ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】 (たい焼き)
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プロローグ 弓の場合

はじめましての方ははじめまして。

匿名希望ですが、処女作ではありません。

不定期更新でかなりゆっくりでの投稿予定ですが、気長にお待ち下さい。


 『ダンジョン』という物がこの世界にはある。

 

 地下深くまで根付いた巨大な迷宮であり、そこには人間に害するモンスターが存在する。

 

 それらはダンジョンによって生み落とされ、人間の敵として存在しており、問答無用で人間に危害を加えようとする。

 

 そのため昔の人々はダンジョンの地上への出入り口を『バベル』と呼ばれる巨大な塔で蓋のように封印した。

 

 不変で不滅である故に娯楽に飢え、下界へと降りて来た神と共に。

 

 神は自らの子供達である人間に神の恩恵(ファルナ)を与え、人間はそれを経験値(エクセリア)で強化しながらダンジョンを下へ奥へと進んで行く。

 

 ある者は地位や名誉を夢見て、ある者は一攫千金を夢見て、ある者は己が辿り着ける限界を求めて、それぞれが野望や欲望、理想といった夢を己の内に秘めている。

 

 そして一人が後世にも残るであろう偉業を成し遂げる度に、それに心を打たれて憧れた者がダンジョンに集い、冒険者を相手に商売をする者達も集まる。

 

 そうしてここ『オラリオ』は世界で唯一ダンジョンを有した最高峰の巨大都市に成長したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある世界で魔術師と呼ばれる者達が子孫の代まで利用してでも辿り着こうとする終着点のことを『根源』と言った。

 

 過去現在未来、果ては並行世界にまでわたる情報と知識もこの中に存在しているとされ、その内部にはかつて地球で生きて名を残した英雄達の記録や偉業が記録されていた。

 

 それは英霊の座と呼ばれている。

 

 その膨大な数ある英霊の座の幾つかに接続し、呼びかける声があった。

 

 「誰だ……?こんなハズレの男を呼ぶ奴は……」

 

 男はかつて擦り切れる一歩手前まで来ていた。生前に抱いていた理想に裏切られ、絶望する結果になった自分自身を恨んでいた。

 

 だが少なくとも今はそうではない。座に集まった以前召喚された時の経験や記憶を自分の座に記録して読み込んだ結果、自分でもほんの少しは柔らかく甘くなったのではないかと感じてはいる。

 

 「まあいいさ。オレはオレの正義を貫き通す。オレはそれしか出来ないなのだからな」

 

 男は呼びかけに答えた。その瞬間、男、錬鉄の英雄『エミヤ』は自身の英霊の座から消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何もなく暗い洞窟のような場所に突然魔法陣が浮かび上がり、集まった魔力の粒子が人形を作り出す。

 

 「サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ参上した。さて、私のマスターは……」

 

 辺りを見渡しても誰も見当たらなかった。それどころか人の気配もしない。洞窟全体が魔力で満ち溢れていて、魔力で作られた肉体に現界を維持出来るだけの魔力が流れ込む。

 

 「ふむ、マスターとのパスは感じられない。状況から推察するに、はぐれでの召喚というわけか……同調、開始(トレース・オン)

 

 次に今の自分の状態を解析の魔術で確認する。

 

 体に不調は特に無く、魔術回路も27本全て問題なく稼働しているし、固有結界も展開が可能だ。

 

 「投影、開始(トレース・オン)

 

 両手に現れるのは使い慣れた夫婦剣。黒の雄剣『干将』と白の雌剣『莫耶』だ。

 

 「体にも違和感は特に無いな」

 

 質感を確かめ、軽く干将莫耶を振る。普段通りの性能を出せているため、経験や感覚が抜け落ちての召喚ではないだろう。

 

 「さて、ここは一体何処なんだ?」

 

 マスターを有した聖杯戦争でも無ければ守護者の仕事としての召喚でもない。本当に偶然、何の縛りもなく召喚されたのだ。

 

 「出口は……あれは階段か?」

 

 エミヤが所有するスキルの一つであるCランクの『千里眼』。だが今回の召喚ではB+ランクの『鷹の目』となっている。

 

 これは猛禽類の鷹の如き目を手に入れる物だ。より遠距離を視認でき、高速で動き回る物体でも認識出来る動体視力を兼ね揃えた物である。

 

 それで捉えた上層へと続いている階段に向かい、それを使って上層へと向かう。

 

 階段を登りきった先もまた同じような光景が広がっていたが、その先に見える階段は間違いなく出口に繋がっているようだ。

 

 だがそれを阻むように立っている何かが視界に入った。

 

 「あれは……小鬼?いやゴブリンか……?」

 

 しばらく思考に浸っていたが、やがてそいつもこちらに気付き、一直線に殺意を剥き出し突撃してきた。

 

 「少なくとも話せるわけでも味方でもないようだな。」

 

 軽々とゴブリンの一撃を回避し、ガラ空きの背中を見せたゴブリンの首に強烈な蹴りを横から叩き付ける。

 

 「グエッ!?」

 

 人が出せないような声を小さく出して壁へと水平に飛んで行き、そのままめり込んで動かなくなった。

 

 首の骨が折れたのか、そのままぐったりして動かなくなったゴブリンが灰へと姿を変えていく。

 

 「なんだったんだ?」

 

 今の戦闘で得た知識を頭の片隅に残し、エミヤは外へと出れる階段を登った。

 

 「ほう……これはまた……」

 

 外に出たエミヤの目に入ったのは、活気で満ち溢れた街に希望を抱いた人々、そして今出てきた洞窟の上にそびえ立つ巨大な塔だ。

 

 「なるほど、さしずめあの塔はあの洞窟を封じ込める蓋というわけだな。ともあれまずは情報だ」

 

 エミヤは塔の周りの如何にもこれから戦いますと言っているような者たちを標的に情報を集めて回った。

 

 集まった情報では、彼らは冒険者という職業で、下の洞窟ことダンジョンに潜ってモンスターを狩り、中に持っている魔石を集めて売って生計を立てているという。

 

 何よりエミヤを驚かせたのは、神が下界に降りて来ており、そこで人間達と何一つ変わらないルールの下で生きているということだ。

 

 彼らはそれぞれファミリアという物を創り、自分のファミリアを運営している。

 

 それぞれが冒険者となる人々に神の恩恵を与えてダンジョンに送り出すほか、武具を作る鍛冶を専門とするファミリアや農業や医薬品を売るファミリアもあるそうだ。

 

 その中でも鍛冶系のファミリアのトップと言われている『ヘファイストス・ファミリア』に興味を持ち、エミヤはそこの武具を販売している店へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「確かにいい武器を扱っている。職人の腕も良いみたいだな」

 

 バベルと呼ばれている塔の四階から八階が全てヘファイストス・ファミリアの武具を扱っているテナントだそうだ。

 

 ショーケースの中に飾られている剣の値段を見ると軽く1000万を超えるヴァリスで表示されていた。

 

 レベル1の冒険者が一日で出せる平均の収入が大体で1万から2万と言われていることから、相当上位の冒険者が数週間ダンジョンに籠もり続けなければ得られない金額であろう。

 

 それでもそれ相応の性能はあるだろうが。エミヤの解析結果ではいまいちの域を出ない。

 

 「だが私が見た剣と比べると、か」

 

 エミヤは見ただけでその武器を複製し己の中に貯蔵する。今こうして見ている剣も既に登録しているが、正直に言ってまだ期待値以下だ。

 

 というのも、剣自体に込められている魂が温いような気がする。

 

 この剣が極地に至るために打たれた物かと言われれば、打ったことのないエミヤでもNOと答える。

 

 悪くない出来だが至高の物でもないといった所だ。

 

 「高ければいいというわけでもないが……これは?」

 

 次に目に入ったのは魔剣や付加属性として『不壊属性(デュランダル)』が付与された物だ。

 

 この世界の魔剣とは魔法を放てる剣であるそうだが、使用回数に制限があるらしい。

 

 「回数制限が決まっている剣に絶対に壊れない剣か……私に言わせてみれば、ナンセンスとしか言えんな」

 

 武器は使い手の半身である。使い手を残して消えていく剣なぞに己の命を預ける者など信用出来ないし、絶対に壊れない(壊れることを許されない)剣はなぜだか己の写し身のようで見ていて嫌になる。その結果腐り果てた己が見えるようだ。

 

 一通り見て回ってから、エミヤは主に新人の鍛冶職人達の武具が集められたスペースに来た。

 

 やはりこちらの方が性能が低いが、剣に込められている想いは比ではない。

 

 のし上がろうとする野心やただ極地を目指している向上心といった超えたい物を目指している熱い想いが熱気となって剣越しで伝わって来る。

 

 「製作者名、ヴェルフ・クロッゾ、か。この剣の打ち手は将来有望だな」

 

 中でも一番と言っていい出来の作品には、剣に関しては少しうるさい錬鉄の魔術師も興味を惹かれていた。

 

 「ちょっと貴方、いいかしら?」

 

 振り返るとそこには燃えるような紅い髪に右目を眼帯で覆った女性がいた。それに存在感が人間とは違う。となればこの特徴に当てはまる者は一人しかいない。

 

 「何かね?貴方は神ヘファイストスとお見受けするが。ああ、私はただ武器を見に来たただの一般市民だよ」

 

 「人は神に嘘は吐けないわ。それに一般市民は流石に無いわ」

 

 そう言えば神に人は嘘を吐くことが出来ないし、神は人が言った嘘を見破れるという情報もあったなと今更思い出す。

 

 「貴方が持ってるその剣。それってもしかして干将莫耶じゃない?」

 

 「これか?ああこの剣の銘は確かに干将莫耶だが?まあ贋作だがね」

 

 「嘘じゃないのに嘘でしょ……?あんな名刀を見間違えるはずがないわ」

 

 といってもこんな人がいる中では種明かしをするべきではない。こういった希少スキルや魔法は秘匿すべきだと言われている。でなければ娯楽に飢えた神のいい玩具だ。

 

 「種明かしはするが、できれば人がいない場を希望したい」

 

 「そう?分かったわ。私の執務室があるから、そこでいいかしら?」

 

 構わないと伝え、執務室に連れてこられた後、何故か鍵を掛けられた。

 

 「さあ、洗いざらい吐きなさい」

 

 「元よりそのつもりだし、逃げるつもりもないのだがね・・・まあいい。まずはこれを見てほしい」

 

 差し出した干将と莫耶はヘファイストスが見ている前で魔力の粒子となって消えた。

 

 「なっ!?まさかあれを魔力で編んでいたっていうの!?」

 

 「そして……」

 

 試しに同じ干将莫耶を三対、その場で投影する。寸分性能も違わず、同じ複製品を作り出して見せられた鍛冶神ヘファイストスは呆気に取られていた。

 

 「これが私の魔術、投影(グラデーション・エア)だ」

 

 「魔力だけで武器の器も中身も完全に投影することで完全な複製品を作るってこと……?」

 

 「ああ、君達鍛冶を営む者達からすれば根底からひっくり返されるような代物だろうがね」

 

 武器とは職人が技術も時間も己の誇りも全て燃やして作り出す。

 

 エミヤの投影は経験もかけた年月も全てを投影する故に異常なのだ。

 

 「さて、これを踏まえたうえで、神ヘファイストス。貴方に要望がある」

 

 「……何かしら?」

 

 「何、簡単なことだ。私をこのヘファイストス・ファミリアの一員として欲しい。勿論タダとは言わない。その暁には私が持つ全てを貴方達のために役立てよう」

 

 「入団希望って捉えても?」

 

 「ああ、ただし契約はこちらのやりかたでやらせてほしいがね」

 

 「いいわ。続けて」

 

 「まずは手の甲を上に向けて差し出して、私が言った言葉を唱えてくれ」

 

 ヘファイストスが差し出した手の甲の上にエミヤの手を重ねる。

 

 『―――告げる、汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うのなら我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けよう……「これでいいのかしら?」』

 

 すると手の甲が熱を帯び、エミヤの体に魔力が満ちる。

 

 「サーヴァント、アーチャーの名に懸け誓いを受ける・・・。貴方を我が主として認めよう、神ヘファイストス」

 

 エミヤが引いた手の下には、入れ墨のような痣が刻まれたヘファイストスの甲があった。

 

 「これは?」

 

 「それは令呪。私をサーヴァントとして使役しているという証だ」

 

 「聞いたことがあるわ。確か過去の英雄の魂を器に押し込んだ使い魔だったかしら?でもそう簡単に召喚出来る物でもないでしょう?」

 

 「今回ばかりは私にも分からん。相当なイレギュラーである故にこちらも早めにマスターを確保しておきたいのでね」

 

 投影されていた干将莫耶を消し、自らのマスターであり主神でもあるヘファイストスの前に跪く。

 

 「我が真名は『エミヤシロウ』。これといった逸話も無い無名の英霊だが、貴方の剣となることをここに誓う。まあ大抵のことは出来ると自負しているから、便利な傭兵のように使って欲しい」

 

 「例えばどんなことが出来るのかしら?」

 

 「貴方が望めば大抵のことは。幸い家事も出来るし、今判明している程度の階層ならば無傷で帰って来れると自負している。必要な素材があれば私に命じればいい」

 

 「なら、まずは紅茶を一杯頼めるかしら。近くの厨房を使っても構わないわ」

 

 「了解した」

 

 エミヤは霊体化して部屋の中から消えた。一息吐けたヘファイストスは執務室の椅子に腰をかける。

 

 「ふぅ……これは一波乱ありそうね……」



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プロローグ 槍の場合

 「じゃあお爺ちゃん、いってきます」

 

 これといって何も秀でた所が無い村の更に外れた位置にある小屋の前で少年が一人、別れの挨拶をしていた。

 

 少年の祖父はモンスターに襲われてそのまま亡くなった。一人残された少年は、途方に暮れていたが、予てから考えていたことを実行に移した。

 

 ほんの僅かな路銀を手に、少年は冒険者達が集う迷宮都市オラリオに移住することを決意した。

 

 オラリオに向かっている馬車の荷車に便乗させてもらい、しばらくの間心地よい風に煽られながらオラリオを目指す。

 

 やがてオラリオの街が見えてくる。

 

 巨大な街全体が高く堅牢な城壁で囲まれており、巨大な門には屈強な門番が街の中に危険な物や人間が入らないように常に目を配らせている。

 

 「ここが、オラリオ……」

 

 少年の目はまるで憧れて追い求めていた物を見たかのように輝いていた。祖父から聞かされた色々な過去の英雄達の物語のような冒険に少年は本気で憧れ、自分もそうなりたいと胸に秘めていた。

 

 「……あれ?」

 

 門の前に辿り着くと、そこに一際大きな存在感を放つ男の姿が目に入った。

 

 青いタイツのような装束のみを纏って顔や手以外の全身の肌を隠しているが、その装束の上からでも分かる鍛え上げられた肉体は生半可な訓練などでは手に入らないだろうと容易に想像させる。

 

 「あの、すみません。もしかして、貴方も今オラリオに来た人ですか?」

 

 「ん?ああ、そうだぜ」

 

 「やっぱり!ってことは貴方も冒険者になるためにオラリオに?」

 

 「いんや?迷って真っ直ぐ歩いてたらたまたま着いたってとこだな」

 

 男はオラリオのことを知らないような口ぶりで答えた。オラリオと言えば世界有数の主要都市の一つだ。当然その名も世界に轟かせている。

 

 「そうなんですか……?」

 

 「途中で盗賊に襲われてな。適当に蹴散らして情報を吐かせたが、そいつらが知ってた街に行ってみただけだぜ?」

 

 オラリオは控えめに言っても世界で一番人や物が集まる。そこから各地方都市や村へと流れる物流を狙ってオラリオ周辺にはそれなりの数の盗賊集団がいる噂がある。

 

 「すごい!!お一人で盗賊達を倒したんですか!?」

 

 「まあな」

 

 目を星のように輝かせて男を見上げる少年。少年は手に届きそうにもない偉業に手を届かせたくてオラリオに来たのだ。男からは歴戦の勇者のような輝きを感じていた。

 

 「あの、僕、ベル・クラネルって言います。貴方のお名前は?」

 

 「俺はそうだな……ま、気軽に『ランサー』って呼んでくれや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんだよ坊主。そんじゃあ女に出会いたくてここまで出張って来たのかよ?」

 

 「うぅ……そうですよ。悪いですか……?」

 

 「悪かねぇよ。むしろいいじゃねぇか」

 

 広場の近くで買ったジャガ丸くんという料理を片手に雑談を楽しんでいる。ベルはここまでの旅費で碌な金額を持っていなかったため、ランサーが盗賊から迷惑料代わりに徴収した金を使った。

 

 「男ってのはなぁ、若い時くらい夢持ってた方がいいんだぜ。それ目掛けて必死で歩いてな。それで最期に笑えれば御の字だ」

 

 「そういうものなのでしょうか?僕も、死ぬ時になったら笑えますか?」

 

 「そいつを決めるのは坊主自身だ。時には人生を分ける選択肢ってのもあるし、血反吐吐いても超えなきゃならねぇ壁ってのもある。そいつら全部乗り越えた奴だけが自分の生き様に満足して笑って逝けるのさ」

 

 ランサーはそうベルに笑って見せる。

 

 「そうとなりゃ話は早ぇ。とっととファミリアとやらを見つけてきな。オレも付いてってやるよ」

 

 「は、はい!!わかりました!!」

 

 「おっと、ちゃんと信用出来る主神を見つけてこいよ」

 

 期待を胸に秘めて、ベルは駆け出していった。その背中が見えなくなるまで見送ったランサーは再び座っていた椅子に腰をかける。

 

 「さぁて、何をするかねぇ」

 

 ベルを待っている以上、この広場からは暫くは離れることが出来ない。

 

 「タバコでも吸うか」

 

 暇に耐えかね、タバコを求めて立ち上がり、売っていそうな店を探そうとしたときだった。

 

 「いやっ、離してください!!」

 

 広場から少し離れた酒場のような場所で少女の悲鳴が聞こえてきた。

 

 「いいじゃねぇかよ。その格好ならウェイトレスだろ?酒の一杯くらい注いでくれよ」

 

 「買い出し帰りですし、それにここの店員ではありませんので……」

 

 「細けぇこと言うんじゃねぇよ。一杯注いで終わりだぜ」

 

 酒場のテラスで昼間から酒を飲んで酔ったガラの悪い冒険者の二人が偶々通りかかった女性に悪酔いして絡んでいるようだった。

 

 「ですから、私は急いでいるんですって!!」

 

 「ちょっとくらいいいじゃねぇか。減るもんじゃ『じゃあオレが注いでやるよ』あ?」

 

 次の瞬間、瓶に入ったエールが男の頭上からぶちまけられる。

 

 「なっ、何しやがる!!」

 

 「何って、あんだけ酒飲みたかったんだろ?だから浴びるくらい飲ませてやった、それだけだろ?」

 

 ランサーは今までの冒険者二人の一連の動きを観察していたが、てんで大したことのない動きだ。態勢の立て直しも状況の把握能力も精々一般人に毛が生えた程度だ。

 

 ここまでにベルが熱く語っていた冒険者とやらはこの程度なのかと落胆するばかりだ。

 

 「テメェ、ふざけやがって!!」

 

 酒と怒りで判断能力を失った男が拳を振りかぶって殴り掛かる。恩恵で強化された力を我武者羅に振るものだからか拳に力が伝わっていないし、何より動きもメチャクチャだ。

 

 「よっと」

 

 ランサーは容易く回避し、伸び切った腕を掴んで男を床に叩き付け、ついでに腕の関節を外す。

 

 「ギャッ!!」

 

 ゴキッという鈍い音と悲鳴と共に男が一人戦闘不能になり床に崩れた。

 

 「よ、よくも相棒を!!」

 

 次にもう一人が大剣を手にして襲いかかった。といっても武器屋で売られている安物で大した性能もない。だが冒険者が思いっきり叩きつければ低レベルでも地面に亀裂を作る程度は出来るだろう。

 

 だがこれも技術が伴っていなければ軽くて遅い一撃だ。ほんの少し下がって上から大剣を踏みつけてやれば容易く地面にめり込んで使えなくなる。

 

 「惜しかったな」

 

 武器を失って呆気に取られている男にランサーの蹴りが炸裂した。蹴り上げられて宙を軽く一回転しながら広場の方に叩き出された。

 

 「なんだよ呆気ねぇな」

 

 ランサーからしてみれば期待はずれもいいところだ。ファミリアに所属して早々にダンジョンの深層深く潜ることも視野にいれた。

 

 「あの、助けてくださってありがとうございます」

 

 側で見ていた少女が礼を伝えに来た。

 

 「いいってことよ。嬢ちゃんも災難だったな」

 

 見た所目立った怪我も無く、荷物にも損害は無さそうだ。

 

 「随分とお強いのですね。冒険者の方ですよね?」

 

 「いんや?そのつもりだがまだ冒険者じゃねぇよ」

 

 女性の顔が軽く歪んだ。オラリオにおける恩恵のレベルはそのまま戦闘能力に次元違いの差を生むというのが常識だったからだ。

 

 「それよりも行かなくていいのか?急いでるんだろ?」

 

 「あっとそうでした。私、この近くの『豊穣の女主人』という酒場で働いています。もしよろしければ是非ともご来店ください」

 

 「おう、ありがとな。機会があれば連れと寄らせてもらうぜ」

 

 少女は笑顔でお辞儀をして足早に去っていった。

 

 「おーい、ランサーさーん!!」

 

 「おっ、来たか」

 

 ベルがちょうど良く広場に戻ってきた。どうやら入団出来るファミリアを見つけたようだった。

 

 「見つかりましたよ!!僕を入れてくれるファミリア!!」

 

 「おう、分かったから落ち着けっての」

 

 ベルが連れてきたのはこれからベルが眷属となるファミリアの主神らしき者だ。低身長に対して豊かに育った胸が不釣合いに見えるが、その身から感じる気は紛れも無く神のそれだ。

 

 「なんだぁ?えらく小せぇが」

 

 「むっ、君中々失礼だな。これでも僕は神だぞ」

 

 「分かってるよ。そんくらいは分かるぜ」

 

 その女神の名は『ヘスティア』ギリシャ神話にて炉の神であり、アテナ、アルテミスと同じく処女神である。

 

 ちなみに原典にてアウトな性格の持ち主が多いギリシャ神話では数少ない良心である。

 

 「で、ここがその神の家、ねぇ……」

 

 目の前に立っていたのは、今にも崩れそうなくらいにボロボロになった教会の跡地だった。ここの地下で生活しているらしい。

 

 「なぁベル。オレは確かに信用出来る神を見つけろって言ったがな、アレ撤回するわ」

 

 「いやいやダメですよランサーさん!!せっかく入れてくれるって言ってるんですよ!?」

 

 聞けば華奢で小さい見た目で判断されたベルは何処のファミリアにも入れて貰えなかったらしい。そこに一からファミリアを作ろうとしているヘスティアが通りかかり、出会ったという。

 

 「いいやい、どうせ僕は引きこもりの駄神だよ……」

 

 「ほら神様が拗ねちゃいましたよ!!」

 

 「まあベルがここがいいって言うならオレは何にも言わねぇよ」

 

 面倒くさそうにランサーも了承する。できればある程度上位のファミリアに入って鍛錬を積んで欲しいところだが、四の五のは言っていられない。

 

 廃教会の地下の居住スペースに降りてきたが、お世辞にも余り良いとは言い難い部屋だった。

 

 ある程度の瓦礫や埃は掃除されていたが、家具や食器等は安物が多いのが目立つ。

 

 「それじゃ、恩恵を刻むから上着を脱いで横になってよ」

 

 背中を露わにしたベルの背中にヘスティアは自らの血を垂らした。

 

 ヘスティアの血とは即ち神の血。それがベルの背中に染み渡り、淡い光を放つと共に形作られ、人の言語ではない言葉で書かれた一つの契約が完成する。

 

 「へぇ……神聖文字(ヒエログリフ)か。随分と懐かしいモン見れたぜ」

 

 「うん、さて、これで終わりだよ」

 

 完成した恩恵に書かれた神の言語を共通言語に書き直した物を羊皮紙に写してベルに見せる。

 

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

 《魔法》

 【 】

 《スキル》

 【 】

 

 「最初はこんなもんだろ」

 

 恩恵は受け取った時点を0として、そこからは経験を積んでいくことで成長していく。故に初めはどんな腕自慢だろうが力の弱い者でも0からなのだ。

 

 「まあ誰だって最初はここからさ。これからの成長に期待できるよ」

 

 「わかってはいましたけど、がっかりする気持ちはありますね……」

 

 ヘスティアの視線が上着を着直したベルからランサーに視線が向けられる。

 

 「じゃあ次はランサー君だね」

 

 「オレか?オレは別に恩恵はいらねぇんだけど。多分意味ないし」

 

 「まぁまぁそう言わずに・・・」

 

 ランサーも半裸になって横になる。服の上からでも分かったが、本当に無駄な筋肉が削ぎ落とされた体は芸術の域に入っている。

 

 「さてと……始めるよ」

 

 だが神にも予想外の事態が起こる。垂らされたヘスティアの血はランサーの体に触れる瞬間に弾かれて消え去った。

 

 「な、なんですか今の!?」

 

 「僕にも分からないよ!?」

 

 「やっぱこうなるよなぁ……」

 

 ランサーにとっては予測の範囲内であった。

 

 「恩恵ってのはよ……『生きている』『下界の人間』に与えられるモンなんだよな?」

 

 「そうだよ。こんなことは今まで起きた前例も無いよ」

 

 「だろうよ。だってオレはどっちにも当てはまらねぇんだからな」

 

 「どういうことだい?」

 

 「チッ、仕方ねぇな。こっちのやり方でやってやるから手ェ出しな」

 

 ヘスティアは分かったよ、と言いつつ手を差し出す。

 

 『―――――告げる。我が身は汝の元に、汝の命運は我が槍に、聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うのなら―――――どうする?』

 

 「ッ、―――我に従え!!ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!!」

 

 狭い部屋の中が魔力で満たされる。異質に変質していく空間に取り込まれながらも、ベルは一歩も引かず、ヘスティアもその手を取った。

 

 直後、ヘスティアの手の甲に魔力が集中し、令呪が焼き付けられ、ランサーとの間に魔力のパスが繋がる。

 

 「ランサーの名に懸け誓いを受ける。お前を我が主として認めよう、神ヘスティア」

 

 先程までの軽い雰囲気は何処かに引っ込み、今在るのは歴戦の戦士に相応しい圧倒的存在感。それだけで廃教会は崩れそうだ。

 

 「さぁて、改めて自己紹介でもするか。これでオレはアンタのサーヴァントだ。」

 

 「サーヴァント?ってことは使い魔みたいな物かい?詳しく説明してくれないか?」

 

 ランサーは己の事を説明する。サーヴァントの事や令呪の事等、あらかた二人に説明する。

 

 「ってことはランサーさんは英雄なんですね!!」

 

 「おうよ。大昔に武功を上げて、英雄って呼ばれて戦い抜いて、最後は戦場で満足して死んじまったがな」

 

 「で、いい加減君の名前を教えてくれないかい?ランサーってのは役職のような物なんだろ?」

 

 「あ?言ってなかったか?まあいいか。オレの名前は『クー・フーリン』だ」

 

 「「ええええぇぇぇぇぇ!!?」」

 

 ただでさえ狭い室内に絶叫が響き渡る。

 

 「うっるせぇ!!近所迷惑だろうが!!」

 

 「だってクー・フーリンって言ったらあのクランの猛犬ですよ!?ケルト神話最大最強って言われてる大英雄の中の大英雄じゃないですか!?」

 

 「僕の神話のヘラクレスとどっちが強いかで何度も賭けがあったけど、結局五分五分だったのはいい思い出さ」

 

 「ヘラクレスだぁ?まあ場合によるな。あいつがバーサーカーなら面倒だが勝てねぇことはねぇが、アーチャーで来られたら厳しいってところか?」

 

 「戦った事あるんですか!?」

 

 「おう。とある戦いに召喚された時にな」

 

 「さて、これで恩恵は与え終わったけど、ランサー君は恩恵を受けられなかったから、もしかしたらダンジョンに入れないかもしれないよ?」

 

 「そうか?んじゃ仕方ねぇな。適当にバイトでもしてみようかね」

 

 「大英雄がバイトするんですか……?」

 

 「まあ前に召喚された時にやったから何とかなるだろ。ま、気軽にやろうや」

 

 こうしてヘスティア・ファミリアは始めの一歩を刻んだ。だがまだオラリオに波乱の渦は巻き起こる。



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プロローグ 剣の場合

 ここは迷宮都市オラリオを守る市壁の頂上。見張りなどの関係者に移動や襲撃された際の迎撃地点として使われる場所に、一つの人影があった。

 

 目の前に広がる街に見覚えはない。生前と過去に召喚された時の街とも違う、全く見新しい街だった。

 

 「ブリテンでもなければ冬木でもない。むしろ中世に近い……?」

 

 高い城壁で街を囲み、中の街を囲んで守る役目を持っているのだろう。遠くに門のような建造物が見える。

 

 「これは……!?」

 

 街に降りてきてまず驚いたのは、人間自体だ。自分と同じ人間(ヒューマン)に加え、狼人(ウェアウルフ)犬人(シアンスロープ)猫人(キャットピープル)猪人(ボアズ)狐人(ルナール)などといった今まで自分が生きていた世界では幻想として消えていった種族達が、人間と変わらず笑いあって生活を営んでいることだ。

 

 「まさか、ここは私が居た世界とは別の世界なのでは……?」

 

 もし仮に異世界だった場合、ここが自分の居た世界と常識が全く異なる可能性が高い。一刻も早く信用出来る者を見つけ、そこからこの世界の常識やルールを聞き出す必要がある。

 

 「まずはあの大きな塔を目指しましょう」

 

 幸いなのは鎧等を身に着けている者が多く、今のバトルドレスでも余り目を引かないことだ。

 

 以前召喚された冬木は騎士の時代は既に終わっており、とある事情で霊体化出来なかった彼女は身だしなみに大層苦労させられた。

 

 「ふむ……ギルド、ですか……」

 

 ギルドとは商工業者の間で結成される職業組合のことを指す。秘密結社として知名度の高いかの『フリーメイソン』の前身も元は魔術王ソロモンに仕えたかもしれない石工職人達の労働組合であるという説もある。

 

 「ここならば何か情報があるでしょう」

 

 門をくぐり、中の様子を伺うと目に膨大な数の人間達が入ってきた。服装からして旅人や冒険者のような格好をしている者が多く、これから戦いに行くのか武器を装備している者が多い。

 

 「ダンジョン、ですか……」

 

 側にあったパンフレットを手にとって、パラパラと流して見る。見たこともない文字だったが、召喚された時に何処かから頭に流れ込んできた知識の中に文字の知識があり、それによって読み書きに支障はなかった。

 

 「ダンジョンに潜るためには神から恩恵を貰うことが条件、ですか」

 

 ダンジョンに潜ってモンスターを倒して魔石を手に入れてそれを換金して収入を得る。それがここで冒険者と呼ばれている者達の仕事のようだ。

 

 「冒険者にしても、それ以外の職にしても、まずはファミリアに所属するべきですね」

 

 大きなファミリアが後ろ盾となってくれるならば何を始めるとしても心強いうえにやりやすいだろう。既に自分は王ではないただの一人の人だ。何事も生前のようにはいかない。

 

 「すみません。どこか団員を募集しているファミリアはありませんか?」

 

 「はい。探索系ファミリアでしょうか?少々お待ち下さい」

 

 係員がすぐに資料を用意して手渡す。眼鏡をかけており、耳が長いことからエルフではないだろうか。

 

 「こちらが現在オラリオで登録されている探索系ファミリアの一覧になります。やはり最大派閥の『ロキファミリア』か『フレイヤファミリア』がオススメですが、それだけ倍率や人気も高いですよ」

 

 「これは丁寧に、ありがとうございます」

 

 「いえいえ、こちらこそ、あなたの冒険者生活を応援させていただきます」

 

 ギルドの係員は丁寧に、かつ有用な情報を渡してくれた。見てみると分かりやすくまとめられていて各ファミリアの特徴やデータの比較によって自分にどのファミリアが適しているかよく分かる。

 

 「とりあえずは、ロキファミリアって所に行ってみましょうか」

 

 ほとんど何も知らない自分が身を置くことになるファミリアだ。出来る限り大きく力の強いファミリアを選びたい。その上でファミリアの主神が人格者であればなお良い。

 

 聞けばこの世界の神は娯楽に飢えており、レアなスキルや魔法が発現した人間は彼らの暇潰しの格好の獲物になるそうだ。

 

 それだけは彼女からしても御免被る。

 

 「おっと、ここですか」

 

 貰った資料に付属していた地図を片手に目的の場所に辿り着いた。

 

 他の建物の比較にならない程に高くそびえ立った館の名を『黄昏の館』と言い、オラリオで一、二を争う探索系ファミリアの『ロキ・ファミリア』の本拠である。

 

 まるで城のように巨大な建造物は、生前の自分の本拠であったキャメロットやかつて参戦した聖杯戦争でサーヴァントとなった陣営のアインツベルンの城と比べても見劣りしないだろう。

 

 「何だ貴様は?」

 

 正門と思わしき場所に重装甲で身を固めた人間が立っている。おそらく門番であろう。

 

 「ロキ・ファミリアへの入団を希望する者です。神ロキとの面会を希望します」

 

 「何だと?貴様みたいなチビがか?悪いことは言わんから立ち去れ」

 

 その言葉に彼女は少しムッと来た。

 

 冒険者は常に命と隣合わせの危険な職業だ。魔石を得るためにモンスターを倒さねばならないのだから当然であり、その関係で屈強な男が多い。

 

 だが見た目だけで強さを判断されていることには苛立ちを確かに感じていた。

 

 「ほう?このファミリアは門番がファミリア入団の是非を決めるのか?貴方程度が団長や主神よりも大きな権限を持つとでも?」

 

 挑発じみた言葉を含みながら彼女はほんの僅かに殺気を混ぜて言い放つ。

 

 「ッ、貴様!!」

 

 門番の男はそう言いながらも無意識に携えていた剣を抜き放って目の前の女性目掛けて振り抜いた。放たれた殺気を本能が感知し排除しなければならない外敵と見定めたからだ。

 

 だが勢いよく振り抜かれた剣は彼女の腕を守る手甲に妨げられた。

 

 「なんだと!?」

 

 防がれたまでならまだ理解できる。だがその先に全く進まない。

 

 こちらが全力で力を入れているにも関わらず、手甲に食い込むどころか目の前の細腕が微動だにしない。力比べで完全に負けているのだ。

 

 「力の使い方がなっていません。それではせっかくの恩恵も持ち腐れですよ」

 

 「このッ!!」

 

 男がムキになって二撃目を出そうとして、それを防ごうとした時だった。

 

 「なにしとるんや、自分?」

 

 彼女の後ろから人間の物ではない圧倒的な威圧感を含んだ言葉が放たれた。

 

 「神ロキッ!?これはその……」

 

 「言い訳は要らんわ。神々(ウチら)に嘘が通じんのはわかっとるやろ?それに入団希望の子を面接もせずに追い出す気遣いなんてもっと要らんわ」

 

 ロキ・ファミリアの主神『ロキ』。目の前の門番の言葉が正しいなら後ろにいる女神がそうなのだろう。なるほど、力を封印していても神は根本的に人間とは違うらしい。

 

 「うちの子がごめんな~。ウチらが完全に悪いけど許してやって欲しいわ」

 

 こちらに向けられた言葉に対して彼女もロキの正面に向き直った。

 

 「いえ、そもそも彼が私に礼の無い行動を取ったのは私が彼を挑発したからです。こちらも私の無礼を謝罪させて欲しい」

 

 そこで目の前のロキが固まっているのに気付いた。そこで自身の直感スキルと手に入れた知識が危険を察知する。

 

 (そういえば神ロキは美女と美少女好き……!?)

 

 「金髪!!碧眼!!美少女!!アカン、ウチのめっちゃ好みや!!」

 

 恩恵を受けていない人間と同等の身体能力まで落ちているはずなのに高速で飛びついてくるロキを英霊の身体能力を無駄に使用して掻き消えるようにロキの進行方向から退く。

 

 「ぶべっ!?」

 

 「大丈夫ですか?」

 

 勢い余って外壁に激突したロキを引き剥がす。

 

 「なんやねん、速すぎて全く見えんかったわ。ウチのベートやアイズたんを超えとるんじゃなかろか」

 

 腫れて赤くなってはいるが大した怪我ではなさそうだ。

 

 「んで、入団希望やったか?自分なんて名前なんや?」

 

 「セイバーです」

 

 「セイバーたんな。ウチはここの主神のロキや。よろしくな」

 

 目の前の神は自分が知っている神と全く違う威厳の欠片もない存在だった。今ならかの麗しの女狩人が自分を育ててくれた狩りの処女神の恋愛脳に卒倒しかけたことに激しく同意できる。

 

 「こんなところじゃなんだし、ウチの執務室に行こか。そこで入団の儀式をやるで」

 

 「よろしいのでしょうか?ここの団長の意見を聞くとか試験とか色々あるのでは?」

 

 「ああ、あれか。セイバーたんならやるだけ無駄だし、今団長のフィンは遠征中や。今日帰って来る予定やけどな」

 

 本拠の中に入って執務室に向かって廊下を真っ直ぐ進む。都市で一位二位を争うファミリアなのに人が少ないということは出払っているからなのだろう。

 

 「着いたで」

 

 中は綺羅びやかな調度品や装飾のない、本当に実用性を重視した最小限の設備しかなかった。だが使われている物は第一級品であろう。

 

 「んじゃ一個聞くで、何モンや自分?人間やないやろ?」

 

 先程感じた威圧感が彼女一人に向けられる。並の人間なら一秒も持たずに崩れるか卒倒するだろう。

 

 「順を追って説明しますが、まず貴方方に危害を加える者ではありません」

 

 「いまいち信用できへんのや。なんというか、嘘か本当かごちゃごちゃやねん。人間以外に何か混ざっとるやろ?」

 

 「それは私の生前に関わるので後にしますが、私についての説明を惜しむことはないと騎士の誇りに誓いましょう」

 

 纏っていた武装を全て魔力に変換して収納する。

 

 「私は剣士、セイバーのサーヴァントです。世界に登録された英雄や偉人の魂をサーヴァントという器に流し込んで現界させた存在です」

 

 「サーヴァント。直訳で使い魔の意やな?ってことは誰かの差し金ってことか?」

 

 「いえ、今回の現界は私に取っても異常な召喚です。この世界の知識は一通り与えられての召喚ですが、契約している主はいません」

 

 「つまり後ろ盾や拠点が欲しいってことやな」

 

 「簡潔にまとめればそうですね」

 

 「ならOKや。セイバーたんの入団を認めるで。それで、契約している主がいないって言うたな?どうやって契約するんや?恩恵でええんか?」

 

 「いえ、こちらのやり方でやりましょう。今は現界した時に与えられた魔力でやりくりしていますが、契約によって魔力供給のパスを結ばなければなりません。手を出してもらえますか?」

 

 差し出されたロキの右手に己の右手を重ねて魔力を同調させる。自然と魔力の渦が発生し、部屋の中が暗くなり魔力の粒子が発生し始める。

 

 『―――――告げる。我が身は汝の元に、汝の命運は我が剣に、聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うのなら応えよ。ならばこの剣、汝の運命に委ねよう』

 

 「誓うで。これでセイバーたんとウチは運命共同体って奴やな」

 

 なんとも気の抜けた言葉だが、大事なのはその意思だ。その意思が揺るがなき物であればあるほど主と従者の関係は強くなる。

 

 「セイバーの名において誓いを受ける。貴方を我が主と認めよう。神ロキ」

 

 ロキの右手には令呪が刻まれ、セイバーに魔力が流れていく。

 

 「改めて自己紹介しましょう。私はサーヴァント、セイバー。真名は……」

 

 それを遮るように喝采が聞こえて来る。

 

 「あちゃあ、今帰って来たか。ごめんなセイバーたん。ウチ皆を出迎えに行くわ」

 

 「では私も行きましょう」

 

 元来た道を辿って外に出ると、そこには大小の怪我はある物の数十名の団員達が欠けることなく無事に帰って来たらしく、ロキが子供みたいにはしゃいでいる姿が見えた。本当に眷属達を気にかける良い神らしい。

 

 だがそんな微笑ましい視線の先にほんの一瞬だけ、見覚えのある紅色が見えた。

 

 その紅色はすぐに後ろを向いて体を霊子に変換してその場を去って行った。

 

 「あれは……アーチャー?」

 

 そんな彼女、アルトリア・ペンドラゴンの呟きは誰の耳にも留まることなく空気に溶けていった。




初めまして(三話目)

まず感想への返信が一つ。感想の中に七騎出すのかな?とか五次縛りかな?という考察がありましたが、そのような関連性は全くありません。

ただ投稿者が好きなサーヴァントを扱いやすい数で出した結果、五次の三騎士になっただけです。

ただしこれ以降気が向いたら追加でキャラを追加する可能性はあります。


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英雄譚のプロローグ 前編

 部屋の中に鉄同士がぶつかり合う音が響く。

 

 炉に焼べられた燃料の石炭やコークスが燃え上がり、炉の中の温度が酸化鉄が溶ける900℃近くにまで上昇する。

 

 強まった炎は酸素を消費しなければ火力を維持出来ず、その結果酸素を求めて酸化鉄の酸素を奪う。酸化鉄を還元して鉄を作る作業だ。

 

 「……」

 

 更に鉄鉱石を投入すると、熱によって石などの不純物が溶け出し鉄だけが残る。

 

 不純物が流れ出た鉄はまだ硬くはなく、これを鎚で叩いて形を整えながら鉄を鍛えていく。一度叩く度に鉄に残った異物が火花となって散っていく。

 

 「……ッ!!」

 

 形が完成したら刃を水に浸して急激に温度を下げて鉄を引き締める。

 

 「ふぅ……」

 

 作業工程が終了して出来上がった剣の表面を磨くと見事に透き通った鋼の刃がそこにはあった。

 

 完成した剣は無骨で何の装飾もない剣ではあれど、その性能は間違いなく第一級冒険者が使っている物と比べても劣らない程高いだろう。

 

 見事な剣を作り上げたにも関わらず、製作者の男の表情は曇っていた。

 

 「……何故私はこんなことをしているんだ……?」

 

 男の後ろには同じように男の手で鍛えられた剣が何十本も鞘に入れられて立てかけられていた。

 

 褐色に染まった肌を伝う汗をタオルで拭い、男は自問自答し続ける。

 

 「どうしてこんなことを命じたんだ?マスターは」

 

 【Hφαιστοs】のロゴが刻まれた金床と鎚を手にした男は彼がいつも行っている魔術を使う時と同じように剣を鍛え続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは男が神ヘファイストスを己のマスターとして契約して数日が経った時のことだった。

 

 「そういえば、貴方って剣を作るのが得意なんでしょ?なら鍛冶もできるんじゃないかしら?」

 

 唐突に、思いつきで溢れた言葉だった。

 

 今までは彼女の執務を手伝ったり、紅茶などを淹れる程度の手伝いしかしていなかったが、こうした提案は急であり、初めてだった。

 

 「何を急に……?確かに私は剣を作ることに特化した魔術師ではあるが、鍛冶としては一度も剣を作ったことはないが?」

 

 「でもやったことがないだけでやれないってことはないんでしょ?」

 

 「可能性があるか無いかってだけさ。できんものはできん」

 

 「まぁいいじゃない。暇でしょ?それだけじゃ。私の道具を貸してあげるわ」

 

 とまで言われてしまい、断るに断れなくなった男は結局折れて鍛冶作業を教わることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おっ、やっとったかのう」

 

 開け放たれた扉から涼しい風が入って来るのを男は感じた。

 

 「ああ、君か」

 

 男と同じく褐色の肌に豊かに成長した胸をさらしのみで隠した女性は、男が剣を打ち終わったタイミングが分かっていたかのように訪れた。

 

 「む、なんと見事な剣。オラリオ一の鍛冶士などと呼ばれておったが、積み上げた自信が崩れていくようだ」

 

 完成したばかりの剣を手にして観る女性の名は『椿・コルブランド』

 

 オラリオで一、二を争う鍛冶系ファミリアの団長で、名実と共にオラリオの頂点に君臨する鍛冶士だ。

 

 「それも贋作だよ。真作の域に至っていない紛い物だ」

 

 「そう言うなアチャ男よ。見様見真似で作ったとしてもこれは一級品だ。手前が保証する」

 

 熱の篭った部屋では居心地が悪く、鍛冶の用を終えた部屋の窓を開けて空気を入れ替える。アーチャーがサーヴァントで暑さや寒さの影響を受けないとしても居心地が悪い。椿の場合は慣れていたとしてもそうでろう。

 

 今の彼も紅い外套は脱いで、黒いボディーアーマーの姿となっている。

 

 「それにしてもお主は贋作贋作と言っておるが、一体何を参考にしておる?ここには真作も何もないだろうて」

 

 「何、剣の設計図は全て頭に入っている。外見も、剣が持つ概念も、製造過程も、担い手の想いや技術も、製作者がどんな想いを込めたのかも、何もかもな」

 

 「それは手前も気になる。例えばどんな物がある?」

 

 「そうだな……あまり言いふらしてくれるなよ?」

 

 投影、開始と唱えた次の瞬間には、アーチャーの手に一振りの剣が現れていた。

 

 「とある王の選定をした剣だ。これもコピーだがね」

 

 「これは……っ!!ちょっと借りるぞ」

 

 半ば奪い取るように椿はアーチャーから剣を受け取り、自身が持ってきた刀を置いた台に向けて振り下ろした。

 

 驚く程抵抗が無く振り下ろせた剣の軌跡の先には何も無く、真っ二つに斬られた刀の残骸があるのみだ。

 

 「やはりまだ手前の腕では極地に至らぬ……か」

 

 「そんなことはないだろう。君の刀は見事な物だ。ただ伸び代があるだけだ」

 

 「我らが主神様も言っておったわ。『神の力(アルカナム)を使っていないとはいえ、私が打った剣を尽く折られた』と泣きかけておった」

 

 「そうか……次は何を命じられることか……最近前にも増してこき使われている気がするよ……」

 

 「お主も大変じゃな」

 

 アーチャーはヘファイストスと契約したまでは良かったと語る。某あかいあくまと同じくらいこき使われるとは思わなかったとも語った。

 

 「次はダンジョンの深層で採れる鉱石を鍛冶で使うから取って来てくれと言っておったな」

 

 「ついでに試し斬りをして来いってことかね?まあいい、行って来るよ」

 

 紅い外套を上から着込んで、今まで打った剣を巨大なバックパックに詰め込んで用意を整える。

 

 「そうだ椿。これはアドバイスだが、至高の武器だとか神の領域だとか考える前にまず必要なことはな……」

 

 『せめてイメージしろ。現実で敵わない相手なら、勝てるものを幻想しろ。ひたすら勝ち続ければそのうち究極に至っているだろう』

 

 そう言い残してアーチャーは椿の前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン:地下51階層

 

 ここにはカドモスの泉と呼ばれる場所が存在しており、ここに湧いている泉の水はポーション等のアイテムの製作によく使われるため、クエストとして要求されることが多く、高値で取引されている。

 

 またこの泉を守っている強竜(カドモス)と呼ばれるモンスターも強敵ではあるが、倒せれば高価値の魔石を落とすうえにドロップアイテムの皮膜もそれ以上に高値で取引されている。

 

 ここを目指しているのは泉の水を採取するために遠征を行って50階層まで来ているロキ・ファミリアだ。

 

 その中でもレベル5という第一級冒険者に名前を連ねる『アイズ・ヴァレンシュタイン』を筆頭にティオネ、ティオナ・ヒュリテのアマゾネスの姉妹、レベル3ではあるが高威力の魔法を扱える『レフィーヤ・ウィリディス』の四人だ。

 

 51階層のモンスター達を蹴散らしながら泉の前まで辿り着き、強竜との戦いを控えている直前だったが、アイズが違和感に気が付いて泉の中に入った。

 

 そこには強竜はおらず、何かが溶けて腐ったような臭いが立ち込めていた。

 

 「誰?」

 

 灰になった強竜のものと思われる死体の前に、人影がある。

 

 紅い外套を身に纏った後ろ姿はとても大きく広く見えるように錯覚する。

 

 「ん?君達こそ誰かね?」

 

 男が振り向いてアイズと相対する。180を超える高身長にドワーフに多く見られる筋肉質で褐色の肌と白い髪が印象的だ。

 

 「ロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンシュタイン、です」

 

 「ほう、君が噂の『剣姫』か。そういえばここの泉の水を採取するクエストがあったな」

 

 「ちょっと、貴方。こんな深層で何やってるの?」

 

 遅れてティオネ達三人が追い付いて来る。

 

 「ああ、そうだな。まず私はヘファイストス・ファミリア所属の者だ。ここにはまあ素材集め、だな。後は試作した武器の試し斬りってところか」

 

 「一人で?ここどこか分かってる?」

 

 「ダンジョンの51階層だろう?確かに冒険者が一人で来るようなところではないだろう。だが何、そう難しいことじゃない。敵を無視して走り抜ければ日帰りできるじゃないか」

 

 それを聞いて4人は一瞬思考が止まった。レベルが5に昇華するまでの間に何度も何年もダンジョンに潜り続けてレベルをここまで上げた彼女達ですらこの辺りの階層では命懸けだ。一つのミスで命を落とすそこでこの男は全く消耗している様子は見られない。

 

 「ふざけないで。第一ここを一人で突破するにはレベルは少なくとも6以上必要よ。そしてそれ以上のレベル7は都市に一人しかいないし、ヘファイストス・ファミリアは最大レベル5のはずよ」

 

 「そうだったな。何分最近ここに来たのでね。その辺りの情報はまだ収集しきってないようだ」

 

 「最近?ってことは一年も経ってないってことだよね?」

 

 ティオナがそう尋ねた。仮に一年だったとしても最速ランクアップ記録はアイズが叩き出した一年でレベル1~2だ。

 

 「そんな!?そんな短期間で第一級冒険者までランクを上げられた人なんて聞いたこともないですよ!!」

 

 仮にそんなにすぐにレベルを上げられたのならば、自分達が命を掛けて苦労して上げた恩恵は何だったのだろうかと思ってしまう。

 

 「何を言っている?ああそうか、君達は一つ勘違いしているな。私は恩恵を受けていないよ」

 

 「は?ちょっとそれって!?」

 

 「まあいいじゃないか。それより先にやるべきことがあるだろう?君達は泉の水の採取。私はその他の素材の採取。それにここはダンジョン、だろう?ならば事は迅速にだ」

 

 男はアイズの前から離れて強竜の死体に近づいて行く。

 

 「そういえば、貴方の名前は何?」

 

 ティオナの質問に男は答える。

 

 「名前か……そうだな、『アーチャー』。それか無銘(ネームレス)とでも呼んでくれ」

 

 突きつけられた衝撃に理解も納得もできないもののアイズ達はここに来た目的をまずは済ませる。泉の水を持ってきた容器に入れる。

 

 「おっと、これは……」

 

 「うわっ!?それ『カドモスの皮膜』じゃん。すっごい高額アイテムじゃん!!」

 

 男が灰の中から拾ったドロップアイテムをティオネがその後で見つけていた。

 

 「欲しいのか、これ?」

 

 「えっ?いいの!?」

 

 「ああ、どうせこれは回収するリストに入っていないし、売ってもうちの主神の鍛冶資金になるだろうからね。そこまでうちの主神を甘やかすつもりはないから貰ってくれ」

 

 カドモスの皮膜は最低でも500万ヴァリスは下ることはない。より高品質ならば1000万ヴァリス程になる。それだけあれば冒険者は中層から下層辺りで余裕を持てるだけの装備をフルで揃えることも可能だろう。

 

 「だがまあ、こんな高額のアイテムを置いていく人間は居ないということでもあるな」

 

 「ってことはつまり……」

 

 「これをやったのは、人間じゃない……」

 

 強竜すらも退けてしまえるモンスターがここに居たということだ。それもまだ知られていない新種のモンスターが。

 

 アイズ達は一瞬のうちに警戒態勢に入る。

 

 「いい動きだな。レベル5は伊達じゃないか」

 

 「言ってる場合じゃないわ。すぐにここから撤退よ。貴方も付いて来てもらうわ」

 

 「ああ、どの道後は帰るだけなのでね」

 

 道中道標代わりに置いていった魔石を辿って50階層を目指すが、暫く歩くと階層中に響き渡る悲鳴が聞こえて来る。

 

 「今のは!?」

 

 「ラウルの声!?」

 

 ラウル・アーノルド。ロキ・ファミリアに所属するレベル4の冒険者で『超凡夫(ハイ・ノービス)』の二つ名で知られている優秀な冒険者だとアーチャーは記憶している。

 

 「急ごう。何かの異常が起きたのかもしれん」

 

 ここばかりは満場一致の同意見で、全員で声が聞こえた方へ走って向かう。

 

 「団長!?」

 

 角を曲がると別行動していたロキ・ファミリアの団長『フィン・ディムナ』と『ガレス・ランドロック』『ベート・ローガ』の三人が負傷したラウルを担いで芋虫型のモンスターから逃げていた。この中の誰の記憶にもそれは存在しておらず、ダンジョンが産んだ新型のモンスターだろう。

 

 「止せティオナ!!」

 

 巨大な武器を担いで芋虫型モンスターに斬り掛かったティオナは吐き出された何かの液体を避けて切り裂くが、切り口から同じ液体が吹き出した。

 

 「うおっと!?」

 

 咄嗟に身を引くが液体が掛かった武器は跡形もなく溶けた。

 

 「こっのー!!よくも私の武器(ウルガ)を!!」

 

 「走れバカ女!!どんどん来てるぞ!!」

 

 斬ったモンスターの後ろからどんどん現れる同種のモンスター。一回攻撃するだけで武器を消費し、尚且つあの数では逃げるしかない。

 

 「うえぇぇぇ!!」

 

 流石の第一級冒険者もこれには逃げるしかない。

 

 「何アレ!?何なのアレ!?冗談じゃないんだけど!!」

 

 「分からない。僕らも突然襲われたんだ」

 

 強竜を倒して泉水を回収した後に襲われ、ラウルが溶解液の直撃を受けて負傷したようだった。早く治療しなければ手遅れになる。

 

 「なるほど、溶解液を溜め込む爆弾でもあるわけか」

 

 「そういえば君は誰だい?」

 

 「名前はアーチャーだ。それ以上はあいつらを片付けてからだ。そら、前からも来たぞ」

 

 全員が前を向くと、同じくらいの数の芋虫型モンスターが迫って来ており、挟み撃ちにされそうになっていた。

 

 「ッ!!全員右手の横穴に逃げ込め!!」

 

 「そっちは行き止まりの広間だぞ?迎撃するにも数が多いし武器も足りんだろう?」

 

 「だけどこのまま潰されて溶かされるよりはマシだろう?」

 

 「仕方あるまい。だが少し数は減らしておこう」

 

 アーチャーが背中に背負っていた巨大なバックパックに手を突っ込む。そこから一振りの大剣を引っ張り出した。

 

 「それは?」

 

 アイズを筆頭にロキ・ファミリアの面々はただその剣に魅入っていた。

 

 何の飾りもないただの大剣に見えるが、相応に強力な武器を携えて振るってきた猛者ならば分かる。極限まで鍛え上げられたその一振りは自分達の得物よりも数段高性能な剣だった。

 

 「まさか不壊属性(デュランダル)?」

 

 「いいや、ただの剣だ。だがこれにも役目はある。」

 

 全員が横道に避難したのを見届けるとアーチャーは剣を地面に突き刺して自分も避難する。

 

 「何を!?」

 

 「いいから見ていろ」

 

 芋虫型モンスターが合流して剣のすぐ近くまで迫った時だった。

 

 『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 何かの呪文らしき物をアーチャーが紡ぐと剣を起点に大爆発が起こる。広がった爆風が芋虫を飲み込み消し去っていく。

 

 誘爆して溶解液を撒き散らしていくが爆風によってアーチャー達が居ない通路の後方へ吹き飛んで行く。

 

 その爆発は第一級冒険者の長文詠唱の魔法のそれと同等以上の威力を叩き出した。

 

 「超短文詠唱でこの威力の魔法を!?」

 

 「いや剣を媒介にして魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を引き起こしたんじゃ!!」

 

 「何をしている!?精々半分ってところだ。また来る前に下がるんだ!!」

 

 アーチャーの指示で再び広間に向かって走り出す。

 

 「あーあ勿体無いなぁ……さっきの大剣売ったら軽く5000万ヴァリス行きそうなのに」

 

 「剣も所詮は消耗品だ。いつかは折れるものだ」

 

 広間の先は行き止まりだったが、迎撃するには充分な広さがある。

 

 「ティオネ。君は下がってラウルの治療をするんだ。武器はガレス達に渡せ」

 

 「えーと、君はベート・ローガだったか?こいつも全部やる。中には医療品や万能薬(エリクサー)もある。惜しみなく使え」

 

 アーチャーは背中のバックパックをベートに投げ渡す。中には確かに先程の大剣にも勝るとも劣らない直剣や曲刀、短剣などに加えて充分すぎる程の回復薬が入っていた。

 

 「うわっ!?これ全部一級品以上の武器じゃん!!全部で軽く一億ヴァリスくらいありそうだよ!?」

 

 「おいテメェ!!何考えてやがる!?こいつら一体幾らすると思ってんだ!?」

 

 「たわけ!!貴様らは全員の命と金を秤に掛けるつもりか!!御託を並べる前にさっさと行動せんか!!」

 

 細い道を走り抜けると、地図の通りに大きな広間がそこにあった。

 

 「ベート、ガレス、ティオナはラウルを守りつつ敵を駆逐しろ!!あの新種は僕とアイズでやる。絶対に近づくな!!」

 

 一言だけ返事を残して各々突撃していく。

 

 「では君達は左を片付けたまえ。私は右を受け持とう」

 

 「君の武器は……!?」

 

 「私の心配はいらないさ」

 

 アーチャーは背中に漆黒の弓を担ぎ、手には先の大剣にも劣らない見事な白と黒の双剣が握られていた。だがアーチャーは武器を全てロキ・ファミリア側に渡したはずだった。ならばあの双剣は既に携帯していたものだろうか。

 

 「レフィーヤ。この戦闘は君に掛かっている。分かっているね?」

 

 「わ……私、なんかじゃ……」

 

 彼女は先発されてここまで来たが、彼女だけレベルは3で明らかな戦力不足を自分で感じていた。

 

 「レフィーヤ。私達は何度でも守るから・・・できる事をすればいい」

 

 アイズはレフィーヤの前に立つと呪文を紡ぐ。

 

 『目覚めよ(テンペスト)

 

 【エアリエル】

 

 風がアイズを中心に集まり、風がそのままアイズを守る鎧になり、剣となる。

 

 「あれは……彼女の風?」

 

 アーチャーはふと、遠い記憶の片隅に焼き付いた眩しい憧憬を思い出した。

 

 「おっと、いかんな」

 

 ロキ・ファミリアの第一級冒険者達と同等どころかそれ以上の速度を持ってモンスターを片付けていく。

 

 元より彼の双剣の真作は怪異の類に対して絶大な効力を発揮する対魔能力を持っている。贋作であろうがそれは少しではあるが発揮され、モンスターの体を豆腐を切るようにバラバラに解体した。

 

 (長引けばどんどん危なくなる……ッ)

 

 魔法陣を展開して呪文を唱えていく。

 

 【誇り高き戦士よ。森の射手隊よ。押し寄せる略奪者の前に弓を取れ。同胞の声に応え矢を番えよ】

 

 広範囲高威力の魔法の弱点は発射までの待機時間だ。魔法陣を展開する以上、魔力の制御と魔法陣の維持に神経を注がなければ魔法を維持できない。

 

 ほんの少しでもズラせば魔法は完成しない。

 

 「魔法陣が歪んでいるぞ。余り緊張せずにリラックスするんだ」

 

 レフィーヤはゆっくりと横を見る。魔法陣に入らない程度の距離を保ってアーチャーが立っていた。既にこちらに向かって来るモンスターを倒し終えて、今は遠距離からの援護射撃に入っていた。

 

 「どうした?何を怖がる必要がある。君への害意は君の仲間が引き受けているではないか。君はさっきの通りにすればいい」

 

 (そうだ。守ってくれている仲間がいるから、それを信じて全てを任せられる。)

 

 【帯びよ炎。森の灯火、撃ち放て妖精の矢。雨の如く降りそそぎ蛮族どもを焼き払え】

 

 (だから、私が助ける!!)

 

 魔法が完成した。レフィーヤの全魔力を込めたそれは敵目掛けて降り注ぐ。

 

 「行きます!!皆さん下がってください!!」

 

 【ヒュゼレイド・ファラーリガ】!!

 

 精神力の塊から幾つにも分散した魔力の弾丸が敵だけを狙って降り注ぐ。

 

 広域殲滅型の魔法の着弾地点には巻き上がった砂埃の先にはモンスターの欠片すら残らなかった。

 

 「やるじゃないか。レベル差を見事に覆したか」

 

 「レフィーヤ!!」

 

 絶体絶命のピンチを救われたのだ。今回一番の功労者である彼女に賞賛が集まる。

 

 だが団長のフィンの顔は決して明るくない。

 

 「団長?どうしたんですか?」

 

 「このルームに逃げ込む前、モンスターがやって来た道は50階層の本隊キャンプ地に続くルートだ」

 

 「!!……まさか!?」

 

 「アイズ達を集めろ。全速力でキャンプに戻る」

 

 「方針は決まったかね?ならば私は一足先に向かわせてもらおう。50階層のキャンプ地だな?」

 

 「あっちょっと……」

 

 言い終わる前にアーチャーは目で捉えられない速度で走り去って行った。それは風を纏ったアイズや狼人であるベートのそれすら軽く上回ってみせる。

 

 「何者なんだ?彼は……」

 

 さっきの怪物の宴(モンスターパーティ)以上に彼の存在は異常であった。



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英雄譚のプロローグ 後編

 ダンジョン:第50階層 『大荒野(モイトラ)

 

 安全階層(セーフティポイント)と呼ばれており、ここではモンスターは産まれないことが確認されている。

 

 そのため休息を必要とする冒険者の野営地となったり、以降の階層へ進むための前線基地として利用されることが多い。

 

 50階層に到達できる冒険者が所属しているファミリアはごく一握りしかおらず、加えてその一角であるロキ・ファミリアも遠征等の冒険者や装備や資材を充分に持ち込んだ状態で到達までには5日もかかる。

 

 故にここから進むにも撤退するにも大掛かりな準備が必要になり、短時間で移動するのは不可能だ。

 

 更に言えばたとえ安全階層といえども決して安全が保証されているわけではない。

 

 他の階層に続く通路は普通に開放されているからだ。

 

 「密集陣形!!ヤツらの体液を一滴たりとも入れるな!!」

 

 ロキ・ファミリアの遠征組、その待機組が、今いる野営地に向かって這い上がる芋虫型のモンスターを必死で食い止めていた。

 

 「リーネ、アミス、リットは負傷者を後方へ運べ!!動ける者は鍋でもまな板でも構わん。盾になりそうな物を持って来い!!」

 

 野営地を任されたロキ・ファミリアの副団長『リヴェリア・リヨス・アールヴ』の顔には冷や汗が止まらず険しい表情だった。

 

 今はまだ持ち堪えているが、腐食液で盾を溶かされ続ければジリ貧だ。物資だって無限にあるわけではない。

 

 「フィン達が帰って来るまで、なんとしてでも持ち堪えるぞ!!」

 

 次々と吹き付けられる腐食液によって盾がどんどん溶かされる。反撃に槍や矢で攻撃しても数が多すぎる上に体内の腐食液で使い捨てを余儀なくされる。

 

 魔法の詠唱の時間すら稼げず、足や目をやられる者が増え始め、ポーションも尽き始める。

 

 (万事休す、か……)

 

 周囲に絶望が伝染し始めた時だった。

 

 大量のモンスターの一角が突然爆発し、抉ったように消え去る。

 

 「あれは……!?」

 

 モンスターの最後尾近く、猛スピードで接近する紅い影が目に映った。

 

 今まで見たことがないくらい速い速度で地を駆け、地面を踏みしめて大きく跳び上がる。モンスターの群れの上を軽々と飛び越しながら、気付いたモンスターの腐食液を空中で身を捩って避ける。

 

 「ロキ・ファミリアの全員は今すぐそこから下がれ!!」

 

 名も知らぬ男らしき人物からのいきなりの命令で、更に状況が状況だ。全員がどうすればと困惑するが、その中でレベル6の第一級冒険者のリヴェリアはすぐに指示を出す。

 

 「今のを聞いたな!?負傷者を担いで全員後ろへ下がるんだ!!」

 

 そこからの行動は早かった。慣れた足取りですぐにモンスターとの間合いを取る。壁が一瞬で崩壊することになるが、紅い人影が注意を引き付けたためすぐになだれ込まれることもなかった。

 

 「投影、開始(トレース・オン)

 

 虚空から取り出されたようにも見える黒弓に剣を番え、真下のモンスター達に狙いを定める。

 

 番えられた剣は魔力によって形が歪められ、より鋭利になった矢として形状を変えた。

 

 上空から大地に、獲物を見定めた鷹が地を這う獲物に向けて矢を放つ。

 

 コンマ一秒単位で間髪入れず放たれ続ける矢はモンスターを正確に射抜く。何百にも届く矢によってモンスターを殲滅するのに10秒も掛からない。端から端まで滝のように順に降り注ぐ矢はモンスター側から見れば、躱すことの出来ない雨のようだろう。

 

 空から降り注ぐ魔弾の雨を躱しきる手段など存在しないのだから。それこそ、瞬間移動のように瞬時に遠くに移動するか、縮地のように一歩を踏み出す一瞬で射程距離から離れるかのように、人間の域を超えない限りは。

 

 「……やり過ぎたか?」

 

 モンスターはその殆どが一瞬で魔石を撃ち抜かれていた。一瞬で核を砕かれたからか、モンスターが即死して爆発を引き起こすことはなかった。

 

 引いた者達の近くに居たモンスターはそうしたが、そこから遠ざかるにつれて徐々に魔石を外して仕留めた。前情報に存在しないモンスターはとにかく情報が無い。ならば見た目や特性、魔石を持ち帰って情報を取得するべきだと判断したからだ。

 

 モンスターの特性上、爆発によって砕けるか腐食液で溶けてしまうところだが、運良く数個ほどそれらを免れている物がキラリと光った。

 

 「ところで、そっちは大丈夫かね?」

 

 「ああ、なんとか」

 

 「そうは見えんがね」

 

 リヴェリアは比較的後ろに居た分腐食液の直撃を避けており負傷も少ないが、最前線の盾持ち達の負傷は特に酷い物だった。

 

 腕や足ならばポーションを傷に直接かければ治るだろうが、目に掛かったり体の内部に入った者はすぐに治療しなければ失明等に繋がりかねない。

 

 「すぐに治療する必要があるな」

 

 「だが我々も遠征でポーションを大分消耗してしまっている。正直に言ってしまうと心許ない状況だ」

 

 「心配するな。もうすぐ君達のところの主戦力が戻ってくる。その中の一人に私が譲った物資がある。ポーションもだ」

 

 そんな会話をしていると、51階層の方から人影が幾つか見えてきた。この時期に51階層に居るパーティはロキ・ファミリアの主戦力だけだ。

 

 「紹介が遅れたな。私はアーチャーという者だ。ヘファイストス・ファミリアに所属している」

 

 「ロキ・ファミリアのリヴェリア・リヨス・アールヴだ。窮地を救ってくれてありがとう」

 

 「気にするな。私がやりたくてやってるだけなのでね」

 

 危機は去った、はずなのに妙に嫌な感覚が残り続ける。

 

 地響きと共に地中、もとい下の階層から掘り進んで一体のモンスターが現れる。

 

 先程の芋虫が羽化したかのように生えた羽を持ったモンスターはまるで羽化して成体に成長したように見えるが、むしろ人間の女体に近いフォルムをしている。

 

 「なんだあれは……」

 

 「……醜いな」

 

 巨大モンスターが羽を羽ばたかせると粉のような物が撒き散らかされる。

 

 「毒か?いや……ッ!!」

 

 直後に粉が爆発を起こす。咄嗟に後ろの者達に被害が被らないようにアーチャーが特大剣の壁を作る。

 

 「爆発しただと!?」

 

 「それだけじゃない。もしあれがさっきの芋虫と同じなら、中に詰まってるのは大量の腐食液だろうな」

 

 この巨体が中に持っている腐食液をぶち撒ければ、軽くこの階層の全体に巻き散らかされることになるだろう。

 

 直後に信号弾がフィン達からの方角から上がる。色を確認するとそれは撤退を意味する色だった。

 

 「撤退か?なら殿を引き受けるとしよう」

 

 「だが、これ以上は……いやこれは悪手だろうな。待機組は全員撤退だ!!迅速に最小限の荷物だけを纏めるんだ!!負傷者を庇いつつ急げ!!」

 

 殆どの資材は先程の腐食液で溶けてしまったため、残っているのはここまでのダンジョンから得た戦利品と僅かに残った武器くらいだ。

 

 「すまない……武運を祈る」

 

 「構わんよ……急いで行ってやれ」

 

 遅れた団員が居ないか確認するために最後尾で撤退していくリヴェリアを流し目で見ながら、飛んできた腐食液を切り裂いて弾き、鱗粉は特大剣の衝撃波や巻き上げた砂で逸らす。

 

 すると下から巨大モンスターに向かって接近していく金の影が見えた。風を纏って戦場を駆ける眩しいその姿は、別人だとしても彼の記憶の彼方に焼き付いた人物を思い出させる。

 

 「さて、お手並み拝見といこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如出現した巨大な女体型モンスター。

 

 その巨大な体躯はただ暴れるだけでも広範囲に尋常ではない被害を起こすだろう。

 

 羽から撒き散らされる鱗粉は、時間差で爆発し広範囲を薙ぎ払える。

 

 触手から放たれる腐食液は言わずもがな。強竜すら溶かし尽くしたそれはもはや語るまでもない。

 

 これらの武器を持ち合わせていながらも、現在戦っているアイズに対して有効打が一つもなかった。

 

 アイズの縦横無尽跳び回るに戦闘スタイルには巨体の一撃では速度が遅すぎる。

 

 鱗粉も腐食液もアイズが纏う風によって彼女には届かない。

 

 アイズに与えられた役目は囮だ。時間を稼いで撤退を安全に行えるようにする。

 

 意外にも硬かったモンスターの腕のおかげで、誤って過剰火力で倒すのを防ぐことができるのは幸いだった。

 

 だがモンスターも負けてはいられない。不意打ちで放った腐食液に風を使ったアイズを腕で殴りつける。

 

 防御が完璧ではなかったアイズはそれによって後ろに大きく飛ばされる。

 

 「ッ……」

 

 目立った外傷は無い。だが追い打ちに放たれる脱出不可能の鱗粉による包囲網。だがこれも既に対処法は確立している。

 

 爆発までにかかる時間はピッタリ三秒。それに合わせて風で吹き飛ばせば包囲網は簡単に破壊できる。

 

 丁度良く信号弾が上がり、撃破の許可が降りる。

 

 風によって返って来た鱗粉の爆発で体勢を崩したモンスターの足を抉り取る。

 

 半身を潰されたモンスターは攻撃の後に大きく距離を取ったアイズの次の攻撃を察知し防御の態勢を取る。

 

 「リル・ラファーガ」

 

 風と高レベルのステータスによってアイズ自身を弾丸として敵を貫く刺突技は、モンスターの巨体を軽々と貫いて止めを指した。

 

 力を失って倒れゆくモンスターを尻目に、アイズはふとあることを思い出す。

 

 「あっ、そういえばこのモンスター。爆発するんだっけ・・・?」

 

 気付いた時には既に遅く、最後の力で膨張を始めたモンスターの巨体が破裂する。周りに鱗粉と腐食液を撒き散らすが、範囲内には既に人が二人(・・)しかいなかった。

 

 「最後まで気を抜くな。それが致命傷に繋がりかねない」

 

 仄かに紅い光を放つ花弁を七つ、目の前に展開して爆発からアイズを守るアーチャー。

 

 アイズはアーチャーを見ていた。初めは51階層で、次はここに上がって来た時に一瞬だけ。

 

 芋虫のモンスターを蹴散らしたのは紛れも無く彼一人の力だ。

 

 「どうして、貴方はそんなに強いの……?」

 

 アーチャーは少しの間、思考に浸った。

 

 「そうだな。君はどうして力を求めている?」

 

 アイズが力を求める理由。昔はその理由を見い出せず、ただひたすらにモンスターを屠った。だが今は少しずつだがそれが鳴りを潜め、ファミリアの中に溶け込み始めている。

 

 そうして仲間に触れていくことで、アイズの中の一つの感情が強くなっていた。

 

 「皆を、仲間を守りたいから、私は強くなりたい」

 

 「本当にそれだけか?」

 

 頭を鈍器で強打されたような衝撃がアイズを襲う。同時に声が聞こえて来る。

 

 (お母さん……!!)

 

 風のような人だった、と自分の母を例えて記憶している。遠い昔に置いて行かれてしまった。強くなれば追いつけるのだと信じて強さを求めている。

 

 青ざめてしまったアイズを見下ろしながら、流れを断ち切ろうとアーチャーは記憶を引っ張り出して思い出していく。

 

 思い出されるのは自らの原点とあの運命の夜の一幕。どちらも後から積み重ねられた記録に埋もれてしまったが、それらは確かに今の自分を証明する上で欠かせない物となっている。

 

 「憧れ、だったな」

 

 「……え?」

 

 「私は死にかけた時に三回、助けられた事があってな。一回目はその人の理想に憧れて、二回目はその人の人間性と生き方に憧れて、三回目は……ただ焦がれて、、焦がれて、それ以上に、愛おしかったんだろうな……」

 

 アイズは何も言い出せなかった。アーチャーの過去に何があったかなんてアイズはひとかけらも知らない。それどころかつい数十分前に出会ったばかりだ。だけどアーチャーの言葉にアイズは不思議と惹かれて行った。

 

 「なんてな。それより行かなくていいのか?」

 

 ハッと我に返った。既に爆発の余波は消えて静寂が戻っている。

 

 「体と頭の力を抜いて、ゆっくり考えるといい。君は割りと頭が固そうだが、時間は腐る程あるだろう?ならそれを腐らせないようにな」

 

 アーチャーはこの辺りだったかと地面を掘り返し、埋まっていたバックパックを背負う。ベートに渡した物には武器やポーションを詰めていたが、こちらには魔石や鉱石などの素材の類を入れて隠していたのだ。

 

 「ではな。君の仲間が待っているぞ」

 

 アーチャーはアイズに一言と手だけで別れを告げ、また別の出口へと消えていった。



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槍と剣の一幕

 地上からも然程深くないダンジョンの地下5階層目

 そこは駆け出しの新人が己の腕を磨き、やがて一人前になるための登竜門のような場所だ。

 ある日、そこには出現しないはずの強大なモンスターによって一人の少年の命が散りかけた。

 冒険者に成り立ての少年は必死で抵抗したが、力も技量も経験も武器も何もかも足りていなかった故に敗北した。

 追い詰められて死を覚悟した少年は、既のところで命を救われる。

 暗く瘴気に満ちたダンジョンの中でも眩しく輝く金の髪に積み重ねた研鑽によって鋭く鍛え上げられた美しい剣筋。

 少年の上半身が怪物の返り血の紅で染まってしまったが、それすらどうでも良く思えるくらい、少年を助けた少女に魅入られていた。

 彼の純粋で無垢な目も心もやがて芽吹いた感情で染まった。それが目の前の少女に少年が抱いた強い憧れと恋心だった。

 「・・・あの、大丈夫、ですか・・・?」

 助けた少年の安否を尋ねる少女と尻もちを着いてそれを見上げる少年。

 その出会いはまさしく運命の始まりだっただろう。

 「なるほど・・・通りで眩しかったわけだ」

 何も無い空間から、人の声が発せられるが、それは誰の耳にも届くことなく虚空に消え去った。

 ―――昔、ある出会いがあった。

 おそらくは、一秒すらなかった光景。

 されど、その姿ならば、たとえ地獄に落ちようとも、鮮明に思い返すことができるだろう。

 その二つは、ピッタリと重なった。


 「エイナさぁあああああん!!」

 

 冒険者達が集まる中心部であるギルドに少年の声が木霊する。だがその声の主の顔を見る度に周りの人間は驚いて青ざめた顔をして少年に道を譲る。

 

 ギルドの職員として受付で事務作業をしていた職員の『エイナ・チュール』がその声に気付いて顔を上げるが、その反応は周りと全く変わらない。

 

 「アイズ・ヴァレンシュタインさんの情報を教えてくださぁぁぁぁぁいっ!!」

 

 「うわぁぁぁああああああ!?」

 

 顔面が真っ赤に染まって誰かも判別出来ないくらいに汚した少年こと『ベル・クラネル』の姿を確認したエイナの絶叫がギルド中に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おっ、なんだよ坊主。ほんのちょっぴり見違えた顔してるぞ」

 

 「えっと、実はですね……」

 

 ここはベル・クラネルが所属するヘスティア・ファミリアの本拠。といってもまだ団員がベル一人しか居ない零細ファミリアのため、廃屋となった教会跡地の地下室に生活スペースを作って雨風を凌いでいるような状況だ。

 

 「その、ですね・・・ちょっと気になる人ができてしましました」

 

 「へぇ……女か?」

 

 「なっ!?なんで知ってるんですか!?」

 

 「いやお前分かりやす過ぎるからな?思いっきり顔に出てるぞ?」

 

 にへら~と緩んだ顔が紅く染まっていれば、誰が見ても恋をした人間にしか見えないと答えるだろう。

 

 「む?ベルくんに女の子だって!?」

 

 そう言って勢いよく食いついて来たのがこのヘスティア・ファミリアの主神の『ヘスティア』だ。まだ幼い子供のような見た目に対して体の一部分が不釣合いに大きい姿がよく目立つ。

 

 「さあ話したまえベルくん!!洗い浚い詳しく聞こうじゃないか!!」

 

 ベルの前には触れる手前にまでベルの顔に接近した神ヘスティア。後ろには面白い物を見つけてニヤニヤとした顔で退路を塞ぐランサー。つまるところ今のベルは狩られる前の兎そのものだ。

 

 抵抗すら出来ずにベルは全て吐かされた。

 

 興味本意で5階層にまで降りたこと。

 

 そこで本来出現しないはずのミノタウロスに出会って交戦したこと。

 

 そこそこ戦えたけど武器が付いてこれずに追い詰められたこと。

 

 そこをロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインに救われて一目惚れしてしまったこと。

 

 「よりにもよってロキのところの子かぁ……アイツに借りを作るのもヤなんだけどなぁ……」

 

 ヘスティアとロキはとにかく仲が悪い。出会えばすぐさま取っ組み合いの喧嘩に発展するほどだ。

 

 「で、その後どうなったんだ?」

 

 「え?後も何もそこで終わりですけど?」

 

 「なんだよつまんねぇな。普通男と女が出会う展開になりゃ旨い酒飲む約束してそのまま一晩過ごすもんだろ」

 

 ここでランサーが言っている一晩過ごすというのは勿論美味しい酒を飲みながらお話ししましょうという優しい物ではない。Rや18に引っかかるようなことだ。

 

 「ななな……っ何を言ってるんですかぁぁあああ!!」

 

 「そうだよランサーくん!!そういうのはまだベルくんには早いんだぞ!!」

 

 「なんだよ……。まず良い女がいたら声をかけるだろ?次に抱きたかったら抱きたいと声にする。 良い女を抱くことは良い男になる秘訣だってフェルグスは言ってたし、ケルトも言ってるぜ?」

 

 「いやここオラリオですからね!?」

 

 「流石ケルト。野蛮だなぁ……」

 

 ケルトで話が完結してしまった。とはいえ二人の前にいるランサーも生前はたくさんの女を抱き、子も授かっている。

 

 影の国の女王スカサハの姉妹のオイフェとの間にはコンラという男児が産まれたが、ランサーと彼はその数年後に悲劇が訪れる。

 

 影の国で修行をするという条件を満たしてもなお娘の結婚を認めないフォルガルの軍を皆殺しにしてその娘のエメルを攫ったりもした。

 

 「まあいいか。それよりベル。今日はオレがもう一度扱いてやる」

 

 「ほ、ホントですか!?」

 

 ベルが格上のミノタウロスを前にしてある程度立ち回ることが出来たのは、初日に基本をほんの少し教えた者が、目の前のランサーだからだ。

 

 周りの冒険者など比べるまでもない程の圧倒的な実力を持った正真正銘の大英雄を片鱗とはいえ見ていれば、ミノタウロスですら深い霧に遮られたかのように霞んで見えた。

 

 「おう。だが前みたいな甘っちょろいもんじゃねぇぞ。今日一日徹底的に鍛えてやる。まずはオラリオを縦断してこい」

 

 オラリオは魔石産業のおかげで世界の中心となっている。そのため街全体を移動するには馬車が用いられる程だ。人の足では広すぎて行き来がとても大変だからだ。

 

 「はい!!行ってきます!!」

 

 「それが終わったらダンジョンに入って実戦だ。覚悟しとけよ」

 

 「分かりました!!」

 

 元気に飛び出して行くベル。すぐにその姿は街に溶けて見えなくなった。

 

 「全く。君もいきなり無茶を言うね」

 

 「出来ねぇ量じゃねぇだろ?そのくらいは分かって加減してるぜ」

 

 「ならいいんだけど……はぁ。君もベル君もホント規格外だよねぇ・・・」

 

 つい先程行ったステータスの更新の際にベルのステータスを写した羊皮紙だが、これはベルに渡す前にある加工が行われた。

 

 「まさかいきなりスキルが二つも発現するなんてね……」

 

 そのどちらも今まで発現報告の無いレアスキルだ。

 

 その内の一つは『憧憬一途(リアリス・フレーゼ)』これはおそらくベルがアイズに対する憧れと恋心によって成長速度が増加するという物だ。ベルのアイズに対して抱いている想いは桁外れのようで、冒険者の平均的な成長速度を遥かに超えてステータスを飛躍させている。

 

 もう一つは『偉業再現(エクスプロイツ・リピーター)』これはおそらくベルが英雄になることを望めば望む程効果が増すスキルだ。ベルが格上のミノタウロスの咆哮(ハウル)を受けても立ち向かえたのは、既にこのスキルを発現する条件が揃っていたのかもしれない。

 

 その効果は己よりも格上の相手を前にした時の恐怖心などの精神的な状態異常を消去すること、雑念を取り払って思考を透き通らせること、恩恵の全てのステータスに戦闘している間だけ上方補正を掛けることだ。

 

 これは簡単に言ってしまえばランクアップするために存在するスキルだ。ランクアップの壁を乗り越えるためにのみ存在するといっても過言ではない。

 

 そしてこのスキルの発現のきっかけは、おそらくランサーの存在だ。

 

 ベルにとってランサーは自分が憧れている英雄の代表格であり、奔放であるが面倒見のよい兄貴分だ。

 

 そんなランサーを目指してベルは毎日ダンジョンに潜り続けていた。

 

 「あっ、そうだ。僕は今日の夜はバイト先で打ち上げがあるから、今日の夕食はベル君と済ませておいてよ」

 

 「はいよー、伝えておくぜ」

 

 「……ベルくんのことを頼むよ。君を除けばたった一人の眷属なんだ……」

 

 「分かってるっての。お前は主でオレは従者だ。心配すんじゃねぇよ」

 

 ヘスティアは何も答えず、ただ笑みを一つ残して出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所と時間が変わって今は日が沈みかけて空が黄昏に変わる頃。そしてここはロキ・ファミリアの本拠である黄昏の館の前だ。

 

 「おっかぇえぇりぃぃぃぃぃ!!」

 

 門が開けられると真っ先に飛び出して来るのは、ファミリアの主神のロキだ。

 

 「え?」

 

 アイズがそれを避け、ティオネとティオナが避け、後ろに居て反応が遅れたレフィーヤに直撃する。

 

 そんないつもの光景に団長のフィンもやれやれだと安堵する。

 

 天界に居た頃は暇潰しに他の神に殺し合いを仕掛けるような物騒な神だったが、下界に降りて眷属達と共に暮らすうちに丸くなり、今は眷属達を愛する神格者となっている。

 

 「あっそうや。フィンとリヴェリアとガレスは後で執務室に来てくれんか?」

 

 一通りの挨拶が済んで、ロキは後ろで待っていたセイバーの元に向かう。

 

 「ん?どうしたんや?」

 

 セイバーは少しの間呆けていた。何故だか分からないが、懐かしい物を見たような気分になっていた。

 

 「……・いえ、なんでもありませんよ」

 

 「そうなん?まあええわ。後でフィン……ウチらの団長を紹介するから行こか」

 

 「分かりました」

 

 (アーチャーもこの世界に……まさか、また聖杯戦争が始まると言うのですか……?)

 

 鼻歌を歌いながら歩いて行くロキと対称に、セイバーの顔は決して明るくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「来たよロキ」

 

 数十分後、ロキに言われた通り、フィン達が執務室に集合した。

 

 「遠征帰りで疲れてるやろうにごめんな」

 

 「構わないさ。それで、私達をここに集めた理由は?」

 

 「せや、この子のことなんだけどな」

 

 ロキの隣に立つ女性にフィン達の視線も集まる。フィン達には女性が放っている存在感に似たような物を数刻前に感じていた。

 

 「お初にお目にかかります。私はセイバーという者です」

 

 「セイバーとは名前じゃなくて剣士(セイバー)ってことでいいのかい?」

 

 「なんや、知ってたんかい」

 

 「知ってたというか、遠征中に異常事態に遭遇して、その時助けてもらった人が弓兵(アーチャー)と名乗っていたんだ。そう呼んで欲しかったみたいだから本名じゃないと思ってね」

 

 「でしたら話は早いです。私達『サーヴァント』について説明します」

 

 セイバーは先程ロキにした説明を再びフィン達にも繰り返す。

 

 「サーヴァント、ねぇ……」

 

 「世界に登録された英雄や偉人の使い魔・・・儂らにはスケールの大き過ぎる話じゃわい」

 

 「ということは、私達が出会った『アーチャー』も……」

 

 「ええ、間違いなくサーヴァントでしょう」

 

 「私達が出会ったサーヴァントは、紅い外套を着た褐色肌で白髪だった」

 

 「そのサーヴァントには心当たりがあります。私が過去二回召喚されたうちの一回は彼がアーチャーでした」

 

 「セイバーたん。そいつの真名は何や?」

 

 「申し訳ありません。あのアーチャーは真名を告げる前に脱落してしまったので分かりません。ただ弓兵でありながら近接戦闘を好んで白と黒の夫婦剣を主武装にしています。ですが弓兵としての腕前も一級品です。4キロは離れた場所からでも正確な狙撃が可能です」

 

 「それはまた……とんでもないね」

 

 「それがサーヴァントです。後の世に残り続ける偉業を成し遂げた者の集まりですので、大抵の不可能を可能にしてしまう存在です」

 

 「分かったよ。君や彼はそのサーヴァントで、今後新たにサーヴァントが出現する可能性があるってことで、いいね?」

 

 「はい。サーヴァントを確認したら私に報告してください。サーヴァントの中にはバーサーカーのように狂気で暴れ出す者や精神汚染持ちや悪属性のように進んで悪行を行う者もいますので」

 

 「意見は纏まったかいな?じゃ、本日のメインイベントや!!セイバーたんの真名公開やで!!」

 

 ロキが一人で盛り上がる中、全員の視線がセイバーに集まる。

 

 「えっ?なんですかこのノリは」

 

 「諦めてくれ。これがウチのノリなんだ」

 

 「はぁ……まあいいですけど……私の真名は『アルトリア・ペンドラゴン』かつてブリテンを治めた王です」

 

 その発言で場の全員が驚くが、フィン達は全員第一級の冒険者である。その動揺をすぐに抑える。

 

 「ってことはアーサー王ってことかい?」

 

 「って女じゃないか!?性別を偽っていたとは……」

 

 「こりゃ驚いたわい」

 

 三者三様の回答だった。

 

 「すっごいわ!!やっぱりうちのセイバーたん、もといアルトリアたんは最強だったんだ!!」

 

 集中線が幻視できる程勢い良く跳びついてくるロキを片手で顔面を掴む。

 

 「あと、私のことはこれからもセイバーで通してください。サーヴァントにとって真名はそのまま弱点になってしまうので。ジークフリートの背中やアキレウスの踵のような物です」

 

 「分かったよ。これからも君はセイバーだ」

 

 「お願いします。ところで、一つ気になることが、リヴェリアでしたか。」

 

 「なんだ?」

 

 「……私達、声が似過ぎていませんか?」

 

 「……私に聞かれても困る」

 

 二人の声は同一と言っていい程似ていた。聞き慣れた者ですら後ろから声を掛けられたら判別できないくらいに。

 

 「ま、その話は置いといて、じゃあセイバーたんの紹介は夕飯の時にしよか。セイバーたん食事とかどうなってるんや?」

 

 「基本は必要ありません。マスターからの魔力供給さえあればサーヴァントは現界を維持出来ますが、魔力供給の手段の一つとして食事でも微量ですが魔力を補給できます。他にも睡眠や食事を取ることで精神的な面での回復もできます」

 

 「……食べたいんやな」

 

 ここ一番の笑顔で力説されれば、誰だって察する。

 

 「はい!!いただきます!!」

 

 「分かったで。用意して貰うわ」

 

 ロキはこの判断を終わることはないが一生後悔することになる。




中の人ネタはアーチャーの時にもやりたかったけど、単純に忘れていました


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弓の一幕

 「夜は打ち上げやるからなー!!遅れんようにー!!」

 

 ロキの声が木霊のようにエコーし続ける。それに送られながらロキ・ファミリアの面々は本拠を発つ。

 

 昨日までの遠征で得た鉱石やドロップアイテム等の換金。破損した武具の整備や再購入に消費したアイテムの補充などを行うが、これにはファミリアの団員が総出で行う。

 

 必然的に大人数で大通りを歩くことになるため、町人達の視線が集中することになる。

 

 「見ろ。【ロキ・ファミリア】だぜ」

 

 「あれが【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ……」

 

 「【剣姫】にヒュリテ姉妹……スゲェな、第一級冒険者が何人もいやがる……」

 

 「バカッ!!目を付けられたらファミリアごと潰されるぞ!!」

 

 尊敬や憧れの眼差しが多く集まるが、恐れや畏怖の念も多い。最大派閥ということはそれだけ多くの注目も浴びることになるのだ。

 

 「なんかヤダなーこういうの。ベートは喜びそうだけど」

 

 「ベートもそこまで下品ではないぞ。あやつはあやつなりに第一級の誇りと自覚がある。【ロキ・ファミリア】はオラリオでの実力も影響力も指折りじゃ。その事実は受け止めねばならん」

 

 しばらく歩くと街の中心地にある摩天楼施設『バベル』の前に辿り着く。天を衝く白亜の摩天楼。ダンジョンの蓋として機能しており、武具の販売店や魔石等の換金所を含む冒険者向けの施設も充実している。

 

 「僕とリヴェリアとガレスは魔石の換金に行く。皆は予定通りここから各々の目的に向かってくれ」

 

 各自バックパックや荷車に溢れそうな程換金アイテムを持っている。

 

 「換金したお金はどうかちょろまかさないでおくれよ?ねぇラウル?」

 

 「あっあれは魔が差しただけっす!!本当にあれっきりです、団長!!」

 

 「ははっ、じゃあ一端解散だ」

 

 人が冒険者となってダンジョンに潜る理由は、主な理由としては魔石の採集が一番である。

 

 モンスターの核となっている魔石は加工をすることで様々な魔石製品となる。夜の街に昼のように明かりをもたらす灯りも魔石の加工品である。

 

 その他にも発火装置や冷凍機の燃料代わりに魔石が多く使われており、もはや魔石は人の生活に必要不可欠の物となっている。

 

 そんな魔石がもたらす利益を独占することで巨万の富を築き上げた組織がギルドだ。

 

 ギルドを中心としてオラリオは世界一の魔石産出都市となり、オラリオもまた大陸の一国家を遥かに凌ぐ発展を遂げたのである。

 

 「それじゃ私達も行くわよ」

 

 先程話題に上がった剣姫こと『アイズ・ヴァレンシュタイン』やティオネ、ティオナ姉妹にレフィーヤを加えた四人は今回の遠征で達成したクエストの報酬を受け取りにディアンケヒト・ファミリアに向かっていた。

 

 「それにしてもあの人がサーヴァントで人間じゃないっていうのには驚きましたね」

 

 「それを言ったらウチに入ってきたセイバーだってそうだよ?あんな小さい女の子がアーサー王だなんて聞いてないよ」

 

 それは昨日の夕食のために皆が食堂に集まった時のことだった。

 

 『そんじゃ皆に紹介するで。今日新しくウチに入ったアーサー王のアルトリアたんや』

 

 『よろしくお願いします。少々訳があるので『セイバー』とお呼び下さい』

 

 談笑で賑わっていた食堂が一度静まり返るが、その後全員が大声を上げた。その中の誰もが目の前の少女が嘘を言っているとは思わなかった。特に遠征に行った者はそれより前に同じような圧倒的な存在感を持つ存在を見ているからだ。

 

 「でも、あの人の実力は本物、だよ。きっと」

 

 「それでも今まで持ってたイメージが粉々になったよ。騎士って言えば美形の男ってイメージが強いからね」

 

 最初は恐ろしいまでに思えた彼女は、一度食事を始めると年頃の女の子と変わらない笑顔を浮かべて誰よりも多い量の料理を体の中に入れていた。

 

 『こんなに美味な食事は前に召喚された時以来です!!』

 

 思いの外健啖家であったアーサー王にロキも少し顔が引きつっていたのはとても印象的だった。

 

 「いらっしゃいませ【ロキ・ファミリア】の皆様」

 

 ディアンケヒト・ファミリアは主にポーション等の回復薬や風邪薬等の医療系の商品を扱うファミリアだ。

 

 四人を出迎えたのはディアンケヒト・ファミリアの団員で治療師の『アミッド・テアサナーレ』だ。

 

 「クエストで注文いたしました泉水。要求量も満たしています。依頼の遂行ありがとうございました。ファミリアを代表してお礼を申し上げます。つきましてはこちらが報酬になります」

 

 用意されていたのは万能薬が数十本。ディアンケヒト・ファミリア製の物ならば一本50万ヴァリスは下らないため、この数なら豪邸を建てることも可能であろう。

 

 「ところで、一緒にこの『カドモスの皮膜』をドロップしたのだけど、これも買い取ってくれない?」

 

 「これは……!!防具にも回復系の道具のどちらに使っても申し分ない一品です。700万ヴァリスでお引き取り……」

 

 「1500万ヴァリスでどうかしら?」

 

 「お戯れを……800までは出しましょう」

 

 「貴方も言ったわよね?これは今まで出回った物よりも遥かに上等だと自負してるわ。1400」

 

 ティオネもアミッドも一歩も譲らない。ティオネはただ一つの純粋な想い。ただ想い人のフィンに褒められたいとの想いで燃えている。

 

 「850、これ以上は出せません」

 

 「今回殺り合った強竜は活きがよくて危うく死にかけたわ。私達の削った寿命も加味してくれるとありがたいんだけど?1350」

 

 (いけしゃあしゃあと……!!)

 

 なおこの強竜の皮膜。四人が倒した物ではない。到着した時には既に死んでおり、たまたま落ちていたこれは先にアーチャーが拾った物をティオナが譲り受けた物である。

 

 後ろで見ている三人は申し訳無さで冷や汗が止まらない。

 

 だが救いの手が差し出される。

 

 「1150万ヴァリスでどうかね?それでお互い損も得もあるまい」

 

 「ハァ!?ちょっと横から何……!?」

 

 ティオネの横に居たのは強竜の皮膜の元々の拾い主であるアーチャー本人だ。

 

 「1500万は流石に盛り過ぎだ、それに700万の価値しか無い物でもあるまい」

 

 どうやら先に来店してポーション等を購入していたようで、既に購入する予定のポーションを手元に持っていた。

 

 「アーチャー。助かりました。このままでは予定よりもオーバーになるところでした。」

 

 「チィ……まあいいわ。それでこれを売るわ」

 

 商談は成立し、かばんに袋詰の1150万ヴァリスが詰め込まれてティオネに渡される。

 

 「元々かなり足元を見てクエストを依頼したのはこちらが先です。ここは痛み分けといきましょう」

 

 アミッドもこれが両者に損のない妥当な金額だということは分かっている。だから決して怒りの感情しか無いわけではなかった。

 

 「アミッド。これも精算してくれ」

 

 「わかりました。少々お待ち下さい」

 

 計算機を弾き、値段を計算する。

 

 「高等回復薬(ハイ・ポーション)が5本と精神力回復特効薬(マジック・ポーション)が10本で・・・こちらの価格でいかがでしょうか?」

 

 「……なんだか随分と安いな」

 

 「ええ。貴方にはご贔屓してもらっていますから。今後も良き関係を築いていきたいので、差額はサービス料として引かせていただきました」

 

 「そうか。ではこれで」

 

 アーチャーは袋に提示された額のヴァリスを入れてアミッドに手渡す。

 

 「何よ……この扱いの差……」

 

 「日頃の行いの差ですよ。ティオネ」

 

 不敵な笑みを浮かべたアミッドは彼女達が見慣れている姿よりもほんの少し色っぽい。

 

 「そうだ。アーチャーって武器も作ってるんだよね?あれだけ良い武器作れるんだったら、私の武器も作ってよ」

 

 「武器か?悪いが一億ヴァリスより安くすることはできんぞ。主神様の指示で私の武器を一億ヴァリス以下で売ることを禁じられているからな。できる限り安く抑えるしローンも組めるだけ組むが、それでもいいのなら打たせてもらうよ」

 

 「OKだよ!!やった!!」

 

 アーチャーはヘファイストス最高の鍛冶士である椿ですらまだ及ばないと認められている。そんな腕のアーチャーがそれ以下で武器を売ると、他の鍛冶士の作品よりも安く高品質な作品が出回り、それ以外が売れなくなってしまうからだ。

 

 「ではな、アミッド。また来させて貰うよ」

 

 「はい。ロキ・ファミリアの皆様もまたのご来店をお待ちしております」

 

 店舗を出てすぐにアーチャーはティオネに道を塞がれる。

 

 「待ちなさい」

 

 「何かね?私が何かしたかね?」

 

 「それもあるけど、もういいわ。あの後色々聞いたわ。貴方もサーヴァントの一騎ね?」

 

 僅かにアーチャーの動きが止まった。

 

 「……誰から聞いた?」

 

 「あの後すぐにウチにもセイバー(・・・・)が入ったのよ。アーチャー(・・・・)のサーヴァント。サーヴァントのことも聖杯戦争のことも」

 

 「……そうか」

 

 「貴方は、本当に敵じゃないんですか!?私には少なくとも貴方が敵には見えません!!」

 

 今まで後ろに下がっていたレフィーヤが前に出る。

 

 「さてね。本当に私にも分からないんだ。聖杯戦争ならばマスターの指示で敵サーヴァントは皆倒さなければならないが、状況が状況なのでね」

 

 「もし聖杯戦争が始まったら、どうするの?」

 

 「まず聖杯が何か知ってるかね?」

 

 「え?大昔に存在していたキリスト教で登場する聖遺物でしょ?」

 

 キリストが「最後の晩餐」において、キリストが弟子達に「私の血である」としてワインを注ぎ、振舞ったという杯。それが一般的に聖杯と呼ばれている物だ。

 

 「それは『Holy Chalic』と呼ばれる物だ。聖杯戦争の賞品は『Holy Grail』と呼ばれる願望器だ」

 

 「ってことはどんな願いでも叶えられるってこと?」

 

 「理論上はな。そしてその燃料として6騎のサーヴァントの魂が使われる。後は分かるな?」

 

 「だから、殺し合う?」

 

 「そうだ。実際に聖杯戦争が起きればこのオラリオは間違いなく火の海になるか更地になるかのどちらかだろうな」

 

 「そんな!?」

 

 レフィーヤの顔が青ざめる。今までを見ていれば、少なくとも自分が踏み込める領域ではないと察しているからだ。

 

 「安心したまえ。少なくとも聖杯はここには無い。だから聖杯戦争は起きないさ」

 

 「でも、貴方は、どうするの?」

 

 「さあ?お役御免になるまで今のマスターに仕えるだけだろうさ。ところで君達のところのサーヴァントは誰かね?」

 

 「そうだった。聞いたら驚くよ!!アーサー王だってさ!!」

 

 「バカ!!真名は伝えるなって言ってたでしょ!!」

 

 「アッ、ゴメンゴメン」

 

 上から振り落とされた拳骨をまともに受けてティオナは涙目で痛む部分を抑える。

 

 「ああ、彼女か」

 

 「えっ?知ってるの?」

 

 アーチャーはアーサー王と聞いて迷い無く女性だと言った。つまり前から知っていることになる。

 

 「彼女には昔世話になってね。少し境遇の違う私にとっては特に縁のある人だよ」

 

 アーチャーの目は目の前のアイズ達ではなく、どこか遠いところを見ているようにも四人には見えた。朧げでとても悲しい目をしていた。

 

 「今日の夜、豊穣の女主人ってお店で打ち上げをやる」

 

 「ん?」

 

 「そこにセイバーも来るから」

 

 「来いってことかね?分かった。予定が合えば伺うとしよう」

 

 アーチャーは四人に別れを告げて彼の本拠へと歩いて行くが、アイズ達はその姿が道の果てに消えるまで見届けた。



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運命は夜にて交わる

 「今日は宴や!!飲めぇ!!」

 

 『乾っ杯!!』

 

 ここは酒場『豊穣の女主人』店主兼料理人のミア・グラントと、数人の女性ウェイトレスの手によって経営されている。

 

 男性店員はおらず、ウェイトレスは皆美人ばかりで評判であり、荒くれ者の多いオラリオで店を出すには少々不用心とも思えるが、何故かこの店では客同士や店員を巻き込んだ喧騒は滅多に起きない。

 

 起きた場合、瞬時に叩き出されるからだ。その店員か、女将のどちらかに。

 

 「団長、つぎます。どうぞ」

 

 「ああ、ありがとうティオネ。ところで僕は尋常じゃないペースでお酒を飲まされているんだけど、酔い潰した僕をどうするつもりなんだい?」

 

 「本当にぶれねえなこの女・・・」

 

 「うおーっ、ガレスー!? うちと飲み比べで勝負やー!!」

 

 「ふんっ、いいじゃろう、返り討ちにしてやるわい!!」

 

 「ちなみに勝った方がリヴェリアのおっぱいを自由にできる権利付きやあああァッ!!」

 

 『な、なんだってええええぇぇぇぇッ!?』

 

 「じっ、自分もやるっす!」

 

 「オレもだ!!」

 

 「私もっ!」

 

 「ひっく。あ、じゃあ僕も」

 

 「団長ーっ!?」

 

 机の幾つかに跨ってロキ・ファミリアの団員達は遠征で誰一人欠けることなく帰って来れたことを祝って宴会が行われていた。

 

 「ところで、私がここに居てもいいのかね?神ロキよ。どうにも場違い感が強いのだが」

 

 「そんな硬い事は言わんでええ。これでもウチは感謝してるんやで。ウチの子達を助けてくれてありがとうな」

 

 「お、美味しい!!これも、こっちも!!美味し過ぎます!!」

 

 一方で酒を一滴も飲むことなく、運ばれてきた料理を端から順に全て喰らい尽くさんとする勢いで腹の中に納めていく少女が周りから浮いていた。

 

 「ほんとセイバーたんはよう食うなぁ・・・」

 

 セイバーは現在ロキの隣でただひたすら食事に没頭していた。

 

 「お前王様だったんだろ?美味いもんは食い飽きたとかそういうのはねぇのかよ」

 

 セイバーともう一人を挟んだ隣にいるベートは酒を飲みながらからっぽの皿が山を作られていく光景を見ていた。

 

 「当時の食事は・・・・・・雑でした・・・」

 

 ぽつりと、されど怨念のこもった感想が溢れ落ちた。こう、至らぬ部下に対する不満であり、それを窘められなかった自分自身への自責の念が溢れ出ていた。

 

 「ガウェイン卿はどんな物もマッシュにすれば食べられると思い込んで雑な料理ばかり、モードレッド卿も一緒になって隣でマッシュポテトを量産していました。ベディヴィエール卿も感性はまともなのですが、どんな肉も栄養価は変わらないとワイバーンやゲイザーというゲテモノばかり狩って来ては焼くだけ茹でるだけの食事でした・・・」

 

 思い出した記憶がどれもそんな物ばかりで涙を浮かべるセイバー。

 

 「泣くなセイバー。特に宴会の席では周りの空気も壊しかねん」

 

 セイバーの隣に座る男、アーチャーはロキ・ファミリア所属ではないが、遠征での件とアイズの招待に応じてこの場に居た。持っていたハンカチをセイバーに手渡す。

 

 「ああ、ありがとうございますアーチャー。ですが、それも過去の話。今はこれ程美味しい食事に囲まれて幸せですよ。私が今まで食べた料理の中で二番目です」

 

 「そんなにかい!!じゃあ一番はどこなんや!?ウチの食堂じゃないやろ?」

 

 「ええ、あの料理も大変美味でしたが。一番はやっぱりシロウが作った料理です」

 

 セイバーの口から想像もできなかった人物の名前が出る。シロウという名前は今の極東辺りでよく付けられる名前であり、セイバーの伝説から考えると当時の技術力では到達できず接点もできない。

 

 そして、ここで何故かアーチャーが固まったのを見ていたのは、酒が飲めずに素を保っていたアイズだけだった。

 

 「誰やシロウって!?まさかセイバーたんの男か!?」

 

 「はい。シロウは私が召喚された第五次聖杯戦争のマスターで、私が愛する人です」

 

 『な、なにいぃぃぃぃぃ!?』

 

 今日一番の声が酒場中に広がる。

 

 「む、悪いですか?確かに私はこんな子供体型ですが、それは聖剣の加護で不老になって成長が止まっているだけです。実際にはしっかりと成人しています」

 

 「違うそうじゃないで!!セイバーたん伝説じゃ確かギネヴィアっちゅう嫁さん貰ってたやん?そっちはどうしたんや!?」

 

 「ギネヴィアは女性です。それも形だけの結婚ですし。仲が悪かったわけではないですが」

 

 一気に疲れが襲ってきたのか、頭を抱えて酒を酔い潰れる勢いで飲み始めた。

 

 「ねぇねぇセイバー。シロウって人はどんな人だったの?」

 

 「ティオナ。そうですね。シロウは私のマスターになった人で、料理がすごく美味しくて、困っている人のために前に立てる人です。そして私が抱いていた間違った願いを正してくれた人です。『生前の行いが間違えていないなら、やり直しを望むべきではない』と。自分の国を守れずに滅ぼしてしまった私でしたが、だからこそ王の責務を務め果たした私を、自分だけ救えなかった者として私を救ってくれた人、それがシロウです」

 

 「へぇ。すごくいい話だね。私もいつかそんな人に会えるかな?」

 

 「ええ。きっと出会えますよ。ところで、先程から黙っていますが、どうしたのですかアーチャー?」

 

 「い、いや。なんでもない」

 

 「そうですか?いい機会ですので同じ聖杯戦争に参加した貴方からも何か言ってください」

 

 「あー・・・まず味噌汁は塩気が強過ぎたし、たまご焼きは火を通し過ぎて固くなってしまっていたし、焼き魚は火加減が微妙で上手くできていない。総じて未熟者だったよ」

 

 セイバーの砂糖無しでブラックコーヒーを飲み干せそうな程甘い話だったが、続くアーチャーの評価はかなり辛口の物だった。

 

 「む、そんなことはありません!!」

 

 「そうかね?あいにくだが未熟者も未熟な思想も私は我慢できないのでね。もし君が私のこういった態度が気に入らないのならば、お互い関わらない方が賢明だと思うぞ」

 

 「貴方という人は・・・。初めて会った時からですが、その捻くれた性格もその臆病な性根もまとめて全部鍛えなおしてやりたいくらいです」

 

 「それは是非とも遠慮ねがいたいな」

 

 ギャアギャアと二人の会話が続いていく。今までロキ・ファミリアの面々と会話した時間は軽く超えるくらいに。

 

 「あの・・・お二人共、距離近くないですか?」

 

 「だよねぇ、ティオネもそう思うよね?」

 

 「私もいつか、団長とそんな関係に・・・」

 

 「ああ、ダメだこりゃ」

 

 「・・・私もいつか、私だけの英雄に、出会えるのかな?」

 

 アイズの口から溢れた小さな小さな声は誰の耳にも届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はあぁぁぁぁッ!!」

 

 小さな刃が空を切り裂き、その軌跡にいたウォー・シャドーを袈裟斬りにする。肩から脇腹へと斜めに切り裂かれて二つに分けられた体では生命活動を維持出来ず、地面に崩れ落ちた。

 

 ここはダンジョンの第6階層

 

 朝一で街を走り込んで体を温めて来たベルは、ランサーの指導の下この階層まで降りてきていた。

 

 ベルのアドバイザーであるエイナからは厳重注意で止められていたが、ランサーはそれを無視した。

 

 『はぁ?そんなモン守ってたらいつまで経っても強くなれねぇよ。限界まで自分を追い込んでそれを乗り越えた時こそ人間ってのは強くなれんだよ。それがお前が望んでる冒険だろうが』

 

 と言ってベルをどんどん下の階層まで連れていく。

 

 実際にベルの成長速度は群を抜いており、最初のころはウォー・シャドーの戦い方の違いに驚いていたが、二、三体戦うと相手の動きを読めるようになり、ウォー・シャドーを狩り続けて既に三、四十体程が魔石に変わった。

 

 「ランサーさん!!終わりましたよ!!」

 

 「おう。上出来だ。じゃあ30分休憩したら次の階層に行くぞ」

 

 ランサーは立ち上がって、休憩している場所に魔術を施して行く。

 

 「ランサーさん。それは?」

 

 「こいつはルーン魔術。これはその内の人避けのルーンだ。人間も雑魚もこれで寄ってこれねぇだろ」

 

 今は洞窟の正規ルートを少し外れた場所にいるが、そこに入ろうとする冒険者は一人もおらず、またモンスターも避けているようだ。

 

 「おっ、なんだ?美味そうなモン持ってんじゃねぇか」

 

 「あっこれですか?実は走り込みの途中でとある方から頂いた物なんです」

 

 バスケットの中には簡素だがしっかりと作られたサンドイッチが入っていた。

 

 「当ててやろうか?女だろ?」

 

 「うぇ!?ち、違いますよ!!」

 

 「だからお前分かりやす過ぎるんだよ。顔真っ赤だぞ」

 

 ベルは観念して経緯を詳しく話した。

 

 「なるほどな」

 

 「べ、別にやましい気持ちがあったわけではありませんし、お腹が減ってたのはホントですよ!!」

 

 「んなこたぁ聞いてねぇよ。人からの好意、それも女のモノだってんならありがたく受け取っておけ。ついでに今日そこに行ってたらふく飯を食いに行こうぜ」

 

 「えっ、でも神様が・・・」

 

 「ヘスティアはバイトの打ち上げで今日は居ねぇよ。だからそれまでに腹を減らして飯を食って金を目一杯出してやれ。それが借りを返すってモンだろ?」

 

 「・・・はい!!」

 

 「いい返事だ。じゃあ今日は10階層まで行くぞ」

 

 ダンジョンの第10階層からは様々な仕掛けが施される。視界を妨げる霧が発生する等、このせいで方向感覚、敵の察知が遅れることが多くなる。

 

 「霧が深くて敵が見えない時は目以外を頼れ。五感全て使うのも大切だが、時には直感も使って敵の位置や行動を読むんだ」

 

 霧の奥から重い何かが地響きを鳴らしながら歩いて来る。ここからは大型級の部類に入る豚頭人身のオークが現れる。

 

 巨体に見合うパワーに加え、ダンジョンのギミックである【迷宮の武器庫(ランドフォーム)】が生み出す【天然武器(ネイチャーウェポン)】によってリーチを伸ばして来る。

 

 「あの手の相手ってのは大抵の場合スピードがねぇ。振り下ろしの威力とかなぎ払いのリーチには目を見張るモンがあるがな。まずは相手の動きを見ろ。見てから反撃で一撃入れてヒットアンドアウェイで攻撃してけば何れは倒せる」

 

 「はい!!行きます!!」

 

 支給品のナイフを手に、ベルはオークに向かう。全ては強くなるために、憧れる人達に追いつくために。

 

 「うおおぉぉぉぉ!!」

 

 振り下ろされる木の鎚を避け、オークの懐に飛び込み、ナイフを足の腱に突き刺す。ベルは確かに手応えを感じた。鉄が砕ける鈍い音と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・悪かったな坊主。武器が保たねぇのを見抜けなかったオレのせいだな」

 

 「いえいえそんな・・・、ランサーさんのせいじゃありませんよ!!」

 

 ナイフは持ち手を除いて粉々に砕けてしまった。それを見たランサーがすぐさまオークを槍で即死させ、ベルの安全を確保してすぐさまギルドまで引き返して来た。

 

 「これ以上は今は無理だな。武器も装備もついていけてねぇ」

 

 「それは、そうですね。でも良い武器は高いんですよね・・・」

 

 魔石をギルドの換金所に持って行くと、換金所の係員は驚いた表情で出迎えた。

 

 ベルがほんの半月程前に冒険者になったことは係員も知っていたが、換金してみたところ既に魔石だけで5万ヴァリスもの大金を稼いでいたからだ。

 

 これはレベル1のパーティが一日ダンジョンに潜って手に入れられる金額よりも遥かに多いのだ。今日一緒に潜った男は戦っていないというのだからもっと驚きだ。

 

 金を受け取ってギルドを後にすると外は既に黄昏時。動いて丁度よく腹が空いており、美味い物を食べるにはもってこいの条件だ。

 

 「あっ、見えてきましたよ。あそこのお店です」

 

 ギルドとヘスティア・ファミリアとの通り道に存在するその店の名前は『豊穣の女主人』といった。

 

 「ん?なんかどっかで聞いたことあるような・・・?」

 

 「何してるんですか?早く行きましょう」

 

 ランサーは記憶の隅の方で何か引っかかっているような感覚を感じるが、ベルの声で遮られる。

 

 『いらっしゃいませ~!!』

 

 店の中から聞こえて来るのは溌剌とした声。パッと見ただけだが、従業員は全員女性のようだった。

 

 全員が美女美少女の部類に入る程美しい容姿の持ち主であったが、ランサーはそれ以上に戦闘能力その物のレベルが高いことに気がついた。

 

 身体の動かし方や立ち回りも只者ではない。少なくともランサーが今まで見た冒険者の大半はレベル1であった。秘めた実力はそれらよりも比べ物にならないだろう。

 

 (なんだよ。骨のありそうな奴らもいるじゃねぇか)

 

 彼女達が実際にどれほどのレベルのステイタスの持ち主かは分からないが、密かにランサーの内側は燃え上がった。

 

 「いらっしゃいませ。ベルさん」

 

 ウェイトレスの一人がベルに気が付いて駆け寄って来た。ベルの言っていた女の子なのだろうとランサーは納得していたが、顔を見てふと忘れかけていた事を思い出した。

 

 「はい、やってきました」

 

 「お二人様ですね・・・ってあれ?貴方は確か・・・」

 

 「そうだ思い出したぜ。嬢ちゃん確か前チンピラに絡まれてたよな?」

 

 「はい。あの時はどうもありがとうございました。私はシル・フローヴァと申します」

 

 「いいってことよ。機会があったから寄らせてもらったぜ」

 

 『ありがとうございます。お客様、二名入りまーす!!』

 

 二人はシルの案内の下、カウンター席に案内される。厨房に一番近く、料理人と向き合う席だ。

 

 「アンタがシルのお客さんかい?ははっ!!冒険者のくせに可愛い顔してるねぇ!!」

 

 ここの店主で料理人らしき女性が最初に水を差し出しながらそう言った。どうやらある程度シルから聞いていたらしい。

 

 「・・・けど中々筋が良さそうじゃないかい。いい師匠か誰かに教えられてるってとこだねぇ?」

 

 勘の類ではなく、確かな確信を持っての発言だったことはベルにもランサーにも分かった。

 

 「いえ、僕はそんな・・・ランサーさんがすっごく強いだけですよ」

 

 「そうだねぇ・・・こんな可愛い顔した駆け出しを短い期間でここまで育て上げたってことも含めて、アンタ強いね。文句なしで今まで見た中で一番だよ」

 

 「そうかい。オレも師匠って奴には相当扱かれたモンでね。オレは死なねぇ程度に同じように教えてやってるだけだ」

 

 ランサーが持つ天性にも届く肉体は、彼が一生を掛けて鍛錬と戦いによって鍛え上げられた物だ。それは青いボディアーマーのような服の上からでも分かる。

 

 「ま、それはそうと、なんでも私達に悲鳴を上げさせるほどの大食漢なんだそうじゃないか!!じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!!」

 

 「・・・えっ!?大食漢!?」

 

 ベルは思わずシルの方を見る。その瞬間シルは明後日の方角を見た。

 

 「ちょっと!?僕いつから大食漢になったんですか!?」

 

 「えへへ。ちょっと色をつけちゃいました」

 

 「えへへじゃないですよ!!僕絶対大食いなんてしませんからね!?」

 

 「ああっ・・・朝ご飯を食べられなかったせいで力がでない・・・」

 

 「汚いですよ!?」

 

 「あっはっは。やられちまったなぁベル。こうまで言われちゃあお前の負けだな」

 

 ベルも余り強く言い返せない。先にシルの朝食を食べたのはベルの方だからだ。

 

 「カミさん。まずエールを頼むわ。こっちの坊主にはアルコールが薄めのモン出してやってくれ」

 

 「はいよ。料理の方はどうするんだい?」

 

 「オレは肉だな。で坊主の方は魚だな。こいつ山の村の出らしいから魚も恋しいだろうしな。こいつでオススメ料理を頼むぜ」

 

 ランサーは懐から麻袋を取り出す。中には5000ヴァリス程の金貨が入っている。周りと比べてお高めの金額設定をしているこの店だが、これだけあれば二人で満腹食べられるだろう。

 

 「おっ気前がいいねぇ。じゃあ腕に縒りをかけて作るから待ってな」

 

 まず頼んだ酒が出て来る。ベルの方はかなり薄い酒だ。

 

 「あっとランサーさん?僕まだ・・・」

 

 「いいじゃねぇか。これも修行の一貫だぞ。何れお前が大人になったらこうやって仲間と酒を飲む機会が増えるんだ。なら少しでも慣れときな」

 

 ベルは出された酒を勇気を出して一口飲んでみる。酒特有の苦味はなく、むしろ甘い果実の味と透き通るような喉越しのよさが食欲を更に誘った。

 

 「はいよ。おまち!!」

 

 メインの肉と魚の料理がそれぞれの前に出される。どちらも程よく乗った脂と味が添えられたソースに良く合う。付け合せの品もそれぞれがメインに合う味に整えられており、更に食が進む。

 

 「どうですか?」

 

 ふと横を見るとシルがちょこんとベルの隣に座った。

 

 「シルさん。楽しんでいますよ。いい店ですね」

 

 「ふふっ。ありがとうございます」

 

 どうやら仕事の方も一息吐けるらしく、しばらくベルはシルと談笑を楽しみながら、この店について聞いた。

 

 店主で料理人のミア・グラントはとあるファミリアを半脱退し、ここの店を経営しているそうだ。その一環で少々訳ありの娘を雇っているらしい。

 

 「ところで、ベルさんもそうですが、ランサーさんも綺麗に食べますね」

 

 シルから出た些細な質問だった。綺麗な食べ方をする客は酒場という冒険者や荒くれ者が集まるこの店では珍しい。

 

 「ああ、そういやベルにも言ってなかったか。こんなんでも一応王族の出だからな。オレ。そういうのは幼少期に叩き込まれてんだ」

 

 ランサーが受けている加護の一つであるゲッシュの中にもそれに関わる物が存在している。そういった場になった時にも無駄にならない技術の一つだ。

 

 「王族の方でしたか、これはとんだ無礼を・・・」

 

 「細けえことは気にすんな。どうせ大昔に滅んだ国だ」

 

 それからしばらくして、十数人の団体客が目に入った。

 

 「ロキ・ファミリア・・・!!」

 

 入って来たのはオラリオで一、二を争う上位派閥のロキ・ファミリアだった。

 

 入って来るだけで周囲に振りまく威圧感は、本人達にその気がなくてもザワザワと周囲の話題になった。

 

 一方でベルは顔を真っ赤にしてロキ・ファミリアの様子を伺っている。

 

 「ウチのお得意様なんです。彼らの主神であるロキ様が、ウチの店をいたく気に入られてくださったようで」

 

 ベルの視線は真っ直ぐ、とある少女に釘付けになっていた。一目惚れした相手だ。これだけ大勢居ても見失うことはなかった。金の髪は遠くからでも良く目立った。

 

 その相手、アイズ・ヴァレンシュタインはちょこんと座って飲み物を飲んでいた。

 

 「へぇ。アイツが坊主を助けた女ってか・・・」

 

 ランサーも食事を殆ど終えてロキ・ファミリアの方を見ていた。

 

 「なるほどねぇ。アイツもそうだが、中々強そうなのが混じってんな。もっと本格的に鍛えりゃオレらまで届きそうなのがゴロゴロと・・・うげっ」

 

 ランサーはアイズが座っている机を見渡していると、不味そうな声をあげた。

 

 「どうしたんですか?ランサーさん?」

 

 「最悪だぜ。一番会いたくねぇ奴の顔を見ちまった。食い終わってて良かったぜ。どんな美味い飯もマズい飯になっちまう」

 

 「知り合いでもいたんですか?」

 

 「知り合いってか腐れ縁になりそうだがな。オレが召喚された先には決まってアイツが居やがる。運命の糸で結ばれてますってか?冗談じゃねぇ」

 

 それっきりランサーはロキ・ファミリアの方を見なくなった。軽いツマミと共にエールの二杯目を飲み始めた。

 

 (誰だろう?ランサーさんがそこまで嫌がる人なんていたっけ?)

 

 ランサーの史実から見て会いたくない相手と言えば、敵国コノートの女王『メイヴ』だろうか?

 

 「そうだ、アイズ!!お前のあの話を聞かせてやれよ!!」

 

 酒に酔った男の声がベルのところまで飛んでくる。

 

 「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!!最後の一匹、お前が5階層で始末した時の、トマト野郎の事だよ!!」

 

 「なんだぁ?下品な声が聞こえて来やがる。これ以上飯をマズくするんじゃねぇよ」

 

 ふとランサーが視線を落とすとベルが蹲って震えていた。

 

 (そういえばベルの奴ミノタウロスに襲われて助けられたとか言ってたな)

 

 となればあの話のトマト野郎ってのはベルの事なんだろう。

 

 「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

 と考えているとそんな決定的な言葉が飛んで来た。それをきっかけにベルが立ち上がろうとするが、ランサーがそれを抑えつける。

 

 「待てベル」

 

 一瞬だがベルの動きが止まったが、殆ど無意識になっているのだろう。それはランサーも承知していた。

 

 「悔しいか?悪いこたぁ言いたかねぇがあれが事実だ。だがよ、このまま黙って受け入れるようなこと、お前は絶対やらねぇよな?だったらがむしゃらに強くなるしかないよな?ここはオレが全部片付けておくから、ダンジョンにでも行って熱と頭覚ましてきな」

 

 「・・・ありがとうございます。ランサーさん」

 

 「ベルさんっ!?」

 

 その一言を消え入りそうな小さな声で呟いて、ベルは豊穣の女主人を飛び出して行った。周りから食い逃げか?という声が聞こえて来るが、どうでもいいことだ。

 

 「なんで行かせたんですか?装備も禄に持ってなかったのに、あれじゃベルさんが死んじゃいますよ?」

 

 「死にゃしねぇよ。ちょいと頭冷やしに行っただけだ。それにアイツは強くなるって言った。なら無茶はしても無謀なことはしねぇよ」

 

 残った酒を飲みきり、ランサーは懐から更に麻袋を取り出した。先程よりも何回りも大きい。

 

 「カミさん。勘定だ。さっきのと合わせて5万ヴァリスはある」

 

 「なんだい?もう代金は貰ってるよ。あれ以上貰っちゃぁ商売じゃないだろ?」

 

 「そいつは迷惑料代わりだ。ちょいと迷惑かけたろ?これまでも、これからも」

 

 「・・・分かったよ。何やってもいいけど他の客にもウチの娘にも怪我人出すんじゃないよ?」

 

 「はいよ」

 

 ランサーは静かに立ち上がり、ロキ・ファミリアの席に向かった。先程まで大声を上げていたあの狼人へと真っ直ぐ。

 

 「おい、そこの犬っころ。こっち見な」

 

 「・・・あ?」

 

 顔の半分が後ろに向いた瞬間、ランサーは己の愛槍を出現させ、タイムラグ無しで槍を突き刺す。

 

 振り向きかけた顔の脳髄目掛けて真っ直ぐに、神速で。



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タービュランス

タイトルは日本語で『乱気流』

交わった運命が荒れ狂って被害を出すイメージ


 「おい、そこの犬っころ。こっち見な」

 

 「・・・あ?」

 

 酒に酔ったとはいえ、ロキ・ファミリアのベート・ローガといえばオラリオで名を轟かせているレベル5にして第一級冒険者の一人だ。

 

 更に上のレベル6が同じファミリアに三人いるが、その狼人特有の脚から生み出される俊敏性だけならば同じレベル5のアイズも下してファミリア一位だ。

 

 だがそのベートが振り返った先から、彼が目視できない程のスピードで何かが迫っていた。

 

 圧倒的な死ともいうべきそれは、確実にベートの頭を粉々に砕くだろう。一秒にも満たない時間が何時間にも引き伸ばされたように感じる錯覚に陥りながら、ベートは避けろと自分に命じる。

 

 だが身体は動かない。それも当然だった。何時間も長く感じようが、結局のところ一秒すら経っていないのだ。そのほんの少しの時間ではベートは目の前の死を回避できない。

 

 酔いは既に一瞬にして覚めており、ベートはただ目の前のそれを避けようと必死だった。

 

 だが彼はすぐ隣から迫る白と黒、そして黄金の剣によって、死はベートから逸れることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドゴンと大きな音を立ててロキ・ファミリアの幹部達が囲っていた机が粉々になった。上に乗った皿も同じく粉々になった。

 

 「なっ、なんや!?」

 

 目の前で起きた惨劇に理解が追いつかないが、すぐ近くから聞こえてきた金属音に意識が移る。

 

 「チッ」

 

 そちらを見ると、紅い槍を持った青い男が、セイバーとアーチャーの攻撃を回避して一歩下がっていた。

 

 「邪魔するんじゃねぇよ、セイバーにアーチャー」

 

 「それは此方のセリフだランサー。私は食事中だったのだぞ?」

 

 「全く、君は食事の場でも殺気を振り撒くことしかできないのかね?」

 

 店の中全体の視線が三人に集まる。

 

 「何が起こってるの!?」

 

 「さっさと構えろバカゾネス。さっさとしねぇと殺されるぞ」

 

 遅れてロキ・ファミリアが戦闘態勢を整えた。

 

 「ベート。何かされたんだね?」

 

 「ああ、悔しいがオレとしたことが殺されるとこだった。あいつの槍が全く見えなかった」

 

 「はぁ!?アンタが酔っ払ってるだけじゃないの!?」

 

 「酔いなんかあの一瞬で全部吹っ飛んじまった。何モンだアイツ?」

 

 「レフィーヤ、下がって」

 

 「は、はい・・・」

 

 武器を持ち込まず、宴会をしていた彼らだったが、そこは第一級の冒険者達。遅れたとはいえ、致命的な遅れではない。ただし、彼らが相対しているのが今の世にまで名を轟かせているクランの猛犬でなければ。

 

 「もう一度だけ言うぜ?邪魔するな。分かったらすぐに退け。あの犬野郎をトマトみてぇにしねぇと気が収まらねぇ」

 

 「退くとでも?そう思ったのなら貴様はとてもじゃないが正気とは思えない。我らサーヴァントがどういう存在か忘れたか?」

 

 「私としては他のファミリアの団員がどうなろうと知ったことではないが、この場を貴様の結婚式場にされても困るのでね」

 

 「はっ、言うじゃねぇかお前ら。ならお前らの血を使ってやるからありがたく思いな」

 

 ランサーの槍が血よりも紅く染まる。まるでそれは死を纏った紅き茨の棘そのものだ。

 

 「ちぃ・・・ランサーめ。相当ステータスを上げて来たと見たが」

 

 「む?アーチャー、貴方は違うのですか?私も補正が掛かったのかステータスは諸々A以上になりましたし、色々持ち込んで来ましたが?」

 

 「・・・トップサーヴァントの君達と二流以下の私を一緒にしないでくれるかね?そう簡単にステータスを上げられる程著名ではないのだよ」

 

 白と黒の陰陽剣を構え、油断無くランサーを捉えるアーチャー。今まで自分が戦ってきたランサーとは桁外れに違う存在であると改めて認識する。幾らステータスが上昇しようと同一存在であるランサーならば初撃ならば確実に捉えられるだろう。だがそれは己のスキルの一つである『心眼(真)』による膨大な戦闘経験から予測した物だ。もしかしたら全く違う戦法を取るかもしれないし、初見の宝具をいきなり叩き込んで来るかもしれない。己の眼がどこまで追いつけるかも分からないのだ。

 

 「あの、申し訳ありませんが、当店では乱闘事はお控え願いたいのですが・・・」

 

 「ん?ああ、すまないな。だそうだ、ランサー」

 

 白い肌に青い目。金色の髪に整った容貌。ひと目見れば男は彼女の事を美人だと言うだろう。一番の特徴は人間とは異なる長く伸びた耳だ。森の妖精とも例えられるエルフの女性がアーチャーに声をかけたその人だ。

 

 「知るかよ。第一こっちはカミさんに許可貰ってんだ。安心しろ。アイツとお前以外の無事は保証してやるよ」

 

 「何故私も入っているのか、事細かく説明を要求したいのだが?」

 

 「んなもん決まってんだろ?お前が気に食わねぇから。それだけだ」

 

 益々溢れ出した濃密な殺気に、アーチャーの全細胞が危険信号を上げた。全身の毛が逆立ち、冷や汗も止まらない。一瞬でも気を抜けばアーチャーの首が胴体と泣き別れしているか、

心臓辺りにデカイ穴があいているかのどちらかだろう。

 

 一般人ならばその殺気を受けただけで昏倒しそうな物だが、隣に居るエルフの女性や周りの低レベルの冒険者達がそうならないのは、単にランサーがセイバーとアーチャーにしかその殺気を向けていないからだろう。

 

 「貴方の怒りはもっともだ。ですがその報復に私が所属するファミリアの団員が殺されるのは頂けない」

 

 「・・・なら交渉決裂ってわけだ。まずはお前が先に・・・」

 

 言い切る前にランサーの姿が掻き消える。真性の心眼をフルに活用し、ランサーの初撃を見破る。過去に何度も争った相手ということもあり、その時の癖や好む戦法は既に頭の中に叩き込んでいる。

 

 「逝け」

 

 (やはり今までよりも数段も速い!?)

 

 気がついた時には死棘はすぐ側まで迫っていた。やはりと言うべきか心臓へと一直線に迫るそれを回避しつつ左の莫耶で逸らす。すぐ側にいるエルフの女性に万が一にも被害を及ぼさないためだ。

 

 咄嗟で出した莫耶は槍の先端を剣の腹で受け、触れた瞬間に粉々に砕け散ったが、ランサーの初撃は凌ぎきった。

 

 次ぐ二段目の払いも疾風を超え、閃光を超え、神速の域へと至っていた。だがまだ見切れる範疇だ。残った干将で逸しつつ、莫耶を再投影する。

 

 「すまんがすぐに離れてくれ、抑えられる保証はできん。怪我するぞ」

 

 ランサーも理解しているのか、それ以上は攻撃を加えてこない。状況を理解できたのか無言で頷いてエルフの女性がその場から離れてくれた。そして影響が出ない距離まで離れたのを確認したランサーとアーチャーは再び槍と剣を交えた。次々と繰り出される紅き神速の槍を、積み重ねた研鑽による剣技で防御し続ける。

 

 周りの冒険者達はレベル1だろうが第一級だろうがただ魅入っているのだろう。先程まで聞こえていた怒声や悲鳴はすっかり鳴りを潜めていた。

 

 「そらっよ!!」

 

 上から迫る魔槍を干将莫耶で受ける。筋力値も上がっているらしく、まともに受け止めたそれによって、木の床など簡単に砕いた。

 

 「オラァ!!」

 

 その隙にランサーは回し蹴りをアーチャーの無防備な腹に叩き込む。まともに受けたアーチャーは半分埋もれた状態のまま吹き飛ばされ、床を砕きながら壁に叩き付けられ埋もれた。

 

 「デタラメすぎる・・・」

 

 誰の声なのかはもう判別できないが、無傷で槍を構えるランサーに畏怖の念が集まった。

 

 「立てよアーチャー。ちょいとステータスに差が付いた程度で簡単にお前に勝てるなんざ、オレも思っちゃいねぇよ」

 

 衝撃で巻き上がった埃から大きな音と共に何かが飛び出してくる。それはアーチャーが吹っ飛ぶ際に巻き込まれた椅子だった物だ。

 

 「グッ・・・。今の貴様の人間を逸脱したその速度。かの大英雄アキレウスとも互角だろうな。だが今のは速い遅いの話じゃない。縮地にも似た瞬間跳躍術、それはかの『鮭跳びの術』か?」

 

「9割当たりだアーチャー。だが一割外れだ。オレの脚は素でもアキレウスにも劣ってねぇよ」

 

 衝突の際の衝撃で全身打撲だらけになったアーチャーは膝を着いていた。

 

 「悪かったなアーチャー。こっちは色々と新ネタ持ち込んでるんでね。知名度補正様々だぜ」

 

 「末恐ろしい男だ。できるなら次からは街の外でやって欲しいものだがね」

 

 「だそうだぜセイバー。この場では保留にしてやるが、まだオレは諦めちゃいねぇぞ。百歩譲って頭の一つでも下げさせねぇと煮えくり返った腹が収まらねぇ」

 

 「でしょうね。でしたらここからは外で」

 

 「行くならさっさと行ってくれないか?このままじゃ本当に死人が出るぞ」

 

 「へいへい。じゃあなアーチャー」

 

 セイバーとランサーが空気に溶けて消え去った。霊体化したのだろう。サーヴァントの気配が遠いところに去って行くのを感じる。

 

 「大丈夫・・・ですか?」

 

 ようやく重圧のような硬直から動けるようになったアイズ達がアーチャーの方に駆け寄って来る。

 

 「ああ、大丈夫だ。だが宴会はお開きだろうな」

 

 「気にせんでええで。元はと言えばウチのベートが調子に乗りすぎたせいや」

 

 とうのベートはただランサーとセイバーが消えた跡地をただずっと見つめていた。酒の酔いなどとっくの前に抜けきって頭が冷えたのだろう。

 

 「ウチもな、アンタらサーヴァントの戦闘能力を見誤っとったわ。すぐに外に誘導しなかったこっちのせいで店はボロボロになってもうた」

 

 「私をアレと同類にしないでくれ。第一に私とあの二人とでは格が違い過ぎる。ランサーにとってあんな物は様子見だっただろう」

 

 「あれで様子見・・・」

 

 「兎にも角にも、この有様はマズいな。修復しないと明日以降の営業に影響が出る」

 

 「そうやな、ミア母ちゃん」

 

 店の奥からミアが出て来る。荒れ果てた自分を店を一周してからアーチャーの元に寄る。

 

 「派手にやってくれたねぇ」

 

 「すまなかった。頭を下げて済む問題では無いが、弁償させて欲しい」

 

 「アンタだけのせいじゃないさ。元々あの青いのに許可出したのは私さね。明日の夜からの営業に支障が無ければそれでいいよ」

 

 「分かった。では明日の朝。また伺わせて頂く。」

 

 「聞いたね!!悪いが今日は店仕舞いだよ!!」

 

 それを聞いて今まで隅の方で縮こまっていた他の客も帰り支度を始めていた。

 

 「では私もこれで失礼する」

 

 「ん?分かったで。できることなら、今後も良い関係を築いてな」

 

 「私個人も別に敵対する利点も無い。構わんよ」

 

 そう言い残してアーチャーも霊体化した。この場に残ったのは後始末に追われるウェイトレス達と、未だに心の底から沸き上がる何かが冷めないロキ・ファミリアの面々だった。




そう簡単にステータスは上げられる物ではないよ(上がっていないとは言っていない)

本小説はサーヴァントのステータスやスキル、宝具等を追加する可能性があります。


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嵐が明けて その1

これの前とその前の話、飛び出したベルをアイズが追いかける描写も忘れてる・・・

自分の作品のことだけど、これは流石にないわ・・・

あ、FGO1000万DL記念の星4鯖交換はエミヤを貰いました。もう宝具5だったけど


 豊穣の女主人にてロキ・ファミリアが宴会を行った日の翌日。その朝食時。

 

 普段ならばこの時間帯は一日のうちたった二回の、団員の殆どが集合する数少ない機会だ。

 

 ダンジョンに潜る者はパーティの仲間と武器やポーション等の必需品や何処の階層まで行くか等の打ち合わせをするし、休暇に当てる者はその日の予定を頭の中で繰り返しながら充実した休日プランを立てる。

 

 普段通りならば食事時のこの時間は多くの団員達の談笑が聞こえてくるはずなのだ。だが今日はそれらが全く聞こえない。

 

 その理由は、豊穣の女主人で起きた乱闘沙汰だ。

 

 そもそもの事の発端はロキ・ファミリアの第一級冒険者『ベート・ローガ』の不適切な発言だ。

 

 元々好戦的な性格で、格下の相手を見下すような言動が多い彼だが、酒に酔っていたその時は特に酷かった。

 

 逃げ出した当事者と思われる少年の醜態を酒場で酒の肴として披露して嘲笑し、その結果同じファミリアの団員と思われる男の怒りを買うことになり、最悪の場合ベートも同じロキ・ファミリアの団員も彼の怒りを受けて殺されていたかもしれない。

 

 幸いその前に割って入ったセイバーとアーチャーのおかげでこうして誰一人欠けることなく五体満足で朝食の場に揃うことができたが、それも奇跡に近いだろう。

 

 実際にランサーと共に店から出ていったセイバーは未だに本拠に帰って来ておらず、安否も確認できていない。

 

 「そもそも彼が槍を抜く前に彼と少年に謝罪するができなかった僕の責任だ。皆を危険に晒してしまった」

 

 「そんな・・・顔を上げて下さい団長!!団長だけの責任ではありません!!」

 

 「そうやな・・・事の発端はウチらがミノタウロスの群れを上層に逃したからや。んなら遠征に参加してた子、ひいてはファミリア全体の失態や。場合によっちゃ周りから後ろ指さされようがその子には謝らんといかんのや」

 

 「でもあの子のファミリアって、どこ?」

 

 「それだけじゃなかろうて。あの騒ぎの原因がこっちにあるのなら、豊穣の女主人の店舗の弁償もこっちの責任じゃ」

 

 レベル5以上の幹部達は一つの机に集まって、今後の動きについて話し合いを進める。

 

 「ていうか、当事者のベートの奴はどこ行ったのよ!!」

 

 「私は見ていないな。というより本拠にすら帰って来てないようだ」

 

 「あのバカ!!どこほっつき歩いてるのよ!!」

 

 アマゾネス姉妹は姿を晦ませているベートの不在に腹を立てるが、本人が居ないのでは怒りのぶつけどころが存在しないので、ストレスとして溜め続けるしかない。

 

 「そういえばアイズもいないな。どこに行ったか知ってる者は?」

 

 「私は見てないよー」

 

 「私も見ていません。団長」

 

 アイズも今朝から姿を見せなかった。それを心配したレフィーヤが本拠中を探し回っているが、めぼしい成果は上がっていない。

 

 「セイバーたんも無事かいな・・・あのままどこ行ったか分からへんし・・・」

 

 「ただいま戻りました」

 

 全員が声がした方に目を向ける。霊体化していたセイバーが現れ、空いていた椅子に腰を掛ける。

 

 「おや?どうしたのですか?そろそろ食事の時間だったと思うのですが」

 

 「それどころやないで!!セイバーたん体大丈夫かいな!?どこか怪我とかしてへんよな!?」

 

 「そちらの方は大丈夫です。ランサーも宝具を一つも使わなかった辺り、本気で殺しに来たわけではなかったようです。ですがオラリオを出て北の方角の山脈の手前で手合わせしていたのですが、その過程で小山を幾つか切り崩してしまいました」

 

 「そっか・・・それくらいで済んだんならまだセーフやな」

 

 ちなみにその山脈は『ベオル山地』と呼ばれている。凄まじい傾斜と悪路を有する山々の集合体で、山の頂きを何度も超えようが現れる無数の山嶺は『山城』と形容されている。オラリオに近いそこには、地上に進出したモンスターの末裔の住処となっているが、自分達よりも遥かに強い彼らの戦闘に首を突っ込むモンスターは居なかったようだ。

 

 「でな、そいつのことなんやけどな・・・。怒っとった?」

 

 「ええ、それはもちろん。仲間や味方を馬鹿にされたら星の裏側まで追いかねないですよ。彼なら」

 

 「あっちゃー・・・会いたくないわー・・・」

 

 「ですが彼が冷徹と非情さで襲う者は彼に明確に『敵対』した者だけでしょう。しっかりと誠意を持って謝罪すれば、少なくとも後ろから刺されることはなくなるでしょうね。根は誇り高き英雄なのですよ。ランサーという英霊は」

 

 「・・・そうだね。まずは豊穣の女主人に行こうか。まずはあそこに謝りに行って、その後彼らを探そう」

 

 「でしたらレベル4より下の団員は私に預けていただきたい。少々鍛え直さねばなりません」

 

 対象となった団員達の背筋がまるで蛇に睨まれたカエルのように氷付く。

 

 「程々にしてやってくれよ」

 

 果たしてロキ・ファミリアの運命はどうなるだろうか。ランサーに蹴散らされるか、それともセイバーに叩き直されるか、どちらにしても修羅の通り道には違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わってここは豊穣の女主人と呼ばれる酒場の前の通り。時刻は太陽が登り始めたころ。

 

 昨日の乱闘騒ぎによって午前中を臨時休業にすると書かれた紙が貼られているその店の前に一人の少年が居た。

 

 ベルは店を飛び出してすぐにダンジョンに入った。だが禄に防具を着ていない上に更にギルドから支給されたナイフも昨日ダンジョンで折れてしまっており、それに気がついたのは第六階層についたころだった。

 

 殆ど無意識で前に進んでいたベルは、フロッグ・シューターやウォー・シャドーと遭遇した。拳でモンスターの頭部を貫き、手刀で首元の血管を切り裂いていた。無意識とはいえ、武器無しで強敵達を倒していたことに意識を取り戻してからベルは気がついた。

 

 そのためダンジョンに潜っていた時間は一時間程度であり、その後すぐに本拠に戻り、戻ってこないランサーの安否を気にかけながら眠りについた。

 

 今のベルの心境はまるでこれから捌かれて肉屋の店先に並べられるのを待つ家畜ように憂鬱な気分だ。

 

 自身がやってしまったことに対する謝罪はしなければならないと、少年は思い切って店の扉を開く。

 

 カランと小さく響く鈴の音色を聞きながら店の中に踏み込む。だがその先は彼が昨日見た店の光景とは様変わりしていた。

 

 「な、なんだこれは・・・!?」

 

 机は粉々に破壊され、床は何か巨大な物で抉られたかのようにボロボロになり、壁には何かが激突して出来た亀裂があった。

 

 それによって散乱した木くずや埃をせっせと箒でかき集める従業員が忙しなく働いていた。

 

 「っと・・・すみません」

 

 「申し訳ありません、当店はまだ準備中でして・・・」

 

 「あ、いえ、シル・フローヴァさんと女将さんはいらっしゃいますか?」

 

 その声に気付いたエルフの女性が答える。同時に隣で働いていた猫人の従業員がベルの姿を見て思い出したかのように声を上げた。

 

 「あぁ!!あんときの食い逃げニャ!!シルに貢がせるだけ貢がせておいてポイしていったクソ白髪野郎だニャ!!」

 

 「貴方は黙っていてください。それに代金はもう貰っているとミア母さんが言っていたではありませんか」

 

 エルフの女性がベルの目には残像しか見えないくらい速い速度で猫人の女性に平手を浴びせた。

 

 「えっと、あの後何かあったんですか?それと代金は貰っているって」

 

 「ベルさん!?」

 

 「あ、シルさん」

 

 二階で働いていたのか、階段を駆け足で降りてくるシル。その手にはベルに渡す昼食のバスケットが握られていた。

 

 「昨日はすみませんでした、お金も払わずに・・・」

 

 「いえ、戻ってきてもらえて嬉しいです。それに代金はご一緒の方から頂いていますよ」

 

 「ランサーさんがですか?そういえばこれは一体・・・」

 

 「ああ、これですか。やっちゃったんですよね。そのランサーさんが」

 

 「・・・へ?」

 

 「怖かったですよ。頭のてっぺんに角が生えた鬼が可愛く見えるくらい」

 

 ベルは固まってしまった。そして頭の中で数字が幾つも並び、瞬時に計算される。

 

 「あの・・・これの弁償の代金はお幾らになりますか・・・?僕のファミリアはまだまだ零細のファミリアなので一度には用意できそうもありませんが・・・」

 

 「えっ・・・?」

 

 村に居たころも不自由ではなかったが決して裕福ではなかったため、弁償とか賠償等の一度に膨大な額が飛ぶ状況には慣れなかった。

 

 「いえ、お金はもう頂いておりますし、もうすぐ修理してくれる方が来るそうなので大丈夫ですよ。そういえば今日もダンジョンに行かれるんですよね?よろしければこれ、貰っていただけませんか?」

 

 「えっ、でも悪いですよ」

 

 前回もそうだったのだが、ベルが貰う食事はシルの朝食だ。ベルが食べた分シルが朝食抜くことになる。

 

 「差し上げたいんです。駄目でしょうか?」

 

 「・・・すいません。じゃあいただきます」

 

 女性からの好意は貰うべきだ、とベルも祖父から教えられていた。ここで断るのは間違っているとベルはありがたく弁当を受け取る。

 

 「おっ、昨日の坊主が来てるのかい?」

 

 厨房の方からここの女将のミアが出て来る。

 

 「アンタ達は引っ込んでな。まだ仕事が残ってるだろ?」

 

 シルを含めたウェイトレス達全員が厨房の方へ仕事に向かう。一般人を大きく超えた実力を持っていようが、逆らえない相手はいるらしい。

 

 「まったく・・・あと一日遅れてたらアタシの得物(スコップ)が轟叫んでいたところだったよ!!」

 

 (マジ僕ファインプレー!!)

 

 ミアは只者ではないとまだまだ素人レベルのベルでも理解できる。

 

 「いいかい?冒険者なんてもんはカッコつけるだけ無駄な職業さ。背伸びしたって碌なことはないよ。生きることだけに必死になればいい。最後まで二本の足で立ってたヤツが一番なのさ。みじめだろうが何だろうがね」

 

 「ミアさん・・・」

 

 「失礼する」

 

 ふと後ろから声が聞こえて振り返ると、そこにはベルよりも遥かに背の高い男が店の中に入ってきた。

 

 「おっ、来たかい」

 

 ベルと同じく白い髪の男は工具と大量の材木を担いでおり、初めはベルも店の人が依頼した大工の方かと思った。

 

 「おや?君は確か・・・ランサーのところの子だったか?」

 

 「えっ!?ランサーさんを知ってるんですか!?」

 

 ベルの記憶に残っていた視線の片隅に似た人影があった。きっとその人なのだろうと思った。

 

 「まあね。奴とは少しばかり因縁があってね。とはいえもう昔のことだ。それより君はいいのか?ダンジョンに行く途中じゃないのか?」

 

 「あっそうでした。ミアさん、ありがとうございました。いってきます」

 

 ベルはバスケットを抱え、店を出ようとする。

 

 「例えその先が茨の道だろうが、地獄への一方通行だろうが、君は真っ直ぐ歩いて行くんだろうな」

 

 アーチャーが口から零したその言葉はベルの頭の中にずっと残り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、やろうか」

 

 改めて店の惨状を確認する。まずはボロボロになった床や壁だ。これは板を剥がして張り替えた方が手っ取り早いだろう。

 

 「床板を剥がさせてもらうが、構わないだろうか?」

 

 「いいよ。やっとくれ」

 

 頷いて板を剥がしにかかる。幸い自分が知っている方法と同じように造られているため然程苦戦はしなかった。

 

 太陽が真上に来るより前には終了した。

 

 「終わったのかい?随分早かったねぇ」

 

 「まあこれくらいならば造作もないさ」

 

 次は壊してしまった机や椅子、食器の類だが、買い揃えるにも金が掛かってしまう。

 

 「まあこれで代用してもらおうか。投影、開始」

 

 アーチャーの手によって魔力が形を持ち、アーチャーの記憶の中にある物をこの世界に投影する。数秒後には机も椅子も食器も全て補充が済み、ミアも驚愕の目でそれらを見る。

 

 「へぇ。こいつは驚いた。今のがアンタの魔法かい?」

 

 「まあ似たような物でね。これは私達の中では魔術と呼ばれる代物さ。効果はモノを魔力だけで複製することだ。当然それの設計図が頭の中に入ってなければならない、本職は剣だからそれに比べればお粗末な物だ」

 

 「・・・のわりにはしっかりしてるけどねぇ」

 

 できたばかりの机を興味本意で軽く小突いてみる。そこから鳴った音は本物と差がなかった。

 

 「もちろん原型がなくなるくらいに壊れてしまえば魔力に戻ってしまうので、そこだけは注意して欲しい」

 

 「壊れちまったら形が残ろうが残らなかろうが関係ないさね。分かったよ。にしてもアンタ随分家事とかそういう物に慣れてるようだね」

 

 「長い間一人暮らしだったからな。ならば大抵のことは自分でやらないといけないだろう?」

 

 「なら料理もできるね?ちょっとこっちに来な」

 

 アーチャーはミアに連れて行かれて厨房へと足を踏み入れた。

 

 「あっミア母さん。どうしたんですか?」

 

 「ちょいっとこっちに用ができたのさ」

 

 「邪魔をしたか?そうであったらすまない」

 

 中ではシルやリュー達従業員が皿洗いや台所の清掃を行っていた。

 

 「コイツを見てくれ」

 

 袋に入れられたたくさんの粒状の穀物。それはアーチャーの記憶にも存在している馴染みの深い食材だった。

 

 「コメって食材らしい。コイツを使った料理を売り出そうと思うんだけど、調理方法が分からないんじゃ意味がないだろう?」

 

 「なるほど、コレは主に極東の方で作られている作物だ。この辺りには出てくるのも珍しいと見た。いいだろう。これを使った料理を作ればいいんだな?」

 

 「ちなみにできた料理は今日の昼食にさせてもらうからね。手を抜いたら許さないよ」

 

 「フッ。元より食材を粗末にする料理人など居るものか」

 

 投影魔術を発動する。右手には使い慣れた下手な剣よりも良く切れる三徳包丁を、左手には幅広い料理法に対応できるため万能鍋とも言われる中華鍋を、投影したエプロンを身につけ、頭には気合を入れる三角頭巾を締める。

 

 何故か女性の方が良く似合うエプロン姿がアーチャーには良く似合った。よく鍛えられた筋肉に浅黒い肌が特徴的なアーチャーだが、全く違和感がないそれに、シルやリュー達従業員達はついていけなかった。

 

 「今から見せるは料理の極致。我が全身全霊を以て腕を振るわせてもらおう」

 

 「そこまで啖呵切ったんだ。とくと見せてもらうよ」

 

 「なんなのニャ・・・このノリ・・・」

 

 呆れたようにアーニャはため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「美味しい、美味しいのニャー・・・!!」

 

 「ミア母さんのも美味しいけど、こっちのは別の意味で美味しいよぉ・・・」

 

 「くっ・・・彼のような男性でさえ料理が出来るというのに、何故私は・・・」

 

 即落ちとはこういうことを言うのだろう。目の前に出された香ばしい香りのする炒飯にリゾットやピラフ、パエリア等、彼が知っている米料理には勝てなかった。

 

 数人分作られたそれがあっという間に消えていくのを見ていれば、気に入ってもらえたことが分かる。

 

 「・・・美味いよ。これなら任せてもいいかもしれないねぇ」

 

 「話が見えてこないんだが、説明してもらえるか?」

 

 「実は今日の夜にちょっとした用事があるんだ。私の他にここの料理を出せるヤツがいないから店の修理を建前に閉めようかと思っていたんだが、アンタなら私の代わりに今日一日任せられそうだ」

 

 「そういうことか。ならばそれ、引き受けさせてもらおう」

 

 「すまないね」

 

 「構わんよ。今後こういうことがあれば遠慮無く言って欲しい。私に出来る範囲ならば引き受けさせてもらうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いっちっち・・・セイバーめ。マジでやりやがって・・・」

 

 ここはオラリオをグルリと囲む市壁の上。ランサーは夜通しセイバーと剣を交え、ここまで帰って来ていた。セイバーも宝具の真名を開放しなかったからか、直接傷を受けることはなかったが、攻撃を受けた腕が槍越しで伝わった衝撃で痺れていた。

 

 「ったく・・・アイツも一体幾つ宝具持ち込んでやがるんだっての・・・」

 

 ランサーが確認したのはセイバーの代名詞とも言える風を纏った最強の聖剣、おそらく一対一の戦いで持ち主の性能を引き上げる剣、赤雷を放つ銀よりも美しい剣、記憶に残るヘラクレスが持っていた斧剣に似た特大の剣、ルーン魔術の炎を打ち砕いた剣、最強の聖剣の鞘に似た絵柄の盾と大凡一騎のサーヴァントが持つには過剰過ぎるとも言える武装を持っていた。

 

 自分のことを棚に上げられないが、伝承通りのアーサー王として召喚されたのならば、これ以上の武装を持っていてもおかしくはない。

 

 自分も知古の二人に対して宝具はまだ『ゲイ・ボルク』しか見せていないが、他にも宝具を持ち込んでいる。

 

 アーチャーには鮭跳びの術を初見の状態で攻撃を殆ど捌かれた。このままで終わるアーチャーではないとランサーの闘志は更に燃える。

 

 「いいじゃねぇか。これからの戦いが楽しみだぜ」

 

 持っていたゲイ・ボルクを霊子化して消した。そして後ろの気配に声を掛ける。

 

 「いい加減出てきな。気付かねぇとでも思ってんのか?」

 

 しばらくして人影が一つ、階段の下から姿を現す。昨日見たばかりの男をランサーも忘れるわけがなかった。

 

 「へぇ。そっちから顔見せるとは思わなかったぜ。どうした?まさか坊主に謝りに来たなんて思ってねぇぞ」

 

 「・・・」

 

 ベートは目の前に居るランサーを睨んでいる。一歩も引かず、ただ己の脅威として。

 

 「だんまりかよ。もう一回だけ聞くぜ?何しに来やがったんだ?クソガキが。」

 

 「・・・うるせぇよ。ただアンタが気に食わねぇ。だからアンタを倒しに来た」

 

 「よく言うぜ。アイツら二人に守られて何もできなかったクセによ。オレの知ってる中には殺されるって分かってても必死に抵抗したヤツもいるぜ」

 

 「だからだ。守られるだけで何にもできないのだけはお断りだ。んならオレは死んだ方がマシだ。だからアンタは絶対倒す」

 

 「ほぉ。言うじゃねぇか。じゃあウチの坊主に謝る気は一切ないってこったな?」

 

 「ああ。オレだって冒険者だ。一度言った事を訂正するなんてことはやっちゃいけねぇ。負けたまま引き下がって謝っちまうのはもっとだ!!」

 

 昨日とは全く違う澄んだ正直な心からの叫び。それを吐き出したベートの覚悟はしっかりとランサーに伝わった。

 

 「・・・お前、名前は?」

 

 「ベート、ベート・ローガだ。覚えとけ」

 

 「ああ、しかと受け取った」

 

 ランサーは立ち上がり、構えた。ランサーの称号を捨て、無手でベートと同じ土俵に立つ。

 

 「我が名はクー・フーリン。アルスターの誇り高き槍だ。覚えときな」

 

 「クー・フーリン・・・」

 

 クー・フーリン。光の御子。クランの猛犬と数々の異名を持つ彼はケルト神話の大英雄としても多大な知名度を誇る存在だ。夢を持って冒険者になる者の中には彼らのような昔の英雄に憧れている者も多い。

 

 「来いよ。今からは一人の戦士として、お前の相手をしよう」

 

 「行くぜ!!」

 

 ベートはすぐさま駆け出した。目の前の巨大な存在に向かって繰り出した蹴りと応じたランサーの足が重なり合った。

 

 凄まじい衝撃と共にオラリオに爆発音が響いた。




原作では豊穣の女主人で食事した日ともう一度訪れた日は一日空いていますが、アーチャーとベルを会わせたかったので変更しています


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” その2 転機

 「そっちには居たかい?」

 

 「いえ、こちらには居ませんでした」

 

 「こっちにも居なかったよ」

 

 『勇者(ブレイバー)』ことフィン・ディムナ、『怒蛇(ヨルムガンド)』ことティオネ・ヒュリテ、『大切断(アマゾン)』ことティオナ・ヒュリテ、『九魔姫(ナイン・ヘル)』ことリヴェリア・リヨス・アールヴ、『重傑(エルガルム)』ことガレス・ランドロックとオラリオどころか世界中に名前を轟かせる第一級冒険者達が、神ロキと共に中央広場に集合している事は、すぐにオラリオ中に広まった。

 

 ビッグネーム故にその噂は誇張を繰り返した形ではあるが、オラリオの中で話題になった。

 

 曰く、彼らが探しているのは高値で売れるお宝で時価数億ヴァリスは下らない物だとか。

 

 曰く、彼らが探しているのはロキ・ファミリアに楯突いた者でそいつを血祭りに上げるために草根もかき分けて探しているだとか。

 

 もちろん見当ハズレもいいところなのだが、広まった噂という物は時間でしか洗い流せない。

 

 「マズいな。目立ち始めている」

 

 「オラリオ中探しておらんってことはダンジョンの中じゃろうな。別に不思議なことじゃないわい」

 

 「仮にあの少年がレベル1だったとして、探索出来る階層は限られているだろうけど、入れ違いになる可能性もあるね」

 

 日が既に沈み始めていた。街全体を数人で、それもたった一人を探し出すのは簡単なことではない。有力な情報を得られぬまま、一日が終わろうとしていた。

 

 「じゃあ最後に豊穣の女主人に行かんとな。昨日のことミア母ちゃんに謝らんとあかんしなぁ」

 

 一向は豊穣の女主人へと向かう。もしかしたら件の少年も昨日のように同じ店を訪れているかもしれない。

 

 然程距離は離れておらず、十数分歩けば目的地に着いた。

 

 「ぅおーす。ミア母ちゃんいるかー?6人なんだけどいけるかー?」

 

 それに返ってくるであろうミアの声は聞こえてこない。

 

 「なんや?おかしいな」

 

 「あっロキ様。いらっしゃいませ」

 

 「お、シルちゃん。今日もよろしくな」

 

 「はい。6名様入りまーす!!」

 

 ロキ・ファミリアが通された席は昨日ランサーの一突きで壊された机。それが完璧に修復されていた。

 

 「なんや?仕事早いな。壊れてるとこも全部直されてるし、それにミア母ちゃんはおらんのかいな?」

 

 「ミア母さんは今日は所要で出かけていますよ」

 

 「ん?ってことは今日は誰が料理作ってるんや?」

 

 「あはは・・・それがですね・・・」

 

 シルが指を向けた先、厨房の先にはロキ・ファミリアも知っている人物で、驚くべき人物だった。実際にそれを見た面々は全員残らず呆然としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アーニャ!!この料理を6番席に持って行ってくれ!!」

 

 「は、はいニャ!!」

 

 「クロエとルノアはこっちの料理を8番席に迅速に頼む!!」

 

 「分かりました!!」「分かったニャ!!」

 

 「リュー、帰られたお客様の席の片付けを頼む」

 

 「かしこまりました」

 

 厨房の方からいつものミアと同等にウェイトレス達に指示を飛ばしながら忙しくなく働いている男がいる。

 

 「店長代理、もうお米が無いのニャ・・・」

 

 「何?アレだけ炊いておいた物がものの数時間で・・・。だが安心しろ。既に秘密兵器は用意してある」

 

 アーチャーの後ろに控えている巨大な物体をウェイトレス達の誰も見たことがなかった。

 

 「アーチャーさん、これは?」

 

 「これはいつか米が大量に手に入った時のために投影しておいた巨大炊飯器だ。細かな設定をする必要はあるが、稼働させれば待つだけで炊き上がるって寸法さ」

 

 蓋を開けると中にはホカホカと湯気を上げる炊きたての白米が大量に詰まっていた。

 

 「動力を魔石駆動の物に切り替えるのにも苦労したが、やはり一番こだわったのはこの釜だな。最適解に至るまで実費で打って鍛え上げた特性の釜はやはり格が違うよ」

 

 「アーチャーさん、日替わり定食4人前入ったのニャ!!」

 

 「了解した。すぐに取り掛かろう」

 

 今日の定食はアーチャーが最も得意とする和食の料理だ。主菜として魚の切り身を火加減や塩加減に注意しながら焼き上げ、側におろし大根と少し酸味のある柑橘系のタレを添える。

 

 またアーチャーが急いで探して購入した味噌という調味料を使った味噌汁という料理と、ふっくらと柔らかさを損なわずに焼き上げたたまご焼きと膾、漬物を添える。漬物を漬ける時間がなかったので、浅漬けで妥協せざるを得なかった。

 

 物珍しい料理を注文する者が続出し、アーチャーの想像を超えた人気が出た。特に極東出身者からの注文がその多くを占めた。中には涙を流し出す者も居たくらいだ。

 

 「いや何やってるんやアイツ?」

 

 「本日限定の店主兼料理長ですよ」

 

 「おや?ロキ・ファミリア御一行様じゃないか」

 

 注文された定食を手早く作り上げたアーチャーはロキ・ファミリア一向の前に立った。

 

 「えっ・・・え?料理出来るの?」

 

 「意外かね?一通りは出来るさ。まあ趣味の範囲を出てはいないが」

 

 「そうや。自分、あの青タイツの兄ちゃんがどこのファミリアに所属してるかわからんか?」

 

 「ランサーか?知らないが、まあ呼びつける方法はある」

 

 アーチャーは何やら紙を取り出し、サラサラと一筆書き加える。そして弓と矢になった剣を投影し、その紙を巻きつけて外に出る。

 

 「ふむ。どこにいる・・・?」

 

 店の屋根の上に登り、街全体を見渡す。

 

 「見つけたぞ」

 

 矢を番え、弦を引き、目標を定めて矢を放とうとするが、嫌な視線を感じ、そちらの方へ向き直る。全身を見られているような魔性の眼差しは見られているだけだが当然居心地は悪い。

 

 オラリオにそびえ立つ白亜の塔。その最上階50階から見下ろしてくる者は一人しか候補が居ない。

 

 (チッ・・・こいつを撃ち込んでやりたいくらいだが・・・)

 

 だが今は目的を優先する。風を切り裂き、街を横切りながら一本の矢は飛んでいった。

 

 「矢文を出しておいた。これでまたヤツはここに来るだろう」

 

 「君はここからあの人がどこに居るか分かるのかい?」

 

 「これでも私は弓兵を名乗っている。なので目はいい方でね。街の中央からならばこのオラリオを一望出来るくらいには」

 

 「それってオラリオ中が射程圏内って言ってるような物よね・・・」

 

 「この程度で一々驚いていたら気が保たないぞ。私のような無名の英霊と違って、セイバーやランサーは名を残した大英雄なのだからな」

 

 シルからロキ・ファミリアの注文票を受け取る。

 

 「ヤツを閉店時刻ギリギリに呼び出した。それまでの間、しばらくゆっくりしているといい」

 

 コーヒーか紅茶でも飲むかね?とティーポットを片手に言ってみせる。その技術はもちろん洗練されていた。様々な要点があるが、そのどれもが一級品だ。

 

 なお緑茶を用意出来なかったため、和食に最適の飲み物が無いことが、アーチャー唯一の失態と言える。

 

 「おっと酒はやめておいた方がいい。ヤツと少年に謝る気なら誠意は持っておけ」

 

 ペンを走らせ酒の注文を上から取り消す。きっとロキかガレスだろうと、誰だと聞かれなくても察せた。思った通り、ロキは顔色を悪くした。

 

 「では腕を振るわせてもらおう。しばらく待っていてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「認めてやるよ。お前はまだまだ未熟だが、間違いなく一級品の戦士になるだろうさ」

 

 無傷で息も乱れていないランサーに対して、数々の打撲で傷だらけのベートが床に転がっていた。息も絶え絶えで出血もしているが、少なくとも死ぬような怪我ではない。その程度はランサーも分かって加減している。

 

 「ち、ちく・・・しょう・・・こんなんじゃ、追いつけや、しねぇ・・・」

 

 「当たり前だ。年季が違うんだよ」

 

 地べたに這い蹲りながらも目の前の敵から決して視線を外さず殺気を浴びせ続ける。闘争心を燃え滾らせた獣の思考能力は野生の本能も相まって極限にまで研ぎ澄まされる。

 

 最早気合だけで立っているような状態だが、ベートはその両足でしっかりと地を踏み締め、再びランサーに向かう。

 

 種族の恵まれた脚から繰り出される蹴りは種族の能力やベートの技術によって一般人には見切れない程の速度で放たれ続ける。だがランサーはそれすら凌駕した一級の英霊だった。

 

 鋭く速い連打は彼にとっては見慣れた物になっていた。一つ一つを見切り的確に捌く。

 

 「シッ!!」

 

 素早い蹴りで相手の動きを制限しつつ、自分の思い通りに相手を動かす。前から危険が迫れば左右のどちらかに避けるように、移動先を四択から二択に、更に一択にしてしまえばそこに攻撃を置いてしまえば相手は攻撃に突っ込んでくる形になる。

 

 ランサーの動きを読み取ろうと蹴りを連続で放ち続ける。やがてランサーの動く先があえて空けていた一点に向かう。

 

 勝機を得たとベートはそこに渾身の一撃を放った。今の全力を込めて放ったそれは―――――虚しく空を蹴るのみ。

 

 「な・・・にッ!?」

 

 「甘めぇよ」

 

 残像を残してランサーはベートの蹴りの下に潜り込んでいた。ベートの今の攻めは中々の物だったとランサーも理解しているが、まだまだ荒削りが過ぎていた。

 

 これがもしアーチャーだったらとランサーが思考すると、考えるより先に槍を持ち出したと答えを出した。もっとも、この手の戦術を取ればアーチャーは自身が知っている英霊の中でも頂点に立つだろうと思っているので、アーチャーと比べる方が間違っているだろう。

 

 「オラァ!!」

 

 「グッ・・・!?」

 

 ベートは下から突き上げてくる大きな衝撃を口の中から滲み出る鉄の味と同時に味わった。ランサーの鍛え上げられた腕から放たれた高速のアッパーカットがベートを的確に捉え、ベートの身体が宙に浮く。

 

 「そらッ!!」

 

 浮き上がって吹き飛び始めたベートの身体をランサーは無理矢理掴んで手繰り寄せ、そのまま地面に叩き付ける。

 

 石造りの地面がクレーターのように陥没する程の衝撃をベートは受け、そのまま意識を手放した。

 

 「ちぃ・・・こいつオレの髪に触れたな」

 

 鋭く速い蹴りは軽い真空波を発生させ、ランサーの髪を数本切り取った。それはつまり、ベートが一瞬とはいえランサーの神速を捉えたということに他ならない。

 

 「中々楽しみじゃねぇか。ベルといいコイツといい、鍛えりゃいい戦士になれるヤツもたくさんいやがる」

 

 ベルも、あの場で見た神ロキの周りに居たおそらく幹部格達もそうだ。ステイタスだけでなく、それがなくなってもなお残る物を大切にして欲しい物だ。

 

 「あぁ、ホント。楽しみでしかたねぇな」

 

 取り出されたドス黒い槍で飛来した矢を叩き落とす。見る物全てを恐怖させるであろうそれは、ランサーが愛槍よりも長い間使ってきた彼の主武装の一つだ。

 

 弾かれた矢は形を壊すことなく壁に突き刺さり、結ばれた紙を残して魔力になった。

 

 「なんだよアーチャーのヤツ。直接言いに来いっての」

 

 紙を広げて中身を確認する。

 

 【今夜、夜9時ごろ。昨夜の店『豊穣の女主人』にて待つ。貴様が好きな物を用意して待っている】

 

 などと書かれているが、伊達にランサーはアーチャーと腐れ縁と呼ばれているわけではない。

 

 一般人が見ればただ待ち合わせの手紙だろうが、アーチャーの言いたいことの大体はランサーも察せた。

 

 「あの野郎・・・もし犬の肉だったら街ごとぶっ殺してやる」

 

 倒れ伏したベートを担ぎ上げ、ランサーはロキ・ファミリアの本拠に向かう。都市最強候補のファミリアの本拠は、その所在もしっかりと公表されており、少し調べれば場所程度はすぐに分かった。

 

 「誰だ貴様は?」

 

 目の前に着いてみれば早速門番らしき人物に遭遇した。

 

 「届けもんだ。すぐに治療してやれ」

 

 「ん・・・べ、ベートさん!?貴様、何をした!?」

 

 「ちょいと組手しただけだ。別に致命傷は与えちゃいねぇよ」

 

 「嘘をつけ!!何もなければレベル5のベートさんがこんなにボロボロになるわけがないだろう!!」

 

 「チッ・・・話になんねぇな」

 

 ついに剣を取り出した門番に対して、ランサーは余裕を持って構えを取る。

 

 「剣を収めなさい。その者は敵ではありません」

 

 「なんだよ。もうここの王様になってんのか?セイバー」

 

 霊体化していたセイバーがすぐに出てきて、門番を引かせる。

 

 「負傷した仲間を連れてきた者を見て警戒するのは分かりますが、すぐに敵意を剥き出すのは良くない。もう少し穏便に事を済ませる努力をしなさい」

 

 「は、はい。すみません」

 

 「素直でよろしい。それではベートはこちらで受け取りましょう。軽い打撲程度ですませていますよね?」

 

 「ああ、中々骨のあるヤツだったぜ。気になるなら手合わせでもしたらどうだ?」

 

 「そうですね。機会があればそれもいいですね。それでは私もまだやることが残っているので」

 

 気絶しているベートを抱えてセイバーは門を潜って中に消えていった。

 

 すまなかったと詫びた門番に手を振りながら、ランサーもそこを離れる。

 

 「そういえば、ベルの方は大丈夫なのか?なんか面白そうな事が起きそうな予感がするぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ランサー。人はそれをフラグというんだよ


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” その3 姫と兎

 「はぁ・・・なんだか変な視線を感じるなぁ・・・」

 

 上から見下ろされるような視線を常に感じ続けているベルは、思わずため息をついた。今朝から色々あって気分が余り優れないと感じていた。

 

 事の発端は今朝ギルドで起きた事が原因だろう。冒険者になったばかりのベルの相談役として色々とサポートをしているギルド職員の『エイナ・チュール』から聞いた事だ。

 

 『なんかね、ベル君が気になってるアイズ・ヴァレンシュタイン氏が朝早くから人を探してるんだって。白い髪で紅い目の男の子らしいんだけど、まさかね・・・』

 

 ベルとアイズが初めて出会ったのは一昨日のダンジョンの中。5階層でベルがミノタウロスと相対した時にアイズがベルを助けたのがきっかけだった。

 

 ベルにとっては本当に運命を感じてしまうような出会いだった。その時見せられた光景は年老いて死ぬ間際まで鮮明に思い出せるだろうと思っている。

 

 今のベルにとってアイズ・ヴァレンシュタインとは遠すぎる憧れの人だ。あの綺麗な剣に魅せられて愚直に真っ直ぐ歩み続ける探求者だ。

 

 だから少なくとも弱い今は自分から会いに行こうとは思わなかった。あの時のお礼を言いたいという想いもあったが、弱いままの情けない自分よりも、少しでも成長した自分を見せたいとほんの少しだけ思っているからだ。

 

 助けられた礼をすぐに言いに行かないのは失礼だと思うが、そうしなかったのはベルに本当に少しだけ芽生えたプライドが邪魔をしたのだろう。

 

 だからただ真っ直ぐに冒険をしようと思っていた矢先の出来事だった。

 

 「見つけた・・・よ」

 

 ダンジョンの入り口前の巨大な螺旋階段。そこからダンジョンに入るのだが、入る一歩手前でアイズはベルを見つけたのだった。

 

 「ヴァ、ヴァレンシュタインさん・・・」

 

 早朝故にまだ人は殆ど居ないその空間で二人は相対した。時間が止まったのかと錯覚する程、ベルの頭の中は真っ白になっていた。

 

 伝えたい事を伝えようとする感情と、今はまだ早いと遠ざかろうとするプライドと、二つの正反対の感情がゴチャゴチャに混ざり合い、どうとも形容し難い感情がベルを困惑させる。

 

 そして事の整理が付き始めた時にはベルの足はダンジョンの方に向いていた。

 

 憧れの人に背を向けて、ただ逃げるように遠ざかっていた。

 

 「あっ・・・待って・・・」

 

 一方でアイズは逃げるベルを見て、心に更に悲しみが積もる。

 

 アイズは酒場でのベートの一件で自分がベルに怖がれているのではないかと思ってしまっている。

 

 だが例え怖れられてしまっていても、アイズはどうしてもベルに謝りたかった。だからアイズもすぐにベルを追いかけた。

 

 ダンジョンの上層を走り抜ける人影が二つあった。

 

 ベルのレベルは1に対してアイズのレベルは5。純粋なステイタスは明らかにアイズの方が上だった。ダンジョンの壁を蹴り、ベルを追い抜き前に躍り出る。

 

 「止まって」

 

 「うわあああああああああああ!!」

 

 アイズがベルを捕まえようと手を前に出した瞬間、アイズからしてみれば信じられないことが起きた。

 

 一瞬の体捌きでベルがアイズの視界の外に滑り込んだのだ。

 

 「ッ!?」

 

 余りにも信じられない出来事に今度はアイズが思考停止状態に陥る。自分と比べて特別速いというわけではなかった。

 

 アイズがベルを見た数少ない機会で受け取れたベルの特徴は、ミノタウロスと戦えるステイタスを持っていないことと、ギルドから支給されている装備を着た駆け出しの中の駆け出し程度だということだ。

 

 もちろんそんな腕っ節の強い一般人とも比べられる程度のステイタスしかないレベル1の駆け出しが万が一にもレベル5の自分を出し抜けるような身体能力はない。そう思っていた常識を崩されてから生まれた隙だった。

 

 はっと意識を取り戻すと既にベルは自分からかなり離れた位置まで逃げていた。

 

 「今度は逃さない・・・」

 

 そう決めて意識を入れ替えて再び追いかける。

 

 そんなやり取りを何回か繰り返した。アイズも流石にこの異常に気づく。

 

 「本当にレベル1、だよね?」

 

 ベルがこうして自分から逃げられていることについてだ。

 

 間違いなくベルはレベル1の駆け出しだ。だが現状ベルはアイズから逃げ続けられている。

 

 短期間で飛躍するステイタスにそれに付いて行くどころか追い抜こうとしている戦闘技術。仮にもレベル1から2に上がる期間の世界記録保持者(レコードホルダー)であるとはいえ、目の前の少年の成長速度はそれを遥かに超えている。

 

 (知りたいな・・・どうしてそんなに早く強くなれるのか)

 

 アイズはもう加減をするのをやめる。ここからは全力でベルを捕まえにかかることにした。

 

 一方ベルは今はもう鬼のような形相に変わったアイズに悲鳴を上げながら逃げ続けていた。

 

 何とか逃げることができたが、ついに年貢の納め時らしく、5階層のとある行き止まりに追い詰められてしまった。

 

 奇しくもそこはベルとアイズが初めて出会った場所であり、ベルがミノタウロスから助けられた因縁のある場所でもあった。

 

 「もう、逃げられないよ」

 

 ジリジリとアイズがベルとの距離を詰める。ベルの前には加減を忘れた第一級冒険者、後ろにはダンジョンの壁。前門の虎後門の狼、もしくは背水の陣とはこういうことだろう。

 

 「君とは、いっぱい話したいことがあるんだ」

 

 「えっ・・・?」

 

 話したい事と言われ、ベルは思考の波に飲まれる。出会ったのは一度きりでほんの一瞬のことだった。一方的に知っているだけで向こうにとって自分は名前も知らないような道端の石ころのような存在のはずだ。もしかしてあの時何かしてしまったのだろうか?と、何度も考え直しても答えは浮かんでこない。

 

 「まず、ごめんなさい」

 

 アイズはベルを相手に頭を下げた。ベルにとっては予想外の出来事だった。

 

 「私達が倒し損ねたミノタウロスだったの。そのせいで君を危険な目に遭わせちゃったから」

 

 違うだろとその一言がベルの頭の中で何度も響いた。助けてもらった上に頭を下げさせるなんて、お門違いだ。

 

 「ヴァレンシュタインさん。顔を上げてください!!」

 

 ベルは声を振り絞った。

 

 「貴方は僕の命の恩人なんです!!貴方が居なかったら僕はとっくに死んでいました。それなのに僕は、お礼すら言わずに逃げちゃって、だから貴方が謝ることなんて間違っています!!」

 

 アイズは驚いた顔でベルの顔を見る。自分よりも年下であろう男の子なのに、不思議と大人びた覚悟を決めた漢が見せる顔だったからだ。

 

 「なので、あの時は本当にありがとうございました!!」

 

 冒険者とは思えない程澄んだ綺麗な瞳。そこから覗く心はどこまでも真っ直ぐで純粋だった。

 

 アイズがこれまで見てきた冒険者の誰にもあった欲の歪み。それが未だ存在していない目の前の少年はとても魅力的だった。

 

 「ふふ、君は強いんだね」

 

 「っぅぅ・・・!!」

 

 ベルの頬が熱を帯びて紅く染まる。

 

 「いえ、僕はまだまだなんです。目標があるんです。でも全然追い付けなくて・・・」

 

 「分かるよ。私にも強くなりたい理由があるから、・・・なんだか似てるね、私達って」

 

 遥か先に居たベルの理想とする人物が二人。一人は目の前に、もう一人は同じファミリアにいるが、距離ではなく、強さの極致がだが。

 

 「ヴァレンシュタインさんにもそんな人がいるんですか?」

 

 「アイズでいいよ。そうだね。私が求める答えを持っているような、そんな気がする」

 

 思い出すのは紅い外套の背の広い男。数回会った程度だが、アイズはその男の強さの根源に興味を持った。

 

 「だから、一緒に特訓しよう。きっと私達の目的地はおんなじだから。」

 

 強さとは一体何なのだろうか。きっと人の数だけ答えが返ってくるだろうが、ベルもアイズはそれでも目指す背中を追いかけ続ける。

 

 誰もこんなところには来やしない。二人の気迫でモンスターすらも近づき難い空間が生まれていた。

 

 「・・・はい。お願いしますッ!!」

 

 アイズは愛剣デスペレートを、ベルは支給品のナイフを手に、駆け出し己の武器を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ベル、本当に駆け出しのレベル1だよね?」

 

 息が切れて倒れ伏したベルに対して、アイズは軽く汗をかく程度の損傷しかなかった。しかしアイズはベルの動きからそんな違和感を感じていた。

 

 鋭く速いナイフの連撃、時折繰り出される体術、攻撃に対して柔軟に対応する判断能力、何よりそれらを可能にする技能が攻撃・防御・回避において、第一級冒険者に匹敵する物を持っていたのだ。かつてアイズと並べて比べられた『疾風』の二つ名を持った冒険者はレベル4の中でもトップクラスの戦闘技能を持っていたが、それに匹敵するだろう。

 

 「僕が目標としている師匠がかなりスパルタなんです。10階層まで連れて行かれたこともあります。あの時は本当に死ぬ気でしたよ」

 

 ベルは冒険者になって半月と言っていた。普通ならばそのころはここ5階層にすら到達する冒険者はまず居ない。

 

 「やっぱりすごいねベル。同じころの私はもっと下だったから」

 

 「そんな・・・違います!!僕はまだランサーさんや周りの人に助けてもらってばかりなんです!!」

 

 ふとベルの腹辺りから低く唸るような音が聞こえる。それで真っ赤になったベルを見ながらアイズはふと時計に目を落とす。時刻は正午12時きっかりを指している。

 

 「あっ、そうだ。ダンジョンに潜る予定なかったからお昼ごはん持ってない」

 

 今から戻ればちょうどいい時刻に昼食を取れるだろうが。

 

 「えっと、僕は持ってきているんですけど、どうしましょうか?」

 

 「ううん。私がもらうわけにはいかないよ。だってそれ貰い物だよね?包装で分かるよ。ちょうどいいから私はそろそろ戻るよ」

 

 「でしたら僕も上がります。ご一緒してもいいですか?」

 

 「うん。いいよ」

 

 二人でダンジョンを上がる階段を目指していく。アイズはダンジョンの中ではこの瞬間が一番楽しかったと後に語った。




次回『デート?編』


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” その4 デート?編

 ダンジョンを出ると既に太陽が真上で輝いており、街は昼食を取ろうとする人々で溢れていた。

 

 普通の食事処もそうだが、昼も営業している酒場や主に若い一般の女性達に人気な喫茶店、軽食を主に売っている屋台等も数多く存在しており、その賑わいは多くの主要都市を凌ぐ。

 

 「あ、アイズさん、お昼ご飯ってどこに行くんですか?」

 

 「もちろん、ジャガ丸くんが食べられるお店だよ」

 

 ジャガ丸くん。オラリオで有名な軽食の一つで、ジャガイモを潰してマッシュ状態にした物に調味料を加えて衣を付け、高温の油で揚げた物だ。ベルの主神ヘスティアがバイトをしている店もジャガ丸くんを販売しており、手頃な価格で手を出しやすいとオラリオの市民も冒険者もファンが多い料理だ。ちなみにオーソドックスなプレーン味が30ヴァリスだ。

 

 特にアイズはこのジャガ丸くんをこよなく愛する一人である。

 

 「好きなんですか?ジャガ丸くん」

 

 「ベルはジャガ丸くん、嫌い?」

 

 「僕も好きですよ。僕のファミリアの神様がバイトしている店がジャガ丸くんを売ってるんです。それでよく食べるんです」

 

 「そっか。じゃ、行こ」

 

 アイズに手を引かれ、ベルはアイズに連れられて大通りを歩く。その途中、アイズの存在に気付いた他の冒険者達の視線が刺さる。

 

 「おい、あれ『剣姫』じゃないか?」

 

 「俺、初めて見た……」

 

 「一緒に居る小僧は誰だ?」

 

 「さあ?俺は見たことねぇ」

 

 興味と嫉妬といった負の感情を含んだ視線がベルに刺さる。アイズ・ヴァレンシュタインといえば数少ない第一級冒険者の中でも特に知名度の高いオラリオ最強の剣士と言われている者だ。圧倒的な力量でモンスター達を薙ぎ倒し、神々さえも霞みかねない容姿も相まってオラリオでは一種のアイドルのような存在であり、所謂ファンも多い。

 

 本人は天然な面も持っており、下心を持って近寄ってきた男を文字通り玉砕した数は千人を超えたという。

 

 そんなアイズは大通りを歩くだけで自然と人々の目を引く。そして今回はその傍らにベルがいることで、その視線がベルにまで向く。

 

 そこには自分こそが相応しいとベルに向けられる負の感情は様々だが、中には殺意まで含んだ物もあり、純粋なベルには些かキツイ物がある。

 

 だがそんな視線もアイズの目には入らないのか、知らぬ存ぜぬといった顔で大通りをベルを連れて歩き続ける。

 

 「アイズさん?どこのお店に行くんですか?」

 

 「広場にジャガ丸くんを売ってる店があるの。そこに行こ」

 

 「あ、今日は……」

 

 ジャガ丸くんで頭が一杯になっているアイズにはそれが聞こえず、広場に到着する。

 

 当然辺りを見渡してもジャガ丸くん屋の屋台は無い。

 

 「あれ?いつもこの辺りに……」

 

 「今日は別の場所で営業するって神様が言ってましたからね……どこでかまではわからないです」

 

 明らかに落ち込んだ顔を見せるアイズ。そこでふとベルはある事を思い出す。

 

 「そういえば、ジャガ丸くんを提供してる喫茶店がこの近くにあるって聞きましたよ」

 

 「!!本当!?どこにあるの!?」

 

 「わっ、アイズさん、近いです!?」

 

 二人が接触するまでほんの僅か。鼻先まで迫ったアイズの顔を見てベルは思わず赤面になる。だが端から見ればレベル5がレベル1に脅しをかけて迫っているようにしか見えず、次は自分の番になるんじゃないかと後ずさりしていた。

 

 「分かりました。案内しますよ」

 

 「!!早く、いこ」

 

 「あ、アイズさん!?引っ張らないでください!!」

 

 アイズはベルを引きずりながらその店に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「こんなお店、あったんだ」

 

 「ちょっと外れた場所にありますからね。でも美味しいみたいですよ」

 

 大通りからは外れているが日当たりが良く、テラス席が人気のお店だ。

 

 綺麗に掃除が行き届いた店の中でベルとアイズは二人きり、男と女が二人きりで会っているとなると、それはもうデート以外ありえない。自分達がそうは思っていなくても周囲から見ればそうとしか見えないのが現実だ。

 

 「あっ、私はジャガ丸くん小豆クリーム味をお願いします」

 

 アイズはかなりマイナーで変わった味のジャガ丸くんを注文する。甘い物が余り得意ではないベルはプレーン味を選択する。素朴で素材の味を味わえるとのことで人気の味だ。

 

 ベルは今朝からの思わぬ出来事に喜ぶやパニックでどうにかなりそうになっていた。湧き上がる興奮を必死で制御しているがために、今の自分の表情がどうなっているかある意味で恐ろしかった。

 

 「そういえば、アイズさんは今日はどうしたんですか?」

 

 「今日はね、君に謝りたかったから。会えてよかったよ」

 

 昨日は特に色々ありすぎた。ダンジョンでも、酒場でも。そして自分の弱さを今一度認識することになった。だけど考え方を変えればいい機会だったとも言える。

 

 良い師匠に恵まれて、教えられ、ドンドン下の階層に潜る事が出来て、モンスターを倒す度に自分のステイタスも技量も上がっていることを嬉しく思い、酔っていたのだろう。

 

 そんな慢心が生んだ絶体絶命の状況を救われたのだ。それなのに謝られるなんてことは間違っている。

 

 「すみません。僕のために貴重な時間を……」

 

 「あんまり自分のことを悪く言ったらダメだよ」

 

 「は、はい……わかりました」

 

 軽く雑談しているうちに注文していたジャガ丸くんが出て来る。外はサックリ、中はホクホクと食欲を誘う香りで自然と腹がそれを求める。

 

 「ア、アイズさん……」

 

 「……?」

 

 「それ……おいしいんですか……?」

 

 注文が届いてから一心不乱に食を進めて一言たりとも喋らないアイズが食べているのもジャが丸くんだ。

 

 だがあまりにもアンマッチな組み合わせにベルは困惑する。熱くなったジャガイモに甘い小豆とクリームを合わせるのだ。組み合わさって本体も小豆もクリームもぬるくなってしまうのではないだろうか?

 

 「……美味しいよ?」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは比較的控えめで余り喋りたがらない性格故に一種の神秘的な印象を与えることが多いが、実際にはただ幼く天然なだけらしい。

 

 そんなことを知らないベルは少し引っ込んでいることで見える上目遣いの輝いた目が何よりも可憐で高嶺の花に見えた。

 

 「どうしたの……?ベル?」

 

 首を少しかしげてベルのことを本当に心配している様子がトドメとなる。

 

 (おおお落ち着け僕……!!慌てるんじゃあない!!精神統一だ心頭滅却すれば火もまた涼しいはず……!!)

 

 沸騰したやかんのように顔を真っ赤にしているベルを見て、自分がまた何かしてしまったんじゃないかとオドオドし始めるアイズ。

 

 そうだ、とばかりにアイズはベルの手を取る。ベルはハッと取り乱していた意識を整理してアイズの方を見る。

 

 「よかったら、食べる?」

 

 ベルは顔どころか全身を真っ赤にして湯気を吹き出して気を取りこぼした。

 

 ――――アイズさん、それ、間接キスっていうんです……。――――

 

 意識を失う一瞬前、ベルはそんな考えが浮かび上がったが、伝えることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「すいませんでした。もう大丈夫です。問題ありません」

 

 「本当?よかった」

 

 (アイズさんは天然で可愛い、心に刻んでおかないとこっちがおかしくなってしましそうです……)

 

 食事を終えて喫茶店を出る。あの後5分程気絶していたベルの目に一番最初に映り込んだのは、間近に迫ったアイズの顔だった。一目惚れした女性の顔をそんな距離で見た瞬間に再び気を失いかけたが、何とか耐えることに成功した。

 

 あの後ベルはジャガ丸くんとシルに貰った弁当を完食した。味の方は申し訳ないが微妙な味わいだったと言っておこう。本人には言えないがシルは料理があまり得意ではないようだ。逆に言えば致命傷レベルではなく、今後に期待するべきだろう。

 

 「ベルはこの後どうするの?」

 

 「僕はアイテムの補充とかですね。明日からの準備って感じです」

 

 「じゃあ、私もその買い物に付き合って、いいかな?色々なお店知ってるし」

 

 付き合う(・・・・)とアイズは言った。あくまでも買い物にだが、その単語は男にとってはすごく甘くて魅惑的な響きがする言葉であり、一生に一度言われたい言葉にランクインするだろう。

 

 (ええぃ落ち着け。平常心を保つんだ僕……)

 

 未だそういった経験も少ないベルだが、短い修練の間で鍛えられた精神は何とか平常心を保つことに成功する。

 

 「いいんですか?でもアイズさんの方は大丈夫ですか?」

 

 「うん、今日はもうダンジョンに潜る気分じゃないから」

 

 「では、よろしくお願いします」

 

 二人は再び大通りを歩き出す。歳の差も相まって、仲の良い姉弟のように見える。

 

 (あれ?これってもしかしてデートなんじゃ……まっさかぁ……)

 

 アイズに案内されてポーションを売っているディアンケヒト・ファミリアでポーションを最低限購入し、携帯食料や応急手当用の器具等を購入していく。長年冒険者を続けて来たアイズの案内のもとで物資を購入してみると、自分で購入していた場合よりもかなり安くすんでいた。次からも利用させてもらおうと記憶の片隅で覚えておく。

 

 「そういえば最近街の賑やかさが増しているような気がするんですけど、何かあるんですか?」

 

 「もうすぐフィリア祭があるよ。一年に一回だけのお祭りだよ」

 

 一年に一回の行事ということもあり、長い期間に渡って準備が行われているらしく、その賑わいも平時のオラリオの街を上回るという。

 

 「アイズさんも行くんですか?」

 

 「うん。多分ファミリアのみんなと行くと思う」

 

 「でしたらきっと綺麗な余所行きの服とか着て行くんでしょうね……」

 

 ふとベルはそんな服を着たアイズの姿を思い浮かべる。普段のダンジョン用の機能的な装いも凛として見惚れるが、一人の町娘のようなアイズもきっと可愛らしいんだろうな、と考えているだけだが、アイズは何を思ったのか長考し始めた。

 

 「そうだベル。あそこの店、寄りたいな」

 

 アイズが指を指す先にはアイズやベル達ヒューマン用の服が集められた衣料品店があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうかな?ベル?」

 

 アイズが自分で選んでみた服を着て試着室から出てくる。袖から背中まで布地を排した服はホルターネックといっただろうか?そこにフリルの付いたスカートがお洒落で涼しげな組み合わせだ。色合いも白を基調とした清涼感を与える物で揃えられている。

 

 「……すごく、綺麗ですよ」

 

 一方でベルはそんなアイズの姿を見て見惚れて心を奪われていた。これでベルがアイズ・ヴァレンシュタインに一目惚れをするのは二度目だ。

 

 ダンジョンで戦う第一級冒険者としてのアイズと、天然で可愛らしくてジャガ丸くんが好きな一市民としてのアイズ。どちらのアイズもベルにとっては何者にも替えられない物に、あの時からなっていた。

 

 「よかった。不安だったんだ。あまりこういうことには疎いから」

 

 「あまりこういう物に興味が無いんですか?」

 

 「うん。遠征の後はいつも一人でダンジョンに潜ってるから……」

 

 アイズが見据えている強さの果ては未だ姿すら見せない。それはベルも同じだ。二人が目指す強さは具体的な形が無い。だからこそ限界を超えて更にその先へと、歩み続けられる。

 

 「でもね、それしかないんだ。それ以外にやりたいって思うことが、ないの」

 

 だが人の寿命は無限ではない。何もせずとも斬り続けられる剣が存在しないように。『不壊属性(デュランダル)』の付与された武器は決して折れないと言われているが、斬り続ければやがて斬れ味が鈍り、何も斬れなくなる。

 

 鍛え続けられ、ただひたすらに極致を目指すことを強いられる剣の行き着く先は無に他ならない。刀身は痩せ細くなり、鉄の光沢は鈍くなり、摩耗し錆び果て、やがて腐り落ちて存在していたという痕跡すら残さない。

 

 やがて理想を目指すことに疲れ果て、立ち止まらずを得ない時が誰にだって訪れるのだ。一人で目指す限りは。

 

 「アイズさんは一人じゃないじゃないですか」

 

 ベルは伏せかけていたアイズと目を合わせる。

 

 「僕のファミリアはまだ出来たてで僕以外では神様しかいません。でもアイズさんのファミリアには団員の方々がたくさんいるはずです。その中にもアイズさんが大切にしたい人とか大切にしてくれる人は居ないんですか?」

 

 鈍器で頭を叩かれたような感覚がアイズを襲う。しかし痛みが全くなく、不快な物ではなかった。

 

 それをきっかけにアイズが今までに出会った人々が次々と浮かび上がった。社交的な性格ではないため決して多いとは言えないが、それでもアイズにとっては手のひらから取りこぼしたくない人達だった。

 

 ロキも、ティオネにティオナ、レフィーヤにリヴェリア、フィンもロキ・ファミリアの皆も、アイズのかけがえのない人達だった。

 

 「アイズさんもきっとそういう人達が居るはずです。今はまだ見つからなくても、きっといつかは見つかると思います」

 

 アイズの胸の内に存在していたわだかまりが小さくなっていく。

 

 「あっ、すみません。出過ぎた真似でした。というか、上手く言葉が纏まらないのに上から言う物じゃないですよね……何を言ってるんだろう僕は……」

 

 例えそれが不器用で不格好な物だったとしても、アイズの心には澄んだ水のように清らかで心地よい物だった。

 

 「ありがとうベル。引っかかってた物がなくなった気がするよ」

 

 「え。そ、そうだったら良かったです」

 

 「今日は本当にありがとう。楽しかったよ」

 

 互いの顔に笑みが浮かぶ。迷いを振り払った彼女の笑みは、ここ最近で一番の物だった。それはベルにとっても同じだった。

 

 気がつくと陽が沈み始めていた。楽しい時間はあっという間に過ぎていくようだ。

 

 「じゃあ、私は本拠に戻るね」

 

 「はい。今日は本当にありがとうございました」

 

 「それはこっちもだよ。本当に楽しかった」

 

 広場に戻って来て、二人は正反対の方角に歩いて行く。背中合わせで真逆に離れて行くが、いつか二人はまた出会うのだろう。

 

 二人が目指す強さの過程に、ダンジョンがあるのならば。

 

 ダンジョンに出会いを求めるのは、やはり間違ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こんな感じでいいんでしょうか?

始めてこういう甘い話を書いたと思うので


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” その5 理想的な結果

 「ただいま戻りました」

 

 ベルは本拠である廃教会の隠し部屋へと帰って来た。

 

 「おう坊主、早速だが出掛けるぞ」

 

 帰って来てすぐにベルはランサーに連れられて本拠を出た。主神のヘスティアは本拠の中に居たみたいだが、ランサーが予め話を通していたのか特に何処に行くのかとは聞かれなかった。

 

 「どうしたんですか?こんな時間から出掛けるんですか?」

 

 「お前神の宴ってのがあるって知ってるか?」

 

 「何ですかそれ?神様達が何かするんですか?」

 

 神の宴とは地上に降りた神達が集まる宴会のことだ。庶民では手の届かないような豪華な料理や酒が並べられ、神達の娯楽の一つとなっている。主催となる神は毎回変わる、というより誰かが開きたい時になったら勝手に開き、招待された神が集まってくるようだ。

 

 「まあ要するに暇潰しの一貫だろうな。面白そうな話題や情報の集まる場でもあるが、何よりその神のファミリアがどれだけの力や金を持ってるかが装いや振る舞いで一目瞭然になるってわけだ」

 

 「もしかして、神様も招待されたんですか?」

 

 「ああ。今回の主催はガネーシャって男神でな、お前ら人間が大好きで性格も評判もいいと、総じて残念か碌でなしが多い神の中ではオレが信用出来るって思えるくらいの傑物だな。本人の趣味が変わっててアレだが」

 

 「へぇ……」

 

 「てなわけで、ヘスティアには間違っても普段着で行かせるわけにはいかねぇからな。ドレスや装飾品を買いに行くぞ。ドレスに関しては注文済みで取りに行くだけだがな」

 

 しばらく歩くと、二人はとある店の前に辿り着く。主にヒューマンの衣服を扱っている店ではあるが、ベルが昼間にアイズと立ち寄った店よりもより高価な衣料品を扱う高級店だった。

 

 「こ、こんな高そうなお店で注文したんですか!?」

 

 「まあな。仮にも神様が着るモンだ。そこらのドレスじゃ見劣りするどころか釣り合わねぇよ」

 

 「でもお金はどうしたんですか!?」

 

 「ダンジョンって金稼ぎには便利だよなー」

 

 店の中に入ると、内装も豪華に仕上がった店だった。磨き上げられた大理石で彩られた内壁は、まるで貴族の豪邸のようだ。

 

 「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 「ヘスティア・ファミリアの者だが、注文していた物の仕上がり予定日が今日だろう?それを受け取りに来た」

 

 「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 

 応対した店員はバックヤードに下がる。

 

 「そういえば、サイズとかってどうしたんですか?神様には内緒なんですよね?」

 

 「ヘスティアの知り合いの女神経由で注文したんでな。ちょいとした冒険者依頼の報酬代わりでな。サイズは聞いちゃいねぇがその辺は向こうもしっかりしてるだろうぜ」

 

 流石にランサーも寝ている内に直接サイズを計測するという暴挙には出なかった。ただでさえ自分の幸運がEランクだと自覚しているのだ。途中で起きて手痛い反撃を食らうのが落ちだ。

 

 後は完成品を出して来るだけだったらしく、すぐに商品は受け取れた。

 

 「こちらになります。念のため中を確認いたしますか?」

 

 「おう。頼む」

 

 袋の中身が取り出され、露わになる。無駄な装飾がないシンプルなドレスだが、その代わり素材は拘り抜かれた最上級の物で、ほんの少し青の入ったオフホワイトに染められた布地は着る者を引き立てるために存在する。

 

 「すっごく綺麗なドレスですね!!これなら神様にもきっと似合いますよ」

 

 「あったりまえだ。何しろ着る奴の素材がいいんだ。しっかり相性を合わせればそうなるだろうぜ」

 

 「お気に入りになられたようで何よりです」

 

 「いい仕事するじゃねぇか。代金は前払いで全額払えているよな?」

 

 「はい。計100万ヴァリス全て頂いております。この度は当店にご依頼くださりありがとうございました」

 

 「ああ、またの機会があれば利用させてもらうぜ」

 

 元々依頼していた服や装飾品を取りに来ただけのため、すぐに退店した。ベルは落としたり汚したりしないようにドレスの入った袋をしっかり抱えてランサーの後に続く。

 

 暗くなり、街灯が点灯し始めたころ、ささっと二人は本拠に戻る。

 

 「おうヘスティア、ちょいと服脱げや」

 

 「な、なんだい急に!?セクハラかい!?」

 

 「ラ、ランサーさん!?もう少し言い方考えましょうよ!!」

 

 ベルは慌てて事情を説明した。それから暫くして……。

 

 「うぅ……僕は主神思いのいい眷属を持てて嬉しいよ……」

 

 「ああもう泣くんじゃねぇ!!涙で汚れたらどうすんだよ!!」

 

 「うわぁぁ。すごく似合っていますよ神様!!」

 

 鏡に映る女神を見てベルは思わず見惚れた。

 

 普段着のままでもヘスティアは女神らしく、整った容姿で可愛らしさを振りまいていたが、ドレスを纏い、髪を整え、装飾品で飾った姿は間違いなく神話で語られる女神であろう。

 

 「神が集まる宴なんだ。アンタも神なんだからよ、少しは着飾って身だしなみもしっかりしないとな。間違っても出された料理を持って帰って来るなんて真似すんじゃねぇぞ?」

 

 「わ……分かってるよ……」

 

 「やる気だったなコイツ……」

 

 「まあまあ……その辺りにしておきましょうよ……」

 

 ふと時間を確認すると、時刻は8時を回っていた。

 

 「おっと、そろそろご飯にしようよ。またジャガ丸くんを貰ってきたんだぜ。いやぁ……ありがたいことだよねぇ……」

 

 「あーヘスティア、悪いんだが、オレとベルはちょいと外で食ってくるわ」

 

 「え?神様はどうするんですか?」

 

 「む?なんだい?僕は除け者かい?酷いじゃないか」

 

 「いやなぁ……呼び出しくらってんだわ。オレとベルの二人が。コレだけやるからヘスティアもなんか美味いモン食ってこいよ」

 

 ランサーはヘスティアに1万ヴァリス程手渡す。

 

 「むぅ……隠し事されるのも除け者にされるのもやだけど、仕方ないってことだね?わかったよ」

 

 「悪ぃな。埋め合わせはどっかでさせてもらうぜ。じゃあ行くぞベル」

 

 「は、はい。すみません神様」

 

 ランサーに連れられ、ベルは再び外の街に繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで何処に行くんですか?」

 

 「豊穣の女主人に行くぞ」

 

 すっかり暗くなった街を歩くベルとランサー。夜が更け、人通りも少なくなり始めたころだ。

 

 一般人は殆どが自宅に帰ったようであまり見られず、代わりに冒険者らしき者達は酒場で酒を飲んで騒いでいる姿がよく見えた。

 

 「豊穣の女主人ですか?」

 

 「ああ、オレの知ってる奴がそこに呼び出しやがってな。仕方ねぇから行ってやるのさ」

 

 「でも閉まってるんじゃないですかあれって……?」

 

 看板がCLOSEになっているが、中には確かに人の気配を感じる。

 

 「邪魔するぜ」

 

 それにも関わらずランサーは中に入る。

 

 「来たか、ランサー」

 

 「何の用だアーチャー?つまらん用事ならただじゃおかねぇぞ」

 

 「私からは特にない。あるのは後ろの御一行様だ」

 

 「あん?おめぇらは……」

 

 ランサーが振り返り、後ろの机を視界に捉える。そこに居たのはステイタスレベル5を超える第一級冒険者達の集団。ロキ・ファミリアの幹部陣だった。

 

 「まずはこんばんわ。君がランサー、さんだね?僕はロキ・ファミリアの団長を務めているフィン・ディムナという者だ」

 

 フィンがまず話を切り出し、彼らとベルを巻き込んだ騒動の経緯を説明し始める。

 

 事の発端は遠征帰りのロキ・ファミリアがミノタウロスの大群に遭遇するところから始まった。

 

 交戦して間もなくミノタウロスは群れを成して上層へ逃走する道を選んだ。まだミノタウロスと相対できない下位冒険者達の方へなだれ込むことになった。

 

 遠征メンバー総出でミノタウロスを狩り続けたが、運良く逃げ続けた最後の一頭が運悪くベルと遭遇してしまったのだ。

 

 結果的に言えば、1から10までロキ・ファミリアの失態であり、ベルはただそれに巻き込まれただけであり、ベルに非があるわけでもなく、増してはあの場で笑い者にされる筋合いすら無いのだ。

 

 「以上が今回の騒動の経緯だ。我々の不手際に君を巻き込んでしまったこと、本当にすまないと思っている」

 

 「そ、そんな……僕はあの場でアイズさんや皆さんに助けて貰った側です。こ、こちらこそ本当にありがとうございました」

 

 ロキ・ファミリアもベルも頭を下げ続け謝罪と感謝を繰り返す。こんなやり取りが何度も続いた。

 

 確かにベルはロキ・ファミリアが逃したミノタウロスに殺されかけた。その責任はロキ・ファミリアにあるが、彼を助けて命を救ったのも紛れも無くロキ・ファミリアなのだ。受けた恩を仇で返したり、糾弾するようにベル・クラネルは育っていない。

 

 「そこまでや。ウチらに責任があるのも、そっちが救われたのもよう分かった。だからもう恨みっこなしにしようや」

 

 「……だそうだけど、君はどうだい?」

 

 「僕もその方がいいと思います」

 

 「いいのか坊主?」

 

 「はい。運が悪かったんですよきっと」

 

 「そうかい。じゃあオレも何も言うことはねぇ」

 

 ランサーはロキ・ファミリアの者達が座っている席につく。

 

 「オレも昨日は悪かったな。酒も入ってたが仲間を虚仮にされんのは見逃せなかったんでな」

 

 「それに関しては申し訳ない。またベートにはキツく言っておきます」

 

 「ああ、もういいぜ。アイツの方からケジメ付けに来たんでな。ちょいとお灸据えてやったがな」

 

 「ベートが?」

 

 「根性がある奴だったぜ。修行すればもっと上行けるぜ。アイツは。おいアーチャー。酒、ありったけ持って来い!!」

 

 「了解した。肴はどうするかね?」

 

 「お前に任せる。坊主も席着け。今日は飲もうじゃねぇか」

 

 「は、はい……分かりました」

 

 ベルは若干ビクビクしながらランサーの隣の席に着く。目の前にいるのはオラリオどころか世界中にその名を轟かせる第一級冒険者、即ちベルの目標である英雄候補であり、何れベルが追い越さねばならない壁でもある。

 

 そんなベルにとっての憧れの者達と食事をする、畏れ多いとも言える感情をベルは感じていた。

 

 「今日はオレが奢ってやるからお前らも飲めや。湿っぽい話はアレで終いにして、今日は飲もうぜ」

 

 「いいんかいな?ウチらのこと嫌っとるんやないのか?自分?」

 

 「だからもういいって言ったろ?あんま細けぇこと気にすんな」

 

 「そういうことなら、ゴチになるわ」

 

 「おう。アーチャー早く酒持って来いよ」

 

 「やかましい。羽目を外して暴れてくれるなよ?次は貴様が自分で直せ」

 

 奇妙な形で始まったロキ・ファミリアとヘスティア・ファミリアの宴会も、酒が入れば自ずとぎこちなさはなくなり、普通の物と何も変わらない物になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちっ、ランサーめ。分かってはいたが、面倒な……」

 

 「お酒はともかく、もう食材があまり残っていませんね」

 

 「お米は大量にあるんですけどね。でもこれだけじゃ物足りないですよね……」

 

 アーチャーと5人のウェイトレスが引っ込んだ厨房の中。ランサー達の来訪の前までに来た客が全て帰ったが、いつも以上に繁盛したことで、食材が切れかけていた。

 

 「ふむ、ならばアレにするか」

 

 アーチャーは炊き上がった米を取り出し、軽く混ぜる。ほんのり温かい米を手に乗せてそれを握り形を整える。二、三回程握って三角になった米にほんの少しだけ塩を掛ける。

 

 「アーチャーさん、これは?」

 

 「米を持ち運びやすくした料理で、おにぎりとか握り飯と呼ばれる物だ。初心者にも作りやすいだろう。こんな感じでやってくれ」

 

 かしこまりましたと皆でおにぎりを握り始める。今日こうして厨房に立つ前に知った事だが、5人の中の一人、エルフの女性ことリュー・リオンは致命的な程に料理音痴だ。

 

 仕込みの手伝いを頼もうとしたところ、他の者達が必死で止めたところを見る限り、そうなのだろう。まあ女将がほぼ一人で厨房を切り盛りしているのならば仕方ないだろう。

 

 だからアーチャーはまずは基本となるおにぎりから入らせた。軽く様子を見るが、慣れない作業に苦戦しながらも、なんとか三角にみえるおにぎりを見て安堵した。

 

 その間にアーチャーは冷蔵庫から鶏肉を取り出し、一口サイズに切り分け、塩と胡椒で味を整える。それを串に刺してフライパンではなく、鉄網の上に乗せる。熱された鶏肉から脂が染み出して香ばしい香りが漂い始める。

 

 生前食べた焼き鳥といえば塩とタレと種類があるが、タレを用意するとなると前々からの仕込みが必須となるため、今回は塩だけで妥協せざるを得ない。

 

 ランサーを待つまでの間にあまり料理を食べなかったロキ・ファミリアの彼らも腹を空かせていることだろう。

 

 鶏肉が焼けるまでの間に別のフライパンに魚の切り身を投入し、それを塩焼きにする。それも焼きあがりを待つ間に少し塩を入れて沸騰させた鍋にパスタの麺を投入し、時間の計測機を投影しタイマーをセットして茹で上がりを待つ。加えて昼頃にも使った中華鍋に米や具材、卵と調味料を入れて炒飯を作り上げる。

 

 「くっ……何処かは覚えていないが、百人を超える人間やサーヴァントの食事を同時に作った記録がある……のか?どうなんだ、私?」

 

 ふと脳裏に浮かんだそんな光景。アーチャーの生前の記憶ではないそれは、何故だか鮮明に覚えている。

 

 気が逸れたが、それは大切な思い出だったのだろう。記憶の片隅にしまい込んで調理に集中する。

 

 アーチャーは己の技術をフルに使い、酒が進む肴や腹を満たす料理を残りの食材を使い尽くすつもりで作り上げていく。もちろんここの女将が可愛がっているウェイトレス達への賄い料理も忘れない。

 

 「店長代理。こんな感じでいいですか?」

 

 「ふむ……」

 

 米という食材を使い慣れているアーチャーからしてみれば申し訳ないが残念な出来だろう。普段は女将のミアが一人で厨房を回しており、料理を作り慣れていない彼女達からすれば仕方がないことだ。

 

 だがそれ以上に一生懸命握ったという熱意を感じた。売り物として出すには失敗作だが、あまり米を使った料理が普及していないオラリオならばこういう物だと受け入れられるかも知れない。

 

 「少々形が歪だが問題あるまい。ランサーなら麻婆豆腐と犬の肉以外はよろこんで食べるだろうさ」

 

 「犬の肉ですか……?」

 

 「奴の誓約(ゲッシュ)に関係するんだが、犬の肉を食うと奴の力が激減するだろうな。奴の逆鱗に触れて逆に手強くなるかも知れんがね」

 

 「なんだかケルト神話のクー・フーリンみたいですね」

 

 そう呟いたのはシルだった。そういえばそうだねとリューとルノアが続く。猫人(キャット・ピープル)の残り二人は気が付かなかったようだが。

 

 「あぁ、言ってなかったな。アレがクー・フーリンだ」

 

 「えっ?」

 

 『えええええぇぇぇぇぇ!?』

 

 当然のように驚きの声があがる。かつてアーチャー達が召喚された第5次聖杯戦争の舞台は日本だった。日本ではランサーの故郷程知名度が高くない。本場のアイルランドで召喚した場合の結果があれなのだから。

 

 「馬鹿な……!?そもそもクー・フーリンはケルト神話の英雄譚の登場人物ではないのですか!?百歩譲って彼がそうだったとしても、人間が何千年も生きることができるわけがありません!!」

 

 「ああ、確かに奴は死んでいる。使い魔として霊体で召喚されただけだ。そしてバレると弱点を晒す真名を隠すためのクラス名がランサー。槍兵のサーヴァントだ」

 

 「霊体ってことは幽霊ってことなのニャ?」

 

 「もちろん霊体化することで触れたり見えなくなることも可能だ。こんなふうにな」

 

 アーチャーは彼女達の前で消えて見せる。その光景に彼女達は絶句しており、驚きを隠せていない。

 

 「ってことは店長代理も……なのニャ?」

 

 「まあね。クラス名はアーチャー。弓兵のサーヴァントだ。もっとも私は名乗る名もない無名の英雄だった者だがね。格が違うよ」

 

 「充分すごいと思うんだけどなー……」

 

 「そのことはまあいい。料理を出そう。大型犬がいつまでも『待て』ができるか分からんからな」

 

 そうですねーと出来上がった料理を配膳し始める。残る食材をかき集めて作った寄せ集めだが、これだけあれば満足するだろうと見た。ここに腹ペコ王が参戦しなければ。

 

 「おっと待つんだリュー」

 

 「?なんでしょうか?」

 

 「随分一生懸命握っていたようだな。顔に米粒が付いている」

 

 ふとリューが側にあった鏡に目をやると、確かに一粒だけ米粒が頬についていた。

 

 「待っていろ。今取ってやる」

 

 アーチャーの指がエルフ(・・・)のリューの頬に触れる。エルフが己が認めた極一部を除く他者との肌の接触を極端に嫌うとアーチャーが知るのは当分先にことだ。

 

 「なっ……」

 

 「これでよし……と、どうかしたか?」

 

 「い、いえ、なんでもありません。ありがとうございました。」

 

 リューもこの時には僅かな疑惑しか感じていなかった。アーチャーの肌が自身に触れた時、必ずと言っていい程湧いていた嫌悪感がほぼ無かったことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あら。おかえりアーチャー。遅かったわね」

 

 「ああ。とある酒場の手伝いをしていてね。少しばかり熱が入ってしまったようだ」

 

 あの後特に騒動が起きることなく宴会は終了した。ランサーはレベル6のロキ・ファミリア最高幹部の三人と特に盛り上がっていた。ランサーも決して長くない人生だったが、彼なりに誇れるように生き抜いた経験は、彼らにとっても見習うべき物だろう。特に団長の名前に彼の後輩の影がちらついているのが大きかったのだろう。

 

 一方ベルという少年は神ロキやアマゾネス姉妹との絡みが多かったように見える。アーチャーが見た限りでもあそこまで邪に染まっていない真っ白な人間は特に冒険者の中では珍しい。俗に言う優しい人間の模範というべき存在である彼は特に神ロキに気に入られた様子だ。

 

 「そう……。貴方なりに現界を楽しんでいるようで私も嬉しいわ」

 

 「……マスター、いや神ヘファイストス。貴方に頼みたいことがある」

 

 「何かしら?私で出来ることなら何でも言ってちょうだい」

 

 きっかけは豊穣の女主人でランサーとセイバーと遭遇した事。前回のステータスから随分と離されてしまい、彼が上回る点が極端に減ってしまった。限りなく細く成り過ぎた道では、勝利どころか痛み分けすら難しくなってしまった。

 

 悩んだ時間は短いが、これ以上に悩んだことは、正義の味方を目指して生まれ育った国や街、側に居た仲間の全てを捨てた時くらいだ。それは現実主義者で効率が良い方法を求めることを方針とするアーチャーの中にほんの少しの誇りや意地、プライドといった物が残っていることを表す。

 

 「オレに、神の恩恵を刻んで欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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弓の一幕 2

 「それで、急にどうしたのかしら?今まではあれ程いらないって言っていたのに……」

 

 ヘファイストス・ファミリアの主神ヘファイストスの私室。そこにあるベッドに一人の男が寝そべっていた。鍛え上げられた筋肉質の身体の上にヘファイストスが跨っている。

 

 「少々事情が変わったんだ。おそらく必要になると思ってな」

 

 「ふーん……何があったのかしら?」

 

 「何。少しばかり顔馴染みが召喚されていただけさ。私からしてみれば切れてしまえば楽な縁だと思ってしまうよ」

 

 アーチャーにとって彼らは衛宮士郎が英霊に召し上げられる上で欠かせない存在だ。運命の夜とも言えるアレを今のアーチャーが言葉にしようとしても、アーチャーは言葉にはできないだろう。

 

 かつて愛した女性と出会えたと思えば間違いなく良かったと言えるだろう。だが自分の理想を追い求めたその後に待ち受けているのは間違いなく破滅だったのだから。

 

 故にアーチャーは例え召喚されたとしても、セイバーとランサーの二人とは鉢合わせたくなかった。特にセイバーとの関係は一言で容易く語れる関係ではいかない。できることなら顔すら合わせたくなかった。守護者として蓄積した記録が取り払われ、摩耗した記憶が剥き出しになれば間違いなく硝子の心が砕けてしまうだろうから。

 

 「そうよね。何十年何百年。いえ、それ以上に匹敵する年月を守護者として存在していたのよね。有り得ないような縁の一つもあるでしょうね」

 

 「まあな。だがそれが苦だったかと聞かれれば、答えはNOだ。後悔して過去の自分を憎んだことはあるが、それが間違いではなかったと気付かされたのでね」

 

 「そうね。神としては、子供に後始末を押し付けるなんてしたくもないのだけれど……」

 

 「人間の犯した事だ。人間で片付けるさ」

 

 ヘファイストスの指先から血が滲み出る。冒険者達が持つ神の恩恵は神の血によって刻まれるのだ。

 

 「お化けにも刻める……のよね?試したことないわよ?」

 

 「お化けとは言ってくれるな……。それについてはこちらである程度調べた。神の恩恵を刻めるのは生きている人間と言われているが、それは違うようだ。どうやら『純粋な人間であること』が条件らしい」

 

 「それだと亜人達はどうなるのかしら?彼らは人間(ヒューマン)ではないわ」

 

 「ここで言う人間というのは何も人間(ヒューマン)のことではない。逆の例を挙げるなら『モンスターと神』だ。さっき言っていた召喚されたサーヴァントは片方が半神半人(デミ・ゴッド)、もう片方は竜の因子持ちでね。私はそれが神の恩恵を弾いていると見ている。後は死んでいる場合なのだが、以前、主神と眷属は恩恵によって結ばれていると言っていたな?」

 

 「ええ」

 

 「それは正しい。だが眷属が死んだ時点で恩恵が消えるわけではないんだ。死んだ冒険者の背中には確かにステイタスが刻まれているのだからな。主神が天界に送還されても恩恵が完全に消えないのも関係があるかもしれないな。それとある手段を用いて恩恵をリセットできないかと確かめてみたのだが、これも成功している。生死関係無しでだ」

 

 「ちょっと待って。それは初耳だわ」

 

 「言っていないのでね。こんな事実、あまり多くの耳に入れたくはないだろう?」

 

 アーチャーの言っている事は正しい。神という存在は人間では到底到達出来ない高みにいる。人間達を生み出したのが神であり、人間は神に守られて繁栄してきたからだ。

 

 故に神の力は絶対であり、人の力が及ぶ域に居てはならない。手が届いてしまえば神の域に至るだけではなく、神を引きずり落とすことすら出来てしまうのだから。

 

 「色々と聞きたいことができたけど、まずは恩恵だったわね」

 

 「ああ。一思いにやってくれ」

 

 指に滴る神の血で神の文字を描く。それはやがて神の気を得てほんのりと熱を帯びた。

 

 「……一つ謝っておくわ」

 

 「唐突だな。それで何かね?」

 

 「……極稀に恩恵を得る前からステイタスに加算できる経験値や偉業を持った子がいるのだけども、そういう子達は恩恵を得た直後からステイタスが0以上だったりレベルが1じゃなかったりするのよ。それで、これが貴方のステイタス」

 

 羊皮紙に写されたステイタスを見たアーチャーはヘファイストスと同じように顔を顰めた。

 

 

 

 

 『無銘』

 

 Lv.8

 

 力:D 536

 

 耐久:C 645

 

 器用:A 892

 

 敏捷:C 617

 

 魔力:B 768

 

 《魔法》

 

 【無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)

 

 ・一度使用するまで詳細を不可視化。

 

 ・詠唱を省略して使用可能。

 

 ・派生して『投影』『解析』『強化』が使用可能。

 

 《スキル》

 

 【真名偽装(フェイカー)

 

 ・本当の名前を己が名乗るまで不可視化。

 

 ・不特定多数から真名が認知されることで削除。

 

 【救人願望(サバイバーズ・ギルト)

 

 ・己の全てを理想に費やす者に与えられる証。

 

 ・人を救うための戦いで全アビリティ上方補正。

 

 ・己のための戦いで全アビリティ下方補正。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……何とも報告しづらいな」

 

 「ほんとよ……全く……」

 

 このオラリオにおいても恩恵の最高レベル保持者は『フレイヤ・ファミリア』の団長のオッタルでそのレベルは7だ。

 

 ただ一人のレベル7として高みに君臨する彼に与えられた二つ名は『猛者(おうじゃ)

 

 ステイタスも技量も全てが他者を置き去りにした、多くの冒険者から畏敬の念を抱かれる者でもある。

 

 「こうなってしまった物は仕方がない。登録も交流があるエイナ辺りに頼んで隠せば問題あるまい」

 

 「でもそれも次の神会までよ。そこを過ぎたらどうしてもレベルは公開されてしまうわ」

 

 「そして神達の玩具の仲間入りか……だが未報告でペナルティを受けたくはないな」

 

 「ふふ……二つ名はどうなるかしらね。魔剣士(ダーク・セイバー)とかどうかしら?」

 

 「勘弁してくれ、ガラじゃないのでね……。無難な奴ならなんでもいいよ」

 

 時計を確認するともうすぐ陽が沈む時間になっていた。

 

 恩恵を刻んで欲しいと頼んだのは昨日のことだが、彼女もファミリアの主神として働く身であり暇ではなく、翌日になってしまった。

 

 「おっと、時間はいいかね?今日は神の宴の開催日だろう?」

 

 「あら本当ね。そろそろ準備しなくちゃ」

 

 「私も手伝おう。折角の機会なんだ、羽を伸ばしてくるといい」

 

 「そうさせてもらうわ。私が居ない間、ファミリアのこと、よろしくね」

 

 その後は特に何もなく、アーチャーはヘファイストスが宴に着て行くドレスを用意して、美しい紅い髪を梳かし、ヘファイストスをエスコートして会場まで送って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「全くランサーめ……」

 

 場所が変わってここはアーチャーが鍛冶をする際に使わせて貰っている工房、つまり神ヘファイストスの工房。ヘファイストスは自分の命に匹敵するであろう工房や道具を無償でアーチャーに貸し出している。

 

 それがただアーチャーが打つ剣に興味があるからなのか、剣製に特化した彼の技術を盗むためなのか、将又神の気まぐれによる物なのかは定かではない。

 

 あまり剣を打つことをしないアーチャーが今こうして武器を打っているのは因縁深きランサーからの依頼があった。

 

 『アーチャー。お前にうちの坊主の武器を打って欲しい』

 

 『ベル・クラネルのか?こう言っては悪いが彼にはまだ早い。戦いの技量は貴様の指導で飛躍しているが、経験がまるで足りていない。もっと基礎を積ませるべきではないかね?』

 

 『そいつはもう遅過ぎるんだ。あいつの戦いに初心者用の武具が付いていけてねぇよ』

 

 『で、何故私なんだ?他にも腕のいい鍛冶士は巨万といるぞ』

 

 『んなもんお前が一番強力な武器を打てて信用できるからだろうが。なんで名前も知らねぇような奴らの武器を持てるってんだ』

 

 『……はぁ、分かった。一億ヴァリス用意しろ。それで彼の武器を今後ずっと打ち続けてやる』

 

 『……いいのか?』

 

 『フッ。何、彼に期待しているのは何も君だけじゃないってことだ。私も彼とミノタウロスとの関係を知っている。武器が無くて戦えない悔しさは耐え難い物だろうからな』

 

 ここには熱と鉄と彼しか存在しない。故に全身全霊を持ってアーチャーは剣と向き合える。

 

 特に問題も起きることなく剣は打ち終えた。ベル・クラネルが使っていたナイフのサイズに合わせて打ったから彼の手にはよく馴染むはずだ。特異な形状でも無ければ特殊な能力も持たせていないから使いやすいだろう。作った剣の性質上、少しだけ変わった性質を持っているが妨げにはならないだろう。

 

 「……打ち終わったぞ。入って来るといい」

 

 扉がゆっくりと開く。少年から少し大きくなった程度の青年がただアーチャーが打った剣をじっと見据えている。

 

 「君は、ヴェルフ・クロッゾ、だったな?」

 

 「ああ。だけど名字では呼ばないでくれ。嫌いなんだ」

 

 クロッゾ。大陸西部に位置するアレスを一柱の神として信仰している国家系ファミリアの王国にて鍛冶貴族として名が知られている。

 

 その名の通り、武器を王国に献上することで富や名声、権力を手にして貴族にまでなった一族だ。

 

 クロッゾの名を持つ者は昔は皆魔剣を打つことができる力を持っていた。それによって王国は今の勢力を得たが、いつの日かその力が消失。クロッゾは実質的に没落してしまった。

 

 「ではヴェルフと、それで何か用かね?」

 

 「なんでアンタがここを使ってるんだ?ここはヘファイストス様の工房だろ?」

 

 「彼女本人から貸し出されているのでね。理由は彼女に直接聞くといい」

 

 「ふざけんなよッ!!ここにあるのは全部あの人の物で鍛冶士にとっての魂だ!!他人が使っていいモンじゃねぇだろ!!」

 

 「ふむ、君の何がそこまで駆り立てるのか分からないが……ああ、そうか。悪い気持ちではないだろうな……」

 

 「な、なんだよ急に……」

 

 「こっちの事だ。それより、本当に要件はそれだけなのか?」

 

 ヴェルフは途端に黙り込む。そして覚悟ができたのか、ゆっくりと言葉にし始める。

 

 「……どうすれば俺の理想とする武器が作れるのかって、悩んでいるんだ」

 

 「そう来たか。では君にとって武器とは一体なんだ?」

 

 「……武器ってのは使い手の半身だって俺は思ってる。政治の道具でも成り上がるための手段でもない、鍛冶士の魂と使い手の魂を込める器だって思ってる」

 

 元々クロッゾとは一人の男の名前だった。ある時とある種族を助けるために大怪我を負ったクロッゾは、その種族に助けられた。神の分身とも言われる『精霊』に。

 

 その際に精霊の血を分け与えられ、魔法を行使したり魔剣を打てるようになったらしい。

 

 その後、神から恩恵を授かった時に魔剣を打つためだけのスキルが子孫達に発現した。

 

 クロッゾ一族はそのスキルを使い、大量の魔剣をラキア王国に売り込み、貴族の地位を得た。ラキア王国は魔剣を使い戦争に勝ち続け、クロッゾ一族は魔剣を大量に量産した。

 

 戦火はエルフの里にまで広がり、エルフ達と森に住む精霊達の怒りを買った。怒りの矛先は王国とクロッゾに向けられる。

 

 魔剣は全て砕かれ、クロッゾは魔剣を打つスキルを失った。それがクロッゾが没落した原因だったが。

 

 「だが君だけは魔剣を打てる」

 

 「ああ。何故か知らんが」

 

 何故かは分からない。それを知る術もないし、考察する気もない。

 

 「クロッゾは魔剣を打てる俺を使って再び王国に取り入ろうとした。それが死ぬ程嫌だった俺は家を出てオラリオに来たんだ」

 

 「それで魔剣ではなく、ただの剣で極地に至ることに拘っている、と。」

 

 「だからやれることは何でもしようと思ったんだが、盗み見はよくないよな。すまなかった」

 

 「いや別に構わないさ。私の持つ技術は全て模倣か贋作なのでね。それで、どうすれば理想の剣が打てるかだったな?君が何を理想としているかは分からないが、これだけは言える」

 

 アーチャーは魔力を集中させる。己が目指す理想、それの支柱となっている物は幾つもあるが、その中の一人が持っていた剣。それはアーチャーの剣製が目指すべき極地であり、星が生んだ最後の幻想(ラスト・ファンタズム)だ。

 

 「ただ己が信じる物を信じて真っ直ぐ進み続けると良い。剣に向き合い、熱と鉄とやり取りから目を背けず、己が最強と思い描いた光景は尽く凌駕していけ」

 

 形を得る工程で剣となろうとしている魔力が光を放つ。部屋全てを埋め尽くし、なおも輝き続けるその剣こそ、人々の願いの結晶だ。

 

 ヴェルフはその光を目に焼き付けた。目が痛むのを歯牙にもかけず、その光景を見逃せなかった。

 

 「こ、れは……」

 

 「約束された勝利の剣(エクスカリバー)。私が理想とする剣。君が目指す理想もいつかはこれを超えて行かなければならないだろう」

 

 剣が魔力の粒子となって消えていく。元々外殻だけの投影だったからだ。

 

 「さて、憑き物は取れたかね?」

 

 「自分が理解出来ているのかまだよく分からないが、何を思って剣を打てばいいのか分かった気がするぜ」

 

 「それは重畳だ。いつか、君が武器を打ちたいって思える人物が現れるだろうさ。魔剣を打てる人間ではなく、鍛冶士ヴェルフとして見てくれる人間がな」

 

 その人間はきっと兎のように真っ白で純粋な少年だろう。

 

 「ああ、なら俺は剣を打ち続けるだけだな」

 

 「その意気だ。頑張り給え」

 

 ヴェルフは自分の工房に戻って行った。その時のヴェルフの顔からは張り詰めた憑き物は鳴りを潜めていた。

 

 「……さて、書類でも片付けるか」

 

 神ヘファイストスが不在の間、仕事は全て代理のアーチャーの方に回される。大手の鍛冶ファミリアとなれば書類仕事の量がどれ程の物かは想像も付かない。

 

 今まで作業に没頭していた分、面倒な書類仕事によってヴェルフの代わりにアーチャーの心に負の憑き物が積み重なって行った。




できれば評価する時は少なからずコメントを付けて評価付与して欲しいです

追記:2017年11月19日

与えられた恩恵がアーチャーの元のステータス+恩恵のステイタスなのかってコメントがあったのでこの場で返信します。

まずこの小説において、恩恵は与えられた時点で本人が得ていた経験値を元に初期値が決められるとします。そのためアーチャーは最初からレベル1ではありませんが与えられた後から得た経験値はゼロなので、スペック自体は変わっていません。

これ以降に経験値を得てステイタスが上がったり、レベルアップした場合にのみ向上するものとします。

これは最初からレベル1だと、深層に行って無双するだけで簡単にステイタスが向上してレベルアップに至る物だと考えたからです。それこそスキルでボーナスを得たベルと同等クラスに。

そしてレベルが低いと比較的軽い偉業れレベルアップ出来るんじゃないか?って考えたからです。いくらアーチャーの実力が高いと言っても、知らない人間や神が見たらただのレベル1なので。

神が認める程の偉業の達成でレベルアップできるのが正しいとすると、レベルに応じてレベルアップに至れる偉業の大きさが決まっていると考えた方が自然って個人的には思いました。



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槍と弓の一幕

 「ったく、アーチャーの野郎……。バカみてぇな金要求しやがって……」

 

 ランサーは霊体化しながらバベルの下のダンジョンを目指していた。

 

 理由は単純でただの金策だ。アーチャーに武器の製作を依頼したが、その際に一億ヴァリスという法外な金額を要求されたのだ。

 

 ここオラリオにて一番金が稼げる職業と聞かれれば誰もが冒険者と答える。確かに魔石を換金すれば他の職業の日当など軽々と超える金額が一括で手に入る。

 

 だが冒険者という職業は命の危険と隣合わせでもある。ダンジョンから産出される魔石は何も壁から採掘するのではない。魔石は凶暴なモンスター達の核でもある。当然それを採るにはモンスターを殺さなければならない。

 

 そのため冒険者という仕事は一番稼ぎが良い代わりに死傷者数が一番多い職業なのだ。

 

 故にランサーはダンジョンに潜って魔石で金を稼ごうとしていた。それも他のファミリアなら遠征での大部隊でなければ潜れないような50階層より下に潜ろうとしていた。ついでに鉱脈から鉱石やドロップアイテム等を採取すれば更に儲かるだろう。

 

 だが問題もある。勿論自分が負けて死ぬなんてことではないが。

 

 「あっ、そういや魔石ってモンスターの何処に埋まってんだったか?」

 

 ランサーはダンジョンに潜ったことがあると言ってもベルの付き添いとしてだけしかなかった。それに魔石の回収もベルが全部こなしていたため方法も良く分からない。昔は獣を狩って捌いたりもしたが、それらと同じという保証もない。

 

 「やっべ、どうすっかな」

 

 そういえばベルの担当アドバイザーから聞いたことがあるなと思い出す。冒険者の武器やアイテムを代わりに持って必要な時に渡したり、戦闘の邪魔になるモンスターの死骸を退けて戦いやすく整えたり、魔石の回収を手伝うことを生業にしているサポーターという職業があると。

 

 通常は同じファミリアの低レベルの冒険者がサポーターを兼業したりするが、規模が小さかったりファミリア内としがらみがあったりすればフリーや日雇いとしてサポーターを請け負ってくれる者も居るらしい。

 

 「そうと決まれば……おっ?」

 

 ランサーの視線の先には古くなってボロボロになったローブで頭から身体まで隠して身体に釣り合わないような大きなバックを背負った少女が目に入った。

 

 「なあ嬢ちゃん。お前ってフリーのサポーターか?」

 

 「?そうですけど……?」

 

 「ならよ、これからからダンジョンに潜るんだが、オレのサポーターやってくれねぇか?」

 

 「お仕事の話でしたか。リリはいいですよ。今日は他に仕事もありませんし」

 

 「ありがてぇぜ。じゃあ報酬は今日の日暮れまでに稼げた金の半分でどうだ?」

 

 「えっ!?半分!?」

 

 「足りねぇか?じゃあドロップアイテムも半分付けるぞ」

 

 「い、いえ違います!!お金の半分で結構です!!その条件で受けさせていただきます!!」

 

 「おーけー。んじゃ行くか」

 

 少女は驚きながらもランサーとその条件で契約し、ダンジョンに潜ることになった。

 

 「そういえば、嬢ちゃんの名前は?オレはランサーって言うんだが」

 

 「えっと、リリルカ・アーデと申します」

 

 ダンジョンに潜るまでの間にランサーは自分が雇った少女の事を幾らか聞く事が出来た。リリルカ・アーデはソーマ・ファミリアの所属の小人族(パゥルム)で、種族故に身体能力が低くサポーターを専業とするしか稼ぐ手段が無いらしい。ソーマ・ファミリアは酒造りの神のソーマが作ったファミリアで、ランサーが聞いただけでも良い噂は何一つない、胡散臭いファミリアの一つだった。

 

 「おっ、そうだ。これ持っときな」

 

 ランサーはリリに一冊の本を投げ渡す。

 

 「あの、ランサー様。これは?」

 

 「モンスターの情報が書いてあるガイドブック。ただし深層のな」

 

 「えっ!?ってことは今から行くのって……」

 

 「あ?何言ってんだよ。深層に決まってんだろ?とりあえず50階層くらいを目指すかねぇ」

 

 「あの!!さっきの契約解約させて頂きます!!命が幾らあっても足りません!!」

 

 リリが後ろに振り向いて逃げ出そうとすると、突然何もない空間に魔法陣らしき物が浮かび上がり、退路を塞いだ。

 

 「クーリングオフは受け付けません。契約内容を確認しようとしなかった嬢ちゃんが悪いんだぜ?」

 

 意地悪くニヤッと笑みを浮かべるランサー。リリからすれば獰猛な獣のようにしか見えないだろう。

 

 「で、ですが、深層にはどれだけ急いでも一日以上掛かるはずです!!仮にランサー様一人でなら可能でも、私込みでモンスターの相手をしながらは不可能のはず!!」

 

 「心配いらねぇよ。『轢き穿つ死蹄の戦車(マハ・セングレン)』!!」

 

 ランサーの真名解放と共に、二頭の強靭な馬と紅い飛沫で染まった戦車がダンジョンの地面を砕いて現れる。

 

 「なっ、何ですかこれは!?ランサー様の魔法ですか!?」

 

 「違ぇよ。こいつらはオレの馬だ。そっちの灰色のがマハ、黒いのがセングレンだ」

 

 ランサーはリリを抱えて戦車の御者台に飛び乗る。

 

 「おうおめぇら!!ダンジョンってとこを50階下に行くぞ!!途中のモンスター共は轢き殺して良いが、人間は避けろよ。あと今はこの嬢ちゃん乗せてんだからちょっとは気ィ使えよ!!」

 

 マハとセングレンが揃って猛々しく咆哮を上げた。むしろ主であるランサーの方こそ振り落とされるなよと言わんばかりである。

 

 「嬢ちゃん行くぞ!!舌噛み切るんじゃねぇぞ!!」

 

 「お、降ろしてくださ~い!!」

 

 ひ弱な叫び声を残して、ランサー達は風となり、音を超越し、高速で移動する一つの砲弾となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで、金を集めきったのか。とはいえ、一日で稼いで来るのは予想していたがね」

 

 「おう。久々にストレス発散できたぜ」

 

 「しかし、リリルカ君だったか?彼女は災難だったな。」

 

 ランサーはヘファイストス・ファミリアのアーチャーの私室にまで来ていた。

 

 上層から中層までのモンスターは反応することすらできずにマハとセングレンの突進を受けて肉片すら残さず塵となった。運良く残った魔石やドロップアイテムは偶然通りかかった冒険者達の臨時収入となるだろう。

 

 18階層のリヴィラの街を壊さぬように通り抜けて更に下の階層に進出した。途中リリが持っていた知識に基いてダンジョン内にある稼げるアイテム採取エリアで止まりながら薬草や鉱石を集めた。鉱脈を見つける度にゲイボルクを投擲して鉱脈を粉々に粉砕する様を見てリリは青ざめていたが。

 

 特に24階層に存在する宝石樹から宝石の実は高値で売れるだろう。他にも存在する宝財の番人(トレジャー・キーパー)を片っ端から殺し尽くして魔石もドロップアイテムも彼らが守っていたお宝も全部纏めて回収した。

 

 その後51階層まで到達し、そこの泉の水を採取したところでカドモスが出現した。無論ランサーが満足する程の実力を持ち合わせておらず、ランサーがゲイボルク以外に持っている槍の宝具で頭部をグチャグチャに抉り潰されて魔石とドロップアイテムを抜き取られたが。

 

 「それで、そのサポーターには幾ら渡したんだ?契約とやらでは換金した魔石で得られた金額の半額だったか?」

 

 「実はよ、魔石だけで軽く1億ヴァリスに到達したんだ。だから5000万ヴァリスポンと渡してやったぜ」

 

 「素直で契約を守っていて結構。だが彼女はソーマ・ファミリアの所属なのだろう?嫌でも目立つ上に彼女は戦う術を持たないサポーターだ。到底自分の身を守れるとは思えないのだが?」

 

 「それは大丈夫だ。オレが刻んだルーンのお守りをくれてやった。持ち主に危害が迫れば自動で障壁を張るって寸法だ。ケルト印の厄避けのお守りってな」

 

 ランサーのサポーターをして、常識外れであり得ないような戦闘技能を見せつけられ、大した運動もしていないのにも関わらず、ヘトヘトに疲れ切った彼女は、バックに5000万ヴァリスという大金を背負って帰って行ったという。災難だったろうが、君の不幸を呪うといい。

 

 そして現在のアーチャーは、ランサーが持ってきた5000万ヴァリスに加え、彼が持ってきたドロップアイテムや鉱石等のアイテムを相場に基いて計算しているところだ。柄にもなく計算機を使いながら帳簿にメモして合計金額を算出する。こっちの計算機がそろばんに似たもので助かったと言わざるを得ない。

 

 「ふむ。合計1億と2000万ヴァリスってところか。これでいいか?」

 

 「おう。問題ねぇ」

 

 「ならば1億はこっちで貰うとして……。2000万ヴァリスだが、これだ」

 

 ドンと大袋一杯に詰められたヴァリスが机に置かれる。ランサーが稼いで来た合計よりは随分と減ってしまったが、これでも当分の生活費にはなるし、急な出費にも耐えられるだろう。

 

 「それと、頼まれていた武器だが……こいつだ」

 

 「てめぇ、中々面白いことしやがるじゃねぇか」

 

 渡された武器を包んでいた布を取り去る。アーチャーが打ったベル用の武器、それはアーチャーが最もよく投影する『干将・莫耶』だった。

 

 「性能に関しては貴様もよく知っているだろう。私がそれこそ無数に貯蔵している武器の中でも特に信を置ける物だ。二刀一対だが、使い勝手に関しては私が保証する」

 

 「いやそれは分かってるが……こいつ、お前が普段使ってるアレよりも鈍くねぇか?」

 

 「ああ、性能はある程度落として打った。レベル1の駆け出しのうちから強力な武器を使っていても成長の妨げになる、だろう?あとは彼にそれが故障するかレベルアップしたら訪ねて来いと伝えてくれ」

 

 「了解っと。じゃあなアーチャー。助かったぜ」

 

 換金を始める前にアーチャーが出した紅茶を飲み終えて、ランサーは去って行った。

 

 「さて、こんなに大量のドロップアイテム、どうした物か」

 

 残されたのは使いみちの定まっていないアイテムの数々。鉱石はヘファイストス・ファミリアの団員とで消費すればいいが、薬草等はヘファイストス・ファミリアでは無用の長物だ。

 

 「……またアミッドのところに行くか」

 

 医療系のファミリアであるディアンケヒト・ファミリアならば薬草等の薬の材料を必要としているだろう。

 

 アーチャーがディアンケヒト・ファミリアの『アミッド・テアサナーレ』と出会ったのは、ダンジョン探索で手に入れたアイテムを買い取り先を探していた矢先の出来事だった。

 

 ダンジョンで不意に起きた怪物の宴によってモンスターに包囲されていたパーティをアーチャーが救出したことがきっかけの縁だったが、お互いにメリットもあり今も取引の関係は続いている。

 

 「魔力も補給せねばならんな……」

 

 アーチャーがヘファイストスと契約してパスを繋げたことで、たった一つだけデメリットがあった。超常の存在たる神であったヘファイストスが下界に降りてきて神の力を封印したことで、保有する魔力量も普通の人間と同程度にまで落ちてしまっていたことだ。それでも戦闘で魔力を使わなければ日常生活に支障が出ない程度の供給量は受けているが、ダンジョンに潜るとなるとそうも行かなかった。

 

 それに加えてアーチャーが行う鍛冶には投影魔術を応用しているため、そっちにも魔力は取られてしまう。実際に記録した剣を現実に投影しているわけではないが、剣の作り手や担い手の想いやそれに至った経験を作り出そうとしている剣に込めるにはそれらを投影するしかなかったからだ。

 

 だがそれの解決策はすぐに見つかった。

 

 「アミッド、いるかね?」

 

 「おや、アーチャー。本日はどのようなご用件ですか?」

 

 一番忙しい時間帯を超えていたのだろう。アーチャーが訪ねて来た瞬間に即座に立て直していたが、張り詰めていた気が抜けて眠気や体の怠さに抵抗している様子が見えた。

 

 「どうやら今日も繁盛していたようだな。景気が良さそうで何よりだよ」

 

 自分の失態を他人に見られるというのは何とも恥ずかしい物だ。羞恥心で顔を赤らめながらも今は仕事を優先すべく気持ちをすぐに切り替える。

 

 「……申し訳ありません。お見苦しい所をお見せしました」

 

 「別に気にしてないさ。それより、これらは要らないか?価格はそっちの都合に合わせても構わん」

 

 「また深層に潜っていたのですか?」

 

 薬草等のポーションの材料の中にカドモスのドロップアイテムやそこで汲める泉水が混ざっていれば誰だってその答えに辿り着く。

 

 「こっちは依頼された武器の代金代わりに私が買い取った物だ。ウチのファミリアは鍛冶系だから使わないだろう?」

 

 「しかし、貴方の他に50階層付近を探索出来るような人なんてそうはいませんよ?遠征も無ければかの猛者が動いた情報もありません」

 

 「いるのさ。私と似たような境遇の大英雄がね。しかもここの主神の血縁者だ」

 

 「えっ?」

 

 「まあ奴の事などどうでもいいだろう。ああ、それとまたマジックポーションをくれないか?代金はそれから引いて置いてくれ」

 

 「あっ、はい、かしこまりました。では合計で820万ヴァリスで買い取らせていただきます。それとマジックポーションはこちらです」

 

 「それで構わんよ。さて……」

 

 アーチャーは買ったマジックポーションを飲み干す。通常は魔法を使って消耗した精神力を回復する代物だが、サーヴァントが現界する際に消費する魔力もまたマジックポーションで回復するようだ。

 

 これに気付いてからアーチャーは直ぐ様魔力補給の手段として活用し始めた。

 

 事情を知らぬ物が見たら、一本で何万単位とするマジックポーションに似た栄養剤をガブ飲みしている仕事疲れの男にしか見えないだろうが。実際に神ヘファイストスのお願いと称して色々と扱き使われている本人からして見れば冗談ではないが。

 

 「そういえば、もうすぐ怪物祭だな」

 

 怪物祭とはオラリオで年に一度行われるお祭りで、様々な出店が立ち並びいつも以上に賑わいを見せるが、目玉と言えば何と言ってもガネーシャ・ファミリアが見せるモンスターの調教のショーだ。

 

 モンスターを服従させることで、力を持たない市民達にモンスターが脅威に成り得ないと証明するためのデモンストレーションのような役目が大きい。

 

 「ああ、そうでしたね……ところで、貴方は当日何か予定とかありませんか?」

 

 「私か?そうだな、特に依頼も予定も入ってないな」

 

 「で、でしたら、その日は私と、一緒に行きませんか?」

 

 「私とかね?私は問題ないが、君は大丈夫なのか?仕事もあるだろうに」

 

 「大丈夫ですよ。私の代わりにディアン・ケヒト様(はたらくひと)がおりますので」

 

 「?ならばいいのだが……」

 

 何気ない日常も風のように遮られることなく流れていく。治療院の二人も、街にいる男女は皆様々な想いを胸に祭りの日を楽しみに待っている。その日に何が待ち受けているかは知るすべも無い。



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剣の一幕と錬鉄の英雄について。 そして怪物祭前夜

すみません。大分遅れました。

中の人が別の小説もちょこちょこ書いています。

投稿間隔が落ちるでしょうが ご了承ください。


 「かっ……はッ!?」

 

 体中を走る激痛に耐えきれず意識が現実に引き戻される。痛む体の方に視線を下ろすと体中に巻かれた包帯が目に入った。それで自分が気を失った後に治療されたのだと思い当たった。

 

 「ちくしょう……弱ぇじゃねぇか、オレは……」

 

 ベート・ローガはカーテンを締め切られた薄暗い部屋の中で一人悔しさで歯を噛みしめる。

 

 完敗だったなんて誰が見ても分かるし何よりも自分が一番理解している。風も音も超えた神速の如きランサーに、自分の自慢だった脚は掠りもしなかった。

 

 (年季が違う?経験した修羅場など桁違い?ああ、そんなモン実際に拳を合わせれば一瞬で理解できちまった)

 

 オラリオは間違いなく世界でもトップクラスの猛者達が集まる都市だ。その都市においてもレベル5という高みは凡百の人間では決して到達出来ない極みだろう。だが今よりももっと昔には神の恩恵なんてものは無く、そんなもの必要ないと言わんばかりの武功を示す英雄達がそれこそ数え切れないほど存在する。

 

 その中でもクー・フーリンと名乗ったあのランサーは、今にまで名を残す英雄達の中でも更に頂点に存在する英雄なのは間違いない。アルスター最強の英雄の残した功績は今においても憧れを抱かれる存在だ。

 

 (だが、それがどうしたッ!!)

 

 確かにクー・フーリンもアーサー王も、常人では成し遂げられない偉業を成した英雄だ。だがそれが自分はそこには至れないという結果を生むわけではない。

 

 ならば今は己の牙を磨く時だ。勝てないという現状を素直に受け入れ、研鑽を積み重ねて力を得る時だ。悔しさを燃料として、向上心の炉心に炎を灯す。

 

 だがそれよりもまずやらなければならないことがベートにはあった。

 

 「腹、減ったなぁ……」

 

 今が何時かは分からないが少なくとも朝早くからランサーを襲撃する前には何も食べていなかったから、まる一日程食事を抜いたのではないだろうか。

 

 だが体中の痛みとこの空腹こそが、ベートが無意識のうちに手を伸ばしている生への渇望だ。

 

 「おや、目を覚ましましたか」

 

 扉から女性が一人入ってくる。鎧姿ではなくどこから調達したのかも分からない。白のブラウスに群青色の膝丈スカート、黒タイツ、茶色のレースアップショートブーツ。ベートは余り女性の服装という物には疎いが、不思議と似合ってるとは感じた。

 

 「ああ、アンタか」

 

 「思ったよりも元気そうでなによりです。お粥を作って頂いたので、良ければどうぞ」

 

 セイバーはベートが寝かされているベッドの近くに置いてある机の上にお粥の乗った盆を置いた。

 

 「体の調子はどうでしょうか?」

 

 「問題ないぜ。手足は動くし食欲もある」

 

 「ならば良さそうですね。貴方の治療をしたリーネにはよくお礼を言っておいてください」

 

 リーネ。確か前の遠征でサポーターをやってたよな、とベートは記憶の端からその事を引きずり出した。

 

 「なあ、なんでアンタらはそんなに強くなれたんだ?」

 

 「どうしたのですか?突然。ああ、彼に相当叩き潰されたようですね。それで早く強くならなければならないと焦っているのですか」

 

 「前置きはいい、早く教えてくれ」

 

 「……そうですね。私も含め、私が出会った英霊は皆己の内側に並ならない物を持ち合わせていましたね。それを目的として、それを達成するために己という存在を極限まで鍛え上げた者達が英霊とも言えるでしょう。武人にしても芸術家にしても魔術師にしてもです。今召喚されていることが判明している英霊を語りましょうか。私ならば滅びが定められた国を一秒でも長く存続させるために『完璧な王』という装置であり続けた。ランサーは自分の誓約や誇り、信念や義を重んじるために己を鍛え続けた生粋の武人でしょう。そこに至るまでに何度も死にかけましたし、死んでも成し遂げたい物がありました。それはランサーも同じでしょう。貴方にも、他の誰にでもそういう物があるはずです」

 

 「まぁ、そうだな」

 

 ベートが強さに拘り過ぎるあまりに他の力を持たない者達に強く当たってしまうのも、過去に失った物が多過ぎるからだ。彼が生まれ育った平原の部族は当時地上で力を振るっていた『平原の主』と呼ばれる竜のモンスターによって皆殺しになり、強さを求めてオラリオに来た後にはここの前に『ウィーザル・ファミリア』という探索系ファミリアに所属していた。そこで力を付けて平原の主を倒すためにオラリオを離れていた時に副団長の女性をダンジョンで失っている。

 

 それからだ。彼は弱者が調子に乗っていると力で叩きのめし、格下の相手を見下した。だがそれは危険な存在から弱者達を遠ざけようとする彼なりの優しさでもあるし、そういう節があることをロキ・ファミリアの上層陣は承知している。

 

 要するにベート・ローガは偽悪者なのだ。悪を語り自分から遠ざけ結果的に弱者を守ろうとする。

 

 「アーチャーは……結局彼は始めからバーサーカーから逃げる私達を庇って敗退するまで自身の事を何一つ語りませんでしたが、きっと彼にも譲れない物があるのでしょう」

 

 セイバーは使命を果たすために王道に殉じた。

 

 ランサーは己の信じる義や誓約を守り通すために己を鍛え続けた。

 

 アーチャーは……受け継いだ理想を貫き通すために終着点の荒野の先に進み続けている。だが今はセイバーもベートも知らないことだ。

 

 「おいおい、アンタが逃げる程のヤツもいるのかよ」

 

 「当時の私は魔力のパスが不完全で禄に魔力が残っていませんでした。そんな状態でバーサーカーとして召喚されたヘラクレスを相手にしても勝機がありませんでしたので」

 

 「……相当ヤバいみたいだなそりゃ」

 

 ベートは程よく冷めたお粥を口に運ぶ。風邪を引いたわけではないが、弱った体には少し薄めの塩加減のお粥は美味く感じる。

 

 「それに、貴方もたまには仲間を見た方がいい」

 

 「ん?なんだそりゃ」

 

 「今朝から、ロキ・ファミリアに居る団員全員に少しばかり手ほどきをしましたが、彼らも大なり小なり伸びる才能を持ち合わせている。それに今日だけで一人、内側の器が昇華した者もいました」

 

 「なんだと!?」

 

 「ですが焦らないように。貴方はまだ若い。しっかりと己の刃を磨き続けなさい」

 

 セイバーはそれを最後にベートの前から姿を消す。翌日、戻ってきたロキが団員全員のステイタスを更新したが、全員がトータル上昇値が100を超えて上昇しており、ただ一人、レベル4の冒険者だった『ラウル・アーノルド』はランク5へとレベルアップした。

 

 余談だが、セイバーと打ち合って一番食いついていたのが彼であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ティオナ?何をしているの?」

 

 アイズは珍しくロキ・ファミリアの書庫に来ていた。寄る予定など無かったが偶々書庫に入っていくティオナが目に入り、気がついたらティオナに声をかけていたのだ。

 

 「あっアイズ。ちょっと探してる本があるんだー」

 

 ゴソゴソと本をかき分けてティオナは目的の本を探す。整理整頓とは程遠い状態になった本棚を整頓するのはいつもリヴェリアかレフィーヤ、そしてとばっちりを受けたラウルの誰かである。

 

 ティオナは幼いころに読み聞かせてもらった本の魅力に惹かれてから本を、特に英雄譚をよく読む。それこそ『共通語』を独学で覚えるほどに熱中している。

 

 「あったよ。これこれ」

 

 ティオナは二冊の本を引っ張り出して机の上に置いた。本のタイトルは『アーサー王伝説』と『アルスターサイクル』。つまりセイバーとランサーについて書かれている英雄譚だ。

 

 「セイバーがアーサー王でしょ?で多分だけどあのランサーて人はクー・フーリンだと思うんだよね」

 

 ランサーの真名に行き着くヒントはいくつか出ていた。卓越した技術で振るわれる紅い槍、アーチャーが『鮭跳び』と称したあの高速移動、そして血と結婚式の二つの単語。これを組み合わせてクー・フーリンが嫁を取る時に行った大虐殺を『クー・フーリンの結婚』というようになったことを例えているのならば、ランサーの真名は判明したような物だ。

 

 「ちょっと気になったからまた読み直してみようと思うんだよね。こういう物語好きだし」

 

 「ふーん、ちょっと面白そう。私も読んでみようかな?」

 

 「それがいいと思うよ!!ホントに面白いし」

 

 アイズは珍しく書庫の中を歩き回って物色し始める。そしてティオナが崩した本の山から零れ落ちてアイズのつま先に当たった本に視線を落とす。まるでアイズの前に狙って現れたようなその本をアイズは手にとってタイトルを目にする。

 

 「あっ、その本が気になるの?」

 

 「うん。目に入ったから」

 

 「それは普通の英雄譚とは大分違って面白いよ。なんというか、認識が変わるっていうか。私のお気に入りの一つだよ。その本」

 

 「へぇ、どういう話なの?」

 

 「えっとね……」

 

 年月が経っているのか、大分ボロボロになって書庫の中に埋められていた本のタイトルは『錬鉄の英雄』と記されていた。名前も書かれていない男の生涯を書いた本であり、彼が成した偉業を書いた本なのだが、悲しいことに知名度が高くないのだ。人を選ぶ内容であることと、結局のところその男が行った行為が悪であることが原因なのだろう。だが主人公の生き様と理想には見習うべき物もあり、愚直に進み続ける姿はいっその事清々しいと読みきった者は語る。そんな不思議な魅力のある本だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おや?リュー。本を読んでいるのか?」

 

 「あっ、アーチャーさん。すみません。まだ仕事が残っているのに……」

 

 「いやいいんだ。君はまだ休憩中だろう?」

 

 今日は神の宴がある日だ。ヘファイストスを送り出してアーチャーは先日に続いて『豊穣の女主人』に顔を出し、捕まって再び働いていた。

 

 「リュー。またその本を読んでるの?」

 

 「ええ、やはり何度読んでも飽きないです。シルもまた読むといい」

 

 「うん。でも確かもう10回は読んだかな。あっ、私まだお仕事残ってるから行くね」

 

 シルが小走りで去っていった。ミアから何かサボれない用事を受けていたに違いない。

 

 「ほう。君がそこまで夢中になるとはね」

 

 「はい。よければアーチャーさんも読みますか?」

 

 差し出された本のタイトルを見てアーチャーの顔が歪む。

 

 「……その、なんだ。その本、流行っているのか?」

 

 「いえ、そこまでは。ですが私の知り合い達は皆よく読んでいましたよ」

 

 「まあ人を選ぶ内容だからな。おっと、そろそろ休憩は終わりのようだぞ?店主の雷が落ちる前に行くといい」

 

 「もうそのような時間でしたか。確かにそれは受けたくはありません。失礼します」

 

 リューは本を机に置いてミアの元へと向かう。毎日忙しい日々が続いているが、その中で生まれる安らぎはほんの少しでも心が休まる。

 

 たくさん来た客が全て帰り後片付けが終わりようやく一日が終わった。

 

 明日は怪物祭もあるから今日よりも多くの客が訪れるに違いない。賄い食を食べてシャワーを浴びて早々に床についたリューはふと思い出した。

 

 (そういえば、何故アーチャーさんは読んでもいない本の中身を把握しているのでしょうか……)

 

 自分が確認していた限りでは確かにアーチャーは本の中身に一度も目を通していない。ならばあの時の言葉は一体なんなのだろうか。

 

 だがそんな疑問も襲って来た睡魔の前には勝てず、浮かんだ疑念は次第に忘れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その昔。多くのモンスターを産出し世界も人々も破壊し尽くしたダンジョン、その入り口でもある大穴は地上にぽっかりと空いていた。ある時地上に降り立った神々は自分達が創造した人間達に自らの力の一端である恩恵を刻み、ダンジョンの入り口を白亜の塔を建てることで封印した。バベルは神々や冒険者達の拠点になると同時にダンジョンと外界を隔てる蓋でもあるのだ。

 

 そのバベルの最上階を貸し切ってプライベートルームとしている女神が居る。名を『フレイヤ』といい、神々の中でも随一の美貌を持つとされている美の女神だ。

 

 人は周りから浮く程容姿に恵まれた男女を前に『絶世の』美男子とか美女と言うが、かの女神にそんな肩書きを付けることすら不釣り合いだ。銀色に輝く髪は空から照らす月の光を受けてより一層美しくなる。顔のパーツ一つから足のつま先までが計算し尽された黄金率で構成された身体も、その身体を隠しながらも露出の多い服も、彼女という女神が人の手の届かない芸術であると言うべきだろう。

 

 魅了を超えて最早支配の域に到達している彼女の権能は老若男女どころかモンスターや神までも魅了し尽くす。彼女が主神となっている『フレイヤ・ファミリア』は女神フレイヤがこうしてオラリオ中を眺めて無数にいる人間の中から彼女の目に止まった色を持った者だけで構成されている。

 

 「この狭い街の中に二人も、どうしてもこの手に収めたい魂が二つも……」

 

 零れ落ちた言葉を聞く者は誰一人として居ない。今日この時だけ、彼女は本来護衛として一番側に置いている現オラリオ最強も離していた。

 

 一つは自分がこれまで見たことも無いほど透き通った魂を持っていた。白でもなく黒でもない。それは純粋を示すということであり、これからの彼の人生によって白にも黒にも、もしくは全く違う色に染まるかもしれない可能性を秘めているということだ。彼女は知らぬことだが、その魂の持ち主は人の悪という部分に全く触れずに育って来た。もしかしたら彼女が見ていないところで絶望に飲まれたり、強大な悪意に挫けてしまい凡百の魂となってしまうかも知れない。放って置けないとして自分の物としたいとも思っている。

 

 もう一つは彼女にとっては異例であり異常だった。

 

 そもそも神である彼女は人間とは格が違う。神の力の大半を封印していてもそれは変わりなく、寿命は無限であり老化も無い。仮に死と同じことになっても傷ついた身体は修復されて天界へと送還されるだけだ。これまで例外を何一つ許すことなく見た人間の魂は彼女に対して色を示した。その例外だけでも彼女の興味を引き、これまで彼女はその魂の持ち主を見つけてから暇を見つけてはその男を見続けてきた。ダンジョンに阻まれて見えなくなったとしても、遠隔視を可能にする鏡を使って見続けてきた。神の力の行使の許可を得るためにありとあらゆるコネを使ったり、豪邸が一つ建つ程の金を積んだこともあった。

 

 未だに魂の色を見せない彼を見続けて分かったことが幾つかある。

 

 一つ目は彼が極度のお人好しであるということ。ダンジョンでモンスターに囲まれて危機に陥った冒険者がいればそれを助けた。怪我をした冒険者に無償でポーションを提供することもあったし、無事に地上に帰れるように護衛をすることもあった。借金に苦しみ破滅に苦しむ者や貧困や空腹に苦しむ者を見つければ喜んでその手を差し伸ばす。そしてそれらの人を救ったとしても彼の本質は決して晴れやかにはならないのだ。それでも命を落とす者はゼロにはならないのだから。

 

 二つ目は屈強な見た目に反して家事が得意だということだ。ただ得意なだけではなく好んでやっているらしく、彼女とも縁のある『豊穣の女主人』で腕を振るうことがあると知った時には、あそこで働くウェイトレスの子達と顔見知りであるにも関わらずバベルを降りて一人で食べに行こうかとも思ったくらいだ。仲の良いヘファイストスがほぼ毎食彼の食事を食べているんじゃないかとの思考が至った時は殆ど無意識の内に彼女に嫉妬心を向けていた。

 

 「あぁ、いいわ……。こんなに距離が離れていても、貴方だけは私を見てくれる」

 

 地上まで数キロはあるはずなのに、彼は彼女の視線に気づくと決まって私の方を見上げて来る。強い信念によって鍛えられた鋼色の瞳は決まって数秒彼女の方を射抜くと、どこかへ消え去ってしまう。最近ではその数秒が彼女にとっての至高の一時となってしまっている。

 

 「ねぇ、貴方の魂は何色なの?清水のように透明に透き通っているわけでもなく、白亜のように何者も寄せ付けずに己を示しているわけでもない。もしかして、意図的に魂を隠しているの?」

 

 彼女の目を通して見られる男の魂は、雲に覆われているように見えている。その下は全くの未知であり、だからこそ彼女はその手を伸ばして彼の魂を覆っている雲を取り払いたいのだ。クリスマスに貰った中身の分からないプレゼント箱に期待を露わにする子供のように、彼女はそれを求めていた。

 

 「いいわ。明日は怪物祭。あの子の試練のための計画もあるけれど、貴方のその魂を知りたいもの。オッタルをぶつけちゃうわ」

 

 さらっとオラリオの現時点での最強戦力を仕向けようとする彼女は楽しみのあまり笑みを浮かべた。

 

 明日の怪物祭り。波乱は一つだけでは足りなさそうだ。




フレイヤ「キャー!!あの人カッコイイ!!私の物にしたい!!」

アーチャー「四十六時監視するのはやめてくれないかね!?いい加減私の堪忍袋の緒も切れるぞ!!」


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怪物祭 その1

電子ドラッグキメてました。

他の小説の投稿も遅れてる身でCivilizationなんてやり始めるんじゃなかった。

だがオレのPCの積みゲーの山にはまだ一つCivilization6が残ってる。今消化中の5の後ろにはそれに加えてハースオブアイアンも幻想人形演舞も残っている。

すみません、真面目に書きます。


 今から話す出来事は怪物祭が行われる前日の出来事だ。

 

 「……」

 

 「……」

 

 自室で書類仕事を処理しているヘファイストスだったが、目の前に映り込む女神のせいでイマイチ集中しきれていない。

 

 「あんたねぇ、いつまでそうやってるつもりなのよ」

 

 額まで床に付けて擦り切れるくらいに頭を下げて精一杯の謝意を示している。神の宴が閉幕してからまる一日以上、この女神は土下座を続けている。

 

 「……はあ、あのねぇヘスティア?『ヘファイストス・ファミリア』の武具は上級鍛冶士が打った武具ならば最高品質。性能は勿論値段だって一流なのよ。子供達の血と汗で出来ている武具を友人ってだけで譲るなんて出来るわけないでしょう?顧客にも示しが付かないし何より商売に一番大切な信用を失うことにも繋がるのよ」

 

 それはヘスティアにだってわかっている。ヘファイストスは鍛冶を司る女神だ。その実顧客の信用などより自分や子供達が打った武具という物に絶対の自信と誇りを込めている。そうやって己の命の一部を金属に溶かし込んで鍛え上げた物こそが冒険者の命を守る武具となる。

 

 「ヘスティア、教えてちょうだい?何が貴方をそこまで駆り立てるの?」

 

 そこでヘスティアは土下座を止めた。立ち上がってヘファイストスにしっかりと向き合う。既に来ていたドレスは撚れてシワだらけになりとてもではないが宴に参加していた時の美しさを保っていない。

 

 「あの子の力になりたいんだ!!あの子は、ベル君は僕の初めての眷属なんだ!!今あの子は変わろうとしてる!!目標を見つけて高く険しい道のりを走り出そうとしてる!!だから欲しいんだ!!あの子の道を切り開ける武器が!!僕はあの子に助けられてばっかりで、神らしいことは何一つしてやれてなくて……だから、何もしてやれないのは嫌なんだよ……」

 

 精一杯に張りつめた声、最後は真性の悔しさと情けなさで消え入りそうな声で絞り出されたヘスティアの気持ちは確かにヘファイストスにも届いた。

 

 「その願い、私が叶えようか?」

 

 魔力の粒子が部屋の中で光を放ち、人影が一つ形を持って現れる。

 

 「君は……?」

 

 「紹介が遅れた。私はアーチャー。ヘファイストスのサーヴァントとして契約関係にある。君のところのランサーの部署違いの同僚のような者だ」

 

 「アーチャー……悪いのだけど……」

 

 「少し待ってくれ。神ヘスティアよ。私も鍛冶の心得は持っている。私で良いのならば、私が君の眷属君の武器を打たせて貰おう。代価に期日は設けないし格安で構わない。さて、どうするかね?」

 

 「えっと、ごめんねアーチャー君。悪いんだけど、僕は出来ればヘファイストスに打って欲しいんだ。その申し出はありがたいけど、ごめんね」

 

 「だそうだが、どうするかね?マスターは」

 

 「初めからわかってるくせに。ちょっと意地が悪いわよ」

 

 ヘファイストスは棚に掛けられていた工具を手に取る。それはヘファイストス自身が腕を振るうという意味である。

 

 「大事な神友だもの。私以外が武器を打つなんてあり得ないわ」

 

 「ああ。それでこそ我がマスターだ。では私は大人しく引いて完成品を見せてもらうとしよう」

 

 ヘスティアは喜びながらヘファイストスと共に彼女の工房へと向かって行った。

 

 「だが私は既に武器を打って渡したぞ。君がその気になる前ならばこの話は適用されまい」

 

 フッっと微かに笑みを浮かべてアーチャーは再び姿を魔力に溶かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神ヘスティアが本拠に帰らなくなってから既に三日過ぎた。ベルは今日も金を稼ぐためにダンジョンに潜ろうと本拠を出ようとした。

 

 「待ちな坊主」

 

 ランサーが後ろから声を掛けて引き止める。

 

 「こいつは餞別の新しい武器だ。性能はオレが保証するぜ」

 

 「えっ!?いいんですか!?」

 

 ベルは布に包まれたそれを二つ受け取る。布の上から分かるのは形が二つとも同じであるだ。

 

 「開けてもいいですか?」

 

 「勿論だ。もうそれはお前さんの武器なんだぜ」

 

 布が解かれる。ベルの両手に握られるのは二振りの短刀だ。片方は黒の、もう片方は白を基調とした剣だ。剣の知識はほんの少ししかないベルだったが、この剣が二本で一対の所謂夫婦剣と呼ばれる武器であることが分かった。

 

 「すごくカッコイイです!!でもこれ高かったんじゃないんですか?」

 

 「んなこと気にすんなや。別に借金なんかしてねぇしな」

 

 ベルは剣をよく観察しながら、左右の腰に一本ずつ差す。支給品のナイフを後ろの腰の部分に付けて準備完了だ。

 

 ただ一つ、剣の鞘にも剣自体のどこにも作り手の意匠が刻まれていなかったのだ。普通作られた武器には作った者の名前か所属している組織の名前が刻まれるのではないかと思ったが、些細なことだと思って深くは考えなかった。

 

 その剣の作り手を示す意匠が、何も刻まないことそのものだと気づくはずもなかった。

 

 「それじゃあいってきます。ランサーさん、ありがとうございました!!」

 

 「おう、気ぃつけてな」

 

 ベルが出ていって暫くしてからランサーも身支度を整える。適当に買い揃えた服を着たランサーは、気高き武人の一面を引っ込めて、気さくで頼りがいのある兄貴質の青年に見える。

 

 「ったくヘスティアの奴。バイト押し付けやがって……。何が悲しくて芋揚げて売らにゃならねぇんだ」

 

 渋々ランサーは本拠を発った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おーいっ!!待つニャそこの白髪頭ー!!」

 

 一方ベルは気合を入れてダンジョンへと向かう途中に声を掛けられた。

 

 「えっと、酒場の店員さんの、確かアーニャさん?」

 

 猫人の店員の一人であるアーニャ。酒場の中でも特に声が目立ったし、ベルも印象にも残っていた。

 

 「おはようニャ。たった二回店に来ただけでミャーの名前を覚えるニャんて、さては少年ミャーに気があるのニャ?」

 

 「あはは……おはようございます。えっと、何か用ですか?」

 

 「おっとそうだったニャ。はいコレ」

 

 ベルがアーニャに手渡されたのはどこからどうみても財布だった。特に飾りがあるわけでもなく、オードソックスな物だ。

 

 「へ……?」

 

 「これをあのおっちょこちょいに渡して欲しいのニャ」

 

 ベルの内心では考えがごちゃ混ぜになって軽いパニックになっていた。

 

 「アーニャ、それでは説明不足です。クラネルさんも困っています」

 

 続いて出てきたのは金の髪が眩しいリューだった。少し怖そうだったけど、真面目に働いていた姿はベルの記憶の中にも残っていた。

 

 「リューはアホニャー。怪物祭を見に行ったシルに忘れていった財布を届けて欲しいニャんて、話さずとも分かることだニャ」

 

 「というわけです。言葉足らずで……」

 

 「あぁ、なるほど」

 

 わかりませんよそんなこと……。ベルは内心そう思いながらも内容は凡そ把握した。店の開店準備のために店員の誰もが離れることが出来ず、たまたま通りかかったベルに白羽の矢が立ったというわけだ。

 

 「ところで、怪物祭って何ですか?僕はオラリオに来たのがつい最近でして……」

 

 怪物祭とはガネーシャ・ファミリアが開催している祭りで、闘技場を貸し切りモンスターの調教を公開するのがメインとなるが、それに便乗して多くの店が出店等を出すことから、都市内外関わらず多くの人々が集まる年に一度の祭であるとベル聞かされた。

 

 「なるほど、では僕はこれをシルさんに渡してくればいいんですね?」

 

 「ええ、どうかお願いします。……おや?その剣、どうされたのですか?」

 

 リューの視線はベルの腰に刺さった剣に向けられる。

 

 「これですか?実はさっきランサーさんから貰ったんです。そろそろ支給品のナイフが歯が立たないからって」

 

 「えっ、でもこれは……」

 

 リューは覚えていた。それはベルが酒場に始めて訪れ、飛び出してから起きた酒場内での乱闘騒ぎ、片方は先程ベルの口から出たランサーが、もう片方のアーチャーは最近良く店の手伝いをしてくれて交友があるのだが、あの時彼が使っていた武器もこれと全く同じだったのだ。それが印象に良く残っており、リューの気を引いたのだ。

 

 「えっと、すみません、リューさん。僕そろそろ行かないと追い付けなくなってしまいます」

 

 「え、ええ、そうですね。それではベルさん、お願いします」

 

 「何なのニャー?何かあったのニャ?」

 

 「何でもありません。アーニャ、早く戻らないとミア母さんに怒られますよ」

 

 それを聞いて顔を青くしたアーニャは駆け出していった。ベルは既に姿を人混みの中に溶かしており、リューはそれを見届けてからゆっくりと酒場に戻る。気持ちの整理をするためであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で東のメインストリートでは多くの人でいつも以上の賑わいを見せており、稼ぎ時と見た多くの店は揃って出店を出して己の店の商品を売り捌く。各店舗の売り子達の呼び込みや宣伝にも漏れはない。

 

 その大通り沿いに幾つもある喫茶店の一つ。そこは今現在、妙な静けさが支配していた。客がいないわけではなく、席は半ば以上に埋まっている。

 

 その場にいる客も店員も全ての人間が惚けたように口を半開きにし、店の一席に視線を集中させているからだ。窓辺の席に静かに座るその者は大通りを見下ろせるガラス張りの席からその様子を眺めていた。その女性は何もしていない。ただ自然と溢れ出る魔性の魅了がこの喫茶店を支配しているのだ。その場に居合わせた人間は皆その女性に文字通り心を奪われてしまっているのだ。

 

 その女性は紺色のローブで上半身から下半身まで全て隠している。正面に立ってようやく顔を拝むことが出来るのだが、その顔がまた美しい。フードの下に隠れた銀色の髪と整い過ぎた顔、そして厚手のローブからでは分かることは豊満な胸と女性達の理想のボディラインのみだが、たったそれだけでその女性がいかなる人間の手も届かない至上の女性であると本能が察してしまう。

 

 その支配された空間をバンと扉が開け放たれた音が破る。それを知らせる鐘の音色と共に二人の女性が入店する。

 

 「よぉ~、待たせたか?」

 

 「いえ、少し前に来たばかりよ」

 

 その女性の一人はロキ・ファミリアの主神たる神ロキだ。もう一人はその護衛代わりについてきたアイズ・ヴァレンシュタインだった。

 

 「アイズたんも一応挨拶しときぃ。こんなんでも一応神やからな」

 

 「あら、こんなんなんてひどいわね」

 

 「……初めまして」

 

 「ふふ、可愛いわね。ロキがこの子に惚れ込む理由が良くわかったわ」

 

 一方でロキの会談の相手はロキ・ファミリアと双璧を成す『フレイヤ・ファミリア』の主神である神フレイヤだ。美の女神が放つ魅了の餌食になりかけるが、なんとか飲み込まれることなく踏みとどまるが、アイズの顔からは冷や汗が流れていた。

 

 お互いにクスクスと笑ってはいるが、その内面では神の気が溢れ出そうと水面下で競い合っている。注文を取りに来た店員など震えが止まらず怯えきっている。

 

 「単刀直入に聞くけどな、何やらかす気や、自分?」

 

 「……どういう意味か分からないわね。」

 

 「とぼけんな阿呆ぅ。興味ないとかほざいとった『神の宴』に急に顔出すこと自体可笑しいのに今の口振りから察するに相当情報かき集めてるようやないかい……今度は何企んどるんや?」

 

 「企むなんて人聞きの悪い。そんなに私って信用ないかしら?」

 

 「今更何言っとるんや」

 

 冷え切った目が二柱の神のちょうど真ん中辺りでバチバチと火花を放っているようだ。緊張感などとうの昔にメーターの針が振り切っている。

 

 「当てたろか?……男やろ?」

 

 「……」

 

 「つまり、どこぞのファミリアの男が気に入ったから欲しいっちゅうわけや。相変わらず男癖悪いんとちゃうか?」

 

 クスッとフレイヤの顔から笑みが溢れる。

 

 女神フレイヤは自身のファミリアを気に入った色の魂の持ち主のみで構成している。その全てがフレイヤによって才能を見抜かれ、子供達も期待に答えようと必死に己を磨いた結果、ロキ・ファミリアと同等以上のエリート集団となっている。

 

 だがこのフレイヤの勧誘は何も無所属の者からだけではない。例え他のファミリアに所属していようがフレイヤは一切譲ることなくその子供を得ようとする。美の女神らしく魅了漬けにして自主的にファミリアから抜けさせることなどまだ生易しく、時には『戦争遊戯』を仕掛けることもある。

 

 「今度はどこの誰に目を付けたんや?」

 

 「……今はまだ、強くはないわね。貴方や私のファミリアの子とは比べものにならない程に弱い子よ」

 

 ロキはそれを聞いてただ、珍しいと思った。だがそれはつまり今後才能を開花させる可能性があるということだ。

 

 「それで?」

 

 「そうね……綺麗だった。何よりも透き通っていたわ。あの子は私が今まで見たことのない色をしていたの。見つけたのは本当に偶然。あの時もこんな風に……」

 

 ふとフレイヤが固まった。何かを見つけたのか大通りの方を見て目を離さない。

 

 「ごめんなさい。急用が出来たわ」

 

 「は?おい待てや!!せめて最後まで言ってから行けや!!」

 

 「急いでいるのだけど……そうねぇ……」

 

 フレイヤはふと思いついて両手を自分の頭の上の方に乗せてピコピコと動かした。それは児童福祉施設などの保育士や小さな子供の母親が子供をあやすために見せる仕草の一つに似ていた。

 

 「白い髪の毛と紅い目の、そう、兎っぽい子だったわ」

 

 それだけ言い残してフレイヤは喫茶店を後にした。ロキとアイズがそれを聞いてある人物を思い浮かべるまでに10秒と掛からなかった。数日前に二人が出会った少年も、兎によく似た容姿をしていた。

 

 「まさかあの色ボケ……ドチビんとこのベル坊を狙ってるんじゃないだろうな……」

 

 「ベル……」

 

 魅了の支配空間が解けて行くが、二人の硬直は解けなかった。そしてフレイヤが代金の支払いを押し付けたことに気がつくのももう少し後のことである。

 

 「あん色ボケのことは後で考えるとして、折角やし祭でも楽しもか?」

 

 気を取り直して出店を見て回る。店先で調理されている肉が焼ける匂いが漂って来て食欲を誘う。

 

 「おっ、ジャガ丸くんや。アイズたんアレ食べよか。えーと普通のジャガ丸くんと……」

 

 「小豆クリーム味一つ!!」

 

 「へい、プレーンと小豆クリームおまち」

 

 ホクホクに蒸したジャガイモを潰して衣を付けて油でカラッと揚げられたそれは、外は油で揚げられた衣でサクサクに、中はすり潰されたジャガイモが熱を保ったまま衣に包まれたことでアツアツでホクホクに仕上がっている。

 

 「なんだ嬢ちゃん達。デートか?」

 

 アイズ達がジャガ丸くんに舌鼓を打つを打っていると、ジャガ丸くんの屋台の店員として応対していた男が声を掛けて来る。

 

 「ん?そやけど……ってランサー!?自分何しとるん!?」

 

 「あっ、ランサーさん。どうも……」

 

 エプロンを付け、トングを片手に揚げる前のジャガ丸くんをせっせと補充しているランサーが目の前にいた。

 

 「何ってバイトに決まってんじゃねぇか。神の宴の日からヘスティアのヤツが帰って来ねぇから代わりにな」

 

 「おにーさん、ジャガ丸くん二つください」

 

 話していると次の客が訪ねて来る。まだ幼い兄妹らしく、人混みの中で離れ離れにならないように二人で仲良く手を繋いでいた。

 

 「まいどー。今日は闘技場に行くのか坊主?」

 

 「うん。闘技場に行ってフィリア祭を見に行くんだー」

 

 「そうかそうか。混んでるだろうからしっかり手繋いどけよ。いつもウチで買ってくれてる坊主達には一個奢ってやるよ。半分こして食えよ」

 

 「ありがとう兄ちゃん!!」

 

 袋に入れて子供に持たせてやると、兄妹はそれをしっかりと抱えて仲良く駆け出して行った。

 

 「妙に手慣れとるやんけ……」

 

 「ん?まあ前召喚されたトコでもやってたしな、そういやウチのヘスティア知らねぇか?」

 

 「知らんわあんなドチビのことなんか」

 

 「そうかい」

 

 そんなやり取りを続けていたお昼時のことだった。まずは街中で轟音が響いた。砂煙が立ち上り、何かが叩き付けられたような音が街中に響いた。次いでモンスターの咆哮が空気を響かせて反響して聞こえて来た。今日の怪物祭はモンスターの調教が見世物として闘技場で行われていたため、そこから逃げ出して来たのだろう。

 

 「アイズたん、聞こえたよな?」

 

 「はい……」

 

 「あーあ……こりゃ店仕舞いだな」

 

 続いて街の一角が音を立てて崩れる。その先から一頭のモンスターが姿を見せる。ミノタウロスと一般的に呼ばれているそいつはレベル2相当のモンスターであり、一般人やレベル1以下の冒険者にとっては脅威を生み出す存在だ。近くに居た人達はパニック状態になり逃げ惑ったり、何がなんだか把握出来ておらずその場に佇んだり腰が抜けてしまっていた。

 

 「アイズたん、ミノタウロスや。はよ倒さんと被害が出るで」

 

 「はい、行ってきます」

 

 アイズは腰に差していたレイピアを抜こうと手を掛ける。

 

 「お前ら邪魔だ!!どけ!!」

 

 アイズが駆け出そうとした瞬間だった。それよりも先にランサーは槍を手に持ち、それを投擲した。音速を超えて放たれた槍が空気を切り裂いて音を置き去りにして、ミノタウロスの額に吸い込まれる。刺さるどころかミノタウロスの厚い皮膚や肉を簡単に切り裂いて抉り抜き、ミノタウロスの顔面を判別不可能にまで破壊し尽くした。

 

 『……へっ?』

 

 誰かが発した間抜けな声が聞こえ、その場が静まり返る。あれだけ破壊を振りまいていたモンスターが物を言わぬ肉塊になり果てるにはあまりにも早すぎたからだ。

 

 「殺戮の狂槍(ドゥヴシェフ)!!」

 

 その槍はあまりにも醜く変質していた。ドス黒いのは数え切れない程の血肉を浴びてきたからだろうか。担い手と敵対したありとあらゆるモノを区別なく鏖殺しようとする槍は、その力を解放されれば一種の呪いと同じように全てに恐怖を与えるだろう。ただ今の担い手であるクー・フーリンによってその呪いがルーン魔術の重ねがけにより封印されているため、見ただけで発狂するような妖しさは放っていないが。

 

 「ったくよぉ……折角稼ぎ時だってのに、台無しにしやがって……」

 

 ランサーは突き刺さっていた槍を乱暴に引き抜く。刺さっていたところから止めどなく血が溢れ出す。引き抜いて直ぐ様ミノタウロスの心臓に当たる部分に槍を突き刺す。そこにはミノタウロスの核である魔石があり、それを砕かれた肉体はそれを維持出来ず灰となって崩れ去った。ランサーはそれを見届けながら慣れた手つきで振り払い槍に付いた血肉を払い落とす。

 

 「前のときの紅い槍と、違う?」

 

 「なんや自分、他にも槍持ってたんかいな」

 

 「あっちはオレの愛槍でね。こいつがあるならそう簡単には抜かんぞ」

 

 「すみません!!ギルドの者です!!通して下さい!!」

 

 何やら慌ただしくなって来ており道の向こう側の豆粒のように小さな人影が、段々大きくなって来るのが見えた。

 

 「ゲッ……ありゃエイナの嬢ちゃんじゃねぇか……。オレ苦手なんだよなぁ……」

 

 ランサーが苦い顔をした先に居るエイナはランサー本人よりも特にベルとの付き合いが深い。ギルドの係員であり、ベルの担当アドバイザーでもある彼女は新人のベルに対して何かと気を使っている。その関係は学校の教師と生徒の関係にも見えるが、一方ランサーとの相性を例えるならば、水と油の関係と例えるのが一番適切ではないだろうか。

 

 ベルの安全を一番として常に安全マージンを低く設定してベルが死なないように心配しているのに対し、ランサーの教育方針はかのレオニダス一世が治めた国の方針が語源となっているスパルタ教育そのものだ。それと同等に厳しく地獄のような影の国の女王を師匠としていたランサーに言わせてみればかの王のスパルタ教育と比べれば温いもんだと言うだろうが。ベルを死の一歩手前に追い詰めるくらいに扱くこともあれば、ベルを経験やステイタスに見合わない階層に連れていくこともしばしばある。

 

 そんな背景もあることから、ランサーとエイナが不仲になるのは自然な物だろう。

 

 「すいません、何かあったんですか?」

 

 「あっ、貴女はアイズ・ヴァレンシュタイン!?」

 

 「ロキたんもおるでー」

 

 「丁度よかった、是非とも協力を願います!!」

 

 エイナの説明によると、何らかの事故によって祭りのために捕獲されていたモンスターの一部が檻から脱走してこの辺りに散らばったそうだ。現在『ガネーシャ・ファミリア』とギルドが連携して市民の避難を行っているが、この街にいる市民の数は膨大だ。多くても数十人程度の係員だけでは手が足りないだろう。

 

 「……言った先からやな……ええよ、この際ガネーシャに貸し作っとこうか」

 

 「この辺りにミノタウロスを見たという目撃情報があったのですが、見ていませんか?」

 

 「それならあそこや」

 

 既に灰と成り果てたミノタウロスの残骸がそこに転がっていた。

 

 「流石ですね。街に被害が無くて良かったです」

 

 「倒したの、私じゃないよ」

 

 アイズが指を差した先には勿論ランサーが居た。それを知ってエイナは驚いた。彼女にとっても最近良く交友のあるベル・クラネルの関係者がそこに居たからだ。

 

 「ランサーさん!?貴方が倒したんですか!?恩恵も無いのに!?」

 

 「おう、まあな。アイズの嬢ちゃんはとっととモンスター倒して来いよ。オレはこの辺を片付けておいてやるから」

 

 「うん、分かった」

 

 手元の感覚がいつもの愛剣ではないことで違和感が発生するが、それでモンスターを斬れなくなるわけではない。一息で家の屋根の上に登り、混乱でごった返した通路を避けて街を駆けて行った。ロキはそんなアイズを必死で追いかけて行った。

 

 「ってわけだ。エイナの嬢ちゃん、お前さんは他んとこ行って来な」

 

 「で、ですが……」

 

 「早く行けや。そら、追加が来たぞ」

 

 民家を破壊しながらバグベアーがランサーに向かって突っ込んで来た。

 

 「ッ……すみません、お願いします」

 

 下がって行くエイナを尻目で見ながらランサーは突っ込んできたバグベアーの首を払い落とす。既に周りの人間は退避してしまい、この場には居なかった。そしてさらに追加と言わんばかりに道を破壊しながら地中から異質なモンスターが飛び出して来る。少なくともランサーはこの蛇のようなモンスターを見たことがなかった。

 

 「なんでぇ新種か?まどっちでもいいや。んじゃ、行くぜ!!」

 

 数多の英霊達を置き去りにする速度で繰り出された槍と蛇のモンスターの先端が交わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は少し時が巻き戻ってアーチャーやセイバー視点を書きます。後ほんのりベル君を添えて


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怪物祭 その2

あけましておめでとうございます


 時は少しばかり巻き戻る。

 

 現在時刻は大体午前10時頃。朝の支度を終えて仕事に向かい働き始めたはいいが朝一番に入れた気合が抜け始める時間帯ではないだろうか。働く者にとっては何とも言えない時ではあるが、反面そうでない者にとっては至福の時ではないだろうか。

 

 朝起きてしばらく時間が経っているので目も冴えて、体から怠さが抜けてようやく動き出すのに最適な状態になる。目覚ましで食べた朝食や珈琲、紅茶が消化されて小腹が空いて来る頃でもある。

 

 「おはようございます。アーチャー」

 

 「ああ、おはようアミッド」

 

 噴き上がった噴水の水が小さな虹を作る中、男と女は予め約束していた広場の噴水近くで落ち合った。女性の方は薄めだが清涼感の漂う白色の服装に身を包んでおり、いつもの店の制服とはまた違う一面を見せる。薄っすらとだが化粧もしているようだった。もしも彼女の普段しか知らない者が今の彼女を見れば、こんな一面もあるのかと感嘆するか、見惚れるかの二択ではないだろうか。

 

 一方男性の方は普段と特に変わらない。いつもの紅い外套は置いて来てはいるが、黒いボディーアーマーだけはそのままだった。もう少しお洒落という物に関心を向けてもいいのでは、と女性は内心で思うが、結局最後にはこのままの方が彼らしいという結論に行き着く。

 

 「もうちょっと身だしなみを捻って見るというのはどうでしょうか?アーチャー」

 

 「ふっ、生憎昔から服だとかこういう物に疎くてね。結局何も変わらないままここまで来てしまったよ」

 

 合流してからは適当に時間を潰しながら目的地の闘技場に足を運ぶ。途中の出店で適当に食べ物を購入するのも忘れない。そして二人は怪物祭の影響で安売りをしている服飾店に入った。

 

 「やはりアーチャーは紅か黒、もしくは白が本当に似合いますね」

 

 「ふむ、あまり意識したことはないんだがね」

 

 ヒューマン向けの店に入って見たはいいものの、中々しっくり来る物が無い。彼自身がヒューマンらしからぬ特異な見た目をしているからか、この店の商品の中にピッタリの物が無いのだろう。むしろ装飾の無い無地の服の方が彼自身の素が見れて似合うのではないだろうか。

 

 「アミッド、気持ちは嬉しいがあまり無理はしなくていい。正直に言って着飾っている私の姿は想像できん」

 

 「……えいっ」

 

 アーチャーの視界が急に変わる。

 

 「っ……これは、眼鏡か?」

 

 「はい。度が入っていない伊達眼鏡って物です。合う物が無いのであれば、せめて顔だけでも印象を変えて見てはいかがでしょうか。投げやりですけど」

 

 「……なんでさ」

 

 アーチャーは側にあった鏡を覗き込んで見る。不思議と似合う黒縁の眼鏡だったが、どこか違和感がある。自分がどんな存在かは生前も死後も向き合い続けている分よく知っているが、自分に剣以外の何が似合うかなど、考えたこともなかったとアーチャーは思い至った。

 

 「うーん。あっ、どうせなら髪も下ろしてみますか?」

 

 「……それは勘弁願いたいな」

 

 それだと何時ぞやの時に置いて来たあの未熟者に見えるじゃないか、とアーチャーは誰にも聞こえない心の中で呟いた。自分自身は別に嫌いではない、未熟な自分が抱いた未熟な思想だけは決して許すわけにはいかないが。

 

 「……アーチャー?」

 

 「……はぁ、分かった。……これでいいか?」

 

 くしゃくしゃと髪を下ろす。するとアーチャーに取ってはとうの昔の自分に似た男が鏡の前に現れる。

 

 「アーチャー。貴方は結構童顔なのですね」

 

 「言ってくれるな。顔は成長しても大して変わる物じゃないんだ……」

 

 いつも厳しい顔をしているアーチャーの顔は、アミッドには少し柔らかく見えた。ほんの少しの悪戯心に従ってからかってみたが、また違った一面が見れて微笑ましく思う。気障で皮肉屋、そして悲観的な彼だが、内側に相手を気遣う優しさを秘めていることも知っている。

 

 でなければ彼との間に私生活で交友関係が生まれることはなかった。とアミッドはあの時のことを思い出す。

 

 「そろそろ闘技場に行くかね?」

 

 なんだかんだ言いながら眼鏡をかけたまま居てくれるらしい。

 

 「はい。行きましょうか」

 

 立ち位置はアーチャーの隣。密着はせず、お互いに一歩分の距離を置いて、それでも置いていくことも置いていかれることもなく、二人は闘技場を目指す。恋人の関係よりも遠く、あくまで知り合いや仲間の関係を貫く。

 

 アミッドは彼とのこの距離感を気に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて会ったのはダンジョンの中層、18階層より下で薬草の採取をファミリア単位で行っていた時のことだった。普段なら他のファミリアにクエストの形で依頼し、報酬と引き換えにポーションやその他の薬の材料を確保しているディアンケヒト・ファミリアだったが、その日の翌日に迫った大きな取引で引き渡すポーションの材料が足りないということが直前になって発覚してしまい、クエストを出す暇が無かったためファミリアが一丸となってダンジョンに潜った。

 

 危険も伴うのだが、この形の方が支出が減って結果的に儲けに繋がるため時たまに行われている小さな遠征のようなものだ。そこそこ頻度があったためファミリア全体のレベルも規定値を超えていたのも幸いしてさして問題も無く目的地に到着して無事に材料となる薬草等を集め終えた。

 

 だが帰る時程油断が生じるというのも強ち間違った認識ではないらしく、運悪くモンスターの群れに囲まれる形になってしまったのだ。荷物を抱えた状況で大群による消耗戦を仕掛けられると分が悪く、パーティが壊滅寸前にまで追い込まれてしまった。アミッド自身も命を落とす一歩手前に追い込まれた。

 

 そこに現れたのが彼だった。突如として現れた彼は初めの剣の一閃でパーティに肉薄するモンスターの前衛の命を残らず刈り取った。次いで取り出した弓で次々とモンスターの魔石を一発も外すことなく撃ち抜いた。

 

 全てが終わった時には、パーティの中に怪我の重軽傷はあったが誰一人欠けることなく生還を果たしていた。ディアンケヒト・ファミリア壊滅の危機を救った彼はその後ファミリアとして差し出された謝礼金もエリクサーを含む大量のポーションも何一つ受け取らなかった。それどころか彼はそれを使って金が無く命を落とそうとしている者達を無償で救って欲しいとまで言った。

 

 この時だろうか、少なくともアミッドは彼の異常性を知った。彼のその在り方は破綻しているとさえ知ってしまった。だが異常だとか破綻しているだとか、アミッドに取ってどうでも良かった。それでも彼が人を救うという事実だけは間違っていないのだから。

 

 そんな彼だからこそ、アミッドは手を貸したくなる。アミッド一人の力ではそこまで大きな事は出来ない。ファミリアで働く傍らで、少しでもアーチャーに有利でファミリアに影響が出ない金額を提示し、彼が求めるポーションは常に用意しておき、彼がポーションを持たずにダンジョンに行くことが無いようにするくらいだ。残念だがアミッド一人の力では彼が救おうとする人々全てにポーションは回らない。

 

 彼が何に執着して人を助けるのか今のアミッドは知る由もないが、それはきっと美しい物だと信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方でここは闘技場の前。

 

 中で繰り広げられている見世物によって生じた歓声が外にまで聞こえており、それに刺激された人々が次々と押し寄せ、入り口の前は人々でごった返している。席は既に満席が告知され、なんとか見ようと諦められない人々がキャンセルで席が空かないかと期待して長蛇の列を作って並んでいる。

 

 ここまで見世物によって歓声が上がってしまっていると、何かのトラブルの対応で慌ただしくしているガネーシャ・ファミリアの団員達やギルドの職員達の存在に気が付きにくい。

 

 席を取ってアイズ達を待っていたティオネ、ティオナ、レフィーヤの三人がその騒ぎに気がついた。ただ事ではないと尋ねてみるとモンスターが逃げ出したとのことだった。アイズが既に対応に回っていると話を聞いて、ロキの指示の下、アイズのフォローに回ることになる。

 

 「そういえばセイバーたんはどこ行ったんや?涎垂らして祭りを楽しんで来ますと言っとったけど」

 

 ロキの問に三人とも知らないと答える。ただ彼女のことだ。ロキ・ファミリアの二軍ほぼ全員の稽古を付けてなお余裕を保っている彼女ならばモンスター一体や二体程度に遅れを取るとは思えない。

 

 「おや、神ロキに皆さんも、無事でしたか?」

 

 件のセイバーが私服姿で現れた。

 

 「あら、セイバー。そっちこそ、祭りを楽しんでいるみたいね」

 

 セイバーの声がする方向を見ると、その小さな体から零れそうになる程に抱えられたご馳走の山があった。セイバーから見て以前召喚された時代のフランクフルトやホットドッグ、焼きそばや綿菓子に近い食べ物をモグモグと食べながらここまで来たようだ。相変わらずよく入るお腹だなぁと思いながら、その光景を皆が見ている一方、レフィーヤは少しイライラしていた。

 

 「セイバーさん!!今は非常事態なんですよ!?そんな呑気に食べてる場合じゃないですよ!!」

 

 「ですがレフィーヤ、非常事態だからといって慌てても何も始まりません。幸運にも誰一人怪我人がおらず、被害は皆無です。きっとどこかの誰かがモンスターを倒しているのでしょう」

 

 「それはアイズさんが一人で一生懸命に倒しているからですよ!!」

 

 「そうでしたか。それより、何やら嫌な予感がします。皆さん、充分お気をつけください。私も少しばかり見回って来ます」

 

 いつの間にか全て食べ終わっていたセイバーはその場からさっと姿を消す。直後、その予感は悪くも的中することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、この辺りなら被害は出ないでしょう」

 

 セイバーは私服を解いて武装し、剣に風を纏わせる。それはアイズ・ヴァレンシュタインの切り札である魔法『エアリエル』に似ていた。厳密に言えば魔術に近いセイバーの宝具の一つ『風王結界(インビジブル・エア)』だ。セイバーはスキルの魔力放出において、最も得意とする使い方は風を噴出するように使ってロケットのように飛びながらの攻撃や移動だ。魔力放出とこの風は別物だが、共通点が一つある。それは『魔力の残滓を周りにばら撒く』ことだ。

 

 「出てきなさい。地下に居ることは分かっています」

 

 次の瞬間、地面が割れて地中から蛇のようなモンスターが何十匹も飛び出してくる。目や口の無い奇妙な蛇だと思われていたそれは次の瞬間パカリと割れて本来の姿を表す。その正体は花だ。ただし多数の花弁と口の中に鋭い歯が多数並んでおり、滴り落ちる粘液は地面に垂れるとそこをドロドロに溶かしていた。

 

 「ダンジョンに居たわけではありませんね。誰かが地下に持ち込んだのでしょうか。であれば下水道か」

 

 少なくとも持ち込んだ輩は碌な存在ではあるまい。魔力に反応している花のモンスターは一斉にセイバーに襲いかかる。そして、セイバーの一太刀で数匹のモンスターの頭とその下が生き別れになる。

 

 流石にその一瞬の攻防に怯んだ残りのモンスターが一端下がる。

 

 「ガネーシャ・ファミリアが持ち込んでいたモンスターより幾分か硬い。少なくともガネーシャ・ファミリアでもモンスター脱走事件の首謀者の仕業でもありませんね」

 

 大体の強さは今の攻防で判明した。その硬さから打撃攻撃には滅法強いタイプのようだが、斬撃への耐性はそこまででもないらしい。

 

 「ここで取り逃したら後ほどが面倒だ。ここで全て殲滅しましょう」

 

 風を纏った不可視の剣が、一筋の閃光となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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怪物祭 その3

二十話で怪物祭の最中です……

もう少し頑張ります


 「ふーん。なんだか面白くないわ」

 

 とある女神がそう呟いた。彼女は先程ある目的を果たしてからある少年を見続けている。彼女が起こした騒動で彼女が気にかけている少年がどのような成長を遂げるのかを誰にも見られず上から見下ろしていた。

 

 その目的の傍らで同じく気になっている男を見ていたのだが、どうにも自分にとって気に入らないことをしている。自分という極上の女神の視界に映っているというのに自分ではなく他の女が視界にいるとはどういうことだ、と言わんばかりにだ。

 

 彼女と男は一度たりとも出会っていないのだが、神というのは人が思っているよりも気まぐれで傲慢なのだ。

 

 「オッタル」

 

 「はっ」

 

 彼女の傍らには常に一人の男が控えている。彼の名はオッタル。このオラリオにおいて唯一のレベル7の恩恵を持つ『猛者』であり、他の冒険者達の追随を許さない絶対強者だ。

 

 「貴方にはこれから一人の男と戦ってもらうわ。色の黒い肌に灰のように白い髪、紅と黒を纏った男よ」

 

 「その者はなんという者でしょうか?私はその男を知りませぬ」

 

 「それは私もね。そうね、ついでに彼に名前も聞いて来てくれるかしら?」

 

 「御意に」

 

 オッタルは彼女の側から姿を消す。今を生きる人間の中で最高レベルの男の身のこなしは常人には捉えられない物だ。

 

 「ふふ……上手くいけば貴方の中の心の一端でも見れるかもしれないわね」

 

 彼女の行動にも思惑にも悪意は一欠片も無い。ただ面白そうだから、興味があるからという思いつきだけでの行動だが、それによって人が破滅しようとも彼女は気に留めない。神の気まぐれに晒されるのはいつも人間であるが、時にこれは試練とも呼ばれた。与えられた試練を乗り越えられなければ試練に殺されるだけ。そして試練を乗り越え、多くの偉業を成し遂げた者達のことを人々は英雄と呼び崇め讃えられるのだ。

 

 彼女が気にかけている男が、今の自分が持つ最高戦力を相手にどのように立ち回るのか。それが暇を持て余した神の娯楽の一端になるのだろう。彼女は己以外に誰も居なくなったその場でただ微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここのお店のケーキ、美味しいですね」

 

 一方でアーチャー達は適当に入った喫茶店で軽食を取っていた。適当に入ったと言ってもそこそこ評判の喫茶店ではある。

 

 「ふむ、美味いな」

 

 アーチャーはケーキではなくコーヒーのみを頼んで飲んでいたが、何気なく選んだコーヒーが彼の琴線に触れたようだ。思いがけない掘り出し物を見つけたのだろう。

 

 「口の中に残らない程よい苦味も風味も良い」

 

 「あら?貴方はこういう物に詳しいんですか?」

 

 「昔、執事のバイトをしていてね。コーヒーや紅茶の淹れ方、マナーや作法は真っ先に叩き込まれた覚えがある」

 

 「ふふ、機会があれば見てみたいです。そんな貴方の姿」

 

 「……機会があれば、な」

 

 もう記憶とも呼べないような脳の中から浮かんでくる水泡のような思い出だが、そんな生前の穏やかな一光景もアーチャーにとっては大切な物だ。

 

 祭の最中だが喫茶店の中は静かで落ち着く雰囲気だ。外の賑やかな声は殆ど聞こえてこない。だがそれはあくまで賑やかな程度ならばの話だ。

 

 『グオォォォ!!』

 

 空気を目一杯吸い込んで放たれた咆哮が空気を揺らす。大きな獣のそれに似たそれは間違っても平和な街の中から聞こえて来てはいけない物騒な物だ。突如として出現した『バグベアー』に市民達はパニックに陥った。パニックは伝染し、大本の原因であるバグベアーから蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 

 一方で檻の拘束から解放されたバグベアーにとって、今の気分は最高な物だろう。逆に目の前に映り込む人間達の叫び声は耳障り極まりない。目を落とすと躓いたのかバグベアーの前から動けない少年が涙を浮かべて地べたを這うように逃げていた。

 

 バグベアーは19階層に出現するモンスターだ。甘い雲菓子(ハニークラウド)を求めてセーフティゾーンである18階層に姿を現すこともあるが、巨大な体と腕から放たれるパンチや突進、生えている鋭利な爪は一般人どころかレベル1の冒険者では太刀打ちできない。レベル2や3ですら複数人で相手をしなければ最悪命を落とすかもしれない文字通りのモンスターだ。

 

 「ひっ……」

 

 怯えるのも無理はない。見たところ街で商売を営む商人の息子と言った所か。身を守る手段もなければ脅威に対峙したこともないような子供なのだから。

 

 そして振り下ろされるバグベアーの右腕。受ければ骨折程度で済む訳がない。少年は死を前にして目を閉じた。人間を殺すことが頭に染み付いているバグベアーにためらいなどなく、このままいけば自身が死ぬまで殺戮と破壊を繰り返すだろう。だがバグベアーにとって不幸なことが一つあるとしたら、お人好しの正義の味方が一部始終を見ていたことだろうか。

 

 瞬きくらいしか出来ないような刹那、バグベアーは灰となった。

 

 男が喫茶店の席を立ってバグベアーに接近しながら投影した夫婦剣を手に、バグベアーに振るう。まずは脅威を生み出す右腕を斬り落とす。振るわれた雄剣の干将を相手にバグベアーの肉は障壁にすら成り得ない。続いて雌剣の莫耶がバグベアーの心臓辺りに埋まっている魔石を目掛けて手を伸ばす。深々と刺さった莫耶は奥深くに埋まっている魔石を打ち砕いた。トドメに右手を斬り落とした干将を体を捻りながら後ろに周り、背中を大きく切り裂きながら首と頭を目掛けて切り上げ真っ二つにする。

 

 一種の芸術にも見える美しさと効率化された作業が組み合わさり、バグベアーは死を認識すら出来ず、意識を手放すことになる。

 

 「大丈夫か?少年」

 

 涙が浮かんだ目で見上げて見るとそこにはバグベアーは既に居なかった。変わりに双剣で武装した男が居た。最後に見た光景は実は悪い夢じゃないのかと疑いたくなるが、剣に付いた血が現実に起きたことなんだと認識する。

 

 「怖かったのか?無理もない、だけどもう大丈夫だ」

 

 剣が目の前で消えて、空いた手で少年の頭を軽く撫でた。

 

 「お見事です」

 

 「ああ、だがモンスターが脱走するとは……ガネーシャは一体何をしている」

 

 いつもとは違う轟音が響くオラリオの中で、アーチャーは辺りを見渡した。

 

 「すまんがアミッド、観光は終わりだ。この子を頼む。ディアンケヒトの店に戻れば助けのいる怪我人がいるかもしれない」

 

 「ええ、少々残念ですが、この騒動では仕方ありません」

 

 助けた少年をアミッドに引き渡し、アーチャーは屋根に登り上からオラリオ全体を見渡すように駆け始める。

 

 穏やかな街並みの中から騒動で荒れている方が似合っていると思ってしまう辺りどうしようもない愚かな男だと、アーチャーは自分で自分のことを嗤う。だがそれすら許さない暴威がアーチャーを襲った。振り下ろされた大剣をアーチャーは干将と莫邪で受け止める。

 

 あまりにも突然襲いかかって来たため対応が遅れた。体勢が良くない。

 

 「チィ……」

 

 「外見の特徴が一致する。ならば俺の標的はお前か」

 

 真正面から受けきれないのなら逸らせばいい。剣を正面からではなく横に逸らして力を逃した。振り抜かれて描かれた軌跡の先にアーチャーの姿は無い。だが襲撃者もアーチャーを逃がすつもりはないようだ。続く第二第三の斬撃が振るわれる。

 

 「クッ、面倒な」

 

 フードで顔を隠した襲撃者の正体を考察する。強力な膂力と巧みな技術、そしてがっしりと鍛え上げられた強靭な肉体、どれも生半可な物ではない。第一級冒険者、それすら超えている。

 

 路地裏に落とされたが故に一端仕切り直すべく距離を取る。

 

 「貴様……『猛者』だな?」

 

 「……」

 

 「答えるつもりはないか。だが貴様のその他者を寄せ付けない力を持つ男など、私はレベル7の猛者オッタルしか知らないな。それで、要件は何かね?大方貴様の所の女神の気まぐれと言ったところか」

 

 「……俺に与えられた任は貴様と戦うこと。そこに俺の思惑など存在せず、あるのはあのお方の寵愛に応えることのみ」

 

 「なるほど……貴様の所にいる女神は相当質が悪いようだな。貴様程の男ですら心をつかまされ、あろうことか美と愛で溶かすとは。磨けば究極に至れるかも知れない武勇が錆びついているんじゃないか?」

 

 「それでも俺はあの方の御心に応え続けるのみ」

 

 「どうしても戦いは避けられんか……」

 

 両者の剣が再び交わる。一撃一撃ごとに発生する余波は周りの建物を抉るが、それぞれの敵には全くダメージが通らない。

 

 (ただひたすらに面倒だ……時間を稼がされているのか?)

 

 アーチャーをして、オッタルは決して勝てない相手ではない。恩恵を与えられた時点でのアーチャーのレベルは8だった。その時点でアーチャーに対して恩恵からのステータスの上方補正は全く無かった。おそらく恩恵は一般的な人間のステータスを基準にして0地点が決められて加算されていくのだろう。

 

 言ってしまえばアーチャーは現時点ではオッタルよりも格上なのだ。レベル差が1あると勝ち目が殆ど無くなるという常識ではあるが、アーチャーが求めているのはいかに迅速にオッタルを下すことが出来るかだ。オッタルの技量は人間の中では間違いなく最上級だ。

 

 何度も剣戟を繰り返してどれも致命傷を与えるに至っていないことがそれを証明している。勝てない相手ではない。だが楽に下せる相手でも無いのだ。こうしている間にもモンスター達は暴れ、被害は拡散していく。

 

 オッタルの持つ大剣が半ばから砕けた。何度と繰り返される剣戟に武器が耐えきれなくなったのだ。だがオッタルは自分の持っていたバックパックから新しく直剣を取り出した。中に見える武器の数にアーチャーの顔が歪む。オッタルにとってアーチャーと戦う理由は自身が崇拝する女神の指示だからだ。だがアーチャーからしてみれば全く以て迷惑な話でしかない。

 

 『オラァ!!邪魔だ!!』

 

 一際目立つ怒声と共に何か赤い物体が飛んでくる。壁に激突したそれはその衝撃で赤い液体を撒き散らした。最早原型が分からなくなるまでグチャグチャになったモンスターの成れの果てだった。

 

 「あん?なんでテメェがこんな所にいやがる?」

 

 返り血で所々が赤く染まっているランサーがそれよりも血で赤く染まった槍を担いで現れた。

 

 「ったく、街はモンスターのせいで慌てふためいてるってのに、テメェはこんな陰湿なとこで油売ってやがんのかよ。こういうのはオレの役目じゃねぇだろ。雑魚の相手はテメェの方が得意だろうに」

 

 ふとアーチャーは良いことを思いついた。不意に現れたランサーのおかげで。

 

 「フッ、そうだな。貴様は強い奴と戦うために召喚に応える変わり者だったな。ランサー。ならば丁度いい、貴様と私の役目を交換するとしよう」

 

 「なんだよ……妙に物分りが良いじゃねぇかよ。思わず寒気がしたぜ。だが悪くない答えだ」

 

 アーチャーは直ぐ様その場を離脱するべく跳び上がった。

 

 「貴様ッ!!まだ決着は付いてないッ!!」

 

 己を前にして逃げたからか、それとも面倒事で片付けられ挙句の果てに眼中にすら入れられなかったからか、どちらにしても猛者は吼えた。逃げた弓兵を叩き落とすべく己も跳ぶ。

 

 「甘メェよ」

 

 視界の外から飛び出て来たあの青い男がオッタルの頭上から槍を振り降ろした。とっさに剣で受けるが、叩きつけられ家屋に激突する。

 

 「さっさと立てよ。そんなモンじゃくたばれねぇだろ?猛者さんよ」

 

 「グッ……邪魔をするな、見知らぬ男よ」

 

 「お断りだね。こちとら消化不良で苛立ってんだ。簡単にくたばってくれるなよ?」

 

 神速の槍がオッタルの心臓を射抜くべく煌めく。オッタルの剛剣が槍ごとランサーを砕くべく猛威を振るう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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怪物祭 その4

季節外れのインフルB型で療養してまして、少し短いです

一応怪物祭編は次の話で終了予定です。


 「きゃああああ!!」

 

 怪物祭のイベント用に捕獲されて地上に運び出されていたモンスターが脱走するという事件の最中、突然地中から見知らぬ蛇のようなモンスターが現れた。ロキ・ファミリアの第一級冒険者であるティオネ姉妹や遠征に参加出来る実力を持つレフィーヤですら見たこともない新種のモンスターで市民達はパニックに陥って逃げ惑う。

 

 「「はぁぁぁッ!!」」

 

 硬い岩石すら打ち砕く彼女達の拳打だがそのモンスターの表皮はそれ以上に硬く、逆に二人が拳を負傷する程だ。打撃は殆ど通さない程硬いようだが、刃で切断すれば倒せそうではあるだろう。だが今日は祭を見物しに街に出たので武器を持ち合わせていない。

 

 だがそれ以上の問題はレベル5の二人の打撃が効かないということだ。レベル5以下の冒険者が苦戦するモンスターですら容易に打ち砕ける彼女達の拳打が全くといっていい程効いていない。ということは並の武器ですら打ち砕くことが出来ないのではないだろうか。

 

 「打撃じゃ埒が明かないわね」

 

 「あーあ、武器持ってこれば良かったなぁ……」

 

 打撃では有効打は与えられない。斬撃は手元に武器が無いため論外。であれば魔法で燃やし尽くすか氷漬けにして跡形もなく砕く。

 

 【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】

 

 二人の攻撃はダメージにこそなっていないが時間を稼ぎ注意を引くには充分だった。レフィーヤが稼いで得た時間を使って魔法詠唱を試みていた。速度を重視した短文詠唱だ。威力は大分落ちてしまうものの、直ぐに放てるのが利点だ。

 

 【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】

 

 魔法が完成し、放つだけになったその瞬間だった。今まで二人のアマゾネス姉妹の相手をしていたモンスターが今まで注意すら向けていなかったレフィーヤの方を見た。

 

 直感で危険に気がついたものの、回避行動に入る前にモンスターの触手がレフィーヤの腹を打ち抜いた。

 

 「レフィーヤ!!」

 

 内蔵が損傷する程の衝撃を腹部に受けながら上空に打ち上げられ、投げ飛ばされた。屋台の上に落ちて落下の衝撃は和らいだがどのみち動けるような状態ではない。内蔵が損傷して傷口や口から血が溢れている。誰が見ても重症だ。

 

 蛇のようだったモンスター―――――食人花は、先程レフィーヤが放とうとした魔法に反応してレフィーヤを攻撃した。そして動けなくなる重症を負ったレフィーヤを仕留めるために触手を更に増やして二人を妨害しながらレフィーヤに悍ましい歯の生えた口をレフィーヤに迫る。

 

 並んだ歯ですり潰されるか、無惨な肉片になるか、もしかしたら粘液で跡形もなく溶かされるかもしれない。そのどれにしてもレフィーヤの命はここで潰えるだろう。

 

 「レフィーヤ!!立ちなさい!!」

 

 妨害にあって動けないティオネとティオナだが、声だけは届けようと未だ動けないレフィーヤに檄を飛ばす。

 

 (死にたくない)

 

 彼女は痛みに耐えている間にもそんなことが脳裏に浮かんだ。目指すべき憧憬があった。今の自分はまだ弱くてもいつかその憧憬の隣に立って誇れるように必死で努力していた。

 

 (死にたく、ないッ!!)

 

 生に向かって必死に足掻こうと体に鞭を打って避けようとする。だが体中を走る痛みによって無情にも叶わない。むしろ痛みに耐え抜いて意識を保っているのはレフィーヤの精神力の高さによるものだ。だがモンスターには慈悲どころか知性もないのだろう。苦しむレフィーヤを前にしても躊躇う気持ちは無い。嫌だ嫌だと必死で抗い、悶えるが体は動かない。体が脳に伝えた痛覚によって本能的に体を休めようとしているのだろう。決して恐怖に屈して硬直してしまっているわけではない。思考と反して動かない自分自身に対して情けないと思う気持ちはやがて自分自身すら否定してしまうマイナス感情に繋がる。

 

 (また、私は……誰かに助けられるの?)

 

 今まで努力していたのはそんな自分が嫌で頑張って来たのではなかったのか?ならばこんなところで力尽きてたまるものか。動けず、死が目の前まで迫っていようと、レフィーヤは自分を奮い立たせ立ち上がろうとした。

 

 諦める気が無ければ奇跡は起こるというのはどうやら本当のことらしい。レフィーヤに迫った食人花の上顎と下顎が斬り裂かれ泣き別れになる。通った剣閃の中心には極彩色の魔石がありそれが砕け散り、食人花は弾き飛ばされながら灰と化した。

 

 「あ……」

 

 朦朧とする意識でレフィーヤの双眼は自らを救った人影を確かに見た。自分が望んだ金色の彼女ではなかったが、代わりに現れた紅の救世主は、憧憬の彼女と同じくらい格好良く見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「間一髪、か」

 

 直剣を振り抜いたアーチャーは落ちて灰になった食人花を一瞥するとレフィーヤに駆け寄った。

 

 「大丈夫かね?傷は深いぞ。早くこれを飲みたまえ」

 

 手渡されたのはエリクサーといい、オラリオで売られているポーションでは最高級の代物だ。どんな傷も瞬時に癒やし、斬り落ちた腕や足ですら切断面が綺麗ならばくっつける程に強力な物だ。それをレフィーヤの傷口に半分かけ、残りをレフィーヤに直接飲ませた。内蔵を損傷している可能性があるなら中から治した方が確実だ。

 

 体の中に入ったポーションによって細胞が活性化して傷はすぐに塞がったがダメージまでは回復しきれないようでレフィーヤの顔には苦悶の表情が浮かんでいる。

 

 「貴方は……」

 

 「アーチャー!?」

 

 モンスター相手に足止めされていたティオネとティオナ、そして空を切り裂きながら駆けつけたアイズが一歩遅れて到着する。彼女は風を纏って空中を弾丸のように跳び回りながら街中に逃げ込んだモンスターを退治していたところで、レフィーヤがピンチに陥ったのを視認したのだろう。

 

 「ロキ・ファミリアの君らだったか。どうやら外れクジを引かされたようだな」

 

 「そっちこそ、だね」

 

 新たに地面を砕いて三体の同じ食人花が今度はアイズに狙いを定めて触手を叩き込んできた。アイズは魔法で風を纏って食人花を切り裂く。

 

 ――――――パキッ

 

 何かが罅割れる音が響き、アイズが持っていたレイピアが硝子のように砕ける。元々細く繊細な使い方が求められるレイピアを風を纏わせる負荷を与えながら不壊属性の武器と同じように使っていれば壊れるのは確実だ。とっさに柄で叩いて怯ませるが打撃には滅法強い食人花にはそう大して効いてはいないだろう。

 

 「アイズ!!こいつら魔法に反応してるわ。風を解きなさい!!」

 

 ティオネとティオナが攻撃を加えて注意を引こうとしてもアイズ以外眼中にない。むしろアイズが使っている魔法が常に魔力を出し続けて目立つ分、この男は動きやすかった。

 

 「――――――」

 

 アイズ目掛けて襲いかかっている食人花の中に鋭い剣が撃ち込まれ、そのまま寸分の狂いもなく口内の魔石を打ち砕いて食人花が灰へと還る。いつの間にか剣から弓へと装備が変わっていたアーチャーが矢を撃ち込んだからだ。

 

 「魔石はそこか。見えている分楽に狙える」

 

 立て続けに矢を三度撃ち込んで食人花の息の根を止めたアーチャーだが、このように急所を撃ち抜き絶命させる程度のことなどいつもやっていた作業のような物だ。

 

 「アンタ、弓も使えたのね……」

 

 「むしろこっちが本職だがね、おっと、また来るぞ」

 

 またもや地面から同様に食人花が飛び出して来る。醜悪な口を開いてアーチャー達を喰らうべく存在しない眼で姿を捉えていた。

 

 「うへぇ。流石に武器もないのにこれ以上相手をしたくないなぁ」

 

 「全くよ」

 

 戦闘開始直後からずっと素手で戦っていたティオネとティオナの拳はもう限界だ。レフィーヤは傷は癒えたとはいえまだ戦える状態ではなく、アイズが持ってきた剣は既に砕けてしまっている。

 

 「ほう?今遠回しに武器があれば戦えると言ったように聞こえたのだが事実かね?」

 

 「はぁ?あったりまえじゃない。私達を舐めないでよね」

 

 「フッ、頼もしい限りだよ。受け取りたまえ」

 

 先程食人花を真っ二つに斬り裂いた直剣はティオネに渡した。

 

 「さて、投影、開始」

 

 バチッ、と微かに魔力が漏れる。何もない無の空間に形を持つ物が現れ始め光を放つ。完全に光が消えるとアーチャーの手には武器が二振り握られていた。

 

 『……はい?』

 

 右手には特大にして超重量を誇っていた武器でありティオナが先の遠征まで主兵装としていた『大双刃(ウルガ)』が、左手には剣の姫と名付けられた少女の剣技を受けてなおも輝きを見せる剣『デスペレート』があった。ウルガは先の遠征でモンスターの溶解液を受けて完全に消滅し、現在ゴブニュ・ファミリアの職人達が不眠不休の徹夜で二代目を打ち続けている。デスペレートは同じく溶解液を吐くモンスターを切ったことで斬れ味が落ちて現在神ゴブニュ自らが打ち直している最中である。つまりこの場にこれらの武器がこの場に存在することはありえないのだ。

 

 「ちょ!?これ私のウルガじゃん!?」

 

 「私のデスペレート……」

 

 愛剣を受け取った二人が調子を確かめる。その二振りはどこまでも、二人が担った己の武器そのものだった。

 

 「それでまともに戦えるだろう?そしてここにもう逃げ遅れがいないようだからこの場は君たちに任せるとしよう」

 

 「うん、いいよ!!これで10体でも100体でも倒せそうだよ!!」

 

 「これなら、もっと戦える」

 

 「この剣といい妹のウルガといい、聞きたいことが山程出来たけどひとまずアイツらを片付けてからね」

 

 水を得た魚とはこういうことだろう。この先にあるのは人間とモンスターによる命のやり取りではなく、強者が弱者を蹂躙する一方的な虐殺劇であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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怪物祭 その5

遅れました。(こいついつも遅れてんよ)


 「全くもう……忙しいわ……」

 

 街の中にモンスターが現れる騒動が起きてから忙しなく働いている者は二種類に分けられる。一つはガネーシャ・ファミリアの団員達、彼らが街にモンスターを持ち込んだことで騒動にきっかけが出来てしまった故に責任を取る意味も兼ねて住人達の避難誘導等で精を出している。

 

 もう一つがギルドの職員だ。オラリオ全体の管理等が仕事となっている彼らは戦闘力こそないもののやはり無関係ではないため非番の者も含めて動いている。

 

 特にギルドの職員達は今回の騒動によって非番の者は全て召集がかかり、ガネーシャ・ファミリアの冒険者達の協力の下で市民達に避難を呼びかけている。とはいえもう殆どの住民は安全なエリアへの誘導が完了し、足腰の弱った老人や小さな子供は現在ガネーシャ・ファミリアの冒険者達が担いだりする等して直接安全な場所まで送っている。

 

 忙しいとぼやきながらギルド職員のエイナ・チュールはいつもと同じように真面目に職務を実行していた。祭で賑わっていた大通りだったが、それとは一変して今では自分以外に人っ子一人もおらず世界の中心地とも例えられる程発展したオラリオでは考えられない程閑散としていた。

 

 「でも一先ずは安心ね。怪我人も居ないし」

 

 本当に一息吐く程度だったが、彼女は油断してしまった。何かが高速で接近する空を斬り裂くような音を聞き取るのが遅れてしまった。

 

 その何かは舗装された石畳を粉々に砕きながらエイナに向かって吹き飛んで来るが、エイナに激突する一瞬手前で止まった。衝撃で舞っていた砕けた石と砂埃が晴れるとそこにはある意味オラリオの中で一番有名な男が居た。

 

 「オ、オッタル氏!?」

 

 オラリオ最強の名を担い事実上恩恵を受けた眷属達の中での頂点に君臨している男だが、エイナから見て、いつも放っていた圧倒的強者の覇気が見る影も無かった。迷宮の弧王(モンスターレックス)さえも単独で撃破しうる圧倒的レベル差のため動きやすさを求めて最小限の防具しか付けないのが彼のスタイルだが、鍛え上げた肉体には無数の傷が出来ており血が滲み出て赤に染まっていた。

 

 既に原型を無くした己の武器に何の未練も無い。速やかにそれを破棄して背負っていたバックパックから別の剣を取り出す。もう何度目になるかも分からなくなる程繰り返した行為だ。それだけオッタルの相手を務める男との実力が伯仲しているからだろうか、それともただ担う武器もオッタル自身もあの男に遠く及ばないからだろうか。

 

 「ッ、退け!!」

 

 背後に非力な一般人が居ることを察知したオッタルは直ぐ様エイナを突き飛ばした。その行為がエイナが受けるはずだった怪我を最小限に留めることになり、オッタル自身は不利な体勢で戦闘を再開されることになった。

 

 オッタルを追って大通りを疾走する青い影。最速のランサーとして候補にあがるこの男の疾走は残像さえ視認出来ず、残るのは流星の如き一筋の線のみ。ここまで脱走したモンスターと異質な花形のモンスター、そしてオッタルの返り血を浴びて赤くなったドス黒い槍がオッタルの額、その奥の脳目掛けて突き出される。ハッと気付いた時には既に即死する一瞬前なのだから質が悪いのだが、その一瞬前が到達する前に剣で逸しながら槍が突き出される線の上から顔をずらして回避し、そのまま槍の間合いの奥に踏み込む。

 

 槍と剣が相対した時、優劣は間合いによって決定する。単純に剣が届かない距離から攻撃が届く槍が有利と思われるが、槍はその性質上遠くまで届くが反面取り回しは剣よりは良くない。懐に潜り込んでしまえばその優劣は傾く。

 

 だが槍の担い手は数多の戦場で武功を上げたケルト一番の大英雄だ。積んだ経験値や場数はオッタルよりも圧倒的に多い。過ぎ去ったと思った槍はオッタルが斬りつける前には既に手元に引き戻されており柄で受け止められる。オラリオ最速ではないだろうが最強の冒険者と謳われるオッタルはこの見事と言う他ない圧倒的な戦闘技術に何度も驚かされている。

 

 驚愕している間も無く受け止められた剣が急にかちあげられる。槍の刃先ではなく殺傷能力の低い石突を使い剣が浮いて脇腹ががら空きになる。そしてまたもやオッタルの対応が間に合わない状態で神速の突き、払い、そして真上からの切り下ろし、その三連撃を加えた。

 

 並の戦士が見れば全くの同時にしか見えないその三連撃、オッタルの本能が瞬時に目の前のそれらを分析し、最も致命傷に成り得る切り下ろしを無意識の内に防いだ。受けると決めた突きが脇腹を抉り、払いが胸を斬り裂いて血が傷口から溢れ出し、オッタルの顔が苦痛で歪む。

 

 「グッ……!!」

 

 「オラオラァ!!勝負はまだこっからだぞォ!!」

 

 休む暇すら与えずランサーの回し蹴りが繰り出され、オッタルはこれを一番近かった右手の剣で受ける。ランサーの放った蹴りは確かに何の変哲も無い物だが、技量も筋力も敏捷も最高クラスを誇る体から放たれた物だ。受けた剣が逆に砕けて、オッタルはまたもやオラリオの街を飛びながら観光することになる。

 

 「ハッハァー!!」

 

 飛んでいったオッタルを追ってランサーがその場を走り去る。嵐が過ぎ去ったかと思える程荒れ果てた現場にただ一人残されたエイナだったが、幸いなのは怪我をしていないということだけだ。

 

 「なんだったのよ一体……」

 

 荒れ果てた大通りの道や周りの建物を一瞥し、深いため息が出た。

 

 「もしかしてギルドが負担するのかしら、これ……」

 

 いっそ壊して建て直した方が早いと見えるが、エイナはただこの惨状を報告することが億劫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ、はぁ……こっちです、神様!!」

 

 白い髪と紅い目が特徴的な兎のような少年が女神の手を引きながら迷路のような住宅地の中を走り抜けている。後ろから迫る暴力の嵐から自分のファミリアの主神だけでも逃がそうとただひたすらに走り続けた。だがぴったりと少年を射抜く視線が少年を捉えて離さない。

 

 モンスターの本能から来る殺意と無遠慮に他人の心を観察するような視線の二つが少年を精神的にも苦しめる。ステイタスが離れた相手に対して取れるのは逃げの一手のみ。だがそれにも限界が来たようで行き止まりに追い込まれた。退路は無く、間もなく追いつかれるだろう。

 

 「ベルくん……」

 

 「神様……」

 

 ベルと呼ばれた少年は覚悟を決めた。相手はシルバーバックと呼ばれるモンスター。ステイタスは確かに自分よりも格上だ。だがここで自分が無抵抗に殺されれば次に同じ目に遭うのは側に居る神ヘスティアだ。

 

 恐怖はある。だがベルのファミリアの同居人はベルに対して英雄とはどういう者か、そして戦士の心構えを語った。同居人も、彼が戦った仲間から敵に至るまで、ここぞという時に勇気を振り絞って意地を見せるからこそ英雄と讃えられるのだ、と。

 

 「僕が、あいつをここで倒します」

 

 「いいんだね?ベルくん」

 

 「はい。どの道そうしなければもう逃げることもできません。ならばいっそ、迎え討った方が生き残れる確率がありますから」

 

 普段の弱々しくどこか情けないベル・クラネルは一旦鳴りを潜め、代わりにここにいるのは、覚悟を決めた立派な男そのものだった。

 

 「うん、わかったよ。今からステイタスを更新しよう。そして、君があのモンスターを倒すんだ」

 

 「はい……」

 

 「あと、これも渡しておくよ。これから強くなって前に歩もうとしている君へ僕からの贈り物だ」

 

 受け取ったのは黒く染まったナイフ。だがこれはただのナイフじゃないとベルは察した。詳しいことは分からないが、この武器は生きているんじゃないかと錯覚するような魅力と強くなることへの渇望を感じた。

 

 ステイタスの更新も終わった。予感はしていたが改めてヘスティアは驚愕する。全アビリティがトータルで600も上昇するまさに前例の無い伸び方だった。

 

 タイミングを見計らったかのように現れたシルバーバック、拘束されていた時の枷から伸びた鎖はそのまましなやかさと鉄の硬度を持った武器となる。リーチの長さはナイフと比べるまでもない。

 

 「さあ、行くんだ!!」

 

 「いってきます、神様!!」

 

 彼の持ち前の敏捷に今ステイタスを更新して上乗せされた敏捷の合計はもはやレベル1の冒険者の平均を超えていた。真っ直ぐに駆け出すベルの手には受け取った神のナイフは握られていなかった。代わりに両手は腰に差している二振りの剣の方に伸びていた。一度も使ったこともなければ試しで振るったこともない、今朝同じく同居人の男から受け取った剣だが、目の前のモンスターを倒す布石に使えると確信した。

 

 シルバーバックから放たれる両腕から伸びる鎖がベルに向かって左右から迫る。だがそれがベルを傷つけることはなく、引き抜かれた夫婦剣が直撃する一瞬前に鎖を逸らして直撃を許さなかった。

 

 だが一撃防いだだけであり、第二第三と続けて振るわれる。しかしこれらも全て叩き落とされベルに届くことはない。今まで一度も反撃出来ず、ただ逃げているだけの獲物と認識していたシルバーバックもこれには驚いた。驚いている一瞬でベルはシルバーバックに肉薄する距離まで近づいており、右手の陽剣がシルバーバックの肩から袈裟斬りにする。支給品のナイフには刃が付いてないんじゃないかと思える程抵抗も無くすっぱりと斬り裂けたが、その一撃は致命傷には至っておらず、反撃の拳が迫るのを見上げながらバックステップで躱した。

 

 下がったベルに追撃しようと踏み出して拳に力を込めるが、振り上げた腕の方に後ろから何かが刺さり力が抜けてしまう。シルバーバックが脇目で確認してみるとそこにはベルの手にあったはずの陰剣が深々と刺さっていた。

 

 ベルはその一瞬を見逃すことはなかった。持っていた陽剣を投げ捨て、代わりに神ヘスティアから贈られたナイフを持って突進する。ダンジョンから生まれるモンスターは、硬い皮膚や甲殻を貫けるならば理論上あらゆるモンスターを倒すことが出来ることは、何度も耳が痛くなるまで聞いたことだ。

 

 心臓部、魔石が埋まっている部位目掛けて渾身の力を以て突き出されるナイフは、確かにシルバーバックの魔石を穿ち、短い悲鳴を残して灰へと還した。

 

 勝利の余韻に浸れたのも僅かな時、代わりに今まで静観していたここダイダロス通りの住民達が万雷の喝采を以てベルを讃えた。

 

 この喜びを一番に自身の神に伝えようとするも、そのヘスティアは緊張の糸が切れたのか気を失ってしまっており、ベルは武器を回収すると歓声を背後から受けながらダイダロス通りを後にした。

 

 実はヘファイストスに武器を打って貰っていた時に徹夜をしており、睡眠不足と過労が重なっていただけというのをベルが知ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もう……ヘスティアには悪い事をしたけれど、少し妬いちゃうわ」

 

 ベルが戦っていた場所から少し離れた建物の上から、件の騒動の犯人である神フレイヤは一部始終を目に焼き付けた。

 

 「ふふ、格好良かったわよ、ベル。また遊びたいものね……」

 

 「神の戯れに付き合わされる人間は何とも迷惑なことだろうがな」

 

 フレイヤは音も無く背後を取った人物を見るためにゆっくりと振り返った。

 

 「あら、はじめましてね。色男さん」

 

 「私は出来ることなら会いたくはなかったがね。神フレイヤ」

 

 腕を組み、平静を装っているが、内心では沸々と沸いてくる怒りを抑えていた。

 

 「この忙しい中で君の所のオッタルに襲われたのだが、今日の事件は全て君の仕業で間違いないか?」

 

 「ええ、そうよ」

 

 フレイヤは普段と変わらずに構え続ける。何か策があるのか、それとも目の前の男が何も危害を加えないと確信しているのか。

 

 「そうね。貴方は私を知っているけど、私は貴方の名前も知らないわ。よかったら名前を教えて欲しいわ」

 

 「……アーチャー。もしくは無銘(ネームレス)とでも」

 

 「じゃあアーチャー、貴方には眼下のあれはどう見えたかしら?」

 

 「そうだな。小さな英雄志願者が見せた小さな小さな勇気とでも言うべきか。部外者の手が加わってなければさぞ美しい物だったと、私は思うがね」

 

 「あらあら、手厳しいわね」

 

 両者の間に緊張が走る。

 

 アーチャーはこのままフレイヤを今回の事件の首謀者として捕らえることも出来る。そしてフレイヤは、地上に降りるために神の力を封印しているため地上ではか弱い女性と何一つ変わらない。だがフレイヤにも身を守る忠臣はいる。

 

 「一つ、聞きたいのだけど」

 

 「何かね?」

 

 「貴方、私を見て平気なの?」

 

 「ん?ああ、美の女神の魅了か。どうやら効いてないようだ。弱いが私に付与されている対魔力が弾いているのかもしれん」

 

 アーチャーのサーヴァントとしてのスキルにDランクの対魔力があり、魔力避けのアミュレット程度の物ではあるが、それが常時放たれているフレイヤの魅了がアーチャーに影響を与えていない要因であろう。直接魅了を注ぎ込まれて許容量を超えてしまった場合は分からないが。

 

 「ではこちらからも一つ、君が街に放ったモンスターの中に蛇のような、もしくは花のようなモンスターは居たか?」

 

 「?そんなモンスターは知らないわ。そもそもベルに少しいたずらがしたかっただけだもの。ガネーシャの子たちを足止めしたかっただけで街に被害を出すつもりは無かったわ」

 

 「そうか。ならば私からは何も言うことはない」

 

 「あら、いいの?間接的だけど器物損壊罪とか、私を捕らえる理由になるんじゃないのかしら?」

 

 「いいんじゃないか?多少の物損は出たが誰も命を落としていない。今回は見逃そう」

 

 「あら。結構甘いのね貴方。この場で口封じのためにオッタルをけしかける事も出来るのも承知してるでしょ?」

 

 「猛者に出来るとは思えんがね。ああ、どちらにしても無理だったようだぞ」

 

 ドサッ、と何かが落下してくる。それが血塗れになって戦闘不能に陥っている猛者オッタルだと気が付いてフレイヤは目を見開いて驚いた。

 

 「いっちょ上がりだ」

 

 フレイヤの後ろの手すりにいつの間にか男が屈んでいた。返り血で真っ赤に染まった戦装束と槍を担いでいる男は言葉や表情には穏やかさを浮かべているが、内心は全くの逆でフレイヤに向けた殺意で溢れている。気が付いた時には既に男の槍の射程距離の中に入っていると知って冷や汗が頬を伝っている。

 

 「そこそこやる男だったが、こいつの飼い主はアンタか?」

 

 後ろから聞こえて来る声は凍える程に冷たさを持っている。この騒動を起こしたのが自分だと気が付かれているのだろう。神の力が封印された今では下手な動きをした瞬間に首を刎ねられるだろう。いや、むしろ神の力を使えてもこの状況をひっくり返すのは一筋縄ではいかないかもしれない。

 

 「待て」

 

 体力を使い切り、ダメージで碌に動けないはずのオッタルがフレイヤを守るように立ちはだかった。武器も手元にないにも関わらず、命を捨ててでもオッタルはフレイヤを守る選択をした。

 

 「フレイヤ様には……傷一つ、付けさせん」

 

 「あのなぁ……今更テメェに何が出来るんだ?オレに勝てる手札が一つも無いのはテメェが一番分かってんだろ?それとも命を差し出す代わりに後ろの女を見逃せと懇願するか?」

 

 「それで、フレイヤ様が助かるのなら、それで、いい。もう既に……貴様に負けた身だ。上で踏ん反り返る身分ではない。だから、懇願でも何でもする」

 

 オッタルは限界の体に鞭を打ってフレイヤを守ろうと仁王立ちの構えを崩さない。

 

 「……いいぜ。その覚悟に免じて今回は見逃してやるよ。あと、もう一度頂点に立ちたいんなら、まずはその錆びついた腕を砥いでから出直してこい」

 

 そう言い残してランサーは霊体化して消えた。

 

 「では私も去るとしよう。こいつを飲め」

 

 アーチャーもポーションを置いてすぐに消えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で、何故君らがここにいるのかね?」

 

 「あっ、お邪魔しています。アーチャー」

 

 そこにはアーチャーの主神ヘファイストスに加え、何故か神ロキとロキと契約したセイバーが居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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怪物祭 その6

|ω・`)コソ

|ω・`)チラ

今だ、皆が忘れてるうちに投稿するんだ!(二ヶ月ぶり)


 「で、何故君らがここにいるのかね?」

 

 ヘファイストス・ファミリアが所有し、ヘファイストスが団員達に貸し出している工房。ヘファイストスが直接アーチャーに与えた物は工房の隣に小さいながらも厨房や生活スペースも備え付けられた物だった。アーチャーの生前の規格で例えると1LKで1が工房として作られている。

 

 サーヴァントならば別に睡眠を取る必要も無いため寝床も用意していないが、別に住まいに拘るアーチャーでもなかった。

 

 「邪魔してるでー」

 

 「お邪魔しています。アーチャー」

 

 精々アーチャーのマスター兼所属しているファミリアの主神のヘファイストスが食事をたかりに来る以外には来客一つ無いここに、ロキ・ファミリアのロキとセイバーが訪れていること自体異常とも言える。

 

 「ティオナ達から聞いたで。街で暴れとったモンスターを退治するの手伝ってくれたんやろ?」

 

 「その事か。何、人として当然のことをしたまでだ」

 

 「確かモンスターの脱走事件が起きたのだったわね」

 

 「こっちの方には被害が出ていなかったからな。店や本拠の方に被害は無いか?」

 

 問題ないわ。とヘファイストスは伝えた。闘技場を中心に街の東ストリート辺りにしか広がらなかったためそれ以外に被害は出ていないのだ。

 

 「おう、邪魔するぜ」

 

 鍵を掛け忘れていたせいもあるが何故かランサーまでアーチャーの工房に押し掛けて来ることになった。アーチャーは心底嫌そうな顔をしてランサーを見た。

 

 「邪魔するなら帰ってくれ。ここは溜まり場じゃないんだ」

 

 「細けぇこといいっこなしだぜアーチャー。これ土産だ」

 

 ランサーが差し出した袋の中には酒瓶がぎっしりと詰められていた。こいつら居座る気だな……。このまま酒宴と称して居座り、酒の肴に何か作らされることが確定した瞬間でもあった。

 

 「おっ、これ中々旨くて高い酒やないかい。分かっとるなぁ自分」

 

 「なんだ、アンタいける口だったか!!セイバーも飲むよな?」

 

 「ええ、私も多少ですが」

 

 確かヘファイストスも嗜む程度には飲む方だったからどの道この場にいる全員、帰る気などないだろう。

 

 「はぁ、もう知らん。何か壊さない程度にやってくれ」

 

 「何言ってるのよ?貴方も参加するのよ。今日の事件について」

 

 ロキ・ファミリアというオラリオで一、二を争う大規模派閥の中でも主戦力の冒険者達すら見たこともない新種のモンスター。そのモンスターが落としたこれまでとは明らかに違う極彩色の魔石。それに50階層でアーチャーも対峙した芋虫のような強酸を吐くモンスター。確かにこのまま放置していい問題ではないだろう。

 

 「ところでランサー。その格好はどうしたのですか?」

 

 「これか?ちょいと街ん中で暴れ過ぎちまってよ……。顔を隠さないといけねぇから霊器とクラスをルーンで弄ったんだ」

 

 全体的に青いイメージは崩していない。だが代わりに見慣れた青の戦装束と紅い槍ではなく、木製の杖とローブで顔を隠している。

 

 「なるほど、貴様にはドルイドとしての側面もあったな。その側面を強くしたのがその姿と言うわけだな」

 

 「お蔭で戦い辛いったらありゃしねぇ。趣味じゃねぇってのによ」

 

 杖とローブの魔術師としての姿がここまで似合わないキャスターというのも珍しい、とアーチャーは内心感じていた。

 

 「ではまず情報を整理するとしよう」

 

 一先ずある限りの材料をかき集めて大量の酒に見合う酒肴を出してやった。帰宅してからも忙しなく働いていたアーチャーを視界にも入れずに飲んだくれていた奴らは既に顔が真っ赤に染まり始めていた。このままではここに集まった目的を成し遂げる前に酔い潰れる方が先なので、迅速に事を推し進める。

 

 「本日正午、ガネーシャ・ファミリアが怪物祭の催しのためにダンジョンから持ち出したモンスター十数匹が脱走し闘技場の外へ進出した。これが今日起きた事件の概要だ」

 

 前代未聞の事件だ。昨年まではガネーシャ・ファミリアとギルドが共同して脱走防止の見張りや人間同士のトラブル等の対応に当たっていた。事が事だ。万が一にも人間を殺すためだけに存在するモンスターが街中で暴れて死人が出れば今後の怪物祭が中止になるだろうしギルドやファミリアの信頼に関わる。

 

 「これを起こした下手人は既に確認済みだ。人ではなく神だがね」

 

 モンスターを逃したのはフレイヤ・ファミリアの主神フレイヤだった。動機は気に入ったとある人物にちょっかいをかけたかったからというものだった。

 

 「やっぱあの色ボケやったかー。んなことやと思ったで」

 

 「まあアレは放置していいんじゃねぇか?質が悪くても悪意は無かったぜ」

 

 「それには私も同意だ。少なくとも無差別に街に危害を加えることはやらないだろう」

 

 今回のモンスター脱走事件で多少なりとも建造物に被害は出ているが近くに居合わせた一般市民は誰一人怪我を負っていない。本当に危害を加えるつもりは無かったのだろう。目標一人だけに狙いを絞ってフレイヤはモンスターを差し向けた。古の神話の時代、神々は人に接触出来るくらいには近くに居た。

 

 神々は人間が遠く及ばない位置まで力を持っており、その気になれば気分次第で人の興亡すら自由にできたがそれはどの神も決して行わなかった。何故なら人々は神々の大事な子供達だから。神は子供を殺さない、だが神は子供に試練を与える。常人では乗り越えられないような試練を与え、もしもその試練を乗り越えたら人からも神からも偉業として認められ後世にまで語り継がれるだろう。だが失敗すれば無惨に切り捨てられ忘れ去られるだけだ。

 

 これからもピンポイントに誰かを狙って問題を起こすかもしれないが、そうなったら目をつけられた者になんとかして欲しいものだ。

 

 「では二つ目。こちらはかなり深刻な問題になるだろうな。まずはこれを見て欲しい」

 

 アーチャーが取り出したのはモンスターの中に存在する魔石だ。だがその色は極彩色と通常のそれとは明らかに違っていて異質だ。

 

 「これは打撃に強い耐性を持った植物型のモンスターが落とした物だ。ちなみに私はアレは新種のモンスターじゃないかと睨んでいるのだが、神ロキは今日までの間であの新種の発見報告を聞いたことはあるか?」

 

 「ないで。それにアイズたん達も新種やって言っとったから間違いないはずや」

 

 「そいつならオレもぶっ倒したぜ。魔石も持ってる」

 

 「私もです。下水道の中に大量にいました」

 

 ランサーもセイバーも同じ魔石を回収していたらしい。ざっと数えただけでも数十個はある。つまりこれと同じ以上の植物型モンスターがダンジョンから抜け出してオラリオのすぐ下にまで迫っていたということだ。

 

 「調教師(テイマー)か」

 

 ダンジョンのモンスターを手懐けて使役する技術はある程度確立している。その技術を用いてモンスターを使役する冒険者のことを総じて調教師と呼んでいる。

 

 「なんや?調教師が裏で糸引いて街で暴れさせたっていうんか?」

 

 「まだ証拠も裏付けも何も無いがね。ただそう考えれば腑に落ちるってだけさ。可能性の一つとして覚えていて欲しい」

 

 色々と憶測を立ててみたものの、所詮は憶測であり何一つ根拠のない話だが心の隅に覚えておくべきことだ。

 

 「あとは、オレからも言っておかなきゃなんないことがあるんだが」

 

 今度はランサーからの提案だ。

 

 「キャスターになってルーン魔術の精度が上がったんでな。ベルカナ(探索)のルーンを街の外に飛ばしてみたんだが……。サーヴァントを二騎見つけたぜ」

 

 「それは本当ですか?ランサー」

 

 ああ、と短いが確かに肯定した。ここにいるサーヴァントは、セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士。ランサーが発見したモノが本当にサーヴァントならば既に五騎のサーヴァントが召喚されていることになる。

 

 「近いうちに始まるぜ。聖杯戦争が」

 

 一同沈黙する。

 

 「け、けどなぁ、セイバーたん達がいうとる聖杯戦争ってのはウチも説明は聞いとるし、そんな深刻そうな顔せんでもええんやないんか?」

 

 「ロキ。聖杯戦争に召喚されるサーヴァントは基本的に何かしら聖杯に望みたい願いというものを持っています。そのためならば周りの被害などお構いなしで戦おうとする者も少なくありません。……かつての私は最低限の騎士道精神はありましたが、願いを叶えたいがために聖杯戦争に勝利することを貪欲に望んでいました」

 

 「加えて補足するが、サーヴァントを殺すことも避けた方がいい。サーヴァント一騎でも大凡人間一人で使い切れる魔力では無いからな。ついでに聖杯戦争の本来の目的は七騎の英霊の魂を聖杯に留め、それを一気に解放することで根源へ通じる孔を空けることだ。その孔を固定して御三家の魔術師達が根源へ至るって寸法だ」

 

 それには流石のセイバーとランサーも驚いた。本当に知らなかったらしい。

 

 「なっ!?それは本当ですかアーチャー!?」

 

 「ついでに言ってしまえばサーヴァント同士で殺し合う必要もない。マスター全員が結託して召喚したサーヴァントを自害させてしまえばいいんだからな。サーヴァント同士で殺し合いをさせるのは、ただ聖杯を得る権利を競うというだけなのだからな」

 

 「ならよ、もし第五次聖杯戦争でオレが勝ち残ってたら……」

 

 「貴様のマスターの言峰に自害させられて終わりだろうな。生かしておく理由もあるまい」

 

 うへぇ、マジかよ……。そこだけは運が良かったとランサーは心底思ったことだろう。

 

 「とにかく、サーヴァントを殺して脱落させるのはオススメしない。やるならこの世界のどこかにある聖杯を見つけ出して異常がないことを確認してからだ。相手に戦意も敵意も無ければ楽なのだがね」

 

 「そうね……。それじゃあこうしましょう」

 

 一言も発せずに思考に浸っていたヘファイストスが提案したのは同盟、この場にいる三騎のサーヴァントと、それぞれのサーヴァントが所属するファミリア同士の同盟だ。

 

 「ウチはええで。ドチビんとこに手を貸すってのは気に入らんけど、んなこと言って下手打ったらアカンからな」

 

 「んじゃ、ヘスティアはいねぇけどオレは力を貸すぜ。アーチャーと共同戦線を張るってのは気に入らんがな」

 

 「いや全くだよランサー。獣の如く前線をかき乱す君と遠距離から爆撃で削る弓兵の気があうわけがない」

 

 「こらそこ。なんで早速喧嘩しているのですか……」

 

 第五次聖杯戦争において三騎士クラスに選ばれた三人が手を組んだのだが、早速前途多難な予感が漂っていた。主に味方のせいでだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「貴女の期待にお応えできず、申し訳ありませんでした」

 

 オラリオにそびえ立つバベルの最上階。怪物祭の最中に起きた事件の首謀者のフレイヤは、何事もなかったかのようにオラリオの街を見下ろし眺めていた。傍らで跪く男には視線一つ向けずに。

 

 彼女が気に入った魂の持ち主の二人を試すことが目的だったのだが、得られた成果はまあマズマズといったところだろう。白髪の少年は格上相手に立ち向かい見事それを下してみせた。それは紛れもなく少年の魂を輝かせる一つのきっかけとなっただろう。

 

 もう一人の紅い男は直接フレイヤに会いに来た。まさか気づかれて目の前に現れるとは思いもよらなかったし、端からどうする気もなかったかのように何もされずに見逃されたというのはフレイヤからして気に入らなかったとしか言いようがない。

 

 間近で見たあの鍛え上げられた鋼の如き目は美の女神として至上の存在であるフレイヤを射止めていなかったが、もしあの目が映すモノが自分の存在だけとなった時、一体どれほどの快感が得られるだろうか。今はそれを考えるだけで全ての欲求が満たされた。

 

 そういえばとふと思い出した。あの青い男はどうだろう。確かにこのオラリオに暮らす人間達と比べることすら必要ない程燃え上がり輝く魂はフレイヤの目にも止まったが、少しばかり血が滴っているのがマイナスか。今はあのベルとアーチャーの二人を追うことで精一杯のフレイヤは一先ず青い男をマークから外した。

 

 そしてフレイヤは傍らのオッタルに視線を移す。今までオラリオで最強の冒険者として君臨していた猛者(おうじゃ)だが、今は見る影もない。傷は薬で癒えたが、彼が積み上げた実績や自信、何より絶対王者としての誇りは見るも無残に砕け散った。

 

 「いえ、大義だったわ。オッタル。貴方は私の期待によく応えてくれました」

 

 「……勿体なきお言葉」

 

 「そして思い知ったでしょう?貴方の座している玉座は所詮一つの街の中のちっぽけなモノだったと」

 

 「はい、この身を以て思い知りました」

 

 オッタルは間違いなく最強だ。だがそれは今生きている者達の中での最強だ。過ぎ去った過去の中には今のオッタルを軽々と超える英雄達が居た。またいつか訪れる未来には過去も現在も含めた英雄達を凌駕する英雄が生まれるかもしれない。

 

 「フレイヤ様。誠に勝手ですが、私に暫しの間お暇を頂きたい。貴女の身を危険に晒すことになりますが、どうかこの願いだけは聞き届けて欲しい」

 

 「許可します。貴方に与えた恩恵はまだ限界を迎えてはいないわ。そして恩恵を昇華させるまでこの場に足を運ぶことを禁じます」

 

 ありがとうございます。オッタルはそれだけ言い残しフレイヤの私室から姿を消した。護衛と身の回りの世話をする者が居なくなった部屋でフレイヤはワインに口を付けて未来に思いを馳せる。

 

 再び自分の最強の騎士が目の前に現れるのはそう遠くないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本文中のランサーが見つけたサーヴァント二騎のヒントを書いておきます。出るのは当分先ですし。多分戦争遊戯の後くらい?

クラスはライダーとアサシンを予定しています。

FGOには既に参戦していて、ライダー予定のサーヴァントはFGO以前にも参戦しています。

そして重要なヒントはライダーもアサシンも公式とは違うクラスです。

逸話や史実をペラペラと調べてみて、あれこのクラスでもいけるんじゃね?と思いました。

本小説のランサーの宝具全部乗せ状態もライダーならいけそう


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ミアハ・ファミリア

 冒険者はクズばかりだ。

 

 そう理解するまでそう長い時間は必要なかった。神達から貰った力を我が物顔で振るい、弱者を虐げそして搾取する。

 

 ブカブカのローブを羽織り付属しているフードを深々と被って顔を隠している少女は、残念ながら搾取される側であった。

 

 彼女も恩恵を受けて冒険者として活動し金を稼げると思われていた。しかし彼女は冒険者にはなれなかった。ただ単純に素の身体能力が足りず、スタートラインにすら立てなかったからだ。屈強なモンスターと戦うには力不足の彼女に残された道は冒険者の後ろに隠れて援護することだけだった。

 

 サポーターと呼ばれる職業で、ダンジョンに持ち込む物資を持ち込んだり、ダンジョンで得た魔石やドロップアイテム、採取した素材を外に持ち出したり、前衛の冒険者達が戦いやすいようにモンスターの死骸を片付けて魔石を取り出すのも仕事の一つだ。遠距離武器や魔法が使える者は援護射撃もできるだろう。

 

 サポーターと一言に言ってもその役目は多岐にわたり、ダンジョンにパーティで潜る場合は特に欠かせない職業である。

 

 しかしその仕事内容に反して、サポーターの待遇は良くない。大抵はファミリア内で低レベルの冒険者に色々な経験を積ませるために使われる。サポーター専門で活動するのはレベルもステイタスも低い者たちばかりだ。

 

 フリーのサポーターとして自分を売り込んで他ファミリアのパーティに同行して働き、成果の何割か受け取るわけだが、職業として確立しているわけではないので報酬が満足に払われることすら珍しい。法律などが制定されているわけもないので訴えることもできない。

 

 それだけならまだマシとも言えるが、中には囮や盾として使い潰すこともあるらしい。遺体もダンジョン内に置き去りにすれば湧いたモンスターが喰らって勝手に処理されるからしらばっくれれば殺人として露見することも少ない。

 

 彼女もその被害者の一人で、実際にそんな仕打ちを受けたのも一度や二度ではない。

 

 彼女、リリルカ・アーデは無所属(フリー)のサポーターだ。ある時突然舞い込んだ幸運を手にして、嫌な思い出しかなかったファミリアを抜け出して自由を得た。

 

 遡ること数日。始まりはとある冒険者に声をかけられたのがきっかけだった。一人で軽装だったから上層をソロで潜る新人冒険者と思ってついて行ったのだが、実際には真逆だった。

 

 どこからともなく馬と戦車を召喚し、音をも置き去りにする速度であっという間に深層まで潜らされた。乗り物酔いで吐きそうになって戦車の外に顔を出してまず目に入ったのは真っ赤な液体が撒き散らされて一直線に伸びていた光景だ。一度たりとも止まらずにここまで踏破したということは、その進路上にいたモンスターはあの二頭の馬に轢き潰されて肉片よりも細かになったということだ。ここで吐かなかったのは素直にエラいと彼女は思った。

 

 そこからは必死だった。槍の一突きで数頭のモンスターの魔石を貫き、一薙ぎで数頭のモンスターの首を撥ねる。そんな化物じみた冒険者の後ろで怯えながら魔石を回収して回った。幾つかの採取ポイントで鉱石や薬草も回収していったのが功を奏したのか、一億ヴァリスという彼女が一生をかけても稼げないような金額が集まった。

 

 何よりも驚いたのは冒険者の男が今日の成果を半分を彼女に渡したことだ。

 

 これによって彼女が集めようとしている金のノルマを軽々と超える金額が集まってしまった。

 

 そして脱退に必要な金を持って主神に会い、ファミリアを脱退することに成功してしまった。

 

 途中で金に目が眩んでいるファミリアの冒険者達に金を奪われそうになったが、男と別れる前に貰ったお守りが結界を張って彼女を守り、その上炎を放って迎撃までしてくれた。

 

 ファミリアを抜けたいという彼女の目的は達成したのだが、彼女の心は晴れることはなく、むしろこの先何を目的にして生きていけばいいのかと悩むことが多くなった。

 

 無気力に、虚ろな目をして、日々を過ごす。そして気がついた時にはいつものローブとフードで素性を隠し、バックパックを背負い、ギルド前の広場でサポーターとして売り込みをしていた。

 

 目的を達成してもなお彼女は今までの呪縛な囚われたままだ。そしてほんの僅かに秘めている助けの声は未だに外に出せずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青いローブに顔を隠した男が人混みに紛れながらオラリオの街を西へと歩んでいた。目立つ色をしているが、冒険者の魔法使い職はこうやってローブを深々と被る者も多いため奇異な目で見られることはなかった。足早に目的地に向かう男の手には木で出来た杖と一本のポーションが握られていた。

 

 『おい坊主。このポーションどうしたんだ?』

 

 『貰いました。ミアハ様に』

 

 今日も朝早くから鍛錬に励む同ファミリアの一員を軽く指導してふと違和感に気がついたそのポーションの販売元へと向かっているのだ。だがその表情は決して穏やかなそれではなかった。

 

 「ここか」

 

 男が目的地に到着する。『青の薬舗』と看板が出ている西のメインストリートを外れて少し奥深くまで入り込まなければ辿り着けないのだが、あまりにも目立たないせいでちゃんと商売になっているのか疑わしいところだ。だが今回はここに薬を買いに来たわけではない。

 

 「おや、いらっしゃい」

 

 入り口から店舗の中に入って二人の男女が目に入った。女性の方は犬人(シアンスロープ)らしき耳が見える。一方男性の方は顔の整った優男といった印象を受けるが、気配が人とはまるで違った。

 

 「えっと、アンタがミアハ、だよな?ここの主神の」

 

 「うむ。そうであるが?」

 

 「一つ聞きたいことがあるんだが、アンタらが作ったポーション。なんか薄くねぇか?」

 

 「な、なんだと!?」

 

 普段の端正な顔立ちは鳴りを潜め、代わりに怒りと驚きが顔に浮かぶ。一方その奥で一瞬ブルリと体を震わせた女性が居たことを男は見逃さなかった。

 

 「どういうことだナァーザ!?」

 

 男から受け取ったポーションは間違いなくミアハ・ファミリアのラベルと品質保証の検印が押されている。中身を入れ替えて細工された疑いも未開封の容器がそれはないと保証している。それどころか改めて検品してみると、棚に陳列してある売り物の殆ど全てが同様の細工がされていた。共にファミリアを経営している少女が品質偽装を図るほど卑劣に堕ちているはずが無いと信じたかったが、事実と証拠を突き付けられてしまえば疑いようがなかった。

 

 「やったのは嬢ちゃんだな? 大体一割ってところか? ご丁寧に染料とか匂い付けで誤魔化してやがる。こんなもん素人がバレずにできるわけねぇ。薬師としての知識があって尚且全部すり替えられるくらい関わってなきゃできねぇよなこんなのはな」

 

 男の目から光が消えた。今回の騒動の下手人に対する慈悲を完全に切り捨てた証拠だ。

 

 「ポーションは冒険者をはじめ全ての人々の最後に縋る希望のようなものだろう!?それを薄めて効力を落とせばどうなるか、どのような惨事を引き起こすか、冒険者であったお前自身が誰よりも一番理解しているのではなかったのか!?」

 

 温厚さと柔和さが服を着て歩いているようなミアハが一変していた。激昂したミアハの怒りを受けてナァーザと呼ばれた少女も顔を青ざめてしまっている。

 

 物を売るということは売って終わりではないのだ。買い手が買った商品がしっかりと十全に役目を果たし満足することを売り手は保証しなければならない。それができず不良品が流出してしまえばその問題は買い手と売り手だけでは留まらないことをミアハもナァーザだって知っている。

 

 「ファミリアの、経営のために。少しでも、利益を出すために、やりました」

 

 無風の室内で風が吹き抜ける。一瞬のうちにミアハの前からナァーザの姿が消えた。次いでやってきた衝撃に驚きミアハがそちらに顔を向けると、ナァーザが男に捕まり壁に叩き付けられていた。ナァーザは男の屈強な腕で抑えられ、男が持っていた杖はナァーザの顔のすぐ横の壁を貫いていた。フードで隠れていた青い髪と獣の獰猛さが宿った紅い瞳がナァーザを射抜く。

 

 「がっ……はっ……」

 

 肺の中の空気が逆流して吐き出され、代わりの空気を求めて噎せ返る。

 

 「なぁ、今のはオレの聞き間違いか? 金のためにやったて聞こえたんだが?」

 

 軽々と壁を貫通した木の杖が引き抜かれ、次はナァーザの喉元へ突き付けられる。少しでも男の気を損なえばナァーザの息の根は止まる。

 

 「別にオレはアンタらが赤字に塗れようが破産しようがどうでもいいんだわ。ポーション売ってる店なんざ幾らでもあるからな。だけどよ、うちの坊主がダンジョンで致命傷受けちまったら。ポーション使えば助かるって時に粗悪品掴まされて助からず死んじまったじゃ話になんねぇだろ? オレはそこの神やいけ好かねぇ弓兵みたいにお人好しじゃねぇし、仲間でもねぇやつが危害加えて来たらそいつらは必ず皆殺しにするぜ。だからその前にちゃんとワケ話せや」

 

 ミアハの怒りは収まっていた。それ以上の怒りに飲み込まれたというべきか。二人を引き剥がすことも体が動かずにできないでいる。

 

 「……切り詰められるところは全部切り詰めた。諸費用も全て削減しても借金の利子を返すのが精一杯。今すぐ破産するかゆっくり破産するかのどっちかしか選択肢が無くなって、やってしまった……でも、これも全部、私のせいだから……」

 

 そこから先は早かった。ナァーザは事の顛末を包み隠さず全て話した。発端はこのファミリアが借金に塗れて団員がナァーザを残して全て離れていったことだ。当時は中堅のファミリアとしてそれなりの人員も資金もあったミアハ・ファミリアだが、ナァーザがダンジョンで負った怪我を治療するために馬鹿みたい高い治療費が掛かってしまった。結果的にナァーザは復帰したが、ファミリアの信用と借金を全て返すのはナァーザ一人ではどうでもならないほど大きな壁となっていた。

 

 「そうか……。すまなかったナァーザ」

 

 ナァーザはよくやっていた。金にがめつくなってもなんとか経営を黒字にしようと努力していたが、赤字から抜け出せない一番の原因はミアハがポーションや薬を無料で配ることをやめてくれないからだった。

 

 椅子に座って涙を零しながら嗚咽で歪んだ声で、全ての事情も溜め込んだ鬱憤も吐き出した。二人の仲は良い方だったが、肝心なところで反りが合わなかったことが生んでしまったのだろう。

 

 「だけどんな借金しなきゃ払えない治療ってなんだ?当時はそれなりに金持ってたんだろ?」

 

 ナァーザは暫く躊躇っていたが、やがて右腕の長い袖をまくり上げた。その下に隠されていたのは肉の腕ではなく銀に輝く義手だった。

 

 「銀の腕(アガートラム)。神経を繋げるから本物の腕と変わらず自在に動かせる魔道具。でも数億ヴァリスもする」

 

 「そいつが原因か」

 

 下手な剣よりも輝く腕に目が行きがちになるが、実際にはナァーザが失ったのは右腕だけではない。本当は右腕どころか、モンスターの群れによって全身を炎に焼かれ大火傷を負わされたうえで生きたまま体中を食い荒らされたというのが真相である。ミアハや当時の団員達の献身的な看護によって一命は取り留め、食い荒らされた体の殆どは再生したのだが、骨まで食われていた右腕だけは治らなかった。

 

 だが意識を取り戻した直後のナァーザは痛々しい過ぎて目を背けてしまいそうになる程精神が荒れていた。意識がはっきりしている中で肉体が食われていく様をその目で焼き付けてしまえば当たり前だろう。食事どころか水すら飲めず、断続的にフラッシュバックする当時の記憶に、食われて無くなったはず右腕が先から食われ続けるような幻肢痛もあったそうだ。

 

 その状況が改善されなければナァーザは精神的に死ぬか、歯車や螺子が狂って狂人になるかのどちらかだと、当時のミアハは診断した。

 

 それを防ぐために銀の腕を購入、ナァーザの失われた右腕に装着しナァーザはトラウマこそ残ったものの常人と同じように生活できるまで回復した。代わりに多額の借金と利子、他の団員達の理解を得られず離れられ、残った物はナァーザ本人と落ちぶれたファミリアだけだった。

 

 以上が事の顛末である。要するに運命のめぐり合わせが悪かったのだ。ミアハは一人の眷属を救おうとした。ミアハ・ファミリアの眷属達はファミリアそのものを守ろうとした。お互いの意見はどちらも間違っておらず、お互いに意見を押し通して生じた行き違いによって今の惨状が生まれたのだ。

 

 それを傍から見ていた男だったが、だからといって彼は手を差し伸べることはなかった。憐れむ気持ちはあれど直接関わりの無い他人のことだったからだ。であったが、ベルが世話になっていることを思い出してしまい、切り捨てるのも不利益があるんじゃないかと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ってことがあったんだわ」

 

 「ほう。それで、私に一体何をしろと言うのかね?」

 

 町中で運悪く偶然にも遭遇してしまった犬猿の仲の二人、ランサーとアーチャーはお互いに嫌な顔をしていた。

 

 先日の怪物祭りで起きたモンスター脱走事件の傍らで町中で暴れ回り建造物に少なくない被害を出したのは他でもないランサーであった。それの証拠は残ってないが唯一の目撃者であったギルド職員のエイナは青いローブで顔を隠した魔術師装束のランサーを見つけると声をかけた。

 

 『ああランサーさん。先日の怪物祭の時の件なのですが』

 

 『ランサー?誰それ。オレ、キャスター』

 

 体格も髪色も同じで声まで瓜二つにも関わらず白々しいにも程がある。これにはエイナの堪忍袋の緒も切れたようで、手が出て捕まえそうになったところをランサーがひょいと軽々と躱し、そのまま脱兎のごとく姿を晦ました。

 

 その後走って逃げている最中にアーチャーと鉢合わせして今に至る。

 

 「まず借金をどうにかしないとファミリアが潰れしまうから金貸してくれよ。すぐ返すからよ」

 

 「金に関しては特に問題ない。いざというときの資金はそこそこ用意しているし、貴様が借金を踏み倒すような奴ではないことくらい知っている。だがその後はどうする?借金を返済したところで彼らの商売が上手くいかなければ一時凌ぎにしかならん。それは彼らのためにもなるまい」

 

 うぐ、と言葉を詰まらせてしまう。それだけアーチャーの言葉は的を射ていた。

 

 「まあ協力するのは構わないが、具体的にどうするか決めておいてくれ」

 

 そう言い残し、アーチャーは人混みの中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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それぞれの一日

ただいま


 「うわああああ!ランサーさん!助けてくださぁぁぁい!」

 

 オラリオの東の方角に位置するセオロの密林と呼ばれる大森林にベルとランサーは居た。

 

 「おいベル。とっととそいつら倒さねぇと食われちまうぞ」

 

 「そんなこと言われましてもぉ!」

 

 身軽な体躯を活かして必死に逃げる白兎を、見た目通り血走った眼で得物を見定める恐竜のようなモンスターがいた。『ブラッドサウルス』と呼ばれるそのモンスターは本来ならばオラリオの真下に根付くダンジョンの三十階層以降から生まれるモンスターだ。だがこの森に生息しているブラッドサウルスはダンジョンにバベルによる蓋がされる前に地上に進出したブラッドサウルスの子孫だ。森に住み着いた祖先達はそこの環境に適応して自分の核である魔石を削って卵を産んだ。それを繰り返して世代を重ねたのが今の地上にいるモンスター達なのだが、体内に魔石が殆ど残ってないせいでダンジョン内の同種とは比べられないほど力は劣化

しているが。

 

 ベルは持ち前のすばしっこさを使って背後から迫る無数の顎からなんとか避け続ける。背中に背負ったリュックサックにモンスターをおびき寄せる血肉がびっしりと詰まっているのも相まってこのあたりのブラッドサウルスは殆どベルの方に注意を向けている。

 

 「ランサー。卵の回収、終わったよ」

 

 親の目が居なくなった巣から卵を粗方回収し終えたナァーザがベルから離れた位置でルーンの結界で安全地帯を作っているランサーの元に戻ってくる。

 

 「おう。ご苦労さん」

 

 そもそも彼らがなぜ活動拠点のオラリオを離れているのか。それは数日前に遡る。

 

 莫大な借金を背負っているミアハ・ファミリアに対して資金援助をする男が突然現れた。それがランサーからその話を聞いたアーチャーだった。アーチャーが借金を全額負担する代わりに出した条件が『どのファミリアも売っておらず、有効で効能の高い新しい回復薬を開発すること』だった。借金だけを返したとしてもミアハ・ファミリアに金を稼ぐ力がなければまた元に戻るだけだからだ。

 

 ちなみに主神のミアハは本拠で落ち込んでいる。アーチャーの言葉が余程響いたらしく、ついてきても使い物にならないか空回りするかのどちらかになるだろう。

 

 「それにしてもよぉ、ベルの奴、情けねぇなぁ」

 

 「それは仕方ないと思う。ベルはまだ冒険者になって間もないから」

 

 冒険者になってからまだ一月も経ってないベルに地上のが付くとはいえ下層に出現する凶暴なモンスターの相手をさせるのはあまりに酷というものだ。

 

 「ったく、しゃあねぇなぁ……」

 

 重い腰を上げるようにゆっくりと空中にルーン文字を刻む。キャスターとなったクー・フーリンは、師匠のスカサハから18の原初のルーンを授かっている。刻んだ文字に込められた意味によって発動する効果が変わる魔術だ。

 

 刻んだルーン文字から炎が発生し、それらが逃げるベルを追い掛け回すブラッドザウルスを尽く焼き尽くす。

 

 「うわぁ、相変わらずすごいや」

 

 「よく燃えるてるね」

 

 何十頭も居たブラッドザウルスだったが、神話に名を残す大英雄の魔術から逃れられるはずもなく、一頭残らず触れれば崩れる炭と化す。延焼しやすい木が密集している森林の中で大規模な炎を撒き散らす魔術を行使しているにも関わらず周りの木々に燃え移っていないのは流石の腕であろう。

 

 「あれ、ランサーさん。一頭残ってますよ」

 

 熱で空気が温められ前方が歪んで見えるが、確かに一頭だけ無傷で残っている。討ち漏らしかと思ったが、そんな初歩的なミスをするような人にも見えない。

 

 「あれはお前の獲物だ、ベル。やってみな」

 

 「えぇっ!?」

 

 ブラッドサウルスといえば深層で猛威を振るうモンスターだ。いくらランサーに鍛えられているとはいえ、レベル1のベルが相手にするにはまだ早い。

 

 「大丈夫だよ。地上で世代を重ねたモンスターはダンジョンのモンスターよりも弱い。あれも精々ダンジョンのオークくらいの強さくらいしかないよ」

 

 「だぞうだぞ。だから気楽に行って来い」

 

 二人から背中を押される。決してからかっていたりお巫山戯で立ち向かわけせているわけではないだろう。ベルならこれくらいやれると確信しているからこそ背中を押すのだろう。

 

 「はい……! 行ってきます」

 

 先日自身の主神から贈られたヘスティア・ナイフは温存する。あれは確かにベルの持つ武具の中では最も性能が良い。だがそれ故に普段から使い続けるとそれに頼り切りになり、それが手元に無い状況になった時に実力を出しきれない。その代わりにベルが信頼している双剣を構える。

 

 色んな事が起きた祭りのあの日、突然ランサーから贈られた黒と白の双剣はあの出来事があってから毎日欠かさず訓練を積んで来た。

 

 大した時間は経っていないが、目の前に迫る巨大なモンスターならばなんとか倒せる確信があった。

 

 新しい武器を手に、ベルは相対した驚異と向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おりゃああああああ!!」

 

 オラリオの街の地下に存在するダンジョンの17階層。中層とミノタウロスやライガーファングといった屈強な肉体を持つモンスターが多く出現するエリアで、それらが群れとなって冒険者達の行く手を阻んでいる。だがそのモンスター達の壁を紙のように切り裂いていく剣の暴風が吹き荒れる。一瞬のうちにモンスターの群れが肉塊に変わり、灰と魔石に成り果てる。

 

 「うんうん。二代目大双刃(ウルガ)絶好調だね」

 

 切るべき物が全て肉塊と成り果て、刃についた血肉をふるい落としながら生まれ変わった相棒の調子を確かめる。改めて言うまでもなく絶好調だ。背中に背負った瓜二つの予備も含めて最高のコンディションを保てている。

 

 バラバラになった血と肉片が周りに飛び散る。破壊の嵐を巻き起こしたのはロキ・ファミリアに所属するレベル5の冒険者のティオナ・ヒリュテ。その後に続くのはその姉のティオネ、アイズ・ヴァレンシュタイン、フィン・ディムナ、レフィーヤ・ウィリディスなど、ロキ・ファミリアを代表する冒険者たちだ。

 

 なぜ彼らがパーティを組みダンジョンに潜っているのか、理由は単純な金策だった。事の発端は先日の怪物祭に襲撃してきた食人花のモンスター。それなりに強かったそれらにアイズが借りていた代剣を折られたことだ。代用品とはいえそれなりの性能があったあれの弁償に必要な価格は4000万ヴァリス。

 

 即金で出せる価格ではないがロキ・ファミリアがその気になれば集められない価格ではない。そのため修理に出していた武器の試し斬りも兼ねてダンジョンに潜っていた。

 

 「これがダンジョン、ですか」

 

 その中で一人、周りから浮いた者が居た。ダンジョンに潜るのはこれが初めて。だがこの中では一番の戦闘力を誇る。オラリオの常識からしたらかなり異常な彼女は、パーティから一歩引いて彼らの様子を観察していた。

 

 (中々やる、というところでしょうか)

 

 あと一歩、何らかのきっかけがあれば彼らは英霊の領域に至る。それくらいの強さは感じられた。改めて神の恩恵(ファルナ)の性質には驚かされる。簡潔に言ってしまえばあれは神との契約である。血という最も分かりやすい形で両者を繋げる。

 

 受けた人間は得た経験に応じて経験値を得る。まるでゲームのように数値されたステイタスを強化し、反映する。レベル1の状態でも一般人を大きく超える身体能力を持てるがそれを活かせる者は少ない。

 

 ロキ・ファミリアの動きを客観的に見ていたが、彼らの動きは確かにこの都市で頂点を競うに相応しい実力がある。

 

 「どうだい? ダンジョンに初めて潜ってみた感想は」

 

 「そうですね。意外に明るいものなのですね」

 

 太陽の光が届いていないはずなのに、松明も必要ないくらいの光量がある。片腕が塞がれないというのはかなりありがたいものだ。

 

 「そうだね。なぜ明るいのかはよく分かってないんだけどね」

 

 「まだ解明されてない、ということですか」

 

 「情けないことにね。何階層あるかも分かってないんだ」

 

 フィンはセイバーに軽く説明する。

 

 現在判明している最下層は58階層だが、完全に探索が完了した階層は上層にも殆ど存在しない。未知で溢れているのがダンジョンというものであり、それに富や名声を求めているのが冒険者というものだ。

 

 「なるほど。参考になります」

 

 「ところで、君なら一体どこまで行けると思う?」

 

 それはつい浮かんだ疑問だった。フィンの目の前に立つ女性はフィンよりも膨大な経験を積み、偉業を重ねた英雄の一人だ。勝つヴィジョンも浮かばない相手にはオラリオでも有数の冒険者のフィンも畏敬の念を抱く。

 

 「下の階層がどんなものか見たことがないのでなんとも言えませんが、少なくとも貴方達が到達したことのない階層に行くつもりはありませんね」

 

 「それは、何故だい?」

 

 「それは、私達が既にこの世の者ではないからです。呼ばれた結果こうして現界していますが、やはり今起きている問題は今を生きる貴方達が解決するべきだと私は思います」

 

 気づかないうちに接近していたミノタウロスを手が振れるくらいの速度で剣を振るい真っ二つにする。

 

 「勿論最大限の助力はさせていただきますが」

 

 と、付け加える。

 

 倒れたミノタウロスの切断面が目に入る。見たほどが無いほど綺麗な断面に驚かされる。武具の性能だけでなく使い手の技量も自分たちの何歩も先を行っており、一種の到達点であることを認識する。

 

 「はは、末恐ろしく思うよ」

 

 もうすぐ17階層に降りる階段に到達する。そこを抜ければ安全階層に入る。

 

 魔石を拾い集め先に進むが、この先起こる事件のことは今は知る由もなかった。




気付いている人もいるかと思いますが、この度この小説の匿名投稿を解除しました。

はじめましての人ははじめまして。知ってる人もいると思いますが。

なんとなく察している人もいるとは思いますが、モチベの欠落と時間の確保が難しいこともあり、これだけ期間が空いてしまうことが多々あると思います。


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