人類愛のほか (中島何某)
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召喚

「サーヴァント、セイヴァー。藤丸…立、香……? あら?」

 

「え」

 

 オルレアンから帰ってきて、適度な休養をとった後、一番にしたことは英霊召喚だった。最後に残ったカルデアの一握りの人類。その中で唯一生き残ったマスター適正のある人間が、自分、藤丸立香だった。

 まさか自分が世界の命運をかけて、英雄たちと共に戦う、なんてことになるとは十数年生きてきて思いもしなかった。己を取り巻く事態の変遷は唐突で、それでも、生きるためにやらなければならなかった。生きたいのであればどんな未熟者でもやるしかない、そういう状況で、冬木で、自分は世界を救うことを決意した。

 オルレアンは二つ目の特異点だった。美しいフランス。生き生きとした英霊たち。悲しき英霊たち。それらに囲まれて、対峙して、なんとか味方になってくれた英霊たちの働きで人理の乱れは修正の流れに乗った。

 帰ってきてひと眠りしたあとに英霊召喚しようとしたのはなんとなくだった。特異点で人理復元を為した後はなんだか縁がまだ続いている気がして聖晶石を砕いてしまう。それで、彼女と出会った。

 急に自分の名前を呼ばれて呆然と魔法陣から現れた英霊の彼女を見詰めてしまう。暁の髪を揺らし、現代的なのか何某かの時代のものなのか判断しづらい服装、此方を見る困り顔。

 

「えっ……と、会ったことなかったよね?」

 

「ええ。……マスター」

 

「あっ、うん、なに?」

 

 彼女に呼ばれて少し焦ったように返す。召喚したばかりでは絆も持たず、有名な英雄であろうと反英雄であろうと、サーヴァントたちは力こそ貸してくれるものの、最初に一言、「マスター」と呼ぶまでなんの抵抗もない者は少ない。いや、普通サーヴァントを召喚する聖杯戦争では、サーヴァントは令呪を持つ召喚した人間のことをまず抵抗なくマスターと呼ぶらしい。勝者は願いを叶えられるという報酬と利害関係もあってマスターと呼ばない方が珍しいとか。

 ただダ・ヴィンチちゃんやドクターが言うには、俺は特異点で本来サーヴァントとしては存在し得ない対象を数奇な縁によって、カルデアという2015年で唯一残った世界に、希少な確率で影を映し得たというだけであって、元々願いを持たない存在・人の下につくという選択肢が本来ない存在が多すぎるだけ、ということらしい。

 

「突然のことで驚くかもしれません、或いはそういったサーヴァントを他に見たことがあるかもしれません。ですが、お聞きください」

 

 落ち着いた声で滔々と語られ、ピン、と背筋が撓る。じっとりと手の内が汗で湿り、ぬるり、とそのまま握りしめる。それだけ、彼女は不思議な雰囲気を持っていた。オルレアンで出会ったルーラーのジャンヌに少し似た清らかで、それでいて意思の強そうな雰囲気。清廉な頑固者、屈強な精神の持ち主、といったような。……もはや要塞、強固でいて攻撃の要。人間と呼ぶには果たして堅牢すぎる英霊たるソレ。(……? あれ、どうして“もはや”なんて思ったんだろう)

 

「私は、未来の人間です」

 

「未来?」

 

「はい。2015年現在、私が為し得たことを知る者は誰も居ない。加えて並行世界では霊長の守護者としての可能性も持つ者」

 

 俺はぽかん、と口を開いた間抜け面で彼女を眺めた。すると彼女は困ったような雰囲気を滲ませて片膝をついて礼をした。

 

「私はアナタを知っている。アナタは私を知らない。……私は、恐ろしいのです」

 

 祈るように彼女は言った。どこも震えていないのに、芯の通った心持ちで、それでも切望しながら。

 

「マスター。どうか、私にこの先の未来を語らないことをお許しください。ただ、生きたい。そう思って歩んできました。周りの人たちも、きっとそう。その果てが英霊として呼び寄せられた事実そのもの。私は、私の言によって今までそう思って戦ってきた人々のその思いがゆらぐことが恐ろしくてたまらない」

 

 俺の手をとって、彼女は火傷しそうに強く、燃え盛り、怒り狂ったような瞳で見詰めてくる。睨まれているのではという錯覚は足が竦みそうになる。彼女の語る恐ろしさなど、猛々しい歩みで焼き焦がすのではないか、などと--

 

「アナタが世界を救う、その手伝いに尽力致します。しかしどうか、今を救うために未来を語ることの御容赦をお願い申し上げます」

 

「も、勿論!」

 

 年のそう離れていなさそうな女性に手を掴まれて少しどきりとしながらも、それを誤魔化すように捲し立てる。

 

「つまりはこれぐらい頑張れば成功出来る、って思って、結局言われたから力を抜きすぎて失敗しちゃったとか、ここが危険だって教わって別の道を選んだら、実はそっちはもっと危なかったっていうのを避けたいってことだろ?」

 

「ええ。そう、なります」

 

「英霊のみんなが手を貸してくれるだけで大助かりなんだ、本当は。俺を知ってる、ってことはへっぽこぶりも知ってると思うけど……未熟なマスターが調子に乗れる状況じゃないし、力を貸してくれるだけでほんと、ありがたいんだ」

 

 にへら、と笑って頬をかこうとして彼女にまだ手を握られていることに気付いた。もだもだしていると、それから彼女は深くこうべを垂れた。晒されたうなじがいやに白い。

 

「……ありがとうございます。アナタの寛大さに感謝します」

 

「い、いいって! 頭とか下げなくて!」

 

 握られた手が離れたので慌てて肩を押して体勢を戻そうとする。が、びくともしない。こういう所で英霊は人間じゃないんだって実感する。彼女は未来の――つまり俺を知ってる時点で間違いなく現代の人間なワケだけれど、英霊として召喚した以上エーテル体で出来ていて、普通に生きていた時と異なるところが出てきているはずだ。英霊は信仰によって強くなるって聞いたことはあるけど、未来の彼女ははたしてどういう生い立ちなんだろう。

 

「……。――私のことは、スー、とお呼びください」

 

「スーさん?」

 

「はい」

 

 はにかんで、頷く。その様子は普通の少女のようだ。それでも、やはり違う。その空気、その信念、その、不屈。痺れるように伝わってくる。確かに言う通り、彼女はただ生きたかっただけなのかもしれない。きっとその、ハイエンド。俺達が目指す場所の、辿り着いたその先。

 

「あっ、そうだ! マシュ、ええと、もしかして知ってるかな。デミサーヴァントで大切な後輩なんだけど、一緒に戦ってくれるんだからマシュに紹介しなきゃ。たぶんドクターのとこだと思うし、ダヴィンチちゃんも居るかも」

 

「ええ、そうなのですか」

 

 立ち上がって、彼女は俺の手を握った。今度は握手の形で。毅然とした声が召喚室によく響く。

 

「これからよろしくお願いします、マスター。少しでもお力添えになれたらと思います」

 

「ありがとう。魔術師としてもマスターとしても新米だけど、俺、がんばるから」

 

 彼女は少し笑って手をほどいた。次に視線は部屋の外、みんなが居るだろう所に向いた。一体彼女と俺は、将来どこで出会うのだろう。英霊になるような人物だ、カルデアで出会ったのだろうか? それは世界を救った後なのだろうか? 疑問は尽きない。でも、あんまり聞き出すのもよくない気がした。

 ……未来の事を聞けば聞くほど、堕落の道に、俺は落ちてしまうのだろうか。或いは彼女の懸念、それだけなのだろうか。……、分からない。どうしてこんなに、生前の彼女と俺の関係を聞きたくないのだろう。

 

「セイヴァーのクラスで顕現したので、対魔力、対英雄を持ちます。現在は千里眼、戦闘ではカリスマが使えます。霊基再臨でもう少し増えますが…」

 

「へー、千里眼! アーラシュが使えたと思うなあ。ランクは?」

 

「EXです」

 

「いーえっくす」

 

「カリスマはDランクになります。サーヴァントに使用する際はA+相当です。…カリスマを『使用』と言うのもおかしな話ですが」

 

「えーぷらす」

 

「千里眼は、生前の行いをスキル化したため過去と未来を見通します。召喚に応じたのは初めてなので、少し不思議な感覚です。同様に千里眼EXの能力を持つ者と視線が合う――と言いますか」

 

「す、すっごいサーヴァント実は呼んじゃった…? いや、英霊では結構あることなのか、これ……? ご、ごめん。勉強してるんだけどまだまだ知らない事が多くって」

 

「いいえ、とんでもない。少しずつ勉強していきましょう。そちらも微力ながらお手伝い致します、マスター」

 

 かつり、と彼女が廊下で徐ろに止まった先は、ドクターとマシュが居るであろう医務室だった。振り向いた彼女は何かを飲み込んだ微笑みを、やはりちっとも崩していなかった。




折角登録したので何かあげようと思い、此方の作品は既にpixivに掲載していますが、プロットはあっても書き始めるまでに時間がかかるので尻叩きも兼ねまして。
此方のサイトには初投稿なので、なにか不具合を見つけ次第直していこうと思っています。


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真名:■■■■

 

 

 私がその部屋に訪れた際、二人は和やかに雑談をしていた。人類唯一のマスター、藤丸立香くんのメディカルチェックの次の番、現在はカルデアの職員ではなくデミ・サーヴァントとして在るマシュ・キリエライトのメディカルチェックも、人間としての最高責任者と為ったDr.ロマニ・アーキマンは終えた様子だった。

 

「あ、ダ・ヴィンチちゃん」

 

 声を掛けられて、絶世の美女の顔で答える。

 

「やあやあ、マシュ。このたびの特異点の聖杯探索もお疲れ様。ロマン、マシュと立香くんのフィジカル、メンタルはどんな感じだい?」

 

「疲れによってやや乱れがあるけど、二人とも十分な休息をとれば問題ない範囲だよ」

 

 己はうっすら目の下に隈をつくり、やや気の抜けた具合で語るロマンにふむ、と頷く。融合している■■■■■■との契約によりサーヴァント規格にまで耐久諸々の上がったマシュの溌剌とした肉体や表情を見ると、もう16歳とは、考えられないほどだ。――感傷に過ぎるだろうか。

 

「――あれ、」

 

 誰かが口を開いたが、不思議そうに再び閉じられた。

 私が今しがた入ってきた扉の外、廊下から立香くんの楽しげな声がする。誰かと話しているらしい。それにしても彼の声ばかりやけに聞こえるのは、何かを説明しているからだろうか? 彼はくるくると表情をよく変えるが特別に陽気な性質でも、甚だしいお喋りでもない。このテンションはなんというか、新しい英霊を召喚した時にカルデア内部を紹介する時に似ているような。

 三人で顔を見合わせた次の瞬間、コンコンコン、とノックが響いた。直前の会話は、「ここが医務室だよ」だろうか。

 

「ドクター、入っていい?」

 

「あ、うん。どうぞ!」

 

 部屋の主になるだろう男に声を掛け、その返答にすぐに扉が開く。

 

「失礼しまーす」

 

「立香くん、もう少し休んでてもよかったのに」

 

「先輩、お体の具合如何ですか?」

 

「結構寝たし元気だよ」

 

 にこにこ、ふわふわ。空間までぼんやりしそうな雰囲気に苦笑しながら、来客の姿を見る。

 マシュとロマンにとっては開いた扉の死角に居る、一人の少女と女性の間に坐すような女。暁に燃える髪と赤銅色の瞳は無機質なカルデアでよくよく浮いた。加えて彼女が纏うピンと張った空気は、狂ったような怒りにも、或いは母親のような謹厳な愛情深さにも、更には生娘のような潔癖さをも感じさせる。母にも娘にも、花嫁にさえもなれぬような出で立ちが滲んでいた。彼女、は――

 ぱちり、と目が合う。すると嫋やかな微笑みが返ってきた。私も至高の美女の顔でにっこり笑う。

 

「や、初めまして。新しいサーヴァントだね?」

 

「あっ、そうだ! みんなに紹介しようと思って! こちらスーさん、クラスはセイバーだって」

 

 マスターの言葉を聞くと、彼女は私たち三人に微笑みのまま頭を下げた。続いて訝しげな声を出してロマンが首を捻る。

 

「セイバーのクラスで、スー? 服飾を見ても……ううん、ボクの知識不足かな」

 

「いや、スで始まる偉人は数多く在れど、私もちょっと彼女には見当がつかないな」

 

 容姿もさることながら、彼女の纏う服装はかなり判断がつきにくいものだった。現代的にも、何某かの時代のものにも受け取れる恰好だ。或いは、着飾っているわけでもないのに全ての時代のものがコーディネイトに取り入れられごっちゃになっている、とも見れる。

 ロマンと私の言葉にはっとした顔をして、立香くんはあっと声を上げた。

 

「スーさん、未来の英霊なんだって! なんだっけ、ええっと――なんとか、の、守護者になる可能性もあったとかって。待って、ごめんなんだっけ!」

 

 私たちにしどろもどろに説明しながら、彼は最終的に新入りのサーヴァントの彼女にガバっと振り返って謝りながら説明を求め始めた。

 未来の英霊。優良な三騎士に値する霊力。守護者になる可能性。言葉の羅列に、つ、とこめかみに嫌な汗が伝う。

 

「抑止の守護者、かい?」

 

 ぽん、とこぼれるように出ていた言葉に、立香くんは振り返る。首を傾げながら、「そんな感じじゃなかったような……?」と言う。その言葉に自分が想定した嫌な予感を打ち消せるかとほっとしたのも束の間、暁のサーヴァントは嫋やかな微笑みのまま口を開いた。

 

「いいえ、マスター。抑止力とは世界や人類を滅ぼす要因を排除するこの星の器官。その内人類の存続を祈るアラヤと契約し仕事をするのが、「抑止の守護者」や「霊長の守護者」と呼ばれるものなのです」

 

「ん、ンンン?」

 

 今まで魔術等の世界に馴染みのない生活を送ってきた立香くんは聞きなれない言葉や系列に混乱をきたし始めている。ちら、とロマンを横目に見る、彼の唇は小さく震えていた。

 

「待ってくれ! じゃあ、キミは――! いや、待て、そんなことあるのか」

 

 立ち上がりかけ、腰が浮いた状態の彼に彼女は子供を宥めるような声色で言った。

 

「とはいえこの度召喚されたわたくしはアラヤと契約した者でも、後押しを受けた者でもありません。ガイア寄りの英霊と言えます」

 

「未来の人間が、ガイア寄りの英霊?」

 

「ええ」

 

 あでやかで、なまめかしくも見える笑み。もはや世界に興味もないようにも見えるし、憎んでいるようにも、はたまた深く愛しているようにも見える。しかし次の瞬間、ぱっ、と、悪戯っ子のように彼女は言った。

 

「もう少し絆が深まったら。……よろしいですか? マスター」

 

「ふぁい!?」

 

 急に声を掛けられて驚いた様子の立香くんは、舌を噛みながらブンブン頭を上下に振った。色々知らないことも多く呑み込めなかったのだろう。抑止力については、そうしない内にアーチャー・エミヤ辺りが教えるかもしれないな、と心の中で算段を立てて、様子を見守ることにした。

 

「アナタがデミ・サーヴァントのマシュ?」

 

「えっ、あ、はい! これからよろしくお願いします。ええと、スーさん」

 

「此方こそよろしくお願いします。ここに来る途中で色々聞きました。私も戦いにおいては支援型ですから、仲良くしてくだされば幸いです」

 

「はいっ! ……あれ。セイバーのクラスで支援型、とは珍しいですね。デオンさん以来かもしれませんね、先輩」

 

「あ、確かに」

 

 その発言を聞いて、きょとん、と彼女が目を瞬かせる。

 それを見てマシュと立香くんもきょとん、と首を傾げる。

 ついでにロマンもぱちぱち、と瞬きをを繰り返している。

 わたしは、「うん?」と声を上げた。

 

「あの、そのデオン、とはシャルル・ジュヌヴィエーヴ・ルイ・オーギュスト・アンドレ・ティモテ・デオン・ド・ボーモンのことですか?」

 

「なんて!?」

 

「ええと、シュヴァリエ・デオン。フランスの外交官でありスパイであり騎士、フリーメイソン会員の御方でしょうか」

 

「デオン、フリーメイソンなの!? かっこいいな!?」

 

「せ、先輩。落ち着いてください。す、すみませんスーさん。確かにそのデオンさんです」

 

「ご、ごめん。厨ニ心がくすぐられて……」

 

「いいえ、とんでもない。それでですね。私はシュヴァリエ・デオンと同じクラスではありません」

 

「ん?」

 

「はい?」

 

 部屋に居る五人中四人が、困惑を深めて首を傾げた。彼女は少し困ったように眉尻を下げる。

 

「私のクラスはセイヴァー。覚者とクラスを同じくする、アヴェンジャーに有利をとる以外、他全クラスに対して与ダメージ・被ダメージ共に等倍のクラスです」

 

「げえッ!??」

 

 彼女の発言に蛙の鳴き声のような叫びを上げたのが果たしてロマンだったのか私だったのかは、個人の尊厳を遵守するために明言しないことにしておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立香くんとマシュがロマンに今日はもう少し休みなさいと言われて出て行った後、霊体化した彼女をなんとなしに呼んだ。

 

「ねえ、メアリー」

 

「なあに、レオナルド」

 

「えっ、」

 

 霊体化を解き現れた彼女の反応に、やれやれ、と頭を抱える。この際ロマンは無視だ。

 

「ウーティスと名乗ったって良かったんです。本当はなんだって」

 

「……キミの真名は。いいや、キミは――キミが、そう、キミが」

 

「いいえ、レオナルド。一握りの人類にとっての拠り所、ダ・ヴィンチちゃん。私が何者かは、まだ早い。彼が知ったとき、決意より怖気が、信念より心苦しさが勝るようでは、いつかきっと致命傷になって、人類は救われない。救われたって、きっと彼の人生が、死後が、望まないものになってしまう。だから、ね? ――まだ、早いの」

 

 何かを飲み込んだ表情。それが如何ほどのものかは分からない。彼女の我儘なのか、虚言なのか、或いは甚だしく計り知れないものなのかも。

 

「キミがそういうつもりなら、まあそれでいいさ。こっちはこっちで彼のために、人類のために勝手にやるけどね」

 

「ええ、美しい人。ありがとう」

 

 おそらく。彼女の秘密の証明は手が届く所にある。ロマンは彼女に纏わる運命の悪戯に見当が付いているだろうし、マシュも一瞬既視感を覚えていたようにも思える。

 

「ねえ」

 

 ふと、ロマンが重たそうに口を開いた。

 

「はい」

 

 彼女が答える。

 

「キミはまるで、人理が救済され、人理の救世主がその後安息であれば、それで責務は完遂するような口振りをするんだね。まるでそれだけしかやらないみたいに」

 

「ええ、優しい人。私はもう人間じゃないのだから、それでいいの」

 

 暫し沈黙。今のところこれ以上を言う気にはなれなかった。

 

「――改めまして。みんなのお姉さんダ・ヴィンチちゃんだ。よろしく!」

 

「ロマニ・アーキマンだ。みんなにはDr.ロマンって呼ばれてる」

 

「スー、とお呼びください。人理を奪還するためにも、マスターが無事で居続けるためにも、精一杯努めます。よろしくお願いします」

 

「ああ、よろしく」

 

「うん、よろしく頼むよ」



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とある獣

「フォウ、フォウフォーウ!」

 

「いっ」

 

 マスター・藤丸立香に召喚された後、ある程度の施設構造と現状の権力者、一番の相棒を紹介されたサーヴァント――スー、と名乗った彼女は、医務室から出た瞬間、衝撃に体を揺らした。

 

「フォウ!」

 

「あー……」

 

 小さくて、可愛らしい。己の安全性を外見で示すかのような生き物が廊下の真ん中で鼻を鳴らす。この愛くるしい、あらゆる女子人気の高そうな小動物をごった混ぜにしたような生き物の蹴りを額にくらい、彼女は今出たばかりの扉を頭で打ち鳴らしたのである。

 然程痛くはないが過去の習慣に倣って額をさすり、足技の見事さに彼女は苦笑した。

 

「そんなに怒らないでよ」

 

「ふぉーぅ…」

 

 信用ならねえな、というふうな低い鳴き声と不審そうなジト目で見つめられ、彼女は軽薄そうに肩を竦めた。

 

「呼び出し自体は一方的なものだしさ、望んだ形で召喚されるとは限らないだろ? キミも気分が良くないのは分かる。でもここはどうか、同僚になったよしみでさ、許してくれないかな」

 

「フォウ」

 

「ええ……マーリンと同じ扱いはいやだ」

 

「フォウフォウ」

 

「うん、ごめんね。先にそう言うべきだった」

 

「フォウ」

 

「ん、ありがと。許してくれて」

 

「フォウ?」

 

「呼ばれちゃった、からかな。原因はともかく、理由はそれだけ」

 

「…キュ?」

 

「そんな素朴に馬鹿なの? って言わないで……」

 

 

「驚いた。フォウくんと完璧に意思疎通できるなんて」

 

 

 純粋に、興味深そうな声が小さな生き物と彼女にかけられた。

 先ほどの扉に対する衝撃音を聞きつけて部屋から出てきたロマニが彼女と小動物を覗き込む。道端の犬や猫に話しかける人間のように猫撫で声だったり無遠慮だったりもしない、しかし気さくな雰囲気はまるで年頃の少女のようだ。

 そう、マスターである藤丸立香と同じくらいの、本来はなんの責任も力も持つ必要のない、そういう存在じみていた。謎の生き物に話しかけている姿が、というのがなんだか妙に間が抜けて丁度の良さを助長する。

 

「すみません、仕事の邪魔をしましたね」

 

「いや、それはいいんだけど。さっきの衝撃音は?」

 

「“彼”にじゃれつかれまして」

 

「フォ、キュー……キャ?」

 

 “彼”ことフォウくんはとん、とん、とリズミカルに彼女の頭部、背中、肩に飛び乗り、ふうと一息ついた。どこにいても囃し立てられそうな愛くるしさだったが、ここに居る人型はみな図太さの方を感じ取って「かわいいなあ」と一概に感想を持てないようだった。

 

「フォウくん、と呼ばれているんですね」

 

「ん? ああ、そうだよ」

 

 彼女の言葉にロマニが頷き、肩に乗る小さな生き物を見る。最近まで殆ど人に近付かなかったが、中央管制室の爆破によって殆どの人員がコールドスリープに入ってからは、シンとしたカルデアで暇を持て余すように人前に出てくるようになった生き物だ。とは言っても、マシュかリツカの近くにばかり居るので、生き残った職員やサーヴァントやらとはあまり交流もないのだが。

 

「それにしても今来たばかりでよく懐いてるなあ。マシュと立香くんに次ぐ、三人目のお世話係になれるかもね」

 

「そうだといいですねえ」

 

 うすら、と笑った彼女は「行こうか、フォウくん」と言った後ロマニに小さく頭を下げ、迷いなく広く長い廊下を歩き続けて消えて行った。

 暫く見えなくなった背中を追い続け、廊下に一人取り残されたロマニはぽつり、と呟いた。

 

「藤丸立香、か……」

 

 今や人類の内マスターとしては唯一霊子ダイブが可能な適正者である、生き残ってしまった男の子の名前。それだけ呟いて、ロマニはもそもそ、寂しそうに部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそも、これは生きるための戦い。人類の善性であるとか、悪性であるとかを必死に語ったところ、それが如何ほどに上手く出来ていようと、怨嗟が籠っていようと、熱意があろうと、感傷を呼び起こすだけで無意味に等しい」

 

「フォウ」

 

「ああ……確かに。キミが容易に人前に出てこられるようになったのも、施設の殆どの人間が眠ってしまったからだったね」

 

「キュ、キャーウ……フォ」

 

「ん。その点教授は“有能”だったね。協会からの人員は退場、貴族(ロード)たちの足の引っ張り合いもない。加えて上位階層の権限持ちはドクターだけになった。残った下位階層の職員はドクターが常時状態を把握しきれる人数だ。緊急時の即応性を飛躍的に上げたどころか組織は魔術師絡みの研究所(工房)とは思えないほど健全化した。人類史で過去にも未来にも例のない最悪のこの状況で、作戦の要になる未訓練の唯一の適合者、サポーター共にストレスの低さは異常と言ってもいい」

 

「フォウ、フォウ」

 

「ああ、いや。ストレスが無い、と言ってるわけじゃないよ。常人が経験し得ない惨劇の中心になった人たちには憐憫を禁じ得ない。生きようと必死な姿や忍耐力には称賛と同時に美しさも覚える」

 

「……フォウ」

 

「二度目だよ、フォウくん……私はどっかのろくでなし染みてるんじゃなくて人間が好きなだけで」

 

「フ」

 

「うわあい憐みの視線だ!」

 

「フォフォウ」

 

「うん。だからこそ。生きるための戦いに、利権は生じない。強いて言うなら生存権を得ることが現状の利益だ。施設内にストレスを与える強者が居ない環境も、衣食住に困らない状況も、唯一の適合者というだけで生贄に近い立場の少年の屈託のなさも、穢れない尊さを持った少女の懸命さも、何もかもが一握りの人類を胴欲の惨たらしさから遠ざける。キミが大きくならないワケだ」

 

「フォーウ」

 

「うん? だからと言って不審窮まりない侵入者の私を許すかどうかは別だって?」

 

「キゥ、フォ」

 

「なにおう、私が集団生活で踊りのペストでももたらしそうだっていうの?」

 

「フォウフォウ」

 

「笑いごとじゃないよ、踊り狂って発症した数百人は殆ど死んじゃったんだからね……っと、着いちゃったな。散歩とお喋りに付き合ってくれてありがとう」

 

「フォウ?」

 

「どっちもそれなりに自然体だよ。同僚と上司に対する態度の違いみたいなもので。……そう考えると同僚の類に碌なの居ないなあ」

 

「フォウ!」

 

「いや、フォウくんを揶揄してるわけじゃないよ。ただ、考えてもみて。私のもうひとつの同僚といったら。規格外(EX)遠見持ち(千里眼)が一体どんなだったか」

 

「……フォウ」

 

「あはは。――ん、ああ、いいよ。この先は付き合ってくれなくて。感傷に浸りたい気分なんだ」

 

「フォフォウ」

 

「忠告ありがと。そうだね、そういう所を覗いてしかも話題を口に出してくるのがろくでなしの厚顔さだから。無視するに限る」

 

「フォウ」

 

「もう夢を見ることもないしね。ぺしゃんこにする機会を失ったってことでもあるけど」

 

「フォーウ、フォウフォウ」

 

「じゃあお言葉に甘えて。次会った時は私の分まで渾身の一撃を加えておいてね」

 

「フォウ!」

 




マーリンシスベシフォーウ!


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図鑑No__セイヴァー

「スーさんかてえええ!?? 鉄壁!? RESIST出てないよね!?」

 

「対英雄の効果です、マスター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実はスーさん二人目の星5なんだよね」

 

「そうでしたか。ところで一人目は――」

 

「はいはーい! 石40個で10連時代の話はもうやめて! 星3概念礼装が排出確率60%の時代に呼ばれた一人目の星5にしてお正月福袋で十一分の一を引き当てて二人目の星5にして宝具レベル2の沖田さんを呼びましたかー!? あ、復刻ありがとうございます」

 

「……彼女です」

 

「ああ……」

 

「ところで昔のポケセンみたいな暗くて寒いとこにサンタとハロウィンと二人目のワシがぶちこまれてるんじゃが!? 時間軸どうなっとるんじゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スーさん霊基再臨にピースとかモニュメントしか要求しない系です?! ありがとう…ありがとう……」

 

「とんでもありません。種火、有難う御座います。レベルアップです。……あ、霊基再臨もして下さるんですね。感謝いたします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CLASS:セイヴァー

マスター:藤丸立香

真名:■■■■

属性:中立・中庸

 

パラメーター

筋力:E 耐久:A 敏捷:D 魔力:C 幸運:A+ 宝具:EX

 

クラススキル

対魔力(C):自身の弱体耐性をアップ。

【第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。】

 

対英雄(A):自身の防御力を大アップ。自身に対する宝具威力ダウン大。

【数多のサーヴァントを知り得た誰も知り得ぬ偉功。英雄と反英雄の全パラメータをそれぞれ2ランク下げる。】

 

 

所持スキル(ゲームシステムでは使用されない)

千里眼(EX):--

【生前過去を見つめ、未来に生きた人間とも契約した事実を昇華したものと考えられる。本来未来も見通すというには無理があるが、彼女の場合、現在だけは絶対に見えなかったことが逆説的にスキルとして現れたものと考えられる。】

 

召喚術(B++):--

【過去、あるいは未来から霊体を喚起する魔術。生前多くのサーヴァントを召喚した事実を昇華したもの。】

 

 

保有スキル

救済のカリスマ(A+):味方全体の攻撃力をアップ。自身を除く味方全体の[サーヴァント]の攻撃力をアップ。(初期CT7)

【軍を率いる才能。団体戦闘においてサーヴァントに限り自軍の能力を飛躍的に向上させる稀有な才能。A+ともなれば最早呪いの類である。】

 

夢現の紅顔(EX):敵全体[サーヴァント]をスタン状態にする(1ターン)。敵全体の防御力をダウン(1ターン) (初期CT8)

【英霊に深い縁のある者の面影を見せるスキル。規格外に至るこのスキルは全ての英霊に誰かの、或いは誰でもない存在の姿を彷彿とさせ思考にラグを起こす。】

 

人類愛(B+):解放条件_霊基再臨を3段階突破する

 

 

宝具:人理を守護する責務(グランド・オーダー) 自身に[サーヴァント]特攻状態を付与(3ターン)。敵全体に強力な防御無視攻撃。味方全体の弱体状態を解除。

   種類_Arts

 

 

所有カード:Quickx1 Artsx3 Busterx1

 

 

 

 



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触媒

「最近どうなってるんだ……? なんだ。俺、死ぬのか? それともこれは爆死の末に見た妄想なのか?」

 

「せ、先輩が召喚から帰ってきたと思ったら錯乱している!? ど、どうしたんですか先輩」

 

 食堂にふらり、と覚束ない足取りで現れた少年に、今しがた食事を終えた少女は慌てて近寄った。すると夢でも見ているような、薬でも打っているような怪しい物言いで少年・リツカは話しはじめ、少女・マシュは驚きに背を反らした。

 

「マシュ……最近、豪華なサーヴァントがわんさか来て、さっきの召喚で特異点で会ったサーヴァント全員揃ったことに気付いたんだよ……」

 

「えっ。じゃあこの数日で数十騎以上お迎えしたんですか!? それは確かに驚異的です。何か変わったことはありませんでしたか?」

 

 彼と縁があり、召喚に応じてくれそうなサーヴァントはドクターがデータとして纏めてくれている。量子ダイブの他にマスター適合のあるマシュやリツカには己が最も見やすい状態でカルデアに召喚したサーヴァントのデータを視認できるが、召喚していないサーヴァントの詳細な情報は確認できない。そのためデータとして作られたものをしばしば査収することも多い。

 彼が特異点で出会ったサーヴァントは数十に及ぶ。縁や稀有な条件によって呼び寄せられる確率の低いサーヴァントもまた存在し、中には宝具やスキルが強力な者も多い。先日までは会ったことのあるサーヴァントを全員カルデアに召喚するなど、夢のような話であったはずなのだ。

 

「うーん」

 

「では、逆に習慣化したことなどは?」

 

「んー……あっ、習慣ってほどでもないんだけど。スーさん召喚してからは召喚の時にいつも一緒に来てもらってるかな。その場でいつも解説してもらうんだ。でも別に召喚前になにかしてる様子もないしなあ」

 

 スー、と名乗ったサーヴァントは、近い未来、現代の生まれらしく、英霊たちの情報を現代の媒体を参照して諳んじることが出来た。また、その場で諳んじるにしても目の前のサーヴァントの機嫌を損ねない説明をどこか飄々としてみせ、歴史の裏に隠れた英霊の性別の違いにも驚きを見せずにいた。

 

「なるほど。では一度スーさんに聞いてみては如何でしょう。もしかしたら何か知っているかもしれません」

 

「確かに、現代の英霊なくらいだし、聖杯戦争とかサーヴァントの召喚に詳しいとか、なんかあるのかも。聞いてみよう!」

 

「はい。お供します、先輩」

 

 ありがとう、とマシュに返事をしたリツカは食堂をきょろりと見渡し、ある人物を見つけてそっと駆け寄った。少女もその背に従う。

 

「エミヤ!」

 

「なにかね、マスター。キミはもう食事を済ませたと思ったが」

 

「メンチカツ美味しかったよ! ……じゃなくて! スーさんってどのタイミングでご飯食べに来てるかとか分かる?」

 

 運よく休憩中のオペレーターなど、中央管制室から遠い場所に居た者は生き残ったが、研究所(工房)の技術職員が多数を占めるカルデアでライフラインを保護する者はあまり多くない。そこで食事事情などの家事に手を貸しているアーチャー・エミヤ捕まえ、リツカは尋ねた。すると彼は水回りの仕事を一度止め、ふむ、と相槌を打った。

 

「そのスーさんとやらは最近召喚されたサーヴァントかね? 私はまだ出陣も共にしていない上、少なくとも該当しそうな人物は食堂で見かけていないぞ」

 

「えっ、ご飯食べに来てないの!?」

 

「先輩、食堂の存在はお教えしたんですか?」

 

「教えた教えた! エミヤのご飯めっちゃ美味しいって言った!」

 

「嬉しいことを言ってくれるな。しかし、霊体化して近くに居るわけでもないようだ。一度そのサーヴァントに割り当てた部屋にでも行ってみたらどうかね」

 

 エミヤにそう言われ、リツカは「うーん。そうしてみる」と返した。それから「あ、そういえば」と続ける。

 

「今日の夕ご飯ってなに?」

 

「キミの好きな唐揚げを作ろうかと考えていたところだ。待ちきれないからと言って間食はしないようにな、マスター」

 

「そんないやしんぼじゃないやい! スーさんのことご飯に誘うおうと思って!」

 

「ナイスアイディアです、先輩。食事は懇談の場にもなります、是非そうしましょう」

 

 名案だ、とばかりに朗らかに笑う二人組をみて肩の力が抜けたエミヤは再び水回りに手を付け、礼を言って去っていく少年少女たちを見送った。その背に70億人の命が背負われていることを、70億のために1が走っていることを、少しだけ考えながら。

 

 

 

「スーさん、居るー?」

 

「はい。如何しました、マスター、マシュ」

 

 こんこんこん、とノックの後、すぐに部屋の中から返事が返ってきて扉が開く。リツカのマイルームと同様に生活感のない部屋から出てきた女性は訪ねてきた二人をにっこり出迎えた。ただそこに佇む彼女は、どこかのマンションの扉を開ければ出てきそうな、日常に潜むことが出来るなりをしていた。

 

「今日ジャンヌとか、金ぴかな王様とか、冬木で会ったセイバーの本来の姿とか呼んだじゃん」

 

「ええ、ジャンヌ・ダルクもギルガメッシュもアルトリア・ペンドラゴンもみな卓越したサーヴァントです。マスターのお役に立つことでしょう。特にジャンヌ・ダルクは防御に秀でていますから、一度マシュと同時に運用してみることをお勧めします」

 

「えっ、あ、うん。今度一緒にクエストに行ってみる」

 

「はい。それで、御用件は」

 

 先輩の先輩みたいだ、とマシュはひっそり思った。セイヴァーのクラスである彼女が威圧している訳でも、マシュのマスターである彼が萎縮しているワケでもない。上下関係でいえば彼女が彼を敬っている。それなのにどうしてか、とマシュは自身の思考回路にリツカの後ろで首を傾げる。

 

「そうだった。こんなに新しいサーヴァントが来るなんて珍しいし、来るにしては珍しいサーヴァントばかりがスーさんが来てから召喚されるし、なんでかなって。なにか思い当たる理由ってある?」

 

 ぱちり、と彼女は少し驚いたように瞬きをした。それから納得したように、ああ、と呟く。

 

「確かにそれは、私の所為でしょう」

 

「すごい! 実は召喚前に何か特別なこととかしてたの?」

 

「いいえ、マスター」

 

 ゆるり、と首を振って、彼女は遠くを見るような、現から遠ざかるような、空ろじみた表情を浮かべた。けれどもはっきりと、強い否定が全身を帯びていた。矛盾の塊のような英霊であると、リツカは来て間もない彼女についてよく思う。掴み所がないわけではない。ただ、その一身で表裏を体現する生き物のように考えるのだ。

 

「私のスキルを覚えていますか? 過去、あるいは未来から霊体を喚起する魔術です」

 

「えー、と……?」

 

 リツカは背後を振り返って、困った顔でマシュを見た。マシュは一拍マスターの答えを待ったが、次に自身の知る知識を口にした。

 

「スキル、召喚術です。スーさんのランクはB++と記憶しています」

 

「ええ、よく勉強していますね。マスターには後日サーヴァントに関するテストを作ってさしあげますので、以前お渡ししたノートを見て勉強しておいてください」

 

「あう」

 

「さて、ランクに+表記がついた場合は瞬間的に数値を倍化出来る事を表す、と以前お話ししましたね?」

 

 しょぼくれた顔がぱっと輝き、頷く。

 

「うん、前にダ・ヴィンチちゃんにも教えて貰ったんだ。+は2倍、++は3倍だっけ」

 

「はい、その通りです。+を持つ者は少なく、++は破格、+++は別格です。つまり。私は召喚、こと英霊召喚に関して、非常に特化しています。経歴を詳しくお話しすることを今はまだ避けますが、“私”が触媒になったと言っても過言ではありません」

 

「えっ……涼しい顔で語ってるけど、それって凄いことなのでは……?」

 

 混乱して頭を抱える少年にマシュはこくこく頷きながらかける言葉を探している。

 

「実際の聖杯戦争では役に立たないものです。方向性を指定できません」

 

 通常の聖杯戦争では七騎のサーヴァントが召喚される。サーヴァントを召喚する、という大魔術は大聖杯の魔力によって行われ、大聖杯の魔力量は七騎の召喚で限界である。召喚された英霊が、絶対命令権である令呪を手にし、残ったクラス枠を利用せねばならず、或いはマスターが生きているならば協会と折り合いの悪い教会の預託令呪を持つ監督役に隠蔽し、しかも召喚されるのは作家や芸術系の戦闘で役に立てないキャスターであるかもしれない、と様々な制限を持つ。

 そもそも、幾ら呼び出したところ二騎以上ものサーヴァントをいち魔術師が維持できなければ意味がない。例えばセイヴァーがインドの英雄カルナなどを呼んでしまえば、常時展開している鎧や特に燃費の悪い魔力放出のため味方の魔術師の方が根を上げることになるだろう。

 

「あの、現代の方だと伺ったので、当たり前かもしれませんが。スーさんは生前魔術師だったのですね」

 

 マシュの言うことは、つまりサーヴァントを召喚出来るのは人間の魔術師だけ、というルールを述べたものだ。2004年に地方都市に顕現した連中が聞けば苦笑しそうな話ではあるが、確かに的を得ている。

 カルデアに現在召喚されている現代の英霊はセイヴァーの彼女を除けばアーチャー・エミヤだけで、魔術師というよりは戦場で生きた人間の側面を切り取った存在なのだ。混乱するのも頷ける要素である。

 

「聖杯戦争荒らしだったとか……? それでいっぱい英霊を召喚してきたとか」

 

「聖杯戦争とは、ある災害を退けるための星の魔術を扱いやすくしたものです。格落ちとはいえ神域の天才の所業。聖杯なる魔術礼装はサーヴァントの召喚という大魔術のために一度儀式に失敗すると数十年の時間をかけ霊脈からマナを吸い上げる必要があります。言いたいことは分かりますね? マスター」

 

「つ、つまり魔術師たちは普段からそんなにドンパチやってない」

 

「そういうことです。頻繁に行うと隠蔽に手が回らなくなり根源を求める方法である神秘が近い将来常識に落ちる可能性もあります。『聖杯戦争荒らし』などという野蛮な単語を聞いたら、殊に造詣の深いアーチャー・エミヤも悲鳴をあげますよ」

 

「ひょえ」

 

 物凄く呆れた表情と長いお説教が脳内再生されて息を詰める。

 

「と、ともかく! スーさんと居るとサーヴァントを召喚しやすいってことでFA!?」

 

 仕切り直しとばかりに叫んだ少年に彼女は頷いた。

 

「はい。現在に起きた未曾有の災害と、フェイトシステムの曖昧さとぞんざいさ故に、ですが。私が呼び出されるのはこの人類の危機だけなんですよ、実は」

 

 少年は、聞くと何の衒いもなく言った。

 

「じゃあ俺だけのサーヴァントってこと?」

 

 セイヴァーは、的を得てしまったその問いを聞いた瞬間。息が止まるかと思った。

 

「はい、マスター。アナタだけを、お守りします」

 

 リツカの言葉に、なんだかやけに眩しそうな、そういう顔で彼女は頷いた。

 

「『マスターだけのサーヴァント』はマシュの本領だと思ったのですが。正妻を前にすると私は『二号さん』ということですね?」

 

「えっ、なっ、なっ…!?」

 

「にににごうしゃん!?」

 

 二人が一気に色めき立ち、顔を真っ赤にして騒ぎ出す。彼女は楽しそうに笑い、続く喧騒に身を委ねた。人類最後の、そうしてマスター適正は破格の、どの英霊さえも認めざるを得なくなるような少年。高潔な英霊に斟酌を貰い受けた人生を、誰かのために捧げられる稀有な美しい心を持った少女。

 その清潔な人たちの営みを見つめて、ほがらかに笑いながら、愛おしみながら、人類の存続を願いながら、思った。とても強く。身が引き裂かれるほどに。

 

「――呼ばれなければよかったのに」

 

「スーさん?」

 

「いいえ、マスター。なんでもありません。本当に、なんでも」

 

 何かを飲み込んだ微笑みを浮かべた表情、その瞳には、熾烈な怒りが浮かんでいた。リツカは、セイヴァーが、どうか気付かないで、と。なんとなく、そう言ったように思えた。

 

 

「そうだ、そういえば今日唐揚げだって! 一緒にどうかな? エミヤのご飯ほんとに美味しいから一回食べてみて!」

 

「エミヤさんは日本食がお上手なんですよ!」

 

「そうなのですか? では、僭越ながらお相伴に預からせて頂きます」



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千里眼持ち


「よう、何ぼうっとしてんだ」

 声を掛けられて、振り向く。聞き覚えのある声の持ち主は、記憶通り確かにその人だった。

「キャスター」

 キャスター・クー・フーリン。ドルイドの姿で顕現した、槍を持たぬ光の御子。若い頃と比べるとやや気怠そうな男だ。
 彼の足元には見たこともない白い犬がはべっており、物珍しくてしゃがんで手を伸ばす。うん、フォウくんだけじゃなく、マスコットはどれだけいてもいいよね。マスコットって言うにはこのワンコかなりイケメンな面構えだけど。

「おいおい、大人しい奴らじゃねえんだからそう気安く手を伸ばすなよ。ま、あれ以来感情の起伏が無くなった嬢ちゃんにしちゃ、いい傾向だがな」

「……ん?」

 キャスターに掛けられた言葉のワンフレーズに、混乱で思考が止まる。

「なんだ、今日は随分百面相だな。また俺のマスターに戻る気にでもなったか?」

 話についていけない。呆然としながら、なんだが違和感のある胸元に手を伸ばす。
 ――むにゅっ。

「!?!?!?!」

「おっ、おい、本当にどうしちまったんだよ。落ち着け、リツカ!」



 俺、女の子になってるー!?




「――ハッ」


 ベッドからガバリと起き上がり、早急に胸元に手を伸ばす。
 ぺたり。
 うん、固い。まっ平だ。あとついてる。

「よかった、夢か……」

 一息ついてベッドから起き上がる。ベッドについている時計を確認するといつもの起床時間より数十分早い程度だった。

「それにしても、あのキャスターのクー・フーリン。なんかめっちゃ強そうだったな」


 

 

 

 女が一人佇む薄暗い部屋に、こつり、と足音がする。振り向けば男が一人立っていた。

 

「ふん。誰かと思えば抑止の化身ではないか」

 

「英雄王」

 

 セイヴァー・スーに声を掛けたのは、アーチャー・ギルガメッシュだった。数日前に召喚されたばかりの彼は、同じく召喚されたばかりのセイバー・アルトリア・ペンドラゴンと召喚直後に一悶着起こし、いつかの戦争の記憶を有すことをマスターの前で証明した。座に有する記録がなくとも、彼はそもそも「 すべてを為し得るが故にすべてを知り得る(遠見持ち)」であるから、それは無意味な証明に等しい。しかし彼女はマスターへのサーヴァントの紹介の際、そこにはとんと触れずに色濃い体験が既に死した英雄にすら残ると、成果のみを掬いだして伝えた。

 素知らぬ顔で彼の王の意向に沿った行動をとったことに、恐らく当事者以外その場で誰も気付かなかったであろう。それからこの二人は戦闘に一度同席しただけで一言の関わりもなかった。

 

「今はセイヴァーと」

 

「貴様もまた口を噤むか。ハッ、まあよい。俺も此度の戦いにそう乗り気でない。勝手にするがよい」

 

 彼女は声もなく、ふ、と軽薄に微笑んだ。その相貌にこめられた感情は、施設を好きに闊歩する小さな獣に向けていたものに近い――が、もっと親密、それでいて距離がある。いや、親密と言うよりかは。 あけすけ(、、、、)。仕事仲間に向けるようなソレであった。

 その性根を知り得た上での信用ではなく、技量を識っての信頼。友人でも仲間でもない距離の近さがあった。

 

「貴様が生きていれば今の人間にしては次第点をくれてやったところだがな。英霊となった今その醜さは破滅した骸のもがきにも等しい」

 

「地獄の中で踊り狂うのが生前からの習慣でね。英霊に成った時に舞い込んだ地獄の数々を思い出せば、なに、いっそこれは逸楽と呼べるよ」

 

「ふ、よい気概だ。その気骨、通常の聖杯戦争であれば我自ら殺してやっていたところよ」

 

「破格の査定、どうもありがとう」

 

  属性(宝具殺し)とサーヴァントとしては英霊殺しなスペックの搭載した器を優雅に微笑ませ、一歩も怯えぬ女に、元から分かっていたとばかりに小馬鹿にする笑いをこぼした男は、す、と彼女から視線を外して部屋を見渡した。

 

「我もこのような場所はよく知っているがな。電力源にでもなっているのか?」

 

「先代の所長であればそうしたかもしれないけど、今の最高責任者は医者だからね」

 

「医者……ああ、あの魔術師か」

 

 見渡す限り、ケースが並んでいる。長さ200cmほどのそれが、ずらり、と。コードに繋がれたそれらは特殊ガラスで覆われ、中を窺い知ることが出来る。

 ひょこ、と彼女はその内一つを迷いなく覗き込み、無感動に眺める。じい、と。視線が合うわけでもないのに。いや、視線が合わないからこそ、彼女がソレを覗きこめるのだ。

 

「アヤツもアヤツで何をしているのかと呆れるが、貴様もこのような部屋に来て、感傷にでも浸ろうというのか」

 

「今はまだ感傷に浸らなければいけないの。守護英霊召喚システム・フェイトのぞんざいさの所為で脆弱な霊基を安定させる儀式みたいなものよ」

 

「己が(かたち)を把握しながら、歪みを残したまま一人で幕間を成してみせると? そう言うか、慈善家(セイヴァー)

 

「他者の為にある姿こそが己の欲を満たす。それが愉悦だと言うのならば、そういうこともあるでしょう」

 

 もはやお互いに説明をするまでもない。彼らの間に置かれた愉悦とは、己の生きざま、魂の形にぴたりと合う欲が満たされた姿である。他者からどれだけ高尚な人間に見られようと、人の形から欲が離れることはない。清高な行動こそが欲の化生である可能性を、誰が否定できようか。

 じっとガラスの先を見つめたまま動かない彼女に、彼はく、と喉の奥で笑いを砕いた。

 

「言うではないか。ならば英雄でもない、戦士でも怪物でもない、青き血でもない英霊の貴様にとって何が愉悦か、とく見せてみるがよい」

 

 高らかな笑いと共に去っていく英雄王の背中を見ながら、彼女は何をしに来たんだ、と思いつつも、 いつか(、、、)に似ているから眺めに来たのかもしれないなと見当をつけた。それから目の前のガラスから身を起こし幾つも連なるケースを見遣る。もう駄目そうなもの、正確な措置をとればなんとかはなりそうなもの、原型をとどめていないもの、どれ一つ残らず詰め込まれている。まるであの臆病な少女の、男の、精神をそのまま映すような景色だ。

 ひとつひとつ、眺めていく。

 ケースの中身は全て人間だ。

 コールドスリープされた魔術師たち。局員たち。

 この一年役に立つことのない、役に立たないどころか逆に目覚めただけで安定しだした現状の権力状況に分散を生み戦略に支障が出そうなそれら。

 彼女は最初に見詰めていたガラスケースの前で再び立ち止まり、ガラスに繊細そうに指を乗せた。

 

 眠る彼女はよくセイヴァーに似ていた。似すぎていた。言い逃れは出来ないほどに。息を飲むほどに。

 

 しかし、本当にそうだろうか。

 果たして同一だろうか。

 ガラスの向こうの橙色の髪の少女が目覚めたとき、いったいぜったいほんとうに、おんなじ生き物なのか。

 こんなに矮小な(、、、)生き物が、英霊などに、救世主(セイヴァー)などになれるものか?

 救世主、と言えば。こんな娘よりかは、もはやあの少年をそう成さなければ。彼の成長と、幸運と、仲間との信頼を辿って。

 

「藤丸立香、か」

 

 こぼれた声は、複雑に愉快と孤独が混じり合っていた。彼女は感情の乱れなく、それでも少しだけ笑って薄暗い部屋を後にした。



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本日の夜食


「藤丸くん、どうか卑怯な私を許さないで」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「アナタが生きていたことに、安堵してしまってごめんなさい」
「卑劣で姑息な私を許さないで」
「わたし、わ、私だって、アナタを生贄になんてしたくなかった。ごめんなさい、ゆるして、ゆるしてっ……ちがう、ちがうちがう! 許さないで! 出来損ないの私を許さないで!」
「私がもっと強ければ、私がもっと博識であれば、私がもっと運がよければ。私が、私がわたしがわたしがっ、違う私のせいじゃ、いいえ私のせいで……ッ! あっ……ああ……! 嗚呼――! なんて僥倖! ええ、ええ! “契約”するわ」
「アナタがいれば、きっと――」




 

「ふわーぁ……」

 

 第二特異点セプテムから帰っても、未だ戦いは終わらない。それよりも事態は困窮し、『魔人』などという途方もない存在さえ敵として判明した。レフ・ライノールが目の前で真っ二つに左右に別れても、口振りからしてもっと沢山の仲間が居ることは想像に容易い。豪華絢爛でいて愛らしい皇帝が仲間で多少癒されたことぐらいが旅の救いだろう。優しい愛情を持つ人、執着の愛を見せる人、狂化して尚愛情深い人、セプテムで見た愛情の多くは様々なものだった。

 あとこう、面白枠が増えたというかなんというか。誰の事かは推して知るべし。

 

「リツカくん、眠かったら今日はもうお終いにしたらどうだい?」

 

「んー……や、もうちょっと」

 

 ロマンに声を掛けられて先ほどこぼれた欠伸をした口を手で覆う。

 ドクターは一人でこなすような作業があるらしく、明日午前にレイシフトがない今日の夜間に始末してしまおうという算段らしい。そんなロマンの後ろで、俺はキャスターのクー・フーリンやメディア、スーさんから出た宿題やら以前の授業の復習やらを片付けつつ、分からないところがあったら時々質問させてくれ、仕事の邪魔になるほど声はかけないから、と夜なべに乗っかっているのだ。

 

「今日やった分は今日やっときたいから。折角スーさんが問題形式に纏めてくれてるし」

 

「そっか、じゃあもうちょっと頑張らないとね」

 

「うん」

 

 ちなみにサーヴァントのことを、マスターという肩書もあるし本人たちの希望もあって普段は呼び捨てで呼んでいるのだが、スーさんは子音一文字に長音符で名前が構成されているためちょっと呼びにくいのもあってスーさん呼びなのだ。

 それと、先述したようにずぶの素人である俺に魔術について教えてくれるメンツは、クー・フーリンが実地、メディアが口伝なのに対し、スーさんは問題形式にしてくれたり要項をノートに纏めてくれたりしている。21世紀初頭の学校教育を受けてきた俺にとってそれはかなりとっつきやすく、なんだか彼女は先輩のような存在なのだ。

 現代の日本の料理事情に詳しいエミヤだったり、スーさんだったり、閉鎖空間で過ごす上で現代の英霊はありがたい。

 

「へえ、よく出来てるなあ。短期記憶はマジックナンバーがミラーじゃなくてコーワンに基づいてるし、長期記憶への移行は海馬の使い方を押さえてる」

 

 仕事を一度中断してひょい、と俺のテキストを覗きこんだロマンは感心したように呟いた。

 

「――マジックナンバー?」

 

 目の前のテキストの文字と、昼間教えられた座学と、ロマンの言葉がまじって頭の中で記憶の混戦が起こる。呆けたように言うと彼は苦笑して謝った。

 

「ああ、ごめん、心理学用語だよ。ボクみたいなお医者さんが覚えることだから忘れていいよ」

 

「今はそうする……」

 

 集中力が切れかけてきたとはいえ、それだけでなく、唯一レイシフト出来る存在になってから覚える用語が多すぎて正直パンク寸前なのだ。魔術そのものが大衆に知られると目的を為せなくなるかららしいが、協会とやらに文句の一言でも言いたい状態だ。いや、ここカルデアでも協会から来た人は中央管制室の爆破の際、みな被害にあって今は眠っているのだけれど。

 

 さて勉強に戻るか、とペンを握り直した時、コンコンコン、と近くの扉をノックする音がした。

 ここはテーブルの揃った多目的ルームで、勉強する俺に合わせてパソコンを一台もってロマンが付き合ってくれているのだ。

 

「はーい、開いてるからどうぞー」

 

 ロマンが返事をするとひょこ、と扉の隙間からスーさんが現れた。

 

「マスター、遅くまでお疲れ様です」

 

「あれ、どうしたの」

 

「もしまだ勉強を続けるようでしたら夜食をお作りしましょうか?」

 

 時計を見ると日にちを越えてもう少したった頃。今すぐ勉強をやめて寝ても、午前中は何もないとなれば、決められた時間の食堂での朝食は結構早い時間だし間に合うか危うい。若いと眠いんだ、休みのときくらいは許して……。

 

「わあ、いいの? 食べる! 丁度集中力が切れてたところだったんだ」

 

「ドクターも如何ですか?」

 

「いやあ、ボクは大丈夫だよ」

 

「いつも通りに補充したはいいものの、消費の遅いものもありまして。よければ食べていただけると助かります。簡単なものにはなりますが」

 

 あまりレイシフトの際に物を持ち込むのはよくないのだが、女性局員には死活問題の日常用品なんかもあるらしくて、備蓄の他に現代の用品を冬木から持ち込んだりしている。誰もいなくなってしまった世界のスーパーや商店から物を拝借するのは、火事場泥棒とも思えるし、フィクションの世紀末染みてもいる。その際基本的にマシュとスーさん、俺とエミヤだったり何故か俗世に詳しいクー・フーリンだったりが男女二手に別れることが多い。故に彼女は備蓄も把握しているのだろう。

 

「じゃ、じゃあ、お願いしようかな」

 

「ありがとうございます。助かります」

 

「こちらこそ、お気遣いありがとう」

 

 微笑んでパタンと扉を閉めた彼女の気配は廊下の先にない。恐らく霊体化したのだろう。

 

「スーさんごはん作れたんだねえ」

 

「うん、そうみたいだ」

 

 サーヴァントに飯炊きをさせてしまった……と小さく呟いたロマンにへらりと笑う。エミヤ然り、最近来たブーティカ然り、サーヴァントって家事を結構好きでやってると思うんだよなあ。以前の習慣というか。

 それにしても意外だったのはスーさんが進んで発言する程度に料理が出来るらしいということだ。以前エミヤの料理に誘った時は美味しいと喜んでくれたが、基本的に節電・節約の一言で食事もとらなければカルデア内での実体化も殆どしない。元々食事なんかに興味が薄いのかと思っていた。

 

「彼女は普段から夜警もしているから、あんまり夜遅くまで起きていられないんだ」

 

 困った顔で笑うロマンに、驚きと同時に感謝と尊敬が入り混じる。ロマンが身を粉にして遅くまで仕事をしてくれていること、スーさんが夜警をしていること、生活していて、気付かないことばかりだ。

 きっと口にしたらそれが僕らの仕事だから、と言われてしまうのだろうけれど。

 

「お待たせいたしました」

 

 すぐに帰ってきた彼女はお茶碗と箸、急須、湯呑を持って現れた。慌てて目の前に広げていたテキストを片付ける。ドクターもデータを保存して(時々開いていたマギ☆マリのサイトページを閉じてから)俺の前に腰かけた。

 ことん、と前に置かれた茶碗にはご飯の上にネギと鰹節と塩昆布と海苔と……なんだろ。なんだか色々乗った丼だった。ごま油とめんつゆのにおいもちょっとする。彼女は特に何も言わず急須に適温に下げたお湯を注いで煎茶を淹れている。

 別に不審なものではないのだが、最近凝った料理を食べ過ぎてちょっと珍しい。おにぎりほど質素でもない。ドクターと目があって、二人してへらり、となぜか緩んだ笑みを見せてしまった。

 

「いただきまーす」

 

「いただきます」

 

 ちょっと汁気があったそれをやや慎重に、ぱく、と口に運ぶ。

 

「――ひえ、」

 

「うわあ」

 

 こ、これは。

 

「罪の味だぁ……」

 

「鯖の水煮缶かあ。ラーメンほど重い罪過じゃないけど、深夜に食べると堕落しそうな食べ物だね」

 

「混ぜて食べても美味しいですよ」

 

 どうぞ、と淹れた煎茶を差し出した彼女は俺のテキストを採点し始めた。

 

「ふぇえん、おいしいよぅ…しあわせ……」

 

 鯖の水煮缶はやさしい味だけど塩昆布と少量のめんつゆで味はしっかりしていて、鼻からごま油の匂いが抜けていく。鯖は身がしっとりしているし腹にたまることを考えるとちょっと重めかなと思わせて、ネギや鰹節が薬味としての効果をてきめんに引き出して全然くどくない。

 

「しかも煎茶合う~……!」

 

 ロマンはどこの生まれか知らないけど、和菓子が好きだしもうすっかり日本文化に染まっている。俺の感想をロマニが口にしてくれたので頷きつつ、恐らく鯖缶を半分こしているのだろうちょっと少なめの量をぺろっとかきこんだ。

 

「あー美味しかった。ごちそうさまでした。スーさんいいお嫁さんだったでしょ」

 

「お粗末様でした。こういうものばかり作っていてはお嫁にいけないのですよ、マスター」

 

 笑いながらお盆に食べ終わった茶碗やら箸やらを回収され、もう一杯お茶をつがれる。ロマンも食べ終わったらしく茶碗を回収されてお茶を淹れてもらっている。

 

「ご馳走様。いやあ、こういうちょっとしたのが美味しいのはポイント高いと思うよ」

 

「褒めても何も出ませんよ。それと、マスター」

 

「あっ、はい」

 

 テキストをスッと出され、途端に背をピンと伸ばす。

 

「きちんと基本が押さえられるようになっています。よく勉強している証拠です」

 

「よかったぁ」

 

 ホッと胸を撫で下ろしつつ丸の多いテキストを眺める。途中ひとつ空欄の箇所があり、後でドクターに聞こうと思ってたところだ、と顔を上げると彼女と目があった。

 

「フィンの一撃についてですね。北欧に起源をもつものですが、記憶にありませんか?」

 

「えー……っと、」

 

 実はそんなの本当に習ったっけか、という気分である。それともド忘れしているのだろうか。記憶に掠りもしないそれに頭を抱えるとヒントを示してくれた。

 

「恐らく覚える段階で誤想したかと思われます。病、呪いとも言われるシングルアクションのことです」

 

「呪い……あっ、ガンド!?」

 

「正解です」

 

 にっこり、と笑った彼女は設問集とは別の、教科書代わりのお手製のノートを捲って付箋をつけた。見ると、ああ、ほんとだ。書いてある。ノートの内容量は膨大で、どうやら見落としていたようだ。

 

「ガンドという呪詛は本来物理的な効果はありません。しかし強力な魔力を持つ魔術師が使用すると、魔弾と化し、破壊力を得ます。或いは呪いが極まると心停止を起こすほどの病いを与えます。これらを『フィンの一撃』と呼びます」

 

「成程なあ」

 

 神霊級に呪いをかける魔術礼装をつくった技術部署の方は果たして本当に人間なんですかね。宝石の翁とか関わっていませんかね。ああ嫌だ視たくない。とぼそぼそ呟いたスーさんは澱んだ目をスッと戻し(ロマンはたそがれるように明後日の方向を見ていた)、お盆を持って立ち上がった。

 

「もし人間で『フィンの一撃』を放てる人物に興味があるようでしたら、諸葛孔明の依代となっている方に聞くといいでしょう」

 

「先生打てるの!?」

 

 セプテムの人理修復後に召喚した孔明は現代の魔術師が依代になっているらしく、非常に博識だ。特異点での幼きイスカンダル――アレキサンダーとの遣り取りもあり渾名で先生と呼んでみたのだけれど、特に強い否定もなかった。

 そういえば彼は普段から呪いとかビームとか放っている。バンバン打てるのは先生も孔明の依代になってから、加えてカルデアの電力で魔力を補っているからって言っていたはずだ。

 

「いいえ、打てるのは彼の教え子です。時計塔の鉱石科――宝石魔術を得手とする人物です」

 

「宝石魔術かあ、お金かかりそうだね」

 

「そうですね、基本的に使い捨てですからそれなりに。魔力を通しやすいので属性が合えばかなり便利なものではありますが」

 

「つ、使い捨て……」

 

 宝石を使い捨て、使い捨てか……。能力のある魔術師は名門の家系が多いと聞いたことがあるから、恐らくそういうお金持ちの家がじゃんじゃん買って経済を回しつつ研究とかしてるんだろう。いや、魔術師って根源とかいうものを求めて日夜研究する人のことを言うらしいから、もしかして宝石を魔術に使うたびに貧困にあえぎながら生活をしてる人も居るのだろうか。

 

「アニムスフィアの机上の空論に過ぎなかった理論を実現させた人理継続保障機関フィニス・カルデアも、正直なところかなり資金をかけてはいます。それについて知りたければ――」

 

 先ほどのフィンの一撃を打てる人物を紹介するのと同じくらいの気軽さで言ったスーさんの言葉に、どこか空気が張り詰めた気がした。数瞬のうちに、彼女はふ、と懐かしさをこぼすように笑った。

 

「いえ、これはいずれ知ることになるでしょう」

 

 有耶無耶にしたのち、彼女は続ける。

 

「それと、以前までと同じく初期にきたキャスターの二人に魔術を教えて貰うのも非常に勉強になるでしょうが、諸葛孔明の依代になった方にも定期的に教えて頂いてはどうでしょう。現代魔術であれば当代一の教え上手、教え方の上手さもさることながら、箔が付きますよ」

 

「ん、確かに先生にも授業お願いしてみようかな」

 

 頷いたのち「おやすみなさい、勉強頑張ってくださいね」と告げて盆を持って去った彼女を見送って、ノートの片隅に忘れないように 孔明 授業お願いする、と書いておく。それからふと、ひっかかりを覚えて顔を上げる。

 

「あ、」

 

「どうしたんだい?」

 

 席を離れてパソコンに向き直っていたロマンが俺の方を振り向いて首を傾げる。俺も首を傾げる。

 

「なんで先生に教えて貰うと箔がつくんだろ」

 

「んー……授業をお願いする時に聞いてみたらどうだい?」

 

「そうしてみるかー」

 

「うんうん。さて、ご飯も食べたし頑張らなきゃね」

 

「おー!」

 

 ロマニはパソコンを、俺はテキストの続きとにらめっこして、吹雪のなか、しんしんと夜はふけていった。




魔人柱をスタンさせる呪いの威力とは。
あと鯖の水煮缶は300円帯くらいから幸福の質を爆上げしてくれる。うまい。


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素質

 

「自分の魔術特性?」

 

 技術部のトップにして特別顧問、 地下工房カルデア(他人の工房)に自分の工房を堂々と展開しているレオナルド・ダ・ヴィンチは、その工房に尋ねてきた2015年に唯一生き残った量子ダイブ適正のあるマスターの言葉を鸚鵡返しした。

 

「うん、何かの役に立つかもしれないと思って。ここに来る前にやった献血のときに調べたって聞いたんだけど」

 

「うーん、なるほど」

 

 誰だ教えたのは、という表情を包み隠しながらレオナルドは彼に相槌を打つ。レイシフト適正などの測定は、集められた適正者48人の内、一般枠の10人は半ば詐欺のような形でデータを採取されて集められている。現状ではロマニくらいしかそんなこと知っている人間はいないと思ったんだけどな、と考えつつも、十三しか枠のない時計塔のロードたる擬似サーヴァント、聖杯戦争を中心に生前隠蔽工作の渦中に居た抑止の守護者、カルデアの事情ばかりか森羅万象を識る後世の救世主、などと推測立てられそうな魔術協会の動向に詳しい人物は幾らか思い当たる。

 

「とは言っても、キミの属性は(ノーマル)だし、特性は帰す家系もないしなあ」

 

「起源とかってのは?」

 

「んー……」

 

 彼の書類上のデータを思い返しながらレオナルドは少し物憂げに、窘めるように言った。

 

「確かに起源っていうのはあらゆる物に与えられる本質であり、絶対的なものだ。しかし起源が表出するような魔術師はすさまじく五大元素なんかの一般属性の魔術と相性が悪いんだよ。キミは強化を教えて貰った際、起源に特性の方向性を奪われた、なんてこともないだろう?」

 

「つまり平々凡々って感じかあ」

 

「扱いやすいってことだよ。特異ってのはまあ、他よりすこぉしばかり根源に近付きやすいってことでもあるけどね」

 

 少し、の部分をたっぷり溜めた物言いを聞きながら、なるほど、とリツカは頷いた。けれど次にまた、質問を続ける。

 

「でも起源ってみんなにあるものなんだよね。自分のがなにか、ちょっと興味あるなー」

 

「ふむ。勉強熱心なのはいいことだ」

 

 レオナルドは一瞬脳裏に思想を及ばせる。そういえば彼の起源は――

 

「キミの起源は鏡面、が近いけど多面的というか。うん、そうだね。多くのサーヴァントを従えるのに非常に相性のよいものだよ」

 

「…なるほど?」

 

 いまいちピンときていない顔で頷いた少年にレオナルドはうんうんと頷く。

 

「誰に対しても平等ってワケさ、鏡ってのは。写り込む人物の思想、来歴、在り方を問わないからね。キミはある側面を切り取って顕現するはずのサーヴァントを沢山の角度で映すのさ」

 

「なんか褒め殺しだなあ」

 

「なんだい貶してほしいのかい? よし、いいとも、任せたまえ! 半面、今を生きる人間には一方的だが壊滅的に相性の悪いパターンの人間が居るね。特に迷いのある者、後ろめたい者、自分の人生に向き合えない者」

 

 ぎょっと、少年が驚いた顔をする。今を生きるためにサーヴァントと相性が良いのは好都合この上ないが、今後を生きる上では生きた人間に嫌われてばかりでは痛恨の極みだ。加えて彼には弱き者を揶揄する精神性もない。そんな少年の顔を見てレオナルドはしかたなさそうにまなじりを下げて笑う。

 

「彼らはキミと居ると欠点を指摘された気になる。立っているだけで落ち度を挙げ連ねられた気になる」

 

「どこの戯言遣いですか」

 

「アハハ、だいじょうぶ。全然似てないから。なに、他にもキミと同じ起源を持つ者は居るものさ。それのみか、なんと稀有なマスター候補生の中に、ね」

 

 うっすら、穏やかに、剣呑な様子でレオナルドは言った。少年はひっそりと眉を顰めた。

 

「眠っている人たちの中に?」

 

「そうとも。見に行くかい?」

 

 一瞬悩んで、彼は首を振った。それでも少し迷っている様子だった。

 

「やめとく。でも……無事日常を取り戻せたら、一回会ってみたいかも」

 

 接近に見せかけて逃避に近い言葉なのか、それとも希望を強くのぞむために発した言葉なのか、少年は自分で図りかねて訥々と吐いたその言葉を飴玉のように口の中で転がした。そうして、色々教えてくれてありがとう、とレオナルドに礼を言って工房を去っていった。

 

「すぐ会えるんだけどなあ」

 

 手を振りながら、もう遠い少年の背中に、レオナルドは惜しくもなさそうに呟いた。

 



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本日の夜食2

 

「ドクター、AM3時を回りました。マスターの明日のスケジュールを考えるとアナタの起床時間はAM6時だと推測します。仮眠をとっては如何でしょう」

 

 ぼう、と光を極限まで絞ったLEDのランタンを片手に現れた女性に、ドクター・ロマニ・アーキマンはびくっと肩を震わせた。

 皆寝静まってから久しい薄暗い中央管制室の中、常時記録と検索、監視を続けるシステムの他、稼働しているのは一台のみ、操者も一人のみである。夜勤の局員が働いている日もあるが、人員がごく限られてからは週に数回深夜に中央管制室がもぬけの殻になるタイミングがある。局員の健康状態維持のため致し方ないことであるが、そういう日を見計らって、この男は夜なべに勤しむのだ。

 

「あ、や、やあセイヴァー。毎日夜警お疲れ様」

 

「はい、ドクターも毎日お疲れ様です」

 

「いやあ、ボクはさすがに夜中毎日なんてことはないよ」

 

 でも今日はもうちょっと続けたいなー、と顔に書いてあるロマニにセイヴァー・スーは特に咎めることもなく、ちら、とだけマグに入った真っ黒なコーヒーを一瞥した。

 

「小グループで有能なのも困りものですね。統率者が部下に仕事を配分出来ないとは」

 

 嫌味半分、称賛半分。冷淡でも、憤怒でも、真顔でも、ましてや笑顔でもない表情で彼女は伝えた。

 

「まあボクが有能なのは努力の成果でもあるし、今は非常事態だから、しようがないよ」

 

 ここ最近ベッドでゆっくり寛ぐこともままならない様子のロマニは、眉根を下げて苦笑した。

 

「真相が掴めるにつれ、アナタの仕事量と熱意は増えますから、今の内に体調を整えておいたほうが良いかと思いますが」

 

「……ボクの、予想は当たっているのかなあ」

 

 気弱そうに、それを誤魔化すように呟いて、ロマニは背筋を弓なりにして肩をバキバキ鳴らした。

 

「“サーヴァントであれば誰もが第一印象で『理由は分からないがコイツが悪い』と感じてしまう為、文句を言ってしまう”」

 

「えっ?」

 

 彼女の発言にきょとん、としてロマニは慌てて上体を起こした。発言した様子からは慈悲もなければ憂き目もない。憐憫も、熱意も、嘲りも、なにもない。実によく感情を統制されていた。

 

「サーヴァントではないもの、ひねくれ者、悪を悪と感じないバーサーカーなどはそう思わないらしいですが、なるほど確かに、サーヴァントになってみるとアナタの第一印象は最悪です」

 

「だからボクちょくちょくダメ出しされてたのか!?」

 

 反射のように叫んで、それからあっ、という顔をロマニはした。サーヴァントになってみると、という言葉を掴まえて。

 

「……セイヴァー、やっぱりキミは“彼女”だったんだね」

 

「現代に生きていたとはいえ、抑止の守護者や依代となった擬似サーヴァントとも異なり、一側面を切り出した存在ですから別物、とも言えますが」

 

救世主(セイヴァー)として、縁深い英霊召喚システム・フェイトに導かれてここに顕現した、というワケか」

 

 深く頷いて考えを巡らせるロマニに、なんの感慨もなく「いいえ」と彼女は否定した。

 

「システム・フェイトを介して召喚されたのは事実です。ですが、私がセイヴァーとして呼ばれるのは、人理が焼却され、彼がマスターであるこの時だけです。縁深い、というのであればシステムよりこの状況下と言えるでしょう」

 

「いずれかの空間で、未曾有の大災害に際しておそらくキミは人理の救世主となり、人生を終えた。あっているかい」

 

「ええ」

 

「なら、おかしいじゃないか。矛盾しているよ」

 

「この星で行われる聖杯戦争には望みがないので召喚されません。抑止の守護者たる私ならいざ知らず、セイヴァーの私が此度の未曾有の災害にのみ姿を現すのは道理。彼のみに呼ばれ、“彼女”に呼ばれないのは同一存在たるが故です」

 

「救われた世界を証明する存在が、救われていない世界にしか呼ばれないっていうのか」

 

「ええ、まちがいなく私は矛盾した英霊です。ですから神霊が別のステージに繰り上がって数千年経った現代で英霊になったにも関わらず、ガイア寄り、などと自らを評せるのです」

 

 すら、と抜き身の刀のように彼女は笑った。西暦となってニ千年、今や星の殆どが人の領域となっている。彼女が示す“ガイア寄り”などという言葉に、ロマニはあまりいい予感がしなかった。

 

「すみません、時間を取りましたね。それではドクター、お体に気を付けて」

 

 ランタンを持って去っていく彼女に、ロマニは何とも言えない顔をした。それから、おもむろに手を伸ばしたマグの横に、ころんとチョコレートが幾つかおいてあることに気付いて、コーヒーばかりが通過する空っぽの胃で、ひたすらに重い溜息を、ひとつ吐いた。



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四文字

 

 第三特異点オケアノスは、通常悪と見做される海賊の、その在り方が心強い旅だった。11の命を持つ大英雄ヘラクレスの途方のなさにも、触れれば死す決定事項を持つ『契約の箱』にも、未だに一瞬の怯えを思い出す。

 心尊い怪物、ひとたびも歪むことのない女神、捩じれた定めを持つ民の安寧を求める男。確かにみな美しい心の持ち主だった。

 まあ、信念の通った心の持ち主たちとはいえ、ツンデレ、聖域、スイーツ脳、ヒモ、残念お姉さん、限界オタク、百合ップル、成功したワカメ、ナンパ男、などとネタにもなりかねないメンバーが集合していた、とも言い換えられるのだが。……なんだかイベントを騒がせそうなメンツだなあ。

 

 例の如くスーさんの召喚術の効果か、オケアノスで会ったサーヴァントは順調にカルデアに集まってきている。召喚にはマスターとサーヴァント、どちらの同意もなければいけないから、無理矢理呼ばれることはない、むしろ呼べたのは俺の成果だとは聞くものの、オケアノスから帰ってからの英霊召喚は非常に高い頻度でオケアノスで出会った英霊ばかりが呼ばれる。もしかして俺の見えないところでピックアップ的な構造になっていたりするのだろうか……。

 

「マスター」

 

「あっ、スーさん」

 

 珍しくカルデア内で実体化した彼女に声を掛けられる。返事をするのと一緒に体もかたりと揺れ、皮膚がぴん、と引っ張られる違和感に僅かに表情を固めた。

 

「お体の具合如何ですか?」

 

「へーきへーき。予防だってロマンも言ってたから」

 

 彼女は心配そうな顔でベッドに寝そべっている俺の額にかかった、伸び始めた髪をさらりと掻き分ける。えへへ、と笑うと困った顔を返された。その後ろのロマンも怒ったような困ったような顔をしているし、スーさんが来るもう少し前にはマシュや他のサーヴァントも顔を覗かせて似たような表情をしていた。

 

 実は今、医務室でロマンに点滴をしてもらっているのだ。度重なる激戦が続き、普段からサプリメントで体のバランスを保っていたとはいえ体調を崩してしまって、今は風邪の引き始めのような状態だ。カルデア内でサーヴァント同士に何かあると駆けつけてしまうため、動けないように、と経口摂取よりこちらが選ばれた背景もある。

 

「ねー、ロマン、あとどのくらい?」

 

「あと一時間くらいかな」

 

「うえー」

 

 医務室には雑誌もないし、小さい時に病院で案内された子供部屋みたいにテレビもビデオもない。しかもひと眠りしたあとで目が覚めてしまっているのだ。

 

「そうだスーさん。一回寝た後で目が覚めちゃったんだ。なにかお話ししてくれない?」

 

 彼女はきょとんとした後ロマンの方に振り返った。彼は「構わないけどリツカくんがあんまり興奮しない話で頼むよ」と言った。彼女は笑って頷いて、奥に押し込まれていた丸椅子を引っ張って腰をかけた。

 

「どのような話がよいでしょう?」

 

「英雄譚、とまではいかなくても英霊の話がいいなあ」

 

「マスターは勉強熱心ですね」

 

 枕元に置かれたタオルで寝汗を拭かれ、病人ってみんなに優しくされるからちょっとの間だったらいいよなあ、なんて思ってしまう。取り敢えずはこの体調不良も第四特異点が見つかる前で良かった、といったところか。

 

「あっ、そうだ、ソロモンがいい。72柱の悪魔はゲームとか漫画なんかでうっすら記憶にあるけど、ダビデが父親だってことも知らなかったし。どう関わっているのであれ、知っておいて損はないと思うんだ」

 

「ソロモンのこと、ですか」

 

 彼女は穏やかに言いながらタオルを元の位置に戻し、少しばかり思案する。

 

「彼の伝承は非常に多く、加えて魔術書レメゲトンの第一部、ゴエティア……ゲーティアとも言いますが、それに列挙された多くの悪魔は召喚方法だけでなく背景も持ちます。一時間ばかりでは終わりませんから、元気になってから書庫の文献を読んでみては如何でしょう」

 

 少し長いとはいえ読みやすく纏めたものもありますから、と言いつつ彼女はベッドサイドのレバーを回し聞きやすい体勢に体を起こしてくれる。

 

「んー……ロマンってソロモンのファンなんだよね?」

 

「え!? あー……うん、まあ、そうだね」

 

 口ごもる姿に、よっぽど好きで人理焼却に関わっているのがショックだったのかな、と推測する。しかし、ファンになるような人が居るとなると更に気になるものだ。父親のダビデが王様っぽい姿で召喚されていないのもあって、俺の中でソロモンはかなり謎な人物だ。

 

「じゃあ出生だけでも聞きたいな。それなら一時間に収まるよね?」

 

 尋ねると彼女はそれならば、と頷いた。

 

「古代イスラエル2代目の王ダビデには、旧約聖書『サムエル記』などに名が語られているだけでも20人ほど子供がいます」

 

「さ、さすが昔の王様」

 

「王族の義務でもありますし、創世の際の生めよ、増えよ、地に満ちよとの言葉もありますからね。過去娯楽が少なく夜が長かったのもありますが。8人の息子をもつエッサイの末子であるダビデは、羊飼いの少年であった時に、先代の王サウルが神に背いたため預言者サムエルに油を注がれます」

 

「油を注ぐ?」

 

「大司祭や王の即位の際の儀式のことだね。オリーブを中心につくった香油を頭にかけられたそうだよ」

 

 ロマンに説明され、なるほど、と頷く。それにしても、スーさんがさらっと言った娯楽が少なくて夜が長いって、なんかえっちだな。

 

「……あれ、というか、そのサウルさんが神様に背いたって何したの?」

 

「アマレク人を老若男女、家畜に至るまで聖絶せよという神の言葉に背いたのです」

 

「アマレク人ってのは、時のファラオに圧制をしかれて奴隷同然だったイスラエル人がモーセに導かれ脱出した際襲い掛かってきた遊牧民族で、イスラエル民族の敵と見做されているね」

 

「サウル王はアマレク人と暮らしていたケニ人を、かつてイスラエル人によくしてくれたから、と逃がします。また、アマレクの王アガグを生け捕りにし、家畜は神に全焼のいけにえにするためいっとうよいものは殺しませんでした」

 

「人を助けて罰されたの?」

 

 眉根に皺がより、二人に尋ねる。すると瞬く間に彼らは書物の内容を諳んじる存在から身近な存在に戻っていった。俺は気付くと縮こまっていた手足の力を抜き、安堵に知らず知らずのうちに息を吐いていた。

 

「サウル王は神の言葉ではなく己の正当性を重んじる高慢な者になってしまった、という解釈が可能です。教徒にとって神と同じく聖書は絶対的なもので、疑うものではありませんが、現代に近い思想の中には、ユダヤ系哲学者による、天上からの命令と地上の規則を混同するべきでない。聖書であろうとも外的権威への妄信を受け入れない、という考えもありますから、恐れずにマスター自らの正しさを追求して下さい」

 

 おだやかに微笑みながら彼女はさて、と一区切りつけた。

 

「ダビデ王がヘブロンで即位したのは30歳のときです。ヘブロンに居たのは7年半、その後の33年間はエルサレムで統治をなしました。ソロモンはエルサレムで、晩年のダビデ王とバト・シェバという女性との間に生まれます」

 

「あぁー……」

 

 スーさんの背後でロマンが小声で呻いて顔を覆っている。

 

「ど、どうしたのロマン」

 

「なんでもない、なんでもないよ……」

 

 訝し気に首を傾げるが、ロマンからそれ以上の返事はない。不思議に思いスーさんを見ても彼女はロマンの状態について言及しなかった。

 

「実はこのバト・シェバ、人妻でして」

 

「お、おお……色っぽい話になってきたな」

 

「色っぽい話で済めばよいのですが。バト・シェバはダビデの家臣ウリヤの妻なのです。当時から人妻と関係を持つということは主が許さぬ罪ですから、事は重大です」

 

「うわ」

 

「水浴中のバト・シェバを屋上の散歩の際ダビデ王が見初めたのが始まりです。彼は人妻であることを知りながらも彼女と関係を持ち、終に子供まで出来てしまいます。しかし罪は送り出した勇士の留守中になされた、人妻との姦淫に留まりません」

 

「当時イスラエルの全軍はラバという都市を包囲していたんだけど、その年の冬を越す前に優位に立っていたから春に王がわざわざ向かうほどではない、ということでダビデ王は司令官のヨアブなどに任してエルサレムに留まっていたんだ」

 

「春? 季節が関係あるの?」

 

「昔は冬に戦争するのが困難だったからね、休戦して春になったらまた戦争を開始する。だから春は王様たちが戦地に向かう季節だったんだ」

 

「春、ウリヤもラバ包囲作戦に参加していましたが、ダビデは司令官ヨアブを介して彼を一時帰還させました。そうして謁見の際に兵の無事や戦況を報告させます。それが終わると家に帰って足を洗うがよい、と贈り物を持たせます」

 

「足を洗え……?」

 

 3000年以上昔の話だし、文化も違うから独特な言い回しが多いなあ、と思いながら尋ねる。というか、昼ドラもかくやというドロドロ感だし、聖書って思った以上にインパクトあるんだな。ホテルにあるのをチラ見したこともあるけど、たしかそれと二人が語ってる聖書っていうのは違うんだったよな。……聖書って旧約と新約が1冊ずつ存在するってことじゃないの? ??? 悩んでもわかんないな。後で確認しておこう。うん。

 

「つまり、家で妻とくつろぎなさい、という意味です。ダビデはこの時ウリヤとバト・シェバに一夜を過ごさせ、自らの罪を隠そうとします」

 

「あわわ」

 

 ちょっと待って、とんでもないことになってきたぞ。

 

「しかし実直な男であったウリヤは主人のヨアブや仲間が戦場で野営しているのに自分だけが家に帰って飲み食いをしたり妻と床を一緒にしたりは出来ない、と王宮の入り口でダビデ王の家臣と共に眠り家に帰りませんでした」

 

 もっととんでもないことになってきたぞ。

 

「ダビデ王はそれを聞き、戦場に向かわせるのを一日伸ばし、宴席を設けました。しかしたんと酒を飲まされてもウリヤは先日と同じく王宮の入り口で眠ります」

 

「そ、それでどうなったの?」

 

 作戦に一区切りついて帰ってきたウリヤにばれたりするんだろうか。それとも神様にバレて怒られるとか? うう、どっちにしろ聞くのが怖い。

 

「ダビデ王は翌朝司令官ヨアブに手紙をしたためます。手紙の内容は、ウリヤを戦死させよ、というものでした。これをウリヤ本人に持たせたのです」

 

「 、 ……、」

 

 言葉が出てこず口を魚のようにぱくぱくさせる。血の気が引いてるのが自分でも分かる。

 

「当時から書記官という仕事はあったけど、庶民の識字率は低かったからウリヤは中身を見ても理解出来なかっただろうね」

 

「ヨアブは命令通りウリヤを前線に送り込み戦死させました。バト・シェバは喪が明けると王宮に引き取られ、ダビデ王の妻となりました。しかしある日、預言者ナタンが王の元へ現れます。彼は豊かな男が貧しい男から唯一つの子羊を奪った話をします」

 

「これにダビデ王は憤るけど、するとナタンはこの豊かな男とはアナタのことだと告げるんだ」

 

「詩篇ではダビデ王は懺悔し深く後悔したといいます。ナタンは主は王の罪は取り除かれ死ぬことはないが、未来に王の妻たちが白昼堂々奪われること、また、主を軽んじたが故に生まれてくる子は死すことを告げます」

 

「なにもしてない子供が死ぬの?」

 

「神とは、日本人にとってはアミニズムから自然の脅威を齎す存在ですし、創造主であれば妬む神と自らを称しています。加えて『主は怒るのにおそく、恵み豊かである。咎とそむきを赦すが、罰すべき者は必ず罰して、父の咎を子に報い、三代、四代に及ぼす。』とあるように親が返しきれない罪は子供にまで及ぶと述べられています」

 

「ちょっ、と、混乱してきた」

 

 それを絶対的なものとして数千年信仰が続いてきたのか。訥々と言うと、「道教に学び、成人式を神社で、結婚式を教会で、葬式を寺院で執り行うのが日本人のマジョリティですから、少し難しいですね」とのんびり同意を示された。今思えば確かに冠婚葬祭だけで神道、キリスト教、仏教と人生ぶれまくりである。

 

「カルチャーショックってヤツだね。ボクらはあんまりどれがいい、悪いとは言えないけど、書庫には中立に専念して宗教を紹介した本もあるから、機会があれば読んでみるといい」

 

「宗教を信ずることも、信じないことも、批判することも、批判しないことも、いずれもそれ自体は思考停止ではありません。ですが、英霊には宗教があってこそ英霊となり得た人物も居ます。それを頭の片隅で覚えておくとよいでしょう。意識して考えてみる、というのはとても難しいことではありますが」

 

 慈しみに、その顔は似ていたと思う。信仰をすすめるでも、哲学をすすめるでもない、導いているわけでもない。現在に至るまでに存在したものを並べ立てているだけなのだ。

 耳障りのよい言葉に改変しようとも、どこが劣っていると批判したりもしない。ただ、目の前の彼女と、彼は、過去が存在したことを認めているだけだ。

 己は経験豊富なワケではない。二十年にも満たない人生で、閉鎖的な機関に大方の時間身を委ねてきた。果たしてこの認知が正しいものなのか、平等なものなのかも分からない。

 しかし、この在り方は。

 異質を極めるのではないだろうか。

 悟っているというより、何かを成し遂げるための器官。世界に必要とされながらも己で己を必要としない非人間。結果が正体を意味する機能上の単位。

 目の前に居る人たちが、途端知らない世界の生き物に思えて背筋が凍る。人間という構造に役割を持たせたらこうなるのではないだろうか、などと。そんなことを真面目に考えた。

 

「――バト・シェバが生んだ子は弱っていきました。ダビデ王は断食し、地面に横たわり、神に願い、七日間を過ごします。しかし子が亡くなったのを聞くと、身を清め礼拝を行い、食事をしました。この際ダビデ王は臣下に子が生きている時は断食して泣いていたのに、亡くなったら起きて食事をするのは何故かと聞かれ、

 

「子がまだ生きている間は、主がわたしを憐れみ、子を生かしてくださるかもしれないと思ったからこそ、断食して泣いたのだ。だが死んでしまった。断食したところで、何になろう。あの子を呼び戻せようか。わたしはいずれあの子のところに行く。しかし、あの子がわたしのもとに帰って来ることはない」

 

と答えました。その後バト・シェバとの間に出来た第二子こそがソロモン王です」

 

「待って待って途中聞き流してたけど最後凄いシステマチックの鬼みたいなこと言ってなかった!?」

 

「本人も自らの性格をそう語っていますからね」

 

 起き上がりかけた俺に彼女は額に一本指を差して制し、落ち続ける点滴の中身をちらりと確認した。スーさんが来た時からまだ半分も減っていないようだった。

 

「後でノートに参考文献を書いておきますね」

 

「いつもありがとう、ごめんね」

 

「とんでもない。マスターの糧になればそれで満足なのです」

 

「んー、ねえ、なにか小話とかある?」

 

「小話ですか?」

 

「うん、神様については後で本読んでからまた聞くから、スナックみたいなヤツ」

 

「個人の立ち入った話、ということでしょうか」

 

「そんな感じ」

 

「では、ちなみに、ソロモンには700人の妻と300人の愛人がいたとされています」

 

「ひえっ」

 

「ダビデの長男であるアムノンは妹タマルを犯し、それに激怒したタマルと母を同じくする三男のアブシャロムはアムノンを殺します。数年後アブシャロムは反旗を翻し国内は内戦状態、その際、バト・シェバの祖父アヒトフェルの進言でアブシャロムはダビデの妾を10人白昼公然と犯します」

 

「ぎええ」

 

「一応これは、支配者の交代を示す行為といいましょうか、謀反軍ではなく正規軍になったと示す行為ですから、士気がまったく異なってくるでしょう」

 

「きょ、今日はもうやめよう。心臓に悪い」

 




クズって言われてるけど大袈裟に言われてるだけだろ~wwwという考えを覆す圧巻のクズ。いや旧約聖書の方もキャラの方も好きですが。あと四文字のキレ芸も好きです。


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図鑑No__アサシン

 

「――そろそろ来る頃だと思っていました」

 

 懐かしそうな、それでいて冷静な声がすぐ隣からする。寝てご飯を食べたらすっかり元気になって、召喚をスーさんに付き合ってもらっているのだ。サークルは光り輝き、セイントグラフがクルリと回る。召喚されたクラスはアサシン、日課の召喚でよく見るランクコモン(星1)だ。

 隣に立つスーさんは、もう誰のクラスか分かっているのだろうか。

 サークルから現れたのは、橙の短い髪を持つ顔色の悪い少女だった。

 

「サーヴァントアサシン、召喚に応じました。先に彼女を呼んでしまったようですね」

 

 仕方なさそうに呟いて、召喚されたばかりの少女は俺を見て、すぐさま喜色を浮かべる。――――。

 

「嗚呼! やっと呼んでくれたのね、私の鏡(マスター)!」

 

 その少女の顔は、隣で表情を変えずに立つセイヴァーに、酷似していた。

 彼女たちはお互いを見て、憐れそうに微笑んだ。

 

「ま、またアルトリア現象!?」

 

「別名クー・フーリン現象とも」

 

「オルタとかリリィじゃないだけ感謝してくださーい」

 

「スーさんもいっぱい増えるの!? セイヴァーのスーさんが星5、アサシンのスーさんが星1……明らかにその間に何人か増やせそうだよね!?」

 

「あらら、私の鏡(マスター)。私はすっごいの(チート)すっごいの(最弱)しか居ませんよぅ」

 

 

 

 

 

CLASS:アサシン

マスター:藤丸立香

真名:■■■■

属性:混沌・善

 

パラメーター

筋力:E 耐久:E 敏捷:D 魔力:E 幸運:E 宝具:B

 

クラススキル

気配遮断(A): 自身のスター発生率をアップ

【アサシンのクラススキル。自身の気配を消す能力。暗殺行為ではなく危機管理の役割を持つ。】

 

狂化(E-):自身のBusterカードの性能を少しアップ。

【本来はバーサーカーのクラススキル。ステータスを向上させる代わりに、理性や思考能力を奪う。】

 

 

保有スキル

狂乱の直感(A+):スターを大量獲得。味方全体のクリティカル威力をアップ(3ターン)。(初期CT7)

【他者にとって最適な行動を瞬時に悟る能力。ランクA+にもなると、ほぼ未来予知の領域に達する。視覚・聴覚への妨害も大方無視できる。彼女の場合この能力は己への憎悪と等価である】

 

心眼(偽)(B):解放条件_霊基再臨を1段階突破する

 

矛盾の過ち(C):解放条件_霊基再臨を3段階突破する

 

 

宝具:冠位指定・聖杯探索(グランド・オーダー) 敵全体の強化状態を解除。敵全体に強化無効状態を付与(1回)。

   種類_Arts

 

 

所有カード:Quickx2 Artsx2 Busterx1

 




旅の途中のぐだ子を起用する場合、式みたいに鯖表示するとしたらパラメーターはこんなものだと思う。
星1なのでゲームシステム的なスキルはピーキーにしてみました。


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狂化E-


「あれ、いつものお兄さん」

「や、リツカくん!」

 ひょい、と片手を持ち上げ軽快に挨拶したのは華やかな見た目の青年である。
 軽薄、すっからかん、という言葉の似合う中身をしたこの青年とはたびたび出くわすのだが、それは自分の不可抗力で、彼の方からやってくるようなのだ。

「どうしてよくここに来るの?」

「うーん、待ち合わせなんだけど、なかなか来なくてねえ。あっちも分かってるはずなんだけど」

「待ち合わせって……日時とかちゃんと決めた?」

「どうにかなるかと思って!」

 ぱやー、と笑った相手に、ダメだこりゃ、と顔を手で覆う。それを見て、彼は愉快そうにきちんと笑ってみせた。




 

 

「ええっとそれで、アサシンのスーさんは霊長の守護者なんだね?」

 

「うん。本来はアラヤに必要とされる能力もなく、人々に信仰され名を残す存在でもないけどね」

 

「そ、そんなに簡単になれるものなの?」

 

 召喚が昼に近かったこともあって食堂で彼女について聞きながらうどんをすする。うっ、昆布と鰹節でとった一番だしが豊潤な香りなのにくせがなくて旨味がよく出てて上手い。風邪の時に食べるぐずぐずのうどんも好きなんだけど(この前はおかゆどころか管で栄養を摂取したが)キュッとこしのあるうどん最高。さすが家事スキル持ちサーヴァント・エミヤの作だ。

 

「そんなわけがないだろう」

 

 そんなエミヤが目の前で冷静に否定する。お昼前ってこともあってまだあまり人は居ないが、ぼちぼち集まりだした人たちが新しいサーヴァントに物珍しそうな表情をしている。

 

「人類の存続をなすべき存在であり、人類を存続させるために役立つ者でなければいけない」

 

 皮肉的な声色を一切気にした様子もなく、目の前のアサシンは少女らしく笑った。

 

「サーヴァント化に伴ってある程度の戦闘能力は有してるけどね。本領はそっちより危機察知能力かな」

 

「危機察知?」

 

 日替わりランチの生姜焼きをもごもご食べる姿は少女の見た目に反してそれなりに健啖家のようだ。女の子っぽくないわけじゃないけど、なんとなくアサシンは女子高のJKっぽい。うん、自画自賛だが言い得て妙だ。

 隣に座ってアサシンのランチの付け合わせのフルーツポンチを勝手に食べているスーさんはJDっぽい。……っぽいかあ? いやでも戦国時代の乳母的な? 乳母(JD)的な? ……そうであるような違うような。

 

「ステータスを確認してくれれば分かるけど、直感と心眼(偽)ってあるでしょ。死を経験したことによって際立ったというか、私の鏡(マスター)に危険が及ぶ前に察知したり逃げ道を瞬時に探ったり、そういうのに役に立っちゃうわけよ」

 

「此度の未曾有の災害に適応した便利屋というワケかね?」

 

「そゆことよん。もーっと言うと、この未曾有の災害に私の鏡(マスター)のために適応した信奉者ってとこかな」

 

「――おぞましい妄執だ。聞けたものではないぞ」

 

「やん、潔癖症なんですね」

 

 冷たい声と軽薄な声。そんな二人の声が耳に届くより前に彼女のステータスを確認した俺は絶句していた。

 

 

狂化(E-):自身のBusterカードの性能を少しアップ。

【本来はバーサーカーのクラススキル。ステータスを向上させる代わりに、理性や言語能力を奪う。】

 

狂乱の直感(A+):スターを大量獲得。味方全体のクリティカル威力をアップ(3ターン)。(初期CT7)

【他者にとって最適な行動を瞬時に悟る能力。ランクA+にもなると、ほぼ未来予知の領域に達する。視覚・聴覚への妨害も大方無視できる。彼女の場合この能力は己への憎悪と等価である】

 

心眼(偽)(B):解放条件_霊基再臨を1段階突破する

 

矛盾の過ち(C):解放条件_霊基再臨を3段階突破する

 

 

 狂化、狂乱、己への憎悪、矛盾の過ち――不穏な言葉のオンパレードだ。バーサーカー・ランスロットや清姫とためをはる不穏さだ。二人と違って話しただけでは陰の側面は見えないが、狂化の値を見るに金時のように大した影響を受けていない、とかだろうか。

 

「それに!」

 

 アサシンの声にはっと意識を戻される。見ると彼女は定食を殆ど食べ終えているのに俺はまだ半分ほどのこっている。よりにもよってうどんを食べている時に思考を彷徨わせるんじゃなかった。

 

「とち狂ってる女の子はかわいい!」

 

「それもどうなの!?」

 

 もはや反射のように突っ込んでしまった。俺が突っ込まなきゃエミヤが突っ込んでた。ちょっと腰が椅子から浮いてたもん。

 

「チートなポンコツはかわいいの鉄則を知らないと申されますか。アサシンちゃんは宝くじで3億当たる程度の確率で不運を引き寄せてから悔しくって悔しくって今や他人の動向に未来予測の域ですよぅ。地味にチートですよチート。まあ隣のデザート泥棒(窃盗犯)のチートっぷりには叶いませんが」

 

「んまい」

 

「いけしゃあしゃあとこの女……! 新人いびりとはやりますね! というかほら私の鏡(マスター)、良妻賢母なケモノとかもぽんこつかわいいでしょ?」

 

「呼んだかワン?」

 

「呼んでないニャー」

 

「ム。それは失敬」

 

 どっから出たんだキャット。

 

「エミヤたすけて……」

 

 怒涛の勢いで止まらない演説に確かにまざまざと狂化を見る。エミヤに小声でSOSを送ってもそっと目を伏せられた。

 

「すまないマスター、私は女性には弱くてね」

 

 俺だって女性には強くないよ! というかサーヴァントとして召喚される女性がまず強すぎる。

 

「そ、それにしても、アサシンの真名は? あと、なんで俺のこと「私の鏡」って?」

 

 このままでは無限の猿定理の如く宇宙の真理についてまで語りそうだったのでどうにか話を変えようと試みる。というか同じ顔をした、生前同一人物だったはずのスーさんは助けるどころか食堂に置かれている色々作れるコーヒーマシンでカプチーノを作りに行ってしまった。こんなに見放されたこと今までない、およよ。

 

「――――」

 

「あれ、」

 

 いずれか返ってくるはずの返事はなく、一瞬目で追っていたスーさんから視線を戻してアサシンの方を見ると――

 

「私の呼称に見当がつかないならばいざ知らず、アナタは私の真名を知らないと?」

 

 無機質。

 彼女は無表情すら通り越した真顔で、双眸に――それこそ呆れだったらよかったのに――表情を乗せることなく、そう尋ねた。敵や味方という属性を持った立場ではなく、彼女はその瞬間、赤の他人になった。初めて会ったサーヴァント、例えばそういう感じに。

 期待だとか敬慕だとかいうものがなくなったというふうには感じなかった。興味が失われたのではない。現に彼女は俺に対して何も失っていない。まるで絵画の絵の具を根こそぎ削ぎ落としたようなキャンバス。

 無機物、ただそれが空気にさらされている。

 物珍しい電化製品を初めて見たように、俺はこれをどう扱えばいいのか分からない。分からないことを、まるでその無表情で責められているようにすら感じる。

 俺の焦り、躊躇、怯え、全てが彼女に見られている。見られている。見られている。そんなものは俺が分かっている!

 

「大変失礼致しました、マスター。アナタが私に対して持つ感情を取り違えたようです」

 

 私が貴方に対して持つ感情ではなく。俺がアサシンに対して持つ感情。それを取り違えた、と。

 彼女が慇懃な様子で謝罪を述べた直後、かたん、と彼女の前にカップが置かれた。そのカプチーノを特に何も言わず持ったアサシンの代わりに、それを置いたスーさんが口を開く。

 

「アサシンはマスターの経歴に感情を照らし合わせて自然体を取ったのですが、そもそも経歴を図り間違えていたようです」

 

「私はセイヴァー(アナタ)のレベルが高いので、てっきり絆も高いのかと思っていたのです」

 

「イベントの種火が余りながらも霊基再臨素材が足りないところに丁度私が来ただけです」

 

「キミたち、マスターにもう少し詳しい説明を」

 

 エミヤの声にスーさんは思案するように顎に手を添えた。

 

「アサシンは自らの起源からマスターの状態によって表面を変化させますが、これは狂化による思い込みであり思考回路の欠陥です。特に気にする必要はありません。彼女の中では何も変化していませんから」

 

「マスターがとても大切なのです」

 

「つまりマスターのためになろうとしすぎてマスターに関する事柄はすべてがとち狂っていますが、危機察知能力は霊基を見るに狂いないようなので安心して使ってください」

 

 すごく無表情に語るアサシンの姿に不安になるのだがどうやって接すればいんだ。するとスーさんはそんな俺の心を読んだように語る。

 

「スパルタクスと似たようなものです」

 

「では、常にマスターのためになるように思考が設定されていると。加えて彼女の場合その思考がすでに欠陥をもっているということかね」

 

「ううむ。ううむ……?」

 

 よく分かんないけどタメ口から敬語に変えたのは自然体ってことなら、俺も自然体でいればいいってことかな。謎が多すぎるというか、整理しきれていないのかもしれない。

 

「そう言えば、スーさんたちの真名が関わってくる、って話だったよね」

 

「はい。いずれは自然発生でイベントが起こり回収できる伏線ですが、早めに回収したければ私かアサシンの絆を上げてください。ちなみに私の場合レベル5までエミヤの2倍以上かかります」

 

「私がちょろいみたいな言い方はやめたまえ、平均だ!」

 

「ごちそうさまでした」

 

 スーさんとエミヤの軽口の応酬にアサシンはランチを全て平らげ食後の挨拶をする。その様子を見て俺も伸びに伸びたうどんを慌ててかきこんだ。

 

「そういえば、マスター」

 

「なに? スーさん」

 

 冷たい水を追加で注がれて、ありがたく受け取ってちびちび飲む。アサシンは食器の乗ったプレートを俺のと一緒に返却口まで運んでくれて、小さなことだけど、二人の人格に真面目さと心優しさを見る。

 孔明もそうだし、エミヤも、スーさんも、アサシンも、ほんとうは人の命を奪う戦いに本当は向いていないのだと思う。気骨がないというわけではない。出来る出来ないの話でもない。ただ、時代的背景、道徳、信念が、現代人にとって殺し合いとの相性を最悪にさせる。人殺しとの相性が良い現代人が居たとすれば、それはもはや人間ではなく、鬼や何れかの執行機関に成り果てた異形ではないだろうか。

 

「以前私の霊基再臨のために種火を溜めていると言って下さいましたが、よければアサシンに使ってはいただけませんか」

 

 他の星4、5のメンバーも霊基再臨を待たせているのだが、如何せん歯車とか頁とかはイベントでしか手に入らないし、逆鱗、心臓、爪とか都市伝説だしで、モニュメントだけ集めればいい存在はジャンヌと並んで稀有で、レベルさえ上がればスーさんの霊基再臨が出来そう、いま種火を溜めているって話をしたはずだ。

 レベルが上がれば上がるほど必要な種火の数は増えていくから、珍しいスキルが三つ目にあることも度々存在するケースだし、成長にストップがかかってる星4、5よりも、新しい星1~3がくれば優先的にそちらに種火を回すことも多い。

 

「ん、そうしようかな。レベル上限は無理だけど最終降臨は出来る数の種火ありそう」

 

「ありがとうございます。攻撃力は低くても、彼女の危機察知能力は本物ですから、狂気を許し、よく育ててやってください」

 

 優しい声で告げられたそれは、その実はっきりと、忠告のような響きをもっていた。預言めいた進言。過去の時点で未来の行動を諫める警告。それを噛み締めず取りこぼした時、もはや誰も責任を取り得るところにはいない。そういう予感(、、)がした。

 

「キミも大変なモノに好かれるな、マスター」

 

「女難の相が出てるエミヤに言われたかないよお」

 

 自分が担当するところ以外の勉強スケジュールの管理、ストレッサーの早期の排除、人間同士の、或いはサーヴァント同士の問題を俺の見えないところで解決しておく、そういうことを彼女は俺のためだけにやってくれている。たとえ人理の救済という大義があったとしても、その上で好意を以てして世話を焼いてくれているのは分かっている。

 

 好意そのものは親が子を愛するように、妻が夫に焦がれるように、子が親を慕うように、絶え間のない愛のように思う。しかしはっきりとその愛は彼女自身の手によってコントロールされている。時々、彼女の得体の知れない狂った熱情を、押し込まれた雁字搦めの統制を、忘れてしまいそうになる。麻痺ではない。忘れてしまいそうになるのだ。

 彼女はそれくらい、このカルデアで自然なものだった。それ自体が違和感を生み、ハッと気付く。その繰り返し。

 

 十年前に家を出た息子が家に帰ってきて一緒に暮らし始めた。そういう感じだろうか? いや、それよりも、夫の仕事について外国に移住したら、その数年後に息子も転勤で、海外で住み慣れた我が家に息子を迎え入れる、そういう感じだろうか。

 慣れ親しんでいるのにどこかがいびつで、違和感の詳細がはっきりしない。でも俺以外がみんな平気そうな顔をしている。だから漠然とした不安を抱く。スーさんは性質の悪い蜃気楼だ。その蜃気楼は、けれど俺に優しい。

 主体が、軸が分からないのだ。多分。座から存在をコピーされ、一側面を切り出して現れたはずの英霊。それなのに、どこが切り出されたか分からなくて不安になる。まるで俺が彼女を母親と定めて絶対的な庇護、関心、手間暇を無意識に求めているようで、それが苦しい。苦しくてたまらない。主体が分からなければ握りしめて安心することも出来ない。ずっと。そう、ずっとだ。

 それに彼女はきっと手に入れてよい存在ではない。母親でも、妻でも、娘でもないからだ。それ以上の存在でもそれ以下の存在でもない。これは俺の誠実な感性などというものに則ったわけではない。関係に名前がつかないから手に入れてはならないという美談ではない。そうして俺も、彼女に恋い焦がれているわけではないのだ。

 途方もない。存在そのものが。矛盾の塊などという生易しい表現では足り得ない。彼女について考えるだけで困惑せずにはいられない。帰結が再び矛盾を生む。ウロボロスの蛇のように終わりなく。

 勿論のこと支配欲、情欲、名誉欲、どれも似ても似つかない。俺が彼女に求めている? そう、そこから間違いだ。俺は俺自身に希っている。

 

 

『――逃避願望』

 

 

「……えっ?」

 

「マスター、如何なさいました?」

 

「なんでもないよ、アサシン」

 

 スーさんと入れ替わりで俺の隣に立ったアサシンに、へらり、と笑う。彼女の前に立つだけでありありと浮き出される不安が、彼女に伝わっていなければいいのだけれど。

 

 

 

 

 

 

CLASS:アサシン

マスター:藤丸立香

真名:■■■■

属性:混沌・善

 

パラメーター

筋力:E 耐久:E 敏捷:D 魔力:E 幸運:E 宝具:B

 

クラススキル

気配遮断(A): 自身のスター発生率をアップ

【アサシンのクラススキル。自身の気配を消す能力。暗殺行為ではなく危機管理の役割を持つ。】

 

狂化(E-):自身のBusterカードの性能を少しアップ。

【本来はバーサーカーのクラススキル。ステータスを向上させる代わりに、理性や思考能力を奪う。】

 

 

保有スキル

狂乱の直感(A+):スターを大量獲得。味方全体のクリティカル威力をアップ(3ターン)。(初期CT7)

【他者にとって最適な行動を瞬時に悟る能力。ランクA+にもなると、ほぼ未来予知の領域に達する。視覚・聴覚への妨害も大方無視できる。彼女の場合この能力は己への憎悪と等価である。】

 

心眼(偽)(B):自身に回避状態を付与(1ターン)。自身のクリティカル威力アップ(3ターン)。(初期CT8)

【直感・第六感による危険回避。虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。彼女が死亡する原因となった不運からくる、死を経験して芽生えた深い執着。】

 

矛盾の過ち(C):自身の強化状態を解除[デメリット]。自身にターゲット集中状態を付与(2ターン)。自身への攻撃時に高確率で呪いが発生する (1回)。(初期CT8)

【自滅を招く精神構造。成果のいかんに関わらず、後悔と憎悪が循環し続ける強さを求めるさもしさを表す。】

 

 

宝具:冠位指定・聖杯探索(グランド・オーダー) 敵全体の強化状態を解除。敵全体に強化無効状態を付与(1回)。

   種類_Arts

 

 

所有カード:Quickx2 Artsx2 Busterx1



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童貞と与太

「ねえ、どんな人と待ち合わせしてるの?」

「うん?」

 およそ日本の都市部には似つかわしくない雰囲気、見た目の青年とまた会ってしまって、手持無沙汰でそう話しかける。
 決まって実家と高校の中間にある公園の風景で出会う彼は、先にブランコに乗ってぼんやりしていた自分に合わせて隣のブランコに腰掛けた。お伽噺から出てきたような青年と、ガタが来ているブランコ……うーん、ミスマッチだ。
 お伽噺とは言っても、この青年が王子様だったらお姫様も浮かばれないだろう。まさか壁にぶつけたら情緒豊かで精悍な青年になるとかいうオチだろうか。/――いや、蛙の方がまだ誠実だ。彼は老人のような印象を受けるにも関わらず、事実老人だけれど、その実、肉体のどこにも成熟した感情の在り処は無し。機械が人間の姿形を持って勝手に人間を好いているような、存在そのものがトラブルメイカーなのだから、一個人に対する好意など悪徳に過ぎぬのだ。/

「ドラゴンボールって漫画知ってるかい? 私はあの大団円って感じ、結構好きなのだけれど。やっぱり王道はいいよね」

「へあ?」

 いきなり国民的有名漫画が話題に出てきて、変な声が出る。いや、知ってるけど。7つの玉を揃えれば願いが叶うアレでしょ。途中で地球の神様交代とか本場流とか色々あって叶う願いが1つから3つに増えたりとか。
 ていうか、急にドラゴンボールの話とか、漫画・アニメ好きの外国人なのか? その恰好はコスプレだったり? やけに縫製がしっかりしてるけど。

「まあ、知ってるけど」

「なら主人公悟空のライバル・ベジータの子供、トランクスが未来から来た話は?」

「ああ、大人のトランクス。セルとか人造人間編で出てきたよね」

 あれだけ頑張って倒した、私の戦闘力は53万です、で有名なフリーザ様がメカになって強化復活したのを、スパッと倒しちゃって更なるインフレの口火を切っちゃったのでも有名だよね。……ピッコロの戦闘力が最初300くらいだった話はやめておこう。

「彼が未来から来た理由を覚えてるかい?」

「えーと……未来の人たちがいっぱい死んじゃったんだっけ」

「そうそう。人造人間によって人類が数万人規模まで殺された未来を変えるためだね」

 ああ、細かいとこ思い出してきた。悟空は心臓病で死んじゃってて、ベジータもピッコロもクリリンも、最後には悟飯も人造人間に負けて死んじゃってるんだよね、確か。17号と18号にみんな殺されちゃってる、そういう未来から来たはずだ。

「問題が解決して、トランクスがタイムカプセルで訪れた世界は大虐殺が阻止された。青年が救った世界は、青年を育てた世界に繋がることはない。では、その荒廃した世界は、生き残った人々は、大きな絶望は、小さな希望は、忘れ去られ、消えていくと思うかい。リツカくん」

「――イヤ、だな」

 思ったよりも、強い意思を持って言葉は出ていた。腰掛けたブランコがぎい、と音を立てて、足元が浮いて不安定になる。体も心もそんな感覚だ。

「本当は、沢山の人が死んでしまう事実を無かったことにしてしまったら、もう誰も傷付かない。でも、無くなってしまうのは、イヤだ」

 忘れてしまうのも、忘れ去られてしまうのも、悲しく感じてしまう。だから、自分だったら、覚えておきたいと思うのだ。
 自分の答えに隣の青年は綺麗に笑っている。望んだ答えだったのか、滑稽に見えたのか、若さに微笑ましさを覚えたのかは笑みを見せる表情からは分からない。もしかして今も、何も思ってないのかもしれない。でも、彼がどう思おうと自分はそう感じた。それだけだ。事実と事実がぶつかり合うだけなのは、会話として不適切だろうけれど、彼の返答を聞いていない今はそれも致し方ない。

「それに、悟空とかクリリンとか、覚えていてくれるかもしれないし」

「例えばキミのように、読者が覚えていてくれるかもしれないしね」

 その言葉に、うん、と頷く。彼の表情は微笑みと称するにふさわしい形をしているけれど、穏やかにまたたく瞳はなんだが落ち着かなくさせた。

「青年のトランクスが訪れた、という『事実』。それこそが世界が滅びかけたことの証明に成り得る」

「まあ、確かに。そう言えなくもないだろうけど」

「人造人間の問題を処理し、大虐殺が行われなくなった世界と、彼が育った滅びかけた世界。二つはパラレルワールドの関係にある」

 パラレルワールド。並行世界ともいう、ある分岐点によって別たれた世界。/例えば飛行機に乗り遅れ、現地の到着が遅刻ギリギリになってしまったら。或いは乗り遅れず予定通りに着いたら。例えば○○が生き残らなかったら。生き残ったら。/そういうifによって変化した世界のことだ。

「彼が過去に来なければどちらのパラレルワールドも人類は大量殺戮が為された、という『事実』が存在することになるだろう」

「そうだけど、でも、トランクスが来たから悟空は未来で発症する病気の薬を貰ったし、トランクスも強くなって未来に帰って行ったじゃん」

「勿論。『彼』は来たし、帰っていった。でも、彼が誰かに覚えられている限り、数多の人類が滅びる可能性が存在した『事実』の証明は消え失せないんだ」

「ん、んんー……。なんか、漫画に対して難しいこと言うね」

「あはは、大層なこじつけに見えるかな。でも、『彼』は読者(世界)的に見れば、救世主であり、救世主でなければ人類が滅んだ分岐点ってことさ。存在そのものが世界を脅かす逆説が証明される、恐ろしい怪物としても捉えられるってことだよ」

「いいことしたのに?」

「いいことしたのに」

「なんか納得いかなくない?」

「人間の生殖活動って案外そういうものさ」

「ええー……」

 もやもやする、とこぼして眉を顰めた自分の隣で、彼はブランコをきいこきいこ童心に返ったように漕いだ。異様なほど長い、虹色の光彩を放つ髪が地面のすれすれを揺れる。やはり、どこか現実離れした光景だ。ブランコを漕ぐのに楽しそうな様子に、釈然としない心持ちが解消、というよりかは脱力と一緒にどうでもよくなってしまう。この青年、憎めないというよりしようがないというか、腐れ縁に恨みを買っていそうだ。

「さて、今日も顔を見せないようだしそろそろおいとましようかな。サイトの運営とか進捗状況とかの確認もあるし、おっとそろそろ補給もしておかないと」

 ……やっぱりただの外国人のオタクなお兄さんなんだろうか。ていうか結局、待ち合わせの人はどんな人なんだ。







「おはようございます、先輩。朝ですよ」

「んあッ、寝過ごした!?」

「通常の起床時間から15分オーバーですが、急げば焼きたてほかほかのパンに間に合います……先輩? どうしました? お体の具合が優れないのですか?」

「そういうワケじゃないんだけど、なんか最近変な夢見るんだよなー」

「夢見が悪いのですか? でしたら、先日女性サーヴァントのみなさんと一緒に作ったサシェをお貸ししましょうか。枕元に置いてみてはいかがでしょう」

「いや、悪い夢ってワケじゃないんだけど。んー……なにかあったら、貸して貰おうかな」

「はいっ! いつでもお申し付けください」



「おい、待て」

 

「…………なに」

 

 先日、此度の未曾有の大災害の黒幕が判明した特異点でマスター・藤丸立香と縁が結ばれたキャスターのサーヴァントが、やや不機嫌そうに一人のサーヴァントに声を掛けた。と、いうよりこの男、いつも下唇で上唇をむっつりと押し上げているものだから、これで平素と変わりない様子だ。

 彼――ハンス・クリスチャン・アンデルセンがその表情である理由が、本当に不機嫌なのか、甘やかな童子の造形を覆すほどの強い信念なのか、或いはその身を侵す大衆の夢想の体現なのか、声を掛けられたサーヴァントのアサシンは知らない。知ろうともしない。

 

「なに、そう睨むな。穴があくだろう」

 

「睨んでない」

 

 オルレアンの人理修復直後に召喚されたセイヴァー・スーとよく似た相貌のアサシンはそう切り捨てた。

 アサシンはこのアンデルセンのことを深く知らないけれど、話したくない、という様子で閑散とした無機質な廊下に視線を落とした。少女は 人に見られるの(人間観察)が嫌そうに、ピクリとも動かなくなってしまった。

 アンデルセンはひとまず、自分の都合のいいように、即席で狂って場をやり過ごせない少女の愚鈍さには何も言わず言葉をつづけた。

 

「マスターのことだ」

 

「私に聞くより適任が居るでしょ。それに、私、アナタみたいに人のスッピンを見破るような碌でもない男、嫌い」

 

「ふん。醜い素顔の上に虚偽を厚く塗ったところで隠せるなどという自意識過剰は、実に女らしい言葉だ」

 

 マスターである少年、リツカについて詳しいのは、リツカ本人であったり、後輩であり相棒のマシュであったり、他者を幻視する狂気・精神汚染の中一筋の怜悧さを持つ清姫やファントム・オブ・ジ・オペラであったり、サポーターであるロマニやダ・ヴィンチだ。アンデルセンがついこの前来たばかりとは言え、やはり最近来たアサシンにマスターのことを尋ねるのは不可解なことだ。幾ら第三スキルまで解放しているからと言って、不適切なことには変わりない。彼女はその第三スキルの解放と共にかぶったフードをキュ、と手持無沙汰にかぶり直した。

 

避けているな(、、、、、、)?」

 

 まろい頬からは想像も出来ないほど低い、地を這うような声に、アサシンは表情こそ変わりなく、しかし瞳は冷たく少年をねめつけた。

 

「己のためだけに他者に献身するいかれっぷりは呪いでありお前の長所だろう。苦しくて辛くても、苦しくて辛いからこそ安心できる。己の不幸を己が最も喜ぶ破綻者に偽造したナルシストマゾめ。感知能力と聞いたが、その滑稽さは後天性だな? 例えば、死に瀕して目覚めた超能力といったところか。 幸運(不幸)にも手に入れてしまった能力はさぞ気持ちよかろう。お前の壊死した情感がそれをどう表現するかは知らんがな」

 

 その独擅場は最早行き過ぎて観客の一人も居ない。アサシンはアンデルセンの人間観察や皮肉を褒めそやす気も、言い合う気も、呆れる気もなくそこに突っ立っていた。その姿はこうなることが想定内だと言わんばかりだが、なにも口にすることはない。

 

「だが、マスターはそこまでいかれていない」

 

 忠告の鋭さを持って、看視するように碧眼を眇めて彼は己の演説に一呼吸置いた。

 

「アレは世界を救う戦いに献身している気もない朴念仁だ。お前が他者のために働き己を慰撫するのであれば、アレは己のために働き他者を慰撫する」

 

 カルデアの外は轟々と吹雪いている。廊下にその音は響かず、寒さも無い。元よりサーヴァントには些末な感覚だ。けれど冷たさだけは無機質な施設装飾が視界に訴えかける。

 

「しかし、お前たちについて元より浅慮な思考を巡らせることを 避けている(、、、、、)。幾ら浅学菲才でも宝具を見れば真名を名乗らずとも素性の想像はつく。ようは、くだらんことばかり考えるのをやめられんらしい」

 

 お前“たち”、とは、アンデルセンの目の前のアサシンと、よく似た相貌のセイヴァーのことだ。彼女たちの宝具は、かの騎士王と聖杯の呪いに侵されたオルタナティブのように同一の宝具とも言える。セイヴァーが旅の終わりを昇華した、星が救われる願いを形にした 貴き幻想(ノウブル・ファンタズム)であるとすれば、アサシンは旅の最中、危険を感知しては主人を敵のレンジから切り離す従僕の献身。

 それを、現代の英霊である彼女たちが聖杯探索、或いは崇高な命令の名をもって展開するとなれば、2015年現在で活動した禍災と年代は推測しやすい。

 

「言葉で教えてあげろとでも言いたいの?」

 

「そんなことは言わん。幾ら怯えようが、避けようが、ゆくゆくは直面することになるだろう。お前は兎も角、セイヴァーの方は放っておけば――いや、その為にお前が居るのか? 最終降臨させているとはマスターも意外と先見の明が……いいや、あの女の助言に乗せられただけか?」

 

 口に手を当てブツブツと呟くアンデルセンに、アサシンはもう三度は読んだ小説をまた1ページめから捲るように、怠惰そうに言った。

 

「マスターの健康的な情動のためには確かに今の状態は好ましくないだろうね。でも、アナタが言うように、それからあの女が言うには、イベントが用意されてるって話だから、その時に何かしら進展があるんじゃない?」

 

「バカめ! 用意されたイベントに期待するなど愚の骨頂! 最終章以外の元から宣言しているイベントで望んだ進展を期待するなどトーシロのすることだ。関係ないと装ったイベントで重大な設定を明かしてニヤニヤする性悪な根性をしているのが作家という生き物だからな!」

 

「……書きたいもの書いてるときとか、アナタ楽しそうだね」

 

「楽しくて仕方ないに決まっているだろう!」

 

 破綻者が笑う様子を眺めるアサシンは、アンデルセンの笑いが収まった頃に、ぽつ、と告げた。

 

「持ってないよ」

 

「……なに?」

 

「それを聞くついでに牽制したんでしょ。少なくとも私はひとつだって持ってない」

 

 アサシンの発言にアンデルセンはくっきりと眉を顰め、つまらん、とぞんざいに言い放った。何を持たぬかわざわざアサシンが告げる必要もあるまい、ここで会話している二人はお互いに何が無いのか分かっている。

 

「想定内というか、想像通りだと思うんだけど」

 

「それが一番つまらん! ええい、殺人事件にオランウータンが犯人だと名乗る方がまだ面白いぞ! チャイニーズが秘薬だの拳法だの使った推理小説の方が断然評価できる!」

 

 ヒートアップする饒舌さに、これ以上付き合ってられないとばかりにアサシンは霊体化して一人アンデルセンを廊下に残した。

 

「あったらあったで問題だが、 スケキヨ(怪しい奴)が正体すら本物で、怪しい以外の設定が無いと知った時の視聴者の落胆を知らんのか!」

 

 絶叫するアンデルセンに、狂っていることを除けば実に“誠実な”アサシンは声をかけることなく、毒舌で厭世家の美少年の地団駄はカルデアを少しも揺らすことはなかった。

 




取り敢えず今のところここまでとなります。続きはぼちぼち。
アンデルセンっぽく書けるか不安だったんですが、書きはじめたら脳内で勝手に喋りまくってくれたのでぽいかどうかは兎も角書いてて楽しかったです。


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電子ドラック


 目が合った。
 ――私を嫌悪している。

 目が合った。
 ――私に少しの興味もない。

 目が合った。
 ――私を見下し、憐れんでいる。

 目が合った。
 ――けれど。

 目が合った。
 ――目が合ったからには、殺さなければならぬという意思がある。

 目が合った。
 ――私は殺される。

 目が合った。
 ――殺さなければならないから、殺すのだ。

 目が合った。
 ――殺すのはいつでもいい。いつでもいいならば、今でもいい。

 目があった。
 ――殺すのはどんな方法でもいい。惨たらしく殺しても、一瞬で殺しても。

 目が合った。
 ――アレに私はいつでも殺せて、どんな方法でもいい。

 目が合った。
 ――ならば、私は。

 目が合った。
 ――興味もなく、脆弱な私は。

 目が合った。
 ――その邪視。その呪い。その偶然。その無関心。

 目が合ったのだ! 偶然にも、冬木が時空の歪みに飲み込まれたその瞬間、時空の隙間から覗いた瞳と!
 なんて、なんて最悪の不幸だ。
 稀有な確率で、目が合った。たったそれだけで私は呪われたのだ。生きながらにして死んだのに等しい。喩えその直後冬木からカルデアにレイシフト出来たといっても、私の量子は呪いを帯び、何度肉体を再構成しようと要因は排除できない。
 呪いは日々大きくなった。呪いはいつか目に見えるようになった。
 死にたくない。まだ死ねない。あの日の所長の言葉を噛み締める。私はまだ人類を救ってない……!
 死にたくない、死ねない、死にたくない、死んでしまっては、死ねない、死ねない、死ねない。私はまだ人類を救ってない。死の運命を帯びた私の肉体は死の運命から逃れる術は今この時にないことを悟って死に触れひとつの能力を得た。或いは最悪の運命に出会ったことにより感覚は異常に研ぎ澄まされた。最早どちらが先か分からない肉体に授けられた感覚(能力)と運命。あからさまに正確な精度をもって危機を察する、未来予知にも似た直感を越えた超能力。
 時間も場所も人も、危険を、死の臭い察するこの能力は、いつも最も濃い死の臭いを嗅いでいた。いつもすぐ近くに死のかおりは在った。――私自身が噎せ返るほどに濃い死の臭いを帯びている。
 死にたくない。でも死んでしまう。でも死ねない。いつか、もう少し昔の話、漠然と死は救済だと思っていた。消滅こそ解放でなくてなんとする。死がすべての人間を全てのしがらみ、罪から許すのでなければ、生まれてきた人類こそ罪の証ではないか。
 だけれど、そんな生娘の自分本位な願いを嘲笑うように。私の死は、私だけの死ではなくなってしまった。レイシフト可能なマスターが居なければ、2016年が終わるその時、カルデアでさえも宇宙から消えるとレフ・ライノールは言っていた。
 ――嗚呼、この芳醇な死の臭いを四六時中嗅いでいると、気が狂いそうだ。
 そう、自分は死ねないのだ。自分のためにだって死にたくない。でも、もう死す運命を悟ったこの体でそんな我儘は言うまい。少なくとも、2016年のうちだけでも。人類のために生きて戦わなければ。1年間だけであれば、柄じゃないけど他人のためにという大義名分も耐えられよう。自分のためであるならば兎も角、大切な家族、大事な友人のためであるならば兎も角、見ず知らずの他者のために死ねないなどという戯れにも聞こえる重苦しい言葉を、本当に私は一年耐えられるのだろうか? 分からない。分からるはずもない。分かったところで誰が責任を取る。いいやなにを言っているんだ責任を取るのは死した私だ。死ねば死んだ後も責任を取らなければいけない。ああ、ああ、ああ! この肉体から臭い立つ死の香りを嗅いでいると頭がおかしくなりそうだ! いい加減にしてくれ! 責任の問題ではない! 責任すら取れると思った自分を恥ずべきだ! 私は死ねないのだ。私がつらくて苦しいからと言って、それは不幸で脆弱な出来損ないの己が悪い。その上己の不幸を70億の他人の命に差し響かせるなんて償えるはずもなく、だから死ねないだから立ち向かわなければだからだからだから――でも、こんなに死の臭いがすぐそこに在る!
 正気の淵と狂気の谷で体をぐらつかせながら臭い立つ死が刻限のあるものだと理解しながら恐怖と別離する。そんなことが可能だと言うのは無恥な愚昧か無知な善人だけではないか。狂えないのだから感情を切り離せるわけがないではないか。死に対してきちんと恐れおののくしかない生きてる私を見て。私の体を隅々まで見て。頭の天辺から爪先まで、既に凡そを呪いに浸されたこの体を。ドクターは執念だと評した。死の呪いを受けながらも、魂が先にどこかへ墜とされない、己を生という名の呪いで縛る姿を、執念だと。
 目が合った誰かのせいで息をすることすら“必死”で、死することを忌避するあまりに“必死”の己を己で呪う醜さ。この矛盾をやり過すために狂気に侵されれば楽だと言うのに、任務の完遂がそれを否定する。私が弱かったからだ。私に運がなかったからだ。私に要領が無かったからだ。いつもおんなじことばかりぶつぶつ呟いてはおんなじ帰結に至る。そういう醜さが私の限界だ。呪いは膨れ上がり死は着実に進行し私以外誰も人類を救える人は居なくて狂いそうで狂いそうで狂いそうで狂いそうで狂いそうで――――でも、狂えないし、死ねなくて。

「意識が回復する可能性が――」
「元々あの少年にはさほど外傷も――」
「凍結せず寝かして点滴を打っていたのが功を――」
「――ちゃんが契約しているのは二人――」
「幸い起源が――」

「――――それ、ほんと?」

「り、りつかちゃん……」

 ぱきゃ、と耳の裏で軽い音がした。
 なにかを踏んづけてしまったような軽快な破壊音に、もろくなって壊れやすそうな音を立てたソレがもう戻らないであろうことを察するのは容易であった。

「――ア、ハ」

 誰かの哄笑が耳を劈く。すぐに喉が痛くなって、笑っているのが私だって気付いた。だっておかしくってしかたなかった。








 ジリリリリ
   ガシャンッ
  じ……ジジ………ジ…

「――――ハッ、は、っ……はぁっ、はぁっ」





 

 

「みんなお疲れ様ー!」

 

 狂の修練場を回り終え、ぼんち……いや歌舞伎……いや八連双晶集めに協力してくれたサーヴァントたちに声を掛ける。マシュとスーさんはバーサーカーに不利にならないからクリティカル落ちの心配が他より少なくて本当にありがたい。ジャンヌとかダビデを入れると最強の守りの布陣だ。孔明先生を入れると効率がより上がるうえ敵を足止め出来てかたくなるし、ゲオル先生もヘイトの稼ぎが上手いのに対し生存性はピカイチだ。

 

「マスター、最近少し防御に寄りすぎでは」

 

「これだけのサーヴァントが居て、毎回似たような構成では上手く活用出来てるとは言えんな」

 

「うっ」

 

 穏やかな微笑みと冷ややかな無表情が同時に俺に諫言を送る。その男女は魔術に関して俺の先生を買ってくれているサーヴァントだ。スーさんと孔明先生、冷たい物言いは俺のためであって決して沢山サーヴァントが居るから絆上げに時間がかかっているとかでは無い。無いったらない。

 

「此方の色男に戦略も教えて頂いていると聞きましたが、最近は深く考えずとも落ちないような指示と戦闘に長期化の傾向があるように感じます。なにかお困りごとですか?」

 

「ファック! なんだその呼び名は!?」

 

「女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男の異名をお持ちと――」

 

「待ってなにそれ詳しく」

 

「彼の弟子になって王冠(グランド)階位を得なかった者はいない、などという話も昔聞いたことがあります」

 

「誰だそんな世迷い言をいった酔っぱらいは! 或いは創作と現実の区別もつかんジャンキーか!」

 

 穏やかに笑ったままのスーさんと真新しいネタにキレる様子の先生を見るに、普段交流がない事は明らかだ。そもそもスーさんは戦闘メンバーになる以外で殆ど実体化しないし、その中でも顔を会わせるメンツと言えば喧嘩っ早かったり因縁のある相手が居たりするサーヴァントが大体といったところだ。仲裁役をよく買っているらしい。

 

「しかしマスター、実際、何か気掛かりでも? 大きな失敗を恐れて保険を掛けているように見えるが」

 

 死ぬほど不機嫌そうな顔で(平常運転と言えば平常運転だ)仕切り直して先生はそう尋ねた。他の戦闘メンバーは話を聞く態勢になった二人と俺を見て気を使ってくれているのか少し離れた位置に居る。

 

「ん、そんな大したことじゃないんだけど……」

 

「大したことではないならば、逆に我々は歓迎してその問題に当たることができます」

 

 問題は小さな内から相談してくれ。俺以外にもよく言っているロマンの姿が思い浮かぶ。大きな問題は対処が難しくて時間もかかる。であれば小さな内から気にかかることを吐露するのは、我々のように後がない、閉鎖的な環境で生活する身としては義務に近いのだろう。

 でも、うーん。その、言葉にするのは稚拙で恥ずかしいなあ。

 

「夢見が悪い……ううん、悪いっていうか、」

 

 先生が眉を吊り上げるのを見て背筋が撓る。だから子供っぽくてあんまり言いたくなかったんだよぅ…。

 

「どんな夢かね?」

 

「あの、えーと」

 

 しかもこの夢、今更ながら言葉にすると変態っぽいんだった……!

 

「なんだねマスター」

 

「それは今朝遅刻した原因ですか?」

 

「ご、ごめん。目覚まし時計壊れちゃって」

 

 夢の内容を尋ねる先生と、今朝の遅刻の話題に言及するスーさんに思わず謝る。最近寝起きが悪かったのは本当だけど、今朝は早めに起きていたのだ。しかしそれを説明するのは言い訳がましい気がして、遅刻した際も謝罪だけで済ませてしまっている。

 俺の縮まった様子に彼女は殊更穏やかな声でいいえ、と首を振った。

 

「責めているわけではないのです。ただ、マスターの困りごとを解消できれば、と。夢の内容も、整理した方が話しやすいのであれば、ゆっくり待ちますとも」

 

 ねえ、と先生に同意を求めるようにスーさんが振り向くと、彼は唇をむっつり押し上げたまま俺を上から下まで眺めた。

 

「少なくとも戦術を考えるのを朝ではなく夜にしたら当面の問題は解決できるだろう。だがな、覚えておけ、マスター。夢というのは案外重要なものだ。もし我が身が夢の中で自由に動くようであったなら、その夢で死ぬことは精神の死に繋がり得るということを肝に銘じておくことだ」

 

「――自由に動きは、」

 

 する時もあれば、しない時も。

 

「そうでない、となれば。誰かの追体験でしょうか」

 

「――ふん、」

 

 顎をしゃくって煙草を銜えた先生は、数瞬火もつけずにソレを口ごと手で押さえた後、俺に向かって無表情のままこう言い放った。

 

「夢の内容について1200文字以上のレポートに纏めて3日以内に提出するように。その間わたしの他の課題は後回しにしておけ」

 

 そうして煙草に火をつけると、返事も聞かずマシュが用意してくれたサークルに向かって足早に去って行ってしまった。

 

「それにしても、マスターは目覚まし時計を愛用していらしたのですか? ベッドに備え付けられた時計にはアラーム機能がついていると思いましたが」

 

 先生のツンデレに言及することなく尋ねられて、この女性は寡黙なタイプに対し喋らせるのを目的にコミュニケーションの一環でからかうことはしても、他人を評価してからかうことはないのだなあと思い至る。喋りたくもないのにからかわれて喋らされる方からすればたまったもんではないんだろうが、多分それを聞いた第三者の評価材料を増やして高評価を下しやすい一面を引き摺りだしているのだろう。

 先生に関して言えば余計なお世話だと言いそうだけど、これが彼女の生前の生き方に由来するとすれば、摩擦が少ない生活の方が自分も暮らしやすいという判断もあるのではないだろうか。

 

「そうなんだけど、変な夢見てから寝起きが良くなくて。最近ベッドのと目覚まし時計で二重にアラームかけてたんだよね」

 

「なるほど、そうでしたか」

 

「ほんとは目覚ましの時間に起きてたんだけど。止める時に吹っ飛ばしちゃってネジが飛んでったみたいで。直してたら余計こんがらがっちゃったんだ」

 

 相談と言う程でもないけど、どうも1対1になると自分の失敗を吐露しやすい。と、いうよりマタ・ハリ然り、マリー然り、スカサハ師匠然り、女性のサーヴァントは反応こそ様々だが聞き上手、探り上手だ。男性ではクー・フーリンたちも失敗を笑い飛ばしてくれるから気負わずに話せるというものだ。

 

「目覚まし時計を直していて遅れたのですね」

 

「うん、まあ」

 

 へら、と笑って後頭部をかけば返される微笑み。いつかスーさんのことを乳母(JD)っぽい、などと評したが、それは誰をも評価し、己の利益より他者の信念や努力を認める公平な一面にあるように感じる。悪く言えば躾染みている。別の側面を切り取れば聖書・救世主同様絶対的に高潔な人であり、存在そのものが判断基準に成り得る。

 彼女には確かに誠実で、思慮深く、慈愛に満ちている。尊大にならず、臆病でもない。自我も暴走していない。母のようであり、俺を優先するという点では乳母のような在り方なのだろう。音に聞く覚者やダビデの子、今や誰も正式な発音を知らない存在など、彼らが一種突拍子もないお伽噺の存在に思えるように、俺は時々この人が、どうしてこの世に降り立っているのだろうと不思議でならない時がある。聖ジョージや聖マルタを指す二度の奇蹟の体現者としてではなく、彼女はピタリと型に嵌ったように、数多の誰かが想像する聖人の様相を成している。

 

「時計は直ったのですか?」

 

「えっ、うん?」

 

 つらつらと考え事をしていたせいで、語り掛けられた言葉を拾い損ねる。

 

「目覚まし時計です。今朝、修理していて遅れたのですよね」

 

「あー……魔改造しちゃったし、直んないかも」

 

 必要ないので眠らないというタイプのサーヴァントも居るし、起こしに来てもらうのも手かなあ、と考えているとスーさんは「では」と提案の一声を挙げた。

 

「レオナルドの他、エミヤか二コラ・テスラに修繕を頼んでみては如何でしょう」

 

「ダ・ヴィンチちゃんとエミヤはともかく、テスラ?」

 

 万能人にして絵の他に発明まで熟す技術部署のダ・ヴィンチちゃんは想像に容易く、エミヤに関しては魔術を習う初期段階でメディアさんに特別講師として呼ばれていたので想像がつく。少なくとも現代の魔術師は物事の核である中心を即座に読み取り、いち早く変化させるために構造を把握するのであって、エミヤのような特性を持たないと隅々まで把握するのは無駄に尽きると扱き下ろされていた。魔術師たる者一度は彼を扱き下ろしておかないと気が済まないと謂わんばかりに呆れたように扱き下ろされていた。

 しかし時計の修理と二コラ・テスラについては想像がつかない。雷電の天才は第四特異点ロンドンでマキリ・ゾォルケンによって召喚された敵対サーヴァントだったが、当時は狂化を受けており、敵であった時ですら人類の存続には肯定的だった。ならば縁も繋がろうというもので、アンデルセンなんか然り、カルデアに来てくれたサーヴァントの一人だ。

 

「二コラ・テスラは直観像記憶を持っていまして、5歳の時にはオリジナル水車を作ったそうです。把握能力という点では彼も優れているかと」

 

「直観像記憶?」

 

「カメラアイとも呼ばれる瞬間記憶能力ですね。一度本を見れば丸暗記でき、言語も堪能で八ヶ国語を操るそうです」

 

「……創作キャラ?」

 

 ぼくのかんがえたさいきょうきゃら、みたいな説明に聞き返せば「ご存知の通り実在の人物です」と苦笑された。

 

「そもそも交流って具体的になんだか知ってる? ……電気って認識であってる?」

 

「概ねは。詳しい説明はそれこそテスラに聞くのが正確とは思いますが」

 

「専門家に聞く前におおよそ教えてください……!」

 

 もはや胸倉掴みかかる勢いで頼み込む。偏見かもしれないけど、専門家って間違って伝わらないように事細かに教えてくれるから、逆にそのせいで素人は専門知識に圧倒されるイメージがある。或いは科学的で複雑なものを要所を省いて簡単に理解しようとするなんて虫のいい話なだけかもしれない。いやでも概要だけでも先に…! 俺文系なんです……! あっやめてマルクスやカントで殴らないで!

 

「簡略に説明すると誤解を招きかねないのですが、ええと、そうですね。消耗していない状態の話ですが、乾電池は電圧が一定、これが直流。交流は時間と共に電圧が変化します。コンセントなどの家庭用電気、電波などは此方にあたります」

 

「はえー」

 

 言っていること自体は分かる。しかし何故交流と直流を使い分かるのかを想像するのは少しばかり億劫だ。昔学校で習った時も正直なんとなくでしか覚えていなかったのが仇になったのだろうか。こんなことを考えていると、スーさんに作ってもらった教科書代わりのノートの、サーヴァントに関するページに後で子細を書きこまれそうな気がしてならない。

 

「テスラが自慢気に言ってたけど、交流ってなにがすごいの?」

 

「最大の利点は変圧が容易な点です。パワーを出すことも、無害な電流を作ることも出来たため、電流戦争とも呼ばれるエジソンとの敵対関係の際、数百万ボルトの放電をする共振変圧器の下で読書をするパフォーマンスを行ったりもしました」

 

「エジソンかあ、日本ではそっちのが有名だよね。彼も星の開拓者スキル持ってるのかな」

 

 二コラ・テスラを知らない日本人は数多く居れど、エジソンを知らない日本人はまずいないだろう。発明王として名高い彼ならば――と思ったのだがスーさんの何とも言えない表情を見て、あ、なんか根本から違うっぽいぞ、と察せざるをえなかった。

 

「エジソンはどちらかというと、発明の才よりは商才があったとも。他者の革新的発明を世に普及させる才能に富んでいましたから」

 

「じゃあ人属性でテスラとあんまり相性良くないね」

 

 実はまだいまいち天地人星属性を上手く脳内で振り分けられていないのだが、エジソンほど最近の人物で星属性でないとすれば天地属性ではないだろう。

 

「ええ、発明家やロンドンで会った碩学たちなど近代の存在は概ね人属性ですね。例外としてジキルとハイドは地属性になりますが」

 

「えっ、地属性!?」

 

「はい。フランもその枠に当て嵌まります」

 

 ヴィクター・フランケンシュタインの作り出した生命であるフランは原作小説でも「怪物」と呼ばれていたため想像はついたが、最近の人物だしすっかり人属性だと思っていたジキルとハイドも地属性だったとは。そうかあ……。

 

「英雄王ギルガメッシュも人理が破滅に追い込まれ、もはや一人の力ではどうにもならないという時に王として奮起すれば、天属性ではなく人属性になるというものでしょう」

 

「それって未来のこと? それともただの予想?」

 

「どう思いますか?」

 

「うっ……」

 

 完璧な笑い方はちょっとばかしダ・ヴィンチちゃんに似ている。ロマンといい俺といい、冴えない男は二の句を告げない状況に早変わりしてしまう。だけど、かの王様が、自分だけじゃどうにもならないと判断する状況は想像に絶する。既に世は終わりにも等しいけれど、そんな状況実際に起これば本当に「この世は終わり」なのだという嘆きさえ零れそうだ。または、属性は一部変化球にも思われるパターンがあるという彼女からの警告だろうか。

 

「ねえスーさん、天地人星の属性で一番該当人数が少ない属性ってどれだったりする?」

 

 変化球が多いなら一度全部覚えるに尽きる。テストじゃないんだから一夜漬けなんて概念はないのだ。多い所よりは少ない所から覚えていく方が性に合う、と尋ねれば、すぐに答えは返された。

 

「その四つでしたら間違いなく星属性です。現在召喚可能なサーヴァントは、二コラ・テスラ、スカサハ、ロムルス、ジャンヌ・ダルク、フランシス・ドレイク、モーツァルト、レオナルド・ダ・ヴィンチ、それから私、セイヴァーで全員です」

 

「8人って、ほんとに少ないね」

 

「困難を打ち破る象徴、或いは人類史の中で大きな希望を残した人物、または星そのものと間接的に接触のある人物を指す属性ですから、これから出会うサーヴァントに関して言っても、そうそう増えることもないでしょう」

 

「そっか、なら覚えやすい」

 

 一息ついてから、ふと疑問がよぎって首を傾げる。彼女の発言についてだ。「それから私、セイヴァー」という言葉は、違和感を覚えるに十分な構成の文章だ。素直に聞けば、肯定と共に、視認できる位置まで追いついたサークルの周りにたむろするメンバーを指さされ、少し急ごうと目配せされる。続きはカルデアでも聞ける話ではあるので、分かったと首肯した。

 

「アサシンは人属性です。困難を打ち破った経験がありませんから」

 

 速足になりつつもそう説明されて、辛辣さに苦笑する。スーさんの中では否定ではなく事実なのだろう。声色はいつもと変わりない。他のサーヴァントに対しては非難とも取られかねないこういう発言をその人物が居ないところで聞いたことがないので、恐らくお互いに遠慮がなかったりするのだろう。

 

「私はそもそも、星と相克する属性の敵対者と定義されておりますので」

 

「星と相克する属性……?」

 

「マスター! ちんたらしてないでちゃっちゃか帰りますよ!」

 

「はーい!」

 

 サークルで待っている一人のマルタにぴしゃりと言われ、少し距離があったので叫んで返す。速足から小走りでサークルに向かい、皆の元に行ってごめんと一言謝った。

 

「最近だらけていますよ、夜遅くまで起きていませんか?」

 

「ごめんな、マルタ。目覚まし時計修理してもらうつもりだから、そしたらもうちょいマシだと思うよ」

 

 ちょっと怒った顔でしかたないですね、とマルタが言った後に、ロマンが一言断ってからレイシフトを行う。擬似量子転移が終わり、内部の固定ベルトを外しコフィンから出れば、数時間前まで居た筈のカルデアの無機質な作りがやけに目についた。

 

「ではマスター、レポートを忘れないように」

 

「うん。今日はありがとう、先生」

 

 言って、孔明同様サーヴァントたちが各々歩いたり霊体化したりして去っていく中、一度霊体化して消えたはずのスーさんがぬっとすぐ隣に現れた。

 

「うわっ」

 

「マスター、諸葛孔明がお固くて苦手ですか?」

 

 驚く俺に反応せずひっそり囁かれ、うっと詰まる。いや、魔術を教えてくれるし、スキルはNPも増えるし、いい人だし、嫌いなはずがない。ただちょっと先生すぎてとっつきづらいだけで。ゲームに誘いたいけど切っ掛けがないだけで。いやサーヴァントの人数が多くて一人に時間が取りづらいっていう理由もあるんだけど。

 

「いっ、いや、そんなことは! ツンデレは世界を豊かにするって古事記にも書いてあったし」

 

「レベルももう少しですし、禁断の頁も無間の歯車も常時入手できるクエストが出現しましたから、彼の第三霊基再臨をしてみてはどうでしょう。第三スキルも優秀な上、良きにつけ悪しきにつけ、何か変わると思いますよ」

 

「……またスーさんの再臨遠ざかるけどいいの?」

 

 限定的な特異点や魔術王が細工した特異点で新たなサーヴァントと縁が結ばれるたび、スーさんの召喚術スキルもあってか結ばれた先からカルデアにみんな来てくれるため、彼女のためにと集め始めたピースやモニュメントだが、個数分死守し続けるというのも他に必要としているサーヴァントが居る手前中々心苦しい。レア度ごとに凡そ来た順で育成しているし、種火をもう少し集めればそのまま個数分残したモニュメントで霊基再臨が可能なのだけれど、とひっそり眉を顰めるとフォローの言葉が入る。

 

「そもそもこれだけサーヴァントが居ますと、ピースやモニュメントを複数要求するサーヴァントの育成が後回しになるのは致し方のないことではないですか」

 

「もしかして第三再臨、嫌だったり?」

 

 ふと疑問に思って尋ねると、実に感情の統制された笑みで「マスターが戦力と必要として下さるのに、果たして己の変質を許容できない者が居ましょうか」と返される。漢語で言えば(いや、そんなはずはない)みたいな反語表現だろうけど、強化にあまり乗り気ではないのだろうかと首を捻る。少なくともレベルが低ければ己の十全を出し切れないと嘆くサーヴァントは居ても、弱いままで居たいという声は未だかつて聞いたことがない。

 

「んん、まあ、考えてはみるね。先生の霊基再臨」

 

「はい。開幕にNPを半分溜められるというのは多くの礼装と相性がいいですから、是非ご検討下さい」

 

 戦略的なセールスポイントも追加したのでもう去ろうという彼女は、はっと思い出した顔をした。

 

「どうしたの?」

 

「マスター。もし、彼と仲良くなって一緒にゲームをする仲になっても、彼のプレイする大戦略を見ているだけならば兎も角、手を出してはいけません。Hearts of IronやCivilizationもダメですからね」

 

「な、なんで?」

 

「マスターの人生の時間が短くなるからです」

 

 あまりに真剣な瞳に、じり、と半歩後ずさりつつ、勢いで頷いてしまった。そのシヴィライゼーションとかハーツオブアイアンってのは、なにがスーさんをそこまで思い詰めさせるんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見ろよライダー、ボクだってやれば出来るのさ! ……あれ?」

 

「うわあああああ!?スーさん!?変わるってこれのこと!?変わりすぎでは?!?」

 

「汎用性が高いといっても重用するにつけ過労死ラインを見極めねばなりませんよ」

 

「いやスキルのことじゃなくて!」

 

「待ってボクこれから本物の孔明レベルに働かされるのか!?」

 

 

 




テスラの人生追えば追う程異世界転生ものの主人公みたい


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唐辛子ピクルス

「認知して! 認知! にーんーちーしーてー!」

「うわあ!? 物理法則が定着してから異種交配でキメラが生まれる確率は大幅に引き下げられたと思ったのに!」

「誰がライライガーだ」


「よーし、じゃ、オートマタを狩りにいこうか」

 

「まあ、マスター。また歯車が足りなくなったのね? 行き先はオールドストリートかしら!」

 

「その通りです……」

 

 マスター・藤丸立香の発言に、砂糖菓子のように甘やかな声で返事をしたのは、つい先日童話の姿から少女の姿に霊基再臨したナーサリー・ライムだった。傍には他にも幾人かのサーヴァントが控えており、これからレイシフトという様子だ。

 既に計算は終了しており、現在中央管制室にいるスタッフでレイシフトを実行する、というタイミングであったのだが、指令室の扉はバターンと勢いよく開かれ、そこから絶世の美女が現れた。

 

「ごめ~ん、リツカくん。技術部が戦闘服に新たな機能を追加したから、今日はそっちを試して貰いたいなーって」

 

「……レオナルド。そういうのはもっと早くに言ってくれないか」

 

「ごめんごめん、さっき出来たばかりでね」

 

 呆れ顔で諫めるロマ二に、ダ・ヴィンチはさして悪びれた様子なく謝った。次からはよしてくれよ、とロマ二のついた溜息を皮切りに局員たちは休憩モードに入り、談笑など始めだした。新しいアイディアを得たのかここ最近猛然と試行錯誤を繰り返していた技術部が、ようやく出来た試作品のデータが欲しくてうずうずして駆け出して来たのだろうというのが、技術部を遠巻きに眺める、レイシフトに関するコントロールや存在証明を担う局員たちの概ねの見解である。

 畑が違う上に三桁はいた局員が十数人程度になった今、レイシフト関係を受け持つ局員は技術部署の局員を、専門もあるだろうにやることが絞られて大変そうだなあと眺めていた。自分の頭脳が助けにならないのならば眺める他ないのだ。逆に技術部署の局員は人数が大幅に減って 労働時間(シフト)が増えている上に、定礎復元を一度成すまでマスターたる少年は毎秒命の危機に瀕しているのだから、絶対に失敗出来ないというのは責任重大で大変そうだなあと思っていた。自分たちが研究に睡眠時間を割いているのはまあ、院生だった時に比べればまだマシ、という感じである。逆に睡眠時間を削りすぎると絶世の美女に「効率が落ちてるからもう寝なさい」とベッドに投げ込まれるので、そこまで苦労している感覚もないのだ。

 

「えーっと、着替えてくるからちょっと待ってて」

 

「部屋のノブに掛けてあるからよろしくー」

 

 サーヴァントたちに断りをいれるカルデアの制服を着たリツカ少年にマイクを通してダ・ヴィンチはそう告げると、空いている席に腰を降ろしてパソコンの個人設定を幾つか弄りだした。やれやれ、という感じでサーヴァントたちもまた待機命令に大人しく従った。

 先ほどマスターとおしゃべりしていたナーサリー・ライムは今日の戦闘メンバーをきょろきょろと眺め、あら、と感嘆に似た声をあげた。

 

「こんにちは、はじめまして」

 

「はじめまして、可愛い絵本のナーサリー・ライム」

 

「あら、あたしを知っているのね!」

 

 うふふ、と口元を手で覆い嬉しそうに笑った少女の絵本は、キラキラした目で興味深そうに初対面のサーヴァントを見つめた。対するサーヴァントは赤ん坊が笑っただけで喜ぶ大人のように、少女の絵本が愛くるしいのを満足げに眺めている。

 

「先日戦闘に同行したシェイクスピアに聞きました。アンデルセンの次に召喚されたそうですね」

 

 流れとしては、シェイクスピアが召喚され、立て続けにアンデルセンが召喚され、それから二人の立ち合いの元ナーサリー・ライムが召喚されたという、運なのかサーヴァントそのものが触媒として効果を発揮したのか微妙なラインナップである。

 

「そうなのだけれど、アンデルセンったらいじわるなのよ! あの人ったらお口も悪いし、人魚姫だって『リア充爆発しろ!』だなんて言ってハッピーエンドに書き直す気はないって言うの!」

 

「アンデルセンは、あの通りの人ですから」

 

「むう。ひどいわひどいわ!」

 

 唇を尖らせる姿は実に愛くるしい。微笑んだままサーヴァントはちらとシェイクスピアと同行した戦闘を思い出した。実際はアンデルセンと、その上モーツァルトまで一緒に戦闘に参加させたので、嫌味、演説、冗談の大合唱で地獄絵図この上無かった。モニター越しにロマ二まで絶句と苦笑いを繰り返していたし、ダ・ヴィンチに関しては抱腹絶倒でその後数時間脇腹を痛めていた。

 何でそんなある意味極悪サーヴァントたちと、しかも最悪の組み合わせで戦闘に同行したのかと言えば、マスターにドラえもん感覚で頼られたからだ。曰く、 戦闘(仕事)を頼んでも、その舌でのらくら躱されて全然性能が分からない、と。全員反抗するならば、むしろ反抗を一度に纏めてしまえというのが頼られたこのサーヴァントの弁であった。結果として複数回に及ぶ戦闘から性能は分かったが、マスターの少年は大変胃が痛そうだった。そして頼まれたサーヴァントは芸術系のサーヴァントの抗議を鳥の囀り以下のレベルで気にも止めていなかったし逃げようとするそばからとっ捕まえていた。

 

「そうだ、あなたのお名前を聞いていなかったわ。教えてちょうだいな」

 

「スー、とお呼びください。今のところ唯一のセイヴァーですから、クラス名でも構いません」

 

「おばさまの愛称かしら? 本名はスーザン? スザンヌ?」

 

 近くで待機していた他のサーヴァント――メディアなどはナーサリー・ライムの発言にぎょっとした顔をした。10にも満たない少女の形をしたナーサリー・ライムからすればハタチ前後のセイヴァーは確かに『おばさま』に当て嵌まるだろう。孫も居ないのにおばあちゃんと呼ばれるのは奇妙だというご婦人もいれば、子供が出来なかったから孫が出来たようでうれしいという老爺も居る。しかしハタチ前後は花盛りと称される現代、フェイトシステムから授かった現代の常識もありメディアはちょっと目が虚ろだ。恐らくオケアノス定礎復元の後召喚されたリリィの存在も大きいのだろう。14歳がなによぅおのれ小娘百合の花言葉が純粋無垢だというならリリィじゃない私は純粋無垢じゃないっていうのあー……キャスター、それは被害妄想というものではないかねおだまりなさいアーチャー!アナタもどうせ近々過去の己がカルデアを闊歩して胃を痛めるのよ!キャスター、彼は既に投影魔術やリミテッド/ゼロオーバーに胃を痛めていますからそこら辺にしておいてあげて下さいあらそうねライダーところでどうしてオートマタ討伐に?マスターの護衛役に専念しつつ絆上げでも、と思いましてとかなんとかわちゃわちゃしている横で当のセイヴァーとナーサリー・ライムは穏やかだ。

 

「それを尋ねるのは野暮というものです」

 

「ミステリーみたいだわ」

 

「ミステリーというほど難しい問題でもありませんよ」

 

「でも、もう起こってしまったものを隠す人みたいだわ、スーのおばさま」

 

 書いてあることを読み上げるように残酷なまでに怜悧に、少女の絵本はサファイアの瞳をまたたかせた。

 

「私の物語ではご満足いただけませんか?」

 

 セイヴァーは怒らない。むしろ、実に愉快そうな瞳を微笑みの表情になんとか落とし込むようにナーサリー・ライムと歓談を求めている。その作り込まれたような狂気が本当に作られたものであるとすれば、ナーサリー・ライムはそんなもの見慣れている。物怖じひとつせず彼女は悲しそうに目を伏せた。

 

「悲しい運命の人が、自分の身を犠牲にしてみんなをしあわせにしたお噺みたい。幸福の王子様なんてぜんぜんハッピーエンドじゃないのだわ。どうしてそのことを隠してしまうの?」

 

 駄々をこねる稚児のように、或いは理不尽な大人に憤る子供のように、ぷんぷんとナーサリー・ライムはセイヴァーを詰った。甘い紅茶を好み、甘いお菓子を好む子供の甘やかな唇から発せられたからこそ気に入らないという感情すら耳障りがいいが、これがアンデルセンの口から語られたとしたら「お前の自己犠牲を見ていると他人は気分が悪くなるのに気付かないのか、馬鹿め! その上隠し通せない能無しか? 慰めて欲しいなら洗いざらい吐くことだな毒婦めが」といったところだろう。

 セイヴァーはしゃがんで、手でおいでおいでと少女の絵本を極めて近くに寄んだ。少女の絵本は笑わなければ毒気もないセイヴァーの意図を何となしに掴んだ様子で軽やかに近寄った。セイヴァーは ナーサリー・ライム(アリス)に親近感を示すように、彼女の耳元に手を添えて囁く。

 

「とってもこわいの」

 

 自分が物語の主人公だったら、という心象風景を現実に持ち込んだ、元となる哀れな少女(ありす)を今でも現実に映し続ける ナーサリー・ライム(アリス)に、相似を隠し切れずこっそりと秘密を打ち明けるように。生まれ直した ナーサリー・ライム(アリス)に私もなのよと前世を打ち明けるように。セイヴァーは秘めやかに、繊細に、恥ずかしそうにひっそり告げた。

 それを聞いたナーサリー・ライムはきょとん、とまたたきして、そっとセイヴァーを見た。穏やかだが、照れてでもいるように、自分の頬にそっと手を当てて彼女は微笑んでいる。

 

「だったら私とあそびましょう! あそんでいればこわいことなんて忘れちゃうわ。かくれんぼがいいかしら、オニごっこがいいかしら、おままごとがいいかしら!」

 

 うふふ、と笑ってセイヴァーの手を取りくるくると回るナーサリー・ライムに、身長差から下半身を軸に上半身ごと振り回されるセイヴァーはされるがままに中央管制室を回り続けた。「あはは」「うふふ」「楽しいわ楽しいわ楽しいわ!」周りはなんだなんだと怪訝そうに眺めたが、ナーサリー・ライムが実に嬉しそうなのでそのままにさせていた。

 

「お待たせー。って、あれ、スーさんとナーサリー仲良くなったの?」

 

「ふふ。そうだわマスター、今度マスターとスーのおばさまで一緒にお茶会しましょう?」

 

「おばっ……!? わっとっ、」

 

 ナーサリー・ライムはリツカの手も取り、今度は三人でくるくる回ってみせた。一人人間で三半規管が弱いマスターの顔が青くなり始めたのを見計らって、エミヤがこほん、と円の外側で咳ばらいをした。

 

「ナーサリー・ライム、そろそろマスターとオールドストリートに行かなければ」

 

「そうだったわ! ……あら? マスター、だいじょうぶ?」

 

「ひれ、ほろはら世界がまわるぅ」

 

 足をがくがくさせて地に蹲るリツカの背を無言でさするメドゥーサと、SUSHI然り偏った知識で「こういう状態のマスターに棒を持たせてスイカにアタックするのがスイカ割りなのよね」と呟くメディアと、やれやれと溜息をつくエミヤを意識する余裕も無く世界を回しているリツカは視界の端で少女のように笑うセイヴァーを見た気がした。

 

「あー、じゃあ、15分休憩を継続するから、レイシフトまでに緊張感を取り戻しておくように」

 

 多くのコフィンが別の部屋に移動し、だだ広い印象を受ける中央管制室で、ロマニが気の抜けた声で指示をだし、気の抜けた返事がぽつぽつとあがった。彼は肩の力をフッと抜いて、手慰みに控えておいたペットボトルの容器をぱきぱき握って背凭れにだらり、と疲れたように垂れた。

 

 

 




本当は進行的にはマーリン、お勉強会小話的にはアルジュナの予定だったのですが、伏線とか示唆に関する話だけ書いてたらこれまでもこれからも男性サーヴァントばっかりだったので息抜きに。


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メアリー・バッドエンド

 先生、もとい諸葛孔明に夢に関してのレポートを課せられたのは先日のレイシフトでのことだ。今までも英霊たちの過去、或いは葛藤という名の夢にお邪魔した経験はあるが、最近俺が見ている夢とそれは多少位相が異なるように思う。

 困難、葛藤というならば確かに。怒り、苦しみというなら確かに。断続的に見てきた夢の宿主から感じられる憐れさは確かに英雄や反英雄たちの華々しい活躍、宿命の裏に隠れた一面とよく似ている。そういう英霊たちの説話と同じように、その夢は過去に終結を迎えたものだ。それが再生されているに過ぎない。

 

 ――ひたり、と。背筋が冷たくなって思考を遮断される。

 

 首を振って強張った表情を隠すように顔を手で覆って椅子に座ったまま身を屈める。産気づいた女性のような恰好で、俺は想像上の恐怖を頭に孕んで肥大させた。目を瞑れば時が毒素を押し出すように怖気を除いてくれる。そんなに大したことではない。自分の信念――大それた物言いだ。生き方と言った方がまだ恥ずかしくない――とそりが合わない、それだけの話だ。変えることも出来ず、盲目することも出来ないその生き方と、“他人”の生き方が、そう、お互い剥き出しの部分が触れ合う不快さに耐えられないだけなのだ。それも、想像上の。だから、まったく大したことではない。

 

「うーん、とは言っても」

 

 少しして平生に戻った精神状態でテーブルに向かい直す。夜の7時にもなれば教室の形態に近いこの多目的ルームに殆ど人は寄り付かず、現在俺の他には誰もいない。節電のため端っこで一部の電灯だけつけて白紙のレポートと向き合っているのだが、全然文言が浮かんで来ないのだ。スーさんの教え方が高等学校教育の形を取っているとしたら、孔明の教え方は多分大学教育の形に近いと思う。習い方そのものに大きな違いはないのだが、宿題の形が異なるのだ。

 孔明だけが求めるレポートというものが結構曲者で、小論文もあまり得意でなかった俺は習い始めの頃などひっきりなしにうめき声を上げていた。「なにが言いたいんだこれは」「何故最後に教訓めいたものを紡いでいい話風にする」「せめて結論を書け」「三段論法すら知らないのか」……思い出すだけでも呆れた先生の顔が印象深い。

 そこでアドバイスをくれたスーさん曰く、取り組んだ課題の明記・仮定・何かを試みた場合方法の詳細、結果・考察・結論の流れを汲むと形式自体は安定するということだった。ゼロから創造するのは難しいので、文献を引用して比較するといいとも。その工程を思い浮かべて、仮定や参考にする文献が浮かんでこないことに目をつける。じゃあ取り敢えず、方法・結果の部分から手を付けてみようか、と頷いた。この場合の方法・結果とはつまり夢の内容で、それを纏めることで何かしらの要因が見えてくるかもしれないという希望であり、そこが一番重要だしそこくらいしか今のところ手を出せるところがないという判断だ。

 夢日記などもつけていないので、俺は取り敢えず思い出せるところから散文を連ねることにした。後でレポート調に纏めよう、と樹系図の形をとってペンを走らせる。

 

 まず恐らく、この夢のさいしょ。気付くと俺は夢の中で女の子になっていた。そこでキャスターのクー・フーリンにしきりに驚かれた。ラノベみたいな呑気な話だ。

 

 いちばん多く見る夢は、女の子のすすり泣き。姿は判然としない。ただ声だけが強く響いていた。自分を不出来だとひどく責めていて、その様は狂う寸前の人間を見ているようだった。しかし、彼女が己の不出来さを呪いながら叫ぶように謝っている時は、思う存分狂えるとでも言うかのようだった。或いは狂気で壊れる前に己をどう上手く使うか冷ややかに考えている均衡状態にも思えた。

 

 「アナタのそれは病です」

 赤い服に黒いスカートを穿いた、現代に近い時代の軍服っぽい衣装の女性に強い口調で断じられる夢。最初のように動ける時と泣き続けるのを聞く際のように動けない時、パターンはふたつあるがこの時は動けず、俺の意識が入っている体は笑ったように思えた。

 

 女の子の体が俺の意思で動くとき。よく、キャスターのクー・フーリンとカルデアを用もなくほっつき歩いた気がする。俺が喚んだ彼とは違い、諦めた瞳が印象的でよく覚えている。頑是ない子供の我儘を聞き続けて、そんなに言うんだったらしかたない。お前が意思を貫き通す限り俺も付き合ってやるよ。とでも言うような、破滅を前に味方のために笑う姿は、彼から諦めなんて見たことないのに、それでもよく知るキャスター・クー・フーリンの豪放磊落さを見事に表していて、少しだけ恐ろ、し、かっ た…………

 

 

 

 

 

「おはよう、藤丸立香くん。君は今まで、気弱な人間や、逆になんでもできる人間に嫌われた経験が無いかな?」

 

 嗚呼、また夢だ。そう思ったのにいつものように柔らかな肢体やたわわな膨らみをこの体は持たなかった。英傑たちのように機能的な筋肉を持たず、明晰な頭脳も持たない、よく知る男の体だ。

 

「藤丸くん?」

 

「 ぁ… …」

 

 目の前で本当に嬉しそうに笑っている(笑えていない)少女、は――

 

 

 

「こんにちは、藤丸くん」

 

「……あ、こんにち、わ」

 

 場面も人も変わらない。けれど瞬きの間に時間が流れたようだ。俺はベッドの上に居て、彼女は側の丸椅子に腰を降ろした。

 

「点滴生活も終わったんだって? 最初のご飯はなんだったの?」

 

「重湯、でした」

 

「あらら、病人食だね。食堂のご飯おいしいから楽しみにしとくといいよ」

 

 少女は清爽とした物言いで慰めた。実にほがらかで人好きな声色。それなのに、あまりにも無表情。紙に書いた一枚絵のようにのっぺりとしていた。俺は紙でも噛むように、もそもそと言葉少なに物を返した。

 

 

 

「ドクターから聞いたかな、現状について」

 

 人は変わらないが場所が変わっている。どうやらマイルームのようだ。ベッドと観賞用植物以外何もないがらんどうの部屋で、俺はじっとりと汗をかいていた。

 

「あ、の」

 

「どうかな、マスターになれそう?」

 

 この時の俺は目の前の少女がじきに死ぬことを知っていた。敵の仕業の呪いがよくよく肥え、肉体の質量よりも呪いの魔力量が勝っているにも関わらず生への呪いという執念だけで生きていると聞いた。目に見えてそれが分からない俺でも、彼女の存在そのものが歪んでいる、ということだけははっきりと分かった。

 

「不安そうだね」

 

 ぐにゃぐにゃした存在が表情も変えずそう言う。彼女の十数年分の人生を絵画に例えるなら、今や絵具が削ぎ落とされたキャンパスのような存在になり果てていた。それでも死ねないのは。

 

「本当は私もちょっと不安だったんだ。どんな子なんだろうって」

 

 彼女が俺の右手に手を添える。俺の右手には何もない。ただ、彼女の右手には赤く刻まれた痕が浮かんでいる。彼女がまだ死ねないのは。

 

「でも、大丈夫そう」

 

 ぱちり、と瞳がまたたく。こんなに嬉しそうな瞳は見たことがない。いつかは暁に見紛うばかりに輝いていたのであろう色彩は、夜に落ちる寸前の夕闇のようにとろけていた。

 彼女がまだ死ねないのは、令呪を俺に委託していないからだ。

 

「だって私たち、こんなにそっくりなんだから」

 

 ぴくりとも筋肉の動かない顔で、ぽかり、と少女が笑った。

 

 

 

「唐揚げ、おいしかったね」

 

 目まぐるしく景色が変わる。

 

 

 

「体力は落ちたって言うけど、きちんと走れてたよ。ドクターやマシュも喜んでた」

 

 目の前の少女は変わらず無表情で本当に嬉しそうに瞳を細めている。

 

 

 

「――うん、お疲れ様。おんなじものの筈なのに、形が違うんだね」

 

 どうしてこの子ばかりがこんなに不幸になってしまうのだ。

 

 

 

「いいや、お前こそが不幸だね」

 

 恰好ばかりが悪辣で、その実本音を言っている。本当にこの子は俺を不幸だと思っている。……いや。“この俺”は自分を本当に不幸だと思っている。

 

「『誰も()を責めないで』、なんて」

 

 悲劇のヒロインみたいな声で大仰な手ぶりをつけて彼女は演じてみせる。もし表情があればシェイクスピアに比類する役者になったかもしれない、なんて考えて。それは違うぞ、と“俺”は頭の中で否定する。

 きっと彼女自身演じているのか心のままの行動なのか境界がぼやけて分からなくなっている。それからきっと、こんな状態に彼女自身がうんざりしているのだ。そこから這い上がるには誰かが手を貸してやらなければならないだろう。誰もまだ 廃棄孔(✕✕✕)には落ちていない。誰もが未だ悪性を持たない。

 

「責められてる、なんて自意識過剰だよね」

 

「キミには、分からないよ……ッ」

 

「ううん、私いっとう分かるよ。私が責めてるんじゃない。お前がお前を責めてるんだ。だからお前は不幸だ」

 

 皆が困窮していたとしても、誰もが不幸であったとしても、不幸であるならば幸福になれるということだ。不幸でなければ幸福になれない。彼女の言う通り、“この俺”は己が定めた不幸の定義から抜け出せない、正真正銘の不幸者だ。だからこそ、何かをすることによって、何かをしないことによって、何かをされることによって、幸福に『成れる』ということだ。

 なら、“この俺”とよく似ているという彼女だって幸福に『成れる』、その考えはきっと間違えてなんかいない。誰もが幸福で、誰もが満たされ、誰もが安穏な世界なんてきっとない。今がそれを証明するその極致。でも、幸福に成れず、満たされず、せわしくあやういままである世界もきっとない。今がそれを証明できるその極致。偶然、必至、豪運、奮励努力、(どれ)でもいい。(いず)れにしろ難癖つこうが称賛されようが、2017年に生きてさえいればさいわいこそ仕合せになる未来が手に入る。

 

「私と相似すると不安で不安で仕方がないよね。分かるとも」

 

 不幸の路頭に迷って口がきけない“この俺”に、彼女は続ける。

 

「でも、きっとキミなら乗り越えられるよ。藤丸くん」

 

「リツカちゃん……」

 

 無表情のまま、ふと彼女は揺るがない信念を瞳に映して言う。もしや既に誰かが手を差し伸べてくれていて、彼女は自身が嵌った虚ろから抜け出す方法について光明が差しているのかもしれない。呪いに侵されてもその生を呪うという荒業で生き延びている彼女ならきっと、或いはそれが彼女の命に敵の関心がないことの現れであったとしても、抗い続けた先には何かがあるはずだ。きっと――

 

 

 

「藤丸くん、いいかい。よく聞いてくれ」

 

 場面が変わる。今までずっと目の前には少女が居たのに、深刻な顔のロマンがあらわれてぎょっと驚く。

 

「リツカちゃんが死んだ」

 

「――――は?」

 

 は?

 死んだ?

 なんで?

 え?

 

「実行犯はキャスター・クー・フーリンだ。首謀者は藤丸立香、彼女自身。夜勤のシフトがない昨夜10時から今朝5時の間に霊子筐体を不安定な状態で使用しレイシフトを実行した。通常シフト成功率95%を下回った際ブレーカーが落ちるようになっているが、キャスターはカルデアの炉から伸びている導線にルーンで細工しブレーカーが落ちるシステムそのものを停止させたようだ。現在彼女は意味消失し、レイシフト先も人理が焼失したところだったことから生きている可能性はまず無い。例え生きていても死んでいても既に以前の藤丸立香と数値が異なるIF存在だ。カルデアに連れ戻すことは不可能だと考えてくれ」

 

 どうして。

 なぜ。

 

「確かにリツカちゃんは難病に侵された患者が狭い病室で追いつめられるように精神的にキていた。その上この未曾有の大災害だ。グランド・オーダーを発令して彼女をあそこまで追いつめたのはこの僕だ。……ただ、責任逃れにも聞こえるかもしれないが、最近の彼女を思い出すと、僕にはこれが、彼女がいかれて錯乱して行ったこととは思えない」

 

 ロマンの声が耳を滑ってうまく思考が紡げない。ただ、ああ、そうだ。寸前の時間軸で見た彼女の瞳にははっきりと信念が宿っていた。だからこそ、どうして彼女は自ら死んだのか。なにが彼女を駆り立てたのだ。

 

「加えて、レオナルドのように現在正式なマスターを持たないキャスターが考え無しに元マスターに手を貸したとも考えられない。サーヴァントにはサーヴァントしか対抗できないから現在レオナルドに監視してもらってるけど、自らの耳で事情を確認したいならシールダーを伴って彼本人に聞いてくれ。ただ、これは伝えておくけれど、幾ら今のカルデアにマシュ・キリエライト、レオナルド・ダ・ヴィンチ、クー・フーリンしかサーヴァントが居ないからと言って、キャスターに不安あり、扱いきれないと感じたら今後の計画にあったといっても無理に契約を検討しなくていい。願望機の報酬を用意できない現状で扱いきれないという理由で座に還すのは悪いことじゃないんだから」

 

「……いや、」

 

 その時の“この俺”は打算的だった。冷静さには些か欠いていたと思うが、少なくともその瞬間不幸の沼から片足を上げていた。彼女の死が俺の背を押したのは間違いようのない事実だった。

 

「マシュちゃんは守りに長けているけど、クー・フーリンのように前線は張るには経験がない。ダ・ヴィンチちゃんにはカルデアを留守にされるとサポーターの精神面からもいざという時に困る。それに、ドクターの話を聞く限り、クー・フーリンは人理救済に嫌気が差したようには思えない。反抗しているようにも」

 

 沸騰しすぎて頭がいかれたのが逆に脳味噌にガンガンと静寂を齎した。

 

「話が本当なら彼はとんでもない罪を犯した。でも、気の迷いじゃない。きっと覚悟がある。おそらく人理救済には俺を使えばいいという打算もある。――なら、」

 

 喉が渇く。カラカラと灼熱の砂漠にひとりぼっちで取り残されたような寂寥さに心細くなった。

 

「――なら、利用しない手はない」

 

 この燃え上がる熱量を、最初義憤と勘違いした。いいや、違うとも。“俺”も“この俺”も、駆り立てられるのはただの自分勝手さだ。

 

「リツカちゃんとクー・フーリンを共犯者にしたのは信頼関係だ。きっとあの男は、俺が死にたいと言ったら引き摺ってでも戦場に送り出して生きて返してこさせる。女の子の思いを通すため、アイツ野郎には甘っちょろいこと言わせるつもりないんだ。ドクター、俺、自信があるよ。キャスター・クー・フーリンはこのグランド・オーダーで格別に役に立つ」

 

 自分勝手に、生きたいと思う。それが俺を奮い立たせている。キャスターのクー・フーリンが彼女に対して寄せる親愛は、俺が“この俺”を通すように目の前でまざまざと見てきた。親か兄のような親しみは、戦士として子を殺す生き物にとって果たして情と呼べるほど温かいのかはさておき、その手で『殺してやる』程度には深いものだろう。彼女からキャスターのクー・フーリンに寄せる思いは、マシュが人間時代からの知り合いで同性同士心の通う先輩後輩の仲であることを考えれば、彼は主従関係において『最初の男』で『唯一最後の男』であるのだから親愛に足りずとも絆と言って余りあるのだろう。

 

「キャスターに話を聞きにいくよ。教えてくれてありがとう、ドクター」

 

 ロマンは笑おうか顰めようか決めかねた表情をしていた。きっと彼がこのカルデアで一番人の感情に振り回されているのだろう、と思えば喉の渇きはいつの間にか止んでいた。

 

 

 

「マスター、我が■■■よ。俺を召喚に共だったところで大した結果は得られんと思うが?」

 

 景色が変わる。スーツに身を包み帽子に冷たい相貌を隠し切れない男性と共に居たここは召喚室か。

 

「まあ、ただの日課だからそんなに構えなくても」

 

 答える“この俺”は少なくともいつもより肩の力は抜けているようだ。青白い光が次々と部屋を包み、俺の縁や素養だけで召喚は行われる。――気付くと、ひとつもまじろげず一枚のセイントグラフを見詰めていた。クラスコモンの暗殺者だ。どうしてもそれから目が離せなかった。

 

「サーヴァントアサシン、召喚に応じました」

 

 俺を見た瞬間、それは花開いた。

 

「嗚呼! やっと呼んでくれたのね、 私の鏡(マスター)!」

 

 既視感。デジャヴ。誰かが同じ言葉を吐いていた。一瞬前まで無表情だったソレは隣の青年の姿も確認して喜色を浮かべて俺に笑いかける。暁とも夕闇ともとれる瞳は、結局どちらなのかと問われれば、見る者の解釈に寄るとしか答えられない。

 

「私は呪いを乗り越えた。アナタも呪いを乗り越えた」

 

 これが仕合せとでも言うかのように、可憐に笑う彼女を“この俺”は初めて見た。生きていた時より生き生きとした様子。――嗚呼、確かにいつか彼女が言った通りだ。『俺が彼女に抱く感情で自然体を取る』。信念のために抗って、抗って、抗った末に得た成果に礼賛せずにいられない。

 “この俺”にはよく分かる。人々は、気弱な人間や、逆になんでもできる人間に嫌われ続けた経験があるだろうか? 俺は、それからきっと彼女は、それを当たり前に許すだろう。“俺”はまだ人に好かれていたいと思う。けれど“この俺”は自分の (かたち)を知っている。彼女に写し出された己をとくと見て、自分もまた人々の一人にすぎないことを思い知らされた。己を中心に目まぐるしく回っていた世界で、ポンと目の前に鏡が立ちはだかり、己の容を知れば、自分が人の存在を認める機構であることを思い知る。善であれ悪であれ、豪傑であれ小胆であれ、清純であれ捻くれ者であれ、 そこに在る(、、、、、)存在を無いと認めないことは出来ない。自らの意思でただそこに在ることを讃えずにはいられない。だから彼女が好ましい。

 

 ――ただ、お互いの剥き出しの部分が触れ合う不快さに耐えられないだけなのだ。信念……人間の表層たる生き方、その貫き通し方を生理的に受け入れられない。

 彼女は生きている人間を認めようと腐心する。俺は人間が生きていることを認めようと腐心する。その違いが巡り合わせによるものだとしたら、運命は俺たちを交じり合わせることはないのだろう。

 

藤丸立香(マスター) 藤丸立香(わたし)がキミを危機から切り離すよ」

 

 おそらくこの少女も俺と決定的にすれ違う感覚を肌骨に感じているだろう。それでも無防備に背を預ける少女の行いを健気ととるか気狂いととるかは、観測者の価値観に寄る、としか俺は答えられないのだ。

 

 

 

 

 

「――ハッ……ぁ、?」

 

 深海から吊り上げられた魚の如く、内臓が口からぎゅるっとでるような不快感に体を震わせる。みみずがのたうったような線が描かれた紙に頬を寄せて、どうやら俺は居眠りをこいていたらしい。

 起き上がって景色を反芻する。

 そうだ、あの夢は。セイヴァーとよく似たアサシン――藤丸立香という名の少女の過去だ。何の因果か俺と同姓同名、起源までも同じくする、特異点F冬木をマシュと切り抜け所長の死を目の前で見届けた、グランド・オーダーを授かった運命すら同一をなぞった並行世界の少女、藤丸立香の夢だ。

 

「可哀想なマスター。知らなければ、苦しくなくて済んだのにね」

 

 背後から声をかけられてハッと振り向く。いつの間にかかけられていたブランケットを俺の肩から回収した彼女は、さっきまで俺だった、或いは俺の目の前に居た橙色の髪の毛先を微かに揺らした少女だった。

 

「――どうして」

 

 口から出た疑問は抗議か哀惜か。

 

「――どうして死ななければならなかったんだ」

 

「私は運命の上で既に死んでいました。けれど死によって呪いを乗り越えた。延命処置は存在せず、にも関わらず生き延び過ぎたのだから、これが仕合せ」

 

 彼女は相も変わらず無表情だ。彼女を侵す目に見える安易な異常。世の尺度とずれていることが俺の態度によって表面化しているだけの、英霊としては小さなずれ。

 

「俺は、キミを永遠に笑わすことが出来ないかもしれない」

 

 奥底の本心など本人が探るのを避けていれば分かるものか。俺は彼女と相対するのすら本当は嫌がっているのかもしれない。俺が“あの俺”と違って彼女の存在を讃えることが出来ないから、彼女の狂気、または愚鈍とも取られかねない健気さ晒すはめになっているのではないだろうか。

 

「マスターは未だ乗り越えていないから」

 

「乗り、越える?」

 

 そういえば夢の中で、彼女が生きている時にもそんなことを言っていた気がする。ああ駄目だ、情報量が多すぎて夢の詳細が見る間に抜け落ちていく。乗り越えるってなにをだ。夢で召喚した時の俺は乗り越えていたのか? 一体何を?

 

「本当は在り方を認めた上でそれでも殺さねばならないという信念を通す蛮行は他人にやるものです。けれど私は一人で為さねばならなかった」

 

 彼女は能面で、しかし夢見るように囁いた。もう叶わないことを知っている乾いた声色だ。

 

「マスターは既に理想で描かれたジャンヌ・ダルクで一度成し遂げました。彼女たちの怨讐を燃やし尽くして殺しきれば、彼女たちは牙を隠すという最も惨い恥辱を安心して回避することができます。だから、マスターは己の信念を貫き通せばそれでよいのです」

 

「それってジャンヌ・オルタのこと? 待って、彼女たちって誰のこと言ってる?」

 

「クラスすら知らずとも、信念を貫き通せば 殺す(為す)ことができます」

 

 話は終わりだと言わんばかりに彼女はブランケットを丸めて立ち去ってしまう。それでもその背に追いすがるように声をかけた。

 

「待って!」

 

「……」

 

 ええと、なにか。なにか掛ける言葉は。

 

「今度からリツカちゃんって呼んでいいっ!?」

 

 正直話題の選択をミスった気が凄くする。スーさんの方は取り敢えず保留だ、とやけっぱちに彼女の背を辿れば、立ち止まって少しだけ顔を此方に向けていた。

 

「げろ」

 

 物凄く真顔で舌を出した。嗚呼、覚えているぞ。マニュアルじゃなくてオートの時、キャスターのクー・フーリンと無表情ながら歓談している最中、兄貴肌ながらも閉口で済まされない冗談が飛びだした際にわりと本気で倦厭していた時の態度だ。……俺が彼女に抱く感情で自然体を取るって大嘘なんじゃあるまいか。ときメモで絶対に呼ばせてもらえないあだ名を選択してしまった時並みの寂しさを味わいながら、俺は居眠りの巻き添えをくらってしわくちゃになったレポートを見詰めて暫し黄昏て現実逃避に勤しんだ。

 

 






「マスターもよくやるなあ。正直、遠見クラスでないにしろ未来の一端を知るタイプが友好的って、じゃあ教えろよ。考えるのはそれからでもいいだろって苛立ちを積もらせるのが尋常のパターンだと思うけど」




本編に関係ない話ですがpixivって非常にコナンと他作品のクロスオーバー作品多いんですよね。ふと佐々沙咲とコナンが同じ空間に居るのを見てみたくなりました。
自分で書いたら最終的にちょろっと出したいーちゃんの腕の一本や二本使い物にならなくしそうなので書かない


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メアリー・スー

 妖精郷は本日も花々が咲き乱れ、人間が一呼吸すれば内から破裂するとさえ称される濃いマナに覆われた、人の世と混ざらぬよう影たる聖愴の本体、ロンゴミニアドで隔離を固定された星の裏側である。そこに、最後の神秘世界の時より独り世を見続ける男は、現代でも変わらずぽつと浮かぶ塔に腰を降ろしていた。

 しかし出る者も入る者も百年単位で殆ど居ないこの理想郷に、嵐が現れた。

 

「認知して! 認知! にーんーちーしーてー!」

 

「うわあ!? 物理法則が定着してから異種交配でキメラが生まれる確率は大幅に引き下げられたと思ったのに!!」

 

「誰が ライライガー(キメラのキアラちゃん)だ」

 

 辻風のように唐突に、窓に嵌められていた格子ごと蹴破って現れた女は、次の瞬間絶叫して訴えた。それに部屋の主は突然の乱入の文句も二の次に明後日の方向にずれた狼狽を見せたはいいものの、女に切り捨てられて実に軽快に「あはは」と笑った。

 例外も多々あるが、分類学上近縁の種であれば、交配すれば時折その一匹に限り新たな種として今代での絶滅の定めを背負って雑種が、もっと希少な確率であればキメラが生まれてくる可能性はある。しかし、死んだ人間(サーヴァント)が血縁の子として生まれてくるなんて出鱈目、少なくとも私には経験しようのないことだろう、と一頻り腹を抱えた後、彼は女を諫めた。

 

「ともかく、窓から入ってくるのはおやめ」

 

「でももう入っちゃった。お邪魔します。こんにちは、マーリン(、、、、)

 

「こんにちは。はじめまして、が適切かな? 藤丸立香(、、、、)くん」

 

「ちゃん付けの方が慣れてる」

 

「それは失礼。よっ……と」

 

 小さくはないが大きくもない身長だが、優れた剣術を操る筋力のついた腕を彼女の両脇に差し込み窓辺のへりから降ろした彼は、杖で床を一叩きして壊れた窓を直し僅かの隙も無い完璧で美しい監獄にしてみせた。

 

「やっと会えたと思ったら、まさか徒歩で来るとは思わなかったよ。ていうかよくこれたね」

 

「道程を視たのもあるけど、フォウくんとの縁を辿りに帰ってきた(、、、、、)って感じかな。……魔力の密度が濃くてむせそう」

 

「すぐ慣れるさ」

 

 そんな大気汚染について話すような口振りで冗談を言ったかと思えば、カルデアではセイヴァーだのスーさんだのと呼ばれる、妖精郷に幽閉された花の魔術師マーリンに“藤丸立香”と呼ばれた女はぴくり、と眉間を顰め老人の周囲で咲いては消える花々の上に草臥れたのか億劫そうに腰を降ろした。その姿はカルデアで見せる聖人然とした姿とはまったく異なる。二十を越えるか越えないかという様相の花盛りの女が、凡そに対して退屈と言わんばかりに足を投げ出しているのだ。善と悪、興奮と冷徹、殺戮と慈愛、それらすべてを天秤にかけて釣り合うように調整する神経質そうな鋭い雰囲気は纏っているものの、言動は雑然としてそこらの小娘が粋がっているようである。或いは溌剌とした小娘が問題ごとにピリピリしているようでもある。

 

「フォウくんに繋がっている分が私にも流れようとしているので」

 

「うん」

 

 切り出した彼女はしかたなさそうに、己の膝に顎を乗せて初対面のはずの相手にリラックスしたまま言う。男も呑気に返事をした。

 

「私を認知して縁を切って」

 

「言ってること滅茶苦茶だな!?」

 

 認知して縁を切れとはこれ如何に。突っ込んだマーリンに彼女は物言いたげな表情で彼の顔をじと、と見つめた。しかし彼女の表情にマーリンは知らぬ顔で続けた。

 

「でも私と君ではパスは繋がっていないよ。一回通しておくかい?」

 

「するかボケ」

 

 オッサンの下卑た諧謔の気配を感じ取った彼女は半目で否定した後、気怠そうに髪をかき上げた。

 

「……言いたいこと、分かってるでしょ」

 

「うーん、まあ」

 

 マーリンは彼女を上から下までしげしげと眺め、それから少しだけ首を傾げた。

 

「まさか“人間に成る”ような原理で霊基を変換するなんて。導いた方法は滅茶苦茶だが、星の触覚の先に果実のように実った瘤を収穫して救世主とするか――」

 

「瘤、とは言い得て妙だね」

 

 女は歯を剥き出しに、獣が威嚇するように笑った。

 

「つとにコレは悪性腫瘍。摘出するのが最適解」

 

「摘出する腕のいい医者が居ない、というのが現状なワケだ」

 

 唇をずらして真っ直ぐ線を引いた表情をマーリンは見せた。

 

「未だ診断して貰ってないから医者どころの問題じゃないけども」

 

 呆れてやれやれ溜息をついた彼女の前に、マーリンは興味深げにしゃがんで目線を合わせた。

 

「クラスセイヴァーにあやかって大衆の想像上の聖なる人の概念で人格を塗り固めた結果、死に至る病に罹った病者が偽装行為を働かざるを得ないということだね。マスターにも、ギャラハッドと融合した娘にも、アーキマンにも、レオナルド・ダ・ヴィンチにも教えないのはやはりそういうことか」

 

 マーリンは彼女のことを責めていない。ただ感情に名をつけることもおぼつかない、虫の標本を見詰める少年に似た瞳で単調に尋ねている。それに彼女は不機嫌そうに首を竦めて見つめ返す。

 

「でも、制約を設けないわけにはいかない」

 

「うん、確かに不安定だね。かなり寄ってる(、、、、)

 

 ウロに感情を詰め込んだような、優しい、意地の悪い微笑み。まるでおもちゃの兵隊にまっさらな魂と神経節が与えられたかのような、どこまでも悪気のない行動は千年に一度後悔をするかしないかという滑稽な残虐さが垣間見える。そこに夢で食んだ誰かの感情の方向性が加味されているのだからまた馬鹿馬鹿しい。

 

幾つ使ったんだい(、、、、、、、、)?」

 

 その無機物染みた悪辣さに今度こそくっきり眉を顰めた彼女は吼えるようにがなった。

 

「うるっさいなー!! あのスカした態度だと遠回しにしか警告出来ないなんて予測出来ないわ! 確かに人理救済に手を貸すサーヴァントって側面を肥大化させたらああなったけど! 人々の想像に寄る、思慮深く、慈愛に満ち、誠実な立ち姿が意思を残して自我を塗りつぶした結果であれそれは十全に足るけど! 自我の無い聖女的には口にしたら方法が知識に成り得て縁が結ばれるからダメってか!? ええい逆ギレ八つ当たりどんと来いじゃー! 幾つ使った(、、、、、)!? 喚ばれた時にはもう使ってたから知らないよ今度虫干しでもして数えておくね! 取り敢えず2個は補填しておいたけど! ほんっと人理焼却中はバーゲンセールと見紛うばかりだな」

 

 ハタチ前後の齢で、まるで7つの娘がお気に入りの靴を取り上げられて出鱈目な口上を連ねて取り返そうとしたような暴走を見せた後、頭をぶんぶん振って少し落ち着きを取り戻せばマーリンに非難の色をもって不愉快そうに続ける。

 

「ていうか彼女の夢で得た感情の機微を私に向けないでよ。鏡に話しかけられてるみたいで変な気分になるんだけど」

 

 その批判を聞いて、マーリンは、ふむ、と一瞬思案の様子を見せた。

 

「仕方ないじゃないか。君を待ってたせいで最近ずっと彼女の所にしか行ってなかったんだから。嫌なら早々に足を向ければよかったんだよ。当人に会わずとも私と接触はできたろう」

 

 それはつまり、マーリンが誰かの夢で目の前のセイヴァーとの接触を図るために時間を費やしたということで。過去の追憶ならば兎も角、本物の夢を見るのは本来生きた人間だけのはずで。セイヴァーはその生きた人間である誰かと似ているということで。そうして彼ではなく彼女、ということは女性ということだ。

 

「私が入り易いように彼女の夢の枠をカルデアを範囲に拡げる貴方を無視してアサシンの触媒にする方が、おぼこのやわいとこを拡げる禄でもない行動を止めるのより天秤が勝ったのよ!」

 

 そんなことを、損得の比較をあげて叫んでみせた。話題にのぼったアサシンとセイヴァーは同一人物ながらも明らかに格が違う。普通、サーヴァントとして比較するならば成し遂げたことが異なり、成り方がそもそも違うと考えるべきだ。ならば触媒に成り得る人物は、アサシンがアサシンに成り得る人生でのみ縁のある者か、アサシンとセイヴァーの分岐点が起こる以前の縁と考えるのが妥当。

 そして、彼女たちは現代の生まれである。そうすれば自ずと辿りつく答えは――

 

「人を変態みたいに! “自分”になり得た人間を放置するのだって充分だと思うけどなあ!」

 

 ――触媒は、 セイヴァー/アサシン(藤丸立香)そのものだと。

 カルデアに召集された二人の藤丸立香。アサシンの生きた並行世界では男の藤丸が爆破に巻き込まれた。反対に、男の藤丸がマスターになる運命線では女の立香が爆破に巻き込まれカルデアの片隅で凍結されている、そんな凡庸な答えだ。

 本来、元からマスターである少年とアサシンのリツカに強固な縁はない。縁が弱ければカルデアのシステムでの召喚は困難を極める。スキル召喚術を持つセイヴァーを連れてさえ、セイヴァー自身がアサシンと面識がないのだから焼け石に水である。加えて、元来アサシンがセイヴァーの居るカルデアに喚ばれるにはセイヴァーがセイヴァー足り得ていない可能性が示唆された時。少なくともカルデアで聖人然とした姿に捕らわれている今ではない。

 つまりセイヴァーは早期に対処できるチャンスを得たので、せねばならないと花の魔術師が判断する対談を後回しにしてまで好機を物にしたということだ。先の会話を引用すれば、聖人然としてあるように、十全に足り得るために。

 

 はあ、はあ、とリツカとマーリンは肩で息をして言い争いの真似事をやめた。マーリンの言の通りであれば彼の情の機微は藤丸立香少女ということになり、つまりセイヴァーは自分と喧嘩する醜態を晒しているに他ならない。喧嘩の経験など千年生きても殆どないマーリンは珍しい体験をしたなあと半ば感心しながら、また穏やかさを取り戻して声をかける。

 

「キミがこんなに精気溢れることが出来るのは、ここが人理の外側、アヴァロンであるからかな」

 

「んー……まあ、それもあるかな。セイヴァーの役割に閉じこもってるのは強制的だし、とは言ってもこのままだと第三再臨するだろうなあ、マスター。すると今以上に不安定極まりないし。不穏ではあっても危険性が自分にだけ向いてる清姫とかステンノタイプにしか今のところ分類してないのは、知らずに察せって言うには理不尽だし妥当だよねえ」

 

 ぶつぶつ思索する彼女の様子に、ふんふんと聞くふりでマーリンは頷いた。自分も視ているのでこの程度の思考は既に終えている。確認に近い伺いだ。

 

「ところで、帰ってきた(、、、、、)と言ってたね。リツカちゃん」

 

「そうだね、そういう(、、、、)意味合いも含まれるかな。ここに潜り込むために空想具現化を行使した――とは言ってもサーヴァントである身としてはかなり限定的というか息子が父を語った程度の紛いものなんだけど、フォウくんが“表側”に居る間だけ私がここでの生態を彼と同じくしていられるから、気楽なんだ」

 

「――うん。やっぱりそうか。認知して縁を切ってくれと言うのも、修練場のようなシミュレーターは兎も角、レイシフト先では戦闘の折々に都度霊子化され呼び出されるからだね。セイヴァーとして呼び出されるにはあまりに不安定な立場のキミはカルデアを出ると存在の寄る辺を失い、無意識に今のキミにとって親のようなキャスパリーグの精神や魂――魔力を求めてしまう。しかもため込んでいる魔力が莫大なものだから普段キャスパリーグに抵抗の姿勢はないときた。有事に条件反射で、というのも考えられなくはない」

 

 こくり、と彼女は頷く。それを見てうんうん、と頷いてマーリンが話を続ける。

 

「それで私に警告に来たんだね。もし今後特異点でキャスパリーグを介してカルデアのマスターくんに手を貸す機会があったとして、自分が戦闘に参加しているタイミングでは注いだ分を奪うかもしれないぞ、と」

 

 ふうむ、と点頭したマーリンは、あっけらかんと話した。

 

「やっぱり私とパス繋いでおいた方がよくないか?」

 

「――ハア?」

 

「その、おじいちゃん朝ごはんはさっき食べたでしょ、みたいな顔はやめたまえ。魔力リソースがプロメテウスの火から注がれているのなら実質供給の大元は同じだし、カルデアのマスターくんに夢でちょちょいっと同意を得てパスを分割してしまった方が、魔力の流れを掌握出来てキャスパリーグに注いだものを横から掻っ攫われずに済む」

 

 眉根を顰めたまま彼女はマーリンをじっと見た。何か言いたげだが、口にするのは癪に障るといった様子だ。

 

「契約の抜け道を突くのは簡単だが、いざパスを通すとなれば今回のように面と向かわなければいけないし、問題は私がここを出るかキミがここに来るか、どちらにせよ徒歩くらいしか手段がない点だね。今回みたいにキミが連日戦闘メンバーに追加されない機会もそうそう無さそうだ」

 

「魔術による強制力は万能じゃないよ、冠位の魔術師さん」

 

 辟易したように、呆れかえった声色で言いのけて彼女は立ち上がり、衣服についた花弁を雑に払った。それを見てマーリンは杖を持ち直して何事か詠唱した後、他人事のように「うん、ひとまずこれでいいんじゃないかな」と呟いた。

 

「――マーリンの魔力への認知干渉を妨害か」

 

「今回のところ、交渉は決裂かな」

 

「そうだね。でも、ひとまずありがとう。魔術師は手先が器用で羨ましいなあ」

 

「まあ私は呪文とかあんまり好きじゃないけどね。さて、霊基そのものは変えようがないから、万能の処置ではないことを覚えておくんだよ」

 

「はーい」

 

 少年少女が近しい人へ気を許すような気軽さで返事をした彼女は、いつかマーリンの使い魔が放り出された時のように窓辺に足をかけた。

 

「それじゃあね」

 

 それから彼女はふ、と思い出したように破顔した。これから帰る表側の世界を脳裏に描き、眩しそうに目を細めて、祝福を見たように。

 

「マーリン。人間はそれでもやっぱり、美しいのだね」

 

 だから私は人々のために働きたくて、己に奸計を処してフェードアウトしようだなんてやっぱり出来なくて、誰かの必死に生きる人生を否定できない。どうしようもないくらい、どこを削ぎ落としても、どこから見ても、そんなことしか考えられないのが、結局藤丸立香という生き物なのだ。意思を残して自我のない性質になったとしても、それだけは変えようもない。いやはや結局直情的で猪突な向こう見ず。

 指先が壊死しても生きているなら、もっと言えば他の人も生きているなら幸せなバカ女。自己犠牲の上で自己を確立するくせに自傷には興味のない、精神疾患によく似た状態のランナーズハイじみた精神の高揚状態を切り取った時間そのもの。それが本来召喚されるセイヴァーで、物語の主役だったときの形。

 

「――そうとも! キミが人間であったように!」

 

 やっぱり私も近くで見たいなあ、というマーリンの独り言は聞こえなかったふりをして、彼女は軽やかに己の本性の安寧が許される理想郷を飛び出した。

 

 

 




チャリでき……徒歩で来た。
スランプ最盛期で語彙が崩壊してきました。


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呵々大笑


大したことないですが、戦闘シーン含むので今回から残酷な描写タグ付けました。




 

 

 原因は不明。ロマンたちとの通信は遮断。見知らぬ土地。令呪は昨日の戦闘で空っぽ。ついこの間もレイシフト中に吹き飛ばされてインドの大英雄に会ったばかりだというのに、これほどレイシフト中に事故が起こるとなると些か恐ろしさを禁じ得ない。

 目の前には少女の頼りない背と、斧を手にした血色の悪い海賊たち。鬱蒼と茂った木々の様子からジャングルのようだと判断する。根が不均一に張り足場はかなり悪い。

 そういえば、レイシフト前にこの目の前の少女――アサシンのリツカちゃんが強く引き留めていたことを思い出す。曰くこのレイシフトに嫌な予感がする、と。彼女の直感スキルが高ランクなこともあり、職員の人たちは計算のし直しをしたり、レイシフト先の観測を再度試みたりしていた。

 しかしいずれも問題はなく、期限も内容も分からぬ『嫌な予感』を、検証を試みた上ではスキルとはいえ直感だけでレイシフトを中止し続けるわけにもいかずサーヴァントメンバーを精鋭ぞろいにするなど対策して六時間半遅れでレイシフトを敢行したのだ。

 

 その結果が、見知らぬ森の中で知性のないゾンビに囲まれているというわけだが。生前のパターンを再現してか彼らは我々に敵意あり。むしろ生きている海賊と違って交渉の余地も無ければ振るわれる攻撃にも一切のストッパーがかかっていない状態でたちが悪い。カルデアの制服ではガンドを打って足止めをすることも出来はしない上、リツカちゃんは非戦闘型のサーヴァントだ。宝具が敵のレンジから切り離すものといっても、アレは元々敵を回避した状況を再現するもので目の前に現れた敵から逃げるためのものではない。

 状況は最悪。

 けれど彼女は――

 

「――なんたる僥倖! なんたる光栄! 私の死を以ってマスターを守り切れるとは、サーヴァントたる来世でも乗り越える試練を世界はお与えになるんですね……!」

 

 笑っていた。

 いかれた哄笑を撒き散らし、覚えのある形状をした刃先のナイフもどきを手に、不様に、血飛沫をそこら中に飛ばしながら、もつれる足を無視して敵を屠ろうと奮闘している。そのなんと惨いこと。みっともないこと。

 戦士たちのように軽やかな身の熟しもなく、賢者のような戦略的なさかしさもない。女神のように交渉の余地もなければ、英雄のように勇ましい根性もない。

 ただ宿命に縋りついて、己の死を苦難を乗り越えた象徴とする日和見主義が、そこで笑っている。

 

「嬉しくて、嬉しくて、仕方ない。この身はマスターへの献身のために生まれ直したのだから」

 

 その顔に憂いはない。てんで戦いに適合しないというのに、俺の前に立ち塞がることに一切の嫌気は見られない。

 安寧や安堵を引き潰し、地獄を理想郷のように崇める矛盾の過ちを細い四肢、薄い腹、傷のない玉の肌に収める少女。生きることに飽くには未だ早すぎる若さ故の華やかさを、悉くその生き方で醜くひしゃいでしまっている。

 己に重きを置かぬどころか己に重きを置きすぎた自己中心さが守護者などになってしまった原因だとは彼女に対するエミヤの評価だ。

 

「影で支えるどころか、晴れ舞台に上がらせてもらえるなんて、へなちょこの私なんかがメインキャストを張ってもいいものかな」

 

 その声は全然軽やかなんかじゃない。ナイフを振るう体ははめたての義足で踊りだしたように、がくがくとバランスを崩し、声は上下し、体の芯を失い、脇を突かれ放題、それでも俺に滝壷のふちに根差した大木を背に預けさせて退こうとしない。

 日常を表す態度は、紛れもなく、虚勢なんかではない。この霊基は自然体でこうなのだ。

 ――狂っている。

 バーサーカーに対する所感に間違いない。狂化を受けた英霊の形に間違いない。生きた伝説がその身を狂わせている姿形に見間違いない。

 

『アナタのソレは病です』

 

 いつか見た夢がフラッシュバックする。軍服らしき衣装を纏った女性にそれ以上の見覚えは無い。

 確かに、生前の業が、呪いが、信念が通ったサーヴァントというものの魂は、捉えようによっては不治の病に侵されているといっても過言ではないだろう。

 

 頭の裏側で呑気に思考をしながらも、危機的状況に呼吸は浅くなる一方だ。ずる、と木の幹に凭れかかった背が滑る。脇腹に一発、背に一発貰った傷は致命傷こそ避けたが痛みが勝って自由が利かない。相応しい力を持たない女の子が俺のために戦っていることに、頭がおかしくなりそうだ。いつもは考え無しに身を呈してしまうおたんこなすの体が動いたら、まだ違ったのだろうか。

 嗚呼、マシュが守りに特化した英霊と融合していてよかった。少なくとも彼女は自分の身は自分で守れるのだから、なんて詮方なく愛しい後輩を想った。

 

「神、そらに知ろしめす。すべて世は事もなし。まったく、その通りだと、おもわ、な、いかなっ」

 

 眼前で。

 腕がとびはねた。

 「あ」と言う暇もなく。

 脇腹を大振りなスイングで抉られた彼女のはらわたが、その薄い腹から飛び出すのと一緒に。

 肘から下の腕がトビウオのように跳ねて、ぼとんと地面に転がった。

 左腕を失くしてバランスを更に崩した彼女は、壊れたゼンマイ人形じみた動きで、先ほどと変わらぬ気概で敵を屠り続ける。

 5体居た敵は1体を崖下に落とし、もう1体をからくも戦闘不能にはしていた。それでも痛みを感じない敵意の塊が3体。真正面から戦ったら、最終再臨させていても彼女のスペックは海賊ゾンビ1.3体分くらいしか無い。後方支援というよりか物資補給くらいが彼女の本来の役割なのだからこの状況がそもそも間違いだ。

 

「アハっ――」

 

 相も変わらず笑って。

 まるで素人の観劇だ。ゾンビは大振りで守りを知らず、彼女は守りの合間に繰り出す攻撃が隙だらけ。下手な殺陣を見ているよう。

 

「ああ、この安寧、なんて僥倖。世界を救う味がする。なんてマズイ。ほんとうに味わう奴の気がしれない」

 

 がくがくいいながら、ナイフで正面の敵を引き裂くと、バランスを崩して思ったより深く刺したのか、一瞬、刃先がゾンビの肉に引っかかった。またたく間にナイフをみぞおちで食んだ海賊ゾンビは少女の手を己の手で覆う。

 ぐうと彼女が掴まれた手を引き抜こうと身を引いて暴れているうちに、ひゅと音がした。

 風を切る音だった。

 脇に控えた別の海賊が、斧を振りかぶって、

 

「ハハハハハ!」

 

 ばちゅん――と首が落ちるのと、哄笑はおんなじタイミングだった。

 彼女の首を刈ろうと薙ぎ払われた斧は、散々暴れて狙いが外れ、手を掴んでいた海賊の首をいとも容易く切り落とした。腐乱で骨がもろくなっていたのか哄笑に紛れたその音は水っぽい。

 仲間の首を刈った海賊は己の所業など理解する様子もなく、標的にした彼女を再び狙うだけ。

 彼女の手を掴んでいた海賊は、首からぼたぼたと緑色の肉汁をこぼし、邪魔とばかりに彼女に突き飛ばされた。地面に叩きつけられるとびちゃんとその断面から汁を撒き散らし、先ほどまで活発に動いていたとは思えない程やわらかく葛餅のように飛び散った。

 死臭は、海の臭いがした。

 

「世界、すくわなきゃ」

 

 俺を助けることが、世界を救うことになるという言葉だろうか?

 それとも死で乗り越えたと語る彼女がようやく極限状態でもらした生への執着か。

 笑いの合間に言葉をこぼし、右ばかりに偏った体が踊る。彼女にすら予測不可能な動きをゾンビは捕らえきれず、殺陣の次はダンスのお相手と見紛うばかり。

 

「は、」

 

 出血に息が上がる。こんなダンスパーティは見たくもないが、目も離せない。白んできた意識に目を眇めるのも一苦労だ。

 

「――――あ」

 

 ぽーん、と山を張るばかりの高い声が彼女から紡がれた。

 

「ふく、くすくす……あはは」

 

 次に含み笑いが聞こえる。幼女が何かいいことを思いついた時のようなけがれを知らない声色だ。風に乗って穏やかに俺の耳に届く。一緒に海へと還りたがる死臭も鼻をつく。

 

「きもちーね」

 

 なにがだろう、と思った。

 緑の肉汁のように憐れな不幸に濡れた心で、地獄の業火に焼かれるような拷問を報酬とするのに、俺たちとおんなじゴールを目指すその身が気持ちのいいものなど、なんだと言うのだろう。

 その呪われた快楽が堕落でないのだから独りよがりもいいところだ。

 彼女の背は何も語らない。でも、ひるがえるように踊った。

 ばたん! と地面に残った二人のゾンビ共々倒れ込み、ずるりと地を這って、右腕、胴、足をくねらせて血色の悪い足に、片方ずつしがみ付いた。

 ダンゴムシのようにぎゅうと丸まって、欠けた五体で敵を捕らえる。役目は終えたとばかりにナイフは地面に転がり、彼女の右手には戻らない。

 けれど海賊たちは空いた両の手で近くに落ちた斧を握る。彼女は片足ずつに絡みついて動かない。

 

「――あ、」

 

 視界が出血で霞む? そんなことはどうでもいい。

 

「あ、あ……」

 

 振りかぶられる斧。

 微笑み。

 振りかぶられる斧。

 含み笑い。

 振りかぶられる斧。

 せせら笑い。

 振りかぶられる斧。

 振りかぶられる斧。

 振りかぶられる斧。

 

 腕が。肩が。指が。脚が。臓腑が。

 飛び散って、切り刻まれて、振動が地面を揺らす。もう切り刻まれたそこを何度も何度も何度も狂ったように叩いたかと思えば、ふと思い出したように拘束を解こうと接続部分を嬲る。

 

「やめろ、やめてくれ…!」

 

 大木から背を離し、芋虫のようにずるずる張って手を伸ばす。懇願は3人に届かない。

 視界がぼやけて肌色と緑色、赤色のばしゃばしゃとピンクのぐにぐにが目の前を埋め尽くす。

 「くふ、くふ、くふ」と痛みを置いてきたような笑みが耳をついて離れない。

 『きもちーね』って、俺を助けるのが? それがイコールで『世界、救わなきゃ』になるとでも? その呪いを授けたのは誰だ? 自分で産みだした呪いではあるまい。天災クラスの不幸な偶然が、彼女が呪いを孕んだ要因だというのなら悪い冗談だ。そんな殊勝な性格だったらクー・フーリンの信頼を利用してまで己の死によって運命を乗り越えまい。

 誰が彼女に呪いを植え付けた? 死に至る眼光の呪いの話ではない。人理修復をしおおせねばならないという呪いの引き金を引いた人物が居るのではないか。――脳に酸素が回らない。よく、分からない。思考が纏まらない。或いは疑問そのものが見当はずれ。

 脳が白む間にも血肉のお祭り騒ぎは鳴り響く。鈍器の先があのやわらかい肌を打つ音が耳にこだまして消えない。消えないのに、次から次へ鳴り響く。

 

「やめて、やめてよ……。やめろって……やめろクソッタレ!!」

 

 俺の指先は遠い。ごぽり、と叫ぶと同時に口から血が出る。

 ずるずる緑と肌色と赤とピンクに必死に近付けば、濡れた口元にぶにゅりと緑の死臭が触れた。

 

「くそっくそっ…! くそったれ……!」

 

 もはや少女の笑い声は聞こえない。それでも地面は揺れてちぎれる音は聞こえるのは、おそらく彼女がムシのように丸まって敵の足を掴んだままだからだ。

 

「あ、あ、ああ……あ、」

 

 指先を、伸ばす。

 這いずっていたと思ったが、もう僅かばかりも動けていないようだった。

 それでも、指先を伸ばす。

 すこしでも、どうにか。

 結局振りかぶられる斧が俺に届くことさえ、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この愚か者! 貴様のような半人前、態勢を整えるくらいの知恵をつけねば使い物にならぬわ」

 

「は、ひ……?」

 

 起き抜けいちばんに、ギルガメッシュの怒号。顔に唾が飛んで、あの精巧な顔が不愉快そうに顰められていた。

 

「先輩っ、先輩! お体の具合はいかがですか? 痛いところはありませんか?」

 

「いやあ、若い方のメディアちゃんがいてほんとによかった」

 

「マスター、お加減如何ですか? 然程深い傷では無かったので、出血した血液量以外は問題ないと思うんですが」

 

 襟首を掴んで怒鳴ったギルガメッシュが手を離せば、マシュ、ヘクトール、メディア・リリィ、ヘラクレスが浜辺に近い平地に寝転んだ俺を囲んでいた。ヘラクレスは凪いだ瞳で俺をただ見ている。

 

「……あ、うん、貧血ぎみだけどどこも痛くないよ」

 

 呆然と質問に答えて、このメンツが今日のレイシフトのために組んだ大英雄・後方支援のパーティであることを思い出す。いや、あれ、もう少し足りないような――――

 

「リツカちゃんは!?」

 

 声を荒げた俺に英雄王は冷めた様子でふん、と鼻で笑った。

 

「器用に急所を守って霊核だけは(、、、)生きておったわ」

 

「オジサンたちが近付いたのを感知した瞬間捨て奸紛いのことするくらい、かなり切迫した戦況だったみたいだな。近くにシャドウサーヴァントも居たし、捨て鉢じみてるけど妥当ではあったよ。肝心のマスターが逃げそうにもないんじゃ作戦は破綻してるけど」

 

 いや~、正直肝が冷えた! と溜息をついたヘクトールに、メディア・リリィが続ける。

 

「マスター、起きてすぐで申し訳ないのですが、アサシンは本当に霊核だけは(、、、)生きている状態です。彼女は一番近い霊脈の集まる場所でジークフリートさんに見張ってもらって休んでいますが、早々にカルデアに戻らねば消滅は時間の問題です。サークルを開けるくらい質の高い霊脈の集まる場所に移動して、カルデアの方々に繋いで帰還させてもらいましょう」

 

「ああ!」

 

 確かに来た時と比べるとジークフリートとリツカちゃんがいない。今日は彼女の直感もあったし一人多く来てもらっていたのを思い出す。

 ぱち、とマシュと目が合って、彼女は真剣な表情で俺を見詰めた。

 

「先輩、帰ったら逃げるトレーニングも一緒にしましょう。人数的・環境的に不利な状態に突如陥るケースが次いつ来るか分かりません。今回もレイシフト時は戦力を整えていても、不測の事態によりアサシンの……そういえば真名はリツカさんとおっしゃるんですね? リツカさんもマスターもギリギリの状態だったのですから」

 

「うん、そうだね。王様も言ってたけど、手段は増やさなくちゃ」

 

 噛み締めて、頷く。俺が気を失っていた間に森の中を捜索して凡その霊脈の位置を掴んだというヘクトールの先導に従いながら、マシュも無事でよかったよ、と暫しの平穏に安堵を漏らす。

 

「私より、先輩が無事でいてください。私は丈夫なデミサーヴァントなんですから」

 

「あ、はは。ごめん」

 

 不測の事態とはいえ、最初に脇腹に負傷を食らって逃げられなくなってしまったのは俺のミスだ。そのせいで彼女が――――

 吐き気を手のひらで覆って抑え、未だに磯の香りがする気のする頬を拭う。暫くご飯は携帯食でいいです……。あっでもラタトゥイユのレーションだけは勘弁してくれ。

 

「そういえば、まだ通信は途切れたままだけど、なんでレイシフト失敗したか予想つく?」

 

「ええと、ここはオケアノス、王の住まう島でして」

 

「うん? うん」

 

 歯切れの悪いマシュに首を傾げて頷く。

 

「その、シャドウサーヴァントの奥さんと色々あったらしくてですね」

 

「奥さん?」

 

「はい、王の住まう島のエイリークさんの奥さんと、カルデアのエイリークさんの奥さんの相乗効果と言いましょうか、いえ、同一の存在ではあるのですが、実際にレイシフトした際にグンヒルドさんの呪い……魔術がかち合ってしまう状態になっていたのだろう、というのがシャドウサーヴァントのエイリークさんを倒したギルガメッシュ王とヘクトールさんの予想でして」

 

 物凄く歯切れの悪い様子にこちらもそれなりに苦労したようだと苦笑が浮かぶ。その、なんというか、グンヒルドさんの魔術は愛憎の方向で凄そうだ。とても。

 

「――雑種」

 

「は、はい」

 

 ふとギルガメッシュに静かに声を掛けられて何事だと返事をする。彼は目を覚ましてからずっと不機嫌そうな面持ちを崩さない。

 

「あの小娘は世界を救う願望に憑りつかれている。カルデアが抑止力の模倣になりかねん代物であることを、努々忘れんことだな。――歪んでいた方が勝手がよいというものもある」

 

「それは――」

 

 掴めそうで、掴みかねる。ギルガメッシュの言葉は真理に近いのに端的すぎて遠回しだ。二の句を迷っていると、数十歩先でヘクトールが霊脈を指示し、マシュが慌てて盾を地面に突き刺した。

 

「それじゃ、索敵も終わってることだし、オジサンは二人を呼んでくるよ」

 

 呑気そうに、ヘクトールは言った。

 

「マスター、生きてるミンチはトラウマになるから目ぇつぶってた方がいいぜ」

 

 

 

 





スランプが抜けないので進行より幕間的なものでリハビリをば。
アサシンぐだ子狂ってるって言ったわりに狂ってる描写弱いなと思ったので補足。気を許す程気がふれて自滅するサーヴァントが居るらしい


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