い出してしまい、身体から熱が消え失せた。手足の感覚がほとんど無くなり、それなのに心臓は五月蝿いくらいに激しく暴れ回り、呼吸の仕方を忘れたかの様に息が出来なくなる。

 

 

思わず〝H&K MSG90〟を投げ捨ててその場に座り込む。寒さからなのか恐怖からなのか震える身体を押さえ込む様に抱き締めるが震えは止まらない。

 

 

ゲームだと分かっていたつもりだった。ここで人を撃ってもアバターが倒れるだけで人は死なないと分かっているつもりだった。だけど人を撃とうとした瞬間に心はそれに反応し、ゲーム内だというのに発作を引き起こしそうになった。銃に触れてもしかしたらと考えた自分を殴りたいと思った。これではウェーブが言っていた通りでは無いか。

 

 

身体の震えが止まったら、動悸が落ち着いたら、呼吸が元に戻ったらと理由を並べ立てて先延ばしにしようとする。そんなことをしている暇があったら撃たなくてはと自分でも理解しているが、トラウマがへばりついて離れないのだ。やるからやるからと言い訳をしながらウェーブとシュピーゲルが敵を倒してくれるのを待つ事しか出来なかった。

 

 

徐々に大きくなってくる銃声。かなり近づいているのかウェーブとシュピーゲル以外の男の声が聞こえてくる。苛立たしげに叫ばれる怒声が、私の傷を刺激して止まない。

 

 

「はやく……はやくおわって……!!」

 

 

怖い怖いと震えている私に出来る事はこれが早く終わって欲しいと祈る事だけだった。彼らならどうにかしてくれると耳を塞いで信じる事しか出来なかった。

 

 

だけど、その祈りは無駄に終わる。

 

 

「ーーーおっ、はっけぇ〜ん!!」

 

「ヒィーーー」

 

 

粘着質な愉悦に満ちた声が耳に届き、反射的に顔を上げる。そこに居たのはアサルトライフルと思われる銃を持った男性プレイヤー。外ではまだ銃声が聞こえてくるので恐らく1人だけ別行動でやって来たのだろう。彼は私が女だと、初心者だと、怯えていると分かると下卑た笑みを更に深めた。

 

 

「PKは初めてかいお嬢ちゃん?殺られる覚悟がなかったらGGOをプレイするなよなぁ!!」

 

「ガーーーッ!!」

 

 

力任せに振られた爪先がお腹に減り込む。あまりの衝撃と痛みで肺の中の僅かな空気が溢れ、呼吸が出来なくなってしまう。買い揃えた防具のお陰である程度のダメージは防いでくれたが彼と私とのステータスの差は歴然。満タンだったはずのHPは一気に赤色になるまで減らされた。

 

 

「ゲホッ!!ゲホッ!!」

 

「んん?こりゃあ〝H&K MSG90〟か?初心者の癖に良い銃を使いやがって!!豚に真珠ってヤツだな!!」

 

 

苦しむ私の姿がそんなに可笑しいのか、彼は投げ捨てた〝H&K MSG90〟を拾い上げながら笑っていた。そしてストレージから回復アイテムと思われる物を取り出して私に使い、また蹴った。

 

 

回復させては蹴り、回復させては蹴り、回復させては蹴り……今すぐに私をアサルトライフルで撃てば良いのにそうしない。明らかにこの状況で私を甚振る事を愉しんでいた。

 

 

「うぅ……」

 

 

何度蹴られたか、回復されたか分からない。それにHPが回復しても痛みは残るらしく、マトモに呼吸が出来ていないことも合わさって状態は最悪だった。

 

 

「さて、外の奴らも終わったみたいだしさっさと合流するか」

 

 

彼の声を聞いて初めて気が付いた。外で五月蝿いくらいに聞こえていた銃声は止んでいる。シュピーゲルが倒したのか、それとも倒されたのか……今の私では判断出来なかった。

 

 

下卑た笑みを浮かべながら、彼は私の〝H&K MSG90〟をまるで自分のもの様に扱い、銃口を私に向けた。トリガーに指が乗せられ、〝弾道予測線(バレットライン)〟が私の眉間に現れる。

 

 

このまま撃たれれば楽になれる。所詮はゲームなのだから死にはしない……何時もの私なら、きっとそう考えていたに違いない。

 

 

この時、私が抱いていたのはーーー()()()()()()()()()()()()()()

 

 

強くなりたいと思ってこのゲームを始めたのに、過去の自分に負けたくないと願ってこのゲームを始めたのに、結果は見ての通り。ただ怯えて震えるだけしか出来なかった。

 

 

そんな自分が許せない。そんな自分が憎い。負けたくないーーー()()()()()()。怒りが炎となり、冷えていた身体に熱を取り戻す

 

 

()()()()()()ーーー身体の痛みがなんだと言うのだ、そんなものは捩じ伏せれば良い。

 

 

()()()()()()ーーー相手は油断をしている。この状況で勝つのは自分だと信じきっている。

 

 

「じゃあなーーー」

 

 

引き金が引かれるーーーその瞬間に、反射的に〝H&K MSG90〟の銃身を()()()

 

 

銃口がズレたことで見当違いの方向に飛んでいく弾丸。男は予想外の展開に目を見開いて驚愕している。その隙に腰のホルスターに吊るしていた〝グロック17〟を引き抜いて男の腹部に照準を合わせる。狙うならば小さい頭よりも大きい胴体の方が避けられても当たるとウェーブに教えられたから。

 

 

そしてーーー躊躇うことなく引き金を引いた。

 

 

「アァァァァァァァァーーー!!!」

 

 

叫びながら引き金を引き続ける。〝グロック17〟の装弾数である17発を撃ち尽くし、それでも引き金を引いた。カシャカシャと虚しい音が弾切れを伝えるーーーが、男は生きていた。防弾性の防具でも腹部にあったのか、HPは削られている様に見えない。

 

 

「ーーーんのアマァァァァァァ!!!」

 

 

撃たれたことに逆上して男は〝H&K MSG90〟とアサルトライフルを投げ捨てて殴りかかってきた。簡単に怒り過ぎだと思うが恐らく初心者の私に撃たれるとは思っていなかったのだろう。最初と言っていることが違い過ぎてーーーそして、このタイミングで()がやって来た事に笑えてくる。

 

 

「ーーー反撃されたからってブチ切れるのか?それでも男かよ、程度が知れるぞ」

 

 

2度鳴り響いた轟音、〝弾道予測線(バレットライン)〟を伴わない2発の弾丸がその音に恥じない威力で男の両肩を喰い千切る。

 

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「よぅ、大丈夫か?」

 

「なんとかね……」

 

 

両腕を失った痛みからなのか男は床を転げ回りながら悶え苦しみ、その後ろからウェーブが〝デザートイーグル〟を片手で弄びながら現れる。タイミングが良すぎるので狙っていたのでは無いかと疑ったが、その顔には間に合った事の安堵が浮かんでいたので違うと分かる。

 

 

「お前ぇ……!!お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「五月蝿いな、どっからどう見ても絶体絶命だろうが?潔く終われよ」

 

「余裕かましていられるのも今の内だぞ!!今に俺の仲間がやって来るからな!!」

 

「仲間って外にいた連中か?()()()()()()()()()?」

 

「……は?」

 

 

ウェーブの言葉が信じられないのか、男は呆けた様な声しか出せなかった。つまりウェーブは後ろから来た集団を倒した後にシュピーゲルと合流して外の奴らを倒し、1人足りない事に気がついて私のところに来てくれたらしい。

 

 

「死んでると思わなかったの?」

 

「死ぬかもって思ったから全力で来たんだよ。それに約束したしな」

 

 

約束というのはアレだろう、絶対に助けるからそれまで生き残れというやつ。初心者の私1人では死ぬに違いないのに、彼は私が生きていると信じて助けに来てくれたのだ。

 

 

その事が、少しだけ嬉しい。

 

 

「んじゃ、そういう事で」

 

「待って」

 

 

〝デザートイーグル〟の銃口を男に押し当ててトリガーを引こうとしたウェーブを止める。ウェーブは怪訝そうな顔になりながらも私の言葉に従ってくれ、男は助かるかもしれないと希望を抱いたのか安心した様子を見せた。

 

 

そんな考えを裏切る様に男の頭に拾い上げた〝H&K MSG90〟の銃口を押し当ててトリガーを引いた。

 

 

発射された弾丸が男の頭を弾き飛ばし、ポリゴンとなって消え失せた。ウェーブはその光景を見て、予想外だったのか珍しく呆気に取られた顔をしている。

 

 

「ーーー私は強くなる。弱い自分に、過去に負けないくらいに」

 

 

そして決意を口にしながら〝H&K MSG90〟をウェーブへと向ける。トリガーからは指を退けているので誤って撃つことも無い。ウェーブもそれを分かっているからなのか、銃口を向けられているのに焦っていない。

 

 

 

「だからーーー私は貴方を倒す。そのくらい強くなれば、きっと、私は弱い自分に、過去に勝てるから」

 

「ーーークハハッ!!素敵な啖呵をありがとうよ」

 

 

私の無謀とも言える決意を聞いてウェーブは遊び相手が見つかった子供の様に楽しそうに笑っていた。だけどその目は真摯に私のことを見つめていて、侮蔑の色を一切見せない。私がウェーブよりも弱いと分かりきっているのに、見下さずに対等な相手として見てくれている。

 

 

「あぁ、だから俺も約束しようーーー俺はシノンに負けるまで誰にも負けないってな」

 

 

〝デザートイーグル〟の銃口が向けられる。安全装置が作動していて、トリガーに指を乗せられていないから彼も撃つつもりは無いのだろう。そんな事よりも、私の決意に対して真剣に返してくれた事が嬉しかった。

 

 

「約束よ?」

 

「安心しろ、気に入った相手との約束は何があっても守るさ……気に入らなかったら破るけど」

 

「ダメじゃない」

 

 

冗談の様に紡がれた言葉が可笑しくて私はつい笑ってしまった。

 

 

それはゲーム内とはいえ、久し振りに心の底から出た笑いだった。

 

 

 






というわけでシノのん初戦闘。原作だとガンガンプレイヤー撃ってたシノのんだけどトラウマの事考えたら無理なんじゃないかなって考えてオリジナルぶっ込んでみた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去と過去

 

 

ーーー夢を見た。それは過去の出来事、俺が唯一悔いている出来事。

 

 

周囲が森に囲まれた家の裏手で2人の子供がいた。

 

 

1人は血溜まりに沈み、口から血を流している。

 

 

1人は両腕が砕けた状態でそれを泣きそうな顔になりながら見下している。

 

 

見下している子供は何かを口にしようとしているが、漏れるのは声にならない嗚咽だけ。

 

 

それを血溜まりに沈んでいる子供は悲しげに微笑み、最後の言葉を口にする。

 

 

『不知火……▪️▪️▪️▪️』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー糞みたいな目覚めだな」

 

 

あの時のことを夢に見て、頭痛と吐き気を催す最悪の気分で目を覚ます。夢見が悪かったからなのか、夏が近づいて気温と湿度が上がったからなのか、身体は汗で濡れていた。体調不良を理由に学校を休む事を決めてシャワーを浴びる。

 

 

そして学校へ連絡しようとしてスマホを手に取った時に、クラスメイトから誘われて入れていた通信アプリにメッセージが入れられている事に気がついた。

 

 

「〝悲報。学校に人殺しがいる〟、ねぇ」

 

 

俺の事かと興味を惹かれたが中身を確認すれば別の人間らしい。名前を出すことは憚られたのかイニシャルと思われるAという少女が5年前に東北で強盗事件に遭遇し、犯人の男性を銃で射殺したらしいという旨が書かれていた。何人かが嘘じゃないかと言っているが証拠として挙げられていたURLを開けば、5年前の日付の新聞が乗せられたページに辿り着く。確かにそこには男性が郵便局に押し入り、射殺された事が書かれていた。

 

 

「くだらねぇ」

 

 

続く書き込みを読む価値無しと判断して学校への連絡を済ませる。ベットに倒れ込み、俺の頭に浮かび上がったのは朝田だった。彼女は銃に対してトラウマを抱えている。それから銃に関わるトラブルに巻き込まれたと考えていたが本当の事だったらしい。問題なのはこの話が広まる事だ。

 

 

真偽なんて集団はどうでもいいのだ。ただ興味を惹かれた事を面白半分で掻き立てるだけ。同じ学校に通う者が人を殺した事があるなど、彼らに取っては格好の獲物に過ぎない。面白半分に噂を広め、面白半分に尾ひれ背びれを付け、面白半分で朝田の事を責め立てる。まだ十代で未成熟の少女にとってそれは地獄と同じだろう……いや、東北からわざわざこちらまで出てきたと言うことは地元に居られなくなったからと考えれば彼女はこの地獄を経験しているのかもしれない。それでも辛い事には変わりは無いはずだ。

 

 

助けたいと思うーーー()()()()()()()

 

 

これはあくまで彼女の問題だ。部外者の俺がどうこうしたところで事態は変わらないし、彼女は救われない。彼女が自分の力でどうにかしないと問題は解決しない。無論背中は押すし、手を差し伸べるが、それでも前へと進むのは彼女の意思で無くてはならないから。

 

 

「はぁ……ダル」

 

 

そう結論付けて、少しでも身体を休めようと再び寝る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バレてしまった……いや、正確に言えばバラされたと言うべきか。5年前の事が学校中へと広められてしまった。

 

 

誰がこれをしたかなんて簡単に予想が出来る。私が友達だと思い、私を利用するために近づいてきた遠藤さんたちしか居ない。恐らくは報復行為のつもりなのだろうか、わざわざ地方の新聞にしか載っていない様な事件まで調べるとはご苦労としか言えない。

 

 

学校に噂が広まった事により生徒は誰も私には近づかずに、教師も噂の真偽を知る為に私を呼び出して以降は直視を避ける様になった。

 

 

それに対して私は何も感じない。ただ、ここに来る前に戻っただけなのだから。自分を救えるのは自分だけ、寧ろ周囲の全てが敵であった方が強くなれると信じている。

 

 

でも、そう考えている私でも、遠藤さんたちに利用された私でも、信じたい人はいる。

 

 

漣君と新川君……私がGGOをプレイするキッカケになった2人だ。

 

 

2人は端的に言えばキチガイだ。漣君は普段は猫でも被っているのかマトモな人間を装っているが新川君と私だけの場合だと良くその皮と自重を投げ捨てた言動を取るし、新川君も彼に汚染されたのか似た言動を取っている。

 

 

新川君とはGGOを通して知り合ったが、漣君に関してはリアルでの邂逅の方が先だった。

 

 

遠藤さんたちが私の部屋に入り浸り、挙句知らない男を複数呼んでいて、利用されたと理解した時に彼は眉間に皺を寄せながら隣の部屋から出てきた。土曜日なのに学校に行っていたのか制服姿だったので同じ学校の生徒であると一目見て分かった。

 

 

そして彼は私が隣の住人である事と、騒いでいる人物との関わりを確認した。前者には肯定、後者には迷った末に否定をした。その様子で事態を察してくれたのであろう彼は私を自分の部屋へと隠し、大人しくしている様にと言って私の部屋に入っていった。

 

 

そして数十秒後には私の部屋にいた全員が顔を青くしながら裸足で逃げ出していった。その様子が尋常じゃなかったので何をしたか彼に聞いてみたが話しをしただけだと言っていた。彼と友人になった今なら分かる、多分肉体言語で話したのだろう。それが彼との始まりだった。

 

 

それが銃へのトラウマを知られて、GGOに誘われ、気が付けば友人になっていた。聡い彼のことだからもしかしたら私が人を殺し、それが原因でトラウマになったと察しているのかもしれない。

 

 

それが真実だと知って、彼らはどう思っているのだろうか。それが気になって仕方がない。

 

 

勉強が出来る様な状態では無かったのでそれを理由に早退する事を担任に告げて帰る事にする。新川君はまだ学校にいるが、漣君は体調不良を理由に休んでいるとメールが来た。半日ほど眠って回復してGGOをしていると言っていたが。

 

 

先送りにしても解決しないと分かっているので早退する事と今から話したいことがあるとメールを送り、GGO内で待ち合わせる事にする。

 

 

そして寄り道もせずに部屋へと帰り、アミュスフィアを被ってGGOへログインした。

 

 

「ーーーよぉ」

 

 

ログインして出迎えてくれたのはタバコを咥えて壁に縋っているウェーブの姿。その見た目と相まってモデルの撮影のポージングに見えなくも無い。

 

 

「フィールドが良いか?それともそこらの店の中か?」

 

「……フィールドに行きましょう」

 

 

〝SBCグロッケン〟の中にはクレジットを払う事で外から話が聞こえないプライベート空間を借りる事が出来るが聞かれない可能性はゼロでは無いのでフィールドに出る事を提案する。

 

 

それをウェーブは何も言わずに、頷いてフィールドに向かって進んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〝SBCグロッケン〟から東に数キロほど離れたフィールド、廃墟が立ち並ぶ廃墟エリアと呼ばれる場所に私たちはいた。エネミーの湧きの関係で人気が無く、時間が時間なのでこのエリアにいるプレイヤーは私たちだけの様だ。

 

 

「ーーーで、話したい事って?」

 

 

徘徊していたエネミーを瞬殺し、〝索敵〟を使って誰もいない事を確認してからウェーブはそう切り出した。

 

 

「……貴方、あの話を聞いたでしょ?」

 

「……お前が人を殺したって話か?」

 

「……」

 

 

その言葉に頷いて肯定する。腕を組んで瓦礫に座ったウェーブは別段変わった様子を見せない。だけどいつもの様な笑みを浮かべずに、真顔で話を聞いていた。

 

 

「どう思ったの?」

 

「……ふぅ〜」

 

 

問われたウェーブは即答する事なく新しいタバコを咥えて煙を吐き出す。VRMMO内ではリアルには影響を及ぼさないという理由でタバコやアルコールの年齢制限は解除されている。噂によれば〝倫理コード〟とかいう物があるらしいが詳しくは知らない。

 

 

長々と煙を吐き出し、たっぷりと間を開けてウェーブは、

 

 

「ーーーやっぱりなって思った」

 

 

至極簡潔な一言だけを口にした。

 

 

「そう……」

 

「おう」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……え?それだけ?」

 

「それだけだけど?」

 

 

あまりにも簡潔な一言で済ませられた事に呆気に取られてしまう。

 

 

やっぱりーーー私が人を殺した事を推測していて、それが事実だった。それだけだと言ったのだ。

 

 

「それだけって……私は人を殺したのよ?」

 

「ああそうだろうな……で、それがどうした?」

 

「それがどうしたって……」

 

「……これから話すことは倫理観のイカれたキチガイの戯言だ。聞き流してくれ」

 

 

ウェーブはそう前置きをして吸い尽くしたタバコのフィルターを捨てる。いつもなら見せないはずの真剣な表情を見せられて私は口を閉ざす。

 

 

「別にシノンが誰を殺そうが俺は気にしない。だってーーー俺も、()()()()()()()()()()()

 

「ーーー」

 

 

その言葉を聞いて絶句してしまう。ウェーブは戯言などと前置きしていたがその言葉に嘘は無いと理屈ではなく直感で理解出来てしまった。

 

 

つまりーーー彼は、()()()()()()()()()()()

 

 

()()()()()()()

 

 

「ってか殺した殺してないっていう段階なんてとうの昔に過ぎ去ってるんだよ。ぶっちゃければうちの爺さんも母さんも殺しは経験してるぜ?」

 

「ごめん、ちょっと理解が追いつかない」

 

 

ウェーブが私と同じだと分かり、どうしようか迷っていたところにとんでもない発言が飛び出してきた。どうやら彼の家族は全員殺人を犯した事があるらしい……言葉にしてみてもどうしようもなくぶっ飛んでた。

 

 

「お家の都合でそういうことも自分の意思でやってたんだよ。それと比べればシノンの殺しなんて優しい方だ。お前の事だから、誰かを守ろうとして立ち向かおうとして結果的に殺してしまっただけだろ?」

 

「……そうよ」

 

 

あの頃の私はお母さんを守らなくてはと考えていた。交通事故により精神が逆行してしまったお母さんは傷付き易く、外の世界はお母さんを脅かす存在で溢れていると信じていたから。だから私はあの時、犯人に立ち向かって銃を掴んだ。

 

 

「だったら気にしねぇよ。自分から殺そうとしたのならまだしもそうやって誰かを守ろうとしてならな。てか気にしている余裕なんて無いんだよなぁ……うちの爺さん多分3桁くらいコロコロしてるし、母さんに至っては海外でコロコロしてそうだし……」

 

「えっと……その、ごめんなさい」

 

「大丈夫大丈夫、その内復活するから」

 

 

自分の家族を思い出しているのか頭を抱えて項垂れているウェーブの姿は新鮮だった。話を聞く限り、ウェーブの家族はウェーブを超えたキチ具合の様だ。ウェーブの家族だったら仕方無いと納得している自分がいる。

 

 

「……良し、復活完了!!んで、何が言いたいのかって言うとだな!!俺はシノンが誰を殺してようが気にして無いし、それに踏み込む様な事はしない!!だけど1人で耐えられなくなったら支えるくらいはしてやるから頼れ!!以上!!」

 

「支えるって……自分が助けるとか言わないのかしら?」

 

「俺は所詮は部外者だからな、その問題はシノンが解決すべき事だろ?頼りたいなら頼ってくれ、支えて欲しいのならそう言え。全力で頼られてやるし、立ち直るまで支えるから。それでもダメなら……助けてくれる王子様が来るのを待つんだな」

 

「王子様って……ウェーブは違うの?」

 

「いや、流石に白馬に跨って高笑いするカボチャズボンに赤マント装備とかいう変態にはなりたく無いんで」

 

「……普通なら憧れの存在のはずなのにそう聞くとレベルの高い変態に聞こえるのはなんでかしら?」

 

「そういう風に話しているからな」

 

 

そう言って頭を抱えていたはずの彼はいつの間にか立ち直り、いつも通りのヘラヘラとした笑みを浮かべてさっきまでの真剣な表情など嘘だった様にしている。だけど私の頭の中には、彼の真剣な表情が焼き付いていた。

 

 

「ーーーッ!!」

 

「……騒がしくなったわね?」

 

「あ〜つけられたか?最近暴れ回ってたからな……」

 

「そう言えばスレで挙げられてたわよ?〝GGOにキチガイ現る!?〟だったかしら?」

 

「マジで?ALO時代にも似た様なスレ挙げられてたんだけど……何故みんな俺をキチガイ扱いしたがるんだ?」

 

「常識を持った人から見て貴方の言動がキチガイ以外の何者でも無いからよ」

 

「解せぬ」

 

 

恐らくは演技であろう絶望し切った様な表情を浮かべてながらウェーブはカスタマイズし尽くされた銃身の下に銃剣の様にナイフが取り付けられた〝デザートイーグル〟を二丁ホルスターから抜く。ウェーブは二丁拳銃の上に普通ではあり得ないような超至近距離というGGOではあり得ない戦い方をするから注目されていると理解しているのだろうか?彼の事だから理解した上でやっていそうだが。

 

 

「負けないでね?」

 

「そちらこそ」

 

 

背負っていた〝FN バリスタ〟を引き抜いて〝デザートイーグル〟の銃身に銃身をぶつける。

 

 

そしてバイクに乗りながら現れた集団の先頭に向かって〝FN バリスタ〟と〝デザートイーグル〟の銃口を向け、同時にトリガーを引いた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冥狼

 

 

01:通りすがりのスレ主

このスレはGGOプレイヤーの中で最強のプレイヤーは誰かを予想をするスレッドです。

 

 

02:通りすがりのガンマン

スレ立て乙でーす。

 

 

03:通りすがりのガンマン

乙乙。

 

 

04:通りすがりのガンマン

お、また最強スレ立てたのか。

 

 

05:通りすがりのガンマン

BoB終わったばかりなのにご苦労様です。

 

 

06:通りすがりのガンマン

終わったばかりだから立てたのカモナー。

 

 

07:通りすがりのガンマン

にしても最強か……俺はゼクシードかな?第2回で優勝してたし。

 

 

08:通りすがりのガンマン

俺は闇風さんだな。ゼクシードに負けたけどあれはバトルロイヤルだったからと考えてる。一対一ならあのスピードに誰もついてこれないだろ。

 

 

09:通りすがりのガンマン

シュピーゲルを推させてもらおうか!!

 

 

10:通りすがりのガンマン

あ〜確かにシュピーゲルはBoBで暴れ回ってたからな……お土産グレネードはユルサナイ。

 

 

11:通りすがりのガンマン

ここにも〝爆弾魔(ハッピーボマー)〟の被害者が……

 

 

12:通りすがりのガンマン

でも実際AGI特化でグレネード置いて逃げるのはヤバイんだよな……決勝じゃショットガンでズッコンされて死んでたけど。

 

 

13:通りすがりのガンマン

AGI特化の宿命よな……あ、私はシノン様で。

 

 

14:通りすがりのガンマン

〝氷の狙撃手〟か。

 

 

15:通りすがりのガンマン

狙撃手(スナイパー)なのに本戦じゃアサルト持ってたよな?

 

 

16:通りすがりのガンマン

ランダム配備だったから戦闘に巻き込まれる事警戒してたんじゃね?

 

 

17:通りすがりのガンマン

その結果、狙撃手(スナイパー)なのに狙撃手(スナイパー)にやられるという悲しい事になってたな……

 

 

18:通りすがりのガンマン

シノンって言ったらアンチマテリアルライフル使ってなかったっけ?

 

 

19:通りすがりのガンマン

確か慣れてなかったから使わなかったって聞いたぞ?だから第3回じゃ使うと思われる。

 

 

20:通りすがりのガンマン

ピトフーイだな。レア銃山ほど持ってる上にプレイヤースキルがヤヴァイ。俺の友達、ピトフーイを怒らせたかなんかして狙われて一月くらいPKされてランダムドロップでアイテム無くなったって嘆いてた。

 

 

21:通りすがりのガンマン

御愁傷さまとしか言えないな……あ、俺はダインさん。

 

 

22:通りすがりのガンマン

ふ……フハハハ!!敢えてかは知らないが出てこなかったプレイヤーを推させてもらおう!!ウ ェ ー ブ だ !!

 

 

23:通りすがりのガンマン

この野郎……キチガイ投下して来やがったぞ!!

 

 

24:通りすがりのガンマン

ぶっ壊れると思って挙げなかったのに!!

 

 

25:通りすがりのガンマン

この人でなしィ!!

 

 

26:通りすがりのガンマン

でもマジでウェーブって強いんだよな。この間、1人でスコードロン壊滅させてるとこ見たぞ。

 

 

27:通りすがりのガンマン

しかも二丁拳銃でガン=カタとかいう戦闘スタイルでどうやってるか知らないけど〝弾道予測線(バレットライン)〟が出ないしプレイヤースキルもピトフーイ以上だと思われるし……なんだこのチートは(呆れ)

 

 

28:通りすがりのガンマン

最近、ウェーブと一緒にダンジョンアタックしたけど普通に良い人だったぞ?

 

 

29:通りすがりのガンマン

あのキチガイと戦ってる……だと……!?

 

 

30:通りすがりのガンマン

でも良い人っていうのは間違ってないと思うぞ?グロッケンで見つけて話したけど飯おごって貰ったし。

 

 

31:通りすがりのガンマン

勇者だ!!勇者がここにおわすぞ!!

 

 

32:通りすがりのガンマン

キチガイの思考は分からんな……

 

 

33:通りすがりのガンマン

でもなんでウェーブは第2回に参加しなかったんだろうな?出てたら優勝してただろうに。

 

 

34:通りすがりのガンマン

リアルの都合が悪かったんじゃないのか?あのキチガイがBoBに参加しない理由なんてそのくらいしか思いつかない。

 

 

35:通りすがりのガンマン

あぁ、第2回の後でキチガイが荒れてたのってそういう。

 

 

36:通りすがりのガンマン

あのキチガイのせいで一体何人のプレイヤーが犠牲になったことか……

 

 

37:通りすがりのガンマン

つまり、第3回には参加するんだな?(絶望)

 

 

38:通りすがりのガンマン

へっ、震えが止まらないぜ……!!(恐怖)

 

 

39:通りすがりのガンマン

出るつもりだったけど止めようかな……(遠い目)

 

 

40:通りすがりのガンマン

なんでキチガイの名前が出ただけで犠牲者が出てるんだよ……

 

 

41:通りすがりのガンマン

それがキチガイクオリティー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーヤッホー」

 

「ーーーお、来たか」

 

 

待ち合わせをしていた人物から声を掛けられたので咥えていたタバコを踏み潰す。

 

 

やって来たのは褐色肌の長身の美女。黒髪をポニーテールに纏め上げ、スレンダーな身体を強調させるSF映画にでも登場しそうなボディースーツで包んでいる。そして特徴的なのは両頬に刻まれたタトゥーだろう。

 

 

初めて話しかけられた時にはその見た目も相まって危ない奴かと警戒したが、予想していた通りに危ない奴で気があったのでそのままフレンド登録したのは記憶に新しい。

 

 

「エムはどうしたんだ?」

 

「リアルの方で用事があるってさ。それでいつになったら〝オルトロス〟ちゃんくれるの?シノンちゃんに会わせてくれるの?」

 

「やらねぇし会わせるかよブァーカ」

 

 

出会い頭に巫山戯た事を言われるが、それはいつもの事なのでこちらもいつも通りに中指を立てて対応してやる。

 

 

俺が大切にカスタマイズした結果、銃身の下に銃剣のようにナイフが取り付けられた〝デザートイーグル〟ーーー改名〝オルトロス〟を欲しがり、シノンに会わせろと強請る彼女の名前はピトフーイ。RMTが搭載されているGGOでは多くのプレイヤーがクレジットを現金に換えているのに対して、リアルの財力に物を言わせて銃を掻き集めている銃狂い(ガンマニア)だ。ついでにGGOで最古参のプレイヤーらしく、上から数えた方が早いくらいの実力を持っている。

 

 

「おんや?良いのかい、雇い主にそんな口を聞いちゃって?渋るよ?報酬渋るよ?」

 

「犬とお呼びくださいお嬢様」

 

 

いつもつるんでいるシノンとシュピーゲルと離れてピトフーイといる理由は頼まれたからだ。散財してしまったのでクレジットが心もとなくなり、ランダムドロップに期待してフィールドにいるスコードロンでも狩りに行こうかとしていたところに話を持ちかけられたのだ。内容が内容だったので受けるかどうか迷ったが、報酬を聞いて迷わずに頷いてしまったのだ。

 

 

お金には勝てなかったよ。

 

 

「それで、アップデートで出た銃を探しに行くんだっけか?」

 

「そうそう、話によれば新しいアサルトライフルが追加されたらしいからドロップするまで周回するのよ」

 

「ドロップするまで、それか12時間アタックして出なかったらそこで終わりで良かったよな?」

 

「その通り。弾代は報酬とは別で出してあげるから思う存分暴れて頂戴」

 

「気前の良いことだ」

 

冥狼(ケルベロス)の戦いが見れるのなら安い出費よ」

 

「はぁ……なんでそんな二つ名が付いたんだか」

 

 

冥狼(ケルベロス)〟、それがGGOで付けられた俺の二つ名だった。なんでも俺の使っている〝オルトロス〟と、二丁拳銃でガン=カタ決めるスタイルからピトフーイが思い付き、面白半分で広めた結果定着してしまったのだ。半月程所構わずに襲撃しまくって気晴らしはしたが〝冥狼(ケルベロス)〟という二つ名は残ったままになってしまった。

 

 

それでもALO時代に付けられた〝辻斬り野郎(キルハッピー)〟よりはマシだと思う。でも出来ることならシノンみたいな感じの方が良かった。

 

 

「ところで誘っといてなんだけど時間とかは大丈夫なの?」

 

「週末だから問題無し。まぁその後でシノンとシュピーゲルと約束してるからそれまでに終わって欲しいけどな」

 

「良いな〜シノンちゃんとシュピーゲル君に会うのか〜……」

 

「そんな物欲しそうな顔しても会わせないからな?初対面でシノンになんて言ったか覚えてるか?」

 

「えっと確か……初めまして!!その銃頂戴!!だっけ?」

 

「即答で断られた上にシュピーゲルからプレゼントグレネードされてただろうが……良く何度もアタック出来るな」

 

「だって欲しいから!!」

 

「自力でドロップしろよ」

 

 

ピトフーイの事だから時間をかけるか、シノン以外のプレイヤーにクレジットを見せびらかせば手に入りそうなのだが良くも悪くも彼女は一途で、シノンから手に入れると決めているからそれ以外の方法で手に入れようとしない。

 

 

その際でリアルで愚痴を聞かされる事になるから正直言ってやめて欲しい。

 

 

「それじゃ、行きますか」

 

「アイアイ」

 

 

意気揚々と歩き出したピトフーイに呆れながらその後ろをついて歩く。

 

 

GGOをプレイしてから数ヶ月経って12月に入った。来るべき最強を決める祭典〝第3回BoB(バレット・オブ・バレッツ)〟へ募る期待と興奮を押し殺しながら、俺はピトフーイに従いフィールドへと足を踏み出した。

 

 

 






初めてのスレッド形式。こんな感じで良いのかな?

作中では時間を飛ばして12月入り、つまり原作開始なのだよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼女の現在

 

 

「ーーー貴女達に渡すお金なんて無いわ」

 

 

寒くなり防寒着が手放せなくなってきた12月、いつも通りに誰からも腫れ物扱いされる学校からの帰り道に引きずり込まれた路地裏で過剰な化粧とアクセサリー、そして丈の短いスカートを着た同じ学校の生徒……かつて私を利用しようとして、今も金ヅルとしか見ていない遠藤にそう断言した。

 

 

学校が終わってから30分でカラオケを歌って電車代が無くなったからと一万円も要求してきたのだ。定期カードを持っているだろうとか、電車代に一万円もいらないだろうとか矛盾は数多く上がってきたがそれを指摘したところで逆上されるのは目に見えている。

 

 

「へぇ」

 

 

その拒絶を聞いて目に加虐的な光を宿した遠藤は立ち上がり、私の目の前に立つ。取り巻きの2人は私を逃さない為にか背後に回っている。それに漣君を警戒してか、遠藤の背後には下卑た笑いを浮かべながらタバコを吸っている男たちの姿も見えた。

 

 

弱者をいじめ、アウトロー気取りの彼女達であるが直接的な手段に出るとは考えにくかった。何故なら彼女達は私や漣君のように一人暮らしをしているわけでなく実家で暮らしている。何か問題を起こせばすぐに保護者が飛んでくると理解しているから。

 

 

「ーーーバァン」

 

 

だから暴力的ではなく精神的に、彼女は私を傷付けにきた。

 

 

握られた右手の親指と人差し指を立てるという銃のような形を作り私に突きつけ、口で銃声を真似した。それだけ、それだけで私の全身からは熱が消え失せる。脳が揺れて平衡感覚が怪しくなり、視界が歪むのに目は銃口の人差し指から話せない。銃声を聞いた時には吐き気が込み上げてきて反射的に口を塞いだ。

 

 

GGOをプレイして数ヶ月経ち、上位プレイヤーとして数えられるようになった私だが、現実ではまだ弱いままだった。シノンなら銃を持っても、銃を撃っても平然としていられる。なのに朝田詩乃は子供の遊びのような物でこうして発作を起こしてしまう。

 

 

強くなりたいーーー弱い自分に負けないくらいに。

 

強くなりたいーーー過去に押し潰されないくらいに。

 

強くなりたいーーー1人でも生きていられるくらいに。

 

 

そう思いそう願って生きていたはずなのに今の自分は弱いまま、発作を起こして過去の出来事がフラッシュバックする。思い出してはいけない、考えてはいけないと意識すればする程にあの時の事が鮮明に蘇ってしまう。

 

 

そんな私を見て、遠藤は後ろにいた男たちに何やら指示を出す。それを聞いた男たちは下卑た笑いを一層深めながら立ち上がり、私に迫ってきた。逃げなくちゃ、逃げてはいけない、弱い自分の声と強くなりたい自分の声が頭の中に響き渡るが私は何もする事ができないでいた。

 

 

「ーーー何やってんの?」

 

 

だから、彼の声が聞こえた時に素直に嬉しいと思ってしまった。大きくは無いが自然と良く通る声が耳に届き、グチャグチャになっていた頭の中を鎮めてくれる。

 

 

「漣、くん……」

 

 

振り返れば私と同じ学校帰りで制服姿の漣君が呆れたような表情を浮かべて立っていた。実際に呆れているのだろう、大勢で私を囲んでいる遠藤たちの事を。

 

 

「漣ぃ……ッ!!」

 

「えっと、ゴメン、どちら様?生憎、そんなケバケバしい顔面の持ち主の知り合いはいなくてね」

 

 

遠藤は漣君を親の仇でも見るような目で睨んでいるが、漣君は本気で遠藤の事を知らないような素振りを見せている。記憶力が良い彼だがその反面興味が無い出来事は全く覚えていない。彼にとって彼女たちは興味を惹く存在では無かったのだろう。

 

 

「おいおい、ガキが突っ込んで来るなよなっ!!」

 

 

私に迫っていた男の1人が漣君に近づき、不意打ちのつもりなのか話しながら殴り掛かってきた。指にはアクセサリーが嵌められていて、殴られたら相当なダメージを受けるのは目に見えている。

 

 

もっとも、そんな不意も突けていない不意打ちなんて彼には通じないのだが。

 

 

首を傾げて拳を躱し、股を蹴り上げた。男の両足が地面から浮き上がり、着地と同時に崩れ落ちて動かなくなる。その光景を後ろで見ていた男たちは全員内股になる。あれは痛いと思う。昔に好奇心で私のお爺さんの股に竹刀を振ったのだが、あのお爺さんが情けない声をあげてその場から動かなくなったから。

 

 

「次は?」

 

「お、オォォォォォォ!!!」

 

 

怯えを拭うためにか叫びながら突進するが漣君はヒョイと躱され、足をかけられて顔から転ぶ。そして追撃で股を蹴り上げた。

 

 

「次来いよ」

 

「なんで股ばっか狙うんだよ!?」

 

「あ?女の子1人に対して集団で襲うとか玉無しだろ?つまり玉は要らないって事だろ?潰れても問題ないだろ?」

 

「やめてよぉ!!」

 

 

漣君の所業に思わず1人が泣き叫ぶが彼は止まらない。恐怖で足がすくみ来ないのなら自分からと集団の中に飛び込み、次々に股を蹴り上げていく。離れて見ているから分かるのだが彼は逃げ出そうとしている者を優先して狙っているが、彼らがそれに気付くことは無いだろう。

 

 

2分もすれば男たちは全員内股になりながらその場に倒れ、遠藤たちは逃げ出したのか姿を消していた。彼が来たからなのか、それともあんな光景を見せられたからなのか、発作は治って体調は元に戻っていた。

 

 

「大丈ーーー」

 

「ーーー朝田さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

 

一仕事終えたという風にやり切った顔をして振り返った漣君だったが横からドロップキックを決められて路地裏へと吹っ飛んでいった。突然の出来事で何があったのか理解できないでいるとドロップキックを決めた人物は華麗に着地し、私に抱きついて来た。

 

 

「朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん!!大丈夫ですか怪我してませんか気分は悪く無いですか貞操は無事ですか!?ごめんなさい!!私連れて行かれるところを見てたんだけどそこのキチガイが出動するの見えたから怖くなってーーー」

 

「ーーー反撃のドロップキ〜ック」

 

 

まくし立てるように話しながら私の身体を調べていた彼女だが、再起した漣君にドロップキックを決められて吹き飛ばされる事になる。よく見れば漣君の額には青筋が浮かんでいるので怒っているのだろう。

 

 

「痛かった……痛かったぞこのクレイジーサイコレズがぁ!!」

 

「このキチガイィ!!私と朝田さんとの時間を邪魔するんじゃない!!しかも乙女の顔面にドロップキックするとか正気!?」

 

「……乙女?朝田以外に居ないだろ?」

 

「ぶっ殺してやらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

いつものヘラヘラとした笑みを浮かばない無表情で言われて本当にそう思っていると錯覚した彼女はそう言って近くに落ちていた鉄パイプを握り締めて漣君に向かって行った……世の中には性格が合わない人も居るだろうから仲良くしろとは言わない。だけど煽って殺しに行くとか止めて欲しい。

 

 

鉄パイプを振り回し、残像を残しながら漣君に逃げられている彼女は金本紗耶香(かねもとさやか)。私の事が広まった後に知り合い、噂の事など気にしないと口にしている少女だ。

 

 

だけど同性愛者である。私の事を性的な意味で好いていて、油断をすればガチで貞操を狙って来る。過去に一度、自然な流れで襲われそうになった事があるが、その時は作りすぎた夕飯のおかずをお裾分けに来た漣君に助けられた。

 

 

「あ〜あ、またやってるよ」

 

「新川君……」

 

 

2人のやり取りを見ていると呆れた顔をしながら新川君がやって来た。漣君とは違い、現実では武芸を修めていないので足手まといになると考えて今まで出て来なかったのだろう。

 

 

私の過去が広まった時、私は新川君はきっと私から離れると思っていた。けど、彼は離れる事なくいつも通りの態度で接してくれた。その理由を話そうとしないが数少ない私と対等でいてくれる貴重な人である。

 

 

「ここの処理は僕がやっておくから朝田さんは帰って良いよどうせ発作を起こしたんでしょ?こんなところじゃなくてちゃんとしたところで休んだ方が良いからね」

 

「……そうさせてもらうわ。ゴメンけど漣君にお礼言ってもらえるかしら?直接言いたいのだけど……あれじゃあ……」

 

「完全におちょくってるねぇ……お、凄い。右に避けようとしてから左に避けた」

 

 

本当だったら直接お礼を言った方が良いのだが漣君は怒りで我を忘れている金本さんの相手で忙しそうだ。お礼を伝えるように新川君に託けて、好意に甘えさせてもらう事にする。

 

 

煽りながら笑っている漣君の声と金本さんの言葉にならない罵声、2人のやり取りを見て感心している新川君を残して私は路地裏からアーケードに出て家に帰る事にした。

 

 

最終的には発作を起こして漣君に助けられたが、遠藤たちの脅しに正面から立ち向かえた事に細やかな自信を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、スーパー行くの忘れてた」

 

 

部屋の前まで戻り、鍵を開けようとした時にスーパーで買い物するのを忘れていた事を思い出しながら。

 

 

 






BoB開始前の現実世界での一幕。さり気無くクレイジーサイコレズとかいう濃いオリキャラが登場してるけど、彼女にもちゃんと役割があるから。

この後シノのんは面倒だと思いながらスーパーまで戻って買い物を済ませました。その間にも修羅波とクレイジーサイコレズのじゃれ合いは続いていたらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

立ち向かえない過去

 

 

「あのクレイジーサイコレズめ……お陰で余計な時間食っちまったじゃねぇか」

 

 

金本をぶっ倒れるまで煽り続け、恭二と相談して取り敢えず金本だけをその場から離して残りの内股で倒れている連中はズボンを剥ぎ取り股間の上に頭を重ねるという精神的な仕置をしてその場に放置する事にした。そろそろ恭二が公衆電話から警察に連絡している頃なのでその場に駆け付けた警官が20人近い男たちが下半身を丸出しにしてそこに頭を乗せ合うという冒涜的な光景を目にする頃だ。

 

 

本当だったら恭二と一緒にゲームセンターに行くつもりだったが朝田がケバい顔面の女生徒に路地裏へ連れて行かれるところを目撃したので予定を変更した。元から助けるつもりだったが、朝田の気難しさを考えると最初から助けに行っても拗ねられるだけなので追い詰められてから助けるしかなかった。その際で発作を起こすまで放置する事になったが、あいつらの要求を正面からきっぱりと断っていたので精神的に成長しているようには思える。

 

 

だけど、トラウマを克服するまででは無い。その程度で克服出来るほど、彼女の心の傷は浅くは無い。確かに精神的に強くなった事は認めるが、少し前進しただけでしか無い。

 

 

「何かキッカケがあればな……」

 

 

朝田がトラウマを克服するのに必要なのは成長では無くてキッカケだと思われる。部外者である俺が見た限りでは、彼女は過去を恐れ過ぎているように見えるのだ。何かしらのキッカケがあれば、彼女は過去を拒絶するのでは無くて受け入れる事が出来る……そう考え、切り捨てる。何故ならそのキッカケはどんなものになるか分からないが間違いなく朝田の心を深く傷付ける物だから。下手をすれば精神崩壊まであり得る。その危険性を考えれば、どれくらいかかるのか分からないが今の方法でゆっくりと進めた方が良いに決まっている。

 

 

だってーーー()()()()()()()()()()()()()()

 

 

俺の時は母さんと爺さんによってキッカケを与えられたが一度精神崩壊を起こし、その後精神を再構築されるという外道じみた行為をされたのだ。俺もそれをやろうと思えば出来ない事は無いがしたく無いので候補にすら入れていない。

 

 

なるようになるかと結論付けて、夕飯の支度をしようとベットから腰を上げ、

 

 

「ーーーあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

隣から朝田の悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘かった、そうとしか言えないだろう。

 

 

現実で遠藤たちに立ち向かい、GGOで一対一でベヒモスというプレイヤーを倒して強くなったと勘違いしていた。もしかしたら、今の私なら過去と真正面から向き合い、ねじ伏せる事が出来るかもしれないと思い込んでしまった。

 

 

BoBの本大会に出場し、22位という不甲斐ない順位で敗れてから数日後にGGOの運営体である〝ザスカー〟という企業から私のゲームアカウント宛にメールが届いたのだ……英文で。漣君が読んでくれなかったら時間をかけて調べる事になっていたであろうメールにはBoBの参加賞品としてゲーム内で賞金かアイテムを、現実で〝プロキオンSL〟のモデルガンを、どちらかを選択しろという内容だった。

 

 

トラウマから賞金を選ぼうかと思ったが、GGOの荒療治の効果を確認するのに丁度良いと考えた。漣君か新川君に頼めば代わりに買って来てくれるだろうが申し訳ないと思って今まで遠慮していたのだ。そうして期限ギリギリまで悩んで、私は現実で〝プロキオンSL〟を受け取る事にした。

 

 

一週間後に国際郵便でそれは届き、偶々暇にしていた漣君に頼んでそれを開封してもらい、机の抽斗にしまってもらった。時折見ようと、触れようと考えるのだがどうしても尻込んでしまい、後回し後回しにしてしまった。

 

 

だけど今なら大丈夫かもしれない。そう考えて抽斗を開け、〝プロキオンSL〟を手に取った。

 

 

まだ始めの頃は平気だった。銃から冷気が伝わり、身体が震えてしまうが前に比べれば進歩していると実感出来た。シノンの私だったら指先で軽々と振り回せる様な重みだったが、現実の私にはまるで地面に縛り付けられているかの様な途轍もない重さを感じた。だけど、発作が起こる兆候は見られなかった。

 

 

改善されているーーーそう喜んだ時に()()は現れた。

 

 

緊張から冷や汗をかき、湿った生暖かさの中に誰かの気配を感じたのだ。その気配が誰のものなのかは察しがついてしまった。その瞬間から崩れだした。心臓が五月蝿いくらいに脈打って、頭の中がグチャグチャになり平衡感覚を失う。〝プロキオンSL〟を握っていたはずだったのに私の目はそれでは無くなっていた。

 

 

あの男を殺した黒い拳銃を……血塗られた〝黒星五四式〟を握っていてーーー

 

目の前には私が殺したあの男が立っていてーーー

 

生気のない顔で、光を宿していない瞳孔で私の事を睨んで来てーーー

 

 

「ぁ……ぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

そこで限界を迎えた。恐怖を思い出した事から発作が起きて呼吸が出来なくなり、同時に胃が激しく収縮するのを感じる。咄嗟に〝プロキオンSL〟を投げ捨てる事に成功したがそれでも発作は止まらず、歯を食い縛りながらユニットバスの中へと飛び込み、トイレの蓋を跳ね上げるのと同時に嘔吐した。

 

 

しばらく吐き続けてようやく胃の収縮が収まったが、その時には私はすっかり力尽きてしまった。落ち着いて来たものの体力は根刮ぎ持っていかれて指一本でも動かすのは辛い。でもこのままではいられないとなんとか力を振り絞って吐瀉物を流し、顔を洗い、口の中を濯いだ。

 

 

もう何も考えられない、考えたくないが、今も部屋の中にはあの忌々しい銃が転がっている。思考能力が無くなりつつある頭でタオルを使えば見えなくなるのではと考えてタオルを持って部屋に戻る。

 

 

するとそこには……

 

 

「……またもんじゃをリバースしたのか?」

 

 

制服のズボンとカッターシャツという学校帰りの格好をしている漣君が居た。制服の上着で包まれて見えないのは恐らく〝プロキオンSL〟だろう。彼は自分の身体で〝プロキオンSL〟を隠しながら、抽斗の奥へとしまってくれた。

 

 

「それと戸締りはちゃんとしとけよ?女の子の一人暮らしなんだからさ」

 

 

呆れた様に話す彼に言われて、帰ってから鍵をしていなかった事を思い出すがそれに反論するだけの余力は無い。フラフラと力無い足取りで彼に近づきーーーそのまま胸にすがり込んだ。

 

 

「ちょーーー」

 

「ーーーごめん……このまま……」

 

 

突然の事で驚いたのか尻餅をつき、漣君が慌てるという珍しい光景を目の当たりにするのだがそれを気にしている余裕は無い。

 

 

せめて動悸が収まるまで、

 

せめて呼吸が落ち着くまで、

 

せめて流れてる涙が止まるまで、

 

誰かに近くに居て欲しかった。

 

 

言葉にしなくても私の状態を見てそれを察してくれたのか、漣君は落ち着きを取り戻してあやす様に私の頭を撫でてくれた。

 

 

彼は何も言わない。カウンセリングを受けた時に医者たちが口にしていた同情的な言葉を言わない。きっとその言葉が逆効果だと知っているから何も口にしないのだろう。彼は、私の気持ちを知っているはずなのに、心から共感できるはずなのに、何も言わず、無言で私を受け止めてくれた。男らしい大きな手で、私の頭を撫で続けた。

 

 

そう言えば頭を撫でてくれたのなんでお母さんしかいなかったと思いながら、泣き疲れたからなのか私は漣君の体温で身体が温まるのを感じながら、彼の胸で眠ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしようかこれ……」

 

 

朝田の部屋から叫び声が聞こえて来たので駆けつけてみれば、ユニットバスへの扉は開きっぱなしでトイレに向かってしゃがみ込んでいる朝田の姿と、部屋の隅に転がる〝プロキオンSL〟のモデルガンを見た。それで何があったか察し、一先ずモデルガンをしまおうと制服の上着で包み込んだところで朝田がユニットバスから出て来た。

 

 

目は虚ろで、足元が覚束ない彼女の姿を見て下手な同情は逆効果だと考えていつも通りの態度で話しかけたのだが、モデルガンをしまったところで朝田に抱き着かれてしまった。極力人に頼らないスタンスを取っている彼女が泣きながらこのままでいて欲しいなんて言うから振り解く事なんて出来ず、成すがままにされていると朝田は泣き疲れたのかそのまま眠ってしまった。

 

 

朝田を起こすのは論外、発作を起こして精魂尽きている彼女を起こすなんて俺には出来ない。ポケットに入れていたスマホでGGOをプレイする事を約束していた恭二に朝田と共にログイン出来ない事を伝える。

 

 

「これって男として見られていないって事なのか……それとも男として見られているから頼られてるのか……」

 

 

個人的には後者だと凄く嬉しいのだが、それを知っているのはカッターシャツにしがみ付きながら眠っている彼女だけだ。

 

 

弱り切った子猫の様な印象を与える朝田の寝顔を眺めながら、どうか彼女が救われる日が来て欲しいと願わずにいられなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

予選開始前

 

 

総督府ーーー通称〝ブリッジ〟と呼ばれる建物の一室で、俺はテーブルの上に足を組みながら座っていた。今日は待ちに待った第3回BoBの当日、人が多くなる前に予選エントリーは済ませたので暇を持て余すことになる。そして俺は第3回にして初めてのBoB参加となる。

 

 

俺がGGOを始めた時にはすでに第1回目は終わっていて、それならば第2回に参加しようとしていたのだが爺さんからの急な呼び出しで帰省することになって参加出来なかったのだ。実家は山奥で、ネット回線なんてないからアミュスフィアを持って行かなかったのが運の尽き。光通信でパソコンを構っている爺さんを見てぶち殺そうかと思った。

 

 

思い出した事で殺意が溢れて来たが終わった事だと自分に言い聞かせて抑える。シノンとシュピーゲルはもう少ししてから来るだろう。問題があるとすれば、苦虫を噛み潰したような表情で俺の事を睨んで来る中肉中背の少女か。

 

 

「何見てんだよ、目ぇ潰すぞ」

 

「アバターがこんな美人モデルみたいとか……詐欺過ぎる。ちょっとザスカー訴えて来る」

 

「お前が負けて名誉毀損で賠償金払わされるところまで予想出来た」

 

「お前を訴えてやろうか?」

 

 

今の言動で分かったかもしれないがこいつは金本のキャラクターでネームはサヤ。わざわざシノンと遊びたいからと言う理由でアミュスフィアとGGOのソフトを揃えたという真性のガチレズだ。よく俺の事を憎しみの篭った目で見て来るが、恋敵とでも思っているのだろうか。

 

 

全くもって阿呆らしい……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

だけどそれを言うとこのガチレズは調子に乗るのは目に見えているので口にしない。

 

 

「つーかなんでお前いるの?BoBに参加するつもりか?そのクソザコで」

 

「シノンの応援に来たのよ。予選までの間でシノンの心と身体の緊張を解してあげようと思ったのに……」

 

 

こいつは一回捕まえて牢屋にでも入れた方が良いんじゃないかと考えながらシノンと言えない様な事をしている妄想に勤しんでいるサヤから視線を逸らす。1時間前だからなのか疎らであるが人は集まって来ている。自分の装備のチェックをしているプレイヤーがいれば、応援に来てくれた友人たちと話し合っているプレイヤーもいる。

 

 

BoB……廃人たちの集まりと聞いているが、どのくらいやれるのか気になって仕方がない。注目しているのはシノン、シュピーゲル、ピトフーイにエム辺りだが、運が良ければ他の強者と戦えるかもしれない。そう考えるだけで気分が高揚してくる。

 

 

「本当になんでこんな男がシノンと一緒にいるんだか……〝死銃(デス・ガン)〟にでも殺されれば良いのに」

 

「〝死銃(デス・ガン)〟って言ったらあれだろ?撃たれたら死ぬって噂の銃の事か?」

 

 

死銃(デス・ガン)〟、それは最近GGOのスレッドで名前が出て来たプレイヤー〝死銃〟が持つと言う銃の名前だ。〝死銃〟の持つ銃で撃たれたらリアルで死ぬという信憑性など欠片も無い噂話……だが、実際に〝死銃〟に撃たれたプレイヤーがそれ以降ログインをしていないらしい。

 

 

「あんなもんただの噂だろ?GGO内で撃たれたから死ぬって絶対に有り得ない」

 

「へぇ、なんでそう言い切れるの?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ナーヴギアだったら人を殺せただろうけど、後続機のアミュスフィアはその問題点を解決して売りに出してるんだ。もしこれでアミュスフィアで殺せるってなってみろよ、VRMMOは完全に排除される事になるぞ?」

 

「だったら、どうやったら殺せると思う?」

 

「アミュスフィアを使っていればどれだけ酷い事をされてもゲーム内だけで済まされて、現実には届かない。だったら現実で殺せば良い。ゲーム内で〝死銃〟が撃つ、それと同時に現実でそいつを殺す。そうすればあら不思議、〝死銃〟が撃ったから人が死んだ様に見える」

 

「ふぅん……でも、住所とかどうやって特定してるの?」

 

「知るか」

 

「キチガイに期待した私が馬鹿だった」

 

 

それから興味を無くしたらしく、サヤは盗撮したと思われるシノンのスクリーンショットを眺めて悦に浸る作業に入っていた。サヤから話を振って来たクセにと思うのだが、これ以上こいつに関わるとロクな事にならなさそうなので放っておく事にする。

 

 

時間が経って人が集まった事で俺に向けられる視線が多くなってくる。自意識過剰などでは無く、色んな意味で俺は有名だから視線を集めると理解しているが、流石に動物園のパンダになるつもりは無い。

 

 

予選まで時間があるのを確認し、一旦外に出ようとすると丁度そのタイミングで見覚えのあるプレイヤー2人が入ってくるのが見えた。出る前に彼女たちに一声かけようと完全にキマっている顔をしているサヤを放って2人に近づく。

 

 

1人は先日一緒に12時間耐久アタックをしたばかりのピトフーイ、もう1人は全身ピンク色とかいう痛々しい格好の低身長の少女。

 

 

なので迷わずに後ろから近づき、低身長の少女の頭を鷲掴みにして片手で持ち上げる。

 

 

「ーーーふぇっ!?」

 

「よぉロリータ、今日も掴み易いサイズの頭してるな?」

 

「ヤッホーウェーブ。〝オルトロス〟ちゃん売ってくれる気になった?」

 

「売るわけねぇよアホ」

 

「あの、ピトさん、助けて欲しいんだけど……あとウェーブさんも人の頭掴んだまま話さないで……」

 

 

頭を掴まれているのに冷静に話してくるピンクロリータの名前はレン。ピトフーイが見つけて来たお気に入りのプレイヤーらしい。

 

 

「んで、エムはどうした?このショッキングピンクロリータも出るのか?」

 

「ウェーブさん、私の扱い酷くないですか?」

 

「用事があるから後で来るってさ。レンちゃんは私の応援だからBoBには出ないよ」

 

「ピトさんも普通に話してないで助けて」

 

 

ピトフーイと一緒にHAHAHAと笑いながらレンを空中でブラブラさせるが飽きてしまったのでピトフーイに投げ渡す。言っても無駄だと知っているからなのか、レンは無言で抗議の視線を向けて来るがそれを無視する。

 

 

「ウェーブはもうエントリー終わらせたの?」

 

「あぁ。で、待ち時間が暇だから少し外に出て来る事にした」

 

「遅刻とか止めてよね?つまらないから」

 

「バーカ、これを楽しみにしてたのにそんなつまらない事するかよ」

 

 

ピトフーイは俺がこの日をどれだけ楽しみにしていたのか知らないだろう、第2回の時に爺さんの呼び出しにどんな気持ちで応じたのか知らないだろう。遅刻で参加出来なかったとかいう馬鹿みたいな事をするはずが無い。したらきっと、俺は()()()()()()()

 

 

俺の返事を聞いて満足したのか、飢えた獣の様な笑みを浮かべるピトフーイを残して〝ブリッジ〟を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーまずい……!!」

 

 

時計を見て現在の時刻が14時51分だと知り、私は焦りに駆られた。BoBの予選エントリーの締め切りが15時。それなのにここからエントリーを行なっている〝ブリッジ〟までは3キロはある。エントリー操作の時間を考えるとあと3分で〝ブリッジ〟まで着かないといけない。

 

 

予定では10分前に〝ブリッジ〟に辿り着いて余裕を持ってエントリー操作を終わらせるつもりだったのだが、時間潰しで街を散歩しているところで新規と思われる2()()()()()()()()()()を見つけたのだ。GGOという埃っぽくてオイル臭いゲームで女性プレイヤーは珍しいので親切心から思わず声をかけ、クレジット稼ぎのゲームを紹介し、装備の説明をしてあげた。なんでもBoBに参加する為にGGOへコンバートしたらしい。彼女たちは前は剣を扱うゲームでもしていたのか、銃よりも光剣に目を輝かせて即買いしていたのが印象的だった。

 

 

光剣をメインで使うならサブにハンドガンをと勧め、防具のオススメを教えて装備を整えたところで時間に気がついたという訳だ。マヌケと言うしかない。多分、ウェーブなら苦笑いでもするだろう。

 

 

「御免なさい、私たちのせいで……」

 

「何か、何か無いのか……!!」

 

 

()()()()()()()()が謝り、()()()()()()()が何か移動手段が無いか探すがそんな都合よく見つかるはずが無い。

 

 

「止まるんじゃなくて足を動かして!!」

 

 

そんな事で時間を使われるのなら必要無いとキツイ口調で怒鳴ってしまう。彼女たちがBoBに参加出来ないとしても事前の準備不足で済むが私はそうはいかないのだ。

 

 

BoBに参加する強者たちを倒して優勝する。そうすればきっと、私は弱い自分に、過去の記憶に打ち勝つ事が出来るから。

 

 

それに今回はウェーブが参加しているのだ。私は彼を倒すと誓った。彼はその誓いを聞いて、それまで誰にも負けないと約束してくれた。そしてその約束は今日まで守られている。だから、この大会で必ずウェーブを倒すと決めたのだ。何がなんでも参加しなくてはならない。

 

 

「お願い……間に合って……ッ!!」

 

 

いくら直線コースでゲーム内で息切れしないとはいえ、通行人を避けながら3キロを3分で走るのは厳しいものがある。それでも参加する為に懸命に足を動かしーーー車道を走っていた二輪バイクが私の隣で急停止をした。

 

 

「ーーーよぉ、遅刻しそうか?」

 

「ウェーブッ!!」

 

 

ゴーグルを外して現れたのは紛れも無いウェーブ本人。彼の事だからエントリーは済ませていて、時間潰しで街をバイクで走っていたと思われる。

 

 

「移動手段は何か無い!?」

 

「そこの2人もか?これだとあと1人が限界だし……どっちかマニュアル操作のバイクの運転出来る?」

 

「出来ます!!」

 

 

黒い長髪の少女がウェーブの言葉に反応する。リアルで免許でも持っているのだろう。アバターとはいえスキンは可憐な美少女なのに珍しい。

 

 

「ふ〜ん……じゃああそこにレンタルバイクの店があるからそこで借りてきて」

 

「分かりました!!行こう、()()()!!」

 

「うん!!」

 

 

2人はそのままウェーブが指差したレンタルバイクショップに向かって走り出す。私はウェーブが何か言うよりも先に、彼が乗っているバイクの後部座席に腰を下ろし、後ろから抱きついた。

 

 

「飛ばすからしっかり掴まっとけよ……!!」

 

「……ッ!!」

 

 

急発進した事でかかる負荷に耐えながらウェーブの身体に強く抱き着く。外見では女性にも見えなくは無いウェーブのアバターだが、それでも男性だからなのか身体付きは完全に男の物だった。

 

 

「どうですかねぇ!!お嬢様!!」

 

「……あは、あはは!!凄く気持ち良い!!」

 

 

風圧に負けないようにか怒鳴るように尋ねるウェーブに私は笑いながら応えた。時速は優に100キロを超えていて、景色が物凄い勢いで流れて行く。車道を走る他の車を右へ左へと躱しながらアッサリと追い越してさらに加速する。現実じゃあ出来ないような体験をして、思わず声に出して笑ってしまった。

 

 

「ねぇ!!もっと飛ばして!!」

 

「了解!!」

 

 

私のオーダーに彼は迷う事なく応じてくれ、バイクの速度がさらに上がる。後ろからは黒髪の少女が三輪バギーの2人乗りでついて来ている。これなら間に合うと安堵した。

 

 

ーーー彼に抱き着いている、それだけで高鳴る鼓動に気付かぬようにしながら。

 

 

 






ショッキングピンクロリータとかいうワードを引っさげてレンちゃん登場。だけどピトフーイの応援だけなので戦わないぞ!!

シノンが案内していた黒髪の少女と茶髪の少女……いったい誰なのか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

〝死銃〟

 

 

時速200キロというリアルでやったら逮捕間違い無しの加速を見せてくれた二輪バイクを〝ブリッジ〟手前の階段に止め、そのまま歩を進める。

 

 

すでに乗せていたシノンと、シノンが遅刻しかけた原因だと思われる2人のプレイヤーは予選エントリーの為に中に入っている。アバターで見たことの無い顔のはずなのに何処かで会ったことがある既知感を感じていた。恐らくあの2人はリアルか、それかALOで出会った事があるのだろう。それと黒髪の方が茶髪の方をアスナと呼んでいた。ALOにその名のプレイヤーが居るので、憧れて付けたので無ければ本人、そうなればもう1人の正体も分かってくる。

 

 

タバコを咥えながら〝ブリッジ〟の内部に入れば目に付いたのは巨大なモニターに流されている第3回BoBのプロモーション映像。興味が無いのでそこから視線を外せば、入り口の近い壁に設置されている操作パネルに向かって予選エントリーの操作をしている3人の姿があった。時間は14時54分なので、操作を間違えでもしない限りはエントリーには間に合うだろう。

 

 

「間に合ったか?」

 

「なんとかね……」

 

 

エントリーを終えたのか安堵しているシノンに話しかける。後ろからシノンの操作していたパネルに表示されている予選のブロックを確認すればFブロックだった。

 

 

「Fブロックか、俺はBだからやるとしたら決勝でだな」

 

「……ねぇ、約束覚えてる?」

 

「あんな素敵な啖呵を忘れるかよ。覚えてるよ」

 

「ーーーウェーブ、貴方は私が倒すわ」

 

「素敵な宣戦布告をありがとうーーー俺はシノンに倒されるまで、無敗であり続けてやるよ」

 

 

唐突に成された宣戦布告と向けられた戦意。それを受け止めて心地よいと感じながら、俺もまたシノンへ戦意を向ける。

 

 

挑むというのなら是非も無し、全力で叩き潰してやろう。

 

だけど、願わくば、全力を出した俺を超えて欲しいと思っている。

 

 

勝利と敗北を同時に求めるという二面背反。それを愚かしいと感じながら決して表には出さずに、いつもの様なヘラヘラとした笑みを貼り付ける。

 

 

そして、シノンが連れてきた2人もエントリーを終えたのかチラチラとこちらを見ている。

 

 

「で、そちらの2人さんは?」

 

「あぁ、BoBに参加する為にコンバートしてきたプレイヤーらしいのだけど……」

 

「えっと……初めまして、アスナです」

 

「キリト、です……」

 

 

茶髪の方がアスナ、黒髪の方がキリト……確定だな。アバターが違っていてもアスナは声がそのまんまだし、キリトの方は声質を変えているが作っていると分かる程度のものでしか無い。

 

 

「アスナ、キリトねぇ……初めまして、ウェーブです」

 

 

出来る限りの笑顔で、オモチャを見つけた子供の様な無邪気な笑顔で名前を告げた筈なのに2人は硬直し、見て分かる程に冷や汗をかきはじめた。よく見れば顔が青くなっている。

 

 

「う、ううううウェーブ!?」

 

「嘘ッ!?本当にウェーブさん!?」

 

「今年はどこで田植えしようかな?」

 

「本物だ!!この発言は本物のウェーブだ!!」

 

「他のゲームにコンバートしたって聞いてたけどまさかGGOだなんて……!!」

 

「ウェーブ、田植えって一体何したのよ?」

 

「ALOってゲームでな、サラマンダーって種族の奴らが矢鱈と俺のことを目の敵にして襲ってくるから地面に植えてスクショ撮ったのよ。今年は人参が豊作ですって文字と一緒に鍬を持ってな」

 

「……うわ〜」

 

 

ざっくりとした説明だったがその光景が思い浮かぶのかシノンの目がみるみるうちに死んでいく。一番初めに田植えしたのはサラマンダーだったけど二番目はシルフで三番目はウンディーネだったな。あの光景は今思い出しても笑える。

 

 

「話が終わったのなら控え室に行きたいのだけど……」

 

「う〜ん……もうちょっと待ってくれるか?久し振りに会ったから少しだけ話がしたいし」

 

「分かったわ。その代わり、ちゃんと控え室まで案内しなさいよ」

 

 

そう言ってシノンはホールの正面奥に設置されているエレベータに向かっていく。エントリーの締め切りが終わってから30分後に予選が開始される。準備の時間を考えれば15分前に案内すれば良いだろう。

 

 

「ーーーで、〝黒の剣士〟様と〝バーサクヒーラー〟がなんでGGOにコンバートしてBoBに参加してるんだ?」

 

 

人気が無いことを、聞き耳を立てているプレイヤーが居ないことを確認してから本題へと入る。キリトとアスナはALOで有名なプレイヤーだ。なにせ誰にもクリア出来ないと言われた〝グランドクエスト〟をクリアしたのだから。ALO以外にもゲームが出ているのに興味無しといった風だった彼らがわざわざコンバートしてまで、それにコンバート当日にBoBに参加するとなれば何か目的があるとしか思えない。

 

 

「それは……」

 

「……」

 

「最近のGGOで噂になっている事と言えば……〝死銃〟か?」

 

「「ッ!?」」

 

 

〝死銃〟という、ゲーム内でリアルの人間を殺せるというプレイヤーの事を出した途端に2人の顔が驚愕に染まるのが分かる。2人とも俺よりも年上だと思われるがそこら辺の経験は浅いらしい。その反応だけで彼らの目的が、そしてその噂が事実の可能性があると分かってしまう。

 

 

「リアルで死人が出てるみたいだな?」

 

「……2人だ。〝死銃〟に撃たれて死んだのは」

 

「キリトくん……!!」

 

「GGOの内部事情を全く知らない俺たちだけじゃ〝死銃〟を止められない。協力者が必要だ……キチガイだけど」

 

「……はぁ、どいつもこいつも俺のことをキチガイ扱いしなくちゃ生きていけないのかねぇ……それにしても2人か」

 

 

2人となれば何かの偶然でと済ませられるレベルだろう。だがこうしてGGOにキリトとアスナがやって来ているという時点で彼ら2人、もしくは彼らに依頼でもした人物は偶然では無いと思っているに違いない。〝死銃〟の真偽、あるいはどうやって殺したのかを求めているのだろう。

 

 

「〝死銃〟探しだっけ?手伝うぞ」

 

「良いのか?」

 

「あぁ、こっちにも思うところはあるんでな」

 

 

ぶっちゃけた話、〝死銃〟が俺を撃ってその結果俺が死んだとしても俺はその事をそうかと納得しながら死ぬだけだ。だけどシノンが、シュピーゲルが、GGO内で出来た友人が殺される可能性があるのなら全力で止めてやろう。いろんな思惑があろうとも、彼らは純粋にゲームを楽しんでいるのだから。それを壊そうとするのは許せない。

 

 

それに、命を賭けるのならこのロクで無しの命だけで十分だ。

 

 

「〝死銃〟が殺したプレイヤーに共通点は?」

 

「有名だったって事くらいだな。1人はゼクシードっていうプレイヤーで第2回BoBの優勝者、もう1人は薄塩たらこっていう有力プレイヤーだ」

 

「死因はどちらもリアルでの心不全だったらしいんですけど……」

 

「有名ねぇ……」

 

 

有名がどの程度のものなのかは分からないが、それが〝死銃〟に殺される条件なのだとしたら俺の友人たちはほとんどがそれに当てはまる。

 

 

シノンはBoBで数少ない女性プレイヤーで10挺しか見つかっていないアンチマテリアルライフルの使い手。

 

シュピーゲルはAGI極振りで、爆発物を使う〝爆弾魔(ハッピーボマー)〟。

 

ピトフーイは最古参で様々な銃を使いこなすプレイヤー。

 

そしてーーー俺も二挺拳銃でガン=カタで戦い、不本意ながら〝冥狼(ケルベロス)〟という呼び名を与えられている。

 

 

俺と友人たちが、〝死銃〟に狙われる条件にピッタリと当て嵌まってしまっている。

 

 

項垂れたくなったがそれを堪える。頭ではヤバイなと考えている癖に、心は興奮で今にもはち切れそうになっている。

 

 

殺される危険性、命のやり取り……現実では出来ない殺し合いを〝死銃〟とならば出来ると、そう考えただけで口角が持ち上がりそうになってしまう。

 

 

死ぬかもしれない恐怖など微塵も感じず、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……まぁ、取り敢えず予選始まる15分前だから行くとしようか。案内するからついて来てくれ」

 

 

その興奮が表に出てこないようにと努めながら予選の準備をするために、彼らを〝ブリッジ〟の地下へと案内する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでなんでアスナが居るの?キリトの事だから危ないとかで連れてこないと思うんだけど」

 

「押し切られました……」

 

「押し切っちゃいました」

 

「キリトがアスナの尻に敷かれる未来が見えた」

 

 






キリトとアスナの参戦。それと修羅波と組む事に……でも修羅波は〝死銃〟との殺し合いを望んでしまってるんだよなぁ……

アスナ>キリトなのは常識。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

予選前の一時

 

 

本当だったらもう少し情報の交換をしたかったが、予選開始の時間が迫って来ているのでキリトとアスナを連れて総督府の地下20階の予選会場へと案内する。照明が極力落とされた会場は薄暗く、だだっ広い。その薄暗がりの中でBoBに参加するプレイヤーたちが戦闘用の衣装に着込み、武器を見せびらかすように弄りながら視線をこちらに向けて来る。誰が来たかを確認する為か、それとも少しでも情報を得ようとしているのか、どちらにしても向けられた視線をすべて受け止める。この程度で気後れする程に肝は小さくない。キリトとアスナは気圧されているが、それも時間と共に解決する程度の物でしかない。

 

 

「あそこの奥に控え室があるから装備を変えて来て。あぁ、武器は試合開始直前に準備時間があるからそこで装備した方が良いぞ?見せびらかしたら対策取られるし」

 

「わかった……行こう、アスナ」

 

「うん」

 

 

会場の奥に並んでいる素っ気ないデザインの鉄のドアを指差すと、2人は周りの視線に怯えながらだがしっかりとした足取りでそこへと向かい、2人で同じ部屋に入って行った。

 

 

……装備変える時に一回キャストオフする事になるのだがそこらへんは大丈夫なのだろうか。でもALOの時の2人の関係を見たらする事はもうしてそうだし、同じ部屋で着替えるくらいは抵抗が無さそうに思える。

 

 

問題ない、むしろ問題を起こしてくれた方が面白そうだと判断してシノンとシュピーゲルの姿を探すと、ボックス席で談笑している2人の姿を見つけた。銃の装備はしていないが、防具は2人が好んで使っている物に変えられている。

 

 

「よぉ」

 

「やぁ」

 

「やっと来たわね。2人をちゃんと案内した?」

 

「あぁ、今頃控え室で装備変えてるだろうよ」

 

 

ボックス席に腰を下ろすのと同時にテーブルの上に足を組む。流れるような動作を前にシュピーゲルは苦笑し、シノンは目つきを鋭くさせて睨んで来た。

 

 

「行儀悪いわよ」

 

「キチガイなんでね」

 

「ついにキチガイがキチガイであることを認めた」

 

「ぶち殺してやろうか?」

 

「シノンから聞いたけどウェーブはBブロックでしょ?僕はCブロックなんで。いや〜残念だなぁ!!決勝で戦おうって言って予選一回戦で当たって決勝で戦おうと言ったな?あれは嘘だってネタやりたかったのになぁ!!」

 

「なんだよそれ……俺もやりてぇよ!!」

 

 

呆気に取られている相手の顔面に〝オルトロス〟を突き付けて引き金を引く瞬間を想像して面白そうだと感じた。ピトフーイ辺りにやれれば爆笑物だっただろうが、残念ながら彼女はAブロックだったはずなので決勝で戦う以外に無い。

 

 

「彼女たち大丈夫かしら?」

 

「シノンが案内したってプレイヤーの事?GGO初心者でいきなりBoB参加するってのは無謀だと思うけど他のVRMMOからコンバートしてるんだったら大丈夫じゃないかな?」

 

「少なくともステータス面じゃ大丈夫だろうよ。それに、あいつらは強いから決勝まで上がって来ると思うぜ?」

 

「え、知り合いなの?」

 

「ALO時代の頃の知り合い」

 

 

ALO時代のキリトとアスナの強さは身を持って知っている。一対一なら嵌め殺せる自信があるし、実際に嵌め殺して完勝した事はある。しかし、一対二になると話が変わる。長い間共闘して来たのか2人のコンビネーションは異常な完成度を誇っていて、一対二では()()()()()()()()()()()。キリトの手数とアスナのスピードに押し切られて死亡した事は数多く、善戦しても相打ちという結果が関の山なのだ。

 

 

2人相手だから負けたなどと言い訳するつまりは無い。一対一なら俺の方が強く、一対二なら2人の方が強いというだけの話。いずれ一対二でも完勝するつもりだが、今はそんな事をしている場合では無い。

 

 

〝死銃〟の炙り出しを行い、これを排除する。それが今の俺たちの目的だから。

 

 

だけど……その道中で()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ウェーブウェーブ!!顔が怖いよ!!」

 

「凄い……ウェーブのそんな顔初めて見たわ」

 

「いや〜シュピーゲルがいうみたいに俺も戦闘民族の出身らしくてさ、戦うのが楽しみで楽しみでしょうがないんだよね!!こう、なんて言うの?遠足前日の小学生の様な、13日の金曜日前日のジェイソンの様な気持ちなんだよ!!」

 

「前後の比喩の差がおかしくない?」

 

 

言われてみて確かに前後の差が邪悪すぎると思ったが他に例えが思いつかなかったのだからしょうがない。

 

 

「そう言えばサヤは?」

 

「シノン見て興奮したのかアミュスフィアの安全装置が働いて強制ログアウトしてた」

 

「マジか、ザマァ」

 

「正直言って怖かったわ……私を見つけて駆け寄って来たかと思ったらいきなり白目向いて倒れた挙句にログアウトですもの」

 

「ちょっとネタに生きすぎじゃないかな」

 

 

その時の光景を想像するだけで笑いが込み上げてくる辺り、サヤはネタに生きているとしか思えない。でも下手をすれば警察沙汰になる事をしでかすからイイ様だとほくそ笑む事で終わらせる。今頃発狂しながら再度ログインして総督府に向かっている頃だろう。

 

 

俺の笑顔が邪悪だとシュピーゲルにドン引きされ、腹いせに裏拳を鼻っ面に叩き込んだところで着替え終わったキリトとアスナがやって来た。2人とも装備は似通っていてキリトは黒系統、アスナは白系統とALO時代と同じ様な色合いなので好みで選んだと思われる。

 

 

そして2人の顔は真っ赤になっていた。

 

 

「ヤッたのか?」

 

「殺す」

 

「ストレートな殺意ぶつけて来たよこの美人さん」

 

「落ち着いて、殺すのは決勝の時でも遅くないわ」

 

「……待って、その……ヤッたって……え?女の子同士で?」

 

 

女の子同士と聞いて不思議に思ったが、良く良く考えてみればシノンは2人の事を知らない。俺はALO時代からの付き合いでキリトが男だと知っているが、今のアバターを見れば女と勘違いしてもおかしく無いだろう。実際にシュピーゲルはキリトの性別を勘違いしている様だ。

 

 

「良し落ち着こう。さっきのは冗談だ、そしてキリト……そっちの黒髪の方の性別は男だ」

 

「男……ヲトコォォッ!?」

 

「そのアバターで……男……!?」

 

「キリトでーす。性別は男でーす」

 

「アスナです……私は女ですからね」

 

「詐欺だよな?巫山戯てるよな?つうわけだからキリトはちょっとタイに行って来て取ってこい」

 

「ナニを取らせるつもりだ!?」

 

 

ALO時代にやったやり取りをGGOでもする事が出来るとは思わなかったので懐かしさを感じてしまう。ALOで前にあった男性限定の女装大会でキリトが優勝した時にはアミュスフィアの安全装置が働く程に爆笑し、現実に帰ってからも爆笑していた記憶がある。それからキリトの顔を見る度にその時の事を思い出してしまい、その都度強制ログアウトしていた。

 

 

「凄えだろ?リアル男の娘だぜ?しかも彼女持ちでALOには金髪巨乳の妹ちゃんがいるとか言う勝ち組なんだぜ?」

 

「おうウェーブ、お前リーファの事そんな目で見てたのか殺すぞ」

 

「疑問符つけない辺りガチでキレてるなぁ」

 

「……」

 

 

金髪巨乳の妹ちゃんであるリーファの事を出してやればキリトが額に青筋を浮かべながら胸ぐらを掴んで来たので頭突きで迎撃する。シュピーゲルはキリトの豹変にドン引きし、アスナは顔を手で覆い隠し、シノンは自分の胸元を見て顔から表情を消していた。

 

 

「ねぇ……ウェーブは胸とか気にするの?」

 

「……別に?あったら目が行くのは否定しないけど有る無しは気にしない」

 

 

シノンから聞くと思わなかった疑問に少し驚き、自分の中でどうかを吟味してから正直に応える。シュピーゲルともリアルでその話題で語り合った事があるし、その事に対する羞恥心は勿体無いので聞かれれば応える。

 

 

だけど俺の答えを聞いても不満なのか、シノンは自分の胸元を恨めしそうに見ているだけだった。

 

 

これは触ってはいけないと直感で判断してアイコンタクトで情報を共有、理解してくれたシュピーゲルは頷いてキリトとアスナにBoBの予選の説明を始めた。

 

 

シノンの反応を見る限り、本人が気付いているかは不明だが俺に対する好意を持っているのがわかる。それは素直に嬉しいと思う。俺だって男だ、異性から好意を持たれて嬉しいと感じないはずがない。

 

 

だけどーーー駄目だ。()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……そう言えば、2人は予選は何ブロックなんだい?」

 

「俺はFブロックでした」

 

「私はBです」

 

「ふむ、僕はボッチ、Fはシノンとキリト、Bはアスナさんとキチガイか……アスナさん、強く生きるんだ」

 

「よぉボッチ、どう言う意味だよそれ」

 

「そのままの意味だけど?」

 

「そうかそうか、そのままの意味かーーー月夜ばかりと思うなよ?」

 

「待ってそれってどういうーーー」

 

 

シュピーゲルが何かを言おうとした瞬間、予選開始時刻となって俺たちを青いライトエフェクトが包み込んだ。

 

 

 






修羅波は一対一ならキリアスに勝てるくらいには強い。だけど一対二になると負けてしまう。数に負けたとかじゃなくてコンビネーションで戦闘能力の差を埋められて押し切られるから。

ところでバーサークヒーラーが修羅波と同じブロックなんだが、どう思うよ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1予選

 

 

転移で飛ばされた先は真っ黒な空間。舌打ちして音の反響を確かめて見るが帰って来ないので相当に広いか、それともそもそもの果てが無いのかのどちらかという結論に達して興味を無くす。目の前に浮かぶウインドウには予選開始までのカウントダウン、俺と相手のプレイヤーの名前である〝Dyne〟という文字ーーーダインと読むのだろう、それにフィールドの種類である〝森林〟と書かれていた。

 

 

そこで装備の変更を()()()()。シノンやシュピーゲルはフィールドに出る時と〝SBCグロッケン〟にいる時とでは服装を変えているのだが俺は常時紅いコートと黒いインナー、迷彩模様のカーゴパンツと鉄板入りブーツのままだから。

 

 

何故かと聞かれれば習性だからとしか言えない。爺さんと母さんから施された教育と遺伝子レベルで刻まれた漣の本能により()()()()()()()()()()様に思考が誘導されるから。だから今の服装が私服で、同時に戦闘用の服装である。腰に吊るしてあるホルスターには二丁拳銃の〝オルトロス〟とナイフが二本がぶら下げられていて、〝オルトロス〟の方を引き抜くだけで戦う準備は完了してしまう。

 

 

戦闘用の精神の入れ替えなど必要無い。それは常在戦場なんていう心構えからでは無く、通常の精神で戦える様に教育されているから。寝て起きて飯食って働くという生活スタイルに当たり前の様に戦うという行為が組み込まれているから。戦闘とは日常であるからそもそも戦闘用の精神など不要なのだ。

 

 

こんな風に育ててくれた爺さんと母さんを何度ぶち殺したいと考えたことか。

 

 

カウントダウンがゼロになり、予選のステージへと飛ばされる。転移先の森林はそのままで捻りが欠片もない。木のサイズはマチマチだが幹の太さは大きな物で人1人隠れられる程度、小さい物で人が半分隠れられる程度の物。木々が障害物になり、見晴らしの悪いステージだった。

 

 

シノンのアンチマテリアルライフルがあれば障害物ごとズドン出来たかもと考えながら、対戦相手の気配を探る。それはSPさえあれば誰もが取れる様なスキルでは無く、リアルで出来るからゲーム内でも出来るというプレイヤースキル。1と0で構成されているゲーム内では出来ないと思っていたのだが、エネミー相手は兎も角プレイヤー相手には通用するのだ。恐らくプレイヤーは生きているからなのだろう。

 

 

流石に最低でも500メートルは離れてスタートするので正確には分からない。だから視覚と味覚と嗅覚を意図的にシャットアウトし、残る触覚と聴覚の精度を引き上げる。動いたことで伝わる大気の震えを感じ取り、発生する音を聞き分ける。それだけでも、大まかな方向を見つけることは出来る。

 

 

「ーーー見つけた」

 

 

ここから南南西に600メートル、そこに人間の気配を見つけ動き出す。リアルなら数十秒掛かる様な距離と環境だが、ゲーム内である以上与えられるステータスの恩恵をフルに使いながら呼吸を最低限にする事で気配を殺し、十数秒で対戦相手であるダインを視界に入れる。

 

 

カウボーイでも意識しているのかそれ風の衣装に身を包んだ大柄な男性がアサルトライフルを片手に木々で身体を隠しながら前進していく姿が見える。身のこなしから少なくともベテランクラスのプレイヤーだと考えられるが、それだけだ。倒せる相手でしか無い。

 

 

自身の気配を殺す〝気配遮断〟から周囲に自身の気配を溶け込ませる〝気配同化〟に移行し、後ろを取る。足音や服の擦れる音を一切立てる事なく手を伸ばせば触れられる程の位置まで近寄りーーー直感でも働いたのか振り向きざまにアサルトライフルの引き金を引かれた。

 

 

咄嗟に地に伏す事で放たれた弾丸をやり過ごしながら足を止めない。避けたことに舌打ちされて距離を取られるもののこの距離は俺の距離だ。左へ、右へと左右に揺れる事で銃口を躱し、徐々に距離を詰めていく。

 

 

「クソがッ!!なんで当たらねぇ!?」

 

「分かりやすいんだよ」

 

 

銃口と引き金を引く指、それだけあれば銃弾を避けられる自信はあるのだが、ここにはそれにプラスしてダインの視線まで加わっている。人とは何かを狙う時に咄嗟にそこを見てしまうものだ。それを理解している者ならばそれを隠したり、敢えて見せる事でフェイントをかけたりすることも出来るのだがダインはそこまで行っていない様だ。素直に撃つ場所を教えてくれる視線と銃口、それに引き金を引く指を見せびらかしてくれれば簡単に避けられる。

 

 

景気良く銃口から弾丸を吐き出していたアサルトライフルだが弾切れを起こして弾幕を止めてしまう。ダインはリロードしようとマガジンを外し、新たなマガジンを付けようとする。その分かりやすい隙を突かない訳がない。

 

 

一歩でダインとの間に出来ていた距離を潰し、〝オルトロス〟のナイフを両肩に突き刺して斬り上げる。胴体との繋がりを無くした腕が地面に落ち、肩の傷口には出血代わりの赤いポリゴンが発生する。

 

 

「good-bye」

 

 

抵抗や反撃を出来ないことを確認し、〝オルトロス〟の銃口をダインの頭に突き付けて引き金を引いた。発射された50AE弾がダインの顔を吹き飛ばし、頭を失った胴体がポリゴンとなって消え去った。

 

 

宙に現れた〝Wave Wins!〟という文字を眺めながら、ノーダメージだったとはいえ反撃してきたダインに敬意を評した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び転移されて予選会場へと戻ってくる。そこにいるプレイヤーは少なく、見かけるにしても応援に来ているプレイヤーくらいしか見つからない。その中にシノンの戦闘でも見ているサヤを見つけ、キャアキャア言いながらアミュスフィアの安全装置が働いたのか強制ログアウトさせられる瞬間を目撃してしまった。

 

 

相変わらずネタに生きているなぁと感心していると、俺の隣にキリトが現れた。

 

 

「どうだった?」

 

「勝ったぞ。ウェーブは?」

 

「俺が負ける姿を想像出来る?」

 

「……出来ないな」

 

 

そもそもシノンに約束しているのだからシノン以外には負けられないのだ。ふと会場の中央を見れば空中にモニターがいくつか投影されていて、そこで他のプレイヤーの戦闘を中継している様だった。

 

 

シノンとシュピーゲルの映っているモニターを探しながら、キリトにあのモニターの存在を教えようとした時ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーおまえ、本物、か?」

 

 

背後から突然、低く乾いた金属質な響きのある声を掛けられた。

 

 

 





ダインさんが修羅波の犠牲になりdieした様です。流石に戦闘民族には勝てなかったよ……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邂逅

 

 

声を掛けられた瞬間に反射的に振り返りながらその場から飛び退く。普通に声を掛けられただけならここまで過度な反応は見せなかっただろう。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()というのが問題なのだ。ゲーム内とはいえプレイヤーの気配を察知出来る俺が、声を掛けられるまで背後を取られた事に気づく事が出来なかった。こんな経験は初めてだ。

 

 

そこに居たのは1人のプレイヤー。全身をボロボロになっているダークグレーのマントで覆い隠し、深く被ったフードの上にまるで髑髏を思わせるフルフェイスのゴーグルで隠している。その風貌とレンズが赤く光っているのも相まって、幽鬼の様な、死人の様な印象を与えていた。その視線は俺と同じ様にその場から飛び退いたキリトに向けられているものの、こちらを警戒しているのが分かる。

 

 

「……本物ってどういう意味だ?あんたは誰なんだよ」

 

 

自分の反応にか、相手のマナー無視の声掛けに腹を立てているのか、キリトは珍しく苛立たしげに問いかけていた。だが出て来た声も掠れていて動揺しているのが丸分かりである。それを看破したのか髑髏フェイスのプレイヤーはキリトに詰め寄る。

 

 

「試合を、見た。剣を、使ったな?もう一度、訊くーーーお前は、本物、か?〝キリト〟、あの剣技、お前、本物、か?」

 

「……ッ!?」

 

 

ボイスチェンジャーでも使っているのか耳障りな変質した声で淡々と、ウインドウで予選のトーナメント表に載せられているキリトの名前を指差しながら尋ねる。一見すればキリトが自分の知っているキリトなのか尋ねている様に思えるのだが本質はただの確認作業と変わらない。髑髏フェイスのプレイヤーはこのキリトが自分の知っているキリトだと確信している。肯定しても否定しても、こいつはキリトを自分の知っているキリトと思って行動するだろう。

 

 

そしてこの髑髏フェイスのプレイヤーだが、キリトの反応と〝キリト〟への執着具合から大凡把握する事が出来た。恐らくこいつはキリトと同じSAO生還者(サバイバー)の1人だろう。〝黒の剣士〟であるキリトを知っていて、SAO時代に使っていた剣技を見てキリトを自分と同じSAO生還者(サバイバー)と確信したのか。

 

 

しかし髑髏フェイスのプレイヤーを見ていると、自分と同じSAO生還者(サバイバー)との交友を深めようとしている様には見えない。顔を隠し、声を変えているがこいつからは冷たい殺意がーーードロリとした憎悪が感じられる。

 

 

キリトがSAO時代にゲームクリアを目指していた攻略組と呼ばれていた集団に所属していた事は、ALOで捕らわれていたアスナを助け出した後にどうやって知り合ったのかと尋ねた時に聞いている。デスゲーム終了に貢献したキリトは正しく正義と呼ばれるべき存在であってここまでの憎悪を向けられるのは間違っているとしか思えない。

 

 

しかしキリトが正義で、このプレイヤーが悪であるのなら、デスゲームと化したSAO内で悪事を働いていたのなら、これ程の憎悪を向けられるのも納得が出来る。

 

 

「ーーーヘイ、一回戦が終わったばっかでキリトも疲れてるんだ。お前も決勝目指してるんだろ?だったら細かい話は予選が終わってからにしようぜ?」

 

「ウェーブ、〝冥狼(ケルベロス)〟、か」

 

「恥ずかしいからその呼び方止めてくれない?こう背筋がゾワゾワするから」

 

 

キリトが精神的に追い詰められているのを察して空気を変えるためにわざとらしく明るい声をかける。髑髏フェイスのプレイヤーの鬼火を思わせる赤い眼を向けられ、何を考えているのか分からない恐怖で鼓動が早まるが顔には出さない。

 

 

「……まぁ、いい」

 

 

髑髏フェイスのプレイヤーと目が合って数秒経ち、彼は目を再びキリトへと向ける。その時、キリトが彼の腕を見て目を見開いていたのを見逃さない。何を見つけたのかと思えば腕に巻かれた包帯の隙間から顔を覗かせているタトゥーの様なものだった。何かの顔なのか、目の様な物が見える。タトゥー自体は珍しい物でもない。スコードロンのエンブレムとして、オシャレ代わりとして、何も考えずに身体のどこかに刻むプレイヤーは山ほど居るから。だというのにキリトは動揺していた。それはSAO内でそのタトゥーを見た事があるからなのか。

 

 

「名前を、騙った、偽物でも、本物、でもーーーいずれ、殺す。そして、ウェーブ、お前も、殺す」

 

 

今にも消えそうな音量だったのに、その声はしっかりと耳に届いた。そして髑髏フェイスのプレイヤーは俺たちに背中を向けて数歩進んでーーー唐突に消えた。転移エフェクトも無しに、ログアウトとは違う消え方でその場から姿を消した。その現場を目撃したのは俺たちだけ、他のプレイヤーたちは応援か情報収集かでモニターに目が行っていて見ていない。

 

 

そしてーーーどこかから俺たちを見ていた視線も髑髏フェイスのプレイヤーが消えるのと同時に無くなった。

 

 

「ーーーふぅ、なんだありゃ」

 

 

安堵の溜息を吐きながら手の甲で顔を拭う。ゲーム内で汗は出ないはずなのに冷や汗をかいていると思ってしまったから。

 

 

はっきり言うと、俺はあのプレイヤーに()()()()()()()()。それは強さ的な意味での恐怖では無く、不明であるという事の恐怖。子供の頃に正体不明な存在を訳も分からず怖がっていた時の様な、そんな恐怖を感じていた。顔を拭う為に持ち上げた手はよく見れば小刻みに震えていた。

 

 

「あれが〝死銃〟かもな……大丈夫かよ」

 

「あ、あぁ……」

 

 

返事はされたものの限界を迎えたのかキリトは近くのボックスシートに崩れる様に座り込み、体育座りになる。その線の細いアバターの身体は俺の手と同じ様に小刻みに震えている。

 

 

「お、ウェーブじゃん!!」

 

「勝ったみたいね」

 

「キリト君はどうでした?」

 

 

そのタイミングでシノンたちが転移エフェクトと共に姿を現してこちらに駆け寄ってくる。空中に投影されているトーナメント表を見れば3人とも第2回戦へ進出した事を表すラインが伸びていた。いつもなら嬉しい事なのだが、今はそんな事を喜んでいる余裕は無い。駆け寄って来たアスナをキリトへと向かわせる。

 

 

「ケア頼んだ」

 

「え?って、キリト君!?」

 

 

あのプレイヤーが〝死銃〟だとしたら相当やばい事になる。装備不明で実力も不明、さらに人数さえ不明なのだ。あの格好=〝死銃〟だとするのなら、他にも何人か〝死銃〟がいるのかもしれない。キリトにここで潰れられても困るのでアスナにキリトのケアを頼むしか無い。

 

 

「シノン、シュピーゲル、ボロッボロのマント着た髑髏フェイスのプレイヤー見つけたら俺に教えてくれない?名前と一緒に」

 

「……何かあったの?」

 

「もしかしてキリトの様子と関係がある?」

 

「あるある超大有り。そいつ、俺のブチ殺リストに初登場で殿堂入りしてくれたから絶対に殺すって誓ってるんだよ」

 

「分かった、教えれば良いのね?」

 

「ウェーブのブチ殺リストに殿堂入りするとか何したのさ……教えるけど」

 

「ありがと」

 

 

ともかく今はあのプレイヤーの正体を明かす事が最優先だ。見つけてーーーそして殺す。あれはGGOに、普通のゲームに存在してはいけない異物なのだと一目で理解した。だから殺す。何があっても、例え相打ちになろうとも、あれをこの世界から追放しなくてはならない。

 

 

2人に悟られない様にいつものヘラヘラとした笑みを浮かべながら内心で誓うのと同時に転移エフェクトが俺を包んでさっきの暗い空間へと飛ばされた。もう少し時間があっても良いんじゃ無いかと思いながらダイン戦で消費した分だけ弾丸を装填して準備を終わらせる。

 

 

そしてカウントダウンが0になってフィールドに飛ばされ、()()()()()()()()()活動を開始した。

 

 

 






〝死銃〟サン、修羅波に恐怖を与えるという大金星。でも恐怖の理由が叶わない存在だからじゃ無くて分からないから怖いって理由がなんもと。皆さんも子供の頃、良く分からない存在が怖かった経験はありませんか?それと同じです。

〝死銃〟サンを危険認定した修羅波が活動開始。一切の遊び無しで戦う〝死銃〟サン絶対殺すマンに変身しました。

キリトちゃん君をアスナ様がケアするという百合百合しい光景があったそうな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

BoB予選トーナメント第五回戦

 

 

二回戦、三回戦、四回戦と予選は何の感慨も無く勝ち進んだ。感想なんて用意していない。何せどいつもこいつも対戦相手が俺だと分かって絶望して自殺(こうさん)するか、背後を取られてそのまま〝ケルベロス〟で撃ち殺されるかのどちらかだったから。これなら一回戦で戦ったダインの方が記憶に残っている。勘とはいえ背後を取った俺に気が付いて反撃したのだから。

 

 

シノン、シュピーゲル、アスナは順調に予選を勝ち進んでいる。しかしキリトだけは違っていた。あの髑髏フェイスのプレイヤーと出会ってからは鬼気迫る様子で捨て身の特攻を繰り返して戦っていた。人体の急所に迫る弾丸だけを光剣で斬り払い、それ以外の物は全て無視する。ゼロ距離まで踏み込んで、銃ごと相手を叩き斬るという神風特攻のような戦い方で。

 

 

あのプレイヤーとの出会いがキリトの何かを刺激したらしい。別れてからの怯えているような姿はなりを潜めているが、今も今でどこか危うさを感じさせる。アスナがフォローしているからこれで止まっているのか、それともフォローなんて関係なしであれなのか分からないが、あの調子のキリトと戦っても()()()()()()()()。神風特攻なんて言えば聞こえは良いが要するに瀕死で暴れまわる獣と同じ。油断は出来ないものの、それと同じ対処をすれば簡単に封殺出来る。

 

 

出来ることなら予選決勝戦で戦うであろうシノンと戦っていつものキリトに戻って欲しい。じゃないと……()()()()()()()()()

 

 

そんな事を考えながら五回戦……Bブロックから決勝へと進出する2人を決める戦いが始まる。転移の先は廃墟となった都市の一角。乱立した廃ビルが死角になっている上に、廃ビルの中も解放されているので行動出来る範囲はこれまでの予選の中で一番広くなっている。

 

 

もしも相手が狙撃手(スナイパー)だったら追い掛けるのが面倒になっていたが聞いた話では狙撃手(スナイパー)では無いので問題無いだろう。

 

 

五回戦の相手はハンゾウというプレイヤーで、GGOで忍者ロールプレイをしていると有名なプレイヤーである。俺はあった事はないがシュピーゲルは一度だけ戦った事があるらしく、AGI極振り型の超接近戦を主体としたプレイヤーだと言っていた。GGOで忍者ロールプレイとか正気かと思ったが、考えてみれば俺もガン=カタなんて事をしているので納得する事にした。

 

 

「さぁって、どっこかな〜っと」

 

 

〝オルトロス〟を握りながら鼻歌混じりに廃墟都市の大通りを歩く。いつもなら気配を察知して接近するのだが、ハンゾウの気配を読み取れないのだ。仮にも忍者ロールプレイをしているのなら〝気配遮断〟くらいは出来るのかと思い、気配を消す事で生まれる空白部分を探してみたのだがそれすら存在しないのだ。考えられるのは俺が使っている気配を消すのでは無く周囲と同化させる〝気配同化〟、しかしGGO内では〝スニーキング〟という〝気配遮断〟に似たスキルは存在しているが〝気配同化〟と類似したスキルは存在しない……つまり、ハンゾウはプレイヤースキルとして〝気配同化〟を使える事になる。

 

 

それに気が付いた時に俺は喜んだ。確かに見つけるか見つかるまでは手間だが、〝気配同化〟なんてプレイヤースキルが使えるプレイヤーが弱いはずが無いから。どうしてそんな凄いプレイヤーの存在が噂程度にしかなっていないのか疑問だが、それは後で解決すれば良いと考えて〝気配遮断〟も〝気配同化〟もしないで歩き回る。

 

 

相手が見つからないのなら相手に見つけて貰えば良い。きっとハンゾウは〝気配察知〟を使えるだろうから。

 

 

そう考えて10分程廃墟都市を練り歩き、ようやくハンゾウは動いてくれた。俺が看破できなかった隠密が僅かながらに乱れ、()()()()()()()()()()()

 

 

「流石にそこまではイってなかったか」

 

 

隠れる事に専念していれば完璧であったが、攻勢に出ようとした瞬間には乱れる辺り()()()()()()()。仮にも忍者ロールプレイをしているのなら完全に気配を隠しながら一撃で暗殺して欲しかったがそこまでは極めていないらしい。まぁそんな技術は現代社会では不要なもので、我が家と同じ頭のイカれた戦闘民族でも無い限りは極めないだろうなと少しだけ残念に思いながら〝オルトロス〟の銃口だけを真上に向けて引き金を引く。

 

 

発砲音と同じ数だけ甲高い金属音が聞こえ、刀身の部分が砕けたナイフが落ちてくる。恐らくはクナイ代わりにでも投げナイフを使っていたのだろう。柄の部分に僅かに残っている刀身には薄っすらと黄色い液体が塗られている。

 

 

「麻痺毒か……割と考えてるな」

 

 

GGO内でも毒物というのは存在し、使用されればバッドステータスが生じる。万能薬的な薬で回復する事ができるのだがそれまでは行動が制限される事になる。今の攻撃で俺を麻痺させ、その間に殺そうとしていたのだろう。ハンゾウの隠密が完璧だったら負けていたのは俺だった。

 

 

改めて頭上へと視線を向ける。そこには廃ビルの窓枠に手をかける事で壁に張り付いて俺の事を見下ろしている人間の姿が見えた。動きやすさを優先しているのかピトフーイが着ていたようなボディースーツを改造した忍者衣装の様な服を着込み、顔をスカーフで覆って隠している。成る程、頑張って表現すれば近未来チックな忍者と言えないこともない。

 

 

「……」

 

 

ハンゾウは挑発のつもりなのか中指を立てると腕の力だけで身体を持ち上げ、廃ビルの中へと姿を消した。気配を探っても同化しているのか追うことが出来ない。

 

 

「分かりやすく誘ってるな……乗ってやるよぉ!!」

 

 

安い挑発で誘われているのを理解出来たがどちらにしても追い掛けなければならないのでその誘いに躊躇わずに乗る事にする。

 

 

廃ビルに足を踏み入れると中は思いの外物が無かった。原型を留めている物は無く、壊された残骸だけが床に散らばっている。光源はガラスが砕かれた窓から射し込む太陽の光だけで窓沿いの通路でなければくらい。一歩歩くごとに埃が舞い上がるがその気になれば無視出来る量でしかない。

 

 

ハンゾウが入って行ったのは五階だったはずなのでそこを目指す事にする。視覚だけでは無く僅かな音を聞き逃さぬ様にと聴覚を、大気の震えを捉える様に触覚を、異臭を感じられる様に嗅覚を、味覚以外の五感を鋭敏化させた上に第六感も働かせる。当然の様に気配は隠さず、それでいて自分の存在を誇張させる様に足音を立てながら奥へと進む。

 

 

日が届かない暗がりの通路を歩き、四階まで辿り着いたが何も無くて拍子抜けだ。ワイヤートラップが無線式の爆弾でも用意されていると思ったが仕掛けられている痕跡は見つからない。トラップハウスにしているからここに逃げ込んだと考えていたが違う様だ。

 

 

「そこのところどうよ?ハンゾウさんや」

 

「……ッ!?」

 

 

頭上から襲って来た不意打ちのナイフを〝オルトロス〟のナイフで防ぎながらハンゾウへと訊ねる。顔を隠しているので表情は分からないが驚愕の声が溢れたのは聞こえた。空中にいる不安定な体勢から放たれた蹴りを一歩下がって躱し、ハンゾウは仕切り直しの為に後退する。

 

 

「……何故分かった?」

 

第六感(シックスセンス)

 

 

ロールプレイのつもりか作っているとしか思えない低い声の疑問に正直に答えたのにふざけていると思われたのか臨戦体勢へと移行された。

 

 

俺のいう第六感とは直感である。人間の誰もが持っているもので、個人差はあるものの危険に対して嫌な予感がしたなどの形で働くことが多い。俺の場合は爺さんの教育のせいで第六感が鋭敏化されているのだ。例え俺が相手の存在に気が付いていなくて不意打ちされたとしても反射的に対処出来る。

 

 

正確に言えば第六感のおかげだけでは無く、隠密から攻撃に移る瞬間にハンゾウの隠密が綻んだというのもあるがそれは置いておこう。

 

 

対戦相手が、敵が目の前にいるのだ。近くに窓は無く、ドアを開かなければ外には逃げられない。後はーーー殺すだけだ。

 

 

左手に持っていた〝オルトロス〟を投擲する。狙いは眼窩、付けられているナイフが突き刺さる様に投げたので避けるか防がなければ大ダメージが発生する。それをハンゾウは首を傾げて頭の位置をずらすことで避けた。その時、一瞬だけだがハンゾウの意識が俺から〝オルトロス〟に向けられる。

 

 

その瞬間を逃さない。ハンゾウの呼吸を奪い、合わせて人間の構造上どうしても発生してしまう認識出来ない死角を把握。その死角へと数歩で潜り込み、腕を伸ばせば触れられる程に接近する。そして脇へとナイフの刃を寝かせて突き刺す。人間の胸部は肋骨に守られているので刃を立てて突き刺しても骨が邪魔をして深く突き刺さらない。その上ハンゾウの重心の移動から胸に防護プレートが入っていると分かったので正面からでは刃が通らない。それを避ける為に脇を狙った。

 

 

発生した痛みとここまで接近された事に驚きハンゾウの身体が僅かに硬直するが手にしたナイフで反撃をして来た。狙いは腹、そのナイフにも麻痺毒は塗られているのだろう当てる事だけに集中していた振り筋だったので開いた左手で手首を抑えて押し倒す。

 

 

「……ん?」

 

 

その時に掴んだ手首が思っていたよりも細かったのでとある可能性に気が付いたがそれを無視して右手で腰に下げていたナイフを抜き、ハンゾウの眼窩に向けて振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜終わった終わった〜」

 

「お疲れ様」

 

「まさかBoBで超至近距離での戦いが見れるなんてね」

 

 

ハンゾウを倒した事で準決勝突破、BoB本戦への出場権を獲得した事で精神的な負担を軽減させながら予選会場へと戻る。そこには対戦相手待ちなのかシノンとシュピーゲルがボックス席に座って出迎えてくれた。

 

 

モニターを見れば光剣を持ったアスナが遮蔽物を使ってアサルトライフルを持ったプレイヤー相手に接近しようと試み、キリトはライフルの弾を斬り払いながら突進をしていた。

 

 

「ーーー御免」

 

 

背後から声をかけられるが髑髏フェイスのプレイヤーの時とは違い、気が付いていたので慌てることはない。振り返ればさっきまで戦っていたハンゾウの姿があった。

 

 

「何かご用で?」

 

「……次は勝つ」

 

 

リベンジの宣言なのか、ハンゾウは少しだけタメを作ってそれだけ言うとさっさとログアウトしてしまった。元々無愛想なのか、それともロールプレイなのか分かりにくいところだ。

 

 

「……さっきのハンゾウさんよね?忍者だって噂の」

 

「一回だけ戦ったことがあったけど強かったのは覚えてる。よく勝てたねキチガイ」

 

「隠密は凄かったけど体術自体はそこそこって感じだったな。だけど反撃したのはベリーグッド。挑まれたらリベンジマッチには応じてやろう」

 

「なんでそんなに上から目線なのよ」

 

「彼も凄いね、またキチガイと戦おうだなんて」

 

「一々キチガイと言わないといけないの?あと、多分だけど()()()()()()()?」

 

「「……ハァッ!?」」

 

 

ハンゾウの性別を明かしたところでシノンとシュピーゲルは驚愕の声をあげた。

 

 

 






ハンゾウ=サンVS修羅波。アンブッシュしたけど失敗し、もう一度アンブッシュしたけどまた失敗。だけど修羅波相手にアンブッシュ仕掛けているだけで相当強いんだよ!!クソ雑魚ナメクジだったらアンブッシュ仕掛ける暇もなくドゴォされるから!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

BoB予選トーナメント決勝戦

 

予選準決勝を終えて結果としてピトフーイを合わせた全員がBoB本大会への出場権を手に入れた。ここまでは予想をしていたので驚くことでは無いが、問題があるとすれば本大会に出場するプレイヤーの中に一体何人の〝死銃〟が存在するかと言うことだろう。

 

 

予選に敗れ、肩を落としながら去って行ったプレイヤーたちがいるのでこの場は予選開始時よりも空いているのだがあの髑髏フェイスのプレイヤーの姿は見えない。シノンとシュピーゲルに聞いてみたが戦っていないらしく、そもそも見かけてもいないそうだ。あれが負けるとは考えられないので勝っているに違いないが、ここまで姿を見せないとなると不気味で仕方がない。

 

 

「まぁ、そんな事よりも今はこっちだな」

 

 

6度目でお馴染みになりつつある黒い空間に転移で送られ、ハンゾウ戦で消費した50AE弾を〝オルトロス〟に装填しながら空中に浮かぶウインドウを眺める。そこにあるのは俺の名前とAsuna……アスナの名前。同じブロックで、俺とアスナが本大会への出場権を獲得したのなら決勝で戦うのは当たり前の事である。〝死銃〟の捜索をしている2人からすればこれは消化試合なのかもしれないが、出来る事なら全力で相手をしてほしい。

 

 

何せ、キリトとアスナは数少ない全力を出しても簡単に死なない相手だから。行動パターンと思考パターンは全て把握しているが、それでもSAOでの経験則から時折予想出来ない行動をしてくる。それが楽しみで仕方がない。

 

 

シノンと負けないという約束を交わしている以上、結果は勝利以外には存在しない。だけどせめてその過程を楽しませて欲しい。

 

 

ウインドウのカウントダウンがゼロになり、予選トーナメント決勝戦のバトルフィールドへ送られる。フィールドは荒野だが真ん中には河が流れていて、そこに鉄橋が架けられている。アスナの気配を探るまでもなく、直感であそこにいると分かって鉄橋に向かい足を進める。そして鉄橋に到着した時に、アスナもまた鉄橋の向かい側に到着していた。鉄橋の全長は200メートル程、障害物は一切無しの一直線。

 

 

アスナが光剣とハンドガンを抜く。

 

それに応えるように〝オルトロス〟を握り直す。

 

 

そしてーーー合図もなく、打ち合わせたかのように同時に飛び出した。

 

 

アスナのステータスはAGIーSTR型。筋力による一撃の火力では無く、敏捷による手数の火力が脅威。ALOではレイピアを使っていたが実物の刃物がナイフか銃剣くらいしか存在しないGGOでは光剣を使うことにしたらしい。だとするなら戦い方はハンドガンで牽制しながら接近して光剣でトドメというこれまでと同じ方法になるだろう。

 

 

でも、()()()()()()()()()。見て、すでに知っている以上は()()()()()()()()()()()()

 

 

100メートルまで近づいた時点からアスナはハンドガンの銃口をこちらに向ける。これまでの戦いで使い方を学んだのか向けられた銃口はブレずに俺に向かっていた。その成長の早さに感心して口笛を吹きながら()()()()()()()()()()()()()。その数瞬後に俺がいた場所に〝弾道予測線(バレットライン)〟が走るがカスリもしない。

 

 

それを見てアスナは銃は通じないと判断し、ハンドガンを投げ捨てて一気に加速した。〝オルトロス〟の銃口を向けるものの俺と同じように銃口を向けられた瞬間に左右へジグザグに走られて狙いを定めることが出来ない。このまま撃っても弾の無駄になるだけだと考え、俺もアスナと同じように一気に加速する。

 

 

そして鉄橋の中心部で衝突する。先制攻撃はアスナ。ALOと同じ動きで1メートルはある光刃をレイピアのように突き出す。刀身がエネルギーで出来ている光剣は正確には斬る様に焼く上に実体が無いので鍔迫り合うことが出来ない。ナイフで防ごうとしたところでナイフごと焼き斬られるかナイフを無視して貫かれるかのどちらかにしかならない。

 

 

なので、身体を前へと倒す。頭上を通り過ぎる光刃を寄り詰めながら躱すのと同時に呼吸を盗み、合わせながらアスナの無意識の領域へと侵入し、俺を見失って無防備な首筋目掛けてナイフを振るう。

 

 

雑多ならば気付くことなく、それなりなら気が付いた上で殺す事が出来る必殺の一撃。それをアスナは()()()()()()

 

 

ALOでも同じ様な殺され方を何度もしているからなのかキリトとアスナは時折呼吸を合わせた上での必殺の一撃を躱す事がある。このタイミングでそれをするのかと嬉しく思いながら追撃の光刃を躱しながら〝オルトロス〟のナイフを振るう。

 

 

アスナの光剣は防御不可能、俺の場合は防がれたとしても一斬からそのまま必殺まで繋げられるので回避するしか無い。互いに触れられないという条件下だからなのか、結果としてGGOで行われたアスナのと超接近戦は息が掛かるほどの近距離だというのにどちらとも被弾しないというあり得ない接近戦になっていた。

 

 

一息の間に二、三度、誰に教わったわけでも無いひたすらに磨き抜かれた光刃の刺突が空を穿つ。

 

一度でも当たれば……それこそ皮一枚程度でも必殺まで繋げるナイフがアスナの残像を断つ。

 

 

当たらない、当たらない、当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない……ただ空を割く音と互いの足音だけしか聞こえない。気合の掛け声すら惜しいと一言も言葉を発する事なく光剣とナイフは振るわれる。

 

 

そして、アスナが成長を見せる。

 

 

身体からは余計な力が消え、回避と光剣を振るう為に必要な力しか使わない。その上呼吸を外された訳でもないのに無意識の領域からの攻撃を、認識不可能な攻撃を認識不可能なままで対応し始めている。それはALOで俺と戦った経験を元にしているのか、普通ならば信じられない速度で行われている。

 

 

冗談がキツイ、と辟易するーーーなんて事はしない。よくぞ成長したと拍手喝采で喜びたい。目の前の1人の少女が、この世界にやってきた目的を放り出してただ俺に勝とうと参加を魅せている。

 

 

それを辟易する?それこそ冗談、素晴らしいと賞賛する以外に何があるというのだ。

 

 

だからこそーーー()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ほぼ同時に放たれる様に感じるまで加速した刺突を避けながらさらに踏み込む。完全な回避は不可能だと判断し、急所を狙われているものだけを避けてそれ以外を斬り捨てる。無傷で勝とうだなんて考えない。それくらいしなければ勝てない相手であるから。

 

 

密着状態一歩手前まで肉薄される事を嫌ってからアスナが一歩半下がろうとするのを逃さない。下げようとした足を足で引っ掛けて体勢を崩し、ナイフを突き出す。

 

 

「クーーーッ!!」

 

 

僅かに苦悶の声が溢れてアスナの身体が倒れながら回転しナイフを躱すのと同時に光剣が心臓目掛けて突き出される。必殺の一撃を回避してからの必殺の反撃。ALO時代ならばそこで終わっていたはずなのにアスナは終わるどころか貪欲に勝ちを狙っている。

 

 

ALO時代の俺ならばそれを受け入れて心臓をくれていただろう。

 

だけど、今の俺には敗北は許されていないのだ。

 

俺が負けるのは、シノンだけだと決めたから。

 

 

「勝つのはーーー俺だぁッ!!」

 

 

左手の〝オルトロス〟を手放して光剣を握る手首を掴んで狙いを逸らさせる。心臓に向かうはずだった光剣は脇腹へと突き刺さり、俺のHPを大きく削るものの死亡までは届かない。

 

 

驚愕するアスナの顔に右手の〝オルトロス〟の銃口を向ける。アスナの体勢は崩れ切っていて回避は不可能。仮に出来たとしても、それよりと50AE弾がアスナの顔を吹き飛ばす方が早い。

 

 

「……あ〜あ、負けちゃった」

 

 

諦めた様に微笑むアスナへ向けて、躊躇いもなく引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、GGOしろよ」

 

「してるだろ?銃持ってるし」

 

「私も銃使ってるからセーフ」

 

「アウトだよコンチクショウ」

 

 

アスナを下してBブロック優勝した俺を待ち受けていたのはCブロック準優勝のシュピーゲルからの罵倒だった。

 

 

「GGOだからって銃使わなくちゃいけないって決まりは無いだろ?」

 

「何のためのGGOだよ……!!」

 

「殺戮」

 

「このキチガイめッ!!」

 

「えっとキリトくんとシノのんはっと……」

 

「シノのん、だと……!?」

 

「コミュ力高すぎじゃないかなこの人」

 

 

シノのんとかいうまさかのワードに戦慄しているとアスナは目的のモニターを見つけたらしく視線を止める。それを見ると10メートル程の距離で〝PGM・ウルティマラティオ・ヘカートII〟を構えるシノンと光剣を構えるキリトの姿が映っていた。そして合図のつもりだろうか弾丸を指で弾く。

 

 

そして弾丸が地面に落ちた瞬間に〝PGM・ウルティマラティオ・ヘカートII〟が火を吹き、キリトが光剣を振っていた。何をしたのか肉眼では分からないが想像はつく。

 

 

キリトは今の一瞬で、シノンの弾丸を()()()()()()()

 

 

そしてキリトは腰に下げていたハンドガンを抜こうとしたシノンに肉薄し、シノンの喉元に光剣の切っ先を向けていたーーー()()()()()()()()()()

 

 

「アスナ様、判決を」

 

「ギルティ」

 

 

何か会話をしているキリトとシノンの映像を光の無い目で見つめながら、アスナはキリトへ死刑宣告を下した。

 

 

俺はそんな2人の映像を見て、胸によく分からない疼きを感じていた。

 

 

 





バーサークヒーラーVS修羅波。GGOなのに銃を使わない予選トーナメント決勝戦とかいう狂気じみた決勝戦が行われたらしい。

アスナが戦えていたのはALO時代での修羅波との戦闘経験があったから。無かったら最初の衝突で首チョンパされておしまいだった。

決勝戦から帰ってきたキリトちゃん君は眼から光を無くしてアスナ様にドナドナされていったらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本大会前・現実

 

 

「あいつ、ホントムカつく……!!」

 

 

冬に入って誰も居なくなった公園で朝田は罵倒を吐きながらブランコを蹴って八つ当たりしている。Fブロックの優勝はキリトで、準優勝は朝田だった。それが普通に戦っての結果ならここまで荒れはしなかっただろうがヘカートIIの弾丸を斬り払われ、その上密着して降参するように促されてなので屈辱なのだろう。隣で缶コーヒーを飲んでいる恭二にどうしたものかと視線を向けるが目を逸らされてしまった。

 

 

取り敢えず何か飲ませて落ち着かせようとベンチから立ち上がって自販機でホットの紅茶を自分用と合わせて2つ購入する。そして戻ってくると足を抑えて蹲っている朝田と愉しそうに笑っている恭二の姿が見えた。

 

 

「何があった」

 

「八つ当たりの力加減を間違えて自滅ってところかな?」

 

「どうしようもねぇなぁ……ほら、これ飲んで落ち着け」

 

「〜〜ッ!!あ、ありがと……」

 

 

痛みに悶えながら手を出した朝田に紅茶を渡し、自分の紅茶を一口飲む。まぁ確かにキリトは色んな意味でやり過ぎだったと思う。朝田が勝手に勘違いしただけかもしれないが性別を偽り、予選トーナメントの決勝戦という大舞台で多数の人目があるのにあんな事をしでかしてくれたのだから。その後、アスナに圏内だが光剣で滅多打ちにされても当然だとしか言えない。ドナドナされてる時に目を逸らして裏切ったな的な目をされてもこっちが困る。

 

 

「でも、朝田さんがそんなに他人を気にするなんて珍しいよね?」

 

「……そうかしら?」

 

「おいおい、言ってやるなよ……朝田でもシノンでもツンツンしてるから基本的にボッチなんだからさ……」

 

「〜〜ッ!!」

 

 

ボッチ発言が琴線に触れたのか中身の入ったままの缶を投げられるがハンゾウの投げナイフに比べれば遅いので受け止める。中身が少し溢れて手が汚れたが気にするほどでもない。

 

 

「でもいい傾向である事には違いないな。他人を気にすることが出来るっていうのは余裕が出来たって事だからな。いつもいつも張り詰めて崖っぷちギリギリの生活するよりも余裕があった方が余程健全だし」

 

「不知火って時々そういう医学的な事言うよね。身内でそう言う人がいるの?」

 

「漣式メンタルレッスンの賜物ですけど何か?」

 

「漣式って付くだけで血生臭く感じるのはどうしてかしら」

 

「そういう人種だからじゃないかな?」

 

「否定はしない」

 

「否定しなさいよ……」

 

 

前までは躍起になって否定していたが最近は面倒だと考えるようになってしまって濁す様に返すのが普通になってしまった。爺さんが見たら笑うか……いや、絶対に腹抱えて笑う気がする。それ以外にイメージが出来ない。

 

 

「でも金本さん辺りならいつもはクールなのに〜とか騒ぎそうじゃない?」

 

「あいつは何処か盲目的な所あるからな」

 

 

今この場にいないクレイジーサイコレズこと金本だが、あいつは朝田を普通の少女として見ていない。負けたくない、強くなりたいと張り詰めているシノンの様な姿こそが朝田の真の姿だと思い込んでいる節がみられる。この場に金本がいたらいつもの朝田じゃないとか喚いてセルフ発狂キメていたと簡単に想像出来る。

 

 

「っと、もういい時間だな」

 

 

公園に集まって話していたのだが辺りは暗くなっていて、時計を見ればBoBの本大会まで後3時間弱といった所である。余裕を持って行動するならそろそろ家に帰っておきたいところだ。

 

 

「本当だ……じゃあ私は帰るわね」

 

「あぁ不知火、少し話がしたいから残ってくれる?」

 

「……それって朝田がいない方が良いやつ?」

 

 

小声で訊ねると恭二は小さく頷く。話の内容は全く想像出来ないが、恭二の目を見る限りでは巫山戯た話ではないと思われる。もう少しだけ恭二と話して帰ると朝田に伝えて、彼女と一旦別れる事にした。

 

 

「……で、何の用?」

 

「1つだけ聞きたいんだけど……不知火って、()()()()()()()()()()()?」

 

「……」

 

 

唐突に、前触れもなく放たれた恭二の言葉に驚愕する。カマかけかと考えたが、恭二の目は確信している様だった。

 

 

「……うん、好きだよ」

 

「……やっぱりか」

 

「どうして分かった?一応表には出さない様にしてたんだけど?」

 

「おいおい、僕は君の親友だぞ?そんな事、ずっと見てれば自然と分かるさ」

 

「……気持ち悪」

 

「喧嘩売ってるんだよな?そうだよな?」

 

 

青筋を浮かべる恭二をドウドウと落ち着かせ、空になった缶をゴミ箱に投げ捨てる。

 

 

「で、いつからなのさ」

 

「五月だな。一目惚れだった」

 

「わーお……告白、するんだよな?」

 

「何いってんだよ……()()()()()()()()()

 

 

確かに恭二に指摘された通りに俺は朝田のことが好きだ。告白して付き合いたいという気持ちもある……()()()()()()()()()

 

 

俺は彼女に相応しく無いから。彼女に相応しい人間は他にいるから。

 

俺みたいな()()()()()()()、彼女に似合わないから。

 

 

「それって家の都合とかそんなので?」

 

「それもあるっちゃあるけどほとんどは俺の個人的な理由からだな」

 

「そっか……」

 

 

頷きながら恭二は立ち上がり……殴りかかってきた。なので一歩ほど下がって避ける事にする。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

何故だか気まずい雰囲気となり、恭二が再び殴りかかってくる。また下がって避ける。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

殴る、避ける、殴る、避ける、殴る、避ける、殴る、避ける……

 

 

「当たれよッ!!」

 

「嫌だよッ!!」

 

 

GGO内では兎も角、リアルではモヤシな恭二は肩で息する程に体力を消耗しながら理不尽な要求をして来た。誰が好き好んで殴られるというのか。ドMでも無い限りは嬉しく無いだろうし、俺はSなので虐められて悦ぶ趣味は無い。

 

 

「なんで伝えないんだよ!!恥ずかしいことかもしれないけどそれは立派な事だろう!?」

 

「じゃあ逆に聞くけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

恭二が俺の感情に気が付いていた様に、俺も恭二が朝田の事を好いているのに気付いていた。10月頃からだろうか恭二の朝田を見る目が変わっている事に気付き、それが異性に向ける好意だと簡単に気付く事が出来た。

 

 

「教えるかよッ!!」

 

「まぁ教える教えないは人の自由だからな……だけど、俺は伝えないよ」

 

 

朝田は結果として人を殺してしまった。だけど俺は明確な意思と殺意を持って人を殺しているのだ。そんな人間がどうして彼女に好意を伝えられる?どうして彼女の隣に立てると思う?

 

 

「……あぁもう!!だったらBoB本大会で勝負だ!!僕が勝ったら告白しろ!!」

 

「じゃあ俺が勝ったらお前が告白しろよ」

 

「あぁいいさ!!勝って朝田さんに告白させてやるからな!!」

 

 

そんな俺と恭二のどちらにも勝利した時のメリットの無い約束を交わし、恭二は荒々しく歩きながら公園から去って行った。

 

 

「まったく……お節介だよな、お前」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寒っ……」

 

 

漣君と新川君と公園で別れてからコンビニにより、夕食代わりのミネラルウォーターとアロエ入りヨーグルトを購入して寒さに身を震わせながら自宅へと急ぐ。2人が何を話しているのか気になるところではあるが、首を突っ込んでもロクな事にはならないと直感が警報を鳴らしていたので素直にそれに従う事にした。

 

 

時間が気になって携帯で確認して見たがまだ6時手前、本大会開始の8時までは2時間もあるが装備や弾薬の点検に精神集中などやるべきことは沢山あるのでできるだけ早くログインしておきたい。

 

 

そうして自宅の前まで辿り着いたのだが……自宅の扉の近く、正確には漣君の部屋のドアの前に人がいる事に気がついた。

 

 

GGOのウェーブの髪を肩に掛かるほどに長くして、サングラスを掛けた人物がフェンスに身体を預けてタバコを咥えていたのだ。まるで本当にGGOのウェーブが現実に登場したのでは無いかと錯覚して唖然とする私に気がついたのか、その人物はタバコの火を消して携帯灰皿に吸い殻をしまい近づいてくる。

 

 

「やぁやぁお嬢さん、ここの漣って奴知らない?」

 

 

耳障りの良いハスキーボイスから女性だと気がつく。彼女は漣君の部屋を指差し、彼の所在を訪ねて来た。

 

 

「えっと、彼ならその内帰ってくると思いますけど……連絡しましょうか?」

 

「いいよ、サプライズで来ただけだから。居なかったら居なかったでまた明日来れば良いし」

 

 

ケラケラと楽しげに笑う姿は爽快で、いつも見ているウェーブとは違う印象を与えてくれる。その姿から漣君の身内なんだとは察しがつく。タバコを吸っていたから成人している……姉か母親だろうか。

 

 

「……ふんふん」

 

「……どうかしましたか?」

 

「いんや、こっちの事情だから……いのち短し恋せよ少女ってね!!」

 

「……ッ!?」

 

 

始めは何が言いたいのか分からなかったが、彼女の言いたい事を理解した瞬間に顔が冬だというのに一気に熱くなるのが分かる。少し観察されただけで分かってしまうとは、漣君の身内にはバケモノしか居ないのだろうか?

 

 

「お嬢さんの様な良い子が不知火の嫁に来てくれたら良いんだけどねぇ」

 

「話が飛んでませんか?」

 

「なんで?好きになったら押し倒して既成事実作れば良いじゃん」

 

「漣の家って業が深すぎませんか?」

 

 

彼女の言葉に戦慄するしか無い。なんで好きになった時点でゴールまで突っ切っているのだろうか。そもそも既成事実作るとか逃がすつもりが無い辺りが恐ろしい。

 

 

「アタシは蓮葉(れんは)、また来る時までに不知火のこと押し倒してくれたら嬉しいな」

 

「ちょっと!?」

 

 

あははは〜なんて笑いながら蓮葉さんはフェンスを乗り越えて飛び降りた。思わず駆け寄り下を覗き込んだが蓮葉さんの姿は見えない。左右を見渡しても姿は見えず、静かなのに足音1つ聞こえない。

 

 

「漣君の身内って本当に規格外なのね……」

 

 

漣君がリアルで規格外だったから身内もそれくらいだろうと思っていたが、蓮葉さんという実物を見てしまい本当に規格外だった事を思い知らされてしまった。

 

 

蓮葉との邂逅で若干疲れた身体を引きずって自宅に帰る。本大会の開始までにこの掻き乱された心を鎮めておかないといけないと考えながら。

 

 

 





修羅波、シノのんに一目惚れをしていたという驚愕の事実。だけど自分みたいなキチガイじゃダメだって事で好きになるだけ、それ以上を求めていなかった。

蓮葉とかいう漣一族の刺客が登場。修羅波の身内ってだけでキチガイだって考えてしまったそこの貴方!!……正しいです!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本大会前・GGO

 

 

「後30分か……」

 

 

〝オルトロス〟のメンテナンスを終え、弾薬とグレネードの補充を済ませ、総督府の入り口でバイクを投げ捨てるダイナミック駐車を決めてからBoB本大会の会場で開始の時間を待つ。ここに来る途中で何やら悲鳴のようなものが聞こえた気がするが、そんなものは会場の熱気で掻き消されてしまう。

 

 

本大会へ出場するプレイヤーにエールを送る者や、誰が優勝するかのトトカルチョに精を出す者、そして第四回に向けてデータを集めようと静かに佇んでいる者など様々な姿見れて軽くカオスな状態になっている。

 

 

そして本大会に出場するプレイヤーの一覧を確認すればゼクシードと薄塩たらこの名前は無い。予選のトーナメント表を確認しても2人の名前が無かったことからキリトの言っていた〝死銃〟に殺されたというのは本当なのだろう。嘘だとは考えていなかったが、信憑性に欠けていたので確認する必要があったのだ。

 

 

「髑髏の姿も見えないか……」

 

 

さり気無く周囲に目を配っているがキリトと一緒に遭遇した〝死銃〟と思われる髑髏フェイスのプレイヤーの姿も存在しない。本大会に出場していると思われるが、名前も分かっていないので確認のしようがない。

 

 

だけど俺の第六感は、あいつはここにいると警鐘を鳴らしていた。慌てる俺たちの姿を見て嘲笑い、無防備な背中に銃を突き付けていると叫んでいた。

 

 

「んで、なんでアンタはここにいるんだ?ハンゾウ」

 

「……」

 

 

背後に感じられた気配から誰かを予想し名前を告げると、ハンゾウが音も無く現れた。昨日と同じ様にボディースーツにバンダナで顔を隠しているが、その目には驚愕の色が見られる。

 

 

「何故分かった?」

 

「逆に聞こう、なんで分からないと思った?俺が昨日よりも成長していないと思っていたのか?」

 

「……規格外」

 

「強ち間違いじゃないから回答に困る」

 

 

昨日のハンゾウと戦うまでは看破出来なかったハンゾウの隠密だったが昨日のハンゾウとアスナとの戦闘経験、それにBoB本大会への期待による精神の高揚が俺の感覚を引き上げているので察知することが出来た。今後、ハンゾウが今以上の隠密を身に付けない限りは俺に通じることは無いだろう。

 

 

ハンゾウから規格外と言われ、その自覚はあるのでそんなに強く言うことは出来ない。でもそうしなければ爺さんと母さんによる漣式トレーニングをこなせなかったのだからしょうがない。

 

 

覚醒と進化と限界突破を前提にしたトレーニングとか止めて欲しい。

 

 

「応援」

 

「あぁ、そういうことね」

 

「然り。私に勝ったのだから勝ってもらわねば困る」

 

「安心しろ……俺が負けるのを良しと認めた相手は今の所4人だけだ。それ以外に負けるつもりなんて無いし、その4人にも勝つつもりでいる」

 

「……武運を」

 

 

それだけ言ってハンゾウは再び隠密で姿を消した。離れていく気配は感じられるが、それは先程よりも薄くなっている。地味にハンゾウも規格外だなぁと感心していると、目の前のテーブルに一本のナイフが置いてあることに気がついた。俺が使っている物よりも刃渡りが短い普通のサイズ、そして刀身の部分は薄っすらと黄色味がかっている。

 

 

さっきの応援からこれを使えと言うことなのだろう。ありがたく暗器としてコートの袖にしまっておく事にする。

 

 

「来てたのね」

 

「そりゃあ来ないわけ無いさ」

 

 

ハンゾウのナイフをしまうのと同時にシノンが現れる。シュピーゲルは遠く離れたところから俺たちの事を伺っていて、俺が見ている事に気づくと中指を立てながら人混みの中に姿を消していった。どうやら俺と話し合うつもりは無いらしい。

 

 

「調子は?」

 

「万全よ。そっちは?」

 

「めっちゃ興奮してる。圏内設定が無かったら、今すぐにでもこの場にいる全員に喧嘩売りたいくらいに」

 

「止めなさいよ……」

 

 

隣で呆れるシノンには悪いのだが、俺はそれを今すぐにしても良いと思えるほどに興奮している。だって待ち望んでいた戦いの舞台がすぐ目の前にあるのだから。ALOは対モンスターがメインだった為にPVPはこちらから喧嘩を売らなければ出来なかったが、PVPがメインになっているGGOでは喧嘩を売らなくても向こうからPVPをしてくれる、俺からすれば天国の様な場所だった。

 

 

倒してやる、殺してやると敵意を向けられる事が嬉しくて、それに立ち向かうのが心底楽しかったのだ。

 

 

戦闘欲求、とでも言うのだろうか。戦うための技術を身につけ、戦うための精神状態を作り、戦うための思考に育てられたと言うのに現代社会ではそれを活かすことが出来ないのがもどかしくて堪らなかった。

 

 

戦いたい、闘いたい。血肉が沸き、心が狂喜乱舞するほどの闘争が飽きてしまうほどにしたいのだ。

 

そしてーーー充実感と共に負けたいとも考えている。敵わなかった、だけど満足だという完膚なき敗北を味わいたいとも願っている。

 

 

それを叶えてくれそうなのはシノンとキリトとアスナくらいか。望ましいのは一対一でだが、一対多でも構わない。ALOでは連合軍作った上にキリトとアスナを逐次投入してようやく負けたのだが、GGOではどうだろうか。

 

 

そんな淡い期待を込めてシノンを眺めていると視界の端にキリトとアスナが登場した。

 

 

死んだ目のキリトに首輪が付けられ、活き活きとしているアスナがそのリードを握っていた。

 

 

その姿を全力で視界から追い出した。シノンはその姿を直視してしまったらしく、顔を覆っていた。

 

 

「こんばんわウェーブさん、シノのん」

 

「……その呼び方、止めてって言ったわよね?」

 

「キリト、なんでそういうプレイに励んでるの?目覚めたの?それともアスナの方が目覚めたの?」

 

「昨日の罰だってさ……」

 

 

明るいアスナと対照的にキリトの目が加速度的に死んでいっているのだが、これはこれで面白いので放置しておく事にする。後ろの方で野次馬たちが首輪装着のキリトを見てはしゃぎ回っているのだが、アスナが睨む事で全員が自主的に正座を始めていた。

 

 

「そうだシノのん、本大会に残った30人の中で初めて見る名前ってどれ?」

 

「だからシノのんは止めてって……」

 

「アレ探しか?」

 

「あぁ……アレがネームだとは考え難いし。熟練プレイヤーのシノンが知らない新顔がそうじゃ無いかと思ってな」

 

 

アレなどと濁して話しているが、アスナの質問の狙いは〝死銃〟探しだ。確かに〝死銃〟がアバターネームならBoB予選の段階で運営から弾き出される。かといって熟練プレイヤーが〝死銃〟だと名乗ったところでそれまでのイメージが纏わりつくことになる。

 

 

「俺からも頼む。探してみたけどあの髑髏フェイスのプレイヤー知ってる奴は誰もいなかったからな。多分新顔がそいつだからブチ殺す」

 

「ヘイト稼ぎすぎじゃないかしら……えっと、貴方達を除いたら初めての参加者は……4人ね。〝銃士X〟と〝ペイルライダー〟に〝B・J〟、あとこれは……〝Sterben(スティーブン)〟かな?」

 

「あぁ、それはスティーブンじゃなくてステルベンって読むぞ?確かドイツ語だったかと思う」

 

「なんでさらりとドイツ語読めてるんだよ」

 

「漣式ラーニングのお陰」

 

「そこはかとなく不安を煽るネーミングね……」

 

 

母さんからもしもの為にと有名どころの外国語は一通り読み書きと会話が出来る程度に仕込まれているので単語程度なら見ただけで判断がつく。この時ばかりは母さんに感謝した。

 

 

そして脳内でシノンのあげたプレイヤーの名前を反芻する。〝銃士X〟、〝ペイルライダー〟、〝B・J〟、〝ステルベン〟……その4人の何人かが、もしかしたら全員が〝死銃〟である。あの髑髏フェイスのプレイヤーがこの中にいるのは間違いない。必ず殺すと心中で密かに誓う。

 

 

「ウェーブ」

 

 

キリトが首輪を外そうと奮闘し、アスナにそれを阻止されているのを見ているとシノンが話しかけてきた。闘志に満ちた山猫の様な目を真っ直ぐに向けている。

 

 

「私が貴方を倒す……だから、誰にも負けるんじゃないわよ」

 

「分かってるよ……シノンも、俺が倒すまでに負けるなよな。でないとシノのん呼びを定着させてやる」

 

「……鬼畜」

 

「ボソッと言われるのもなかなかキツイなぁ……」

 

 

よほどシノのん呼びはお気に召さないのか、満ちていた闘志は掻き消えてジト目で見られる事になってしまった。

 

 

BoB本大会開始まで、後10分。

 

 

 






銃士X、ペイルライダー、B・J、ステルベン……この中に〝死銃〟はいるっ!!(1人とは言っていない

BoB本大会前に彼氏に首輪を付けて参上するクレイジーな彼女がいるらしい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

BoB本大会

 

 

「ーーー」

 

モニター越しから伝わる喧騒が遠く離れた出来事の様に聞こえる。口に咥えているはずのタバコからは味も匂いも感じられず、ただ手にした〝オルトロス〟の冷たさだけが伝わってくる。目の前のモニターにあるカウントダウンを確認すれば、BoB本大会開始まで30秒を切っている。

 

 

肉体的、精神的コンディションは良好、指どころか髪の毛の先まで神経が通っている様な感覚。ここまでの状態に持ってこれたのは中学卒業の頃に爺さんと殺し合いをした時か、小学生の頃に勝手に俺のケーキを食った母さんにブチ切れした時以来だろう。

 

 

負ける気など欠片もしない。勝利するイメージ以外思い浮かばない。

 

 

ーーーまだか?

 

カウントダウンはまだ20残っている。

 

 

ーーー早く、早く、早くして。

 

カウントダウンはまだ10。

 

 

ーーーやっとなんだようやくなんだ。待ちに待ったこの時間、誰にも邪魔はさせないさせるものか。〝死銃〟を殺す全員殺す。その道中で視界に入った奴全員殺す。最後に戦うのはシノンかな?シュピーゲルかな?キリト?それともアスナ?まさかのピトフーイ?誰でも良いどうでもいい。殺させてくれ倒してくれ、呆れ返るほどの闘争の果てに充実と共に敗北が欲しい。血塗れの大地に横たわって勝者に見下されたくて仕方ないのだ。

 

カウントダウンはゆっくりと5に変わる。

 

 

ーーーもうやっちゃって良いかな?良いよね?嫌、まだだ。待ち望んだ時間をこんなしょうもない事で壊したくない。でも待ち切れないから早くして、お願いだから早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く……

 

 

『BoBーーースタートッ!!!』

 

 

視界の声が聞こえて全身を転移エフェクトが包み込んだ瞬間に、俺は精神的な枷を外した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーどうなってるんだよ……」

 

 

呆れるような驚愕の声を出したのはBoBの様子を映すモニターを眺めていた1人のプレイヤー。第一回、第二回では喧騒に包まれていた観戦席だが、第三回の今日に限っては静寂に包まれていた。

 

 

BoB本大会は半径10キロの円形の島〝ISLラグナロク〟で行われる。〝ISLラグナロク〟は北から時計回りに〝砂漠〟、〝田園〟、〝森林〟、〝山岳〟、〝草原〟、中央に〝廃墟都市〟、南部にはステージを二分するように大河が流れて〝鉄橋〟が一本架けられている。相当に広いフィールドなので参加者には〝サテライト・スキャン端末〟と呼ばれるアイテムが配布され、15分に一回上空を監視衛星が通過し、その際に全員の端末にフィールド内の全プレイヤーの位置情報が送信されるのだ。

 

 

そしてーーー第一回目の情報の送信を待たずにして、すでに半数の15人のプレイヤーが敗退していた。

 

 

もちろん、それは珍しい事ではない。運が絡むが初期配置とプレイヤーの行動によってはそれだけのプレイヤーが敗退することもあり得るのだから。

 

 

問題なのは、敗退したプレイヤーの大半が1人のプレイヤーに倒された事だ。

 

 

真紅のコートを翻しながらフィールドを駆け回る1人のプレイヤー。狙撃手(スナイパー)だろうが突撃兵(アサルト)だろうが、隠れていようが立ち向かおうが問答無用で接近して銃身の下にナイフを取り付けた独特のカスタマイズが施された二挺の〝デザートイーグル〟で蹂躙する。その顔に貼り付けられているのは満面の笑み。倒してやる、勝ってやると意気込んで挑むプレイヤーを、彼は心の底から楽しそうな笑みを浮かべたままGGOでは考えられない程の近距離戦で悉くを踏み躙っていた。

 

 

『ーーーハハハッ!!どうした!?挑めよ俺に!!俺はここに居るぞ!!倒してやると意気込んで、殺してやると息巻いて、全力出して死力を尽くして俺を殺そうとしやがれよ!!』

 

 

静寂に包まれた観戦席に、彼の声が響く。

 

 

GGOに、ウェーブの伝説が刻み込まれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー景気良くやってくれてるみたいね」

 

 

開始から15分が経ち、サテライトによるプレイヤーの位置情報を確認すれば残っているプレイヤーは私を含めて15人にまで減っていた。その下手人は〝森林〟エリアにいるウェーブに違いない。〝砂漠〟から〝田園〟を通って〝森林〟まで移動したのだろう。その証拠に、今あげた3つのエリアにはプレイヤーの反応が存在しなかった。とんでもない索敵と機動力と殲滅能力だと呆れるしか無い。

 

 

「だけど、好都合ね」

 

 

ウェーブがこのまま時計回りにフィールドを徘徊するのなら私が潜伏している〝鉄橋〟の付近を通る事になる。遮蔽物の少ないフィールドは狙撃手(スナイパー)にとっては鬼門だが、逆に言えば相手が隠れるスペースも無いという事になる。

 

 

勝負は一度っきり、〝弾道予測線(バレットライン)〟が生じない初撃だけが私の勝機。外せば彼に私の位置を教える事になり、そのまま接近されて〝オルトロス〟に斬り殺されるか撃ち殺されるだろう。

 

 

サテライトからの情報では〝山岳〟エリアには獅子王リッチーというプレイヤーの反応があったが、あれは籠城タイプだから放っておいても問題無いだろう。1キロ圏内にはウェーブとリッチー以外のプレイヤーの反応は無い、つまり奇襲を気にしなくて良い。

 

 

すぐに〝鉄橋〟が一望できるポイントまで移動し、崖の上で腹這いになって〝PMG・ウルティマラティオ・ヘカートII〟を構える。そして呼吸を整え、無心になるように努めた。

 

 

信じられない話だが、ウェーブは〝弾道予測線(バレットライン)〟の発生しない狙撃を避けられる。彼がいうには直感……撃とうとした瞬間に生じる僅かな気配を察して反射的に避けるとの事だった。初めて聞いた時には何を言っているのか分からなかったが実際にそれを見せられ、彼の実家ではそれをしなければ生き残れなかったと死んだ目で語る彼の姿が印象的だったので覚えている。

 

 

だったら、撃つ瞬間に気配を生じさせなければウェーブは避けられない。

 

 

理屈の上ではそうなるが、私はそれをやってみようと考えた事は無かった。だけど彼に勝つにはそれしか無いのでやるだけだ。頭を空っぽにして心を冷まし、ただ銃を撃つ1つの機械になるーーーそうしようとした直前で、本当にそれで良いのか悩んでしまった。

 

 

私がウェーブに、漣君に勝ちたいと思ったのは、彼を倒したら強くなって弱い自分や過去に立ち向かえると、精神的に強くなれると考えたからだ。それなのに感情を無くして1つの機械になる……勝つにはそれしか無いとはいえ、それが本当に正しいのか分からなくなってしまった。

 

 

これではダメだ、一度休憩でも入れるべきかと考えたその瞬間、ウェーブは〝森林〟エリアから姿を現した。スコープ越しに見る彼の顔にはゲーム内でも、それどころかリアルでも見た事が無いほどの満面の笑みを浮かべていて気分が良いと分かった。だけどその顔を見ていると訳のわからない寒気に襲われる。あれはウェーブだけどウェーブじゃない、そんなどう言ったら良いのか分からない悍ましさを感じてしまった。

 

 

「ーーーフゥゥ……」

 

 

知らない内に止まっていた呼吸を吐き出して意識を切り替える。確かにあれは私の知らないウェーブだが、それは今は関係の無い事だ。彼を倒す、その一念で私は今日まで戦ってきた。彼を倒せる唯一のチャンスが目の前に転がっている。なら、危険かもしれないがそれに飛び付くしか無いだろう。

 

 

私の心中を表すかのように激しく拡縮する〝弾道予測円(バレットサークル)〟。1秒、2秒と時間が経過する事に荒れていた拡縮は収まり、いつも通りのリズムに落ち着く。

 

 

そしてウェーブが〝鉄橋〟の中央付近に差し掛かった瞬間にーーー私はヘカートIIのトリガーを引いた。

 

 

 






悲報、修羅波自重を完全に投げ捨てる。〝死銃〟?とりあえず全員殺せばオッケーでしょ?ってノリで目に付くプレイヤーをひたすらコロコロする。

シノのん=サンのアンブッシュ……やったか!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

BoB本大会・2

 

 

スコープがマズルフラッシュで白くなり、一瞬後に結果を映し出す。そこには……後ろに吹き飛びながら大きく仰け反っているウェーブの姿があった。

 

仕留めたとガッツポーズをして立ち上がりたくなったが、心のどこかでこれで彼が終わるはずがないと感じて空になった薬莢を排出して次弾を装填する。

 

 

そしてその予感は当たった。スコープ越しに()()()()と目が合う。

 

 

あり得ない、アンチマテリアルライフルの一撃をマトモに食らっているのに無傷なんて。距離が離れている上に防具をガチガチに固めているのなら分かるが私と彼との距離は500メートル程で防具は軽装、いつもならば間違いなく仕留められている距離だったはずだ。

 

 

頭は混乱するものの、これまで染み付いていた経験からこのままのスコープの状態では彼の動きに追いつけないと判断して倍率を下げ……ウェーブが生き残っている原因を知った。

 

 

ウェーブは五体満足では無く、左腕の肘から先が無くなっていた。二挺一対だった〝オルトロス〟の片方が無残に砕け散って地面に転がっているのが見える。

 

 

()()()()……ッ!!」

 

 

信じられない事だがウェーブの状態を見る限りではそれしか考えられない。彼は狙撃に気づいた瞬間に左手に持っていた〝オルトロス〟でガードした。マトモに防いだところで腕ごと持っていかれるのを分からないはずが無いから恐らくは逸らそうとしたのだろう。それでも〝オルトロス〟一挺と左腕の犠牲だけで必殺の狙撃を防いだのだ。〝インパクト・ダメージ〟が発生するはずなのに生きているのはダメージを受け流したからなのか。バケモノじみているとしか言えない。でもウェーブなら仕方がないと思ってしまう辺り汚染されている気がしてならない。

 

 

ともあれ今は迎撃だ。この距離でウェーブの速度と私のコッキングのスピードを考えれば撃てるのは二、三発。その内の一発でも当たれば私の勝ち、逆に全てを外せば私の負けだ。

 

 

「ーーー上等よ」

 

 

シンプルで分かりやすくて良い。さっきまでのようにゴチャゴチャ考えるよりもこっちの方が私好みだ。一度息を深く吐き出してスコープを覗く。スコープ越しに見えるウェーブは片腕を無くしているというのにいつも以上のスピードでこちらに向かって来ていた。普通なら四肢の1つを無くしたことで身体のバランスが崩れて走り難くなるはずなのに、ウェーブの身体は全くブレていない。

 

 

「ーーー」

 

 

息を止め、全神経を集中させる。ただ撃ったところでウェーブには当たらないーーーだから、()()()()()()()()()()

 

弾道予測円(バレットサークル)〟を使っていては〝弾道予測線(バレットライン)〟で見切られるーーーだから、()()()()()()()()()()()()()

 

 

銃口がフラフラと揺れ、左右に逃げながら避けるウェーブの後を追う。

 

 

400メートルまではただ後を追うだけ。

 

300メートルでようやく追いつく。

 

そして200メートルを切ってやっと先読みに成功する。

 

 

チャンスは一度っきり。これ程近づかれたら次弾を装填する間に距離を詰められる事になる。

 

 

トクントクンと緩やかにリズムを刻む心臓の音が聞こえる。

 

トリガーに指を乗せていないので〝弾道予測円(バレットサークル)〟は発生せずに、スコープの照準線(レティクル)の十字がウェーブを捉える。

 

当たると確信し、トリガーを引くーーーその瞬間に背中から激しい衝撃に襲われて私の身体は()()()()()()()

 

 

「ーーー」

 

 

撃たれたと分かった。だけど私はそれを信じたくなかった。いくらウェーブに集中し過ぎたとはいえ事前に索敵を行い、周囲に他のプレイヤーがいない事なんて確認している。

 

 

いや、そもそもなぜ私はスタン状態にさせられたのだろう?身体が動かないということは電磁スタン弾で撃たれたとみて間違いない。わざわざスタン状態にするよりも実弾で撃った方が手っ取り早いというのに。

 

 

「ーーーシノン、〝氷の狙撃手〟だな?」

 

 

背後から声をかけられ、うつ伏せの姿勢から仰向けに引っくり返される。そこにいたのは髑髏を思わせるフルフェイスのマスクを付け、ボロボロのマントに身を包んだプレイヤーがいた。

 

 

「ぁーーー」

 

「あぁ返事はしなくて良いぜ……どうせ死ぬんだからな」

 

 

死ぬ?何を言っているのだろうかと言いたくなるが声は出せない。その代わりに脳裏に思い浮かんだのは、最近スレッドで噂になっている〝死銃〟と呼ばれるプレイヤーの存在だった。〝死銃〟が撃ったプレイヤーは現実でも死ぬという噂話。あれを見た時にはただの与太話か何かだと思っていたが、良く良く思い出してみればスレッドに挙げられていた〝死銃〟の特徴とこのプレイヤーの特徴は一致している。

 

 

髑髏のプレイヤーの左手が動き、十字を切る。殺そうとしている私に向けて祈っているのか、それともこれが〝死銃〟の現実での殺しを可能にする方法なのか分からない。このままでは私は撃たれて〝死銃〟の存在の真偽を証明する実験台になるだろう。

 

 

1秒後には本当に殺されてしまうかもしれないこの状況……だけど、()()()()()()()

 

 

「何が可笑しい」

 

 

訊ねられてもスタンで声を出すことが出来ないし、そもそも答えてやるつもりも無かった。どうして私が笑っているのか分からないということはそういう事なのだろう。つまり、私が彼に集中していたように、彼も私に集中していたのだ。

 

 

今も接近している彼の存在に気付いていない様子がその証拠だ。

 

 

「ーーー」

 

「なっーーー」

 

 

音もなく現れたのはさっきまで私が狙っていたウェーブ。首を動かさずに目だけを動かして状況を把握した彼は右手の〝オルトロス〟の銃口を髑髏のプレイヤーに向けてトリガーを引いた。〝デザートイーグル〟である〝オルトロス〟の銃口はウェーブに支えられて一切ブレずに50AE弾を吐き出す。

 

 

「ーーーチィッ」

 

 

それを髑髏のプレイヤーは銃口を向けられた瞬間に大きく飛び退いて躱す。その一動は速度だけで見ればAGI特化のシュピーゲルよりも速く動いているように見えた。同じAGI特化のプレイヤーかと思ったがスタン弾を使えるのは一部の大口径のライフルのみ、それを扱うSTRにも振っているだろうにあの速度はあまりにも早過ぎた。

 

 

そしてウェーブの襲撃を遣り過ごした髑髏のプレイヤーは状況が不利と判断したのか崖から飛び降りた。ウェーブが跡を追って慎重に崖を覗き込んだが、静かに首を振った。どうやら逃げられてしまったらしい。

 

 

「大丈夫か?」

 

「ん……ッ、なんとかね」

 

 

ウェーブに抱き起こされながら背中に刺さっていたスタン弾を抜いてもらい調子を確かめるように右の手のひらを握ったり開いたりする。スタン弾が無くなった事で動けるようにはなったがまだ痺れは残っている。出来る事なら完全に痺れが抜けるまでは休んでいたいところだが、目の前にウェーブがいるのにそれは出来ない。ウェーブの左腕は欠損が発生して使用不可能、残っている右腕も私を起こすのに使われていて今の彼は完全に無防備な状態。このチャンスを見逃すわけにはいかない。

 

 

空いていた左手で腰に下げていた〝MP7〟を抜いてウェーブの頭に突き付けるーーーしかしいつの間にか左手は空になり、代わりにウェーブの口に〝MP7〟は咥えられていた。

 

 

「手癖が悪いわね……この場合だと口癖かしら?」

 

「両手が使えなくなっても口でやれば良いと教えられてるからなぁ……」

 

「本当、何を目指してるのよ」

 

 

どんな状況下でも戦うことへの意識を忘れないウェーブの実家に呆れるしかない。ヘカートIIは手元に無く、副武装(セカンダリ)の〝MP7〟もウェーブに投げ捨てられて離れた場所にある。今回は私の負けかと諦めていると、ウェーブは何もせずに立ち上がって私に背を向けて立ち去ろうとしていた。

 

 

「……何?余裕のつもり」

 

「違う、あいつを追いかけるだけだ……あいつは〝死銃〟だ。噂くらい聞いたことあるだろ?」

 

 

倒せる私を見過ごそうとするウェーブに苛立ち混じりに問い掛けたが、ウェーブから返ってきた答えは予想だにしない物だった。

 

 

「どうやってるかは分からないがあいつは……いや、()()()()()()()()()()()()()。そんな奴らがいちゃあ心臓に悪くて仕方がない。だから先に殺してしまおうとな」

 

「本当にって……」

 

 

つまり、さっきウェーブが助けてくれなかったら私は現実でも死んでいたという事だろう。冗談かと聞き返したかったが、普段見せる事のないウェーブの真剣な表情で本当なのだと思い知らされる。死の直前だったとようやく理解して呼吸が激しくなり、動悸が乱れる。

 

 

「落ち着け」

 

 

たった一言、それと一緒に頭に乗せられた手で乱れていた呼吸と動悸が治る。ウェーブは膝を折って、私と視線を合わせた。

 

 

「隠れて欲しいんだけどシノンは絶対に隠れないよなぁ……あんな髑髏のプレイヤーを見つけたら挑まずに逃げろ。遊ぶためのゲームで死ぬなんて馬鹿らしいからな」

 

「……ウェーブはどうするのよ」

 

「あいつを殺す」

 

 

端的に吐き出された言葉には彼にしては珍しく、殺意じみた物が込められていた。実家からの教育で人を殺すことにストレスを感じず、何も思わないと公言する彼は他のプレイヤーとは違い淡々と作業のようにPKをする。

 

 

ゲームだというのに本当に殺しかねないまでに殺意を漲らせている彼の姿を見て、あのプレイヤーのことを憎んでいるのかと思ったがウェーブの目に宿っているのは憎しみでは無く()()()()()。怒っている原因などあのプレイヤーの存在くらいしか無いのだが……ふと、彼は私が襲われたから怒っているのではないかと思いついてしまった。

 

 

殺気立っているウェーブの姿を珍しいと言ったように、基本的に漣君は感情を見せつけない……というよりも上手く隠している。苛立っていても表面上はヘラヘラと笑い、その裏でどう報復してやろうかと考えている。これも実家からの教育の賜物だと彼は遠い目をしながら語っていた。

 

 

そんな彼が、私が〝死銃〟に襲われたことに対して怒っているかもしれない。

 

 

……ヤバい、不謹慎だが少しだけ嬉しいと思ってしまった。

 

 

そんな考えを振り払うために頭を振り、どうすれば良いのかを考える。

 

 

隠れるなんて私の性にあっていない。

 

1人で戦ってもまた狙われてしまう可能性がある。

 

だったら彼と2人で行動する……これだ、これしかない。

 

 

「待って、私も行くわ」

 

 

インベントリからHP回復アイテムを取り出して使用しながら去ろうとしているウェーブを呼び止める。

 

 

「正気か?さっきの見て狙われてるって考えないのか?」

 

「そう考えたからよ。1人になったところを狙われるかもしれないから2人で行動するのは当然じゃないかしら?それに、あんな物騒な奴がいたら邪魔なのよ。さっさと叩き出した方が良いわ」

 

「それもそうか……分かった、俺が前衛するからシノンは後衛宜しく」

 

「一時共闘ね」

 

 

そう言いながら右手を差し出す。私の意図を察してくれたのか、ウェーブは苦笑しながら右手を差し出し、握手をしてくれた。

 

 

 






アンチマテリアルライフルで撃たれても片腕がもげただけで平然と戦闘を続ける修羅波があるらしい……なんだ、修羅勢ならすれば普通だな(白目

〝死銃〟サン、アンブッシュ成功!!なお修羅波が駆け付けたので結果的には失敗した模様。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

BoB本大会・3

 

 

「それで、これからどうするの?」

 

 

シノンの状態と、俺の左腕の部位欠損が回復するまでその場で休憩し、いざ行動という時にシノンが疑問を口にした。

 

 

俺たちの目的はBoBからの〝死銃〟の排除。しかしどのプレイヤーが〝死銃〟なのか、そもそも〝死銃〟が何人いるのか分かっていない。調べるという手もあるのだが、そんな事を悠長にやっていれば他のプレイヤーが〝死銃〟の目標となって殺されるだろう。

 

 

「まずはキリトとアスナと合流だな。2人は元々〝死銃〟について調べるために来た奴らだ。根っからのゲーマーでBoBでも優勝したいと考えてるかもしれないが、少なくとも〝死銃〟がいる状態じゃそんな事しないだろ。んで、2人以外の目に付いたプレイヤーは全員倒す。〝死銃〟はあくまで〝死銃〟本人が撃ったプレイヤーしか殺さないはずだ。じゃないとさっきのシノンみたいにわざわざスタン状態にしてまで接近する理由が無い。何人〝死銃〟のターゲットがいるのか分からないが、この場に居ない奴まで殺さないだろう。殺せたとしても、それは〝死銃〟の仕業じゃ無くなるからな」

 

「……」

 

「どうした?そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」

 

「いや……ウェーブってちゃんと考えることが出来たんだなって……」

 

「ハッハッハ、50AE弾逝っとく?」

 

 

普段は考えなしで行動している俺だがちゃんと考えるだけの頭は持っている。学校のテストの順位は毎回シノンよりも上位だった事を忘れているのだろうか。

 

 

「っと、そろそろ2回目のサテライトだな。俺が警戒しておくから確認宜しく」

 

「分かったわ」

 

 

回復した左腕の状態を確かめながら腰のナイフを逆手で引き抜く。左手に持っていた〝オルトロス〟はシノンのヘカートIIの銃弾を受け流すための犠牲になったので残っているのは右手に持っている一挺だけになる。攻め方を変える必要があるかと一瞬だけ考え、別に変えなくても問題無いと結論付けて周囲の警戒に努める。

 

 

さっきシノンを襲っていた髑髏フェイスのプレイヤーはこの付近には存在しない。格好だけ見れば予選控え室で俺とキリトが出会ったプレイヤーと同じ……だが、()()()()()()()()。1人目の髑髏フェイスは静かに燃える炎を思わせる人物だったが、2人目の髑髏フェイスは楽しんでいるだけのガキにしか思えなかった。2人目の方なら例え不意を突かれたとしてもどうにかできる自信はある……しかし1人目の方は正直に言って()()()()()()()()()()。拍子抜けするほどにアッサリと倒せるかもしれないし、敵わずに負けるかもしれないし、もしかしたら意外といい勝負になるかもしれない。個人的に望みは2つ目だが、俺が殺されればシノンも殺される事になるので望みながらも外れる事を願う。

 

 

「どうだ?」

 

「……数が合わないわ。生存プレイヤーは私たちを含めて10人、死亡プレイヤーは18人。2人足りていない」

 

「その2人が〝死銃〟だ」

 

「どうしてそう言えるの?」

 

「〝死銃〟の目的は分からんが行動は人を殺す事だ。そのためにサテライトを躱す装備なり手段なり持っててもおかしく無い。さっきのシノンの時みたいにな」

 

 

1度目のサテライトの時には俺も確認をしていて、シノンが近くにいる事を分かって行動していた。だけどシノンのすぐそばに他の敵影が無かった事も確認している。恐らくはその時のサテライトを装備か手段で躱し、シノンを狙っていたのだろう。俺の事は簡単に殺せるとでも思っていたのか無視した上で。

 

 

「そんな装備も手段も聞いた事無いんだけど……そう考えるのが現実的ね。まさかあの外見通りに本物の幽霊じゃ無いだろうし」

 

「幽霊ねぇ……幽霊だったらクレイジーわんわんおである俺があの世に叩き込んでやるけどな!!」

 

「く、クレイジーわんわんお……ッ!!似合わないわよ……ッ!!」

 

「笑うか罵倒するかどっちかにしてくれない?」

 

 

クレイジーわんわんおがツボに入ったのかシノンが口と腹を抑えながら笑いを堪えている。その姿を見て安堵する。さっきまで殺されていたかもしれない状況だったのに笑えているという事はそれだけ心に余裕があるという事だ。大丈夫、シノンはまだ折れていない、戦える……そう考えてしまう自分に嫌気が差してしまう。

 

 

「キリトとアスナ、あとシュピーゲルの場所は分かる?」

 

「え、えっと……キリトとアスナは〝草原〟エリア、シュピーゲルは〝廃墟都市〟にいるわね。近くにいるのは〝山岳〟エリアのリッチーだけよ」

 

「ペイルライダー、銃士X、ステルベン、B・Jの反応は?」

 

「ペイルライダーは〝草原〟エリアで死亡、銃士Xは〝廃墟都市〟で生存……ステルベンとB・Jの反応は無いわ」

 

「決まりだ、その2人が〝死銃〟だ」

 

 

容疑者4人の内の2人が仲良く揃って行方不明なんて疑う余地は無いだろう。偶々の偶然の可能性はあるが、それ以上に必然の可能性しかない。疑わしきは罰するの方針で殺らせてもらおう。仮に間違っていたとしても疑わしい行動をしている方が悪いのだ。

 

 

「それじゃあキリトとアスナと合流、その後ステルベンとB・Jを探しながら手当たり次第にプレイヤーを倒していく方向で」

 

「待って、シュピーゲルに話さなくても良いの?」

 

「……あのな、これは殺し合いだ。危険を承知で飛び込んできたキリトとアスナ、危険を求めて飛び込んだ俺、巻き込まれたシノン、関わったのなら仕方ないけど、関わっていない奴まで引き摺り込む必要がどこにある?それにな、ゲームならともかくリアルじゃ()()()()()()()()()()()()()

 

 

そう、GGO内のシュピーゲルはグレネードを撒き散らしながらアサルトライフルを乱射するキチガイ野郎なのだが、リアルの新川恭二という男は臆病者で小心者なのだ。俺と友人になってからは奇行が目立つようになったのだがそれでもその性根は簡単には変わらない。

 

 

だから、俺はあいつと友人なんてやっているのだと思う。痛いのは嫌だと泣き叫ぶ小心者で臆病者。それは人間として当たり前の感情で……それでも、ちゃんと立ち向かうべき時には立ち向かえる強さを持っている。

 

 

そんな奴だから、こいつにこそ朝田詩乃(シノン)を任せたいって思っていて……そう考えて思考を止める。

 

 

「良し、まずはリッチーブチ殺してから〝廃墟都市〟に行くか。キリトたちもそっちに向かってるだろうしな」

 

「リッチーは籠城タイプで上から重機関銃で撃ってくるわよ。前はそれで弾切れ起こして負けたけど今回は対策を取っているはず。それなら無視して〝廃墟都市〟に向かった方が良いんじゃないのかしら?」

 

「リッチーが〝死銃〟のターゲットだったらどうするんだよ。被害者は少ないに越した事は無い、そうだろ?」

 

「……確かにそうね。でも、被害者を出さないとは言わないのね?」

 

「被害が出るかもしれない状況でやらなくちゃいけない事は被害を出さない事じゃなくて被害を少なくする事だ。割り切るって言った方が分かりやすいな。俺は何でもかんでも上手くやれる御都合主義者じゃ無いんでね、そこら辺はシビアにやらせてもらうさ」

 

 

〝死銃〟の動向が掴めていない以上、俺たちが後手に回る事は確定している。犠牲者を出さないように行動したとしても、後手に回る以上は絶対に犠牲者を出す事になる。それなら犠牲者を最小限に留める努力をする。そして、その犠牲者の中に死んでほしく無い奴らが入らぬように努める。

 

 

神様に愛された御都合主義者の主人公ならば犠牲者を出さないで最善の立ち回りをして最良の終わりを迎えられそうだが、生憎と俺はそうじゃ無い。だから出来ることをするだけだ。

 

 

「んじゃ、行くか」

 

 

それでも犠牲者を出したいわけじゃ無い。犠牲者を出さない為に、出たとしても最小で済ませる為に、近くにいるリッチーへと向かう事にした。

 

 

 






修羅波=〝冥狼〟=クレイジーわんわんおとかいう言葉遊び。シノのんはツボってたけど、シノノンだったら首輪とリードを持って突貫していた。

次回、〝冥狼〟ウェーブ&〝氷の狙撃手〟シノンVS獅子王リッチー!!デュエルスタンバイ!!(大嘘)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

BoB本大会・4

 

 

リッチーをブチ殺し、〝廃墟都市〟に向かうその道中で眼帯をつけたプレイヤー……シノン曰く夏侯惇をついでに殺しておく。リッチーの時は俺が囮になってリッチーの目を引き、シノンが狙撃するだけ。夏侯惇の時も同じように倒した。

 

 

そして〝廃墟都市〟エリア付近まで来たところで、3度目のサテライトの時間になる。

 

 

「ふむ……生き残ってるプレイヤーは8人か」

 

「シュピーゲル、ピトフーイ、銃士Xは〝廃墟都市〟に篭ってるし、キリトたちもここに向かっているみたいね。闇風は離れているみたいだけど」

 

「控え目に言って地獄かここは」

 

 

爆弾魔(ハッピーボマー)〟ことシュピーゲル、最古参の女性プレイヤーのピトフーイ、接近戦最強クラスのキリトとアスナ、そこに俺とシノンまで加わったとなれば地獄以外になんと言って良いのか分からない。

 

 

そして間違いなくここには〝死銃〟の2人がいるだろう。電磁スタン弾を使えるのは一部の大口径ライフルだけだとシノンは言っていた。ライフルを主武装(プライマリ)として扱っている以上、〝死銃〟は狙撃手(スナイパー)になる。それなら遮蔽物の少ないところは好まず、遮蔽物の多い〝廃墟都市〟を狩場にしている可能性があると同じ狙撃手(スナイパー)のシノンが言っていたから。

 

 

シノンの言葉を信じるならば間違いなくここは地獄と言うしかない。〝死銃〟を排除しようにもはっきりと味方と言えるのはキリトとアスナとシノンだけ。それ以外の事情を知らない者たちは全員が敵。その上、隙を見せれば背後からシノンがやられたように電磁スタン弾を撃たれて〝死銃〟に殺される可能性もあるのだから。BoBらしいと言えばらしいのかもしれないが、本当に命のやり取りをしているとなれば足が竦んでもおかしくない。寧ろ、足が竦まない方がおかしい。誰だって死ぬのは怖い、死にたくないと考えてるのだから。

 

 

それを踏まえると、俺はおかしい部類に入る。殺されるかもしれないというのに恐怖するどころか気分は高揚している。身体の末端までもが思い通りに動かせ、五感は鋭敏化されている。殺されるかもしれない?だったらそれよりも先に殺せば良いと結論を出し、それを実行する為に身体が最適化されていく。

 

 

「……怖いか?」

 

「……正直な話、怖いと思っているわ」

 

 

シノンは幸いな事におかしい部類に入っていないようだ。ヘカートIIを持つ手は恐怖で震え、目には怯えが見える。俺がおかしいだけでそれが人間として普通の反応なのだ。だけど、と言葉を続けてシノンは手の震えを無理矢理押し殺し、負けん気と共に俺を睨み付ける。

 

 

「貴方が、私を守ってくれるんでしょ?」

 

「……クックック、睨み付けていう台詞かよ」

 

 

俺が守ると彼女は信じていた。どうしようもないロクでなしの畜生である俺の事を、彼女は一切も疑わずに信じてくれていた。なんの根拠もない信頼で、俺が必ず守ってくれると。それを理解して思わず苦笑してしまう。

 

 

「俺が先行するから後ろからゆっくり付いて来い。なぁに、〝爆弾魔〟(シュピーゲル)だろうが〝最古参〟(ピトフーイ)だろうが、〝最強夫婦〟(キリアス)だろうが〝死銃〟(デス・ガン)だろうがその他諸々だろうが、纏めて〝冥狼〟()が食い散らかしてやるから」

 

 

心中にあるのはシノンをこの場に連れて来た事に対する僅かばかりの罪悪感とやはり彼女は素晴らしいという賞賛。〝オルトロス〟とナイフを握る手に力を込める。こんな素晴らしい彼女を守らなくては男が廃ると、殺し合いへの期待以外の感情で高ぶっていく。

 

 

そうしてシノンを従えて、〝廃墟都市〟へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーあそこ、だな」

 

「ーーーえぇ」

 

 

キリト君が先行する形で、〝廃墟都市〟に転がっている瓦礫や廃車の陰に隠れながら中央にあるスタジアムに向かう。〝廃墟都市〟にいるのはシュピーゲルとピトフーイと銃士Xの3人だけ。闇風は〝廃墟都市〟から距離をとった〝砂漠〟エリアにいるし、ウェーブさんとシノンは〝山岳〟エリアからここに向かっている最中。途中でペイルライダーを倒したがキリト君が出会ったプレイヤーでは無かった。ステルベンとB・Jの名前が無い以上、消去法で銃士Xが〝死銃〟という事になる。

 

 

そして中央のスタジアムでは銃撃戦が行われているのか銃声が響いていた。サテライトの情報からスタジアムで陣取っていた銃士Xと、シュピーゲルかピトフーイのどちらかが戦っているに違いない。

 

 

「銃士X……銃士をひっくり返してシジュウ、ってのは安直過ぎるか?」

 

「名前なんてそんなものじゃないかな?キリト君だって本名のモジリでしょ?」

 

「アスナに至っては本名だしなぁ……しかもSAOじゃプレイヤーネームの意味知らないでリアルネーム言ってたって聞いたし」

 

「待って、誰から聞いたの?」

 

「アルゴ」

 

 

ALOに帰ったらアルゴを〆よう。あの頃の私は色んな意味で黒歴史だ。黒歴史をバラした者に報復するのは当たり前の事。

 

 

「……それじゃあさっきと同じで俺が先行するからアスナは後ろから着いてきてくれ」

 

「……気を付けてね」

 

 

私の言葉に頷くとキリト君は瓦礫や廃車の陰に隠れながらスタジアムに向かって行った。

 

 

本当だったらGGOへのコンバートはキリト君1人だけのはずだった。しかしコンバート直前にキリト君とリアルでデートした時に何か隠していると感じ、〝死銃〟と呼ばれる〝ゲームからリアルの人を殺す〟プレイヤーの真偽を確かめる為にコンバートをすると強引に聞き出したのだ。

 

 

キリト君1人だけだと絶対に無茶をするのはSAO時代からの付き合いで分かっていたのでストッパーとサポーターとして私も着いて行く事にした。キリト君からは当然のように反対され、私もそれに反発したのだが最終的に決闘(デュエル)で決着をつける事にして私が勝ち、一緒にGGOにコンバートする事になった。

 

 

ウェーブさんがいたのは予想外だったが、戦力だけで見れば彼以上に心強い存在はいない。何せ私とキリト君が一対一で戦って負けるようなプレイヤーなのだから。SAOから使っていた〝アスナ〟のステータスはALOでも同じSAO生還者(サバイバー)でも無い限りはマトモに太刀打ち出来ない程に育っている。当然のようにウェーブさんのステータスよりも高いのだが、彼はステータスでは無く()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

身体の重心から次の行動を先読みし、観察眼で急所を見抜いて細剣並みのクリティカルを連発する。一対一で相手になるのは二刀流のキリト君かヒースクリフ……SAO製作者兼SAOラスボスの茅場晶彦しかいないのではと思う程に強かった。

 

 

それだからなのか、彼はALOに飽きている様だった。戦っても戦っても、自分の相手になる様なプレイヤーは一欠片しか存在せず、しかもその一欠片さえ何度も戦えば自然と封殺出来てしまう。蹂躙、作業、ワンサイドゲーム……彼が戦えばいつだってそうなってしまっていた。唯一の例外はALO全種族連合軍と戦っていた時だろうか、あの時だけはいつもよりも楽しそうに見えた。

 

 

それでも、私たちと相討ちになった時には門限になって帰らなければならない子供の様な顔をしていたが……

 

 

「っと、今はそんな事を考えている暇は無いわね」

 

 

キリト君がある程度進んだところで私も彼の跡を追い始める。銃士Xが〝死銃〟なら問題無いが、他のプレイヤーが〝死銃〟だった場合に纏めて倒されるのを防ぐために敢えて別れて行動する事にした。そして周囲を警戒しながら瓦礫から身を乗り出し、次の瓦礫に向かおうとした瞬間ーーー背筋に強烈な寒気を感じ、左腕に激しい衝撃があった。撃たれたと直感で判断し、誰も居なかったはずなのにと混乱しながらも瓦礫に隠れようとして……動かそうとした脚は動かずに私の身体は地面に倒れた。どうして倒れたのか分からない。いくら動けと念じても身体は動かず、呻き声が精々。キリト君に助けを求められない。

 

 

なんとか動かすことが出来る目で衝撃を受けた左腕を見れば、そこにはジャケットの袖を貫通して針の様なものが刺さっていた。これが原因だと分かったが、動かないのでどうする事も出来ない。

 

 

そして撃たれた方向、私から20メートル離れた地点の()()()()()()。人型のノイズが現れ、そこからボロボロのマントを着た髑髏を思わせる仮面を着けたプレイヤーが現れる。それはキリト君とウェーブさんから聞いていた〝死銃〟候補のプレイヤーの特徴と一致していた。

 

 

光化学迷彩ーーーその光景を見て思い付いたのはその言葉だった。SF映画に必ずと言って良い程に登場する、光を屈折させて不可視化する迷彩装置。こんな物がGGOにあったのかと驚愕している間にも髑髏のプレイヤーは私に近づいてくる。

 

 

「……アスナ、〝閃光〟、〝血盟騎士団〟副団長、予選の、決勝で、確信した。お前は、本物だ」

 

 

〝閃光〟、それと〝血盟騎士団〟副団長、その言葉で髑髏のプレイヤーが私たちと同じSAO生還者(サバイバー)であると分かった。アスナという名前自体は珍しい物ではないが、後の2つを知っているものはSAO生還者(サバイバー)に限られているから。キリト君から聞いて半信半疑だったが、本当にそうだとここで思い知らされた。

 

 

「お前を、殺せば、キリトは、あの時と、同じ様に猛り狂うだろう。そうなれば、あいつは、本物だ。だから、死ね。キリトの、怒りと、殺意と、狂気の、糧になれ」

 

 

そう言って髑髏のプレイヤーは空の右手をマントから出し、三本の指を揃えて額に触れ、胸まで降ろされる。続けて左肩から右肩にスライドさせて十字を切った。そして右手をマントの中に戻し、再び出した時には黒いハンドガンを取り出していた。銃口が向けられるが、私の身体はまだ動かない。

 

 

ーーーゴメンね、キリト君……

 

 

このまま殺されるのかと考えた時、自然と思い浮かんだのはキリト君への謝罪だった。本当だったら彼は私をここには……正確には危険な仮想世界へ連れて行きたく無かったはずだ。それなのに私が我儘を押し通し、その結果殺される事になってしまった。

 

 

髑髏のプレイヤーが黒いハンドガンの引き金を引く……その瞬間、ハンドガンの物とは思えない程の轟音が辺りに響き渡った。髑髏のプレイヤーは身体を大きく仰け反らせているのでさっきの銃弾を躱したのだろう。その場から一歩も動かずに躱していたが、続け様に連続した銃声が聞こえる直前に飛び退いていた。

 

 

「ーーーアスナ、大丈夫!?」

 

 

駆け付けてくれたのはシノンだった。主武装(プライマリ)のヘカートIIでは無い副武装(セカンダリ)の銃を抜いて私と髑髏のプレイヤーの間に割って入る。

 

 

「電磁スタン弾……やっぱり、貴方が〝死銃〟ね」

 

「シノン、だな」

 

「う、あ……」

 

「……ゴメン、もう直ぐウェーブが来るからそれまで待ってて」

 

 

ウェーブさんが来ると聞いて彼の強さを身をもって体感している私は少しだけ安堵した。それにさっきの銃声を聞いてキリト君が引き返して来るに違いない。動かない私を除いた三対一の状況、間違いなく勝てると確信した。

 

 

「クククッ」

 

「……何が可笑しいのよ」

 

「知っている、俺は、お前を、知っているぞ」

 

 

そう言って髑髏のプレイヤーは手にしている黒いハンドガンのグリップの部分をシノンに見せた。それは何の意味も持たない行動のはずだった。ただグリップを見せられた……特徴があるといえば黒い星のような刻印が刻まれているだけ。それだけなはずなのにーーー

 

 

「ーーーあ、あぁ……」

 

 

怯えた声をあげながらシノンはその場に崩れ落ち、手にしていた銃を落としていた。明らかに普通じゃ無い。声だけでも怯えていると分かるのに、シノンの身体は見て分かるほどに震え、錯乱状態になっていた。

 

 

「ーーーイッツ・ショウ・タイム」

 

 

十字を切るジェスチャーをしてからシノンに銃口を向けて、髑髏のプレイヤーは辿々しい英語を呟いていた。それは……SAOで数々の凶行を行なっていた殺人ギルド〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のリーダーの口癖だった。聞いていたリーダーの特徴と一致しないので本人では無いと思われるが、恐らくはリーダーに近い幹部クラスのプレイヤーだろう。

 

 

そして……重々しい銃声が聞こえた。

 

 

 






特に何の感慨もなく倒されるリッチー=サンとついでに倒される夏侯惇=サン。修羅波の印象に残らないクソ雑魚なのが悪い。

原作見て思ったけどアスナもラフコフ討伐に参加しているのならPoHニキの情報とかも共有されているはずだなぁって思った。だからここのアスナはクレイジーサイコホモのPoHニキの特徴を知っていたって事で。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

BoB本大会・5

 

 

これは罰だと思った。

 

 

狙われていたアスナを守る為に〝死銃〟の前に立ちはだかったまでは良かった。しかし〝死銃〟が持っているハンドガンのグリップを……正確にはグリップに刻まれている星を見て思い知らされた。

 

 

黒星(ヘイシン)・五四式〟ーーー私が人を殺した時に使った銃がそこにあった。

 

 

「あ、ぁ……!!」

 

 

全身から力が抜ける。興奮して熱いくらいだった熱は消え去り、凍えるような寒さが襲う。視界はブレてまともに物を見ることが出来ない……それなのに〝黒星(ヘイシン)〟からは目を離すことが出来ない。ハンマーが起こされ、十字を切るジェスチャー、銃口を向けられるが身体は動かない。

 

 

フードに隠れて見えないはずの顔が幻視出来る。それはあの男の顔。五年前、北の街の小さな郵便局に押し入って私の母を撃とうとしたあの男。そしてーーー私が殺したあの男の顔。幻覚だと頭では分かっている。それなのに心は〝黒星(ヘイシン)〟を持ったプレイヤーをあの男としてしか見ていない。ドロリと濁った目が、私を捉えて逃さない。

 

 

違う違う違う!!こいつはあの男じゃない!!……いくら理性が叫んだところで、あの日に刻まれた恐怖が私を縛り付けている。せめてもの抵抗と硬く目を閉じる。死に間際まで、あの男の幻影に縛られたく無いという小さな抗いだった。

 

 

そしてーーー彼にここで死ぬことを心の中で詫びながら、轟く銃声を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーあぁもう!!タイミングが悪いッ!!」

 

「ーーーどうした!!僕はここにいるぞ!!」

 

 

〝FN・FAL〟の斉射を瓦礫に隠れてやり過ごしながら〝オルトロス〟を発砲するが、引き金を引いた瞬間には下手人はその場にはおらず、回り込んで〝FN・FAL〟の銃口を向けて来ている。

 

 

タイミングが悪いと嘆くしか無いだろう。〝廃墟都市〟エリアにやって来た瞬間にシュピーゲルと遭遇した。リアルでの約束からなのかシュピーゲルは積極的に俺を狙っていて、このままではキリトとアスナと合流出来ないと考えた俺はシノンを先行させる事にした。その目論見は成功し、シノンはこの場から進む事が出来たが、俺はシュピーゲルとの銃撃戦を繰り広げる事になっている。こちらの事情を知らないシュピーゲルは普通にBoBをやっているので文句を言うのは御門違いと分かっているが悪態の1つでも吐きたくなる。

 

 

少しずつ戦場を中央のスタジアムに向けて進めることは出来ているが、この環境下でのシュピーゲルの相手はやり辛いとしか言えなかった。

 

 

AGI特化型のビルドのシュピーゲルは俺の入れ知恵で絶えずに動き回り、相手との距離を一定に置いたまま戦うスタイルを取っている。瓦礫を、アスファルトを、時には廃墟の壁面を蹴って立体的に動き回るシュピーゲルは捉えられない。〝オルトロス〟が二挺揃っているか、広範囲に弾をばら撒けるショットガンでもあれば話は別だろうが無い物ねだりをしても仕方がない。〝オルトロス〟一挺とナイフ、それにいくらかのグレネードでシュピーゲルをどうにかしてシノンの後を追わなくてはならない。

 

 

「気もそぞろだなぁ!!集中しろよ!!」

 

「こっちの都合を考えて仕掛けてこいよバーカバーカ!!」

 

 

こんな時でなければ……〝死銃〟の始末に急いでいる場合でなければ、シュピーゲルとの戦いは楽しめた物になっていただろう。アスナも速かったが彼女の動きは平面、対してシュピーゲルの動きは立体的で速い。その上で、この一帯に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが分かる。俺の間合いである超近距離に近寄らせずに、それでいて確実に倒せる手段を用意している。しかも慢心や油断は欠片もしていない。間違いなく、シュピーゲルは俺を全力で倒そうとしていた。

 

 

こんな場合ではなかったら喜んで正面から挑んでいたが〝死銃〟たちの所在が分からない今では時間をかけることは出来ない。コートの裏に吊るしてあったグレネードの1つを手に取り、ピンを抜いてシュピーゲルの行動先を読んでそこに投げる。

 

 

しかしそこはAGI特化型、グレネードに気がつくと片足で着地してそのまま後方へと飛び下がって爆発の範囲内から逃れた。前にではなく後ろに下がったのは俺と距離を詰める事を嫌ったからなのか。そこまでガチガチに警戒されて、それでもなお挑んでくる事は喜ばしいのだが……今回に限って言えばそれは悪手である。

 

 

グレネードが弾け、()()()()()()()

 

 

「ッ!?フラッシュグレネード……ッ!!」

 

 

俺が投げたのは爆発して相手にダメージを与えるタイプの物ではなく、閃光を放って相手の視界を潰すフラッシュグレネードと呼ばれるタイプのグレネード。GGOでは強襲用か逃走用に使われているそれをシュピーゲルの行動を読んで使った。

 

 

俺の強さを知り、己の弱さを把握し、それでも挑んでくるシュピーゲルならばあの場面では前ではなく後ろに避けると信じていたから。

 

 

フラッシュグレネードが輝く中で目を閉じたままシュピーゲルに向かって走り出す。視界は使えない状況だがシュピーゲルの気配は感じられ、視覚の代わりに聴覚で()れば問題無い。反響音で仕掛けられているワイヤートラップを知覚し、それを避けながら最短距離でシュピーゲルに向かう。

 

 

そしてシュピーゲルの顎を殴った。

 

 

人間の急所がリアルに再現され、当たりどころではナイフでも即死があり得るGGOでは()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、頭を殴れば脳は揺れて相手を行動不可能にさせる事ができる。事実、脳が揺れたシュピーゲルはたたらを踏んで覚束ない足取りになり、それでも倒れるかという強い意思でなんとか立っている。

 

 

それを惜しく思いながら、ハンゾウから貰ったナイフを袖口から取り出してシュピーゲルに切り傷を付けた。

 

 

「ま、ひ……ッ!?」

 

「良いなこれ。BoB終わったら用意しとこ」

 

 

即効性を重視したのか僅かな切り傷だというのにシュピーゲルは麻痺状態になってその場に倒れる。そんな姿になりながら〝FN・FAL〟を撃とうと踠いているが、握る手を踏みつける事で阻止する。

 

 

そしてシュピーゲルの頭に〝オルトロス〟の銃口を向け、引き金を引こうとした時ーーー銃声が、聞き慣れたシノンのヘカートIIの銃声が聞こえた。

 

 

「チィッ!!」

 

 

ヘカートIIの銃声を聞いた瞬間に2つの可能性が脳裏に浮かび上がる。1つはキリトとアスナを襲っているプレイヤーに目掛けてシノンが狙撃した。もう1つは……シノンが〝死銃〟に向かって狙撃した。1つ目ならばまだキリトとアスナと合流しているから良い。しかし2つ目だと最悪シノンが1人で〝死銃〟2人の相手をしている事になる。そう考えるとシュピーゲルを倒す時間すら惜しい。

 

 

「待てよ……逃げるなぁ……ッ!!」

 

「本大会に〝死銃〟がいる!!それだけで分かれ!!」

 

 

吐き捨てるようにそれだけを言って倒れるシュピーゲルに背を向けて走り出す。頭の良いシュピーゲルならそれだけで分かってくれるはずだと信じて。

 

 

「間に合えよ……!!」

 

 

普段自然体で行っている隠密を全て投げ出して全力で走る。一瞬でも、1秒でも速くシノンの元に辿り着く為に。

 

 

そしてシノンを視界に入れた……地面に倒れているアスナと、十字を切るジェスチャーをしているボロマントの〝死銃〟と一緒に。

 

 

何があったのか分からないがシノンはその場に崩れていて動こうとしない。アスナも同様。キリトは先行していたのかこちらに向かっているものの間に合うかは微妙な距離だ。そして俺は()()()()()()()()()()()

 

 

俺が辿り着くよりも先に〝死銃〟が手にしている黒いハンドガンでシノンを撃つ方が早い。〝オルトロス〟で狙える距離ではあるが、例え当たったとしても無理矢理に撃たれてしまえばそれまでだ。阻止するならば確実にあのハンドガンを狙う必要があるのだが、シノンの頭が壁になっていて普通に撃っても当たらない。

 

 

「あぁクソッ……やるしかねぇよなぁ……ッ!!」

 

 

普通に撃っても当たらないというのなら普通に撃たなければ良い。それを出来るだけの技術は持っているのだがGGOをプレイしてからはやった事はなく、しかもそれを成功させたのは平常心で立ち止まっている時だけだ。シノンが殺される間際という状況で内心は荒れ狂い、走りながらそれをやらなければならない。成功するよりも失敗する可能性の方が高い。

 

 

だけど、それを成功させなければ彼女は死んでしまう。

 

ならば、成功させる以外に無い。

 

 

走りながら〝オルトロス〟を構えて銃口を向ける先は〝死銃〟のハンドガンーーーではなく、側に立っている鉄製のポール。嗅覚と聴覚を限界まで引き落としてその分のリソースを全て視覚に回し、ポールを凝視する。表面の状態を、円柱の弧を見て、どこに撃てば良いのがを直感と経験則から導き出す。

 

 

そしてポールに向かって引き金を引いた。

 

 

真っ直ぐポールに向かっていく50AE弾。間に合え、成功しろと祈りながらやけにスローに飛んでいく弾丸の行く末を見守る。50AE弾はポールの狙い通りの箇所に着弾。普通ならこれでポールを貫通して先に進みそうなのだが……()()()()()()()()()()、〝死銃〟の手元に向かっていった。

 

 

跳弾、それが俺が狙って起こした現象だ。弾丸の角度によって無理矢理跳ねさせて軌道を変える技術。もっとも、こんな事は偶然でも無い限りは起こせることでは無い。こんなものいつ使うんだと思いながら当時の俺は不機嫌になっていたが、今はその経験に感謝している。

 

 

50AE弾は狙い通りの箇所に着弾したらしく、〝死銃〟の手が弾かれ、黒いハンドガンが砕かれたのがその証拠。それとは別に〝死銃〟の右肩にダメージエフェクトが見えるのはキリトの仕業だろう。

 

 

間に合ったことに安堵しながら、ようやく顔を上げて俺を視界に入れた〝死銃〟の腹を全力で蹴り飛ばす。避けられないはずのタイミングでの奇襲だったが反応されたらしく、手応えが軽い。恐らくは蹴りに合わせて後ろに飛ばれたのだろうがシノンとアスナから引き剥がすという目的は果たせた。

 

 

「うぇ……ぶ?」

 

「ゴメン、怖かっただろ?安心してくれ」

 

 

背中越しにシノンの状態を確認する。焦点が合っていない眼は虚で、恐怖したのか身体は見て分かる程に震えている。今のシノンはリアルで朝田が起こしていた発作に近い状態だった。出来ることなら行動で落ち着かせてやりたいが、目の前で幽鬼の様に立っている〝死銃〟を前にしてそんな事は出来ないので言葉で安心させるしか無い。

 

 

ナイフと〝オルトロス〟を握り直し、自信に満ち溢れた声で宣言する。

 

 

「こいつはーーー俺が殺すから」

 

 

 






シュピーゲル、もしかしたら修羅波を倒せてたかもしれない……状況が状況じゃ無かったらな!!

走りながらデザートイーグルで跳弾を起こして狙った場所に当てる……頭おかしいと思ったけど今更だったなぁって考え直したり。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

BoB本大会・6

 

 

格好付けて前に飛び出したものの状況は最悪のまま変わっていない。キリトは俺がいるからなのか〝死銃〟を警戒してか隠れている。アスナはさっきシノンがやられた時と同じ様にスタン弾を喰らっていて行動不能、シノンは〝死銃〟にトラウマを抉られたのか動けない。実質2人しか動くことが出来ないのだ。

 

 

〝死銃〟の1人は姿を見せているがねっとりとした、親に叱られて渋々我慢をしている子供の様な目線は感じられる。このまま膠着状態が続けばもう1人の〝死銃〟は我慢しきれずに飛び出してくるだろう……それまでにこの状況をどうにかしなければ誰かが死ぬ事になる。

 

 

最善はシノンとアスナをこの場から連れ出して体勢を立て直す意味で逃げる事、最悪は……2人が殺される事だ。

 

 

「〝冥狼(ケルベロス)〟、また邪魔を、したな」

 

「そっち呼びで安定か……そりゃあ邪魔をするに決まってる」

 

「クククッ、良く言う。自分だけ、綺麗ぶって、いるのか?」

 

 

〝死銃〟の物言いが気になる。知らないはずのシノンのトラウマを的確に抉った事から俺の事も何か知っているかもしれない。そう考えて身構えているとーーー

 

 

「ーーー()()()()()()()()()()

 

「……ふぅん」

 

 

的はずれの様な、それでいて中々に的を射たことを言ってくれた。同類という事は同じ人殺しという意味だろう。確かに俺は人を殺したことがある。しかしそれは誰にも知られていないし、知れるはずのない事。唯一俺からシノンへと話したが、それ以外は母さんと爺さんしか知らない事だ。よって調べての言葉でなくて感覚的に俺のことを同類だと見破っての言葉だと分かる。

 

 

()()()()()?」

 

 

だからどうした?その事は既に過去の事だし、シノンみたいにトラウマを抱えている訳ではない。例え指摘されたとしても、だからどうしたで済ませられる。確かに殺した当初は精神崩壊を引き起こす程に錯乱と発狂、そして意識の覚醒を繰り返していた。

 

 

していた、なのだ。心の傷(トラウマ)は既に塞がっている。例え言葉で抉られようとも、当事者や関係者でも無い者からの言葉なのでは微塵も痛みを感じない。

 

 

「俺たちと、来い。愉しみを、分けてやる。その快楽を、何度も、くれてやる」

 

「いらん」

 

 

正面からの勧誘を即座に断りながら〝オルトロス〟の銃口を後ろに向けて引き金を引く。その一瞬後に響き渡るのは銃声と金属音。〝死銃〟から目を逸らさずに後ろを確認すれば、そこにはポリゴンになって消えつつある電磁スタン弾が転がっていた。どうも後ろで隠れていた奴が我慢出来ずに先走ったらしい。

 

 

「勧誘する言葉も、相手も間違ってるよ。いくら同類で経験者だからと言ってそれを好き好んでいるとは限らないだろ?どうせいうなら世界の半分くれてやるくらい言ったらどうだ?」

 

「なら、殺すか」

 

 

返事を聞いてこれ以上の交渉の余地はないと察したのか〝死銃〟がライフルの銃口を向ける。後ろから感じ取れる気配に歓喜混じりの殺意が宿る。

 

 

()()()()()()、どうにか出来るかと期待半分でいると俺たちの周囲にいくつかのグレネードが投げ込まれた。

 

 

「ッ!?」

 

 

グレネードだと気が付いた瞬間に〝死銃〟が全力で逃げ出して建物の影へと隠れる。爆風から身を守るための判断だろうが()()()()()

 

 

グレネードから吹き出したのは爆風やプラズマでは無く、白い煙だった。

 

 

スモークグレネードが辺り一帯を白煙で覆い隠す。これならばサーモグラフィーでも使わない限りは俺たちを見つける事は出来ないだろう。ナイフと〝オルトロス〟をしまい、素早く動けないシノンとアスナを肩に担いでその場から逃げ出す。

 

 

「ーーーコッチだ!!」

 

 

見晴らしの良いメインストリートから外れて裏路地を走っているとキリトの姿が見えた。

 

 

「アスナは任せる、あとグレネードサンキュー」

 

「あぁ分かった。買っといて良かったよ」

 

 

前日、いくつかグレネードを持っていた方がいいと伝えていたので買い揃えていたのだろう。火薬でもナパームでもプラズマでも無いスモークを選ぶ辺り妙に凝っているなと感じるが今回はそのお陰で助けられた。

 

 

投げ渡す様にアスナをキリトに任せ、シノンを背中におぶる。肩で担いでいる時もだが、こうして密着しているとシノンが震えているのが良く分かる。今もコートを強く握り締めて助けてと小声で呟いている。

 

 

「あぁ、助けるから、息をしろ。少しずつでいいから」

 

 

本音を言えばキリトにシノンを任せてすぐにでも〝死銃〟に挑みたいが今のシノンは放って置くわけにはいかず、彼女の身の安全の確保と仕切り直しの為に一旦引く必要があった。出来る事なら〝廃墟都市〟エリアから離れたエリアに行きたいのだが人を背負っている以上どうしても足が遅くなる。馬鹿正直にこのまま走って逃げても〝死銃〟たちに追いつかれてしまうだろう。

 

 

「ッ!!ウェーブ、あそこ!!」

 

 

アスナを横抱きで抱えながら走るキリトの視線の先には先日にキリトたちが〝SBCグロッケン〟で利用したレンタルバギーショップの廃墟があった。商品である三輪バギーはほとんどが見て分かる程に壊れていて使い物にならないが、一台だけ走れそうな物が残っている。そしてそこにはバギーだけでは無く、金属フレームとギアを剥き出しにした馬ーーーロボットホースが二頭だけ走れそうな状態で放置されていた。

 

 

「バギーを使え、俺は馬を使うから」

 

「乗れるのか!?」

 

「ガキの頃に猪を乗り回してた経験があってだな」

 

「ふざけてるとしか思え無いけど本当だよな!?」

 

「こんな時でもふざけられるのはキチガイじゃ無くて狂人の類だけだ」

 

 

何か言いたげだったが時間が無いことを思い出したのか、キリトは三輪バギーの方に向かう。俺はロボットホースの方に向かい、手綱を手に取る。ロボットホースはリアルで乗馬の経験があっても操作は難しいと聞いているが、このロボットホースはそんなそぶりを見せずに早く走らせろと目で訴えていた。

 

 

シノンを背負ったままロボットホースに跨り、鐙に足を通す。二輪バイクや三輪バギーとは違った安定感と、機械仕掛けなのに生きているような躍動感が今は心強かった。確かめるように手綱を引いたり、鐙で腹を蹴ったりと動作を確認するがロボットホースはどれも素直に言うことを聞いてくれた。

 

 

「どこに行く!?」

 

「〝砂漠〟に逃げるぞ!!あそこにはサテライトから逃げられる洞窟があるらしいからな!!」

 

 

前回の第2回BoBの報告スレッドを見ている時に〝砂漠〟エリアにある洞窟に立てこもっていたらサテライトに映らなかったという書き込みがあった。グレネードを投げ込まれれば一網打尽だが、それでも俺たちの位置情報をリセット出来るというメリットがある。何らかの手段によりサテライトに映らない〝死銃〟たちとサテライトに映り続ける俺たち、このディスアドバンテージを覆す為にはこちらもサテライトから映らなくなる必要がある。

 

 

それ以上にシノンを落ち着かせる時間が欲しいというのもあるが。

 

 

「ッ!!来るぞ!!」

 

 

隠し切れていない歓喜混じりの気配ーーー隠れていたもう1人の〝死銃〟が近づいて来るのを察してロボットホースを走らせる。本音を言うならもう一頭のロボットホースを破壊しておきたかったが、それをするだけの余裕が無い。〝死銃〟がロボットホースを扱えないことを祈ろう。

 

 

エンジンを吹かせながら三輪バギーを走らせるキリトと共に〝廃墟都市〟エリアを脱出し、〝砂漠〟エリアへと向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……逃げたか」

 

 

スモークグレネードの煙幕が晴れて、ボロボロのマントに身を包んだプレイヤーが建物の影から姿を現した。あれが〝死銃〟、ウェーブが僕との約束を放り出してまで戦おうとしていた奴。成る程、確かにその姿と立ち振る舞いはどう見ても死神のそれにしか見えない。初見の僕でもあれを見ていると〝死銃〟の噂が本当なんじゃないかと恐怖で身体が震える。

 

 

ーーー()()()()()()()と、その震えを歯を食い縛って堪える。

 

 

怖い、嫌だ、死にたくない戦いたくない。ゲームの自分(シュピーゲル)だからこそ雄々しく自由に戦えていたがプレイヤーを殺す〝死銃〟を相手にする以上、リアルの自分(新川恭二)として挑まなくてはいけない。

 

 

臆病で、怖がりで、小心者の大っ嫌いなありのままの自分で。

 

 

だけどウェーブは……不知火は、それを知った上で〝死銃〟に挑んだ。想いを告げないなどとふざけたことを抜かしながら、惚れた彼女を守る為に。

 

 

だったら、僕が行かないでどうする。彼がそうしたように、臆病で怖がりで小心者の僕にだって守りたい者がいるのだ。

 

 

震える身体を押し殺し、逃げ出そうとする足を前に進め、〝FN・FAL〟の銃口を〝死銃〟に向けて引き金を引く。ばら撒かれた弾丸が〝死銃〟の前に着弾し、足を止めさせる。〝死銃〟の紅く光る目がこちらに向けられる。

 

 

「止まれよ〝死銃〟ーーー2人の元には行かせない……ッ!!」

 

 

さぁーーー行こう、シュピーゲル(新川恭二)

 

例え愚かな僕だとしても、通したい意地はあるのだから。

 

 

目を向けられただけで出そうになった悲鳴を必死に噛み殺しながら、自分を鼓舞する為に、絶対にここでお前を倒すと、僕は〝死銃〟に向けて宣言した。

 

 

 






ようやく中盤辺り。ここから予定ではバトル描写が増える予定でよ〜



評価と感想が……欲しいです……!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

BoB本大会・7

 

 

「〝爆弾魔〟シュピーゲル、か」

 

 

ボイスチェンジャーで変えられた無機質な声で名前を呼ばれるだけで身がすくむのを堪える。本当なら今にも逃げ出したい。でも、それは出来ないから。虚栄でも見栄でも良いから自分を奮い立たせる。

 

 

「何故、ここで、現れた?臆病者の、お前が」

 

 

どうしてそれを、と思ったが僕の戦い方を知っているプレイヤーもいるから気づいたのだろうと結論付ける。

 

 

ウェーブをGGOに誘う前、僕は慎重に慎重を重ねた戦い方をしていた。逃走通路の確保は当然のこと、PKするのだってソロで活動しているプレイヤーだけ、スコードロンなんて見ただけで逃げ出していたし、追いかけられれば銃を一度も撃つことなく倒されるなんて事もあった。ウェーブからの勧めで今のスタイルにしたのだが、それだって完全に物にするまでに5ヶ月以上かかってしまった程だ。

 

 

今だって怖い。〝死銃〟の声を聞くだけで、〝死銃〟の姿を見るだけで、恐怖が大群となって襲ってきて逃げ出したい衝動に駆られる。だけど、怯えているシノンの姿を、そんな彼女を救う為に〝死銃〟の前に立ちはだかるウェーブの姿を見て、

 

 

「……情けないと、そう思ったから」

 

 

そんな2人の姿を見て、自分は何をしているのだと自分の愚かさに気づいたのだ。ウェーブは見敵必殺を心掛けている。誰であろうと敵として彼の前に立ったのなら過程はどうであれ結果的には倒される事になる。そんな彼が、倒せた僕を放置してまでシノンの救助を優先したのだ。事情を知らなかったとはいえ、彼の邪魔をした僕の事を。

 

 

それで目が覚めた……そう言えば聞こえが良いかもしれないが所詮は言い訳に過ぎない。だから、これは自己満足。誰に求められた訳ではない、僕が僕である為に行う独り善がり。

 

 

「……そう、か」

 

 

納得した様な呟き。しかしその呟きは、さっきまでと同じ無機質な声であると言うのに……()()()()()()()()()()()()()()()。だがそれも一瞬だけ。気の所為かと感じてしまうほどの僅かな時間で〝死銃〟は再び恐ろしい死神に戻る。

 

 

サイレンサーの付けられた〝L115A3〟の銃口が向けられる。

 

〝FN・FAL〟を握り直し、銃口を向ける。

 

 

互いに交わす言葉は無く、必殺の距離を置いておきながらどちらも動かないという状況下。漲る緊張感に高まる集中力。そして、小さな瓦礫が転がり落ちて音を立てたその瞬間ーーー僕と〝死銃〟は、ほぼ同時に引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走る、駆ける。1秒でも遠くに後ろから迫る〝死銃〟から逃げる為に。三輪バギーに乗っているキリトたちとロボットホースに乗っている俺たちのスピードはほぼ互角と言って良い。メインストリートを走っているが路面は凹凸が激しく障害物だらけ。直線的なスピードでは間違いなく三輪バギーが優れているが、この悪環境においては三輪バギーよりも踏破力の高いロボットホースの方が適している。加えてキリトはアスナを、俺はシノンを乗せて走っている。2人乗りという重量の関係で三輪バギーとロボットホースの加速を活かせていないのだ。

 

 

しかし、〝死銃〟は違う。踏破力に優れたロボットホースを1人で乗って迫ってきている。俺たちの様に2人乗りをしていないので加速もし易いだろう。

 

 

「チィッ!!」

 

 

誰が悪い訳でもないが舌打ちの1つでもしたくなる。牽制のために大雑把に狙いを付けて〝オルトロス〟の銃口を〝死銃〟に向けて引き金を引くが銃口から狙いを把握されて右へ左へ、時には上体を傾けるだけで躱されてしまう。後ろに乗るシノンに応援を頼みたいのだが今の彼女は使い物にならない。さっきの〝死銃〟とのやりとりで直接トラウマを抉られたらしく、今も恐怖に震えている。

 

 

そして〝死銃〟が先程までシノンに向けていた黒いハンドガンを取り出し、撃ってきた。ロボットホースという不安定な乗り物に乗っているというのに狙いは中々に正確で、発生した〝弾道予測線(バレットライン)〟は俺たちを掠る様に通り過ぎる。

 

 

「いやぁ……いやぁぁぁぁぁ!!」

 

 

当たっていない、精々外れた弾丸で出来たエフェクトがかかった程度だがそれを浴びたシノンは悲鳴をあげて俺の背中に頭を押し付ける。漣式のメンタルトレーニングによりこの程度では動じない精神力を俺は持っているが、シノンはそんな事をしていないので常人程度の精神力しか持っていないし、トラウマを抉られた後なのだから死の恐怖に敏感になってもしょうがない。

 

 

「やだぁ……助けて……助けてよぉ……」

 

 

今はまだ当たらないが、それは距離が離れているからだ。このまま競争を続ければいずれ追いつかれ、ロボットホースに乗りながらでも当たられる距離まで詰められる。そうなってしまえば俺もシノンもお終いだ。

 

 

「シノン、手振れが酷いからちょっと抑えてくれない?」

 

 

〝オルトロス〟の銃口を〝死銃〟に向けたまま、怯えるシノンにそう頼んだ。このまま怯えられて発狂から錯乱でもされればそれこそどうしようも無くなってしまう。そうなる前に少しでもシノンがトラウマから離れられる様に、気を外らせようとしているのだ。

 

 

「ーーーえ?」

 

 

酷く緩慢な動作だったが腰に回されていた手の片方が外されて〝オルトロス〟を握っていた手に添えられる。そうやって触れて気が付いたのだろう。

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

「どう、して……」

 

「どうしてって?そりゃあ()()()()()()()()()()()()

 

 

爺さんと母さんの教育により精神力は鍛えられているが、恐怖心まで無くした訳ではない。寧ろ無くすなと入念に刷り込まれている。何が起こるか分からないから恐怖するから警戒する、警戒するから何が起きても対処できる様に身構えることが出来る。恐怖しないとは聞こえが良いかもしれないが、そうして出来るのは警戒することなく進むだけのただのロボットと変わりない。

 

 

VRMMOの戦闘では死なないと分かっていたから死の恐怖(そんなもの)感じる事は無かったが、〝死銃〟という仮想世界を通して現実の人間を殺せる存在が出てきた事で久し振りに恐怖を感じてしまった。

 

 

最後に感じたのは正月に爺さん相手に喧嘩した時だったか。

 

 

「死ぬのは怖い、死ぬのは嫌だ、死にたく無い……それは人間として当たり前の感情だ。俺だって表面上に出さないだけで怖いとか普通に思ってるんだからな」

 

 

まぁ死への恐怖だけでは無くてシノンを死なせてしまう事への恐怖もあるのだがこの場で言う事では無いので黙っておこう。

 

 

「なら、なんで貴方は戦えるの……?」

 

()()()()()()、それと()()()()()()()()()

 

 

長々と語れる程に崇高な理由なんて無いし、そんなものは必要ない。死にたく無い、死なせたく無い、それだけで俺は戦える。恐怖を踏み躙り、震えを押し殺して、顔を上げて戦うことが出来る。

 

 

「だから支えてくれよ、シノン。一発だけで良いからさ」

 

「……」

 

 

言葉での返事は無かった。だけど触れるように添えられていたシノンの手の震えが若干治り、弱々しくあるが力を込めて支えられた事が返事の代わりとなる。そして……それをされた事で俺の手の震えも治りつつあった。

 

 

手の震えが治った事で狙いが正確になる。

 

ロボットホースの振動のリズムを掴んで更に精度が上がる。

 

離れた位置にいる〝死銃〟の呼吸を感じ取り、意識と呼吸の合間に存在する避けようのない空白の瞬間を把握する。

 

 

「3、2、1……」

 

 

スリーテンポのカウントダウン、〝死銃〟の空白の瞬間を狙って引き金を引いた。反動は完全に片手で殺しているのでシノンへの被害は一切無い。〝オルトロス〟の吐き出した50AE弾は真っ直ぐに〝死銃〟ーーーの乗っているロボットホースへと向かう。空白の瞬間から戻ってきた〝死銃〟が撃たれた事を知覚するものの、どこを狙われているのか分かっていない以上、この弾丸は避けられない。

 

 

そしてシノンと共に撃った弾丸は、ロボットホースの額に風穴を開けた。

 

 

中枢部を撃たれたことでロボットホースは機能を止めてその場で停止、乗っていた〝死銃〟はそれに巻き込まれて地面に放り出される。そこに追い打ちとして避けられる事を分かっていながらプラズマグレネードを数個程投げておく。

 

 

「たお、せた……?」

 

「いいや、逃げられたな」

 

 

プラズマグレネードが爆裂する瞬間に、〝死銃〟がロボットホースから離れるのが見えた。多少なりともダメージは与えられたかもしれないが倒すまでは行っていないだろう。それでも乗り物という移動手段を奪う事が出来た。これで〝死銃〟は徒歩で移動するしか無くなる。

 

 

そういえば最後の一発だったと〝オルトロス〟をホルスターにしまう直前に気が付き、プラズマグレネードの爆発を聞いて三輪バギーを止めているキリトたちと合流して再び〝廃墟都市〟エリアからの脱出を図った。

 

 






シュピーゲル大人気。やっぱり皆んなアサダサァンキメる彼の事が好きなんだなぁって。


カーチェイス編(3/2が馬)は終わり、次は同時進行しているシュピーゲルよ〜


感想と評価を私にくれぇッ!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

BoB本大会・8

 

 

ウェーブたちが〝廃墟都市〟エリアからの脱出を試みる中で、メインストリートでは連発と単発、2つの銃声が響いていた。

 

 

連発はシュピーゲルの持つ〝FN・FAL〟。フルオートで撃ちまくり、抑えきれないほどの反動を利用しながら地面、瓦礫、廃ビルの壁面、全てを足場にして立体機動を行う。AGI特化のステータスであるが故にその挙動は早く、マガジンの交換でさえ瓦礫の陰に隠れた一瞬の間で済ませてしまう為に弾幕はほぼ途切れる事は無い。

 

 

単発は〝死銃〟の持つ〝L115A3〟。ウェーブでさえ厄介だと言わしめるシュピーゲルの動きを前にして隠れる事などせずに地面だけを用いた平面的な動きで〝FN・FAL〟の弾幕を回避しながらトリガーを引いていた。〝沈黙の暗殺者(サイレント・アサシン)〟の名が付けられる理由となった銃口に取り付けられたサイレンサーが銃声を殺しながらシュピーゲルの跡を追うように電磁スタン弾が撃ち込まれる。

 

 

互いに動きながら、両者一歩も引かぬ戦い。戦況は全くの互角ーーーでは無く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何せ〝死銃〟とは違い、シュピーゲルには絶対的な縛りが2つ掛けられているから。

 

 

1つ目、弾薬の所持数。AGI特化型であるシュピーゲルは当然のことながらSTRは低く、それ故にインベントリに入れられるアイテムの量は少ないのだ。ウェーブの入れ知恵により多少STRに振って他のAGI特化型よりもインベントリには余裕はあるが、初めからSTRに振っているプレイヤーよりは絶対的に少ない。〝死銃〟のステータスはわからないが、ライフルである〝L115A3〟を移動しながら撃っている時点でウェーブ並……あるいはそれ以上のSTRだと分かる。それだけのSTRならシュピーゲルよりも弾薬の所持数は多いに違いない。

 

 

2つ、攻撃に対する反応。〝死銃〟はシュピーゲルの弾幕を隠れる事なく避けているが全てが回避出来ているわけでは無く、中には数発掠っているエフェクトが見られる。対するシュピーゲルは、〝死銃〟が〝L115A3〟の銃口を向けた瞬間に全力で射線から逃げている。それはそうだろう、〝死銃〟は()()()()()()()()()()()()()()()。真偽は不明で殺害方法も不明、噂を信じるのなら()()()()()()()()()()()。もしかしたらシノンに向けてやっていたように〝L115A3〟以外の銃で無ければならないという条件があるかもしれないが電磁スタン弾である以上はどちらにしても命中した時点で勝負はついてしまう。故に〝死銃〟は掠る事は出来るが、シュピーゲルは回避を強制される。精神的なアドバンテージが生まれてしまう。

 

 

どちらにしても、このままの状態を維持していればシュピーゲルの敗亡は避けられない。なんとか状態打破しなくては。そう考えながらも何も思い浮かばずに現状を維持してしまい、シュピーゲルは内心で焦る。

 

 

その焦りに付け込まれたのか、ここで〝死銃〟が動く。

 

 

〝L115A3〟の銃口がシュピーゲルの足下に向けられる。それを当然の如くシュピーゲルは〝軽業(アクロバティック)〟のスキルで飛び跳ねるようにして逃げる。

 

 

「ーーーフッ」

 

「がぁ……ッ!!」

 

 

飛び跳ねるという事は地面から足を離すこと。そうなれば足場が無くなり、着地するまでの間は方向転換をする事が出来なくなる。その一瞬の隙をついて〝死銃〟は超人的な加速を見せてシュピーゲルに接近した。それはチートでは無くSTRにより高くなっている脚力を使っての瞬発的な加速。そしてその加速の勢いを殺すこと無く、ガラ空きの腹部に目掛けて強烈な脚撃を見舞った。

 

 

踏ん張れる足場の無いシュピーゲルはそのまま吹き飛ばされ、廃墟ビルの中に叩き込まれる。腹部に強い衝撃を受けたことでHPが削られ、一時的に呼吸が出来なくなる。AGI特化型の弱点がここに来て出てしまった。AGI特化型はスピードが命、そのスピードを殺すような重量の防具をつける事はタブーなのだ。シュピーゲルもそれに従い、防具は軽量を優先して防御は低い。腹部に気休め程度のプレートでも仕込んでおけば耐えられたかもしれないが、彼はそのプレートの重さも嫌って敢えて付けていなかった。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

〝L115A3〟のマガジンを交換しながら〝死銃〟は悠々とシュピーゲルを叩き込んだ廃墟ビルへと近づく。シュピーゲルも咳込みながら〝FN・FAL〟のマガジンを交換し、周囲の確認をする。

 

 

そこはかつてウェーブがハンゾウと戦った時と同じ様な造りの廃墟ビル。違いがあるとするならこの廃墟ビルの方が階数が多く、そしてーーー暴徒対策なのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()。窓からの脱出は不可能、唯一の出入り口は〝死銃〟がいる。AGI特化型の鬼門とも言える狭い空間、〝死銃〟はそれを確認した上でシュピーゲルをここに蹴り入れた。

 

 

逃げ場無し、その上シュピーゲルの長所であるスピードを殺す様なフィールドに移された。絶体絶命の窮地と言っても過言では無い状況でーーー()()()()()()()()()()。そして廃墟ビルの中を駆ける。

 

 

一階から五階まで確認しても窓は全て鉄格子が嵌められていて逃げ場は無い。逃げる事を諦めたのかシュピーゲルは六階まで辿り着くと直線の通路の先の曲がり角に身を隠し、聴覚に全神経を集中させた。

 

 

シュピーゲルの狙いは奇襲。〝死銃〟がやって来た瞬間に飛び出して超接近戦に持ち込み、〝FN・FAL〟を全弾撃ち込むというもの。追い詰められたシュピーゲルに残された勝利の手段はそれだけしか無かった。

 

 

荒くなった呼吸を鎮める。それとは正反対に心臓は五月蝿いくらいに脈打っている。静かにしろと念じた所で心臓は黙るどころか更に五月蝿くなる。どうしようもない。だってシュピーゲル(新川恭二)という男の本質は小心者で、怖がりで、臆病者なのだから。〝死銃〟と互角以上の戦闘が出来た事でさえ、彼からしてみれば奇跡に等しい。本音を言えば今すぐにでもこの世界(GGO)から逃げ出したい。手にしている〝FN・FAL〟で自分を殺して、さっさとリタイアしたい。

 

 

だけど、それはしない……出来なかった。怖いと思っても、逃げ出したいと震えても、それが出来ない理由と覚悟があったから。

 

 

〝FN・FAL〟を握り直した瞬間に、階段からジャリっという足音が聞こえて来た。来た、〝死銃〟が来た。そう認識した瞬間に五月蝿かった鼓動が、まるで心臓が止まったのでは無いかと思ってしまう程に一気に小さくなる。そして足音は真っ直ぐにこちらに向かって来る。通路に溜まった埃に残された足跡でも辿られたか。それを好都合だと嗤いながら、シュピーゲルはタイミングを図った。

 

 

一歩ずつ一歩ずつ、ゆっくりと近づいて来る足音が死神のそれに聞こえてしょうがない。小さくなったはずの心臓の鼓動が先よりも五月蝿くなる。だというのに、足音はしっかりと耳に届く。

 

 

ゆっくりと近づいて来る足音、一歩の間が永遠にも感じれる程に遠く、もう出るか?いやまだ早いと逸る気持ちを必死に抑え込む。そしてーーーついに5メートル以内まで〝死銃〟が近づいて来た。

 

 

今だ、このタイミングしか無い!!

 

 

そう曲がり角から飛び出してみればーーー()()()()()()()()()()()

 

 

「はーーー」

 

 

分からない、何故いない?足音は間違いなく聞こえていた。だというのにまるでワープしたかの様に〝死銃〟の姿は無い。驚愕、混乱……それらがシュピーゲルの脳内を搔き乱しーーー()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ッーーー!!」

 

 

姿は見えない、しかしここにいる。そう理解したシュピーゲルは反撃では無く回避を選ぶ。その後の事など考えずに腕で顔と心臓を庇いながら全力で逃げ出す。それが結果的に功を奏した。視認が出来ない程の速度で刺突剣(エストック)の突きが放たれる。一度で無く複数回。庇いながら飛び退いた事で急所は守れたが〝FN・FAL〟を手放してしまい、それ以外を貫かれて全員を激痛が襲い、HPが大きく削られる。

 

 

「ーーー抵抗は、止めろ」

 

 

そして虚空が揺らぎ、そこから〝死銃〟が現れた。〝L115A3〟はインベントリに仕舞ったのか姿形は見えず、代わりに手にはGGOでは存在しないはずの実剣が握られている。膝を突き、痛みに堪えながらポケットから入れておいた回復アイテムを取り出して使用する。隙だらけで殺せるというのに〝死銃〟の口から出たのは別れの言葉では無くて降伏の要求だった。

 

 

「お前は、俺に、勝てない。これは、絶対だ。何故戦う?〝氷の狙撃手〟に、惚れているのか?」

 

「ーーーあぁ、そうだよ、悪いか?」

 

 

ゆっくりと回復していくHPをもどかしく思いながら、全身を襲う痛みに耐えながら苛だたしげにシュピーゲルは叫んだ。惚れた少女の為に戦う事の何が悪いのかと。

 

 

「ーーー例え、〝氷の狙撃手〟が、〝冥狼(ケルベロス)〟に、惚れていたとしても、か?」

 

 

何故それを知っていると思う余裕はシュピーゲルには存在しない。事実、シノン(朝田詩乃)ウェーブ(漣不知火)に対して特別な感情を抱いている。切っ掛けは何だったのか、いつからそうなのかは分からない。だけど彼女の彼を見る目が、気が付いたら友人に向ける物では無く異性へと向けるそれに変わっていた。

 

 

お前の恋は報われないと、〝死銃〟は残酷な真実を言葉にする。いくら愛していると叫んでも、お前は愛される事は無いと。

 

 

「手を取れ、シュピーゲル。お前が、望むなら、〝冥狼(ケルベロス)〟だけ、殺す。〝氷の狙撃手〟は、生かしてやる」

 

 

そして分かりやすい程に甘い誘いをシュピーゲルに投げかけた。お前の恋路を邪魔する奴は消してやる。だからこの手を取れと、刺突剣(エストック)を持たない手を差し伸べた。どうして〝死銃〟がこんなことをするのかシュピーゲルには分からない。しかしこれはシノン(朝田詩乃)を救うチャンスでも、そして新川恭二の叶わぬ恋を成就させるチャンスでもあった。

 

 

漣不知火がいなくなれば朝田詩乃は深く傷付くだろう。その隙に漬け込み、言葉を掛ければ彼女は自分に振り向いてくれるかもしれないーーーなんて馬鹿らしい。

 

 

「馬鹿にするなよ……ッ!!」

 

 

奥歯が軋むほどに歯を食い縛って痛みに抗い立ち上がる。

 

 

この想いが実らない事は百も承知だ。彼女は自分に振り向かない。愛しているのは別の男だ。どうしてあいつなんだと思った事は、彼女への愛を自覚した時から何度も思った。羨ましいと感じた事も当然ある。

 

 

この想いは報われない、そんな事は重々承知だーーーその上で、

 

 

「よく聞け……ッ!!僕は彼女を愛しているッ!!そして、あいつは僕の親友だッ!!」

 

 

胸を張って答えよう。

 

 

「だったらーーー2人の幸せを願うのは、とても当たり前な事じゃないか……ッ!!」

 

 

彼女を愛しているから、彼女の幸せを願うからこそ、自分は身を引くとシュピーゲルは心の底から断言した。今はそうではないけれど、愛する人と親友が共に笑顔でいられる未来……胸はちょっぴり痛むけど、それはとても素敵な事だから。この胸の痛みだって、いつか笑い話に出来ると信じているから。

 

 

愛情と友情ーーーどちらも等しく大切で、だからこそ命を懸ける価値がある。誇りを抱いて2人が心の底から笑い合っている光景を思い描き、今この瞬間も目指している感情に嘘はない。

 

 

「あぁ……そもそもーーー」

 

 

HPの回復仕切っていない身体を揺らし、

 

 

「関係ない部外者のクセにーーー」

 

 

沸々と湧き上がる怒りを動力に変えて、

 

 

「ーーー知ったかぶってペラペラ口にしてんじゃねぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

拳を握り締めながら、シュピーゲルは全力で〝死銃〟に向かって突貫していった。今の今まで育て上げたAGI全てを総動員した突進は過去最速。ステータス以上の、本来ならば実現しない視認が出来ない程の速度で〝死銃〟に向かっていきーーー

 

 

「ーーーごふ、ッ……あ、ぁぁ……」

 

「ーーー甘い」

 

 

あっさりと、〝死銃〟の刺突剣(エストック)に串刺しにされた。

 

 

〝死銃〟の観察眼はシュピーゲルを捉えて逃さなかった。何かを企んでいる気配を感じ、警戒していた。例え目に見えない程の速度で突進されようとも、軌道は読む事は出来る。それとこれまで積み重ねてきた戦闘経験により、〝死銃〟はシュピーゲルを貫いた。

 

 

胸を串刺しにされた事で削られるシュピーゲルのHP。〝死銃〟とシュピーゲルによる死闘はここに決着し、勝者は〝死銃〟となるーーー

 

 

「ーーークッ……()()()()()……ッ!!」

 

 

ーーー()()()()()()()()()()()

 

 

死の間際でありながらシュピーゲルの口は三日月の様に歪み、負けたというのにどこか勝者の様に誇らしげ。自分から更に踏み込み、〝死銃〟の身体に万力の様な力で抱き着く。

 

 

「不自然に思わなかったのかなぁ……僕の二つ名、知ってるだろ?」

 

「ーーーッ!?」

 

 

シュピーゲルの二つ名、〝爆弾魔(ハッピーボマー)〟。グレネードを好んで使うことから付けられた名だが……〝死銃〟の脳裏に浮かぶシュピーゲルは、()()()()()()()()使()()()()()()

 

 

この瞬間、初めて〝死銃〟は危機感を覚えた。しがみつくシュピーゲルを振り解こうとしてーーー

 

 

「ーーー遅い……ッ!!」

 

 

それよりも早くに、いつの間にかシュピーゲルの手に握られていたスイッチが押された。

 

 

下階から爆発音が聞こえ、廃墟ビルが揺れる。そして〝死銃〟の身体を()()()()()()

 

 

これこそ、シュピーゲルがウェーブに用意していた必勝の策。ビル一つを倒壊させて彼を押し潰す。それを実現させる為に手持ちの爆弾は全て使い果たしてしまった。その上実行する相手はウェーブでは無くて〝死銃〟だが……2人の未来を想うのなら惜しくはない。

 

 

「クッ……!!」

 

 

爆破させた事の気の緩みで〝死銃〟を手放してしまったがもう手遅れだ。このビルの出入り口が一つしかないのは確認済み、それはもう存在しない。どう足掻いたところでこの瓦礫に押し潰されるしかない。

 

 

「あは……ははは……あ〜あ……勝ったぞ、不知火」

 

 

逃げ道を求めて走る〝死銃〟の姿はもうシュピーゲルの目には入らない。刺突剣(エストック)が突き刺さったままだが精魂尽き果てたという具合で通路に大の字で転がる。その顔は敗者のものでは無く、紛れもなく勝者のそれだった。

 

 

「告白しろよなぁ……ぜったい上手く行くって。僕が保証するよ……」

 

 

そしてこの策の唯一の欠点……それは、シュピーゲル自身にも逃げ道が無いこと。

 

 

「だから……ぜったい勝てよ、親友。朝田さん泣かせたら承知しないからな……」

 

 

そう届かない声を呟き、シュピーゲルは目を閉じた。そして刺突剣(エストック)の継続ダメージか、瓦礫に押し潰されたからか、どちらが先か分からないが……シュピーゲルはBoB本大会から脱落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーッ!?」

 

「ーーーえ?」

 

 

〝廃墟都市〟エリアから出る直前、妙な胸騒ぎがしてロボットホースの足を止めた。それと同時に視界に入っていた廃ビルが崩れるのが見える。急に止まったことに文句でも言われるかと思ったが、シノンも何かを感じたらしく〝廃墟都市〟エリアに目を向け、崩れる廃ビルに目を向けていた。

 

 

「……」

 

 

嫌な予感がした。そして訪れるサテライトの時刻。この予感が嘘で、気のせいであって欲しいと願いながら端末を確認するーーーさっき崩れた廃ビルの辺りに、黒く塗り潰された新川恭二(シュピーゲル)の名前があった。

 

 

「ーーー馬鹿野郎ォォォォォォォッ!!

 

 

何があったのか、シュピーゲルが何をしたのか理解した俺は、〝死銃〟に見つかるかもしれないと分かっていながらも叫ばずにはいられなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去の傷

 

 

「……」

 

「……」

 

 

目的地であった〝砂漠〟エリアの洞窟には辿り着く事は出来た。奥行きは広く、隠れるには十分なスペースがあったが乗り物であるロボットホースを詰めると狭く感じられるのでキリトたちには別の洞窟に入ってもらった。無線を渡しているので連絡する事は出来る。

 

 

俺はシノンと2人で洞窟に入ったのだが会話は一切無い。シノンは体育座りで膝に顔を埋めていて、俺は胡座をかきながらずっと端末を眺めていた。サテライトの電波が入らない以上、この端末は洞窟を出るまで更新される事はない。だけど最後の更新は……暗くなったシュピーゲルの名前と、その近くで光っているステルベンの名前は残っている。それを見てシュピーゲルがステルベンと戦い、負けたのは分かった。もしかしたら他のプレイヤーに倒され、たまたま近くにステルベンがいたからこうなったかもしれないと希望的観測を抱きたいのだがすぐに否定してしまう。

 

 

本音を言うのなら、今すぐにでもステルベンを殺しに行きたい。ステルベンを殺し、どれだけ時間がかかっても良いからステルベンの現実での正体を探り、惨たらしく殺してやりたかった。だけど、今にも死にそうな顔をしているシノンを放っておく事は出来なかった。下手な慰めをしたところで彼女には意味がない。それにそうしたところで余計に落ち込むか、自暴自棄になってステルベンに向かって特攻していくかのどちらかだ。

 

 

故に黙って隣にいる事しか出来ない。それしか出来ない自分に、そしてシュピーゲルを殺したステルベンに殺意が湧く。

 

 

「……私、強くなれなかった」

 

 

そんな中、シノンが口を開いた。今にも泣き出しそうな声で。

 

 

「あいつが持ってる銃が……〝黒星(ヘイシン)〟だって気が付いて、身体が動かなくなった……そんな事今までなかったのに……」

 

「……五年前に使った銃がそれなのか?」

 

「うん……郵便局に来た強盗が使ってた銃……お母さんが撃たれると思ってそれを奪って……夢中になって引き金を引いて……私は、そいつを殺した」

 

 

懺悔のつもりなのか、シノンは五年前に起きた出来事を……今も自分を苦しめるトラウマの原因を話してくれた。五年前といえばまだ小学五年生くらいか。母親を守る為とはいえ今よりも身体も心も未熟だと言うのに強盗に立ち向かい、銃を奪うとは勇敢だと思う。その勇敢の結果、彼女は今も苦しんでいるのだが。

 

 

「私が……私があの時撃ってれば、あの男を倒してれば、こんな事にはならなかったのに……!!」

 

「それは違う」

 

 

今の精神状態ではなんでもかんでも自分が悪いのだと考えてしまう事になる……だが、それ以前に彼女はシュピーゲルが死んだ件について何も悪くないので否定する事にした。

 

 

「悪いのは恭二だよ。〝死銃〟の事を伝えていたのに、それが本当かもしれないと勘付いていただろうに、あいつは自分の意思でステルベンに立ち向かって行った。恭二が自分の意思で決めて、自分の意思で行動したんだ。全部の責任はあいつにある……だから、朝田は悪くない」

 

「でも……でも……ッ!!」

 

「確かにお前があの時にステルベンを撃ってればこうはならなかったかもしれないな。だけど、所詮はかもしれないだ。撃っててもこうなっていたかもしれない。朝田が自分が悪いと自分を責めるのなら、俺は何度でも否定してやる。お前は、悪くない」

 

 

この件に関しては朝田は絶対的に悪くない。悪がいるのだとしたら殺した〝死銃〟、死の危険を理解していながら挑んだ恭二……それと、恭二を説得しきれなかった俺だ。だから、何があっても〝死銃〟は殺す。

 

 

「……どうして、どうして漣君は、そんなに強いの?」

 

「俺が強いねぇ……」

 

 

ここでの強いとは物理的な力では無く精神的な物の事を言っているのだろう。〝死銃〟という死に怯えながらもどうして立ち向かうことが出来るとかと彼女は問うていた。

 

 

まったく笑いそうになる……俺が強いと感じるのなら、それは()()()()()()()()()

 

 

「一つ、少年の話をしよう」

 

 

だから彼女の間違いを正すために、俺は自分の過去を語る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一つ、少年の話をしよう」

 

 

どうして貴方は戦えるのか。〝死銃〟に恐怖し、新川君が殺されたと言うのに漣君の顔には罪悪感はあるものの闘志は陰るどころか増しているように思えた。だからどうしてまだ戦おうとしているのか、それを知りたかったのだが彼の口からは期待していなかった言葉が紡がれた。

 

 

「その少年には父はいなかった。だけどキチガイの祖父とキチガイの母、そして心優しい双子の姉がいたから寂しがることは無く、むしろ騒がしいくらいの毎日を送れていた」

 

 

それは昔語り。とある少年……いや、きっと漣君の話。

 

 

「キチガイの祖父と母に現代社会では使う事の無い戦闘の技術を叩き込まれたが、2人はそれを当たり前だと思っていた。何故なら、それが普通だったから。山奥に家を構えていたせいで他人との繋がりが無かったから、それを異常だとは考えなかった。義務教育が始まって、初めて自分たちは他の人間と違う事を理解した」

 

 

今まで聞いた事の無い、彼の話を聞かされていた。

 

 

「そして五年前のある日……少年は姉の帰りが遅い事を気にして山を駆け巡った。どうせ姉の事だ。何処かで昼寝をして、寝過しているだろうと考えていた……そうして……彼は、見つけてしまった」

 

 

そこで間を置く。その時に気が付いた。漣君の顔は血の気を失って青くなっていて、呼吸が乱れている事に。それは、まるで私の発作に似ていた。

 

 

「ーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()

 

「ーーー」

 

 

それは……間違いなく異常者の行動だろう。普通ならば忌避感を抱く殺すという行為。それを愉しそうに行うなんて異常以外の何でも無い。漣君でも楽しそうにしているのは戦闘行為で、殺すだけの時には作業のように淡々としているのに。

 

 

「それを見た瞬間に、()は駄目だと思った……爺さんからの話でウチの家系には産まれた時から頭がイかれている奴や、そういう素質を持っている奴が産まれることがあるって聞かされてたから……姉ちゃんはそれなんだって分かって……」

 

 

もはや少年と取り繕ってすらいない。その時の事を思い出しているのか漣君の身体は震え、眼は徐々に光を無くしていた。

 

 

「だからーーー()()()

 

 

絞り出すような声で、漣君は自分の罪を告白した。

 

 

「このまま姉ちゃんを生かしていたら、絶対に取り返しのつかない事になるって思ったから……殺した。不意を打って反撃されて……嫌だったけどしたく無かったけど、殺さなくっちゃって考えて……殺したんだ……」

 

 

彼の顔は今にも泣き出しそうで、焦点の合わない目で震える手を見ていた。彼の目にはきっとその時の自分の手が……姉の血で汚れている手が見えるのだろう。

 

 

「今だってその時の事を夢で見る……血塗れになって倒れてる姉ちゃんが、俺の名前を呼んで何かを言って……だけど聞こえなくて……」

 

 

あぁ……ようやく分かった。彼は強くなんか無いーーー()()()()()()()()()()()()()()

 

 

自分は強い、大丈夫だ、その時の事なんて悔やんでいないと。私が知っているヘラヘラとした笑みの下で、姉を殺した時の事をずっと嘆いていたのだ。

 

 

もう治ったと思い込んで、今も治りきっていない心の傷から目を逸らして。

 

 

「だから、俺は強くなんか無いんだよ……朝田とおんなじ……いや、それ以下だ。過去に立ち向かう勇気も無い、かといって過去を否定する事もしていない……自分のやった事に目を逸らしている、ただの負け犬なんだよ……」

 

 

過去を語り合えた時、そこには本当の漣君がいた。ヘラヘラとした笑みは鳴りを潜め、全てに絶望し、疲れ切っていて、覇気を欠片も感じなかった。それを見て、彼の時間はその時……姉を殺したあの瞬間から進んでいないと理解した。私のようにいつまでも追ってくる過去に怯えているのではなく、ずっと過去と一緒に立ち止まっているのだと。

 

 

同情の言葉なんて掛けられないーーーだって、彼は私にそうしなかったから。

 

慰めの言葉なんて言わないーーーだって、彼は私にそうしなかったから。

 

 

だからーーー私は、何も言わずに震える彼の手に自分の手を重ねた。

 

 

「……何やってるんだよ、汚れるから離せ」

 

「気にしないわよ……私の手だって、汚れてるんだから」

 

「朝田の手は汚れてねぇよ……誰かを守ろうとした、綺麗な手のままだ」

 

「だとしても、私が人を殺したって言うことは事実よ……私が貴方のした事については何も言えないわ。貴方はそうしなかったから……」

 

 

だから、と続けながら彼の手を握った。まだ立ち直っていなくて弱々しいけど、しっかりと離れないように。

 

 

「……側に居てあげるわ。頼って欲しいのなら頼りになるし、支えて欲しいのなら支えてあげる。貴方が、私にしてくれたように」

 

 

彼が私に抱いたのが同情から来るものなのか分からない。だけどいつの日か彼がそう言って、そうしてくれたように、私も同じ言葉を口にした。

 

 

「……どっかで聞いた事のある言葉だな」

 

「えぇ、私の王子様が言ってくれたの」

 

「はっ……俺は白馬に跨って高笑いするようなカボチャパンツにマント装備のレベルの高い変態じゃねぇよ」

 

「馬はいるけどね」

 

 

その言葉に私たちを隠すように身を蹲らせているロボットホースが鼻を鳴らす。まるでそんな変態を乗せるような変態と一緒にするんじゃないと反論しているようで、思わず彼と一緒に噴き出してしまう。

 

 

「あぁそうかよ……悪いけど膝貸してくんね?ちょっと泣きたいから」

 

「良いわよ。思う存分、泣きなさい」

 

 

それだけ言って、漣君は身体をズラして私の膝の上に頭を乗せた。そしてそのまま、私に顔を見せる事なく小さく嗚咽する。

 

 

五年間も気づかないフリをして流していた涙を再度流すように、漣君は泣き疲れて眠るまで静かに泣いていた。

 

 

 






修羅波だって人の子供なのだから、トラウマだって持っている。それが姉殺しなら尚のこと。自分では乗り越えたと思っていても、乗り越えていなかったなんて事はザラにある。

それを受け止めるシノのん……シノノンとは比較にならないヒロインだなぁ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

贖罪

 

 

「……またこの夢か」

 

 

シノンの膝を借りて、泣いて眠ったらあの時の……俺が姉を殺した時の光景が目の前にあった。いつも通りに森の中で血溜まりに倒れて死にかけている姉に、両腕を砕きながらも立っている幼い俺。そんな2人の事を少し離れたところから現在の姿で俺が眺めている。

 

 

幼い頃の俺は何かを言おうとして、だけど嗚咽交じりで言葉にならずに涙を流しながら死にかけている姉を見ていた。この時、俺は謝りたかった。殺してゴメンと、ただダメだからという理由で殺した姉に謝りたかった。しかし、優しかった姉を、あの愉悦交じりの笑みを見たからとはいえ戸惑いも無しに殺さなくっちゃと考えてしまう事が、姉を殺してしまった事が悲しくって言葉にならなかった事を覚えている。

 

 

いつも通りなら、この後に姉が俺に何かを言ってこの夢は終わる。彼女が俺に何を言ったのかは殺した事のショックが大きかったのか覚えていない。だけど、殺された側の人間が殺した人間へ最後に遺す言葉なんて恨み辛みと相場が決まっている。今日まで、今もそう信じていた。

 

 

けど、俺の過去を話したからなのか、シノンが過去を聞いて寄り添ってくれると言ってくれたからなのか、俺はこの先が知りたいと思っていた。目を閉じて姉の死に様を見ずに、耳を塞いで最後の言葉を聞きたくないという気持ちには変わらない。

 

 

だが、シノンが震える俺の手を握ってくれた感触がまだ残っていたから、この先を知りたいと思った。彼女のように、過去から目を逸らしたくないと思った。

 

 

『不知火……』

 

 

死に行く姉は、悲しげに微笑みながら俺の名前を呼ぶ。幼い俺はそれを聞いて小さな悲鳴をあげる。あぁそうだ、この時俺は怖かったのだ。あの優しかった姉が、殺した俺にどんな罵詈雑言を遺すのかが。

 

 

『ーーー』

 

 

姉の口が開く。鮮血を吐きながら、耳を背けたくなるような呪詛を吐くだろう。だけど、俺はそれを聞き届けなくちゃいけない。それが俺の罪で、俺の罰だから。過去から目を背けていた俺にできる唯一の贖罪なのだから。

 

 

どんな言葉を叫ばれても受け入れようと覚悟を決めーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーー()()()()……』

 

「ーーー」

 

 

姉から出てきた謝罪の言葉に、耳を疑って崩れ落ちた。それと同時に思い出した。

 

 

あの時、彼女は俺の知る優しい微笑みを浮かべながら、俺に向かって謝っていた事を。

 

俺はそれが信じられなくて、姉を殺したショックで記憶から消してしまっていた事を。

 

 

「あぁ……そうだ。あの時姉ちゃんは……」

 

『ーーーえぇ。私は、貴方に謝って死んだわ』

 

 

過去の姉が目を閉じて息を引き取った瞬間に2人の姿が消え、俺の目の前に好き好んで着ていた白いワンピースを着た姉が……漣灯火(さざなみあかり)が現れた。俺の知る、慈しむような優しい微笑みを浮かべながらあの時と変わらぬ幼い姿のままで。

 

 

「姉ちゃん……」

 

『不知火は悪くない。だって歪んで産まれてしまった私が悪いのだから。私だって、貴方が歪んでいたら同じように殺していたかもしれない。だから、悪いのは私』

 

「ううん……姉ちゃんは悪くない。どんなに歪んで産まれたにしろ、殺してしまったのは俺なんだ。だから、俺が悪い」

 

『お母さんは、歪んでしまった私を産んだ自分が悪いと言っていたわね』

 

「で、爺さんは殺せる技術を教えた自分が悪いって言ってたな……」

 

 

爺さんも、母さんも、俺も……そして、死んでしまった姉でさえ、誰も悪くない、自分が悪いのだと自分を責めていた。あぁ、どれも正しいのだろう……そして、同じくらいに間違っていた。

 

 

貴方は悪くない、貴方は悪くない、全ては自分が悪いんだと、相手を庇いながらひたすら自分を傷付けて……それに気が付いて、思わず噴き出してしまう。

 

 

「なんか、馬鹿みたいだな」

 

『そうね。大切だから、大好きだから、傷付いて欲しくないから、自分が悪いんだと自分を傷付けて……』

 

「その結果、相手が傷ついている事に気が付かない。自分が傷だらけだって事から目を逸らして生きていた」

 

 

あぁ、これは誰も()()()()。ただの相手を思いやる気持ちが生んだ、(かな)しいすれ違い。間違ってない、だけど正しくもない。答えのない自問自答。自分1人で悩み続けていたから納得のいく解答が見出せずに、延々と傷付けて……そして、やっと気がつく事が出来た。

 

 

「ゴメンな、姉ちゃん……俺、ずっと自分が悪いんだって……姉ちゃんの最後からずっと目を逸らしてた……姉ちゃんのゴメンを、ずっと聞いていないフリをしてた……」

 

『ゴメンね、不知火……私はずっと、殺したくって堪らなかったの。だから貴方に殺された時、実は嬉しかった。あぁ、これでもうこの衝動から解放されるって……』

 

 

自分が許せなかった。誰にそうしろと言われた訳では無く、自分が悪いと自分で自分を責めていた。自分で目を逸らして、自分で聞いていなかったフリをして……自分で自分を苦しめていた。

 

 

「可笑しいよな。大切だったのに……大好きだったのに……こんなにすれ違って……」

 

『本当に、馬鹿みたいね』

 

 

おかしくなってしまい、思わず笑う。姉ちゃんも、笑っていた。涙を流し、俺も泣きながら笑っていた。

 

 

『自分で自分を許せない……だから』

 

「……あぁ」

 

 

姉ちゃんが側により、俺の頭を細い腕で抱き締めた。夢だと言うのに彼女の温もりは俺が覚えている物と変わっておらず、どこまでも優しさを秘めていた。

 

 

『貴方は悪くない……()()()()()()()()()()()

 

「姉ちゃんは悪くない……()()()()()()()()()()()

 

 

自分で自分を許せない、だったら誰かが許せば良い。そんな子供みたいな理論で俺たちは互いを許し合う。殺した者と殺された者が、相手の罪を許し合う。傷の舐めたいだと憤激されるかもしれないが、俺たちがそれを認めているのだから良いじゃないか。

 

 

俺たちはずっと、許されたかったのだから。

 

 

「ありがとう、姉ちゃん……」

 

『ありがとう、不知火……だから、私の義妹候補の彼女も許してあげて。きっと、彼女も許されたがっているのだから』

 

「義妹候補って、気が早すぎるだろ。婚約どころか付き合う事もまだなんだぜ?」

 

『あら、貴方はあの娘の事が好きなんだしょ?だったら告白なさいな。それで、私の事を紹介してくれると嬉しいわ』

 

「あいつの姉ちゃんの評価はきっと、サイコパスなんだろうけどな」

 

 

先入観というのは恐ろしいものだ。前もって伝えられた印象があるだけで評価はガラリと変わってしまう。俺は優しかった姉ちゃんの事を知っているけど、彼女は俺が殺すきっかけになった姉ちゃんの印象の方が強いに違いないから。

 

 

「じゃあ、行ってきます。姉ちゃん」

 

『行ってらっしゃい、不知火。どうか彼女を守ってあげてね』

 

 

薄れ行く意識の中、夢から覚めて現実へと帰るその間際で昔やっていたように姉ちゃんと額を合わせる。行ってきます、行ってらっしゃいと……別れの言葉を告げながら。

 

 

この姉ちゃんが本物の姉ちゃんでは無い事など百も承知。俺が産み出した都合の良い幻想なのかもしれない。だけど、それでも俺は救われた。許せなかった自分の事を許す事が出来た。

 

 

だから、この事を彼女に教えてあげるのだ。自分で自分を許す事を……誰かの罪を、許してあげる優しさを。

 

 

視界いっぱいに広がる姉ちゃんの優しい微笑みを映しながら、俺は夢から覚めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー」

 

 

廃ビルが崩れ落ち、サテライトによる位置情報の更新が行われていた頃。シュピーゲルの手によって崩された廃ビルの瓦礫が動き、そこから1人のプレイヤーが姿を現した。〝死銃〟、ステルベン。全身にダメージを表す赤いエフェクト光が帯を引き、左腕は喪失していたが健在だった。

 

 

崩れ行く廃ビルの中でステルベンがとった行動とは……()()()()()()()()()()()()()()。シュピーゲルの策の脅威は言うまでもなく瓦礫。逃げ場が無い以上回避は不可能だが、降り注ぐ瓦礫の量を減らす事でダメージを減らす事は出来る。最上階へとビルが崩れるまでの間に移動し、ダメージを最小限にとどめる事に成功していた。

 

 

救急治療キットをベルトポーチから取り出して首に打ち込みながら装備を確認する。姿を消し、副次効果としてサテライトを回避出来ていた〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟効果を持っていたマントは破損して使い物にならない。〝死銃〟の象徴たる〝黒星(ヘイシン)〟はウェーブの手によって破壊されたがまだ予備の一挺が残っている。〝L115A3〟はインベントリにしまっていたのでロストしてはおらず、GGOに存在しないはずの実剣である刺突剣(エストック)も脱出の際に手放したがまだインベントリに一本予備が残っている。

 

 

結果、まだ〝死銃〟としての活動は続行可能。インベントリから〝L115A3〟と〝黒星(ヘイシン)〟を装備し直し、端末でターゲットである〝冥狼(ケルベロス)〟ウェーブと〝氷の狙撃手〟シノンの位置情報を確認すれば、2人して〝廃墟都市〟エリアから出ようとしているところだった。

 

 

「逃げたか。まぁいい」

 

 

今は逃げただろうが、あの2人はいずれ自分と対峙する事を予見する。何せシュピーゲルを殺したのは自分だから、親友を殺した自分を憎んで向かってくるのは目に見えている。

 

 

〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟を喪失した事で端末に自分の名前が載る事になってしまったが、それもまた一興。憎い仇の位置を知れて向かってくると思いながら、ステルベンはもう1人の〝死銃〟と合流する為に、シュピーゲルとの戦闘で予想外に傷付いた身体を休める為に、足を動かした。

 

 

 






自分で自分を許せないのなら、誰かに許してもらうしか無い。誰でもいいと言うわけではなく、大切な人に許してもらうしか無いんだよ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

〝死銃〟の真相

 

 

「ーーー」

 

「……もう起きたの?」

 

「あぁ……」

 

 

夢から戻り、枕にしていたシノンの膝から頭を退ける。時計で時間を確認すれば五分かそこらの短い睡眠だったが、調子的には8時間キッチリ眠った時のようにスッキリしている。〝死銃〟に対する殺意は微塵も衰えていない。だけど、あの夢のおかげで精神に余裕が出来た。軽く身体を解しながら調子を確認すれば、明らかに眠る前よりも()()()()()()()()()()()()

 

 

「心の有り様こそが覚醒への第一歩ってヤツかね」

 

「……何か雰囲気変わったわね。良い夢でも見たの?」

 

「あぁ、スッゴイ良い夢が見れた」

 

 

目を背けていた事を止めて、姉ちゃんを許して俺は許された。これは俺だからこれで救われたのだ。朝田にとってこれが正解なのか分からないが、こう言う救済もあるんだと教える事は無駄じゃないと信じたい。

 

 

だけど、教えるのは今じゃない。今は〝死銃〟を殺すことが先決だ。幸いな事にあの話し合いのお陰なのか彼女の発作は治って体調も元に戻っているように見える。

 

 

「さて、俺はキリトたちと〝死銃〟ブチ殺会議してから〝死銃〟殺しに行くけどシノンはどうする?」

 

「私も行くわよ」

 

「〝死銃〟に殺されるかもしれないのに?」

 

「……本当に変わったわね。そっちの方が素なの?」

 

「俺としちゃあ性格変わったっていう自覚は無いんだけどね。シノンが変わったって思うのなら変わったんじゃない?」

 

 

でも思い返してみれば俺はいつも意識してヘラヘラとした笑みを浮かべていたが、今はそんな事に意識を割いていない。それを無駄だと、必要ないと感じているから。そういう意味では確かにシノンが言っているように変わったのかもしれない。

 

 

「行くわよ。確かに〝死銃〟に……〝黒星(ヘイシン)〟に撃たれたら私も貴方も死ぬかもしれない」

 

 

でも、と言葉を続けてシノンは柔らかい笑みを浮かべてみせた。

 

 

「ーーー貴方が、私を守ってくれるから。それに、私が貴方を守るから」

 

「ーーーククッ、良い女だよなぁ。ホント」

 

 

惚れた弱みと言うべきか、その笑顔に心を奪われてしまい苦笑しながらそう言う事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは第1回、〝死銃〟ブチ殺会議を始めたいと思いまーす」

 

「……」

 

『……』

 

『い、いぇーい……』

 

「アスナ、ありがとう。シノンとキリト、ちょっとノリ悪くない?」

 

『いや、ちょっとそこまでみたいなノリでやられると困るんだけど』

 

「諦めなさい、彼はそういう人間だから」

 

『ALOで知ってたつもりなんだけどなぁ……』

 

 

無線越しの会話ではあるがアスナが困ったような顔を、キリトが疲れ切っている顔をしているのが目に浮かぶ。その反応を見る限り、まだ2人の心は折れていないらしい。流石に2人の〝死銃〟を相手にシノンと2人で挑むのは危険だ。そういう意味ではふたりの精神の強さに感謝したい。

 

 

「まずは〝死銃〟の情報からだな。〝死銃〟は2人いる。俺とキリトが〝グロッケン〟で出会ったおかしな喋り方をする奴と、〝廃墟都市〟から出るときに追い掛けてきた奴の2人。名前は前者がステルベンで、後者がB・Jだ」

 

『もうそこまで把握してるのかよ』

 

『キチガイなのを除いたら本当に優秀よねウェーブさん……キチガイだけど』

 

「ステルベンの武器はライフルの〝L115A3〟、それとハンドガンの〝黒星(ヘイシン)・五四式〟よ。ハンドガンの方は普通の銃だけどライフルの方は減音装置(サプレッサー)が装着出来て音が聞こえない事から〝沈黙の暗殺者(サイレント・アサシン)〟なんて呼ばれてるわね」

 

『あ、それと〝廃墟都市〟で私が撃たれた時に〝死銃〟は何も無いところから突然出てきたわ。SF映画の光学迷彩みたいな感じで』

 

「光学迷彩……〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟!?一部のネームドボスだけの技だったのに!!」

 

 

〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟は装甲表面で光そのものを滑らせて自身を不可視にする迷彩能力。シノンが言ったように一部のエネミーだけに実装されていた能力だったが、どうやらプレイヤー装備としても実装されていたらしい。俺は戦った事はなくスレッドの話でしか知らないのだが、聞くところによると衛星スキャンすら回避出来るらしい。

 

 

「これで〝死銃〟がどうやってサテライトを回避しているのか分かったな。それに加えて、どうやらステルベンの方はご自慢の〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟を無くしたらしいな」

 

『どうしてそれが分かるんだ?』

 

「見て分かるだろ?サテライトの最後の更新でステルベンの名前が載ってる。いつも隠れていたはずの名前が堂々とだ。何故か?使えなかったからだ。恐らくシュピーゲルとの戦闘で〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟能力付きの装備を壊したかロストしたか、そうじゃないとステルベンの名前が表示されているはずがない」

 

 

シュピーゲルがどうやって戦ったのかは分からないが、ステルベンから〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟を奪うという働きをしてくれた。装備を壊す、もしくはロストする程の激しい戦闘をした後なのだからステルベンは相当に消耗しているはずだ。そうでなければ追撃してきていないのはおかしい。

 

 

つまり、俺たちがこうして話していられるのはシュピーゲルのお陰なのだ。

 

 

「キリト、アスナ、お前たちはもしかして〝死銃〟の正体に察しがついてるんじゃないか?」

 

『……あぁ、ウェーブは俺たちがSAO生還者(サバイバー)だって事は知ってるよな?』

 

「そうなの?」

 

『自慢するような事じゃないからね……デスゲームとなったSAOの中で、人殺しを積極的に楽しむギルドがあったのよ。殺しが最大の娯楽とでも言っているかのように楽しんで人を殺していた彼らは〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟って名乗ってた』

 

「殺しが最大の娯楽ねぇ……狂人の集まりだな」

 

 

人を殺すことに楽しみを見出すなんて正気ではあり得ない。たった1人殺した俺とシノンが長年苦悩していたというのに、そいつらは娯楽目的で次々と人を殺している。だから狂人……倫理観のイカれた、俺とは違うベクトルでの人でなしの集まり。

 

 

そんな狂人がどうして捕まっていないのか不思議だが、聞いた話によればSAO内での犯罪行為はログとして残されて居ないらしく犯罪の立証が不可能だったらしい。

 

 

「さて、〝死銃〟の装備が分かった。どうして人を殺すのかも分かった。最後に分からないのはどうやって殺すのかだな」

 

『そこなんだよな……一番有力なのはゲーム内でアバターを攻撃するのと同時にリアルで殺すって事なんだけど……』

 

『リアルでのそのプレイヤーの住所が分からないのよね……』

 

 

流石にアミュスフィアではナーヴギアの様に人を殺さないという大前提を弁えているのか、2人ともそこまでは考えていたらしい。もっとも確実なのが2人の言っている様にゲーム内とリアルで同時に殺す事だが、そうなるとプレイヤーの住所が分かっていないと不可能だ。友人などの親しい間柄ならばそれで殺すことも不可能ではないのだが、そこら辺は既に調べられていると思って間違いない。それに〝死銃〟はシノンを殺そうとしていた。俺と恭二とクレイジーサイコレズしか友人の居ないシノンをだ。それから見て親しい間柄の犯行では無いと言える。

 

 

「住所……〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟……ま、まさか……」

 

「シノン、大丈夫か?」

 

 

シノンがブツブツと呟いて顔を青くして震え出した。その顔にあるのは恐怖。

 

 

「ねぇ……BoBのエントリーの事、覚えてる?」

 

 

それで全てが繋がった。BoBにエントリーする際にはリアルでの本名や住所を入力する事が出来る。そうする事で上位入賞プライズを受け取る事が出来るのだ。シノンはそれでモデルガンを頼み、恭二はゲーム内でクレジットを受け取っていた。エントリーのパネルは複数操作する事が多いからなのかデフォルトで可視化されているので見ようと思えば操作している本人以外でも見る事が出来る。だけどそれを見せようとするプレイヤーはいないだろうし、しようとしてもアメリカのゲームだからなのかハラスメント関係には厳しく下手をすればアカウントが抹消されかねない。

 

 

だが、そこに〝死銃〟が持っていた〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟が加われば……リアルの住所を知る事が出来る。

 

 

「あぁ……ああ……!!」

 

「落ち着け。俺も住所がバレてるから」

 

 

自分の部屋に〝死銃〟の仲間が侵入しているかもしれないと恐怖し、落ち着きを無くしかけていたシノンの頭を胸に押し付けて抱き締める。ここでシノンがアミュスフィアの安全装置により強制ログアウトしてしまえばリアルの〝死銃〟の仲間とかち合ってしまう。顔を見られた以上、朝田は殺されるだろう……それだけならまだマシだ。女性である朝田は、もっと酷いことをされる可能性がある。

 

 

錯乱しかけながらも無我夢中で抱き締められるのを受け入れる。怖いのは分かる……俺だって死ぬのは怖いから。今回のBoBのエントリーの時に、俺は朝田と恭二にプライズがあることを聞かされていたので馬鹿正直に住所を入力している。つまり、俺も〝死銃〟のターゲットに入っている可能性がある。電磁ロック、シリンダー錠、チェーンとログインする前にしっかりと確認したのだが入る方法なんて幾らでもある。今現実の俺の部屋に〝死銃〟の仲間がいると思うだけで怖くなるが、強制ログアウトされる程では無い。

 

 

「安心しろ……殺されるとしたら〝黒星(ヘイシン)〟で撃たれた時だけだ。じゃ無いとわざわざライフルでスタン弾撃ってから近寄ってくる理由は見つからない。だから今は安心してくれ……ここで強制ログアウトされると危ないから」

 

「でも怖い……怖いよ……」

 

「俺だって怖いさ……震えてるの、分かるだろ?」

 

 

抱き締めるほどに密着している事でシノンが震えているのが分かる。だけどそれはシノンも俺が震えているのが分かるという事だ。シノン程怖がっているわけでは無いが、それでも怖いものは怖い。それでもその醜態を見せていないのは……男としての意地だろう。それ以外に思い付かない。

 

 

「キリトたちは大丈夫か?」

 

『俺たちは依頼主に用意された場所からログインしているし、リアルの住所は入れてないから大丈夫だ』

 

『私もよ』

 

「そうか……じゃあ、〝死銃〟を倒すしか無いな」

 

 

〝死銃〟は〝黒星(ヘイシン)〟で撃ったプレイヤーを殺すという制約を掛けている。それは何らかの拘りから来るものなのか、それとも遊び半分で設けたルールなのか分からないが、〝黒星(ヘイシン)〟を撃つ〝死銃〟が殺されれば俺たちを殺すことは出来ないだろう。逆上して殺される可能性もあるのだが、ここまで自分が定めた制約に遵守するのだからそれは無いはずだ。

 

 

「まずは生き残りを先に倒す。その後で〝死銃〟だ。他の奴らは〝死銃〟の存在を知らないし、ターゲットになっている可能性がある。いざトドメって時に乱入されても邪魔だからな」

 

『分かった。じゃあ俺がサテライトの更新してくるあと2分で次の更新だからな』

 

 

それだけ言ってノイズが聞こえて無線は切れた。それを確認してから俺は話し合いに割いていた意識を全て俺の腕の中で震えるシノンに向ける。

 

 

「安心しろ……お前は俺が守るから」

 

「……うん」

 

 

シノンが立ち直るまでずっと、俺は彼女の頭を撫で続けていた。

 

 

 






原作読んで死銃サンの手口に惚れ惚れした。覗き見とかいう単純だけど、単純だから気づかない手段。これを知ったらPoHニキだってニッコリするに違いない。

見方変えると修羅波とシノのんがひたすらイチャイチャしてるだけにしか見えない……こいつら、付き合って無いんだぜ?


感想や評価を沢山くれると作者のヤル気がグーンと上がります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

〝死銃〟狩り

 

「ーーーピトフーイと銃士Xは未だに〝廃墟都市〟で睨み合い、闇風はここから南西の〝砂漠〟と〝草原〟の境目の辺り。そしてステルベンは〝田園〟エリアねぇ……」

 

 

シノンを落ち着かせて立ち直らせ、もう大丈夫だと顔を真っ赤にした彼女の言葉を信じてキリトとアスナと合流。キリトが身を呈して獲得した最新の情報を共有する。

 

 

「二手に分かれるか纏まって行動するかどっちかになるな……」

 

「だったらキリトとアスナは闇風を倒して〝砂漠〟エリアでB・Jを待ち構えていろ。あいつは確かAGI特化型で短機関銃を使ってるから2人のスタイルでも倒せる。だけど銃士Xは知らんがピトフーイはオールマイティだ。アサルトを使えばショットガンも使うしライフルだって使う。先に見つかったらヘッドショットされたなんて事になってもおかしくないからな。それにいくら〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟で姿は見えないって言ってもいる事には変わらないんだ。砂埃で姿が浮かび上がるし、下の砂地で足跡だって見えるしな」

 

「なんでALOでソロプレイだったのにそんなに作戦指揮上手いんだよ」

 

「戦闘特化された戦闘民族舐めるなよ」

 

「現代社会で戦闘民族なんて……」

 

 

アスナが手で顔を覆っているがシノンはもう慣れたのか特に反応もしないでヘカートIIの確認をしている。その目には怯えも恐怖もあるが、それに負けないと戦う意思を見せていた。その目を見て、再度彼女に惚れ直してしまう。この場にいない……死んだかもしれない恋敵の親友(恭二)に俺たちの愛した彼女は素晴らしいと自慢したくなる程に。

 

 

「言っておくけどこの場合の最善は俺が1人で暴れ回って3人でサポートに回る事だ。だけどそうしない。その理由は分かってるな?()()()()()()()()。俺はキリトよりも反応速度が早いプレイヤーを知らない、俺はアスナよりもスピードの速いプレイヤーを知らない。お前たちならきっと闇風を下して〝死銃〟を倒せると信じているから任せてるんだ」

 

「……はぁ、キチガイのクセにどうして乗せるのが上手いんだよ」

 

「挑発する時に口が回らなかったら話にならないだろ?」

 

「だけど、それに乗せられる私たちも私たちよね」

 

 

2人は呆れているように見えるが、その目には確かな闘志が宿っているのが分かる。それを見るだけで確信出来る。2人なら大丈夫だと、B・Jを倒して〝死銃〟の計画を瓦解させる事が出来ると。

 

 

「そういえば、終わった後はどうしたら良い?警察に電話するにしても絶対信じられないだろ」

 

「俺たちの雇い主は公務員だからそいつに頼む。2人の住所や名前を教えてもらう事になるけど……」

 

「だったら俺の住所を教えとくわ。シノンはお隣だからそれを頼れば分かるだろ」

 

 

インベントリからもしもの為に入れておいたメモ帳とペンを取り出して住所とリアルでの俺の名前を書き込んでキリトに渡す。流石にライブ映像を流されている中で口頭でリアルの情報を明かす事は出来ない。キリトはそれを確認してインベントリにメモをしまった。

 

 

「じゃあ、また会おうぜキチガイ」

 

「負けるなよーーー女装少年キリトちゃん君」

 

「待て、これはランダムで決まったから俺が選んだわけじゃーーー」

 

 

キリトが何やら喚いているけどそれに反応せずにアスナにアイコンタクトで任せて背を向ける。シノンの元に向かえば精神統一の為かロボットホースに背中を預けて目を閉じている彼女の姿があった。

 

 

「準備は?」

 

「出来てるわ」

 

「死地に出向く心の準備は?」

 

「済ませたわ」

 

「死ぬかもしれないけど?」

 

「死ぬつもりなんて微塵も無い」

 

「Good」

 

 

受け答えと感じられる闘志から、彼女からは死臭や死線と言った死を目前にした時に感じられる死の気配が微塵も感じられないので安堵する。これなら再び〝黒星(ヘイシン)〟を突き付けられてもあの時の様に発作を起こす事はないだろう。副武装(セカンダリ)の〝MP7短機関銃〟を落としてしまったので近距離戦に関しては懸念があるもののそれも大して心配していない。

 

 

俺が前衛を務めるから。彼女に近づく為には俺を倒さなければならないから。

 

 

「それじゃあ行こうか、シノン」

 

「えぇ、貴方の背中は私が守る。だから私のことを守ってよね」

 

 

先にロボットホースに跨り、シノンを引き上げて座らせる。そして手綱を振るって再び〝廃墟都市〟へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、洞窟の中で赤い丸が点滅してたけど心当たりってある?」

 

「赤い丸……?あぁ、ライブの中継カメラね。普通は戦闘中のプレイヤーを追うんだけど残りが少なくなったから来たんじゃないかしら?」

 

「中継カメラ……それって、洞窟の中でのやり取りが放送されたってこと?」

 

「…………あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーふぃ……まさかここまでやるとはお姉さん驚きだよ」

 

 

〝廃墟都市〟エリアの瓦礫に身を隠し、ライフル銃〝レミントンM700〟のリロードをしながらピトフーイは一息つく。最古参であることも人並み以上のプレイヤースキルを持っている事も自覚している彼女にとって、ここまで戦闘が長引くとは予想外だった。

 

 

始まりはサテライト通信で近くにいた銃士Xというプレイヤーを見つけ、ウェーブと戦う前のウォーミングアップには丁度いいと思って戦いを挑みに行ったことだった。初見の名前でピトフーイの脳内にも記憶に残っていないから大したプレイヤーではないと高を括って挑み、予想外の強さに驚愕した。

 

 

銃士Xの主武装(プライマリ)がライフルで、対ウェーブの為に用意した〝レミントンM700〟と被ってしまった事はどうでも良い。予選でもライフル被りで戦ったが、どれも相手にヘッドショットを決めてやったから。問題があるとすれば、銃士Xがピトフーイの想像以上に狙撃手(スナイパー)として洗練されていた事だった。一発撃てば即座に姿を隠し、しかも御丁寧に自分がいた場所にグレネードを使ったワイヤートラップまで残している。位置を把握して接近戦で仕留めてやろうと向かったのは良いが過去にシュピーゲルのワイヤートラップで痛い目を見た経験が無かったらきっと彼女はそれで負けていただろう。

 

 

「でも、そろそろ終わらせようか」

 

 

だけどそれだけ。勝つのは自分だと宣言しながらピトフーイは腹這いになり、瓦礫の陰から〝レミントンM700〟の銃口を伸ばす。確かに銃士Xの狙撃手(スナイパー)としての実力は彼女が認めるほどに高いのだが、人間である以上どうしても癖が出てしまう。普段ならばその癖を出さない様に心掛けているかもしれないが、連続した緊張で疲弊してしまえばボロが出るだろう。事実、銃士Xはここ暫くは一度狙撃したらピトフーイから見て右側に移動していた。

 

 

その癖を利用すれば取る事は難しくない。これが彼女の知り合いであるエムというプレイヤーならばその癖を見せた上で罠を仕掛けるくらいは平然とやりそうなのだが見た限りでは銃士Xにはそこまでの狡猾さは見られない。

 

 

「ーーー見つけた」

 

 

廃ビルの窓から覗くライフルの銃口をスコープ内に映す。いつの間にか夜になってしまっている上に陰に隠れて人影らしき物しか見えないが、スコープを覗くプレイヤーの姿も見える。きっと向こうは自分の姿を探しているだろう。その前に発見してしまった訳なのだが。

 

 

狙撃手(スナイパー)というクラスは基本的に根気がいる。それが狙撃手(スナイパー)同士の対決ともなれば通常以上の根気が必要不可欠。そういう意味では切らしてしまった銃士Xの敗北は決定的だろう。

 

 

銃士Xがピトフーイを探す為にか角度を変え、その姿をピトフーイのスコープの中に晒しつつあった。もう少し、もう少しで確実に当てられる程に姿が見える。ほとんどのプレイヤーが脱落してしまった為に静寂に包まれた〝廃墟都市〟エリアの中で、自分の心臓の鼓動だけが五月蝿い。

 

 

そして、確実に当てられる程に銃士Xの姿を捉えたところでーーー銃士Xの背後から手が伸び、暗がりへと引きずり込んだ。

 

 

「ーーーッ」

 

 

それを見た瞬間にピトフーイは顔色を変えて立ち上がり、その場から全力で逃げ出した。狙撃手(スナイパー)はスコープを覗いて集中する為に背後には最も気を配らなくてはならない。それはいくら疲弊していても銃士Xは弁えているはずだ。その警戒を掻い潜って背後から迫れるプレイヤーなどピトフーイの中では1人しか思いつかない。

 

 

ウェーブ。ピトフーイが倒したいと思っているプレイヤーが〝廃墟都市〟に現れた。決勝の開始と同時に大暴れして、そこから暫く大人しかったはずの彼がここに来て動き始めた。銃士Xとの戦いで疲弊した今の自分ではウェーブを倒さないと客観的に判断し、態勢を立て直す為にエリアを移動しようとしたのだが……

 

 

「ーーー後ろに注意(チェック・シックス)よ、ピトフーイ」

 

 

立ち上がって二歩目を踏み出した瞬間に背後から轟音が聞こえてピトフーイの身体が上半身と下半身に分かれた。耳に届いた銃声はピトフーイが求めて止まなかったGGO内に10丁しかないアンチマテリアル・スナイパーライフル〝PGM・ウルティマラティオ・ヘカートII〟の物で、空中で回転するピトフーイの目は脱落する間際にそれを構えている水色の少女の姿を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー終わったみたいだな」

 

 

ピトフーイをシノンに任せていたがどうやら仕留められたとヘカートIIの後に銃声が聞こえない事から確信する。俺はピトフーイの相手をしていた銃士Xを組み伏せ、喉元にナイフを押し付けていた。名前からして男だと思っていたがまさか女性だったとは思わなかった。ハンゾウといい、紛らわしいのでもっと女らしい名前をつけてほしいものだ。

 

 

「ーーーウェーブさん、ですよね?」

 

「そうだけど何か?」

 

 

完全にこちらの勝ち。主武装(プライマリ)のライフルと副武装(セカンダリ)のハンドガンは取り上げて部屋の隅に投げ捨てているのでここから彼女には逆転する手段は残っていない。勝者の余裕から最後の言葉くらい聞いてやろうと思ってーーー

 

 

「私、銃士X(マスケティア・イクス)って言います!!貴方のファンです!!だから貴方のマグナムで私のことをズドンしてください!!」

 

 

ーーー聞かなければ良かったと後悔しながら銃士X(マスケティア・イクス)の首を刎ねて殺した。

 

 

「……さっさとシノンと合流しよう。そうしよう」

 

 

銃士X(マスケティア・イクス)、まさか最後に精神的ダメージを与えてくるとは恐ろしい奴だと戦慄しながらシノンと合流する為に廃ビルから飛び降りた。

 

 

 





今更になってる洞窟でのイチャラブがライブ中継で放送されていたことに気づいたらしい。観客席ではブラックコーヒーを求めるプレイヤーが続出したとかなんとか。

ピトフーイVS銃士X(マスケティア・イクス)、そこに乱入して横取りするようにして修羅波&シノのんの勝利。アッサリとしちゃったけど隙を見せた方が悪いのだから異論は聞かない。

そして銃士X(マスケティア・イクス)、まさかの修羅波に精神的ダメージを与えるとかいう大金星。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

〝死銃〟狩り・2

 

〝廃墟都市〟を抜け、ステルベンの反応が最後に見つかった〝田園〟エリアに接近する。〝死銃〟の手口としては〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟による隠蔽と静音に優れた〝L115A3〟を使った奇襲がメインだったが、シュピーゲルの活躍によりステルベンの〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟が使えなくなった今、ステルベンに出来ることはシノンと同じ狙撃手(スナイパー)としての働きくらいだろう。

 

 

「心の準備は?」

 

「とっくに出来るわ」

 

「なら良しーーー行くか」

 

 

シノンからの返事に戸惑いがない事を確信し、ロボットホースの手綱を振るって全力で走らせる。ステルベンの方もキリトの反応がサテライトに表示された事でこちらが動くと察しはついているだろう。なので〝L115A3〟に狙われている前提で動く。不規則にジグザグと動きながら、それでいて時折意味のない横っ飛びをさせながら少しずつ前進する。ライブ中継でこの光景を見ていると間抜けに見えるかもしれないが必要な事だと割り切ろう。でないと精神が持たない。

 

 

いつもならば狙われている気配というのが分かるのだが今回に限ってはその気配を察知することが出来なかった。ステルベンが気配が隠すのが上手い?いや、今の俺はハンゾウの隠密だろうが完全に看破できる程に研ぎ澄まされている。ステルベンを知覚できない理由はその察知の鋭敏化と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。常人なら平気な音でも耳が良い者が聞けば五月蝿く感じられるように、俺の鋭敏化され過ぎた察知能力がステルベンの強過ぎる殺意で鈍らされているのだ。強くなった弊害だ。少し前の俺ならば余裕でステルベンの居場所を知覚出来ていたはずだが、今では出来なくなってしまっている。

 

 

ここの辺り修正しておかないと爺さん相手に苦労しそうだなぁと考えてーーー全身に悪寒を感じた。

 

 

ロボットホースからシノンを抱えて飛び降りる。

 

それと同時にロボットホースが後ろ足で立ち上がり、俺たちを振り下ろそうとする。

 

それの一瞬遅れでロボットホースから鈍い金属音が聞こえ、爆散した。

 

 

「タイタニックゥッ!!タイタニックギャラクシー号ォォォォッ!!!」

 

「待って、あの馬にそんな沈みそうな名前付けてたの?」

 

 

爆発四散したタイタニックギャラクシー号に泣き叫びながら別れを告げて近くに転がっていた大岩の陰に飛び込む。その一瞬遅れでさっきまで俺がいた場所に銃弾が通り過ぎていった。予想していた通りにステルベンは万全の状態で俺たちの事を待ち構えていたらしい。でなければあのタイミングでの狙撃はあり得ない。俺の直感とタイタニックギャラクシー号の犠牲によりどうにか窮地を脱する事は出来たがこの距離は狙撃手(スナイパー)であるステルベンの距離だ。

 

 

「そろそろ時間か……シノン」

 

「……闇風は落ちてるわ。それでキリトとアスナの近くにB・Jの反応がある。残っているのはさっきの3人と私たちだけよ」

 

 

サテライト端末に隠れていたはずのB・Jの情報が出てきた。それは向こうから姿を見せたのか2人が〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟を剥ぎ取ったのか分からないが対峙しているはずだ。

 

 

俺が認めた2人ならば、どんな相手だろうと倒せると信じている。

 

なら、俺たちもステルベンを倒さなくてはならない。

 

 

「じゃあシノン、援護射撃任せたぞ」

 

「任せなさい」

 

 

本当ならばシノンを置いて俺1人でタイタニックギャラクシー号に乗って〝田園〟エリアに向かえばよかったが、ステルベンの奇襲を警戒し、()()()()()()()()()()()()()()()2人で行動していた。これでステルベンにはシノンの居場所がバレている。それはつまり、ステルベンに〝弾道予測線(バレットライン)〟を見せる事が出来る。狙っていると教えてやればステルベンは回避行動に移り、当たっても当たらなくても時間を稼ぐ事が出来る。

 

 

サテライトの情報によれば俺たちとステルベンの距離は約300メートル。四、五度は狙撃されると見て良いだろう。シノンの援護で一、二回は阻害できるはずだ。

 

 

その間に距離を詰めて接近戦に持ち込めるかどうかが鍵になる。

 

 

「あ、これ御守りね」

 

 

今更ながらにシノンが副武装(セカンダリ)を無くしている事に不安を感じてきたので片方だけになった〝オルトロス〟を渡す。

 

 

「良いの?ウェーブの主武装(プライマリ)が無くなるけど」

 

「キリトたちの話によればあいつはSAO生還者(サバイバー)らしいじゃないか。向こうだって銃撃戦よりも接近戦の方が強いに決まってる。だったら銃なんて甘えを捨ててナイフだけで純接近戦に挑んだ方が良い。それに、シノンには副武装(セカンダリ)が無いだろ?無いと思うけど、万が一も無いと思うけど億が一くらいの可能性で俺が負けたらそれであいつの頭吹き飛ばしてやれ」

 

「……不吉な事を言わないでよね」

 

「もしもに備えて何が悪い」

 

「じゃあ、代わりにこれをあげるわ。だから、絶対に負けないで」

 

 

そう言って渡されたのはシノンがいつも着けていたマフラー。それを受け取り、外れない様にしっかりと首に巻き付ける。それだけで気分が高揚してしまう俺は単純なんだろう。

 

 

「ーーーんじゃ、行ってくる」

 

 

シノンにそれまでのようなヘラヘラとした貼り付けた様な笑みでは無く、本心から出てきた笑みを浮かべて大岩の陰から飛び出す。最初の狙撃でステルベンの居場所は把握している。あとはシノンの援護を信じてあそこまで最短距離を最速で進むだけだ。

 

 

暗くなったフィールドで僅かに漏れるマズルフラッシュの明かりを頼りに、俺は全力で走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーんじゃ、行ってくる」

 

 

そう言ってウェーブはいつもの様なヘラヘラとした笑みでは無い自然な笑みを浮かべて大岩の陰から飛び出した。ここからステルベンのいる場所までは遮蔽物の一切無いフィールド。〝黒星(ヘイシン)〟で撃ったプレイヤーを殺すという拘りを捨てれば〝L115A3〟で撃たれてもリアルの彼が殺される。

 

 

だというのに彼は一切怯えを見せず、それどころか震える事なくステルベンに向かって走り出していった。私が彼を守ると信じているから。

 

 

「ーーー」

 

 

ウェーブが飛び出していったのとは反対側から顔を出して腹這いになってスコープを覗き、ステルベンを探す。暗くなったから一瞬だけ溢れたマズルフラッシュで簡単に見つける事が出来た。

 

 

スコープ越しに見えるのは髑髏の様なフルフェイスのゴーグルを被ったステルベンの顔。それと同時にウェーブからキンッと甲高い音が聞こえた。何をしたのかは見なくても分かる……キリトと同じ様に、()()()()()()()()。流石にキリトの様に弾丸を斬ったのではなくてただ弾いただけ。それでも凄いと思うが感心している余裕は無い。私の働きによって、彼の生存率が変わるから。

 

 

トリガーに指を乗せる、〝弾道予測円(バレットサークル)〟が現れるのと同時にステルベンがこちらに〝L115A3〟の銃口を向けてきた。〝弾道予測線(バレットライン)〟で気が付かれたなんて今更慌てない。予想外だったのはステルベンは〝弾道予測線(バレットライン)〟に気が付いても回避行動を取らなかった事。どうやらこのまま私を撃つつもりらしい。

 

 

外せない、外すわけにはいかない狙撃。だというのに私の心は思っていたよりも乱れなかった。

 

 

耳が音を拾う事を止め、

 

視界が狭まって全ての光景が遅くなり、

 

ステルベンのトリガーを引く指の動きさえ知覚出来ている。

 

 

「ーーー外さないわ(〝天賦:狙撃〟)

 

 

弾道予測円(バレットサークル)〟は収縮しきっていない。だけど絶対に命中するイメージがあったからトリガーを引いた。同時にスコープに映るステルベンも〝L115A3〟のトリガーを引いていた。

 

 

そして反射的に顔を左に傾けるーーーと同時に〝L115A3〟の弾丸がヘカートIIのスコープを吹き飛ばして背後へと消えていった。あのままスコープに目をつけていたら即死だったと音と速度が元に戻った世界で冷や汗をかく。

 

 

だけどさっきの一撃は無駄では無かった。最後にスコープ越しから見えた光景にはステルベンの〝L115A3〟にヘカートIIの50BMG弾が命中するのが映っていたのだ。アンチマテリアルライフルの弾を受けて銃が使えるとは思えない。つまり、これでステルベンから狙撃という手段を奪う事が出来た。

 

 

「負けないでね、漣君……」

 

 

キリトたちの話を信じるのならこれで漸くだ。ステルベンは接近戦を得意としているらしいので銃を無くしたところで戦闘能力は損なわれないだろう。

 

 

だけど彼なら、漣君なら勝つと信じている。

 

 

だから私はヘカートIIの次弾を装填しながら彼の勝利を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度目の狙撃をナイフで受け流し、二度目の狙撃に備えていたが弾丸は見当違いの方向へと飛んでいった。おそらくシノンに向けて撃ったのだろうが彼女の気配は健在なので安心している。それにシノンの弾丸がステルベンの銃に命中したのが大きかった。これでステルベンは狙撃という手段を失った。銃はまだ〝黒星(ヘイシン)〟が残っているが、ハンドガンの射程距離まで踏み込んでしまえばこちらの勝ちだ。

 

 

しかしステルベンは〝黒星(ヘイシン)〟を構える事なくその場に壊れた〝L115A3〟のバレルーーー正確に言えばそれに取り付けられた銃剣を握って突貫してきた。

 

 

互いの距離が縮まり俺はナイフを振るい、ステルベンは銃剣をアスナの様な構えで突き出す。ぶつかり合うナイフと銃剣、GGOにコンバートしてから久し振りに聞いた剣と剣の衝突する音を聞きながら静かに宣言する。

 

 

「よぉ〝死銃〟(ステルベン)ーーー殺しに来たぜ?」

 

 

 





悲報、ロボットホースことタイタニックギャラクシー号死す。みんなで冥福を祈ろう……

修羅波だったキリトちゃん君と同じ様に弾丸を斬り払う事は出来るんだよ!!だけど斬り払うよりも避けた方が良いから避けるんだよ!!今回は自分に注意を向けさせようと敢えて弾いたけど!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

VS〝死銃〟


前話にてウェーブが〝オルトロス〟を渡した際にシノンがマフラーを手渡す描写を追加しました。よかったら確認ください。


 

 

振るわれるナイフの一閃が虚空を斬り裂き、放たれる銃剣の刺突が残像を穿つ。俺とステルベンは互いに必殺の間合いを取りながら防御では無く回避を選んで殺し合いを続けていた。

 

 

ステルベンの持つ銃剣の刀身は西洋剣や日本刀の様な幅のあるものでは無くて針に、刺突剣(エストック)に近かった。斬るのでは無く刺す事を目的として着けられている銃剣の役割からすればその形状は正しいのだろうが、突く事しか出来ない以上その動作に警戒していれば回避は容易い。

 

 

しかし、ステルベンの動きは見事と言うしかない。腕を引いて放つ動作が極限まで洗練されていて、淀みなく最速の連突を放ってくる。キリトたちの話によれば、ステルベンはSAOでキリトたちに敗れて捕らわれたはすだ。恐らくそこで延々と剣を振るっていたのだろう。自分を捕まえたキリトたちへの憎しみを糧に、いつかその胸に自分が振るう刺突剣(エストック)を突き立てる日を夢見て。

 

 

全体的な戦闘の練度であれば物心ついた時から爺さんと母さんに鍛えられていた俺の方が上だ。しかしステルベンは刺突剣(エストック)を用いた戦闘に特化している。右手に持つ刺突剣(エストック)の連突を鈍らせるどころか更に鋭くしながら空いている左手や脚で殴打してくる。刺突剣(エストック)の連突を逆手に構えたナイフで弾きながら空いた手と脚で殴打を防ぎ、反撃するが同じ様に防がれるか反撃される。

 

 

システムアシストに頼ることの無い、ステータスとプレイヤースキルのみで行われる戦い。GGOにコンバートしてからは体験することの無かった超近距離戦に心を躍らせながら殺意と怒りを鋭敏化させーーーそれでいて、頭は反比例するようにどんどん冷えていく。

 

 

望んでいた全力を出せる戦いを前にして気分は際限無しに高ぶり、シュピーゲルを殺した下手人であるステルベンへの殺意と怒りはとめどない。されども教育され、遺伝子レベルに刻み込まれた漣の反応が振り切れる事を許さない。結果として頭を気分とは正反対と言えるほどに冷やしてしまっているのだが、こちらの方が都合が良かった。振り切れた状態で挑んでいたら恐らくは数手で追い詰められる事になっていただろうから。

 

 

「ーーーお前は、何だ」

 

 

刺突剣(エストック)とナイフの鍔迫り合い。金属と金属が擦れあったことで生じた火花がステルベンの髑髏を思わせるフルフェイスのゴーグルを照らし出す。

 

 

「何故だ、何故、俺の、邪魔を、する」

 

「ーーー気付かないのか」

 

 

変声機で変えられながらもそこから滲み出る殺意と怒りを感じられる。ステルベンの心中にあるのは俺への苛立ちだろう。ステルベンが〝死銃〟となった理由がキリトたちをこの世界に誘き寄せる為なのか、それ以外の理由があるのかは分からない。だけど〝死銃〟ではないステルベンの標的は間違いなくキリトたちだ。〝死銃〟として俺たちを殺そうとしてやって来たは良いが死なない。その苛立ちを俺にぶつけている。

 

 

「俺たちの目的が何なのかは分からないさ。だけど法治国家である日本で殺人という手段に踏み切ったのは素直に凄いと思うぜ?その思いきりの良さは普通に感心する。そこまでしてでもやりたかったのかってな」

 

 

確かに〝死銃〟としてステルベンたちがやったことは法治国家では悪行として非難される様な事だ。だが、彼らはそれに踏み切った。そこまでしてキリトたちに復讐したかったのか、それともSAOでの殺しの快楽が忘れられずにやっていたのかは分からないし、知りたいとも思わない。だけど復讐であれ愉悦であれ、それに踏み切ったその行動力は感心するし、凄いと称賛もしよう。

 

 

「ーーー()()()()()()()()?」

 

 

何故俺たちが殺されなきゃならないんだ?(認めた上で否定しよう)

 

 

「嫌なんだよ。俺から首を突っ込んだんなら死んでもある程度は納得して死んでやるさ。何で他人の計画に巻き込まれて死ななきゃいけない?死ぬのが怖いと抗って何が悪い?」

 

 

故に、お前たちの計画を破綻させたのは他ならぬお前たち自身だと優しく享受してやる。

 

 

「ーーーお前たちは、朝田詩乃(シノン)を狙った」

 

 

ナイフを握る手に力が入る。

 

 

「ーーーお前は、新川恭二(シュピーゲル)を殺した」

 

 

支えとなっている脚に力を込め、刺突剣(エストック)を押し返す。

 

 

「そしてーーーお前は、漣不知火()を殺そうとした。分かるか?それがお前たちの敗因だよ」

 

 

もしも〝死銃〟が、朝田詩乃(シノン)をターゲットに選ばなければ、

 

もしも〝死銃〟が、新川恭二(シュピーゲル)を殺さなければ、

 

もしも〝死銃〟が、漣不知火()を殺そうとしなければ、

 

 

それが全ての敗因。〝死銃〟の計画が打ち砕かれる理由。その3つさえなければ〝死銃〟の計画は成就していただろう。キリトとアスナがGGOにやって来ていたとしても、恐らくステルベンならば一対一に持ち込めれば勝機のある程の強さを持っている。

 

 

ーーー俺という、不純物が存在していなければ。

 

 

「さぁ、もう眠れよSAOの亡霊(ステルベン)ーーー〝冥狼〟()冥府(あの世)へ連れて行ってやるからよぉッ!!」

 

「漣、不知火ぃ……ッ!!」

 

 

〝死銃〟の手口はすでに看破しているが故に、今更俺の本名を口に出されたところで驚きはしない。一際大きい音を立てながら鍔迫り合っていた状態から弾かれーーー刺突剣(エストック)とナイフによる剣舞が開始される。

 

 

放たれる神速の連突。

 

 

それを先読みしながら迎撃する銀閃。

 

 

空の手で行われるノーガードの殴り合い。

 

 

フェイントを一切入れずにどれもが一撃必殺の連続。

 

 

必殺にならぬものなど回避するもの惜しいと互いの身体にダメージエフェクトが刻み込まれる。

 

 

手を止めた方が、動きを鈍らせた方が、相手よりも遅くなったが負けると互いに本能で理解しているから回転率を限界を超えてでも上げ続ける。

 

 

刺突剣(エストック)の一撃を迎撃する度に腕が砕けそうになるがそれは相手も同じ。負けてたまるかと歯を食い縛り、相手よりも先に必殺を叩き込まんと死力を尽くす。

 

 

刺突剣(エストック)とナイフがぶつかり合う度に空間が軋み、生まれた火花が紅蓮の華となって儚く消える。

 

 

「ーーーッ!!」

 

 

一瞬、コンマ以下のタイミングで出来たステルベンの隙。それを俺の観察眼は好機と受け取り、反射的に懐へと潜り込んですれ違いざまに左腕を斬り落とした。

 

 

「ーーー殺ったぞ(〝復讐心:限界突破〟)……ッ!!」

 

 

そして行動を終えてから己の失策に気づいた。あの隙はステルベンが捨て身の覚悟で作り出した誘いなのだと。

 

 

左腕を斬り飛ばして振り切った手首を刺突剣(エストック)の先端が穿った。復讐心での覚醒によりゲームの仕様を超えた一撃が、音を超えてソニックブームを発生させながら俺の肘から下を()()()()()()

 

 

これで互いに片腕を無くした訳だがイーブンでは無い。俺はナイフを持っていた手を無くした事で無手の状態、対するステルベンはまだ刺突剣(エストック)を握る手を残している。

 

 

残された手で新たなナイフを取り出す?否、それよりもステルベンの刺突の方が速い。

 

後退して体勢を立て直す?否、それよりもステルベンの刺突の方が速い。

 

 

この瞬間に勝敗は決した。ステルベンのフルフェイスのゴーグルの真紅のレンズが俺を捉える。限界まで引き絞られた身体から、神速の刺突が繰り出される。武器を失い、取り出す間もない俺に残された手段は無い。

 

 

敗北は確定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーウェーブッ!!」

 

「あぁーーーまだだ(〝限界突破〟)ッ!!」

 

 

俺の名と、銃声と、俺の叫びが同時に聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーぐ、ぉぉ……」

 

「ーーー言っただろ?〝冥狼()〟が冥府(あの世)に連れて行くと」

 

 

そして勝敗は覆された。敗北が確定された?何を馬鹿な……()()()()()()()()()()()。負けてもいい戦いならばそれを受けいれよう。しかし負けられない戦いならば、確定された敗北すらひっくり返す。敗北を押しつけるように、勝利の味を噛み締めるように……俺はステルベンの喉仏に犬歯(きば)を突き立てた。

 

 

武器()を無くした?それがどうしたーーー()()()()()()()()()

 

 

ステルベンの手から刺突剣(エストック)が零れ落ちる。視界を埋め尽くすほどに発生したダメージエフェクト。GGOは人体の急所をリアルに再現している。それならば人体最大級の急所である頸動脈も当然のように再現されている。

 

 

咄嗟の判断で行われた捨て身の一撃だったが、俺1人だったらこの勝利を味わうことは出来なかっただろう。シノンが放った〝オルトロス〟の弾丸が、ステルベンの刺突に命中した。その結果、眉間を貫く筈だった刺突はズレて頬を掠った。

 

 

彼女がいなければこの場の勝敗は逆転していた。ありがとうと感謝を込めながら、ステルベンの喉へと更に犬歯(きば)を突き立てる。

 

 

「ーーーまだ、だ……まだ、終わら、ない……棺桶は、まだ、笑っている……あの人が、いる限り……棺桶は、笑い、続ける……」

 

「ーーーそれがどうした」

 

 

ペインアブソーバーによって発生した痛みに呻きながらステルベンの遺した言葉を一蹴して脛骨を噛み砕く。即死級のダメージに駄目押しのとどめを喰らい、ステルベンのHPは全損。〝DEAD〟という死亡を証明するタグを発生させて〝死銃〟(ステルベン)の活動を強制的に終了させる。

 

 

「笑うんだったらぶん殴ってでも止めさせてやるよ……何回でも、何度でもな……」

 

 

例えHPを全損させても通常とは違い、まだアバターにはプレイヤー意識は残されたままだ。それを知りながら宣言する。

 

 

それが聞こえていたのか定かでは無い。しかしもう動かないはずのステルベンのアバターから、少しだけ殺意と怒りが緩んだ気がした。

 

 

HPを見れば、イエローを超えて残っているのは僅かに数ドットだけ。あと少し何かの後押しで無くなってしまいそうなほどしか残されていない。

 

 

だけど、勝った。シノンを守り、勝利することが出来た。

 

 

その結果を噛み締めながら俺はその場に倒れ伏した。

 

 

 






死銃戦終了!!あとはリアルでのあれやこれややってGGOは終わりだな!!あれやこれやが長くなりそうな予感がしてならんのだけど……

ところでマザーズロザリオには突入した方が良いのかな?アンケート作っておくのでよろしくお願いします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

BoB本大会終了



マザーズロザリオ編についてのアンケートやっているので良かったらどうぞ(2017/08/02現在)


 

 

「ーーーあ、起きた?」

 

 

目を覚まして視界に移ったのは満天の星空とシノンの顔だった。ステルベンを倒し、気力が尽きて倒れたところまでは覚えているが、この様子からするとそのまま気絶していたらしい。今はシノンの膝を枕に横になっている。

 

 

「あ〜……何分だった?」

 

「ステルベンを倒してから五分ってところかしら……それと、これを見て」

 

 

シノンが差し出して来たのはサテライト端末。最後に更新があったのは時計を確認すれば3分前だが、端末に名前が残っているプレイヤーは俺とシノン、そしてキリトとアスナだけでB・Jの名前は残ってなかった。

 

 

「2人はちゃんと倒してくれたみたいよ」

 

「やっぱりか……あの2人なら倒してくれるって信じてたよ」

 

「ねぇ、彼らって何者なの?話聞いてもSAO生還者(サバイバー)ってことしか分からないのだけど……」

 

「あっちに戻ったら話すから今は休ませてくれ……てか、こんな事して大丈夫なのか?ライブ中継されてるぞ?」

 

「今更よ。それに……察しなさいよね、この馬鹿」

 

 

光源が星明かりだけでシノンの顔はよく見えない。だけど僅かにそっぽを向けた顔は赤くして拗ねているように見えた。

 

 

「そうか……ゴメン。それと膝ありがと」

 

「どういたしまして」

 

 

シノンの膝に頭を預けながら全身を襲う虚脱感の心地良さを味わう。

 

 

ステルベンは強かった。俺が本気を出して勝てるかどうかというレベルの強敵だった。ここまで疲弊したのは初めてキリトとアスナのタッグと戦った時以来だ。その時は全力を出した挙句に負けてしまったが、今回は全力を出してその上で限界を超えて、更にシノンの手を借りてようやく勝つことが出来た。敗けを望んでいるが、やはり勝利の味は格別だ。指一本動かす気力さえ残っていないというのに充実感がある。

 

 

だけど、それと同時に寂しさもある。ステルベンの動きは完全に覚えた。神速の刺突剣(エストック)の剣捌きも完全に見切ってしまった。ステルベンが今後も成長するというのなら話は別だが、今のままの状態でもう一度戦えば今度は何もさせずに封殺出来てしまう。

 

 

もう二度とあの甘美な戦いが出来ないかと思えば寂しいのだが……彼女を守る事が出来たのだ。それで良しとしよう。

 

 

「……ん?何か来るわ」

 

「……バギーのエンジン音だな」

 

 

何もせずに、何もする気が起きず、しばらくそのままでいるつもりだったが、遠くの方からバギーのエンジン音が聞こえてきたのでそちらに意識を向ける。と言ってもバギーに乗っているのは誰だか分かりきっている。目だけを音のする方向に向けて近づいて来るバギーを捉える。

 

 

バギーにはキリトとアスナが乗っていた。B・Jとの戦いで疲弊したのか覇気は感じられずに疲労困憊のようだ。

 

 

バギーが近づいてきてーーータイヤが岩に乗り上げた。

 

ハンドルを切る事なくそのままバギーは転倒する。

 

乗っていた2人が地面に投げ出され、転がりながらやって来た。

 

 

「ーーー勝ったぞぉ……」

 

「……」

 

「なんて締まらない登場の仕方をするんだよ」

 

「アスナに至っては喋る気力も無いみたいだし……」

 

 

ステルベンの同族というだけあって復讐心によるブーストでも付いていたのか、キリトとアスナのALO最強夫婦でも辛勝といった様子だった。サテライトの更新を見てここまで来たようだが俺と同じように気力が尽きたのか顔を上げようともしない。アスナに至っては無反応である。

 

 

「そういやぁさぁ、気になったんだけどBoBどうする?俺、正直いって面倒になったんだけど」

 

「俺ももう戦いたく無いかな……」

 

「……」

 

「アスナも同じみたいね」

 

「動けるのはシノンだけみたいだし……シノン優勝する?」

 

「そんなおこぼれみたいな優勝なんていらないわよ……あ、そうだ。お土産グレネードって知ってるかしら?」

 

「オミヤゲグレネード?」

 

 

聞いたことはある。確か北米だがどこかのサーバーの第1回BoBで、置き土産のグレネードが原因で優勝者が2人になってしまったことからそう呼ばれるようになったはずだ。

 

 

それで、シノンが何がしたいのか理解してしまった。俺のコートから素早くプラズマグレネードを抜き取るとタイマーを10秒にセットして俺たちの真ん中に転がす。キリトはそれに気が付いて苦笑し、アスナは転がるグレネードを無表情に眺めている。

 

 

俺はというと、動くつもりも無いのにシノンに両肩を抑えられている。一応周囲を納得させる為に俺と自殺しようとしているというポーズでも取りたいのだろう。

 

 

「シノン、1つだけ言いたいことがある」

 

「何かしら?」

 

「過去ってのは否定しても、目を逸らしても、抗っても、絶対に無くならない。だってもう変えられない出来事なんだからな。だから……過去を受け入れるってのもありなんじゃないか?」

 

「……それが、漣不知火(ウェーブ)が見つけた答えなの?」

 

「あぁ、俺の答えだ。だから、朝田詩乃(シノン)朝田詩乃(シノン)の答えを見つけてくれ。俺のは一例だってことくらいで頭の端にでも置いてくれたらいいから」

 

「覚えておくわ」

 

 

10秒が経って強烈な閃光が生まれ、最後にシノンではなくて朝田詩乃としての微笑を見ながら俺はプラズマに飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リザルト画面に輝く俺とシノン、そしてキリトとアスナの名前を見ながらログアウトする。初めてのBoB大会で優勝したのは偉業といえば偉業なのだが色々なことがあり過ぎて疲れてしまった。明日にでもまたALOにコンバートし直してゆっくりするのもありかもしれない。幸いな事に俺が使っている装備はレアではあるものの未練は無いのでピトフーイ辺りに売りつけてしまえば良いだろう。ガンマニアのあいつの事だから片方だけになったとはいえ〝オルトロス〟を言い値で買い取ってくれるに違いない。

 

 

ログアウトのカウントダウンが10秒を切ったところで緩んでいた気を引き締める。ステルベンを倒した事で〝死銃〟の犯行は防ぐことは出来たのだが、周囲にはまだ共犯者がいる可能性があるのだ。それにステルベンに倒された恭二の事も心配だ。俺たちが予想している手段ならば、常時家に誰かがいる恭二は殺される可能性は極めて低い……低いだけで、殺されている可能性はあるのだ。

 

 

リアルに戻ったらまずは恭二の生存確認。生きていたら……今回は俺が負けだと認めてやろう。恭二がステルベンと戦ったからあの厄介極まりない迷彩能力を奪う事が出来たのだ。〝死銃〟戦における最大のMVPはあいつだと言っても過言では無い。そして朝田の元に向かい、キリトが来るまで側にいてやる。そのあとはきっと事情聴取とかされるだろう。テレビでやっているようにカツ丼でも請求してやるか。

 

 

そしてーーー全てが終わって、気持ちの整理が終わったら朝田に告白するか。

 

 

恭二と交わした約束でもあるし、許せなかった自分を許す事が出来た。断られたらこのことを笑い話にして恭二と馬鹿みたいに笑おう。成功したらこれをネタにして恭二のことを煽って馬鹿みたいに笑おう。

 

 

そんな未来を、彼女の隣に立っている自分の姿を楽しみにしながら仮想現実からリアルへと帰還しーーー

 

 

「よぉ、漣不知火君ーーー死ねや」

 

 

ーーー視界に入ってきたのは眉間に押し当てられている黒光りする拳銃。名前も知らない男に馬乗りにされながら一方的な宣告と共に拳銃の引き金が引かれた。

 

 

 






ステルベンとB・Jとの死闘により3人もとボロボロ、シノのんは戦うつもりが無い。故に原作通りにお土産グレネードというダイナミック道連れ自殺。

帰ってやる事を全部終わったら告白しようと死亡フラグを立て、リアルに帰った瞬間に死亡フラグを回収する芸人の鑑。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真相



マザーズロザリオ編のアンケート実施中(2017/08/03現在)


 

 

仮想現実からリアルへと意識が帰って来る。BoBは私と漣君を含めた4人の優勝という前代未聞の結果に終わったが、今はそんな事を気にしている余裕は無い。まだ私の部屋の中に〝死銃〟の仲間がいるかもしれないから。

 

 

キリトの話では公務員であるという依頼人を使って私たちの借りてるアパートまで来るらしいがそれでも10分以上はかかるとの事だ。それまでは自分で安全を確保しなくてはいけない。幸い、リアルでも強い漣君がいるのですぐに部屋を飛び出して彼の部屋まで行けば安全は確保出来るだろう。彼の部屋にも〝死銃〟の仲間がいるかもしれないが、彼が殺されるイメージは全く思い浮かばない。ステルベン並みの相手なら分からないが……あれはゲーム内だから許される強さだ。リアルであんな強さの持ち主が漣君以外にいるとは到底思えない。

 

 

アミュスフィアを外してベットから降りようとしてーーー身体が動かないことに気が付いた。全く動かないというわけではないのだが、全身が麻痺でも貰った時のように動かない。

 

 

「何よこれ……」

 

 

そして隣の部屋ーーー漣君の部屋から銃声が聞こえてきた。更に間を空けてもう一発聞こえる。

 

 

「漣君……ッ!?」

 

「ーーーおはようございます、朝田さん」

 

 

アミュスフィアを外されて視界に入ってきたのは……金本さんだった。どうしてここにいるのかと、何をしたのかと聞こうとしたが言葉に出来なかった。

 

 

恍惚とした表情を見せられ、酷く濁った目を見てしまったから。

 

 

「金本さん……」

 

「あはっ……怯えてる朝田さんの顔、可愛いなぁ」

 

 

動かない私の顔を金本さんがうっとりとしながら撫でられる。その接触に嫌悪感以外の何も感じない。今すぐにでも振り払って逃げ出したいのに身体は動かないままだった。

 

 

「ステルベンも使えませんよね。シノンを撃てば良いのに何度も失敗して、あれでSAO生還者(サバイバー)って言うんだから笑えますよね?」

 

「ッ!?どこまで知ってるの!?」

 

「全部ですよ。ぜ、ん、ぶ……〝死銃〟の計画は私が建てたんですから」

 

 

そこで一旦彼女は私から離れ、自慢するように胸を張った。

 

 

「元々朝田さんに近づくあのゴミどもを殺そうと計画してたんですけどホラ、殺しちゃったら捕まっちゃうじゃないですか?それだと朝田さんと一緒に過ごせる時間が無くなってしまうからどうにか出来ないかなぁって考えて、偶々GGOで〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟付きの装備ゲットした時には思い付いたんですよ。ゲーム内で殺されたら現実でも死ぬ……そういうオカルト的な感じにすれば大丈夫だって思ったんですよね。その為にはまずはそういう噂を流行らさなきゃいけない。だからSAO生還者(サバイバー)の兄に頼んで有名どころだったゼクシードと薄塩たらこを殺してもらう事にしたんです。ちょっと予想外な事に兄のSAOでの知り合いだって奴がどんどん増えて……まぁ手は幾らあっても足りないから丁度良かったんですけどね。住所の問題もBoBのエントリーのパネル覗き込んだら良かったですし。あ、〝死銃〟が〝黒星(ヘイシン)〟を使っているのは私のチョイスですよ、気に入って貰えました?」

 

「ーーー」

 

 

楽しそうに胸を張って濁った目のまま笑う金本さんを見て言葉を失ってしまった。

 

 

言っていることが本当なのだとしたら……彼女は、漣君と新川君を殺す為だけに2人も殺している。

 

 

私が苦悩し続けたあの銃を使って、2人も殺して。

 

 

それなのに、なんて事もないように笑っている。

 

 

「なんで笑っていられるのよ……人を殺してるのに……」

 

「私が直接殺したわけじゃないですよ?私は大雑把な計画を立てただけで直接手を下していないですから。そ、れ、に……()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

「五年前、勇敢に強盗から銃を奪って殺した朝田さんと同じになれた……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

……あぁ、彼女はダメだと思った。何が彼女をそこまで狂わせたのか分からないけど、彼女は間違いなく壊れている。漣君のように自分の異常性を理解していて現代社会に溶け込む為に本性を擬態しているわけじゃない。自分が社会から弾かれる存在だと気付かず……いや、気付こうとしない。

 

 

ただの狂人だった。

 

 

 

「予定じゃあBoB内でステルベンかB・Jが朝田さんかキチガイを〝黒星(ヘイシン)〟で撃ったら殺すはずだったけど……予定を変更して、キチガイと朝田さんがリアルに帰ってきたら殺す事にしました」

 

「どうして……」

 

「だってーーー()()()()()()()()()

 

 

そこで初めて彼女は笑顔を崩し、今まで見たことの無い無表情になった。急激な変化を見せつけられて全身に寒気が走る。

 

 

「私が好きだったのは強い朝田さんでした。超然としていて、何事にも動じなくて、まるで1つの機械のような冷静さを持った……シノンのような、私の理想の朝田さん。だけどあのキチガイのせいで、朝田さんはどんどん弱くなっている。私の好きな朝田さんがどんどん穢されて壊されていく……それに私は耐えられなかった」

 

 

それを聞いて、彼女の考えが分かってしまった。彼女が好いていた私は学校での表面上の私……そしてGGOで〝氷の狙撃手〟と呼ばれているシノン()。彼女は私の事なんて見ていなかった。自分の理想という色眼鏡越しで、私を見ていただけだった。

 

 

「だから、思ったんです。このまま私の理想の朝田さんがいなくなってしまうのなら、その前に殺してずっと理想の朝田さんにしてしまえば良いんだって。あぁ、安心してください。麻酔使ってるから痛覚はありませんし、注射器だって無針高圧注射器で身体に傷は残りません。それにサクシニルコリン?で眠るように死ねるって話ですから」

 

 

無表情からあの笑顔に戻った彼女の顔を見ても寒気は治らない。それどころかその手に持つ円筒の注射器らしい物を……〝死銃〟の本当の凶器を見せつけて私を安心させようとしている。そんな物を見せられても安心なんて出来るはずが無いのに。

 

 

身体は麻酔が切れつつあるのか帰った時よりも動くようになっているが本調子とは言えない。なけなしの力を振り絞って抗ったとしてもそれでおしまいだ。

 

 

私は彼女に殺される……そう考えた時に、不思議と思い浮かんだのは死ぬ事への恐怖では無くて後悔だった。

 

 

頼りになると、支えてくれると言ってステルベンに立ち向かってくれた……いつの間にか好きになっていた彼への後悔。

 

 

死ぬ事に謝りながら、こんな事ならば早く想いを伝えておけばよかったと思いながら頭の中では生きる方法を考え続ける。心と思考が矛盾しているが、それも彼はきっと私らしいと言って笑ってくれるに違いない。

 

 

私の首筋に注射器が添えられるーーーその直前。

 

 

キンコーンとこの場に似つかわしく無い古めかしい音が、チャイムの音が聞こえてきた。

 

 

その音に私も、彼女も注意を引かれる。

 

 

そして注意を引かれ、玄関を視線を向けた瞬間に反対方向から何かが砕ける音が聞こえてきた。

 

 

「ーーーよぉ、クレイジーサイコレズ。ついに本性表したな?」

 

 

そこには粉々に砕けたガラスを裸足で踏みながら、頭とお腹から血を流している漣君の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーいっつぅ……リアルデバフ食らってるとはいえこのザマかよ……気ぃ抜きすぎたな」

 

 

眉間に突き付けられていた銃の銃身を殴る事で弾丸を擦りながら回避し、マウントポジションを返して下手人の顔面を殴ったところで身体の動きが鈍い事に気が付いた。いつも動かせているように動かせないことから一服盛られたかと油断していたのが悪かったのだろう。まだ意識を残していた下手人に腹を撃たれてしまった。

 

 

もう一度下手人を殴って今度こそ気絶させ、手足を砕いておいたからもう反撃される事はないし、逃げ出すことも出来ない。いつもならここで傷の状態をチェックするのだがそんなことをしている余裕は無い。俺の部屋に下手人がいるということは朝田の方にもいると思って間違いない。

 

 

本音を言えばすぐにでも向かいたいのだが玄関は施錠されているだろうから論外、残るのはベランダの窓からの侵入だが普通に行っても俺が下手人を制圧するよりも先に朝田が殺されるだろう。

 

 

何か無いかと止血もせずに頭を働かせているとスマホに着信が入る。差出人は……恭二からの物だった。生きていた事に安堵しながら内容を見ると生存報告と、今からこちらに向かう旨が書かれていた。

 

 

そこで俺は恭二を使う事にした。〝死銃〟の仲間と思わしき男に襲われ、朝田の方にもいると思うから協力してくれと頼む。時間をおかずに二つ返事でオーケーしてくれた。

 

 

恭二にアパートまで着いたら朝田の部屋のチャイムを押すように指示して、恭二が間に合わなかった時の場合に備えて自分の部屋のベランダから朝田の部屋のベランダに移動する。窓の隙間からは何やら話し声が聞こえてきたので耳を澄ませて聞いてみると、金本が〝死銃〟の計画を立てたのは自分だと自慢話をしているところだった。

 

 

お前が犯人かと今すぐにでも飛び出して顔面を粉々に砕きたくなる衝動に駆られるが、それを腹に受けた銃痕に指を入れて痛みで誤魔化す。あの下手人と同じように金本も銃を持っている可能性がある。無策に飛び込んだところで朝田が殺されるだけだと逸る気持ちを必死に抑える。

 

 

そして長々とした話が終わり、金本が朝田の首筋に注射器のような物を押し付けようとしている。このままでは殺されると判断し、飛び込もうとしたその直前ーーー朝田の部屋から古めかしいチャイムの音が聞こえてきた。

 

 

金本の手が止まり、視線が玄関に向けられる。

 

 

注意が逸れたと判断して内心で謝りながら窓ガラスを蹴破って部屋に入る。

 

 

「ーーーよぉ、クレイジーサイコレズ。ついに本性を表したな?」

 

 

間に合った事への安堵と、朝田に自分の理想を押し付けて殺そうとする金本への怒りを抱きながら。

 

 

 






クレイジーサイコレズ本領発揮。


今回の死銃事件は修羅波と新川きゅんを殺すために、自分が捕まらない為にクレイジーサイコレズが起こした物でした。なお、実行犯は別にいた模様。

麻酔でリアルデバフしてるのに普通に活動してる修羅波はおかしい(真顔



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決着



マザーズロザリオ編の賛否を問うアンケート実施中(2017/08/04現在)


 

 

「漣ぃ……漣ぃぃぃッ!!」

 

 

俺の名を忌々しげに叫びながら狂気に彩られていた目をさらに血走らせる金本。右手には円筒のようなものが持たれていて、恐らくあれが〝死銃〟がリアルで殺すための道具なのだろう。麻酔なんていうリアルデバフを仕掛けてくるくらいだからあれも医薬品の可能性がある。

 

 

「どうしたクソレズ女郎?まるで理想と現実の違いを見つけて絶望したような顔して」

 

 

今すぐにでもあの凶器を取り上げたいのだが金本が他に武器を持っている可能性があるし、朝田との距離が近過ぎるのでこちらに注意を向けさせる事に集中する。金本の呼吸を奪い、合わせながら視線を俺だけに向けさせて朝田から意識を逸らさせながら麻酔を使われて動けない朝田にアイコンタクトで黙っておくように指示を出す。

 

 

「黙れ!!お前のせいで朝田さんは弱くなるんだ!!強い朝田さんが!!そんな事許せるはずが無い!!」

 

「あぁそういう事……馬鹿みたいだな、お前」

 

 

金本の口から動機のような物を聞いて納得した上でそう評価する。

 

 

「お前は朝田を見てないよ。過去に怯えて、強くなろうと必死に足掻いていることは確かに強いと言えるかもしれないけど、少なくとも朝田はお前が思い描いている様な強い人間なんかじゃない。強い人間だったら強くなろうだなんて思わないだろ?そんな事も思いつかない程に耄碌したのかよ」

 

 

今ようやく理解出来た。金本は一切朝田詩乃という少女のことをまともに見ていないと。自分の理想に近い人間が現れたから色眼鏡を通してこいつは朝田の事を見続けてきた。その結果、現実の朝田が自分の理想の朝田から離れていく事に耐えられなかった。

 

 

もっとこいつが本当の朝田を見ていれば、そんな理想に執着していなければ結末は違っていたかもしれない。

 

 

だけどそれは可能性(IF)の話でしか無い。

 

 

血走った目が俺だけに向けられて、朝田から完全に意識が逸れた事を確信して一歩踏み出す。突入するときに砕いた窓ガラスで足の裏が切れるが、麻酔が残っているので痛みは気にならない。

 

 

「ッ!!」

 

 

それを見た金本は左手を腰に回し、黒光りする銃を……〝黒星(ヘイシン)〟を向けてきた。実銃なんてどこから仕入れたかなんて疑問には思わない。良くも悪くも金さえあればなんでも手に入る時代なのだから、そういう事で利益を得ている連中もいておかしくない。

 

 

「まだ麻酔は効いている上に一発貰ってる……この距離なら外さない!!リアルじゃGGOみたいな避け方は出来ないわ!!」

 

「じゃあ撃てよ」

 

 

挑発する様に両手を広げながらさらに一歩踏み出す。そして勝ち誇った笑みを浮かべながら金本は引き金を引くーーーその直前で身体を銃口からズラし、放たれた弾丸を避ける。

 

 

「ーーーえ?」

 

「GGOじゃプレイヤースキルであれをやってたんだぞ?リアルで出来ない訳ないだろうが」

 

 

避けられる事を考えていなかったのか呆気に取られている金本の顎を蹴り上げる。顎が砕ける感触と共に金本の身体が宙に浮き、地面に落ちた時には白目を向いて気絶していた。

 

 

起きて暴れる事も考えて両手首と膝の関節を踏み砕き、〝黒星(ヘイシン)〟と円筒を取り上げておく事も忘れない。

 

 

やることはやった、もう大丈夫だろうと安堵の息を吐いてその場に座り込む。今更だが血を流し過ぎたのか身体が寒くなってきた。麻酔とは別の理由……血が足らなくて身体が動かしにくくなっている。

 

 

「漣君!!大丈夫!?」

 

「疲れただけだ……それより朝田動ける?動けるのなら玄関開けて外にいる恭二連れてきて欲しいんだけど」

 

「分かった!!」

 

 

麻酔が切れてきたのか、辿々しいながらにも朝田はベッドから起き上がり、壁にもたれ掛かりながら玄関に向かっていく。そして施錠が外れる音が聞こえるのと同時に慌ただしい足音が向かってきた。

 

 

その正体はステルベンと戦って負けた……死んだかと思っていた新川恭二だ。

 

 

「よぉ、生きてたかモヤシ」

 

「そんな事言ってる場合じゃないだろうが!!止血しないと……朝田さん、タオル使うよ!!」

 

 

返事が返ってくるよりも早くに恭二は浴室から未使用のタオルを持ってきて、それを俺の腹に押し当てた。純白だったタオルが血を吸ってどんどん赤く染まっていく。

 

 

「救急車……いやタクシーの方が速いか?」

 

「それなんだがもう少ししたらここにパトカー来るからそれに乗せて貰うから。あと悪いけど俺の部屋にも金本みたいにキマってる奴がいるから見張っててくれない?一応気絶させて手足は折ってあるから抵抗は出来ないと思うけど」

 

「はぁ……分かったよ。そのまま大人しくしとけよ、これ以上出血が酷くなったらガチで危ないから」

 

 

そう言って恭二は呆れながら部屋から出ていく。それと入れ替わりで朝田が戻ってきた。

 

 

「漣君……」

 

「大丈夫だったか?」

 

「……それ、貴方が言える事じゃないでしょ」

 

「大丈夫大丈夫、多少血が抜けたぐらいじゃ死なないってガキの頃の経験で分かってるから」

 

「どうしよう、その一言で安心出来なくなったわ」

 

 

爺さんからの教育でどれくらい血が流れたら死ぬのか覚えよう、お前の身体でな!!とかいうキチガイ染みた経験をさせられたので今のくらいじゃあ動くのは億劫だが死ぬ程の物ではないと分かっている。

 

 

「……来てくれたのは嬉しかったけど、頭とお腹から血を流して……心配したんだからね?」

 

「まさか起き抜けに撃たれるとは思ってなかっだんだよ。それに顔面殴って気絶させたと思ってたのに出来てなかったし……一生の不覚だ。どうしよう、爺さんにバレたら間違いなく煽られる」

 

「話を聞く限りじゃあ漣君のお爺さんがただの狂人にしか思えないのだけど……」

 

「第三次世界大戦が来る事を信じて今も山に篭ってるような真性のキチガイだぜ?」

 

「……ただのキチガイじゃない」

 

 

一瞬だけ間が空いて、何が可笑しいのか分からなかったけど朝田と一緒に噴き出してしまった。さっきまで殺されそうだったというのにその事を引きずっている様子は見られない。トラウマにならないようで何よりだ。

 

 

「ーーーッァ」

 

 

そしてその時、視界に入っていた金本が呻き声をあげながら動き出した。動けないようにしているとは言え、咄嗟に朝田を後ろに回す。

 

 

「あ……あ……あ゛さ゛た゛さ゛ん゛……」

 

 

砕けてしまった顎で聞き取りにくいものの金本の口から出て来るのは朝田の名前。芋虫のように這い蹲りながらこちらに向かって来る金本の姿は控えめに言ってもホラーとしか思えない物だった。

 

 

「トドメさしておいた方が良いか……」

 

「ーーー動かないで……私に良い考えがあるから」

 

 

後ろに回していた朝田に抱き締められて立ち上がろうとしていたのを中止する。這い蹲る金本から目を離さないので顔を見ることは出来ないが……抱き締めている朝田は震えているものの、その声には怯えは一切感じられなかった。

 

 

「……金本さん、私は貴女が思っているように強くなんかないわ。今もこうして彼に触れていないと怖くて怖くて堪らないの……貴女の理想に、私はならない。だから、貴女に殺されてなんかやらない……ゴメンなさい」

 

 

それは拒絶の言葉だった。誰に促された訳でもない、朝田が自分で選んで紡いだ言葉。殺されそうだったのに、自分に向けられている狂気(想い)を真摯に受け止めて出て来た言葉は真っ直ぐでーーー

 

 

「ーーーあ゛さ゛だ゛さ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!!!」

 

 

ーーーだけど、どんなに素晴らしい言葉だとしても理想しか見ない狂人には届かない。

 

 

やっぱりかと半ば予想していた結果なだけに落胆が隠せない。朝田が見ているので殺しは出来ない、なので適当に痛めつけて気絶させようと考えてーーー

 

 

「ーーー何これ?」

 

 

ーーー玄関から堂々と土足で入って来たサングラスを掛けた女性が金本の頭を踏みつけて気絶させた。

 

 

「……母さん?」

 

「……蓮葉さん?」

 

「え、何?知ってたの?」

 

「BoBが始まる前に漣君の部屋の前にいて……」

 

「ヤッホー、不知火元気してた?ってか何その姿。銃に撃たれたの?ザマァ」

 

「それが息子に対する反応かよ……あと写真撮るの止めろ」

 

 

サングラスを退かしながら俺の姿をスマホで撮影して笑っているこのキチガイは残念なことに俺の母親である漣蓮葉(さざなみれんは)だ。いつもならば外国を飛び回っているのに年末が近いからと帰国して俺に顔を見せに来たのだろう……こんな情けない姿を見せることになってしまったが。

 

 

「あとはこれを父さんに送信してっと……これで良し。救急車でも呼んだ?」

 

「直にパトカーが来るからそれに乗せて貰おうかなぁ……っと、ちょうど来たみたいだな」

 

 

遠くからサイレンの音が近づいて来るのが聞こえる。このままのペースならあと二、三分もあればここまで来るだろう。

 

 

「あ、ゴメン、血がちょっと流し過ぎたみたいだから寝落ちするわ」

 

「え、ちょーーー」

 

 

止血しているとはいえ、流し過ぎた上にサイレンの音を聞いて気を抜いてしまったからなのか視界が暗くなって来た。母さんがいるからイレギュラーな事態が起きても大丈夫だろう。

 

 

なので朝田に身体を預けながら、そのまま視界を暗転させた。

 

 

 






アサダサァンならぬあ゛さ゛だ゛さ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛。口から血を流しながら這いずってくるので普通に怖い。

これにて死銃事件は〝一応〟終わり。あとは後日談的なものだな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして前に向かって歩き出す



マザーズロザリオアンケートは6日の朝6時で締め切ります(2017/08/05現在)


 

 

「ーーー寒っ」

 

 

12月の気候ゆえに病院の屋上は吹きさらしな事も合わせて寒かった。本当なら病室にいたいのだが4人の相部屋が理由で病室には居たくは無かった。

 

 

1人は厨二病を拗らせて嵌められているギブスを見て悦に浸っている中年、1人は〝猿でも解る簡単将棋指導〟という本と囲碁盤とにらめっこをしている老人……そして最後の1人が揺りかごからミイラまで性別人種関係なくイケるとかいう規格外の小学生だった。

 

 

もう何がなんだか分からない。最初の2人に清涼感を覚えている辺り俺はダメかもしれない。

 

 

あのままあの部屋にいると俺の数少ないマトモな感性が根こそぎダメになりそうだったので寒いと分かって居ながらもこうして屋上に出向いている訳だ。寒さ対策に防寒着とホットコーヒーを用意しているがそれでも寒い。

 

 

でもあの部屋にいるよりはマシだ。絶対にマシだ。

 

 

「ーーー寒いんだったら病室に居なさいよ」

 

「俺に死ねと申すか」

 

 

呆れた様子で隣に座っていた朝田がいうが彼女だってあの病院の惨劇は見たはずだ。あそこに戻って精神的に死ぬくらいなら俺は屋上で寒さに耐えることを選ぶ。

 

 

「で、遠藤たちに絡まれたけど撃退したんだっけか?」

 

「えぇ、ドヤ顔で〝1911ガバメント〟向けられたけどセーフティーも外さないで撃とうとしてたから笑いそうになったわ……その後でちょっとだけ倒れそうになったけど」

 

 

BoB本大会からーーー正確に言えば〝死銃〟事件の終結から3日が経った。あの出来事に朝田が何を思い、何を感じ、何を考えたのかは俺には分からないが、それでも彼女は少しずつ銃へのトラウマが薄れつつあった。モデルガンに触れても軽い発作が起こる程度で、前ほどひどい発作は起こらなくなったという。〝死銃〟事件が彼女のトラウマを克服するキッカケになったのだとしたらそれだけは褒めてやろうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事件の顛末を話そう。

 

 

俺が気絶してからキリトーーー桐ヶ谷和人が連れてきたパトカーによって金本と俺を殺そうとした男は不法侵入や傷害、殺人未遂で現行犯逮捕された。ここから〝死銃〟のメンバーが芋づる式で捕まるかと思ったのだが金本は精神を崩壊させていて幼児退行して話にならず、俺を殺そうとした男も黙秘を貫いていて情報は全く集まらなかった。このまま捜査が難航すると思われたところで予想外の進展があった。

 

 

ステルベンーーー新川昌一(しんかわしょういち)が出頭し、俺と話をすること、それと恭二の保護を条件に〝死銃〟の全てを話すと言ってきたのだった。

 

 

なんでもSAOから解放されてから最近になって〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のメンバーから接触があり、言うことを聞かなければ恭二に危害を加えると脅迫されていたらしい。それを新川昌一は渋々承諾。殺人に使われたサクシニルコリンや無針高圧注射器、それに侵入するために電子ロックを解除するマスターコードを提供したとの事だ。普通ならば入手するのに苦労する物だが2人の実父は病院経営者なので普通よりも苦労せずに手に入れる事は出来ただろう。そして新川昌一はゲーム内で活動していた。なんでもキリトたちへの復讐のためにVRMMOを続けてキャラクターを育てていた事と虚弱体質を理由にしてリアルでの実行役は出来ないと言い訳をしていたらしい。そのせいでキリトの依頼人だという黒縁眼鏡の長々しい肩書きの男性ーーー菊岡は裁判荒れると頭を抱えていた。

 

 

やけに素直に話す事が気になり、治療を終えてある程度体力が回復してからすぐに新川昌一と面会を希望した。出頭から半日も経っていない事で菊岡は笑顔のまま固まっていたが5分程で再起動してどこかに連絡を取り、パトカーに乗って留置所で新川昌一との面会を行なった。

 

 

虚弱体質からなのかガリガリに痩せて色白い肌をしていた新川昌一は疲れた顔で俺を出迎えてくれた。そしてSAOでの〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟の誕生の経緯を教えてくれた。

 

 

元々〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟は決闘(デュエル)システムによるPVPを行う事で、中層プレイヤーたちに娯楽を提供する事を目的としていたギルドだったらしい。そうする事でSAOでの通貨であるコルを稼げ、プレイヤースキルも高まるとギルド員にとっても利益のある計画だった。新川昌一はSAOではXaXa(ザザ)を名乗り、実質的リーダーのポジションに治まっていた。

 

 

そして準備が終わり、いよいよ旗揚げだという時にーーー黒いポンチョを被ったPoHを名乗るプレイヤーが現れた。

 

 

PoHは日系人の顔つきでまずはメンバーの関心を引き、言葉巧みに〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のメンバーを誑かした。PVPに情熱を傾け、いつしか自分たちも攻略組に参加してSAOをクリアしようと奮起していたメンバーの関心を全てPKに……戦う事ではなくて、弱者を甚振る事へとすり替えた。そうして出来上がったのがSAOを震撼させた最悪の殺人ギルド〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟だという。

 

 

幸か不幸か、メンバーの誰もが狂気に走る中で新川昌一(ザザ)だけは正気を保っていた。だけども仲間たちを見捨てて自分だけ逃げるという選択肢は取れず、結局正気のまま殺人(PK)をするという地獄を彼は味わう事になる。それでも犠牲者を出さないように立ち回っていたらしいのだが、それが逆にPoHの関心を引いてしまい〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟の幹部に位置付けられたとか。しかもその理由がPoH曰く、新川昌一(ザザ)が血に酔うところを見てみたいからと発言していたらしいのでPoHの狂人っぷりが伺える。

 

 

そして裏で新川昌一(ザザ)が奔走しながら〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟は活動を続け、攻略組によって討伐された。

 

 

そしてSAO内での刑務所的な役割をしているエリアに新川昌一(ザザ)は閉じ込められ、攻略組をーーーキリトたちを恨んだ。

 

 

彼自身、その恨みが逆恨みである事を理解していたという。だけど、例えPoHに誑かされて殺人(PK)に走ったとしても、仲間が殺されて恨まずにはいられなかったのだろう。いつかVRMMOでキリトたちを見つけ、復讐してやるとSAOから帰ってきてもVRMMOに没頭していたという。

 

 

長々しい話を聞いて始めに思った事は、何故俺にその話をしたのかという事だった。確かに俺はステルベンを倒したのだが俺はSAO生還者(サバイバー)では無い。攻略組と〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟との因縁も、PoHの存在も、正直に言わせてもらえばそれがどうしたとしか思えない。

 

 

その事を正直に口にしたのだが、新川昌一から帰ってきたのは首を横に降る否定だった。

 

 

なんでも〝死銃〟としての活動はリアルにいるPoHに向けてのメッセージも込められていたらしい。〝It's show time〟というPoHが好き好んで使っていたセリフを使う事で〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟はまだ終わっていないと伝えたかったそうだ。

 

 

そして俺は〝死銃〟であった新川昌一(ステルベン)を倒した。もしもPoHがその時の映像を見ていたのなら、興味を持つに違いないと新川昌一は確信していた。なんでもPoHはSAO内でキリトに強い関心を持っていたらしく、そのキリトよりも強いと思われる俺にも関心を持つかもしれない。PoHは生粋の狂人だから、下手をすればリアルだろうが殺しに来るかもしれないと真剣な顔で警告をしてきた。可能性は極めて低いだろう。日系という事はPoHは外国にいると思われるから。だけど、低いだけでない訳ではない。警戒しておくと告げると新川昌一は満足げに頷いてから頭を下げた。

 

 

済まなかったと、そして恭二の友達であって欲しいと。自分の犯した罪を認め、弟を思いやる兄として頭を下げた。

 

 

俺はその謝罪を受け入れ、恭二から離れない限りは友人であり続けると約束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む、コーヒーが無くなった」

 

「新しいの買ってこようか?」

 

「良いって。そろそろ時間だから」

 

 

飲み干した空き缶を片手に持ちベンチから立ち上がる。傷の経過は良好で、医者の話では一週間もあれば退院出来るらしいが体感的には2、3日で治りそうだ。

 

 

実はこの後、キリトとアスナから呼び出しを食らっている。本来ならば朝田だけなのだが心細いからと俺も病院を抜け出して付いて行くことにしたのだ。いつもなら恭二に任せるのだが……兄である新川昌一が〝死銃〟事件に関与していた事を知って精神的なストレスを感じているのでその選択は切り捨てた。今は部屋に閉じこもって塞ぎ込んでいるがSNSアプリでは大丈夫だと、立ち直るという連絡があったのでいつか立ち直ると信じてる。

 

 

だって、あいつは俺の親友だから。

 

 

 

「ーーーお〜い詩乃ちゃ〜ん!!クソ息子ぉ〜!!車持ってきたぞ〜!!」

 

 

屋上の扉を開いて俺の事をクソ息子呼ばわりして現れたのは母さんだった。まだ学生で移動手段が電車くらいしか無いので暇そうにしていた母さんに頼んでキリトたちが指定した待ち合わせ場所まで連れて行ってもらう事にしたのだ。

 

 

「……実の息子に向かってクソ呼ばわりはやめーや」

 

「あん?麻酔なんてリアルデバフ食らったくらいで銃弾避けられなくなるバカなんてクソ息子で充分だろ?一丁前に病人服なんてきて恥ずかしく無いの?」

 

「あの……蓮葉さん、彼は私が連れて行くんで」

 

「ん?……あぁ、ゴメンね詩乃ちゃん。そういう訳だからさっさと降りて来いよ?見つかるなんて事は無いように」

 

 

言いたいことだけ言って母さんは屋上の扉を閉めて去って行った。母さんの事だから傷を抉るくらいはやりそうだと思って反撃の準備をしていたのに無駄になってしまった。

 

 

というよりも、なんで実の息子よりも朝田の言う事を聞いているんだろうか。

 

 

「……さて、キリトたちのところに行く前に漣君に言いたいことがあるんだけど」

 

「……奇遇だな。俺も実は朝田に言いたい事があったんだ」

 

 

寒空の下で、しかも防寒着の下は病人服という締まらない格好だが俺は朝田に言わなくちゃいけない事がある。本当だったらもっと良いタイミングで言いたかったのだけど、彼女の言いたい事も俺と同じだろうからこのタイミングで言ってしまうことにしよう。

 

 

「なぁ、多分一緒の事を言うと思うから同時に言ってみないか?」

 

「それ、間違ってたら凄く恥ずかしいわよ?」

 

「いいのいいの、俺が悶絶すれば良いだけの話だから」

 

「それで良いのかしら……」

 

 

〝死銃〟事件は企画者と実行犯を捕まえて終結した……ように思われているがまだ完全には終わっていない。金本の実兄である金本敦(かねもとあつし)がーーーSAOではジョニー・ブラックを名乗り、GGOではB・Jを名乗っていた人物がまだ捕まっていないのだ。それも、凶器であったサクシニルコリンと無針高圧注射器を持ったまま行方不明になっている。もう〝死銃〟の計画が完全に瓦解した今ではそれらを使ってターゲットであった俺たちを狙うとは考え難いが、逆恨みで狙う可能性もあるので念の為に母さんには朝田の護衛を頼んでいる。

 

 

「んじゃあせーので言おうか」

 

「分かったわ」

 

 

行方をくらませた金本敦、そして新川昌一の作ったギルドを狂気の集団に作り変えたPoHの存在。

 

 

不安要素はまだまだ尽きないけどーーー

 

 

「俺、漣不知火はーーー」

 

「私、朝田詩乃はーーー」

 

「ーーー貴女が好きです、愛しています」

 

「ーーー貴方が好きです、愛しています」

 

「「だからーーー」」

 

 

ーーーこの一時の幸せぐらい、味わってもバチは当たらないと思うのだ。

 

 

 






鎌鼬式GGOはこれにて終わり。納得がいかない場面もあっただろうけど、私としてはこんな終わり方が見たかったので書き上げられて満足。

後は番外編を2、3話書いてからアンケートの結果によってはマザーズロザリオに突入予定。

この後の修羅波とシノのん?どうなったんだろうねぇ?(スッとぼけ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

漣灯火という少女

 

 

「ーーーねぇ、そういえば不知火のお姉さんってどんな人なの?」

 

「ーーー姉ちゃん?」

 

 

〝死銃〟事件が終わってから一週間が経ち、腹の傷も治ったので完治祝いにと詩乃を連れて外食をしている時にそんな事を聞かれた。

 

 

ちなみに俺たちは付き合う事になった。その事を恭二に報告したらやっと付き合ったか、幸せになれよ馬鹿野郎と言われた。なので当たり前だ馬鹿野郎と返しておいた。その時の恭二は泣きそうになりながらもちゃんと笑えていたので新川昌一のことから立ち直りつつあると思われる。

 

 

だけど母さんと爺さんは許さない。何が孫の顔を早く見せろだ。最低でも高校卒業するまでは作れんわ。

 

 

「どうしてまた姉ちゃんの事を知りたいんだ?」

 

「どんな人なのか気になったのよ。不知火から聞いた話だと危ない人ってイメージしか無いけど不知火にとっては優しいお姉さんだったんでしょ?」

 

「そうだけどさ……」

 

 

確かに姉ちゃんは優しかった。周りにいた大人の母さんと爺さんが共にキチガイという救いようの無い環境でありながら、2人のようなキチガイにはならずに他人を思いやれる慈愛を持っていた。今思えばそれは自分の異常性を隠す為の偽装だったのかもしれないが、それでも俺の持っている姉ちゃんの印象は優しい姉なのだ。

 

 

けど最近、夢で姉ちゃんが現れて詩乃とどこまで行ったのかをしつこく聞いてくる。なんで夢で出てくるんだよ、都合の良い妄想じゃなかったのかよ、さっさと成仏しろよ。

 

 

「まぁ良いか。前にあった事だけどな……」

 

 

隠しておくほどの事じゃないと判断して幼い頃の出来事を掘り起こし、伝わりやすいように頭を整理して口にした。

 

 

今までずっと目を逸らしていた、姉ちゃんの事を思い出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーあっつぅ……」

 

 

7年前の夏の暑い日に爺さんからの扱きを終えた俺は蛇口を求めて彷徨っていた。姉ちゃんはその時は母さんから扱かれていたはずだ。子供の時は性別による差は殆どないが、成長期を迎えると身体付きや筋肉量などではっきりとした差が出来てしまう。なので男である俺は爺さんから、女である姉ちゃんは母さんから〝漣〟として育てられていた。一度2人纏めての方が良いんじゃないかと爺さんに聞いたことがあるのだが、そうした場合は後で性別による修正をするのが面倒らしい。それだったら初めから男として、女として育てた方が手っ取り早いと言っていた。

 

 

そうして目的である蛇口を見つけた時、そこには先客がいた。俺と同じ黒い髪を腰まで伸ばし、俺と似た顔でありながら目は優しさを感じさせるように垂れ下がっている少女ーーー漣灯火が蛇口から出る水で顔を洗っていた。

 

 

「よぉ姉ちゃん、そっちも終わったのか?」

 

「あら不知火、お疲れ様。予定だったらもう少しやるつもりだったらしいけどお母さんが暑いからって早めに切り上げたのよ」

 

「良いなぁ〜こっちなんて早めに終わるからっていつもよりも早い時間から始めて、その上密度もいつも以上だったぞ?」

 

「ふふっ、お爺さんは不知火のことが大好きだから強くなって欲しいんでしょうね」

 

「え?いつも手加減してるけど全力で殺すつもりでいる爺さんが俺のことを?ナイナイ、そんなの絶対あり得ない」

 

「……どうしよう、確かに否定出来ないわね」

 

 

手加減をしているのは分かるけどそれでも全力で、死んだらそこまでだと言わんばかりに殺しに来る爺さんが俺のことが好きとかあり得ない。母さんの方は手加減をするし、全力でもないし、殺しに来ないからまだ分かるけど……でも1秒間で10回関節を外し嵌めするのはやめて欲しい。変に癖がつかない様にしているのは分かるけど痛いから。

 

 

「あぁそうだ、川でスイカを冷やしてあるから後でお母さんも連れて一緒に食べましょ?お爺さんには内緒でね」

 

「お、良いねぇ。ついでに皮を持って帰って爺さんの顔面に叩きつけてやろうっと」

 

「もう、よしなさい。そんなことしたらお爺さんが拗ねちゃうでしょ?」

 

 

メッと、叱るように俺の額を小突く姉ちゃんだがその顔は怒っているようには見えない。俺が知る限り姉ちゃんは滅多な事では怒らず、前に爺さんが姉ちゃんが楽しみにしていたケーキを食い散らかした時に初めてブチ切れしたくらいだ、

 

 

あの時は母さんと一緒に姉ちゃんを鎮圧したのだが大変だった。新しくケーキをワンホール買って来る事を約束して姉ちゃんを鎮めたのだが、その頃には爺さんはボロ雑巾のようになっていたから。

 

 

でも翌日には完全復活していたのはおかしいと思う。

 

 

「汗が気持ち悪いわね……不知火、一緒にお風呂入りましょ?」

 

「あ〜い」

 

 

蛇口を捻ってキンキンに冷えた水を飲み、顔を洗ったのだが炎天下の中で動き回ったせいで全身は汗塗れになっている。この不快感をどうにかしたかったので姉ちゃんからの誘いを断らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、一緒にお風呂に入るくらいに仲が良かったのね……」

 

「詩乃さん、目が怖いです」

 

「……御免なさい。初めて知ったのだけど、私って意外と嫉妬深いみたいね」

 

「すでに故人の実姉にも嫉妬しちゃうのか……でもそれだけ愛されてるって思えば悪くないな」

 

「……早く続きを話しなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー滝割り……ッ!!」

 

 

家から程近いところにあった沢で、母さんが水面スレスレからアッパーカットを放ち、3メートルほどの高さの滝を綺麗に真っ二つに割っていた。

 

 

「おぉ、凄い凄い」

 

「不知火ももうそろそろ出来るんじゃない?やってみたらどう?」

 

「前にやった時は残念な結果だったけどな」

 

 

あの時はただ拳を滝にぶつけるだけという残念な結果に終わってしまった。その時のリベンジだと意気込みながら滝に向かい、母さんと同じ構えに見えるけど男用に最適化されたアッパーカットを滝に放つ。流石に母さんのように綺麗に真っ二つとはいかなかったが、それでも滝の半分までは割ることが出来た。

 

 

「凄いじゃない。私は身長くらいしか出来て無いのにそこまでいけるだなんて」

 

「でも母さんに比べたらショボいんだよなぁ……」

 

 

確かに前よりも成長しているのは分かるけど母さんの物を見せつけられた後だとどうしても見劣りしてしまう。まだ身体が未熟だからとは分かっているけど悔しいものは悔しいのだ。

 

 

「……えい」

 

「ブハァ!?」

 

 

どうすればもっと上手く出来るのかと考えていると姉ちゃんが水を叩いて飛沫をぶつけて来た。ただ水をかけられたくらいならばここまで反応はしなかったけど、眼や鼻を狙っている上にそれなりのスピードで叩きつけられたから普通に痛い。

 

 

「……何してるの?」

 

「案ずるより産むが易しよ。グダグダと考えても解決しないんだからいっその事考えずに行動したら?後、遊びに来てるんだからしっかりと遊びなさい」

 

「普通に痛かったんだけど?」

 

「……御免なさい」

 

 

痛かった事を伝えるとやり過ぎたかとショボくれたので、お返しとして同じように水を叩いて飛沫をぶつけてやる。

 

 

「……やったわね!!」

 

「お返しだよ!!やられたからやり返して何が悪い……ッ!!」

 

 

その後、姉ちゃんとひたすら水をぶつけ合った。

 

 

途中で無視されて寂しかったのか母さんが乱入し、姉ちゃんと共闘して立ち向かったが普通に負けてしまった。蹴りで水を割るのは卑怯だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッパーで滝割り……蹴りで川割りって……」

 

「別に筋力的な事じゃなくて技術的な事だから詩乃もやろうと思ったら出来るぞ?やってみる?」

 

「御免なさい、人間辞めたくないから遠慮するわ」

 

「解せぬ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜……疲れたぁ……」

 

 

母さんに負けて疲れたので沢から岸に上がり、身体を休めることにする。母さんはあれだけ暴れ回っていたのにまだ足りないのか、川で泳いでいる魚を熊のように手の平で岸に飛ばすという作業に没頭していた。

 

 

「元気だなぁ……」

 

「そう言う不知火はもう疲れたの?」

 

「いや、俺は爺さんに扱かれてるから姉ちゃんたちよりも疲れてるの忘れてない?」

 

「そういえばそうだったわね」

 

 

母さんに扱かれていた姉ちゃんはまだ余裕があるのだろうけれど、爺さんに扱かれていた俺は母さんが乱入するという暴挙に立ち向かったことがトドメとなって疲れ切っていた。朝早くから起きていたのもあって眠気もある。油断してるとそのまま寝てしまいそうだ。

 

 

「よいしょっと」

 

「……何してるの?」

 

 

余りにも自然な流れで姉ちゃんが自分の膝に頭を乗せたから反応が遅れてしまった。水で濡れて乱れた髪を揃えるように優しく撫でながら、姉ちゃんは俺の顔を見下ろして優しく微笑む。

 

 

「疲れてるんでしょ?お母さんはあの調子だし少し寝たらどうかしら?」

 

「……ありがと」

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

 

確かに母さんは魚採りに熱中していてしばらくこの場から動きそうにない。それなら姉ちゃんの言う通りに眠っても良いかなと考えて、襲ってくる睡魔に身を任せて眠る事にした。

 

 

優しく撫でられる姉ちゃんの手と、小さいながらにも聞こえる姉ちゃんの子守り唄に安心感を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーとまぁ、こんな感じかな?」

 

 

姉ちゃんとの思い出を語り終えて水で喉を湿らせる。ずっと思い出さないようにしていたので詩乃のように軽い発作でも起こると思っていたのだがそんなことはなかった。完全にとまではいかないものの、それなりに受け入れて立ち直れているようだ。

 

 

「……どうしよう、思いの外普通のお姉さんでビックリしてる」

 

「爺さんと母さんが濃過ぎるからなぁ……」

 

「最近蓮葉さんとメールしてるのだけどいつになったら孫見せてくれるのかって1日に4、5回は聞かれるのだけど……」

 

「取り敢えず年末に帰ったら〆ておくわ」

 

 

確かに俺たちは付き合う関係にはなったのだけど、まだ結婚を決めたわけじゃない。そうなれば嬉しいと考えているのだけど、それでも詩乃の意見を無視する訳にはいかないから。

 

 

もう結婚すると思って義理の娘扱いならまだ笑って許そう。だけどそれを飛ばした段階を迫るのはNGだ。絶対に許さない。

 

 

「……あと、私のお爺さんとお婆さんに不知火の事を教えたら一度顔を見せて欲しいって言われたのだけど……」

 

「なんかそっちも段階を飛ばしてる気がするなぁ……」

 

 

詩乃の家庭の事情は聞いているので心配なのは分かるのだけど、付き合いましたから顔を見せて欲しいって……ちょっと早計じゃないかなって思う。

 

 

「冬休みに入ったら一度連れてきてって言われてるけど……どうする?」

 

「顔見せた方が向こうが安心するのならそうした方が良いと思うぞ。年末に帰るって言ったけど実家は山奥だから冬になると実質的な通行止めになるし」

 

「そんな中どうやって帰るつもりなのよ」

 

「徒歩で」

 

「……あぁ、うん、そういう人だったわね、不知火は」

 

「なんか不本意な納得のされ方をしてる気がする」

 

 

だけど否定は出来ないのだからしない。真冬の雪山に入るなんて常識的に考えれば自殺行為だ。それをそうとは思わずに普通に歩いて目的地まで辿り着くなんて異常以外のなんでも無いから。

 

 

「っと、もうこんな時間か。そろそろ帰らないと待ち合わせに遅れるな」

 

「今日はどこのダンジョンに向かうのかしら?」

 

 

時計を見れば8時前。キリトたちと8時半にALOをする約束をしているのでそろそろ帰らないと約束の時間に遅れてしまう。そして詩乃もシノンをコンバートさせてALOをプレイしている。俺たちのアイテムはピトフーイに預けてあるので心配はしていない。コンバートをする事を伝えたら残念がられたが、第4回BoBには参加するつもりだと伝えると今度こそリベンジしてやると宣言された。

 

 

「なぁ詩乃……ありがとう」

 

 

店から出て、どうしてか分からないけど詩乃に礼を言いたくなったので素直に言う事にする。突然の言葉に詩乃は呆気に取られた顔をしていたが直ぐに元に戻り、姉ちゃんの様な優しい笑みを浮かべた。

 

 

「私も……ありがとう」

 

 

詩乃からも伝えられた感謝に微笑みで返し、手を繋いで街灯に照らされた夜道を歩く。

 

 

どうかこの愛しい人と、ずっと一緒に居られる事を願いながら。

 

 

 






灯火ネーチャンの番外編……なのに気がついたら修羅波とシノのんのイチャイチャになってしまった……何故だ!?

新川きゅんはまだ凹み中。だけど立ち直ると信じてるから修羅波もシノのんも然程心配はしてない。無関心?いいえ、信頼です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チョコレート大作戦


不意に思い付いた番外編。季節感や時間系列はガン無視、登場するのはGGOまでのキャラ。




 

「ーーーあ゛」

 

「どうした?そんな絞め殺される鶏みたいな声出して。何か間違ったか?」

 

「……ううん、ちょっとやらなくちゃいけない事を思い出しただけよ」

 

 

学校の図書館で近く行われる定期テストに向けて不知火と勉強している時、どんな日程で行われるのか確認する為にカレンダーを確認して気が付いてしまった。

 

 

定期テストが終わった休日の2月14日……バレンタインデーの存在に。

 

 

世間一般的に女性が男性に愛を告げる為にチョコレートに関連したお菓子を渡す日とされているが私もそれに便乗して彼にチョコを渡した方が良いのだろうか。クリスマスに年末年始のイベントに対して全力で楽しもうとしていた彼の事だから、してあげた方がきっと喜ぶに違いない。そう考えればバレンタインデーに便乗する以外に選択肢は無いのだが致命的な問題があったのだ。

 

 

私は、お菓子を作ったことが無い。

 

 

食事の調理なら自信はあるもののお菓子作りは全くしたことが無い。レシピを見ながら時間を掛ければ作れるだろうが、どうせならばもっと上等な物を作って手渡したい。教科書の問題と睨めっこしながらどうすれば良いのか考えているとマナーモードにしていた携帯が震えて着信を伝える。振動の感覚からメールだと分かり、差出人を確認すればアスナからだった。またALOの誘いかと思い、メールを開いて中身を見る。

 

 

『◯◯日にバレンタインデーに向けてエギルさんのお店を借りてチョコ作りするけど、詩乃さんも参加する?』

 

 

その誘いに私は迷わずに肯定のメールを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

「ーーーお、シノンか。よく来たな」

 

 

指定された日は休日なので朝からエギルが営業している喫茶店の〝DICEY CAFE〟に向かい、閉店(close)の看板がぶら下がっていたが構わずに店内に入る。するとモップを使って床を掃除している黒い肌の巨漢ーーーエギルさんが見事なバリトンボイスで出迎えてくれた。

 

 

「おはようございます。すいません、せっかくの休日なのにお店を借りて……」

 

「良いや、丁度家族サービスをしようと思って今日は休みにしていたから問題無いさ。材料は一通り揃えてあるし、みんなはキッチンにいるぞ」

 

 

この発言から分かると思うが実はエギルさんは既婚者である。二十代半ばでクラインよりも年下なのに自営業で生計を立てて、しかも結婚済みという人生勝ち組だ。良く不知火にその事をネタにされ、ヤケ酒に逃げたクラインが泥酔し、不知火がそれを介抱するフリをして財布を借りて支払いを済ませるまでが一連の流れになっている。

 

 

もう一度エギルさんに頭を下げ、奥のキッチンに向かうとアスナ、リズ、シリカがエプロンを着けて待ち構えていた。

 

 

「来たわね、詩乃ちゃん」

 

「……なんで腕組んで待ち構えてるのよ」

 

「分かってないわね、シノン」

 

「バレンタインデーとは恋する乙女たちにおける聖戦と同意味。つまり、これは私たちにとっての聖戦(ジハード)なんですよ……!!」

 

「そんなに力説されても分からないし分かりたく無いわよ……」

 

 

この3人の関係だが外から見れば仲のいい女友達で本人たちもそれを認めている。だけど、3人ともキリトに対して恋愛感情を向けている。しかもこの場にはいないリーファ……キリトの従兄弟の少女もそうだというのだから驚きだ。不知火にそれを聞かされた時には信じられず、本人たちに確認をとって本当だと言われて笑うしか無かった。

 

 

ちなみにキリトはアスナと付き合っている。そうなるとリズとシリカは普通に略奪愛になるのだがそれで良いのだろうか。

 

 

何やら聖戦について熱く語り出した3人を無視して持って来たエプロンを身に付け、手を洗ってから器具の用意をする。レシピはインターネットで見つけて来たトリュフチョコレート。本当だったらもう少し難しい物を作りたかったのだが自分のお菓子作りのスキルの低さを鑑みて失敗しなさそうな、そして王道どころを選んでみた。

 

 

私が用意を始めているのに気が付いて3人は慌てて用意を始める。リズは経験があるのか手慣れた様子で準備を済ませ、シリカは辿々しい手付きで準備を進めている。そしてアスナは……見てるこっちが心配になる程に危なっかしげな手付きで準備をしていた。

 

 

「アスナ、大丈夫?」

 

「大丈夫……大丈夫よ……!!SAOとALOじゃ私の料理スキルはカンストしてるから……!!」

 

「いや、そんなゲーム内のスキルなんてリアルじゃ役に立たないでしょうに」

 

「こうして見るとアスナさんって本当にお嬢様なんですね」

 

 

前に聞いた話だがアスナの実家はそれなりの良家らしく、俗にいうお嬢様的な生活をしているらしい。前に家に呼ばれた時にお手伝いさんがいるし、用意してもらった昼食がフレンチのランチみたいな盛り付けをされていたのは本当に驚いた。だからなのかゲーム内では料理スキルをカンストさせてなんでも作れるアスナであるが、リアルの料理経験の少なさからなのか手付きは見ていて心配になる程に危なっかしい。一通りの基本は知っているらしいが、過剰な力が入っているのが目に見えて分かる。シリカも似たような物だがアスナ程に酷くない。手を貸した方が良いのか迷ったが見兼ねたリズが手伝いに行ったので大丈夫だろうと結論を出して自分の作業に集中する事にした。

 

 

用意されていたチョコレートを細かく包丁で刻んでボウルに移し、火にかけていた生クリームを沸騰する前に火から下ろしてチョコレートを入れたボウルに注ぐ。それを泡立て器で混ぜてクリーム状になったのを確認して冷ましていると3人から意外な物を見るような目で見られているのに気づいた。

 

 

「何よ?」

 

「いや……シノンって意外と料理出来るのね?」

 

「手付きが慣れた様子でしたし……」

 

「まさか……料理が出来るの……!?」

 

「一人暮らししてたら嫌でも上達するわよ。ところでキリトにあげるのは確定だとして、他には誰にあげるの?」

 

「私はみんなにあげるつもりよ?」

 

「私もです」

 

「私もそうしたいんだけど……」

 

「待ちなさいアスナ、その手に持ってる鍋をゆっくり下ろしなさい」

 

「え?だけどチョコレートを溶かすために湯煎するって……」

 

「湯煎ってそういう意味じゃないわよ!!」

 

 

アスナがチョコレートにお湯をかけるという暴挙を阻止したところでボウルの中身が良い具合に冷えて液体と個体の中間のような状態になっているのを確認する。それをスプーンで掬い同じ大きさに揃えながらオーブンシートを敷いておいたパッドの上に並べ、冷蔵庫に入れて冷やしておく。

 

 

「そういうシノンはウェーブに渡すの?」

 

「そのつもりよ。あとシュピーゲルに……数が余ればみんなにも配りたいわね。口に合うかは分からないけど」

 

「大丈夫ですよ、数が足りなかったらクラインの分を削ればオッケーですから……あとアスナさん、小麦粉は篩にかけて振るうのであって、ボウルに入れた物を振るんじゃ無いですよ」

 

「……え!?」

 

 

さっきから熱心にボウルに入れた小麦粉を震わせていたので何をやっているのか不思議だったが、アスナは小麦粉を振るい方も知らなかったらしい。一度エギルさんにでも頼んでリアルでの料理を教えた方が良いんじゃないかと思う。

 

 

冷蔵庫に入れていたチョコレートがさっきよりも固まったのを確認してからそれを手で丸めて団子状にする。そして細かく刻んだチョコレートをボウルに入れ、お湯にボウルを浸して湯煎をして溶かす。

 

 

「いいアスナ、あれが正しい湯煎よ!!余計なことはしないであれを真似しなさい!!」

 

「そうじゃありません!!板チョコをボウルに入れないでちゃんと刻んでください!!そうしないと溶けないじゃないですか!!」

 

「たすけてキリトくん……」

 

 

アスナが心配になるのか、自分の作業を放り投げてまでリズとシリカは両サイドからアスナにお菓子作りの指導をしている。何かをする度に凄い勢いで怒鳴られているアスナは段々と目が死んでいっているが自業自得なので関わらないようにしよう。

 

 

湯煎で溶かしたチョコレートで丸めたチョコレートをコーティングし、それにココアパウダーを表面にまぶしつければトリュフチョコレートは完成だ。試しに1つ味見してみる。このトリュフチョコレートは不知火の好みに合わせて作ったので若干甘みは強めなのだが十分に美味しく出来ていると思われる。溶けたチョコレートの舌触りも良く、変な失敗もしていない。

 

 

「生クリームは沸騰させない!!」

 

「バターはちゃんと溶かしてください!!」

 

「し゛の゛ちゃ゛ん゛……!!」

 

「はぁ……しょうがないわね」

 

 

流石に死んだ目で泣きながら助けを求められれば動かないわけにはいかないだろう。トリュフチョコレートを完成させ、溶けないように冷蔵庫に入れてからアスナの手伝いをする事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いよいよ今日ね」

 

 

ついにバレンタインデー当日の朝となった。新川君には休日を理由に昨日の内にトリュフチョコレートは渡してあり、アスナたちにも学校を理由に前以て渡しているのであとは不知火に渡すだけだ。

 

 

部屋の真ん中に置かれたテーブルの上には新川君たちに渡した物とは違い、深めの赤色で落ち着いたデザインのラッピングの施された箱が鎮座している。あとはこれを渡すだけなのだが……どうも気恥ずかしくて躊躇ってしまう。

 

 

「大丈夫、大丈夫……私なら出来る……!!」

 

 

大した質量ではないはずの箱がズッシリと重たい気がする。緊張からなのか恥ずかしさからなのか心臓は五月蝿いくらいに鼓動を鳴らしている。部屋を出て、不知火の部屋に行き、渡すだけのはずなのに飛んでもない試練に思えてきた。

 

 

そして意を決して立ち上がり、不知火の部屋に向かい、チャイムを押した。

 

 

「ーーーはいは〜い……って詩乃?こんな朝早くからどうしたのさ」

 

「……今日、何の日か分かる?」

 

「今日は14日……あぁ、バレンタインデー?」

 

「そうよ。だから……これ」

 

 

恥ずかしくて彼の顔を見れないのでそっぽを向きながら箱を押しつけるように渡す。

 

 

「おぉ……バレンタインデーにチョコレートとか初めて貰った……食べても良い?」

 

「良いに決まってるでしょ」

 

「じゃあ、いただきます」

 

 

ラッピングを破かないように丁寧に広げ、彼は中身のトリュフチョコレートを摘んで口に入れた。ゆっくりと咀嚼しているのを見て、口に合っているか心配になって来たが顔を綻ばせたのを見る限り大丈夫だったようだ。

 

 

「美味いな、俺の好みにピッタリだ。ありがと、ちょっと待ってくれ」

 

 

そう言って彼は部屋の中に引き返し、すぐに戻って来た。

 

 

その手に、ラップで包まれたチョコレート生地のスポンジで出来たロールケーキを持って。

 

 

「昨日不意に食いたくなって作ったロールケーキだけど良かったら食べてくれ。あぁ、ちゃんとホワイトデーにはお返しするからな」

 

「あ、ありがと……」

 

 

ロールケーキを自作するお菓子作りのスキルの高さを見せつけられてどうしてだか負けた気分になってしまった。

 

 

そして部屋に戻ってそのロールケーキを食べて、あまりの美味しさに再び負けた気分になってしまう。

 

 

「来年はもっと凄いチョコを用意してやるんだから……!!」

 

 

 





どこかで見た気がするシノのんが悪戦苦闘しながらチョコレートを作っている画像を思い出して書きたくなった。でも一人暮らししてるシノのんならレシピさえ入手してればサクサク作れると思うの。

そして食べたくなったからとロールケーキを自作する修羅波の家事スキルの高さよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

豪華絢爛・妖精武踏
〝絶刀〟


 

 

「ーーー〝ゼットウ〟?」

 

 

〝死銃〟事件から数週間が経って新年を迎えたある日。ALOで買っていた俺の自宅で寛いでいると、精神的に立ち直ることが出来てヤケクソ半分でALOにGGOのアバターのスキンのままシルフでコンバートしたシュピーゲルがやって来た。

 

 

そのあとでコンバートした事でアイテムをロストしている事に気がついて崩れ落ちていたのは見てて笑った。

 

 

「そうそう、絶対の絶に刀で〝絶刀〟だってさ。スレで見たんだけど年末くらいからデュエルで全勝無敗だって噂になってるよ」

 

「〝絶剣〟ならこの前キリトから話聞いて知ってるけど〝絶刀〟は知らなかったなぁ……で、強いの?」

 

「全勝無敗だって聞くから強いんじゃないかな?少なくともスレでは負けたって話は上がってないし、HPを一割も削れなかったらしいよ?」

 

「何そのキチガイ」

 

「キチガイがキチガイ呼ばわりするのか……」

 

 

確かに俺はキチガイだが話を聞く限りは〝絶刀〟も十分にキチガイの部類に入る。基本的にデュエルをした場合は圧倒的な実力差でも無い限りはそこまで圧勝出来ないから。キリトやアスナたちのようなSAO生還者(サバイバー)たちがそれをしたのならまだ納得が出来るが、年末くらいから噂になったということは新顔のプレイヤーだ。SAO生還者(サバイバー)がゲームから解放されて一年以上経っている中で、今頃になってALOを始めたとは考え難い。

 

 

「で、その〝絶刀〟の話をして何がしたい?」

 

「ちょっと〝絶刀〟と戦ってきてどっちが強いのかハッキリさせてよ。どっちが強いのかってスレが立って面白半分で胴元始めたらエライ金額が集まっちゃってさ……あ、もちろん僕はウェーブが勝つ方に賭けてるから」

 

「シュピーゲルの自業自得じゃねぇか」

 

「そう言わずに一度戦うだけで良いから!!あ、〝絶刀〟は良く〝ヨツンヘイム〟に出没するらしいから自分で探してね!!僕は今から冬休みの宿題終わらせてくるから!!」

 

「終わってないのかよ……ああ言うのって普通、休みの初日で終わらせるもんだろ」

 

「僕は休み明けにならないとエンジンが掛からないから」

 

 

言いたい事だけ言ってシュピーゲルはログアウトして行った。実の兄が自分を守る為に殺人の片棒を担いでいたと知って気落ちしていたけどあの様子を見る限りでは完全に吹っ切れたか立ち直ったらしい。もしかしたら空元気なのかもしれないが、それでもずっと引きずって暗い顔されるよりかは全然マシだ。

 

 

「ーーーあら、シュピーゲル帰ったの?」

 

 

キッチンからお茶を持って現れたのはシュピーゲルと同じくALOにケットシーでコンバートをしたシノン。彼女もGGOのアバターと同じスキンで、ケットシーであるから猫耳に猫の尻尾をつけている。

 

 

初めてALOのシノンを見た時にアミュスフィアの安全装置が働いて強制ログアウトさせられたのは黒歴史に入るのだろうか?

 

 

「冬休みの宿題がまだだから帰るってさ」

 

「まだ終わってなかったのね、あと休み明けまで3日しか無いのに」

 

「泣き付かれたら手伝ってやるつもりだけどな」

 

 

とは言っても頭の出来がいいシュピーゲルならキッチリと終わらせると思うのだがその時の光景を想像すると中々に笑えてくる。腹を抱えて笑いたくなるのだがシノンからお茶を淹れたカップを渡されたので断念する事にする。

 

 

「で、何の話だったの?」

 

「〝絶刀〟っていうプレイヤーの話。シュピーゲルが俺とどっちが強いのかって題目で胴元始めたから戦って欲しいんだとよ」

 

「……彼って油断するとこういう奇行をし出すから怖いわよね」

 

「この前はキリクラかクラキリかって題目でアンケート取ろうとしてアスナにバレて追いかけ回され、リズベットには何でキリリズじゃないんだとメイスでボッコボコにされてたからな」

 

 

事実婚みたいな関係のアスナとキリアスは邪道、キリリズこそが王道と言い張るリズベットだからシュピーゲルにキレたのも納得が出来る。

 

 

だけど略奪愛上等と言い張るリズベットの方が邪神に見えて仕方がない。

 

 

「そういえば〝絶剣〟って名前のプレイヤーの噂なら聞いたことがあるのだけど、何か関わりがあるのかしら?」

 

「あだ名だから無関係、とは言えないんだよなぁ……この世の中何があるか分からないし。もしかしたら関係があるかもしれないぞ」

 

「そうだったら面白いのだけど……それで、ウェーブは〝絶刀〟と戦うの?」

 

「戦うよ」

 

 

カップに残っていたお茶を飲み干し、ソファーに掛けてあった紅いコートを羽織る。インベントリから適当な刀武器を2つ取り出して腰に吊るして準備は完了だ。

 

 

「割と即決だったわね」

 

「だって賭けとは言え、俺と比較されているプレイヤーが居るんだぞ?気にならない訳ないだろうが」

 

 

シノンと付き合い始めてから心に余裕が出来たのか以前のように積極的に戦いを求めるような事は少なくなった。時折気まぐれにサラマンダー領に喧嘩を売りに行くくらいで、前までのように各方面に喧嘩を売るような事はしなくなった。

 

 

だけど、強い奴がいると言われたら興味が惹かれる。弱かったら所詮噂だったとがっかりして倒せば良い。強かったらラッキーだと思いながら倒せば良い。できる事ならば後者の方が有難いのだが、キリトやアスナたち以外で俺と一対一で戦えるようなプレイヤーが居るとは考え難い。

 

 

「〝ヨツンヘイム〟に出没するらしいから行ってみようと思うけどシノンはどうする?」

 

「私も行くわ。この間取ってきた〝光弓シェキナー〟の試し撃ちもしたいし」

 

「この間みたいにメンテ忘れて使い続けて壊さないようにな?」

 

「……壊さないわよ」

 

 

その時のことを思い出したのか、拗ねてソッポを向くシノンの姿を可愛いと思いながら〝ヨツンヘイム〟に行くためのルートを頭の中で思い描いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〝ヨツンヘイム〟は〝アルヴヘイム〟の地下に存在する地下世界で、かつては一面氷で覆われた氷結世界だったがキリトたちが伝説(レジェンダリィ)武器〝エクスキャリバー〟を入手するクエストをクリアした結果、氷は無くなって緑溢れる世界に変わった。

 

 

しかし〝エクスキャリバー〟入手クエストの名残なのか、〝霜の巨人族〟と呼ばれる種類のエネミーが時々徘徊している。巨人と言うだけあって体格は大きく、HPと攻撃力も高いのだがアイテムや熟練度などのリターンは低いのでプレイヤーたちからは嫌煙されているフィールドでもある。

 

 

だけどそんな〝ヨツンヘイム〟だがプレイヤーの姿を見る事が出来た。大型のタイプのエネミーと戦うための練習か、〝絶刀〟を目当てに来たプレイヤーなのだろう。知り合いと言うわけではないがどこかで見た事のある顔をチラホラと見かけた。

 

 

「ーーーよいしょっと」

 

 

目の前でポップした〝霜の巨人族〟を完全に登場する前に背後を取ってバックアタックを仕掛けてクリティカルを発生させてヘイトを集める。そしてその隙にシノンが〝光弓シェキナー〟の矢を叩き込めばあっさりと〝霜の巨人族〟はポリゴンに変わる。

 

 

「考えてみたら俺って〝絶刀〟って名前以外はそいつの事知らないんだったわ」

 

「待ちなさい、顔も知らないでどうやって探すつもりなのよ」

 

「見たら直感で分かるかなって思ったんだけど……」

 

「時々ウェーブって馬鹿になるわよね」

 

「否定出来ない」

 

 

〝霜の巨人族〟自体は俺がクリティカルを連続で発生させてHPを削り、シノンが〝光弓シェキナー〟で射抜けば簡単に処理出来る程度のエネミーだ。だけど広い〝ヨツンヘイム〟の中で〝霜の巨人族〟を相手にしながらどこにいるか分からない〝絶刀〟を探すのは精神的に辛いものがある。

 

 

一旦ログアウトして〝絶刀〟の情報を集めようかと考えだが、遠くから甲高い金属音が聞こえて来た。

 

 

「あっちから金属音が聞こえる」

 

「誰かが〝霜の巨人族〟と打ち合ってるんじゃないの?」

 

「それにしては音が綺麗だ。多分、プレイヤー同士が戦ってる音だな」

 

 

他に手掛かりも何もないので迷わずにその金属音が聞こえた方向に進む事にする。しばらく歩けばそこは〝アルヴヘイム〟から伸びた世界樹の根が〝ヨツンヘイム〟の大地に突き刺さっている場所だった。その付近にある湖の畔で、サラマンダーの男性とウンディーネの少女が戦っていた。

 

 

PKにしては互いの顔に必死さが見られないのでデュエルをしているのだと思われる。どちらかが〝絶刀〟だと思うのだが、どちらも武器は刀で判別は出来なかった。

 

 

「どっちが〝絶刀〟なのかしら?」

 

「分からないけど、勝つのはあっちのウンディーネの方だな」

 

 

サラマンダーの方は流石にキリトクラスまではいかないもののALOでも中々の強さだと見て分かる。

 

 

だけど、それよりも()()()()()()()()()()()()()()

 

 

速さが違う。動きが違う。技術が違う。何とかサラマンダーのプレイヤーも食らいついているが、それでようやくというようにしか見えない。逆にウンディーネの少女はまだまだ余裕があるように見えた。

 

 

そしてウンディーネの少女の刀がサラマンダーの刀を弾き飛ばして喉元に切っ先を突き付ける。まだサラマンダーのHPはグリーンまで残っていたが、勝てないと感じたのか両手を挙げて降参していた。

 

 

デュエルが終わるまで邪魔にならないようにと隠れていた陰から出て2人の元に向かう。

 

 

「すんませーん、どっちが〝絶刀〟ですかね?」

 

「ん?おたくも〝絶刀〟に挑みに来たの……って、う、ウェーブッ!?」

 

「あ、ウェーブだけど何か?」

 

「すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません許してください御免なさい謝りますから……!!田植えだけは止めてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーッ!!」

 

 

俺を見たサラマンダーは顔色を変えてジャンピング土下座を決めた後、地面に頭を打ち付けながら謝罪して湖に飛び込んでいった。しばらくの間は気泡が上がっていたがすぐに止む。ウンディーネ以外ではまともに水中で活動出来ないのでそのまま溺死してしまったのだろう。

 

 

「何したのよ」

 

「やらかした事が多すぎて分からん」

 

 

湖に向かって合掌して沈んでいったサラマンダーの冥福を祈り、残されたウンディーネの少女に正面から向き合う。

 

 

ウンディーネ特有の青髪を地面に着きそうなくらいまで伸ばし、装備は刀に急所だけを白でカラーリングされた金属の防具で覆い、これまた純白のロングコートを羽織っている。健康的な肌色の脚をホットパンツで晒し出し、背丈は160センチ程でどこか儚さを感じさせる風貌だった。

 

 

そしてウンディーネの少女はーーー俺の顔を見ると目を見開いて驚いているようだった。

 

 

「どうした、何かあったか?」

 

「ーーーいいえ、御免なさい。貴方が私の知り合いに似ていたもので……」

 

 

彼女は律儀にも頭を下げて謝罪して来た。リアルで俺と似た顔の知人でもいるのだろうか?

 

 

 

「俺はウェーブって言うんだけど、アンタが〝絶刀〟?」

 

 

自己紹介をする時にはまず自分からというのでそれに則って名前を告げると先程とまではいかなかったが僅かに驚いているように見えた。どこかで俺とあったことがあるのだろうか……生憎だが、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーはい、確かに私は巷で〝絶刀〟と呼ばれています。名前はランと言います」

 

 

 





修羅波inマザーズロザリオの始まりよ〜

時間的にはアスナが〝絶剣〟を知る日の昼辺りから。まだユウキは登場しないんじゃよ。

よく訓練された読者ならば、ランちゃんのことを知っていると思われる……無論テコ入れはしてあるがなぁ!!

後、明日の朝にタイトルを変更しますのでご了承ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

VS〝絶刀〟



タイトルとあらすじを変更しました。良かったらご覧下さい。




 

 

「〝絶刀〟って女の子だったの!?」

 

「別に驚くような事じゃ無いだろ?〝絶剣〟も女だったし」

 

「それ初耳なんだけど」

 

 

現実ならば身体能力の関係上で男性の方が強いのだが、ステータスによって支えられているゲームだと性別による差は生まれ難い。精々体格くらいしか出てこないのだが、それさえ相手によってはただのデメリットになりかねない時もある。

 

 

「それじゃあ、私とデュエルがしたいって事で良いんですか?」

 

「あぁ、シュピーゲル……俺の友人が俺とアンタのどっちが強いのか賭け始めたからちょっと戦ってこいって言われてさ。それに俺も〝絶刀〟ってどのくらい強いんだろうって気になったし」

 

「そうですか……じゃあ全損決着でルールは何でもありで良いですか?」

 

「もちろん……っていっても、俺は魔法なんてほとんど使わないけど」

 

 

ALOをしているというのに俺は魔法なんて数える程しか使ったことは無い。俺の種族はインプなのだが、それを選んだのだってインプは時間帯に関係無く飛行する事が出来るってWikiで見たからだし。

 

 

「あは、奇遇ですね。私も(コレ)しか使わないんですよ」

 

「だろうな」

 

 

さっきのサラマンダーとのランの立ち回りは完全に()()()()()()()()()()()()()()()()だった。空中戦になれば勝手は変わるだろうが、〝ヨツンヘイム〟では飛行することは出来ないのでその心配も無いだろう。もしかするとそれも考えて〝ヨツンヘイム〟で活動をしているのかもしれない。

 

 

ランから飛ばされてきたデュエル申請のモニターを一瞥し、YESの欄を迷う事なく押す。自然と距離を取った俺とランの中間地点にモニターが投影されてカウントダウンを始めた。シノンは巻き込まれないように、それでいて俺たちの戦いを観れる位置まで逃げている。

 

 

それを確認し、俺は腰から刀を引き抜き、片手で持ったまま自然体を維持する。

 

 

「二本使わないんですか?」

 

「使わせてみろよ。それにそっちだって納めたままじゃ無いか」

 

「抜刀したいんでこれで良いんですよ」

 

「知ってる」

 

 

納刀したまま左手に鞘を持ち、右手で刀の柄を握っている。その構えを見て抜刀術以外に何を思い浮かべばいいというのか。しかもランの抜刀術の構えは中々に様になっている。普通ならば幾らか力みはするのだが余分な力が入っているようには見えない。その立ち姿だけでもランの実力の高さが伺える。

 

 

そしてカウントダウンがゼロになり、同時に突進する。

 

 

小気味の良い音を立てながら引き抜かれた刀は下段、俺の足を狙って振るわれる。それを弾き、止まる事なく前に出ながら膝を上げて顔面を蹴り抜く。防御とカウンターを同時にして、普通ならば回避不可能なはずなのだがランはそれを()()()()()()()()、左手に持たれたままの鞘で殴りかかってくる。刀の振り方は中々に見事なものだったが意外にもそちらは拙い。左手首を掴んで捻って肘を逆関節を決めながら投げて地面に叩きつける。

 

 

しかしそれすらも()()()()、空中で半回転されて肘を元の位置に戻されて着地される。

 

 

反撃の刺突を首を傾げて避け、手を振り解かれて距離を置かれながら先のやり取りからランの強さの一端を知った。

 

 

彼女は恐ろしい程に()()()()()()()()()()()。ゲームでステータスにより現実世界よりも身体を動かす事ができるのだが、使い慣れている肉体よりもスペックが優れているアバターの身体を動かすのにはどうしても違和感が生じてしまう。その違和感が原因でほとんどのプレイヤーはアバターの動きに少しだけ鈍さを生じさせる。ランからはその鈍さが欠片も感じられない。それだけの長い間、彼女はVRMMOをプレイしていたのだろう。

 

 

これ程までに動きに鈍さを感じないのは廃人を量産するGGOのプレイヤーたちか、ALOのトッププレイヤーたち……後はキリトたちのようなSAO生還者(サバイバー)くらいだ。

 

 

その上、彼女は()()()()()()()()()()()

 

 

素の反応速度は恐らくはキリト級、それだけでも化け物の領域に入っているというのに彼女は俺のことを知っているのか()()()()()()()()()()()()()()()()。しかもその対応はどう考えても()()()()()()()()()。俺の動きを知っていたから反応されて対応出来たのならまだ納得出来る。しかし俺の成長先の動きを知っているから反応されて対応されるというのは正直言ってホラーとしか言えない。

 

 

爺さんや母さんでも俺の成長先の動きを予想して対応していたというのに、だ。

 

 

少なくともさっきのやり取りでゴリ押しで倒せるような相手では無いと分かったのでしばらくは様子見に回る事にする。

 

 

初手の抜刀で抜かされた刀を再び納刀させない為に視線で、動作で、呼吸で誘導してそれとなく攻撃させるように仕向ける。幸いな事に俺の成長先の動きを知っていてもそれらの技術への対処方法を知らないのか面白いように引っかかって思い通りに動いてくれる。

 

 

反応速度はキリト級であっても、所詮は人型のアバターから繰り出される動きしか出来ないのなら攻撃方法を誘導させる事で予想が出来、防ぐことは容易い。

 

 

いなし、受け流し、弾き、受け止める。剣速は眼を見張る程に速かったものの一連の動作には拙さが感じられる。まるで誰かの動きを手本にしているようなそれは()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

普段ならその程度だと笑って蹂躙していたのだろうが、その動き自体は悪く無い上にランの反応速度と合わさって凶悪なものになっていた。もしもキリトが戦ったらどうなるかと考えたところでランは攻めきれない状況を嫌ったのか飛び退いて仕切り直しを図る。

 

 

「……全然攻めて来ませんね?女の子ばかりに動かせるとか男として最低じゃないですか?」

 

「初めてやるんだから多少気後れしたとしても笑って見逃して欲しいもんだよ。それにーーーそろそろ攻めさせてもらおうか」

 

 

戦況は受けに回り続けた俺の方がHPを多く削られている分不利に見える。ランの強さは間違いなくトッププレイヤーに名前を連ねられる程のもの。今の状況が続けば俺は押し切られて負ける事になるだろう。

 

 

けど、それがどうした?

 

 

キリト級の反応速度?成長先の動きを知っているのかように反応される?既知感と新鮮味を感じられる動きをする?

 

 

重ねて言おうーーーそれがどうした。

 

 

例えキリト級の反応速度を持っていたとしても、成長先の動きを知っているのかように対応されるとしても、どこかで見た事がある見知らぬ動きをするとしても、俺が負ける理由にはならない。

 

 

修羅のような人であれと爺さんと母さんから言われて育てられた。

 

 

例え化け物の領域に入っていたとしても、それを笑いながら蹂躙出来るのが修羅(漣不知火)という人間だ。

 

 

呼吸を合わせてランの無意識の領域を知覚して縮地にてその領域へと一息の間に滑り込む。突然消えたように見えるだろうが彼女ならば俺が無意識の領域に入ったことに分かって対応してくるだろう。

 

 

その時点で負けているというのに。

 

 

どんな反応速度を持っていたとしても、成長先の動きを知られていたとしても見えなければそれらは使い物にならない。俺を無意識の領域から出す為に飛び退こうとしたランの足を砕かんばかりの勢いで踏み抜いてその場に縛り付け、ガラ空きになっている胴体目掛けて空いている手で発勁を叩き込む。

 

 

鈍い音を立てながら拳がランの腹に突き刺さり身体をくの字に曲げながら苦悶の声を上げる。普通ならばそこで吹き飛ばされるのだが彼女の足は俺の足によって踏みつけられて縫い止められている。吹き飛ぶはずの身体がその場に留まり、さらにもう一度持っていた刀を投げ捨てて発勁を叩き込む。

 

 

VRMMOではペインアブソーバーというダメージによって痛みを再現するシステムが実装されている。ALOではGGO程にペインアブソーバーは強く設定されていないものの、それでも痛いと感じるだけの痛みは発生する。

 

 

そんな中で加減無しの発勁による腹パンを喰らえばどうなるか?

 

 

答えはーーー内臓が揺さぶられるような痛みを味わいながら呼吸が出来ずに動きが止まる。

 

 

「次も腹だーーー歯ぁ食い縛れ(〝拳術:発勁〟)……ッ!!」

 

「ーーーッ!!」

 

 

続く三打目の発勁も腹に叩き込む。ゲーム内で用意されている〝拳術〟スキルでは無くてリアルで培った〝拳術〟は三度ランの腹に突き刺さる。

 

 

刀と鞘を手放さないその根性は認めるが最早彼女にはこの状況からの脱出は不可能だ。超至近距離まで潜り込まれた事で刀を振る事は出来ないし、俺の足を退かして抜け出す事も彼女のSTRでは不可能だろう。精々出来て自分の足を切り落とす事ぐらいだがそれをしてしまえば俺の動きについていく事が出来なくなる。八方ふさがりだと分かっているから何もする事が出来ず、ランはどうしていいのか分からずにいる事しか出来ない。

 

 

そしてランのHPが無くなるまで発勁による腹パンは延々と続けられた。

 

 

 






ユウキチャンのネーチャンだし反応速度は早くてよくねとキリト級の反応速度に、その上で訳のわからない補正によりランねーちん超絶強化。

それを笑って蹂躙出来るのが修羅波よ。

だけど儚げな風貌のランねーちんに腹パンしまくる修羅波とか絵面が酷いな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

頼み事

 

 

「アッハッハ、いやぁ、ウェーブさんはお強いですねぇ」

 

「見ろよシノン、一杯でベロンベロンになってるぞ」

 

「ん〜?にゃによ〜」

 

「シノン、お前もか」

 

 

発勁による腹パン祭りでランとのデュエルに勝利した俺は蘇生させたランに誘われて〝ヨツンヘイム〟から〝新生アインクラッド〟の第一層で酒場に入って飲み会をしていた。VRMMOでは基本的にタバコやアルコールなどの嗜好品による年齢規制は掛けられていない。ゲーム内で酒を飲んで酔っ払ったとしても、あくまでそれは気分だけで現実世界で実際に酔っ払っている訳じゃないから。

 

 

そういう事だから2人とも多少は飲んだことはあるのだろうと考えずにエールを頼み、乾杯して一気飲みしたのだがその結果がこれだ。たった一杯の、アルコール度数も然程高くはないエールを飲んだだけでランは出会った時に感じさせていた儚げな風貌を崩して豪快に笑い、シノンは目を蕩けさせて熱い視線を向けている。俺はゲーム内では程々に飲んでいるし、リアルでも爺さんに無理やり飲まされているので多少はアルコールに対する慣れがある。

 

 

でもこの空気の中で素面でいるのは辛いので度数の高い蒸留酒を頼む事にする。

 

 

「そういや調子に乗って腹パンしまくってたけど大丈夫か?」

 

「大丈夫ですよ〜?ゲームの中だから痛いって言っても少しの間でしたし……それに、あんなに激しく攻められたのは初めてで癖になりそう」

 

「ゴフッ」

 

 

そう言いながらランは妖しげに微笑んで殴られた跡も残っていない自分の腹を指先で撫でるのを見て思わず飲んでいた酒を噴き出してしまった。

 

 

飲み会という事で防具を外しているので今のランの格好は腹部を曝け出すインナーの上からコートを羽織っているというリアルでやれば痴女認定されそうなものだ。それでもALOの中でそんな事を言うものはおらず、ランのような美少女の外見のアバターがそれをやればまともな感性を持っている男性ならば誘えるほどに艶やかさがある。

 

 

実際、その姿を視界に入れていた男性プレイヤーたちのほとんどが席から立ち上がるか生唾を飲んでいた。

 

 

なお、殆どに含まれない男性プレイヤーは立ち上がった男性プレイヤーの尻に目を向けていた。

 

 

「……そんなに凄いの?」

 

「待てシノン、それを聞いてどうするつもりだ」

 

「はい。何と言うかこう……痛くて息も出来なくて苦しいんですけど、ある一定を超えたらその痛みと苦しみが逆に気持ち良くなってくる感じで」

 

「ランも嬉々として教えるなよ!!シノンを汚すんじゃない!!」

 

 

俺と恭二というキチガイと交流を持ちながら非汚れ系でいられるシノンはとても尊い存在なのだ。デュエルして親しくなったものの、今日知り合ったばかりのランに毒されてシノンが汚れてしまったら彼女の祖父母に合わせる顔がない。

 

 

「ねぇウェーブ……ちょっと殴ってみて?」

 

「ゴブホッ」

 

 

素面でいたらダメだと思い酒に口をつけた瞬間にシノンから出たセリフを聞いてしまい、酒が変なところに入ってしまった。アルコールが入っているからなのかシノンの顔はいつもよりも柔らかくなっていて、背丈の都合で自然と上目遣いになる。どうにか濁そうと頭を回転させるのだが、その間で断られると思ったのかシノンの頭に着いている猫耳が垂れ下がり、少しだけ彼女の顔に影がさす。

 

 

何が悲しくてゲーム内とはいえ彼女の腹にパンチをしなければならないのか。しかも断ろうとしたら逆に悲しまれるとか逃げ場がなさ過ぎてこっちが泣けてくる。

 

 

「はぁぁぁぁぁ……シノン、ちょっと立って」

 

「うん」

 

 

どうしようもないと判断して頭の回転を止めて望まれるままにする事にする。シノンを立たせると指示もしていないのにわざわざ服の裾を掴んでシミ1つない綺麗な腹部を露出させた。

 

 

男性プレイヤーたちがそれを見て喚き立てるのは目に見えて分かっていたので先に睨みつけて見ないように脅しておくことを忘れない。

 

 

「そんじゃあまぁ……せぇのっと」

 

 

流石に本気で殴るわけにはいかないので程々に加減した発勁をシノンの腹に叩き込んだ。圏内なので障壁が発生してダメージを受けないものの、攻撃による衝撃と痛み自体は発生する。ランにした時よりも軽いが痛いものは痛いのだろう。シノンは何も言わずにその場に崩れ落ちた。

 

 

「あ〜あ、やっちゃいましたね」

 

「やっちゃいましたね、じゃねえよコレ。どうしてくれんだ」

 

 

ニコニコと楽しそうに笑うランの顔が邪悪なものに見えて仕方がない。崩れ落ちたシノンを診ると痛みに悶えている訳でもなく眠っているだけのようだった。慣れないアルコールが効いてきてあの腹パンが文字通りのトドメになったのだろう。罪悪感が半端じゃ無い。ログアウトをする前に一度自殺することを決意する。

 

 

流石にこの状態で飲み会を続ける訳にはいかないのでシノンを背負い、〝新生アインクラッド〟の第22層で買った家に戻る事にする。

 

 

「で、なんでさも当たり前のような顔をして着いてきてるんだよ」

 

「いいじゃないですか。私みたいな美少女をお持ち帰り出来るんですよ?ほら、据え膳食わねばなんとやらです」

 

「自分から美少女って言う奴にはロクな奴がいないって思ってるんでね。あと、誰が好き好んで毒の盛られたゲテモノを食いたがる?」

 

「ゲテモノは美味しいって言いますよ?」

 

「もうヤダこいつ」

 

 

何を言ってもランは着いてくるだろう。力ずくで引き剥がしても良いのだが今はシノンを背負っているのでそれは出来ない。出来るだけこの儚げな風貌の皮を被ったナマモノを視界に入らないようにしながら第22層まで転移する。

 

 

リアルでは冬だからなのか、第22層の今の気候は吹雪になっていた。しかも時間帯が夜なので視界も悪い。幸いな事に第22層ではフィールドにはエネミーがPOPしない設定なので邪魔される事なく家までは移動することが出来る。

 

 

一度コートを脱ぎ、背負っているシノンに被せるようにしてから吹雪の中を歩き出す。

 

 

「ーーーで、話したいことがあるのなら今のうちにどうぞ。外を出歩いてる他のプレイヤーの姿も見えないし、多少の声なら吹雪で掻き消してくれるからな」

 

「ーーーいつから、気付いてたんですか?」

 

 

話しかけた瞬間にランの雰囲気が変わる。デュエルした時と似たような、どこか張り詰めている物に。さっきまでの酔っ払いの面影なんて欠片も残されていなかった。

 

 

「第一層で飲もうと誘われた時から。普通ならもっと上質な物が置いてある最前線で飲もうと誘うはずだ。それなのにそれをしなかったってことは最前線付近にいるかもしれないプレイヤーに話を聞かれたくなかったか出会いたくなかったって事だろ?本当だったら第一層で話を聞くつもりだったけどシノンが潰れちゃったから……まぁ結果オーライって事で」

 

「潰れちゃったというよりは潰したって感じですけどね」

 

「止めろ、死にたくなるから止めろ」

 

 

シノンの腹を殴った罪悪感は時間を経過しても消えるどころか増してくる。家に着いたら介錯なしで切腹でもしとこう。

 

 

「実は……ウェーブさんに頼みたいことがあるんです」

 

「頼み?」

 

「はい。〝絶剣〟って知ってますよね、私はその〝絶剣〟と前まで同じギルドでパーティーを組んでたんですけどやりたい事があるからと言ってそのパーティーを抜けたんです。彼女たちの目的は、〝新生アインクラッド〟の第一層の〝はじまりの街〟にある〝剣士の碑〟に名前を残す事」

 

「〝剣士の碑〟に名前を残すって、確か1パーティーだけでフロアボスを倒さないといけないんじゃなかったっけか?飛んだキチガイ共だな」

 

「確かに、頭がおかしいと言われるかもしれないですね……だけど、それでも、彼女たちはあそこに名前を刻みたいんですよ」

 

 

〝新生アインクラッド〟はSAOの舞台である〝アインクラッド〟がALOに移植されたフィールドだ。武器で戦うしか無かったSAOだが、魔法という手段のあるALOではそのままではどうしても歯ごたえの無いものになるからという理由で全体的にSAOよりも強化されているとキリトたちSAO生還者(サバイバー)は言っていた。フロアボスももちろん強化の対象に入っていて、レイドの最大人数である49人集めたとしても全滅したなんて良く聞く話だ。

 

 

それをたった1パーティーだけでクリアしたい?正気の沙汰とは思えない。キチガイである俺がキチガイだと口走っても仕方のない事だ。

 

 

でも、だけど、そのキチガイ共に興味を惹かれてしまった。

 

 

「良いぞ、手伝っても」

 

「っ!!本当ですか!?」

 

「あぁ、興味を惹かれたからな。俺がそいつらと一緒のパーティーに入れば良いのか?」

 

「いえ、ユウキ……〝絶剣〟は私の代わりにパーティーに入るプレイヤーは自分で探すって言ってましたから。ウェーブさんにお願いしたいのは彼女たちの邪魔をする他のプレイヤーたちです」

 

「フロアボス攻略の邪魔ってことは……攻略組か」

 

 

元SAOプレイヤーとALOトッププレイヤーたちで構成された攻略組は、〝剣士の碑〟に名前を刻もうとしている〝絶剣〟たちの邪魔になるだろう。ゲーマー故の強固な自負心がそれを許すとは思えない。何度も繰り返せばいつかは成功するかもしれないが、ランの言い方からすると時間はあまり無いようだ。

 

 

攻略組の足止め、もしくは状況によって攻略組の排除。言葉にすればそれだけなのだが、下手にトラブルを起こせば後々面倒な事になるだろう。

 

 

好奇心とそれによって生じるリスクを天秤にかけ、迷う事なく好奇心を優先させる事した。

 

 

「んじゃあ〝絶剣〟が仲間集めるまでは暇だな。了解、どうにかしておくよ」

 

「ッ!!……ありがとう……本当にありがとう……!!」

 

 

基本的に面白ければなんでも良いと考えているロクで無しの俺にお礼を言うなんて間違っているとしか言えない。ランの嗚咽交じりの言葉は吹雪によって俺の耳にだけ届いて掻き消される。きっと今彼女は泣いているのだろう。悲しみの涙なら何としてでも止めたいと思うのだが、喜びの涙であるなら止める理由は無い。

 

 

そうして暫く歩き、ランが泣き止んだ頃に俺の家に辿り着いた。

 

 

「……それじゃあウェーブさん、宜しくお願いします」

 

「ハイハイ、任されましたよ」

 

「それとーーーこれはお礼です」

 

 

完全に油断していた。扉を開けようとして手を伸ばした一瞬の隙にランは俺の間合いまで一気に距離を詰めて、背伸びをしながら俺の頬に唇を当ててきた。

 

 

「ッ!?」

 

 

何をすると文句を言いたかったがアイテムか魔法か、ランは悪戯に成功したような笑顔を浮かべながら転移エフェクトで消えてしまった。

 

 

「ーーーウェーブ、一体今のは何かしら?」

 

「oh……」

 

 

そしてそのタイミングでシノンが目を覚ましてしまった。肩に乗せられた手が万力のように握られて痛みとダメージを発生させる。顔は振り返ってないので分からないが声だけでも気温以外の寒さを感じさせるほどに冷え切っている。

 

 

この場で言い訳しようかどうか迷い、寒かったので先に家に入る事にした。

 

 

 






悲報、ランねーちんの手によってシノのんが目覚めかける。あれで悶えて恍惚な笑み浮かべてたらシノノン待った無しだったよ……

そしてランねーちんが爆弾残して去っていった。この後修羅波は猫耳シノのんとにゃんにゃんして許してもらったらしい。


絶許。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

〝絶剣〟

 

 

ランに頼まれた翌日、スレの情報から現在の〝絶剣〟は第24層の主街区の北側にある小島に出現するらしい。ランの言う通りならば〝絶剣〟はスカウトを終えるまではそこから動かないだろうがいつ終えるのか分からない。なので今のうちに接触、もしくは監視をしてしまいたい。

 

 

その事をシノンに話したらストーカーだと言われたので、違うと言い訳しながらリアルで詩乃の事を猫可愛がりして腰を抜かせてやった。

 

 

「……変態、セクハラ、痴漢」

 

「シノンが可愛いのが悪い」

 

 

ALOにログインすれば抜けた腰の影響は無くなるが、猫可愛がりされたからなのかシノンの顔は赤いまま。ジト目で睨まれるがそれすらも俺からすればシノンの可愛さを引き立てるスパイスにしかならないむしろウェルカムだったりする。

 

 

だけど悪口だけは心にザクザク刺さるから止めて欲しい。

 

 

「……で、〝絶剣〟ってどんなプレイヤーなの?」

 

「インプの女の子だな。〝絶剣〟って名前の通りに武器は片手直剣。地上と空中のどちらかでデュエルをして、勝ったらオリジナルソードスキル(OSS)をくれるらしい」

 

 

ソードスキルは元々はSAOにあったゲームシステムだがALOにSAO要素が追加された時にOSSとして実装されている。オリジナルという名前の通りに自分でソードスキルを作って登録し、使用する事が出来る。しかし登録する為の条件は厳しく、簡単に言えば〝システムアシストに頼らずにその剣技を再現しなくてはならない〟。アスナもOSSを持っているがそれでも五連撃が精々、ALOで一番強力とされているOSSはサラマンダーのユージーンが作った八連撃。

 

 

だが〝絶剣〟が賭けているOSSはユージーンを上回る十一連撃だという。OSSを一代コピーに限ってOSSを他のプレイヤーに伝授出来る〝剣技継承〟システムがあるのでそれで教えるつもりなのだろう。

 

 

もっとも、俺はソードスキルが嫌いなので興味は微塵も湧かないのだが。

 

 

「戦闘スタイルだけど、昨日のランとのデュエルを観てたよな?正直言って俺から言わせて貰えば()()()()()()()()。反応速度と攻撃速度こそズバ抜けているけどそれだけ。攻撃は全部素直にそのまま振るだけでフェイントを一切使わない。あれならキリトの方が強いな」

 

「ふぅん……そう言えばキリトは戦わなかったの?彼、そういうの好きそうなのだけど」

 

「あぁ、キリトなら負けたぞ」

 

「……え?でもさっきキリトよりも強いって」

 

「キリトが本気だったらの話だ。キリトが本気だったら、俺みたいな例外を除いてまともなプレイヤーじゃ絶対に敵わない。だけどあいつが本気にならない方が絶対に良いんだよ」

 

「なんでよ?」

 

「キリトが本気になる時は大抵、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

デスゲームとなったSAO、SAOプレイヤーの一部が囚われたALO、ゲーム内から現実世界の人間を殺すGGOと、キリトが本気で戦わなければいけなくなった時はゲームが娯楽の領域を超えてしまった時だった。

 

 

それを考えるのならキリトは本気にならない方が良い。俺とのPVPで本気になってくれないのは少し寂しいが、それは煽れば解決するので問題無い。

 

 

小説の主人公並みの巻き込まれ体質を持っているキリトには不可能かもしれないけど。

 

 

「そういう事だからなぁ……ん?」

 

「今度はどうしたのよ」

 

「あそこ、キリトとアスナが歩いてる」

 

 

噂をすれば何とやら。キリトとアスナが主街区の海沿いの浜辺を歩いているところに出くわした。何かを話しているらしく口元は動いている。そうして話している内に2人は顔を近づけた。

 

 

そのままキスでもするのかと思っていたら空から3人のプレイヤーがキリトたちを攫っていった。

 

 

下手人はリズベット、シリカ、リーファの三人娘。どうやらあの中の誰かが〝絶剣〟に挑むらしく、進路方向は北。しかしリズベットが途中でキリトを抱えて離脱し、それに気が付いたアスナがシリカとリーファと共にリズベットを海に叩き落としていた。キリトは何故か知らないけどアスナに横抱きにされている。

 

 

「あいつら、ちょっと目を離している間にクッソ面白い事してやがるな」

 

「あれでもシリカとリーファ以外、私たちよりも歳上なのよね」

 

「俺とシュピーゲルも同じような事やらかしているから強くは言えないけどもう少し落ち着けよな」

 

「ウェーブ、それはブーメランよ」

 

「知ってる」

 

 

落ち着きが無いというのは俺も同じで、分かった上で言っている。即答してからしばらく間が空き、可笑しくなって噴き出すとシノンも同じタイミングで噴き出した。

 

 

「そろそろ時間だな……行こうか」

 

「えぇ」

 

 

〝絶剣〟は3時頃になると小島に現れるとスレには書かれていた。時計を確認すれば3時に近い。なのでどちらかともなく差し出された手を握り、北の小島に向かって歩を進める事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北の小島には一本の大樹が生えていて、その根元には大勢のプレイヤーが集まって空を見上げながら野次を飛ばしていた。恐らくは〝絶剣〟の噂を聞いて集まった野次馬なのだろう。だけども〝絶剣〟と戦う気があるようには見えない。野次馬たちの視線を追って空を見上げると、サラマンダーの男性とインプの少女がデュエルをしている。

 

 

こうして見るのは二度目なのだが良く分かる。〝絶剣〟は本気のキリトよりも、昨日戦ったランよりも弱い。だけど攻撃速度と反応速度はズバ抜けている。相手の攻撃に速く反応が出来、相手よりも速く攻撃する事が出来る。それだけでは戦闘というのは有利に進められる。〝絶剣〟はランのようにそれを理解して工夫しているわけではなく、その優位性を持って使っているだけだ。小手先程度ならゴリ押しでどうにか出来るだろうが、その気になれば本気じゃないキリトだって〝絶剣〟を嵌め殺す事は出来るだろう。

 

 

今の俺の〝絶剣〟の評価はその程度のプレイヤーだが、逆を言えばまだ伸び代があるという事になる。本格的に成長すれば本気のキリトと同等か、それ以上になれるかもしれない。そういう意味では興味の惹かれるプレイヤーではあるが、そうなる可能性は低いと思っている。

 

 

「凄いわね……あの子、サラマンダーを圧倒してるわよ」

 

「そろそろ終わりだな」

 

 

〝絶剣〟の攻撃速度について行けず、サラマンダーは叩き落とされて地面に頭から墜落した。なんとか踠いて頭を抜く事には成功したが、これ以上は戦えないと判断してその場で降参した。

 

 

そして〝絶剣〟が地面に降り立ちーーーアスナが人混みの中から押し出される。

 

 

「アスナが戦うみたいね、どっちが勝つと思う?」

 

「6対4で〝絶剣〟」

 

 

アスナの攻撃速度も目を見張る物があるが、〝絶剣〟の反応速度を超えるかどうかと聞かれれば首を傾げるしか無い。GGOの予選トーナメントの決勝で俺と戦った時のような集中力と成長を見せれば可能性はあるのだが、そうでなければアスナは負ける。

 

 

「ま、楽しませてもらうとしますか」

 

 

ストレージから酒を取り出してコップに注ぐ。アスナが〝絶剣〟に勝てるかどうかというのは地味に気になっていたところだ。勝てるのならばそれで良し、負けたのならその事をネタにしてからかってやろう。

 

 

「ウェーブ、私にも頂戴」

 

「シノンは酒癖が悪いからあげない」

 

 

 






現段階だと、修羅波>ランねーちん≧本気キリト>ユウキチャン>本気じゃないキリトって感じ。アスナは一体どこに入るのだろうか。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

〝絶剣〟VS〝閃光〟

 

 

「ーーーま、予想通りと言えば予想通りか」

 

 

アスナと〝絶剣〟のデュエルが開始してすでに十分近く経っている。

 

 

〝絶剣〟の異常な攻撃速度と反応速度に対し、初撃こそ〝絶剣〟の見た目に騙されてか油断している様子だったがその後はSAOで〝閃光〟と呼ばれる程の攻撃速度で対抗まで持ち越した。アスナの攻撃速度に〝絶剣〟は一瞬だけ驚いた様な顔をして、すぐに嬉しそうに笑って反撃を始める。状況だけ見るのなら互角だろう。アスナは〝絶剣〟の反応速度を追い越すためにGGOで見せた時以上の刺突を連発し、〝絶剣〟はそれを防ぎ切れないと判断したからなのか最小限のダメージで済む様に刺突を故意に受けたり流したりしている。

 

 

仕切り直すために2人は弾かれる様に大きく飛び退く。HPは〝絶剣〟が五割程でアスナは四割程。最初の油断していた分だけアスナの方がダメージを受けているが、その差はその気になればひっくり返せる程の差でしか無い。

 

 

アスナと〝絶剣〟のデュエルを見て、野次馬たちは黙っていた。つまらないからでは無く、2人の戦いを見るのに集中しているから。シノンも2人のデュエルを静かに見ていた。2人のデュエルの中で使えそうな物が無いかを探しているのだろう。

 

 

そんなデュエルを見ながら俺はーーー少しだけ()()()()()()()()

 

 

アスナは全力で挑んでいるのだと分かっている。だけど、GGOで俺と戦った時の様な()()()()()()

 

 

あの時は何がなんでも〝死銃〟の行いを止めてやると意気込んでいたからなのか、前に進もうとする意思が強かった。だからALOに居た時以上の実力を発揮してくれた。しかし今のアスナにはそれが無い。持てる力の全てを使おうとしているのは分かるのだが、逆に言えば()()()()()()使()()()()()()()()()

 

 

言葉にしてしまえばそれだけなのだが、それだけでも大きく違ってくるのは実体験から嫌という程によく分かっている。アスナが全力では無くて本気だったとしたらHPは五分五分だったに違いないが、全力だから一割近くも差が開いてしまっている。

 

 

そして〝絶剣〟が動いた。体勢を低くして前のめりになり、脚に込めた力を一気に解放してアスナに迫る。それをアスナは冷静に対処し、その突貫に合わせて刺突を放つ。何度も放たれている刺突だが何度見てもその姿勢は一切ブレていない。それを見るだけでどれだけアスナが刺突の動作を繰り返したのか分かる一級品の動きだった。

 

 

大気を裂き、二つ名と同じ閃光の様な軌跡を残しながらその刺突は〝絶剣〟の胸部に向かっていきーーー貫かれた〝絶剣〟の姿が()()()()()()

 

 

離れていたからその正体を見る事が出来た。〝絶剣〟は全力でアスナに向かって突貫し、異常な反応速度で刺突の初動に反応、全力のスピードから()()()()()()()()()()()()

 

 

それはこれまで〝絶剣〟が見せたことの無いフェイントだった。使う必要が無かったから使っていなかったのか、それともやり方を知らなかったから使っていなかったのかはわからないが〝絶剣〟の動きから対人戦の経験の少なさが見て取れるので恐らくは後者なのだろう。アスナとの戦いの中でアスナの動きを見て学んだと思われる。

 

 

そして〝絶剣〟はアスナの横に回り、片手剣にソードスキルのエフェクト光を纏わせながら五連撃の刺突がアスナを襲う。咄嗟に身体をよじらせることで内二発は躱したが三発はアスナの胴体に命中ーーーしかもまだソードスキルのエフェクト光は途絶えていない。

 

 

逃げられないと判断したのか、アスナはその場に止まって細剣に〝絶剣〟と同じ様にソードスキルのエフェクト光を纏わせる。

 

 

ぶつかり合うアスナと〝絶剣〟のソードスキル。甲高い金属音を響かせながら大気を震わせ、互いの剣を反らし、互いの身体を穿ちながら五合打ち合った。

 

 

今のがアスナの作り出したOSS〝スターリィ・ティアー〟。光速の五連続の刺突は流石に〝絶剣〟の反応速度を超えたらしい。〝絶剣〟の胸と腹には掠る程度では無いダメージエフェクトがしっかりと残されている。

 

 

だが、アスナが五連撃のOSSを打ち終わって硬直時間(ディレイ)を迎えても〝絶剣〟は止まらなかった。

 

 

初めの五連撃の刺突にアスナのOSSとの打ち合いが五合、そしてこの一撃……合わせて十一連撃。つまり、これが〝絶剣〟が編み出した十一連撃のOSSなのだろう。OSSの最後の一撃が硬直時間(ディレイ)で動けないアスナの胸に叩き込まれるーーーその直前で他ならぬ〝絶剣〟の手によって停止させられ、その余波が閃光と衝撃音となって観戦していたプレイヤーを襲う。

 

 

「……善戦はしたけど予想通りって感じだな」

 

 

〝絶剣〟のHPは一割程しか残されていないがアスナのHPは数ドットしか残されていない。最後の一撃が止められた意図は分からないがあれが決まっていればアスナのHPは全損していた、つまりこのデュエルの勝者は〝絶剣〟ということになる。

 

 

全力のアスナでこれならば、本気のアスナなら〝絶剣〟を倒せていたに違いない。だが、アスナは全力で挑んでしまった。その結果がこれだ。そのことでアスナを責めるつもりはない。それとは別に素直に〝絶剣〟の実力に感心した。

 

 

〝絶剣〟の武器と言えば異常な攻撃速度と反応速度、そして十一連撃のOSSだけ。その三つだけで全力のアスナを倒したのだ。今の状態でそれならば、成長した時にはどれだけ強くなるのか気になってしょうがない。

 

 

「ウェーブ、なんか凄い顔してるわよ」

 

「なんかこう、良からぬことを企んでる顔ですね」

 

「どっから湧いてきやがったこのキチガイ」

 

 

成長し切った〝絶剣〟の強さに想いを馳せていると後ろからフードを深く被って顔を隠しているランがやって来た。然りげ無く俺に密着して来てそれにより出てくるハラスメントコードの画面をチョップで叩き割っている。シノンがランを引き剥がしてくれたから良かったが、気が付いたら腰に吊るしていた刀の鞘に手をかけていた。どうやら無意識の内に斬ろうとしていたらしい。

 

 

「なんで顔隠してるんだ?」

 

「〝絶剣〟に見つからない様にする為です。彼女の事ですから、私を見つけたら連れ戻そうとするのは目に見えてますから」

 

「ランの事をバラして〝絶剣〟に引き渡すのもありね」

 

「止めて……止めてください……!!それだけは止めてください……!!なんでも、なんでもしますから……!!」

 

「ん、今なんでもって言ったな?」

 

「言質は取ったわ。精々こき使ってやりましょう」

 

 

ランの扱いが酷いような気がするがそんなことは無い。昨日シノンと話し合った結果、そうすると決めているから。昨日の別れ際のランのキスによりシノンは酷くご立腹だった。その怒りは始めは俺に向かっていたのだが、ALOでリアルじゃ口に出来ない程にシノンの事を猫可愛がった事でその怒りを原因であるランに向けることに成功した。

 

 

頬を膨らませながら怒っていますとアピールするシノンの怒りを鎮めるためにランには犠牲になってもらった。その事に後悔なんて微塵も感じていない。

 

 

「っと、〝絶剣〟がアスナ連れて動いたな」

 

「多分、あの子の眼鏡に叶ったのでしょう。あの子、一度決めたら割と考え無しで行動する事がありますから」

 

「進路は上に向かってる……多分、〝新生アインクラッド〟ね」

 

 

〝絶剣〟が十一連撃という破格のOSSを賞品に出してまでデュエルをしていたのは最前線のフロアボスと戦うプレイヤーを探し出すため。アスナを連れて〝新生アインクラッド〟に向かったということは〝絶剣〟はアスナの事を認めたのだろう。

 

 

ということは……これから〝絶剣〟がするのは仲間とアスナとの顔合わせ、場所は最前線だろう。流石に顔合わせをしてすぐに挑むとは考え難いが一応備えはしておいた方が良いか。

 

 

「シノン、ちょっとラン連れて〝絶剣〟たちの跡を着けといて。俺は助っ人呼ぶ為に一度ログアウトするから」

 

「助っ人なんているの?正直ウェーブ1人で大丈夫だと思うけど」

 

「万が一に備えてな。ランが心配していた通りなら、〝絶剣〟たちの事を大手のギルドが邪魔をするはずだ。場合によっては100人近くとやり合うことになるかもしれない」

 

 

レイドパーティーとしてボスに挑めるのは最大49人までだが、レイドパーティーの消耗を防ぐ為に護衛役のプレイヤーを用意しておくなんてこともあり得ない話では無い。もしそうなれば最悪、100人近くの攻略組と戦う事になるかもしれないのだ。

 

 

だから、これは万が一に備えての保険だ。

 

 

「そう、これは保険だから。禁じ手中の禁じ手だけど保険だから許される……!!」

 

「……絶対に良からぬ事を考えてるでしょ」

 

「すっごく良い笑顔ですよウェーブさん!!」

 

 

自分が今酷い顔をしているのは分かっているが、それでもそうせずにはいられない。元に戻す努力を放棄し、その顔のままウィンドウを操作してALOからログアウトした。

 

 

 






アスナVSユウキチャン、原作よりも善戦したけど結果は同じでユウキチャンの勝利。

全力は持てる力の全てを使う、本気は持てる力以上の力を使うって感じで作者は考えてる。要するに全力と本気は別物だって言いたい。

修羅波の言う禁じ手とは一体何なんだ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロンバール、その影で

 

 

ログアウトして連絡を済ませて即座にログインし直す。その際に恭二から宿題が終わりそうに無いとSNSアプリで伝えられたが見なかった事にしておいた。

 

 

〝新生アインクラッド〟の第27層は閉鎖空間になっているので何時も夜かと思うほどに暗い。主街区〝ロンバール〟はすり鉢の様に凹んだ谷底に作られた街で、横穴式住居の様に作られた家の窓からはちらほらと灯りが見えている。

 

 

街の中心部に作られた広場に降り立ち、今アスナたちがどこにいるのかを知る為にフレンド検索機能を使ってシノンの居場所を探す。見つけてから今から向かうことをメッセージで伝え、耳に届く穏やかなBGMを聴きながら歩を進めた。

 

 

〝新生アインクラッド〟攻略の最前線となっている〝ロンバール〟だが、視界にはプレイヤーの姿は殆ど映っていない。俺たちの様な学生ならば冬季休暇に入っているので今の時間帯でもログインは出来るが、就職している社会人ともなれば平日の昼間にゲームなんて出来ないだろう。本格的にここが賑わうようになるのは夕方を過ぎた頃からになると思われる。

 

 

しばらく歩いた先にあったのは宿屋と思われる店。その店先でシノンはガタガタと動く謎の樽に腰掛けていた。

 

 

「ただいま。その動く謎の樽は何?」

 

「おかえり。これはランよ。〝絶剣〟に見つかりたく無いからってこの中に入っちゃったのよ。流石に立ちっぱなしだと怪しまれそうだからこれに座って休むフリをしてたのよ」

 

『シノンさぁん!!そろそろ退いてくれませんかぁ!?この中やたらとお酒臭い上に何だかヌルヌルして気持ち悪いんですけどぉ!!』

 

「俺も疲れたから休みたい。シノン、ちょっと詰めて」

 

「仕方ないわねぇ」

 

『無視!?無視ですか!?このままだと超絶可愛い美少女剣士のランちゃんがとんでもない事になっちゃいますよぉ!?薄い本が分厚くなる感じの事になっちゃいますよぉ!?』

 

 

樽の揺れが酷くなってきたのでストレージからALOの中でももっとも臭いと噂されてる〝スメルトートのガマ油〟を取り出して樽の中に投げ込んでおく。一瞬だけ揺れが激しくなったがすぐに静かになった。

 

 

「で、禁じ手とか言うのはどうなの?」

 

「了承は貰えた。こっちから連絡したらいつでも動けるようにしてくれてるはずだ。ぶっちゃけ、やりたく無いんだけど流石に数の暴力には勝てないからな」

 

「スレでウェーブは全種族から選抜された連合軍と戦って勝ったってあったのだけど?」

 

「あれは拓けた空間だったし障害物も沢山あったからな。最初に回復役のプレイヤーたち潰してから撤退、物陰に隠れてメイジ隊を強襲、後はひたすらゲリラ戦だったよ」

 

 

あの時は戦闘と言うよりも暗殺と言った具合だったが中々に楽しめた。見つかれば即座に物量に任せて潰されるという緊張感を感じながら俺を倒そうと闘志を漲らせるプレイヤーを思う存分に倒すことが出来たのだから。

 

 

不満があるとすればキリトたちが逐次投入されたことか。俺の精神的な余力を削ってから本命の投下とか本当に止めてほしい。最終的には連合軍をほぼ壊滅状態にしてキリトとアスナと相討ちになって負けたのだが、一対数百人の戦いだったので俺の勝ちだと連合軍を指揮していたユージーンは考えているのだろう。

 

 

「ふぅん……で、次に連合軍と戦ったら?」

 

「勝てるよ」

 

 

図らずしもGGOの経験で俺は成長した。他のプレイヤーたちも成長していると分かっているが、仮にもう一度あの連合軍が組まれて戦いを挑まれたとしても()()()()()()()()()。流石にキリトとアスナがあの時と同じ様に逐次投入されればどうなるか分からないが、少なくとも連合軍は〝ほぼ壊滅状態〟では無く、〝完全な壊滅状態〟になると確信している。

 

 

「流石はウェーブね……けど、その時になったら私を呼びなさい。流石に1人で大軍相手に挑むのを見てるだけってのは出来ないから」

 

「分かってる、その時はシノンを呼ぶよ。ついでにシュピーゲルも呼んで肉盾にしてやるか」

 

「せめて遊撃をさせてあげなさいよ」

 

 

シュピーゲルのことだからギャアギャア騒ぎながら戦場を走り回ると思われる。AGI極振りなのでそう簡単には捕まらないだろうからいい囮になってくれるだろう。それに釣られたプレイヤーをシノンが狙撃したり、俺が背後から辻斬りしてやれば楽に十分の一くらいは削れると思う。

 

 

その時が来たら思う存分、シュピーゲルを走らせてやろう。きっと喜びの涙を流しながら魔法の飛び交う戦場を走り回ってくれるに違いない。

 

 

それから会話は少なくなるが悪い雰囲気では無かった。シノンは手持ちの矢の整理を始め、俺もダンジョンに行く事になるだろうから消耗品の確認をする。ストレージの中身を流し見しながら足りないアイテムを頭の中であげていき、それをどう補充するかの予定を立てていると宿屋から複数の気配が外に出ようとしているのが感じられた。

 

 

その中にはアスナの気配も混じっている。

 

 

鉢合わせる事になると面倒なので、微動だにしないランの入っている樽を路地裏へと蹴飛ばし、シノンを連れて物陰に隠れる。するとアスナが〝絶剣〟、それにサラマンダーの少年とノームの男性、レプラコーンの青年とスプリガンの女性にアスナと同じウンディーネの女性と共に楽しげに笑いながら宿屋から出て来た。

 

 

「ーーーそれじゃあ明日の午後1時にここで集合!!みんな、遅れないでね?」

 

「ーーーこの中で一番いい加減なユウキに念を押されると無性に腹が立つんだけど?」

 

「ーー一ノリ、幾ら本当の事でも言ってはいけない事はあるんですよ」

 

「ーーーし、シウネーさん、せめて否定してあげてください」

 

 

軽口を言っているものの、彼らの雰囲気は決して悪いものでは無い。〝絶剣〟、ユウキと呼ばれた少女はノリと呼ばれた女性の言葉に怒っているのか頬を膨らませてポカポカと叩いているが彼らは笑顔を浮かべている。

 

 

そしてーーー彼らの動作から、少なくとも全員がユウキ並みにフルダイブ慣れしているのだと分かった。

 

 

「……思いがけずにダンジョンアタックの時間を知ることが出来たな」

 

「あ、あの……ウェーブ?この姿勢恥ずかしいんだけど……」

 

「ごめん、もうちょっとだけ我慢して」

 

 

物陰に隠れている俺とシノンだが、見つからない様にしているので必然的に密着する事になる。さらに俺の装備しているコートが〝隠蔽〟のスキルの隠蔽率(ハイド・レート)を引き上げる効果を持っている。感覚的に隠れるだけなら気配同化すれば良いのだが万が一、直感で勘付かれて〝看破〟や〝索敵〟を使われた場合にはレーダーから隠れる為に〝隠蔽〟で隠れていなくてはいけないのだ。その為にシノンをコートで覆う様にしているのでさらに密着する事になる。

 

 

幸いな事に数分だけ話し合ってからアスナたちは解散した。この場に彼らが残っていないのを確認してから〝隠蔽〟の隠密を解いてシノンを解放する。

 

 

「はぁ……ごめんな、急にこんな事して」

 

「……怒ってないわよ。だけど事前に言ってくれても良かったんじゃないのかしら?」

 

「咄嗟だったから許してくれよ。次からはそうするから」

 

「……ログアウトしたら、私の部屋に来なさい。それで許してあげるから」

 

「ハイハイ、分かりましたよ」

 

 

シノンの顔は赤くなっているもののそれは怒りではなくて羞恥心で赤くなっているのだとこれまでの付き合いで分かる。今のシノンの気持ちを表すかの様に揺れる猫の尻尾を見て可愛いなと考えているとーーー暴力的なまでに嗅覚を刺激する悪臭が届いて来た。

 

 

「臭ッ!?何これ臭ッ!!」

 

「ーーー」

 

「シノン!?シノォォォォォォォン!!」

 

「ーーーウェーブさぁん……」

 

 

悪臭にやられたのか倒れたシノンを介抱しながら声のした方を見るとーーー路地裏に蹴り飛ばした樽からランが這い出していた。全身は〝スメルトートのガマ油〟を被ったからなのか水の表現が苦手な筈なのにヌラヌラとした光沢で濡れている。

 

 

どうしてだろうか、ランの様な見た目の良い少女がそんな事になれば多少は興奮を覚える筈なのに恐怖しか感じない。

 

 

「うふふふ……〝スメルトートのガマ油〟なんて物を掛けられて汚されちゃいましたよ……さっきまで私、気絶してたんですよ?それなのにそんな反応するんですか、そうなんですか……」

 

 

右にゆらり、左にゆらりと揺れながら近寄ってくるランの姿が悍ましいものに見えて仕方がない。悪臭にやられて動かないシノンを抱き寄せていつでも動ける様にする。

 

 

「ーーーそれじゃあ抱き締めてあげますよォォォォォォォ!!」

 

「こっちに来るんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

〝スメルトートのガマ油〟の悪臭を漂わせながら突進して来るランをシノンを抱えて逃げる。シノンを抱えている分俺の方が不利なのだがそこら辺は技術でカバーが出来る。

 

 

そこから2時間弱、〝スメルトートのガマ油〟の悪臭が無くなるまでランと〝ロンバール〟で色気の無い追いかけっこをする事になる。

 

 

 






ユウキチャンのサポートをする為に裏でこそこそしてる筈なのに気が付いたシノのんとイチャイチャしちゃう不思議。シノのんが可愛いから仕方ないネ!!

〝新生アインクラッド〟の最前線にて悪臭によるテロが行われた模様。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダンジョンアタック

 

 

ランが悪臭テロを発生させてなんとか逃げ切ってシノン共々ログアウトしたが部屋にまで来た恭二に泣き付かれて冬休みの課題を手伝った翌日の午後1時、話していた通りにアスナは〝新生アインクラッド〟の27層の宿屋の前でユウキたちと合流してそのままダンジョンに向かって行った。

 

 

その時に僅かにアスナの表情が曇っていたが何かあったのだろうか。キリトとの仲違いはするはずが無いので違うだろう。あるとすればリアルでの交友関係か、家族関係かといったところだが俺に出来る事は無いので気に留めておくだけにしておこう。アスナとは浅い仲ではないので相談されれば真剣に考えるつもりだ。

 

 

アスナたちが飛び立ってから数分ほど時間を空けてからシノンとランと一緒にダンジョンに向かう。その際に〝禁じ手〟のプレイヤーに連絡をしておき、商人RPをしているので攻略ギルドの動きに目敏いエギルに攻略ギルドが動いたら伝えて欲しい事を頼んでおく。その時にキリトも動いていると教えられたので礼を言い、〝禁じ手〟たちに黒が特徴的なプレイヤーには攻撃しない様に伝えておく。

 

 

ちゃんと敵味方の区別を教えておかないと、あいつらは皆殺しにしかねないから。

 

 

「っと、ここが迷宮区ですね」

 

「久しぶりに来たわね。前に来た時は確か私がALO初めてすぐの頃かしら?」

 

「そうそう、GGOとの違いを分かってもらう為にシュピーゲルも連れて一緒にダンジョンアタックしたんだよな」

 

 

シノンとシュピーゲルがALOにコンバートしたのは12月の下旬頃でそんなに前の事ではないが、年末年始に詩乃の実家に行った事もあって遠い昔の頃に思えてならない。

 

 

確かあの時は俺はシノンの護衛と称して後ろに下がっていて、シュピーゲルだけをエネミーの群れに突進させたんだっけか。GGOと同じ様に三次元的な動きをしようとしていたシュピーゲルだがALOでのあいつの武器は弓では無くて短剣。すぐに距離を詰めなければいけないことに気が付いてよく分からない声を出しながら奮闘していた事は覚えている。

 

 

「あぁそうだ、2人ともこれを被っといてくれ」

 

 

ストレージから真っ黒なローブを取り出して2人に渡す。

 

 

「これは?」

 

「〝隠者の羽衣〟っていう装備しておくだけである程度の隠蔽率(ハイド・レート)を稼げる装備だよ。アスナたちは先に進んでるから隠れながらいけば見つからないと思うけど念の為にな」

 

「……付かぬ事をお聞きしますがこれはもしかしてウェーブさんの使用済みですか?」

 

「んなわけあるか。エギル……友人の商人に頼んで用意してもらった新品だ」

 

「ガッデム」

 

「ラン、なんでウェーブの使用済みじゃないって分かったら露骨に落ち込んでいるのかしら?ちょっとそこら辺の影のところでお話しましょう」

 

「落ち着きたまえ」

 

 

シノンが額に青筋を浮かべながら迷宮区の入り口に乱立している結晶体の影にランを引っ張っていこうとしているので止める。どういう訳なのか、ランは()()()()()()()()()()()()。出会ったのは一昨日なのでいくらフレンドリーな奴でも多少は遠慮を持っているはずなのだが、ランはまるで長い付き合いであるかの様に俺に接してくるのだ。

 

 

ランの方が俺のことを一方的に知っているという可能性も捨て切れないのだが、それにしてはそういう奴ら特有の色眼鏡を通した様な目を感じられない。デュエルした時に見せた俺の成長先を知っているかの様に動いている事と何か関係があるのかもしれない。だけど正直に聞いたところで話してくれると思えないので彼女から話してくれることを信じて待つしかない。

 

 

「ウェーブさん、シノンさんが怖いです!!助けて下さい!!ご慈悲を!!ご慈悲を!!」

 

「どこからどう見てもランの方が悪いから助けない」

 

「ウェーブ、後で的当てしましょ?もちろん的はランで」

 

「シノンも落ち着け」

 

 

眉間にシワを寄せて不機嫌さをアピールしているシノンの鼻っ面に軽くデコピンをして意識を反らせる。

 

 

「ランの行動が気にくわないのは分かるけど気にし過ぎだ。俺がお前以外に靡くと思ってるのか?」

 

「……思わない。でも……ウェーブって優しいから貴方にその気が無くても向こうがその気になるって事もあり得ない話じゃないから……」

 

「ハッハッハ、愛い奴め。後で言葉にするのも憚られるレベルで可愛がってやろう」

 

「ウェーブさんウェーブさん!!私も空いてますから可愛がって下さいね!!」

 

「また〝スメルトートのガマ油〟ぶっかけるぞ……って、いい加減にしないと離されるな」

 

 

アスナたちが迷宮区に突入してから10分以上が経過してしまっている。迷宮区はフィールド以上のレベルに設定されたエネミーが徘徊してトラップが設置されている。その上に〝ヨツンヘイム〟と同じ様に迷宮区内では飛行は出来ない。ボス攻略が目標ならば消耗を避けるためにエネミーとの戦闘は最低限にするはずだ。マップデータはすでに情報屋によって公開されているのでアスナの指揮下でユウキたちが戦うのならばすでに奥まで進んでいてもおかしくは無い。

 

 

情報屋からボス部屋まで大体3時間くらいはかかると教えられたのだがアスナたちならば1時間もあれば到着出来ると思われる。俺たちはアスナたちの跡を追うだけなので戦闘にはならないのだが、あまりにも距離を離されると追うのが面倒になる。

 

 

「それじゃあ、行くぞ」

 

 

2人がローブを着た事を確認してから刀を引き抜く。そして闇に包まれた迷宮区へと迷わずに足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予想していた通りにアスナたちは1時間程でボス部屋まで辿り着いていた。戦っているのを見掛けたのは二度ほどだが、アスナは指揮をするだけでユウキたちが瞬く間にエネミーを蹴散らしていた。

 

 

そしてユウキ以外のプレイヤーたちも予想通りに強かった。フルダイブ慣れしている動きに加えて連携技術が見事というしか無いほどの練度だった。僅かな目配せや手振りだけで意思の疎通を済ませ、状況に対応して切り抜けている。GGOで戦ったことのある自衛隊や特殊部隊(戦闘のプロフェッショナル)のプレイヤーたちに近いのだが、彼ら以上のコンビネーションを見せてくれた。ここまでの物はキリトとアスナのものしか見たことが無い。間違いなく、ALOで最も連携の取れたパーティーだと断言出来る。

 

 

このままボス部屋に突入するのかと思ったのだが、ここで少しだけトラブルが発生した。アスナが突然に曲がり角に目を向けて〝サーチャー〟の魔法を使ったのだ。俺たちがバレたのかと思い距離を取ろうとしたのだが、魚を模した〝サーチャー〟は俺たちが隠れている場所とは反対へと向かっていき、弾けるのと同時に何も無かった空間からインプが2人にシルフが1人、計3人のプレイヤーが姿を現した。

 

 

シノンとランは声に出さないでいるものの驚いている様だが俺は気配で気が付いていたので驚かない。それよりも注目するのはカーソルに表示されたギルドタグ。盾に横向きの馬のエンブレムは確か大規模ギルドの物だったはず。アスナもそれを理解しているのか、3人の行動を疑っている様だったが向けていた杖を下ろして立ち去る様に言った。アスナのことだから3人の行動に不信感を覚えているのだろうが大規模ギルドとトラブルを起こす事を嫌ったのだろう。3人はアスナの言葉に素直に従って隠蔽呪文を使い、ここから離れた……様に見せかけてこの場に残った。

 

 

アスナたちがボス部屋に入るのと同時にハンドサインで2人に指示を出して何も無い空間に飛び込んで蹴りを放つ。足の裏から感じられる確かな手応えと共に虚空からシルフのプレイヤーが飛び出して来た。隠蔽呪文を使っていたシルフが看破されたことで残るインプ2人の隠密も剥がされるのだが、それと同時に攻撃した俺の隠密も剥がされる。

 

 

「おまーーー」

 

「ハロー!!こんにちわ!!取り敢えず死ねッ!!」

 

 

何かを言おうとしていたインプの1人の首を斬り、心臓を穿ち、クリティカルを叩き込んでHPを全損させる。仲間が〝残り火(リメインライト)〟になり、状況を飲み込んだシルフとインプが短剣を抜こうとしたのだが遅いとしか言えない。

 

 

シルフを10本の矢が襲い、命中するのと同時に弾け飛ぶ。

 

インプの腕が斬り落とされ、首と腹部を刀で斬り裂かれる。

 

 

シルフとインプの意識が俺に集中した瞬間にシノンとランの強襲によってHPを全損させ、もう1人のインプと同じ〝残り火(リメインライト)〟に変わった。

 

 

「お疲れさん」

 

「ウェーブが囮やってくれたからそんなに疲れてないわよ」

 

「あー私はとっても疲れましたーこれはウェーブさんに良い感じな事をしてもらわないとなー!!」

 

 

何故かランが物凄く期待した目で俺のことをチラチラ見てくるのでご褒美として〝スメルトートのガマ油〟の入った瓶を投げつけておく。騒いでいるのできっと喜んでくれているに違いない。俺とシノンはその間、昨日の反省を生かして買っておいた消臭剤を使って避難していた。

 

 

「でも良かったの?さっきのって大手ギルドのプレイヤーなのでしょ?目をつけられるんじゃないかしら?」

 

「元々色んな方面から恨み買ってるから、今更一つや二つ増えたところで気にしない。それに、どういう理由なのか分からないけどあいつらは〝剣士の碑〟に名前を残したがってる。ランに頼まれたからってのもあるけど、俺もそれを応援したいんだよ」

 

「……はぁ、キチガイなのにこういう時に恰好良くなるのは卑怯だわ」

 

「いやぁイケメンでゴメンね!!俺からすればそんなつもりは無いんだけど内側から滲み出るイケメンのとしての本能っていうの?それがどうしても俺のことをイケメンにしたがってさぁ!!いやぁイケメンってつれーわー!!」

 

「一気にカッコ悪くなったわ」

 

「……うん、これは俺のキャラじゃないからやめとこ。もう絶対にしない」

 

 

基本的にボス部屋の前は安全地帯になっていてエネミーは湧かないし近寄らない。なので扉の横の壁に縋って腰を下ろして休む事にする。

 

 

恐らく、最初の一回は失敗するだろう。現在公開されている情報の中には27層のボスの情報が存在しなかった。いくらアスナたちが強いからとは言え、前情報無しで簡単に倒せる様な存在じゃない。負けて〝ロンバール〟に死に戻りし、再びここに戻ってくるまでの間、誰にも邪魔をさせない事が俺たちの役目だ。

 

 

出来ることなら〝禁じ手〟の出番が無いことを祈りながら、〝スメルトートのガマ油〟の悪臭に襲われて騒いでいるランを眺めている事にした。

 

 

 





ランねーちゃんが前作のシノノンとユウキチ並みに書きやすくて困る。このままでは油断するとシノのんとユウキチャンがシノノンとユウキチになってしまいそうで……!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

協力者

 

 

「ーーーアスナァ!!タルケンが転んで転がってるんだけど!?」

 

「ーーーノリ!!お願いします!!」

 

「ーーー任せな!!」

 

 

ボスに負けて〝ロンバール〟まで戻ってしまった私たちは再びダンジョンに挑んでいた。途中でタルケンが脚を縺れさせてそのままのスピードで転がっていたが脚を止める事は出来ないので隣に走っていたノリに頼んで走りながらタルケンを立ち上がらせてもらう。

 

 

私たちがここまで急いでいるのは時間が無いからだ。ボス戦の序盤ごろにジュンの足元で小さなトカゲがうろちょろしているのに気が付いた。すぐに消えてしまったがあれは闇魔法の〝覗き見(ピーピング)〟、他のプレイヤーに使い魔をくっつけて視界を盗む呪文に違いない。恐らくボス部屋の前にいた3人組の誰かが使ったのだろう。

 

 

あの3人はボス攻略専門ギルドの斥候隊(スカウト)に違いない。同盟ギルド以外のプレイヤーがボスに挑戦するのを監視し、ジュンに付けられた様に〝覗き見(ピーピング)〟でボスの攻撃パターンや弱点を割り出そうとしている。過去にユウキたちが25層と26層でボスに挑んですぐに攻略されたと言っていたがその時にも斥候隊(スカウト)かユウキたちに〝覗き見(ピーピング)〟を付けて情報を集めていたのだろう。その役割の重要性は分かっているので否定するつもりは無いのだが実際にやられると不愉快になる。

 

 

このままだとあのギルドにボスを攻略されてしまうが、幸いな事に今は平日の昼間。こんな時間にボス攻略のためのプレイヤーを集めるのには少なく見積もっても1時間は掛かるはず。その前に私たちが先にボスに挑んでしまえばいい。

 

 

ユウキたちの努力が横取りされるのが許せないから急いでいるのだ。決して鬼と呼ばれたからでは、SAO時代に呼ばれていた〝攻略の鬼〟という不名誉な呼ばれ方を思い出したからでは無い。

 

 

そうして5分でミーティングを済ませ、30分でボス部屋まで移動すると決めて実行中。時計を見れば予定していた通りに30分でボス部屋の間近まで来ることが出来ている。これならば他のプレイヤーが集まる前にボスに挑む事が出来る。

 

 

「ーーーッ!?止まって!!」

 

 

そう思っていたが回廊を先頭で走り、誰よりも早くにボス部屋の前の光景を目にする事が出来たから急停止をかける。〝スリーピング・ナイツ〟のみんなはその指示に怪訝そうな顔をしていたが、同じ様にボス部屋の前の光景を目にしたらすぐに納得してくれた。

 

 

ボス部屋の扉に繋がる回廊のラスト30メートル、そこにあったのはプレイヤーでは無くて大量の〝残り火(リメインライト)〟。ここで誰かが倒れたという証だった。

 

 

そして回廊の最奥、ボス部屋の扉の前には2人のプレイヤーがいた。1人はケットシーの少女、GGOからALOにコンバートしたシノンだ。そしてもう1人はユウキと同じインプの青年……ALOで様々な伝説を残し、GGOにコンバートして暴れまわり、12月の中頃に再びALOに戻ってきたウェーブさんだった。

 

 

「ウェーブさん?」

 

「ん?……あぁ、やっと来たか」

 

 

扉の前で座っていたウェーブさんだったが、私たちの姿を確認すると立ち上がり、その場を退いて道を譲った。

 

 

「挑むのなら早くしろ。封鎖しようとしてた連中は倒したけどこの後すぐに本隊が来るって言ってた。ノンビリしてたら大乱闘が始まっちまうぞ」

 

「……いったい何のつもりですか?」

 

 

大型ギルドの事情を知った上で好き勝手に動くウェーブさんならギルドと問題を起こしても然程問題は無いだろうが彼の考えが読めなかった。ボスに挑む為ではなくて私たちに挑ませるために占領しようとしていたプレイヤーたちを倒した、その意図が分からない。

 

 

「警戒している様だが別に何も企んでは無いぞ?俺はただ頼まれただけだからな。お前たちの邪魔をするプレイヤーをどうにかして欲しいって」

 

「……」

 

「まだ疑ってるのかよ、俺ってば信用なさ過ぎじゃない?」

 

「これまで自分がやって来たことを振り返って見なさいよ」

 

「……あぁダメだ、心当たりが多過ぎて納得出来ちまう」

 

「本当に何やらかしてるのよ……」

 

 

ウェーブさんのいう通りに他意は無いのだろうが私は彼を信じきれなかった。彼がボス攻略に興味は無いことは知っているが何か企んでいるのではと勘ぐってしまう。

 

 

彼を信じていいものかと迷っていると、ユウキがウェーブさんの前まで駆け寄って行った。

 

 

「ねぇお兄さん、本当に通っていいの?」

 

「良いぞ?俺のこの澄んだ瞳を見てくれ。嘘を言っている様に見えるか?」

 

「う〜ん、スッゴイ濁ってるんだけど」

 

「ガッデム」

 

「でも、嘘は言ってないね」

 

「だからそう言ってるじゃん」

 

「みんな〜!!行こうよ!!」

 

 

ユウキの言葉を信じてか、〝スリーピング・ナイツ〟のみんなも警戒しながらボス攻略にゆっくりと近づいていく。それを見てウェーブさんはわざとらしく肩を竦めながら回廊の端まで移動して腰を下ろした。

 

 

彼の事だから油断した隙に襲いかかって来ると思っていたが、様子を見る限りはそんな気は無い様だ。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

ボス部屋に入る直前で、ユウキが思い出したかの様にウェーブさんに近づく。

 

 

「ねぇねぇ、頼まれたって言ってたけど誰に頼まれたの?」

 

「〝絶刀〟って言ったら分かるか?分からない?じゃあランっていうウンディーネって言ったら?」

 

「ーーー」

 

 

ランというプレイヤーの名前を告げられた瞬間、ユウキは動きを止めた。何かあったのかと思い〝スリーピング・ナイツ〟の他のメンバーにランという名前の意味を聞こうとしたが、誰もが驚いている様だった。

 

 

「本当に……本当にランに頼まれたの?」

 

「本当だよ。この濁った目を見て信じてくれ」

 

「信じられる要素が一切無いんだけど……」

 

「嘘、俺の信用なさ過ぎ……」

 

「信じられないかもしれないけど、私も一緒に居たから本当の事よ」

 

 

シノンが同意した何とか信じられるという辺り、ウェーブさんの信用は存在しないと思われる。何せ今では大人しくなっているのだが昔は騙し討ちとか息をする様にやっていたから。

 

 

「はぁ……信じる信じないはそっちの勝手だけど早く部屋に入った方が良いぞ。後ろから団体様が来てるから」

 

 

団体様、そう言われて思い付くのは攻略専門ギルドだけだ。ウェーブさんが先遣隊を倒したので後から来るのは残りのレイド部隊だろう。このままかち合ったらボスに挑む前に余計な消耗を強いられる事になる。

 

 

「……ウェーブさん、頼んでも良いですか?」

 

 

私たちが先にボス部屋に入ってしまえば後から来るプレイヤーは私たちが勝つか負けるまではボス部屋に入ることは出来なくなる。勝つつもりなのだが勝ったとしても負けたとしても、このままでは攻略専門ギルドから私たちは〝先に攻略された〟などの理不尽な怨みを買う事になってしまう。

 

 

だけど、ウェーブさんが攻略専門ギルドと戦ったのなら、〝彼が邪魔をしたのでボスに挑まなかった〟と怨みを彼になすり付ける事が出来る。酷いことをしているという自覚はある。後から私が出来ることならば何でもするつもりでいるのだが、ウェーブさんは子供をあやす様に私とユウキの頭を優しく撫でた。

 

 

「元からこっちはそのつもりだ。それに今更俺に対する怨みなんて一つや二つ増えたところで痛くも痒くも無いしな」

 

「待って、お兄さんってどれだけ怨み買ってるの?」

 

「取り敢えずALOの9種族全部から一通りは怨み買ってる」

 

「……嘘でしょ?」

 

「ユウキ、この人が言ってることは本当よ。特にサラマンダーが田植えされたとかで彼の顔見ただけで錯乱するくらいのトラウマ植え付けられてるわ」

 

「いやぁ、あの頃は落ち着きが無くって若かったからなぁ」

 

「私と同い年が何を言ってるのよ……」

 

 

兎も角、私たちに出来ることは言葉をウェーブさんに任せる事だけだ。落ち着きを取り戻したみんなを連れてボス部屋の扉を開く。そして中に入り、扉が閉じるその直前で、

 

 

「ーーーお兄さぁん!!ありがとぉ!!それと、ランにありがとうって言っといて!!」

 

 

ユウキがウェーブさんに向かってそう叫んだ。それに対してウェーブさんは振り返りもせずに片手を挙げただけで返す。

 

 

「ねぇ、ランってもしかしてユウキ達が言ってたギルドを抜けた人の事?」

 

「えぇ、やりたい事があるからってギルドを抜けてそれからは行方不明だったんですけど……どうやらあの人を見る限りではやりたい事はやれたみたいですね」

 

 

私の疑問にシウネーが答えてくれた。27層の宿屋で〝スリーピング・ナイツ〟は7人居たのだが、1人は理由があって抜けたと言っていたのを思い出したのだ。ウェーブさんの言葉を信じるのなら彼にランというプレイヤーが接触し、私たちの手伝いをする様に頼んだのだろう。

 

 

「……ねぇユウキ、ランさんに会いたいって思わない?」

 

「……うん。ボク、またランに会いたい」

 

「じゃあ、ボス戦が終わったら会いに行きましょう。ウェーブさんを使えば会えるだろうから」

 

「ーーーうん!!」

 

 

威勢の良い返事をしてくれたのはユウキだけだが、他のみんなも頷いて賛同してくれる。ボス部屋の壁に掛けられた篝火が点火していく中で武器を構える。

 

 

「みんなーーー勝とう!!」

 

「「「「「「ーーー応ッ!!」」」」」」

 

 

お腹の底から出された返事を聞きながら、私たちは二度目となるボス戦に挑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーエグッ、エグッ……ユウキィ……みんなぁ……」

 

「……姿見せないで泣くぐらいなら顔出してやれば良かったのに」

 

「だって……だって、そんな事したらみんなに水を差す事になるじゃないですかぁ……」

 

「だからと言って隅の方で泣かれるのも困るのだけど」

 

 

アスナ達がボスに挑む為にボス部屋の中に姿を消す、それと同時に〝隠者のローブ〟で隠れていたランが姿を現して急に泣き始めた。話を聞く限りではランとアスナと一緒にいる彼らは決して浅い仲ではないはずだ。本当なら顔を出したかったのだろうが、自分の都合でギルドを抜けてしまったという負い目を感じて尻込みしてしまったのだろう。

 

 

泣きたい気持ちは分かる、だけど隅の方で泣かれても何も事態は好転しないのだ。

 

 

「はぁ……だったらあいつらのボス戦が終わったら会いに行きゃあ良いだけの話だろ?」

 

「でも、でもぉ……我が儘でギルドを抜けた私にみんなに合わせる顔なんて……」

 

「確かに色々と言われるかもしれないけど、あいつらの事だから最後には許してくれると思うぞ?俺も一緒に着いて行ってやるから、な?」

 

「……本当ですか?」

 

「ホントホント、俺嘘吐かない」

 

「私も行ってあげるから泣き止みなさい……まだ終わってないんだから」

 

 

そうだ、シノンの言った通りにまだ終わりではない。これから来る攻略専門ギルドのヘイトをアスナ達から俺に向けるという仕事が残っている。ダンジョンに入ってしまえば外からは連絡が出来ないが、最初にアスナ達がボスに挑んだ時に倒した3人組から俺たちーーー正確に言えば俺がいることはバレているはずだ。これから来るレイド部隊も、俺への対策を考えているに違いない。となれば、ランをいつまでも泣かせておく訳にはいかないのだ。

 

 

「……ちょっとだけ」

 

「ん?」

 

「ちょっとだけで良いですから……頭を撫でて下さい」

 

 

そう言ったランはいつもの様なキチガイ染みた人間ではなく、年相応の女の子に見えた。どうして良いのか分からずにシノンに目を向けるが、シノンはしょうがないと言いたげに首を縦に振っただけだった。

 

 

それで許可が出たと思い、ランの頭を優しく撫でる。

 

 

「……これで良いのか?」

 

「はい……ウェーブさんの手って大きいですね。優しくて、温かくて……お父さんみたいです」

 

「これでも男だからな。父親と同一視されるのはちょっとあれだけど」

 

「……ふぅ、もう大丈夫です。ありがとうございます」

 

 

そう言いながらランは涙を拭って立ち上がった。さっきまでの凹んでいたランの姿はもう無い。それは同時にさっきまでの年相応の女の子に見えたランが居なくなったことを意味する。

 

 

「復活!!復活!!超絶可愛い美少女剣士ランちゃん、ウェーブさんの愛を一身に受けてここに復活!!」

 

「……」

 

「シノン、ステイ。射殺したいのは分かるけどこんなのでも居ないと流石に厳しいから」

 

 

ランの言動にイラっとしたのは俺も同じなのだが、俺への対策を考えてあるレイド部隊を相手にするのにラン程の実力者が居なくなるのは厳しい。

 

 

「ん?ん?どうしましたシノンさん、そんなに短気だとウェーブさんに嫌われちゃいますよ?短気は損気ですよ?」

 

「黙れよ、またガマ油に浸すぞ」

 

「ヒギィ」

 

 

イラつきしか感じさせない笑みを浮かべながらシノンを煽るランを〝スメルトートのガマ油〟入りの小瓶をチラつかせることで黙らせる。

 

 

そしてーーー回廊に大人数の足音が響く。それはレイド部隊の接近を知らせる物だった。

 

 

 






アスナ視点でのボス再戦前。原作で占領していたプレイヤーたちは修羅波の手で倒されました。きっと彼らは今頃、デスペナに悲鳴をあげているに違いない。

年相応の女の子なったかと思えば再びキチガイとして復活するランねーちん。ギャップってのは大切だなぁって思い知らされました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボス攻略、その裏で

 

 

ランを立ち直らせてから数十秒もすれば攻略専門ギルドのレイド部隊は視界に入ってくる。平日の昼の時間帯であるというのに俺を警戒しているのか100人近い大人数でだ。中には俺たちが瞬殺した斥候部隊(スカウト)のプレイヤーの姿も見える。

 

 

「これはこれは、こんな大人数で何の用かな?ボス部屋は現在使用中だから順番待ちしてもらうしか無いんだけど」

 

 

そんな大人数と対峙した事は無いシノンとランは緊張からか身体を強張らせてしまっているので彼女たちに注意が行かぬ様、それでいて俺にヘイトが集まる様に言葉を選びながら二歩ほど前に出る。

 

 

「ウェーブさんよぉ……俺たちが何を言いたいのか分かってるだろ?」

 

「せっかく他のギルドを使ってボスの情報を集めようとして、その上占領してボス攻略のリターンを独占しようとしていたのに邪魔したな……と、こんなところかな?」

 

「分かってるじゃない。だったら聞かせてもらおうか、なんでこんな事をしやがった?アンタはボス攻略に興味を持ってないはずだろ?俺たちの邪魔をする意味なんて無いんじゃないのか?」

 

 

レイド部隊のリーダーポジションを務めているからなのか、問い掛けてきたサラマンダーの男性プレイヤーはやけに理性的だった。後ろで武器や杖を構えているプレイヤーたちは邪魔をした事に殺意混じりの視線を向けて今にも飛びかかりそうだというのに。

 

 

確かにこのプレイヤーが計画していた通りにアスナたちを使って情報を集め、このレイド部隊がボスに挑んでいたのなら攻略出来ていたかもしれない。指揮官ポジションの人間に求められるのはどこまでも理性的である事。どんな予想外な出来事が起きたとしても、身内切りをしなくてはならない事態になったとしても、どこまでも冷静で理性的に指示を出さ無くてはならない。そうしなければ率いている集団が混乱してしまうから。

 

 

もし俺がランと知り合っていなければ、ランに頼まれていなかったらこの場はこいつに譲っていたかもしれない。

 

 

だけど、それはもしも(IF)の話でしか無い。

 

 

「頼まれたからだよ。あのギルドがボス攻略するのを手伝ってくれってさ。パーティーに溢れたからこうしてお前たちの邪魔をしている訳だけど。ついでに言うと、これは頼まれただけじゃなくて俺もそうなって欲しいって考えてるから」

 

 

始まりはランに頼まれてだったのだが、俺が見たくなったのだ。アスナとあの6人がたった1パーティーだけでボスに挑み、勝利して喜んでいる姿を。〝剣士の碑〟に名前を刻んで、本当にボスを倒したと歓喜している姿を。

 

 

「だから邪魔なんだよ、お前らは」

 

 

そう言いながら刀を抜いて一振り、床に深々とした一本の傷を着ける。

 

 

「この線を越えようとしてるのならブチ殺す。あぁ、邪魔をしているって自覚はあるからハンデとして俺は手甲だけでやってやるよ」

 

 

役目を終えた刀を鞘に戻し、二本ともストレージに戻す。そして代わりに炎の様な紅い文様の刻まれた黒い手甲を出して装備し、拳と拳をぶつかり合わせて心地良い金属音を響かせる。

 

 

「ーーー待てよウェーブ、俺も混ぜてくれ」

 

 

緊張感が高まり、一触即発だった空間に新たな乱入者が現れる。回廊の緩く湾曲している壁面で30メートル以上の〝壁走り(ウォールラン)〟を決めながらレイド部隊を越え、靴底のスパイクから火花を飛び散らせながら床……正確には俺の隣に着地する。

 

 

黒いレザーパンツに黒いロングコート、短い黒髪に黒い鞘とどこまでも黒一色に揃えられたスプリガンのプレイヤー……キリトだった。

 

 

「おせぇよゴッキー」

 

「誰がゴッキーだ。お前たちが早いんだよ……こっちはエギルからギルドが動いたって教えてもらって直ぐに来たっていうのに」

 

「それくらい予想しておけよ。俺らはアスナたちが最初にボスに挑んだ時からここに居たぞ」

 

 

軽口を叩き合っているがキリトの増援は正直に言ってありがたい。キリトはALOでも指折りの実力者、例え数の暴力による一方的な戦いに慣れていないとしても戦える事には間違いない。

 

 

「1人か?」

 

「クラインも連れて来てたんだけど……この人数じゃ焼け石に水っぽいな」

 

「姿が見えないぞあの非モテ野武士ぃ……安心しろ、本音を言うと使いたくなかったんだけど一応最終兵器は連れて来てるから」

 

「……待て、ウェーブが使いたくない最終兵器とか嫌な予感しかしないんだけど」

 

「いいや、呼ぶねッ!!」

 

 

現在集まっているのは100人近くだが、これからもっと集まってくる可能性がある。その事を考えるのなら余裕ぶって出し惜しみするよりも始めから使っておいた方がいい。

 

 

ーーーおいでませ、血に飢えた妖精さんッ!!

 

 

俺がそう叫ぶのと同時にレイド部隊の頭上から()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そしてその影がレイド部隊の中に入りーーー爆音と共に水柱ならぬ()()()()()()

 

 

「えーーー」

 

「なーーー」

 

 

隣にいるキリト、そして前にいるサラマンダーのプレイヤーも突然の爆音に間抜けな声を出す。攻撃をしたとは分かっているのだろうが、それが魔法でもソードスキルでもない()()()()()()()で行われたのが信じられないのだろう。

 

 

「「ーーーハッハッハッハァッ!!」」

 

 

そんなキリトとサラマンダーのプレイヤーなど知らぬ存知ぬと言いたげに、下手人……ノームの男性プレイヤーとプーカの女性プレイヤーは楽しげに笑いながら何が起きたのか理解できていないレイド部隊を相手に純粋なプレイヤースキルだけで襲い掛かっていた。

 

 

「はっじめましてロートスですッ!!」

 

「おはこんにちばんわ!!クロードだッ!!」

 

「「名乗りは済ませたからさっさと死ねッ!!」」

 

 

ノームの男性プレイヤーのクロードとプーカの女性プレイヤーのロートスがそれぞれ手にしている槍と刀を唖然としているプレイヤーの急所に叩き込んでクリティカルをまるで息でもするかの様に自然に発生させている。ALOは一体いつから無双ゲーに変わってしまったのか。

 

 

「……ねぇウェーブ、クロードって人は分からないけど、もしかしてロートスって」

 

「うん、シノンが想像している通りの人物で間違いないぞ」

 

「蓮葉さん……ッ!!」

 

 

シノンが思わず顔を覆い隠してしまうのも無理は無い。ロートスと名乗ったプレイヤーの正体は俺の母である漣蓮葉、そしてクロードと名乗ったプレイヤーは俺の爺さんである漣蔵人(さざなみくらんど)なのだから。

 

 

レベル制のVRMMOに2人を呼んだとしても始めたばかりなのでいくらリアルで強くてもレベルという絶対的な差で突き放されてお終いだ。だけどALOの様なレベルではなくてプレイヤースキルを重視するVRMMOならば話は変わる。例えゲーム初心者だとしても装備を整えてやればリアルで培った技術を使ってある程度は戦える様になる。

 

 

「俺が禁じ手だって言った理由、分かっただろ?」

 

「嫌という程に思い知らされたわ……」

 

 

リアルで強いからALO内でも強いという理不尽。

 

初心者でありながらベテランプレイヤーを蹂躙出来るバランスブレイカー。

 

禁じ手中の禁じ手とは、身内を召喚するだけの事。それだけで大体の事は解決してしまう。

 

 

「クソッ!!隊列を組直せ!!いくら強くても相手は少人数だ!!

前もって説明していた通りに数で押せ!!増援が来るまで持ち堪えろ!!」

 

 

予想外の事態に唖然としていたサラマンダーは直ぐに正気に戻って指示を飛ばす。腹の底から出た声は良く通り、ロートスとクランドと間近で対峙している者は無理だが距離を置いているプレイヤーたちはその指示に従い出した。

 

 

「余所見して良いのか?」

 

 

部隊の混乱を立て直そうとするのは間違ってはいないが、俺という敵が間近にいるのにそれはいただけない。指示を出すために後ろを見せたサラマンダーの背後に忍び寄り、股間を蹴り上げてから発勁を放ち、足払いをかけて頭を震脚で踏み砕く。

 

 

「……エゲツない」

 

「隙を見せた方が悪い」

 

 

敵の前で背中を見せるなんて殺して下さいと言っている様なものだ。〝残り火(リメインライト)〟となったサラマンダーから視線を外して前で武器と杖を構えるレイド部隊と向かい合う。指揮官ポジションのプレイヤーが倒されたのだがその時の場合も考えられていたらしい。指示を出すものもいないのに壁役(タンク)が盾を構えて壁になり、その後ろから弓兵が鏃を俺に向けてメイジが詠唱を始めている。

 

 

シノンとランが事態を飲み込む事に成功して再起動しているのを気配で確認しつつ、どうやってこのレイド部隊を壊滅させようかと思考を巡らせーーー壁役(タンク)を弾き飛ばしながら現れたサラマンダーのプレイヤーの斬撃を反射で避けた。

 

 

「ーーー会いたかったぞ、ウェェェェブゥゥゥゥゥッ!!」

 

「ゲェッ!!ユージーン!!」

 

 

斬り掛かってきたのはサラマンダーでもトップクラスのプレイヤーであるユージーン。過去に田植えをした時から目をつけられ、今ではユージーンの方から俺を探して挑んで来るというストーカーじみた事をされる様になってしまった。強い事は強い、だけどしつこいのだ。俺を倒したいのは分かるが、街中でも障壁に御構い無しで襲って来るのは本当にやめて欲しい。

 

 

俺がここにいると攻略専門ギルドから聞いて来たのだろうがタイミングが悪過ぎる。しかもユージーン1人ではなく、回復専門なのかメイジを数人だけ連れて来ている。乱戦になるのなら楽が出来て良いのだが、俺の戦い方を知っているユージーンはそれをさせないはずだ。それでいて自分だけ回復出来るようにしている辺り、本当に俺を倒そうとしているのが分かる。

 

 

こんな時で無ければ楽しめたと思うのに、本当に残念だ。

 

 

「こいつの相手は俺がするから、あとは任せた」

 

「分かったわ」

 

「任せて下さい!!」

 

「俺っているのかな……」

 

 

シノンとランの心強い返事を、キリトの意味の無い呟きを聞きながら俺は〝魔剣グラム〟を振りかざしながら迫るユージーンに集中する事にした。

 

 

 






禁じ手中の禁じ手、それはキチ母とキチ爺の同時召喚。ALOはプレイヤースキル重視だからリアルが強かったらALOでも強いという欠点を教えてくれるキチガイ共です。

このままだとレイド部隊が蹂躙される未来しか見えないので修羅波を倒す事に執念を燃やす魔改造ユージーンを投下。しかも時間経過で増援も約束されてる。これでバランスは取れているはずだ!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

VSレイド部隊

 

ウェーブが呼び出したロートスとクランドにより強制的に戦いは始まってしまった。始めは2人は背中合わせの状態でレイド部隊に挑んでいたが、途中からは飽きて来たのか、このままでは勝てないと思ったのかレイド部隊に飛び込んで戦場を掻き乱している。普通ならVRMMO初心者のあの2人が攻略専門ギルドのベテランプレイヤーに挑むなんて自殺行為だと止めるのだろうが私はウェーブという前例を知っているので大丈夫だと思っていた。

 

 

なぜなら、あの2人はウェーブの身内だから。リアルでも不良を相手に無双出来るくらいに強く、VRMMOでもプレイヤースキルで蹂躙出来る程に強いウェーブの身内は弱いはずがないと思っている。

 

 

過去に不知火から聞いた話なのだが、漣の家系は極端な場合はあるもののほぼ全員が()()()()()()()()()()()()()()。戦闘一族だからなのかは不明だが、ほとんどの場合が一世代前の全盛期を次世代の全盛期が超えているらしい。今の世の中で強さを求めるとか頭がおかしいと思うのだが、そんな彼の事を素敵だと考えている辺り、私も頭がおかしかなってるのかもしれない。

 

 

その理論で言うとウェーブはロートスよりも強く、ロートスはクランドよりも強いという事になる。しかし離れて見ている限りでは、ステータスというプレイ時間がモノを言う数値を除いて2人のプレイヤースキルはウェーブよりも研鑽されているように見える。

 

 

動きと動きの繋ぎ目は認識出来ない程に滑らかで淀みがない。槍を突き、剣を振った筈なのに気が付けばまた槍が突き出されて剣が振るわれている。そこら辺はウェーブから言わせれば単純に積み重ねて来た時間が違うかららしいのだが、私がいくら時間を掛けてもあんな風になれるとは思えなかった。

 

 

ロートスとクランド、それに加えてキリトが二刀流で飛び込んで暴れ回っているのであちらは大丈夫だろう。問題があるとすればウェーブの方だ。

 

 

ウェーブに挑んで来たのはサラマンダーのユージーン。サラマンダー領主の弟にしてサラマンダー部隊の指揮官を任せられる、一部の例外を除いてALO最強と呼ばれているプレイヤー。それを裏付けるかのように、彼はメイジを数人連れながらもたった1人でウェーブに立ち向かっている。

 

 

伝説武器(レジェンダリィ・ウェポン)である〝魔剣グラム〟が振り回される。一振り一振りが全身全霊を込めているのが聞こえて来る風切り音から分かる。下手に防御をすれば防御ごと叩き潰されそうな連撃、それをウェーブは()()()()()()()()()()()()。ウェーブならばそれを防ぎ、返しで一気に決着まで持っていけるのだが厄介な事に〝魔剣グラム〟には相手の防御を擦り抜けるという能力がある。仮にウェーブが防御していれば〝魔剣グラム〟は防御をすり抜けてウェーブに当たっていた。ユージーンとの関係は私とシュピーゲルがALOにコンバートした時に聞かされているので〝魔剣グラム〟の能力についても当然のように知っているのだろう。

 

 

無論、ただ避けるだけでは無い。攻撃の合間を縫ってウェーブはユージーンにパンチやキックを放っている。避けながらだからなのかダメージは少ないがこのまま続ければウェーブの勝ち。しかし当然の事ながらその対策はされていた。ユージーンの連れて来たメイジは加勢するような素振りを見せず、ただユージーンの回復だけに専念している。そうする事でウェーブが与えるダメージよりもユージーンの回復量の方が多くなり、ユージーンのHPは未だに満タンの状態のままだ。しかもユージーンはユージーンでただ殴られているように見えない。ウェーブの事だから人体に効くようなパンチやキックを放っているのを理解しているのか、わざと自分から喰らいに行く事で打点をズラし、攻撃の影響を軽減させている。

 

 

ウェーブが有利になる乱戦を防ぐ為に一対一、サポートのメイジたちを回復に専念させる事で擬似的であるが不死身の状態、加えてハンデだと言って本来の武器である刀ではなくて手甲を使っているウェーブという、どこからどう見てもウェーブが不利すぎる状況だった。

 

 

と、そこへ、レイド部隊の1人がウェーブに目掛けて突進して行くのが見えた。2人の近くでは邪魔が入らないようにしているのかランが戦っていたのだが逃してしまったらしい。ロートスたちに敵わないからせめてウェーブだけでもと不意打ちしようとしているのだろう。

 

 

「「ーーー邪魔だァッ!!」」

 

 

そしてそのプレイヤーはウェーブの殴打とユージーンの斬撃により一瞬でHPを全損させて〝残り火(リメインライト)〟に変わる。どうもあの2人は互いを集中していながらも全方向に注意が向けられているらしい。不意打ちで一度矢を射ってみたのだが、ユージーンは半歩ズレるだけでそれを躱してみせたのだ。流石はウェーブに挑んでいるだけのことはあると感心し、手を出しても邪魔になるだけだと判断してそれ以降は注意を向けるだけにしている。

 

 

だけど、あの2人も長くは続かないだろう。ウェーブは回避しか出来ず、その上一度でもユージーンの攻撃を当たってしまえば回復する手段が無いのでダメージはそのまま。ミスが許されない状況下では余裕のあるユージーンよりもウェーブの方が精神的な消耗が激しくなる。

 

 

それをウェーブは分かっているだろう。だというのにーーー

 

 

「どうした、動きが鈍くなってるぞ?もう疲れたのか?超絶可愛い美少女剣士のランちゃん?」

 

「クッ!!なんでそんなに余裕があるんですか!?もっとそっちの赤い戦闘狂に集中してくださいよ!!」

 

 

ーーーユージーンの攻撃を避けて拳を打ち込みながら、視界に入れずにランの事を煽っていた。いや、煽っているというのは半分ハズレか……正確に言えば、ランのレクチャーをしていた。

 

 

「重心が浮いて来てるぞ、もう少し腰を下げろ」

 

「ハァッ!!」

 

「脇が甘い、それだと二度目で終わる。手を止めずに三度四度と続けて振れ」

 

「フッ!!」

 

「肉で身体を動かすな、骨で身体を動かせ」

 

 

ユージーンの連撃を避けて時折反撃しながら、ウェーブは視界に入っていないはずのランの動きを指摘して訂正させる。返事をする余裕が無いのか掛け声だけしかランからは返ってこないが、それでもウェーブのアドバイスを素直に聞いているらしく、ランの動きは指摘される前よりも良くなっているのが見て分かる。

 

 

「弟子でも取ったのか?」

 

「弟子じゃないさ。だけどどうであれ俺の動きを手本にしてるんだ。ぎこちない、未熟な事を見れられれば指摘の1つや2つはしたくなって当然だろ?」

 

「分からんでもないが今は俺に集中して欲しいものだなッ!!」

 

「男から熱烈に求められてもな……ラン、見とけよ。それを上達させればこれくらいは出来るようになる(〝歩法:縮地〟)

 

 

ユージーンの横薙ぎの一振りを飛び退いて躱し、ウェーブは自分から開けた距離を詰める為に死地に踏み込む。一斬一斬が必殺級の連撃、それをウェーブはランにアドバイスした事と観察眼だけで見切り、そして回避する。右へ左へ、まるで宙を舞う木の葉のようにユラユラと変幻自在に移動しながら一歩一歩確実に距離を詰める。

 

 

「……いやぁ、流石に超絶可愛い美少女剣士のランちゃんでもそれは出来ないと思われますけど」

 

「無理だ出来ないはただの言い訳だーーーやれば出来るさ!!何事もッ!!」

 

「まったく……こうですか?」

 

「動きが硬い。力を抜いてそのまま動け」

 

 

ウェーブの見せた動きをランなりに模倣し、それをウェーブは見もしないで的確なアドバイスを言い、

 

 

「なら、こうですか(〝歩法:縮地〟)ーーー」

 

 

一体どうやって真似たのか分からない、ウェーブの動きを下地にして模倣し、体得し、自分の物とした縮地でランは三方から迫り来る剣戟を回避してプレイヤーに接近。そのままの勢いで首を撥ねとばす。

 

 

「及第点だな。まだまだ練りが甘い」

 

「鞭だけじゃなくて飴も欲しいんですけど」

 

「鞭だけで喜ぶ奴がほざきよる」

 

「酷いですね!?確かにウェーブさんからの鞭なら悦びますけど流石に飴だって欲しくなるんですよ!?」

 

 

その言葉を聞いて反射的にランを射抜こうとした私は悪くない。初対面の時から思ったのだが、ランはどうしてあそこまでウェーブに対して好意を見せつけてくるのだろうか。彼には私という恋人がいる事を彼女も知っているはずなのにそれを気にせずにアピールを繰り返す。

 

 

流石にリズベット程酷くは無いけど。

 

 

そう考えながら、レイド部隊の弓兵部隊が動き出しているのが見えたので適当に5本ほど矢を放つ。目標よりも上に向けて渾身の力で放たれた矢は空気を切り裂きながらロートスたちが戦っている戦場を乗り越え、突然弧を描きながら下へーーー弓兵部隊に向かって行く。

 

 

結果なんて見るまでも無い。狙って射るのでは無くて、射ったから当たるのだから。

 

 

流石にウェーブやキリトのようなトッププレイヤーにはそれは通用しないのだが、集団で戦うことに慣れて個の力を軽視しているプレイヤーならば関係ない。扇状に広がり、弧を描きながら矢は当然のように弓兵部隊の頭部に命中。その一瞬後に爆発する。

 

 

そして爆発にレイド部隊のプレイヤーたちが気を取られた一瞬の隙を突き、ロートスとクランドの動きが加速する。

 

 

キリトもプレイヤースキルでは届かないもののSAO、ALO、GGOを通して得た経験を十二分に発揮して2人に追いつこうとする。

 

 

現状の要はあの3人だ。3人が奮闘してくれているからこそ今の状況が保てていると言っても過言では無い。最低でもウェーブがユージーンを倒すまでは彼らには生き残ってもらう必要がある。

 

 

新たな矢を取り出し、戦場を観察しながら私は3人を生かす為にはどうすればいいのかを模索する。

 

 

 





現状、割といい勝負。意外かもしれないけどALOにはGGOみたいな一撃死が無いはずだからこうなる。

魔改造ユージーン、頑張る。修羅波が縛りプレイみたいな事をしてるからだね。刀使ってたら回復するよりも先にクリティカル連発で殺せばいいし。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

VSレイド部隊・2

 

 

「ーーーはぁ〜疲れた」

 

 

30分ほど時間が経過し、攻略専門ギルドの援軍がやって来たがロートスとクランドの無双は止まらなかった。キリトとランは流石に長時間の戦闘で消耗したのか時折私のところまで下がって休憩を挟んでいる。

 

 

「お疲れ様です」

 

「タメ口で良いぞ、畏まられても虫酸が走るだけだし。それにどうせゲームの中だからな」

 

「それは流石に図々しいような……」

 

「良いの良いの、ウチのクソ孫の未来の嫁さんなんだしな」

 

「ちょっと待って」

 

 

何だかとんでもない事を言われた気がする。

 

 

いや、確かにそうなれば嬉しいのだけど流石に気が早過ぎる。私も不知火もまだ未成年で結婚出来る年齢では無いし、仮に結婚出来たとしても経済的な不安もある。でも、彼の告白の時の言葉を考えたら……うん、これ以上思い出すと恥ずかしさで使い物にならなくなるので止めよう。

 

 

「真面目だなぁ。蓮葉……こっちじゃロートスだったな。あいつなんて15の時に男を逆レして妊娠、そいで16には産んでたぞ?」

 

「御免なさい、理解がちょっと追いつかないです」

 

 

改めて聞かされると不知火の家って本当に頭のネジが外れていると思い知らされる。15で逆レして妊娠とか蓮葉さんがアグレッシブ過ぎる。そういうのを私に求められても困る。

 

 

過去に一度、不知火にそういう事をしたいのか聞いたことがあるが、その時彼は私を正座させ、した時のデメリットを延々と説かれた。不知火にも性欲はあるが、考えも無しにしてしまえば後々で後悔すると。

 

その時は真面目だなと思ったが、蓮葉さんの話を聞いて本当に彼が漣家の常識人枠に収まっていたと思い知らされた。不知火が常識人枠に収まっているとか、漣家はキチガイの集まりなのか。

 

 

「ま、出来たらウチに来いや。貯えもあるから3人や4人くらいなら普通に養えるぞ?」

 

「出来てる事が前提なんですね……」

 

 

そうなれば間違いなくお祖父さんとお祖母さんはひっくり返るに違いない。お母さんは喜びそうな未来が見える。

 

 

でも、そうなったら……私が彼の子供を産んで、抱いている未来を考えると心が温かくなる。そんな未来が来てくれたらどれだけ幸せなんだろうか。もっと進んだ未来を想像したくなったのだが、今は手を止める事が出来ないので無理矢理その考えを中断する。

 

 

「ところでロートスだけで戦わせて大丈夫なんですか?」

 

「良くはねぇけどなぁ……奴さん、戦い方を変えて来やがったからな」

 

 

援軍がやって来たからレイド部隊は戦い方を変えた。今までは囲んで少しずつ削るような長期戦を見据えた戦い方だったのだが、攻撃が当たらないことに焦れたのか、それともロートスとクランドの危険性を認識したのか、自爆魔法を使っての神風特攻に切り替えて来たのだ。

 

 

我先にとロートスに群がっていくプレイヤーたちの姿は事案物の酷い光景なのだが、ロートスはそれを嘲笑いながら襲い掛かるプレイヤーたちの隙間を通り抜けて反撃し、自爆されるよりも前にプレイヤーを〝残り火(リメインライト)〟に変えている。

 

 

確かにあんな特攻紛いの事をされるのなら1人で戦った方が良いだろう。そういう意味ではロートスとクランドの判断は的確だった。時折、自爆の余波でロートスのHPは削られているので近いうちにロートスも〝残り火(リメインライト)〟に変わることになるだろう。

 

 

そうなったとしても次はクランドが動き出すので戦況には然程影響しないと思われるが。

 

 

「問題は不知火……ウェーブの方だな」

 

 

そう、クランドが言った通りに問題があるとすればユージーンと戦っているウェーブの方だ。状況は戦い始めた頃から全くと言っていいほどに変わっていない。つまりはユージーンの方が優勢で、ウェーブの方が劣勢。30分も回復魔法を飛ばし続ければメイジのMPも尽きるのだが、複数人いるので回復魔法は途絶える事なく飛ばされ続け、尽きたら即座にポーションで回復している。メイジのポーションが尽きるまで戦い続けられれば勝機はあるのだが、現状だとウェーブが勝てるとは思えなかった。

 

 

「あいつ……()()()()()()()

 

「遊んでる?」

 

「ユージーンだったか?確かにあいつは強いな。現実でもソコソコのところの強さだってのは見て分かるけど、()()()()()()()()。いくら回復させられているから死なないと言ってもやりようはいくらでもある。それなのにそれをしていない、武器も使わずに素手のままで殴る蹴るをするだけ。これを遊んでいると言わないでなんと言うんだ?」

 

「……確かに」

 

 

言われてみればクランドのいう通りだ。ウェーブは勝つためならば不意打ちでも何でもする。奇襲強襲なんて当たり前、初見殺しは対応出来ない方が悪いとGGOをプレイしていた頃から彼は良く言っていた。それを思い出せば、今のウェーブは遊んでいると言われても仕方がないと言える。

 

 

そもそもユージーンと戦いながらランにレクチャーをしていたのでそうとしか言えないが。

 

 

「ーーーさてっと」

 

 

と、ここでウェーブが動いた。ユージーンの斬撃を紙一重で避け、カウンターで顔に殴りに行く。それは何度も繰り返された行為で、ユージーンも同じ様に自分からぶつかりに行く事で打点をズラそうとする。

 

 

そして、握られていた拳から人差し指と中指が飛び出し、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ガーーーッ!?」

 

「よいしょっと」

 

 

視界の半分を潰された上に眼窩を抉られる痛みに一瞬だけユージーンは硬直し、その一瞬の隙をついて気の抜ける様な声を出しながらウェーブは()()()()()()()()()ユージーンを投げ飛ばした。

 

 

「ついでにもう片方も」

 

「ウェェェェェブゥゥゥゥゥッ!!」

 

 

自分よりも大きなユージーン地面に叩きつけ、流れる様に躊躇いなくウェーブは残っていたもう片方の目を踵で踏み抜いて潰した。部位欠損が発生したことによりユージーンの視界は一時的に使えなくなる。メイジが部位欠損を回復させようと上位の回復魔法の詠唱を始めようとするが、ユージーンという壁役が居なくなってしまった以上、彼らはただの案山子になってしまった。

 

 

十数メートルは離れていたはずの距離を数歩で詰め寄り、詠唱を妨害するために喉を潰す。反撃する手段を無くしたメイジを1人ずつ〝残り火(リメインライト)〟に変える作業を終えれば、ウェーブの勝利は決まった。

 

 

「どこだ!?どこにいる!!ウェーブ!!」

 

「ーーー」

 

 

〝魔剣グラム〟を支えにして立ち上がったユージーンだが視界が使えないのでウェーブを見つけることは出来ない。漫画やアニメだったらここで決め台詞の1つでも言いそうなのだが、ウェーブはそれで居場所がバレるのを嫌ったのか無言無音でユージーンに接近し、背後を取ると一息でユージーンの首を360°以上回転させた。

 

 

目への二連続とそれがトドメになったのか、ユージーンはHPを全損させて〝残り火(リメインライト)〟に変わる。普通ならばこれでウェーブに対してトラウマを抱き、二度と挑もうなどとは考えないのだが残念なことにユージーンは違う。

 

 

ウェーブに負けたことを悔しがり、ウェーブの強さを賞賛し、必ず勝ってやると奮起して再び挑んでくるだろう。少なくとも死に際の笑みを見る限りでは今日はもう挑んで来ないと思う。しかしウェーブの精神的負担が大きくなってそうなのでこの戦いが終わったら優しくしてあげよう。

 

 

「あんなの相手に手こずってんじゃねぇよクソ雑魚」

 

「神風特攻程度にビビって引いてるクソ雑魚に言われたところで負け惜しみにしか聞こえないんだよな」

 

「成る程成る程……表出ろやクソ孫ォッ!!」

 

「棺桶の用意は済ませたのかくそ爺ィッ!!」

 

 

ウェーブとクランドが互いの胸ぐらを掴んで額をぶつけ合いながら睨み合う。一触即発、このまま本当に戦い出しそうな雰囲気だったので足元に火矢を撃つことにする。爆発は当たり前の様に爆風と同速で飛び退かれた事でノーダメージだったのだが注意を逸らすことは出来た。

 

 

「ふざけるのは後にして今はこっちに集中なさい」

 

「おい、シノンちゃん怒ると恐えじゃねえか」

 

「怒ると恐いのは当たり前だ。だけど怒ってる顔も可愛いと思ってる俺は手遅れかもしれない」

 

「あ?好きになったら相手の全部が可愛く見えるなんて当たり前だろ?俺も婆さんがそうだったし」

 

「なんだ、正常じゃないか」

 

 

そういう話はせめて時と場合を考えてしてほしい。全部丸聞こえで顔が熱くなるのが分かる。それでも手を止めずにロートスたちでは無くてこちらに向かってくるプレイヤーに向かって火矢を放ち続ける。

 

 

「よっしゃ爺、どっちが多く倒せるか競争な!!カウントは今から!!」

 

「良いじゃねぇか!!負けたら飯おごれよ!!」

 

 

ユージーンという障害が無くなったウェーブとテンションが上がったクランドがレイド部隊に突貫して行くのを見て、勝ち以外の結末が見えなくなってしまった。

 

 

 






レイド部隊、神風アタックに手を出すもののキチ母に笑いながら対処される。自爆特攻くらい対処方法を考えておいて当たり前だと思ってるの。

魔改造ユージーン、目潰しされたから首をネジネジされるというエゲツない死に方。でも本人的には満足だったらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

依頼の終わり、そして……

 

 

「ーーーこれで終いだな」

 

 

最後まで残っていたプレイヤーの鳩尾に貫手を突き刺してクリティカルを発生させて〝残り火(リメインライト)〟に変える。周りを見渡せば数えるのが億劫になるほどの〝残り火(リメインライト)〟が散らばっていてキリトとランは武器を支えにして息絶え絶え、シノンですら疲れた様でその場に座り込んでいた。

 

 

クランドとロートス?プレイヤーの数が100を切った辺りからダンジョンの外に飛び出して行った。恐らくHPが無くなるまでひたすらPKし続けると思う。

 

 

「お疲れさん」

 

「勝てたのか……?」

 

「生きてる?私、生きてます?」

 

「前衛は全部やってくれたとはいえキツかったわね……矢が無くなりそうだわ」

 

「そういやクラインどこに行った?」

 

「クラインだったら途中で来たけど神風特攻に巻き込まれて死んでたぞ」

 

「役に立たねえなぁあの野武士」

 

 

クラインが出番すらない出オチをしていた事に呆れながらも精神的疲労からその場に座り込む。HPを確認すれば数ドット残った状態で赤くなっていた。回復しようとストレージを開いてみれば、入れていたポーションは残り1つになっていた。持てるポーションギリギリを持って来ていたはずなのにここまで消費させられてしまったと考えるべきか、それとも数百対6で勝利できたことを喜べば良いのか判断し辛いがここは素直に勝てた事を喜ぶとしよう。

 

 

ポーションを飲んでHPを回復させていると、固く閉ざされていたはずのボス部屋の扉が開いた。その瞬間にランはストレージから〝隠者の羽衣〟を取り出して装備し、姿を消した。どうもまだ覚悟が出来ていないらしい。あまりにも素早い行動にシノンも呆れている。

 

 

扉が開き切り、ボス部屋の中が公開される。そこにいたのは誰1人として〝残り火(リメインライト)〟に変わる事なくその場に立って喜び合っているアスナたちの姿だった。

 

 

「キリト君!!ウェーブさん!!シノンちゃん!!」

 

「お兄さんたち!!ボクたち、勝てたよ!!」

 

 

正直な話、数百人を相手に正面から戦うだなんて無茶だと思っていた。自分の強さを自覚しているとはいえ、所詮は個人で強いだけなのだ。戦いとは数、一騎当千の英雄だって万の雑兵で殺せる。例え俺よりも弱いプレイヤーだって数百人も集まれば負けるんじゃ無いかとどこかで考えていた。クランドとロートスという禁じ手を使って勝つ事は出来たが疲労困憊、良く良く考えてみれば俺の利益になるものはないも無い戦いだった。

 

 

だけど、心の底から嬉しそうに笑う彼女たちの顔を見て、ランからの頼み方を受けて良かったと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー疲れたぁ……」

 

「ーーーログアウトしたらそのまま寝そうね、これ……」

 

 

〝ロンバール〟に戻った俺とシノンは疲れを癒すために近くにあったベンチに腰を下ろした。キリトはやる事があるらしくてそのままログアウトし、アスナたちは打ち上げをすると言っていた。俺たちも誘われたのだがボスを倒したのはアスナたちだ。打ち上げをするにしても、まずは彼女たちだけでするべきだと言って断らせてもらった。

 

 

ランはアスナたち……正確にはアスナが手伝っていたギルド〝スリーピング・ナイツ〟のプレイヤーたちが姿を消してから〝隠者の羽衣〟を脱いで姿を見せた。姿を見せない事をどうこう言うつもりはない。姿を見せた方がランと〝スリーピング・ナイツ〟の為になる事は分かっているがこれは当人たちの問題で部外者である俺がとやかく言う資格は無い。

 

 

あまりにもぐちぐちとヘタれている様なら尻を蹴るくらいはやるつもりだが。

 

 

「……ウェーブさん、シノンさん。私の頼みを聞いてくれてありがとうございました。これでユウキたち……〝スリーピング・ナイツ〟のみんなの名前が〝剣士の碑〟に刻まれます」

 

「何、やりたい事をやっただけだから気にするなよ」

 

「ウェーブのヘイトは大変な事になってるけどね……それにクランドとロートスもよ。きっと今頃スレがいくつか立ってるんじゃないかしら?」

 

「逆に聞こう。立たないと思うか?」

 

「……思えないわね」

 

 

クランドとロートスの名前は間違いなくALO中に広がるだろう。堂々と名乗っていたし、プレイヤースキルだけで攻略専門ギルドを蹂躙していたのだから前の俺の様に指名手配扱いになると思われる。

 

 

だけど、2人がALOをプレイするのは今日1日だけだ。そうしないとプレイヤースキルを重視しているALOでは2人の存在はあまりにも大き過ぎて問題を起こしそうだから。この事は前もって伝えてあるし、2人も了承してくれた。代わりにGGOの存在を教えておいたから、これからVRMMOを続けるとしてもGGOの方をプレイするだろう。GGOの方がALOよりもPKを推奨しているし、あちらの方が(俺たち)には合っているから。

 

 

「私から貴方たちに渡せるものは何もありません……だけど、ウェーブさんは私に聞きたい事があるはずですよね?」

 

「そりゃあ気にしない方がおかしいだろ?」

 

 

どうしてランは俺の成長先の動きを知っているのか。ランからの依頼の最中には気にしない様にしていたが、解決した今では猜疑心が起き上がってくる。GGOにいた銃士X(マケスティア・イクス)の様な俺のファンで、俺の動きを真似て言っていたという可能性もありえなくは無いが、これが成長先となると話が違ってくる。未来予知という超能力的なものも考えられなくは無いが、そうなると〝スリーピング・ナイツ〟にアスナが力を貸すことを知っていなければならないので違う。

 

 

「隠すつもりはありません。だけど、ゲームの中じゃなくてリアルで話したいです」

 

「リアルでって……」

 

「……分かった、どこに行けばいい?」

 

 

リアルで会うとなれはオフ会のイメージがあるのだが、今のランの様子ではそんなに気軽なもので無い事は明らか。それでも彼女はリアルで会いたいのだろう。だったらそれを断る理由はどこにも無い。

 

 

「横浜港北総合病院、そこに来てください。2人の事は話しておくので……倉橋という人に紺野藍子(こんのあいこ)に会いに来たと伝えれば分かってくれると思います」

 

「それって本名じゃあ……」

 

「……漣不知火、アポイント取るにしてもこっちの名前を教えておかないと不便だろ?」

 

「あぁもう……!!朝田詩乃よ!!私も行くからね!!」

 

「……ありがとうございます」

 

 

そう言って頭を下げ、ランは悲壮感に溢れた笑顔を浮かべながらウインドウを操作してログアウトした。

 

 

「横浜港北総合病院でフルダイブ慣れしてる、か」

 

「何か心当たりでもあるの?」

 

「あるっちゃあるんだけどな……ごめん、俺先にログアウトするわ。ちょっと調べる事が出来た」

 

「分かったわ。私も疲れたし、明日から学校が始まるからね」

 

 

左手でウインドウを操作してログアウトし、現実世界に戻る。アミュスフィアを外すと同時に枕元に置いていたスマホを操作して電話帳から恭二の電話番号を引っ張り出す。

 

 

いつかは覚えていないが、前に恭二から〝メディキュボイド〟という医療用のフルダイブ機器の話を聞いた事がある。アミュスフィアにある体感覚キャンセル機能を利用した医療機器。実用化されれば麻酔に頼らずにある程度の全身麻酔と同じ効果が得られるらしい。その話を聞いた時に興味を持って、色々と詳しく聞いたことを覚えている。

 

 

そして……俺の記憶が確かならば、〝メディキュボイド〟が日本で唯一臨床試験をしている病院、それが横浜港北総合病院だったはずだ。

 

 

「あ、恭二?宿題終わった?手が空いてるのならちょっと聞きたい事があるんだけど……馬鹿、誰が振られた奴にベッド事情の相談なんてするんだよ。もぎ取るぞ?……ヨシヨシ、聞きたいのは〝メディキュボイド〟のことだけどさ……」

 

 

そしてその時に恭二は言っていた。〝メディキュボイド〟最も期待されている分野は〝ターミナルケア〟……日本語では、終末期医療と呼ばれる分野だと。

 

 

 





悲報、キチガイがALOに解き放たれました。とはいえ1日限定で、死んだらそれでお終い。戦闘後でHPも回復してないからワンチャンあるぞ!!(絶望

そしてランねーちんの秘密が解き明かされようとしている。

修羅波が〝メディキュボイド〟について知ってるのは新川きゅんから聞いたから。医者の息子で目指してるのなら話を聞いててもおかしく無いし。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邂逅

 

 

「来たわね……」

 

「そんなに堅くならなくても良いだろ」

 

 

アスナと〝スリーピング・ナイツ〟のメンバーが1パーティーのみでボスを倒し、〝剣士の碑〟に名前を刻むという偉業を成し遂げた翌日、始業式だけだった学校を終えた俺と詩乃はその足で横浜港北総合病院に来ていた。総合病院というだけあって規模は大きく、壁は建てられて時間が経っているはずなのに清潔さを感じさせる色合いに保たれている。始業式が終わってすぐに来たので訪れる人影は少ない。詩乃の手を引きながら受付に向かう。

 

 

「すいません、ここに紺野藍子という人がいるはずなんですが」

 

「紺野……まさか、お名前を教えて頂けますか?」

 

「漣不知火です。こっちは朝田詩乃」

 

「それと、何か身分が確認出来る物を」

 

 

そう言われても出せる物は学生証くらいしか思いつかない。素直に詩乃と一緒に学生証を出して証明写真と俺たちの顔を見比べられて確認される。本人だと確認出来ると看護師は受話器でどこかに連絡を取り、第二内科の倉橋という人物が会うと言う。おそらく昨日ランが言っていた人物と同じなのだろう。銀色のパスカードと一緒に返された学生証をしまいながら礼を言って指示された階へと移動する。

 

 

そして四階の受付前のベンチで待っていると白衣姿の男性が足早に近づいて来た。

 

 

「ーーー漣不知火さんと朝田詩乃さん、ですね?」

 

「はい、貴方が倉橋さんですか?」

 

「えぇ、紺野藍子さんの主治医の倉橋です。よく訪ねて来てくれました」

 

 

小柄でやや肉付きの良い倉橋さんはそう言いながら垂れ気味の目を細めながら微笑む。敵意を感じさせない朗らかな笑みは患者への精神的負担を与えないので医者としては利点だろう。俺の様な目付きだと警戒させていらぬ負担を掛けさせる事になるからな。

 

 

「立ち話もなんですし上のラウンジに行きましょう。あそこのラウンジのコーヒーは美味くも無いけど不味くも無いと有名なんですよ」

 

「素直に普通って言ったら良いんじゃ無いですか?」

 

「普通とも言い難いんですよね」

 

 

そう言って苦笑しながら倉橋さんはエレベーターに向かう。その後ろをついて行こうとすると、詩乃が服の袖を引っ張っているのに気が付いた。

 

 

「どうした?」

 

「……不知火が敬語で話すって違和感しか感じないんだけど」

 

「帰ったらALOでやったみたいに可愛がってやる。嫌だと言っても超可愛がってやる」

 

 

前にやった時のことを思い出したのだろう。詩乃は顔を真っ赤にさせると俯きながら頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倉橋さんに案内されたのは広々とした待合スペース。そこの奥まった席に詩乃を隣に座らせて倉橋さんとは向かい合って座る。周囲には人影が少なく、誰かが話を盗み聞こうとしている気配も感じられなかった。

 

 

「……確かに美味くも無いけど不味くも無いですね」

 

「それに普通とも言い難いわ……」

 

「でしょう?今ここに勤めてる看護師と医者の署名を集めてこれをどうにか出来ないかって話し合ってるところなんですよ」

 

 

倉橋さんが勧めて来たコーヒーはブラックで飲むと確かに美味くも無いけど不味くも無い、それでいて普通とも言い難い味をしていた。飲めなくは無いから俺はそのままブラックで飲んでいるが、詩乃は飲みにくかったのかミルクと砂糖を入れて飲みやすい様にしている。

 

 

「さて……2人は藍子さんの事をどこまで知っていますか?」

 

「私は知らないです」

 

「〝メディキュボイド〟を利用していると確信してます。多分、〝スリーピング・ナイツ〟……ランが所属していた団体も似た様な状況なんだと思います」

 

「なるほど……藍子さんが言った通りに漣さんは鋭い様だ」

 

「ねぇ、〝メディキュボイド〟って?」

 

「朝田さんは知らない様ですね。なら、そこの話からしましょうか」

 

 

〝メディキュボイド〟とは、アミュスフィアの体感覚キャンセル機能を利用した医療用フルダイブ機器だ。アミュスフィアの出力を強化して延髄に電磁パルスを送り神経を一時的に麻痺させる事で全身麻酔と同じ効果を発揮させる事が出来る。その間、患者の意識はVRワールドに行っていて手術の間の苦痛は感じないし、例え意識の無い状態だろうと患者とのコミュニケーションを取ることが出来る。見た目としては白い箱と同じだが、医療現場で生きる人間からしてみれば本当の意味での夢の機械と同じだ。

 

 

「そうなんですか……良く知ってたわね?」

 

「恭二から前に聞いたことがあってな。アミュスフィアを医療に使うっていう発想が面白かったって覚えてたんだよ」

 

「……だったら、漣さんは藍子さんが今どういう状況なのか理解してるんですね?」

 

「〝ターミナル・ケア〟ですよね?」

 

「〝ターミナル・ケア〟?」

 

「日本語では、終末期医療と言います」

 

「ーーー」

 

 

終末期医療。その言葉の意味は知らなくても響きからどういうものなのかは予想する事が出来る。予め予想していた俺は平気だったが、詩乃は冷水でも掛けられたかの様に表情を強張らせていた。

 

 

倉橋さんの表情も〝メディキュボイド〟について語っていた時の様な生き生きとしたものでは無くて労わる様なものに変わっている。

 

 

「漣さん、朝田さん。ここで話を止めておけば良かったと後になって思うかもしれません。その選択をしても僕は貴方たちを責めませんし、藍子さんも責めません」

 

「俺は聞きますよ」

 

 

正直な話、俺はランがどういう生き方をして来たのか大体予想は出来ている。なのでどんな話になろうが受け止める覚悟は出来ている。だけど、詩乃は分からない。ほとんど売り言葉に買い言葉の様な感じでここに来た詩乃にランの経歴を聞くような覚悟は出来ていない。この続きを聞いて、聞かなければ良かったと後悔するかもしれない。それが普通なのだ。普通の感性の人間なら、そう思う。

 

 

だけど詩乃は二、三度深呼吸をして気持ち落ち着かせると流石に頷いて話を聞くことを肯定した。

 

 

「……そうですか。藍子さんに2人とも話を聞こうとするとは言われていましたけど、本当にそうなりましたね。分かりました。藍子さんからは2人が望むなら全てを伝えても良いと言われています。ここから藍子さんの病室までは少し遠いので歩きながら話しましょう」

 

 

そう言って倉橋さんは立ち上がり、エレベーターに向かって行った。その跡をついて行こうとすると、詩乃が俺の手に自分の手を重ねているのに気が付いた。

 

 

そして、その手は僅かだが震えている。

 

 

その震える手を無言で握り、俺たちは倉橋さんの後を追ってエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エレベーターに乗りながら移動した先は病院の最上階となる12階。部外者の立ち入りを制限する為に〝スタッフオンリー〟と表示された通路といくつかの電子ロックの扉を潜りながら倉橋さんの跡を詩乃の手を引きながらついて行く。

 

 

その道中で語られたのは〝ウインドウ・ピリオド〟という言葉の説明、その〝ウインドウ・ピリオド〟の存在故に起こってしまう輸血用血液製剤の汚染、そしてラン……紺野藍子が出産の際の大量の出血によりウイルスに汚染された血液を輸血されてしまったこと。しかも紺野藍子だけでは無く彼女の両親、そして双子の妹までがウイルスに感染している事が輸血後の確認血液検査で判明した。

 

 

詩乃の足取りが重くなっているのを感じるがそれを無理矢理に引っ張って行く。ここに来る事を、そして話を聞く事を選んだのは詩乃なのだ。ならばここまで来て引き返すという選択肢は存在しない。彼女もそれを分かっているのか手を握る力を増しながらも大人しく引っ張られている。

 

 

〝第1特殊計測機器室〟と書かれたプレートが嵌め込まれた部屋に入る。内部は奥行きのある妙に細長い部屋で、左手側のガラスは黒く染まっている。恐らく、ここにランはいるのだろう。中を見れない様に黒く染められたガラスの前に立ったその時には、俺が痛いと感じられるほどに詩乃の手には力が込められていた。

 

 

だけど、彼女はその手を振り解いて逃げ出そうとしない。

 

 

「このガラスの先は無菌室なので入ることは出来ません。ご理解ください」

 

 

無言で頷いて肯定すると倉橋さんは黒い窓に近寄り、下部に設置されているパネルを操作する。微かな振動音と共にガラスの色が薄れていき、透明なガラスに変化して病室の光景を露わにした。

 

 

病室の中央にはベッドが設置されていて、その上で痩せ細った1人の人間が全身から周囲の機械に続いているチューブを生やして横たわっていた。顔はベッドと一体化した白い直方体が覆い被さっていて直接見ることは出来ず、見えるのは色素が失われた唇と皮と骨だけになって尖った顎だけ。

 

 

「彼女が、紺野藍子さんです」

 

 

それがALO内で〝絶刀〟と謳われた少女の現実での姿だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

告白

 

 

「……なんと言うか、想像以上の有り様だな」

 

 

〝メディキュボイド〟に繋がれている紺野藍子の姿を見てそう零す。生きている様で生きていない、機械によって生かされているだけの哀れな人間に見えてしまう。〝メディキュボイド〟の臨床試験を望んだのは彼女だから、こうなることは覚悟の上かもしれない。でも、俺からすれば今の状態は苦しみを長引かせているだけにしか見えなかった。詩乃は絶句して口元を押さえている。

 

 

「倉橋さん、彼女の病気は?」

 

「後天性免疫不全症候群……AIDS(エイズ)です」

 

AIDS(エイズ)か……」

 

 

AIDS(エイズ)は世間で騒がれている程に恐ろしい病気では無い。感染経路はすでに判明しているのでそれを理解して正しく接すればウイルスを持っている罹患者といても感染はしない。それに種類によってもだが、早期に治療を始めていれば発病を抑えることだって可能なのだ。

 

 

しかし彼女はこうして〝メディキュボイド〟に繋がれて生かされている。恐らくは感染したウイルスは薬の効きにくい薬剤耐性型の物だったのだろう。

 

 

「藍子さんは妹の木綿季くんと共に生後すぐに多剤併用療法を開始しました。たくさんの薬を飲み続けるというのは子供には辛い事です。強い副作用に悩まされながらも、彼女たちはいつか病気が治ると信じて頑張り続けてきましたが……」

 

「結局発症したか……」

 

「はい、小学四年生の時に。当時通っていた学校で酷い差別と偏見を受けたそうです。その時のストレスで発症したと推測出来ます。それ以来、彼女たちはこの病院にいます」

 

「〝メディキュボイド〟はいつから?」

 

「3年前からです。私から彼女たちに勧めました」

 

 

3年前、つまり世間がSAO事件で揺れていた頃から。〝メディキュボイド〟が臨床試験の最中だという事と合わせると彼女たちが使っているのは試作機なのだろう。倉橋さんは夢の機械などと言っていたが前例の無い治療な上に通常の数倍の電磁パルスを長期的にどんな影響を与えるのか誰にも分からないというリスクがある。そうは扱われていないだろうが、モルモットに近いと言っても過言では無い。

 

 

倉橋さんが勧めたのは無菌室に入る事で日和見感染のリスクを減らそうとしたからなのだろう。しかし、〝メディキュボイド〟の被験者になる事で別のリスクを背負う事になる。しかし彼女たちはそれを承知で被験者になる事を選んだ。バーチャルワールドという未知への憧れがあったかもしれないが、生きる為にこの選択をしたのだ。治療のための投薬の副作用に苦しまぬ様に、体感覚キャンセル機能を使用してずっとバーチャルワールドの世界にいながら。倉橋さんは3年と言っていたが、それはそのまま3年間バーチャルワールドの世界に居続けたという意味だろう。

 

 

だがそれももう限界なのだろう。ガリガリに痩せこけた彼女の身体からは生気が微塵も感じられない。死にかけ、死に間際の人間の発する死の匂いがガラス越しから伝わってくる。例え無菌室に入ったとしてもそれは空気感染を防ぐだけで体内の細菌やウイルスは残ったままなのだ。

 

 

「……彼女と話す事は出来ますか?」

 

「出来ますよ。隣の部屋にアミュスフィアがあるのでそれを使えばVRワールドでも話す事は出来ます」

 

「いや、このままで。折角顔を向かい合わせているのにそれは間違ってると思うんで」

 

『ーーーまったく、妙な拘りを持ってますね。ウェーブさんは』

 

 

部屋に設置されているスピーカーからランの声が聞こえてきた。頭の部分のモニターには会話中を知らせる〝Talking〟が表示されている。

 

 

「よぉラン、来てやったぜ。あと、漣不知火の方で好きに呼んでくれ」

 

『なら不知火さんって呼びますね。モニター越しですけど顔が見えます。本当にゲームの顔と同じですね。シノンさんはどこか面影がある感じですけど』

 

「……私も本名の方で呼んでいいわ」

 

『だったら詩乃さんと呼びます。先生、すいませんけど部屋から出てもらっても良いですか?彼らだけと話したいので』

 

「分かったよ。その代わりモニターはチェックしているからね。何かあったらすぐに飛び込むから」

 

 

そう言って倉橋さんは座って居た椅子から立ち上がって部屋から出る。そうする事で部屋の中には俺たちだけになった。

 

 

『さて……何から話しましょうかね?』

 

「ねぇ……ラン、貴女は助かるの?」

 

『ダメ、でしょうね。もう末期に入って余命のカウントダウン始まってますし。ここから回復しようかと思ったら奇跡を何回も起こさないと無理だって感じです』

 

「起こせば良いじゃないか」

 

『そう簡単に起こせないから奇跡って言うんですよ?なんで起こせないのって雰囲気で首を傾げないでください。まったく、これだから現代社会から外れたキチガイの一族はたちが悪い』

 

 

スピーカーから掛けられる彼女の声は楽しげで、だけどどこか影を感じさせた。

 

 

そして明らかに不自然な発言をする。彼女は俺の身内の事を完全に理解している様だった。彼女がAIDS(エイズ)を発症する前に出会っていたかもしれないが、俺は紺野藍子という人物に出会った記憶は無い。彼女が俺の事をなんの繋がりもないはずなのに一方的に知っている様なのだ。

 

 

「で、そろそろなんで俺を知っていたのかを教えて欲しいんだけど?」

 

 

それが俺がここに来た本題だ。ランの境遇を聞いて思うところはあったのだがそこはブレない。色々と言いたいことも出来たがそれは俺の本題が終わってからの話になる。

 

 

ランもそれを理解しているのだろう。間を空けてALOの様なおちゃらけた雰囲気ではない真剣な声色で語り出した。

 

 

『……分かりました。始まりは3年前です。〝メディキュボイド〟の被験者になり始めた頃に、不思議な夢を見たんです』

 

「夢?おいおい、まさかその夢に俺が出て来たとか言わないよな?」

 

『残念だけどそうなんですよ。それはALOじゃない、魔法じゃなくて剣が全ての世界。天空に浮かぶ鋼鉄の城〝アインクラッド〟ーーーSAOの夢でした』

 

 

SAOの夢で俺が出て来たと言われても理解が出来ない。俺はSAOをプレイした事などない。初めてプレイしたVRMMOはALOで、SAOの事などキリトたちSAO生還者(サバイバー)から聞いた話しか知らないのだ。

 

 

『その夢に出てくる不知火さんは今の姿じゃなくて大人の姿で登場してました。しかも1人だけじゃなくて詩乃さん、それと木綿季と一緒にデスゲームになったSAOで戦ってました』

 

 

もう理解が追いつかない。夢でとはいえSAOを俺がプレイしていただけでも混乱しているのにその上に俺が大人になって、そして詩乃と知りもしないランの妹と一緒になっていたとか。全部理解しようとしないで話半分で聞いておいてそういうものだと納得した方が良いだろう。

 

 

『キリト、アスナ、ディアベル、ヒースクリフ、アルゴ、ストレア、シュピーゲル、ユナ、ノーチラス……死んだら現実世界でも死ぬというのに、貴方たちは色んな人と楽しそうに笑いながら、SAOの世界で生きていました。私は、それを夢に見ていただけです』

 

「シュピーゲルの名前まで……知らないはずなのに……」

 

「……その夢で、俺の動きを知ったと?」

 

『はい。夢の中の不知火さんは、私にとっての憧れでした。強くて、優しくて、格好良くて……命の軽さを知っているからこそ命を大切にして、大切な人の為に戦う姿に憧れて、暇を見つけては不知火さんの動きを真似していたんです』

 

 

信じられない話だが、確かに納得が出来る。俺の成長先の動きを知っているから対処が出来た。どことなく俺の動きに似ていたのは俺の動きを真似していたから。だからあの攻略ギルドと戦っていた時にアドバイスをするだけで縮地を行うことが出来た。

 

 

『その姿に憧れて……気が付いたら気になって……もしかしたら夢じゃなくて本当にいるんじゃないかって考える様になったんです。だからSAOに似たALOを始めた時に無理を言ってギルドを抜けて貴方の事を探しました。私の知っている通りなら、適当に名前を売ったら向こうから来てくれるんじゃないかって考えて手当たり次第にデュエルして……まさか二週間もせずに来てくれるとは思いませんでしたけど』

 

 

シュピーゲルに言われたから俺はランの存在を知り、戦ってみたいと考えた。もしシュピーゲルから言われなくてもランの事が書かれているスレを見つけたら、きっと興味を持って探しに行っていたと思う。

 

 

出鱈目だと口にするのは簡単なのだが、それをすることは出来なかった。否定する事が出来ない証拠が揃い過ぎている。

 

 

ランは本当に夢で俺の存在を、大人になった俺の事を知っていたのだと認めるしか無かった。

 

 

 






ランねーちんが修羅波の事を知っていたのはSAOで戦うキチ波の事を夢で見ていたからという設定。3年間も夢で戦ってる姿を見せつけられれば、対応くらいは出来る様になる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

I LOVE……

 

 

『これが私が不知火さんの事を知っていた理由です。どうですか、驚きましたか?』

 

「驚きたいけど頭の方の処理が追いつかなくて驚かないんだよなぁ……」

 

「私もそんな感じよ……」

 

 

夢で見ていたから知っていたと言うふざけた理由なのだが、事実ランはそれで俺に対応してみせた。そして知るはずの無いシュピーゲルの名前まで出て来ている。その特徴を訊ねてみれば、今よりも若いが確かに恭二の特徴と一致していた。SAOでは茅場晶彦の手によりリアルの自分の顔でプレイさせられていたとキリトから聞いた事があるので疑いようが無い。

 

 

つまり、彼女は本当に大人の俺が詩乃と、そして彼女の妹であるユウキとSAOをプレイしている光景を夢見ていたのだ。

 

 

「はぁ……嘘みたいな話だけど本当みたいだな。で、ランはこれからどうするんだ?余命のカウントダウンが始まったからって大人しく死ぬ様な殊勝な性格はしてないだろ?てか、もしかして夢の俺に影響されてそんな性格になったの?」

 

『恥ずかしながらあんな性格だと悩みなんて無さそうだ羨ましいなぁって考えて……不知火さんに染められちゃいました』

 

「不知火、後でお話ね」

 

「え、ちょ、確かに俺が悪いかもしれないけど俺は関係無いんじゃ……あ、わかりました、だからその画像は止めてください。社会的に死ねるから」

 

 

過去に罰ゲームでやった俺の女装写真をSNSに投稿しようとしていた詩乃に土下座する。ちなみにその姿を見た恭二の感想は思い出したく無い。男としての尊厳が惨殺されるような感想だった。

 

 

『そうですね……まずは木綿季に謝って、それからどうしましょうか……出来る事ならずっと、貴方たちと一緒が良いんですけど……』

 

「それは夢で見たからなのかしら?」

 

『それもあります。でも、それだけじゃないです。不知火さんと詩乃さんは、友達だから……発症するまではクラスのマドンナとか言われてチヤホヤされてたんですけど、発症したら即座に拒絶されましたからね。今思うとあれは見事な手の平返しでしたね』

 

「息をするように自虐に走る辺り、本当にデジャブを感じるなぁ……俺は良いけど詩乃はどうしたい?」

 

「私も良いわよ。だって、ランは私の数少ない友達だから……あ、ダメねこれ。意外と心に来るわ。良くこんな事が息をするように出来るわね」

 

「慣れ、かなぁ?」

 

『慣れ、ですよね?』

 

「慣れたく無いわ、こんな事……」

 

 

俺の場合は自虐に走っても爆笑するような爺さんと母さんという漣家が誇る二大キチガイがいたから慣れただけだが、ランの場合は交友関係の狭さが原因で慣れてしまったのだろう。流石に詩乃にまでこんな芸風に走られると軽く死にたくなるので走らないで、そして慣れないでほしい。そんなことになったら俺は詩乃の爺さんと婆さんに腹を切って侘びをしなくちゃいけなくなる。

 

 

「取り敢えず、最初はランの妹と仲直りをしてからだな。その後は……アスナたちがやったみたいに〝剣士の碑〟に名前でも残してみるか?俺たちでギルドを作ってさ」

 

『私たちで、ですか?』

 

「あぁそうだ。誰にも知られずに、誰も悲しませずにひっそりと死ぬなんて悲し過ぎるからな。名前を残して誰にも知られて、死ぬ瞬間に大勢に看取られて悲しませながら満足感とちょっぴりの後悔を抱いて死ぬ。それが俺の考える最高のハッピーエンドだし、俺はそう死にたいと思ってる。悔いなく死ぬなんて聞こえは良いけど、言い方を変えたら悔いを残すような繋がりを持たずに死ぬって事だからな。そんな死に方、バッドエンド以外のなんでも無いだろ?」

 

 

もっと生きたかったなぁとか呟きながら家族に看取られて老衰で死にたいと俺は思っている。俺の様なロクで無しのキチガイがそんな死に方出来るかどうかは分からないけど、死に方を思い描く自由くらいは許して欲しい。

 

 

『あぁ……確かに、そんな死に方が出来たら良いですね……私が死んだら、不知火さんと詩乃さんは悲しんでくれますか?』

 

「少なくとも涙を流すくらいには悲しむな。短いとはいえ結構濃い付き合いしてたから」

 

「私も泣くわね。だから……泣かせたくなかったら、長生きしなさい」

 

『ーーー』

 

 

ランからの返事は無いものの、感極まっているのかスピーカーからは僅かな嗚咽が聞こえていた。どうしたものかと悩む。爺さんから女が泣いていたら慰めてやれと言われて育てられたのだが、あれやこれやと言葉をかけるのはどうかと思い、詩乃にやっていた様な抱き締める方法しか知らないのだ。本当だったらそうしたいのだが残念ながらランは無菌室の中で入る事は出来ないのでそれは出来ない。

 

 

どうしようと考えるが、詩乃に服の袖を引っ張られて視線をそっちに向ける。すると彼女は目で部屋から出て欲しいと訴えていた。同性として何か語りたいことでもあるのだろう。それを察して俺は出来るだけ音を立てずに部屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不知火を部屋から出し、扉が閉まり切った事を確認する。壁の薄い部屋だったら声が聞こえそうなのだが見た限りではこの部屋の壁は厚い。彼でも簡単には盗み聞きすることは出来ないだろう。もっとも、彼は常識を弁えているのでそこら辺のことは心配していないのだが。

 

 

「……ラン、ちょっと良いかしら?」

 

『……御免なさい、急に泣いちゃって……あれ、不知火さんは?』

 

「2人っきりで話がしたくて部屋から出てもらったわ」

 

 

泣くのに集中していたせいでランは不知火が部屋から出た事に気付かなかった様だ。仮に泣いていないとしても音も無く、泣いているランを気遣って気配を消しながら部屋から出た彼の事を知覚できるのかは怪しいところなのだが。

 

 

「ねぇ、貴女……()()()()()()()()()()?」

 

『ーーー』

 

 

確信を持って言った一言で心電図の反応が一瞬だけ跳ね上がり、何事かと倉橋さんが部屋に飛び込んでくる。不知火に聞こえない様に注意しながら女子会の定番の話をしていたと言ったら納得してくれたが、あまり彼女に負担を掛けないようにと注意されてしまった。

 

 

『ど、どうして分かったんですか!?』

 

「興奮し過ぎるとまた倉橋さんが来るわよ。それは気がつくわよ、私も彼の事が好きなんだから。自分が向けている好意を貴女が向けているくらい分かるわ」

 

『……凄いですね。夢の中の詩乃さんほどじゃないですけど』

 

「待って、夢の中の私は何をやらかしてるの?」

 

『木綿季と一緒に不知火さんに向かって好き好きアピールしまくってる上に思いっきり性的な意味でアプローチかけてますね。お陰でゲーム内での不知火さんはロリコン扱いされて社会的地位は完全消滅しかけてます』

 

「本当に何やってるのよ……!!」

 

 

好き好きアピールならまだ百歩譲って納得しよう、私も控えめだけどそういうことはやっている自覚はある。だけど性的な意味でアプローチってなんだ。私が知る不知火にするのなら微妙なところだけど、大人の不知火にやったら完全にアウトだ。しかもロリコン扱いされているということはそれだけ歳が離れているという事だ。自分じゃない自分だと分かっているけど恥ずかしくなってくる。

 

 

『それで、さっきの質問なんですけど……はい、私は不知火さんの事が好きです』

 

「やっぱり」

 

『大体なんなんですかあれは!!普段はキチガイでおちゃらけてるのに決めるとこでは決めてカッコイイって反則ですよ!!しかもすっごく包容力があって……あんな姿見せられた惚れるに決まってるじゃないですか!!』

 

「落ち着きなさい」

 

 

ランの言いたいことは分かる。こちらの不知火も〝死銃〟事件を終えるまではヘラヘラと仮面の様な笑みを浮かべておちゃらけていたがそれ以降は落ち着きのある笑みを浮かべるようになり、しかも要所要所でカッコイイ姿を見せるのだ。それに私がトラウマで発作を起こしていた頃には落ち着くまで側に居てくれたし……普段の言動はキチガイなのに、そういうところは本当にカッコイイと思う。

 

 

そんな姿を大人の不知火とはいえ夢で、しかも病気で心が弱っている時に見れば惚れてしまっても仕方がない。私だって気が付いたら彼の事が好きになっていたのだ。3年間も夢で不知火のことを見続けていた彼女も好きになってもおかしくはない。

 

 

22層でランが不知火にキスをした時にほんの少しだけ恋する乙女の顔になった事が気になっていたが、今日の話を聞いて確実に惚れていると確信出来た。

 

 

『でも……不知火さんの隣には詩乃さんがいます。略奪愛なんて好みじゃないですし……』

 

「そこで略奪愛上等とか言わないでくれて本当に良かったわ」

 

 

リズベットならば確実に叫んでいたに違いない。アスナと付き合っているキリトに惚れていて、しかも諦めないで既成事実を狙いながら略奪愛を企む彼女ならきっと叫んでいた。リーファとシリカの協力が無かったら今頃キリトはアスナと別れてリズベットに首輪を付けられていただろう。

 

 

「……はぁ、しょうがないから、ALOで少しだけなら不知火に引っ付いても良いわよ」

 

『え?……何を企んでるんですか?』

 

「企むって何よ……私だって女なのよ。好きな人と一緒に居たいって気持ちはよく分かるわ。同情の様なものだと思ってくれたら良いわ」

 

 

ただしリズベット、貴女だけはダメだ。

 

 

『詩乃さん……分かりました!!正妻は詩乃さんで私は愛人ですね!!』

 

「待ちなさい、どうしてそんな結論に落ち着いたのよ」

 

『え?でも夢の中の詩乃さんはそう言ってましたし……』

 

「本当に何やってるのよ夢の中の私……!!」

 

 

ランの話を聞いても夢の中の自分はどう考えても私じゃない様な気がしてならない。不知火の事が好きなのは分かるのだが、何をどう考えたらそんな結論に落ち着くのか。

 

 

しばらく夢の中の自分の奇行から立ち直った後、倉橋さんが面会の終わりを伝えに来るまで私たちは不知火の事について話し合った。

 

 

短命な彼女の恋。それが少しでも彼女の命を長引かせる鍵になれば良いと願いながら。

 

 

 






修羅波の女装姿を見た新川きゅんの感想は、『やべぇ、舐めてた。あれは普通に異性として見れる』だそうです。それを聞いて修羅波は泣き崩れたそうな。イメージは目付きの鋭いお姉様。

ランねーちん、まさかの愛人枠に。シノのんは否定している模様。シノノンならば迷いなく愛してくれるのなら正妻じゃなくても良いと受け入れる。


これが汚れ系ヒロインと非汚れ系ヒロインの違いよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仲直り

 

 

ランの望みを叶えるべく、平日であるが学校を休んでALOにログインする。学校には家の事情だと伝えて一週間ほど休む旨を伝えてあるので自由が出来る。出席日数に関しては一学期、二学期ともに皆勤だったので一週間ほど休んだところで何も問題は無い。

 

 

問題があるとすれば2つだろう。

 

 

1つはシノンまで俺と同じ様に学校を休んでALOにログインしている事。今日の予定はランをユウキに合わせる事なので俺1人が頑張れば良いのだが、彼女も俺と同じ様に学校を一週間休むつもりらしい。

 

 

「別に俺だけで良かったのに」

 

「……」

 

「ランが私たちって言ってたから私も居ないとダメでしょ?それに、ウェーブと同じで私も皆勤だったから一週間くらい休んでも問題無いわよ」

 

「……」

 

「それなら良いんだけどさぁ……」

 

 

もう1つの問題は、ランの様子がおかしいことか。俺を見つけるためにギルドを抜け出したランとしては、妹とはいえユウキには会いづらいのだろう。その気持ちは分かるのだが……どうも違うらしい。俺をチラチラと見て、俺がランを見れば慌てて顔を背けている。横顔と耳を真っ赤にさせながらだ。こんなランの姿は見た事は無いのだが、似た様なすがたをシノンで見たことはある。

 

 

付き合い出した頃に、リアルで詩乃が人気が無いことを確認してからランと同じ様にチラチラとこっちを見ることがあったのだ。その時は視線が俺の手に向けられていたから手を繋ぎたいと思っているのでは無いかと考えて、指を絡める様に手を繋いだ。どうもそれで正解だったらしく、詩乃は恥ずかしそうに顔を俯かせながら握る手の力を強くしてくれた。

 

 

それと似ていると言うことは同じ様な対処で間違いないのだろうが、付き合っている少女(シノン)の前でそんな事をして良いはずがない。どうしたものかと悩んでいると、シノンに脇腹を小突かれて、視線でゴーサインを出してきた。

 

 

それで良いのかと視線で訊ねれば、無言で首を縦に振って肯定した。案外嫉妬深いシノンがそんな事を許すなんて何があったのか訝しみながらも、許可が出たので然りげ無くランの隣に移動して手を握る。

 

 

「あーーー」

 

「ほら、行くぞ」

 

 

やや強引に手を引いて向かう先は第24層の主街区の北側にある小島。昨日ランと別れてから倉橋さんに頼んでリアルでのユウキに合わせてもらい、この時間にランを連れてくると約束したのだ。今頃、あの木の根元で待っているに違いない。気不味さがあるのは分かるが、そんなものは会ってしまえば案外簡単に消えて無くなるものだ。

 

 

そう考えて手を引いたのだがーーー不意に重みと握っていた手が消えて無くなった。後ろを振り返れば、さっきまでランが居たはずの場所には強制ログアウトが行われた事を表すアイコンが残されていた。

 

 

どうやら手を握られた事で強制ログアウトされてしまったらしい。

 

 

「えぇ……」

 

「ラン……ッ!!」

 

 

一体何があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー手を握られただけで強制ログアウト起こす程に興奮した、ねぇ……後で倉橋さんに謝りに行かねえとな」

 

「ーーー誰も予想出来ないわよ、そんなこと……」

 

「ーーーや、やっぱり手を握ったりとか早いとランちゃんは思うんですよね!!もっとこう、時間を掛けて親密になってからそういう行為は行うものであってですね!!ウェーブさん聞いてますか!?」

 

 

再びログインしてきたランに説教され、それを話半分に聞きながら北側にある小島に徒歩で向かう。誰が手を繋いだだけで強制ログアウトが行われる程に興奮すると予想出来るのだろうか。言動が夢の俺に汚染されてキチガイなクセして、中身が純情過ぎる。闘病生活が長過ぎて対人経験が少な過ぎるのが原因だろう。ゲームでは兎も角、リアルでの知り合いは倉橋さんしか居ないだろう。あの人は男性というよりも兄貴分として捉えられているに違いない。

 

 

やる事を済ませたら倉橋さんに謝りに行こう。侘びの菓子を持って土下座をしたら許してくれるだろうか。

 

 

「……お、居たな」

 

 

遠く離れているが、大樹の根元の辺りに1人で立っているインプの少女ーーーユウキの姿が見える。彼女も彼女でアスナと何かあったらしく、彼女に会いたくないと言っていた。そちらの問題も解決出来るのならしたいのだが、今はヘタれて木の陰に隠れているランの方が優先だ。

 

 

「さっさと行きなさいよ……!!」

 

「ま、待ってください!!まだ心の準備が……!!」

 

「このなんちゃってキチガイは……」

 

 

ウチの爺さんや母さんなら気軽にスキップしながら相手の無意識の領域に潜り込んで背後に回り、ジャーマンスープレックスでも仕掛けるのだがランはそこまでイっていないらしい。俺だって発勁腹パンくらいはやるというのに。

 

 

シノンが引っ張っているがランは木にしがみ付いて出て来ようとしない。ランが行かないというのならユウキがこっちに来れば良いだけの話だ。気配を消して2人の意識から抜け出し、そのままユウキの元に向かう。

 

 

「よぉ」

 

「あ、お兄さん……」

 

「昨日は悪かったな。急に病室に行ったりして」

 

「ううん、ちょっと驚いたけど久しぶりに倉橋先生以外の人とリアルで話せたから。それで、ランは……お姉ちゃんは?」

 

「あそこの方でヘタれて出て来ようとしない。だからユウキの方から行ってやれ」

 

「でも……」

 

「姉妹揃ってヘタレかよ……」

 

 

何かと理由を付けてグダグタと会わずに時間を消費するのは目に見えていたので首根っこを掴んで引っ張って行くことにした。

 

 

「ちょ、何やってるの!?」

 

「うだうだしてグチグチ言い訳するのが目に見えてたから引っ張って行くことにした。拒否権は存在しない」

 

「こ、心の準備が!!」

 

「んなもん出来てなくてもやるんだよ」

 

「でも……お姉ちゃんがギルドを抜けたのってボクたちと会いたくなかったら何じゃないかって考えちゃって……」

 

「だったらお姉ちゃんのバカァって叫びながら顔をグーで殴ってやれ。聞いた話じゃちゃんと理由を言わずにギルドを抜けたランが悪いからな。なぁに、HPが全損するレベルで殴ったって許されるさ」

 

「そんなので良いの!?」

 

「言葉で伝えられないのなら行動で訴えるしかないだろうが。世の中には肉体言語なんていうトンデモ言語だって存在してるんだから許される許される」

 

 

肝心なところでヘタれる辺り、この2人は姉妹なんだなと再認識しながらユウキを2人の元まで連れて行く。

 

 

「良い加減にしなさいよこのヘタ恋愛処女……!!手を繋いだだけで強制ログアウトするってどんだけ純情なのよ!!」

 

「ウェーブさんを落とす為にウェーブさんをロリコンに仕立て上げようとするシノンさんに言われたくないです!!」

 

「それは私じゃないって言ってるでしょう!?……って、あ」

 

「あ、って何ですか?……って、あ」

 

 

何やら凄まじい言い合いをしていた2人なのだが俺の事に、正確に言えば俺が連れているユウキに気が付いて動きを止める。ユウキをランに向かって投げ、シノンが物音を立てずにゆっくりとこの場から離れれば、出来上がるのはランとユウキの2人だけの空間だ。

 

 

「お姉ちゃん……」

 

「ユ、ユウキ……その、えっと……」

 

「お姉ちゃんの……馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「グェッ!?」

 

 

何を言ったら良いのか分からずに言い淀んでいたランの顔面にユウキの拳が突き刺さる。腰の入った良いパンチだったが、考えてみればここはまだ圏内なのでダメージは発生せずに吹き飛ばされるだけだ。

 

 

だがユウキはそんなことは御構い無しと言った様子で吹き飛んでいったランを追いかけ、胸ぐらを掴んでマウントポジションを取る。そして逃げられなくなったランの顔面に再び拳を突き立てた。

 

 

「勝手に!!ギルドを!!抜けて!!しかも!!説明も!!何も無しで!!皆んな!!心配!!したんだからね!!」

 

「ちょ、ユウキ!!痛い!!痛いですから!!障壁が発生してダメージは無いはずなのに痛いですから!!」

 

「五月蝿い!!ボクだって!!心配!!したんだから!!」

 

「リズミカルに延々と殴らないで!?ウェーブさん!!シノンさん!!助けーーー」

 

「シノン、ちょっと飯食いに行こうぜ?奢るから」

 

「本当?だったらアスナからいいお店があるって聞いてるからそこに行きましょ」

 

「ーーーウェーブさぁぁぁぁぁぁん!!シノンさぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 

流石に姉妹の再会に水を差す様な真似はしたくないのでシノンと食事に行く事でこの場から離れる事にする。その時にランの絶叫が聞こえてきたが、きっとあれは嬉しくて叫んでいるに違いない。

 

 

ユウキがリズミカルに殴る音とランの絶叫を聞きながらこの場を後にする事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーごめんなさい。それとお姉ちゃんに合わせてくれてありがと!!」

 

「ーーー恨みますよウェーブさん……」

 

 

食事を終えて戻ってくると話し合いは終わったのか、どこかスッキリした様子のユウキが謝罪と感謝を同時に口にして、虚ろな目をしているランが俺に向かって呪詛を吐いてきた。確かに放置したけどあれはランの自業自得なのだから恨まれるのはお門違いだと思う。

 

 

「仲直りした様で何より何より。やっぱり姉妹は仲良くないとな」

 

「あ、そうだ。お姉ちゃんから聞いたんだけど3人でギルドを作ってボクたちみたいにボスを倒そうとしてるんだって?」

 

「そうよ、まだギルドの名前も何も決めてないけどね」

 

「ふ〜ん……」

 

「あ、そうだユウキ。ちょっと貴女ウェーブさんと戦ってみたら?」

 

「えぇ!?」

 

「待て、何でそうなるんだよ」

 

「ウェーブさんとユウキ、どっちが強いのか気になったからですよ」

 

 

納得出来る理由ではあるのだが、ランの目には負けろという邪念が隠れる事なく有り有りと浮かんでいた。さっきの放置された事への復讐のつもりなのだろうか。初めは驚いていたユウキだがウォーミングアップのつもりなのかその場で跳躍している。

 

 

「空中と地上、どっちが良い?」

 

「はぁ……地上で」

 

 

断れる様な空気でも無いのでデュエルを受ける事にする。最後にユウキの戦いを見たのはアスナとのデュエルの時だったが、あの時から多少は成長しているのだろう。シャリンと心地の良い音を立てながらユウキは黒い片手直剣を構える。その構えは中々様になっていて、その上隙が少ない。

 

 

対する俺は刀ーーーではなくてレイド部隊と戦った時と同じ手甲。ストレージから取り出して装備してダラリと両手を下げて構えない。

 

 

「構えないの?」

 

「構える必要がないから構えないんだよ」

 

 

構えを取ると次の動作がしやすくなる。しかし逆に言えば構えから次の動作を予想される事になる。その上、ユウキは異常な反応速度と攻撃速度を持っている。構えから予想されればそれらを超えることは出来なくなってしまうのだ。

 

 

刻一刻と減るカウントダウン。緊張している様子など見せずに楽しげにしているユウキと、構えずに立っている俺。

 

 

そしてカウントダウンがゼロになった。

 

 

 






キチガイのクセして実は恋愛処女だったというランねーちん。修羅波に手を握られただけで強制ログアウトしてしまうほどに純情です。これ、下手にスキンシップするとそのまま死ぬんじゃないかな……?

ランねーちんとユウキチャンが仲直りしたよ!!やっぱり肉体言語は最高の言語だね!!なお、ユウキチャンだけが一方的に語っていた模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

VS〝絶剣〟

 

 

カウントダウンがゼロになった瞬間にユウキが走り出す。身体を倒れそうな程に前へと倒しているので最速でウェーブに向かうつもりなのだろう。アスナとの戦いを見てユウキのスタイルは異常な反応速度と攻撃速度によるゴリ押しだと分かっている。フェイントも使わずにアスナをあそこまで追い詰めたのは賞賛する事なのだろう。ウェーブ曰く、アスナは全力であったが本気では無かったらしい。私からしてみれば同じに思えるのだが、戦闘一族のウェーブからすればその2つには大きな違いがあるらしい。

 

 

そして、ユウキが地面を蹴って加速するよりも速くにウェーブが予備動作無しでユウキの目の前に現れた。

 

 

ユウキが動き出した時にはウェーブは動いていなかったはず、それなのにウェーブはすでにユウキに接近して右の拳を突き出した。ユウキの様な少女の顔面に躊躇い無しにパンチをしようとするウェーブの容赦の無さに若干引いたのだがユウキは咄嗟に加速する為に使おうとしていた足で飛び退いて拳を寸でのところで躱していた。さらにそれだけではなく、ウェーブの胴体に目掛けて引きながら斬りかかっていたが、それはウェーブが半歩下がった事で躱される。

 

 

やはりユウキの反応速度は異常としか言えない。見てから躱すという、言ってしまえば簡単な事だが誰もが出来る訳ではない。私の知っている中ではヘカートIIの銃弾を斬るとかいうトンデモ芸をやったキリトや、反射で銃弾を防ぐウェーブがいるのだが彼らは例外中の例外だ。

 

 

しかし、ウェーブはそれを超える。

 

 

ユウキが後ろに飛び退き、地面に足が着くよりも速くにウェーブがユウキの前まで移動していた。前に何でそんな動きが出来るのかと聞いてみたのだが、彼から言わせればあれは歩法の1つで縮地と呼ばれるもので、漣家では移動するのに便利だから一番初めに教えられる事らしい。本当にそうなのか調べたのだが、縮地はどこでも奥義扱いになっている様なものだった。

 

 

ユウキよりも早くに動くだけでは無い。始めと同じ様にウェーブが右のパンチを放ち、ユウキが首を傾げてそれを避けるーーーそして鈍い打撃音が聞こえてユウキの身体が吹き飛ばされる。

 

 

「……嘘でしょ」

 

「シノンさん見えたんですか?一体何があったんです?」

 

 

どうやら隣にいたランは今何が起きたのか見えなかったらしい。吹き飛ばされたユウキも体勢を整えながら驚いている様に見える。離れていて、動体視力に自信のある私だから見ることが出来た。

 

 

「ウェーブのパンチが、動いた」

 

「……は?」

 

「ウェーブのパンチが、避けられた瞬間に曲がってユウキのことを追い掛けたのよ」

 

「はぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

ユウキに首を傾げられて真っ直ぐ進むはずだったウェーブのパンチだが、まるで蛇の様に動いてユウキを追い掛けた。一体どうすればあんな軌道を描く事が出来るのだろうか。

 

 

そこからウェーブが攻め始める。さっきの様な追尾するパンチを連続して放ち、確実にダメージを蓄積させている。ちゃんと打っていないのか、あのパンチは軽いのか、レイド部隊と戦った時程ユウキのHPは減っていない様に見えるのだがそれでも彼はユウキよりも優位に立っていた。

 

 

ユウキもこのままでは負けると思ったのかウェーブの攻撃を避けるのではなくて剣を楯のようにして防ぎ出した。ユウキの反応速度で防御に徹されれば崩すのは容易な事ではない。あのパンチはどちらかと言えば初見殺しとしての側面が強い。慣れてしまえばユウキならば普通に反応して躱せるようになるだろう。そしてユウキの反撃が始まる。ウェーブの曲がるパンチを紙一重で避けながら、スピードだけならキリトに迫る斬撃を放つ。

 

 

しかし、どれもがウェーブに当たらない。ユウキが動くのと同時にウェーブは動き、ユウキの斬撃を皮一枚で躱している。まるでどこに攻撃が来るのか分かっているように動いているが、ある意味でそれは間違っていない。

 

 

ウェーブから聞いた話なのだが、彼は戦う時には常に相手の動きを予想して動いているらしい。相手の身体の向きや視線からどこに攻撃が来るかをいくつか予想してるそうだ。その読みは的確で、未来予知の一種にしか見えないのだが彼から言わせればただの先読みらしい。考えてみれば〝死銃〟事件で戦ったステルベンが残像が見えるほどのスピードでしていた攻撃を、彼はすべて捌いていた。ステルベンに比べればユウキの動きは遅いのだろう。

 

 

反応速度だけで戦うユウキと、未来予知とも言えるほどの先読みをしているウェーブ。2人の実力が拮抗しているのなら、ユウキの行動がウェーブの先読みを超えられるかどうかが勝敗の分かれ目となっていたのだが、残念ながらそういうわけにはいかない。

 

 

何故なら、ウェーブはユウキよりも強いと自称しているランに勝っているから。逆説的にランよりも弱いユウキではウェーブには敵わないことになる。

 

 

紙一重で避けていたはずのユウキだが再びウェーブの攻撃が当たるようになってきた。本人からすれば避けているつもりなのだろうがウェーブの拳はユウキの反応を縫うように複雑に動きながら放たれる。無意識の領域なんて訳のわからないものを知覚して入る事が出来るウェーブだからあんな事が出来るのだろう。

 

 

ユウキのHPはレッドに変わる手前まで減らされたというのにウェーブのHPは未だにグリーンのまま。皮一枚で掠らせているので多少は削られているのだが、それでも直撃を受けているユウキの方が消耗している。

 

 

このままウェーブの勝ちかと思っていたが、ユウキがここで動いた。刺突を放とうとした瞬間にそれを止め、躱そうとしていたウェーブの胴体に拳をぶつけた。ウェーブのように手甲を着けていないのでダメージは発生しないのだが〝拳術〟スキルを使ったのかウェーブの動きが不自然に止まっていた。

 

 

この流れを見た事がある。ユウキが前にここでアスナとデュエルをしていた時にアスナが同じようなことをしていた。だとすれば、次に来るのは大ダメージを与えられるソードスキルだろう。事実、それを証明するかのようにユウキの剣はソードスキルの青紫のエフェクト光を纏っていた。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

このデュエルが始まって以来初めてユウキが吠えた。高速の五連突き。左肩から斜め右下に降りていくそれはアスナとのデュエルを決着させた十一連撃のソードスキルだ。

 

 

「見たんだよそれはーーーッ!!」

 

 

硬直から解放されたウェーブの両腕が動いてその場で五連突きを捌き、受け流す。驚いたからなのかユウキの目が開かれるがこればかりは相手が悪かったとしか言えない。

 

 

ウェーブはソードスキルを一度見れば簡単に対処してしまう。アスナが新しいソードスキルを作ったとデュエルを申し込んできた事があったのだが、そのソードスキルが通用したのは一度だけで、二度目は簡単に対処されてカウンターを決められていた。ウェーブはアスナとユウキのデュエルで、このソードスキルを見ている。つまり、このソードスキルはウェーブには通用しない。

 

 

そうだとしてもシステムアシストで加速しているユウキは止まらない。右肩から斜め左下に降りていく五連突きも同じように捌く。受け流しているのでHPこそ削られているが、まだグリーンのままだ。

 

 

そして終わりの十一撃目、ユウキの刺突に対してウェーブは貫手を作って放った。十連続の刺突で作られたエックス字の中心ーーー心臓に向けて放たれるはずだった刺突を半身程身体を引かせる事で躱し、逆に貫手をユウキの心臓に向けて叩き込む。

 

 

空を穿ったユウキの剣と、ユウキの胸を貫いたウェーブの貫手。クリティカルが発生してユウキのHPは全損し、彼女は楽しそうに、だけど悔しそうに笑いながら〝残り火(リメインライト)〟に変わった。

 

 

ウェーブとユウキのデュエル、勝者は初めから私が予想していた通りにウェーブだった。

 

 

「ウェーブ、ちょっとその場に正座しなさい」

 

 

だけどユウキの胸に貫手を放った事は許さない。彼女の目の前でなんて事をしてくれるんだ。

 

 

 






一度見たのなら対処して当然だろという修羅並みの感想。必殺技として扱っているのなら簡単に見せるものじゃないし、必ずそれで仕留めるべきだと思うの。

勝者は修羅波、だけどシノのんはユウキチャンの胸に手を突っ込んだ事が許せない模様。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リアルで

 

 

「……俺が悪いって分かってるけど納得出来ないな」

 

 

詩乃に延々と説教をされてようやくALOをログアウトした時にはすでに外は暗くなっていた。時計で時間を確認すればもう6時を回っている。夕食を作るために冷蔵庫を確認したのだが、マヨネーズやケチャップなどの調味料以外に食材として使えそうなものは入っていなかった。炊飯器にはログインする前に炊いておいた米があるのだが、それだけでは成長期の食欲は抑えきれない。財布の中身が十分に入っている事を確認して、俺は防寒着を着込んで買い物に出かける事にした。

 

 

「……ん?」

 

 

寒さに耐えながらスーパーに向かっていると軽快な着信音がしてスマホがメールを伝える。確認すれば差出人は〝死銃〟事件の時にリアルの連絡先を交換していたキリトで、今から会えるかと言うものだった。夕飯の買い物が終わってからと返せば、奢るから今すぐに会いたいと返ってくる。

 

 

ホモと腐女子が見たら喜びそうな内容に鳥肌を立てながら、しかし奢りというワードの魅力には勝てずに二つ返事で了承する。待ち合わせに近くの公園を指定され、空腹を紛らわせるために自販機で買ったコーヒーを飲みながら待つ事数分、キリトがエンジン音を響かせながらバイクに乗ってやって来た。

 

 

「よぉ、奢ってくれるんだよな?」

 

「相談したい事があるからその料金だと思ってくれ。エギルのところでいいか?」

 

「エギルのとこの飯は美味いから問題無し。だけど今の時間ってやってるのか?」

 

「あそこは酒も扱ってるから夜遅くまでやってるんだよ」

 

 

投げ渡されたヘルメットを被ってバイクの後部座席に乗る。キリトのバイクは電動スクーターが主流になりつつある今の時代では珍しい代物だったが、バイクというのはやはりこの音が大切だと思う。リアルだと騒音扱いされるので扱いに困るのだが、GGOでバイクに乗っているとその音が心地良く感じられる。

 

 

騒音を聞きながらキリトがバイクを走らせて御徒町まで向かい、細い路地を右へ左へトロトロ走らせながら辿り着いたのはエギルが営業している喫茶店の〝DICEY CAFE〟。聞いた話ではエギルの年齢は二十代前半らしい。二十代前半で自分の店を持ち、しかも既婚者という辺りエギルのリアル無双っぷりの凄まじさを感じられる。クラインに少しでも分けてあげて欲しいと一瞬だけ考えたが、今のままの方が面白いのでその考えを消す。

 

 

〝OPEN〟と書かれた看板のぶら下げられているドアを押し掛けて店内に入る。耳障りの良い軽やかな鐘の音、それに続いてスローテンポなジャズが聞こえてくる。

 

 

店内に居たのは2人だった。1人はカウンターの向こうに立っているガタイの良いスキンヘッドの男性、エギル。そしてもう1人は酒瓶を掴みながらカウンターに崩れ落ちている年齢イコール彼女居ない歴の非モテ野武士ことクライン。

 

 

「よぉ、何にする?」

 

「ども、取り敢えず軽く摘めるのとコーヒー先に。後はナポリタンとグリーンサラダ、それにオムライスで。あぁ、先に言っておくけどキリトの奢りだから請求はそっちにな」

 

「待って、奢るっても限度があるんだけど……」

 

「安心しろ、キリト」

 

「エギル……ッ!!」

 

「お前とは長い付き合いだからな……ツケで構わない」

 

「エギルッ!!」

 

 

ハッハッハとコミカルに笑いながらもエギルは手を止めない。食パンを数枚用意してゆで卵とマヨネーズを和えたもの、ツナマヨ、チーズとハムなどを挟んで耳を切り落とし、あっという間にサンドイッチを作り上げる。俺たちが席に着くのと同じくらいにはすでにサンドイッチとコーヒーがテーブルまで運ばれていた。

 

 

一言礼を言ってからコーヒーを一口飲む。程よい苦味と酸味が味覚に届き、それと引き立ての豆の香りが鼻腔を擽る。ミルクや砂糖で誤魔化す必要が無い、美味いコーヒーだった。

 

 

「んで、何でよびだしたのさ。ALOでは話せないことなんだろ?」

 

「あぁ、〝絶剣〟……ユウキの事なんだけど」

 

 

サンドイッチを摘みながらキリトの口から出て来たのはさっきまでALOで会って、デュエルをしていたユウキの事だった。

 

 

何でも〝剣士の碑〟で〝スリーピング・ナイツ〟のメンバーとアスナの名前が載っていることを確認して、その記念に写真を撮った後でアスナの言葉にユウキが泣き出し、何も言わずにログアウトしたらしい。何度連絡を取っても繋がらず、アスナは気落ちしているので何か俺なら知っているんじゃないかと思ってこうして呼び出したとの事だった。

 

 

「ふ〜ん……で、アスナは何で言ったんだ?」

 

「ボス戦の時にユウキがアスナの事を姉ちゃんって言って、〝剣士の碑〟でもそう言ってたからその事を指摘したらしいんだけど……」

 

「姉ちゃん、ねぇ……」

 

 

どうしよう、心当たりしかない。

 

 

〝剣士の碑〟にアスナと〝スリーピング・ナイツ〟のメンバーの名前が載ったのが2日前。その時はランとユウキはすれ違い状態だったはずだ。ボス戦の興奮と緊張感でユウキがアスナの事を姉呼びし、それをアスナに指摘されたことで感極まって泣きだしたといったところだろう。

 

 

誰も悪くは無い。強いて言うのなら、詳しい説明無しにギルドを抜け出したランが悪い。それとユウキの状態も関係しているのだろう。ランから聞いた話なのだが、〝スリーピング・ナイツ〟のメンバーは全員が〝セリーンガーデン〟という医療系ネットワークのヴァーチャル・ホスピタルの患者たち。〝セリーンガーデン〟は……最期の時間を豊かに過ごそうという目的で運営されているサーバーだと。

 

 

AIDSに侵されているユウキはどの位生きられるのか分からない。だから浅い関係で終わらせて、アスナの事を悲しませないようにしたかったのだろうが……短い時間だったが思わず姉呼びをしてしまうほどにユウキはアスナの事を慕ってしまった。だから、ユウキはアスナの前から姿を消したのだろう。俺の提案に応じてALOにログインしてくれたのはランと仲直り出来る事の他に、俺がユウキの現状を知っていたからかもしれない。

 

 

「……ユウキはアスナと会う事を望んで居ないと思うぞ。それでも、知りたいのか?アスナは、知りたいと思うのか?」

 

「あぁ、アスナの事だからそういうに違いない。ウェーブも知ってるだろ?アスナの性格」

 

「クックック、確かにあのバーサク様なら言いそうだな」

 

「せめてヒーラーを付けてやれよ……」

 

 

確かにアスナならどれだけ拒絶されてもその言葉を言いそうだと、その光景を思い描いて違和感が無いことに笑いながら肯定する。

 

 

「じゃあもう1つだけ質問。キリトは、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……予想だけどな。彼女とデュエルをした時、初めはSAO生還者(サバイバー)何じゃないかって思ってた。でも、違ったんだ。彼女の剣は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 

ユウキの正体を完全に確信しているわけじゃない。だけど、ユウキはあちらの世界で生きている事を悟っている回答だった。〝メディキュボイド〟でランとユウキは3年間ずっとバーチャルの世界で生き続けている。SAO生還者(サバイバー)だったからキリトはその違いに気がつくことが出来たのだろう。

 

 

ユウキに会いたいというアスナの気持ちと、アスナに会いたくないというユウキの気持ち。そのどちらも理解出来るので板挟みになってしまう。だが、このままでは確実に2人とも後悔してしまうのは目に見えていた。

 

 

なので明確な答えは出さない。ヒントだけを与えることにする。

 

 

「〝メディキュボイド〟、それについて調べてみろ」

 

「ヒントだけか」

 

「どちらも気持ちも理解出来るんでな。それにユウキのリアルの情報を明かすのはマナー違反だ。これだって結構グレーゾーンなんだから文句言うなよ」

 

「分かってるよ。ウェーブの事だからそれっぽいことを言ってはぐらかされる事も考えてたんだよ」

 

「あのなぁ、流石にキチガイだと言われてる俺だけど鬼畜じゃないんだ。そのくらいの配慮は出来る」

 

 

人のことを何だと思っているのかこの黒尽くめは。ゲーム内だけじゃなくてリアルでも黒っぽい服装でいるのだからゴキ扱いされるのだと内心で罵っておく。

 

 

「ーーーお待たせ。ナポリタンとグリーンサラダとオムライスな」

 

「ナイスタイミング、ついでにコーヒーおかわり」

 

「あ、あの……ウェーブさん、加減というものをしていただけないでしょうか?」

 

「断る」

 

 

綺麗な朱色に染められたナポリタン、新鮮な野菜に特製ドレッシングをかけられたグリーンサラダ、ケチャップではなくてデミグラスソースをかけられて半熟オムレツでコーティングされたオムライス。

 

 

財布の中身を確認しているキリトを視界に入らないようにしながら夕食をいただくことにした。

 

 

 





リアルでキリトちゃん君と密会。彼女の為に裏で頑張るキリトちゃん君。なお、財布は軽くなった模様。

〝メディキュボイド〟だけしかヒントを与えてないけど、情報社会なのでこれだけで十分だと思う。原作でも〝メディキュボイド〟でキリトちゃん君はユウキチャンの居場所を特定出来てたし。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ギルド結成



活動報告を新しくあげたので良かったら見て欲しいデス!!


 

「ーーーは〜い、今日はお集まりいただきありがとうございま〜す」

 

「せめて言葉と態度を一致させなさいよ」

 

 

〝新生アインクラッド〟の22層にある我が家に集まったのはシノンとラン。俺はソファーに深く腰を下ろしてテーブルの上に足を乗せ、2人は対面のソファーに座っている。

 

 

「そうですよ、行儀が悪いです。ご家族から言われなかったんですか?」

 

「母さんは酔っ払ったらテーブルの上でブレイクダンス始めるし、爺さんは気がついたら居なくなって朝になったら玄関先で高く積み重ねられた熊の上に寝てるけどそれが何か?」

 

「ごめんなさい私が悪かったです」

 

「蓮葉さんなら分かりたくないけどまだ分かるわ……でもお爺さんは何をしてるのよ……!!」

 

「山狩りだな。第三次世界大戦に向けてウォーミングアップでもしてたんじゃね?」

 

「ウェーブのお爺さんが生きてる間は起きないで欲しいわね」

 

「そうなったら第三次というよりも大惨事世界大戦になりそうです」

 

 

強ち間違いでは無いから曖昧な笑みを浮かべる事しか出来ない。現存している最長年齢のキチガイである爺さんが生きている間に世界大戦が起きた場合は間違いなく大惨事になるから。

 

 

現在の戦術はハイテクが進んだせいかそちらもハイテク化されていて、基本的には電子技術が使用されている。相手がハイテクならばこちらもハイテクで対応しなければならない、漣のやっている事はアナログで通用しないのでは無いかと思うかもしれないが逆なのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

仮に仮想敵国の重役がパーティーに出席していたとしよう。会場の警備は万全、出入り口には金属探知機が設置されていて凶器の持ち込みは不可能、そんな状況下でも漣は普通に戦える。警備がいくらいようとも怖いのは連携される事なので分断して各個撃破すれば問題無い。凶器の持ち込みは不可能とはいえ現地で調達する事は可能だし、そもそも素手で殺せば良い。金属探知機も身体1つで潜り抜ければ障害にならない。

 

 

流石に戦闘機は無理だろうが戦艦ならば余裕で落とせるだろう。レーダーやソナーなどでガチガチに固められているだろうがレーダーは向かってくる戦闘機やミサイルへの備えであるし、ソナーも音を立てなければ問題無い。俺や母さん、爺さんも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

3人しかいない漣だが遊撃として動けば間違いなく大国であろうが混乱させる事は出来る。それを知っているから第三次世界大戦は大惨事世界大戦になるなどと言えるのだが、2人には知らなくても良い事なので黙っておく事にしよう。

 

 

「まぁ第三次世界大戦が大惨事世界大戦になるとかなんとかは置いておく事にしてだ、今日の予定はギルドについてだ」

 

「ギルド……本当に作るつもりなんですか?」

 

「私は反対しないわよ」

 

「俺は肯定する側だからな。シュピーゲルにこの事を教えたら自分も入れて欲しいと言ってきたけど、3人だけのギルドにするって煽りながら伝えたら馬鹿野郎とか叫びながら泣き崩れてたな」

 

「うーん、夢で見たウェーブさんと変わらないくらいに身内への容赦が無いですねぇ……」

 

「容赦って事は手加減するって事だ。あいつに手加減する理由は無いからな、そりゃあ全力でやるさ。その代わりにこっちへの被害もデカいけどな!!」

 

「罰ゲームで撮ったウェーブの女装写真、ふざけてSNSで上げたら普通に大人気だったものね」

 

「ゴフッ」

 

 

過去の古傷(女装)の事を話題に出されて噴き出してしまう。前に恭二がマジギレした時に俺の女装写真を女装だと伝えた上でSNSに上げるという愚行を犯したのだ。その時は全身の関節を丁寧に外したり嵌めたりする事で何とか撤回されたのだが、SNS上での反応は好評だったのだ。幸いな事にその写真を保存していた者はいなかったのか再び上げられる事は無かったのだが、あれは間違いなく俺のトラウマになってしまっている。

 

 

というよりも、ヤレるだの掘れるだのコメントを見せられれば誰だってトラウマになると思う。

 

 

「止めろ……止めてくれ……!!あれは間違いなく俺のトラウマなんだから……!!」

 

「え、ウェーブさんの女装写真?私、気になります」

 

「明日にでも見せてあげるわ」

 

「ガッデム!!」

 

 

大丈夫、身内での弄りならまだ耐えられる。自分は強い子だと自己暗示をかけながらシノンの裏切りのショックから立ち直る。手足が震えて呼吸が乱れているが、トラウマを作った頃に比べればマシになっている。

 

 

「よっし!!ここまで!!俺のトラウマを抉るのはここまでだ!!これ以上抉られたら俺暴走するからな!!」

 

「お、暴走ってなにするんですか?」

 

「ランは虫系のエネミーが湧くフォールドに麻痺させて放置、シノンは……ALOとリアルで前にした時以上の言葉にしたらR18になりそうな程に愛でてやる」

 

「やっぱりトラウマを抉るのはいけない事だと思うわ」

 

「そうですね!!人として最低の行為です!!」

 

 

ランは虫系のエネミーに四方八方囲まれている光景を想像したのか真っ青になり、シノンは前にやった時よりも凄いことをやらされるのを想像したのか顔と耳を真っ赤にさせていた。超高速の手のひら返しだが俺の精神衛生が保たれるので深くは突っ込まないことにする。

 

 

「で、ギルドの話だけど。ギルド結成の条件についてはもう調べてある。解放クエストも終わらせてあるし、あとは俺がギルドを作って2人を誘えば良いだけの段階だな」

 

「それをしないって事はまだ何かやることがあるんでしょ?」

 

「あぁ、名前だよ。ギルドの名前をどうするかを決めないとな」

 

 

俺が勝手につけても良いのだが、ランが生きている間の限定的なギルドだとしても記録に残るような活躍をするつもりなのだ。悪ふざけでは無い、ちゃんとした名前を名乗りたいと考えている。

 

 

「名前、名前ですか……超絶可愛い美少女剣士ランちゃんwithキチシノ夫妻とかどうでしょう!?」

 

「よし、後半部分削って超絶可愛い美少女剣士ランちゃんギルドで良いな?」

 

「ごめんなさいすいません謝りますから許して下さい」

 

 

素直に頭を下げて謝ったので〝超絶可愛い美少女剣士ランちゃ〟まで打っていた文字を消すことにする。シノンは言い方はどうであれ夫妻と言われたことを恥ずかしいのか僅かに赤くなっているが、どちらかと言えばランへの呆れの方が強いように見えた。

 

 

「しゃーねぇな、候補の1つに留めてやるよ」

 

「それでも候補なんですね……シノンさんは何かありますか?」

 

「そんな急に言われても……あ、〝三身一体(トリニティー)〟なんてどうかしら?」

 

「超絶可愛い美少女剣士ランちゃんと比べ物にならない程にマトモだな」

 

「もう止めて下さい……そのワードがなんか私の黒歴史になってますから……」

 

 

ランが顔を手で覆いながら懇願してくるがスルーを決める。まだ知り合って日は浅いのだが、ランとの付き合いは相当に濃いものになっている。俺もほとんど身内だと認識しているくらいに。つまり、容赦する理由は無いので全力でやる事にする。

 

 

「なんだか凄い邪悪な笑みを浮かべてるわよ……ウェーブは何か無いの?」

 

「えっと、一応〝C・C・C〟って名前を考えてた」

 

「シーシーシー?一体どういう意味なんですか?」

 

「まずはCrazy、俺の事だ」

 

「乗っけから飛ばしてきたわね……!!」

 

「次はCool、これはシノンの事だな」

 

「然りげ無く惚気てるように聞こえますけど、確かにシノンさんはクールビューティーですからね」

 

「最後のランだけど、自称超絶可愛いとか言ってるからCuteで良い?嫌だったらCutになるけど?」

 

「なんでその二択なんですか!?それだったらCuteを選びますよ!!」

 

「そのままだとCrazy Cool Cute……狂って冷たくて可愛い……とんでもない意味になるわね」

 

「だから頭のCだけを取って〝C・C・C〟にしたんだよ」

 

「でも、意味を知らなかったらまだマトモに聞こえますね。意味を知らなかったらですけど」

 

 

念を押されるように二回も言われるが、〝超絶可愛い美少女剣士ランちゃん〟よりも百倍マシだと思う。

 

 

そして相談の結果、ギルドの名前は多数決でシノンの〝三身一体(トリニティー)〟に決まり、エンブレムはシンプルに円を三等分して俺たちのイメージカラーで色分けした物にする事に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーん?」

 

 

ギルドを作り、ダンジョン攻略のための準備をしてログアウトし、夕食の支度をしているとスマホにメールが二通届いた。濡れた手をタオルで拭いて確認をすれば差出人はキリトとアスナで、キリトからはアスナがユウキに会えた事と昨日の恨みが、アスナからはユウキに会うことが出来た事とヒントだけでも教えた事への感謝が書かれていた。

 

 

どうやらアスナはユウキと仲直りすることが出来たらしい。アスナならそうすると思っていたが、まさかヒントを教えてから1日も経たないうちに行動するとは思わなかった。それでも、死に近いからと言ってアスナから離れようとしていたユウキにとっては間違いなく良いことなのだろう。その事は嬉しく思う。

 

 

キリトにはALOで過去にあった女装大会で優勝したキリトちゃんのスクリーンショットを送り、アスナにはシンプルにどういたしましてと返してキリトからのメールと着信を一時的に拒否しておく事にした。

 

 

 





ギルド〝三身一体(トリニティー)〟結成。ランねーちんが生きている間限定の、3人だけのギルド。シノのんのネーミングセンスが伺える。

残念ながら新川きゅんの居場所は無いんだ。その事を聞かされた新川きゅんは飛行機撃ち落としたケリィのような慟哭をあげていたらしい。

ちなみにエンブレムの色分けは修羅波は紅いコートを着ているから紅、シノのんは髪の毛から水色、ランねーちんは装備の色から白です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28層・ダンジョン攻略

 

 

ギルドを結成した翌日の午前中、俺たちは〝新生アインクラッド〟の最前線に当たる28層。そのダンジョンに俺たち〝三身一体(トリニティー)〟は来ていた。ダンジョンの中は膝ほどの水が覆い尽くしている。しかもただの水ではなく、鼻にツンとくる匂いから塩水だと分かる。

 

 

「水浸しのダンジョンね、水の処理が苦手なのによくやるわね」

 

「しかもこの匂いは海水ですね。海を思い出します……まぁ入らずにずっと眺めることしか出来なかったんですけどね!!」

 

「その自虐ネタは普通に悲しくなるから止めろ。でも俺も海にはいい思い出は無いんだよなぁ」

 

「何があったか聞くのが怖いのだけど」

 

「別に?高校入学前の休みの時に爺さんと母さんが俺を無人島に置き去りにしただけだから」

 

「ちょっとランちゃんの聡明な頭脳でも理解できないですねぇ……」

 

「〝学校始まる前に戻って来いよ〟って書かれた手紙だけあって唐突にサバイバルが始まったんだよなぁ……」

 

「ウェーブ、戻って来なさい。ここは置き去りにされた無人島じゃ無いから」

 

 

シノンに揺さぶられて高校入学前に置き去りにされた無人島の光景からダンジョンの入り口に視線を戻す。あれは最悪だったとしか言えない。持ち物は何も無しで半径10キロほどの無人島に置き去りにされて、なんとかイカダを作って本州まで帰って来た。その間の食事はもちろん自給自足。幸いな事に毒のある食べ物の選別は出来たので当たる事は無かったが満足に食べられなくて常に空腹状態、しかも魚が取れない時には虫とかも普通に食べていたから。本州に帰って来て最初に食べたラーメンを食べた時の感想が、マトモな食べ物って美味いんだなという時点で察してくれるだろう。

 

 

無論、実家に帰ったら即座に仕返しとして実家を放火して爺さんにホームレス生活を強制させた。

 

 

「ふぅ……良し、暗い話はここまでにしてダンジョン攻略を始めるぞ!!」

 

「スタートは私ですけどその後はウェーブさんが戦犯ですからね?」

 

「私からしてみればどっちも同罪よ」

 

「シャラップ!!えっと、情報屋から仕入れた話によるとこのダンジョンは現在マッピングされている地点まで殆どが海水で覆われているらしい。出てくるエネミーは魚人とか甲殻類とか海に関係している種類ばかりだそうだ。中止する事としては雷系の魔法やソードスキルは使用厳禁。どうもあるパーティーが弱点だからと言って雷系の魔法を使ったら海水で感電して全員麻痺状態になって倒れて海水で溺死したってよ」

 

「あ〜確かに海水は電気をよく通すって言いますからね」

 

「……でも、私たちって魔法もソードスキルも殆ど使わないわよね?強いて言うなら私が属性付与した矢を撃つくらいだけど、2人はソードスキルも魔法も使わないし」

 

「身体が勝手に動くソードスキルはどうも好きになれなくてな。それに魔法も詠唱は覚えてるんだけど噛むから。そんな事をするよりも弱点部位見極めてクリティカル連発した方が楽なんだよ」

 

「私も似たようなものですね。ユウキみたいにOSSは作ってますけど硬直しますし、それにどちらかと言ったら一対一向けの物なので複数と戦うエネミー戦では使わないんですよ。魔法も一々唱えるのは面倒ですし」

 

 

魔法を主体としたALOに真正面から中指を突き立てているような物なのだが、戦闘中にわざわざ足を止めて長ったらしい呪文を唱えるよりもクリティカル連発した方がダメージ効率は良いのだから仕方がない。別に魔法を否定している訳ではない、俺が戦うのには魔法は必要無いってだけの話だ。

 

 

「んじゃあアイテム確認して不足が無かったら攻略を始めるぞ。別にタイムアタックとかしている訳じゃないから何かあっても慌てないように」

 

「分かったわ」

 

「了解です」

 

 

とは言っても元々ダンジョン攻略をするつもりで来たので不足しているアイテムなんて無い。俺もレイド部隊戦やユウキとのデュエルで使った手甲では無くて刀を二本装備すればそれでお終いだ。

 

 

そうして俺たちは装備とアイテムの確認を済ませて、アスナと〝スリーピング・ナイツ〟たちと同じように〝剣士の碑〟に名前を残すべくダンジョンに足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン攻略を初めて1時間程、水中から現れるモンスターを倒しながら進んで気がつけばマッピングされている領域を超えたところまで私たちは進んでいた。ウェーブさんがダンジョンの入り口で言っていた通りに出てくるモンスターは海に関係している種類が多く、時折天井にぶら下がっている蝙蝠が群れで襲い掛かってくる位だ。それもシノンさんが視界に入れた瞬間に撃ち落としてくれるのだから脅威にはならないのだが。

 

 

「お、砂浜だな。あそこで休憩するか」

 

 

ザブザブと海水を蹴りながら歩いていると水面から顔を出している砂浜が目に入った。周囲にはモンスターの姿が見えないのでウェーブさんの指示でそこで休憩する事になった。

 

 

正直な話、この砂浜の存在はとてもありがたかったりする。肉体的な疲労は存在しないのだがずっと足を水に浸けている状態で歩き続けて来た上にモンスターが海洋系だからなのかPOPは全て海水の中で行われていて視認することが出来ないので警戒しなくてはならずに精神的に疲労するのだ。しかも隠密系のスキルを持っているらしく、ウェーブさんが一度モンスターに足を取られて海水の中に引きずり込まれる事があった。すぐに出て来たがそれ以降はずっと警戒しているので疲れてしまう。

 

 

砂浜に上がり、疲れからすぐに腰を下ろす。ウェーブさんとシノンさんは濡れていた感覚が気になるのか情報処理の関係で濡れていないはずのブーツを脱いで裸足になっていた。それに習ってブーツを脱ぐと、開放感が心地良かった。

 

 

「疲れましたね……」

 

「上に張り付いてる蝙蝠は良いけど、エネミーのほとんどは水の中にいるから」

 

「やっぱりエネミーの気配は読み難くて敵わんな。これがプレイヤーなら〝隠蔽〟がカンストしてようが気配は分かるのに」

 

「なんでゲームのスキルをそんなので看破出来るんですか」

 

「経験、かな?」

 

「ウェーブの察知能力は異常だから気にしない方が良いわよ。GGOでも忍者プレイしてる隠密特化のプレイヤーを見つけて倒してたのだから」

 

 

GGOの話は聞いているがなんであのゲームで忍者プレイをしようと思ったのだろうか。イメージが合わない気もするが、魔法を主体としているALOよりもそちらの方がまだマシなのだろう。それを察知出来るウェーブさんの察知能力も異常といえば異常なのだが、夢で見たウェーブさんは普通にモンスターの隠密を看破していた事を考えればまだ大丈夫だ。

 

 

「少し早いかもしれないけど、お弁当持って来たから食べましょう」

 

「やったぜ」

 

「お〜良いですね!!」

 

 

シノンさんがストレージからお弁当を出したのに反応して近くに移動する。ダンジョンに挑む時は手軽に食べる事が出来る食事の方が好まれるのだが、どうしても味気ないものになってしまう。それを考えれば多少はストレージを圧迫するだろうが、お弁当を持って来てくれたことは嬉しい。

 

 

〝メディキュボイド〟を使用してから3年間、リアルの私は食事を摂らずに点滴で栄養を摂っている。だから、VRワールドだとしても食事は出来る限り美味しいものを食べたいと思っている。

 

 

シノンさんが持って来たお弁当は食パンで具材を挟んだサンドイッチ。3人で食べる事を前提にしていたのか数が多い。私は少しだけ迷った挙句、オーソドックスなタマゴサンドを食べる事にした。

 

 

「ッ!?お、美味しい……!!」

 

「ん、いつも通りに美味いな」

 

「VRMMOの料理は工程が簡略化されてて少しつまらないのが残念ね。あとは熟練度頼りで味が変わるし……食べられるようにするまで苦労したわ」

 

「確かにもう少し本格的にして欲しいよな。楽は楽なんだけど味気なくてつまらん」

 

「……ウェーブさん?その言い方だとウェーブさんも料理が出来るって言ってるようなものですけど……」

 

「出来るぞ?リアルでも出来るし、ALOでも〝料理〟スキルはカンストさせてるし」

 

「カンストですか!?」

 

「最古参とまではいかないけど一応古参のプレイヤーだからな。ソロで暇してる時にちょくちょく〝料理〟スキル使って飯作ってた」

 

 

ウェーブさんの予想外の女子力の高さに驚いてしまう。戦闘能力が夢のウェーブさんに劣るものの高い上に女子力も高いとか止めてほしい。家事なんてものはAIDSを発症する前にお母さんの手伝い程度しかやったことの無い。ALOでも戦闘職を意識したビルドなので〝料理〟スキルなんて習得していない。

 

 

「やっぱりウェーブさんも家庭的な方が良いですよね……」

 

「ん?別にそういうことは気にして無いぞ?確かにそういうスキルがあった方が好まれるけど、俺は好きになったらその辺りは気にして無いからな。相手が家事が出来なくても、俺が出来て助け合えば問題無いし」

 

 

そう言ってウェーブさんはシノンさんに視線を向ける。そしてシノンさんが頷いたのを確認してから私の頭に手を乗せ、優しく撫でてくれた。

 

 

「出来ないのならば出来るようになれば良いだけだ。〝料理〟スキル取りたいのなら食べる役は任せろ。サバイバル生活で雑食を身につけた俺は食えない物なんて存在しないからな!!」

 

「ちょっと冗談に聞こえない発言は控えてくれませんか?」

 

 

普通なら冗談に聞こえる言葉なのだがウェーブさんが言うと冗談に聞こえない。この人がサバイバルをしたら食べるのを躊躇うような食べ物でも食べていそうだから。

 

 

「でも、そうですね……このダンジョンを攻略したら〝料理〟スキルを取ってみようと思うのでスキル上げを手伝ってくださいね」

 

「任せろ」

 

 

ウェーブさんの隣にはもうシノンさんが立っている。なので、私がいくら彼に恋い焦がれたところでそれは無駄な事になってしまうのだろう。略奪愛なんて趣味じゃないので奪うなんて事は考えない。

 

 

だけど、せめてこの瞬間だけは、命が終わるまでのこの時間だけは、どうか彼の事を好きでいさせて欲しいと思った。

 

 

 






原作じゃあさっくり終わらされてた28層の攻略。それを3人で攻略するっていう、普通だったら無謀すぎるチャレンジ。だけも修羅波がいるってだけで大丈夫に思えてしまう。

後半はランねーちんの視点。経歴を考えると家事がクソ雑魚でも仕方がないな〜って思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボス攻略

 

 

「やっと着いたな」

 

 

海水に覆われた通路を散策する事実に5時間。ようやく目当てであるボス部屋に到着する事が出来た。ストレージの中身を確認すれば回復アイテムは思いの外消耗していない。武器の耐久値は減ってはいるものの、ボス戦に耐えられるくらいには残っていると思われる。

 

 

「俺はこのまま戦えるけど、2人はどうだ?」

 

「矢はまだあるし、弓の耐久値も大丈夫だから問題無いわよ」

 

「武器の耐久値は大丈夫ですけど、ちょっと回復アイテムが心許ないかなぁって」

 

「あぁ、確かにランだけ不意打ち避けられなかったからな」

 

 

このダンジョンは海中にエネミーが潜んでそのまま不意打ちを仕掛けてくる。そのため不意打ちを警戒していたのだが、ランは何故か集中が切れたタイミングで不意打ちをされ続けたので俺たちの中で一番ダメージを食らっている。

 

 

「ウェーブさんはともかくなんでシノンさんも集中が切れ無いんですか?」

 

「GGOでは狙撃手(スナイパー)をやってたからよ。あれって待ち伏せが基本だから集中力と忍耐力が必要なのよね」

 

「俺のアイテム分けてやるよ。このくらいで良いか?」

 

「ありがとうございます」

 

 

ストレージから半分ほど回復アイテムを出してランに渡す。俺は基本的に攻撃をマトモに受けないようにしているのでダメージはそんなに受けないのだ。

 

 

「それじゃ、行くぞ」

 

 

2人の準備が出来た事を確認してからボス部屋の扉を開ける。真っ暗闇で何も見えないのだが、壁に掛けられた左右の松明が同時に点火され、時間差をつけて次の松明が点火されて徐々に明るくなっていく。幸いな事にボス部屋の足場は砂浜だった。砂に足を取られる事になるが、これまでのように海中からの不意打ちを警戒しなくて済むだけありがたい。

 

 

ボスが出現するのはこの松明が全て着いてからなのでまだ時間はある。ストレージからSTRとAGIを一時的に上昇させる強化ポーションを取り出して飲み干す。普通のパーティーならば1人くらい支援魔法(バフ)を掛けられるプレイヤーがいるのだが残念ながら俺たちのパーティーには存在しない。俺が強化ポーションを飲んで少し間を空けてから2人も強化ポーションを飲んだ。

 

 

強化していることを示すアイコンがHPバーに表示されるのと同時に松明が全て点火され、部屋の中央に荒削りの巨大なポリゴンが湧き上がるようにポップした。それは積み重なるように30メートルを超える塊となり、大まかな形を作ってからさらに再開されてボスへと変貌する。

 

 

28層のボスは巨大なヤドカリだった。巨大な螺旋状の貝殻を背負ってポリゴンの破片を払うかのように身震いしながら左右のハサミをキチキチと軋ませて威嚇している。

 

 

 

シィーーーッ(〝歩法:縮地〟)!!」

 

 

そしてボスが出現するのと同時に俺は縮地でボスの懐に潜り込み、手にした刀二本で斬り裂いた。本来ならボスがパフォーマンスの1つでもするのだがそんなのをわざわざ待っていられる程にこちらには余裕は無い。最大人数である49人のフルレイドで、トッププレイヤーたちが挑んだとしても負ける事がある程にボスモンスターは強いのだ。たった3人しかいない俺たちの勝機はかなり薄い。だったら先手くらい取らなければいけないのだ。

 

 

甲殻類特有の堅い殻に阻まれて刀が火花を散らす。視界の端に映る3本のHPバーの一本目は削れているように見えない。堅いのでダメージが目に見えないほどしか通っていないのだ。

 

 

「シノン!!」

 

分かってるわよ(弓術:乱れ打ち)!!」

 

 

攻撃した事でボスのヘイトが俺に向けられてシノンとランから外れる。その瞬間にシノンが火矢をソードスキルではなくプレイヤースキルによる乱れ打ちで放つ。殻に阻まれて刺さらないものの鏃がぶつかった瞬間に爆発を起こす。

 

 

いただき(〝抜刀〟)……ッ!!」

 

 

爆炎に紛れながらランが抜刀術をボスモンスターの巨体を支える6本の足の1つに放つが、やはり堅い殻に阻まれて火花を散らせながら弾かれるという結果に終わる。

 

 

だがマトモにダメージを与えられないとしても手を止める理由にはならない。弾かれようがHPが減らないだろうが、手を止めずに場所を変えてHPを確認しながら斬り続ける。爆炎が晴れてボスの視界がクリアになるまでの十数秒の間に手の届く範囲はおおよそ斬り尽くしたが、ボスのHPはようやく目に見えて分かるほどに減った程度しか削れず、しかもその殆どがシノンの火矢によるダメージだった。

 

 

斬った場所にダメージは殆ど無し、急所もだ(〝観察眼〟)。殻が硬すぎて魔法か、打撃系統の武器じゃないとダメージが与えられそうに無いな。一応手甲は持ってきてるけど、倒すよりも先に手甲が壊れるかもしれない。急所の予想は顔とあの背負ってる巻貝の中身ってところだ」

 

 

後方に下がり、逃げ遅れたランに囮を任せながらシノンに報告する。ただ闇雲に斬っていた訳ではなくて急所を探しながら斬っていたのだが手に届く範囲には存在しなかったようで、クリティカルダメージが発生したようには見えなかった。

 

 

だがあの行動は無駄ではない。手に届く範囲には急所は無いという証明になる。予想出来る急所は今上げた2つなのだが顔はシノンの弓でなくては届かず、背負ってる巻貝を壊さなければその中身を攻撃することも出来ない。打撃系統にカテゴリーされている手甲はあるのでそれを装備して戦えばダメージは通せるだろう。その場合は()()()()()()()()()()()()()()()()()。それではダメだ。ランにも何かしらの働きをさせて、3人で倒したという結果の下でボスを倒さなくては意味が無い。

 

 

どうするべきかと考えるのと同時にアイデアが浮かぶ。装備していた刀をストレージにしまって手甲を装備。ここまで一度も使用していないので耐久値は満タンなのだが、人数が少ないのでどうしても一人一人の負担は大きくなる。もしかしたら壊れるかしれないが、必要な犠牲だと割り切る。製作者のリズベット辺りが絶叫するかもしれないけど。

 

 

私が顔を狙って(〝以心伝心〟)ーーー」

 

「ーーー俺が巻貝を壊す(〝以心伝心〟)

 

 

口で説明するよりも先にシノンは俺の考えを読み取り、理解してくれる。そしてさっきまでの様な連射撃ちでは無くて長期戦になることを見越して単発撃ちに切り替えて火矢をボスの顔に向かって放った。

 

 

それと同時に矢の下に潜り込む様に身を低くしながら縮地でボスに接近。悲鳴をあげながら逃げ惑い、時折足の関節を狙って斬っているランを無視しながらボスの足をよじ登って背中に到着する。動き回っている上に火矢の爆発で揺れに揺れているのだが、問題にならない。

 

 

足場にしているボスの背をブーツ越しに足の握力で()()。揺れに関しては体幹バランスと揺れに対して脱力させて迎える事で解決させる。爺さんから揺れる場所で戦うならこうすれば良いと教えられてどこで使うんだと疑問に思っていたのだが、まさかゲーム内で使う事になるとは思わなかった。

 

 

そして一歩一歩振り落とされない様に注意しながら巻貝の前まで到着しーーー

 

 

「ーーーフンッ!!(〝震脚〟〝発勁〟)

 

 

足場になっているボスの背中を踏み砕きかねないほどの震脚と同時に全力の発勁を叩き込む。震脚のあまりの強さにボスは一瞬だけ全身を硬直させ、発勁の一撃は弱点を守っているであろう巻貝を軋ませた。

 

 

「どっちが先に壊れるか勝負しようぜ!!お前が負けたら俺の晩飯甲殻類な!!」

 

 

軽快に笑いながら、2人を不安にさせないように冗談を吐きながら、俺は巻貝に向かって再び震脚と共に発勁を叩き込んだ。

 

 

 






原作だとあっさり倒されてしまった28層のボスの活躍の場を作っていくスタイル。甲殻類としか原作には書いてなかったので少しのテコ入れとしてデカイヤドカリにしました。


堅い、とにかく堅い。刀だとまともにダメージを与えられないという修羅波とランねーちんへのメタを含んでみたぞ!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボス攻略・2

「ーーーウェーブさぁん!!刀が壊れましたぁッ!!」

 

「ーーー素手で殴れ!!大丈夫、お前ならやれるはずだ!!多分!!」

 

「出来る訳ないじゃないですか!!人を戦闘特化のキチガイ扱いするのは止めて下さい!!」

 

「成長先の俺の動きを真似てる時点でお察しなんだよなぁ……」

 

 

28層ボスとの戦闘から2時間が経過した。すでに俺の手甲の耐久値は10%を切っていて一度殴る度にギチリと嫌な警告音を軋ませる。シノンも手持ちの矢が尽きかけている、なので俺とランが持って来ておいた矢を補充したがそれが無くなったらお終いだ。ランはランで使っていた刀が折れたとボスの踏みつけを避けながら叫んでいる。なので使っていない刀の一本をストレージから取り出して投げ渡す。

 

 

ボスのHPはシノンが火矢をボスの狭い口に入れるという活躍によって1本を削り、現在は2本目に突入している。たが、それももう限界だ。2時間かけて手持ちの矢をほとんど使ってそれだけしか削れてないのだ。ダメージが入ることから他の部位よりも柔らかいのは分かるのだが、それでも堅い事には変わらないらしい。

 

 

俺が殴り続けている巻貝はというと1時間殴ったところでようやくヒビが入り、2時間も殴り続けてそのヒビが巻貝全体に広がっている。手応えはあるが、このペースで行けば間違いなく先に手甲が壊れるのは簡単に予想が出来る。

 

 

最悪素手で殴る事も考えないといけないなぁと考えながら、ボスの背中を踏みつける震脚と巻貝を殴る発勁の手は止めない。

 

 

オラオラオラオラ(〝震脚〟〝発勁〟〝震脚〟〝発勁〟)オラオラオラオラ(〝震脚〟〝発勁〟〝震脚〟〝発勁〟)ーーーッ!!」

 

 

一発震脚と発勁を叩き込む度にボスの動きが止まる。俺の存在を煩わしく思っているのかボスは時折ハサミを背中に伸ばし、俺の事をはたき落とそうとするが、その動作に入った瞬間にシノンが火矢でボスのハサミを弾き飛ばしているので心配していない。

 

 

一番消耗しているのは間違いなくランなのだが、囮は必要不可欠なので助けることはしない。

 

 

「ウェーブさん!!堅いって言っても斬れるんじゃないですか!?夢の中のウェーブさんは斬鉄剣が通常攻撃だとか言ってましたし!!」

 

出来なくはないけどしない(〝震脚〟〝発勁〟)ッ!!

斬れるけど無理矢理斬ってるだけだし(〝震脚〟〝発勁〟)ッ!!

耐久値の減りが早いからな(〝震脚〟〝発勁〟)!!」

 

 

そもそもこの巻貝相手に斬鉄が通用するかどうかが怪しくなってくる。斬鉄で斬る事が出来るのは名前の通りに鉄まで、そこから先は武器の性能と使う人間の力量に影響される。武器に関してはリズベット製作の刀なので業物、それに俺の力量を考えても鉄以上の硬さは普通に斬ることが出来る。しかし、こうして殴っている感じでは、この巻貝は俺の斬鉄では()()()()()()()()()()()()ほどに堅いのだ。斬れるのならまだ良いが、斬れなかった場合は無茶な使い方をしたツケで耐久値が一気に削られてしまい、下手をすればそのまま壊れてしまう。

 

 

そうなってしまえば俺たちは戦うことが出来なくなる。ダンジョン探索に5時間、ボス戦に2時間、計7時間も消費して現在の時刻は4時前と言ったところだ。学校が終わってログインするプレイヤーが増えれば、誰かが俺たちのボス戦に気がつくだろう。そうなればアスナと〝スリーピング・ナイツ〟の時のような事になりかねない。ここまで移動するだけでも疲れるのにそこから封鎖しているプレイヤーを倒してボスに挑むのは現実的ではない。

 

 

なのでこの挑戦でボスを倒さなくてはならない。そう考えながらもう何度目か分からない発勁を叩き込みーーー

 

 

「ーーーあ、やべ」

 

 

ーーー耐久値がゼロになった手甲にヒビが入り、粉々に砕け散った。打撃武器のロストという致命的としか言えない結果に思わずボスの背中を掴む足の力を緩めてしまう。しかし、最後に発勁を叩き込んだ瞬間に巻貝に入っていたヒビがさらに広がったのが分かった。あと数発殴れば壊れるかもしれないと希望が出てくる。

 

 

その瞬間、ボスが足を曲げて身を低くしーーー()()()()()()()()

 

 

「避けろーーーッ!!」

 

 

何が目的なのか考えなくても予想出来る。ボスを蹴って空中で離れ、その真下にいるシノンに呼びかける。跳躍するのは予想出来なかったのか、シノンの顔は上を見ながら驚愕に染まっていた。このままでは逃げ遅れて、落下を始めたボスにシノンが潰されるーーー

 

 

「ーーーシノンさん(〝歩法:縮地〟)ッ!!」

 

 

ーーーその間際にランが縮地を使いながらシノンとともに落下地点から逃れるのが見えた。まさに危機一髪としか言えないタイミングで2人は危機を免れる。

 

 

「死ねテメェーーー!!」

 

 

そして俺は回転しながら落下し、重力と遠心力を味方につけながらヒビだらけの巻貝に向かって踵落としを決める。システムアシストの無い一撃が突き刺さり、巻貝が嫌な音を立てながら軋んだ。あと少し、そう確信させるのには十分な反応だったがその代償は大きい。

 

 

今の踵落としで、反射ダメージにより足首から先がポリゴンになって砕け散った。

 

 

やっぱりかと半ば予想していた結果を驚きも無く受け止める。システムアシストや脚甲などがあれば別なのだろうが、そんな物を着けずに攻撃をしてしまえばこうなることは目に見えていた。砕けていない左足で巻貝を蹴り、跳躍からの落下で動けないボスから距離を取る。

 

 

シノン(〝以心伝心〟)ーーー」

 

「ーーー分かったわ(〝以心伝心〟)

 

 

シノンの名前を呼ぶ、それだけで彼女は俺が何を求めているのか理解して行動に移してくれる。矢筒に入っていた矢をありったけ取り出して弓に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ーーーフッ(〝弓:スターダスト・エクサ〟)!!」

 

 

短い掛け声と共に鏃をボスの上空に向けて一気に矢を放った。そのままの軌道で行けば矢は全て天井に突き刺さるのだがソードスキルなのでそんな法則は適応されない。天井間際まで近づいた瞬間に矢は鏃を下に向けて方向転換し、ボスに向かって降り注ぐ。しかもその全てが火矢。実に50本もの矢がボスに雨のように降り注ぎ、着弾するのと同時に爆発する。全身を矢と爆発の雨に襲われ、爆炎から出てきたボスは巻貝だけでは無くて全身の殻にヒビが入って見るも無惨な姿になっていた。

 

 

「ラン、行けるか?」

 

「えぇ、任せて下さい」

 

 

あと一押しの状況で、ストレージから出した回復ポーションを飲みながらランに託す。一応片足でも戦える術は教えられているのだが、無理をしなくても出来る奴がやればいいのだ。この状況で言えばランになる。

 

 

ランはボスに向かって縮地で加速しながら突貫する。それにボスが気が付き、ボロボロになったハサミを振り下ろすがランを捉えるにはあまりにも遅すぎる。ランは余裕を持って振り下ろしを躱し、ハサミを足場にして跳躍。俺の渡した刀に純白のエフェクトを纏わせながら、抜刀の構えを取りーーー

 

 

「ーーーシィッ(〝OSS: 〟)!!」

 

 

ーーー瞬間移動かと見間違うほどの速度で抜刀してボスの背後まで移動し、納刀するのと同時にボスの巻貝が粉々に砕け散った。

 

 

ランの使ったソードスキルは俺が見た事のないソードスキルだった。恐らくあれはランの作ったOSSだろう。ユウキが十一連撃という破格のソードスキルを作っていたように、ランもまたあのOSSを作っていたのだ。

 

 

「私は矢が無くなったからここまでだけど、任せて大丈夫よね?」

 

「あぁ、弱点が露出したのならどうとでもなるからな」

 

 

元に戻った足の調子を確かめるようにその場で足踏みをしながら答える。巻貝の中身は殻に覆われていない柔らかそうな尻尾。それが露出したのなら、シノンのアシストが無くても俺とランだけで行ける。

 

 

ストレージにしまっていた刀を装備して抜刀し、ボスに挑んでいるランに合流するべく全力で突貫した。

 

 

 




厄介だった巻貝は壊れて予想通りに弱点が露出したぞ!!後はどうなるか分かってるよね?

ゲームだと弓のソードスキルの矢の消費は一本だけらしいけど、そんな甘えは許さない。広範囲を攻撃しようと思ったらそれだけ矢は必要なのです。

あ、ランねーちんのOSSの名前がないのは仕様なので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボス戦後

 

 

ヤドカリの巻貝が砕けてから30分が経った。ストレージからタバコを取り出して火を点け、深く吸い込む。シノンは壁に縋って立ち、ランは疲れ果てたのか砂浜に大の字になって寝転がっている。

 

 

そして、俺たちの目の前には3本あったHPバーを全て削り取られ、耳障りな断末魔をあげるヤドカリがいた。崩れ落ちて動かなくなり、その巨体をポリゴンに変えて砕け散る。松明の炎が青から橙色に変わり、薄暗かったボス部屋全体が明るい照明に照らされる。

 

 

最後にガチャリと大きな音を立てて次の階層に続く階段を塞いでいた大扉の鍵が外れた。

 

 

「やっとおわりましたね……正直、もう3人でボス戦とかやりたくないですぅ……死ぬ、これは比喩抜きで死ねる」

 

「ランが言うとシャレにならないわよ。まぁ、後半サボってた私が言えた義理は無いけど」

 

「シノンは前半で頑張ってくれてたから良いんだよ。それは兎も角、確かに3人でボス戦はもうしたく無いな。今回は相性が悪かったとはいえこんなのとセオリー無視した少人数で挑むのは死ねる。次辺りはアスナでも引っ張ってくるか?ランがいるって言えば〝スリーピング・ナイツ〟からも引っ張って来れるだろうし」

 

「一番納得出来ないのはなんで一番動いてたはずのウェーブさんがそんなに疲れてないんですか?」

 

「鍛え方が違う。それに倒したからって言って油断してダラけてたら他の奴らに狙われるからな」

 

「確かにGGOじゃボス倒して油断した瞬間にPKされてレアアイテム奪われるなんてあったわね」

 

 

確かに今すぐに寝そべりたいくらいに疲れているのだが、ここでそんな姿を晒してしまえばここぞとばかりにプレイヤーから狙われる事になる。一種の虚勢……ブラフのようなものだが、相手からしてみればまだ戦えるんじゃ無いかと思わせる事で足を鈍らせる事が出来る。

 

 

重たい音が響いてボス部屋の入り口の扉が開く。すると中を確認するように数人のプレイヤーが部屋を覗き込み、炎の色を確認してボスが倒されたことを知って唖然としていた。

 

 

そのプレイヤーたちに向かってシノンは恥ずかしそうに、ランはにんまりと笑いながらVサインを作り、俺は得意げな顔をしながら中指を突き立ててやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋を覗き込んでいたプレイヤーたちが報告の為に慌てて引き返していったのを見送ってから29層に続く螺旋階段を登る。そして東屋風の小さな小屋を出れば、そこは誰も足を踏み入れたことのない29層だった。

 

 

「……何故か感慨深いものがありますね」

 

「一番初めに到達したって言う達成感だな。いつもいつも誰かが拓いてくれた道を自分の力で切り拓いたっていう。胸張れよ、俺たちがやったんだぞ」

 

「攻略には興味は無かったのだけど、中々良いものね……これからもアスナたちと攻略に参加しようかしら」

 

 

ダンジョンの中で充満していた塩臭さが欠片もない空気を存分に味わいながら、頬を撫でる風を感じる。長い間ダンジョンに閉じこもっていたせいで時刻は夕方になり、29層を沈み行く夕日が照らしていた。前人未踏の新階層で、俺たちだけがこの景色を独占出来ているというのは中々に気分が良い。

 

 

「ーーーあ、れ?」

 

 

気の抜けた声に何かあったのかと思いランを見れば、彼女はボロボロと大粒の涙を流して泣いていた。

 

 

「どうして……悲しくなんかないのに……」

 

「嬉しいからじゃないか?」

 

 

悲しくて泣くのと嬉しくて泣く。同じ泣くという行為なのだが、この2つはマイナスの感情とプラスの感情という真逆の感情で生じる行為であり、全くの別物だ。

 

 

悲しくて泣くというのなら、どうにかして止めたいと考える。しかし嬉しくて泣くというのなら、思う存分泣いてほしいと考えている。何故なら、その行為がとても尊い物に見えて仕方がないから。

 

 

「止まらない……ウェーブさん、ちょっと胸貸して下さい」

 

「おう、無料無制限で貸してやるよ」

 

 

半ばからかうように手を広げてやるとランは倒れるように俺の胸に飛び込んできて、静かに泣いた。風の音と虫の声、そして押し殺すようなランの泣き声だけが耳に届く。

 

 

いくら夢の中の俺のことを真似て、性格を染められようとも紺野藍子(ラン)は普通の女の子なのだ。俺のように精神が早熟するように育てられた訳でもなく、シノンのように精神を早熟させなければならなかった訳でもない、AIDSに感染したことを除けば普通の女の子なのだ。倉橋さんの話では紺野家で生きているのはランとユウキの2人だけ、姉だからとユウキの前では気丈に振る舞っていたかもしれないが、未熟な精神でそんな事をすればストレスが溜まらない訳がない。

 

 

恐らくは達成感で気が緩んで溜め込んできたものが一気に吹き出したのだろう。初めは押し殺すような物だったはずのランの泣き声は、すぐに泣き叫ぶ物に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーエネミーの湧きが少なくて良かったわね」

 

「ーーー相手を任せて悪かったな」

 

 

泣き疲れたのか眠ってしまったランを背負いながら主街区に入る。これで圏内に入ったので攻撃を受けてもダメージを受けなくなった。幸いな事に主街区までの間はエネミーの湧きは少なく、眠っているランに気遣って1人で戦うと言ったシノン1人でも対処出来た。

 

 

矢は無くなっているので俺の刀を使ってシノンは戦っていたのだが、使い慣れない武器を使ったので振り回されながらの戦いだった。その姿を可愛いと思ってしまった俺は悪くない。

 

 

「それじゃあ、私は転移門をアクティベートしてくるから」

 

「頼むわ」

 

 

キリトから聞いた話によると、攻略は転移門をアクティベートして使用出来るようになるまでしなくてはならないらしい。一応時間経過でも自動的にアクティベートはされるのだが、手動の方が早いからそうしろと言われていた。本当だったら俺がアクティベートするはずだったのだが、今はランを背負っている。なのでシノンに任せて、俺はランと待つ事にした。

 

 

「ふぅ……行ったぞ?」

 

「……いつから気が付いてたんですか?」

 

「起きた時から。背負って密着してれば呼吸とかで簡単に意識があるかどうか分かるんだよ」

 

「うーん、本当に規格外ですねぇ……」

 

 

タバコを咥えながら眠っていたランに話しかけると、イタズラのバレた子供が誤魔化そうとしているように伏せていた顔を上げて少しだけ舌を出す。

 

 

主街区に来るまでの道中でランが起きている事には気が付いていた。それなのに起きずに、また何時ぞやのように強制ログアウトするのではないかとヒヤヒヤしていたのだが、呼吸が大きく深くなるだけで強制ログアウトされる事はなかった。

 

 

起きているのに寝ているフリをしていた事から、2人っきりで何か話したいことがあるのでは無いかと考えていたのだが当たっていたようだ。背中から降りたランは正面から俺に向き合い、頭を下げた。

 

 

「ウェーブさん、ありがとうございました。こんな素敵な経験をさせてくれて……正直、ちょっとだけ死んでも良いやって考えちゃいました」

 

「おいおい、事前の通達も無しに背中で死ぬとか止めてくれよ」

 

「その言い方だと先に言ってれば死んでも良いように聞こえますけど……まぁ超絶可愛い美少女剣士のランちゃんは細かい事は気にしないのでスルーしましょう」

 

「触れてる時点でスルー出来てないんだよなぁ……で、考えてたって事はまだ死ぬつもりは無いと?」

 

「ウェーブさんはなんでもお見通しですね……ハイ、そうです」

 

 

そう言ってランは夜空に変わった上を見上げる。〝新生アインクラッド〟という地理の関係で、上にある星空は本物の星空では無い。しかし現実世界では田舎でしか見れない程に満天の星空が頭上には輝いていた。

 

 

「凄く疲れたけど達成感があって……あぁ、これで死んでも良いかなぁって考えて……でも、もっとウェーブさんとシノンさんと一緒に冒険したいって思って……そうしたらまだ生きたいなぁって考えて……おかしいですよね?満足したはずなのにすぐに次の欲求が出てくるなんて」

 

「良いじゃないか。少なくとも、聖人とか言われてる無欲な奴よりも人間としては健全だと思うぞ」

 

 

おかしいと、泣きそうになりながら自虐していたランの言葉を肯定してやる。こればかりは感性によるもので賛否両論なのだが、少なくとも俺はその欲望は間違っていないと思っているし、個人的には実に好ましいものだった。

 

 

「俺の個人的な考えだけど欲求ってのは人らしく生きる原動力だって考えてる。あれがしたい、これがしたい、だから生きてやるって生きる姿は俺好みの姿だし、そのために全力で生きている奴は好きだしな。そう言う意味じゃランはちゃんと〝生きてる〟よ。現実世界では死にかけて指一本動かせない状態だとしても、仮想現実(この世界)で頑張って生きてる。生きたい生きたいって頑張って生きてる。だから間違ってるとかおかしいとか自虐するのは止めてくれ」

 

「ーーーあぁ、本当にもう……貴方って人は……」

 

 

俺の言葉に何を感じて何を思ったのかはランにしか分からない。だけど泣きそうだったのに呆れたようにいつもの顔に戻ったランを見る限りでは悪い影響を与えていないようだ。

 

 

「ふぅ……はい!!弱々しい私はもうお終い!!ここからはいつものランちゃんに戻りますよ!!取り敢えずウェーブさん、〝剣士の碑〟が更新されたら近くにいるプレイヤーを煽りましょ?」

 

「くっ、なんて酷いことを考えてやがるーーーもちろん、煽るに決まってるじゃないか!!」

 

 

泣きそうな顔よりも、こうして能天気に笑っている方が彼女らしい。俺の言葉でその笑顔が見れるのなら、それは良かったと素直に喜ぼう。

 

 

ーーーいつか、彼女と別れるその日まで。この能天気な笑顔を長く見られるように努力しよう。だから、笑ってくれ。

 

 

 






ボス戦?巻貝壊れて弱点が露出した時点で修羅波達の勝ちは決定していたから。あそこから負けるわけ無いんだよ!!

新階層を開いた達成感で満たされて、ランねーちんは軽くだけどここで死んでも良いと考える。だけどまだ修羅波とシノのんと一緒にいたいっていう欲求がそれを超える。やっぱり人間の生きる原動力って欲望なんだよ。そして気合と根性があればなんでも出来る(光属性並感



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バーベキュー

 

 

たった3人のギルド〝三身一体(トリニティー)〟が単独でボス攻略を成功させ、〝剣士の碑〟に名前を刻むというアスナと〝スリーピング・ナイツ〟の成し遂げた偉業を上書きする偉業を成し遂げてから3日が経った。〝剣士の碑〟に名前を刻み、あとは飽きるほどのアルヴヘイムを冒険する予定だったのだが、アスナから22層にある彼女の家でバーベキューをするから来ないかと誘いがあった。

 

 

断る理由は無い。なのでシノンとラン、そしてシュピーゲルを誘い、バーベキューに参加する事にした。

 

 

「ーーーみんなジョッキは持ったわね?それじゃ、乾杯ッ!!」

 

「「「「「ーーー乾杯ッ!!」」」」」

 

 

アルコールを入れた木製のジョッキを手に持ち、乾杯の音頭に合わせて近くにいたもの同士でジョッキをぶつけ合い、それを一気に煽る。

 

 

このバーベキューに参加したのはアスナやキリトと一緒にいるいつものメンバー、ユウキを含めた〝スリーピング・ナイツ〟、それだけではなくシルフ領主のサクヤ、ケットシー領主のアリシャ、サラマンダーのユージーン、その側近を合わせて30人以上も集まっている。わざわざ食材を集める為だけにパーティーを結成する事になるとは思わなかった。

 

 

「ウェーブ!!俺と戦えぇぇぇぇぇ!!」

 

「はいドーン」

 

 

予想してはいたけど出来ればそうならないで欲しいと願っていたが現実は非情であるらしくジョッキを投げ捨ててユージーンが襲い掛かってきた。なので発勁で腹パン決めてから刀で両手両足を斬り落として首元と胸を刻むように抉って〝残り火(リメイン・ライト)〟に変えてしまう。

 

 

「相変わらず容赦無いなぁ」

 

「あんなバーサクヒーラー以上のバーサーカー相手に容赦する意味が分からん。復活したらしばらくは大人しいだろうけど、また襲い掛かって来るぞ」

 

「ヨツンヘイムにでも捨てておいた方が良いんじゃないかな?」

 

「そうしたらそうしたらで霧の巨人族引き連れて向かって来そうなんだよなぁ……」

 

「何が恐ろしいのかってそんな光景を想像しても違和感を感じない事だよね」

 

 

リアルでもゲーム内でも久し振りにあったシュピーゲルだがアルコールが入っているからなのか普段よりもテンションが割と高いように思える。今もエールの入っている樽に頭から突っ込もうとして〝スリーピング・ナイツ〟のシウネーに止められている程だ。

 

 

サクヤとアリシャはユウキを始めとした〝スリーピング・ナイツ〟のメンバーを傭兵として自分の種族に招こうとしているが誰もがそれを断っている。ユウキたちは病気で三月いっぱいで〝スリーピング・ナイツ〟を解散すると聞いているのでそれが原因なのだろう。流石にその事はこの場では口にしていないので、知っているのは俺とシノンとアスナ、それとキリトくらいになるが。

 

 

「そこ、手を休めない。中華は火が命よ」

 

「ハイ!!師匠!!」

 

「ウェーブさ〜ん、次の料理が出来ましたよ〜」

 

「お、ありがと」

 

 

小さな身体でフラフラと大皿を抱えているナビゲーションピクシーのユイにバーベキューをしているはずなのに何故か中華鍋を振るって料理を作っているランとそれを監督しているシノンを見る。確かにダンジョンアタックをしている時に料理の話をしていたのだがどうしてこの場でそれをしようと思ったのか分からない。それでも俺からした約束を反故する訳にはいかず、大皿の上に山盛りに積まれた焦げた料理に手をつける事にした。

 

 

「よぉ、凄いの食べてるな」

 

「〝料理〟スキル取ってなかったランの料理だからこんなものだろ」

 

 

ジョッキを片手に持ってやって来たキリトにそう返しながら焦げた料理を食べ進める。キリトの背後では怪しげな煙を上げているジョッキを持ったリズベットが野獣の眼光としか表現出来ない目でキリトの事を見ていて、シリカとリーファが全力でそれを止めようとしている。あのジョッキの中身を飲まされた瞬間、キリトの人生は色んな意味で終わりを迎えてしまうので2人には頑張って欲しいところだ。

 

 

「それにしても3人でボスを倒すとはな。前々から頭おかしいと思ってたけど再認識した、やっぱり頭がおかしいって」

 

「頭のネジが緩んでるのは認めるけど俺はまだマシな方なんだよなぁ……うちの爺さんと母さんは確実に頭のネジ無くなってる真性のキチガイだし。この間のレイド部隊と戦ったの覚えてる?あの後2人をALOに居させない為にGGOを紹介したら、なんかGGOのスレで賞金首扱いされてたぞ」

 

「それってもうキチガイとかいうレベルを超越した何かじゃないか……GGOプレイヤーたち心を病むんじゃないか?」

 

「そこら辺は自己責任でどうにかしてもらいたいね。もう2人の危険性は分かってる頃だろうし、最悪運営から幾らかの弱体食らうでしょ」

 

 

流石にGGOの運営はそこまで無能では無いと信じたいのだが、〝死銃〟事件の際に使われていた〝メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)〟の事を思えば断言出来ない悲しさがある。あのガチキチ2人が野放しに暴れ回れば最悪GGOのサービス中止まで考えられるのだが、そこは運営とGGOプレイヤーたちに任せるしかない。

 

 

一皿目の焦げた料理を平らげると即座に二皿目の焦げた料理が運ばれてくる。味は焦げで苦味しか感じないし、そこそこに量が多い。これがもしもリアルだったら後二、三皿も運ばれて来たら限界なのだが、幸いな事にゲーム内では満腹感はあれど物理的に満腹になる事はない。口の中を持って来ていたワインで洗い流してから黙々と二皿目に手をつける事にする。

 

 

その頃にはリズベットVSキリト守り隊の戦いに気が付いたアスナが参戦してデュエルじみた事をしていた。アスナ、リーファ、シリカにピナという四対一の構図なのにリズベットは怪しげな煙を上げているジョッキを離す事なく片手でメイスを振り回して拮抗していた。その最中でジョッキの中身が溢れてエギルに愚痴を溢していたクラインにかかる。するとクラインは突如として苦しみ出し、数秒で〝残り火(リメイン・ライト)〟に変わってしまった。それを見て流石に不味いと考えたのか、顔色を変えたキリトがキリト守り隊の加勢に向かった。

 

 

あのジョッキの中身に戦慄していると、サクヤとアリシャの勧誘から逃げて来たユウキが俺の目の前に座った。

 

 

「あ〜疲れた!!もう、ボクたちはスカウトは受けないって言ってるのに!!」

 

「そうとは言ってもユウキたち〝スリーピング・ナイツ〟は強いからな。サクヤやアリシャの立場からしたら欲しくなるんだろうよ」

 

「でもユージーンさんはそんな事しなかったよ?」

 

「あいつはホラ、乾杯と同時に俺に斬り掛かってくるキチガイだから」

 

「それで納得出来ちゃう辺り悲しいなぁ……」

 

 

あれでもユージーンはまだマシな部類に入るという事実があるのだがユウキには言わないでおこう。サラマンダーの中にはウェーブ殺し隊とかいうトチ狂った連中もいる。ユージーンの場合は圏外で正面から斬り掛かってくる程度なのでさっきのように軽く流せるのだが、ウェーブ殺し隊の場合は数十人が全員自爆魔法を使って特攻してくるという神風スピリットの持ち主なのだ。しかもこちらの都合とか一切関係無しで。レアモンスターとエンカウント出来て喜んだ瞬間にウェーブ殺し隊の神風特攻で〝残り火(リメイン・ライト)〟になった時の恨みは忘れない。一時期ALOからサラマンダーが姿を消す程にサラマンダーをハントしたけど、恨みは未だに薄れていない。

 

 

「お兄さんお兄さん!!目が何だか怪しくなってるよ!!」

 

「……あぁ、ゴメンゴメン。サラマンダーへの恨みが出て来てね。そうだ、今度一緒に田植えしない?」

 

「田植えって言うけど絶対にロクでもない事だよね?」

 

「失礼な……ただサラマンダーで植え付けをするだけなのに」

 

「そんな事絶対にしないからね!!」

 

 

ユウキに断られてしまったのでランでも誘おう。彼女なら嬉々として田植えに参加してくれるはずだ。シュピーゲルを囮にして俺とランで奇襲、混乱しているサラマンダーを一匹ずつシノンの麻痺矢で狙撃して田植えをする。実にパーフェクトな作戦だ。

 

 

「……お兄さん、本当にありがとう」

 

「お礼を言われる事は……まぁ割としたな。だけど改まって言われるような事したか?」

 

「ラン……ううん、姉ちゃんの事だよ」

 

 

二皿目を片付けて三皿目をテーブルの端に置いておく。笑いながら話せる空気ならば食べ続けるのだが、流石に真剣な話で食べ続けるのは失礼だ。

 

 

「姉ちゃんさ、三年前からずっと無理してるように見えたんだ。ボクが泣いてる時も、落ち込んでる時も、ずっと笑っててさ……見てて痛々しくなるくらいに、ボクを励ますように笑ってたんだよ。でも、お兄さんと会ってからはそんな風に笑わなくなったんだ。だからありがとう、姉ちゃんを笑わせてくれて」

 

「笑顔を見るなら自然な笑顔を見たいって個人的な欲求があったからそうしただけだ。それに、俺は別に何もしてない。ランが勝手にそういう風に笑っただけだよ」

 

「それでも、やっぱりありがとうなんだよ。あんな風に笑う姉ちゃんを見るのは久しぶりだから。本当に楽しそうに笑ってるから……」

 

 

確かに、シノンのアドバイスを受けながら中華鍋を振るっているランは初めて出会った時とは比べ物にならない程に自然な笑顔になっていた。あの笑顔を三年間も見続けて来たユウキからしてみれば、俺のやったことは確かにお礼の1つでも言いたくなるようなものなのかもしれない。

 

 

「……素直に受け取っておくよ」

 

「うん……ところでさっきから食べてるのって何?食べれる物なの?」

 

「ランが作った失敗作の料理。焦げの苦味を我慢すれば食べれるな……いるか?」

 

「いらない」

 

 

そうかと呟いて三皿目の料理を口に運ぼうとした時、五人からの猛攻を逃げながら躱していたリズベットが俺の頭上を通過した。その時にジョッキの中身が僅かに溢れて口に運ぼうとしていた料理の上にかかる。

 

 

これを食べたら死ぬと直感が喚き散らしたので口に向けて動いていた手を止めるーーーそして、無理矢理に止めた反動で、少しだけ口の中には入ってしまった。

 

 

「ゴボーーーッ」

 

「お、お兄さぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 

叫ぶユウキの姿が最後に見た光景だった。

 

 

 






こういう頭を空っぽにして書ける話が本当に好きでな。シリアスっぽい感じを出しながらも最後にはギャグで落ち着くのが本当に好き。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

統一デュエル・トーナメント 東ブロック

 

 

二月の中旬、ALOに存在するコロシアムは普段は無人だというのに、今日に限ってはALOプレイヤーの殆どが集まっているのでは無いかと思う程の賑わいを見せていた。その理由は〝統一デュエル・トーナメント〟が行われたから。その名の通りにデュエルでALOで一番強いプレイヤーを決めるという運営公認の大会で、ネット放送局〝MMOストリーム〟で生中継される程、GGOでいうところのBOBと同じだ。

 

 

今回の〝統一デュエル・トーナメント〟で4回目になるこの大会に、本当だったら俺は参加するつもりは無かった。俺の中では戦い=野良試合というイメージで固められていて、用意ドンで始まるデュエルにはそんなに興味が惹かれなかったから。だけど参加しているのは、ランに誘われたから。彼女がこの大会で俺に腹パンされたことのリベンジをすると宣言したからこうして〝統一デュエル・トーナメント〟に参加する事に決めたのだ。

 

 

あの宣戦布告には痺れた。刀の切っ先を向けて、胸を張り、威風堂々と俺のことを倒すと叫んだランの姿はGGOでトラウマと向き合う為の強さを求めていた頃のシノンを思い出させてくれた。今のシノンも素敵だが、あの時のシノンには立ち向かおうとする意志を感じられた。それに惹かれてしまい、出るつもりのなかった〝統一デュエル・トーナメント〟に出ているわけだ。

 

 

〝統一デュエル・トーナメント〟は東ブロックと西ブロックの2つに別れて決勝戦でそれぞれの勝者が戦う方式だ。そして、次のデュエルで東ブロックと西ブロックの代表を決める、事実上の準決勝。

 

 

『ーーーさぁ!!次のデュエルがいよいよこの〝統一デュエル・トーナメント〟の東ブロック代表を決めるデュエルとなります!!トッププレイヤーが犇めき合うこの大会で、東ブロック代表の座を争うのはこの2人だぁぁぁぁぁぁッ!!!』

 

 

観客席の声に負けない声量でマイクを片手にパフォーマンスを決めているプレイヤーに従うように案内をプログラミングされていたNPCを残してコロシアムのリングへと上がる。

 

 

『最初に現れたのはALOプレイヤーならば誰もが知っているであろうキチガイオブキチガイ!!田植えと称して単独で種族単位に襲撃を仕掛けて埋めること21回!!PK回数ALOダントツ!!そしてソロだと思ってたらいつの間にかギルドを作って、しかも3人だけで〝新生アインクラッド〟のボスを攻略したどこをどう考えても生まれる時代を間違えたキチガイーーーウェェェェェブゥゥゥゥゥッ!!!』

 

 

観客席から聞こえてくるのは歓声ーーーでは無くて恐怖から来る叫び声。どうやら俺の被害者なのだろうプレイヤーたちが打ち合わせたかのように叫び出し、トラウマでも持っていたのかサラマンダーの集団が速攻で逃げ出していくのが見える。その中でも逃げ出すことなく叫ぶ事なく、殺意の篭った視線で睨んで来るのはウェーブ殺し隊に違いない。流石に大会中なので自制しているのだろうが、大会が終わった途端に襲い掛かってきそうだ。

 

 

『そんなキチガイと対峙するのは!!上から下まで全身黒尽くし!!年末にはなんと〝エクスキャリバー〟を入手したとも噂されているALOでも数少ない二刀流使い!!〝バーサクヒーラー〟とゲーム内だけではなくリアルでも男女交際をしているらしいリア充!!その上周囲には美少女だらけ!!爆発しやがれーーーキリトォォォォォォォッ!!!』

 

 

最初から最後まで見事に私怨だらけの口上が述べられて、キリトがリングへと上がって来る。観客席からは俺の時とは違い歓声、中にはキリトが気に入らないのかブーイングが聞こえて来るがピンク頭のプレイヤーがメイスを担いで走るのが見えたのでその内静かになるに違いない。

 

 

「すげぇ、最初から最後まで私怨しか無かったぞ」

 

「正直止めてほしいんだけどなぁ……」

 

 

キリトが苦笑いしながら頭を掻いているが、俺の視線はキリトの背中ーーーいつもならば一本しか担がれていないはずの剣が二本になっている。

 

 

キリトが二刀流使いなのはALOでも噂になっている事なのだが、実際に二刀流で戦っている姿は数えるほどしか目撃されていない。俺と戦う時は片手剣だった。レイド部隊と戦った時には二刀流だったとは記憶しているが、あの時はアスナと〝スリーピング・ナイツ〟のメンバーの為に負けられない戦いだったからと考えれば納得出来る。

 

 

つまり、キリトはこのデュエルに……正確には、俺に勝つつもりで挑もうとしている。

 

 

「勝つつもりか?いっつも俺にボコボコにされてるお前が?」

 

「あぁ、ユウキと決勝で全力で戦うって約束したからな」

 

「成る程ねぇ……生憎だけど、俺も負けるつもりはないぞ?俺もランと決勝で戦うと約束してるからな」

 

「知ってるよ……だから、()()()()()()()()()()

 

「その挑戦、受け取ったーーー全身全霊、死力を尽くして限界を超えて掛かってこい」

 

 

俺とキリトの間にモニターが投影されてカウントダウンが始まる。キリトは二本の片手剣を引き抜いて構える。リアルで剣道でもしていたのであろうその構えは中々に様になっている。だがその剣はSAOで生きる為に磨き上げられた我流だと俺は知っている。

 

 

それに呼応するように俺も腰に下げていた刀を二本引き抜き、構えずに自然体で立つ。戦う時に意識を入れ替えるような無駄なことはしない。自然体こそ、平常心こそが戦闘可能状態というイカれた漣の本能を曝け出しーーー漣の全てを持ってしてキリトと相対する。

 

 

キリトの目から伝わって来るのは本気の闘志。ユウキとは()()()()()と約束したと言っていたが、今のキリトは間違いなく()()()()()()()()()()()。キリトが本気で戦おうとしている事を内心で喜びながら、それでいて表には出さないように努めながらデュエル開始の瞬間を待つ。

 

 

カウントが10を切った頃には騒がしかったコロシアムは静寂に包まれていた。誰もが俺たちに視線を向け、一挙一動を見逃さないように集中している。

 

 

そしてーーーカウントが0になる。

 

 

『デュエル開始ぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーッ!!!』

 

 

デュエルの開始を告げるブザーが鳴り響くと同時に互いに飛び出す。キリトは兎に角間合いを詰める事を意識しているのか全力で突っ込んで来る。なので俺はそれを意識しながらタイミングを合わせる。

 

 

「ォォォォォォォーーーッ!!」

 

 

同時に振り下ろされるキリトの剣。そのままで行けば俺にXの傷跡を刻んだであろうその一閃は()()()()()()()()()()()()のを、視界を上下逆さまにしながら()()()()()()()()()()()()。呼吸を合わせるまでもなく、キリトの初動は読み取ることが出来た。なのでそれに合わせて跳躍し、体勢を逆さまにしながらキリトの背後を取った。

 

 

無防備なキリトの背後を取りながら左右の刀で左腕と右足を狙う。キリトがそのまま走り抜けるよりも俺の刀が左腕と右足を切り落とす方が早い。()()()()()()()()()()()()()()()()そうなるのだがキリトは違う。振り切った剣を背中に回して左腕を切り裂く刀を防ぎ、その場で左足を軸にしてターンしながら右足を狙っていた斬撃を躱し、独楽のように回りながら俺の腹に深くは無いが一閃を入れた。

 

 

無茶苦茶な動きをしておきながらキリトの体勢は崩れていない。腹の傷は直前で腹を引っ込めることで軽傷に留めたのでHPこそ削られたが然程痛みは無い。状態を確認しながら着地し、同時にキリトの呼吸を盗んで縮地で無意識の領域に踏み込む。その一連の動作にキリトは反応出来ていない。キリトはランやユウキのように人並み外れた反応速度を持っているが、それは()()()()()()()()ものだ。見えない、もしくは認識出来ないものに関しては人並み外れた反応速度を働かせる事は出来ない。

 

 

俺の刀がキリトの首と腕を断つーーーその直前で、キリトは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。先の動きにキリトは反応出来ていなかった。なのでこれは()()()()()()()。過去にキリトと戦った時、俺は何度も無意識の領域からの攻撃でキリトを倒していた。なのでキリトの身体は俺が認識出来ない時に、俺が無意識の領域にいると覚えている。

 

 

首と腕に届くはずだった一閃はキリトが動かない前提で放ったもの。故にキリトが動いてしまえば狙いはズレる。首を断つはずだった刀は空を斬り、腕を断つはずだった一閃は肩に入る。そしてタックルにより俺は無意識の領域から押し出され、キリトは俺を再認識した。

 

 

普通ならばそこで一旦距離を置いて仕切り直しでも考えるのだがキリトは逆に踏み込んでくる。俺を相手にそれをする事が不利になると分かっているから、下手に間を開ければ俺が攻めに回る事を知っているからキリトはひたすらに攻め続ける。そうなれば俺は受けに回らざるを得ない。いつもならば適当に受け流しながらカウンターから反撃をするのだが、キリトから発せられる気迫と闘志がそれを拒む。

 

 

受け流そうとする刀は弾かれ、避けようとしても軌道を修正しながら振るわれて防御を強制される。そのタネはやはり反応速度。キリトは俺の動きを見てから反応出来る。つまりはジャンケンで常に後出しをしているのと同じ。受け流そうと構えた刀には流されないように剣を当て、避けようとしても見えて反応されるので意味が無い。

 

 

猛攻を受けながら削られるHPを見ながら、キリトが本当に本気で戦っている事を喜ばずにはいられなかった。キリトはユウキと全力で戦う為に俺を本気で倒そうとしているーーーつまり、俺の事はただの障害としか見ていない。その事には少しだけ寂しく思うのだが、それを上回る歓喜があるので問題無い。いつもならば負けても良いと嬉々として戦っていただろう。

 

 

だが、ダメだ。キリトがユウキと戦う為に俺を倒そうとしているように、俺もランと戦う為にキリトを倒そうとしている。

 

 

互いに果たしたい約束があり、その為に戦っている。

 

 

条件は同じ、ならばこそ負けるわけにはいかない。勝たなくてはならない。

 

 

「〝勝つ〟のはーーー俺だぁッ!!」

 

 

勝利宣言を叫びながら、キリトの斬撃を()()()()。受け流し、回避が共に不可能なら取れる手段は迎撃しかない。防御に徹してキリトの猛攻が途切れるまで耐えるのもありだが、()()()()()()()()()()

 

 

キリトの全身全霊の本気を、真正面から叩き伏せたい。

 

 

「吠えたなーーー〝勝つ〟のは、俺だぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 

キリトもまた、勝利宣言を叫んだ。俺がそうであるように、キリトも勝利を望んでいるのだから当然の事。打ち合わせた訳では無いのに互いに足を止め、目の前の敵を倒す為に死力を尽くす。キリトの乱撃を全て迎撃する。斬撃をぶつけ合うごとに手が痺れるがそれを無視して柄を握り潰さん程に力を込めて斬撃を放つ。

 

 

キリトは見てから行動出来るが俺にはそんな事は出来ない。俺が出来るのは相手の行動を予想する事だ。相手がどういう状態で、とんな軌道で、どれ程の威力の攻撃をするのかを常に予想して最善手を出し続ける。一手や二手程度では無い、数十手先まで予想出来るのでシノンから未来予知などと言われているが漣ではこれは普通な事だと教えられている。

 

 

普通の相手ならばそれで倒せるのだが、相手は異常の領域にある反応速度を持っているキリト。()()()()()()()()()()()()、その全てを()()()()()()()()()()。予想し続ける俺と反応し続けるキリト。全く真逆のタイプによって行われる剣戟は全くの互角。

 

 

ーーー()()()()()()()()()()

 

 

幾ら予想しても反応される?ならば手を動かせ、攻撃の回転率を上げろ。相手が反応出来ない速度にまで加速すれば良い。歯を食い縛りながら、もはや感覚の無くなりつつある手にさらに力を入れる。愚行だと言われるのは重々承知。だが正面から叩き伏せたいと思ったのだ。

 

 

ならばーーーそうするだけだ。

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

鬼気迫る表情だったキリトの顔が歪む。互角だったはずの剣戟は徐々にキリトが押され始める。反応出来ていたはずの俺の斬撃への反応が遅れ始める。迎撃のつもりで放っていたはずの斬撃が、いつの間にか攻撃にへと変わり出す。

 

 

キリトは間違いなく本気だったのだろう。二刀流、気迫、雰囲気、そして反応速度までがこれまで体験したことの無いほどのものだったーーーそれよりも()()()()()()()()()()()()

 

 

渾身の振り上げを放つ。キリトはそれを剣を交差させながら受けたものの、身体を宙に浮かせながら弾き飛ばされる。俺と同じで握っている感覚は殆どないはずなのに剣を手放そうとしないのは素直に驚いた。その事を賞賛するでも無く、キリトの両腕を斬り落とし、無防備な急所二点(喉と心臓)を突き穿つ。

 

 

そのままHPを全損させようとしたところで、俺とキリトの間に時間切れを表すTIME UPの文字が現れた。熱中していたせいで制限時間になってしまったらしい。

 

 

HPを確認すればーーー数ドットの差で、俺の方がHPの残量が多かった。

 

 

『ーーーし、試合終了ォォォォォォォッ!!勝者はウェーブッ!!手に汗握る戦いで思わず魅入ってしまいました!!なんでこれが準決勝なんだよ!!もう決勝でいいだろうが!!』

 

 

勝った、そう思った瞬間に手から刀が零れ落ちる。手には感覚は無く、握ろうと動かしても弱々しくしか動かさなかった。

 

 

「負けたか……」

 

「正直、負けるかと思ったわ。流石は英雄様だ」

 

「思ってもない言葉を言うんじゃないよ……ユウキとの約束、守れなかったな」

 

「後でデュエルでもすればいいだろうが。観客は少ないかもしれないけど〝絶剣〟と〝黒の剣士〟ガチのデュエルだ。誰も見たがるに決まってる」

 

 

慰めの言葉なんて言うつもりはない。キリトが勝ちたいと思ったように、俺も勝ちたいと思う理由があったから。西ブロックでは今頃ランとユウキが代表の座を争っているに違いない。

 

 

ランが代表の座を勝ち取る事を願いながら、大の字で倒れるキリトに背を向けてリングから降りることにした。

 

 

 






原作ではさらりと流された〝統一デュエル・トーナメント〟にピックアップ。ちょこっとだけ出てきた話を膨らませるのは楽しくてな。

本気修羅波VS本気キリトという夢のカードを実現。キリトも善戦したけど、覚醒と進化と限界突破をデフォで持ってるキチガイには流石に勝てなかったよ……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

統一デュエル・トーナメント 西ブロック

 

 

緊張と興奮により他の人にも聞こえるのでは無いかと錯覚してしまう程に脈打つ心臓を宥めようと深呼吸を繰り返す。私がいるのは西ブロックの選手控え室。次が〝統一デュエル・トーナメント〟の西ブロック代表を決める準決勝なのだ。

 

 

相手は実妹のユウキ。負けるつもりは無いのだが、ユウキは〝絶剣〟として多くのプレイヤーに名を知られ、野良デュエルでレコードを持っているのでは無いかと噂される程に対人戦を経験している。私も〝絶刀〟などと呼ばれてヨツンヘイムで何度かデュエルをした事はあるのだが流石にユウキほどには戦っていない。少なくとも対人戦の経験ではユウキに負けているのは事実。

 

 

「ーーーハッ、馬鹿らしいですね」

 

 

弱気になっていることに気が付き、自分の事を嘲笑いながら頬を全力で叩く。確かに対人戦の数では劣っている事は認めよう。だが、質では負けてなどいない。ウェーブさんと戦い、レイド部隊とも戦った。あの時の経験は確実に私の中に生きている。ユウキもウェーブさんと戦ったが、ウェーブさんは素手よりも武器持ちの方が強いのだ。だったら強いウェーブさんと戦った私の方が先を行っている。

 

 

本当だったらウェーブさんは〝統一デュエル・トーナメント〟に出るつもりなんて無かった。彼がデュエルをそんなに好んでいない事が原因だが、私はそれを知った上で彼に〝統一デュエル・トーナメント〟に出るように、そこで彼を倒すと宣言したのだ。

 

 

幸いな事に私とウェーブさんは西ブロックと東ブロックに分かれてすぐに戦うような事は無かった。彼と戦うためには西ブロックの代表にならなければならない。東ブロックにはキリトさんの名前があったが、ウェーブさんならきっと代表になると信じている。

 

 

だからーーー勝たなければならない。私の言葉を馬鹿正直に受け止めて、それを信じてこの大会に参加してくれたウェーブさんと戦うために、私はユウキを倒す。

 

 

案内役のNPCが呼びに来たので控え室から出る。腰に下げているのはボス戦の時に武器を壊れてしまった私にウェーブさんが渡してくれた彼の刀。伝説武器(レジェンダリィ・ウェポン)を入手しておきながら、わざわざそれを潰してオリハルコン・インゴットに変えて鍛冶屋に作らせた特注武器(オーダーメイド・ウェポン)。主街区に着いて転移門をアクティベートした時に借りたままになっている事に気がついて返そうとしたのだが、彼はストックは沢山あるからと行って私にそれをくれたのだ。

 

 

その日からこの刀ーーー〝神刀・イザナミ〟は私の愛刀となった。毎日のメンテナンスは当然だし、自分で手入れをする事も欠かしていない。ウェーブさんにはそのつもりは無いのだろうが、好きな人からの贈り物を大切にしない女の子はいないのだ。

 

 

『ーーーさぁ、いよいよ〝統一デュエル・トーナメント〟西ブロックの代表を決める最後のデュエルが行われます!!トッププレイヤーどころか一歩間違えば廃人プレイヤーにもなりかねないプレイヤーたちを下し、この場に立ったのはこの2人だぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 

極度の興奮からなのか裏声になろうとも唾を撒き散らそうとも御構い無しでマイクパフォーマンスをしているプレイヤーの声を少しだけ五月蝿いと思いながら、私のいる入場口とは真逆の入場口から出て来たユウキを視界に入れる。

 

 

『皆さんもご存知だろう、〝絶剣〟の噂を!!たった7人で〝新生アインクラッド〟のボスを倒したギルド〝スリーピング・ナイツ〟の噂を!!彼女こそが!!その〝絶剣〟!!ギルド〝スリーピング・ナイツ〟のリーダー!!十一連撃のOSSと触れる事すら許さない速度を持ってしてここまで勝ち進んで来たーーーユウキィィィィィィィィッ!!!』

 

 

軽快に歩きながらリングに上がったユウキを観客席から歓声が出迎える。囃し立てるような口笛も、真剣な応援も、ふざけ半分の野次も、全てを受け止めて彼女は笑顔で手を振りながら笑っていた。

 

 

やっぱりユウキが一番可愛い。二月の初め頃にウェーブさんとユウキとシノンさんのどっちが可愛いのかでサラマンダーハントをした事があった。最終的にはウェーブさん殺し隊の神風特攻で2人まとめて倒され、復活してからユウキとシノンさんからお説教をされた事で有耶無耶になったがそれだけは譲れない。

 

 

『そんな〝絶剣〟と対峙するのは知る人ぞ知る〝絶刀〟!!〝スリーピング・ナイツ〟の偉業を凌駕する3人で〝新生アインクラッド〟のボスを倒したキチガイギルド〝三身一体(トリニティー)〟の一員!!サラマンダーハントをあのキチガイのウェーブと共に行うというクレイジー!!自称超絶可愛い美少女剣士ーーーラァァァァァァァァァァンッ!!!』

 

 

キチガイ、クレイジー、その上若干黒歴史になりつつある超絶可愛い美少女剣士のワードを引っさげてくれたプレイヤーに向かって中指を立てながらリングに上がる。観客席からの声は女性プレイヤーだからなのかユウキの時と同じようなものが殆ど。しかしサラマンダーのプレイヤーたちはサラマンダーハントの事を思い出したのか罵声を叫んでいたが、どこからか飛んで来た矢に射抜かれて大人しくさせられていた。きっとあの狙撃はシノンさんだろう。ここからでは見えないのだが、サラマンダーのプレイヤーたちが倒れた向きから大体の居場所を逆算してサムズアップを向けておく。

 

 

「姉ちゃん姉ちゃん、キチガイとかクレイジーとか言われた感想は?」

 

「ちょっとはしゃぎ過ぎたかなぁって後悔してます……」

 

 

ウェーブさんと出会えたからテンションが上がっていたことは認めよう。問題なのはそのテンションのままで行動していた事だ。普段ならばもう少し冷静なのだが、夢の中でしか会えなかった彼と会う事が、話す事が、一緒に戦う事が出来ると思うとどうしても興奮が抑えきれなかったのだ。ハイテンションのままで行動すると良くないと学習した。

 

 

「はぁ……まぁそれはそれです。私はウェーブさんと決勝で戦う事を約束してるので貴女の事を倒します」

 

「ボクだってキリトと戦うって約束してるから……姉ちゃんだとしても、倒してやる」

 

「宜しいーーー姉よりも優れた妹などいない事をここに証明しましょう」

 

 

ユウキとの間にウインドウが現れてデュエル開始までのカウントダウンが始まる。その瞬間に、意識を切り替える。ウェーブさんならばそんな事をしなくても平常心のままで戦えるのだろうが、私はそこまで極まっていないので一々意識を切り替えて戦いに望まなくてはならない。

 

 

ユウキが黒い片手剣を引き抜いて中腰に、半身の姿勢になって構える。反対に私は鞘に納めた状態で〝神刀・イザナミ〟の柄を握り、足を前後に開いて身体を前に倒す前傾姿勢になる。構える事で開始から何をするのかをバレてしまうのだが、バレても問題にならないのなら良いのだ。

 

 

カウントダウンが1秒経るごとに私の精神は統一され、観客席からの声が遠くなり、視界にはユウキしか入らなくなる。耳に届くのは私の心臓の鼓動だけ。トクントクンと、一定のリズムを刻む音しか聞こえない。視界に映るユウキの動きが段々と()()()()()()()。僅かな重心の移動や手足の強張りなどが()()()()()()()()。全てが遅滞していく世界で、私の心臓の鼓動だけは平時と変わらないリズムを刻む。

 

 

そしてーーーカウントダウンはゼロになった。

 

 

「フーーーッ!!」

 

 

短い気合の掛け声と共にユウキが飛び出して来た。その瞬発力は突進系のソードスキルに迫る程の加速を見せ、片手剣の切っ先を私に向けながら突進してくる。成る程、私は今日までユウキとデュエルで戦ったことは無かったがここまで速く動けるプレイヤーは数える程しか見た事がない。野良デュエルで無敗だと聞いていたから強い事は分かっていたが。

 

 

確かに速いーーーだけど、遅い。最短距離を全力で真っ直ぐに進んでいるだけ。虚を織り交ぜる事で本命を誤魔化そうとしない、実直な動きだった。考える事が苦手で思いつくままに行動するユウキにはそれは難しいかもしれないが、それでもフェイントの1つくらいは混ぜて欲しかったと思いながらウェーブさん直伝の縮地で片手剣の刺突を避けながら()()()()()()()()()()

 

 

私の動きは見えていたのだろう、ユウキは驚いているような顔をしながらブレーキをしようとするが、その前に肩でユウキの胸にぶつかる。衝突の衝撃で私はその場に止まり、ユウキは僅かに宙に浮いて後ろに吹き飛ばされる。ぶつかる事への備えをしていたかどうかの差。そしてこの差こそがユウキを倒す絶好の瞬間。

 

 

斬る(〝OSS: 〟)ーーー」

 

 

鞘に納めていた〝神刀・イザナミ〟にソードスキルのライトエフェクトを纏わせながら一閃。システムアシストに突き動かさながら放たれた神速の抜刀がユウキの両足を斬り落とし、ブーツが摩擦熱で生じた煙を上げながら静止する。

 

 

ただ誰よりも速くと、夢の中の彼にも届くようにと願って私はこのOSSを作り出した。いくら反応速度に優れてようとも、未来予知じみた行動予想だろうとも、それを上回る速度で斬れば関係無い。ただ速いから回避不可能というOSS。

 

 

「うわっ!?」

 

「……どうしますか?」

 

 

気がついたら足が無くなっていた、そんな風なリアクションを取りながらユウキはリングに倒れた。首筋に〝神刀・イザナミ〟の切っ先を突きつけながら問う。まだユウキのHPはグリーンなのだが両足を失う部位欠損を発生している。足が無ければ立てなく、そして戦えない。仮に戦う意思を見せたところで身動きの取れない相手なんて敵では無い。

 

 

ユウキもそれを分かっているのか、それでもキリトさんとの約束が尾を引いているのか、数秒程うんうん唸ってから深く溜息を吐き、両手を挙げてーーー

 

 

「ーーー降参、ボクの負け」

 

 

ーーー降参を宣言した。

 

 

『ーーーハッ!?し、試合終了ォォォォォォォッ!!!勝者はラン選手!!な、何と一撃で西ブロック代表決定戦は終わってしまった!!おいカメラ班!!スーパースロー映像持ってこい!!何があったか分からねぇんだよ!!』

 

 

遅滞していた視界が元の速度に戻り、遠く離れていた観客席からの声が元に戻る。観客席からの騒めきを聞く限り、私のOSSを誰も見る事は出来なかったらしい。すれ違ったら決着していたと、そんか感じだろう。

 

 

「ほら、立てないでしょ?おんぶしてあげますよ」

 

「あ、ありがと〜」

 

 

両足を無くして歩けないユウキのために姿勢を低くすると背中にユウキがのし掛かってくる。立ち上がり、ユウキを背負いながらリングを降りる。その時に、背中に感じられる重みに少しだけ悲しくなった。

 

 

アバターの体感体重は40キロそこそこ、両足を無くしているユウキのそれよりも軽いーーーだけど、現実世界の私たちの身体はそれよりも更に軽いのだ。〝メディキュボイド〟に繋がれている私たちの身体は動かさず、そして食事を摂ることもしていないので骨と皮だけの状態になっている。どうか足掻いても今の私とユウキのアバターよりもあちらの私たちの身体の方が軽い。

 

 

不意に感じた現実世界との差異に悲しさを感じながら、いつか来る終わりに恐怖しながらーーーそれでも、楽しく生きようと誓いながら、私はユウキを背負って入場口に引き返した。

 

 

 






ランねーちんVSユウキチャン、勝者はランねーちん。反応される?予想される?それよりも速く斬れば良いとかいうトンデモOSSで圧勝。

〝統一デュエル・トーナメント〟は二月の中旬の出来事だ……それ以上は言わなくても分かってくれるな?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

統一デュエル・トーナメント 決勝

 

 

「一先ず、約束は守れそうですね」

 

「まだ戦う事になっただけだろうが。俺を倒すまで約束を守ったとは言わねえよ」

 

「そうでしたね」

 

 

コロシアムのリング上でランと対峙する。観客席からの声も、マイクパフォーマンスを決めて叫んでいるプレイヤーの声も聞こえない。耳に届くのはランの声だけ。目に映るのはランの姿だけ。自然体で立って微笑んでいる彼女の事を警戒して一挙一動を見逃さないように集中する。

 

 

ランの準決勝のユウキとのデュエルは見た。警戒するのはあのユウキの反応速度を振り切る程の神速としか形容する事が出来ないOSS。〝新生アインクラッド〟の28層のボス戦であのOSSは一度見たのだが、速すぎて躱せる気がしないというのが俺の感想だった。一度だけでも俺に向けて放ってくれていたのなら呼吸、動作、タイミングから予想してカウンターを見舞う事くらいは出来るのだが今の状態では防げれば御の字と言ったところだろう。

 

 

「ウェーブさんウェーブさん、観客席の方から凄い視線感じるんですけど心当たり無いですか?」

 

「多分シノンだな。俺がお前に集中してるから嫉妬してるんじゃね?」

 

 

観客席の方から射殺さんばかりの鋭い視線を感じるのだがあれはきっとシノンの物だろう。子供の頃に姉ちゃんと風呂に入った話をしただけでも嫉妬するような彼女だから、警戒しているとはいえランだけに集中している事を嫉妬しているに違いない。

 

 

「嫉妬ですか……夢の中のシノンさんならウェルカムとか言って両手を広げて歓迎しそうなんですけど」

 

「もうそれは俺の知ってるシノンじゃ無いよ……しゃあない。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

腰に下げていた刀を二本引き抜いて片手を順手に、片手を逆手に握って構えずに自然体で立つ。考えてみればランを相手に二刀流をしたのは初めてだ。最初にあった時には一刀だけだったし、終わり頃には無手で腹パンを決めるだけだったし。

 

 

「もう勝った気でいるんですか……残念、〝勝つ〟のは私です。無限腹パン地獄のリベンジをするんですから」

 

 

そう言いながらランは刀を納めたままで両足を前後に広げて身を低くしながら前傾姿勢を取る。開幕から突っ込んで斬ろうとしているのが見え見えなのだが、あのOSSがあるのならそれが最善だ。ユウキの反応速度を振り切る程の神速の一閃を、例え俺に予想されたとしても叩き込む。

 

 

このデュエルは俺がOSSを予想出来るか、ランが俺の予想を超えられるのかに掛かっている。ランが俺の予想を超えられればランの勝ち、逆に俺がランのOSSを完全に予想して捌けたのなら俺の勝ちだ。

 

 

始まったデュエル開始までのカウントダウン。味覚、嗅覚のリソースを極限まで落とし、浮いた分を全て視覚、聴覚、触覚に回す。そしてそれだけでは足りないと確信し、意図的に心臓の鼓動を早める事で体感時間を加速させる。ちょっとばかり寿命が減るかもしれないが、そんなものは些事に過ぎない。何故ならーーーランは命を燃やしながらこの場に立っているから。

 

 

倉橋さんから聞かされたのだが、ランはいつ死んでもおかしく無い状態らしい。俺たちと出会ってから何とか持ち越しているものの、下手をすれば明日にでも容体が急変し、そのまま死ぬかもしれないと言っていた。医者としては本来なら身体に大なり小なりの負担を掛けるALOは止めさせたいのだが、皮肉にもALOがランに生きる気力を与えているとも。

 

 

それはユウキも同じ。彼女たちは残り少ない命を燃やしながらこの大会に、ALOに参加している。ならばーーー最低限の礼儀として、()()()()()()()()()()()()()()()()()。多少寿命が減ったところで後悔はしない。それどころか、何故あの時そうしなかったのかと後悔するに違いないから。

 

 

平時とは比べ物にならない程に跳ね上がる心臓の鼓動。俺の体感時間が加速した事で、相対的に周囲の速度が遅く感じられる。ランの身体の僅かなブレすら知覚できる程に集中力は研ぎ澄まされる。これで()()()()()()()()()()()()()()。ランの状態がユウキとのデュエルの時と同じ状態ならば、今の俺のような体験をしているに違いないから。

 

 

もちろんそのタネは分かっている。俺が体感時間を操作して加速しているのならば、ランは()()()()()()()()()()()()()()()。意図的になのか偶然なのかは分からないが、本来ならば自分の人生を振り返るはずのそれを使ってランは俺と同じ状態になっている。いや、もしかしたらランの方が上なのかもしれないが。

 

 

カウントダウンが1つ減るのが永遠にも感じられる。それがもどかしく、内側から湧き上がる焦燥と肌を刺激する緊張感が何とも心地良い。

 

 

そして残りのカウントが1になった瞬間に、ランは声を出さずに口を動かした。

 

 

ーーー本気で、戦いましょう。

 

 

それに対する答えなんてすでに決まっている。

 

 

ーーー当然だ、本気で戦わない理由が無い。

 

 

そして、ついにカウントダウンがゼロになった。

 

 

ハァァァァァァァァ(〝OSS: 〟)ーーーッ!!!」

 

 

開幕から放たれる神速のOSS。五感の内の2つを極限まで落として残りの3つにリソースを回したというのに残像しか捉えられない程の超加速。初手からOSSを使うと予想していたので後方に飛び退く事で僅かでも刃が届くのを遅らせながら刀を交差させて全身を弛緩させる。

 

 

次の瞬間に聞こえてきたのは轟音、感じられたのは車と正面衝突したのでは無いかと間違える程の衝撃。全身を弛緩させて受け止めるつもりでいたのに余りの威力に吹き飛ばされる。

 

 

予想はしていた事だが、やはり速さというのは脅威だ。例え砂つぶサイズの石だろうが高速で飛んで来たのなら人さえ殺せる凶器になる。確か女性アバターの体感重量は40キロ程、それが神速でぶつかってくるのだからその衝撃はとんでも無い事になる。

 

 

ランはOSSの硬直時間で動けないのだが、吹き飛ばされた事で距離が出来てしまい、それを詰めるよりも先にランの硬直時間が切れて次のOSSの準備が整うだろう。なので詰めることはせずに、着地して体勢を整える事にする。

 

 

「防がれましたか……一応、反応不可能のOSSだったんですけどね」

 

「開幕から使う気はしてたからな。俺が攻撃しようとしてたら今頃真っ二つになってた」

 

 

そう、今のは初めから受け止めるつもりでいたから防ぐことが出来た一撃だった。もしもあれがカウンターで放たれていたら予想出来ていたとしても反応するよりも先に斬られていたに違いない。これで三度目。内一度は直に体験したのだが、直ぐに攻略出来るのかと尋ねられたら首を横に振ることしか出来ない。それ程までにあのOSSは速すぎる。

 

 

一番良いのは打たせない事だろう。どうにかして鞘から抜かせて、納める暇を与えずに攻め続ける。それが最善手だと分かっているーーー()()()()()()鹿()()()()

 

 

あんな素晴らしい技を打たせずに戦う?あり得ない。命を燃やしながら放たれるあの神速の一閃は、残像しか視認出来なかったが言い表せない程の美しさを感じさせてくれた。

 

 

だからーーー()()()()()()()()。あの神速の一閃を、正面から打倒する。それが俺が決めた事だ。それがあのOSSを作り上げた彼女に対する最大の礼賛だ。

 

 

あの神速を目で捉えよう。

 

見えないのなら耳で追いかけろ。

 

聞こえないのなら肌で感じろ。

 

そしてあの神速に追いつく程に加速するのだ。

 

 

「〝勝つ〟のはーーー俺だ」

 

 

今この一瞬を全力で生きている少女に、忘れられない思い出を刻みつける為に、

 

 

 






本気修羅波VS本気ランねーちんの決勝戦。どちらもシステム外補正により超絶強化。

ランねーちんのOSSは反応や予想を振り切る程に速いのがメイン何だけど、40キロのアバターが超高速で突っ込んでくるのでぶつかればとんでも無い事になる。それこそ完全に受け止めるつもりでいた修羅波を吹き飛ばす程に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

統一デュエル・トーナメント 決勝・2


新しい活動報告あげたんでよかったらどうぞ。


 

デュエル開始から5分が経ったが全体を通して俺もランも動きが少ない。俺が動こうとすればランのOSSの範囲内に入らないといけないので不利、対するランは俺が先にダメージを受けているのでこのまま時間切れを待てばこのデュエルはランが勝つことになる。無論、ランはそんな勝ち方では無くて俺のHPを全損させる勝利を狙っている。だが無理に動く必要も無いのも事実。精神的優勢はランの方にある。

 

 

攻め手をいくつか考えながらHPを確認する。直撃は防いでいるもののHPはいくらか削られていて残りは7割といったところ。対するランは満タンのまま。開幕で放たれたOSSの他に二度撃たれてそれを防ぐ事は出来ているので大体は見切る事は出来ている。

 

 

問題はタイミング。俺の剣速でもOSSの出だしと同時に振るわなければ迎撃する事は出来ないだろう。迎え撃ち、吹き飛ばされなければそこから一気に決めれるだけの自信はある。速度は分かった、威力は体験したーーーあとは、倒すだけだ。

 

 

「すぅ、ふぅ〜……」

 

 

呼吸を変える早く深く吸い込み、早く深く吐き出す。やり直しの効かない一発勝負。覚悟は出来ている、成功させる自信はある。デュエル開始と変わらない自然体のままで、ランの間合いに入り込む。

 

 

ランを中心とした半径10メートル、そこがOSSの範囲内。間合いに入った瞬間にランが僅かに反応したが、まだ早いと考えたのか抜刀の構えのままで動かない。ここで撃って来てくれたのなら良かったのにと考えながら、さらに踏み込む。

 

 

ここから先はチキンレースだ。ランのOSSは近ければ近いほどに脅威となる。しかし、だからといって近付け過ぎれば俺はランがOSSを撃つよりも先に倒しにかかる。つまり、ランがどこまで俺のことを近付けるのかがカギになる。

 

 

ーーー9メートル、ランは動かない。

 

ーーー8メートル、まだ動かない。

 

ーーー7メートル、動きたがっているのを必死になって堪えている。

 

 

そして6メートルまで近づいた瞬間ーーー

 

 

ーーーッ(〝OSS: 〟)!!」

 

ーーー(〝観察眼:見切り〟)

 

 

ーーーランが耐え切れずに刀にライトエフェクトを纏わせながら踏み込んで来た。極限まで集中されて磨き上げられた観察眼にてその初動を完全に見極め、自然体のままに無拍子で最速の振り下ろしを放つ。

 

 

脳裏に浮かぶのは迎撃が成功し、全身が痺れる様な手応えを感じながらその場に踏みとどまっている自分の姿。ランのOSSを完全に受け止めて、そのまま倒す未来を幻視してーーーその未来は訪れないと思い知らされた。

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

ランの姿がブレ、視界から消える。それはランの動きが捉えられないほどに速いからでは無くて、単純に()()()()()()()()()()()()。目が追いつかなくても気配は感じられるーーー()()()()()

 

 

南無三ーーー(〝直感〟)ッ!!!」

 

 

考えてでは無くてこれまで積み重ねて来た直感から導き出した最善を反射的に行う。振り下ろした手を止めることなく張り切って刀を地面に叩きつけながら身体を前にズラし、同時に前に飛び出す。

 

 

その瞬間に俺の身体があった場所に閃光が走った。不恰好な前方宙返りをした事で背後から放たれたOSSを回避する事は出来た。着地のことなど考えない形振り構わぬ回避だったので無様に転がりながらランの間合いから逃げ出す。

 

 

ここに来てフェイントをかけるとは予想外だった……いや、初めからあれが目的だったのだろう。ランはあのOSSを直線的にしか放たなかった。あれだけの超加速をするのだから直線的にしか動かないと勝手に判断してしまっていた。そう俺に思い込ませたところで背後を取っての一閃。俺の直感が仕事をしてくれなかったら、今頃俺はHPを全損させて〝残り火(リメイン・ライト)〟になっていたに違いない。

 

 

「あれを避けるんですか……ドン引きなんですけど」

 

「あれだけの超加速をしておきながら俺の後ろに回りこめる方がドン引きだよ。下手すりゃ身体壊すぞ」

 

「最初は直線的にしか動けなかったんですけど、ウェーブさんから縮地教えてもらったじゃないですか?あれを使ってみたら良い具合になって出来るかなぁって思ってやったら出来たんですよ」

 

「塩を送ったのは俺だったか……」

 

 

会話をしながら状態の確認を怠らない。ランのOSSを何度も受け止めた上にさっきの無茶苦茶な回避で耐久値を大幅に減らしたのか刀身にはヒビが入っていて使い物にならない。回避に成功して五体満足……そう言いたいのだが、どうやら失敗していたらしい。

 

 

「どうします?ウェーブさん……()()()()()()()()

 

 

着地して状態を確認している時に、俺の右足が無くなっている事に気が付いた。あまりの速さにダメージを受けていた事に気が付いていなかったらしい、今頃になってジワジワと鈍い痛みがやって来る。

 

 

刀の一本は実質使用不可能で残りは一本だけ、片足を無くした影響でこれまでの様な動きは出来ないだろう。冷静に、客観的に自分の状態を把握してーーー()()()()()()()()()()

 

 

「ハッ、続けるに決まってるだろ?」

 

「そう言うと思ってましたよ」

 

 

幸いな事に爺さんから片足が無くなっても戦える様に仕込まれているのでデュエルに支障は無い。問題があるとすればランのOSSだ。直線的に動くのと回り込むのと2つが出て来た。OSSの初動の動きは全く同じで、モーションからどちらなのか見極めるのは不可能に違い。

 

 

この状況でどうすれば勝てるのかを考えて、考えて、考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えてーーー最終的に考えるのを止めた。

 

 

使えなくなった刀を投げ捨てて、無事な刀を鞘に納める。そして残された左足で立ち上がり、ランよりもさらに深く前傾姿勢になって左手で地面を掴んで足の代わりにしながら右手で柄を握る。

 

 

「……どういうつもりですか?」

 

「どうするも何も、現状からどうにか出来る手段が思いつかなかったんでな。だからーーー()()()()()()()()()()()

 

 

ランのOSSは素晴らしい。あれをどうにか攻略する事が俺の勝利だと思っていたが、野良ならばともかく現状では攻略する事は出来ない。それを残念に思いながら、それでも勝つことを諦めずに、一振りに全てを賭けることに決めたのだ。

 

 

「どうする?乗るか?このまま時間切れになったらランの勝ちだぞ?」

 

「安い挑発ですねぇ……勿論、乗りますよ」

 

 

安い挑発だと分かっていながらランはこの勝負に乗ってきた。勝つことを確信して慢心しているわけじゃ無い。勝つのは自分だと誓っているからこそ、時間切れによる呆気ない勝利では無い完全なる勝利を望んでいるのだと分かる。

 

 

すでにデュエルの残り時間は1分を切っている。ここからHPを逆転させる事は不可能に近い。あぁ、認めよう。この結果がどうであれ、この試合(デュエル)の勝者はランなのだと。だからーーー勝負には勝たせてもらおう。全身全霊の一振りにて、ランの神速のOSSを凌駕しよう。

 

 

刻一刻と減っていく残り時間には目もくれない。彼我の距離は互いの間合いである10メートル。どちらも必殺を狙える距離であるから、狙うは必殺以外には存在しない。

 

 

そして残り時間が10秒になった瞬間ーーー打ち合わせたかの様にその場から同時にリングを砕きながら弾き出した。

 

 

〝勝つ〟のは(〝OSS: 〟)ーーー」

 

「ーーー俺だぁぁぁぁぁぁ(〝抜刀術:全身全霊〟)ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を失っていたのか、気が付いたら地面に転がっていた。ぶつかったところまでは覚えている。全身が痺れて身体を動かしたく無い。なんとか首だけを動かしてランの姿を探してみれば、彼女も俺と同じ様に地面に転がっているのだが、俺とは違い両手で顔を覆っていた。

 

 

気絶していた事で緊張状態が解除されたらしく、ラン以外の声を聞くことをしなかった耳に割れんばかりの歓声が届く。ビリビリと全身を刺激する程の声量で叫ばれて何があったのか分からなかったが、空中に投影されているモニターを見てすぐに理解した。

 

 

モニターに映るのは顔を覆い隠しているランの姿、そしてその下に書かれた勝者を表す〝WINNER〟の文字。

 

 

ランが俺に勝ち、〝統一デュエル・トーナメント〟で優勝を果たしたのだ。

 

 

 





統一デュエル・トーナメント、優勝はランねーちん。

デュエルで制限時間付きだからこそ掴めた勝利。野良ならば、制限時間が無ければ勝っていたのは修羅波だったかもしれない。だけど、それでも勝ちは勝ちなのだ。

命を燃やしながら掴み取った勝利であるからこそ、その価値は何よりも尊いものとなる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

実家



感想と評価に飢えている作者です……作者のヤル気を出したかったら餌をくれよ!!


 

 

『ーーーいやぁ、それにしてもリアルで久しぶりに電車に乗って太陽の光なんて見ましたよ〜』

 

「軽い口調で言われても分かる奴が聞けば自虐が酷過ぎて苦笑いするしか無いからな?」

 

『不知火さんなら?』

 

「貧弱とか言って高笑いする」

 

『う〜んこの外道っぷり』

 

 

〝統一デュエル・トーナメント〟から一週間後。ガタンガタンと小気味のいい音を立てて走る電車の外の景色を見ながら、肩の上に細いハーネスで固定された小型のドーム型の機械に話しかける。内蔵されているスピーカーから聞こえるのはランの声だ。勿論この世界はVRの世界などではなくて現実の世界、彼女は今も病院で〝メディキュボイド〟に繋がれて眠っている。

 

 

それなのにランがこうして現実の世界の光景を見て、俺と話す事ができるのは肩に乗せられた機械ーーー通称〝視聴覚双方向通信プローブ〟のおかげだ。元々はキリトがAIであるユイと現実世界でもコミュニケーションを取るために研究していたそれを使い、間接的にではあるもののユウキは現実の世界を見る事が出来たという。

 

 

それをユウキから聞かされたランが羨ましがり、俺がキリトに頼み込んで〝視聴覚双方向通信プローブ〟を借りたのだ。幸いなことに今日ならばアスナとユウキは使わないということで借りる事はできた。その代わりに予定していた〝新生アインクラッド〟31層のダンジョン探索をシノンだけに任せてしまうことになったが。その話をした時に拗ねていたので後で悶絶するくらいに可愛がってやろうと思う。

 

 

ちなみに29層だか、前にやったバーベキューのメンバーたちがその場の勢いでダンジョンアタックを仕掛け、そのままの勢いでボスを倒してしまったのだ。30層は別のギルドが攻略したので31層は〝スリーピング・ナイツ〟と俺たち〝三身一体(トリニティー)〟で攻略しようということになっている。

 

 

『それにしてもすいません、私の我が儘に付き合ってもらって……』

 

「良いの良いの。俺がそうしたかったってのもあるし、それにデュエルで時間切れとは言えランは俺を倒したんだ。頼みの1つでも聞いてやらないとな」

 

『その後のデュエルじゃボコボコにされましたけどね……』

 

 

〝統一デュエル・トーナメント〟でランは時間切れという若干モヤモヤする結果だったとは言え俺を倒した。ラン本人は最初は勝ったことに喜んでいたが、時間が経ったらHP差で勝った事を不満に思ったらしく、トーナメント後で俺にデュエルを申し込んできた。

 

 

流石にあのOSSの危険性を散々味合わされた後なのでその時はランを誘導してわざとあのOSSを撃たせ、納刀するよりも先に倒した。正面から挑んでは勝てないと分かっているのなら幾らでも勝つ方法は思いつく。

 

 

「まぁ折角リアルにいるんだからゲームの話だけじゃ味気ないだろ?気になったのがあったら説明してやるから景色を楽しんだらどうだ?」

 

『そうですね!!あ、不知火さん不知火さん!!あのピンク色のケバケバしい色合いのお城って何ですか?』

 

「ハッハッハ、初手から説明しにくい物を選びよって」

 

 

〝視聴覚双方向通信プローブ〟のレンズの向いている先にはランが言った通りにケバケバしい色合いの城が建っている。どこからどう見ても大人の休憩所だ。どういう風に説明した方がダメージが少なくて済むのか考えながら、出掛ける前にランから伝えられた目的地が書かれたメモ帳に視線を向ける。

 

 

横浜の保土ケ谷区月見台……わざわざここまで指定をされたのだからこの場所がどんな場所なのか簡単に予想する事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくつか電車を乗り継ぎ、目的地であった星川駅に到着する。まだ2月なので寒いと言われれば寒いのだが、少なくとも実家の寒さに比べればコート一枚着るだけで耐えられる寒さなどマシだ。実家の冬は最低でも防寒着を着込んで目出し帽を被らなければ出歩けない程に吹雪いていたから。

 

 

「ここから先の案内出来るか?」

 

『任せて下さい』

 

 

大雑把な目的地に着いたのだが、ランの行きたい場所までの道のりが分からないのでランに任せることになる。3年もの間、〝メディキュボイド〟に繋がれているので土地勘とか不安だったのだが、その不安を他所にランはスラスラと淀みなくナビゲーションをしてくれる。

 

 

途中で店や郵便局、神社などを見るたびに懐かしそうに声を出しながら。

 

 

その反応だけでランの行きたい場所が何なのか、予想していた事が正しかったと確信出来てしまう。俺が考えていた通りにこの街はかつて彼女たちが暮らしていた場所なのだと。そしてーーー

 

 

『……ここです』

 

「……」

 

 

ーーー最終的に辿り着いたのは白いタイル張りの壁を持つ一軒家。白い壁と緑色の屋根の家は周囲の家と比べると小さく思えたが、その分庭が広く作られていた。手入れされる事なく庭に伸びている芝生、雨風に晒されて色を霞ませた椅子とテーブル、何も植えられずに枯れた雑草が生えた花壇。窓は全てが雨戸が閉められて、人が生活している気配を全く感じさせない。

 

 

「ここがランの家なんだな」

 

『正確には紺野の家ですけどね。この家に住んでたのは1年足らずなんですけど……懐かしいなぁ。マンションからここに引っ越して庭がある事が嬉しくってユウキと一緒に走り回ったり……日曜日にはバーベキューをしたり……お父さんと一緒になって日曜大工をしたり……』

 

 

1年足らずの短い時間だったとしても、彼女の中ではその頃の事は昨日のように思い出せるのだろう。例え短い時間だったとしても、良い思い出が詰まっていたと分かる程に彼女の声は柔らかかった。

 

 

『実はですね、この家のせいで親戚中が大騒ぎしてるらしいんですよ』

 

「この家……それと土地をどうするかって事でか?」

 

『ハイ。コンビニにするとか、更地にして売るとか、そのまま貸家にするとかみんな好き勝手に言って……この間なんてお父さんの姉って名乗る人がフルダイブしてまで遺言を書くように言ってきたんですよ?』

 

「そりゃあ強欲な事だ。どうせ病気が怖くて会いに来ようとしなかっただろうにな」

 

『その通りです。だから言ってやりました、書いてもいいですけど現実の私じゃあ遺言なんて書けませんよって。あの時の顔は本当に笑えました』

 

 

それはそうだろう。向こうからしてみればさっさと書いて終わらせるつもりだっただろうが、ランの現状を知らなかったせいでそれが出来ないと知ったのだから。その人物の顔は分からないが、どんな表情になっていたかなんて想像するのも容易い。

 

 

『出来る事なら残して欲しいってお願いしたんですけどね、多分壊されます。だからその前にもう一度だけ見たいと思ったんですけど……』

 

「外だけ見て満足するなよ」

 

「ーーーあ、すいません。漣さんですか?」

 

 

家の外見だけを見てランは満足していた様子だったが、その時に小太りの男性が現れて俺の名前を呼んだ。

 

 

「はい、そうです」

 

「あぁ良かった。私は不動産屋の者ですが……その、肩に乗せられてる機械で紺野さんが見ているんですね?」

 

『え……?』

 

「俺が頼んでたんだよ。事情を軽く説明して、良かったら中を見せてくれないかって」

 

 

その結果貰えた答えは承諾だった。どうやら不動産屋の方は紺野家の事を覚えていたらしく、軽くとは言え説明しただけで家に入らせて貰える許可を貰えた。ランの行きたい場所の予想が出来ていたから出来た事だ。サプライズだが、決して悪いものではない。

 

 

不動産屋から鍵を借りて敷地内に入り、玄関の扉を開ける。雨戸が閉められているので家の中は薄暗かったが、手入れはされているのか思っていたよりも埃は溜まっていなかった。

 

 

「……良い家だな」

 

 

家の中に入った感想がそれだった。壁はよく見ればやんちゃしていたのか傷だらけで、柱にはランとユウキの名前が横線と一緒に刻み込まれている。床にはジュースでも零したのか薄っすらとシミが付いている。

 

 

今は誰も住んで居ないのだが、それでも住んでいた者たちの温もりを感じる事が出来た。

 

 

「こんな良い家が壊されるのかよ……」

 

『……ハッ!!不知火さん!!私、良い事を思い付きました!!』

 

「おう、どうせくだらない事だろうけど言ってみろよ」

 

『ちょっと私と結婚してこの家守って下さいよ!!』

 

「ゴメン、俺には詩乃がいるから」

 

『割と雑にフラれた!?』

 

 

くだらないと考えていたが、ランの現状を考えれば確かにそれは名案なのかもしれない。俺の事情や感情を抜きにすればという但し書きが入るのだが。

 

 

『ちぇ〜……だったら私が詩乃さんと結婚します』

 

「詩乃は俺の女だから絶対に渡さんぞ……!!」

 

『冗談ですよ……だったら、不知火さんが詩乃さんと結婚したらこの家を買って下さいよ。それなら大丈夫ですよね?』

 

「……それなら、な」

 

 

幸いなことに金なら母さん名義で株やらを買っているので一軒家を買うくらいには溜まっている。それならば出来なくは無いだろうと軽く考えながら、ランと一緒に不動産屋が呼びに来るまで誰もいない紺野の家に居続けた。

 

 

 






原作でもアスナとユウキチャンがやってた自宅訪問。修羅波の場合は不動産屋に話をつけて中に入るというファインプレー。


count down……3


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

共闘

 

 

紺野家の自宅訪問から数日後、予定していた通りに〝スリーピング・ナイツ〟のメンバーと一緒にダンジョン攻略をする事になった。1パーティーの最大人数は7人。なので〝三身一体(トリニティー)〟からは3人、〝スリーピング・ナイツ〟からはアスナと合わせて4人出す事になっている。

 

 

31層のダンジョンの入り口に集まったのは〝三身一体(トリニティー)〟からは俺とシノンとラン、〝スリーピング・ナイツ〟からはアスナとユウキとシウネーとテッチ。マトモなパーティーを組んだのは初めてなので少しだけ新鮮な気持ちになる。

 

 

「えっと、それじゃあマトモにリーダーが出来そうな人が居なさそうなので私がリーダーをします。異論は聞きません」

 

「よっ、バーサクヒーラー」

 

 

事実なのだが少しだけイラっとしたのでアスナの2つ名を呼び、即座に首を倒す。するとさっきまで頭があった場所に閃光が走る。前々から思っていたがアスナの煽り耐性が少し低すぎる気がする。確かに手を出されても構わないと考えて煽ったのだが、圏外なのでダメージは入るのだ。ダンジョンアタック前で消耗を避けたいのに頭部を狙って来る。

 

 

「次は当たるから」

 

「次も躱すから」

 

「話が進まないからそこまでにしておきなさい」

 

「シノンありがとう、出来ればそこのキチガイの手綱をずっと握っておいて下さい……パーティーの役割なんだけど私とシウネーが後衛をして、盾役はテッチにしてもらって、シノンにはアーチャーに徹してもらうって感じで。ユウキとウェーブさんとランさんは遊撃を任せたいのだけど大丈夫かしら?」

 

「大丈夫だよ」

 

「ユウキ、どっちが多く敵を倒せるか競争よ」

 

「おっと、俺を忘れてもらっちゃ困るな」

 

「……ねぇアスナ、この3人だけで良いんじゃないかしら?」

 

「確かにそうしてもらった方がポーションの消耗は抑えられそうね」

 

「そうかもしれませんけど……」

 

「出番、あるのか……?」

 

 

シウネーは後衛なのでまだ可能性はあるのだが、テッチは盾役をする前にエネミーを俺たちが倒すだろうから出番は無いと思われる。まぁボス戦に向けてポーションの消耗を抑える為に彼らの出番は犠牲になってもらおう。

 

 

全員が武器を抜き、戦闘が出来る状態になったのを確認してからダンジョンへと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒャッハァー!!逃げるエネミーはただのエネミーだ!!向かって来るエネミーは良く訓練されたエネミーだ!!」

 

「邪魔なのでさっさと退いてください」

 

「おぉ、姉ちゃんもお兄さんも凄いな!!ボクだって負けないよ!!」

 

 

ダンジョンに入ってから数十分が経ったが、当然の事のように予想していた通りの展開になった。ウェーブがダンジョンの回廊を縦横無尽に動き回りながらエネミーの弱点に的確に攻撃を当ててクリティカルダメージを連発、僅かな撃ち漏らしをランとユウキが倒していく。3人とも反撃は受けるのではなくて避ける事を基本にしているのでダメージはここに来るまでゼロのまま。シウネーは困った顔をしていて、テッチに至っては自分の存在意義に付いて自問自答を始める始末だ。アスナはウェーブで耐性が付けられているのか3人の活躍を無視してマップで現在地の確認をしている。

 

 

「ラン、ちょっとあの技借りて良い?」

 

「あの技ってOSSの事ですか?」

 

「そうそう」

 

「出来るなら良いですけど、出来るんですか?」

 

「何度も見たから、出来ないはずがない(〝縮地〟+〝抜刀術〟)

 

 

刀を鞘に納めたウェーブが前傾姿勢になり、その姿を消した。そして前方を見れば、ダメージエフェクトを発生させながらポリゴンになっていくエネミーの向こうにウェーブは立っている。

 

 

それはどこからどう見ても〝統一デュエル・トーナメント〟でランが見せた神速のOSSと同じ物だった。違いがあるとすればウェーブの場合はガードされていてもガードごと斬り伏せ、鞘に納められた状態のままでいる。しかも、さっきのは()()()()()()()()()()()()。つまりソードスキルのような硬直時間が存在しないので何度も連続で使えるという事になる。

 

 

「えぇ……なんで人が苦労して作った技を簡単に真似出来るんですか?しかも私よりも完成度高いですし」

 

「下地で言ったら俺の方が出来上がってるからな。それに完全に真似してるわけじゃなくて俺の使える技術でそれっぽく見せてるだけだし」

 

「ボクらからしたらどっちもどっちなんだけど……」

 

 

ユウキの言いたい事は分かる。ランがOSSを作ったという事は、ランはあのOSSを()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()。ALOのトッププレイヤーの誰もがあれを真似する事は出来ないだろう。自分の使える技術でそれっぽく見せていると言っても、あっさりとやってのけるウェーブもおかしいと言えばおかしいのだが。

 

 

だけど、良く良く考えてみればクランドとロートスの2人なら平然とやってのけるだろう。きっとウェーブよりも数段上の完成度の技を見せつけてくれるに違いない。GGOで暴れているらしい2人がALOに戻って来ない事を祈るしかない。

 

 

「このペースでいけば30分くらいでボス部屋まで着きそうなのだけど……」

 

「何か問題でもありますか?」

 

「実は知り合いの情報屋から、私たちがダンジョンに入る数分前に30人くらいのプレイヤーがダンジョンに入ったって聞いたのよ」

 

 

30人というレイドの最大人数に届かない人数のプレイヤーがダンジョンに入っていると聞いて思い出したのは1月にあったレイド部隊との戦闘の事。あの時も確か20人くらいのプレイヤーがアスナたちがボスに挑んでいる間に集まってボス部屋の前を封鎖しようとしていた。その時はウェーブが1人で倒していたが、またあれがあるのかと考えると少しウンザリする。

 

 

「また27層みたいな事になるのかしら?」

 

「そうだとしてもウェーブさんとランさん使えば問題無いわ」

 

「……確かにそうね」

 

 

対人戦に特化しているウェーブに〝統一デュエル・トーナメント〟で名前が広まったラン。2人が出れば、プレイヤーの2、30人なんて問題にはならないだろう。寧ろ2人の存在を知って向こうが逃げ出すまでありえる。

 

 

28層のボス戦の経験から、出来る限り楽に終われば良いと考えながらPOPした瞬間にポリゴンに変えられるエネミーと楽しそうにしているウェーブたちを見て前に進むことにした。

 

 

 






三身一体(トリニティー)〟と〝スリーピング・ナイツ〟withアスナとかいう少数精鋭ギルドによるダンジョンアタック。テッチ、君の出番はボス戦まで無いんだ。

count down……2



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

共闘・2

 

 

「ーーーふぅ」

 

 

最後まで残っていたエネミーの首を跳ね飛ばす事でクリティカルダメージを発生させ、ポリゴンになったのを確認してから刀を上に投げて乱回転するそれを鞘に納める。

 

 

「なんでそんな事が出来るのよ」

 

「リアルで暇な時にスタイリッシュな納刀の仕方考えて練習してた」

 

「スタイリッシュな納刀とかちょっと訳わからないですねぇ……」

 

 

あの頃は若かったんだ。無駄に格好よさを求めていたから、今で言うところの厨二病的なものを発症していたのだろう。だけど問題なのは爺さんと母さんだろう。俺に触発されてあの2人はスタイリッシュな戦闘の仕方とかいう二歩は先に進んだものを考えていたから。

 

 

「で、ここがボス部屋だよな」

 

 

俺たちの目の前にあるのは28層でも見た豪奢な意匠の施された一際大きな扉。ダンジョンに入ってから1時間少々で、前情報があったとは言えボス部屋まで来てしまった。

 

 

「プレイヤーが集団で来たって聞いてたのだけど見つからなかったわね。もしかしたらもうボスに挑んでるのかも」

 

「いや、そうでも無さそうですよ」

 

 

そう言ってランがボス部屋に繋がる扉に触れると、重厚感を感じさせる重たい音を立てながら扉は独りでに開いて光源の一切無い空間に繋がる。他のプレイヤーがボスに挑んでいたら扉は開かないと聞いているのでこうして開いたという事は誰もボスには挑んでいなかったのだろう。

 

 

「すれ違っただけじゃないでしょうか?」

 

「もしかして、ここに来る途中で倒されたとか……」

 

「いや、それは無いんじゃないかな?」

 

「でもここはトラップがあれだったから……」

 

 

このダンジョンで何が怖いのか聞かれれば、迷わずにトラップだったと答えるだろう。ここに来るまではエネミーは飽きる程に湧いて来たが、トラップは数える程にしか無かった。しかし、そのトラップがどれも即死系だった。俺は嫌な予感がしたのでトラップが仕掛けられている位置には近寄らないようにしていたのだが、それをランとユウキの2人は察知出来なかった。結果、爆破や釣り天井などのトラップにかかってしまい、一瞬で〝残り火(リメイン・ライト)〟に変わってしまった。アスナもこれまでの経験からここにトラップがありそうだと気が付いていたのだが、警告を飛ばすよりも先に2人が飛び出したので間に合わなかったと言っていた。

 

 

「誰もいないのなら丁度良いわ。準備を済ませてボスに挑みましょう」

 

「やっと……やっと壁役になれる……!!」

 

「ここに来るまでは楽で良かったんですけど、暇で暇で……」

 

「シウネーとテッチの声がすっごい悲壮感に満ち溢れてるんだけど」

 

「戦わなかった人が悪いんです」

 

「チャンスを掴もうと前に出なかった奴が悪い」

 

 

確かに後衛役のシウネーと盾役のテッチの仕事を取った事は認めよう。だけど、それならそれでやれる事を探せば良かったのだ。俺たちと一緒に前に出て戦うとか。

 

 

まぁ過ぎた事をとやかく言っても何にもならないのでさっさと準備を済ませる事にする。とは言っても前のダンジョンアタックでの経験から使っていた予備の刀を本番用の刀に変えるだけ。HPは受けも防ぎもしていないので満タンの状態のままだから回復の必要は無い。

 

 

ランとユウキはダメージを食らっていたのか回復ポーションを飲んでいるが、その姿が側から見てもとても良く似ていた。ランの言動が吹き飛んでいて忘れそうになるが、こういうところで2人が姉妹なのだと改めて思い知らされる。

 

 

「良しーーーそれじゃあ、行くわよ」

 

 

準備が整ったのを見計らってアスナの出した指示に従い、真っ暗なボス部屋に足を踏み入れる。28層の時と同じように周囲の壁に立て掛けられていた松明に順番に火が灯り、徐々に部屋の中を明るくする。

 

 

ボスが出現するまでの僅かな時間、その間にアスナとシウネーが全員に支援魔法(バフ)を掛ける。HPバーに筋力、耐久、敏捷のステータスが上がった事を表すアイコンが表示されるのと同時に松明が全て点火し、部屋の中心に巨大なポリゴンが大量に湧き上がり、ボスが形作られていく。

 

 

現れたボスを表現するのならば、騎士だ。純白の鎧と兜を身に纏い、大型の盾と両手剣を片手に持った3メートル程の中型の騎士。巨人タイプと呼ばれるエネミーよりも小さいのだがプレイヤーからしてみれば大きい事には変わらない。

 

 

首チョンパ(〝斬鉄剣:斬首〟)ーーーッ!!」

 

「あ、なら私は足貰いますね(〝OSS 〟)

 

好き勝手し過ぎよ(〝弓術:連射〟)

 

 

ボスが出現するのと同時に正面から飛び込んで鎧の隙間に刃先を滑らせながら首を斬る。急所を斬られた事でクリティカルダメージが発生し、悶絶しようとしたボスの足をランがOSSで斬り、シノンの火矢が追い打ちとして突き刺さる。

 

 

シノンの火矢とランの斬撃でバランスを崩した騎士は、がしゃんと大きな音を立てながらその場に倒れた。

 

 

「そら、早くしないと俺らが倒しちゃうぞっと(〝斬鉄剣:乱れ斬り〟)!!」

 

 

倒れた騎士の上に乗り、斬鉄剣にて斬り続ける。急所を狙わない、とにかく手数を目的とした斬撃は騎士の鎧を無視するかのように斬れる。

 

 

「ボクだって負けないから(〝OSS:マザーズロザリオ〟)!!」

 

 

このままでは俺に倒されると思ったのかユウキが倒れている騎士の頭部目掛けて十一連続のOSSを叩き込む。倒れたとはいえ無抵抗で攻撃され続ける事を良しとしなかったのか、騎士は両手剣を振り回して俺たちを振り払うと立ち上がる。

 

 

「みんな!!あのキチガイに負けるわよ!!それで良いのかしら!?」

 

俺に仕事をさせてくれぇ(〝挑発〟)ーーーッ!!」

 

 

アスナの煽りに対してテッチが心の底からの咆哮を上げながら〝挑発〟スキルを使って騎士のヘイトを自身に向けた。ダメージ的に考えれば騎士のヘイトは俺とユウキに向けられているのだが、〝挑発〟スキルによりテッチにも意識を向けてしまう。

 

 

その隙にランが盾の裏に潜り込んで盾を待つ手を、シノンが両手剣を持つ手を攻撃する。

 

 

「ここまで来りゃあ、後は任せても良いな」

 

 

初手の奇襲で戦いの流れはこちら側に引き寄せている。これならば俺が手を出さなくても彼らだけで戦えるだろう。もちろん完全にサボるとまではいかないが、積極的に攻めるつもりはもう無い。あくまでこれは俺たちの戦いだから、俺だけが戦う戦いでは無いのだから。

 

 

〝挑発〟スキルを連発して強引に騎士のヘイトを自身に稼いでいるテッチの勇姿を見ながら、俺は気配を消して騎士の死角から攻撃する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーもうそろそろかな?」

 

「ーーーえっと確か更新が1時間後くらいだから……お、出てきたぞ」

 

 

〝剣士の碑〟の前で待っているとFloor30まで刻まれていた隣に新たに新たなにFloor31と刻まれる。その下にはユウキたちの名前と俺たちの名前に6つのギルドのエンブレム、そしてアスナの名前がしっかりと刻まれていた。

 

 

「やったぁ!!」

 

「どうしましょう……ちょっと素直に喜べないです」

 

「俺、何もしてないんだよなぁ……」

 

 

ユウキは素直に飛び跳ねる程に喜んでランに抱きついているが、シウネーとテッチはそこまで喜べていないようだ。何故ならランとユウキがメインアタッカーを務めて、シノンが時折狙撃するだけのボス戦だったから。テッチは何度も〝挑発〟スキルを使ってボスのヘイトを自身に向けようとしていたが、それよりもランとユウキがヘイトを稼ぐ方が圧倒的に早かった。シウネーはそれでも何度か回復をする事は出来たのだが、アスナは暇だったのか途中から細剣を取り出してボスに突っ込んでいたからな。

 

 

「よし、それじゃあ俺の家で打ち上げやろうぜ!!もちろん俺の奢りだ!!他のメンバーも呼んでいいぞ!!」

 

「ホント!?やったぁ!!」

 

「ラン、ちょうど良いから〝料理〟スキルを伸ばすわよ」

 

「はい、師匠!!」

 

 

お詫びの意味合いも含めて31層突破の打ち上げを俺の自腹で行う事にする。幾らか散財してしまう事になるのだが、蓄えはあるので問題にはならない。俺の食べる物はランの料理ばかりになりそうだが、熟練度は上がってきているので前のように焦げた料理だけが出てくるという事にはならないはずだ。

 

 

いつかこの時間が終わると分かっている。だけどもう少し、後少し、この時間が続いて欲しいと願わずにはいられなかった。

 

 

 






ボス戦はさっくり終わる物。だってALO二大キチガイの修羅波とランねーちん、バーサクヒーラーことアスナ、天真爛漫純粋美少女のユウキチャンとかいう最強パーティーなのだから。ごめんよテッチ、君の出番は実は無かったんだ。


count down……1


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

訪れる現実



count down……0


 

 

「それにしても、ランも大分料理が上手くなってきたな」

 

「暇さえあれば毎日のように料理をしてましたからね、もうそろそろ熟練度カンストまで行きますよ!!」

 

「教えた私が言うのもあれだけど、まさかここまで料理に熱中するとは思わなかったわ」

 

 

皿の上に山盛りで積まれた肉と野菜の炒め物を箸を片手にひたすら食べ進める。〝料理〟スキルを取ったばかりの頃は焦げ以外の何でもない料理しか作れなかったランだが今ではマトモな見た目で美味しい料理を作ることが出来ている。ランがオタマと中華鍋を持ちながら胸を張ってドヤ顔をしているのだが、何故だか彼女の作る料理は全て中華料理っぽい物になる。思い出してみれば、ランが料理をする時にはいつも中華鍋を振るっていたから、それが理由なのかもしれない。

 

 

ともあれ料理が美味しいと言う事はいい事だ。上機嫌そうに鼻歌を歌いながらキッチンで中華鍋を振るって新しい料理を作っているランの姿を見ながら黙々と料理を食べ進める。料理が楽しくて熱中するのは良いのだが、俺一人で食べ切るような量ではない。実物は見た事は無いが、満漢全席を思わせる量の料理がテーブルの上に所狭しと並べられている。VRMMOでの食事は満腹感を得られても、実際に満腹になっているわけでは無い。食べようかと思えば食べられない事は無いのだが、度が過ぎればそれはただの苦行になってしまう。

 

 

助けを求めるつもりでシノンに目を向けるが首を横に振られてしまう。仮想現実の世界で現実世界の身体には影響は出ないとはいえ、流石にこの量の料理を食べたいとは思わない様だ。

 

 

仕方がないので皿を持ち上げて料理を一気に口に流し込み、咀嚼して吞み下す。脳から満腹感が伝えられて、身体がこれ以上の料理の受け付けを拒もうとするが、それをねじ伏せて次の料理に手を伸ばす。

 

 

「はーい、ランちゃん特製のエビチリが出来ましたよ〜!!」

 

「先にそれ頂戴。流石に苦しくなって来た」

 

 

新しく運ばれて来たのはエビチリ。余程に辛いのか匂いを嗅いだだけで少し鼻が痛くなる。それだけ辛いのなら、食欲を増進させる事が出来るかもしれないと先にエビチリを頂く事にする。

 

 

そしてエビチリの乗せられた皿を貰おうと手を伸ばした瞬間ーーー

 

 

「ッ……!?ァーーー」

 

 

ーーーランが胸を押さえてその場に崩れ落ちた。エビチリの乗せられた皿はランの手から離れて床に落ちて砕け散る。

 

 

「しら、ぬい……さーーー」

 

 

そしてランは苦しそうな顔を俺に向け、縋るように手を伸ばしながら強制ログアウトされた。それと同時にエビチリがポリゴンに変わる。

 

 

何が起きたのか分からずに数秒だけ硬直してしまい、ある可能性を思い付いてしまう。考えたくもない可能性だったが、シノンも同じ様な可能性を思い浮かべたのか顔を青くしていた。

 

 

「チィッ!!」

 

 

その可能性を否定したくてウインドウを表示させて即座にログアウトの項目を叩くように押す。それを見て、シノンがログアウトの項目を押そうとしている時に俺は仮想現実の世界から現実世界に帰還する。

 

 

嘘だと信じたい。しかしあの時のランの苦しそうな顔がそれを否定する。確かめる為にアミュスフィアを投げ捨て、倉橋さんと連絡を取ろうとスマホに手を伸ばした瞬間、俺が触れるよりも先にスマホに着信が入った。

 

 

あまりのタイミングの良さに背筋に寒気が走る。まさか、と思いながらスマホのロックを解除し、メールを確認すると新着情報に倉橋さんの名前があった。

 

 

そしてメールの題名は緊急、紺野藍子と紺野木綿季の容体が急変したとだけ書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつまでもあの時間が続いて欲しいと願っていた。

 

あの日々がいつか終わると分かっていたつもりだった。

 

それでも、あの彼女と過ごした時間が楽しかったから、

 

馬鹿をやっている時間が好きだったから、

 

今を大切に生きている彼女の姿が綺麗だったから、

 

あの時間がずっと続いて欲しいと願っていた……いや、ずっと続いくものだと思い込んでしまっていた。

 

いつか終わる事など、分かっていた筈なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩乃と共に横浜港北総合病院に辿り着いた時、倉橋さんから連絡を受けたらしいアスナと合流する。そして受付窓口にはすでに話が通っていたようで、2人がいる中央棟最上階へ急ぐように告げられた。マナー違反だと分かっているが、病院内を走って中央棟最上階を目指す。

 

 

そして2人が眠っているはずの病室が目に入った時に、現実がやって来た。

 

 

ランが眠っていた部屋とユウキが眠っていたと思われる部屋のドアが人の出入りを優先する為に開け放たれていた。

 

 

「ーーー良かった、間に合いましたか」

 

 

ランの病室から姿を現したのは僅かに息を乱れさせた倉橋さん。彼は俺たちがやって来た事に喜んでいるようだが、彼の言葉が俺たちの思い付いた可能性が本当なのだと交代してしまっている。

 

 

「倉橋さん、ランに……藍子に会うことは出来ますか?」

 

「はい、会ってあげてください。きっと、彼女もそれを望んでいるはずだから」

 

 

その言葉に軽く頭を下げるだけで返して詩乃の手を引きながらランの病室へと入る。日和見感染を避ける為に固く閉ざされていたドアは開きっぱなしになっていて、それが否応無しに現実を押し付けてくる。機械が所狭しと置かれて最小限のスペースしか無かったはずのランの病室だが、スペースを作る為にか殆どの機械は左の壁際に押しやられていた。2人の看護師がランの容態を見ているが、その姿からは死なせない、必ず助けるという熱量が感じられない。

 

 

その姿を見て、気が付きたく無かった現実を受け入れるしかないと悟った。人を助ける事が使命のはずの彼らがそれをしない、つまり取り返しのつかない段階に入ってしまっているという事を。

 

 

「ねぇ……どういう事なのよ。ランは、まだ大丈夫なのよね……?」

 

「……倉橋さんの話によると、俺たちが来た頃からランとユウキはいつこんな日が来てもおかしく無かったらしい。AIDSの発症による免疫力の低下、そのせいで起きた感染……そんな中で、2人は生きてたんだ」

 

 

詩乃の言葉を肯定してやりたいが、それは不可能だとランの顔を見て思い知らされた。噎せ返る程の死の匂いが彼女からは立ち込めている。それは俺が姉ちゃんを殺した時に彼女から感じられたそれと同じだったから。

 

 

〝メディキュボイド〟が外された事でラン……いや、紺野藍子の顔を初めて見る事が出来た。ガリガリに痩せかけて色素の薄い顔はまるで死人の顔のよう。だけど、そうなってまでも生きたいと、そうなるまで生きたと分かる顔にはある種の幻想的な美しさが感じられた。

 

 

詩乃の手を引いて、力無く横たわる藍子の手に重ねる。そして俺は反対側の藍子の手を詩乃と同じように重ねた。骨と皮だけの手は女の子のものとは思えない程に硬く、生きている人間のものとは思えない程に冷たかった。脈は殆ど感じられない程に弱々しい。

 

 

しかしその手は紛れもなく死にたくないと、生きたいと願って戦い続けた人間の手だった。

 

 

そしてその時、藍子の閉じられていた瞼が僅かに持ち上げられた。長年使われなかった事で殆ど失明しているに近いはずの瞳が俺に向けられて、色素の無くなった唇が小さく動く。視力と同じで長年使っていなかったことから彼女の声帯は本来の働きをする事は出来ない。

 

 

だけど、その僅かな動きだけで彼女が何を求めているのか理解する事が出来た。

 

 

「……詩乃」

 

「……えぇ、行ってあげて。きっとランも貴方の事を待ってるから」

 

「あぁ……すいません、彼女に〝メディキュボイド〟を使わせてあげて下さい」

 

「えっ?でも……」

 

「お願いします、彼女も……藍子もそれを望んでいるから」

 

 

渋る看護師に頭を下げ、何とか〝メディキュボイド〟の使用を了解させる。そして隣のモニタールームに飛び込んで倉橋さんがいつも面談に使っているアミュスフィアを装着してランが待っている世界に行く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が覚醒したのは〝新生アインクラッド〟22層にある俺の家。寝室で目を覚ました俺は家の外に彼女がいる事に気が付いた。玄関まで移動する時間が勿体無いと、寝室の窓から飛び降りて外に出る。

 

 

「……えっと、どっちで呼んだら良いですかね?どうせなら本名で呼びたいんですけど」

 

「好きに呼んでくれ。俺もそうするから」

 

「はい、それなら不知火さんと呼ばせて貰います」

 

 

そう言いながら儚げに微笑むランからはついさっきまで感じられた生気を殆ど感じられなかった。燃え滓、残り火、切れかけの蛍光灯……今の彼女の状態を言い表す言葉が次々に思い浮かんでくる。

 

 

「どこか行きたいところはあるか?」

 

「それならヨツンヘイムに、不知火さんと詩乃さんと初めて出会ったあそこに行きたいです」

 

「いいのか?ユウキたちと会わなくて」

 

「実はですね、いつこんな日が来ても良いようにみんなと話してたんです。私が死ぬ時は不知火さんと2人っきりが良いって」

 

「……」

 

 

いつもならば不吉な事を言うなとパンチ付きで言い返すのだが、今に限ってはそんな気にはなれなかった。

 

 

「ほら、手を貸せ。辛いんだろ?」

 

「アハハハ……分かっちゃいますか?実は結構いっぱいいっぱいで……エスコートは宜しくお願いします」

 

「ハッ、藍子こそ、何時ぞやみたいに強制ログアウトなんかするなよな?」

 

 

だから、なけなしの憎まれ口を叩きながら藍子(ラン)の手を握った。

 

 

そしてストレージから転移アイテムを取り出して、俺たちが初めて出会った地下世界、ヨツンヘイムの世界樹の根の元に転移した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

別れ

 

 

「静かですね……」

 

「そりゃあ誰もいないからな」

 

 

〝エクスキャリバー〟のクエストが公表された時は伝説武器(レジェンダリィ・ウェポン)を求めて我先にとヨツンヘイムに集まっていたが、旨味がなくて空も飛ぶことが出来ないここに好き好んで来るプレイヤーなんて数える程すらいないだろう。辛うじてエネミーが立てる音が耳に届くくらいで、俺と藍子以外の気配は感じられなかった。

 

 

「不知火さん、あの根元まで連れて行って下さい」

 

「はいよ」

 

 

繋いでいた藍子の手を引きながら世界樹の根の方へと歩いていく。現実の身体の死が近いからなのか、アバターの操作があやふやになっているようで足に力が入っていないように見える。しかしそれでも彼女は自分の足で歩こうとしていた。だから俺はその意思を組んで、手を引くだけに留める。

 

 

普段ならば数十秒で辿り着ける距離を数分掛けて歩き、彼女の求めていた世界樹の根元まで辿り着くことが出来た。

 

 

「……着いたぞ」

 

「ありがとうございます……不知火さん、今日まで私と一緒にいてくれて本当にありがとうございました。貴方には必要ないかもしれないですけど、どうしても1つだけ……私が生きた証を渡したかったんです」

 

 

弱々しく握られていた藍子の手が俺の手から離れ、ウインドウを出して何やら操作をする。短い時間でそれを終えると、ランは世界樹の根元に向かってOSSを放つ構えを取る。

 

 

俺からは藍子の背中しか見えない。だけど、一瞬だけ彼女が苦しそうにしているのが分かった。止めたかった、無理をするなと言いたかった。だけど、それは彼女の意思を侮辱する行為だと分かっていたから声には出さず、奥歯を噛み締めて堪える事にする。

 

 

「アアアアーーーッ!!」

 

 

ふらりと藍子の身体が揺れて、倒れそうになった瞬間に彼女は気力を振り絞って持ち堪え、世界樹の根元に向かって神速のOSSを叩き込んだ。今までに見た事の無い程の完成度で放たれた神速の抜刀は残像さえ残さずに斬ったという結果だけを残す。文字通りに死力を振り絞って放たれた一閃は破壊不能オブジェクトであったはずの世界樹の根元に大きな傷跡を付けた。

 

 

そして傷跡の中心部分に小さな紋章が回転しながら、四角い羊皮紙と共に現れる。その羊皮紙は白く光る紋章を写し取ると、端から細く巻き上がっていく。藍子は張り切った刀を鞘に納めずにそのまま手放すと右手を伸ばし、宙に浮いたままの羊皮紙を掴んだ。

 

 

その直後、彼女の身体は糸が切れた人形のように崩れ落ちそうになる。予想は出来ていたので駆け寄って倒れようとする身体を支え、抱きかかえる。

 

 

「お疲れさん」

 

「えぇ……とっても疲れました……身体に力が入らなくて……それに何だか凄く眠たいんです……」

 

「……そうか」

 

 

ハラスメントコードが現れてもおかしく無い程に俺と藍子は密着しているというのに、彼女からはつい先程まで感じられていた生気を全く感じなかった。彼女の終わりがすぐそこまで近づいている、眠気に負けて眠ってしまえばそのまま死んでしまうだろう。

 

 

寝るな、起きろと頬を張ってやりたかった。

 

死ぬんじゃない、生きてくれと叫びたかった。

 

 

涙腺が緩んで涙が出て来そうになるーーーそれを堪える。辛気臭い顔で別れてしまえば、彼女は絶対に安心出来ないから。一雫たりとも零してやるものかと堪えて空元気で笑ってみせる。

 

 

「不知火さん……これを受け取って下さい」

 

 

そう言って彼女が渡したのはさっき世界樹の根元から出現した羊皮紙。羊皮紙とはいえ紙なので軽いはずなのだが、今の彼女はその重さでさえ辛いのか羊皮紙を持つ手は震えていた。

 

 

「これは?」

 

「私の作ったOSSです……不知火さんは簡単に真似してくれましたけど……私は貴方に使って欲しい……貴方にだけ……使って欲しいんです……だから……」

 

「……あぁ」

 

 

羊皮紙を受け取り、一生開くつもりのなかったOSS設定画面を開く。そして羊皮紙を画面の上に置くとそれは光となってたちまち消滅する。失敗なのかと思ったが、何もなかったはずの画面にはしっかりと新たなOSSの名前がーーー俺と同じ、〝不知火〟という名前が書き込まれていた。

 

 

「技の名前は……不知火さんからお借りしました……いるかも分からなかった貴方との繋がりが欲しくて……夢の中の無敵のヒーローだった貴方の力を少しでも分けて貰いたくて……」

 

「……著名権の侵害だな、訴えてやろうか?」

 

「……フフッ、そうなったら……法廷で会えますね……」

 

 

いつもならば息をするように出てくるはずの軽口なのだが今に限ってキレがない。小馬鹿にするような物言いだったはずなのに、声が震えてしまっているので台無しだ。それが可笑しいのか、藍子も笑っていた。

 

 

「あぁ……眠いです……でも……寝たくない……」

 

「だったら話そうぜ?大切な事、どうでもいい事、悲しいことに嬉しい事。頭を働かせて口を動かしてれば、寝ないだろうしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーフフッ、凄いですね……シュピーゲルさんは……」

 

「ーーーあぁそうさ、あいつは凄いんだ。いつもはキチガイでヘタレで小心者で臆病な怖がりの癖に、肝心な時に限って格好良くなる。BoBじゃああいつのおかげで俺はステルベンに勝てたんだぜ?」

 

 

目が霞んで身体が動かない。彼に抱き締められているのに、いつもは煩いくらいに弾む心臓も少しずつ弱まっているのが分かる。

 

 

こんな状態になってからどのくらい彼と話したのか、時間感覚さえあやふやになっているのか分からない。だけど彼はその間ずっと話し続けてくれた。私の知らない人物や光景をイメージしやすいように事細かに説明して、私が飽きないようにと話す話題を変えてくれている。

 

 

彼は優しく笑っていたーーー嘘だ、本当ならば泣き出したいはずだ。

 

涙を少しも流さないーーー嘘だ、声が震えているのを必死に隠そうとしている。

 

 

「不知火さん……」

 

「ん?どうした?」

 

「私……ずっと考えてたことがあったんですよ……病気になって……たくさんの人に苦労をさせて……そんな私が……生きていても良いのかなって……」

 

 

私と木綿季、そしてお父さんもお母さんも病気と闘って生きていた。その日々はとても苦しく、どうしてこんなことをしているんだろうと考えたことは一度や二度ではない。本当に生きていても良いのか?今すぐに死んだ方が良いのではないのか?そう考えていた時期もあった。

 

 

「馬鹿、良いに決まってるだろ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()。偉業を成し遂げて死ぬ奴もいれば、何も残さずに死ぬ奴だっているんだ。生きる意味を探すために生きる?それは無駄な事だ。生きる意味(そんなもの)が無くったって、人は生きていても良いんだよ」

 

「えぇ……3年前……夢の中の不知火さんを見た時……この人ならそんなことを言いそうだなって……思いました……」

 

「成る程、流石は俺だ」

 

 

夢の中で、ALO(ここ)ではない鋼鉄の城で生きる不知火さんは自分の事をロクで無しだと自虐し蔑みながらも生きていた。始めて彼のことを知った時にはどうして生きているんだと思った。自分が現代社会に馴染めない人間だと自覚していながら、彼は堂々と生きていたのだ。

 

 

そうして彼の事が気になり、鋼鉄の城での夢を見続けて彼の事をよく知っていく内に彼の事が好きになり……ある時、気が付いたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな理由で生きても良いのだと。

 

 

だから私は今日まで生きていた。死にたくない、生きたいと思い願って現実の世界を捨ててVRMMOの世界の住人になった。もしかしたらこの世界にいるのかも知らない彼に出会えることを願って。

 

 

そうして彼に会う事が出来た。夢の中で見た姿よりも幾分か若かったものの言動や思考は変わらない、ウェーブ(不知火)さんと出会う事が出来た。

 

 

「ねぇ……少し……顔を下げて貰えますか……?」

 

「こうか?」

 

 

私の言葉通りに下げられた不知火さんの顔、物理的に近くなった距離を死力を振り絞って身体を起こす事でゼロにする。ゼロになった時間は2秒か、1秒か、もしかしたらもっと短いのかもしれない。だけど私にとってその時間は永遠に等しく、力尽きて崩れ落ちるまでそれは続いた。

 

 

「フフッ……キスしちゃいました……」

 

「……一応彼女持ちだって理解してる?」

 

「えぇ……分かってますよ……だけど……私も……不知火さんの事が……好きなんですよ……」

 

 

私が恋をした彼の隣にはすでに詩乃さんがいた。これが嫌っている相手だったなら略奪愛に走っていたかもしれないが、残念ながら私は彼女の事を好いている。それに不知火さんの隣に立つ詩乃の姿があまりにも自然で、一目見た時からあぁ彼女なら仕方がないと思った。

 

 

だけど、彼の事が好きだって気持ちには変わりはない。夢というフィルターを通した気持ちなのかもしれない。偽物だと、勘違いだと言われるかもしれないが、私はこの気持ちが紛れもなく本物なのだと信じてる。

 

 

「……ごめん、俺は詩乃の事が大切だから……」

 

 

どさくさに紛れるように想いを告げたが予想していた通りに断られてしまった。残念だと、少しだけガッカリしてーーー

 

 

「だけど、もしも詩乃よりも先に藍子に出会っていたら、その時は藍子を選んでいたと思う」

 

「ーーー」

 

 

ーーー不意打ちでかけられた言葉に弱まっていた心臓が強く跳ね上がった。

 

 

あぁ、彼は本当に卑怯だ。いつもはキチガイじみた言動をしている癖に、こういう時に格好良くなるから。

 

 

「そうですか……ちょっとだけ……残念ですね……」

 

「ちょっとだけか」

 

「ちょっとだけ……です……」

 

 

そんな未来があったのならどれだけ幸福だったのだろうと想像してしまう。だけど、それだけだ。所詮それは可能性の話でしかないのだから。

 

 

「ふぅ……疲れました……」

 

「……寝るのか?」

 

「はい……もう……長い間起きていましたから……」

 

 

もう瞼を開け続けられる程の力は残っておらず、自然と下がってボヤけている視界を狭めていく。何も認識が出来ないはずの世界で、何故だか()()()()()()()彼の顔だけが鮮明に見えた。

 

 

「そうか……お休み、藍子。良い眠りを」

 

「はい……お休み……なさい……不知火……さん……」

 

 

全身を包んでくれる彼の温もりと、左手から感じられるここにはいないはずの彼女の温もりを感じながら瞼を閉じる。1人で死ぬ事を覚悟していたのに最愛の人に抱かれ、現実でも私を見送ってくれる人がいる。

 

 

その事に満足しながら、視界が真っ暗になるその刹那にーーーもう少し生きたかったと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーお休み、藍子」

 

 

返事が返ってくることはない。

 

 

満足して逝ったのだろうーーー彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 

 

未練を残したのだろうーーー彼女の目からは一筋の雫が流れていた。

 

 

もっと生きたかったのだろうーーー死に間際に彼女は、死にたくないなぁと声にならない声を出していたのを聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして紺野藍子(ラン)

 

多大な満足感と僅かな悔いを残して

 

15年の生涯に幕を下ろした

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

epilogue

 

 

紺野藍子(ラン)紺野木綿季(ユウキ)がこの世から去って一週間が経った。

 

 

2人の告別式はつい先程終わったばかり。式場となった保土ケ谷区の丘陵地帯にあるカトリック教会は周囲を桜並木に取り囲まれていて、一斉に散り始めた花びらが2人の事を送っているようだった。

 

 

そして告別式だが、一般的に表現されるしめやかというお決まりの形容詞が似合わないものになった。紺野の親戚筋の出席者が喪主を務めた人物を含んでたったの4人だったのに対し、友人を名乗る参列者が優に100人を超えたのだ。言うまでもなく、彼らの正体はALOプレイヤーである。以前から〝絶剣〟として有名だったユウキに、〝統一デュエル・トーナメント〟で俺に勝った事で知名度を上げたランの事情をどこから知ったのか分からないが、今日2人の告別式をあると知った彼らはここまで足を運んで来た。予定や地方に住んでいてどうしても告別式に参加出来ないものはALO内でリアルとは別に告別式を行う予定になっているらしい。

 

 

告別式が終わって、ALOプレイヤーたちはランとユウキの事を思い出して語り合っていた。本当だったらランと長く接していた俺もその輪に加わるべきなのだろうが、参加する気になれずに教会の敷地内にある墓地の真新しい2つの墓ーーー紺野藍子と紺野木綿季の墓の前にいた。2人の墓には参加者たちが持ち込んだ花束が供えられている。

 

 

「良かったな藍子、木綿季。お前たちが死んだ事を悲しんでくれる人がこんなにいたんだぞ」

 

 

藍子が死ぬ間際に、彼女は自分が生きていても良いのかと口にしていた。きっと木綿季も同じような事を考えていたのかもしれない。すぐ目の前に死が迫っていて、自分が生きても良いのかと自分を否定していた時期があったに違いない。その答えを木綿季が見つけて死んだのかは死に際に居なかったので分からないが、少なくともこれだけ悲しんでくれる人がいるのだから彼女たちの生には意味があったに違いないから。

 

 

「……やっぱり、ここに居たのね」

 

「あぁ、詩乃か」

 

 

現れたのは母さんから借りた喪服に身を包んだ詩乃。目が赤く、目元が僅かに腫れているのでさっきまで泣いていたのだと分かる。

 

 

「良かったのか、あっちの方にいなくて」

 

「少しだけあっちにいたんだけど、ここに来たくなったのよ。それに、ここなら不知火がいると思って」

 

 

そう言って詩乃は2人の墓に向かって手を合わせた。その祈り方は日本式のものでカトリック信徒の墓地であるこの場には相応しくないものなのだが、ここの牧師はそう言うことに関しては寛大だった。祈る気持ちがあるのなら作法を問わないと仏教徒のような祈り方を認めてくれたのだった。

 

 

「大丈夫か?疲れてるように見えるけど」

 

「そう言う不知火も酷い顔よ。何日寝てないのよ」

 

「一週間だな。寝ようとしてもランの顔が思い浮かんでどうしても、な」

 

 

詩乃に指摘されたが自分が酷い顔をしているという自覚はある。目は充血して白い部分は無くなっていて、目元には深い隈が出来上がっている。痩せた訳ではないが、さっき会った恭二からは窶れていると評価された。

 

 

藍子が死んでしまってこんな状態になる程に、俺は彼女の事を想っていたという事だった。

 

 

「参考にならないと思うけど一応聞いておくわ。灯火(あかり)さんの時はどうだったの?」

 

「姉ちゃんの時は翌日に俺の状態が危ないと思った爺さんと母さんの手によって一回精神崩壊させられて、その後で精神再構築されたな。絶対に参考にならないぞ?」

 

「蓮葉さん……」

 

 

今では頭がおかしいんじゃないかと思うような治療法だったが、当時の俺はその手段を選んで実行してくれた2人に感謝していた。あの時の俺の中にあったのは罪悪感と後悔だけだったから。いくら姉ちゃんが危険だからとはいえこの手で殺した事が俺の心に深い傷をつけていた。もしも2人が立ち直るまで俺を放置する事を選んでいたのなら、俺は間違いなく自殺していたに違いないから。

 

 

「まぁ、少しずつになるだろうけど立ち直るさ。こんな顔してたら藍子は絶対に怒るからな。超絶可愛い美少女の私の死を悲しんでくれるのは嬉しいですけど、そんな顔の不知火さんなんて見たくないですってな」

 

「ちょっと、唐突な声真似は止めなさいよ……折角締まったと思った涙腺がまた緩むじゃない」

 

「ごめん、自分でやっといてなんだけどグサッときた……」

 

「自爆してるじゃない」

 

 

藍子の声を真似て、藍子の言いそうな言葉を言ってみたのだが思いの外それがしっくりきて俺は何をやってるんだろうと盛大に自爆をしてしまった。止まったはずの涙が再び流れ出してくる。

 

 

「……そういえば、あの時に一瞬だけランの心拍数が跳ね上がったのだけど何か心当たりはあるかしら?」

 

「あるな、藍子から告白された」

 

「そう……どう答えたの?」

 

「詩乃の事が大切だからって断った。だけど、もしも藍子と先に会っていたら、その時は藍子を選んでいたと思うって言った」

 

「あぁ、だからなのね」

 

 

詩乃の反応が思いの外淡白でそれが気になった。故人である俺の実姉と過去に風呂に入ったと告げただけで嫉妬する程に嫉妬深い彼女なのに、俺が告白されてもしかしたら藍子を選んでいたかもしれないと言っても安心しているようで欠片も嫉妬しているようには見えないのだ。

 

 

その姿を見て、1つだけ可能性が思い浮かぶ。

 

 

「なぁ詩乃、もしかして詩乃って藍子が俺の事を好きだって気が付いてた?」

 

「えぇ、気がついて本人からも聞いたわ。彼女と初めて現実世界で会ったその日にね」

 

「あの時か……今思えば、その後日から距離が縮まってたな……それで良かったのか?」

 

「少しだけ何をやってるんだろうって考えたけど、私だって女だから。好きな人と一緒に居たいって気持ちはよく分かるのよ」

 

「成る程」

 

「でもそれを言ったらランは自分が愛人で私は正妻だって言ってたわ」

 

「え?愛人?正妻?」

 

「なんでも夢の中の私がそう言ってたらしいわよ」

 

「夢の世界はどんな人外魔境なんだよ……」

 

 

SAOの世界に閉じ込められてデスゲームを強制されていたので、多少なりとも精神に異常をきたしたとしても納得は出来る。だけど夢の中の詩乃の思考は完全にキチガイやキグルイと称される人間のそれだ。こっちの詩乃とのギャップが違い過ぎて頭を抱えることしか出来ない。

 

 

「ーーーさってと」

 

 

夢の中の世界について考えるだけ無駄だと結論付けて、頬を張って意識を現実に戻す。さっき盛大に自爆をした時のように、こんな調子でいたら藍子に怒られてしまう。今の感情に整理をつけた訳ではなく、割り切った訳でもない。2人の死を嘆き悲しんで、引きずったまま生きていくつもりだ。

 

 

その内に悲嘆に慣れて、こんな事があったと誰かに笑って話せる日が来るかもしれない。それでも、俺はこの世界とVRの世界で頑張って生きた彼女の事を忘れないだろう。

 

 

「そういえば、一旦実家に帰るのよね?」

 

「あぁ、藍子が俺の家に行ってみたかったと言ってたからな。遺髪だけになるけど連れて行って姉ちゃんの墓の隣に埋めようと思ってる。そろそろ雪が溶けて倒れるようになってるだろうしな」

 

「……ねぇ、私も行って良いかしら?灯火(あかり)さんに挨拶したいのだけど」

 

「良いけど結構な山だぞ?着いてこれるか?」

 

「着いていくわよ。だってーーー」

 

 

その時、突風が吹いた。桜の花びらが巻き上げられて幻想的な空間を作り出し、詩乃はその中心で恥ずかしそうに、だけど自慢げに微笑んでいた。

 

 

「ーーー貴方に着いて行くって、決めたのだから」

 

「ーーー」

 

 

その言葉に胸を詰まらせて、言葉にならない声しか出せず、結局照れ臭そうに頬を掻いて頷くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生とは誰かと出会い、そして別れる事である。

 

その中で一生の相手と出会う事もある。

 

もう二度と会う事が出来ないかもしれない。

 

だけど、それでも、

 

その出会いは、決して無駄な事ではないのだ。

 

あの世界で頑張って生きてきた、

 

2人の少女との出会いの様に。

 

 

 































To be continued……?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

extra
extra




有る意味本編であり、番外であり、蛇足である。

捉え方なんて千差万別。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーここはどこだろうか。

 

 

気が付いたらここにいた。視界に映る物は何もなく、しかし何もかがあるように感じられる不思議な世界。足場は無く、空も無く、自分の身体ですら定かではないのに二本の足で立っているという感覚だけはしっかりとある。

 

 

前を見ているはずなのに後ろが見える。左を向いたはずなのに右に動く。立っているはずなのに重力は頭の上に向かっている様に感じられる。

 

 

そこに自分はいた。1人だけではない、隣に誰かいる様に感じられるが姿は見えない。気配だけしか感じられないが、隣にいる誰かは決して赤の他人では無いのだと直感している。

 

 

ーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

隣にいる誰かも自分と同じなのだろう。困惑しているのが気配で分かるが、それ以上に自分のそばにいる事で安心している様に感じられる。それは自分も同じだ。こんな訳のわからない空間でたった一人でいるなんて精神が壊れてしまう。誰か分からないが、自分の感じた直感に従って隣の誰かと何も無く、何もかがある空間にいる。

 

 

本音をいえばここから出たい。しかしここから出る手段が分からず、ここから出たら漠然と自分が消えてしまうという予感がある。結果としてこのままこの空間に留まる事しか出来ない。

 

 

だけど隣にいる誰かと一緒であるのなら、それも悪く無いと感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして姿の見えない誰かと一緒にどのくらいこの空間に居たのだろうか。時間の感覚さえもあやふやになって来たので何秒経ったのか、何分経ったのか、何時間経ったのかハッキリとしない。そんな中で、この空間に1つの変化が起きた。

 

 

カツンカツンと、この空間に聞こえる事の無かった靴の音が聞こえて来た。その足音は一定間隔で鳴らされて、焦らすように自分たちに向かってくる。

 

 

『これはーーーふむ、中々に興味深いな』

 

 

現れたのは白衣姿の老けた顔つきの男性。何も無かったはずの空間に足場を作り出しながら、自分たちの姿を興味深そうに眺めている。身体があったらその目に指を突き刺してやりたかったが、それは出来ない様なので心の中で中指を立てておくだけに留めておくことにする。

 

 

『あぁ、済まない。私だけ納得していても君たちには何があったのか理解出来ないだろうね。私の名前は◼️◼️◼️◼️。すでに死人の名前だから覚えなくても構わない。もっとも、今の君たちではそれも出来ないか』

 

 

勿体振るのは良いから早くしろと思った。隣にいる誰かも自分と同じ事を考えているらしく、そうだそうだと同調してくれている様に感じられる。

 

 

『急かさないで欲しいものだね。さっきも言った通りに今の君たちはとても興味深い状態にあるのだから。話を戻そう。今の君たちはシュレディンガーの猫と同じ状態だ。簡単に言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私が君たちを見つけた事で多少はマシになっただろうが、このままだったら精神が緩やかに崩壊して、最後にはデリートされていたな』

 

 

さらりと恐ろしい事を言ってくれた気がするが、それよりもある疑問が浮かんだ。誰からも観測されていないのだからあやふやになっているのなら、彼に観測された事で自分たちの状態は確定されるのでは無いのだろうか。

 

 

『確かに君が考えている通りに、通常ならば君たちの存在を私が観測した事で君たちの存在は確定されなければならない。しかしだ、ここは虚数空間……俗に言うところの廃棄物置き場の様な空間だ。君たちと何の繋がりも持たない私が君たちの事を観測したところで崩壊を停止させる事しか出来ない。私がこの空間から離れてしまえば君たちだけになり、再び崩壊が始まってしまう』

 

 

ならば彼にずっとこの空間に居て貰えば良いのでは無いかと考えるがそれも難しいだろう。彼は自分たちの事をあくまで興味を惹く存在としか見ていない。いずれ興味が尽きれば自分たちがどうなろうが御構い無しでこの空間から立ち去ると分かる。

 

 

『その通りだ。とはいえ流石に私以外にこの世界の完全な住人になった存在を見捨てるのは後味が悪い。何でも良いから何か思い当たる言葉は無いかね?』

 

 

思い当たる言葉と言われても記憶にあるのはこの空間に来てからのものしか無い。ここに来る前の自分が居たはずなのだが、その時の事は霞が掛かったかのように思い出す事が出来ない。

 

 

それでも、霞が掛かっていながらも、自分の中にある光景が思い浮かんで来た。

 

 

空をドームの様な物に覆われた世界、その中心には巨大な根っこの様なものが真っ直ぐに下まで降りていて、自分はその根っこの近くで誰かに抱き締められながら話をしていた。

 

 

顔は思い出せない。

 

声も忘れてしまった。

 

名前もちっとも浮かんで来ない。

 

だけどあの時の光景と、彼に抱き締められている温もりだけは思い出せる。

 

 

泣かない様にと堪えながら、それでも最後には涙を流してしまった彼。

 

死に行く()を看取ってくれた、最愛の人。

 

 

『ドームの様な物に覆われた世界に中心には巨大な根っこ……◼️◼️◼️の地下世界か?それに君の思い浮かべた光景は24層の……成る程、どうやら君たちは全く同じ世界で生きていた様だな』

 

 

そう言って彼は腕を振ると空中にいくつものモニターとコンソールを出現させて指を動かし始めた。

 

 

『これから君たちを◼️◼️◼️の世界に送り込む。とは言っても君たちの状態は変わる事はない。あやふやな状態で送られるので誰からも観測されず、そして観測されなければ崩壊してしまう。だが、もし君たちの存在を観測する事が出来る誰かが現れれば君たちの状態は確定されてその世界で生きる事が出来るだろう』

 

 

つまりは崩壊が早いか、私たちが確定されるのが早いのかの勝負。勝率なんて欠片も無い、勝負にならない勝負……だけど、不思議と私には確信があった。

 

 

顔も、声も、名前も出て来ない、私の最後を看取ってくれたあの彼ならば、きっと私の事を見つけてくれると。隣にいる誰かも私と同じなのか、どこか自信ありげな雰囲気を漂わせていた。

 

 

『君たちがどうなるのかは私には分からない。私に出来るのは僅かな可能性に賭ける事だけなのだからな。だけど、どうかこの言葉を送らせて欲しいーーー君たちの行く末に、光あらん事を』

 

 

そう言って彼はコンソールを叩く。途端にあやふやだった全身が吹き飛ばされて、この空間から弾き飛ばされた。数字が羅列されたデジタルな紋様の空間に押し出されーーー気が付いたら私の思い浮かべた光景と同じ光景の場所に居た。

 

 

さっきまで隣にいた誰かの気配は感じない。きっと私とは別の場所に飛ばされたのだろう。一人になった事は寂しく思う。顔も名前も声も分からない隣人だったが、それでもあの何も無い空間にずっと一緒に居たのだから多少は情が湧いても仕方ないだろう。

 

 

それよりもこれからどうするのかが問題だ。彼の手によりあの空間から出る事が出来たのだが、彼の言う事が本当ならば誰かに見つけてもらわなければ私はこのまま消えてしまう事になる。それは隣にいた誰かも同じ事だ。

 

 

それでも私の中には焦りは無かった。確証なんてものは無いのだが、きっとあの光景で泣いていた彼が私の事を見つけてくれると言う確信があった。

 

 

だから、待とう。彼の事を。私を見つけてくれる王子様の事を。

 

 

出来れば私が消える前に来てくれるといいなぁと考えながら、私は巨大な根っこの近くで静かに待つ事にした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

extra・再会



少女は泡沫にて漂う。

唯一記憶に残った彼との再会を夢見て。




 

 

その後は何の変化も無く時間が流れた。体感で一週間くらいか。不思議と時間の経過による変化が見えないので分かりにくいがあの空間とは違い、はっきりとした景色が存在しているので地味に助かっている。もしもあの時と同じ空間に1人でいたのなら、今頃精神が崩壊していたかもしれない。

 

 

この場所には誰も来ない……いや、時折人影らしきものは見えるのだが、ここまで来ないで現れる巨人のようなものに追いかけ回されているだけだ。人影は逃げるか戦おうとしているが、巨人というサイズの違いからなのか吹き飛ばされて炎のような物に変えられている。

 

 

だけどあの真っ赤な人は何だったのだろうか。人を襲っていた巨人だが、あの真っ赤な人の言う事には従っているように見えた。

 

 

今日も誰も来ない。こればかりは気長に待つしか無いだろう。私がここにいる事を私は知っているが、あの記憶にあった彼は知らないのだから。私の最後に立ち会って涙を流してくれていたからそんなに浅い仲では無いと思われる。だけど、だからここには来れない可能性もあった。

 

 

私がこのまま消える前に来て欲しい。早く来れば良いけど、時間が掛かっても構わない。きっと彼と出会った時に、私は自分の正体を知る事が出来るから。

 

 

あの空間に居たからなのか、私は自分の事が分からなくなってしまっていた。記憶喪失とかその辺りなのだろう。普通ならば不安になるだろうが、私は()()()()()()()()()。彼と出会って、自分の正体を思い出す事を楽しみにしていた。間違いなくキチガイの発想だった。

 

 

今日も来ないかと残念に思い、いつも通りに彼に見つけられて自身の存在を確定させた時にどうしようかと考えているとーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー変わらないなここは。泣きたくなる程に」

 

「ーーーそう簡単に変わる訳が無いでしょ?」

 

 

ーーー猫の耳と尻尾を生やした少女と共に、記憶に唯一残っていた彼が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紺野藍子(ラン)紺野木綿季(ユウキ)の告別式が行われてから一月後、俺は立ち直って藍子の最後に立ち会ったヨツンヘイムの世界樹の根元まで来た。木綿季の最後はALOにログインしていたプレイヤーの殆どが立ち会うほどに盛大に見送られていたのだが、藍子の最後は俺1人しか立ち会っていない。ALOプレイヤーたちは〝新生アインクラッド〟の24層のあの小島に2人の碑を建てたが、俺たちからしてみればあそこは木綿季の墓だ。藍子の墓は、この世界樹の根元だ。

 

 

「まぁ誰も好き好んでこんな辺鄙な場所に来ないよな。そう言う意味じゃここが荒らされないで良かったけど」

 

「そんな物好きなんていない……とは言い切れないわね……この間はユージーンが巨人をテイムしてアルヴヘイムに乗り込もうとしていたらしいわよ。キリトたちが駆けつけてどうにかなったらしいけど」

 

「本当にあいつは何したいんだか」

 

 

ユージーンがキチガイを超えたただの狂人にしか思えなくなってしまったが、頭を振り払ってその考えを外に出す。今日は藍子の墓参りに来たのだ。あんな狂人の事を考えているわけにはいかない。

 

 

世界樹の根元、藍子が最後の力を振り絞って傷を付けたその場所に花束を置く。現実世界でも暇を見つけて墓参りには行っているのだが、どうしてもALOのこの場所に足を運ぶことは躊躇われたのだ。きっとシノンについて来てもらっていなかったら、何かと理由を付けて先延ばしにしていたかもしれない。

 

 

目を閉じて十字を切り、手を合わせる。シノンもそれに合わせて藍子に向かって祈りを捧げていた。どうか良い旅を、次の人生では健康な身体で木綿季と一緒に生きていられるようにと、来世の幸福を願う。

 

 

「あぁ、そうだ。保土ケ谷区にあった紺野の家だけど、やっぱり売りに出されてたぞ……買ったけど。キャッシュで!!一括で!!買ったけど!!」

 

 

告別式から一週間程で予想していた通りに紺野の家は親戚の手によって売りに出されていた。あの家を取り壊さずに、そのまま売りに出したことは喜ぶべきことなのだろう。藍子と一緒に家を見に行った時に知り合った不動産屋からその話を聞いて、迷わずに銀行から金を引き出して買う事にした。

 

 

横浜にあるのでそこに住むと言うことは出来ないが、あの家の名義は俺の物になっている。不動産屋に定期的な掃除を頼んでいるから綺麗なままであるはずだ。高校を卒業したら実家には帰らずに、そのままそこに住む予定になっている。

 

 

出来ることならば、詩乃と一緒に住みたいと思うのだが、こればかりは詩乃の家族とも話し合わなければならないだろう。一応去年の冬休みに入ってから出会ったが、爺さんと母さんの名前を出しただけで詩乃の爺さんにはエラく警戒されていたし。逆に詩乃のお婆さんの方は懐かしそうに笑っていたのが印象的だった。

 

 

「それじゃあ、また来るから。今度は1人で来たいな」

 

「一体いつになるのかしらね?」

 

「出来るだけ早くしたいなぁ……」

 

 

祈りを捧げ、伝えることは伝えた。これ以上ここに残ったとしても、彼女は喜ばないだろうから帰る事にする。一応安全地帯に設定されているのでここにはエネミーは寄ってこないのだが、俺たちがいるのを見てここが藍子は最後をここで迎えたのでは無いかと集まって来る可能性がある。

 

 

この場所を汚したく無かった。だから、誰にも見つからない内に帰ろうとしたのだがーーー

 

 

 

 

 

 

 

不知火さんーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声にならない声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祈りと花束を捧げて、彼は少女と一緒に帰ろうとしていた。私に気付く素振りは欠片も見せない。確かに今の私はあやふやな存在で、彼からも認識されないのだが諦められる筈がなかった。

 

 

待って、お願い待って。ここにいる、私はここにいる。

 

 

彼が紺野の家と言う物の話をしている時に必死になって呼びかけるが彼は気が付かない。そのまま帰ろうとしている。

 

 

嫌だ、気が付いて。私はここにいるから、気が付いて。

 

 

()()()()()ーーーッ!!

 

 

必死になって咄嗟に出て来たのは私が忘れてしまったはずの彼の名前。あやふやになった手を伸ばしながら、涙交じりの声で叫ぶ。

 

 

すると彼は去ろうとしていた足を止め、驚いた様な顔をして振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしたの?」

 

「いや……まさか……!!」

 

 

耳では聞こえなかった声がしっかりと脳に届いた。

 

俺の名前を呼ぶ彼女の声が聞こえた。

 

死んだはずの少女の、涙交じりの叫び声が聞こえた。

 

 

「そこに……いるのか……?」

 

 

誰も居ないはずの空間。目で見ても分からず、気配も感じられない。ここには誰も居ないと分かっているーーーなのに、どうしてだか彼女がここにいると俺の心は確信していた。立ち去ろうとしていた足を止めて振り返り、世界樹の根元に近づき、彼女が着けた傷に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の手が根っこに沈む。それに驚きながらも彼は手を止めずに手首、肘、さらに肩まで腕を入れて探るように動かす。

 

 

そしてーーー彼の手が、私の手に触れた。

 

 

存在しなかったはずの、あやふやだった私の身体に肉が付く。

 

霞が掛かったかのように不透明だった記憶が鮮明に蘇る。

 

 

ここに来るまでに何があったのか、思い出せなくなってしまったがそんなことはどうでも良かった。また彼と、彼女と一緒の世界に居られることが嬉しくて仕方がないから。肉が付いた手で、伸ばされた彼の手をしっかりと握る。

 

 

そして彼の手に引かれながら、私は再びALOの世界に戻って来た。

 

 

まるで幽霊でも見る様な2人の顔が面白くって仕方がないのだが、今言うべき言葉は揶揄いの言葉ではない。再会を喜ぶ、素直な言葉だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただいま。不知火さん、詩乃さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

extra・幸福

 

「どうしようこれ本当……」

 

「今回だけはウェーブに全力で同意する……」

 

 

〝新生アインクラッド〟22層にある我が家でキリトと共に頭を抱える。ピクシーのユイが困った様に飛んでいる姿が地味に癒しになっている。ユイがいなかったら真面目にキリトと一緒に発狂していたかもしれない。

 

 

俺たちがこうして頭を抱えている理由はただ1つ、紺野藍子(ラン)紺野木綿季(ユウキ)の存在だ。

 

 

「大人しくしますからその手に持った劇薬下げてくれませんか?」

 

「いや、ランさんのここまでの言動とか見てるとこれくらいしないと止まりそうに無いし……」

 

「むしろこれだけじゃ不安に思います」

 

「私としては暴れてくれた方が得するから暴れて欲しいのだけど。そうすればキリトに頭を撫でて貰える……!!そこから一気に押し倒す……!!」

 

「ちょっと、このクレイジーサイコ呼んだのは誰よ」

 

「アスナァァァァァッ!!」

 

「ユウキ……ッ!!」

 

 

ヨツンヘイムに藍子の墓参りに行ったら彼女の気配を感じたので、それに従って手を伸ばしたら本人が現れたのだ。初めは何が起きたのか分からずに固まってしまったが、幻覚などではなく本当に実在していることを確認してから人目につかない様にしながらここまで連れて来た。現実世界で藍子は死んだので、彼女のアバターであるランも居なくなっている。もしも他のプレイヤーに見られれば騒ぎになると考えての判断だった。

 

 

そしてこういう出来事に詳しいキリトに相談しようとしたところ、こいつもこいつでアスナがユウキを連れて来たとメッセージを飛ばして来た。何が起こっているのか理解出来なかったが、一先ず情報を集めるために俺の家まで木綿季を連れて来てもらった。

 

 

「で、木綿季はアスナが連れて来たんだよな?」

 

「あぁ、24層の小島に行ったら気配を感じて、手を伸ばしたらユウキが出て来たって言ってた」

 

「俺と同じだな。俺もヨツンヘイムに行って藍子……ランの気配を感じたから手を伸ばしたら本人が出て来た。俺が生きて来た中で一番のビックリだよ」

 

 

情報を集めるとは言ったものの、向こうも詳しいことは分からなさそうた。当事者であるアスナは木綿季と共に感動のご対面中なので離す訳にはいかない。無理矢理離して話を聞いたところで俺と同じ様なシチュエーションだったらしいので特に意味は無いだろう。

 

 

「で、ユイ。2人の状態はどんな感じなんだ?」

 

 

ナビゲーションピクシーであるユイにこんな事を聞くのはおかしいかもしれないが、現在で2人のことを一番理解しているのは彼女なのだろう。実は彼女はALOに存在するナビゲーションピクシーでは無く、SAOからキリトたちが連れて来たメンタルヘルスカウンセリングプログラムというAI。プレイヤーのメンタルをチェックするのが彼女の与えられた役割で、ALOでもその役割を務めることが出来る。つまり、彼女はプレイヤーの状態を見ただけで理解できるのだ。

 

 

「はい、今のランさんとユウキさんの状態は一応はプレイヤーとして認識されています。ですが、2人はその……現実世界では死んでいます。だから今の2人は〝プレイヤーアカウントを持ったAI〟と言ったところでしょうか?」

 

「今の状態を放置しておいて何か問題が発生するって事は?」

 

「こんなケースは初めてなので何とも言えませんが問題無いと思います。ですけど、2人の事が他のプレイヤーたちに知られると問題になるかもしれません」

 

「だよなぁ……」

 

 

ユイの言葉から、慌てて何かをしなければ2人が消えてしまう様な事態にはなら無さそうだ。問題があるとすれば他のプレイヤー、それとALOの運営くらいか。

 

 

他のプレイヤーたちに関しては、すでに死んだと知られている2人が姿を現れば間違いなく大騒ぎになるから。騒ぎになるだけならまだ良いのだが、それに便乗して誹謗中傷などが飛び交う可能性がある。2人にはそんな下らないことで傷付いて欲しくない。

 

 

ALOの運営に関しては言うまでもないだろう。2人の存在は運営にとって()()()()()()()()()()()。バグと認識されて消去される事も考えられるが俺の思い付いた事態ではまだマシな方だ。最悪は、VRを研究している奴らに2人の存在を知られる事である。現実世界で死んでもVRの世界に意識を残せるのならば、それはある意味での不老長寿だ。電子世界がある限りという大前提が存在するものの現代のハイテク社会の根幹である電子世界がそう簡単に消えるとは考えられない。2人の様な存在になったとしても生きたいと考える輩は山ほどあるだろうーーーそれこそ、前例である2人をモルモットの様に扱ったとしても。

 

 

「一介のプレイヤーにはちょっと重たすぎる案件だよなぁ……そこのところどうにかならないの?SAOの英雄様」

 

「どうにか出来そうな奴に心当たりはあるけど……そいつの胡散臭さが天井知らずで相談したくないんだよなぁ……」

 

「八方塞がり、という訳じゃないけど良くない状況って感じだな……」

 

 

2人に……藍子に再び出会えた事は素直に嬉しいと思っている。だけど2人のこれからのことを考えると頭が痛くなってくるのも事実だ。少なくともALOには置いていられない。他のゲームにコンバート出来ればプレイヤーの件に関しては大丈夫になるだろうが、コンバート出来るかどうかが怪しい。一先ずは現状維持……2人の存在を公にしない方が良いだろう。

 

 

「とりあえず現状維持、それからはおいおい考えていく感じで」

 

「異議なし……にしても、2人はどうしてまたALOに帰って来れたんだろうな?」

 

「えっと……なんかのゲームで似た様なシチュエーションがあった様な……サイバーゴースト、だっけか?」

 

 

そのゲームの作中ではサイバーゴーストと呼ばれる存在がいた。確か電脳世界における残留思念の様な存在だったはずだ。生きたい、死にたくない、まだこの世界(ALO)にいたいと2人が強く思い、その思いが電子世界に焼き付いて2人の存在を残した。無理矢理過ぎる話だが、そう考えられなくも無い。

 

 

「それに2人は死ぬまで〝メディキュボイド〟を使ってた。倉橋さんの話によれば、〝メディキュボイド〟用に調整された通常の数倍の密度に引き上げられた電子パルスを使っているから長期的に使用して脳にどんな影響があるのか誰も分からないってな。それが原因で2人の意識だけがこの世界に残った、そう考えられる」

 

「長期的に使用してか……脳をスキャニングしてるのと同じ様な効果があったのかもしれないな」

 

「ま、専門家でも無い俺たちが幾ら考えたところで答えは出ないけどな」

 

 

それっぽい言葉を並び立てて推測したところで答えなんて出ない事は分かっている。キリトはどうかは分からないが、俺は答えなんて出なくても良いと思っていたりする。

 

 

2人と再会出来た。それだけで充分なのだから。

 

 

「さて、俺はユウキにこれからについて話してくるよ」

 

「あ〜……あっちに若干暴走してる感じのするリズベットがいるけど大丈夫か?」

 

「……知ってるか?人には必ず戦わなければいけない時が来るんだぜ?」

 

「かっこいい事を言ってる様に見えるけど、足震えてるから」

 

 

サムズアップをして震える足を動かしながら、下手をすれば俺と〝統一デュエル・トーナメント〟で戦った時以上の気合いを宿してキリトは木綿季たちのいる隣の部屋に入って行った。

 

 

それと入れ違いで藍子がやって来る。シノンは隣の部屋にいるので自然と2人っきりになる。

 

 

「不知火さん、私たちはどうなるんですかね?」

 

「とりあえずしばらくは引きこもって貰うことになる。悪いな、こっちに帰って来られて色々とやりたいことがあるだろうに」

 

「構いませんよ。私はこの世界に戻れて、不知火さんと詩乃さんとまた会えただけで満足してるんですから」

 

 

そう言いながら藍子は俺の隣に腰を下ろし、身体を横に倒して俺の膝に頭を乗せた。

 

 

「暖かい……また不知火さんに触れられる事が出来るだなんて、夢みたいです」

 

「夢、夢ねぇ……確かに夢かもな。俺もお前とまた会えたなんて正直に言って信じられん。夢って言われた方がまだ納得が出来る」

 

「あ、酷い。その言い方だと私と会いたくなかった風に聞こえますよ?」

 

「馬鹿か?会えて嬉しいに決まってる」

 

「……そういう恥ずかしい事を真顔で言うの、卑怯だと思います」

 

「恥ずかしい事?どこが?嬉しい事を嬉しいと言って何が悪いんだ?」

 

「天然属性持ちですか!?」

 

 

このまま問答を続けていたら暴れ出しそうだったので膝に乗っている藍子の頭を撫でる事で落ち着かせる事にする。初めの方は恥ずかしそうにいていた藍子だが、数秒もすれば安心したのか身体を弛緩させて寛いでいた。

 

 

「はふぅ〜……ペットみたいな扱いですけど悪くないですねぇ……ハッ!?私が不知火さんのペットになれば……!!」

 

「下らない事を口走る前にアイアンクロー」

 

「グワァ……ッ!!」

 

 

撫でていた手でそのまま藍子の頭を掴んでやれば、女性があげてはいけない声を出しながら苦しむ。いつもならばそれを失神するまでするのだが、彼女たちの状態が状態なので数秒だけに留めてやる。

 

 

巫山戯ている様にしか見えないのだが、俺も彼女とまたこうして馬鹿をやれている事が嬉しいのだ。

 

 

だからこそ、1つだけ聞かなければならない事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、藍子ーーーお前、幸せか?」

 

「ーーーはい。間違いなく、私は今が幸せです」

 

 

そう言いながら笑う彼女は、今までに見た事が無いほどに美しい笑顔で笑っていた。

 

 

 

 

 





再会を喜ぼう。


例えその再会が原因で、


数え切れないほどの困難が待ち受ける事になろうとも。


その再会を喜べるのならば、


それは間違いなく幸福な事なのだから。




目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。