東方渡来人 (ひまめ)
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一歩 人生何時何が起こるか分かりません

誤字、脱字があればお願いします。


 昔、まだ神が人間と共には存在しなかった頃。ある一柱の神がいた。

 その神は常に周囲に不幸を背負わせ、力無き者達は近寄る事さえ出来はしなかった。

 

 何故、何故私はこんなにも飢えているのだろうか。

 

 何も知らない神はただそればかりを考えていた。

そんなある日の事、その神に転機が訪れた。

 自らが与える理不尽を跳ね飛ばす人間(・・)がそこにはいた。人間の男はただ楽しそうに笑い、手を差し伸ばす。神は、ただ何となく、暇つぶし程度にはなるだろうと。男の手を握った。

 

 今まで感じた事のない、自らが満たされていく感覚を覚え、神はその身を震わせた。

 これこそが自分が求めていたもの。この関係を自分は望んでいた。

 その事に気付いた神は男と共にありたいと望んだ。しかし、相手は人間。当然の如く、死は男を捕える。老衰していく男を看取った神は、やがてその姿を消した。

 

 何故、人間はあんなにも短い一生の中で、あれほど輝けるのだろうか。何故、人間はあんなにも他者を愛せるのか。

 それを理解出来なかった神は、その答えを求めるために、自らの力を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~…あの上司死なねえかなあ」

 

男は一人牢屋の中でぼやいていた。

 

「おいおい、上司に聞こえたら即処刑だぞ?」

 

 その言葉に看守は苦笑しながら告げる。だが男はまるで気にしない様にぼやいていた。

 

「良いんだよ、おっさん。此処に入れられちまったからもう上司じゃねえし…。大体お偉いさん方は俺を処刑する勇気なんざないだろうよ」

 

 男は元は軍に所属していた。腕が立ち類稀なる素質を持っていたが、無能な上司の玉砕覚悟の指示に従わず国家反逆罪として牢獄に入れらたのだ。

 

「しかし、おっさんも良く付き合ってくれるな?俺が入れられてからずっとじゃねえか?」

 

 男の疑問に看守は溜息を吐く。

 

「本当になぁ、俺は才能がねえから一生此処だよ。娘も随分大きくなってな?誕生日プレゼントも―――――」

 

 途中から娘の話をし始めた男の言葉を右から左へ聞き流しながら男は頭上から差し込む日の光を見る。

 

「なあ、おっさん」

 

 その言葉に看守は漸く娘の話を止め男の方へ顔を向ける。

 

「ん?どうした」

 

「また何処かで戦闘が起きたのか?」

 

 その言葉に看守が真剣な表情をする。

 

「それは言えんな。と、言ってもお前のことだ。能力で知ったんだろう?」

 

 その言葉に男は肩を竦める。

 

「さあ、どうだと思う?もしかしたら勘かも知れねえぞ?」

 

 不敵に笑う男に看守は心底呆れる。

 

「本当、もう少し真面目に働いてくれていたらと俺は思うぞ。―――――今から三時間程前だ。妖怪(・・)がまた攻めて来た」

 

 その言葉に男は納得したように頷く。

 

「成程ねェ…。しかし見上げた根性だ。あれだけ蹂躙されてまだ戦意があるとは、家の上司(ばか)と交換した方がいいんじゃねえの?」

 

「そしたら俺達が食われるぞ?」

 

 その言葉に男は違いないと答え朗らかに笑う。

 

「呑気で良いなお前は……」

 

「ならおっさんもこっちに来いよ。やることなんざ殆ど無いぜ?」

 

 その言葉に看守は断る、と即答する。

 

「――――っと、これは…!」

 

 看守は前方から見えた人影に驚嘆し、すぐさま敬礼する。その行動に男は頭でも狂ったのかと首を傾げる。

 

「こんな所まで一体どのような御用で?――――――…奴を、ですか?いえ、分かりました」

 

 男のいる場所からでは相手の声は聞えないが看守の言葉使いから上司か、とうんざりした様子を見せる。

 

「すみません」

 

 ふと、直ぐ近くから聞えた少女の声に男は顔を上げた。

 

「……あ?」

 

 男の目の前、鉄格子を挟んだ向こう側には、随分個性的な衣装の少女がいた。服の形にそこまでの異常性は感じない。多少の疑問は持つがナース服と捉えられるだろう。ただデザインに問題があった。

 赤と青の二色にクッキリと分断された一目見たら暫くは忘れないであろう服装、そしてそれを着ているのはまだ幼くはあるが顔立ちの整った銀髪の美少女。その組み合わせによって見れば絶対に忘れないだろう物となっていた。

 

「……おっさん、俺そう言う趣味ねえんだけど。おっさんの趣味を俺に押し付けるのは止めてくれないか?」

 

「俺だってそんな趣味はねえよ!!―――――ごほん、此方の方は八意永琳(やごころえいりん)様。確かにお前より幼いが、今やこの国にとって欠かす事の出来ない重要なお方だ」

 

「こんにちは、渡良瀬(わたらせ) 全(うつ)少佐」

 

 その言葉に男、全は溜息を吐く。

 

「あ~、少佐なんてのは付けなくて良い。俺は牢獄に入れられちまった犯罪者だ」

 

「貴方はまだ…いえ、正確には今から再び少佐となります」

 

 その言葉に全は何を言っているんだと怪訝そうな表情をする。

 

「貴方には只今を持って軍に戻って来てもらいます」

 

「―――――――は?」

 

 その言葉に全は間の抜けた表情をしていた。

 

 ◆

 

「……ありがとな」

 

牢から出された全は手枷を外されながら傍にいる永琳に礼を述べた。その言葉に永琳が口を開こうとした瞬間、彼は問い尋ねた。

 

「だが、どうにも解せねえ。お嬢さんが俺を助けた理由は何だ?哀れだからとか、何となくってのはお嬢さんみたいなタイプには有り得ねえ」

 

 全の瞳に映る彼女は自己の利益を優先する人種に見えていた。肉親や友人ならばともかく、こう言った人種は、自分と全く関係ない他者と利益を天秤に乗せたらほぼ間違いなく利益を取るであろう。

 その言葉に永琳は思案しやがて口を開いた。

 

「そうですね、単刀直入に言わせてもらえば貴方の協力が必要なのです」

 

 その言葉に全は腑に落ちない表情をする。自分が協力できることなど精々が力仕事や血に濡れる様なことだけだ。また、何処かの実験施設で力を振るえとでも言うのかもしれない。

 

「…何のだ?」

 

 その言葉に永琳はにこりと笑う。

 

「サンプルです」

 

 その言葉に全はまた力仕事かと頷こうとし―――

 

「貴方の細胞が欲しいのです」

 

 固まった。

 

「………え?」

 

「ですから、貴方の細胞が欲しいのです」

 

 再度言われたその言葉に全は眉間の皺を揉む。

 どうしたものだろうか、もしかしたら自分の耳はおかしいのだろうか、と全は看守に顔を向けるが看守は現実を受け入れろとでも言うかのように首を横に振る。

 

「ちなみに……何で俺の細胞なんぞサンプルに?ていうか何の?」

 

「それは此処を出てから話しましょう」

 

 永琳の言葉に全は危険な気配を感じつつ用意されていた軍服に袖を通していく。

 

「おっさんともお別れかぁ……」

 

「良かったな少佐。やっぱ囚人服なんぞよりそっちの方が似合っているぞ?」

 

「嬉しくない褒め言葉をありがとうよ」

 

 看守の言葉にそう答えると全はブーツの紐を締める。

久しぶりに纏ったからだろうか、軍服の着心地がどうにも気になってしまう。

 

「はあ……また上司(ばか)の顔を拝みに行くのか」

 

「ああ、その必要はありません」

 

 つい先程までは部屋の外に待機していた筈の永琳が背後現れそう答える。

 

「復帰したんだろ?というか着替え中だったらどうすんだ」

 

「大丈夫です。そろそろ終わると予想していたので。復帰の方は厳密に言えば少し違うのです」

 

「どう違うんだよ」

 

「貴方には特別任務として、細胞の研究をしている間は私の護衛として出てもらいます」

 

 思わず護衛が必要なのか、と言いそうになるがこの少女が国の重鎮であったことを思い出し口を塞ぐ。

 

「大変だな、お偉いさんは……」

 

「ええ、大変なんですよ」

 

 皮肉のつもりで言った言葉にそのまま返され全は頭を軽く掻く。

 

「では、準備が出来たのでしたら着いて来て下さい」

 

「…ああ、じゃあなおっさん」

 

「あばよ、またこっちに戻って来んなよ」

 

 互いにそんなことを言い合い、永琳に促されるまま全は看守室から外へと出て行った。

 

 ◆

 

現在、二人は如何にも高級だとアピールしている車に乗っていた。

 

「……お嬢さん」

 

「何でしょう?あと、出来ればお嬢さんというのは…」

 

「じゃあ嬢ちゃんで。それで嬢ちゃんの家ってのは親もそれなりの地位なのか…?」

 

 全の言葉に永琳はしばし考え込む。

 

「どうでしょう。少なくとも末端ではありませんね。それなりに上の地位ではあると思います」

 

「ふーん」

 

 その言葉に無感動に答えながら全は過ぎ去ってゆく街並みを眺める。

 

「随分変わったなあ…」

 

 そう呟く全の横で永琳は数枚の書類の様な物を取り出す。

 

「情報に不備がないか一応確認したいのですが…」

 

「ああ、それ俺の個人情報か」

 

「ええ、では最初に――――――」

 

「あ、ちょいと待ってくれ、俺自分の生年月日とか歳なんざ覚えてねえから」

 

「…分かりました。では血液型―――は後では調べれば良いとして」

 

「名前は渡良瀬全。最年少にして少佐にまで上り詰めたものの現場での上官の指揮に反抗。国家反逆罪として幽閉される」

 

「ああ、そうだな」

 

「以後二百年近く貴方は牢獄の中で幽閉されたままであった。家族は」

 

「いないな」

 

「ええ。それで私が調べたい事は貴方の身体についてです」

 

 その言葉に全は再び怪訝そうな表情をする。

 

「俺の身体に何か異常でも?」

 

「ええ、この国は此処数十年で外からの穢れの遮断、及び国内の穢れの除去を行ってきました。しかし、穢れは完全には防げず、やはり多少の老いは出てしまう」

 

 穢れ、それは人間にとって毒であり、それが原因で人間に寿命というものがあったらしい。それを除去するということは、老いを無くすという事。だが―――――

 

「しかし、貴方はどれ程の月日を重ねようとも穢れに一切影響されてこなかった。これは異常というほかないでしょう」

 

「……」

 

 どうやって調べたのか。

 全は忌々し気に舌打ちをしそうになるがそれを抑え永琳を見る。

 

「両親ともに人間であることは確認されています。妖怪であれば穢れを発している筈…。貴方の能力が関係しているのですか?」

 

「さて、どうだろうな」

 

「答える気はない、と。『渡る程度の能力』…書類には空間移動と書かれていますが?」

 

「ああ、そうだな。嘘じゃないさ」

 

「ただし、真実ではない」

 

「そうだな」

 

 永琳の言葉に全は即答する。話したくない素振りを見せていながら、突然自分の能力がそれだけで無いことを認めた全に永琳は困惑していた。

 

「そうだな……まあ、簡単なことだ。要は人間だから駄目なんだろう?」

 

「ですが、貴方の身体は確かに――――」

 

「影響されない存在(・・)になればいい。俺は普通の人間とは違う、穢れに影響されない人種になったんだよ」

 

「そんなこと――――」

 

「俺自身がその証明だろ?科学やら理論だけじゃ世の中は計れても世界は計れないぜ?」

 

 悔しそうに顔を歪める永琳を見て勝ち誇った表情を浮かべる大人気無い男の姿がそこにはあった。

 

 ◆

 

「いい加減、不貞腐れるのは止めたらどうだ?」

 

 未だ悔しそうな永琳を見て全は苦笑する。まだまだ精神面では子供なのだろう。それを感じ全は安堵の息を吐く。

 

「…子供だと思って呆れましたね?」

 

 その表情を見て永琳は更に機嫌を悪くする。

 

「誤解だ、誤解。別にんなことで呆れやしねえよ」

 

 そう言いながら永琳の頬を引っ張る。恐らくまだ子供扱いされていると思っているのだろう(実際子供だと思ってはいるが)。

 

「そんなことより家に着いたが?」

 

 全の言葉に永琳はほんの少し足取りを軽くする。やはり自分の家だからなのだろうか。どれほどの人物であろうと安らげる場所と言うのは必要だ。

 

「そういえば給金は出るのか?というか出せ」

 

「凄い尊大な態度ですね」

 

「死活問題だからな」

 

 それは態度とは関係ないのでは…?そう思いつつも永琳は気にすることを止める。あまり無駄なことに時間はかけたくない。

 

「―――――嬢ちゃん」

 

「何ですか――――」

 

 次は何だと呆れたように顔を向ける。だがそこにある全の真剣な表情に永琳は緊張する。もしかしたら何か異常を感じたのかもしれない。そう考え口を開こうとした瞬間―――

 

「腹が減った」

 

 時が止まった。

 そして彼の言葉に同意するように鳴る腹の音。

 今迄にない程の真剣な表情から出た言葉に永琳から全に対する敬意が完全に消えた瞬間であった。

 

 



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二歩 昔のことは綺麗さっぱり忘れます

「永琳さん、ねえ、永琳さん」

 

 屋敷の中、全は目の前にいる永琳に恐る恐る話しかける。既に弱腰であり、危機感からか、頬を僅かに引き攣らせていた。

 

「どうしたの?」

 

 敬語、というより敬意そのものが消えた永琳は面倒臭そうに全を見る。

 

「いや…これからするのって俺の身体を調べる、ことなんだよな?」

 

「ええ、そうよ?」

 

 何を当たり前のことを、という表情をしながら永琳は答える。

 

「じゃ、じゃあよ、何でそんなドリルみたいな物持ってんの…?」

 

 永琳が手に握っている物。どこからどう見てもドリルとしか思えないそれに全は冷や汗を流す。幼女がドリルやメスを用意する光景と言うのは恐怖を覚えるだろう。

 

「……これが必要なのよ」

 

全の指摘にやや間を置いてそう答える

 

「待て!お前の研究所は工事現場か何処かか!?おい、近付けんじゃねえよ!電源入れてんじゃねえ!!」

 

「まあ、時々身体を穿(ほじく)ることもあるし・・・中々面白い例え方ね」

 

「おい、まさか俺の身体を穿る気か!?お前絶対おかしいぞ!行動然り服のセンス然り!」

 

「服はこの国じゃどちらかと言うと流行の方なのだけれど・・・」

 

「二百年の間に何が起きた!?」

 

 衝撃の事実に全は目眩を覚える。

 この国は何処かで道を踏み外した気がする。そんな考えを抱きながら全は永琳に目を向ける。先ずは自分の身の安全を確保しなければならない。

 そう考えていると何を思ったのか永琳が全へと問い尋ねる。

 

「良かったら貴方の服も頼みましょうか?」

 

「いらねえよ!?何で好き好んでそんな二元論みてぇな服着なきゃなんねえんだよ!」

 

 永琳の言葉を全は即座に却下する。彼からしてみればとても受け入れられるものではない。現在進行形で彼の中の常識が目の前にいる少女によって破壊され始めていた。

 

「そう。それじゃあさっさと準備して研究所に向かうわよ」

 

「あ、ちょっと待ってくれ。その前に上官殿に挨拶をしたいんだが…」

 

 その言葉に永琳は全の手の中で鈍く光る黒い物を見つめる。

 

「…銃を持って?というかその銃何時の間に手に入れたの?」

 

「いや、おっさんの机の上に置いてあった忘れ物だ。大丈夫、護身用で持っていくだけだ」

 

 だが、不意に彼の袖の中から見えた物に流石の永琳も顔を引き攣らせる。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!その袖から覗いてる爆弾は!?」

 

「喧嘩が起きた時の為に」

 

「ま、待ちなさい!戦場じゃないのよ!?喧嘩でそんなもの使わないでしょ!」

 

「行って来る!」

 

「行かせないわよ!!」

 

 無理矢理飛び出そうとする全の腕を掴む永琳。しかし体格差から考えてもそう長くは抑えきれない。まるで鬼の形相をしながら全は外へと出ようとする。永琳は一体どれほどの恨みがあるのだろうかと考えながら、その傍らどうやって全を押さえつけるか思考を巡らせていた。

 

「頼む!行かせてくれ!!あの上官(バカ)には常識を叩きつけてやらねえといけないんだ!!」

 

「貴方が常識を持ちなさい!それじゃあ、ただのテロ行為よ!?」

 

「例えテロリストと言われようと俺は俺の正義を貫く!!」

 

「何処にも正義なんてないでしょ!?私怨じゃない!!」

 

 咄嗟に警備員を呼び出し何とか抑えつける永琳。何とか脱け出そうとするが屈強な男達に完全に抑えつけられ全は身動き一つ取れなくなる。

 

「嬢ちゃん…何てことを…」

 

 滝の様に涙を流す全。余程恨んでいたのだろう。その姿に永琳は深い溜息を吐く。

 

「後で不正を掴んで貴方がいた場所に入れてあげるから」

 

 何とか宥め様とする永琳。大の男がまだ幼い少女に慰められるなど、傍から見れば失笑ものだろう。

 

「……出来れば研究も――――」

 

「それは無理」

 

 全の言葉に永琳は天使の如き微笑を持って無慈悲に告げた。

 

 ◆

 

「…本当に何もしないよな?」

 

「本当に変なことはしないわよ」

 

 既に何度もやった遣り取り。だが、永琳の先程の言葉を聞けども安心出来たものではない。

 

「そんなに構えなくても、やるのは精密機械での身体検査、それに幾つかの細胞を取るだけよ」

 

 未だ完全に安心こそ出来ないが内容を聞いてほんの少し安心する。何をやるか分からないまま受けるよりは幾分かマシだろう。

 

「なあ、俺の銃は?」

 

「貴方のじゃなくて看守さんの。ね。こっちで預かっているわ。……もしかしてそれでそわそわしているの?」

 

「これ着てる時は銃がねえと落ち着かねえんだよ」

 

「仕事の時の癖が染みついているのね」

 

 その言葉に困ったもんだ、と全は肩を竦める。

 

「これが終わったら返してあげるわよ」

 

「じゃあ、ナイフも。丈夫なのを頼むわ」

 

「はいはい」

 

 そう言うと永琳はドアの奥へ消える。モニターから様子を見ているのだろう。それを見送ると、全は部屋をぐるりと見渡し、中央にある随分物々しい診察台に溜息を零す。

 

「…こういうのは苦手なんだよなぁ」

 

 呟きながら全は診察台の上に横になった。

 

 ◆

 

「彼、どうかしら?」

 

 モニタールームに入った永琳はそこでモニターを見る研究者に問い尋ねる。

 

「やはり穢れには侵されていませんね。肉体は通常より遥かに強靭ではありますが、高位の妖怪程ではありません。精々中位の妖怪に勝るとも劣らないという程度です」

 

「人間としては十分異常ね」

 

「霊力も人間としての限界を超えています。何故身体が壊れないのか不思議な程ですよ」

 

 恐らくは高次元に至ったが故に得た力なのだろう。身に余る力は破滅しか呼びはしない。そう考察し永琳は研究者に促す。

 

「他には何か?」

 

「そうですね…。これといった事は何も」

 

「そう」

 

 永琳は近くにあったマイクのスイッチを入れた。

 

 ◆

 

『全、もう大丈夫よ』

 

 そう言うと診察台で横になっていた全は起き上り大きく伸びをする。

 

「じっとしてるのは辛いな」

 

 呟いているといドアが開く。

 

「結果はどうだったんだ、嬢ちゃん」

 

「そんな直ぐには出ないわよ」

 

 そう言うと永琳は懐から一丁の銃とその弾薬、そしてナイフを渡した。

 

「はい、貴方の銃とナイフよ。なるべく良い物を取り揃えたわ」

 

「流石嬢ちゃん」

 

 永琳から差し出された物を受け取ると立ち上がる。

 

「―――――さっそくお礼参りに」

 

「いい加減諦めなさい!」

 

 ◆

 

 山の中を歩いて行く全と永琳。二人とも念の為ある程度の武装はしていた。

 

「…嬢ちゃんや」

 

 前を歩く永琳に全は声を掛ける。

 

「何かしら?」

 

「いやさ、材料がなくなって取りに行くっていうのは分かるんだが―――――何で徒歩のまま外に出るんだ?」

 

 その言葉に永琳は不敵な笑みを浮かべる。

 

「あら?貴方は女一人の護衛すら全うできないのかしら?」

 

「そう言う訳じゃねえが…」

 

 全は溜息を吐く。また碌でもないことを考えているんだろう。面倒くさい、そう考えながもら常に周囲を警戒してしまうのは軍人故だろう。

 

「貴方のリハビリも兼ねてよ。妖怪の一体位追い払ってみなさい」

 

「二百年も引き籠ってた人間には難しいんだがな」

 

 そう言いつつも全の表情からは余裕が窺える。

 永琳が事前に看守から聞いていた情報では、能力を使ってでの移動をせずに外の情報を得ていたと聞いている。

 

「……嬢ちゃん、退いてな」

 

 そんなことを考えていると背後から全が声を掛ける。永琳もその声に思考を中断し後ろに下がる。そしてそれと反対に真剣な表情で永琳の前に出る全。

 

「遭遇するの早くねえか?まだ山に入ったばっかだぞ」

 

 現れたのは熊―――に似た妖怪。姿は熊ではあるが腕が四本あり体毛は血の様に赤い。

 

「随分自己主張の激しい奴だな」

 

 その姿に全は若干呆れる。

 こんな姿、森の中では目立って獲物を捕らえることは難しいだろう。感じる妖力から考えても恐らくは下の上と言った所。

 

「何というか、不憫な奴だな」

 

 獲物を捕らえられず鳴いている姿を想像して思わず目頭が熱くなる。

 

「まあ、情けなんて掛けないけど」

 

 それとこれは話が別だ。全は霊力で出来た小さな玉を放つ。それはほんのビー玉程の大きさ。それを見た熊は大したことは無いと判断したのだろう。咆哮を上げ突進してくる。全は少し焦ったように永琳を担ぐと背後に下がった。

 

「やべ、久しぶりだから失敗した」

 

「――――え゛」

 

 全の呟きに担がれている永琳の頬が引き攣る。

 

「口を閉じてな!」

 

 その言葉と同時に小玉は熊にぶつかり―――――轟音を響かせ、周囲一帯を吹き飛ばした。

 

「――――――――……っ!これは…!?」

 

 衝撃で吹き飛ばされた永琳は苦悶の声を上げ、目を開ける。彼女の目に映ったのは抉れた大地や吹き飛ばされた木々の姿。先程の森の姿など影も形もない。

 

「…無事か、嬢ちゃん」

 

 背後から聞えた声に永琳は振り返る。

 

「全――――!」

 

 そこには所々泥で汚れ、木に背中を叩き付けられていながらも笑っている全の姿。そこで彼女は漸く気付いた。自分が全に抱き抱えられていたことに。

 

「だ、大丈夫なの!?」

 

「ああ、大したはことないけどな。本当失敗した」

 

「あ、あれって一体…?」

 

 永琳が指差す方向。その凄惨な光景に全は頭を軽く掻く。

 

「いや、単純に霊力を凝縮しすぎたんだよ」

 

「ど、どれだけ込めたのよ!?」

 

「………」

 

 永琳の言葉に全は無言のまま目を逸らす。その姿に永琳は呆れてものも言えなくなる。

 

「…やりすぎよ」

 

「いやあ、すまんかった。久しぶりだったからつい。マジですみません」

 

 まったく反省の色の無い全を睨み付ける永琳。それに耐えきれず全は頭を下げた。

 

「此処だったから良かったけど。もし材料の薬草が近くにあったら大問題なのよ?」

 

「いや、ホントすみませんでした。次からは気を付けます」

 

 そう言いつつ立ち上がる二人。先程の轟音は辺り一帯に響いていただろう。もしかしたら他の妖怪が様子を見にくるかもしれない。そう考えた二人はすぐさまその場を離れる。

 

「なあ嬢ちゃん。何でわざわざ外に探しに求めるんだ?」

 

 それは出て来た時から考えていた疑問。外ではなく国の中で育てればこんな妖怪が蔓延る場所へ来る必要もない。

 

「ああ、そのことね。あの国は穢れを外部から遮断しているでしょう。穢れが無ければ私達から寿命はなくなる。けれど、それは何も人間だけではない。植物や動物だって穢れが無くなれば寿命は消える。そうなったら――――」

 

「成程、交配なんかも出来なくなるのか・・・」

 

 寿命が無くなれば子孫を残す必要もない。次第にその器官は役割を失い。そこからは只減るだけ。だがそこで新たな疑問が生まれる。

 

「あれ、じゃあ嬢ちゃんは一生子供のままか」

 

「それはないわ。私は他の人と違って外によく出るから穢れも浴びるし…。正直に言ってしまえばあの国も完全には穢れを防げていないのよ。表向きには穢れは完全に遮断していると言っているけれどね」

 

「ふ~ん、お偉いさん方は大変だな」

 

 そこの何の利益があるのかは彼にはよく分らない。というか考える気が起きない。面倒臭い物は嫌いなのだ。兵士であった彼は如何にして死なないように線上を駆け回るかを考えていれば良かった。少佐になっても、現場指揮を行いながら自らも戦闘に参加していた。国の為ではなく、彼は仲間と自分の命の為だけにしか頭を使う気がなかったのだ。

 

「全、見つけたわよ」

 

 その言葉と共に見えて来たのは一面の花畑。その光景に全は目を見開く。

 

「まさか、山の中にこんな綺麗な花畑があるとは…」

 

 花々を踏まない様に進んで行く永琳を追い全も慎重に進んで行く。

 

「綺麗でしょう?穢れの世界だからこそ見れる景色よ」

 

「……そうかもな」

 

 自慢げに言う永琳に全は同意する。少なくともあの国では此処まで生き生きとした花々はお目にかかれない。

 他の花を傷付けないように丁寧に材料を採取する永琳を横目に、全は辺りを見回す。

 

「妖怪たちも流石に此処は荒らせなかったか」

 

「国民に言っても信じないかもしれないでしょうね」

 

「だろうな」

 

 永琳の言葉に全は肩を竦め笑う。あの国では妖怪は恐怖の対象でしかない。こんなことを話しても誰も信じはしないだろう。

 

「疲れた」

 

 だらしない恰好で横になる全。

 こういった物も中々良い。そう感じながら薬草を詰み取っている永琳を彼は眺めていた。

 

 

 



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三歩 護衛の日々

 三歩 護衛の日々

 

「ふん!」

 

 気合いの入った言葉と共に放たれる回し蹴り。その蹴りは前方に立っていた男の米神を打ち抜く。

 打ち抜かれた男は床に倒れ伏し、動かなくなった。

 

「それ、誰の犬か聞き出しといて」

 

 床に倒れた男を指さし、全はやって来た警備員にそう言いつける。警備員はコクリと頷き男を運んで行った。

 それを横目に、全は背後で壁に背を預ける少女、八意永琳に声を掛ける。

 

「ほら、譲ちゃん。そんな所で眠らないでくれ」

 

 少女の肩を揺らしながら全は言うが、既に永琳は夢の中へと旅立ってしまったのか起きる気配はない。その事に溜息を吐きながら、全は永琳を抱きかかえる。

 

「困った譲ちゃんだよ、ホント。そんな疲れるまで働くこともないだろうに…」

 

 呆れたように言いながら、全は駐車場に停めてある車へと向かう。

 車の前まで来ると、全はその場でしゃがみ込み、車の真下や座席を調べる。不審物が無い事を確認し、永琳を助手席へと乗せると、全は車のエンジンを掛けた。

 

「ったく、こんな子供を狙うことはないだろうが」

 

 愚痴を吐きながら車を走らせる全。

時折、永琳を狙って来る者達がいるのだ。当然それを退治することも全の務めであり、失敗は許されない。

幾ら頭が働こうと子供相手にここまでする必要は無いのではないか。それが全の考えであった。決して、自分の仕事が増えるなどとは考えていない。

 

「………」

 

 もうすぐ日付が変わるというのに、街灯の下を歩く人々の姿は減っている様子が無い。煌びやかに飾られた街並みと雑踏。全はそれらから永琳へと目を移し、溜息を零した。

 

「こんな子供が重鎮とは…」

 

 やがて永琳の屋敷へと着いた全は助手席から永琳を抱きかかえ、屋敷の中へと入っていく。

 広い屋敷の一室にある永琳の部屋。そのベッドに永琳を寝かせると、全は部屋の外へと出る。永琳の部屋のドアの傍に立ち、周囲を警戒する全。護衛である以上は対象から離れてはいけない。常日頃、こうして永琳の周囲を警戒しているのだ。

 時が経つにつれ、徐々に重くなる瞼。やがて、全の意識は闇の中に落ちていった。

 

 ◆

 

「………っ」

 

 どれ程の時間が経っただろうか。全は眠たげな眼で廊下を見渡す。

 どうやら何時の間にか眠ってしまっていたらしい。段々と意識がハッキリし、そのことを思い出すと全は跳ね起きた。

 自分に毛布が掛っていたことから既に永琳は起きている可能性が高い。全は眠気を吹き飛ばし、音のするリビングへと入る。

 

「悪い!眠っちまった!」

 

「あ、全。あんな所で眠ってたら風邪引くわよ?それに身体も痛くなるし、これからは自分の部屋で寝るのよ?」

 

 全の視線の先、そこにはエプロンを掛けて朝食を作る永琳の姿があった。永琳の言葉に全は呆れる。

 

「護衛がんなことして良いわけが無いだろう」

 

「大丈夫って何時も言っているでしょう?この屋敷には侵入者用の防衛プログラムがこれでもかと組まれているんだから」

 

「何でも機械に頼ってたら痛い目見るぞ?」

 

「大丈夫よ。その時は貴方が護ってくれるでしょう?」

 

 永琳の言葉に全は言葉を失う。どうしてこう自信満々に言えるのだろうか。眉間の皺を揉みながらソファに座る全。

 

「今日は仕事は……?」

 

「あるわ。研究所で実験があるの」

 

「さいですか」

 

 永琳の言葉に装備の点検を始める。

 

「出来れば食事時にはやらないで欲しいのだけれど」

 

「すまん」

 

 朝食を持ってきた永琳の言葉に全は慣れた手つきで銃やナイフを片づける。

 

「……そういや」

 

「?」

 

 食事をしながら、ふと全は永琳に気になっていた事を尋ねる。

 

「譲ちゃんは友達はいないのか?」

 

「そうね、親しい間柄はいないかしら。精々、貴方位じゃないかしら」

 

「そっか。友人くらいは欲しいな」

 

「煩いわよ」

 

 全の足を蹴り、永琳は食事を続ける。全はただ痛みに耐えるようにその場で震えていた。

 

 ◆

 

「次はここをこうして…」

 

「分かりました」

 

 次々に研究員に指示を出していく永琳。その姿を眺めながら全は渡された最新式――と言っても鉛玉を射出する銃ではだが――の銃を弄繰り回す。

 

「そんな旧式じゃなくても、言えば最新式のを渡すわよ?」

 

「いや、良いよ。これくらい重い方が、俺には合ってる」

 

「……そう」

 

 言葉の意味を理解しきれない研究員たちは首を傾げ、永琳はそれだけ言うと研究に戻る。

 

「譲ちゃん、何か的になる物は無いかい?」

 

「そうね……丁度良いわ。耐久テストをして貰いたい物があるの」

 

 そう言うと永琳は研究員を呼び、実験場に巨大な檻を運ばせてくる。

 

「私の指示に従ってあれに攻撃してみて。攻撃方法は此方で指示するわ」

 

「了解」

 

 短く答え、全は実験場の中に入っていく。

 

『先ずは貴方が持っている銃を撃ち込んでみて』

 

「サ―」

 

 全は銃を構えると、最も壊れやすいであろうボルト部分に発砲する。放たれた銃弾は多少の誤差こそあれど、目標へとぶつかった。しかし、檻はビクともせず、ボルトも外れる気配は無い。続いて何発か撃ち込むが、やはり変わった様子は無い。

 

『次は素の状態で蹴ってみて』

 

 その言葉に従い、全は加速による勢いを利用し檻を全力で蹴る。鈍い音が響き渡り、衝撃で檻が僅かに動く。しかし、壊れた様子は無く、全はもう一度蹴る。再び鈍い金属音、今度は僅かに檻が凹んだ。

 

『良いわ。次は貴方が得意な霊力弾でやってみて』

 

 全は指の先に霊力を凝縮し、それを檻へと放った。次の瞬間、先程とは比べ物にならない程の衝撃と轟音が実験室を蹂躪する。実験場の中を煙が舞い、視界が遮られる。やがて、煙が晴れると、そこには完全に破壊された檻の姿があった。

 

『実験終了よ。全はこっちに戻ってきて』

 

「了解」

 

 永琳からの指示に短く答え、全は永琳たちのいる観測室へと戻る。

 

「耐久力は今までで最高の値だった。……やはり大妖怪を相手にするには無理があるわね」

 

「はい。中級も能力持ちであれば果たしてどうなるか…」

 

「分かったわ。貴方達は引き続き研究を続けて」

 

「了解しました」

 

 研究員との会話を終え、全へと近寄る永琳。

 

「妙に堅かったなあの檻」

 

「ええ、あれは研究中の物でも最高硬度を誇る物だもの」

 

「ふぅん…」

 

 粉々に砕けた檻を見る全。しかし、すぐに興味を失ったのか檻から視線を外す。

 

「他にやる事はあるのか?」

 

「…特に貴方に協力してもらうことはもうないかしらね」

 

「また退屈になるな」

 

「そう言わないで…」

 

 つまらないと雰囲気で告げる全に永琳は苦笑する。

 その場を後にして次の研究室へと向かう永琳とその後に続く全。しかし、突然その場から動かなくなる。その事に首を傾げ、永琳は自らの前方へ顔を向けた。

 

「ああ、ここにおりましたか八意様」

 

 そこには一人の中年の男性がいた。体系は良い方ではなく、腹には脂肪が溜まり軍服を着るのが少々辛そうに見える。その男は嘗ての全の上官であった男だ。

 

「っち、薄汚い豚が」

 

 目の前にいる上官に聞こえないように毒を吐く全。それを目で咎めながら永琳は頭を小さく下げる。

 

「これは、大佐。この度は何用で此処にいらっしゃったのでしょうか?」

 

 永琳の言葉に顎を摩りながら大佐は笑う。

 

「いえいえ、私の元部下が迷惑を掛けていないか確認に。何分、全少佐は少し手の掛る男なのでね」

 

「ただの点数稼ぎだろうが」

 

 小さく呟かれた言葉に永琳は全の足を踏み潰す。何とか声を抑え、全は痛みを堪えるように小さく震える。その様子に気づかない元上官は、変わらず声を上げていたが、永琳は適当に相槌を打ち愛想を振りまくだけだ。

 自分の言っていたことが伝わって機嫌が良いのか、元上官は豪快に笑いながらその場を後にする。

 元上官が去り、永琳は全をきつく睨みつける。

 

「もし聞かれたらどうする気?」

 

「気絶させて突然倒れたってことにしとけば良い」

 

 永琳の怒気を孕んだ声に事も無げに答える全。その表情からは申し訳ないという気持ちは全く見られない。

 永琳は疲れたように深く溜息を吐く。

 

「お願いだから、面倒事は起こさないでね?」

 

「分かってるつもりだ」

 

 本当に分かっているのか。そう思いながらも、信じるしかないと永琳は結論付ける。少なくとも、頭の働かない人間ではないのだ。自分の損得は理解しているだろう。

 

「何時か地獄を見せてやる…」

 

 背後で小さく呟かれた言葉に若干の不安を抱く永琳。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら、彼女は全を連れてその場を後にした。

 その後、全が不機嫌であったことは語るまでもないことだろう。

 

 

 



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四歩 常識なんて人それぞれ

 嬢ちゃん―――今はお嬢と読んでるが―――に牢から出され早数十年。時が経つのは早いものだ。

 

「…久しぶりおっさん」

 

「…………馬鹿野郎が」

 

 俺は再び牢に入れられてます。

 

 ◆

 

「で、八意様に今度は何したんだ?今回で十五回目だぞ?」

 

 昔と変わり、鉄格子ではなく全て白に統一された白い空間。その牢屋の外側から話しかける看守は雑誌片手に全に視線を移す。

 

「仕事しろよ。それがよ、今回ばかりは俺は悪くねえと思うんだ。屋敷の中に上官がいたから……」

 

「ああ、成程。殺そうとしたのか」

 

「いや、何処に苛立ちをぶつけるか迷ってお嬢の寝顔に落書きした」

 

 心底残念そうな表情をする全に看守は呆れる。

 

「お前、よく殺されなかったな。少なくとも職は失いそうそうなもんだが…」

 

「首になったら俺何処で生活すればいいと思う?」

 

「路上で寝てろ」

 

「おっさん、俺達の仲だろ?そんな冷たいこと言うなよ」

 

「囚人と看守の仲だな。八意様もお前を評価してるから首にしないんだぞ?最近はお前も有名になってきているんだ」

 

 その言葉に全は怪訝そうな表情をする。

 

「え、俺変な噂が立つようなことしてねえぞ?」

 

「最初にそれが出るのはどうかと思うぞ?八意様が特定の者を御傍に就けることなんてなかったからな。それも数十年も」

 

「前任は俺よりも馬鹿な事をしたのか」

 

「お前ほど馬鹿な事をする奴はいねえよ」

 

「ぶっ殺すぞ万年禿じじ―――――!?」

 

 突然全の顔面に衝撃が走る。その痛みに涙を浮かべながら全は看守を睨み付ける。

 

「な、なあおっさん。今何した?見えなかったんだけど、何か顔面が痛いし鼻血も止まらねえし」

 

「お前はもう少し護衛としてのな――――」

 

「おいおっさん。鼻血が!鼻血がとんでもない程出てるんですけど!?」

 

「だからな―――――」

 

「聞けよ!?テメェだろ!?これやったのテメェだろ馬鹿親!!」

 

「誰が馬鹿親だ!昔はなぁ、パパって呼んでくれたんだぞ!?」

 

「テメェの昔話なんざどうでもいいんだよ!!毎回毎回下らねえ話しやがって!!」

 

「俺の娘を下らねえつったなクソ餓鬼!その綺麗な面を深海魚みてえにしてやらあ!!」

 

 互いの胸倉を掴み叫ぶ大人たち。何と醜い光景だろうか。

 

 ◆

 

「全、いい加減反省してくれたかし………ら」

 

「何が不良だ!ただの反抗期だろうが!!」

 

「あんな優しい子がそんな訳ねえだろうが!!きっと脅されてんだよ!!」

 

「現実見やがれクソ爺!」

 

 永琳の視線の先。そこには何故か牢から出ている全と監視をしていた筈の看守。互いに胸倉を掴み鼻血を出しながら大喧嘩をしている。そして話している会話は娘がどうとか。

 

「……はあ」

 

 最早何も言えず永琳は近くに置いてあった椅子に腰を掛ける。

 二人とも頭に血が上っているのだろう。永琳が入って来たことになど全く気付いていない。

 

「……何やってるんだか」

 

 喧嘩している二人に溜息を吐く。彼女も以前の様な可愛らしさではなく女性としての魅力が出始めていた。

 幽閉されていた全を助けて既に数十年。自分はこれだけ変わっていても彼には全く変化が見受けられない。何時も楽しそうに生きている。

 

「これだけ変わらないのも珍しいわね」

 

 永琳がいることに気付いたのだろう殴り合っていた全が近寄って来る。

 

「仕事は良いのか?」

 

「ええ。もう終わったわ。それより顔が血だらけよ?」

 

 そう言われ全は顔の血を服の袖で拭おうとする。

 

「服が汚れるでしょう。これ、使いなさい」

 

 そう言って永琳は持っていたハンカチを渡す。

 

「悪いな」

 

 それを特に気にすることなく受け取る血を拭う全。永琳はその様子を苦笑しながら眺めている。

 

「これは八意様、御息災何より」

 

「ええ、そちらこそ」

 

 挨拶をする看守。その顔は先程までは全と同様に血で汚れていた筈なのにまるで何事も無かったかのようになっている。

 

「お嬢、おっさんを地球上の生物に当て嵌めて考えるなよ。おっさんは理不尽から生まれて来たような奴だ」

 

「変なことを言ってんじゃねえ」

 

 全の言葉に永琳は取り敢えず看守についての疑問は考えないでおこうと決めた。

 

「しかし、思ったより早かったな」

 

「簡単な雑務ばかりだったのよ」

 

「ふ~ん…まあ、御苦労さま。じゃあな、おっさん」

 

「おう、八意様に迷惑掛けるなよ」

 

「それには期待するな」

 

「ああ、迷惑掛ける気なのね」

 

「掛けないんで家に置かせて下さい。路上生活は嫌です」

 

「はいはい、別に捨てないわよ」

 

「永琳さん流石っす、素敵っす、普段は何処かおかしいけど」

 

「………そう言えば首輪を買わなくちゃ――――」

 

「すみませんでした!お嬢は完璧なお方です!!」

 

 そんなふざけた遣り取りをしながら二人は屋敷へと帰って行った。

 

 ◆

 

 永琳の背後。そこに寝転がり床を回っている全がいた。暫く回り続けていると全は突然永琳を見る。

 

「…お嬢、暇だ」

 

「そこにある本でも読んでいたら?」

 

「もう読んじまったよ」

 

 その言葉を意外に思いながら永琳は何か暇を潰せそうな物があったか思いだす。だが、数十年もいた屋敷の中では彼にとって特に目新しい物等思い当たらない。

 基本的に全は暇を嫌う。暇になると考え方や行動が子供っぽいのだ。それは二百歳をとうに超えた男がどうなのだろうと思われるだろうが永琳には何となく微笑ましく思える。

 

「なら何か探してきたら?」

 

 永琳が放った言葉に全は暫く天井を見る。どうしたのかと見てみると何か気になる物があったのかボーっとしやがて口を開いた。

 

「女は天井の染みを数えてると辛いことがすぐ終わるらしいぞ」

 

「―――――!?」

 

 全が何となく発した言葉に永琳は思わず噴き出しそうになり赤面する。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい。そんなの何処で聞いたのよ!?」

 

 世間知らずだった彼がそんなことを知っている筈がない。それに自分が知っている範囲では誰かに教え込まれていた記憶は無い。というか何か違う。

 

「いや、店に飲みに行ったら隣に座ってた爺さんが教えてくれた」

 

 その言葉に永琳は目眩を覚える。

 ああ、またか。以前も何処からか全はそう言ったことを覚えて来た。ただし普通に知っていることとは何処か間違っている。

 全は知っている物と知らないものが極端だ。彼は恥ずかしい話ではないと思っているのだろう。

 

「しかし、何で女だけなんだろうな。天井の染みに男じゃ感じれないものでも感じるのかね?」

 

 やはりそうだ。彼が今迄生きて来てどうしてこういった物に触れてこなかったのかは甚だ疑問に思う。そして、こんなことを他人と喋ること等無かった私にもどうやって言えば良いのか分からない。というか恥ずかしい。

 

「さ、さあ。迷信か何かじゃないかしら。もしくは心構えみたいな。と、とにかくあまりそう言う物は人に話しちゃいけないわよ?」

 

 どうしたものか。あれはどうにかして治さないといけないかもしれない。あれでは親に自分がどうやって生まれたのか聞いている子供の様なものだ。いや、流石にそれより知識は持っているが。

 

「あ~暇だ」

 

「…そうね」

 

「…………………」

 

 そんなことを考えていると不意に視線を感じる。見てみれば仏頂面をして私を見つめている全。

 

「な、何かしら…?」

 

「…………」

 

「?」

 

「…………何でもねえ」

 

 そう言って寝転がる全。だがほんの少し経つとまた此方をじっと見て来る。

 

「…貴方って子供っぽいわよね」

 

「失礼な、子供心を忘れないピュアな大人なだけだ」

 

「……ええ、ある意味ピュアね」

 

 全の言葉に意味深に頷く永琳。それに全は首を傾げる。

 

「それで?どうしたいの?」

 

「何か暇を潰せる物ないか?」

 

「…あ、そういえば」

 

「む、何かあるのか?」

 

「そうねえ、最近中々興味深い子が―――天照大御神様の妹なのだけれど」

 

「何だ天照か…」

 

 その名を聞くと全は再び床に転がる。

 

「一気に興味を失ったわね」

 

「いや、良いよ。そう言うお偉いさん方は苦手なんだ」

 

「私もそのお偉いさんなのだけれど」

 

「お嬢は別。…けど、それ以外特にないかァ」

 

「そうね。後は貴方が興味を示す物は無いわ」

 

「仕方ない。会いに行ってからかおうかなあ」

 

「言っておくけど、失礼の無いようにね」

 

「ごめん、迷惑掛けちゃうかも」

 

「そしたら三十年位あそこに打ち込もうかしら」

 

「勘弁してくれ。あんなむさい男と顔合わせるより、永琳みてえな美女と一緒にいる方が何百倍とマシだ」

 

「そ、そう。ありがとう」

 

 その言葉に僅かに頬を赤く染め照れた様子の永琳。それを見て全は笑った。

 

「何よ…」

 

「いや、まだまだ子供だなぁってよ」

 

「貴方には言われたくないわよ!」

 

 ◆

 

「外に出たのは失敗だったのだろうか」

 

 看守からの話等とうに忘れていた全は集まる視線を鬱陶しそうに呟く。

 

「そうかしら。というか、貴方軍服以外の服装って持ってるのね」

 

 今の全はブラックスーツに身を包み、黒いハットを被っている。

 

「まあ、これ一着しかないけどな。後は全部軍服だ」

 

「そう言えば貴方の服をちゃんと買ってあげたこと無かったわね」

 

「軍服で良いんだよ。どうせ何時も汚れるんだから。それにこれ被ってるのだって視線が他の奴らに見えないようにだし」

 

「お洒落で買おうとは思わないの?」

 

「ん~、あんまそう言うのに興味ねえからな」

 

 正確には永琳に任せると凄いことになりそうで怖いだけなのだが、それを口に出す程彼も愚かではない。

 

「そう……」

 

 その言葉に永琳は何かを思案していた。

 

 ◆

 

「どうしようお嬢。速攻で此処から逃げたくなって来た」

 

「……貴方それでも護衛?」

 

「仕事に私情は挟まないから大丈夫。今は違う」

 

「諦めなさい。貴方が行くと言ったから此処まで来たのよ?それに天照大御神様はご多忙だからきっと会わないわよ」

 

「よし、行くぞお嬢。敵は何処だ!」

 

「敵じゃないわよ」

 

 急に元気を取り戻す全を永琳はジト目で睨む。

 

「取り敢えず何時上官にあっても大丈夫なように…」

 

「いないから!此処にはいないから、ナイフを構えない!」

 

「お嬢!此処は戦場だぞ!?」

 

「貴方が此処を戦場にしようとしてるのよ!」

 

「お嬢、何一人で盛り上がってんだ?」

 

「え!?あれ!?おかしいのは私!?」

 

 先程までのノリが嘘であるかの様に突然冷静になった全に永琳は慌てふためく。

 

「………お嬢」

 

「ち、違うでしょ!今のは絶対私はおかしくないでしょう!?」

 

「お嬢、きっと誰だってそう言う時はあるさ」

 

「止めて!私をそれ以上可哀想な子みたいに見ないで!!」

 

「貴方達何やってるの?」

 

 騒がしい二人に掛けられる声。永琳と全がそちらに顔を向けると永琳より年下であろう少女がいた。

 

「月夜見!」

 

「知ってるのかお嬢!?」

 

「ええ、彼女の名前は月夜見。屋敷で話していた子はこの子のことよ」

 

「永琳、急にどうしたの?」

 

「(月夜見で)遊びに来たのよ。こっちにいる彼は渡良瀬全。前に話した私の護衛よ」

 

「お嬢がすみません」

 

「さらりと私の我儘みたいに言うの止めてくれないかしら」

 

「―――――え?」

 

「何よその顔」

 

「あははは、何かよく分らないけど面白い人だね」

 

 二人のやり取りに朗らかに笑う月夜見。

 

「お嬢、遠回しに馬鹿にされていますよ。あと服も」

 

「貴方が考え過ぎなのよ。というか、後半はどういう意味かしら?」

 

「きゃー!お嬢様が!お嬢様がーー!!」

 

「―――!?止めなさい!また変な注目されちゃ―――――」

 

「また、珍妙な研究をー!!」

 

「あ、何時も通りね」

 

「それはどういう意味かしら月夜見?」

 

 ◆

 

「「俺(私)は悪くねえ!俺(私)は悪くね――――」」

 

「犬小屋が二つほど必要だったわね」

 

「「誠に申し訳ありませんでした」」

 

 永琳の言葉に額を擦りつけて謝る二人。

 

「………」

 

「月夜見様が私にそう言えと…」

 

「ちょ!?私を裏切る気!!?」

 

 全の嘘八百の告発に隣で一緒に謝っていた月夜見が顔を上げる。

 

「大人とは卑怯な生き物なのです」

 

「貴方みたいな大人にはなりたくないわよ!!」

 

「そう、その心意気です!貴方なら何れあの永琳(まおう)も倒せ――――!?」

 

「誰が魔王かしら?」

 

 笑顔で全の頭を踏み潰す永琳。その表情に月夜見は完全に恐れ戦(おのの)いている。

 

「お嬢、はしたない真似は止めた方がいいかと――――下着が見えてしまいますよ?」

 

「―――――っ!?」

 

 その言葉に永琳はすぐさま全から離れる。

 

「ま、まさか見たの?」

 

「ふむ、し―――――んでしまいますから矢を番えるのは止めてください!見えてない!見えてないから!!」

 

「え、永琳、流石に部屋でそれは…」

 

 月夜見の言葉に永琳は弓を下ろした。

 

「そうね。嘘じゃないみたいだし――――」

 

「月夜見様!貴方は天使だ!」

 

「やっぱり殺しましょう」

 

「え、永琳!?」

 

 ◆

 

 既に外は暗く、空には数多くの星々が輝いていた

 

「いやあ、中々面白かったなあの月夜見って子」

 

「貴方達、随分仲良くなっていたわね」

 

 笑う全と反対に永琳は少し拗ねたように言う。

 

「友達を取られて嫉妬ですか?お嬢さん」

 

「そう言う訳じゃないけど・・・それで、用がないなら帰るけど」

 

「ああ、俺あそこに行きたいんだけど」

 

「またあそこに?三日に一度は行っているわよね?」

 

 苦笑する永琳に全は照れたように頬を掻く。

 

「いや、気に入っちゃって」

 

「仕方ないわね。徒歩で行くの?」

 

「いや、能力で飛ぶ。ほれ…」

 

 そう言って全は手を差し出す。その手に永琳は頬を僅かに赤く染めながら自分の手を重ねる。

 

「何と言うか…一々こうするのが恥ずかしいんだけど……」

 

「いやあ、練習不足ですんません。んじゃ飛ぶぞ」

 

「ええ」

 

 その言葉と同時に周囲の景色が一変する。先程まで様々な建物が並んでいた町並みから月の光に照らされた花畑になっていた。 

 そこは嘗て永琳と薬の材料を採りに来た花畑。

 

「前より随分増えたわね」

 

「……地道に頑張って来たからな」

 

「そうね」

 

 空に浮かぶ星を見ながら、やがて永琳が口を開く。

 

「永遠に咲き続ける。ねえ、貴方から見たらそれはどうかしら?」

 

 その言葉に全は肩を竦め、辺りに咲いている花々を見る。

 

「生憎、美しいとは思うけど、それになろうとは思わないな。俺は地べたに座ってそれを眺める方が好きだ」

 

「…そう、貴方らしいわね」

 

 その言葉に永琳は薄く微笑む。

 

「だろ?」

 

 その言葉に笑う全。二人は暫く笑いあっているとやがて元の街並みへと帰って行った。

 屋敷を出た時と同じく

 

「今の俺かっこよかったんじゃね?」

 

「貴方は相変わらず、締まらない男(ひと)ね」

 

 星の様に輝く女と花の様に笑う男はふざけ合いながら帰って行った。

 

 



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五歩 デフレスパイラル?いえ、ネガティブスパイラルです

『少佐!三時の方向から妖怪が多数向かって来ています!!』

 

「あいよ」

 

 通信機から聞えてきた声に軽く答え全は言われた方向を見る。

 

「あ~…面倒臭いからこれで良いや」

 

 全は霊力を凝縮したビー玉程度の小玉を伝えられた方向へと放つ。その数三十。そのどれもが中級程度の妖怪なら易く消し飛ばすだけの威力を秘めている。

 次の瞬間に聞えてくるのは轟音。次いで衝撃が伝わってくる。

 

『――――――全滅を確認。帰還してください』

 

「はいよ」

 

 それだけ答え彼は通信を切った。

 

 ◆

 

「これで何回目かしら?」

 

 正座をする全の目の前で腕を組んで見下ろして来る永琳。表情こそ笑ってはいるがその目は全く笑っていない。

 

「二桁…かな?」

 

 そこから放たれる威圧感に曖昧な笑みを浮かべ何とかこの状況を脱しようとする全。だが彼女から放たれる怒気はふくれあがるばかりだ。

 

「今回で三桁になったわね」

 

「……それはまあ……頑張ったな」

 

「頑張ったな、じゃないわよ!!」

 

 全の言葉に永琳が怒鳴る。

 

「突然警備隊と一緒に妖怪の相手をするなんて言い出して!あれほど駄目と言ったのに何で分からないのかしら!?」

 

 今迄にない程の大声に全の肩が恐怖で震える。

 

「大体、貴方は私の護衛でしょう!?護衛対象を放っといて良いとでも思ってるの!!?」

 

「い、いや…その、あれだ。護衛するのに少しでも強くなっておこうと」

 

 全も何とか弁解しようとするが如何せん永琳の怒りの形相で完全に腰が引けている。

 

「そう思うなら実戦以外でも筋力を高めたりもするでしょう!そもそも私に一言も無しに行くこと自体が信じられない!!」

 

「…………はい」

 

 まるで妻に叱られる父というかの様な構図が出来上がっていた。

 

「………はあ、もういいわ!一日外で反省でもしてなさい!!」

 

「え、嘘!?ちょ、待ってお嬢!!すみません!すみませんでしたから!路上生活は嫌だあああぁぁぁァァ!!!!」

 

 黒服の男達に両腕を掴まれ全は連れて行かれた。

 研究所の外に放り出された全。屋敷に帰ろうにも鍵など持っていない。それに永琳が屋敷に連絡し中へは入れさせないだろう。

 

「……どうしよう」

 

 路上生活より牢屋に入れられる方がまだ良かった。

そう思いながら全は頼りになりそうな知人を思い出す。

 

「おっさんは考えるもなく却下。オカマは迷惑になるだろうし…てか掘られたくないし……」

 

 だが一向に頼りなりそうな知人は出てこない。

 

「―――――――あ」

 

 そう言えば一人だけ頼りになる奴がいたではないか。

全は思い出すとすぐさまその者の家へと歩を進める。

 

「一応連絡入れた方がいいか」

 

 全は呟きながら小型端末を取り出すと目的の人物へ連絡を入れる。

 

「あ、もしもし?俺だよ俺、いや俺だって。そうそう、朝方パン派の俺だよ」

 

 街中を歩きながら俺俺と連呼する全。通行人も不審人物を見るかのような視線を見せるが全の姿を確認すると納得したように通り過ぎて行く。……実に嫌な認識である。

 

「そう、すんませんね。じゃあ、今そっち向かってるんで、じゃねー」

 

 ホッと胸を撫で下ろしながら端末をポケットへと仕舞う全。その表情からは安堵の色が窺える。

 

「――――――いやあ、よく不敬罪にならなかったなぁ」

 

 そう一言呟き、全は雑踏の中を進んで行った。

 

 ◆

 

「おっす、おっす。お世話になるね月夜見の嬢ちゃん」

 

 そう言いながら現れた人物に挨拶する全。この男、敬う気配が欠片も見えない。

 

「別に良いよ。永琳に追い出されたんだって?大変だねェ」

 

「今回はマジで怒っちゃったらしくて、牢屋にすら入れてもらえなかったよ」

 

「ちょっと待って、貴方達の中じゃ家から追い出されるのは牢屋に入れられることより酷いことなの?」

 

「それはもう。遠回しに死んでこいと言われたようなもんさ」

 

「貴方達の考え方凄いね」

 

 苦笑しながら中へと招く月夜見。全は一言おじゃましますと言うと中に入る。廊下を歩きながら全は周囲に目をやるがどこも綺麗に掃除させられ汚れなど見受けられない。

 

『月夜見様が男の方をお招きになったらしいわよ』

 

『え!?そ、それでお相手はどんな方なの?』

 

「…………」

 

「気にしないでね?単純に永琳以外は人なんて殆ど呼ばないからどうしてもね…」

 

 月夜見は溜息を吐きながら先へと進んで行く。やがて彼女は一つの扉の前で止まった。

 

「客間は後で色々手配しておくから、取り敢えず私の部屋で時間でも潰してて」

 

 そう言って部屋の扉を開け中に招くと月讀は使用人たちの下へと向かう。

 

「……女の子の割に気にしないんだな」

 

 小さかった時のお嬢は部屋に間違えて入っただけで怒ったのに…。

 そんなことを考えながら全は近くに置いてあった写真立てを覘く。そこには笑顔でいる永琳と月夜見の姿があった。

 

「……許してくれっかなぁ」

 

 永琳の怒りの形相を思い出し、果たして明日生きていられるのだろうかと不安になる全。

 珍しく自信なさげな声が部屋の中に静かに木霊した。

 

 ◆

 

「彼、結構凹んでるよ?」

 

 空が夕暮れに染まり始めた頃。月夜見は廊下で電話をしていた。

 

「珍しいよね。永琳が本気で怒るなんて」

 

『今迄全く反省してこなかった罰よ。いい薬にでもなったんじゃないかしら。いい気味だわ』

 

 端末から聞えて来る友人の言葉に月夜見は苦笑する。

 

「そう言いながらも様子を確かめる辺り、結構心配してるんだね」

 

『そんなわけないでしょう。只貴方に迷惑が掛かって無いか心配しただけよ』

 

 そう言っているもの、友人として今迄長く接してきた月讀には永琳が僅かに動揺していることが分かった。

 

「全然平気だよ?彼、面白いから皆気にいってるし。貰っても良い?」

 

『私の護衛だから駄目よ。諦めなさい』

 

 月讀の言葉に即答する永琳。それに僅かに驚き、月讀は悪戯っ子の笑みを浮かべる。

 

「へ~、随分気にいってるんだねェ?彼に恋でもしちゃったのかなあ?」

 

『まさか、寧ろ呆れしかないわよ』

 

 その言葉に月讀が乾いた笑いを上げる。

 

「あ、あははは。じゃあ、一日借りていい?家の使用人より家事が上手だから頼りになるんだよね」

 

『…え?彼、家事なんて出来たの?』

 

「……え、もしかして知らなかった?」

 

『ええ、まあ。そう、彼、家事なんて出来たんだ。それで、今は彼どうしてるの?』

 

「酔い潰れちゃった。永琳に捨てられたらこれからどうしようって縋り付いて来たよ」

 

『……はあ、捨てるなんて誰も言ってないのに』

 

「大丈夫!そしたら家で雇ってあげるって言っといたから!!」

 

『何処が大丈夫なのよ。渡さないわよ』

 

「ケチ~」

 

『はいはい、明日になったら。それまでは頼んでもいいかしら?』

 

「おっけー、任せといてー」

 

 二人はその後一言二言交わすとやがて通話を終える。

 

「『渡さない』かあ」

 

 永琳が言っていた言葉を思い出し月讀はニヤニヤと笑う。

 

「何だかんだ言って大事なんじゃん」

 

 そう呟きながら上機嫌で月讀は廊下を歩いて行った。

 

 ◆

 

「………」

 

 翌日、全は緊張しながら屋敷の戸を開ける。

 月夜見は大丈夫と言っていたが…。

 戸はカラカラと音を立てて開く。そこから僅かに顔を覗かせながら全は屋敷の中へと入る。

 

「た、ただいま~……」

 

「おかえりなさい」

 

「うおっ!?すんませんでした!!」

 

 目の前にいた永琳の姿に全は条件反射で土下座する。

 

「………もう怒ってないわよ」

 

 その言葉に全は恐る恐る顔を上げる。

 

「…本当でしょうか」

 

「本当よ」

 

「本当の本当に…?」

 

「ええ、本当の本当によ」

 

 その言葉に全は胸を撫で下ろす。

 

「ただし――――」

 

 その言葉と共に目の前に突き付けられた一枚の神。全はそれを手に取る。

 

「その紙に書いた料理を御馳走しなさい。それで許してあげる」

 

 そう言われ全はもう一度紙に目を通す。

 

「え、えっと・・・昨日は少し言い過ぎたわ。その―――――ごめんなさい」

 

 その言葉に全が視線を永琳に移すと彼女は頬を僅かに赤く染めながら視線を逸らしている。

 

「……全くだな、俺はお嬢を一番に考えてやっていると言うのにぃ!?」

 

「調子に乗るな」

 

「……すいませんでした」

 

 痛みで僅かに涙を浮かべ謝る全を見て永琳はくすりと笑う。

 

「貴方の料理、楽しみにしてるわよ」

 

「任せとけー!」

 

 そう言いながら歩いて行く永琳に全はそう大きな声で答えた。

 

 

 

 

後日談

 

『何で出来るって言わなかったのよ』

 

『いやあ、お嬢の料理が好きだったからさ……それに作るのだるくて(ボソッ』

 

『………』

 

『?』

 

『やっぱりこれからも作らなくて良いわ』

 

『?まあ、お嬢がそう言うなら良いけどさ。俺は楽が出来るし』

 

『……♪』

 



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六歩 妖怪

 

 拝啓、名前も顔も歳も覚えてない両親へ、というか生きている時に会ったことないよね?たぶん。少なくとも俺は会った覚えがないぞ?

 

「……こんにちは、鬼のお姉さん」

 

「こんにちは、渡り『妖怪』」

 

 只今俺、人生で最大のピンチかもしれません。

 

 ◆

 

 時は少し遡り、太陽が今迄にない程自己主張している昼間。全は永琳の傍で横になっていた。というか横にされていた。

 

「すいません。もうしないのでこの鎖を外して下さい」

 

「浮気者には罰が必要なのよ」

 

 そう言いながら書類の整理をする永琳。原因は実に下らないものであった。ただ、言い争いをしていた月夜見と永琳にどちらの味方か迫られ、月夜見の肩を持ったと言うだけだ。

 

「……お嬢、申し訳ありませんでした」

 

「………」

 

「いや、ほんと、自分でも馬鹿な事をしたと思っています。ですからこれをどうか―――」

 

「―――ねえ、全」

 

「はい?どうしんですかお嬢。あ、俺の誠意が伝わりましたか?」

 

「どうやったら効果的に気持ちが伝わると思う?」

 

「……?気持ち?そりゃあ、自分から相手に伝えるのが一番効率的じゃないの?」

 

 それでも首を傾げ悩む永琳に全も同じ様に首を傾げる。

 

「………何か違うわね。どうやったら相手が自分の気持ちを理解してくれるか、ね」

 

「やっぱ伝えるしかないんじゃないの?まあ、俺の場合は相手を見れば大体分かる―――痛い!え、何!?何で今叩いたの!!?」

 

「それが分からない相手が目の前にいるからよ」

 

「痛い!ごめんなさい!?はい、すんませんでした!だから打たないで下さい !」

 

「私なりの愛情の伝え方よ?」

 

「嘘だ!!絶対虐めて楽しんでるだけだろ!!」

 

「否定はしないわ」

 

「否定しろよ!!?」

 

 しれっと答える永琳に全は涙を浮かべる。するとふと、屋敷の戸から声が聞こえる。

 

『永琳いる~~?』

 

 どうやら月夜見が来たらしい。永琳はその声が聞こえると戸へと向かう。

 逃げるには今しかない。そう考えた全は能力で直ぐにでも此処から去ろうとする。

 

「何処だ、何処に行けばいい」

 

 この国ではまた捕まってしまうかもしれない。そう考え全は咄嗟に思い付いた場所へと飛んだ。

 

「おっしゃ!流石俺!!」

 

 鎖の拘束が無くなり自由になった全は無事地面に着地する。

 

「危なかった。月夜見の嬢ちゃんまで来たら何されるか分からん」

 

 そう呟きながら周囲を見渡す全。そこに広がるのはやはり何時もの花畑。どうやら無意識に此処が最初に思い浮かんでしまうらしい。

 そのことに少し嬉しさ半分、呆れ半分という心情で全は花畑に入る。

 

「この野郎、相変わらず綺麗に咲きやがってー」

 

 自分でもよく分らないことを口走りながら花畑の花達に水をやる。一度に大量は無理だが少量なら視認できなくとも細かい転移が出来るようにはなったのだ。

 そんなことをしていると、不意に花畑の一角がガサガサと揺れる。どうも先客がいたらしい。

 先程の言葉を聞かれていないか等と身の危険を遥か遠くに投げ捨てそんなことを考える全。やがて花畑の一角から見えて来たのは二本の角。次いで美しい相貌、そして気崩した着物に包まれた女の身体。

 

「ん?他に誰かいんのかい?」

 

 女―――恐らく、というか間違いなく妖怪――――は寝惚け眼で辺りを見回しやがて花に水をやっていた全と目があった。

 

「……ども」

 

「おう、どもども」

 

「どもどもども」

 

「どもももももも」

 

 二人して意味の分からない意思疎通をしだす。此処に永琳たちがいればきっと眉間の皺を揉んでいるだろう。

 

「妖怪かい?けど妖力なんて感じないし…」

 

「ああ、あれっすよ。自分渡り妖怪って言います」

 

 首を傾げる女に全はそう答える。だが、内心冷汗が止まらなかった。何せ出て来たのが鬼だったのだから。

 

 鬼、人間より遥かに優れた身体能力を持つ規格外。特徴としては頭からは角を生やし、また全員が酒豪でもある。鬼は妖怪の中でも一、二を争う程の力を持った種族であり、幽閉される前、戦場で鬼を一度見たことがあるが悪夢としか言いようの無い光景であった。

 

 そんな存在の出現に思わず一目散に逃げ出したくなる。だが、好戦的な鬼達はもしかしたら此処を荒らしてでも自分を殺しに掛かるかもしれない。流石に此処を壊されるのは嫌だ。

 

「渡り妖怪ねえ。霊力を持っていて妖怪なのかい。こりゃあ随分稀有な奴だねえ!」

 

 そう笑いながら瓢箪に口を付け酒を浴びる女。

 

「えっと、アンタは鬼…で良いんだよな?」

 

「ああ、アタシは鬼、『鬼神』さ」

 

 その言葉に全は叫びたくなる。鬼神、確かそれは鬼の頭のことだった筈。とんでもない奴を引き当ててしまった。

 取り敢えずどうすればいいのか。そう考え出た結論が―――

 

「……こんにちは、鬼の姉さん」

 

「こんにちは、渡り妖怪」

 

 先ずは挨拶をすることであった。

 

 ◆

 

 そして現在に至る。

 

「此処にはよく来んの?」

 

「そうだねえ。毎日って程じゃないが。此処は落ち着くからねェ。アンタはどうなんだい?」

 

「二日に一回、ってところ。此処の花は好きなんだ」

 

「そりゃ良いことだ。花達も喜んでるだろうねぇ」

 

 そう言って女、鬼神が豪快に笑う。

 

「しかし、また突然現れたねえ。一応気配を感じ取るのは自信があるんだが」

 

「ま、気配を隠すのは得意だからね。弱い奴等はそうしないと生き残れねえんだ」

 

 その言葉に鬼神はニッ、と笑う。

 

「そうかい?アンタは結構強いと思うんだけどねえ」

 

 まるで品定めでもするかのような視線と好戦的な笑み。それに地雷でも踏んだのかと全は滝の様な汗を全身から流す。

 逃げ切るのは恐らく無理だろう。能力を使おうにも遠距離では一瞬の集中が必要になる。少しでも此処から遠くへ、全は何時でも能力を使えるよう構える。

 

「――――まあ、そう構えなさんな。別に今は襲いやしないよ」

 

 だが鬼神は先程の視線は何処へやら、鬼神は仰向きに寝転がる。

 

「アンタも此処じゃあ本気なんて出せないだろう」

 

「そもそも、戦闘は得意じゃないんだが」

 

 そう言いながら取り敢えずは助かったのかと全は胸を撫で下ろす。只でさえ完全武装で勝てるか分からない相手なのだ。銃一丁で勝てる筈もない。

 

「そろそろ戻んねえと。じゃあな鬼神の姉ちゃん」

 

「む、帰るのかい。そんじゃあ一つ良いことを教えてやろう」

 

「?」

 

 鬼神の言葉に全は首を傾げる。

 

「近いうちにねェ。アタシ達鬼を含めて殆どの妖怪達が人間共の国を攻めるんだよ」

 

「――――……何でそれを俺に言うんだ?」

 

 近いうち。そう言った物の妖怪達の寿命は普通の人間より遥かに長い。鬼神からしてみれば、百年先だろうと近いうちに入るのではないだろうか。

 

「何、お前も一緒に来ないかと思ってな。渡り『妖怪』?」

 

「……そうだな。そん時会えることを楽しみにしてるよ。鬼神の姉ちゃん」

 

 それだけ言い残し全はその場を後にした。

 

 ◆

 

「漸く帰って来たわね」

 

「ただいま永琳。…いやあ、外って怖いな」

 

「何当たり前のことを言ってるのよ」

 

「まったく、人間がどれだけ劣ってるのか再認識させられたよ」

 

「?」

 

 ◆

 

「あ、母様!お帰りなさい!!」

 

「おう、帰ったぞ」

 

「?何時もより嬉しそうだね。何か面白い物でもあったの?」

 

「ああ、久々に楽しめそうな奴を見つけたよ」

 

 

 鬼神は好戦的な笑みを浮かべ今か今かとその時を待ち望み、全は恐怖し、来るな来るなとその時が来ることを恐れた。

 

 ◆

 

 空は暗く既に皆寝静まっている時刻。昼は通行人で溢れている街路も人気は殆ど無い。

 そん中、ネオン街には未だ人で溢れ、営業している店があった。そしてその一つに全はいた。

 

「よう、オカマ」

 

 中に入り第一声がそれ。だがこの店の客人では別段珍しくはない。

 

「あらぁ?いらっしゃい全ちゃん」

 

 そう言ってウインクする褐色の肌の男。呼ばれた通りこの店の店長でありオカマである。

 

「珍しいわね?貴方この時間は何時も八意様の屋敷で警備じゃない?」

 

「ああ、今日は大丈夫そうだったからな。辺りに目を渡たらせたけど特に危険な奴がいた訳じゃないし」

 

「相変わらず反則的な能力よねえ。それがあれば何でも出来るじゃない」

 

「いや、結構大変だぞ?二百年以上経ってるのに未だに使いこなせないし・・」

 

 オカマの言葉に全は苦笑する。事実彼は能力の極一部しか使いこなせていない。それも対象が一人限定である。

 

「貴方なりに大変ってことね」

 

「それに戦闘だって零距離まで近づかないと攻撃にならないし。妖怪相手じゃ死にに行くようなもんだ」

 

 げんなりとした顔の全。彼はオカマから出された酒を一口含み喉を潤す。

 

「―――――それより、頼んどいた物は?」

 

 その言葉にオカマは怪訝そうな表情をする。

 

「届いてるけど…。あんな物何に使うの?それに、頼むなら八意様に頼んだ方がもっと上質な物が手に入るでしょう」

 

「まあ、ね。お嬢にもなるべく迷惑を掛けないようにと言う俺なりの配慮だよ」

 

「変な物でも食べたのかしら?普段は嬉々として他人に迷惑掛ける癖に…」

 

「俺も成長したってことで」

 

「ふふふ、そう言うことにしといてあげるわ」

 

 全の言葉に意味ありげに笑うオカマ。その言動に彼は苦笑する。

 

「アンタも大概だな、こんな店開かなくとも生活には困らなかっただろうに、中将殿?」

 

「軍はいまいち私の肌に合わなかったのよ。私は此処で客の愚痴を聞いたり相談されたりしている方がよっぽど良いわ」

 

「さいですか」

 

 オカマは一度店の裏に戻ると頑丈そうな小さなケースを持って来る。それを全に差し出すと彼はポケットから何かが入った小さな子袋を取り出した。

 

「それは?」

 

「秘密。ただ俺の命より大切な物だ」

 

 そう言って大事そうにケースの中に仕舞う全。

 

「もうすぐ、此処から去らなくちゃいけないかもしれないらしいからな」

 

「――――……貴方それ何処で聞いたの?」

 

「さあ、風の噂で」

 

 その言葉にオカマが目眩を覚える。一応軍事機密なのだ。自分だって軍に呼び戻されるまでは知らなかったこと。

 

「月に行くなんて随分でかいこと考えるねえ。何でも、お嬢が開発に関わってるそうじゃん」

 

「一応周りに人がいない時に話して欲しいわね」

 

「大丈夫、確認したけど誰も聞いてないから」

 

 得意げな顔をする全に呆れながらオカマはグラスを拭く。

 

「で、何時頃出来るの?お嬢が関わってるってことは相当早いよね?」

 

「ええ、月夜見様も大概だけど、八意様はそれ以上よ。当初の予定より遥かに早いわ。恐らく三年。いえ、二年もあれば出来るわよ」

 

「ふ~ん」

 

 あの日、鬼神から伝えられ早五年。未だ妖怪達が小さな騒ぎを起こすが鬼達の姿は殆ど見えない。

 

「そろそろ戻るよ。これありがとうね」

 

「ええ、それじゃあ――――――って待ちなさい!お代を払ってから帰りなさい!!」

 

「HAHAHA!――――あばよ!!」

 

 そう言って扉を開け放ちネオン街に飛び出す全。オカマは駆けて行く全に溜息を吐く。

 

「本当に迷惑を掛けてばかりの子なんだから」

 

 ◆

 

「………ねえ、全」

 

「ん?どしたお嬢」

 

「請求書が来たのだけれど、私宛に」

 

「はあ」

 

「そのどれもがね、私が買った覚えの無い物ばかりなのよ」

 

「…………」

 

「何か知ってるかしら?」

 

「俺は何も知りません」

 

「そう、悪いのはこの口なのね」

 

「あだっ!いふぁい!いふぁいはら!!」

 

「何で勝手なことばかりするのかしらねえ?」

 

「ふみまふぇん!ふみまふぇんでひた!!」

 

「少しばかりお仕置きが必要みたいね。そう言えばこの前新薬が出来たのだけれど」

 

「!?」

 

「丁度良いわね」

 

「……ふみまふぇんでひたぁ」

 

「まったく、手が掛かるんだから」

 



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七歩 日常が常に危険地帯

「…………」

 

 壁に背を預けながら中央の円卓での会議を見守る全。その表情は真剣な物であり、普段迷惑を掛けられている者達が見たら何故何時もこうであれないのかと涙ぐむのではないだろうか。

 

「………ではその方向で―――」

 

 円卓の会議に耳を澄ませながら全は嫌気がさす。

 どいつこもこいつもお嬢の意見を只聞いているだけじゃねえか。お嬢以上の意見を言えとは言わねえが、もう少し自分たちで考えやがれ。

 そう思いながらも全は感情を表に出さないよう無表情のままその場で佇んでいた。

 

「御苦労さまです、お嬢」

 

 そう言いながら全は永琳の傍に控える。見知った顔だけならば敬語など使いはしないが此処には重鎮ばかりだ。付け入る隙などは作らないのが賢明だろう。

 

「ええ、ありがとう全」

 

「いえ、自分はお嬢の護衛ですから」

 

「普段からそれなら良いのに(ぼそっ)」

 

「絶対無理だ(ぼそっ)」

 

 周囲に聞えない程度の声量で会話をする二人。近付かなければ口が動いていることにも気付かないだろう。

 

「それで、今日は他にもあったかしら?」

 

「いえ、本日の予定はこれで終了かと」

 

「そう、なら屋敷に戻るわよ」

 

「了解しました」

 

 歩いて行く永琳の傍に控えながら怪しまれること無く清純そうな表情で続いて行く全。 

 やがて人目が無くなると永琳は全の手に自身の手を重ね屋敷へと転移した。

 

「本当、それって詐欺よね」

 

「まあ、金に困った時はよく利用してたけどな。お陰でお客さんがたくさん来た」

 

 先程の清純な顔から一転、不敵な笑みを浮かべながらスーツを脱ぐ全。

 

「別に俺は軍服でもいいと思うんだけどねェ」

 

「止めなさい、変な視線が集まるでしょう」

 

「お嬢は何時も注目を集めてると思うけどね。有名だし美人だし頭おかしいし」

 

「最後の一言は絶対に余計よ」

 

 全の言葉にそう返しながら永琳は書類の山に向き合う。

 

「大変だねえ。ここ最近は特に」

 

「仕方がないでしょう。それだけ大きな計画なんだから」

 

「結局、穢れを完全には取り除けなかったのか…」

 

 研究の結果、穢れを完全に防ぐのは無理だと言うことが分かり、上層部は今回の計画を決断した。最も厄介なのは国民達にどう説明するかだが、それは天変地異が起きると発表することで事なきを得た。当初こそ国民達は戸惑っていたが、計画の進行状況等の発表により今では落ち着いている。

 

「まあ、穢れに侵されない俺には特に関係ないけどね」

 

「貴方は何時も気楽ね」

 

「俺に責任の追及が来る訳じゃないかな」

 

「少しは労おうとは思わないのかしら?」

 

「胸でもお揉みしましょうか?」

 

「そう言えば新薬が」

 

「ごめん調子乗った」

 

 何か毒々しい色をした薬品を掲げた瞬間全は額を擦りつけて謝罪する。もはやこれが日課になって来ている気がしてならない。

 

「しかしお嬢も随分大きくなったよねえ」

 

「またセクハラ?」

 

「いや、違うから。胸じゃないから」

 

 そう言いながら全は昔を思い出す。

 

「前は腰より少し上って位だったのに…。今や肩位だもんなあ。後性格が悪くなった気がする」

 

「私だって成長はするわよ。あと貴方への仕打ちは愛情表現よ」

 

「便利だね愛情表現って…。愛憎表現の間違いじゃない?」

 

「私を病んでいるみたいに言わないで頂戴」

 

「病んでるよ。主に頭があ!?」

 

 そう呟いた全の額に劇薬がぶつけられる。

 

「額が!額が焼ける様に痛いいいィィィィ!!?」

 

 ヒリヒリと痛む額を撫でながら全は永琳に渡された氷を当てる。

 

「貴方死なないから便利よね。存分に鬱憤を晴らせるわ」

 

「死ぬから!ただ運が良かっただけで普通に死ぬから!!」

 

 永琳の言葉に必死に否定する全。これから先毎日こんな目に会っていたら堪ったものではない。

 

「貴方は本当に騒がしいわね」

 

「ええ~……」

 

 永琳の理不尽な言葉に全はげんなりと項垂れる。とはいえ全も普段から同じことをしている為強く言いだせない。

 

「お嬢がだんだん汚れていく」

 

「あら、誰にも汚されてないわよ?」

 

 そう言いながら胸を強調するように腕を組む永琳。その姿に全は呟く。

 

「むしろ汚す程の額があアアアアァァァ―――――!!!」

 

 全の言葉に永琳は何の躊躇いもなく劇薬を被せる。再び走る激痛に全は悶える。

 

「何て言ったのかしら?聞えなかったからもう一度言ってくれないかしら?」

 

「――――――――っ!!」

 

 永琳の言葉に答えることも出来ず全は声にならない悲鳴を上げながら床を転がる。

 

「氷!氷!!氷をください!!」

 

「……あそこに置いてある薬」

 

 その言葉に全はその薬に飛び付く。

 

「――――は劇薬よ」

 

「危ねぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

 薬の蓋を空けた瞬間元に戻す。

 

「あら残念」

 

 殺しに掛かってきやがった。

 永琳の表情に戦慄しながら全はまた劇薬を被せられないか警戒する。

 

「本当に失礼ね。これでも求婚者は結構いるのよ?」

 

 危うくそいつの眼は節穴だ、と言いそうになるが全は先程の教訓から口を閉じる。

 

「確かによくそんなのが来るな。永琳がそれを見ていた所を見たことなんてないけど・・」

 

「興味無いもの」

 

 その言葉に全は求婚者たちに合掌する。

 

「ちなみに貴方にも来てたわよ?」

 

「え、何それ初耳」

 

 永琳の言葉に全は軽く驚きを露わにする。

 

「どうせ興味無いでしょう?」

 

「まあね」

 

 そんな気持ちは無いし、今の生活の方が良い。それにそんなことをしたら他の奴の心配をしなくてはならない。何より――――

 

「もう仕えている人がいるからね。今の主人より良い人なんて考えられないから」

 

「貴方って恥ずかしいこと平気で言うわよね」

 

「自分に正直なもんで」

 

 永琳の言葉に笑顔で答える全。永琳は僅かに顔を逸らす。

 

「お嬢が恥ずかしがるのも久しぶ、っり…だね」

 

 飛んできた劇薬の入った瓶を受け止め全が口を開く。

 

「……はあ、それじゃあ貴方は私にずっと仕える気?」

 

「ん~、少なくともお嬢が俺を捨てるまではね。まあ、お嬢以外に仕える気も特にないから、捨てられたらあとは自由に生きていくさ」

 

「そう、なら結婚を考える必要もないわね」

 

「?それとこれって何か関係あんの?」

 

「手の掛かる人がいるもの」

 

「………遠回しに迷惑掛けるなって言ってる?」

 

 全の言葉に永琳は微笑を浮かべる。

 

「さあ、どうかしらね」

 

 そう言いながら部屋を去っていく永琳。閉められた扉を見ながら全は呟く。

 

「まあ、どれだけ迷惑掛けようと傍にいるんだけどね」

 

 その言葉に扉の向こう側で永琳は再び微笑を浮かべる。

 

「本当、手の掛かる男性(ひと)」

 



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八歩 人に知られたくないことってあるよね?

「―――――!」

 

 放たれた霊力弾に頭を吹き飛ばされる妖狼。

 

「そこだ!」

 

 次いで茂みの中に隠れていた妖怪の傍に霊力弾を転移させ爆発させる。

 

『残りは九体よ』

 

 通信機から聞える永琳の声に短く答え全は全方位へ霊力のレーザーを飛ばす。

 

『最後の一体は空中よ』

 

「了解」

 

 全は空中に転移して鳥類の妖怪を見つける。

 

「逃がすかよ」

 

 鳥の妖怪を包囲するように起爆型の小玉を転移させ一斉に起爆させる。爆風が晴れ、そこには鳥の妖怪は塵一つ残さず消えていた。

 

『…お疲れ様、もう良いわよ』

 

「はいはい」

 

 その言葉にそう答え全は転移した。

 

 ◆

 

「どうだったかしら?」

 

「大したこと無かった。けど、未だに大妖怪が出てこないのが怖いねえ」

 

 尋ねる永琳にそう答える。前に屋敷を追い出されてから、妖怪との戦いには永琳も関わって来るようになっていた。

 

「過保護な親ですか?」

 

「すぐ何処かに消える困った子が悪いと思うわよ?」

 

 そう言われると何も返せない。全は目を逸らして永琳の言葉に返さない。

 

「でも、本当に妙ね。発見すら出来ないなんて」

 

 月へと向かう為、人間は国周辺に蔓延る妖怪達を出来るだけ排除していた。

 排除、と言っても殺すだけではない。話が通じる者、温和な者達には出来るだけ会話で済ましている。だが、妖怪の殆どは人間を見下し聞く耳を持たない。そう言った者達には止む無く武力による排除をしているのだ。

 

「鬼は…発見しても殺されてるか」

 

「他の大妖怪達もそうね」

 

 二人で資料にに目を通しながら話す。

 

「………」

 

 全は今もあの花畑には言っているがあれ以来鬼神も姿を現さない。

 

「嵐の前の静けさってやつか…」

 

 妖怪達も人間が何か企んでいると言う事には気付いているだろう。鬼は嘘を嫌うらしいからあれが嘘だと言うことはあり得ない。鬼神の話では相当な規模の筈。だが、この周辺にはその様な集団は見つからない。

 

「なぁに考えてんだか…」

 

「取り敢えず、私達にもあまり時間は無い以上妖怪達には構ってられないわ。貴方も独断行動はしないように。これは絶対よ?」

 

「はいよ。何かあってお嬢が死んだら洒落にならん」

 

 永琳の言葉にそう答え全は街路へと向かう。

 表通りを少し外れ裏通りへと出る。その一つ、オカマの店主が経営する店へと全は入った。

 

「あら?まだやって…全ちゃんじゃない」

 

「あ?何だお前も来たのか」

 

「ういっす。おっさん、仕事はどうした?」

 

「今日は休みだ。最近お前も入って来ないから暇でしょうがねえ」

 

 そう言いながら酒を飲む看守。

 

「まあ、暫くは無いだろうねェ。なにせもう直ぐ完成だ」

 

 月へ向かう為のロケット。それがもうすぐ完成するのだ。皆、仕事も一段落させ始めているだろう。科学者たちは除き。

 

「それで全ちゃんはどうしたの?」

 

「いや、こっちも少し休憩だ。きな臭くなって来てな」

 

「それって例の妖怪の襲撃のことかしら?」

 

「それ、上は信じちゃいねえけどさ」

 

 あいつらは頭ごなしに否定する、と愚痴りながら全は出された酒に口を付け―――吹く。

 

「ちょ、げほっ!これ、度数何?」

 

「15程度よ?」

 

「何でこれが常識みてえに言ってんだよ!?」

 

「看守のおじさんは水の様に飲むけど」

 

「こいつを人間扱いするな!」

 

「おい、ぶっ飛ばすぞテメェ」

 

 全の言葉に横で酒を飲んでいる看守が口を挟む。

 

「くさっ!」

 

「娘と同じことを言うなあ!!」

 

「貴方達賑やかねえ」

 

 互いに罵り合っている二人を見てオカマが何かを思い出し口を開く。

 

「そういえば、貴方八意様の旦那になったの?」

 

「は?何で俺が」

 

「最近噂になっているな。お前と八意様が仲睦まじく歩いているとか」

 

 その言葉に普段の様子を思い出すが大して変ったことなど見当たらない。

 

「…そもそも何で今更そんな噂が?」

 

 昔から一緒にいたがそんな噂を聞くのは初めてだ。

 

「ん~…何ででしょうねェ。普段はどんな感じなの?」

 

「そうだな、普段は―――――」

 

 ◆

 

「何て言うんだったかこれ?」

 

「あれよ、確かバカップルよ!」

 

 首を傾げる看守の言葉に妙に生き生きとした表情で答えるオカマ。その二人に全はげんなりする。

 

「お前ら、劇薬を被せられるような日常の何処にそんな要素があると思った?」

 

「きっと八意様なりの照れ隠しよ」

 

「そんなんで普段から劇薬喰らって堪るかァ!!」

 

 オカマの言葉に全は大声を出す。

 おかしい、照れ隠しならせめてもう少しレベルを下げる筈だろう。一歩間違えたら死ぬようなレベルを照れ隠しだとは認めたくない。絶対に!

 

「あれじゃないかしら?自然な距離に感じたんじゃないかしら?」

 

「自然な距離?」

 

 オカマの言葉に全は聞き返す。

 

「ええ、今迄はやっぱり主従って感じが少しあったけれど、今は隣に肩を並べて歩いているのが当たり前。逆にそれ以外に違和感を感じる、みたいな。後は貴方達の態度が自然なのよね。壁を感じないっていうか」

 

「腐ってもオカマか…。理解不能」

 

「お前が子供なのが一番問題だろう」

 

「子供じゃねえ。少年の心を忘れないピュアな大人だ」

 

「駄々捏ねる餓鬼だろう」

 

「黙れ枯木」

 

「「………っ!!」」

 

 取っ組み合いを始める二人を眺めながらオカマはグラスを拭く。

 

「アンタ達も変わらないわねェ。奥さんや八意様も大変でしょうに」

 

「待て、こいつと同列に扱うな」

 

「そうだ、俺はおっさんと違って人間だ」

 

「テメェ歯ぁ食い縛れ」

 

「ごふっ!?」

 

「おじさん、椅子壊したんだから弁償してよね」

 

 二人の喧嘩の巻き添えにされていく店内を見てオカマは溜息を吐いた。

 

 ◆

 

「…頭痛い」

 

「二日酔いよ」

 

「今度は何したの?」

 

「おっさんに殴り飛ばされて喧嘩した」

 

「うん、全く要領を得ないよ」

 

 全の言葉に苦笑する月夜見。

 

「本当、迷惑しか掛けないわね」

 

 そう言いながらテキパキと薬などを用意する永琳。

 

「永琳子供の相手とか上手そうだよね」

 

「大きな子供が一人いるもの」

 

「あれ?二人とも俺の扱い酷くない?」

 

 全の呟きを無視し薬を渡した二人は何かの書類を見る。全が何か言うが二人は悉く無視。

 

「二人が構ってくれません」

 

「―――じゃあ、こっちはこうすれば…」

 

「そこはこうした方が効率が…」

 

「あ、そうか。じゃあ、これを…」

 

「それが良いわね」

 

「…………」

 

 二人の話がさっぱり分からず、全はとぼとぼと部屋を出た。

 

 ◆

 

 二人がある程度の整理を終えた頃。月夜見は部屋を見回すが全の姿は見当たらない。

 

「彼は?」

 

「ああ、何処か暇潰しにでも行ったんでしょう」

 

「ふ~ん、何だ。彼で暇潰ししようと思ったのに…」

 

 不穏な発言をしている月夜見。なら他に何をしようか。そんなことを考えていると不意に彼女の耳に音が聞こえる。

 

「…?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、何か聞えるからさ」

 

 その言葉に永琳も耳を澄ます。すると微かにだが音色が聞こえる。

 二人はそれを不思議に思いその場所へと向かう。

 

「~♪~~~♪」

 

 そこにいたのは電子機器を弄っている全の姿。彼が口を開くたびに電子機器達から美しいメロディが聞こえて来る。まるで彼が歌っているかのようだ。

 

「……凄いねェ」

 

「ええ」

 

 その姿を見ながら呟く二人。だが二人の姿を捉えると全はその口を閉じ、徐々にその顔を赤くさせていく。

 

「……聞いてたのかよ」

 

 赤くなった顔を伏せながら全が呟く。

 

「君でも恥ずかしいことってあるんだね?」

 

「あんなことが出来るなんて初めて知ったわ」

 

「能力だよ」

 

「渡る程度の能力?」

 

 永琳の言葉にそう、と答え全は説明する。

 

「俺の能力を海で例えると波にのったり、海水に自分を溶け込ませるって感じなんだよ。渡るっていうのは結果、能力の効果であって、のったり、溶け込むのはその過程、どうやってその結果を出すかの選択だ」

 

「じゃあ高次元に渡るっていうのは…」

 

「その波に乗っていくか、その次元に徐々に自分って言う存在を馴染ませていく感じ・・・」

 

「じゃあ、今のは?」

 

「音の波に自分の思考を乗せる感じ、だから自分の発したい音を電子機器から流れる音が代わりに発してくれるんだよ。と言っても、話せる訳じゃないからな?

 まあ、イメージだから具体的なことは分からないし、これはそんな使わないけど…」

 

「ふ~ん…それ便利?」

 

「演算で一苦労。この能力は効果は凄いけど、脳みそが死ぬ…。練習にはなるんだけどな」

 

「その割に普段から転移してるわよね」

 

「あれはもう慣れた。余程遠くじゃない限りは集中しなくてもすぐ移動できるし」

 

「そういうもんなんだ」

 

「そういうもんだ」

 

 月夜見の言葉にそう返し全は立ち上がる。

 

「あれ?もうやらないの?」

 

「やらねえよ。人前でやる程の技術も無いし、恥は掻きたくない」

 

「え~」

 

「月夜見、全がそう言ってるんだから諦めなさい」

 

「永琳まで…仕方ないな~」

 

「うるせえ」

 

 そう話しながら三人はその部屋を後にした。

 

 ◆

 

「……えっと、お嬢?」

 

「何かしら?」

 

「いや、何でこれ持って来たの?」

 

 全の目の前。そこには全が弄っていた電子機器が鎮座していた。

 

「ああ、これね。貴方にやらせる為よ?」

 

「いや、だから何で?俺やらないって言ったよね?」

 

 全の言葉に永琳はキョトンとした表情をし、天使の様な笑みを浮かべた。

 

「聴いているのがのが私だけなら問題ないでしょ?」

 

「何故そう捉えた」

 

 逃す気が無いのだろう。両手には何時ぞやの劇薬を持ち、出口を塞いでいる。

 

「ほら、聴かせて頂戴?」

 

 変わらず天使の様な笑顔を浮かべ、全にとって悪魔のような命令を下す永琳。それを見て全は溜息を吐く。

 

「どうぞ、お嬢」

 

 そう言って椅子を一つ近くに転移させる。それを見た永琳はありがとう、と言いながら椅子に座った。

 

「期待すんなよ?本当にこういうのは人に聴かせられる程のものじゃないんだ」

 

「構わないわ。貴方が一生懸命やるもので満足よ」

 

「何だその子供に対する態度は……」

 

「ほら、早く早く」

 

 催促して来る永琳。彼女も聴くのが楽しみなのだろう。全は椅子に座ると電子機器達の音の波に乗る。

 

「~♪~~♪~♪」

 

 彼が口を開くとまるで歌っているかのように電子機器からメロディが流れる。永琳は目を瞑りそのメロディに身を委ねる。

 満月の夜、屋敷の中をぎこちないながらも美しい音色が響き渡っていた。

 

 



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九歩 人間が妖怪に勝てるわけないじゃないですか。・・・たぶん

屋敷の縁側。全は月を見上げていた。

 

「…む?どうしたんだお嬢?」

 

 足音を聞き目を向ければそこには此方へ歩いて来ている永琳の姿があった。

 

「貴方こそ、どうしたのかしら?」

 

「さあねえ、あれだよ。昔を懐かしんでたんじゃない?」

 

「何で疑問形なのよ」

 

 そう言いながら永琳は全の横に座る。

 

「時が経つのは早いものね」

 

「……終わりが来るとどうして早いんだろうって思うよ。最初は長いと感じるのに」

 

「何だってそんなものよ。気付いたら後悔だらけ」

 

 呟く永琳にも哀愁の色が感じられる。その横顔を一瞥し全は月へと視線を移す。

 

「…まあ、俺はそんな人生だから好きなんだけどね」

 

「……」

 

「死にたい何て思わない、永遠なんてのもいらない。俺は後悔だらけの人生で死にたくない時に死んでいきたいよ」

 

「…そう」

 

「元々俺に寿命なんて無いからね。月に行こうとそこまで変わらないんだけど」

 

「だから行かない、って?」

 

「そんなことは言ってないよ。ただ、月の生活ってのはどんなものなのかなってね」

 

 肩を竦めながら全は苦笑する。

 

「今と変わらない生活なのかねえ」

 

「分からないわ。運命なんて私には見れないもの」

 

「人間如きが運命を見るなんておこがましいんじゃない?」

 

「でしょうね」

 

「…なあ、お嬢」

 

「何?」

 

「明日、何時出発するんだ?」

 

「最初の月へのロケットは昼間よ」

 

「起きれるかなあ」

 

 何を考えているのか。全の顔を見ながら永琳は何とか読み取ろうとするが土台無理な話。天才と呼ばれる頭脳を持とうとも彼の考えていることは読めはしない。

 

「ねえ、全」

 

「ん?」

 

「ずっと疑問に思っていたけど…何で貴方は人間から外れたの?」

 

 後悔をして死にたいというのなら寿命を消す必要などない。寿命を消してしまえば、死ぬことなどそうそうありはしないだろう。

 

「…そうだねえ。進歩とは違う道を知りたかったんだよ」

 

「違う道?」

 

「そう、生物は進化していくもんだろう?」

 

「…ええ」

 

 古来より生物たちは進化し続けて来た。そしてやがてそれぞれが犬や、鳥、花となっていき、そしてまた進化する。

 

「人間は妖怪に対抗する為に進化を捨てて進歩を取った。それが妖怪に対抗する方法を最も早く、効率的に手にすることが出来る道から」

 

「……」

 

「俺はね、進化し続けた人間の先には何があるのかを知りたいんだよ。人間が進化し続けた先の存在になってみたい」

 

「けど、寿命を無くすと言うことは…」

 

 老いを、進化する可能性を捨ててしまっている。単一で終わる不変の人間だ。

 

「そだね、結局寿命があったら進化は見れない。けど、捨ててしまえば進化の可能性は零になる。なら、人間の身のまま他の道は無いのかを探した」

 

「それが…」

 

「一つ高位の次元体へとなる。まあ、無理したけどね。崩れる身体を必死に能力で繋ぎ止めて、徐々に慣らして、その上身体は人間とほぼ変わらないって言うんだ。無理しない方がおかしいんだけど…。

 前に俺の能力は波に乗るようなもんだって言ったろう?」

 

「ええ」

 

「俺はね、自分の身体を常に進化という波に乗せているんだ。死んだら沈没する船で…。

 闘争こそが人間の進化の可能性なのではないか。弱者が強者から生き延びる為に遥か昔から続いて来た行為。その果てで今の姿へと進化を遂げたのならば少なくとも今の俺にも可能性はある」

 

「…戦い続けていたいということ?」

 

「似たようなもんだめ。生存競争だ。妖怪を含めての生存競争を勝ち続ける。進化するにはそれくらいだろうと昔から考えてる」

 

「…差し詰め貴方は生物学者というところかしら?」

 

「自分の身体を実験台にする奴なんていないかもしれないけどね」

 

 笑いながら何処から出したのか酒を取り出す。

 

「一杯」

 

「戴くわ」

 

 永琳は差し出されたグラスを受け取る。

 

「地上でこうするのも最後かぁ」

 

「何だか物悲しいわね」

 

 次出来るのは月へと行った時。その時は月ではなく地球を見て出の酒だろう。

 

「でも、生存競争に勝ち抜いた時、貴方はどうするの?」

 

 素朴な疑問。けれど、これは重要なことでもある。その問いに全は

 

「知らない」

 

「……え?」

 

「そんなの考えてないよ。大体、それが何処まであるのかも知らないし。思い立ったらすぐ行動。それが俺だからねえ…。

 そうだ、見下してきた奴等を足蹴にでもして高笑いなんてどうだ?」

 

「……はあ」

 

 その言葉に永琳は呆れる。何も変わっていない。後先見ずに、ただ気になったから。まるで子供だ。いや、子供でももう少し気にするのではないだろうか。それをこの男は…。

 何回目かも分からない溜息。その殆どはこの男が関係している気がする。

 

「どうしたお嬢。何故そんな残念な物を見るかのような視線を向ける」

 

「貴方が残念だからよ」

 

「そんな馬鹿な……。え?もしかしてマジで思ってる?」

 

「寧ろ自分は思われてないと?」

 

「………」

 

 永琳の言葉に全は目を逸らす。少なくとも自分でも多少は思っていたらしい。

 

「…はあ。そろそろ寝るわ。明日は早いもの」

 

「む、送ろうか?」

 

「流石にこの距離、ましてやこの時期に襲ってくる輩はいないでしょう」

 

 そうかもしれない。

 全はそうか、と答え奥へと消えて行く永琳を見送る。

 

「これも最後かあ」

 

 全は近くに置いてあった何時ぞやのケースを手に取る。

 

「お前達の親とも、明日でさようならだな」

 

 それだけ呟くと全は自らの寝室へと戻った。

 

 ◆

 

『緊急事態!緊急事態!!職員は直ぐに退避して下さい!!』

 

 スピーカーから流れる音声を掻き消す様に警戒装置の音と人々の叫び声が響く。

 

「お嬢、それで全部か?」

 

「ええ!それにしてもこんな時に妖怪の軍勢が来るなんて…!」

 

 全は永琳の手を取るとすぐさま能力で飛ぶ。今やこの国は戦場になっていた。

 

「大妖怪もいるんだ。持ち堪えろと言う方が無茶だ」

 

 全は破壊されていく町並みを一瞥しロケットへと永琳を連れて行く。

 

「――――やべ、忘れ物!」

 

「ハア!?こんな時に何を――――!」

 

「取って来る!」

 

「待ちなさい!!行かせないわよ!大体何を取って来るのよ!」

 

 戻ろうとする全の腕を永琳が掴む。

 

「種だよ!あそのこの花畑の種!!」

 

「月じゃそんなもの咲かないでしょう!」

 

「そりゃあ月で咲かせないからな!!」

 

 答えた全の言葉に永琳は瞠目する。

 

「―――――!?貴方まさか!!」

 

「お休み」

 

 全は永琳を抱き寄せると手刀を放ち気絶させる

 

「っ!…な…う、つ?」

 

 気絶した永琳を抱きながら全は溜息を吐く。

 

「オカマ中将?」

 

「はいはい、運べばいいんでしょう?後で八意様絶対怒ると思うわよ?」

 

 その言葉に今迄隠れていたオカマが出て来る。

 

「いやあ、仕方ないでしょう」

 

「で、本当は何しに行くの?」

 

 その言葉に全は笑顔を浮かべる。

 

「ちょっと、デートの待ち合わせを」

 

「…そう。死なないようにね」

 

「大丈夫だって、悪運だけは強いから!―――それにお嬢に怒られちまうからな!!」

 

 そう答えると全はその場から転移した。

 

 ◆

 

「…やあ、こんにちは上官殿」

 

 殆どの職員が消えた軍の本部を全は歩いて行く。その視線の先には必死に逃げている全の上官の姿。

 

「そんな逃げること無いじゃん。こっちに来てお話ししよう、ぜ!!」

 

 逃げていた上官の足元に小石を転移させ転ばす。

 

「っく、化け物め!今更何の用だ!!」

 

「いや、ちょっとお礼を言いに」

 

 そう言って取りだしたのは鈍い輝きを放つ物。それを見た上官が顔を青くする。

 

「や、止めろ!」

 

「安心しろよ。まだ殺さねえ」

 

 そう言いながら全は上官の頭に手を置く。

 

「アンタの頭の中、見して貰うぜ」

 

 そう言うと全は上司の思考の波へと潜り込んで行く。

 

「……警備部隊は全員捨て駒か。まあ、正しい判断ではあるかな。全滅よりはマシだ」

 

 今回の作戦。上層部の意見を覗きこみ全は呟く。その足元には怯える上官の姿。全はその上司に銃口を向ける。

 

「…っひ!よ、よせ!」

 

「―――――――まあ、良いか。アンタの不正暴くって言ってたし…」

 

 永琳の言っていた言葉を思い出し全は銃を仕舞った。

 

「ああ、もう行って良いよ?ぶっちゃけ今回の人員配置が知りたかっただけだし」

 

 その言葉に上司は未だ怯えながらもその場を離れて行く。

 

「まったく、デートがあるのに余計な時間使わせんなよ」

 

 その後姿に吐き捨てる様に言い放ち全は再び転移した。

 

 ◆

 

 歯応えが無い。

 向かって来る兵士たちを薙ぎ払いながら鬼神は不満げな表情をする。今迄あれほど蹂躙していた人間達が、たった数体の大妖怪や強大な種族を加えただけで瓦解していく。その様に鬼神は落胆する。

 

「まったく、これでは出て来た意味が―――――」

 

 そこまで口に出し鬼神はその口を閉じた。

 

「…やあ、鬼神のお姉さん。待ち合わせ時間には間に合ったみたいだ」

 

 そこには自らが求めていた獲物がいたのだから。

 

「ああ、待ち草臥れたぞ渡り妖怪」

 

 広場で待っていた全を前に鬼神は好戦的な笑みを浮かべる。

 

「ごめん、ごめん。こっちにも都合があったんだよ」

 

「何か策でも用意したと?」

 

「違うよ。こっちは仕えてる身でね。色々あるのさ」

 

 その言葉に鬼は納得する。そして間にあった残骸をどかし笑みを浮かべる。

 

「まあいいさ。…精々楽しませておくれよ!!」

 

「死んじまっても知らないぜ!!」

 

 襲い掛かる鬼神。その速度は流石と言うほかないだろう。全の眼には何とか影が映っている程度だ。正しく神速の速さを持って鬼神は渾身の一撃を叩きこんだ。

 

「む?」

 

 だが叩きつけた拳は何も捉えていない。それに首を傾げた瞬間、後頭部に衝撃が襲い掛かった。

 

「さようなら!!」

 

 鬼神の拳が届く瞬間、全は鬼神の頭上へと転移したのだ。霊力を纏ってでの一撃。大妖怪と言えど昏倒出来る程の物だと全は自身を持って言えた。

 

「その程度かい!!?」

 

 だがしかし、それはあくまで全の予想。その一撃に鬼神は全く動じていない。

 

「――――ぐ!!」

 

 振り払われ放たれた一撃。咄嗟に全は両腕で防ぐが骨が軋む音が聞こえてくる。

 

「アンタこそ舐めてんじゃねえのかあ!?」

 

 辺り一面に霊力を凝縮した小玉を配置する全。小玉は全がその場から飛ぶと同時に一斉に輝き――――周囲一帯を更地へと変えた。

 

「どうせまだ死んでねえんだろう!!」

 

 次いで霊力をレーザーの様に飛ばし鬼神がいた場所へと次々に放つ。

 

「もう一丁!!」

 

 最後に近くに建っていたビルの一つを鬼神の頭上へ落とした。その衝撃で土埃が舞い、大地を炎が地獄へ変える。

 

「……おいおい」

 

 その中から現れた者の姿に全は頬を引き攣らせる。

 

「今のは直撃してたら危なかったねえ」

 

 そこに立っているのは鬼神。目立つ外傷など殆ど見当たらない。躱したと言っても普通はそれなりの傷を負うものだろう。

 

「いや、規格外過ぎるだろう?」

 

 だがしかし、その言葉に反して全が浮かべているのは笑み。

 

「遠距離じゃあ、無理ってことか」

 

 全は霊力を全身に纏い鬼神の背後に転移する。

 

「――――ラァ!!」

 

 放った右ストレートは鬼神に直撃した――――かのように思えた。

 

「な!?」

 

「鬼に殴り合いだなんて根性あるねえ」

 

 その一撃を受け流し鬼神は全の腹に蹴りを放つ。

 

「――――っ!?ぐ、ぶぁ!!…か……っ!」

 

 ボキボキと言う骨が折れる音が聞こえ全は吐血する。内臓でもやられたのだろうか、あまりの痛みに視界が明滅し脚がガクガクと震えだす。

 

「……っ!」

 

 その視界の中、鬼神が左腕を振り上げたのが見えた。頭で理解するより早く全はその場から転移した。

 

「―――――!!」

 

 鬼神の懐へ飛び再び一撃を放つ。普通であれば回避など出来る筈もない。だが―――

 

「無駄だよ!」

 

 即座に受け流され反撃を喰らう。その衝撃に耐えきれず全はビルの壁を破壊しながら吹き飛ばされる。

 

「……は、んそく…だろ」

 

 瓦礫の山に体を埋め全が声を出す。だが、それもほんの一瞬。此方を踏み潰さんと迫って来ていた鬼神の姿を見、全はすぐさま転移する。

 

「中々捕まらないねえ」

 

  瓦礫から埋まった腕を抜き辺りを見回す鬼神。やがて、その瞳は窓ガラスから見えた影を捉える。

 

「そこかい!」

 

「――――――!!」

 

 鬼神がビルの壁を破壊し侵入すると同時に全は霊力を込めた一撃を放つ。

 

「「―――――っ!!?」」

 

 互いの拳が減り込む。結果、足場が不安定であった鬼神は全の拳に吹き飛ばされた。

 

「……?」

 

 痛みで鈍くなっている頭を働かせながら、先程の光景に全は首を傾げる。先程までは受け流されていた筈の一撃が何故か直撃した。

 

「やるじゃないか!」

 

 鬼神は立ち上がると更なる闘志を燃やし構えている。

 とにかくカウンターなら攻撃は通用する!

 全は構えると迫る鬼神を迎え撃った。

 

「オラァ!!」

 

「効きやしないよ!!」

 

 鬼神が攻撃して来た瞬間を狙い全も殴る。だが、鬼神が攻撃を放つ瞬間しか此方の攻撃が効かないと言うことは必然的に鬼神の一撃を受けなくてはいけない。

 一発食らう毎に間違いなく死が近づいてきている。襲い掛かる痛みに歯を食いしばり反撃を放つ。

 

「ハハハハハハ!!楽しいじゃないかい!!」

 

「ど…こがっ!」

 

 受け切れないと判断した一撃を転移で躱し、その腕を叩き折ろうとする。

 

「っは!無駄だよ!!」

 

 だが突如鬼神から妖力弾が放たれる。予想だにしなかった一撃。全はそれに反応出来ず直撃する。痛みで思わず動きが止まる。

 

「ほら!動きが止まっちまってるよ!!」

 

 その隙を逃さず鬼神の一撃が全を捉えた。

 

「――――――――!!?」

 

「ハアアアアアアァァァ――――――!!!」

 

 全は声を上げることすら出来ず地面に叩きつけられた。脚は有り得ない方向へ折れ立つことはおろか意識を保っていられる筈もない。だが、全は未だ意識を保ち激痛に苦しんでいる。いっそ殺してやった方が良いと思えるほどだ。

 

「ごぼっ…!ひゅー……ひゅー…」

 

 最早虫の息である全に鬼神は近付く。

 

「人間にしちゃあ大分持った方だよ」

 

 全を見下ろす鬼神。全は何も喋らずただ鬼神を睨み付ける。

 

「アンタの顔は忘れないよ渡り妖怪」

 

 握られる拳。鬼神は腕を振り上げると――――全力で全へと振り下ろし、

 

「―――――――――ッ!!!!」

 

 男の声にならない絶叫と鈍い音が辺りに響いた。

 



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十歩 妖怪は何時だって理不尽だ

 

「―――――な…!?」

 

 この戦いの中、鬼神は始めて瞠目した。

 

「…はあ……はあ…」

 

 鬼神の視線の先、そこには左目を潰され荒い息を吐く全がいた。左目からは血が止めなく溢れ、視界を赤く染めている。だが、それ以外には全(・)く(・)外(・)傷(・)が(・)無(・)い(・)。

 

「角、一本貰ったぞ」

 

 鬼神の足元、そこには半ばから折られた角があった。

 

「し、仕切り直し…だ。こんにちは鬼神の姉さん、俺は、自称渡り妖怪…渡良瀬全だ」

 

 痛みで震える声で全は自分の名前を名乗る。

 

「く、くははは!中々面白いじゃないか!!アタシは鬼神、闘華だ!鬼の角を折ったこと後悔させてあげるよ!!」

 

 自身の名を語ると共に闘華が駆ける。

 相手がどうやって傷を治したかは疑問だが、あれだけ傷を負わせられながらまだ戦意を失っていないのだ。それは称賛に値する。こんな奴は今迄いはしなかった。

 

「随分度胸があるんだねェ!!」

 

 放たれた拳。全はそれを見つめ、全く動こうとしない。それを奇妙に思いながらも駆けだした足は止まらない。闘華の拳は寸分の狂い無く、全へと直撃した。

 

「何だい?その体はただの見かけ倒しかい!!?」

 

 衝撃で浮き上がる全の身体。だが―――

 

「―――――捕まえた」

 

 血を吐きながら全はその拳にしがみ付く。それと同時に、闘華の脇腹が何かに抉られた。

 

「―――――!?」

 

「零距離じゃないと本当…役に立たねえなあ」

 

 次々に抉られていく闘華の身体。それは全の能力による物。

 渡る程度の能力によって闘華の身体の一部だけを転移させているのだ。当然元の肉があった場所からは血が溢れ激痛が走る。

 如何に鬼が硬かろうとこれではその肉体も意味をなさない。

 

「ぐぅ―――――!!!?」

 

 闘華は堪らずしがみ付いていた全を地面に叩き付ける。叩き付けられ苦悶の表情をしながらも全は立ち上がった。

 全は闘華の背後へと飛ぶ。闘華が全へと裏拳を繰り出した瞬間。

 

「これでも喰らえ」

 

 全は手榴弾を間へと放り投げる。そして闘華の拳はそれにぶつかり―――二人を閃光と爆風が包んだ。

 

「っは!どうだいお味は!」

 

「不味くて堪んないよ!!」

 

 互いに爆風の中から現れ、拳を振るう。

 

「痛くも痒くもねえんだよ!!」

 

「アタシだってそうだよ!」

 

 全の痛覚はもう麻痺し、闘華もまた鬼特有の強靭な身体の為に大した痛みは無い。闘華が放つ攻撃をカウンターで返し、全の拳を闘華は強靭な肉体で受け止める。

 だが、全は変わらず劣勢のままだ。先程の目を潰された瞬間の一撃。全は肉体の時間を過去へと渡らせることで傷を負っていない状態にした。だが、その為に全は霊力を半分以上持っていかれてしまっている。

 

「――――――っ!」

 

 鈍い音共に全の左腕が折られる。だが左腕を犠牲に全は闘華に接触し彼女の身体の一部を飛ばす。

 

「く!?」

 

 それによって僅かにバランスを崩す闘華。その隙に全はその場から転移した。

 

 ◆

 

「ったく、人間にあれは厳しすぎるだろ…っ」

 

 吐き捨てる様に呟き全は部屋の奥へ入る。全が目指す先にある物は大型の無線機。全はそれを取ると軍の本部へと連絡を入れる

 

『こ、此方!本部!!』

 

「まだ生きてる奴がいたのか。残りのロケットは後幾つだ?」

 

『そ、その声は少佐!え、えっと、ロケットは後二機だけです!!』

 

「まだ、そんなにあんのかよ。他に生存者は?」

 

『いえ、他の部隊は連絡が取れなく、生存は絶望的かと…』

 

 小さくなっていく声に全はそうか、と答える。

 

「なら、今そっちに生き残ってる奴等は妖怪の進行を出来るだけ食い止めろ。時間になり次第、後はお前達も乗り込め」

 

『しょ、少佐は!?』

 

「生憎、彼女が離してくれねえんだ」

 

『少佐!小――――』

 

 全は通話を強引に切ると扉を見る。

 

「話は済んだのか?」

 

「ああ、アンタを待たせる訳にはいかないだろう?」

 

 堂々と入って来る闘華に全は苦笑する。ふと目をやればその右手には全が折った角が握られていた。

 

「さあ、こっちにも事情があるんでね」

 

 全はそう言うと構えを取る。

 

「こいや鬼神。渡り妖怪の底力見せてやる」

 

「言うねえ――――逃げ出すんじゃないよ!!」

 

 疾走する全に闘華が拳を振るう。それを転移することでで躱し全は右腕に霊力を纏い殴りつける。

 

「そんなものが効くか!!」

 

 その攻撃を受け流し逆に殴りつける闘華。それを敢えて受け再び闘華の肉体を抉る。

 

「そんな手が何度も通用すると思うな!」

 

 叫び、闘華は全の腹に膝蹴りをし踵落としを放つ。それに全の意識が一瞬奪われ、床を打ち抜き一階へと叩き付けられた。

 

「―――――――かっ……舐めんな!」

 

 頭上から飛び降りて来る闘華に霊力弾をぶつける。地上ならともかく今の彼女は空中だ。支える大地が無い為か彼女はバランスを崩す。

 

「ぶっ飛びやがれえ!!」

 

 自身の右腕に膨大な霊力を集中させ全は落ちて来る闘華へと一撃を放つ。

 

「――――!?」

 

 放たれた一撃。それを闘華は能力を使って受け流そうとする。

 

「妙な真似はさせねえ!!」

 

 全は闘華の背後に所持していた全ての手榴弾を転移させる。拳に集中すれば背後の爆撃。後方に集中すれば前方からの拳。結果闘華は―――

 

「鬼を!その程度で止められるかあァァァァ!!」

 

 全の拳を掠りながらも受け流した。それと同時に、重力に引き摺られ落ちて来た手榴弾は二人を飲み込み爆発した。

 

 ◆

 

「―――――う……っ!?」

 

 ロケットの中、気絶していた永琳が目を覚ます。

 

「御目覚めになりましたか八意様」

 

 そう言って永琳に声を掛けるオカマ。

 

「中将!彼は…全は!」

 

 その言葉にオカマは首を横に振る。

 

「彼は地上です。約束があると」

 

「な!?ほ、他のロケットに乗っている――――」

 

「確認しましたが全少佐の姿はないと」

 

「そんな…!」

 

 オカマの言葉に顔を青褪める永琳。

 

「八意様お気を確かに…。彼がそう簡単に死ぬ様な者ではないことは貴方が一番知っている筈です」

 

「……っ…」

 

 ほんの一握りの希望。永琳はそれこそ藁にも縋る思いでその言葉に頷く。その様子を見ながらオカマは居た堪れない表情をする。

 

「(…死んでるなんて、言える訳無いわよ)」

 

 ◆

 

 爆発した瞬間、咄嗟に転移したものの爆風から逃れることが出来ず、全は瓦礫の山に叩き付けられた。

 

「―――――――!!」

 

 喉がやられ声が上手くでない。彼は荒い息を吐きながら闘華がいた場所へと近付く。

 

「っ!…っ!」

 

 痛む体を鞭打って何とか動かす。周囲を見渡すが何処にも闘華の姿は無い。死んだのか?そう思った瞬間―――

 

「ハアアアアアァァァァァァァ!!!!!」

 

 瓦礫の山から闘華が現れ拳を振り上げる。まるで走馬灯のようにゆっくりとした時間の中、全は必死に体を動かす。

 

「「――――――――!!!!」」

 

 複数の火薬の弾ける音と、何かが粉砕される音が戦場に響く。

 

「…は……はっ」

 

「…っ……ゥ」

 

 荒い息を吐きながら闘華を睨む全。その右頬を掠る様に闘華の拳が背後の瓦礫へと伸びていた。身体に鉛玉を撃ち込まれ血を流しながら闘華はそこを動こうとしない。根比べ、どちらが先に倒れるか。二人は睨み合い。やがて…。

 

「……か…」

 

「……や、るじゃ……な、かい」

 

 ほぼ同時にその身を横たわらせた。

 互いに未だ息はある。だがこれ以上の戦闘は不可能だろう。闘華も苦笑を浮かべている。

 

「…っく!」

 

それを横目に全は壊れた街の中をボロボロの身体を引き摺っていく。

 

「…や……ぇ、確か…」

 

 上司の頭を覗いた時に得た情報。あれが正しければ…。

 突如、地面が揺れる。街の中央。そこから光が見えていた。

 

「ははっ、核…とか」

 

 その光を横目に全は思わず笑いが漏れる。戦闘中もなるべく助かるよう、中心部から離れていたが此処も無事では済まないだろう。

 なら、せめて―――――

 咄嗟の判断。全が考えを行動に移した瞬間―――光が総てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 分からない。あれからどれほど経ったのか。

 全は地中に空けた穴の中から外へと転移した。

 

「……は…ぁ」

 

 かつては様々な人で溢れ賑わっていた筈の国。だがそこに最早その姿は無く、更地になっていた。

しかし、その光景は全の視界には映らない。全の視界は黒一色で塗りつぶされていた。

 

「……」

 

 辛うじて息こそあるものの、今の彼の命の灯火は秒読みで小さくなっていっていた。何も見えない視界の中、彼の指先に地面の感触だけが伝わってくる。

 薄れゆく意識の中、不意に自分の身体が持ちあがったのが分かった。感じる浮遊感。一体これが何なのか分からなかったが、脇腹に感じる感触から誰かの腕が自分の腹に回されていることが分かる。

 

「…か、何…這い蹲ってんだい」

 

 その声は少し前に聞いた声。視界が閉ざされた中、全はその名前を呟く。

 

「き、し…ん?」

 

「ああ、そうだよ…」

 

 その呟きに答える闘華。だが分からない。何でこの女が生きているのか。

 

「な…で、し…んで…ぇ、の?」

 

 掠れた声。正しく発音できず果たして聞えたのか。その声に闘華は腹の底から声を上げる。

 

「能、力だ…よ!衝撃を、受け流したんだ!!」

 

 その言葉と共に自分を持ち上げる力が増す。それに表情が変わっているかも分からない状態で苦笑してみる。

 

「…は、ぶえっ!…ぁ…は……」

 

 どうやら無理はしない方が良いらしい。声の代わりに喉から血が出て来た。

 

「情けない!アタシが生きるのに、アンタが必要…なんだよ!!」

 

「……?」

 

 言っている意味が分からず全はそのままでいる。すると闘華がじれったいと言わんばかりに怒声の様に声を張り上げる。

 

「人間が死んじまったら!がふっ…は、アタシ達妖怪も死んじまうだろう!!」

 

「…っ…ほ、ど…」

 

 その言葉に掠れた声を出す全。妖怪は人間の恐怖を基に生まれる。なら人間が死んでしまったら彼女等妖怪は存在できない。

 二人は互いに血だらけで更地を歩いて―――全は持ちあげられているが―――行く。

 

「暫く…一蓮托生だ!アンタが死ねば私も消えちまう。アタシが死ねば、アンタはその傷で死ぬ!」

 

「…は…い、よ」

 

「死ぬんじゃないよ!渡り『妖怪』なんだろう!!?」

 

「ってる、つうの……ぁっ!!」

 

 腹から込みあげて来る血を何度も吐きながら全は答える。それを見て闘華も先程より力強く歩きだす。

 こいつに負けたくないから。その単純な理由でありながら、強靭な精神力を持って二人は意識を保つ。闘華も一歩動く毎に傷口から鮮血が噴く。

 痛覚など麻痺しまっているのだ。多少の無茶は出来る。

 闘華は全を抱え直すとその足を前へと動かした。

 

 





闘華が全を助けた理由ですが
妖怪が生きる為には人間の恐怖が必要と考えた場合、恐怖の対象がより明確ならその恐怖は対象の妖怪だけにいくのでは?ということからです。



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十一歩 時が経つのは早いもんだ

 

「我が世の春が来たあアアアアァァァァァァァァァ!!!」

 

「五月蠅いよ」

 

 叫ぶ全の頭を闘華が小突く。その衝撃で左目から血が溢れだす。

 

「痛っ!」

 

 全は頭を押さえながら闘華を睨む。左目から血を流しながら睨まれるのは中々に不気味だ。

 あの爆発から何年経ったのか。最初の百年こそ数えていたがやがて忘れてしまった。もしかしたら数千、数万の年月が経っているのかもしれない。恐らくは数万年であっているのだろうが…。

全は未だに月へは向かわずその眼を治そうとも考えていない。闘華もまた折られた角を全に治してもらおうとは全く考えてなどいない。

 生物は、恨む原因さえどうにかなってしまえばその恨みを忘れるものだ。個人差はあるだろうが恨みが薄れないということはそうありはしない。だからこそ二人は傷を治そうとはしない。一人は自身の身体に負わされた恨みを忘れない為。もう一人は自身の誇りを折られた恨みを忘れない為。

 

「………しかしよお」

 

「何だい」

 

「何でまたこいつらは突然襲って来たんだ?」

 

 全と闘華の足元。そこには多くの人間が倒れていた。全員男であり皆手には木で作られた槍や、石から出来た斧を持っている。倒れ伏した男達の中には血を流し既に息絶えている者もいる。

 

「花畑に行こうとしただけなのに・・・・」

 

 げんなりとしながら全は呟く。狙われる理由も自分には無い。あるとすれば―――

 

「お前何やった?」

 

「精々暴れたくらいだよ」

 

 どうやら想像した通り闘華が原因らしい。そのことに溜息を吐きながら全は倒れ伏す男達に声を掛ける。

 

「おーい、生きてるかー?」

 

 倒れている男の頬をぺちぺちと叩く。暫くそうしていると呻き声が聞こえて来る。どうやら死んではいないようだ。それを確認すると全は男に聞える様に口を開く。

 

「まだ死にたくないんなら他の奴等担いで帰れよ?死んでも俺は知らんからなー」

 

 それだけ言うと全はその場から立ち去ろうとする。

 

「何処に行くんだい?」

 

「何時もの場所。いい加減面倒臭いからあっちに家でも建てようかとな」

 

「なら土産頼んだよ」

 

「泥水でも飲んでろ」

 

 闘華の言葉にそれだけ返し全はその場から消えて行った。

 

 ◆

 

 全が転移した場所は花畑だった。採取した種を蒔き長い年月を掛け徐々に大きくしたのだ。

 

「今回はどれにするか」

 

 全は幾つもの種類の種が入った袋を取り出す。何処に蒔くか花畑を見回していると誰かがいるのが目に入る。

 

「………?」

 

 その人物に近付いて行くとそれが小さな子供であることが分かる。だが人間の子供ではない。緑の髪に赤いチェックの服を着た小さな少女。僅かだが妖力を感じる。

 別に妖怪が来ることが珍しい訳ではない。今迄に妖怪が来たことは何度もある。その大体は妖獣であり、人型が来ること等ない。無論、花に危害を加えた物は例外なく殺している。

 

「こんにちはお嬢さん」

 

「………」

 

 片目を眼帯で隠し笑いながら話しかけて来る黒服の男。怪しいと思うのも不思議ではない。少女は無言で全を見る。少女は返事の代わりに足を動かし―――

 

「――――ふん!」

 

「――――っ!?…あ、つお…ま…」

 

 全の股間を蹴りあげた。股間に走る痛みに悶絶する全。男なら思わず抑えてしまうだろう。

 

「…気安く話し掛けないで」

 

 悶絶し地面を転がる全を見下し少女は告げる。

 

「此処から出て行きなさい。此処は私の場所よ」

 

 そう言って少女が全に背中を向けた瞬間、

 

「男の象徴に何しとんじゃゴルァ!!」

 

 少女のこめかみを拳を握ってグリグリと力を加える。

 

「痛い!痛いわよ!放しなさい!」

 

「大体人の所有地を自分の物にすんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「きゃあああああああああああああああ!!!!」

 

 花畑に男の怒声と少女の叫び声が響き渡った。

 

 ◆

 

「…で、お嬢さんは何時此処に流れ着いたんだ?」

 

 目の前で涙目で座る少女に全が話しかける。

 

「……ふん」

 

 全の言葉に少女はそっぽを向く。

 

「ふん!」

 

「痛っ!」

 

 少女に頭突きをかまし、全はもう一度少女に口を開く。

 

「名前は?娘がこんなんで君の親御さんは泣いているぞ」

 

「…妖怪に何を言ってるのよ。貴方頭おかしいんじゃないの?」

 

「ふん!」

 

「痛っ!」

 

 少女に再び頭突きをし全は少女を見る。

 

「文句ばかりだな。で、名前は?」

 

「………」

 

「…吐かねえと次は拳にするぞ」

 

「……風見幽香」

 

「ふむ、幽香の嬢ちゃんか。俺は渡良瀬全だ。」

 

 幽香と名乗った少女に全は笑いながら問い掛ける。

 

「幽香の嬢ちゃんは花が好きなのか?」

 

「…ええ」

 

「そりゃあ、良いことだ。此処の花はどうだい?」

 

「綺麗よ。此処の花は皆生き生きしているわ」

 

 その言葉に全は顔を綻ばせる。

 

「妖獣達はほとんど話さないし、知り合いは馬鹿だからな。そう言ってくれたのは幽香の嬢ちゃんくらいだよ」

 

 そう言って全は立ち上がる。

 

「まあ、ゆっくりしてきな。少し騒がしくなるけど勘弁な」

 

 全の言葉に幽香は首を傾げる。

 

「何をするの?」

 

「家建てんだよ。此処まで来るのも面倒臭いからな」

 

 立ち上がり全は花畑の一角。不自然に空けられた場所に立つ。

 

「大きさはどれ位が良いか…。大体こんなもんか?」

 

 棒で大まかな仕切りを書いていく全。幽香はその姿を遠くから眺めていた。

 

 ◆

 

「……木材を用意するだけで辛い」

 

 既に夕暮れ、全は木材の山を眺め呟く。

 いっそのこと闘華でも連れてくれば早いのではないかと思えて来る。

 全が辺りを見回すと幽香は未だ花達を眺めている。

 

「幽香の嬢ちゃん!」

 

 声を上げる全。だが幽香はそれに反応しない。というか話す気が無いのだろう。全は溜息を吐きながらも幽香の近くへ寄る。

 

「俺はそろそろ帰るが、幽香の嬢ちゃんはどうすんだ?」

 

「別に、もう少し此処にいるわ」

 

 全の言葉に億劫そうに答える幽香。

 

「そうか。大丈夫だとは思うが気ぃ付けろよ?まだ生まれたばっかだろう?そこら辺の奴よりは高いがまだまだだ」

 

「五月蠅いわね。言われなくても大丈夫よ」

 

「はいはい、そんじゃあ、またな。幽香の嬢ちゃん」

 

 さっさと帰れ、と手を振る幽香に苦笑しながら全は転移する。

 

「……またな、ねえ」

 

 小さく呟かれたその言葉は風の音に紛れ消えて行った。

 

 



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十二歩 満月

 

「はっ!その程度かい!!」

 

「おいおい、テメェこそその程度か?鬼の器が知れるな」

 

 互いに罵倒し合い二人は睨みあう。正に一触即発と言うべき緊張の中第三者が声を掛ける。

 

「五月蠅いわよ!少しは静かに出来ないの!!?」

 

 怒声と共に飛んできた木材は闘華の手に易く止められ二人はその声の主を見る。

 

「「こいつが先に手を出した」」

 

「どっちでも良いわよ!!」

 

 現在三人は建築作業をしています。

 

 ◆

 

「しかし、幽香の嬢ちゃん意外と力あるな」

 

「そこら辺の弱小妖怪と一緒にしないで頂戴」

 

「おい、何か木材が半分に裂けたぞ」

 

「テメェは力加減しろや!」

 

 真っ二つに裂けた木材を持ちながら闘華が駆けよって来る。

 

「テメェ一本作るのに苦労したんだぞ!?」

 

「アンタも散々ぶっ壊してただろう」

 

「テメェみたいな壊し方はしてねえよ!!」

 

 騒ぐ二人を余所に幽香は木材を運んで行く。既に昼に差し掛かろうというのに予定の半分も進んでいない。主に二人が喧嘩する所為で…。

 

「ったく、幽香の嬢ちゃんに任せっきりじゃねえか。お前はこう言う時位しか役に立たねえだろう」

 

「失礼な奴だねえ。殆ど役に立たない奴に言われたくないよ」

 

「それはテメェだ!」

 

「二人ともよ。働きなさい」

 

 幽香の言葉に二人は漸く黙々と働きだす。

 

「幽香の嬢ちゃん。この木材もう一本何処置いた?」

 

「それはあっちよ」

 

「ありがとなー」

 

 幽香が指差した方向に置いてあった木材へと走って行く全。それを見ながら幽香が呟く。

 

「……何で私がこんなことしてるんだろう」

 

「月が真ん中来る前に終わすぞー!」

 

「おー」

 

 その呟きは誰にも聞えなかった。

 

 ◆

 

「…あれだな。少し本気出し過ぎた」

 

「月が真ん中に来る一歩前に終わったから良いんじゃないかい?」

 

「……貴方達おかしいわよ」

 

 会話している二人の後ろで愕然とした様子の幽香。三人の目の前には普通の家が一軒建っていた。

 

「中はまだ全然だがな。あの国と似た感じにしたんだがどう思う?」

 

「悪くない。少なくとも過ごしやすいだろう」

 

「貴方達何なのよ」

 

「大妖怪さ」

 

「俺の場合自称だけどな。しかし能力が此処まで使えるとは」

 

 そんなことを言いながら全を先頭に三人は家の中へと入る。家の中は至って普通の家だ。ただ家具が一切配置されていない為物悲しく感じる。

 

「明日は家具でも作るか」

 

「その前に酒を―――」

 

「汚水でも飲んでろ酔いどれ」

 

 幽香は家の中を見回す。

 

「凄いわね。人間達にこんな物は作れないわよ?」

 

「まあ、伊達に何千と生きてねえよ」

 

「…決めた。私も此処に住むわ」

 

「あ?マジで言ってのか?」

 

「別に文句は無いでしょう?私も手伝ったんだから。此処なら花達の様子も良く分るもの」

 

 その言葉に全は頭を抱える。闘華も諦めろとその肩に手を置いた。

 

「これなら何時でも此処で酒を飲めるな」

 

「酒無いんじゃなかったのか?」

 

「酒はな。只妙な物を手に入れたんだよ!水を酒に変えてくれるんだよ」

 

「頼むから片付けはしろよ」

 

「おう!」

 

 笑う闘華に不吉な物しか感じず全は深い溜息を吐く。

 

「それで、結局私は此処に住んでいいんでしょう?」

 

 既に彼女には決定事項なのだろう。

 

「そうねえ。寝床が欲しいわね。明日は寝床でも作りましょうか」

 

「おい、まてや。何で幽香の嬢ちゃんが仕切ってんだよ」

 

「貴方達が働かないからよ」

 

 全の言葉に満面の笑みで答える幽香。

 

「やりましたー!俺一番働きましたー!!」

 

「いや、アタシだろ」

 

「婆は黙って――――」

 

「ふんっ!」

 

「痛ってえぇ!!!」

 

 背後で殴り合いを始める二人を無視しながら幽香は次々に家具の配置などを決めて行く。月が空の真ん中に昇り始めた頃、花畑は静寂とは真逆の騒々しさが木霊していた。

 

 ◆

 

「……」

 

 ただ静かに、夜風の音だけが響く中、全は一人月を見上げていた。時折、雲に隠されながらも、月は静かに浮かび続けている。

 

「…ほれ」

 

 そんな全の横に、闘華が座る。闘華は持っていた杯の一つを全へと渡す。

 

「……確かに酒だな」

 

 杯に注がれた液体を一舐めし、全は呟く。

 

「だから言っただろう?」

 

 そんな全に、闘華は胸を張る。一々反応するのが億劫なのか、全はそれを無視して月を見上げる。

 

「アンタ、確か仕えてる身だったかい?」

 

「ああ。今頃は月で働いてんじゃねえかなぁ」

 

「何だい、迎えも寄越さないのかい」

 

 闘華の言葉に、全は何処か不機嫌そうに唇を歪める。

 

「良いんだよ。別にそんなのを求めてる訳でもない。そもそも、俺一人の為に穢れのある地上に迎えを寄越す訳にもいかないだろう」

 

 その言葉に闘華は憤慨する。

 

「穢れ、穢れ、これだから月の奴らは…」

 

「仕方ねえだろうが、妖怪と違って、人間の寿命は短いんだからよ。生物なら、当たり前の感情だ」

 

「お前は、月に行きたいとは思わないのかい?」

 

「思わねえよ。あそこには、興味ねえんだ」

 

「………」

 

 そう言う全の顔は、何処か未練があるように思えた。

 

「そうか…」

 

 闘華は杯に注がれた酒を仰ぎ、瓢箪を全へ渡す。

 

「ほれ、飲め」

 

「あ?まだ飲み干してねえよ」

 

「ほれ、良いから飲め」

 

 そう言って全の杯に無理矢理酒を注ぐ闘華。それに特に反抗することも無く、全は注がれる酒を見ている。

 

「そう辛気臭い顔をしていると酒が不味くなる。何時も通り笑っていろ」

 

「誰が辛気臭いんだよ」

 

 呆れた様に肩を竦め、全は笑みを浮かべる。そこには、先程までの未練がましさは無くなっていた。

 

「この程度じゃ酔えもしねえっての…」

 

「嘘も大概にしときな」

 

「嘘じゃねえよ」

 

「ほう、そこまで言うんじゃあ、今度飲み比べでもしてやろうじゃないか」

 

「上等だよ。俺がテメェに負ける訳ねえだろうが」

 

 満月の輝きに照らされながら、二人は静かに笑っていた。

 

 

 



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十三歩

 

「おい、こら小娘」

 

 まだ日が地平線から昇り始めた頃、俺は絶賛不機嫌状態であった。

 

「ん……?」

 

「起きろっつうの」

 

 俺はベッドの中で丸くなる幽香の嬢ちゃんの肩を揺する。だが、一度瞼を開いたかと思えば夢の世界へとまた旅立っていく。

 

「人様のベッド占領して安眠すんな」

 

 未だぐっすりと眠る幽香の嬢ちゃんを見て俺は呟く。一回や二回なら別に構いやしない。だが、ここ最近ずっと俺はこんな目に合っている。お陰で俺の寝床が木製椅子になってきてしまっているのだ。体中痛くて仕方がない。

 

「……ったく」

 

 起きない幽香の嬢ちゃんを見て俺は家のドアを開ける。花畑の手入れでもしていればその内あいつも起きるだろう。

 人もだいぶ増え、妖怪もかつてと変わらない程の数になってきた。いや、恐らくはかつてよりも随分増えているだろう。それ自体は喜ばしいことだ。ただ妖怪が増えてきたことによって花畑を荒らしに来る輩も増えて来たのだ。よって朝からこうして見回りをしなくてはならない。特に幽香の嬢ちゃんが出て来た時は要注意だ。あの嬢ちゃんは相手が故意だろういが故意じゃ無かろうが殺しやがる。

 

「……今日は大丈夫か」

 

「相変わらず早いわね」

 

 見回りを終え花の手入れにでも掛かろうとすると幽香の嬢ちゃんが出て来る。どうでもいいが外に出る時位はちゃんとした格好をして欲しいものだ。

 

「起こされるからな」

 

「?」

 

 俺の小さな呟きに幽香の嬢ちゃんが首を傾げる。良いよな本人に自覚が無いってのは・・。

 

「何でもねえ。餓鬼は寝て育つってことだ」

 

「子供じゃないわよ」

 

「俺からすれば全然餓鬼だ。飯は出来てるからさっさと食え」

 

 その言葉に幽香は再び家の中に戻る。

 

「どうするかなあ」

 

 家を建て約百年。俺の能力で家は未だ壊れる予兆は見せない。まあ、壊れたら困るんだが・・・。

 能力の方も少しずつだが使いこなしてきている。つい最近近付かなくとも相手の身体の一部を転移出来る様になった。犠牲者は花畑を荒らした新参者だ。

 後は困ったことだが…。

 

「あ、ワタリさん」

 

 自称だった渡り妖怪が徐々に広まってきている。最近は俺を知っている輩にはワタリさんとか呼ばれて来ちまった。原因の八割は闘華。あいつが言いふらしてるとか。まあ、俺も自称渡り妖怪って名乗るけどさ。

 俺は近寄って来た妖獣の頭を撫でる。妖獣の中でもよく話してくれる奴だ。ちなみに記念すべき俺の花畑に最初に侵入した奴。

 

「よう、最近何か噂とか聞かなかったか?」

 

「噂ですか?……あ、そういえば最近祟り神が勢力を拡大してるとか聞きましたね」

 

 これでも妖獣。俺達より交友関係なども広いことから情報を手に入れるのに便利だ。

 

「そうか、神なんかも出て来たか」

 

「何か白い蛇を操ったりとかするそうですけど。妖怪達もそれに大分駆逐されたらしいです」

 

「祟り神ってことは呪いか何か掛けるんだろうなあ」

 

「さあ、鬼の頭程じゃないと思いますけど…」

 

「そうかい」

 

 闘華も再び鬼の頭に就いていたらしい。最近会わないから全然知らなかった。しかし、

 

「鬼の頭ねぇ。絶対碌なことしてねえだろう」

 

 どうせ暴れて寝て騒いで、それのサイクルだろう。神にでも退治されちまえ。

 

「まあ、ありがとな。次も頼んだよ」

 

「はーい」

 

 それだけ言うと妖獣は森の奥へと帰って行く。俺は花の手入れをしていく。幽香の嬢ちゃんは『花を操る程度の能力』なんてのを持っているから便利だが俺はそうもいかん。何時も通りの手作業で雑草を抜いて行く。

 

「……暇だなあ」

 

 刺激が無い。単調な仕事ばかりと言うのは飽きて来る。止めはしないが、こう、何と言うか、日々の潤いが欲しい。新しい発見とか強そうな奴とか。幽香の嬢ちゃんも見所はあるがまだ熟成してないから戦う気が起きない。向こうはバリバリ俺と戦おうとするけど。

 

「そう言えば古参の妖怪は生きてんのかねえ」

 

 何気なく言った言葉であるが俺が最も危険視していることでもある。

 逆算してあの爆発からおよそ何万年。それ程の年月が経てば強力であった大妖怪はそれこそ手の付けられない強さを得ているだろう。好戦的な奴らであればあの戦争で爆発に飲まれ死んでいる筈だ。ただ傍観していた妖怪が暴れださないかという事。

 大妖怪がほぼいなくなり睨み合いが消えた今、その枷が外れれば俺や闘華が出向いて消し潰す必要がある。出来れば俺一人で殺せれば大分進化できると思うが。

 

「全。花達の手入れは?」

 

「あらかた終わった。後は水撒き位だ」

 

 そう言うと幽香の嬢ちゃんはじょうろ―――何処から持って来たのかは知らん。ついでに日傘も持って来た―――で花達に丁寧に水を撒いて行く。

 

「…回った方が良いかもな」

 

 もし、古参がいたら話だけでもしておきたい。姿位は確認出来れば此方も素性が分からないよりは安心出来る。

 原因の中には俺達過去の人間がして来たことも関係している。わざわざ今の奴等が犠牲を出す必要もない。まあ、古参の大妖怪は大抵誇りや矜持があるから問題ないと思うが。闘華も妖怪と人間のバランス位は考えている。あいつ一応、頭は働くし。

 

「どうしたの?」

 

「いや、悩み事がねえ」

 

 その言葉に幽香の嬢ちゃんが目を開く。

 

「何だよ」

 

「いえ、貴方にもそんなことがあるんだと思って・・」

 

何だこの女ぶっ飛ばしてやろうか。僅かに拳を握りながら俺は地面に寝転がる。

 

「大人は大変なんだよ。特に俺みたいな後先考えないのは…」

 

「貴方直進しかできない馬鹿だものね」

 

「虐めるのが好きな奴よりは質が悪くねえと自負してる」

 

「だ・れ・の・こ・と・か・し・ら?」

 

「誰だろうね」

 

 本気で殴りに来ようとした幽香の嬢ちゃんの手を掴む。舐めんな、伊達に今迄闘華の相手をしてきた訳ではない。今の所負けまくりだがまだまだ餓鬼には負けん。

 

「さて、暇だ幽香の嬢ちゃん」

 

「ならまた昔の話をして頂戴」

 

「何故俺が暇なのに俺の話?」

 

「花達は貴方の話を楽しんでるのよ」

 

 む、そう言われたら仕方がない。嘘かどうか確認するのも面倒臭いし、もしそれで本当だったら花達を俺が信用していない気がしてくる。

 

「そうだなあ、じゃあ俺が牢獄から出ての話でもするか。俺は何時も通りおっさんと言う妖怪染みてえな面した人間にな――――」

 

「それで貴方はどうしたの?」

 

「それがなあ、全身が麻痺してるから―――」

 

 ◆

 

「ああ、もう夕方か」

 

 気付けば空が茜色に染まっている。少し昔話に夢中になってしまったようだ。

 

「この次はまた今度だな」

 

「楽しみにしてるわ」

 

 幽香の嬢ちゃんはそう言って立ち上がる。ふと、俺は昔のことを思い出す。

 

「なあ、幽香の嬢ちゃん」

 

「何かしら?」

 

「永遠に輝く星と地べたでそれを眺める有限の花。嬢ちゃんはどっちになりたい?」

 

 その言葉に幽香の嬢ちゃんは人差し指を唇にあて思案する。惜しい、大人になったらきっと色っぽいのに。

 

「そうねえ、変わりゆく有限の花を見守って行く太陽になりたいわ」

 

 その言葉は俺にとって予想外な物で俺は少しだけ目を見開き、やがて笑った。

 

「そりゃあ素晴らしい考えだ」

 

「で、それは何なの?」

 

「さあねえ、人生の道標か何かだよ」

 

「何その台詞。言ってて恥ずかしくないの?」

 

「黙れ餓鬼。格好付けたい年頃なんだよ。先帰ってるぞ」

 

 俺は幽香の嬢ちゃんの言葉から逃げるように家へと変えった。

 

 ◆

 

「先帰ってるぞ」

 

 そう言いながら彼は家へと入って行く。その姿を私は眺める。

 

「よく分らない男ね」

 

 彼は最初に会った時から変だった。たぶん彼は覚えてなんていない。彼からしてみれば何の変哲もないことだったから。けど、私は鮮明に覚えている。

花畑で会う時より前、私は一度彼に助けられた。

 

 

「・・・・はあ・・・はあ・・」

 

 夜の森の中、私は体中に傷を負いながら走っていた。

 

「おい!何処に行った!あれだけの餌は珍しいんだ逃がすんじゃねえぞ!!」

 

 背後から聞えて来る妖怪の耳障りな声。咄嗟に私は木の影に蹲った。こんな状態じゃあれだけの妖怪に勝てる筈がない。屈辱であったけれど私は生き残る為にほんの小さな希望に縋った。

 

「この辺りだ!臭いがしやがる!!」

 

 そう言ってリーダである人狼を中心に辺りを探す妖怪達。奴等の内の一体が私の隠れる木に手を掛けた瞬間、それは起きた。

 

「こんちんは、死ね」

 

 呑気な男の声と共に私に近付いて来ていた妖怪が塵一つ残らず消された。

 

「!?な、何が起こった!」

 

 それに気付いた妖怪達にどよめきが起こる。

 

「あ~・・どうも皆さん。ちょいとお宅らに聞きたいことがあるんですわ」

 

 そう言いながら茂みの中から現れたのは袴姿の男。

 

「っと、名前がまだだったかな。自称渡り妖怪、渡良瀬全だ」

 

 渡り妖怪。そう聞いた妖怪達が僅かに動揺する。

 

「っ、で、何の用だ!」

 

「いやね、大したことじゃないんだよ。そこでさ、小さな男の子に会ったんだ。

 男の子が血だらけで泣いてるから理由を聞けば、妖怪に追われてたそうじゃないか」

 

 それは恐らく私が奴等に見つかる前にいた人間だろう。一人ずつ奴等に食われていたのを思い出す。

 

「それ自体は別に良い。妖怪は人間を食う、それが常識だからな。たださあ、男の子が必死に握りしめてたんだよ。ぐちゃぐちゃに壊された友達の宝物。それで、友達を助けてくれって言われたんだよ。それ見ちゃってさあ―――」

 

 男が指を一体の妖怪に向けられる。

 

「テメェら殺そうかなって」

 

 瞬間指を向けられていた妖怪の頭が爆ぜた。

 

「いや、本当だったら見逃しても良いんだけどさ。俺の気分を害したってことで死ね」

 

 そう言って次々に妖怪を殺していく男。戦闘ではなく虐殺に近い。妖怪達は誰一人とせず男に近付けず、逃げる事さえも許されない。

 

「理不尽だと思うか?少年もそう感じただろうな。世の中平等に不平等なんだよ。自分の運が悪いと持って死ねよ」

 

 即死する者、四肢を順に切断され死にゆく者、腸を焼かれ悶え苦しむ者。妖怪達はやがて最後の一匹となり。

 

「た、頼む、お願いだから見逃してくれ!これからはこんなことしない!!」

 

 そう言って泣きながら許しを請う。それを見下し男が口を開く。

 

「命乞いか・・・。じゃあ、特別に逃がしてやるよ」

 

 その言葉に妖怪が顔を上げる。

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 そう言って妖怪が駆けだした瞬間。

 

「逃げ切れたらな」

 

 妖怪の身体を無数の光線が貫いていた。妖怪は叫び声すら上げられずその体を霊力弾で吹き飛ばされた、

 

「・・・・後味悪。ったくよお、だから子供の泣き顔なんて見たくねえんだよ」

 

 男はそう言いながら周囲を見回す。丁度木の影から覗いていた私と男の新線が合った様に感じた。私は恐怖から咄嗟に身体を隠す。すると男は少し大きな声で言った。

 

「誰もいないみたいだし。帰るかなあ・・。ここら辺は今の奴ら以外に誰かを襲う奴は特にいないしなぁ」

 

 男はそれだけ言うとその場を去って行った。その姿が少しだけ悲しそうに私には見えた。

 

 

 私がその男のことを知ったのはその後だった。花畑に住む変わった者がいるそうだ。渡り妖怪と名乗り鬼や妖獣達と話しているらしい。その男が咲かす花がどのような物なのか気になって私は花畑に入った。

 花達はあの男が来ると嬉しそうにする。それが少し悔しくて私は話しかけて来た男を思わず蹴ってしまった。

 男はそれからも私を見かける度に話しかけて来た。男は何度鬱陶しいと言われようと気にした様子がない。それどころか無理矢理私を巻き込んで騒いでいた。

 何となく男が毎日楽しそうに笑っているのを見て私は花達が嬉しがる理由が少しだけ分かった。

 

 ◆

 

「ふふふ・・」

 

 その時の自分を思い出しクスリと笑う。あの時の自分にか考えられなかっただろう。もし、あの時の自分が今の自分を見たらどう思うだろうか。信じられず頭を抱えるだろうか・・。

 

「まあ、退屈はしないわね」

 

 私は花達を見て微笑む。

 

「何やってんだ幽香の嬢ちゃん。飯が出来るぞー」

 

「今行くわ」

 

 窓からそう言って来る男にそう返し私は彼のいる家へと帰って行った。

 

 



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十四歩 釣り

凄く…短いです


 

「………」

 

「…釣り竿折れてるぞ?」

 

「気のせいよ」

 

「いや、折れてr「折れてないわ」―――あ、そうっすか」

 

 どうも、渡良瀬全です。食料的問題―――主に俺の食事―――から幽香の嬢ちゃんを誘って釣りをしている訳なんだが…。幽香の嬢ちゃんは我慢を知らないのか、それとも力加減を知らないのか釣り竿を折ってばかりいる。そして溢れ出る怒気によって魚など近付いて来ない。見てる分には良いけど、俺の食事問題だから笑えない。

 

「そう、場所よ。場所が悪いのよ!」

 

 まぁ、あれだ。何も言うまい。

 

「ほれ、こっち結構釣れるからこっちで釣れや」

 

 俺の言葉に幽香嬢は素直に従い、俺が釣っていた場所に座る。そして俺はと言うと、幽香嬢が折った釣り竿の修理だ。修理と言っても簡単なもので、折れた場所を斬り捨てて上部分を使うだけなんだが。捨てるの勿体無い。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ぬぐぐ…っ!」

 

「……………」

 

「もうっ!何で釣れないのよ!!?」

 

 お前が子供だからだ。とか言ったら殴られるのだろう。もう少し遠回しに言うべきか…。

 

「落ち着きが無いからだろ」

 

「ふんっ!」

 

「痛っ!?」

 

 これでも駄目だったらしい。腹を殴るとか酷過ぎるだろう。一匹も釣れない事が余程悔しいのか、幽香の嬢ちゃんはそのまま座り込んでもう一度釣り針を川に放る。

どうしたものか…。ふと、川を見た俺は、ある案を思いついた。

 

「こいつら催眠状態にすれば…」

 

 気配を感じ取り辛くすれば幽香の嬢ちゃんでも釣れるかもしれない。俺は早速能力を使って魚達を催眠状態にする。

 

「あっ、やった!」

 

「お、良かったな」

 

 どうやら上手くいったらしい。自分で釣り上げたからか、幽香の嬢ちゃんはとても嬉しそうだ。いや、良かった。機嫌を悪くして此処ら一帯破壊されたら堪ったもんじゃない。

 

「ふふん、この程度簡単よ」

 

 一匹釣れた事で気を良くしたらしい。幽香の嬢ちゃんは胸を張って釣り針を川へと放る。いやぁ、子供らしくて良いねぇ。ちょろいちょろい。

 気分を良くした幽香の嬢ちゃんを横目に俺も魚を釣って行く。この調子ならば今晩の飯も豪華になる気がする。全部魚だがな…。

 

「酒飲みてぇ」

 

「駄目親父みたいなこと言わないでちょうだい」

 

 仕方あるまい。水ばかりだとどうしても飽きがきてしまうのだ。俺は腰に提げていた瓢箪に手を伸ばす。どうせこの程度で酔いはしないし、問題あるまいて。

 

「ふぇっふぇっふぇっ、足りん足りん」

 

 せめて一樽持ってくればよかった。酒を呑む俺の姿を幽香の嬢ちゃんが変な目で見て来る。

 

「どしたん?」

 

「貴方酔ってない?」

 

「いんや、全然」

 

「その割にやけに上体がふらついてるのだけど…」

 

「は?……っと」

 

 あ、ホントだ。今のは結構ヤバかった。

 風邪か?いや、でもこんだけ長く生きてて風邪とかはねえよな?新しいやつか?

 

「あ~、俺向こうの木陰で眠ってるわ。その間俺の代わりに釣っておいてくれ」

 

「任せなさい。起きた時に吃驚させてあげるわ」

 

 自信満々そうな幽香の嬢ちゃんの声。まぁ、あの魚がいなくなったら後は自力で釣んなきゃいけないんだが。

 俺は木陰に入ると木に上体を預けて座り込む。眠ってりゃ治っているだろう。俺だし。目を瞑ると、思ったより早く睡魔が俺を襲ってくる。俺はそれに抗うことなく、そのまま意識を落としていった。

 

 ◆

 

「……んあっ?」

 

 唐突に意識を浮上させた俺は、寝惚けた頭のまま周囲を見渡す。辺りは暗く、空には月が出ていた。どうやら随分眠っていたらしい。

 眠気を吹き飛ばした俺は、先程から肩に感じる気配の正体へと目を向ける。

 

「起きなさいな」

 

 俺の身体に寄りかかって眠る幽香の嬢ちゃんの肩を揺らす。しかし、幽香のちゃん嬢は小さく呻くだけで起きる気配はない。その事に小さく溜息を吐き、俺は幽香の嬢ちゃんを起こさない様に立ち上がった。

 

「む、結構釣ったな」

 

 桶の中に入っている魚達を見て俺は驚嘆する。まさかここまで釣るとは思っていなかった。俺は桶と釣り竿を回収すると眠っている幽香の嬢ちゃんを負ぶう。眠って無かったらぶっ飛ばされてたな…。

 

「しかし、これは懐かれたのか…」

 

 ううむ。初対面で俺のデリケートゾーンを蹴った奴が今やこうとは。結構変わるものだな。

 月の光を頼りに、俺は感慨にふけながらゆっくりと足を動かして行った。

 

 



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十五歩 一度不幸なことがあると立て続けに攻めてくる。泣きっ面に蜂とは良く言ったもの

 

 

 

「離せ…」

 

「嫌よ」

 

 そう言って手を話さない幽香。全は手を振り払おうとするが片手で両手の力に勝てる訳がない。最近幽香の力は増してきている。

 

「何故?」

 

「貴方の腕を見れば分かるわ」

 

 そう言って幽香が強引に腕を見ると肘が赤く腫れている。

 

「こんなもん掠り傷だ」

 

「それが原因で花に何かあったら困るでしょう」

 

「じゃあ、花の世話は任せるわ」

 

「それで貴方は何処に行く気かしら?」

 

「ちょいと散歩だよ。んじゃ、そう言うことで」

 

 全は会話を一方的に区切りその場から消えた。

 

 ◆

 

「五月蠅い奴らだな」

 

 全は森の中を何時も通りのゆったりとした速度で歩いて行く。

 

「餓鬼が調子に乗りやがって」

 

 やがて道が開け小さな広場に出る。そこにいるのは六体程の妖怪。妖怪達は最初は大きな笑い声を上げていたが全の姿を見るとニヤニヤとしながら立ち上がる。

 

「お宅らか、家の貴重な情報源痛めつけたの」

 

 その言葉に妖怪達の間から下品な笑い声が漏れ出す。

 

「どうやらちゃんと伝えてくれたらしい。良く働いてくれたよ、あの妖獣」

 

「それで、何の用だ。こっちはお前らと違って多忙でね」

 

 妖怪の言葉を無視し全は口を開く。彼からすれば下らないの一言で済ませる程度の会話でしかない。その姿に妖怪は軽く舌打ちし用件を話す。

 

「簡単だよ。俺達にこの山くれ」

 

 その言葉に全は内心で呆れる。たかが百年程しか生きていない妖怪達が最近妙に調子付いている。

 

「下らないな。何でお前らみたいな蟻にこの山を譲る必要があるんだ?蟻にこの山は分不相応と言う物だろう」

 

「その余裕も今日で終いだ!」

 

 何とも小物臭い台詞を吐きながら妖怪達が向かって来る。それを構えを取らず眺めながら全は呟く。

 

「本当、馬鹿だよな」

 

 その言葉の直後妖怪達は地面に崩れる。その理由が分からず茫然とする妖怪達。だが、それも直ぐに分かった。

 

「…ぁ…あ゛あ゛」

 

 脚が無い。まるで鋭利な何かに切断されたかのように綺麗な断面をしている。

 男達の絶叫。それが聞こえるより早く

 

「さようなら」

 

 妖怪達の頭は何処かに消えた。

 

「…面倒臭くなってきたな」

 

 全は頭を掻きながら空を仰ぐ。

 

「こりゃあ、そろそろ出た方が良いかねえ」

 

 ◆

 

 花畑に建つ一軒の家。そこで俺は幽香の嬢ちゃんと話をしていた。

 

「本気で言っているの?」

 

「本気だが?」

 

 俺は此処を出て世界を巡ろうと思う。そのことを俺は幽香の嬢ちゃんに告げた。

 

「花畑の管理は暫く任せた。有り得ないと思うが、俺が帰って来た時に枯れてるなんてのは御免だからな」

 

「ちょ、ちょっと―――」

 

 矢継ぎ早に話す俺に幽香の嬢ちゃんが慌てる。その様子の幽香の嬢ちゃんに俺は首を傾げる。

 

「どうした?」

 

「どうしたじゃないわよ!理由も言わずにいきなりそんな事言われても!」

 

「理由ねえ。やることあるから離れなくちゃいけないんだよ」

 

「何よやることって!」

 

「昔の奴等の捜索。あとは…まあ色々かな」

 

 その俺の適当な態度に幽香の嬢ちゃんが掴み掛ろうとする。その腕を掴み俺は幽香の嬢ちゃんの目を見る。

 

「そう怒るな。俺もお前も寿命が短い訳じゃないんだ。何時か会えるだろ」

 

「そんなの関係ない!短いとか長いとかは関係ない!!」

 

 瞳に涙を浮かべる幽香の嬢ちゃんに俺は思わず動揺する。

 

「ほ、ほれ、泣くなって」

 

 ぼろぼろと涙を零す幽香の嬢ちゃんの涙を拭き、俺は懐から種の入った袋を取り出す。

 

「幽香」

 

「……?」

 

 俺はそこから一つの種を取り出すと幽香の嬢ちゃんの前に差し出す。何時も嬢ちゃんと呼んでいるからだろう、名前で呼ばれ幽香の嬢ちゃんも顔を上げる。

 

「これ、やるよ。幽香にプレゼントだ」

 

「…これ、何?」

 

 受け取った種を見ながら幽香の嬢ちゃんが俺を再び見る。

 

「名前は俺も分からないんだけどな。暑い季節になると花を咲かせるんだ。どんな花よりも元気でな、太陽みたいな花だ。俺と約束。俺がまた此処に来た時、幽香が咲かせた花を見せてくれ」

 

「……」

 

「な、必ず見に来るから」

 

「……分かったわ」

 

 俺の言葉に幽香の嬢ちゃんはこくりと頷く。

 

「…今から行くの?」

 

「そうだな。なるべく早い方が良い。俺の持ち物は好きに使って良いぞ。幽香の嬢ちゃんにやるよ」

 

「………分かった」

 

「それじゃあ、行きますかね」

 

 扉を開け外に行く俺の後を幽香の嬢ちゃんが着いて来る。

 

「見送りさせて…」

 

「ありがとな」

 

 その頭を撫でて俺は笑う。それに不満があるのか幽香の嬢ちゃんは少しだけ拗ねた表情をする。

 

「ふん、次会った時はそんな子供扱いなんてさせないわよ」

 

「楽しみにしてる」

 

 そう言って俺は花畑の中を歩いて行く。大体二十分もあればこの山は下りれるだろう。

 俺は花畑にいる幽香の嬢ちゃんに手を軽く振ってその場を後にした。

 

 ◆

 

「右か左か、どっちだ」

 

 俺は地面に垂直に棒を立て呟く。山を下り約二日。特に何かあった訳でもない。精々忠告したのに襲い掛かって来た妖怪を殺していただけだ。

 

「…右か」

 

 俺は倒れた棒の方向を見ながら呟く。あっちは何があっただろうか。

 

「まあ、良いか」

 

 古参の奴等も精々片手で数えられる程度しか生き残っていないだろう。そう簡単に会える筈がない。

 

「気長に行くか」

 

 俺は呟き野を歩いて行く。

 

「しかし、神とやらには注意した方が良いか」

 

 特に土地神。下手したら土地に入っただけで殺しに掛かるような面倒臭い奴がいるのかもしれない。後は、

 

「最近噂の祟り神か」

 

 白い蛇。妖獣に聞いてみたらミ、ミ、ミジャ…ミジャグジ、何か違う。何だっけ…。

 

「ミ…ミ…」

 

 何っだっけなあ。喉まで来ているのにそれが声に出ない。

 

「あ、ミシャグジか!」

 

 何となくスッキリした気がする。まあ、そこまで凶暴じゃないといいな。向かって来たら殺すけど。

 此処に来るまでに人の集落を二つ三つ見たが、どうやらそこまで技術力は高くないらしい。まあ、その為に神がいるんだろうが。やはり神も大変なのだろうか。そもそもどんな姿なのだろうか。蛇を束ねているということはその親玉である神も巨大な大蛇かなのだろうか。

 まあ、何でも良いが。

 

「…疲れた」

 

 流石に二日歩き続けるのは精神的に疲れる。そこらの妖怪でも捕まえて運ばせようか。

 

「面倒臭いし、歩いて行くか」

 

 取り敢えず寝よう。疲れたし、飯を食べたい。

 俺は適当に集めて来た小枝に火起こしで起こした火を投げ入れる。舐めることなかれ。最早数億だか数万だか生きて来た俺に死角は無い。霊力なんぞ使わなくても闘華を呻かせるだけの身体を手に入れているのだ。・・・能力使われたら意味無いけど。

 それでも霊力の総量を増やしたくて毎日演算やら使用はしているんだが・・。あと精神集中。

 

「……寝よう」

 

 俺は焚き火の近くに横になり、瞼を下ろした。

 

 ◆

 

「しつこい!」

 

 飛びかかる野犬の頭を握り潰し右足で近付いて生きたもう一匹の野犬の頭を蹴り砕く。されどどれだけ殺そうとも野犬が退く様子は無い。ガリガリの痩せ細った体で襲い掛かってくる。

 ことの次第は今から十数分前。太陽が昇るより少し早く俺は目を覚ました。そして周囲を見れば俺を警戒しながら近付いてきている野犬達。そこからは言わなくとも分かるだろう。そして今に至る訳だが。

 

「いい加減諦めろっつうの!!」

 

 数匹の野犬の首を圧し折り投げつけて行く。もう随分何も口にしていないのだろう。まるで食べることしか考えていない様に思える。現に死体になった仲間を食い始めている。

 

「うざい!!」

 

 俺は霊力を拳に纏い地面に向けて放つ。衝撃で大地が僅かに揺れ地面が俺を中心に大きく抉れている。それで漸く諦めたのだろう。野犬達は死んだ仲間を引き摺りながら逃げて行った。

 

「ったく、何で朝日を拝むのに全身血だらけにならなくちゃいけねえんだよ。厄日か!」

 

 取り敢えずこの血をどうにかしよう。うん、それがいい。また妖怪やら獣やらに目を付けられたら堪ったもんじゃない。

 俺は周囲に水場でもないか探す為に移動を再開した。

 

 

 

 結果だけ言おう。川を探し出すことには成功した。だが、

 

「何処にいる渡り妖怪!」

 

 何か変な御仁に目を付けられました。なんだろうね、うん。今日は本当に厄日なのかもしれない。あれで神だって言うんだから笑えない。何だ邪神か?それとも破壊神か?

 空で俺を呼んでいるのは軍神さんだそうです。名前は八坂神奈子とか…。笑わせないで欲しい、軍神ってのは脳筋か正義馬鹿なのだろうか。最悪だ、本当最悪。野犬が飢えていた理由が分かる。恐らくは、あれが妖怪と戦っていたからだろう。しかもどうやら、神奈子嬢は渡り妖怪を御存知の様子。照れるね…。

 

「此処にいますよ神奈子嬢」

 

 俺への返答の代わりに飛んでくるのは御柱。あんなもん喰らったら全身打撲だ。絶対に痛い。けど、流石に神を殺すのは拙いだろう。そしたら周辺の集落にまで影響が及ぶ。

 

「はてさて、どうするか」

 

 人間が霊力、妖怪が妖力なら、さしずめあれは神力と言った所か。ただ他二つより質が良い。何とも厄介極まりない。向こうの攻撃を相殺するのに俺は多めに霊力を消費する。

 

「ま、何時も通り凝縮すれば問題ないが」

 

 俺は神奈子嬢の背後に転移し霊力弾を放つ。それは迎撃して来た御柱を半壊させた。

 

「妖怪を名乗っておいて霊力を操るとは、奇怪な奴だねえ」

 

「生憎、妖力には恵まれなかったんで」

 

 神奈子嬢の言葉に軽口で返し俺は先程より多くの霊力弾を放つ。密集して放たれた爆弾が一つでも起爆すれば周囲の爆弾はどうなるか。そんなもん考えるまでもない。一つの霊力弾が弾け次々に誘爆していく。神奈子嬢と俺を断つように間に霊力弾の壁が出来る。

 

「こっちは戦う理由もねえんだ。さらばだ神奈子嬢!!」

 

「くそ!待て!!」

 

 俺は高笑いをしながら神奈子嬢に背中を向け走り去る。何で能力を使わず、背中を向けて走るかだって?そんなもの馬鹿にしているからに決まっているだろう。

 背後から次々に放たれる御柱を躱し、俺は神奈子嬢から逃げて行く。大体相手が飛んでる時点で無理。俺人間だから飛べねえし。

 

「ふはははははははははははは!!!!!」

 

 御柱が発する破壊音と共に俺の何処までも人を馬鹿にする高笑いが周囲に木霊していた。

 

 



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十六歩 自分の噂って中々自分の耳には入らないよね

 八坂神奈子から逃げ切り三週間。全は人間の集落にいた。

 

「悪いねおっさん」

 

「がはは!なあに人手が足りなくて困ってたんだ。寧ろこっちが礼を言いたいよ」

 

 豪快に笑う農夫。現在、全は農夫と共に畑を耕していた。その理由は単純なもの。ただ食料が無くなっただけである。

 実際の所は妖怪の噂等を聞きに来たのだが丁度食料が無くなり目的の優先順位が摩り替ってしまっているのだ。

 

「ほれ、これ位あればあと数日は持つだろうよ」

 

「ありがたい」

 

 そう言って農夫から渡された食料を見て頭を下げる全。別に食わなくとも死ぬ訳ではないが今迄の習慣というのは中々抜けないものである。

 

「あ、あと最近何か妖怪の噂とかは聞いてないかい?強力な力を持った奴が出たとか、行方不明が立て続けに起きてるとか」

 

 全の言葉に農夫を顎に手を当て思い出す。

 

「噂ねえ。いや、特に聞いた覚えはねぇなぁ」

 

「ん、そうかい。そんじゃあ、ありがとうねおっさん」

 

「おう、気ぃ付けろよ兄ちゃん。外は危険だからよぉ!」

 

 別れの挨拶をし集落を出て行こうとした時に掛けられた農夫の言葉に全はおう、と元気よく応えて出て行った。

 

「ここも特に収穫は無しか…」

 

 早速貰った食料を食べながら全はぼやく。今の所強力な妖怪に会うことは無く噂を聞けたとしても精々が中級程度。彼のテンションは崖に落ちたかのように垂直落下をし始めている。

 

「どうすっかなあ。神とやらがどんなのか見てみようか」

 

 八坂神奈子は彼のことを敵視している。他の神と言っても特に情報がある訳でもないし、あったとしても少々遠い。であれば近い場所にあり、特に自分とは接点の無い神の場所に行けばいい。すなわちミシャグジを統括する諏訪子なる神に会いに行けばいい。

 ただ、これにも不安材料があった。

 

「祟られたら身体の時間戻せば何とかなるのか?いや、祟りの内容にもよるか…?そもそもどういう姿なのか」

 

 全は洩矢諏訪子という人物を噂で少し知っている程度だ。ミシャグジ様という蛇も白蛇であるというだけ。もし、尋ねて違います等と言われたら彼が恥を晒すことになる。

 

「……まあ、神なら神職が誰か御付きでいるだろう」

 

 相変わらず短絡的な思考のまま全は洩矢の王国へと歩を進める。此処からならば二、三日も歩けば着くだろう。戦闘になろうとも逃げ切れる自信がある。闘華と肩を並べる程の敵ではないのだ。最悪本気で戦えば殺す事も出来る……と良いのだが。そう考えながら全は先程貰った食料に再び口を付けた。

 

 ◆

 

「到着!いや、案外早く着いたな」

 

 此処、洩矢の王国まで特に全は何事もなく着くことが出来た。彼にとっては非常に珍しいことだろう。恐らくは洩矢諏訪子が妖怪を追い払っているのだろうが。

 洩矢の王国は今迄に見た集落より技術が幾らか上だった。まあ、神自らがいて技術力は集落に負けている方が有り得ないのだが。

 全は国の中に入ると辺りを見回していく。一応人々の意識を自分から外れるよう向けている為か、注目もされずそこに誰かがいる、と言う程度の認識である。

 

「ふむ、ここまで豊作なのも神の御蔭か」

 

 呟きふと全は考える。

 自分はあまり神に興味が無い為、神のことはあまり知らない。何をしているのか、何故人々に無償の恩恵を与えているのか・・・。

 考えれば考える程に増えていく疑問に全は本格的に洩矢諏訪子を探そうと決心する。いざという時は気絶させ頭の中を覗きこめばいい。

 

「・・・・あ~、すんません。洩矢諏訪子様がいらっしゃる神社は何処でしょうか?」

 

 なるべく自分の服装や言葉に疑問を持たせないように慎重に能力を調整し全は近くにいた女性に尋ねる。

 

「外から来た人かい。洩矢様はこの道をまっすぐ行けば見えて来る神社にいるよ。たぶん巫女様がいるだろうからそれで分かる筈さ」

 

「ありがとうございます」

 

 女性に礼を述べ全は道を真っ直ぐに進んで行く。基本的に進む道の両側には田畑が続いているだけだ。だが、それも神を祀る神社が近付いて来ると人間の家屋が続く様になってきていた。

 

「……うっわ、だるいなぁ」

 

 げんなりとした表情をする全。その目の前には石段が続いていた。神社が山を切り開き造られた為段数が非常に多い。全は途中で石段を数えるのを止めた。

 

「子供も歩くのは大変だろうに」

 

 必死に石段を上ろうとする子供を想像し全は微笑する。

 

「頑張りますか。年寄りの身体には辛いけど」

 

 そう言って全は石段をゆっくりと上り始めた。

 

「一歩、二歩、三歩の四歩、五歩から六歩―――――」

 

 リズムに乗りながら徐々に上って行く全。最初こそ楽しそうであったけれど次第にそれも苦い表情に変わって行く。

 

「四百九十五…四百九十六…四百九十七…四百九十八、四百九十九…」

 

「五百!」

 

 最後の一段を上り全はやりとげた表情をする。本人も何に勝ったのかは分からないがとにかく誇らし気な表情をしている。きっと普段の彼であればまた騒いでいただろう――――目の前に人がいなければ。

 

「………」

 

「…えっと、こんにちは?」

 

 まだ若い少女が小首を傾げながら声を掛ける。

 

「……見てましたか?」

 

「…見ちゃいました」

 

「さらば!!」

 

「きゃーーーーーー!!!?」

 

 突然振り返りそう言って石段へと飛び降りた全に少女が悲鳴を上げる。普通の人間であれば無事では済まない。その凶行に少女は暫く呆然としていたがハッ、と意識を取り戻し石段へと走る。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 およそ百段程だろうか。石段を転げ落ち、ぐったりと横たわっている全の姿がそこにはあった。

 

「へ、返事をして下さい!」

 

 そう言いながら横たわる全の肩を揺すり声を掛ける少女。もし、これが仮に全の普段の姿を知っている者であれば無視を決め込むだろう。この男まったくもって残念である。

 

「…あ~…死にそう」

 

 そう言いながら身体を起こす全。フラフラと覚束無い足取りの全に少女は肩を貸す。

 

「あ、頭から血が!」

 

「大丈夫。放っとけば治るから」

 

「だ、駄目ですよきちんと手当てしないと!!」

 

「くう…すまないね、お嬢さん」

 

 少女の言葉に全は目頭が熱くなるのを感じる。

 何て良い娘だろうか。あいつらとは大違いだ。

 全は今迄にあった仕打ちを思い出しながら今の状況の差異に涙を零しそうになる。

 

「だ、大丈夫ですから。直ぐに痛みも治まりますから!」

 

 それを勘違いしたのか少女が更に気を掛けて来る。それによって溢れだしそうになる涙。

 やがて階段を上り切り境内へと入る二人。

 

「ようこそ、不届き者。歓迎しよう」

 

 そこに威圧感を放ちながら立つ少女と白い蛇たちに全は固まる。違う意味で今度は涙が溢れて止まない。

 

「す、諏訪子様。この人は―――」

 

「よくも家の巫女に手を出したなあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 少女の声空しく、諏訪子と呼ばれた祟り神は全へと容赦なく攻撃した。

 

「え、ええと…」

 

 暴れている自らの神と頭から出血しながらもそれを必死に躱している全を見ながら少女は戸惑い。

 

「あ、手当てするのに準備しないと!」

 

 手をパンと打ち合わせ何ともズレたことを言って少女は神社の中へと入って行った。

 

 ◆

 

「何だ、襲われたんじゃなかったのか…」

 

「駄目ですよ諏訪子様。人の話はお聞きにならないと。あ、動かないで下さい」

 

「俺必死に言ってたよな…」

 

 神社の縁側で三人は話をしていた。呟く諏訪湖に全は少女に手当てされながら不満げに見る。

 

「まあ、良いじゃないか済んだことは!」

 

「全然良くねえよ!危うく死に掛けたよ!!」

 

「あ、動かないで下さいね」

 

「あ、すんません」

 

 少女の言葉に立ち上がりそうだった全は謝りながら座り直す。やがて手当てが終わり全は目の前にちょこんと座っている少女を見た。

 

「で、御宅が諏訪子さんで?」

 

「如何にも、私がこの国を治める洩矢諏訪子だ」

 

 神力を放ちながら名乗る少女。頭に被っている蛙の様な帽子の瞳が僅かに動いた気がした。思わずそれに視線を持っていかれる全に諏訪子はゴホンと咳をする。

 

「こっちは私に仕える巫女の沙菜(さな)だ」

 

 その言葉に正座をして頭を下げる緑の髪の巫女。先程全に手当てをしてくれた少女だ。

 

「それで、お前人間ではないね?只の人間が私の攻撃を躱せる筈がない。その上人間はそんなもの着ていないからね」

 

 その言葉に全は呻く。

 

「いや、一応人間なんだが…。普通とは少し違うというか。まあ、いいや。俺は渡良瀬全。自称渡り妖怪だ」

 

「…渡り?」

 

 その言葉にピクリと諏訪子が反応する。

 

「もしかしてこっちにも名前が知れてる?」

 

「ああ、何でも鬼の頭と同等の力を持っているとか…。酷く残忍な奴だとも聞いてるね」

 

 全はその言葉に頭を抱える。噂に尾鰭(おひれ)が付くのは良くあることだが、こんなことで神に目を付けられたら堪ったものではない。恐らくあの八坂神奈子が命を狙って来たのもこのことからだろう。

 

「残忍って。そりゃあ、嘘だろ。妖怪共から残忍なんて呼ばれることはしたことねえぞ」

 

「ふうん、まあ良いけどさ。けど、この国の人間に手を出したら只じゃおかないよ」

 

「そんなことしても俺に得ねえから」

 

 その言葉にそう、と諏訪子は答えて立ち上がる。

 

「なら、ゆっくりしていくと良いよ。何かあったら他にも巫女はいるから。沙菜」

 

「はい」

 

 諏訪子が沙菜の名前を呼ぶと彼女は返事をして諏訪子の後を着いて行く。その途中、彼女は全を見てにこりと笑った。

 

「……これからどうしよう」

 

 空を仰ぎながら全は呟いた。

 

 ◆

 

「沙菜。あの男、どうだった?」

 

 振り返った諏訪子の質問に沙菜はニコニコとしている。

 

「全て本当でした。あの方は嘘を言っていません」

 

「そうかあ、沙菜の能力でそうなら問題ないかなあ」

 

 彼女の能力である『感じ取る程度の能力』。それによって彼女は全が嘘を吐いていないか調べていたのだ。

 

「中々面白い方でしたね」

 

「そう?私には雲みたいな感じだったけど。掴めた様で掴めて無い様な感じ」

 

「大丈夫ですよ。何となくこう、感じましたから」

 

「何時もあやふやだよね沙菜は。…まあ、それを信じちゃう私もどうかと思うけど」

 

 祟り神とその巫女は二人廊下を歩いて行った。

 

 ◆

 

「ほれ、こっちだこっち」

 

 そう言いながらこっちに来いと手を動かす全。その先には先程諏訪子が操っていた白い蛇――――恐らくはこれがミシャグジだろう―――がいた。

 

「お前も土地神だよなあ。たぶんだけど」

 

 呟きながら全はミシャグジの額を人差し指で撫でる。

 

「あ、此処にいましたか」

 

「む?ああ、沙菜の嬢ちゃん」

 

 背後から掛けられた声に全は立ち上がりどうしたのか尋ねる。

 

「これから貴方はどうするのかと思いまして」

 

「そうだねえ」

 

「留まるのならばこの神社で生活をしても構いませんが」

 

 その言葉に全は少しだけ驚く。

 

「諏訪子嬢は俺は無害だと認識したのかい?」

 

「ええ、貴方がそこまで害のない存在であることは認めた様です」

 

 そこまで、と言う言葉になるべく迷惑掛けない方が良いかなあ。などと考えながら全は思案する。

 

「そんじゃ、御言葉に甘えちゃおうかね。けど、嬢ちゃん達は良いのかい?」

 

 他の巫女たちが納得していない状態で此処に住まうのは少し気が引ける。そう思いながら言った言葉に沙菜は笑顔を浮かべる。

 

「ええ、既に他の方にからも了承は得ているので問題ありませんよ」

 

「そっか、じゃあ、これからよろしく頼む」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 互いに笑顔で二人は言葉を交わした。

 



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十七歩 ゆっくりまったりのびのびと

遅れて申し訳ない


「飯だ!」

 

「飯だー!!」

 

 神社をばたばたと走る俺と諏訪子。その様子に境内を掃除していた沙菜が声を掛ける。

 

「ご飯はさっき食べたばかりですよー」

 

「…食べたばかりだってお嬢ちゃん」

 

「そうなんだってお爺ちゃん」

 

「御二人とも何をしているんですか」

 

 俺達二人のやりとりに沙菜が笑う。俺がここに住まう様になって早一週間。時々妖怪と戦い、諏訪子嬢をからかい、巫女である沙菜の嬢ちゃん達の手伝いをして過ごしてきた。

 

「………美味い」

 

 縁側に座り俺は沙菜から貰った野菜をポリポリと齧っている。その左手は霊力で作った小玉を上に投げ掴むという行為を繰り返している。

 霊力の小玉を掴む瞬間、掌に霊力で薄く膜を張り掴んで再び投げる。もし膜を張らなければ手は焼け焦げるか吹き飛ぶかのどちらかだ。前に失敗した時、実際に体験した。これが完全にこなせるようになるまで実質数万年の時を掛けた。元々霊力の扱いに長けてはいたがそれでも苦労した。おまけに霊力の小玉も暴発しないよう霊力を只凝縮させるのではなく流動させている。

ハッキリ言う。我慢をしたくない俺にとっては地獄でしかない。

 

「……おっと」

 

 考えすぎて危うく霊力の制御が出来なくなりそうになる。

 

「危ない危ない」

 

 呟きながら野菜を食い終え、俺は右手を水で洗う。

 

「さて、ここからが本番だ」

 

 俺は目を瞑ると宙に左手で持っていた小玉と同じものを作る。それと同時に右手にも薄い霊力の膜を張る。

 

「――――――」

 

 全神経を集中させ、自分でも珍しいと思う程の真剣な表情をして俺はその小玉で御手玉をする。一度ミスれば身体が吹き飛ぶリスクを負っているのだ。真剣にもなる。

 徐々に手を動かす速度を上げながら俺は目を開ける。それによって集中が途切れそうになるが仕方がない。実戦でそんなちんたらと集中している暇などないのだ。やがて現在出せる最大の速度で手を動かす。最後にやった時はおよそ一分で身体が吹き飛んだ。

 

「…四十秒……五十秒」

 

 決して焦らないよう、かつ最速で手を動かす。やがて弾の一つがそのバランスを崩し始めた。

 

「一分三十秒」

 

 その言葉と共に零れ落ちた小玉を遥か上空に転移させる。瞬間爆音が空に響いた。

 

「どうしました!?」

 

 その爆音に沙菜の嬢ちゃんが飛びだして来る。

 

「いや、ちょっと修行してたらな。悪い、迷惑掛けちまった」

 

 あれだけの音だ。きっと国の人間も驚いているだろう。

 

「ちょいとばかり他の奴等にも謝罪して来るわ」

 

 そう言って俺は石段を下りて行く。正直に言うと諏訪子嬢達がまた煩そうだから逃げたいだけだが。

会う人々に謝罪や雑談をしながら歩いて行く。中には採れた野菜やらをくれる人なんてのもいた。

 

「悪いねえ」

 

 俺はほくほくとした顔で歩いて行く。そうして歩いているうちにあることを思いつく。

 

「上手くいくかねえ」

 

 俺はニヤニヤと笑みを浮かべながら歩く。今から戻って準備をしなければ、どうせなら諏訪子嬢も誘うか…。

 

「まあ、いいや。早速やりますか」

 

 俺は持っていた野菜を一瞬で食い尽し神社へと戻る。どうやって一瞬で食ったのか?歳をとれば出来るんだよ。そういう事にしときなさい。決して胃に転移したとかではない。

 

 ◆

 

「……落ち着くねえ」

 

「いや、何その格好」

 

 神社の縁側。伸びをしながら俺はジト目を向ける諏訪子嬢に呆れる。

 

「見て分からないのか?製作時間二時間のこの服を!」

 

「全然分からない。というかそれを夕刻までに作れたことに驚いたよ」

 

 俺の姿は袴ではなくなりダークスーツを着ている。上半身は脱いで赤のワイシャツ一枚だが。いやあ、懐かしい。これを着るのは軍に入る前だから……忘れちまったな。

 

「何か変な服だね」

 

「テメェ失礼なこと言うんじゃねえよ!これは俺の恩人であるおっさんと言う馬鹿が職をくれた時のもんなんだぞ!!」

 

「恩人を敬う気持ちなさすぎでしょ!恩人と思うならもう少し敬ってあげなよ!!?」

 

「あんな人間とは思えねえ爺をどう敬えと!?」

 

「知らないよ!」

 

「…ったく」

 

 俺は溜息を吐きながら傍に置いてある鶴嘴(つるはし)に手を伸ばす。材料がないから石製なのが残念だが仕方がない。いやあ、昔はよくこれを使ってたなあ。

 

「本当に何者なんだい?」

 

「長生きした自称渡り妖怪の人間」

 

「全は人間の枠組みに入れるべきじゃないと思うんだ」

 

「酷いな、俺だって血が通ってるし涙も流すんだぞ?」

 

 諏訪子嬢の言葉に肩を竦める。まあ、涙を流すのは殆ど無いけど、たぶん死ぬ時位じゃない?

 

「まあ、そんなどうでも良いことよりさ」

 

「どうでも良いんだ。自分のことでしょう?」

 

「良いんだよ。で、結局諏訪子嬢はやるのか?」

 

 俺の言葉に諏訪子嬢は何を当たり前のことを、と楽しそうにけろけろと笑う。

 

「やるに決まっているだろう。それで、どうやってやるんだい?」

 

 横になっている俺に、隣に座っている諏訪子嬢が尋ねて来る。

 

「まあ、最初は霊力弾を爆発させてみようかなと」

 

「けど、全って飛べないよね?私より長く生きてるのに…」

 

「うるせえよ。あれだ、浮遊感で酔っちまうんだよ」

 

 諏訪子嬢の言葉に俺は若干拗ねながらも答える。空を飛ぶより転移することの方が便利だ。敵の懐に一瞬で潜り込める。それに空だと大地に足を付けてないから力が出ない気がするんだよな。まあ、どれだけ理屈並べても飛べないだけなんだが…。泣けて来る。

 

「まあ、空中に結界でも張れば問題ないだろ」

 

「まあそうだけど、不便じゃないの?」

 

「全然」

 

 その問いに俺は即答する。いや、まあ不便だけどさ、見栄張りたいじゃん?何かこう、認めると負けた気がする。

 

「おし、そろそろ良い頃合いだろう」

 

 俺は立ち上がると空を見上げる。実を言えばとっくに夜にはなっていたのだ。だが、月が出ていると少し分かり辛くなる可能性もある。だから月が雲で隠れるのを待っていた。

 

「んじゃ、ちょっくら行って来る。諏訪子嬢は酒を持ってきてくれよ」

 

「はいよー」

 

 神社の中へと入って行く諏訪子嬢を一瞥し俺は空に転移する。

 

「久しぶりにやるけど、上手くいけよ!」

 

 俺は霊力で四角形の結界を宙に張る。結界と言うには雑でお粗末、本職が見れば違うと一目で分かる。只四角形の形に編んだ物なのだから。当然、踏む時も素足だったら危険なので霊力の膜を足に張る。

 

「さて…一丁派手にやるか!」

 

 辺り一面に霊力の小玉を作る。だがどれも大した威力など無い。そもそも今回は威力など必要ないのだ。

 

「おー」

 

 眼下に広がるのは光の川だ。まるで星達がそこにあるかのように感じる。

 

「よっと、感想は?」

 

 酒を持って来た諏訪子嬢の隣に座り俺は問い尋ねる。

 

「……凄いね。こんなのを見るのは初めてだよ」

 

 俺達の目の前には雪の様にふわふわと光球が降り地面に触れると解ける様に消えて行く。

 

「どうやってるの?」

 

「秘密だ。強いて言えば歳の功かね」

 

 俺達は互いに酒を飲みながら言葉を交わす。

 

「……ねえ」

 

「ん?」

 

「全は人間なんでしょう?その知識は何処から覚えてきたの?」

 

「そうだねえ、御伽噺(おとぎばなし)にでも出て来るような所からかねえ」

 

 諏訪子嬢は何だそれ、と言って笑う。その言葉をはぐらかしていく俺。別段知る必要も言う必要もないだろう。教えたって得をするような物でもないし。

 尤も、あそこを御伽噺の題材にしても大したものは出来ないだろうが。いや、それは俺があそこを気に入ってないからなのかもしれない。

 

「…もしかして諏訪子嬢酔ってる?」

 

 ふと横を一瞥すると首をこっくりこっくりと縦に振り顔を真っ赤に染めている諏訪子嬢がいた。

 

「お~い、起きてますかぁ」

 

 肩を軽く揺さぶるが諏訪子嬢は一向に起きる様子がない。というか逆に俺の膝を枕か何かと勘違いしている。

 

「……ったく、まだ三十も飲んでねえだろう」

 

 俺は呟きながら諏訪子嬢を負ぶう。見た目だけじゃなくて中身も子供か。

 

「沙菜の嬢ちゃ~ん。隠れていても分かるぞ~」

 

 俺は呑気に廊下の奥に向けて声を掛ける。酒を飲んだせいからか少し頭が回らない。といっても大したものではないが。この身体、進化の為にすぐ耐性付けるんだよなぁ。

 

「ばれちゃいましたか。一応自信はあったんですけど…」

 

「残念だったな。ケロ子嬢は酔ってるからまた別だが、俺は長い時間生きてるんだ。直ぐ分かる」

 

 そう言いながら俺は沙菜の嬢ちゃんの横を通る。

 

「酒、済まないが新しいの用意しといてくれ。嬢ちゃんも少しは飲めるだろう?」

 

「はい」

 

 俺はその言葉に笑みを浮かべながら諏訪子嬢を寝床へと運んで行った。

 

 ◆

 

「嬢ちゃんと酒を飲むのは初めて、だったよな?」

 

「はい。普段は他の巫女や諏訪子様がいますから」

 

「まあ、そうだな。…ほれ」

 

「ありがとうございます」

 

 沙菜に酒を注ぎ全は外をもう一度見る。先程より数は少ないがそれでも光球は今も降っている。諏訪子の時が星の川ならこれは蛍の川だろう。ぼんやりと辺りを照らしながら漂っている所はそっくりだ。

 

「全様は、今迄どんな物を見て来たのですか?」

 

「この国の外の事か?」

 

「はい。私は外に出たことは殆ど無いので」

 

 巫女は神に仕えることこそが仕事だ。そうである以上、国の外に行くこと等無いだろうし妖怪が出ても戦うのは諏訪子やミシャグジであって巫女は付いて来る訳ではない。こう言ったことを聞きたがるのも当たり前なのかもしれない。

 

「そうだねえ、鬼神って言う知り合い―――いや、怨敵が出来たり、花畑で花が大好きな少女と出会ったり、もふもふとした妖獣達に出会ったりしたかなあ。他にも雪が降った時は大きな像を作って、春は花見をして、夏は虫を取って(幽香の嬢ちゃん)で遊んだり、その他には――――」

 

 全は今迄に見て来た事、あった事を身振り手振りを加えながら話していく。その姿や話に沙菜はクスクスと笑う。

 

「世界には他にも色々あるんだぜ?怖いこともあるがそれも俺は楽しみで仕方がない」

 

「変わっていますね」

 

「良く言われる。お前は子供みたいだなとか、もう少し他人のことを考えろとか。まあ、結局迷惑は掛けるんだけど」

 

「本当ですね」

 

「ひっでえなあ」

 

 沙菜の言葉に全は苦笑いを浮かべる。何となく沙菜のその仕草を見て全は雲から出て来ていた月を見る。

 

「懐かしいねえ。昔は俺にも主がいたんだぜ?」

 

「従者だったのですか?」

 

「ああ、自慢の主だよ。今も生きてると思うんだけどな」

 

 間違いなく、生きてる。これだけは自信を持って言えてしまう…。

 

「…その方は」

 

「俺が我儘言っちまってな。離れ離れのまま今も会えてないよ。正直会うのは少し怖いんだがな」

 

 真面目に探しに行こうかなあ、と呟きながらも全の視線は月を捉えたままだ。その横顔を眺めながら沙菜もほんの少し酒を含む。

 

「きっとその方も寂しがっていますよ」

 

「だと嬉しいんだけどね。逆に愛想尽かされてるかも」

 

 苦笑し全は肩を竦める。

 捨てられたら自分はどうしようか。少なくとも、もう永琳の前に顔は出さないだろう。会っても自分が悲しくなるだけだ。

 そんなことを考え全は酒を一気に飲み干す。何時もより喉が少し焼けた様な感触を覚えた。

 

「沙菜の嬢ちゃんは、諏訪子嬢の事を大切に思ってるか?」

 

「はい、勿論です」

 

「なら、なるべく傍に居てやりな。一人でいるより、二人でいる方が良い」

 

「はい!」

 

 元気よく返事をする沙菜。恐らくは酔って来ているのだろう。顔は火照っている。

 

「良い返事だ。ほれ、そろそろ眠りな」

 

 そう言って酔っている沙菜に声を掛けるが、本人は酔っている為か、酒の量が増し徐々に呂律も回らなくなっていく。

 

「…神が神なら巫女も巫女か」

 

 はぁ、と軽く溜息を吐き全は眠り掛けている沙菜を見る。普段の姿からそうそう羽目を外す機会もなかったのだろう。諏訪子同様全は沙菜を負ぶって寝床を探す。

 巫女の部屋等特に行くことも無かった為か、探すのに少々時間が掛かった。

 

「まったく、明日は苦しむかもな」

 

 すやすやと眠っている沙菜を一瞥し明日のことを考える。大変だろうなぁ、と気楽に考えながら全は部屋を出ていき縁側へと戻る。

 

「あと何年、此処にいようか」

 

 少なくともまだまだ世話にはなるだろう。妖怪の噂も暫くはあまり聞かないだろう。あと何百年と経ち、人間の数も今より多くなれば強大な力を持った輩も増える。

 

「今宵は見納め」

 

 パチンと指を鳴らすと淡い光を放っていた光球は全て蜃気楼の様にして消えていった。

 

「明日も頑張ろう」

 

 そう決意を固め全はその場を後にした。

 

 



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十八歩 諏訪子猛修行

 

「諏訪子嬢…」

 

「な、何だよ!言いたいことがあるならハッキリ言いなよ!!」

 

「弱い」

 

「う゛っ!!」

 

 全の言葉に諏訪子嬢はがっくりと項垂れる。その言葉は諏訪子の胸に深々と刺さった。しかし、全からすればその一言だ。精々祟られるのに注意すればいいだけと言う程度のこと。だが、それでも年季の違いだろうか、幽香よりは強いというのは流石は神と言った所だろう。

 

「まあ、それでも十分奮闘した方だろ。そこらの中級妖怪も一分持つか分かんねえぞ?」

 

 今回、全は霊力こそ殆ど使っていないが接近戦ではそれなりに本気だった。その状態で十分持てば良い方だろう。

 

「しかし、神様も不便だな。信仰が無いと駄目なんてのは…」

 

 人の信仰によって神は存在し、力を得ることが出来る。人の感情という存在する元が同じでも妖怪と神では在り方や持ち得る力は大分違うらしい。

 妖怪が年月で力を得るのも人々の恐怖が徐々に増していくからかもしれない。だから妖怪は人を襲いその恐怖を増大させる。ある意味本能的に刷り込まれたことなのかもしれない。

 対して神が信仰によって力を増すのは人々の誠意等が元だからかもしれない。恐怖と違い信仰は継続する物ではない。恩恵が無くなれば人々の神への信仰など無駄な物だ。ギブ&テイク。見返りの無い神に誰が誠意を見せ信仰などするだろうか。

 

「おーい、どうしたの?」

 

「ん?…ああ、何でもねえ。考え事」

 

 全は目の前で手を振っている諏訪子の言葉に思考を中断する。

 

「しかし、またどうしていきなり相手をしろだなんて言ったんだ?」

 

 その言葉に諏訪子は顔を俯かせて言った。

 

「大和の使者が来たんだよ」

 

「大和、今勢力を伸ばしてる所だったか」

 

「そう、軍神八坂神奈子を筆頭とした多くの神が迫って来る」

 

 その言葉に全は顰め面をする。彼からすれば八坂神奈子は軍神と言うより邪神だ。その上あの御柱の威力には顔を引き攣らせる他ない。

 

「その為の修行相手か。まあ、別に良いけど」

 

 居候の身だ。この程度のことは別に問題ない。

 そう考えながらも全は諏訪子に頼みをする。

 

「敵の大将以外は俺が貰っていいか?そうすればお前も一騎打ちで余計な力を使わずに済む」

 

「…何でそんなことを?」

 

「他の神がどんなもんなのか知りたくてな」

 

 未だ全が見た事のある神は軍神と祟り神。この二柱だけでは現在の神たちの力は分からない。もしかしたら二人は平均であるかもしれないし最高位程の力なのかもしれない。なるべくあやふやな状態にしたくないというのが全の本音である。

と言うのが建前で、本当は日頃のストレスをぶつける相手が欲しかっただけなのだが。

 その言葉に諏訪子は思案しやがて顔を上げた。

 

「分かった。申し訳ないけど向こうと此方では戦力差も大きいんだ」

 

「無問題。神奈子嬢以外は任せとけ……死なせちゃっても平気だよな?」

 

「まあ、それについては大丈夫だけど」

 

 その言葉に全は立ち上がり諏訪子を見る。

 

「よし、ならもう一戦やろうか。さっきと同じ速度で相手してやるから最低でも掠らせる様にしろ」

 

「それって相当だよね?」

 

「俺と鬼神の闘いはそれ以上の速度じゃないと死ぬぞ?」

 

「…頑張ろう」

 

 全の言葉に諏訪子は小さく手を握り決意を固める。それを見ながら全は結界を張った。それは何時ぞやの霊力での強引な物ではなく、きちんとした物だ。全は鶴嘴を掴み諏訪子を呼ぶ。

 

「やるぞ」

 

 その言葉からは何時もの不真面目さは無い。全も諏訪子の事情が分かった以上、何時までもふざけている訳にはいかない。諏訪子が負ければこの国や神社もどうなるか分からない。

 諏訪子が結界に入ると全は口を開く。

 

「そうだな、とにかく俺の速度に慣れろ。これが大体上の中って奴等の速度だ。相手が軍神である以上これ位の速度は出して来るだろう」

 

 元々軍神と祟り神では分が悪い。向こうは軍神と言う以上、闘いは祟り神よりも得意だろう。でなければ御笑い物だ。誰も笑わなくとも全が笑う。

 

「分かった」

 

「行くぞ」

 

 そう言って構え、全は駆ける。霊力が無しの状態での加速。手加減しているとはいえその速度は人間の物ではない。

 諏訪子は大地から次々に土柱を生やし全を迎撃する。それを時に躱し、足場にし、そして鶴嘴で砕いて行く。純粋に筋力の身で土柱を破壊する等諏訪子からすれば悪夢以外の何物でもないだろう。

 

「ほら、迷うな!敵に行動させる暇なんて与えてどうすんだよ!」

 

 全の放った一撃を間一髪回避し、諏訪子は距離を取ろうとする。

 

「自分が得意な距離での戦闘を心掛けろ!敵の力が自分より上なら敵の得意な距離にさせるな!!」

 

 全は迫る攻撃を全て捻じ伏せる。だが、それも只力だけでやっているのではない。最も脆い場所を瞬時に判断し、その個所を正確に突き崩しているのだ。これは経験からの物であろう。今の諏訪子には到底出来る物ではない。

 

「っく!」

 

 目の前に迫られ諏訪子は虎の子である鉄の輪を構える。全は鶴嘴を捨てる。なるべく怪我はさせない方が良い。徒手空拳を用いての近接格闘。柔軟な身体から繰り出される攻撃に諏訪子は一瞬たりとも気を抜かず必死に食らいついていく。

 

「―――――!!?」

 

 その猛攻の中全が繰り出した蹴りが人体の構造上本来有り得ない筈の軌道で迫る。それに虚を突かれ諏訪子の身体が一瞬止まる。

 

「甘い」

 

 全は一言呟き諏訪子の手から鉄の輪を蹴り飛ばした。その衝撃に思わず尻餅を着く諏訪子を見て全はそれ以上の攻撃を止めた。

 

「今のどうやったの?吃驚したよ」

 

「すげえだろう。これは修行の賜物だ」

 

 驚いている諏訪子に自慢する全。そこからは先程の厳しさはとても窺える物ではない。

 

「伊達に長生きしてねえよ」

 

 誇らしげな全。彼としても修行の成果をこうして試せたのは僥倖だったのだろう。何せ襲って来る妖怪はこんなことをする前に死んでしまう。

 

「まあ、及第点って所か。後はもう少し余裕を持てるようにしたいな」

 

「う~ん、何か他にもやることってある?」

 

「そうだな、神力、能力の扱い方が主だな。後は・・・直ぐに熱くならないで余裕を持て、他にも精神集中でもして戦場で全力を出せるようにしとけ」

 

 二人が話し合っていると昼食の準備が出来たのか巫女が呼びに来る。

 

「まあ、今は飯でも食っとけ。それからでも良いだろう」

 

「ま、まだ出来るよ!!」

 

 全の言葉に諏訪子は立ち上がり叫ぶ。その頭に手を置きながら全は内心苦笑する。

 

「そう慌てるな。さっきも言っただろう。常に余裕を保てと、そんなんじゃ身が入らない」

 

 全は言いって諏訪子を連れて神社の中へと入って行った。

 

 ◆

 

「まだ、遅い。それに注意が散漫だぞ」

 

 全の言葉に気を付けながら諏訪子は放たれる霊力弾を躱す。時折掠れることもあるが今の所被弾した様子は無い。

 

「今回お前が戦うのは一人だ。他の敵に注意を向ける必要はない」

 

「―――うわっ!」

 

 徐々に諏訪子の動きは遅くなっていき、やがて一発の霊力弾が諏訪子に被弾した。荒い息を吐く諏訪子に全は傍に置いてある水の入った桶を持っていく。

 

「休憩いるか?」

 

「いらない!」

 

 全の言葉を強く否定し諏訪子は再び立ち上がる。夕刻まではまだ時間がある。全は太陽の傾き具合を見ると分かった、と返し結界を張る。

 

「次は動きながらだ。今度は霊力弾もあるからな。それに気を取られて敵の姿を見失うなよ」

 

「応っ!」

 

 その言葉に気合の入った声で答え諏訪子は構える。それを確認し全は周囲に霊力弾を浮かべた。

 

「今度はお前が尻餅着いても追撃するからな。死ぬ気でやれ!」

 

 全は周囲の霊力弾を飛ばす。その数三十、威力や速度こそ手加減はしているがそれでも速い。それを土柱や弾幕で押し返す諏訪子。その行動に全は溜息を吐く。

 

「自分で視界を潰してどうする」

 

 霊力弾を押し返して迫って来た弾幕の中を掻い潜り全は諏訪子の前に出る。

 

「せめて空に飛んでから放つべきだったな」

 

 その言葉と共に放たれた一発の霊力弾が諏訪子に被弾する。衝撃で仰け反るがそれも一瞬、追撃が来る前に諏訪子は空へと逃げた。

 

「飛ぶのなんざ何時振りだか」

 

 なるべく条件は神奈子と同じにしたい。その考えから全は空に飛んだ。だがまだ幾らか覚束無く不安定だ。それでも隙を見せない所は中々だろう。地上から襲ってくる土柱と空にいる諏訪子の弾幕による挟撃。それを全て紙一重で回避していく。時折反撃の霊力弾を放ちながら全は徐々に諏訪子との距離を縮めていく。

 

「く!」

 

 これ以上の攻撃は無意味だと悟ったのだろう。諏訪子は弾幕を放つとその後を追う様に鉄の輪を握って全に迫る。

迫る弾幕はまるで雪崩と錯覚してしまう程に大きい。全は壁の様な弾幕の一点に霊力弾をぶつけるとそれによって開いた穴から弾幕を回避する。

 

「ハア―――――!!」

 

 それを予測し、諏訪子は開いた穴から出て来た全へと渾身の一撃を叩き込んだ。

 鈍い音が響く。この距離で回避できる筈がない。事実、諏訪子は確かに全にぶつけた手応えを感じている。だがしかし、回避できないのであれば

 

「今のは中々良かったな」

 

 煙が晴れ、そこには方手で鉄の輪を受け止める全の姿があった。

 

「しかし、あれだけの弾幕を張ったんだ。大分疲弊しただろう?」

 

 現に諏訪子は荒い息を吐き伝う汗を拭っている。

 

「まあ、合格かな。速度にも慣れて来たみたいだし」

 

 全が腕を見せる。そこには諏訪子の鉄の輪によって出来たであろう擦過傷があった。その傷を見て諏訪子が笑顔を見せる。

 

「やったーーーーー!!」

 

「一応これくらいなら戦えるみたいだしな。後は動きの無駄を無くせば良いかな。まあ間に合うか分からんが」

 

「うん、分かったよ!!」

 

 傷を負わせたことがそれ程に嬉しいのか諏訪子はぴょんぴょんと跳ね回る。その姿に全は溜息を吐く。

 腕の傷を消し全は諏訪子に近寄る。

 

「何とか…ってところか。四日後、だったよな?」

 

 全の言葉に諏訪子は先程の笑みは何処へ行ったのか真剣な表情をする。

 

「うん。目に物見せてやる!軍神が何だー!!」

 

「その息だ!諦めなきゃ勝てる可能性なんてのは幾らでもあんだ。頑張れよ諏訪子嬢!」

 

 大声で叫ぶ諏訪子に全は笑いながらその背を叩く。

 

「よっしゃ、もう少しやるか!」

 

「やるぞー!!」

 

 ◆

 

「………疲れたぁ」

 

「若いのがその体たらくとは、まったく情けない」

 

「御二人ともボロボロですね」

 

 境内で寝転がる諏訪子と逆立ちをしている全を見て沙菜が声を掛ける。お互いボロボロだ。俺は服だけだが諏訪子は体中埃や傷が出来ている、と言っても直ぐに治りそうなものだが。

 

「諏訪子嬢は水浴びでもして来い。俺はもう少し此処にいる」

 

「ん~、そうするよ。沙菜も行こう」

 

「はい」

 

 諏訪子嬢はゆっくりと身体を起こす。全へと一礼するとその後に沙菜も続いて行く。それを眺めながら全はぽつりと呟く。

 

「……今度会ったら謝ろう」

 

 全は逆立ちを止めると服装の時間を戻し綺麗にする。

 

「まあ、やれることはやったしな。後はその日が来るのを待つしかないか」

 

 予定より幾分早く出来ている。これも諏訪子の才能によるものだろう。戦いが本職である軍神に祟り神が勝つ為にはそれ相応の努力が必要だろう。祟りへの対策も、もしかしたらしているのかもしれない。

 全は鶴嘴を持って来ると鉱石を取り出す。

 

「しかし鉄があるとは……石じゃ限界があるからな」

 

 そう言いながら全は鉱石を加工していく。石製であった鶴嘴は鉄製へと姿を変えその威力を増した。

 

「若干軽いか?……あとでもう少し鉄取って来るか」

 

 呟き鶴嘴を二、三回と振るう。ただ全が鶴嘴を振るう度に風切り音が聞こえて来る

 

「まあ、神ならたぶん死なないだろう、たぶん」

 

 全は少し自信なさげに呟き鶴嘴を肩に担ぐ。恐らくもうすぐ夕食が出来るのだろう。全はその足を神社へと進めて行った。

 

 ◆

 

「……壮観ですなあ」

 

 全は座りながら目の前に広がる神達の姿を見て笑う。隣に立つ諏訪子もその様子の全を見て緊張が解れている。

 

「うっわ、あっちの邪神さんはやる気満々だよ。怖い怖い」

 

 軍神八坂神奈子の姿を見つけた全はおどけた様に肩を竦める。

 

「取り敢えず神奈子嬢はあそこ、と」

 

「任せて良いの?」

 

「問題ない問題ない。俺にとっても意味があるからな」

 

「そう、済まないね」

 

 そう言って諏訪子が前に出る。それと同じく神奈子も前へと出る。二人は互いに睨み合う。

 

「洩矢の国も今日でお終いだよ」

 

「言ってな八坂の。お終いなのはお前達だ」

 

「面白い」

 

 諏訪子の言葉に不敵に笑う神奈子。

 

「野郎どもぉ!私達の力を見せてやりなぁ!!」

 

 神奈子の声と共に空気が震える程の雄たけびが聞こえる。その様子を面倒臭そうに全は眺めていた。

 

「いや、本当俺が空気読めないみたいになるから止めてくんねえかなあ」

 

 頭を軽く掻きながら全は困った表情を浮かべる。それに呆れた様に溜息を吐く諏訪子。

 

「大丈夫だよ。多勢に無勢の時点でねえ…」

 

「ミシャグジは諏訪子嬢のサポート。残りは任せろ」

 

「うん」

 

 全は敵の目の前に転移する。突然現れた全に神達は動揺するがそれもほんの一瞬、全員すぐさま構えを取る。

 

「こんにちは皆さん。自称渡り妖怪の渡良瀬全と言います。じゃ、お前らはこっち来いや」

 

 全が不敵に笑うと同時にその場にいた神達が姿を消した。残ったのは洩矢諏訪子と八坂神奈子の二柱のみ。

 

「まさかあれがここまで出来るとはね」

 

 素直に驚きながら神奈子は呟く。

 

「まあ、仮にも私達より長生きしてるからね。さて――――」

 

「邪魔はいなくなったよ。殺り合おうじゃないか八坂の神」

 

 諏訪子の心情を表す様に今迄にない程の気迫を放つミシャグジ様。その姿を見て神奈子の笑みが深まる。

 

「ああ、やってやろうじゃないか。洩矢の神」

 

 二柱の戦闘が始まった。

 

 ◆

 

「はてさて、どうしようか…」

 

 空中に転移した全は結界の上で胡坐を掻き思案する。その傍には重傷を負った数柱の神、そして血に濡れた鶴嘴があった。

 

「…まさか、簡単に肉を引き裂くとは」

 

 呟き、向かって来る神達を霊力弾を爆発させながら応戦する。どうやら諏訪子や神奈子は神達の中でもレベルの高い方であったらしい。そう認識し全は徒手空拳で構えを取る。実を言うと、鶴嘴に罅が入ってしまったのだ。

 

「昏倒させれば良いか」

 

 転移すると同時に近くにいた神へとその拳を減り込ませる。

 

「久々の運動でね。ちょいと加減が出来ないっぽいから気を付けて」

 

 吹き飛ぶ神に全は多少手加減した霊力弾で追撃を加える。その一柱は全身をボロボロにされ墜落する。

 

「ほらほらほら、お次はちょいと本気だ」

 

 全の周囲、いや、神達の頭上を覆う様に無数の霊力の小玉が展開される。頭上だけではない、全方位に展開され既に逃げ場など無い。何柱かは瞬時に判断し能力や神力で突破しようとするが数が数なだけに耐え切れず地上へ落ちていく。

 それを無感情に見つめながら全は指を動かす。

 

「これで生き残れたら割かし強い奴ってことで」

 

 その言葉と同時に浮遊していた小玉は一斉に神達へと迫っていった。

 

 ◆

 

 上空から聞えてくる轟音と衝撃に思わず両者の肩がビクリと揺れる。

 

「派手にやってるなあ」

 

 この上空に送ったのも神奈子を地面に縫い付ける為だろう。上に行けば完全に乱戦だ。全の能力が転移としか知らない神奈子からすれば乱戦は避けたい所だろう。何処から奇襲されるのか分からない。

 

「普段はあんななのに…」

 

 呟き、目の前にいる軍神に諏訪子は視線を戻す。

 

「ハアッ!!」

 

 放たれた御柱に土柱をぶつけ回避する諏訪子。次いで放たれた弾幕を土柱と御柱を盾に躱し前進していく。

 

「舐めるなよ八坂の!」

 

 神奈子に急接近し弾幕を張る諏訪子。神奈子は回避することが出来ず、多少被弾しながらも強引に諏訪子へと御柱を放った。再び開く両者の距離。御柱の攻撃は土柱でもそう簡単に防げる物ではなく次第に諏訪子は接近戦へとスタイルを変えて行く。

 

「ほら!最初の威勢はどうしたんだい!?」

 

 挑発に無言で返し、諏訪子は御柱さえも足場にし神奈子へと接近戦を試みる。それをミシャグジ様も祟りで補助しようとするが神奈子も対策をしているのだろう。効果が見られない。

 

「八坂アアアアァァァ!!!」

 

「洩矢アアアアァァァァ!!」

 

 ぶつかる二人。諏訪子の鉄の輪を受け流し神奈子はカウンターを入れようとする。だが、それは土柱やミシャグジ様の補助によって防がれる。接近戦において諏訪子は神奈子より不利だ。その理由は至って簡単、けれど変える事の出来ないもの。それは体格差だ。

 諏訪子は神奈子に比べ体格が劣る。筋力は神力を用いて補える。だがしかし、リーチではどうしても神奈子を超える事は出来ない。全の様に霊力を文字通り手足の様に扱えるならともかく、諏訪子はそんなこと等出来はしない。故に常に神奈子から離れず自分の距離である超接近戦(インファイト)しか手は無い。

 諏訪子の小柄な体躯からは想像できない重い一撃を逸らし、躱しながら神奈子は空へと戦場を変える。空は神奈子の戦場。地上でこそ真価を発揮する諏訪子には不利な場所だ。だが――――

 

「ハアァァァァァァ―――――!!!!」

 

 追撃し決して距離を離そうとしない諏訪子。ここで距離が出来るのは拙いと思ったのも確かだ。だが、何より今の諏訪子は興奮し冷静に状況を把握できていない。追いかける諏訪子に笑みを浮かべ神奈子が攻勢へ移る。

 二柱は激突しその影が交差した。

 

 ◆

 

「……?」

 

 遥か上空から真下を眺める全。そこから見えたのは二つの影。諏訪子と神奈子だ。

 

「何であそこで戦ってるんかね?」

 

 首を傾げ呟いていると、衝撃が結界越しに伝わってくる。それによってまだ立っている神がいることに漸く全は気付いた。

 

「…三柱か。思ったより少ないな」

 

 目の前にいる三柱は皆満身創痍といった状態だ。しかし、だからと言って隙を見せるつもりはないし見逃す訳もない。全は宙に結界を幾つも張り足場を作る。

 

「んじゃあ、直ぐに楽にしてやるよ」

 

 呟き全は疾走した。今迄の様に手加減などしていない。霊力を使用した本気の加速。今迄にこの速度を捉えられたのは鬼神である闘華だけだ。腕をかるくぶつけたつもりであっても加速による衝撃が全身を襲う。堪らず残っていた三柱の内一柱は気絶し落ちて行く。

 

「脆いなあ」

 

 その姿を一瞥し未だ唖然としている残りの二柱の胴に正拳突きをする。先程とは違い軽くぶつけた物ではない。二柱は血を流しながら虫の息の状態で地上へと落下していく。

 

「これは拙いか」

 

 少しやり過ぎたことに反省し全は落ちる神達を結界の中へと入れる。あのまま落ちていたら確実に死んでいただろう。

 

「死に掛けの奴だけ治せば良いか」

 

 全は呟きながら真下を見る。どうやら大将同士の戦いも決着が着く様だ。

 全の眼に映っていたのは諏訪子が持つの鉄の輪が神奈子の手によって封じられていた姿。

あの距離で武器を失えば諏訪子にはもう戦う術はない。良く見れば、諏訪子の鉄の輪は錆ついてしまっている。

全は溜息を吐き瀕死の神達の傷を動ける程度に治して下へと降りる。

 

「お久しぶりだ神奈子嬢」

 

「渡り妖怪か」

 

 諏訪子を完全に封じ込め勝利した神奈子に全は声を掛ける。

 

「家の大将はどうだった?」

 

「強かったよ。正直舐めていたね、足元掬われかねなかったよ」

 

「そうかい。軍神相手にそこまで言わせるってのは相当なもんだ」

 

「お前の方が規格外に思えるがね」

 

 笑う全に神奈子は呆れ顔で言う。それに軽口で返しながら全は諏訪子へと近寄った。

 

「頑張ったじゃないか。ほれほれ、怪我は大丈夫か?」

 

 倒れている諏訪子に声を掛ける全。

 

「…負けちゃったよ」

 

「そうだな」

 

「……私、負けちゃった」

 

「ああ」

 

 嗚咽交じりの声に全は短く答える。

 

「なあ、神奈子嬢」

 

「何だい?」

 

「洩矢の国はどうなるんだ?」

 

「…当然、私達の物だ。だがお前達の民や巫女に危害を加えようとは思ってないよ」

 

「そうか」

 

 信仰が力である以上神達も人に危害を食わ酔うとは思わないだろう。何より国を取っても民がいない等話にもならない。

 

「詳細は後日だな。そっちも大分被害を受けただろう」

 

「殆どの奴等があんたにやられてるんだけどね」

 

 全の言葉に神奈子は溜息を吐きながら返す。場所や日程を決め全は再び諏訪子へと戻る。

 

「…立てるか?」

 

 涙を流す諏訪子に声を掛けながらも全は内心苦笑して諏訪子を背に負ぶった。

 

「良く頑張ったよ。お前は」

 

「…っ……!」

 

「誰もお前を責めようとは思わないよ。何より誰かの命が奪われる訳じゃないんだ。それを一番に考えな」

 

「でもぉ……でもぉ…っ!!」

 

 涙と嗚咽が交り合いながら声を出す諏訪子をあやしながら全は神社へと戻って行った。

 

 ◆

 

 洩矢は大和に負けた。しかし、民はミシャグジ様の祟りを恐れそれを拒んだ。結果、神奈子は名前だけの新しい神と諏訪子を混ぜ合わせ王国内では洩矢を守矢へと変えたのだ。

 しかし、それは只名前を変えただけであり裏では諏訪子が引き続き信仰され、諏訪子の力によって神奈子を山の神へとしたのだ。落とし所としては諏訪子にとっては逆に不安になる程の好待遇だ。

 

「全―!」

 

「此処にいるが?」

 

 ぱたぱたと廊下を走りながら駆けよって来る諏訪子。戦いの時の感情など微塵も感じ取れない。それに気だるそうに答え縁側で横になっている全。諏訪子はその隣に座った。

 

「神奈子嬢は?」

 

「今は色々と忙しいからね。休んでる暇なんてないよ」

 

「そう言うお前は休んでいいのか?」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 けろけろと笑う諏訪子に呆れた様に溜息を吐く全。彼も大変ではあった。一度大和へ死んだ神がいないか確認しに行った時等、怯えられまともな会話も出来なかったのだ。彼からすれば少しショックだ。

 

「…この間は泣いて、今は笑って、忙しないねえ」

 

「全よりは落ち着きがあると思う」

 

「まあな」

 

 欠伸をしながら呟く全に諏訪子は笑いながら答える。そうしてのんびりしていると遠くから神奈子の怒鳴り声が聞えて来た。

 

「ひゃー、怖いなあ。今行くよー!!」

 

 その声を聞いて諏訪子は再び慌ただしそうに駆けだす。それを一瞥し全は空を仰ぐ。

 

「どれだけ時が経っても変わらない物なんてのは無いか…」

 

 その言葉は誰に聞かれることなく風の音にかき消された。

 

 



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十九歩 また会いましょう

 

 長生きをしていると時間の感覚と言う物が薄れて来る。特に妖怪や神といった寿命が無いに等しい者達には尚更だ。気付けば百年、二百年と過ぎているということも有り得るだろう。

 

「…本当、時が経つのは早いなあ」

 

 胡坐を掻きながら全は床に伏せている者の頭を撫でる。

 

「…ええ、早いものですね」

 

 かつての様な明るい声ではなく弱々しい声で沙菜が答える。巫女といえど人間だ。いずれ寿命は来る。この時代は月にいる人間達が地上にいた時代とは違う。齢二十という歳だが、この時代には珍しいことではない。それこそ五十、六十になるものなど砂漠から一粒の米を見つける程の確立でしかいない。

 沙菜以外の巫女たちは皆沙菜より早くに亡くなった。人のいない神社の中は何処か哀愁を感じさせる。

 

「……沙菜の嬢ちゃんは、何時も楽しそうに笑ってたよな」

 

「ええ、諏訪子様や神奈子様に全様、それに他の皆と過ごした日々はとても楽しいものでしたから」

 

「なあ、沙菜の嬢ちゃんは生きたいと思うか?」

 

 その言葉に沙菜はキョトンとした顔をする。それがとても寿命を迎える人の姿に見えず全は苦笑した。

 

「………生きたくない、と言えば嘘になります。ですが、他の皆を先に行かせる訳にはいきませんから」

 

 そう言って弱々しく笑う沙菜に微笑を浮かべながら優しく頭を撫でる。

 

「沙菜の嬢ちゃんは、優しいな」

 

「ふふふ、そうでしょうか」

 

「もし、沙菜の嬢ちゃんが生まれ変わっても、俺のことを覚えていたら声掛けてくれよ?なるべく目立つ服装でいるからさ」

 

「…はい。次に会えた時はまた一緒に笑いましょう」

 

 全は沙菜の頬を優しく撫で静かに口を開いた。

 

「いってらっしゃい、沙菜」

 

「……いって…きます、全…様」

 

 そう言って沙菜が目を閉じる。暫く動かないで座っている、と頬を撫でていた手から沙菜が冷たくなっていくのを感じる。

 

「……お前は綺麗だったよ」

 

 全は立ち上がると退室する。

 

「終わったの?」

 

「ああ、最後まで優しい笑顔だった」

 

「人間の寿命は短いねえ」

 

 諏訪子と神奈子の隣に腰を下ろす全。三人は目の前に広がる境内を無言で見ていた。

 

「後任は?」

 

「沙菜の娘がやるよ」

 

「あの娘か。お前の血縁だっけ?」

 

「そうだよ」

 

 響き渡る蝉の音を聞きながら三人は静かに言葉を交わす。

 

「俺らが親代わりか」

 

「じゃあ、私が母親で神奈子は父親だね」

 

「何で私が男何だい?」

 

「俺は?」

 

「「反面教師」」

 

「………」

 

 二人の言葉に項垂れる全。気のせいかその姿も何時もより元気がない。

 

「…少しの間、寂しくなるな」

 

「…うん」

 

「そうだね」

 

 全の言葉に二人ははただ静かに頷くだけであった。

 

 ◆

 

「…・暑い」

 

 境内に大の字に寝転がりながら呟く全。右手には水を凍らせて作った、小さなアイスキャンディがある。

 

「五月蠅い蝉共だな。これじゃあ嬢ちゃん達がゆっくり出来ないだろうに…」

 

 アイスキャンディを加えながら全は肌蹴たシャツのまま日陰へと移動し再び大の字で寝る。

 

「此処にいたのかい」

 

「此処にいたんだぞ。で、用件は?」

 

 やって来た神奈子に全は口を開く。暑い為か額に汗が浮かんでいる。

 

「皆準備できたから呼びに来たのさ」

 

「あ~…あいよぉ」

 

 その言葉に全は大の字から上体を起こし立ち上がる。

 

「お嬢ちゃんは?」

 

 あの日から全はあまり巫女のことを名前で呼ばなくなった。単純に覚えきれなくなったのか、それとも亡くなった時に少しでも苦しみから逃れたいからなのかは分からない。けれど、全は沙菜の名前や姿は今も覚えている。

 

「もう来てるよ」

 

「んじゃあ、急がないとな」

 

 そう言って全はほんの少しだけ歩みを速める。それは行きたくないからなのか、ただ何時も通りゆっくりしていたいだけなのか。

 

「こんな日くらいは早くしな。今日は沙菜の命日だろう」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

 促され神奈子嬢の後を駆けて行く全。

 

「二百年か、随分経ったな」

 

 アイスキャンディを咥えながら話す全。その言葉からは懐かしさが感じられる。彼からすれば二百年など昨日、一昨日という程度の出来事でしかない。特に昔は口で何だかんだと言っていようと時間と言う感覚が感じなかった様にも思える。これは彼自身が今の一瞬を大切な物として考える様になったからか。それとも・・・

 

「…よう、久しぶり。って程でもないか」

 

 言いながら全は持って来た酒を置く。簡素な石造りの墓。しかしその周りには花が咲き乱れ墓を彩っていた。

 

「沙菜と会うのは何時になるんだろうな?」

 

 墓の汚れを拭き取りながら全は呟き、その場から立ち去る。

 

「普通酒を持ってくる?」

 

「普通は無い。というか沙菜は酒が好きだった訳でもないだろう」

 

「そうなんですか?」

 

「うるせえよ」

 

 三人の声にそう言い。全は新しいアイスキャンディを取り出し口に咥えると、神社へと戻って行く。

 

「……あ~」

 

 だるそうな声を上げながら空を仰ぐ全。何時もより鬱陶しく感じる蝉の鳴き声に耳を塞ぎながら神社の石段を下りて行く全。

 

「…暑い」

 

 ふとその足を止め全は石段に座る。暫く石段から見える景色を何となく眺めながら呟いた。

 

「もう少ししたら此処も出るかなあ」

 

 ここ数百年は闘華にも会っていない。あれが元気なのは知っているが、もしかしたら妖怪について何か知っているかもしれないだろう。それに幽香に管理を任せた花畑のこともある。さらには…、

 

「ちょっくら月にも行かねえとなあ」

 

 地球から月への転移などしたことがない。そもそもが遠すぎて果たして着くことが出来るのかと疑問に思ってしまう。いや、時間さえ掛ければ出来るのだが、それは文字通り渡らなくてはいけなく転移とは違う為時間が掛かる。

 

「そもそも宇宙空間に生身って平気なのか?」

 

 海に行く前に深海でも潜っておこうか、等と考えつつも今後の予定を考えて行く。

 

「・・・・此処出て行く前に何かやりたいなあ」

 

 何か良い案がないか考えながら全は鶴嘴を呼び出しカンカンと拳で叩く。

 

「これも寿命ですか」

 

 鶴嘴は叩いた衝撃でいとも簡単に壊れた。その残骸を見て全は溜息を吐く。

 

「新しいの作んねえと」

 

 何か代わりになりそうな物は無いか。そう考えながら全はある場所を思いつく。

 

「…浅間の小娘」

 

 その名は一度会った事がある神だ。姉と共に火山に住んでいる(?)と言う事を聞いたことがある。

 遥か未来で黒曜石と言われる鉱石。それは人間の狩猟の際に刃に用いられたものだ。見た目こそ黒い鉱石だがあれは砕けた断面が鋭利であり、鉄の代用品として扱う事も出来る。多くは火山の火口付近で見つける事が出来るだろう。態々鉄を手に入れるより遥かに楽だ。いや、鉄の方がい言っちゃ良いんだがな。

 しかし、一番面倒なことは浅間神だ。あれは姉と違い性格に難がある。まあ、文句を言われたら力で黙らせるか姉の方に頼めばいいのだが。

 

「決まりだ。次の行き先は山か。あとは此処で何をするか」

 

 石段に座りながら全は楽しそうな笑みを浮かべながら思案していた。

 口に咥えていたアイスキャンディは何時の間にか溶けてしまっていた。

 

 



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二十歩 二兎追う者はこうなった

 

 

「ふ~…」

 

 夜空の中を結界の上に立ちながら全は周囲を見渡す。眼下には灯が幾つも見える。神社からも諏訪子や神奈子、そして今代の巫女たちが顔を見せていた。

 

「さあて、一発でかいの行くぞー!!!」

 

 声を張り上げ全は何時もより小さな小玉を幾つも配置する。見た目こそ何時もより小さいがそれは小玉に複雑な仕掛けをしたからである。

 

「一発目!」

 

 その言葉と同時に一つの小玉が大空へ放たれ――――爆ぜた。

 小玉は綺麗な紅色をし轟音を奏でながらも大輪の花を咲かせる。その光景に全員が驚き感嘆の息を吐く。

 

「二発目、三発目!」

 

 次いで二つの弾が放たれ、今度は青と緑の花を咲かせる。そしてその余韻が消えぬ内に四発目、五発目、六発目と発射されていく。爆発は暗い大地をほんの一瞬照らし、刹那の間を置きもう一度照らす。

 

「そらそらそらあ!!!」

 

 やがてその姿は花から姿を変え動物の姿等に変わって行く。地上から見ている者達、特に子供等ははしゃいでいる。

 

「凄いですね」

 

「神奈子も見なよ!!」

 

「見てるよ。まったく、お前は子供かい?……いや子供だったね」

 

 人一倍はしゃいでいる諏訪子に呆れた様に溜息を吐きながら神奈子は空を見上げる。

 

「しかし、器用なもんだ。普通あんなことは出来ないだろう」

 

「本当だよね。あんな芸当出来るのは片手の指程の数じゃないかなあ」

 

「御二方は出来ないのですか?」

 

「無理」

 

「出来ないだろうね」

 

 巫女の言葉に二人は即答する。その言葉に巫女は驚いた。事実今迄の生活を見ていても全には二人の様な威厳も力も特には感じなかった。渡り妖怪、という噂程度には聞いていたけれどその噂と実態があまりにも掛け離れていたのだ。

 

「ほれほれほれえ!大盤振る舞いだ!持ってけ泥棒!!」

 

 まるで無尽蔵の様に霊力の小玉を生みだす。形も複雑な物から単純な物、日常的な物から非日常的な物等様々だ。

 

「さあて、締めはこいつだ!」

 

 そう言って最後に打ち上げられたのはミシャグジの姿を模した物。ただしその姿も可愛らしい物にきちんと変えられている。一際大きなそれは灯の明かりを消す程の明るさで輝き、消えて行った。

 

「これで終いだ。お次は何年後になるか…」

 

 頭を掻きながら全は神社の境内に下りて来る。調子に乗って少し霊力を使い過ぎたのかもしれない。久しぶりに総量の半分以下になった霊力に懐かしさすら感じつつ全は諏訪子達に駆け寄る。

 

「よう、どうだったよ」

 

「凄いじゃないか!」

 

「今迄全様への印象が変わりました」

 

「嬢ちゃん、君が今迄俺をどういう風に思っていたのかは大体想像がつくよ」

 

 巫女の言葉に吹っ切れた様にある意味綺麗な笑顔を浮かべる全。彼にとっては他人が自分に抱く想像など分かりやすいものだ。というか、自分でそういった想像を持たせる行為をしていることを自覚している。

 

「しかし、また随分なことしたねえ」

 

「まあ、最後だからな。誰かが損してる訳じゃないし構わないだろう。子供たちは興奮して今日は眠れんぞ!」

 

「ある意味迷惑かもね」

 

 全の言葉に面倒臭そうに対応する神奈子。その姿に気にすることなく全は笑いながら鶴嘴を肩に担ぎアイスキャンディを口に咥える。彼にとっては最早欠かせない物になってしまっている。

 

「行くの?」

 

「ああ、やることあるし。ちょっと欲しい物もあるんでね」

 

「そうかい、此処も少し寂しくなるねえ」

 

「とか言いながら面倒臭いのいないから安心してるだろ」

 

「何を当たり前のことを」

 

 満面の笑みで言われ全は思わず地面に膝を折り項垂れる。

 

「まあ、気を付けてね」

 

「また面倒事起こさない様にね」

 

「今迄ありがとうございました」

 

「おう、お前らも元気でな」

 

 三人にそう言うと全は石段を下りて行く。

 

「一歩、二歩、三歩の四歩、五歩から六歩―――――」

 

 初めて来た時と同じようにリズムに乗りながら今度は石段を下りて行く全。変わったことと言えば最後まで笑みを浮かべていたことだろう。

 

「四百九十五~から四百九十ろ~く…四百九十七から四百九十は~ち、四百九十九の五百、っと」

 

 既に大人も子供も家の中に入り寝床にいるのだろう。誰もいない夜道を歩きながら全は何か面白い物は無いだろうかと期待に胸を膨らませていた。

 

 

 

 襲い掛かってくる妖獣を追い払いながら林の中を進んで行く全。その足取りは重く、全身から如何にも面倒臭いという雰囲気が滲み出ている。しかし、林の奥へ進んで行くとやがて景色が変わり喜んだ瞬間―――最早地に減り込む勢いでテンションが急激に下がった。

 

「……林の次は竹林ですか。一面緑とか勘弁して下さいよ」

 

 精神的に削られ全はいい加減うんざりする。だが、地面の中から覗いていた物にその目を輝かせた。

 

「筍!来たこれ!」

 

 全はそれを掘り起こすと上手そうに眺める。

 

「久しぶりの飯だ。漸く見つけたぞ!!」

 

 全は火起こしを始め、筍を水で洗い食べようとする。すると、竹の影に何かがいるのを見つけた。それが気になった全は目を細めてそれを見る。

 

「………」

 

 そこにいたのは一匹の兎。それに全は更に目を輝かせる。

 

「筍の次は兎か…。随分運が良いじゃないか」

 

 全は兎に逃げる隙を与えず目の前に飛んだ――――――瞬間

 

「うおぉぉぉぉォ!?」

 

 突如目の前の地面が崩れる。それに驚きながら全は穴の中に落ちて行く。

 

「落とし穴…?」

 

 地面に尻を打ち付けた痛みに呻きながら全は見上げる。そこから此方を見下す様にして兎がいた。その姿に全は頬を引き攣らせる。

 

「やーい!引っ掛かった!引っ掛かった!!」

 

 そう言いながら現れるのは兎の耳と尻尾を生やした黒髪のピンクの服を着た少女。

 

「こんなのに引っ掛かるなんて……ぷっ」

 

 全を見ながら笑い転げる少女に全は今迄にない笑顔を浮かべる。

 

「はははは、してやられたよ―――――殺してやるクソ餓鬼」

 

 そう言って少女の背後に飛び頭を鷲掴みにする。

 

「えっ!?何時の間に――――」

 

「兎って美味いとは思わないか?」

 

「い、いいいいいやいやいや!!美味くない私は上手くない!!」

 

「大丈夫だ。この世に食えない物なんてねえから」

 

「ご、ごごめんなさい!!私が悪かったから!お願い食べないで!」

 

「ならば俺に食い物を献上しろ!筍を寄越せぇ!!」

 

 頭を鷲掴みにされながら必死に謝罪する少女に全は血走った目で要求する。誰が見ても本気で言っているのだと分かるだろう。少女も半泣きになっている。

 

「飯を寄越さなければ煮るぞ」

 

「分かった!ごめんなさい!分かったから止めてぇ!!」

 

 ◆

 

「それで、てゐ嬢。飯はまだなのか」

 

「まだだよ。五分前にも聞かれたよそれ」

 

「腹減った奴には時間が長く感じるんだよ」

 

 前を歩く因幡てゐと名乗った少女に全は答える。その手には三本のがある。内一本を食べながら全はてゐの後を続いて行く。

 

「め~し~めしめしめし~♪…腹減ったぞー!」

 

「やかましいよ」

 

「よく言われる」

 

 てゐの言葉に気にした様子の無い全。先程の怒りも食い物への欲望からか既に消えている。

 

「しかし、人…妖怪?と話すのは久しぶりだ。妖怪も人間もほとんどいないから。てか兎って生きてたら妖怪化すんのな」

 

「私は健康に気を使ってたら何時の間にかなってたんだけどね」

 

 全の言葉にてゐはそう答えながら先に行く。その間にも何匹かの兎を見つけたがてゐの様に人化している者の姿は無い。会話の内容から恐らくてゐは此処の兎達の頭なのだろう。

 

「しかし、こんな竹林の奥に何があるんだ?」

 

 何でもこの竹林は入り込んでしまうと方向感覚を失われて出ることが出来ないらしい。一度全は筍に釣られてゐと逸れてしまっている。

 

「何か古ぼけた屋敷がね。誰が建てたのかは分からないけど、誰もいないから私達が住んでるんだよ」

 

「ふ~ん、物好きな奴もいたもんだ。そこに飯があるのか?」

 

「まあね。筍もあるよ」

 

「いやあ、三日は生きられるだけは食っておかないと」

 

 嬉しそうな全に顔だけ向けながらてゐは尋ねる。

 

「そういえばさあ、その眼はどうしたの?他の奴等が怖がってるんだけど…」

 

 その言葉に全は自分が眼帯を付けていることを思い出す。

 

「まあ、色々あったんだよ」

 

 その言葉に何か拙いことを言ったのかも、とてゐは頬を掻く。どうしようかと前を見ると竹の奥に僅かに屋敷の屋根が見えた。

 

「あ、ほらあれだよ。あそこに私達の屋敷があるんだ」

 

「たけのこときのこが争ってるのか」

 

「良く分らないけどそれは戦争が起きるから止めた方が良いよ」

 

 全の呟きにてゐは冷めた声でツッコミを入れる。

 

「あ、悪い。飯を食えるのか」

 

「全が食えるのは筍位だけどね」

 

「木の皮食うよりマシだ」

 

 その言葉にてゐは苦笑いをした。

 

 ◆

 

「っち」

 

「おい兎。いい加減にしねえと食うぞ?」

 

 屋敷の中、襲い掛かるトラップを意に介さず進む全にてゐは舌打ちをする。

 

「分かったよ。そこだよそこ。そこに積まれてるだろう」

 

 そう言っててゐが指差す先には収穫された筍の山。全は筍を自分の手に転移させる。

 

「何でわざわざそうしたんだよ」

 

「好き好んで罠に嵌ろうとする奴はいねえよ」

 

 全の言葉にてゐは悔しそうな表情をする。

 

「さて、さあてゐ。罠があるかどうか試そうじゃないか」

 

 全はてゐを担ぐと筍が積まれた近くへと下ろした瞬間

 

「え、きゃあああああああああああああ!!!!」

 

 床に穴が空きてゐは下へと落ちて行った。それを眺めながら底にいるてゐへと声を掛ける。

 

「無事か~?」

 

「無事じゃないよ!何て事してくれるんだ!!」

 

「そうか、ならこの筍でも喰らえ」

 

 そう言って全は積まれていた筍を次々にてゐのいる場所へと落とす。

 

「ちょ、止めろよ!止めろって!!」

 

 大の男が幼女を虐める光景など見つかれば間違いなく非難されるだろう。そんなことをしていると全は背後から来た兎に気付くことが出来ず――――その足を噛まれた。

 

「いってえ!!―――っと、わ、っは!!」

 

 油断していた全は体勢を崩してゐのいる穴の中へと入ってしまった。

 

「痛いじゃないか馬鹿!」

 

「そう思うなら此処に罠なんぞ作るな」

 

 落とし穴から抜け出た二人は互いに言葉を交わす。てゐはぶつけた額を痛そうに押さえている。

 

「筍、筍。久しぶりにこんな物食うな」

 

 全は筍を調理しながら摘み食いをしようと集って来る兎達を追い払う。

 

「なあ、てゐの嬢ちゃん。この竹林は何時からあんだ?」

 

「さあ、私達が移り住んだ時にとっくにあったよ」

 

「ふ~ん」

 

 てゐの言葉を聞きながら全は誰がこんなものを作ったのか考える。彼の予想では十中八九元地上人だ。今の人間にこんなものを作れる筈がない。だが、木製や窓ガラスがあることからその中でも更に昔なのだろう。

 

「料理何ぞ何百年振りだろうか…」

 

 自分自身、調理の仕方を覚えていたことに驚いている。

 全は横から摘み食いをしようとしたてゐの腕を掴み廊下へと放り投げる。背後で短い悲鳴が聞こえたが全は気にした様子を見せない。

 

「酷いじゃないか!こんな少女を苛めるなんて!」

 

「御自分の年齢を確認するべきだろ婆兎」

 

「大して変わらないだろう。童貞」

 

「OK、お前の言い分はよく分った。五秒やるから今迄の人生振り返りな」

 

 表情こそ笑っているがその瞳はまったく笑っていない全。何時でもてゐの首を刈れる様構えながら全は言い放った。

 殺気を振りまく全に冷や汗を流しながらてゐは許しを請う。

 

「そこで反省してろ」

 

 簀巻きにされ転がされた状態のてゐの目の前で料理―――と言っても材料は筍が九割を占める―――を食べる。

 

「っく、私にも食べさせろ」

 

「お前は一度土の味でも覚えるべきだと思う」

 

 てゐの言葉に無情に言い放ち全は飯を食べて行く。

 

「てゐの嬢ちゃんは此処で長く生きてるんだろ?」

 

「まあ、そうだけど?」

 

「じゃあ、ここ等で何か妖怪の噂を聞かなかったか?」

 

 その言葉にてゐは思案し全を見る。

 

「これを解いてくれたら話しても良いよ」

 

「…………っち」

 

 てゐの言葉に小さく舌打ちし全は簀巻きの状態からてゐを開放する。

 

「いやあ、助かった」

 

「それで?」

 

「そんなの無いよ」

 

「―――――ふん!」

 

 満面の笑みで答えたてゐの頭を鷲掴みにし全は握り潰そうとする。

 

「ま、待ちなよ!ほら、そんな妖怪はいないってことが分かっただろう!?」

 

「唸れ俺のコスモ!!」

 

 てゐの言葉など今この場においては只彼を苛つかせるだけでしかない。徐々に加わっていく力にてゐは本気で謝る。

 

「ごめん!でも本当に知らないんだって!!」

 

 助かる為に必死なてゐの言葉に鬼の形相―――決して比喩などではない―――で全は口を開く。咥えていたアイスキャンディは噛み砕かれ粉々になってしまている。

 

「…兎鍋って……美味そうだよな」

 

「わーーー!!!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」

 

 竹林の中、一羽の兎の妖怪の悲鳴が響いた。

 

 

 



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二十一歩 馬鹿+アホ+変人=意味不明

 

 

「此処は俺の領地だ」

 

「ふふふ、直ぐに私の手に落ちるよ」

 

 全はてゐを睨みながらドスの利いた声で言うがその言葉にてゐは不敵な笑みを浮かべ答える。

 

「その程度の護りで私の攻撃は止められないよ!!」

 

「舐めるな!数が戦力の決定的差でないことを教えてやる!!」

 

 鈍い音を立てぶつかり合う全とてゐ。二人がその手に持っているのは竹から作られた箸。そして二人の間にはぐつぐつと煮えた鍋があった。

 

「ふふふ、一枚貰ったぁ!!」

 

「させるかよお!!」

 

 隙を突きてゐが肉へと向け放った一撃を全は間一髪で受け止める。ぎちぎちと音を立てながら互いに譲らない。

 

「ふ、たかが一本!」

 

 てゐは左手に持った箸でその一枚を奪おうとする。

 

「その程度で俺は落とせん!!」

 

 それを鍋を横にスライドさせ防ぐ全。てゐは小さく舌打ちし再び互いに睨み合う。

 

「……今を防いでも私は何度でも奪えるんだ。諦めた方が良いと思うよ?」

 

「残念だったな。その余裕が貴様の敗因だという事を教えてやろう」

 

「何をしても無駄だよ!」

 

 てゐが再び肉へと放った一撃。それは確かに肉を掴んだ――――かの様に思えた。

 

「なん…だと…?」

 

 確かに捉えたと思っていた箸は何も掴まず只鍋の中にその先端を沈めているだけであった。その光景にてゐは信じられないと瞠目する。

 

「残念だったな」

 

 そう言いながら笑う全。全が持つ皿にあるのは先程まで自分が狙っていた肉。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

「両手に箸?それがどうした、既に此処は俺の領域なんだよ」

 

 にやりと笑い悠々と肉を口へ運ぶ全。先程のてゐの一撃を肉を転移させることで回避したのだ。なんとも下らない能力の使い方である。

 

「面白いじゃないか。腑抜けていたのは私の方だったか」

 

 俯き笑うてゐ。次の瞬間。

 

「―――――!?馬鹿な…!」

 

 目にも止まらぬ速さで全が護っていた肉を掠め取るてゐ。全はその速度に反応することが出来なかった。

 

「……っく!やるじゃねえか。だがまだ一枚、勝負はこれからだあ!!!」

 

「因幡の素兎を舐めるなんじゃないよ!!」

 

 二人はほぼ同時に互いの箸を鍋へと放った。

 

 ◆

 

「暴れすぎたな」

 

「そうだね」

 

 全とてゐは鍋で汚れた部屋を掃除していた。かつて二人を魅了した鍋の具材達は飛散し汁も零れ落ちている。

 

「身体がべとべとする…」

 

「先に風呂入って来い」

 

 全身がべとべとの状態でてゐは屋敷に備えてあった風呂場へと直行する。何故風呂や鍋をする為に道具が此処にあったのか。全は首を傾げながらも部屋の掃除をしていく。

 

「俺もこれは嫌だな」

 

 呟き全は服と身体の時間を戻し鍋を被る前に状態に戻る。

 

「久しぶりだったからはしゃぎ過ぎたな」

 

 ある程度の掃除を終え全は外に出る。外には相変わらず兎達が屯していた。どういう訳かこの兎達はてゐの言う事は聞くが全の言う事は全く聞こうとしない。

 暫く空に昇る月を見上げていると屋敷の中から声が聞こえて来る。

 

 

「おーい、そう言えば私の服はー?」

 

「あ?そこら辺に置いといただろう」

 

「ん~?…ああ、あったあった!」

 

「つかお前女だろうが。そこはどうなんだよ」

 

 てゐの言葉に呟きながら全は屋敷の中へと入って行く。

 

「もう少ししたら俺も出発しますかねえ」

 

「む?そう言えば全って何処に行こうとしてたのさ」

 

「私物が壊れちまってね。それの修理と後は昔からいる古参の妖怪共を捜してんだよ」

 

「ふ~ん。そりゃ大変だねえ」

 

 全の言葉に適当に答えながらてゐは寝転がる。

 

「全員がお前みたいな引き籠りだったら良かったのにな」

 

「誰が引き籠りか」

 

「違うのか?」

 

「違うよ。私達は外敵から身を護る為にこうしてるんだよ」

 

「へー、ソウナンデスカ。スゴイデスネ」

 

 棒読みで答えながら全は筍を食べる。

 

「まだ食べるの?」

 

「俺は燃費悪いからな。こうして食べた物を別の機関で保存して冬越しするんだよ」

 

「嘘でしょそれ。と言うかまだ冬じゃないし」

 

「あれだよ実は俺の能力は食い物食わねえと使用できないんだよ」

 

「どんな能力だよそれ」

 

 全の言葉にツッコミながらてゐは欠伸をする。てゐを眠気が襲い次第にその眼は閉じられていく。

 

「どうしたてゐ!死にたいなら俺が止めを刺してやるぞ!!」

 

「五月蠅いよ。どんだけ邪魔するんだよ」

 

「馬鹿野郎!今夜は眠らせないぞ!!」

 

「いや、本当に五月蠅くて眠れないから」

 

 眠気からか全にぞんざいな扱いをするてゐ。その顔は鬱陶しいと分かりやすく教えていた。その表情を見て何が満足したのか全はアイスキャンディの制作に取り掛かる。本当に何故満足気な表情をしたのか不思議である。奇人変人と言われようと仕方のないことだ。

 

「いっそのことずっと溶けないで味わえる様にでもしようか」

 

 そう呟いてその考えを放棄する。それでは只退屈な人生の様なものだと全は何時もと同じ普通のアイスキャンディを作る。

 

「人間共も大分知恵を付けたなあ」

 

 竹林の外の人間達の文明レベルはまだそこまで変わった訳ではないらしい。しかし、徐々にではあるが農作物や農具、技術力が上がって来たらしい。少なくとも今日鍋を食べるまでここ最近は空気を食べてた全より少しは裕福になっている様だ。

 

「まったく遺憾である。食料と鉄を寄越せ」

 

 ぶつくさと独り言を漏らしながら全は壊れた鶴嘴を取り出す。

 

「こいつ以外にも欲しいな。これじゃあ距離が限られる」

 

 壊れている鶴嘴をこつこつと叩きながら何を作ろうかと思案する。役立つことを考えれば刃物…しかし戦闘で使えるかと問われれば答えはNOだ。全にそんな物を振るえる技量は無いしそもそも刃物は切れ味こそ良いが総じて脆い。本気で振るったら刃が耐え切れずに砕け散るであろうことが容易に想像できる。

 

「ん~…あれは何処にあったかなあ」

 

 全は記憶の中にある鉱石を思い出す。自分が知る限りでは硬度では最高の物だった。

 

「隕石何てにこの辺りは無いよなあ…となると深海、海も渡って探さなくちゃいかんのかぁ。面倒臭い。いっそのこと闘華に目ぼしい場所全部掘り起こさせるか」

 

 ぶつぶつと頭をフル回転させながらどうするかを考えて行く全。月に行っても自分の腕力に耐え切れる機械があるのかという疑問もある。そもそも接近戦での武器等恐らくあそこには殆ど無いだろう。

 

「…何作ろうかなぁ」

 

 アイスキャンディを舐めながら記憶の深くに潜り何か案は無いか探し出す。

 

「ナイフ、作れるけど勿体無いな。どうせなら棍棒…金棒でも作るか。でも持ち運ぶの不便だし」

 

 うんうんと唸りながら考案する全。鉱石から作る為そこまで無茶なデザインには出来ない。

 

「まあ、良いや。後で考えよう」

 

 それ以上考えることを止めると全はてゐを見る。

 

「暇潰しでもするか」

 

 ◆

 

「…ん…ゥ…?」

 

 朝日を浴び呻きながらも目を空けるてゐ。伸びをしようと思うが身体が動かずてゐは自分の身体を見た。

 

「え!?ちょ、何、何これ!!?」

 

 てゐは簀巻き状態のまま吊るされていることに気付いた。自分の状態に慌てながら脱出しようと必死にもがく。

 

「よう、元気かてゐ」

 

 そう言いながら屋敷から出て来たのは全。のんびりと欠伸をしながら全はてゐに近付く。

 

「ちょ、お前か!これやったのお前だろう!!」

 

 騒ぐてゐに耳を押さえながら全は口を開く。

 

「いや、暇で暇で仕方無くてさ。お前の真似をして罠の練習をしようと…」

 

「何で私を標的にしてるのさ!」

 

「おいおい、普段から罠仕掛けてんだからこの程度突破できるだろう?」

 

「出来るか!!」

 

「じゃあ解くぞ」

 

「ま、待って―――」

 

「ファイトー」

 

 てゐの言葉を無視して全はてゐを簀巻き状態から解放する。突然解放されたことに驚きながら尻餅を着く。するとてゐを中心に半径二メートル程の巨大な穴が出来る。

 

「うわっ!」

 

 咄嗟にその場から跳んで穴に落ちずに済むてゐ。だが、全の罠はそれだけではない。這い上がって来たてゐに何処から調達して来たのか上空から丸太が襲い掛かってくる。

 

「危なッ!」

 

 それを必死に躱すてゐ。全は黒い笑みを浮かべながらその姿を眺めている。

 

「っく!こうなったら――――」

 

 てゐは突然走る方向を変え全へと向かって来る。その行動に全はキョトンとした顔のままその場に立っているだけだ。

 

「全が盾になれば大丈夫!!」

 

「む!よっしゃ、来るなら来い!!」

 

 全の背後に隠れるてゐ。それを追って転がって来る岩に全は立ち向かう。

 

「ちょ!何で能力で逃げようとしないんだよ!このままじゃ私も潰されちゃうじゃん!!」

 

「分かっていないなてゐ」

 

「何がだよ!?」

 

「俺はな――――――お前を苛める為なら岩に撥ねられても構わん」

 

「アホかあああァァァ!!!!」

 

 清々しい程の笑みで断言した全にてゐは背後から跳び蹴りを放つ。

 

「っく!やるな、免許皆伝じゃ何処にでもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!???」

 

 何やら生々しい音と叫び声を上げながら岩に潰される全。その光景にてゐは顔を青褪める。岩は全を潰すとその衝撃で向きを変え何本かの竹を破壊しやがて止まった。岩に潰され地面に埋まった状態の全。手足は動いていることから生きてはいる様だ

 

「死ぬかと思った」

 

「…何で死んでないの?」

 

 全身から血を流しフラフラの足取りで全は立ち上がる。その姿はまるで死体が動いているようにしか見えない。流石のてゐも頬を引き攣らせた。

 

「ふ、ふふふ…この程度……闘華の一撃に比べたら…」

 

 そう呟きながらも吐血をし全の顔色は青いを通り越し白くなっている。

 

「ごめん、やっぱ無理」

 

 そう言いながら全は倒れ伏し気絶する。

 

「え、ちょ、大丈夫かい!?というか生きてるかい!?」

 

 がくがくと全の身体を揺さぶるてゐ。全は少しだけ意識を浮上させる―――と同時に吐血した。その血はてゐを真っ赤に染め上げる。

 

「きゃーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 それにてゐは暫し茫然とし、やがて悲鳴を上げてその場から逃げ去って行く。

 

「…お、い…ちょ、たす…け……」

 

 一人残された全は途切れ途切れに言葉を紡ぐがそれは誰にも聞かれることなく消えて行った。

 

 

 

 

 

 その数十分後、全は生死の境を彷徨い歩きながら何と助かったそうな。

 



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二十二歩 謎の生命体X発見!

 

 

「オラァ!」

 

 霊力を纏い目の前の大岩を殴る全。衝撃で岩には徐々に罅が入りやがて砕けた。

 

「…何もないねえ」

 

 砕けた岩を見ながら呟くてゐ。二人は鉱石と食料を探しているのだ。

 

「やっぱ見つかんねえよなあ。食料も中々無いしっ!」

 

 次々に岩を破壊し道を作って行く。本来なら竹林にある食料が尽きる事は無かったのだ。兎達だけなら。ところが全が竹林にあった食料を食潰しこうして探す羽目になったのだ。

 竹林を出て山を探索し二人は河原へと出る。

 

「魚でも取るか…」

 

「別に良いけど、私は手伝わないよ」

 

「元からお前に期待はしてない」

 

 呟き素手で魚を取って行く。時折生の状態で口に放り込みてゐに石を投げられるが全は順調に魚を取って行く。

 

「微妙。微妙過ぎる。てか足りねえ」

 

「アンタには足りないだろうね」

 

「……てゐ」

 

「ん?………ああ、分かった」

 

 突然立ち上がった全にてゐは小首を傾げるが直ぐにその意味を理解しその場から退く。やがて二人の傍に現れたのは一匹の狼の姿をした妖獣。群れから逸れたのかそれとも徒党を組まないのかは分からないがどうやら一匹らしい。

 

「こいつは俺達のモンだぁ!!」

 

 全は妖獣に素早く近付きその頭に拳を振り落とす。手加減をした為死んではいないが、妖獣はその衝撃に耐え切れず地に伏した。

 

「ったく、俺達の魚を奪うとはいい度胸じゃねえか」

 

 気絶している妖獣を見降ろしながら腕を組む全。妖怪は何を食っているか分からない為そう易々と食う訳にはいかない。取り敢えず放置でもしようと全はてゐと取った魚を持ってその場から立ち去った。

 

 ◆

 

「大量っすなあ」

 

「大量だねえ」

 

 二人はほくほくとした顔で山の中を歩いて行く。全は自分の二倍程に膨れ上がっている袋を担ぎながら歩いて行く。中には野菜や生魚、生肉と言った物が入っている。

 

「これだけあったら筍がまた出て来るまで大丈夫だろ」

 

「そうだね。アンタが食いすぎなければね」

 

 てゐのツッコミに顔を逸らす全。全はふとある物に気付いた。

 

「……?なあ、てゐ。あんな所に祠なんてあったか?」

 

「ん?……う~ん、単に見落としてただけじゃない?」

 

 全の言葉にてゐは小首を傾げながら口を開く。全はその祠を物珍し気に見ながら近付いて行った。

 

「…何か珍しいものねえかな」

 

「案外とんでもない物があるかもね」

 

 全とてゐの二人が祠へと近付いて行くと違和感を感じた。

 

「何かおかしくね?」

 

 全質の目の前にあった空間が突然歪み始めたのだ。全はてゐの前に出て何時何が出ようと対応出来るよう構える。

 

「は~、久しぶりの外ね」

 

 そう言いながら歪んでいた空間から現れたのは一人の女性。背中に妖精とは違った悪魔に近い羽(?)を生やし、髪型はサイドテールの女性だ。

 

「……こんにちは」

 

「……」

 

「…こ、こんちは~」

 

 唖然とした表情のてゐの隣で全も目を丸くしながら取り敢えず挨拶をする。女性もまさか人がいるとは思わなかったのだろう。挨拶をしながらも歪みにへと再び姿を消していく。

 やがて女性がその姿を完全に隠し全とてゐは漸く目の前の事実を受け入れる。

 

「え、ちょ、ちょっと待て!今何かおかしかったぞ!?今宝じゃなくて人が出て来たぞ!!?」

 

「え、何あれ!?宝の門番的な奴なの!!?」

 

 二人は目を丸くしながら祠に触れて行くが何も起きない。やがて二人は祠の前で考え込み始める。

 

「お、おおお、落ち着けてゐ。きっと、あれだ、あれだよ、あいつがいた場所に宝があんだよ。落ち着いて時を戻すんだ。今の光景を見直そう」

 

「落ち着くのはお前だよ。と、取り敢えずあいつがいる場所に何かありそうだよね」

 

 てゐと全は再び祠を見るがやはり先程の様な変化はない。

 

「……取り敢えずまずこの食料を置いてこよう。そして明日もう一度此処に来よう」

 

「そ、そうだね。取り敢えずこの荷物置いてこなくちゃね」

 

「もしかしたら明日になったら何か変わってるかもしれん」

 

 全の言葉にてゐは頷くと二人は立ち上がる。

 

「一応目印付けとくか」

 

「そうだね」

 

 二人は近くにあった数本の木に印を付けると帰路へ着いた。

 

 ◆

 

 まだ朝日が昇ったばかりの薄暗い空の中、全とてゐは一通りの罠の材料を準備し祠の前に立っていた。

 

「これより、あの謎の生命体を捕獲したいと思う」

 

「ウサ!」

 

「なにその凄い可愛い返事」

 

「そんなことより早く続きを言う!」

 

「まずは俺があの謎の生命体―――以降は珍妙と名付ける―――の出て来た場所を調べる。そこから入口が分かれば侵入し速やかに宝もしくはあの珍妙を捕獲しようと思う」

 

「もし作戦が失敗すれば?」

 

「俺達に後退の二文字は無い!敵を子馬鹿にし続け戦略的撤退を計る!!」

 

「どっちだよ」

 

「もういっそのこと拳で語れば良いんじゃね?」

 

「一気に簡単になったね」

 

「作戦名『ゴリゴリ行こうぜ』これより開始する!」

 

「ウサ!」

 

 全はあの女性の出て来た場所に近付くと手を翳す。まるでそこに見えない壁があるかのようだ。

 

「……空間を弄る様な能力なら波長が合うから楽で済むんだが」

 

 全は目を瞑りながらその空間の乱れを感じ取って行く。

 

「…ん?……何か妙な場所が」

 

「もう見つかったの?」

 

「まあ、見つかったには見つかったんだが……何だろうなこれ。正直勝てる気がしなくなって来た」

 

 何時になく弱気な声にてゐは首を傾げる。

 

「何があったの?」

 

「…もう一個の世界、みたいな?」

 

「何それ?」

 

「向こうにもう一つこの世界があると思え。正直これを自力で作れたら最強だろ」

 

「でも生物が作ったとは限らないでしょ?」

 

「まあな。てゐ、俺の手握っとけ。少し強引に潜る」

 

「はいよ」

 

 てゐは全の手を握る。全はそれを確認すると離すなよ、と注意し潜り込んで行った。

 

「よっと!」

 

「うわっ!」

 

 全に引っ張られる様にてゐもその歪みへと引き摺られて行った。だが、それも一瞬。二人の目の前には別世界が広がっていた。

 

「うおっ!」

 

「きゃっ!!」

 

 全は咄嗟に結界を張り着地すると可愛らしい悲鳴を上げ落ちて来たてゐを受け止める。

 

「…死ぬかと思った」

 

 ほっ、と安堵の息を漏らすてゐを下ろしながら全は周囲を見渡す。

 

「何処だろうな此処」

 

 出てきた場所は先程までいた山の中とは大きく異なっていた。

 

「こんな中から宝を探し出すのは御免だよ」

 

「いや、お前の能力あるから何とかなるかもよ?」

 

「宝を引き当てるかは分からないでしょう」

 

「う~む」

 

「見えてるの?」

 

 目を細め周囲を見渡している全にてゐが尋ねる。

 

「微妙だなあ。流石にそこまで遠くは見えねえよ。精々此処から地上だ」

 

「いや、それでも十分凄いよ」

 

「下降りるぞ」

 

「え?」

 

 全は突然てゐを抱き上げるとその場から跳んだ。

 

「え、嘘!馬鹿、馬鹿じゃないの!?え、いや………きゃあああああああああ!!!!??」

 

 急速に迫ってくる地面に悲鳴を上げるてゐ。全は落下地点を見誤らないよう注意し衝撃を伴って大地に着地した。

 

「~~~~~~~っ!!!」

 

「だ、大丈夫?」

 

 ぶるぶると震える全にてゐは戸惑いながらも声を掛ける。

 

「ちょ、ちょっと待て。脚が痺れた」

 

「痺れたで済むってどんな脚だい?」

 

「ふーーーーーっ!!よし、治った!!」

 

 てゐを下ろして全は周囲を見渡していく。

 

「……さて、どうやって珍妙に会おうか」

 

「む~……適当に歩けば着くんじゃない」

 

「やっぱそうなるよな」

 

 二人がうんざりした様子で歩きだすと遠くから声が聞こえた。

 

「ちょっとー!そこの御二人さーん!!」

 

「……てゐ、お前知り合いなんていたのか?」

 

「寧ろ全の知り合いだと思うよ」

 

「残念ながら俺の女性の知り合いで性格がまともな奴は殆どいないから違う」

 

「その告白はどうだろうね」

 

 二人が言葉を交わしているとやがて少女が下り立って来る。

 

「御二人さん、魔界じゃ見ない顔だね」

 

「魔界?…へ~、この世界は魔界って言うんだ」

 

 少女の言葉にていは空を仰ぐ。

 

「俺は自称渡り妖怪の渡良瀬全。こっちは因幡てゐ。それでお嬢さんの名前は?」

 

「自称ってのが木になるけど…。私の名前はサラ。この魔界の門番だよ」

 

「門番……ってことはあの珍妙は門番じゃなかったんだな」

 

「らしいね」

 

 顔を見合わせる二人にサラはこほんと咳をする。

 

「二人の言う門番が誰かは知らないけど。ここから先は通せないよ!」

 

「門番なら門を守るべきだろ」

 

「そっちが門に来なかったから仕方ない」

 

 戦闘態勢の少女に全は溜息を吐く。

 

「てゐ」

 

「早くしてねー」

 

「お前逃げんの早過ぎだろ」

 

 既に遠くへと退避しているてゐに全は呆れる。

 

「じゃあ、お嬢さん。ちょいと遊びましょうか。負けたら素直に通してもらうぜ」

 

「それはこっちの台詞!!」

 

 全は構えると転移しサラへと軽めの一撃を放つ。突然目の前に現れたことに虚を突かれサラは身体が固まるが間一髪躱す。

 

「む、躱したか。なら―――!」

 

 全は後退する更に霊力弾による追撃をする。それを撃ち落としながらサラも反撃をする。接近戦より遠距離に分があると思ったのだろう。美味く距離を散りながら迎撃して来る。能力をッ使えば距離等無意味だが此処で霊力を消費するのも勿体無い。何よりあの珍妙はかなりの強敵に全には見えた。

 

「ハハッ!」

 

 迫る妖力弾を素手で霧散させ全はサラに迫る。その速度に反応することが出来ず―――

 

「ワロス!」

 

「きゃあ!!」

 

 その額に神速の凸ピンを喰らった。走って来た勢いのままやられたことによりサラは額を押さえながら涙目になる。その様子に全は動揺しながら持っていたアイスキャンディを差し出す。

 

「ほれ、これでも食べな」

 

「……何これ」

 

「美味いものだ」

 

 サラは差し出されたアイスキャンディにおずおずと手を伸ばし全を真似る様に舐める。

 

「……甘い?」

 

「断言しろよそこは。まあ、取り敢えず俺達の価値だから此処の一番偉い奴が何処か教えてもらおうか」

 

「む、まだ負けてないよ!

 

 強気な様子で立ち上がるサラ。その姿に全は不敵な笑みを浮かべる。

 

「面白い。俺の凸ピンは百八式ある。果たして貴様は何時まで耐えられるかな?」

 

「あ、負けでいいよ」

 

「………お前門番止めた方が良いよ」

 

 あっさりと引下がる更に全は深い溜息を吐きながらてゐを呼ぶ。

 

「終わったんだ」

 

「おうよ。で、今からこの嬢ちゃんが場所を教えてくれる」

 

「そうだとも。魔界はねえ、神綺様が創ったんだよ。私達の生みの親でもあるかな」

 

「ふ~ん、んでその神綺様がいる場所は?」

 

「あっち」

 

 

「………適当だね」

 

「まあ、観光出来ると思えば。ありがとなサラの嬢ちゃん」

 

「まあ、約束だからね。じゃ~ね~!」

 

 二人にそう言うとサラは何処かへと飛んでいく。その後姿を眺めながら二人は呟いた。

 

「世界創ったって言った割にその娘達はあれ位なんだな」

 

「まあ、全員が同等の強さとは考えにくいからね。戦闘が得意ってわけじゃないんでしょ」

 

「門番ェ…」

 

「早く行こうよ。此処にいたら他にもまだ来るかもしれないよ?」

 

「そうだな。なるべく早くその神綺様とやらに会えるよう頑張ろうか」

 

 てゐに催促され全もサラが指示した方角を見る。

 

「建物は特には見えないな」

 

「まだまだ先ってことでしょう」

 

「面倒臭いな」

 

「宝の為にも頑張ろうよ」

 

 二人はのんびりとした様子で神綺がいるという場所へと歩いて行った。

 

 



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二十三歩 珍妙はそこまで珍妙じゃなかったらしい

毎回な気がするけど。お久しぶりです


「面倒臭いお嬢さんだな」

 

「おっと、結構厄介だね。ちょっと速過ぎないかい?」

 

「っく、中々当たらないわね」

 

 二人は次々に放たれる光線を躱していく。放たれる光線はサラの物より数段速く油断すれば間違いなく回避する間もなく被弾するだろう。時折てゐへと向かう光線を弾きながら女性へと全は迫る。

 

「ルイズの嬢ちゃんよ。俺達は只観光に来ただけなんだが」

 

「此処は観光に来る場所ではないわ。さっさと帰ることね」

 

 ルイズと呼ばれた女性はそう言うと先程とは違い回避不可の速度で光線を放つ。

 

「危ないだろが」

 

 それを霊力の網で防ぐ。

 

「――――な!?」

 

 絶対に当たると確信していた一撃を防がれたことに彼女に動揺が走る。

 

「ったく、技量のある奴に手加減ってのは難しいんだよ!」

 

 言い放ちとても手加減されているとは思えない速度の拳骨をルイズへと放つ。

 

「~~~~~~~!!!?」

 

 思わず頭を押さえるルイズ。その瞬間を狙いてゐが放った妖力弾が直撃した。

 

「いっ…たたた。危ないでしょ」

 

「襲っといてそれは無いだろ」

 

「ほら、大人しく引き下がりなよ」

 

 てゐの言葉にルイズはキッ、と二人を睨み付ける。

 

「そんな訳ないでしょう!神綺様の為にも貴方達を通しはしないわ!!」

 

「……どうする?」

 

「簀巻きにでもして寝かせとけば良いんじゃない?丁度道具もあるし」

 

 てゐは縄や壺などを掲げながら提案する。

 

「ふむ、それが一番楽かもな」

 

 呟き二人はルイズを瞬時に縄で両手両足を拘束すると頭に壺を被せる。

 

「止めなさい!貴方達こんなことして只で済むと思ってるの!!?」

 

「自分の心配をするべきだと思うよ?」

 

「全くだな。てゐ、壺の中にあれを入れよう」

 

「分かった」

 

 全の言葉に頷きながら何かを取り出すてゐ。二人の言葉にルイズは慌てる。

 

「ちょ、あれって何よ!!?私に何をする気よ」

 

「そりゃあ・・・まあねえ?」

 

「ねえ?」

 

 二人はニヤニヤと笑いながらルイズに被せられた壺の中に僅かに光り輝く鱗を持ったある物を入れた。

 

「きゃあああああああああああああああ!!!!臭い!?何か気持ち悪い!!気持ち悪いいいいいい!!!!」

 

 壺から聞えて来る悲鳴。二人はその正体を明かした。

 

「どうだい?新鮮な生魚だよ?」

 

「いやああああああああああああああ!!!!!」

 

「ふむ、俺は絶対にこれは嫌だな」

 

 必死に頭を振りながら何とか壺から頭を抜こうとするルイズ。だが魚がそれを阻害し上手く抜くことが出来ない。

 

「……勿体無いし食べちまうか」

 

 そろそろ苛めるのは止めておこうと全は生魚を自身の手に転移させる。念の為、水で軽く洗い、全は齧り付く。

 

「良く生で食べられるね」

 

「最初は抵抗感もあったけど…、もう気にしなくなっちまったよ」

 

 魚を骨も残さず食い尽し全はルイズを一瞥する。

 

「…気絶してる?」

 

「…だね」

 

 ピクリとも動かず倒れ伏しているルイズを指先でつつき気絶していることを確認するてゐ。二人は取り敢えず壺は取りルイズをその場に残し先へと進んだ。

 

「何気にてゐの能力が役に立ってるよな」

 

 今の所強敵にも出会っておらず着実に神綺という人物の下へと近付いている。願わくばこの幸運が続くことだが…。

 

「…何食ってるのさ」

 

「魔界煎餅」

 

「何それ、おいしいの?」

 

「ルイズの嬢ちゃんの荷物を漁ってたら出て来た。割と美味いぞ」

 

「……そう」

 

 完全に観光気分の全にてゐは呆れながらもそれ以上何も言わない。毒が無いのなら問題ないだろうし敵が来ればきちんと相手をする。

 

「……この世界って本当に広いよな」

 

「まあね、けど何人かの人影も見たし……あ、何か見えて来たよ」

 

 眼下に広がる景色は大地から水面へと変わって行く。

 

「…その前にお客さんだ」

 

 全はてゐの首根っこを掴み背後へ跳ぶ。その直後二人がいた場所を弾幕が過ぎ去って行った。

 

「人間がこんな所に何の様かしら?」

 

「………」

 

 現れたのは黒い服と黒い帽子の少女とそれとは反対に白い服に白い翼の少女の二人だ。

 

「渡り妖怪と妖怪兎だよ。そちらさんは?」

 

「私はユキ、こっちはマイ。魔法使いだよ」

 

 ユキと名乗った黒い服の少女。マイと紹介された少女は変わらず無言のまま二人を見ている。てゐはそちらを一瞥し全に耳打ちする。

 

「向こうの白いの、何か臭うね」

 

「……臭う?」

 

 てゐの言葉に全は眉を顰める。

 

「そ、臭う、よ!!」

 

 人間である自分より、元は動物であるてゐの方が悪意等の感情には敏感だろう、とマイと言う少女を注意しておく。

 二人が放った弾幕を躱しながら二人も応戦する。二対二という一見五分に見える戦いだが全は空中を移動する為には結界の上を移動する必要があり個別で撃退される恐れがあるのだ。

 

「人間と妖獣にしては中々やるね!」

 

 量で押し潰そうとするユキと彼女が放った攻撃をカバーするように立ち回って来るマイ。コンビネーションでは向こうの方が上手であろう。その上てゐは全とは違い元々戦闘向きではない為火力も低い。

 てゐへと向かう弾幕を相殺するように全は霊力弾や網を張って行く。てゐもなるべく全が支援しやすいように空中で動いて行く。だが、やはり敵が二人ではそれも上手く行かない。

その攻防に嫌気が差し全は決着を着けようと先程まで食べていた饅頭を食い尽し空箱を捨てる。

 

「調子に乗るなよクソ餓鬼。てゐ!!」

 

「了解」

 

 全はてゐの前に転移する。妖力弾が数発全に直撃するが彼にとってはこの程度屁でもない。てゐは背後に回られない様に気を付けながら全を支援していく。

 全は霊力弾をぶつけ視界を隠す。

 

「オラァ!」

 

 凝縮された霊力弾をユキへと放っていく。見た目は只速いだけの物だ。その速度も決して回避できない物ではない。その弾幕を難なく回避する。しかし、その瞬間に霊力弾に変化が起こる。

 

「―――――っ!?」

 

 突然霊力弾が輝きその光が増してくるのだ。そこで漸くこの弾幕がどういう物なのかを理解するユキ。だが最早手遅れだ。彼女は逃げようとするが霊力弾はそれを許さない。やがて霊力弾はほぼ同時に大規模な爆発を起こした。

 

「きゃああああああああああああああ!!!!!!」

 

 衝撃で揉みくちゃにされ気絶しながら落ちて行くユキ。全は結界で取り敢えず保護をしておく。気絶していることを確認し二人はマイを見る。その様子を見ていたマイは突然全達に笑い掛けた。

 

「やるじゃんアンタ達」

 

「……化けの皮が剥がれたよ」

 

「…もしかして今から本気出す。みたいな?」

 

「そうだね。足手纏いもいなくなったし」

 

 結界の中で気絶しているユキを一瞥するマイ。仮にマイと月の立場が逆ならばユキは全達に激怒していただろう。

 

「アンタ達は私が斃してあげるよ!!」

 

「…んじゃ、少しこっちも本気で行くか」

 

 準備していた道具の中から石造りの鶴嘴を取り出す全。それを見てマイは笑った。

 

「あはははは!!何?そんなので私に勝つの!?」

 

「……全の鶴嘴舐めない方が良いよ」

 

「ふん!そんな物すぐガラクタにしてあげる!!」

 

 てゐの忠告を鼻で笑い次々に弾幕を放つユキ。全は狙いを付けるとその場で鶴嘴を構える。

 

「ガラクタになんのは――――――テメェだよ!!!」

 

 迫る弾幕へと構えていた鶴嘴を振りかぶり、勢いよく投げ付けた。鶴嘴は弧を描きながら勢いよくユキへと向かう。途中弾幕とぶつかるが鶴嘴は容赦なくそれを消していく。だが鶴嘴も無事ではない。妖力弾とぶつかるうちに柄の部分は破壊され石造りの頭部も半壊だ。とてもではないがユキに当たるとは思えない。精々この弾幕の一部を引き裂けるかどうかだろう。

 自らが放った妖力弾を蹴散らし向かって来る鶴嘴にマイは目を見開くが直ぐに余裕の笑みを浮かべる。

 

「やっぱり私には届かないじゃない」

 

「確かに、鶴嘴は届いてないね」

 

 直ぐ近くから聞えて来た声の方向にマイは意識を向ける。崩れ落ちて行く鶴嘴。その背後に隠れるように飛行しているてゐがいることを見つけた。

 

「無駄だよ!」

 

 マイは迫るてゐを飲み込むように弾幕を張って行く。一見すれば壁のようにしか見えない。

 

「そうだな、無駄な苦労だ」

 

 次いで背後から聞えて来た声。見れば背後にはてゐを担ぎながら弾幕を放つ全の姿があった。

 

「く!」

 

 背後からの弾幕を回避し向き直るマイ。だが頭上に転移したてゐの弾幕が彼女を混乱させる。先程とは違いユキがいなくなったことによってマイは二人に翻弄されていた。一方を向けばもう一方からの攻撃が、これでは回避をするしかない。

 

「っく!」

 

 マイは苦肉の策である全方位への弾幕を放つ。力を溜める為に数瞬の時間を要したことによって全とてゐの二人が放った小玉が身体を掠める。

 

「これでも喰らえ!!」

 

 全方位へ向けて放たれた弾幕。時間を掛けただけあり通れる隙間も針の穴程度の物だ。

 

「―――――っぶねえ!!」

 

 流石の全もてゐをかばう余裕はなく即興の結界を盾に何とか被害を最小限に抑える。てゐもボロボロの状態だが何とか撃ち落とされずにいた。

 

「これで終わり!」

 

 満身創痍のてゐにマイは狙いを定め止めを刺そうとする。

 

「嬢ちゃんがな!」

 

 生物は勝利を確信した瞬間に最も隙が生まれる物だ。全はその隙を突きマイへと霊力弾を放った。当然てゐへと注意が注がれていたマイは動ける筈もなく。

 

「―――――!!」

 

 マイは悲鳴を上げることすら出来ず落下していった。それを全はユキと同じ結界に閉じ込め一息吐く。

 

「おーい、無事かー?」

 

 全はボロボロの姿のてゐに近付いて行く。

 

「疲れたよ~」

 

「はいはい」

 

 全はてゐの傷を治しながら――――正確には傷を負っていない状態へと肉体を戻しただけなのだが―――先を見る。

 

「……サラやルイズの嬢ちゃんより大分強かったな」

 

「相手が二人っていうのもあっただろうけどね」

 

 元通りの身体になっているかを確認しながらてゐは全に言う。

 

「結構力使っちまったな」

 

「そうだね、特に最後ので…」

 

 てゐは結界内で気絶している二人を一瞥し溜息を吐いた。

 

「とにかく先行こうぜ」

 

「そうだね」

 

 新しいアイスキャンディを咥えながら水面の上を歩く全とその隣を浮遊していくてゐ。二人の先には六本の柱が見えていた。

 

 ◆

 

「凄いでしょう此処は」

 

「いや、本当凄いな」

 

「こんなのを創る奴なんて初めて見たよ。珍妙は只の珍妙じゃなかったんだね」

 

「あら、私は珍妙じゃなくて神綺よ。てゐちゃん」

 

「ちゃん付けされるなんて初めてだよ」

 

 のんびりと会話をしながら歩いて行く三人。神綺と名乗った女性は微笑を浮かべている。

 

「ちなみに此処に宝とかはあるのかい?」

 

「…そうねえ、一応あるにはあるけど」

 

「あるの!?」

 

「ええ、勿論」

 

 にっこりと笑う神綺と歓喜する二人。此処まで来た甲斐があったと言う物だ。談笑しながら進んで行く三人に頭上から何者かが声を掛ける。

 

「神綺様!何をやっているのですか!!?」

 

「あら夢子ちゃん。どうしたの?」

 

「どうしたもこうもありませんよ!何故侵入者と仲良さ気に話しているのですか!!」

 

「御近所付き合いは大事よ?」

 

「御近所じゃありませんから!そこにいる者達は侵入者です!!」

 

 変わらずのほほんとしている神綺とその神綺に状況を伝えている夢子。全は頭を抱える夢子の肩に手を置いた。

 

「まあ、そう苛々しなさんな。あ、これ魔界煎餅。美味いからどうぞ」

 

「あ、いえ、どうも――――って違いますよ!!貴方達の所為でこんな事態になってるんでしょう!!?」

 

「いやあ、そんな照れちまうじゃねえか」

 

「何処に照れる要素があったんですか!!」

 

「そんなことを女に言わせるなんて…」

 

「貴方も乗るな!!」

 

 ふざける全とてゐに夢子はわなわなと肩を震わせ何処からか短剣を取り出す。

 

「神綺様。彼らは私が受け持ちます。貴方は早くお戻りになってください」

 

「…分かったわ~」

 

 二人を睨みつけながら夢子は神綺に言う。神綺も漸く事態を理解し頷くと先へと進んで行く。

 

「そう言う訳です。貴方達の相手は私がさせていただきます」

 

 そう告げると共に先に戦った四人とは比べ物にもならない程の弾幕を放つ。その速度に二人は瞠目し全は急いで結界を張る。

 

「…どうする?」

 

「どうするって…。あれ結構強いよね?」

 

「話からしたら従者だな。従者であのレベルって…珍妙の力はどれだけのもんか」

 

「怖いね~、この結界どれくらい持つの?」

 

「…そうだなあ。多分三分持てば良い方」

 

「三分で策を考えるのかぁ」

 

 外から聞えて来る結界と弾幕がぶつかる音に注意を向けながら二人はどうやって突破するかを考える。此処を突破しても先には神綺がいる。あまり力は消費したくない。

 

「…あ、一つあるけど」

 

「?…どんな方法?」

 

「お前が気に入るかは分からないが…」

 

 そう言って全はてゐに作戦を話す。その作戦を聞きてゐは不敵に笑った。

 

「良いね。それじゃあ頼むよ」

 

「任せとけ」

 

 ◆

 

「そろそろ降参する気にはなりましたか?」

 

 全とてゐの二人を覆っていた何重もの結界が破られるのを見て夢子は二人に言う。

 

「生憎、諦めだけは悪くて…」

 

 中から出て来たのはてゐ。その顔には何かあるのか笑みを浮かべている。

 

「…もう一人は」

 

「もう此処にはいないよ」

 

 その言葉と同時に夢子は自分の背後を見る。そこには宙を跳んでいく人影が見えた。

 

「――――――しまった!」

 

 急いで全の下へと飛んで行こうとする夢子。だが、彼女の頬を妖力弾が掠めた。

 

「無視されるのは嫌だなあ。ちゃんと相手してよお姉さん?」

 

 にやにやとした笑みを浮かべながら夢子を挑発するてゐ。夢子はてゐへと振り返ると短剣を構える。

 

「いいでしょう。たかが妖獣一匹。直ぐに始末してあげます」

 

「因幡の素兎。舐めて貰っちゃ困るよ」

 

 殺意を向けて来る夢子にてゐは只笑みを浮かべ続けていた。

 

 ◆

 

「よっと、はっと…到着」

 

 神綺の前へと到着し全は水面へと下り立つ。その姿に神綺は目をパチクリと瞬き意外そうな表情で声を掛ける。

 

「あら?もしかして夢子ちゃんは負けちゃいましたか?」

 

「いいや、てゐが相手をしてくれてるよ」

 

「…そうですか。てゐちゃんも可哀想に」

 

「あいつはそこまで弱くないよ。むしろ夢子って嬢ちゃんの心配をするべきだろ」

 

 全の言葉に神綺は笑顔で断言する。

 

「夢子ちゃんは強いですもの。心配ありません」

 

「…さいですか」

 

 勝つと信じている両者に揺らぎはない。神綺は微笑を全は不敵な笑みを浮かべながら対峙する。

 

「まあ、どっちが勝っても俺達が決着付けないと仕方ねえんだがな」

 

「そうですね。あ、殺しはしないから安心して下さい。けど、負けてもらわないと夢子ちゃんに怒られちゃいますから」

 

「こっちも勝たないと文句言われちまうからな。それに宝は欲しい」

 

 全と神綺は互いの力を集中させる。神綺の力が昂ぶり大気が震える様に感じる。全もまた水面に波が生まれ波紋を呼んで行く。

 

「……神綺様の御力拝見と行こうか!」

 

「頑張って下さいね?」

 

 二人はほぼ同時に初撃決殺にもなりうる力を相手へと放った。

 

 



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二十四歩 先生、旧作は難しかったです

息を吐く間もなく放たれる短剣にてゐは只逃げるばかりであった。

 

「威勢が良いのは口だけですか!?」

 

 回避できない物は撃ち落としてゐは夢子と距離を取る。

 

「もしかしたらこれが作戦かもよ?」

 

「あちらの戦いが終わるまでの時間稼ぎですか?そんなことをしても神綺様が勝つのは明白ですよ!」

 

 投げ付けられたナイフが脚を掠めてゐは思わずバランスを崩す。

 

「鬼ごっこは終わりです」

 

 氷の様に冷たい瞳と冷徹な口調で告げる夢子。てゐのいる場所は彼女の距離に入っている。この距離ならば一切の抵抗を許さず仕留める事が出来るだろう。

 

「ふっふ~ん。これが何か分かるかな?」

 

「……只の壺ですね」

 

 てゐが両手で掲げた物を一瞥する夢子。見た所魔術的要素もない只の壺だ。それはルイズに対して使った壺と同一の物であり少々生臭いという程度だろう。

 

「そんな物で私の攻撃を避けられるとでも?」

 

「一発位なら防げるでしょう?」

 

「そしてまた逃げる、と。…弱者には御似合いですね。尤も―――」

 

 防げればの話ですが。

 その言葉と同時にてゐへと無数の短剣が放たれた。それは躱すことはおろか防ぐことも出来ない。その攻撃にてゐは壺を盾にし身を小さくした。放たれた短剣が壺へとぶつかる―――――寸前

 

「――――――まあ、防ぐなんて言ってないけど」

 

「―――――――え?」

 

 呆けた声を上げながら夢子は茫然とする。それも当たり前だろう何せ先程までは放った弾幕の先で身体を小さくし身を守ろうとしていた少女が自分の頭上、それも目の前にいるのだから。

 

「ど~ん!!」

 

 声こそ可愛らしいがその両手に持っているのは大きな壺。それを小柄ながらも体重を乗せて落としてきているのだ。

 茫然としていた夢子はそれに反応することが出来ず

 

「~~~~~~~~っ!!!!」

 

 壺の割れる音と声にならない悲鳴が上がる。夢子はふらふらと頭を揺らし、やがて気絶し墜落していく。流血こそしていないのは魔界人であるお陰だろう。

 

「回収、回収っと。いやあ、全の能力も便利だねえ。私じゃ一回くらいしか使えないけど…」

 

 気絶している夢子を縄をぐるぐると巻いて拘束していくてゐ。

 彼女の先程の攻撃。それは全の転移を使用したことによるもの。それは本来なら出来ないこと。だが主の能力を従者が使用する方法はある。つまり、今てゐは全の式神として使役されているのだ。それによって一時的に全の能力を使用し転移する。

 しかし全の能力の基本は演算や微細な感覚が必要となる。よって、チャンスは一度きりだったのだ。

 

「ふ~…」

 

 一仕事終えた表情のてゐ。これで後は全が神綺に打ち勝てば宝を手に入れる事が出来る。

 

「負けてる姿が想像できないなあ」

 

 普段からあれだけの力を見せ付けている全の負けている姿を必死に想像しながらてゐは全と神綺がいる下へと飛んで行った。

 

 ◆

 

「っちい!」

 

 額から流れる汗を拭う暇もなく全はすぐさま転移する。刹那、全がいた場所を無数の光線が過ぎ去って行く。

 

「手加減お願いしまーす!!」

 

「無理でーす」

 

 ボロボロの服を纏いながら叫ぶ全。その言葉を神綺情け容赦なく切って捨てる。全も霊力弾を放つが返ってくるのは視界を覆い尽くす妖力弾と光線の弾幕だ。だがその状態になりながらもアイスキャンディだけは手放さない辺りは凄いと言えるだろう。

 宙に張った結界を足場に神綺の攻撃を躱していく全。だが彼も只逃げ続けていた訳ではない。動こうとした神綺の指先に鋭い痛みが走る。その痛みに僅かに目を瞑り指先を確認する。そこからは微量の血が垂れ指先を赤く染めていた。

 

「一歩動けば全身がそうなるぜ?」

 

「……器用ね」

 

 全の指先に繋がっているのは淡く燐光を放つ極細の霊力の糸。それは神綺の周囲を覆い神綺の身体も縛り付けている。

 

「大胆ねえ」

 

「生憎、長生きしてるとそう言った物は薄れるんでね」

 

 困った様に微笑む神綺のペースに飲まれないよう注意しながら全は糸を手足の様に扱う。

 

「けど―――――まだまだ甘いわ」

 

 神綺が呟くと同時に彼女を中心に弾幕が発生し糸を容易く引き千切って行く。彼女の背にある羽からも光線が発せられ、縛られていた身体は完全に自由になった。

 

「ノーカウント!今のはノーカウントだ!やり直しを要求する」

 

「現実は何時だって残酷よ?」

 

「大人みたいなことを言うな!!」

 

「大人だもの」

 

 全の叫び声にのほほんとした声で答える神綺。そう言いながらも手加減をされているとは思えない威力の弾幕を放っているのだ。全は回避に集中し隙間を縫うように霊力の糸を撓(しな)らせ神綺を襲う。

 

「ッラァ!!」

 

 そちらに意識が向いた瞬間に背後へと転移し拳を振り落とす。全の身体を光線と妖力弾が抉り、焼いていくが彼は一切意に介していない。拳が新規へと触れようとした瞬間―――

 

「えい♪」

 

 拡散して打ち出された妖力弾に吹き飛ばされた。勢いよく水面から出ていた柱へと叩き付けられ衝撃で息をすることが出来ない。

 

「…っ、ぉ!…い…てえ。手加減する気ねえだろ」

 

 頭部から流血した状態で上体を起こす全。その表情は痛みに苦しむものではなくうんざりとした物であった。感覚が鈍くなってきているのかもしれない。

 

「まあ、後のことなんて考えなければいいか」

 

 取り敢えず脱出も勝ってから考えよう。力を温存することを止め全は通常より遥かに凝縮させた霊力弾を放っていく。それは神綺の弾幕を押し返していき弾幕に穴を空ける。

 

「痛えだろうが!!」

 

「男の子はちょっと無理するぐらいが良いのよ」

 

「常識を学べ!!」

 

 放たれた踵落としを難なく躱す神綺。だが脚が通った場所から霊力弾が放たれ神綺を襲った。この戦いが始まり初めての被弾である。距離を取り弾幕を放つ神綺。六枚の羽から放たれる光線と無数の弾幕。それを前にし全は右手を握りしめる。

 

「もう一発行くぞ!」

 

 全は再び霊力弾を放つ――――振りをし神綺の懐に潜り込んだ。弾幕が掠り身体から何かが焼け焦げた様な臭いを放つ。

 

「喰らえ一式!」

 

 全は腕を高速で突き出し神綺へと渾身の一撃を放つ。その攻撃を神綺は防御しようとするが両者の距離が近過ぎる。神綺が防御するより速く全の一撃が届く。

 

「痛っ!」

 

 バシンと言う鈍い音を奏で神綺の額に凸ピンが炸裂した。

 

「二式三式四式」

 

「あうっ!~~~!!」

 

立て続けに放たれる凸ピンに神綺は涙を浮かべて行く。

 

「これが百八式じゃあ!!」

 

「痛い~…!」

 

 止めに両腕での凸ピンに神綺は額を押さえ悶える。その姿からは戦意は窺えない。

 

「…で、まだやるか?」

 

 ボロボロの姿になりながらも霊力の糸で神綺を何時でも攻撃できるよう構える全。先程とは打って変わって勝敗は明らかだろう。

 

「というかアンタ本気じゃなかっただろう?」

 

「友達を殺そうとなんてしないわ」

 

 未だに涙目で額を撫でる神綺。神綺は降参の意を込め両腕を万歳のポーズで上へと上げる。

 

「神綺ちゃんは変わってるな」

 

「全君程じゃないわ」

 

「どうして皆揃って俺を変人扱いするかな」

 

「よく考えてみると良いわ~」

 

 先程の雰囲気は何処へやら二人は和気藹々と話している。

 

「お~い!」

 

「お、そっちも勝ったか」

 

「勿論!」

 

「夢子ちゃんが負けるなんて思わなかったわ」

 

 全達に声を掛けながら向かって来るてゐに全も声を掛ける。縛られながら引き摺られてくる夢子を見て神綺は目を丸くした。

 

「どうだった?」

 

「成功したよ。結構大変だねこれ」

 

「慣れれば楽なんだけどな・・」

 

 答えながら全はてゐを式神から解放する。

 

「そっちは?」

 

「おまけで合格って所。向こうが本気出してたらヤバかったかも」

 

「情けないなあ」

 

「お前も俺の能力なかったらやられてただろ」

 

 やれやれと肩を竦めるてゐの頭を軽く小突きながら全は溜息を吐く。

 

「そんなことよりお宝だよ、お宝!」

 

「ああ、そうだったな」

 

 二人は気絶している夢子を撫でている神綺に声を掛ける。

 

「う~ん、まあ、少しくらいなら。たくさんだと後で夢子ちゃんに怒られちゃうもの」

 

 困った表情の神綺はそう言って二人を自らの家へと招く。ボロボロの全は行動に支障がない程度に怪我を治すとてゐと共にその後に続いた。

 

 ◆

 

「いやあ、収穫があって良かった」

 

「本当にね」

 

 竹林に建てられた屋敷の中ふたりは言葉を交わす。彼らが魔界から帰り二日。全の手元には宝の代わりに鉄等の鉱石が置いてあった。

 

「喜んでもらえたなら良かったわ」

 

 そして何故か微笑みながら居座っている神綺。つい先日会ったかと思えば再び山の中にいた所を二人が発見したのだ。

 

「夢子の嬢ちゃんは?」

 

「大丈夫よ。あの子はしっかりしてるから」

 

 相変わらずのほほんとした様子の神綺。全は苦労しているのだろうなと此処にはいない夢子に合掌する。

 

「神綺ちゃんも暇人か」

 

「そういえば全って私にちゃんとか付けないよね」

 

「お前にちゃん付けとか俺の腹が捻じ切れるわ」

 

「外見的に私の方が合うでしょう」

 

「内面考えろ」

 

 その言葉にてゐは全の膝を蹴りながら訴える。神綺はその様子を微笑みながら眺めていた。

 

「此処に来るのは暇人ばかりだな。働け」

 

「アンタが一番働かないで遊んでる気がする」

 

「俺は明日から本気出すタイプだから」

 

「それって結局やらない人じゃあ」

 

「こんなのに付き合ってたら疲れるから止めた方が良いよ」

 

 てゐは神綺にそう言うと外にいる兎達を引き連れて筍を取りに行く。

 

「それじゃあ、私もそろそろ戻らないと。夢子ちゃんに怒られちゃうもの」

 

「む、神綺ちゃんもか。気を付けて帰れよ?あの山妖怪もいるし」

 

「ええ、それじゃあ」

 

 手を振って山へと帰る神綺。それに手を振り返しながら全は横になった。

 

「……そろそろ俺も此処出ようかなあ」

 

 呟きながら畳の上をごろごろと転がる全。ごちゃごちゃに混ざっている思考の中只ごろごろと転がり続けている。

ある意味こうして何も考えずにいられるのは一種の幸せなのでは?等と考えながら全は突然上体を起こす。

 

「……そう言えば浅間の所に行かねえと」

 

 今迄忘れていた目的を思い出し全は漸く身体を起こす。

 

「よし、忘れない内に準備しよう」

 

 鼻歌を歌いながら全はふらふらと屋敷の奥へと歩いて行く。誰もいなくなった居間の片隅には新品の鶴嘴が忘れ去られ寂しそうに鈍く輝いていた。

 

 

 

 鶴嘴は後日全にきちんと見つけられました。

 

 



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二十五歩 二人揃って

 朝日が昇る中、俺は眠い目を擦りながら気だるげな身体に鞭打って起き上る。

 

「…あ~……何でこんな所で寝てたんだっけ…」

 

 敷いてある筈の布団から離れた畳の上から起き上がった俺は呆けた頭のまま昨日の記憶を探って行く。

 

「――――あ、手入れしてたんだっけ」

 

 振り返り背後に立て掛けられている大木程もある太さの紅い金棒を見る。それを確認した時、ふと視界の端を何かが横切る。何かと思い振り返るが視界の端に映る何かも俺と一緒に動いて行く。

 髪に何か付いているのか?そう思った俺は髪に手をやって漸くそれが何かを理解した。

 

「…あ……」

 

 理解したと同時に冷や汗が流れて来る。自分は病気への体勢なら既に付いているから掛かる筈はない。では何が原因で?

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!??」

 

どうしようもない不安から俺は立ち上がると大声を上げながら居間へと走っていた。

 バン!と襖が壊れてしまうのではと思う程勢いよく襖を空け中に入る。

 

「てゐ!てゐ!か、かかかかか髪が!俺の髪が!!」

 

 騒いでいる俺を何時もの様に鬱陶し気に一瞥するてゐ。だが、てゐも俺の姿を見ると目を丸くした。

 

「え…?な、何それ…?」

 

「しし、しししししし知らない!!」

 

 震える声でてゐに話す俺。此処まで動揺する等初めてだ。

 

「何で俺の髪が伸びてるんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 俺は堪らず大声で叫んだ。

 

 ◆

 

「…何でこんな」

 

「本当に突然だね。昨日までは異常なんてなかったのに」

 

 長くなっている俺の髪を弄りながら呟くてゐ。遊んでんじゃねえ。

 第三者から見ればそれがどうしたと言うだろう。妖怪も人間も髪なんてのは伸びるのだから。

だが、俺の場合は別だ。俺は老いを捨てている体だ。その身体に進化の波による耐性や身体能力等以外の物で変化が起きる訳がない。この髪もそれなのでは?と思いもしたが何の変化もなく、そもそも髪が伸びるなど進化することには何ら関係ないだろう。

 

「…あ、まさかこれは昔に聞いた」

 

「知ってるのかてゐ!」

 

 てゐの言葉に即座に反応する俺。

 

「昔聞いたことがあるよ。神秘的な力ってのは髪に宿るもんだって。だから髪は大切で切ってしまうとそれは力を失うことを意味するとか何とか」

 

「何だそれ。んなこと言ってたら昔からこの髪は伸びてるだろ」

 

「う~ん…。許容量超えたのが夜だったとか?」

 

「何それ意味不明」

 

「何せ全自体が意味不明だもんね」

 

 さり気無く貶して来たてゐの頭を小突きながら俺は思案する。どうしようか・・・取り敢えず邪魔だと言う事には変わりない。

 

「よし、切ろう」

 

「え~切っちゃうの?そっちの方が女らしくて良いよ」

 

「俺は男だ。つう訳で髪切ってくれ」

 

「はいはい、仕方がないなあ」

 

 俺は鉄で創った鋭利なナイフをてゐに渡す。此処だけだが刃物を渡す時どうしても緊張しちまう。これが敵だった時のことを考えてるからなんだが。

 

「…んじゃ頼む」

 

 俺はてゐに背中を向ける。シャ・・・シャ・・と言う髪を切る音だけが聞こえて来る。

 

「なあ、てゐ」

 

「…ん?どうしたの?」

 

 髪を切るのに集中してるからかてゐは間を空けてから答える。

 

「もう直ぐしたらさあ、此処を出ようと思う」

 

「へ~、それで次は何処に行くんだい?」

 

「京って言う所。何でも人間達の都らしい。其処に寄って暫くは普通の人間達の生活を眺めて……それからはどうしようか」

 

「そう。まあ、全なら逆に相手の方を心配しちゃうけどね」

 

「酷いなあ」

 

「あ、馬鹿頭を動かすなって」

 

「悪い悪い」

 

 笑いっていると背後で髪を切っているてゐがそう言って来たので謝る。

 

「緋桜(ひざくら)も早く行きたいって言ってるしさ」

 

「緋桜?」

 

「あの金棒のこと」

 

「ああ、あれか。作るのにも大分苦労してたね。緋々色金まで使うとは思ってなかったけど・・・。それにしても話せるのかい?」

 

「まあね、最近だけど少しだけ自意識を持った見たい。付喪神って奴だよ。それに緋々色金だって持ってても仕方がない。作るなら最上の物をってね」

 

「ああ、付喪神。緋桜はそこからかい?」

 

「そ、おまけに能力持ち。緋々色金を使ったからかねえ。『形を変える程度の能力』だってさ」

 

「そりゃあ、便利じゃないか。鶴嘴を作る必要もないってことだろう?」

 

「おうとも、まあ、それでも火山には行くんだが」

 

「相変わらず何考えてるか分からないねェ」

 

 てゐは苦笑しながら切り終わったよ、とその場から立ち上がる。

 

「前の髪型より少し長くしたんだけど。うん、遊んであるアンタにはそれ位が似合ってるね」

 

「失礼な。遊んでるんじゃなくて遊ぶしかないんだって…。ありがとな、邪魔にもならないし丁度良いよ」

 

「どう致しまして。そう思うなら私の代わりに働いてよ」

 

「はいはい」

 

 からからと笑いながら切った髪を掃除していくてゐ。手持無沙汰だった俺もその手伝いをしていく。俺達は無言のまま髪を掃除していた。

 

「こんなもんかな。しかし随分伸びたんだね」

 

「だなあ、今迄のツケが回ってきてるようだ」

 

「アンタの場合まだまだあるでしょ」

 

「おいおい俺は安心と信頼の渡り妖怪だぞ?」

 

「うわ、ごく自然な表情で嘘八百並べたよ」

 

 清々しい程の笑顔で言いう全にてゐは生暖かい視線を送る。俺はその視線に耐え切れずやがて顔を背けた。

 

「まあ、此処にはまたちょくちょく遊びに来るけどな。その時は俺の知り合いも来るかもな」

 

「変なの連れてこないでよ?」

 

「生憎と俺の知り合いは変なのしかいなくて。その上気軽に動けるのは俺より厄介なのだ」

 

「勘弁してよ」

 

 頬を引き攣らせるてゐに俺は最高の笑顔を送る。その顔に苛立ったのか殴り掛かってこようとしたてゐを難なく躱し俺は横になる。てゐもそれ以上手を出そうとは思っていないのだろう俺の近くに腰を下ろした。

 

「てゐ」

 

 前言撤回。どうやら防がれたせいで余計に苛立ったようだ。

 てゐに殴られた脛を押さえながら蹲る俺。畜生、地味に痛い。

 

「しかし、随分長くいたな」

 

 此処に住み付き何年だろうか。時折渡り妖怪と名乗りながら妖怪や人間を相手にし時には泥棒を働いた村から逃げ帰って…。顔を出す神綺ちゃんや夢子の嬢ちゃん達とも話をし。数百年は此処に住んでいるだろう。外では相変わらず闘華の噂を聞く。あいつとも会ってないし久しぶりに死合(けんか)もしたい。

 

「そうだねえ。何だかんだ言って本当に長くいるよね。何百年前にも出るとか言って結局忘れてたし」

 

「ハハハハハ、ナンノコトカワカラナイナ―」

 

 そう言えばそんなこともあった。あれは何が原因で結局忘れたんだったか・・・。

 そんなことを考えながら俺は畳を転がる。

たった今思いだしたが人間達の所に行くと言う事はバレ無いように服装も変えなくてはいけないのか…。

 

「なあ、てゐ」

 

「ん?」

 

「浴衣に鬼の仮面でも付ければ問題ないよな?」

 

「取り敢えずお前の頭の中を見せてみろ」

 

 何故かとんでもないツッコミを入れて来るてゐに内心冷汗を流しながらも俺は気にしてない振りをする。此処で変なことを言えばまた厄介なことが起こる気がする。

 

「さ、さて昼の用意でもするか」

 

「おいこら逃げんな」

 

 背後で喚くてゐを無視し俺は昼の用意をしていく。夏だから冷たい物が良い。その方がてゐの頭を冷える気がする。いや、マジで。

 

 ◆

 

「美味い」

 

「美味いね」

 

 俺達は居間の上で一緒に冷麺を食べる。大陸の文化も中々良いかもしれない。用事が終わったら大陸にも足を運んでみるのも悪くは無いかもしれない。

 

「…美味い」

 

 俺は外を見ながら最後の麺を食べ終えもう一度そう呟いた。

 

 



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二十六歩 やること色々

「喝っ!」

 

 全の気迫と共に霊力を纏った札が目の前に迫っていた妖怪に襲い掛かる。全身に走る痛みに苦しむ妖怪を一瞥し全は溜息を吐く。その一体以外にも多くの妖怪が地にひれ伏していた。そしてそれを懐かしむ目で見守るその他大勢の妖怪達。

 

「何時の間にこんなに落とされてたんだよ」

 

「いやあ、流石旦那。伊達にこの世界を治めてないねえ」

 

 背後の屋台から顔を出し拍手をする狐の妖獣。全は埃の付いた法衣を叩きながら屋台に置いておいた笠と錫杖の姿になっている緋桜を取る。少し髪が長いが見た目は誰が見ても修行僧だろう。この服装は目の前にいる狐の妖獣から貰った物だ。

 

「正確には俺が修行場に使っていた所を人間が妖怪を封じるのに使ってやがるんだがな」

 

 やれやれと溜息を吐き全は屋台の椅子に座る。全がいる場所は地上の下。地下に作られた広大な世界だ。地上に住む者達からは地底と呼ばれている。

 実は此処、全が鉱石を採掘兼修行場兼闘華の襲撃から逃れる為に使用していた場所だ。時が経つにつれ人間達が封じた妖怪が此処に落とされた為に拡張をし続け今に至るのだ。先程の戦闘は全が地上にいた間に落とされて来た妖怪達が絡んで来た為の物だ。

 

「で、何で親仁は此処にいるんだ?アンタは地上で店開いていたはずだろう」

 

「いや、旦那が創った国を見てみたくてねえ」

 

「だから俺が創った訳じゃねえ。気が付いたら出来てたんだよ」

 

 からからと笑いながら話す店主に全は溜息を吐く。

 

「戻って来たってこたぁ、暫くは此処に居んのかい?」

 

「いや、京に行くんだよ。今迄一緒にいた奴とは別れは済ましたし、直ぐにでも行くよ」

 

「ふむ…・、ちいとばかり危険じゃないかい?」

 

「俺はお前らと違って人間だから問題ねえ」

 

「ああ、そういやそうでしたね。妖怪より強かったんで忘れてましたよ」

 

「…………」

 

 陽気に笑う店主を無言で睨んでいたが、やがて諦めたようにアイスキャンディを口に咥えた。

 

「しかし、俺の代役を決めた方が良いかもしれないな」

 

「そうですねえ。じゃねえと新人はでかい顔して歩き回るだろうし」

 

「…まあ、その内見つけるよ」

 

 騒がしい妖怪達の姿を眺めながら俺は溜息を吐いた。

 

 ◆

 

「~~♪」 

 

 全は鼻歌を歌いながら人が往来する京の都を歩いて行く。

法衣姿はこの時代では多少目立つがスーツを着るよりかはマシだろう。それにある程度の注目は能力を使ってしまえばどうということはない。

全は時折通行人へとぶつかりながら相手の懐から金銭を盗む。

 

「今のはこんなのなのか」

 

 盗んだ金銭を眺めながら呟く全。

通りを歩いているが只当てもなく歩いている訳ではない様だ。その足取りは確かに目的の方向へと進んでいる様だ。

 

「……噂通りだと良いんだが」

 

 彼の目的は最近噂になっているかぐや姫だ。何とも美しい姿という話らしいが彼がその話に聞き入ったのは美しいという物ではなくその育ての親である翁達が手に入れた宝の方だ。

 鉄や材料が欲しい全としてはわざわざ探すより金を手に入れて買うか貴族達から盗む方が楽でいいのだ。

 

「……あれ?」

 

 ふと足を止め周囲を見渡す全。先程までは確信をもって進んでいた足も今は周囲を確かめるように数歩歩くたびに立ち止まっている。

 

「……此処何処?」

 

 何時まで歩いても目的の場所が見つからないことに全は首を傾げ近くにいた髪の短い少女に声を掛ける。ふくよかな女性が好まれる今の時代ではあまり美人とは言いにくい少女だ。昔なら美少女といても通じるだろう。

 

「お嬢さん少し宜しいでしょうか?」

 

「…え?あ、はい。何でしょうか」

 

 少女からは礼儀正しい貴族の臭いがしてくる。聞く相手を失敗したかもしれないと考えながら全はもし不敬罪にでもなってしまった時の為に少女の名前を聞いておく。

 

「…もしかして貴族のお嬢様でしょうか?もし良ければお名前をお聞きしても?」

 

「えっと、藤原…妹紅です」

 

 あ、これは失敗した。

全は内心で何処かに御付きの者がいるのでは?と周囲を警戒する。

 

「……・……ア、ソウデスカ。道を聞きたいのですがよろしいでしょうか?」

 

 貴族に話しかけてしまったことに後悔しながら全は本来の目的を果たそうとする。

 

「…輝夜姫様の御屋敷ですか?それならこの道をあちらに行けば直ぐ見えますよ」

 

「これはどうも。それでは」

 

「あ、待って下さい」

 

 足早に去ろうとする全に妹紅は声を掛ける。全は面倒臭いことにだけはなりませんように、と祈りながら振り向く。

 

「貴方も輝夜姫に求婚を?」

 

「いえ、私はあの屋敷に用があるだけでございます」

 

「…そうですか。あ、お時間を取らせて申し訳ありません」

 

「いえいえ、では私はこれで」

 

 頭を下げる妹紅に全は笑いながら今度こそその場を去った。

 

「……此処?」

 

 全は辿り着いた屋敷の広さにまた道を間違えたのではと不安になる。だが、先程の少女が此処だと言っていた事から全は間違いではないだろうと判断し一度屋敷を一周する。

 

「…人気だなあ」

 

 表に並ぶ御車の数に呆れながら全は能力を使用し周囲にいる者達の意識を僅かな時間逸らし中へと入って行く。

 

「兵は全員外にいるのか。妖怪に入られたらどうすんだか…」

 

 庭を見渡しそのまま奥へと進む全。屋敷の中は外から見た通り中々に広い。全は取り敢えず今は屋敷の見取り図を作り夜に探そうと屋敷中を歩き回る。時折部屋の中を覗き何か無いかもチェックしていく。金の為とはいえ些か本格的過ぎるとも言えるだろう。

 

「…中々見つからないな」

 

 屋敷の約数の部屋を確かめたにも拘らず未だ宝は見つからない。このままでは宝が無い屋敷の見取り図を作っていることになってしまう。

 全は近くにあるまだ確認していない部屋の襖を空ける。

 

「…あら、お爺様?」

 

「失礼しました」

 

 何やら奥にいた黒髪の人物が振り返ると同時に全はスパンと襖を閉じる。

 何も見ていない。俺は何も見ていない。そう言い聞かせながら全は奥へと進んで行こうとする。

 

「あら、何処へ行くのかしら?」

 

 しかし背後から投げ掛けられた声にその足を止める。

 

「………いえ、少々妖怪の気配がしたもので」

 

 笠で視線を隠しながらその少女を確認する全。美少女。正しくその言葉が似合うだけの美しさを持っている。成程あれだけの男が群がる筈だ。目の前にいる彼女が輝夜姫で間違いないだろう。

 

「そう、それは物騒ね」

 

「ええ、ですので屋敷の中を見て回っていたのです」

 

「不思議ねェ。今日は陰陽師なんて一人も雇っていないのだけれど」

 

 この場で頭でも吹き飛ばしてやろうか。

 そう考え相手が人間であることを思いだし全は穏便な手を取った。

 

「ええ、休暇ですが輝夜姫の屋敷では何かあったら大変だと思いまして」

 

「……そう」

 

 輝夜姫は暫く無言で全を見ていると口を開く。

 

「こっちに来て。外の話をして頂戴」

 

 ここで機嫌を損ねれば兵や屋敷の者達も出てくるかもしれない。必然的に断ることは出来ず全は口を開いた。

 

「こんな未熟者の話で良ければ」

 

 そう答え全は輝夜姫のいる部屋へと入った。被っていた笠を取り輝夜姫の傍へと腰を下ろす。

 

「貴方思ったより若いのね」

 

「良く言われます」

 

「その左目は?」

 

 この時代に眼帯等は無い。あっても全が持つ物程綺麗な作りはしていないだろう。全は目を瞑りその疑問に答える。

 

「これは昔大妖怪にやられたもので御座います。この布は知り合った妖怪から頂いた物」

 

「妖怪は退治しないの?」

 

「妖怪の総てが人間の敵とは限らないので」

 

 姿勢を崩さぬまま意外そうな表情をする輝夜姫にそう告げる。

 

「外はどんな所かしら?私は外にも出られないから人伝で聞くしかないの」

 

「…魑魅魍魎が跋扈する世界で御座います。妖怪が人を襲い、人間達は生きる為に武器を取る世界」

 

「……」

 

「ですが、人妖限らず心優しき者達もいます。人間も妖怪も日々を楽しそうに生きております」

 

「…そう。貴方は変わっているわね。私が今迄こう尋ねて来た人たちは皆美しい景色や物について答えて来たわ」

 

「……何分私にはそう言った感覚が人より薄いので」

 

「ああ、別に文句を言っている訳でも乏しめてる訳でもないわ」

 

 そう言って笑う輝夜姫を全は観察する。何となく全は彼女が気に入らなかった。まるで此方を虫けらや玩具の様に見る視線。自分はお前達とは生きる世界が違うのだと言っている様な気がしたのだ。

 そしてそれは何処となく昔の地上にいた月の人間に似ていた。

 あれは嫌いだ。自分たち以外の者を劣等と称する。無論全員がそう言う訳ではないが大体はそう言った者たちだった。特に軍の上層部や強大な権力をもつ者達は・・・。妖怪ならば元の能力差からそう思われるのも仕方がない。

 だが、月にいる人間も地上にいる人間も元を辿れば同じだ。ただ今持っている技術力が違うだけのこと。

 

「……月、か」

 

 無意識に呟いていた言葉に輝夜姫が目を丸くして全を見る。

 自分は何か彼女を驚かす様な事を言っただろうか?

 全は至って何も無いと言う様に冷静な口調で言う。

 

「いえ、何でもございません。少々考えごとをしていたので」

 

「……そう」

 

 やや間を置いて小さな声で答えた輝夜姫に全は訝しむ。輝夜姫はやがて外の人々はどのような生活をしているのか、どのような妖怪がいるのか等を聞き全はその疑問に丁寧に答えて行く。

 

「…では私はこれで」

 

 既に夕刻になり全は置いておいた笠を取り輝夜姫に一礼する。

 

「あら、もう夕刻なの。話しに夢中で気付かなかったわ」

 

 輝夜姫は日暮れの空を見て残念そうな顔をする。

 

「この様な若輩の話しならば何処でも聞けましょう」

 

「いいえ、貴方は他の人とは違う価値観、感性を持っているもの。他では聞けないわよ」

 

 その言葉に全は苦笑する。彼女の視線も当初の物よりマシになっている。若干の不満はあるが今は仕方がないだろう。ああは行ったが出来るのならばなるべく関わりたくはない。あまり目立つ行動はしたくないのだ。

 

「では、これで」

 

「ええ、さようなら」

 

 そう言って全は輝夜姫に一礼し去って行った。

 

 ◆

 

「厄介、まこと厄介なり」

 

 呟きながら俺は歩を進める。あまり目は付けられたくなかったがよりにもよって輝夜姫に目を付けられるとは。

 

「さて、宿はどうするか」

 

 なるべくなら清潔な場所が良い。都は表こそ煌びやかであってもその実大量の死体や飢餓で苦しむ者達もいる。

 歩いて行くと不意に裏道に蹲る一人の男を見つけた。あまりこう言ったことはしない方が良いのだが・・。

 

「……これを食すといい。只待っているだけでは何も変わらんぞ」

 

 荷物から干した肉や魚を少しだけ分け与える。視界内でうろつかれているのは煩わしい。

 男は礼をすると渡されたそれを食べて行く。よほど飢えていたのか先のことなど考えていない様に全て平らげる。まあ、それも当たり前だろう。

 

「餓鬼に憑かれたか。その空腹は何時からだ?」

 

 俺は座り込む男に尋ねると男は消えてしまいそうな声で訴える。

 

「…きょ、今日だ。山の中を歩いていたら突然…」

 

「山道から此処まで?……良く耐えられたな。何か食料を持っていたのか」

 

「…ぁ・・・米が少し・・」

 

 血走った目の男を見て俺は溜息を吐く。この男運は良かったらしい。もし食料が無ければ餓鬼に憑かれた瞬間立てなくなり妖怪や獣に食い殺されていただろう。

 

「立てるか。その程度の悪霊ならば祓ってやろう」

 

 その言葉に男は勢い良く顔を上げる。

 

「ほ、本当か!本当なのか!?」

 

「落ち着け。先ずは立ってお前の家に案内しろ。祓うのはお前の家でやろう」

 

「ああ、分かった」

 

 男はよろよろと立ちあがるが足取りは覚束無い。俺は男に肩を貸すと家の場所を聞く。俺は男が倒れないよう気を使いながらゆっくりと男の家へと向かった。

 

 ◆

 

「そこで寝ていろ。直ぐ終わる。一寸、桶に水を汲んで来てくれ」

 

 俺がそう言うと立て掛けた錫杖が小さく震えその姿を変える。現れたのは緋色の着物を着た子供ほどの大きさをした少女だ。その正体は俺が緋桜と名付けた武器の付喪神だ。京に入る数日前にこの姿になれたのだ。

 

「はーい!」

 

 緋桜はそう答えると桶を取って水を汲みに向かう。その間に俺は部屋の四方に札を貼り結界を張る。やがて水を汲み終えた緋桜が戻ってくるとその桶を俺の目の前に置き精神を集中させる。緋桜も邪魔をする様なことはしないで静かにしている。

 俺は使う物こそ水だが八卦の力や西洋の魔術とはまた違った法則で術を扱っている。

その法則は水の根源たる海だ。荒れ狂う巨大な波と水面に渡る波紋の様な静けさの小さな波。

 生物の根源もまた水だ。妖怪や神と言った概念体を除き全ての生命は海から生まれ、また水は全てを育む。それは生命力を分け与えることでもある。

 俺の術はそう言った広い意味の力を持っている。

 

『起』

 

 呟き桶に汲んだ水の水面に波紋が出来る。これは俺達がいる結界内とこの桶を同一の世界にしているのだ。

目には見えず息も出来るが、今この瞬間、確かにこの世界は桶と同様水で満たされている。汚れを水に浸すとどうなるか、そんなものは簡単だ。余程の汚れ出ない限り徐々に剥がれていく。幸いこの餓鬼はそう大したものではない。

男の全身から黒い煙が徐々に吐き出され頭上に集まって行く。それと同時に徐々に桶の水の中にも黒い汚れが浮き上がってくる。

 やがて男の身体から煙が完全に出なくなると俺は目を瞑る。

 

『祓』

 

 呟くと桶の中にあった汚れと頭上に集まっていた餓鬼は徐々に小さくなりやがて消えて行った。

 俺は結界を崩し桶と繋がりを切り離して元の世界に戻る。

 

「……空腹感はどうだ?」

 

 布団の上に横になっている男はまるで信じられないとばかりに目を見開いている。開けられた口もぱくぱくと動いているだけである。

 

「…ほ、本当に治ったのか……?」

 

「ああ」

 

 自分の身体に異常がないか触りながら男が言った言葉に俺は答える。男はやがて目尻に涙を溜めて俺に向き直り頭を下げた。

 

「あ、あああありがとうございます!!この恩は必ず返します!!」

 

「ああ、いや金は要らない。そう言った物は求めていないのでな」

 

「け、けど俺の気が済まねえんだ!!何でも言ってくれ!」

 

「……ふむ、じゃあ一つだけ」

 

 俺の言葉に男は顔を上げる。丁度良いから頼んでみよう。

 

「――――――を紹介してほしい」

 

「ああ、その程度お安い御用だ!!」

 

 俺の言葉に男は胸を張ってそう言った。

 

 ◆

 

「話して見るものだな」

 

 俺は縁側で茶を飲みながら月を見る。今迄酒を飲んでいた所為か違和感を覚えてしまう。

 俺が男に頼んだのは何と言う事は無い。只空いている家や土地があれば紹介してほしいと言っただけだ。男の知り合いにそう言った伝手があったらしく簡単に見つかった。隙間風もそこまで入らないし風雨も防げるから条件としては中々の物だ。

 

「…さて、これからどうやって生計を立てようか」

 

 茶を一口飲みほっと息を吐く。一応助けた男から口コミでそう言った家業をするのも悪くは無い。多少の金は取るが陰陽師に比べれば良心的なものだ。それにたかが十年、二十年の若僧に後れを取りはしないから民間の役には立つだろう。

 

「人の為に献身的に働くなんてのは初めてかもな」

 

 取り敢えずこれからは少し忙しい生活になるだろう。俺は茶を飲む。口の中にこれからの苦労を予言するように茶の渋みが広がった。

 

 



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二十七歩 怪しかったら積極的に行動しよう

「緋桜、そこにある薬草を」

 

「……どれ?」

 

「そこの磨り潰してある奴だ」

 

「そことか爺臭いです…。はい」

 

「うるせえ」

 

 俺は生意気なことを言う緋桜の額を叩き、持って来た薬草を受け取る。それは磨り潰して薬用として保存しておいたものだ。

 

「動くなよ」

 

 俺は苦悶の声を上げている男にそう言うと磨り潰した薬草を塗って行く。傷口に触れたことで男は暴れそうになるが力強く押さえつける。暴れられたら部屋の物が散らかっちまう。

 やがて塗り終わり最後に傷口に清潔な布を押し当て晒を撒いて固定する。この時代じゃあ珍しい物なのかもしれない。使っている奴はあまり見ないからな。

 

「っててて、ありがとうございます」

 

「これからは気を付けろよ」

 

「さよーならー」

 

 そう言って頭を下げる男にそう言いながら俺と緋桜は男を見送る。まあ、来ないと俺は儲からないから困るんだが…。

 俺がこの仕事を始め四日。思った以上に客が来た。当初は初日で二、三人来れば良いと思っていたがその三倍の九人が来た。どうやら最初に餓鬼から助けた男が予想以上に頑張ってくれたらしい。

 今日で四日。たった四日でも二十に届く人数がやって来た。というか途中からは薬師稼業も兼任するようになっていた。疫病患者が来たら拙いんだがな。疫病は治療する気はない。そう言った物は人が長年の経験や努力で治すものだ。能力や霊力で治す気はない。というか霊力の方は未だ不完全である為使いたくない。失敗したら患者の身体がズタズタになる。

 

「さて、次が来るまでどれだけ時間があるか」

 

 俺は頭を掻きながら家の中へと戻る。たぶん緋桜が茶を用意している筈だ。

 俺は茶を飲みながら、部屋の中を駆け回る緋桜を眺めていると家の戸を叩く音が聞こえた。

 面倒臭いと思いながらも客に失礼な態度を取らないように戸を開ける。そこには帝に仕える兵士が二人立っていた。

 

「……何の用だ?」

 

「おい、間違いないな」

 

「ああ、外見も仰っていたものと一致している」

 

「無視すんな」

 

 此方の話を聞かず何やら言葉を交わす二人に戸でも閉めてやろうかと考えながら俺は空を仰ぐ。取り敢えず厄介事なのだろう。問題は起こしていない筈なのだが。

 

「輝夜姫様からの言伝を預かっている」

 

「至急屋敷へと参上されよ」

 

「………は?(訳:んな一銭にもならない用で来るなカス)」

 

 自分でも間抜けだと思う声を出し、数瞬の間を置き自分を納得させる。

 

「暫し待たれよ」

 

 俺はそう告げると一度家の中へ戻り笠と錫杖へと変わった緋桜を持ち外へ出る。

 どうせ退屈だから相手をしろとかそんな理由だろう。面倒臭いったらありゃしない。

 

「して、輝夜姫は何故私を?」

 

「我々は言伝を預かっただけの身、その糸など知る由もなかろう。只姫様は貴様を探せと我々に命じたのだ」

 

 俺の言葉に兵士の一人が答える。さて、どうするか。話す内容等あまりない。ほとんどの年月を修行、採掘、妖怪との交友に費やしていた自分ではボロを出さずに話すのは難しいのだ。

 

「………」

 

 上の立場にいる者は本当に厄介―――あ、お嬢は除く。あれは厄介と言うより理不尽だ―――だ。神の方が余程楽だぞ。

 何を話すか。そんなことを考えていると何時の間にか輝夜姫の屋敷へと着いていた。帝の相手でもしていればいい物を。そんなことを考えていると貴族が並ぶ列の中に見覚えのある少女を見かける。

 

「…あれは藤原…、えっと…」

 

 名前は確か…妹紅の嬢ちゃん、だったか。

 俺は姿を確認すると妹紅の嬢ちゃんへと近付き話し掛ける。

 

「こんにちは、お嬢さん」

 

「……あ、あの時の」

 

「その節はどうも」

 

「いえいえ」

 

 周りが貴族の男ばかりで居心地が悪かったのか妹紅ちゃんは俺を思い出すと近寄って来る。貴族の男より俺の方が何百倍も怪しいと思うんだが…。あれか、子供は無意識にそう言うのを感じるって言うからきっとそれか。

 

「今日はどうしたのですか?」

 

「いえ、何やら呼ばれてしまいまして。無礼は働いてないのですがねェ。こうしてむさい男に連れてこられたのですよ」

 

 肩を竦める俺に妹紅の嬢ちゃんは笑う。

 

「変わった人ですね。最初は真面目で硬そうな雰囲気でしたのに」

 

「たまには息抜きも大事ですよ。毎日あれでは気がめいる」

 

「そうですね」

 

 俺達が話していると行列から妹紅の嬢ちゃんを呼ぶ声がした。

 

「あ、父上が呼んでいるので」

 

「ええ、それでは」

 

 妹紅ちゃんはそう言うと父の下へと走って行く。藤原不比等…、車持皇子と呼ばれている人物だ。というか娘的に父親が(たぶん)同年齢の少女に恋していることにどう思っているのだろうか。随分慕っているようだが。あ、俺的には無理。あれだよ、お嬢が俺と同年齢の親父を好きになる位にキショイ。まあ、お嬢に限って親父趣味はないと思うが…。あっても中身はしっかりしてるおっさんだと思う。

 

「さっさと歩け」

 

「………」

 

 背後から急かす兵士に辟易しながら俺も屋敷の中へと入って行った。

 

 ◆

 

「はあ、疲れたわ」

 

「左様で御座いますか」

 

 ぐでーっとうつ伏せに寝転がる輝夜姫に頬を引き攣らせそうになりながらも俺は何時も通りに対応する。

 いや、仕方ないだろ。あれだけ美しいとか騒がれているのがこんなとか。お嬢みたいだ。見た目が良い程中身が凄まじい―――どういう方向でかは黙秘しよう―――というのは世の鉄則なのだろうか。いや、沙菜の嬢ちゃんや神綺ちゃんはここまで酷くは無いか。

 

「して、あの者たちは…」

 

「求婚よ、求婚。私はそんなの微塵も興味無いけど。御爺様や御婆様には迷惑掛けられないもの」

 

 溜息を吐きながらごろごろと転がる輝夜姫に、真面目な振りをしているのが馬鹿らしくなり俺はアイスキャンディを口に咥えた。

 

「何それ?」

 

「アイスキャンディと言う物で御座います」

 

「私も欲しいわ」

 

「残念ながらこれは一つしか持ち合わせておりませんので」

 

「ほーしーいーわー」

 

 縁側に座る俺の隣へと移動する輝夜姫。面倒臭い。何か真面目に付き合うのも嫌になって来るぞ。

 

「ねえ、その技術は何処から手に入れてくるの?」

 

「摩訶不思議な世界からで御座います」

 

「何よそれ」

 

 頬を膨らませる輝夜姫。俺はそれに呆れながら注意を促す。

 

「もう少し威厳を保ったらどうですか?」

 

「あら、たまには息抜きも必要よ」

 

 俺と同じようなことを言う輝夜姫にならば仕方がない、と同意し俺は笠を取る。

 

「貴方のその眼に付けている物、今の時代じゃ珍しいわよね」

 

「ええ、そうでしょうね。ですが自分のいた場所には銀色なんて髪の人もいました。それに比べれば大して珍しい物ではないでしょう」

 

「ああ、私も銀髪は見た事あるわ。怒らせると怖かったわ」

 

「奇遇ですね。私の知っている方もとても恐ろしい方でした」

 

 俺達ははあ、と深い溜息を吐く。彼女もその人物を思い出したのだろう。しかし、屋敷から出られない身で銀髪の人間を見るとは。妖怪か…はたまた混血の者や先天性白皮症の者でも入って来たのだろうか。何にしてもそうならば結構な噂になる筈だが。

 

「………」

 

 俺は空を仰ぐ輝夜姫を横目に思考を纏める。

 今の時代(・・・・)。そう言った輝夜姫の言葉に俺は妙だと感じた。たかが十数年程の小娘がまるで未来を知っているかのような台詞。あるいは過去(つきのにんげん)を知っているのか。ならば話しは変わる。

竹から生まれた。月の科学力ならば地上の座標を指定しそこに縮小させた人間を送ること等不可能ではない。お嬢がいるのだから薬で小さくさせることも出来る可能性がある。そして共に発見された金銀財宝。そこからこの娘は月の中でも重要な地位、あるいは高貴な生まれだと言う事が分かる。

 銀髪。これはお嬢が当てはまる。高貴な生まれならば会ったことや会話をしたことがあっても不思議ではない。恐ろしいという点でも当てはまるが…いや、実を言うとこれが俺の中での決定打なのだがな。

 

 さて、どうしようか。もしこれが正解ならば月からの監視があっても不思議ではない。あるいは迎えが来るか。いや、後者の方が確率的には高い。連中は穢れを嫌う事から地上に自ら出てくるとは思えない。ならば罪人への罰がこれか?

 それならば話しもつながる。罪を犯した罪人への罰として地上へ送り監視をすることで現在の地上の穢れに変化が起きていないのか測定する。これが最も有り得るものだが…。

 

 罪人である筈の少女は穢れを嫌っていない。地上にいるうちに感化されたのかは分からないが罰としては成り立っていないだろう。

 

「少し、お聞きしたいのですが」

 

「?何を?」

 

「いえ、昔ある鬼に聞かれたのです。……『お前は月に人間がいると言ったら信じるか?』と」

 

「―――――」

 

「私は是とも否とも言えませんでした。輝夜姫はこれをどう御思いに?」

 

「………」

 

 驚嘆する輝夜姫。だが俺は考える時間を与えるつもりはない。此処で畳み掛けて考えを表層へと浮き出しにする。

 

「私はいるのではないかと強く思っております。その鬼は億の月日を生きながらえた鬼神。その者はかつて八意永琳という天才が発展させた都へと攻入ったことをこの目で見ておりますから」

 

「!?」

 

 俺は輝夜姫が最も動揺した瞬間を狙いその頭に手を乗せる。

 

「お前の記憶、少し覗かせてもらうぞ」

 

 呟き俺は輝夜姫の思考の波へと潜り込んで行く。

 

「…ああ、成程」

 

 俺が手を離すと輝夜姫は糸が切れた人形の様に倒れる。俺の言っていたことを忘れてもらう為にも気絶してもらうのが一番良い。

 

「お嬢の知り合いか。しかし地上に憧れ不老不死になるとは」

 

 お嬢もあの薬を完成させたのは良いが何故こんな娘に飲ませたのか。永遠なんぞ人間が望むことではない。永遠は最も辛いことだ。親しいが者死んでいく中ただ自分一人がそれを見届けて行く。そして人々の記憶から忘れ去られる。

 

「……化け物より余程辛いぞ」

 

 気絶している輝夜姫を横に寝かせ俺は空を仰ぐ。一度お嬢に理由を聞いた方が良いかもしれない。

 月の使者も近いうちに迎えに来るらしい。その時に紛れ込めば月へ向かう事が出来るだろう。問題があるとすれば。

 

「輝夜姫が帰りたくないと思っていることか…」

 

 どうするべきか。お嬢が帰ってきてほしいと思っているのなら無理矢理にでも連れていく必要がある。

 

「……どうするか」

 

 今此処にお嬢がいる訳ではない。残念なことにもしかしたら俺が捨てられている可能性もあるし…。まあ、仕事なんて殆どやってなかったから仕方ないんだが。

 

「まあ、それは後で考えれば良いか」

 

 俺は笠を取ると気絶している輝夜姫を起こす。

 

「……わたし、…あれ?」

 

 目を擦りながら身体を起こす輝夜姫。眠る前に何をしていたのか思いだそうとするが首を傾げるばかりだ。

 

「良く眠ってらっしゃいましたよ」

 

「え?あれ?私何時の間に眠ってた?」

 

「自分が気付いた時には既に眠ってらっしゃいました」

 

 寝顔を見られたと言う事からか輝夜姫が顔を赤くする。その表情に安堵と苦笑が混ぜ合わされた笑いを浮かべる。

 

「それでは、私はこれで」

 

「え、ええ……また会いましょう」

 

 未だ首を傾げる輝夜姫に俺はそう告げて屋敷を出た。

 

「…緋桜」

 

 周囲に人気がないことを確認すると俺は緋桜を、錫杖の状態から少女へと姿を変えさせる。

 

「お前はどうしたい?」

 

「……出来れば、見たいです」

 

「ああ、成程。月の兵器の形なんて見たこと無いもんな」

 

 緋桜は能力の影響か、見たことのない物にはやけに執着しその形を完全に覚えるまで中々離れようとしない。大方今回も初めて見る月の道具の形が気になったのだろう。

 まあ、緋桜が張り切っているのだ。道具の気概に応えずして何が主か。

 

「まあ、命令違反なんて何時ものことだったしな」

 

 久々に暴れられるかもしれない。月の人間なら大層な代物を持っているだろう。

 俺は早く帰ろうと促す緋桜に苦笑しながら帰路へと着いて行った

 

 

 



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二十八歩 再会しちゃったけど後が恐い

「…して、何も自分を呼ぶ必要性は無かったのでは?」

 

 新月の夜。蝋燭の灯り僅かに照らされながら輝夜姫へと俺は口を開く。

 

「良いじゃない、たまには。何時もは昼だから人目も多いもの」

 

「左様で。しかし人目を気にする話題など私は持ち合わせておりませぬゆえ」

 

「私にはあるわよ」

 

「………左様で」

 

 俺は笠で目線を隠し呟く。夜に呼び出したと言う事は難儀な話なのだろう。こう言ったことはあまり表情を読まれたくない。

 

「もし……月には人間が住んでいると言ったら、貴方は信じる?」

 

「………」

 

「信じらないと思うでしょう?……私はね、月の都から来たの」

 

 成程、そのことで呼びだしたのか。

 

「もうすぐ私に月からの迎えが来るって噂は聞いた?」

 

「ええ、来る者皆その話しで持ち切りでしたから」

 

 そう、と輝夜姫は答え月の見えない夜空を仰ぐ。

 

「私は昔から地上に憧れていてね。一度でいいから地上はどんな場所なのかを見てみたかった。

 だから月では決してやってはいけない大罪である不老不死の薬を飲んだの。そしたら月の人間は私を地上へと追放した。

 私は喜んだわ。願いが叶ったのだもの。その時は別に月に帰ることには抵抗が無かったの。

 けど、私を拾ってくれた御爺様や御婆さまと過ごして、貴方や他の人たちから外の世界を聞いて…帰りたくなくなっちゃったの」

 

 輝夜姫はにこりと俺に笑い掛ける。

 

「我儘だと思うでしょう?けど、私はどうしても月に帰りたくない。

 帝も私を護ると兵を送ってくれるけど…。地上の者では月の民には勝てないわ」

 

そこで言葉を区切り輝夜姫は俺へと顔を向ける。

 

「ねえ、お願いがあるの」

 

「何でございましょうか」

 

 輝夜姫は少しの間を置き意を決したように告げた。

 

「―――――――私を、外へ連れてって」

 

「……」

 

「貴方の言う事はちゃんと聞くわ。何だってする・・・・だから」

 

 涙を流す輝夜姫に俺は手を翳す。

 

「…女性、それも絶世の美女である輝夜姫が涙を流させたとあらば私は打首にあってしまう」

 

「……」

 

「良いでしょう。その代わりきちんと言う事は聞いて下さい」

 

「!―――良いの?」

 

 顔を上げ縋る様に見上げて来る輝夜姫に俺は頷いた。

 

「ええ。……そうですね、これはその証明の様なものだと御思いになって下さい」

 

 御手を、と俺はそう言って輝夜姫へと手を伸ばす。輝夜姫はおずおずと手を伸ばし俺の手をしっかり握る。それを確認すると俺は輝夜姫を抱き空へと転移した。

 

「わっ!」

 

「……摩訶不思議でしょう?これが私の自慢の一つで御座います」

 

 空中に結界を張り俺はそこに着地する。

 

「御名前は?」

 

「……え?」

 

「輝夜姫、という御名前だけでは御座いませんでしょう?」

 

「……蓬莱山、…蓬莱山輝夜」

 

「そうですか、輝夜嬢。これが空から見た外の世界です」

 

 俺は空からの景色を見渡す輝夜嬢に微笑を向ける。既に輝夜姫は興味津々といった様子だ。

 

「そう言えば、貴方の名前は?」

 

 そう言えば教えていなかったか。俺は笠を取り輝夜嬢に挨拶する。

 

「…ごほん、改めまして、俺の名前は渡良瀬全。自称渡り妖怪の人間だよ。他の奴らはワタリって呼ぶこともあるがね」

 

「……貴方って本当はそんな表情をするのね。それに何よ。自称渡り妖怪って。私の噂じゃ渡り妖怪は恐ろしい妖怪だって聞いたわよ」

 

「強過ぎる人間は化け物にされちゃうんだよ」

 

「そう言う物なの?…渡良瀬全。―――全!約束は守るのよ!?」

 

「勿論、約束は守る。けど…」

 

 俺は輝夜姫を下ろしながら懐からアイスキャンディを取り出す。

 

「もう少し待ってくれ。まだ準備もあるし俺の相棒がまだ此処にいるって言うもんだから」

 

「相棒?」

 

 小首を傾げる輝夜姫に俺は錫杖を見せる。

 

「それが相棒なの?」

 

「ああ、緋桜。出て来い」

 

 俺が呼び掛けると錫嬢は何時もの小さな少女の姿へと変わる。

 

「随分可愛らしいのね。この子も妖怪?」

 

「いや、それは付喪神だ。道具等に宿る神様だよ」

 

「…緋桜です」

 

「へ~」

 

 輝夜嬢は一寸の頬をつんつんと突きながら笑う。緋桜も嬉しいのだろう。その顔には笑みを浮かべている。緋桜など小さくなって輝夜嬢の頭に乗っている。

 その姿に思わず俺は笑う。

 

「…良く似合ってる。うん、これ以上ない程に似合ってる」

 

「どういう意味かしら?」

 

 笑っている俺に輝夜嬢が詰め寄る。仕方ない、これは仕方がないのだ。あまりにも似合っているのだから。うん。

 

「いや…本当に似合ってる……くくっ」

 

「緋桜!あいつに何か言ってやりなさい!!」

 

「似合ってますって!」

 

「違うわよ緋桜!?」

 

 何やら二人で漫才を始めた輝夜嬢と緋桜。もう少し見ていたい気もするがあまり屋敷から離れると誰か輝夜嬢の部屋に入って来た時が危ない。

 

「そろそろ屋敷に戻るぞ。ほれ」

 

 俺が輝夜嬢に手を差し出すと今度は輝夜嬢は直ぐに握る。

 

「本当に、来てくれるんでしょうね?」

 

「安心しなよ。約束は守る。ちゃんと待ってろよ?」

 

 若干怪しげな輝夜嬢に俺は肩を竦める。信用度worst一位の俺に任せてほしいものだ。

 

「そんじゃ、俺は戻るよ。そろそろ輝夜嬢も眠りな」

 

「ええ、それじゃあ」

 

 俺は輝夜嬢とそう言葉を交わすと屋敷を出る。緋桜も既に錫杖の状態にしている。

 もしかしたらお嬢への敵対行動になってしまうかもしれないが仕方ないだろう。約束は守る。例え相手がお嬢でも譲る気はない。

 

「……楽しくなりそうだ」

 

 人間を殺すのは久しぶりかもな。

 俺は新月の空を仰ぎ、笑った。

 

 ◆

 

 満月の夜。輝夜姫の迎えが来る日。俺は縁側で茶を飲んでいた。

 

「早く行きましょうよ。早く」

 

 隣で俺の法衣を引っ張りながら早く行こうと促す緋桜。俺はその頭を撫でて茶を流し込む。

 

「分かってるよ。時間の調節って奴が必要なんだ。俺達の姿を見られる訳にはいかないからな。……緋桜」

 

 俺の言葉に緋桜はすぐさまその姿を帰る。何だかんだ言ってこうやって言う事を聞いてくれる辺りは可愛い物だ。少し純粋すぎる気もするが。

 

「さて、跳ぶぞ」

 

 俺は外へ出戸を閉めると脚に力を込めて宙を舞う。結界を踏み台にし輝夜嬢の屋敷へ加速する。

 屋敷には既に大量の人影が見える。だが近付くにつれその人影は全員倒れ伏していることが分かった。穢れがある以上殺してはいないだろうが・・・・・。

 そこまで考えた瞬間、俺は目を丸くしその場で止まる。

 月の迎えであろ何台かの御車。そこには十数人の月の民がいる。

 だがそんなことよりその月の民の視線の先。そこには――――

 

「……お嬢」

 

 そこには俺の主たる八意永琳が輝夜嬢を庇う姿があった。

 お嬢の視線の先。そこに立つ一人の月の民がその手に持つ銃に手を掛けようとする。

 

「死ね」

 

 その姿が見せた瞬間俺はそいつの頭上に転移していた。

 

『緋桜・金剛不壊』

 

 俺の言葉を聞き緋桜はその姿を錫杖から大木程の太さ金棒へと変わる。その金棒を俺は容赦なく月の民へと振り下ろした。

 短い悲鳴が上がるがそれは轟音と衝撃で掻き消される。金棒の下赤黒い体液と臓物を散らしている物体を一瞥し周囲に立つ月の民を睨み付ける。

 

「テメェ等、誰にその銃向けてるのか分かってんのか?」

 

「全!―――来るのが遅いのよ!!」

 

 涙を拭きながら叫ぶ輝夜姫に俺は片腕を上げる。

 

「問題ない、問題ない。ちゃんと間に合っただろう?」

 

「そういう問題じゃないわよ!!」

 

「―――全?」

 

 何が起こっているのか分からないお嬢は輝夜嬢の叫んだ名を確認し俺を見る。いやあ、照れちまう。……・お嬢に殺される前になんとか逃げ切れないかな。

 

「まあ良いや。取り敢えずテメェ等、お嬢とその御友人にその小汚いもん向けた罰だ」

 

『緋桜・両刃ノ顎』

 

 俺の言葉と共に金棒の姿の緋桜は更にその姿を変える。

 金棒は両刃の剣の形状へと変わりバクリ、とまるで竜がその顎を開く様に裂ける。その形状は巨大な枝切り鋏だ。だが通常とは異なり刃が長く柄は短い物だ。

 

「全員死ね」

 

 ガキン、という音と共に目の前にいた一人の月の民の首が転がり落ちる。目の前の現実に思わず全員が動けずにいた。

 

「お嬢!輝夜嬢!!刺激が強かったら目を瞑っときな!!」

 

 二人からの言葉が返ってくるより早く俺は最も近くにいた月の民の心臓に緋桜を突き立てる。吐血をしながら倒れる月の民を一瞥もすることなく俺は銃を構えようと動いていた月の民へと霊力弾を放つ。

 爆音を奏で炸裂した霊力弾は月の民の身体を塵すら残さず消し去る。

 

「どうした月の民!テメェ等が持ってるのは水鉄砲かあ!?」

 

 一人の首を足で圧し折り続け様にもう一人の首を刎ね飛ばす。

技術力は高くとも個人の戦闘能力は所詮こんな物なのだろう。同じ武器を持たせれば帝の兵士とそう変わらないのではないだろうか。いや、もしかしたらそれより低いかもしれない。

 

「話しにならないな」

 

 俺は最後の一人の首を刎ね飛ばすと辺りを見渡す。月の文明も死体も残して置く訳にはいかない。

 今日、輝夜姫は月の民の迎えと共に月へと帰る。そう言う流れでなければいけない。

 俺は月人の死体や文明機器を消し地形を元に戻す。殺すより片付けに霊力を持っていかれるってどういうことだよ。あ、念の為一つくらいは銃を回収しとくがな。

 俺は溜息を吐きながらも立ち尽くしている二人へと歩み寄る。

 

「……迎えに来ましたよ輝夜嬢。それに―――」

 

 俺は輝夜嬢の前に立つお嬢に頭を下げる。

 

「久しぶり。ただいま、おかえり……どっちかは分からないけど、また会えて良かったよお嬢」

 

 お嬢は何も言わず俺の頬に触れる。

 

「少し、髪が伸びたかしら?前より少しくらいは大人になったんじゃないかしら?」

 

「良く覚えてるねえ。嬉しいよ」

 

「貴方のことを忘れるなんて有り得ないわ」

 

 笑っている俺達に輝夜嬢が戸惑いながら話し掛けて来る。

 

「え、永琳?ちょっと、どういうことか説明しなさいよ!全も!笑ってないで私にどういうことか説明しなさい!!」

 

 叫ぶ輝夜嬢を見てお嬢は溜息を吐きながら俺の頬を抓った。痛い、冗談抜きで本気で抓ってやがる……。

 

「主人に長年顔を見せに来ないで心配ばかり掛ける従者よ」

 

「…酷い。これでも大変だったんだぜ?」

 

「そう、それよ。この眼はどうしたの?」

 

「……あの時にね。鬼神の片角と交換でやられた」

 

「…そう。―――――で、その子は?」

 

「………娘――――ではないので殺気をぶつけないで下さい」

 

「…娘、で大体あってる」

 

「お前は何を言っている?」

 

「全?」

 

「いや、違う、違うんです。この子付喪神、俺の子じゃない!」

 

 まるで自分が汚い大人のようだと感じながらも、全は自分の命の危機である為か必死に弁明する。

 

「……」

 

 その現場を眺める緋桜は、我関せずと言った様にただ口を噤むだけだ。そこには罪悪感など全く見受けられない。

 

「……そう」

 

 全の必死の弁明が功を成したのか、それだけ呟き、一応の納得を見せると永琳は輝夜嬢に話し掛ける。

 

「輝夜。早く此処から離れましょう。昔話は後からでも出来るわ」

 

「え、ええ。―――本当に話してくれるのよね?」

 

「ええ、当時のことを覚えていたら」

 

 疑う輝夜嬢の視線にお嬢は笑顔で答える。話す気なんてないのかもしれない。例え話しても大まかな流れだろう。今となっては昔のことを話す必要もない。今こうして会えているのだから。

 

「二人とも、さっさと離れようぜ。じゃねえと他の奴等が起きる」

 

「そうね。行きましょう輝夜。護衛なら全がするわ」

 

「ちょ、ちょっと永琳!本当に話してくれるんでしょうねえ!?」

 

 元気な二人に多少辟易しながらも俺は二人の後に続いて行く。

 

「……」

 

 俺は縁側に置かれた壺を見て溜息を吐く。後であれの最後も見届けなければならない。碌でもない奴に渡れば処分も必要だ。

 結局始末は俺が付けなければならない。これだから下っ端は大変なのだ。地底の代理探しに大妖怪探し、鉱石も探す必要があるのに更に蓬莱の薬の監視とは…。

 

「随分忙しくなるな」

 

 やっぱり俺が地底を治めるべきじゃなかっただろ。くそっ、店も畳まないと…。

 緋桜も何時の間にか少女の姿へと変わると俺の手を握る。

 

「全!早く行くわよ!昔の話も聞かせなさい!!」

 

 前を歩く二人に再び溜息を吐いて俺も脚を進める。本当忙しくなりそうだよ。

 

「そうだなあ、あれは永琳が生まれる前、俺が軍のトップにいた頃のことだ」

 

「…ことだー」

 

「え!?」

 

「こらこら」

 

 取り敢えず、今は嘘位吐かせてもらおう。

 俺は嘘八百の話を語りながら一緋桜の手を握りながら二人と肩を並べ歩いて行った。

 



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二十九歩 恩は返すよ。人(?)によっては仇でだけど

 

「……月の生活はどうだった?」

 

「貴方がいなかったから静かだったわ」

 

 俺とお嬢は互いに月を見ながら言葉を交わす。おそらく月(むこう)はこうしている間にも大騒ぎだろう。ざまあみろ。

 

「貴方が恨んでた上司は牢獄の中よ」

 

「そりゃあ、良かった。あの時殺さなかった甲斐があったもんだ」

 

「あの娘の他にも後二人教え子がいたのよ」

 

「お嬢が教師か…。センスと頭が心配だな」

 

「二人とも優秀だったわ」

 

「……それは完全に手遅れとか言う訳無いですからその弓を構えないで下さい」

 

 俺は此方に向かって矢を番えるお嬢に土下座する。相変わらず酷いお方だ。全部本当のことだろうに…。

 

「なあ、お嬢は何であの薬を輝夜嬢に飲ませたんだ?」

 

 これは疑問に思ってた。それだけじゃない、お嬢が月の民から輝夜嬢を庇っていたこともだ。お嬢にとって彼女にはそれ程の価値があったのか?利用価値なのか友情なのか…。

 

「私は、あの娘の願いを叶えてあげたかったのよ。何時も不変の日常を只退屈に過ごしていたあの子が心の底から望んだことだもの」

 

「お嬢は母親か何かか?」

 

「保護者ではあるわね。……貴方の事だからそれで私が怪我をしたらどうするんだ、とでも言うんでしょうね」

 

「そりゃ勿論。最優先はお嬢の安否だからね。尤も、今はそれも怪しくなって来てるけど」

 

 肩を竦めながら応えた俺にお嬢が恐ろしい程の笑顔を向けて来る。

 

「どういう意味かしら?浮気?」

 

「いや、単に譲れない物が出来ただけだよ。友人だったり、怨敵だったり…。どちらかしか救えないって言われたら、多分俺はどっちも助けようとすると思う」

 

「―――そう。昔とは変わったのね。寂しい様な嬉しい様な……。昔は、何となくそれが当たり前だと思ってたものね」

 

「まあね、昔はお嬢を護るっていう事だけ考えてたから」

 

「そっちじゃないわよ」

 

「………あれ?」

 

 その言葉に俺は首を傾げる。お嬢が一体何を言っているのか良く分らない。他に何かあったか?

 

「これなら、勝った時は今迄にない位清々しいでしょうね」

 

「え、何に勝つの?てか何の勝負?」

 

 頼むから俺に分かるよう説明してくれ。せめて地球圏の言語で頼む。

 

「貴方にそう思わせたのがどんな人か会うのが楽しみだわ」

 

「いや、止めときなよ。(戦ったら)負けるよ?」

 

「大丈夫よ。(恋愛なら)勝つもの」

 

 いや、てゐならともかく鬼神やら魔界神、神なんかの化け物共に勝つって…。お嬢どんだけ強いんだよ。いや、強いけどさ…。俺護る必要性なくね?てか俺が前座的な役割になっちゃうよね。ボスは俺よりも強いぞ、みたいな。

 

「いや、まあそこまで言うなら良いけどさ…。怪我はしないようにね?不老不死でも痛みは感じるんだから」

 

「はあ、貴方は本当に馬鹿ね。そっちじゃないって言ってるでしょう」

 

「えー……」

 

 心配したら逆に残念な奴を見る目で溜息を吐かれたんだけど。これは酷い、てゐや諏訪子なら頭突きでもかましたのにお嬢が相手じゃ何も出来ない。

 俺は項垂れながらお嬢に声を掛ける。

 

「そろそろ寝たら?明日は少し忙しいし、輝夜嬢も早く眠りな」

 

 俺は背後で話を聞いていた輝夜嬢にもそう言うと立ち上がる。外では用心も必要だ。二人を見張りに立たせる訳にはいかないし俺がやるしかないだろう。幸い俺は睡眠も四日、五日に一度するだけでも身体は持つ。

 二人が眠る気配を感じながら俺は左目の眼帯を外す。

 

「場所がないとはいえ、こんな所に創るんじゃなかった」

 

 俺はがらんどうの左目の中から巻物を取り出す。いやあ、子供が見たらきっとトラウマものだろうな。俺でもこんな奴を見たら悪夢に魘(うな)される自信がある。

 

「……さて、あそこへの地図はこれだったかな?」

 

 俺は取りだした巻物の中身を確認しながら一人見張りを続けた。

 

 ◆

 

「本当に此処に行けば問題ないのね?」

 

「ああ、そこに妖怪兎の少女がいるから。それに俺の名前出せば何とかなると思うよ」

 

 俺はてゐ達がいる竹林の大まかな場所を書いた地図をお嬢に渡す。本当なら地底にでも匿ってやれれば良いのだがあそこの奴等は血の気が多い奴ばかりだ。そんな所に人間である二人を匿うのは危険すぎる。

 

「疲れたわー。永琳~」

 

 岩の上に座りながらだらだらとしている輝夜嬢に苦笑しながらお嬢は俺へと向き直る。

 

「ありがとう。けど、必ず戻って来なさい?貴方には色々と尋も――――聞きたいことがあるから」

 

「なあ、お嬢。今何て言おうとした?凄い物騒な言葉が飛び出て来た気がするんだが」

 

「気のせいよ。分かったわね?くれぐれも逃げようなんて思わないことよ?」

 

「はいはい。結構時間掛かるけど、用事が全部片付いたらそっち向かうって」

 

 俺の言葉にお嬢は僅かに疑いの目を向けたが溜息を吐きながら一応は信じてくれる。仕事を増やしてくれたのは輝夜嬢なんだがな。

 

「え~り~ん!」

 

「今行くわよ」

 

 輝夜嬢からの呼び掛けにお嬢は近付いて行く。

 

「全は何処に行くの?」

 

「誰かさんが蒔いた厄介事の種の始末を付けに行くんだよ」

 

 輝夜嬢の言葉にそう答えた俺から視線を逸らす輝夜嬢。口煩く言っても聞く気はないだろう。というか口煩く言っていると自分が年寄りだと実感してしまうから嫌だ。まだまだ若いと少しは思っていたいのだ。

 

「それじゃあ」

 

「またね全。次会った時は度の話を聞かせなさいよ!」

 

「はいはい。じゃあな二人とも。気を付けろよ?」

 

「気を付けてねー」

 

 俺達はそう言葉を交わし別れる。俺が向かう先は浅間の小娘の所だ。何でもあそこの山に帝の使者が蓬莱の薬を捨てに行くらしい。出発したのが五日前なので割と急がなくてはいけないのだ。

 その他にも大妖怪の話も幾つか聞いた。

 

 一つ目はまあ予想通り鬼神の話だ。鬼神というより鬼の噂と言うのが正しいのかもしれないが。鬼の四天王が云々と言う物だ。何でも鬼の中でも群を抜いて強いらしい。

 

 二つ目は意外にも幽香の嬢ちゃん…幽香嬢の噂だ。今も花畑に住んでいるらしい。花達はきっと喜んでいるだろうから文句は無い。しかしもう大妖怪の一員とは…。才能があっただけに恐ろしいことになっていそうだ。

 

 三つ目は天狗。これもまた鬼に続き強大な妖怪だ。一体一体は鬼に劣るが情報や全体の連携では妖怪一だ。妖怪が徒党を組むことはあるが種族全体という巨大な組織を統制というのは聞いたことがない。ある意味鬼より厄介なものだ。

 

 四つ目、これが最も重要だ。この大地を北上し、海を渡った先にある凍てついた広大な大地。その山にある巨大な湖に妖怪が住んでいるらしい。名は誰も知らず。大沼の主と呼ばれているらしい。大きさは人間なんぞより遥かに大きいらしい。

 恐らくこいつは俺達と同じく太古から生きて来た妖怪だろう。そんな環境で雪女でもないのに、ましてや湖に強大な力を持った妖怪が突然現れること等有り得ない、と思いたい。

 

 

 「まあ、今は蓬莱の薬が最優先だが…」

 

 俺は浅間の山の途中へと転移すると既に京を発っただろう岩笠と言う男達の姿を探した。

 

 ◆

 

「…………」

 

 探すのに思った以上の時間が掛かり既に月が上り始めていた。

 岩笠達一向は山頂にいた。だが、何より衝撃的だったのはそこに見たことのある顔がいることだ。

 

「妹紅の嬢ちゃん?」

 

「…ですね」

 

 そこには岩笠達と一緒にいる妹紅の嬢ちゃんの姿があった。

 何故彼女が此処にいるのか分からない。御供がいない所やあの服装から見て一人でこの山を登って来たのだろう。

 

「随分無茶なことを」

 

「あの人、人間ですよね?」

 

「人間だぞ?」

 

 空からその様子を眺めながら尋ねて来る緋桜の頭を撫で、俺はそう答える。理由は分からないが相当強い意志を持っているのだろう。でなければ一人此処に来るなどしないだろう。

 

「………しかし、あの小娘は居留守でも使うつもりか?」

 

 不老不死の薬が自分の山で焼かれるってのに。前のあいつならいい加減姿を現した筈だ。

 

「それとも、もう現れたのか?」

 

 それならば岩笠達の表情が暗い理由も分かる。きっと此処で焼くなと言われたのだろう。

 これならばもう少し道中で寄り道でもすれば良かったと思いながら俺は空中に大きめの結界を張り寝転がる。

 

「もう少し様子を見るか」

 

 あの小娘が妙なことをしないかが不安で仕方ない。

 

『緋桜・鳥嘴刃』

 

 俺は念の為一寸を鶴嘴の姿に変えておく。何故鶴嘴にしたかは脳天から一気に振り下ろせるのに楽だからだ。

 尤も、俺に攻撃しない限りは特に何もしないが…。

 

 ◆

 

「……やりやがった」

 

 俺は眼下に広がる光景を眺める。

 始まりは突然だった。浅間の小娘は現れると同時に妹紅の嬢ちゃんと岩笠を除く全員を焼き払ったのだ。

 広がる血の海の中、浅間は眠っていた岩笠と妹紅の嬢ちゃんを起こしていた。

 何を話しているのかは分からない。耳は常人より少し良い程度の為そこまで遠くの会話は聞き取れない。

 何を話したのか。二人は沈痛な面持ちで浅間に頭を下げて山を下って行く。それを横目に二人がいなくなると俺は浅間の傍へ下りていった。

 

「よう、小娘。随分なことするじゃねえか」

 

「……下賤な人間。人の身でありながら魔へと堕ちた者が何用で此処に参った」

 

「テメェみたいな奴に化け物なんて言われたかねえよ。俺は此処にちょいと用があっただけだ」

 

「……・…」

 

 浅間は俺を睨み付けるが、やがてその場を退く。

 

「用が済み次第早急にこの山を下りてもらいましょう」

 

「言われなくても、テメェみたいな化け物と一緒にはいたくねえんでな」

 

「……」

 

「……」

 

 互いに無言で睨み合う。だが全は他にもやることがあるのだと視線を外すと火口付近の鉱石を鶴嘴に変化させた緋桜で採掘していく。

 

「何でも手を付けて行くべきか」

 

 俺は仙術を使用し、採掘した鉱石を次々に創った空間の中に入れて行く。ある程度の鉱石を取り終えた俺は浅間に何かされては堪らないと礼も言わずにすぐさま転移した。

 普通であれば無礼なものだが、浅間からすれば礼を言う暇があるのなら早く去れというものだ。彼らは馬が合わないだ。

 

「……何処にいるのかねえ」

 

 頂から離れた俺は山道を上空から眺め岩笠と妹紅の嬢ちゃんを捜す。二人が頂を離れそう時は立っていない。人間の脚ならばこの辺りにいる筈なのだ。

 やがて二人の姿を見つけた俺は暫くその様子を観察していた。すると妹紅の嬢ちゃんは何を思ったのか、突然岩笠の背を押し谷底へと落としたのだ。

 その光景に目を丸くしていたが俺は妹紅の嬢ちゃんの奇行に更に驚愕した。妹紅の嬢ちゃんは蓬莱の薬が入った壺の蓋を退かすと中身に入っていた物を舐めたのだ。

 

「………」

 

 蓬莱の薬を服用した妹紅の嬢ちゃんは喉を押さえて苦しみ出し、やがてそのまま気絶した。黒かった髪は副作用からか白くなっている。お嬢達の姿が変わっていないことからこの副作用は地上の民だけなのだろう。

 俺は気絶している妹紅の嬢ちゃんの傍に降り立つと眠っているその姿を見る。今なら殺す事は簡単だ。蓬莱の薬を服用されても殺す方法を俺は持っている。だが…、

 

「道を教えてもらった恩があるんだよねえ」

 

 眠っている妹紅のお嬢ちゃんの頬を引っ張りながら俺は呟く。

 

「……もう京には戻れないだろうねぇ」

 

 俺は荷物が入った袋の中から食料などを取り出していく。

 

「服は……女物なんてないし、そこは着物で我慢してもらうしかないな」

 

 暫くは屋敷通りの習慣で生活してしまうだろうから食事も少し多めに置いて行こう。

 俺がおにぎりや干し肉等を取り出していると妹紅の嬢ちゃんが小さく口を開いた。

 

「―――――――父様」

 

「………ああ、そういやあ」

 

 俺は妹紅の嬢ちゃんの父親がどうなったのかを思い出すと涙を流す妹紅の嬢ちゃんの頭を撫でる。暫くは辛い生活が続くだろう。

 俺が引き取れば話は早いがそれは却下だ。彼女はもう普通の人間ではないし、他人から今の自分はどう扱われるのかということを脳裏に刻みこめた方が良い。その中でこれからの生き方を自分で決めなくては。最初に救いの手を差し出せば人は直ぐそれに依存する。それでは駄目なのだ。

 

「まあ、死ぬことは無いからな…」

 

 それがこの子にとって幸福なのかどうかは分からないが…。

 

「じゃあな、次会えたらどんなのになってるか楽しみにしてるよ」

 

 俺は妹紅の嬢ちゃんの頭から手を話すとその場から去って行く。まあ、気になると言えば…

 

「何で人間から妖力を感じるのかねえ…」

 

 最初に出会った時はそんなもん感じなかったのだが。俺は緋桜の頭を撫でながらゆっくりと山を下って行った。

 

 

 さて、これからは飯抜きの生活が続きそうだ。

 

 



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三十歩 ・・・・・・・最悪です

 

 木々の生い茂る森の中。突如轟音と共に水柱が立つ。

 

「……危ないなあ」

 

 凍った水面の上に着地し俺は錫杖を構える。俺達の目の前、そこには人間よりはるかに巨大な山椒魚がいた。怖い怖い、今回ばかりは本気で行かないと死ぬだろう。

 何でこんなことになったのかは遡ること一日前だ。

 

 ◆

 

 雪が降る山の中、防寒着を着た俺と緋桜は白い息を吐きながら山道を歩いていた。

 今俺達が昇っている山は本島の北にある蝦夷の国だ。

 本島では春になっているが未だこの地には雪が降っている。

 

 

「はてさて、大沼の主はどれ程の者か…。どれ位だと思う?」

 

 俺は雪が降り積もる山道を歩きながら頭の上に乗る緋桜に問い掛ける。

 

「……これ位?」

 

 両腕を広げ一生懸命に大きさを表そうとする緋桜に和みながら俺は歩を進める。今回は久しぶりの大物。それも実力未知数の格上だ。これ位の気持ちの余裕がなかったらたぶん緊張で潰れる。

 

「…先ずは第一印象が大事だよな」

 

 俺は拳を握り目的の場所へと出た。

 

「………うっへえ」

 

 あ、何かもう帰りたい。

 俺達の目の前、そこには凍った巨大な湖があった。それだけなら何も怖くは無い。

だが、水面に超巨大な影があるとしたら?

 

「やべえってこれ、ヘタレの僕には無理です」

 

「がんばっ!」

 

「緋桜さんマジ鬼畜」

 

 緋桜の激励を受け俺は湖へと歩き出す。俺が一歩踏み出した瞬間、先程までの綺麗な湖は一変し毒々しい色へと変わる。どう見ても警戒されてます。

 

「………何の用だ人間。此処は貴様等が来る場所ではないぞ」

 

 あ、喋れるんだ。っていいうかまともに会話してくれるんだ。

 

 

「貴方に用があってね。お名前は?」

 

「そんな物など必要ない。とっとと用件を言え」

 

「大沼ちゃんか。成程、で大沼ちゃんに用って言うのはね――――」

 

 俺が口を開こうとした瞬間目の前の地面から煙が上がる。酸…毒…?良くは分からないがこれがあちらさんの能力とみて良いのだろう。

 

「次は無いぞ。さっさと用件を言え」

 

「……そうだな、用件って言うのは他でもないよ」

 

『緋桜・睡蓮杖』

 

 俺は緋桜を錫杖へと変え肩に担ぐ。

 

「ちいとばかり、痛い目見て貰おうってな。取り敢えずまともに話そうじゃねえか!」

 

 その言葉と同時に俺の目の前の大地が砕かれた。それに虚を突かれ動きが止まる俺。見れば大沼ちゃんは御怒りの様だった。

 

「不快……不快だ。図に乗るなよ人間!」

 

 怒気に乗って放たれる妖力。正直脚が震えて来る程の物だ。冗談抜きで凄い怖い。

 やっちまったもんは仕方がない。俺が飛びだすと同時に大沼ちゃんも動いた。

 

 ◆

 

 とまあ、昨日から戦い続けているのだが、正直何回か死んいでる。正確には死に掛けてる。

 大沼ちゃんには触れられないのだ。触れた瞬間手が溶けた。二回目は即効性の神経毒だ。三回目は猛毒。お陰で緋桜でも触れる事が出来ない。結果霊力弾などしか手段は無く、かといって直撃するわけもない。

 

「…どうしよう」

 

 大沼ちゃんの攻撃を躱しながら作戦を練る俺。幸いなのは大沼ちゃんの動きが遅いということだろう。でなかったら死んでる、絶対。

 そんなことを考えていると大沼ちゃんが身体をくねらせ尻尾を水に叩きつける。

 

「――――――!?」

 

 水飛沫で視界を塞がれた俺は急いでその場から動く――――筈だった。水飛沫の中から黒い影が急速で迫ってくるのを視界の端で捉えた俺は本能が危険信号を発すると同時に身を捻る。だが、躱し切れない。

 

「…がっ!、ゴボォ!……オオ!!」

 

 衝撃で水中に落とされた俺は水を飲み苦しむ。極寒の湖はとてもではないが長く耐えられるものではない。

 俺の傍に姿が無いことから緋桜は既に退避しているのだろう。

 

「死ね」

 

 耳元から聞えて来た声。俺がそちらを振り向いた瞬間、顔面を叩き潰された。

 溢れだす鼻血と痛みに顔面を押さえる俺。その眼の前には紫髪の少女の姿をした大沼ちゃんがいた。

 次の攻撃が来るより早くその場から転移した俺は陸地で咳き込みながら湖を睨み付ける。

 

「人間状態は…あれだけ速いのかよ。一寸!逃げろ!!」

 

 俺は何処にいるのか分からない一寸に聞えるよう大声で叫ぶと目を瞑る。

 能力だけが取り柄だと思ってんじゃねえぞ!

 これから行うのは俺が編み出した術の中でも三本指に入る程の物だ。人間が妖怪や神に打ち勝つ為に編み出した秘術。この一億以上の月日を修行に費やしたのもこれを完成させるためだ。

 俺は自分の内側に意識を集中させる。途中水の音と共に大沼ちゃんが俺の胸に腕を突き刺して来る。身体が焼ける様に熱くなるが好都合だ。

 

『明鏡止水』

 

 普段の俺は霊力を外側に纏っている。だが、こいつは違う。霊力を神経の様に極細にし全身に張り巡らせるのだ。その霊力の糸から水の様に霊力を身体に浸透させ内側から強化する。結果、俺の身体は妖怪以上の再生能力と力を発揮する。

 しかし、この技の強みはそこではない。

 

「―――――」

 

 俺は大沼ちゃんの腕を握ると霊力を流し込む。すると、大沼ちゃんの腕は内側から盛り上がり――――破裂した。

 

「っぐ!?」

 

 その現象に瞠目しすぐさま俺から離れる大沼ちゃん。

 この技の真髄。それは全身に巡る霊力を相手の身体へと流し込ませ内側から対象の身体を破壊することなのだ。どれ程外皮が頑丈であろうと内側からの破壊ではそれも意味をなさない。これこそが俺が妖怪や神を殺す為に編み出した秘術だ。

 だが、当然リスクもある。この技は集中力と細かな霊力操作が必要なのだ。失敗すれば俺の身体も内側から破壊される。

 

「―――――ふっ!」

 

 俺は息を吐き出すと同時に大沼ちゃんの懐へと潜り込む。外皮に毒があるからなんだ。そんなもの張り巡らせた霊力で破壊し尽くしてやる。

 俺は大沼ちゃんの顎を掌で打ち上げる。衝撃で大沼ちゃんの顎が打ちあがり、骨が折れる音が鳴り響く。そしてがら空きになった胴を次々に拳打する。大沼ちゃんの胴は血に汚れボロボロになる。だが妖怪はこの程度でやられる様な造りじゃない。

 俺は大沼ちゃんを蹴り上げると空中に結界を張り全方位から拳打していく。だが、大沼ちゃんも只やられている訳ではない。全身から大量の毒液をばら撒き俺を迎撃する。その中を右目を護るように構え突貫していく。隙を与えたら逆転されかねない。水中なんて入られたら俺の速度で追い縋れるかも怪しいのだ。此処で決める!

 俺は両拳を握り合わせると大沼ちゃんの頭に全力で振り下ろした。轟音と衝撃を撒き上げ大地へと叩き落とされる大沼ちゃん。

 

 俺の両腕も溶解液でボロボロだ。毒も完全に防げていた訳ではない

 倒れ伏している大沼ちゃんが起き上らないのを確認すると俺はその場に座り込む。完全には制御し切れなかったのか全身に痛みが走り所々から出血している。いってえ…。

 

「緋桜!…終わったぞぉ……」

 

 疲れから俺の声も小さくなる。全身汗だくにボロボロだっつうの。胸の傷はまだ完全には塞がっていなから暫くは動く訳にはいかない。

 俺の声が聞こえたのか上空から一寸が心配そうな表情をしながら下りて来る。そんな所にいたのか…。

 

「怪我は無いか?」

 

「…大丈夫。怪我は?」

 

 心配したら逆に心配されちまった。というか俺そこまで酷い怪我してるのか?動けないから確認も出来やしない。

 

「……疲れたぁ…」

 

 大の字になりながら空を仰ぐ俺。取り敢えず大沼ちゃんが起き上る前にある程度の怪我は治しておこう。体は寒いが、まあ、俺ならそのうち耐性が付くだろう。

 今回は大沼ちゃんが戦闘が得意でなかったのが幸いした。恐らく普段は獲物が来るのを待ち伏せて捕食しているのだろう。あの巨体に勝てる奴がいるのかどうかも怪しい。

 

「さて………」

 

 俺は立ち上がると倒れている大沼ちゃんの頬を叩く。別に殺す訳で来たのではないのだ。大沼ちゃんは只此処に来た獲物を捕食しているだけなのだから。

 俺がぺちぺちと軽く叩くのを止め、強めにばちんと叩くと大沼ちゃんは目を開けた。俺は別に悪くない、只力加減を間違えただけなのだ。俺は悪くねえ!

 

「………っち、化け物が」

 

「うわ、一言目がそれかよ」

 

 舌打ちをして俺を睨み付ける大沼ちゃん。一応顎砕いた筈なんだけど、何故そんなにも平気そうな面して普通に発音してんだよ。おかしいだろ。顎砕いたんだぞ?……砕いたよね?

 

「……大沼ちゃんさあ」

 

「そんなふざけた名前で呼ぶな人間」

 

「大沼ちゃん!」

 

 そんな大沼の言葉を無視して緋桜がば苗を呼ぶ。しかし、全の時とは違い、大沼は緋桜を睨む事も無く只

 

「あ、俺、自称渡り妖怪の渡良瀬全ってんだよ。それでさ大沼ちゃん」

 

「……ワタリか。そうか、お前が…」

 

「無視ですか。つうか何で年寄りは皆俺を化け物呼ばわりするかな。苛めだよ?俺の心に深い傷が残るよ?」

 

「人間」

 

「おい、無視し過ぎだろ。俺の話し聞けよ」

 

「此処に何の用だ」

 

「…………観光」

 

「?貴様何と言った?」

 

「観光とちょっとした交流だよ。俺は古くから生きてる妖怪達を探してるんだよ」

 

「くだらん。そんな物で私に近寄るな」

 

 一方的にそれだけ告げると大沼ちゃんは湖へと戻って行ってしまった。というかあれだけの怪我であんなに動けるのを見ると俺が負けた気がしてくる。流石妖怪としか言えねえよ。

 

「……良いの?」

 

「良いんじゃない?そこまで嫌われてないみたいだし。無理矢理巻き込むし」

 

 そう簡単に逃げられると思わないことだ。次は闘華や神綺ちゃんも連れて来て騒いでやる。何時までも引き籠ってられると思わないことだな!

 

「……何か、俺が可哀想な子みたいだ」

 

「大丈夫です、何時もの事」

 

「ちょ、緋桜さん。後で家族会議しようか、な?緋桜も何時もそう思ってるのか、おい」

 

 さりげなくとんでもないことを言い放った緋桜に俺はそう尋ねる。だが、緋桜は俺の話を聞いていないのか聞く気がないのか俺に抱き付いて来ると眠り始めた。

 何と言う自分勝手な奴だ。まあ、俺も人のことは言えないが……。そう考えると緋桜は俺の影響でこうなったのか?だったら馬鹿な部分も似ていていいと思うんだが…。

 

「仕方ない。幽香嬢の所でも行きますか」

 

 噂を聞く限りだと結構強くなったらしいし、綺麗にもなっているらしい。会うのが楽しみだ。俺の顔を忘れられていたら悲しくて泣きそうだが…。まあ、その時は花達の様子だけでも眺めて行けばいいか。

 

「しかし、眠るの早いなあ」

 

 胸元から聞える寝息に苦笑しながら、俺は緋桜を抱き上げるとボロボロの身体に鞭打って下山して行った。

 

 ◆

 

「嫌ですなあ。拙者只の修行そうでございますよ」

 

「この状況で良くもそんなことを抜け抜けと…、覚悟しろ渡り妖怪!!」

 

「っち、いい加減にしろカス」

 

 やっぱ濡れたままとはいえ法衣は着ていた方が良かったかもしれない。俺は放たれた札を握り潰し倒れている陰陽師の一人を男に放り投げる。

 

「っく!」

 

 男は陰陽師を受け止めるとキッ、っと俺を睨み付ける。自業自得でしょうに、若僧が俺に勝てるとか思っているのが駄目なんだろ。

 渡り妖怪=魔に堕ちた人間、ってのが人間共の考えらしい。困ったもんだ。これでも種族的にはきちんと人間だし、殺した人間にもちゃんとした理由があるのだ。まあ、姿はそこまで正確ではないからスーツ姿にでもならない限りバレやしなかったりするんだが…。今回は運が悪かった。

 

「しかし、俺一人の為に随分掻き集めて来たなァ」

 

 倒れている人間を抜いても十三人。それなりに強い陰陽師も中にはいる。遠征か…、それとも妖怪でも封印して来たのか。京でもないのに此処まで多くの陰陽師には普通出会わないだろう。また地底の妖怪の数が増えているのかもしれない。

 俺は溜息を吐きながら周囲を見渡す。結界、恐らくは妖怪の力を弱めるであろう物が俺達を囲むように張られている。多分向こうは俺が妖怪の類だと思ってこれを用意したんだろうが…。

 

「可哀想過ぎて涙が零れるな」

 

 緋桜が起きる前に片付けよう。俺は最も近くにいた陰陽師の目の前に転移すると鳩尾を殴りつける。加減するのも中々に大変なのだ。

 即座に反応して来た三人の兵士の攻撃を身を捻ることで躱し転倒させる。転んだ兵士が立ちあがるより早く俺はその頭を小突き気絶させた。残りは九人。

 俺は近くにいる兵士たちを薙ぎ払い後方の陰陽師達へと迫る。

 

「掛かったな化け物が!」

 

 その言葉と共に四方から妖怪が俺を襲って来た。

 

「式神か」

 

 面倒臭い。そう思いながら俺は飛び掛かってきた妖怪の頭部を粉砕し他の妖怪達にぶつける。

 

『滅』

 

 その間に何をしたのか、陰陽師達から膨大な霊力による光線が放たれた。

 

「こりゃ危ない!」

 

 咄嗟に回避しその光線を回避する。しかし、危ないねぇ。危うく緋桜にまで危険が及ぶ所だ。

 

「ワタリが子持ちとは…」

 

 俺が抱き上げている緋桜を見ながら式神が口を開く。今更だけど、この娘は良く起きないな。

 

「がははははは!お前の様な大妖怪がこんなちんけな奴を囲うとはなぁ!!」

 

 うっぜぇ。少なくともテメェよりは役に立つっつうの。

 

「…あれも危険だ。滅せ」

 

 陰陽師の言葉。それを聞いた妖怪達の内、一匹から妖気が噴きだす。そいつには、まるで鬼の様な一本角が生えており、黒い袴を穿き上半身は鍛えこまれた身体のみだ。

 

「うっざいねぇ。俺一人の為にそんな式神を使うかい」

 

「良いんだよ。俺はテメェと戦いたくて式になったんだ」

 

何処の戦闘民族だ。そう内心で呟き、俺は緋桜を強く抱きしめる。と言うか、いい加減起きてくれないと辛いんだがな。

 

「……緋桜、緋桜」

 

 眠っている緋桜の肩を揺するが起きる気配はない。はっはっは、鬼相手にこのハンデはキツイかなぁ。

 

「来いやクソ餓鬼。相手になってやる」

 

そう言いながら、俺は周囲に居た他の式神どもを転移させた霊力の小玉で吹き飛ばす。疲弊した所を何てやられたら堪ったものじゃない。

俺の行動に鬼は笑う。あいつとしても他の式神は邪魔でしかなかったのだろう。

 

「………緋桜、いい加減起きろ」

 

もう向こうも待ってくれなさそうだから。先程より強く揺さぶっていると、短く声を上げ、緋桜が目を覚ました。幾ら寝惚けているとはいえ、周囲の状況から何となく察したのだろう。緋桜はこくりと頷き、空へと避難する。

 

『明鏡止水』

 

俺が発動させると同時に、鬼の踏み込み。予想より幾分か速い。振るわれた拳を往なし、胴を打ち抜く。内側からの衝撃に瞠目するが、笑みは深まるばかりだ。

 

「面白い!」

 

 先程より速い拳。紙一重で躱すが、放たれた蹴りに反応できず吹き飛ばされる。地面を抉りながら勢いを殺し、再び疾走。幸いなのは、相手が自分よりも遅いこと。

 

「散れ」

 

左腕を破壊する。その直後、蹴り上げられた足が右腕を圧し折る。痛みで顔を顰めるが、今の俺なら直ぐに治る。

常に俺の死角となる左側へと移動する鬼。緋桜を呼ぼうにも、陰陽師共の結界がそれを阻む。

 躱し切れず、鬼の拳が徐々に俺の身体を掠り始める。

 

「…っち」

 

 小さく舌打ち。面倒臭い。俺は能力で視界を敵からの物にする。

 

「ぬっ!」

 

 鬼との視界を供給した以上、先程の様にいきはしない。放たれる一撃を全て紙一重で躱す。

 

「…温い」

 

 遅い。闘華の一撃は、こんな物ではなかった。

 

「お前じゃ、殺せねえよ」

 

 俺の言葉に、鬼が笑う。

 

「やってみなけりゃ、分からんぞ?」

 

 放たれた拳が歪に歪む。それを危険と判断し、離れるより早く、手首から先が捻じ切れた。

 

「―――――っ!!?」

 

 その事に驚く間もなく、鬼の拳が俺を捉える。思い衝撃が全身に響き渡り、鈍い痛みが身体に残る。

 込み上げて来る錆を吐き出すより早く、鬼の巣城に転移する。鬼は自身の左腕を犠牲に、その攻撃を回避する。

 

「逃げられると思うな」

 

 後退する鬼に、追撃とばかりにその顎を蹴り砕く。止めを刺そうと拳を握るが、鬼が口から飛ばしてきた血液と歯がそれを封じた。

 

「ワタリ、強いじゃねえか」

 

 鬼の呟き。それと同時に、俺の腹が歪む。

 

「終いだ」

 

 次の瞬間、俺の腹は真っ二つに裂けた。

 

 ◆

 

「…良くやった」

 

そう言って、陰陽師の一人が鬼に近付く。しかし、鬼は動かない全を睨みつけたままその場を動かない。そのことに首を傾げる陰陽師。ふと、あの化け物が連れていた、緋桜と言う妖怪は何処かと空を見上げる。

 緋桜は空に浮いたまま全を眺めるばかりだ。その表情からは、主人が死んだ事が信じられないという感情が読み取れる。

 

「退け」

 

 鬼が陰陽師の前に手を出し、後ろに下がらせる。

 

「これじゃあ、どっちが鬼か分かりやしねえ」

 

 突如、全の死体が動き出す。煙を吹き出し、不快な音を立てながら肉が繋がる。

 ぴくり、とその指が動いた。

 

『禍を司る程度の能力』

 

噴き出すのは神気。けれど、それは何処か人を魅せる妖しさがあった。むくりとその身体を起こす全。黒く、長い髪がゆらりと揺れる。

 

「……・…」

 

何かに憑かれた様な豹変ぶりに、さしもの鬼も動揺を隠せない。

 

「……」

 

転移。鬼の背後に居た陰陽師の前へと転移した全は、一瞬でその命を刈り取る。

 

「っ!ぬぁ!!」

 

振り向くと同時に振るわれた拳が空を切る。転移し、そっとその腕を鬼の胸に添える。

 

「死ね」

 

振り向く間際、鬼の耳にはその声が、やけに鮮明に聞えた。次の瞬間、胸の辺りに違和感が生じる。見れば、滝の様に噴き出す鮮血と、大きな穴。

がくりと膝を着き、鬼はゆっくりと、その顔を前へと向ける。そこには、脚を振り上げる女(・)の姿があった。そして、鬼の意識はそこで途絶えた。

 

 ◆

 

「…緋桜」

 

 名を呼ばれ、全へと抱き着く緋桜。その頭を撫でながら、全は陰陽師へ視線を向ける。

 

「生きて返す訳にはいかないからね。悪いけど殺すよ」

 

『緋桜・金蜘蛛』

 

 一瞬でその姿を鉄線へと変える緋桜。それは、常人が反応出来る速度を超えて陰陽師達の心臓を的確に貫く。

一人たりとも逃がしはしない。全は、生き残った陰陽師達を次々に駆逐していく。

 

「運が無かったと諦めるんだね。あの鬼さえいなければお前たちは命を拾ってた」

 

 倒れ伏し、冷たくなっていく陰陽師達を見下ろす全。その瞳は、どこまでも冷え切った物であった。

 

 ◆

 

「最悪・・・・・最悪・・・本当に最悪」

 

 俯きながらふらふらと歩く全。気のせいか彼の頬がげっそりとやつれている様な気がする。

 

「何であんなもん使ったし俺」

 

 彼は明らかに山肌が見えている一角と土砂を見て小さく舌打ちする。

 いくら我慢ならなかったとはいえあの能力を使う事はなかったのではないか。過去の自分を殴りに行きたい衝動に駆られながらも彼は最早そんな気力がわいてこなかった。

 

「幽香嬢の所に行く気も起きねえよ」

 

 地の底にまで落ちているテンションは上げようにもまったく上がってはくれない。何故あんなものを使ってしまったのかという自責の念ばかりが起きて来る。

 

「大丈夫?」

 

 そんな様子の全を元気付け様と必死に声を掛ける緋桜。その姿を見て元々自分の所為でこうなったという念が一層彼を追い立てていた。

 

「鬱だ・・・・鬱だ・・・・・もういや」

 

 全はごろんと横になると不貞寝を始める。取り敢えず今日はもう何もしたくは無い。そう思い彼は緋桜の頭を撫でるとその瞳を閉じた。

 

「・・・・・最悪だ」

 

 一言呟き、彼は意識を闇の中へと落として行った。

 



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三十一歩 涙だって流すし恐怖だって感じてこその人間だろう

 

「起きて下さい」

 

「いや、本当に後三百年位寝かせて」

 

 俺の頬をべちべちと叩きながら起きろと催促してくる緋桜に俺は目を瞑りながらそう反抗する。本当になんであんなもん使っちまったのかなあ。だから馬鹿とか言われんだよ畜生。

 俺がそう自己嫌悪をしていると緋桜は諦めたのか気配が離れて行くのを感じる。

 

「マジで三百年くらい寝ようかな」

 

 俺がそう呟いているとふと、周囲が暗くなった。

 

「・・・・・?」

 

 何だと思いながら空を見上げると、そこには巨大な鉄塊に姿を変えた緋桜がいた。

 

「は?いや、おい、ちょ・・・待っ――――!!??」

 

 茫然としていた俺の腹に鉄塊と化した緋桜が直撃する。無防備だった俺は肺に溜まっていた息を吐き出し悶え苦しむ。まさかここまで攻撃的な手段に出るとは誰が予想出来ようか・・・・マジで苦しい。

 

「行きましょう!?」

 

 悶え苦しむ俺に跨りながら大声で言う緋桜。第三者が見れば休日に起こされた父親とはしゃぐ娘の図ではないだろうか。

 

「分かった・・・分かったから下りてくれ」

 

 咳き込みながら俺は立ち上がる。たぶん能力の影響だろうが全身がだるい。これも使うのが嫌いな一つだ。あの能力、まるで俺に人間を止めろと催促するように身体を造り変えようとするのだ。人間の身体のままだと全力は出せないからなのだろうが。迷惑極まりない、こんなもん使いたがる奴なんて自虐癖でも持ってんじゃないだろうか。

 

「・・・・・・何処行きたい?」

 

「花を見に行きたいです!」

 

「ああ、はいはい。幽香嬢の所ね」

 

 俺が動いたことで機嫌を良くした緋桜は俺の隣にぴたりとくっついて来る。。何時も元気そうでいいなあ、等と思いながら俺は緋桜の頭を撫でると歩を進めた。

 

あ、法衣に着替えないと。

 

 

「・・・はてさて、どうしたもので御座いましょうか」

 

 俺は錫杖へと姿を変えた緋桜を構えながら困り果てる。

 

「あら、別に困ることではないでしょう?」

 

 にっこりと微笑みながら俺を見る幽香嬢。正体はバレていないが強者と言う理由で目を付けられてしまったのだ。いや、本当勘弁して下さいよ。まあ、正体を明かす気なんてないから迎え撃つのだが。・・・・・理由?単に幽香嬢の実力が知りたいだけだ。

 

「・・・・いえいえ、少々私用が御座いまして。如何に美しい女性の頼みであってもこればかりは・・・・」

 

「大丈夫よ―――――直ぐ終わるもの」

 

 跳躍、頭上から俺の頭を蹴り砕く様に幽香嬢が蹴りを放つ。それを緋桜で往なしながら距離を取ろうとする。だが―――

 

「っぐ!・・・お、も・・・っ!!」

 

 俺の素の身体能力は大妖怪には及ばない。だが、それでも中級妖怪を相手取り勝つことは出来るのだ。それだけの力でも幽香嬢の蹴りを往なすことが難しい。それは彼女が大妖怪に匹敵することを露わしていた。

 とんでもない才能だ。俺はなるべく距離を取る様に札を放り迎撃する。

 

「思ったより痛いわね」

 

 だがその札の雨の中を掻い潜る幽香嬢。何枚かが彼女に当たるが精々火傷程度の痛みなのだろう。対して効いた様子がない。

 

「・・・・・っち」

 

 俺は大量の水を鞭の様に撓らせ幽香嬢へと放つ。この程度の攻撃、彼女は難なく突破してくるだろう。俺は左目から巻物を取り出す。呪文の内容忘れた。

 

「あ~・・・こんなのだったな」

 

 巻物を周囲に漂わせ呪文を唱えていると水の鞭を突破して来た幽香嬢に俺は苦笑いを浮かべる。

 

「強過ぎだよ。冗談じゃない」

 

 錫杖で足元をこつんと叩く。そこを境に俺と幽香嬢の間を流水の壁が出来上がる。岩も切り裂ける程の速度だ。突破するのなら覚悟をするべきだろう。幽香嬢もこれの危険性を瞬時に理解したのか地面を削りながら急停止する。

 

「まったく、老いぼれには手加減をして欲しいものだ」

 

「あら?まだまだ現役の様に見えるけど?」

 

 向こう側から聞えてくる声と共に高まる妖力。こんな壁など紙キレの様に消し飛ばされる程の力だ。

 

「洒落にならねえな」

 

 呟き、俺は前夫に幾重もの結界を張る。恐らくこれも突破されるだろう。

 

『緋桜・金剛不壊』

 

 俺は八百万を金棒へと姿を変えさせると霊力を込めて行く。流石に此処まですれば止められる・・・・と良いなあ。

 

「消し飛びなさい」

 

 聞えた言葉。直後、一瞬で水の壁を消し飛ばし巨大な閃光が視界を埋める。閃光は結界を物ともせずに破壊し俺へと直進してきた。

 

「卑怯過ぎるだろう、がァ!!!!!」

 

 俺は霊力を込めた金棒を全力で閃光へと叩き付ける。焼ける様にじりじりとし熱に中てられながら俺は力尽くで閃光を押し返していく。火事場の馬鹿力舐めんな!

 

「う―――――ラァ!!!」

 

「な!」

 

 荒い息を吐きながら膝を吐く俺。いや、無駄に格好付けないで回避するべきだったかも・・。

 無事・・・とはいかないまでもあの閃光を消し飛ばした俺を見て幽香嬢が瞠目する。本当、止めてほしいわ。マジで死んじゃうから、俺人間だから。

 

「ったく、手加減してほしいんだがな。仮にも元同居人ですよ?」

 

「!・・・・・・・貴方ならあれも納得だわ」

 

 笠を取り幽香嬢に顔を見せる俺。向こうも俺のことを忘れてはいなかったらしい。何やら諦めの溜息を吐かれた。失礼な所は変わっていないらしい.

 

「此処に来るなんてどんな用かしら?」

 

「何、幽香嬢の噂を聞いたもんでね。どんなもんか様子を見に来たんだよ」

 

「そう、呼び方も変わったのね」

 

「昔みたいに嬢ちゃんの方が良いかい?幽香の嬢ちゃん?」

 

「さっきので良いわよ」

 

 にやにやとしている俺に幽香嬢は溜息を零す。俺が幽香嬢に近寄ろうとすると突然日傘を向けられる。あれかい?もしかして俺加齢臭でもする?

 

「あんな終わりは認めないわ。私はまだ戦えるもの」

 

 微笑む幽香嬢。だが向けて来る日傘から放たれた妖力弾は手加減などされていない。

 

「うお!はっと!!老体なんだからもう少し優しくしてくれ!!」

 

 間一髪で放たれた妖力弾を躱す俺。いや、本当に手加減してほしい。今腰の辺りがビキッって鳴ったから、絶対警告だからあれ。

 

「仕方ない」

 

 俺は呆れながら幽香嬢の視界を水で覆う。喰らえ俺の十八番を!

 

 ◆

 

「・・・・・あ、割と美味い」

 

 只今俺は幽香嬢の家の中から勝手に見つけた食料を調理し手を着けていた。外では未だ轟音が鳴り止まない。

 

「・・・・しかし、意外とバレ無いもんだねぇ」

 

「そうですね」

 

 椅子に座りながら初めて見るパンを頬張る緋桜が同意する。今外で戦っているのは水を媒体にした俺の分身だ。姿も瓜二つ、無口な所が傷だが仕方ない。まあ、俺が表情だけなら真剣そのものだからそう簡単にバレはしないだろう。

 

「・・・・・む?」

 

 外に咲いている俺が渡したであろう種の花を眺めていると外の轟音が止んだ。どっちが勝ったのかと分かり切ったことを考えながら勢いよく家の扉を開け放った人物に挨拶する。

 

「こんにちは幽香嬢。どうしたんだいそんなに怖い顔をして」

 

「良くもあんな紛い物を私に宛がわせたわね!?無駄にしぶとい上に家に戻ろうとする私の邪魔までして来たわよ!」

 

 どうやら簡単に偽物だと分かったらしい。これは改良が必要かもしれない。

 

「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着きなよ」

 

「私の家の物でしょう!何を勝手に上がり込んで好き勝手しているのよ!!」

 

「・・・・・・幽香嬢が入って良いと」

 

「一回も私は言ってないわよ!」

 

 ぶちぎれた幽香嬢は室内で日傘を構える。

 

「此処でそんなことしたら花も消し飛ぶよ?」

 

「っく!」

 

 実に悔しそうな表情で日傘を下ろす幽香嬢。いやあ、愉快愉快。ざまあないですのぉ。

 

「ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ」

 

 笑っている俺の何が気に入らないのか幽香嬢はお嬢と同じ笑みを浮かべて俺の腕を握る。

 

「外に出なさい!肉塊にしてあげるわ!!」

 

「いやァァアアアア!!幽香嬢の変態―!!汚される―!!」

 

「変なこと言わないで頂戴!!」

 

 俺は必死に踏ん張りその場で叫ぶ。それにキレながら叫ぶ幽香嬢。

 

「う、うわああああああああ!幽香嬢に汚されるーーーー!!!」

 

「分かったから!分かったから騒がないで!!」

 

「さて、お茶の続きを・・・」

 

 さっきと一変し何事もなかったように寛ぐ俺に幽香嬢は額を押さえてよろめく。ストレスでも溜まっているのだろう。まったく、自己管理が出来ていない証拠だ。

 

「今何か言わなかった?」

 

「いや、何も」

 

 拳を握る幽香嬢に何事もない様に振舞う俺。危ない危ない、少しからかい過ぎたのかもしれない。

 

「・・・あの花、俺があげた奴だろう?良く此処まで咲かせたねえ」

 

 窓から見える一面黄色の花畑に軽く驚愕する。多分俺が育てていた時よりも広くなっているだろう。まあ、能力の御蔭もあるのだろう。

 

「そうでしょう?自慢の子たちよ」

 

「元気な子供たちじゃないか」

 

「その子は?」

 

「俺の家族、付喪神の緋桜だ」

 

「よろしくです」

 

 ちょこんと座りながら頭を下げて挨拶する緋桜。それを見て幽香嬢が俺に振り向く。

 

「貰ってもいいかしら?」

 

「ざけんな」

 

 尋ねる幽香嬢に満面の笑みで答える。誰が家族をやるかよ。つうか一寸いなくなったら長寂しい一人旅じゃねえか。

 

「あ、そうだ」

 

 そう言えば訊きたいことがあったのだ。俺はそれを思い出すと幽香嬢に尋ねる。

 

「スキマ妖怪って知ってるかい?」

 

 俺の言葉に幽香嬢は露骨に嫌そうな表情をする。もしかして何かあったのだろうか・・・。

 

「知ってるけど・・・何でそんなことを?」

 

「いやね、友人に聞いて気になってたんだよね。まだそこまで知名度は高くないけど中々強いらしいじゃん」

 

「会うのは止めておいた方が良いわよ」

 

「何で?」

 

 俺の言葉に幽香嬢はまるで背後に阿修羅がいるかのようなオーラを纏い答えた。

 

「人の神経を逆撫でする目障りな奴だもの」

 

「・・・・・そうっすか」

 

 取り敢えず幽香嬢にこの話題はしない方が良いらしい。その内怒りの矛先が俺に向けられそうで怖い。

 

「まあ、元気そうで良かったよ」

 

 俺は席を立つと笠を取り緋桜を呼ぶ。

 

「あら?もう行くの?」

 

「まあね、少し鬼神にも用事があるから」

 

「あれにねえ・・・」

 

 苦い顔をする幽香嬢。きっと俺がいない間にまた何かしたのだろう。ご愁傷さまとしか言いようがない。

 

「じゃ、また近いうちに来るかもしれないから」

 

「その時は喜んで御持て成しするわ」

 

「出来れば荒事以外の御持て成しを期待するよ」

 

 そう告げて俺は幽香嬢の家を出て行った。

 

 ◆

 

 法衣を脱いでスーツ姿になった俺は険しい山の中を進んでいた。今更だが、あの法衣は人里に入る分には良いのだがそれ以外だと戦闘時に動き辛いのだ。あれを着ていると戦闘はほぼ札や魔法便りになる。前はそれでも良いと思っていたが・・・大沼ちゃんと幽香嬢の戦いから流石に拙いと言う事で着替えたのだ。

 

「緋桜、俺は疲れたよ」

 

「そうですか…」

 

「あれ、緋桜さん。疲れたっつってるのに何で先に行くかな?」

 

 自由すぎるでしょう、もう五日以上歩いてるぞ?俺は疲れた身体に鞭打って緋桜の後を追う。そのまま進んで行くと、突然空が光ったかと思えば爆音が聞こえて来た。

 

「緋桜、逃げよう」

 

 俺達が進む遥か前方から聞えてくる轟音と悲鳴に俺は歩を止める。これ以上進んだら絶対面倒臭いことになるのが予想出来る。流石に緋桜も驚いたのか俺の方へと慌てて戻ってくる。

 

「・・・・・此処って天狗の山の筈だよなあ」

 

 何でこんな合戦みたいなことしてんだよ。そんなに強い奴が・・・・

 

「誰かあの鬼を止めろ―!!」

 

「ああ、いたな。何も考えないで突っ込む馬鹿が」

 

 あれ、もしかして今とんでもないことになってる?俺達帰った方が良いんじゃね?

 

「あ!?こんな時に人間まで!」

 

 その声に反応して空を見上げるとそこには黒い翼を生やした黒髪の天狗の少女がいた。

 

「・・・・おっと手が滑ったァァァァ!!」

 

 俺は近くにあった小石を拾うと天狗の少女に全力投球する。

 

「うわ!―――何するのよ!」

 

 その小石に驚きながらも難なく躱す少女。何で躱すかなあ、どうせならそのまま気絶でもしてくれれば良いのに・・・。

 

「この山で何かあったのかい?」

 

「ふん!誰が人間にそんなことを教えるもんですか!!」

 

 まあ、流石に初対面で石投げたら警戒されるよな。

 

「・・・・・・・・・おおっと、テガスベッタ―」

 

 俺は小さな棍棒に姿を変えた緋桜を握ると天狗の少女の背後に回り頭を叩いた。天狗の少女は背後にまでは気を付けていなかったのかすんなりと気絶してくれた。

 

「・・・・さて、どうしよう」

 

 逃げるか、逃げないで先に進むか。多分闘華はこの先にいるんだよな。でも会いに行くには天狗と鬼の合戦に混ざる必要がある。

 場所は分からないし空も飛べない。さて、どうするか・・・。

 俺は気絶している天狗の少女を一瞥し騒ぎの方へと顔を動かす。

 

「まあ、道案内がいれば上手く行くかな」

 

 駄目だったら押し通ろう。それが良い。俺は緋桜を金棒へと姿を変えさせると騒ぎの中心へと歩を進めた。

 

 ◆

 

「うざい!しぶとい!面倒臭い!!」

 

 群がる天狗を頭上に配した霊力弾で一掃し向かって来る鬼を不意を突いて悶絶させながら先へと進む。いや、流石に鬼と天狗相手に真正面から向かう訳ないだろう。俺そこまで出来る程強くないし。

 

「ちょっと!皆に何するのよ!!」

 

 俺に簀巻きにされて抱えられている天狗の少女。名前は射命丸文だそうだ。

 

「なら説得してくれ。向こうが来なけりゃあこんなことしねえよ」

 

 騒ぐ文の嬢ちゃんに溜息を零しながら先へと進む。

 

「・・・・・霧?」

 

 だが、その先を遮る様に俺の周囲を霧が覆った。

 

「そこの兄ちゃん中々やるじゃないか・・・・」

 

 そう言って現れたのは小柄な体躯の少女と長身の女性。少女の方は頭の両側に体躯とは不釣り合いの長い二本の角を生やし両手と髪に三種類の分銅を付けている。そして女性の方は額に紅い一角を生やしている。

 

「此処に来たってことは、私ら鬼と天狗の戦いに参加するってことだろう?」

 

「いっちょ、勝負してくれないかねぇ!」

 

 その気合の入った言葉と共に二人から強大な妖力が噴き出してくる。その妖力に圧倒され、思わず俺は目を剥いた。

 

「・・・・・文の嬢ちゃんは逃げときな」

 

『緋桜・金剛不壊』

 

 俺は文の嬢ちゃんを下ろす緋桜を構える。流石にこれだけの力を持った鬼に不意打ちは無理だ。何より、そんな奴が二人もいるとか・・・マジ勘弁。

 

「萃香、どっちが先にやる?まあ、譲る気はないけどね」

 

「む~・・・私もやりたいんだけどねえ」

 

 二人は何やら言葉を交わすと長身の鬼の女性が前に出て来る。

 

「お前さんの相手は私だよ」

 

「どっちでも良いよ。疲れることに変わりないし」

 

 俺の言葉に二人が笑う。いや、俺何か面白いこと言ったか?

 

「ハハハハハ!鬼を相手に疲れるだけとは!良いねえ、面白いこと言うじゃないかお前さん!!」

 

 長身の女性は笑うと不敵な笑みを浮かべる。

 

「自己紹介がまだだったね。私は山の四天王が一人、星熊童子。星熊勇儀!!尋常に勝負といこうじゃないかい!!!」

 

「・・・自称渡り妖怪、渡良瀬全。えっと・・・・好きな物は鮭ってことで」

 

 俺の言葉に二人はキョトンとし再び笑う。いや、真面目な雰囲気の時に御免。正直すまんかった。反省してる。ホント・・・。

 

「――――――渡り妖怪。アンタがそうだって言うんなら、手加減する必要なんてないねえ!!?」

 

 その言葉と同時に勇儀嬢が踏み込んでくる。神速とでも言うべき速度を持って鬼の剛腕が襲い掛かって来た。

 

「―――――っ!?・・・・くっ」

 

 それを緋桜を斜めに構え受け流す。流石は鬼と言うべきだろう。衝撃だけで全身が痺れたかのようだ。

 

「オラァ!!」

 

 二撃目が放たれるより早く俺は勇儀嬢を押し返す。あんな洒落にならないもんそう何発も喰らって堪るか!

 俺は八百万を両腕で握ると全力で勇儀嬢へと叩き付ける。それを横腹に裏拳を叩き込み逸らす勇儀嬢。やはり大振りな得物では鬼を捉える事は出来ない。

 

『緋桜・仏ノ導』

 

 金棒から錫杖へとその姿を変え霊力で強化する。その光景に勇儀嬢はほぅ、と息を漏らしながらも俺へと上段蹴りを放つ。それを屈み込んで躱し勇儀嬢の顎へと錫杖による突きを放つ。それを左腕の掌で押さえ俺の頭を踏み潰しに来る。それを転移し俺は勇儀嬢と距離を取った。

 

「っちい!?」

 

「はっ!」

 

 互いに正反対の表情を浮かべる俺達。今度は逆に俺が勇儀嬢へと攻めた。

 

「っづォ!!!」

 

 背後へと転移し右肩へと全力を込めて錫杖を振るう。それをまるで背中に目でもあるのか反転し躱すとがら空きになった俺の胴へと握りしめた拳を放つ。

 まるで嵐の様な荒々しさを持って放たれた拳は俺の胸に寸分の狂いなく吸い込まれる。拙い!そう思いながら俺は胸の部分に霊力の鎧を纏う。だが、焼け石に水だ。

 

「―――――――っか!?」

 

 衝撃で視界が揺れそこだけ炎に焼かれた様に胸が熱く感じる。生々しい音を立てながら俺は吹き飛ばされた。木々を破壊しているにも関わらずまるで勢いは衰えない。ほんの数秒の出来事が数時間の様に感じながら俺は漸く止まった。

 

「・・・・・っは・・・・っは・・・ぇ」

 

 ヤバい、これは冗談抜きで死ぬ。涙と汗で歪む視界の中で俺はがくがくと震えながら合掌する。

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!

 俺は身体の内側に意識を集中させると霊力を全身に張り巡らせる。

 

『明鏡止水』

 

「・・・は・・・・は・・・は・・」

 

 先程より楽になった身体を起き上らせ涙を拭う。いや、本当死ぬかと思った。大沼ちゃんの時よりやばかった。

 

「は・・・ァ・・緋桜・・・離れてろ」

 

 俺は錫杖から元の姿へと戻った緋桜を確認するとそう告げて深呼吸する。まだ息をするだけでも痛みが走るが・・・それでもしばらくすれば回復する。

 俺は勇儀嬢の下へと転移する。先程の攻撃で死んだと思ったのか、勇儀嬢は目を剥くがやがて小さく笑う。

 

「良いねえ。そうこなくっちゃ!それでこそ喧嘩のし甲斐があるってもんだよぉ!!!」

 

 放たれた互いの拳は交差し―――大地が砕けた。

 

 ◆

 

「オオオオォォォォォ!!!!」

 

「ハアアアァァァァァ!!!」

 

 互いに一歩も譲らず目の前にいる敵へと渾身の一撃を叩き込んで行く。全の拳を勇儀は腕を圧し折って返すがその肌に触れた勇儀の腕もズタズタにされる。全の懐に潜り込んだ勇儀はその顎を打ち砕く。

骨と歯が砕け口内からだらだらと血を流しながらも全は勇儀の脚を払いその腹を殴りつける。この状態でも向かってくるとは思わなかったのか勇儀は防御すらすることが出来ず全の一撃を貰う。体内を何かに蹂躙されているかのような激痛に勇儀は吐血する。だが、その眼光に宿る光は衰えるどころか増している。

 

「ふん!」

 

 勇儀は馬乗りになって殴り付けようとする全の頬を打ち砕くと立ち上がる。顔の右半分を打ち砕かれても驚異的な再生能力で再び立ちあがってくる全に勇儀は内心歓喜していた。

 

 ああ、これ程の人間など今迄いなかった。人間が鬼の力に対抗すること等出来る筈もなく、人間の殆どは鬼に負けてその身を食われた。どれ程の人間が立ち向かおうとも鬼に、ましてや自分に勝てる程の者等同族を除いて一人もいなかった。

それがどうだ。この人間は人の身を捨てず鬼に対抗する為の力を持っているではないか。痛みで涙を流し膝を振るわせながらも、一度もその瞳に燃える炎は衰えて等いない。

 これが渡り妖怪か。我等が鬼の母にああも言わせた人間か。ならば―――

 

「もう私も自分が抑えられないよ!」

 

 その身が燃え尽きるまで、その力を魅せてくれ!

 

「着いて来な人間!これが鬼の闘いだァ!鬼の華だァ!!」

 

 神速。そのボロボロの身体の何処にそれ程の力が残っているのか。勇儀は全の目で追えない速度を持ってその首を捉える。

 

「――――――この程度で散るんじゃないよぉ!!」

 

 勇儀の腕が全の首へと直撃しその身を大地へと叩き付ける。衝撃でバウンドする全の身体。勇儀はその足を掴むと先と同じ速度を持って大地を駆ける。背中の皮膚は剥がれ肉も削げ落ちて行く全。激痛に思わず声にならない悲鳴を上げる。

 

「―――――――ふうゥ!!!」

 

 だが、歯を砕く程の力で歯を噛み締め痛みを堪え全は勇儀を連れて上空へと転移する。

 

「テメェこそ!この程度で散るんじゃねえぞぉ!!?」

 

 全は勇儀の手から逃れ背後へと回るとその左腕を圧し折った。

 

「っぐう!?」

 

 堪らず声を上げるが鬼の身体はその程度で止まるようなものではない。勇儀は右腕で背後の全を掴むと急加速で大地へと全を叩き落とした。

 軋む身体も臆病な心も無視しなければ鬼には勝てない。かつての鬼神との闘いでそれを学んでいる全は即座に立ちあがると既に拳を構えている勇儀に向き直る。

 

 放たれる剛腕からの正拳突きを肉を抉られながらも回避し勇儀に迫る。握り込まれた拳は加速の勢いを伴い勇儀の右頬に叩き込まれた。

 その威力に踏ん張り切れなかった勇儀は錐揉み状に吹き飛ばされ何時の間に集まって来たのか鬼達へとぶつかった。

 この程度じゃ倒れない。全はすぐさま勇儀の上へと転移するとその腹に踵落としを炸裂させる。吐血し息絶え絶えの状態の勇儀だが、鬼の誇りか、それとも彼女自身の誇りか、はたまた別の何かか、その足を掴むと圧し折り、引き寄せた額を殴り飛ばす。

 

 荒ぶる二人の益荒男に萃香さえも呑み込まれていた。これ程の闘いになると誰が予想出来ようか。二人の姿に触発され彼女の気持ちにも火が点き始める。自分もあれだけの闘いをしたい。自らもあの戦場へと立ちたい。押し寄せて来る感情をギリギリで押し止め二人の闘いを見守っていた。

 

「ぶっ飛べぇぇぇ!!!」

 

 勇儀の米神を蹴り転倒させる全。だが、彼も片足が折れている状態での蹴りなど無理があったのかバランスを崩し転倒する。そこを狙う様に素早く立ち上がった勇儀が全へと右腕を振るう。それをかつての闘華と同じく自身の身体で受け止めると霊力を流し込んで破壊していく。

 勇儀も全も、既に満身創痍だ。全の再生能力も勇儀の力に追い付けず精々気休め程度の力しか発揮しない。勇儀もまた全身に青痣を作り顔も美人が残念な姿になっている。

 

 此処が正念場か。

 ふらつきながらも自分を睨み付ける全を見て勇儀はそう悟る。出来る事ならばこの強者と永遠に闘い続けていたいと思う心もある。だが、そんなことは無理な話だ。ならば―――

 

「最後は自慢のこいつで終わりにしてあげるよ!!」

 

『三歩必殺』

 

「一歩ぉ!」

 

 全く追い付けない速度で、それこそ消えたと感じた様に。勇儀は全の目の前に現れる。

 

「二歩!」

 

 震脚。鬼の強靭な肉体による地面の踏み締めはまるで巨大な地震でも起きたかのように感じられた。そして―――

 

「三歩!!!」

 

 乾坤一擲、過去最高であろう程の力で放たれた一撃は最早必殺一撃のものであった。神速の領域で迫る拳は全の息の根を止めるべくその身体に触れ――――

 

「・・・・・・な・・・・に?」

 

 茫然とした声を上げ、勇儀の身体は光に飲み込まれた。

 

 ◆

 

「三歩!」

 

 勇儀嬢が放った一撃。それはこの身体、ましてや片足が折れている状態で耐えられる様な物ではなかった。迫る拳、それを前に俺は

 

『明鏡止水・涅槃』

 

 最後の奥の手を出した。

 仏教において涅槃とは一切の囚われから解放された絶対自由の境地を意味する。重要なのは一切の囚われというもの。それはつまり、何者も自分を捉える事が出来ないと言う事。もし、これが攻撃的な意味に捉えられたとしたら?この境地が『邪魔する物を例外なく消し飛ばす』空間であったら?

 それを露わしたのが俺の『明鏡止水・涅槃』。俺の精神の迷いを、煩悩を消し飛ばす為に意識を消す。そして俺の周囲に穢れすらも一切ない俺以外が存在できない空間を展開させるのだ。無論、俺の意識は無い為に何が起こっていたのか自分が何をしたのかも覚えていない。限界時間は最大一分だが、間違いなく俺が自力で編み出した中で最強たる技だ。

 尤も、この空間は慈悲もあるが為に意思のある物を完全に消すことなんて出来はしないのだが。

 

 光が俺を包むのを見た瞬間、俺の意識は消えた。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

 目覚めた俺は周囲の様子を確認する。今回の怪我からして精々十秒持てば良い方だったのだが・・・。どうやら勝負には勝ったらしい。俺の前方、そこには大の字になって気絶している勇儀嬢がいた。俺と同じく全身がボロボロで見る影もない。服もその要素を果たしていない。

 

「お見事。勇儀に勝っちゃうとは思わなかったよ」

 

 そう言いながら近寄ってくる・・・・・えっと・・・あ、萃香の嬢ちゃん。

 もしかして二連続で戦うのだろうか。そしたら間違いなく俺は死ぬと思うんだ。

 

「どうしたんだい?顔が青いよ?」

 

 そう言いながら俺の身体を揺らす萃香の嬢ちゃん。良く考えたら血を流し過ぎた。怪我は治っても流した血が戻ってる訳じゃない。

 

「あ~・・・・ァ・・」

 

 ぐらつく視界の中、一寸と何処かで見た馬鹿の顔が映り―――俺は気絶した。

 

 ◆

 

 

「・・・・・・・ァ・・・?」

 

 ぼやける視界の中、俺は状況が飲み込めないながらも上体を起こす。・・・・何しに来たんだっけ?

 

「・・・・・・・闘って・・気絶したのか」

 

 その直前まで思い出しならば此処は何処なのか周囲を見渡す。畳が張られ屋敷の様な雰囲気が感じられる室内。だがそこに静けさは無く何処からか聞こえる喧騒が届いていた。

 

「・・・・・マジで何処?」

 

 俺は立ち上がると襖を開け屋敷の中を進んで行く。広いな・・・。そう言えば緋桜は何処に行ったのか。怪我をしていないか心配だ。

 襖を開け喧騒の原因へと近付いて行く。だんだんと喧騒は大きくなりその部屋の前に立つ頃にはそれが何かを俺は理解した。

 

「・・・・・・・・」

 

 入りたくねえ。入ったら絶対巻き込まれる。

 

「お!ワタリじゃないかい!もう起き上って大丈夫なのかい?」

 

「寧ろお前が大丈夫なのかと訊き返したいよ」

 

 襖の前で突っ立っていた俺に全身包帯だらけの勇儀が話しかけて来た。何でそんな平気そうに立てるし。あれ一応俺の全力だぞ?俺まだ全身が痛いし骨も折れてんだぞ?

 

「ハハハハハ!宴会やるってのに寝たきりなんていられないよ!ほらワタリも来な!母さんもアンタに会いたがってる!!」

 

 俺の身体を無理矢理引っ張り勇儀が襖を開ける。部屋の中は予想より遥かに広く、鬼や天狗が互いに酒を飲みあっていた。

 俺達が入るのを鬼や天狗が気付き声を掛けて来る。主に鬼だけど。

 

「スゲエな兄ちゃん!あんな闘いは母さん以来だ!」

 

「本当だな!流石は渡り妖怪!母さんが褒め称えるだけのこたぁあるねえ!」

 

 話しかけて来る鬼や天狗に軽く返しながら勇儀に引き摺られて見覚えのある馬鹿の前に連れてかれる。どうやら緋桜も一緒に飲んでいるらしい。

 

「母さん!連れて来たよ!」

 

「お、来たのかい勇儀。どうだったこいつとの闘いは?」

 

「最高だよ!あんなに昂ぶったのは母さんと闘った時以来だ!!」

 

「だろう?こいつぁ最高の人間だよ」

 

「うるせえよ」

 

 俺の頭をぽんぽんと叩く闘華の手を払いのける。ったくよお、何でこんな目にあったんだか・・・。

 

「お前もどうだった?勇儀との闘いは?」

 

「お前と同じで超強かったよ。これでも強くなったつもりだったんだがな」

 

「何言ってんだい。勇儀の奥義を破ったそうじゃないか」

 

「あれは本当に死ぬと思ったぞ」

 

 ばしばしと俺の背中を叩く闘華。怪我で痛いってのに聞きやしねえ。取り敢えず、訊きたいこともある。

 

「俺が来た時、天狗とやりあってたのか?」

 

「ん?ああ、そうだよ。今じゃ張り合えるのは天狗くらいしかいなくなっちまってねぇ。アタシは天魔とやり合ってたんだが・・・。そっちに行っとけば良かったかあ。まあ、天魔とはやりあえて満足だけどね」

 

 笑いながら目の前にいる黒髪の女の天狗に酒を注ぐ闘華。こいつが天魔なのだろう。

 

「ども」

 

「聞いてるよ、昔こいつとやりあったそうじゃないか」

 

 会釈する俺に陽気に笑いながら闘華同様に肩を叩いて来る天魔。いや、何でこいつら怪我人の身体を遠慮なく壊しに来てるんだよ。ならば勇儀はどうなのだろうかと目をやると萃香の嬢ちゃんに悔しそうに叩かれながらも笑っていた。・・・・・・本当に鬼と人間のスペックって違うよな。

 

「ほれ!アンタも飲みな!!今日は朝まで騒ぐよ!!」

 

「オー!」

 

 闘華と共にノリノリな天魔。こいつらだけじゃない。他の連中も朝、それどころか昼まで騒ぎそうな勢いだ。

 

「・・・・はあ」

 

 俺は溜息を零しながら渡された杯の酒を飲み干して行く。

 

「ほれほれ、どんどん飲みな!」

 

 空になったと思ったら満たされる杯。こいつら本当にどれだけ飲むつもりだよ。

 

「飲むぞー!!!」

 

『オー!!!』

 

 かつてない規模の宴会の中、俺は酒で満たされた杯を呷った。

焼けつく様な痛みは怪我の身体には堪えたが、その痛みは不思議と今迄で一番自分が生きているのだということを実感させた。

 

 



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三十二歩 酒!酒!酒!

お久しぶりです。今年は投稿数少ないですがよろしくです。


 

「・・・・・ぁ・・・・・・」

 

 まどろみから目を覚ます俺。だが、直ぐ傍から感じる温かさで俺は再びまどろみに落ちそうになる。

 

「・・・・・っぁ・・・・・ふぎゃ!」

 

 突然顎に走った衝撃に悶えながらも俺は完全に意識を覚醒させる。痛む顎を擦りながら蹴り飛ばして来た人物へと目をやる俺。

 

「・・・・・・・かぁ・・・・・ぁ・・・」

 

 そこには爆睡する闘華の姿があった。

 

 ◆

 

 まだ朝日が昇り始めた頃、朝方から騒いでいる部屋へと眠い目を擦りながら天魔は向かっていた。

 

「全・・・五月蠅いぞぉ?」

 

 欠伸をしながら襖を開ける天魔。その視線の先には、今にも闘華に殴りかかろうとする全の姿があった。

 

「・・・・・は?・・いや、ちょっと!」

 

 その光景に暫し茫然とするが、少しの間を置き直ぐ様天魔は全の腕にしがみ付く。

 

「何してんの!?」

 

「離せ天魔!こいつは此処で殺すべきだ!!」

 

「落ち着きなよ!?闘華も何時までも寝てんの!!?」

 

 この状況下でも寝ている闘華に叫びながら天魔はこうなった理由を尋ねる。

 

「この女、勝手に人の寝床に潜り込んだ来た上に俺の顎蹴りやがったんだよ!」

 

「そ、それ位我慢しろって!」

 

「出来るかぁ!こんな婆と一緒な上に、こいつの怪力だったら危うく俺の顎は蹴り砕かれてんだぞ!?」

 

「誰が婆だ青草坊主!」

 

「テメェ起きてやがんじゃねえかクソ婆がぁ!!」

 

「ちょ、お願いだから此処で暴れないで!!?」

 

 殴り合いを始める二人を天魔が大慌てで止めようとする。

 

 朝日に照らされる中、何かが壊れる音と女性の悲鳴が山の中に木霊した。

 

 ◆

 

「良いじゃんかよ~!」

 

「うるせえ!嫌だっつってんだろ!」

 

 俺は引っ付いて来る萃香の嬢ちゃんを引き離そうと力を込める。だが、それに抗う様にさらに力を込めて来る萃香の嬢ちゃん。つうか酒臭っ!?

 こうなった理由は実に簡単なことだ。先日の勇儀と俺の闘いを見て自分も闘いたくなったとのことらしい。

 

「少しくらい良いじゃないか!」

 

「勇儀でもあれだけ強かったんだぞ!?あいつと同等と分かってて誰が闘うか!!」

 

 第一怪我だって治ってねえのにもう一人の四天王なんかと闘ったら死んじまう。

 

「母さん相手に引き分けたんだから強いんだろう!」

 

「あんな規格外と一緒にすんな!」

 

 今でもバリバリ現役どころか日付変わると同時に全盛期が変わる様な奴と一緒にされたのでは堪ったものじゃない。俺も強くはなってるがこの身体で勝てるかどうか分からねえんだぞ。・・・・負けるつもりはないが。

 

「ふん!」

 

 萃香の嬢ちゃんを持ち上げ頭突きをかまそうとするが霧に変化され躱されてしまう。鬼が付き纏うなんてそこらの悪餓鬼よりも質が悪い。

 

「ったく、面倒臭い」

 

 霧になった奴をどうやって元に戻すってんだよ。気合か?気合で元に戻せんのか?

 

「・・・・・ほっとこう」

 

 俺は闘華からくすねた酒の入った瓢箪を置いておくとそのまま先へと進んで行く。まあ・・・・

 

「萃香!アタシの酒を取るたぁいい度胸してるじゃないかい?」

 

「え?いや、待って母さん!これは・・・・!!」

 

 背後から迫って来てた闘華に絞られるだろうけど。

 背後から聞えて来る萃香の悲鳴に笑いながら俺は山を下りて行った。

 

 ◆

 

「―――――ほら、これも」

 

「・・・・・まさかこれ全部ですか・・・?」

 

 私、射命丸文は目の前に積んである書類の山に頬を引き攣らせる。恐らくこれの大半が一昨日に鬼達の暴れた際のものだろう。私達の仕事は此処にある場所へ行き被害状況の確認、及び復旧の手伝いだ。雑用の仕事は只汗を流す様なものばかりである。

 おまけに・・・。

 

「よりによって渡り妖怪まで来るとは・・・・・」

 

 上司が沈痛な面持ちで呟く。ある意味、これが最も被害を拡大させた――――現在進行形だが―――らしい。

 私自身会ったことはなかったが噂である程度は聞いたことがあった。

 妖怪へと堕ちた人間、忌み子、・・・。その大半は噂の出所も分からない物であったが、一つだけ確かな情報もあった。

 

 鬼神の怨敵。

 

 あの鬼の頭である鬼神の片角を折った人間であり、鬼神と互角に戦える人間であるらしい。誰でもない、鬼神本人がそれを語っている。嘘をつかない鬼の言葉とは言えこれにはどうしても耳を疑ってしまう。実際に本人に会い私も嘘なのではないかと思った。纏う空気も、口調も、その態度も、常人とは違うとはいえ、とてもそんな人物だとは思えなかった。

 

 只、あの山の四天王である星熊童子の星熊勇儀。あの方との闘いを見た時、その考えも改めさせられた。

 先程までの姿が嘘だと思うかのような雰囲気を纏い、何よりも彼の目が今迄とは掛け離れていた。何か覚悟を秘めたものであった。死ぬ覚悟をした目ではない。鬼との闘いで生き延び、尚且つ勝ってみせるという目だ。

 事実、鬼に勝るとも劣らない覇気と卓越した技量は素人目でも尋常ならざるものであることが窺えた。そして僅かな差とは言え、鬼との闘いに勝って見せたのだ。その時の彼の姿には、何処か、他者を魅せる美しさの様な物があった様に私には見えた。

 

「それじゃ頼んだぞ」

 

「・・・・・はい」

 

まぁ、それでもこれが見学料だと言うのなら堪ったものではないが。

 私は上司から渡された書類を持ち空へと飛び立った。

 

 ◆

 

「・・・・・あ~、なんだ・・お前よく無事でいられたな」

 

「これの何処が無事に見えるんだよ!?頭にほら!たんこぶ出来たじゃないか!!」

 

「いや、あいつの拳を喰らって何でたんこぶで済むんだよ!テメェら鬼の身体はどうなってやがる!」

 

 おかしいだろ色々と。大体何で喧嘩の傷は気にしねえのにたんこぶは気にすんだよ。

 

「勝負しろよ~!」

 

「ええい引っ付くな!テメェは酒飲んだ親父か!」

 

「私の何処が親父な~ん~だ~よ~!」

 

「そのノリがだよ!この飲兵衛!!」

 

 引っ付く萃香の嬢ちゃんに今度こそ頭突きをかます。不意を突いた一撃に萃香の嬢ちゃんは今度は霧になることが出来ず俺の頭突きが直撃した。

 

「ったく、変なとこだけ闘華に似てんじゃねえよ」

 

 俺は気絶した萃香の嬢ちゃんを転がして置くと目の前の滝の前に立ちワイシャツを脱ぐ。

 

「・・・・・お」

 

 思ったより身体の傷は塞がっていることから自然治癒能力も大分上がったのだろう。これなら鬼と喧嘩しても逃げ切れる気がする。

 俺は手を滝の中に入れると目を瞑り呼吸を整える。

 

 勇儀と互角では闘華になんて勝てない。勝てない理由を身体能力、種族の差で片づける訳にはいかないのだ。あいつに勝ち誇った顔をされるのが悔しい。互角以上の闘いが出来る方法もあるが・・・・却下。それを使って勝っても俺自身は全く勝った気もしないし、何よりあれを使うと人間やめなくてはいけなくなる。

 

 俺は手から放出した霊力を流水へと流し込んで行く。油断すれば流水の勢いで一気に持ってかれる。少しでも集中力を欠けられないという思いと精神的なものと霊力を常に放出し続けることから全身から汗が噴き出してくる。

 霊力を操り水の向きを変え頭上に巨大な水球を作って行く。漸く安定したことで俺はほっ、と一息吐く。

 

「ん~・・・アンタ何してんの?」

 

「ひゃあ!す、萃香様!?」

 

 突然の悲鳴に俺は思わず集中力を乱してしまう。その瞬間、球形を保っていた水はその形を崩し降り注いで来る。

 

「「・・・・・・・・あ」」

 

 びしょ濡れになった俺を見る二人。俺はゆっくりと顔をその場にいた二人へ向けた。

 

「萃香の嬢ちゃん・・・それに文の嬢ちゃん・・・・」

 

「さらば!」

 

「え、ちょっと!萃香様!」

 

「・・・・・・・・・」

 

 霧となっていなくなった萃香の名前を呼ぶ文の嬢ちゃん。その視線はやがて背後に立つ俺へと向けられた。

 

「あ、あやややや!」

 

 俺を見た文の嬢ちゃんはたらりと冷や汗を流していた。

 

 ◆

 

「これ外して下さいよー!」

 

「誰が外すか」

 

 喚く文の嬢ちゃんを右腕を縄へと変えた緋桜が縛り上げ木に吊るす。そのまま反省しやがれ。

 

「萃香の嬢ちゃんも見つけたら拳骨でもかましてやら」

 

 久しぶりにアイスキャンディを口に咥えながら俺は川にいた魚を焼く。まともな飯を久しぶりに感じるのはなぜだろうか。

 俺は丁度いい具合に焼けて来た魚を食べる。無論アイスキャンディはとっくに舐め切っている。

 

「・・・・・大根おろし欲しいな」

 

 何かこう・・・足りない。

 俺は闘華からくすねた二つ目の瓢箪の中に入っている酒を飲む。いや、便利だねえ。水を入れただけで酒に変わるってんだから。

 

「人間の割に飲みますね」

 

「まあ、この位なら水みたいなもんだしな」

 

「鬼の酒ですよね?」

 

「飲み比べなら俺は闘華に負けたことは無いからな」

 

「・・・・・・」

 

 絶句する文の嬢ちゃんに胸を張って俺は言う。これは俺の数少ない自慢だ。耐性が付いているからこの程度では酔わないのだ。たぶん今でもあいつには負けないと思う。

 

「・・・・足りないなあ」

 

「それだけ食べてもまだ言いますか」

 

「つうか気になってたんだが・・・」

 

「?何ですか?」

 

「何故に敬語?」

 

 この前会った時は敵だと言う事も相まって敬語なんぞ使われなかったが、別に俺は敬語を使われる様な存在ではないだろう。

 

「貴方はあくまで鬼の客人という扱いですので」

 

「へー、俺そんな扱いなんだ。組織ってのはやっぱ大変だな。こんな奴にまで敬語使うんだから」

 

「普通自分で言いますか?

天狗社会では仕方のない事です。上司からの命令には逆らえませんから」

 

 俺なんて年がら年中遊び呆けているのに・・・天狗ってのは大したもんだねぇ。

 感心しながら今こうして吊るしていたら他の連中にも迷惑がかかるのでは?、と思った俺は緋桜に解く様に言う。

 

「ほれ、さっさと仕事に戻りな」

 

「・・・・・ありがとう・・・ございます?」

 

「何故疑問形で言った」

 

 俺は文の嬢ちゃんが飛んで行くのを見送ると再びその場に座る。酒を飲みたがる緋桜に俺はもう一つ杯を用意する。

 

「ありがとうございます」

 

はにかむ緋桜に心を癒されながら俺は杯に酒を注ぐ。

二人静かに杯に口を付ける。緋桜は酒に少し弱いのだろうか。もう顔が少し赤くなって来ている。

緋桜と二人で飲んでいると背後から気配を感じる。

 

「・・・ん?・・・・お前も飲むか?」

 

「そりゃアタシのだろうが」

 

「小さいこと言うんじゃねえよ。つか文の嬢ちゃんも何故戻って来たし」

 

「小さいこと言わないで下さい。誘拐されたんです」

 

「俺の言葉を盗るな」

 

 文の嬢ちゃんを傍に連れ現れた闘華。俺は文の嬢ちゃんと闘華の二人分の大きな杯を用意する。

 

「いや、悪いねえ」

 

「どうせテメェは俺に用意させるつもりだったろうが」

 

「アタシの物を盗っておいてそれで済ましてやってるんだ。ありがたく思いな」

 

「・・・・っち」

 

 俺は小さく舌打つと杯の中に酒を注いでいく。

 

「で、文の嬢ちゃんは仕事は良いのか?」

 

「あ、あはははは。今更行っても怒られるのは確定ですから・・・」

 

「だったらいっそのこと俺達と飲んじまおうってか?悪い娘だねえ」

 

 そう言って苦い笑いを零す文の嬢ちゃんに杯を渡す。天狗も鬼同様に酒豪と聞いたからこの程度では酔いもしないだろう。

 

「ほれ、テメェの分だ」

 

「何やら文とは随分扱いが違うな」

 

「テメェの普段の行いを振り返るこった」

 

 何時の間に名前を呼ぶ間柄になったのか・・・。まあ、天狗が鬼に逆らえる筈もないんだが。

 

「…もっと欲しいです」

 

「飲むの早いな緋桜」

 

 何時の間にか杯を空にしていた緋桜が俺の袖を引っ張る。一応俺達と同じくらいの大きさの杯に注いでいるんだが・・・・。

 

「あ、美味しい」

 

「そりゃあ、私の酒だからねぇ!ほれほれ、飲みな飲みなぁ!!」

 

 文の嬢ちゃんの言葉に気を良くした闘華がどんどん酒を飲ませようとする。助ける?・・・いや、大丈夫だろ、うん。…決して面倒臭がっている訳ではないぞ?

 

「酒の臭いとあらば黙ってられないよ!」

 

「……お前の嗅覚おかしいんじゃねえの?」

 

 突然現れた萃香に呆れる。だが、それだけでは終わらなかった。

 

「宴の席と聞いて!」

 

「いやさ、本当に仕事が多くてさぁ。やってられないよ。…あ、全、私の分もよろしく!!」

 

「何だ、お前等は地面からでも生えて来たのか?」

 

 何時の間に居たのか、勇儀は自分の杯を持ってきており、天魔は最初から居たとでも言うかのように溶け込んでいる。

 

「て、天魔様!?こここ、これは決して職務怠慢では――――」

 

「いや、本当にやってられないよねぇ?妖怪なんだから今直ぐじゃなくてもいいのに、どうして家の部下は仕事が早いんだろう。もっとのんびりすれば良いのにさあ、人間じゃないんだよ?」

 

「は、はあ・・・」

 

 矢継ぎ早に繰り出される天魔の愚痴に文の嬢ちゃんは困った様に俺達へ助けを求める。

それを俺達は合掌して見送った。

 何時の間にやら四人だった酒盛りは多くの天狗や鬼達を呼びよせ忽ち大宴会へと変わっていた。

 

「いい加減勝負しようよ全!」

 

 後頭部を蹴り飛ばして来た萃香に流石の俺も我慢の限界が来た。

 

「上等じゃクソ餓鬼ぃ!子供だからって今回ばかりは容赦しねえぞ!!」

 

「お!やった!こっちも容赦しないよ!!」

 

 喜んだ隙を突いて俺は萃香の嬢ちゃんに全力の一撃を放った。

不意打ち?卑怯?知らんな。もう勝負は始まっているのだ。

 

 ◆

 

「まさか負けるなんて・・・」

 

「はっ!餓鬼とは年季が違うんだよ!!」

 

 倒れる萃香に勝ち誇った顔で言い捨てる全。だが、彼の脚もがくがくと笑っており何時倒れても仕方ない。

 

「アンタら随分派手にやりあったねえ」

 

「もっとやりなよ!」

 

「お前殺すぞ?」

 

 酔った天魔の台詞に全はその頭を掴むと力を込める。

 

「痛い痛い痛い痛い!!?」

 

 やがて全が手を放すと天魔はその場に崩れ落ちた。

 

「さて、次はアタシとやりあおうじゃないか」

 

「ふざけんな!連戦で相手がテメェとか冗談じゃねえわ!!」

 

 既に準備は出来ているとでもいうかのように腕を回しながら片手でがっちりと全の腕を掴む闘華。回している腕からは風切り音が聞こえて来る。

 その様子を見た周囲の鬼や天狗も即座に離れ見守る。鬼に至っては子供の様に目を輝かせているようだ。

 

「おい!放しやがれ!!」

 

「そんなつれないことを言うな。ほれ、逃げ場は無いぞ?」

 

 闘華が指差した方を見ればそこには勇儀他山の四天王が立っている。

 

「くそ!逃がしやがれ!!」

 

「安心しろ、別に殺しはせん」

 

「テメェとの闘いの何処に安心する要素があった!?昔からそう言って本気で殺しに来るじゃねえか!!」

 

「頑張って下さい」

 

「緋桜!!?」

 

 全の必死の抵抗むなしく闘華は全を引き摺ると距離を取り、他の鬼に開始の合図をさせていた。

 その姿を見て全も諦めたのか空を仰ぎながら溜息を吐くと、肉体の傷を萃香と闘う前の状態へと戻し、構えを取った。その表情は真剣そのものであり、連戦にも関わらず全身から覇気を出し他者を身震いさせている。

 その姿に闘華は思わず舌なめずりをする。

 

「ぶっ!」

 

「殺!」

 

「「す!!」」

 

 かくして、此処に最古の鬼と忌み子の人間の闘いの火蓋が切って落とされた。

 

 



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三十三歩 対決

変な所あるかもしれませんけど全力で見逃して下さい


 

『明鏡止水』

 

「ハアアアアアアァァァ!!!」

 

 勇儀や萃香を凌駕する速度と重みを持って闘華の拳は放たれた。

 それは初撃決殺とも思える程の威力、鬼の中でも規格外を誇る鬼神の一撃だ。

 

「るおおおおおおおおお!!!」

 

 それを全は全霊力を持って受け止めようとする。後のことを考えれば負ける。一秒先の未来を、生きるのではなく勝つ為に全てを尽くす。

 鬼神の一撃を少しでも和らげるように霊力の膜で包み込むようにして全は受け止めた。骨に罅でも入ったのか、両手に走る痛みを気にするより早く全は霊力を流し込む。

 

「む!」

 

 それを敏感に感じ取る闘華。けれどもう遅い。

 闘華の左腕は内側から膨れ上がり爆発でもしたかのようにズタボロにされる。普通ならこの痛みに絶叫するか、手を放そうと暴れるだろう。だが、彼女は違う。

 

「ふん!」

 

 片足を持ち上げがら空きになった全の胴へと膝蹴りを放つ。両腕が使えず、左腕を破壊することに集中していた全はその速度に反応できず。

 

「――――――!!!???」

 

 声を上げることすら出来ず目を忙しなく動かしながら血と胃液を吐いて吹き飛ばされる。

 腹に風穴が空かなかったのは霊力によって少しでも強化していたからだろう。そうでなければ今の一撃で全は絶命していた。

 

「・・・・・っ・・・・ぁ・・・」

 

 零れ落ちる涙で歪む視界の中、闘華が追撃しに来ている姿を全は捉えた。全は歯を食い縛りながら立ち上がると闘華が拳を振り下ろす直前に頭上へ転移した。

 

『明鏡止水・涅槃』

 

 出し惜しみをする余裕等最初からない。全を中心に膨れ上がった光は闘華を飲み込む。

 

「――――っづお!?が、ああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 能力を使い受け流して尚、光で全身を焼かれ、裂かれ、砕かれながらも闘華は中心にいる全へと拳を振るう。

 僅か数秒がまるで数時間に感じられる。スローモーションの様にゆっくりと動いている様に感じられた闘華。だが、放たれた拳は確かに全を捉えた。

 

「ブロオォォォォォォォォォォ!!!!」

 

 意識の無かった全の肉体が闘華の拳によって持ち上がる。意識の戻った全は襲い来る痛みに動くことが出来ず宙へ飛ばされた。

 

「・・・・・かぁ・・あ゛!」

 

 上昇から一転、全の肉体は落下して行く。そしてその落ちるであろう地点には構えを取る闘華。

 

「ぁ・・・・けん・・・じゃねえええええええええええええ!!!!」

 

 全は闘華が踏み締める大地の一部を転移させる。

 

「――――――な!?」

 

 瞠目し、闘華はバランスを崩す。その隙を突き全は闘華の懐に潜り込むよう転移した。

 

「ぶっ飛べやぁ!!」

 

 全力で放った一撃を闘華は受け流そうとする、だが、その霊力までは受け流せず闘華の脇腹が抉れた。顔を顰めながらも闘華は全の頭を掴むと地面に叩き付ける。

 

『緋桜・両刃ノ顎』

 

 舞い上がる土砂と土煙の中、鈍い光を放ちながら大鋏が闘華の首へと突き出された。その大鋏を間一髪で躱すが首から僅かに血が滴り落ちる。

 

「良いねえ。あれだけやられてそんな一撃出せるのはアンタ位だ」

 

 酔いも冷める程の攻防戦が止むが、二人は互いに興奮状態のまま睨み合う。

 先に動いたのは全だった。全は緋桜を目に見えない程の細さの鉄線へと変えると霊力を流し操る。

時折鉄線が放つ霊力は大地を吹き飛ばし闘華に迫るその様はさながら竜の様だ。掴もうにも掴んだ瞬間に鉄線から霊力が衝撃波の様に放出されるのだ。これは全の腕もあるが緋桜が付喪神であることも大きいだろう。互いに息をするかの様に自然な動きで動きの波長を合わせている。

 

「・・・・・・・そんなもんじゃ、鬼神は止められないよ」

 

 その攻撃を受け流しながら闘華は身を低く屈める。次の瞬間―――

 

「はっ!」

 

 全の顔面に闘華の肘が減り込んだ。鼻が折れ、歯の何本かが砕ける。全はその一撃を自分から背後に倒れる様にしてダメージを減らす。

 

『緋桜・金剛不壊』

 

 次いで地面に仰向きで倒れた全は緋桜を金棒の状態に変え闘華の顎を打ち上げた。そのまま金棒の先で闘華を突く。

 

「ぁ・・・はははははははは!!!」

 

 打ち上げられながらも、闘華は笑うと全の腕を掴む。

 

「全然効かないねぇ!!」

 

 そう言って全の左腕を百八十度の方向へ圧し折った。痛みで怯んだ全の隙を逃す筈もなく、闘華は全の腹に踵落としを入れ地上へ落下して行く。

 

「――――お゛!・・・ぇ・・・ぁ・・・が!!!」

 

 上下からの衝撃の板挟みに大量の血を口から迸らせやがて、全はその動きを止めた。

 

「・・・・・・こんなもんじゃあ、ないだろう!!」

 

 動かない全を見て、闘華は拳を振り下ろす。衝撃で全の身体が跳ねる。今の彼女にかつての様な油断は微塵もない。かつて、その油断があったためにその命を詰み取る際に片角を奪われたのだ。

 だが、生物とは総じて気を張り続ける事が出来ないのもまた事実。そしてその油断は、やはり他者の命を刈り取る時が最も大きいのだ。

 

『明鏡止水・紅蓮』

 

 全の身体が光った瞬間、闘華は素早く後退しようとする。だが―――

 

「な―――!?」

 

 全の腕、手錠に変わった緋桜が闘華の腕に巻き付き阻害したのだ。全は闘華に飛び掛かると馬乗りになって殴り掛かる。

 

「っちい!な・・・めんじゃ・・・ないよ!!」

 

 全に殴られながらも闘華の放った右拳が顎を打ち抜く。闘華は全の胸倉を掴むと全力で投げ飛ばした。

 その勢いに手錠となって二人を繋いでいた緋桜も堪らず悲鳴を上げて解ける。

 冷たい、全を投げ飛ばした闘華は裂け、流血した皮膚を撫でながらそう感じた。先程全が触れた箇所がまるで凍った様に冷たいのだ。

 

 紅蓮、それは仏教に置いて八寒地獄の七番目にある紅蓮地獄の略称だ。そこに落ちた者は寒さによって皮膚が裂け、流血すし紅色の連花の様になる。

 彼は自分が触れた箇所の熱を奪い氷の様に冷たくしているのだ。

 

『狭間渡り』

 

 闘華の目の前に突然現れる全。そのことに闘華は動揺を露わにする。

 

自分は一度も目を放していないし油断もしていない。だが、事実気付けば全は自分の目の前に現れている。

 

 次いで闘華の全身が裂け血飛沫を上げる。

 

「っぐ!?」

 

 闘華は困惑していた。それも当たり前だろう。全の挙動が見えないのだ。動いていない筈なのに自らに傷を負わせている。気付けば自身の身体が浮き後から来るように殴られた痛みが襲い来る。

 

「・・・・・ぁ・・・・かぁ・・・・はっぁ・・・・」

 

 だが全の拳も只では済まない。残り僅かな霊力を底が尽きるまで能力に回しているのだ。明鏡止水も右腕一本にしか発現出来ていない。全が一歩動く毎に闘華を視えない拳打が襲うが逆を言えばこれさえ耐え切れば全は動くことが出来ず闘華の価値なのだ。だが―――

 

「ぬ、おおおおおおおお!!」

 

 一切の怪我も攻撃も無視し闘華が全へと殴り掛かる。それを視えない拳打が迎撃する。

 

 ただ我慢して耐えて得た勝利など自分は欲しくは無い。相手の体力が尽きるのを待つなど鬼にあってはいけない。

 死力を尽くし挑んできた相手に何もせず自滅するのを待つ?そんな勝利など家畜の糞にすら劣る。鬼ならば、常に挑み続けろ!正面から打ち勝ってこその鬼なのだ!

 

『羅刹・真言陀羅尼』

 

 闘華が放つ一撃必殺足り得る拳。それは回避不能、防御不能にして神速の一撃。

 例え全快していようとも、この一撃が直撃すれば全の体など跡形も残らないだろう。手加減などない。本気の一撃。

 

 この闘いの決着を見守る天狗や鬼達にも緊張が走る。鬼にとってこれ程傷付き、輝いている母など見たことがなければ、それを成す人間も見たことは無い。

 そしてそれは天狗も同じだ。鬼の頭たる鬼神を瀕死にまで追い込んだ人間。そして追い込まれて尚笑う鬼神。天狗達に彼らの心境を到底図ること等出来はしない。

 

「オオオオオオオオオオオォォォォォ!!!!!!」

 

「ハアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!!!」

 

 全力の踏み込みから放たれる一撃。それを真っ向から迎え撃つ不可視の一撃。

 

 二人の拳は刹那、ぶつかりあった。

 

 ◆

 

「ふう・・・ふう・・・・!」

 

「・・・・ぁ・・・っ・・・!」

 

 互いの額がぶつかり血が流れる。互いに両腕を壊し只立っているだけが限界だ。

 二人の拳は互いに砕け、血が流れている。鬼の闘華であってもこれなのだ。人間である全に至っては右腕が消えている。

 緋桜が右腕の代わりとなって血液を循環させながら全は何とか命を保っているのだ。

 

 当初に比べ、まるで子供の様に弱々しく動く二人。だが、それを見る皆がその場を動くことが出来ない。両者の瞳には未だその火が消えていないのだ。

 血反吐を吐き覚束無い足取りでぱちん、と音を鳴らせ殴り合う二人。視界が歪むだけでなく距離感も麻痺しているのか二人の拳は空振りさえしている。

 

「は・・・」

 

 それはほぼ同時であった。全と闘華は地に膝を着き、やがて倒れる。腕に力を込めようと動く気配は無く、互いに倒れる相手を睨むしかない。

 

「・・・・・くそ」

 

「・・・・ここまで、か・・」

 

 互いに放った言葉。それはこの闘いの終わりを告げる物であった。やがて、二人はその場からぴくりともしなくなった。

 その言葉を聞いた天狗と鬼達は急いで気絶している二人を運んで行く。妖怪、ましてや鬼という種族でも規格外である闘華はともかく、鬼より遥かに脆い全は早急に手当てが必要だろう。

 騒がしくなる両種に天魔や山の四天王が的確に指示を飛ばしていく。

 騒然となった妖怪の山の中で二人は未だ決着をつけられず、鬼と天狗は暫くこの話題で盛り上がっていた。

 

 ◆

 

「これ、注文した物持って来たよ」

 

「悪いな」

 

 寝床で横になっていた俺は萃香と勇儀が入ってくると上体を起こす。

 

「しかし、凄いねぇ。私達の時は本気じゃなかったんじゃないかと思うよ」

 

「戯け、んな訳あるか。ありゃあ意地と火事場の馬鹿力だ」

 

 俺は萃香から渡された差し歯を受け取り嵌めて行く。しかし良く出来たもんだ。

 

「右腕も凄いことになってるねえ」

 

「まあな、けどこっちはその内生えるだろ」

 

「アンタの腕はトカゲの尻尾かい?」

 

「かもな」

 

 笑う勇儀にそう答え俺は風に靡く右腕の袖を握る。生える・・・と言うのはまあ正直可能性としては絶望的に低い。だが、治す手段がない訳ではない。

 月の民が住まう月の都。あそこに向かえばこの右腕が治る可能性もあるのだ。侵入者と間違えられる可能性もある――――事実侵入者でそこまで間違いは無い―――があそこには一応おっさんやオカマ、月夜見の嬢ちゃんもいるのだ。それにもしかしたら神綺ちゃんにだって治せる可能性はある。後は地上だから可能性は低いがお嬢もいる。

 それ以外で、簡単に済ますのなら義手でも付ければいいだけだ。

 

「・・・・闘華は?」

 

「母さんも悔しそうだったよ。今度こそ勝てると思ったのにって」

 

「元気そうだなおい」

 

「妖怪だからね」

 

 肩を竦める萃香にそりゃそうかと俺は頷き酒に手を伸ばす。

 

「おおと、病人が酒を飲むんじゃないよ。これは私が安全な――――」

 

「馬鹿め、油断したな萃香」

 

 萃香が奪った筈の瓢箪は何時の間にか俺の手の中にあった。ざまあないな、これ出来ただけでも闘華と闘った価値はあったのかもしれない。

 

「闘ってる時も思ったけど、それどうやってるんだい?」

 

「秘密だ」

 

 教えてたまるか。これを使うのは予想以上に疲れた。まあ、燃費の悪さは涅槃が一番だけど・・・。

 

「まあ、暫くは動けないか・・・」

 

 多分この傷だと中級妖怪に絡まれるだけでも面倒臭いことになる。残念なことに今ので回復した霊力使い切ったし・・・。本当に無駄な事するな俺。

 

「まあ、また来るよ」

 

「次はアタシ達と闘ってよー」

 

「俺に酒で勝ったらな」

 

 俺の言葉に萃香と勇儀は喜びながら帰って行く。まあ、どうせ勝つことなんざ出来やしないだろうがな。

 

「・・・・・・緋桜も済まなかったな」

 

 俺は布団の横で座っている緋桜の頭を撫で、縁側に出る。予想以上に此処に長く留まることになってしまった。

 

「片腕にも慣れないとな・・・」

 

 バランスを取るのも一苦労なのだ。戦闘になんてなったら間違いなくやられる。幸い両利きに矯正しているから緋桜を使えない訳ではないがそれでも四肢の一つの欠損はマズイ。これは本当に義手を付けた方が良いかもしれない。

 

「・・・・・まあ、命があるだけ安いもんか」

 

 俺は暮れる日を見ながら縁側で酒を煽った。

 

 



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三十四歩 視線

 

 

 闘華との闘いから四日、五日が経った、

 骨折した腕は未だ治らず、未だ赤く腫れあがる頬に氷を当てながら俺は痛みで顔を顰める。そんな俺の様子に新たに氷を持って来た文の嬢ちゃんが呆れる。

 

「良いんですか?見舞いに来たのに殴ってしまって」

 

 現在、俺は文の嬢ちゃんの家に居候中。何故、此処にいるか。そんな物は答えるまでもない。

 鬼の奴等だと全員が全員殴り合い、もしくは宴会になるからだ。ちなみに俺の知りあった鬼は全員そうだ。そして河童に知り合いはいないから残るは天狗。かといって天魔の屋敷には闘華が来るし書類が多い。結果友人の少ない俺は此処しか頼る場所がないのだ。

 

「あいつは身体が異常なほど硬いから大丈夫だ」

 

「……私が見た限りだと普通に抉れていたような」

 

「闘華(あいつ)だから心配ない。どうせもう平気な面して酒でも飲んでるんだろうよ」

 

 怪我の場所を叩く緋桜の額を軽く突きながら俺は立ち上がる。天狗の部屋と言うのはこう言う物なのだろうか・・・。

 

 文の嬢ちゃんの部屋と言うより仕事場に近い。いや、でもお嬢もこんな感じだったし・・・。輝夜の嬢ちゃん・・・は文明的に致し方なし。思い当たる部屋というのは神綺ちゃん位だろうか・・・でもあれ夢子嬢が掃除しているらしいし・・。

 

「まあ、こんなもんなのかもしれんな」

 

 俺は近くの机に置いてある物を見る。

 

「人間より妖怪の方が文明は進んでいるんだな・・・」

 

 昔の月人程ではないが今の人間が使う物に比べれば随分良く出来た用紙だ。

 

「ああ、それは河童達が作ったんですよ。何でも何処からか良く分らない物を手に入れたって・・。そこにあるのは試作品です」

 

「全然分かってねえじゃねえか」

 

 拾って来たって、もしかして昔の月人の文明機器があったのか?核爆発まで起こしたのに?

 これは後で河童達のいる所に行く必要があるかもしれん。

 

「―む?おお、俺の写真だ。何この凄い高画質、河童の技術欲し――――」

 

「ほいさぁ!!」

 

 俺が写真を見て感心していると文の嬢ちゃんが俺の手から写真を奪い取る。白黒とはいえ本当に良い出来だった。

 

「新聞の記事のネタを見ないで下さい!」

 

「あ、それ新聞に貼るの?勘弁してくれよ、顔が広まっても良いことねえんだから」

 

 まあ、少しずつ名前と顔も広まっているからそこまで意味ないけど。けど顔を知られると色々大変なんだよなあ。天狗の情報の正確性が高いだけに困る。そして今の俺は果てしなく弱い。

 

「河童ってのは何処にいるんだ?」

 

 取り敢えずあの技術は欲しい。出来れば投影機か何か。あれがあるだけでも何か調べる時大分楽になるだろうし。

 

「河童はこの山の河にでも行けば流れて来る……かな?」

 

「何故に疑問形。というかそれ絶対嘘だろ」

 

 河童が流れて来るって何だよ。河童に何が起こってるんだよ。革命か?河童に革命でも起こったのか?

 

「まあ、後で案内しますよ。私も用事がありますし…」

 

 手に入れたら真面目に地底の奴等の写真でも撮るかな。いい加減仕事しないと五月蠅いし、面倒臭いし、どれが生意気な新参か分からないし。

 

「…良し、今行くか」

 

「今ですか?その怪我で?」

 

「立てるから平気だ。鬼と会っても逃げられる程度に回復して来てる」

 

 俺は渋る文の嬢ちゃんの首根っこを掴むと外に出る。外はもう新緑で木も青々と生い茂って来ている。

 俺はアイスキャンディを咥えようとするが頬の腫れから来る痛みで断念する。何てこったい、こんな所で弊害が出るとは思わなんだ。

 

「良し、行くぞ!」

 

 意気揚々と飛び出る俺。その横を飛びながら文の嬢ちゃんが声を掛ける。

 

「あのー」

 

「どうした」

 

「方向逆です」

 

「……」

 

 出鼻を挫くとは…。

 

「アホですね」

 

「うるさい緋桜」

 

 ◆

 

「……」

 

「………本当に流れて来るんだな」

 

「ね、言ったでしょう?」

 

 俺達はぷかぷかと水死体の様に流れて来た河童を眺めると、やがて歩を進める。こら、緋桜。そんな汚い物をつつくんじゃない。

 

「ちっがーーーう!!」

 

「うお!?生き返った!!?」

 

「いや、河童ですからあの程度じゃ死なないですよ」

 

「そこ!?先ずは助けるのが普通じゃないの!?」

 

「頼むから俺の文化圏内の言葉を頼む。俺は水死体の言葉は分からん。文の嬢ちゃん翻訳頼む」

 

「私に言われても…」

 

「何て奴らだ!!」

 

 少し弄り過ぎたか。河童は顔を真っ赤にして憤っている。仕方がない、まともに相手をしてやろうじゃないか。

 

「わー、大丈夫かー(棒?」

 

「殺す!こいつ殺す!!」

 

「落ち着いて下さい!挑んでも殺されるだけですから!!水死体から惨殺死体に変わるだけですから!!」

 

「私は死んでなーい!!」

 

「ふぉっふぉっふぉ、この程度のことを受け流せないとは子供じゃのう」

 

「うがー!!!」

 

 怒りのあまり頭を掻き毟る河童に俺はこれでもかと生暖かい視線を送る。その視線に気付いた河童はとうとう直接的な手段に出た。

 

「これでも喰らえ!」

 

 放たれた妖力弾を転移で河童の背後に回ることで回避する。喰らうがいい、この俺の奥義を!

 

「ズェア!」

 

 俺は河童の太股を蹴る。河童は余程痛かったのか太股を押さえながら転げまわっている。

 

「これが俺の力だ!」

 

「大人気ないですね」

 

「虎は兎を刈るのにも全力を尽くす」

 

「普通兎は人間を指すと思うんですけど」

 

「知らんな。俺の常識だと河童が兎、俺は虎だ」

 

 妖怪の常識を語られても困るぞ。人(?)それぞれに常識があるのだから。

 

「まあ、こいつの痛みが引いたら案内してもらおうか」

 

「案内なら私が出来ますけど?」

 

「いや、どうせこいつも仲間の所に戻るだろうし、数は多い方が楽しいだろう?」

 

「…………そうですか」

 

 文の嬢ちゃんはそう言って若干臍を曲げる。何で怒っているかなんて聞きはせんぞ。経験上女は大抵、怒ってないと言って怒っているのだ。そして八つ当たりを仕掛けてくるのだ。理不尽、世は何とも無常なるものか。……一番の理不尽は世じゃなくて女だ。特に、無駄に権力的にも腕力的にも力のある奴!

 

こほん、閑話休題。

 

「そろそろ、痛みも治まって来ただろう?」

 

俺は転げ回っていた河童に手を貸すと立ち上がらせる。見た所何も道具は持っていないらしい。残念だ。

 

「…くぅ、騙されないぞ。そうやって私を陥れようとするんだ」

 

「何にだよ。正直飽きたよ」

 

「そうやって貴方は私を捨てるのね!」

 

「テメェが肉体捨てられる身体にしてやろうか?」

 

 調子に乗りやがってこの河童。俺はもう一度太股を蹴ると河童の首根っこを掴み奥へと進む。

 

「文の嬢ちゃんも、拗ねてないで先行くぞ」

 

「拗ねてませんよ」

 

 そこまで仕事を奪われるのが嫌か。そんなに仕事が好きか天狗の子よ。将来真面目な大人になるなんてつまらないにも程があるぞ。俺が言うんだ五割は正しい。

 

「早く行きましょう」

 

 そう言って先へと進んで行く文の嬢ちゃんに俺達は肩を竦めながら後を追って行った。

 

 ◆

 

「…河童凄過ぎ」

 

 俺の最初の感想はこれだった。こいつら人間社会出たらとんでもないことになるだろうな。

 河童は手先が器用とか言うレベルじゃなかった。

 まだ月人が地上に住んでた頃の昔の工場のような光景が俺達を迎え入れた。

 

「こいつらは世界でも狙ってんのか?」

 

 何かその内パワードスーツでも造りそうだぞ。

 

「どうだい河童は!」

 

「お前がこれを造れる種族とは思えないな」

 

「何だとぅ!!」

 

 だって流されて来る河童だし、調子に乗ってる河童だし、認めたくないし。

 文の嬢ちゃんは何やら他の河童と用紙がどうとかについて話している。

 

「そうだ、撮影機器は河童が作ったとか聞いたんだが」

 

「撮影機器?」

 

「撮った対象の姿を白黒で用紙に写す奴だ」

 

「ああ、あれかぁ。そうだね、あれは河童が手に入れた技術から作ったんだよ」

 

「どうやって手に入れたんだ?」

 

「山の奥。誰も入らない様な奥に流れてる川にあったんだ。半分位埋まってて掘り出すのにも苦労したよ」

 

 失敗したなあ。まさかガラクタとは言え残ってる物があったとは…。もっとちゃんと探せば良かったなあ。

 

「でもそれを聞いてどうするんだい?」

 

「あれくれ」

 

「は?」

 

「麻呂は寄越せと申したのだ」

 

 首を傾げる河童に俺は左手を出して催促する。さあ、寄越すのだ。

 

「あんな物貰ってどうするんだい?」

 

「何って―――悪戯にしか使わないが?」

 

「よし帰れ」

 

 そう言い放った河童を宙に放り捨てる俺。いや、河童って思ったより軽いな。

 俺は落ちて来る河童を無視し文の嬢ちゃんに近付く。

 

「文の嬢ちゃんや」

 

「何ですか?」

 

 未だ若干不機嫌ながらも文の嬢ちゃんは振り返る。そうやって直ぐ怒るのは子供の証だぞ。全く困ったものだ。

 

「此処って主任とかいないの?天狗で言う天魔みたいな役職の奴」

 

「う~ん・・・私も少し分かりませんねぇ」

 

「そっか・・・」

 

 知ってたなら案内してもらおうとしたんだが・・・・これじゃあ説得(物理)も出来ないじゃないか。

 

「何処行くんですか?」

 

「帰る~。緋桜、危ないからそんな物に触るんじゃありません」

 

「え、ちょ、ちょっと!」

 

「じゃあな河童っ子。次会った時は美味い酒でも飲ましてやろう」

 

「おお!約束だよ!」

 

 喜ぶ河童に俺は笑うとその場を離れて行った。あいつは扱いが簡単だと言う事を俺は一生忘れないだろう。

 

 ◆

 

「どうしたんですか?突然出て行って・・・」

 

「いやさ、何か探すの面倒臭くなっちゃって・・・」

 

「自分勝手な人ですね~」

 

「自分勝手じゃないと強くなれないぞ」

 

「どんな理屈ですか」

 

 俺は呆れる文の嬢ちゃんを一瞥するとその肩を掴み抱き寄せる。

 

「へ、いや、ちょっ!!」

 

 悲鳴を上げる文の嬢ちゃんを無視して俺は文の嬢ちゃんの背後へ霊力弾を数発放つ。

 放たれた霊力弾は何事もなくただ木にぶつかると爆発し周囲を抉り取った。

 

「………?」

 

 俺は眉を寄せながら周囲を警戒する。

 妙だ。先程から首筋の辺りがヒリヒリと焼ける様に妙に熱く感じる。まるで誰かに狙われている様に…。

 

「文の嬢ちゃん、離れるなよ」

 

「いや、その、は、離れると言うか・・離れられない――――きゃあ!!?」

 

 俺は上空に結界を張りそこへと跳んで行く。だが、結果は変わらない。変わらず首筋の熱は治まらない。

俺は緋桜を腕輪の形へと変え身につける。

 

「ど、どうしたんですか…?」

 

 困惑する文の嬢ちゃんを一瞥することなく俺は小さな声で呟く。

 

「誰かいるかもしれない。文の嬢ちゃんも辺りを警戒しときな」

 

 俺の言葉に文の嬢ちゃんの表情は赤面から一転、険しいものとなる。

 俺達が幾ら周囲を警戒しようと何も起きる気配は無い。出来れば一人の所は狙われたくは無い。この状態ではまともに闘えない。

 

「……っち」

 

 俺は小さく舌打ちすると文の嬢ちゃんを放す。

 

「文の嬢ちゃん、飛べるよな?」

 

「え、ええ、出来ますけど…、どうするんですか?」

 

「俺の事運んでくれ」

 

 その言葉に文の嬢ちゃんが目を丸くする。

 

「そんなことしたら敵からは良い的ですよ?」

 

「それで出て来てくれんなら有難いんだがな。手の内を晒す訳にもいかないから、今は転移以外で早く戻ることを優先するぞ」

 

「分かりました」

 

 文の嬢ちゃんは翼を広げると手を差し出す。

 

「掴まって下さい。それなりに速度出しますよ?」

 

「ああ」

 

 俺が文の嬢ちゃんの手を掴むと俺の身体が浮いて行く。空を飛ぶってこんな感じなんだな。相変わらず感じる視線を警戒しながらも俺は初めての飛行に興奮する。

 

「凄いな」

 

「そうですか?」

 

「俺は空飛べねえから」

 

「コツを掴めば誰でも出来ますけどね」

 

「そんなもんかねえ」

 

「そんな物ですよ。もう少し速度上げますよ」

 

 その言葉と同時に顔を打つ風が強くなる。成人男性一人いてもこれだけの速度を出せるとは流石天狗と言えば良いのか、それとも文の嬢ちゃんの力が強いのか。

 

「見えてきましたよ!!」

 

「本当早いな」

 

 だが視線も未だ消えていない。しつこい。本当にしつこい。

 

「……缶詰にしてやろうか」

 

「え?何て言ったんですか?」

 

「いんや、こっちの話だよ」

 

 首を傾げる文の嬢ちゃんに俺は普段と変わらない表情でそう答える。

 いかんいかん、素が出てしまった。もう少し落ち着かないと。

 天魔の屋敷の真上に来た俺達はそのまま屋根の上に降り立つ。

 

「…天魔ちゃんやーい!」

 

 窓を蹴破って転がり込む。俺の声に天魔の肩がビクリと揺れ、次いで書類の山の一部が崩れた。

 

「うわっ!サボって無い!私はサボって無いぞ!!?」

 

 書類から顔を上げて驚いた様子の天魔に俺は呆れながらも近付いて行く。

 

「天魔や、至急これに書いてある物を用意しろや」

 

「…何だお前か。これは……面倒く―――――分かったから!頼むから目を潰そうとするな!!」

 

「直ぐに用意しろ。俺はこれから出かける」

 

「人使いの荒い奴だ。よし、お前も手伝え」

 

「ええ!?私もですか!?」

 

「緋桜、お前も手伝って来てくれ」

 

 天魔は文の嬢ちゃんの首根っこを掴むと引き摺って行く。そして、その後を追って、緋桜も歩いて行った。

さて、その間に俺も用意しないとな。

 

 ◆

 

「そうか、もう出て行くのかい」

 

「ああ、右腕もいい加減どうにかしないといけえねえからな」

 

 俺は闘華と酒を飲みながら言葉を交わす。……酒が水にしか感じられねえ。

 

「萃香と勇儀は?」

 

「さあ?何処かに出掛けるのを見たが」

 

「そうか」

 

「しかし、お前も良い所に来たな。このまま来なければ地底に向かおうと思っていたんだ」

 

「さらりと恐ろしいこと言うんじゃねえ!」

 

 良かった。本当に来て良かった。あそこで暴れられるとか最悪だぞ。

 

「しかし、アンタと闘ったおかげで随分身体も火照っちまったよ。次戦う時は殺してやるよ」

 

「そりゃこっちの台詞だ」

 

 俺達は互いの杯をこつんとぶつけ互いに笑う。

 そのまま暫く無言のまま酒を飲み交わす俺達。そうしていると遠くから天魔と緋桜が俺の名を呼びながら向かって来ているのが見えた。

 

「そろそろ行くわ」

 

「ああ」

 

 俺は立ち上がると天魔の下へと向かう。

 

「用意が出来たぞ!それで、あれを何に使うんだ?」

 

「なに、少しばかり喧嘩を買ってやるだけだよ」

 

 俺の言葉に天魔は目を丸くする。まあ、右腕もない癖に何を言っているんだと思うだろうなそりゃ。

 俺は天魔から渡された黒い大きな布と刀や盾を受け取る。

 

「じゃあな」

 

 俺は天魔にそう告げると、緋桜の手を取り目を瞑る。

 お久しぶりの全力全開の能力使用だ。全快であった霊力がごっそりと持っていかれるのを感じながらやがて俺は目を開ける。

 一秒前までは夕刻にもなっていなかった筈の世界。それが真っ暗な夜の世界に変貌していた。先程まで隣に居た筈の天魔も何処かに消えている。

 

「久しぶりに使うと身体がだるく感じられるな…」

 

 はて、これを使ったのは何時が最後だったか。

 

「ああ、俺になった瞬間(・・・・・・・)だ」

 

 通りでここまでだるい訳だ。

 

「さて、緋桜」

 

「何でしょうか?」

 

 俺の言葉に何時もより少し高い声で答える緋桜。景色が夜になったことに驚いているらしい。

 

「問題ないよ。別に俺達に害がある訳じゃないから」

 

 俺は緋桜を極細の鉄線に変えると布や刀に結び付ける。

 

「さて、喧嘩売って来てる誰かさんに会いに行こうや」

 

 俺はそう言って闇の中を歩いて行った。

 

 ◆

 

「……」

 

 暗い闇の中、一人の男が山を下りていた。

 法衣を着、笠を被っているその服装から見て、修行僧だろうか。

 

「こんばんは」

 

 男の前から突然女性の声が聞こえる。男は僅かに顔を上げるがそこには誰もいない。

 

「ふふふ、此処ですわ」

 

 背後から聞えて来た声に男は振り返る。

 そこにいたのは金髪に何とも奇妙な中華服を着た美女だった。だが、彼女が腰掛けるモノが彼女が人間でないことを物語っていた。

 それは何と表現すればいいのだろうか。まるで魔界の様にそこに違う世界が広がっているかのように、無数の眼が覗くナニかに女は腰を掛けていた。

 

「御機嫌よう、渡り妖怪さん?」

 

「………」

 

 女の言葉に男は只無言のまま女を見る。

 女はつれないわね、と言うと扇子を向ける。

 

「さようなら」

 

 その言葉と共に背後から突如現れた妖力弾が男を襲った。

 男はそれに反応することが出来ず地面に膝を吐く。

 

「あら、思ったより頑丈ですわね」

 

 女は笑うと男の頭上に腰掛けているのと同じナニかを出現させる。そこから吐き出される様に無数の妖力弾が降り注いだ。

 

「―――――――」

 

 男はそれを見ると即座に女へ向かい駆けだした。

 女はその様子を変わらず笑顔のまま妖力弾で迎撃する。彼女にとっては遊びなのだろう。

 だが、その微笑も直ぐに驚愕へと変わった。

 

「――――なっ!?」

 

 男は迫る妖力弾を躱すことすらせずに自ら飛び込んだのだ。顔面に妖力弾が炸裂し笠の下にあった素顔が現れる。

 そこにあったのは闇。顔などなく、ただ闇が広がっているだけであった。

 

「まさか――――!」

 

 女はそれが囮であることに即座に気付く。只の布であった物は腕を振るように見せかけその胴から三本の刀を飛ばす。

 思わぬ攻撃に虚を突かれながらも女はそれを冷静に回避し眼の空間へと入り込んだ。

 

 ◆

 

「ふははは、馬鹿め。誰がまともに闘うものか」

 

 その様子を遥か遠く離れた山の中で全は眺めていた。

 女と闘っているのは天魔に用意させた布や武器で作った影武者だ。それを緋桜を使って霊力で操ることで人であるかのように見せていたのだ。

 

「妖怪相手に片腕で戦ったら死んじまうわ」

 

 驚いている様子の女を眺め全は笑う。

 

「……あ、こりゃやばい」

 

 全は耐え切れなくなって来ている影武者を見ると緋桜を手繰り寄せ、人形に込めていた霊力で女ごと人形を爆発させた。

 遠くで響く爆発音を聞きながら緋桜が戻ってくると全はその姿を錫杖に変えさせ、自身は法衣を着ることで修行僧へと姿を変える。

 

「さて、行きますか」

 

 全は笑うと影武者とは正反対の方向へと歩いて行った。

 

 ◆

 

「――――はぁ」

 

 女は爆発で出来た穴を見て溜息を吐く。

 

「突然見失ったと思ったら囮がいるなんて…」

 

 ここまでの苦労が水の泡になってしまった女は深い溜息を吐いて何か思案する。

 

「彼が手に入れば鬼達との交渉も円滑に進むと思ったのだけれど、伊達に長くは生きていないようね」

 

 何処か感心した声で女は身を翻す。女が一歩歩くと目の前に女が『スキマ』と呼ぶ空間が現れた。

 何時見ても悪趣味だ。彼女は自分でそう思いながらも今更気にした様子は無く、そのまま入って行く。

 

「どうやって手に入れようかしら」

 

 困った様に、されど悪戯を考える童の様に女が呟き、スキマは閉じた。

 

 



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三十五歩 スキマ妖怪と渡り妖怪

 

 梅雨入りした近日では稀にみる快晴の空の下、俺は海辺に来ていた。いや、正確には追い詰められていた。

 

「……先日はどうも、これ程美しいのなら直接お会いすれば良かったと後悔しています」

 

 木製のイスを二脚とテーブルを用意し、俺は対面にいる存在に座るよう促す。

 

「お世辞が上手なのね」

 

 そう言って座るのはこの国ではありえない金髪の美女。彼女の何処を見ようとも、美しいという言葉が最初に出るだろう。しかし、その顔に浮かぶ胡散臭い笑みが、彼女の評価を下げ、俺の警戒度を上げる。

 以前見た奇妙な中華服―――恐らくは中華服ではないのだろうが―――ではなく紫のドレスに身を包み、椅子に腰かける美女。八雲紫は、その口を開く。

 

「先日の非礼、どうかお許しください。貴方の力を、どうしてもこの目で確認したかったの」

 

「貴女にそのような表情をされてしまえば、許さぬ男などいはしないでしょう」

 

 顔も残らず吹き飛んでくれれば良かったけどね!

 そんな本音は出さずに、俺は笑顔を浮かべる。

しかし、海辺に来たのは少し失敗だったかもしれない。義手が熱を持ってしまって熱いのだ。おまけに今日はあまり風が吹かない。おまけだと、俺はパラソルも取り出し影をつくる。

 八雲はありがとう、と言って笑う。

 貴女の仕草にいちいち隣の緋桜が警戒してしまっているんですが。わざとやるのは止めてもらいたい。

 そんな俺の考えは知らないと、八雲は話しを切りだす。

 

「貴女の前にこうして姿を現したのは、少し話しがあっての事です」

 

「ふむ、話し…ですか?」

 

 緊張している緋桜を落ち着かせながら、俺は首を傾げる。

 

「率直に申し上げます。私の計画に貴方の力をお借りしたいのです」

 

「計画、ですか…。生憎と、私は誰かに手を貸すことはほとんどありません。

貴女にも分かるでしょう?誰彼構わず手を貸せば、私は多くの者からの恨みを買うかもしれない」

 

「ええ、ですがこの計画は、全ての妖怪達の為でもあるのです」

 

 全ての妖怪の為

 その言葉に、俺の好奇心が掻き立てられる。俺は椅子に深く腰を掛け直し、目で八雲に催促する。

 

「貴方の様に長い年月経て来た方なら分かると思います。いずれ人間達は今よりも強大な力を持つでしょう。そしてその力の前に大多数の妖怪は駆逐され、強大な力を持つ妖怪達も人間の恐怖が得られず消えていく」

 

 八雲の言葉は確かに正しい。月人達には『八意永琳』という天才がいたから短期間であれだけの発展を成し遂げた。だが、天才がいなくとも文化は発展をし続け、やがては昔の月人の科学力に追い付くだろう。それがどれ程先のことであるかは分からないが。

 

「……確かに、貴女の考えは正しい。長い年月の果てに、妖怪はそのような末路を辿る。それは絶対だ」

 

「それでは―――」

 

「しかし、それでも私は貴女の計画に力は貸せません」

 

 期待を込めた彼女の言葉を、俺は一刀両断する。

 八雲はその眼に困惑を宿しながら口を開く。

 

「…理由をお聞きしても?」

 

「ええ、まず一つ。もし妖怪達がそのような末路を辿って行くのなら、それも運命。私はそれを見届けるだけです。

 二つ、貴女の計画に一体どれ程の妖怪が賛同してくれているのでしょう?

私の推測ですが、賛同者は殆どいないのでは?私達の様に長い年月を生きる妖怪は殆どいないし、貴女ほど頭の回る者も少ない。殆どの妖怪はその時になって気付くはずです。貴女の言葉に耳を傾ければよかったと。

 賛同者がいない状態で計画を進めては、いずれ反対派とぶつかるでしょう。分の悪い戦いはしたくはありません。

 三つ―――」

 

 俺は椅子から立ち上がり緋桜を抱き上げる。

 

「私は縛られるのがあまり好きじゃないんだよっ!」

 

 俺はテーブルを蹴り、八雲へとぶつける。

 俺達がその場から飛び退くと同時に、紫色の妖力弾がテーブルを破壊して砂浜の砂を巻き上げた。

 

「緋桜!気を付けろよ」

 

「うん」

 

 襲い掛かる妖力弾を弾き、反撃する。

 

「なるべく平和的に済ましたかったのよ?」

 

 聞える背後からの言葉。振り向こうとする俺の視界に移ったのは、以前見た無数の眼が覗く穴と、そこから放たれる光弾だった。

 

「っぶね。助かった」

 

 俺は目の前で両腕を壁に変化させ光弾を防ぐ緋桜に礼を言う。しかし、八雲の攻撃を防ぎ続けるのは難しいだろう。悔しいが八雲の実力は本物だ。このまま戦っても勝てるかは分からないだろう。

 

「やるぞ」

 

 緋桜を抱き上げその場から転移すると、俺達は海へと落ちて行く。全方位に現れた『穴』からの光弾を躱す。しかし、そこで異変が起きた。

 

「――――っ…」

 

「?緋桜?おい、緋桜!」

 

  突然気を失った緋桜に気を取られた俺は、目の前から迫って来た光弾を躱せず直撃する。衝撃が襲うと同時に、急激な眠気が俺を襲う。

 

「―――っ」

 

「少し眠って頂戴。大丈夫、起きた時には全部終わってるから」

 

 眠気に襲われる中、八雲の声が耳に入る。

 

「……ふざけ、るな」

 

 誰がお前の様な小娘に屈するか。こんな眠気程度で―――

 

「俺を捉えられると思うなよ」

 

 俺は渡り妖怪。何ものにも捉えられない。

 

「お前程度の力で獲れるほど安い存在じゃねえんだよ」

 

『狭間渡り』

 

 俺は八雲の視界から消える。

 奴はきっと転移でもしたと思っているのだろう。だが、違う。俺は奴の目の前にる。

 『狭間渡り』は相手の五感の外側を渡る。視界に映らず、聴覚で捕らえられず、触覚で追う事は出来ない。

 俺がする事は実に単純明快。八雲の周囲に霊力弾を配置する。

 

「三」

 

 浜辺に隠しておいた小舟を出現させる。その音に八雲は小船へ視線を向ける。

 

「二」

 

 小舟の上に転移し、緋桜を寝かせる。俺の手から離れると同時に、緋桜の姿が八雲に視える。

 

「一」

 

 霊力弾が八雲の逃げ場を塞ぐ。

 

「零」

 

 小舟に近付こうとした瞬間、八雲の腕に当たった霊力弾が弾ける。それと同時に、周囲に配置した霊力弾が一斉にその姿を現す。

 突然のことに動揺した八雲。しかし、その動揺は直ぐに消え、あの『穴』を出現させる。

 

「無駄だ」

 

 『穴』が開くと同時に、まるで卵から孵化したかのように、配置していた霊力弾の四分の一が溢れだす。『穴』の中に霊力弾を渡らせてしまえば、逃げる事等出来はしない。

 溢れだした霊力弾が八雲を襲い、それに続く様に周囲の霊力弾が八雲へ飛来して行った。

 

「そんじゃあ、さようなら」

 

 俺は小船を海上へ転移させ、出発させる。

 この時、緋桜の様子が心配だったあまり、俺は八雲の姿を確認することを失念していた。この時に八雲の姿を確認していれば、きっと避けられたのであろう。しかし、俺は八雲という女を甘く見ていた。故に楽観視していた。

これが原因で、この後の俺の生活が滅茶苦茶になるとも知らずに。

 

 

 

 

 誰もいなくなった砂浜に、無数の眼が覗く穴――スキマという名らしい―――が開く。そして現れたのは、髪はボサボサになり、服は破け、焦げ跡まで出来、先程までの美貌が完全に消えてしまった八雲紫であった。

 彼女は、唇を強く噛む。その表情は不快感に歪み、瞳には強い負の感情が浮かんでいた。

 

「…許さない」

 

 彼女自身、侮っていなかったと言えば嘘だ。心の何処かには多少の慢心があった。しかし、それでも自分ならば渡り妖怪を捕まえられると思っていた。

 しかし、結果は惨敗。この有様である。その上、止めを刺さずに逃げて行く。元々高い彼女のプライドに、それは大きな傷として残った。

 

「絶対に追い詰めて、絶望させて、私を生かした事を後悔させてあげる」

 

 あまりの怒りに、手に持っていた扇子の形が歪む。

 

「逃がさないわよ。渡良瀬全」

 

 未来永劫切れる事のない糸は、怒りからの始まりであった。

 

 



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三十六歩 濃霧を抜けて

服装とか年代とかはツッコンではいけませんのです。
あと書き方変えてみました。読み辛かったら報告お願いします。


 霧に包まれた森の中を進む二つの影があった。森を包み込む霧は濃く、三歩先を見通す事さえ出来ない。しかし、そんな濃霧の中を二つの影は一度も止まることなく進んで行く。

「緋桜、道はこのままで合ってるのか?」

「うん、間違いない」

 男の言葉に、緋桜と呼ばれた少女が頷く。少女の指先からは、良く見れば細長い糸が伸び二人の先へと向かっていた。

 男――渡良瀬全は時折周囲を見回しながら緋桜の後に続く。

 ふと、緋桜の伸ばしていた糸が大きく揺れた。

 しかし、二人は足を止めずに進んで行く。糸が揺れたのは何も今だけではなかった。無論のこと、揺れただけで何も無かった、などと言う事がある筈も無かった。そなことから二人にはもう予想が付いていたのだ、何が来るか。

「う…グゥ…ルゥ…」

 現れたのは二足歩行をする狼。狼男と呼ばれる妖怪である。体長はおよそ二メートルと言った所だろうか。全身が茶色のごわごわとした毛に包まれ、指から伸びる鋭利な爪は普通の人間の命を奪う程度のことなど容易に出来るだろう。

「またお前か」

 全は呆れた様に言って、肩を竦める。先程から、狼男ばかりが糸に引っ掛かるのだ。最初はまだしも、目新しさが無くなってしまった今では飽きの方が強い。

「緋桜、やれ」

 緋桜が指を動かすと、地面や木々を這っていた糸が狼男の身体に絡みつく。まともな思考力も残っていないのか、狼男はただもがくばかりだ。

「話すだけ不毛だろう。殺せ」

 次の瞬間、狼男はただの肉塊に変わった。

 肉塊となった狼男に目もくれず、全は歩みを進める。しかし、それは二、三歩進んだ所で足を止めた。

 音が聞こえた。草木を掻き分ける大きな音が、次いで緋桜の糸が次々に揺れる。

「…全」

「ああ」

 緋桜の言葉に、全は面倒臭そうに頭を掻く。

「団体様のご到着だ」

 濃霧の中から現れる幾つもの影。それは皆、人間の姿に酷似していた。背から生える羽を除けば。

 影達の唇の隙間から僅かに覗く牙、そして背から生える蝙蝠の様な羽。この二つがあるだけで、全にはそれが何者であるか容易に想像できた。

「吸血鬼……噂は聞いていたが本物を見るのは初めてだ」

 此処に来るまでに寄って来た村々で、十分噂は聞いていた。

 曰く、彼らは血をの好むと。曰く、彼らはその身を無数の蝙蝠に変えると。曰く、彼らは全てに置いて他を圧倒すると。曰く、彼らは夜の王であるのだと。

「俺達に何か用か」

 周囲にいる吸血鬼達に問う。笑みを絶やさず、不遜な態度で。

「この森から出て行け」

 問に対する答えは明確な拒絶であった。目の前にいる吸血鬼が口を開く。

「此処から先は貴様が足を踏み入れて良い様な地ではない」

 二人を見下す幾つもの視線。

「断る」

 此方もまた、明確な拒絶で応じた。

 お前達等知らないとばかりに、足を踏み出そうとする全。しかし、踏み出そうとした足元に、目の前にいる吸血鬼が光線を放つ。

「次はない。去れ」

「断る」

 吸血鬼達の言葉をまたも拒絶する。不快気に顔を歪ませた吸血鬼達は、その牙を剥く。互いの意思は平行線だろう。こんなことに時間を掛ける気も、互いにない。

 襲い掛かって来た吸血鬼達に、全はただ笑みを浮かべ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、取れねえ」

 森を抜けた先にある小川で、全は面倒臭いと呟いていた。

 先程まで周囲を覆っていた濃霧は森を抜けると共に晴れ、二人は小川で、こびり付いた返り血を洗い流していた。買ったばかりのブーツとコートは返り血で黒ずんでしまっていた。幸いなのは、それが全だけである事だろう。見た所、緋桜の服には汚れは見当たらない。

「仕方ねえか…」

 また作って貰おう。そう考え、全はブーツの返り血を拭うのを止める。

「あいつらにも困ったもんだ」

 全が思い出すのは先程の吸血鬼達。

「暴れすぎると八雲に場所が割れるから嫌だっていうのに…」

「…何時かは割れると思うけど」

「もしかしたら割れないだろ」

「直ぐ前の村にまで手が伸びてたのに…?」

 緋桜の視線から全は目を逸らす。そして溜息。

「だからこうして、態々普段は通らない様な危険な道を通ってんだろ」

 全はブーツを履き直し、前方に目を向ける。

 そこには大きな古城が聳え立っていた。古城の周囲には沼が広がり、その陰鬱さに拍車をかけている。

「吸血鬼ねェ」

 先程襲ってきた吸血鬼を思い出す。異常な再生能力に怪力、そしてその他の様々な能力。

「欲張り過ぎじゃあ、ありませんかね」

 しかし、彼らはだからこそ弱かった。圧倒的力を持つゆえに、その力の使い方を知らない。ただ相手を力で捻じ伏せることしかできない。強者を知らない弊害か、彼らは持つ物が多過ぎる。

「行くぞ緋桜。あいつらの王様の顔を是非とも拝見したい」

 周囲を糸で探る緋桜を促し、二人は古城へと進んで行く。

 

 天に輝く満月は、まるで血を零したように紅かった。

 




ちなみに全がどうやって吸血鬼を殺したかは秘密。


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三十七歩 客人

自分は描写すんの結構苦手だと改めて気付かされました。




 

 古城の門を開け、二人は無断で中へと入る。二人を最初に迎えたのは、ひんやりとした冷気だった。夏でも肌寒く感じる程の冷気を浴びながら、二人はホールの階段を上って行く。古城の中は複雑で、緋桜が糸を伸ばしていなければ直ぐに迷ってしまっていただろう。

「…誰もいないな」

 城の中を歩いて五分ほどだが、未だに誰にも会わない。緋桜の糸も何かを感知する事も無いまま二人は歩いて行く。上階へと上がって行く毎に、静寂は重圧となり、恐怖が身体を縛り付ける。

 階段を一歩踏む度に、本能が叫ぶ。逃げろと、止めろと。上に行ってはいけないと。しかし、そう叫びながらも、身体は何かに惹きつけられる様に足を動かす。

「緋桜」

 動く事が出来なくなって来ている緋桜へ顔を向ける。

 来い、と。俺の手の中にいろ、と。

 緋桜はその姿を剣へと変え、全の手に収まる。

「怖い怖い」

 おどけた様に呟く全の手は僅かに震え、汗が頬を伝う。此処までの恐怖を感じたのは何時振りだろうか。間違いなく、この上には自身を超える者がいる。あの鬼神と同等か、それ以上の者が。

 静かに、されど忍ぶことなく。自らの存在を主張するように、霊気を発して進む。

 幾階を超え、やがて階段はなくなり、扉が立ち塞がる。感じる妖気は先程の比ではない。

 重い扉を開け放ち、足を踏み入れる。そこには多くの妖怪が並んでいた。狼男や吸血鬼、死霊や悪魔、多くの者達が膝を折り、頭を垂れている。

「………」

 その向かう先、そこには一人の男がいた。満月の光に照らされ、妖しく光る金髪と、それと同じ輝きの黄金の瞳。そしてワインレッドの貴族服に身を包んだ、実に端正な顔立ちの男であった。

 男は此方を一瞥することすらなく、椅子に腰かけ本を捲る。

「騒がしい客人だ」

 不意に、男が口を開いた。

「余程の礼儀知らずらしいな」

 男の言葉に反応し、周囲の妖怪達から殺気が飛んでくる。しかし、周囲からの殺気など、目の前に居る男からの存在感の前ではまるで塵に等しい。

「無礼は詫びよう。お前がこの城の主と見ても?」

 俺の言葉遣いに殺気は強まるが、男は気にせずただ頁を捲るだけだ。

「貴様の眼には、他に誰かいる様に見えるか?」

 つまらなそうに答える男に俺は一歩近付く。

「いや、確かに、お前の他にはいないな。成程、主が主ならその配下も配下か。唯我独尊ってか?自分の上ってのが見えてないらしい」

「…なら、貴様が私の上だとでも?」

 男の目の前に転移すると共に右腕を振るう。

 だが男は俺に目をくれる事も無く、ただ文章に目をくれるだけだ。男に当たる寸前で、その拳を止める。

「どうした。私より上なのだろう?」

 成程、確かに余裕をかましてくれる訳だ。

 俺は腕をだらりと下げる。身体の力が急速に抜けて行く。もし、こいつに触れていたらただ力が抜けるだけでは済まなかったかもしれない。

「面白い事をするな。私は確かにお前を捉えた。本来なら骨だけになっている筈だと言うのに、どうやったのか、お前は私の能力から逃れている」

 主を護る様に動き出す配下達から転移をし逃れる。先程の接近だけで多くの霊力と体力を失った。この状態で奴を倒す事は出来ないだろう。

 逃げるか。

 俺は緋桜を鉄線に変化させ、最も近くにいた狼男を殺す。そしてその死体から噴き出た血液でほんの一瞬だけ奴等の視界から消える。

『狭間渡り』

 より確実にこの場から逃れる。地面に向かい拳を叩き付け、下の階へと穴を開ける。そして下へと下りようとした時。

「……っ」

 全身の力が急速に抜けて行く。膝が耐え切れず、がくりと地面に着く。見れば、奴の仲間も、その三割ほどが動けなくなっている。そうこうしている間にも、霊力と体力は奪われ、ついに緋桜も動けなくなる。俺は動けなくなった緋桜を下におろし、奴の能力から逃がすと姿を晒す。

 俺の姿を見つけ、動ける配下達が殺到して来る。襲ってきた悪魔の頭部を砕き、前に進む。それと同時に左目から小さめの鉄球と数枚の札を取りだす。

「おらぁ!腹いっぱい食えや!!」

 鉄球に霊力を込め配下達の頭上に投げる。すると、鉄球が光り輝き―――轟音を伴い衝撃を撒き散らす。鉄球の直ぐ傍にいた者は爆発で、離れていた者は鉄球から飛び出した小さな針に貫かれ内側から爆ぜて行く。

 爆発によって注意が逸れた隙を突き、俺は駆け抜ける。襲ってくる者を札を投げ付けて退け、男の下へと飛び出す。

「ほう」

「死ね」

 左目から取り出した短剣を構え、男の喉元へ投擲する。

「無駄だ」

 男に届くより早く、短剣はボロボロと崩れ去って行く。

「ぐっ―――!」

 それと同時に俺は力なく倒れ伏す。その俺の身体を配下達が上から押さえ付け、完全に身動きを取れなくする。

「残念だったな。貴様は、貴様が思っているよりも強くはないらしい」

 男が俺に語り掛け、俺の意識は闇に飲まれて行った。

 

 

 

 目を覚まして最初に視界に入ったのは薄暗い石造りの天井だった。

「………」

 無言のまま上半身を起こし、隣から聞える寝息へと目をやる。

 そこには静かに寝息を立てて眠る緋桜の姿があった。

 そのことに安堵しながらも、頭の中はこの不可解な状況の整理を始める。

 何故、あの男は俺達を殺さず、それどころかベッドにまで寝かせさせたのか。どれ程考えても俺には納得のいく答えを出せずにいた。

「あら、起きたのね」

 俺がベッドの上に座り唸っていると、入口の扉を開き一人の少女が入って来る。セミロングの金髪を左右で結い、縁の紅い眼鏡を掛け、その奥に理知的な青い瞳を持った少女だ。

「ウィリアム様が手加減無しで力を行使したと言うから心配だったけれど、思ったよりも元気そうね」

 ウィリアムというのは恐らくあの男の名前だろう。俺はその女性と向かい合い口を開く。

「何であいつは俺を助けたんだ?」

「はぁ、まずは名前を名乗るのが礼儀なのじゃないかしら?」

「……渡良瀬全だ。こっちで寝てるのは緋桜。面倒を掛けた様で済まない」

 俺が頭を下げると女性は短く息を吐く。

「まあいいわ。私はサーシャ。この城の当主であるウィリアム・スカーレット様の下で修行をしている身よ」

「と言う事はお前も吸血鬼か」

「違うわよ。私は魔女を目指してるの」

「ふーん…」

 俺が興味なさげに返事をすると、サーシャはこほんと咳をし話しを変える。

「それで、何故貴方をウィリアム様が生かしたかだったわね。それについてはあの方本人に聞いてちょうだい。貴方が起きたら連れて来るよう言われているの」

 彼女は立ち上がると、着いて来て、と言って歩きだす。俺が緋桜を一人にするべきか迷っていると、大丈夫だと言って再び歩き出して行った。

 彼女はまあ見た目通り、結構無口だ。質問した事にはきちんと答えてくれるが、それ以上の事はない。道中静かに歩いていると、奥の灯りが漏れている部屋から幾つかの叫び声が聞こえて来た。

「お待ち下さい!貴女様にその様な事は―――」

「大丈夫よ。これ位私でも出来るわ―――あ(ガシャン」

「ひいぃ!お、お怪我はありませんか」

「平気よぉ。どうせすぐ再生するもの」

「ま、またウィリアムさまがお怒りに…」

「お嬢様にお怪我が無かっただけでも良かったです」

 その何名かのやりとりを聞いていたサーシャが小さく溜息を吐く。結構働いてる奴いるなぁ。来た時は反応なんてしなかったのに。

「何をやっているのよシルヴィ」

 中は厨房だったらしい。床に落ちた食器類を召使の女達が掃いて片付けていた。そんな中、貴族服を身に纏った赤毛の女性が申し訳なさそうにしていた。

 シルヴィと呼ばれた赤毛の女性は、顔を出したサーシャを見ると顔を綻ばせ近寄って来る。

「珍しいじゃない。サーシャが地下室から出てくるなんて!」

「ウィリアム様に渡良瀬を連れて来るよう頼まれたのよ」

「渡良瀬?」

 そこで漸く、彼女は俺へと顔を向ける。

「渡良瀬全だ」

「ああ!聞いたわ!お兄様にボコボコニされたって言う人ね!!」

 彼女はその紅い瞳をキラキラと輝かせる。

 うん、いやまあボコボコニされたけどね。もう少しオブラートにね。うん……凹むわ。

「初めまして、渡良瀬全。私の名前はシルヴェーヌ・スカーレット。スカーレット家当主ウィリアム・スカーレットの妹でございます。どうぞシルヴェーヌとお呼びを」

 先程とは別人の様に綺麗な仕草で一礼するシルヴェーヌ。その顔は女性としての魅力と同時に子供の様な笑みを浮かべていた。

 彼女はクルリと一回転をすると、その堅苦しさを消す。

「全と呼んでも?」

「問題ない」

「そう。じゃあ全。ここの掃除を―――」

「行くわよ。あまりウィリアム様を待たせられないわ」

「ああ」

 上手い具合にシルヴェーヌの言葉を遮り、サーシャは歩きだす。

「いけず~!」

 背後から声が聞こえるが気のせいだろう。召使達の悲鳴も気のせいだ。

 城の中には召使の他に先程暴れた中で見た覚えのある者達もちらほらいた。俺が周囲を眺めていると、サーシャがはしたないと窘めてくる。

 そうしている間に、俺は最初に来た時と同じ、最上階の広間の前へと連れて来られていた。

「ウィリアム様、失礼します」

 そう言って扉を開け、サーシャは一礼する。俺も後に続き足を踏み入れると、ウィリアム・スカーレットは本をテーブルに置き、此方へと向き直る。

「良く来たな」

 奴は笑みを浮かべ俺を見る。その目は誰がどう見ようとも他者を嘲る物であった。

「っち」

 だが奴の嘲りに対して何か言える訳でもない。あそこまで言って負けた上に情けまで掛けられた俺に対してこの反応は当たり前だろう。腹は立つがな。

「下がれ」

 ウィリアムの言葉に、サーシャは一礼し退室する。

「さて、気分はどうだ」

「最悪の気分だ」

 俺の言葉にくつくつとウィリアムが笑う。

「聞けば、貴様は随分暴れているそうだな」

 恐らくはここ最近のスキマ妖怪との攻防の事だろう。思い当たる節はそれしかない。

「先程変わった女が来た。渡り妖怪なる者を探しているとな」

「……それで?」

「助けてやっても良い。ただし条件がある」

「何だ?」

「私の暇潰しになれ」

 奴の言葉に最悪の未来が幾つか想像される。

「そう簡単に潰すつもりはないから安心しろ」

 何時かは潰されるのか…。

 と言っても、今はそれ以外に何かある訳ではない。

「………良いだろう」

 命を拾えるのなら、何だって我慢は出来る。俺の言葉にウィリアムは満足気に笑う。

「ならば、貴様は今より客人だ。客人よ、貴様の名は?」

「客人の名前位知っとけや。……渡良瀬全だ」

 笑う奴とは反対に、俺はやさぐれた表情をする。

「そうか。私の名前はウィリアム・スカーレット。この城の主であり、貴様が吸血鬼と呼ぶ者達の祖だ」

 ウィリアムは不遜な態度を崩さずにいう。兄妹でも随分と変わるもんだ。

「では渡良瀬よ。部屋はサーシャにでも聞くと良い。それと、安全であるのはこの城の中に居る時か私の傍に居る時だけだと言うのを忘れるな」

 ウィリアムにそう告げられ、俺は部屋を出る。すると、扉の直ぐ傍にサーシャが立っていた。

「お前、此処でずっと待ってることになっらどうする気だったんだ?」

「ウィリアム様がわざわざ私に頼んだと言う事は重要度がそれなりに高く、きちんとした

対応をする必要があると言う事よ。それに、あの方は暇潰し以外にはあまり時間を掛けないわ」

 暇潰しと業務を反対にするべきなのではないだろうか。

「客室はさっきの部屋の直ぐ近くよ。あの子ももう起きているかもしれないし、丁度良い頃合いでしょう」

 流石はウィリアム様ね、と呟き先を歩く。つか、え、なに?そんなことも計算して俺と会話してたのあいつ?

 先程の部屋に戻ると、丁度緋桜が起きて扉の隙間から周囲を確認している所であった。新たに通された客室は、先程の部屋に比べ遥かに豪華な物であった。こう言った洋風の物を見るのがそれほどなかった緋桜にとっては新鮮味が溢れているのだろう。暫くの間はそわそわとしていた。

 それを見てクスリと笑いながら、何かあれば呼び鈴を鳴らす様にと言ってサーシャは自室に戻って行った。

 俺は窓から見える紅い月を眺める。これも、あいつが魔法だかで行っているらしい。

「吸血鬼の祖、ねえ」

 何が違うのかは知らないが。その力の強大さは実感できた。あれを倒すのはきついだろう。何にしても今の俺は客で、向こうに借りを作ってる身だ。じっとしているしかない。しかし、それはそれで癪だ。

 俺は紅い月を手に納め、能力を発動させる。喰らうが良い、些細な嫌がらせを。

 紅い月は、その身を元の姿へと変え、紅かった光は青白い光へとなって古城を照らしていた。

 




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三十八歩 男と女

久しぶり過ぎて以前どんな感じで書いていたのか分からないひまめです。

作者でも分かる前回のあらすじ
古城の主をぼころうと思ったら逆にぼこられて顔真っ赤な全は小学生レベルのいたずらをした。

たぶんこんな感じ


 

 ウィル―――ウィリアム―――は暇つぶし程度に人をいたぶる奴である。そしてここ最近標的は大体俺である。解せぬ、ふざけるな悪魔かこの野郎。…悪魔だったか。

「いってぇ…」

 赤く腫れた頬を押さえながら俺は廊下を歩いていた。吸血鬼の膂力を考えればこれでも相当手加減してくれているのだろう。しかし、それでも痛いものは痛い。

「緋桜、昇進中の俺を慰めておくれ」

「……いや」

 隣にいる緋桜を抱き締めようと思ったら距離を取られた。反抗期か?お父さんの心にこれ以上の傷を付けないでくれ。

 くそ、こうなったのも全てあの忌々しいウィルの野郎が原因だ。そうに決まっている。

「あんの老い耄れめ」

 結局強引に緋桜を抱き締め―何だかんだで嫌がっていないのが嬉しい―悪態を吐きながら歩いていると、視線の先にある部屋から何かが割れる音がする。そして続く悲鳴。これももう日常だ。慣れる前は毎日がびっくりだったが、慣れれば溜息だけだ。

「また人様に迷惑をかけてんのか?」

 音のする部屋を除けば、そこには見慣れた光景が広がるだけだった。赤毛の女性が申し訳なさそうに頭を下げ、給仕の者達がそれを片づける。

「あら、全!」

 赤毛の女性は此方を振りかえると紅い瞳を輝かせ笑う。女性は小走りのまま近付いて来ると抱き着いてきた。

「おはよう!」

「おはよう、シルヴィ」

 取り敢えず緋桜がお前の胸で溺れそうだから離れて欲しい。

「あら、この頬。またお兄様にやられたの?」

 腫れた頬を見ながら心配そうに尋ねて来るシルヴィ。俺を心配してくれるのはありがたいが俺は緋桜が窒息死しないか心配だ。

「仕方のない人なんだから、まったく。後で薬を塗ってあげるから私の部屋に来て」

「いや、お断りする」

「………」

 俺が即答するとシルヴィは呆然とした表情をし、やがて瞳に涙を浮かばせる。

 あかん、これまた俺がウィルに殴られるパターンや。

「分かった。行く、行くよ」

 そう言ってさりげなくシルヴィから身体を離す。解放された緋桜の頭を撫でながらシルヴィの様子を見ると、彼女は笑顔を浮かべていた。……嘘泣きか。

「そう、それじゃ約束ね?」

「………はいよ」

 納得はいかないがまたウィルに殴られるのに比べたらマシだ。俺は渋々了承をすると去って行くシルヴィの背を見送り、歩を進める。

「大丈夫か、緋桜?」

「全然へーきじゃない」

 頬を膨らましそっぽを向くご機嫌斜めの緋桜。俺はごめんな、とその頭を撫でながら謝る。ほんと、あいつの胸は凶器ですわ。

 その後は特にハプニングが起こることも無く、俺と緋桜は無事に目的であった図書館に着く事が出来た。扉を開け、中に入ればそこには視界を埋め尽くすほどの書物が置いてあった。そしてその中央、書物を避けてつくられた道の先に一人の少女が座っていた。

「よう、相変わらず引き籠ってるようで…。たまには運動してはどうだサーシャ」

 俺が声をかけると少女、サーシャはその金髪を揺らし、青い瞳を向ける。

「そういう貴女は相変わらずね。またウィリアム様と喧嘩したのね」

「喧嘩じゃねえよ。あいつが一方的に殴って来たんだ」

「そう。おいで緋桜」

 サーシャが呼ぶと緋桜は俺の手を離れ少女の元に歩いていく。

「内の大事な一人娘を取らないでくれませんかねぇ」

「男が見っとも無い事を言うんじゃないわよ。ねぇ緋桜」

「ほんと」

「………」

 分かってる。分かってるよ緋桜。そう言いつつも俺のことが好きなんだろう?そうなんだろう?分かってるからそんな呆れた様に言わないでくれ。

 心に大きな傷を負った俺を無視し、二人は本の世界へと入り込んでしまう。この二人がどうしてこんなにも仲が良いのかというと、此処に来た時に緋桜は物の形を見るのが好きな為、本に書いてある絵などに興味を示したのだ。それを知ったサーシャが他にも様々な物を見せようと―たぶんお姉さんに憧れてたんじゃないかと俺は睨んでいる―書物を読み聞かせたりしているのだ。

 そんな光景を一歩と置くの寂しい所で眺める俺。三人中二人が仲良くしている時のぼっちの寂しさは異常だ。仲間にも入れず会話だけは聞えて来るというこのもどかしさ。結局、風景と同化するようにして自然にその場を去ってしまうのだ。

「………おかしい」

 二人で来たのに一人だけ数分で出てくるなんて。俺は子供の送り迎えをしている訳ではないんだが…。疎外感に涙が出そうになりながら俺はシルヴィの部屋へと向かったのだった。

 

◆◆◆

 

「………」

 入りたくねえ。シルヴィのいる部屋の前で俺は立ち尽くしていた。中に入れば何をされるかは分かっていた。前にも同じ事があったし、普段のシルヴィの態度からも分かる。しかし、もし約束を破りシルヴィを仲せれば俺は間違いなくウィルに殴られる。下手をすれば殺される。

 俺は震える手でドアをノックした。

「シルヴィ…?」

 普段ならすぐに出て来る筈のシルヴィなのだが、今日は返事すらない。俺はドアを静かに開けると中へと足を踏み入れる。

「シル―――っ!」

 名前を呼ぼうとした瞬間、俺は床に叩きつけられる。息が詰まる俺に影が跨る。

「シルヴィ…っ」

 俺がその影の名前を呼ぶと同時に影は俺の首筋に噛みついた。小さな痛みが走り、身体から血液が吸われて行く。

「―――っ!」

 興奮したように俺の血を貪るシルヴィ。その姿は先程とは別人だ。その様子に溜息を吐く。

「理性が保てなくなるほど我慢すんなよ」

シルヴィを抱き寄せ、あやす様にその背を叩く。

恐らくそう時間は経ってないだろう。やがてシルヴィは首筋から牙を抜き、血を舐め終える。

「…ごめん」

 抱き付いたまま、顔を伏せながらシルヴィが小さく呟く。

「別に気にしてねえよ。今更だろ。…それより何でこんなになるまで我慢してたんだ」

「…お兄様が、貴方の血を飲むのはなるべく控えろって言うから」

「それでも溜めてある血液があっただろう?」

 俺がそう言うとシルヴィはバッ、と顔を上げる。

「いーやーなーの!貴方の血が飲みたいのぉ!」

 まるで癇癪を起こす子供の様にシルヴィが騒ぐ。無意識に物を壊してしまうシルヴィは血を飲むのだけでも一苦労だ。まして生きた人間の血など飲む事も出来ない。そんな中で俺の様に壊れない人間がいることは彼女にとって大切なのだろう。生きた血を飲む事が出来るのだから。

「分かった、分かったから、大声出すなって」

「………」

 俺の言葉に黙りこくったと思うとシルヴィは俺の首に手を回す。

「おい、身体を当てて何やってやがる」

「マーキング」

「動物かお前は」

 身体を擦りつけて来るシルヴィの頭を叩き、その身体を引っぺがす。

「少しくらい良いでしょぉ…」

 頬を膨らますシルヴィの頭をもう一度叩く。

「女なんだからもう少し自分の身体大切にしろや」

「大切にしてるもん!」

 俺の言葉にシルヴィが叫ぶ。まさか叫ばれるとは思わず、俺はその身を固める。

「好きなの!全の事が好きだからこうしてるの!」

「あのなぁ…、俺みたいな爺を好きになるもんじゃねえぞ。ウィルに知られてみろ、俺が殺される」

「その時は私がお兄様に抗議する!そんなこと言って逃げないでよ!」

 誤魔化せないかと言い訳を口にする俺にシルヴィが叫ぶ。その言葉に俺は頭を掻きながら、困った顔をする。

「シルヴィ―――」

言葉を発しようとした瞬間、唇を塞がれる。押し返そうとするが人間の力では吸血鬼に勝てる訳もなく。シルヴィはそのまま俺の舌を絡め取りながら俺に覆い被さる。シルヴィが舌を抜くと月の光を反射して銀に煌めく糸が垂れる。

「ふふふ」

 小さく笑うシルヴィに俺の額に青筋が浮かぶ。何たる屈辱、女、それもこんな子供に弄ばれるとは…。

「調子に乗るな」

 油断したシルヴィを押し倒し、先とは逆に俺が覆い被さる。

「後悔すんなよシルヴィ。今更止めてつっても遅いからな?」

 俺はシルヴィに何も言わせず、その唇を塞いだ。

 

 



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