インフィニット・ストラトス~シロイキセキ~ (樹影)
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特別編
2017年クリスマス特別短編:それは極めて近く、そして限りなく遠い世界


※作者注※

 今回、ある種のアンチ要素ともとれる描写があります。
 作品タグには反映させていませんが、ご了承ください。


 

 

 ―――それは極めて近く、そして限りなく遠い世界との……

 

 

 

***

 

 

 【絶対天敵(イマージュ・オリジス)】。

 大気圏外から飛来したその災厄を、人々はそう名付けた。

 昆虫、植物、恐竜、巨人、あるいはそれらとも違うまったくの異形。

 様々な形態・大きさを持つそれらは、未知の技術によって作り出された無機物疑似生命体であった。

 それらが纏う【虚空結界(タイム・ゼロエンド)】は通常兵器の悉くを無効化した。

 ただ一つ……奇しくもすべての兵器を置き去りにしたISのみを例外として。

 これにより各国はそれぞれの思惑を秘めつつも人類共通の敵に対して協力し合うことに合意、各国に配備されたISを中心に絶対天敵への抵抗を開始した。

 

 そんな中、国家や組織の柵にとらわれない、独立機動部隊が結成された。

 その名は【白刃隊(チーム・ホワイトブレイド)】。

 隊長は世界でただ一人の男性IS操縦者―――【織斑 一夏】。

 

 

 

***

 

 

 

「―――ブレイドトップより各機、報告を」

 

 刀型の近接ブレードを地面に突き立て、青年……一夏は通信をつなげる。

 彼が纏っているのは大きな翼を生やした白い装甲だ。

 腰から長く延びるリアスカートは二股に分かれ、さらに左腕にはやや細長い五角形の盾のようなものが装着されている。

 そんな彼の周囲には甲虫のようなものの残骸が山を作っていた。

 全て、彼が切り捨てた絶対天敵の亡骸だ。

 

 一拍の沈黙を置いて、部下からの報告が入ってくる。

 

『こちらライトブレイド。 小型機の掃討、完了しました。

 残敵の索敵と追討を開始します』

「了解、索敵は密にしろ。 三機一組(スリーマンセル)は崩すなよ」

『レフトブレイド、現在戦闘中!! 助っ人の嬢ちゃんのおかげで楽させてもらってますぜ!!』

「了解、変な色気は出すなよ? 援護に徹しろ」

『こちらガード。 砲撃支援継続中。 現在、中型機を三機撃破』

「了解。 そのまま戦況を把握しつつ支援を維持。

 ―――異変が起き次第、報告しろ」

 

 一通りの確認と指示を終え、一夏は軽く息を吐く。

 

「主力が何人か抜けているから幾分不安だったが……これなら何とかなるか」

 

 と、その時、突き立てた刃の柄頭ごしに鋼の手指に鈍い振動が伝わる。

 それに対し、一夏はすっと目を細めつつ再度通信を開く。

 

「ブレイドトップより各機へ」

 

 伝わる振動はどんどん強くなっていき、ついには地を揺らし始める。

 積み上げられた甲虫の残骸が、崩れて散らばっていく。

 それをよそに、一夏は薄い笑みを浮かべる。

 

 

「―――獲物を見つけた。 これより戦闘に入る」

 

 

 言うなり、刃を手にその場から飛び立つ。

 その直後、地中から土砂を巻き上げながら巨大な人型が屹立した。

 絶対天敵の、巨人型大型機だ。

 その威容をはるか上から見下ろしながら、一夏は悠然と刃を構え、豪、と吶喊していく。

 

「――――!!」

 

 巨人がそれに気づいてその大きすぎる拳を振るい、彼を潰さんと迫る。

 

「フッ!」

 

 しかし一夏は、呼気一つ漏らしてその巨拳を回避し、さらに伸ばされた腕の表面をバレルロールの如く巻きつくような軌道で伝っていく。

 そうして巨人の顔面にまで肉薄するまでは刹那と掛からない。

 

「――――!?」

 

 巨人はその無機質な眼で、それをごく至近から眺める羽目となる。

 歯を向いた笑みで己へと刃を振り下ろす、白い剣士の姿を―――。

 

 

 

***

 

 

 

 ―――戦闘終了後、『白刃隊』専用全翼機【月牙】。

 

『『『かんぱーい』』』

 

 いくつもの野太い声と、金属製のカップが打ち鳴らされる音が同時に機内に響く。

 そこから少し離れた席には、一夏が同じようにカップを掲げながら苦笑を浮かべている。

 そうして揃ってコーヒーを煽るのは、六人の筋肉質な男たちと一人の見目麗しい女性だ。

 

「いやー、他の姐さん方がいないときだから焦りましたけど、何とかなってよかったですね」

「まったくだよ。 しかも隊長もこれ幸いと真っ先に突っ込んでいくし」

「いや、戦力が少ないんだからまず一番機動力がある俺が先陣を切ってだな……」

 

 なにやら言い訳を始める一夏に、一人だけいた女性が半目を向ける。

 

「とか言って、それって無茶する理由にはなりませんからね。 まったくもう」

「……あー、わかった。 悪かった、蘭」

 

 その言葉に、女性……【五反田 蘭】は「よろしい」と笑ってみせる。

 先ほどまで修羅のごとく暴れまわっていた隊長が尻に敷かれている姿に、他の隊員たちがおかし気に笑い声をあげる。

 

「けど、それで大活躍するんだからやっぱり隊長ってスゲーっスよ」

「憧れんのはいいが、真似すんなよ?」

「いや、できねーっスって」

 

 じゃれあう部下にして仲間たちの姿に、一夏は思わず目を細める。

 と、先輩隊員にヘッドロックを掛けられていた男が、気づいたように問うてきた。

 

「と、ところで、姐さん方はもう少しかかるんで?」

「ん? ああ、とはいえ次の作戦の時には戻ってこれるはずだ」

「でも、一夏さんはよかったんですか? 白式に付き合わなくて?」

「さすがに俺までここを空けるのはな。

 それに他の連中は武装やら装備やらの追加もあったが、白式はあくまでもオーバーホールだけだからな。

 最終調整は手元に戻ってからでも十分だ」

 

 蘭の疑問に答えつつ、一夏は「それに」と左の袖を軽く捲りつつ、手首を掲げる。

 そこには、真っ白で飾り気の少ない腕輪が嵌められていた。

 

「こいつのテストも頼まれたからな。 ―――結構いい感じだな、これは」

 

 そんなことを言って掲げた腕輪を見つめる一夏。

 と、その時だった。

 

 

『緊急事態です、隊長!!』

 

 

 突如、そんな通信がつながった。

 その瞬間、笑っていた皆の表情が引き締まり、戦士の顔になる。

 

「どうした?」

 

 あえて落ち着いた声音で訊き返す一夏。

 通信の発信源は操縦席からだ。

 なにがしかの反応でも感知したのか、そう思った直後に機体に大きな振動が走る。

 地震もかくやという揺れに、全員がバランスを崩してよろけ、倒れてしまう。

 ただ事ではないことを示すかのように、赤い非常灯が機内を照らした。

 自身も壁にやや強く身を打ち付け、呻き声を漏らしながらも神経は通信のほうへと集中する。

 そこから帰ってきたのは、外れてほしい予想通りの言葉だった。

 

『現在、本機は多数の絶対天敵に取りつかれています……迎撃を、早く!!』

 

 

 

●●●

 

 

 

 昼休みのIS学園、その屋上で一人の少年を中心に何人もの少女たちが集まっていた。

 どうやら弁当を持ち寄っての昼食のようだ。

 

「しっかし、賑やかになったよな……」

 

 白い制服に身を包んだ一夏は、周りにいる少女たちを眺めながらぽつりとつぶやく。

 彼の目の前にいるのは、十五人ほどの少女たちだ。

 その誰もが、専用機持ちの国家代表候補生だ。

 元から居た箒やセシリアたち。

 そこからさらにやってきたヴィシュヌや乱音といった他国からの転入生。

 さらには知己であった本音さえも、専用機を纏うに至った。

 

 個性的な顔ぶれが一気に増えたのは、偏に突如として現れた絶対天敵に対抗してのことだ。

 ISのみが有効なかの存在は、それを知ってか知らずかISに惹かれるようにそれらが配備されている場所を重点的に狙ってくる習性を持っていた。

 これを利用して、世界でもっともISが配備されているIS学園へと専用機持ちを招集したのだ。

 

(……正直、酷い目にも合ったけどな)

 

 新たな仲間たちとの出会いの場面を思い出し、思わず苦い顔になる。

 と、そんな彼を見上げる視線が合った。

 新しく増えた顔の一人、台湾の代表候補生である【凰 乱音】だ。

 名から察する通り、鈴音とは血縁があり、従姉妹にあたる。

 

「なに変な顔してるのよ、一夏」

「お兄ちゃん、おなか痛いの?」

「だ、だいじょうぶ?」

 

 乱音に続いて見上げてくるのはカナダの【オニール・コメット】とロシアの【クーリェ・ルククシェフカ】の二人だ。

 どちらも幼さの残る体躯で見上げてくる表情は、心配げに歪んでいる。

 そんな二人に、一夏はなんでもないと笑いかける。

 

「あぁ、いや。 単にみんなと出会った時のこと思い出してさ」

 

 言うなり、顔を赤くして身を引いたのはタイの代表候補生である【ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー】で、彼女は豊満な胸を隠すように己の身をかき抱いている。

 その反応に、一夏は慌てて弁明する。

 

「い、いや! そういう意味じゃなくてな!?」

 

 しかしすでに一部の面々の視線が冷たいものに変わり始めていた。

 世知辛さと肩身の狭さに思わず肩を落とす一夏。

 と、その時だ。

 全員の待機状態のISからアラートが響く。

 弾かれたように通信をつなげれば、ウィンドウに映し出されるのは真耶の顔だ。

 

「山田先生、どうしたんですか!?」

『皆さん、大変です!! 学園の上空に妙な反応が……』

 

 その言葉も言い切らぬうちに、さらなる異変が彼らの頭上で発生した。

 至近で大型の旅客機が通過したような、空気の撹拌される反響するような音が響いたかと思えば、まるでブラックホールのような黒い渦が現れたのだ。

 不可思議な現象を目の当たりにして、皆が一様に驚愕に目を見開く。

 

「なん、だ……あれ?」

 

 と、その黒い渦から何かが出現しようとしていた。

 紫電を纏いながら渦の中から飛び出してきたのは、巨大なブーメランのような白い全翼機だ。

 全翼機は傷だらけで、ところどころから煙を吹いている。

 そしてその傷を付けたと思しき小さい影も機体の表面に纏わりついていた。

 

「―――絶対天敵!!」

 

 蜘蛛や蜂のような形の小型機をいくつも張り付けたまま、全翼機は学園のグラウンドへと落ちていき、不時着を果たした。

 グラウンドのほうに生徒たちがいなかったのは不幸中の幸いというべきだろう。

 ただ、不自然な点を挙げるならば学園のグラウンドが広いとはいえ、航空機が不時着するには少しばかり狭いはずなのだが。

 しかし、今はそんなことを気にする場合ではなかった。

 一夏は皆のほうへ振り向いて力強く声を発する。

 

「みんな、行くぞ!!」

 

 力強い頷きが、返事として同時に返される。

 そうして改めて全翼機と絶対天敵を睨みつけると、勢いよく駆け出した。

 

「―――白式!」

 

 愛機を纏い、空へと飛び上がりながら一夏は思う。

 

(まったく……のんびり飯くらい食わせてほしいぜ)

 

 

 

***

 

 

 

「づっ……みんな、無事か?」

「……うぃーっス」

「ひ、酷い目にあいましたがなんとか」

 

 【月牙】の傾いた機内で、帰ってきた言葉に一夏は安堵を抱く。

 そして改めて腕の中の蘭へと視線を移す。

 

「蘭も、痛いところはないか?」

「ひゃ、ひゃい!! 大丈夫れす!!!」

 

 真っ赤な顔で呂律の回っていない蘭に、着陸の衝撃が強すぎたかと心配になる一夏だが、彼女にとって強すぎた衝撃は別のものであるのは言うまでもない。

 とりあえず、一夏は再び操縦席へと通信を繋げる。

 

「聞こえるか? どうやらなんとか不時着はできたようだが、どの辺りに落ちた?」

 

 問えば、わずかなノイズを挟んで応答が来る。

 

『そ、それが……IS学園です』

「なに!?」

 

 帰ってきた答えに、一夏のみならずその場にいた全員が驚きを禁じ得ない。

 なぜならば、

 

「IS学園って……地球の裏側じゃないですか!? どうして……」

『し、しかし間違いなくIS学園です。

 ただ、なんでか現在サテライトリンクとの接続ができない状態ですが……』

 

 パイロットも困惑しているのだろう、動揺を隠しきれない様子だ。

 一夏は自身も困惑を得つつ、確認のために行動を開始する。

 

「外の様子をモニターに出せるか?」

『は、はい! すぐに!!』

 

 そうして備え付けられた大型モニターに光が灯ったのは直後のことだ。

 不時着の影響か若干の乱れを生みつつも映し出された外の光景に目を細める。

 

「確かに、IS学園だな」

「あれ? でもなんで明るいんですか? 時間を考えたら日本は夜のはずなのに……」

「そういえば……」

 

 疑問に疑問が重なっていくが、それら全てが吹き飛ぶような光景が映し出された。

 それは、小型の絶対天敵に斬りかかる白いISを纏った少年で、彼らからすれば絶対にいないはずの存在だからだ。

 半ば呆然としながら、一夏は誰ともなしに問いかけた。

 

「―――お前ら、あれが誰に見える?」

 

 その答えを、同じように呆然としている腕の中の蘭が答える。

 

「………一夏さん?」

 

 

 

***

 

 

 

「くそ、いきなり何なんだよ!?」

 

 一夏は蜘蛛のような小型機を斬り捨てながら、やけくそのように叫ぶ。

 あの後、全翼機に取り付いていた分の敵はすぐに倒せたのだが、そこから更に増援のように敵が飛来してきたのだ。

 しかも小型機ばかりでなく、巨人のような大型機もだ。

 

「文句を言っている暇はない、今は迎撃が最優先」

 

 言いながらミサイルをばらまくのはギリシャの代表候補生、【ベルベット・ヘル】だ。

 この修羅場においても、その氷のように怜悧な表情は崩れない。

 

「わかってますよ、っと!!」

 

 言いながら、一夏は雪片弐型を振るい、蜘蛛のような異形を両断していく。

 そうしながら考えるのは、背後に守る所属不明のの全翼機の存在だ。

 

(この飛行機、どこのなんだ? エンブレムらしきものは付いてるけど、国旗とかは見当たらないし……)

 

 横目で見るエンブレムは、剣を象ったと思わしきもので、さらにはイニシャルらしきアルファベットが二文字ほど刻まれている。

 

(【W・B】……何の略だ?)

「おりむー、危ない!!」

 

 本音の警告に顔を挙げれば、小型機の後方に陣取っている大型機が尾の先端をこちらに向けていた。

 そこにあるのは、巨大な砲口だ。

 

「くっ!?」

 

 慌ててその場から飛び退いた次の瞬間、さっきまで彼がいた場所を弾丸の雨が通り過ぎる。

 思わず冷や汗をかきつつ安堵の息を吐く一夏だったが、その一瞬の油断が祟る。

 彼が来るのを待っていたかのように、三機の蜂型小型機が躍りかかってきたのだ。

 

「っ!? しまっ―――!!」

 

 慌てて身構えようとするが、間に合わない。

 小型機はその針で彼を貫かんと一直線に向かってきている。

 

「一夏!!」

「一夏ぁっ!!」

 

 少女たちが叫ぶが、その悲痛さも空しく一夏の体が貫かれんとしたその時、

 

 

 

「―――おい、あまり無様を見せつけるな」

 

 

 

 背後から放たれた三つの白い光条が、三機の蜂を悉く貫いた。

 爆散する小型機に、安堵よりも困惑を強く抱く一夏。

 思わず振り向いて、そこにいた人物に大きく目を剥く。

 なぜなら、その人物は。

 彼は。

 

「………俺?」

 

 やや大人びて、己の知らないISを纏ってはいるものの、それはまぎれもなく自分自身だったからだ。

 

 

 

***

 

 

 

「まったく、同じ顔で情けない。 ……ドッペルゲンガーの気持ちなど理解したくもないんだがな」

 

 溜息交じりに、一夏は驚愕をこちらに向ける【織斑 一夏】を睨みつける。

 ふと周りを見れば、そこには本来ここにはいないだろう面々が雁首揃えてこちらに顔を向けていた。

 誰も彼も、全員同じように驚きと困惑を抑えられないでいる。

 その気持ちはよく解かるが、一夏は敢えて彼女たちに怒鳴りつける。

 

「何をやってる!! 今は戦闘中だ!!」

 

 と、さすがは代表候補生というべきか。

 すぐさま迫った敵への対処を開始する。

 しかし、傍らにいるもう一人の自分はこちらを見たままだ。

 その間抜けさに、思わず舌打ちを漏らしそうになる。

 

「な、なあ、あんたは一体……」

「後にしろと言っている。 ……蘭!」

『了解』

 

 通信が帰ってくると同時に、開かれている全翼機の後部カーゴハッチから新たな機影が飛び出し、上空で静止した。

 自身の専用機である【夜叉蜘蛛】を纏った蘭だ。

 

「って、まさか蘭かアレ!?」

「嘘、ホントに蘭!?」

「え? 呼んだ?」

 

 思わず叫ぶもう一人の自分に、鈴音まで反応する。

 また、普段『乱』と呼ばれている乱音も振り向くが、当の本人はそれら全てを無視して武装を展開する。

 拡張領域から取り出されたのは、小型のバズーカが六基だ。

 蘭はそれを左右の腕と、背から延びる二対のサブアームでそれぞれ保持し、構える。

 同時に、照準補正のゴーグル型仮想ウインドウが眼前に展開される。

 

「ターゲットロック……フルファイア!!」

 

 そうして六つの砲が一斉に火を吹いた。

 放たれた砲弾は着弾と同時に爆発を生み、小型機を複数まとめて破砕していく。

 その爆発は前方放射状に展開され、前線が引き上げられる形になる。

 その隙に、一夏はさらに指示を出す。

 

「【R:EOS(レオス)】、全機展開」

『『『『『『了解!!』』』』』』

 

 直後に出てきたのは、ISと比べれば重厚なシルエットを持つ六機のパワードスーツだ。

 それらはそれぞれ三機ずつに分かれると、ローラーダッシュで疾走しつつ手にしたガトリング砲で小型機に攻撃を仕掛ける。

 通常兵器を受け付けない絶対天敵は、しかしその弾雨に怯み、動きを鈍らせる。

 

「あれは、EOSか?」

「でも、攻撃が効いてる……なんで?」

 

 所々から上がる疑問の声も完全に無視して、一夏は指示を続ける。

 

「ライト、レフトはそのまま牽制を続けろ。 戦力だけは充実している、トドメは押し付けておけ。

 ガードはそのまま支援砲撃を継続。 そちらは遠慮するな、喰えるのはどんどん喰え。

 そして俺はいつも通り―――」

 

 そこで言葉を区切り、一夏は【一夏】を一瞥して、

 

「―――大将首(ジャイアント・キリング)、だ」

 

 直後に飛び立った。

 

 己に迫る脅威に、大型機が両の拳を文字通り発射する。

 しかし、隕石じみた大質量の攻撃を一夏はなんなく避けて見せる。

 そうして巨人に肉薄すると、下からすくい上げるような軌道でその顔面の右側を近接ブレードで切り上げる。

 さらにダメ押しとばかりに左腕の盾から白い光弾を連射し、右の損傷を大きく広げていく。

 まるで痛みに狂ったかのように首を左右に振る巨人。

 その姿を一夏は頭上から睥睨する。

 

「悪いが、とっとと決めさせてもらうぞ。 ―――コード【白刃の矢(しらはのや)】、展開」

 

 言うなり、前に突き出した左腕の細長い五角形の盾が変形していく。

 数秒とかからず完成したのは、長大な鋼の白い弓だ。

 同時に、左下腕の内側に二又の突起のようなものがせり出す。

 一夏は右に持った近接ブレードを、その二又の間にセット。

 峰の部分が腕に沿い、切っ先が前方に突き出す形で、鍔元が二又と合致するように装着する。

 見ようによっては、矢を番えたようにも見える。

 あるいはそのものだったのか、一夏は柄頭を摘まむとそのまま引き絞っていく。

 すると、弓の上下の先端……末筈と本筈から白い光が弦のように伸び、柄頭に到達する。

 引き絞れば、その動きに合わせて刀身が白い輝きを得ていく。

 そうして限界まで引いたそれを、

 

「―――貫け!!」

 

 放せば、ブレードは二又をレールに滑走し、鍔元に衝突して甲高い金属音を奏でる。

 纏っていた光のほうは、滑走の勢いそのまま……否、あるいはそれ以上の速度で文字通り矢となって撃ちだされた。

 

 放たれた白い矢は、巨人の胸の中心を貫き、その大きさ以上の大穴を穿った。

 

 中枢を破壊され、倒れ伏す巨人。

 それを感慨なく見届けると、一夏は通信で部下たちに呼びかける。

 

「大型機、沈黙確認。 さあ、あとはごみ掃除だ」

 

 そうして一息、間を置いてから、彼にとっては珍しく戦闘中にぼやく。

 

「……そのあとは、面倒ごとが待ってるがな」

 

 

 

***

 

 

 

 無数にいた絶対天敵は殲滅され、戦闘は終わった。

 しかし、その場の緊張感は解かれていない。

 

 後ろに互いの仲間を従わせ、二人の一夏が対峙する。

 

「………」

「………」

 

 しばし見つめあう両者、口火を切ったのは白式を纏ったほうだ。

 

「なあ、お前は一体―――っ!?」

 

 しかしその言葉を、もう一人の一夏は手にした刃を突きつけて中断させる。

 途端に、背後の少女たちがざわめくが、年嵩のほうの一夏は気にした様子もない。

 

「おい、間抜け面。 質問に答えろ」

「な、誰が……」

「間抜け面が嫌なら腑抜け面だ。 ……いいか、単刀直入に訊く」

 

 そこで一息、間を置く。

 そして一夏は【一夏】をまっすぐ見据えてこう問うた。

 

 

 

「―――今は西暦何年だ?」

 

 

 

***

 

 

 

 それは、あり得ない邂逅。

 決して重なることのない、二つの可能性の迎合。

 その物語の名は。

 

 

 

 

 

【インフィニット・ストラトス アーキタイプブレイカー ~コウサスルキセキ~】

 

 

 

 

 

「―――立てよ、腑抜け面。 俺ができてお前ができない道理はどこにもないぞ?」

「ハッ! ヌかせよ、オッサン!!」

 

 

 

 ―――連載予定、全くなし。





 というわけで、クリスマスということで昨日今日で吶喊で作りました。
 ……多分、アラ目立ちまくりだと思いますがご容赦ください(汗
 ちなみにタイトルはスパロボのBGMからとりました。
 これのボーカルバージョンがすごい好きです。

 これ、ある意味でアンチに相当するのかなと思いつつも、たぶんこのダブル一夏は絶対折り合い悪いと思って書きました。

 ちなみに、アーキタイプブレイカー……自分は本格稼働後、一回だけやって今は手付かずだったりします。
 ……いや、前も書いたけど普段chrome使わないし、PC低スぺだから落ちまくる上に動きカクカクだし……
 あと、ストーリーパートで中途半端に声入ってるのが妙に引っかかるのは自分だけ?

 なのでYouTubeのプレイ動画で、キャラとか確認しながら書いたので、微妙に把握しきれてない可能性が高いです。
 ……その辺りも低クオリティですいません。

 とりあえず、すごく疲れたので多分正月特別編とかはやらないと思います。
 多分。

 それでは、今回はこの辺で。
 可能ならもう一回更新したいと思いますが、できなかったらご容赦を。
 それでは皆様、メリークリスマス&よいお年を!!


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2017年クリスマス特別短編:設定集

※作者注※

 これは『極めて近く、そして限りなく遠い世界』に出てる人物と機体の設定集です。
 ご了承ください。


【白刃隊(チーム・ホワイトブレイド)】

 

◎概要:

 絶対天敵の襲来によりIS委員会と国連の協議によって結成された特殊部隊。

 構成員は全員が自由国籍扱いとなり、国家や組織の枠を超えた独立部隊として各国を飛び回っている。

 また実験部隊やアグレッサーとしての側面も強く、新兵装のテストやほかの部隊との模擬戦も行っている。

 隊長は【織斑 一夏】。

 本来ならさらに数名のISパイロットが所属しているのだが、作中ではそれぞれの専用機の整備や新装備の受領と調整のために不在だった。

 

◎備考:

 名前は連載前に考えていた本作の題名候補から。

 イメージモチーフは『きれいなシャドウミラー』(笑

 

 

***

 

 

 

【織斑 一夏】

 

◎概要:

 年齢は二十台半ば過ぎ、独身。

 IS学園を卒業後、自由国籍を取得。

 絶対天敵の襲来を機に紆余曲折を経て白刃隊の隊長に任命される。

 部隊指揮も執るが、それ以上に一騎駆けでの大物喰らいを好み、よく蘭を始めとして他の面々に説教を受けている。

 自分とは全く違う人生を歩んだ正史の一夏に対し、お門違いということは頭で解かってはいても自己嫌悪とも同類嫌悪ともいえない複雑な感情を抱いている。

 なお、裏では誰とくっつくかのトトカルチョが全世界的に繰り広げられており、一番人気はロシア代表だとかそうじゃないとか。

 作中では白式はオーバーホール中のため、代車としてテストを兼ねて【白椿】を使っている。

 

◎注釈:

 シロイキセキ本編から十年後くらいの一夏。

 ただし、あくまでも可能性の一つなので現在連載中の一夏が必ずしも彼になるとは限らないので悪しからず。

 正史の一夏に対しては、殺意というほどではないが互いに言いようのない嫌悪感を抱いている。

 具体例を挙げれば、Fateの士郎とアーチャーよりかはマシといった程度。

 

 

 

【白椿】

 

◎概要:

 倉持技研がアメリカからの技術提供を受けて開発した次期量産型先行試作機。

 名前の通り、白式と紅椿のデータをもとに作られている。

 OVERSの技術流用により、非常に燃費が良い。

 だが両機に使用されている展開装甲の実装は見送られており、代わりに簡易型の次世代ジャケットシステムを採用されている。

 これは量産機としてみた場合、ハイエンドに過ぎる展開装甲は運用や整備に難があるとみられ、代わりにプリセットとして優秀なジャケットシリーズによる状況対応に軍配が上がった。

 

 ちなみに次世代型のジャケットシリーズは背面装備を主として簡略化されたもので、容量を抑えることで通常兵装の同時運用も可能としたシステム。

 作中で一夏が使っていたのは高機動戦闘用のスラスタージャケット【スワロー】。

 

 主武装として光弾を発射する左腕の複合攻盾【烈光(れっこう)】と刀型近接ブレード【雪片影打(ゆきひらかげうち)】がある。

 これらを組み合わせた弓矢型の武装【白刃の矢】は白式の零落白夜を技術的に再現しようとしたもので、セットした刀身にシールドエネルギー(以降SE)を集中。

 それを矢のように撃ちだすことで相手のエネルギーシールドを無効化して貫くことができる。

 威力や変換効率は零落白夜より劣るが、IS同士の戦いでは下手をすれば本家よりも危険なため、採用が見送られかけたが絶対天敵に対して高い有用性が見受けられたため実装される運びとなった。

 

◎注釈:

 イメージ的にはスパロボの前半主人公機的な感じで。

 ……つまり乗り換え時にぶっ壊れる運命ということですね解かりますん(爆

 

 

 

***

 

 

 

【五反田 蘭】

 

◎概要:

 年齢は二十代半ば、独身。

 白刃隊結成に際し、ちゃっかり入隊を果たす。

 他のISパイロットの隊員同様、一夏を虎視眈々と狙っているが、結果は総じてお察しである。

 最近では一夏同様、帰国したら真っ先に実家の兄の料理を食わないと帰ってきた気がしないらしい。

 実は部隊内では副隊長の立場だったりする。

 コールサインの【ガード】は防御ではなく剣の鍔の意。

 専用機は【夜叉蜘蛛】

 

◎注釈:

 大人になった蘭。

 でも多分バンダナは巻いてる。

 なお、あくまでも可能性の一つなので作中の蘭がこうなるとは(ry

 正史の一夏に関しては特になし。

 あくまでもよく似た別人として認識している。

 それよりも過去の先輩たちを見て「うわー、若ーい」とかって驚いている。

 ちなみに正史世界の実家とかには怖くて行く気になれない。

 

 

 

【夜叉蜘蛛】

 

◎概要:

 倉持技研製の蘭専用機。

 イメージカラーは白と青紫。

 鬼角型のヘッドセットと背中から延びる二対のサブアームが特徴。

 同時に多数の兵装を扱えることが長所だが、サブアームの制御に高い処理能力が必要とされるため、扱いは非常に難しい。

 だが、蘭はこれを見事に使いこなしている。

 またサブアーム運用の都合上、機体その物に高い情報処理能力が付与されているため、指揮機としても高い能力を発揮できる。

 豊富な兵装の使用により、遠中近どの間合いでも高い戦闘能力を発揮するが、普段は中衛からの砲撃支援が多い。

 

◎注釈:

 多分、蘭からは「名前が怖すぎてなんかヤダ」とか思われてそうです。

 

 

 

***

 

 

 

【R:EOS(レオス)】

 

◎概要:

 倉持技研からの技術提供でブラッシュアップされたEOSの発展機。

 Rとは「Revolution(革命)」の頭文字。

 白刃隊では運用試験もかねて六機が配備されている。

 

 OVERSの技術流用により運用可能時間を大幅に延長。

 さらにSEを貯蔵する特殊なコンデンサーの開発により、簡易型のPIC発生器の運用を実現した。

 これにより飛行こそできないものの慣性質量の操作による機動性の向上と攻撃時の反動の軽減に成功。

 さらには絶対天敵に対して若干ながらも有効な攻撃が可能になったが、与える損傷は軽微なために現状では複数運用での牽制が限界。

 また低出力ながらエネルギーフィールドを張ることもできる。

 

 欠点としては、コンデンサー内のSEが枯渇すると従来のEOSと機能的にはあまり変わらなくなる。

 ちなみにコンデンサーへのSEの補充にはISを必要とするため、運用は基本的にセットが前提となる。

 

◎注釈:

 シャドウミラーで言うとラーズアングリフ的なポジが一番近いか。

 ちなみに作中で使っているのは全員男で、上は一夏よりも一回り以上年上のオッサンから下は十代まで。

 一応、この舞台に派遣されている辺り割とエリートなんじゃないかと思います。

 

 

 

***

 

 

 

【月牙】

 

◎概要:

 白刃隊の移動拠点でもある旗艦の全翼機。

 全体が真っ白に染められているのが特徴。

 実はこれにもR:EOSと同じタイプのコンデンサーの大型のものが搭載されており、PIC発生器の利用でエネルギーシールドを展開することが可能。

 また垂直での離着陸はさすがに不可能だったが、それでも非常に短い距離での離着陸を可能としている。

 この機体そのものに武装は搭載されておらず、ISや各種装備の整備や運用、指揮管制、隊員たちの居住性と生存性にキャパシティが割り振られている。

 

◎注釈:

 モデルは鎌池和馬先生の『インテリビレッジの座敷童』に出てくる『百鬼夜行』という組織の移動拠点。

 ……いや、別に機動兵器持ってないけどね、アッチは。

 

 

 




 というわけで、妄想設定集です。
 ……語りたいことは書ききったので、特にいうことはないです。


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壱:入学前
序:ある少女の夢想と雪上の少年


 

 ―――今でも時々夢に見るそれは、悪夢が薙ぎ払われる所から始まる。

 

 周りは火の海で、腕の中には気を失った大切な妹。

 阿鼻叫喚、地獄絵図……そんな表現しかできないような地獄の中で、私たちの救いは目の前に現れた。

 

 

 遥か前方での車両の爆発。

 意図したものではなく、被害にあった車両の燃料が爆発したことによる二次災害は自動車を鉄と炎の塊へと変貌させた。

 特大の砲弾のように迫る絶望は、しかし人の形をした希望によって払われる。

 

『おぉおおおおおおおおおおお――――っ!!』

 

 目を逸らす暇もなく、鋼を纏った人型が超重量と超熱量の凶器を殴りつけて払い除ける。

 正確にはベクトルをずらされた形になるのか、殴りつけられたそれは私たちに直撃するだろう軌道から逸れて通り過ぎ、はるか後方で轟音を響かせる。

 

 私は、自分たちを助けてくれたその人物から目を離せなかった。

 燃え盛り迫る鉄の塊を拳一つでどうにかして見せたから、ではない。

 その人物が纏っている鋼の手足ならばそれくらい出来てもおかしくないということを私自身もよく知っていたからだ。

 

 インフィニットストラトス―――通称IS。

 今の時代を象徴する、文字通り世界を変えた最強最速の個人装備だ。

 

 私がそれを纏った人物に釘付けになっている理由は、単純明快。

 ISは前提条件として女性にしか扱えない。

 しかし、自分たちを助けてくれたその彼は……そう、『彼』は紛れもなく男だったからだ。

 年の頃は自分や妹と同年代か。

 身長は解りにくいが、振り返ってこちらに向けた幼さの強く残る顔立ちからそれを察する。

 

 何故、ISを纏っているのか。

 何故、ISを動かせるのか。

 何故、何故、何故……明確な物からうまく言葉にできない物まで、様々な疑問で頭の中をいっぱいにしているこちらを余所に、彼は私たちを見て心の底から安堵して、その顔にくしゃりとした笑みを浮かべる。

 それはまるで、母親を見つけた幼い迷子のようにも、小さな救いをようやく手に入れた擦り切れた老人のようにも見えて、

 

「ああ―――俺は、助けることができたんだな」

 

 そんな顔で呟かれたその言葉に、私は何故だかどうしようもなく胸が締め付けられた。

 同時に、自分の胸の内に周囲で燃え盛る炎とは別の熱が生まれたのを実感して―――

 

 

 

 ―――夢は、そこで覚める。

 

 

 

 半身を起こし、胸に手を当てれば掌に伝わるのは常よりもいくらか激しい鼓動だ。

 そしてそのさらに奥には、夢の中でも感じた熱が確かに宿っている。

 脳裏に浮かぶのは『彼』のことで、後になって知った彼の名を私はポツリと呟いた。

 

 世界でただ一人の男のIS適合者。

 そしてもうすぐ、妹と同じく自分の後輩になる少年。

 

「………織斑、一夏」

 

 

 

 胸の熱は未だ冷めない。

 あの頃からずっと燻り続けている。

 その熱の名が何なのか、私はまだその答えを出すことができない。 

 

 

 

***

 

 

 

『高空での機動試験、全工程終了を確認。

 続いて、低空・地表付近での飛行と戦闘機動の試験へと移行してください』

「―――了解、下降を開始する」

 

 

 

 米国某所、軍私有地。

 見渡す限り広がるまっさらな雪原へと、灰色の分厚い雲の層から舞い降りたのは全身に鋼を纏った人型だった。

 纏った鋼の名は『打鉄』……フランス製の『ラファール・リヴァイブ』などと同じく第二世代相当の量産型ISだ。

 白に灰色のラインが入った機体の肩の装甲には所属を示すように星条旗が刻まれている。

 

 今、その機体には本来ないモノが装備されている。

 一つは頭。

 通常のISはヘッドセット型など顔そのものは露出する装備が一般的だが、今そこにあるのは頭部を完全に覆う兜のようなフルフェイスだ。

 そしてもう一つは背部。

 明らかに後付けと解るそれは、曲線と直線で構成された鋼の翼だ。

 

 IS本体と違い灰色に染められたそれの形状は、敢えて例えるなら鳥よりも大きくヒレを広げたトビウオが近いか。

 首を落としたそれを腰の後ろ辺りに着けているというのがイメージとしては一番近い。

 主翼は異様に大きく、左に『倉持技研』と右に『試‐壱型』の文字列がそれぞれ刻まれている。

 そして長大な翼はそれ自体がスラスターで、中央のメインブースターと併せて爆発的な推進力と加速力を生み出している。

 

『迎撃目標、展開開始します』

「了解。 武装展開」

 

 と、打鉄を纏っている……恐らくは『彼女』が拡張領域(パススロット)から武装を取り出す。

 量子化の状態から現実に形を持って現れたのは、銃剣付きのライフルだ。

 IS用に作られたそれは口径だけならばもはや砲と言っても差し支えない代物で、取り付けられた銃剣も通常の歩兵が持てばナイフというカテゴリに当てはめるには難しいほどの大きさだ。

 『彼女』は右手でトリガーに指をかけ、左手で銃身の手前にある保持用のストックを握りしめる。

 自然、その姿勢は準発射体勢のそれになる。

 

「―――目標の接近を確認」

 

 と、『彼女』の前方から飛来してきたのは雪原に合わせたのか白い装甲のドローンだ。

 ローターの数は三つで、後方に一つ前面に二つの正三角形を描くように配置されている。

 また、機体下部には小口径の銃口が取り付けられている。

 それが都合十数機、敢えて編隊を組まず飛んでくるそれらに対し、『彼女』は改めて銃口を向ける。

 

「戦闘機動、開始」

 

 瞬間、背部装備のスラスター出力が上がり、同時にPICによる慣性制御を完全にマニュアルへ変更する。

 ここから先はほんの少し間違えただけで雪と大地を諸共に掘りあげてその中に埋まってしまいかねない状態になる。

 だが、『彼女』はそれに構わず自身の速度を更に増し、2~3メートルほど離れている地表の雪を水面をひっかけるように巻き上げていく。

 

 相対的に縮まっていくドローンと『彼女』の距離。

 間隔をずらして放たれる銃撃は当たったところで何の痛痒も『彼女』に与えることはできないが、それでも些細な汚れすら嫌うように身や翼を傾け回避していく。

 そしてすれ違う寸前、ライフルが続けざまに三度ほど火を噴いた。

 それによって落とされたのがまず三機、そしてその勢いのままドローンの群れとすれ違い、近くを通った二機ほどがその時の衝撃だけで破損して落ちていく。

 背後に回った『彼女』を追わんとドローンたちが流れるように最小限の動きで軌道を反転させるのに対し、更に3機が落とされる。

 『彼女』が振り返らないままハイパーセンサーによって全方位的に拡張された知覚を頼りに右手の動きだけで背面へと銃口を向け弾丸を放ったのだ。

 そしてようやく振り向くと同時に一瞬静止、直後に背面追加装備の左翼が向きを大きく変え、スラスターの噴出口をほぼ真上に向けると同時に、そこだけが力強く炎を噴き出す。

 すると『彼女』の体は空中で時計回りの側転をするように回転し、

 

「フッ……!」

 

 右手に持ったライフルの銃剣が、左右から迫ってきていたドローンを真っ二つに引き裂いた。

 『彼女』から見て右側のドローンが下から切り上げられ、そのままの勢いで左側が上から断ち割られる。

 一回転を終えるとともに翼の向きを修正、更には改めて銃口をドローンたちへ向け、突撃する。

 

 その後も、『彼女』はさらに何機か追加されていくドローンを相手に高速で宙を舞い、弾丸で撃ち抜き、銃剣で突き刺し、或いは切り裂いていった。

 それはフルフェイス内に届くオペレートに従って別のポイントへの移動と共に行われ、プログラムとして消化されていく。

 そうしてやがて全ての工程を終え、全ドローンを沈黙させれば、フルフェイスの内側で追加の声が響く。

 

『お疲れさまでした。 これで地表付近での高速移動及び戦闘機動試験の全工程を終了します。

 ―――続いて最終工程』

 

 と、そこで映し出されているマップに赤い光点が一つ追加される。

 現在地からそう離れていない地点だ。

 

『試作型換装装備(パッケージ)【浮雲・壱式】の変形、運用試験です。

 モード“W”から“S”へと移行させ、標的を撃破してください』

「―――了解」

 

 言うなり、『彼女』がライフルを拡張領域に戻し、加速する。

 それも先程までとは比べ物にならない、最大速度だ。

 

 ほどなくして見えてきたのは昨今のラジコンの延長のような小型のものではなく、本来の軍事的な意味合いのそれに近いかなり大型のドローンだ。

 高さだけでも成人男性の身長よりも大きく、横幅ならばそれが二人ほど手を広げた程もあるだろう。

 球体というよりも歪な多面体と言ったほうが正しい様なそれは、前後左右に大型ローターが、その大型ローター同士の中間に小型のローターが配置され、円形の装甲がそれを囲むことでまるで土星の輪のようになっている。

 

 地表から十メートルほどの所に浮いているその少し下あたりを、『彼女』は全速力で通過する。

 概算にして音速の数倍、触れてもいない雪原をその下の土壌ごと巻き上げるほどの余波。

 先のドローンを叩き落とした時とは比べるのも馬鹿らしいその衝撃波に、しかし大型ドローンは揺るぎもしない。

 それもそのはず、そのドローンは本来『空中に設置する固定砲台』として開発されたものだ。

 任意の場所に自由に配置し、接近してきた敵を正確無比に攻撃する無慈悲な番人。

 反動の強い重機関銃やミサイルランチャーの運用すら想定したそれが今支えているのは武器ではなく装甲。

 ローター部分はさておき、それ以外ならばミサイルをピンポイントで連続命中させても浮き続けるだろう耐久性を今のそれは付加されている。

 それこそ、ISを使っても生半な武装では撃墜は困難だろうことは必至である。

 

 難攻不落を特性に加えられた的に対し、『彼女』は盛大に通り過ぎたあと急激に上昇する。

 それこそ雲海に突っ込み、成層圏まで駆け上がってしまうのではないかと思わせてしまうような軌道。

 その時、背の翼から火が消え去り、同時に『彼女』から分離してしまう。

 何らかの不備による分解か……いや、違う。

 これは紛れもなく『彼女』の意志によるものだ。

 

「【浮雲】、斬鎧刀形態へ移行」

 

 “変形”は一瞬にして行われ、終了した。

 主翼は一つに重なり巨大な刀身となり、尾翼は伸長してナックルガードに刃を持つ柄となる。

 出来上がったのは刀というよりも刃そのものと形容できてしまうような歪で巨大な武装だ。

 主翼であった部分から柄頭となった尾翼の部分まで一直線に刃が形成された鋼の三日月。

 その峰にはスラスターが低い唸りを上げている。

 

 これこそ、【斬鎧刀】。

 現代の鎧であるISを一刀両断せしめんと作られた、規格外の大太刀である。

 

 『彼女』は大型ドローンを遥か下に見下ろす位置で斬鎧刀を振り上げる。

 同時に、あらかじめ設定されていたプログラム通り、IS本体のスラスターと斬鎧刀のスラスターが連動して励起する。

 そして―――

 

「オオオオォォォォォォォ―――ッ!!!!」

 

 重力すらも味方につけ、振り下ろすというよりは落ちて断つというべき超速度と超衝撃の斬撃が大型ドローンへと迫る。

 結果、高硬度の浮遊標的は両断され、それどころか隕石の衝突もかくやと言わんばかりの轟音と爆煙がその破壊を覆ってしまった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 雪も大地も吹き飛び、粉塵と水蒸気の入り混じった煙幕の内側で、紛れもないクレーターとなったその中心。

 『彼女』は残心のように佇んでいた後、浅く引き切るように深々と埋まっていた斬鎧刀の刀身を引き抜いた。

 土を散らしながら掲げられたそれは、しかし傷らしい傷もなく鈍い光を放ちながらシュウシュウと音を立てて湯気を上げている。

 どうやら表面が高熱化しているらしい。

 

 と、フルフェイスの内側で反応があった。

 通信だ。

 

『―――【浮雲】機動試験の全工程、終了を確認。

 ………ご苦労様』

「いえ、そちらこそオペレートありがとうございました、ナタルさん」

 

 『彼女』がフルフェイスから響く声に返事を返しつつ、側頭部のスイッチをいじって顔の部分の装甲を収納し、露出させる。

 否、正確には表現に誤りがある。

 『彼女』は彼女ではなく……『彼』だった。

 

 装甲の奥から出てきたのはまだ幼さが残る、少年から青年へと変わりつつある者のそれだった。

 つまりは男。

 ありえるはずのなかった、男性のIS操縦者。

 三年ほど前のある事故で偶然見つかり、そして他の例が存在しないただ一人の“ISを動かせる男性”。

 

 と、そこへ『彼』の耳に届く通信に別の声が入る。

 年嵩の男のものだ。

 

『お疲れさん』

「フーさん」

『早速だけど、使用直後の評価ってやつをもらえるかい?

 いや、レポートはもちろん後でもらうつもりだけど、それとは別に生の声ってやつを聞いておきたいからね』

 

 開発者サイドの男性のややテンション高めの親し気な声に思わず苦笑する。

 その声の様子は、どこか手作りのおもちゃを友達に遊ばせて感想をねだる子供のようにも思えた。

 

「………そうですね。

 ブースターとしての機能ですが最高速度も加速も良かったと思います。

 場合によっちゃ長距離飛行の補助としても良さげですし。

 ただ……」

 

 そこでいったん言葉を区切る。

 そして溜息を一つ吐いて、続ける。

 

「……操作性は最悪ですね。

 小回りは効きづらいし、翼のスラスターをバラバラに動かしてそれを補おうとすると途端に鈍足になる……おかげでドローンの弾丸を3発くらいもらっちゃいましたし」

『寧ろその程度だったていうのがすごい気がするけどね』

「あとは―――」

 

 言って、『彼』は手に持つ大刀を掲げて見る。

 振り下ろした時のものか、その刀身には未だに熱が宿り、白い湯気を上げている。

 

「―――斬鎧刀。

 個人的には悪くないんですけど、これって再変形してブースターに戻すときすごい隙だらけになりそうですよね」

『………あー、やっぱり課題はその辺か~』

「個人的には悪くないんですけどね」

『キミも男の子だねぇ』

 

 それはさておき、と通信先の男が話を区切る。

 

『これで、君の『留学』も終わりだ。

 あとは日本に帰って卒業と入学の準備をしないとね』

「………そうですね」

『まぁ、とりあえずはゆっくり基地に帰っておいで。

 多少なら、寄り道しても怒らないよ』

 

 それじゃあ、と冗談めかした言葉を最後に、通信が切れた。

 対する『彼』はその表情を力ない苦笑に歪める。

 

「寄り道って……寄るようなところないじゃないですか」

 

 『彼』が今いるところは軍の基地敷地内、それも兵器の実験や試射なども行う演習場だ。

 見える範囲はもちろん、そのさらに周辺も最低でも数キロに渡って自然物以外はせいぜいフェンスくらいしか存在しない。

 当然、用もないのに足を運ぶような場所などあるはずもない。

 と、その時。

 

「ん?」

 

 『彼』の耳がある音を拾う。

 見れば、掲げた大刀が何かに触れてジュ、ジュ、と音を立てていた。

 

「………ああ、雪か」

 

 さらに見上げれば、分厚い雲がついに我慢できなくなったかのようにちらほらと白いモノを舞い降りさせていた。

 もうしばらくすればもっと盛大に降り出し、ドローンの残骸を覆っていくことだろう。

 ともすれば、雪解けの季節まで。

 それは『彼』もすでに見慣れてしまった光景だったが、この日はどうしてか見入ってしまった。

 何故なら。

 

「―――この光景も、もう見納めか」

 

 言葉にして、名残惜しさが沸いたのか。

 『彼』は大刀が音を立てなくなってもしばらくそれを眺め続けていた。

 

 

 

 ―――『彼』の名は【織斑 一夏】。

 この時、中学三年生。

 春になれば、IS学園への入学が決まっていた。

 

 

 




 というわけでほとんどの方はじめまして。
 なろうの方で『オークはみんなを守護りたい』を書いてる(宣伝)、樹影といふものです。
 ……ぶっちゃけ、そっちの方で反応らしい反応が返ってこなくて、モチベも上がらなければなけなしの文章力も下がっちゃいそうなので息抜き半分で書かせていただきました。

 まぁぶっちゃけこの作品構想自体はかなり昔からありました。
 具体的には原作8巻発売くらいから。
 えぇ、アニメ二期放映前からです。
 熟成とか腐ってるとか通り越して堆肥になって土に還ってそうな勢いです。

 そしてこれ書いてる現在、原作九巻までしか読んでなくて手元には旧版の四巻と六巻くらいしかなかったり……
 そうこうしている間に十一巻も出ちゃってどうすべよまぁいいかで現在に至ってます(土下座)
 なので基本的には割と独自展開になりまくりの予定なのでどこまで続くかわかりませんがよろしくお願いしていただければなと思ってます。

 さて、作中で出てきた【浮雲】ですが、ウイングユニットと大刀への変形はガンダムSEEDアストレイシリーズに出てくるタクティカルアームズ、変形後の斬鎧刀形態はスパロボOGシリーズのグルンガスト零式の零式斬艦刀をイメージモチーフにしています。
 他にも他作品のオマージュがあるのですが、それは次のあとがきにて。

 それではあとがきも長くなってしまいましたが、この辺で。



 …………なろうのほうもよろしくね(ボソッ


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1:友情と出会い

 

 

 

 数日後。

 日本に帰国した一夏は真っ先にとある店に足を向けた。

 【五反田食堂】……馴染みの食堂であり、同時に彼の親友の実家でもある。

 暖簾をくぐるその頭には、少し長くなった髪を毛先近くで結ぶ真新しい革製の組紐が結ばれている。

 琥珀の飾りがついたそれを揺らしながら足を踏み入れると、見慣れた店内に付き合いなれた親友にして悪友の姿があった。

 

「よう、おかえり」

「おう、ただいま」

 

 程なくして、一夏の目の前に野菜炒め定食が置かれる。

 それを見て、一夏は静かに手を合わせた。

 

「いただきます」

 

 対面の座席にはそれを作った悪友………【五反田 弾】の姿がある。

 弾は湯呑みの茶を傾けつつ、横目で自分が作った食事を一夏が口に運ぶのを眺めている。

 キャベツ、もやし、玉ねぎ、にんじん、豚肉など具沢山のそれを口に運び、咀嚼し、飲み込んだ一夏は一言。

 

「―――美味い。 腕、上げたか?」

「は、当然」

 

 言いつつ、弾はどこか誇らしげに笑みを浮かべる。

 一夏から見えない位置では、グッと力強く拳を握っている。

 そんな孫の様子を厨房から眺めていた店主はハンッ、と鼻で軽く笑ってみせた。

 

「その程度で威張んじゃねぇよ。

 せめて同じの百食、余裕で連続して作れる程度にはなんねえとな?

 それでようやく半人前に一歩前進だ」

「ぬぐっ」

「ははっ……頑張れよ、次期店主」

 

 バッサリと切り捨てられた友人に、一夏は励ましつつ苦笑する。

 確かに食堂を継ぐというならそれくらいの芸当は必要になるだろう。

 それを考えれば半人前への一歩かはともかく、その言葉自体は決して大袈裟ではない。

 当人もそれを察しているのか、特に言い繕うことなく溜息を一つ漏らすのみである。

 

「それはさておき。

 一夏、とりあえずはもう日本を離れることはないんだよな?」

「ああ。 ずっと暇ってわけじゃないが、いくらか余裕はあるさ」

「そうか、そいつは重畳……しかし、あれから三年、か」

 

 弾がこぼしたその言葉を呼び水に、二人の脳裏に契機となった過日の記憶が蘇る。

 

 ―――それは栄光と呼ぶにはあまりにも血生臭く、そして鉄と炎と瓦礫と悲鳴に満ちたものだった。

 

 

 

***

 

 

 

 当時、中学に入学して間もなかった二人は学校の行事で社会科見学に参加するはずだった。

 しかし、見学先へ向かうバスがある大型橋梁を渡っていたその時、その前後の出入り口を含めた数か所で爆発が起きたのだ。

 原因はテロだと言われているが犯行声明もなく、現在に至るまで犯人を含む詳細なことは不明のまま。

 死者行方不明者多数、重傷者は更にその十数倍、軽傷者に至っては計上するのも馬鹿らしいほどの被害をもたらした、近年に例を見ない大惨事であった。

 

 話を当時に戻すと、爆発により橋は寸断され生き残ったいくつかの柱とワイヤーで残った部分が支えられている状態になった。

 そして孤島となった橋の上はまさに地獄絵図となった。

 

 爆発や二次災害の衝突によりいくつもの車両が拉げ、潰れ、火を噴きながらいつ爆ぜるとも知らない新たな爆弾となり果てた。

 無論、そんな状態では安全な場所などなかった。

 身動きの取れない車から降りたはいいがどうすることもできず右往左往することしかできない者。

 パニックを起こし、少しでも安全そうな場所を廻って暴動同然の衝突をする者たち。

 中には、意を決して橋から飛び降りて助かろうとした者も少なからずいた。

 誰もかれもが己のことに手いっぱいで、誰かを助ける余裕のある者はほとんどいなかった。

 まして車内に取り残された人を助けられる者などはほぼ皆無だった。

 

「あの時、俺たちはなんとか横転する“だけ”で済んだバスの陰で身を寄せ合ってた。

 周りにはそこまでひどい怪我した奴がいなかったことは不幸中の幸いってやつだったが……それでも、たまに夢に見るたびにそん時の恐怖ってやつを思い出すぜ」

 

 そんな時だった。

 弾が何人かの驚愕の悲鳴に何事かと振り返ってみれば、そこにいたのは武骨な鋼の塊を制服の上から五体に装着させ、“なぜか絶叫を上げていた”親友の姿だった。

 一夏はバスの近くで同じく横転していたIS関連企業である【倉持技研】のトラックから投げ出されていたISの試作機を起動させていたのだ。

 

「その後、お前は起動させたISを使って救助活動を始めた。

 特に危険そうなところを中心にな」

「……俺ができたことはあんまりないさ。

 それだってフーさん……トラックに乗ってた技術者の人にサポートしてもらってやっとだったしな」

「それでも“お前がいなかったら”ってやつも何人もいるさ」

 

 彼等の言った通り同乗していた倉持技研の技術者のサポートの下、一夏は本格的な救助作業が始まるまでのあいだ慣れぬISを使って奔走していた。

 全体から見れば被害の軽減の度合いは微々たるものかもしれないが、それでも彼のおかげで救えた命も少なからず存在する。

 そのため、この事件は人々の記憶に痛ましく刻み込まれた未曽有の人災であると同時に、前代未聞の存在が表舞台に登場した歴史的発見の記録でもある。

 

「………と、悪い。 飯食ってる時に話すネタじゃなかったな」

「いや、気にしてないさ」

 

 一夏の箸が止まっていたことに気付いた弾が申し訳なさそうにするが、一夏は苦笑一つで食事を再開した。

 その合間に、行儀が悪くも会話を続ける。

 

「事件の後、俺のことをどうするかで揉めに揉めたな。

 あの時はあの時で大変だった」

「ああ、うちにもマスコミが来たことあったっけ。

 で、結局は中学卒業後にIS学園へ入学、それまでの間はIS関連の企業や施設に定期的に留学することになった、と」

 

 これはIS学園に入学するための英才教育であると同時に、なぜ彼がISを使えるかの研究も兼ねていたようだ。

 もっとも、後者の結果は芳しくなかったようではあるが。

 

「おかげで、中学生活は日本よりも海外にいる方が多くなってたしな。

 まぁ、それはそれでいい経験になったんだが」

 

 研究の協力はともかく、ISの講義や訓練では様々な人との出会いもあり、彼個人としてはそれなりに充実した“留学”生活であった。

 おかげで腕前でいえば、試作機とまでは行かないまでも武装や換装装備(パッケージ)のテスターもいくつか任されるようになったほどだ。

 

(もっとも、訓練ではそれなりに反吐吐くような地獄もみたが……まぁ、喉元過ぎれば、だな)

 

 そんなことを思い出しつつ、今度は副菜のかぼちゃの煮つけに手を伸ばす。

 

「………甘いな」

「それもうちの定番だ、味わえ。

 それはさておき、そのおかげでお前さんは世の受験生を尻目に超難関校へ試験なしで進学できるようになったわけだが」

「うらやましいか?」

「そのための勉強内容みてなかったらな。

 少なくともオレはお断りだ」

 

 弾はとある折に少しだけ覗かせてもらった座学系の教材の内容を思い出し、肩を竦ませる。

 詳しい内容はよくわからなかったが、催眠導入剤を文章化したらああなるんじゃなかろうかと言わんばかりのものだったことは覚えていた。

 まぁ、普通の学生から世界レベルの難関校へ入学するのだ。

 設定された合格ラインへ無理矢理引き上げられるその苦労を想えば、羨むことなどほとんどない。

 それに。

 

「オレにはこっちがあるからな」

 

 言いながら、弾はトントンと指先でテーブルを突く。

 否、正確にはこの店の存在そのものだ。

 

 弾はある時からか本格的にこの店を継ぐために祖父に教えを請い始めた。

 店の手伝いにも積極的に入るようになった。

 そしてそれと時期を同じくして、一夏がこの食堂で食べる料理は彼が作るようになる。

 それから留学から帰った一夏が真っ先にこの店に足を運び、帰国最初の食事を弾が作るのが決まりのようになるまではさほど時間はかからなかった。

 というより、それこそが弾が修業を始めた理由なのだ。

 

 弾は茶が半分ほど残っている湯呑みを一夏の方に掲げる。

 

「まぁ、これからは日本にいるんだし、時間の余裕もできるだろう?

 たまには遊びに行こうぜ。

 こっちの腕も、もうちっと磨いといてやるからよ」

「―――は」

 

 一夏は短く笑い、自身の湯呑みを弾のそれにカチンとぶつける。

 

「そうするさ。 ……よろしくな」

「おう」

 

 

 

 一方で、それを一人の少女が柱の陰から眺めていた。

 

「―――蘭です、一夏さんとお兄ちゃんが二人の世界を作って入れません。

 蘭です、お兄ちゃんが男で心の底から良かったと思うとです。

 蘭です、けどあれはあれでいいと思ってしまう自分はどこかおかしいんでしょうか。

 蘭です、蘭です、蘭です………」

 

「…………なぁ、なにやってんだ蘭の奴?」

「そっとしておいてあげてね、お父さん」

 

 一人呟く少女の傍で、祖父と母がそんな会話をしていた。

 

 

 

「ところで、一夏。 卒業まではもう暇なのか?」

 

 さっそく遊びにでも誘うつもりなのか、弾がそんなことを問うてきた。

 だが、一夏は苦笑を浮かべて肩を竦める。

 

「いや、ずっとってわけじゃないがいくつか予定がある。

 まぁ、入学前は入学前で忙しいってやつだな」

「ふぅん」

「さしあたっては次の日曜だな。 入学前の試験がある」

 

 その言葉に、弾が「ん?」と首を傾げる。

 先ほどの会話でも出たとおり、一夏は試験を免除させられているはずなのだ。

 その疑問を察したのか、一夏がさらに続ける。

 

「試験、といってもそれ自体で合格不合格が決まるわけじゃないさ。

 どっちかっていうと確認の意味がデカいな」

「………なんの試験なんだ?」

 

 その問いに、一夏は何でもないように答える。

 

「実技試験さ」

 

 

 

***

 

 

 

「IS学園にようこそ、織斑一夏くん」

 

 弾との会話から数日後、一夏の姿はIS学園にあった。

 目の前には案内役である教師だろう女性がいる。

 眼鏡をかけた、おっとりしてそうな優し気な人だ。

 

「私は本日の案内役の【山田 真耶】です。 よろしくお願いしますね」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 挨拶を交わし、早速とばかりに二人は移動を開始する。

 目的地は学園内にいくつかあるアリーナの一番目のものだ。

 

「今日は俺だけなんでしたっけ?」

「はい、織斑くんはその……ちょっと特殊ですから。

 他の子たちと一緒だとその……えと、ごめんなさい」

「いえ、解ってますから気にしないでください」

 

 年の差を感じさせない物腰の低さに、思わず苦笑が漏れる。

 一夏の方も、自分がこれ以上ないほど珍しく、他の受験生と日を同じくしていたらそれこそパニックが起きかねないと認識していたため、その辺りに隔意はなかった。

 むしろ、変に気にさせてしまったことに返ってこちらが申し訳なく思ってしまうほどだ。

 

「ところで、試験の内容は模擬戦なんですよね」

「あ、はい。 3分ほどの制限時間内でどれほど動けるかで簡単に適性を図るんですけれども……

 これに関しても、織斑くんにはちょっと特別な形になりまして」

「特別?」

「はい………あ」

 

 振り向いた真耶が何かに気付いたように思わず立ち止まる。

 その視線は一夏よりも少し後ろにずれており、何かあるのかと彼が振り返ってみれば、そこには。

 

「む?」

 

 振り返ればちょうど頬に先端が軽く埋まる程度に閉じられた扇子を突き出した美しい少女がいた。

 目論見どおりにいったためか、悪戯好きのネコのように嬉しそうに笑っている彼女は、学園の制服を纏っていた。

 

「―――ひっかかった」

 

 言って、笑みをそのままに扇子を引いた彼女は指の動きだけでそれを開く。

 広げられた蛇腹状の本体には、『熱烈歓迎』の文字が達筆に踊っている。

 

「どちらさまで?」

 

 敢えて少女の行動には触れずに一夏は訊ねた。

 同時に、失礼にならない程度に少女を観察する。

 

 制服を着ていることから考えて十中八九在校生なのだろうが先の行動もあって年齢的な隔意は感じられない。

 だが、かといって年相応以下かといえばそうでもなく、掴みどころのない飄々とした雰囲気を醸し出していることも相まって大袈裟に言えばどこか神秘的なようにも感じられる。

 青味がかって見えるシャギー気味のショートヘアと燃えるように赤い双眸がそれをさらに際立たせている。

 体質的に色素が薄いのだろうか、肌の方も純日本人的な顔の造りの割に雪のように白く見える。

 かといって彼女が儚げかと言えばそうでもなく、快活な様子を窺わせる。 

 

 彼女は小首を傾げながらこう答えた。

 

「本日の試験官さまヨン」

「………はい?」

「えぇと、実は特別というのはそのことでして。

 通常だったら私や他の教諭が試験官として決められた武装同士で模擬戦を行うんですけれども……」

「君の場合は、今までの“留学”の成果を学園やその他諸々がある程度把握するためにもう少し自由度を加えた上でついでに私がお相手することになったんだよね」

 

 思わず懐疑的になる一夏に、真耶が補足する。

 そしてそれを継ぐ形で目の前の少女が説明する。

 その表情は、やたらと楽しげだ。

 

「………とりあえず、お名前を伺っても?」

「人に名を尋ねる時はまず自分からっていうのは定番じゃないかな? 織斑一夏くん」

「知ってるじゃないですか」

 

 間髪入れない突っ込みに、少女はやはり楽しげに笑うのみだ。

 なにか余程に嬉しいことでもあったのだろうかと一夏が半眼になり始めたとき、突然すっと少女の雰囲気が変わる。

 指運一つで再び扇子を閉じたその表情は、同じ笑みでも凛としたものを纏っている。

 

「改めまして……【更識 楯無】。 この学園の生徒会長をしている者よ。

 ―――よろしくね」




 この作品における弾はこんな感じ。
 ISは動かせないし整備の腕があるわけじゃないし戦闘能力もないしそもそもISに関わること自体ないです。
 ただ、一夏が英雄になろうが神様になろうが悪党になろうが悪魔になろうが店に来たら自分が作った飯を出す、そんな位置。
 もっと具体的に言うと、“これ性別女だったらヒロインレース始まる前に終わってるよよね”枠。(笑)

 さてこの作品、実はイメージソースに八房龍之助先生の描いている漫画版『スーパーロボット大戦OG』シリーズが入ってたりします。
 といっても、あくまでもイメージのモチーフにしているだけなので、クロスオーバーというわけではないです。

 で、一夏にはキョウスケ、楯無にはエクセレンが若干入ってます。
 ……あくまで若干なので「どこが?」とか訊かないように。
 一応、今回の話の二人が出会うところはスパロボ漫画一巻の二人の出会いをイメージしてたりします。

 あと今後出てくるキャラクターにそういったキャライメージが入っているわけでもないです。
 あくまでもこの二人にちょっとだけって話なので。
 ただ、一人だけでてくるオリキャラはスパロボ漫画のあるキャラが思いっきりモデルになってます。
 ちなみにオッサンです。
 乞うご期待(何を)

 とりあえず、今回はこの辺で。
 ではまた次回。


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2:試験開始

 

 それから数十分後、一夏は控室とアリーナを繋ぐゲートに立っていた。

 その身には既にIS……打鉄を纏っている。

 

 通常の実技試験なら近接用ブレードなど試験官と同じ武装をあらかじめセッティングされた上で行われる。

 敢えて例外を上げるならばすでに専用機を持っていてそれを使用する者くらいか。

 これは学園を受験する殆どの者がISを動かした経験がないためである。

 言ってしまえば実技試験とはIS学園への入学がほぼ決まった者が入学前の時点でどれだけの適性があるかを図るだけのものであると言っていい。

 なので、この試験で不合格になり入学できないという者はまずいない。

 

 しかし、今回の一夏に限っては真耶や楯無との会話でもあったように少々毛色が違っていた。

 これで不合格になることはまずないというのは同じであるが、内容の自由度が違う。

 武装が固定ではなく、事前に提示されたリストから自由に選択できる形になったのだ。

 これは一夏のIS操縦経験が豊富であるから……ではない。

 事実、ISを動かした経験のある他の受験者も、専用機持ちでない限りは経験の多い少ないに限らず他の受験生と同じ扱いである。

 ならなぜ一夏は別の形になったのか。

 それは言わずもがな『一夏が特別である』からに他ならない。

 

 世界で唯一の男性の適合者。

 そのため、この日まで入学のための教育を座学実技問わず積まされてきた。

 つまりこの試験はその成果の一端を示す場でもあるのだ。

 

 それを証明するかのように、ただの試験であるはずの場で観客席にいくつかの人影が見える。

 目を凝らせば日本人に限らず多彩な国籍の面々がまばらに固まっているのが解る。

 恐らくはIS関係の企業や研究機関、軍や政府筋の者たちだろう。

 その反面、マスコミ関係はもちろん学園の在校生の姿も見えない。

 それが意味することは、この試験の内容は極秘であり同時にこの場にいるのはそれを見ることを許されたある種のVIPであるということだ。

 と、そのVIPの中に見覚えのある男の姿を見つけた。

 

「フーさん……」

 

 ついこの間まで、共にアメリカにいた知己だ。

 周りに何人か同僚らしきものがいることから、こちらも仕事できたのだろう。

 

 その時、対面のゲートから人影が出てくるのが見えた。

 自分と同じく、打鉄を纏った少女……今回の試験官だ。

 

「更識、楯無……」

 

 先ほど会ったばかりの少女の名を、ポツリと呟く。

 一夏は彼女の名を知っていたし、彼女の肩書がどういう意味を示すかも理解していた。

 

 ロシアの国家代表。

 自由国籍という形で、他国の代表を担うほどの実力者。

 そしてIS学園の生徒会長……それがどんな意味を持つのか、彼は正しく理解していた。

 

「―――【学園最強】、か」

 

 呟くその先で、頂に立つ少女がアリーナの中心付近でゆっくりと止まる。

 それを見て、一夏もまた気を引き締めてゲートを潜った。

 

 途端に、周囲がざわめく。

 多くはない観客でも、静寂を破るには充分だったようだ。

 そして楯無と対峙するまでは大した時間もかからない。

 

「準備はいいみたいね、織斑くん」

「そのつもりです」

 

 一応は目上であるため、敬語を使う。

 対して、何故か目の前の少女は一瞬不満げに眉を歪めてから、

 

「そうだ、ちょっと提案があるんだけど」

 

 一転して笑顔になって、とても嫌な予感がすることを言ってきた。

 一夏は今までの“留学”で様々な人物と巡り会ってきた。

 その中には楯無と比較的似た雰囲気の人物もいた。

 そしてそんなタイプの人物がこういう顔をしたとき、あまり良いことが起きたためしはない。

 

「なんでしょうか?」

「そんな嫌そうな顔しないでよ、お姉さん傷付いちゃう」

 

 無表情を貫いたつもりだったが、隠しきれなかったか。

 或いは、この少女が鋭すぎるだけなのかもしれない。

 楯無は「難しいことじゃないわ」と前置いて、

 

「この模擬戦で敗けたほうが勝った方の言うことを何でも一つだけ聞く……それだけよ」

「………いいんですか? 試験官がそんなこと」

「良いのよ、今は私がルール! それに無茶なことを言うつもりはないわ」

 

 すでにその主張が無茶な気もするが、言っても無駄な気がしたので口を噤む。

 しかし、次の言葉にはさすがに黙っていることはできなかった。

 

「それとも、負け確定だからやりたくない?」

「―――吐いた唾、飲ませませんよ」

 

 静かに闘争心を瞳に宿らせる一夏に、楯無は「上等!」と嬉しげに楽しげににっこり笑う。

 と、そこでスピーカーがザ、と音を立てて起動する。

 

『ではこれより、織斑一夏くんの実技試験を開始します。

 両者、準備を』

 

 通信でないのは観客席にいる面々のためか

 機械越しの真耶の声に、対峙する二人は最初から手にしていたそれぞれの獲物を構える。

 楯無は両刃の穂先を持つシンプルな形状の槍を。

 一夏は日本刀型の近接ブレードを。

 

 武器だけで見るならば槍である楯無の方が有利に見えるが、これはISでの戦闘。

 この程度の近接武器の違いなど決定的な差にはならない。

 纏っているのも同じ量産型第二世代の打鉄。

 故に勝敗を分ける要素はたった一つ。

 どちらがよりISを使いこなし、己の戦闘技術を十全以上に引き出せるかだ。

 

 ブ、と短い音が響く。

 カウントダウンだ。

 

 ブ、と再び鳴る。

 誰かが、硬い唾を飲み込んだ。

 

 ブ、三度鳴る。

 既に観客席の人間で声を発するものはいない。

 

 そして。

 ブゥーッ!!!、というブザーと共に、対峙していた真正面から二人が激突した。

 

 まずは剣戟が三連。

 文字通り火花散らす刃金の衝突。

 その結果―――あまりにもあっけなく、一夏の刃が弾き飛ばされた。

 

 

 

***

 

 

 

 二撃目を弾きあった勢いからの、遠心力も利用した下からの掬い上げるような振り上げ。

 可能なら武器を弾き飛ばせればいいと思って放った一撃が、期待以上に期待通りとなった現実に、楯無が呆けるように意識に空白ができたのはほんの一瞬。

 だが、その一瞬こそ一夏の狙い。

 

「フッ……!!」

 

 呼気も短く、その身が独楽のような回転を以って旋回し、瞬時に相手の後ろに回り込む。

 右手は空のまま、硬く握りしめられている。

 ISはそれ自体が鋼鉄の鎧、ゆえに当然ながら拳そのものが文字通りの凶器だ。

 

 一夏は鋼で作られた竜巻じみた挙動を以ってして、楯無の背に痛恨の一打を放ち―――

 

 

 

 ―――ゴィン……という、その勢いからは考えられないほどに気の抜けた音を鳴らすに留まった。

 

 

 

「っ!?」

 

 何が起きたのかといえば、簡単な話だ。

 楯無が振り上げた勢いのまま槍を背に回し、その長い柄で鉄拳を受け止めたのだ。

 

 先ほどとは逆に、自身が呆けることになった一夏。

 その視線が、肩越しに楯無のそれと重なる。

 

「―――うん、ざぁんねんでした」

 

 背が粟立つと同時、一夏は全速で後退しながら左手に現出させていたIS用のハンドガンを楯無に向けて発砲する。

 それを彼女は殊更にわざとらしく、おどけるように慌てながら或いは避け、或いは槍で弾く。

 

 本来は打撃直後の追撃として用いるはずだったものを、牽制として使いながら一夏は思考を走らせる。

 

(今の一撃、手応えが殆どなかった)

 

 霞を殴ったかのよう、と言うほどではないがそれでも金属同士の衝突とは思えないほどに肩を透かされる結果となった。

 ただ単に長柄を防御として使ったならこうはならない。

 一夏はその絡繰りを大凡で見抜き、その事実に戦慄する。

 

(柄を盾にして受け止めた瞬間、手首や肘、肩、或いは膝などの足の関節すらも利用して衝撃を吸収した……!!)

 

 例えば上に放り投げたボールを受け止めるとしよう。

 身を固くして手指の関節が完全に固定されていた場合、ボールは弾かれてしまう可能性が高い。

 逆に落ちてくる勢いに合わせて受け止めた腕や体を動かせば取りこぼす心配は少なくなる。

 単純に言ってしまえば、自分の体を壁にするかクッションにするかの違いだ。

 

 楯無はこれと同じ理屈で一夏の打撃を受け止めた。

 槍の柄で、しかも背面からの攻撃を、だ。

 

 ISの操縦において、飛行などはともかく手足の挙動などは当然ながらIS操縦技術の巧さと本人の技量に直結する。

 四肢や手指の動きの精密さは言うに及ばず。

 ISは基本的に操縦者の意志によって動かされるため、操縦者が生身でできないような動きを再現するのは難しい。

 無論、新体操やアクロバットのような動きならばパワーアシストやスラスターなどを利用すれば可能だろう。

 先のような打撃を受け止める動きだって、プログラムで管制すれば不可能ではないかもしれない。

 だが前者はともかく後者の場合は非常に自由度が低くなり、それならば普通に防御する方が合理的という話になる。

 つまり、先の攻防における楯無の動きはその全てが彼女の実力の賜物であるということだ。

 

 それらの事実が示すことはただ一つ。

 ISでも生身でも、更識 楯無は織斑 一夏を凌駕している。

 故に、この勝負の勝敗は既に決して―――

 

(―――否、まだだ)

 

 一夏の闘争心に陰りはない。

 元より最強を冠する相手、その程度は当然だろう。

 それを逆に制してこその闘争。

 大物喰らい(ジャイアントキリング)に挑む気迫もないならば立ち上がる資格などどこにもない。

 なにより、こんな入り口未満の場所で相手が己より強いからと簡単に膝を屈するような者にいったい何が成し遂げられる。

 

 これが他の武道の試合なら勝てなかったろう。

 異種格闘でも生身同士だったら太刀打ちできなかったかもしれない。

 

(だが、これはISでの戦い。

 一つ二つの要素で負けようとも、それ以外で相手を下せばいい!!)

 

 決意も新たに、右手に二丁目のハンドガンを呼び出して構える。

 

「隙ありぃ」

 

 瞬間、試験が始まった時と同じくらいの至近距離でそんな声を囁かれた。

 

 

 




 というわけでVS楯無戦。

 ちなみに試験での使用ISの武装が試験官と同じのをセッティングとかは独自解釈。
 あと、実技試験自体では不合格はまず出ないっていうのも独自解釈。
 だってそうしないと未経験者はまず合格できないですよね?
 たぶん、よっぽど下手打たないと実技の方では不合格出さないんじゃないかなと予想。
 ……あれ、原作で一夏の相手した山田先生って(汗)

 実技試験で専用機持ちが専用機使うってのも以下同文。
 だってそうじゃないとさすがにセシリアさん山田先生に勝てない気が(酷い風評被害)

 なのでこの作品では入学前の実技試験ではあくまでどの程度の適性があるのか&専用機持ちがどんな動きをするのかをチャックする程度って解釈でお送りします。

 それでは、書き溜めはまだあるのでまた明日。



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3:試験終了

「馬鹿者め、すっかり遊ばれているな」

 

 アリーナの管制室、そこの大型モニターを見上げながら、一人の女性が呆れたように呟いた。

 黒髪にスーツ姿の凛とした雰囲気。

 隣にいる真耶と比べれば、なおさらその差が激しく見える。

 

 二人の前に掲げられたモニターには、アリーナで戦う一夏と楯無の姿がリアルタイムで映し出されていた。

 

「でも織斑先生、相手はあの更識さんなんですから」

「そんなものは理由にならない」

 

 真耶のフォローをざっくりと切り捨てて、女傑は鼻を鳴らす。

 どうやら彼女から見て一夏の動きは不満が大きいらしい。

 

「―――せめて、自分がどういう風に遊ばれているかくらいは気付いて見せろよ、愚弟」

 

 よほどに親しい人間でなければ気付けない程度の優しさが含まれた声音で、女性はポツリと呟いた。

 

 彼女の名は【織斑 千冬】。

 一夏の姉で、IS学園の教師で、なによりも今なお生きた伝説として存在する最強の戦乙女(ブリュンヒルデ)である。

 

 

 

***

 

 

 

「ぐぅうっ!!?」

 

 放たれた一撃をハンドガンそのものを盾にして逸らす。

 ぬるりと滑るように肉薄してきた楯無に対し、一夏は距離を取ろうと後方上空へ距離を取ろうとする。

 しかし、先程のお返しのように楯無がそれを追従し、連撃を放つ。

 

「そらそら!! どうしたのかしら!?」

「くぅっ!!」

 

 横殴りの豪雨のような連撃を、攻撃のために呼び出した銃を防具にしながら必死に捌く。

 ほんの少しでも気を抜けば刺突の嵐がこの身を存分に叩くだろう。

 

(こ、いつ……弾幕を銃一丁から二丁に変えるその僅かな隙を狙って……いや、違う)

 

 胸の中心を狙った一撃にわざと銃を二丁とも貫かせて槍を一瞬固定。

 柄を蹴ってかち上げると同時にそのまま後ろへ倒れ込むように落ちていく。

 

(やろうと思えば、いつでも距離を詰められた……そう言いたいのか!!)

「舐めるな!!」

 

 即座に追ってくる楯無に対し、一夏は拡張領域から直接射出するように三つの円盤を彼女へ放つ。

 それはそれぞれが本体から三つの刃を出現させ、電動ノコギリのように回転しながら不規則な軌道で楯無に迫っていく。

 

(スラッシュリッパー……二丁目の銃を出すのが少し遅かったと思ったらこんな渋いのまで同時に)

 

 彼女は単純な技量以上にその武装の選択にこそ感心する。

 今自分に迫っているその武器は、AI制御で自動的に相手へ纏わりつくように攻撃し続けるという代物だ。

 それ自体の攻撃力は対して高くはないが放っておけば地味にこちらのシールドを削り続け、なによりこちらの注意を継続的に削いでいく。

 また、それぞれが独立した軌道で動き続けるため叩き落すのも面倒という、牽制のための武器としては高い性能を誇る。

 それ故に使いどころによって大きく効果が変動するのだが、今この場面で使うこと自体は最適解と言っていいだろう。

 空いた距離を生かし、時間を稼ぐにはもってこいの装備だ。

 ただし―――

 

「あまぁい」

 

 ―――楯無には、学園最強を誇る彼女には何の痛痒も与えられない。

 円を描くような一閃……それだけでランダムで動く円盤三つを一度に砕き散らした。

 いかに牽制に優れた武器といえども、纏わりつく前に破壊してしまえば意味はない。

 もっとも、不意打ち気味に繰り出され、相対的に凄まじい速度で接近し合うそれを払う技量があってこその芸当ではあるが。

 苦も無くそれをやってのけた少女は、今度こそと一夏へ視線を向け―――目を見開く。

 

「その程度、読めてなかったと思うか?」

 

 その先、地に降り立った一夏が肩に担いで構えるのは四連式のミサイルランチャー。

 黒い本体に十字に仕切られる形で四隅に白く細長い弾体をさらしているそれは、短い槍にも太い矢にも見える。

 

「マズ……!!」

 

 楯無が呟くと同時、四つのミサイルが噴煙を吐き出しながら飛翔する。

 彼女は背を向けるでなく、寧ろ飛び込むように前進し、それらの隙間をかいくぐるように通り過ぎる。

 だが、それでは意味はない。

 標的としてロックオンされている以上、すぐに反転して彼女を背から襲う………はずだった。

 

「なっ!?」

 

 どういうことか。

 一夏の視線の先でそれぞれ反転しようとするミサイルの内、一基が不自然な軌道で暴走。

 別の一基の進行を妨げて衝突、誘爆する。

 他の二基は巻き込まれはしなかったが、代わりに片方が爆風に煽られて再度の軌道修正を強いられる。

 

(すれ違いざまに一基の尾翼を損傷させていたのか……だが、まだ二基残って……)

 

 そう考える一夏の目の前で、楯無がさらに槍を振るう。

 まず一基、迫ってきたそれの噴射口付近を切り落とす。

 推進部だけになったほうは明後日に飛び続けた後に地に転がり、推進部を失くした方はその余力と切られた勢いでくるくると回転しながら放物線を描き、落着と同時に爆発する。

 

 そして最後の一基で、信じられない行動に出た。

 

「っと」

「はっ!?」

 

 楯無は飛んできたミサイルをギリギリのところで躱すと、徐にその真ん中あたりに槍を突き刺したのだ。

 そうして出来上がったのは後部から勢いよく火を噴く即席のウォーハンマーだ。

 彼女はくるりと推進部の勢いを逃がすように一回転。

 そして今度こそ一夏へと世界で一番危険なハンマーを振り上げて迫っていく。

 

「で……っ!!?」

 

 でたらめだと、口からこぼれかけたところでそれを制し、敢えて動かずに迎え撃つ。

 そして楯無がハンマーの弾頭を振り下ろしてきた瞬間、

 

「フッ!!」

 

 ランチャーの本体を放り投げながら後ろへ飛びすさる。

 

 

 

 直後、ランチャーの本体とミサイルが接触し、盛大に爆発した。

 

 

 

***

 

 

 

 ここまでの攻防、細かいところまで認識することは外野からは不可能だろう。

 観客席から見て解るのは、気付けば立て続けに爆発が起こっていたこと、もう一つ。

 

「オイ、こんなの試験のレベルじゃないぞ……!?」

 

 誰かが呟いた矢先、事態が動く。

 

 二人を飲み込んだ黒煙……そこから真っ先に飛び出し、煙を残滓と棚引かせているのは一夏だった。

 彼は仰向けに寝そべっているかのような状態で地面すれすれを滑空している。

 と、そこへ楯無が瞬時に追いつき、並走する。

 見下ろすように彼の上を取っている彼女は既に槍を構え、次の瞬間には一夏を地面に縫い付けるような一撃を放つだろう。

 

 それで決着。

 結局、番狂わせなど起きなかった。

 

「―――結構、楽しかったわよ?」

 

 しかし。

 

「これで、おしまい」

 

 

 言葉とともに、締めくくらんと引き絞った力を解き放ちかけたその時。

 

 

 

「否、まだだ」

 

 

 

 バオッ、と土煙が上がると同時。

 先ほどのような脱力したものとは明らかに違う、金属同士が強い力で衝突する鈍い轟音が鳴り響いた。

 

「………へぇ」

 

 感心したかのように声を漏らす楯無は、一瞬前まで一夏を貫かんと構えていた槍を、横に広げて盾にしていた。

 

 ―――そう、盾。

 今、彼女の槍の柄には十字に交差するように長大な刃が振り下ろされている。

 それは最初攻防で一夏の手から飛ばされた近接ブレードで、今の今まで地面に突き刺さっていたものだ。

 それを抜き放ち、振るったのは言わずもがな。

 

「ここからは小細工無し……正面から挑ませてもらう」

 

 一夏が、ギャリギャリと競り合いながら互いの武器越しに相手を睨む。

 その視線を受け、楯無が笑みを浮かべる。

 これまでのようなからかうようなものではなく、闘争心を伴った獰猛な形にだ。

 

「あは―――」

 

 変わった、と一目で感じた。

 先ほどまでの攻防がお遊びだったわけではない。

 最初の奇襲から弾幕、スラッシュリッパー、そしてミサイルランチャー……これらも確かに楯無を落とすためのものだったろう。

 

 しかし、これは次元が違う。

 確かな意思で刃を握ったからか、明らかにすべてが研ぎ澄まされている。

 まさしく、鞘から抜き放たれた銘刀の如く。

 

(この辺りはまだ無意識かなぁ……)

 

 その辺りに未熟を感じつつも、だからこその将来性に背筋が奮えそうになる。

 故に。

 

「なら……」

 

 槍を支える手に、力を入れる。

 そして口角を釣り上げたまま、解き放つ。

 

「魅せてよね、貴方の力!!」

 

 ギィン、と互いの身が弾かれ、身を回しながら地に降り立つ。

 片や羽のように軽やかに。

 片や地を削りながら荒らしく。

 そして駆け出すもまた同時。

 

「ダアァッ!!」

「てぇいっ!!」

 

 そこからの激突は開始当初の焼き回しのごとく。

 しかしそれと違い、今度は三撃では終わらない。

 四、五、六と倍に重ねられ、さらに七、八、九、十と三倍よりさらに上乗せされて続いていく。

 唐竹、横薙ぎ、袈裟、切り上げ。

 刺突、払い、穂先のみならず柄や石突きすらも使った隙間なき連撃。

 

 一際力を乗せた斬撃を、受けた槍の柄をレールのようにして受け流し、後ろへと体勢を崩させる。

 勢い余って身を倒していくその背に向かって後ろ向きのまま石突きが突撃する。

 それに対し、一夏は体勢が崩れた状態のまま振り向き、石突きをほんの僅かなところで躱して流しながらその勢いのまま刃を振るう。

 通常ならばまともな攻撃にならず、それどころかただ転倒するだけのような自爆でしかない行動。

 しかし、彼らが纏っているのはIS……すでに重力の頸木から解き放たれている以上、体が真横を向いていようが十全の攻撃は可能である。

 事実、その斬撃を楯無は穂先を下に回すことで柄を盾にして防ぐ。

 

「つっ!!」

「んっ!!」

 

 互いに弾きあうように僅かに間合いを開き、そして再び剣撃と槍撃の応酬が始まる。

 やがて、すこしずつ互いの身が宙へと上がり始め、互いの攻撃がより立体的な軌道を取り始める。

 そして。

 

「でぇやあああああああっ!!!」

「たぁああああああああっ!!!」

 

 いつしか、二人の攻撃は間を長く置いた状態からの加速しての突撃へと移っていた。

 先ほどまでが歩兵同士の鍔迫り合いなら、今度はまるで騎兵同士の決闘のようだ。

 加速からの突撃、互いの攻撃が混じり、すれ違ってはそのまま駆け、そして振り返って再び突撃する。

 その軌道は天体の公転図のようにも似て、同時にメビウスの環を彷彿とさせる。

 

「ぐぅうううっ!!」

「くっ、ぅううっ!!」

 

 ぶつかり合う度、火花が散り、轟音が響く。

 衝撃に体と機体を軋ませ、呻き声を漏らしながら即座に体勢を立て直す。

 そして突撃と激突。

 苛烈さを増していく攻防は、しかし互いに決定打はおろかまともな損傷さえ与えられていない。

 否、攻防と評するには語弊があるだろう。

 互いの攻撃がそのまま相手の攻撃を相殺しているというだけなのだから。

 

 そしてそれは幾度目かの衝突の後だったろうか。

 間合いを空けた一夏は、しかしそれまでのようにすぐさま吶喊するのではなく、敢えて間を置いた。

 一方の楯無も同じようにその身を制止させ、こちらを見据えていた。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに離れたまま、相手を見据えること刹那。

 これまた示し合わせたように、静かに構えをとる。

 一夏は脇構えに刃を寝かせ、僅かに腰を落とす。

 楯無は柄を広く持ち、穂先を一夏へ向けて引き絞るように力を溜める。

 二人はほぼ同時に細く息を吐き―――弾かれるように飛び出した。

 

「「ああああああああああああああああああああああっ!!!!」」

 

 空気を引き裂く甲高い音を響かせながら間合いを瞬時に縮めさせ、そして―――

 

 

 

『そこまで!! ……試験は終了、それ以上の戦闘は許可しない』

 

 

 

 無粋なブザーとともに、有無を言わせぬ強い言葉が幕引きを告げた。

 

「………終わり、ですか」

「………みたいねぇ」

 

 あと数センチ。

 それだけの距離でピタリと静止した状態で、構えたままの二人がポツリと漏らす。

 それを皮切りに、二人とも脱力して構えを解いた。

 瞬間、二人の健闘をたたえるためか観客席から拍手が響く。

 まばらに埋まっていたためか、喝采というにはいささか寂しい。

 だがそれでもそこにいる誰もが惜しみなく手を叩いている。

 そんな彼らに楯無は笑顔で手を振って見せているが、対する一夏はどこか苦々しい憮然とした表情を浮かべている。

 

 ともあれ、最後は若干締まらないものとなったが。

 これにて一夏の実技試験は終了と相成ったのであった。

 

 

 




 作中に出てきたスラッシュリッパーはまんまスパロボに出てくるあれです。
 ただ、あれみたいにフル改造すれば相手を両断できるみたいな攻撃力は持ってません。
 あくまでも牽制用で、纏わりついてちまちま攻撃してくるだけです。
 ……うん、作る方も使う方も性格悪いんじゃないかな、コレ。

 ミサイル発射からミサイルウォーハンマーの流れは最初やめたけど結局改めて書き込んだ部分。
 ちょっとやりすぎた気もするけどまぁいいかと開き直ることにしました。
 うん、ぶっちゃけ専用機持たせた後の方が動かしづらいかもしんないな、コレ(汗)

 まともな戦闘描写はあんまり経験がないのですが、少しでも楽しんでいただけたならありがたいです。
 ……個人的には爽快感とかサクサク読めるようなテンポの良さを書ける技術が欲しい……

 さて、それではまた明日。


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4:賭けの結果とそれぞれの胸中

 

 

「お疲れ様、織斑くん」

 

 地面に降り立った後、楯無が笑いかける。

 それに対して、一夏は降りる前と変わらず憮然とした表情を浮かべており、溜息一つを置いて告げる。

 

「こちらこそお世話になりました。

 早速ですが賭けの清算といきましょうか。

 ―――それで? 敗者にいったい何をお望みでしょうか?」

 

 慇懃な問いかけに、楯無は眉根を寄せて首を傾げる。

 

「あれ、あっさり負けを認めちゃうの?

 一応、どっちもシールドはほとんど削られてなかったんだけど」

「それ、本気で言ってます?」

 

 冗談めかした物言いに対し、一夏が返す視線はひどく冷たい。

 

「あの内容で俺が勝ちを主張するとでも?」

「………ごめんなさい。 ちょっと調子に乗りすぎちゃったかしら」

 

 本気の怒気を感じ取り、楯無もバツが悪そうに謝罪する。

 一見すると勝敗がどちらかわからなくなりそうな光景である。

 

 気を取り直し、楯無が改めて笑顔を向ける。

 

「それじゃあ織斑くん……貴方、入学したら生徒会の副会長ね」

「………………………………………………………………………………………………は?」

 

 決定、と締めくくられたその言葉に、一夏の思考が停止する。

 再起動直後に記憶を反芻し、聞き間違いだろうかと疑問を抱き、確認しようとして、

 

「反論がないようなので就任確定でーす。 おめでとう」

「ちょっとまて」

 

 寸でのところで静止をかける。

 どうやら耳鼻科の世話になることを検討する必要はなくなったようだ。

 自分の耳は正常に機能している。

 事態は異常だが。

 

「なんでいきなり副会長?

 というか、選挙は?」

「生徒会役員は会長からの任命制なの。

 一応、一夏くんと一緒に入学する予定の子も含めて書記と会計は揃ってたんだけどね、副会長だけが決まってなかったの。

 でもこれで解決!!」

 

 自信満々に親指を立てる学園最強に、思わず頭を抱える。

 先に副会長を決めるものではなかろうか、いや実務的な役職を優先したのかもしれないが。

 とりあえず、これだけは確認しておかなければと気を取り直す。

 

「………なんで俺なんですか」

「貴方がいいと思ったからよ」

 

 そんな根本的な疑問に、まっすぐとした瞳で射抜かれながら即答される。

 先ほどまでのおちゃらけた様子とは打って変わってその姿はどこまでも真摯にこちらに向き合っている。

 そのギャップに、一夏の思考が先程とは違う意味合いで停止するほどに。

 

「さっきの戦いを通して、そう思ったの。

 将来性も含めてね」

 

 思わず、苦い顔を浮かべてしまう。

 先ほどの戦いと言われても、彼からすれば賞賛を受けるところがあっただろうかと疑問を抱かざるを得ないからだ。

 と、それをどう思ったのか、楯無は途端に不安げな表情を浮かべる。

 

「ダメ、かしら?」

「……………………ハァ」

 

 一夏は思わずため息を漏らす。

 元より賭けに応じてそれに敗けたのだから逆らうのは筋違いである。

 内容もそう無体であるとも思えない。

 なにより、今の相手の姿を見て罪悪感を抱いた時点でそういう意味でもこちらの敗けだろうと自嘲する。

 

「いえ、非才の身でよろしければ謹んでお受けします」

「っぃよしっ!! それじゃあこれからよろしくね、織斑くん!!」

 

 わざとらしく慇懃無礼な了承を得て、楯無が力強くガッツポーズを見せる。

 そんな彼女に飄々としている割にころころとよく表情が変わる人だと思いつつ、一夏はふとある疑問が沸いた。

 

「ところで、戦ってそれを決めたってことは、戦う前はどんなことをさせるつもりだったんですか?」

「うぇっ!?」

 

 青天の霹靂か、思わず変な声を漏らす楯無。

 しどろもどろに顔を赤らめる彼女に、一夏はよからぬことをさせられる予定だったのかと思わず身を引かせてしまう。

 その様子に気付いた楯無が慌てて弁明する。

 

「いや、ちょっと引かないで!?

 違うから、君が想像してるのとは恐らく絶対違うから、多分!!」

「………それじゃ何でしょうか? 内容次第じゃ応じることも考えないでもないですが」

「む………」

 

 言われ、思わず口を噤む。

 しばらく視線を逸らしたりしていたが、やがて観念したかのようにポツリと呟く。

 

「それじゃあ………敬語とさん付け、今度から無しにしてもらっていい?

 私も、名前で呼ぶから」

「…………………それだけ、ですか?」

「う、うん」

 

 想像以上に穏便な内容に思わず呆気にとられる。

 他の狙いがあるのかと一瞬考えたが、上目遣いでこちらを伺う様子に嘘は感じられなかった。

 そも、その程度で何の企みに生かせるというのかと思えば、変に疑うのも馬鹿らしくなった。

 

 一夏は短く溜息を吐く。

 

「生徒会の副会長を任されるとなれば行事などかしこまった席で目立つ場所にいることもあるでしょう。

 そういう場合に生徒同士とはいえ目上の者相手に馴れ馴れしくするのはさすがに憚れます」

「あ……」

「―――だから、そういう場所以外なら喜んで」

 

 断られると思ったのか、落胆した表情を見せる楯無に一転して笑いかける。

 すると彼女もまた花開くような本当にうれしそうな笑顔を魅せる。

 そして彼女は鋼鉄の掌を彼に差し出し、

 

「それじゃ改めて。 これからよろしくね、一夏」

「ああ。 よろしく、楯無」

 

 一夏もまた、笑顔と共にそれを握り返した。

 

 

 こうして。

 一夏はIS学園副会長の座に入学前に就くことが決定したのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 その後、楯無と別れた一夏は纏った打鉄を返却し、汗を流すためにシャワールームの併設されたロッカールームへの道を戻っていく。

 その道すがら、彼はよく見知った顔に遭遇するのだった。

 

「千冬姉……」

「―――その様子なら、小言は必要ないか」

「………」

 

 そう判じられた一夏の表情とはどんなものだったのか。

 当の本人は無言のまま実の姉の横を通り過ぎ、ふと立ち止まる。

 

「なぁ、千冬姉。 あれが、学園最強なんだな」

「ああ、そうだ」

「千冬姉は、もっと強いんだよな」

「愚問だな」

「………他にも、強い人たちがいるんだよな」

「当然だ。 ここをどこだと思ってる」

「そっか………」

 

 それだけ残して去っていく弟に、千冬は同じように振り向かずに言い放つ。

 

「一夏、今日は構わないが……入学したら、私のことは織斑先生と呼べ。

 いいな?」

「………、了解」

 

 思わず小さく噴き出してから応じると、今度こそ一夏はその場を後にする。

 残された千冬は小さく息を吐き、

 

「まったく……手がかからなくなるというのも、手持ち無沙汰になるものだな」

 

 言外に寂しくなったと呟いた。

 

 

 

 一方の一夏はロッカールームでダイバーが着るような作りのISスーツを脱ぎ去ると、シャワールームに直行した。

 水音が響く個室の中は、しかし湯気が立つことはない。

 シャワーヘッドから降り注いでいるのは冷水だからだ。

 理由は単純……文字通り、頭を冷やしたかったためである。

 

「…………………糞っ!!!」

 

 思わず、壁を殴りつける。

 拳に響く鈍い痛みに、しかし頓着する余裕もない。

 

「……負けた……敗けた……」

 

 それも、完膚なきまでに。

 その事実に、一夏は自身への苛立ちを抑えきれなかった。

 

 先の戦いにおいて、一夏はいくつかの武装を併用したが、それに対して楯無は一貫して槍一本でそれを悉く制した。

 ただ、それだけならばまだ良い。

 自身の他の武器の練度が低かっただけだからだ。

 だが、総じて結果だけを見ればどうだったろうか。

 確かに、シールドエネルギーの数値だけを見れば大した差異はない。

 せいぜいが誤差と判断される程度だろう……無論、本当の試合ならばその誤差で決着がつくが。

 だが、問題はそこにはない。

 

 一夏は結局のところ楯無に有効打を叩き込めず、シールドエネルギーを減らせなかった。

 しかし、楯無はこちらのシールドエネルギーを『敢えて減らさなかった』のだ。

 その差……一方的に手加減されたという事実と、それを可能とする圧倒的実力。

 同じ機体を使ってこれなのだ。

 もし習熟した彼女のためだけの専用機だったならば己はいったいどれだけその身で耐えることができたというのか。

 

 天狗になっていたつもりはない。

 だが、ここまで自身の力が通用しなかったという事実に、彼は平静を保つことができなかった。

 今すぐ憤りに叫びだしたくなるのを必死に抑えるのがやっとという有様だ。

 その無様さが、更に自身を苛む。

 

 そうしてどれほどの間、水を浴び続けていたのか。

 一夏はおもむろにシャワーを止めた。

 

「あれが……学園最強……これがIS学園か」

 

 前髪から水を滴らせながら上げたその顔、その瞳は。

 

「―――上等。 楽しみになってきた」

 

 これ以上ないほどに獰猛な笑みと光が湛えられていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 その頃。

 楯無もまた、別のロッカールーム内のシャワーで汗を流していた。

 こちらも一夏のような冷水でこそないものの、敢えて低めの温度に設定されていた。

 と、楯無は口元に両手をやりながら、壁に背を預けてずるずるとへたり込んだ。

 その顔は、茹だったように真っ赤だ。

 

「―――まずい。 予想以上というか、予想外というか」

 

 先の戦い、実の所は一夏が思っていたほど彼女に余裕があったわけではなかった。

 

 最初の攻防においては武器を弾いた時の感触が軽すぎたから察知出来たものの、もう少し騙しが巧ければあそこまで上手く流すことはできなかったろう。

 その次、二丁拳銃を完封させられてからのスラッシュリッパー、そしてそこからのミサイルへの流れは内心で舌を巻いたほどだ。

 放たれたミサイルを捌ききるまでは正直冷や汗ものだった。

 

 だが何よりも、最後。

 己の槍と彼の刀による応酬。

 自分は終了の合図が出るまで幾度となく彼と打ち合ったが、そこにこそ瞠目すべき最大のものがあった。

 一合を経るごとに、目に見えてわかる変化……否、成長をしていたのだ。

 そう、それこそ自分との戦いを文字通り血肉とするかのように。

 

 あの時、試験の終了を告げられなければいったいどれほどの高みへと昇っていたことだろう。

 当然ながら負ける気は毛頭ないし、そうそう実力的に追いつかれるなんてこともないだろう。

 だが、双方ともほとんど無傷などという余裕のある決着に至ることは難しかったかもしれない。

 

 なによりも。

 

「あの目……」

 

 隙あらば、こちらを噛み砕くつもりの眼光。

 それが自分をどうしようもなく貫いていたことが、殊更に彼女から余裕を削ぎ落していた。

 それほどまでに、あの眼差しは強く、鋭く、そして―――

 

「熱い……」

 

 口元の手が滑って豊かな胸元へと落ちていく。

 重ねて置いた掌からは早く力強い鼓動と、現実にはないはずの熱を感じる。

 それこそ、夢見た直後よりもなお強く。

 まるで燻っていた種火を、あの眼光が燃え上がらせたかのように。

 

「熱い、なぁ……」

 

 彼女はその熱を逃がさないように胸元の手にさらに力を込め、かき抱くように蹲る。

 まるで大切な宝物のように。

 

「なんなんだろうなぁ、これ」

 

 不思議そうに、しかし抑えきれぬ笑みをこぼしながら彼女は呟く。

 完全に無自覚に、どこまでも嬉しそうに無邪気な笑顔を咲かせている。

 

 それでも、彼女はまだその熱の名前が何なのか名付けることができずにいた。

 

 

 

***

 

 

 

 冬の終わり、それぞれがそれぞれの胸中に想いを抱いたままこの邂逅は幕引きを迎える。

 再びの開演は季節が移り、年度を跨いだその先。

 

 喝采のごとく艶やかに舞う桜吹雪の中、IS学園を舞台とした激動の日々が始まる。

 

 

 

 




 というわけで、一夏くんだいぶ早送りで副会長就任。
 といってもこれだけだとあんまり変わらないけどね。
 精々、のほほんさんとの絡みがやりやすくなった程度かな。
 最高だなオイ。

 で、次回……は幕間なので次々回から原作突入。
 ただし書き溜めがないのでかなり遅れる模様。
 気長に待ってくださいね。

 ちなみに原作ヒロインは開始時点ではセシリアと箒以外は割といろいろ変わってる予定。
 ひとつだけ具体的に言っちゃうと酢豚さんが酢豚してません。
 どういう意味かは本編を待ってくだされ。

 次回は幕間でぶっちゃけ華やかさもなにもない話なんで同時投稿しときます。
 それでは。



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幕間:IS学園といふもの

※注意※
・これは二話同時投稿の二つ目です。
・今回、オッサンしか出てきません。
・独自設定と独自解釈と原作キャラの設定捏造がございます。
・ぶっちゃけ地の文ばっかりで読むのめんどいと思います。

 ……以上のことをご了承の上でお読みください。


 

 

 倉持技研の技術者、【城山 風玄(しろやま ふうげん)】……一夏からフーさんと呼ばれる男は上司への連絡を終えると、アリーナ内の生徒立ち入り禁止区域へと足を運んでいた。

 と言っても、別段重要な機密を抱えた場所ではなく、不法侵入でもなければそもそも立ち入り禁止区域でもない。

 にもかかわらず生徒の出入りを禁じているのは、単純に公序良俗に反するからだ。

 即ち。

 

「………広くて豪華だねぇ、喫煙室まで」

 

 つまりはそういうことだった。

 生徒がいれば問答無用で反省文、場合によっては謹慎や停学、最悪は退学までありうる場所へ風玄は軽い足取りで踏み入る。

 すぐ傍に数台ほど並んでいる自販機にはコンビニでも売っているような普通の銘柄から常用していればその数倍は金がかかるだろう高級品、果ては特注だろう葉巻を扱っているものまであった。

 

 喫煙スペースの方も広く、すでに先客が数名いるというのに煙で視界が霞むどころか扉を開けても煙草臭さをそれほど感じない。

 どれほど高価な排気システムを導入しているのか気になるところだ。

 

 と、風玄が据わり心地の良い革張りの席に腰を下ろすと同時に近くに座っていた先客二人が立ち上がる。

 

「しっかし、この無駄に豪華な造り……これ全部税金なんだよな?」

「ああ、IS技術のためとはいえガキどもの学び舎にここまで金かけるとは……貧乏くじってのはヤになるね」

「まったくだ」

 

 そんなことを言い合いつつ、その場を後にする二人を尻目に風玄は愛用のライターと煙草を一本取り出した。

 

「貧乏くじ、ね」

 

 先程聞いた言葉を一人繰り返しながら、唇で挟んだ煙草に火を点ける。

 

 貧乏くじ。

 IS学園の設立は、一般にはそういうことだと認識されている。

 正確には世界的混乱に対する謝罪と責任か。

 

 ISを扱う者を育てる教育機関を作れ。

 その過程で出るすべての情報を隠すことなく全世界に開示しろ。

 土地と費用はそっちで全部負担しろ。

 それが【白騎士事件】……たった二人の人間が大国の軍備を相手にあらゆる意味で翻弄してみせたその事件で、日本が負わされた賠償だ。

 ―――そう、“表向き”にはそういうことになっている。

 

「全く、よくいったものだ」

 

 口から紫煙を燻らせながら、独り言つ。

 

 そもそもの話。

 責任を取ることが世界で唯一の教育機関をこの国に作るということへつながることが不自然なのだ。

 寧ろIS関係の権利をすべてはく奪されていてもおかしくはなかったというのに。

 

 だがもしIS学園が世界各国で作られていたなら恐らく今のように技術は開放的にならず、結果として姿の見えぬ最新鋭のISを警戒し合う冷戦状態が各国間で繰り広げられていたかもしれない。

 しかしそうはならなかった。

 IS学園が作られたのが日本だけで、その技術をすべて開示することが前提条件となったが故にアラスカ条約は無実化することなく機能している。

 

 これだけなら日本に特に益はなく、金を出している分かえって損をしているように見えるかもしれない。

 だがそうではない。

 むしろ日本にこそ有益な要素が多いのだ。

 

 まず一つに、技術。

 ISを通して、ここにはあらゆる国の最新の技術が集まる。

 当然のことながらそれらは隠匿することなどできず、開示しなければいけないのだがそのためには技術そのものを精査しなければいけない。

 それには各国の技術者も立ち会うだろうが、IS学園が日本にある以上責任者として日本側の立場は必然強くなる。

 つまり、日本は全世界へ発信されるIS関係の最新技術に真っ先に触れられるということだ。

 もっとも、他国も知られたくない技術は自国内で極秘裏に研究するだろうが、それを差し引いても利は大きい。

 

 次に、人材。

 IS学園への入学の門は当然のごとく非常に狭い。

 つまりここへ入学できる人間はそれだけ将来有望な人間だ。

 そして生徒の割合は地元故か日本人の比率が大きいが、それでも入学生は世界中からやってくる。

 つまり、世界中のエリート候補の少女がこの国にやってきているということだ。

 また同時にISはコアの数が限られているため、実際にISの操縦者になれる人間はさらに少ない。

 中には技術者関連を目指す者もいるだろうが、そうでもなく卒業する者もいるだろう。

 つまり、世界中の将来有望な少女をスカウトすることができるということだ。

 多くは国元へ帰ることを選ぶだろうが、それでも分母が大きければそれだけチャンスも多いといえる。

 

 最後に、外交と経済。

 IS学園の運営資金は基本的に日本が出している。

 これに関しては一見すると日本には損しかないように見えるがその実、外交上の“伏せ札”として大きな意味を持つ。

 極論で言ってしまえば、日本に対して経済的な不利益を被らせてしまうことがあればそれは間接的にIS学園への経済的攻撃だと認識されてしまいかねないのだ。

 そうなればその国は他のIS関連の条約に加盟している国家からの批判を免れないだろう。

 無論、そこまで飛躍することはまずないだろうし、ましてそれを直接的に交渉カードとして使おうとすればそれは逆効果になるだろう。

 だが、だからこそ触れずに伏せ続けておくことに意味がある。

 相手の無意識化に『そういった懸念が存在する』と刷り込ませておくだけで日本に対しての便宜を図らせやすくなるのだ。

 同時に金銭面での他国からの提供を失くすことによって、学園の運営などへの干渉を抑制することにも成功している。

 

 これら三つ。

 積極的に行使できるような権利とは言い難いが、しかしこれらによって生まれよう利益は莫大なものになり得る。

 それこそ、『学び舎としては破格なほど豪華な施設』程度に掛かる諸経費など安く感じられるほどに。

 だがこうした背景を正しく理解している人間は国内外問わずそう多くはない。

 

(食えない話だよ、本当に)

 

 この構図を作り上げた人間は、表に見えやすい部分を上手く操作してあたかも日本が責任という形で負債を背負い込んだように見せた。

 無論、各国のTOPや要人は実際の部分に気付いているだろうが、一般的な認識としては日本はあくまでも損をしていると思われている。

 これは絵図面を引いてそれを実現させた大臣が、交渉を終えた直後に“責任を取る形”で辞任したというのも大きい。

 この責任というのはあくまでも白騎士事件に対するものであってIS学園設立に関しては関係ないモノなのだが、これも一般的には後者の件も含めてと思われている。

 己の進退すら利用しつくしているのだから、ペテンも極まれば神算鬼謀の域にまで達するという隠れた良い例だろう。

 

「いやはや、恐ろしい話だ」

「おや、何がですか?」

「うぉっ!?」

 

 思わず漏れ出た呟きへの応えに、風玄は思わず肩を震わせて口から煙草を落としそうになる。

 見れば、掃除用具の籠を手にした男が喫煙室の入り口でこちらへニコニコと笑顔を向けていた。

 壮年の風玄よりもさらに幾つか上で、初老に差し掛かって見える。

 しかし背筋は伸びており、足腰も見るからにしっかりしていて矍鑠とした印象を受ける。

 

 その見知った姿を見て、風玄は困ったように溜息を吐く。

 

「いえいえ、こちらの話ですよ。 先輩」

「そうですか……驚かせてしまって申し訳ありません」

「こちらこそ、お仕事ご苦労様です」

「はは、お互い様ですよ」

 

 朗らかに笑いつつ、男性はテキパキと喫煙室の灰皿の掃除を始める。

 ボックスを開け、吸殻を袋に放り込んでいく大学時代の先輩の背中を眺めながら、風玄は自分の咥えている煙草がフィルター近くまで短くなっていることに気付いた。

 

「これもいいですか?」

「はい、どうぞ」

 

 風玄は男性に了解を得て火を消した吸殻を袋に放り込む。

 そしてその場を後にしようとして出入り口に足を踏み出したその時、背後で掃除を続けている男から声が掛かる。

 

「織斑一夏くん」

 

 知っている名を言われ、ピタリと動きを止めてしまう。

 男は掃除の手を休めずさらに続ける。

 

「―――君から見て、どんな子ですか?」

「良い子ですよ。 ……ごく普通のね」

 

 静かに言って見せたその答えは、風玄の紛れもない本心からのものだ。

 彼とは三年前の修羅場から付き合いがあり、その成長と才能の片鱗を間近で見続けてきた。

 間違いなく一夏はISの操者として類稀なる実力者になり得るだろう。

 その上で風玄はそう評した。

 彼にとって一夏は善良でどこにでもいるごく普通の少年で、そしてだからこそ気の置けない世代を超えた友人のように思っている。

 そう答えたのも、男性が求めたのがそういう面の答えであると暗に察したからだ。

 事実、男は満足げに笑顔で頷いている。

 

「そうですか……来年も、賑やかになりそうですね」

 

 楽しみです、と呟いて掃除に没頭する。

 風玄も今度こそ喫煙室を後にする。

 いくらか離れた後で、ふぅ、と溜息を吐く。

 

「いきなり会うとびっくりするな」

 

 先ほどの男性の姿を思い浮かべながら誰ともなしに呟く。

 

 風玄は彼のことをよく知っていた。

 名を、【轡木 十蔵】。

 その柔和な人柄から“学園の良心”などとも呼ばれている用務員……というのが彼を知る殆どの人間の評価だ。

 だがその実態は、妻を学園長の座に置きながら実務を取り仕切る実質上の学園の最高権力者。

 ―――そしてIS学園設立における全ての絵図面を引き、現実のものとした立役者でもある。

 それらの事実を知る者は、限りなく少ない。

 

「………本当、恐ろしいほどに食えない人だ」

 

 いらないところで精神的な疲労を背負ってしまったような気分の風玄は、気を取り直すかのように携帯を取り出す。

 掛ける相手は、年下の友人だ。

 

「一夏くん、試験ご苦労さん。 よかったらご飯でも奢るよ?

 …………ん? お姉さんもいる?

 構わないよ、むしろ光栄だね」

 

 そうして約束を取り付け、さらに幾つらか会話してから電話を切ると風玄は足取りを軽くした。

 さて、なにを御馳走しようか……財布の中身と相談しながら、風玄は楽し気に思案を始めていた。

 

 

 




 というわけで、いろいろ垂れ流し回。
 でも正直、責任取るってことが世界でただ一つの教育機関を作ることに繋がるのがよくわからなかったのでそこら辺を妄想。
 実際、むしろ全部取り上げられてるよね、管理できてないって言ってるようなもんだし。
 政治学的におかしいところがあっても、あんまり突かないでくれるとありがたいです。
 ぶっちゃけそこらへんは素人以下なので。
 ならなぜ書いたかというと妄想が暴走した結果と言いますか。

 さて、フルネームも出ましたフーさんこと【城山 風玄】。
 これ、以前あとがきで書いた『八房先生びスパロボ漫画のあるキャラを思いっきりモデルにしたオリキャラ』です。
 モデル元は【ジョナサン=カザハラ】……グルンガスト壱式のパイロットであるイルム中尉のお父さんなあの人です。
 ちなみに名前ももじってます。

 ・ジョナサン→じょうさん→城山(→しろやま)
 ・カザハラ→風原→ふうげん→風玄

 ……こんな感じに。
 ぶっちゃけそんな出張ることはないと思いますが、それでも一夏側の人間としていろいろ関わってくると思います。

 ちなみにセルフQ&A。
Q:倉持技研の人間ならオリキャラじゃなくても【篝火 ヒカルノさん】でもよかったんじゃない?
A:ヒカルノさんのキャラよくわからない&あんまり一夏側に立ちにくい感じがした&立場的にあんまりフットワーク軽くなさそう&オッサンキャラ出したかった。

 ……まぁ、一番デカい理由は最後のなんですが。
 一応、『子供の味方ができるまともな大人』として描けたらいいなと思っています。

 それではこの辺で。
 次回はかなり間が空くと思いますが気を長くしてお待ちいただければ幸いです。



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弐:入学、そしてクラス代表決定戦
5:学園生活、開始


 

 

 居心地が悪い、一夏は口に出さずそう思っていた。

 

 実技試験から幾許か時が過ぎ、一夏は中学を卒業して無事にIS学園への入学を果たした。

 今日はその初日。

 一夏は割り当てられた一年一組の教室で溜息をかみ殺しながら腕を組んで腰掛けた椅子の背もたれに身を預けていた。

 その周囲では今日よりの彼の級友たちがこちらを見ながらひそひそと囁き合っている。

 

 IS学園では入学初日から通常授業が始まる。

 現在はその第一歩としてのSHRを待っているところなのだが、そこで冒頭の感想と前述の状況に繋がる。

 

(まぁ、女の園に黒一点なのだから仕方がないと言えば仕方がないんだが……)

 

 気まずい。

 とりあえず周囲の視線は否定的なものではなく好奇心によるものが主であるが、それが救いになるわけでもない。

 客寄せパンダの気分を味わいたがるような趣味は持ち合わせていないのだ。

 

(しかし、本当に女しかいないんだな)

 

 失礼にならない程度に視線を巡らせながら思うのは留学中とのギャップだ。

 実の所、ここまで極端に男女比が偏っている……というより、自分を除けば十割女という状況は初めてである。

 

(その辺りは学園と現場の差なんだろうが……実際キツイな)

 

 と、その時、一つ視線の質が違うモノを見つけた。

 他の者と比べて剣呑な色の強いそれの持ち主は、長い金髪の美しい西洋人だ。

 肩より前に出る両サイドの一房ずつだけを緩く縦に巻いているその少女はこちらと視線が合うと露骨に顔を逸らす。

 どうやら身に覚えはないが、あまり好かれてはいないらしい。

 一夏の方はというと、その態度よりも彼女自身のことに覚えがあった。

 といっても面識があるのではなく、彼女自身が有名であるだけだ。

 

(たしか英国の代表候補生の……【セシリア=オルコット】だったか)

 

 ISの国家代表やその候補生は見目麗しいものが多く、アイドルのような扱いでメディアに露出することは多い。

 しかし、一夏が彼女のことを知っていたのは、彼女の扱う専用機が特異なものであると風玄と以前話題に出たことがあったからだ。

 追記すると、一夏自身はアイドルやらなんやらと言った事柄には割と疎いほうであったりする。

 

 さて、その彼女が何故こちらを睨んでいたかというと、さっぱり心当たりがない。

 

(もしかして“女尊男卑”的な……いや、ISの現場を知ってる人間でそれはないか?)

 

 ともあれ、拘泥しても何も変わらない。

 気を取り直すように再び視線を巡らせば、別の少女に目が留まる。

 今度はセシリアのように有名ではない。

 だが、一夏とは面識のある人物だ。

 

(箒……)

 

 【篠ノ之 箒】。

 ISの生みの親である【篠ノ之 束】の妹であり、一夏にとっては幼馴染でもある。

 彼女はこちらの視線に気づくと、こちらも視線を逸らした。

 だがセシリアと違い、こちらは慌てたような様子でだ。

 

 その様子を見ながら、一夏は思わず小さく笑みを漏らす。

 

(元気そうで何よりだ)

 

 と、教室のドアが開き、私服姿の女性が入ってくる。

 真耶だ。

 

「はい、皆さん揃ってますね」

 

 言いつつ、彼女は教壇に立って新入生たちを睥睨する。

 全員が席についていることを確認して頷くと、にこやかに挨拶を始める。

 

「私はこのクラスの副担任の【山田 真耶】です。

 一年間よろしくお願いしますね」

 

 担任ではなく副担任であるということに引っかかったが、指摘するほどのことでもないと聞き流すことにする。

 と、真耶は若干緊張しているのか、どこか上擦った口調で進行していく。

 

「そ、それじゃぁ皆さんに軽く自己紹介していただきましょうか。

 それでは……」

 

 その後は出席番号順で自己紹介が始まった。

 内容自体は特に変わったもののない、ごく普通の自己紹介ばかりだ。

 だが、一夏は自分の番が近づくにつれてある種の期待に満ちた視線が自分に集まってくるのが解ってしまった。

 

(勘弁してくれ……)

 

 そうは思っても、五十音順ならば一夏は割と若い番号になる。

 ほどなくして、順番が回ってきてしまった。

 彼は覚悟を決めて立ち上がる。

 

「織斑 一夏です。 知っての通りというか、見ての通り男です。

 俺が今年ここに来ることを知ってる人もいるでしょうし、知らなかった人もいるでしょうが、性別以外は大した違いはないのであまり気にせずよろしくお願いします」

 

 無難というより味気のない紹介になってしまったが、構わないだろう。

 周囲からはもう少し何かないのかという肩透かしを食らったような空気が流れるが、無茶振りはよしてほしいと心から思う。

 そう思って一夏が座れば、小さく溜息を吐くのが聞こえた。

 彼がそちらに振り向けば、それは教室の入り口からだった。

 

「できるなら、もう少しましな自己紹介はできないか?」

 

 呆れたようにそう言ったのは、千冬だ。

 それに対し一夏が何か答えるよりも早く周囲が沸き上がった。

 

『『『きゃああああああああ』』』

 

 教室は埋め尽くす黄色い悲鳴。

 その後に続くのは会えて嬉しいとか光栄だとか貴女の為なら死ねるだのと、有名女性劇団の人気役者に会ったかのような感激の声の嵐だ。

 自身に向けられるそれらの言葉に、しかし千冬は辟易とした様子を隠そうともしない。

 

「まったく、よくも毎年こんな馬鹿どもばかり集まるものだ。

 それとも私のクラスに集中的に馬鹿を集めているだけか?」

 

 酷い言い草だが、それを聞いた女生徒たちが消沈するどころかさらに沸き立つあたり、千冬の意見ももっともと言えるかもしれない。

 そんなのが毎年ともなれば愚痴の一つも露わになるだろう。

 そしてそれは一夏にも言えることだった。

 

(こんなノリの中でやっていけるだろうか……)

 

 不安というよりも精神的な疲労こそ強く感じながら、一夏はこれからの学園生活を思って深く息を吐いた。

 

 

 

***

 

 

 

 その後、自己紹介を含めたSHRは無事に終わった。

 高校生活最初の授業も恙なく消化され、今は休み時間だ。

 そして一夏の現状はというと、文字通り見世物になっていた。

 

「………むぅ」

 

 チラリと横目で見れば、教室内の女子はそれぞれが何人かのグループに分かれながら遠巻きにこちらをチラ見しながら話し合っている。

 概ねSHR前と変わらないが、こちらの方が声に遠慮がなく、また教室の外に他クラスの者が混じっている。

 混じり合う声を何となしに拾えば、どうやらこちらにどう話しかけようか迷っているようだ。

 まぁ、仕方ないと言えば仕方がない。

 たった一人の男の上、なんだかんだで自分が千冬の弟であることも知られてしまったのだから。

 別段、隠していたわけではないのだが、先程のノリを目の当たりにした後だと、伏せておいた方が良かったような気もしてくる。

 まぁ、名字が同じ時点で無理な話だろうが。

 

 そんな中で、屯っていないのは3人。

 

 一人は、席に座りつつこちらをちらちらと見ているだけの幼馴染、箒。

 もう一人は、我関せずとばかりに瞑目して時折髪の毛先をいじっているセシリア。

 そして最後の一人は、

 

「ねぇねぇ、ちょっといいかな、おりむー」

 

 周囲の様子など知ったことかと言わんばかりに話しかけてきた、見るからにおっとりとした印象の少女だった。

 丈があっていないのか、盛大に袖を余らせている。

 しかし纏っている雰囲気からか、何故だかそれがしっくりときていた。

 髪は長めで、上の方で左右一房ずつ狐らしい意匠の髪飾りで纏めている。

 

 彼女はニコニコと笑いながら席から見上げるこちらを覗き込んでいる。

 

「おりむー?」

「うん。 【織斑 一夏】だから【おりむー】。 ダメ?」

「……………いや、別に構わないが」

 

 やったぁ、と間延びしながらほにゃほにゃと笑う彼女に、妙に力を抜かされる。

 それが不快に感じないのは、人徳と言っていいのか否か。

 

「それで、何か用か? えーと、布仏さん」

「おお! 名前覚えててくれた~。 ……っと、そうじゃなくて」

 

 彼女……【布仏 本音】は気を取り直して何事か言いかけて、しかし周囲を見渡す。

 そこには、先陣を切った勇者に注視する群衆の姿が。

 視線を視認できたなら針鼠になっているだろう本音は、「んぅ~」と考え込んでから、一夏に手を合わせる。

 

「ここじゃ恥ずかしいから、他の人がいないところでいいかな?」

 

 瞬間、短くざわめいてから、妙な沈黙が降りる。

 箒も眼を見開いて二人に視線を釘づけにされていた。

 一方でセシリアは我関せずとばかりに顔を向けようともしない。

 

「……わかった。 付き合おう」

「わぁい、ありがと~」

 

 席を立つ一夏と、袖の余った腕を振り上げて喜ぶ本音に、群衆がキャァキャァと騒ぎ出す。

 そんな彼女たちに構わず、二人はその場を後にする。

 

「ついてきちゃだめだよ~」

 

 言い残したその言葉を聞いていた者はどれほどか。

 残された少女たちは、跳ねあがったテンションのまま色めき立つ。

 

「ねぇねぇ、今付き合うって、付き合うって!!」

「いや、今のはそういう意味じゃないでしょ」

「でもでも、恥ずかしいから二人っきりって、それって……」

「待て、まだ慌てるような時間じゃない」

 

 そんな姦しさをよそに、微動だに出来なかった箒は表情を曇らせ、セシリアは、

 

「…………なんて、くだらない」

 

 小さく、吐き捨てるように呟いた。

 

 

 

***

 

 

 

「この辺りならいいかな?」

 

 本音に連れられ、どうにか人気のない場所まで来れた一夏。

 その道中はけっこう騒がしかったのだが、本筋にはあまり関係ないので割愛する。

 

「それで、なんの用だ? 布仏さん」

 

 訊ねれば、本音はくるりと振り返って一夏に向き直る。

 身長差で見上げる彼女は、

 

「すぅー、はぁー……すぅー、はぁー……」

 

 と、何故か深呼吸して、「むん!」と気合を入れるように胸を張る。

 そして一夏の目を見つめながら言い放つ。

 

「―――織斑一夏くん」

 

 それは、今までになく力強い口調で、それだけに強い想いが籠っていると察せられた。

 何事かと、内心で身構える一夏の前で、彼女は深々と頭を下げた。

 

 

 

「ありがとうございました!!」

 

 

 




 というわけで、本編開始です。
 SHRの辺りは結構カット。
 ここの一夏はキョウスケ成分が若干インストールされてるので原作程はっちゃけは少ないかもです。
 その分、楯無さんがエクセレン的な意味で活躍しますが(マテ
 ……原作でもあんまり変わらんかもしれんね、そこは。

 そして登場のほほんさん。
 この作品だと自己紹介はちゃんと聞いてたので名前覚えてます。
 ただしのほほんさん呼びはしない予定。
 その分みんなでのほほんさんと呼んであげよう、感想欄とかで(えー

 とりあえず、今回はこの辺で。


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6:感謝と謝罪と

 

 

 

「…………………すまん、話が見えない。

 とりあえず、なにに対しての礼なんだ?」

 

 一夏が困惑しつつ当然の質問をすると、本音は手を合わせつつ困ったように眉を寄せる。

 

「ごめんね~。 それは言っちゃダメってお嬢さま……じゃなくて、かいちょーに言われちゃってるんだ」

「会長?」

 

 その単語を聞いて、一夏の脳裏に即座に浮かんだのは入学前に出会った少女の顔だ。

 記憶の内容に少しばかり苦みを覚えながら彼は確認する。

 

「楯無のことか? なら楯無に関係していることなのか?」

「う~ん、ごめん。 それも思い出すまで言っちゃダメだって」

 

 恐らく、本音としても心苦しいのだろう。

 先ほどよりも心苦しそうな表情を浮かべている。

 さすがにこれ以上彼女を追及するのは憚られると同時に、一夏はある引っ掛かりを覚えた。

 

(………『思い出す』?)

 

 本音は確かにそう言っていた。

 もしこれが本当に楯無に関係する事柄だというなら、自分は彼女に対して何かを忘れているということになる。

 そしてそれは同時にある事実を指していた。

 

(俺は、あいつに昔会ったことがあるのか?)

 

 少なくとも、実技試験のときに礼を言われるようなことをした記憶はない。

 入学までの間も彼女に関わった覚えはない。

 ならそれ以前に自分は彼女に何かをしていたということになる。

 

(………まあ、布仏さんの口振りじゃ、直に聞いても答えなさそうだな)

 

 ならこの場で延々と考えても仕方がないだろうと思い、一夏は改めて不安げに見上げる本音に向き合う。

 

「布仏さん。 正直な話、俺はそれがなんのことだか見当がつかない」

「そっか~」

「だから」

 

 そこで彼はわずかに膝を折って、彼女と目線を同じくする。

 キョトンとする彼女に、薄く微笑みながらさらに続ける。

 

「思い出した時、改めてその礼を受け取ろうと思う。

 それで構わないか?」

「っ、うん!!」

 

 本音が本当にうれしそうに顔を綻ばせる。

 それを確認してから、一夏は別の疑問について尋ねることにした。

 

「ところで、楯無のことをお嬢さまって呼んでたのは?」

「あ、それはね。 うちはむか~しから代々更識家のお手伝いさんなんだよ~」

「あぁ、なるほど」

 

 つまりは、家ぐるみの付き合いのある幼馴染か。

 ただ、そこに主従のようなものがあるようだが。

 一夏が一応の納得を得ていると、本音が続けて言う。

 

「それでね~、私とお姉ちゃんもおりむーと同じ生徒会の役員なのだ~」

「へぇ」

 

 そういえば、楯無は二人は決まっていると言っていたような気がした。

 それが彼女とその姉か。

 

「だからおりむー、私のことは名前で呼んでほしいな~。

 布仏じゃ、お姉ちゃんとどっちか紛らわしいよ」

「……了解した。 それじゃあ改めて、よろしく頼む。 本音」

「ん!」

 

 右手を差し出しながら口の端を持ち上げて見せると、本音も嬉しそうに頷いて袖を捲る。

 想像以上に細く華奢な手指を曝け出すと、一夏の手を柔らかく握り返す。

 その時、掌に伝わる感触に彼はあることに気付いた。

 

(思ったよりも皮膚が硬い……それにこのタコは……)

 

 それは、日常的に工具や鋼材に触れる者の手だ。

 より具体的に言うと、整備兵と同じ掌の持ち主である。

 そのことで、一夏は彼女がそういった技術を有していることを察した。

 

「……おりむー、私の手、いやだった?」

 

 と、黙りこくった一夏に不安を感じたのか、本音が先程までとは打って変わって弱々しい声を上げる。

 もしかしたら、己の手のことを気にしているのかもしれない。

 だから一夏は正直に答えることにした。

 

「いいや。 意外だったから驚いただけだ。

 それに、これは努力と実力が刻み込まれた手だろう?

 俺は好きだぞ、そういうの」

 

 彼は留学中、これと同じ掌を持つ者たちと何人かあったことがある。

 親し気に話しかけてくれる者もいれば、偏屈な老人だっていた。

 だが、誰もが己の仕事と技術に真摯に向き合い、見ていて思わず固唾をのみ込むほどに没頭していた。

 だから彼女の手を笑うことは彼らを笑うことに繋がってしまう。

 なにより、自分と同い年の人間が彼らと同じ領域に足を踏み込んでいることは、素直に尊敬を抱かざるを得なかった。

 

 一方で、そんな言葉を返された本音はというと、

 

「あぅ……」

 

 呻くような声を漏らしながら、顔を真っ赤に染めていた。

 どうやら一夏の言葉はあまりにも不意打ちに過ぎたらしい。

 が、その原因である一夏はなぜ本音がいきなり顔を赤くして黙ってしまったのかわからなかったらしく、首を傾げている。

 朴念仁の証左だ。

 

「どうかしたか、本音?」

「にゃ、にゃんでもないよ!! そそれじゃあ、そろそろ戻ろうか、おりむー!!」

「あ、ああ」

 

 戸惑う朴念仁を尻目に、ぎくしゃくと歩き出す本音。

 が、不意にピタリとその歩みが止まる。

 そのまま動かずにいること数秒、彼女はゆっくりと振り返り、コテンと首を傾げた。

 

「………教室、どっちだったっけ?」

 

 その後、一夏が道順を覚えていたため、二人は遅刻することなく帰還できた。

 

 

 

***

 

 

 

 それから幾つかの授業と休み時間を経て、現在は昼休み。

 

 初日の感想としては、概ね大過なく過ごせたと思う。

 授業の方は留学での経験から難なく理解することができた。

 寧ろ休み時間の方こそ気疲れを得たものだ。

 本音が話しかけた後だからか、箍が外れたように取り囲まれたのだ。

 特になにやら本音との仲を邪推されたときは誤解を解くのに酷く苦労した。

 

(本音にもあとで詫びないとな)

 

 変わらなかったのは、相変わらずこちらをちらちらと見ていた箒と、我関せずを貫いていたセシリアくらいか。

 昼休みも、ぼやぼやしていたら同じことだろう。

 そうなる前に、一夏は動き出す。

 

「さて、と」

 

 そうして立ち上がったその時、教室の入り口から久しく聞いていなかった声が響いた。

 

「一夏!! いるわね!?」

 

 見れば、そこにいたのは中学の初めに転校してしまった知己、【凰 鈴音】だ。

 一夏は心臓が跳ねあがるのを自覚しつつ、安堵の息を吐く。

 手間が省けた、と内心で嘯いた。

 

「よう、鈴。 久しぶり」

「え、あ、うん、久しぶり」

 

 勇ましく声をかけてきた割りには急にしおらしくしどろもどろになる鈴音。

 どうやら、いざ本人を目の当たりにして少なからず動揺してしまったようだ。

 構わず、一夏は続ける。

 

「とりあえず、ここじゃあなんだし……人がいないところで話そうか。

 ―――俺も、お前に言わなきゃいけないことがあるからな」

「ひゅぅっ!!?」

 

 途端、顔を真っ赤にした鈴音が喉から声というより風漏れのような音を喉から絞り出す。

 それに対し、周囲がざわめきを得る。

 本音に続いて他の娘とも!?……そんな衝撃が駆け巡り、教室を満たしていく。

 一夏はそれが外へと侵食しない内に、鈴音の手を引いて教室を後にした。

 

 残されたのは、やはり本音のときのようにキャッキャッと盛り上がる少女たちに、

 

「………」

 

 一夏たちを呆然と見送る箒。

 そして、

 

「………………」

 

 もはや言葉もないとばかりに憮然とした表情を浮かべるセシリアだった。

 

 

 

***

 

 

 

「この辺りならいいか」

 

 教室から離れた一夏たちの姿は、アリーナの入り口前にあった。

 やはりたった一人の男子生徒というのが珍しいのか、どこへ行っても注目されてしまうため、人気のない場所を探すのには少し難儀した。

 結局辿り着いたのはこの時間もっとも混むだろう食堂や購買から遠いこの場所だった。

 或いは、熱心な生徒辺りが許可を得て使用しているのではないかとも考えたが、新年度初日だからだろうか杞憂に終わったようだ。

 

 改めて一夏が鈴音へと振り向くと、彼女は顔を真っ赤にしてそわそわと身を捩っていた。

 

「ね、ねえ一夏……あたしに話したいことって、何?

 こんな人気のない場所でなんて………」

「落ち着けよ、鈴。

 というか、真っ先にお前は来るもんだと思ってたんだが……」

「え、えぇ……本当はそのつもりだったんだけど、すごい人だかりだったしね。

 次の時間とかも、アンタたくさんの女の子に囲まれてたし……」

 

 言っていて、おもしろくなかったのか不機嫌そうに一夏を睨む。

 当の本人からすれば溜息しか出ない。

 

「おれとしちゃ、勘弁してくれって話だったんだがな。

 パンダの気持ちなんて知りたくもなかった」

「………それ、大昔にからかわれてたあたしへの当てつけ?」

「………あー、悪い。 そのつもりはなかった」

「冗談よ」

 

 言って、漸く肩の力が抜けたように笑う鈴音。

 それに対し、一夏も軽く笑って、しかしすぐに表情を引き締めた。

 

「鈴」

「う、うん」

 

 一夏の表情に、思わず佇まいを直す鈴音。

 そして数秒の沈黙を経て、

 

「――――――すまない。 お前に謝らなきゃいけないことがあるんだ」

 

 深々と、頭を下げた。





 なんでいきなりジゴロってんだコイツ(真顔

 いや、当初の予定では本音とは違う会話をする予定だったんですよ。
 ただ、ちょっと不自然な感じになるなと思ってそっちは没ったんですよ。
 で、一夏とのほほんさんが握手する辺りで……

・そういえばのほほんさんって整備スキル持ちだったよな

・てことは手とかもそれっぽい感じだろうな

・実は微妙に気にしてるとか

・まぁ一夏は気にしないだろうな(原作でもウチのでも)

・あるぇ~?

 ……こんな感じ。
 気が付いたら真っ赤になったのほほんさんを描写してましたよ。
 おかしいなぁ、のほほんさんのフラグはもう立てるにしてももうちょっと後のつもりだったのに……
 まぁ、まだ落ちてはいないと思いますよ。
 そんなチョロくはないはずですよ?
 どっかのイギリス貴族じゃあるまいし(爆)

 そして登場の鈴。
 とりあえず次話は丸々鈴との会話です。
 で、ちょっと冒険。
 アンチとかじゃないですけど、受け入れられるかがちょっと心配だったり。
 サブイボとか出たらごめんよ(なに書いた貴様

 とりあえずはこの辺で、また次回。


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7:責の所在は不安と怒りのぶつけ場所

 

 

 

「………………え?」

 

 鈴音が戸惑い、首を傾げる。

 その表情は呆気にとられたものだ。

 まぁ、無理もないだろう。

 久方ぶりにあった(しかも憎からず想っている)相手に、いきなり頭を下げられたのだから。

 しかも雰囲気からして冗談の類とも思えない。

 だが、本人としては全く身に覚えがないので戸惑うばかりである。

 

「え、えーと? ねえ一夏、いったい何のこ……」

「お前が転校した理由」

「っ」

 

 言葉とともに、息が詰まる。

 彼女のその反応に、一夏は胸中に苦いものを感じる。

 そして同時に、己の予想が正しかったことを察した。

 

「………やっぱり、親父さんたちの」

「うん……」

 

 力なく肯く鈴音の姿に、罪悪感が募る。

 

 両親の離婚。

 それが、中学時代に鈴音が帰国するに至った理由だ。

 一夏がそれを知ったのはある国からの留学から帰った後のこと。

 見送ることもできず別れてしまった彼女と話をしようと思い、伝手を頼って連絡先を調べたのだ。

 その時に、図らずも彼女の両親が別れてしまったことを知ったのだ。

 

「本当なら、お前の口から聞くべきことだった。

 すまない。 余計な詮索をした」

 

 結局、そのことが棘となって今の今まで話をすることができなかった。

 だから一夏は、彼女と会えたならまず真っ先にこのことについて謝ろうと心に決めていたのだ。

 

「ちょ、ちょっと! もう、頭上げてよ」

 

 再度頭を下げる一夏に、鈴音は困ったように笑う。

 彼女からしてみれば、驚きはしたし当時のことを思い出して暗くはなってしまったが、だからといってそれで一夏を責めようとは欠片も考えてはいなかった。

 

「別段、このことであたしにどうこういうつもりじゃないんでしょ?

 なら別に良いわよ。 不可抗力なんでしょ」

「………そうか。

 ただ、一つ訊いてもいいか?」

「………なに?」

「親父さんとは、話してるのか?」

 

 再び鈴音の顔が曇り、やがて力なく首を横に振る。

 一夏の調べでは、彼女は母親に引き取られている。

 なら父親と疎遠になるのは自然なことともいえるが、それでもいなくなる前の彼女たちを知っている一夏からすれば、突き付けられる現実は胸に来るものがある。

 

 だから、彼は余計なお世話を焼くことにした。

 生徒手帳を取り出すとメモ欄を開き、そこに何事かを書き連ねていく。

 

「一夏?」

 

 問う鈴音の目の前で、一夏はペンを走らせていたページを破ると、彼女に差し出した。

 思わず受け取った彼女が目を落とせば、そこに記されていたのはいくつかの文字と数字の羅列だった。

 住所と、電話番号だ。

 

「親父さんのアドレスだ」

「えっ!?」

「一応、確かめてあるから問題なく繋がるはずだ」

 

 予想外の言葉に、思わず鈴音の視線が手に持つ紙と一夏の顔を何度も往復する。

 何か言おうとして、しかし何も言えずに口を噤む。

 やがて彼女は俯き、ポツリと呟く。

 

「………なにを、話せばいいのかな?」

 

 絞り出すような声音は、今まで表に出すことができなかったからなのか。

 抱えていたと、本人も自覚していなかった心の内が溢れだす。

 

「あたし、二人がなんで別れたかも知らないの。

 お母さんにも訊けなかったし、お父さんにだって訊ける気がしない。

 ねぇ、一夏」

 

 改めてこちらを見上げてくるその表情は、虚ろな笑みで、

 

「―――あたし、何を話せばいいのかなぁ?」

 

 今にも泣き崩れてしまいそうなほどに、脆く儚いものだった。

 そんな底なし沼のように暗い眼差しを浴びながら、一夏はあっさりと答えて見せる。

 

「なんでもいいんじゃないか?」

「…………………………………………え?」

 

 驚きに目を見開く鈴音に構わず、さらに続ける。

 そこに気負った様子はない。

 

「別れた理由なんて聞きたくないなら訊かなければいいし、一年も話してないなら話題なんていろいろあるだろう。

 特に、お前は中国の国家代表候補生にまでなったくらいだしな」

「っ! 知ってたの!?」

「そりゃ当然。 それはさておき、それを自慢してもいいだろう。

 それでなくても、取るに足らない、小さなことでもいいんじゃないか?

 それこそ、昔みたいに、その日あったこととかな」

「………けど」

 

 敢えて軽い調子で言うの一夏に対し、しかし鈴音の顔は晴れない。

 そこには、胸の内の不安が滲み出ていた。

 

「………嫌われないかな?

 だって、ずっと、会ってなくて、それでいきなり、連絡して、話しかけて……

 それに、いまのおとうさんが、あたしのしってるおとうさんじゃなかったら……」

「………」

 

 既に、彼女の声は震えていた。

 あとほんのひと突きでも決壊してしまいそうなほどに。

 

 一年。

 短いようで、存外長い。

 少なくとも、何かのきっかけで人が変わるならば十分な時間だろう。

 

 それらを踏まえて、しかし一夏は揺るがない。

 

「俺が知ってる親父さんは、そんなことで鈴を嫌ったりはしない。

 けどもし親父さんが変わっちまってたなら―――」

 

 その時は。

 

「―――俺を責めろ」

「え?」

「実際、俺のせいだしな」

 

 戸惑う鈴音に、一夏は小さく笑って見せる。

 

 そもそも、鈴音とて調べようと思えば父親の居場所くらい、いくらだって調べられるだろう。

 それを敢えて『一夏が勝手に調べて渡す』ことの意味は、そこにある。

 

「使いたくなきゃ捨てればいい。

 捨てた後でやっぱり使いたくなったらいくらだって書いてやる。

 それで、もし使う時は……」

 

 一夏の手が、鈴音の頭を撫でる。

 掌に柔らかで暖かな感触が返ってくる。

 

「不安だ怒りだ責任だなんて余計なものは、全部俺にぶつけちまえ。

 上手くいかなかったら、いくらだって怒られてやるし、殴られてやる」

「……………なによ、それ」

 

 撫でられ続ける鈴音が、再び俯きながら声を絞り出す。

 気のせいか、先程よりも声に力がある。

 

「ほんとに自分勝手。 押し付けて、それ格好イイと思ってんの?」

「そうだな、おせっかいにもほどがある」

「ほんとにそうよ。 大きなお世話よ」

「ああ、まったくだ」

「というか、なに当たり前みたいに人の頭撫でてんの?」

「撫でやすい位置にあったからな」

「それ嫌味? バカみたいにデカくなって」

「そっちはあんまり変わらなかったな」

「セクハラかコノヤロウ」

「そういう意味じゃない」

「どっちの意味でも同じことよ。 バカ」

「はいはい、悪かった」

「フン………………………………………………………………一夏」

「ああ」

 

 そこから幾つかの呼吸の分、間を置いてから、鈴音は頭に一夏の手を乗せたまま彼の顔を見上げ、

 

「――――――ありがとう」

 

 ついに涙を流しながら、しかし柔らかく微笑んだ。

 

 直後、鈴音は一夏の胸に飛び込み、顔を押し付ける。

 その涙は、先程まで彼女が零しそうだったものとは違い、暖かなもので、だからこそ、

 

(今日は昼飯は食えそうにないな……まぁ、実技の授業がなくてよかった)

 

 一夏は鈴音の後頭部をよしよしと撫でながら、そんな暢気なことを考えられたのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 しばらくして。

 泣きはらした以外の理由も含めて顔を真っ赤にした鈴音が、そっぽを向きながら父親のアドレスが書かれたメモを掲げる。

 

「一応、こいつはもらっといてあげるわ」

「そうか」

 

 そこから先は彼女次第だ。

 一夏にできるのはその結果を受け止めることだけである。

 

「それじゃあ、そろそろ戻るか。

 お互い、初日から授業に遅刻するとか恥ずかしいだろ」

「う、うん。 ……ねぇ一夏」

「む?」

 

 踵を返してその場を後にしようとしたところを呼び止められる。

 首を回して肩越しに鈴音を見ると、

 

「―――約束してほしいことがあるの」

 

 彼女は、酷く真剣な表情を浮かべていた。

 

 

 




 というわけで、予告通りまるっと一話全部鈴。
 ……一夏のセリフ回し、寒くなってないだろうかちょっと不安です。

 今回、彼女の家族のことにちょっとだけ触れてみました。
 といっても、これ以上掘り下げたりはしない予定。

 で、感想返しでもちょっと触れましたがここの鈴ちゃんは一夏と酢豚云々の約束してません。
 お別れのときも留学中で、帰ってきてから転校と帰国を知り、連絡先を調べたら離婚していたという感じなので、そもそも約束するタイミングが存在しませんでした。
 この作品では、そこらへんも含めて鈴にはちょっと抱え込んじゃってるものがあったりします。
 詳しくはクラス対抗戦編にて。
 その前にセシリアとですね。
 いろいろ期待していただけたらありがたいです。

 それでは、また次回に。


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8:宣戦布告

 

 

 

 入学初日の授業も問題なく終わり、HR。

 担任である千冬が、教壇で声を張る。

 

「さて、再来週にはクラス対抗戦がある。

 これはそのままクラスの代表となるわけだが……」

 

 と、一人の女生徒が挙手と共に立ち上がる。

 

「はーい。 織斑くんを推薦しまーす」

 

 途端、同じように何人かの生徒が挙手を以って賛同の意を示していく。

 

「さんせー」

「異議なーし」

「せっかくの男の子だもんねー」

「そうそう、盛り上げないと」

 

 楽し気に色めき立つ少女たち。

 そんなおちゃらけた雰囲気を、

 

「―――いい加減にしてくださいまし!!」

 

 そんな叫びを伴ったバンッ!!、と机を強く叩く音が引き裂いた。

 波を引くように静かになる教室。

 その場の視線は、一人の少女に集中する。

 

 長い金髪の少女……イギリスの国家代表候補生、セシリア=オルコット。

 彼女は髪をかき上げながら憤然と言い放つ。

 

「程度が低いとは思ってましたが、これほどとは。

 呆れるだけにすませるには限度がありますわ!!」

 

 程度が低い、という物言いに他のクラスメイトが眉を顰める。

 だが、セシリアからすればそんな彼女たちの反応こそお門違いだ。

 

「ここはIS学園で、これはクラスの代表を決めるための選出。

 それを物珍しさからだけで推すなど言語道断!!」

 

 そう、ここはそういう場所だ。

 狭い門を潜り抜けてこの場に座っているのに、自分たちの代表をなぜそんな軽いノリで決めるのか理解できない。

 なにより。

 

「わたくしがここに入学したのは珍獣に芸をさせるためでも、その芸を見るためでもありませんわ!!!」

 

 そう力強く言い放てば、もう誰も何も言えなかった。

 周囲の少女たちは圧倒され、教壇に立っている千冬は冷然とその様を眺めていた。

 

「……クラス代表、立候補いたしますわ。

 異論はございまして?」

 

 沈黙が降りている中で、セシリアは先ほどまでの剣幕が嘘のように静かに宣言する。

 誰もが押し黙る中、千冬が何かを言う前に挙がる手があった。

 一夏だ。

 

「織斑、なんだ?」

 

 問われ、立ち上がる一夏。

 彼は休み時間以上の敵愾心を込めて睨みつけるセシリアを尻目に、口を開いた。

 

「織斑先生、俺へのクラス代表への推薦を取り下げていただけますか?」

 

 途端に教室がざわめく。

 同時にセシリアの視線が喜悦に和らぐ。

 身の程を知ったか、そう言わんばかりに。

 

 ひそひそと話し合う生徒たちに、千冬が鋭い視線を投げかける。

 

「貴様ら、静かにしろ。

 ―――織斑、基本的に他薦を拒否することはできない。

 が、理由は聞いてやろう」

「理由は二つ。

 一つは、物珍しさで推されるのは不本意であること。

 この辺りはオルコットさんの言葉が概ね正しいですね」

 

 チラリと横目で見れば、セシリアは満足げに頷いていた。

 そのまま分を弁えた振る舞いをしているがいい、そんなことを思っていそうだ。

 一夏は視線を戻し、真っ直ぐ言い放つ。

 

「もう一つは、やるからには誰かに言われてなどではなく、己の意志で立ちたいからです」

 

 その言葉に、またしてもざわめきが起こる。

 だが、先程とはまた違う意味合いだ。

 どこか期待しているような空気の中、千冬が目を細める。

 

「……ほう、つまり」

「えぇ。 ―――織斑一夏、クラス代表に立候補します」

 

 力強い宣言とともに、教室内が今日一番に沸き立つ。

 待ってましたと言わんばかりの歓声の中、それを再び引き裂くような言葉が静かに紡がれた。

 

「そう、少しは賢いかと思えば……見込み違いでしたようね」

 

 再び水を差されたかのように静まる教室。

 一夏が静かに振り向けば、そこには笑みを浮かべるセシリアがいた。

 『笑顔とは本来攻撃的なもの云々』という俗説を持ち出すまでもなく、それは獲物と定めた相手に向ける表情だった。

 だから一夏も、不敵に同じ類の表情を浮かべる。

 

「ああ、元からやるつもりだったが……それだけじゃなくなってな」

「あら、そうですの。 ………なら、引くつもりは毛頭ないと」

「無駄な質問はするなよ」

 

 ぎしり、と空気が軋むような錯覚を得る。

 二人の間に走る緊張感に、他の少女たちはようやく事の真剣さを思い知る。

 

「そうですわね。 なら、やるべきは一つだけ」

 

 セシリアは一夏に向ける視線を細め、ゆっくりと、しかし真っ直ぐ射貫くように彼を指さす。

 

「―――決闘ですわ!!」

「勝負と言えよ? その言葉は一応、日本じゃ犯罪だぜ?」

 

 軽口を叩いて返す一夏は、しかし笑みを深めている。

 それが意味するものは、宣戦布告の受諾だ。

 

 一夏とセシリア。

 二人の真っ向勝負がここに決定した。

 

 そこまで見届けて、締めるように千冬が手を打つ。

 

「決まったな。 ならば一週間後の月曜、時刻は放課後、場所は第3アリーナ。

 そこでの勝負で勝った方がこのクラスの代表だ。

 双方、悔いは残らないように必要な用意はしておけ」

 

 それでは解散、と言って千冬は日直に号令を促す。

 彼女は教室を出るその間際、一言だけ言い残していく。

 

「それと―――オルコットの言は言い過ぎの部分もあるが大体は正論だ。

 皆、入学してはしゃぐのは構わんが、ここの生徒である相応の自覚は持てよ?」

 

 

 

***

 

 

 

 千冬が去り、放課後となった。

 すると、一夏の周りに人が集まってくる。

 

 ちなみにセシリアは自分のカバンを持ってさっさと帰ってしまった。

 引き留めなかった辺り、クラスメイトも先程のセリフからどうにも彼女に近寄りがたいものを感じてしまったらしい。

 

 周囲の一人が、申し訳なさそうな顔で頭を下げる。

 

「ごめんね、織斑くん。 ちょっと調子に乗りすぎちゃったかな」

「いや、このくらいなら構わない。

 どのみちやるつもりだったからな」

 

 でも、と今度は違う少女が口を開く。

 

「今からでも、オルコットさんにハンデもらったほうがいいんじゃない?

 彼女、候補生だし」

 

 その言葉に、一夏がなにか言い返すよりも先に彼女は「それに」と続ける。

 

「―――織斑くん、男の子だし」

「は?」

 

 思わず、怒り出すよりも先に呆気に取られてしまう。

 見れば、他の面々も同意見だとばかりに頷いている。

 それを見て、固まること数秒。

 

「ク………アハハハハハハハハ!!」

 

 一夏は、耐えきれず笑い出す。

 奇行ともいえる突然のことに、周りの者たちも互いの顔を見合わせて戸惑いを露わにする。

 だが、一夏からすれば彼女たちの方こそ頓珍漢だ。

 

「ああ、悪い……それはアレだろう。 女は男に勝てないとか、女と男が戦争したら三日で女が勝つとか、そういう話」

 

 即ち、女尊男卑。

 今の時代の世間一般に広く浸透している価値観だ。

 だが、現実を知っている一夏からすれば笑い話の種でしかない。

 

 確かにある意味一理あるだろうが、それは『世界中の核ミサイルが使われれば、地球は複数回分滅亡する』とかいうのと同じことだ。

 その通りではあるだろうが、そうなった時点で終わってしまうので結果的には現実感がない仮定の類だ。

 無論、危機感としては必要な想定だろうが。

 

「これは忠告だが、IS関連の仕事を目指すならそういった認識は邪魔になるだろうから今のうちに捨てたほうがいいぞ」

 

 留学での経験からくる言葉に、しかし少女たちは首を傾げる。

 当然ながら、彼女たちは意味をはき違えたどこぞのバカ女のように殊更に男を貶めるつもりはない。

 だが、一般常識になりつつある考えを捨てたほうがいいというのはどういうことか。

 一夏の言葉を図りかねている彼女たちに、一夏はあっけらかんと答えを繰り出す。

 

「ISの現場は結構な男所帯だからな。

 そんな主義主張とかもってても肩身狭くなるだけだ」

 

 それに対し、今度は一夏以外の面々が呆けた表情を一様に浮かべることになった。

 

 

 




 というわけで、短めですがきりが良いのでここまで。

 セシリアオンステージからのクラス代表を決める決闘の申し込み。
 セシリアに原作の日本ヘイト発言は敢えて言わせないで書くことは最初から決定していました。
 ……他の方の二次創作でもよく言われてますが、国家の代表に準ずる立場の人が言ったらだめだよねっていう……
 そしたらセッシーってば(珍獣云々はさておき)概ね正論しか言わない上にしまいには立候補までしちゃいました。
 ……あれ?(笑
 ちなみに、敢えてモブの子たちを擁護するなら、苦労の末に漸く突入した花の高校生活の一日目で浮つくなっていうのも無茶だよねっていう。

 さて、次回はちょっと間が空くと思いますが、幕間と同レベルの独自解釈と設定捏造を特盛でお送りする予定。
 今書いてる最中ですが前々から考えて書きたいと思ってた部分だから割とスムーズに文が出てきてたり。
 その分早めに出せたらいいなとは思ってます。
 まぁ、書き溜めとかもするかもなので遅れる可能性も高いですが。

 と、なんかいつもあとがきが長いですがこの辺で。
 また次回に。



 ……なろうでやってる方もこのくらいスムーズに書きたい……
 あっち、こっちみたいに反応してくれる人いないからモチベが上がんない……(涙


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9:男の職場、IS運用最前線

※注意※
 今回、幕間と同じくらいの独自解釈と設定捏造を行っています。
 ご了承ください。


 

 

 花の女子高生が集団で『鳩が豆鉄砲を食らったような顔』を浮かべるという、非常に稀有な光景を目の当たりにした一夏。

 なぜかそれに妙な感動を覚えていると、再起動を果たした生徒たちが慌てた声を上げる。

 

「ちょ、ちょちょちょぉっと待とうか織斑くん。

 ………なんでISが男所帯?」

「そ、そうだよ! だってISって」

「女じゃないと動かない、か?」

 

 一夏が継いだ言葉に、少女たちはそろってうんうんと首を縦に振る。

 彼女たちが言っていることは正しい。

 目の前にいるたった一つの例外を除けばISは女性だけが動かせるものだ。

 故に、一夏もそれには頷く。

 

「ああ、その通りだ。

 現状、俺以外にISを動かせるのは女だけだ。

 ―――いや、正確にはISのコアを、だな」

 

 妙な言いなおしに、怪訝な顔つきになる少女たち。

 そんな彼女たちに、一夏はある例え話をする。

 

「ここにISのコアを動力源とした戦車があるとする。

 動力源以外は普通の戦車で、必要な人員の構成と数もそれに準拠したものとする。

 さあ、この戦車には何人の女性がどの位置に居ればいい?」

 

 突然の問いに、即答できるものはいない。

 情報が少ないのもあるが、どういう意図なのかが見えないからだ。

 目的は問答ではないので、一夏はサクサク話を進めることにした。

 

「正解は、『一人でいいし、なにをやってもいいし、やらなくもいい』、だ。

 ISのコアさえ起動できれば他は全員ムキムキのマッチョマンで固めても問題ない。

 同じ理由で、コアが動き続けるなら操縦士だろうが砲手だろうが好きにやればいい。

 いっそ他は全て脳みそ筋肉な野郎に任せて寝てたりお茶飲んだりスマホいじったり好きなことしてても構わないってことだ」

 

 それは現実でも同じだと、一夏は告げる。

 

「正味な話、現場だとISのパイロット以外は全員男って場合も少なくない。

 実際、軍で国家代表が古参の整備兵の爺さんに怒鳴られて頭が上がらないって場面も見たことあるしな」

 

 言いながら、一夏の脳裏に偏屈な老整備士の前で縮こまっているアメリカの国家代表の姿を思い出す。

 彼女とその親友にはアメリカでとても世話になっただけに、ふと元気にしているだろうかと感慨にふけってしまう。

 一方で、一夏の経験からくる意外な現実に、目の前の級友たちは静かに驚いていた。

 そこで彼は意識を彼女たちに戻す。

 

「そもそもの話、ISを構成するのはブラックボックス塗れのコアを除けば本体に兵装、換装装備(パッケージ)にISスーツ……スーツを除けば産業としての種類は軍需や重工業だ。

 女性の技術者がいないってわけじゃあないが、かといって女だらけの華やかな職場のイメージがあるかっていえばそんなことはないだろ?」

 

 昨今の風潮で女性の比率は多少上がっているようではあるが、それでも極少数派で片づけられてしまう程度である。

 スーツに関しては例外と言えるかもしれないが、こちらも女性向けファッションデザイナーをやっている男性というのもさして珍しくはない。

 事実、一夏が使っているISスーツを特別にデザインしてくれたのも、その筋で有名な男性のデザイナーだ。

 

「本当に一から十まで女性にしか扱えない、なにからなにまで新しい技術で構成されている……なんて代物だったら、普及するまでにもっと長い時間がかかってたろうし、それ以前に廃れてた可能性もかなり高い」

 

 もしISが本当の意味で女性にしか扱えない……使用はもちろん、整備や製造まで含めてその全てが男性には触れられないなんて代物であったのならば。

 断言しよう、ごく初期の時点で廃れて歴史の陰に隠れて消えている。

 これは男が何かしたとかそういう話ではなく、単純に普及するまで支えるための人員が確保できないのだ。

 恐らく十機程度を運用するための専門の人員の育成だけでも、途方もない時間が掛かってしまうだろう。

 今と同じくらいまで普及するまでなら、下手をすれば一夏の子の代でも難しいかもしれない。

 そんな代物に、国や企業がどれほど飛びついてくれるだろうか。

 

「これは私見だがな。

 目立つところで女尊男卑を謳っている人間に限ってISそのものとは遠いところにいるものだよ」

 

 実態を実感していないから、目につくところだけを見て判断するというのはよくあることだ。

 そしてその尻馬に乗って都合よく歪んだ解釈を広めるというのも。

 もっとも、厄介なことにこれの場合はどうにも広く長く浸透しているような気もするが。

 同時に、これで迷惑を被っているのはまともな男性だけではないことも思い出してしまった。

 

「………余談なんだがな。

 世の中の女尊男卑思想の流行で一番割食ってるらしいのがIS関連で飯食ってるようなまともな女性でね。

 ただでさえ高給取りが多くてしり込みされやすい上に、一般男性からはイメージ的に女尊男卑の最先鋭みたいに思われてるから敬遠されるらしい。

 かといって、そういう人たちは女尊男卑に迎合したような男はそりが合わないし、割と本気で出会いがなくって悩んでる人が少なくないらしいぞ」

『『『知りとうなかったそんな現実!!!?』』』

 

 先ほどとはまた違った意味で実感の滲み出た一夏の言葉に、少女たちがそろって頭を抱えて絶望に悲鳴を上げる。

 

 ちなみに、一夏が何故そんなことを知っているのかというと、以前その辺りで思いっきり管を巻かれたことがあるからだ。

 IS関連の企業と軍が共同で主催したパーティーに出席したとき、出来上がっていた数人の女性のテーブルに漂っていた瘴気は、スーツをびしっと決めたロマンスグレーやいくつもの勲章を着けた威厳溢れた将官、顔に大きな傷を刻みつけた歴戦の勇士が揃って冷や汗を流しながら全力で目を逸らすほどの代物であった。

 そんな場所に船を沈める怪異に絡め取られたかのごとく引きずり込まれていく自分に、彼らが無言で送った敬礼と眼差しは恐らく死地へ向かう若者に向ける者と同質だったのだろうなと一夏は今になって遠い目で考える。

 

 と、そんな彼に聞き覚えのある声が向けられた。

 

「お、おりむー!! そろそろ行かないとだよ」

「む、そうだな」

「……って、あれ? 二人でどこ行くの?」

 

 本音に指摘される形で、一夏は鞄を手に取り連れ立って教室を出ようとする。

 と、そんな二人に再起動を果たしたクラスメイトが目ざとく呼び止める。

 すると周りの者たちも何事かと意識を向けてくる。

 或いは、色恋の類かと少女らしい琴線をかき鳴らされたか。

 

 そんな彼女たちに、一夏は一言だけ告げてその場を後にする。

 

「生徒会室」

 

 

 

 ………そんな二人の姿を、一人の少女が力なく見送っていた。

 

「………結局、話しかけることができなかった……一夏………」

 

 

 

***

 

 

 

 しばらくして、二人の姿はIS学園の生徒会室前にあった。

 両開きの重厚な扉を二人してまじまじと眺めている。

 

「随分と雰囲気があるな……中学のなんて普通の部屋だったぞ」

「わたしのところもそうだったな~」

 

 そんなことを言い合いながら、一夏は拳の裏でコンコンとノックする。

 質感の良い高級木材が奏でる音に、扉の向こうから「どうぞ」という返事がくぐもって聞こえる。

 

「―――失礼します」

「しま~す」

 

 扉を開いて入れば、真正面に大きな執務机を挟んでこちらに背を向けて座っている誰かの姿が目に入った。

 その脇には、眼鏡をかけた上級生らしき少女の姿がある。

 

「よく来たわね」

 

 目の前の人物が背を向けたままそう言うと、彼女はくるりと椅子を回してこちらへ向き直る。

 その人物こそ、現在の部屋の主であり、学園の頂点に立つ人物。

 つまり。

 

「IS学園生徒会執行部へようこそ、二人とも。

 生徒会長である更識 楯無は貴方たちの参入を心から歓迎します」

 

 言って、楯無は自信に溢れた眼差しを放つ。

 それを向けられた二人はというと、

 

「おりむー、こっちが私のお姉ちゃん~」

「三年で会計の【布仏 虚】です。

 よろしくお願いしますね。 名前で結構ですよ」

「織斑 一夏です。 こちらこそよろしくお願いします、虚先輩」

「って、完全にスルー!!?」

 

 まったく見向きもせずに自己紹介をしあっていた。

 思わず作り上げた雰囲気をかなぐり捨てて突っ込みを入れてしまうのもやむなしであった。

 

 

 




 前々から考えていた部分だから割とスムーズだと言ったな。
 あれは嘘だ。

 ……いえ、正確にはスムーズのようでどうにも纏まらなくて……
 結局、一部を削ったりしたのですがどうにも纏まり切れてない気も……

 それはさておき。
 この作品ではIS運用の現場はこんな感じ。
 実際、女性が完全上位とか女性主導とかだったらうまい具合に普及しないよねっていう。
 ならなんでセシリアは原作とあんまり態度が変わらないのかっていうと、原作通りの事情もありますが、それとは別にその辺りの設定もありますので(というかこの話を書いてたら生えてきた)、彼女と戦うまでには作中に出てくると思います。

 そして明らかになるIS業界の結婚事情。
 とち狂った価値観で割食うのはまともな人っていう無常で非常な現実。
 たぶん彼女たちは泣いていい。

 次回は現在執筆中なので、もうちょっとお待ちください。
 割食わされてた某ヒロインの出番も増えてきますので。(笑)

 それでは、この辺で。


 あと、なろうで連載しているオリジナルの方も更新しました。(ステマ並感)
 と言ってもそれまでに出た人物や設定の解説ですが……
 興味がありましたら是非、お読みくださると大変うれしいです。
 ……そして感想くださるとすごくうれしいです(切実)


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10:再会は一撃と共に

 

 

 

 ―――IS学園、生徒会室。

 学園の生徒の中で最強の人間が主となる、行ってしまえばある種の玉座のような場所。

 そして当代の主は、今、

 

「つ~~~~~~~~~~~~~~~~ん」

 

 盛大に拗ねていた。

 これ以上ないくらいに拗ねていた。

 

 まぁ、せっかく雰囲気を作って待っていたのに思いっきりすかされてしまえば無理もないとはいえるかもしれない。

 その原因ともいえる本音は、申し訳なさそうに袖越しに両手を合わせる。

 

「ごめんね、お嬢さま……じゃなかった、かいちょー。

 おりむーにお姉ちゃんのこと紹介したくって」

「………むぅ。 まぁいいわ。

 改めまして二人とも、生徒会執行部へようこそ。

 これからよろしくね」

「ああ、よろしく頼む」

「よろしくで~す」

 

 とくに悪びれた様子も気負った様子もない一夏と常の雰囲気と変わらず返す本音。

 後者の方は、姉である虚が頭が痛いを言わんばかりに額に手を置いていた。

 

「本音、せめて最初くらいもうちょっとしっかり」

「あ~、いいわよ。 今さら今さら」

 

 楯無自身も堅苦しいのは勘弁してほしかったのか、軽く取り成す。

 それだけのやり取りで、一夏には普段の彼女たちの関係がなんとなく見て取れるようだった。

 

「さて、とりあえず今日は初日だし挨拶だけのつもりだったけど……」

 

 と、そこで楯無の目が面白げに半目になる。

 それだけで、一夏は嫌な予感に身を苛まれた。

 

「聞いたわよ? 一夏、貴方クラス代表に立候補したんだって?

 しかも同じく立候補したイギリスの代表候補生の子と一騎打ち。

 いきなりやってくれるわね~」

「……成り行きでな」

 

 面白げに笑う楯無に一夏は淡々と返すのみだが、HRから三十分経ってるかどうかという程度でなぜ知っているんだろうかと内心で軽い戦慄を覚える。

 それを知ってか知らずか、楯無は机の上て組んだ両手の上に顎を乗せながら一夏を上目遣いに見上げる。

 

「けど、副会長やりながらクラス代表とか、いきなり肩書いっぱいね」

「忙しくはなりそうかと思ったが、やはり実戦の機会は多くほしくてな。

 ……まぁ、それ以外にも、事情はあるが。

 どのみち、この学園にいる分にはまともなバイトや部活はできそうにないし、金の方も三年間の小遣いくらいなら手持ちをやりくりすれば十分もつだろうしな」

「ん? おりむー、そんなにお金持ってるの?」

「『留学』のときにな。 研究への協力や武装とか換装装備のテスターなんかの報酬が割と溜まってるんだよ。

 まぁ、企業主体の後者はともかく、前者は公的機関がメインだったから未成年にそのまま渡すのは問題ありってことで、幾つか経由した上で返済義務のない特別奨学金って名目になってたが」

 

 本音の何気ない疑問に答えていると、楯無が半目でぼそりと呟く。

 

「……ロンダリングみたいね」

「言うな。 俺も最初そう思ったんだから」

 

 と、そこで『それはさておき』と話題を変える。

 

「今日はこれで解散!! ……でも良いんだけど、せっかくだし交流も兼ねてお茶会でもする?

 自慢じゃないけど、虚ちゃんの紅茶は世界一よ!」

「ホントにお前が自慢することじゃないな」

「フフ……」

 

 と、当の虚がそんなやり取りを見てクスクスと笑みを漏らす。

 

「ごめんなさい。 けど本当にお二人とも仲が良いですね。

 なんだか付き合いの長い私よりも相性が良さげで、正直妬けてしまいそうです」

「あら、どうしましょう。 早速修羅場の火種が」

「あ、この馬鹿は無視してどうぞ」

「いきなり辛辣ね!?」

 

 と、和気藹々なその時、背後からノックが響く。

 するとまず虚が察するように脇へと身を引き、それをみて続くように一夏が本音を引きつつ下がる。

 「どうぞ」、と楯無が促せば、入ってきたのは一夏も見覚えのある二人だ。

 

「これはこれは織斑先生に山田先生、何か御用でしょうか?

 せっかくですし、お茶会でもご一緒いたします?」

「生憎だが、そこまで暇はなくてな。

 ―――織斑に用があってな」

「俺に?」

 

 一歩前に出ると、真耶のほうが申し訳なさそうに眉を下げてくる。

 

「あの、織斑くん? 言いにくいんだけど……貴方のお部屋、相室になってしまいました」

 

 ごめんなさい、と頭を下げる副担任と頭痛を堪えるように顔をしかめる担任を尻目に、一夏を含めた他の面々が呆気に取られて固まる。

 間を置くこと数秒、再起動を果たした一夏が確かめるように問いただす。

 

「えぇと、待ってください。 ……相部屋ってことは」

「当然、相手は女子だ」

 

 途端、一夏は顔をしかめる。

 IS学園は全寮制であり、基本的に一部屋に二人がルームシェアするという形になっている。

 しかしながら、男である一夏は当然ながら一人部屋になることが決定していた。

 それがいきなり反故となったのだ、苦い顔になるのも致し方がないだろう。

 

「そんな顔をするな。 こちらとて不測の事態だ」

「……一つ、訊いてもよろしいでしょうか? 織斑先生」

 

 疲れた表情の千冬を、楯無の視線が貫く。

 その表情は先程までとは違い、笑みでありながらどこか威圧を感じられるものだった。

 途端、生徒会室の空気が張り詰めたものに変わっていく。

 

 思わず息を呑む一夏だったが、意外だったのは虚も本音までもが平静を保っていたことだ。

 伊達に幼馴染をしているわけではないということか。

 ただ一人、真耶だけが漂う緊張感に身を竦ませてしまっている。

 

「……なんだ、更識」

「不測の事態、とは具体的にどういうものなのでしょうか?

 生徒たちを統べる立場の者として、事情を知っておきたいのですが」

 

 笑みの奥にある鋭さ。

 しかし千冬はそれを意にも介さず、

 

「答える必要はない。

 それにすでに事はこちらで片づけている」

 

 すっぱりと即答した。

 直後、互いに鋭い視線を交差させる学園最強と世界最強。

 真耶が「ひぃ」と身を引かせ、更にしばらくしてから楯無がニコリと笑みを柔らかくする。

 

「解りました。

 織斑先生がそこまで仰られるならその通りなのでしょう。

 素早い対応、感服いたします」

「おためごかしはよせ」

 

 あからさまな賛辞に疲れたような溜息を洩らすと、千冬は改めて一夏へ顔を向ける。

 

「そういうわけだ。

 問題そのものはすでに解決しているが、その収拾に少し時間がかかる。

 さほど長くはかからないだろうが、その間は互いに我慢してもらうことになる」

「……わかりました」

 

 そこまで言うなら、一夏としても頷くしかない。

 もとより、嫌だと言って他に泊まれる場所があるでもない。

 自宅通いはマスコミ関係が張っている可能性が高いので最初から除外されている。

 打開策がない以上、拒否権も存在しないのだ。

 だが、一つだけ確認しなければいけないことがある。

 

「ところで、それは同居相手にも話を通してあるんでしょうか?」

「……いや、まだだな」

「な、何分急なお話だったので……」

 

 返ってきた疑問の答えに、一夏はなんとか溜息を噛み殺した。

 この後に待つ苦労を思うとすでに疲労が背に宿っているような錯覚を覚える。

 仕方がない、と彼は頭を切り替える。

 せめて少しでも苦労を減らす努力をしよう。

 

「申し訳ありませんが、どちらか一緒に来てもらえませんでしょうか?

 俺だけで行ったら、下手をすれば不要な騒ぎが起きかねませんので」

「そうだな。 本来なら寮監である私が行くべきなんだろうが、いかんせんこの後も予定が詰まっている。

 山田君、頼めるか」

「は、はい! わかりました」

「それでは、お願いします。 山田先生」

 

 と、そこで一夏は楯無に振り返る。

 

「そういうわけだ。 茶はまたの機会に頼む」

「………しょうがないか。 それじゃ、また明日ね」

「織斑くん、大変でしょうが頑張ってくださいね」

「お部屋わかったら遊びに行くね、おりむー」

 

 三者三様の言葉を受けて、一夏は真耶と共に苦笑を浮かべつつその場を後にする。

 千冬も、用は済んだと同じく退出した。

 そうしてあとに残されたのは、

 

「……………………………………………ムゥ」

「機嫌直してください、会長」

「元気出してー」

 

 先ほどよりもさらに拗ねて頬を膨らませる楯無と、それを宥める姉妹であった。

 

 

 

 一方で、一夏の方はこんな会話をしていた。

 

「ところで、同居人の名前って解りますか?」

「あ、はい。

 ―――同じクラスの【篠ノ之箒】さんですよ」

 

 

 

***

 

 

 

 程なくして、二人は目的の場所へと辿り着いた。

 即ち、今日からの一夏の仮住まいだ。

 

「こちらですね。 荷物は既に運んであるはずですよ」

 

 言いつつ、真耶は小さな拳で扉をノックする。

 が、反応はない。

 首を傾げ、もう一度。

 

「篠ノ之さん? 篠ノ之箒さん? いらっしゃいませんか?」

 

 呼びかけて、待つがやはり返事はない。

 彼女は一夏と顔を見合わせるとドアノブに手を伸ばした。

 

「失礼しますよ~」

 

 言って入れば、照明は点いていたがやはり誰もいない。

 首を傾げる真耶をよそに、一夏は部屋の内装に呆れ半分に溜息を吐いた。

 

(まるで高級ホテルだな)

 

 二つ並んだ豪華なベッドに液晶モニタと大きめの本棚の備え付けられた品の良い机と椅子。

 ざっと見ただけでこれだが、他にもいろいろとありそうだ。

 ここに来るまでの廊下はむしろシンプルな造りだったが、その分こちらは随分と豪勢なことになっている。

 

(こんなところで三年間過ごしたら、むしろ卒業した後が大変じゃないか?)

 

 少なくとも、一般家庭から入学してきた面々は生活レベルの落差に苦労しそうではある。

 一夏も留学中は一人部屋が基本ではあったが、少なくともここまで豪華なレベルの世話になったことはなく、慣れるまでは気疲れしてしまいそうな気さえした。

 と、その時、一夏が背にしていた扉が開いた。

 

「―――同室の者か? すまないな、先にシャワーを頂いて……」

 

 出てきたのは、頭をタオルで吹きながら体を巻き付けたタオル一枚で隠した少女だった。

 幼馴染で、クラスメイトで、今日から同居人となる篠ノ之箒だった。

 

 彼女は一夏の姿を視界に納めるとその場で固まり、ややあって顔を真っ赤に染め上げていく。

 隠すようにかき抱いた肢体は、腕の間から豊満に育った胸の膨らみがタオル越しにむにゅりと形を変えて自己主張を強めていた。

 

 突然のことに息を詰まらせて固まる一夏をよそに、箒はわなわなと肩を震わせると立てかけてあった竹刀を手に取り、

 

「み……見るなぁーーーーーーーーーっ!!」

 

 片手で体を隠したまま、一夏へ向けて猛然と振り下ろした。

 

「―――っ!?」

 

 不自然な体勢で片手ながらも、十分な踏み込みで放たれた上段振り下ろしは予想以上に鋭く一夏へと迫っていた。

 それに対し、彼は反射的に鞄を盾にした。

 

「ぐぅっ!」

 

 真正面から受け止めるのではなく、斜めに逸らす形で受け流す。

 しかしそれでも腕に伝わる衝撃はかなりのもので、強い痺れと痛みを覚える。

 さすがに後にまで響くようなものではなかろうが、それだけに盾となるものを持っていなかったらと考えるとゾッとする。

 

 一方の箒は濡れた髪を振り乱し、なおも追撃をかけんと涙目の眦をキッと上げ、

 

「ちょ、ちょっと待ってください!! 篠ノ之さん!!」

 

 直後、一夏の後ろから響いた声に身をつんのめさせる。

 そして戸惑いの表情を浮かべながら、僅かに身をずらして覗いた。

 

「………山田先生?」

 

 箒の視線の先には、腰を抜かしたようにへたり込んでいる副担任の姿があった。

 どうやら、一夏の背越しに箒の鋭い一撃を見て驚いてしまったらしい。

 どういうことかと、箒が一夏へと再び視線を向ければ、彼は既にこちらに背を向けていた。

 

「とりあえず、俺は一旦外に出る。

 着替えて落ち着いたなら呼んでくれ」

「あ、ああ」

 

 箒の返事を背に受けながら、一夏は足早に部屋を出る。

 そして閉めた扉に背を預けながら、一撃を逸らした鞄を持ち上げてみる。

 

「……こいつはすごいな」

 

 鞄は留め具が壊れ、表面が大きく裂けている。

 中身が辛うじてこぼれていないのが不思議なほどだ。

 布製とはいえ、素材としてはそれなりに丈夫な生地だったというのに、それをあっさりこうまで引き裂いて見せたのだというのだから恐れ入る。

 

(さすが、といえばいいのかね)

 

 そんな思案にふけっていると、「あーっ!」という甲高い声が右手側から聞こえてきた。

 振り向けば、部屋着に着替えた女子たちの姿が。

 

「織斑くん、寮に住むの!? 部屋ここ!?」

「ていうかその鞄どうしたの?」

 

 はしゃぎながら駆け寄ってくると、それを耳にした少女が何事かと覗いてきて、同じようにキャッキャッと賑やかに群がってきた。

 一夏の周りには、瞬く間に女子の人だかりが作られていく。

 

 ややあって、真耶が扉を開けると、

 

「織斑くん、騒がしいですけどどうしたん……って、えーっ!?」

 

 廊下を塞いでしまうほどに密集した少女たちの姿に驚きの声を上げる。

 そして、彼女が驚いたのはそればかりではない。

 

「み、皆さん、なにやってるんですか!? はしたないですよ、そんな恰好で!!」

 

 真耶が慌てる通り、少女たちの姿はひどくあられもない。

 さすがに下着姿はいないが、それに近い者も多く、よく見ればブラをしていないように見える者まで見て取れる。

 一方の一夏はと言うと、壁に背を預けたままそれらを見ないように目を伏せていた。

 だが、そこに戸惑いや慌てているような様子はなく、至って平静のままだ。

 彼は右目を空けてチラリと横目で真耶を見る。

 

「終わりましたか、山田先生」

「は、はい……というか落ち着いてますね。織斑くん」

「そうだよ、織斑くん。 私たちって、そんなに魅力ない?」

 

 言いつつ、冗談半分な様子で胸を強調するようなポーズをとる少女。

 何人かは真耶に言われて自分の格好を自覚したのか赤面しつつ身を引かせているが、彼女の場合は気付きつつ半ばからかうように話しかけていたようだ。

 だが、それに対しての返事はバッサリとしていた。

 

「何とも思わないわけではない。 事実、極力見ないように目を伏せていたからな。

 ただ、その程度の格好なら割と見慣れているから一々騒ぐつもりもなかっただけだ」

『『『ゑ?』』』

 

 その言葉に、真耶を含めた全員が妙な言葉を上げる。

 一斉に固まってしまった面々に対し、一夏は変わらぬ様子で、

 

「山田先生?」

「は、はい! それじゃあ、皆さんまた明日……」

 

 再起動を促した真耶と共に部屋の中へと消えていく。

 パタン、と閉じた扉の前で少女たちはしばらくの沈黙の後、合わせたかのようにポツリと呟く。

 

『『『…………見慣れてるって、どういうこと?』』』

 

 それに答えられる者のいないまま、彼女たちはしばらく佇んでいたのだった。

 




 というわけで一夏の生徒会初日とファースト幼馴染のラッキースケベでした。
 ……スマン、箒。
 次回こそはもっとセリフあるから。

 ちなみに、一夏にあてがうはずだった部屋に何があったかは語る予定はありません。
 ていうか、考えてないです(オヒ

 そして最後に何気に爆弾発言。
 いったい彼の過去に何があったというのか……!!
 いやまぁ、まったく大したことじゃないので変な期待しちゃダメですけど。

 それでは、また次回。


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11:幼馴染の語り場

 

 

 

 中に入れば、部屋着だろう簡易な和装を纏った箒が正座で待っていた。

 まだいくらか湿り気を持っている髪は、教室で見たときのようにポニーテールに纏められている。

 やはり先程のことを気にしているのだろう、顔を赤く染めながらこちらを見る目はきつい。

 

 一夏はそんな痛い視線を受けながら彼女の対面に座る。

 

「とりあえず、久しぶりだな。 箒」

「あ、ああ、久しぶりだな。

 ………ところで、お前が同室と言うのは本当か?」

「ああ、悪いとは思っているが、そうなるな」

「い、いや、別に……ただ」

 

 そこで箒は照れくさそうに身を捩りながら、

 

「もしかして……お、お前が希望したのか? 私がいいと」

「いえ、それに関しては私と織斑先生が相談して決めました。

 というか、ほぼ織斑先生の鶴の一声ですね」

 

 どこか淡い期待を無意識に込めながら問いかけると、それに真っ先の答えたのは三角形を作るように二人の真ん中に座る真耶だ。

 彼女は苦笑しながら手をパタパタと振って否定する。

 対して、一夏は呆れたような半目で箒を見据える。

 

「……箒、お前は久方ぶりに会った幼馴染を、年齢も弁えず一つ屋根の下で暮らすことをリクエストするアグレッシブドスケベだと認識しているのか?」

「い、いやそうではなくてだな!!?」

 

 慌てたように弁明しようと身を浮かせる箒。

 しかしうまく言葉が出ないのかしどろもどろになってしまっている。

 それを見かねたのか、「そういえば」と真耶が思い出したように切り出す。

 

「織斑くん、さっき言っていた『見慣れている』っていうのはどういうことなんでしょうか?」

「む」

「ん?」

 

 その問いに、一夏は少しだけ困ったような表情になり、箒は何事かと動きを止める。

 

「一応、貴方のお姉さんである織斑先生の言葉もあり、申し訳ないことですがこういう形になってしまったわけですが……

 その言葉の意味によっては、改めて考え直さなければいけないかもしれません」

 

 そう口にする真耶の表情は真剣そのもので、一夏は彼女のこれまでで最も教師然とした姿に内心で感嘆の念を覚えた。

 が、それはそれとしてその問いに対する答えを思うと精神的な疲労を覚えずにはいられなかった。

 

「……留学中、こちらをからかったり、或いは単にずぼらだったりでああいった格好でこちらの前に現れる人が少なからずいたんですよ。

 特に前者はこちらが過剰反応すると喜ぶ手合いですしね。

 そりゃ否応なしに慣れて流すくらいできるようになりますよ」

 

 また、これにはプライベートではとことんずぼらになる実の姉の存在も少なからず関係しているのだが、さすがに口には出さない。

 姉の面子を守る程度の気配りと思いやりは持ち合わせているのだ。

 

 一夏の答えに納得したのか、胸を撫で下ろすかのように安堵の溜息をもらう真耶。

 それを見ながら、一夏は信じてくれたのはありがたいと思いつつ、言葉だけでこうまで信用してしまうのは大丈夫なんだろうかと明後日な心配をしていた。

 真耶の名誉を守らせてもらうなら、恐らくそれだけ一夏が信頼に値するということなのだろう、きっと。

 ところで箒の方はと言うと、質問の内容は解らなかったが、なにやら(乙女心的に)不穏な意味合いを感じたので思わず半目になっていた。

 

「それじゃあ、私はこれで。

 二人とも、しばらくは窮屈かもしれませんが辛抱してくださいね」

「こちらこそご足労していただきありがとうございました」

「はい、それじゃあまた明日」

 

 立ち上がる真耶を一夏は見送り、頭を下げる。

 箒も慌ててそれに続く。

 その様子を見て、クスリと微笑みながら真耶は部屋を後にした。

 

 残された二人は、再び向き合う。

 何を言えばいいのか、内心で迷ってしまった箒が押し黙り、しばらく沈黙が続いた中、おもむろに一夏が口を開く。

 

「そう言えば、さっきの一撃はすごかったな」

「え、ってあれは……その、すまない」

「いや、不可抗力とはいえ、仕方がないだろう」

 

 正直に言えば過剰防衛ような気もしたが、貞操の危機を感じればあんなものなのかもしれない。

 ともあれ、掘り返す様な話題でもないだろう。

 一夏が言いたいのはそこではないのだ。

 

「単純に、良い腕前だったって言いたいだけだ。

 流石、全国大会優勝者だな」

「あ、ああ……というか、何で知っている!?」

「新聞に載っていたからな。

 まぁ、それほど大きい記事ではなかったから見つけられたのは運だったが」

「な、なんで新聞なんか読んでいるんだ!?」

 

 思わず流しかけたが、彼の口から聞くとは思わなかった言葉に思わず怒鳴るような言葉で返してしまう。

 だが一夏の方は気にした様子もなく淡々とした様子だ。

 

「留学先によっては新聞やTVどころかネットの接続すら制限されるような場所もあってな。

 それでなくても日本の時事には疎くなりがちだから、帰った時に溜まった新聞や流れているニュースの類には一通り目を通すことにしてるんだよ」

 

 もっとも、それでも芸能関連や流行り廃りにはどうしてもついていけない部分も多いのが困りものなのだが。

 一方で、それを聞いた箒は一気に頭が冷えていくのを自覚する。

 

「そ、そうか……すまん」

「いや、気にしていないさ。

 それなりに貴重な体験や出会いがあったしな」

 

 申し訳なさそうな幼馴染に、一夏は歯を見せる笑いで返す。

 屈託のない笑みに、箒は顔が熱くなるのを感じながら話を変える。

 

「そ、そういえばオルコットと戦うことになったようだが……」

「ああ、互いに引く理由がなかったからな」

「………勝算はあるのか?」

 

 箒としてはそれが気になるところだった。

 相手は国家代表候補生、文字通り並みの相手ではない。

 だから一夏もはっきりと言う。

 

「今のところは何とも言えんな。

 まだ、準備にも取り掛かっていないのだし」

「……勝てる気がしない、ということか?」

「そんなわけがないだろう」

 

 箒の不安を、一夏は一刀両断する。

 その顔には、セシリアと対峙したときのように不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「確かに、相手は代表候補生で、専用機持ちで、それがどんなものなのかは小耳に挟んだ程度でしか知らない」

 

 それでも。

 

「やるからには……やると決めたからには、勝つさ。

 勝つつもりで、あらゆる手と持てる全力でぶつかり、降して見せる」

 

 必勝の決意を込め、彼は闘志を滾らせながら言い放つ。

 

 そんな力の込められた眼差しと、強い意志を宿した言葉に、箒は先ほど以上に顔に熱が集まるのを感じる。

 記憶の中にある幼馴染より、さらに凛々しく強く力強い姿を垣間見せられて、胸の内の淡い想いがさらに深く鼓動する錯覚を得ている。

 離別してからも憎からず思っていた相手が、己の理想のように凛々しくなっていたのだ。

 その反応もさもありなんといったところだろう。

 

「そ、そうか……なら、なにか手伝うことはあるか?

 といっても私などよりお前の方がISの使い手として余程に実力があるだろうし、余計なお世話かもしれないが……」

 

 最期はどこか寂し気に言う箒の申し出に、一夏は顎に手をやってしばらく考えてから口を開く。

 

「……箒、ここでも剣道部に入る予定はあるのか?」

「え? あ、ああ、明日にでも申請して顔を出す予定だが……」

 

 話の見えぬ問いに、戸惑いつつ答える箒。

 正直なところ、思うところもあるのだがだからこそ己を見つめなおし鍛えるためにも剣道は続けるつもりでいた。

 

 一夏はその答えを聞くと、頷いて、

 

「なら、部活が終わった後でいいから俺と打ち合ってくれないか?」

 

 そう訊ねた。

 

 専用機を持っていない一夏が、最後にISに搭乗したのは楯無との実技試験の時だ。

 それ以降も体を鈍らせないために鍛錬は重ねていたが、さすがにそれだけでセシリアとの戦いに赴くには不安が過ぎる。

 最善なのは練習相手も含めて二機分の訓練機を借りることだが、これも難しいだろう。

 学園にあるISは量産機が十機ほど。

 一所にある機体の数としては破格ではあるが、生徒の数と比すれば当然ながら足りるものではない。

 それを考えれば、自分が使う一機を確保できれば良いほうだろう。

 故に、次善として戦う者としての気構えを作り維持するために箒と剣を交えたいと考えていた。

 

 もっとも、箒の側の事情や、剣道場の都合が付けばの話ではあるのだが。

 

「え?」

「勿論、向こうが場所を借りることに難色を示すならあきらめるし、それ以前に箒も部活を終えた後に俺に付き合わせるのも悪いから断ってくれても構わないが……」

「い、いや!! 構わない!! 場所や道具も私が責任を以ってかけ合う!!」

「あ、ああ。 なら助かる」

 

 一夏の提案に、食い気味に了承をの意を伝える箒。

 

 彼女からすれば、剣術は一夏との大切な思い出の一つだ。

 それを再び交えることができるというなら、願ってもないことだった。

 ましてそれが彼の手伝いになるというなら是非もないことだ。

 

 身を乗り出す箒に一夏が若干気圧されるが、とりあえずは了解を得られたことに安堵しておくことにする。

 咳払いを一つして、話題を変えることにした。

 

「……ところで、風呂についてなんだが」

「っ! あ、ああ……さっきみたいなのはごめんだからな」

 

 思い出したのか、潮が引くように体をかき抱いて下がる箒。

 その顔は、真っ赤に染まっている。

 

「時間としては私が七時から……」

「いや、ちょっと待て」

 

 時間で区切ろうと提案する箒の言葉を一夏が遮る。

 なんだ、と軽く睨むが、一夏は動じず続ける。

 

「時間帯で決めるのもいいかもしれないが、俺もお前もまだここでの生活スタイルが定まっていないだろう?

 それで何時から何時までといっても、十中八九あとで不都合が出てくる」

「それは、そうかもしれんが……」

「だから……」

 

 言って、一夏は拳の裏で壁を叩く。

 

「基本はノック、それと声かけだな。

 この二つを徹底しておけばそうそうさっきみたいなことは起きないだろ」

「そう、だな。 わかった、それで構わない」

 

 話がまとまったところで、『よし』と一夏は手を叩いて時計を見る。

 ちょうど夕飯時だ。

 

「それじゃあ、食堂に行こうか。

 初日からなんだか疲れたしな」

「あ、ああ」

 

 本音を言えば、日課のトレーニングをしておきたかったが、今日は精神的な疲労が大きかった。

 食事の後、休みを挟んで軽く流す程度にしておくことにした。

 そも、今日は昼食を抜いてしまっている。

 食物をよこせと脳に訴えかける胃が、今にも物理的に自己主張を奏でかねない。

 

 それに、優先しておきたいこともできたのだ。

 

「箒」

「ん、なんだ?」

 

 一夏は振り向いて、笑いかける。

 

「せっかくだ。 メシ食ったらお互いがいなかった間のこと、いろいろ話そうぜ」

 

 その提案に、箒は一瞬キョトンと呆けた後、

 

「―――、ああ!!」

 

 花咲くような笑顔とともに、大きく肯いた。

 

 その夜、二人は消灯時間まで旧交を温めた。

 

 

 

***

 

 

 

 そして、一夏は夢を見る。

 それは、己の転機の回想。

 それは、過去の再現。

 

 なんてことはない、ここ三年ですっかり見慣れてしまった悪夢である。




 今回、まったく山が無くてすいません。
 ただ、話的に必要だったので。
 ここら辺、うまくまとめられるようにできればいいんですけどね。
 早くセシリア全に入りたいけどもう少し掛かる予定。
 気長にお待ちください。

 今回、箒と打ち合う理由が作れました。
 といっても、作者に剣道的なスキルや知識はないのでバッサリカットになる予定ですが。

 次回ですが、ちょっときつい表現が出てくるかもです。
 主にグロ的な意味で。
 そこまで過激且つ綿密な描写ではないと思いますが、陰鬱な内容から始まると思いますのでご注意を。
 まぁ、ここかいてる時点ではまだ一文字も手ぇ付けてないのですが(ェー

 それでは、また次回。
 またちょっと間が空くと思いますが気長にお待ちくださいませ。


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12:苛み、蝕み、馴染んでいく悪夢

※注意※
 今回、残酷かつグロテスクな表現が一部に使われています。
 ご了承ください。


 

 

 その地獄は、鉄と火と瓦礫でできていた。

 

 すぐ近くには、先程まで乗っていたバスが横たわっている。

 本来ならばまず見ることはない黒灰色の底面をタイヤごと壁のように晒しているが、そのことに関する感想はない。

 そも、そんなことに注目する余裕などなかった。

 

 周りには、身を寄せ合って震える級友たち。

 先ほどまで笑いあったりしていたのに、今は誰もが頭を抱え、或いは震え、もしくは恐怖のあまり他の誰かと泡を飛ばして怒鳴り合っている。

 すぐ傍には頭から血を流す悪友と、気を失って横たわる勝気な幼馴染。

 あとになってただの脳震盪だったと解るのだが、この時はもっと深刻な事態も想像してしまい、腹の底から冷たいものを感じていた。

 

 目の届かない周りからはそれこそ阿鼻叫喚の叫びがこだまする。

 或いは、それは断末魔が混じっていたのかもしれない。

 時折、雷鳴のように、しかしそれよりも近くに感じる爆発音に女子が悲鳴を上げ、泣き出してしまう。

 

 一夏は、呆然と立ち尽くしながら、どうしてこうなってしまったのかと考えていた。

 

 ―――自分たちは、ただ学校行事でバスに乗っていただけなのに。

 ―――なにも、悪いことなんてしていないはずなのに。

 ―――どうして、俺が、弾が、鈴が、みんなが、知らない誰かが、こんな目に合わなければいけないのか。

 

 あまりの理不尽に思考も感情も停止していたその時、彼の視界はあるものを見つけた。

 バスが横転する直前まで隣を並走し、今は同じように横転したトラック。

 【倉持技研】のロゴが刻印されていたそれは、コンテナからあるものをこぼしていた。

 

 装甲に覆われた、機械仕掛けの甲冑のようなフォルム。

 ISだ。

 一夏は、何故か引き寄せられるようにそれに近付いていた。

 それ自体には意味はなかった。

 そも、その時の彼に何かを思考し、論理的に実行するという機能は完全に停止していたからだ。

 

 否、或いはだからこそ。

 無意識下で、何かが確かに一夏を呼び、彼はそれに応えたのかもしれない。

 

 近づき、伸ばした指先が装甲に触れる。

 瞬間、脳に流れ込んでくる情報の奔流。

 操縦法、装備、製造目的、機体の現状……本来あり得ないはずの『五感を介さない情報の入力』という現象に、思わず仰け反り、頭を抱える。

 だが、ふらつき、よろけかけて、しかし身を立て直した直後、一夏は貪りつくように外れかけていたISの固定具を外しに掛かる。

 

 動かせる。

 自分は、これを使うことができる。

 原因は解らないまま、ただ確信だけを抱いて己の体を突き動かしている。

 

 正直な話、一夏は纏った後、自身がどう動くつもりだったかは覚えていない。

 級友たちだけでも助けるつもりだったのか。

 或いは、巻き込まれた人たち全てを助けるつもりだったのか。

 少なくとも、自分だけが逃げる心算はなかった事だけは覚えている。

 なぜなら、ISを使えれば、みんなを助けることができると、そんな風に考えていたからだ。

 

 だが、期待は、希望は、それを纏った瞬間に裏切られる。

 

 ―――後になって聞いた話だが、その試作機は調整らしい調整はほとんどできていない状態だったらしい。

 

 それが原因か、起動直後にハイパーセンサーが必要以上に周囲の情報を強制的に知覚させた。

 阿鼻叫喚、その四文字で染まったこの世の地獄をだ。

 

 ―――手足を歪な形に歪ませたまま、炎に囲まれて呆ける男がいた。

 ―――誰かの残骸を抱えたまま、へらへら笑い続ける壊れてしまった女がいた。

 ―――一人ぼっちになったまま、泣きながら誰にも助けられずに残骸と瓦礫の山の間を歩く子供がいた。

 ―――目を向き何かを叫びながら飛び降りる老人がいた。

 

 ノドガヒアガル。

 

 ―――泣いている誰かがいた。

 ―――不安と恐怖に怒鳴り散らず誰かがいた。

 ―――自身が助かるためだけに他者を押しのけ、殴り、踏みつける誰かがいた。

 

 ハノネガアワナイ。

 

 ―――助けを求める誰かがいた。

 ―――助けも呼べなくなった誰かがいた。

 ―――動かないモノになり果てた誰かがいた。

 

 メヲソラスコトモミミヲフサグコトモデキナイ。

 

 ―――炎の中で、黒く焦げながらそれでも生きたいと足掻いて、なにもできずに死んでいく誰かがいた。

 

『、あ』

 

 頭を抱え、身を折りかける。

 今なおハイパーセンサーが地獄を情報として収集し続けている。

 一夏はそれを拷問のように見せつけられている。

 

『あ、あぁ』

 

 救いと求めて手を伸ばした蜘蛛の糸が、雁字搦めにこの身を縛ってさらに深い地獄へと引きずり込んでいる。

 そんな錯覚まで覚える。

 

『あああああ』

 

 呻き声を上げる一夏に、それらは告げる。

 

 お前は無力だ。

 お前は何もできない。

 

 お前に救える者など一人もいない―――!!

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ――――――っ!!!!!!!』

 

 気付けば、一夏は喉が張り裂けそうになるほどの絶叫を上げていた。

 そして―――

 

 

 

***

 

 

 

「―――ぁ」

 

 目が覚める。

 夢中に比べ、意識の覚醒はどこまでも静かだ。

 焦点の定まった視界に入るのは、薄暗い見慣れぬ天井である。

 

「……ふぅ」

 

 細く息を吐いて、身を起こす。

 またあの夢か、と淡白なまでに冷静にそう思う。

 

 己が初めてISを動かしたあの人災。

 事故から三年近く経っても、時折ああして夢に見る。

 当初は夢と同じく叫びながら飛び起きていたというのに、今ではこうして冷静に受け止めてしまっている。

 まったく、慣れとは恐ろしいものだ。

 もっとも平気であるというわけではなく、その証拠に体は大量の汗に塗れて服が張り付いてしまっている。

 

「……シャワー、浴びるか」

 

 隣のベッドに箒が寝息を立てているのを確認して、静かに立ち上がる。

 スマホを起動してみて見れば、汗を流したら丁度いい時間と言ったところだ。

 極力音をたてないように着替えを取り出して洗面所に向かう。

 

 そこから頭から湯を浴びるまではたいして時間もかからなかった。

 髪に指を入れながら汗を洗い落としていると、ふと見た夢のことを思い出す。

 正確には、自身の転機ともいえる事件のことだ。

 

 正直に言えば、夢の先のことは断片的にしか覚えていない。

 ただ、生き残った誰かを助けるために文字通りの意味で飛び回っていたことだけを実感として記憶している。

 人々はそれを賞賛する者が多かったが、一夏の心にはあの地獄が焼き付いていた。

 或いはだからこそ、留学において貪欲に知識と技術を身に刻むことを良しとしたのか。

 

(―――まぁ、もうそれだけではないのだがな)

 

 始まりは絶望でも、それだけではなくなった。

 へばりついていた見えないなにかもシャワーで洗い落とせたかのように、そのことを実感として思い出せた。

 

 そうして心身ともにさっぱりしたところで彼は浴室の扉を開け、

 

「ん……ぅみゅ?」

 

 同時に、顔でも洗うつもりだったのか、寝ぼけ眼の箒が洗面所へ入ってきた。

 

「あ」

「むぅ……………………………………………………………っ!!!?」

 

 固まる一夏に対し、箒はとろんとした眼をこちらに向け、一秒、二秒、三秒と経つうちに目を見開きながら顔を引きつらせて赤くなっていく。

 

(昨日からしょっちゅう赤くなってる気がするが、顔の血管とかは大丈夫なんだろうか)

 

 軽い現実逃避なのか、明後日の方向に思考が飛ぶ一夏。

 と、箒は我に返ったかのように俊敏な動作で踵を返し、勢いよく扉を閉めた。

 

「す、すまない!!」

 

 向こう側からくぐもった謝罪が聞こえてきたが、一夏は「気にするな」と返して改めて浴室から出た。

 

(…………あー、なんか悩むのも馬鹿らしくなったな)

 

 良く言えば、思考がポジティブな方向に切り替わったと言えるだろう。

 そういう風に自身を納得させて、彼はさっさと体を拭いて着替えることにした。

 

 一方、扉の外でへたり込んでいる箒は、顔や耳どころか首筋まで真っ赤に染め、燃え上がるような両頬に手を添えてぽつりと一言。

 

「………みちゃった。 ぜんぶ」

 

 直後、ガチャリと扉が開くと同時にビクーン!!と身を震わせる。

 振り返れば、そこには制服のズボンにワイシャツを纏った一夏の姿が。

 しっとりと湿り気を帯びた襟足の長い髪と三つほど開けられたボタンから覗く胸元が箒の目には扇情的な色気を伴って見える。

 彼は眉根をしかめて、一言。

 

「あー、お見苦しいものをお見せしました」

 

 対し、箒は三つ指ついて深々と一礼。

 

「いえ、結構なお点前でした!」

「いや、なにが?」

 

 

 

***

 

 

 

 時間は流れて帰りのHR。

 その終わり際に千冬が放った一言に、教室が俄かに沸き立つこととなった。

 

「織斑、お前に専用機が正式に用意されることになった。

 詳細などは追って連絡が入る」

 

 それだけ残して千冬が去った後も、少女たちの興奮は冷めやらなかった。

 だが無理もないだろう。

 この学園に通う者にとって、己だけの機体……専用機というものに憧れを抱かないものなどまずおるまい。

 

 キャアキャアと姦しい歓声を上げる中、一夏に歩み寄ったのはセシリアだった。

 彼女は不遜な笑顔を浮かべながら座ったままの一夏を見下ろす。

 

「安心いたしましたわ。 訓練機だから負けた、という情けない理由を聞かずに済みそうですもの。

 ―――もっとも、すでに勝敗は目に見えていますけれども?」

「ほう、大きく出るじゃないか」

 

 挑発に笑って返して見せた一夏に、しかしセシリアは胸を張って「当然ですわ」と自信に満ちた言葉を放つ。

 

「それだけの実力はあると自負しておりますもの。

 事実、入試の実技において教官を倒したただ二人の内の一人ですもの。

 それとも、もう一人は貴方でしたの?」

「………いや、違うな」

 

 敗北の記憶を掘り起こされ、苦い顔になる一夏。

 なお、実技にて教官を倒したもう一人は中国の代表候補生なのだが、それを彼らが知るのはもっと後になってからのことである。

 閑話休題、一夏の表情をどうとらえたのか、セシリアは笑みを満足げなものに変える。

 

「えぇ、そうでしょうとも。 これで互いの実力の差はお解りになられたでしょう?

 恥をかく前に辞退なされるなら今の内ですわよ」

 

 その言いざまに、怒りを覚えたのは言われた当人ではなく傍にいた箒の方だった。

 彼女はすぐさま何かを言い返そうとして、

 

「そうねぇ。 一夏は私と引き分けだったものねぇ」

「―――え?」

 

 突然の乱入者にピタリと動きを止めてしまう。

 見れば、箒には見覚えのない少女が何故か座っている一夏の首を後ろから抱きしめるように顎を彼の頭の上に乗せていた。

 

 

 




 男が裸の逆ラッキースケベもなんかすでに定番ですよね?(挨拶

 というわけでなんとか更新できました。
 とりあえず、うちの一夏がクール成分多めな理由の一つがこれ。
 一夏にとっては発端となった事件は根強いトラウマですが、同時に行動原理の根幹に繋がっています。
 また、留学時のいくつもの出会いがそのトラウマを軽減させてくれてもいます。
 ……まぁ、その過程でフラグ立てまくってるけどな、コイツ。(爆)

 ちなみに関係ない話ですが現在『真・恋姫†夢想-革命- 蒼天の覇王』を少しずつプレイ中。
 『真』から恋姫入って魏ルートにドはまりした自分的にはまだ序盤だけど楽しめています。(ちなみに『真』は蜀・魏・呉の順番でプレイしました)
 来年の呉ルートも買う予定です。(蜀は未定)
 ……しかしプレイしてたら脳内でお蔵入りになってた魏ルートアフターと仮面ライダー電王のクロスネタを書きたい欲求が沸々と……クリアしてから考えるか。

 と、今回はこの辺で。


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13:突撃! 楯無さんの教室訪問!!

 

 

 

 

 神出鬼没な闖入者の存在に、箒やセシリアのみならず周りの少女たち全員が固まる中、抱きしめられている本人が半眼で動かぬままポツリと呟く。

 

「―――あれを引き分けと言いますか、貴女は」

「数字の上ではそうでしょ。 ……というか、なんで敬語なのよ」

「一応、公衆の面前ですので」

「かしこまった席じゃないからいいのー。 というか、この場で盛大に拗ねるわよ?

 べったりくっついたまま離れなくなってやるわよ? いいの?」

「………すでにべったりくっついているだろうが、楯無」

「ん、それでよし」

 

 ムフー、とどこか嬉し気に笑う楯無。

 それに対し周囲の皆が唖然とする中、ただ一人の例外が声を上げる。

 

「あれー? なんでかいちょーがここにいるのー?」

「フフフ、それはね本音ちゃん。 私の可愛い部下がうまくやっているかどうか視察に来たのよ!!」

「……遊びに来たのか」

「違うわよー。 視察よ、し・さ・つ。 そう、内情がどうであれ私が白と言えば黒も白!!」

「どこの暴君だお前は」

 

 呆れたように呟く一夏。

 なお、実際は昨日は本当に挨拶だけで終わってしまったので我慢できずに迎えに行ってしまったというのが正しいのだが、それは本人すらもはっきりとは自覚していないことだったりする。

 

「お、おい」

「ん?」

 

 と、そんなやり取りをする一夏に、箒が戸惑いがちに声をかける。

 

「ん?」

「い、一夏……その、お前の後ろにへばりついてるのは誰だ?」

 

 すると、一夏が答える前に楯無がするりと離れて佇まいを直す。

 そして不敵な笑みを浮かべながら、

 

「私が何者か、ですって? フフ、いいでしょう、教えてあげるわ」

 

 そう言って箒を見据えると、気圧されるように彼女のみならず周囲の皆が身を引かせる。

 そして、

 

「ある時は―――」

「ただの生徒会長だ。 特に敬う必要はないぞ」

「―――って、なんでネタ潰すの!?」

「めんどい」

 

 直後に、再び一夏と漫才じみたやり取りを再開した。

 わかりやすく頬を膨らませる楯無と、それを軽く流してあしらう一夏。

 妙に息の合っている二人の姿に、箒は胸の内に面白くないものが首をもたげるのを自覚したが、それはそれとしてある言葉に注目した。

 

「生徒会長……?」

 

 と、クラスメイトが先程までとはまた違うざわめきを得ていく。 

 

「生徒会長って……」

「あたし聞いたことある、たしかこの学校の生徒会長って生徒の中で一番強い人だって……」

「あたしも知ってる!! それで今の生徒会長ってロシアの国家代表なんでしょ」

「え? 候補生じゃなくて!?」

「そんな人がなんで織斑くんと?」

「そういえば、部下って言ってたけど」

「ということは……」

 

 そこで皆が一斉に一夏たちをじっと見つめる。

 それに対し、楯無は「あらら」と困った風なようで実際は楽し気に笑い、対して一夏は呆れと疲れを混じらせた溜息を吐く。

 また、傍にいたためとばっちりのように視線の集中砲火に晒される羽目になった箒と本音はびくりと身をひるませる。

 と、ここで楯無が再び得意げな笑みで声を張る。

 

「フッフッフ……何を隠そう、ここにいる一夏は私が実技試験で相手をしたときに、直々に副会長としてスカウトしたのよ!!

 ………あ、ちなみに本音ちゃんは別枠で書記やってもらってるわ」

「いえーい」

『『『な、なんだってぇーっ!!!?』』』

 

 どうやらこのクラスの人間は軒並みノリが良くてお祭り好きらしい。

 そういう意味じゃ楯無との相性も頗る良さそうだと、一夏は現実逃避のようにそう思った。

 

 一方で、クラスメイトの一夏に対する視線はある種の尊敬と羨望の入り混じったものになっていた。

 現役の国家代表に認められ、スカウトされるほどの存在。

 実は、彼は想像以上にすごい人間なのではないか……彼女たちの中でそんな認識が芽生えつつあるようだ。

 と、そこで「コホン」という咳払いが響く。

 見れば、先程まで蚊帳の外に出されてしまっていたセシリアが気を取り直すかのように髪をかき上げる。

 

「―――成る程、どうやらただの馬の骨ではないと、そう思っても良いようですのね」

 

 と、彼女はそこで踵を返し、

 

「良いでしょう。 私の期待を裏切らないことを祈っておりますわ」

 

 そう言い残して、昨日と同じく教室を去っていった。

 その背を見送る一夏の頬を、何故か楯無がプニリと突く。

 

「なにをする?」

「いや、なに考えてるのかなって」

「―――いや、単にセシリアはISに深くかかわっている割に随分と辛辣な態度だと思ってな」

 

 純粋にこちらが嫌いなだけなのかとも思ったが、どうも自分という個人に向けられたものではないような気がする。

 何度か街で見かけた女尊男卑の思想に染まった女性と、同じとは言わないが若干似たような雰囲気を持っているような気がした。

 と、楯無が「んー」と唇に人差し指を当てて考えるような仕草をする。

 

「多分だけど、セシリアちゃんが軍属じゃなくて、機体も研究所由来なのが関係してるんじゃないかしら?」

「む?」

 

 どういうことだ、と一夏が楯無を見上げると、彼女は唇に当てていた指を振りながら、講義をするかのように説明を始める。

 

「ISの運用において、軍の場合はパイロットも整備も全員軍人でカテゴライズされてるからそれだけで一つのチームとして括られるの。

 階級や立場による上意下達も教え込まれてるしね。

 ただ、国や企業の研究機関で生み出されたISの場合、その運用においてISのパイロットは適性の高い外部の人間が招致されることが多いのよ。

 セシリアちゃんもこの口ね。

 そうなるとパイロットは外様……要するにお客様扱いになることがままあるのよ。

 特に彼女の場合は名門の家系だし、余計にその傾向が強いんじゃないかしら」

 

 そう説明する楯無は、それに、とこちらは声に出さずに付け加える。

 

(彼女の場合、周りの環境や境遇がそうならざるを得ないような状況になってたみたいだしね)

 

 難儀なものだ、と彼女は実感のこもった感想をしみじみと抱く。

 どうやら、己の立場と照らし合わせて若干の共感を得ているようだ。

 そんな楯無をよそに、一夏は一夏で楯無に呆れと感心が半々となった視線を彼女に送っていた。

 

(こいつ、何気にセシリアの専用機のことまで把握してるのか)

 

 もっとも、入学時から専用機を有する代表候補生なのだから、調べておくのは当然と言えば当然なのかもしれないが。

 

「と、そういえば楯無。 明日以降の生徒会業務はどれくらい忙しい?」

「ん? ……ああ、訓練の都合かしら?」

「ああ、訓練機がどの程度借りられるかは解らんが、できるだけ感覚は研いでおきたいからな。

 明日も、剣道場を借りて箒と打ち合うつもりだしな」

 

 言うと、楯無は閉じたままの扇子を口元に当てながら、「ふーん」、と横目で箒を見やる。

 そして、おもむろにその扇子をバッと開いた。

 そこには、『迅速果断』の四文字が綴られている。

 

「それなら、今からやっちゃいましょうか」

 

 

 

***

 

 

 

「で? なんでこんなことになってるんだ?」

 

 一夏は憮然とした表情を浮かべていた。

 その身には、剣道着と防具を身に着けている。

 

「ふふん、いいじゃない。 本番まで一週間、時間は無駄にできないもの」

「……楯無、なんでお前まで防具着けてるんだ」

 

 その言葉通り、楽しげに笑う彼女も剣道着に防具を着けて小脇に面を抱えている。

 その姿から察する通り、二人が今いるのは学園の剣道場だ。

 時間的には剣道部の練習時間なのだが、今は竹刀を打ち合う音も掛け声も聞こえない。

 

「それに……」

 

 一夏は半眼で剣道場の壁際を見る。

 そこには、同じように剣道着と防具で身を固めた少女たちが姿勢良く、しかし期待に目を輝かせながら座っていた。

 その中には、どこか不満げな表情を浮かべる箒の姿もある。

 

「なんでか話が大きくなってないか?」

「あはは、なんかごめんね。

 でも男の子と打ち合うとか、まずないからみんな楽しみなんだよ。

 わたし含めて」

 

 苦笑を浮かべながらそう言うのは剣道部の部長だ。

 

 なぜこんなことになっているのかというと、あの後、教室を出た楯無たちはその足で剣道場へと直行。

 すでに練習を始めようとしていた剣道部の部長と親しかった楯無は、その場で部活終了後に場所を借りることへの承諾を得たのだ。

 ちなみにこの時、箒も入部の手続きを済ませていた。

 と、ここまではよかったのだが、ここで剣道部の方から条件が出された。

 それが、

 

「今日、剣道部の部員たちとも打ち合うこと、か。

 いや、構わないと言えば構わないんだが……」

 

 一夏はちらりと楯無に視線を送る。

 向けられた方は「なに?」と小首を傾げて見せた。

 

「今日の生徒会の方は大丈夫なのか?」

「それなら心配ないわ。 まだ学校始まって二日目だし、虚ちゃんにもお願いしてきたから」

「……後でしっかりお礼を言っておこう」

 

 溜息を吐く一夏の肩を、剣道部部長が籠手に包まれた手でポンポンと叩く。

 

「それじゃあ、さっそく始めようか?

 準備運動は済ませてるよね」

「ええ。 ただ、一ついいですか?」

「ん? なにかな?」

「最初は箒とやらせてもらっていいですか?」

 

 その言葉に、箒が眼を大きく見開く。

 そんな彼女に一夏はニヤリと笑いかける。

 

「久しぶりだからな。 真っ先にやりたいんだが……構わないか?」

「っ! ああっ!!」

 

 箒は表情を輝かせて立ち上がる。

 その様子に、楯無と部長は顔を見合わせて笑いあう。

 

「それじゃあ、さっそく始めましょうか」

 

 そして、楯無は下がり、部長は中心へと場所を移す。

 どうやら審判をしてくれるようだ。

 

 一夏と箒は面をつけ、互いに向き合い、一礼する。

 そして竹刀を構えながら腰を下ろすと、

 

「―――始め!!」

 

 号令と共に、猛然と竹刀をぶつけあった。

 

 




 あらかじめ言わせていただきますと、一夏と箒の試合シーンはカットします。
 だって剣道とか高校の授業以外でやったことないし……

 というか、楯無が必要以上に出しゃばっちゃってる気が……
 これくらいならセーフで大丈夫だろうか。

 ついでに、セシリアのきつい態度の訳を独自解釈設定込みで説明。
 とりあえず解釈としてはスポーツのチームが全員その国の人間か一人だけ外国人選手が混じってるかに近いかも?
 ……こうして考えると日本人でロシアの国家代表になった楯無さんいろんな意味でアウェーだったろうな。

 で、次回はちょっと長めでセシリア戦が始まるところまで。
 本格的に戦うのは次々回からになりますので、お楽しみに。
 ……うまく書けるよう頑張ります。

 それでは、また明日。


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14:疑惑の刃

 

 IS学園第一アリーナ。

 そこで、青い甲冑のような装甲を纏っているセシリアが佇んでいた。

 彼女の専用機……第三世代型IS【ブルーティアーズ】だ。

 

 彼女が今、その場に居るのはクラス代表を決める戦いの場を下見するため……ではない。

 もっと単純に、自己の研鑽のためだ。

 

「―――スタート」

 

 その言葉の直後、彼女の周囲を四枚の半透明の板が飛び交う。

 ドット絵で作られた射的の的のようなそれは、空間ウィンドウ表示技術を応用した仮想ターゲットだ。

 それらはセシリアを中心に無秩序な軌道を描いている。

 ともすれば、古いホラー映画に出てくるポルターガイストを想起させる光景だ。

 

 彼女は細く息を吐き、静かに瞳を閉じると、

 

「―――ッ!!」

 

 カッ、と見開き、纏ったISと同じ色をした金属の塊を周囲に飛ばす。

 BT兵器【ブルーティアーズ】。

 本体と同じ名を冠することから察せる通り、彼女のISはこれを扱うことを主軸として考えられている。

 使用者の意志のままに自在に宙を征き、敵を射ち貫く移動砲台。

 セシリアはこれに対し最も高い適性を有し、それを示すかの如く四つの砲口は瞬く間にすべての的を射抜いた。

 

「………」

 

 しかし、そのことに感慨はない。

 当然だ、彼女からしてみればAI制御で動き回るだけのものなど一撃で落とせて当然。

 故に彼女が見るのはその内容だ。

 

 彼女は手元に展開したウィンドウに表示された数値を眺め、形の良い細い眉をしかめる。

 

「同時撃墜の誤差、平均0.2秒……ですか」

 

 遅い。

 彼女の率直な自己評価はそれだった。

 少なくとも、己で定めたボーダーラインにも届かない。

 

 BT兵器はその性質上、使用者の精神状態がその操作に左右されやすい。

 故に、その動きが精彩を欠くというならば、彼女の心がかき乱されているということだ。

 ならばその原因は―――

 

「精が出るじゃない、英国代表候補」

 

 と、後ろからそんな言葉をかけられた。

 セシリアが振り返れば、そこには長い黒髪をツインテールに纏めた小柄な少女が立っていた。

 ISはおろかISスーツすら纏っていないことから、どうやら訓練に来たのではないようだ。

 セシリアは彼女に見覚えがあった。

 

「―――貴女は中国の……なるほど、敵情視察ですか?」

「あら? アンタの敵になったつもりはないんだけど?」

 

 少女……鈴音は薄い笑みを張りつかせたまま小首をかしげて見せた。

 それに対し、セシリアは鼻を鳴らす。

 

「とぼけないでくださる? 貴女が二組のクラス代表の座に就いたのはすでに聞き及んでおりますわ」

「ええ。 けどアンタには関係ない話よね?

 アタシはただ、『アイツ』が戦う相手がどんなだか見に来ただけよ」

 

 その物言いに、セシリアが奥歯を鳴らす。

 鈴音の言葉が示すのは、つまり、

 

「……貴女は私があの男に負けると、そう思ってらっしゃるのね?」

 

 その言葉に、鈴音は答えない。

 それこそが挑発のように感じられ、セシリアは背を向けた。

 

「なら見ていなさいな。 あの男が無様に地を這って、私に傅く様を!!」

 

 言いながらウィンドウを操作し、ターゲットの設定を調整する彼女に、鈴音は用は済んだとばかりに踵を返す。

 

「―――まぁ、頑張りなさい」

 

 気の入っていない、おざなりな言葉に、セシリアは更に苛立ちを募らせる。

 そして最高速度と緩急の落差を最大にした最高難易度のターゲットが飛び交う中、決意を固める。

 

(負けない……あんな男に、男なんかに負けてたまるものですか!!)

 

 それは、女傑であった母に対してあまりにも情けない姿しか記憶に残らなかった父へのコンプレックスでもあったのかもしれない。

 彼女を遺して鬼籍に入ってしまったが故に、拭われることなく胸の奥底に蟠ったそれを薪として、闘争心を燃え上がらせる。

 

 一方の鈴音は、彼女に対して敵意はない。

 己の想い人を見下した事への怒りも恨みもない。

 その理由は、アリーナから去るときに呟いた、この言葉がすべてだった。

 

「悪いけど、アンタなんか眼中にないのよ」

 

 

 

***

 

 

 

 その頃、一夏は剣道場で汗だくになりながら大の字に倒れていた。

 前髪の張り付いた額の汗を本音がタオルで拭っている。

 

「おりむー大丈夫?」

「ああ、なんとかな」

「あはは……いや、ほんとゴメンね」

 

 乾いた笑いを浮かべながら、剣道部の部長が申し訳なく手を合わせる。

 

 箒と竹刀を交えた後、一夏は今度は楯無と一戦、そのさらに後には部長と、その次には副部長と。

 そういった具合に次から次へと試合相手が立候補し、気付けば慈悲のように休憩を挟みながら剣道部員全員と試合をする羽目になっていた。

 ちなみに、箒と楯無と部長に関しては二戦ずつだ。

 

「……しかし、剣道でも歯が立たんとはな」

「いやん、最強ですから」

 

 わざとらしく口元に手を当てて笑う楯無に、半眼を送る一夏。

 それに対し、箒の表情は複雑だ。

 本当に子供のころ以来の彼との稽古が、思いがけずお祭り騒ぎになってしまった。

 しかも、自分よりもずっと強い相手までいたのだ、内心は消沈してしまっている。

 

「所で箒」

「な、なんだ!?」

 

 そこへ、一夏が声をかけてきた。

 慌てて顔を上げれば、彼は倒れ伏したまま真面目な顔で問う。

 

「正直な話、昔の俺と比べてどうだった?」

「―――そうだな。 ずっと強くなったと思う。

 ただ……」

 

 箒は言葉を選ぶように言い淀み、迷いながら答える。

 

「何と言えばいいのか……正道ではないというか、変質しているというか……。

 少なくとも、私と共に習った剣術とはだいぶかけ離れてしまっているように思う」

「やっぱりそうか」

 

 箒の感想に、一夏は素直に頷いていた。

 

 というのも、留学においてISを扱う訓練をする上で、どうしても必要なのが武器を扱う技術だ。

 これは剣術のみならず格闘、槍、各種銃火器……果ては棍やトンファー、鞭や鎖といった変わり種な武器に関してもだ。

 そういったものを扱う技術を最低でも基礎、場合によっては更に一歩踏み込んだところまで習得していったのだ。

 一番得意なのは剣である自負はあるが、多様な技術を身に着けていく過程で変質してしまった自覚は存在した。

 

「……箒、頼んだ通りしばらく付き合ってもらっていいか?

 できれば歪みを矯正しておきたい」

「あ、ああ……構わないが……その、私でいいのか?

 そちらの楯無先輩の方が、その……」

 

 箒が戸惑いがちに問うが、それに対して一夏は無慈悲なまでにバッサリと答える。

 

「いや、コイツはこれでも生徒会長だからそっちの仕事しないとダメだろ」

「あらやだ即答」

 

 一夏は仰向けのまま視線を楯無へと移す。

 

「そりゃそうだろう。

 結局、生徒会の業務がどんなのかまだ把握していないが、少なくとも暇ってわけじゃないだろ?

 虚先輩に迷惑かけるわけにもいかないし」

「ま、まあね……ん?」

 

 その時、どこからか電子音が聞こえてきた。

 その出所は、隅に置いた一夏の鞄(学園指定ではなく私物)からだった。

 

「ん? あぁ、俺の携帯か」

 

 一夏はのろのろと立ち上がりつつ、鞄からスマホを取り出して一度剣道場から出る。

 表示された名前に、僅かに驚きを得つつ繋げた。

 

「もしもし、どうかしましたかフーさん?」

『いやぁ、入学のお祝いまだ言ってなかったから……ってだけならよかったんだけどねぇ』

 

 そんな事を言う風玄の口調には、どこか疲れのようなものが滲んでいた。

 どこか様子のおかしい風玄に、一夏が訝しげな表情を浮かべる。

 

「………なにかあったんですか?」

『まぁね。 その前に一言。

 ―――入学、おめでとう。 三年間の努力を知ってる側としては感慨深いよ』

「―――、ありがとうございます」

 

 息が詰まりそうになりながらも、どうにか礼を返す一夏。

 入学そのものは決定していたとはいえ、それでも問題がないようにするための努力を見守り、支えてくれた恩人の言葉に胸が熱くなる。

 それで終われば、良い話で締めくくられたのだが。

 

『……で、残念ながら本題はここから。

 君の専用機、倉持技研から出すことになってね。

 その専用チームに僕も配属されることになったよ』

「っ!?」

 

 その言葉に、先程の感動も消え失せて息を呑む一夏。

 それだけ聞けば気心の知れた人間と組むだけになったように聞こえるが、しかし一夏には信じがたい話であった。

 なぜなら。

 

「ちょっと待ってください。 俺の機体はファングクェイクの派生機になる予定だったのでは?」

 

 元々、一夏には専用機が受領されることはかなり前から決まっていた。

 実際にロールアウトするのは入学後になっていたが、なまじ時間があった分、複数の企業や研究機関から候補を出されていた。

 その中で最も有力だったのはアメリカの国家代表と同じファングクェイクという第三世代の機体を素体にしたものだった。

 

 その理由は、一夏が本来の持ち主であるアメリカ国家代表の女性から借り受けてそれを操った際、機体の特殊能力ともいえる四基のスラスターによる個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)を本来の使用者よりも高い成功確率を叩きだしてしまったからだ。

 ちなみに、本来ならば自身の専用機を他人に貸し出すことはまずないのだが、彼女の場合は彼女の親友ともども仲良くなったこともあって割と軽いノリで貸し出され、軍の方も貴重なデータを採取できるからと乗り気で許可を出したという。

 それはさておき、そんな経緯から彼用に調整された特別仕様のファングクェイクが作られるという話だったのだが。

 

『それはあくまでも内定だったからねぇ。

 その辺りを突く形で強引に決められたらしいよ』

「……それに、フーさんも確か日本の国家代表候補生の専用機の方に回る予定だったんじゃ?」

 

 それは、彼本人から実技試験後の食事の最中に聞いたものだ。

 だからしばらくは仕事で会うことはないだろうと思っていたのだが、話が変わったらしい。

 

『僕も、今朝聞いたばかりだから把握しきれてないんだ。

 君の専用機になるっていう機体のことだって何も知らされてないし。

 ………あの子には悪いことしちゃったなぁ』

 

 しみじみと呟く風玄に対し、一夏の心中には戸惑いと疑問が溢れていた。

 だが、それに対する答えなど出ようはずもない。

 

『とりあえず、これからちょっと忙しくなりそうでね。

 これから連絡するのも少し難しくなる。

 だからその前に教えておこうと思ってね』

「―――心遣い、感謝します」

『いや、こちらこそ振り回すことになってすまない。

 とりあえず、気持ちを切り替えて君にふさわしい機体になるよう全力を尽くすさ』

 

 そう言い切る風玄の声は、常にはない強い意志と決意が込められたものだ。

 長い付き合いで、一番頼りになるときの彼になったことを察した一夏は、電話越しであることを承知の上で深々と頭を下げる。

 

「―――フーさん、よろしくお願いします」

『………ああ、任せてくれ。 それじゃあ』

 

 そう言って、通話が切れた。

 ゆっくりと上げられた一夏の顔には、難しい表情が張り付いていた。

 

 そんな彼を、剣道場の入り口の陰から楯無が眺めていた。

 口元に閉じた扇子を当てながら、その眼差しを怜悧に細めていた。

 

 

 

***

 

 

 

 そうして、約束の日時まで瞬く間に時は過ぎた。

 

 現在、一夏は第一アリーナの控室に立っている。

 ISスーツを纏った彼の前にあるのは件の専用機ではなく、学園所有の打鉄だ。

 

「あの、織斑くん。 専用機が先ほど届きましたが、どうしますか?」

 

 真耶が一応といった感じで尋ねるが、一夏の考えは決まっていた。

 

「予定通り、こいつを使います。

 さすがに、箱から出したての代物をぶっつけ本番で使うつもりはありません」

「―――まぁ、そうですよね」

 

 ただでさえ、不明瞭な点が多いのだ。

 そんなものを一時移行すらまだの状態で使う気には到底なれなかった。

 

 一夏の言葉に、真耶も納得して頷く。

 その隣には、千冬の姿もある。

 当初は箒もここに来るつもりだったようなのだが、虚を連れた楯無が本音を呼びに来た際、ついでと言って引っ張っていった。

 今頃は他の生徒たちと同じように客席にいることだろう。

 

「しかし、満員みたいですね。

 ここまで注目されるとは思いませんでした」

「そうですね。 やっぱり、国家代表候補生と男の子の戦いですしね。

 オルコットさんは専用機も使いますし、やはり皆さん興味津々なんでしょうね」

 

 そう聞くと、やはり客寄せパンダにされたようで複雑な気持ちになるが、もうすぐ本番なので無理やりに切り替えることにした。

 一夏は手早く打鉄を纏うと、起動準備に入る。

 ウィンドウに表示されるデータは、拡張領域の武装も含めて万全の状態を示している。

 

「準備はいいな、織斑」

「はい、問題ありません」

 

 よし、と千冬は確認が取れると真耶と共に下がっていく。

 そして一夏は、本日の戦場となる空へと羽ばたくため、鋼を纏った総身に力を籠める。

 

「織斑一夏―――打鉄、出まっ………!!?」

 

 その瞬間、違和感が体に走る。

 問題なく動き出すはずだった手足が、最初の一歩目どころかその為の体重移動にすら反応を示さなくなる。

 微動だにしなくなった機体の反動で揺さぶられる様は、まるで磔にされたようだ。

 直後に現れる大量のウィンドウが、先程までなかったはずのエラーを表示し、それらが彼の体を隠すように覆っていく。

 

「一夏!?」

「織斑くん!?」

 

 その異常事態に、さがった二人が思わず駆け寄る。

 余裕がないのか、千冬は教師の仮面すら完全に外れてしまっていた。

 そして当の一夏はというと、突然の事態に混乱しつつも原因を探るべくウィンドウの警告に視線を走らせる。

 

「一体、何が……、っ!?」

 

 と、そこで一つだけおかしなウインドウを発見した。

 それは、どう考えてもおかしいピンク色のウィンドウで、何故かデフォルメされた兎のイラストが添えられていた。

 そこには、こう書かれている。

 

―――いっくんへ、プレゼントはちゃんと受け取らないとダメだよ!

 

 そして、彼がそれを読み終えるのを待っていたかのように、ウィンドウの群れが一斉に消え失せる。

 同時に、機体の感覚も戻った。

 もう一度ウィンドウを呼び出してステータスを確認するが、異常はない。

 

(だが、きっとこれを使おうとすれば同じことが起きるだろうな)

 

 一夏はそんな確信を得ていた。

 故に、覚悟を決めた。

 

「山田先生、申し訳ありませんがオルコットにもう少しだけ遅れる旨を連絡していただけますか?」

「え?」

 

 戸惑う真耶、何かを察して眼差しを鋭くする千冬を前に、一夏は力強く宣言する。

 

「到着した専用機―――【白式】を使います!!」

 

 

 

***

 

 

 

 長々と待たされる羽目になったセシリアの前に漸く現れた一夏は、見慣れない白い機体を纏っていた。

 どうやら、それが彼の専用機らしい。

 

「………随分とルーズなんですのね。 日本人は勤勉で几帳面だと聞いていたのですが」

「そう言うな。 こちらも申し訳ないと思ったが、いかんせん事情があってな」

「それで? そちらが貴方の専用機?」

「ああ、裾直しに手間取ってな。 お陰で待たせてしまう羽目になったよ」

 

 嘯く一夏に、彼女は鼻を鳴らしつつ最後の慈悲を与えることにした。

 

「ねぇ、織斑さん。 ―――今からでも、降参するつもりはありませんの?」

「………」

 

 一夏が無言でこちらを見据えるが、彼女は構わず続ける。

 

「私の勝利は既に確定しているようなもの。

 ならば、被る恥は最小限にするべきではなくて?

 なにせあなた方は、極まった恥に対して己の腹を切って詫びる民族なのでしょう?」

 

 当然ながら、ハラキリ云々は本気で言っているわけではない。

 だが、降伏勧告そのものは完全にそのつもりで告げている。

 

「だから―――」

 

 と、セシリアの言葉を遮るように、彼女のヘッドセットに何かがぶつかり、甲高い音を鳴らした。

 真上に跳ね返って落ちてきたそれを受け止めて観察すれば、それは六角形に丸い穴の開いた金属の塊だった。

 ナットだ。

 

「は?」

 

 ゆっくりと一夏の方を見てみれば、腰のあたりにある彼の右手が何かを弾いたように親指を立てていた。

 どうやら、指弾の要領でナットを弾いたらしい。

 彼は悪びれもせず、あっけらかんと告げる。

 

「隙だらけだったからな。 先制点だ。

 ―――ボーナスはもらえるか?」

 

 セシリアが、口角を釣り上げながら奥歯を鳴らす。

 握りしめた手の中で、ナットが軋み歪んでいくのが分かった。

 

「えぇ―――存分におあがりなさいな!!」

 

 投げ返したナットが一夏に届く前に、呼び出したレーザーライフル【スターライトmkⅢ】から放たれた光条が、小さな金属を蒸発させて一夏に迫る。

 

 

 ―――かくして、IS学園での一夏のデビュー戦が幕を開けた。

 

 

 




 ガンダムオンラインでファンネル系武器うまく使えません!!(挨拶
 や、PCが低スぺなのが悪いんだろうけど、マシンガンとか散弾系とか格闘も命中率低いんですよね……(汗)
 やってない人にはわからないネタですいません。

 というわけで、漸くセシリア戦導入まで。
 ちょっと駆け足になった感が強いけど、じゃないといつまでも始まらなさそうだったのでキリ良いところまで長めにやりました。

 専用機候補にファングクェイク云々はお話考えてて生えてきた設定。
 どんなんかもちょっとだけ妄想したので、セシリア編おわったらちょっとだけ公開してみようかと思ってます。
 この設定のおかげでナタルさんとイーリさんの幕間の導入部分上手く書けそうです。(上手く書けるとは言っていない)

 それでは、次回から本格戦闘……なんですが、ちょっと無茶な展開になるかもです。
 白けさせないよう頑張りますので、お付き合いしていただけたら最高です。

 それでは、またちょっと間が空きそうですがこの辺で。


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15:忌まわしき既視感

 

 

 

 ―――その後は、どこまでも一方的な展開だった。

 英国の代表候補生の操る移動砲台が縦横無尽に天を駆け、放つ光弾が獲物を追い詰めていく。

 猟犬に追い立てられる獲物は、相対した少年だ。

 

 この世でただ一人のISを動かせる男。

 その存在に期待していたこの場の皆は、一様に落胆を隠せない。

 

 空に支配者のごとく君臨する狩人と比べ、こちらは既に地を逃げまどい、壁際に追い込まれている。

 その姿に、皆こう思っていることだろう。

 『結局、ISが使えてもこの程度でしかないのだ』と。

 嘲りと、失望と、或いは愉悦すらも含めて―――

 

 

 

「―――って感じかしらねぇ。 みんなの心情は」

「……あの、会長? なんでいきなりそんなモノローグみたいなことを?」

「いやん、ノリよノリ。

 それに、実際その通りでしょ? 周りの反応は」

 

 虚の突っ込みに、楯無が周囲を見渡せばそこにいる生徒たちは皆一様に白けたような表情を浮かべていた。

 中には、欠伸をしている者もいる。

 勤勉なものは、むしろ英国の専用機の情報を収集する機会と見ているようだ。

 総じて、一夏への評価はひどく低くなっている。

 

「まぁ、それも仕方がないでしょうね」

 

 虚が言いつつ、視線をアリーナへと下ろしてみればそこには無様といっても過言とは言い切れない一夏の姿があった。

 彼は今、空を飛ぶこともできずに地面を疾走しながら、尚且つ壁際まで追い込まれている。

 そんな彼を、四つの銃口が牙を立てるかのように様々な角度から襲い掛かっている。

 有体に言って、どこまでも一方的な展開だ。

 

「失礼なことを承知で言わせていただければ、私としても少々以上に残念だったかと」

 

 暗に、期待外れだったと口にする虚に、本音と箒が不満げな表情で彼女を見るが、しかし言葉は出なかった。

 一方で、楯無はというと、

 

「フフフ……虚ちゃんもそう見えちゃうか~」

 

 何故か、とても楽し気な表情を浮かべていた。

 まさか、一夏が嬲られているのが面白いというわけでもあるまいに、その反応は何なのかと、虚は首を傾げた。

 

「会長の意見は違うのですか?」

「そうねぇ。 じゃあちょっと質問だけど、セシリアちゃんの機体、あれの一番の特徴は何だかわかる?」

「特徴って……あの移動砲台、ですよね? 確かBT兵器という」

「ええ、BT兵器。 或いはビット。 本体のISと同じ名称がついているんだからどこまでもこれ有りきってことよね。

 その辺りが研究所発っぽいところだけど」

「………それが、どうしたんですか?」

「なら虚ちゃん、そのBT兵器がどんなものなのか説明できる?」

 

 主であり上司であり幼馴染でもある少女の意図を読めず、首を傾げる虚に、楯無は更に質問を重ねる。

 問われた方はアリーナの方へ視線を向けながら、推測交じりに答えを出す。

 

「一番の長所は複数方向からの同時攻撃ですよね。

 しかも空を自由自在に飛び回っての攻撃ですから、文字通りの全方位を網羅していることになります」

「そう、その通り。 全包囲攻撃(オールレンジ・アタック)なんてちょっと昔のロボットアニメみたいよね。

 ……で、更に質問しちゃって悪いけど、今のビットの動きはどんな感じかしら?」

「どんなって……」

 

 言われて、更に注視していく虚が、ふと「あ」と言葉を漏らす。

 その反応に、楯無が笑みを深める。

 そのやり取りを聞いていた箒と本音は顔を見合わせるばかりだ。

 しかし、

 

「気付いたかしら?」

「……オルコットさんのビット、さっきから似たような位置からしか攻撃してない。

 いや、そこからしか攻撃できない?」

「「え!?」」

 

 二人は、その言葉に弾かれるように試合へ視線を戻す。

 その先にあるのは先ほどと同じように壁際に沿うように地を駆ける一夏だ。

 だが、それを追い立てるセシリアのビットは、何故だか一夏から見て斜め上の位置からしか攻撃していないように見える。

 前後や高低の差はあれど、その振れ幅はさほど大きくない。

 それが何故かはすぐにわかる。

 

「っ! そうか、地面と壁が邪魔で……!!」

「そう、その通り」

 

 正解を導き出した後輩に、満面の笑みを送る楯無。

 彼女は更にそれを補足していく。

 

「セシリアちゃんのビットは確かに上下前後左右……立体的な意味で360度全てを網羅できるわ。

 けど、それはあくまでもビット本体が飛べる場所のみ。

 物理的に進路を阻まれたら、当然ながらその空間を利用することはできない」

 

 言いながら、閉じた扇子でツイ、と一夏を指す。

 

「今回の場合、一夏が地面に降りてアリーナの壁際にいるから、単純に球体の四分の一しかビットの飛べる空間が存在しない。

 しかも地面すれすれ、壁すれすれの飛行なんて平坦であっても神経を削る行為よ。

 そうそう連続でできるものじゃないから、実際の攻撃可能範囲はもっと狭いはず。

 つまり、あれは追い詰められているんじゃなくて環境を利用した防御法ってところね」

「なら、一夏は不利というわけじゃないんですね!?」

 

 楯無の言葉に、箒と本音が希望を取り戻した表情になる。

 そしてそれを確認するかのように楯無に問い、

 

「いや、どう考えてもジリ貧でしょ。 あれ」

 

 返ってきた無常な答えに、一気に脱力する。

 それは虚はもちろん、実は聞き耳を立てていたらしい周囲の少女たちも同じで、皆一様にガクリと身を崩す。

 そんなコントじみた光景に、張本人は暢気に笑いながら満足げに頷く。

 

「うん、みんなノリが良くて結構結構」

「お、お嬢様……」

「会長よ。 虚ちゃん」

 

 そもそも、と前置いて、半眼で彼女は続ける。

 

「私が言ってるのはあくまでも考えなしに追い立てられてるわけじゃないってだけで、現状が不利なのは違いないわよ。

 大体、あれだって自身が回避するための選択肢も狭めてるわけだから諸刃の剣ならぬ盾なわけだし、その証拠にバシバシビームが掠ってエネルギーは削られてる一方。

 対して一夏は攻撃らしい攻撃はほぼ皆無だから、セシリアちゃんは無傷で元気いっぱい。

 ああまでやられっぱなしってことは射撃武器はないのかしら? じゃあ距離詰めないと勝ち目はないわね」

 

 先程の言葉が嘘のようにぼろくそに言い放っている。

 そんな楯無に、もはや箒は脱力したまま身を起こす気力も起きない。

 

「………更識先輩はどっちの味方なんですか?」

「あらやだ、どうせなら楯無さんって呼んで。 それに私は生徒の味方よ」

 

 そんな返事にもはや溜息しか出ない箒であったが、「でもね」という言葉に首を傾ける。

 

「そこまで足掻いているということは、一夏は勝負をあきらめていないということ。 それに……」

 

 彼女の視線は上へとむけられる。

 釣られるように顔を上げれば、そこには絶対者のように君臨しているように見えるセシリアの姿があった。

 

「相手を見下すこと、相手に怒りを抱くこと、そして相手よりも優位に立つこと。

 どれも油断を呼び、そして自分のことを自分が思っている以上に相手に晒してしまう状態よ」

 

 「さあ」、と繋げて、彼女は一夏に視線を戻しながら最後にこう締めくくった。

 

「ここまで持ち上げさせておいて、何もなしだったら……お仕置よ、一夏」

 

 その眼差しは、どこまでも楽しそうに細められていた。

 

 

 

***

 

 

 

 そんな会話など全く知らず、一夏は数多の光弾を避けながらセシリアを見据えていた。

 

(そろそろ、か)

 

 視線の先、絶対者のように微動だにしていないセシリアの顔には、苛立ちが浮かんでいた。

 開始からニ十分弱……その間、彼女の表情は怒りから優越の笑み、そこから焦れて今の表情へと移っている。

 が、それらの感情の変遷による悪手は今の所なく、周囲を飛び交うビットも時折放たれるライフルの一撃も鋭く正確なものだ。

 その攻勢をどうにか受け流しながら、一夏は彼女をつぶさに観察していた。

 そうして考え予測するのは彼女の伏せ札……つまり、未だ使われていない武装についてだ。

 

 現在、彼女が使用している武装は二種類。

 恐らくは機体の主軸であろう四基のビットと長距離狙撃を可能とするレーザーライフル。

 一夏は可能性として、更にもう一つないし二つの武装があると睨んでいた。

 その内に一つは近距離を補う格闘兵装……だが、彼はこれについては無視することにした。

 無いと判断したのではない。

 あったとしても構わないと判じたのだ。

 故に、今考えるのはもう一つ。

 それは―――

 

「いい加減にしてくださいませんこと?」

 

 と、苛立たしさを隠さない声音が降り注ぐ。

 その顔には侮蔑と失望が浮かんでいる。

 

「人のことをおちょくった挙句、やってることは無様に地を這いまわるのみ。

 最早、クラス代表どころかこの学園に籍を置くことすらふさわしくありませんわ!」

「酷い言いざまだな……その割にはまだ元気なんだが?」

「……今、心の中で連想したモノが何かは言わないでおいて差し上げますわ。

 口が穢れそうですもの。 それに―――」

 

 と、彼女はおもむろにライフルを構えると、その銃口を一夏に向け、

 

「―――これで、終いにいたしますもの」

 

 遠慮なく引き金を引いた。

 しかしその光線の軌道上に一夏は既におらず、彼はアリーナの壁に沿うように横へ移動する。

 

「―――ちっ!?」

 

 と、その先に地を這うようにビットが一基迫っていた。

 更に彼のハイパーセンサーが彼の後ろと横、そして上から同時に迫ってきた。

 どれも地面やシールドすれすれの絶妙なコントロールだ。

 

 先ほど、楯無が言っていたように障害物すれすれの飛行という神経を削る行為はそうそう連続でできるものではない。

 だが、逆を言えばある程度集中さえできれば不可能ではないのだ。

 それを可能とするだけの能力がセシリアにはあったし、だからこそ彼女はブルーティアーズを駆ることを認められた。

 

 四方向から同時に迫る脅威から逃れんがため、、一夏は唯一存在する退路へと飛び立っていく。

 そう、彼が今までたっていたところから見て斜め上の、空中へと。

 

 誘い込まれてきた獲物に、セシリアが向ける瞳はどこまでも冷たい。

 せめてもの慈悲とでもいうのか、手向けのように言葉が投げかけられる。

 

「さぁ、せめて派手に散りなさいな」

 

 瞬間、彼女の腰の装甲が展開し、新たな武装が顔を出す。

 それは他のビットに似た、しかしそれとは違い円柱状の弾頭が取り付けらたもの。

 弾道型……すなわち、ミサイル型ビット兵器である。

 

 向けられた脅威に対して一夏は、

 

(―――やはりか、それを待っていた!!)

 

 予測していた好機の到来に歓喜する。

 

 多方向同時攻撃可能なビット兵器に狙撃能力の高いレーザーライフル……共通する欠点としては、攻撃力不足な点だ。

 無論、弱いというわけではないが何らかの形で膠着状態に陥った場合、それを覆せるほどの爆発力や決定力には乏しいと言わざるを得ない。

 故に、一夏は彼女の伏せている手として、瞬間的な火力の高い兵装が備わっていると踏んでいた。

 即ち、大口径高威力の砲かもしくは……ミサイル。

 ここにきて、彼の推測は後者に的中した。

 

 その結果を受け、一夏は取るべき手を為すために心身を切り替える。

 

「それにしても、忌々しい事だ」

 

 同時に、何故か苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 

 

 

***

 

 

 

 セシリアの意志の下、二つの実弾兵器が白い標的へと向かっていく。

 それに気付いた相手が、滑るように空を逃げる。

 この期に及んでの往生際の悪さに、哀れみすら沸いてくる。

 

「無駄ですわ。 それもまたブルーティアーズ……私の意志のままに舞い、貴方を確実に刺しに行く優雅な狩人。

 故に、こういう真似もできますのよ」

 

 と、一夏を追っていた二つのミサイルが別々の方向へ飛んでいく。

 そして回り込むように、或いはそれこそ一夏を中心に踊るように変則的な動きで彼へと迫る。

 

「さぁ―――堕ちなさい!!」

 

 指揮者のように二つの牙を操りながら、それを一夏へと突き立てようとしたその時だった。

 

「ああ、礼を言う。 そちらの方が都合がいい」

 

 彼女の耳朶にそんな言葉が届いた直後、彼は二方向から同時に迫るミサイルをギリギリまで引き付け、寸でのところで躱したその瞬間。

 

「本当、二番煎じなど忌々しい」

 

 そんな呟きと共に、通り過ぎようとするミサイルの片方に刃を突き立てた。

 

「なっ!?」

 

 驚愕するセシリアの視線の先で、一夏は勢いを調節するかのようにぐるりと身を回し、そしてそのまま彼女の方へと向かっていく。

 手に持つ剣に刺さったままのミサイルは、その弾頭をセシリアの方に向けている。

 そんな趣味の悪いハンマーのような凶器を振りかざす一夏に、セシリアは引きそうになる身を踏みとどまらせる。

 

「そんなもので!!」

 

 操作するのはもう片方のミサイルだ。

 それは瞬く間に一夏の背に追いすがり、彼が彼女に到達するよりも早く突き刺さるだろう。

 と、一夏はそこでくるりと振り向いたかと思うと、すぐそこに迫っていたミサイルへ向け剣を振りかざす。

 

「ふんっ!!!」

 

 掛け声一閃、振りぬいた勢いのまま、二つのミサイルが勢いよく衝突した。

 何が起こるかは言うまでもない。

 生まれた爆風は、セシリアの所まで届きかねないほどだった。

 

 

 

***

 

 

 

 アリーナ内に黒煙が広がる中、観客席の箒は呆然と口を開けていた。

 

「ミサイルを串刺しにして叩きつけるとか……どれだけでたらめな真似してるんだ……」

 

 それは周りの少女たち……否、観客席にいる皆が思っていたことだ。

 例外は三人。

 

「だそうですよ、会長」

「だって、かいちょー」

 

 一夏との実技試験の内容を知っている布仏姉妹と、

 

「……………いや、私はさすがにミサイル同士ぶつけるとかはやってないから」

 

 そんな二人からの視線から顔を背けている楯無だけだった。

 

 






 艦これイベ、E4の戦艦仏棲姫・壊が倒せません。
 那珂ちゃんのファン辞めます(挨拶
 ……あとちょっとなんだけどな……(涙

 それはさておき、セシリア戦前半。
 考察ばっかで爽快感とか疾走感が足りない気がしますが、この作品は割とそうなりそうなのでご了承ください。
 ……読後に清涼感があるような爽快な書き方とか身に着けたい。

 実は、当初は違う方法で距離を詰める予定だったんですが、こっちの方が現実的でスマートなのでこちらにしました。
 あとは、楯無戦とも関連付けられそうだしってことで。
 ……ミサイルウォーハンマーが現実的とはいったい。ウゴゴゴ……

 後半戦は明日更新予定。
 お楽しみにしていただけたら光栄です。

 それでは、また明日。



 ………ボーキはまだ余裕あるけど、弾薬がやばい。


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16:白影は光よりも疾く

 

 

「な、なんて非常識な」

 

 当事者であるセシリアも、目の前で繰り広げられた芸当に顔を引きつらせている。

 巻き起こった爆煙は彼女のいるところにもその黒々とした魔手を広げている。

 それを嫌い、抜け出ようと後退していたその時、

 

「―――獲ったぞ、オルコット」

 

 眼前の黒煙を割るように散らしながら、一夏が白刃を閃かせていた。

 

「なっ!!!?」

 

 驚愕も一瞬、彼女は咄嗟に手にしていたライフルを盾にするとそのままブレードを受け止める。

 振り下ろされた刃は、ライフルに深々と食い込んだ。

 

「く、ぅううっ!!」

 

 セシリアは距離を空けようとスラスターを吹かす。

 しかし、一夏はそれを許さない。

 詰めた距離を決して離さないまま、小刻みに刃を振るっていく。

 

「さあ、これで―――」

 

 

 

***

 

 

 

「―――形勢逆転、ね」

 

 知らずして、一夏の言葉を引き継ぐように楯無が呟く。

 手にした扇は広げられ、そこには【乾坤一擲】の文字が踊っている。

 それに対し、虚が首を傾げる。

 

「会長、確かに織斑くんは距離を詰められましたが、あそこは一撃で大打撃を加えるべきだったんじゃないんですか?

 ギリギリで防がれてしまいましたし、あのままじゃ後ろからビットで撃たれてしまうだけでは……」

「それはないわ」

 

 虚の懸念を、しかしバッサリと否定する。

 それにはちゃんとした理由があった。

 

「セシリアちゃんの使うビット兵器、四つの砲台を全く別々の軌道で高速移動させ、自在に攻撃する。

 実際、言う以上に高度で繊細な処理能力が必要とされる芸当よ。

 それを実現して見せる彼女の能力はさすがと言うほかないわ。

 けれど、少なくとも現状のセシリアちゃんの処理能力ではそれで精一杯」

 

 その証拠に、とでも言うように広げたままの扇で彼女はアリーナに浮かぶビットたちを指す。

 それらは、主の危機に対ししかし宙を漂うばかりだ。

 

「恐らく、ビットを使っている最中は他の武装が、逆にほかの武装を使う時はビットの操作が、といった具合に同時展開は不可能なのよ。

 次いで言えば、あのビットに自動で攻撃するような機能はないはず。

 あの手の武装は使い手が優秀であればあるほど、AIが司るリソースは少ないほうが能力を発揮するもの。

 あるとすれば自機の防衛と自動的な帰還能力かしらね。

 よしんば自動で敵を攻撃する能力が備わっていたとしても、あんなふうに密着していたらAIの処理では一夏だけを攻撃することはまず不可能」

 

 さらに、と楯無の扇はセシリアの方へ滑る。

 

「多分、立ち振る舞いなんかから察するにセシリアちゃんは射撃系の能力は高くても、接近戦のスキルはかなり低い。

 どんなに自身が優勢であっても、決して距離を詰めようとはしなかったのはその為ね」

 

 最後に、扇を口元に翳しながら、彼女は二人の攻防を見る。

 先ほどまでとは追い詰める側と追いつめられる側が完全に逆転したまま轟音を振り撒いて衝突を繰り返している。

 そんな二人に、観客席の反応は劇的に変わっている。

 それらを踏まえて、楯無は深く笑った。

 

「さあ、どちらにとってもここから先は正念場。

 このまま一夏が押し切るか、セシリアちゃんがどうにか巻き返すか。

 それとも……まだ何か起こるのかしらねぇ?」

 

 

 

***

 

 

 

「がっ、ぐ、ぅうっ!!」

 

 淑女というには程遠い呻きを漏らしながら、セシリアは連続で振り下ろされる斬撃を必死に防ぎ続ける。

 ライフルは既にボロボロで、武器としてはもう機能しないだろう。

 だが、歯を食いしばるセシリアの瞳は死んではいない。

 むしろ、追い詰められた獣のようなぎらついた光が宿っている。

 

(私が、こんな、こんな大道芸じみた手で追い込まれるなんて……こんな……こんな……!!)

 

 ライフルが原形を保っているのは、運でもセシリアの防御が巧いためでもなく、一夏が意識して破壊しないようにしているからだろう。

 それもセシリアの手を限定するための策だ。

 彼女の方もそれを察しており、だからこそ憤りは更に加熱される。

 

 受け止める斬撃の衝撃に、フラッシュバックのように思い起こされるのは彼女の意地の根源だ。

 尊敬していた母、情けない父。

 同時に喪った二人。

 支えてくれた従者で親友のチェルシー。

 残った財産や利権を貪ろうとする大人たち。

 それを守るために一人で戦い続けた日々。

 あまりにも能天気すぎる学園の同級生たち。

 ただ単に、宝くじが当たったような幸運でISを使えるようになっただけの目の前の男。

 

(―――負けない)

 

 意思が固まる。

 張り詰めた矜持が、倒れることは許さないと己自身に鞭を打つ。

 

(負けない、負けない、負けない……負けて堪るものか!!!)

 

 決意を込めた眼差しが、鋭く一夏を刺し貫く。

 それを受けた一夏が、何かを察したかのように連撃の加速させる。

 

「……エラー強制破棄……ジェネレーター・リミットカット……」

 

 それに構わず、セシリアは口頭で設定を入力。

 そしてライフルに刃が食い込むと、僅かに捻ることで刃を留め、連撃に間を作る。

 

「っ!?」

 

 息を呑む一夏。

 それを隙と見て、セシリアはISのパワーアシストを全開にする。

 

「あああああああああああああああああああああああ――――ッ!!!」

 

 刃を巻き込んだまま、一夏の方へと押し付けられるライフル。

 そしてセシリアはそのまま、その引き金を引いた。

 銃口は明後日の方に向いたままだが、構わない。

 元よりすでに撃てる状態でないライフルは、弾丸として放つためのエネルギーを内部で暴走させた。

 

 ミサイルの正面衝突よりかは小さい、しかし大きな爆発が密着状態の二人の間で巻き起こる。

 

「かは、あぁ……」

 

 セシリアは煙を棚引かせながら、落ちかけた意識で墜落しかける身を、しかしギリギリで踏みとどまらせる。

 そして右手を上へと翳し、力強く叫ぶ。

 

「インタァーセプタァァァ―――ッ!!!」

 

 光を散らしながら現れたのは、近接用のブレードだ。

 それを構えながら、彼女はビットに意思を走らせる。

 主人の命の下に、鋼の猟犬が周囲に集う。

 

「これで……!!」

 

 煙の向こうにいるだろう敵手に対し、セシリアは刃と四つの砲口、そして戦意を集中させる。

 荒い息を整えながら油断なく見据えていると、晴れつつある視界の中で煌くものがあることに気付いた。

 

「っ!?」

 

 思わず緊張が走るが、よく見ればそれは武装の類ではない。

 

「………ウィンドウ?」

 

 中空に映し出されたそれはセシリアからは裏側であるためか書かれている文を読むことはできなかった。

 ただ、そのウィンドウへ鋼の手指が伸びると、人差し指でウィンドウの一部を軽く押した。

 直後、煙を散らしながら劇的な変化が彼女の眼前で巻き起こる。

 

「な、あっ!?」

 

 それは、もはや進化といっても過言では無かった。

 

 装甲が洗練化。

 大型化した翼はスラスターを展開して光を放つ。

 何よりも目を引くのは総身を覆うその色。

 言葉にすれば同じ『白』でありながら、先程とは明確に違う。

 いままでの白は言ってしまえば空白や白紙といった、何ものでもないというまっさらな状態だったのだ。

 改めて染め抜かれた純白は、どこまでも彼のための色なのだと否応なしに理解できてしまう。

 

 そう、今ここに、純白の鎧を纏った織斑一夏が満を持して再臨した。

 

 セシリアは、混乱しかけた頭でしかし目の前に起きた現象を分析して、そして出た答えに驚愕する。

 

「………まさか、第一次移行(ファーストシフト)? それじゃあ、今まで戦っていたのは初期設定の?」

「最初に言っただろう?」

 

 彼女の呟きが聞こえたのか、一夏が言葉を投げかける。

 びくりと身を震わせる彼女の前で、コリをほぐすように首を回していた。

 

「裾直しに手間取ったと。 それがようやく終わったんだよ」

 

 その言葉に歯噛みしつつ、セシリアは強く睨みつける。

 

「―――ですが、所詮はこけおどしに過ぎませんわ!!

 第一次移行を果たしたからといって、先程まで削ったシールドエネルギーが回復したというわけではありませんもの!!」

(確かに、その通りだ)

 

 内心で頷きながら、どうするべきかと考える。

 武装は変わらず、近接ブレード……【雪片弐型】、ただ一つ。

 姉と同じ銘の武器に感慨深いものを得るが、それとこれとは別問題だ。

 せめて内蔵兵装の一つでも増えるかと淡い期待を抱いていたが、やはりそう甘くはないらしい。

 

(ここは多少喰らってでも距離を詰めるか。

 残量考えればチキンレースだな、これは)

 

 言いつつ、一夏は光弾を放たんとするセシリアへ吶喊せんと力を籠め―――

 

「―――え?」

「―――は?」

 

 ―――次の瞬間には、互いの顔が触れ合う寸前まで接近していた。

 

 

 

***

 

 

 

 双方の驚愕に見開かれた瞳が交錯したその瞬間、轟音が鳴り響く。

 

「グゥッ!?」

「キャァアアアアアアアッ!!」

 

 弾かれ落ちるインタセプター。

 そしてなぜか右に配置していたビットの一基が切り裂かれて爆散する。

 

「な……なにが……いったい、なにが……!?」

 

 ここにきて、セシリアの混乱は極致に至る。

 まるで時間が飛んだかのような錯覚に、冷や汗が止まらない。

 

 また、一夏の方も驚きを隠せなかった。

 彼は言葉なく手に持つ刃に視線を落としながら先程の出来事を思い返す。

 

 衝突かと思ったあの一瞬、一夏は身を捻るように彼女の横へと流れた。

 そしてすれ違いざまに柄頭でセシリアの手を打撃することで武器を叩き落し、交錯する一瞬に刃を振るってビットの一つを切り裂いた。

 時間にして、0.1秒もない一瞬での出来事だ。

 それだけならまだしも、完全に不慮の事態の中での結果だ。

 ならば、これらは偶然の産物……幸運の賜物なのか。

 

 答えは、否。

 彼はどちらの瞬間も意識して剣を振るい、その結果としてあの戦果を叩き出した。

 それが意味するものは何か。

 

「…………」

 

 一夏は呆然ともとれる表情で右手を目の前に持ち上げる。

 拳を握り、開く……たったそれだけの動作を幾度か繰り返す。

 そして―――

 

「―――ク、ハ」

 

 笑う。

 

「ハハ、ハハハハ、アハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 始めは肩を震わせる程度のものが、すぐに抑えきれないほどの大笑へと発展する。

 自失寸前であったセシリアは、奇しくもそれによって意識を戻し、弾かれたように振り返る。

 

「ああ、悪い。 ただ、コイツはこういうものなんだと解ったら、ついおかしくなってな」

 

 そういう一夏の顔には、しかし笑顔が浮かんだままだった。

 どこまでも不敵に。

 どこまでも力強く。

 そして誰よりも己の勝利を確信した、強者の笑みを。

 

「っ!!!」

 

 セシリアはもはや言葉なく、己の神経をすべて残った三機のビットに集中させる。

 先ほどよりも間は空いている。

 もはや不意打ちなど許さないと、全霊を以って迎え撃つ意思を固めている。

 

 一方の一夏は、かつてないほどの身の軽さを覚えていた。

 確かに一時移行による最適化で出力そのものも向上した。

 だが、劇的な変化はそこではない。

 一挙手一投足、その己の動きに対する自機の反応速度だ。

 ただ掌を握って開くという動作だけでも明確な違いを感じ取れる。

 これに比べれば、先程までは関節という間接に薄紙を噛まされていたかのようだ。

 

 と、そんな彼に追加のようにウィンドウが表示される。

 その内容に一瞬で目を通すと、一夏は目を細める。

 

「成る程……使うか」

 

 言いつつ、彼は剣を構えながら入力設定を口頭モードに切り替えた。

 そして身を僅かに沈ませた直後、スラスターに火を灯す。

 

「っ! ブルゥゥティアァアアアアアズッ!!!!」

 

 悪寒と共に、撃滅の意志を以って絶叫と共にビットに命令を下す。

 だが、それでもこの距離では一夏には遅かった。

 

「―――リミット設定、残シールドエネルギー量1パーセントで強制終了」

 

 セシリアはそんな呟きを聞いたかと思ったその時、左側に配したビットが四散していくのに気付く。 

 彼女のハイパーセンサーには、ただ白いものが通り過ぎたようにしか感じなかった。

 

「っ!?」

 

 慌てて振り向く。

 しかし僅かに白い残影が上へと昇るのを捉えただけだ。

 

「―――現在の自機の状態に合わせ、パラメータを修正」

 

 釣られるように顔を上げようとしたその瞬間に、雷霆のように白い影が落ち、残った二つの内片方のビットを破壊する。

 

「―――トリガーセット」

 

 そして身動ぎする間もなく、最後の一基も破壊される。

 それを為した白い影……一夏は、セシリアから見て少し上の正面でこちらに振り返るところで―――

 

「ぅ、うぁああああああああああああああああああああっ!!!?」

 

 恐怖に悲鳴を上げながら、弾道型のビットを展開する。

 だが、その前に最後の一太刀が無慈悲に振り下ろされる。

 

「―――単一仕様能力(ワンオフアビリティー)展開。 【零落白夜】、フルドライブ!!」

 

 力強い言葉とともに、一夏が肉薄する。

 放たれた一撃は先ほどまでの刃金と違う、光によって編まれた刃だ。

 それは違えることなくセシリアへと叩き込まれた。

 

「―――あ、ぁ」

 

 力を失っていく中、敗北感と開放感に意識を遠くしていく彼女がその間際に思い浮かべたのは、

 

(織斑、一夏……)

 

 自分を落とす際に、己を真っ直ぐに射抜いていた、今まで見たことないような力強い瞳だった。

 

 

 




 というわけで、セシリア戦決着です。
 ……なんか最後の方、一夏が悪役に見えるような……気のせいだな(メソラシー

 そういえば、この間古本屋でIS原作の新装版をすこし立ち読みまして、キャノンボールファスト辺りの話にも目を通しました。

 ……短くね?

 ページ数数えてみたら5ページでした。
 いや、その後の襲撃シーン考えれば仕方がないと言えなくもないですが……そりゃ、アニメの方も省略するわな、イメージできないし。
 この作品ではどうするかなーと考えつつも、果たしてそこまで行けるだろうかと首を傾げる自分がいる。

 さて、多分次回でこの章が終わり、幕間を一つか二つ挟んで鈴メインの次章へと移る予定です。
 鈴戦は多分、戦闘導入まではもう少し短いかも?
 未定ですが。

 それではこの辺で。
 次回は現在執筆中なので、完成したら上げる予定です。


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17:それぞれの向かう先

 

 

 

 振りぬいた剣が、元の刃金へと戻っていく。

 一夏の意志によるものではない。

 設定された通り、シールドエネルギーが1パーセントを切ったから自動的に終了したのだ。

 

 つまり結果を見れば薄氷の勝利である。

 

『セシリア・オルコット、シールドエネルギーゼロ! 勝者、織斑一夏!!』

 

 アナウンスが、終了を告げる。

 瞬間、観客席から歓声が沸き上がる。

 それを受けながら、残心のように一夏は細く息を吐いた。

 と、背後のセシリアがぐらりと身をよろけさせ、そのまま重力に曳かれて落ちていこうとしていた。

 どうやら気を失ったらしい。

 それを察知した一夏は慌てて追いかける。

 ISの防御能力や生存性を考えれば、そのまま落ちたとて怪我をすることはまずないだろうが、だとしても放っておけるものではない。

 

 一夏は途中でセシリアに追いつくと、彼女の身を抱きかかえながらゆっくりと降り立つ。

 その光景に、観客席から先程とは違った意味で歓声が上がる。

 所謂、黄色い声というやつだ。

 それを無視して一夏はセシリアの顔を覗き込む。

 

「おい、大丈夫か?」

「んぅ……」

 

 呼びかければ、彼女はすぐに瞼をゆっくりと開いていった。

 どうやら、あくまでも一時的なものだったらしい。

 と、焦点のあった瞳が一夏の顔を見つめると、瞬く間にその顔が赤く染まっていく。

 今の自分の体勢に気付いたようだ。

 

「お、織斑さん!?」

「あ、スマン。 気絶してそのまま落ちそうだったからつい、な。

 ……立てるか?」

「は、はい? えと……」

 

 セシリアは手足を動かそうとするが、すぐにその顔が曇る。

 どうやら、力が入らないらしい。

 

「ちょっと、無理そうですわ」

「解った。 しばらく支えさせてもらう」

「ぅう、申し訳ありません」

 

 戦う前が嘘のようにしおらしい姿を見せるセシリアに、思わず苦笑を漏らす。

 と、溜息一つ漏らしてから、一夏は口を開く。

 

「……すまないな、オルコット」

「え?」

「今の戦い、本当はもう少し真っ当なものにするつもりだった」

 

 だが、結果はアレだ。

 とるべき手が限られていたとはいえ、やったことはペテンと大道芸の合わせ技のようなものだ。

 

「もしお前が、納得できないというなら改めて……」

 

 と、セシリアの指が震えながら一夏の唇に当てられる。

 言葉を遮られた彼を見つめるセシリアの表情は、優し気な苦笑だ。

 

「あれが不本意な戦い方というならば、それを破れなかったのは私の落ち度。

 その提案は、敗者への侮辱ですわ」

「―――そうか」

「えぇ……ですから、勝者ならば勝者の権利と責任を」

 

 一夏はコクンと頷く。

 

「了解した。 クラス代表の座、謹んで拝命する。

 その肩書に恥ずかしくない戦果を約束しよう」

「えぇ、期待しておりますわ。

 それと、厚かましいかもしれませんが二つ……いえ、三つほどお願いしてもよろしいでしょうか?」

「……なんだ?」

 

 訝し気に問う一夏に、セシリアは答える。

 

「まず一つ目。 クラス代表云々関係なく、また戦ってくださいます?

 ―――次は負けませんわ」

 

 笑みを不敵なものに変えてのその言葉に、一夏も力強く応と答える。

 

「勿論だ。 こちらからお願いしたいくらいだよ」

「よかった。 それで、二つ目と三つ目のお願いなんですが……」

 

 そこで言い淀んだ彼女は頬をさらに赤く染めながら視線を逸らし、やがて意を決したように言う。

 

「……名前で、お呼びしても良いでしょうか?

 私のことも、名前でお呼びください」

「―――わかった。 これからよろしく頼む、セシリア」

 

 すると、セシリアは花が咲くような笑顔を魅せた。

 

「はいっ、よろしくお願いしますわね。 一夏さん」

 

 

 

***

 

 

 

 その後、アリーナを後にしたセシリアはシャワーで汗を流していた。

 その脳裏に浮かぶのは、一夏のことばかりだ。

 

「一夏、さん」

 

 名を呟くだけで、胸の内が高鳴る。

 抑えるように手を当てると、早鐘のような鼓動が掌を打つ。

 

「……フ、フフ……私、こんなに簡単で安い女だったのかしら?」

 

 負けただけで靡くなんて、手軽にもほどがあるだろう……そう思いつつ、しかし悪い気がしないというのだからどうしようもない。

 

 自分が今まで会ったことのない、心身ともに強い男。

 その姿を脳裏に思い浮かべて、思わずほう、と熱い息を漏らす。

 どうやら、本格的にやられてしまったようだ、自分は。

 

 故に、彼女は思考を切り替えて決意した。

 なんてことはない、いつもやっていることだ。

 

「私、狙った的は必ず射貫くことにしてますのよ。

 覚悟してくださいましね、一夏さん」

 

 言って、彼女は右手で作った指鉄砲の銃口に軽く口付けしてみせた。

 

 

 

***

 

 

 その頃、一夏は早々と着替えまで済ませて控室から出てくるところだった。

 この辺りの身支度の手軽さは男女の差であろうか。

 まだ湿り気の残っている頭には広げられたタオルが乗っている。

 

「一夏!」

 

 と、名を呼ぶ声に振り向けば、なにかが自分めがけて飛んでくるところだった。

 

「とっ?」

 

 受け止めれば、それはスポーツドリンクの500mlペットボトルだ。

 飛んできた方向を眺めれば、腰に手をやってなぜか得意げに笑っている鈴音の姿がある。

 

「鈴、か」

「クラス代表決定おめでとう……しっかり勝ってきたじゃない」

「まぁな」

 

 言いながら、ペットボトルの蓋を軽い音を立てて開け、一口飲む。

 酸味交じりの独特の甘みが舌を濡らして喉を潤し、胃に流れ込んでいく。

 口を離せば、すでに半分が無くなっていた。

 思った以上に水分を体が欲していたらしい。

 

「ふぅ、ありがとうな」

「別に。 ……それより」

 

 鈴音からの眼差しに、一夏は「ああ」と力強く肯く。

 

「これで、約束の第一歩は果たせたぞ」

「あとは、アンタがクラス代表戦で負けなければね」

「そのまま返すぞ」

「はン、あたしを誰だと思ってるのよ?」

 

 自信満々になだらかな胸を張る鈴音。

 

 ―――クラス代表戦で自分と戦うこと

 それが、彼女が一夏と再会したときに交わした約束の内容だ。

 その実現が近くなったことに、彼女は些か高揚しているようだ。

 彼女は自信に満ちた様子で一夏に指を突き付ける。

 

「覚悟なさい。 ボッコボコにしてあげるわ」

 

 そんな鈴音に、一夏はクッ、と笑いを喉に詰まらせその隣を通り過ぎ様に彼女の頭をくしゃりと撫でる。

 

「んにゃ!?」

「言ってろ。 返り討ちにしてやるよ。

 こいつでな」

 

 言いつつ、右手に装着されたガントレットのような白式の待機状態を掲げて、そのままその場を後にしていく。

 去っていく一夏の背に、顔を赤くした鈴音が振り向いて声を張る。

 

「さらっと人の頭撫でてくな! チビだって言いたいのかコノヤロー!!」

 

 慣れているのか、そんな抗議にも一夏は振り返らないまま右手をひらひらと振って答える。

 やがて、曲がり角へと消えていった一夏に、鈴音は頬を膨らませる。

 

「まったく……見てなさい、絶対ぶっ倒してやるんだから。 そしたら―――」

 

 と、そこで鈴音は顔を俯かせ、なだらかな胸に手を重ねる。

 

「―――そしたら、もうどこにも置いてかれたり、しないわよね」

 

 それは、先程までが嘘のような、それこそ迷子に会った子供のような不安げな声音で。

 そんな消え入りそうな声は、誰の耳に届くこともなく消えていった。

 

 

 

***

 

 

 

「あ、織斑くんよ!!」

『『『キャー、織斑くーん!!!』』』

 

 アリーナの入り口から出た途端、一夏は何人もの女子生徒に揉みくちゃにされる。

 どうやら出待ちをされていたらしい。

 扱いといい、この反応といい、そのままアイドル扱いだ。

 群れを成して襲ってくる……主観からすればそんな形容でも間違っていない少女たちの群れにさすがに一夏も閉口する。

 どうやら口々に賞賛しているが、ぶっちゃけ声が重なりすぎて訳が分からない。

 

 適当に相槌を打ちながら見回せば、少し離れたところで楯無、箒、本音、虚の四人がいた。

 彼女たちは巻き込まれないように遠巻きに眺めながら、楯無は目があまり笑っていない笑顔を浮かべ、箒は拗ねたようにむくれて、本音は屈託のない笑顔で手を振り、虚は気の毒そうに苦笑を浮かべていた。

 とりあえず、助けが来ることはないことを認識して溜息を漏らしていると、少女たちの壁を割るようにこちらへ介入してくる人物がいた。

 制服のリボンから察するに楯無と同じ二年生か。

 右側に纏めた短めのサイドテールと眼鏡が特徴的で、腕には【新聞部】の文字が眩しい腕章を通している。

 

「ちょっとごめんね~。 新聞部の黛薫子でーす。 織斑くん、ヒーローインタビューしてもいいかな?」

「―――ええ、構いません」

 

 周囲の少女たちが若干引いたのを見て、僅かに乱れた服装を直しながら応じる。

 承諾を得た薫子は笑顔でマイク替わりだろう端末を突き付ける。

 

「さて今回の戦い、織斑くんとしてはどうだったでしょうか?」

「そうですね……こちらとしては想定外の事態が重なり、結果としてだまし討ちとどんでん返しばかりのイロモノのような内容になってしまったのは不本意なところです。

 次はちゃんと真っ当にぶつかりたいですね」

「やっぱりセシリアちゃんは強かったですか?」

「当然でしょう。 彼女には自負するだけの実力が伴っていて、結果を見ればギリギリで勝ちをもぎ取ったようなものですから」

「おや、ではあの勝利は幸運が味方したと?」

「………そうではないと、クラス代表戦で証明しましょう」

 

 その宣言に、薫子のテンションも上がる。

 想像以上に盛り上がりそうな内容に内心では嬉しい悲鳴が止まらない。

 

「いいですねぇ~。 では、クラス代表になった意気込みをどうぞ」

「入学していきなりクラス代表と生徒会副会長という二足の草鞋を履くことになり、妙に肩書が盛ってしまっている気がしますが……やるからには、全力を以って当たらせていただきます」

「ん~、ちょっとお堅いけどいい感じねぇ~。 それでは最後に、なにか一言」

 

 そう問われ、一夏は顎に手をやって、考え込む。

 と、なにを思ったのかその顔に不敵な笑みが浮かぶ。

 

「それじゃあ、最後に今後の目標を一つ。

 今の二年が卒業するまで、じゃあ格好がつかないから……」

 

 と、そこで言葉を区切り、人垣の向こうの楯無へと視線を向ける。

 そして笑みを深くすると、はっきりと宣言した。 

 

 

 

「―――俺が二年に進級するまでに、生徒会長就任を目指します」

 

 

 

 瞬間、周りの全ての人間……それこそ、言われた当人である楯無以外の全員が息を呑む。

 彼が言うところの意味はつまり、

 

「それは、学園最強……たっちゃん、もとい更識会長を打倒するということで!?」

 

 たっちゃん、とは楯無のことだろうか。

 どうやら個人的にも親交が深そうだ。

 ずれた眼鏡を直しながら確認する彼女に、力強く肯きを返す。

 

「そう取ってもらって構いません」

 

 言い切れば、一気に歓声が上がる

 そして楯無は深い深い笑みと共に彼の眼差しを受け止め、見つめ返す。

 

「大きく出たわねぇ~、一夏」

「ああ、言葉を濁すつもりはないし……なにより、負けっぱなしは性に合わん」

 

 火花を散らしているような錯覚に、二人の間にいる少女たちが思わず道を空ける。

 しかし、距離を詰めるでもなく静かに睨み合うばかりの二人。

 それぞれの胸の内には、闘志を燃え上がらせているのか。

 知らず、固唾を飲む周囲。

 研ぎ澄まされていくように、どこまでも張り詰めていく空気。

 先ほどまでの盛り上がりが嘘のように静まる中―――

 

 

 

「こ、これは……スクープ!? 特ダネ!!?

 ―――創部以来の最高発行部数更新確定じゃぁあああああああっ!!!!」

 

 

 

 ―――テンションが高まりすぎてエアリード機能が完全に壊れた叫びが全部ぶち壊した。

 皆が脱力してガクリと身を崩していく中、叫んだ本人は「うふあはえへうひヒャッハァーーーーーーーーーッ!!」と完全にぶっ壊れた笑いと共に眼鏡をビッカァーーー!!と煌かせている。

 

 そんな彼女に対し、一夏と楯無は半目を向けながら声を揃えて一言。

 

「「もう全部台無しだよアンタ/薫子ちゃん……」」

 

 

 

 ともあれ。

 

「―――む」

 

 定めた目標に、挑戦者は力強く拳を突き付け、

 

「―――フ」

 

 王者は応じるように己の胸を拳で叩いた。

 

 ここに宣戦布告は成り、一年という期日の設けられた最強の座を巡る戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 







 というわけで、セシリア戦完全決着&一夏、楯無さんに宣戦布告するでした。
 ……ぶっちゃけ、後者については割と予定外だったけど、ついノリで書いちゃったんだぜ!!
 でも、おかげで終着点はある程度見えてきたかな?
 まぁ、問題はその過程ですが。

 さて、前回も書いたとおり、予定としては幕間を二つほど挟んで二章の予定。
 もしかしたら幕間については予定が変わるかもしれません。

 それでは、この辺で。
 次回を待っている人がいらっしゃいますように祈りつつ。


追伸:艦これイベ、E5丙クリア目前……なんだけど、ボス前で大破でてなかなか進まない……(´・ω・`)


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幕間:ある女軍人たちの駄弁り場

※注意
 二話連続投稿の一話目です。
 ご注意ください。


 

 

 

 一般における認知度はどれほどかは定かではないが、軍の基地には多少なり娯楽施設が併設されていることが多い。

 考えてみれば当たり前のことで、軍人も人間でありそして過酷な日々を送ってはいるものの囚人ではない。

 故に、ストレス発散などのために様々な設備が設けられている。

 映画などで見かけるのはバスケやバレーのコートなどであろうか。

 屋内で言えば、図書室や小型の映画館などもあったりする。

 そして周囲に人気のない、それこそ機密性の高い基地などには、バーが存在する場合もある。

 それは、知る者に【地図にない基地(イレイズド)】と呼ばれるその基地も例外ではない。

 

 こじんまりとしていながら趣のあるバーには、今は客は二人しかいない。

 貸し切りというわけではないが、結果としては同じようなものになってしまっている。

 理由は単純明快だ。

 

「チクショウ! 一夏の浮気者ぉおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 盛大にやけ酒を煽っている大虎に絡まれるのを避けたためだ。

 

「イーリ、変なこと言わないの。 というか、違う意味にしか聞こえないわよ?」

「だってよぉ……」

 

 ウィスキーのロックを空けたグラスを快音と共に叩きつけて喚く彼女に、呆れ半分に声をかけるのはその親友だ。

 

 【イーリス=コーリング】と【ナターシャ=ファイルス】。

 共に地図にない基地所属の米軍IS操縦者であり、前者に至っては国家代表でもある。

 さて、なんでこの二人がこんな状態になっているかといえば。

 

「大体、一夏くんの機体が【ファング・クェイク】系統じゃなくなったのは彼の意志じゃないじゃない」

「解ってるけどさぁ。 折角あたしも張り切ってあいつ専用機の設計に協力したのによぉ」

 

 【ファング・クェイク】とは米国の開発した第三世代相当のISだ。

 白式が受領される前まで一夏の専用機最有力候補となっていて、同時にイーリスの愛機でもある。

 とどのつまり、揃いの機体にならなかったことに盛大に拗ねているのだ。

 おかげさまで本日のバーは二人を除いて閑古鳥である。

 

「……巻き込まれたジョージとグレッグは災難ね」

「いや、関係ねぇみたいなこと言ってるけど、それ半分はおまえも原因だからな?」

 

 ……訂正、約二名ほど犠牲者が出ていたようだ。

 ジョージとグレッグと言うらしいマッチョな男性軍人白黒コンビは床に倒れ込んで呻いている。

 どちらも相当飲まされたのか、赤と青が混ざった顔色になっている。

 しかし女性二人はそんな二階級特進寸前の二人など一顧だにせず(一応、最低限の介抱は既にしている)、干した杯に琥珀色の酒を注がせている。

 淀みのない透き通った色合いを眺めながら、イーリスはカウンターテーブルに左頬をべったりと付けながらつまらなそうにぼやく。

 

「あーあ、いろいろコンビ名とか考えたんだけどなぁ……【ダブル・ファング】とか【ツイン・ビースト】とか【ワイルド・カップル】とか」

「別に同系統だからってツーマンセルになるわけじゃないでしょってか最後のどういう意味だオイ」

 

 ナターシャが常の口調を投げ捨ててイーリスを鋭く睨んだ。

 手の中のグラスがミシリと盛大に軋む。

 

「大体、貴女の趣味って年上だったんじゃなかったっけ?」

「いや、そりゃそうなんだけどさ」

 

 身を起こしたイーリスは後頭部をガリガリと掻きながら苦笑を浮かべる。

 

「ぶっちゃけ、あいつってそこらの歳食っただけのヤツよかよっぽど渋いじゃん?」

「確かに」

「それにさ、いったんそういう風に意識したら、年相応っていうの?

 前は何とも思わなったそういう反応のギャップにこう、グッとくるのがあるっていうか……」

「解るわ」

 

 前者は浅く、後者は深々と肯いて同意する。

 と、床で戦死寸前の二人が「そういえばさ、俺たちってこの二人に近いからうらやましがられてるみたいだぜ?」「こんなんなりたい奴いるのかよ?」「そもそも脈ないってか思いっきり別の相手に首ったけになってるんじゃなぁ……」「というか、美人の形したターミネーターはちょっと……」とか、なにやらボソボソと呟いている。

 きっと魘されているのだろうとナターシャは空になった酒瓶を軽く放っておいた。

 ゴンゴンとリズミカルな音を立てて二人の二階級特進の手伝いをしておく。

 

 と、床は静かになったが隣は絶賛面倒くさいままだった。

 

「大体さぁ、ナタルはいいよなぁ~、ってかずっこい」

「なにがよ?」

 

 と、イーリスはナターシャのグラスを持つ右手、正確には手首に巻かれている物を指さす。

 それは革製の組紐で、端に翡翠の飾りが付けられている。

 

「その飾り! 一夏とお揃いじゃねぇか!!」

「ぬぐっ!?」

「し・か・も! お前が主導になって作ってる新型にも、アイツが関わってるって話じゃねぇか!!」

「そ、それは一部の武装のテスターやったり、それで軽い模擬戦しただけよ!!

 ……結局、そっちの武装は採用されなかったし……」

 

 目を逸らしつつ答えるナターシャに、イーリスはしばらく人差し指を突き付けた状態で固まったまま、しかしその直後にまた崩れ落ちる。

 

「ちくしょう~、アタシだってあんなに頑張っていろいろやったのによ~!!

 長い付き合いあったからって、なんで横からさっくり取られてんだよ~!!」

 

 その背を軽く撫でて慰めてやりながら、ナターシャはその言葉に疑念が持ち上がる。

 

(……確かに、いくら本決まりではなかったとはいえ、プロジェクトとして制作も進んでいた物をここにきて急な横やりで反故にされるなんていくらなんでも不自然よね。

 けど、そのことに対しての抗議もおざなりで形ばかりのモノのようだし……)

 

 その辺りもイーリスの荒れている原因の一つなのだが、どう考えてもおかしいことだ。

 ともすればメンツを潰されたと言っても過言ではないのだが、そのことに対する反応がやけに鈍い。

 

(最初からこうなる予定だった? ……いえ、それにしては予算も時間もかけすぎね。

 なら……その横入りを黙認するだけの価値か意味があるって事かしら?)

 

 ナターシャは沈思するが、しかし答えが得られるはずもなく、それ以前に隣の大虎が放置されるのを許すはずもない。

 

「おらぁ、無視すんなよ~、寂しいじゃねぇかよぅ……」

「あぁ、もぅ、わかったから落ち着きなさい! というか泣くな!! 本当に面倒くさいわね今日のアンタは!!」

 

 赤ら顔で酒臭い息を吐きながら軟体動物のように絡みついてくる親友に、ナターシャは口調を投げ捨てて引きはがそうとする。

 やがて諦めたように溜息を吐くと、気合一発、勢い良く立ち上がる。

 

「こうなりゃヤケよ!! とことん付き合ってあげるわ!!」

「おっしゃぁっ!! 鬱憤晴れるまで飲み明かすぞゴラァッ!!」

 

 気炎を吐く女傑二人。

 その傍らの屍二体は「いや、まだ飲むのかよ」「てか大の男二人が潰れるレベルでなんでこんな元気なんだよ」「イチカも大変だな。 こういうの“フラグガタツ”って日本語で言うんだっけ?」「しかもこれ氷山の一角とかアイツ死ぬんじゃなかろうか」などと囁き合っていた。

 とりあえず、死人がさ迷い出ても困るので墓標代わりにちょっといいお酒を彼らの頭に備えておく。

 直立した中身入りの酒瓶は不安定に揺れているが、まぁ割れても大丈夫だろう。

 彼らの翌月の給料が悲しいことになる程度だ。

 なんか盛大に「「Noooooooooooooooo!!!!」」とか聞こえるけど気のせいだろう。

 

 

 

***

 

 

 

 

 それからしばらくして。

 

「ほら、イーリ。 部屋に着いたわよ。

 シャンとする!!」

「うぃ~」

 

 ナターシャは肩を貸しながら引きずった親友の部屋の鍵を開け、ベッドまで引きずっていく。

 その顔は酒精で真っ赤に染まっており、イーリスに至っては目の焦点が合っていない。

 ベッドに辿り着くと、軟体生物のようなイーリスをその上にパージした。

 放り出された彼女は受け身を摂ることもせず布団に顔を埋めている。

 

 彼女たちは軍人であるが、ISの国家代表とそれに準ずる立場故にそれぞれ個室が与えられていた。

 こういう辺りは軍隊内でも数少ないIS操縦者ゆえの特権と言えるだろう。

 

「ほら、大丈夫? 吐き気はないでしょうね?」

「うぇっへっへっへ……だいじょーぶだいじょーびゅ」

 

 怪しい呂律の中でイーリスはノロノロと服を脱いでいく。

 やがて下着だけになるとベッドの中に潜り込んですぐさま寝息を立て始めた。

 その様子に、ナターシャとしては溜め息が出るばかりだ。

 

「まったく……せめてシャワーくらい浴びなさいよ」

 

 言いつつ、ナターシャもふらつきそうになる体をなんとか支える。

 この様子だと、自分もイーリスも明日は酷いことになりそうだが、自業自得と割り切るしかないだろう。

 ナターシャはしばらくイーリスの様子を見て、吐き気を催すことなく寝息を立てていることに苦笑を浮かべつつ踵を返す。

 

「それじゃあ、私も戻るわよ。 じゃあね、イーリ」

「うぅ……いちかぁ……」

 

 返事代わりの寝言に苦笑を浮かべつつ、ナターシャは今度こそイーリスの部屋を後にした。

 溜息を吐きながら今日は酷い目にあったと思いつつも、たまには構わないかとも考える。

 なぜなら。

 

「もうちょっとしたら、しばらく会えなくなるものね」

 

 そう、ナターシャは自身が開発に関わっていた試作機の大詰めのために、近くこの基地を離れることになるのだ。

 彼女は件の試作機に深い思い入れと愛情を抱いている。

 それこそ、我が子のような存在といって差し支えないほどに。

 

 そして、ふと思う。

 この機体が生まれるに至って、自分がほのかに想いを寄せる少年は僅かに関わっていた。

 それは自身が言っていた通り一部の兵装に関してのみで、それも採用は見送られたものだ。

 だが模擬戦を含め、収集されたデータは確かに反映されている。

 

 ならば。

 生まれてくる仔(きたい)は、私と彼との間にできた子供に等しいのではないのか。

 

「―――いえ、それはない。 流石にないわよね」

 

 頭の中に出てきたその考えに、思わず声に出して否定する。

 もし余人が傍から見ていれば、酔いが余程に頭に回っているかと思われるだろう。

 幸いというべきか、それを見ていた者はおらず、ナターシャもそういった懸念に気付くこともなかったが。

 

 そうしてナターシャは酒気に足をふらつかせながら、自室への道を鼻歌交じりに闊歩する。

 その足取りがどこか浮ついているのも、顔の赤みも酔いばかりのせいではないだろう。

 

 いずれ辿り着く未来が、仔の名前が如く【福音】に彩られたものであることを心の片隅で期待しながら。

 彼女はこれまでとこれからにその想いを馳せていた。

 

 

 

***

 

 

 

 一方、同時刻の酒場。

 

「……………なぁ、ジョージ。 俺らいつまでこうしてればいいんだろうな?」

「俺にもわかんねぇよ、グレッグ」

 

 白黒マッチョ共は未だに頭に酒瓶乗せられたまま床に伏せていた。

 

 その後、なんとか翌月の給料は無事で済ませられたようだ。

 

 

 

 

 




【おまけの妄想機体紹介】

◎ファングクェイク織斑一夏仕様機【ビーストマスター】

【概要】
 背面の特徴的なスラスターのレイアウトはイーリスのそれと同じで、個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)の使用も可能。
 イーリスの機体のデータも反映されているため、一夏の適性も併せて彼女よりもはるかに安定した成功率を発揮できる。
 また、一夏の希望として刀型の近接ブレードを収納するための機構が設けられている。

 一方で、IS本体の方は本来の仕様からかなり逸脱したものになっており、殆ど別の機体だと言っても過言ではない。
 というのも、『拡張領域に換装装備を登録し、状況に合わせて展開・換装する』という、言わば『換装装備での運用を前提とした機体』になっているためだ。
 これはISの生みの親である篠ノ之 束が提唱する『換装装備に頼らない万能機』という第4世代のコンセプトに、まったく逆のアプローチで挑んでいるとも言える。

 この機体に対応するための換装装備は【ジャケット・シリーズ】と呼称され、これを拡張領域から展開するために組み込まれたのが【C・J・S】(チェンジング・ジャケット・システム)というプログラムである。
 ジャケットを装着した形態はそれぞれのジャケット名に準拠しており、以下のようなものが想定されている。

・タイガー……虎の頭を模した展開型大型クロー『ワイルドファング』と肩部バルカン砲を装備した近接戦用でデフォルト設定のジャケット。
・バイソン……全身に大口径の砲やミサイル、ガトリングなどの実弾装備を多数装備し、短時間でそれらを全て撃ち尽くすことで対象を完全に制圧ないし破壊する飽和攻撃を可能とする砲戦用装備。
・アルバトロス……全身の各所に追加のスラスターを取り付け、さらに本体を遥かに超える大きさの翼を装備し、単体での大気圏突破すら可能とする推力と最高速度を実現。意図的に生んだ小規模の暴風の中に小質量の金属片を幾つか混ぜ込むことで爆撃のような破壊をもたらす長距離高機動装備。
・レオ……全身に鬣のように小型近接ブレード『レオン・プライド』を多数装備し、それを用途に合わせて様々な形に組み合わせることで変幻自在な攻撃を可能とする全領域対応型斬撃特化装備。
・エレファント……象の耳のように広がった大型センサーと、対象と目的に合わせてその場で弾丸の形状と硬度を調節する演算型長距離狙撃砲『ワイズマン・ノーズ』による広域索敵及び長距離精密破壊狙撃装備。
・パンサー……正確にはジャケットを排した素体の状態であり、背面のスラスターを最も活用できる状態。アルバトロスが最高速度と推力なら、こちらは加速度と敏捷性に特化している。ある意味一夏に最も適した形態。

 欠点としては、拡張領域の容量的に一度に詰め込めるジャケットは多くて三つまでで、さらにそれ以外の通常の兵装を登録する余地が殆どないことである。
 だが、それを差し引いても戦術・戦略の幅を単機で大きく広げることが可能。

 ……なお、一夏が白式を受領したことで開発は中止、計画も凍結されている。





 ……というわけで、幕間の一つ目です。
 ナタルさんどころかイーリさんも落としてたよアイツ。
 というか留学中どんだけフラグ立てたのか、自分も知らない……(ぉ

 ジョージとグレッグについては現地での一夏の年の離れた悪友みたいな感じで。
 たぶん、こんな寸劇とかあったと思われ↓


ジョージ「ん? イチカ、なんだそれ?」
一夏「炬燵だが」
グレッグ「KOTATU?……オイ、ジョージ見ろよ。 テーブルとベッドのお化けだぜ!!」
ジ「うえーん、怖いよマミー! モンスターに食べられちゃうよ~!!」
ジ&グ「「HAHAHA!!」」
………
一時間後
………
ジ「おいグレッグ。 便所行きたいけど出たくない。 代わりに行ってくれ」
グ「やだよ。 むしろお前が代わりにに行ってくれ、ジョージ」
一「もうすぐ鍋ができるから二人ともとっとと行って手を洗ってこい」
ジ&グ「「いえっさー」」


……だいたいこんな感じ。

 【ビーストマスター】については、最初はビルドビルガーでイメージしてたんですがジャケットシリーズの設定が思い浮かんでいろいろ考えてたらライガーゼロになってたという……
 なんも付けてない状態で強くなるって辺りはコロコロでやってた漫画版の方に近いかもですね。
 ………知ってる人ほとんどいないよなソレ。(ちなみに自分はボンボン派でした)

 さて、幕間はもう一つあるので詳しいあとがきはそちらで。


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幕間:五反田弾の珍客

※注意
 二話連続投稿の二つ目です。
 ご注意ください。


 

 

「おい、弾。 珍客だ」

 

 五反田弾が祖父である店主の厳にそう言われたのは、いつものように店の手伝いをしていたある日のことだ。

 その言葉で、弾は誰が来たのかを正確に把握した。

 

 まだ見習いでしかない弾が食事を作って出す相手は二人だけ。

 一人はこの道を決意させた親友にして悪友の【織斑 一夏】。

 彼が来たとき場合は【上客】と呼ぶ場合もある。

 そしてもう一人が【珍客】と称される人物である。

 

 弾は手早く定食を一膳作り上げると、盆に乗せたそれをこぼさぬよう丁寧かつ迅速に運んでいく。

 時間帯としてはずれているため、客の姿もまばらなので置いてそのまま対面に座る。

 この辺りは祖父も承知のことで、【珍客】もそれを狙ってこの時間帯にしたのだろう。

 

「―――いただきます」

 

 【珍客】……彼女は出てきたそれに手を合わせ、存外に上手い箸使いで主菜を摘まみ、口に運ぶ。

 そして咀嚼して飲み込んで、一言。

 

「うん、美味しい。 弾くん、腕上げたかニャー?」

「はいはい」

 

 賞賛に対し、弾の反応はいかにも素っ気ない。

 対面に座りながら、足を組んで頬杖をついてそっぽを向いている姿はいかにも興味がないといった風体だ。

 そんな彼に、彼女は不満げに頬を膨らませる。

 

「ツれないねー、弾くん。 ……倦怠期かにゃ?」

「アホ言ってないでとっとと食っちまえよ、騒いでっと爺ちゃんがキレて出禁になるぞ」

 

 それは勘弁、と言いながらいそいそと食事を再開する。

 そんな彼女の様子を横目で眺めながら、弾はふと思う。

 

(なんだかんだで、割と長い付き合いだな。 コイツとは)

 

 言いつつ、弾は何となしに回想する。

 目の前の彼女……倉持技研の第二研究所所長の肩書を持つ、【篝火 ヒカルノ】という女性との出会いを。

 

 

 

***

 

 

 

 弾とヒカルノの出会いは良いものではない。

 むしろある意味最悪に近いモノだった。

 

「君が一夏くんの【お友達】の弾くんか~……うん、彼と同じく結構いい体してるね」

「……申し訳ありませんがお客様、当店では店員のお触りは禁止しております」

 

 まぁ、初対面で尻を触ってくる逆セクハラ女に第一印象を良く感じる人間は稀だろう。

 そして弾はもちろん『稀』には含まれない人間だった。

 

 お冷を持ってきた弾はその後、簡単な自己紹介を経てこの変人と対面で座ることとなった。

 ほかに客がいなかったことと、一夏絡みであったからこそ厳も許可を出した。

 

「ふんふん……見た感じは普通の子だねぇ」

「実際普通の人間ですんで」

 

 弾は半目を向けつつ目の前の女性を観察する。

 僅かに緑がかって見える髪は上の方で左右に纏められている。

 白衣を纏った豊かな胸の膨らみをその身の挙動のままに揺らし、歪ませながらその切れ長の瞳はこちらへ向けて愉しそうに細められている。

 倉持技研第二研究所所長……それがこの女の肩書らしい。

 しかしこうしてやってきたということは一体自分に何の話だというのか。

 弾は訝しみながらもヒカルノの話を待った。

 

「………あたしはさ、織斑 千冬や篠ノ之 束とは同級生でね」

 

 と、何故か出てきた話題は自身の交友関係だ。

 弾は疑心を強めながら相槌を打つ。

 

「へぇ。 束って人はともかく、千冬さんからはアンタみたいな友達がいるって話は聞いたことはないですね」

「そりゃそうさ」

 

 若干嫌みの混じった言葉に、ヒカルノは小さく笑って返す。

 

「言ったろう? 『友人』じゃなくて『同級生』。

 解かる? この違い」

 

 瞬間、弾は息を呑んだ。

 そのニュアンスに、彼自身どこか覚えがあるからだ。

 それを察してか否か、ヒカルノは椅子の背もたれに身を預けながら天井を見上げる。

 

「あの二人は自分たちだけで足りていた。

 他の人間に入る余地はなかったし、そもそも同じステージに立つどころか手を掛けることすらできない」

 

 回顧するようなヒカルノの語りに、弾が思い浮かべるのは親友の姉だ。

 そこそこ程度の付き合いだが、なるほどそれでも十分理解できるほどの女傑だ。

 ―――いや、敢えて言葉を選ばず、語弊を覚悟で言うなら化け物か。

 

「だからあたしは同級生ではあっても友人ではない。

 ……そも、友人ていうのはそういうものさ」

 

 そこで、ヒカルノの顔がこちらへと下げられていく。

 その目には、思わず寒気というより怖気が走るような濁った光が宿っている。

 

「対等でなければ友情は成り立たない。

 どちらかが上だったり下だったりすれば、それは愛玩動物を愛でるか、神様を崇めるのと変わらなくなる」

 

 事ここに至り、弾は理解した。

 

「ねぇ? ―――君と一夏くんはどうなんだろうね、五反田弾くん?」

 

 彼女は、それを問いにここまで来たのだと。

 

 或いは、最初はただの釘刺しに来たのかもしれない。

 もしくは、善意からの忠告か。

 妥当なところでは興味本位の物見遊山というのが確立として一番大きいか。

 

 だが、それを現実に形として成したこの時に、こうしてその根底が漏れ出ている。

 つまりは同じ場所へと堕ちろという、諦観という泥濘への誘いだ。

 お前もそうなってしまえと、もしかしたら彼女自身自覚していない部分で弾に囁いている。

 

 それを受け、弾は思う。

 ―――知ったことか、と。

 

「悪いけど」

 

 ガタリ、と席を立つ。

 それを目で追うヒカルノに背を向けながら、首だけ回して振り返る。

 

「その手の懊悩は少し前に投げ捨ててる。 ……ちょっと待ってろ」

 

 敬語をかなぐり捨てた弾は、厨房へと足を踏み入れると手早く(といっても、今の自分から見るとスットロイにもほどがあるが)定食を一膳作り上げる。

 そして彼は、それをヒカルノの前に置いた。

 出来上がった野菜炒め定食を前に、彼女は唖然とした表情で傍らに立つ弾を見上げる。

 

「アンタの言い分は正しいのかもしれない。

 ああ、見下されるのはごめんだし、同情しながら友達だなんて言うのは吐き気がする。

 でもな」

 

 言葉を一旦区切り、腰を折ってヒカルノと目線を合わせる。

 彼女の瞳を真っ直ぐ見据えながら、力強く言い放つ。

 

「何でもって対等かっていうのはテメェらで決めるさ。

 そもそも、根本的にそこまでお利口さんじゃねぇんだよ、俺たちは」

 

 エベレストに挑む登山家は同じ登山家しか友人がいないのか。

 チェスやボクシングのチャンピオンは同じようになにかの優勝者でなくては友人になれないのか。

 いいや、そうとは限らないだろう。

 

 そう、他人がどう思うがどう言おうが関係ない。

 互いが誇って胸を張るもののどちらが素晴らしいかとか、価値があるかとかはどうでもいい。

 自分は当に決めているのだ。

 

「俺はここでこうやってアイツに飯を作る。

 それでいいし、そう決めた」

 

 それだけで、友だと言い放つには充分だ。

 細かい理屈やなんだなど知ったことか。

 釣り合っていないとか、言いたい奴は言えばいい。

 これが無くなることがあるとすれば、ただ一つ。

 

「俺があいつに飯を作らなくなるか、あいつが俺の飯を食わなくなるか。

 俺らがダチでなくなるのは、そうなった時だ」

 

 恐らくは、他人から見ればちっぽけなものなんだろう。

 青臭くて馬鹿らしいと、笑い飛ばされても仕方がない。

 だが、譲るつもりも恥じるつもりも全くないと、弾は誇りさえ抱いて立っている。

 

 ヒカルノはしばらく固まって、呆けたように弾を見つめていた。

 それから僅かに間を空けて、やがて肩を震わせ始めた。

 

「……ぷ……くっ。

 あははは、あはははははははははははっ!!」

 

 堪えるのも限界と、やがて彼女は腹を抱えて笑い始める。

 いつもなら厳が摘まみ出すところだが、店の主たる彼は厨房の奥で夕食時に備えて下ごしらえを続けていた。

 やがて落ち着いたのか、ヒカルノは咳き込みながらも浮かんできた涙を軽く拭っている。

 

「はは……はぁ、はぁ、けほっ……ごめんね、騒いじゃってさ」

「ああ、次やれば出禁な」

「あれま容赦ない」

 

 言う割に、気にした様子もなく服装の乱れを直していく。

 その仕草にふと色気を感じた弾は思わず目を逸らし、目ざとくその様子を見つけたヒカルノが先ほどとは違った意味合いで愉悦の光を目に宿す。

 

「あっれぇ? なんで目を逸らしたのかにゃー?」

「いいからとっとと食え変人」

「ストレートに言われると結構クるわねぇ」

 

 ともあれ、彼女は箸を持って手を合わせる。

 

「いただきます……うん、ちょっとしょっぱいかなぁ」

「悪いな、修行中なもんでよ」

 

 弾は改めて対面に座ると、明後日の方を向きながら頬杖を突く。

 そんな彼に、定食を摘まむヒカルノは含み笑いを漏らす。

 そして、ふと、

 

「―――そっか。 そういうのもありなんだ。

 そういうのでも、よかったんだ」

 

 そんな言葉が聞こえてきた気がしたが、弾は振り向くこともしなかった。

 

 

 

***

 

 

 

(………んで、いつのまにかちょくちょく顔を出してくるようになって、なんでか俺が飯を作るようになったんだよな)

 

 しかもご丁寧なことに一夏とは決して出くわさない日にだ。

 確かめたことはないが、恐らく一夏はヒカルノがここに来たことがあることすら知らないだろう。

 話す内容も当たり障りのないことばかりで、一夏の近況に触れることはほとんど無い。

 弾としても、一夏から直接聞くつもりなのでその辺りに言及することはなかった。

 結局のところは、ちょっと変わった茶飲み友達に近い。

 

 見目だけは良い、奇妙な知人との馴れ初めを思い出して弾は思わず溜息をもらす。

 

「ご馳走様。 腕上げたわねぇ、弾くん。

 ―――で、なんであたしを見て溜息なんかついちゃったのかなー?」

 

 にっこり笑うヒカルノは、しかし妙なプレッシャーを放っている。

 弾は顔をしかめてフンと鼻を鳴らして一言。

 

「アンタとの付き合いも妙に長いなって思ったんだよ」

「うん? ………あー、そうねぇ」

 

 食後のお茶を傾けながら、彼女は初めてこの店に来たときのことを振り返り、飲み干した湯呑みを置くと同時に手を合わせる。

 

「―――当時から、弾くんのお尻は張りがある良いものでした」

「ホントに出禁にすんぞ痴女」

 

 ほぼ反射的に地を這うような低い声を放つ弾。

 対してヒカルノはあはは、と軽く笑いながらパタパタと手を振る。

 

「いやいや、だって普段会う若い子って女の子ばっかりだしね。

 ピチピチの男の子は色んな意味で新鮮なんだよ。

 一夏くんはフーさんがつきっきりだしねぇ」

「セクハラの理由にはなんねぇな」

 

 正論に対し、ちぇーと拗ねたような声を上げるヒカルノ。

 と、その表情が感慨深げなものに変わる。

 

「けどまぁ、確かに付き合いも長くなってきたかもね。

 ………そろそろテコ入れの時期か」

「なんのだよ。 いいから、食い終わったんならとっとと帰れ帰れ」

 

 歯を剥いてしっしっと手を振る弾に、ヒカルノはわざとらしく頬を膨らませる。

 

「わかったわよーう。 ……ありがとう、美味しかったわ」

「……おう」

 

 そうして暖簾をくぐる直前、なぜか振り返る。

 何事かと眉を寄せる弾に、彼女は小さく笑いながら首を傾げる。

 

「ねえ。 本気でアリって言ったらどうする?」

 

 その言葉に、弾はしばらく黙って、やがて頭をバンダナ越しにガリガリと掻きながら、

 

「―――まぁ、そん時は真剣に考えるさ」

 

 とだけ答えた。

 きっと面白おかしくからかってくるだろうなとは思いつつも、なんとなく否定しきれないのも事実だった。

 それに対し、ヒカルノは案の定、楽し気な笑みを浮かべている。

 

「あはは―――言質はとったぞ」

「ちょっと待て、なんでそんなマジトーンで……」

 

 軽い笑いの後に、それを全部吹き飛ばす強く力の込められた一言。

 そんな予想外の反応に慌てる弾を尻目に、ヒカルノは引き戸を締めてさっさとその場を後にする。

 

 タクシーを拾うまでの道中、その足取りは異様に軽い。

 

「まいったなぁ……」

 

 ふと、一人呟く。

 周囲は人影はなく、漏れ出る声は思わずといった様子だ。

 

「………割と、本気かも」

 

 その表情がどんなもので、顔が赤かった否かは彼女本人にもあずかり知らないことである。

 

 それが関係しているかどうかは不明だが、翌日のこと。

 ヒカルノの部下は、何故か異様に機嫌の良い彼女の姿を見ることになったのだった。




 というわけで、弾メインの話でした。
 ………短めのわりに割と難産であんまりしっかりとした形になってなくてすいません。
 最近忙しかった&モチベが上がらなかったので……

 この作品での弾とヒカルノは、行ってしまえばお互いが『違う可能性の自分』と言えるものです。
 特にヒカルノは『特別な存在』に対しての弾の在り方に、ある種の憧憬のようなものを感じています。
 まあ、だからと言って今さら千冬や束との関係に変化が出るかと言えばそうでもなく、そうするには時間があまりにも立ちすぎてる感じですね。
 ただ、心境の変化はあったので今後彼女たちと会うことがあれば違った反応をするかもしれません。
 弾の方も、もしかしたら一歩間違えば自分も一夏に対してヒカルノのような状態になっていたかもしれないと感じていますが、そうはならなかったので大して気にしている部分は無かったり。
 ただ、ヒカルノと腐れ縁というか憎まれ口叩きながら飯を作るようになっているのはそこらへんが関係しているかもしれません。

 ちなみにこれで弾のヒロインがヒカルノに決定したかというと、そういうわけでもなく、虚さんにも出番を作る予定です。
 ……ただ、予定的にはだいぶ先なのでそういう意味じゃスタートダッシュおくれてる感が……(汗

 さて、次回からは第二章。
 鈴との戦いです。
 戦闘への導入まではセシリアよりかは短い予定です。
 ……まぁ、まだ一文字も書いていないのですが……
 なのでまたかなり間が空くと思いますが、気長に待っていただければありがたいです。

 それでは今回はこの辺で。
 なろうのほうでも、これを投稿した日を含めて三日間ほど『オークはみんなを守護りたい』の最新話を更新していくので、よろしければ読んでいただけるとありがたいです。
 ………ところで、こういう宣伝ってアウトなんですかね?(滝汗


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参:クラス対抗戦、或いは赤い龍の怒りと涙
18:じゃじゃ馬の手綱は難しい


 

 

 

 アリーナの中央で、二人の男女が対峙している。

 どちらも十代半ばほどの若者で、その身にISという鋼を纏って武装している。

 

 少女の名は【凰 鈴音】。

 【甲龍】という名の赤い装甲で身を固めた中国の国家代表候補生。

 彼女は白を纏った少年……一夏を涙に濡れた瞳で睨んでいる。

 

「おいていかないでよ」

 

 響く声は、悲痛な音色だ。

 放つ側の心が、千々に裂かれているのを表わしているかのように。

 

「ひとりにしないでよ」

 

 そこには、常の自信に溢れた姿はない。

 今の彼女は、幼い迷子のように肩を震わせている。

 

「わたしをみてよ」

 

 対する一夏は、動かない。

 何を語ることもしない。

 ただ、彼女の言葉を受け止めるばかりだ。

 そんな、何も答えない彼の姿に、鈴音の感情は決壊した。

 

「――――っ、なんとか言えよ、一夏ぁーーーーーーーーっ!!」

 

 悲痛な叫びがこだまして、漸く一夏は口を開く。

 

「………それが、お前の抱えていたものか」

 

 少女の慟哭を受け止めて、口から出た声音は不自然なほどに落ち着いたものだった。

 だが、その裏に抑えつけられていたモノ、それが今、撃ち出すように放たれる。

 

「―――■■■■■」

 

 

 

***

 

 

 

 一夏がクラス代表に決まった翌日。

 一年一組の生徒たちはグラウンドに整列していた。

 ISスーツを纏っている彼女たちは、揃って皆どこかそわそわと落ち着かない様子を見せている。

 それもそのはず、この日は入学以降初めてのISを使った実習だからだ。

 実際、入学試験を除けば初めてここでISを使う者も多い。

 新聞部が取ったアンケートによれば、自身がIS学園に入学したのだと強く実感できるのがこの初めての実習授業だという者が大多数を占めるらしい。

 故に、並んでいながらどこか静粛とは言い難い様子に、千冬は毎年のことながらデジャヴを感じずにはいられなかった。

 

「―――全員注目。 それでは、これから初の実習をしてもらうわけだがその前に注意をさせてもらう。

 授業で使う訓練機は最大で十機ほど、これは一機関の保有するIS数としてはかなり多いといえるが、それでも生徒の数から考えれば当然少ない。

 よって今日は一クラスだけだが、複数クラス合同で授業を行うことも多くなるからそのことを念頭に入れておけ」

 

 さすがに今日までの生活から千冬の声でほぼ全員が反射的に身を正して注目するが、それでも瞳に輝く期待の色はそれを見渡す千冬の目からは眩しく映る。

 

「それでは、今日はISの基本的な飛行操縦を学んでもらう予定だが……織斑、オルコット」

「「はい」」

 

 呼ばれ、二人は千冬の隣に並ぶ。

 セシリアが纏うスーツは形そのものは他の生徒と変わらないが、青を基調とした色彩になっている。

 一方の一夏は男性であるためか袖のないダイバースーツのような形で、黒を基調とした軟質の生地に白いラインが走っている。

 

「二人は専用機持ちだからな。 丁度いい手本だ。

 まずは展開からやって見せろ」

「わかりました。 行きますわ、ブルーティアーズ」

「―――白式」

 

 呼ぶと同時、即座にそれぞれの機体が顕現し、装着される。

 その光景に少女たちが感嘆の声を上げるが、対して千冬の眼差しは平坦だ。

 

「まずまず、と言いたいがもう少し早くできるはずだ。

 熟練者は一秒とかからん、精進しろ」

「「はい」」

「よろしい。 では次は上昇だ。 行け」

 

 指示を受け、二人は同時に地から飛び立った。

 重力の頸木から逃れた二人の飛翔は、しかしすぐに明確な違いが出る。

 

「―――やはり、そちらの方が速いですわね」

 

 一夏の背を眺めながらセシリアが呟く。

 差としては一機分だが、これが全力での戦闘機動ならばもっと差が出ただろう。

 これは単純にセシリアの機体が遅いのではなく、一夏の白式がより強い出力を持っているということだ。

 

 一夏は適当なところまで上がると立ち止まってセシリアを迎えるように振り返る。

 セシリアも、その直後に辿り着く。

 彼女が見た一夏の表情は、しかし若干苦い。

 

「たしかに速いが、少し問題があるんだよな」

「問題?」

 

 首を傾げるセシリアに、一夏は右手の平を見つめながらぐっぱっと握ったり開いたりを繰り返している。

 その様子は一次移行直後の様子を彷彿とさせるものだったが、その時と比べ表情は硬い。

 

「反応が鋭いのはいいんだが……少しばかり敏感に過ぎててな。

 そのくせ出力はデカいから、手綱を握るのに少し難儀しそうなんだよ」

 

 必要以上に勢いが付きやすいというべきか。

 機体の反応速度が良すぎるために、下手に気を急けば自前の反射速度を超えかねない。

 その上で機体の出力自体がかなり大きいため、気を付けなければ大雑把な動きを繰り返すだけになってしまうだろう。

 下手をすれば振り回されて自滅しかねない。

 

 有体に言えば、些か以上にじゃじゃ馬に過ぎるというのが一夏が愛機に付けた最初の評価だ。

 だが、だからこそと一夏は思う。

 

「これくらいの方がやりがいというのものがある。 御してみせるさ」

 

 そんな、自身を落とした時にも似た獰猛な笑みに、セシリアは胸が高鳴るのを自覚した。

 

「ん? どうかしたか?」

「い、いえ! なんでもありません!!」

 

 不思議そうな顔を浮かべる一夏に、慌てて首を横に振る。

 と、地上から通信が入る。

 

『二人とも、なにをしている。 授業中だぞ』

「す、すいません」

『次は急降下と完全停止だ。 目標は地表十センチ』

「了解いたしました。 ―――それでは一夏さん、お先に」

 

 会釈を残し、セシリアが滑るように降りていく。

 重力を味方に付け、昇る時以上の速度で地に向かっていく。

 やがて足が地に向けられると同時にふわりと減速し、優雅に着地する。

 その挙動の滑らかさはまるで羽毛が舞い落ちるかのようだ。

 

「………やはり巧いな、セシリア」

 

 思わず、といった風に一夏が呟く。

 そこには感嘆の念が響きとして込められていた。

 と、視線の先で小さくなったセシリアがISを解いてこちらに小さく手を振っている。

 同時に、他の者の視線も集中してくる。

 

「よし、行くか」

 

 言うなり、頭から吶喊する。

 その勢いはセシリアよりはるかに速く、墜落のようですらある。

 その証拠に他のクラスメイトの顔が若干引きつっていくのが狭まった視界の中でぼんやりと認識できた。

 と、その次の瞬間には地面は文字通り目と鼻の先で、

 

「とっ!」

 

 ボゥッ!!、と一瞬で体の上下を入れ替え、殆ど減速を挟まずに停止する。

 その衝撃に盛大に土埃が上がり、短い悲鳴が唱和する。

 土煙が散り始める中、ガシャンと装甲を鳴らしながら着地する一夏。

 と、その頭を軽い衝撃が襲う。

 振り向けば、千冬が手にしたボードでこちらの頭を軽く叩いていた。

 

「馬鹿者。 もう少し静かに降りんか」

「すいません」

 

 一夏はISを待機状態に戻しながら謝罪する。

 けほけほと咳き込む声と涙目の集中砲火にやや居た堪れなさを感じる。

 

(やはり、要訓練だな)

 

 小さく溜息を吐きながら、彼はひっそりと決意を新たにしていた。




 というわけで、皆さんお待たせいたしました。
 対鈴戦のちょうどいいところまで書いていたのもあってここまで遅れてしまいました。

 この作品での白式はこんな感じです。
 反応速度が良すぎてよっぽど集中してないとぶんぶん振り回されちゃいかねないという……
 この辺り、むしろ下手な先入観のない原作一夏の方が馴染みやすいのかもしれませんね。

 とりあえず、今回は短いのでこの辺で。
 また明日もお願いします。


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19:不実の償いには全霊を

 

 

 

「それでは改めまして―――織斑 一夏君、一年一組クラス代表就任おめでとう!!」

『『……『おめでとう―――!!』……』』

 

 わぁー、と一斉に皆が拍手を送ってくる。

 それを向けられて、一夏はどうにもむず痒いような照れくささを覚えていた。

 

 放課後、彼らは食堂の一部を借り切り、クラス対抗戦への壮行会を兼ねた一夏の代表就任パーティーを開いていた。

 食堂というよりは小洒落たカフェかレストランといったふうな内装だが、そこへ手製の幕や輪飾りが飾られている辺りはやはり学生らしい。

 

「あー……皆、ありがとう。

 しかし、ここまで派手にやらなくても……」

「いいのいいの、私たちが盛り上がりたいんだし」

「そうそう。 それに織斑くんには頑張ってもらわないと」

 

 ねー、とにこやかに頷き合うクラスメイト達の姿に、一夏としては苦笑を漏らすばかりだ。

 彼女たちがこうまで盛り上がるのはクラスメイトとなったたった一人の男性操縦者がクラスの代表となったからばかりではない。

 というのも、この年頃の少女たちらしい理由が存在していた。

 それは。

 

「なにせクラス対抗戦で優勝すれば学食のデザートが半年間フリーパス!! これは盛り立てるしかないよね!!!」

「おりむー、応援してるよ~」

 

 つまり、そういうことだった。

 

 IS学園の学食はその内装に負けずとても豪華でレベルが高い。

 その上、世界中からくる少女たちの要望に応えるため、メニューの幅も非常に豊富だった。

 それはスイーツに関しても同じことで、むしろこの年頃の少女を相手取るなら当然とでも言うかのごとくかなり力の入ったものだ。

 そんな至上の甘味が半年の間好きに食べられるというなら、彼女たちの期待もひとしおといったところだろう。

 もっとも、自制せねばその後に待つのは乙女にとっての地獄だろうが。

 

「今日はそのためにも織斑くんには楽しんでもらって鋭気を養ってくれないと!」

「……まあ、ありがたくお言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 正直、少々複雑な気持ちがないわけではないが、それはそれとして素直に楽しむことにした。

 こういった割り切りはできるようになった方が人生的には割と便利だったりする。

 と、一夏はあることに気付く。

 

「本音、楯無は? あいつのことだから嬉々として参加してくるかと思ったんだが……」

「お姉ちゃんから連絡があって、今日はお仕事させるからそっちには行かせないって」

 

 浮かんだ疑問に、本音が即座に答える。

 『行けない』ではなく『行かせない』という言い方の辺りに怖いものが含まれている気がするのは果たして気のせいだろうか

 

「そうか……手伝いはしなくてよかったんだろうか」

「うん。 それはいいって。

 おりむーは主役なんだから、楽しまないと」

 

 そこまで言われれば、遠慮するのも失礼か。

 そう思い、彼はその厚意に甘えることにした。

 ………草葉の陰でどこかで聞いたような悲鳴が聞こえた気もするが、まぁ気にすることでもないだろう。

 クラスメイトの方は、こちらに構わず既に盛り上がっているようだ。

 

「『あの新聞』のおかげでどこも一夏くんの話題で持ちきりだよ」

「他のクラス代表で専用機持ちは二組と四組……だけど、四組はその子がなんか代表を辞退してるらしいから、実質ライバルは二組だけだね!!」

「で、その二組の子は……」

「呼んだかしら?」

 

 え?、と話し合っていたクラスメイトが振り向けば、そこには件の二組クラス代表……凰 鈴音が腕を組んで佇んでいた。

 一夏もそこで彼女の存在に気付く。

 

「鈴か。 どうしたんだ?」

「別に。 ただ、食堂の一部を借り切ってなにやってるのか野次馬しに来ただけよ」

 

 その気安いやり取りに、他の皆が興味深げに二人を眺める。

 気になる疑問を投げかけたのは、この場でもっともそれが気になっている人間だ。

 

「………一夏。 入学初日も思ったが、彼女は知り合いか?」

「ん? ああ言っていなかったか」

 

 おずおずと切り出してきた箒に、一夏は忘れ物を思い出した風に手を叩く。

 

「彼女は鈴……凰 鈴音。

 箒がいなくなった後に知り合ってな。 中学3年になる直前まで同じ学校に通ってたんだよ」

「そして、中国の国家代表候補生でもあるんですのよね」

 

 一夏の紹介に捕捉を入れたのはセシリアだ。

 彼女はすうっと細められた眼差しで鈴音を見据える。

 それはクラス代表を決める戦いの前にあったやり取り故か、それとも恋する乙女の勘が告げる警鐘か。

 また箒も同じように、纏う雰囲気が鋭いものへと変じていく。

 そんな二人の乙女の眼差しを受け、しかし鈴音はカラカラと笑って見せた。

 

「そんな睨まないでよ。 傷付くじゃない」

 

 軽い調子に、むしろ箒とセシリアの方が出鼻をくじかれたように鼻白む。

 一方の一夏は、そんな彼女の様子に目を細める。

 と、その時であった。

 

「………………じゃあ、子供の頃の織斑くんも知ってるってことよね」

 

 それを言ったのは誰だったか。

 瞬間、その場に箒たちが醸し出したのとはまた別の緊張感が走る。

 その雰囲気に、一夏は壮絶なまでに嫌な予感を得ていた。

 そしてそれはこの直後に的中する。

 

「凰さん、その辺りのお話って聞ける!?」

「………そうね。 いいわよ」

 

 とても良い笑顔で快諾しやがった鈴音に、クラスメイトがワールドカップで自国のチームがゴールを決めたかのように歓声を上げる。

 そうして席に迎え入れられる姿はこの場の主賓が入れ替わったことを如実に表しているかのようだった。

 

「それじゃあ何から話しましょうか……やっぱり、小学五年の時のあの話は外せないわよね」

「ちょっと待て、鈴!! それはやめろ!!!」

 

 立ち上がりかける一夏を、まあまあと周囲の少女たちがやんわりとしかし数人がかりで抑えに掛かる。

 力は弱いものの、笑顔の裏に隠された迫力は有無を言わせないには十分なものだ。

 背に嫌な汗が噴き出すのを自覚したその時、

 

「待て!!」

 

 鋭く声を張ったのは箒だった。

 

「箒………!!」

 

 地獄の底で蜘蛛の糸を見つけたかのような表情を浮かべる一夏。

 しかし彼は知っていたはずだ……蜘蛛の糸とは、突き落とすために千切れるものなのだと。

 

「昔の一夏のことなら私だって知っている!!」

「箒ぃっ!?」

 

 一夏は常には見せない、愕然とした表情を浮かべる。

 既にその反応だけで一部の少女たちが実に愉し気な表情を浮かべているが、とりあえず顔は覚えておく。

 それはさておき、二人の幼馴染が対面で張り合う。

 

「へぇ。 じゃあお互い聞かせ合おうじゃないの、相手の知らない一夏ってやつを」

「望むところだ!!」

「望んでねぇよ。 頼むからホントにやめろお前らぁっ!!?」

 

 その慟哭を、しかし聞き届ける者はどこにもおらず。

 趣旨の変わった宴は、一人の生け贄を肴に大いに盛り上がるのであった。

 

 ―――その最中。

 談笑する鈴音を、一夏は時折鋭く見据えていた。

 

 

 

***

 

 

 

「あー、ひどい目にあった」

 

 誰もいなくなった食堂の席で、一夏は疲労を隠さずにぼやく。

 

 あの後、さんざんに一夏をいじる形になったあの宴はほどほどの所で切り上げられ、一夏はその片づけを引き受けていた。

 これに関してはクラスの女子が主賓にやらせる形になることに軽い反発を表していたが、一夏は敢えて自分がやると申し出ていた。

 また、その場にはもう一人手伝いとして残った者がいた。

 

「まぁいいじゃない、楽しかったわよ」

「お前はな」

 

 鈴音だ。

 彼女は彼女で「途中から参加したんだから」と片付けを名乗り出ていた。

 その時に箒とセシリアも残ると言っていたが、さすがに人手が多すぎてもやりづらいということで遠慮してもらった。

 

 一夏としては、この状態を望んでいたので好都合とも言えた。

 

「さて、それじゃあ始めますか」

「………その前に、ちょっといいか鈴」

 

 こちらに背を向けて腕をグルんと回す鈴音を呼び止める。

 ビクリ、と身を震わせて止まる彼女にさらに続ける。

 

「―――なにをそんなに苛立ってるんだ?」

 

 その問いに、彼女はピタリと動きを止めた。

 

 一夏から見て、今日の彼女はどうにも様子がおかしかった。

 明るく振舞っているというか、笑顔がわざとらしく感じられたのだ。

 まるで、仮面を被っているかのように。

 他の者は何も気づかなかったようであったが、一夏からすれば一目瞭然であった。

 

 だから何かがあったのかと、気になって問うてみた。

 それこそが、彼女にとっての逆鱗だったことも知らずに。

 

「―――ふざけないで」

 

 背を向けたままの鈴音が呟く。

 その声は小さくも鋭く、怒気が静かに込められている。

 

「解からない? えぇ、そうかもね。

 あんた、アタシのことなんてどうでもいいみたいだし?」

「なにを……?」

 

 戸惑う一夏に、鈴音は振り返りながら何かを投げつける。

 顔面狙いのそれを辛うじて掴み取って止めれば、それは紙の束だった。

 新聞部が今朝発行した、校内新聞だ。

 

「これは……」

「読んだわよ、それ。 目指すは生徒会長、学園最強ってね」

 

 そう、一面の見出しはそれだった。

 唯一の男性操縦者が、学園最強に宣戦布告……その事実を、これでもかと言わんばかりに派手に書き上げている。

 だが、その中には彼が言った覚えのない一文も大きく記されていた。

 

「『それ以外、眼中になし』……へぇ、アタシはただの障害物?

 飛び越えるだけのハードルだっての?」

 

 自嘲するかのように嗤う鈴音の瞳には、怒りと涙が浮かんでいる。

 自分との戦いを蔑ろにされているのが腹立たしいのか。

 約束までしていたのだから、それは尚更なのだろう。

 

「ちょっと待て。 俺はここまでは言っていない」

「そんなことはどうでもいいのよ」

 

 一夏は反論するが、しかし鈴音に取り付く島はない。

 

「―――少なくとも、アンタが目指しているところにアタシはいない……そうでしょう?」

「っ……」

 

 一夏は思わず言葉を詰まらせる。

 言われれば確かに、鈴音との戦いよりも先を自分は見据えていた。

 それは今も変わらないが……それが彼女を軽視しているのだと言われれば完全には否定できないかもしれなかった。

 

 鈴音は一夏の胸倉を掴みつつ、彼の顔の横にバンッ、と勢い良く手を突く。

 彼女は真っ直ぐに一夏の瞳を見つめながら、怒りを込めた声で宣言する。

 

「覚悟しなさい。 必ずアンタを負かして潰して這いつくばらせて跪かせてやる……!!」

 

 そうして手を離すと、踵を返してそのまま食堂を後にした。

 一度も一夏の方を振り向こうとはせずに。

 

 一夏は掴まれて乱れた胸元を直さないまま、深々と息を吐いてそのまま背もたれに頭を預けるように天井を見上げる。

 LEDの照明の眩しさに目を細める。

 

「………まいったな、これは」

 

 疲れたような声が思わず漏れる。

 ここにきて、彼女と向き合えていなかった事実がのしかかる。

 

「そうだな……よくよく考えてみれば、あの時は謝罪と親父さんのことしか話してなかったからな」

 

 そして今の今までロクに話せていなかった。

 約束を半ば守れたことに安堵して、その内容にまで思いを馳せていなかったことに今さらながら気付く。

 

「我ながら、浮かれていたということかな」

 

 専用機を……力を手に入れて、明確な目標を定めて、足元がおろそかになっていたか。

 

 だがもう遅い。

 彼女を傷つけた事実は覆らない。

 ならばどうするか?

 後を追って謝る?

 いや、彼女の性格から言って逆効果だろう。

 クラス代表戦でわざと負ける?

 いや、それこそ彼女を本当に侮辱する行いであるし、何より自身がそれを許せない。

 

 そう、結局やるべきことは一つなのだ。

 

「悪いな鈴。 ―――詫びは、俺の全力で許してくれ」

 

 全力全開、正面衝突、真っ向勝負。

 己の力をすべて彼女にぶつけていく。

 その結果を以って、彼女への謝罪としよう。

 思わず、拳を強く強く握りしめる。

 一夏は鈴の怒りと溝に、そうやって向き合うことを決意した。

 

「さて、まずは……」

 

 顔を下げ、前を見据える。

 そこにあるのは。

 

「………これ、片づけるか」

 

 散乱した宴の残滓に、彼は深々と溜息を吐いた。






 当作品の初壁ドンは鈴でした。(ただしやる側)

 ちなみに某四組のあの人が代表辞退してるのはここの独自設定です。
 ……ぶっちゃけ、アレにかかりきりの状態でクラス代表とかやってる暇ないんじゃないかと。

 さて、次回からは鈴戦。
 楽しんでいただければ幸いですので、明日をお待ちくださいませ。


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20:龍の怒りは目に見えぬ

 

 

 

 深夜、鈴音はベッドの中で丸まっていた。

 その目はしっかりと開いていて、眠気があるようには見えない。

 しかし、ルームメイトは既に寝入っているので、彼女を起こさないように音を立てないよう、胸をかき抱くように身を小さくしていた。

 その手には、くしゃくしゃになった紙が握りしめられていた。

 窓からこぼれる月明かりで照らすように、彼女はそれを広げて眺める。

 淡い光では書かれている文字は判然としないが、問題はなかった。

 ともすれば、すでに内容は完全に暗記してしまっているからだ。

 

「―――」

 

 声に出さず、唇の動きだけでそれを読む。

 正確には覚えている内容を復唱しているので読むとは違うかもしれないが、その辺りは些事だ。

 

 数行の文字と数字の羅列。

 一夏からもらった、父の連絡先と住所だ。

 今ではすっかり皴だらけのボロボロになってしまい、記された文字の癖まで記憶してしまった。

 だが、それをまだ使えてはいない。

 踏ん切りがつかないまま時間が過ぎ、また今はそれだけではなく使うことができなかった。

 

「一夏……」

 

 微かに声に出すのは、今の自分の深い場所に根を張っている少年の名だ。

 恋慕、父とのつながり、そして怒りと恐れと寂寥と、あらゆるものが彼と繋がっている。

 だからこそ、新聞で読んだ内容が赦せない。

 故に。

 

「一夏……!」

 

 勝ち、倒し、己という存在を徹底的に刻み付ける。

 そうしなければ、他の何をすることもできやしない。

 そうすれば。

 そうすれば―――

 

「―――おいて、いかないで」

 

 きっとその願いは叶うのだと、今の彼女はただひたすらに信じることしかできなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 クラス代表選当日。

 第一試合は、一組対二組だった。

 つまりいきなり一夏と鈴音がぶつかるということだ。

 

「まさか、というほどでもないか?」

 

 よくよく考えてみれば、自分は一組で相手は二組。

 ならば最初に当たるのは順当だ。

 無論、組み合わせはシャッフルして決める可能性もあったので確実とも言えなかったが。

 

 そうして、一夏と鈴音はアリーナを埋め尽くす大観衆が見守る中、その中央で対峙する。

 今回はVIP席に企業や各国の関係者も幾人か訪れているらしいが、それについてはあまり関係ないだろう。

 

 判然としないざわめきを浴びながら、一夏は鈴音のISを見る。

 赤と黒の装甲、ヘッドセットの角のような意匠からどこか鬼を連想とさせるが、機体の名は『甲龍』という。

 背後に浮かぶ、歪な勾玉のような巨大な一対のユニットが特徴的だ。

 と、眼前の彼女が半目を向けていることに気付く。

 

「………ねぇ、ちょっと訊いていいかしら?」

「なんだ?」

「それなに?」

 

 言いながら、鈴音が一夏の腕を指さす。

 壮行会からこちら、顔を合わせることも無かったが少なくとも表面上は落ち着いているように見える。

 或いは、嵐の前の静けさかもしれないが。

 

 それはさておき、鈴音が指摘したのは白式の左腕に取り付けられている異様な代物だ。

 形状としては、端的に言えば大型の手甲に三つの銃口が三角形の頂点のように取り付けられているというものだ。

 左右の銃口は同じ形状でやや細身だが、真ん中の銃口は大振りで太く、下手をすれば砲と言ってもいいかもしれないほどだ。

 よく見れば、左の掌にはグリップが握られ、引き金も確認できた。

 

 明らかに後付けされている兵装を指摘され、一夏はあっけらかんと答える。

 

「この日のために申請しておいたものだ」

「……アンタの専用機って、武装追加できないんじゃなかったっけ?」

「そういえば壮行会の時に話していたっけか?

 正確には拡張領域に余裕がない、だな。 ……だから白式に登録したんじゃなくて手持ちで持ってきてる。

 まぁ、射撃管制のシステムも入ってないから生身で銃持つのと変わらない完全なマニュアル操作だが」

「それってありなの?」

「申請書類は存在してる。 問題はないさ」

 

 ふーん、と気のないような声を出す鈴音。

 彼女はもう一つ、と前置いて続ける。

 

「この学校にそんなのあったの?

 見た感じ、ゲテモノ臭いけど」

「あまりそういうことは言うなよ。 コイツは倉持技研の試作品の一つだ。

 こういうやり方で運用するんだったら、学園既存の兵装よりもこういうのを動作試験も兼ねて申請した方が通りやすいってアドバイスがあったんだよ」

 

 言うまでもなく、そのアドバイスの主は風玄だ。

 IS学園はISのパイロット育成するための機関であるとともに、ISそのものの研究機関でもある。

 その意義上、IS技術発展に繋がるこうした運用は暗に推奨されている部分も強かった。

 

「なんか便利そうね。 アタシも容量いっぱいになったら試してみようかしら?」

「ちなみに兵装そのものはもちろん弾薬、弾倉に関しても必要な申請書類は何枚もあるけどな。

 しかも一試合ごとにだ」

「…………やめとくわ」

 

 そうしておけ、と小さく笑うと、双方が無言になる。

 同時に、ピリピリと空気が張り詰めていく。

 そして。

 

『ただいまより、クラス代表選第一試合、『一年一組代表:織斑一夏 対 二組代表:凰鈴音』の試合を開始いたします』

 

 スピーカーから響くアナウンスと共に、二人は揃って刃を顕現させる。

 一夏は『雪片弐型』という、長大な刀を。

 鈴音は青竜刀にも似た形の分厚い刃を持つ巨大な双身刀を。

 それぞれ構え、息を整える。

 

 観客の声はいつの間にか絶え、その落差から静寂が一層深いものに感じられる。

 それこそ、誰かが固唾を飲む音さえ聞こえてきそうなほどだ。

 

『―――試合、開始!!』

 

 直後、刃と刃のぶつかり合いが、文字通りの意味で火花を散らす。

 

「オオォッ!!」

「はあっ!!」

 

 幾重にも円を描く軌道で双身刀を振るう鈴音に対し、一夏は右手に持った刀でいなし続ける。

 同時、その間隙を突く形で反撃に転ずる辺りは見事というべきだろう。

 そんな一夏に、鈴音はニヤリとした笑みを見せる。

 

「やるじゃない、なら……」

 

 すると、彼女は一夏を弾き返すと同時にそのまま背を見せるような形で回転。

 

「……これはどう!?」

 

 振り返ったその両手には、それぞれ大刀が握られていた。

 双身刀が柄の半ばから分割したものだ。

 

「分離!? いや、始めから二刀だったか!!」

 

 直後、一夏をさらなる刃の嵐が襲う。

 一度に振るわれる刃が増え、更に速度自体も増したことで増えた手数は単純に二倍を超える。

 捌ききるには厳しい連撃に、彼は後退して間合いを離す。

 そして彼女が再び距離を詰めるよりも先に左腕を構えた。

 

「くらっとけ!!」

 

 直後、左右の二門から弾丸の雨が吹き荒れる。

 

「ちぃっ!!」

 

 舌打ちと共に、鈴音の両手が高速回転して即席の盾を作る。

 刹那と間を挟まずに、旋回する刃と弾雨の鬩ぎ合いが音と火花を無数に散らしていく。

 出来損ないの管楽器のような騒音を間近でかき鳴らされながら、鈴音は忌々し気に目を細める。

 

(成る程、あれは連装機関銃……間合いと一緒に手数も補ってるわけか。

 それじゃあ、残った一門は―――)

 

 その時、刃で作った簾越しに三角形の真ん中が火を噴くのが分かった。

 やや遅い速度で空を奔るそれは、

 

(―――案の定、グレネード!!)

 

 瞬間、身を引き中空へ逃れる。

 彼女のいた場所に炸裂弾頭が着弾し、爆発による衝撃と黒煙を生み出す。

 

「………そんな形だけのコッテコテの武器なんかで」

 

 声音低く呟く鈴音の視線の先。

 黒い煙の向こうから、吹き散らすように一夏が飛翔する。

 かち上げるように刃を構える彼に、鈴音は二刀を同時に振り上げて迎え撃つ。

 

「アタシを獲れると思うんじゃないわよ!!」

 

 怒りの込められた叫びとともに、斬撃と斬撃と斬撃が衝突する。

 空と地に、鐘の音のような轟音が響き渡った。

 

 

 

***

 

 

 

「ふーん……連装機関銃にグレネード。

 変わってるのは見た目だけで構成は手堅いわね。 もとは試作機か何かの固定兵装かしら?」

 

 観客席から楯無が見上げながら呟く。

 その両隣には本音と虚、そして箒とセシリアが座っている。

 

「それにしても、凰さんは何やら怒っているみたいですね?」

「んー、おりむーがなんかやっちゃったかな?」

 

 そんな会話をしている布仏姉妹とは逆隣りに座っている箒が、視線を一夏たちに固定したまま楯無に問う。

 

「楯無さん、この戦いどうなると思います?」

「そうねぇ……セシリアちゃんはどう見える?」

「ふぇっ? 私ですか?

 そうですね……」

 

 突然問われ、戸惑うセシリアだったが、すぐに佇まいを直す。

 根が真面目であるからか、素直に自身の見解を頭の中で纏めて語り始めた。

 

「………私の時と違い、凰さんの機体は一夏さんと同じく近接主体。

 ならば単一仕様能力の能力の分、一夏さんが優勢と見ることもできますわ」

 

 白式の単一仕様能力、【零落白夜】。

 相手のシールドを問答無用で無効化するそれは、一撃で勝負を決することも可能な文字通りの切り札だ。

 欠点は自身のシールドエネルギーを消耗して発動するということと、変形した刀から光の刃となって形成されるが故の射程の短さだ。

 しかし今回の場合、後者に関しては互いが近接機体であるという点からほぼ無くなっていると言っていい。

 ならばあとはどのタイミングで刃を抜くかということになるが、セシリアの意見はそこで終わらない。

 

「しかし、凰さんも国家代表の候補生。 そして駆る機体も私と同じ第三世代の専用機。

 何かあると見て間違いないはず」

「うん。 上出来よ、セシリアちゃん」

 

 まるで採点する教師のように褒め湛える楯無。

 それを言われたセシリアとしては苦笑が浮かぶばかりだが、それだけの実力差があるのは事実であるので反感は少ない。

 

「一夏の持ち出したあの武装、決め手とするには若干弱いわ。

 目的としては射程を補いつつも牽制の為って感じね。

 多分、あれを外した時が勝負のはず。

 ―――そして鈴音ちゃん。 今の所は変わったところはないけど……」

 

 言いつつ、口元に閉じたままの扇子を当てる。

 その目は鋭く赤い機体を見据えている。

 

(事前に入手した情報が正しければ、彼女の主武装はアレのはず。

 そしてアレは―――)

 

 赤と白は尚も剣戟を重ねている。

 硬直しつつある現状が動くのはそろそろだろう。

 それを思い、楯無はポツリと心中を漏らす。

 

「ホント、縁は奇なりね」

 

 

 

***

 

 

 

 一夏は鈴音が振り下ろした右の刃を受け止め、直後に振り下ろされた左の刃を即座に間合いを離すことで回避する。

 距離を詰められるよりも早く弾幕を撒けば、彼女は素早く射線から身を逸らした。

 そして回り込むように接近し、叩きつけられる二刀を辛うじて受け止める。

 

 似たようなやり取りの繰り返し。

 一進一退というよりは停滞しつつあると言ったほうが正しい戦況で、鈴音は鬱陶し気に鼻を鳴らす。

 

「しぶといわね、一夏。

 さっさと斬られなさいよ!」

「無茶を言うな」

 

 軽口を叩く最中も、鍔迫り合いは続いている。

 金属が擦れ合う深いな音を響かせながら、チリチリと小さな火花が咲いては散る。

 と、その時だ。

 鈴音の表情が変化する。

 

「そう、斬られるのが嫌って言うなら……叩いて潰してあげるわ」

 

 不敵、というべき笑みの形に変化した彼女に、冷たいものが背に走るのを感じた瞬間、拮抗していた刃が突き放されると同時に回し蹴りを食らってしまう。

 

「グッ……この!!」

 

 身を折って間合いを離されつつも、すぐに立て直して銃口を向ける一夏。

 しかし鈴音の姿はそこにはなく、ハイパーセンサーが察知した姿へと視線を向けるまでに僅かなラグが生じた。

 

「上!?」

 

 見上げた真上、そこには、

 

「―――堕ちろォっ!!」

 

 背に浮かんだ一対のユニットを展開させ、獰猛に吠える戦姫の姿が。

 

 

 次の瞬間、一夏の放ったグレネードとは比べ物にならない爆発がアリーナを襲った。

 

 

 

***

 

 

 

 アリーナに立ち込める爆発の煙幕。

 シールドで遮られて観客席に届くことはないが、だからこそ視界が晴れるまで時間がかかる。

 それを眺めていた箒は、違和感に首を傾げていた。

 

「気のせいか? 今の砲撃、でいいのだよな?

 ……なにか妙な感じがしたような」

「あら。 鋭いわね、箒ちゃん」

「楯無さん?」

 

 振り向けば、楯無は「ふっふっふっ」と含んだ笑いを漏らしつつなぜか得意げに言い放つ。

 

「アレこそは鈴音ちゃんの使う専用機の武装…『衝撃砲』よ!!」

「しってるのかー、らいでん」

「本音ちゃん、その返しナイスよ!!」

 

 輝かんばかりの笑顔で本音にグッ、とサムズアップを送る楯無。

 本音のもまた、袖の中でサムズアップをしながらにこにこと返す。

 他の三人は呆れたような視線を送るばかりだ。

 

「あのー、楯無さん? 衝撃砲とは」

「っと、ごめんなさい。

 衝撃砲っていうのは、ISの技術によって生まれた新しい兵装の一つよ。

 ものすごく簡単に言えばPICの技術で空間そのものに圧力をかけて砲身を作り、生じた衝撃を撃ち出す兵装よ」

「な、なるほど?」

 

 うまくイメージができないのか、箒の返事はどこかあいまいだ。

 

 衝撃砲はその特性上、砲身そのものをPICで形成しているため稼働限界角度は存在しない。

 つまり、好きな方向へ即座に撃ち出せるということだ。

 

「そして衝撃砲の一番の特徴は、砲身も砲弾も一切見えないこと。

 つまり、着弾するまでどう撃ち込まれたかわからない」

「あっ!」

 

 ここに至り、箒は漸く違和感に気付いた。

 無論、通常の砲撃とて生身で反応できる速度ではないが、それでも辛うじて砲弾の軌跡を残像のように視認することはできる。

 しかし、鈴音の使う衝撃砲はそれがないのだ。

 さらに言えば衝撃砲の砲弾は純粋な運動エネルギーの塊。

 通常の実弾やレーザーのような光学兵器と違い、センサーの類でも察知が難しい。

 

 これはISで対峙している者ならば非常に厄介なことだろう。

 言ってしまえば相手の攻撃が当たるまでその手足が見えないようなものだ。

 通常の砲撃以上に回避が難解であることは間違いない。

 

「そして、これは鈴音ちゃんが知っているかどうかわからないことだけど―――」

 

 先ほどよりも殊更に静かな口調で紡がれたその事実に、箒たちは驚きの声を抑えられなかった。

 

 

 






 ぶっちゃけ、解説役としての楯無さん割と便利。
 あと、サブタイのネーミングセンスが欲しいです、安西先生(しらんがな

 さて、今回一夏が使ってた追加兵装。
 前々から言ってた『ちょっとした反則』とはこれのことです。
 武器入れられないなら手に持って入ればいいじゃん、的な。
 ………うん、屁理屈ですんません。
 ちなみにこの作品内では拡張領域内に入れられない武器の使用は申請がものすごくめんどくさいという設定です。
 まぁ、武器とか危ないから是非もないよね!

 ちなみに形状のイメージはゲシュペンストの左腕。
 あれのプラズマステークを銃口に変えた感じのものです。
 後付けっていう意味では、量産型Mk-Ⅱ改のプラズマバックラーのが近いかも?
 ……いや、射撃武器ならヴァイスリッターの左腕かな?
 とりあえず、そんな感じ。(ふわっふわでスマン)
 ……ところで、大昔にコミックボンボンでやってたスパロボFの漫画だと、ゲシュペンストのプラズマステークが射撃武器で描かれてたんですが、知ってる人多分いないよね。
 大昔過ぎる上にたぶん単行本化されてないし。

 それでは、また明日。 


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21:怒りと嘆きの果てに届くもの

 

 

 

 

「どう、一夏。 アタシの【甲龍】―――その【龍咆】の力は!!」

 

 辛うじて回避を成功させつつも、生じた爆煙に巻かれている一夏を見下ろしながら、鈴音は誇らしげに声を張る。

 それに対し、一夏は不自然なまでに冷静だ。

 鋭い視線で鈴音を射抜きながら、油断なく右の刃と左の銃口を構えている。

 

「―――なるほど、衝撃砲か」

「へぇ、知ってたんだ。 なら解かるでしょ。

 コイツの砲身は見えない。 コイツの砲弾は察知できない。

 アンタはボロボロになるまで逃げ惑うしかないのよ」

 

 ニィ、と口角を釣り上げる鈴音に対し、一夏の表情はあくまで涼しい。

 その態度が、鈴音の逆鱗に触れた。

 

「―――なに? 余裕だっての?

 こんなの、どうにでもなるって言いたいの?」

「御託はいい」

 

 苛立つ鈴音の言葉をバッサリ切り捨て、一夏は切っ先を突き付ける。

 そうして鋭く相手を見据えながら、彼は言い放った。

 

「潰せるって言うなら、潰して見せろよ」

 

 瞬間、鈴音は奥歯の表面が削れてしまいそうなほど音を鳴らして噛みしめる。

 その目に宿るのは憤怒の炎だ。

 

 

「………………ス、っかしてんじゃねぇええええええええっ!!!」

 

 

 怒号と共に、不可視の砲弾が大気を噛み砕くように引き裂いて突き進む。

 一夏は高速の飛翔で以ってそれを回避し、目標を失った砲弾はその後方の地面で爆散する。

 

 一方の一夏は回避の動きのまま鈴音を中心に旋回する。

 鈴音は歯噛みしつつ、背面ユニットの設定を変更、龍咆の出力を調整する。

 

「蠅みてぇにチョコマカしてんじゃないわよォッ!!」

 

 低出力の砲弾が連続して発射される。

 眼に見えない破壊の雨が撒き散らされ、一夏はそれに巻き込まれないために飛び続ける他ない。

 ほんの少しでも足を止めれば瞬く間にその全身が蹂躙されるだろう。

 

 いっそ無様ともいえる一夏の在り様に、鈴音は勝利を確信し始めていた。

 元より甲龍のコンセプトは燃費と安定性。

 出力を抑えた状態での連射ならばかなりの長時間でも続けることは可能だ。

 ならばこのまま続ければ、いずれ彼を呑み込むだろう。

 故に警戒すべきは奇策の類。

 起死回生を狙う、埒外の方策だろう。

 そう考えつつ、しかし彼女は迷わない。

 

(勝てる……いや、勝つ。

 このまま噛み砕いて、踏みつけて、跪かせて思い知らせてやる!!)

 

 その時こそ、自分は漸く彼に追いつけたのだと確信できるから。

 そうしなければもっと前には進めないと、彼女は知らず自身こそが追い立てられているかのように焦燥していた。

 

 

 

 だが、彼女が眼前の違和感に気付いたのは、

 

「―――あれ? なんだか織斑くん段々近づいてない?」

 

 果たして、そう呟いた観客席の誰かよりも早かったのか。

 

 

 

「……な、に!?」

 

 目を疑うが間違いない。

 自信を中心に縦横に旋回を続ける一夏。

 その描く円が徐々に、しかし確実に狭まっていた。

 

「っ、このっ!!」

 

 さらに弾幕の密度を濃くする、鈴音。

 見えずとも、裂く空気の音響からそれを察知したのか近付く速度は遅くなる。

 だが、止まらない。

 遅々となりながらも、確実にその距離を縮めてきている。

 

(一体、何をっ!?)

「ボケっとするなよ」

 

 驚きに目を見開く鈴音のを余所に、ついに一夏は呟きながら銃口を向けた。

 そして再び放たれる鋼の弾雨と炸裂の礫。

 いよいよもって驚愕した鈴音は、しかし混乱を抑えつつそれを回避。

 舌打ちを大きく鳴らしつつ、ならばと手に持つ二刀を再び合一させる。

 

「でぇいっ!!」

 

 直後、投げ放たれた双身刀は円盤のように高速で回転しながら一夏を刈り取らんと迫っていく。

 それを彼は身を逸らすことでギリギリで避けて見せる。

 だが、それこそが鈴音の狙いだ。

 

「もらったぁっ!!」

 

 一気に出力を引き上げた龍咆が、刻まれた名の通り咆哮を解き放つ。

 直撃すればこれで決着となってもおかしくない威力の砲弾。

 それに対し、一夏は身を起こす動きでそのまま刃を振り下ろした。

 

 

 瞬間、パァンと風船が弾けるような音と共に不可視の攻撃がかき消された。

 

 

「……………………………………………………は?」

 

 思わず、鈴音は完全に静止した。

 ともすれば、心臓まで止まったのではないかという錯覚さえ覚える。

 

 一夏が振り下ろした刃は先程までと違い、不実体の光刃だ。

 だがそれはすぐさま元の刃金のそれへと変形していく。

 鈴音は戻ってきた自身の刃を無意識に受け止めながら、なおも驚愕に固まっていた。

 そんな彼女に、一夏は呆れたような表情を向ける。

 

「何を驚いている? 俺の零落白夜はエネルギーを消失させる刃。

 それは運動エネルギーの結晶である衝撃砲の弾だって変わらない。

 寧ろ、性質から考えればレーザー以上に天敵だぞ?」

「そうじゃない」

 

 一夏の言葉に、鈴音は首を横に振る。

 ちがう、そうではない、彼女の疑問はそこではない。

 何故。

 

「―――なんで、なんでそんな簡単に打ち消せるの?

 眼に見えない砲弾をなんであっさり斬り捨てられるの?

 さっきまでもそう、いつの間にか衝撃砲の軌道を読み始めてた。

 いったい……いったい何をやったっていうのよ、アンタはぁっ!!?」

 

 そこには、すでに恐怖まで混じっていたか。

 取り乱して悲鳴じみた声を出す鈴音に、一夏はどこまでも静かに言葉を返す。

 

「見えない砲身、見えない砲弾……確かに厄介だろう。

 だが、状況が悪かったな」

 

 稼働限界角度のない砲身に、着弾するまで認識できない砲弾。

 なるほど、確かに厄介ではあるがそれが発揮されるのは多数を相手にする場合だ。

 例えば二人を相手にする場合だったら、片方を撃つと見せかけてもう片方を攻撃するといった真似もできただろう。

 そうして戦いの中に駆け引きを生じさせ、己のペースに巻き込むこともできたかもしれない。

 だが、今回は違った。

 

「今みたいな一対一の場合、別の方向へ放ってブラフにする意味は皆無だ。

 だから必然、放つのは敵……つまり俺のいる方向だ。 そして衝撃砲の弾は性質的にほぼ直進しかできん。

 この時点で本質的には通常の砲撃と変わらん。

 お前の所作と、視線で大体の向きは察せられる」

「それでも、避けることはできても近付けるほど見切れることには繋がらない。

 それともアンタは不可視の砲弾がどんなものなのか見抜いていたっていうの!?」

「そうだ」

 

 即答による、肯定。

 鈴音は一瞬、それが何を言っているか解らずに言葉を失う。

 一夏はゆらりと刃を構えながらさらに続ける。

 

「向かってくる砲弾がどんなものか……それがある程度把握できていれば、あとはタイミングと思い切りの問題だ。

 もっとも、こいつでかき消した時は正直肝が冷えたがな」

 

 だが、それを可能としたのは一夏の技量もあるが白式の過剰なまでの反応速度も相まってのことだ。

 でなければいくら何でもここまで上手く切り払うことはできなかっただろう。

 

「………あり、えない」

 

 と、信じられないものを見る目で一夏を凝視しながら、鈴音は漸く言葉を絞り出す。

 事ここに至って、彼女の精神は限界まで追い詰められていた。

 無理もないだろう、己の誇った力を策謀ですらなく真正面から打ち破ったのだ。

 その衝撃は戦意を根本から砕きかねないほどのものだった。

 だからこそ、彼女は否定する。

 ありえない、ありえない、そんな馬鹿な話がありえるものか。

 何故なら。

 

「アンタは、あのほんの少しの攻撃で衝撃砲の砲弾を見切ったっていうの?

 あのほんの僅かの間、避け続けただけでどんなものか把握しきったっていうの!?」

「そんなわけがないだろう」

 

 今度の即答は否定だった。

 先の言葉と矛盾しているような返答に、鈴音の混乱は頂点に達しそうになる。

 それでもどうにか取り乱しそうな己を抑えていると、一夏はその陥穽を埋める答えを明らかにしてくる。

 

「知っていたんだよ、最初から。

 衝撃砲が、その砲弾がどういうものなのかをな。

 お前の担当は楊さんだったよな? 彼女から聞いていなかったか?」

「え?」

 

 そこで一拍、間を置いて、

 

「衝撃砲実用試作兵装第一号【崩龍】。

 ―――俺が、初めてテスターを行った武器だ。

 もっとも、メインはあくまでも楊さんで、俺はおまけみたいなもんだったけどな」

 

 紡がれたその答えに、鈴音の頭の中は今度こそ真っ白になった。

 

「――――――、あ」

 

 彼女はついに崩れ落ちるように脱力し、地へと落ちていく。

 アリーナに激突するよりも前にISの安全装置が働き、問題なく着地するが彼女はそのまま動かない。

 顔は俯いてその表情を窺い知ることはできず、ともすればそのまま膝を折ってしまいそうな様子だ。

 観客席は鈴音の突然の戦意喪失にざわめくが、当の彼女にそれを気にする余裕はない。

 

「鈴……」

「…………………また」

 

 同じく地に降りた一夏の耳に、か細い声が響く。

 そうしてゆっくりと顔が上げられる。

 

「また、おいていくの?」

 

 涙を流すその表情は、まるで迷子になった子供のそれのようだった。

 

 

 

***

 

 

 三年前。

 あの惨劇の中、気を失っていた自分が真っ先に思い浮かべたのは一夏の姿だった。

 その時、すでに両親の間には溝のようなものがあった気がする。

 自分の前では平静を保っていたようではあるが、それでもどこか違和感のようなものがぬぐい切れず存在していた。

 きっと、そのことから終わりは始まっていたんだろう。

 だからこそ、自分は心の拠り所として真っ先に一夏を想起したのだ。

 だが、目を覚ました時に彼はいなかった。

 すぐ傍にいた弾に問いただせば、彼は呆然と彼方を指さした。

 

 そこに、あった。

 ISを纏い、鬼気迫る形相で空を掛ける一夏の姿が。

 彼はときに雄叫びのように叫びながら、文字通り飛び回り瓦礫をどけ、車の歪んだ扉をこじ開け、炎の中に取り残された誰かを助け出していた。

 その姿は、胸を締め付けるほど痛ましく、崩れてしまいそうだった。

 

 ―――けれど、アタシは何もできなかった。

 

 彼のいる場所は遠くて、手を伸ばしても届かなくて。

 どれだけ走ろうが、決して届かないのだと言われている気がした。

 

 それは事故が収束した後も同じだった。

 むしろ、悪化したと言ってもいい。

 IS学園入学の決定と、それに向けた各国への『留学』。

 彼が学校にいることはほとんどなくなってしまった。

 

 ―――届かない、届かない、届かない。

 

 彼と過ごせる時間は限りなく減り、追い打ちをかけるように両親は別れ、ついに日本を離れることになった。

 その別れを告げることさえできないまま。

 

 ―――遠い、遠い、遠いのよ!

 

 彼はどこまでも先に進んでいて、私はあの日からずっと置いていかれたままで。

 

 ―――いやだ、いやだ、いやだ!!

 

 だから、必死で勉強した。

 彼のいる場所に追いつこうと、脇目も降らずに走り続けた。

 幸いにも才と努力が噛み合ったのか、一年も経った頃には国家候補生として専用機を得るに至っていた。

 

 そうして、漸く再会した。

 追いついた、辿り着いた、もう置いていかれることはないのだと、確信した。

 己を見ていないような新聞の内容には腹が立ったが、だからこそ追いついた自分を彼に刻み付けようと決意した。

 すべては、彼においていかれないように。

 でなければ、自分がどうすることもできないまま、彼がどこかで砕けてしまいそうな気さえして。

 

―――嗚呼、けれど。

 

 それは幻だった。

 追いついたと思った場所は、彼がすでに通った場所で、この手は未だ彼に届いていなかったのだ。

 自分が手にした力は、彼にとっては通過点だったのだ。

 

 だから、またしても置いていかれる。

 取り残されて、この手は決して届かない――――

 

「――――やだ」

 

 嫌、嫌、嫌。

 絶対嫌だ。

 自分はそれを許せない。

 自分は決して認めない。

 だから。

 

 

 

***

 

 

 

「おいていかないでよ」

 

 彼女は、涙に濡れた瞳で一夏を睨みながら、悲痛に訴える。

 千々に裂かれた心ののまま、頭の中がぐちゃぐちゃになって何もわからなくなっても。

 

「ひとりにしないでよ」

 

 常の自分など、ただの張り子に過ぎなかった。

 本当の自分は、ずっとこれを抱えていた。

 幼い迷子のように、不安と絶望に震えることしかできないのだ。

 

「わたしをみてよ」

 

 わたしをみて。

 わたしをみて。

 私を見て。

 どうか、手の届かないところになんて行かないで。

 姿すらも見えないところになんて飛んでいかないで。

 

 しかし一夏は動かない。

 こちらを見据え、何を語るでもなく少女が紡ぐ涙と声を受け止め続けている。

 

 その姿に、果たして鈴音の感情は決壊した。

 

 

「――――っ、なんとか言えよ、一夏ぁーーーーーーーーっ!!」

 

 

 

 

 悲痛な叫びがこだまして、漸く一夏は口を開く。

 

「………それが、お前の抱えていたものか」

 

 少女の慟哭を受け止めて、口から出た声音は不自然なほどに落ち着いたものだった。

 だが、その裏に抑えつけられていたモノ、それが今、撃ち出すように放たれる。

 

 

「―――ふざけるな」

 

 

 それは唸り声のように、怒りの込められた言葉だった。

 

 

「………………………は?」

 

 何を言われたのか、彼女は一瞬わからなかった。

 だが、目の前の一夏は我慢は終わりだと言わんばかりに鈴音を睨みつける。

 

「言うに事欠いて……置いていくな、私を見ろ?

 もう一度言うぞ。 ふざけるな」

「い、一夏?」

 

 戸惑う鈴音に、もはや構わぬと一夏は赫怒を露わにする。

 

 ここまで黙って聞いたのだ。

 ならば今度はこちらの番だと声を張る。

 

「ああ、どうにも様子がおかしいし、どこか遠くを見ているような気さえしたのは錯覚じゃなかったっていうことか。

 本当にふざけるなよ、なあ鈴!!」

「なっ!?」

 

 ふざけてなどいない。

 彼女の抱いた悲しみは、確かに真のものなのだ。

 しかし、それは彼女だけのもの。

 この場においては、一夏の抱いた思いは違うのだ。

 

「俺はな、楽しみにしていたんだ。

 久しぶりにお前と会えて、これからまた同じく騒げると。

 だから、壮行会でお前が怒っていた時、心底悪いと思ったから全力でぶち当たってやろうと思ったんだ。

 けどな、この戦いの最中どうにもおかしいと思ったんだ。

 それがなにか解かったよ。 ―――お前、ここにいる俺を見ていなかっただろう?」

「―――え?」

 

 その指摘に、鈴音は自身の嘆きを否定されたショックも忘れて呆ける。

 

 一夏が、自分を見ていないと思っていたように。

 自分も、一夏を見ていなかった?

 

 固まる鈴音に対し、一夏は止まらない。

 

 実際のところ、一夏は鈴音の抱いていた想いをすべて理解できているわけではない。

 ただ、彼女がずっと何かを抱えていたのだということは解った。

 その上で、彼は彼女が自分ではない自分を見て、勝手に嘆いていることがこの上なく腹立たしかった。

 

「おい鈴、お前の言う織斑 一夏っていうのは、どこぞの高い高い山の上にでも立ってるのか?

 深い深い海の底にでも住んでいるのか?

 遥か彼方の銀河の向こうにでも飛んでいるのか!?

 ―――違うだろうが!!」

 

 そして、一夏は手に持つ刃の切っ先を突き立てる。

 己はここにいる、ここに立っているのだと、刻み付けるように。

 

 

「目を見開いて、耳をかっぽじって、よく見て聞けよ、凰 鈴音。

 ――――――俺は、織斑 一夏はここにいる!!!」

 

 

 真っ直ぐと、観客すらも完全に黙らせたその言葉を受け止めて。

 鈴音は再び俯く。

 そこから流れた沈黙は、ほんの数秒ほど。

 顔を挙げないまま、鈴音は静かに問う。

 

「ねぇ、一夏。 ―――貴方はそこにいる?」

「ああ、見て、聞いての通りだ」

 

 さらに続ける。

 

「ねぇ、一夏。 ―――アタシは、貴方の前にいる?」

「ああ、見ているし、聞いている」

 

 ゆらり、と鈴音の体が揺れる。

 刃を再び二刀にして、両の手にしっかりと握りしめる。

 

「一夏」

 

 一夏はもう答えない。

 ただ、対するように突き立てた刃を引き抜いて、構える。

 

「一夏」

 

 ゆっくりと、鈴音が進みだす。

 紡がれる声に、力が漲り始める。

 

「一夏……!」

 

 一夏はわずかに腰を低くして、ゆっくりと近づいてくる鈴音を鋭く見据える。

 その口の端が、徐々につり上がっていく。

 そして。

 

 

「いぃぃぃぃちぃぃかぁぁぁあああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 鈴音が、想い人に向けるにしてはあまりにも獰猛すぎる笑顔を浮かべながら、裂帛のように叫んで吶喊する。

 

「りぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいんッ!!!」

 

 一夏もまた、同質の笑みを以って迎え撃たんと疾駆する。

 

 両者が待ち望んだ、本当の意味での激突。

 天の川を挟んだ星々よりも焦がれたその瞬間。

 

 

 

 その何もかもをぶち壊すように、アリーナのシールドも突き破って、鉄槌じみた黒い何かが天から落ちてきた。




【今回のお話のまとめ】
・一夏、逆ギレ祭り(あと楊さんにもフラグ立ててるくさい)

 いや、一応言っておきますと、一夏はモノローグ部分は解らないので、彼女の言っている部分しか見えてないし聞こえてません。
 それでも、何か色々抱えているのは解るけれどそれ以上にここにいる自分見えていないのがムカつくとか、そんな感じで。
 ……や、読者視点で見るとコイツ酷いのかもしれないな(オヒ作者

 衝撃砲の砲弾=純粋な運動エネルギーの塊っていうのは独自解釈。
 んで、着弾まで認識できない&センサーで察知しにくいというのも同じ。
 ただ、アニメではともかく原作での認識考えるとそうなんじゃないかなと。
 異論は認めます(聞くとは言ってない)

 さて、次回からは『アレ』との対決。
 またちょっと間が空くと思いますが、気長に待っていただければ幸いかと。

 それでは。


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22:黒い悪夢、少女の幻想

※注意※
 今回、あとがきで特定の属性に対して否定的ともとれることを書いていますが、あくまでも筆者個人の嗜好の問題であり、その属性及びそれらを愛好する方々を批判・否定する目的があるわけではないことをここに明記いたします。
 ご了承ください。


 

 

「あ……あぁ……」

 

 鈴音がよろめきながらなんとか体勢を立て直そうとする。

 今の彼女は視界と意識が揺れていて、判然としていない。

 ただ、夢現に近い状態で、腹の底から沸々と沸き上がってくるものがある。

 

「な……に……」

 

 何が起こった?

 何者の仕業か?

 違う、そんなことはどうでもいい。

 

「な、にを……」

 

 そう、『何を』。

 真っ先に思い浮かんだ疑問はそれで、同時にある感情の呼び水となる。

 それは絶対零度のように冷たくて、焦熱地獄のように熱いもの。

 即ち、憎悪。

 

「なにを……」

 

 漸く、漸くと待ち望んでいた瞬間。

 想い続けた相手との本当の意味で始まった逢瀬。

 それを何もかもぶち壊してしまった相手に、彼女はその半生に於いて初めて本気の殺意を抱いた。

 

 

「なにを……してくれてんのよォ!! お前ぇぇぇぇぇえええええええええええッ!!?」

 

 

 仰け反りかけた体勢から勢いよく身を起こす挙動で衝撃砲を再起動させる鈴音。

 その表情は、夜叉もかくやと言わんばかりの凶相だった。

 

 と、黒煙の向こうで闖入者の影が動く。

 突き抜けて出てきたあまりにも巨大な黒い拳が、鈴へと向けられた。

 同時に。

 

「―――阿呆。 少しは落ち着けバカ娘」

 

 そんな言葉と同時に、突き出された拳を横殴りするかのように鋼の塊が勢いよくぶつけられた。

 そうして逸れた拳から離されるように、鈴音の体が引き寄せられる。

 

 その直後に、黒い拳……正確にはその巨腕に備え付けられていた砲門から光条が放たれ、アリーナの地面を大きく砕いていく。

 それを横目で眺めながら、一夏は呆れたような表情を浮かべる。

 

「大した威力だな……アリーナのシールドをぶち抜いた出力は伊達じゃない、か」

「ちょ、ちょっと……!」

 

 ん?、と一夏が視線を下ろせば、そこには頭を押し付けるように胸にかき抱かれた鈴音の姿があった。

 その顔は、纏った装甲にも負けないくらい赤く染まっている。

 

「い、いきなり変な真似すんじゃないわよ!!」

「あぁ、悪い」

 

 言って、一夏は鈴音を離す。

 一瞬、鈴音が言い出しっぺでありながら名残惜しそうな表情を浮かべるが一夏はそちらを一顧だにせず、乱入者を見据えている。

 

 ややあって、黒煙と炎の向こうから露わになった姿はまさに異形だった。

 まず目を引くのは異様なまでに巨大な両腕だ。

 それぞれが比較的華奢にも見える本体と同じくらいの大きさを有し、肩と下腕には砲と思しきものが備えられている。

 その身はくまなく装甲に覆われ、生身の部分を窺い知ることはできない。

 そして全身を染め上げるのは滑ったような質感を持つ黒。

 蓮根の断面のように不規則に並んだ顔面のレンズと併せ、否応なしに生理的嫌悪を見る者に叩き込んでくる。

 

 と、その異形が肩の砲口に光を灯す。

 

「っ!?」

「きゃ!」

 

 慌てて鈴音の手を取り空へと逃れれば、今までいた場所に数えきれないほどの光の礫が嵐のように通り過ぎていった。

 そのまま鈴音と共に異形との距離をさらに置くと、やがて砲撃は止んでそれは静かに佇むのみとなった。

 

「………追撃は来ない、か」

 

 しばし眺め、名も知らぬ異形がこちらに襲い掛かってくる気配がないことを察すると、一夏は改めて鈴音を睨みつける。

 その視線を受け、彼女はびくりと肩を震わせ、竦ませた。

 

「な、なによ」

「なによ、じゃあない。 怒りに任せて突撃とか、イノシシかお前は」

「だ、だって……」

 

 と、ここで鈴音の目にジワリと涙が浮かぶ。

 そのまますぐに肩を震わせながらしゃくりあげ始めた。

 どうやら怒りと悔しさが閾値を超え、落ち着いて諭されるうちにそれが溢れだしたらしい。

 

「だってぇ」

 

 そんな鈴音の様子に、一夏は溜め息を一つ漏らして彼女の頭に手を翳す。

 今はISを纏っているため、撫でずに軽く置くのみだ。

 と、あることに気付いてポツリと漏らす。

 

「―――冷静に考えたら、再会してからのお前って半分くらい泣いてないか?」

「誰のせいよ!!」

「とりあえず今の原因の大半はあっちの黒いのだな」

「ていうか、アンタやけに落ち着いてない? あんな真似されて何とも思わないの!?」

 

 涙目の剣幕で詰め寄る鈴音に対し、一夏はあくまでも涼しい表情を浮かべる。

 

「……そりゃ思うところあるが? その前に突っ込んでった奴がいたからなぁ」

 

 その返しに、鈴音は二の句も継げずにぐぬぬと呻くだけである。

 と、そこへ白式に通信が入る。

 開けば、真っ先に真耶の血相を変えた顔が映し出される。

 

『織斑くん! 良かった繋がりました!! 凰さんもそちらに居ますね!?

 今すぐ試合を中止して退避してください!!』

「山田先生、いきなりですいませんが状況はどうなってます?」

『え!?』

 

 即座の問いに、真耶は一瞬面を食らうがすぐに復帰する。

 

『……現在、所属不明機はこちらの呼びかけに一切の返答をしていません。

 目的、所属は完全に不明です』

「援軍はどうなっています?」

『教師陣と三年の精鋭で部隊を結成しています。 ですが……』

 

 真耶はそこで言い淀み、苦虫を噛んだような顔になる。

 そこで通信を継いだのは千冬だ。

 彼女は常と変わらぬ冷静沈着な表情と口調で現状を告げていく。

 

『アリーナの遮断シールドはレベル4で固定、出入り口もすべて封鎖され変更が効かん。

 原因は……まぁ、明白だろうな』

 

 なるほど、規格外なのは出力だけではないということか。

 と、そこで再び真耶の悲痛な声が届く。

 

『なので、今すぐ脱出を! アリーナのシールドは復帰していますが、織斑くんの単一仕様能力なら一時的に穴を空けて外に出ることができるはずです!!

 不明機とアリーナに関しては、現在システムクラックを含めて部隊が対処を開始していますから!!』

 

 なるほど、確かに零落白夜ならアリーナのシールドに穴を空けるのは可能だろう。

 ならばここから離れることは自分たちには簡単だ。

 

 

「―――お二方に具申します」

 

 それを理解した上で。

 

 

「俺と凰の二人で、あの不明機の相手をします」

 

 一夏は、その提案を一蹴する。

 

 

『な!? 何を言ってるんですか織斑くん!!

 だめです、そんなの許可できませ……織斑先生?』

 

 慌てて提案を却下せんとする真耶を遮る形で、千冬が割って入る。

 彼女は常と変わらない……否、それよりも幾分か鋭くなった視線で一夏を貫いてくる。

 

『理由を聞こう、織斑』

『織斑先生!?』

 

 暗に許可するような言い草に、真耶が批難の声を上げるが、千冬も一夏もそれには構わない。

 構っている暇もない。

 

「あの不明機、アリーナのシールドを突き破ってきた以上、出ることも可能なはず。

 そこで俺たちを追って外に出たら、被害は学園の外にも拡大します」

 

 それに。

 

「よしんば俺たちを追わずとも、避難の完了していない客席に攻撃が向けられればどうなるか……

 アリーナのシールドよりも強固になっているとはいえ、あの不明機の力は未知数です。

 それが破られない保証はない。

 ……救援の手が遠い以上、ここで奴を釘付けにする役目は必須でしょう?」

 

 その言葉を聞き、千冬がわずかに沈思する。

 真耶も言い分に理が通っているために反論を挙げづらい。

 やがて、千冬の口から出た答えは。

 

『―――いいだろう。 ただし無理はするな』

『織斑先生!!』

「了解しました」

『目的はあくまでも不明機の牽制。 必要以上の交戦はなるべく控えろ。

 ………ここまでは教師としての言葉だ』

 

 真耶の言葉を無視して続ける千冬。

 しかし、いったん言葉を区切ると、その表情をシニカルな笑みへと変えた。

 

『ここからは姉としての言葉だ。

 遠慮はいらん。 容赦もいらん。 ………構うことはない、徹底的にやってしまえ』

 

 『姉』の言葉に、一夏は喉の奥で思わず笑みを詰まらせると、

 

「―――了解!!」

 

 先ほど以上に強く、そして弾むような声で返事をした。

 

 

 

***

 

 

 

 通信の途切れた管制室で、真耶が眉根を寄せた視線で千冬を見上げる。

 

「い、良いんですか、織斑先生! 今からでも止めたほうが」

「織斑の見立ては概ね正しい。 不明機が文字通り何もかも不明な以上、被害を抑える役目は必要だ」

「それは解っています、ですが……」

 

 背を向ける千冬に、それでも縋るように言葉をかけてしまう。

 真耶も、自分が感情を優先してしまっていることは解っていた。

 しかしそれでも、自分の生徒が危険な目にあうことを許容することは難しかった。

 それこそ、目の前の敬愛する先輩のようにはなれそうもない……そんなことを考えていた時だった。

 

 

 密室の管制室に、鋼を叩く轟音が鳴り響く。

 

 

「きゃぁっ!! ……え?」

 

 思わず身を竦める真耶が音の発生源へと目を向ければ、そこにあったのは千冬の背中だ。

 僅かに見えるその向こうの壁には、彼女の右拳が叩きつけられている。

 

「―――っ」

 

 この管制室はシェルターと見まがうほどの防御力を誇っているが、その装甲が僅かにへこんでいた。

 内側からとはいえ、それを損傷させるとは恐るべき膂力だろう。

 ……或いは、冷静沈着な彼女をして抑えきれなんだその激情こそに慄くべきか。

 

「織斑、先輩?」

「……すまん、取り乱した」

 

 振り向いた姿は、すでにいつもの彼女だ。

 ただ、先程叩きつけられた拳は硬く握られたままだ。

 

「こちらからもシステムクラックを掛けるぞ。

 同時に、不明機の解析と情報収集もだ」

 

 言いながら、モニターに大写しになっている黒い巨人を睨み上げる。

 

「―――何が狙いか知らんが……ただで済むともうなよ」

 

 言葉から静かに漏れた怒気に、頼もしさよりも恐ろしさを感じてしまったのは真耶だけの秘密だった。

 

 

 

***

 

 

 

 一方の一夏は、まだ通信を切っていなかった。

 正確に言えば管制室との通信は終えたが、そのまま別の場所へと繋げたのだ。

 

「……それで、聞いていただろう? 楯無」

『いや、いきなり断定してくるのもどうなのよ』

 

 通信に出てきた彼女はどこか不満げだが、対する一夏は半眼を冷たく向けている。

 こうして間髪入れず彼女が出てきたことが一夏の言葉が正しかったことのなによりの証拠だからだ。

 何故なら。

 

『あの……楯無さん? 私のISで通信を横から傍受するというのは……』

『あ~……ごめんね、セシリアちゃん。 本当は自前でやりたかったんだけど、今ちょっと仕立て直しの最中なのよね』

 

 通信の本来の相手であるセシリアが、おずおずと心配げな声を上げている。

 対する下手人の様子はいかにも軽い。

 

『で、ですが、もしことが露見したら……』

『大丈夫大丈夫、非常事態の非常手段よ』

『いえ、非常事態だからこそ逆に危ういような気も……』

『大丈夫大丈夫、バレてないから……多分』

『不安しかございませんわ!?』

 

 ついには悲鳴を上げるセシリアに、一夏は思わず同情してしまう。

 このような事態であっても楯無はいつも通りなようだ。

 

「安心しろセシリア。 何かあったらお前は被害者だとちゃんと証言してやる」

『うぅ、一夏さぁ~ん』

『あっれ、なんか私が悪者みたいじゃない』

「だまれ実行犯」

 

 セシリアに対しては気遣わし気なのに対し、楯無についてはにべもない。

 それはさておきと、彼は本題に入る。

 

「それで、そちらの方はどうなっている?」

『そうねぇ……まぁ、有体に言ってパニック一歩手前ってところかしら』

 

 だろうな、という言葉はさすがに口に出さない。

 通信からは、悲鳴じみた声が幾つも響いているからだ。

 

『まぁ、上級生は非常時の訓練は受けてるし、下級生だってそうそう自棄になることもないと思うけど……閉じ込められっぱなしじゃ、限界はあるわね』

「そうか……なら、お前はそっちの対処を頼むぞ、生徒会長」

 

 一夏の言い草に、楯無は思わずクスリと笑みを漏らす。

 そして胸を張りつつ、自信満々に答えて見せる。

 

『えぇ、それじゃ不躾な客の対応は任せたわよ? 副会長』

「言われるまでもない」

『一夏!!』

 

 と、共にいたらしい箒の声が響く。

 ウィンドウがその姿を映すと、彼女は一瞬だけ言い淀んでから力強く言い放つ。

 

『気を付けろ。 ―――そして徹底的にやってしまえ!!』

『おりむー、頑張ってね~』

『ご武運を、織斑くん』

『一夏さん、脱出したら私も応援に向かいます。 どうか無理はなさらずに』

 

 布仏姉妹とセシリアからの激励を受け、一夏は力強く肯いて見せる。

 

「ああ、任せろ」

 

 そう言い切って、彼はウィンドウを閉じた。

 そして改めて鈴音へと顔を向けると、

 

「………なんで盛大に膨れてるんだ、お前」

「べっっっっつにぃーーーー? アンタが他の女の子とイチャイチャしてようが関係ないしぃーーーー!?」

 

 なにやら思いっきり臍を曲げている様子の鈴音の姿に、思いっきり溜息を吐く。

 

「IS学園なんだから、通信相手が女子なのは仕方がないだろう」

「ふぅーーーん!?」

「―――冷静に考えたら、再会してからのお前って半分くらい怒ってないか?」

「誰のせいよ!? ていうかそれだとアタシは泣くか怒るかしかしてないんかい!?」

「概ねその通りだろう」

 

 すっぱり言い切られて、歯噛みして口ごもる鈴音。

 やがて、「はぁー……」と深く息を吐いて気を落ち着けると、改めて彼に向き合う。

 

「というか、安請け合いしていいの? 腕のだって……」

 

 そう言って指さすのは一夏の左腕だ。

 そこには白式の装甲に覆われた腕以外ない。

 そう、鈴音との戦いで使っていた兵装は影も形もなかった。

 

「アタシを助けるために、投げ捨てちゃって……」

 

 言葉にして、自身が足を引っ張ったのかと若干気落ちする鈴音。

 彼女の言うとおり、一夏の追加兵装は鈴音が不明機に突っ込んだ時、向けられた腕を逸らすためにぶつけられ、今はその足元の地面に残骸じみた有様で転がっている。

 それに対し、一夏は短く鼻を鳴らす。

 

「どの道、あれが落ちてきたときの衝撃で砲身も曲がってたからな。 気にするな。

 それより、お前の方は大丈夫なのか?」

「え? アタシ?」

 

 言われ、彼女は簡易診断のウィンドウを呼び出す。

 デフォルメされたシルエット、その右側の背面ユニットが赤く点滅していた。

 

「右の衝撃砲に若干のダメージ。 けどこれくらいだったら戦闘に支障なしよ」

「そうか……まぁ、無理しなくてもいいぞ?

 お膳立てしたのは俺だからな。 俺が最後までやるのも構わない」

「………ん? お膳立て?」

 

 言い回しに疑問を感じ、訊き返す。

 すると彼は「ああ」と頷き、笑みを浮かべる。

 

 

「―――他人様の邪魔したんだ。 完膚なく、気兼ねなく、これ以上なく……ぶちのめし尽くすのに邪魔が入ったらたまらないからなぁ」

 

 

 それは、『ニヤリ』でも『ニィ』でもない、敢えて表現するなら『ギシィィッ』という軋むような凄絶な笑みだ。

 同時に、呼応するかのように彼の右手の中で刃の柄がミシリと音を立てる。

 その獣性というよりも蛮性の塊ともいうべき表情に、思わず鈴音は血の気が引きかける。

 

(ヤバい、キレてる)

 

 落ち着いて見えたのは、我慢の結果かそれとも一周回って冷静になっているのか。

 どちらにせよ、腹の底は煮えくり返っているどころかマグマもかくやという赫怒の熱を帯びている。

 どの口で『思うところがある』と言ったのか、それどころではないだろう激情を抱えてよくぞここまで堪えていたものだ。

 

「っ、な、なに言ってんのよ!!」

 

 気圧されかけた自分を叱咤するように、彼女は殊更に声を張った。

 そのまま、一夏の隣を通り過ぎるかのように前に出る。

 

「アンタこそ、すっこんでれば? あんなの、アタシ一人でも充分よ!!」

 

 その言葉に、何故か背後の一夏が短く笑ったのが解かった。

 

「そうか、一人で充分か。 なら―――」

 

 そこで一夏は前に進む。

 そして、

 

 

「―――なら、俺とお前……二人でならどうだ?」

 

 

 そう言って、一夏は鈴音の真横に並んだ。

 

 それは、いつか彼女が目指していた場所。

 置いていかれるでもなく、共に同じ場所へと辿り着ける、そんな立ち位置。

 絶望に捕らわれていた少女が、長らく抱いていた幻想……それがここに結実する。

 

「―――――っ!」

 

 たまさか、夢想が現実となった事実に、思わず言葉を失う。

 だがそれは一瞬で、彼女はすぐさま浮かんだ涙を振り払うように前を向く。

 

「そんなの、決まってるでしょ」

 

 それもそのはず。

 何故なら、彼女が望んだのは共に行くことだから。

 置いていかれず、その背を追うのでもなく、彼の隣に在ることだから。

 故に向くべきは、前。

 彼が見ている物と同じ方向だ。

 

 鈴音は総身黒に覆われた異形の巨人を見据え、しかし一欠けらの恐れも気負いも抱かずに力強い笑みを浮かべる。

 それは一夏も同じで、だからこそ次の言葉は重なった。

 

 

「「―――超、余裕(だ/よ)ッ!!!」」

 

 

 瞬間、踏み出す一歩は全く同時。

 二人は刃を構えて飛翔する。

 対する黒い巨人も動き出し、その禍々しい凶器に光を灯す。

 

 

 衝突する黒と白と赤。

 悪夢のような惨状に、カタチとなった少女の夢想が立ち向かう。

 

 

 

 




 というわけで長らくお待たせしました。
 幕間のあたりまで目途が立ったので更新です。

 今回は対不明機戦、その準備段階。
 最後のやり取りは連載開始するずっと前から考えてた部分なんですが……頭の中で思い浮かんでた部分がちゃんと出せてるか若干不安。

 さて、原作最新刊まで読了したのですが、まず思ったことが一つ。
 ………敵も味方もグダグダ過ぎない?
 とくにオータムとか、なんかもうシーンがシーンだからお笑い要因ともいえないから割とわりと居た堪れない気が……
 ただ、それを差っ引いてもいろいろと想像がはかどる内容でした。
 ていうかこの作品でその辺りの新キャラと思いっきり絡ませたくなったわ……とくにアーリィさん。
 すっごい脳内で妄想展開がはかどってます(ナニ
 あと、ログナーさんもそうなんだけど、ぶっちゃけ仮に連載進んでも原作乖離する場所とかまだ未定だったりするから下手するとお蔵入りになるんだよなぁ……もしくは書くまでにその辺りのこと忘れたりするかもだし。


 あと、原作で百合っていうかガールズラブっていうかそういうキャラも増えてきましたが、その辺りで重大発表が。



 ……自分、ぶっちゃけ百合とかガールズラブとかすごい苦手です!!



 いや、本当に合わないんですよ、好きな人には申し訳ないけど。
 生理的嫌悪ってレベルにまで入ってないけど、読んでる作品でその手の展開出てきたら一気にテンション下がる……
 境界線上のホライゾンとか、好きなんだけど清正&正則の百合ップル慣れ初めを複数巻にわたって描かれたのはかなりきつかった……マルゴットとマルガのコンビはコメディ色のが強いから平気だったけど。
 あと、同じ理由でシンフォギアとかすごい興味あるんだけど二の足踏んでます。
 歌とかすごい好きでMAD動画とかBGM代わりに流しまくってるんですけどね……

 ええ、なんか関係ないこと含めて愚痴ってすいません。
 不快に思われた方がいらしたら謝罪します。
 あくまでも自分が苦手ってだけなので、その手の属性を否定してるわけではないのであしからず。(あと、女性メインのアニメで男キャラの影ちらつくのがイヤっていう意見が多いのも理解できてますので)

 で、何が言いたいのかというと、この作品内ではあんまり百合的描写は書かない(書けない)と思うので、ご了承くださいということです。
 とはいえ、アンチ描写とかをするわけではなく、ただ百合として甘々しい描写はまずないっていうだけです。
 とりあえず、確定としてスコール&オータムはそのまま。
 ……単に絡むことが少ないってだけでもありますが。
 ただ、イージスコンビ……というかフォルテに関しては妄想が捗ってるのでだいぶ変わる予定。
 どう変わるかは……まぁ、お楽しみという感じで。

 さて、今回はこの辺で。
 次回更新は多分明日。
 決着までやるのでだいぶ長いですが、お付き合いいただければ幸いです。

 それでは、また。


 追伸:艦これイベ、現在E3のゲージ二つ目攻略間近。
 ……難易度? 丙以外できないよ。


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23:龍は二度哭きて刃は夷狄を墜とし断つ

 

 

「ダァアアアアアアアッ!!」

 

 刃を閃かせ、高速の飛翔による斬撃が黒い異形に叩き込まれる。

 しかし届かず、振り下ろしは空を切る。

 

「フッ!!」

 

 しかしそれは織り込み済み。

 返した刃からの切り上げ、更には距離を詰めての連撃が軌跡を重ねながら黒を襲う。

 二撃目は躱され、三撃目も躱され、四撃目が弾かれ、

 

「ハァッ!!」

 

 弾かれた勢いを殺さず、右手の中で逆手へ、片手のまま横薙ぎの一撃を見舞う。

 狙うは首筋、その結果は、

 

「チィッ!!」

 

 差し込まれた左の拳に阻まれた。

 思わず漏れた舌打ちの直後に、巨大な右拳が胴に叩き込まれる。

 

「グゥウ!!?」

 

 一夏は、ギリギリのところで僅かに後退していたが、それでも腹に響く衝撃に込み上がってきた反吐をギリギリで呑み下す。

 一方の黒い異形は間合いが空いたことで肩の砲に光を灯し、

 

「喰らえぇ―――ッ!!」

 

 放つよりも前に、鈴音の衝撃砲から逃れんと各所のブースターを吹かして離脱する。

 一瞬前まで敵がいた場所を不可視の砲弾が通り過ぎ、地面を砕いて耕していく。

 

 黒は後退から鋭角の方向転換で上昇、鈴音との距離を詰めつつ両の拳を彼女に向けて光線を連射する。

 

「当たるもんですかっての!!」

 

 言いつつ身を揺らすように回避、そして彼女自身も二刀を構えて異形へと立ち向かう。

 相対速度を乗せた二刀同時攻撃は、しかし一瞬で身を翻した黒い異形に躱される。

 

「このっ!」

 

 追うように身を回し、更なる斬撃を加えるものの既に間合いは離れ届かない。

 睨みつける鈴音に、今度は肩からの拡散型の光弾が撒き散らされる。

 

「はぁっ!!」

 

 同時、鈴音もまた同じように弾幕を張る。

 両者の中間で互いの砲撃の一部が衝突、炸裂して更に他の砲弾に誘爆していく。

 結果、互いの砲撃はその殆どが相手側に届くことなく中空に煙幕を作るに留まる。

 摩擦によるものか、所々で紫電が迸る様は雷雲のようだ。

 

「でぇい!!」

 

 と、鈴音はすぐさまそれを切り裂くような一撃を放つ。

 二刀を連結した双身刀による投擲だ。

 紫電ごと不実体のブラインドを両断するような刃風は、狙い過たず黒へと吸い込まれていく。

 

 しかし、通じない。

 黒い異形は右の巨腕で迫る刃を真上に弾いてしまう。

 その直後、

 

「オォオオオオオオッ!!」

 

 一夏が巨人の真下から刃を切り上げてくる。

 左手を峰に添えた一撃は、股下からの切り上げ狙いが明白だ。

 故に巨人も即座に対処を開始する。

 振り上げていた右腕を、今度は一夏の刃へ向けて振り下ろしたのだ。

 

 巨拳と刃金の衝突……の直前、一夏は添えていた左手を引いていた。

 そうして刀は巨人の拳に触れた瞬間に弾かれ、しかし使い手自身は減速しない。

 むしろ踏み込むように加速する。

 

「顔面、がら空きだ!!」

 

 言って膝蹴りを叩き込む。

 それは僅かに前傾姿勢になったことで差し出されたような巨人の、しかし人と変わらない大きさの顔面を真正面から打撃した。

 初めての有効打に、黒い異形が首を仰け反らせて僅かに身をよろめかせる。

 

 だが一夏はそのまま止まらず上昇していく。

 その右手は上に翳され、そこへ何かが落ちてきた。

 先ほど弾かれた、鈴音の双身刀だ。

 一夏は受け止めたそれを両手で保持すると、

 

「フン!!」

 

 切っ先の片方を真下に向けて急下降する。

 当然、その先には黒い異形がいる。

 

 異形が左腕を盾にした瞬間、そこへ勢いよく重厚な刃が突き立てられた。

 両断・貫通までには至らなかったが、切っ先は深々と黒の左腕に埋まっている。

 刃が埋まっている傷口から漏れる火花は、鮮血を彷彿とさせる。

 

 異形が左腕を振るい、刺さった刃ごと一夏を無理矢理引きはがす。

 その勢いで真横に飛ぶ一夏だが、即座に向きを反転、PICの効果で壁を蹴るような反発力を得て、スラスターの推力と併せ高速で斬りかかる。

 

「ゼェアアアッ!!」

 

 突撃による横薙ぎの一撃はしかし素早い挙動によってまたもや回避される。

 歪な巨体に似合わない俊敏さは忌々しくも恐ろしい。

 しかし一夏は歯噛みする間も惜しいと追撃に追撃を重ねていく。

 

「ハァッ!! ムンッ!! ダァッ!!!」

 

 躱されれば刃が通り過ぎる勢いを殺さず、寧ろそのまま加速させる形で刃を回し、場合によっては体ごと回転する。

 その挙動は武器の形状も相まって槍の捌き方に近かった。

 

 やがて避けきれずに受け止められた刃は、それでも先の一撃ほど深くは食い込まない。

 が、受け止められた瞬間に一夏は柄を分割し、二刀にする。

 次の瞬間から繰り出されるのは二刀による二倍以上の手数の連撃だ。

 

「アァアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 強固な装甲を、しかし少しずつ傷付け削っていく。

 そこへ更に、ダメ押しとばかりに追撃が入る。

 

「せいっ!!」 

 

 鈴音だ。

 彼女の手には、回収していたらしい一夏の雪片弐型が握られている。

 最大速度で接近した彼女の一撃を、黒は傷を負った左腕の無事な五指を固めた拳で受け止める。

 刀の質量的な威力不足からか、鈴音の一太刀は通らない。

 

「っの、無駄に硬いわね!!」

 

 愚痴った直後、纏わりつく二人を無理矢理引きはがすように異形が全身のスラスターを噴かせて独楽のように回転する。

 果たして二人は黒い異形から引き離されたが、すぐさま躍り掛かっていく。

 今度は二人、同時の猛攻だ。

 

「ハァアアアアアッ!!」

「てぇやぁああっ!!」

 

 一夏は分割した二刀を用い、体ごとの回転も織り交ぜた剣舞のような連撃。

 鈴音は意外にも堂に入った構えからの剣撃の応酬だ。

 さしもの異形も躱しきることもできず、防戦に入る。

 そして。

 

「「オラァッ!!」」

 

 左腕の傷口に食い込んだ鈴音の刃を、一夏の二刀が押し込んだ。

 バヂリ、という何かが弾ける音が聞こえたかと思うと、傷口を中心に黒の左腕が爆発を起こした。

 その直後、黒い異形は狂ったように肩から砲撃を乱射し、二人は慌てて距離を取る。

 

「―――四回目の攻防で漸く腕一本、か」

「本当に面倒くさい相手ね」

 

 一夏は二刀を連結すると、隣に並んだ鈴音へと渡す。

 彼女もまた、刀の鍔元を握って彼に柄を差し出した。

 互いの武器を返還しながら、鈴音が半眼を一夏に向ける。

 

「ていうか、アタシよりもアタシの武器を格好良く使わないでよ」

「褒めてくれてありがとう。 そういうお前も、もう少し乱暴に使われると思ったんだがな」

 

 一夏の言い草に、彼女は胸を張りながらハン、と鼻を鳴らす。

 

「料理屋の娘を舐めないでよね。 刃物の扱いには慣れてんのよ」

「包丁扱いか」

 

 一瞬、苦笑いを浮かべるがすぐにその表情は引き締まる。

 見据えた先の異形は、破損した左腕など気にした風もなく佇んでいる。

 

「硬く、速く、強力。 ……清々しいほど解かりやすく強いな」

「褒めてる場合? でもまぁ、本当に厄介よね」

 

 鈴音も異形に半眼を向けながら、忌々し気に舌打ちを放つ。

 

「しっかし、少しはなんかリアクション返せっていうの。

 片腕ぶっ壊してあそこまで反応ないと気持ち悪くてしょうがないわ」

「………それなんだが、少し気付いたことがある」

 

 ん?、と彼女が振り向けば、一夏は異形に視線を固定したままさらに続ける。

 

「さっきから何度か顔面……というか目の辺りを狙って攻撃していたんだが」

「さらっとエグい真似してるわね」

「いいから聞け。 ………あのゲテモノ、気にした様子も全くなく直後に反撃してきやがった」

 

 その言葉に、鈴音が目を鋭く細める。

 

 ハイパーセンサーは確かに知覚を全方位に広げる。

 だがそれを使っているのが人間である以上、根本的な感覚は人間のそれに準拠する。

 知覚可能範囲の全てから均等に情報を得るのではなく、焦点を合わせた部分から重点的に情報を取得するという点では生身と変わらないのだ。

 敢えて違いを上げるとすれば、焦点の範囲そのものが広がっていることと、広げられた知覚と機械的なセンサーで焦点以外で起きた事を高いレベルで察知できるということか。

 なんにせよ、ISを纏っている相手にも目潰しじみた攻撃は一時的に怯ませるには充分だ。

 しかし、黒い異形は有効打となったのが一度だけとはいえ、それでも幾度かの視覚への攻撃を受けてしかし揺るぎもしなかったという。

 

「それだけじゃない。 正確に測ったわけじゃないが、恐らく反撃までのタイムラグは全てほぼ同じはずだ」

「―――それって」

 

 一夏が言っていることが正しければ、あの異形が攻撃に転ずる速度はどのような状況でもほぼ同じということ。

 つまり常に最速で自分たちに応じているということだ。

 しかも、恐らくはその時に取りうる最善手で。

 それが本当ならば人間業とは思えない。

 ならば。

 

「人間じゃない―――いや、人間が乗ってないんじゃないか、アイツ」

「無人機、ってこと?」

 

 訊き返して、しかし鈴音はその言葉を信じがたい。

 何故ならISは一夏という例外を除けば女性にしか動かせず、それは取りも直さず人間でなければ起動できないということだ。

 しかし一夏の予測が正しければ、その前提が根本的に崩れることになる。

 

「そんなのってあり得るの?」

「さてな。 だが、研究はどこの国だってしてるだろう?

 この国でも……お前の国でも」

 

 そう言われれば鈴音も黙るしかない。

 彼女自身は関わったことはないが、そういう研究がされていることは聞いたことがあった。

 同時に、研究が遅々として進んでいない分野であるということも。

 無論のこと伏せられている情報も多々あるだろうが、逆を言えばそんな秘匿されるべき代物がこうして表立って出てくるのもおかしい。

 まして実戦に耐えうるレベルに達しているというのなら、猶更のことだ。

 

「じゃあ、なに? あれはどっかの国の研究が実を結んで、なにをとち狂ったのかIS学園に放り込んで暴れさせてるっていうの?」

「もしくは、暴走しているか」

 

 お互い、言っていて違和感が拭えない。

 だがそこで拘泥していても意味がないのも事実だった。

 

「まあ、そこらへんはいいわ。

 ……で、無人機だったらどうだっていうの?」

「その辺りはいろいろあるだろうがな。

 さしあたっては『遠慮なくぶちのめす』が、『遠慮なくぶち壊す』に変わる程度か」

 

 思考を切り替えながら、一夏は愛刀をゆらりと構える。

 現在、相手は先の攻防で片腕を使い物にならなくされている。

 このままやり続ければ勝ち目はある……かのように見える。

 だが、事態はそう楽観的になれるものではなかった。

 

「ところで鈴、お前はあとどれくらい戦える?」

「甲龍の売りは低燃費……って言いたいところだけど、ちょっときついわね。

 アンタの方は?」

「お前と違って燃費は良いほうじゃなくてな」

 

 そう、エネルギー残量だ。

 元より異形との戦いの前から激しい戦闘を交わしていた。

 そこへ更にこの連戦、シールドエネルギーの底が見えてくるのも当然の話だ。

 まして燃費の悪い白式なら何をいわんやである。

 

 故に、狙うべきは短期決戦。

 そしてそれを為すために有効な手立ては一夏の手の中にある。

 

「零落白夜……こいつでなら仕留めきれる」

 

 だが同時に、それは文字通りの諸刃の剣でもある。

 なにせ相手のシールドを無効化し直接相手を切り伏せられる代わりに、その為の刃を自身のシールドエネルギーを削って創り出すのだ。

 既に消耗している現状、まともに使えるのは一度だけだろう。

 

「まさにイチかバチか、だな」

 

 自嘲気味に笑う一夏に、鈴音は呆れて肩を竦める。

 

「―――まったく、刀一本しか武器ないわ他に武器載せられないわ奥の手が殆ど自爆技だわどんだけ縛りプレイ推奨してるのよ、アンタの機体」

「俺に言うな」

「そんなの好き好んで使う奴の気が知れないわ」

「………それ、千冬姉のことなんだが?」

「アタシは何も言ってないわ」

「………まぁいいが」

 

 閑話休題。

 決着をつけるというならば、次の攻撃は必ず打ち込まなければなるまい。

 それも、最大限に威力を発揮した上で。

 

 一夏は己と敵と相棒と戦場を眺め、その情報を吟味した上で案を一つ講じる。

 

「鈴、思いついたことがある」

 

 その内容を聞き、彼女はただの一言で評した。

 

「―――頭おかしいんじゃないの、アンタ」

 

 

 

***

 

 

 

 砲を潰され、装甲を砕かれた左腕から黒煙を放ちつつ、黒い異形……無人機は行動を再開する。

 スラスターを噴かし、眼前の敵を今度こそ粉砕せんと無機質な戦意を駆動させる。

 同時、一夏と鈴音も動き出した。

 

「頼んだぞ、鈴」

「っ、あぁーもぅー!! わかったわよ、このバカっ!!」

 

 有無を言わさずという一夏の態度に対し、自棄になったように鈴音が叫ぶ。

 しかし、言葉に反して二人は無人機へと向かわない。

 ただその立ち位置を変えただけだ。

 

 切っ先を無人機へと真っ直ぐに向けた一夏の後ろに、背面ユニットを展開した鈴音が立つという形に。

 

 それに対し、無人機は距離を詰めることなく右腕と両肩の砲を向ける形で再び停止する。

 自機の損傷が小さくなかったことも原因だろう、不可解な行動を取る敵に対し警戒を強くしたのだ。

 

 こちらの様子を窺うような無人機を睨み、一夏が叫ぶ。

 

「仮想バイパス構築―――やれぇッ!! 鈴!!!」

 

 それに答える形で、鈴音は衝撃砲を展開し、

 

「歯ぁ食いしばりなさいっ!!」

 

 一夏の背に向けて、一切の容赦のない砲撃をぶち込んだ。

 不可視の一撃が、一夏を背から粉砕せんと蹂躙する。

 

「グ、ギィ、ガァアアアアアアアアアア!!!!」

 

 向けた切っ先はそのままに、一夏は喉を逸らせて絶叫する。

 文字通りの衝撃を背に受けて、しかし一夏はその場を微動だにしない。

 

 常軌を逸したと言って過言ではない所業。

 もし相手が無人機ではなく普通の人間だったら、相手の気が狂ったのかと疑っただろう。

 ましてその行動の結果が―――何も起こらない、ただの徒労にしか見えないのなら。

 

「フゥッ……フゥッ……フゥッ……」

 

 いや、徒労ですらないだろう。

 呼吸も荒く首を俯かせている一夏の姿は、満身創痍に他ならない。

 仲間割れというよりは手の込んだ自殺にすら見えるその行動に、無人機は冷徹に判断を下す。

 

 即ち、驚異の薄れた障害とみなしての、排除の決定だ。

 

 無人機は一列に並ぶ二人を諸共に撃ち落とさんと、右腕と両肩の砲に光を漲らせる。

 損傷の影響か、或いは確実に仕留めるための最大出力であるがためか、発射までに若干の溜めを要としていた。

 そしてそれが、一夏と鈴音にとっての最大の勝機となった。

 

「っ!!」

 

 一夏は顔を上げ、カッ、と目を見開く。

 そして腹の底から戦意を漲らせた声を張る。

 

 

「零落白夜、展開! ―――もう一発、やれぇッ!! りぃいいいいいいいんッ!!!」

 

 

 刃金が光の白刃へと変じると同時、鈴音は歯を食いしばった。

 彼女の顔の横にはウィンドウが警告を発している。

 無人機の乱入からダメージを受けていた右の衝撃砲、それがここにきて限界を訴えてきたのだ。

 このまま大出力で放てば、間違いなく自壊する。

 今すぐに停止ないしは出力の見直しを要求してくるそれを、鈴音は無理やり無視した。

 

(―――一夏が体張ってるのよ)

 

 こうして案に乗った今も、正気の沙汰ではないと思っている。

 だが、自分はそれに乗り、彼の期待を得ているのだ。

 ならば、土壇場で弱音を吐くなど許さない。

 

「アタシの相棒なら………根性、見せろォオオオオ!!」

 

 気合一発、一夏の背に先ほど以上の出力で砲撃が放たれ、ついに右のユニットが煙を吹いて弾け、機能を停止する。

 それを受け、一夏は再びの激痛に歯を食いしばり――――

 

 

「ブースト展開、リミット解除―――零落白夜、オーバードライブ!!」

 

 

 ―――受け止めた力と残していた力、その全てを解放した。

 

 

 

***

 

 

 

 ISの操縦技術の一つに【瞬時加速(イグニッション・ブースト)】というものがある。

 大まかに言えば、スラスターから放出したエネルギーをもう一度取り込み、内部で圧縮して放出することによって爆発的な加速を得るという方法である。

 原理で言えば違うが、放出したモノを利用するという点ではジェット機のアフターバーナーに近いかもしれない。

 ISでの戦闘においては使い勝手が良く、だからこそ使いどころの問われる技術だ。

 

 さて、ここで重要なのは瞬時加速は一度外部に放出したエネルギーを取り込むことで発動するという点だ。

 つまり極論を言ってしまえば、外部から取り込むエネルギーは自前ものでなくても構わないということになる。

 今回の一夏が行ったのはまさにそれだ。

 

 純粋な運動エネルギーの塊である衝撃砲の砲弾を取り込み、推力として利用する。

 性質から考えれば、同じ不実体の弾丸である光学兵装よりも相性がいいと言えるだろう。

 だが、あくまでもそれは机上の論理だ。

 今回、背面にエネルギーの通り道である仮想バイパスを急造でこしらえたが、それでもダメージ自体は機体にも一夏自身にも伝わるのだ。

 それを二回分……それも手加減抜きの大出力。

 鈴音の言うとおり、頭の螺子が軒並み外れているとしか思えない考えだ。

 しかし、一夏はその有言実行を成し遂げた。

 

 だが、何故わざわざ鈴音の衝撃砲を利用したのか。

 それには二つ理由がある。

 一つは、通常以上の推力を得るため。

 当然の理屈ではあるが、瞬時加速は取り込んだエネルギー量が発動時の加速と出力に比例する。

 衝撃砲二発分のエネルギーが通常時と比べどれほどであるかなど、語るまでもないだろう。

 

 そしてもう一つ。

 これは先の言葉がすべてを表している。

 ―――零落白夜、そのリミット解除とオーバードライブ。

 つまり自身のエネルギー全てを用いての刃の錬成である。

 その結果生み出されたのは、長大にして分厚い白光の大刀だ。

 

 一夏が己自身を巨大な太刀による刺突へと変じたその瞬間、無人機もまたその暴力を開放する。

 残った三つの砲から放たれる、破壊光の奔流。

 その衝突は文字通りの一瞬―――鬩ぎ合いにすらなることなく、白刃は光を裂いて黒い装甲を深々と貫いた。

 

「オォオオオオオオオオオオオ―――ッ!!!」

 

 切っ先が無人機の背から飛び出てなお進んでも一夏の勢いは止まらず、そのまま諸共に地へと落ちていく。

 その落下の最中、一夏の頭を無人機が半壊している左の手で覆うように握りしめる。

 引きはがすためか、或いは単純に握り潰そうとでもいうのか。

 エネルギーの減少に伴って防御能力の低下ている中、一夏はヘッドセットごと頭蓋が軋むのを自覚する。

 圧痛の中で、それでも一夏の意思は揺るがない。

 

(………鈴に背を叩かれてるんだよ)

 

 彼女は呆れて、正気さえ疑いながらも自分の案に乗った。

 それは、彼女が自分を信じているからに他ならない。

 『織斑 一夏』ならば必ず期待に応える―――必ず、このガラクタを降して勝利を得ることができる。

 そんな、無上の信頼を自分は彼女から受けているのだ。

 ならば、

 

(全身全霊……全力で、応えるだけだ―――!!)

 

 故に、

 

 

「お前は落ちて………裂けろぉおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 刃が上に来るように捩じりながら更に押し込む。

 それとほぼ同時に無人機の背がアリーナの地面に叩きつけられる。

 その衝撃で一夏の頭を掴んでいた手がズレて、ヘッドセットを砕きながら外れる。

 そして一夏の勢いは尚も止まらない。

 

 

「おおおおおおおおおおあああああああああああああああっ!!!」

 

 

 光の刃が、無人機の体を腹から昇って右肩を通り抜けていく。

 突き抜けてなお、一夏は雄叫びとともに深い轍を地に刻みながら刃を振りぬいた。

 

 

 

***

 

 

 

 雪片とスラスター。

 その二つから光が消えたのはほぼ同時だった。

 途端に一夏のあらゆる勢いは消え去り、後には重力と慣性に従った結果のみが残る。

 

「ぐっ、が、がぁあああああ!」

 

 一度二度と地面をバウンドし、そのままアリーナの壁にぶつかるまで地面を削りながら滑っていく。

 止まってみれば、ちょうど壁に背を預けるような形だ。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……」

 

 息を切らせる様子は全力で疾走した直後の犬のようだ。

 ギシギシと軋んでいるのは白式かそれとも彼自身の体か。

 

 と、その時だ。

 ぎ、と離れたところで耳障りな音が聞こえた。

 その音源は、ちょうど顔を上げたその先だ。

 

 

 ぎ、ぎぎぎ。

 ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。

 

 

 見れば、先程引き裂いたはずの無人機が身を起こそうとしている所だった。

 装甲の欠片と電子部品とオイルともしれない液体をまき散らしながら漸く立ち上がった姿は、銀杏の葉のような有様だった。

 右肩から大きく裂け、機械しか詰まっていない断面を晒しながら動くその姿はまさしく亡者のそれだ。

 

 

 ぎぎぎぎぎぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!

 

 

 金属が軋む耳障りな音は、ここにきてようやく発した無人機の聲にも思える。

 それが怨嗟に聞こえるのはただの気のせいか。

 もはや両腕はどちらも動かないようで、ザリザリと引きずりながらゆっくりと一夏へ体を向ける。

 

「…………」

 

 割れ砕けた無機質なレンズを、一夏は無言で睨み返す。

 その視線を受けながら、無人機はバチバチと音を立てて左肩の砲に光を灯す。

 まともに撃てるのかどうかは知らないが、少なくとも現状の一夏に防ぐ術も避ける術も存在しない。

 

「………は」

 

 まともに動くこともできないまま、一夏は肩を揺すって笑いだす。

 気を違えたか、自棄になったか。

 いいや、どちらでもない。

 勝利を確信したのだ。

 

「悪いな。 残飯拾いみたいな真似だが……その辺りは許してくれ」

 

 無人機は構わず……そもそも反応する機能も情緒も存在しないまま砲の光を強めていって―――

 

 

「シメは任せた―――鈴」

 

 

 ―――その砲が、何もできないまま横一文字に両断された。

 

 それを為したのは鈴音だ。

 彼女は無人機の背後に降り立ち、その断面から刃を横に振るったのだ。

 真っ二つにされた砲は、行き場のなくなったエネルギーを暴発させ、左肩から上だけが切り離された無人機を更に首だけに変貌させた。

 くるくると回りながら宙を泳ぐ機会の生首。

 そのひび割れた瞳が最後に映したのは、冷たくも優し気に笑う少女の顔だった。

 

「―――さよなら」

 

 餞別代りの一言を送り、鈴音は無事な左の衝撃砲を射ち放った。

 一夏は、無人機の頭が空中で粉々に砕けるのを見届けてから、漸く意識を手放した。

 

 

 





 とりあえず、今回書いていて分かった教訓。
 一切何も喋らない、叫びもしない敵だと文章に間を持たせるのが大変。
 ぶっちゃけ喋ってるのが一方だけだと、文オンリーの場合、不格好になりかねないんですよね。
 今回、その辺り勉強になりました。

 それはさておき、決着編。
 ……なんか長くてすいません。
 分割しようとも思ったんですが、下手に区切ると盛り下がるかなと思ってそのまま載せました。

 無人機との決着自体は原作と似た感じになっちゃいましたかね。
 実はトドメも原作同様セシリアがやる予定だったのですが、ここは『鈴がやったほうがしっくりくるんじゃね?』ていうのと『というか観客席にいるセシリアに通じる穴開けたら他の生徒も大惨事じゃね?』ていう二つの意見が脳内で出て来たため、こういう形となりました。
 ……おかげでセシリアに「ちょろいもんですわ」って言わせるのはお蔵入りに(爆

 さて、次回でこの章の本編も終了。
 今回の事件のまとめに入ります。
 
 それでは、また明日。


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24:その胸中に宿るもの

 

 

 

 目を覚ました時、世界は朱に染まっていた。

 それが傾いた陽の輝きであることに気付くまで、数秒かかった。

 

(ここは……)

 

 視界に入る天井に見覚えはない。

 だが頭の中で朱を取り払った色が白一色であることと、鼻孔を刺激する消毒液の匂いが医務室であることを強く示していた。

 

「う……づっ!?」

 

 身を起こそうとして、全身くまなく鈍痛が走る。

 僅かに浮いた頭が枕に墜落して、ようやく自分がベッドに寝かされていることに気付く。

 そしてまどろんだ意識が痛みで覚醒すると同時に、怒涛のように記憶が蘇る。

 

 ―――クラス代表戦、鈴音、乱入者、黒い無人機、最後の攻防。

 

 一夏は目を見開いて反射的に起き上がりかけて、

 

「そ……ぐ、づぅう!!」

 

 叶わず、枕に墜落する。

 急な動きに、身体が悲鳴を上げたのだ。

 そんな道化じみた行動を眺めていた者がいた。

 

「―――目が覚めたか、一夏」

 

 千冬だ。

 一夏が軋むような痛みを堪えながら首の動きだけで横を見ると、ベッド脇に椅子で座ってこちらを見下ろす彼女と目が合う。

 その表情は、いつもよりもさらに冷たい。

 

「ち、ふゆねえ?」

「………一夏、お前どんな状態か解かってるか?」

 

 思わず家族としての呼び方をしてしまったが、それに対する反応はない。

 むしろ、彼女の方も今は姉としてここにいるようだ。

 

「極軽度とはいえ、全身打撲だ。 下手をすれば背骨が折れていたかもしれなかったらしいがな。

 運が良くて何よりだ」

 

 内容の割に言葉の響きは酷く堅く冷たい。

 だが一夏は家族としての付き合いの長さから、鉄面皮の裏側で滾っているものを察した。

 有体に言えば――――大変、お怒りになられている。

 正直、無人機など比にならないほどに怖かった。

 

「…………………ごめん」

 

 絞り出すような謝罪に対ししばらく眼力を強めていた千冬だが、やがて大きく息を吐いて肩の力を抜いた。

 その表情には、しかし怒りよりも呆れと安堵が勝っていた。

 

「まったく、遠慮も容赦もいらんとは言ったが……これだったら無茶もいらんと言っておけばよかったな」

「………返す言葉もない……」

「正直、言いたいことは山ほどあったんだが……まあ、無茶をやらせたのはこちらにも責任はあるか」

 

 なにはともあれ、と言って、千冬はおもむろに一夏の頭に手を伸ばす。

 思わずびくりと目をつぶってい仕舞うが、しかしくしゃりと頭を撫でる彼女の手つきは優しいものだった。

 

「お疲れさま、だ。 ………大事が無くて本当に良かったよ」

「―――ありがとう、千冬姉」

 

 そこでようやく一夏は肩の力を抜いた。

 と、その脳裏にあることが引っかかる。

 鈴音と、無人機のことだ。

 

「千冬姉、鈴は? それに、あの機体は」

「不明機に関しては現在調査中だ。 ―――あとはこちらに任せろ」

 

 一夏の言葉を遮りながら、千冬は席を立つ。

 そこには、有無を言わさない言外の迫力が存在した。

 どうやらこの件にこれ以上関わらせるつもりはないようだ。

 と、彼女は小さく笑いながらこちらに背を向ける。

 

「そして鈴に関しては、本人と直接話せばいい」

 

 言って、彼女はベッドを囲っていたカーテンを開く。

 その先にはもう一つのベッドとそこに腰掛けている、

 

「鈴!」

 

 呼ばれた彼女は、どこか照れくさそうに視線を逸らしていた。

 そんな二人を尻目に、千冬はその場を後にする。

 

「それではな。 一夏、今日はこのままここで休んでいろ。

 鈴、話すのはほどほどでな」

 

 そうして医務室から退出して、残された二人に沈黙が降りる。

 それからお互いに何も言わないまま、時間だけが過ぎていく。

 一時間以上にも感じた数分の後、真っ先に口を開いたのは一夏だった。

 

「鈴」

「な、なに?」

「身体の調子はどうだ?」

「え、えぇ。 大丈夫よ。

 この通りピンピンしてるわ」

「そうか」

 

 思わず声を上ずらせながらも、力こぶを作るように腕を曲げて壮健さをアピールする鈴音。

 そんな彼女に、安堵したかのように一夏は小さく笑みをこぼす。

 そうして再び互いが押し黙った後、一夏がポツリと零す。

 

「……悪かったな」

「え?」

 

 何のことかわからないという表情を浮かべる鈴音。

 それに対し、一夏は努めて平静に続ける。

 

「お前が抱えてるもの、気付いてやれなかった」

 

 彼の脳裏に浮かぶのは、鈴音の慟哭だ。

 会えない日々の中で、自分が抱え込ませてしまった不安と恐怖。

 

「あの場ではああ言ったし、その言葉が本心には違いないが……」

 

 同時に、そうさせてしまったのは他でもない自分なのだ。

 その不甲斐なさが、今さらながらに情けなくなる。

 

「だから……」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 と、唐突に鈴音が一夏を止めた。

 見ると、彼女は恥ずかし気に片手で顔を隠していた。

 夕暮れでわかりにくいが、もしかしたら赤くなっているのかもしれない。

 

「そ、それはもういいわよ! ……ぶっちゃけ、一夏に言われたのももっともだったんだし」

「だが」

「それより! アンタこそ身体はどうなのよ?」

 

 強引に話題を変えつつ、鈴音は半目で睨んでくる。

 どうなのかと訊かれれば、答えなど決まり切っていた。

 

「全身くまなく痛い」

「でしょうね。 ……ったく、乗ったアタシが言うもんじゃないけど、無茶にもほどがあるわよ」

「返す言葉もないな」

 

 千冬の言からも実際かなり危険な真似だったのは確かだ。

 それに加担させてしまったことを考えれば、先の話もあって今はどうにも彼女に頭が上がらない。

 

「反省してる?」

「しているよ」

「……でも、どうせ似たようなことになったら同じように無茶するでしょ?」

 

 言葉を詰まらせる一夏に、正鵠を射てしまった鈴音は呆れ交じりに溜息をもらす。

 そして、そういうところも彼らしいと思ってしまう自分もいた。

 

 と、鈴音は腰掛けていたベッドから降りると、千冬と同じように出口へと歩いていく。

 

「鈴?」

「あんまりいると千冬さんの雷が落ちてきそうだし、そろそろ行くわ。

 それじゃあね」

 

 そうして扉に手を掛けて、しかしそこで止まる。

 ややあって、彼女は振り返るとビシリと指差してきた。

 

「そ・れ・と! 言っておくけど、アタシは負けたわけじゃないんだからね!!

 次やるときは、ギッタギタにしてやるんだから!!」

「―――今日日、ギッタギタとかなかなか聞かない言葉だよな」

「うっさいバカ! ―――じゃあ、またね」

 

 最後に、クスリと微笑んで鈴音はその場を後にした。

 一人残された一夏は、医務室の天井を見上げながら沈思する。

 その内容は、無人機のことだ。

 

(調査中って話だが……あの言い草だと、千冬姉はたぶんアレのことを教えてくれる気はなさそうだな)

 

 まあ、仕方がないともいえる。

 教師としても姉としても、これ以上首を突っ込ませる気は毛頭ないということだろう。

 そのことに、しかし焦りや悔しさはなかった。

 何故なら、情報を得る伝手に心当たりがあるからだ。

 

(まあ、それは後ででいいか)

 

 そう考えて、彼は重たくなった瞼を素直に閉じる。

 どうやら睡魔がぶり返してきたようだ。

 

 それから程なくして、静かな寝息だけが医務室の空気を震わせはじめた。

 

 

 

***

 

 

 

 寮への道すがら、鈴は先の戦いを思い返していた。

 一夏と、そして無人機相手の彼との共闘だ。

 その上で彼女は自らを判じた。

 

「……まだ、ちょっと届かないかな」

 

 間近で見た一夏の雄姿を脳裏に浮かべて、思わずそんな言葉を零す。

 たまさか肩を並べることができたが、だからこそまだどこかにある差を感覚として得てしまう。

 だがその瞳には今までと違い不安はない。

 何故ならば。

 

「背中は見えた。 あとは突っ走るだけ」

 

 そう、もう手が届かない遠くのものなどではない。

 後ほんの少しで、本当の意味で同じ場所に立つことができる……彼女はそう確信していた。

 そうすれば、三年前や今日のような無茶に彼を苛まさせることはなくなるはずだ。

 

「待ってなさい、一夏。 すぐに追い抜いて吠え面かかせてやるんだから」

 

 彼女はそんな決意を口にして、足取り軽く歩を速めた。

 その為に、まずやるべきことを頭の中に思い浮かべながら。

 

 

 

***

 

 

 

「ラブリーナースの楯無さん、満を持して登・場!!

 さぁ、治療しちゃうわよ?」

「チェンジで」

「いや、そんなシステムないから」

 

 陽も完全に落ちた夜半、空腹に自然と目が覚めてからしばらく経っての寸劇だ。

 身を起こす一夏の前で笑顔から一転して頬を膨らませているのは、小さな土鍋を乗せた盆を持った楯無だ。

 どうやら夕食を持ってきてくれたようだ。

 また彼女自身が言った通り、何故かその身にナース服を纏っている。

 真っ白なそれは、彼女の起伏に富んだ肢体に張り詰めて否応なしに色気を醸し出している。

 有体に言って、如何わしいお店の看護婦さんにしか見えなかった。

 さすがに、それは口には出さないが。

 

「まったくもう。 そんなこと言うならご飯あげないわよ?」

「悪かった。 けど、ここに持ってきていいのか?」

「大丈夫よ、ちゃんと許可はとってきてるから」

 

 言いつつ、彼女が蓋を開ければ途端に醤油出汁と卵の良い匂いが鼻孔を擽る。

 どうやら雑炊のようだ。

 楯無は盆を傍らに寄せた小さなテーブルに載せると、レンゲで中をかき混ぜてから一匙すくい、ふーふーと息を吹いて程よく冷まし、

 

「はい、あ~ん」

「ちょっと待て」

 

 匙を差し出してくる楯無を、一夏は手で制した。

 そんな彼に、彼女は再び眉を顰める。

 

「なに? ちゃんと食べないと良くならないわよ?」

「わざわざそんなことしなくても自分で食える」

「ダーメ。 まだ体動かずの辛いんでしょう?

 今日くらい甘えなさい。 会長命令よ」

「……職権濫用だな」

 

 軽い調子ながらも引く気はない楯無に、一夏は早々に諦めて従うことにした。

 実際、身体がまだきついことは確かなのだ。

 気恥ずかしいが、その状態で抗い続ける気力もなかった。

 

「それじゃ改めまして……あーん」

 

 再び差し出されたそれを、今度は咥えて中身を咀嚼する。

 まず口の中に広がるのは醤油の風味と、とろみを帯びた米の熱さと甘みだ。

 更に噛みしめれば半熟の卵の優しい味わいに、微かに肉の触感が混じっている。

 どうやら鳥の挽肉を若干加えているようだ。

 雑炊の味わいの邪魔をせず、良いアクセントとなっている。

 じっくり味わって飲み込めば、次に出てくる一言は自然と決まっていた。

 

「美味い」

「そう。 ならどんどん食べてね」

 

 言いつつ、再び匙ですくっては冷まして差し出してくる。

 一夏も、体の痛みに加えて空腹も援軍として加わった衝動に勝てず、あとは黙々とそれに従った。

 

 一夏が鍋の中身をすっかり平らげたのはそれからしばらくのことだ。

 

「ご馳走様」

「お粗末さまでした」

 

 食べた一夏以上にご満悦な様子で微笑む楯無に、一夏は静かな視線を向ける。

 

「なあ、楯無」

「なぁに、一夏」

 

 食後のデザートとでもいうのか、今度はリンゴを取り出して剥いていく。

 その手つきは慣れているのか危うさは欠片もない。

 鼻歌を交じりに極薄極細の赤い帯を延々と作っていく楯無に、一夏は問う。

 

 

「―――無人機についてなにか解かったか?」

 

 

 プツリ、とリンゴの皮が千切れた。

 しかし楯無はすぐさま皮むきを再開する。

 

「なんのことかしら?」

「とりあえず、わざとらしく動揺を隠してるふりはやめろ。

 どの道、それを話すつもりでここに来たんだろうが」

「……ちぇー、ノリ悪いの」

 

 唇を尖らせて拗ねる楯無だが、それが一夏の言が正しいことを示していた。

 その様子に、一夏は内心で溜息を吐く。

 

 楯無は八分割したリンゴの二つに爪楊枝を差していく。

 うち一つは彼女自身が手に取った。

 

「ほら、途中で変なこと言うから間違って全部剥いちゃったじゃない。

 本当ならウサギさん作るつもりだったのに」

「知るか。 それより、情報」

 

 一夏もリンゴを摘まみつつ催促する。

 楯無はやや不満げだったが、表情を若干引き締めて本題に入った。

 

「………とりあえず、犯人に繋がることは何一つ出なかったようよ。

 なにせ、機体に使われてたパーツどころかISコアまで未登録のモノだって話だから。

 まぁ、おかげで違う意味で大騒ぎみたいだけど」

 

 彼女は、恐らくは学校どころか国際的にも最高機密に分類されるだろう情報を世間話のように披露していく。

 知っているだろうと確信していた一夏だが、実際に目の前で話されると戦慄を覚えずにはいられなかった。

 だが、それは今は捨て置く。

 考えるべきことは別にあるからだ。

 

 無人機を誰が作ったか。

 何の目的で送り込んできたか。

 ―――そんなことは今はどうでもいい。

 それは学園側がすでに調べ始めているだろう。

 それよりも気になることが別にある。

 

「楯無、一ついいか? コアの方も未登録なんだよな」

「えぇ、もっとも一夏の攻撃のせいで損傷してるから今のままだと使えないようだけど」

「それでも未登録だと解る程度には原形が残ってるか……」

「一夏?」

 

 思考に更け始める一夏に、楯無が訝し気に首を傾げる。

 すると、彼は思い出すように呟く。

 

「………あの時、無人機は最後までこちらを狙ってた。

 それこそ、帰還不能で殆どスクラップになってる状態でも」

「でも、無人兵器なら壊れるまで動き続けてもおかしく……いや、違う」

 

 言っていて違和感に気付いたのか、彼女は真剣な面持ちで口元に手を当てる。

 やがて得心して頷き始める。

 

「……不自然ね、無人機だって言うならなおさら」

「気付いたか」

「たった今ね」

 

 一夏に切り裂かれた無人機は、ボロボロの体を引きずってそれでも一夏を撃たんとしていた。

 それ自体はおかしくない、機械であるならば壊れるまで目的を果たさんと動き続けるのは当然のことだ。

 問題は、どうしようもなく壊れてもなお目的が変わらなかったことだ。

 

「どうあがいても帰還不能な状態に陥ったのに、証拠隠滅の類は一切なかったってことだよな」

 

 そう、彼らが引っかかったのはその部分だ。

 

 あの無人機はどう考えても秘匿されているべき代物だ。

 ISの無人操縦技術に、未登録のコア。

 その上でアリーナのシールドを簡単に破る攻撃力。

 そのほかの機能も破格といって差し支えない。

 控えめに言っても最高機密として扱われてしかるべきだ。

 

「正味、俺は最後の一太刀の後に自爆するモノだと思ってたんだがな」

「……ねぇ、それ巻き込まれてたらどうするつもりだったの?」

「シールドエネルギーが切れてても、絶対防御のほうで防ぎきれると踏んでたからな。

 証拠隠滅が目的なら、下手に破片をまき散らすような大きな爆発じゃなく、徹底的に内部を破壊するようなものにするだろうしな」

 

 だが、現実にはそうならなかった。

 ISのコアが未登録であると判断されたなら、そちらにも強酸などによる自壊措置はされていなかったということだ。

 これが意味するものはなにか。

 

 破壊されるとは思っていなかったから処置を施していなかった?

 そもそもそんな発想も出てこないようなおめでたい頭の持ち主だった?

 ―――そんな楽観に意味はない。

 いま必要なのは対策を練るために必要な悲観的な予測だ。

 そして二人は、考えうる最悪の方向性を口に出す。

 

「すでに量産の目途が立っているから、一機を調査される程度なら今更構わないか」

「発展機の開発が順調だから、旧式を使いつぶすのに躊躇がないか」

 

 

「「―――或いは、その両方か」」

 

 

 沈黙が続くこと暫く、リンゴを摘まむシャリシャリという音が静かに響く。

 やがてリンゴが片付いたころ、楯無が深く息を吐きつつ天井を仰ぐ。

 

「でも、それにしたって証拠隠滅しない理由が解らないわね。

 そうしたほうが、こっちを混乱させられるでしょうに」

 

 楯無の言うとおりだった。

 

 仮に無人機が自爆し、コアを含めてあらゆる証拠が焼失したとしよう。

 その場合、コアが未登録のものであるという推測に至るだけでも長い時間を必要としただろう。

 ISのコアはすでに世界中に散っており、使われていないものに関しても各国が厳重に管理している。

 登録されているコアの消息を調べ、その裏取りをするだけでもどれだけかかるか分かったものではない。

 情報の混乱というだけなら、それだけでもかなりの効果が期待できるのだ。

 同じ『何もわからない』でも、『最初から何もわからない』というのと『何がわからないかわからないところから始める』のでは雲泥の差だ。

 

 そういった利点を捨てても物証をわざと残す理由が理解できなかった。

 

「それこそ愉快犯か……でなかったら」

「警告、か」

「やっぱりそうなるかしらね」

 

 つまり、今日のようなことがこれからも起きるかもしれないということだ。

 先に待ち受けているかもしれない苦労に、二人して疲れそうな思いに駆られる。

 

「とりあえず、その辺りのこともこっちからそれとなく報告しておくわ。

 ……つらいところ悪かったわね」

「いや、こっちが頼んだことだ。 むしろ礼を言う」

「なら、今日はもう休みなさいな」

 

 そう言って笑いかけながら、楯無は鍋や皿などを片付けてまとめていく。

 そして盆に乗せたそれを持って立ち上がると、医務室を後にしようとする。

 その去り際、顔だけ振り返ると、

 

「一夏、今日はご苦労様。 ……でも、無茶もほどほどになさいね」

 

 それだけ言い残して、今度こそ去っていった。

 後に残った一夏は、しばらく見送るように扉を眺めていたが、やがて改めてベッドに身を沈める。

 白い天井を見つめながら、思うのは今回の事件の心当たりだ。

 

 そう、彼は今回の事件を引き起こしうる人間として真っ先に思い浮かんだ顔があった。

 おそらくは楯無も最も高い可能性として考慮していただろうが、それを口に出さなかったのは彼女なりの配慮か。

 一夏はそれでも、疑念を振り払うことはできなかった。

 

(今回のこと、貴女の仕業なのか……?)

 

 ISの無人機を作り出す技術力。

 未登録のコアを所持していもおかしくない存在。

 それでいて証拠隠滅を考慮しないちぐはぐな行動。

 それら全てに該当しうる者。

 

(―――束さん)

 

 幼馴染の姉で、姉の親友で、ISを生み出した稀代の天才。

 その名を思い浮かべながら、彼は言いようのない想いを胸の内にわだかまらせていた。

 

 

 

***

 

 

 

 暗くなった廊下を歩くナース姿の楯無。

 彼女はふと盆に乗った鍋を軽く上下する。

 

「―――フフ」

 

 行きと比べ、手製の雑炊がなくなった分だけ軽くなったその事実に思わず笑みを零す。

 年相応の、花咲くような笑みを浮かべる楯無。

 彼女は軽い足取りで、非常に機嫌のよい様子で帰路についた。

 

 

 

***

 

 

 

 しばらく後。

 無事に授業に復帰した一夏は、ある昼休みに呼び出された。

 呼び出したのは鈴音だ。

 その手には、二人分の弁当の包みがに抱えられている。

 

「頼んだわけでもないのに飯作ってきてくれて悪いな」

「いいのよ。 誘ったのはこっちだもの」

 

 ちなみに、誘う際に一夏の教室でちょっとした騒ぎになったのだがそれは余談だ。

 二人は学食ではなく、屋上へと足を運んでいた。

 この日は天気も良く、春らしい温かく過ごしやすい陽気だった。

 丸テーブルはすでにいくつか埋まっていたが、どうにか空いている一つを確保することができた。

 

「それじゃ、御開帳っと」

 

 鈴音はそう言いつつ、包みを広げ、弁当箱の蓋を開ける。

 中には、ゴマの振られた白く輝くご飯に、色取り取りの副菜、そして主菜として盛られているのは、

 

「へぇ、酢豚か」

 

 豚肉や色とりどりの野菜がぶつ切りに炒められ、赤みがかった煌きを魅せている。

 その彩りと冷めてもなお微かに鼻腔をくすぐる香りが否応なしに胃を刺激する。

 

「それじゃ、ありがたく。 いただきます」

 

 手を合わせてそう言うと、さっそく酢豚に手を伸ばす。

 それを摘まんで頬張り、味わう。

 と、一夏は唐突に懐かしさを感じた。

 それは彼がよく知っている味付けだったからだ。

 

「これ……親父さんのと同じ?」

「そうよ。 うまくできてるでしょ」

 

 思わずといった一夏の反応に、鈴音が満足げに微笑む。

 彼女の自信を証明するかのように、美味さと懐かしさで一夏の箸は進んでいる。

 

「ああ、昔よくご馳走になってた味だな」

「ふふん、結構苦労したんだからね。

 ……まあ、最後のコツはお父さんに聞いたんだけど」

 

 と、一夏の箸がピタリと止まる。

 彼女の言葉の意味は、つまりそういうことだ。

 

「そうか……親父さん、元気そうだったか?」

「ええ、アンタにもよろしくってさ」

 

 歯を見せて笑う彼女に、もはや陰は見えない。

 そんな姿に、一夏はようやく胸の内にのしかかっていた荷物が降りた気がした。

 

「そうか。 よかったな、鈴」

「うん!」

 

 そうして、一夏は改めて食事を再開する。

 甘酢餡を纏った香ばしい豚肉やシャキシャキとした食感の野菜を味わい、副菜を摘まみつつ米を食む。

 それらを美味と堪能しながら、何気なくつぶやいた。

 

 

「これだったら毎日食いたいくらいだな」

 

 

 瞬間、同じく弁当を食べていた鈴音が盛大に喉を詰まらせた。

 涙目になりながら、乙女のプライドで醜態を抑えながらどうにかお茶で流し込む。

 

「大丈夫か? どうした、いきなり」

「だ、誰のせいだと……!!」

 

 せき込みながら睨むが、心当たりがないといった様子で首を傾げる一夏に、鈴音は盛大な溜息とともに脱力する。

 どうしたのだろうかと困惑する一夏に、鈴音は半ばヤケになりながら舌を出す。

 

「なんでもないわよ! ―――バカ一夏!!」

 

 

 

 ―――いつか過ごしていた日々。

 それと同じようなやり取りの中に自分がいる。

 鈴音はそうしてようやく自分が一夏の傍に帰ってこれたのだという実感を噛みしめていた。

 

 

 

***

 

 

 

 弁当を平らげ、まったりと食後の休みを堪能していた時。

 ふと、一夏が気づいたようにスマホを取り出した。

 

「どうしたの?」

「いや、メールが来たみたいでな。

 ………へぇ」

 

 操作して、浮かべた彼の笑顔に鈴音は眉根を寄せた。

 薄い胸に疼くものを感じたのだ。

 

「なにかあったの?」

「ん? いやな……っと!?」

 

 鈴音に答えようとした直後、一夏の手の中でスマホが震えだす。

 どうやらまたメールのようだ。

 同じように彼が中を見たその時、

 

「マジか」

 

 軽い、驚きのようなものを得ていた。

 同時に、鈴音の胸騒ぎも増している。

 

「―――ねぇ、いったいどうしたの?」

 

 知らず、声が平坦になっているのを自覚しながら問いただす。

 すると一夏はなんでもないといった風にこう答えた。

 

 

「いや、同じ内容のメールが連続してきたからちょっと驚いてな。

 ―――知り合いのドイツとフランスの候補生が、こっちに編入してくるらしい」

 

 

 その時。

 鈴音は、新たな嵐が巻き起こる未来予知的な確信を得ていた。

 主に恋する乙女的な意味合いで。

 

 

 

 







 いつだったか、鈴は酢豚じゃないといったな。
 あれは(ある意味)嘘だ。
 ……や、ぶっちゃけこのやり取りは割と予定外でしたが、個人的にはいい感じじゃないかと思うがどうでしょう?ダメ?

 で、ここでぶっちゃけ裏話。
 実は、セシリア戦終了時には鈴はすでに親父さんと電話してた予定だったんです。
 なんでそれがなくなったかというと、単純にその辺り描写し忘れてたまま投稿しちゃったっていう……間抜けですね、ハイ。
 まぁその分、第二章に含みを持たせられた気もするので結果オーライということにしてください(土下座

 楯無と一夏の無人機に対する考察に関しては、実際に戦った人間だからこそでてくる疑問と推察を出せればなと思って書きました。

 さて、この章も次回の幕間で終わり。
 第三章は原作とだいぶ違うことになる予定ですので、楽しみにしていただければなと思います。

 それでは、また明日。


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幕間:不変と変化、かつてと今

 

 

 

 波乱ばかりだったクラス対抗戦からしばらく経ったある休日。

 篠ノ之 箒は、思わず固まっていた。

 

「ん? どうした、箒」

 

 一夏が訝しげに尋ねるが、彼女は答えない。

 まぁ、固まった原因から問われれば仕方がないともいえるが。

 

 今の一夏は、寝間着とも制服とも違い、なぜかスーツを纏っていた。

 下手な皺の寄っていない、折り目正しい着こなしは常よりも彼を年上のように見せていた。

 また、整髪料で固められたらしい頭髪は後ろに流され、さらには顔に伊達らしい眼鏡を掛けている。

 傍らには羽織るつもりだろう薄手のコートが見え、総じて彼を知的で落ち着いた雰囲気の大人の男として演出していた。

 

 想い人の不意打ちともいえる出で立ちに、ようやく再起動した箒はしかし顔を真っ赤に染めている。

 

「い、一夏? その恰好は……?」

 

 と、問うたその時、ドアをノックする音が聞こえた。

 

「来たか? どうぞ」

 

 答えると、入ってきたのは鈴音だった。

 

「お邪魔するわよ。 一夏、準備できた―――」

 

 そんな彼女も、一夏を見て固まった。

 理由は箒と同じだろうが、そんな彼女も普段とは装いを違えていた。

 

 いつもは二つに纏められている髪は後ろのほうで一つに束ねられ、それだけで既に印象を大きく変えている。

 纏っているのは淡い色合いで裾の長いワンピースで、そこからさらにショールを羽織っている。

 そして顔には、

 

「―――いや、似合わないな。 サングラス」

「う、うっさいわね!?」

 

 一夏の感想に強制的に再起動した鈴音が吠える。

 おそらく赤いだろう顔は、武骨なサングラスで隠れていた。

 サイズが合わないのか、少しずり落ちている。

 

 一夏は軽く息を吐くと、彼女のサングラスを摘まみ上げた。

 

「ちょ、ちょっと」

「お前はこっち使え。 これは俺が代わりに使うから」

 

 そう言って自分の伊達眼鏡をを押し付けて、自分は改めてサングラスを装着した。

 

「………な、なんかインテリヤクザみたいになったわね」

「やかましい。 フーさんもそろそろ来るだろうし、待たせると悪いからそろそろ行くぞ」

「わかってるわよ」

「ちょ、ちょっと待て。 二人ともどこに行くんだ?」

 

 二人はそう言いあって、部屋を後にしようとする。

 それに待ったをかけるのは箒だ。

 不躾とは思いつつも、彼女は恋する乙女心的な危機感から思わず声をあげてしまった。

 それに対し、振り返った鈴音の表情は若干苦い。

 

「心配しなくても、箒が勘ぐってるようなことじゃないわよ。

 ………残念だけど」

 

 小声を付け足した鈴音に、困惑する箒。

 そんな彼女に、一夏も振り返って答えた。

 

 

 

「墓参りさ。 ―――三年越しのな」

 

 

 

***

 

 

 

 ある大型橋梁……その出入り口の片側に、二人の少年が立っていた。

 高校生ぐらいだろうか、二人とも片手に小さな花束を携えている。

 二人のうちの片方、頭にバンダナを巻いた少年がせわしなく車の行き交う橋をおもむろに見上げた。

 その雄々しくさえある威容に、三年前に阿鼻叫喚の巷となった面影は完全に消えていた。

 

 視線を目の前に戻せば、そこには設けられた献花台からはみ出るほどの大量の花束と供え物が納められている。

 それを眺め、バンダナの少年……弾は、しみじみと呟いた。

 

「思ってたよりも、結構多いな」

「もう三年……されどまだ三年、ってことなんだろうな」

 

 隣の少年も、同じように呟く。

 彼の名は、【御手洗 数馬】。

 弾と同じ高校に通い、そして一夏や鈴音と中学時代を共にした友人だ。

 つまり三年前の被害者の一人でもある。

 

「あの事件からみんな変わっちゃったよなぁ……一夏を中心に」

「そうだな」

 

 二人の脳裏に浮かぶのは、事件後の周りの人間だ。

 一夏がISを動かせると知った周囲の人間の反応は大きく二つに分かれた。

 徹底的に避けるか、或いはすり寄るかだ。

 前者は、事件の原因に一夏が関わっているのではと勘繰り、それでなくとも騒動を嫌って関わり合いになるのを避けた者たち。

 こちらに関しては、仕方がないとも言える。

 それほどまでにあの事件の影は大きく、凄惨だったのだ。

 後者は、単純に即物的な者たちだ。

 特別な人間に近づくことでそこから何かの恩恵を得られると思ったのか、一夏を持て囃し、取り巻きのような存在になろうとした連中だ。

 その二つは、時間を置くにつれてその傾向が強くなっていった。

 結果として、当時の人間で一夏と親しい人間はごく僅かだ。

 そのごく僅かの一人が、数馬だった。

 

「今だから思うが、変わらなかった数馬はすげぇと思うよ。

 ―――少なくとも、離れていった俺よりかはな」

 

 自重するように呟く弾。

 その言葉通り、事件が起きてからすぐの弾は一夏と距離を置いていた。

 といっても、他の者のように彼を忌んでではない。

 男でただ一人ISを動かせるという特異性、そこから派生する数多の事柄に、心の整理が追い付かなかったのだ。

 

 そんな彼からすれば、変わらずに一夏と接し続けた数馬の存在は眩しいほどだった。

 だが、その賞賛に数馬の顔は苦い。

 

「いいや。 俺はただ、変わっていく周りが気持ち悪く見えただけなんだよ」

 

 変貌ともいえる一夏に対する対応。

 それを目の当たりにして、数馬はそんな周りの在り様がとてつもなく穢れたものに感じた。

 それこそ、弾すらもその対象だった。

 そしてそんな者になり果てたくはない……数馬が一夏との関係を変えなかった理由はそこに尽きた。

 だからこそ、彼は思う。

 

「本当にすごいのは……変わった後、さらに変わったお前だよ」

 

 その言葉に、弾としてはどうにも言いようがない。

 彼からすれば、ただの意地のようなものなのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 一夏と距離を置いてしばらく。

 何度目かの留学の後に、ふと弾は人に囲まれている一夏の顔を見て……唖然とした。

 

 ―――死人よりも生気の失せた、人形の貌。

 弾が抱いたその時の一夏の印象がそれだった。

 

 表情が変わらないわけではない。

 特別暗いわけでもない。

 だが、自分が知っている快活さはそこには消え失せていた。

 それを周りにいるモノは気にしない。

 そも気づいている様子すらなく、へらへらと笑っていた。

 そんな連中を思わず殴り飛ばしたくなって、ふと気づく。

 

 ―――今こうして見てる自分も、結局は同類なのだと。

 

「俺はただ、馬鹿だった自分を一番殴り飛ばしたかっただけだ」

 

 己の勝手で離れておきながら、己の都合ですり寄る連中に腹を立てる。

 目から出ようが耳から出ようが、糞は糞なのだという事実に愕然とした。

 

 それを思い知ったその日のうちに、弾は祖父に土下座した。

 事情を聴いた祖父は、弾の頭に一度だけ拳を落としてから豪快に笑った。

 

『おう、とりあえず辛気臭ぇツラはなくなったみたいだな』

 

 それから留学を一度挟み、その帰国直後。

 たまたま連絡の取れた風玄からの情報で、弾は空港で彼を出迎えた。

 その時の一夏の呆気にとられた表情は、今でも忘れない。

 

 そのまま強引に実家の食堂に連れてきた弾は、そこで一夏に定食を作った。

 祖父に修行をつけてもらって、まともに一膳作るのはそれが初めてだった。

 今思い出せば、未熟さばかりが目立つ酷い出来だったと思う。

 それでもどうにか完成させると、それを目の前に置いて言い放った。

 

『これから、この店でお前に作る飯は全部俺が作る。

 ―――だからお前は日本に帰ってきたらまずウチに寄れ』

 

 我ながら、馬鹿で強引な言い草だったと思う。

 だが一夏はしばらく呆気に取られて硬直した後、吹き出した。

 そして自分が知っている馬鹿面でひとしきり爆笑した後、

 

『ああ、わかった。 ―――よろしく頼むわ』

 

 そう口にした一夏の瞳に涙が浮かんでいたのは……まあ、笑いすぎたんだろう。

 その後、今度は二人して爆笑して、『やかましい! 黙って食え!!』と祖父の鉄拳を揃って堪能させられたのまあ、いろんな意味で痛い思い出だ。

 

 

 

***

 

 

 

「………本当、大したことじゃねぇよ」

 

 当時の出来事を一通り回想して、そのアホさ加減にげんなりとする。

 そんな弾に苦笑を浮かべつつ、数馬は遠い目を彼方に向けた。

 

「でも、それでお前は踏み出せた。

 だからきっと、これからもアイツと長く付き合っていけるんだろう」

「数馬?」

 

 数馬の言わんとすることを図りかねたのか、弾が戸惑いの声を上げる。

 数馬はさらに続ける。

 

「俺は周りが変わるのが気持ち悪くて、変わらない己でいようと思った。

 けどさ、結局それって要は距離取って付き合うっていうのと同じなんだよ」

 

 数馬がそれに気づいたのは、弾が一夏とかつてのように……いや、それ以上に確かな絆を紡いだのだと分かったときだ。

 自分は変わらぬ己で一夏と接して、それで一番彼と対等でいるつもりになっていた。

 だが、結局自分は変わらないだけで、そこから彼のために一歩踏み出すことはできなかったのだ。

 

 ―――自分が一番彼のためになっているという傲慢な自負。

 数馬は自分がそう思っていたことを自覚して、そしてそれがただ単に距離を取って都合よく付き合っていただけなのだと自覚して、何よりも自分が汚らしく感じた。

 

「結局さ……俺も、自分が可愛いだけだったんだよ」

 

 だから、踏み出さなかった。

 変わらない自分は素晴らしいと、酔っ払っていた。

 自分が汚らわしいと思っていたものと同じ汚物に過ぎなかったのだ。

 そんな自分は、結局それだけの関係にしかならない。

 数馬はそんな告白をして、ついに居た堪れなくなった。

 

「っ!」

 

 思わず、その場を後にしようと駆け出―――

 

 

「アホかお前」

 

 

 ―――す前に、襟首つかまれた上で後頭部に手刀を落とされた。

 

「あた!?」

 

 思わず頭を抑えて振り返れば、そこには呆れた表情の弾がいた。

 彼は振り返った数馬の顔を見て、わざとらしく盛大に溜息をまき散らす。

 予想外の反応に、数馬が戸惑っていると弾はその鼻っ柱に指を突きつける。

 

「要するによ、俺もお前も結局はただの馬鹿だったっていうオチだろうが。

 いや、一夏のやつも馬鹿だからバカトリオか」

「な、な?」

 

 困惑する数馬に、弾は力を抜いた笑みを見せる。

 

「いいじゃねえかよ。 結局、馬鹿だった自分に気づいた時期が違うってだけだろう?

 ならこれから変えていきゃいい。 学校が違うなんざ些細なもんさ。

 大体、そう思ってなかったらそんなに思いつめたりしねえだろ?」

「だ、だけど」

「それによ」

 

 数馬の言葉を遮って、弾は笑って続けた。

 

「結局、そのあともずっと一緒だったろうが。

 まぁ、鈴のやつは鈴のやつで大変だったみたいだが……まあ、あっちは一夏のやつが何とかしたらしいしな。

 ……楽しくなけりゃ、お前がどうあれ俺たちが付き合ってるわけないだろうが」

「―――っ」

 

 言葉が詰まって、出なかった。

 俯いて、震えそうになる喉からどうにかようやく絞り出す。

 

「………いいのかな、それで」

「いいんじゃねえの? ま、それをアイツに言うかはお前の自由さ。

 それによ」

 

 そこで弾は言葉をいったん区切り、数馬を引き寄せて肩を組む。

 

「変わらないお前の存在に、一夏は確かに救われてたんだ。

 そこだけは、胸張れ。 俺にはできなかったことなんだからよ」

「弾……」

 

 数馬は、しばらく呆けたように弾を見つめ、そして脱力するかのように笑った。

 その表情は、憑き物が落ちたようにも見える。

 

「ありがとうな」

「おう」

 

 数馬は礼を言い、弾はそれを受け取った。

 その時だった。

 彼らに後ろから声をかける者が現れる。

 

「―――なに男二人でいちゃついてんだ、お前ら?」

 

 ん?、と二人が声を揃えて振り返る。

 直後。

 

 

「「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」」

 

 

 肩を組んだまま、指を差して爆笑する。

 その指の先には、スーツにサングラスの一夏の姿が。

 

「お、おま、お前、それ……どっからどうみても!!」

「ア、アハ、アハハハハ………どこの若頭だよそれ……!!」

「―――テメェら、まとめて叩っ切られたいか」

 

 腹を抱え始める二人に、一夏(ヤクザフォーム)は底冷えした声を放つ。

 今にも「ちょっとそこの海に沈してもらおうか」とか言い出しかねない雰囲気だ。

 さすがに二人も悪いと思ったのか、息も絶え絶えの状態で手を振った。

 

「ああ、悪い悪い……で、そっちは鈴か」

「へぇ、似合ってるじゃん」

 

 そう言って二人は再び肩を組んで親指を上げ、

 

「「まさに―――」」

「馬子にも衣裳、とかヌかしたらツープラントンでタタキにするわよ?」

 

 ニッコリ笑顔にガチの声音で釘を刺されれば、さしもの二人も親指と言葉を下げざるを得なかった。

 そんな彼らを眺めながら、楽しげに笑うのは風玄だ。

 

「いやあ、若い子は元気だねぇ」

「あ、ども」

「お久しぶりです」

 

 遅ればせながら頭を下げる二人に、風玄は気にしないでいいと手を振る。

 そしてやはり漏れる笑いをこらえつつ、再び一夏のほうを向く。

 

「というかお前、その恰好どうしたんだよ」

「どうしたって変装だよ。

 俺も鈴も、割と有名人だからな」

「にしたって……そのグラサンは」

 

 再び吹き出す二人に、そのサングラスの元々の持ち主である鈴音のほうが不穏な空気を出し始める。

 が、それが爆発する前に風玄がパンパンと手をたたいた。

 

「はいはい。 久しぶりではしゃぐのはわかるけど、これ以上目立つ前に済ませようか」

 

 言って、脇に挟んだ花束を改めて手で掲げた。

 同じような花束は、一夏も鈴音も手にしている。

 

 一同は表情を引き締め、それぞれ一人ずつ花束を捧げた。

 そして火を付けた線香を置き、揃って手を合わせて冥福を祈る。

 一夏や鈴音がこうしてここに手を合わせに来るのは、実は今日が初めてだった。

 理由は単純で、二人とも留学や転校などでそれどころではなかったからだ。

 

 三年越しの祈りに、何を思ったのか。

 数分ほど時間をかけた後、皆がほぼ同時に合掌を解く。

 

「さて。 ……一夏、このあと暇か?」

「ん? まぁそうだが」

「それじゃあ、この場の全員でカラオケにでも行くか」

「いいな、それ」

 

 一夏は弾の提案に嬉しそうに笑う。

 その横で、鈴音が自信ありげに胸を張る。

 

「ふふーん。 あたしの美声に酔いしれるがいいわ」

「フーさんもご一緒にどうですか?」

「おや、いいのかい? 若い子に交じって歌うってのもちょっと恥ずかしいな」

「って聞きなさいよ!!」

 

 わいわいと賑わいながらその場を離れる中、数馬だけが踏みとどまる。

 そんな彼を一夏と弾が同時に振り返り、

 

「「なにしてんだ、行こうぜ数馬」」

「―――ああ!」

 

 答えて、数馬は一歩を踏み出した。

 その足取りは、迷いを振り払ったかのように力強い。

 

 

 

 献花台の上で、花が風に揺れている。

 かつての悲劇も後悔も拭えない。

 悔恨や嘆きが作った影も消えはしない。

 それでも、それら全てを抱いて世界は今日も進んでいる。

 

 

 






 悲報:これ以降の数馬の出番、予定なし

 ぶっちゃけ、原作でも弾より出番ないので絡ませる余地があんまりなかったり……まあ、なんかネタ出てくるかもしれないので未定ですが。

 ちなみに一夏のスーツネタは実は7巻の取材ネタの時に使おうとも思ってたんですが、散々迷って今回着させることに。
 ……取材のときはなに着させるかな……(そこまでいけるか未定ですが

 あと、弾が一夏に飯作る経緯の話ですが、実は連載前の予定だとここら辺は虚さんに文化祭のときに語る予定だったんですよね。
 ……だ、大丈夫だよ、ちゃんと虚さんとの絡み書くから。
 具体的には次章の幕間辺りで!(予定は未定)

 さて、数馬の話ですが……ぶっちゃいけ書いてて予想外なオチに行ってしまってたり。
 本当は自分は変われなかったから弾と違ってこのまま付き合いがフェードアウトしていくんだよ的なことを言う予定のはずだったのですが……なんか弾のやつが勝手に動きましたね(ェー

 というか、今回割と急いで作ったので粗が目立つ出来になった気が……
 うう、精進します。

 そういえば、今回の更新でお気に入りの部分でマイナスになってるのがそこそこ見られたのはやっぱり初日の『百合苦手』発言で反感かってしまったんだろうか……
 修正しようとも思いましたが、今後のスタンスのことにも言及していますので、自戒もかねてあえてそのままで。
 ……ご意見ありましたら真摯にお応えしようと思います。

 さて、書き溜めもなくなったので次の投稿はかなり後になると思いますが次回からは新章です。
 いよいよあの二人が登場。
 前回のあとがきでも言いましたが、たぶんだいぶ原作とは違う感じになる予定なので楽しみにしていただけたらありがたいです。

 それでは、今回はこの辺で。
 寒くなってきましたが、皆さまお体にお気を付けください。


 追伸:ぶっちゃけ各話のサブタイ考えるのが一番苦労したりする(汗
 追伸その2:艦これイベ、E3丙クリア。 よっしゃ。


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四:学年別タッグトーナメントと踏み出す一歩
25:フランスとドイツのそれぞれの団欒


 

 

 

 

 ―――フランス、パリ。

 その一角に建つ豪邸のとある一室で、三人の男女が席を同じくしていた。

 一人は、おそらくは豪邸の主だろう壮年の男。

 顎髭を蓄えたその風貌は険しく、自他に対する厳しさをよく表していた。

 彼の名は【アルベール=デュノア】。

 フランスが世界に誇る第二世代量産型ISの傑作機【ラファールリヴァイブ】を各国に提供する大企業の社長を務めている。

 

 彼の隣に座っているのはその正妻である【ロゼンダ=デュノア】。

 彼女は気品にあふれた所作で、優雅に茶を喫している。

 その後ろには老年の執事が控えていた。

 

 そしてアルベールの体面に座るのは、十代半ばほどの少女だ。

 やや癖のある長い金髪を後ろで一つに纏めていて、顔立ちはやや中性的ながらも整っている。

 笑えば花が咲くような美貌だが、しかし今は何の感情も伺えない。

 少女の名は【シャルロット=デュノア】。

 姓から察せられるとおりアルベールの実子であり、しかしロゼンダとは血の繋がりはない。

 つまりは、道ならぬ想いの果てに生まれた子だ。

 

 そんな彼らの間に流れる空気は、ひどく張りつめている。

 

「シャルロット」

「………はい」

 

 娘の名を呼ぶ声は、しかし重く固い。

 それに対する少女の返事も、表情同様に感情を感じさせないものだ。

 その様子は、それだけで親子の会話というものとは明らかにかけ離れている。

 

「こちらの用意は整った。 そちらはIS学園に行く準備は済んでいるか?」

「はい、既に」

「そうか」

 

 頷きつつ、アルベールは続ける。

 場の空気はやはり重く、そんな中でロゼンダは我関せずとばかりにカップを傾けている。

 

「だが、反社長派の横槍は思った以上に大きくてな。

 お前の専用機になる予定の第三世代『コスモス』のロールアウトは年末近くまでずれ込みそうだ」

「そうですか」

 

 そこに関心はないといったシャルロットの反応に、アルベールの眉がわずかにピクリと動くが、それだけだ。

 

「………それまでは今使っている【Type:C-2】を引き続き使え」

「解りました」

 

 【Type:C-2】……登録名称【ラファールリヴァイブ・カスタムⅡ】はシャルロット用に調整されたラファールリヴァイブのカスタム機だ。

 彼女に合わせてシステム周りや武装レイアウトが大幅に変更されており、総合的な性能は初期型の第三世代に勝るとも劣らない。

 そして彼女はそれを十全以上に使いこなすだけの能力があった。

 それこそ、フランスの代表候補生の座を得るほどに。

 

「パッケージや武装に関しては、『コスモス』への移行も考えてそれに合わせたものを送る予定になっている。

 要望があるなら早めに連絡しろ」

「はい」

 

 ここまで、その会話の全ては冷たいものになっている。

 他人同士であっても、こんな空気のまま話し込むのはご免被るだろう。

 しかし二人は血の繋がった親子でありながらそれをしている。

 まるで、親子の情などないかのように。

 

「……ところで、一つ訊いていいでしょうか?」

 

 と、シャルロットは声の調子を変えないままそう尋ねる。

 そしてアルベールが答えるよりも前に、その表情を笑顔に変えた。

 それは先ほどとは全く違う野に咲く花のような笑顔で、

 

 

 

「―――学園が始まる前に全て片付けると豪語していたのに、こんな時期までずれ込んだことに関する言い訳はありますか?」

 

 

 

 そのくせ、瞳はこれっぽっちも笑っていない氷よりも冷たいなにかだった。

 瞬間、空気がさらに張り詰めていく。

 同時に、アルベールは自分にだけ重力が増したかのような錯覚を得た。

 胸の内にある心臓が暴れている。

 文明人ゆえに鈍っているはずの本能が、危機感と恐怖に警鐘を鳴らしていた。

 だが彼は大企業の長としての自負と、それ以上になけなしの父親としての矜持で以ってそれを抑え込む。

 

「先ほども言ったとおり、反社長派の横槍は思った以上に大きかった」

「はい、それで?」

「事前に察知した計画の中にはお前の身を直接的に害するものもあった。

 実行可能だったかは別として、その危険があったのは確かだ」

「はい、それで?」

「IS学園へ入れば手は出せんだろうが、向こうもそれは承知で入るまでを狙ってくる可能性があった。

 最悪、テロに見せかけてでもな」

「はい、それで?」

「………故に、万全を期す意味でも、そして後顧の憂いを断つ意味でも、声だけはデカい馬鹿どもを潰すまではお前には動いてもらうわけにはいかなかったのだ」

「はい、それで?」

「………………それで、だな」

「それで?」

 

 まったく表情を変えずに見つめてくるシャルロットに、アルバートの声が尻すぼみになっていく。

 自負も矜持もボロッボロの満身創痍だった。

 ぶっちゃけへのツッパリにもならなかった。

 シャルロットはなおも表情を変えず、軽く首をかしげる。

 

「―――ねえ、お父様? ボク、確かその辺りのことは前に聞いた記憶があるんだ」

「そ、そうか……そうだったな」

「その上で、入学には間に合わせるって胸張って言ってたと思うんだけど?」

「…………そ、そうだったな」

 

 滝のように冷や汗をかく姿に、すでに威厳はない。

 表情だけは保っている分、むしろ滑稽にも見える。

 だが、空間が軋んでいるような錯覚を覚えるほどのプレッシャーを実の娘から注がれているのだからむしろ腰を抜かさないだけ耐えているといえなくもないのではないだろうか?……そんな自己弁護を現実逃避気味に展開する。

 と、彼は横目で妻を見た。

 半ば無意識に彼女からの助けを求めてのことだった。

 そして肝心のロゼンダはというと。

 

「奥様、お茶のお代わりが入りました」

「ええ、頂くわ。 ……相変わらず、よい腕ね」

「恐悦にございます」

 

 我関せずとばかりに、茶を楽しんでいた。

 というか、カップとソーサーを手に、こちらから完全に背を向けていた。

 老執事も彼女への対応という態を取ってこちらから完全に視線を外していた。

 

 思わず目を見開くアルベールだったが、その両頬を柔らかな手が包む。

 そして両手は彼の顔を優しく前へと戻した。

 それに対しアルベールは成すがまま、一切の抵抗をしなかった。

 ……というより、抵抗でもしようものなら首がグキリとイワされそうな予感がヒシヒシとしたのだ。

 そうして強制的に向けさせられた視線の先には、両手の持ち主であるシャルロットの顔が。

 

「ねえ、お父様―――ダメだよ、お話の最中によそ見しちゃ」

「あ、あぁ……」

 

 窘めるような口調のシャルロット。

 その言葉は、先ほどとは比べ物にならないほど柔らかく、親しげなものだ。

 それだけならこちらのほうが余程に普通の親子らしく見えるだろう。

 しかしアルベールの冷や汗は止まらない。

 ともすれば、腹の底から震えが湧き上がってくる。

 

 アルベールには見覚えがあった。

 シャルロットのどこまでも冷たく、その奥底に炎のように揺らめく感情を宿した眼差し。

 それは今は亡き彼女の母を、本気で怒らせたときまったく同じものだった。

 

「ねえ」

 

 アルベールの意識が過去から現在に引き戻される。

 ミシリ、と頬を挟む手にさらに力が籠められる。

 

 シャルロットはさらに笑みを深めながら、奈落のような瞳で問いかける。

 

 

 

「なにか言ってよ―――オトウサン」

 

 

 

***

 

 

 

 後に、憔悴しきったアルベールはかく語る。

 

「なんでああいったところまで瓜二つなんだ………!?」

 

 ついでに、社長夫人も(遠い目をしながら)かく語る。

 

「本当、彼女に瓜二つだったわ……懐かしい」

 

 

 

***

 

 

 

 フランスでそんな心温まる家族の交流が描かれていた頃。

 ドイツのある基地にて。

 

「―――そ、そうですか。 学園への編入の日時が決定したと。

 解りました、すぐに準備を整えます!!

 ……い、いえ、張り切ってなど……す、拗ねてなどおりませんでしたよ! 入学が遅れたからだなんて、そんな。

 ……な、泣いてません、泣いてなどおりません!! って、クラリッサ! なに写真など撮って、なんで貴様らまでそこに!?

 ちょ、ちょっと待て、何を……し、司令も笑ってないで助けてください!!」

 

 ―――ある特殊部隊隊長の少女が、上官と部下たちに温かい視線を向けられていた。

 今日もドイツは平和である。

 

 

 






 というわけで新章です。
 短いうえに書き溜めないから次回は未定ですが、この作品のシャルとラウラの現状はこんな感じ。
 具体的にどんな環境になっているかは、この章で語っていく予定です。
 正直、物語開始時点で一番原作から離れてんのはこの二人な気がします。

 作中、アルベールさんが【ラファールリヴァイブ・カスタムⅡ】を【Type:C-2】とか呼んでるのはスパロボOGシリーズを若干意識してたり。

 さて、そういえばDMMのアーキタイプブレイカーのβテストが始まりましたね。
 これ読んでる方の中にもやってる人がいるかもしれません。
 ちなみに自分はちょくちょく触っている程度ですね。
 なにせ低スぺだから止まりやすい&chromeあんまり使わないでちょっとやりにくいので。
 ちなみに事前登録で選べるカードは迷わず『のほほんさん』を選びました。
 ……楯無さんじゃないのか?
 それはそれ、これはこれ(ェー

 ちなみに個人的に欲しかった順はこんな感じ↓

 のほほんさん>>>>>一夏≧楯無>簪>新キャラ勢>メイン五人

 ……別に、箒たちが嫌いってわけじゃないですよ?
 ただ、あの五人は自分の中じゃ横並びっていうか、それよか楯無とか簪とかのほほんさんとかのほほんさんとかのほほんさんとかのが好きっていうか……

 閑話休題。
 さて、この章ではいろいろなキャラが一歩踏み出したり踏み出さなかったりするので、温かく見守っていただければ幸いかと思います。
 それでは、この辺で。



 ……この章でオリキャラ登場予定。 ただしジジイ(爆


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26:迷う自由

 

 

 

「―――それで、今度はフランスとドイツの知り合いがこっちに来るのか」

「ああ。 どちらも入学の予定がずれ込んでいたとは聞いていたが、まさか同じ日に編入の連絡が来るとは思わなかった」

 

 ある休日。

 一夏は五反田食堂の厨房で皿を洗っていた。

 これはさほど珍しい光景ではなく、中学の時は留学の合間によく見られた光景だった。

 一夏が時折こうして手伝うようになったのは弾が修業を始めてからしばらくのことで、その見返りに厳に料理の手ほどきを受けてたりしていた。

 もともと家事は得意なほうであったが、やはり本職による指導は文字通り一味違うと実感仕切りである。

 

 彼の後ろでは弾が野菜の下拵えをしている。

 その手の中で、ジャガイモが回転しながらまるで帯をほどかれるように皮が剥かれていく。

 このあたりの技術はさすがのものであるが、それでも祖父から比べればまだまだ足元にも及ばない。

 水の張られたタライにポチャリポチャリと裸の芋を落としながら、弾は溜息を吐く。

 

「やれやれ……蘭も鈴も苦労しそうだな」

「ん? どういうことだ?」

「知るか。 テメェで考えろ」

 

 呆れ半分に言い捨てる弾に、一夏は首を傾げるばかりだ。

 弾としてはもはや慣れきってしまって何かを言う気も起きない。

 というか、下手につつくとどうなるか解らず、それで妹が泣いたり怒ったりする事態になれば洒落にならないので放置するしかないのである。

 西洋の原罪にそろそろ朴念仁とか鈍感とか追加されないだろうかと思わなくもない。

 

「……つぅーかお前ら、仕事中にくっちゃべってるとか、イイ度胸してるじゃねぇか」

 

 あ、という暇もなく拳骨が二人の脳天を直撃する。

 それぞれ手が塞がっているため、抑えることもできずにその場で悶えるばかりである。

 一方の拳の持ち主である厳は勢いよく鼻から息を吐くと、悶える二人に言い放つ。

 

「お前ら今ある分が終わったら上がっていいぞ。 弾、こいつの飯作るならついでに自分と蘭の分も作ってやれ」

「りょ、了解です」

「うぇーい」

 

 二人は返事もそこそこに、残った仕事を片付けていく。

 しばらくして、一夏が昼の客も大方引いた店内で卓につくとほぼ同時に蘭が姿を現す。

 

「一夏さん、お疲れ様です」

「ああ、ありがとう蘭」

 

 手ずからおしぼりを受け取ると、水仕事で冷え切った手をほぐしながら拭っていく。

 熱めに感じる湿った布の感触が何とも言えず心地よい。

 そうして一息ついていると、対面に蘭が座った。

 めかしこんだその恰好は、淑女然としていてとても気合が入っているものだ。

 

「どこかに出かけるのか、蘭?」

「い、いえ、そういうわけじゃないんですけど……」

「そうか。 似合ってるぞ」

「ほ、本当ですか!?」

 

 一夏の賛辞に花咲くような笑顔を浮かべる蘭。

 この辺りは恋する乙女としていじらしい反応なのだが、その対象が全くその辺りに気付いていないのが痛ましくもある。

 それはさておき、蘭は久方ぶりの一夏との語らいに鼓動を速めながらも努めて平静を保ちつつ、話題を切り出す。

 

「ところで、IS学園のほうはどうですか?」

「ん? ああ、ようやくパンダ扱いも落ち着いてきたところだ。

 少なくとも同じクラスの人間からじーっと見つめられることはなくなったよ」

「あはは、それはまた……お疲れ様です」

 

 蘭は苦笑とともに一夏の苦労を労う。

 同時に、彼のクラスメイトや同級生の心情もなんとなくわかる。

 女子高に合法的に異性の生徒が登校していたらそりゃ注目するのも当然だろうと。

 ましてやIS学園のような特殊な場ならなおさらだ。

 

「生徒会の業務も慣れてきたしな」

「確か副会長なんでしたっけ? やっぱり忙しいんですか?」

「いや、そうでもないさ。 むしろ楯無……会長のお目付け役やってる会計の先輩のほうが大変そうだな」

「……あはは。 でも、すごいですよ。 スカウトされて初日から生徒会の副会長だなんて」

 

 名前呼びに引っ掛かりを覚えつつ、それをお首に出さずに贈られた賞賛の言葉に、一夏は苦笑を浮かべる。

 そこまで称えられるようなこととは思えないからだ。

 

「そんなことはない。 正味、会長の気まぐれって言われたほうが納得できるしな。

 それよりも、ちゃんと選挙やって選ばれた蘭のほうがよっぽどすごいだろう」

「い、いえ。 ウチのはぶっちゃけ誰がやってもあんまり変わらないし……」

 

 褒められ返されて、蘭は赤面して縮こまる。

 彼女も、通っている学校の中等部で生徒会長をしている身の上だった。

 

 蘭が通っているのは【聖マリアンヌ女学園】という中高一貫のミッション系の私立校で、何もかもが最新鋭のIS学園とは対極に位置する歴史と伝統に裏打ちされた名門である。

 本人はなんでもないことのように言っているが、所謂お嬢様学校の中で食堂の娘という市井の出はこの手の隔絶された場所では軽んじられるのが道理だ。

 にもかかわらず生徒会長という地位に選ばれたという事実は、彼女の優秀さが単純な成績だけではないと推して知れる。

 しかし、そんな蘭も一夏の前では一人の恋する乙女でしかない。

 

「それはさておき、どうにか慣れてきたってところだな。

 部屋ももうすぐ一人部屋になるって話だし、これでようやく心置きなく羽を伸ばせる時間が増えそうだ」

「―――ちょっと待ってください」

 

 故に、決して看過してはいけない言葉を聞き逃すはずもなかった。

 一夏が何事かと目をしばたたかせていると、目をわずかに据わらせた蘭が確認するかのように訊ねてくる。

 

「一夏さん、IS学園って全寮制なんですよね?」

「あ、ああ。 そうだが」

「―――相部屋、だったんですか?」

「いろいろと事情があってな。 まあ、久方ぶりに再会できた幼馴染だから、まだマシ……というのも変か?」

 

 苦笑を浮かべる一夏をよそに、蘭の優秀な頭脳が恋する乙女ブーストがかかった状態で高速回転を始める。

 内容はもちろん一夏の女性関係の推察だ。

 

(一夏さんのこれまでと今の態度から考えてフリーなのは確実。

 問題はその周囲。 いままで聞いた留学の時の様子からすでに国外にもライバルがいることは明白。

 そして先ほど言っていた生徒会長の楯無さんと今言っていた幼馴染さんも可能性は高い。

 鈴さんもいるし、話題に出ていない人間で憎からず思っている人間も少なからずいると判断すべき。

 くっ! やはり一歳差というハンデはあまりにも大きいか!!

 ―――ここは少しでも私のことを意識させる方へ向けさせねば……!!)

 

 ここで不躾な人間ならば『とっとと告白しろよ』とでも言うかもしれないが、そんな勇気があったら鈴のいない間にシュートを放っているのである。

 ゴールポスト内に入るかどうかは別として。

 

 それはさておき、蘭はある紙を取り出すと一夏の前で広げて見せる。

 一夏が何事かと見てみれば、それはISの簡易適正検査の結果だった。

 対象者はもちろん蘭で、適正ランクは、

 

「へぇ、Aランクか」

 

 なかなか、というよりかなりの高い結果に、思わず声が漏れる。

 当然ながらこの適性検査自体はそこまで精度が高いものではないし、そもそも適正ランク自体が技術習熟の度合いで上下することもあるものなので一概にISを扱う才能に直結しているというわけでもない。

 だが、ここまで高いランクを叩き出せるなら素質は人並み以上にあるといってもいいだろう。

 感心するかのような一夏の言葉に、蘭は笑みを浮かべつつさらに続ける。

 

「はい! それで一夏さん、実は私、IS学園を受験してみようかと思ってるんです!」

 

 その言葉に、一夏の眉根が歪む。

 それに気づかないまま、蘭が畳みかけるように続ける。

 

「つきましては、一夏さんにアドバイスとかいただけないかと!!」

 

 身を乗り出す蘭に対し、一夏は椅子の背もたれに身を預けて腕を組む。

 その様子と、難しい表情に蘭がようやく気付いて戸惑いを浮かべる。

 

「あの、一夏さん?」

「………蘭、一つ聞かせてくれるか?」

「は、はい!」

 

 真剣な声音の一夏に、思わず背筋を伸ばす。

 彼は一呼吸おいて、蘭の瞳を見つめながら問う。

 

 

「何のために、IS学園を目指すんだ?」

 

 

 その真っ当といえばあまりにも真っ当な問いに、蘭の頭が急速に冷やされた。

 まさか『あなたが好きだから』と真っ正直に答えることもできず、顔を俯かせて言葉を失う。

 そんな彼女に、一夏はさらに続ける。

 

「蘭なら成績的にも学園に入ることはできるだろう。

 けど、そのあとで何を目指すんだ?

 蘭は、何をするためにIS学園に入学するんだ?」

 

 真剣な問いに、蘭は何も言えなかった。

 そこまで考えていなかったからだ。

 ただ想い人に振り向いてほしくて、彼を想う他の女に先を越されたくなくて、少しでも近づきたかった。

 そんなことしか考えていなかった自分が、どうしようもなく情けなくなって仕方がない。

 蘭が自己嫌悪に涙を滲ませていると、その頭を優しくなでる手があった。

 思わず顔を跳ね上げると、一夏が身を乗り出してこちらに手を伸ばしていた。

 

「い、一夏さん?」

「悪いな。 すこし言い過ぎたか」

「い、いえ。 悪いのはあたしですし」

 

 ぐしぐしと目元を拭いながら手を振って否定する。

 席に座りなおした一夏は、先ほどよりも幾分か力を抜いた調子で笑いかける。

 

「別段、とくに理由はないけど入るってのも構わないんだ」

「え?」

「実際、そういう風に学園を受験して、実際に入ったヤツもそれなりにいるだろうしな」

 

 無論、そんなノリでも実際に合格までこぎつけたのならば十分に優秀であるということなのだが。

 一夏としても、それはそれで構わないと思っている。

 そも、IS学園に入学してもISのパイロットになれるのは一握りにも満たないのだ。

 ならば特に明確な目的なく目指すのもありといえばありだろう。

 本人の人生なのだ、好きにすればいい。

 ただ、と思う。

 

「IS学園を目指すのが本決まりじゃないんだったら、結論出す前にちょっと考えてみるのもいいんじゃないか?

 ……まぁ、こんなギリギリの時期に迷えっていうのも勝手なお願いだと思うけどさ」

「い、いえ! そんな」

 

 苦く笑う一夏に、蘭は恐縮するように首を横に振る。

 彼は苦みはそのままに笑みをわずかに深くして、最後にこう付け足した。

 

「―――まあ、迷う選択肢もなかった奴の勝手なお願いだ。

 無視してくれても構わないぞ」

「あ……」

 

 その言葉に、蘭は言葉を失う。

 そう、一夏は事故によってISを動かせることが解かったその瞬間から、IS学園以外の選択肢を失ったのだ。

 彼からすれば、そう気にしたものではないのだが、それでもそれはある意味での自由の剥奪だ。

 

 蘭にとってみれば、一夏への想いもそのために学園を目指すと言ったのも決して悪ふざけの類ではない。

 だが、彼に対して本当に胸を張って言えることなのかどうか……その自信は不確かになっていた。

 

 ややあって、蘭は静かに頷く。

 ここで本当に考えなければ、それこそ一夏に顔向けできないと思ったからだ。

 

「そうか……」

 

 蘭の返事に、一夏は静かに息を吐く。

 そうして湯飲みのお茶を一口啜り、

 

 

「………そんなわけなので、殺気を収めてもらえませんかね。 厳さん」

 

 

 背後に立つ大魔神に許しを乞うた。

 ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには老齢に似合わぬ筋肉を纏った孫娘命のお爺ちゃんの姿が。

 

「お、お爺ちゃん!?」

 

 たった今その存在に気付いた蘭が素っ頓狂な声を上げるが、厳は構わず一夏へ鬼気を向けていた。

 その威容は、荒野をバイクで駆け抜けるモヒカンの集団くらいなら指先一つで殲滅できてしまいそうなレベルだ。

 ふしゅるー、と口から蒸気を吹き出しかねん雰囲気とともに厳が口を開く。

 

「おう、一夏……蘭を泣かすとか、テメェ死にたいらしいなオイ」

「ちょ、お爺ちゃんこれは!?」

 

 紡がれる声は地獄から響いているかのような重低音。

 蘭が慌てて立ち上がるが、厳は構わず殺気をニトロのように燃え上がらせて拳に込める。

 なんかもう女尊男卑の世の中とかIS最強とかそんなものお構いなしの有様である。

 そして爺バカな世紀末覇者の拳がゆっくりと振りかぶられた。

 

「さあ……往生せぶげろばっ!?」

 

 そして拳ごと真横にすっ飛ばされた。

 殺気漲る筋肉ジジイに汚い悲鳴を上げさせてすっ飛ばしたのは、厳の娘で蘭の母である蓮だ。

 五反田食堂の看板娘(自称)は厳の脇腹に拳による痛烈な打撃をぶち込んだのだ。

 それこそ、衝撃が反対の脇腹にまで貫通していそうなほどの剛撃を。

 それほどの一撃を放った蓮は、それが嘘のように涼しい表情で片手に頬を当ててあらあらと困ったような声を上げる。

 

「まったくもう。 お父さん、乙女の問題に口出したらだめですよ」

「ぶふげぶごは」

 

 蓮は床に五体を投げ出している父親を窘めているが、当の本人はそれどころではないように呻いている。

 一夏はふと蘭のほうを見やるが、彼女は安心したかのように息をついていた。

 厳の惨状についてはまったく気にした様子はない。

 蓮はニコニコと笑いながらぐったりとした厳の襟首を掴んで厨房へと引きずっていく。

 

「それじゃ、一夏君。 ごゆっくりね」

「あ、はい」

 

 そうして二人が厨房の奥へと消えていったのと入れ替わりに、弾が二人分のお盆を持って姿を見せた。

 彼は立ち尽くしている一夏を見て、眉を顰める。

 

「どうした、なに突っ立ってんだ?」

「いや……」

 

 一夏は言い淀んでから、遠い瞳でぽつりと零した。

 

「………この家、蓮さん最強すぎるだろ」

「なにをいまさら」

 

 親友の口から出てきた絶対の真理を、弾は呆れるでもなく淡々と切って捨てた。

 彼からすれば、本当に今更なことである。

 

 今日も今日とて五反田食堂は平和だった。

 

 

 






※特別付録:五反田家のヒエラルキー

蓮>>超える気も起きない壁>>蘭>>>(略)>>>五反田家男衆



 さて、短めですが更新です。
 一学期も半ばすぎてるのに中学三年に進路で悩めとか鬼畜じゃなかろうか(台無し

 というか、これ一夏が説教キャラみたいで不快に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、この辺りはこういうこと言えるのが彼しかいないのでご容赦ください。
 原作だとあっさり流されてましたが、この作品だと経緯的にこういう諌言は言いそうな気がしたので。

 さて、次回からはいよいよ本格的にあの二人が物語に参加してきます。
 あと、この章はバトルもそれ以外の場面も多めになるので長くなると思いますが、ぜひともお付き合いをお願いします。
 次回更新は未定ですが、できれば年内に最初の戦闘くらいは終わらせたいなと思ってます。

 それでは、この辺で。


追伸:艦これイベ、涼月GET!! ……疲れた。 伊400欲しいけど資源が……


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27:新星二つ、そして巨星落つ

 

「突然ですが、今日は転校生を紹介します! しかも二名です!」

 

 朝のSHRで開口一番、真耶が言い放ったそのセリフにクラスのほぼ全員が驚きの声を上げた。

 それもそのはず、前触れもなしにクラスメイトがいきなり二人も増えるとなれば驚かないほうが不思議だろう。

 そんな中で、一夏だけは違う意味で驚きを得ていた。

 

(二人って……まさか、あの二人ともこのクラスってことか?)

 

 その疑問に答えるように入ってきたのは、案の定見覚えのある二つの顔だ。

 

 一人は、長い金髪を後ろで一つに纏めたやや中性的な少女。

 優しく人当たりの良さそうな雰囲気を纏った彼女は、やや袖を余らせたミニスカートタイプの制服に身を包んでいる。

 自身に集まる注目に少し緊張しているのか表情が若干固いが、一夏の存在に気付くと表情をほころばせた。

 

 もう一人は、同年代と比してかなり小柄な体躯をした長い銀髪に眼帯で左目を隠した少女だ。

 体つきも幼く見えるが、しかしだからと言ってか弱く感じることはない。

 まっすぐ伸びた背筋からなる整った姿勢、そして刃のように鋭い右の眼差しが彼女を凛々しく魅せていた。

 ズボンタイプにカスタマイズされた制服もその雰囲気を後押ししているのだろう。

 

 二人は真耶の傍に並んで立ち、まず金髪のほうから口を開いた。

 

「シャルロット=デュノアです。 フランスの代表候補生をしています。

 この国には慣れないことばかりなので、ご迷惑をかけることも多いかもしれませんがよろしくお願いします」

 

 丁寧な口調とお辞儀に続く形で、もう一人が凛と声を上げる。

 

「ラウラ=ボーデヴィッヒ。 ドイツの代表候補生だ。

 ―――まず、貴様らに言っておくことがある」

 

 言いながら、ラウラは一歩前に出た。

 偉そうな物言いだが、それに眉を顰めるよりもその先の言葉への好奇心が勝っているようで、わずかなざわめきに嫌悪の色は見えない。

 彼女は一度クラス全体を睥睨してから、一夏へと視線を固定して殊更に大きく声を張る。

 

 

「そこにいる織斑 一夏は私と……私の率いる特殊部隊【黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)】の嫁だ!! 異論は認めん!!」

 

 

 その宣言に、真耶やシャルロットを含めた全員がキョトンとした表情を浮かべ、しかる後に驚愕へと返事させていく。

 例外は腕を組んで仁王立つラウラ本人と、姉弟そろって頭を痛そうに抱える千冬と一夏だ。

 そして次の瞬間、驚愕は穴の開いたダムのように決壊し、

 

『『『な、なんだってぇええええええええええええええええええ?』』』

 

 次第に尻すぼみに疑問へと捻じれていく。

 というのも、叫んでいて途中で言葉の違和感に気付いたからだろう。

 代表するかのように、本音が袖に隠れた手を挙げる。

 

「しつもーん」

「ム、いいだろう。 なんだ?」

 

 言いたいことを言えたからか満足げなラウラが許可すると、本音はコテンと首を傾げながら訊ねる。

 それは、クラスの全員の総意でもあった。

 

「おりむーが嫁なの? 婿じゃなくて?」

 

 そう、先の発言でラウラは確かに一夏が【嫁】だと断言していた。

 あるいは日本語の使い方を間違えたのかとも思ったが、その割には自信満々な様子だ。

 その証拠に、彼女は胸を張ってその根拠を述べる。

 

「副官のクラリッサ曰く、日本では気に入った相手を『嫁にする』というのだろう? 故に、一夏は我らの嫁だ!!」

 

 つまり、アイドルやアニメなどのキャラを指して『○○は俺の嫁』というのと同じ理屈なのだろう。

 正直、日本の文化やら認識やらに齟齬があるように思える発言である。

 これにはクラスの面々も苦笑いを禁じ得ない。

 が、ラウラの根拠はそれで終わらなかった。

 

「それにクラリッサはこうも言っていた。 料理上手の家事万能でマッサージまで上手くて気づかい上手で優しい……どれもヒロインの属性だと!!

 故に、一夏を嫁扱いすることになんの不自然もない!!!」

『『『な、なんて説得力……!』』』

「………なぁ、さり気に俺の人格が否定されてないか、オイ?」

 

 思わず納得せざるを得ないという様子のクラスメイト達に、一夏は思わず頬を引きつらせる。

 と、グダグダになってきた教室の空気を刷新するかのように千冬が手を叩く。

 

「アホ話はそこまでだ。 ―――デュノア、ボーデヴィッヒの二人は空いている席に就け」

「はい」

「わかりました、教官」

「ここでは織斑先生と呼べ」

 

 ラウラに軽めの出席簿チョップを見舞いつつ、千冬は真耶と入れ替わりに教壇に立つ。

 その間に、シャルロットとラウラの二人もそれぞれの席に向かう。

 と、一夏の横を通り過ぎる際、二人はそれぞれ目配せと笑みを送り、一夏も頷いて返す。

 それを面白く思わないのは箒とセシリアで、わずかに据わった目線を送っている。

 

「そこの二人、よそ見をやめるか今すぐグラウンドを走るか好きなほうを選べ」

「「っ、すいません!!」」

 

 その二人も、ドスの効いた千冬の声に身を竦ませる。

 そして千冬は咳払いを一つして、改めてクラスの面々へ顔を向ける。

 

「さて、転校生の紹介も終えたところでHRはここまでとする。

 この後は二組との合同でISでの実戦訓練の実習だ。 各人、素早く着替えてグラウンドに集合すること。 以上だ」

 

 解散、と締めくくられると一夏は手早くISスーツの入った袋を手に立ち上がる。

 このままでは他のクラスメイトが着替えられないからだ。

 

 男子である一夏は他の生徒とは違い逐一更衣室を借りて着替える形になっている。

 事前に把握しているスケジュールの中から、空いている更衣室を頭の中に思い浮かべつつ教室の戸に手をかけたところでふと立ち止まる。

 

「―――なんでついてきてるんだ、ラウラ?」

 

 その言葉通り、一夏の背に続く形でラウラが後ろについていた。

 一方の彼女は「なにがおかしいのか?」とでも言いたげな様子で首を傾げる。

 

「着替えるためだが?」

「いや、お前は教室だよ」

「なにを言っている。 夫婦はいつでも一緒だとガフッ!?」

 

 ラウラの言葉を遮るように、先ほどと比べてだいぶ手加減を抜いた一撃を千冬が放った。

 脳天に炸裂した教育的指導(物理)にラウラがふらつき、その隙に千冬が目配せとハンドサインで合図する。

 それに反応したのはシャルロットに箒とセシリアだ。

 彼女たちはラウラの両腕と両足を抱えると、教室の奥へと連行していく。

 

「な、なにをする貴様ら……」

「はいはい、いいからこっちで着替えようね」

「というかいきなり何をしようとしてるんだお前は」

「うらやま……じゃない、はしたない真似はおよしなさい」

 

 それを見送った一夏は、教室から出て扉を閉め、ぽつりと呟く。

 

「―――今日は確か第二アリーナの更衣室が空きだったか」

 

 我関せずとばかりに歩を進めながら、一夏はふと視線を遠くに置いた。

 

「本当……賑やかになりそうだ」

 

 その響きに込められていたものが期待か疲労かは、あえて語るまい。

 

 

 

***

 

 

 

 しばらく後、グラウンドにはISスーツを纏った少女たちと一夏の姿があった。

 その前には、白いジャージ姿の千冬もいる。

 整列する生徒たちの前に、千冬と並ぶ形で一夏とセシリアに鈴音、そしてシャルロットとラウラが佇んでいる。

 五人の共通点は、『専用機を持っていること』だ。

 眼前に並ぶ二クラス分の少女たちを睥睨しながら、千冬は凛とした声を張る。

 

「それでは、これから実機を用いた格闘と射撃の訓練を開始する。

 皆には五つのグループに分かれてそれぞれ順番に機体に搭乗、操縦をしてもらう。

 こちらにいる五人にはその補助をしてもらうので指示に従うように」

 

 揃って『はい!』という快活な返事が響くが、すぐにひそひそと話し合う者たちが続出する。

 細かい内容は聞こえないが、概ねとしては誰に指導してもらうかというもので、やはりというべきか圧倒的に一夏を希望する声が多い。

 それを知って一夏以外の四人が頬やこめかみを引きつらせるが、当の一夏は我関せずと言わんばかりに涼しい表情だ。

 一方で、そんな姦しい少女たちに深い溜息を吐きつつ、千冬は意識を引き締めんと手を叩く。

 

「静かにしろ! まずは、手本として模擬戦をしてもらう。

 そうだな……オルコット、凰、お前たちに頼もうか」

「「はい!」」

 

 返事と共に二人が一歩前へ出る。

 当然のごとく注目が集まるが、彼女たちは臆するどころかどこか得意げに胸を張る。

 なお、その格差に鈴音の目がわずかに鋭くなるが、今は対して関係ない。

 

「それで織斑先生、私たち二人で戦えばよろしいんですの?」

「いや、二人の相手は別にいる。 もうすぐ来るはずだ」

 

 千冬がそう答えているのをよそに、一夏はなぜか空を見上げているのに気付いた。

 それに気づいたシャルロットが、首を傾げる。

 

「一夏、どうしたの?」

「いや……織斑先生の言う相手とはアレかなと」

「アレ?」

 

 視線を彼と同じ方向へと滑らせれば、点のような影が見えた。

 その点はだんだんと大きくなっていき、それにつれて空気を引き裂く甲高い音も聞こえてくる。

 そして。

 

「ああああああー!! ど、どいてくださーい!!」

 

 なぜか、そんな悲鳴も上げていた。

 その正体に、一夏が思わず半目になる。

 

「……なにやってるんだろうか、山田先生」

 

 どうやら、なにがしか操縦をミスったようだ。

 その軌道は『まるで』という形容詞を必要としないそのままズバリの墜落だ。

 同じく気づいた千冬が、それはもう深々と溜息を吐いた。

 

「………誰か、補助に入ってやれ」

「それじゃ俺が行きます。 ―――白式」

 

 投げやりな千冬にそう返して、一夏は幅跳びのように踏み切ると同時にISを展開、一直線に真耶へと飛翔する。

 相対距離が無くなり、肉薄するまでは数秒とかからなかった。

 並ぶと同時に向きを修正しつつ速度と方向を合わせる。

 

「山田先生、補助に入ります。 いいですね?」

「お、織斑君!?」

 

 一言断って真耶の体に触れるが、それが逆効果だったか彼女は落ち着くどころか「あわわわ!」と更に狼狽してしまう。

 落ち着く様子のない彼女の様子に一体どうしたのだろうかと困惑する一夏だが、まさか自分の視線を意識しすぎたせいで制御を誤ったなどとは露とも思わない。

 それはさておき、そうしている間にも地面との距離も猶予も縮まっていく。

 仕方なし、と彼は真耶の意思を忖度することをあきらめた。

 

「失礼します。 文句は後でお願いします、山田先生」

「あわわわわ……ふぇ?」

 

 

 

***

 

 

 

 もつれあうように落ちてきた二人は、軌道を大きく変えて千冬や生徒たちから離れた場所に落着する。

 勢いを殺しきれなかったためか、地面を抉りつつも盛大に土煙を巻き上げる。

 

「ちょ、あれ二人とも大丈夫?」

「まやまや、いったいどうしたっていうんだろうね」

「ていうか、織斑君は無事なのかな?」

 

 思いがけず繰り広げられた惨状に、少女たちがざわめきだす。

 何気に真耶への呼称がなれなれしいものになっているが、この辺りに普段の彼女への認識が強く出てしまっていた。

 その事実と目の前の出来事に千冬が頭が痛そうに深い溜息を吐く。

 そして、もうもうと立ち込めた土煙が晴れていき、

 

『『『あ!』』』

 

 という大多数の声と、

 

『『『あ゛?』』』

 

 という一部の低い声が唱和した。

 

 そんな彼女たちの視線の先には、装甲を纏った真耶を背と膝裏を抱える形で雄々しく立つ一夏の姿があった。

 涼しい顔を浮かべる一夏に対し、そんな彼を腕の中から見上げる真耶の顔は赤くも心ここにあらずな有様である。

 有体に言って、二人の状態はお姫様抱っこそのものだった。

 

 

 




 というわけで、シャル&ラウラが転校してきました。
 なんというかシャルの影が薄いなぁ……というより、最後の山田先生が全部持ってってるなこれ。
 なお、次の話も半分くらい山田先生メインだったりします。

 さて、次回はこの章最初の戦闘……なんですが、どちらかというと外様からの考察がメインになるので戦闘描写そのものは控えめになるかと思います。
 できれば年内に更新したいですね。

 あとなろうのほうで更新している『オークはみんなを守護りたい』ですが、正直モチベーションが上がらないので一度消したうえで設定とキャラを流用しつつ一月ほど時間をおいてから別の物語として作り直そうかなと思ってたりします。
 ちなみにその場合、主人公はアキラになる予定。
 向こうの活動報告でもすでに告知済みですが、こちらでも宣伝していたので発表させていただきました。
 また、それとは別にオリジナルの話を近いうちになろうとハーメルンの同時掲載で公開しようと思っているので、その時は楽しんでいただけたらなと思っています。

 私事な報告が多かったですが、今回はこの辺で。
 それでは。


◎おまけ
 Q:なんでシャルロット男装してないのに一人称『ボク』なの?
 A:ボクっ子は正義、異論は認めますん。 ……というか一人称特徴的なの変えると書き分けがめんど(以下略


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28:山田 真耶という人間

 

 

 

 ―――さて、唐突ではあるが山田 真耶という女性について話をしよう。

 

 かつては代表候補生の一人に数えられ、【銃央矛塵(キリング・シールド)】という二つ名を戴いたこともある。

 そんな彼女も現在はIS学園で教師をしているのだが、千冬への熱い視線から誤解されやすいが、実は男女交際への憧れというかそれなりに真っ当な結婚願望というものを持っていたりする。

 ぶっちゃけそろそろ実家からお見合い話でも持ち掛けられそうな雰囲気を感じてちょっとした危機感を抱いているし、その一方で(いい歳こいて)白馬の王子様的存在が現れないかなとか心の底で考えてたりもする。

 しかしながら、実際の男女交際の経験は残念ながら皆無であった。

 

 真耶がこれまで通っていた学校は女子校で、そもそも思春期には出会いそのものがなかった。

 そのため男性に対する免疫そのものがろくに形成されず、さすがに男性恐怖症とまではいかないものの若干の苦手意識を持ってしまっていた。

 さらにそこへ、やや童顔で可愛らしい顔立ちとたわわに実った豊満な果実を持つ胸部という飛び道具どころかトドメ演出込みで一分以上尺を取ってしまうような最強武器を装備してしまっていた。

 そんな彼女に向けられる異性の不躾な視線は、持っていた苦手意識を強めるには十分すぎた。

 さすがに社会人となってからは対外的に表情や態度を取り繕い、そつなく対応することはできるが、だからこそ踏み込んだ関係にまでなることはなかった。

 

 さらにダメ押しとばかりに身近にいるのは、下手な男よりも凛々しい自身の先輩でもある千冬だ。

 強くて頼りがいのある彼女は、同性愛の気のない真耶をして思わず憧れを抱かざるを得ない存在だ。

 昨今の女尊男卑の影響で『女性に可愛がられるためのチャラい男』というのが増えつつある中では、なおさらに比較してしまう。

 

 長々と語ってしまったが、要は山田 真耶のこれまでの人生において彼女の琴線に触れるような男性との出会いは皆無であったということだ。

 と、ここで一つ問題だ。

 

「―――山田先生、大丈夫ですか」

「…………」

 

 男性に免疫がなく、そのくせ心のどこかで王子様のような誰かとの出会いを欲している女、山田 真耶。

 そんな彼女に他の男と違い不快な視線をほとんど感じさせず、そのうえ憧れの先輩の面影を持つこともあって意識してしまった年下のクール系美少年、織斑 一夏。

 彼が真耶へ生まれて初めてのお姫様抱っこをした場合、一体どうなるだろうか。

 

「………ふ」

「ふ?」

 

 

 答え―――

 

「―――不束者ですがよろしくお願いします」

「………………は?」

 

 ―――速攻で堕ちます。

 

 

 真っ赤になった両頬に鋼の掌を当て、いやんいやんと首を振りつつ幸せな妄想に意識をはばたかせる真耶。

 一夏はそんな彼女に困惑の声と表情を露にするが、当の本人はまったく気にした様子もなく至福の表情を浮かべている。

 

 だが、いつの世も人の夢と書いて『儚い』と書き、そしてそんな夢は早々に目覚めてしまうものだ。

 

 

「――――――山田先生?」

 

 

 さほど大きくもないくせに、不思議なほどよく通る声だった。

 それこそ、槍で勢いよく貫くかのように。

 

「ひゃいぃ!!!」

 

 脊髄に氷柱どころか液体窒素を流し込まれたかのような、悪寒を通り越した得体のしれない感覚に真耶は反射的に一夏から離れて直立不動になる。

 妄想の中で三人目の子供の名前すら考えていたところの落差に、一気に現実へと引き戻される。

 そして彼女は、錆びかけたブリキ人形のようなぎこちなさで背後の千冬へと振り向いた。

 

「山田先生」

「ひゃ、ひゃいっ!!」

 

 名を呼びながらゆっくりと歩み寄る千冬。

 その迫力と、さらには彼女の背後にいる少女たちのうちの幾人かから発せられる鬼気に真耶は思わず涙目になる。

 一方の一夏も、わけがわからないまま威圧の余波を受けて戦慄と共に戸惑っていた。

 

 やがて千冬は真耶の前にたどり着き、しばらく睨む。

 その眼力に真耶が装甲ごと体を震わせて涙目になるが、そんな彼女を見て千冬は力を抜くように息を吐き、発していた威圧を霧散させる。

 

「張り切っていたのかどうかは知らないが、以後は気を付けるように」

「は、はい。 申し訳ありませんでした」

 

 真耶は重圧から解放されつつ、冷えた頭で申し訳なさげに謝罪する。

 そんな彼女の様子に千冬は頷くと、彼女の肩に手を置きつつ背伸びをするように顔を近づける。

 すわ何事かと真耶が思わず頬を染めかけると、千冬は彼女にしか聞こえない声でそっと呟いた。

 

「………それと、先ほど漏らしていた妄言について後で話がある」

 

 その瞬間、真耶は絶望に膝を屈して蹲りたくなった。

 

 ―――なお、余談ではあるが彼女らの後方にて。

 

「え、えっと……本音?」

「ん~? な~に~?」

「う、ううん、なんでもないわ!!」

 

 箒の新しいルームメイトである鷹月 静寐(たかつき しずね)が戸惑いながら本音とそんな会話をしていた。

 何事かと首を傾げる本音に、静寐は手を振って誤魔化すような愛想笑いを浮かべている。

 その笑顔の裏で、彼女は困惑と混乱をひた隠しにしていた。

 というのも、

 

(き、気のせいかしら……一瞬、本音の表情が笑顔の完全に消えた真顔に……あんな本音、見たことない……!?)

 

 どうやら見てはいけないものを見てしまったらしい。

 そんな友人の様子に、本音は何事かと思いつつもいつも通りの朗らかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

***

 

 

 

「さて、遅れたが実習を始める」

 

 なにやら暗い闇を背負ってそうな真耶を従えて、千冬が声を張る。

 一夏はすでに他の専用機持ちと同じく千冬の横に戻っていた。

 なお、戻る際に彼女たちから脛に軽い蹴りなどを喰らっていたが、それは一体何ごとだったのだろうかと首を傾げるばかりだ。

 それはさておき。

 

「まずは手本として山田先生との模擬戦をしてもらう。 ……そうだな、オルコットと凰の二人に頼もうか」

「あら? 織斑先生、それは二戦するということですの?」

「いや。 お前たち二人で山田先生と戦ってもらう」

 

 セシリアの疑問に、しかし千冬はきっぱりと否定する。

 すると、途端に整列していた少女たちがざわめきだす。

 先ほどの醜態もあるが、真耶は普段からのんびりしているというか、おっとりしているというか、とにかくどうにも頼りにならない印象を持たれている。

 良く言えば、優しく穏やかで親しみやすい。

 悪く言えば、鈍臭くドジで舐められやすい。

 好悪で言えば好かれているほうではあるが、その方向性は先生としてよりも友人相手のような馴れ馴れしさが目立つ。

 もっとも、それを強く窘められない真耶の気性にも問題はあるが。

 そんな真耶が代表候補生二人と戦うというのだ。

 しかも専用機二機と量産機で。

 少女たちからすればそれは無理難題にもほどがあるというものだろう。

 

「うるさいぞ! 静かにしろ!!」

 

 目の前でざわめいている戸惑いを千冬は一喝して黙らせる。

 そうして視線を向けるのは一夏たちのほうだ。

 

「他の三人には……そうだな、ちょっとした講釈でもしてもらおうか。

 まずはデュノア、始める前に山田先生の使う機体について簡単に説明してみせろ」

「はい」

 

 言われ、シャルロットが一歩前に出る。

 彼女は眼前の同級生たちをまっすぐに見据えながら説明を始めた。

 

「山田先生の使用されているISはデュノア社製『ラファール・リヴァイブ』。

 第二世代最後期にして量産型では最後発ながらシェア第三位・ライセンス生産七ヶ国・制式採用十二ヶ国の傑作機です。

 特徴は安定性と汎用性、そして何よりも乗り手を選ばない操縦の簡易性と豊富な装備によるマルチロール・チェンジ(多様性役割切り替え)の両立です。

 これにより前衛から後衛、攻守のどの立ち位置にも切り替えることが可能です」

「うむ、結構。 さすがに実家の代表作には詳しいようでなによりだ」

 

 言われ、恥ずかし気にはにかみながら俯き加減になるシャルロット。

 恥ずかしいのは褒められたことか、それともにわかに実家自慢をすることになったことに対してか。

 それはさておきと千冬がセシリアと鈴音のほうを見れば、二人は微妙な表情を浮かべていた。

 どうやら二人掛かりというのが引っ掛かっているらしい。

 そんな二人に、千冬はわざとらしくため息を吐いてみせる。

 

「なにをいちいち気にしているんだ。 どうせ今のお前らでは相手にならんから気にするだけ無駄だ」

 

 その言葉に対して二人の表情に険が走る。

 プライドを刺激されたのか、思わず千冬へと詰め寄った。

 

「織斑先生、さすがにそれは聞き捨てなりませんわ」

「そうです。 そこまで言われる筋合いは……」

「なら行動で示して見せろ。 囀るだけならひよこでもできる」

 

 そこまで言われれば二人も引き下がるわけにはいかない。

 セシリアと鈴音は不機嫌さを隠すことなく僅かにその場から離れると、それぞれの愛機に意識を集中させる。

 

「いきますわよ、ブルーティアーズ」

「来なさい、甲龍」

 

 瞬時、という言葉で顕現したのは青の機体と赤の機体だ。

 装甲を纏った二人の瞳に戸惑いはなく、戦意に満ち溢れている。

 一方の焚きつけた張本人はその様子に満足げに頷くと、今度は真耶のほうに首を巡らせる。

 真耶のほうはというと、今のやり取りに若干頬を引きつらせていた。

 

「山田先生も準備はいいですね?」

「は、はい……うぅ、そんなに挑発しなくてもいいじゃないですかぁ」

「それに、あれくらいならどうとでもできるでしょう?」

「た、確かにそうかもしれませんけれど」

 

 と、セシリアと鈴音の眼差しが更に鋭くなった。

 真耶の無自覚な挑発に、戦意に加えて殺意じみたものまで混ざったようだ。

 千冬は一夏たちや他の生徒を少しばかり下がらせ、同じように自分も離れる。

 

「それでは三人とも、上空まで飛翔してから模擬戦を開始だ」

 

 その言葉に、三機が一斉に空へと駆け上っていく。

 

 

 

***

 

 

 

 昇ること暫し、対峙する時間もそこそこにまず鈴音が双刀で以って躍りかかる。

 

(まずは小手調べ、と)

 

 激情を抱きはしたものの、こと戦いが始まれば最低限頭は冷えて切り替わる。

 振り下ろした二刀は簡単によけられたが、その時の身のこなしから察するにあまり脅威とは思えなかった。

 無論、遅いわけでも鈍いわけでもない。

 だが強敵であるとはどうしても思えなかった。

 

(このくらいなら、十分どうとでも……!!)

 

 そんな風に思考を巡らせながら、鈴音はいったん離れた距離を再び詰めていく。

 迫られている真耶は彼女から視線を逸らさないまま、バック走のように後ろへと飛び続けながらゆらゆらと軌道を変えている。

 すこしでも自分を捉えさせないためだろうか、しかしあっという間に詰め寄られる。

 その辺りは近接戦仕様の面目躍如か、再び振るわれる斬撃を真耶は寸でのところで顕現させた盾でいなす。

 

「く!」

「はぁあああ!!」

 

 盾との衝突で生じた火花が散り消えていくのを視界の端で捉えながら、鈴音はいなされた勢いのまま身を回し、

 

「でぇい!!」

 

 回転の勢いを乗せた、すくい上げるような軌道の一撃が真耶を襲う。

 

「きゃあ!」

 

 真耶は盾を弾き飛ばされ、自身も攻撃の勢いで間合いを放される。

 鈴音は体勢を崩している真耶に思わず笑みを浮かべつつ、追撃……否、とどめの一撃を放たんとする。

 

「これで終わり!!」

 

 背面ユニットが展開し不可視の砲身を構築、そうして発射態勢にまで至るのには一瞬あれば十分だ。

 そして龍咆を放たんとしたその刹那、

 

「―――っ!?」

 

 明らかにこちらを見て笑った真耶に、戦慄が走る。

 しかし、すでに龍咆は止まらない。

 その咆哮が真耶へと放たれんとしたその時、彼女は先ほどまでとは比べ物にならない俊敏さでその場から下へと回避する。

 イメージとして彷彿させられたのは、水を吐き出して急加速するイカのそれだ。

 当然そうなれば鈴音の攻撃は真耶のいた空間を素通りし、

 

「うあっ!?」

「きゃぅっ!?」

 

 その先にいたセシリアを襲う。

 鈴音の方も、彼女が放ったライフルのレーザーを諸に浴びる羽目になった。

 見事なまでの同士討ちに、双方が顔を上げて互いに気炎を吐く。

 

「ちょっとセシリア!! アンタなにあたしを撃ってるのよ!?」

「り、鈴さんこそよく見て攻撃してくださいまし!!」

「はぁ!? なによそれ!!」

「そちらこそ!!」

 

 真耶そっちのけで言い合う二人。

 と、銃声が二つ鳴り響き、直後に二人は鼻先に黒いなにかがほんの一瞬だけ通り過ぎたことに気付く。

 そのことに二人が同時に振り向けば、その視線の先には両手にハンドガンを構えた真耶の姿が。

 どうやら言い争う二人に向けて二丁拳銃を撃ち放ったらしい。

 それも、わざわざ解るように鼻先にぎりぎり触れない程度の距離を通過するようにだ。

 

「お二人とも」

 

 真耶は手にしていたハンドガンを消すと、ガシャガシャと掌の装甲を二度打ち鳴らす。

 そしてニッコリと穏やかな笑みで首を傾げて見せると、常と変わらない口調で窘める。

 

「授業中にお喋りとよそ見は厳禁ですよ?」

 

 聞き分けのない子供にするようなその言い回しに、セシリアと鈴音はこれまたほぼ同時に奥歯を鳴らした。

 そうして二刀を構え、ビットを展開して踏み出すように疾駆する。

 

「叩きのめして差し上げます!!」

「ぶっ飛ばす!!」

 

 攻撃よりも先に突き刺さるような怒気と敵意をぶつけられ、しかし真耶は常の頼りなさが嘘のように涼しい顔で迎え撃つ。

 

「さあ、教育の時間ですよ」

 

 

 

***

 

 

 

「おお……見事なまでに手玉に取られてるな」

 

 右手を庇を作るように翳しながら、一夏は感心したかのように呟く。

 彼の言うとおり、セシリアと鈴音は完全に真耶に翻弄されていた。

 

 射撃で相手を誘導し、最初のような同士討ちを誘うのはもはや基本だ。

 時には相手の回避の軌道を完全に読んで衝突させたり、かと思えば片方の体を盾にするかのように立ち回って同時攻撃を封じたりもしている。

 かといって攻撃の手を緩めれば、すぐさま弾丸を雨のように浴びせて思考の余裕を奪っていく。

 緩急激しく隙を逃さぬその様は、同じ射撃でも一発一発が鋭いセシリアと比べて野生の肉食獣の狩りを彷彿とさせる。

 

「うわ、なんというかエグイね」

「……身も蓋もないな、シャル」

「いや、なかなか的確で合理的な戦い方だと思うが?」

「それはそれでシビアな見方だな、ラウラ」

 

 左右の少女と旧交を温めるかのようにそんな会話をする一夏。

 一方で、他の少女たちは専用機持ちの代表候補生を完全に手玉に取っている副担任の姿に、皆一様に唖然となっている。

 どうやら想像以上に普段とのギャップが激しすぎたようだ。

 

「―――全員注目!」

 

 と、千冬が声と共に手を叩いて全員の意識を戻す。

 びくりと身を震わせる少女たちの視線を集めて、千冬は更に声を張る。

 

「模擬戦も途中だが、次の講釈をしてもらおうと思う。 ―――織斑!」

「はい」

 

 と、ここで僅かに色めきだす。

 やや騒がしくなったのは、主に接点の薄い二組の生徒だ。

 そこへ、千冬がさらに強くパンパンと手を二回たたく。

 

「静粛に!! 織斑、お前にはオルコットと凰のコンビに対する評価をしてもらう」

「解りました」

 

 ここで一夏を選んだのは、どちらとも戦ったことがあるからだろうか。

 了解を示しつつ一夏はちらりと上空の戦いを一瞥する。

 戦況は相も変わらず真耶の優勢で、二人は完全に手玉に取られている。

 

「………二人の連携などについてはさておくとして」

 

 彼はそう前置いて、

 

「機体の能力で見た場合、できればあまり相手をしたくはないレベルで相性が良いですね」

 

 上空での劣勢からでは信じられないような評価を下した。

 そのことにまた少女たちがざわめくが、千冬が先ほど以上に強く手を叩いて黙らせる。

 そして顎で一夏に話の先を促す。

 

「まず二人の主武装……オルコットのビットと凰の衝撃砲ですが、どちらも中距離射程の射撃兵装で、しかもどちらも非実体弾だから互いを相殺しにくい性質です」

 

 レーザーを撃ちだすブルーティアーズとPICの応用で空間に圧力をかけて形成した運動エネルギーの砲弾。

 互いの干渉が全くないわけではないが、それでも実弾兵装に比べれば影響は少ない。

 

「更に言えば、オルコットは長距離狙撃も可能な射撃特化、凰は中距離戦もできる格闘系と役割が明確に分かれています。

 つまりこの二機のチームならそれだけで遠中近すべての間合いを網羅できるということですね」

 

 鈴音が盾になりつつセシリアの狙撃で刺す。

 セシリアの射撃で牽制しつつ鈴音が押し潰す。

 遠近両方を封殺しつつ中距離からの飽和攻撃で完封する。

 ざっと考えるだけでも、これだけの戦法が思いつく。

 どれも嵌まってしまえば苦戦は必至で、そう考えれば敵に回すことは確かに考えたくはない。

 

「……もっとも、双方のコンビネーションが前提の仮定ですが」

 

 締めくくる一夏が再び見上げれば、ちょうど決着がつきそうな場面だった。

 

 

 

***

 

 

 

「今度こそ!!」

「もらったぁ!!」

 

 セシリアと鈴音が、やや離れて隣り合う形で互いの武装を展開する。

 その延長線上、焦点のように重なる位置に真耶が立っている。

 この構図に至るまで何度も辛酸を舐めさせられた二人だが、こうなれば同士討ちもない。

 ここまでの雪辱、その全てを一気に返すつもりで二人は互いの主武装を一斉に放たんとする。

 と、その瞬間、

 

「―――えい」

 

 ぽーん、とそんな軽い擬音が似合いそうな様子で、真耶が何かを放り投げた。

 それは三つほどの円筒状の物体で、セシリアと鈴音がその形を察知した直後だった。

 その三つの円筒が、閃光と共に弾けたのだ。

 

「くうぅ!?」

「きゃぁっ!!」

 

 思わず顔を背け、呻くセシリアと鈴音。

 一方で地上の生徒たちも思わず悲鳴を上げるが、さすがに離れているためか影響は少ないようだ。

 しかし近距離で喰らった二人のほうはそうもいかず、思わず完全に動きを停止してしまう。

 

 実際のところ、こうした閃光弾の類は機体の相性にもよるが一瞬の不意打ちとしてならばそれなりに有効であったりする。

 ISのハイパーセンサーが主に視覚情報を拡張したものであるためだ。

 もっとも、その分リカバー機能も高いために効果の持続性はないし、そも場合によっては特殊なバイザーなどで完全に対策が施されている場合も多いため、実戦での使用例はあまりない。

 

 閑話休題。

 二人に生まれた隙は文字通り一瞬だったが、それだけあれば十分だった。

 即座に戻ってくる色のついた視界。

 その直前に、二人はすぐ横でガチャリ、という音を聞いた。

 

「「え?」」

 

 セシリアも鈴音も、即座に音のほうへと振り向く。

 その視線の先、ちょうど二人の中間の位置。

 真耶が、重厚なガトリングガンを両手に一丁ずつ装備し、腕を左右に大きく広げる形で立っていた。

 当然ながら蓮根の断面のように連なった銃口はそれぞれに向けられている。

 

 真耶は眼鏡を煌かせながら、にっこりと笑う。

 

「―――これでチェックメイトです」

 

 砲身が回るモーター音が響いた直後、弾丸の嵐が左右の二人を襲った。

 

 

 

***

 

 

 

「………これでIS学園教員の実力は解かっただろう? 以後は敬意をもって接するように」

 

 千冬の言葉に、少女たちの返事が重なる。

 彼女たちが真耶に向ける視線は輝いているが、当の真耶はというとむしろ恐縮してしまっている。

 一方でセシリアと鈴音は授業開始当初の真耶に勝るとも劣らないほどの闇を背負ってしまっていた。

 二人がかりでほぼ一方的に敗北してしまったというのだからそうなるのもむべなるかな。

 

「さて、それではボーデヴィッヒ。 今の模擬戦の総評をしてみろ」

「はい! 教官!!」

 

 ラウラの頭が軽くはたかれる。

 

「織斑先生、だ。 なんども言わせるな」

「は、はい。 きょう……織斑先生」

 

 薄く涙目になりつつ、ラウラは模擬戦を行った三人を一瞥する。

 

「先ほどの戦闘、そこの二人の連携がお粗末すぎたのは言うまでもありませんが……」

 

 追い打ちに、セシリアと鈴音が胸を抑えて呻く。

 自覚があるのか、それどころではないのか反論の言葉どころか視線もない。

 それに構わず、ラウラが続ける。

 

「それ以上に、山田先生の技術が見事だったかと。

 銃器の扱いは勿論のこと、戦況を把握し、ほんの少しの挙動や一発の弾丸で相手をかき回してこちらの思惑に引きずり込む。

 まさに最小限の労力で最大限の戦果を得る手本といって差支えないかと」

 

 その絶賛に、真耶が真っ赤になって照れくさそうに身をよじらせる。

 その度に豊満な胸の膨らみが強調され、魅惑的に揺れるが、一夏は誰にも気づかれないようごく自然に視線を逸らす。

 この辺りも、留学の最中に身に着けた(割と虚しい)技術である。

 と、赤くなっていた真耶だが、次の言葉に一気に青くなることになる。

 ラウラは唐突に彼女へ向ける目を半眼へと変える。

 

「………それだけに、授業当初のあの不審な言動が何だったのか非常に気になるところですが」

 

 その言葉の直後、真耶がビシリと固まる。

 完全に硬直して冷や汗を流し始める真耶だったが、そんな彼女の肩をいつの間にか隣に来ていた千冬がポンと叩く。

 

「織斑先生……」

「ボーデヴィッヒ、その疑問については私が後で個人的に山田先生から話を聞いておくので今は捨て置け。 いいな」

「はい!」

「織斑先生!?」

 

 驚愕する真耶に、千冬は微笑みかけながらもしかし目が笑っていない。

 

「山田先生、お悩みがあるならば聞きますよ?」

 

 言外に、逃がすつもりはないと宣告されて、真耶は再び闇を背負うことになった。

 ごく一角が通夜のようになっているのを完全に無視して、千冬は改めて少女たちへと向き直る。

 

「それでは、これから八人ずつのグループになって実機での実習をしてもらう。

 専用機持ちは各グループの班長となって指導と補佐に入れ」

 

 言って、パンパンと大きく音を鳴らしながら手を叩く。

 

「さあ、さっさと出席番号順に分かれろ! もたつくなら、その班の授業は実習からIS担いでのグラウンドのランニングに変更だ!!」

 

 言われて、少女たちは慌てて自身の番号を確認しながらめいめい分かれていく。

 ほどなくして班の編成は終了し、なんとか復活したセシリアと鈴音も含めて専用機持ちがそれぞれの割り当てへと散っていく。

 そして一夏の担当する班には、

 

「それじゃ、よろしく頼む」

「こちらこそ、織斑君! ほら篠ノ之さんも」

「あ、ああ。 頼むぞ、一夏」

 

 気恥ずかしそうにISスーツに包まれた体を腕で隠す箒の姿があった。

 

 

 

 






 皆様、遅ればせながら明けましておめでとうございます。

 お正月はいかがお過ごしだったでしょうか?
 ……なお、自分は元旦しょっぱなから風邪でダウンした模様。
 まあ、それでも初詣は行ったんですが。
 そしたら『今年この年の生まれの人は運気低めだよ』なリストに自分の生まれた年がしっかりと書かれてました。
 ……まあ、その運気低迷分を正月の風邪で消費したと思うことにします、おみくじも中吉だったし。


 さて、それでは本編ですが、時間がかかってしまってすいませんでした。
 その分長くなってしまったのも少し反省。

 山田先生がいろいろひどかったり活躍したり結局オチ担当だったりしますが、なんか彼女はいじられて輝く系キャラな気がします。(異論は認める
 真耶VSセッシー&鈴の戦いがすっごい端折られてる感ありますが、これについてはご勘弁を。
 うまく書けなかったというのもありますが、それ以上に一夏たちの講釈のほうがメインだったので。
 ブルーティアーズと甲龍のコンビ相性についてはあくまでも持論ですので悪しからず。

 閃光弾とハイパーセンサーに関する部分もかなりの独自解釈ですが、作中で見た感じ視覚の強化版だし、それで強い光受けたらその分影響も強そうだなっていうのと、その分システム的にリカバーも早そうだなと考えての解釈です。

 さて、次回は実機授業。
 ……どういう風に書こうかな……
 またちょっと間が開くと思いますが、気長にお待ちいただけたらありがたいです。

 それでは、この辺で。
 昨年は応援ありがとうございました。
 今年もよろしくお願いします。


追伸:作中ののほほんさんの顔は怒ってるのではなく、『目がちゃんと開いて口が全く笑っていない無に近い真顔』でイメージしていただければと。
 ……普段笑ってばっかの子がいきなりそんな顔したら下手に怒るより怖くね?
 読者様に、そんなのほほんさんを描ける絵心のある方はいらっしゃいませんか!?(笑


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29:乙女は鋼の手足に王子様の夢を見るか

 

 さて、そんなこんなで実習が始まった。

 それぞれの班に専用機持ちが指導役として入っているわけだが、その辺りに大した問題は起きていない。

 例えばセシリアと鈴音だが、前者は理論派に、後者は感覚派に過ぎる面はあるものの、今回はやってもらう操作そのものが大して難しいものではないこともあって概ね問題はなかった。

 もっとも、先ほどの敗北が尾を引いている部分があるようではあったが。

 

 次に転入生であるシャルロットだが、こちらも概ね問題なく、むしろ良好だった。

 

「デュノアさん、ここら辺のやり方がよく」

「ああ、そうだね……それならこういう風にちょっとやってみて」

「う、うん……あ、なんかいけそうかも」

 

 彼女は相手がどの辺りかわからないかをしっかりと把握し、その上で解かりやすく解決策を提示している。

 彼女自身の聡明さと、それを鼻にかけない人当たりの良さがうまくかみ合っているともいえる。

 

 さて、一方でもう一人の転入生であるラウラだが、こちらは少々の問題が出てきた。

 厳しい表情で班員を睨みつける彼女に対し、班の生徒たちが委縮してしまっているのだ。

 生身では矮躯の少女とはいえ、持ち前の雰囲気と纏ったISの威容から受ける威圧感は少女たちを硬直させてしまうに余りある。

 そうして双方が黙っていること暫く、ラウラが小さく息を吐いて、言葉を紡ぐ。

 

「―――始めに言っておく」

 

 ビクリ、と肩を震わせる班員たちに対し、ラウラはなだらかな胸を張る。

 

「悪いが、私はISの指導に関しては厳しい指導しかできない。

 それで私を嫌う分は構わないが、それで手心を加える気はないので覚悟しておけ」

 

 そんな宣言に、委縮していた少女たちがいよいよ顔を引きつらせる。

 それに対し、ラウラはさっそく厳しく声を放つ。

 

「返事!」

『『『は、はい』』』

「声が小さい!!」

『『『はい!!』』』

 

 よし、それでは……と言いながらラウラの班もようやく実習を開始する。

 班員の動きに対し時折檄を飛ばすその姿を、一夏は離れた場所から眺めて一言。

 

「―――あれなら問題はなさそうだな」

「いや大丈夫なの、ホントに?」

 

 漏れ出た言葉に、思わず突っ込みを入れたのは同じクラスで一夏の担当の班の【相川 清香】だ。

 同級生に厳しく当たっている銀髪の少女の姿を眺めながら、彼女は頬を引きつらせている。

 それに対する一夏の反応はしかし落ち着き笑みを浮かべたものだ。

 

「最初に厳しくすると言っているしな。 彼女自身が真面目だから、それに引っ張られて皆が真面目になるなら御の字だろう。

 ああ見えて、一部隊の長というのも伊達ではないしな。 案外、今日の実習で一番成果があるのはあの班かもな」

「ふーん……」

 

 さて、と一夏は気を取り直すかのようにガシャンと掌を打つ。

 そろそろこちらも動かなければ、本当にランニングをする羽目になりそうだ。

 

「そろそろこちらも始めようか。 まずは相川からだったな」

「はい! それじゃあよろしくね。 織斑くん」

 

 言いつつ、清香は割り当てられた打鉄へと歩み寄り、スムーズとはいかないまでも補助もなし装着して見せた。

 彼女は手足を動かし、一夏のほうへ振り向いて手を振って見せる。

 

「乗れたよー」

「よし、それじゃあまずは飛んでみてくれ。

 それから……」

 

 一夏の指示と指導の下、清香は機体の挙動に入った。

 時折、危うげな部分もあり、おっかなびっくり動かしていた部分も多かったがなんとか予定通りの機動をこなすことに成功した。

 すべてを終えて着地した清香は、運動量よりも緊張から来たものだろう汗を額に浮かべて安堵の息を吐いた。

 

「な、なんとかうまくできたかな」

「ああ。 今の時点ならあれで十分だと思うぞ。

 それじゃあ機体から降りてくれ」

「はーい」

 

 僅かに疲労を滲ませながら、機体を降りる清香。

 そして次の番の少女が乗り込もうとしたとき、ここで問題が発覚してしまった。

 それは。

 

「……あの、乗れないんだけど」

「あ、ごめんなさい!!」

 

 反射的に清香が手を合わせて頭を下げる。

 清香が降りた時、機体を直立した状態のままにしてしまったために次の者が自力で乗り込めなくなってしまったのだ。

 これについては一夏もばつが悪い。

 

「すまん、俺も気づかなかった。 一言いっておくべきだったな」

 

 言いつつ、機体と次の順番の少女を見比べて、吐息と共に軽くうなずく。

 

「悪いけど、少し失礼するぞ」

「え? って、ふぇええ!?」

 

 一夏は返事を待たず、少女を抱き上げた。

 膝裏と背を持ち上げる形の、所謂『お姫様抱っこ』というものだ。

 彼は先ほどより顔の近付いた少女を見下ろす。

 

「膝や背中、痛みがあったりしないか?」

「だ、だだだ、大丈夫だけど……いきなり、なんで!?」

「台を探すのも時間がかかりそうだしな。 パワーアシストの都合上、脇から抱えて持ち上げると下手すれば脱臼しかねないからな。

 恥ずかしいかもしれないが、この体勢で我慢してくれ」

 

 狼狽する少女に、一夏は落ち着かせるように静かな口調で語り掛ける。

 その説明に納得したのか、彼女はコクコクと頷く。

 了解を得て、一夏は丁寧に打鉄へと彼女を近づける。

 

「これで乗れるか?」

「えと……うん、大丈夫みたい。 ありがとう、織斑君」

 

 言いつつ、彼女は機体を装着して手早く起動準備を終える。

 そこから先は清香と同じで、特に問題もなく機体を動かし、降りる。

 

「……で、また立ったままの状態なんだが」

 

 と、そこで一夏はあることに気付く。

 次の番の少女が、どこか期待しているかのように瞳を輝かせているのだ。

 そしてよく見れば、それは順番待ちをしている他の者も同様だ。

 何だろうと考え、すぐに心当たりにたどり着く。

 それは。

 

「……これでいいか?」

「ウッス! ありがとうございます!!」

 

 体育会系なのか、気合の入った返事が返ってくる。

 その体勢は、先ほどと同じお姫様抱っこだ。

 

 つまりは、そういうこと。

 彼女たちはどうやらこれが目当てなようで、二番手の少女もそれを察して機体を屈ませなかったのだろう。

 

「正直、絵面としては武骨にすぎないか?」

「いやいや、それはそれでというやつだよ!」

 

 嬉しそうにそう語る少女に、一夏としてはそういうものかと納得するほかない。

 彼は粛々と同じように腕の中の姫を馬車ならぬ甲冑へとエスコートするのみだ。

 

 そうして一夏がその後も班員を抱き上げて搭乗させている一方、別の班では。

 

「え~と、どうしたの? わたしの顔になにかついてる?」

「い、いえ!! なんでもないわ!!」

 

 静寐が、本音とそんな会話をしていた。

 自分をじぃっと観察していた友人に首を傾げてる本音。

 それに対し静寐は、

 

(さっきみたいな顔にはなってないわね。 やっぱりさっきのは見間違いだったのかしら?

 ………きっとそうよね! うん、そういうことにしよう!!)

 

 言い聞かせるように、自身に納得を与えていた。

 そんな彼女に首どころか体ごと傾けて疑問を表す本音。

 どうやらスイッチが微妙に違うようだ。

 

 

 

***

 

 

 

「それじゃ、最後はお前だな、箒」

「う、うむ」

 

 顔を真っ赤にした箒が、恥ずかし気に身を抱きながら捩らせている。

 ちらりと見た彼女の視線の先、一夏の背後にある打鉄は、やはり直立したまま次なる搭乗者を待ち受けていた。

 それを見て、これから起こることを想って殊更に顔を赤くするが、すぐさま引き締めるように自身の頬を打つ。

 そして意を決したかのように一夏へと一歩踏み出し、顔を見上げる。

 

「それじゃ、頼むぞ」

「……おう」

 

 言いつつ、一夏はこれまでと同じように箒を抱き上げた。

 押し黙っている彼女は、恥ずかし気にその顔を真っ赤に染め上げている。

 その一方で、引き締まった肢体の中で豊かに育った胸が寄せられ僅かに形を歪めながら艶めかしく自己主張をしていた。

 そんなたわわな果実を至近で視界に収めながら、しかし一夏の表情はとても涼しげだった。

 

「………なあ、妙に反応が薄すぎないか」

 

 意識している様子の全く見えない一夏に、箒が思わず尋ねる。

 いやらしい視線を向けられたいわけでは決してないのだが、かといって全くの無反応だとそれはそれで納得のいかない複雑な乙女心だ。

 一方の一夏といえば、やはり表情を変えないまま淡々と答える。

 

「ISを使ってる間は意識を切替えるようにしているからな。

 正直、いちいち反応していたらきりがない」

「そういう、ものか」

 

 医者などが若い異性相手でも顔色を変えずに診断するようなものかもしれない。

 箒がなんとなくそんな感想を抱いている間に、打鉄の前へと到着した。

 もとより数歩もない距離なので当たり前のことであるが。

 

「よし、降ろすぞ」

「あ、ああ」

 

 内心名残惜しさを感じつつも、それを努めて表に出さないように振る舞う箒。

 ややあって装着を終え、一夏と目線を同じくする。

 

「違和感はあるか?」

「い、いや。 問題ない」

「そうか。 ……そうだ、箒」

「な、なんだ?」

 

 呼び止められ、意味もなくドキリとする箒。

 そんな乙女の胸の高鳴りを知ってか知らずか、一夏は常と変わらぬ表情で言う。

 

「シャルとラウラのちょっとした親睦会でもと思ったんだが、昼は空いてるか?」

 

 期待した方向とは多少違ってはいたが。

 一も二もなく、箒が承諾したのは言うまでもない。

 

 

 






 えー、時間かけた割に内容が薄くてすいません。
 当初は箒と長々と会話してたら千冬さんがキレて『片付けorランニングか選べ』とかいうお仕置き選択コースとか、親睦会云々言わなくて期待させた挙句『こんなことだろうとおもったよ』的な朴念仁ムーブとかも考えてたんですが、千冬さんがキレすぎなのもどうよとか一夏が原作と変わらない感じがするとかで結局ボツに。
 ……これはこれで毒気がなさ過ぎたかなとも思い、塩梅とは難しいと思う今日この頃。

 あと、新作オリジナルがキリのいいところまで書けましたので、近いうちにこちらと小説家になろう様のほうで同時に上げていこうかと。
 タイトルは『赤ずきんたちとオオカミさんの絶望打破』(タイトルは変更する可能性もあります)。
 公開した時にはこちらも読んでいただけるとありがたいです。

 さて、次回の更新は未定ですが、お昼ごはんののお話です。
 まだ手を付けてませんが、セッシーに未来はあるのか。
 ……でも原作11巻のデートだとなんか普通に弁当作ってきてたよね、セッシー。

 それはさておき。
 今回はこの辺で。

 追伸:これ書いて更新した日は夜に出勤して翌日に帰ってくる予定。


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30:生兵法は成功への礎と成るか否か

 

「―――さて、簡単な自己紹介は道すがら終えたか?

 それじゃあ、親睦会を始めようか」

 

 昼休み。

 屋上にて、その言葉を皮切りに華やかな昼食が始まった。

 場にいるのは発起人の一夏に、主役のシャルロットとラウラ、そして箒にセシリア、鈴音とそして本音だ。

 丸テーブルを囲んで、残念そうに眉を寄せているのは本音だ。

 

「かいちょーやお姉ちゃんも誘ったんだけどね~。

 忙しかったみたい」

「まあ、仕方がないだろ。 むしろ、今更だが俺も行ったほうがよかったんじゃないのか?」

「ん~、大丈夫だって言ってたよ~。 とりあえず今日はお姉ちゃんたちで何とかなるって。

 ただ、明日からちょっと忙しくなるって言ってた」

「そうか……」

 

 本音経由の伝言に、一夏が腕を組んで鼻から息を抜く。

 その忙しさの理由に心当たりがあるからだ。

 

「ということは、いよいよ本決まりってことか」

「みたいだね~」

「オイ嫁、主役を置いて盛り上がるとは自覚が足りんぞ」

「まあまあ。 落ち着いてよ、ラウラ」

 

 頬を膨らませたラウラが一夏を小突いていると、シャルロットが苦笑を浮かべながら宥めに入る。

 元よりさほど怒ってもいなかったのか、ラウラのほうもすぐに引く。

 そのやり取りに、一夏が思わずへぇ、と唸る。

 

「いつの間にやら随分と仲が良くなってるな」

「うん、まあ昨日も話してたしね」

「昨日?」

「私と同室なのだよ、シャルロットは」

 

 ラウラの答えに、一夏は納得を得る。

 考えてみれば同じタイミングできた転校生同士だ。

 二人一部屋が基本の寮なら、そのまま同じ部屋が割り当てられるのは自然な話と言える。

 

「ところで、本決まりってなんのこと?」

 

 首を傾げるシャルロットの疑問に、他の者の視線も二人へ集まる。

 どうやら気になっているのは皆同じらしい。

 しかし、一夏と本音はというと苦い表情を浮かべるしかない。

 

「あ~……」

「……悪いが、俺たちの口からは答えられん」

 

 結局、本音は申し訳なさそうに袖の余った両腕を×の字にして、一夏は簡潔にそう言い切るしかない。

 そう言われれば、彼女たちとしても引き下がるしかない。

 箒以外の皆は国家代表候補生で、箒も姉がISの生みの親ゆえに保護プログラムであちこちを転々とした過去を持っている。

 そのため、守秘義務というものがどんなものなのかは身に染みて理解していた。

 

「それにしてもさ、すごいよね。 副会長って聞いた時は驚いたよ」

「うむ、さすがは嫁だ」

 

 話題を変えるように言ったシャルロットの言葉に、なぜかラウラが得意満面に頷く。

 それに対し、賞賛を受けた本人はというと弁当のおかずが苦虫にすり替わっていたのかといわんばかりの表情を浮かべている。

 

「つい最近も別の相手に似たようなことを言われた気もするが。

 言うほどすごいわけじゃないぞ? こういうのは真っ当な選挙で選ばれた奴のほうがすごいんだからな」

「そうかな? 確かに個人の一存なんだろうけど、それを任された後の仕事の手腕は一夏本人の実力でしょ?」

「そうだよおりむ~。 おりむ~はめちゃくちゃ有能だよ。

 おかげでわたしもらくちんだよ~」

「いや、ちゃんと仕事しなさいよ」

 

 のんびりと称賛する本音に、鈴音の鋭い突っ込みが入る。

 しかし本音はなぜか「ふっふっふっ……」笑いを含ませる。

 

「なにを隠そう、私はむしろ足を引っ張っちゃう要員なのだ~」

「胸張って言うことですの、それ?」

 

 自信を持って言い放つ本音にセシリアも思わず呆れ半分な声を上げる。

 そんなやり取りに、一夏も苦笑いを浮かべざるを得ない。

 

「まあ、足を引っ張るは誇張だがな。

 確かに仕事は遅いのを姉の虚先輩に叱られているが、それでもやるべきことはやってるし、仕事そのものは丁寧で確実だよ」

 

 その評価は紛れもなく一夏の本心だ。

 確かに至らぬ部分はあるし、甘えている部分もあるが自虐が過ぎるほどのものではないと彼は思う。

 が、そんな風に言われた方はというと、慮外の言い分に思わず赤面してしまう。

 口元を袖の余った手で隠すと、どこか恨めし気な涙目で彼を見据える。

 

「う~……その言い草は卑怯だよ、おりむ~」

「叱るのは普段から虚先輩にされてるからな。 それに、こちらのほうが案外効くだろう?」

 

 どうやら確信犯らしい。

 しかし、本音の赤面の理由を十全まで把握できているかというと否であろう。

 根本的なところでは朴念仁なのだ。

 故に、

 

「おい、主役を置き去りにして自分たちだけで盛り上がるなといっているだろう」

 

 ラウラに頬を引っ張られるのも当然の結果だろう。

 痛みを与えるようなやり方ではないが、端正な顔立ちがコミカルに歪んでいる。

 

「ああ、ふまんふまん……っと、それじゃあ改めて始めようか」

 

 そうして、各々がそれぞれ自分の昼食を前に出していく。

 

 この場で、弁当を持参してきたのは一夏に箒、セシリアに鈴音だ。

 他はともかく、セシリアが弁当を作ってきたことに一夏は静かに驚いた。

 自信作なのか、取り出す表情はどこか得意げだ。

 そしてそれ以外の三名は購買で買ってきたものだ。

 まず、シャルロットはおにぎりが幾つか。

 IS学園は対象が年頃の少女であるためか、その大きさはコンビニで売っているようなものよりも僅かに小ぶりだ。

 何気にチャレンジ精神に溢れている面のあるシャルロットらしく、この国ならではのものを早速試しにかかったようだ。

 一方でラウラのほうはパンで、しかしシャルロットとは別な意味で日本独自の代物だ。

 焼きそばパンにあんパン、それにメロンパンとある意味で定番中の定番である。

 もちろん、飲み物は牛乳だ。

 この辺りはどうにも日本びいきというよりオタク気質な彼女の副官の影が見えている。

 そして本音はというと、こちらは見事に菓子パンばかりだった。

 しかも数も多く、種類豊富で色とりどりのパンが袋から溢れている。

 

「……ずいぶん食べるわね」

「ふふ~ん、甘いものは別腹なのだ~」

「それはこういう用法で使う言葉だったか? ……とりあえず、甘いもの以外も食べとけ」

 

 言いつつ、一夏は弁当から卵焼きを摘まんで、本音の口先に差し出す。

 彼女は、それを躊躇なくパクンと一口で頬張った。

 

「ん~、うまうま」

 

 その光景に、他の少女たちに戦慄が走る。

 ここまで自然に憧れの『好きな人からの「はい、あ~ん」』というシチュエーションを実現させたのだ。

 さらにそこへ追撃が入る。

 

「―――一夏、先ほどから私を蔑ろにしすぎだぞ」

「ん? そんなつもりはないが」

「問答無用。 罰として私にも一つ献上するがいい」

 

 と、ラウラはまるで雛鳥のように口を開ける。

 一夏は苦笑して、「はいはい、仰せのままに」と、半分に割ったミニハンバーグを食べさせた。

 

「うむ! 相変わらずいい腕だな」

「お褒めいただき恐悦至極、ってか」

 

 そんなやり取りに、箒たちは歯噛みするばかりだ。

 彼女たちは自身の性格と現在の状況を顧みて、今のような真似をすることはできないと結論付ける。

 また、ここで無理に『あ~ん』を強要すれば、その分だけ一夏の昼食が減っていく。

 そうなれば彼に迷惑がかかるだろうし、それによって心証を悪くしてしまうかもしれない。

 とどのつまり、嫌われてしまうかもしれないと考えた。

 それだけは絶対に避けたい……故に、ここは涙を呑んで引き下がるしかない。

 彼女たちがそう考えた時、一人だけ行動に移る者が居た。

 箒だ。

 

「い、一夏」

「ん? なんだ、箒」

 

 箒は恥ずかし気に頬を赤く染めつつ、箸を片手に自身の弁当箱を前に出す。

 

「わ、悪いが味見をしてくれるか? お前の意見を聞きたいんだ」

 

 瞬間、鈴音とセシリアの目が大きく開かれる。

 彼女たちは無言で「その手があったか!?」と驚愕を露にしていた。

 自身の手料理を食べてもらうというのも、また乙女としては垂涎モノだ。

 故に、ここは負けじと二人も行動に出る。

 

「い、一夏! それならせっかくだしアタシの酢豚も味見してくれるかしら!?」

「一夏さん、それでしたらわたくしのほうもお願いしてよろしいでしょうか!?」

「お、おう」

 

 なぜだか妙な迫力というか剣幕を纏った二人に、思わず一夏も気圧される。

 そんな彼らをシャルロットはうらやましくも大人しく見ているだけだ。

 さすがに購買のおにぎりで同じことはできなかった。

 もっとも、

 

(今度、これをダシに二人きりでお弁当でも誘おうかな?

 そういえば、IS学園の部活動に料理部っていうのもあったっけ……それに入れば、定期的に味を見てもらう大義名分になるかも!!)

 

 こんなことを考えてほくそ笑んでいる辺り、抜け目がないともいえる。

 それはさておき、実食である。

 まずは箒の弁当からで、彼女はおかずの中から唐揚げを摘まむと、一夏へと差し出していく。

 

「あ、あ~ん」

 

 多分に照れの入っている言い方に、むしろ一夏のほうが気恥ずかしくなるが、それでも表に出さずに唐揚げを口で受け取る。

 噛みしめれば、下味の生姜と散りばめられたゴマの風味が肉の味と共に口の中に広がっていく。

 

「……ん、うまいな」

「ほ、ホントか!?」

 

 喜色満面を張り付ける箒。

 それに負けじと、今度は鈴音が身を乗り出す。

 

「ほ、ほら一夏。 今度はあたしよ! あ~ん!!」

「分かったから勢い良く突き出すな、危ない」

 

 気合が入りすぎて刺突のような一撃になったそれに思わず身を仰け反らせる。

 そうして改めて差し出されたものを頬張る。

 甘酢餡に包まれた、豚肉と玉ねぎ、赤ピーマンのセットだ。

 餡のねっとりとした舌ざわりに玉ねぎの甘みとピーマンの程よい苦み、そして柔らかく仕上げられた豚肉の旨味が渾然一体となっている。

 

「……お、また少し腕上げたか?」

「フ、当然よ。 日夜研究は欠かさないわ!!」

 

 なだらかな胸を自信満々に張りつつも、その様子はどこか誇らしげだ。

 そして最後に、セシリアが手製のサンドイッチを一夏へと突き出した。

 

「それでは一夏さん、わたくしのもお願いいたしますわ」

 

 そして眼前に示されたそれへと意識を向けて、

 

「………む?」

 

 一夏の眉が顰められる。

 セシリアが差し出したのはトマトとレタスのサンドイッチで、少なくともそれ以外の具は見えない。

 だが不思議なことになぜだか甘ったるい匂いが漂ってきた。

 紛れもなく、バニラエッセンスのそれだ。

 

「………お、おう」

 

 一夏は猛烈な危機感を感じつつも、一瞬で覚悟を決めた。

 そして、耳の落とされた食パンに歯を立て、一気に齧りとる。

 咀嚼すること一回、二回、三回。

 

「―――っ!?」

 

 眉間に深く皺が刻まれる。

 そこから更に数回咀嚼して、ごくりと飲み込む。

 そして、沈黙。

 

「………あの、一夏さん?」

 

 様子がおかしいことに気付いたセシリアが、躊躇いがちに声をかける。

 と、一夏は静かに彼女を見据えつつ、流れるように彼女の手から自分が齧ったサンドイッチを受け取る。

 

「セシリア、あ~ん」

 

 その行動に、彼女は戸惑いつつも歓喜した。

 この場で誰もなしえなかった『あ~ん』による食べさせ合いだ。

 乙女心のボルテージも高まり続けて留まるところを知らない。

 ―――そんな彼女の幸福の絶頂は、

 

「あ、あ~ん…………っ!!!?!!??」

 

 ただの一口で、絶望へと変貌した。

 

 

 

***

 

 

 

 余談ではあるが。

 セシリアはのちにこの時のことを振り返り、その場を穢すような羽目に陥らなかったことだけが不幸中の幸いだったとのコメントを残している。

 

 

 

***

 

 

 

「落ち着いたか?」

「………は、はい」

 

 口の中のモノをどうにか飲み込み、更に洗い流すために勢いよく紅茶を流し込んでようやく一息付けたところでの会話である。

 周りの皆もどこか気づかわし気な目で彼女を見ているが、それがセシリアには余計に居た堪れなかった。

 

「セシリア、確か初めて作ったんだったか?」

「は、はい」

「味見はしなかったんだな」

「はい……」

「レシピは見なかったのか?」

「……レシピ通りに作ったんですが、その……写真とはなんか見た目が違っていて……」

 

 その言葉に、一夏は小さく「あー」と呻く。

 料理本の見本というのは見栄えが良いようにいじっているというのは割と有名な話だ。

 よく料理にドライアイスを仕込んだり除光液を塗ったりという『実際には食べられなくなっても美味しそうに見える写真』のための加工というのが一昔前までは主流だったらしい。

 もっとも、今ではそんなことしなくてもパソコンの画像ソフトで簡単に色調や明度を補正したり、適度な湯気をテクスチャとして張り付けたりというのが簡単にできてしまうのだが。

 

「セシリア、それは熟練者の作品だ。

 素人が画家に一日師事したところで名画を描けないのと同じ理屈だぞ」

「うぅ……すいません」

 

 肩身を狭くして俯くセシリア。

 罪悪感が湧きそうにもなるが、ここで『美味い』などと世辞で偽っても誰にとっても不幸にしかならない。

 だから、正直に不味いと言ってやることにした。

 

「あむ」

「……え?」

 

 一夏は、手に残っていた食べかけのサンドイッチを一息に口の中に放り込む。

 盛大に眉間に皺を寄せつつも、常よりも飲み込むのに時間を掛けつつも、どうにか咀嚼し嚥下する。

 

「い、一夏さん」

「……不味い」

 

 バニラがかすかに香る息を細く吐いて、呟く。

 そしてセシリアをまっすぐ見つめる。

 

「だから、次からは美味く作れるように頑張れ」

「っ! はい!!」

 

 想い人の激励を受け、ようやくセシリアは微笑むことができたのだった。

 

 その後、さすがに残りは食べられないのでセシリアは皆から少しづつ(主に本音の菓子パン)を分けられて、ようやく昼食もとい親睦会は再開された。

 それ自体は終始和やかで賑やかで楽し気なものだったが、一夏はなぜかあることが気になった。

 ある少女が時折、静かな眼差しでこちらを見つめていたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「ミナサン、キヲツケテカエリマショウ」

 

 そんな真耶の言葉で帰りのSHRは締めくくられた。

 なにやら異様にカクカクしている気がしたが、まあ大丈夫だろう。

 きっと明日には元に戻っているはずだ。

 

 そうして放課後になり、生徒たちは三々五々に教室を後にしていく。

 そんな中、一夏は学園内を一人歩いていた。

 昼間本音から言われたとおり、今日は生徒会の仕事はない。

 だが代わりの用事ができた。

 ある人物と、二人きりで話がしたいと誘われたのだ。

 

 一夏は敷地のはずれにあるとあるベンチに腰掛けると、その相手を待つ。

 そうして思案にふける間もないくらい、待ち人はすぐにやってきた。

 

「早かったな」

「ああ、教室は同じだからな」

 

 それもそうか、と一夏は小さく笑う。

 そんな彼を見つめるのは、銀髪に小さな体躯の眼帯の少女。

 

「少し、話を聞いてくれるか。 嫁よ」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒが、怜悧な表情にかすかな戸惑いを織り交ぜそこにいた。

 

 

 




 皆様、大変お待たせしました。
 なんとか二月中に出せました。
 今回は本当に難産でした……具体的には半分くらい書いて最初から書き直しっていうのを二回くらいやりました。
 それによって楯無さん(とついでに虚さん)の出番が丸々なくなってしまいましたがまぁ、しょうがない。
 ネタ詰め込みすぎるとよくないですよね……まぁ、今回も十分詰め込みすぎな気はしますが。

 さて、今回は親睦会というか昼食会というかセシリアのメシマズネタ。
 その割に本音がすごい前に出てきてる感がありますね。 あれ?
 セシリアのメシマズは、たぶんこれでだいぶ改善されるんじゃないでしょうか。
 個人的にメシマズを治す第一歩はそいつの作った飯をそいつ自身に食わせることだと思います。
 ……というかそれで不味いって思わなかったら、治しようがないと思う……だって、料理って最終的には自分の味覚が基準だし。
 それはさておき、なんだか結局シャルやラウラの過去には触れないままになってしまいましたが、次回からはその辺りが主軸になってくる予定です。
 本格的に触れていくのは次の次か、更にその次辺りからになるでしょうが、ラウラに関しては次回に触りだけはやることになると思います。
 ちなみに、この二人に関しては独自解釈と独自設定が他のヒロインよりも大分デカいんでご了承ください。
 特にラウラは以前も言いましたが『やさしいせかい』な成分が増し増しです。
 ……時間を置くと書きたい設定が生えてくるのはいいことなのかどうなのか。

 話は変わりますが、現在ここと『小説家になろう』様の二か所でオリジナル作品『赤ずきんたちとオオカミさんの絶望打破』を連載しております。
 皆様、興味を持っていただけたなら(どちらのサイトでもよいので)ぜひとも読んでいただけるとありがたいです。
 ……そして感想プリーズ(切実)

 それでは、今回はこの辺で。
 次回はもうすこし早く出したいですね。



【蛇足】
 現在、艦これイベントプレイ中。
 これ書いてる時点でE6丙の第三ゲージ攻略中。
 ここまですべて丙。
 丁と迷いましたが、せっかくなので丙で……乙や甲は無理ですって(汗)

 新しく手に入れたのは、報酬艦も併せて……

〇朝霜、海風、国後、速吸、瑞穂、Gambier Bay、日振、Jervis、Warspite(順不同)

 ……って感じで、更に出戻りで三隈と、潜水母艦欲しいから確保したのが大鯨ですね。
 ……うん、あっという間に空きスペースがなくなっていくよどうしよう。
 やっぱり三隈は解体しようかな……?


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31:変わりゆくことは未知の踏破にも似て

 

 

「そういえば、昼間は訊くタイミングがなかったが」

「ん?」

「向こうの……クラリッサさんたちの様子はどうだ?」

 

 一夏はベンチ傍の自販機で買ったジュースをラウラに手渡しながらそう尋ねる。

 ラウラはそれを受け取りつつ小さく笑う。

 二人の頭にはジャパニメーションが大好きで、上官であるラウラを溺愛する部隊のお姉さま役なセミロングの副隊長の姿が思い浮かんでいるだろう。

 

「ああ、皆元気だ。

 ……そういえば、久しぶりに話したいからクラリッサが自分のアドレスを伝えておいてくれと言っていたな」

「そうか。 じゃあせっかくだから教えてもらおうか」

 

 取り出したスマホの赤外線通信で、手早くアドレスを受け取る。

 それを終えて懐にしまうと、一夏はもう一人のことについても訊いてみる。

 

「シュルツ司令は? あの人も変わりないか」

 

 シュルツ司令とは『黒ウサギ隊』の所属する基地の責任者で、ラウラの直接の上官でもある。

 ドイツでの留学の際には、彼女たちともども世話になった人物だ。

 と、そこでラウラの反応が少しおかしくなる。

 

「司令、か? もちろん元気だぞ」

「……その割には様子が変だが、何かあったのか?」

 

 僅かに言い淀んだラウラに、一夏は気になって踏み込んだ。

 するとラウラはほんの少し迷ってからポツリと語りだす。

 

「実はだな……司令から、私に養子にならないかと誘われていてな」

「へえ!」

 

 一夏の口から思わず関心の声が出る。

 同時に脳裏に浮かぶのは、ラウラや、シュルツ司令をを始めとした面々とのドイツでの日々だ。

 

 

 

『織斑 一夏―――私はお前を認めない』

 

 

 

 ドイツでの留学で初めて会った時の開口一番、真っ先に受けたのは拒絶の洗礼だ。

 そしてそれはラウラだけではなかった。

 むしろ言葉にして示したラウラはまだマシなほうで、他の隊員たちに至っては良くて事務的で、下手をすれば相手にすらしないといった有様だった。

 しかも、それだけではない。

 ラウラと隊員たちには明らかな溝があり、そして彼女たちとその上官である司令は精神的な距離が置かれていた。

 今考えれば明らかに組織やチームとしてひどい有様でありながらも機能していたのは、偏に軍としての規律と上意下達の精神が叩きこまれていたからこそだったのだろう。

 

 そんな状態から徐々に、そしてある事件を契機に一気に絆を深めていったその経緯を振り返れば、ラウラの言葉は非常に感慨深いものがある。

 しかし、そこで一夏は違和感に気付いた。

 

「あまり嬉しそうに見えないな……?」

「そ、そんなことはない!! 嬉しいし、光栄だと思っているし、できれば受けたいとも思っている!」

「わ、わかった。 とりあえず落ち着け」

「あ……すまない」

 

 反射的にラウラが立ち上がり、迫るようにまくしたてた。

 その剣幕に思わず一夏が身を引かせると、ラウラは一気に頭が冷えたのかストンと腰を落とす。 

 ラウラはほんの少しの間だけ黙りこくって、手にしたオレンジジュースで唇を湿らせてから重たくなった口を開く。

 

「……いま言ったとおり、司令からの話はとてもうれしい。

 司令の奥様とも、一夏がいなくなった後に何度かお会いしたことがあって、部下ともどもとてもよくしていただいた。

 ―――だが、私には親というものがどういうものなのか、よく解からないんだ」

「………そうか」

 

 なるほど、ラウラの生い立ちを思えばそれは確かに戸惑いを禁じ得ないだろう。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは所謂デザインベイビーという存在だ。

 軍が人としての倫理すら無視し、より優秀な兵を目指して生み出した存在。

 必然として、育ちもまた常人と違い普遍的な愛情というものとは無縁の中に生きてきた。

 それを思えば初めて会った時の周囲との確執も、必然と呼んでしかるべきだったのかもしれない。

 彼女本人は周囲が思っているほどその生い立ちに負い目を感じてはいなかった。

 しかし親子という絆を結ばんとして、初めてそこに迷いを得たのは皮肉と言ってもいいものか。

 

 そして困ったことに、一夏にはその悩みに答えることができなかった。

 

「参ったな……俺も父や母って存在には縁がなかったからな」

 

 そう、一夏もまた己の両親を知らない。

 一夏と千冬の両親は、彼が物心つく前に蒸発したらしい。

 写真も残っておらず、千冬が両親所縁の品はすべて処分したらしい。

 だから彼にとっての家族とは、姉である千冬だけだった。

 今更、両親という存在に思うところはないし、心の底からどうでもいいと思っているが、だからこそラウラの悩みに対して力になれるとは思えなかった。

 

「そうか……」

「悪いな、役に立てそうになくて」

「いや、聞いてくれただけでもありがたい」

「……それで、話っていうのはその事だったのか?」

 

 問われて、ラウラが「あ」と思い出したような声を上げる。

 そしてほんの少しだけ迷うように押し黙ってから、深く息を吐いて言葉を紡いだ。

 

「一夏、ドイツに来る気はないか? 勿論、教官も一緒に」

「今のところはない」

「―――即答は流石に悲しいのだが」

 

 やや恨めし気に見つめるラウラに、しかし一夏は呆れ半分に溜息をつく。

 これならば先ほどまでのほうが悩みとしては深刻だからだ。

 彼女自身もそれは解っているだろう。

 拗ねた雰囲気は出しても、それ以上食い下がる様子はない。

 

「そう言われてもな。 お前だって、俺が頷くとは思ってなかったろう?」

「まあ、な。 教官……織斑先生に言っても同じだろうしな」

「だっていうのにどうした? まさかホームシックか」

「―――あながち、間違ってないかもしれんな」

 

 冗談半分の言葉に、しかし肯定が返される。

 組んだ足に頬杖をしてやや遠い目をするラウラに、一夏は思わず瞠目してしまう。

 ラウラは眺めるでもなくぼうっと物憂げな眼差しを眼前へと投げかけている。

 

「……正直、私はここにとって自分が場違いとしか思えない」

 

 切実に呟きながら、その脳裏に浮かぶのは今日一日のこと。

 ここはIS学園……ISという最新最強の装備を駆るための人材を育てるための機関だ。

 だが、実際に来てみたこの場所で目にしたのは、ぬるま湯のような空気の中で能天気に笑っている同年代の姿だった。

 

「きっと、お前に会う前の私だったら否定することしかできなかっただろうな」

 

 なんと程度が低いのか。

 なんと意識が足りないのか。

 こんな場所にいる価値などない。

 こんな場所にあの人がいるなど、損失以外の何ものでもない。

 ―――おそらくは、そう考えてその全てを拒絶していたのかもしれない。

 

「けどな、きっと違うんだ……普通なのはあちらで、そう思えない私のほうがおかしいんだ」

 

 ぬるま湯だと評した空気はきっと陽だまりだと思うべきで。

 能天気だと感じた者たちは無邪気だと感じるべきで。

 総じて平和というべきものを、当たり前のように享受していることが普通であり。

 それを受け入れられない私のほうが間違っているのだと。

 

「そうさ……私こそが、ここにとって異物なの―――」

 

 唐突に、ラウラの言葉が途切れる。

 正確には、中断させられたのだ。

 

「………………………何をする?」

「アホなこと言ってたので、アホなことで止めてみた」

 

 横目でじろりと睨むラウラに、一夏はしれっとした様子で答える。

 その右手は、人差し指がラウラの頬を横からムニっと押し込んでいた。

 重苦しい空気が霧散し、代わりにラウラに怒気が漲り始めると、一夏は押し込んでいた人差し指をツイっと彼女の眼前に立てる。

 

「まず一つ。 そういった違和感は入学当初なら大なり小なり誰でも抱く。

 今までとは全く違う環境だ。 戸惑わないほうがおかしい」

 

 言って、ラウラが何か言う前に二本目の指を立てる。

 

「二つ目。 頭ごなしに否定しないってことは、それをお前自身が受け入れようとしている証拠だよ。

 少なくとも、その下地はできてるってことさ」

「だが……」

「ラウラ……この学園にはいろんな奴がいる」

 

 俯きかけるラウラ。

 しかし遮るように続く一夏の言葉に思わず顔を上げる。

 一夏は、こちらへと真摯でまっすぐな視線を向けていた。

 

「セシリアやシャルみたいな令嬢もいれば、お前や鈴みたいに軍に関係しているヤツもいる。

 箒みたいな訳ありやここの会長みたいによく解からないヤツもいる。

 もちろん、そんなのが全くない普通の子たちもな」

 

 そしてそういった者たちの多くはラウラの人生で今まで道の交わることがなかった存在だろう。

 ドイツで軍人として生きていくだけならば関わる必要すらなかった者たちだろう。

 だからこそ。

 

「自分の世界を広げろよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 お前は俺がいたあの時に、周りの皆の手を取ることができただろう?

 なら今度はその外に目を向けてみろ」

 

 その全てが、有益だとは限らない。

 嫌なものや知りたくもなかったものもあるだろう。

 後悔することだってあるかもしれない。

 だが、それでも。

 

「絶対に、それは無駄にはならない。

 少なくとも、その胸に新しく大切な何かが宿るなら、きっとそれだけで大成功だ」

 

 と、そこで一夏は深く笑う。

 それは子供のように、無邪気で屈託のない笑顔だ。

 

「―――まずは楽しめよ。 後はそれからだ」

 

 その笑顔を、しばらく瞼をパチクリとさせながらしばらく見上げて。

 ラウラもようやく小さく笑う。

 

「ああ………そういえばここに来る前にも司令に似たようなことを言われた気がするよ」

「そうか。 そいつは光栄だ。

 っと、一つ言い忘れてた」

「なんだ?」

 

 ラウラが小さく首を傾げると、一夏は指を三本立てる。

 そして胸を張ってこう言い放つ。

 

「三つ目。 ―――この学園で一番の異物はどう考えても俺だろう?

 それを差し置いて自分が場違いだなんだってのは頭が高いって話だ」

 

 尤もと言えば尤もな、しかし同時になんとも言えない気分にさせる主張。

 それを大威張りにしてくる想い人の姿に、ラウラはキョトンとして、

 

「………………クッ、ふ、はは、違いない、な」

 

 堪えきれないように吹き出しながら、肯定した。

 と、その時だった。

 

 

「見ぃつけたぁーーーー!!!」

 

 

 つんざくような大声が横合いから響き渡る。

 思わず二人が同時に振り返れば、そこには一人の少女が立っていた。

 

「み、つけ、ぜぇ、はぁ、みつけ、ゲッホ、たぁ、ふぅ」

 

 なぜか盛大に息を切らして。

 ここまで駆けてきたのか、その上であの大声を放ったのか。

 今は息も絶え絶えといった有様な少女に、一夏もラウラもなんだか居た堪れない気持ちになる。

 と、そこへ更に何人かの少女たちが姿を見せる。

 

「ちょ、ちょっとあいちゃん、なんで虫の息になってんのさ!?」

「いくらなんでも張り切りすぎ」

「ご、ごめ……う゛ぇ」

「おい、やめろ。 さすがに吐いたらドン引きってレベルじゃねぇ……!!」

 

 不穏な会話も聞こえた気がするが、幸いにも乙女の尊厳が穢される事態には至らなかった。

 さて、何事かと一夏たちが立ち去ることも忘れて見守っていると、最初に駆けこんだ少女が改めて歩み寄ってくる。

 すると、何かに気付いたのかラウラが小さく声を上げる。

 

「お前は……確か今日の授業の」

「おお! 覚えててくれてたんだ!!」

 

 少女は額の汗を手の甲で豪快に拭いながら嬉しそうに笑っている。

 一夏も、ラウラのセリフで彼女が合同授業でラウラの担当した班の生徒であることにようやく気付く。

 その上で見れば、後ろの少女たちも恐らく同じなのだろう。

 続くようにやってくる彼女たちの人数も、合計で八人と合っている。

 そして少女たちはラウラの前で横並びに立つと、一斉に頭を下げた。

 

『『『ボーデヴィッヒさん!! ありがとう!!!』』』

「―――え?」

 

 まったく予想だにしていなかったのだろう。

 呆気に取られた表情を浮かべるラウラに、最初の少女が一歩前に出る。

 

「あの授業、ボーデヴィッヒさん怖かったけど。 すごく怖かったけど。 マジパないレベルで厳しくて怖かったけど」

「そ、そこまで怖かったか? 私は……」

 

 連呼されて流石に少しショックだったのか、頬を引きつらせる。

 それを見て、違う少女が最初の少女の後ろ頭を軽くはたく。

 それで気づいたように慌てて手を振る。

 

「いや、ゴメン!! 責めてるつもりじゃなくてさ」

 

 と、落ち着かせるようにコホンとわざとらしい咳払いを一つ。

 改めてラウラと視線を合わせて、彼女は言い放つ。

 

「……あの授業さ、厳しかったけどその分すっごい勉強になったと思うから」

「―――え?」

 

 焼き直しのように、再び呆気に取られるラウラ。

 そんな彼女に、他の少女たちが笑いかける。

 

「私、何度か実習で乗ったけどどうしても空中での立ち回りで苦手なところがあったんだよね。

 でも、ボーデヴィッヒさんの指導でこう、コツを掴めたっていうか……」

「アタシも、浮き上がるの苦手だったけど、あの速度で一気に上昇できたの初めてだったよ」

「それ言うならあたしも……」

「私だって」

 

 口々に出てくるのは、己が躓いていた壁とその解決の糸口を得た報告だ。

 皆、それを彼女の指導のおかげで成しえたのだと賞賛と感謝を惜しむことなく露にしている。

 それを向けられているラウラはといえば、慮外の事態に強い戸惑いとそれと同じくらいの気恥ずかしさを感じている。

 しかし同時に、そこには言いようのない嬉しさも湧き上がってきていた。

 

「と、いうわけで!!」

 

 おもむろに、最初の少女がラウラの手を取って引き寄せ、くるりと反転させて両肩に手を置いた。

 戸惑っていたラウラは抵抗する間もなくされるがままだ。

 

「これから、お礼を兼ねて私たちのおごりで親睦会を開くことを宣言します!!」

『『『さんせーい!!!』』』

「え? え?」

 

 さらに戸惑うラウラをよそに、最初の少女が一夏に顔を向ける。

 

「そういうことだからボーデヴィッヒさん、ちょっと借りてくね! それとも、織斑君も一緒に来る?」

「……いや、せっかくだが遠慮しておく。 話も終わってたから、遠慮なくラウラと盛り上がってくれ」

「ちょ、な!?」

「ふむ、ちょっと残念だけど了解!!」

「い、一夏!! 勝手に話を……」

「ラウラ」

 

 己を置いてどんどん話が進んでいくことに慌てるラウラだが、そんな彼女へ一夏はただ一言、笑顔で告げる。

 

「―――楽しんでこいよ」

 

 その言葉に、僅かに動きを止めたラウラは、言葉にせず胸の内だけで「まったく」と小さく笑う。

 そして。

 

「……ああ!!」

 

 力強く、頷いた。

 その顔に浮かんでいるのは、笑顔。

 なんてことはない。

 それはどこにでもいるごく普通の少女のような。

 この学園でも当たり前に溢れている。

 今周りにいる少女たちと変わらなず、年相応の屈託のない、花開くような愛らしい笑顔だ。

 

「それじゃあ、出発進行!!」

『『『おぉ~~!!』』』

「わ、わかったから押すな!! 自分で歩けると、オイ!!」

 

 そうして。

 彼女たちは賑やかに騒ぎながら、これ以上なく楽し気にその場を後にした。

 その背中を、一夏は穏やかに微笑みながら見送る。

 校舎の陰に隠れて見えなくなるまで見届けていると、背後から声がかかる。

 

「なんか、お父さんって感じの顔してるよ、一夏」

「……いや、そこまで老けたつもりはないんだけどな」

 

 首だけで振り返れば、そこにいたのは後ろで括った金髪を夕日に輝かせている少女の姿があった。

 彼女は、ラウラが座っていたところのベンチの背もたれに両肘をついて身を預ける。

 

「シャルか……いつから居たんだ?」

「実は、結構前から」

 

 一夏が問えば、シャルロットはバツが悪そうな苦笑でそう答える。

 その様子では、どうやら先ほどの会話も聞いていたようだ。

 

「ゴメン……ほんとは聞いちゃう前にさっさと離れればよかったんだろうけどさ」

「……まぁ、俺は気にしてないがな。 謝るんなら、ラウラのほうにしておけ」

「うん。 夜にちゃんと謝っておくよ」

「ああ。 まぁ、アイツもあんまり気にはいないさ」

「だといいんだけどね」

 

 小さく溜息をもらすシャルロット。

 そんな彼女に、一夏は先のセリフからあることを思い出す。

 

「お父さんといえば……お前のトコの親父はどうだ?」

「ウチ? ………まぁ、ボチボチかなって」

 

 問われ、僅かに思案してからシャルロットは小さく笑う。

 そこには陰のようなものは見えなかった。

 その姿に一夏は初めて会った頃の彼女と比較する。

 

 人形じみた張り付いているような笑顔に、にじみ出る暗い陰。

 言葉や行動の端々から感じる諦観の念。

 そのどれもが苛立って、その原因に無性に腹が立った。

 

「………今思えば、あの時は結構な無茶をやったな」

「アハハ、ホントだね」

 

 あの時、半ば以上衝動に任せていた当時の自分を思い出し、思わず羞恥に眉根を寄せる一夏。

 一方のシャルロットは気楽なものだ。

 大変だったのは彼女もそうだったのだが、すでに思い出に昇華しているようだ。

 

(………むしろ大変だったからこそ、か?)

「どうかした? 一夏」

「いいや。 その様子ならうまくやってるようだと思ってな」

 

 さらりと誤魔化す一夏に、彼女は「まあね」と笑って返す。

 実際はうまくやってるどころか、時と場合によっては完全に立場が逆転というかそれどころじゃない何かになっているのだが、それを今の一夏が知る由はなかった。

 と、シャルロットが背もたれから肘を離して踵を返す。

 

「それじゃ、また明日……ってそうだ」

 

 シャルロットが思い出したように振り向きなおした。

 彼女は咳払いを一つして、誰かの真似なのか両の目尻を人差し指で僅かに引っ張りながら、一夏へ視線を合わせる。

 

「お父さんから伝言。 ―――『貴様には、いろんな意味で借りができた。 いずれ纏めて返す』、だってさ」

 

 悪戯が成功したかのような笑顔を最後に残して、それじゃあねと今度こそシャルロットはその場を後にした。

 そうして最後に一人残された一夏は、立ち上がると空になった缶をクズ籠へと放り、歩き出す。

 

「なんだかんだで、みんな前に進んでるんだな」

 

 周囲と絆を結び、そして新しい世界へ踏み出したラウラ。

 己の暗い諦観を断ち切り、自分の意志で歩き始めたシャルロット。

 その経緯を少なからず知っている身からすれば、どちらもこれ以上なく眩しい。

 

 だからこそ、一夏は自問する。

 果たして自分は、同じだけの時間の中でどれだけ進んだのだろうかと。

 

 

 

***

 

 

 

「ただいま、と」

 

 声と共に、自室へ入る。

 言ってから、一人部屋であることを思い出す。

 ここに越したのはシャルロットたちが転校する少し前のことだ。

 それまでルームメイトであった箒はどうにも複雑そうな表情を浮かべていたが、一夏からすればようやく存分に羽が伸ばせるといった所だ。

 もっとも、それを悟られて盛大に拗ねられてしまったのは余談だが。

 だが、こうしてこういう言葉が自然と出てきてしまうあたり、自分も彼女との同居生活が日常になりつつあったのだと妙な感慨が浮かぶ。

 

「おかえりなさ~い」

「―――は?」

 

 と、あり得ないはずの返事が奥から響いてきた。

 それも作ったように甘えた声音でだ。

 一夏は猛烈に嫌な予感を抱き、それは足音が近づくにつれ大きくなっていく。

 果たして現れたのは。

 

 

「ご飯にする? お風呂にする? ―――それとも、ワ・タ・シ?」

 

 

 素肌の上に白の眩しいエプロンを纏って出迎える、更識 楯無の姿だった。

 よく見ればエプロン肩紐からわずかに細い紐が覗いている辺り、どうやら下に水着を着ているようではある。

 しかし、ぱっと見では所謂『裸エプロン』と呼ばれるもの以外の何ものにも思えない。

 

 まるで結婚式から一か月も経っていないような新妻のごとくしなを作る学園最強。

 その姿に、先ほどまでの自問も感慨もなにもかもすべてが吹っ飛んだ。

 

「………………………………………………………………」

 

 無言で佇む一夏は、自分の浮かべる表情が限りなくフラットなモノになっているだろうことを他人事のように自覚した。

 

 

 

 








 なんかあんまり筆が乗らない今日この頃。
 もうちょっと早めに出すつもりだったんですけどね。

 ちなみに、これ更新した日とその翌日の二日連続で『赤ずきんたちとオオカミさんの絶望打破』も更新しているので、よろしければぜひそちらもお願いします。
 ……やっぱりオリジナルだからか手ごたえが返ってこない……(汗)

 それはさておき。
 ほぼラウラが主軸な今回。
 シュルツ司令に関してはある程度バックボーンも考えてたり。

 この作品でのラウラは初期の問題がすでに解決した状態なので、学園に来ること自体が世界を広げる第一歩であり、同時に最初の難関だったりします。
 心に余裕ができた分、それゆえに不安も抱きやすくなってるかんじですね。
 そしてそれを払拭する最初の一手が新天地での出会いですね。
 そこらへんが途中で出てきた少女たちです。
 一応、名前も(即興で)考えてたりします。

・唯原 亜依(ゆいはら あい)
・椿井 双葉(つばい ふたば)
・銅雷寺 美津子(どうらいじ みつこ)
・夜津府 イア(よつふ いあ)
・五丈 芙優(ごじょう ふゆ)
・鹿瀬 楠乃(ろくぜ くすの)
・地部 奈々子(ちべ ななこ)
・吾郷 弥子(あさと やこ)

 ……とりあえず、数字の1~8とそのドイツ語読みをもじってつけたんですが……四番目以降の適当感が半端ないですね。
 というか一番最後が苦しすぎる(汗) 
 とりあえず、ラウラは一夏たちとは別にこの八人と作中の裏で遊びにいったり勉強したりと青春を送るんじゃないでしょうか。
 描写されるかどうかは別として。

 そして途中でシャルが出たり一夏が微妙にモラトリアムしてたりするけど、最後に全部持ってく楯無さん。
 でもこういう時に出てこないと出番がないから致し方がないよね(暴論)

 さて、どうにも頭の中の展開をうまく描写できてない感じがしますが、戦闘シーンはいればどうなるんだろうか。
 しかし戦闘に入るまであと最低でも3~4話置くことになるという事実。
 バトルをお楽しみの方は、もうしばらくお待ちください。

 それでは、今回はこの辺で。
 次回まで、また気長にお待ちくださいませ。


【追伸】
 艦これイベなんとか達成。
 ただしラスボスの最後の最後だけ丁にしてクリア。
 ……ボスとは別に姫級でてくるとかちょっと無理でした。
 航空支援一つしかボスまで届かないし、資源もすっかり寂しくなっちゃったし……(哀)

 ちなみに、報酬艦である『Intrepid』のほかには、前回のあとがきに続いて『Ташкент』、『翔鶴』、『ArcLoyal』、『親潮』が出てきてくれました。
 ………とりあえず、枠の空きがなくなったので三隈さんはサヨナラ。
 というか、育てなきゃいけないのが増えまくりです……瑞鳳も改二にしなきゃですし。
 なんにせよ、イベントお疲れさまでした。堀はやらないというか無理。


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32:目に見える苦労ほど背負う前から疲れるものはない

 

 

「―――匂いで解かっていたが、カレーか」

「ええ」

「それじゃあ早速、いただきます。 ………うむ、美味いぞ」

「ありがとう」

「肉は豚か……ポークカレーは自分じゃあんまり作らないが、中々イケるな」

「そう? 嬉しいわ」

「辛さはもう少し辛くても平気だが……ああ、だが美味いぞ」

「ありがと。 ―――と、ところで」

「ん? なんだ?」

 

 舌鼓を打つ一夏の対面で、楯無が身を乗り出しながら首をコテンと傾ける。

 

 

「この格好については」

「なんのことだ?」

 

 

 言葉尻を遮る形で、一夏はにこやかに……それはもう作り上げたかのように完璧なにこやかさで楯無を叩き切る。

 見る者が思わず怯みそうな一部の隙もない作り笑顔を、頬を引きつらせながら受け取る楯無。

 その恰好は、疑似裸エプロン(正式名称:水着エプロン)のままだった。

 そんな肌色の多すぎる彼女に対し、一夏が取った行動はとても簡単である意味これ以上ないくらいキツイものだった。

 すなわち、徹底して彼女の用意したネタに全く触れないというものである。

 どれだけ豊かな胸を強調しようが、水着だから恥ずかしくないもんとばかりにうなじから背筋を通り円い尻をそれとなく見せつけてきても、その全てに一切の反応を返さなかった。

 無視しているわけではない。

 普通の会話なら最初の通りちゃんと返すのだ。

 ただ、今の彼女の格好やそれに類似あるいは付随する類の話題に関してはにべもない。

 それでもなんとか反応させんと楯無が半ば意地で奮闘することすでに一時間余り。

 その結果は無残なものだった。

 

 さて、それから食事を終えるとほぼ同時。

 楯無はスクっと立ち上がる。

 

「―――ちょっと、脱衣所借ります」

「おう」

 

 一夏の返事もそこそこに楯無はスタスタと脱衣所に籠り、更に数分。

 いつも通りの制服に身を包んだ楯無は、侍るように一夏の傍で正座をすると彼をまっすぐと見据え、三つ指をついて深々と頭を下げた。

 土下座だった。

 

「サーセンっした!!」

 

 軽いセリフの割に、正座から土下座への移行までの身のこなしから端々の所作に至るまで、それは一部の隙もない洗練された動作だった。

 無論のこと、結果たる土下座そのものも見事しか言いようがないものだ。

 それだけに、その理由を考えれば情けないことこの上ないが。

 

 一方で、完璧すぎる土下座を受け取った一夏はというと一瞥して一言で終わらせた。

 

「おう。 もうするなよ」

 

 

 

***

 

 

 

「ちぇー、ちぇー。 なんなのよもう。 もうちょっとノリ良くしてもいいじゃないのさー」

 

 テーブルに顎を乗せた楯無がブー垂れる。

 先ほどの職人技の如き土下座とは打って変わっただらしのない体勢の背後で、一夏は食事の片づけとして水仕事をしている。

 

「悪いが、似たようなネタは留学時代に文字通り飽きるほど味わってる。

 そういうのは一度乗っかると延々とこちらが振り回される羽目になるからな。

 まず最初の最初から潰していくのが肝心なんだよ」

 

 手元をカチャカチャと鳴らしながら、一夏は振り返りもしない。

 なお、その典型例の一人に米国の国家代表も含まれていたが、ある時期を境にぱったりとやらなくなった。

 しかしその理由が自分への想いを自覚した途端に盛大に気恥ずかしくなったためだとは、一夏本人は全く気づいてはいなかったりする。

 そんな事情は全く知らず、楯無はますますいじけて頬を膨らませるばかりだ。

 

「でもさー、今日いっぱい頑張って疲れたんだから労いも含めてノってくれてもいいんじゃないかって思うわ」

「疲れてるならやるな。 ―――まったく。 これでも飲んどけ」

 

 と、戻ってきた一夏はテーブルに頬を張りつかせている楯無の眼前にコトリとグラスを置く。

 氷と共に注がれている液体は、黄の混じった薄い琥珀色に透き通っていた。

 炭酸水が混ざっているのか、琥珀の内側は細かな気泡が湧き上がってはパチパチと弾けている。

 光を透かすそれを間近に見た楯無は、鼻孔をくすぐる香りに目をしばたたかせる。

 

「これって……梅?」

「ああ。 弾……知り合いの家が青梅を大量にもらったらしくてな。

 いくらかおすそ分けを頂いたんだが、さすがに寮で梅干を作るのは難しくてな」

 

 寮じゃなかったら梅干しを作ってたのか男子高校生、という疑問を楯無は敢えて飲み込む。

 

「そんなわけでコンポートにしてみた。 お前に出したのはそのシロップの炭酸割りな。

 ちなみにコンポート自体は明日持ってく予定だったから今日は我慢しろ。

 ………っと、訊かないで作ったが、炭酸は平気だったか?」

「え? ええ、大丈夫よ。 ……ていうか、女子力高いわね」

「文句があるなら飲まんでいいぞ」

「ち、ちがうわよ。 ありがたく頂きます」

 

 楯無は慌てつつも、水滴の浮かぶグラスを手に取ってゆっくりと口へ傾ける。

 流れ込んでくる液体は、しかし炭酸は弱めなようで刺激自体は思ったよりもずっと小さい。

 舌や喉をピリピリと控えめに撫でていく程度だが、だからこそ主役の梅が映えている。

 柑橘系ともベリー系とも違う趣の酸味に、口中の粘膜が思わず窄まりそうになる。

 しかし梅干しと違い、甘みを伴ったそれは炭酸がシュワシュワと弾けるとともにその芳香を花開かせていく。

 

 コクリコクリと喉を小さく鳴らし、そしてコクリと三回目を経て口を放せば、彼女は口元を緩ませながら細く息を吐いていく。

 

「はふぅ~……おいし」

 

 その様子を対面に座り直した一夏は、頬杖をついてそっぽを向きつつも、横眼だけでちらりと眺める。

 見るからにご満悦な様子の楯無に、なにも言わずに小さく微笑むのみだ。

 

 それから、チビチビと楯無がグラスを傾けている最中。

 一夏はなにをするでもなく、ただじっと座っていた。

 楯無は梅シロップの炭酸割に集中しているため、会話すらもなかった。

 しかし一夏はこの沈黙のひと時を、不思議と心地よく感じていた。

 

 それから数分。

 楯無は氷だけになったグラスをカランと軽い音と共にテーブルに置く。

 

「ごちそうさまでした」

「はいはいお粗末様。 ……で、だ」

 

 ご満悦な楯無に、一夏は改めて向き直る。

 右肘をつきながら僅かに身を乗り出した。

 

「確認するが、例の件は確定ってことでいいんだな?」

「ええ、さっそく明日正式に発表されるわ。 あなたも、下準備で忙しくなるわよ」

「その上で、自分の本番の準備もか。 ……なるほど、修羅場だな」

「それは私も虚ちゃんたちも同じよ。 がんばれ、男の子」

「黒一点はつらいな」

 

 明日からのことを考え、辟易としながら皮肉に笑う一夏。

 その原因を、ぽつりと呟く。

 

 

「学年別トーナメント、……今年はタッグマッチでの開催ってか」

 

 

 学年別トーナメント。

 それは文字通り、各学年ごとのトーナメントだ。

 先のクラス別対抗戦と違い、こちらは全校生徒が対象だ。

 もっとも、二年生以降で整備課を選んだ者は辞退することもあるらしいがそれは余談だ。

 

 このトーナメントは一週間かけて行い、生徒一人一人の実力を示すためのものだ。

 一年にとってはデビュー戦、二年にとっては一年の研鑽の成果を示す場、そして三年にとっては企業や機関からのスカウトを賭けた絶好のアピールでもある。

 それ故に企業などからは勿論、各国の軍や政府からもVIPがやってくる学園行事の中でも一大イベントの一つだ。

 それをこれまでの個人戦から、今年はタッグマッチへの試験的な変更を行うことになった。

 

「それに合わせて日程も三日に短縮されるわ。 まあ、試合数が単純に半分になるからその分だけかかる時間も減るのは道理だけど」

「それでも一気に半分以下か」

「表向きの理由は『より実戦的な模擬戦闘のため』とか、『行事日程の調整のため』とか色々あるみたいだけどね」

 

 はあ、と楯無の口から思わずため息が漏れる。

 『表向き』ということは、実際には別の理由があるということだ。

 二人は直接的にそれを話されたわけではないが、それでもある程度は察することができてしまっていた。

 

「………やっぱり、あの黒い機体のせいか」

「まぁ、前々からタッグマッチって案は出てたらしいから、そればかりじゃないのも嘘じゃないみたいだけどね」

 

 同時に脳裏に浮かぶのは、クラス別対抗戦に現れた黒い異形の機体だ。

 あの後、事の顛末と残骸の解析結果は各国に報告されたらしい。

 それは同時に各国が総力を挙げて黒幕の捜査を始めたということでもある。

 にもかかわらず、今現在においても真相究明には至っていない。

 その隠ぺい能力を含めた脅威のほどはさておき、ここで別の問題が生じる。

 それはIS学園が内外に抱えさせた不安を未だに拭えていないということだ。

 

 IS学園は国家や企業、団体にとらわれない治外法権であるが、それはあくまでも各国がそう認めているからだ。

 つまりはそれだけの実力・設備・システムが揃っているという自負に他ならない。

 だがその信用も先の一件で大きく揺らぎ、崩れかけている。

 今すぐどうこう言われることもないだろうが、下手をすれば学園の今後の管理を疑問視する声が出ることも十分に考えられる。

 最悪はIS学園の管理を巡る冷戦が勃発しかねない。

 それを回避するためにも、間近に迫った大イベントである学年別トーナメントをVIPの前で成功させることは必要不可欠といって過言ではない。

 タッグマッチにかこつけた日程の短縮もその一環だろう。

 

「とはいえ、巻き込まれる側としては大変なんだがな」

「まあその通りなんだけどね」

 

 今度は揃って溜息をつく生徒会のTOP2。

 一夏のほうはある意味で当事者であったともいえるのだが、それでも巻き込まれた側であることは確かだ。

 

「それはさておき、タッグマッチともなればパートナーが重要になってくるわけだけど。

 ………引く手数多だろう一夏は一体だれを選ぶのかニャ~?」

 

 と、楯無がニヤニヤと童話の猫のような悪戯めいた笑みを浮かべる。

 それに対する一夏の反応はもはや慣れたものだ。

 

「引く手数多と言ってもな。 白式くらい尖りすぎてる機体だと却って誘われにくい気もするんだがな」

 

 そう、白式は武装が剣一つだけという完全近接戦専門の仕様なのだ。

 鈴音との戦いのように手持ちで兵装を持ち込むことも可能だが、それにしたって限度はある。

 それについては楯無も一理あると感じたのか、「あー」と納得したかのような声を上げるものの、同時にこうも指摘する。

 

「まあ、それでも一夏と組みたいっていうのは多いんじゃないかしら?

 専用機なんて大なり小なり尖ってるもんが多いんだし、それこそ真逆なセシリアちゃんとか。

 コンビネーションで言えば不明機との戦いで鈴ちゃんと息が合ってたし、今日転入してきたシャルロットちゃんやラウラちゃんとかもいるじゃない。

 ………というか、ぶっちゃけそういうの抜きで一夏と組みたいって子、案外多い気がするわよ」

「さて、どうなるかな。

 それより、お前のほうはどうなんだよ?」

 

 彼女の意見に対し、しかし一夏はなにか心当たりがあるのか含むような言い方をする。

 それに楯無が疑問を挟むよりも先に、今度は一夏が同様の質問を返す。

 

「私? 私はまぁ、薫子ちゃん辺りかな。 虚ちゃんも学年一個上だし」

「……友達、実は割と少ないのか?」

「この生徒たちに愛されるアイドル生徒会長になんて疑惑を。

 ……それはさておき、こっちは問題はないかしらね。

 コンビとして最強っていう二人もいるけど、彼女たちは学年が別々だから今回のトーナメントでは関係ないし」

 

 言いつつ、立ち上がる。

 どうやらそろそろお暇するつもりらしい。

 それに続いて一夏も立ち上がる。

 

「見送りなんてよかったのに。 ……梅サイダーありがと、おいしかったわ」

「こちらこそ、カレーごちそうさま。

 ―――というか、水着はちゃんと持ち帰れよ」

「チッ、気づいたか」

 

 なにやら不穏な出来事が起こりかけたようだが、水際で抑えられたようだ。

 それはさておき、今度こそ楯無は扉のノブに手をかける。

 

「それじゃ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 そうして、彼女が扉を開けて廊下へと出たその時だ。

 

 

「――――――え?」

 

 

 横合いから、そんな声が聞こえた。

 ギクリとした楯無が振り向けば、そこには部屋着に着替えた箒の姿があった。

 

「なんで、一夏の部屋から……楯無さんが?」

 

 呆然と呟く箒に、楯無は内心で「あっちゃー」と呟く。

 どうやらあまりにもタイミングが悪すぎたようだ。

 と、固まっている楯無に一夏が首を傾げながら首を出してくる。

 

「なんだ? 誰かいるのか、と箒か」

「い、一夏」

「なにか用か?」

「い、いや! たまたま通りがかっただけだ!!」

 

 思わず、といった感じでそう答えてしまう箒。

 顔を赤くしながらも、意地を張ってしまったその反応にさしもの楯無も罪悪感が募る。

 一方で、一夏は首を傾げながらも「そうか」と納得してしまう。

 

「じゃ、邪魔したな! それじゃあ……」

「ちょっと待ってよ箒ちゃん」

「っと、楯無さん!?」

「せっかくだし、途中まで一緒に行きましょ」

 

 くるりと身を翻す箒の後ろから、その肩に手をかける楯無。

 慌てる箒を尻目に、楯無は首だけで一夏に振り返り、ウインクを一つ。

 

「それじゃ一夏、今度こそおやすみなさい。

 明日からよろしくね」

「ああ、わかった。

 箒もお休み、風邪ひくなよ」

「ひ、ひくか馬鹿者」

 

 一夏は小さく笑いつつ、パタンと扉を閉めてしまう。

 そうして残された二人はしばらくの無言の後、ゆっくりと歩き出す。

 

「……なんだか、ごめんなさいね」

 

 申し訳なさげにそう言ってくる楯無の様子は、普段や先ほどまでとは打って変わってしおらしいものだ。

 実際、箒は一夏に『次の学年別トーナメントで優勝したらデートをしてくれ』という意味合いの言葉を言いに行っていたので、それが無為になった原因である楯無からの謝罪を受け取る権利はあった。

 しかしそんな彼女を実際に目の当たりにして、むしろ箒のほうがしゃちほこばってしまう。

 この辺りは年功序列な体育会系の意識か、それとも叩き込まれた礼儀からか。

 

「い、いえ!! そんな……」

「言っておくと、箒ちゃんが危惧してるようなことはなかったからね。

 ただちょっと悪戯して一夏がそれをガンスルーして私が作ったカレーを二人で食べただけだから」

「は、はぁ……?」

 

 正直、いろいろと突っ込みどころが多すぎるが、それを追求するにはまだ少し動揺が大きかった。

 箒の対人スキルが低かったのも問題だったろう。

 と、箒はほんの僅かに押し黙って、やがて意を決したかのように楯無を見据える。

 

「あの、楯無さん。 一つだけ訊いてもいいですか?」

「……なにかしら?」

 

 真剣な眼差しを向ける彼女に、楯無もその姿勢を正す。

 箒は一拍を挟んで、

 

「―――一夏のこと、どう想ってるんですか?」

 

 核心を突く、そんな問いを投げかけた。

 楯無は一瞬、息を詰まらせて、やがて深く息を吐く。

 

「………正直、自分でもよく解からないわ。 ただ、ね」

 

 そしてその右手を、ゆっくりと自身の胸へと当てる。

 その内側には、やはり熱があるのを自覚する。

 

「彼と出会って……ここに、熱いものを感じるようになったの。

 それがなんなのか、やっぱりよく解からないけど、つらいようで、でも嬉しいような、そんなものがずっとここにあるの」

 

 その言葉に……そして浮かべているその表情に、箒はある確信を得た。

 と、楯無がパタパタと手を振りながら笑う。

 

「なんて、変なこと言ってゴメンね。 ……あ、私の部屋こっちのほうだから」

「あ、はい。 ありがとうございました。

 おやすみなさい」

 

 分かれ道で、手を振って背を向ける楯無に箒は深々と一礼。

 そして顔を上げて、こちらも自室へ帰らんと踵を返し、踏み出しかけた足を止めて、思わず呟く。

 

「―――どう考えても、恋敵じゃないか」

 

 その事実に、箒は強く精神的な疲労を滲ませて溜息を吐く。

 

「いくらなんでも、前途多難すぎないか。 ……なぁおい、一夏よ」

 

 自らの想い人へ、彼女は心の底からの恨み節を炸裂させていた。

 

 

 

 




【おまけ】あったかもしれない会話

千冬「(梅酒は作ら)ないのか」
一夏「(学生寮でお酒仕込むとかさすがに)ないです」
千冬「(´・ω・`)」
※この後、作ってもらった梅シロップサワーでめちゃくちゃほろ酔い気分になった。



***



 はい、というわけでお待たせしました。
 今回も一部途中で書き直したりと、難産でした。

 ちなみに自分は炭酸もお酒もついでに梅干しも苦手です。
 炭酸は子供のころから苦手で微炭酸もまともに飲めなかったり……
 お酒も家族はみんな飲めるんですが、自分はあんまり美味しく感じないので量飲んだことないんですよね。
 梅干しは……最近は小梅は食えるようになったから、頑張ればいけなくはない気もします。
 チャレンジする機会があるかは不明として。

 それはさておき。
 一夏、渾身の水着ネタをまさかのガンスルー……!!
 でも、ぶっちゃけ楯無さん的にはまだマシなオチだったりするんですよねこれ。
 なんせ連載前の想定ではこの辺りのシーンは箒も一緒にいたから。
 箒の目の前でこのガンスルーをやって、ついでに梅シロップの炭酸割も出てこなかったという……うん、それに比べりゃマシですよね(爆

 トーナメントで整備課が自由参加云々っていうのは独自設定。
 ただ、せっかく整備課って別れてるんだから、そっちに注力するのがいてもおかしくないかと思ったので。
 整備課でも参加する生徒はたぶんスパロボでのリョウトやタスクみたいなポジ……というのは冗談としても、自分でも動かせていろいろ試せるっていうのは制作や開発の技術者側としては割と評価大きいんじゃないかなとも。

 タッグマッチへの変更に伴っての日程の変更や裏側のあれやこれやも完全にこっちの妄想ですね。
 ただ、タッグマッチになったらそのままの日程っていうのは逆に時間を持て余しそうなイメージがあります。
 裏側の事情については、これこの考えだと正史でのVTシステム暴走ってかなりやばいんじゃないかって気も……(汗

 そして箒のお誘い……未遂(オヒ
 いや、原作みたいに『付き合ってくれ』云々を誤解させる展開に持っていくのは流石に難しかったので、こんな形に。
 ごめんよ箒、代わりってわけじゃないけど戦闘が始まったら割と活躍すると思いますんで……

 さて、次回からは気になっている人も多いだろうシャル&ラウラの過去編の予定。
 ただ、あくまでもダイジェスト風に流す予定なのでご了承ください。
 ……ぶっちゃけ早くバトルに入りたい気持ちもあるんですが、それにはあと数話ほどかかる予定。
 申し訳ありませんが、お付き合いくださいませ。

 この辺で。
 次回もよろしくお願いします。


◎追伸
 今月、原作12巻発売だそうですね。
 というかまたヒロイン増えるんか。(この作品に登場させられるかは不明)
 ……それはともかく、こっちが想定してる紅椿の能力とか使ったりしそうな気が……いや、あっちが原点なんだからいいんですが。


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33:受け継がれた言葉を想う、夜語り

 

「―――というわけで、ごめんなさい」

「いや、ほんとうに気にする必要はないんだが……」

 

 ベッドの上で、シャルロットは深々と頭を下げる。

 その隣のベッドで、胡坐をかいているラウラは困ったように眉根を寄せていた。

 

 なぜこんなことになっているのかというと、食堂での食事を終えた後、シャルロットが一夏との会話を立ち聞きしてしまったことを打ち明けたのだ。

 シャルロットはこうして平身低頭するほどに申し訳なく思っているのだが、当のラウラはというとむしろそこまで彼女が気にかけていることに当惑しているようだった。

 

 シャルロットからすれば、一夏を呼び出してまで打ち明けた悩みを許可なく聞いてしまったことに引け目を感じてしまっていた。

 また養子云々の話についても、自身の境遇と比較して身につまされるものがあるようだ。

 

 一方でラウラにとってはすでに半ば以上解決した悩みであるし、聞かれてしまったならばそれはそれでしょうがないとも思っていた。

 まして悪意を以てわざと聞いていたというわけでないならなおさらだ。

 養子の件についても、相談の主体ではなかったし特に気にする点があるわけでないというのが彼女の本音だ。

 この辺りは人生経験や対人経験の浅さもあるが、それ以上に彼女自身の気質が大きいだろう。

 

 そんなわけで、特に問題はないのだが少し困った状態というのが現状だった。

 と、そこでラウラがあることを思いついた。

 

「そうだな、それじゃあ少し教えてほしいことがある。

 それでチャラということで構わない」

「え? う、うん、いいよ。 ボクで解かることなら」

 

 その答えにラウラは「よし」と頷くと、シャルロットをまっすぐと見据える。

 

「シャルロット、嫁とお前の出会いを教えてくれるか?」

「一夏との?」

 

 訊き返せば、「うむ」と頷かれた。

 なるほど、自分の過去に触れたのだからこちらの過去も語れということか。

 ……いや、むしろ恋敵に対する情報収集か。

 

(さすがは軍人にして部隊長、チャンスは逃さないってことだね……!!)

 

 シャルロットが困惑の表情の裏側で冷静にそう分析した。

 そこには静かな戦慄も含まれている。

 そんな彼女に向ってラウラは視線を逸らす。

 だがそこに浮かんでいる表情は後ろ暗さの感じられない、むしろ照れくさそうなそれだ。

 

「留学前の一夏は昼にある程度聞いたが、留学中の一夏はドイツに来た時のことしか知らないからな。

 正直、すこしでもアイツのことを知りたくて……って、なんで頭を抱えながら盛大に崩れているんだ!?」

「な、なんでもない……ちょっと浄化されかかっただけで」

 

 恋する乙女らしくいじらしい動機に、薄ら暗い思惑を思い浮かべていたシャルロットがむしろ自爆気味なダメージを負っていた。

 正直、腹黒い自分とルームメイトがピュアさの落差が激しすぎて辛い。

 というかいくら何でも思考が黒すぎやしなかったろうか、自分。

 

(うん、きっとお父さんの影響だ)

 

 さらりと父親に風評被害を押し付けるシャルロットだが、その思考こそが一番真っ黒だということに果たして気付くのか。

 一方で、ラウラはどこかばつの悪そうな様子で首を傾げている。

 

「話しにくい事なら、別に話さなくていいぞ?

 さっきも言ったが、私の方は気にしていないし、チャラ云々もジョークみたいなものだからな?」

 

 大昔の彼女しか知らない者が聞けば、すわ狂ったのかと思いかねないセリフだ。

 しかしシャルロットは少しだけ考えて、苦笑と共に首を横に振る。

 

「………いや、大丈夫だよ。 どうしても話しにくい事だけはぼかすけど」

「ああ、構わない」

 

 

 了解を得て、「それじゃあ」とシャルロットは一夏との出会いとその経緯を思い出していく。

 さて、どこから語ろうかと沈思すること暫く。

 まずはといった様子で苦笑を浮かべて一言。

 

 

「―――実はさ、ボクって所謂『愛人の子』っていう奴だったんだよね」

 

 

 いきなりの爆弾発言から始まった。

 

 

 

***

 

 

 

 ―――シャルロット・デュノア。

 デュノア社の社長の娘。

 自分がそれを知ったのは、女手一つで自分を育ててくれた母が亡くなってからだ。

 

 初めて会った時の父には良い思い出がない。

 なぜなら、呼びよせておきながらこちらに全く関心がないと言わんばかりに最低限の接触してしてこなかったからだ。

 そういう意味では、むしろ義母となる父の本妻のほうが激しかった。

 まさか初対面で『泥棒猫』と罵られるなど、大昔のドラマのようだったとむしろ感心してしまったくらいだ。

 それはそれとして、張られた頬は痛かったが。

 

 そんな二人に引き取られた後のシャルロットの生活は一変した。

 母子家庭での生活に比べ身に着けるものは高価なものになり、家事をする必要どころか身の回りの世話まで使用人が焼いてくれるという扱いだ。

 まさに金持ちの娘といった有様で、事実、経済的な面ではこれまでと比べてはるかに恵まれるようになったのは事実だ。

 だが、代償として幸せではなくなった。

 母を喪って得た悲しみと寂しさを、再会した父が埋めることはなかったのだ。

 彼はこちらを見ようともせず、話すこともほとんどせず、伝えられてくる言葉や指示も執事や部下を使っての間接的なものだ。

 義母に至っては視界にすら入れたくないのか、まともに会うことすらなくなった。

 

 だから令嬢としての教育が始まったことも、ISの適正が見つかったことによってその訓練が追加されたことも、むしろ僥倖だった。

 それらに没頭している間も、疲れ果てて泥のように眠ることも、余計なことを考えずにすむにはうってつけだからだ。

 おかげで父と義母の存在に苛まれることも、亡き母を思って嘆くこともせずに済んだ。

 

 あとにして思えば、その時の自分は人間味というものを消費して生きていたのだと思う。

 色彩を失った世界で、人形のように与えられた要求をこなしていくだけの存在。

 それが、母亡き後のシャルロットの日常だった。

 

 

 

***

 

 

 

「なんだそれは!!」

 

 ベッドの上に仁王立ちして、ラウラが憤る。

 形の良い細い眉を吊り上げ、眼帯に覆われていない右の瞳に怒気を宿らせている。

 

「まあまあ、落ち着いてよラウラ」

 

 そんなルームメイトをシャルロットが困ったように笑いながら宥める。

 だが、ラウラの憤慨は止まらない。

 

「己の勝手で呼んでおきながら……それでは飽いた人形を放るようなものではないか!

 それに妻の方もそうだ。 なぜ何も知らなかったシャルが悪行を働いたかのような責めをするのだ!?」

「うん、わかったっから落ち着いて、ね?

 もう昔のことなんだし。

 それにほら、あんまり大きな声を出すとお隣さんの迷惑だよ」

 

 肩で息をし始めるラウラも、当事者本人のとりなしで何とか鎮まる。

 高級ホテルもかくやという寮の部屋は防音性も極めて高いが、それとモラルやマナーは別問題だ。

 苦情にドアを叩かれないことを切に祈る。

 しかしそれはそれとして、こうまで自分のために激してくれたことに嬉しさと共にむず痒いものをシャルロットは感じた。

 それだけでも昔語りをした甲斐があるというものだ。

 とはいえ、当時のことを思い返せばその当人としては呆れる気持ちのほうが強かったりする。

 

「と、いうかさ」

「む?」

「ぶっちゃけ、今振り返ってみると……ボクを含めて、全員ちょっと思考停止しすぎというか、有体に言ってバカすぎるよねって」

「ブッ!?」

 

 慮外な言い草に、ラウラも思わず吹き出してしまう。

 動揺する彼女に、シャルロットはニッコリと笑みを浮かべて見せる。

 

「だって結局は全員が全員、互いに没交渉すぎるのが原因だったんだもの。

 正直、誰か一人でも真正面から腹割って話し合ってたらあそこまでこじれてなかったよねって、今でも思うよ」

 

 腕を組んで、うんうんと頷きながらしみじみ語るシャルロット。

 ただでさえ返答に困るというのに、経験値の乏しすぎるラウラでは固まるほかない状態だ。

 

「……といっても、それも無茶な話だったんだけどさ」

 

 言いつつ、シャルロットは当時の自分たちを思い出す。

 結局のところ、誰もが手いっぱいでそれどころではなく、その上でお互いを拒絶していたのだ。

 それで何もかもぶちまけるように本音を晒して向き合えるなら、世の中戦争の数はもう少し減っていただろう。

 

「まあ、そんな風に人形っていうかロボットみたいに生きてたちょどその頃だったね」

 

 一拍置き、当時のことを思い出して気恥ずかしさを感じる。

 しかしそれ以上に大切な温かさが胸の内に広がっていくのを自覚する。

 だから、彼女は幸せそうに微笑んで囁く。

 

「一夏が、フランスに留学してきたんだ」

 

 

 

***

 

 

 

 一夏がフランスへやってきた当時、すでに自分は代表候補生への打診を受けていた。

 とはいえ正式な候補生でもない自分が彼の案内役に選ばれたのは、デュノア社と一夏のサポートをしていた倉持技研との技術提携のためでもあったのだろう。

 実際のところ、業界内のシェアは大きくとも肝心の第三世代開発に関してはすでに停滞が見え始めていたデュノア社にとって、ここで得られる繋がりはまさに渡りに船といった所だ。

 同時に、他国の技術に頼るような事態になったことへの忸怩たる想いもあったろうから、おそらくは当時の内情は複雑なものだったのではないだろうか。

 だが当の自分は漠然とそうしたものは感じつつも、明言はされていなかったのであまり気にかけてはいなかった。

 気にかけるほど、関心が湧かなかったというのもある。

 

 実のところ、やってくるという唯一の男性操縦者に対しても似たようなものだった。

 というか当時は何事にも受動的で、すでに色々なことに慣れてしまった分、誰に対しても当たり障りのない接し方でいるのが自然になっていた。

 ただ、『もしかしたらハニートラップの一つでも命じられるのかな』などと考え、けれどそれでも己の操にすら頓着する気も起きなかった。

 もっとも、当の父本人にそんな意図は全くなかったのだが、その時の自分にそんなことを知る由はない。

 

 それはさておいて、だからだろうか。

 一夏はそんな自分にだんだんと苛立ちを覚えていたようだ。

 

『おい、デュノア』

『何かな? 織斑くん』

 

 微笑んで見せながら、なぜだか眉間に皺を寄せている一夏に振り向く。

 すると、彼はひどくつまらなそうな顔で、はっきりとこう言ったのだ。

 

『………とりあえず、張り付けたような笑顔向けるくらいなら仏頂面のほうがマシだ。

 ビスクドールでもねぇんだったらもうちょっとそれらしくして見せろ』

 

 思い返してみると、一夏は自分が抑え込んでいた感情を曝け出させるためにわざとそんな言い方をしたのだろう。

 そしてその思惑はものの見事に的中した。

 自分でも、相当に鬱憤が溜まっていたんだろう。

 たったそれだけの言葉で激情が燃え上がってしまう程度には沸点が低くなってしまっていたのだから。

 

『君に……お前なんかに一体なにがわかるっていうのさっ!!!』

 

 言うなり、まずは平手打ち。

 そして一夏の胸倉をつかんで力任せに揺らす。

 そうしながら口からあふれ出てくる言葉は、聞くに堪えない罵詈雑言と泣き言と不平不満の嵐だ。

 その対象は一夏であり父であり義母であり自分であり……そして、死んだ母に対してもだ。

 

 ―――お前になにを言われる筋合いなんてない!

 ―――お父さんは何もしてくれない、ならなんでボクを連れてきたのさ!!

 ―――泥棒猫だなんだってボクの知ったことじゃないよ!!

 ―――なんでボクはこんなところにいるんだよ……

 

 ―――なんで……なんで何も言わずに死んじゃったんだよ、お母さん!!!

 

 

 泣きながら、声を荒げて、酔っぱらいのように同じ内容を何度もリピートして、そのくせ支離滅裂。

 最後には嗚咽と激情で言語にすらならなくなってきていた。

 

 けれどその間、一夏は身動ぎすらせずにそこにいてくれた。

 別に肩を抱いてくれたわけでも、涙を拭ってくれたわけでも、頭を撫でてくれたわけでも、慰めの言葉を言ってくれたわけでもない。

 ただそこに立って、されるがままに自分の言動の全てを受け止めてくれていた。

 きっと、それこそ自分が望んでいたことなのだと、理解してくれていたかのように。

 

 気づけば、自分は彼の胸に身を預けるように眠っていた。

 泣き疲れて眠ってしまうなんて、まるで子供のようで起きた直後は顔から火が出るようだった。

 しかも同時に先の醜態を思い出して今すぐにでも穴の中に身を投じたくなったほどだ。

 

 結局その後は一夏の顔もろくに見れず、平謝りをして逃げるようにその場を後にした。

 自分の部屋でベッドに顔をうずめながら悶えていたその時の自分には、次の日になにが起こるかなんて想像を巡らせる余裕すらなかったのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「なにが起きたんだ?」

「視察に来たお父さんの顔面を出会い頭に殴り飛ばしてた」

 

 

 

***

 

 

 

『アンタにどんな事情があるのか、俺は知らない。

 もしかしたらどうしようもないほどに正当で、万人が納得するような正論と正義がアンタにはあるのかもしれない。

 それでなくても、これは間違った行動なんだろうと思う。

 ―――その上で、俺は俺の思うがままにこう言わせてもらう』

 

 頬を抑えて、倒れこみながら見上げる父。

 突然のことに呆然となる護衛と自分。

 『あっちゃー』と呟きながら片手で顔を覆う倉持技研の技術者。

 それらの視線を受けながら、一夏ははっきりと力強く言い放った。

 

『父親になる気がない奴が、父親面して子供の前に出てくるな』

 

 直後、アルベールが激昂し、立ち上がると同時に一夏に殴りかかった。

 『貴様のような若造になにがわかる!?』という言葉と共に。

 我に返った護衛が止める間もないまま、男二人の殴り合いが始まった。

 本来ならば年若く、鍛えてもいた一夏が一方的にアルベールを制圧できただろう。

 しかし、一夏はアルベールの拳を受け、受けた後に殴り返し、そしてまた殴られるというのを繰り返していた。

 まるでそれが最低限の礼儀だとでもいうかのように。

 殴り合いが終わるころには互いの顔も拳もボロボロで、血が滲んで流れ出ては床を汚していた。

 その顛末を、自分と……騒ぎを聞きつけて駆け付けた義母は、最後まで見届けた。

 

 

 

***

 

 

 

「―――まあ、殴り合いに関しては表沙汰にするにはお互い不味いってことで、緘口令を敷いてケガに関しては転んだって口裏を合わせることになったんだ。

 で、そんなこんなで落ち着いた後、僕とお父さんとお義母さまの三人で家族会議を開くことになったんだ。

 それで……えー……あー……」

 

 と、そこでシャルロットは不自然に言葉を途切れさせる。

 そのまま視線を泳がし、唸りながらもなにがしかの思考を巡らせた結果。

 

「……それで、なんやかんやあって、打ち解けるきっかけっていうか、とっかかりができてね。

 流石に一夏が帰るまでにはそんなに改善はできなかったけど、今ではそれなりに仲良くなったとは思うよ」

「なんか最後いきなりざっくばらんになってないか? なんやかんやってなんだなんやかんやって」

「そんなことはないよ。 なんやかんやはなんやかんやだってば」

 

 いきなりはぐらかされ、半目になるラウラ。

 それに対しシャルロットは誤魔化すように手をパタパタと振る。

 元々、ラウラ自身も話しにくいことは話さなくてよいと言っているだけに、それ以上踏み込むことはない。

 それはそれとして、訝し気な視線は思わず送ってしまうが。

 シャルロットは困ったように笑いつつも、内心でラウラに手を合わせる。

 

(ゴメンね、ラウラ。 やっぱりこれは内緒ってことで)

 

 なぜなら、

 

(―――ボクと、お父さんと、お義母さまと……お母さんだけの秘密だから)

 

 

 

***

 

 

 

 

 自分の母と、父と、そして義母は元々友人同士だったらしい。

 それも、母と義母は親友と言って差し支えないほどに。

 そうして三人で時間を共有していく中で、母と父は互いを愛するようになっていったという。

 だが父と義母は元々が家同士が決めた婚約者で、その婚姻自体が当時から大企業であったデュノアにとっては大きな意味を持つモノだった。

 故に、今更その話が反故になるはずなどなかった。

 だが、父はそれでも母をあきらめなかった。

 その結果、父は母と駆け落ちする決意を固めたらしい。

 そしてそれを手伝ったのがなんと義母だったのだ。

 

 そのことを聞いた時、自分はとてもじゃないが信じられなかった。

 ならなんで母は一人ぼっちで自分を育てていたのかと。

 その理由は―――

 

(お母さんが、逃げ出したから……)

 

 そう、自分の母は駆け落ちの準備を父と義母が概ね終え、いざ実行するというその直前で二人の前から姿を消したのだ。

 その後、父と母の行方を知ったのは数か月後。

 片田舎の病院で、自分を産み落とした時だ。

 その時はすでに別の人間と駆け落ちをしようとしたことが周囲にバレていた。

 しかもその相手が失踪していたこともあり、半ば無理矢理に義母との婚姻を法的に提出させられていた後だった。

 

 父は義母には母が見つかったことを内密にしながら、一人で逢いに行った。

 そして赤ん坊の自分を抱く母に、なぜ逃げたのだと問いただしたのだ。

 

 母は語った。

 駆け落ちをしたらたくさんの人が路頭に迷う……その罪悪感に私は耐えられる自信がない。

 そんな罪を貴方に背負わせたくない、と。

 そしてこうも語ったという―――その責任を、義母が残ることで背負うつもりだったのだと。

 これについてはその時に初めて知ったらしく、ひどく驚いたらしい。

 そしてその義母も、父のことを愛していたからそんな人を犠牲にして生きることは自分にはできない、とも。

 

 ―――結局、私は貴方やあの子ほど強くない……弱くて、汚くて、卑怯な女だったのよ。

 ―――だからこそ、大好きな貴方やあの子が私のために犠牲になることだけは絶対に許せなかったの。

 

 それが、弱くて汚くて卑怯な自分のたった一つの矜持なのだと、母は父にまっすぐな瞳でそう語ったという。

 その言葉を受けて、父はもう何も言えなくなってしまったらしい。

 その顛末を聞いた自分もそれは同じで……そして同じく初耳であったらしい義母もまた絶句していた。

 

 母が自分を身籠っていたことを知ったのは父のもとを去ってからしばらくしてのことだったという。

 そして迷うことなく生むことを決意したのだと。

 

 ―――私はこの子と生きていくわ。 ……貴方と、彼女の思い出と共に。

 ―――けど、もし私に何かあったらその時は……私にしたように、この子を愛してあげて。

 

 その時の父は、母の覚悟を前に頷くことしかできなかったという。

 

 その後、母は資金援助も断り、文字通り女手一つで自分を育てていった。

 結局、父がそれ以降は母と会うことはなかった。

 一方で父と義母にはしばらくの間、溝ができてしまっていた。

 義母には秘したまま母と決別した父。

 そのことを知らず、結果として父と結ばれてしまったために母を裏切ったという想いを内に抱えてしまった義母。

 互いに負い目を抱いた夫婦生活はそうそううまくいくものではなかった。

 結局、三人が三人とも他の二人を慮って取った行動のすべてが、裏目に出てしまっているといっても過言ではなかった。

 

 それでも、父と義母は時間をかけてゆっくりと距離を縮めることができた。

 その一助となったのが、後々になって子を産めないからだだと判明した義母を父が親身になって慰めたことだったのは、皮肉と言ってしまっていいのか。

 そうしてゆっくりと絆を深め、傷を癒していた二人。

 そこに舞い込んできたのが、母の訃報……そして、天涯孤独となった自分という存在だった。

 

 その後は父が名乗り出て自分を引き取った。

 そして義母はその時になって初めて母の消息を父が知っていたことと、母が自分という子を産んでいたことを知った。

 さて、その時の二人の心中……特に、義母のそれはいかほどのものであったろうか。

 結果として父は父となりきれず、義母は自分に対してか母に対してかすら定かにならぬままその激情を自分にぶつけた。

 そして自分はその二人のどちらにも心を開くことができなかった。

 本当に、どこまでも不器用で自分のことに手いっぱいな……はたから見れば、どうしようもないほどに似たもの家族だった。

 

 

 

***

 

 

 

(……いや、似たもの家族にしてもこんなダメな方向に似ててどうするんだよって話だよね)

 

 過去の自分たちを振り返って、改めて笑ってしまう。

 自分もそうだったが、父も義母も……そして亡き母すらも相手のために行動して結果的に相手を追い込んでいるのだ。

 ある意味で壮大すぎる自爆である。

 もっとも、それをこうして笑ってしまえる辺り、喉元を過ぎているのだろうと実感する。

 そして飲み込むことができたのも、ある意味で母のおかげだ。

 

(その話を聞いて、ようやくあの言葉を思い出したんだよね)

 

 それは幼い頃に一度だけ聞いた、母の思い出の一端。

 

(母さんの、大切な人たちのこと)

 

 

 

***

 

 

 

『小さい頃、お母さんが話してくれたことがあります。

 ―――私には、三人の大切で大好きな人がいる、と』

 

 それは、その時まで忘れてしまっていた言葉だった。

 父と義母と母の過去を聞いて、ようやく思い出すことができた言葉だった。

 

『一人は、ボク。

 もう一人は、意地っ張りで不器用で、良い恰好しいで言葉が足りない。

 けれど、誰よりも責任感が強くて努力家で、自分よりも誰かのために心を砕ける優しい人』

 

 父が、それを聞いて歯を食いしばった。

 殴り合いでボロボロになったスーツのズボンを握りしめて、新しい皺を刻んでいる。

 

『そして最後の一人は、わがままで素直じゃなくて見栄っ張りで怒りっぽい。

 けど誰よりも真面目でしっかりしていて、面倒見がよくてもう一人にも負けないくらいとてもとても優しい人』

 

 義母が、震えながら両手で口元を覆う。

 その瞳は揺れて、涙が溢れ始めていた。

 

『そんな素敵な三人と出会えたから、自分の人生はそれだけで最高なんだって―――』

 

 気づけば、二人の姿がよく見えなかった。

 その時になって、自分も泣いていることに気付いた。

 滲み切って定かにならない視界を細めて、喉を震わせながら絞るように言葉を紡ぐ。

 

 

『あなたたちが、そうだったんですね。

 ―――ボクたち三人が、おかあさんの、しあわせ、だったんです、ね…………!!』

 

 

 そこまでで、限界だった。

 泣いた。

 自分も、父も、義母も、抑えることなく声をあげて泣いた。

 子供のように……或いは、子供のころよりも激しく、これ以上ないくらい思い切り。

 泣いて、泣いて、泣きわめいて、泣きつくした。

 

 けれども、それは決して悲しいばかりの涙ではなかったのだ。

 

 

 

***

 

 

 

(あの後はいろいろ大変だったなぁ……)

 

 まず、ひとしきり泣いた後の互いの顔は凄まじいものだった。

 義母など、化粧が完全に崩れ去ってしまっていた。

 それはもうどう見てもホラー映画の化け物とかヤバいピエロとかという有様で、ぶっちゃけ今でもたまに夢に見る。

 

 そして互いの誤解などが解け、それでいきなり仲良く家族ができるかといえば、そううまくはいかなかった。

 蟠りは解けても、それまでのことがチャラになったわけではないのだ。

 なのでしばらくはギクシャクとした関係が続いていた。

 

 さて、一方で一夏との関係はといえば、こちらも別な意味でギクシャクした。

 言ってしまえば、お客様を思いっきり家庭の事情に巻き込んでしまったのだ。

 しかもその引き金となったのがそのお客様だというのだからどうすればいいのやら。

 だが当の本人は好き勝手やったことをこちらに謝った上で、

 

『けどまあ、前よりかはいい顔してるぞ。

 可愛い顔してるんだから、そっちの方がいいと思うぞ』

 

 そんなことを言ってきやがったのだ。

 とりあえず、彼を本格的に意識し始めたのはその時だと思う。

 

 さらにしばらくして、デュノア家で父に反目する親族からのあれやこれやと長編映画くらい作れそうな事件に巻き込まれた。

 のちに聞けば、父の自分に対する態度には彼らへの警戒もあったのだというが、ぶっちゃけこっちの命もかかるくらいの陰謀なら少しは説明くらいしとけよダメ親父と思った。

 思った瞬間に言っていた。

 言われた本人は目を丸くしていたが、言ったこっちはなんかスッとした。

 それはさておき、その解決には巻き込まれた一夏も奔走し、その時になって本格的に自分は彼への想いを自覚したのだが。

 

(……映画だとエンディングで結ばれる流れだと思うんだけどね)

 

 そうはならなかった辺り、今では一夏らしいと納得してしまう。

 しかも一緒に来ていた倉持技研の技術者いわく、似たようなことは他の国でも何度かあったらしい。

 その時、ほぼ間違いなくいろんな国で自分みたいな人間増やしてるんだろうなと確信した。

 ついでに、その辺りに殆ど気づいていないだろうとも。

 

(そのうちの一人は目の前にいるしね)

「―――おい!!」

「うわっ!?」

 

 思考が眼前の新しい友人のことに移ったとほぼ同時に、その本人が顔を近づけて吠えるように声をかける。

 思わず驚きの声をあげながら意識が現実へと引き戻される。

 吠えてきた友人ことラウラは、ベッドに仰け反って倒れたシャルを半眼で睨んでいた。

 

「え、えっと、どうしたの?」

「どうしたの、ではない。 途中から完全に自分の世界に入りおって。

 こちらの声にぜんぜん応えなかったじゃないか」

「あ……ゴメン」

 

 どうやら、余程に回想に没頭してしまったらしい。

 頭を下げるこちらに、ラウラは鼻息一つ強く鳴らす。

 

「詫びるなら、今度は私の話を聞け」

「話?」

 

 訊き返せば、「ああ」と頷いて不敵な笑みを浮かべた。

 

「今度は、私と嫁のなれそめだ」

「え……でも……」

 

 元々は彼女の話を盗み聞きしてしまったからこちらの過去を話したのだ。

 だというのに改めてそんな話を聞いてしまうのは、本末転倒なのではないだろうか。

 シャルロットがそう考えていると、ラウラは笑みを歯を見せるものに深めた。

 

「………私が話したくなったんだ。 嫌とは言わせんぞ」

 

 その言い草に、シャルロットは一瞬ポカンとして、すぐにおかしくなって吹き出す。

 

「そっか……それじゃしょうがないね」

 

 言いつつ、彼女は聞く側らしく佇まいを直した。

 ラウラはそれを見て、満足げに頷きながらかつてへと想いを巡らせ始める。

 先ほどのシャルロットのように。

 

 二人の夜はまだまだ続くようだ。

 

 

 

 





 なんか気づいたら今までの倍近い長さになっていた件……なんだこれは……たまげたなぁ……
 もうちょっとコンパクトにまとめられなかったか自分。
 二話に分けようかとも思いましたが、過去話はシャルロット、ラウラでそれぞれ一話にしたかったのでこのまま押し通しました。

 しかし、デュノア家自爆属性すぎでは。
 というか何気にどんどんシャルが腹黒く……まぁいいか(爆

 今回、思い切り独自設定回しまくってしまいましたがいかがでしたでしょうか?
 ちなみに、連載開始前は『シャル父殴らせるのとか、大丈夫かね? やめといたほうがいいか?』と悩んだりもしましたが、原作で普通に殴り掛かったので『じゃ、いっか』という結論になりました。

 ちなみに個人的にシャルの義母ことロゼンダさんはISキャラで言うと『セシリア+鈴』なイメージでした。
 で、歳くって多少は言動が落ち着いた感じで。

 さて、次回は夜語りラウラ編。
 過去語り自体はシャルほど長くならないかもですが、その分ラウラにはあることをプラスする予定。
 ……また長くなりそうな気が(汗

 あと、私事ではありますが先日ようやくスマホに買い換えました。
 ……でもサービスやら何やら含めて一番安いの選んだせいか、FGOには対応していないようで。
 まあ、ぶっちゃけ予想できてたんですけどね(涙
 代わりってわけじゃないけど、シンフォギアXDをちまちまやってます。
 ……本当にちまちまとしかやってないけど。

 さて、今回はこの辺で。
 『赤ずきんたちとオオカミさんの絶望打破』のほうも更新していますので、よろしければ合わせてお楽しみいただければ幸いです。
 ……まじで感想とかほしい……ここがつまらないとかでもいいから(切実
 それはともかく、次回投稿はもうちょっと早くしたいです。
 それでは。


追伸:
※ここから先は先日発売された十二巻についての感想やら何やらになりますので、読んでいない方はご注意を。
 ご了承の上でスクロールしてください。























 十二巻読んで、この話に反映させるうえで一番扱いに困ったのが鈴の父親のこと。
 いや、マジでどうしようか……一応、現状でもどんなふうにでも話はすり合わせできるんだけども。
 場合によっては大胆に変える予定。(予定は未ry)

 え? 織斑計画? 一夏たちの両親の存在?
 ……そこらへんはまぁ、ぶっちゃけ予想してたっていうか、想定してたっていうか、この先のこの物語の展開として想定してた案の一つにあったかなって。
 むしろ、束さんが天然ものってことのほうがビックリ。
 その辺りももしかしたら大胆に変こ(ry

 赤月に関しては……よく解からん。
 結局、彼女が叶えた箒の願いっていうのがいまいち理解できなかった。
 一夏ともまだくっついたってわけじゃないし。

 新キャラのアイリスとジブリルに関してもこの話に登場する場合の問題はないかな。
 ……こういうことを想定したわけじゃないけど、ぶっちゃけ『留学』設定がすごく便利。
 開始前から接点ありとか普通に使えるもの(笑)
 本当に登場させるかどうか不明ですが、仮に登場させるなら京都編あたりからになるかと。
 いや、その前に原作乖離始めるかもですから分かりませんが。

 あと、不満というか、なんだかなと思ったのが一夏。
 安西先生よろしく、『まるで成長していない』とか思ってしまった。
 技術的なことではなく、内面的なものが。
 箒が心配だったにしろ、正直突っ走らせすぎかなと思いました。

 さて、いろいろ言いましたがそんな原作も次で最終巻。
 ……あとがきでそれ知ったとき、リアルに『ゑ?』って声が出た(爆
 とりあえず、空気になってるイージスコンビや、それ以上に影の薄いアリーシャさんなどはどうするのかが気になってます。
 どんなふうに締めくくられるのか、若干の不安とそれ以上の期待を抱きつつ待つこととします。
 それでは、あとがきまで長くなってしまいましたが、この辺で。

 ………イージスコンビに関しては、この次の章で出番があります(何




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34:繋いだ絆を想う、夜語り

 

 

 

 ―――ラウラ・ボーデヴィッヒは生まれたころから軍属だ。

 何故ならば軍がその為に生み出したからだ。

 

 身体能力に優れ、あらゆる兵器を使いこなし、任務を忠実に遂行する。

 そんな存在であることを期待され、そして事実としてその期待に応えられる存在になりつつあった。

 ―――ISが世に現れるまでは。

 

 

 

***

 

 

 

「世にISが登場してしばらくしてから、私の部隊もその運用を前提としたものへと移行することになった。

 そしてISへの適合性を引き上げるために、ヴォーダンオージェ……疑似的なハイパーセンサーのナノマシン移植を瞳に行ったんだ。

 ―――だが、私だけ失敗してな」

 

 ラウラがそう言いながら眼帯を外すと、現れたのは金色の虹彩を持つ左眼だ。

 それを見たシャルロットは、思わず見とれながら「綺麗……」と呟く。

 それに対しラウラはやや苦笑気味に柔らかく微笑む。

 

「ありがとう。 だが、本来ならこんな風にはならず、任意で能力を切り替えられるはずなんだが、それができなくて制御不能になってしまったんだ。

 そこから先は地獄だったよ……ISにまともに乗れなくなったばかりか、他の事柄についても大きく成績を落とすこととなった。

 そんな自分に、『出来損ないの失敗作』というレッテルが張られるのにそう時間はかからなかった」

 

 暗い顔をして語るラウラに、シャルロットは言葉も出ない。

 初めて会った時から無駄に自信満々な姿からは予想もできなかったからだ。

 だが、その表情に再び笑顔が差す。

 

「失意のどん底で絶望に身を浸していたその時だ。

 私にとっての救いが現れたのは」

「それって一夏のこと?」

「いいや」

 

 問えば、しかしラウラは首を横に振る。

 

「教官……織斑先生だ」

 

 

 

***

 

 

 

 ―――どうやら落伍者扱いをされているようだが……安心しろ、一月もあれば隊内での最強程度などすぐに舞い戻らせてやる。

 

 自信に満ち溢れたその言葉は、真実だった。

 自分は瞬く間にかつてと同じ……否、それ以上の実力をつけて隊の長として返り咲くことができた。

 その頃には他の面々からも千冬は畏怖と、それを大きく上回る憧れを皆から向けられる存在になっていた。

 その中でも、自分はそれこそ崇拝と言っても過言ではないほどだったと思う。

 自分にとって神よりも何よりも絶対に近い存在。

 それがラウラ・ボーデヴィッヒにとっての織斑 千冬だった。

 

 だからこそ、そんな人が心を砕く存在が赦せなかった。

 織斑 一夏―――彼女の弟。

 彼女が覇者となる道を潰えさせた存在。

 それが居なければ、彼女は今もブリュンヒルデとして世界に君臨していただろうと確信している。

 だからこそ忌々しい。

 そしてそれ以上に、彼を語る時の千冬の表情はとても柔らかく優しげで、ごくありふれた普通の人間のそれと変わらぬものだったから。

 彼女の絶対性も、それへの自分の憧れも、もろともに揺らいで崩れてしまいそうな気がした。

 故に、自分は顔も合わせたことのない織斑 一夏が何よりも誰よりも嫌いで、そして憎かった。

 

 

 

***

 

 

 

「かつての第二回モンド・グロッソ決勝で、一夏が誘拐されたのはシャルも知っているか?」

「え? まぁ、うん。 ……その筋じゃ有名だからね」

 

 一夏の誘拐事件と、その救出のために千冬がモンド・グロッソ決勝を辞退して救出に向かったこと。

 これらは実は事件として公表されてはいない。

 その理由は様々だが、特に大きなものとしては世界規模のイベントであるモンド・グロッソの最中にそんな事件が起きること自体、不祥事として大きすぎるというものがあると言われている。

 また事件の主犯が未だに正体不明で逃亡中であるということも、それに拍車をかけているとか。

 その為、千冬の辞退に関して市井では様々な憶測が流れるのみに留まっている。

 

 それはさておき、マスコミなどには厳しく規制が入ったが、逆に業界に深く関わりを持つ者には割と広く認知されてしまっている事件でもある。

 IS関連の大手の一つでもあるデュノア社の令嬢であるシャルロットも、その例に漏れない。

 もっとも、彼女の場合は一夏の案内役を務めるために事前に手渡された資料でそれを知ったのだが。

 

「その時、織斑先生に情報を提供したのがドイツ軍でな。

 その見返りとして、一時期教官として軍で働いてもらうという約束になっていたんだ」

「それは初耳だね」

 

 その辺りはやはり軍との契約だったからであろうか。

 ともあれ、千冬は約定を順守する形でドイツへ赴き、ラウラはその時に出会ったのだという。

 取引の結果とはいえ、自身の家族のことを話したりする程度には打ち解けていたのだろう。

 と、シャルロットはあることに気付いて「あれ?」と首を傾げる。

 

「一夏を助けるために、織斑先生は交換条件を飲んだんだよね?」

「………ああ、そうだ」

 

 シャルロットの確認にラウラはなぜか間をおいて肯定する。

 どうやら嫌な予感を抱いているようでその表情は硬い。

 しかしシャルロットは構わず核心を突く。

 

「―――それって、一夏が誘拐されなかったらそもそもラウラたちと出会わなかったってことじゃ」

「すまん、言わないでくれ」

 

 言葉を遮りながらラウラが項垂れる。

 どうやらすでに自覚していたのか、酷く痛いところを突かれた表情をしている。

 

「いや解かってる、というか一夏が留学を終えた後に冷静になってから気づいたんだ。

 正直、その時は恥ずかしさと気づかなかった自分の馬鹿さ加減に思わずその場で蹲ってしまったよ……」

「あ、あはは……どんまい」

 

 しかもその時は他の隊員がいる食堂だった。

 それに気づいてますます恥ずかしくなったラウラだが、副隊長を始めとしてその場に居合わせた隊員たちは皆そんな彼女の様子に内心で悶え、結果的に言えば隊内のラウラへの求心力は高まった。

 と、話を変えるようにラウラが「コホン」と咳払いをする。

 

「とにかく、当時の私は教官への憧れの裏返しのように見たこともないあの人の弟へ憎悪を滾らせていてな。

 だから教官が帰ってしばらくしてから、一夏がドイツに留学してきたとき……思いっきりそれをぶつけてしまってな」

「具体的にはどんな感じ?」

「初対面で横っ面を張っ倒した」

「それウチのお義母さまといっしょだね」

「……いや、さすがに泥棒猫云々はなかったぞ?」

 

 一瞬考えて、パタパタと手を横に振るラウラ。

 どうやら自分でもそうかもしれないという考えが頭によぎったのかもしれない。

 それはさておき。

 

「当初の私と一夏はそんな感じでどうしようもなく険悪だったんだ。

 といっても、ほぼ私が一方的に目の敵にしていたんだが。

 しかも一夏を疎んだのは私だけでなく、他の隊員たちもだったんだ」

「そうなの?」

「憧れていたのは私だけではなかったということだ。

 まぁ、織斑先生だからな」

 

 胸を張るラウラに、苦笑を浮かべるシャルロット。

 それだけ聞くと理由にもなっていないが、不思議と納得できてしまう辺りが織斑 千冬たる所以か。

 

「しかも当時は私も他の隊員とは隔意があったし、司令もその時はこちらに踏み込んでは来なかった。

 だから多分、一夏からすれば物凄く居心地の悪い場所だったんじゃないかと今になって思う」

 

 しみじみと語るラウラだが、シャルロットとしては軍の部隊としてそんな状態でよく大丈夫だったなと思ってしまう。

 まあ、ドイツ人らしく仕事は仕事でちゃんとやっていたんだろうと納得しておく。

 

「と、そんな感じで始まった一夏のドイツ生活なんだが、とりあえずとにかくしごきまくった。

 新兵でも音をあげそうな内容を、容赦なくアイツに叩き込んでいったよ」

「今日の授業と比較したらどのくらい?」

「あれが準備体操どころか、息を整えるための深呼吸に思えるくらいだな」

 

 うへぇ、とシャルロットの口から思わず呻き声が漏れる。

 ラウラの班とは位置的に一番近かったため、その厳しさを間近に感じ取っていた。

 自身が候補生になるために行った訓練とならば比するまでもない程度だが、経験の浅い者にとっては堪えるだろう内容だ。

 ラウラの言を信じるならば、当時の一夏に課せられたそれは凄まじいものだったろう事は察するに難くない。

 しかし、なぜかラウラは我が事のように胸を張って得意げだ。

 

「しかし一夏は見事に成し遂げたぞ。

 それまでの留学の経験もあったのだろうが、弱音を吐くことなくそれを乗り越えた時は当時の私も驚いたぞ。

 ……まぁ、そこまではいいんだが」

 

 と、いきなり視線が据わりだす。

 こうしてみると、最初に抱いた精緻な人形じみた印象に反して存外に表情がコロコロと変わっているように感じる。

 或いは、それこそが一夏との出会いで得た一番の変化なのか。

 それはさておき、彼女は表情に苦みを含ませて続ける。

 

「さっきも言ったとおり、当初は隊員たちも一夏への当たりが強かったんだが……こちらの出す課題を乗り越えていくにつれ、段々とな」

「ああ……つまりはいつもの一夏ってことだね」

「うむ」

 

 察したシャルロットにラウラが頷き、二人はそろって溜息を深くする。

 きっと見目麗しいドイツの女性軍人たちに無自覚にフラグを乱立させまくったのだ。

 最早、疑問の余地をそこに挟む気すら起きない。

 その辺りが織斑 一夏たる所以か。

 

(そういえば『部隊の嫁』とか言ってたっけ……)

 

 今朝がたクラスで堂々と宣言していた内容を思い出せば、もう苦笑しか浮かばない。

 と、話を戻すようにラウラが咳払いをする。

 

「そんなこんなで、気付けば私とクラリッサ以外の全員が一夏と打ち解けていたんだ。

 その時は別段、他の者のことなどどうでもいいと思っていたんだが、それでもそこまでくると苛立ちも最高潮になった。

 そして最終的に自分の手で叩きのめすという結論に思い至り、配備された試作機の試験もかねて模擬戦をすることになったんだ。

 そこで……えー……あー……」

 

 と、そこでシャルロットは不自然に言葉を途切れさせる。

 そのまま視線を泳がし、唸りながらもなにがしかの思考を巡らせた結果。

 

「……それで、なんやかんやあって、私もクラリッサも一夏や隊員たちやそれに司令とも和解することができたんだ」

「なんか最後いきなりざっくばらんになってない? なんかいきなり司令さんが出てきてるし。

 なんやかんやってなになんやかんやって」

「なんやかんやはなんやかんやだ」

 

 なにやら既視感に溢れた会話をする二人。

 シャルロットも、自分がそうだった手前それ以上の追及はするつもりはないらしい。

 そんな彼女に若干の申し訳なさを感じながら、しかしラウラは口を噤む。

 

(流石にこれは……軍どころか国レベルのスキャンダルだしな)

 

 その時の事件を思い出しながら、その原因に冷や汗を流す。

 事が訓練中の事故で処理できたから表ざたにならずに済んだものの、下手をすれば隊の存続どころか政権にまで影響を及ぼしかねない。

 シャルロットが徒に吹聴するとは微塵も思ってはいないが、だからといって巻き込んでよい理由にはならないだろう。

 それに。

 

(………正直、これは少しばかり気恥ずかしいしな)

 

 と、内心に照れを抱いていた。

 そしてラウラは記録されていた映像と自身の主観を交えた当時へと意識を振り返らせていく。

 

 

 

***

 

 

 

 ―――VT(ヴァルキリー・トレース)システム。

 ここでいうヴァルキリーとは北欧神話の戦女神ではなく、モンド・グロッソの部門優勝者を指すものであり、広くはISのTOPランカーを意味する言葉だ。

 つまりVTシステムとは彼女たちの動きを機械的な制御で模倣し、文字通りその能力をトレースするためのプログラムだ。

 しかしそれは現在アラスカ条約で使用はおろか開発も研究も国際的に禁止されている。

 そこには倫理的な理由も存在するが、それ以上に使用者への負荷があまりにも危険すぎるからというのが大きい。

 なにせヴァルキリーの称号を持つ人間はISの操縦者として並外れた実力を持っているのだ。

 その機動・能力を再現するならば、使用者にかかる負担が尋常なものでないのは想像するだに難くない。

 そんな忌まわしい代物が、なぜか自分が搭乗した試作機に組み込まれていた。

 しかも使われていたデータはヴァルキリーどころか最強のブリュンヒルデ……織斑 千冬のそれだ。

 

 試作機でそんな物を使おうとすることが間違いだったのか、そもそも織斑 千冬を再現すること自体が無茶だったのか。

 或いは、その両方か。

 模擬戦の真っ最中にシステムは起動し、直後に暴走した。

 そこから先の記憶は曖昧で、情報は後になって見たクラリッサが記録していた映像のほうが大部分だ。

 そこに映し出されていたのは僅かに女性の面影を残すだけの、醜悪なヒトガタだった。

 刀というよりは節足動物の脚のような有様になった刃を振り回しながら暴れるその姿は、泥人形のほうが余程にマシといった有様だ。

 

 そんな出来損ないの戦女神の前に、一夏は立ちはだかっていた。

 直前までの模擬戦という名の死闘のためか、纏った装甲のあちこちは拉げ、ひび割れ、或いは砕けて欠けていた。

 それでも彼は臆することなく、刃を手にそれと対峙した。

 そしてそのまま、通信を通して呼び掛ける。

 その対象は、周囲の皆すべてにだ。

 

『聞こえるか。 俺は今からコレの中にいるラウラを助けに行く。

 だが俺は軍人じゃないから、アンタたちに手伝えなんて命令できやしない。

 ―――ただ、頼むだけだ』

 

 言いつつ、静かに刃を構える。

 満身創痍を感じさせない、確かな力強さを眼差しと声に漲らせながら。

 

 

『最前線は俺が立つ。 だから、こいつを……アンタらの仲間を助けたい奴はその後ろに続いてくれ!』

 

 

 力強い宣言の直後、巨大な装甲車が即答のように疾走してきた。

 そしてブレーキと同時にガリガリとコンクリートにタイヤの跡を黒々と刻みながら止まると、後部が展開し装甲を纏った人型が降りてくる。

 ISではない。

 それとは違う技術体系で作られ、しかし機能面では足元にも及ばないパワードスーツ、EOSだ。

 隊の紋章を刻んだそれらは、手にした重火器を構えながら熟達した機動で展開する。

 

『EOS四天王、加勢します!!』

『三人とも、距離は詰めるなよ!!』

『解ってます! ISっていっても、あれなら……!!』

『決定打にはならないだろうけど、むしろそれで丁度いい!』

 

 ネーナ、ファルケ、マチルダ、イヨ。

 隊内で真っ先に一夏と打ち解けた、EOSパイロットたちが戦意を滾らせる。

 そしてそれだけに留まらない。

 EOS小隊のそれとは別の、やや小型の装甲車が何台も現れ、暴走する自分を囲んでいく。

 

『全員、車体を盾に!! 退避はすぐできるよう装備は身軽にしておけ!!』

『反対側にいる友軍への流れ弾だけには気を付けろ。

 EOS小隊、そちらへのフレンドリーファイアに関しては注意しきれんが、構わんか?』

『覚悟の上だ。 元よりISほどではないとはいえ、牽制程度でどうにかなるような造りはしていない!!

 そちらこそ、気をかけるべき相手を間違えるなよ?』

 

 交わされる通信には、士気の高さが籠められている。

 これだけならば、あるいは暴走した失敗作を潰すだけに聞こえるかもしれない。

 だがそうではないことは次の言葉ではっきりとわかった。

 

『―――織斑 一夏』

 

 その声の主は、クラリッサだ。

 彼女は神妙な声音で刃を構える一夏へと呼びかける。

 

『即席だがデータの解析ができた。

 見ての通りシステムは不完全で、飛行することもままならないようだ。

 我々の攻撃も牽制として十分に有効だと思われる。

 ―――その上で改めて頼む。 私たちの隊長を、あそこから救い出してくれ……!!』

 

 悲痛な響きを持ったその言葉は、だからこそそれが偽りないものだと理解できた。

 そして一夏が返事をするよりも前に、更に通信が入る。

 それは一夏だけではなく、その場にいる者だけではなく、基地の全ての人間に向けられた。

 

『―――諸君。 私はこの基地の司令であるエベルハルト・シュルツだ』

 

 響く声には痛みを堪えるような痛切さが滲んでいるようにも聞こえる。

 しかし静かながらも力強く言い切るその言葉には迷いは微塵もない。

 彼はさらに続ける。

 

『現時刻を以て、この基地に所属する者の全ての任を一時的に解くものとする。

 その上で、君たちがどう動くかは君たちの意思と判断に委ねる』

 

 それは軍人としては前代未聞と言って良いだろう。

 国防を担う軍の基地が一時的に全ての機能を停止すると言っているのだ。

 下手をすればそれだけで解任どころか軍法会議にかけられても不思議ではない。

 しかし歴戦の老兵は、その声音に断固とした決意を更に上乗せしていく。

 

『………全ての責任と後始末はこの不甲斐ない老躯が引き受けよう。

 故に、我こそはと思う者はどうかその意志で以って立ち上がり、囚われてしまった我らの同胞を助けてくれ』

 

 一拍空け、吐息を一つ挟み、踏み出すような力強さを声に乗せる。

 

『彼女に、君は我らの同士だと改めて迎え入れるために。

 皆、どうか奮い立ってくれ………!!』

 

 つまりは、彼はこう言っている。

 泣いている女の子を助けるつもりがあるならば誰だって何人だって構わないので立ち上がれ、と。

 次の瞬間、基地そのものが揺れるような唱和を以て応えが返る。

 

『『『『『『『―――Jawohl! Herr Kommandant!!』』』』』』』

 

 そのやり取りの全てを、背で受け止めて聞いていた一夏が力強く笑う。

 とても楽しげに、嬉しげに、喜ばしそうに。

 そして改めて力強く異形の戦乙女を見据える。

 

『聞こえたか? 聞こえてなかったら後でしっかり聞かせてやる。

 だから………』

 

 力を溜めるように僅かに身を沈め、直後に自身を弾くように飛びかかる。

 

 

 

『そこから出てこい。 ―――みんなで笑って迎えてやる!!』

 

 

 

 ―――残念ながら、そこから先の闘いの記録はよく解からなかった。

 視界が滲んで、嗚咽を抑えきれなくて、なにも見えなくなったからだ。

 

 

 

***

 

 

 

(………うん、やはり恥ずかしい)

 

 特に、自分のひねくれ具合がだ。

 結局そうなるまで自分は、己を取り巻く世界が自分で思っているよりもずっと優しかったということに気付かなかったのだ。

 

 私を疎んでいたと思っていた隊の皆は、私の無事を涙ながらに喜んで何人も抱き着いてきた。

 こちらに無関心だと思っていた司令は、その事件の責任から私を守るために泥を被り続けたらしい。

 もっともVTシステムを組み込んだ責任の所在がなぜだかあやふやになってしまい、こちらへの追及もさほど強いものにはならなかったらしいが。

 

 ともあれ、自分が改めて向き合ったその場所は、自分を何よりも温かく受け入れてくれていたのだ。

 そしてそれを気付かせてくれたきっかけは間違いなく一夏だった。

 そう思うと、姉弟そろって大きすぎる恩がある。

 姉が立ち上がらせてくれて、弟が手を引いてくれた―――自分が明るい世界に踏み出せたのはまぎれもなく二人のおかげだ。

 

(だからこそ、一夏を娶った暁には幸せにせねばな)

 

 ラウラは違和感なくその結論に辿り着き、うむと頷く。

 と、気づけばシャルロットがこちらをじぃっと見つめていた。

 どうやら回想に耽っていて彼女をほったらかしにしてしまっていたらしい。

 

「っと、すまない」

「ううん。 ボクもそうだったから別にいいよ。

 ところでさ、話は変わるけどラウラはその司令の人に養子にならないかって言われてるんだよね?」

「あ、ああ」

「それで、ラウラは受けるつもりなんだよね?」

「……そうしたいとは思ってるんだが」

「踏み出すのにちょっと戸惑ってる、と」

「う、うむ」

「よし。 それじゃボクからちょっとしたアイデアがあるんだけど、どうかな?」

「アイデア?」

 

 迫るように徐々に距離を詰めるシャルロットにラウラは若干引きかけるが、彼女の提案に思わず戸惑いと共に訊き返す。

 そんなラウラにシャルロットは立体的な陰影を持つ胸を張りながら、にっこりと笑う。

 

「家族関係なら拗れたり捻じれたりしたボクには一家言あるからね」

「お、おう」

 

 自虐ネタとしか思えない言い草に、思わず半目になる。

 決して自身にない立体物に嫉妬の目を向けているわけではない。

 そう、胸を張る動きに合わせてワンフレーズ分のラグを置いて布越しに上下のアクションをしたソフトな物体に何一つ暗い気持などないのだ。

 

「……あれ? なんか涙目になってない?」

「………………いや、目にゴミが。

 それより、アイデアとはなんだ?」

 

 こちらの顔をのぞき込んでくるシャルロットから微妙に視線を逸らしつつ、ラウラが再び問い返す。

 するとシャルロットは気を取り直すように咳払いを一つした。

 そして。

 

「とりあえず、呼び方からかな?」

 

 

 

***

 

 

 

 ―――今日は気疲れの多い日だと、エベルハルト・シュルツは内心で愚痴った。

 

「―――ふぅ」

 

 ドイツのとある基地の執務室で、司令であるエベルハルトはゆっくりと息を吐きながら肩の力を抜いていく。

 時刻はすでに昼過ぎで、ようやくキリの良いところまで仕事を終えられたところだ。

 首をグキリと鳴らしながら肩を軽く回すその様子に、その場にいた女性軍人が苦笑を浮かべる。

 彼女の名はクラリッサ・ハルフォーフ。

 ラウラが率いる黒ウサギ隊の副隊長であり、現在は不在の彼女に変わって隊の全権を預かっている。

 

「お疲れ様です、司令」

「ああ。 クラリッサ君こそ、付き合わせて悪かったね。

 慣れない接待役など、疲れただろう。 ……あまり、聞いていて楽しくもない話もあったしな」

「いえ、お気になさらず。 ……あちらも、悪気があったわけではないのは理解していますので」

「それならありがたいよ」

 

 と、今度は揃って小さく溜息をつく。

 二人の脳裏に浮かぶのは午前中に視察に来た他の司令部所属の将校だ。

 件の将校はその去り際、世間話のような感じでこのようなことを言っていた。

 

『そう言えば、貴君が黒ウサギの長を養女として迎えるという話を耳にしましてな。

 いや、国のために真っ先に身を捧げるその献身たるや見習わなければなりませんな。

 なにかあれば私にご相談を。 喜んで力になりますぞ』

 

 それを聞いて、その場では取り繕って送り出したが、内心では苦いものがあったのは言うまでもない。

 

 まるでラウラの養子話が厄介事で軍務のためのような言い草だが、これには彼女の出自と昨今の情勢が関係している。

 そもラウラは人道的な倫理を無視して作られたデザイナーズベイビーであり、無論のことではあるが大っぴらにできる事実ではない。

 しかし現在の彼女はドイツの国家代表候補生だ。

 そしてISの国家代表やその候補生は見目麗しい者が多いこともあって各国からの注目を浴び、ときにはアイドルのような扱いを受ける。

 それはラウラも同じであり、しかしそのためにその生まれが非常にネックになってしまっていた。

 そこへ出てきたのが軍将校であるエベルハルトによる養子話だ。

 これが実現すればラウラは『シュルツ』という家の枠内に収まり、その口憚られる生まれを誤魔化すことができる。

 そのため、最近ではエベルハルトのもとにそれらの支援をするという話がそこかしこから来るようになったのだ。

 もっとも、そういった思惑なぞ関係なく彼女を迎えたいエベルハルトからすれば複雑な心境であるのは言うまでもない。

 

「とくに吹聴したつもりはないんだがね」

「ええ。 もしかしたらこちらでの世間話が漏れてしまっていたのかもしれません」

「いや、いつでも応えられるよう準備だけはしておいてしまったからな。

 そこから流れたのかもしれん」

 

 早まったかとも思うエベルハルトだが、後悔そのものはない。

 ただ、これが彼女を気後れさせてしまう一因になってしまっているかもしれないと思うと、やるせなくもある。

 

「司令、私を含めてこの基地の皆は司令がどのような気持ちで隊長を迎えるおつもりなのか、ちゃんと理解しておりますので」

「ああ、ありがとう。

 ……もうこんな時間だ、休みたまえ。

 私も整理をしたら昼食にするよ」

「はっ! それでは失礼いたします」

 

 ビシリと背筋を伸ばした敬礼を残し、クラリッサは退室する。

 そしてエベルハルトが書類をまとめていざ士官食堂へ参ろうかとしたその時、机の電話が鳴る。

 受話器を取れば、聞きなれた交換手の声が聞こえる。

 

『司令、黒ウサギ隊隊長のラウラ・ボーデヴィッヒからのお電話です。

 お繋ぎしてもよろしいでしょうか?』

『ああ、構わん。 繋げ』

 

 何事かと思いつつも、それをお首に出さず告げる。

 しかし先ほどの事もあり、その心持ちは穏やかとは言い切れない。

 ややあって、しばらくぶりの声が聞こえてくる。

 

『し、司令!! お時間はよろしかったでしょうか!?』

 

 常に比べやや大きめで落ち着きのない声は、緊張の表れか。

 そんな彼女に対し、思わず苦笑が浮かぶ。

 同時に精神的な疲労が浄化される気さえするのだから、我ながら現金なものだと思う。

 

『ああ、そろそろ昼食にしようかと思っていたところだ。

 今からは一時的に私的な時間ということにするよ』

 

 言いながら考えるのは向こうの状況だ。

 時差から考えれば、向こうはすでに晩餐を終えたころだろう。

 夜分に要件とは、一体なんだろうかと首を傾げる思いを抱く。

 と、ラウラはしばらくの沈黙を置き、意を決したかのようにこう言った。

 

『―――実は、前々からいただいていたあのお話を……正式にお受けしようかと思います』

「っ!! ………そう、か」

 

 思わず驚き、胸がいっぱいになる想いをどうにか堪えるエベルハルト。

 しかし、彼女の話はそこで終わらない。

 

『つきましては、その……』

「む?」

『えっ、と………うぅ………』

 

 非常に珍しく、歯切れの悪い彼女に訝しむ。

 と、やがて彼女は大きな深呼吸を電話口で挟んで、力強く言い放った。

 

 

 

『つきましては! 司令と奥様のことを軍務の外……プライベートでは、父と母と……その、お義父さんとお義母さんと呼んでもよろしいでしょうか?』

 

 

 

 ―――やはり、今日は気疲れの多い日だとエベルハルト・シュルツは内心で愚痴った。

 なぜなら娘を迎えることができて、その娘に父と呼んでもらえた人生最良の日に、それをまったく表に出さずに必死に抑えて職務に邁進しなければいけなくなったからだ。

 

 

 

 






 というわけで、お待たせしました。
 ラウラ編です。
 結局こっちも割とがっつり過去やって、長さは前回とほぼほぼおんなじになってしまいました……(汗
 あと、なんかテンション上がんなくて文章の完成度が最近低くなってしまっている気がする今日この頃。

 ちなみに、ラウラのほうが比較的に回想シーンが少ないのはわりと意識しています。
 これはシャルのほうは父母を含めて過去から繋がっているのに対し、ラウラはどちらかといえば前に進んだことで絆を紡いでいるからです。
 言ってしまえばシャルは継承していくイメージで、ラウラは創っていくイメージですね。
 どちらのほうがいいとかではなく、あくまでもスタンスの違いだと思ってくれればありがたいです。

 VTシステムの暴走がなんかクリーチャーっぽいのは過去であるのと素体が完成品ではなく試作機であるが故の未完成さだとお考え下さい。

 ドイツ語の返事は調べて何とか組み合わせたんですが……英語力も低い自分だとあってるか結構不安だったり。

 エベルハルトって名前はドイツの男性人名載ってるページから目を瞑って適当に指さして決めたやつだったり。
 とりあえず語呂とかに違和感がなく、既存のキャラの名前に被ってなさそうなのが決定打でした。
 ひどい理由ですんません。

 養子話やそれ対するあれやこれやの思惑は完全なオリジナルです。
 ぶっちゃけあれな生まれってだけならば養子にするの難しそうですが、代表候補生になってるならメディアとかの露出とか考慮すると、お偉いさん連中的には渡りに船だったりするんかなと思ったので。
 もちろん、エベルハルトさんには知ったこっちゃないのですが。

 さて、今回でようやくこの章のメイン二人の過去にも触れ終わりました。
 ……でも、実は次回のタイトルも夜語りの予定だったり。
 誰のお話かは次回までの秘密ということで。
 次回はホントにそんな長くするつもりはないからサクッと書き上げたいですね。

 それでは、今回はこの辺で。
 なんだか最近はやくも暑くなってきましたが、皆さまお体にはお気を付けくださいね。
 ……すでに扇風機使い始めてる自分ガイル。
 だって自分の部屋熱籠もりやすいんだもの(涙




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35:明かりなき先を見据える、夜語り

 

 

 

 

 雲も疎らに月と星が瞬く夜空を、蘭は縁側に腰掛けながら見上げていた。

 すぐそばには虫よけの蚊取り線香が焚かれている。

 また、それとは別に酸味を帯びた芳香が微かに鼻をくすぐる。

 日が落ちてから家の中へと仕舞われた天日干しの梅の残り香である。

 作り始めたばかりの実はまだ青味と張りが残っており、梅干しとなるまではまだまだ遠い。

 

「………」

 

 投げ出した足をプラプラと揺らしながら、蘭はぼうっと月を眺めている。

 大分丸みを帯び始めており、目に刺さる輝きも少し眩く感じる。

 日中は大分暑くなってきたが、夜の帳も落ちきれば肌にはそれなりに涼しい。

 虫の対策さえすれば過ごしやすい時間だ。

 と、そこへトストスと軽い足音が近づいてきた。

 ゆらりと振り向けば、蓮がお盆を持ってそこにいた。

 

「お母さん」

「黄昏てるわねぇ。 はい、これどうぞ。

 ………今日はちょっと悪い子になってみましょうか」

 

 言ってコトリと傍らに置いたのはガラス皿に盛られたバニラアイスだ。

 丸く二子山に盛られたそれには、上から黄褐色のジャムのようなものがかけられている。

 

「いただきます」

 

 先の蓮のセリフと合わせ、何だろうかと気になりながら一匙掬って味わう。

 すると真っ先に感じるのはアイスの冷たさと甘みで、次いで梅と僅かな酒精の風味だ。

 口を冷やし鼻を抜けるそれらを飲み込んで、蘭は一言。

 

「お酒?」

「去年漬けた梅酒の梅を、叩いてかけてみたの。 ちょっとした大人の味ね」

「………いいの、これ?」

 

 言うまでもなく、蘭は未成年である。

 直接的な飲酒ではないとはいえ、酒に漬け込まれ続けていたそれは酒精の強さとしてはブランデー入りのチョコよりも強いかもしれない。

 首を傾げて問うてみれば、蓮は若々しい外見に悪戯めいた笑みを浮かべて口元に人差し指を立てる。

 

「言ったでしょ? ちょっと悪い子になってみようかって」

 

 そんな風に言われてしまえば蘭としても苦笑しか浮かばない。

 出てきたものに罪はなし、味も見事なので堪能することにした。

 そうしてしばらく味わっていけば、後に残るのは僅かに解けたアイスが残滓として残る空の皿だ。

 

「ごちそうさま。 美味しかった」

「はい、お粗末様」

 

 空の器を受け取りながら蓮がそう返す。

 しかし蓮はそのまま蘭の隣に腰を下ろしたままなにも言わない。

 そのことに蘭が若干戸惑うが、しかし何も言えずにそのまま母娘並んで月を見上げるばかりだ。

 夜気を含んだ涼しい風が、さらさらと髪を揺らす。

 ややあって、蘭がようやく口を開く。

 

「―――お母さんは、どう思う?」

 

 なにを、とは言わないし蓮も問わない。

 そも暴走しかけた厳を鎮圧したのは蓮である。

 それまでの会話の内容くらいは把握していた。

 ……暗に、娘とその想い人の会話を出歯亀していたということになるのだが、それはとりあえず置いておく。

 蓮は「ん~」と少し考えたように唸ってみせる。

 

「反対する理由はないわね。 だって行き止まりじゃないもの」

「行き止まり?」

「ええ。 IS学園なら進学でも就職でも不利になることはないでしょうし、受からなくてもそのまま今の学校の高等部に進めばいいだけだもの」

 

 なるほど、確かに蓮の言う通りだ。

 IS学園は世界中から才媛を集める近代の名門で、ISパイロットになることが構わなくてもそこを卒業したというだけで相応の能力があるという証左になる。

 そういう意味ではそこらの三流大学などよりもよほどに雇用の需要があるだろう。

 その辺りは今通っている学園も同じで、こちらは歴史に裏打ちされた信頼というものがある。

 そして外部受験する場合でも、高等部への進学資格が無くなるわけではない。

 故にどちらを選ぼうとも、蘭の道は余程の下手を踏まない限りは安泰であると言えるのだ。

 そんな母の現実的な言葉に、蘭は思わずため息を漏らす。

 

「なんだか生臭い話だね」

「そりゃあ大切な娘の将来のことだもの。 けど、そういう風に訊いてくるってことはやっぱり迷ってるの?」

 

 問われ、蘭はコクリと頷いて俯く。

 その表情は内心の懊悩を示すように暗い。

 そんな彼女に、蓮は「ふぅん」と唸って、

 

「―――一夏君のこと、諦められるの?」

「っ!!?」

 

 二段抜かしくらいの勢いで、ぶっこんできた。

 これには蘭も思わず目を剥いて振り向くが、こちらを見返す蓮の眼差しはまっすぐだ。

 ジッと見つめあうこと暫し、蘭が深い溜息と共に脱力しながら膝を抱える。

 

「………ううん、やだ。 あきらめたくない」

 

 そう、諦められない。

 世間から見れば自分はお子様で、この恋も可愛らしい背伸びに見えるのかもしれない。

 けれど、誰に何と言われようともこの想いは本物なのだと胸を張れる。

 出なければこんなにも痛くも熱くもならないし、悩んだりだってするはずがないのだ。

 愛娘の宣言に蓮は小さく笑う。

 

「なら、いいじゃない。 好きな人を追いかけるのだって、立派な理由よ」

「でも……」

 

 それでも尚、煮え切らない蘭。

 その理由を蓮は母として正確に見透かしていた。

 彼女が言うとおり、好きな相手や憧れている存在を追いかけるというのは理由としてはありふれている。

 それでもこうして二の足を踏んでいるのは、真剣に考えるきっかけがその当人であったこと。

 そしてもう一つ。

 

「―――IS学園に入学しても、その時にもう一夏君が誰かと付き合ってたら意味がないんじゃないかって考えてる?」

 

 その言葉に、蘭が息を飲んでバッと振り向く。

 まっすぐ見返してくる蓮に、蘭は言葉が出ないままやがてゆっくりと頷いた。

 

 一夏に想いを寄せる女性は多い。

 話を聞いているだけでも疑わしき存在はそれこそ数えきれないほどいる。

 自分がよく知っている鈴音さえも、同性である自分から見ても綺麗で可愛らしい少女だ。

 ならばまだ見ぬ恋敵はどれほどまでに魅力的な女性たちなのか。

 そんな人たちに囲まれている一夏を想うと、蘭は不安でいっぱいになる。

 仮に自分が受験して合格を勝ち得ても、それまでに一夏が自分以外の誰かに心惹かれ、結ばれてしまったなら?

 自分の努力も、決意も、すべて無駄になってしまうのではないか。

 そんな考えが彼女に重しとなってその歩みを阻ませていた。

 

 あきらめたくない、あきらめきれないというのは確かに彼女の本心だ。

 けれど、どう足掻いても届かなくなってしまうならば、このまま身を引いてもいいのではないか。

 そういう弱気な考えが首をもたげてしまっている。

 

 そんな娘の不安を受け止め、蓮はしかし笑顔を崩さない。

 彼女は蘭の頭を優しく撫でながら続ける。

 

「なら逆に訊くけど、そうなったらあなたはすぐに自分の恋を終わらせられるの?」

 

 その問いかけは、蘭に雷に打たれたかのような強い衝撃を与えた。

 そして彼女は反芻するかのように改めて自問する。

 仮にこのまま諦めて、道を分かって歩んだとして果たして自分はこの想いを忘れることはできるのか。

 答えは即、否と出る。

 

「―――ううん、無理。 きっと、すっごく引きずる」

 

 情けないかもしれないが、それは胸を張って確信できた。

 

 それはいつかは癒える傷になるかもしれない。

 いずれは忘れ去って、そんなこともあったと笑って語れる時が来るのかもしれない。

 けど、このまま何もしないで終わればそれはずっと尾を引き続けるのだと、蘭は確信を抱いていた。

 ともすれば生涯に渡って心の底で澱のように蟠りかねないとも思える。

 ―――少なくとも、このまま何もしないまま終わってしまえば。

 

 そんな結論に辿り着いた蘭を見て、蓮は安心したかのように笑みを深める。

 

「なら、それが理由でもいいんじゃない?

 結果がどうあれ、自分の想いに決着をつける―――恋する女の子が前に進むには、十分すぎる理由よ」

 

 と、蓮は皿を抱えて立ち上がりその場を後にする。

 その去り際、立ち止まって振り向く。

 

「………言っとくけど、略奪愛を推奨してるわけじゃないから、そこら辺は誤解しちゃだめよ?」

「娘を信用してないのか、アンタは」

「バカね。 娘は信用してるけど、色恋沙汰の女ほど信用できない存在はないのよ」

 

 ちらりと女の闇を覗かせて、今度こそ蓮は奥へと消えていく。

 それを何とも言えない表情で見送って、蘭は深い溜息と共に改めて月を見上げる。

 

「………まったく。 締まらないなぁ、もう」

 

 再び縁側から足を放り出して、パタパタと揺らす。

 黄色がかった月の輝きに、思わず目を細める。

 

 ハラは決まった。

 もはやこの想いに恥じるところはどこにもない。

 本当に受けるかどうかはともかく、どういう形にしろいつかはこの想いに決着を付けに行こうと気持ちを固める。

 

「……とはいえ、告白するにはまだちょっと足りないかな」

 

 それは勇気か、それとも覚悟か。

 微妙にヘタレな自分に苦笑を浮かべる。

 まあ、とりあえずは。

 

「―――資料請求から始めますか」

 

 スマホを取り出し、IS学園のサイトを検索し始めた。

 その表情にすでに陰はどこにもない。

 

 

 月の下で、五反田 蘭は先の見えない闇のような未来に向け一歩前へと進む決意と覚悟をその胸に抱いたのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 翌日。

 

「あの、なんだか昨日の記憶が途中から曖昧になってるんですけれど……なにかありました?」

 

 きっと学園の教職員というのはよほどの激務なのだろう。

 そんな真耶の一言から始まった朝のSHRにて、今年度の学年別トーナメントがタッグマッチでの開催となる旨が正式に通達された。

 そして休み時間、常よりもさらにざわめく教室の中で、一夏に歩み寄る二人の少女がいた。

 ラウラとシャルロットだ。

 一歩出遅れた箒を始め、その場の皆が揃って一夏とタッグを組みに誘いに行ったのだと思った。

 ならば一夏はどちらを選んで、或いはどちらも断るのだろうかとめいめい予想を立て始める。

 しかしラウラの口から出たのは周囲の少女たちからすれば完全に予想外の一言だった。

 

「一夏、私はシャルロットと組む」

 

 瞬間、クラスが一層ざわついた。

 そんな周囲に構うことなく、ラウラは力強く一夏を見据えながらそのなだらかな胸を自信満々に張る。

 

「私とシャルロットで、お前に勝ちに行く」

 

 真正面からの宣戦布告。

 それに対し、一夏は思わず不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 







 未成年と妊婦さんと車の運転する予定の人の飲酒は、ダメ絶対。

 というわけで短めですが夜語り三つ目、蘭のお話でした。
 ……こんなにも短めなのに、なぜだか異様に時間がかかってしまった。
 蘭と蓮の会話は大体の内容は決まっていたのですが、セリフ回しとかが中々うまく思いつかず……
 最近モチベが上がらないこともあって何気に難産になってしまいました……

 それはさておき。
 この章もだいぶ長くなってきましたがまだあと二~三話は戦闘のない話が入る予定。
 けど、いったん戦闘シーンに入ったらトーナメントが終わるまでずっと戦闘回ばっかりになる予定ですので、ご了承を。
 ……ぶっちゃけ時間置いてたら予定よりも戦闘回数が若干増えてたり(汗
 といっても追加分はさっくり終わる分だけなんですけどね。
 そこら辺も含めていずれ書いていきたいなと思いつつ、今回はこの辺で。



追伸:(ぶっちゃけ作品内容と関係ない話なんで読み飛ばしても構いません)
 最近、ネットのニュースで某アニメ化決定していた作品が作者の過去の書き込みで書籍回収にまでなったというのを読んでビックリ。
 その作品は名前くらいしか知りませんでしたが、何年も前の書き込みだという話らしく、非常にそら恐ろしく思ったり。
 ……自分は大丈夫だろうかと考えて、ひとつだけ不安があったのでここでちょっとだけ釈明を。

 ………以前、境ホラやシンフォギアを例に挙げつつ百合ネタが苦手とか書きましたが、あくまでも自分個人が苦手なだけで、そのジャンルそのものを批判しているわけではありませんのでご理解ください。
 境ホラもシンフォギアも作品自体は大好きですので。
 あらゆる媒体におけるあらゆるジャンルのあらゆる作品がこれからも発展していくことを願い、微力ながらも応援しています。

 ………いや、あくまでも個人の好みの話だから心配しないでもいいと思いますが、一応ってことで。
 まあ、心配する必要がある予定とか、全くないんですけどね(笑)
 蛇足ですいませんでした。


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36:その手を掴む理由とは

 

 

 

「―――誘おうと思った相手が、すでにコンビを組んで別の相手に宣戦布告していた件」

 

 一夏が戦意を込めた笑顔で言葉を返そうとしたその時、横合いから暗い影を背負いながら一人の少女がぬうっと顔を出してきた。

 その眼は、いかにも恨めし気な光を宿している。

 シャルロットや箒を始め、周囲の少女たちが思わず声をあげて身を引かせた。

 動じなかったのは一夏とラウラで、その闖入者はラウラへと吶喊した。

 否、正確には抱き着いてグリングリンと頬ずりをし始める。

 自分よりも背の大きな彼女の遠慮のないじゃれつきに全く揺るがない辺り、ラウラの体幹の強さは素晴らしい。

 なりは可憐な少女でも、さすがは軍人というべきか。

 

「うあーん! フランスっ子に寝取られたぁー!!」

「うん。 とりあえず張っ倒していいかな?」

「うちの馬鹿がスマン。 こっちでシメとくから落ち着いてくれ」

 

 少女のセリフにシャルロットが笑顔で殺気を漲らせ始めるが、そこへツレらしい別の少女が謝罪交じりにラウラからベリッと引きはがしていく。

 よく見れば一夏にはその少女に見覚えがあった。

 彼女のツレや、共に来たらしい他の少女たちも同様だ。

 

「亜依……それにみんなも。 誘いに来てくれたみたいだが悪いな」

「ホントだよぅ。 せっかくボーデヴィッヒ・マブダチーズでジャンケン大会してアタシが勝ったのに!!

 って、弥子、ギブ、ギブ、チョークはやめて……!!」

「おい、ネーミングセンスなさすぎるからそれやめろ」

 

 不満げに頬を膨らませる少女……亜依に、引き剥がした弥子という少女が文字通りに締めながら低い声を発する。

 どうやらあの話の後の歓迎会とやらは大いに盛り上がったようだ。

 と、そこで別の少女が軽く手を挙げて一歩前に出る。

 垂れ気味な目で首を傾げながら、ラウラに笑いかける。

 

「でも、私はてっきりラウラちゃんは織斑君を誘うもんだと思ってたんだけどね」

「美津子か。 それもちらっと考えたが、一夏とは以前戦った時に決着がうやむやになっててな。

 その決着を付けたかったんだよ。 それでせっかくだからシャルを誘ったんだが」

「ラウラとは昨日の夜いろいろとお話してね。 どうせなら組んでみようかって話になったんだよ」

「ア、アタシたちだって仲良くなったもん!!」

 

 チョークスリーパーからようやく逃れた亜依が、再びラウラにヒシっと抱き着く。

 ラウラはその背をよしよしと言わんばかりに優しく撫で始めた。

 と、そこである少女がまっすぐ手を挙げる。

 

「質問なんだけどさ、今回のタッグマッチって専用機持ち同士で組んでいいの?

 なんかそれってすんごい不公平なことになっちゃわない?」

「よっしゃよく言ったイア!! そこらへんどうなの生徒会副会長織斑君!?」

 

 イアというらしい少女の疑問に、亜依が我が意を得たりとばかりにグリンと一夏へ振り返る。

 どうやらテンションの乱高下が激しい人物のようだ。

 

「悪いがそういう規制は今のところ一切予定にないな」

 

 にべもない即答。

 手を横に振る一夏の前で、亜依が膝を折って崩れ落ちる。

 その様は踊ることに挫折したプリマもかくやといった絶望っぷりである。

 そんな彼女に一夏はひそかに溜息を洩らす。

 

(正味な話、表だっての推進こそしてはいないがそっちの方が利益があるんだよな)

 

 それは生徒にとってではない。

 専用機を作った企業や軍、研究所……つまりは製作者の側にとっての利益だ。

 

 専用機持ち同士がチームを組んだ場合、当然ながら互いの機体の情報は共有される。

 それは対戦相手として戦うよりも明確で正確なデータだ。

 そしてそれは当然ながら製作者の方にも流れていく。

 つまり他国で開発された異なるコンセプトと技術の産物、そしてその運用データが労せずして手に入るということだ。

 専用機とは大なり小なり尖った設計思想を最新鋭の技術で形作ったものであり、それ自体がガラパゴス的な進化を遂げた存在だとも言える。

 故にそれらの情報に触れることはいわば言葉なきディスカッションであり、技術の発展と開発におけるとても大きな刺激となるのだ。

 ISの乗り手を育成する教育機関であると同時に、ISそのものの研究機関でもあるIS学園からすれば、それらは歓迎こそすれ忌避すべき事態とは認識されない。

 生徒たちの不満よりも、全体としての発展こそを強く支持しているのだ。

 

 ならば生徒にとっては不利なものしかないのかというと、一概にそうとも言えない。

 

「一つ言わせてもらうとだ、少なくとも現状だとラウラや他の専用機持ちと組むのが必ずしも良いとは限らないぞ」

「………どゆこと?」

 

 涙目でこちらを見上げる亜依。

 周りの少女たちも、興味深げに一夏へと視線を投げかける。

 

「ぶっちゃけるがお前らはまだ未熟だろう」

「ホントにぶっちゃけたね!?」

「まあ最後まで聞け。 ……そんなお前らが仮にラウラと組んだとして、同じくらいに活躍できるか?」

 

 問われて、ほぼ全員がグッと言葉を詰まらせる。

 ラウラもシャルロットも専用機を与えられるほどの実力者で、それこそ国家代表の候補に選ばれるほどだ。

 それはこの場にいないセシリアや鈴音も同じで、彼女たちと渡り合った一夏についても言わずもがな。

 学園入学以前はただの一般人だった亜依や他の生徒たちとの実力差は推して知るべしといった所だろう。

 そんな隔絶した差のある者同士が組んだ場合、良くて専用機持ちの邪魔にならないようにするくらいだろう。

 場合によってはなにもしないで突っ立ているだけになるかもしれないし、下手をすれば足を引っ張ることも十分にありえる。

 

「このトーナメントにはスカウトやその前段階としての唾付け目的なんかで色んな所から人が来る。

 そこでそんな有様を見せればどう思われるか」

「……控えめに言って印象は最悪だね」

「仮に悪くならなくとも、記憶に残ることはほぼないな」

 

 うわあ、と周りの皆が乾いた呻きを上げる。

 ただ単に勝つことだけを狙うなら強いものと組むこと自体は悪くはない判断だ。

 しかしそれは同時に自身が引き立て役にしかならないということでもある。

 トーナメントの趣旨を考えれば、本末転倒とも言えてしまうだろう。

 

「だから結局のところ、ベストとしては同じくらいの実力の人間と組んでがっちり話し合いながらしっかり訓練するのが最上なんだよな」

 

 それに専用機と組むことで起こりうるデメリットもまた存在する。

 

「専用機持ちの場合、学園としても実戦データはしっかり取りたいだろうからその分ハードな組み合わせにされる可能性が高いしな。

 例えば一番濃いデータを取るために序盤で専用機持ち同士とぶつかる組み合わせにしたり、逆にいろんなパターンのデータを取るために逆シード状態で試合数が多いところに放り込まれたりとかな」

 

 その例えに再び周囲からうわあと声が上がる。

 あくまでも例えであって、実際のトーナメント表がどうなるかはまだわからない。

 だがそれでなくても目立つ存在である以上は始まる前から対策を練られることは避けられないだろう。

 その辺りはある種の有名税のようなものか。

 と、弥子がふらふらと立ち上がった亜依の肩に手を置く。

 

「亜依、あきらめな。 ラウラの足引っ張るのはアンタもイヤっしょ?」

「うん……」

 

 頷いては見せたものの、意気消沈とした様子を見せる亜依。

 そんな彼女に、ラウラは溜息交じりに苦笑を浮かべる。

 

「……まあ、組むことはできないが本番までいっしょに訓練するのは構わないぞ。

 もっとも、私もシャルとの連携を詰めたいし、あまり時間は取れないが、ってうわ!」

「ラウラあああ!!」

 

 感極まった様子で、言葉も言い切らぬラウラに抱き着く亜依。

 そんな彼女たちを、シャルや弥子たちは呆れを混じらせながらも微笑ましく眺めていた。

 どうやら地が固まったらしいラウラとその友人たちのやり取りに、一夏は目を細める。

 と、それはさておきとばかりに傍らに立っていた箒に向き直る。

 

「ところで箒、相手が決まってないなら俺と組んでくれるか?」

「ん? ああ、構わない。 ―――って、いいのか!? 構わないのか!!?」

 

 昼飯を決めるくらいの軽いノリで誘われ、思わず了承した箒が我に返るなり目を剥いた。

 一方の一夏は、そんな幼馴染に首を傾げて見せる。

 

「いや、いいもなにも誘ったのは俺なんだが」

「だが、しかし……その、いまお前も言ったじゃないか。

 組むなら実力の近しいものが良いと。 それなら私よりも、セシリアや鈴のほうが……」

 

 選ばれたことに対する喜びにそわそわとしつつも、先の言葉を思い出しつつ言った自分のセリフに思わず落ち込み始める。

 器用だか不器用だかわからない有様の箒に、しかし一夏はきっぱりと選んだ理由を言い放つ。

 

「お前が一番、俺と息を合わせられるだろ?」

 

 瞬間、箒は息を詰まらせて顔を真っ赤に染め上げさせた。

 自身を卑下していたところにこのセリフ。

 まるでお手本のような殺し文句である。

 思わず目を据わらせてこちらを睨んでくるラウラとシャルロットをよそに、一夏は「それに」と言葉を続ける。

 

「あの二人はあの二人で、忙しいみたいだからな」

「む?」

 

 と、その時になってようやく気付く。

 こういう時、いの一番に名乗り出そうなあの二人が大人しすぎると。

 いや、よく見れば姿自体がどこにも見えない。

 静かに驚き、呆ける箒やクラスメイト達に、一夏は肩を竦めて見せた。

 

「……結局、IS乗りってのはどいつも根本的に負けず嫌いなんだよな」

 

 

 

***

 

 

 

 校舎内のある一角。

 人影もなく喧噪も遠いその場所で、二人の少女が向かい合っていた。

 セシリアと鈴音だ。

 彼女たちは休み時間になるや、どちらと言わず二人で連れ立ってここまで来ていた。

 

 このタイミングでこうすることが何を意味するのか、二人とも完全に理解していた。

 つまりはタッグの誘いだ。

 しかしここに着くまでの道中、そして着いて尚、二人は口を固く閉ざしている。

 ともすれば互いの間に流れる空気も、和やかとは言えない緊張感が漂っている。

 

 二人はそのまましばらく黙ったままだったが、やがて鈴音のほうから口を開く。

 彼女は溜息交じりに後頭部をポリポリと掻きながら、不満げに漏らす。

 

「本音で言うとさ、組むなら一夏と組みたかったんだけどね」

「奇遇ですわね。 わたくしなら一夏さんとの機体の相性としても最高であったのに」

「ハン、あのクソむかつく黒いの倒したのはアタシと一夏よ? 相性ならこっちのが上だっての」

 

 直後、緊張感を増しながら睨みあう。

 余人がここにいたなら空気が軋むような錯覚を得ていただろう。

 

 二人の本音は『一夏と組みたかった』で共通している。

 しかし同時に、その選択を最初から斬り捨てて互いをパートナーとして選んでいた。

 それはなぜか。

 

「―――でもね。 ナめられっぱなしは性に合わないのよ」

「ええ。 本当に奇遇ですわね」

 

 二人の脳裏に浮かぶのは、つい昨日の出来事だ。

 二人がかりで挑んで、たった一人に手も足も出なかったという事実。

 相手が教師であることも、自分たちの連携が未熟以前の問題であったことも関係ない。

 ただ無様に負けたという結果だけが、彼女の心身を毒のように苛んでいた。

 

 鈴音はナめられていると言っていたが、実際に彼女たちを嘲笑する者が居たわけではない。

 そういう言葉を耳にしたわけではない。

 だが、空気が違うのだ。

 あの戦いの前後で、自信を取り巻く空気の若干の違いにセシリアも鈴音も気づいていた。

 それはもしかしたら錯覚なのかもしれない。

 ただの被害妄想にすぎないのかもしれない。

 だが、本質はそこではないのだ。

 

「ホント、一夏と組んでたら楽勝だったんだけどね」

「ええ、わたくしと一夏さんでしたらどのような相手でも平らげてみせたというのに」

 

 二人そろって最後に未練を口にする。

 想い人と肩を並べ、勝利の頂にて栄冠を共にする―――嗚呼、それはなんて甘美なことなのだろう。

 どのような誉れにも勝る無二の栄光に違いない。

 

「でも」

「ええ、けれど」

 

 だが、そう言って二人はそれを否と断ずる。

 なによりも魅力的な未来を蹴り飛ばすその理由は単純明快。

 

「「あんな無様を晒したままなんて、何より自分が赦せない」」

 

 すべては、胸を掻き毟りたくなるほどに身の内に燻ぶる屈辱を払わんがため。

 射手と闘士……二人の女傑が闘志を熱く静かに滾らせる。

 

「最後に、一つだけ良いかしら?」

「ええ、わたくしも。 もしかして同じことかしら?」

 

 その趣の違う美貌に、同じような不敵な笑みを浮かべる二人。

 一拍を置いて、彼女たちは真正面から声を重ねた。

 

 

 

「「―――足を引っ張ったらぶっ飛ばす!!」」

 

 

 

 言うなり、二人は力強く互いの右手同士を強く打ち鳴らしながらがっしりと手を組む。

 それこそがセシリア・オルコットと凰 鈴音、二人の逆襲劇の開幕を告げるゴングだった。

 

 

 

 






 最近、なんだか文章力が落ちてる気がする今日この頃。
 皆さんいかがお過ごしでしょうか。
 なんか暑くなったり涼しくなったりな気がしますが、お体には気を付けてくださいね。

 さて、今回は短めですが比較的早く更新できました。
 タッグ結成回ですね。
 一夏、主人公のくせにすんごくあっさりしすぎてすいません。
 まあ、他の面々のタッグ組む理由とか考えちゃうとしょうがないんですが。

 専用機同士のタッグ云々については他の方の作品でもいろいろ言われてたりしますが、こちらではなぜそれが黙認されてるかについて考えてみました。
 実際問題、合法的に他所の最新技術触れられるなら万々歳ですよね。
 まあ、こっちの技術も向こうに流れるということでもあるんですが、これはこれで国際交流というか、技術交換ってことで。
 ……あとは、一夏たちの学年みたいに、専用機持ちが何人もいるっていうのが珍しいのかもしれないです。
 実際、他学年の専用機持ちって楯無さんにあとはダリルとフォルテだけっぽいですし。

 そしてセシリアと鈴が盛大に燃えていますが、原作ではラウラにボロ負けしていた二人がこの作品ではどう戦うのか。
 そしてトーナメントはどういう風に進んでどのような結末を迎えるのか。
 次回からトーナメント本番に入っていくので、楽しみにしていただければ幸いです。
 ……まあ、戦闘が始まるのは次々回からなんですけどね(笑)
 次回はぶっちゃけギャグ回の予定ですので、肩の力抜いて楽しんでいただければありがたいです。

 ちなみに、オリジナルの『赤ずきん~』も書いているのですが、なんだかこううまくいっていない気が。
 現在二話弱分ほど書きあがっていて、内容的にも予定通りの展開になっているのですがなんかこうもうちょっと書きようがあるんじゃないかというか、そんな風に思ってしまったり。
 なんか愚痴ってしまいましたが、うまくいけばこちらも近日中に更新するかもしれません。

 それでは、今回はこの辺で。



追伸:(本当にどの作品にも関係ない内容なので読み飛ばして可)

 最近、ふとシンフォギア系のクロスオーバーとか考えてたりします。

 一つはFateとのクロスで、アーチャー一歩手前くらいの士郎が凛の手で処刑がてらシンフォギア世界に飛ばされるっていう展開。
 ちなみに第一期からと第三期からの2パターンを考えていて、前者の場合は奏が生存、後者の場合は士郎と一緒にイリヤとセラリズも一緒に飛ばされるっていう展開を妄想しています。
 ……ただ、士郎の場合アーチャーレベルに強くても終盤のバトルにどれくらい介入できるかなっていう……これは強い弱いというより、規模というかステージの問題で、大気圏外まで飛んであれこれできる士郎っていうイメージがあんまり沸かないっていうのがあります。
 シンフォギア系のクロスが特撮とか多めなのはそこら辺の問題があるのかもしれないですね。

 で、もう一つはその辺りの問題もクリアできそうな『ありふれた職業で世界最強』。
 こちらはweb版のアフター準拠で、第三期か第四期からの介入。
 こちらも2パターン考えてて、一つはハジメ他『帰還者』勢のほぼ全員(除く天乃川)がシンフォギア世界にやってくるという展開。
 もう一つはアビスゲートこと深淵卿(遠藤浩介)がやってくるという展開。
 後者の方はなにが楽って魔王様の救援が遅れても納得できてしまうからという。
 で、どのタイミングで助けに来てもおかしくないよねと。
 ちなみにこっちだと下手するとマリアさんくらいしかヒロインになんなかったりするっていうイメージ。

 ……まあ、シンフォギア大体の流れとか概要しか把握できてないんで、実際に書くのは現状無理なんですが(爆)
 むしろ、このアイデア拾って誰か形にしてくれてもええんやで(無茶ぶり)

 駄文が長くてすんませんでした。




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37:父と父、その共通点

 

 それぞれの決意と共に、組むべきパートナーを決めてから幾日か過ぎ。

 ついに学年別タッグトーナメントの本番の日を迎えた。

 三日間の日程で開催されるその初日が、一夏たち一年生のトーナメントだ。

 

「あー、見事に三チームともバラけたわねー」

 

 呟く鈴音が見上げるのは会場であるアリーナ内に張り出されたトーナメント表だ。

 描かれたヤマガタの末端にはそれぞれ参加者の名字が縦に二つ記されている。

 そのトーナメント表は日本語で書かれているが、他に掲示されている場所によっては英語や中国語、ドイツ語など他の言語で併記されているものもある。

 また携帯端末からでも確認することが可能で、そちらは各国の言語に対応していた。

 

 その場には鈴音の他にパートナーであるセシリアに一夏や箒、シャルロットとラウラも居合わせていた。

 全員、纏っているのは制服ではなくISスーツだ。

 ノースリーブのウェットスーツのようなデザインを纏っている一夏は、顎を右手で撫でながら唸っている。

 

「俺と箒は第一試合で、それも逆シードか」

「ボクとラウラは逆端だね」

「で、その真ん中あたりがわたくしと鈴さんですのね」

「ふむ……全員が順当に勝ち進んでいくと仮定すれば、私たちと鈴たちで準決勝。

 そしてそのうちのどちらかが一夏たちと優勝を争うということになるか」

「ま、最後まで勝ち進めばの話だがな」

 

 一夏は呟きつつ、この組み合わせに思いを馳せる。

 場合によっては早々にこの面々で潰しあう可能性も視野に入れていたが、かち合うのは大分先になりそうだ。

 恐らくは、内容の濃い一戦よりも様々なパターンを観測することを選んだのかとあたりを付ける。

 

「お、セシリアと鈴の少し前に亜依と弥子がやるな。 相手は本音か」

 

 友人たちの名前も探していたのだろう。

 ラウラがそんな声をあげて、つられて見た箒がふと「ん?」と疑問の声を上げる。

 

「どうした?」

「いや、この本音と一緒に書かれている名は……」

「む……あ」

 

 言われて探してみれば、思わず声が上がってしまう。

 布仏の下に記されているのは見覚えのある二文字だ。

 

「『更識』?」

「え、ちょっと待って。 それって会長の名前だよね?」

 

 思わず注目する一同の中で、一夏だけが苦々しく目を細める。

 と、その時だ。

 

「あ、おりむー!」

 

 噂をすれば影ということか、本音がパタパタと手を振りながら駆け寄ってきた。

 その身が纏っているのはいつもの袖の余った制服ではなく、ぴっちりとしたISスーツだ。

 そのため、走る動きに合わせて意外と攻撃力の高い膨らみが激しく上下している。

 そのことに気付いた鈴音とラウラの目が据わりだし、一夏は自然な動きでそっと視線を逸らした。

 

「本音も、トーナメント表を見に来たのか?」

「うん! かんちゃんと一緒に!!」

「かんちゃん?」

 

 尋ねて彼女の後ろを見てみれば、そこには髪をレイヤーヘアーのように整えた少女がいた。

 その色素の薄さからか透き通た水色に見える髪の色も、眼鏡の奥の赤みがかった瞳の色も、どこか誰かを彷彿とさせる。

 そして同時に、一夏はこちらに投げかける少女の視線に突き刺さるような鋭さを感じた。

 

「紹介するね。 かんちゃんこと更識 簪だよ」

「……本音、人前でかんちゃんはやめて」

 

 簪と呼ばれた少女は、居心地悪そうに小さな声で本音に抗議する。

 それは声を潜めているというより、普段からあまり大きな声で喋ることに慣れていないといった様子だ。

 

「更識というと……もしかして、楯無さんの妹か?」

 

 箒が尋ねた途端、簪の表情が更に険しさを増し、体を強張らせる。

 と、箒はその反応だけで自身がある種の地雷を踏んだことを自覚する。

 

「そうだけど……それがどうしたの?」

 

 声音に確実に拒絶の色が混ざり始めたことに、箒だけでなくセシリアたち他の面々も思わずたじろぐ。

 傍らの本音も、「あちゃー」と困ったように苦笑する。

 と、そこへ一夏が真顔で口を開いた。

 

「いや。 楯無のことだから『謎の更識仮面』とかそんな感じで参戦してきたのかと、ちらっと頭をよぎって不安になってな」

「……それは流石にない、と思うが……実際にやってもおかしくない気がするのがどうも……」

「確かに、そうですわねぇ……」

「あ~、実際にはさすがにやらないだろうけど、やってもおかしくない感じはあるわよね」

「ねぇ、そんなのが生徒会長で大丈夫なの、学園」

「嫁も大変だな、そんな上司で」

 

 あまりにも唐突な生徒会長への謂れのあるんだか無いんだよく解からない風評被害の嵐に、簪の頬が先ほどとは違った意味合いで引きつる。

 どうやら姉に何らかの隔意を抱いてはいるようだが、だからと言ってこういう言われようは複雑なのだろう。

 本音が「か、かいちょーでもさすがにそれはしないよー……たぶん」と一応の擁護をしてくれているが、するならするでできれば断言してほしかったところだった。

 と、本音は気を取り直すように「ゴホン」と咳払いのような真似をする。

 

「実は! なにを隠そうかんちゃんは日本の代表候補生だったりするのだー」

「「「「「へぇー」」」」」

「本音、恥ずかしいからホントやめて」

 

 豊かな胸を張って自慢げな彼女に、むしろ簪本人が恥ずかし気に止めに入る。

 眼鏡の向こうの顔はすでに隠れ気味な耳まで赤い。

 

「それに、私はここにいるみんなみたいに有名じゃないし……専用機だって、ないし」

 

 その言葉は段々と尻すぼみに小さくなり、消え入りそうな響きになっていた。

 と、彼女は俯いてくるりと踵を返す。

 その直前、ほんの一瞬だけ先ほどよりも更に鋭い視線を一夏に突き刺して。

 

「本音、トーナメント表はもう見たから、向こう行くね」

 

 言うなり、簪は小走りでその場を後にする。

 本音は一瞬、簪と一夏の双方に首を巡らせて迷うが、やがて一夏たちへぺこりと頭を下げた。

 

「ごめんねー。 またあとで」

 

 そう言って、本音もまた簪を追う形でその場を後にする。

 時折こけそうになっているところが危なっかしい。

 その場に残された面々で、箒はバツが悪そうな表情を浮かべた。

 

「すまん。 私のせいか」

 

 姉に対する複雑な想い、というところで共感を抱いたのか、僅かに顔を俯かせ始める。

 彼女の姉、篠ノ之 束はISの生みの親であり、現在は行方をくらませて国際的に手配されている人物だ。

 そう書くと、まるで一級の危険人物のようであるが、その認識もあながち間違っていない。

 危惧するだけの能力と精神構造を兼ね備えてしまっているのだ。

 そんな姉に振り回され、保護プログラムの名目で家族が散り散りとなって幾度も転校を重ねる羽目になった箒としては、一言で言い表せない感情を抱いていた。

 故にこそ、通じるものがあったかもしれない簪の地雷を踏んでしまったことを気に病んでいたが、そこへ一夏が一言告げる。

 

「いや。 どっちかていうと俺がメインだ」

 

 腕を組んで深々と溜息をつくその姿に、他の少女たちの視線が集中する。

 今の今まで消沈していた箒を筆頭に、全員が胡乱気な表情を浮かべる。

 代表して、尋問の心得のあるラウラが一歩前へ出る。

 

「―――聞いてやろう。 なにをした?」

「なにも。 言っておくが彼女とは今が初対面だ。

 ……ただ、な」

 

 そこで言葉を区切り、再び溜息をつく。

 

「少しばかり因縁ってやつがあるんだよ。

 詳しくは言う気はないがな」

「むぅ」

 

 はっきりと言われてしまったらラウラとしても唸るしかない。

 そうして押し黙った面々をよそに、一夏は思案する。

 

(いずれはともかく、今は触れずにいたほうがいいか)

 

 新たに背負い込むだろう苦労に溜息が三度漏れそうになるが、その直前に今度は逆側から声が入ってくる。

 

「ああ、隊長!! それに一夏君も!!」

 

 聞き覚えのある声に、ラウラが真っ先に振り向く。

 そこにいたのは、黒い軍服に眼帯姿の若い女性だ。

 首からは許可証だろう紐を通した柔らかいネームプレートが提げられている。

 

「クラリッサ!! 来ていたのか!!」

「はい! ご無沙汰しております、隊長。

 他にも何人か来ているので、あとで顔を見せてやってください」

 

 思わず駆け寄り敬礼をするラウラに、クラリッサは満面の笑顔で敬礼を返す。

 その手には、パンパンに膨らんだカバンが提げられていた。

 

「お久しぶりです、クラリッサさん。

 こちらには、やはり大会の視察にですか?」

「久しぶりですね、一夏君。 正確に言うとシュルツ司令が視察に来ているので、私たちはその護衛ですね」

「義父さ……ンン! 司令がか?」

 

 部下が相手だからか照れくさいからか慌てて言い直すが、それに対してクラリッサは笑みを深めてみせた。

 

「お話はすでに聞き及んでます。 ……おめでとうございます、隊長」

「う、うむ……ありがとう」

 

 ラウラの顔を真っ赤にしての消え入りそうなお礼に、クラリッサの笑顔が輝く。

 それはもういつ鼻から忠誠心が溢れてもおかしくないといった様子だ。

 セシリアたちはラウラのその様子に微笑まし気な視線を送っているが、それが傍から見てあまりにも不審者に過ぎるクラリッサから視線を逸らすためであるか否かはわからない。

 一方で、そんなクラリッサにはすでに慣れきている一夏にふとした疑問が浮かぶ。

 

「ところで、護衛とのことですがここにいて大丈夫なんですか?」

「そ、そうだ! お前のことだから任務を放棄しているわけではないと思うが?」

 

 話をそらすためか、ラウラがそれに全力で乗っかる。

 それもそれでクラリッサを悶えさせるものであるのだが、それはそれとして彼女も答える。

 

「ええ、護衛の方は現在部下が引きついています。

 こちらには別命を帯びて来ました」

「別の命令?」

「ええ」

 

 と、何故か自信ありげに不敵な笑みを浮かべるクラリッサ。

 それに対しラウラは猛烈に嫌な予感を覚え、そんな彼女の前でクラリッサは抱えていたカバンの中身を取り出し、掲げる。

 それは黒い外装に覆われ、本体部分は箱に円筒状の先端部が接続されたような形状をしている。

 そこから更に各種様々なオプションらしきパーツが複雑に取り付けられ、その重厚さをひと際強く輝かせていた。

 さらには円筒状の先端部には丸く大きなレンズが取り付けられ、余計な光が入らないためのものだろう花弁のようなカバーが上下左右に広がっている。

 とどのつまり、プロ仕様としてみてもあまりにも本気すぎるビデオカメラだった。

 女性の手には厳つすぎる黒い塊を、しかしクラリッサは一切のブレを感じさせない洗練された動きで構えて見せている。

 

「隊長の雄姿を永く鮮明に記録するため!! 私を含め訓練に訓練を重ねた精鋭による記録班が既に各所でスタンバイしています!!

 もちろん、音声回収班も別にいますのでご安心ください!!」

 

 言いつつ、クラリッサはビーム砲のような大型カメラのレンズにラウラを映しながら、憚ることなく豪語した。

 或いは、一夏や千冬、エベルハルトたちよりもある意味で最も信を置いている副官の輝かんばかりの雄姿に、ラウラは思わずグラリと身を傾げさせていく。

 しかし何とか足を踏みとどまらせると、手でクラリッサを制止しながら問いかける。

 

「ちょっと待てクラリッサ。 気持ちは嬉しい……うん、本当に嬉しいと思う。

 だが、いくらなんでもそれはやりすぎだ。 というかその為の訓練とかどれだけ労力を割いている!?

 その機材だってどう考えても安物ではない程度に収まるレベルではないよな!?

 司令が知ったらどうするつもりだ!?」

「ご安心ください。 全て司令には許可を得ており、全面的な支援を受けております。

 各種予算や手続きなども、軍の広報活動及びデータ収集の名目で司令がもぎ取ってくださいました!!」

「義父さん………」

 

 どうやら最後の砦も陥落していたというか、最初から敵軍の旗を掲げていたらしい。

 新しく娘という存在を得たためか、親バカスキルが最初からレベルMAXで実装されてしまったようだ。

 今度こそ崩れ落ちて膝をつくラウラに、シャルロットが苦笑を浮かべつつ肩を叩く。

 

「あはは……ドンマイ、ラウラ」

 

 と、そんなシャルロットの肩をツンツンと突く者が居た。

 振り返ってみればそれは鈴音で、彼女は無表情でここから見下ろせる場所にある一角を指し示す。

 

「ねえ、他人事みたいに笑っているところ悪いけど、あそこのガチっぽい撮影班の腕章とかにあるマークってあれデュノア社の社章よね?」

 

 どうやら公務に私事をこじつける権力持ちの親バカは一人ではないらしい。

 鈴音の指摘に、今度はシャルロットがラウラと同じように崩れ落ちた。

 並んで膝をつく仏独タッグチームの姿に、一夏たちは哀愁を感じつつ居た堪れない視線を送る。

 

 と、一夏はふとあることに気付いておもむろに待機状態の白式から仮想ウィンドウを展開、さらにカメラ機能を立ち上げてなにがしかを映し出していく。

 

「……あ」

「ん? どうしたんだ?」

 

 気づいた箒が尋ねると、一夏は振り向かないまま答える。

 

「いや、ちょうど目の前の延長線上にVIP用の展望席があるからな。

 もしかしたらと思って拡大してみたんだが……シャル、ラウラ」

 

 呼びかけると、二人は膝をついたまま動きを揃えて振り返る。

 その眼にはうっすら涙が浮かんでおり、その様をなぜかクラリッサはすでに撮影し始めていた。

 

「お前らの親父さんが映ってるぞ」

 

 そう言う一夏の手元のウィンドウの中では、二人の男性が隣り合って座りながら談笑している姿が映っていた。

 

 

 

***

 

 

 

「―――そうですか。 そちらの候補生が貴方の養子になられると」

「ええ。 といっても、歳の差を考えればむしろ孫といったほうが傍目には自然なのかもしれませんがね。

 それに正式な手続きはもう少し先の話になりそうですが」

 

 アルベールの言葉に、エベルハルトは照れくさく苦笑を浮かべる。

 二人は娘たちがタッグを組んだこともあってか、あいさつを交わした後はこうして席を並べて言葉を交わしていた。

 話題はもっぱら今日の主役である自分たちの娘に関してだ。

 

「前々から誘いはしていたのですが、先日ようやく頷いてもらえましてな。

 どうやら、そのきっかけとなったのはそちらのご息女のようで。

 世話になったこと、御礼申し上げます」

「いえ、そんな……アレが自身で動いたこと。 私は何もしておりませんよ」

 

 アルベールの言葉は謙遜というよりも事実であるが、ラウラを発起させるための根拠がシャルロットの無駄に複雑な家族関係に揶揄したものであるので、そういう意味では間接的に彼にも世話になったと言えるかもしれない。

 もっとも、それを知らぬままなのは救いであろうが。

 そんなアルベールに、エベルハルトはふと表情に影を差しながら呟く。

 

「……あの子には、私たち大人が不甲斐ないせいでつらい思いをさせてしまいましてね。

 罪滅ぼしというわけではありませんが、その分幸せになるための一助となれればと思っていますよ。

 無論、私自身も幸福でありますがね」

 

 そのセリフに、アルベールも苦笑を浮かべつつ溜息をつく。

 

「奇遇ですな。 ……私も自身の不徳でアレには多大な苦労を掛けてしまったクチでしてね。

 おかげで、頭が上がらない毎日ですよ」

 

 冗談めかした絶対の真実を口にしつつ、同時に思い浮かぶのは負の結びつきを壊すきっかけとなった少年の姿だ。

 娘が想いを寄せるその相手に、恩義を感じつつもそれはそれとして複雑なものを感じて口元を歪ませる。

 

「……まあ、だからと言ってそうそうあの男を認めるわけにはいきませんが」

「あの男?」

「そちらにも留学したあの若造ですよ」

 

 言われ、エベルハルトも「ああ」と思い至る。

 歳ばかり重ねて不甲斐なかった自分に変わり、義娘を救うための先陣を切った少年の姿を脳裏に映して、こちらも苦い笑顔を浮かべる。

 

「本当に奇遇ですな。 義娘もというか、義娘とその部下たちも彼に熱をあげているようでして……それも割と本気の」

「………あのガキ、まさか現地妻そこらに作ってるんじゃないだろうな?」

 

 一夏本人が聞けばさすがに怒りを覚えるだろう言葉だが、実際の話けっこうな割合で留学先の女性相手にフラグを立てまくっているので間違いとも言い切れなかったりする。

 もっとも一夏本人に自覚はないのだが、それが余計に始末が悪いと言えなくもない。

 

 と、二人は気を取り直すように姿勢を正す。

 

「ともあれ、今日は互いに娘の晴れ舞台です。

 シャルロットならばきっとあなたの義娘を優勝の頂まで導くでしょう」

「………そうですな。 ラウラならばご息女ともどもこの戦いを制することができますでしょう」

 

 と、ここで背後に控えていた二人の護衛は違和感を覚える。

 言葉には出さないが、その思考は全く同じだった。

 ………おや? なんだか雲行きがおかしいぞ?、と。

 胸騒ぎを覚える護衛たちの目の前で、護衛対象は快活に笑い始める。

 

「いやいや。 わが社の傑作を完璧に使いこなすシャルロットならばそちらのラウラ嬢に犬馬の労をとらせることもないでしょう」

「いやいや。 我が軍の最新技術を搭載した機体を己の手足としたラウラならばご息女にいらぬ苦労をさせることはないでしょう」

 

 二人はともに同じく輝かんばかりの笑顔を浮かべながら、しかし醸し出す雰囲気に不穏なものが漂い始めた。

 共にセリフそのものは相手の娘を慮るものであるが、その実にはこれ以上なく娘への賞賛が含まれている。

 どうやら暗に自分の娘はすごいんだと自慢しているようだ。

 護衛たちは引きつりそうになる頬を必死に抑えながら控え、それぞれの逆隣の席に座っている別の国のVIP達はそれとなく視線を逸らし始める。

 

「いやいやいや、シャルロットのほうが」

「いやいやいやいや、ラウラのほうが」

 

 いつの間にか、最低限のおためごかしも投げ捨てて直接的に娘自慢を始めている。

 二人は笑い合いながら時に相手の肩を気安くたたき合い、やがて立ち上がって真正面から向き合う。

 そして。

 

「「いやいやいやいやいやいやアッハッハッハ………ア゛ァ゛?」」

 

 愛想笑いすらも取り払い、真正面から睨みあった。

 

 

 

***

 

 

 

「………オイ、なんか笑いあってたと思ったらいきなりオッサン二人がメンチ切り合い始めたんだが?」

「と、義父さあああああんっ!!?」

 

 予想外の事態に、ラウラが絶叫する。

 それもそうだろう。

 自身の義父と友人にして相棒の父親が仲良く喋っていたと思ったらいきなりケンカ腰になったのだ。

 カメラで映しているだけだから会話の内容を一切把握できなかったことも、混乱に拍車をかけている。

 そのまま涙目でオロオロとし始めるが、常の冷静さが失われているためか具体的な行動に繋がらない。

 一夏は助け舟を求めるべきかとクラリッサの方へ視線をずらす。

 しかしそのクラリッサはハアハアと荒い息をしながら今にも鼻血を垂らしそうなほどに顔を紅潮させ、右往左往しているラウラを必死に撮影していた。

 カメラを覗いていないほうの目は眼帯に覆われて見ることは叶わないが、おそらく盛大にギラついていることだろう。

 有体に言って、どうみても不審者通り越して変質者以外の何者でもなかった。

 ぶっちゃけ一夏はこのまま通報することも一瞬真剣に考慮したが、ギリギリ踏みとどまる。

 一夏はいろんな意味で頼ることのできないドイツ勢から、逆側のフランスへと視線を滑らせた。

 

「うぉ……!?」

 

 直後、思わず呻いた。

 そこにいたシャルロットは、とてもとても朗らかに笑っていた。

 野に咲く花のようにとはまさにこのことか。

 しかしそんな笑顔も奈落の底を映しているかのような瞳で浮かべられたら、怖気が奔るのもやむなしである。

 どうやら花は花でも猛毒を宿していたようだ。

 事実、彼女の傍にいたセシリアと鈴音や箒もそんな彼女に思わず顔を引きつらせながら後退っている。

 

「もう。 しょうがないなぁ、オトウサンは」

 

 優し気なくせにどこか背筋を凍らせる響きで呟きながら、シャルロットはおもむろに携帯端末を取り出した。

 と、一夏を挟んで逆隣のラウラも「そ、そうだ!」と気付いたように同じく端末を取り出す。

 そうして二人は示し合わせたわけでもなく、そも精神状態もその余裕も真逆なまま、まったく同じ行動に移っていた。

 

「か、義母さん!! 義父さんが!!」

「お義母さま、ちょっとお父さんのことでお話があるんだ」

 

 即ち、対象の配偶者への連絡である。

 

 

 

***

 

 

「おうこらジジイ、ウチのシャルロットじゃ役不足だとでもいうのかアァン!?

 地獄の門のデザイン直で確認させてやろうか!?」

「アァ? なにヌかしとんだ若造が。 ウチのラウラのがすごいのは世界の真理だろうが。

 天国への階段が何段か数えさせてやろうか!?」

 

 もはやそこらのチンピラのような物腰で互いに詰め寄り睨みあうアルベールとエベルハルト。

 互いに一歩も引く気がないそれは当事者にとっては娘の名誉をかけた聖戦だが、当の娘には直接的な関係は全くない上に周囲にとってははた迷惑なオッサンどもの揉め事である。

 正直周りとしては放っておきたいが、こんなのでもVIPであるのは確かなので下手をすればこれが国際問題になりかねず、それが巡り巡って自国へ影響を及ぼしかねない。

 護衛としても護衛対象がこんなことで怪我をしてしまっては面目が立たない。

 故に何とかしなければいけないのだが、すっかりヒートアップしている二人に下手に声をかけるの憚られ、結局は誰もが遠巻きに眺めるばかりである。

 そうしてついにすわ殴り合いでも始まるかとばかりに場の緊張が高まったその時、その二人の胸元から電子音が鳴り響く。

 双方の端末の呼び出し音だ。

 二人は同時に相手から背を向けると、苛立たし気に通話を始める。

 

「「なんだ!? こんなときに!?」」

 

 つまらない用事ならば承知しないとばかりに声を荒立てる二人。

 そこへ。

 

「「『こんなときに』、アナタはなにをやっているのかしらねぇ?」」

 

 二人の耳に、長年連れ立った愛妻の絶対零度の声が静かに突き刺さる。

 瞬間、大人げない馬鹿どもの体がビシリと固まった。

 

 アルベールの手元から、溜息交じりの声が響く。

 

「あの子の晴れの舞台に、なにを考えているの?」

 

 エベルハルトへと、不自然なまでに優し気な声が囁かれる。

 

「せっかくできた可愛い娘を泣かせるとか、イイ度胸よねぇ」

 

 そうして、一拍置いた次の瞬間。

 

 

「「―――あとでお話があります」」

 

 

 『あとでその小汚いツラ貸せやコラ』という死刑宣告の言葉が、馬鹿親父二人へと贈られた。

 

 

 

***

 

 

 

「うん。 無事解決したみたいだね」

「こ、これは解決したのか!? なあ!?」

 

 ほぼ同時に崩れ落ちるように席へ腰を落とし、この世の終わりに直面したかのように両手で顔を覆って俯く仏独VIPども。

 そのように満足げに笑顔を輝かせるシャルロットに、ラウラが先ほどと同じくらいアワアワとしながら問い詰める。

 そんな彼女へシャルロットは「へいきへいき」と手をパタパタを振って軽く答える。

 そうしてセシリアたちは引き続きシャルロットにドン引き、クラリッサはものすごくいい笑顔でカメラを回し続けている。

 そんな中、一夏は静かに天を仰ぎながら、ふと思う。

 

(…………世のお父さんって、本当に大変なんだなぁ)

 

 それはさておき。

 一夏はウィンドウを閉じると身を翻した。

 その動きで後ろ髪を縛る組紐の翡翠の飾りをチャリと鳴らしながら、箒の肩をポンと叩いて歩き出す。

 

「箒、そろそろ準備だ。 行くぞ」

「あ、ああ」

 

 先を行く一夏に、我に返った箒が続く。

 その背を、他の皆が気を取り直して激励する。

 

「お二人とも、頑張ってくださいまし」

「アタシらとやるまで負けんじゃないわよ!」

「箒、肩の力抜いてね」

「一夏、遠慮なくやってしまえ」

「一夏君、それにパートナーの方も。 ご武運を」

 

 背を押す言葉に、一夏は黙って拳を突き上げ、箒は一度だけ振り返って頷いて見せる。

 

 

 

 ―――間もなく、戦いの火蓋は切って落とされる。

 その結末と、そこへ至る過程になにがあるかは、未だ誰にも見通せない。

 

 

 

 





 というわけで、何とか更新できました。

 本音のパートナーは当初は相川さんの予定でしたが、せっかくなので簪にちょっとフライングで登場してもらいました。
 彼女たちのトーナメントがどうなるかは次回をお楽しみに。

 そしてクラリッサさん絶好調。
 きっとディレクターズカット版は身内のみの超プレミア配布ですね。

 それに対し、父親二人。
 まあ、娘や妻に勝てる父親とかいるはずがないのが世の理だったりしますよね(暴論

 さて、次回からはいよいよトーナメント開始。
 ……長かったなぁ。
 何気にこの章って去年から始まってるんですよね。
 半年以上かかってるとか、ぶっちゃけ自分でもどうよって気がしないでもない。
 ともあれ、皆様に楽しんでいただけるようこの先も精進していくつもりですので、これからも応援よろしくお願いいたします。





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38:それぞれの開幕

 

 

 

 大観衆が見守る中、ISを纏った四人の少年少女がアリーナの中央で向かい合う。自分たちへと集まる注目に三人の少女たちは僅かに身を固くして竦ませるが、少年……一夏の方は慣れているのか気にした風でもない。

 と、そこへスピーカー越しの大音声が響き渡る。

 

『それでは、これより学年別タッグマッチトーナメント一年生の部を開始いたします!!

 実況は新聞部部長、黛 薫子。そして解説には―――』

『みんなに愛される素敵な生徒会長、更識 楯無ヨン! ヨロシクね!!

 ちなみに明日の二年の部にはこの二人でタッグトーナメント出場する予定だから、そっちでも応援して頂戴!!』

 

 底抜けに明るい声にアリーナは概ね盛り上がるが一夏は思わず半眼になる。そういうことをするとは全く聞いていなかったが、恐らくサプライズのつもりだったのだろう。ぶっちゃけ、悪ノリっぷりと目立ちっぷりは『マスクド更識』といい勝負である。

 

『さて、それでは一回戦が始まりますがここでさっそく注目選手、唯一の男性操縦者である織斑 一夏君が登場です!』

『タッグパートナーは篠ノ之 箒ちゃん。彼の幼馴染ね。きっと息の合ったコンビネーションを見せてくれるでしょう』

 

 さらりとハードルをぶち上げる楯無。おかげでただでさえ固くなっていた箒が更に萎縮していく。そのことに一夏が若干苦い顔になっていると、続いて対戦相手への紹介へと移っていく。

 

『対するは福江 麗ちゃんと坂本 亮子ちゃんの二人。共に四組所属。ちなみに福江ちゃんは我が新聞部の期待のホープでもあるわ』

「た、ただの新入部員ですよぅ」

 

 おさげをした少女が恥ずかし気に小さく呟く。なんとなく、ノリの良すぎる上司を持った者同士でシンパシーを抱いてしまう一夏。

 そこへ、天の声がさらなる爆弾を落としてくる。

 

 

 

『ちなみに、明日の二年の部では私たちに代わって福江ちゃんと織斑君が実況と解説を担当してくれます!!

 お楽しみにネ!!』

 

 

 

 瞬間、観客席から怒涛のような歓声が降り注ぐ。まだ一試合も始まっていないのに、まるで決勝戦であるかのようだ。その一方で、福江と一夏は共に愕然とした表情を浮かべていた。

 

「は、初耳ですよっ!?」

「こっちもだ! どうなってる!?」

 

 叫ぶ二人だが、当然ながらその声は届かない。歓声にかき消されている上、物理的に遠すぎるのだ。そしてこの盛り上がり……明日の苦労から逃れることは出来そうにない。

 揃って溜息を吐いて肩を落とし、ふと互いの視線が交わる。

 

「……苦労、してるんですね」

「お互いな」

 

 言い合って、さらに大きく息を吐く。そんな二人の肩や背をそれぞれの相棒が労わるようにポンと叩く。

 一夏は気を取り直すように身を起こした。

 

「とりあえず、明日も世話になるみたいだが……今は今日のことに集中しようか」

「は、はい。 胸をお借りします!」

 

 まるで後輩のような同級生の言い草に、一夏が苦笑する。そして一拍、息を吐いて心身を引き締め、相手も同じように身構えた。

 

『それでは、一回戦第一試合……始め!!』

 

 天の声が開幕を告げる。

 瞬間、福江と坂本の二人が武装を展開しながら揃って後方上空へと全速で後退していく。その両手に現れたのはサブマシンガンやアサルトライフルだ。

 後ろ向きに飛びながら、二人は思考を走らせる。

 

(織斑くんは完全近接仕様の機体。篠ノ之さんは剣道部所属。つまりどっちもクロスレンジが得意の間合い!!)

(なら開始直後に全力で間合いを取れば、イニシアチブはこっちのもの!! 少なくとも織斑くんからの初手は来ない!!)

 

 これぞ自分たちの作戦。勝利のための方程式だと、自信満々に空けた間合いから銃口を眼前へと向ける。

 そして、

 

 

「―――いや、そいつは悪手ってやつだろ?」

 

 

 一瞬にして試合開始の時よりも近い位置まで詰め寄られ、そんな言葉を間近で囁かれてしまった。

 

「「……は?」」

 

 たまさか、思考が空白になる。直後、一夏が手にした刃を振りぬいた。

 白刃一閃、二人の持っていた四つの火器の砲身や本体をまとめて両断し、ただのゴミへと変えてしまう。「え?」と呆ける暇もなく、一夏は福江へと雪片弐型を振り下ろした。

 

「きゃああっ!」

 

 手元に残った残骸でどうにか防御して見せる福江。そんな彼女に、相方の坂本が援護せんと振り向きかけて、しかし、

 

「お前はこっちだ!!」

「くぅっ!?」

 

 遅れて疾駆してきた箒がそれを阻む形で斬りかかる。と、それを待っていたかのように一夏の動きが一気に鋭さを増していく。

 

「ふっ………!」

 

 残骸ごと福江の両手を弾く一夏。その次の瞬間、暴風の如き連撃が福江を襲い、餌食にしていく。

 

「きゃああああああああああああああああっ!?」

 

 思わず上がるのは痛ましい絶叫だ。しかし一夏はそれに構わず、ぐるりと身を回す。刹那、相棒へと呼びかける。

 

「箒」

「ああ!」

 

 直後、箒は坂本のもとから一気に離脱。猛攻からの突然の解放に坂本が一瞬体勢を崩すが、それが致命的となった。

 

「フンッ!!」

「あぐっ!!」

 

 スラスターの加速を含めた遠心力を乗せた回し蹴り。それが福江に叩き込まれ、坂本の方へと吹き飛ばす。狙い過たず、福江と坂本は見事に衝突した。

 

「あうっ!」

「ぐえっ!!……れ、麗ちゃん! どいて!!」

「ごめん、無理」

『―――福江機、シールドエネルギー残量ゼロ!!』

 

 「え?」と坂本が疑問符を浮かべた直後、無情な宣告がもたらされた。どうやら最後の蹴りがトドメになったらしい。こうなれば福江はただの置物だ。

 そこで坂本が福江を払いのけられればまた話は少し違ったのかもしれないが、彼女はそれができなかった。安全装置があるとはいえ、動けない彼女を空から放り出すのは流石に良心に憚られたからだ。

 それは通常なら褒められるべき善性であったかもしれないが、今は状況が違う。試合中だ。故に、それはどうしようもない悪手でしかなかった。

 

「悪いが、ダメ押しだ」

「え?」

 

 そんな声が聞こえた直後、福江の肩越しに白い影が見えた。

 一夏だ。彼はどうやらこちらが抱える福江の背を足場にして立っているようだ。

 

「え?」

 

 再度疑問の声を上げる坂本の目の前で、白い翼が展開する。角度的に見えにくいながらも、スラスターから吹かれる光が日中でもなお煌いている。

 

「え?」

 

 もはや呆けるしかない坂本。なにが起きるか察して顔を引きつらせる福江。そしてそんな二人を尻目に、一夏は体重をかけるかのように身を沈め―――スラスターの出力を引き上げた。

 

「えええええええええええええええええええええっ!?」

「きゃあああああああああああああああああああっ!!」

 

 直後、三人が凄まじい勢いで落下する。ただでさえ福江を抱えて身動きの取れないところへ、更に畳みかけるように白式の出力による地面への押出しだ。量産機の打鉄ではろくな抵抗もできないし、そも混乱しかけている坂本にはそんな考えが頭に浮かぶことすらなかった。

 結果、アリーナへIS三機分の質量にスラスターによる加速分の衝撃が轟音と共に叩きつけられることとなった。

 

 盛大に立ち昇る土煙の中、一番下に敷かれる形になった坂本がもぞもぞと蠢く。

 

「あいたたたたた……」

 

 呻く彼女に、白刃の切っ先が付きつけられる。

 

「ひっ……!?」

「まだ、続けるか?」

 

 坂本は切っ先の向こうにある一夏の顔を覗いて、更に鋭いその眼光を真正面から浴びてしまう。それは彼女の戦意を完全にへし折ってしまうには十分すぎた。

 

「あ、あははは……ごめんなさい。無理です。ギブアップ」

 

 その宣言を待っていたかのように、試合終了のブザーが鳴り響く。

 

『坂本 亮子、ギブアップ!勝者、織斑・篠ノ之ペア!!』

 

 勝者への歓声が響き渡る中、ISを解除した福江と坂本は同じく解除した一夏たちの手を借りながら立ち上がる。

 二人とも、悔しげに意気消沈していた。

 

「あぅ、いいとこなかったよ……」

「あたしなんて降参させられちゃったし……」

 

 と、そこへ天の声が。

 

『いやー、あっという間の初戦でしたねー』

「「ぐう」」

 

 追い打ちをかけられ、ぐうの音を出す程度の余裕しかない二人。そこへ更に天の声が続く。

 

『今の試合、どうでしたか解説の楯無さん』

『そうねえ。一言で言うと『作戦が悪かった』……これに尽きるわね。織斑・篠ノ之ペアが近接特化と読んで間合いを空けるまではまだともかく、二人同時に全く同じ速度で後退しちゃったのはダメダメね。

 せめてどっちかが足止め役を引き受けるべきだったわ。接近戦に強いってことは、間合いを詰める能力も相応に有るとみるのは戦力分析の最低ラインよん』

「な、なるほど」

「言われてみればそうだよね……」

 

 思っていた以上に的確な解説に、いつしか敗者二人が感心したように聞き入っている。その様を見て、解説を聞いていた一夏はなるほど、と納得する。

 

「単なる目立ちたがりってワケじゃなかったか」

 

 無論それもあろうが、本命の狙いとしてはコレだろうと一夏は推測して、苦い顔を浮かべる。

 

 楯無の解説は敗者へのアドバイスである以上に勝者への対抗策の一助だ。そしてそれは次の対戦相手への直接的な助言となる。

 つまり勝ち進めば勝ち進むほど、自分たちへの対策を練られやすいということになる。楯無がやっていることはこのトーナメントのハードルを引き上げることに他ならない。まったく、優秀であるくせに妙に性格の悪い真似だと溜息を禁じ得ない。

 

(もっとも、目端が利く奴はこれが無くとも自分で分析するだろうからそこまででもないだろうがな)

「一夏?」

「いや、なんでも。……箒、こっから先はどんどんきつくなっていく。覚悟しておけ」

「あ、ああ。―――言われるまでもない」

 

 急に声を掛けられて戸惑ったようだが、すぐに決意の籠もった眼差しで頷く。そんな相棒に、一夏も思わず不敵な笑みを浮かべる。

 と、こちらを見ている福江と坂本に気付いた一夏は、一つだけこう言い残した。

 

「とりあえず、俺からも一つだけ。―――次やるときは、胸を借りるんじゃなくて首を獲るつもりで来い」

 

 

 

***

 

 

 

「っ、このぉっ!!」

「くぅっ!? 効っくぅう!!」

 

 簪が歯噛みし、呻きながら薙刀を振るう。対する亜依は呻きながら盾と片手剣でどうにかそれを凌いでいく。

 と、亜依の肩から太い筒のようなものが伸びる。ショットガンの銃口だ。

 

「ちぃっ」

 

 舌打ち一つ、それだけ残して簪は一気に横へと身を大きくずらす。その直後に、彼女のいた空間を無数の小さな鉛玉が蹂躙していく。

 

「外した!」

「いやもうちょっと! このままいくよ!」

 

 亜依の後ろから弥子が叫び、大して亜依は激励交じりの作戦継続を促す。

 見えない風船を押し付けられたような衝撃波の圧が通り過ぎた後、簪は横合いからの薙ぎ払いを相手へとお見舞いする。それに対し、亜依がこちらから叩きつけるようにそれを盾で受け止める。

 

「やらせないよ!!」

「この……っ」

 

 ともすればはじき返されそうな衝撃に、簪は仕切り直すように距離を取る。眼鏡越しに相手を見据えながら、状況分析を開始する。

 

 まず前提として、彼女たちそれぞれの実力は簪には及ばない。専用機を持ってはいないとはいえ、簪も代表候補生である。その実力は頭一つどころじゃなく抜きんでている。

 にもかかわらず攻め切ることができないのは、二人の作戦が完璧に嵌まっているからだ。

 

『それにしても、唯原選手たちが優勢ですね。やはり二対一という状況は大きいんでしょうか』

『それもあるけど、二人の場合は攻守の役割を完全に分担しているわ。シンプルだけど、嵌まれば強い作戦ね』

 

 こちらの思案をなぞるように実況と解説の声が響く。そのうちの片方に一瞬心がざわつくが、無理矢理無視する。

 

 まず配置としては剣闘士のような装備の亜依が前衛、後衛に弥子というものだ。

 亜依は剣こそ持っているものの攻撃は完全に捨て、何処までも防御に専念している。剣も薙刀を受け止めるか、せいぜいが牽制程度のものだ。そしてその後ろから弥子が銃器で攻撃を仕掛けるという形で完全に固定されていた。

 これの厄介なところは二人をどうやっても引き離すことができないというところだった。恐らくは、フォーメーションの維持に特に力を入れて訓練したのだろう。回りこもうが誘い込もうがうまくいかない。

 なによりこの作戦の上手いところは、それぞれが自身の役割だけに専念できるというところだった。各個撃破しようにも、後衛の弥子には攻撃は届かないし、前衛の亜依を潰そうと責め立てれば、隙をつくように弥子の攻撃が入る。どちらを狙おうとも亜依は防御を、弥子は攻撃だけを考えていればよいので、そこに余計な選択肢が入らないだけ迷いがないのだ。

 その厄介さを、簪は現在進行形で感じていた。

 

 翻って、こちらの状況はどうかというと限りなく最悪に近い状態だった。なぜなら、こちらはすでに片翼をもぎ取られているからだ。

 

(本音……)

 

 ハイパーセンサーが、アリーナにへたり込んで動けなくなっているパートナーの姿を捉える。その顔には彼女には似つかわしくない涙を浮かべた悲痛なものになっている。

 彼女が動けないのは決して相手に臆したわけではない。単純にすでに墜とされているから動くことができないのだ。

 

 それは試合開始直後のこと。

 相手側のチームがまず行ったのはあるものを投じることだった。一拍の間を置いて弾けたそれは、強い光で以ってこちらのセンサーをほんの一瞬だけ麻痺させた。そう、閃光手榴弾だ。

 その時、簪はとっさに全速で後退した。重ねて言うが、専用機を持たないとはいえ代表候補生だ。視界が潰されても……いや、だからこそどんな行動に移るべきかの判断は迅速であった。

 だが、さすがに本音はそれに追従できなかった。白く焼き付いたようなハイパーセンサーが常の視界を取り戻す頃には、本音はすでに二人掛かりで襲われているところだった。慌てて救援に入ったが、結局守り通すことはできずにこの有様だ。

 そこから先は孤軍奮闘。相手の戦闘スタイルは見事に嵌まっており、彼我の実力差で何とか持ちこたえているという状況だ。

 

 互いが使っているのは同スペックの量産機。故にこの戦況を変えるにはどちらかに決定的な何かが必要だ。

 ミスか、好手か、或いは秘策か。

 

 と、本音に気を取られたその一瞬の隙を弥子は目ざとく捉えていた。亜依の両肩に腕を置く形で二丁ハンドガンを構え、連射を始める。

 

「くっ!」

 

 慌てて後退し、距離を大きく開ける。これに対し、亜依も弥子も見送るのみだ。

 

『どうしたことか!? 唯原・吾郷ペア、離れる更識選手をあっさりと見送ってしまう!!』

『あのフォーメーションの弱点ね。受け手として強い分、相手方がああして急に間合いの外に出ようとすると、対応しきれないのよ。二人一緒が前提だから、無理して追おうとしたらそれこそ各個撃破の良い的になってしまうしね』

 

 間合いを広く取ることに成功した簪は薙刀を量子化して収納、同時に両腕の装甲をマニピュレーターごとパージして代わりに情報入力用の仮想パネルを展開する。

 さらに拡張領域から四つの箱状のものを現出させる。マルチトレースミサイル……本体一基から八発の子弾を斉射する誘導ミサイルランチャーだ。

 

「行って!!」

 

 言うなり、四基の親機を一斉に飛ばしていく。それらはそれぞれが異なる軌道で亜依と弥子に向かい、ある程度の間合いの所で口を開けるように展開、中の子弾をばら撒いていく。しかも、それだけでは終わらない。

 

「システム起動、全弾同期開始……!!」

 

 仮想パネルに置かれた簪の細い指が残像を残すかのような速さで目まぐるしく動く。同時に、ミサイルの動きに変化が現れる。

 前述したとおり、子弾は誘導弾……つまりロックオンした対象へ向かっていくものだ。しかし今放たれたミサイルは亜依たちに向かうでもなく二人の周囲を立体的に旋回しているばかりだ。それはまるで、回遊する魚群を彷彿とさせる光景だ。

 

『おぉーっと、どうしたことか!? 更識選手の放ったミサイルが唯原・吾郷チームの周囲を旋回しているぅっ!?』

『どうやら、誘導プログラムをいじってるみたいね。もしかしてその場で全弾操作しているのかしら?』

 

 その通りだった。簪がいま走らせているプログラムは、己の専用機の主力に使うシステムの雛型だ。まだ未完成のため、一発一発を個別に操作するには至らないが、それでも相手方の逃げ道を塞いで取り囲むことには成功した。

 簪はさらにプログラムを修正、亜依と弥子を取り囲んだミサイルたちの矛先を一斉に二人へと向ける。

 

「やばっ!?」

 

 亜依が呟いたその時には、すでに多数の弾頭は二人へと殺到していくところだった。揃って慌てて降下してやり過ごそうとするが、ミサイルの大群は獲物を見失うことなく追っていく。

 二人が着地した次の瞬間には、集団で餌を啄む肉食魚の如くミサイルが飛び込んでは炸裂していった。

 連続して響く爆音は、爆撃のそれと変わらない。瞬く間に、アリーナの表面を黒煙が覆い隠していく。

 

『―――唯原機、シールドエネルギー残量ゼロ!!』

 

 と、そこで相手方の片方が墜ちたことが告げられた。その戦果に簪がまずは一機と気合を入れなおした、次の瞬間だった。

 

「………うぁああああああああああああああああああああああああっっ!!!」

「なっ!?」

 

 こちらに向かって真っすぐに、弥子が迫ってきていた。その機体の損傷は想像よりもはるかに少なく、無傷に近い。これは簪には大きな誤算で、あれだけの爆撃ならばもう少し痛痒を与えられそうなものだったからだ。

 だが、現実はこうだった。弥子の手には銃器ではなく巨大なハンマー……それも加速器のついたブーステッド・ウォーハンマーが握られていた。

 弥子はまず、下からの上昇の勢いのまま振り上げの一撃を見舞う。簪は辛うじてこれを回避するが、次の一撃は避けられなかった。

 

「だぁらっしゃああああああああッッ!!!」

 

 加速器を点火しての振り下ろし。その痛烈な一撃を、腕部装甲を外してしまった簪は防御もままならずにまともに喰らってしまった。

 

「きゃあああああああああっ!?」

 

 叩き落され、大地に激突する。直後、ブザーが鳴り響いた。

 

『更識機、シールドエネルギー残量ゼロ!! ―――勝者、唯原・吾郷ペア!!』

「あ……」

 

 大地を背に、簪は軽く呻いた。墜ちた時の衝撃か、眼鏡が外れて転がっている。

 周囲からは驚愕を含んだ歓声がスコールのように降り注ぎはじめた。代表候補生相手に一般生徒の一年生が土を付けたのだから、大番狂わせといっても過言ではないだろう。

 だが、簪本人はそんな耳をつんざくような音の怒涛などないかのように呆っとした表情を浮かべている。その顔が、のろのろと横に倒れる。

 

「ああ、そうか」

 

 その視線の先は、小さなクレーターのように抉れていて、そこからにゅうっと腕が伸びている。おそらくは亜依のものだろうそれは、誇らしげに親指が立てられていた。

 それで簪は察した。己が放ったミサイルの全てを、彼女が覆いかぶさることで受け止め切ったのだと。

 そんな彼女へ弥子が駆け寄ってその手を掴んで引き上げる。そしてそのまま満面の笑みでタッチを交わした。

 

『見事勝利をもぎ取った唯原・吾郷ペア!! あの絶体絶命な状況でパートナーを守った判断と行動、そして一瞬のスキを見逃さなかった決断力。開幕直後の奇襲といい、見事な作戦と連携でした! これはまさに、チームワークの勝利といってよいでしょう!!』

 

 薫子の賞賛が歓声を裂いて響いたが、楯無の声は聞こえない。

 声を聴いてもつらかったろうが、実際になにも言われなかったらそれはそれで心が軋んでいる事実に、簪は自身の身勝手さに嫌気がさす。

 身勝手さだけではない、弱さにも、至らなさにも、あらゆる全てに悔しさと悲しさが募る。と、簪の顔に影が差す。

 

「本音……」

「ごめんね」

 

 見れば、ISを解除した本音がこちらを見下ろしていた。その瞳からは、涙がとめどなく溢れている。

 

「ごめんね……かんちゃん、役立たずでごめん、ごめんね……」

 

 謝りながらしゃくりあげ、泣き続ける幼馴染に簪は僅かに目を細める。簪に、彼女への恨みなどない。

 

「いいよ、本音」

 

 静かに返して、ゆっくりと自身の目元に手を置いた。

 

「本音は悪くないから」

 

 ただ己が弱くて、至らなかっただけなのだ。

 ただ、己が結果を残せなかっただけなのだ。

 それらの言葉は、辛うじて口に出さなかった。

 それでも、たった一つの渇望が口からあふれ出てしまった。

 

「―――強く、なりたいなぁ」

 

 目元を覆う掌が熱い。

 あとはただ、叫びだしそうになる口を奥歯を噛んで必死に閉じるばかりだった。

 

 

 

***

 

 

 

「………ごめんね、薫子ちゃん」

 

 アリーナの放送席で、楯無が背もたれに盛大に体を預ける形で天井を仰ぎ、目元を右手の甲で覆っていた。奇しくも、それはどこか簪と似通っている。

 珍しくぼやく友人に、薫子は気にした風もなく小さく笑う。

 

「いいわよ、気にしなさんな。それに、向き合えないまま鞭打つマネするとか、外道ってレベルじゃないし」

「……不甲斐ないお姉ちゃんね、私」

 

 愚痴る楯無に、薫子は小さく笑ってみせる。

 

「なら、いつかは立派なお姉ちゃんになりましょう? とりま、今は立派な解説をやってもらいましょうか。……さ、もう少ししたら次の試合だから、切り替えないとね」

「―――うん」

 

 返事をして、のろのろと身を起こす。その目元に、うっすらと光るものが残滓として残っていたのを、薫子は敢えて見ないふりをした。

 この学園最強の才女である友人が、こんな風に自分に弱いところを見せてくれるその事実を密かに誇りに思いながら。

 

 

 

***

 

 

 

「負けちった」

 

 グスン、とまだ少し鼻を啜りながら本音は一夏と合流した。この後は試合はないためか、すでに制服に着替えている。簪の姿は見えなかった。

 

「あの子は?」

「やることがあるからって、別のところ行ったよ。どこに行ったかは知ってるから大丈夫」

「ついててやってなくて大丈夫か?」

「………今は一人にしてほしいって」

「そっか」

 

 いつもの天真爛漫な様子とは打って変わって顔を俯かせている本音。どうやら先の試合のことを盛大に引きずっているらしい。

 一夏はそんな彼女の肩をポンポンと叩く。

 

「おりむー?」

「余り気落ちするな、本音。慰めにもならないだろうが、お前が戦った二人は連携も作戦も見事に嵌まっていたからな。正直、思っていたよりもずっと高いレベルで仕上がってた」

「うん……」

 

 答えるが、しかし消沈したままだ。まあ、自分一人だけならばともかく、大切な友人の足を引っ張ってしまったのだ。今はなにを言ってもしょうがないのかもしれない。

 

(しかし、短期間であそこまで仕込むとは……本人たちの資質もあるんだろうが、ラウラは案外教師に向いてるのかもしれないな)

 

 或いは、再会するまでの間に研鑽を続けていた部隊指揮と運用の賜物か。そう考えると、あらゆる意味で成長していたのだと今更ながらに思い知らされる。同時に、そんな相手と戦えるかもしれないという未来に、不安をはるかに超える期待が胸に宿る。

 と、ブザーが鳴り響いた。次の試合が始まるのだ。一夏たちは揃って中央へと視線を向ける。

 

「次はセシリアと鈴か。二人はどのくらい仕上がってるのか、楽しみだな」

 

 こちらに対しても興味は尽きない。あの模擬戦の屈辱から、どれだけ這い上がれたのか不謹慎ながらも楽しみだった。

 

 

 

***

 

 

 

「はぁあああっ!!」

「でぇやああっ!!」

 

 セシリアと鈴音の対戦相手が選んだのは二人同時による速攻だった。

 セシリアが完全な遠距離戦仕様であることはすでに周知であり、鈴音の機体が格闘戦を得手としているのもよく解かっていた。故に二人はまず二人掛かりで鈴音を潰すという選択肢を取った。

 これは密着さえしていれば、鈴音を慮ってセシリアの射撃が鈍るだろうという考えもあってのことだ。その考えの根底には先の真耶と行った模擬戦の有様があった。

 

(流石にあれからそのままってわけじゃないだろうけど!)

(それでも付け焼刃なら付け入る隙くらいいくらでも!!)

 

 二人はそう考えながら手にしたブレードを振りかざす。

 対する鈴音は、セシリアを置き去りにして大仰な二振りの大刀を手に猛烈な速度で進撃する。そんな突出する鈴音の姿に、対戦相手の二人が狙い通りだと密かにほくそ笑んだ。

 

「せいっ!」

 

 迎え撃つ鈴音が二刀を同時に振り下ろす。その文字通りの大振りを余裕で躱しながら二人は武器を構えて、

 

「「え?」」

 

 密着してしまいそうな至近距離に迫る、青い浮遊砲台の存在を目の当たりにした。直後、一人につき二門ずつ突きつけられた砲口が一斉に火を吹いた。

 

「きゃあっ!?」

「がっ!」

 

 自分たちを何度も打ち据える光の雨に、思わず呻きながら身を竦ませる。

 

『オルコット選手、突出する凰選手の陰にビットを潜り込ませていたーッ!!』

『上手い手ね。二人を迎え撃つ凰ちゃんが敢えて大ぶりな攻撃で相手の回避を促し挙動を誘導、隠していたオルコットちゃんの牙でガブリ。単純だからこそ、ここまできれいに決めるには相応に息を合わせないと無理ね』

 

 楯無がセシリアと鈴音を姓の方で呼んでいるのは平等な立場であることの一応のアピールだろうか。

 事態を説明する実況と解説に構わず、ビットの攻撃に晒されている片方が歯を食いしばって無理矢理そこから脱出する。

 

「づぅ、はぁっ」

 

 幾つものレーザーを受けた体のあちこちが熱い痛みを訴えてきているが、彼女の戦意はまだ折れていなかった。後方でこちらを詰めたく見据えるセシリアを睨みつけ、斬りかからんと刃を振りかぶり、

 

「―――よそ見してて大丈夫?」

 

 そんな気遣うような声に、背筋を粟立たせた。

 息を飲み、声の方へ振り返ればそこには二刀を振り上げる鈴音の姿がある。

 

「ふっ!」

「ぐぅっ!?」

 

 振り下ろされる二閃の一撃を受け止められたのは殆ど奇跡だった。ブレードを弾き飛ばされるのと引き換えに何とか凌ぎきり、だからこそ次の一撃に抗しようがなかった。

 鈴音の背後で歪な勾玉のような背面ユニットが展開する。真正面から見れば、まるでこちらを飲み込もうとする化け物の咢のようだった。少女がそう思った次の瞬間、膨大な運動エネルギーの塊が近距離で少女を飲み込んだ。

 

「あぁああああああああああああっ!!!」

 

 絶叫と共に、少女がアリーナに叩きつけられ、同時にクレーターが穿たれた。その中心で倒れ伏す彼女に、シールドエネルギーは残っていない。

 

「な、あ……!?」

 

 瞬く間に撃墜された相方にもう一人の少女が呆然と喘ぐ。その身を責め立てたビットは潮が引くように退がっており、代わりのように鈴音が今度はこちらの番だと言わんばかりに立ちはだかる。

 

「う、うぅ……」

 

 思わず怖気づくが、そんな彼女の前で鈴音はなぜか二刀を消した。そのまま空の両手を上げると掌をバッと広げる。まるで降参と言っているかのようだが、この状況は明らかに違う。ならば挑発かと、少女が挫けかけた心に怒りを燃やしだす。そんな彼女に対し、鈴音は今度は首をコテンと横に傾ける。

 

「―――は?」

 

 直後、少女は額に強い衝撃を受け、思わず首を大きく仰け反らせた。

 

(いま、ひかりがまたたいて……?)

 

 衝撃のためか、定まらぬ思考のまま体が後ろに倒れていく。

 その身に力は入らない。それは衝撃のためだけでなく、彼女もまたシールドエネルギーが尽きたからだ。

 

「ナイスショット、セシリア」

 

 倒れ伏すまでを見届けて、鈴音は特の表情を変えることも後ろを振り返ることもしないままに、相方の労をねぎらう。それに対し、ライフルをゆっくりと降ろしたセシリアも当然といった表情で軽く息を吐く。

 

「この程度、ストレッチにもなりませんわ」

 

 ほんの少し首を傾けただけのスペースができた直後に、そこを通す形で相手の額を撃ち抜くという技量。だがそれは彼女にとっては児戯に等しかったようだ。

 そんな二人の振る舞いは余裕を通り越してもはや傲慢とさえ取れる在り様だ。だが、それが許されるほどの実力差が厳然としてそこにあった。

 ほんの少し息を合わせただけで、凡百を歯牙にもかけず圧倒する。これこそが十全に己を発揮できる専用機持ちの実力の一端であると、何よりも指一本触れさせなかったその事実が指し示していた。

 

 

 

***

 

 

 

「へぇ……」

 

 試合を見届けた一夏が感嘆しているかのような声を上げる。その口の端は笑みの形に持ち上がっていた。

 

「二人の連携、そんなにすごかったのか」

 

 そんな一夏の様子が気になったのか、箒がそう尋ねると彼は首を小さく横に振る。

 

「いいや、あれ自体はむしろ初歩の初歩だろう。……けど、あの我の強い二人があれを互いに当然のものとして振る舞っているのが興味深くてな」

 

 セシリアと鈴音、そのどちらとも交流を持ち、更には戦ったことのある一夏だからこそ二人の気性は肌身に染みて理解している。そも、代表候補生や専用機持ちというのは大なり小なり我が強く、だからこそ並み居るライバルを押しのけてその座に輝いているともいえる。そんな二人が、あそこまで平然と互いの我を認めて受け入れているという事実にこそ、一夏は静かに驚いていた。

 

「問題は、アレが自分を押し殺してのものなのか、相手を認めて受け入れたからのものなのか」

 

 前者ならば大したことはない。付け焼刃としても特に脆いもので、少し突けば容易くひび割れるだろう。

 だが、後者ならば? 二人の連携がさらに踏み込んだところまであるとすれば?

 

「―――ああ、楽しみだな」

 

 言葉少なく静かに呟くその裏で、一夏は静かに戦意を燃やし始めていた。

 

 

 

 一方で、試合に向けて控室にいっていたシャルロットとラウラもしっかりとその試合を見届けていた。

 ラウラは「うぅむ」と唸りつつ、眼帯に覆われていないほうの目を鋭く細める。

 

「やはり、あの二機の相性の良さは厄介だな」

「そうだね……参ったな、ほんのちょっと連携できるかどうかで一気に攻略の難易度が上がっちゃうよ」

 

 シャルロットも、眉根を寄せつつ困ったように首を傾げる。

 先の模擬戦で一夏が講釈した通り、ブルーティアーズと甲龍の相性は最高といって差し支えがない。だからこそ連携の隙を突くのが手っ取り早い攻略法だったのだが、試合を見る限りではその難易度はかなり上がっているだろう。

 また、この短い期間でもそれなりに交流はあった。そこで知った人となりから察するに、それだけで終わるとも考えにくかった。

 

 シャルロットは唸りつつ、その脳内でどのようにして彼女たちを攻略するか、自身とラウラの装備とを照らし合わせ、勝ちに至るための幾つものパターンを作り上げていく。それでも、不安は一向に拭えない。

 だが、だからと言って自信がないわけではない。その証拠が表情に現れていた。

 

「……セリフの割に、笑っているぞ」

「ラウラこそ。楽しみだって顔に書いてあるよ?」

 

 不敵な笑みを互いに見合わせ、シャルロットとラウラは闘志を漲らせる。一夏もそうだが、やはり彼女たちも己の実力を発揮するに値する相手がいることが殊更にうれしいようだ。―――或いは、それこそがISを纏う者として本当の意味での適正というべきかもしれない。

 これはどんなものでも同じであろうが。

 力を振るう者として、それを発揮するに値する対象がいるということは、研鑽を重ねてきた者からすればどんな報酬よりも垂涎の的であるのは想像に難くはない。

 だからこそ。

 

「ボクたちも、ちゃんと見せつけなきゃだね」

 

 今度は自分たちがそう思わせる番なのだと、シャルロットは力強く笑って言った。それに対し、ラウラはほんの少しだけ考えてからある提案をする。

 

「それについてなんだが、次は私に任せてもらってもいいだろうか?」

 

 

 

***

 

 

 

『さぁて、次で一回戦最後の試合! 注目はこれまた専用機持ちの国家代表候補生同士のタッグ、シャルロット・デュノア選手とラウラ・ボーデヴィッヒ選手のチームだ!!』

『しかもこちらは同じクラスでルームメイト同士。連携を深めやすい状況ね』

 

 紹介と共に姿を現した二人は、それぞれ橙と黒の装甲を纏っている。シャルロットは観客席に軽く手を振りながら、ラウラは泰然とアリーナ中央へ進んでいく。

 

『対するはこちらも同クラス同室のチーム、3組の東海林 皐月選手とミランダ・コートランド選手のお二人!』

『こちらは部活も一緒で、薙刀部期待の新星とのことよ』

 

 シャルロットたちの対面の入場口からは浅く日焼けした三つ編みの少女と金髪を折りたたむようにバレッタで後ろに纏めた少女がやってくる。楯無の言葉を示すかのように、二人とも肩に担ぐようにIS用の長大な薙刀を手にしていた。

 双方が対峙し、ピリピリと空気に緊張が走り始める。ラウラは身をピリピリと刺すような雰囲気に、思わず「ほう」と感嘆の声を上げる。

 

「見事な戦意だ。察するにISではともかく、場数そのものはこなしているというところか」

「まあね、こう見えても中学じゃ全国大会でそれなりだったんだから」

 

 軽く笑って答える東海林の姿に、気負いは感じられない。ミランダもそれは同じだ。

 軽口もそこそこに、双方が身構える。否、正確には少し違う。

 

「……どういうつもり?」

「見ての通りだ」

 

 俄かに鋭くなった東海林とミランダの視線は、返事をしたラウラに向いていない。その隣、手をだらりと下げたまま自然体で佇んでいるシャルロットへと向いている。

 二人分の怒気を孕んだ視線を受けている彼女の顔には、困ったような苦笑が浮かんでいる。

 

「あはは。ゴメンね、二人とも。ラウラたってのお願いでね」

「簡単な話だ。この試合、私だけでお前たちを倒す」

 

 あまりにも不遜に過ぎるその宣言。それを受けて、対する二人の薙刀使いは同時に口の端を持ちあげる。

 

「―――ハ、どうするミランダ?」

「決まってるわ。……ぶちのめす!」

 

 先ほどよりもさらに戦意を漲らせ、それはもはや殺意と呼んでも差し支えない。ビリビリとしたそれを間近で受け、シャルロットが僅かに頬を引きつらせる。

 

「うわぁ……完全に怒らせちゃったよ、ラウラ」

「構わん。むしろそれでこそだ」

 

 半ば呆れたような表情のシャルロットに対し、ラウラは如何にも自信満々といった様子だ。そしてそのどちらにも、それこそシャルロットの方にも怯えや不安は欠片も見えない。それこそが、対する二人をなお滾らせる呼び水だった。

 

「悪役みたいなセリフで嫌になるけど、敢えて言うわ。―――無様に這いつくばらせてやる!」

「フ、ならば教えてやろう。……それはやられ役のセリフだ!!」

 

 最後にそう言いあった直後、

 

『―――それでは、試合開始!!』

 

 火蓋が切って落とされ、東海林とミランダが同時にラウラへ薙刀を振るう。

 シャルロットは開始と同時に後方へ下がっている。それが戦略的でなものではないのは、何の武装も顕現させていないことからも明らかだ。ならばラウラはというと、こちらも前に出つつも自然体のままだ。軽く笑みさえ浮かべたその表情は、愛らしくも余裕綽々といった様子で憎らしい。

 加速した知覚の中でそれらを確認して、薙刀を持つ二人の手が怒りに力を増していく。

 

「「でぇえええええやぁああああああっ!!」」

 

 気合も威勢も十分ならば、乗せられた力もそれを使いこなす技量も万全だった。恐らくは二人して相当に練り上げてきたのだろうその機動は、これまでの同機体を使った者たちの中でも間違いなく五指に入る腕前だ。

 コンクリートの塊すら豆腐のように切り裂くだろう二つの一閃。噛み合う顎のようにラウラへ同時に襲い掛かるそれらは―――

 

「………な、あ?」

「………え?」

 

 ―――彼女に触れる直前で、完全に静止させられていた。

 

『おォーーっとぉっ! どぉしたことだぁーっ!? ボーデヴィッヒさんに同時に躍りかかった二人がこれまた同時にピタリと止まったぁっ!!』

 

 薫子の言うとおり、東海林とミランダは完全にその動きを止めていた。それはスラスターによる加速だけでなく、四肢の動きすらもだ。

 傍から見れば、動画を停止しているかのような錯覚さえ覚える光景に、ラウラが笑みをわずかに深くする。

 

「「っ!?」」

 

 ゾクリ、と背筋を粟立たせた次の瞬間、ラウラの背面ユニットと腰部スカートからワイヤーブレードが計六基射出された。左右それぞれが三つずつ東海林とミランダを一瞬にして縛り上げる。

 

「悪いが、手早く終わらさせてもらう」

 

 言うが早いか、振り上げられたワイヤーの動きに合わせ、二人が持ち上げられてラウラの頭上で衝突させられる。

 

「うぐっ!?」

「あっぐぅ!!」

 

 呻く二人だが、そこから更に前方へとまとめて振り下ろされる。ワイヤーを引き延ばしながらのそれは、まさしく釣りのキャスティングだ。

 そのまま中空でワイヤーから解放された二人は、ほぼ一塊の状態で地面に叩きつけられる。

 

「ぐっく………この!!」

「うぅ………まだ……!」

 

 全身の痛みに呻きながらも、二人は未だに戦意衰えぬ眼光と共に顔を上げる。その負けん気たるや、見事というほかないだろう。

 しかし、その健闘を撃ち砕く絶対的な力が自分たちへと向けられているのを、二人は同時に目の当たりにした。

 

 それはラウラの右肩に備え付けられたもので、機体から見ればアンバランスなほど巨大な金属の塊だ。

 実戦的なビーム兵器すら採用された昨今の中で、古式ゆかしくも火薬と実体弾を用いた上で最新鋭の電磁誘導技術を取り入れたある種の鬼子。

 シュヴァルツェア・レーゲンが現状有する最大の暴力―――大口径レールカノンがその牙を剥く。

 

 ラウラは呆然としている二人へと右手をかざすと、鋭い眼差しそのままの声音で切り裂くように宣言する。

 

「―――Feuer!!」

 

 直後、赦しを得た軍用犬の如く、長大な砲が文字通りに火を吹いた。その着弾と同時に咲いた巨大な紅蓮の花は、その中心にいる二人の絶叫すらも完全に呑み込んで漏らさなかった。

 

『東海林機、コートランド機、双方シールドエネルギーゼロ!! ―――勝者、デュノア・ボーデヴィッヒペア!!』

 

 宣言と同時、歓声が二人を包んだ。呆気なくも見事な圧勝で勝負を決めた二人……否、ラウラに観客の興奮も留まることを知らない。

 一方のシャルロットは、結局本当になにもしなかったからかどこか肩身が狭そうに苦く笑っている。

 

『しかし、東海林選手とコートランド選手がボーデヴィッヒ選手に攻撃した瞬間、動きを止めたのは一体何だったのでしょうか?』

『……アレはおそらく、噂に聞くAICってやつでしょうね』

『AICとは?』

『アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。要するに、ISのPICをそのまま武装に転用した技術ね。PICが自分に作用する慣性制御なら、AICは他者に働きかける慣性制御よ。

 ボーデヴィッヒちゃんの場合は、相手の推進力を強制的にゼロにしてその動きを完全に止めることができるってところかしら?』

 

 成程、と頷く薫子だったが、そこであることに首を傾げる。

 

『しかし、それはもしかしてボーデヴィッヒ選手の切り札だったのではないでしょうか? パートナーを引っ込ませてでもそれをここで切るというのは、もしかして彼女の強い示威行動というところなんでしょうか?』

『それが全くないかどうかはわからないけど、そうじゃないなら戦略的にも十分意味のある行為よ。

 ―――切り札の使い方っていうのは大きく二種類あるわ。

 ギリギリまで存在を隠しておいて、いざというときに使う場合。

 そして敢えてひけらかせて置くことで、相手の意識を誘導する場合。

 ボーデヴィッヒちゃんの場合は後者ね。この場合、これから彼女たちと戦う相手はAICの存在を強く警戒せざるを得ないわ。強制的に停止させられるなら、的になるしかないということだもの』

 

 そう、それほどまでに鮮烈な印象がこの戦いでもたらされた。

 次の試合でラウラたちと戦う相手は、このAICをどうするかを第一に考えさせられることは明らかだ。それは同時に、戦術の幅を強制的に狭めさせられていることに他ならない。

 そしてそれだけではない。この戦いのもう一つのキモは、シャルロットという存在を温存したことだ。ラウラの戦いが輝けば輝くほど、シャルロットの存在がその陰に隠れる。つまり彼女の存在が警戒から外れるのだ。

 目ざとい者ならその可能性に気付くだろうが、それはそれで情報の乏しい相手としてその精神を圧迫させられるだろう。どちらにせよ、この埋伏の毒は次以降の試合で存分に発揮される。

 

『目先の戦いだけでも、ゴールだけでもない。このトーナメントにおける自分の戦い全体を見据えた作戦を立てている……間違いなく今日の最有力優勝候補でしょうね、彼女たちは』

 

 そんな称賛をよそに、ラウラは自身が砲撃した二人へとその歩を進めていく。

 

「うぅ、ん……」

「イタタタ……ん?」

 

 近づいてきた勝者に気付いたのか、呻いていた二人が同時に顔を上げる。対するラウラは、勝ったにもかかわらず苦い顔だ。

 互いが互いをただ黙って見据えること暫く、ラウラが重い口を開こうとする。

 

「す―――」

「「謝ったらブン殴るわ」」

 

 しかし、それを遮って東海林とミランダがきっぱりと言い切る。先手で気勢を殺がれ、面を喰らったラウラに二人はしてやったりといった風にニヤリと笑う。

 

「図星か」

「あなた、結構わかりやすいわね」

「大方、試合前のあのやり取りはこっちを怒らせて突っ込ませるための策だったってところね」

「それであっさり乗せられて思惑通りにやられたんだから世話ないわ」

 

 ボロボロの風体で身を起こした二人は、あえて軽い調子で肩を竦めて見せる。それに対しラウラは苦い顔を浮かべるばかりだ。

 

「だが、お前たちは思っていた以上の手練れだったよ。少しでもこちらが遅れるかそちらが速かったら、私はただ無様に地面に転がっていただろうな」

「ええ。でも現実は私たちの負けよ」

 

 そう、ラウラの言う通り東海林とミランダの斬撃は速さと鋭さは予想を超えており、ラウラは内心で冷や汗をかいていた。しかし結局それはラウラの想定までも超えることは出来なかった。負けた二人にとっては、ただそれだけである。

 だが、ラウラにとしては相手が思っていた以上の腕前だったからこそ、こんな風に踏み台のようにしてしまったことが心に棘となって突き刺さっていた。

 策を弄したことに後悔はないが、出来れば真正面から堂々と戦いたかったという想いがあるのも事実だ。この辺りの真面目さは、お国柄か本人の気質か、はたまた恩師の影響か。

 

「……それでも気になるっていうなら、二つ約束なさい」

「約束?」

 

 勝者のくせに辛気臭い表情のラウラに、東海林は苦笑を浮かべるとまず指を一本たてる。

 

「まず一つ目。このトーナメントの後でいいから、改めてアタシと戦いなさい。……ちなみに、AIC無しとかっていうハンデ付けたりしたら今度こそ本当に殴るからね」

「……わかった。改めて全力で真正面からお相手しよう」

「よろしい。それと二つ目」

 

 言って、二つ目の指を立てると、握りこんで拳の形にして突き出す。

 

「―――あたしたちを踏み台にしたんだから、ちゃんと勝ち残りなさいよ。変なところで負けるだなんて、絶対に許さないから」

 

 そう笑顔で言い放った東海林に倣い、ミランダも拳を突き出して東海林のそれの隣に並べる。ラウラは小さくうなずいて、自身の右拳をその二つにゴツンと正面からぶつけた。

 

「約束する。必ず勝ち残り、優勝してみせよう」

 

 宣誓して、それを受け取って、三人はようやく互いに笑いあった。

 それを離れて眺めていたシャルロットがぽつりと呟く。

 

「……しょうがないとはいえ、ボクだけ仲間外れみたいでちょっと寂しい」

 

 

 

***

 

 

 

 アリーナから控室へと戻ったシャルロットとラウラを出迎えたのは一夏と箒だった。

 

「お疲れさま。……あれが、シュヴァルツ・ヴァルトの系譜か」

 

 それはかつてラウラが搭乗していた試作機の名であり、AICのテストヘッドだったものだ。

 VTシステムの暴走により機体その物は消失してしまったが、培った運用データはこうして結実したらしい。それも、より精錬されたものとしてだ。

 

「俺が知ってるAICはあくまでも自機の攻防補助のためのものだったが……今はその更に数歩先を行っているみたいだな」

「ああ。―――黒い森は雨と枝に分かれ、森を行く旅人は差し込む雨によって足を止める」

「そして立ち止まった旅人を黒い木々の枝が貫くってところか」

「さて、な」

 

 不敵に笑うラウラに、一夏も同じ種類の笑みで返す。そうして一夏たちが進み、ラウラたちの隣を通り過ぎるその間際、

 

「お前たちとセシリアたち、どちらとしか戦えないのが残念だよ」

「フン。そう言って足元をすくわれるなよ? 亜依たちはお前が思っている以上に手強く仕上がったぞ」

 

 言外に、互いの健闘を祈りあった。

 その隣で、箒とシャルロットが二人へ半眼を向けながら異口同音に言う。

 

「「………完全に置いてけぼりで二人の世界に入られても困るんだけど」」

「「あ、すまん」」

 

 内容が内容だけに、乙女としての嫉妬心を煽られるようなものではなかったことだけが救いか。

 それはさておき、一夏は改めて観衆と相手チームの待つアリーナへと闘志を向ける。

 

「―――本当に、楽しみになってきたな」

 

 今日だけで三度は重ねたその言葉に、燃え盛るような戦意と期待を込めて一夏は箒と共に次なる戦いへと足を踏み出していった。

 

 

 

 




 大型アプデ後の艦これ、PCでは動かないのでスマホオンリーです。めんどい。

 さて、更新が遅れまくって申し訳ありません。
 知っている方もいるでしょうが、Fate×シンフォギアのクロスオーバーに手を出してしまったため、こちらの執筆が遅れてしまい案した。
 いえ、毎日書いてはいたんですが、なんかこう向こうの反響が思っていた以上だったのもあったので、そちらに力が入ってしまいました。
 ……でもなんかキャラとか文の書き方ぶれてる気がする(汗
 というか、気付いたら連載一周年も過ぎてましたよ。
 とくに記念作品とか作れなくてすいません。

 それはさておき、今回の内容について。
 とりあえず一回戦はあんまり長くならないのでいっぺんにやってしまいました。
 ちなみに楯無さんの解説役は前々から決めていた展開なのですが、気を抜くと書く側が存在忘れそうです(笑

 一夏&箒は一番最初なのもあったのでなおさらにあっさりですね。
 相手が相手なので完全にごり押しで圧勝という感じになりました。……これだけ見れば悪役に見えるな、一夏。

 簪&のほほんさんとラウラマブダチーズ代表二名の戦いはマブダチーズに軍配を上げさせてもらいました。
 これについては異論の多い方もいらっしゃるでしょうが、弁明させていただくと本来なら簪の実力は亜依と弥子を歯牙にかけないくらいはあります。今回負けてしまったのは亜依たちの作戦が嵌まりまくったのと簪に精神的余裕がなかったことなどがあります。まともにかち合ったら負けないんですが、格上相手にいろいろ策を考えてぶつかるのは常識なので仕方ないですね。

 セシリア&鈴は下手したら一夏よりも圧倒的な試合内容でした。
 ここら辺は割と意識しました。なめられているのを一瞬で認識変えさせるくらいに圧倒させる感じで。

 最後に、シャルとラウラ。
 試合内容や解説なんかは予定していた通りなんですが、対戦相手にやけに個性が付いてしまったような。別に再登場予定もないのに(爆

 ちなみに一夏が最後に言っていたシュヴァルツ・ヴァルトは当然ながら完全オリジナルです。
 イメージとしては第二世代量産機にAICの試作システムを搭載した謂わば2.5世代機。
 試作型AICの方は斥力を発生させて相手の攻撃を鈍らせ、こちらの攻撃を加速させるというのをイメージしてます。それを防御と攻撃にそれぞれ特化させて完成させたのがレーゲンとツヴァイクという感じです。
 ちなみに機体その物はVTシステムで完全消失していますが、データ自体はコアから取得できたという設定です。

 とりあえず、今回はこんな感じで。
 次回からは一気に飛んで準決勝。
 続きをのんびりお待ちいただければありがたいです。

 それでは、また次回に。

 ……なんか一夏のキャラが安定してない気がする……少なくとも初期コンセプトの『キョウスケテイストな一夏』からは外れているような……(滝汗




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39:明暗を分かつ後に

 

 

 

 トーナメントは順調に進んでいく。

 実力のない者、実力があっても運に恵まれなかった者たちが淘汰され、そのどちらか、あるいは両方に恵まれた者だけが勝ち進んでいく。やがては運しかなかった者も駆逐され、残るのは相応の実力を持つ者たちだけだった。

 果たしてトーナメントは大詰め直前の準決勝。その第一試合の組み合わせは織斑 一夏・篠ノ之 箒のペアと―――唯原 亜依・吾郷 弥子のペアだった。

 

「はぁああああっ!!」

 

 裂帛の気合を以て、一夏が雪片弐式を振り抜く。それを受け止め、流していくのは大型のシールドを両手に二つも装備した亜依だ。

 

「ぐ、ぅううううっ!」

 

 甲高い音を立てて激突し、耳障りな騒音を奏でて滑っていく一夏の刃。マニピュレーター越しといえども指や腕に痺れを感じさせる一撃に亜依が呻くが、その瞳は闘志で漲って燃えている。

 二枚の盾の間、亜依の肩越しから弥子の構えたライフルの銃身が伸びる。狙いもそこそこに引き金が引かれ、銃火が瞬く。

 

「ちぃっ!」

 

 舌打ちと共に、一夏が身を退く。回避そのものは危うげないが、追撃しようというタイミングでの銃弾に呼吸をずらされる。

 

「はあああっ!」

「くっ!?」

 

 直後、別の角度から箒が躍りかかった。正面からの一夏の攻撃の直後に左から弧を描くような軌道でやってきた彼女に、亜依の反応もギリギリであった。

 さらに再び一夏が距離を詰める。防御面積が大きい分、取り回しの悪い大型シールドで二人の攻撃から身を守ろうとすれば、自然と隙間をなくすように身を縮こませて固まるような姿勢になる。

 

「ここで!」

 

 と、箒が脇から滑るように回りこもうとする。ここで背後の弥子を崩せば、形勢は一気に自分たちへと傾くからだ。

 しかしそんな相棒の行動に一夏が鋭く叫ぶ。

 

「箒、逸るな!!」

 

 しかし彼の言葉で止まるには、すでに箒の勢いは付きすぎていた。壁のような盾役の後ろに控えていた矛役に刃を向けようとして、

 

「いらっしゃい」

 

 その矛が、ライフルを構える右腕の脇下を通す形で左腕を伸ばし、銃身を詰めたソードオフタイプのショットガンをこちらの鼻先へと突きつけていた。

 

「くっ!?」

 

 突きつけられた銃口に思わず身を竦ませて固まってしまったことこそが悪手だった。動きを止めたその瞬間に散弾が箒へを浴びせかけられる。

 辛うじてブレードを盾にする箒だが、それで守り切るのは無理な話だ。何とか頭や胴は守りきれるが、余波のように手足や肩にダメージが通っていく。

 

「、っの!」

 

 ブレード越しに弥子を睨みつけるが、彼女の攻勢はそれで終わりではなかった。箒は自身の左側でパシュン、と空気が抜けるような音を耳にする。

 弾かれるように視線を向ければ、そこにはマルチトレースミサイルが食らいつこうかとしているかのように展開し、獣の牙のように並んだ子弾を曝け出していた。

 

「なぁっ!?」

 

 思わず驚き息を飲む箒。どうやら二つの大きな盾を壁として事前に空中に置くように設置していたようだ。

 次の瞬間、八つの子弾が一斉に解き放たれ、箒の体に食らいついていく。咲き誇るような煌々とした爆発が、装甲を散らして箒を蹂躙していく。

 

「ぅああああああああああああああっ!!」

『篠ノ之選手、相手の罠に見事に嵌まってしまったぁー!!』

『相方の持つ巨大な盾を文字通り壁にして死角を作り、罠を張る。―――なかなか使い方に光るものがあるわね。

 本来はクラスターミサイル的な運用を目的としているマルチトレースミサイルを空中設置型の砲台として使用したのも巧い手だわ』

 

 弥子への賞賛が向けられる中、連続して炸裂する爆圧に箒が叫びながら落ちていく。黒煙を残滓と棚引かせながら重力に惹かれていく彼女の姿に、一夏がギリ、と奥歯を鳴らす。

 

「やってくれたな」

「アハ、褒めてくれてありがとう、っと!」

 

 睨む一夏に対し、亜依が盾と楯の間から顔を覗かせてニヤリと歯を剥いた笑みを見せる。そこへねじ込むように再びライフルが突きつけられる。

 

「しつこい!!」

 

 言うなり、盾からはみ出たそれを切り払う。ただの筒となって地へと落ちていく銃身に構わず、刃を返そうとしたその時。

 

「やぁあっ!」

「ぐぅ!?」

 

 亜依がシールドを叩きつけてきた。所謂シールドバッシュというものだ。辛うじて腕の装甲で受け止めるが、面による衝撃が生身の腕にまで伝わってくる。

 思わず一歩下がれば、その隙を逃さず今度はショットガンの銃口が向けられる。

 

「ちぃっ!?」

 

 舌打ちもそこそこに身を捻るが、次の瞬間には散弾によって肩の装甲が削られる。ダメージとしては微小な範囲だが、それでも一夏を捉え始めた証左でもある。

 

「もういっちょ!」

 

 それを好機とみて、亜依が一歩前に踏み出してさらにシールドを繰り出そうとする。と、一夏の目が俄かに鋭い光を点す。

 

「っ!?」

 

 その眼差しに思わず息を飲む亜依だったが、一夏はすでに動き出していた。彼は自ら距離を詰めると、なぜか武器を消したのだ。

 怪訝に思う暇もなく、一夏は亜依へ両腕を伸ばす。彼女は反射的に腋を締め、引き戸を閉じるように盾を構える。

 しかし響いた衝撃は存外に軽く、その伝わり方に違和感を感じた。盾に触れられた感触がかなり上の方から来たのだ。

 ほぼ反射的に仰ぎ見れば、盾の淵に装甲に覆われた指がかかっていた。その次の瞬間、盾がグンと前のめりに力強く引かれた。

 

(っ!? 無理矢理に引き剥がすつもり!?)

 

 そうはいかないと慌てて踏ん張る。いかに出力に差があるとはいえ、やすやすと装備をはぎ取られるほど甘くはない。―――だが、一夏の狙いはそれではなかった。

 

「なぁっ!?」

 

 驚愕に思わず叫ぶ亜依。その視線の先では、盾の淵に置いた手を支点に、スラスターを利用して倒立する一夏の姿があった。

 亜依と一夏の目が合う。すると、一夏はニヤリと歯を剥いて笑い、それに対し亜依は背中が粟立つのを自覚した。

 

「弥子、離れて!!」

 

 その時、秀逸だったのは瞬時に相棒へ警告を発した亜依だったのか、それともその警告に即座に反応して距離を取った弥子だったか。

 次の瞬間、一夏は己が身を持ち上げた勢いそのままに亜依へと右の踵を落とした。その一撃は円運動のエネルギーを存分に載せて、亜依の背中へと吸い込まれていく。

 かつて存在した振り子鉄球の大型建機じみた一撃は、それこそ岩盤を打ち崩すような轟音を客席にまで轟かせる。

 

「あ、ぐぅうっ!?」

 

 背の中心から響く痛みに、亜依が思わず盛大に呻く。だが、それで終わりではなかった。

 一夏は振り下ろした足を軸にゴリっと回転し、前後の向きを変えると亜依の両腕を背中から取って固める。傍から見ればそれは、翅を摘ままれて拘束された蝶を彷彿とさせた。

 直後、白式のスラスターがその出力を全開にし、アリーナの大地へと諸共落ちていく。

 

「―――――――――っ!!」

 

 悲鳴は激突の轟音に飲まれて消えた。

 

『おぉーっと!! 織斑選手、一回戦でも見せた相手をスラスターまかせで叩きつける変則パワーボムを唯原選手に炸裂させたぁー!!』

『しかも強烈な打撃を背面に食らった直後で、腕を拘束された状態でのダメ押し。これは相当キツいでしょうね』

 

 天の声をよそに、巻きあがる盛大な土煙に向けて体勢を整えた弥子が新たに取り出したライフルを向けるが、その引き金を引くよりも早く白い装甲が飛び出してきた。

 

「くっ!」

 

 慌てて下がるが、下からの一閃が逃げ損ねた銃身を切り落とす。

 一夏は弥子から見て斜め上まで上がったところで静止。その瞬間を見計らって弥子はショットガンを放つが、一夏はそれを見透かしてか弥子が引き金を引いた瞬間に下降しつつ弥子との間合いを詰め、切り上げに近い横薙ぎを見舞う。

 ショットガンは放った直後で、オートリロードだとしても一瞬の間が開く。当然ながら迎撃には間に合わない。また、盾にするには小さく脆すぎて意味がない。

 後退って避けたとしても、それで結局は体勢が崩れ、追撃を防ぐには至らないだろう。

 それらを理屈以上に肌で理解していた一夏は、自身の勝利を確信していた。そんな彼の目に映る弥子の顔は、

 

「―――っ!?」

 

 思わず驚愕してしまうほどに、勝利を確信した笑みが浮かんでいた。しかしそんな弥子の表情とは裏腹に、斬撃は狙い通り彼女の脇腹へと叩きこまれる。

 直後に響き渡るのは、金属が拉げる耳障りな騒音だ。ガラスを爪で引っ掻くのと同じくらい不快な音色に、少なくない観客が思わず顔をしかめる。

 だが、それを最も間近に聞いた二人の人物はそれとは違う、しかし正反対の表情を浮かべていた。

 

「なっ……!?」

「―――っかまえたぁっ!!」

 

 片や驚愕に目を見開く一夏、片や苦痛に顔をしかめながらも力強く笑みを獰猛なものに変える弥子。それは攻撃を喰らわせた側と喰らった側の、あまりにもちぐはぐな正反対の反応だった。

 一夏が放った斬撃は確かに弥子に炸裂した。だが、その刃と彼女の体の間に異物が介入していた。一夏の一撃によって拉げ、大きく裂けたそれはショットガンの本体だ。

 しかも彼女の行動はそれだけではない。

 

(こちらの攻撃の瞬間……コイツ、あえて前に踏み込んできた!)

 

 通常、刃物……特に刀のようなものの場合、切っ先に比べ鍔元の切れ味が鈍いというのは割と有名な話だ。これは構造上、鍔元の鋼は分厚くならざるを得ないからである。

 故に弥子がやったように敢えて間合いを詰め、更に間に緩衝材とも呼べる盾を置けば、なるほど耐えることはできるだろう。

 しかし、それはあくまでも一撃で終わらないだけだ。切れ味の鈍い鍔元による一撃は体の芯へと響くもので、例えるなら斧の一撃に近くなる。

 そんなものを盾というには頼りない残骸で脇腹に受けたのだ。その苦痛は想像を絶するだろう。

 しかし、彼女はその辛苦にも構わず両腕を動かす。片方は刃を握る一夏の手を、もう片方は彼の肩を掴み、力任せに引き寄せる。その勢いのまま、二人の額が衝突した。

 

「ぐっ!?」

 

 軽い衝撃に呻く一夏。そこへ弥子が腹の底から吠えた。

 

「―――亜依、やれぇええええええっ!!!」

 

 その叫びに呼応するかの如く、地表から勢いよく飛び立つ影があった。

 

「おぉおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 雄叫びと共に両手で構えるのは、盾ではなく一回戦で弥子が使っていたのと同じブーステッド・ウォーハンマーだ。獰猛な表情を浮かべて亜依は一夏の背を目掛けて飛翔する。

 ここに至り、一夏は彼女たちの狙いはこれだったのだと思い知る。

 亜依で防ぎ、弥子で刺せればそれでよし。亜依を越えて弥子に刃が向けられたなら、弥子自身が身を挺して刃を封じ、亜依の手でとどめを刺す。

 状況に応じての役割のスウィッチ―――なるほど、本当によく考えられたものだ。事実こうして一夏は刃を封じられ、迫りくる亜依に対して無防備な背を晒している。

 ならば次の瞬間にはその手に持った大槌にて引導を渡されるだろう。それを示すかのように、亜依はすでに一夏をその射程に捉えていた。

 

「喰らえぇええええええええっ!!!」

 

 気魄の込められた咆哮と共に、振りかぶられた大槌のブースターの引き金が引かれた―――

 

 

「はぁ―――っ!」

 

 

 ―――次の瞬間、疾風の如き影が一筋の光を伴い、亜依の背を掠めるように下から上へと通り過ぎる。同時に亜依は手にかかる重みが唐突に無くなったことに気付いた。

 それもそのはず。手にした大槌……そのブースターのついた大きな穂先が切り落とされていたのだ。ハイパーセンサーが拾ったその事実に、亜依が驚愕よりも呆然とした表情を浮かべる。

 それをやってのけた影、自分たちよりもさらに上空へと駆け上った下手人にその注意を向けていく。

 その張本人は、残った汚れを落とすかのように刃を振り払う。

 

「一夏を狙うのだったら、私にしっかりとどめを刺しておくんだったな」

 

 武器だったものを振りかざしたままの亜依を睥睨しながら、影……箒は視線を鋭く尖らせていた。

 起死回生の一手を失い、亜依と弥子は思わずその頭が真っ白になってしまう。と、そこへ間近から声が紡がれた。

 

「―――いや、美事だったよ」

 

 静かな賞賛に、意識が引き戻される。弥子が目の前を見れば、一夏がこちらへと真摯な眼差しを向けていた。

 

「あとほんの少しで土を付けられるところだった。―――だから、コレは俺からの手向けだと受け取ってくれ」

 

 疑問に思うよりも前に、わき腹から音が聞こえる。見下ろせば抱え込んでいた刃が変形し、収納されていた。

 それが何を意味するか、一瞬で理解して戦慄に背筋を凍えさせる。だが、それだけしかできなかった。

 

「―――零落白夜、フルドライブ」

 

 呟くと同時、白く眩い光の刃が振り抜かれた。その太刀筋はゼロ距離から弥子を真横に払い、そのままの勢いで一夏の後ろの亜依を薙いでいく。

 燐光を纏った刃の軌跡は、まるで月輪のようだ。その輝きが刹那に消えると、スピーカーからの声が決着を告げる。

 

『―――唯原機、吾郷機、シールドエネルギーゼロ!! 織斑・篠ノ之ペア、決勝進出っ!!!』

 

 歓声の中に埋もれるように、亜依と弥子は重力に従って落ちていった。

 悲鳴もなく、ただただ粛々と。

 

 

 

***

 

 

 

 控室へと戻る道を、亜依と弥子は静かに辿っていた。その足取りはしっかりはしているもののどこか重い。いや、重いのは二人が纏い、共有するその空気か。

 と、亜依がぽつりと呟く。

 

「……なんだかんだでさ、私ら結構いいとこまで行ったよね」

「……そうね」

 

 返す弥子の言葉に覇気はない。しかし、亜依の言い分ももっともだとも思った。

 自分たちは言ってしまえば十羽一絡げ、見渡せばどこにでも溢れて埋もれてしまうことが前提の端役のような存在だ。それが代表候補生すら下して準決勝にまで勝ち進んだ。これを快挙と言わずなんと言おう。

 

「そう考えれば、悔いはないかな」

「そうそう」

 

 悔いはない、満足だ……努めてそう明るく振る舞おうと、声に笑みを乗せてみる。しかしそれはどこかぎこちなかった。

 と、向かう先に誰かが立っていた。うつむきがちだった顔を揃って上げれば、そこにいたのはここ数日で馴染んだ少女だ。

 

「―――ラウラ」

「それにみんなも」

 

 腕を組んで立つラウラの傍にはシャルが居り、少し離れたところでは双葉たちの姿もあった。キョトンとする亜依たちに、ラウラは一歩前に出る。

 そうして二人を見上げると、小さく……それでいてどこか複雑そうに残念そうに笑いかけた。

 

 

「………惜しかったな。あと少しで、お前たちと戦えたのに」

 

 

 その一言で、亜依と弥子の感情は決壊した。二人の顔がクシャりと歪み、溢れる涙で視界が滲んで何も見えなくなる。

 

「「――――っ、ラウラぁっ!!!」」

 

 疲労もあって足をもつれさせながら、二人はそろって小さな体に抱き着いた。流石に二人同時に勢いよくきたのでは衝撃を流しきれなかったのか、ラウラが僅かにたたらを踏む。

 亜依たちはそれに気づかないようで、涙などで顔中をぐしゃぐしゃにしながら彼女に縋り付く。食いしばった歯の間からは喉を震わせる嗚咽が漏れていた。

 

「ぐや゛じい゛」

 

 嘆きに震える顎から紡がれるのは彼女たちの本心だ。

 悔しい。悔しい。―――どうしようもなく悔しい。

 

 準決勝まで駒を進めた? ―――だからどうした。

 代表候補生に勝てた? ―――それがどうした。

 悔いなどない? ―――そんなわけがあるか。

 勝つつもりで挑んで、その勝ちが手の届くところまできて、寸でのところで取りこぼした。

 それが悔しくないわけがないだろう。

 無念でないわけがないだろう―――!!

 

「ぐや゛じい゛、ぐや゛じい゛よ゛う゛、ラウラぁ!!」

「かちたかった、かちたかったよぅ……!!」

 

 だから、こうして泣き言を目の前の小さな友人にぶつけてしまう。それが情けなくて、申し訳なくて。

 それでも―――ラウラは抱きしめた手でこちらを撫でながら、優しく囁いてくれた。

 

「あとは任せろ。敵は取ってやる」

「「―――っ!!」」

 

 その言葉に、今度こそ二人は言葉を失った。その無念を託すかのように、只管に声を上げて泣き崩れ、ラウラの小さな体を支えにするかのように力強く抱きしめていた。

 

 しばらくして、ラウラは少しだけ落ち着いてきた亜依たちを双葉たちに預けた。未だにしゃくりあげながらも手を振って送り出す亜依と弥子に、二人も小さく手を振って返してから踵を返す。

 アリーナへと続くその道すがら、シャルロットはラウラへと笑いかける。

 

「負けられないね」

「元からだ」

「……そりゃそうか」

 

 言い合いながら、二人は戦いの場へと胸を張って足を踏み入れた。

 

 

 

***

 

 

 

「危なかったわねー。最後、本当にギリギリだったでしょ?」

 

 控室への道中で、鈴音から投げかけられた第一声がそれだった。彼女の隣では、何か言おうとして先を越されたセシリアが不満げに唇を尖らせている。

 言われた当の一夏は自分でも自覚があるのか、若干の疲れの混じった息を吐く。

 

「ああ、言い訳もできん。思った以上に厄介だった」

「成程、強いじゃなく厄介か……」

 

 一夏の言葉に、鈴音が唸る。その言葉の意味合いの差に形の良い眉を歪めた。

 強いのではなく厄介であるというのは、とどのつまり戦い方が巧いということである。言い換えてしまえば『いやらしい』と評してもいい。

 一回戦もそうだったが、先の戦いを見る限り亜依も弥子も一夏には遠く及ばない。箒と比べてどっこいどっこいといったところだ。

 なのに一夏があそこまで追い詰められたのは、二人がただ力を合わせたからだけではない。その上で戦法・戦術というものを状況に合わせて駆使しているからだ。

 基本は攻守の役割分担で場合によってはその役割を交代させ、必要とあらば身を挺して片方を生かす。言葉にすればありきたりに聞こえるかもしれないが、それを忠実に行えるかどうかは別問題だ。

 だが彼女たちは現実にそれを為し、準決勝進出という結果をたたき出したのだ。しかも二人はついこの間までは授業以外で実機に触ったこともない素人そのものだったというのだから驚愕もひとしおだ。

 その原因は紛れもなくラウラたちの指導の賜物だろう。それが意味することはただ一つ。

 

「つまり、アタシ達が戦うのは強くて厄介な相手ってことね」

 

 漏らした声音は自然と硬いものになっていた。と、横のセシリアが自信に満ちた様子で髪を自身の髪を軽く打つようになびかせる。

 

「あら鈴さん、怖気づきましたの?」

「―――ハ、まさか」

 

 挑発めいた物言いへ、鈴音が口の端を持ち上げながら不安をはたき落とすように強く返す。

 

「セシリアこそ、変なポカかますんじゃないわよ」

「ご心配なく、今日のわたくしは絶好調ですの」

 

 と、そんな風に二人は一夏たちを通り過ぎて進んでいく。そして振り返らないまま、二人へと言葉を残していく。

 

「それでは一夏さん、それに箒さんも。決勝戦でお会いしましょう」

「ま、かるーくキめてきてやるわよ」

「おう、頑張れよ二人とも」

「健闘を祈るぞ」

 

 最後に声援を受けて、やはり振り返らないまま歩みを進める。その表情はすでに先ほどまでとは一変して強く眉を立てたものへと変わっている。

 そのまま無言でいること暫く、ゲートに差し掛かる直前で鈴音が凛々しい表情はそのままに口を開く。

 

「セシリア、解ってるわね」

「ええ、勿論ですわ」

 

 頷くセシリアも、その美貌に戦意を漲らせていた。鈴音は出口の向こう側へとその眼差しの鋭さを増すと、ISを展開する。

 

「―――この戦い、出し惜しみなしでいくわよ」

「本当なら一夏さんのために取っておきたいところですけど……それで負けたら元も子もありませんものね」

 

 長大なライフルを抱えながら、セシリアは不満げなセリフの割に不敵に笑って見せた。それは普段の淑女然としたものとは程遠い、獲物を前にした狩人のそれだ。

 鈴音もまた同じような表情を浮かべながら、二人は連れ立ってゲートをくぐっていった。

 

 

 

***

 

 

 

 ―――そうして。

 両雄四人の女傑がここに相まみえる。

 

『さあ準決勝第二試合、そしてこれこそが今回のタッグマッチトーナメントで最も注目されている試合だと言っても過言ではないでしょう!!

 なぜなら、出場選手が全員『専用機持ちの代表候補生』!! これは一年生の身ならず明日の二年、明後日の三年のトーナメントを含めても唯一の対戦カードです!!』

『そう考えるとやっぱり今年の一年は豊作よねぇ』

 

 そんなやり取りと歓声に包まれる中、ラウラとシャルロットとセシリアと鈴音が顔を突き合わせる。四人とも気負った様子もなく、表情に差はあれど瞳にぎらついた光を宿していた。

 と、鈴音がクスリと漏らして口を開く。

 

「なんだかんだで、最後には予想通りの組み合わせになったわね。……まあ、大番狂わせは何度か起きかけたみたいだけど」

「お前たちも、双葉と美津子には驚かされたようだしな」

 

 言われて、ぐっと押し黙る。ラウラの指摘通り、鈴音とセシリアは双葉と美津子のチームと三回戦目でぶつかり、苦戦とはいかないまでも冷や汗をかかされていた。

 一夏と戦った亜依たちと言い、ラウラは想像以上に指導者に向いているのかもしれない。

 それはさておき、と鈴音は気を取り直す。

 

「なんにせよ、この先はアタシ達が進ませてもらうわ。一夏も待ってるしね」

「ええ。待つのは殿方の甲斐性という言葉もあるようですけれど、待たせすぎてしまうのは淑女失格ですものね」

 

 それに対し、ラウラは不敵に笑って返す。

 

「悪いが、一夏と戦うのは私だ。もとよりそのつもりだったが……」

 

 一瞬、今まで戦った相手と破れてしまった亜依たちを思い浮かべ、ガシャリと音を立てて装甲の拳を固く握る。まるで、託された想いの全てを込めるかのように。

 

「勝ち進むと約束して、無念を晴らすと誓ったからな。―――負けられんよ」

「………ったく、そんないい顔して言っちゃって」

 

 でも、と言って鈴音たちはそれぞれの武装を現出させる。

 大振りな青龍刀二つと長大なレーザーライフル。それぞれの戦い方を象徴するかのような武威を顕現させて、二人は改めて闘志を燃やしている。

 

「負けてあげる理由にはならないわねぇ」

「ええ、遠慮なく叩き潰させていただきますわ」

 

 それらを真正面から受け、しかしラウラとセシリアも一寸たりとも臆した様子はない。むしろ滾るかのように笑みを浮かべる。

 

「負けてくれと言った覚えはないな」

「勝ちはもぎ取るもんだもんね」

 

 ラウラが腕部のレーザーブレードを、シャルロットが二丁サブマシンガンを構えると、四人の表情が引き締まっていく。

 そのまま睨みあうこと暫く。四者の覇気に当てられたのか観客からの歓声がいつの間にか止み、身動ぎすらはばかられるような緊張感に包まれる。

 それが続いたのは数秒、しかしその数倍以上に引き延ばされたかのような錯覚を経て、ついに。

 

 

『それでは準決勝第二試合―――始め!!』

 

 

 開戦の号砲が鳴らされ、四人が一斉に互いへと疾駆する。

 

「てぇりゃああああ―――ッ!!」

「ハァアアアアアア―――ッ!!」

 

 まず衝突したのは鈴音とラウラ。鋼と光の二種の双刃同士が文字通りの火花を散らす。

 一撃目が互いに弾かれ、すぐさま二撃目、更に三、四、五と重ね、さらに続けていく。形は違えど共に二刀であるからか互いの連撃に隙間はなく、四つの刃の応酬は武骨ながらも洗練された動きであるからこそ下手な舞よりも目を惹きつける。

 剣舞のような攻防をよそに、それぞれの相棒は銃火による熾烈な逢瀬を重ねていた。

 

「くぅっ!!」

 

 二丁のサブマシンガンから伝わる閃光と衝撃と轟音。ISによって大幅に軽減されていても刺激として強いそれを間近に受けながら、シャルロットは鋼の時雨を横殴りに生み出していく。

 だがそれは、セシリアを捉えるには至らない。

 

「フッ――!!」

 

 その様を例えるならば、濁流を優雅に泳ぐ人魚の如きか。蒼の装甲を傾き始めた陽の輝きに照らしながら、彼女はその身に一筋の傷も許さない。

 と、手に持つライフルを俄かに構え、光条を撃ち放つ。

 

「チィ!」

 

 舌打ちもそこそこにそれを躱すシャルロット。だが拡張された視界の端で、別の青を察知した。

 

「マズっ……!?」

 

 咄嗟に左手のサブマシンガンを盾の様に翳しながら身を引かせれば、回りこんでいたビットから放たれた光がそれを撃ち砕いた。

 

「フフ……、っ!?」

 

 思わず浮かんだセシリアの微笑みが、瞬時に硬直する。シャルロットが腕を振って残骸を放り捨てたと思ったら、腕を戻す動きですでに新たな銃器が握られていたからだ。

 それこそスクラップから鋳造したのかと見紛うような現象は、何のことはなくただ単純に素早く取り出しただけの話だ。

 

 ラピッド・スイッチ……武器庫の如き拡張領域の武装の貯蓄とそれを最速で取り出すために最適化されたシステム、そしてそれを十全に使いこなし、尚且つ状況に応じて最も相応しい装備を瞬時に選別・使用するシャルロットの技量。

 それら全てが完全に噛み合っているそれは、すでにBT兵器や衝撃砲、AICといった特殊兵装と同等の領域に存在している。

 即座に放たれる散弾の有効範囲から、セシリアはビットを引かせた。その判断は素早かったものの、一基の装甲に掠るような火花が散る。

 

「ちぇ、おしかったな」

「油断も隙もありませんわね!?」

「お互い様だよ、っと!!」

 

 シャルロットはそう返しながら己に砲を向ける二つのビットへ立て続けに散弾を連射、同時にセシリアに再びサブマシンガンによるスコールをプレゼントする。

 命中は叶わずともそれぞれ退けることができ、その結果に「よし!」と改めてセシリアへと向き直って、

 

 

 

「ガ、ヒュッ!!?!?」

 

 

 強い衝撃に吹き飛ばされながら、肺の空気を強制的に絞り出された。

 

 

 

***

 

 

 

 

『おーっと!! デュノア選手どうしたことか、いきなり吹っ飛ばされたぁ―ッ!!?』

「シャルっ!?」

 

 見えないハンマーで殴り飛ばされたかのように装甲の一部を掛けさせて横へ飛んでいく相棒に、ラウラが思わず悲鳴じみた声を上げる。その隙に、鈴音が二刀を連結し両腕を使った強い踏み込みの一撃を振り下ろす。

 先ほどまでの連撃とは数倍違うだろう威力、まともに受ければそれだけでアドバンテージが一気に鈴音へと傾きかねない剛撃だ。しかし。

 

「よそ見は厳禁、よっ!?」

 

 その動きと言葉が唐突に止まった。微動だにしなくなった己の体に目を見張るが、鈴音はすぐにそれが何なのかを察する。

 

「―――なるほど、これが停止結界ね」

「そういうそちらは衝撃砲か」

 

 ラウラの鋭い視線は鈴音の背後で展開している一対のユニットに注がれる。

 空間に圧力をかけ、見えない砲身で見えない砲弾を放つ武装。奇しくも、ラウラのAICと同じくPICを由来とした技術の集大成である。

 

「こちらへ攻撃を仕掛けつつ、本命はシャルへの一撃か」

「あら、隙があったら撃つ。当たり前でしょ?」

 

 悪びれのない一言は、まったく以ってその通りだった。だから。

 

「隙だらけのお前は存分に撃ってもいいということだな?」

 

 言いながら、ラウラは長大なレールガンを鈴音へと突きつけた。自分の衝撃砲とは違い視覚に直接その武威を圧力のように突きつける暴力の結晶は、鈴音をして思わず固い唾を飲んでしまうほどだった。

 しかしながら、鈴音はその上で深く笑う。それを怪訝に思うよりも先にラウラは答えを突きつけられた。

 

「くッ!!」

 

 舌打ちと共に、右斜め後ろに振り向きつつ手を翳す。そこにはセシリアのビットがすぐそこにまで迫ってきていた。

 即座に停止結界にからめとられ、動画の一時停止のような唐突な静止をする青い移動砲台。

 

「―――チィッ!?」

 

 しかし、ラウラは即座にその場から飛び立ち離脱した。直後、というよりは同時と言っていいタイミングで宙に縫い留められていたビットから光弾が放たれる。

 AICもキャンセルされたのか、束縛から解放された鈴音とビットも間合いを離すかのように下がっていく。

 図らずも仕切り直しとなった状況で、シャルロットがラウラの隣へと並ぶ。

 

「ラウラ」

「シャル、大丈夫か?」

「ん、なんとか。それよりも……」

「ああ」

 

 言い合って、二人は改めて眼前の宿敵を見据える。四つの青い砲台を従順な猟犬のように従えるセシリア、連結した二刀をゆっくりと旋回させる鈴音。

 揃って不敵に笑う二人に、シャルロットとラウラは確信をもって一つの事実を痛感していた。

 

 

 

 ―――やはり、この二人こそが自分たちにとっての最大の天敵であると。

 

 

 

 







 ということで遅ればせながら更新です。
 準決勝、第一試合と第二試合序盤です。

 いや、ホントにラウラたちが主役だなこれという。
 ちなみに次話にはいろいろと装備とか解釈にオリジナルが更に入る予定なので、ご了承ください。
 ……ようやく温めていたアレを出せるぜ!
 更新いつになるかわからないけど(爆

 とりあえず年内にこの章終わらせられればなとは思ってます(できるとは言ってない

 それでは、また。



追伸:今更ですが、ゴトランドでなかったな、艦これ(遠い目


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40:交差する戦線

 

 

 

「……あれ?」

「なにか気付いたか、箒」

「いや、いま……」

 

 箒が自身の疑問を説明しようとしたところ、それが彼女の口とは別の所から発せられた。モニターの向こう側からだ。

 

『しかし、気のせいでしょうか? オルコット選手のビットがAICで止められた後も動いていたように見えたのですが……?』

「そう、それだ」

 

 実況に頷いてみれば、一夏は成程と得心する。と、その疑問の答えもモニター側からやってくる。

 

『ん~、いいところ気付いたわね~。それじゃあAICの特製と絡めて説明しましょうか』

 

 言って、楯無の声が冷水に軽く浸したかのように引き締まっていく。

 

『―――推測も交えるけど、AICというのは性質としては例えるなら蜘蛛の巣に近いものね。見えない網のように張り巡らされた力場に触れた相手を停止させる文字通りの結界。

 けど、逆に言えば力場の影響を受けずに済んだ末端部分……手足の指や口なんかは他の部分が止まっていても動かすことはできるでしょうね。その証拠に停止結界に止められた凰ちゃんも喋ることはできていたでしょう?』

「とはいえ、念入りにAICを働かせればそれすらも止めることはできるだろうな。もっとも、そこまでガチガチに縛ろうとするとなるとそれだけの集中力や時間も必要だろうから、戦闘中にそこまでする機会はそう多くはないだろうが」

「なるほど……」

 

 楯無の説明を補足するように続ける一夏に、箒は感心して頷くばかりだ。

 と、更に解説は続く。

 

『けど、全身をくまなく影響下に置いたとしても、動き続ける部分はあるわ。それはどうあっても力場に触れない部分』

 

 つまりは。

 

「―――内部機関だ」

 

 例えば生き物の場合、AICに絡めとられても心臓や肺は問題なく機能する。それと同じように、IS本体や武装ならば装甲が著しく損壊して内部が露出していない限り中身は動き続けるのだ。

 

『先ほどの場合だとビットそのものは止められちゃったけど、レーザーの射出機構そのものはそのまま動き続けていたからラウラちゃんをそのまま攻撃することができたのね』

「更に言うならAICはPIC技術の流用でしかない以上、物体の慣性にしか作用しない。つまり質量に因らない攻撃である光学兵装に対しては効果がない」

 

 つまりAICのみを見るならセシリアはまさに天敵と言えるだろう。だがだからと言って一方的に彼女がラウラに有利かというとそうでもない。

 確かにレーザーを止めることはできないがビットそのものは止められる以上、回避自体は容易だ。そしてそれはセシリア本体にも言えることであり、更に言えば遠距離戦に特化しているセシリアと比べラウラはオールラウンダーだ。

 全体的な機体性能で見れば、ブルーティアーズの方が不利という見方もできる。

 

『さて、一方で凰ちゃんはというとこちらはストレートにAICと相性が悪いわね』

「鈴の機体は格闘型……しかもメインの武装である衝撃砲はセシリアと同じ非実体型ではあるものの使っている技術はAICと同じくPIC由来。純然たる運動エネルギーを射出する以上、それをゼロにするAICの前には無力と言っていい」

 

 だが、とここで実況と肉声の二つが重なる。示し合わせたかのような唱和に、それを知りようがない楯無が口火を切る。

 

『ここで重要なのは衝撃砲の性質ではなく特徴ね。それは砲弾と砲身が不可視のものであるということ。

 ―――そしてなによりも、砲身の稼働限界角度が存在しないということ。つまり着弾するまで、彼女の撃った弾がどこへ向けて撃ちだされたものなのか把握することは難しいってことよ』

 

 その説明に、箒は驚愕と共に先の攻防のもう一つの違和感に気付くとともに納得を得た。

 

「そうか……だからあの時、シャルは無防備に鈴の攻撃を喰らってしまったのか」

 

 あの時、鈴音本人はラウラへと斬りかかっていた。

 当然、視線のみならず体全体も……そして背後で展開していた背部ユニット自体も眼前の彼女へと全て向けられていたのだ。しかしその中で、不可視の砲身だけが別の方向へ向いていたということだ。

 

「ラウラの眼なら衝撃砲の砲弾も砲身も見ることはおそらく可能だ。不可視とはいえ物理的に強く干渉するならば陽炎のような空気の揺らぎは発生するだろうしな。

 しかし戦闘機動中にそれを万全に把握することは至難。ましてシャルロットにそれを明確に伝えるとなると更に厳しい」

『それらを踏まえ、先の攻防を整理すると―――まずボーデヴィッヒちゃんと凰ちゃん、デュノアちゃんとオルコットちゃんがそれぞれ激突。恐らくこの時点ですでに凰ちゃんは衝撃砲をデュノアちゃんへとロックしていたと思うわ。

 その後、互いに牽制程度の攻防を経てデュノアちゃんの注意が完全にオルコットちゃんへ向き、尚且つやや天秤がデュノアちゃんへと傾いたところで横合いからの不意打ち。

 すぐさま凰ちゃんはAICで絡めとられるもののオルコットちゃんのビットが強襲、これも何とか止めるもビットの照準そのものはすでにボーデヴィッヒちゃんに向けられていたため、レーザーの発射は防げず後退。現在に至る、と』

 

 或いはこれがタッグではなく、ラウラ対二人の戦いであったならば。そしてセシリアと鈴音の連携が拙いままであったならば。―――おそらく、ラウラが二人を圧倒することも容易であったかもしれない。

 鈴音に対してはAICの結界を張り続けるのみでよく、またセシリアのビットも生かしきることはできなかったであろう。

 しかし現実において、タッグマッチというカタチによって鈴音の砲撃には標的の選択というフェイントの要素が加わり、そしてセシリアとの息を合わせることで互いの不足を埋めつつ長所を伸ばすことに成功している。

 紛れもなくチームとして強敵であり、そしてラウラとシャルロットにとってはこれ以上なく天敵だった

 

 まるで示し合わせたかのような此方と彼方の解説幕に、これまた同時に箒と一夏の声が聞こえていない薫子が感嘆と納得の声を上げる。そこから尋ね返したのは、薫子の方が早かった。

 

『………そうして聞くと、まずはオルコット選手と凰選手が先制点を取った形と見ていいんでしょうか?』

『そうね……ただ、まだこれは一当てした程度。本番はまだまだこれからよ』

 

 先の評論も結局のところラウラを基準として考えたもの。ラウラ自身もそれらは把握しているだろうし、なによりシャルロットの実力を考慮したものでない。

 先ほどはしてやられた形になったが、戦意が挫けていないことは画面越しでも目を見ればわかる。セシリアたちもまた、それらをすべて把握しているはずだ。

 とどのつまり、この先は未知数であるということだ。

 と、一夏の目がすぅっと細まっていく。刃を研ぎ澄ましていくかのような眼差しの変化に、箒の背がわずかに粟立つ。

 

「とはいえ、これまでの試合と先の攻防で互いの手札は概ね見えてきた。ここから先はいかにそれを相手へ嵌めていくか、或いは―――」

 

 

 

***

 

 

 

『―――或いは、伏せ札があるならそろそろお目見えも近いかしらねぇ』

 

 

 外野のそんな言葉に、シャルロットは頬を引きつらせた笑みを浮かべ、ラウラは半眼になる。

 

「……だってさ」

「生憎だが、私の方はネタ切れだな。秘密兵器の一つでもあれば格好がついたのだが……」

「まあ、普通はそういうの中々ないよねぇ」

 

 と言っても、とシャルロットは眼前の敵手へと視線を鋭くする。不敵な笑みを浮かべたままの青と赤に対し、負けじと彼女もニヤリと口の端を釣り上げて見せる。

 

「―――あっちはどうかわからないけどね」

「まあ、『ない』と期待するよりも『ある』と考えて動いたほうが良いだろうな」

 

 言いつつ、ラウラは両腕のレーザーブレードをゆらりと構える。シャルロットもサブマシンガンとショットガンの銃口を改めてガシャリと前に向ける。

 二人は視線を前に向けて互いには一切躱さず、短く一言で作戦会議を終わらせた。

 

「パターンを変えるぞ」

「了解」

 

 直後、二人が口火を切る形で吶喊する。しかも、

 

『おぉーっと!? デュノア選手とボーデヴィッヒ選手、今度はそれぞれ逆の相手へと猛烈に迫っていく―――っ!!』

 

 その言葉通り、シャルロットが鈴音へ、ラウラがセシリアへと武威を翳して飛翔する。

 

 

 

***

 

 

 

 迫るラウラに対しビットを引き連れて上昇しつつライフルで牽制の射撃を行うセシリアを尻目に、シャルロットと鈴音は地表近くでぶつかり合う。

 シャルロットの銃口がマズルフラッシュを煌かせると、鈴音の眼前で二刀が高速回転を始める。刃のカーテンが極小の鉛玉を悉く弾き、盛大な火花がバチバチと散り続ける。

 鈴音から見れば、眼前で爆竹が弾けているかのような錯覚を覚える光景だ。火花にチカチカと照らされながら、彼女はニヤリと笑う。

 

「へぇ、今度はアンタが相手なんだ?」

「不服かい?」

 

 そんなセリフを返しながら、シャルは弾雨と共に肉薄していく。目の前で花の咲く間隔が短くなりながらも、鈴音は余裕の混じった表情を崩さない。

 

「いいえ、って答えてほしい?」

 

 言いつつ自分から踏み込んで距離を縮め、自らの間合いに入った瞬間に両腕を広げるように二刀を横二閃に振るう。鋭い同時二撃は、しかしシャルロットの持っていた両手の武装だけを切り裂くにとどまる。

 それも彼女が自分から捨てたものをだ。当の本人は残骸を文字通り捨て置いて、即座に新しい武装を握りしめる。IS用大型ナイフとやや短めのライフルだ。

 ライフルの方は格闘戦も考慮しているのか、銃身下部に覆うような装甲が厚く追加されている。

 

 ステップで後退した一歩分を、装備の顕現直後に一瞬で詰める。大刀の間合いよりもさらに内側へと斬り込もうとするシャルロットに、鈴音が鼻白む。

 

「っと、やけに積極的じゃない!?」

「まあ、ね!!」

 

 押し戻そうとしてくる巨大な刃をナイフとライフルの装甲でうまく受け流し、跳ね上げたライフルを鈴音の鼻先に突きつける。

 強制的に覗き込まされる形になった銃口に舌打ちをしつつ、鈴音は柄頭の片方でそれを下からかち上げ、直後にライフルが火を吹いた。

 と、かち上げた大刀はその大きさと逆刃に振り上げた体勢から攻撃に転ずるのは不可能な状態だ。逆側の大刀は振るおうとしてもナイフにうまく抑え込まれ、封殺されている。

 一瞬の硬直―――そう思いきや、真上に向いたライフルがガシュンと音を立てる。追加された装甲が割れるようにして展開したのは、

 

「チェーンソー!?」

 

 鈴音の叫び通り、銃身に沿う形で延びるように現れたのは楕円状の本体に沿って刃の鎖を高速で走らせる凶器だ。シャルロットはにっこり笑いながらそれを勢いよく振り下ろす。

 鈴音は背筋が冷たくざわめくのを自覚しながら遮二無二スラスターを吹かせて後退した。たなびくツインテールの間を高速で回転する刃が落ちていくのを見送って、胸を撫で下ろしながら視線に険を宿らせてシャルロットを睨む。

 対し、当のシャルロットは残念そうに眉を歪めた。

 

「ちぇ、惜しかったな」

「アンタ、いきなりエッグいの出してくるわね!?」

 

 まったくかわいい顔して本当に油断のならない相手だと、鈴音はひそかに戦慄を覚える。そんな彼女をよそにシャルロットは両手の武装を換装する。

 新たに現れたのは二丁バズーカ。それらは脇で挟むようにしっかりと保持され、それだけでは終わらない。追加で肩に設置されたのは多連装のミサイルポッドだ。

 瞬時に展開された大火力の大盛りに鈴音の表情が瞬時に引きつり、しかしシャルロットは一切の躊躇をしなかった。

 

「吹っ飛べ!!」

 

 直後、鈴音を中心に巨大な爆発の連鎖が巻き起こる。生じた大量の黒煙に、それを生み出したシャルロット自身も瞬く間に呑み込まれていく。

 

 

 

***

 

 

 

「ちぃっ」

 

 ラウラが舌打ちと共に身を横へずらす。直後にすれ違うのは光の弾丸だ。

 

「あらあら、はしたないですわよ」

 

 そんな彼女を睥睨しながら微笑んでいるのは、更に高い位置からライフルを構えるセシリアだ。その言葉の直後、羽を広げるかのようにビットが展開され、ラウラへとバラバラの軌道で襲い掛かってくる。

 その様は俯瞰してみればまるで群れで獲物を狩りにかかる有翼の猟犬たちのように見える。

 

「チィッ!!」

 

 二度目の舌打ちは更に鋭く、ラウラは腕の振りと共にAICを起動させた。張り巡らされた不可視の蜘蛛の糸に絡めとられたのは二基。しかし残りの二基はそれを回り込むように左右に分かれ、挟み込むようにラウラへその砲を向けた。

 ラウラはとっさに後ろへ倒れ込むように重力任せに高度を下げる。その直後に彼女の頭と胸のあった部分を光の弾丸が通過し、するとAICによって縫い留められていたはずの二基が再び宙を滑りだした。

 再び四頭となった機械の猟犬に向かって、ラウラは大型のレールカノンを向ける。

 

「Feuer!」

 

 豪、と磁性を帯びた砲弾が放たれ、しかしビットらはそれを悠々と散開して避けていく。と、ラウラはすぐさまリロードしつつ砲口をセシリアへと向けなおし、

 

「Feuer!!」

 

 続けざまの砲撃で、セシリアを貫かんとする。

 

「あら、残念ですわね?」

 

 しかし、こちらもあっさりと躱されてしまう。ひらりと回避され、その余裕に溢れた様子に思わず奥歯が鳴る。

 だが同時に、頭の中では冷静に一連の攻防を分析していた。

 

(ビットと本人は同時に動けないという話だったが……おそらくそれ自体はまだ解消されたわけではないはずだ。動きの中に所々不自然なものがあるのがその証拠。

 だがビットから自機、そしてその逆への変遷が驚く程に滑らかだな。悔しいが、私の装備では中・長距離でそれを妨げるほどの密度で攻撃を仕掛けることは難しいな)

 

 ラウラのレールカノンは単純な火力は非常に高いが、その反面取り回しや継続的な攻撃には劣るものがある。決定打にはなりえても、手数を増やせないために非常に読みやすいのだ。

 そしてそれはセシリアほどの熟達した射撃技能を持つ相手ならば容易い所業であり、つまり距離を置いた戦闘ではラウラはセシリアに勝つのは難しいということだ。ならば距離を詰めればいいという単純な話なのだが。

 

「そら、わたくしの猟犬と戯れなさいな」

「っ、ご免被りたいんだがなっ!!」

 

 言いながら、向かってきた三基のビットから逃れるようにスラスターを吹かす。それを追ってきて、視線の先で一纏めになったそれらを即座にAICで拘束した。

 物言わぬ猟犬は、意思に反する静止に対しても寡黙にあり続けている。その次の瞬間、

 

「ぐぁっ!?」

 

 背に感じた衝撃と熱に大きく呻き、振り向くのもそこそこに即座にその場からズレるように身を捩らせる。

 すると、下側から射撃しながら迫っていた一基と拘束が解かれた三基……斜めに彼女を挟み撃ちにする形で浮かぶビットたちの光弾が、ラウラの体があった所を交差するように通り抜けていく。

 その軌跡を見届けるまでもなくラウラは即座に態勢を整え、瞬時にセシリアへと疾駆する。間合いを詰めよらんとしたラウラの神速は、しかし体当たりしてくるかのようなビットの突撃に阻まれる。

 空中でたたらを踏まされるように出鼻をくじかれたラウラに、今までとは比べ物にならないほどの威力のレーザーが降り注ぐ。セシリアのライフルによる斉射だ。

 最初の一発目が左足の装甲を削ぎ、二発目が右わき腹を喰らいにかかった。

 

「づぅっ!?」

『オルコット選手、見事なビットさばきでボーデヴィッヒ選手を手玉に取ったかと思いきや、一瞬のスキをついての狙撃で痛打を浴びせかかる―――ッ!!』

 

 現状を簡潔かつ臨場感に満ちた物言いで纏めた実況を聞き流しながら、ラウラはスラスターの出力を一時的に切る。

 幾度目かの自由落下で辛うじて三発目以降はやり過ごせた。しかし、そこから再びスラスターを吹かして体勢を立て直すも、間合いは先ほど以上に離れている。

 ここまでほぼ一方的に向こうにペースを握られている……その事実にこそ、ラウラは苦渋を禁じ得ない。と、セシリアから「ふむ」という唸るような呟きが漏れた。

 

「思ったとおり、極端に方向の違う箇所に同時にAICを働かせることはできないようですわね。射程距離もあまり長くはないようですし」

「………正解だ」

 

 ラウラは声音も低く不満げに肯定する。

 指摘の通り、ラウラのAICは対象の拘束に相応の集中力を要する。故に同じような方向から同時に来る複数の個体ならばともかく、タイミングをずらして別の方向からくる対象に追加で拘束することはまず不可能だった。

 また、楯無の解説でも言っていた通りAICは見えない蜘蛛の巣を一瞬にして張り巡らせるようなものであり、イメージとしては射出するというよりも設置するといった風が正しい。そのため、離れすぎている相手を拘束することもできないのだ。

 その弱点を分析・解明し、尚且つ効果的につくことができたのはセシリアだからこそであるだろう。

 それは単騎で同時に複数の方向から攻撃できるというビットあってこそというのもあるが、そのビットを最大限に使いこなしているのは紛れもなく彼女自身の実力だ。

 

 ただ単に多方向からの砲台としてだけの運用であったならば、ラウラはここまで苦戦を強いられることはなかっただろう。

 だがセシリアは時にビットを敢えてAICに捉えさせ、時にビットそのものを質量兵器のように突撃させた。

 それは己の優位に縋るのではなく、相手の優位すらも利用して盤面を動かす指し手の如き俯瞰の戦術眼。単純な一兵卒としての武勇ではなく、神の視点のように広く戦局を捉える将の在り方。

 

 ―――ブルーティアーズを駆るセシリア・オルコットの本領が、ここに開花の兆しを見せ始めていた。

 

「まるで単身で一部隊を相手にしてる気分だな」

 

 嘯きながらもラウラは次の瞬間には嵐のように襲い掛かってくるだろう脅威を前に、つかの間の静けさの中で必死に思考を巡らせていく。

 セシリアもまた、そんなラウラの思考を予測しながらビットへ己の手足のように意思を伝わらせる。

 目に見えている激突以上の苛烈さで、二人の思考はどこまでも加速していく。

 

 

 

***

 

 

 

 澱のようにわだかまる爆煙からオレンジの装甲が背中から飛び出してくる。二丁のバズーカを未だに煙に包まれた敵手に向け続けながら、小さく息を吐く。

 

「いくらなんでも間合いが近すぎたかな……けど、あのタイミングじゃ避けようないは―――」

 

 ず、とつづけた瞬間、自身の肩口に設置された空のミサイルポッドに何かが勢い良く突き刺さった。その衝撃に身を仰け反らせ、耳元で鳴り響いた破砕音に鼓膜を痛打されながら、しかしシャルロットは溢れ出る困惑を抑えることができない。

 

(な、に?)

 

 瞳を横へずらせば、そこには片刃の大刀が刀身半ばから生えている光景が大写しで飛び込んできた。しかも柄頭には鎖が繋がれ、光を遮り続けている煙の中へと続いている。

 シャルロットの視線が鎖をたどったその時、鎖と刃が文字通りの紫電を散らし始めた。

 

「う、あぁああああああああああああ―――っ!?」

 

 皮膚の下から剣山を擦るような激痛と痺れに、シャルロットは叫びながら即座にミサイルポッドを切り離す。息を荒くするその顔の横に、幾つものウィンドウが浮かび上がってはエラーメッセージを赤と黄で毒々しく彩っている。

 じわりと粘つく汗が額に浮かんできたのを自覚しながら睨んだ先では、鎖付きの大刀が勢いよく引き戻されて行くところであった。

 

「あら、ちょっと手ごたえ軽かったわね」

 

 そんなあっけらかんとした声の直後に、晴れつつあった煙が一気に消し飛ばされる。鎖に繋がれた大刀が盛大に振り回されることによって内側から吹き散らされたのだ。

 鎖はよく見れば、鈴音のお右腕の装甲から延びているものだった。彼女はそれを握り、ブンブンと風を切る音を響かせ続けながら己の頭上で旋回させている。

 纏わりつく黒煙を自ら払った鈴音の姿に、シャルロットは思わず舌打ちを鳴らしそうになった舌を寸でで抑え、苦し紛れに口の端を持ち上げた笑みを作った。

 

「―――、いくら何でも無傷はひどすぎないかな?」

 

 言葉通り、甲龍の装甲は目立つ傷もなくその威容をキラリと玉のように輝かせていた。鈴音は大刀を振り回しながら、逆の手で背面ユニットを親指で指す。

 

「別に大したことじゃないわよ。原理はラウラのと一緒よ」

「ラウラの……って、まさか!?」

 

 鈴音の言葉に、シャルロットは驚愕に目を見開いた。

 彼女の纏う甲龍……これの固有武装もまた、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンと同じくPICの技術を由来としたものではなかったか。

 

「衝撃砲を使って、身を守ったっていうの……!?」

「ご名答。もっとも、ラウラの方と比べれば力業にもほどがあるって話だけれどね」

 

 そう、鈴音は至近での砲撃の瞬間、自身の真正面に衝撃砲を出力と性質を調整した上で発射し、自身を守る壁として利用したのだ。

 どれだけの威力があり、破片などの質量を伴っていても砲撃も爆発も所詮はベクトル……運動エネルギーにすぎない。ならばより強いエネルギーによってかき消されるのは道理だ。

 仮に薄皮一枚ほどの距離であろうとも、それは変わらない。

 ―――その理屈はわかる。しかし告げられた事実に、シャルロットは身に走った戦慄を面に出さないことに必死であった。

 

(あの一瞬でそんな真似やって無傷とか……出鱈目にもほどがあるよ)

 

 確かに、衝撃砲で壁を作ることができれば攻撃を防ぐことはできる。だが、それは本来机上の空論、盾と同じ材質だからといって矛で盾と全く同じ役割をすることができないのと同じだ。

 本来ならば良くて互いの攻撃が互いに炸裂して相打ち、下手をすれば自分の攻撃で自分自身が押し潰されていただろう。

 それをほぼ不意打ちに近い状態から成し遂げた。

 尋常ではない実力を尋常ではないセンスで以って十全以上に発揮しなければ到底実現しえない業に他ならない。

 

 内心で舌を巻いていたシャルロットに対し、鈴音もまた上っ面を取り繕うのに必死であった。

 

(まいったわねー……シャルのやつ、想像以上に巧いでやんの)

 

 先の攻防までで、シャルロットが使い分けた武装の数は幾つだったか。

 弾幕に牽制、中距離銃撃に近接格闘、オーソドックスからキワモノまで、多種多様という言葉の意味をこれほど体現しているのも珍しいだろう。

 だが、問題はそこではない。彼女はその上でそれら全てを最適な状況と最適なタイミングで取捨選択し、且つ使いこなしているのだ。

 ただ色んな武装を用意するだけならば馬鹿でもできる。

 どのような戦況でどのように武器を使うかならば多少目端が利くなら判断できる。

 様々な武器を一定の水準以上に扱うくらいならば訓練次第で不可能ではないだろう。

 だが、戦闘というリハーサルのない場面で秒単位で変わる状況に対し膨大な数の武器の中から瞬時に最適な武装を選択し続け、更には武器の持ち替えに際し即座に意識を切り替えて使いこなす。

 しかも彼女は受け身でその状況に合わせるのみならず、積極的に動いて状況を操作することもできるのだ。

 単純な剣技や射撃術などの腕自慢などとは比較にならない巧緻に長けた戦闘技術。

 まさしく戦闘巧者と呼ぶに相応しい。

 

(ったく。器用万能とか、なんて面倒くさいのが相手になっちゃってるんだか)

 

 今の不意打ちで多少の痛打は与えられただろうが、それがどれほどのアドバンテージになっているかは未知数だ。

 むしろ半端に手負いにしたことが裏目に出るということもあり得るかもしれない。

 これはそれがありえる相手だと、鈴音は確信に近いレベルで断定していた。

 

 互いに内心を読ませぬ不敵な笑みを浮かべ、その裏で相手への戦慄を必死に抑えている二人は、再びの激突の直前、全く同じ言葉を声に出さず吐き捨てた。

 

((このバケモノめ………!!))

 

 心が読めるなら、お前が言うなと笑いながら罵り合っただろう文句を互いに知らぬまま、鉄火の炸裂が再開した。

 

 

 

***

 

 

 

 この時点で、戦場はほぼ上下に二分されていた。

 上空でのセシリアとラウラ、低空での鈴音とシャルロット。

 戦況もまた分かれており、セシリアのビットとライフルの射撃に翻弄されつつも反撃の隙をうかがうラウラと、衝撃砲を主として進撃する鈴音を多種多様な武装で迎え撃つシャルロットといった具合に盤面が固定されつつあった。

 攻め手として優勢に見えるのはセシリアと鈴音の方だ。

 セシリアはAICに対する光学兵装とビットの特性によるアドバンテージを見事に活かし、鈴音はシャルロットの繰り出す物量を見事に押し退けている。

 それを示すかのように、ラウラは徐々に高度が下がり始め、シャルロットはじりじりと押され続けている。

 だが、セシリアと鈴音に油断はない。自分も国家代表候補生なら相手も同じ。ならば起死回生の手などいくらでも用意してあっておかしくないし、いつこちらの喉笛を食い千切りにかかってもおかしくないのだ。

 だから二人は決して相手から注意を逸らすことはなく、その一挙手一投足すら逃さんとその全神経を向けていた。

 

 故に。

 それに真っ先に気付いたのは、外からそれを見ていた者たちだ。

 

「あら」

 

 楯無は小さく感嘆の声を漏らし、

 

「ほぉ」

 

 一夏は僅かに唸り、

 

「あれ?」

 

 箒はふと感じた違和感に首を傾げ、

 

「あ、これって……」

 

 目元を赤く腫らしたままの簪は僅かに目を丸くする。

 

 セシリアと鈴音は勝利の二文字が徐々に輪郭を得てきている手応えを感じながらも、逸りそうになる自身を抑えていた。真実、それを手にするならば堅実に事を運ばねばならないと言い聞かせて。

 だがそれももうすぐだと実感を得ながら、それぞれがより強く攻勢に出ていく。

 それに対して、それぞれの敵手は逃れるように身を引かせていく。するとセシリアと鈴音は自然とそれを追う形となっていく。

 前のめりになっていく両者に対し、ラウラとシャルロットは臆したかのような逃げ腰だ。

 

「くっ……!」

「逃がしませんわ!」

 

 牽制の砲撃を放ちながら仕切り直しのためだろうか距離を開けようとするラウラに、セシリアが四基のビットを渦を巻くようなバラバラの軌道で迫らせていく。

 

「うぅ……!」

「そろそろ終わりかしら!?」

 

 構えていたアサルトライフルを両断され、呻くように下がるシャルロットへと鈴音が更に踏み込んでいく。

 そうして攻め手の二人は互いの相手をそれぞれ追い詰めて―――

 

「―――な!?」

「て、えぇっ!?」

 

 ―――その瞬間、互いの戦場が重なった。

 そしてそれだけでは終わらない。

 ラウラとシャルロット、二つの戦場の重なる起点となった二人はその瞬間、ステップを踏むかのように軽やかに身を回す。すると、何が起きるか。

 

『な、な、な……なんとォ―――ッ!! ボーデヴィッヒ選手とデュノア選手が、一瞬の交錯を利用して互いの立ち位置を入れ替え、戦う相手をスウィッチしたァ―――ッ!!』

 

 素の驚きを多分に含んだ解説の大音声が、その全てを物語った。

 ビットの群れで追い立てていたセシリアへシャルロットが距離を詰めていき、シャルロットへ攻め込んでいた鈴音にラウラが立ちふさがる。

 突如として対戦相手の交代。それに対する思考の停止は、セシリアも鈴音もほんの刹那のものであった。

 

「このっ……!」

 

 セシリアは相手が誰であろうと変わらないと言わんばかりにビットへ命令を走らせる。シャルロットを中心に飛翔する砲台は天球図を連想させる。

 己を上下前後左右から狙い、今にも砲口を向けてくるだろう鋼の猟犬に対し、シャルロットはセシリアへの吶喊を緩めないままバレルロールじみた回転を始めた。

 そしてその両手に新たに呼び出されたのは、先ほどよりも大口径のショットガンだ。ショットガンとしてはかなり珍しい大きなリボルバー型の弾倉が特徴的なソレが、少女の手で振り回されながら火と鉄の雄叫びを上げる。

 

「たぁああああっ!!」

 

 まき散らされる散弾の嵐。それはほぼ面の攻撃となって彼女に群がりつつあったビットに襲い掛かり、青い装甲の表面を火花と共に削っていく。その傷は決して浅いものばかりではない。

 また、それ以上に散弾のもたらす衝撃がビットの照準をブレさせ、その機動そのものを阻害していく。そしてそれはシャルロットがセシリアへ肉薄するのに十分すぎる好機だ。

 

「このっ……!」

 

 ビットによる迎撃から即座に切り替え、ライフルを構えるセシリア。だが、彼女が引き金を引くまでよりもシャルロットの動きの方がはるかに疾かった。

 シャルロットは右のショットガンをナイフへと持ち替え、さらに加速する。

 

「もらったよ!」

 

 鋭く上げられた声は勝利宣言か。疾風(ラファール)という名のごとく、彼女は素早く鋭くセシリアの懐へ切り込んでいく。

 そして―――。

 

 

 

***

 

 

 

「なあ、今のって最初から狙ってたのか?」

 

 モニターを見ながらの箒の疑問に、一夏はむぅ、と唸る。

 

「どこまで意識していたかはわからんが……全く考えていなかったわけではないだろうな。

 でなきゃあそこまでスムーズに入れ替わることはできないだろう」

 

 言いつつ、一夏は内心で脱帽していた。

 シャルロットとラウラのこの入れ替えは、自分たちの劣勢そのものを利用したものだからだ。

 

 セシリアはラウラに対し、光学兵装のみならず格段に向上したビットの操作技術による多面同時攻撃で完全に翻弄していた。

 鈴音はシャルロットの豊富な武装による物量を真正面から叩き落し続けていた。

 これらはつまり、どちらもそのまま押し切れば勝てると、それぞれがそう判断できる状態であったということだ。

 その上で、相手取るラウラとシャルロットが候補生という実力者であるのも大きい。これによりセシリアも鈴音も、『自身が有利ではあるが油断はできない』という心理状態になる。

 そうなると二人は自身の相手へと集中することによる視野狭窄へと陥ることになる。

 相手の連携を崩すのがタッグマッチの定石だというなら、なるほど見事な崩し方だ。そも連携する必要性を与えないなど、思いついて出来ることではない。

 

 とはいえ流石にシャルロットもラウラも最初からこんな形になるとは考えていなかっただろう。少なくともシャルロットは鈴音とぶつかればどうなるかは未知数だったはずだ。

 だが、それは同時に現場での対応力……戦闘においてどれだけアドリブを利かせられるかの証明でもある。

 想定外すら利用して、己の思い描いていた結果へと導く。

 それは優れた思考能力と判断力に、戦場を睥睨するかのような広い視野を兼ね備えて初めて可能となることだ。

 

「とはいえ、これは結局は奇策。詐術に博打を上乗せしたようなものだ」

 

 故に、同じ手はまず使えない。

 あとはこのアドバンテージを一体どれだけ生かすことができるかということになる。

 

 ―――しかしこの数秒後、一夏のみならずこの試合を見ていた全ての人間が驚愕に染まることになる。

 それは。

 

 

 

***

 

 

 

「こ、の!」

 

 ラウラと対峙する羽目になった鈴音は背中を悪寒に粟立てさせながら、自身に制動を掛けつつ鎖と繋がった大剣を叩きつけるように投げつける。

 ジャラジャラと音を立てながら黒い装甲の矮躯へと走る刃は、しかし彼女に届く寸前でピタリと止まる。言わずもがな、停止結界だ。

 あと一歩遅ければ自身がそれに捕まっていたことに戦慄を覚えると同時に安堵して、しかしその一瞬の気の緩みが決定的な隙となる。

 

 発砲音というよりは圧縮した空気が抜けるような音の連なりが響くと同時に、静止した大刀の向こうから鈴音へと迫るものがあった。

 

「な、あっ!?」

 

 驚愕と共に戸惑う鈴音に、それらは瞬く間に巻き付いていく。彼女の四肢や首に巻きついたのは、六条のワイヤーブレードだ。

 圧迫感に呻きながらも、首のワイヤーに思わず手を掛ける鈴音に、大刀の影からラウラの凛とした声が届く。

 

「捉えたぞ」

 

 直後、支えを失ったかのように大刀が真下に落下していく。そうして鈴音の視界に現れたラウラは、まっすぐに彼女を見据えていた。

 そして六つのワイヤーで繋がったまま、レールカノンの照準を鈴音に合わせた。

 

「―――っ」

 

 思わず息を飲む鈴音。

 このタイミングならば、鈴音が背面ユニットから衝撃砲を放つよりも先にレールカノンが彼女を撃ち落とすだろう。

 つまり、王手であると言って差し支えない。しかしラウラは油断なく、そして素早く詰みの一手を放つ―――

 

「Feu―――」

 

 ―――その刹那、背後から轟音が響き渡り、装甲と肌とをビリビリと震わせた。

 それは落雷のような砲撃音と、鈍いものと甲高いものが入り混じった多重の破砕音に、

 

「うぁあああああああああああっ!!」

 

 己の相棒の、魂千切るような悲鳴の合奏だ。

 ラウラはその瞬間、己の勝利すら完全に抜け落ちて、反射的に振り向いた。

 その目に映ったのは、

 

「シャル―――っ!!」

 

 右上半身を中心に、纏った装甲の多くを砕かれて落ちようとしていく、シャルロットの姿だった。

 

 

 

 







 というわけで、決着は次回へ。
 今回も独解釈&自設定山盛りです。
 というか、書いてたら予定以上にセシリアと鈴が優勢になってた。
 あっれー?

 AICとレーザーに対する相性は結構前から考えてたものです。
 あと、停止結界だと末端部や機械の内部が動くっていうのは独自の解釈ですが、さほど間違ってない気がします。
 アニメでもそんな感じだった気がしますし、内側の動きも止められるんだったら、それこそ殺人兵器扱いで規制されてそうですしね。

 また、AICが極端に方向の違う二面以上に同時に張れないというのもそうですね。
 実際、それなりに集中力がいるようですし、あながちあんまり間違っていないんじゃないかと。ただ、ある程度まとまっている相手だったら一気に複数止めることはできるって感じですね。

 セシリアのビット運用は、なんか書いてて出てきたものですが、冷静に考えると操っている間は自由に動けないとしても別々の方向から一つの意志の下に自在に攻撃を仕掛けられるって、すごい反則レベルですよね。
 原作だとあんまり目立たないけど。
 結構なスピードも出てるでしょうから、全速でぶつけようとするだけでも結構な脅威になるのでは。

 鈴の使った鎖はキャノンボール・ファスト編で名前が出た装備。
 そこに大剣を連結するっていうのはオリジナルのギミックですが、できてもおかしくないかなと。
 見た目も格好いいですしね。(小説だから見えないけど)

 そして終盤の互いの相手の交換……は割と使い古されたやり方な気もしますね。
 ただ、相手を追い込んでその相手に慣れたところにこれやられたら結構きついんじゃないかなと。
 もっとも、効果的にやるにはそれなり以上に気が合ってないとだめでしょうが。
 しかしそれでアドバンテージ取ったと思ったらまさかの展開。……からの次回へ続く。
 続きの方はまたお待たせしてしまうでしょうが、のんびり待っていただければ幸いかと。

 さて、今回はこの辺で。
 彼女たちの戦いは次回で決着の予定。
 前々からここで出すと決めていたオリジナル武装も解禁する予定で、どのような勝敗へと至るのか。
 期待していただければ嬉しいです。

 それでは、また。



【追伸】
 今更ですが、年末年始の艦これイベでゴトランドとジョンストン発掘。
 前者はその前のイベでも出てこなかったので、なまらうれしい。
 それとつい先日、ようやく武蔵建造成功。やったどー!
 早く改二まで育てたい。戦闘詳報とか、そのために残しておいてあるし。


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