売れないロックシンガー in 戦姫絶唱シンフォギア (ルシエド)
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ロックンローラー(雑魚)の日々

 自分の過去作のfeatとは一切関係ない世界線です。きっと隣の隣の隣の隣の平行世界くらい


『お前はロックンローラーには向いてない。お前は真面目すぎるんだ』

 

 

 

 俺がそう父親に言われてから、もう何年が経っただろうか。

 言われた時は"何的外れなこと言ってんだ"と思った。

 今は"そうなのかもしれない"と思い始めている。

 昔はギター一本で身を立てていくと思っていた俺が、一日の大半をギターじゃないもの握って、肉体労働とかに励んでる今。

 昔の俺が今の俺を見たら、きっと幻滅するかもな。

 

 つまんない社会の歯車にだけはなりなくないって、口癖みたいに言ってたし。

 

「おいサボんな新入り!」

 

「は、はい! すんません、すぐやりますわ!」

 

 先輩に怒られたなら、俺も気の抜けたような動きはできない。

 頭を何度も下げながら、周りで働いている人達よりもずっと速く手足を動かして、単純作業で力作業な仕事内容を終わらせてかないと。他人の三倍速以上で動かなきゃ給料が貰えない。

 

「お前みたいな出来損ない、どこも雇ってくれると思うなよ!

 ここ辞めた後に雇ってくれるアテがあるってんなら別だがな!」

 

「分かっとります! 俺なんかを雇ってくれた恩は忘れてません!」

 

「お前はただでさえ能力では劣ってるんだ!

 俺達の仕事の邪魔にならないよう、お前にも出来る仕事をきっちりやれ!」

 

 汗が垂れる。息が切れる。疲れた体に鞭打って、右に左にひた走る。

 同僚と比べりゃ俺には多少体力があるくらいしか取り柄がないから仕方ない。

 さあ気合いを入れて頑張ろう。

 空を見上げりゃ、ヘコんでる俺とは大違いに、いつも変わらずそこで輝いてる『月の欠片』が星みたいに輝いてるもんだ。

 

 いつも輝いてる月の欠片に、頑張りで負けちゃいられない。

 それこそ、関西式ロックンローラーの名折れってもんだ。

 

「月が壊れてから、今年でちょうど百年やっけ」

 

 百年前、俺はよく知らないが月が誰かに跡形もなくぶっ壊されたらしい。

 小洒落た奴は、今のこの世界を『直接月を見たことがある人間が居なくなった新世代』なんて言ったりしていた。

 俺も写真でしか月を見たことがないので、その表現は全くもって正しいと思う。

 今じゃ地球と太陽の間に奇跡的に残った欠片くらいしか月は残ってなくて、夜になるとそれが太陽の光で光って見える。俺が見たことのある月なんて、そんなもんだ。

 

 当時は沢山月の欠片が落ちて来たりして、沢山人が死んだりもしたらしい。

 とはいえ、俺も学校の成績がよろしくなかった組だ。

 歴史の授業なんて織田信長の額に『肉』と書き、徳川家康の額に『淫乱』と落書きするくらいしかしていた覚えがない。

 テレビで追悼なんかもやっているが、俺にとっちゃとことん他人事というやつだ。

 

 月はそれまで人間の相互理解を邪魔してたらしく、月がぶっ壊れたお陰で人間は統一言語とかいう(昔人間が持っていたらしい)総合理解ツールを取り戻した。

 が。

 ほっとけばガンガン堕落するのが人間だ。

 俺も冬はコタツ、夏はアイスの無駄遣いの誘惑によく負ける。

 なんか知らんが何千年も経ったせいで、人間の中には()()()()()使()()()()()()()()が淘汰もされず増えすぎちまったらしい。

 

 なので、世界には分かりやすい格差が生まれた。

 相互理解と統一言語に適合した『適合者』。

 適合できなかった『不適合者』。

 適合率が高い奴らは無言でも完璧な相互理解と意思疎通ができるが、適合率が低ければ口と耳を使って誤解のないよう言葉を尽くすしかないんで、できる仕事の種類も減ってくる。

 

 俺もまた不適合者だ。

 人間の出来損ない。

 不完全な人類。

 社会の不適合者。

 ガキの頃からずっとそう言われて来て、そのたびにキレて喧嘩した。

 だけど、社会に出て18歳にもなれば身に沁みて理解できてくる。

 

 目と目を合わせるだけで、誤解なく沢山の情報を意思疎通できる適合者。

 何分もかけて言葉を尽くして説明して、それでも誤解や説明不足が生まれちまうもんだから、更に説明が必要で。説明に無駄に時間と労力を使うから、適合者の人達をイライラさせちまう、無能な不適合者の俺。

 これだけ能力があるんなら、差別されない方が変ってもんだ。

 

 だから俺は、適合者の皆の足を引っ張らないよう、単純な肉体労働だけで終わる単純作業だけをひたすら繰り返している。

 

「おいペース落ちてんぞ新入りぃ!」

 

「待ってくだせーな! 俺の体は一つしかありませんのや!」

 

 適合者にも色々居る。

 俺に気を使ってくれてる人。

 俺を見下して、ニヤニヤして、楽しそうにいじめに来るやつ。

 この職場には後者が結構居て、度々俺に絡んで来る。

 学生の頃だったらノータイムで殴りに行くんだが、それだとクビになりかねない。それだけはいけない。貧乏は辛い、食う物も金もなくなるのは本当に辛いのだ。

 

「お前ヘコヘコしてプライドとかねえの?」

 

「へへへ、せやかて仕事は仕事、言われた通りきっちりやらなあかんでしょう」

 

 正直、俺を見下してるというだけでぶっ殺してやりたいくらいだが、それでもへらへら笑ってへこへこ頭下げて働き続けるしかない。

 胸が痛い。

 反吐が出そうだ。

 思わず、誰の目にも見えない位置で小石をグリグリ踏んで地面に押し込んじまう。

 今の世の中、不適合者を雇ってくれる場所なんて多く残ってるわけもない。

 働けなけりゃ生きていけねえ。

 

 生きるためには金が必要で、俺は"金とプライドなら金の方が大切だ"と腐るように決意して、今も社会の隅っこでこそこそ生きている。

 

「新入り、お前その変な喋り方も直しとけよ。イラッとするから」

 

「へへ、えろうすんません。ガキの頃に染み付いた喋り方なもんで」

 

 こいつらには、世界がどんな風に見えてるんだろうか?

 適合者には、この世界がいいものに見えてるんだろうか?

 俺の目にはクソッタレな世界としか映らないが、一度適合者に聞いてみたいもんだ。

 「理想の社会」とか言われたら、多分俺は相手が大統領でもぶん殴るだろうが。

 

「よし、今日の仕事は終了だ! 日給班は日給受け取りに来い!」

 

 現場責任者のおっちゃんは、今日も元気だ。でっぷり突き出した四十代の腹が愛らしい。

 皆と一緒に封筒入りの日給を受け取るが、俺だけ少ない。格段に少ない。

 まあやってる仕事が違うので当然か。

 五年くらい前に適合者と非適合者の能力差を基準にした給料格差設定が、正式に法的に認められたとかなんとか。いつかなくなってくれねーかなーと思う。

 

「おつかれさまっしたー」

 

 俺は一人で帰路につく。

 他の奴らは統一言語で喋ってるんだか喋ってないんだかよく分からん感じに、談笑? してる。

 まあ俺に話しかけてくる物好きもいるわけがない。

 理解する力も理解される力も欠けてる俺と話しても、適合者はイライラするだけだ。

 

 他人と分かり合える人間が『上等で価値のある人間』なら、他人と分かり合えない俺はきっと『下等で価値のない人間』なんだろう。

 他人が俺のことをそう言ったら、おそらく俺はハイキックをぶちかますかもしれんけど。

 とりあえず俺を見下す奴は許さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道、久しぶりにエテメンアンキの生活保障のカーを見た。

 

「エテメンアンキの配給でーす!

 配給対象の方は配給カードを提示して指定の配給を受けて下さーい!」

 

「エテメンアンキは今日も景気がええなあ」

 

 統一機構『エテメンアンキ』。

 『F』と呼ばれる謎の女が設立したと言われるこの組織は、百年前に月が砕けてガタガタになった世界中に干渉し、世界を再構築した組織として有名だ。

 今じゃ世界は一番上にエテメンアンキ、その下にいくつもの国、その下に県とか州とかが吊り下がってる、みたいな形で出来上がってる。

 要するに世界で一番強くて偉い組織ってわけだ。

 ロックの世界で言うところのエルヴィス・プレスリーみたいな組織だろうか。

 

 Fは謎が多く、噂によればまだこの組織のトップとして君臨し続けてるらしい。

 そんだけ偉い人なら毎日ステーキとか食ってんだろうなチクショウめ。

 エフがデブになればいいのに。

 肉見るだけで涎垂らすデブロフの犬になればいいのに。

 俺なんて最近あんま肉食ってねえのに。野菜は高いからもっと食ってねえけど。

 

「あ、そこのバス! ちょう待ってーな!

 お客お客! ここにトンマな乗り遅れのお客がおるよー!」

 

 出発しそうになったバスに急いで駆け込む。

 バスの中のお客さん達は特に気にせず、一部の人はむしろ微笑ましそうにこっちを見てきたが、バスの出発を少し遅らせてしまったので全員に向けて頭を下げた。ごめんなさい。

 もうバスの時間には絶対に遅れないようにしよう。

 目的地までバスで移動したらバスを降り、後は歩いて自宅に向かうのが俺の帰宅コースなのだ。

 

「さて、今日は何食って帰って……っと、っ!」

 

 あ、やべ。思わず隠れてしまった。

 道路を挟んだ向こう側を歩いているのはライブハウス帰りの顔見知りミュージシャン達。今はもう夜も遅い時間だってのに、この時間までライブしてたんだろうか?

 しかしちょうどいいとこに生け垣があって助かった。

 あ、この花の蜜甘いやつだ。小学生の時に割と吸ってた覚えがある。

 

「……なんで隠れてんのやろ、俺」

 

 あのバンドが悪いというわけじゃない。悪いとすれば俺のつまらないプライドと自尊心だけだ。

 この歳になって独り立ちしてもロックを続けてる俺が悪い。

 ヒットしない俺が悪い。

 人気バンドのあいつらに嫉妬してる俺が悪い。

 音楽一本に打ち込めず、金のためにバイトにひいこらしてる毎日にイライラしてる俺が悪い。

 矢沢永吉になれない俺が悪い。

 俺の腕が悪い。

 悪いとすれば、その辺なんだ。

 

 こうして、自分の手をじっと見てみれば分かる。

 音楽家の手には、楽器に応じた形に皮膚の一部が硬く分厚く変わるもんだ。

 なのに俺の手はギターの手になってない。土建屋の手になってしまっている。

 肉付きからして音楽家の手とは違って、やんなっちまう。

 

 お前はロックに向いてないと、親父に言われたのも随分前だ。

 お前のロック感覚は古いと流れのお客さんに言われてからも一年経つ。

 なんかソウルはあるけどテクニックはないよね君、と言われたのは先週だったか。

 思い出すとイラッとしてくる。

 自覚があるだけに腹が立つ。

 

「はぁ……嫌んなるわぁ」

 

 俺より人気があるバンドの人間とか皆死ねばいいのに。

 俺の人気がその分上がるわけでもないし、俺の腕は俺より上手い奴が全滅しても据え置きなのは分かってるけど、まあ気分的に。

 しばらく睡眠時間削って練習時間倍にしよう、と心に決めた。

 よし、気合いが入る。

 劣等感こそロックの爆発力を上げる最高の火薬だ。

 

「ん?」

 

 いつも通る十字路のど真ん中に、何かが転がっているのが見えた。

 この辺の十字路は夜遅いと暗さが目立つ。

 なので猫や犬の死体が転がってることも珍しくないが、その転がっているものは妙に思えるくらいに大きなものだった。

 マジなロックンローラーは、十字路に怪しい人影が見えると、まずそいつが悪魔なんじゃないかと疑うっつー話だ。もっとも、俺は信じてないが。

 

 ある時ある場所に、ロバート・ジョンソンという男が居た。

 男は楽器から騒音しか生み出せないような男だったが、彼の音楽に顔を顰めた一人がある日再び彼の音楽を聞くと、彼の音楽は悪魔的なテクニックを備えていたという。

 かくしてロバート・ジョンソンは伝説の男になった。

 

 そして、誰かがタネを明かした。

 夜の十二時少し前に十字路にギターを持って一曲弾けば、悪魔がやって来る。悪魔に魂を売れば最高の腕が手に入る。そんな話をだ。

 ロバート・ジョンソンは27歳でくたばったが、誰もが"悪魔に魂を持って行かれた"と思い、それを疑いもしなかったらしい。

 

 『クロスロード伝説』、と人は言う。

 俺も一瞬、十字路に転がってるそれが悪魔だと思ったが、この世に神も悪魔も居るわけがない。

 というかよく見ると悪魔というより人っぽいな、あれ。

 ……人?

 いやそれはそれで問題だろ!

 

「しかも車来とる! ストップ! ストーップ! 止まってーな! そこ人いますー!」

 

 そりゃ十字路で誰か寝っ転がってたら、こんな暗い夜道で轢かれない方がおかしいか。

 というかやべー、今慌てて車止めようとした俺の方が轢かれそうだったわ。

 今後はもうちょっと考えてから行動しよう、うん。

 運転手さんごめんなさい。急停止してくれて本当にありがとうございます。

 

「すみません、すみません、すぐこの人どかせますんで!」

 

 倒れていた人を抱えて……ん?

 

「……!?」

 

 あ、やーらかい。この人女の人だ。女の子だ。

 やばい、ちょっとドキドキする。

 しかしロックスターは女の子の扱いになれたプレイボーイでなくてはならない……こんなことで動揺するのは童貞のすることだ。それはダサい。ダサいのは嫌だ。

 

「よい、しょっと」

 

 とりあえず歩道に移動させよう。

 路面に直接寝かせるのもあれだし、俺のジャケットを広げてその上に寝かせて、と。

 魔女みたいに大きな帽子に、内側から所定の手順を踏まなければ脱げなさそうなローブ。

 中々にロックな格好をした女の子だ。

 現代日本でこんな格好をしていても大丈夫な街なんて、過剰適合者の街秋葉原くらいしかないんじゃないだろうか?

 

「……んっ」

 

「起きた? 大丈夫? 救急車呼ぼか? 無理はせん方がええよ」

 

 女の子の顔が青い。ちょっと心配だ。

 なのに、携帯を取り出した俺の腕を女の子が掴んで止める。

 

「救急車も、警察も……呼ばないでください……」

 

「え?」

 

「おねがい、しま、す……」

 

 街灯の光が差して、その子の青い顔がよく見えた。

 可愛い外国人の女の子だ……と思ったのは一瞬で、やっぱり顔色の悪さが印象に残る。

 どうする、やっぱ病院に、と思っていたら、女の子は気を失って倒れてしまった。

 

「お、おい、大丈夫? 大丈夫なん?」

 

 返事がない。

 これは本格的にどうすべきか。

 ……ただ、会話をしていて分かった。この子、不適合者だ。

 

 不適合者の数は少ない。だから、不適合者は大抵訳ありだ。

 この子も救急車を呼んで欲しくないってことは、きっと訳ありなんだろう。

 救急車を呼ぶか? 呼ばないか? ……いや、もうそういう話じゃない。

 警察を呼ぶか、呼ばないか。そういう話だ。

 どうしよう。

 どうすりゃいいんだ?

 

「……しゃあないかなあ」

 

 でも俺は今の社会も警察も嫌いなんで、ロックらしく反抗しよう。この子の味方をしよう。

 決して可愛い女の子が嫌いじゃないから、というわけではない。

 決して。

 そんなことはないのだ。

 ロックを志すものは硬派であるべし。だから俺も硬派なのだ。

 

 やばかったらその時また考えよう。俺は昔から8/31まで夏休みの宿題に手を付けないようなダメな子だった。このくらいは俺らしいの範疇だろう、うん。

 

 とりあえず気絶した子をうちに連れ帰る。

 うちはボロアパートの一階の隅っこ、地味に陽が当たらなくて一番家賃が安かった部屋だ。

 流石に夜道に放り出したままだと風邪を引いてしまう。

 布団は俺が使ってる一枚しかないので、しゃあなく彼女をそこに寝かせた。

 あ、彼女の服めっちゃ汚れて……まあいいか、後で洗って干せば。

 

「どうしたんやろか、この子」

 

 呟いても誰も答えてくれる人は居ない。そりゃそうか。

 最近あんまり寝てないが、とりあえず彼女が目を覚ますまでは起きておこう。

 容態が急変したら大変だ。

 流石にそうなったら、彼女に責められてでも病院に連れて行く。

 死ぬのは嫌だ。

 死んでいくのを見るのは嫌だ。

 死ねば終わりだ。

 生きてさえいれば、どんな困難や苦しみだって乗り越えられるはずだ。

 

 俺はそうだと信じてる。

 だって、そうじゃないと、母さんがあまりにも救われない。

 母さんにも救われる未来があったって信じたい。

 不適合者だったからってだけで離婚して、父さんから離れて、貧乏をどうにかしようと体を売って、俺を無理して育てて、俺の目の前で―――いや、そうじゃない。

 そんなことは考えなくていい。

 俺は信じてる。

 

 不適合者でも、生きていれば幸せにはなれるって。絶対にそうだって、信じてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いかん、うとうとしてた。

 しまった、バイトの後なのにシャワーも浴びてない……シャワー浴びて来よう。

 突撃。五分。洗浄完了。

 風呂に使う時間が少なければ少ないほど、生活費は節約できる!

 五分で体を綺麗にするテクは貧乏が自然に身に着けてくれた。

 

 風呂から上がってまた彼女の顔を覗く。

 可愛い顔だが、やはり顔色の悪さが気になってしまう。

 ……もうそろそろ昨日この子が倒れていた時間から八時間は経つ。

 なのに顔色はよくなるどころか悪くなるばかりだ。病院に連絡すべきだろうか?

 

 ……あ。

 

「!」

 

 "これ"に気付かなかったのか、俺は! 夜だからって!

 ローブの下から血が出てるし、この子服の下に包帯巻いてる!

 なんで確認しなかったんだ俺は!

 あ、女の子のローブの下を見るのがなんか恥ずかしかったからだった!

 ロックらしさの欠片もない!

 

 布団……はもういい! 買い換える金とかは今は考えるべきじゃない! 人命人命!

 包帯! 無い!

 消毒液! 無い!

 薬! 無い!

 金! 無い!

 甲斐性! 無い!

 

「救急車!」

 

 携帯! ある!

 だが救急車を呼ぼうとした俺の手を、またその子が掴んで止める。

 

「……っ」

 

「無茶すんな! 動いちゃあかんよ君!」

 

 もう喋る気力もないらしい。

 俺の手を掴む力も弱々しい。

 きっと起きてはいたが、喋る力も動く力も残っていなかったんだろう。

 それでも、俺に救急車を呼ばれ――公的機関に自分のことを知られ――たくないらしい。

 警察さえも呼ばれたくないような、そんな雰囲気を感じた。

 

「……」

 

 ここまで来ると相当だ。

 死の淵でここまでの拒絶となると、この子にとって病院に運ばれてしまうことは、自分が死ぬこと以上に大変な事態を引き起こしかねないことに違いない。

 

 今の時代、病院も政府も警察も大なり小なりエテメンアンキの支配下にある。

 Fが創り上げた統一機構・エテメンアンキは、内部腐敗を許さない。エテメンアンキの意に反する大きな動きは存在さえ許されない、って前にヤフーニュースで見た。

 つまりこの子の"懸念事項"は、エテメンアンキに認められるものではないということ。

 最悪、この子の"敵"がエテメンアンキを味方に付けてるってことだ。

 

「……ま、やるこた決まっとるな」

 

 まあ、それはいいんだ。反社会、反権力こそロックの魂。

 現代において失われかけているロック魂は、俺の中で煌々と燃えている!

 後のことは後で考えよう。今はこの反社会的美少女をロック的に救うにはどうするのか、だ。

 財布の中を見る。

 

「……」

 

 後のことは後で考えよう。

 

「あー君君、ここの部屋出んといてな。

 今色々と買い込んでくるから、苦しいやろけど15分くらい我慢してな?」

 

 あの子を置いて家を出る。

 あの怪我の状態からして、急いで包帯を変えないとマズい気がする。

 最近はエテメンアンキのおかげで市販の薬の技術レベルも信じられないくらいに上がってて、凄惨な事故現場でも市販の薬を怪我人に使えば失血死はまず無い……という話も聞いたことがある。

 ……ただ、不適合者でも入りやすい店にまでそれは置いてない。

 薬局に向かわなければ無いだろう。

 

 気が重くなるが、走って買いに行くしかない。

 

「せっせの、せ」

 

 薬局の前で足が止まる。

 時間を見るが、最悪なことに既に開店時間だった。

 店の中を見るが、最悪なことに既に店員も居た。

 ……行きたくないなあ。でも今日は比較的マシな店員だし、これも幸運と思うべきか。

 行きたくないけど、行くべきなんだ。

 

「いらっしゃ……はぁ」

 

 嫌な顔された。警察呼ばれないだけマシか。

 

「すんません、これとこれとこれくださいな」

 

「買ったらさっさと出てってくださいね。営業妨害ですので」

 

 殴りたい。でもこれでもマシな店員なんだ。

 

「あのですね、不適合者さんが店に来てるってだけで不快に思う人多いんですよ。

 適合者さん達は最低でも一言二言、大抵の人は無言で分かり合えるんです。

 そこに何考えてるか分からない人間が一人混ざってる気持ち分かります?

 今の社会は適合者を基準に出来てるんです。あまり自分勝手に振る舞わないでください」

 

「せやろな……すんません、ご迷惑をおかけします」

 

「申し訳ないと思うなら店に来ないでください」

 

 蹴り飛ばしたい。でも、頭を何度も下げて、何度も謝る。

 

「旧時代では通り魔とかあったらしいじゃないですか。

 でも相互理解が進んだ現代じゃ、あの手の傷害事件は根絶されました。

 ……あなたみたいな、不適合者が突発的にやらかす事件を除けば、です。

 私はあなたに個人的な感情は何も持ってませんが、危機管理の面で見れば怖いです。

 普通のお客さん達もあなたを怖がってるんです。不意に刺されてしまうかもしれないから」

 

「ホンマすんません、今後気を付けます」

 

「不適合者なら不適合者なりに考えて、不適合者お断りの店には来ないようにしてください」

 

 薬や包帯をもって、そそくさと店を出る。

 俺を哀れんで商品を売ってくれた。

 購入が終わるまで店を叩き出さないでくれた。

 それだけでも、あの店員はあの店の従業員の中でもマシな方だと、言い切れる。

 

 皆分かり合っている。

 皆相互理解している。

 皆手を取り合っている。

 ああ、分かってる。異常なのは俺の方だ。社会の邪魔になってるのは俺の方だ。

 仲良しの輪を維持するためには、その輪の邪魔になる空気の読めない奴を弾けばいい。それが一番妥当な方法で、一番当たり前のことだ。

 

 当たり前だが、腹が立つ。

 

「なんでやっ!」

 

 意味もなく叫び、意味もなく八つ当たりで電柱を蹴ってしまった。

 これはいけない。これはロックじゃない。

 ロックンローラーが怒りをぶつけるのは公共のものではなく、自分のギターでなくてはならないのだ。それこそがルール。

 誕生日に買ってもらった高いギターを、特に意味もなく感情のままその日の内にライブでぶっ壊す。それがロックンローラーの心意気だ。

 

 怒りのままに無差別に周りに当たるのはよろしくない。

 うん、落ち着いた。猛省せねば。

 スマホで朝のニュースでも見て落ち着いて……

 

「あの国、またやったんか」

 

 『○○国、不適合者の集落に武力行使』というニュースを見て、気持ちが一気に落ち込んだ。

 やんなるわー。

 国によってはこんなノリが普通だから困る。

 ニュースも『虐殺』『弾圧』『内乱』という言葉を使わないから更に困る。まあ○○国の政府の構成員も、日本で報道してる人達も、ほぼ適合者なんだろうから仕方のない話だが。

 不適合者の排斥運動が活発でないだけ、日本はマシな国なんだろうな。

 

「すみませーん、おはようございまーす。どなたかおりますかー?」

 

「あ、いらっしゃいませ。今日も朝ご飯ですか?」

 

「せやせや。未来ちゃん、今日のおすすめ適当に包んどいてくれる?」

 

「はーい」

 

 行きつけの弁当屋で二人分のご飯を買っていく。

 ここは不適合者の俺を差別しない適合者さん達の弁当屋だ。マジでありがたい。

 店長の親父さんが始めた店らしいが、不適合者の俺に好意的な弁当屋なんて街中探してもここくらいしかないのだ。なので本当に感謝の心しか抱けない。

 あと、店主さんの娘さんの未来ちゃんが可愛い。

 この店の売上の半分くらいはこの子が稼いでるって俺は信じてる。

 俺なんかにも優しい子できっと天使の生まれ変わりか何かだ。

 健やかに育って欲しいと祈るばかりである。

 

 ただ、歳が二つか三つくらいしか違わないので、普通に店で働いている彼女を見ていると、日雇いバイトと売れないロックを繰り返している自分が、酷くみじめに思えてくる。

 明るい彼女の笑顔を見ていると、愛想笑いしかできなくなった自分に劣等感しか感じない。

 そこだけが、辛かった。

 

「毎度ありがとうございました!」

 

 未来ちゃんの声を背中に受けて、弁当を持って帰路につく。

 何かにつけて劣等感を感じる自分が嫌だ。

 劣等感を感じさせる他人を殴りたくてたまらない。

 クソみたいな自分が変えられなくて、苛立ちしか感じない。

 そんな激情を音楽に乗せて発散しても、音楽の腕が無い俺の演奏じゃ人気なんて出やしない。

 

 悪い奴を殴りたいわけじゃない。

 俺に劣等感を感じさせる奴を殴りたいだけだ。

 そのくせ他人を殴る度胸もなくてヘコヘコ頭を下げることの方が多い。

 ひっでえクソ野郎だ。

 だから俺が一番に殴りたい人間は、俺に一番に劣等感を与えてくる人間は、俺自身なんだ。

 

 あー、ロックが上手くなりたい。

 皆にちやほやされたい。

 格好良くなりたい。格好良くギターが弾きたい。

 たまには節約せず思いっきり飯が食いたい。ステーキとか食いたい。

 彼女が欲しい。モテたい。……いや、硬派なロックスターとしてはそれは……うーん?

 保留。

 固定のバンドメンバー欲しい。ライブハウスで間に合わせの仲間集めるの辛い。

 

 なんで俺の音楽受けなくてあんな軟弱なバンドの音楽受けてんの? 意味わっかんねえ!

 あんなの流行りに乗っかっただけだろ!

 流行りに乗っただけの無個性音楽聞きたいならプロのでも聞いてろや!

 なんで俺の演奏タイミングになると客席の客が露骨に減んの!?

 そんなに俺の演奏がつまんないか! つまんないよな! ちっくしょう! 上手くなりたい!

 練習だ練習! まず練習だ! 熱狂的なファンとか欲しい……

 

 そんなこと考えてたら、早くもアパートに到着してしまった。

 

「……なんやかんやで走って帰って来てしまった」

 

 移動時間と薬局に使った時間を合計して13分、弁当屋で2分使ったくらいだろうか。

 余計なこと考えてないでもっと急いで帰ってくればよかった……いや、そうでなく。

 とにかく急いで手当てしないと!

 

「あ……おかえりなさい」

 

「へ? あ、ただいま。もう怪我は大丈夫なんか?」

 

「少しは、大丈夫になりました」

 

「そかそか。ホンマよかったよ」

 

 あれ? なんか普通に起きてる。

 顔色が少しだけ良くなってるのは気のせいか?

 いや、あの状態から少しとはいえ自力で回復なんて、そんな魔法みたいな……

 でも顔色は悪いままだ。今にも死にそうな状態なのには変わりない気がする。

 

「これ、包帯と消毒液とお薬な。

 こっちは朝ご飯。食欲あったら、お薬飲んでから食べな」

 

「あ、ありがとうございます。見ず知らずのボクを……」

 

「ええてええて。

 自分がされて嫌なことは他人にもしない。

 自分がされて嬉しいことは、余裕がある時は他人にもしてやる。俺のモットーや」

 

 余裕なんていっつもないけれども。

 

「あの……その……ボクが言うのは、大変失礼にあたると思うのですが」

 

「ん?」

 

「服を脱いで包帯を変えたいので、その……」

 

「はいはいはい大変申し訳無いごめんなさいすまんすまへん! 今すぐ部屋出ますんで!」

 

 気が利かなくてすみません。今外に出ました。

 しかしちょっと顔を赤くした女の子の照れ顔は可愛いな。

 あれを見れただけでも助けた甲斐があるってもんだ。

 ……ああ、ああいう赤い顔を俺のロックで引き出せたらなあ……キャーキャー言われたい……紅白歌合戦とか出たい。日本でビッグになってから渡米してロックスターになりたい。

 頑張ろう。

 ビッグになろう。

 

「……しっかし、金が足らんな」

 

 財布の中を見る。少ない。軽い。予想外の出費でもうダメな感じがプンプンする。

 あの子も多分行くところないだろうし、公共機関をあれだけ拒絶してるとなると迂闊にどこかにも預けられない。

 何より、あの傷がちょっとヤバい気がする。とても動き回れる出血量じゃなかった。

 かといってあの子をうちに置いておくには生活費がちょっと足りない。

 金が無いのは情けない……

 

 背に腹は代えられない。プライドは捨てて、すがるしかないか。

 

「もしもし、オヤジ?」

 

 一番話したくない相手に、一番頼りたくない相手に、今一番俺を助けてくれてる相手に、電話をかける。

 

「悪いんやけど、また仕送りしてくれへん?

 え? ああ、前の仕送りはちゃんと貰っとるよ。

 ただちょっと入り用になってーな。もっかい貰えへん?

 オヤジの収入からすれば雀の涙みたいな額やろ?

 ……理由? そこは理由を聞かないでぽんと渡して欲しいなーって」

 

 電話の向こうで、オヤジは断った。

 声色で分かる。

 金で解決できると思っていた問題が、もっと多くの金を要求してきたことで、不快感を覚えたんだ。息子を強欲だと思った父親が、息子を軽蔑する声色を、電話の向こうの男は出していた。

 

「ああ、わあったわあった。

 まー社会不適合者な元妻と元息子やもんな。

 会いたくもないから、金払って遠くに追っ払っとくしかないもんな。

 でも捨てた元妻の子に必要以上の金をたかられるのは嫌やもんな。

 気にせんでええ。俺も気にせん。

 新しい適合者の奥さんと、新しい適合者の息子さんによろしく。

 ええんよええんよ。オヤジが心配してる、俺がそっちの家に行くことはないんやから」

 

 いいんだ。分かってた。相互理解の世界に適合した適合者の夫が、不適合者の妻と子供を捨て、適合者の妻を選んだことの意味くらい。

 ずっと分かってた。

 分かってたけど、すがったんだ。

 

「ほんじゃ」

 

 電話を切って、改めて思う。

 ビッグになってやる。

 誰もが認める有名人になってやる。

 そして、あのオヤジに思い知らせてやるんだ。

 お前が捨てた妻と息子は、捨てるべきものじゃなかったんだって。

 

 俺と母さんを捨てたことを、あいつに後悔させてやる……絶対に!

 

「しゃあなし」

 

 もう一回、今度は別の場所にコール。

 

「あ、すみません、実はちょっと金が入り用になりまして。

 明日の自分のバイトの時間、増やせませんか? 二時間くらい」

 

 ……練習時間増やしたいけど、バイトの時間も増やさないとあの子の包帯も食事も買えない。

 金の無い貧乏ロックシンガーに、さらっと飯をおごる余裕なんてないのだ。

 明日も明後日も、バイトの時間増やそう。

 頑張らねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もういいですよ、という声が聞こえる。

 よし、入ろう。しかし俺の部屋に女の子が入るのって始めてだな。ちょっとドキドキする。

 

「改めて、ありがとうございました」

 

「ええてええて。礼儀正しいなあ、君」

 

 女の子は相変わらず顔色も悪く寝たきりだったが、無理に体を起こして頭を下げてきた。

 礼儀正しさと、無茶をしそうな危うさの、その両方を感じる。

 ……あれ? 布団の血の染みがない? 土の汚れもない……あれ?

 何か見間違えたんだろうか。

 

「警察にも病院にも連絡しないでいてくれたみたいで、本当に助かりました」

 

「いや、まあ、あれはなぁ」

 

「あなたはあの時、ボクが何も言わなくてもボクの意図を汲んでくれました。

 きっと適合者の方だったら、ボクの意思は伝わっていなかったと思います。

 あなたが不適合者で、統一言語に頼らずボクのことを分かろうとしてくれたから……」

 

「……」

 

「だからボクは、あなたのその気持ちに感謝します。

 人の気持ちを分かろうとする心に感謝します。

 助けてくれてありがとう。ボクの心を見つけてくれて、ありがとう」

 

 不適合者であったことを嬉しく思ったのは、今日が初めてかもしれない。

 

「行くとこないんなら、うちに居てもええよ」

 

「え?」

 

「どっか行きたくなったら、その時に出てったらええ。

 俺も日中はほとんど居ないし、夜は疲れてずっと寝とるしな。

 部屋に同居人が一人増えたくらいでどうこうなるもんでもないんや」

 

 少女は悩んで、そして頷く。

 いつ出ていくのかも分からない。

 責任感が強いこの子は、明日にも出ていってしまうかもしれない。

 でもそれまでは、面倒をみてやりたいと、なんでか思った。

 

「ボクは、キャロル・マールス・ディーンハイム。

 そう名乗っています。だから、そう呼んでください」

 

緒川(おがわ)結弦(ゆづる)や。よろしくなぁ、キャロル」

 

 

 

 

 

 

 ここは、相互理解を強要される世界。分かり合うことを強制される世界。

 それができない人間を、異常者として排斥する世界。

 "分かり合うことは素晴らしい"と皆が高らかに叫ぶ世界。

 音楽が分かり合うためのツールという側面を失い、ただの娯楽と化した世界。

 

 世界と月が壊れてから百年。

 人知れず歴史の裏側で、錬金術師キャロルが不滅の女フィーネとその組織に血みどろの闘争を仕掛けてから、十数年が経った後のこの時代。この出会いは、時代を動かす出会いであった。

 

 

 




戦姫絶唱しないシンフォギア(戦姫も絶唱もシンフォギアも存在しないフィーネ大勝利世界線)


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ロックンローラーの旅立ち

 ルシエドも緒川結弦くんも正しいとは言えない独自のロック観を持っています。
 結弦くんのロック観はそこそこ面倒臭いロッカーのそれです。
 なので硬派気取り童貞の主人公に「ロックって恋愛色強い歌が多いのも特徴なんじゃねーの?」とか真実を突きつけるとロック派閥の問題で怒られます。


 睡眠時間削るの辛い。きつい。でも背に腹は代えられない。

 本人が気付かないだけでギターは一日弾かなければその遅れを取り戻すのに三日かかるという。

 ギター弾いてるだけじゃ飯も食えないのでバイトの時間も増やさにゃならない。

 でも練習とバイトの時間増やすには睡眠時間削るしかないわけで。

 それもこれも一日が二十四時間しかないのが悪い。

 誰だ一日が二十四時間とか決めた奴!

 

「不適合者ァ! もっと速く仕事回せェ!」

 

「はいただいま!」

 

 っと、余計なことを考えてる余裕はない。

 単純な肉体労働だけを回して貰ってるのだから、せめてそれくらいは他人の数倍ペースで回さなければ給料が貰えない。

 

「しゃあなあいなあ、ちょいと分身しよ」

 

 分身の術を併用してサクサク雑用を片付けて、と。

 あ、もう夜か。

 給料貰ってさっさと帰ろう。

 

「お疲れ様でしたー」

 

 キャロルちゃんはまだ怪我も治っておらず寝たきりだ。

 朝御飯と昼御飯は俺が用意しておけばいいが、晩御飯の分まで作り置きしておくには、流石に俺の部屋のミニ冷蔵庫のスペースが足りない。

 一人分の食事なら雑炊でもラーメンでもなんでもいいが、作り置きとなるとその辺が全部アウトになる。すっかり食費の額も跳ね上がってしまった。

 

 幸い、帰りの途中に小日向さんちの未来ちゃんが賞味期限ギリギリの食材を分けてくれた。ありがてえありがてえ。

 貰った鮭の切り身と適当な野菜に火を入れて、バター風味に仕上げよう、そうしよう。

 ……一人暮らしだと食費ってドンドン削っちまうもんなんだな。

 削れるところから削ってたから当然か?

 でもやっぱ、ちょっとでも美味いもの食うと元気が出るな。

 二人分の食事を作ってる内に、そのことに気付けた。気付かせてくれたキャロルちゃんには、心の中で感謝しとこう。

 

「ただいまー」

 

「あ、おかえりなさい」

 

「留守番おおきに……ああ、これちょっと分からんな。留守番ありがとさん」

 

 いかんいかん、せめてこの子の前では少しでも分かりやすい喋り方を心がけないと。

 外人さんだし。

 風呂入って、飯作って、いただきますして……ああ、やっぱりこの子外人さんだ。

 箸の使い方に困惑してる。さて、フォーク出さないと。

 

「フォークでええよフォークで」

 

「す、すみません」

 

「マナーなんて相手を不快にしなけりゃなんでもええんや。

 食べ物を気軽に美味しく食べられないんならそっちの方が問題やろ?」

 

 そういえば小さい頃は、俺も箸に苦戦してた気がする。

 先っちょがフォークみたいになってた小さなスプーンで飯を食べていた覚えがある。

 母さんと父さんに教えてもら―――母さん一人に教えてもらって、箸の使い方を覚えて、飯を箸で食べたのはそれからだった。

 親に褒めてもらったのが嬉しかったのを、ぼんやり覚えてる。

 

 あの頃は作って貰う側だった。

 今は作ってやる側になった。

 キャロルちゃんは美味しそうに食べてくれている。

 あの頃母さんは、オヤジと俺にどんな気持ちで飯を作ってくれていたんだろうか。

 

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 

「怪我の調子はどうや?」

 

「もう少しすれば歩くことくらいはできそうです」

 

「おお、そらよかった。いいことやん」

 

「外で走り回れるようになれれば、お金のアテもあります。

 そうしたら助けて貰った恩の何分の一にもなりませんが、謝礼を……」

 

「生活費のことなら気にせんでええて。

 自分で選んだことや、そこにかかる金くらい自己責任で調達するのは当然やで」

 

 そうだ、金なんて貰えない。

 誰かに押し付けられたわけじゃない、これは自分で選んだことだ。

 だからそのためにする努力は、苦労ではあっても苦痛にはならない。

 ロックの道も、この子を助けることも。どちらも俺が自分で選んだことだ。

 損得の問題ではなく、自分で決めたことは最後までやり遂げたい。

 途中で投げ捨てたくないんだ。

 

「話せることなら、でええんやけど。

 なんであそこに怪我して倒れてたのか聞いてもええかな?」

 

「……はい。でも、他言無用にお願いします」

 

「危ないから?」

 

「危ないからです。結弦さんが想像しているよりも、ずっと」

 

 ならやっぱ、事情は聞いておきたい。聞いた上で味方をしてやりたい。

 それが危険なものならなおさらだ。

 危険を怖がっている内は一人前のロックシンガーなど程遠い。

 狂気の60年台と呼ばれたロックンローラー達はステージに立ちお客の前でアンプをレイプし、ドラムをぶっ壊し、ギターを燃やしたという。

 それをやるかどうかは別として、チキンじゃいけないのだ。チキンはロックに似合わない。

 

「それでもかまへん、聞かせて欲しい」

 

 危険だから助けるのをやめて突き放す、というのは、どうにも俺の性に合わなかった。

 

「この世界は、歪んでいるとは思いませんか?」

 

「……それは、まあ、思うことも多々あるな」

 

「適合者の人の中にすら、そう思っている人は沢山居ます。

 何故ならこの世界には……準備が足りていなかった。

 ルル・アメルの時代には全員にあったものが、既に失われていた。

 完全なる相互理解をスムーズに受け入れられる世界ではなかったんです」

 

 む。この小難しい言い回し、この子頭いい子だな。

 

「理解があっても優しさがなければ価値がありません。

 相手を理解できても妥協できなければ意味がありません。

 自分の望むものを理解してもらっても、相手がそれをしてくれなければ幸福はありません」

 

「ああ、分かるわぁ、それ」

 

 性格悪い人間が相互理解してもあんまり意味が無いんだよな。

 今のところは社会の大半がまあ善人寄りな人が多いから綺麗に回ってるけど。

 不適合者がこれ以上増えたら、不適合者差別がこれ以上激しくなったら、ちょっとマズいんじゃないかとも思う。

 社会がどうとかいう話を抜きにしても、差別のパワーアップは俺個人が嫌に思うが。

 

「不適合者への差別なども社会に現れた歪みの一つです。

 理想的な形の社会移行なら、適合者と不適合者の分離はほとんど表れないはずなんです」

 

「差別ってよくあるものとちゃうん?」

 

「理想的な相互理解社会ならそれはない……とされています。

 相互理解社会とは、相手の心が見える社会。

 外見以上にストレートに相手の心が見えるんです。

 差別は社会的立場や肌の色などを理由に、他人の性格や価値を決めつけてしまうことですから」

 

「なるほどなあ」

 

「ところが、今は適合者と不適合者の間で差別が起きてしまっています。

 これは由々しき事態です。これでは世界に統一言語を取り戻した意味がまるでありません」

 

 むかーし、むかし。

 肌の色や社会階級を理由に「お前がこの音楽をやるな」と言われるのが普通だった頃。

 自由な音楽があんまり無かった頃。

 ロックンロールは、黒人音楽から生まれた。

 白人だろうと黒人だろうと歌っていい、金持ちだろうが貧乏人だろうが奏でていい、世界で一番自由な音楽。それがロックンロールだった。

 

 ロックンロールは最高に流行った。

 だけど、そのせいで白人に滅茶苦茶叩かれた。

 「黒人がでしゃばるな」「白人が黒人の音楽を好むなど以ての外」だとさ。

 現代だったら信じられないような迫害が起こり、ロックンローラーの音楽盤やポスターは次々と燃やされ、色々あって、ロックンローラーは社会から消えていった。

 ロックの、一回目の衰退だ。

 

 ところが一回アメリカで終わっちまった最初のロックブームは、なんとイギリスからやって来たロックバンド達が復活させてくれたんだ。

 かの有名な『ビートルズ』達。

 アメリカで生まれた音楽は、ロックは、海を越えてイギリスの奴らを感動させた。

 そして感動した奴らがアメリカにやって来て、ロックを復活させたってわけだ。

 

 皮肉な話だが、黒人が身近だったアメリカは黒人差別が酷かったが、黒人が身近じゃなかったイギリスで黒人差別はそれほどでもなく、黒人音楽は差別されなかったって話だ。

 そのくせアメリカにまでやって来て、黒人差別をルーツに持つロック迫害を事実上の終焉まで追い込んでみせた。

 最高にロックな話だ、まったく。

 アメリカはこの最高にロックな行動をイギリスの侵攻(ブリティッシュ・インヴェイジョン)と呼び、イギリスから来た奴らのライブに乗り込み、その音楽に最高に盛り上がったっつー話だ。

 そしてアメリカも対抗して更なるロックを追求し、ロックを進化させたらしい。

 

 ロックの歴史は差別の歴史だ。

 かつ、体制への反抗の歴史だ。

 差別も体制への反抗も関係のないロックもあるが、少なくとも俺はロックの本質を語るのにそれらは外せないと考えている。

 適合者と不適合者の差別。

 キャロルちゃん曰く、間違った社会構造。

 こいつは間違いなくロックンローラーが唾を吐きかけなきゃならねえ案件だ。

 

 黒人と白人は月が砕けても何十年か微妙な関係だったらしいが、百年経ったこの時代には適合者の力でなんとかよろしくやっている。

 ……適合者と不適合者の問題も、もしかしたらいつか無くなったりすんのか?

 

「ボクは世界を見てきました。

 この世界は一見上手く行っているように見えますが、ガタガタです。

 少なくとも、今見えている大破壊が一つ予測されています。

 一度元の形に戻さないと、最悪立て直しが利かないくらいに壊れてしまうかも……」

 

「ガタガタ? 壊れる? どういうことや?」

 

「相互理解はいいことです。

 統一言語は必要なものです。

 それらを今取り上げてしまえば未曾有の大混乱と大破壊が起きかねません。

 ……それでも、今取り上げないと、取り返しのつかないことになると、キャロルは……」

 

「キャロルっちゅうのは君のことやろ?」

 

「……ボクは、キャロル・マールス・ディーンハイムと名乗っています。

 でもこの名前は、本来ボクのものではありません。

 ボクはオリジナルキャロルの能力と記憶の一部を継承したコピー。

 元は名もなきホムンクルス、分かりやすく言えばクローンのようなものです」

 

 クローン? コピー?

 

「じゃあオリジナルさんはどこに? キャロルちゃんに似て美人さんなんやろな」

 

「に、似てますけど。美人さんかはともかくとして、顔は双子以上に同様です。

 オリジナルは……本物のキャロルは……私のロールアウト前に、その……」

 

「大丈夫、焦らんでええよ。

 急かさんから自分の中でゆっくり言葉を組み立てて、落ち着いて話したらええ。

 俺はちゃんと聞くから、ちゃんと待つから、君はなーんも慌てなくてええんや」

 

「……ありがとうございますっ」

 

 時間がないわけじゃないんだから、まったり話せばいい。

 真面目すぎる子は、「ちゃんと話さないと」「短くまとめないと」「分かりやすく伝えないと」「相手を待たせちゃダメ」と次々考えすぎて、上手く話せなかったりする。

 会話なんて適当でいいと思うんだが。

 いや、適当な人間よりは真面目な人間の方がいいのか?

 しかしこんな簡単な一言で安心しきった顔をしてるキャロルちゃんを見ると、適当真面目以前の話で、ちょっと危なっかしい感じもする……

 

「お察しかと思いますが、ボクはエテメンアンキにマークされています。

 エテメンアンキのトップはフィーネ。事実上の不老不死を達成した魔女です」

 

「フィーネ? ああ、だから『F』って呼ばれてるんやな」

 

 しかし不老不死……とりあえずは半信半疑くらいの塩梅で信じておこう。話が進まない。

 

「オリジナルのキャロルとフィーネは対立していました。

 表沙汰になったことはありませんが、月が砕かれた頃から非常に険悪になったそうです。

 フィーネはキャロルの長期計画を意図せず邪魔してしまい、キャロルには大きな力があった」

 

「ふむふむ」

 

「キャロルにとってフィーネはことあるごとに邪魔をしてくる邪魔者でした。

 フィーネにとってもキャロルは自分の支配構造を脅かす危険因子です。

 二人の対立は徐々に深まっていき、ある日とうとう大規模な戦闘にまで発展してしまいました」

 

「戦闘……」

 

 物騒な話だ。

 全部支配したい人にとっては力のある人が邪魔で、力のある人にとっては自分を支配下に置こうとする人が邪魔だったわけか。

 社会影響力のある過激反社会ロックンローラーを警察がマークして、度々逮捕してブタ箱にぶち込んでたって話を思い出すな。

 

「キャロルとフィーネの最後の戦いがどうなったのか、ボクは詳しくは知りません。

 ただ、キャロルが消されてしまったことだけは確かです。

 でなければボクがこうした形で起動するわけがありません。

 ボクが"『キャロル』を名乗らされてる"のは、それに相応の理由があるということですから」

 

「……『キャロル』が生きている、と見せかける必要があったとかやろか?」

 

「その可能性が一番高いと思います。

 エテメンアンキは、ボクの活動のせいでキャロルが生きていると誤認しているはずです」

 

 なるほど。この子の役割は、つまりオリジナルの影武者か。

 

「え、じゃあキャロルちゃんって呼ばん方がええんかな?

 キャロルって名乗る前の名前もなんかあったとんちゃう?」

 

「いえ、ロールアウト時のボクに名前はありません。

 ボクの役割はキャロルの代理。

 だからキャロル・マールス・ディーンハイム以外の名前はないんです」

 

「ほー」

 

「ですので、これからもキャロルと呼んでください。

 ボクがオリジナルのキャロルでないと知られてしまうのも、少し面倒ですので」

 

「ん、分かった」

 

 キャロル・マールス・ディーンハイム。

 可愛い名前だからこの子も気に入って使ってるとかあるんだろうか。どうなんだろうか。

 

「ボクはキャロルのいくつかあった計画の一つを引き継ぎました。

 その計画を進めるためにこの国に来て、エテメンアンキの手の者に見つかって……」

 

「それで道路でよく見る轢かれたネコみたいになってたんやな」

 

「その言い方は勘弁してください!」

 

 キャロルちゃんは子猫というか子犬っぽいけどな。

 ……そういや、猫と犬だと猫の方が車に轢かれやすいんだっけか。好奇心は猫をも殺すっていうが、好奇心ゆえに死にやすいとは猫もロックな生き物だ。

 

「計画って俺も手伝えるようなもんなん?」

 

 ふと、そんなことを言ってみる。

 エテメンアンキが彼女を狙ってるなら、何かしてやらないとまた死にかけてしまいそうだ。

 あ、キャロルちゃん悩んでる。

 隠し事苦手そうだなこの子。

 懐に手を入れて……なんだ、この金属片? キャロルちゃんのローブの内側にあったのか?

 

「これは?」

 

「『天羽々斬』です。ボクがこの国に来た目的の一つです。何か感じますか?」

 

「んー……」

 

 持ってみる。

 じっくり見てみる。

 手の平の上で転がしてみる。

 ……うーん、特に何も感じない。

 アクメハバキリとか言ったか? 名前からも特に何か連想することはないなあ。

 

「何も感じんなぁ」

 

「……それなら、きっとあなたにできることはありません。

 あなたはボクの命を助けてくれました。

 ボクはそれだけで、あなたにとても大きな恩を感じています。

 これ以上あなたに助けてもらったら……きっと、バチが当たっちゃいますよ」

 

「誰かに助けられすぎてバチ当たるとか、んなアホなことあったら俺は笑うで」

 

 露骨にホッとしやがって。

 俺を巻き込まないで済んだことに心底安堵しやがって。

 おのれ、このいい子ちゃんめ。

 男は頼られると嬉しいけど逆にそういう反応されるとちょっと傷付くんだぞこんにゃろう。

 

「……ふぅ」

 

 あ、しまった。

 キャロルちゃんの顔色が急に悪くなってる。話し疲れたのか?

 怪我人にこんな長話は普通に負担になる。

 この子がそういうのを自分から切り出しにくい性格をしてる、無茶しいないい子だってことは、話してて分かってたはずなのに。俺の方から会話を切り上げなくちゃならなかったのに。

 

 そうだ、他人の気持ちが分からないと、俺はきっとあのオヤジみたいに……

 ……みたいに……

 ……なりたくは、ない。

 もっと、人に気を使える人間になりつつ、ロックスターとしてビッグにならないと。

 

「そろそろ休もか。あんまり長話させるのも悪いしなぁ」

 

「ごめんなさい」

 

 電気消して、キャロルちゃんは布団に寝かせる。

 俺は葉で身を隠す木遁の応用を使えば、タオルケット一枚で床で寝てもとりあえず風邪はひかないから大丈夫だ。

 キャロルちゃんも最初は遠慮して俺に布団を渡そうとしたが、彼女は怪我人なのだ。水遁で丁重にお断りさせていただいた。

 今では申し訳なさそうにしているものの、ちゃんと布団で休んでくれている。

 

 ……それにしても。

 女の子が俺の部屋で寝てるの、何かドキドキする。

 いや何もしないけれど。怪我人に何かするほど落ちぶれちゃいないけど。というか怪我人じゃなくてもそんなことしないけど。だって俺硬派だから……誰に言い訳してるんだ? 俺。

 

「男の部屋で男の側で寝るの、何か不安になったりせえへんの?」

 

「? ボクの命を助けてくれた人を、警戒なんてしませんよ。

 今更じゃないですか。こんなに助けてくれる人が、ボクを害するわけないです」

 

 いや、そういうことじゃなくて。

 まあ、信頼されてるならいいか。

 でも、複雑な気分ではあるなあ。

 

 信頼を裏切りたくない。

 それを裏切るのだけは嫌だ。

 裏切られた方がどれだけ嫌な想いをするのか、俺はよく知っている。

 ……なんで、俺は。

 

 なんで子供の頃の俺は、あんなオヤジのことが大好きで、信頼してたんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんやかんやで、キャロルちゃんがうちに転がり込んでから十日が経った。

 何故か分からないがキャロルちゃんの傷の回復速度は異様に速い。彼女がここを出ていくのも時間の問題だろう。

 ……ちょっとは寂しいが、まあ最初から分かってたことだ、この別れは。せめて粗相せず綺麗な想い出にできるようにしよう。

 

 今日は職場の関係でバイトがない。

 とりあえず丸一日ギターの練習ができそうだ。

 

「ロックってどういう音楽なんですか? ボク、そういうのに疎くて……」

 

 ……まあ、練習は後回しでいいか。

 キャロルちゃんにロックがなんたるかを教えてからでも遅くはないだろ。

 ビバロック。アイラブロック。広がれロックの輪。

 

「んと、黒人音楽からロックンロールが生まれたって話はこの前したんやったっけ」

 

「はい、意外なお話でした」

 

「その上で言うと……ボーカルとギターとベースとドラムがあればロックやで」

 

「なるほど、シンプルなんですね」

 

「でもこれで演奏したからってロック音楽になるわけやないんや。

 生き方がロックになるわけでもない。

 というか現代日本で生き方までロックな人ってほぼ居ないんやないかなあ」

 

「え」

 

「ロックは音楽ジャンルの名前であると同時に、人間の生き方でもある。

 ロックの系譜は全てロックンロールとも言えるんやが、ロックンロールはそれ単体の音楽や。

 始まりのロックンロールと、それの名前を略したロックは別の音楽であるとも言う。

 ロックンローラー、ロックシンガー、ロッカー……全部同じと言う人も、違うと言う人もおる」

 

「予想以上にややこしい!? じゃ、じゃあ、ロックってなんなんですか?」

 

「……なんなんやろ?」

 

「えええ……」

 

「確かなことは一つ。ロックは音楽であり生き様であるということや」

 

 ロックとは反抗。社会に反抗したAがあれば、Aに反抗したBがあり、Bに反抗したCがある。とりあえず何かが流行ってたら流行りに反抗する、というのもまたロックだ。

 

「破壊的なロックへの反抗で芸術的なロックやプログレが生まれた。

 イギリスから流入してきたロックへの反抗でアメリカロックが発展した。

 上手けりゃ偉いのかよ、と求められる技術水準に反抗してパンクが生まれた。

 パンクが他人に好かれる音楽への反発を生み、嫌われるための過激なロックが生まれた。

 ただの音楽なんて動きなくてダッサイで! と反抗からダンス系のロックが生まれた。

 そこに映画やダンスに媚びとらんで本気の音楽やれや! と海外から新ロックが流入した。

 でいい加減ロックが男だけのものと思うなよ、みたいな人が支持した女性ロックバンドが……」

 

「ロック業界の内ゲバと分裂ってどうなってるんですか」

 

「当然反抗されたロックや反発されたロックが消えるわけやない。

 前からあるロック、新しいロック、そしてそこから最新のロックがまた生まれるわけや。

 で、どれかが流行ると"流行りに迎合したくない"とまた新しいロックが生まれる。

 "俺のロックは今までにあったどのロックとも違う独立ジャンルだぜ"とジャンルが独立する。

 90年代からはそうやってどんどん細分化して……

 ……今では専門の研究家ですらロックのジャンルがいくつあるのか分からんなってしまってな」

 

「ぷよぷよもびっくりの反抗の連鎖してません?」

 

 ばっよえーん。

 

「ジョジョ好きな人相手ならこの辺の説明楽なんやけどな。

 ブラックサバスとキッスとエアロスミスが大活躍!

 だが同時期にキングクリムゾンが凄まじい流行を作っていた!

 キンクリが産んだ流行に反抗してセックス・ピストルズが立ち上がった! てな感じで」

 

「ジョジョ……?」

 

「……ごめんなあ、うち漫画置けるような余裕なくて読ませてあげられへんわ」

 

 キャロルちゃん戸惑ってる戸惑ってる。

 そりゃそうか、ロック文化は根がいい子で真面目な子には理解しづらいか。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。

 専門家でも数えられないくらいのロックの種類……?」

 

「ちなみに俺のロックはスラッシュメタルや。メタリカ大好きやから」

 

「スラッシュメタル、スラッシュメタル……」

 

「さっきキャロルちゃんに言うたよな?

 ボーカルとギターとベースとドラムがあればロックやって。

 あれは正解でも間違いでもあるんや。

 俺が言いたいんは、全然似てない曲二つが両方ロックだったりする、ロックの幅広さや」

 

 ロックが何かなんて一言で言える人はいない。

 キング・オブ・ロックンロール『エルヴィス・プレスリー』にさえ、無数に派生した今のロックの本質を一言で表現することなどできないと思う。

 

「先程、ロックは音楽でもあり生き様でもあると言ってましたよね?

 ええと、そこがよく分かんないです。音楽がイコールで生き様とは、どういう……?」

 

「例えば、ここに箸がある。

 もう死んだ俺の母さんの形見や。

 俺はこいつを命の次に大事にしとる」

 

 俺がそれをボキッと折る様子を見せる。おお、驚いてる驚いてる。

 

「な、ななななな何をしてるんですか!?」

 

「これがロックや。愛用のギターを何の意味もなく折ってこそ……ロック!」

 

「大切なものなんでしょう!?」

 

「まあ今のは手品で箸は折れたように見えただけで無傷なんやけどな」

 

「!?」

 

 驚いてる驚いてる。なんか楽しいなこれ。

 

「衝動に任せて誰もやらないことをやってこそのロックや。

 世の中には誰もやらなかったことと、誰もやれなかったことがある。

 普通は後者だけがもてはやされるが、ロックは前者ももてはやされるんや。

 損得勘定や常識に縛られた人間にはできないことだから、やな」

 

「凄い世界なんですね……色んな意味で……」

 

「手品で誤魔化した分、今の俺は全くロックじゃないんやけどな。

 表向きはロック気取って、実際の行動が全くロックじゃないのはダサいやろ?」

 

「ダサいやろ? と言われても……」

 

 うーん、まだ完全にピンと来てないか。

 ロックの道に落ちにくいくせに、一回落ちたら凄い真面目ちゃんタイプがいるっていう話はたびたび聞くが、キャロルちゃんはそのタイプじゃないのか?

 

「ロックとはいったい……うむむ……」

 

「一から十まで説明できないからロックなんやで」

 

「意味が分かりませんっ」

 

「強いて言うなら反体制? 法を破る……いや、それも違うやろな。

 それこそがロックだと言う奴もおるけど、殺人をロックだと言うやつはおらん。

 法を破れば、体制に反発すればロックちゅうわけでもない。

 それだと犯罪者は皆ロックってことになってまうしな。

 そう勘違いしてもうた奴の周りからは人が離れていくからなあ、一気にダメんなる」

 

 キャロルちゃんに聞かれて改めて考える。ロックとは何か?

 

「『反抗ってなんかカッコいいよな』はロックを構成する一部分。

 『強いやつに立ち向かうのってイカすぜ』もロックや。

 『誰もやってないことを最初にやるのって最高』もロックやな。

 それを音楽に変えたのが、人を魅了したかつてのロック。

 俺は真面目すぎるからロックには向いてない、と……昔の知り合いによく言われたもんや」

 

「……『かっこいい』がロックなんですか?」

 

「ああ、それ限りなく正解に近いな。キャロルちゃん頭ええやん」

 

「えへへ」

 

 俺が説明してるのに、聞き手のキャロルちゃんに助けられるとはなんたることか。

 これはちょっと恥ずかしい。何が何でも彼女をロックの道に引きずり込まねば。

 

「なるほど、これがロックなんですね……」

 

「他人から『ロックが何か』を聞いてそれを真に受けてる時点でロックじゃないんやで」

 

「えええええ!?」

 

「他人からの受け売りや既成概念の単純な継承はロックの対極やろ」

 

 昔からよくあったことだ。ハードボイルドを真似しておっさんがトレンチコートを買う。アニメの主人公を真似て男が黒っぽい服を買う。ロックバンドに憧れて、演奏の腕も磨かずファッションだけ真似て、ヘタクソなままステージにあがる。どいつもこいつもダサいダサい。

 真似するなら、せめて自分なりに発展させないと痛いだけってーのに。

 

「他人を熱狂させ、自分の真似をさせるのがロックや。

 ロックンローラーは真似する側じゃなく、真似される側なんやで」

 

「あ、なるほど……」

 

「真似しちゃいかんとは言わんし、伝説のロッカー達も先人から学んどる。

 でも、自分の中から自分だけの音楽を出さな意味がない。

 自分だけの心の叫びをロックンロールにできん奴は、結局モノにならんと言うしな」

 

「真面目な人だとそれができないんですか?」

 

 ……さあ、どうだろうか。

 

「ロックは他人を省みちゃいけない、なんてのは聞くなぁ。

 他人の迷惑を考えて止まるような奴にはロック向いてないらしいで」

 

「他人の迷惑になるようなことをすればロックなんですか?」

 

「それもちゃうな。

 ただの迷惑な人に観客は憧れん。

 他人に迷惑をかけても憧れの目線を向けられるのがロックンローラーなんや」

 

「難しいですね……でも、なんとなく分かってきた気がします」

 

 やっぱ頭いいなあ、この子。理屈じゃなく感覚で理解するものだと分かってきたみたいだ。

 よし、ここは大衆論じゃなく、俺の持論も語るか!

 

「俺が思うに、ロックは炎なんや!」

 

「炎?」

 

「触れたものを焼いて壊す、めっちゃ熱い、人の目を引きつけるパワー。

 ロックは闇の中に光をぶち込む熱い炎なんや!

 小賢しい大人になんてなりたくない、若者の内に燃え尽きたい! それがロックなんや!」

 

「……」

 

「理想的なのは十代の内に名を売って、ハタチで伝説になること!

 そしてそのまま伝説になって27歳で死ぬことやな!

 ロックンローラーは27歳で死ぬと歴史に名を残せるんや!

 でも死ぬ前に一回くらいは本場のアメリカ行きたい!

 ロックンローラーとしてはアメリカとイギリスは鉄板!

 できれば俺も伝説になってからそこで生ける伝説のマリアさんとかにな――」

 

 あ、いかん、ちょっと熱く語りすぎた。

 キャロルちゃんくすくす笑ってる。

 やべえ恥ずかしい。

 死にたい。

 ちょっと今の俺が抱くにはこの夢、分不相応すぎる。笑われても仕方ない。

 

「今日ボクは、あなたに出会ってから初めて、あなたの一番いい笑顔を見た気がします」

 

 え? 笑ってる理由それ? 天使かよ。聖女かよ。今ならラブソング一曲作れそう。

 

「ボク、あなたの曲が聞きたいです。一曲、お願いしてもいいですか?」

 

 喜んで。できればファンになってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し、驚かされた。

 キャロルちゃんがもう外を出歩けるくらいに回復してたのもそうだが、彼女曰く、派手に動かなければ外を出歩いてもエテメンアンキに見つかる心配はないらしい。

 その証拠に、と、自分のローブを魔法のようなもので自由自在に変えていた。やべえ。

 彼女は自分の力を『錬金術』と呼んでいた。

 そうか、謎が溶けた。ベッドに血がなかったのも、手をパーンと合わせてビビビと血を錬成して消していたとすれば説明がつく。なんて凄い能力なんだ!

 

「ただ、向こうもボクが狙っているものを把握しているようで……

 日本でこれ以上計画を進めようとすれば、また見つかってしまいます。

 恥ずかしながら、結弦さんに助けられたのも、天羽々斬を確保しようとして……あはは」

 

 アクションを起こすと向こうに見つかる。

 向こうに見つかったら襲われる。

 かといってなんやかんやあってアクションを起こさずにはいられない。

 なんというか、この子も難儀な人生やってんな。

 

「ちょい早いけど、途中で昼飯買ってこか。今日のお昼は公園や!」

 

「わぁ、いいですねっ」

 

 ギター持って、財布持って、キャロルちゃん連れてまず弁当屋へ。

 さっさと行ってさっさと選んでさっさと帰ろう……と思ってたが、悩むな。

 俺は安くて量があればいい。コスパ重視だ。だがキャロルちゃんに食わせるとなると、炭水化物と脂で出来た安さ&量特価の弁当を食わせるのはどうなんだろう。

 やっぱ魚と野菜メインのやつがいいんだろうか?

 そんなこんなでちょっと悩んでたら、いつの間にかキャロルちゃんと未来ちゃんが話し込んでいるではないか。

 

「あーやっぱり、あなたが結弦さんの親戚の人? 結弦さんが今家に泊めてあげてるっていう」

 

「はい、そうです。あなたは小日向未来さん、ですよね」

 

「話には聞いてたんだ。結弦さん、お弁当か食材買いに来る度にあなたの話してたんだよ?」

 

「そうなんですか? 意外です」

 

「日本人……だよね? あれ、なんで私、今そこに違和感持ったんだろう」

 

「はい。少しばかり『化粧』をしているので、それで違和感があるのかもしれません」

 

「お化粧かぁ。やっぱり外国の女の子は進んでるのかな?」

 

 ……あれ、仲良くなってる? というかキャロルちゃん、何か錬金術使ったな。

 

「結弦さんまたロックの変な話してなかった? 大丈夫?」

 

「私が請わなければそういう話はしないでくれていましたし、大丈夫ですよ。

 ……ちょっと聞いたら、なんというか、ロックは奥が深いなあと思わされて……」

 

「だよね! そうだよね! ロックって面倒臭いものだと思ったよね!?」

 

 これ間違いなく仲良くなってるやつだ。この短時間で仲良くなってる。

 

「でも生真面目に聞かない方がいいよ?

 結弦さん、真面目すぎるから。

 昔のロックとか研究しすぎて、方向性見失っちゃってる人だもの」

 

「あぁ、なるほど」

 

 ちょっと待て!

 

「スタァップ未来ちゃん!」

 

「この人と話してると『ロックが何か』って分からなくなるでしょ?

 この人が一番『ロックが何か』って分かってなくて知りたがってるんだからそれも当然よ。

 だってそれが分かってないから売れてなくて、それが分かれば売れると思ってるんだから」

 

「は、はぁ……未来さんって人をよく見てるんですね……」

 

「もう勘弁してや……売れないロックンローラーをいじめんといて……」

 

 いや確かに成功する方法とか、自分のロックの改善案とか探してるけど。究極のロックは何かとかロックの本質は何かとか悩んでるけど。

 俺は俺で俺のロック論あるし、このロック論に従ってロックンロールするし……

 

「うちのお父さん言ってましたよ。

 ちゃんと一人前になれる奴は、言ってることとやってることに一本筋が通るもんなんだって」

 

「うぐっ」

 

 ……見てる人は見てるし、分かる人は分かるよな。

 俺は、『俺だけが出せる音』も、『俺がどんなものを音楽で表現したいのか』も、『歌を通して何を伝えたいのか』もはっきりしてないんだよなぁ……

 ソウルがあると言われたことはある。

 テクがないと言われたこともある。

 そして何より、メッセージが伝わってきたと言われたことがない。

 これじゃ、ダメだよなあ。

 

「私にこんなこと言われても、気にしない人になってください。

 凡人に何言われても気にしないようなロックンローラーになってください。

 そうしたらうちのお店、偉大なロックスターの御用達として宣伝するんですから」

 

 ……未来ちゃんにこんな風に励ましの言葉を言わせちゃうようじゃ、ダメだよなあ。

 

「ああ、これは期待に応えられるよう、頑張らないかんな」

 

「はい、頑張ってください。今日のお弁当、唐揚げ一個おまけしておきますから」

 

 弁当持って、公園に向かう。

 精神的なコンディションはバッチリだ。

 今弾けばどんな曲を弾いても、今の俺の実力を最大限にまで発揮できる気がする。

 

「さ、ベンチ座って」

 

「はい。ワクワクしますね、こういうの」

 

 二つのベンチを組み合わせたL字型ベンチの左端に座って、彼女を隣のベンチに座らせて、と。

 さあ、弾くぞ。

 ギターしか無いから音の厚みは相当に出ないが、今の俺の精一杯を魅せてやろう。

 

「ボクが知らない、この曲の曲名は?」

 

「Fight Fire With Fire」

 

 本来はバンドを揃えて弾く曲だ。が、最近は動画サイトに一人でアップする人の需要がどうとかで、ギター一本でも弾けるアレンジ譜面が出回っている。情報化社会バンザイ。

 持つ、握る。擦るようにして弾く。弦を抑え、奏でる。

 いい音が出れば気持ちがいい。

 悪い音が出れば気持ちが悪い。

 とことん突き詰めて、無心になって弾き鳴らす。

 とにかくミスをしないように、とにかくインパクトが残るように、俺が好きなロックの良さを表に出すように、夢中になって弾きまくる。

 一曲終了。

 さあ、どうだ!

 

「なんか、こう……うるさいですね」

 

「―――」

 

 俺は死んだ。期待した分死んだ。即死だ。

 

「あ……ああいえ下手とか気に入らなかったとかそういうのじゃなくてですね!

 す、凄いと思いましたよ! 特にギターを弾く指の動きの速さにびっくりしました!」

 

「……ロックが第一声で『うるさい』って言われるの、二つのパターンが多いんや。

 一つは、その人にロックが合わなかった場合。ヘビメタとかダメな人多いやろしな。

 そしてもう一つが、単純に下手な奴の曲だった場合。

 下手だった奴が上手くなってロックスターになると、騒音がロックになったとか言われるんや」

 

「そ、そ、その、他意はなくて……ボクに見る目がなかっただけかもしれませんし!」

 

「目じゃなくて耳やろ」

 

「あっ」

 

「キャロルちゃんが変なわけやなくて、俺が下手なだけなんや……気にせんといて」

 

 ヘコむ。

 普通にヘコむ。

 なんかこう、この流れでロックで感動させたかった。

 でもダメだ、腕が足りてない。

 歌を紡ぐ口も、曲を奏でる指も、どっちも能力が足りてない。

 ……俺は、『うるさい』じゃなくて『凄い』っていう第一声が欲しかったのか。ああもう、身の程知らずの希望的観測にも程がある……死にたい。

 

「ああ、ええと、ほな飯食って帰ろか。ゴメンな、変な演奏聞かせて……」

 

「もう一曲、お願いします。今度は別の歌が聞きたいです」

 

 なのに、キャロルちゃんは弁当に手をつける気配も、帰る気配も見せなくて。

 ベンチに座ったまま、微笑んで、俺をまっすぐ見つめている。

 

「せやけど、俺の腕じゃ……」

 

「ボクはロックが聞きたかったわけじゃありません。

 上手いロックを聞きたかったわけでもありません。

 あなたの曲が聞きたいんです。だから、もう一曲お願いできますか?」

 

「―――」

 

 ……本当に、本当にいい子だな、この子……悲しくなってくる。

 ああ、クソ、もっと練習しておけばよかった。もうちょっと上手くなっておけばよかった。

 もっといいロックを、この子のロック初体験にしてやりたかった。

 悔しい。

 みじめだ。

 俺より上手いロッカー全員に劣等感を感じる。

 もっと上手くなりたい。

 この子を感動させたい。

 手段はなんでもいいから、もっともっと上手くなって、この子にもっといいロックを聞かせてやりたい。

 キャロルちゃんの言葉に応えられる自分に、なりたい。

 

【市民の皆様、エテメンアンキです。いつもお世話になっております】

 

 ……ああ、もう!

 

【現在、派遣ノイズが市役所の役員と協力して行動を開始しています。

 皆様は屋内から出ないようお願いします。

 屋外にいらっしゃる方はすぐに屋内に入るか、エテメンアンキの誘導で避難してください】

 

 こんな時に限って、邪魔なことを!

 

【ノイズが迅速に対応を終わらせるため、ご協力をお願いします。繰り返します】

 

「キャロルちゃん、役所の放送聞こえたやろ! 逃げるで!」

 

「……」

 

「キャロルちゃん!」

 

 手を引いても動かない。こんな小さな子のどこにこんな力が……?

 いや、そんなこと考えてる場合か!

 くそっ、もう空に何体か見えてる!

 

 エテメンアンキの固有戦力、『ノイズ』。

 なんかよく分からんが人間が触れると灰になる気持ちの悪い生物だ。

 エテメンアンキはアレを制御して、百年前の月崩壊後の混乱を全部強制的に抑え込み、最小限の被害で世界をまとめた……って、歴史の教科書に書いてあった。

 現代においてあれは、テロリストや反社会分子くらいにしか使われない。

 逆に言えばそいつらに対しては容赦なく使われる。

 その恐ろしさから、今の世界の平和を維持する抑止力とさえ言われてた。

 

 アレは最近、各国で過激な活動してる不適合者を皆殺しにするのに多用されてたからか、ニュースでしか見てない俺でさえ怖く感じる。ヤバい。

 社会に愚痴を垂れてる不適合者程度ならアレには狙われない。

 だがテロリストなら適合者でも容赦なく狩る。

 つまりアレの狙いはキャロ……あれ? 通り過ぎた?

 狙いはキャロルちゃんじゃないのか?

 

「チャンスやキャロルちゃん、今の内に見つからない場所に隠れ……」

 

「駄目です」

 

 俺が取った手を、彼女は振りほどいた。

 それどころかノイズが向かっていった方向を睨みつけている。……まさか。

 

「キャロルちゃん?」

 

「黙っててごめんなさい。

 ボクはキャロルの意志を継ぎましたが……ボクにはボクの、目的があるんです」

 

 キャロルちゃんの声には、芯が通ってる。

 俺とは違う、自分の人生をかけてもやるべき一つのことを見据えている声だ。

 目指す場所、やるべきこと、やりたいこと、今の自分への意識。全てがガッチリ揺らいでないから、こんなにも小さく細い体で、こんなにも強く立ってられてんだ。

 

「世界の歪みに、沢山の人が苦しめられています。

 社会の歪みに、沢山の人が殺されています。

 そしてこのまま行けば、世界のほとんどの人を巻き込んだ大崩壊が待っています。

 ボクはキャロルの目的を果たす以上に……その人達に、救われて欲しいと思ったんです」

 

 ああ、分かった。今分かった。

 この子は……人を助けるためだけに、生きようとしてるんだ。

 

「ボクは世界を敵に回します。

 ボクは世界中の人達に恨まれるでしょう。

 ボクは世界を壊します。

 ……それでも、ボクは、今生きている人達に、救われて欲しいんです!」

 

「まさか……今ノイズが狙っていった奴らを助けに行くんか?」

 

 キャロルちゃんが頷く。

 今ノイズに襲われてる奴らなんて、面識すらもないだろうに。

 もしかしたら、最悪テロリストか何かかもしれねえのに。

 ただ被害者なだけの不適合者が、役所に通報されて『駆除』されてる可能性もゼロじゃないが、それでも数%くらいだろうに。

 この子は、救おうとすることを躊躇ってない。

 

 エテメンアンキが弾圧と虐殺に使うノイズ軍。それと戦うことに、何の疑問も持っていない。

 

「ボクは、世界を救う方法を求めて、この国に来ました。

 ありがとうございます、結弦さん。

 この国であなたと出会えて、とても嬉しかったです。ボクは……見捨てず、戦います」

 

「キャロルちゃん!」

 

 彼女が走り出していく。

 止めようとしたが、間に合わない。

 錬金術で移動したらしい彼女が座っていたベンチを見ると、血が一滴滲んでいた。

 ……治ったなんて、本人は言っていたけど、それは隠していただけだった。

 彼女は我慢と頑張りが得意なだけで、頑丈な体なんて何も持ってない、怪我をしたか弱く儚い女の子なんだ。

 

 後を追うか、一瞬だけ迷う。

 追えばエテメンアンキが何をしてくるか分からない。

 ニュースで見たノイズの恐ろしさが脳裏を駆け巡る。

 ああ、怖い。

 こええ。

 死にたくない。

 危ないことはしたくない。

 だってまだビッグになってない。

 俺は何者にもなれてない。

 今死ねば、粋がってたガキが一人情けなく死体になるだけだ。

 あの憎いオヤジを見返すこともできない。

 母さんに胸を張ってあの世に行くこともできやしない。

 嫌だ、それは嫌だ。何にもなれず死ぬのが怖い。

 帰れる。今なら平和な家に帰れる。帰りたい。

 

 一歩踏み出すだけで死ぬと、何故かそう確信できた。

 

「……ロックンローラー、舐めんなッ!」

 

 だけど踏み出すことに、何の躊躇いもなかった。

 

 あの子はきっと、俺を全く頼りになんてしてないと思ったら、なんか無性に腹が立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走った。

 全力で走った。

 他のロックンローラーの真似をしてタバコを吸おうか迷って、結局歌のためにやめたことを、今だけは全力で感謝できる。

 ノイズが襲撃していた場所に俺が辿り着いた時、そこは既に地獄だった。

 

「ひでえ」

 

 ……ああ。ああ、くそ、見覚えがある。

 最近()()()()()()()()()()()()と揉め事を起こして、立ち退きを迫られてたっていう、不適合者の団地だ。

 デカい金と利権が絡む土地がなんとかって話を、ここの団地の住人と話した覚えがある。

 その住人は、俺と時々バンドを組む無愛想な兄ちゃんだった。

 俺と何度も一緒に曲を奏で、俺にこの団地が抱えてる問題を話してた兄ちゃんは、俺の目の前で炭素のクズになって消えていった。

 

「……っ」

 

 事件の裏が見えてきた。

 この後に隠蔽されるだろうし、詳細な裏が見えることはないだろう。

 だけど想像はつく。

 この不適合者達は、何も悪いことをしてないのに、明日にはきっと重犯罪者扱いになる。

 この一件で得をする外道どもが、きっとそうする。

 明日には情報操作も完了していることだろう。

 エテメンアンキの仕業とは思えないくらいに暴力的で悪辣で行き当たりばったりだが、ノイズを使っているのなら間違いなく奴らも関わっているはずだ。

 

 ムカついて、ムカついて、ムカついて……そして、キャロルちゃんを見つけた。

 

「! キャロルちゃん、上!」

 

 団地の人達を逃してるキャロルちゃんと、その後を追うノイズと、ノイズの攻撃で崩れかけてる団地のてっぺんが見えた。

 

「!? 結弦さん、なんでここに―――」

 

 あ、やばい。声かけたせいでキャロルちゃんが上じゃなくてこっちを向いてしまった。

 ああ、クソ、ここから出来ることなんて一つしかない! ……やるか!?

 怖いけど、やるのか!? ……だけど、やるしか!

 

 だってまだ俺は、上達した腕前で、彼女にちゃんとしたロックを聞かせてない。

 俺はまだ彼女に本物のロックを教えてない。

 俺達の間ではまだ、何も始まってないんだ。

 ……だからッ!

 

「―――」

 

 縮地で移動し、彼女を突き飛ばした俺の背中に、鉄骨みたいな何かが刺さった。

 

「あ……ああああっ!」

 

 痛い。

 熱い。

 息したくない。

 息するだけで痛くて、動くだけでも痛そうだ。

 動かなくても、姿勢を維持する筋肉が勝手に動くだけで凄く痛い。

 ああ、普段意識してないだけで、体の筋肉ってこんなに動いてんのか……勉強になった。

 それにしても、痛い。泣きたい。

 

「なんで、なんでこんなことを!」

 

「ビートルズのジョン・レノンは言ったで?

 好きに生きたらいいんだよ。だって、君の人生なんだから……ってなぁ」

 

 ロックンローラーはドラッグもやる、喧嘩もやる、ライブで無許可にマシンガンぶっ放したりもする。皆好きに生きてるんだ。

 キャロルちゃんを助けたかっただけで、他は何も考えなかったんだから、なんでとか聞かないで欲しい。答えに困る。

 

「なんで、どうして、って言われても困るわ。

 俺は……徹頭徹尾、好きに生きてるだけや。君が気に病む、ことはない」

 

「そんな!」

 

 俺の胸には歌がある。

 ロックという名の歌がある。

 胸の奥で燃え盛る歌、ロックは俺の魂だ。

 

 この生き方は自分で決めた。

 どこでどう生きるかは自分で決めた。

 キャロルちゃんを助けることも自分で決めた。

 だから後悔なんてない。

 生き方を曲げるくらいなら、若い内に死んでしまった方がマシだ。

 俺が憧れたロックンローラーの多くは、みじめな死に様だったとしても、そうやって―――意地だけは通して、若くして死んでいったんだから。

 

「ごぶっ」

 

 血を、吐いた。

 どこかからか出て来た血が、喉の奥の奥で詰まってる。

 息が、できない。

 体が、つめたい。

 しんで、いく。

 

「死なせません!」

 

 キャロルちゃんの声で、飛びかけた意識を繋ぎ止めた。

 だけどもう目も見えない。息もできない。手を動かそうとしたが動かない。指を動かそうとしても動かない。指先を僅かに震わせることが精一杯だ。俺は、ここで死ぬ。

 キャロルちゃんの騒がしい涙声混じりの叫びに感じる罪悪感だけが、俺が自由にできるもの。

 ああ、くそっ。

 もう少し上手くやれてれば、くそっ。

 

「……これしか、ないなら。この先に何があっても、ボクは―――ボクは!」

 

 ―――熱い何かが、胸に差し込まれた。

 鉄骨が貫いた心臓に突き刺さり、その『何か』が燃える。

 熱い。

 なんだこれ?

 信じられないくらい胸が熱い。

 これは……炎だ。

 胸の内で燃えるこれは、炎以外の何物でもない。

 わけがわからないが、胸の奥の熱い思いが、外から胸の内に差し込まれた熱い何かと一緒に、俺の中で大声で叫びまわっている。

 

 熱い曲を一曲聞かせろロックンローラー、って。

 

 ああ、分かった。

 最高の一曲を聞かせてやる。

 ギターも舞台も観客もないが、なんとなくできる気がする。さあ、やってやるぜ。

 こいつが俺の、ロックンロールだ。

 

「この光……この旋律……結弦さんのこれはまさか―――ノイズを殺すロックンロールッ!?」

 

 とりあえず何も考えず、深く考えず、胸の奥から噴き出す音楽を形にする。

 

 過去最高のロックンロールになった……そんな、気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれ? なんか俺生きてる? おはようございます。

 寝起きで頭がはっきりしない……あ、キャロルちゃんが居る。

 

「音楽の良さを理解できない者だけを選択して、消滅させた……?」

 

「キャロルちゃん、これどうなってるん?」

 

「……覚えてないんですか?

 結弦さんがぱあっと光を出して、広範囲を包み込んだんです。

 光に包まれたものの内、ノイズだけが消滅させられました。

 おそらくですが、生物として音楽を好む人間はその全員が無傷です」

 

「へ? 俺超能力かなにかに目覚めたんか?」

 

「違います。……その、ごめんなさい」

 

 なんでキャロルちゃんが俺に頭下げてんだ? ……状況が読めないな。

 

「先史文明の遺産である聖遺物、というものがあります。

 それらを組み上げた人工聖遺物を、ボクは持ち歩いていました。

 穴の空いたあなたの心臓を修復するため、ボクはその聖遺物を、あなたの心臓に……」

 

 埋め込んだ、と。確かにそんな感じの跡が残ってる。

 

「ペースメーカーみたいなもんやな。ありがとさん、キャロルちゃん」

 

「本当にごめんなさい!

 ボクを庇ってあなたは死にかけて……

 しかも、聖遺物のせいでエテメンアンキにバレれば狙われることになってしまうんです!

 ボクと関わらなければあなたは、平穏無事に過ごせていたはずなのに。ごめんなさ―――」

 

「ノイズ片付け終わったんなら公園戻って飯食おか。弁当置いてきてもうたしな」

 

「……あの、真面目に聞いてます?」

 

「勿論。ちゃんと理解しとるよ。

 ただなんというか、キャロルちゃんが悪いとか微塵も思えへんし」

 

「そんな! だってボクは」

 

「ロックンローラーに

 『ボクのせいにしてください』

 と強制しようとか中々ロックやな、キャロルちゃん。反抗するで」

 

「え!? い、いやそういうつもりでは!」

 

「それにあれやん? いっぺん死んでから心臓に何かを埋め込んで復活―――ロックやろ?」

 

「ロックってなんですか」

 

 キャロルちゃんが言ってたことじゃないか。かっこよければロックだって。

 

「……」

 

「でもこれキャロルちゃんの大切な物やないんか?

 それなら俺が逆に申し訳なく思うてしまうなあ。どうにかならん?」

 

「……そう簡単に、抜き取れるものではありません。本当にごめんなさい」

 

「謝るのはこっちやて、こんな高そうなもん使わせてもうてすまんなあ」

 

 ペースメーカーって二百万くらいだっけ?

 やっべー、勝手に突っ込んで頼まれてもないのに助けて、それで無様に死んで貴重品分けてもらって助けられたとか、これはダサい。頭が上がらんぞ。

 何故キャロルちゃんはこんなクソ雑魚馬糞ロックンローラーなんかに謝ってんだ。

 

「結弦さんには、何度も助けてもらいました。

 ボクはその恩をほとんど返せていません。

 ……その上で、ボクは更にあなたを頼るお願いをしようとしています。

 失礼だと思います、不躾だと思います、でも、あなたの心臓の聖遺物がどうしても必要で……」

 

 もっと偉そうにしていい、そんなにへりくだらなくていい、って言っても真面目な子には逆効果なんだろうなあ。

 この子の重圧と肩の荷を取り去ってやるには、彼女を俺の上に置くより、もっと適当なやり方が……あ、そうだ。

 

「ええよ、言ってみ。どんとこい。

 キャロルちゃんはいちいち重すぎで、俺はノリが軽すぎやろ?

 もーちょい気楽に、俺をちょっと見習って軽く話して見るのもいいんやないかな」

 

 この子に必要な言葉は、これかもしれない。

 

「俺らもうダチやろ? 気軽にお願いすればええんや」

 

「ダチ……友達?」

 

「せや、友達や。同じ釜の飯を食ったダチくらい、気軽に頼ってええんやで」

 

 嬉しそうな顔しちゃって、こんにゃろうめ。

 出会ってから今日までの間に見た顔で、一番いい顔してるぞ、キャロルちゃん。

 

「ボクの……世界を巡り世界を救う旅を、手伝ってください!」

 

「ええよ。あ、旅の途中でギターの練習くらいはさせてーな?」

 

「即答!?」

 

「世界かー、アメリカとイギリスのロック聖地には行ってみたいとこやね」

 

「え、あの、いいんですか? 不安になったりとか、嫌だと思ったりとか……」

 

「ないない。海越え上等や」

 

 海の向こう……ロックの本場! 外国のロック!

 日本よりクソな不適合者差別もあるだろうが、そんなことがどうでもよく思えるほどのこの期待感! 海外! 海外かー!

 

「音楽は言葉の壁を越えるコミュニケーションツール。

 ロックは海を越えて何度も伝説を作ってきたミュージック。

 ワクワクするやろ? 海の向こうで、どんなロックが待ってるんやろな、って」

 

「……結弦さんって、根本的に凄くタフで凄く前向きですよね」

 

「向きたくなる前があるのが悪いんちゃうかな」

 

 明日に希望が持てる内は、ロックンローラーなんてそんなもんだ。

 明日に希望が持てなくても、今日ライブを開いて客を集めるのが一流のロックンローラーだ。

 俺もそういう風になりたいものである。

 

「あ、そやそや。もひとつ聞いておきたいんやけど、この心臓に埋まってるやつ。

 これってなんなんや? どういう名前で、何のために必要なんや?」

 

 ずっと俺を微笑んで見ていたキャロルちゃんが、背筋を正した。

 そしてその指先が俺の胸のあたりをなぞっていく。ちょっと恥ずかしい。

 

「これは世界を救う鍵。

 聖剣デュランダルを芯に、魔剣ダインスレイフを外装として融合させたもの。

 神が人の過ちを防ぐため生命の木へ続く道に楔として打ち立てた剣の模倣。

 すなわち、"追加された禁忌"の象徴。

 世界を救うための一振り、煌めき回る炎の剣……神剣・ディバインウェポンです」

 

「神剣、ディバインウェポン……」

 

「完全に覚醒していない今は、あなたの心臓の代わりとして動く、神の炎の聖遺物です」

 

 小難しいこと言ってんなこの子。何言ってんのかさっぱり分かんねえ。

 とりあえず分かってる風な顔をして神妙な感じに頷いておこう。

 

「この神剣は、七つの聖遺物を組み込むことで真価を発揮します。

 七つの聖遺物は独特の相性と相互干渉により、神剣の力を強化・安定させます。

 天羽々斬は回収しました。

 残りはイガリマ、シュルシャガナ、アガートラーム。

 イチイバル、神獣鏡、ガングニールの六つです。うち五つは所在が判明しています」

 

「後六つ、と」

 

「世界の終わりは近付いています。ボクとあなたで、世界を救いましょう!」

 

「っしゃあ! ロックで世界を救うんやな!」

 

「いや、ロックは特に何も救わないと思いますけど……」

 

 なにおう?

 って、着信音? 俺の携帯じゃない……とすれば、キャロルちゃんか。

 

「通信端末?」

 

「ちょっと待っていてください。ええと、ここをこうして……」

 

 あくせくしてキャロルちゃんが操作した端末が、スピーカーとマイクを通して通話を繋げる。

 

『こちらセレナです。イタリア行きのうちの船、予定通りに乗れそうですか?』

 

 ほうほう、セレナさん……誰?

 

 

 




五人目のビートルズ今何人居るんでしたっけ(矛盾するワード)


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半端な気持ちで入ってくるな、ロックの世界によォ!

ロックンローラーって地味にロリコン多いですよね
個人的な印象ですけど
あ、この前書きに深い意味はないです。ないですよ


 アパートの家賃は払い切った。

 持って来るべきものは全部持って来た。

 小日向さんちにはしばらく来れないって書き置きと、ありがとうございましたって書き置きと、コンビニで買ったお中元もどきの贈答品を置いてきた。

 バイトも辞めた。

 立つ鳥後を濁さず。社会的地位も金も近所付き合いも無い俺の旅立ちなんて、気楽なもんだ。

 

 だがまさか、速攻で船で日本を出るとは思わなかった。

 

「海はええなあ」

 

「いいですねえ」

 

「キャロルちゃん、海泳いだことある?」

 

「無いですね。結弦さんはあるんですか?」

 

「泳いだことも走ったこともあるで。楽しかったなぁ」

 

「走る……? ああ、波打ち際を走るとか、そういうのでしょうか」

 

 揺れる船、船の窓から見える夜の海、月光の無い世界に飛沫を上げる昏い荒波。

 キャロルちゃんと、俺と、セレナとかいう子と、船の操舵手。

 四人揃って法律ぶっちの国外渡航。最高にロックだぜ!

 

「聖遺物……なんやすごいっちゅうそれが、イタリアにあるんか?」

 

「はい、二つ見つかっています。

 ボクらはそこに向かっているわけですね。

 イタリアにあるのはイガリマとシュルシャガナです」

 

「それも俺の胸にあるもんと似たようなもんなんか?」

 

 ディバインウェポンとやらは、胸を触っても手触りだけじゃそこにあると分かりもしない。

 だけど(そこ)にあることが、俺にだけはなんとなく分かる。

 "抜く"こともいつだってできそうだ。

 話によれば炎の剣らしいんで、上手く使えば魚を三枚におろすことも焼き魚を作ることも自由自在だろう。なんて便利なんだ聖遺物。お得感マシマシすぎじゃないか?

 

「似て非なる、というのが正しいですね。

 例えば、ノイズの位相差障壁のことはご存知ですか?」

 

「ムテキバリヤーのことか? 小学生の頃、

 『不適合者菌がうつる~』

 とか言って同級生が俺によくノイズのムテキバリヤーの真似してたわ」

 

「む、ムテキバリヤー?

 いや呼び方はどうでもいいんです。

 ノイズは別世界とこの世界をまたいで存在しています。

 だからこそ通常の兵器の一切が効かない、社会正義を翳す処刑人足り得るのです」

 

「うんうん」

 

「これを突破する方法はいくつかありますが……

 ボクは波動、つまり重力波をモデルとした『波』を使うのが一番的確であると思います」

 

「なるほど」

 

 さっぱりわっかんね。

 

「重力はこの宇宙から別の宇宙へと世界の壁を越えて伝わっているのはご存知ですよね?

 粒子ではなく波を使う方向性を持てば、他世界への干渉が見えてきます。

 分かりやすく言えば、歌です。ロックと同じ歌ということで考えてみてください。

 超弦理論における弦を弾く音の違いというものがありますよね?

 同様に物質と波動の性質をここから解釈すると言えば、なんとなく分かると思います。

 位相差障壁は聖遺物を媒介にした波の干渉によって突破することが可能です。

 キャロルが残したデータによれば単独で平行世界に干渉する聖遺物さえあったようです。

 ロックが弦とそれを弾く音で解釈できるように、位相差障壁も弦と音で解釈すればいいんです」

 

「なるほど」

 

 分かりやすく例える、とか言ってるけど全然分からないんですけど?

 俺に合わせて俺が分かる単語を例に上げてくれてるみたいだけど、全然分からないんだけど?

 猿でも分かるように説明してくれよ、じゃねえと多分俺分かんねえよ。

 数学の教科書の擬人化か何かかね君は。

 

「ディバインウェポンにも、それに類する能力が搭載されています。

 つまりは、『通常干渉できないと思われているもの』に干渉できる力です」

 

「キャロルちゃんは凄いんやなあ。

 言ってること分かったんやけど、そんなこと考えられるなんてびっくりやわ」

 

「えへへ」

 

「こらもう考えるのは全部君に頼った方が良さそうやな。頼ってええ?」

 

「はいっ、どーんと頼ってください!」

 

 嬉しそうに微笑む彼女の表情が、暗い夜空と夜の海によく映えている。

 明るい顔も最近はよく見るようになったなぁ。

 まったく、俺が適合者じゃなくて助かった。

 俺達が適合者だったなら、今頃キャロルちゃんは相手に何も理解させられない説明をしてしまったことを恥じて、俺がそれを誤魔化したことにも気付いて、今頃顔を真っ赤にしてたことだろう。

 俺達の間に完全な相互理解がなくてよかった。

 おかげでこの子は傷付かずに済んだんだ。

 

 言語を超越した対話ツールである統一言語に完全に適合した人間は、会話も言葉も必要なく相互理解を成すという。

 そういうのに適合した人は、キャロルちゃんが今した説明みたいなのも完全に理解できるんだろうか? 人間の心だけじゃなく、人間の知識も理解できるんだろうか?

 ……よく分からんな。

 俺がこうして適合者のことを理解できないように、適合者には不適合者のことが理解できないから、それが差別の元になってるんだろうか?

 ……それも分からんな。

 

 バラルの呪詛とかいうのが無くなって、完全な相互理解が世の中に普及しても、適合者と不適合者は相互理解できないってのも笑える話だ。

 

「ほな、このディバインウェポンっちゅうのは、ノイズを倒すための剣なんか?」

 

「いえ、正確には違います。

 ディバインウェポンは聖書の創世記における、生命の木の守りです。

 知恵の木の実を口にしてしまった人間から、生命の木の実を守るため刺された剣ですね」

 

「あー、アダムとイヴのアレ?」

 

「はい、アダムとイヴのアレです。

 聖書によれば、神の剣が生命の木の前に刺されたのはその木の実を食べさせないため。

 知恵の実と生命の実を食べ人間が神と等しくなることを神が恐れたから、とされます。

 これは伝承にある、古代人(ルル・アメル)が自分と等しくなることを恐れた(カストディアン)の記述とも一致します」

 

 分かるには分かるけどディバインウェポンの説明する度に俺の胸の心臓のあたり触るのやめてくれキャロルちゃん。普通に恥ずかしい。

 

「これは人という種に『してはならないこと』を打ち込む剣なのです。

 世が世なら、この剣は人が生命の実を食すことを止める剣となったでしょう。

 ですがこの世界においては、人間種の相互理解の力を一時的に封ずる楔となります」

 

 してはならないこと。

 楔。

 なるほど、ドラッグやってるロックシンガーに薬禁ぶちこむようなもんか。

 だけど今の世界でそんなことやるのはヤバくねえか?

 

「そんなことして大丈夫なんか?

 そら、不適合者は嬉しいかもしれん。

 でも今の世の中、不適合者に優しい適合者もいっぱいおる。

 不適合者を怖がっとるだけの適合者も多い。

 統一言語のお陰で紛争がなくなった地域だってあるはずや。

 今の社会に不満持っとる人間なんて、これ幸いと暴動起こしてもおかしないと思うが」

 

「大丈夫じゃないです。沢山、沢山、苦しむ人も死んでしまう人も出てしまうと思います」

 

「それでもやらなあかん理由があると思ってええんか? 大破壊、とかいう」

 

 未曾有のうんたらかんたら、つってたな。

 

「なんか壊れるんか? 街? 国? もしや、大陸とかロックなこと言わんよな?」

 

「心の壁です」

 

「へ?」

 

「数十年前、核エネルギーを使った聖遺物起動実験が失敗しました。

 場所はチェルノブイリ原子力発電所、使われた聖遺物は月の残骸。

 人間の相互理解能力に干渉する聖遺物は暴走、大爆発。

 統一言語能力と共鳴し、数十年後に人間の精神に作用する爆弾を残しました」

 

「え」

 

「あと五年以内に、人類の精神は究極の相互理解……

 つまり、"全ての適合者の精神の融合同一化"が行われます。

 相手と自分の精神が同一のものになる以上の相互理解はありませんから」

 

「―――」

 

 あ、これアカンやつだ。

 キャロルちゃんのこの辛そうな顔、泣きそうな雰囲気、ぎゅっと握った手、下を向く目線、どれもこれも嘘をついてる所作には見えない。

 これ、マジで起こるかもしれんやつだ。

 

 皆の心が一つになる、というフレーズは俺も漫画でよく見る。

 理解し合った仲間と最高のコンビネーションを見せたシーンとかで使うフレーズだ。

 だが、実際に一つになるとなりゃ話が別だろう。

 そんなの死ぬのと変わらないんじゃねえのか?

 

「今の世界が抱える問題は、これ一つではありません。無数にあります。

 適合者と不適合者の対立構造。

 適合者にしか使えない、兵器利用のできる完全聖遺物。

 相互理解によって敵国に発覚してしまった政治的汚点と、それによる国家対立。

 統一言語がもたらした平和と和解もありますが、その逆のものももたらされているんです」

 

「マジっすか……」

 

「フィーネもこんな事態になるとは、予想外であったと思います。

 フィーネほどの人物なら、この事態にも対策を立てているかもしれませんが……

 それも、定かではありません。

 フィーネが考えていることが、ボクには全く分からないんです。

 だからボクは、できる限り犠牲が少なくこの問題を解決する方法を、ずっと探しています」

 

 そのフィーネとかいうババアも……いやババアは失礼か。

 そのフィーネとかいうお婆ちゃんも、今頃エテメンアンキのてっぺんで呆れてるのかもしれねえな。

 相互理解もたらそうとしたってことからも、その後世界を最小限の犠牲で再構築したエテメンアンキ作ったことからも、なんか理想主義者っぽい性格が垣間見えてる。

 そんなお婆ちゃんがあれこれやったってえのに、人間は相変わらずやっちゃいけない実験やら争いやらをやってて、人類は今や存亡の危機ってわけだ。

 

 こりゃ時と場合によっちゃフィーネ婆さんには同情の余地があるかもしれねえな。

 まあそれはそれとして、顔見たらぶん殴ってやるが。

 不適合者がストレス溜めまくらないといけないこんな世界にしたことは許さん。

 一発殴るまでは許さん。

 同情の余地があっても一発殴るまでは許さんぞ。

 

 お前の尻拭いをしてるこの子に、こんな顔させた件に関しては、一発殴っても許さん。

 

「世界が一つになる時は、皆がそう望んだ時であるべきだったんです」

 

「……」

 

「世界の歪みの理由なんて分かっています。

 皆に分かり合う気持ちが揃っていないのに、皆を相互理解させてしまったからです」

 

 理解があっても優しさがなければ価値がない、とキャロルちゃんは言っていた。

 相手のことを理解しても、相手に優しくする気が無いなら、そりゃ意味がない。

 キャロルちゃんは今にも泣きそうだ。

 世界が一つになる時は、皆がそう望んだ時であるべきだった、か。

 結局、それが真理なんだろうな。

 相互理解で世界中の心が繋がっても、今、世界中の人の心は一つになってんだろうか?

 

 ふと、一つ気付いたことがあって、気付いたことをそのまま口に出してみる。

 

「……人類が、相互理解の力を得ても一つになれないの、悲しいんか?」

 

 俺がそう言えば、彼女は泣きそうな顔で微笑む。

 

「結弦さんは、ボクが何も言わなくてもボクの心が見えるんですね。適合者みたいです」

 

 そんなツラして、分からないわけあるか、バカタレ。

 

 だが、一つ確信できた。

 この子は誰も傷付けられない。

 一を犠牲にして百を救うという選択肢を迷わず選ぶことができない。

 もしもこの先、目の前のボタンを押すだけで統一言語を排除できる段階に至ったとしても、この子はそのボタンを押せば不幸になってしまう人達の顔を想像して、手を止めてしまうだろう。

 この子は、きっとそこまで割り切れない。

 そしてこの子は、誰かを犠牲にできない自分の大きな優しさを、自覚していない。

 

 自分の優しさを過小評価してるこの子は、一人だときっとまともな結末には辿り着けないんじゃないかと、ふと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 船の上は退屈だ。することもない。

 準最新式らしいこの船は日本からイタリアまで信じられない速度で移動を終えたが、それでもやっぱり時間はかかる。

 海路の途中で暇潰しにと、船内で何曲かキャロルちゃんに披露してみた。

 前よりはちょっとマシな反応と評価を貰えた……と信じたい。

 

 気になったのは、あのセレナって女の人の方だ。

 俺より年上……いや、外人さんが日本人より年上に見えることを考えると、俺と同い年くらいだろうか? どうなんだ? 分からん。女性の歳は怖くて聞けん。

 凄い美人でキャロルちゃんよりおっぱいも大きい。

 初対面の俺にも穏やかに話しかけてくれて、人懐っこい笑顔を向けてくれたもんだから、初対面なのに俺も自然な警戒心を全く抱けなかった。

 

 こういう第一印象だと、俺は逆に怪しみたくなる。

 詐欺師は人の良さそうな笑顔で近付き、何も怪しませず仕事を終わらせるという。

 "いくらなんでもいい人すぎる"と疑うくらいしか、それを見抜く方法は無い。

 聞いた話によると、歯医者業界の一部では女歯科衛生士さんの胸にタオルを入れて患者に胸を当て、「おっぱい」と痛みから気を逸らさせるというテクがあるらしい。

 偽乳を本物と錯覚させる悪魔の所業。

 これもまた詐欺師の技と言っていい。

 男専門の巨乳女詐欺師はいつの時代も居るんだと、Twitterで見たこともある。

 

 俺は騙されるものか。俺はとっくに自立して生活してる、立派な社会人なんだ。

 安易に他人に騙されるような人間じゃない。

 キャロルちゃんが純朴で騙されやすそうな性格をしている以上、年上でしっかり社会経験もある俺が彼女を守ってやらないといけない。

 

 ただ、良い人そうな印象が強いというだけで無意味に警戒しちまうのは、なんか自分の性格の卑しさを自覚しそうで嫌だ。

 これでこの人が単純に良い人だったら罪悪感半端ない。

 つか、セレナさんもキャロルちゃんと一緒にロック聴きに来るから困る。

 手を叩いて合いの手を入れてくるのが困る。

 曲が終わると全力で拍手してくれるのが困る。

 そういうことされると無条件で好きになりそうで困る。

 セレナさんがそういうことやるとキャロルちゃんも真似するから困る。

 二人まとめてファンになって欲しい。

 

「ロック、やるんだ」

 

「せやで。ま、俺はまだまだ精進中ってとこやけど」

 

「ふーん」

 

「セレナさんはロック好きなん?」

 

「うん、私は好きだよ。

 想い出のロックがいっぱいあるから、あなたのロックも懐かしく感じる」

 

「へぇ」

 

「ありがとう。だからこの船旅も、結構楽しかったよ」

 

 しっかし日本語ペラペラだなこの人。適合者間は外国語習得の必要が無いのに不適合者は外国語覚えてないと外国人と喋れないってズルくね? やっぱフィーネ許さんぞ。

 

「あ、そうだ、ロックの練習もしたいよね?

 手配する住居はロックンロールしても文句言われない場所にしておくよ。

 今日のところは旅の疲れをゆっくり癒やして、明日から思う存分練習どうぞ」

 

 何だよこの人、良い人かよ。ちょっと警戒して損したわ。

 

「ここがイタリア南部、ナポリの街だよ。

 私はこれからあなた達の潜伏先を用意して来るから、少しどこかで待っててね」

 

「へ? 俺らお尋ね者になったと思ってたんやけど、街うろついて大丈夫なん?」

 

「キャロルちゃんは大丈夫だって言ってたから大丈夫じゃない?」

 

 なにこの適当……いや、違うか。『適当』じゃなくて『信頼』か。

 だからちょっと、疑問に思った。

 

「あんさん、なんでキャロルちゃんに協力しとるんや?」

 

 なんでこの人は、あの子に力を貸してるんだろうか。

 最悪エテメンアンキに目を付けられかねないだろうに。

 

「私は居場所のない不適合者の人達や、難民の人達を助けるために、世界中飛び回ってるの」

 

「赤十字的なもんなんか?」

 

「うーん……似てるけど違う? かな。

 キャロルちゃんとはその途中で知り合って、以後何度か助け合ってるの」

 

 この人はキャロルちゃんの『統一言語の封印』っちゅう目的を知ってるんだろうか?

 ……確かめるの怖いな。

 もしそれを確かめようとして、この人が何も知らなくて、俺のせいで全てを知って、キャロルちゃんに協力するの止められたらキャロルちゃんに嫌われるかもしれん。

 ダメだ、確かめる勇気が持てない。

 ちくしょう、いい人っぽく微笑みやがって。覚えてろよこの美人め。

 

「さっきの質問をそのまま返すけど、あなたはなんでキャロルちゃんに協力しているの?」

 

「本物のロックを聴かせるためや」

 

「え?」

 

「本物のロックを聴かせるためや」

 

「いや、あなたの返事を聞き損ねたわけじゃないんだけど……」

 

 じゃあなんで聞き返したんだよ、よく分からんやつだな。

 

「あー、うん、そういう人?」

 

「そういう人ってどういう人やねん」

 

「いい人? なんじゃないかなと私は思ったわけなのです」

 

 何故疑問形。

 

「キャロルちゃんが心底信頼してるみたいだからどんな人なのかな、って思って。

 でも魂レベルのロックンローラーなら、少し話したのもあってなんとなく納得できるよ」

 

「マジ? すんごいなロックンローラー、世界レベルの信頼要素なんか」

 

「え? それはどうなんだろう……」

 

 セレナさんは戸惑った様子を見せたかと思ったら、すぐに嬉しそうな微笑みへと表情を変える。表情がコロコロ変わる人だ。

 

「キャロルちゃん、昔から一人で頑張ってることが多かったから。

 だから彼女が人を連れて船に来た時びっくりしちゃった。

 ああ、キャロルちゃんの友達なんだ、味方なんだ……って、ちょっと嬉しくて」

 

 ああ、もう。俺はなんでこの人疑ったかな。

 こんな顔する人だったのか、セレナさんって。

 

「俺からすれば、セレナさんがキャロルちゃんに優しい方が意外や」

 

「そう? 私、何か変なところあった?」

 

「あんた適合者やろ?」

 

「―――」

 

 びっくりした顔された。

 不適合者には黙ってれば分からないと思ったのか?

 いや、会話のノリで大体分かるっての。

 不適合者と話すことが多い仕事してるからその辺誤魔化すの自信があったのか? そんな驚かなくてもいいと思うんだが。

 

 あれ、何故そこで笑う。

 

「適合者と不適合者じゃ、友達になっちゃいけないの?」

 

「いや、そんな決まりがあったら俺が困る」

 

「でしょ? 私とキャロルちゃんは友達。それでいいんじゃないかな」

 

 なんだ?

 気のせいか?

 なんか微妙に馴れ馴れしくなった気がする、この人。

 いや、距離が近くなったのか? 赤の他人の距離感つーか、友人の距離感の一歩手前くらいのような……うん?

 

「友達の友達もまた友達、って素敵な言葉だと思わない?

 私、あなたともお友達になりたいな。上手くなってから、またあなたのロック聞きたいもの」

 

「せやな。喜んで」

 

 おっぱいの大きい友達が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セレナと別れて、俺はキャロルちゃんと街を回ることになった。

 ここはナポリタン発祥の地、ナポリ。

 ……ではない。

 ナポリタンは日本生まれの料理なのでナポリは全く関係ないのだ。

 観光に来た日本人があまりにもナポリタンを要求するもんだから、ナポリの飯屋には日本のレシピを学んでナポリタンをわざわざ作るようになったところもあったとかなんとか。

 

 この街はとにかく美しいことで有名だ。

 死ぬんならナポリを見てから死ね、ナポリの風景を見なけりゃその一生に意味はない、とさえ言われるほどに美しいんだとか

 いやジジイじゃあるまいし、若者が風景だけで楽しめるわけねえ。

 楽しめるとしたらピザ、ピザだ。

 ナポリ人はナポリのピザが美味すぎるせいで、ナポリ以外の場所でピザを決して頼まないとかいう噂だ。ピザーラのピザしか食ったことのない俺にその味が分かるだろうか?

 だがピザーラより美味いことは確実だろう。

 

 前にピザーラで注文したら箱の中身偏ってたが、あれずっと許さんからな配達員このやろう。

 

「キャロルちゃん、俺ら普通に街歩いてるけど大丈夫なん? 捕まったりせえへん?」

 

「大丈夫です。

 ボクの手配書は回ってると思いますが、今のボクをボクと認識できるのはあなただけ。

 結弦さんに至っては、ボクの協力者があなたであることも判明していないと思います」

 

「凄いな錬金術。魔法使いのハリー・ポタージュくんもびっくりや」

 

「ホグワーツの魔法使いさんってそんな美味しそうな名前でしたっけ……」

 

「え? ちゃうかったっけ。んにしてもキャロルちゃんは凄いなぁ」

 

「これはディー・シュピネの結界の応用です。

 そこで使っているエネルギーは結弦さんの心臓の剣から引き出しているんですよ?」

 

「へ? そうなん?」

 

「はい。だからボクが凄いのなら、それは結弦さんも凄いってことなんですよ」

 

「……まいったな」

 

 ピザも食いたいがポタージュも食いたくなってきた。

 キャロルちゃんに店選んでもらってさっさと店入ろう。

 

「このお店にしましょうか。ボクの後に付いて来てください」

 

「知ってるお店なんか?」

 

「いえ、知らないお店です。でもAVPN認定の看板がありましたから」

 

「AVPN?」

 

真のナポリピッツァ協会(Associazione Verace Pizza Napoletana)です。

 ここのピッツァは伝統を守ってますよ、という証明です。

 日本にも認定店はいくつかあると思いますよ?

 伝統と規則を守ってますから、この看板があるお店なら不味いものはまず出ません」

 

「おお、キャロルちゃん物知りやなあ。俺外国初めてやし、色々教えてな」

 

「はい、どんどんボクを頼ってください!」

 

 本人は頼れる自分を演出してるつもりなんだろうなあ。

 童顔とか低身長のせいで背伸びしてる子供にしか見えんけど。

 ……あ、やべ、さっそくキャロルちゃんヘルプ案件だ。

 

「メニューイタリア語で読めんがな」

 

「ボクが代わりに注文しますよ。すみません、マルゲリータ二つお願いします!」

 

「おお、イタリアン的な多分イタリア語だと思うよく分からん言語をキャロルちゃんが……」

 

 この子俺と同じ不適合者なのに何カ国語使えるんだ? 半端ねえ。

 

「ピッツァが来るまで時間がありますので、少々お待ち下さい」

 

「ほな、なんか話そうか。そういえばあのセレナって姉ちゃん、どういう関係なんや?」

 

 セレナさんがキャロルちゃんをどう見ているかは大体察せた。

 ならその逆も聞いておきたい。この子に取って、あの美人さんはどういう人なのか。

 

「結弦さんは、適合者と不適合者の対立構造と言えば何を思い浮かべますか?」

 

「俺? 俺なら、適合者の独裁者と社会底辺層の不適合者とか真っ先にイメージするなぁ」

 

「はい、そういうのも勿論あります。

 ただ現代においては、複雑に絡み合う政治の問題がそこに影響を及ぼすこともあるんです」

 

 なぬ?

 

「例えば、不適合者が沢山居て生産の基盤になっているA国があるとします。

 その隣に、国民のほとんどが適合者で、適合者を優遇するB国があるとします。

 B国は適合者を優遇する政策が必要で、A国は過度に差別的なB国を見下しています。

 この二つの国の間には対立があるため、人の流れに小細工する必要があると思いませんか?」

 

「せやな」

 

 あ、今回は分かりやすい。やればできるじゃねえかキャロルちゃん。偉いぞ。

 

「例えば、ある発展途上国Cがあったとします。そこに政治家Dと政治家Eが居たとします。

 政治家Dは不適合者を救う政策を掲げて、不適合者票を集めようとしています。

 政治家Eは適合者優遇政策を掲げていたとします。

 すると、浅慮な人は手っ取り早く選挙に勝つためにどうすると思います?

 Eは不適合者を減らして敵の票数を減らそうと、Dは不適合者をEから守ろうとするんです」

 

「……うわぁ」

 

 発展途上国、ってわざわざ指定してるがまさか実話……いやいやいや。

 

「セレナさんのお仕事は、こういう対立で生まれる犠牲を減らすことです。

 不適合者保護派の依頼を受けることです。

 不適合者排斥派がとんでもないことをしそうになった時に人を逃がすことです。

 だからエテメンアンキにも、彼女を味方に思う人と邪魔に思う人が居たりします」

 

「それ、エテメンアンキ内で喧嘩したりせえへんの?」

 

「トップのフィーネが手綱を握っていますから、そうはならないみたいです。

 不適合者の扱いも個人の裁量の範囲でやってるのがほとんどみたいですよ?」

 

「……エテメンアンキも複雑やなあ」

 

「ボクがこう言っているのは、敵の組織の大きさと多様性を教えたかったからです。

 エテメンアンキは、世界で一番大きく一番に多様性を内包する組織です。

 錬金術の技術を危険視してボクを殺しに来る人も居ます。

 不適合者を救うためセレナさんの後援をしている人も居ます。

 ボクの目的を知り、統一言語の喪失で苦しむ人を守るためボクを狙う人も出るでしょう」

 

 エテメンアンキはそういう組織なんです、と彼女は締めくくった。

 彼女はきっと不安なんだろう。

 俺が二つ返事で彼女に付いて来たもんだから、エテメンアンキという組織の大きさを分かってないまま付いて来たんじゃないかと、今更に不安になったんだ。

 だからこうして、組織のデカさと、違う目的の人間達が一枚岩になっているという強さを思い知らせようとしてるんだろう。

 なんだかなあ。

 可愛い思考だな、とは思うけど。

 俺がそんな軽い気持ちで付いて来たと思われるのは、ちょっとショックだ。

 

 いっつもヘラヘラしてるから、やっぱ必要以上に軽く見えんのかな俺。

 

「大丈夫、分かっとる。分かった上で付いて来たんや」

 

「……結弦さん」

 

「そんなどうでもええことより、キャロルちゃんとセレナさんの話もっと聞きたいなあ」

 

 ロックンローラーは後先考えないだけで、いつだって本気なんだけどな。

 

「普段はセレナさんも世界中で難民を助けるお仕事が多いみたいです。

 そこで、ボクも助けて貰って……

 今ではボクの目的も全部知った上で、協力してくださってるんです」

 

 全部知った上で、か。じゃあ本当に全面的な賛同者なのか、セレナさん。

 日本でのうのうと暮らしてた俺と違って、世界の色んな所で色んなものを見たセレナさんは、何を考えてそれを選んだんだろうか。

 キャロルちゃんが言っていた"この世界はガタガタ"という表現が、なんというか、どんどん現実味を帯びてきた気がする。

 

 俺が色々と聞いたからか、キャロルちゃんの口から次々とセレナさんの想い出話が飛び出してくる。

 ピッツァの話は元々、キャロルちゃんが旅をしていた時に難民キャンプでセレナさんに聞いた話なんだとか。

 セレナさんには姉が居て、妹特有の苦労した話を聞かされた思い出話とか。

 世界を回ってるセレナさんには、歳が近い元捨て子の友達が二人ついて回ってるんだとか。

 楽しそうに記憶を語るキャロルちゃんに、思わず俺の口元も緩む。

 

「二人はええ友達なんやな」

 

 セレナさん最初にいい人っぽくておっぱい大きいってだけで悪人かどうか(ほんのちょっとだけ)疑ってごめんなさい。一生反省します。

 二人は、本当にいい友人だった。

 照れて頬を赤らめて、キャロルちゃんは珍しく『友人関係』に関して本心を顔に出す。

 

「セレナさんがボクを親しい間柄と思ってくれていたらいいな、って思います」

 

 他にも色々話を聞いている内に、なんか頭の中でイメージが固まってきた。

 

「セレナさん、イタリアンロックみたいな姉ちゃんやな」

 

「イタリアンロック?」

 

「その名の通りイタリアのロックや。

 大人しそうだとか、芸術性があるとか言われるんけど、とんでもないパワーが有る。

 情緒と情熱と芸術性、この国のそういうのを内包したでっかい多様性のあるジャンルや」

 

 人間を音楽に例えるのは、共感してもらえなかったり、同意が得られなかったりするんであんま普段はやらないんだけどな。

 

「諸説あるけど、国ごとのロックは国の特徴が出るって話やな。

 アメリカンロックは黒人音楽から生まれたもの。

 枠をぶち抜こうとする、どこまでも楽しそうな音楽。

 ブリティッシュロックは海の向こうから伝わったもの。

 堅苦しく格式高いイギリスの美徳を抜け出そうとする音楽。

 イタリアンロックはそのどちらでもないんやな。

 イタリアは自前の芸術性をヘビメタに組み込むとか、中々『(いき)』なことしてたんや」

 

(いき)、ですか」

 

 そう、(いき)だ。

 昔からスーツの世界から靴の世界等、色んな所で『きちっとしていて礼儀正しく厳格なイギリス』に『多少ソフトでかっこよくマイペースなイタリア』の違いは際立っていた。

 それは音楽もそうだ。

 "厳格にキッチリ"を求められてストレスが溜まっていたイギリス人は、色々と溜まっていたパワーをストレスと一緒にロックに吐き出した、とも言われる。

 イタリアはただ純粋にロックのかっこよさに驚き、1970年前後のアメリカロックに起こった"ロックに芸術性を求める"というムーブメントを、イタリア単独で起こした。

 

 イギリスのロックは解放。

 イタリアのロックは芸術。

 この二つは互いに影響し合い、アメリカやオーストラルリアのロックとも互いに影響し合い、他のロックのいいところを吸収しながら高め合ったっつー話だ。

 ……まあ、当時俺は生まれてもなかったから、この辺は本で知ったんだが。

 

 俺は今セレナさんに、修羅場をいくつも越えてきたタフさと優しさの両方を感じてる。

 そんな彼女のイメージが、何故かイタリアのプログレッシブ・ロックと重なったんだ。

 そういう風に締めようとしたが、キャロルちゃんに意外な一言を挟まれてしまった。

 

「ここイタリアで、ロックの勉強したいんですか?」

 

「……や、流石にそこまで我儘は言えんよ。キャロルちゃんの目的最優先で行こう」

 

 意表を突かれて、一瞬どう返したものか迷ってしまう。

 本音を言えばイタリアンロックとか真面目に学びたくてたまらん。

 が、俺の要件は後回しでもいいだろ。別にこっちを優先する理由もねえんだし。

 それに、キャロルちゃんの要件を優先してやりたい。

 ……お、ピザも来たな。

 

「ピッツァお待ち! アツアツな内に食べてくんな!」

 

 ピザ持ってきてくれたみたいだけど、このオッサンが何言ってんのかさっぱり分かんねえ。

 イタリアンロックの歌詞に使われてる単語だけで喋ってくれよ、それなら分かるから。

 俺が最初に覚えた外国語『Fuck』だぞ。

 

「ピッツァ来ましたね」

 

「ピザ来たな」

 

 俺もピッツァって呼んだ方がいいのか……?

 

「さー手に持ってガブリと行ってこそピザやなぁアッツゥイ!?」

 

「ゆ、結弦さん! 出来たてピッツァですよ!?」

 

 クソが! ピザーラとは格が違う熱さだったぞ! こんなところでもピザーラとの格の違いを見せ付けてくるのか!

 

「結弦さん、ナポリのピザはナイフとフォークで食べていいんですよ」

 

「え、そうなんか。ピザーラの礼儀作法では手で食べるもんだったからてっきり」

 

「手で持って食べるなら、四つ折りにして扇状にして紙で持つんです」

 

「四つ折り! はー、文化が違うんやな……」

 

 さっきからチラチラ見える立ち食いの人達、あれクレープか何か食ってるんじゃなくて、ピザ食ってたのか。

 よく見るといつの間にかナイフとフォークがテーブルに置いてある。

 不適合者を嫌な顔一つせず店に招き入れたことといい、ここの店大当たりなんじゃないか?

 これで味が良ければ、120点やれるぞ。

 

「そうです、気持ち細めに切り分けて……

 切り分けたピザをくるくる転がして、ロールケーキみたいに丸めるんです。

 そこにフォークを差し込んで、パクっと食べるのがこのピザの食べ方です」

 

「あふゅい!」

 

「そりゃ迷いなく口に入れたらそうですよ!?」

 

 熱いんだよ! でも美味い! 120点!

 

「はふはふ、ふーふー」

 

 ふーふーしながらピザ食ってる姿もなんか可愛いなこの子。

 その辺歩いてるお爺ちゃんお婆ちゃんが超微笑ましいものを見る目で見てるぞ。

 多分俺もそういう目で見てるぞ。

 まーたそんなにふーふーして……あ、目が合った。

 

「結弦さんのように火を口に入れるように食べる、というのが正しい食べ方らしいですよ」

 

「その割にはキャロルちゃん、随分ふーふーしてたみたいやけど」

 

「……ぼ、ボクはちょっと、熱いのが苦手で……」

 

「あ、ごめんな、そこをとやかく言う気はないんや。

 自分が食べやすい温度が一番やから、誰に何言われても気にせんでええんやで」

 

 猫舌気味なのか?

 でも俺の中だとキャロルちゃんは子猫より子犬のイメージ……ってこれ前にもやったな。

 しかし美味い。

 本当にピザと一緒に火を食ってる気分だ。

 ラーメンと同じだな。冷たいものより、熱いものの方が美味く感じる。

 そしてロックも同じだ。ロックは冷たい奴のための音楽じゃない。

 熱くしたい奴、熱くなりたい奴、熱くなってる奴のための音楽だ。

 

「……そうか、このピザもまた、ロックなんやな」

 

「は?」

 

「人を熱狂させてこそロック。

 熱さがあってこそロック。

 観客が冷めたらライブは終わり、ピザの美味しさも冷めたら終わり……」

 

「結弦さん?」

 

「そうか、"CDよりライブ"な人を理解する手がかりはここにもあったんやな。

 ライブはできたてホヤホヤの曲と歌を観客に提供するもの。

 本場のピザ屋はできたてほやほやのピザを客に提供するもの。

 今そこから生まれる一瞬の熱さ、そこをライブハウスで意識すれば、何か変わるか?」

 

「結弦さーん?」

 

「ピザにこんなことを教えられるなんて、皮肉やな……」

 

「あ、あの……無視されると……ぐすっ……」

 

「!? あ、ごめんな!? ごめんな、ちょっと自分の世界に入ってたんや!」

 

 や、やべーやべー。

 流石に無視して泣かせるのはあかん。

 キャロルちゃんを慰め……ん? ちょっと待てそこの黒髪ロリ。お前、いつからそこに居た?

 

「今ロックの話してました?」

 

 話しかけてきた!

 え、なにこいつ?

 なんでこんな食い気味にこっち来てんの?

 

「って誰やねん君」

 

「ロックの話をしてたかと聞いているんです」

 

「そらしてたけど」

 

「日本人の方ですよね? 私もちょっと混ぜてください」

 

「初対面の人間のロック話に混ざろうとする君の生き様が既にロックやな……」

 

 ちょっと俺的には高得点だ。

 

「ちょっ、調! 何してるんデスか!」

 

 すると金髪の女の子がやって来る。

 ―――瞬間、俺は直感的に理解した。

 この金髪の子、間違いなくデスメタルをやってたことがある。俺の目は誤魔化せねえぜ。

 

「ごめんなさい、この子ロックが好きなんデス! 悪気はなくて!」

 

「君の友達? ええよ、気にせんで。俺もロックが好きやからな」

 

 ロック好きに悪い奴は居ない。ただ音楽性の違いで仲良くできない奴は居る。それがロックシンガーに共通の認識だ。

 彼女らもまず悪い人間ではない。

 仲良くできるかどうかは音楽性次第だな。

 が、それはそれとして、一瞬にしてここ周辺の空間の女密度が引き上がった。俺は絶対に女とバンドは組まないと決めているので距離を取っておこう。

 

 俺知ってんだかんな、女ができるとロックスターの音楽性が死ぬこともあるって。

 ビートルズは女の問題で解散したんだぞこんにゃろう。

 だが硬派な俺は恋人を作ることはしないからその心配もない。

 ポストオノヨーコが発生する可能性は存在しないんだぜ。

 でも可能性がなくてもそれはそれとしてロックバンドに女が混ざる可能性はご遠慮したい。距離を取ろう。

 

「あ、この顔、よく見たら……」

「セレナが迎えに行ってくれって言ってた人じゃないデスか!」

 

「どうも、調さん、切歌さん。

 ボク今顔をちょっと誤魔化してますけどキャロルです。この人は緒川結弦さんですね」

 

「よろしゅうな。君達の名前は?」

 

 バッ、と何故か女の子二人が距離を取る。何故だ。

 二人の女の子がポーズを取る。何故だ。

 そして二人同時に度が入ってないメガネをかけた。何故だ。

 

「暁切歌デース!」

「私は月読調」

 

「最近のトレンドは、この知的に見えるメガネデース!」

「私達は生まれた日と時違えども、同じ日同じ場所で死すことを願った桃園式姉妹」

 

「メガネっ娘の千倍凄い二人組、その名も!」

「ギガネっ娘シスターズ」

 

「「 どうぞよろしくっ 」」

 

「イタリアのおバカっ娘は日本とは桁が違うんやな、勉強になったわ」

 

「「 !? 」」

 

 メガ×1000=ギガってお前。

 メガ二人で二百万パワーズとか名乗ってた方がまだ妥当じゃねえか?

 とりあえずその伊達メガネ外せ。

 

「とりあえずその伊達メガネ外せ」

 

「結弦さん結弦さん、思ったことがそのまま口に出てますよ」

 

 お笑い芸人に会いにイタリア来たわけじゃないんだけど?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月読調と暁切歌。

 日本人の血が流れる女の子で、孤児だった頃にセレナさんと出会い、それから今になっても一緒に世界中を回っている二人なんだとか。

 日本生まれの外国人とかお前ら小野洋子かよ。

 しかし切歌ちゃんはともかく調ちゃんの方は、キャロルちゃんより膨らみの無い悲しみの平地だな……かわいそうに。

 

 俺はまあ胸が小さくても女の子は可愛けりゃいいだろ派閥だから気にしない。

 彼女には強く生きて欲しい。

 調ちゃん俺より胸なさそうだな、と今一瞬思ってしまったが、服で誤魔化されてるだけで少しは膨らんでいる可能性もある。観測されていない事象はどうとでも解釈できるんだ。

 頑張れ調ちゃん。

 

「今何考えてたんですか?」

 

「ロックのことやで、調ちゃん」

 

「……」

 

 二人に案内されたのはメインストリートから離れた住宅街の一軒家だった。

 この辺は売れないロックシンガーが日々練習しており、売れないロックシンガーが生み出すヘタクソな音楽に耐えられない人は最初から引っ越してこない、俺に最適な場所なんだとか。

 ……チクショウ! 事実だから何も反論できねえ!

 セレナさん合いの手も終わりの拍手もきっちりやってくれてたが、内心では俺のことヘタクソだと思ってたなこれ!

 

「簡単な家具一式は用意されてます。

 食料も同様です。セレナ曰く、聖遺物は早ければ明日、遅くても明後日には届くと」

 

「おおきに、調ちゃん」

 

「……」

 

 無言で頷く調ちゃん。

 隣ではキャロルちゃんが切歌ちゃんの説明を受けている。

 あんまり物がない部屋だが、自前のギター一本あれば十分か。

 おっ、よく見たら向こうの壁に水着のねーちゃんのポスターがある。前にここに住んでた奴の忘れ物か? 無いよりかはマシかね。

 

「え、えっちなポスターは廃棄です」

 

「えええ……」

 

 キャロルちゃんに捨てられてしまった、もったいない。

 

「それよりも」

 

 おう調ちゃん、俺のギターを勝手にケースから取り出し……なッ!?

 このギターの持ち方! 素人がする持ち方じゃないッ!

 それだけじゃない、この手! この指! この皮! 間違いなく一流ベーシストのそれ!

 この子、糸使い……否、『弦使い』ッ!

 俺が気付かなかった!?

 いや、隠蔽されて気付けないようにされていたんだ!

 綺麗で細い指に一部だけが硬くなった皮、こんなにも美しいベーシストの手を俺の目からずっと隠していたなんて……この少女、間違いなく女狐! いや小狐の類!

 子兎と見て侮った俺の油断を、この瞬間に自覚させに来たッ!

 

「一曲聴かせてください」

 

「む」

 

「お願いします。聴かせてくれたら切ちゃんがなんでもします」

 

「デェス!?」

 

 冗談だろうが友達売るなよ。

 

「どないしよ、キャロルちゃん」

 

「乞われたなら聴かせてあげる、そんなロックシンガーさんがボクは好きですよ」

 

 ……逃げ道が塞がれてゆく。ちくしょう、その言い方は卑怯だろキャロルちゃん。

 いや、俺も船上でずっと練習してた。

 いけるやもしれん。

 俺の音楽は日本ではとことん受けなかったが、音楽なんて千人居れば千の好みがそこにあるのが普通なんだ。俺の曲が調ちゃんの好みに合致する可能性は、ゼロじゃない。

 

「では一曲。曲名は―――」

 

 メタリカで行くぜ。

 弾く。

 弾いて、歌う。

 荒々しく、強烈に、インパクトに特化させる。その心に深く感動を刻み込むために。

 

 さあ、反応は―――

 

「ぺっ」

 

 あっ。

 

「し、調! 何故わざわざ窓を開けて外に唾を吐き捨てるなんてことを!?」

 

「ここが室内だったから。床に吐き捨てるのは、ちょっと」

 

 あかん。これ、キャロルちゃんやセレナちゃんより数段キツい塩評価だ。

 心が痛い。

 

「運指の速さには目を見張るものがある。

 でもそんな技術が足りない中途半端な運指でどうするの?

 弦の抑えからして全体的に足りてない。

 一言で言うなら、あなたは早いだけで全く上手くない男」

 

 死にたい。

 

「歌だってそう。肺活量は飛び抜けている。

 でも声量を上げると一気に声が不快になる。

 これは声の高低、声量の大小で常に一定の声を維持できていない証拠」

 

 いっそ殺せ。

 

「あなたには惰性の努力を続ける根気強さはあるかもしれない。

 でも、貪欲さがまるでない。ロックンローラーは飢えてなければ務まらないのに」

 

「……」

 

「あなた、そんなに軽い気持ちでロックの世界に入って来たの?」

 

 ああ、そうか。

 キャロルちゃんにイタリアでロックの勉強したいかって言われて、俺はもっと迷うべきだった。

 彼女とロックを天秤にかけて彼女を選ぶにしても、もっと迷うべきだったんだ。

 そのくらいロックが『重く』なけりゃ、話にならなかったんだ。

 

「ロックンローラーは餓狼。

 金に飢え、飯に飢え、名声に飢え、飢えから社会にさえ噛み付いていく。

 あなたには劣等感はあっても、飢餓の如き上達意欲がまるで見当たらない」

 

 調さんの言葉に、膝が折れるのを感じた。

 

「『ロック』を知らないあなたに……ロックを語って欲しくなんてない」

 

 調さんがどこかへと去っていく。

 すみませんでした、調さん……俺は、思い違いをしていて、あなたに聞くに堪えない未熟なロックを披露してしまった。

 俺はロッカー失格だ。

 いや、もしかしたら、彼女の中ではまだロッカーにさえなっていないのかもしれない。

 調さんから見れば、俺にロックンローラーの資格なんて、最初から無かったに違いない。

 

 不甲斐ない。

 悔しい。

 悲しい。

 劣等感と無力感がふつふつと湧き上がってくる。

 もう弾きたくないという気持ちと、がむしゃらに弾きたいという気持ちと、もっと弾いてもっと上手くなりたいって気持ちが混ざって、一歩も動けなくなってしまった。

 

「あ、あー……気にすること無いデスよ! うんうん!

 調はあれで面倒臭いところもあるデスし、一度気にしたことはずっと気にしてますが!

 別に一度嫌った相手を嫌いっぱなしってタイプの人間でわけでもないデスので、はい!」

 

 切歌さんが必死にフォローしている。俺に気を使う必要なんてないってのに。

 

「セレナにはロックンローラーの姉が居るんデス。

 調は昔からそのお姉さんのロックを聞いて耳が肥えてるんデスよ。

 セレナの姉はマリア・カデンツァヴナ・イヴって言うんデスけど、ご存知デスか?」

 

「セレナさんが、あの『ファッカー・ザ・マリア』の妹やて!?

 なるほど、ロックに変に好意的だと思ったらそういうことなんか……」

 

「あの、結弦さん、それは誰ですか?」

 

「ロックの世界の女王様や。

 ファッカー・ザ・マリアはインディーズ初期までの彼女の異名やな。

 ストリートでの初弾きからスマホで撮影され、ようつべにアップされ、大人気となった異端。

 全米最強の女。ギターリフだけで勃起させる淫魔。そのシャウトは絶頂を呼ぶという……」

 

 現代において、最強のロックンローラーと呼ばれる者の一人。

 それが、マリア・カデンツァヴナ・イヴだ。

 

「あの子は本物のロックを知ってたんやな……」

 

「調は言う時は全く遠慮なく言うだけで、普段はいい子なんデス。平に、平にご容赦を」

 

「悪いのはこっちや、こっちが謝らないかん。

 本物のロックを知る者は特に、半端者のロックを忌み嫌うっちゅうしな……」

 

 にわかが一番嫌われるんだ。

 あの時の調さんの淡々とした指摘は、何かの小説のヘビーなファンの前に原作未読の人間が出て行って、ネットの聞きかじりで分かった風に小説を語ってきた、それに近いだろう。

 俺の関西弁も関西のコテコテのおっさん酔っ払いに絡まれたことがある。お前の関西弁は変だって。仕方ねえだろ! 俺別の関西の育ちでもねえし、旅で色々方言あるとこ回ってたんだ!

 関西生まれの関西育ちは俺の母さんの方だよ!

 

 俺は関西人の前でコナンの服部みたいな口調をする以上の侮辱をしてしまったんだ。切歌さんは気を使ってくれてるが、悪いのは俺だ。

 

「結弦さんはロックンローラーが手に持つべきものは持ってると思うんデスけどねえ」

 

「ロックンローラーが、持つべきもの?」

 

「自信と楽器と、ソウルデス!」

 

「……!」

 

「後日また調を謝らせに来るデス。

 曲聞かせろって無理言って後に罵倒とか擁護できないデスからね。では、また明日!」

 

 切歌さんが去っていく。

 明日になれば、切歌さんが調さんを連れてここに来ることだろう。

 調さんは、切歌さんに言われた通り、今日のことを俺に謝るかもしれない。

 

 だがその瞬間―――俺はおそらく、ロックンローラーとして死ぬ。

 そうして死ねば、二度と蘇ることはない。

 ギターが俺の魂を奏でる可能性は消え失せ、胸の内のロックの炎は冷えて消える。

 調さんが俺に謝れば、あの指摘を撤回してしまえば、俺はそうなる。確実に。

 

 で、あれば、することは一つだ。

 

「キャロルちゃん、明日まですることない?」

 

「はい、ないです。それがどうしたんですか?」

 

「明日まで、君の時間が欲しい。助けて欲しいんや。手ぇ借りて、ええかな?」

 

「はい、喜んで。どんどん頼ってください、その方が嬉しいですっ」

 

 修行しかない。明日までに、上手くなってやるッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弾いて、弾いて、弾きまくる。

 旋律に歌を乗せ続ける。

 もう何時間やってるかも分からなくなってきたが、流石に指と喉がキツくなってきた。

 

 精を煉り気と化す。気を煉り神と化す。神を煉り虚に還す。

 丹より息吹に通ずる流れを生み、疲労を飛ばしながら弾き続ける。

 オヤジが緒川本家に対抗して生み出した内丹術の応用も、体の疲労と痛みを消去することくらいにしか使えない。

 あんたが頑張って生み出したこの技まるで役に立たねえぞオヤジぃ。

 もっとロックに使える術無かったのかよ。

 

「結弦さん、そろそろ休憩しませんか?」

 

 キャロルちゃんが曲の合間に声をかけてくる。

 俺の方はまだまだシャウトも平気だが、聞き役をやっていた彼女の方が体力的に厳しくなっちまったのかもしれない。まあ、女の子だしな。

 

「ああ、そうしよか」

 

 ギターを置き、汗を拭いて、水をがぶ飲みし、カロリーメイトをかっ食らう。

 今の俺に時間は無い。余裕も無い。閃きも無い。

 どうすりゃいいんだ、分かってたことだが劇的に上手くはなってねえ。

 

 ナポリの西側には海がある。東に走ってイタリアの東側の海に到達するまで走ってみるか? 地図を見るに大雑把に片道267.3km。そんなに長い距離じゃない、ちょうどよく手頃な距離だ。

 今の俺には邪念が多い。

 三蔵法師でさえ望むものを得るためには3万km歩いたんだ。

 走るのは歩くのの百倍の負荷がかかると仮定すれば、俺は300kmくらい走れば三蔵法師パワーで何か悟りっぽいものを得られるかも……いや、ダメだ、時間がもったいない。

 明日すぐにでも調さんが来るかもしれないのに数時間のロスは大きすぎる。

 迷走はダメだ、時間は有効に使わなくちゃならねえんだ。

 

 ロックシンガーのトム・モレロは

『どう弾くかではなく、何故弾くか。ということをいつも考えている』

『ランディー・ローズのコピーをする時間が有れば、どうすればサイレンの音をギターで出せるか研究した方がいい』

 と言った。どう弾くかではなく、何故弾くか?

 コピーは時間の無駄、望みの音を出すべく研究する?

 ……難しいこと言ってくれてんな、ったく。

 

「結弦さん、そんなにムキにならなくてもいいんじゃないですか?

 調さんに言われて気にする気持ちも分かりますけど、そこまで気にしなくても……

 言われた部分はいつでも直せますし、そんなに無理をしてすぐ直さなくてもいいと思うんです」

 

「ムキになってるように見えるん?」

 

「す、すみません」

 

「ムキになってるのとは、ちょっと違うなあ。俺は応えたいんや」

 

「応えたい……?」

 

「調さんと切歌さん、適合者やな。セレナさんと同じ」

 

「!」

 

 そうだ、俺が言われた、調さんのあの言葉は。

 

「調さんが俺を軽蔑したのは俺が不適合者だったからやない。

 厳しいあの人を満足させられるだけのロックを、俺が聴かせられなかったからや」

 

 ただ単純に俺がヘタクソだったからぶつけられたもので、それ以外の理由なんてない。

 

「クッソ悔しいし、少し嬉しい。

 日本にはまだあったんや、俺の音楽に対する、多少の偏見。

 純粋に俺の音楽を見てもらえてるなあって、そう思えて……」

 

 不適合者はさっさと消えろ、が日本で貰った声。

 そこが下手、あれが下手、本当にやる気あんの? がイタリアで貰った声。

 "ただの罵声"を沢山貰った覚えがある俺は、調さんの言葉が"ただの罵声"じゃないことくらいは分かる。

 だから、少し嬉しいのさ。

 

「あの二人は適合者やから、今頃切歌さんも調さんのことを理解したんやないかな」

 

「結弦さん、落ち込んでいないんですか? ヘコんでいないんですか?」

 

「落ち込んどるよ、ヘコんでもいる。

 劣等感も無力感も感じてて、自分のヘタクソさに絶望もしとる。

 でも、それだけや。

 そういう暗い気持ちは今全部、『見返してやる』って気持ちの原動力になっとるな」

 

「……結弦さん」

 

「自分を見下した奴を上手い演奏でびっくりさせたい。それだけやで」

 

 本気度が足りないと言われた。ならもっと本気出して、もっとデカい本気を見せてやる。

 明日、俺の本気の本気に本気を懸けた本気を見せてやる。

 

「しかも比較対象があのファッカー・ザ・マリアとくれば、逆に光栄ってもんや」

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴさん……そこまで凄い人なんですか?

 CDショップで名前を見かけたことはありますが、ボク如何せん音楽業界に疎くて……」

 

「マリアにファックできぬもの無し。

 デトロイト・メタル・マリア。

 自由の女神像をイカせた女。

 数々の異名で呼ばれたのは、それだけ多くの伝説を残してきたってことなんや」

 

 地球最強のロッカー、その一角が奏でる歌。

 

「それに耳が慣れてるってことは、生半可なロックじゃ認められることはないやろな」

 

 俺が挑む相手は事実上、米国チャートの頂点を彗星のごとくかっさらい、全米NO.1ファッカーとも呼ばれたかの女王というわけだ。

 現代のロックンローラーでも指折りの清純派であり実力派。

 スキャンダルによる知名度ブーストさえ使わず、純粋に実力でロックの国・アメリカをねじ伏せた女王様に勝てる者など、この地球上に何人も居ないに違いねえ。

 

「調さんに言われたことを一つ一つ直していきましょう。

 それは無駄なことでも、無意味なことでもありません。

 一つ欠点を直す度、あなたは確かに成長しているんです。そう思いませんか?」

 

 だが、キャロルちゃんの言葉が俺の心を落ち着かせる。可愛い声してんなこの子。

 そうだな、一つ一つだ。

 俺はどう足掻いても天才にはなれねえんだから、一つずつ積み上げていくしかない。

 一歩ずつゆっくり進む歩みが遅くとも、前に進んでることに変わりはねえんだ。

 

「俺な――」

 

 何か言おうとして、胸の奥で何かが跳ね上がって、何も言えなかった。

 

「――え? 熱、い?」

 

 え、なにこれ。とうとう俺の中の熱いロック魂が覚醒したのか?

 

「なんやこれ……胸が熱い」

 

「ノイズです! ノイズと聖遺物には反応するんです、ディバインウェポンは!」

 

「なっ」

 

「多分、不適合者の難民です!

 セレナさん達がここに居るのはお仕事のためというのもあるんですよ!

 海に浮かぶ船舶に集められた不適合者達が、おそらく狙われてるんです!」

 

「え、どないすりゃええんや!?

 また剣バーンビームバチーンでええんか!?」

 

「の、ノイズだけに当てられるのであれば! それだけで十分です!」

 

 表に出てみる。

 マジだ。なんとなく、動いてるノイズの存在が感じ取れる。

 キャロルちゃんを抱えて、心臓に漲るパワーを流し込み、足に力を入れる。

 

「舌噛まないように気ぃ付けて!」

 

「ひゃっ!?」

 

 お、跳べた。聖遺物の力で跳べる気がしたが、マジで跳べるのか。

 これが聖遺物のパワー!

 ……いや、普段とあんま変わんねえな。

 足が光るだけだったわ。普通に走ろう。あんま凄くねえな聖遺物パワー。

 

「キャロルちゃん、降ろすから転ばんように気を付けてな」

 

「ひゃい、じゃなくて、はい」

 

 海が見える。

 船が見える。

 目を閉じると、なんとなく船の内部の人間達と、船に近寄るノイズの群れの存在を感じる。

 これが聖遺物の探知能力!

 ……違った。船の中でギャーギャー騒いでる人の声がうっせえのと、ノイズが海水でバシャバシャ音立ててるからだ。

 この距離だとあんま意味ないな聖遺物の探知能力。いや剣に探知能力求めた俺がアホなのか。

 

「結弦さん! 胸の剣を抜いてください!」

 

 だが攻撃力は半端ないはずだ!

 "確実に倒したいなら核爆弾持って来い"とまで言われるノイズをあの日、殲滅したスーパー攻撃なら! 行くぜ!

 

「ディバイン!」

 

 一瞬意識が飛んで、中学の時の記憶が蘇る。

 クラス対抗野球戦。2アウトランナー満塁、バッターは俺。俺は軽いバットをフルスイングし、ボールはスタンドへ突き刺さった。

 すっぽ抜けたバットはセンターの山本くんの股間に突き刺さった。

 ごめん山本くん。本当にごめん山本くん。でも君があれをきっかけにドマゾホモに目覚めたのは流石に俺のせいじゃないと思う。

 そう、あの時の感覚だ。

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 ()()()()()()()()()()

 こらやべえ、と思った瞬間。

 

「ウェポ……あれ!?」

 

 手の中のディバインウェポンが、暴走を開始した。

 

「暴走してます! デュランダル側が過剰出力です!

 ダインスレイフ側の出力が……と、とにかく! 撃ってください!」

 

「あー死にそ……」

 

「死にかけるまでがギャグみたいに速い!?

 速く蓄積エネルギーを解き放ってください!

 このままだと、あなたの心臓まで止まってしまいます!

 嫌、嫌です! これでお別れなんて嫌です! 出してっ!」

 

「……んぎぎぎどっせいっ!」

 

 死にそうで、死にかけで、キャロルちゃん泣かせるのはダメだ、という一心で発射する。

 ……。

 ……っ、うっ、意識が断続的飛んで、思考が続けにくい。

 っと、どうなった? ……うわっ、海がえぐれて、ノイズ全部吹っ飛んでるが、これは……偶然そうなっただけで、今下手したら、不適合者の船を俺が吹っ飛ばしてたそこれ……

 

「……結弦さん、聖遺物制御も練習しないと無理そうですね、これ」

 

 聖遺物扱うセンスもあんま無いのか、俺。

 よく考えなくても聖遺物の扱いがギターの扱いより簡単なわけねえわ、うん。

 

「……俺の神剣は早漏で困る。暴発とかマジ勘弁やで」

 

 バタンキュー。俺もう、立ってられん。

 

「結弦さん!?」

 

「ロッケンロール……俺の音楽は、俺だけの曲は、(うた)は、どこにあるんだ」

 

 ああ、なんか思い出してきた。

 山本くん適合者だった。

 今思うとあの頃のクラスメイト全員、統一言語と相互理解のせいでドマゾホモに覚醒した山本くんの性癖を強制理解させられてたのか。地獄だな。

 よかった、俺不適合者で。

 

 ……あ、調さんの件何も解決してない。どうしよ……

 

 

 




調「半端な気持ちで(ry」


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忍術を継ぐ、君らしく

エレキギターを剣に見立てる人と斧に見立てる人ってきっちり別派閥に別れてるんですよね
仮面ライダーウィザードインフィニティースタイルの武器を見ると興味ない人でも「ああ……」と理解できる気がします


 寝ても覚めてもロックンロール。

 目を覚ましたのはベッドの上。セレナさん達に紹介されたあの家か、ここ。

 神剣・ディバインウェポンの抜剣で暴走し、抜剣暴走の負荷で気絶したのか、俺。

 時計を見る。

 時間がない。

 さあ、練習だ。

 

「何やってるんですか!」

 

 ああ、キャロルちゃん止めんな! ギター返せ!

 

「ただいま精密検査中です!

 自分の体の状態が分かってるんですか!?

 ただでさえ一回生死の境を越えているのに、それに加えて暴走してしまったんですよ!」

 

「聖遺物パワーってのはドラッグより体に悪いんか?」

 

「え? 流石にドラッグよりかは体への悪影響は少ないですが……」

 

「じゃあ平気やん。ドラッグ以下なら」

 

「ドラッグもボクが見てる内は絶対に服用させませんからね! 絶対!」

 

 おい、それじゃ最後の最後の手段として考えてた、過去のロックスターの如くドラッグからインスピレーションを得て調さんに音楽を披露する腹案が使えねえじゃねえか。

 選びたくない選択肢だったが俺の最後の希望が……くそっ!

 

「ボクは、間違ったのかもしれません」

 

「……? なんや、定期的に自分責めるな君。俺はそんな気にせんでええと思うけど」

 

「結弦さんのことを分かってるようで、分かってなかったんです」

 

 そりゃお前、分かられてたら俺は色々恥ずかしいわ。

 

「他人の痛みを理解できるのに、刃を迷わず人に振るえる適合者が居ます。

 他人の痛みが分かるから、刃を持っても人に向けられない不適合者も居ます。

 『剣』は、それが扱える人こそ持つべき武器で……

 心と心臓に融合し、精神と直結する聖遺物は、あなたの手に馴染まなかった」

 

「心配しすぎやろ。慣れてないだけで、俺かて剣ぶん回すくらい余裕やで」

 

「結弦さんの手に似合うのはギターです。

 あなたの指は剣を握るためじゃなく、心の音を奏でるためにあります」

 

「―――」

 

「今日抜剣したあなたを見て、ボクはようやく気付けました。

 あなたに剣を振るってもらおうと思っていた事自体が、間違いだったんだと」

 

 ああ、クソ。

 

「本当に、ごめんなさい」

 

 俺はキャロルちゃんの期待に応えられなかったわけだ。

 神剣が胸に入った俺は、キャロルちゃんに"戦う力"を彼女の無意識下で期待されてて。

 俺はロックだけじゃなく、戦闘の方でも期待に応えられなかったったんだな。

 だからこんな、心配そうで泣きそうな顔をキャロルちゃんにさせちまってる。

 キャロルちゃんに謝らせちまってる。

 俺が上手いロックシンガーだったら、剣を速攻で使いこなして無事無双できるような最強キャラだったなら、彼女に気を遣わせることなんてなかったのに。

 

 クソ、実力が足りねえ。天才になれない、平凡な自分が恨めしい。

 俺より才能があるロックシンガー皆死ねばいいのに。

 

「俺に剣が合わない言うんなら、ビームだけ出すとかできないんかな?」

 

「できないことはないと思います。

 聖遺物のパッチワークである神剣は、汎用性を非常に高めた構造になっていますので」

 

「ほうほう、汎用性」

 

「ディバインウェポンは、聖書に語られる煌めき回る炎の剣。

 神は雲の上におわすもの。

 炎とは煌めくもの。

 神の炎とは、つまり古代においては『雲の向こうで煌めくもの』……

 神の権能たる雷の別表現の一つでもある、と解釈されることもあります」

 

「剣で、楔で、炎で、雷なんやな」

 

「聖書において、正式な名前さえ語られないのがその剣です。

 あやふやであるがために、ボクも何ができるのか完全に把握できているとは言い難いです」

 

 そう聞くと、小細工のしようはありそうな気がしてきた。

 つまりあれか、335のセミアコか。

 軽く、音が良く、大抵のロックバンドで使えるほどに万能と言われる有能ギター。

 あのギターを扱う感覚でやれば、神剣の別の使い方が見えるかもしれない。

 

「つまり発想の枠を壊せばええんやな。それならロックンローラーの得意分野や」

 

 調さんに聴かせる曲の次は、そっちの問題も解決しよう。

 でないと、キャロルちゃんの反応がちょっとな。

 俺が情けない内は「巻き込んでごめんなさい」しか言われん。

 俺が無双するようになったら「あなたを頼って良かった」とか言われるだろう。

 頼られないのは男として純粋に悔しいし悲しい。

 謝られるのはもっと辛い。

 歌って踊れるロックンローラーが理想だったが、これからは歌って戦うロックンローラーを目指すか。俺と同じ不適合者が殺されそうになってたら守れるくらいの力は欲しいな。

 そうでもなきゃ、キャロルちゃんとか守れそうにない。

 

「あー、でも自信ないなぁ」

 

「え?」

 

「失敗続きの俺は自信失いかけや。

 親しい友達に励まして貰いでもせんと頑張れなさそうや。

 キャロルちゃんはどう思う?

 俺は何もできんダメダメだと思う? それともやればできる男やと思う?」

 

「……できます。きっと、できます! 結弦さんならできますよ!」

 

「うし、信じてもらったなら期待に応えなあかんな。

 今度こそ、俺は君の期待に応えてみせるで! 乞うご期待!」

 

 この手の内気な子に困るのは、自分で自分を励ますのを自重しちまうこと、一度自分を責め始めると止まらないことだな。

 他人を励ますことは躊躇わない優しい子だってのに、自分は励ませないときた。

 まったく。

 でも他人を励ましてる内にいつの間にか自分も前を向いてる、そういう人種でもあるからな。俺がこうしてちょっと嘘演技したことも許して欲しい。

 

「……結弦さんは、すごいです。

 ボクはちょっとでも暗い気持ちがあると、すぐ俯いてしまって……」

 

「ロックンローラーは人前では強がってるだけやで?

 だから色々溜め込んで、ドラッグや自殺に逃げることも多いんや。

 キャロルちゃんみたいに素直に感情を外を出せるのも悪かないと俺は思う」

 

「でもやっぱり、ずっと前を向いている人は、ボクの憧れなんです」

 

 ……? なんか変だな、中々立ち直らない。

 キャロルちゃんが落ち込んでる理由、いくつか俺が見落としてるのか?

 

「ボクはどうしても、他の人が気にならないことが気になってしまうんです。

 結弦さんが船で話している時、ずっとセレナさんの胸ばかり見ていたこととか」

 

「あ」

 

 やべえ。

 

「ボクが曲に反応したら結弦さんは喜んでくれました。

 セレナさんが曲に反応したら、結弦さんはボクの時より喜んでいました。

 ボクがセレナさんの真似をしたら、ボクが反応した時よりも喜んでいました」

 

 やべえ。

 

「船を降りても、ボクにセレナさんのことを聞くくらい気になってたみたいですし……」

 

 やべえ。

 

「気にしないようにしようとしても、気になって。

 セレナさんは美人で、結弦さんは人助けを躊躇わないいい人です。

 結弦さんが、ボクよりセレナさんの方が好きになったら……

 ボクじゃなくて、セレナさんの方について行って、そっちを手伝うんじゃないかって……」

 

 やべえ。

 

「また一人になってしまったらって……ボクは思ってしまうんです。

 こんなにも怖がりで、自分のことしか考えてない自分が、嫌いなんです」

 

 これは俺が悪い。

 つかこの子、意外と俺のこと見てんな……

 

「大丈夫やって!

 キャロルちゃんについて来て、新しい美人見つけたからそっちなびくとか最低やろ?

 そんなロックらしさの欠片も無い真似せえへんて!

 俺はどこにも行かん、君が望むんなら地獄の底まで付いてってもええくらいや!」

 

「本当、ですか?」

 

「せやせや。地獄でライブってのも楽しそうやしな。

 俺は誰も見捨てへんし、誰の信頼も裏切りたくないんや。

 キャロルちゃんはちゃうやろけど、俺はこの心臓の件も大恩やと思うとるしな」

 

「……よかった」

 

 そんな心底ほっとした様子とか見せないで欲しい。

 なんかしてやらないとと思うが、結局何も思いつかないんで、俺は何もしてやれないんだ。

 

「それにキャロルちゃんが格別怖がりってわけやないで?

 俺も死ぬより怖いことがある。ロックンローラー皆が怖がってるもんがな」

 

「死ぬより怖いこと、ですか?」

 

「自分の曲が評価されないこと。

 それで自分の価値がなくなること。

 でもって自分が特別だと思えなくなること。

 ……そして、自分の曲が特別なものじゃなくなって、皆に忘れられることや」

 

「忘れられてしまうことが、死ぬことより怖いんですか?」

 

「おお、怖い。若くして死ぬのは怖くないんや。でも曲を忘れられるのは堪えられん」

 

 少なくとも、俺はそうだ。

 

「メンデルスゾーンは知っとるか?」

 

「いえ、音楽方面はあまり」

 

「偉大な音楽家バッハは、現代じゃ知らない者なんておらんやろ?

 けど実は一時期、流行のせいでほっとんど忘れ去られた存在だったんや。

 知る人ぞ知る、って感じでな。

 それを復活させ、知名度を一気に上げたのがフェリックス・メンデルスゾーンなんや。

 こいつのおかげで、死んでたバッハの音楽は復活を果たした。

 驚くことに、音楽の世界にはこういう『不死』や『復活』が時々あったりするんやで」

 

 よい音楽とは死なないもの。

 歴史に刻まれ、人に語り継がれ、旋律は紙に記され残り、社会と流行に殺されようとしぶとく残骸を隠して、やがて復活を遂げる。

 本当に素晴らしい音楽ってのは、人には殺せない不死なんだ。

 

「最高のロックンローラーが産んだ曲なんて、まさしく不死そのものやな。

 皆がそれ使って、参考にして、歌って、弾いて、ずーっと人の間に残るんやから」

 

「歌がイコールで不死とは……ボクの知らない世界ですが、なんとなく理解できる気がします」

 

「若い内に死ぬこた怖ないんやけど、自分の音楽がすぐ忘れられるのは怖いんや。

 できれば永遠に『いい音楽』として語り継いで欲しいんや、ホンマに。

 未来永劫俺の名前とセットですげーすげーと言ってもらえるような曲作りたいんや」

 

「し、信じられないくらいでっかい承認欲求……!?」

 

 ロックンローラーの承認欲求が強くないわけないだろ。

 第一承認欲求の何が悪いんだ?

 

「俺達は皆、永遠に残る(うた)を求めてるんや。

 永遠に生きるものやなくて、永遠に残るもの。

 俺達ロックンローラーが本当に死ぬ時は、俺達の音楽が忘れられた時なんやろな」

 

 エルヴィス・プレスリーも、ジョン・レノンも、シド・ヴィシャスも、ついでにアラン・フリードも、まだ死んじゃいない。彼らはまだまだ生きてるんだ。

 誰も彼らを忘れちゃいない。

 彼らを知らなかった人が、昨日も今日も明日も新たに彼らを知って、彼らの音楽に興味を持って検索を始める。

 そして、彼らを知る人間が世界に増えていく。

 こいつのどこが死んでるんだ?

 ロックンローラーは生きてる間も伝説だが、死んだ後も伝説なのさ。

 

「結弦さんも、そういう歌と旋律を残したいんですか?」

 

「勿論。最高の一曲作って、思いっきり弾いて、全力で歌いたいんや!」

 

「……今、ようやく心底理解できました。

 あなたは確かに、ミュージシャンでもないし、アーティストでもないんですね」

 

「せやで、俺はロックンローラーやからな」

 

 俺も今、キャロルちゃんの言葉で分かった。

 キャロルちゃんは今この瞬間に、ロックを理解したんだってことを。

 彼女の魂は既にロックを理解し、ロックとそうでないものを見分けられるようになってる。

 

「俺は思うんや。

 ロックンローラーは永遠の刹那に生きたい。

 誰かの想い出の中に永遠に生きていたい。

 だから世界に革命を起こせるような、すっげえ音楽を作りたいんやって」

 

「永遠の刹那……」

 

「刹那に聞かせた音が誰かの想い出に永遠に残るなら、十代で地獄に落ちても後悔は無い」

 

 ああ、今一瞬本音が出ちまった。一瞬だけ本気の声が出ちまった。

 普段の俺の軽い雰囲気が台無しだ。

 キャロルちゃんが聞き逃してくれてねえかな?

 ……聞き逃してくれてねえみたいだ。ちょっとだけ、表情が真面目になってる。

 しゃあない、練習すっか。もう調さんが来るかもしれない時間が近い。

 

「もう一曲、練習してもええかな? 聞いてくれると嬉しいんやけど」

 

「一曲と言わず何曲でもどうぞ。もう、ボクは結弦さんの練習を止めませんよ」

 

 ロックの永遠と刹那の話を、彼女にした。

 彼女はロックを理解した。

 前にロックの説明をした時にこの話をしなかったのは、この話をしてしまえば必然的に、彼女が俺のことを理解してしまうからだ。

 だから彼女は、ロックを理解すると同時に俺のことも少しばかり理解したことだろう。

 "誰かの中に残りたい"という俺の本音を、彼女は既に理解している。

 そう思うと、俺の中の何かが変わっていく気がした。

 俺の心が揺れて、少しだけ熱くなった気がした。

 何故か変わった心境に抗うことなく、心のままに俺は弾く。

 

 彼女の中に永遠に残りたいと、そう思って弾いてみた。

 

 返ってきた彼女の反応は、これまでで一番いいものだった。

 

 それがなんだか、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は来た。

 調さんを待つまでもない。

 秘策をいくつか抱えた俺は、キャロルちゃんを引き連れ港に移動する。

 居た。調さんと切歌さんだ。昨日襲われた船の横に居た。

 

「暇デスねえ」

 

「昨日ノイズが出て突然消えたでしょ?

 セレナは事情を把握してるみたいだけど、危険には変わりない。

 せめて私達が見張って、いざという時はすたこらサッサと逃してあげないと」

 

 あ、こっちに気付いた。

 ビビるかよ。俺が大抵のことでビビると思うなよ?

 調さんにまた曲を聴かせるのなんか怖くねえ。こいつは武者震いってんだ。

 

「……何用?」

 

「こら調! 次会ったら謝れってあれほど言ったじゃないデスか!」

 

「ええんです、切歌さん。

 調さん、俺らがイタリア出る前に、もっかい一曲聴いて貰ってもええですか?」

 

「一日で音楽の腕前が変わると思う? ロックを舐めないで」

 

「腕前は大して変わってないやろな。

 でも一日キャロルちゃんに付き合ってもらって、俺もこっから引き下がれん。

 俺にできることといえば、腕前やなくてやり方を変えることだけや」

 

「へぇ……」

 

 食いついた。

 

「ロックは独りよがりではいけない。

 かといって誰かに迎合してはいけない。

 誰の影響も受けず、自分の道を行く音楽を、他人に聞かせるのがロック。

 そういう意味では"誰かに聞かせる"練習をしたのは正解に近いと私は思う」

 

「おおきに。俺は基本独学やから、そう言ってもらえると嬉しいわ」

 

 やはり、一流。調さんは俺より明確に格上のロッカーだ。

 生半可な小細工では通用しないと、魂で理解できる。キャロルちゃんと相談した秘策をしょっぱなから披露する以外になさそうだ。

 あ、セレナさんまで来た。

 

「調、切歌、どうしたの?

 あ、キャロルちゃんに結弦さん。

 忘れるといけないから先にはいこれ、イガリマとシュルシャガナね」

 

「か、軽い! 渡すノリが軽いけどこれでええんか!?」

 

「ありがとうございます、セレナさん。結弦さん、忘れない内に組み込んでおきましょう」

 

 ええ……まあいいけど。

 

「セレナさん水持っとったらちょっと分けてくれへん?」

 

「聖遺物って、水で飲むんだ……風邪薬みたい」

 

 体内に入ればなんだっていいんだとさ。天羽々斬と合わせ、これで神剣の完成度3/7か。

 

「入った入った。さて、音の時間やな」

 

「私の言った部分はちゃんと直してきた?」

 

「言われた部分直しただけやとまた失格やろ。

 調さんは俺の欠点をいくつも見抜いてた。

 そん中で特に目につく部分を指摘しただけなんやないか?」

 

「そこは分かってたんだ」

 

「言われたとこ直しとるだけやといつまで経っても認めてもらえへん。

 第一、言いなりって時点でロックやないんや。

 だから俺は、『どう表現するか?』を考えた。

 キャロルちゃんのお陰で『誰に聞かせるか』もばっちりイメージできた」

 

「それが口だけじゃないことを、ここで証明してみせて」

 

 調さんの台詞は、期待してない奴の口調じゃない。

 気合いが入ってくるじゃねえか。

 頭ン中のスイッチを切り替える。

 集中、集中、更に集中。

 俺の頭の中の機能を、全部この一曲を奏でるためにつぎ込んでいく。

 

「ノイズ! また来た!」

 

「また不適合者の難民狙い!?」

 

 うるせーな、集中してんだよ俺は。

 

「いやノイズとかどうでもいいんで、俺の音楽聴いてくれや」

 

「何おかしなこと言ってるんデスか!?

 ロッカーだからってシャブで脳味噌シャブシャブでもしてきたんデスか!?」

 

 あーもう面倒臭え、静かになる気配無いし始めるか。

 

 

 

「ここからや。ここから始める。

 こいつが、俺の―――始まりの歌だッ!」

 

 

 

 さあ、来い!

 剣として抜こうとした昨日は失敗した!

 だが今日は、キャロルちゃんが俺の腕に似合うと言ってくれた、あの姿で来い!

 てめえが、俺の心臓代わりに、俺のロック魂と、本当に融合してるってんならな!

 

「あれは……なんデスか!?」

 

「神剣は名も形も記されぬ剣。

 それを楽器の形状に固定化……結弦さん、第一段階は成功です!

 あなたの心臓に直結したその楽器は、あなたのロック魂そのものです!」

 

 来た。

 神剣ディバインウェポンのギター形態。

 まだだ、止まらねえ! もっと変われ!

 ギターになれ、ドラムを生み出せ、ベースを生み出せ、マイクを生み出せ!

 

「一体何が始まるんデス!?」

 

 分身ッ!

 

「まさか、『ワンマンライブ』ッ!?

 一人のロックンローラーが四人に影分身しッ!

 聖遺物の力で必要数の楽器を生成しッ!

 一人四役(ワンマン)ライブをここで実行させるつもりッ!?」

 

 ああ、そうさ! 流石調さんはひと目で見抜くか!

 神剣を変化させた楽器四種! 影分身四体!

 精を煉り気と化し、気を煉り神と化し、神を煉り虚に還す、これが分身の術の上位技術!

 俺一人だけの分身ロックバンドだ!

 

「うおらあああああああああッ!!」

 

 まずは、生み出したギターを地面に叩きつけて折る! そして再構築! 新ギター生成!

 

「ロッケンロールッ!!」

 

 ノイズ接近。俺は彼女らを庇える位置に立つ。さあ、聴けよ。こいつが俺のロックンロールだ!

 俺の音を聴け、曲にぶつかれ、歌に呑まれて消えていけ!

 ……あ、マジで消えるのか。

 すげえなディバインウェポン。

 

「『昇天現象』……! ロックバンドのライブで、曲をぶつけられた観客が昇天する現象!」

「物理的にノイズが消滅・昇天してるデス! このパワー、一体どこから!」

「でも悲しいことに音楽の腕は大して上がってない! ここは練習あるのみだよ!」

 

 うるせえ! ヘタな自覚はあるからほっとけ!

 

「緒川結弦、なんでこんなに多芸な楽器の腕を!?」

 

「調さん、結弦さんはあまりいい環境でロックをしてなかったんです。

 不適合者というだけで一緒に音楽をやってくれる人は少なかったと聞きました。

 だから結弦さんは足りないドラムなどに、自分の分身を数合わせで入れていたんだそうです。

 それでも楽器演奏ほどの細かい作業は難しく、何度も失敗していたと自嘲していました。

 でも、ボクがディバインウェポンを調整しました。それを上手く実行できるように!」

 

 ああ、そうさ。サンキューキャロルちゃん。

 君のおかげで、俺は俺の意志一つで一丸となって演奏する、『俺』という名のロックバンドを構築できた!

 ロックンロールは一人で演奏するものにあらず!

 そんな常識、ぶっ壊してやるぜッ!

 

「調! つまりどういうことなんデスか!?」

 

「かの有名なビートルズのドラマーはリンゴ・スター!

 でも実際はベース弾いてるポール・マッカートニーの方がドラムは上手いとの話!

 つまり彼は、複数の楽器が弾けるマルチプレイヤー!

 日本では『マルチ奏者』と呼ばれるロックシンガーなんだ!

 もしかして、ギターの練度が高くないのはこれの影響……私が、見誤ってしまうなんて!」

 

「ギター以外は『使える』なんて恥ずかしくて言えんレベルやけどな!」

 

 さあ、もっと聴け、ノイズだけじゃなく、人間のオーディエンスももっと聴け。

 音にも一目惚れはある。

 音に惚れる人間は居る。

 音に恋する人間も居る。

 最高の音は、老若男女問わず恋させるような『いい男』で『いい女』だ。

 現実の女には目もくれず、そいつに一途に尽くして尽くして、他の人が惚れるような音楽を奏でて創る。

 今、この瞬間にも。

 この一曲を聞いている誰もが曲に惚れるような、歌に恋するような、そんな一曲を弾き上げるために、俺は全身全霊を叩き込んでいる。

 

 もっと、もっと上がれ、俺の気持ち、俺の腕、俺の魂。

 

「頑張って、結弦さん!」

 

 キャロルちゃんが声援送ってくれて、俺の気持ちも腕も魂も上がっていってハイになる。

 

「あなたの歌は、物理的に世界に平和をもたらすロックンロールです!」

 

 君の期待に応えたい。今はヘタクソでも、少しくらいは応えたい。

 だって俺は、ロックンローラーだから。

 ファンにはちょっとくらい、かっこいい奴だと思っていてもらいたい。

 

「Fooooo―――ッ!!」

 

 叫んで、息吸って、シャウト。

 

 俺の最後のシャウトが、ディバインウェポンの力が、最後のノイズを消し飛ばしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一期一会。

 俺とキャロルちゃんは世界を救うために旅をしている。

 セレナさん達は不適合者や難民を救うため世界を回っている。

 俺達は旅の同行者じゃない。

 ちょっとした用があって、少しばかりそれぞれの道が交わっただけだ。

 少し悲しいし、ちっとは寂しいが、しょうがない。別れは来る。

 

 俺とキャロルちゃん達はイギリスへ。セレナさん達は不適合者を連れてロシアへ。

 それぞれ、別の道を行く。

 

「あなたのロック、見せてもらいました」

 

 調さんが別れ際にそんなことを言うもんだから、俺は思わず居住まいを正してしまう。

 ところが、調さんは俺に頭を下げようとしていた。

 ……俺の音楽に価値を認めて、昨日の言葉に罪悪感を覚えたのか。

 ああ、真面目な人だなこの子も。

 

「薄っぺらい言葉で、あなたを傷付ける言葉を吐いて、ごめんなさ―――」

 

 神剣(ギター)出して、ギュインと一発鳴らす。

 調さんはキョトンとして、微笑んで、どこからか取り出したベースをトゥルッと鳴らす。

 俺も笑って、調さんも笑った。

 会話終了。

 俺達なら会話はこれで十分だ。

 適合者と不適合者だって、こんなにも簡単に分かり合えるんだ。ロックっていいもんだよな?

 

「ではでは、さよならデス。

 私達お仕事の合間に『Death Killing Cut』ってバンドで活動してるんでよろしくデス」

 

「デスキリカ?(難聴)」

 

「Death Killing Cutデス!」

 

 Death Killing Cut Deathか。やっぱデスメタルじゃねーか多分!

 

「じゃあね、結弦さん。キャロルちゃんをよろしくね」

 

「えろうお世話になりました」

 

 セレナさんが、俺の耳元に口を寄せて。

 

「女の子を見る時は、視線の向きに気をつけてね? 女の子はそういうの、気付いてるんだよ」

 

 こっそり囁いた内容に、俺は心底死にたくなった。

 死にたい。

 許してくれたセレナさんが聖女すぎる。

 控え目に言って俺は死ぬべきでは?

 おっぱい一つでやらかしすぎだろ……

 

「ではまた! どっかでまた会えたらええですな!」

 

 セレナさんと、その友達二人と、お仲間沢山。

 彼らに別れを告げて、俺とキャロルちゃんは歩き出す。

 

「次はイギリスです。エテメンアンキも感づいていると思います。気を付けて行きましょう」

 

「イギリスには何があるんや?」

 

「聖遺物と、ボクの支援者の一人が居ます。……その、扱いの難しい方が」

 

「寛容なキャロルちゃんがそう言うって時点で極悪人に等しいんやない?」

 

「そ、そこまでの悪い方では……」

 

「その人の名前は?」

 

 次に会うのはどんな人か。ちょっとワクワクしてきた。

 

「イギリスの王家直属聖遺物研究チームを追い出された男……

 『汚いモードレッド』こと、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス氏です」

 

 なにそれやべえ。

 肩書きが既に濃くね?

 どうなってんだよイギリス王家。

 

 

 




ロックは自分の個性を活かすもの


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喪失のロックンローラー

ややグロ話


 ネットで英語で検索したら『汚いモードレッドを叩くスレ』が普通にヒットして困った。

 スレを覗いたら書き込みもまばらだったので、スレ内のリンクから書き込みが多い『ウェル被害者スレ』なるスレに移動する。

 スレの住人は固定気味で、それぞれがコテハンを使って話しているっぽい。匿名掲示板でコテハン語りって時点でなんか古い世代の人間くせーな。

 でも住民(被害者)の数がクッソ多いせいでスレの消費は割と安定してるな。

 ウェルとか呼ばれてるこいつ、下手なネットのクソコテ荒らしよりよっぽど嫌われて粘着されてんじゃねえのこれ? 悪行まとめwikiとかあんぞ?

 こんな奴と関わらなくちゃならねえのか。

 

 ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。

 生化学の偉い科学者、らしい。つまり理科とかの分野の偉い学者か。

 多分カエルの解剖とかやってんだろうが、ネットの評判クッソ悪いことから見るに、解剖したカエルを仕事仲間に投げつけるくらいは平気でやってんな多分。

 そんな男がキャロルちゃんの後援者?

 やばくね?

 騙されてるとかあるんじゃね?

 

 出会ってから短くてその男の性格良く知らねえとか。

 ……いや、それは俺か。

 キャロルちゃんが窮地にあって、そこを助けられて性格錯覚してるとか。

 ……いや、それは俺か。

 キャロルちゃんにとって大切な物をウェルが持ってて、協力関係切れないとか。

 ……いや、それは俺か。

 

 全部俺だった。どうしよう。

 まあいいか、会って判断すりゃいい。今はとにかく走ろう。

 

「キャロルちゃん、どっか痛いとこあったら言ってえな」

 

「い、痛いところはないです。ないんですが……」

 

 キャロルちゃんを背負って、とにかく走る。今警備の目を盗んで国境一つ越えた。

 

「イタリアからイギリスまで走っていくというのは、流石に無理があると思うんですけど!」

 

「いや電車もバスも使ってたやろ、何言ってるんや」

 

「使ってたのほんのちょっとだけでしたよ!?」

 

 イタリアからイギリスに移動しようとした俺達は、エテメンアンキの検問にぶつかった。

 俺が神剣ぶっぱしたせいらしい。

 キャロルちゃんもクッソ驚いた顔してて、あ、やべーって思ったもんだ。

 流石のキャロルちゃんの錬金術でも、エテメンアンキの検問相手だと三割くらいの確率でバレて捕まるかもしれないんだとか。やべーなエテメンアンキ。

 

 そこで俺達は通常の交通機関を使うことを放棄。

 俺の提案で俺がキャロルちゃんを背負い、イギリスまで走って行くこととなった。

 

「第一ナポリからイギリスまでの道のりならもう3/5くらい踏破してるやん」

 

「ボクが優柔不断だったから……

 言うべきか言わないべきか迷っていたら……

 本当に信じられないくらいあっという間にこんな所まで……」

 

「分からん子やな。何が問題なんや?」

 

「距離ですよ! 他に何があると思ってるんですか!?」

 

「言うて、今時鹿児島から青森まで自転車縦断する人が居る時代やで?

 鹿児島から青森までなら走りやすい道選んでも3000kmないやろ。

 ナポリがいくらイタリアの南側やからって、イギリスまで直線距離で1600kmってとこやで?」

 

「ええ……んん……?」

 

「検問避けて、人目を避けて、適当なところで宿取って。

 エテメンアンキが見張ってない場所なら交通機関使って。

 まあ基本は俺が走って。

 慎重に見つからんように移動しても一週間かからんやろ、普通」

 

 地図で見てそれだけで判断するから錯覚するんだ、まったく。

 西欧なんて小さな国の寄せ集めなんだから、日本内で長距離を移動する旅を経験した奴からすれば、びっくりするくらい短い距離でいくつもの国を横断できる。

 数字で見れば、人目を忍んで走り抜けられない距離じゃないってすぐに分かるっての。

 イギリスまでの道には海があって面倒だが、船と飛行機ばかり警戒しているお役所仕事の警備なら、海の上を走るだけで簡単に突破できるだろうさ。

 

 これだから既成概念に縛られてる奴は困る。

 ほんのちょっと発想を変えるだけで、こんなにも簡単に目的は達成できてしまうというのに。

 シルクロードを見りゃ分かる。人間は自分の足だけであんだけ移動できるんだ。

 健康な足ってのはそれだけで、大抵の交通機関に勝る財産なんだぜ。

 

「ボクが間違ってるんでしょうか……」

 

「キャロルちゃんは頭がええからなあ。ぎょうさんある知識が邪魔しとるのかもしれへん」

 

「……なんでしょう、この、納得できない感じ」

 

 この辺が不適合者の面倒なとこだな。

 キャロルちゃんは俺のこと察しの良い男だと思ってるらしいが、相手の気持ちや考えてることが分からなければ、言葉を尽くすしかない。そいつは俺も同じなんだ。

 

「そら、キャロルちゃんの気持ちも分からないわけやない。

 女の子が異性に背負われるのは、肉体的接触もあって嫌やと思う。

 でもエテメンアンキが大きな交通機関に網を張っとる以上、軽挙はあかん。

 キャロルちゃんには申し訳ないんやが、もう少し我慢してな? な?」

 

「いや、ボクはそういうことを言っているわけでは……

 確かに恥ずかしいですけど、問題はそこではなくてですね。

 背負われてることが嫌というわけではなく、恥ずかしさは恥ずかしさで……えぅ……」

 

 照れて口ごもらないでいただきたい。

 俺適合者じゃないから複雑な乙女心とか言ってもらわねえと分かんねえんだけど?

 いやまあ背負われてんのが恥ずかしいってことくらいは分かるが。

 

「おっ」

 

 もう何度見たかも分からないクレーターが目に入る。

 今までに見たものの中でも最大だ。

 百年前に月が落っこちた後。地球に刻まれた無数の穴。吹っ飛ばされた街だったものの残骸。

 ルナ・クライシス、月の崩壊、大災厄など、色んな呼び方をされる百年前のロックな月砕きの被害跡地だ。

 

「ルナ・クライシスの傷跡、欧州のはやっぱでっかいなぁ」

 

「この辺りは、特に酷いですからね……」

 

 イギリスとイタリアの間くらいの地域は、世界で三番目に月の欠片が落ちた被害がデカかったと言われる場所だ。

 そりゃもうポコポコ落ちたらしい。

 そこかしこが穴だらけ、国としての機能を維持できなかった国も多数。

 キン肉マンって漫画の設定より穴が多いとか言ってた奴も居たな。

 

 やべーのは、そっからスムーズにエテメンアンキとかがヨーロッパの立て直しをやったっつーことだ。

 月の欠片が落ちた量からすりゃ、人的被害はクッソ少なかったと聞く。

 月の欠片のデカいやつを弾く、隕石落下による氷河期の到来を防止、落下前に住民避難、月の欠片落下後の地上の立て直し、だいたいフィーネとその部下がやったってことだよな?

 フィーネ婆さん、有能。マジでどうやったんだ。

 昔この辺に住んでた人達も、別の国に住居と仕事を用意して貰ったんだろうしよ。

 

 俺の足元にクレーターがある。

 地平線の向こうまでクレーターが続いている。

 右を見ても左を見てもクレーター。

 百年経って、世代交代が完璧に終わって、まだ誰もこの辺に住もうとはしない。

 月の欠片に百年前にここを追い出された人達は、ここに帰ることもできないまま、百年の間に皆寿命死したわけだ。

 

 ……百年ってのは、長え時間だな。

 

「あ、鹿発見。キャロルちゃん一回降ろすから待っててな? アレ昼飯にしよ」

 

「携帯食料ありますし、見逃してあげませんか?」

 

「せやかて獲りたての動物も食べた方が栄養面では絶対にええと思うよ?」

 

「殺す必要が無いなら、見逃してあげたいです。あの鹿さんも生きてるんですから」

 

「……女子はそういうとこ妙に男子より優しいんよな」

 

 でも、人間以外の生命はここでもたくましく生きてんだな。

 

 月の欠片が落ちた国もある。落ちなかった国もある。

 適合者と不適合者で力を合わせて立て直した国もある。適合者を優遇、不適合者をこき使って立て直した国もある。

 適合者と不適合者で力を合わせて立て直した後、不適合者の差別政策をやったとこもある。

 そして大抵の場合、適合者は多数派だ。

 こうして月の欠片が地球をぶっ壊した跡を見ると、月の欠片は地球と社会の両方をぶっ壊していったんだと、つくづく思う。

 

 一流のロックンローラーなら、こういうクレーターにインスピレーション感じるんだろうか?

 それで一曲作れたりするんだろうか?

 名曲作っちゃったりするんだろうか?

 俺は何も感じない。

 でも俺が何も感じなかった風景に誰かが何かを感じて名曲作ったら多分イラッとするな。

 そう考えるだけでそわそわしてくる。

 クソっ、出て来い俺のインスピレーション!

 

 出て来ねえ。しかたないな、鹿たない。

 

「このクレーターのように、月の欠片が落ちて、ボクの……

 ……いえ、オリジナルキャロルの生家跡地も吹き飛んでしまったんです」

 

「そら、フィーネも恨まれるわな。

 俺かて母さんと過ごした場所吹っ飛ばされたら殴りに行くわ」

 

「ボクもキャロルの記憶を与えられて起動した予備躯体の一つです。

 このクレーターを見てると、少し寂しい気持ちになってしまって……

 だから結弦さんが近くに居てくれて助かりました。少し心強いです」

 

「そか? 役に立っとるんなら嬉しいなぁ」

 

 もう死んじまってるとかいうオリジナルキャロル。

 俺の知ってるキャロルちゃんはそいつと自分を同一視してはいないが、どうにも他人と言えるほどに切り離せていないフシがある。

 フィーネがオリジナルのキャロルとやらをぶっ殺してたなら、フィーネを前にした時、キャロルちゃんは冷静で居られるんだろうか。

 ……その時になんねえと、分かんねえな。

 

「こんなクレーター、ノイズ使える組織なら簡単に直せそうなもんやけどな。

 俺の中だとエテメンアンキは隠してるだけで超技術沢山使ってるイメージなんやけど」

 

「フィーネはエテメンアンキに異端技術をそこまで降ろしていないんです。

 基本的にその時代の人間基準の技術を使っての組織構築にこだわっていたようでして」

 

「それなんの意味があるんかなあ」

 

「ありますよ? まず、安定感が違います。

 突出した技術ではなく、普通の人達でも制御できる技術で組織を作っているわけですから」

 

「安定感とはまた、ロックの真逆やなあ」

 

「結弦さんのような聖遺物人間を生み出す技術も、フィーネなら持っていたかもしれません。

 でも、もしそうして強大な力を持った『個人』が組織に反抗した場合、止められませんから」

 

「必要なのは決められた規格の社会の歯車ってことやな」

 

 個性より規格化。

 尖った特徴より人気のテンプレ。

 昔はロックにもそういう時代があった。

 

 音楽業界は一級のプロになってないマイナーな評価高い奴を拾ってプロデュースし、メジャーになる前から付いてたファンが買ってくれることを見越し、固定購入層を獲得しようとした。

 自分を表現するバンドは、売れるためのテクを学び、自分を表現することより売れることを優先した曲を作り、聞き手側に批判された。

 後にその辺りからロックスターが生まれると、その真似をした人間は『ワナビ』と言われた。

 ワナビは人気になった人を真似するので、下層は更に個性がなくなった。

 個性がなくなった、人気者の真似だけのワナビを批判する流れが生まれて……というわけで。

 

 組織と違って特徴的な個性が尊ばれるロックの世界でもそうなんだから、人間っつうのはもしかしたら自然と安定と画一化に向かうように出来てるのかもしんねえな。

 なんかなろー小説とかいうので同じ歴史を繰り返してるみたいな話を聞いたことあるが、小説は専門外なんで俺は知らん。

 まああっちも音楽と同じ創作の界隈だ。

 苦労や苦悩も引っくるめて、昔の時代を繰り返すこともあるのかもしれん。

 

「そういやこの辺詳しく聞いたことなかったな。

 エテメンアンキはノイズをどないして操ってるんや?」

 

「エテメンアンキの本部に『ソロモンの杖』というものがあります。

 この杖は何かの聖遺物で他世界から大きなエネルギーを得て起動した、完全聖遺物です。

 大規模な制御装置に接続されたこの杖は、外部からのアクセスで稼働を開始します。

 そして外部からの指定に沿ってノイズを出現させ、操作するというわけですね」

 

「エテメンアンキが全員それ使えるってわけやないんやろ?」

 

「たぶん、上位の幹部十数人以外は存在も知らないと思いますが……」

 

「ふーむ」

 

「だから不適合者排斥派の人間が幹部に居る、と思うんです。

 不適合者の排除にノイズを使うのに積極的な人が、最低一人は」

 

「セレナさんの味方して不適合者守っとる人もエテメンアンキやろ?

 そんな別々のスタンスの人間が肩並べて戦っとるの、ホンマ凄いことやと思うわ」

 

 前にもキャロルちゃんと話したが、やっぱエテメンアンキのトップが凄い。トップやってるフィーネ老人が凄えんだ。異常なぐらい、手綱を握るのを上手くやってる。

 この話を聞く度に、俺がそこに何かよく分からない違和感を覚えるくらいには凄え。

 

「ふっつーは気に入らん人とは共存できへん。

 いじめっ子といじめられっ子が共存できひんようにな。

 普段ジャイアンにいじめられとんのに仲良くできるのび太くんは聖人過ぎや」

 

 俺小学校の時俺を不適合者だとバカにした奴全員覚えてるからな。

 

「あ、ドラえもんですよね! 知ってます知ってます!

 それならボク知ってます! ようやく共通の話題ができましたね!」

 

 そんだけのことではしゃぎすぎだろ!

 

「おっと、クレーターまた増えてきてもうた。

 また揺れるんで気を付けてな、キャロルちゃん」

 

「大丈夫です。走ってる結弦さんの背中、ほとんど揺れていませんから」

 

「そかそか。あ、ノイズの話ありがとな。一つ賢くなった気分やわ」

 

 ノイズは今の地球だと最高の兵器だ。

 何せ、()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そういう意味じゃ、ノイズは"この世界に最も適合した兵器"だ。反吐が出るぜ。

 

 だが、雑音(ノイズ)音楽(ソング)に勝てるわけねえってのは世の真理だ。

 俺もこれから、そいつを証明していこう。

 

「今回ボク達が会いに行くウェル博士は、ノイズを操れる立場の人間に追放された方です」

 

「え、マジで?

 そんな偉い人に目え付けられてよく今でも活動できるもんやな。

 事故に見せかけて殺されとる可能性も十分にある立ち位置やろ、それ」

 

「ウェル博士は有能だったんです。

 殺すには惜しい、身内に置いておくのは危険、と判断されたんだと思います」

 

 一番面倒くさいタイプの奴だな、それ。

 

「気を付けてください。ボクが思うに、ウェル博士は音楽の良さが分からない人です」

 

 ……ロックの良さが分からねえ奴と、仲良くできる自信ねえよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 むかーし、むかし。

 ロンドンに月の欠片が落ちた。他の所にもバンバン落ちた。

 イギリス最大の都市はガタガタになり、他の街もバンバン壊れた。

 そこで「新しいロンドンを作って一からやり直そう」と誰かが言った。

 反対者も多かったが賛成者も多く、新しいロンドンを作ろうと皆が動き始めたらしい。

 

 んで、そこでエテメンアンキの救援が来た。

 エテメンアンキはあっという間にロンドンを復旧。畜生かよ。

 人間ってのは特に理由なければ"今まで通り"を望むもんだ。今を変えようとすんのは、激しいロックンローラーみたいな、時代や社会や環境に不満を持ってる奴らが中心だ。

 ましてイギリスは伝統と歴史とやらに誇りと拘りを持っている国。

 新しいロンドンは半端な出来で放置され、先走って新しいロンドンに住んだ奴や、他の場所から流れて来た奴が定着した。

 その後はロンドンの横で発展したり、拡大したり。

 それから何十年か経って、今はロンドンとは全然違う町並みを形作ってる。

 

 ここはロンドンの東南に位置する街、ニューロンドン。

 勘違い野郎のロンドン(ポォウザァー・ロンドン)とも呼ばれる、ロンドンになれなかった街。

 俺もニュースで何度か名前を見たことがある街。

 ウェル博士とやらが拠点にしてる街で、今クッソヤバい状態にあるようだ。

 

「えろう反応に困るな、この状況……」

 

 右を見る。

 

「うちの子が身の程知らねえ不適合者に殴られたんだぞ! 犯人出せや!」

「この街の通り魔犯罪者は不適合者100%! 街の治安を悪化させていまーす!」

「俺達の街から出て行け!」

「うちの自治体、明らかに不適合者のせいで仕事効率落ちてんだけど!」

「去年俺の親父は不適合者に殺された! 忘れたとは言わせねえぞ!」

 

 左を見る。

 

「てめえら互いのこと分かってますよって感じで距離感近すぎベタベタしすぎできめえんだよ!」

「人種差別は後進的! 適合者は現代人とは思えないほどに野蛮だ!」

「そっちの子が殴られたのは学校で適合者派閥作っていじめやって、反撃されたからでしょ!?」

「適合者に精神的に追い込まれて罪を犯した奴だって居るんだぞ! お前らさえ居なけりゃ!」

「この街から出て行け、適合者!」

 

 バカじゃねえの、こいつら。

 

「どうなっとんのや、これ」

 

「ここは適合者と不適合者の対立が特に過激なんです。きっかけは……」

 

 この街は幸か不幸か、昔から適合者と不適合者の比率が吊り合っている珍しい街なんだと、キャロルちゃんは言った。

 不適合者の数多くねえのに、そんな風になるのは逆に珍しいな。

 いや待てよ、なるほど、それでか。

 普通なら街の不適合者割合は減っていくもんだ。

 だけどこの街に不適合者の居場所があるって知られりゃ、他の国や街から不適合者が流入する。

 

「ここはシーソーみたいに、適合者と不適合者のどっちが大きいか定期的に入れ替わるんです」

 

 そりゃ喧嘩にもなるわ。

 不適合者の居場所を求めてこの街に来た人は、よその場所で適合者で虐げられて逃げて来たんだろうから、そりゃこの街では適合者に敵意むき出しだろう。喧嘩も売るだろうな。

 それなら適合者だって喧嘩は買うさ。

 いや、適合者だって不適合者に喧嘩売って、それを買われることもあるだろう。

 ひっで。

 二種類の飢えた肉食の虫を、狭い虫かごに放り込むようなもんだな。

 良心的な適合者と不適合者でさえ、時間経過で鬼になってもおかしくない環境だ。

 

「行きましょう、結弦さん。これは今のボク達にはどうにもできないことです」

 

 差別ってのは時間が経てば『上と下』じゃなくて『多い方と少ない方』になるもんだ。

 適合者は不適合者を差別してる。見下してる。相手個人の人格を見ようとしていない。

 不適合者は適合者を差別してる。見下してる。相手個人の人格を見ようとしていない。

 どっちが悪いとか、もうそういう話ですらなく。

 ただ単純にクソッタレだ。

 この両者は互いに対し、『見るだけで不快に思う』『死んで欲しいと思っている』『罵倒すると気持ちいい』『相手を見下して自分を高い位置に置く』という関係を完成させている。

 これだ。

 これが、昔ロックが反抗したもの。

 ロックンローラー達が立ち向かって、負けてしまったものだ。

 

 黒人の音楽を白人がすげえすげえと言って、人種差別にそれが踏み潰されたのも昔の話。

 今、ここには、見るに堪えないものがある。

 

「お前なんか生むんじゃなかった! 不適合者の息子なんか、赤子のうちに捨てればよかった!」

「ついに本音が出たなお袋! ぶっ殺してやる!」

 

「バカな真似はよせ! 私達は親子だろう!」

「うっせんだよ! 不適合者の親とか俺の唯一の汚点だ!

 不適合者の親が俺の肩書きから消えなきゃ、俺はどこにも行けねえんだ父さん!」

 

「なんであなたがそこに居るの! あんなに優しい娘だったのに!」

「……適合者は、皆で不適合者をいじめないと、学校でいじめられるの! 分かってママ!」

 

 適合者から生まれた不適合者。

 不適合者から生まれた適合者。

 親子でも殺し合いかねない一触即発の空気が、ここにはあるってことだ。

 ……適合者の親に、不適合者の子、か。

 これを見逃してコソコソしてたら、俺の音楽が泣くな。

 

 俺は、ロックンローラーだ。

 

「キャロルちゃん、ちょっとここで待っててーな」

 

「え、止めるんですか? 結弦さん英語話せたんですか? 危ないですよ、やめた方が……」

 

「英語はロックの単語を使う英語と、授業で習った英語くらいなら使えるで」

 

 まあ、止めるのに英語使う気なんて全く無いんだが。

 キャロルちゃんの耳に耳栓を押し込む。キャロルちゃんはくすぐったそうにして、次に不思議そうにして、最後にハッとして俺を止めに来るが知ったことじゃない。

 ギター抜刀。

 ロックの魂が、ギターの形になって抜け出て来る。

 適合者達と不適合者の間に立つ。

 何か言ってるが、もう聞こえない。

 俺の演奏は上手くはないが、それならそれで別にいいさ。

 

 気絶するくらいに、最高にど下手なヤツをキメてやる。

 

「Come on, let's rock'n roll to the mostッ!!」

 

「「「 ギャアアアアアアアアアアッッッ!!! 」」」

 

 聖遺物の力で、最高に都合の良い音を、最高にド下手な最大音量でぶちまけた。

 

 1分30秒の演奏後、見える風景死屍累々。俺とキャロルちゃんだけが立っていた。

 

「お、音響兵器……」

 

「後遺症は残らんやろ。証拠も残らん。

 エテメンアンキも、まあ音爆弾くらいに思うんやないかな」

 

 お、警察も来た。俺の音が警報代わりになったか?

 まあ五分もすりゃ全員目が覚めんだろ。

 全員お巡りさんに絞られてゆっくり反省しやがれ、どアホどもめ。

 俺は差別は面倒臭えと知ってるが、差別主義者は許さん。

 小学校の時に俺を不適合者とバカにした奴らも許さん。

 俺の目の前で堂々と差別など許さんぞ。

 

「聞こえてねえやろけど、言っとくでお前ら。

 俺がこの街に居る間は、堂々と差別しようとしたらまた邪魔しに来るかんな」

 

「結弦さん……」

 

 バイトを辞めてからの"俺は自由だ"感半端ねえ。

 失業を恐れて自重する必要が無くなった感半端ねえ。

 無職って、こんなにも最強だったのか……

 

「無茶はやめてください。ボク、今すっごく心配したんですよ?」

 

「ごめんなぁ。でも、キャロルちゃんもこういうのほっとくの嫌やったんやないか?」

 

「……それは、そうですけど……結弦さんって、ボクの心が読めるんですか?」

 

「他人の心なんていっつも読めてへんよ、俺は」

 

 差別ってーのは難しい。

 結局『相手を見下す気持ち』があれば、どいつもこいつも同類になっちまう。

 生まれつき差別が好きな奴も居て、教育のせいで差別するようになった奴が居て、環境のせいで差別するようになった奴が居て、境遇のせいで差別するようになった奴も居る。

 

 大槻ケンヂは「コンプレックスを舞台に上げればそれはロックになる」と言った。

 リアム・ギャラガーは兄への劣等感が力になった。

 他人に見下されて抱いた劣等感が、ロックの爆発力に変わるなんつー話は、度々世間で語られるくらいにありきたりな話だ。

 

 この街は誰も彼もが他人を見下してやがる。

 クソみたいな話だが、そのお陰で『ロックの聖地らしさ』みたいなもんまで感じまった。

 この街には、ロックがよく映える。この街の風潮に反抗したくてたまらなくなってきた。

 

「さ、変な寄り道してもうたな。行こか、ウェル博士のとこへ」

 

 一つ、分かったこともある。

 こんな街に好き好んで住む奴が、まともなわけがない。

 キャロルちゃんがどう言おうが、ウェルって奴はイカレ野郎かクソ野郎かのどっちかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音楽学校近くの防音マンション、その地下にウェル博士の研究所はあった。

 秘密基地か何か? なんか、特に理由も無いがガキっぽい印象受けるな、これ。

 このマンションは音楽家志望の奴に人気があるらしく、深夜だろうが真っ昼間だろうが構わず音弾きがされてるって話だ。

 逆に言えば、ちょっと変な音がしたくらいじゃ気にされない。

 やましい科学者が色々実験する場所としては理想的、ってわけだ。

 

 キャロルちゃんはすいすい警備システムのロックを解除して、マンション地下の研究所の中を勝手知ったる様子で進んでいく。

 

「ウェル博士には一部の富豪が金を出していらっしゃいます。

 何故なら、彼の研究の副産物でも莫大なお金になるからです。

 ボクは逆にウェル博士に支援してもらっていますが、彼を助けてはいません。

 ウェル博士の研究内容や研究過程も、ボクはほとんど知らないくらいで……」

 

「つまり見返り無しなんか。んー、どういうことや」

 

「彼曰く、『適合者社会への嫌がらせ』だと」

 

「……やっぱこらまともじゃないなぁ」

 

 見返りが無い取り引き、というものはあんまりない。

 無償の奉仕にだって『満足感』『達成感』みたいな見返りはあるんだ。

 ウェル博士が本当に『嫌がらせの満足感』だけでキャロルちゃんを支援していたというのなら、嘘偽りなくそれが真実であるのなら、そいつは。

 

「嫌がらせというのは嘘じゃありませんよ。僕も適合者ではありませんからね」

 

 開きっぱなしのドアの向こうに、男の姿が見える。

 開きっぱなしのドアの向こうから、男の声が聞こえる。

 男は試験管を揺らしながら、顕微鏡の向こう側の虫を見るような目で、俺達を見ている。

 ……あんまり好きになれなそうな雰囲気の男だった。

 メスとか武器にして戦いそうな顔してやがる。

 

「やっぱり相互理解能力は無いと今時の職場はやっていけないんでしょうねえ。

 まあ僕は天才なんで使われていたんですが、流石にウザくなって来まして。

 僕が言ってることが分からないとか、研究の遅延になるとか、まあうるさいうるさい。

 王族関係者の招きで所属していた研究所だったんですが、さっさと出て来たわけです」

 

「は、はぁ」

 

「相互理解不能結構、僕としちゃ願ったり叶ったりですよ。

 僕の頭の中を見ず知らずの他人に理解されるだなんてきっしょく悪い。

 相互理解なんてものは、頭の中お花畑な人達だけが喜んでりゃいいんです」

 

 ファンキーな奴だな、この白衣メガネ。

 

「なるほど、それで職場を出てったわけやな。

 しっかしそれにしたってもうちょいいい場所に研究所用意しても良かったんやないか」

 

「適合者かどうかは生まれればすぐに分かります。

 適合者の親が不適合者の赤子を、不適合者の親が適合者の赤子を捨てる。

 そういうことが多々あるので、ここはよく瀕死の赤ん坊と赤ん坊の死体が手に入るんですよ」

 

「―――」

 

 今、なんつった?

 

「行政にあまりマークされておらず、簡単に、定期的に、一定量手に入りますからね。

 気を使っていれば僕が真っ先に摘発されることもまずありませんし。

 分化や成長もしていない赤ん坊の細胞は、今の研究テーマに合ってるんですよ」

 

 一瞬、俺の思考が止まって。気付けば俺は、ウェルの襟首を掴み上げていた。

 

「正気か」

 

「僕は僕のことを正気だと思ってますよ? それでいいじゃないですか」

 

「俺は良くねえ言うとんのや!」

 

 キャロルちゃんが口元を抑えて青い顔をしている。

 そりゃそうだ、知ってたならキャロルちゃんが止めないわけがない。

 よく見りゃ、この研究室はビーカーやらカプセルやらの中身が『赤ん坊だったもの』でいっぱいだ。

 だけどこいつが語るまで、俺はそれらが赤ん坊だとは気付かなかった。気付けなかった。

 原型留めてなかったから、気付けなかった。

 自分に腹が立つ。

 目の前の男に腹が立つ。

 握る拳に力が入る。

 殴ってやろうと、迷いなく思った。

 

「というか道端に捨てられてる赤ん坊の死体を有効活用してるだけじゃないですか。

 悪者は誰だと思います? 僕じゃないでしょう。赤ん坊を捨てるクズな親ですよ」

 

「それはっ……!」

 

「君がここで僕を殴ったとしましょう。

 僕がこの研究を止めたとしましょう。

 赤ん坊が捨てられるのは止まりませんし、赤ん坊が死ぬのに変わりはありませんよ?」

 

 襟首を掴む俺の手の力が、弱まる。殴りたい気持ちが濁って萎える。

 

「それとも、捨てた親を責めますか?

 やめましょうよ、このご時世に。

 適合者の家に不適合者が生まれたら、捨てるのも賢明ですよ。

 無理して育てても、親も子も不幸になるのが関の山でしょうに」

 

 違う。

 そう思った。なのに言えなかった。

 捨てるのは悪いことだ。

 そう思った。なのに言えなかった。

 捨てられる子供の気持ちになれ。

 そう思った。なのに言えなかった。

 適合者の親と不適合者の子供でも上手く行ってる家は山ほどある。

 そう思った。なのに言えなかった。

 適合者と不適合者のカップルが夫婦になった例がいくつあると思ってんだ。

 そう思った。なのに言えなかった。

 

 不適合者で何もできない子供だった俺は、母さんにとってはただの重荷で。

 不適合者として生まれた俺は、オヤジにとっては遠くに居て欲しい邪魔者で。

 

「親にだって子供に自分の人生を台無しにされない権利はあるんですよ?」

 

 悪いかよ。

 適合者の父親に、不適合者の息子が生まれちゃ悪いかよ。

 適合者の親父と、不適合者の母さんの間に生まれたのが、俺みたいな不適合者じゃなくて、適合者の子供だったなら、母さんだって家に居場所が出来て、もしかしたら……ッ。

 

 ……違う!

 違う、そうじゃない!

 そういうことじゃない!

 

「どないな理由があったとしても、子供捨てる親は普通にクズやろ!」

 

「なら堕胎した親もクズですか?」

 

「―――っ」

 

「別にクズと呼びたければどうぞ。

 子供を捨てるのは仕方ない、子供を捨てるのはクズ、その二つは両立します。

 今の世の中、不適合者及び不適合者の家族がどのくらい生きにくいかは知っているでしょう?

 どうぞ、赤ん坊を捨てずに苦しんで生きながら破滅しろと、そう言えばよろしい」

 

 言えない。

 俺には。

 ……言えない。

 ……俺は、母さんに、オヤジに……

 

 手が、急に暖かくなった。

 握った拳の暖かさを不思議に思って、そこを見る。

 キャロルちゃんが俺の拳を、両の手で包んでいた。

 首を横に振っていた。

 俺の思考と行動の両方を、彼女の暖かさと優しさが、止めてくれていた。

 

「ウェル博士、結弦さんをこれ以上いじめるならボクは絶対に許しません」

 

「おやキャロル。さっきまで真っ青な顔で黙りこくっていたのに、急に元気になりましたねぇ」

 

「黙ってられない理由が出来た、それだけです」

 

「ふぅん」

 

「それよりお仕事の話をしましょう。

 大英博物館に運び込まれ保管された、『アガートラーム』についてです。

 ボクらの支援をお願いします。イギリスの後は、ボクらも予定通りアメリカに向かいますので」

 

 キャロルちゃんが会話を遮った?

 俺を助けてくれたのか?

 この子が、俺を気遣って?

 

 キャロルちゃん……ありがとう、それと、ごめん。

 くそ、頭冷やさねえと。今の俺は明らかに頭に血が昇ってた。

 

「ああ、それは別にいいんですけど、僕の支援はそれで最後ってことでお願いします」

 

「え?」

 

「以後僕の支援は打ち切りです。僕らの縁もここまでということで、どうぞよろしく」

 

「ま、待ってください! ボクに落ち度があったなら謝ります! どうか理由を教えて下さい!」

 

 は? 何考えてんだこいつ?

 ……いや、待て。

 こいつ、なんで笑ってる? もしかして俺をさっき言葉で殴ってた時も笑ってたのか?

 だとしたら――

 

「決まってます。オリジナルのキャロルが所在が明らかになったからですよ」

 

「……え」

 

「なのでコピーの方に手を貸すかどうか再考したいんですよ。

 ましてやオリジナルキャロルさん、今やエテメンアンキのトップやってるみたいですし」

 

「……え?」

 

「エテメンアンキの内何人が気付いているのやら。

 それとも誰も気付いていないのかな?

 フィーネの玉座が既にキャロルの座る席となっていたとは、面白い。

 近年の不適合者の扱いや、コピーの君の扱いに、意図がうっすら見えて来ませんか?」

 

 ――こいつ、救いようのない、クソ野郎だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウェルは間違いなく天才だった。

 他人が努力で真似出来ないことができるやつは、天才としか言いようがない。

 こいつが掴んだ情報は二つ。フィーネの不在と、オリジナルのキャロルの立ち位置。エテメンアンキの上位幹部ですら掴めない情報を、こいつは掴んでいた。

 

「エテメンアンキの上位幹部が掴んでいなかったわけではありませんよ。

 ただ、キャロルは『想い出』を使っているようです。

 気付いた人間は丁寧に記憶処理をされているみたいですねぇ。

 だからこそ、僕がその情報を手に入れる僅かな隙があったというわけですが」

 

 記憶処理された奴が記憶処理される前に残したメモでも手に入れたのか?

 いずれにせよ、尋常じゃねえ。

 こいつは間違いなく凡人の枠に収まらねえ奴だ。

 

「参考までに僕に教えて欲しいんですが。

 世界を救うために、まだオリジナルキャロルとの対立構造を続けますか?」

 

「ボクは……キャロルと敵対なんて……」

 

「では世界を救うのを諦めますか?

 何を企んでいるかは分かりませんが、オリジナルの方に世界を救う気は無さそうですよ」

 

「……キャロルが間違ったなら、ボクが止めるしか……」

 

「僕は死にたくないんで、そうしてくれると助かりますねえ。

 あと、あなたの存在意義もだいたい予測がつきましたよ。

 "キャロルはそこに居る"と錯覚させ、最後に"キャロルはそこで死んだ"と錯覚させる。

 情報操作の一環として、エテメンアンキに『キャロルの死』を誤認させるのがあなたの役目」

 

「―――」

 

「あなたは死ぬためにロールアウトされたわけだ」

 

 おい、ウェル。

 お前、よく笑ってられるな?

 俺はここで笑って許してやれるほど人間出来てねえぞ。

 

「キャロルちゃん」

 

「違います」

 

 俺の呼びかけに、彼女は泣きそうな顔で首を振る。

 

「ボクは、キャロルじゃありません」

 

「……」

 

 ほら、見ろ。

 彼女のこの顔見ろ。

 ぶっ殺すぞてめえ。

 

「おおっと、僕への暴力はやめましょうよ。暴力反対!

 君の大切な()をその辺の椅子に座らせてあげた方がいいんじゃないですかぁ?」

 

「……ちっ」

 

 キャロルちゃんを椅子に座らせる。

 

「キャロルちゃん?」

 

 呼びかけても返事はない。

 『キャロル』と呼びかけてるからダメなのか?

 ……だけど、俺は彼女を呼ぶ他の呼び名を知らない。

 彼女もそれ以外に呼ばれる名前なんざ持ってない。

 『キャロル』という名前が一つ取り上げられただけで、彼女と俺を繋ぐ見えない糸が、ぷっつり切れてしまったようだ。

 ああ、ちくしょう。

 

「ツラ貸せや、ウェル」

 

「凄まじい怒りようですね。僕は真実を告げただけなのに」

 

「ここでこないに直球に言う必要はないやろ! こうなると分かってたはずや!」

 

「まあ、こうなると分かってましたけど」

 

「ッ」

 

「でも、僕としては知ったことじゃない。

 こっちのキャロルがショックを受けようがどうでもいいことですしね。

 ですが彼女を気遣って確信を避けて話せば、それだけ無駄に時間がかかってしまうでしょう?」

 

「……は?」

 

「話が速く終われば、その分僕が研究に使える時間も増える。自明の理じゃないですか」

 

「マジで言ってんのか?」

 

「僕視点で見れば当然の損得計算でしょう。

 何故あなたは僕の損得を考慮してくれないんですか。

 もっと僕に気を使ってくださいよ、他人の気持ちも分からないんですか?」

 

 心底、殺意が湧いた。

 

 我慢も躊躇も迷いもなく、俺はウェルの頬をぶん殴る。

 

「あいだぁッ!?」

 

「俺はなぁ、クッソ俗物なんや。

 キャロルちゃんほど優しくもなければ人格者でもない。

 しょっちゅうムカついとるくせに、仕事クビにならないために我慢する。

 でもそういうもんがなけりゃ、クソ野郎を殴りたい気持ちを我慢なんてできへん」

 

 その手に剣が似合わないと言ってくれたキャロルちゃんに、心の中で謝る。

 その指はギターを弾くためにあると言ってくれたキャロルちゃんに、心の中で謝る。

 手を暴力なんかに使ってしまったことに、心の中で謝る。

 殴った後の拳を、更に強く握り締めた。

 

「僕がクソ野郎であるとでも言うんですか?」

 

「相手が傷付く言葉を『理解』して、わざとそれを口にするのは最悪のクソ野郎や」

 

 ウェルがキョトンとして、内心を見抜かれたことを喜ぶような顔をして、ウェルが笑った。

 

「君は、赤ん坊の話をした時、僕を殴るのを思い留まった。

 何故か? そこのコピー品に止められたからだ。

 君は今、さっき殴るのを思い留まった。

 何故か? そこのコピー品を僕に傷付けられたからだ」

 

 ―――こいつ。

 俺のことを、探っていた?

 どこから計算だ? どこまで天然だ? 俺の性格は、どこまで把握された?

 こいつは、自分をクズだと他人に思わせた。

 他人をクズだと思うことは、その他人を見下すことだ。

 見下すってことは、基本自分より下に見るってことだ。

 人間は無自覚に自分より上の人間を警戒して、自分より下の人間を侮るように出来ている。

 こいつに感情を煽られた人間は、無自覚にこいつの前で自分の底を見せちまう。今、俺がこいつにまんまと乗せられちまったように。

 

 こいつ、頭がいい。

 それも、品性下劣に頭がいい。

 生来の性格の悪さと、天然の頭の良さが綺麗にマッチしてやがる。

 こいつがクズであることが、こいつの頭の良さを活かしてやがるんだ。

 

「自己中心的すぎやしないかな?

 そこの赤ん坊はあの世で泣いているぞ?

 ああ、女の子のためにウェルは殴るのに、僕のためには殴ってくれなかったんだ! って」

 

 ウェルが笑う。

 むかついたんでウェルの顔面からメガネを引き剥がし、壁に全力で投げつけた。

 

「ああああああああああっ僕のメガネッ!」

 

「お前、他人傷付けて笑うのに、自分の眼鏡が割れたら嘆くんやな」

 

「当たり前だろう! 他人は他人で僕は僕じゃないか!」

 

 キャロルちゃんが人類には相互理解がまだ早すぎると言った理由が、よく分かる。

 この手の人種が居なくなってからじゃねえと、人は分かりあって歩み寄ることなんてできやしねえ。絶対にだ。

 こいつはロックじゃねえ。

 クレイジーなんだ。

 

 自分を表現し、認められるのがロックの王道。

 こいつは自分を表現するために行動はせず、他人を罵りその価値を貶めるくせに、他人に認められたいという欲求が透けて見えている。そのくせ、汚い部分を隠してもいない。

 自然と真似をしたくなる『熱』こそがロックなら、こいつはその対極の"真似したくない"要素の塊だ。

 

「俺はキャロルちゃんを連れて行く。お前の支援なんざこっちから願い下げや」

 

 不適合者であることが、他人の気持ちが分からないことの言い訳にならない奴を。

 適合者が不適合者を見る目以上に、他人を無価値に見ている目を。

 思い上がった適合者以上に、自分が素晴らしいものになることを疑っていない人の姿を。

 俺は、生まれて初めて見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しばかり、時間が流れた。

 キャロルちゃんのアイデンティティがよっぽど揺さぶられちまったのか、俺の励ましが下手なのか、それともその両方か。

 一日や二日では復活してくれる気配さえ見せないほどに、彼女の落ち込みようは酷かった。

 復活の気配が僅かに見えても、それは復活にまで繋がらない。

 

「キャロルちゃん」

 

「……」

 

 キャロルちゃんに呼びかける。答えはない。自分の内側に閉じこもったままだ。

 ……死ぬために世界に生み出された、なんて聞かされりゃ当然か。

 この子は、オリジナルに立ち向かう勇気がないわけじゃない。

 むしろ立ち向かうガッツはある、と思う。

 後はきっかけだ。

 きっかけ一つで、彼女は立ち上がるはず。

 だけど俺がそいつをあげられてないから、話はややこしくなっている。

 

「ほら、所詮ウェルの推測やし。あれが正しいって決まったわけやないやろ?」

 

「……」

 

「ほら、元気出そな?」

 

「……」

 

 返答はない。

 俺が呼びかけても無視されることよりも、この子が傷付いた顔をしたままの方が辛い。その顔に別の表情と感情を浮かべさせられないのが苦しい。苛立ちが、俺自身への嫌悪を生む。

 懐かしい感覚だ。

 懐かしくて、嫌な感覚だ。

 母さんも、時々こうなることがあった。

 いつだって母さんは、俺を心配させないためだけに、この表情を引っ込めていた。

 

 俺はいつだって、自分の力だけでこの表情を終わらせることができない。

 

「……じゃ、俺出かけて来るから。

 今のキャロルちゃん危なっかしいから、あんま一人で出歩いちゃあかんで。

 部屋から出る時は、行き先をどっかにメモして残して置いてくれると助かるんで、んじゃ」

 

 ウェル博士の研究所の直上にある防音マンションの一室を借りた。

 飯も食わねばならない。

 安い着替えも購入した。

 となると、金だ。何をするにも金がいる。

 言葉の問題はロックで覚えた英語とボディランゲージだけでなんとかなった。つかボディランゲージだけでどうにかなったかもしれん。だが金だけは、これではどうにもならない。

 

 キャロルちゃんの金ならある。

 エテメンアンキを通さず引き出せる――おそらくはウェル博士とかから支援された――金があるんだ、そいつを使えば最悪飢え死にはしない。

 だが使いたくはない。

 ウェル由来の金かもしれない、ってのもあるが。

 

 無職でプロのロッカー志望で女の金にたかってる男ってのは、ちょっとアレだ。

 嫌だ。

 そういう人間にだけはなりたくない。

 むしろ女とか、友人とか、仲間とか、家族とか。そういう奴らが困ってる時に、自分の金だけで助けられるようになりたい。

 結局ロックスターってのは『どんだけ音楽のことだけを考えてられるか』みたいなところもあるもんだから、金や女の問題が絡むと音の質が落ちることも多いんだよな……

 

「ん」

 

 って、オイ。

 またか。街歩いてるだけでエンカウントか。また適合者と不適合者の抗争か。

 今日は適合者が不適合者を路地裏で襲ってて……よし、数も多くない。やりやすいな。

 金稼ぎは後に回そう。

 

「しゃあなし」

 

 昔、『スペクトラム』っつーロックバンドがあった。

 鎧を着て演奏し、ネタバンド止まりにならない強烈なサウンドを叩きつけてくる、1979年に結成し1981年に解散した朝露の如きバンドだ。

 これだけ言うと普通の人には「へー」としか反応されない。納得いかねえ。

 このバンドで活動してた人達はサザン・アニメデジモン・日曜朝の戦隊・桃太郎電鉄とかで活躍してるぞ、と言うと「やべーな!」と言われる。納得いかねえ。

 とにかく鎧を着るロックンローラーってもんは、それ自体がロックってわけだ。

 

「イギリスなら、プレートアーマーにフルフェイスゴテゴテ兜やな」

 

 神剣パワーで西洋騎士の鎧っぽい奴を具現化(マテリアライズ)。うし、成功。

 ……間に一回ロック系のイメージ噛ませると、途端に聖遺物の制御力が増すな! いったいどうなってんだ俺の聖遺物制御能力!

 まあいいか。

 

「不適合者排斥チーム過激派の襲来だー! 助けてー!」

 

 割って入って、止めてやる!

 キャロルちゃんはウェルの野郎の口撃で落ち込んじまったが、俺はウェルの野郎の口撃のせいでなあ! 発散しきれねえフラストレーション溜まってんだよッ!

 

「オラオラ退()けや! ロックンローラー歌劇派のおでましやで!」

 

「何ィ!?」

 

「過激派ごときが歌劇派に勝てると思うなやッ!」

 

 襲っていた適合者と、襲われていた不適合者が両方止まる。

 

「ジャック・ザ・ロッカーだ! 今日も来てくれたぞ!」

「伝説の通り魔の再来!」

「耳を塞げ! 奴はおそらく話に聞く日本人の騒音妖怪、ジャイアンだ!」

 

 ジャイアンクラスに酷く弾いてんのはわざとだからな! 勘違いすんなよ!

 

 適合者と不適合者が両方耳を塞いだが、無駄なことだ。

 弾く。

 叫ぶ。

 分身はせず、一気に大音量を"狙った奴の塞がれた耳の内側"にだけ叩き込む。

 

 悪事を働いていた奴らだけが倒れ伏し、俺が黄金に輝くギターを掲げると、追われていた不適合者達が歓声を上げた。

 

「ロッケンロール!」

「ロッケンロール!」

「ロッケンロール!」

 

「あばよ、気を付けて帰んな」

 

「ありがとう、ニューロンドンのジャック・ザ・ロッカー!」

 

 また時間を使っちまった。

 しかしあいつら仮にも恩人に通り魔の名前を付けんのはどうかと思う。

 ……いや、通り魔か?

 俺の街からの認識完全に通り魔になってんのか?

 俺の行動全部通り魔になってんのか?

 いやいやいや。通りすがりに大音量聴かせてるだけだから、通り魔じゃねーし。

 

 辻斬りロックが違法とかいう法律あるんですかー? どうなんですかー?

 ……日本にはあるけどな、辻斬りロックが違法になる法律。ちくしょう。

 

「今日は食費稼ぐついでに、お土産でも買えるくらい稼いでこかなあ」

 

 ロックンローラー名乗ってるような奴は皆、自分が特別な存在だと信じてる。

 俺だってそうだ。

 今はヘタクソとか言われてるが、その内全世界に名が知られるビッグなロックスターになるだろう。そいつはまず間違いない。

 だが、キャロルちゃんにはそれがない。

 

 聞いた話じゃ、キャロルちゃんは記憶してオリジナルの方から一部貰ったもんだって話だ。

 名前も貰い物。

 記憶も貰い物。

 だから、"自分だけのもの"が強く意識できてねえんだな。

 俺には一生縁が無さそうな悩みだが。

 キャロルちゃんが立ち上がるのに必要なのは、オリジナルのキャロルが何を考えてようがそいつをハナクソのように扱い、自分の選択と意志を押し通すスタンス。つまりロックの魂だ。

 

 あの子に自信を取り戻させないと、足を止めてるあの子が気になって、俺もどこへも行けそうにない。

 

「お、ジャック・ザ・ロッカーじゃん」

「おーいお前ら、いい暇潰し来たぞ」

「よーす」

 

「昨日も俺のショータイム。今日も俺のショータイムや。

 明日の俺のショータイムを聞きたいなら、おひねり弾んでくれると嬉しいで」

 

「良いロック見せてくれたら考えてやるよ、仮面男!」

 

 現代では衰退した文化、ストリートライブ。

 俺は分身してバンド構築、ロックンロール。

 客を湧かせて、金を貰う。

 この辺は適合者だ不適合者だと喧嘩する奴らにうんざりして、適合者も不適合者も関係なくつるんでる若者のグループがわんさか居る区域だ。

 

 さあ、聴け! こいつが俺の音楽だ!

 

「―――♪」

 

 俺の覚悟は足りていなかった。

 ロック一本で食っていく覚悟が足りてなかったんだ。

 調さんに思い知らされて、ようやく必要な覚悟が揃ったってんだから情けねえ。

 俺はロック(こいつ)に命を預ける。

 ロック(こいつ)で食い扶持を稼ぎ、ロック(こいつ)に未来の全てを賭けて、ロック(こいつ)に人生の時間の大半を使い、ロック(こいつ)と一緒に死ぬ。

 未来に無限の可能性なんて要らねえ。

 ロック(こいつ)と輝いてる未来だけあればいい。

 

「―――♪!」

 

 歌には上手下手があり、その上で好き嫌いがある。

 大衆に好かれる音があって、玄人にだけ受ける音がある。

 そんなんだから「俺のは大衆受けしねえだけだから」と自分を誤魔化したり納得させたりする奴も居る。しかも少なくねえと来た。

 大衆受けを狙うか否か、っつーのは音の世界じゃ究極の選択とさえ言われてる。

 俺の音は現状大衆受けしない。

 だが、この街の奴らに受ける音楽の傾向は分かってきた。

 金稼ぐためにゃあ仕方ねえ、ウケる曲を弾いて行くしかない。

 

 ああ、そういや、思い出した。

 俺はそういたあの子に成長した俺のロックを聴いて欲しくて、色々無茶やって、あの日死んで神剣胸に埋め込まれたんだっけか。

 俺のスタート地点は、あそこだったんだな。

 早く上達して、成長して、進化しねえと。

 あの子に好かれるような音が出せないんじゃお話にならねえ。

 

 まずはあの子の中で、俺の音が、永遠に愛されるくらいにならないと。

 

「二曲目行くぜオラァ!」

 

「イェーイ!」

 

 そしてラスボス(キャロル)ちゃんの前に、こいつらが永遠に俺のことを忘れられないようにしてやる!

 数分の音楽に全てをかける。

 たった数分で、その音楽を聞いている人の人生全てを変えてやるくらいの気合いで。

 自分の人生全てを、僅か数分に圧縮するくらいの勢いで。

 刹那に等しい数分を奏で、聞き手の中でその数分を永遠にする。

 

 俺のライブに参加した全員、俺のことを一生忘れんじゃねえぞ!

 

「ねえなんであいつ鎧着て分身して演奏してんのおかしいよ」

「黙ってろにわか」

「分身くらい受け入れろよ新参」

「ジャックのライブによくそんな軽い気持ちで参加したな」

 

 聴け。

 見ろ。

 感じろ。

 ()()()()()

 もっと、俺を見ろ!

 

「ジャック・ザ・ロッカー! 熱いが上手くはねえなおめー!」

 

「うるせえ黙って紅茶でも飲んでろイギリス人!」

 

 小さいライブハウスだと、『返しの音』ってもんがある。

 目の前にある仕切りとか観客とかが、微妙にギターの音や歌声を反射してくれることだ。

 こいつがあると自分の音とリズムが正常かが分かりやすい。

 でも変なところから音が返ってくると逆にテンポが崩れる人も居る。

 ここの観客はいい観客だ。

 その辺よく分かって立ち位置を決めてる。

 

 いや、違うな。

 『分かってる適合者』が一人居るんだ。

 そいつが俺の音楽の邪魔しないよう、統一言語で周りの人間を誘導してる。

 ったく、助かるな。

 ―――俺が不適合者だって、分かってねえはずがねえのに。

 

 弾いて、歌って、奏でて。俺がストリートライブを終えた頃には、目標金額の倍額がおひねりとして集まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の音楽はキャロルちゃんにも言った通り、スラッシュメタル。

 メタルは『重たい鋼でぶん殴るような』衝撃的な音楽とも言われる。

 スラッシュメタルは鋼の斬撃。

 俺の曲なんざまだナマクラもいいとこだが、ようやく少しは他人の心にも刺さるようにはなってきたのかもしれない。

 

 昔と比べると反応が段違いだ。客の反応だけで素直に嬉しい。

 不適合者差別のブーイングも、ここの観客だとしてこねえし。

 ……ああ、そういや。

 アメリカの方で差別に潰されたロックも、ここイギリスに来て、差別の薄い場所で発展してアメリカに渡っていったんだっけか。ド忘れしてたぜ。

 

「ほな、俺帰るわ。腹出して寝るんやないで、お前ら」

 

「全身金属鎧の奴が言うと言葉の圧力半端ねーんだけど!?」

「あ、分身消えた」

「全身西洋鎧の男四人がロックライブやってるってそれだけで卑怯な光景だよな」

 

 これ金属じゃなくて聖遺物パワーで作ってるだけだぞ、とか言えない雰囲気。

 

「最近ここらの適合者と不適合者の対立はヤバいからな」

「巻き込まれたくないやつはこそこそしてるから窮屈なのなんの」

「私もこの時間帯しか外出はしてないわね」

「また弾きに来てくれよジャック、チップ弾むからさ」

 

「ええで、また来る。また旅に出るまではここに居るさかい、楽しみに待っててな」

 

 縮地縮地縮地。

 食い物を買って、おみやげ買って、速攻で家に帰る。

 玄関にキャロルちゃんの靴があってホッとした。

 キャロルちゃんがまた落ち込んでて気が滅入った。

 精神的に追い込まれるとロックに走る俺と、精神的に落ち込むと内側に向かうキャロルちゃんの思考は、こういう時に大きく離れる。

 相互理解から大きく離れる。

 心の距離も離れちまう。

 なのでどうしたらいいのか、さっぱり分からん。

 

 とりあえずは、飯だな。

 

「キャロルちゃん、パン粥作ったけど食べん?」

 

「……」

 

 食べやすいもん揃えたけどダメか。

 キャロルちゃんは最近あんまり飯も食ってない。

 胃に負担かけるようなものはあんまり食わせたくないんだが、そもそも胃に優しそうなもの作っても食ってくれない。かなしい。

 旨味と塩味を整えた炭水化物ってのが一番理想的だとは思うんだが、さて、どうするか。

 っと、そうだ。

 

「これ、おみやげ。ひまーな時にでも手の中で転がしてみたら楽しいんやないかな」

 

 露天で買った銀色の十字架のキーホルダーをテーブルに置く。

 ガキの頃水族館で買ったイルカのキーホルダーよりちょっと高いくらいの安物だ。

 まー男から女への贈り物って初手から高いもんだと重いしな。最初は気軽に渡せて気軽に受け取れる、造形にセンスのあるキーホルダーとかがベタでいい。

 実は半分ヤケクソだ。

 キャロルちゃんが復活する方法が思いつかないんで手当たり次第だぜ、クソっ。

 だから期待は、してなかったんだが。

 

「―――っ」

 

 何だ、この反応。

 何だ?

 何考えてんだ?

 何感じたんだ?

 『十字架』が頭の中の何かどっかに引っかかったのか?

 

「……」

 

「ごめんな、ちょいと電話や」

 

 ええい、こんな時に電話かけてくんの誰……あれ? そもそもマンション備え付けのこの部屋の電話番号、誰が知ってんだ?

 

『やあ、僕ですよ』

 

「死ね」

 

 ウェルかよ!

 

『これは手厳しい』

 

「電話番号教えた覚えの無い奴から電話かかってきたんやぞ。

 俺の対応はまだ優しい方やろ、普通ノータイムで通報や」

 

『僕ここの警察の一部に金渡してますよ?』

 

「……」

 

 通報しても止められねえのか、おのれ。

 

『いい情報があるんですが、僕を殴ったことを謝れば教えてあげますよ』

 

「お前がキャロルちゃんに謝ったらええよ」

 

『えー、じゃあいいです。今教えますよ』

 

「……お前、何考えとんの?」

 

『いえ、別に?

 謝らなければ教えない、なんて言ってないじゃないですか。

 それに今謝られなくても、あなたが取捨選択できる人間なら結末は一つですよ』

 

 一つ?

 

『君は僕に頭を下げに来ますよ。君は一つ、決定的に見落としているものがありますから』

 

 なーにが見落としてるものだ。ハゲろ。

 何があろうと絶対に頭は下げないからな。デブれ。

 そうやって俺が頭下げる光景妄想しながら一生を終えろ。孤独死しろ。

 次また俺の知り合いに腹立つことほざいたら今度はキックもぶちかましてやるからなオラ。

 

『それは一旦脇に置いておきましょう。

 大英博物館の聖遺物、近日どこかへ搬送されてしまうそうですよ』

 

「! 近日!? いつや!?」

 

『さあ? 早ければ明日にでも運び出されるんじゃないでしょうか。

 移送先は完全に不明です。

 最近エテメンアンキの聖遺物研究が活発化してるらしいので、色々あるんでしょうねえ』

 

 俺達の活動の影響か? 分かんねえな、その辺は……

 明日、明日か。

 キャロルちゃんの立て直しをそんなに早くやんのは無理だ。多分。

 今の彼女に何かを期待すんのは、下手すりゃ彼女を潰しかねない。

 

 仮に彼女がキャロルに立ち向かう覚悟を決めたとしても、急かしたものじゃ意味が無い。

 聞くに、オリジナルとキャロルちゃんは半身同士なんだ。

 しっかりと自分の気持ちを固める時間をやりたい。

 ……時間が無い。

 時間が必要だ。

 やるか?

 こっそり忍び込むくらいなら、時間をかけりゃなんとかなるか?

 

『最近エテメンアンキの作った生体兵器が警備に使われているらしいですよ』

 

「生体兵器?」

 

『どこぞの優秀な人間の遺伝子データから作られたとか。

 元になった優秀な人間と同じスペックを持っているようですねぇ。

 その内専用の兵装などを装備されて量産されるようですよ。

 機密保持のため、生体兵器を見るかもしれない警備は減らされていると聞いています』

 

「うし、運が向いて来たな。それならいけるかもしれん」

 

 凧……は目立つ。黒服と最小限の道具だけで地味に行くしかねえ。

 決行は夜。

 俺一人で大英博物館に忍び込み、聖遺物・アガートラームを回収する。

 アガートラームがキャロルちゃんを元気付けてくれるかもしれないしな。

 ウェルに素直に感謝したくないが、この情報は俺達の命運をなんとか繋いでくれた。

 

『知ってますか? 僕を殴った人は、大体僕を殴ったことを後悔するんですよ』

 

「急に何言っとんのや?」

 

『いえ、これだけ覚えておいてください。どうせその内思い出しますよ』

 

 ……俺もこいつも、根に持つ性悪野郎だな。

 やられたことを忘れねえのは、俺もこいつの同類な証拠か。

 電話を切って、キャロルちゃんに出かけることを伝えて、服を選んで部屋を出る。

 イギリスで日本人がウロウロしてたら目立つ。

 まずはロンドンに人目を避け侵入、南側から大英博物館に近付いた。

 

「どうしたもんかな」

 

 時刻は夕方。まだ忍び込むには早い。

 姿を隠し、物陰から覗き込むようにして観察する。

 南西のブルームズベリー・ストリート側から観察し、モンタギュー・プレイス側、モンタギュー・ストリート側の順に観察する。

 パンフレットで得られる情報を、これで補完する。

 

 日が沈んでからも慌てない。

 日が沈んでからも六時間は待とう、その間大英博物館の観察を続ける。

 焦れそうになるが、焦れる気持ちすら今は余計だ。胸の奥に押し込み飲み込む。

 大英博物館の閉館時間はもうとっくに過ぎてる。

 それでもまだ動いてるのは、ゴミ拾いと残ってる人が居ないかの見回りか。

 焦るな。

 まだここで動くべきじゃない。

 退屈でも、時を待つ。

 

 ……よし。

 博物館内の見回りが減って来てる。

 もう深夜だが、これ以上待っても朝までに中に侵入する時間がなくなっちまう。

 近日中に外に運び出す聖遺物ってんなら、今置かれてる場所なんて限られてる。この博物館にずっと保存するつもりのものとは別の場所にあるはずだ。

 侵入経路は、それを前提に選ぶ。

 

 音もなく走って、光を反射せず動き、人の肌に触れる空気の動きは極力抑える。

 人間の捜査や警備の基本は、人間の感覚、機械の感覚、獣の感覚を使うものだ。

 人の視線の間をすり抜ける。

 赤外線センサー、圧力センサー、温度センサー、諸々を抜ける。

 番犬は居なかった。そりゃそうか。

 

 焦るな。焦らず、一つ一つ、警備の隙間を抜けていく。

 ああくそ、不安になる。

 俺にできるのか。

 俺に抜けられるのか。

 やるべきことを果たせるのか。

 あっちの家の慎次(あん)ちゃん、俺に勇気を分けてくれ。

 

 ……。

 ………………………。

 よし、抜けた。

 本当に警備が少ないな。

 生体兵器が警備に居るせいで警備減らされてるってのはマジ話だったのか。

 警備責任者は何考えてんだ?

 

「行ける」

 

 よし、見つけた。

 大昔の遺物はなんであれ保存に気を使うもんだ。

 移送直前なら、置き場所なんて候補はそう多くない。

 そう踏んでここに来た甲斐があった。

 ……ん?

 

「……」

 

 今、空気が動いた。音もなく、声もなく。

 

『試験機体名称:メタル・ゲンジューロー、起動』

 

「は?」

 

 咄嗟に、聖遺物で生成したギターを盾にする。

 

 ロンドンの夜空に、俺は吹っ飛ばされた。

 粉々に砕けた神剣製のギターの破片が、夜空にキラキラと舞う。

 惚ける俺は鉤縄をビルへと投げ、縄を手繰り寄せて空を跳ねる。

 瞬きの前に俺が居た場所を、メタルゲンジューローとやらの蹴りが通過した。

 

「そうか……博物館は警備はこいつ一体で十分やと、そう思ってたってわけやな!」

 

 なんだ、こいつ。

 ビルの壁を蹴って走る。

 俺の方が早くスタートすれば追いつけるわけが……え?

 

「痛っ!」

 

 俺より、圧倒的に速い!?

 またギターが粉砕されて、いや、問題はそこじゃない!

 ノイズを消し飛ばした、聖遺物の力込みの超音波兵器を当てても、まるで効果がない。

 耐久力もおかしいレベルだ。

 つまり、全部のスペックが突き抜けてる!

 

―――どこぞの優秀な人間の遺伝子データから作られたとか

―――元になった優秀な人間と同じスペックを持っているようですねぇ

 

 これが?

 これが、『それ』なのか?

 ヤバい。

 手合わせすりゃ、大体の力の差と勝率くらいは分かる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「もう一曲!」

 

 この一部の体色、この感じ、この気配。こいつ、構成部品がノイズと同じだ。

 ノイズをバラして、ノイズの固有能力を発動させる部分を使わず、特に頑丈な素材で出来てる部分を繋ぎ合わせて作ったのか?

 体の大部分は謎の人物の遺伝子を参考にした生体部品。

 機械のフレームに肉を乗せて作ったかのような違和感。

 無機質な行動形式に、人体が持つ壁を超えた強さ。

 これは……ノイズの、次の世代の兵器!

 ノイズとは別の用途を想定された、明らかにヤベえ兵器だ!

 

「うがっ!」

 

 分身出してんだぞ!

 少しはそっちに食いつけ!

 分身込みでフェイントかけて回避行動に動いても、こいつは平然と本体を蹴り込んで来る。

 風より速く雷に近い速度で動いて、岩よりも鉄よりも硬い筋肉で防御を固め、天も地も砕くような腕力で殴りかかってくる。

 神剣使って防御してなきゃ、俺もとっくにミンチだ。

 

「クソがッ!」

 

 テムズ川の方向に逃げる。

 川の上走ってメタルゲンジューローの走行ルートを川で邪魔すれば―――嘘だろッ!?

 川を殴って、テムズ川の水を一滴残らず殴り飛ばした!?

 マズい、川の水踏むつもりだったから、体が浮いて隙が――

 

「――づぁあああああっ!!」

 

 熱い。

 痛い。

 何かが俺の内側から漏れ出してる。

 あ、この感覚、覚えがある。

 俺の心臓に穴が空いた時と、似た苦痛だ。

 

 敵は川の水をパンチ一発で全部殴り飛ばし、舞い上がった川の水をまた殴り、ウォーターカッターみたいに飛ばしてきやがった。俺の左目を狙って。

 ボロっと、瞼の下から眼球が落ちた。

 水の刃に切り落とされた眼球は、もう拾えない。拾える余裕と時間がない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 さっき俺の脳裏に浮かんだフレーズが、頭の中でリピートされる。

 

「い、ぐ、ぅ、づ……!」

 

 なんだ、この違和感。

 この兵器が『自動で動く人形』に見えやがる。何だこの違和感は?

 殴られて、蹴られて、ディバインウェポンの力でなんとか致命傷だけは避けても、もうとっくにロンドン郊外にまで吹っ飛ばされてる。

 上空方向に蹴り出された時は、キャロルちゃん達が居るニューロンドンが見えるくらいだ。

 

「あ」

 

 しまっ、足、片方捕まっ――

 

「ああああああああああッ!!」

 

 ――ぶちっ、と、足を引きちぎられた。

 痛くて叫んでる体と、心の繋がりがぶっちぎれる。

 意識が体の痛みを認識できてない。

 痛みのせいで喉が勝手に絶叫してんのに、足の痛みが認識できない。

 走れない。

 歩けない。

 立てない。

 この状況で、この損失は致命的だ。

 

「舐めんなぁッ!」

 

 せめてもの意地。

 変わり身の術で心臓抜きの一撃を回避し、一本足と二本の手で連続バック転。

 ほんの数秒の延命の果てに、最接近して来たメタルゲンジューローの手刀に俺の右腕は肩口から切り飛ばされ、俺の右腕が宙を舞った。

 

 ふざけてやがる。

 実在の人物を使った生体兵器だとか、普段見てたなら鼻で笑ってやった。

 ネーミングセンスわりいな、ってバカにしてやれた。

 でも、もうできねえ。

 笑えねえ。

 これは、もう、ダメだ。

 

 もう、立ってられん。

 

「……っ……」

 

 血が抜けて、頭が軽く回り出す。

 こいつが走馬灯ってやつか。記憶が浮かび上がって、頭の中でどんどん整理されていく。

 色々と。

 なんか、色々と思い出す。

 ……そうだ。

 

 ここで死ぬのは俺だけだ。キャロルちゃんは死なない。

 キャロルちゃんという駒は残る。

 俺が死ねば神剣も普通に体から抜ける。こいつは俺の心臓の代わりやってるだけで、俺の体と分離できないほど融合してるわけでもないからだ。

 

―――こっちのキャロルがショックを受けようがどうでもいいことですしね

 

 ウェルは、キャロル個人の好感に興味は無かった。

 嫌われることにさえ興味は無かった。

 だからああいう素の喋りをしていた。

 

―――なのでコピーの方に手を貸すかどうか再考したいんですよ

 

 支援は打ち切られた。

 だけど今言葉を拾ってみると、あの野郎『再考』って言ってやがった。

 あいつはまだ、キャロルちゃんを完全に切り捨てちゃいない。

 ……あいつは、俺とキャロルちゃんに利用価値があるかどうかを見定めている?

 

―――知ってますか? 僕を殴った人は、大体僕を殴ったことを後悔するんですよ

 

「あ、ん、にゃろ……!」

 

 あいつ、俺に一定以上の戦闘力があるか試しやがった。

 同時にただの嫌がらせもしてやがった。

 実力無ければ死なせてディバインウェポンを回収していい、くらいの気持ちで。

 俺の死を利用して色々と吹き込めば、大なり小なりキャロルちゃんも操れる。

 

 俺が生還してウェルに敵対しなけりゃ、実力認めて支援再開も検討できる。

 俺が生還してウェルに敵対行動取れば、あいつはエテメンアンキに駆け込めばいい。

 感情に任せた俺の仕返しさえしのげれば、あいつを脅かすものはもうどこにもない。

 あいつは、天才だ。

 あいつの才能を必要とする場所がある限り、あいつは複数の勢力を天秤にかけていられる。

 陣営をコロコロ変えるコウモリで居られる。

 人格がどんなにクソだろうと、金と能力のある人間に需要はあるからだ。

 

「……くっ、痛っ……」

 

 まただ。

 あの野郎、一貫してやがる。

 今俺が抱えている問題は、この生体兵器を倒して大英博物館にある聖遺物を回収する以外では解決しない。またしても、()()()()()()()()()()()()()事案だ。

 あいつは俺を騙したわけじゃない。

 嘘をついたわけでもない。

 罠を張ったわけでもない。

 この夜に俺がアガートラームを回収できなきゃ、事態が悪化してたのも確かだ。

 あいつがしたことといえば、"生体兵器について念入りに忠告しなかった"ことだけ。

 それも、俺があいつの顔面ぶん殴ったことを考えりゃ当然と言える。

 それを除けば、あいつは有益な情報をこっちによこした協力者でしかない。

 

 誰かに傷付けられても、拳を振り上げなかったキャロルちゃんには仲間が多く居て。

 怒りのままに殴った俺は、ウェルの機嫌を損ねてこうなった。

 ああ、くそ。

 妥当なだけじゃねえか、こんなもん。

 因果応報なのは分かるが、せめて最後にウェルの野郎をぶん殴りたかった。

 

 あの野郎、俺をこんなとこに放り込んでおいて、一通り事件が終わった後に俺を仲間に引き込める可能性も考慮してんのか。あいつ、正気かよ。

 

「……で、ここで、死ぬわけなんやな」

 

 ウェルの損得基準の計算と、感情優先の私怨。それが入り混じった企みが、ウェルとは関係のないこの場所で俺を殺す。

 メタルゲンジューローが近寄ってくる。

 クソみてえな結末だ。

 もうちょいマシな死に方すると、思ってたんだけどな。

 

 まあ、いい。

 俺は残ってた左腕で中指を立てる。

 

「Fuck you. 俺はな、俺を殺す奴が出て来たら、最後に中指立ててやるって決めてんのや」

 

 ロックンローラーに生まれは関係ない。

 だが、生き様と死に様は永遠に歴史に刻まれる。

 どんなにみじめに死のうが、お前が戦いの勝者だろうが、んなこた知ったこっちゃねえ。

 俺はてめえに中指を立てる。

 

「くたばれクソ野郎」

 

 こいつが俺の信念だ。

 迫るメタルゲンジューローの拳を見ている内に、あの十字架のプレゼントの感想聞いてなかったなって、最後に一つだけ残った心残りが、胸に浮かんで――

 

 

 

「俺の偽物が! まだ年若い若者を殺すなど、許さんッ!!」

 

 

 

 ――俺の手足をもぎ取った化物より、もっと強い化物が現れて、メタルゲンジューローとやらをパンチ一発で粉砕していった。

 

「すまない。俺が来るのが、少し遅れたようだ」

 

 酷え街で、酷え科学者に会った。

 俺を助けてくれた女の子が居て、その女の子を上手く助け返せなかった。

 博物館でモンスターに襲われたと思ったら、もっと強いモンスターに救われた。

 今、めっちゃ強いその男が、俺を力強く抱きかかえている。

 

「だが、もう大丈夫だ。ゆっくり休め」

 

 何この人の形をしたゴジラ。そう思ったが、もう喋る余裕もなかったので、言えなかった。

 

 

 



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ロックンローラーLV30

 ちなみに原作ファウストローブの定義が『聖遺物の欠片より変換されたエネルギーを錬金技術の粋によってプロテクターの形状として錬成させたもの』なので、主人公がその場のノリで出してる鎧とかは定義上全部ファウストローブです
 なおメタル・ゲンジューローの攻撃を食らった場合


 喋る余裕がない。

 でもキャロルちゃんの声がよく聞こえる。

 

「結弦さん! 結弦さん!」

 

 しんどい。

 すげえしんどい。

 手当てしてもらって既に止血は終わってる。だがすげえしんどい。

 休んでいれば徐々に回復するが、今この状態で喋るのはクソしんどい。

 弱りきって喋れないフリして、話聞いて状況を把握すんのがいいだろう。

 ダルい時はサボるに限る。

 

 ほうほう。

 なるほど。

 状況把握。

 

「改めて名乗らせてもらおう。俺は風鳴弦十郎。

 ウェル博士の打診を受け、派遣された日本政府のエージェントだ」

 

 このオッサンの名字クッソ見覚え有るけどそれはいい、別にいい。

 どうやらこのオッサンがあの兵器のオリジナルらしい。

 キャロルちゃんとオリジナルの関係みたいなもんか?

 だけど遺伝子一つであんだけ強いとか何だお前。

 お前本当に人間か。

 ゴジラか千手柱間みたいな細胞しやがって、全人類に謝れ。

 

「ボクの名前は……」

 

「……? どうした?」

 

「……いえ、キャロルと。キャロルと、呼んでください」

 

 いかん、寝たふりやめて励ましたくなってきた。

 

 オッサンがここに来た理由は分かった。

 なんでもあのウェルの野郎、最近擦り寄る対象を考え直して、色んなところに声をかけているらしい。んで日本政府直轄の研究所にも声をかけてたんだとか。

 それであのオッサンが色々と調べに来たってわけだな。

 つかあの野郎本当に節操ねえな。そんな勢力ポンポン変えるとかビッチかよ。目的果たせるならどの勢力にも所属しますってか? ビッチウェルめ。

 

 ウェルの情報で動いて死にかけて、ウェルの行動の結果助かった俺。一から十までウェルだ。

 あの野郎、自分本位で動き回った結果何もかも引っ掻き回して、最終的に誰も彼もを振り回すタイプだ。ぶん殴りたい。

 

 キャロルちゃんが細い指でなんか俺の顔に手当てして……くせっ。

 くせっ、超くせえ! キャロルちゃん小さい傷も見逃さず俺の顔にまんべんなく湿布貼ってやがる! 超くせえ!

 やめろ! 女の子の手当てとかいう男の夢に湿布の悪臭を添えるんじゃない!

 

「キャロルはどうしてあそこに居たんだ?

 俺は君に助けを求められてあそこに行き、戦っただけだが」

 

「……ボクも、なんであそこに行ったのか分かりません。

 助けを求めたのも、彼を助けられそうな人なら誰でも良かったんです。

 彼を助けたいという気持ちだけで動いていたかさえ、分からないんです。

 ただ……じっとしていられなくて、何もしないではいられなくて」

 

「よく分からんな。俺だけでなく、君自身もそれがよく分かっていないんだろう」

 

「はい」

 

 ……ああ。

 幸運も絡んだとはいえ、このオッサン連れて来てくれたの、キャロルちゃんだったのか。

 

「何かがしたかったから動いたわけではないんです。

 何かを決めたから動いたわけでもないんです。

 でもボクは彼が居なくなってしまうのが嫌だった。

 ボクは、"そうなってしまったら嫌だ"っていう気持ちだけで動いてしまって……」

 

「それの何かが悪いのか?」

 

「それは……」

 

「来て欲しくない未来を回避するため、戦うのも人間の本質だ。

 俺は君達の関係を知らないが、君はこの少年に死んで欲しくなかったんだろう?」

 

「……はい」

 

「なら、深く考える必要はない。君は善いことをしたんだ、そこには自信を持て」

 

 キャロルちゃんに聞かせてる声が、ゆったりとしていて優しい声だ。

 いい人だな、このオッサン。

 "いい父親"っぽい人ってのはいい人だ。

 子供を導こうとする人は、なおさらに。

 

「そうです。ボクはこの人に死んでほしくなかった。傷付いてほしくなかったんです」

 

 もうすっかり気心知れたダチ同士だな、俺達も。

 

「でも、ボクが巻き込んでしまったせいで、この人の体は……」

 

 ……やなこと、思い出させてくれる。

 

「腕が、足が、目が……ギターだって、きっともう……」

 

 喪失感の上に、罪悪感がのしかかって来やがる。

 

「ボクのせいで、あんなにも楽しそうに弾いてた、結弦さんの手が……!」

 

 俺まで気が滅入ってくる。ギターなんて両手持ってなんぼだ。だけど手当てされた俺の腕は、肩の近くからすっぱりなくなっちまってると、痛覚が教えてくれている。

 旅に付いて来なけりゃ良かったと、キャロルちゃんのせいだと、こんなことになると分かってたら来なかったと、ほんのちょっとでも思ってる自分が情けない。

 違えだろ。

 自分の意志で選んだんだろ。

 好きでここまで付いて来たんだろ。

 なら、後悔なんてあるわけがない。情けねえこと考えてんじゃねえぞ、俺。

 

「大切な仲間だったんだな」

 

「はい。大切だから、守りたかったんです。

 でもいつの間にか寄りかかりすぎて、頼りすぎてて、守られていたんです。

 ……ボクは頼られたかったけど、頼られるのは、難しくて。

 小さくて役に立たないかもしれないけれど、ボクのこの腕をあげられたらどんなにいいか……」

 

 俺の心に浮かんだクソみたいな考えと、キャロルちゃんの純真さの比較で泣きそう。

 

「そこまで好きだったのか。

 俺もこの歳になると、若者のストレートな気持ちはこっ恥ずかしく感じるな」

 

「す、好きじゃないとは言いませんけど、そこまでストレートに好きというのも、その……」

 

「ん? そうか。すまないな、子供の男女の仲を邪推した俺が悪かった」

 

 目も手も足もない。死にたいくらい苦しい。

 でも想われてる。それが苦しい。

 自分の心の情けなさが痛い。何も考えたくない。

 止まっていてえのに、止まりたくない。

 

 嬉しいって気持ちに泣きてえって気持ちがぶつかって、だんだん感情が高ぶってきて、抑え込んでた蓋の下から飛び出しそうになる。

 叫びたい気持ちを口を塞いで抑え込んでたら、目元から感情が吹き出してきやがった。

 ……今更になって、悲しいやら嬉しいやらで、感情が溢れてきたのかもしれない。

 

「ふぐぅ……」

 

「……ま、まさか結弦さん、寝たふりを……」

 

「寝たふりしててごめんなぁ……でもちょっと、うるっときて……」

 

「……えぅ」

 

 キャロルがちゃんが聞かれていないと思っていた話を聞かれていたことを恥ずかしがり、俺への申し訳無さからか表情を歪めて、手当て後で上半身裸だった俺を見て頬を赤らめ、傷跡に目が行って顔を真っ青にする。

 多分俺もそんな感じになってんな。

 俺とキャロルちゃんがちゃんと話ができるようになるまで、そこからたっぷり10分はかかった。

 その間、弦十郎とかいうおっちゃんは微笑ましそうにこっちを見守ってるだけだった。

 おい、コラ。

 オッサン、この状況をちょっとだけ楽しんでんだろてめえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 情報と認識すりあわせて、マンションの俺が借りた部屋で三人揃ってたむろする。

 俺の体の状態が状態だ。下手な医療施設には行けねえし、動き回るのも死にかねない。

 病院行かなくても死にはしないが、できれば横になっていたい。

 しんどいし。

 ダルいし。

 できれば看病して欲しい。

 優しく看病されたら一瞬くらいなら「もしや腕切られてお得だったんじゃ」とか思えるかもしれねえし。……いや、ダメだ。思えん。ダメだ俺。腕返せエテメンアンキぃ!

 

「ほれほれご覧あれ、俺の得意芸、片手ストリングスパイダーベイビーやでー」

 

「わぁすごい……ってそれはボクに対する何のアピールですか!?」

 

「なんやキャロルちゃんがまた過剰に罪悪感抱いとるなあ、と思うてな。

 そら無駄や。意味ない過剰な自責やで? 片手もこんだけのことができとるし。

 スーパーなら100円で買えるアイスクリームを遊園地で300円で買うような無駄過剰や」

 

「! お言葉ですが! それは違うと思います!

 結弦さんの手は、とっても、とっても大切なものです!

 ボクが変なんじゃないです! 自分の身をもっと大切に思ってください!」

 

 ……あれま、こういうとこで反論してくるとは珍しい。

 というか、こんな強情さを見るのは初めてだ。

 変わったのは彼女の心の形か、それとも俺達の関係か?

 彼女は怒ってる。

 俺の腕のために怒ってくれてんのか。

 俺のために怒ってくれてんのか。

 なるほど、なるほど。

 ……。

 でもな、そこで君に罪悪感抱かれんの、俺も認められねえんだわ。

 

「チリには隻腕のギタリスト、アンドレス・ゴドイがおる。

 イングランドには隻腕のドラマー、リック・アレンがおる。

 ベーシストにもビル・クレメンツって隻腕の奏者がおるんやで?

 へーきへーき、こんなん軽いわ。

 安心せえ、キャロルちゃん。片腕でもロックンローラーは出来るんや」

 

「……え? そうなんですか?」

 

「心臓、手、足、目のないロックンローラー。こんなロックな存在前代未聞やで……!」

 

「結弦さん、こうなってもいつも通りって、心の強さがおかしいですよ……」

 

 辛い。

 キツい。

 絶望的だ。

 片腕でできることなんて限界がある。結局、どんなに努力しようが両腕は戻らない。

 天才中の天才でも、腕の数の差を無いもののように扱うことなんてできやしないんだ。

 その上俺は、元から大した腕でもない。

 今じゃ聞くに堪えない演奏しかできねえだろう。

 苦しい。

 不安だ。

 自分の情けなさに嫌悪感しか感じない。

 

「いや俺がハート強いんやなくてキャロルちゃんがよわよわなんや。

 俺普通。俺標準。こんぐらいで折れるハートでロックンローラーやれるかいな」

 

「……普通に落ち込んだり、悲しんだり、泣いたりしてもいいと思いますよ?」

 

「せえへんせえへん。傷が完全に塞がったら、また練習開始やな」

 

 罪悪感をこの子に背負わせない。音楽は続ける。だけどそれは、この子のためだけじゃない。

 この子のためで、俺のためだ。

 音楽で食っていくと決めた、俺の決意のためだ。

 手足が欠けたくらいで、折れる程度に薄弱な意志じゃねえんだよ。

 まだやれる。

 まだ戦える。

 まだ弾ける。

 逆境に反抗しねえで何がロックだって話だ。

 

 野郎は俺の目玉と手足は奪っていったが、ロック魂までは奪えなかった。ざまあみやがれ。

 

「泣きたくなったら、ボクが胸を貸してあげますよ!」

 

「胸ねえやんけ」

 

「……あった方がいいですか?」

 

「胸大きくなるまではそんな気ぃ使わなくてもええってことや。背ももうちょい伸びてからな」

 

 こういう気の使われ方をしても、ありがたいが同時に自分が情けなく感じちまう。

 しょっちゅう泣きそうな顔するくせに、自分が一番メンタル弱っちいくせに、頑張って他人に気を使おうとしてやがる。他人が頼れる自分になろうとしてやがる。

 頑張り屋なこの子を見てると、俺の頑張りがまだ足りてねえ気さえしてくる。

 

 もうこの際だ。

 無くなった右腕にロケットパンチか花火を仕込んだ義手をつけるしかねえ。それしかない。

 来たるべき俺の未来の特大ライブのパフォーマンスに使うしかねえ。

 ロケットパンチで心を惹きつけ、片手で出来る演奏でハートを掴む。これだ!

 

「いいですか? ボクは結弦さんが思ってるほど歳下じゃないです。だから遠慮なく……」

 

「あ、電話。キャロルちゃん出て。あ、弦十郎さんは座っててええですよ」

 

「……もー」

 

 キャロルちゃんが電話に向かう。

 弦十郎のオッサンが残ったが、初対面の人間同士特有の変な空気にはならない。

 気さくで話しやすい空気、朗らかな笑顔に威風堂々たる容姿。

 このオッサンは気弱な奴には怖く見えるだろうが、『理想の男』みたいなもんを頭に描いたことのある男なら、まず"憧れ"の印象が先行するからだ。

 かっけえなこのオッサン、とかくいう俺も思っていた。

 

「緒川結弦くん、だったな」

 

「はい」

 

「俺はその名前に聞き覚えがある」

 

「せやろなあ」

 

 俺も聞いたこと有るぜ、あんたの名字。

 

「詳しい事情は聞かん。

 だが、日本に帰る気はないか?

 何か問題が有るなら俺が口利きしてやる。

 働き場所くらいなら用意できる。この怪我で、お前に思うところがあるのなら……」

 

「あらへん」

 

「ふっ、即答か」

 

「おーきに。ありがとうございます、って言葉でもきっと足りん。

 あんたのその気遣い、俺はめっさ嬉しい。

 でもな、俺はまだ途中なんや。あの子も途中で、ゴールはまだ遠い」

 

 オッサンが眉を顰めた。

 情報のすり合わせの時に教えた、統一言語の果ての全人類精神融合の話でも思い出してるんだろうな。

 相互理解の土壌を持って来たフィーネが悪いのか、統一言語を貰っても理由探して争ってる人類が悪いのか、勝手に月の欠片で実験して失敗して精神融合招き寄せたアホが悪いのか。

 そういうのを考えちまうんだろうな、真面目な社会人って奴は。

 

「俺はキャロルちゃんと世界を救う旅、続けるんや」

 

「その体でか?」

 

「義足付けりゃまあそれなりに大丈夫なんやないかと思うわけで」

 

「無茶を言うな。その気合いだけは買うがな」

 

「あ、そういや聞きたかったことあったんや」

 

 少し、俺とこのオッサンの精神的な立ち位置を考える。

 交渉相手っぽく、対等に話せる位置取りを考えた方が良さそうか。

 

「俺達の事情あらかた聞いて、どう思ったか聞いてええですか?」

 

「気になるか? 俺が味方になるか、そうでないか。

 日本政府か、その一部でも味方につけられるか、そうでないかが」

 

「勿論。だから俺は俺らの目的とかの話したわけやし」

 

 考えることがクソ苦手な俺だが、キャロルちゃんが本当に復帰したかも分からない今、考えることはキャロルちゃんに丸投げとかも言ってられねえ。

 俺も過去に赤ペン先生に褒められたことがある男。

 全く役に立たんということはないはずだ。

 幸い、運良くこのオッサンが居る。

 このオッサンを通して日本政府とか金持ちとかと、繋ぎを作れればラッキーだ。

 そうすりゃ、ウェルとの関係が改めて切れる。

 

 新しいパトロン出来たんでー、お前もう要らねえから! ってウェルに言ってやりたい。

 あいつは全く気にしないかもしれんが、一発かましてやりたい。

 それに、だ。

 俺には今んとこあいつがこっちを裏切らない形で関係を構築できる気がしねえ。ウェル博士と手を切って他のとこから支援受けろ、とキャロルちゃんに勧められる協力相手が欲しい。

 

「難しいな」

 

 って、そこは色好い返事返してくれよオッサン。

 

「日本は基本的に従属気質だ。

 今の世界各国はエテメンアンキの管理下にある。

 俺は日本政府からの依頼で来ているが、日本政府がそこまで冒険をするとは思えん」

 

「せやろな、知ってた」

 

「お前達は一言で言えば革命家だ。

 保守的な勢力からの支援は期待しない方がいいだろうな。

 特に日本からの支援は、公的なものの一切を諦めた方がいい」

 

「独裁とか革命とかにうちの国が縁遠い理由がよく分かるわ」

 

 日本人すげーよな。昔は1999年に恐怖の大王が来るって信じてたとか信じらんねえわ。

 

「だが、少数であれば支援も可能かもしれん」

 

「と言うと?」

 

「俺と俺の周りの人間くらいなら支援に動かせる。俺の部下に、緒川慎次という男が居てな」

 

「……!」

 

 このオッサン、いい性格してやがる。

 

「全部分かって言っとんのやろ、オッサン」

 

「そいつは、俺達の協力の申し出を受けるという意思表示でいいのか?」

 

「ああ、勿論や」

 

 片方欠けた目で、片方欠けた腕を見る。うん、我ながら無様な状態だ。

 

「俺がどっかでくたばったら、あの子のこと頼むで」

 

「……お前」

 

「寂しがり屋なんや、あの子」

 

―――また一人になってしまったらって……ボクは思ってしまうんです

―――こんなにも怖がりで、自分のことしか考えてない自分が、嫌いなんです

 

 ああいうこと言うような子は、一人にしない方がいい。

 

「弦十郎さんくらい強い人なら、まあ安心やろ?」

 

「……俺はこれからホテルに戻る。

 俺が動かせる人員については根回ししておこう。

 だが、心しておけ、結弦。

 自分が死んだ後のことを今から考えているようでは、お前が守りたい人など守れんぞ」

 

 部屋を出て行く人型ゴジラ。

 去り際までかっこいい奴め。少しその男らしさ分けやがれ。

 言いたいことは分かるが、今の俺に何が出来る? 俺に出来ることっつったら、後はできるだけ足手まといにならないようにすること、俺がくたばった後に備えることだけだろ。

 流石にこんな欠損野郎は役に立たねえ。

 俺が死んだ後、代わりにディバインウェポン完成させてくれる奴が必要だ。

 だってよ、俺の失った手足は戻らねえんだから、しょうが――

 

「結弦さん結弦さん! 結弦さんの手足!

 元の手足と同じように動かせる義手義足、ボクが作れるかもしれません!」

 

 ――はえーよ解決ッ! てめえ俺のこの苦悩をどうしてくれるッ!

 

「キャロルちゃんさあ、もうちょい悲劇のロックンローラーな雰囲気に浸らせてくれても……」

 

「悲劇のロックンローラーになんかしません! ボクがさせません!」

 

 本当に眩しいなこの子。俺がクッソ汚れて見える。

 

「そや、電話誰やったんや?」

 

 ぴくっ、とキャロルちゃんが反応する。

 おい待て、何だその反応。

 

「……ウェル博士からでした」

 

「おい」

 

「ウェル博士から技術交換を持ちかけられまして……

 キャロルが秘蔵していた特級の秘匿技術をいくつか、提供しまして……」

 

「おい」

 

「で、でもですね! 代わりに優れた生化学技術を頂きました!

 これさえあれば良い義手義足が作れます!

 ウェル博士は上機嫌で高笑いしてまして、結弦さんにサービスで眼球をプレゼントすると!」

 

「眼球プレゼントされて『わーいうれしー!』って素直に喜ぶ奴がどこにおるねんッ!」

 

 あ、そういう?

 この流れももしかしてウェルの計算?

 そうでなくてもこうなる可能性は考慮してた?

 すげーなあいつ、今頃俺がキレてんの想像して爆笑してんだろうな。クソが!

 

「君はなー! そうやってなー! 俺に断りも無しでなー!」

 

「だ、だって! 結弦さんがどう思おうと、ボクにとっては大切なことだったんです!」

 

 なんでそうやって他人の食い物にされちゃうかなこの子は!

 嬉しくないのかって言われたら嬉しいに決まってんだろファック! って言うがな!

 

「錬金術だって使えるくらいに器用な手を仕上げてみせます!」

 

「ああ、もう、好きにせえよ……」

 

 考えてみりゃ、ここの電話番号知ってる外部の人間ってウェルだけじゃねーか。電話かかってきた時点で察しろよ俺。アホじゃねえの?

 こんな簡単なことさえ失念してるレベルだと、ちと危険だな。

 自覚してない部分で結構精神的ダメージ食らってたのか。

 平常心平常心。刃の下に心置くべし。

 

 キャロルちゃんはどこからともなく研究開発用の機械やら薬品やらを運び込んで来る。

 自前のものだけか、ウェルのものも含んでいるのか。後者だと思うがそうだとしたら複雑だ。

 

「あ、キャロルちゃん」

 

「どうしたんですか?」

 

「ありがとな、俺のためにここまでしてくれて。

 それと、ごめんなぁ。この借り、俺はキャロルちゃんに絶対返すと約束するで」

 

「……ふふっ」

 

「え、急に笑ってどしたんや」

 

「いえ、ボクが感謝したい時、ボクが謝りたい時。

 そんな時にはいっつも、結弦さんに感謝されたり謝られたりしてるな、って思ったんです」

 

 そうだっけか? ……そうだったな。そういやそうか。

 

「不思議ですよね。

 ボク、落ち込んでた理由に何の答えも出していないんです。

 でも俯いていられない理由ができたから、今は俯いていないんです」

 

 大好きな親が死んで何もする気が無くなった人間が、あまりの空腹のために飯を食いに動いて、その自発的行動が心を上向かせた、みたいな話は聞いたことあるな。

 この子は俺のために顔を上げてくれた。

 本当に情に厚い子だ。

 他人を思いやる時のこの子は、俺なんかより遥かに心が強え。

 

「ボクの気持ちが分かる結弦さんには、ボクにも分からないボクの気持ち、分かりますか?」

 

 胸に手を当て、彼女はそんなことを聞いてくる。

 俺は拳を額に当て、分かるわけねえだろという返答を口の中で噛み潰す。

 なんつーか、あれだな。

 やっぱ俺達、足りてねえな。

 

「一緒に話そうや、朝まで。研究と開発の合間でもええから」

 

「お話ですか?」

 

「せやせや。

 俺は君のことを全部は知らない。

 君は俺のことを全部は知らない。

 俺ら、相互理解すべきやと思うんや」

 

 俺達にはきっと、『相互理解』が足りてない。

 

「俺は君のことが知りたい。君に俺を分かって欲しい。そんなもんでええんやないかな」

 

「……えへへ、ボクも今、同じようなこと思ってます」

 

 俺達には統一言語なんて便利なものはねえから、時間をかけよう。

 言葉を尽くそう。

 それでいいんじゃねえかと、俺は思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は寝ていることしかできない。

 彼女は手と口を器用に並行して動かして、一定の時間放置しておく必要がある作業を優先して先にやり、俺と話す時間と余裕を作っていた。

 居心地のいい空気だ。

 そう、例えるならば先生が遅刻したせいで自習になった一限目の教室。自習とか言われてるけど皆好き勝手に席を離れてくっちゃべっているあの時間。あれに似ている。

 

「ボクはロールアウトから十数年が経っています。結弦さんはおいくつですか?」

 

「18歳やで。27歳で死ぬ予定やから、もう残り寿命は十年切ってしもうとるな」

 

「そんなのにこだわらず、長生きしてください!

 あ、そうだ。ボクが十数年生きてるということは、結弦さんのお姉さんかもしれませんよ?」

 

「キャロルちゃん、夢は口に出した時点で寝言やで」

 

「ひ、酷い! そりゃ19歳でも18歳でもないですけど!」

 

 今更そんな夢見てどうすんだよ。

 

「そやそや、そんだけ生きとんのや、自分の名前とか考えへんの?」

 

「キャロル以外の名前ということですよね。結弦さんはその方が嬉しいですか?」

 

「えー……いや、できればキャロルちゃんはキャロルちゃんのままの方が呼び慣れとるなあ」

 

「あ、やっぱりそうでしたか。そんな気がしたんです」

 

「言うて、オリジナルと同じ名前のままは嫌とかないんか?」

 

「ボクは元々、そういうのはあんまり。

 この名前も便宜上使っていただけで、好き嫌いの感情は無かったんです。……でも」

 

 でも?

 

「友達が親しみを込めて何度もこの名前を呼んでくれたから。

 だから今では、この名前とボクの名前を呼ぶ声の全部が、ボクの大事な宝物です」

 

 ぐあああっ、こっちを真っ直ぐに直視してくる。視線が眩しい! 純真さがまばゆい!

 

「ボクは、この名前をもう少しだけ使っていたいです。

 『キャロル・マールス・ディーンハイム』でなくていい。

 『キャロル』でいい。ボクは誰かに呼ばれるためのこの名前を、もう少しだけ……」

 

 名前は記号だ。

 個々人をラベリングするための記号。

 この子はオリジナルに立ち向かい、その真意を確かめるまではきっと、この名前を使い続けるんだろう。

 

「ボクが新しい名前を得る時は、全てが終わったその時に」

 

「そりゃええなあ、そん時は俺も一緒に名前考えたろ」

 

「本当ですか? ありがとうございます!」

 

 『キャロル』との決別。

 それがきっと、俺達の旅の終わりになる。

 

「『キャロル』以外の名前を使うなんて初めて、ちょっとドキドキします」

 

「キャロルちゃん、オリジナルの記憶持っとるんやったな、そういえば」

 

 オリジナルの方のキャロルが小学校の頃に好きだった男の子に告白して無残に玉砕した記憶とかも持ってんのかね? いや、流石にそんなのはないか。

 

「『キャロル』は、魔女狩りの時代に生まれた錬金術師です。

 『キャロル』の父は魔女と罵られ、火あぶりの刑に処されました。

 ボクにもその記憶が、主観の記憶が残っています」

 

「魔女狩り……そらまた随分昔な」

 

「キャロルが今、何を目的としているかは分かりません。

 ですが十字架を掲げた彼らがパパを焼いたあの光景が、原動力であることは確かです」

 

「そらロクな目的じゃなさそうやな……ん? 十字架?」

 

 あ、やべっ。俺がプレゼントしたやつだ。

 

「キャロルは、十字架が大嫌いなんですよ。嫌な想い出を想起してしまうので……」

 

「ごめん! ほんっとうにごめんな!

 あのプレゼント、嫌な思いしたやろ! 無神経でホンマ――」

 

「嫌な思いなんて、そんなわけありません。とても嬉しかったですよ」

 

「――えっ」

 

 なんでやねん。

 

「『キャロル』は十字架が嫌い。

 『ボクの中の記憶』も、十字架に嫌悪感を覚えました。

 でも『ボク』は、これを貰って嬉しいって、そう思ったんです」

 

「……俺も、友達に貰ったもんは宝石みたいに大事にしたなぁ」

 

「はい、これもボクにとっての宝石です。

 これを貰って、ボクは初めて……

 自分とキャロルが違うものであることを、強く意識しました。

 そして、違うものであってもボクがキャロルを特別に思っていることを、初めて認識しました」

 

 自分の外側の誰かに接して初めて、自分らしい答えを出す。

 この子らしい苦悩からの脱出の形だな。

 ……とても綺麗な、解答の出し方だ。

 

「ボクは、『キャロル』とは違う」

 

「ああ、せやで」

 

「ボクはキャロルの真意を聞き出し、解答次第でそれを止めます。

 世界を救って、結弦さんを死なせず聖剣を抜く方法を探します。

 あなたをただの人間に戻して、全てが終わった平和な日々の中にあなたを帰します。

 それが、結弦さんのお陰で見つけられた……"とりあえず"のボクの生きる意味です」

 

 天真爛漫な少女の笑顔。

 これだけで一曲作れちまいそうだ。

 

「すんごいなあ、キャロルちゃんは」

 

 褒めるとこうしてすぐ照れる。

 素直で、純粋で、純真で、純朴で。

 見てるだけで俺の劣等感がじわじわと疼きだして、胸は暖かく、胸は痛み。

 

「あ、そうです。結弦さん、その、前からお聞きしたかったことがあったんですが」

 

「ん? なんや?」

 

 そんな彼女の、まっすぐな視線が。

 

「その……ご両親とは、上手くいっていないんですか?」

 

 俺に、自分の過去と向き合うことを求めているように見えた。

 そんなはずがないのに、俺にはそう見えちまった。

 なんでそう見えたのかさえ分からない。

 だが気付けば、俺は全てを語り出していた。

 

 何を喋っているかは意識できている。

 何を喋ったかも覚えている。

 ただ、自分がどういう声色で、どういう言い方で彼女に内心を語ったか、そこにまでは気が回らないくらいに、自分の内側だけを見て語り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺のオヤジは今も生きてる。

 俺の母さんはもう死んでる。

 俺の家系は飛騨忍軍筆頭・緒川家の末裔、その末席。

 かつては豊臣秀吉に、その後日本政府に仕えた由緒正しき忍の血統の、端の端だ。

 

 俺もガキの頃は才能があるぞあるぞと褒められまくってた。

 だがそれも俺にチン毛が生えるまでの話。

 チン毛が生えた頃の俺は反抗期+適合者への反発+家庭環境のイライラで、そりゃもうロックな毎日を送ってたもんだ。この頃になると大人も怪訝な目で俺を見るようになった。

 由緒正しき忍の家系がロックンローラー志望ってのも不味かったんだろう。

 いいじゃねえか、ロックンローラー。

 

 ロックは俺の味方だった。

 母さんも俺の味方だった。

 この二つは俺の心を癒やしてくれた。

 だがオヤジは、むしろ俺の心を痛めつけるばかりだった。

 

 オヤジは、俺達を捨てた。俺はそう思ってる。

 でもオヤジは、俺を捨てたって意識はないだろうよ。

 でなけりゃ母さんが死んだ後、俺に仕送りを申し出てくるわけねえ。

 笑える話だ。不適合者の母さんは、不適合者の俺を育てるため、不適合者に働き口の多くない今の社会で、最終的に体を売ってまで金を稼いで、死んでったっていうのに。

 なあ、オヤジ。

 もうちょっと早く動いてくれてても、母さんが死ぬ前に動いてくれても、良かったんじゃねえのか?

 

 始まりは、いつだったか。

 

 いや、そうだな。俺が物心ついた時にはもうあった。

 親戚連中がオヤジに言ってたんだ。

 不適合者の妻はやめておけ、と。

 今の社会だと体裁が悪いぞ、と。

 悪いことは言わないから妻と子とは別れて後妻を取れ、と。

 そんなことをずっと言ってやがった。

 それだけじゃない。

 この社会は不適合者の伴侶を選んだ人間に、心を苛む言葉を投げ続けるようになってやがる。

 不適合者の母さんと愛し合った適合者のオヤジは、無理を通して母さんと結婚したまではいいものの、それから何年も同じようなことをリピートで言われ続け、徐々に精神を壊していった。

 

 親戚連中が悪い。そうも言える。

 だが奴らは『善意』で言っていた。オヤジの将来のためを思って言ってたんだ。

 親戚連中は適合者だったからな、オヤジの内心を『理解』してたんだろう。

 理解した上で、オヤジと母さんの愛を引き裂こうとした。

 その愛を引き裂くのが、オヤジのためになると、本気で思っていた。

 今の社会を見て思うが、この親戚共の方が正しかったのかもしれねえ。

 だがそれはそれとして、俺はこいつらが嫌いだ。

 

 親戚連中の行動は功を奏した。

 全てを理解した母さんは、もうこれ以上ここに居てはいけないと判断して、幼い俺を連れて逃げるように家を出た。

 あの頃は何も分からなかったが、今の俺には分かる。

 あの家にあれ以上居たら、俺達はきっと心か命のどっちかを失ってたんだ。

 

 オヤジはクズだ。

 親戚連中が何を言おうが、オヤジは俺達を捨てなかった。捨てられなかった。

 罪悪感が邪魔をして、俺達を捨てられなかったんだ。

 だけど。

 俺達が家を出ないようにと、繋ぎ留めることもしなかった。

 オヤジの内心を想像してみりゃ、分かりやすくて簡単な話だろ?

 

 罪悪感のせいで俺達を捨てることもできない。

 親戚連中のせいで、俺達を捨てなければ救われない。

 "不適合者の妻を娶ったことをただ心配する声"でさえもう苦痛だ。

 このジレンマの中で徐々に壊れていくオヤジを、母さんは見てられなかったんだろうよ。

 

 だから、家を出た。

 その時、俺は見た。

 

 泣く母さんと。

 家を出る俺達を見て、()()()()()()()オヤジを。

 オヤジはずっとずっと、『俺達が自主的に家を出て行く瞬間を待っていた』んだ。

 

 俺は、オヤジと母さんと一緒に暮らす日々が好きだった。

 だけどな、あの時確信したんだよ。

 もうそんな日々はどこにもねえし、蘇ることもないんだ、ってな。

 

 オヤジは俺と母さんのことを今でも愛してるかもしれん。

 だが、同時にもう二度と会いたくないと思ってんだろうさ。

 愛してると同時に邪魔だとも思ってるから、俺が死んだら悲しむ前に安堵するかもしんねえな。

 

 オヤジは適合者の新しい妻を娶って、そいつとの間に適合者の子供も出来てる。

 俺達は失敗した家族。

 そいつらは成功した家族。

 もうとっくに家族はリセットされてんだ。

 あのオヤジは家族をリセットして、今は幸せな家庭を築いてる。

 だから俺が実家の方を訪れたら、それだけで迷惑なんだよ。

 

 分かるだろ? だって俺、リセットされた方の家族だぜ? 要らない方の家族だぜ?

 

 あのオヤジは家を出る俺達を、一度も『引き止めなかった』。

 悲しそうな顔で安堵の息を吐いてた。

 それが、俺にはとてもおぞましく見えたんだよ。

 

 俺達を愛してたから、俺達が居なくなると悲しんだ。

 俺達を邪魔だと思ってたから、俺達が家から居なくなって安心した。

 オヤジは最愛の人間に惜しみなく愛を注ぐ人間だった。

 最愛の人間をどんなに愛そうと、自分の保身には替えられない人間だった。

 俺にはオヤジに愛された記憶と、オヤジの愛がゲロ以下のものに見えるようになった瞬間の記憶の両方がある。

 

 なあ、どうすりゃよかったんだろうな。

 親戚連中がオヤジに善意の忠告してなけりゃ、オヤジは俺達を捨てることもなかった。

 でもそれで、オヤジが悪くなくて、親戚連中が全員悪いだなんて言えるか?

 親戚連中は世界の状態を見て、オヤジに善意で色々言ってだけだってのに?

 "不適合者の妻"というレッテルが、オヤジの心を徐々に削ってたってのに?

 

 まあ、俺にとっちゃどうでもいい。

 俺はオヤジもクソで、親戚連中もクソで、社会もクソだっていう結論を出してる。

 誰が悪い、誰が悪くないだとかいう話はもうどうでもいいんだ。

 全員、俺は等しく嫌っている。

 ロックの爆発力の薪にしてやっている。

 

 ああ、そうだ、ロックだ。

 あのオヤジ、昔はロックやってたんだぜ?

 笑える話だろ?

 家の縛りから解放されたくて、適合者不適合者と押し付けてくる社会に反発して、何にも縛られないロックを求めて、『自分』を探しにロックを始めた。

 んで社会の風潮に逆らって、不適合者の母さんを彼女にして、結婚して、不適合者の妻を選んで親戚連中の忠告を跳ね除けるロックな生き方をして。

 しばらく経って大人になったら、楽な道を選んだわけだ。

 いやあ楽しそうな生き方だな。

 楽しそうで楽そうな人生だ。

 途中から全然ロックじゃねえ生き方してるけどな、親父殿よ!

 ロックに恥ずかしくねえのかよッ!

 

 ……なんで俺は、そんなオヤジの人生に、ほんのちょっとでも同情しちまってんだろうな。

 

 母さんが死んだ後は、本家の慎次さんに沢山のことを教わって、一人暮らしを始めた。

 慎次が教えてくれたことはその全てが役立つもので、特に一人暮らしで必要なテクニックの多くは、今でも俺の生活を支えてくれている。

 

 オヤジの仕送りも、母さんが死んだ直後から始まった。

 電話で話してると時々、オヤジは"社会のせいで引き裂かれてしまった悲劇の"親子を気取った風に俺に語りかけてくる。

 それが、死にたくなるくらいの苦痛だ。

 オヤジは父親風を吹かしてくる。

 時に厳しい父親として、時に優しい父親として、俺に接してくる。

 そのくせ、俺が実家に帰ることは絶対に許さない。

 

 オヤジはさ、マジで気付いてないのかもしれねえ。

 そういう接し方をするだけで、俺の心がゴリゴリ削れてるってことに。

 オヤジは俺達を捨てたって自覚さえねえんだ。

 

 俺は仕送りを受け取った。

 今でも迷ってる。受け取らない方がいいんじゃねえかって。

 母さんのこと本当に想うなら、そいつを証明しようと思ったんなら、あの金は受け取っちゃいけなかったのかもしれない。

 ただ、生活費は必要で、働き場所も多くない俺には必要な金だった。

 

 は? 繋がりが欲しかったんじゃないかって?

 違えよ、俺がオヤジとの繋がりを欲してるように見えるか? キャロルちゃん。

 だとしたら俺はどんだけガキなんだ。

 金だけの繋がりだぞ?

 仕送りの確認に電話するだけの関係だぞ?

 俺がそんな、金だけの繋がりにすがりつくような人間に見えるのか?

 か細い繋がりでも、オヤジとの繋がりがそれ一つなら、それに固執する人間に見えんのか?

 もしも、そうだとしたら。

 俺はどんだけ情けない人間なんだよ。

 オヤジを嫌ってんのに、それって。

 

 ああ、分かってるよ。

 認めるよ。

 俺はあのオヤジを殺したいほど憎んでるけど、死んで欲しくないくらいには、まだ好きだ。

 憎んでも愛は無くならない。

 愛されるって希望を捨てたことと、好きな気持ちを捨てたことが、同一化しない。

 希望は捨てたのに気持ちがキレない。

 クソみてえな話だ。

 俺は未だに、女々しく気持ちを引きずってる。

 俺自身に殺意が向くクソな話だ。

 

 やめてくれ、キャロルちゃん。

 

 関係のやり直しを、なんて言うな。

 

 そいつはな、俺と母さんが家を出た時、あいつが安堵した瞬間に、もう全部終わってんだ。

 

 やり直しはねえ。

 再スタートはねえ。

 過去は変わらねえし、俺とオヤジがそもそも望んでねえんだよ、やり直しなんて。

 母さんは望んでるかもしれねえがな、俺は知ったこっちゃねえ。

 俺とオヤジが顔を合わせりゃ、関係の悪化はあっても改善はない。

 終わったことを蒸し返すんならそりゃそうなるさ。

 

 だから。

 

 俺は、キャロルちゃんに期待してるのかもしれねえな。

 君はオリジナルに生み出された、言うなりゃ親子の関係を持ってるわけだろ?

 君は立ち向かうことを決めた。

 産みの親に立ち向かうことを決めた。

 その先で君が出す答えを見たい。俺は今、そうも思ってる。

 

 情けないなと笑ってくれや。

 ロッカーの殻を剥ぎ取っちまえば、その内側の俺は、過去のことをいつまでもウジウジと引きずってる情けない男なんだ。

 

 

 

 

 

 何を喋っているかは意識できていた。

 何を喋ったかも覚えている。

 ただ、自分がどういう声色で、どういう言い方で彼女に内心を語ったか、そこにまでは気が回らないくらいに、自分の内側だけを見て、語り終えた。

 

 幻滅されてんだろうなぁ。

 ……って、思ってたら、全然そんなことないな、これ。

 この子、なんて目で俺を見てんだ。

 やめろよそういう目。

 なんか、泣きたくなるだろ。

 

「結弦さんがこんなに弱みを見せてくれたの、初めてです」

 

 俺の弱さがバカにされないってだけで、ホッとしてる俺が居る。

 

「誰かに受け止めて欲しかったんや。

 誰かに、俺の全てを知った上で受け入れて欲しかったんや。

 弱みを見せるのは、嫌で……弱さを許してくれる誰かと、繋がりたかった」

 

「ボクで良かったんですか?」

 

「君が良かった」

 

 悪いな、勝手に期待して。

 悪いな、勝手に寄りかかって。

 俺は君に助けられてばっかだ。

 

「本音を言うとな、適合者が羨ましかったんや」

 

「はい」

 

「分かり合う力を持ってる人間とか、羨ましいに決まってるやろ。

 どんなにデメリットがあっても、何度幻滅しても、この気持ちは変わらなかった」

 

「ボクも、その気持ちが分かります」

 

「俺が適合者に生まれてれば良かったんかな。

 母さんの件で風当たり強かったの、俺が不適合者やったのも大きかったんや。

 最初に生まれた長男が適合者やったら、風当たりももう少し柔らかだったやろうし。

 親戚連中はオヤジに恨まれず、オヤジも母さんも幸せで、歯車は噛み合って……」

 

「結弦さん」

 

「俺がこうして生まれて来たことが間違いやったんやな」

 

「……!」

 

「一番最初に罪を犯した奴が一番悪いって考えなら、生まれるって罪を犯した俺が……」

 

「違います!」

 

 大声上げるなよ。

 

「生まれて来たことが罪な命なんて、あるわけがありません! あなたも、ボクも!」

 

 そういうこと大声で言われると、なんかジーンと来るだろ。

 

「ありがとなぁ。でも、大丈夫や。

 俺四六時中こんなこと考えとるけど、特に気にしとる様子見せへんかったやろ?

 もう、終わったことなんや。

 俺の中では整理がついたことなんや。

 この過去も苦悩も、ぜーんぶ俺のロックに込める激情の一部分でしかないんやで」

 

「でも、それじゃ……悲しすぎます」

 

「昔悲しかったのと、今悲しいってのは別や。今の俺はなーんも悲しかない」

 

 昔は昔、今は今だ。

 俺はこの過去を引きずってはいても、この過去に縛られてはいねえ。

 何も悲しくない、ってのは嘘だけどな。

 

「君との旅が楽しいから、今は楽しい気持ちでいっぱいの日々なんや」

 

「―――」

 

 泣いた方がいい、とか言う奴も居るのかもな。

 だけどいいんだよ、そういうのは。

 泣いてすがりついて吐き出すとか、俺の性には合ってねえ。

 そういうのが性に合わねえ奴が一人くらい居てもいいんじゃねえの?

 俺にはロックがある。

 こいつで感情を吐き出している。

 俺の悲しみをまるっと受け止めてくれるってんなら、俺の音楽を聴いてくれ。

 

 それで君が楽しんでくれたなら、それだけで俺は満足だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ん……明る……朝……?

 チュンチュンうるせーぞ小鳥……

 

「結弦くん、結弦くん、朝だよ」

 

「キャロル……後五分……」

 

「そんなベッタベタな台詞を……あ、チャイム。お客さん?」

 

 揺らすな、起こすな。

 なんだ、俺ら結局朝近くまで話してたのか。夜明けくらいまでは話してた記憶があって……んでそっから、どんくらい寝た? まだ朝だよな、朝。

 眠い。

 もう一回寝るか……あ、今お客さん来たんだっけ。

 起きて挨拶、って腕ねえやんけ。立てねえやんけ。本当に不便だなコレ。

 

「この時間まで寝ているとは、だらしないぞ」

 

「あ、オッサンさんの弦十郎ですやん……」

 

「完璧に頭が回っていないな、お前……低血圧だったのか?」

 

 いや寝起きはいい方……って、あ。そうか、今の俺血圧のバランスが崩れてるから低血圧の寝起きみたいになってんのか。人体すげー。

 

「二人揃って夜更かしでもしていたのか?」

 

「結弦くんが寝かせてくれなくて……」

「キャロルが寝かせてくれなくて……」

 

「……」

「……」

 

「「 いや、今の発言に別に深い意味は 」」

 

「お前達、仲悪かった野球部員が合宿から帰ったら仲良くなってた時のようだぞ」

 

 一回腹の中明かしたら会話のハードルが下がって、結構気安くなった気がする。

 

「僕も居るんですが、無視ですか?」

 

「あ、居たんやなウェル。あー、気付かなかったなー!

 気付かなかったら無視しちゃったのもしゃあないなー!」

 

「はっはっは、小学生並みの煽りですね。ガキですか?」

 

「オメーが言うなや、ウェル。ガキみたいな嫌がらせを打算に混ぜたくせに」

 

 やめろ、オッサン。

 そんな小学生同士の喧嘩を見るような目で俺を見るな。

 いいだろ別に、手足無くなった仕返しをするくらいはよぉ。嫌がらせくらいさせてくれ。

 

「ウェル、この人は風鳴弦十郎さんや。例の生体兵器のサンプルになった人やな」

 

「弦十郎だ、よろしく。いつ遺伝子サンプルを取られたのかは全く分からん、聞くなよ」

 

「弦十郎さん、こいつはウェル。よく噛んだ後Tシャツにこすりつけたガムみたいな奴や」

 

「いやあ、滑稽ですねえ。

 この罵倒してる人、僕の技術込みの義手義足を必要としてるんですよ?

 そう思うと、この罵倒も道化のように聞こえて逆に愉快になってきます。ははは」

 

 クソが! 無敵かこいつ!

 

「ちなみに僕の方は代わりの眼球完成してますよ」

 

「早い!」

 

「え? キャロルの方は完成してないんですか? 僕の方は完成してるのに?

 いや、別に何か言うつもりはありませんよ? ただ! まだ完成していないんだなあ、と」

 

「うぅ……ごめんなさい、ボクはダメな子で……」

 

「テメーマジで何しに来たんやコラァ!」

 

 俺が片手片足で動けねえのをいいことに!

 弦十郎のオッサン! 我慢しなくていいぞ! 殴れ!

 

「はいでは眼球入れますので、動かないでくださいね」

 

 空っぽの俺の瞼の下に、ウェルが無造作に義眼っぽい奴を入れいだだだだだっ!?

 

「痛い痛い痛い! わざと痛くやってるんやないやろなこれ痛い!」

 

「大丈夫です、僕は痛くありませんので」

 

「それのどこが大丈夫なんやコラァ!」

 

 マジで覚えとけよお前!

 ……ん、あれ?

 なんだ? 作り物の目を入れた瞬間、すっと周りがよく見えるようになった。

 

「生体電流を蓄積し動く、有機人工眼球です。

 目の内部に仕込まれたセンサーが五感を補正。

 眼球が脳に微細な電流を流すことで五感を強化し、片目の性能を補う僕の傑作です」

 

「ギミックが普通に怖いんやけど」

 

「目を抉り出して解剖する以外では、これが義眼だと判明することはありえません。

 これは僕の心ばかりのサービスですが……その眼球には、Suica機能も付けておきました」

 

「おい」

 

「日本円で30万ほどチャージしてあります。有効に使ってください」

 

「余計な機能盛んなや! おい!」

 

 わーい周りがよく見えるーって喜んだ俺がスルーするとでも思ったのか!

 

「その眼球が本物とほぼ同じ素材で出来ていることが、君の役に立つ日が来ると思いますよ」

 

 だとしてもSuicaは要らなかったよな、おい。

 しかしウェルの技術とキャロルの錬金術のミックスか。悔しいがマジで天才なんだなこの男。

 この眼球、義眼として入れてるとは思えねえ。

 目が無くなる前と同じ、いやそれ以上にクリアに周囲が認識できるようになった気がするぜ。

 

「では少し話でもしましょうか」

 

「俺はお前の話に嫌な予感しかせえへんからはよお帰り願いたい」

 

「聞かなきゃ後悔しますよ? 僕を殴った人間は後悔する、あの予言は当たったと思いますが」

 

「……」

 

「結構結構。

 話は三点です。

 一つは、アガートラームの移送先送り。

 先の襲撃で警戒されたようですねぇ。

 一つは、この街の暴動。

 あなたの脱落で、抑え込まれていた暴力が爆発までのカウントダウンを始めています。

 そして最後に、エテメンアンキ。

 キャロルの存在に感づいた構成員が、メタル・ゲンジューローを六体配備したようです」

 

「―――!?」

 

 アガートラームが移送されてない。

 それは希望だ。

 だが、それ以外の情報がやっべえ。こいつはヘビーだ。

 

「弦十郎さんなら、倒せるんやないか?」

 

「六体は流石に厳しいな。あれは身体能力では一体一体が俺に比肩している」

 

 ダメか。

 暴動起きてもヤバい。俺がこの街の問題を抑える蓋になったが、逆に俺という蓋が急に消えたことで、普段より威力の増した暴発が来そうになってるってことか。

 しかし俺は義腕義足が出来るまで動けない。

 傷が塞がり、義腕義足が出来て、俺がそれで動けるようになるのが早いか。暴動が起きるのが早いか。

 

「どうしようか、結弦くん」

 

 キャロルが俺の服の裾を引っ張った。

 "どうしたらいいんでしょう"じゃなく、"どうしようか"と言ってるあたり、この子も普段見えない部分が強くなってんだなって思える。

 俺も負けちゃいられねえな。

 

「任せとき。俺にいい考えがある」

 

「絶対それいい考えじゃないよね?」

 

 おい、キャロル。俺の心を勝手に読んで勝手に納得するんじゃない。

 

「なら止めるんか?」

 

「ううん」

 

 キャロルが首を振る。

 

「結弦くんは、ロックンローラーだから。結弦くんは結弦くんらしくあるべきだよ」

 

 そして、そんなことまで言ってくれる。

 こいつめ、一晩ひたすらぺちゃくちゃ話したってだけで親友気取りで嬉しい言葉投げつけてきやがって。

 そうだな、俺らしくだ。

 

「ここに居る皆に聞きたいんやけど、楽器だったら何弾ける?」

 

 弦十郎、ウェル、キャロル。

 

 借りられるんなら俺はお前達の手を借りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の義腕と義足が完成した翌日、事件は起きた。

 

「大変大変、大変だよ結弦くん!」

 

「どしたんやキャロル、宇宙人でも攻めて来たんか」

 

「それは昨日見た映画の話だよ!

 『映画見て食って寝れば強くなれる』論を真に受けすぎだと思うんだけど!」

 

「しかしあのオッサンそれで強くなったっちゅう話やし……」

 

「それより、外を見て!

 この街にメタル・ゲンジューロー六体が来てる!

 街中で適合者と不適合者の過激派が決起準備してて、もう爆発寸前だよ!」

 

「!」

 

 偶然? いや、こんな"全部一気に発動する"偶然があるか!

 

「ウェルッ! てめえ関係各所に情報流しやがったなッ!」

 

「きっと戦闘になる! 手足の最終メンテするから、動かないで!」

 

 今すぐにでも殴りに行きたかったが、仕方ない。

 ベッドで横になってじっとしていた俺だったが、なんとびっくり。

 俺達が住むマンションのその部屋に、ウェルの首根っこ掴まえて持ち上げた、風鳴弦十郎が現れたではないか。やるじゃねえのオッサン!

 

「逃げようとしていたから捕まえて来たぞ」

 

「弦十郎さんマジパネえやん!」

 

「ええい、離せ! こんな扱いが許されてたまるか! 僕は天才だぞ!」

 

 ハハッ、何言ってんだこいつ。

 

「おいテメー、なんでこんな事態引き起こしたんや」

 

「面倒事は一気に片付けた方がいいでしょう」

 

「そりゃそうやろな、俺達の手に余るって点に目を瞑りゃそうやろなッ!」

 

「さあどうぞ、一気に片付けちゃってください!」

 

 このメガネ! イタリアで出会ったギガネっ娘達を見習いやがれ!

 

「ど、どうしましょう!?」

 

「落ち着くんやキャロル!」

 

 俺も落ち着いてない。キャロルも落ち着いてない。これはいかん、ギター具現化! 新品の義手だがまず一曲! 否ワンフレーズ披露する!

 

「サビを一つ馳走する! 各々方静まりやッ!」

 

「! この、技術は……!」

 

 お、驚いてるなオッサン。

 ビビるだろ? 俺の意志の通りに、俺のイメージをなぞって動く義腕。

 自動で動く人形が如き精密動作。

 ()()()()()()()()()()()()()んだぜ、これ。

 

「結弦! お前、これほどの腕を持つギタリストだったのか!」

 

「いんや、"腕が上がった"のは最近やな。それにこのギターの腕も、俺だけの腕前やない」

 

「何?」

 

「見た目は生身の腕と変わらん。

 でも俺の元の腕以上に精密に動いてくれるんや。今回の聖遺物にあやかって言うなら……

 キャロルちゃんが作ってくれたこの右腕こそが、俺にとってのアガートラームや」

 

 義腕制作中に暇だったから調べたところによると、アガートラームとはケルト神話の王族ヌァザという奴の銀腕の名前らしい。

 俺勉強嫌いだが、Wikipediaは安易に頭良くなった気になれるから好きだわ。

 右腕を切り落とされて、肉体の欠損のせいで王位を失ったヌァザに神様が渡した、指の先まで自由に動く義腕、そいつの名前がアガートラーム。

 

 つまりアガートラームってのは、その人が自分らしく在る権利を失いそうになった時、その人が自分らしく在ることができるように、その人が自分らしく在る権利を守る腕ってわけだ。

 ならこいつは、俺のアガートラームで間違いない。

 戦うためじゃなく、音楽を生み出すためだけのアガートラームだ。

 

「俺のこの音楽は、俺とキャロルの融合歌にして共鳴歌ッ!

 それを奏でるこの腕は、共鳴を呼ぶ(Symphonic)機械仕掛け(Gear)ってわけや」

 

「絆が形になった腕、より素晴らしい音楽を奏でる腕というわけか。いいじゃないか」

 

 だろ? 結構好きだぜ、この腕。

 

「ボクはずっと『惜しい』と思っていました。

 結弦くんのロック魂はとても熱い。切歌さんもそれを認めていました。

 でも彼はテクニックがあまり上がらなくて、自分の中の音楽を形に出来ていなかったんです」

 

「その壁が、これで解消されたのか」

 

「彼の中には鼓動(リズム)があった。音楽(ソング)があった。

 でもそれを自分の外に出す技術(テクニック)がなかった。

 それもここまでです。ボクの目の前に居るのは、ボクが信じる最高のロックンローラー」

 

 街に接近してくるメタル・ゲンジューローの気配が感じられてきた。

 街のあちこちで暴動が起きる気配が高まって来た。

 このまま放っておけば、誰も彼もが自分勝手に行動を選んだ結果、街のあちこちで大混戦が置きて、メタルゲンジューローがそれを片っ端から正当防衛的殺害することになるだろうな。

 んなこと、やらせるかよ。

 

「この局面だって解決してくれるって信じられる、ボクが託したロックンロラーです」

 

 託されちまったよ。期待が重いな、キャロルは!

 

「さ、やろか」

 

 俺はオッサン、ウェル、キャロルの前に楽器を具現化する。

 

「俺の年代は暇な学生がこぞってバンドに打ち込んだもんだ。

 俺も専門でこそないが、ドラムは素人より叩けると自負している」

 

 オッサンにはその肉体サイズに相応しいドラム。

 

「僕はねえ、バンドやりたいと思ってたこともあったんですよ。

 でも適合者バンドとかいう反則に息が合う奴らが居ましてねえ。

 結局誰ともバンド組めずに、学生時代を終えたという想い出があります」

 

「お前が誰とも組めなかったのは協調性無くて他人の音楽を評価しなかったからやろ、多分。

 自慰音楽をバンドに入れるのは誰だって嫌……って、もしや俺への嫌がらせって」

 

「僕が音楽やってる人間が嫌いだから嫌がらせしたと?

 とんでもない! 僕の嫌がらせは趣味です。楽しいんですよ嫌がらせが。

 僕が嫌いな奴に対しては、その全員にあなたにしたようなことをしているだけですよ」

 

「こんクソゲス!」

 

 ウェルには細身のベース。

 こいつがベース弾けるとは、オッサンのドラム以上に意外だった。

 音楽の良さが分かってねえ雰囲気がプンプンするんで、音楽に興味が無いくせに他人に褒め称えられたいっつう承認欲求が透けて見える。

 

「わ、可愛い」

 

 そしてキャロルにはカスタネット。

 パーフェクトな布陣だ。

 こいつでようやく、四人一組のバンドが完成した。

 

「バンドにおいて、ドラムは土台。ベースは柱。ギターがそこから家を作るんやで」

 

「あの、カスタネットは……」

 

「インターフォン」

 

「インターフォン!」

 

「家には必要なもんや! 気の抜いた演奏したら許さんで!」

 

「は、はい!」

 

 悪いが、俺も重傷がまだ治りきってねえ。

 演奏に集中するためには、分身を維持してられる余裕が無い。

 そんなら、仲間を頼るしかねえわけだ。

 

「じゃあ、秘策っていうのは……」

 

「ロックに全てを懸けるんや。それしかあらへん」

 

「策になってないよ!?」

 

「歌は世界を救う!

 拳や暴力に頼らなくったって、世界を救えると、ここで証明したる!」

 

 敵が迫るこの状況を。人間同士が殺し合うこの状況を。どうしようもなくなったこの状況を、歌の力でひっくり返す。

 

「悪いんやけど、俺は演奏に集中したい。

 接近してきたメタルゲンジューローの対処は任せたで」

 

「えっ」

「任せろ。俺がお前のキャロルを守っておいてやる」

「僕は正気を疑いますね、こんなの……あれ?

 ちょっと筋肉のオッサン! まさかお前僕を守る気無いのか!?」

 

「誰もができなかったことを、できそうな気にさせる!

 誰もがやらなかったことを、やる気にさせる!

 そいつがロック! 俺のロックは炎! この熱で、全部全部変えたらぁ!」

 

 ウェルが何か言ってるが知らね。

 キャロルを信頼できるオッサンに任せ、俺は目を閉じ、自分の胸の内にだけ向き合う。

 そこには神剣ディバインウェポンと、俺のロック魂がある。

 

「聴け! 目と手と足と心臓ごそっと偽物、だが演奏だけは本物や!」

 

 陸上選手が高性能な機械の義足を付けると、あれこれ言われる。

 プロのボードゲーマーが機械に頼ると、とやかく言われる。

 人間っつーのは、機械をデフォで見下してたりもするし、人間が機械で能力の引きあげやってるの見てうだうだ言うこともある生き物だ。

 実に面倒臭え。

 体の一部を機械にするのも反対運動がある。

 実にうざってえ。

 だが『サイボーグのロックンローラー』はかっこいいから許される。

 地球(ここ)は、そういう(せかい)だ。

 

 さあ、聴け!

 

「Rock 'n' Rollッ!」

 

 こいつが、俺の音楽だ!

 響け、広がれ、染み渡れ!

 この町で争ってる馬鹿野郎どもの心まで、届け!

 

「角材持て! 集まれ! 適合者が居たぞ!」

「誰か来てくれ! こっちに不適合者の奴らが集まってるぞ!」

「お前達さえ居なければ!」

「お前達さえ居なけりゃ!」

「俺達を見下すな!」

「理解できないものが街をうろつくな!」

 

 無駄なことに手足動かしてる時間の余裕があるなら、俺の音を聴きやがれ!

 

「あれ?」

 

 敵なんざ見てる暇があるなら、俺を見ろ!

 

「なんだ、この歌……旋律?」

 

 殺し方を考えてるくらいなら、俺のことを考えろ!

 

「このギター……ジャック・ザ・ロッカー?」

「ああ、間違いねえ」

「俺達のジャックだ」

「なんか上手くなってんな」

「だがソウルは一貫してるぜ?」

「野郎、味な真似しやがって」

 

 他の作業と平行なんて許さねえ。手え止めて、足止めて、聞き惚れろ!

 

「音楽の下地を作る匠でありながら、空間を制圧する重厚で強烈なドラム。

 まあ下手ではないベース。

 時折入る可愛らしいカスタネットの音が音を引き締め、そして……

 ……他楽器のリズムの全てを飲み込み、一つの芸術として成立するギターボーカル」

 

「ここまで気持ちが乗る音楽を生み出せるとは、何奴!」

 

 もっと聴け、もっと見ろ、もっとノれ。

 敵を倒すなんつーどうでもいいこと、後回しでいいだろ、やんなくていいだろ!

 面倒臭えことなんてしてねえで、楽しいことだけしてようぜ!

 音楽だけ楽しんでようぜ!

 

 今、お前らが外に出てる理由を変えろ。

 敵を倒すためじゃなく、俺の音楽を聴くために外に出たんだろ、お前ら!

 

「すっ、げ……街全部が、あいつの音楽に飲まれてる……!」

「ははっ、ノッてるやつのせいで、街全部がこの曲に飲まれてるみたいだ!」

「なんだよ、今日は最高のライブが聴ける日だったのか! ビビって隠れてなくてもよかった!」

 

 手え止めたな?

 じゃ、聞いてくれ。

 俺は説得上手ってわけじゃねえ。口が上手いってわけでもねえ。演奏だって生身の肉体じゃ上手いとは言い切れない奴だ。

 そんな俺だが、この音に気持ちを乗せさせてもらうぜ。

 この音から俺の気持ちを聞き取れるなら、俺の気持ちに耳を傾けてくれ、頼む。

 

 なあ。

 本当に、適合者と不適合者って、殺し合わないといけないくらい『違う』のか?

 嫌うのは分かる。

 生理的に受け入れられない奴の気持ちも理解できる。

 だけどさ、殺すほどか?

 躍起になって、お前の視界から追い出すほどか?

 

 殺すにしろ、押し出すにしろ。

 お前の視界から追い出されたそいつは苦しいぞ。

 てめえも嫌な気持ちか苦しい気持ちがあったから、自分と違うそいつを押し出したんだろうさ。

 だけどよ、だけどさ。

 お前は嫌いな奴を追い出してスッキリしたかもしんねえけどよ。

 お前に追い出された奴らは、もっと苦しくて嫌な思いしたんじゃねえのか?

 不適合者殴ってお前がすっきりした分、その不適合者は痛い思いしたんじゃねえのか?

 適合者追い出してお前が喜んだ分、その適合者は悲しい思いをしたんじゃねえのか?

 

 もうやめようぜ。

 ここで終わりにしようぜ。

 目の前の奴を追い出すんじゃなくて、歩み寄るか、住み分けるかしようぜ?

 

「結弦くん、頑張って……ボクも、隣に居るから」

 

 適合者と不適合者の家族だってそうだ。

 もう家族で争うのなんかやめろ。

 適合者か不適合者かってだけで、赤ん坊を捨てるのもやめろ。

 頼む。

 目の前の奴が自分と違ったとしても、そいつが家族なら、受け入れることを考えて欲しい。

 

 頼む。

 適合者から生まれた不適合者(できそこない)のことを認めてくれ。

 不適合者(けっかんひん)の家族のことを、家族として認めてくれ。

 不適合者(わからない)家族を恐れず、味方なんだと認めてくれ。

 不適合者も、適合者が一つ能力が多いだけで自分と同じなんだって、認めてくれ。

 認めて、一緒に生きることを許してくれ。

 俺の願いなんて、それだけなんだ。

 

 その家族が大嫌いなんだろ。分かるよ。

 その家族が憎いんだろ。分かる。

 愛してたからいっそう憎いんだろ。分かるさ。

 だけどさ、それだけか?

 嫌いな気持ちに覆われた中に、好きって気持ちはほんのちょっとでも残ってないのか?

 『俺達家族が全員適合者だったら』『俺達家族が全員不適合者だったら』って考えてみて、それで家族が歩み寄れる可能性は見つけられないか?

 

 99%嫌いでも、1%でも『好き』があるなら、少しだけ歩み寄ってくれ。頼む。

 歩み寄ってもダメだったなら、それでもいい。

 でも一回でいいから、両方一緒に歩み寄ってみてくれ。

 それで、家族が分かり合える可能性を残してくれ。

 家族だろ。

 家族だろ?

 家族だろ!

 

 頼む。

 俺と違って手遅れじゃないなら、仲良くしてくれよ……あんたら、家族だろ?

 

「風鳴さん、この悲しい旋律は、いったい……」

 

「キャロル。音楽は、想い出を入れるケースでもある。ロックもそうだ」

 

「え?」

 

「今はピンと来ないかもしれない。

 だが、すぐに分かるようになるさ。

 例えば、そうだな……結弦とキャロルに大切な想い出が出来た時。

 あいつがその時気取って、一曲何か歌いでもすれば……

 あいつがその歌を奏でる度、君はその大切な想い出を思い出すだろう。

 結弦とキャロルの想い出を、その歌がいつまでもずっと内包しているからだ」

 

「……想い出と、歌」

 

「結弦のやつは、自分の想い出をありったけ歌というケースに入れて、街に響かせている」

 

 辛いんならやめようぜ!

 疲れたんならやめようぜ!

 気が乗らないならやめようぜ!

 差別だの、殴り合いだの、俺のライブより楽しいわけないだろ?

 

「これは、結弦の想い出の歌。魂の叫びだ」

 

 俺の歌から何か感じてくれたなら、そいつを表に出してくれ!

 

「! 風鳴さん、メタル・ゲンジューローです! 全部こっち来てます!」

 

「いかんな、結弦の奴集中しすぎだ。

 俺達の会話も、周囲の状況もまるで見えていない。

 街の住人全てに、音楽を通しての対話を試みているかのようだ」

 

「あのー、僕逃げてもいいですかね?」

 

「いいわけないだろう。ドラムが一瞬叩けなくなる。カバーしろよ、ベース」

 

「へいへい」

 

 俺は難しいこと言ってるつもりはねえ。ただ、俺の歌を聴け! 歌に感動したら身の振り考えやがれ! そう言ってるだけだ!

 

「風鳴さん! メタル・ゲンジューローは、結弦くんの音楽で分解しかかってます!」

 

「人は感動させ、兵器は分解するか。とんでもないロックンロールもあったものだ!」

 

「……! す、凄い!

 風鳴さんが四方八方から来る敵を連続で殴って、無双して……!

 敵を殴った音が、ドラムの音になってます!

 敵と戦いながらドラムの演奏を続けるなんて! 敵をドラムの代わりにするなんて!」

 

「若い頃はよくやってた一発芸だ! ……よし、これでメタルゲンジューローは全滅だな」

 

 頼むぜ、街の皆。

 俺は信じてる。

 明日からこの街が、もっと素晴らしいものになってるって信じてる。

 街を歩きゃ、昨日より多くの笑顔を見られるって信じてる。

 夜寝る時に、昨日より多くの幸せが街に満ちてるって信じてる。

 信じて、託す。

 

 信じて、この街の未来を選ぶ権利を、皆の一人ずつに託す。

 好きに選べばいいさ。

 お前らと、お前らの街の未来だ。

 そいつが明るいものであることを、俺は心底願う。

 

「ああ……歌が、終わる……」

 

 それじゃ、最後に。

 

 俺の曲を、歌を聴いてくれて、ありがとうございました。

 

 またいつか、今ここに居る全員に、俺の音を聴かせる日が来ることを願ってるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー、疲れた。でもなんとか上手く行った。

 街の皆は色々と考え直すようになったようだ。

 住民の気配を見る限り、悪い方に転がるようには見えねえな。

 

 キャロルのアドバイスを受けすぐ動き、メタルゲンジューローが俺らの抹殺に動いたせいで警備が手薄になっていた大英博物館に侵入。楽々本物のアガートラームもゲットした。

 これで神剣の完成度は4/7。

 残りはイチイバル、神獣鏡、ガングニールだったっけか?

 ともかく、折り返しも超えたわけだ。

 俺もサイボーグロックンローラーとして新生を果たし、将来的にビッグなロックンローラーになることはほぼ確定事項と言えるだろう。やべえ興奮してきた。

 

「俺は日本に帰る。

 お前らを支援したいと思う人間が他に居ないか当たってみよう。

 ああ、そうだ。お前らはこの後アメリカだったな?

 アメリカも何かと物騒だ。信頼できる人間をお前達の護衛として手配しておく」

 

「何から何まで、ありがとうございます!」

 

 オッサンは日本に帰るらしい。

 味方が出来るのはとてもありがたい話だ。しかもこのオッサン凄え頼りになるしな!

 安心感がイギリスに来る前と後で半端なく違うぜ。

 

「君が変えたいと思うものは、僕を殴っても変わらない。

 君が守りたいと思うものは、僕を倒しても守れない。

 君が僕を殴って得られるものは、嫌いな人間を殴ったという満足感だけだ」

 

「……」

 

「それでも、僕を殴ると?

 まあ僕と協力関係を維持するのは、君みたいな人間には反吐が出るほど嫌か」

 

 ウェルがそんなことを言う。

 俺が速攻で殴りに来ると予想しているらしい。まあ後一回は確実に殴るが、こいつにその一撃を予測されてたと思うと腹立つな。

 

「確かにお前は嫌いや。

 いつ裏切るかも分からんし、正直怖い。

 だけどなあ、お前の支援がキャロルには必要らしゅうてな」

 

「知ってます知ってます、だから僕もポジショニングが楽でした」

 

「だから思ったんや。

 キャロルはちょっと危なっかしい。

 だからせめて、俺が"ウェルは裏切らない"って思えるような構図が欲しいってな」

 

「……ほう?」

 

「キャロルちゃんはお前の昔の知り合いも知っとる。

 そっから聞いたんやけど、お前英雄になりたいんやってな」

 

「……それが何か?」

 

 お前が欲しいものをやる。

 だから、俺達が勝てるように支援しろ。

 俺達に賭けろ。

 そう言いてえんだ、分かるだろ?

 

「俺が世界最高のロックンローラーになる。

 そして最高のステージを用意したる。そん時、お前は俺のベースやれ」

 

「は?」

 

「お前を、歴史に残るライブの、伝説になったバンドの、ベースを弾いた『英雄』にしたる」

 

「―――」

 

「誰もが賞賛し、褒め称え、そいつを持ち上げる『英雄』にしたる。お前は伝説になるんや」

 

 ウェルは一瞬呆けて、すぐに爆笑し始めた。

 どっちの顔も、俺が初めて見る表情だった。

 

「はははははは!

 いや、面白い!

 良心だの人類だのと言われるよりずっとやる気が出るというものだ!」

 

「気に入ったみたいやな」

 

「ああ、気に入ったとも。

 何百兆円積まれても今の君の言葉の前では霞む。

 でもいいのかい? 君は僕が嫌いだろう。君はそれを隠してもいない」

 

「ああ、俺はお前がどうしようもなく嫌いや。

 お前とはどうやっても仲良くできないやろな。

 一生受け入れられそうもない。

 せやけど、お前の力を借りな救えんものがある。俺の義腕と救えた街見て、そう思った」

 

 ウェルは愉快そうに笑い続けている。

 

「じゃあ僕を許してくれたってわけだ!」

 

「いや許してへんからな、そこは履き違えんなや」

 

「ほう? 許してない者を受け入れるとは、寛容なことで」

 

「ちゃう、俺は寛容なんかやない。てめえを今もぶん殴ってやりたい気持ちでいっぱいや」

 

「許してもいない、寛容でもない、

 であれば何故僕と手を組めたのですか?

 あなたがその辺りを我慢できる理屈はない、と僕は予想していたんですが」

 

「先人への敬意。そして、俺の音楽の祖が生み出した信念を思い出したんや」

 

「?」

 

「俺の何十年も前の先輩の一人、マイルス・デイヴィスは白人を仲間に入れたんや。

 白人の黒人差別なんて言うが、当の黒人も白人差別をやってたらしゅうてな。

 ファンは大激怒、仲間に反対されたりもした。

 『白人なんかを入れるな!』って、そらもう露骨な反応が返って来たそうやで」

 

 差別。昔にあった差別だ。

 

「せやけどマイルスは全くひるまなかった。

 『緑色をしていようと赤い息を吐いていようと、オレはどうでもいい。

  そいつに才能があれば何色だってかまうものか』と、マイルスは言い切ったんや」

 

「……へぇ」

 

「キチガイだろうとクソ野郎だろうと今はどうでもいいんや。才能あるやろ、お前」

 

 キャロルのために、俺はこいつを仲間に引き込む。

 

「俺の今の気持ちは、当時のマイルス・デイヴィスの仲間と同じや。

 俺はお前が嫌いや。どうしようもなく嫌いや。

 寛容なキャロルとかに憧れるけど、どうしても俺は寛容になれない。

 やけど今だけは、最高の結果を出すために、嫌いな奴を才能だけで見ることにした」

 

 差別をしなかった、『嫌い』という気持ちの奴隷にならなかった、才能だけを見て最高の結果を求めたマイルス・デイヴィス。

 彼に、少しだけ他人を受け入れる心を貰った。

 それだけだ。

 

 俺一人なら、絶対に要らなかったが。

 ウェルの支援なんざ絶対に要らなかったが。

 俺の義腕義足の材料費と制作費を聞いて、たまげた。

 この先も錬金術を使いながらエテメンアンキと敵対し旅をするなら、金が要る。支援が要る。

 と、いうか。キャロルのために金が無いと不味い。

 あの子のために、俺は嫌いな奴も受け入れる。

 

 受け入れ……受け入れる! 本気で嫌だなウェルとの仲間関係続けんの!

 

「悪くない。実に悪くない。ここまでストレートに僕の才能だけを求めてきた人は初めてだ」

 

 そのくせウェルは上機嫌だ。何笑ってんだてめー。

 ウェルは小さな電子端末をキャロルに放り投げる。

 

「僕の今回の支援は、金と資材と情報……まあ大体いつもの三倍は入れておいた」

 

「!」

 

 あ、キャロルがめっちゃぎょっとした。

 普段の額が大きかったのか。

 だが額が少なかろうと多かろうと、三倍は大盤振る舞いに感じるな。

 

「お前、何考えてんだ?」

 

「決まってるだろう? 君が勝った後の世界の方が、面白そうだからだ」

 

 ……コイツ。

 なんだ? なんか変わったな。コイツが、俺を見る目か?

 ウェルがどこかから取り出した録音プレイヤーのスイッチを押すと、あの時街全域に響かせた俺達のロックンロールが流れ出す。

 こっそり録音してたのか。

 

「いい音楽じゃないか、ロック。

 研究の時のBGMに流してやってもいいと思える音楽は、初めてだ」

 

「……へっ、やってもいい、の部分は余計やで」

 

「演奏はともかく歌は凡庸だ。インストゥルメンタルでないと聞く気がしないな」

 

「てんめえっ!」

 

「次に僕に会う時まで歌を磨いておけよ、凡人ロックンローラーッ!」

 

 デフォで煽んのやめろや!

 俺はなんかもう色々面倒臭くなって、ウェルの腹にグーパンを叩き込む。

 

「何故ここで拳ッ!?」

 

「ええかウェル。

 赤ん坊とか、キャロルとか、その辺の俺のイライラはこれでチャラにしたる。

 イライラだけはなッ!

 けど、それだとお前も収まりつかんよな? 俺が気に入らんよな?」

 

「当たり前だろう!」

 

「次あった時、殴り返して来るとええ。

 俺は防がんし避けへん。俺に殴り返すまで、下手打って死んじゃあかんで」

 

「―――」

 

 ウェルは何故か、そこで笑った。殴られて笑うとかマゾかよ。

 

「ではその時は、マシンアームでも使って殴らせていただくとしましょう」

 

「おっまえそういうとこつくづくこすいやっちゃなあ」

 

 違った、仕返しの時を想像して笑っただけか、この性悪め。

 

「風鳴さーん、僕もついでに日本連れてってくださいよ。

 僕がそっちで雇われるかどうかはまだ交渉段階ですが、能力を見せれば十分でしょう?

 僕の打診に応じてあなたを寄越すくらいには、日本側は乗り気なんでしょうし」

 

「……こう言ってはなんだが、日本は能力以上に礼儀が重視される。

 ましてやお前は不適合者だろう? お前が思った通りにはいかんぞ」

 

「面倒臭い国ですねえ 住んでて恥ずかしくないんですか?」

 

「ごく自然に煽るお前は自分の性格が恥ずかしくないのか」

 

「いえ、まったく」

 

「……頭が痛いな。

 この相互理解社会で、密かにエテメンアンキに逆らうだけでも大変だというのに」

 

 ごめんなオッサン。でも俺味方が欲しかったんで遠慮なく頼らせて貰ったわ。

 

「またな、結弦、キャロル! また会おう!」

 

「せいぜいくたばらないように足掻くんですよ、僕に迷惑かけない程度に」

 

 二人の別れの挨拶に俺達も別れの挨拶を返して、俺とキャロルも二人だけの旅に出た。

 旅は出会い、別れ、そしてロックだ。

 俺は誰かと出会う度、誰かと分かれる度、ロックンローラーとして成長している。

 まだ一流とは言えないかもしれねえが、それでも確かに成長はしている。

 嬉しいこった。

 

「結弦くんは、ボクのためにあの人に歩み寄ったの?」

 

「……あー、まーな」

 

「ボクのせいで、また結弦くんに気を使わせちゃったかな」

 

 一晩話し込んだだけなのにすっかり俺の心を知った気になってやがるな、こいつめ。

 大正解だよちくしょう。俺がムラムラしてる時に内心を悟ってきたら、その時は潔く自殺してやるから覚悟しろよ。俺はやる男だぞ。

 

「ええんや、別にそこまで苦渋の決断だったわけやない」

 

「そうなの?」

 

「俺はウェルが嫌いや。

 あいつを基本敵だと認識しとる。

 でもな、なんかあいつとぶつかってる内、あいつのことが少しは理解できた気がしたんや」

 

 理解と仲良くすることってのは別なんだな。

 クソみたいに嫌ってる奴を理解して、妥協で仲間関係を作ることもあるってことだ。

 

「俺はあいつが嫌いやけど、あいつが好き勝手生きるのはあいつの自由や。

 死ねこんにゃろう、殴りてえ、ふざけんなこら、とこれから先何度も考えると思う。

 実際殴るやろし、あいつの研究を邪魔することもあると思うんや。

 やけど、あいつが通り魔にでも襲われてたら、俺はあいつの命を守るために動く気がする」

 

 なんでだろうな。嫌いなのも殴りたいのも本当なんだが。

 

「『私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る』

 かな? ヴォルテールの発言の意図とはちょっと違うかもしれないけれど」

 

「え、なんやそれ」

 

「……だよね、結弦くんが知ってるわけないよね」

 

 小難しい事言うのやめろ。

 

「行こう、結弦くん」

 

「せやな」

 

 俺がキャロルを抱え、飛行場に外から飛び込む。

 エテメンアンキの検問あるのに正規ルートなんて通ってられるか。

 隠密術を駆使して離陸直前の飛行機にへばりつき、忍術と錬金術を駆使して貨物室へ。

 貨物室内に錬金術で揺れないスペースを作って、二人してそこに寝っ転がりぐだぐだとアメリカに到着するその時を待つ。

 

「あ。キャロル、新聞発見や。

 へー何々……何やと!?

 ロックの女王マリアとクラシックの姫クリス・ユキネの対決!?

 キャロル! 時間があったらこれ見に行ってもええかな!?」

 

「いいですよ。時間があったら一緒に見に行きましょう」

 

「っしゃあっ!」

 

 揺られに揺られて、揺れないスペースで俺達は寝て、あっという間にアメリカに到着。

 

 そして、そこで、弦十郎のオッサンが手配したという『味方』と顔を合わせた。

 そいつは女だった。

 髪は青。俺ほどじゃないが背も高い。だが抜き身の刀の如き雰囲気が、俺に"コイツただ者じゃねえ"と漫画のような脳内台詞を吐かせていた。

 

「私は故あって名乗れない。

 だが信じて欲しい。私は風鳴弦十郎の部下だ。

 そうだな……ミス・ウイング、とでも呼んでくれ」

 

 突如現れたミステリアスで強そうな謎の美女。

 

 ミス・ウイング。一体何者なんだ……?

 

 

 




 ミス・ウイングの胸は無いのでウイングゼロと呼んであげてください。正体は不明です


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ロックンローラーの劣等感

薄い本で翼さんの胸が異常に盛られる豊胸手術現象をウイングゼロカスタムと呼びましょう
逆に胸が過剰に平たくされている現象をムネサイズヘルと呼びましょう



 マリア・カデンツァヴナ・イヴはロックシンガーだ。

 俺でも知ってるが、俺じゃなくても知ってるロックスター。

 ストリートライブから始め、口コミで一気に評価され、今ではロックの聖地アメリカを制覇済みというロックの世界の女王様だ。

 昔はロッカーらしい過激なパフォーマンスも魅力だったが、事務所の意向で今はかっけえイメージや美人という点を推してるらしく、昔ほどの過激なパフォーマンスは見られねえ。寂しい。

 まあ、それでも全米トップの人気であることに変わりはないな。

 

 雪音クリスはクラシック音楽家だ。

 俺でも知ってるが、俺じゃなくても知ってる実力派の若手。

 有名な音楽家の両親を持ち、クラシックの世界でデビュー。月の破壊のゴタゴタで一回一新されたクラシック界隈は、彼女の登場でまた新生したとさえ言われる、クラシックの世界のお姫様だ。

 ただ本人は可愛らしいやんちゃ小僧ということでも有名なんだよなぁ。

 有名な賞の授賞式の途中で「ああもう面倒臭え!」とトロフィー引っ掴んで逃げた話とか、ライブハウスに殴り込んで即興でポップスを一発披露して行ったエピソードとか、やんちゃなエピソードで枚挙にいとまがない。

 ロックな生き様、嫌いじゃないぜ。

 コイツの音楽とキャラクターが両方受けて、ヨーロッパとアジア圏を中心として世界各国で絶大な支持を受けてるっつー話だ。

 

 そんな二人が今、アメリカで、しかもロックの舞台で激突しようとしてるって話だ。

 雪音クリスのフットワークは軽い。しかも本人が好奇心旺盛と来た。

 新聞には動機も書いてあったな。クラシック界隈だけに留まらず、別ジャンルの音楽にも挑戦して自分を試してみたくなったとか。

 熱い奴だ。

 熱い奴は嫌いじゃない。ロックだからな。

 だけど天才は基本的に嫌いだ。許せぬ。劣等感がバリバリになる。俺より人気になりそうな天才皆死ねばいいのに。でも雪音クリスの音楽は好きなんだよ。CD持ってんだよ。

 だから雪音クリスは死ぬな。

 ……いかんな、こういう思考は。

 

 あー、いいよな天才は。

 他ジャンルに手を出せるってことは、雪音クリスは一つのジャンルだけでいっぱいいっぱいじゃねえってことだ。他に手を出せる余裕があるってことだ。

 雪音クリスはまだ若く、クラシックはまだ道半ばだろうさ。

 だけど一定ラインまでは極めてるはずだ。

 そこで他の音楽に手を出せば、手を出した分だけ経験になる。音の肥やしになる。未知の刺激になる。そりゃ、最強だろ。雪音クリスは勝っても負けても成長するってこった。

 

 そんなクリスVSマリアとか好カード過ぎんだろ。歴史に残るぞこれは。

 

「いやー、楽しみやなー。キャロルも楽しみやろ?」

 

「結弦くんが楽しそうでよかった。結弦くん見てるだけで面白いよ、ボクは」

 

 あーもう、この子は。

 今俺達はアメリカのアパートの一室を確保していた。

 エテメンアンキはヨーロッパに集中して俺達を探しているらしい。

 その間俺達は、アメリカで聖遺物『イチイバル』を探しつつ、ぐだぐだ日々を過ごしていた。

 

「でもクラシックとメタルって、全然別の音楽なのに、勝負になるのかな」

 

「そうでもないんやで? クラシックとメタルは昔から融合を目指して来たもんなんや」

 

「え? そうなの?」

 

「まあ、クラシックとロックで対抗意識持っとる人は確かに居るんやけど……

 俺が演奏しとるスラッシュメタルの界隈でも、メタリカが色々やってたなぁ。

 でもま、ネオクラシカルメタルといった融合の成功例が色々生まれて流行ったんや」

 

「二つの異なるものを融合させ、別の何かに消化させる。錬金術みたいだね」

 

「そういう点から見るに、雪音クリス、彼女なら……」

 

「彼女なら?」

 

「『シンフォニック・メタル』で来る、と思うんうや。

 シンフォニックメタルでクラシックとロックの融合を見せたがってるんやと思う」

 

 雪音クリスの音楽の傾向からして、多分そうだな。多分。

 オペラやオーケストラをロックの側に取り込み、ヘビメタ系のガンガン行く歌で攻めるシンフォニックメタルは雪音クリスの声にもよく合う。

 日本でもゴールデンボンバーなんかがやってたことあったな、シンフォニックメタル。

 

 ここはアメリカ、現代ロックの始皇帝マリアのホーム。しかもロックの舞台となれば雪音クリスは圧倒的不利だろうさ。

 だが、それでもどっちが勝つかは俺にも分からねえ。

 そのくらいに両者の実力が高えからだ。

 アメリカの新聞じゃ、マリアマリオがクリスクリボーを踏み潰すのは間違いない、くらいに報道してるが、見る目がねえなあマスコミは。使えない護衛しか城に置いてないピーチかよ。

 

 あ、ミス・ウイングが帰って来た。

 

「食材を買ってきたぞ」

 

「お、ありがとなぁ。ほなその辺座っといて」

 

「うむ」

 

 俺、料理開始。

 しかし日本語の癖がモロに出てる英語でウイングとかいう偽名名乗るなよこいつ。コメディアンか何かか? でも護衛に来て貰ってる手前そこまでズケズケ踏み込んでいいか悩むな。

 こいつがネタで名乗ってるのかマジで名乗ってるのか判断できねえ。

 そこ間違えたら上手く対応できる自信がねえ。

 保留だ保留。

 

 ……ただでさえなあ、正体隠して本名名乗らないって時点でこいつのややこしさは、キャロルが推察してる。

 まあ、あれだ。

 こいつがやらかしても、こいつが自分の正体一切明かさず死んでいけば、日本サイドに一切迷惑はかからないってわけだ。

 こいつは死を覚悟でここに居る。

 ウイングとかいう名前のくせに、重い。羽のような軽さがない。

 

「腕の調子はどう? ボクが見た方がいい?」

 

「ぜーんぜん。この義腕、料理の腕も上がるとかいいこと尽くめやで」

 

「そっか、よかった」

 

 かつては「リンゴの皮をひと繋がりにして剥くぞ!」と決意すれば、皮に余分な果肉沢山くっつけて剥いちまってた俺。

 そんな俺も今や「え? 俺今リンゴ剥いてた? いやー無意識だったわー、無意識に皮ひと繋がりにして剥いてたわー」と言えるほどのレベルに達していた。

 勿論皮に付いている果肉はゼロだ。

 義腕サマサマだ。今ではふわふわになるくらい細くキャベツの千切りも出来るぜ。

 

 前日に下ごしらえしておいた鳥の胸肉出して、下味つけて焼く。

 火が通ったら切り分け、ウイングが買って来たトマトソースを使ったソースをかける。

 火が通り切るまでに作っておいたサラダ、簡易版手作り吸い物を添え、米をよそる。

 よし。

 まあ米、鶏肉、サラダ、スープ(吸い物)あれば十分だろ。

 

「いただきます!」

「いただきます」

 

「めしあがれ」

 

 なんかなー、こう、旅をしてるとな。

 日本のとんこつラーメン大盛りとか無性に食いたくなるんだよな。

 マックは世界中どこにでもあるんだが、日本のラーメンってどこにもねえし。

 たまには健康に悪い感じの外食がしたい。クソ安いブタメンを野外で食いたい。デニーズのクソデカいパフェが好きだ。スシローの寿司が好きだ。ガストの焼肉食いてえ。

 しかし日本に留まっていたとしても、貧乏ロッカーの俺には高い外食なんてめったに食えねえもんだったんだよなあ。現実は非情だ。

 

「吸い物か、ありがたい。私の実家では……………………私は国籍不明の謎の女だ」

 

「お前素性隠す気あるんか?」

 

「こんなものを出す時点でお前も多少察して居るんだろう。意地悪は言うな」

 

「いやお前な、この前寝起きの時にな。

 俺が呼んだら『ウイング? いや私の名前はつば……ウイングだ』って寝ぼけてたやんけ」

 

「……面目ない」

 

「いや別に、それはええんや。

 時差ボケ起こして寝不足になってまうくらい、俺らのために動いて貰ってたんは分かる。

 でもなあ、そんなにバレバレなら俺らの前でくらい本名使ってもえんやないかと思うてな」

 

 できれば本名で話したいよな、とキャロルに目で訴える。

 うん、そうだよね。あ、このお肉美味しいよ、と目で返答が返って来る。

 だがウイングは生真面目っつーか、頑なだった。

 

「私は本気で自分の素性を隠す。

 本気でお前達を守る。

 それでどうか、納得してくれないだろうか」

 

「……ま、ええか。こちとら世話になってる側の人間やしな」

 

 行儀は良いんだが、要領は良くないなこいつ。多分。

 

「ボクはこういうスープ好きだな……あ、そうだ。

 ウェル博士から貰った情報の中に、フィーネのことが書いてあったよ」

 

「へえ、フィーネお婆さんの? どこ行ったんやろなあの人」

 

「フィーネお婆さん……? それはそうと、紙に出しておきましたので、どうぞ」

 

 ふむふむ。

 証拠と推測がきっちり分けられてるな、流石ウェル。

 

 ここからは事実。

 フィーネはカストディアン……神? に会おうとしてたのか。

 神っつったらあれだな、ブッダだ。フィーネはブッダに会いに行ったのか。

 んで世界の外に出て行った。

 フィーネは部下に世界を統治するための玉座を残したが、今はそこにキャロルが座ってるのが確認されてる。確認した奴は記憶消されたんだっけ?

 

 ここからはウェルの推測。

 フィーネはウキウキで世界の外に出ていった。

 自分が居なくなっても世界を平和に維持できるよう、世界の危機を解決できるよう、自分の部下達に腹案やアイテムを残していったが、それを根こそぎオリジナルキャロルに持って行かれた。

 バカじゃねえの?

 ウェルはそれが十数年前にあったオリジナルキャロルによるフィーネ殴り込みのタイミングだと推測している。

 

 うーん、推測多いな。

 フィーネがどのタイミングでブッダに会いに行ったのか分からん。

 エテメンアンキの玉座はいつから空だったんだ?

 キャロルはいつから玉座に座ってたんだ?

 今のこの世界の問題って、フィーネが居りゃ解決されてたもんなのか?

 

 ……あーいやもうどうでもいーわ。

 

「だいたいわかった。キャロル、何か分かったら教えてな」

 

「はい!」

 

 丸投げしておこう。

 

「私も多くは知らない。

 だが、エテメンアンキの初期は非常に統率の取れた組織であったと聞く。

 人道的で合理的な組織であったがゆえに、各国もすぐ傘下に入ったらしい。

 ならばその時期は確実にフィーネとやらが統率を取っていたんだろう。

 過激派宗教団体、クー・クラックス・クラン、パヴァリア光明結社……全てを打ち倒していた」

 

 パイズリ光明結社?

 パイズリ光明結社とかなんだよ。名前つけた奴のセンス疑うわー、ないわー。

 何に光明当てたがってんだよこのオープン変態性癖ド変態野郎どもが。

 設立者もそうだが参加を決めた構成員一人一人が救いようのないド変態だわ。

 仮にそんなとこに所属してる奴と出会ったら笑いこらえられる自信ねーわ。

 

「すまない。私もエテメンアンキの過去について多くは知らないのだ」

 

「ええんやで。それよか、飯美味いか?」

 

「え? ああ、美味しい。アメリカでも日本の味に近いものを食べられるとは思わなかった」

 

「そかそか、それならええんや。腹一杯食って満足したら、ちょっと出かけよか」

 

「どこにだ?」

 

 ウイングが首を傾げる。

 キャロルは既に外出の準備を終えている。

 イチイバルも数日中に見つかりそうだし、まあいいだろ?

 

「マリアさんのライブに行くんや!」

 

 イェーイ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いいよなアメリカ。

 銃とかゴミ箱に捨てられてそうな感じとか、地元ヤンキーチームがクソ強そうな感じとか、ちょっと路地裏に行ったらぶっ殺されそうなアメリカいいよな。

 まあここニューヨークど真ん中だからあんま治安悪い光景見られないんだけどな……

 

 ニューヨークはパンクの聖地。俺としてはサンセットストリップとかの方に行きたい。

 が、イチイバルはニューヨークにあるってんだから仕方ねえ。

 マリアさんのライブが見られるってんなら、プラスマイナスで考えてプラスまである。

 いいよなぁライブ。

 演奏側もいいが観客側もいいんだよアレ。

 気楽で無責任な一体感がな、たまに味わいたくなるんだわ。

 

「広いな……私の想像以上だ」

 

「全米トップのスーパーロックンローラーやで? 小さい会場で演奏するわけあらへん」

 

 ウイングのライブ会場に慣れてない様子が初々しい。

 ん? キャロルが慣れてない様子を見せてないのはおかしいな……あ、こいつ事前に勉強して来たな。慣れてない様子を見せないように頑張ってんな。可愛い奴め。

 小さいライブハウスならともかく、世界的ロックスターのライブともなりゃ世界中から人が集まってやがる。これなら東洋人がちょっと混じってっても目立たないな。

 

「あれ? 結弦くん、前の方に行かないの?

 ライブでは前の方が盛り上がるって本には書いてあったのに……」

 

「前は訓練されたファンの場所や。

 一番前に居るファンは、自分より後ろのファン全員の視界に自分の姿が入っちまうんやで」

 

「あ」

 

「俺らみたいなにわかファンは、人口密度の低い後ろの方でじっくり見ようや」

 

 流石にライブ初体験の二人を連れて、ロックライブ最前線に行く気はねえよ。

 客席後方の脇の席でも大丈夫だ。

 最近のライブ会場は、スピーカーで音を遠い座席にもきっちり届けてくれる。

 

「結弦くんはスラッシュメタルだけど、マリアさんはどういう音楽の人なの?」

 

「マリアさんはロックンローラーやけど、ロックだけの人っちゅうのも何かちゃうな。

 例えるならビートルズ寄りの人や。

 結構多芸で……強いてジャンルを言うんなら、『マリア』と言うしかないんや」

 

「……?」

 

「聞きゃ分かる」

 

 しょうがねえんだって。

 その人があんまりにも多芸なせいで、その人の名前がそのまんまジャンルになるものもある。

 ピカソは『ピカソの絵』、ビートルズは『ビートルズの曲』で通じる。

 『マリア』はそれ単体で通じるジャンルみてえなもんだ。

 あ、声優が「○○は何やっても○○だな」とか言われる奴とは違うからな。

 

「あ、演奏、始まった」

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴの短い口上とパフォーマンス。

 そして演奏の開始。

 一度聴けば、猿だって理解し感動するのが一流のロック。

 だがマリア・カデンツァヴナ・イヴのそれは、発情した猿のカップルから男の猿を音だけで寝取ると言われてるくらいに、次元が違う。

 

「―――」

 

 ほら、見ろ。

 序章だけでキャロルもウイングも、一気に引き込まれた。

 異様にハッキリと聞こえる音。

 蠱惑する鮮やかな旋律。

 歌を耳にしているだけなのに、リズムに人体の鼓動が引きずられてペースアップしていく。

 胸に響く歌声に、心臓を揺らすギターを混ぜるがマリア・カデンツァヴナ・イヴだ。

 

 ヘビィメタルミュージック『Apple』。

 ロックの世界の女王様が、子供の頃に好きだったリズムをヘビメタに再編成した名曲。

 誰の耳にも、届く歌だ。

 

 音楽が分からない奴に、仮にこれを説明するとする。それなら簡単だ。

 『コンビニで流せば誰でも十秒で興味を持つ』。

 『興味を持った奴が歌詞を聞き取って、検索サイトでフレーズを検索する』。

 『そしてまた後で改めて聞こうとする』。

 この三段階がまず確実に発生する、そういう最高の歌と演奏なのさ。

 

 この人の音楽は、人によって例えるものが違う。

 銀の新車のドライブをイメージする奴、抜身の刃が頭に浮かぶ奴、コイントスで跳ね上げられた銀貨を連想する奴も居て、大雪の後の一面の銀世界を想像する奴も居るらしい。

 まあ、つまり一言で言っちまえば――

 

「すっ、ごい……!」

 

 ――『銀』。

 美しく、綺麗で、強さも感じる、輝きの旋律。

 "銀のロックンローラー"。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴに付けられた異名の中で、俺はそいつが一番今の彼女に合ってると思うな。

 昔の彼女はファッカー・ザ・マリアの名に相応しいロックンローラーだった。

 だがそこから彼女の進化は止まらなかった。

 怖気がするぜ。

 成長を止めない最強キャラに、一体誰が追いつける?

 

 ロックの王国アメリカで、女王になったマリア・カデンツァヴナ・イヴは、まさしく最強。

 自由の女神像ですら、彼女の旋律はファック出来る。

 国が丸ごと女王様の音にメロメロだ。ったく、罪な女ってレベルじゃねーぞ。

 

「わぁ―――!」

 

 しかし、あれだな。

 悔しい。

 ……できれば、キャロルに一番最初にいいロックを聴かせるのは、俺が良かった。

 今俺の隣で浮かべられてるキャロルの笑顔、俺に向けて欲しいかった。

 落ち込むし、劣等感バリバリになってきたわ。

 ……あ、ヤベえ、何か今の俺クッソ女々しい。

 ロックじゃねえ。情けねえ。あーでもクッソ悔しい。負けん気湧いてきた。

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ、タンスの端っこに足の小指思いっきりぶつけねーかな……

 

 

 

 

 

 ライブが終わった頃には、キャロルもウイングもすっかりマリアのファンになっていた。

 やべーなマリア効果。

 

「いいものだな、音楽というものは……」

 

 このウイングの顔すんげえぞ。

 人間が人生変わるくらいの衝撃受けた顔、俺久しぶりに見たぞ。

 『感銘』を絵に描いたようなこのウイングの顔、親に見せてやりてえぜ。

 

「凄かった……結弦くんがロックを大好きな気持ち、すごく分かったよ」

 

「そうなん?」

 

「うん! 今のボクの気持ち、きっと結弦くんと同じ!」

 

 同じじゃないと思うぜ、俺の心中劣等感バリバリだからよ!

 でもやっぱマリアはいいわ。

 こう……尊い。"ロックっていいよな"って気持ちになる? 感じ。

 マリアの音楽はロック界の宝だわ。末永く歌い続けて欲しい。

 

「私は詳しくないが、信じられないくらいに有名人で人気者のようだな、マリアというのは」

 

「清純派シンディー・ローパーとさえ言われるほどの人やからな」

 

「慎次ィー・ローバー……? すまない、私にはちょっと分からない」

 

「ロックの国の女王様や」

 

「む、ちょっと分かってきた」

 

「炭酸飲料業界におけるコーラ!」

 

「つまり一番人気で一番有名ということか? 凄いな」

 

 こういう感覚的(フィーリング)な納得を与えんのが一番難しいんだ。

 「この最強キャラは地球ぶっ壊せる!」って説明しても「へー」だが、ドラゴンボール読ませれば「地球壊せる悟空すげー!」になる。感覚での理解が大事なんだ。特に音楽じゃあな。

 ライブはその点最高だ。

 音は響き、皆が一体になった光景が目に焼き付き、空気の震えが肌を叩く。

 最っ高に感覚を刺激して、感覚から皆の心を魅了してくれる。

 

「ライブはiTuneとかCDで聴くのとは根本的に違うんや。いい経験できたなあ」

 

「『アウラ』だね、結弦くん」

 

「アウラ……?」

 

「哲学者ヴァルター・ベンヤミンは写真等が流行る時代にこう考えたんだ。

 『芸術作品には一回きりの凄い感動を与える力がある』って。

 その一回きりの力をアウラ、って呼んだんだよ。

 写真や録音では残せない力、それがアウラ。

 ボクには音楽はあまり分からないけど……さっきのライブには、これがあったと思うんだ」

 

「キャロルは本当に頭ええんやなあ」

 

 世間知らずな風で、専門知識は莫大にある。本当にこの子は頭いい子だな。

 この子は音楽の世界しか知らないっつうが、俺は逆に音楽以外のことには全く詳しくねえから、この子の見解が面白い。

 そうだな。キャロルはいつだって、俺に違う世界を見せてくれる。

 

「そういう意味じゃあれやな。

 ライブ前のマリアさんのパフォーマンス、あれもアウラなんやろか。

 ほら、ガラスコップに特大の大声(シャウト)吹き込んで、声だけでコップ割るやつ」

 

「ああ、あれは凄かった!」

「あ、あれ凄かったね!」

 

「ハモってるようでハモってないハモりやめーや。

 あのガラスコップ、事前に細工がしてあったんかそうでないんか分からんなあ」

 

 素のシャウトで壊してたら化物だが、流石にそれはないな。

 ……ないよな?

 してたらこえーぞ。

 マリアパッチの雄叫びとか笑えねえ。

 

「あ……セレナさん? 結弦くん、こっち来て」

 

 え? セレナ?

 周りに人も居るってのにキャロルの身長で見つけられるってどこに……あ、居た。

 スタッフ専用入り口から出て来たところか。

 (マリア)の身内だったから入れてもらえたのか?

 あ、こっちに来る。

 意識しろ、俺。今度こそは絶対に胸を見るな! 嫌な思いさせるくらいなら首を切れ!

 

「ちょっとぶりだね、キャロルちゃん、結弦くん。

 姉さんのライブに来てたんだ、ちょっとびっくり」

 

「ちょっとぶりです、セレナさん」

 

「おひさやな。今日もお仕事でこっちに来とるんか?」

 

「うん、その通り。そのついでに姉さんに挨拶しに来たんだ」

 

 マリア&セレナの美人姉妹を連続して見た今だからこそ思う。

 美人遺伝子が仕事しすぎだろ、この姉妹。

 

「そうだ。結弦くん、姉さんに会ってみ――」

 

「是非」

 

「く、食い気味! 結弦くんがボクも見たことないような顔してる!」

 

 おいキャロル。お前俺と一ヶ月も付き合いないくせにそのセリフはどうなんだ。お前見たことのない俺の顔の方が多いだろ、理解者気取りかこんにゃろう。

 そういうのはもっと付き合い長くなってから言え。

 セレナは俺達を連れてすいすい会場の中を進んでいく。

 おいウイング。通行人とすれ違う度に懐の短刀に手を伸ばそうとすんのやめろ。真面目か。

 

「姉さん、姉さん、入っていい?」

 

「セレナ? いいわよ、入って」

 

「男の人も一緒だけど大丈夫? 私の勘だと、姉さん今着替え途中だよね」

 

「ッ!? ご、五分ちょうだい!」

 

 あー、あるある。無神経な妹のせいで姉の威厳が無くなるやつ。

 あのマリアも人間だったんだな……というかセレナが強い。

 姉妹間のヒエラルキーが垣間見えたな。

 

「どうぞ」

 

 マリアがそう言うなり、セレナがドアを開けて部屋に入る。

 俺達もCMのピクミンのようにその後に続いた。

 部屋の中にはマリアのみ。

 マリアの視線がセレナ、キャロル、ウイング、俺の順に向けられていた。

 すげえ、生マリアだ。……生マリアって多分言いにくいなこれ。リアルマリア。マリアル。マリアントワネット・カデンツァヴナ・イヴ。

 ……俺の思考動揺してるな。動揺してる。

 リスペクト対象と出会えたからって頭おかしくなってるな。

 

「セレナ、その人達は?」

 

「私の友達で、ライブを見に来てくれた姉さんのファンだよ」

 

「そう。初めまして……と言うのもおかしいかしら? マリア・カデンツァヴナ・イヴよ」

 

 やべえ、俺より偉い人に先に挨拶させてしまった。

 無礼にも程がある。慌てて俺も挨拶と名乗りを返した。

 キャロル達も挨拶をする傍ら、セレナが何か考えて……あ、何か思いついた顔した。

 

「そうだ姉さん。結弦くんロッカーなんだけど、姉さんが指導を付けてあげてくれないかな?」

 

「私が?」

 

 ―――何を突然!

 ―――これはチャンスだ!

 二つの思考が脳内を駆け巡り、俺は反射的に頭を下げて頼み込んでいた。

 

「お願いします! 俺、マリアさん以上のロックンローラーになりたいんや!」

 

 あ、やべ、ちょっと本音が出た。もうちょい下手に出ればよかった。

 

「へぇ……」

 

 あれ、マリアの声の感じからするに感触悪くねえぞ? どういうこった。

 

「けど、私も忙しいわ。そんなに指導の時間は取れないわよ?」

 

「それでもええ! お願いします!」

 

「私の指導は厳しいわよ? 時間がない以上、厳し目になるわ」

 

「望むところや! 覚悟の上です!」

 

「……いいでしょう。

 本来ならお金を取らないと行けないんでしょうけど、セレナの頼みだものね」

 

 マジかよ、ダメ元で言ったのに。超嬉しい。

 

「ついて来れるならついて来いッ!」

 

 かくして、キャロルとウイングを完全に置き去りにした俺の修行パートが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の全力演奏をまず見せろ、と言われた。

 

「まずは見せてもらうわ。ライブ会場(いくさば)に冴える抜き身のあなたを」

 

 義腕で俺の能力は上がってるんだ、イケる!

 しょっぱなで俺の腕を見せて驚かせてやるぜ!

 

「この……ハズレロックンローラーッ!」

 

「ごめんなさい俺調子に乗りました! 堪忍や!」

 

 ダメだった!

 

「あなた、最近急に何かの要素でギターの演奏だけ上手くなったでしょう」

 

「あ、はい」

 

「演奏が上手くなりすぎなのよ。

 最初は演奏と歌が合ってたんでしょうけど、今は徐々に離れ始めているわ。

 ギターボーカルは歌と演奏、その両方に個別のリズムを持たないといけない。

 あなたは無意識の内に、歌と演奏のバランスを完全に崩壊させてしまっている」

 

 なん……だと!?

 

「そんな……!」

 

「うろたえるな!」

 

 動揺した俺の頬にマリアの平手打ちが飛んで来る。

 落石訓練で耐久力を鍛えた俺が女の平手でどうにかなると思うなよ!

 それはそれとして不甲斐ないロッカーでごめんなさい!

 

「すみません……」

 

「しょげるなッ!

 あなたもロッカーなら、私相手に噛み付くくらいの根性は見せなさい!

 音楽家が自分の音を見失うなどしょっちゅうよ!

 あなたは誰もはいつかはぶつかる音楽家の壁にぶつかったに過ぎないッ!」

 

「……っ!」

 

「だけど音楽家(わたしたち)は何度も"上手く行かない"という壁にぶち当たり、立て直す。

 失敗や失調をしないのがプロではないわ。

 たとえそうなっても、仕事の舞台までに立て直せるからプロなのよ!

 音楽で食っていくと決めたなら、覚悟を決めなさい! あなたもロックンローラーならッ!」

 

「はいっ!」

 

 修行は続く。

 

 

 

 指定された曲を指定されたリズムで弾けと言われた。実質速弾きだ。

 

「振り返るな結弦、全力疾走だッ!」

 

「押す!」

 

 全力疾走で弾く。

 だが、キツい。

 曲のチョイスと指定されたペースが速すぎる。

 

「くっ!」

 

 やべっ、失敗した。やべっ、やべっ。

 

「うろたえるな!」

 

 痛え! デコピンされた! 結構痛い!

 

「この曲は、あなたの普段の演奏ペースより少し速いだけよ。

 あなたの運指の速さなら問題にはならないはず。ならば何故出来ないのかしら?」

 

「うっ……」

 

「それは……あなたの心が、この速さにうろたえたからに他ならないッ!」

 

「ッ!」

 

 技術の問題ではなく、精神の問題だとッ!?

 

「平常心を保ちなさい! これはメンタルの問題よ!」

 

「はい!」

 

 修行は続く。

 

 

 

 マスター・マリアは途中で唐突に分厚いグラスを差し出して来た。

 

「分厚い市販のガラスコップよ。これをあなたの叫び声(シャウト)だけで割りなさい」

 

 無理に決まってんだろ。

 

「割るまではこの部屋から出さないわ。覚悟してやりなさい」

 

「無理に決まってるやろ! 違う修行でお願いします!」

 

「うろたえるな!」

 

 うろたえるわ!

 

「ジム・ジレットも知らないの?」

 

「ジム・ジレット……聞いたことがあります。メタルバンド・タフのボーカルやな」

 

「そう、『世界最速のギタリスト』マイケル・アンジェロの相棒。

 歌を辞めてブラジリアン柔術のグレイシーと共に格闘家の道を選んだロッカー。

 彼は32秒シャウトを続けることができ、シャウトでグラスを割ることが出来たと言うわ」

 

 だからってできねーよ、常識的に考えろ。

 

「せやけど無理ですって!」

 

「やる前から無理だなどと言うなッ!

 時代を作る音楽はいつだって、不可能を踏破することで生まれると知れッ!」

 

「不可能ですって! 良いから見ててください! アアアアアアアアアッ! あ、割れた!?」

 

「ほら見なさい」

 

 割れちゃったよ、俺のシャウトで。

 

「次からは徐々にグラスの厚みを増やしていくわよ」

 

 え、まだ上があるんですか。

 

 そんなこんなで、俺が倒れるまで修行は続いた。

 

「今日はここまでにしましょう」

 

 体力自慢の俺が、まさか女の人について行けねえなんてな。流石マリアだ、すげーわ。

 心底リスペクトできる。

 

「また私の時間が空いたら連絡するから、自主練も忘れないようにね」

 

「じゃあね、頑張ってね。姉さんの指導は厳しいから」

 

 マリアとセレナが帰っていく。立てねえ。見送れねえ。

 

「だ、大丈夫?」

 

「だいじょばない」

 

 キャロルが心配そうに、優しく声をかけてくる。

 修行中ずっと待っててくれたのか。良い奴すぎねえかな。

 

「私が家まで運んでいこう。結弦、少し我慢しろ」

 

「ボクがおんぶします! 結弦くんを背負うのはボクです!」

 

 あーもうこういう時にやる気出すんだからこの子は。

 俺の身長さー、180超えてんだからさー、君が背負ったら足引きずるわけなんだが。

 ほら見ろ段差で俺の足ゴツンゴツンぶつかってんじゃん。

 すっぱり言ってやるべきか。

 いやでもなあ。

 頑張ってる子にそういうこと言うのはな。

 理想的なのはキャロルが俺を家まで運びきったところで、「よく頑張った」「ありがとう」って言ってこの子の笑顔を見ることなんだが。

 ……借りてる部屋までキャロルの体力保たない気がする。

 

「結弦の足を引きずっているぞ。私が替わろうか?」

 

「大丈夫です、ボク頑張ります」

 

「しかしそれでは、お前にとっても結弦にとってもよくない状態が続くのではないか」

 

「……」

 

「私を頼ってくれ。私もお前に頼られたい。それはいけないことだろうか?」

 

「……結弦くんを、お願いします。ボクじゃちょっと、身長が足りないみたいです」

 

 かっこいいこと言うな、この青髪。ネーミングセンス微妙に無いくせに。

 

「ありがとなぁ、キャロルちゃん。ウイングもサンキューな」

 

「ボクは途中までだから、お礼は貰えないよ」

「私のことも気にするな。私も指令されたこととは別に、お前の力になってやりたくなった」

 

「え?」

 

「私が知っているのは、一つの道を極めようとすることの辛さだ。

 才に依らずに実力を身に着けることの困難さだ。

 そして、自らを弛まず鍛えることの偉大さだ。懸命に自分を鍛える者に、私は敬意を表する」

 

「ウイング……お前、ただ腕力が強いだけの変な人やなかったんやな……

 ごめんな、俺の認識が悪かった。お前を勘違いしてた俺が情けなく思えてくる」

 

「待て、どういう意味だ?」

 

 そのまんまの意味だよ。

 

 借りてた部屋に到着した。さあ休もう。俺が復活したら飯も作ろう。そして風呂入って寝るぞ。

 今日は誰の曲を聴きながら寝ようかね?

 やはりマリアか。マリアで行くか。マリアのR&Bをキャロルに聴かせよう。

 

「……来たか?」

 

 ん? 郵便受けからウイングが何か取り出してるな。

 

「何が来たん?」

 

「イチイバルの所在が分かった」

 

 パねえぜ日本の諜報機関。

 

 

 

 

 

 俺が飯を作ろうと思ったが、キャロルが俺の体を気遣ってピザ頼みやがった。いくらなんでも心配性過ぎねえか君。

 ピザ食いながら、ウイングに届けられた手紙を拝見する。

 

「バッカやなー!」

 

 第一声がそうだった俺を責めないで欲しい。

 

「元より裏社会に流れている物だと私も聞いていたが、これはな……」

 

「ボクらが聖遺物を集めてることを、エテメンアンキも感づいていた。

 だから聖遺物流通には目を光らせていて、非合法取引をしようとしていたマフィアが困った」

 

「イチイバルを持っていたマフィアは工作を開始する。

 そして、エテメンアンキが目をつけてない場所。

 つまりは治世側が想定もしていない取引のルートを考え……」

 

「国境を越えた対決、クリスVSマリアのステージを選んだってわけやな。

 イチイバルの欠片は、今は優勝トロフィーの台座ん中。

 エテメンアンキはイチイバルの所在に気付いとらん。

 受け取り側のマフィアは両音楽家の事務所の関係者に手の者を混ぜておけばええわけやな」

 

「マリアさんか、クリスさんか。

 勝者がトロフィーを掴む以上、どっちが優勝しても聖遺物の受け渡しは完了します」

 

「大会運営委員はトロフィーを金庫に入れてエテメンアンキにさえ触らせない姿勢らしいで」

 

 いや、もう、バカだろ。

 バカだけどある意味最適解なのがタチ悪い。

 今回の優勝者はマリアかクリスで決まりだ。ならこれで確実にブツの受け渡しができる。

 普通は使われない物流ルートだしな、これ。

 エテメンアンキも気付いてないらしいし。

 聖遺物を高値で売りたいマフィアと、高値で買いたいマフィア。そいつらが音楽の大舞台を利用して、取引を成功させようとしてるってわけだ。

 

 クリスとマリアの知名度で多くの金と人が集まってる今のニューヨークなら、どさくさに紛れてこのくらいは出来るのかもしれねえな。

 統一言語がある以上、いつバレるかも分からんが。

 

「どうしよう、結弦くん」

 

 そんな不安な顔すんなって。俺がなんとかするから。

 

「決まっとるやろ」

 

 世界を救うんだろ、キャロル。

 じゃあ止まってなんか居られねえよな?

 

「今回のクリスVSマリア。

 話題を作るためか、大イベントを一日で終わらせんためか。

 どうやら複数の有名バンドを招いて、人気投票トーナメント形式でやるそうや」

 

「……まさか」

 

 そのまさかだ。

 

「ロックで大会を勝ち抜き、優勝トロフィーをゲットする。

 そしてこっそりイチイバルを台座から抜き取り、確保するんや!」

 

「またロックで全てを解決しようとしてる!」

 

 いいだろ別に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よくじーつ。

 俺はライブ会場に殴り込み、クリスVSマリアの舞台となる大会へ飛び入りで参加しようとしていた。大会形式の激突は明後日始まる。飛び入りで参加するには今しかない。

 

「駄目です」

 

「なんでやねん!」

 

「むしろなんで飛び入りで参加できると思ったんだお前!」

 

 ダメでした! そりゃそうだよな、俺でも断るわ!

 大会自体参加者のレベルかなり高く見積もってるだろうから、無名のパンピーとか参加認めるわけがねーわ。

 だが俺はキャロルにイチイバルを持って帰るため、不可能を不可能のままにはしておけねえ。

 ここで諦められるか。

 無理で道理を殴り倒す!

 

「ではここで俺の一曲、お聞きくだせーな」

 

「いいから帰れ」

 

「ええから聴けや! こういう時はなんか一曲弾けばふわっと解決するやろ!」

 

「漫画の読みすぎだ! いいから帰れってんだよテメー!」

 

 下っ端のくせに根性あるなこいつ。どうせ大会の運営に対して関わってないくせに。

 

「ああもう、お前みたいな奴多いんだよ!

 世紀の対決にちょっとでも関わりたい素人音楽家! いいからさっさと帰れと……」

 

 俺の腕を、そいつが掴もうとして。

 俺の腕を掴もうとしたそいつの手を、ウイングが掴む。

 

「この男のこの手は、音楽を紡ぐ手だ。私にも、お前にも、傷つける権利はない」

 

 こいつマジでかっこいいな。

 

「な、なんだこれ……強く掴まれてるわけでもないのに、振りほどけない!?」

 

「ウイング、放したってや」

 

「……」

 

「俺は音楽でこいつを説得して先に進もうとは思えるけど、力で通ろうとは思わんで」

 

「……そうだな。それが正解だ」

 

 ウイングが下っ端の手を放す。下っ端が涙目でこっち睨んできた。

 ちょっと罪悪感だ。悪いな、俺がゴネたせいでなんか変な感じになっちゃって。

 

「へえ、お前今回のこれに参加してえんだって?」

 

「ん? ……ん?」

 

「三人セットでここに来て、その内二人が日本人たぁ驚きだ」

 

 え?

 ……俺に声をかけてきた、こいつ。

 見間違えるわけもねえ。なんでここで出て来るんだ?

 

「雪音クリス!?」

 

「おう、あたしだ。懐かしいな、滑らかな日本語も」

 

 うっわ、写真と動画でしか見たことない雪音クリスだ! サインください!

 生クリス! リアルクリス! クリアル! サイン欲し……あ、マスター・マリアにもサイン貰うの忘れてた。次会った時サイン貰っておこう。

 ……ってそうじゃねーよ! 俺はこいつらをぶっ倒しに来たんだ!

 こんな奴ら踏み台にしていかないといけねえんだよ!

 

「レディ・クリス、こいつらは大会の参加希望だそうですが、あなたが相手をするような者では」

 

「いーっていーって。ここはあたしに任せて、あんたは帰ってろ」

 

「しかし」

 

「いいから帰れ!」

 

 施設内に追い出される下っ端。

 ……いや、なんだろうな、この気持ち。

 写真とかで座ってる姿見た時とか、動画で演奏してるの見た時とか、それだけで教育が良いんだなって思えるくらいピシッとした姿勢してたんだよな、雪音クリス。

 今も細かい所作に礼儀正しさというか、動きの綺麗さみたいなもんが見える。

 が。

 

 行儀は良いんだが口は良くないな、こいつ。

 

「分かってんのか? あたしらの鉄火場に半端な奴が入っても、かませになるだけだぜ」

 

「せやで、優勝しに来たんや」

 

 雪音クリスが笑った。ニッと笑った。

 本人的には獰猛に威嚇したつもりなんだろうが、育ちの良さのせいか童顔のせいか全く威圧感がない。イキがってるロリ顔の何を怖がれってんだ。

 

「へえ、なら……」

 

 クリスが何か言おうとするが、さっきの下っ端が戻って来て叫ぶ。

 

「レディ! いけませんぞ!

 いくらその男があなたのお父様と同じカンサイ=ベンの使い手だからと言って!

 見ず知らずの日本人男に興味を持つなど危険すぎます! そんなにパパが恋しいんですか!」

 

「うるせえ! デタラメ言ってんじゃねえ!」

 

 あ、蹴り飛ばされた。

 あの下っ端も不憫だな。俺の頼みを強情に突っぱねてたのも、雪音クリスにこうして助言しに来たのも、職務に忠実なんだからだろうに。

 だがすまんな。

 俺はこの大会に参加したいがゆえに、お前の味方はしてやれないんだ。許せ。

 クリスの目が、ウイング、キャロル、俺の三人を見る。

 

「この三人の中で演奏者は……お前だけか」

 

 体の動かし方や筋肉の付き方、後は手のマメの位置とかか? ひと目見ただけで見抜いてくるとは流石だ。

 分かってたことだがただもんじゃねえ。

 

「お前だけついて来い」

 

「一人で知らない場所に女の子に呼び出されるって、なんや学生の告白みたいやな」

 

「……お前のノリ見てると、うちの父親思い出すな、本当に」

 

 キャロルとウイング置いて、何か色々思い出す顔してるクリスに連れられ会場の中へと連れられていく。

 

「結弦くん、早く帰って来てね!」

 

 ドアが閉まる前に、こんな声が聞こえて来て、ちょっと笑っちまった。

 心配性め。

 クリスに連れられ、俺は練習室へと辿り着いた。音を反響しないよう工夫された壁の作りが、俺にたいな人間には最高に落ち着く感じになっている。

 

「で、俺はなんでここに連れて来られたんや?」

 

「あー、あたしらの方の都合で色々あってな。

 あたし達と一緒に来るオーケストラ式のバンドが一個、来れなくなっちまったんだよ」

 

「……クラシックは大変やな。全体の何%来なかったんや?」

 

「お、分かるのか? それなら話が早え、助かるぜ」

 

 俺もクラシックは詳しくねえ。その手の人間から見りゃ無知と言い切っていいレベルだ。

 が、クラシックを知らなきゃ語りにくいのもロックの世界だ。

 その辺が色々とある以上、俺もちっとは知っている。

 

 ロックはスリーピース、つまり三人編成で完成できる。

 ところがクラシックは70人でベートーヴェンやろうぜ、という世界だ。

 70人でロックバンド組むなんてのは普通おかしい。

 ……ロックバンドとオーケストラが組んで数十人で演奏したってのはあるが。

 

 雪音クリスもそういうタイプだ。

 クラシックの数十人でロックを演奏した過去がある。

 今回彼女はクラシック分野からロック分野に殴り込みをかけて来たわけだが、数十人で構成されるバンドを複数そのまんまアメリカに持って来ようとしてってのは想像がつく。

 が。

 んなもん、トラブルがありゃすぐダメになるもんだ。人が多すぎる。

 

 ロックバンドは適当だ。

 ボーカル、ギター、ベース、ドラム、その辺適当に入れ替えても音合わせをしっかりやれば、それなりに機能するバンドになる。無論、それなりでしかないが。

 しかしクラシックは違う。

 ゴリッと入れ替えればそれだけで成立しない。ましてや"ロックをやっていい"と雪音クリスに言ってくれるクラシック奏者が何人居る? そもそも入れ替えできるほどの人数が居るのか?

 百年前に色々とぶっ壊れたが、伝統を重視する人間にクラシック→ロックの変化は流石にキツいだろうよ。人員の急遽補充なんて出来るわけがない。

 

 雪音クリスは言った。

 予定してたバンドが一つ来れなくなったと。

 何人か風邪でも引けば、それだけでバンドごと機能不全を起こしてもおかしかねえさ。

 推測できないほどのもんじゃねえ。

 

「俺は抜けたバンドの代わりに大会に入る穴埋めなんやな」

 

「悪いな」

 

 なんてこったない。雪音クリスは雪音クリスで、自分達がしたヘマの尻拭いをしようとしてたってわけだ。泣かせる健気さじゃねえか。

 そんな他人のヘマの穴埋め、周りの大人にでも丸投げしていいだろうに。それが許されるポジションと年齡だろうに。

 口は良くないが、性格は良いな。

 

「あたしが連れて来るって言って、結局来なかったバンドの一枠。

 あたしはここにちゃんとしたバンドを一個推薦したいんだ。

 だけど、分かるだろ? 半端なバンドを推薦なんてしたら、それこそ迷惑がかかっちまう」

 

「演奏見せろってんやろ? 分かりやすいわ」

 

「あたしとやり合う大会の枠が欲しいんなら、ここであたしに認めさせて見せろ」

 

 上等。

 密室で聖遺物ギターをどこからともなく出現させて、雪音クリスをぎょっとさせる。

 掴みは上々。

 引きつけた意識をそのまま、俺の音楽へと向けさせる。

 ロックシンガーのパフォーマンスは、客の注意を引きつけて、音楽の評価をより上げるためにも使えるもんだ。

 さあ、もっと聴け。

 

「そのまま弾き続けろよ。―――♪」

 

 !?

 俺の演奏中に、雪音クリスが……歌い始めた!?

 マジかよ。俺のボーカルパート、合わせも無しに全部即席でやる気か?

 

 ……しかも上手い。

 合わせるのも上手いが、声がよく通るよく通る。不快感も全く無い歌声だ。

 こりゃクラシックで勝てる奴なんて居るわけねえ。

 静かで穏やかな曲調をこの声で情感たっぷりに歌えば、それだけで無敵だ。

 俺が今演奏してる激しめの曲調でさえ、雪音クリスの歌はよく映える。

 

 『何にも踏み荒らされなかった雪音クリスの歌声』は、あまりにも綺麗だった。

 あらゆる絵を白い絵の具で塗り潰すような、純粋無垢にして攻撃的な蹂躙する白色。

 大雪が降った後、雪の白しか見えなくなるような雄大ささえ感じる。

 ミサイルで何もかも吹っ飛ばして景色を更地に変える行為を、最大限にお上品に、かつ綺麗にやったらこうなるんだろうか?

 

 美しい。

 圧倒される。

 そのくせ、そんな声色でノリの良い曲を軽快にも歌い切る。

 才能と教育の両方が突き抜けてやがる。まさしくサラブレッドだ。

 

 歌の質だけ見りゃ、マリア・カデンツァヴナ・イヴが銀なら、雪音クリスは白。

 『白雪が降り積もった一面の銀景色』なんていうが、白と銀は全くの別物。

 この二人は、まさにそれだ。

 マスコミとかの評価だと『ロックの女王』『クラシックの姫』って感じに似た者同士みたいに語られるが、その本質は全然違え。

 音色の傾向がまるで違う。

 雪音クリスの白の下には、真っ赤な熱情がある。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴの情熱は、彼女の銀色の中に内包されている。

 

 雪の国を表す歌で競えばクリスが勝ち、鋼の意志を表す歌で競えばマリアが勝ち、心の熱を表現する歌なら引き分ける。俺は、歌を聞いてそう感じた。

 

「……よし。この曲ここで終わりだったよな? おつかれ」

 

「お疲れ様や」

 

 ふざけんなっての、こんにゃろう。

 途中からは俺の演奏のための時間だったのか、お前の歌のための時間だったのか、まるで分からない音楽の時間だったぞ。

 楽しかったけどよ。

 同時に、クッソ消耗したぞ。

 

「文句無しだ。大会の運営委員の方には話通しておくから、大会の日には遅れんなよ」

 

 どうやら俺は大会への出場権を勝ち取れたらしい。

 よし、これでなんとか可能性は繋がった。

 あとは優勝して、イチイバルを回収して、キャロルに見せて自慢して終わりだ。

 だけど、な。流石に疲れた。思わず壁に背を預けて、床に座り込んじまう。

 

「……まいった」

 

 雪音クリス、なんつー好戦的な奴だ。

 俺の音楽を聞いてる内に"勝負したい"って衝動的に思って、その衝動に従ったな?

 俺に『合わせる』気なんて無かったってのに、クリスの歌声に引きずられて、途中からは俺が『合わせられ』ちまった。

 

 負けじと合わせたつもりだったが、それでも音が喧嘩しなかったってことは、クリスの方が歌声で合わせてたのかもしれねえ。

 ヤバかった。

 オペラもやってる、みたいな話は聞いてたが、完全に甘く見ていた。

 雪音クリスは歌だけで一生食っていける、そういう奴だったんだ。

 俺は……勝てるのか?

 あの雪音クリスに、俺は勝てるのか?

 

「……ぁぁ」

 

 自分の音楽が一番だと思ってなきゃやってられねえ。

 俺だってそうだ。

 俺達はそういう生き物だ。

 自分より上の人間が居ると認識しながらも、俺達は自信を無くしちゃやっていけない。

 

 自分の音楽が最高だと思ってる人間が二人居るとする。

 今のこの世界なら、二人はそれを相互に理解できる。

 ……それで?

 相手の音楽を理解して、相手の"俺が一番だ"っていう考えを理解して、それでどうなる?

 何にもならねえよ。

 一番は決まらねえ。

 相互理解も統一言語も、音楽の一番を決めるのにはまるで役に立たねえ。

 CDの売上表の方がまだ役に立つさ。

 

 だから誰も音楽の一番なんて決めようとしねえ。

 世界で一番優れた音楽家を一人、決めることなんざできねえ。

 それが普通だ。

 一番なんてこだわるもんじゃない。

 分かってる。

 分かってんだよ、んなことは。

 

 この気持ちは、マリア・カデンツァヴナ・イヴのライブで感じたものと同じだ。

 マリア師匠には俺の中に無い音がある。それを出せる。

 雪音クリスには俺の中に無い音がある。それを出せる。

 つまりそいつは、努力では埋まらない差だ。

 足掻こうと頑張ろうと手に入らないものだ。

 そいつを見せ付けられると、劣等感がふつふつと湧いてくる。

 

 こいつには、『嫉妬』って名前が付いている。

 いつからこの世界にあるのかも知らねえ、誰がそう名付けたのかも知らねえ、だけど俺の中に確かにあるものだ。

 俺にできないことをする奴が。

 俺に出せない音を出す奴が。

 どうしようもなく、羨ましい。

 どうしようもなく、嫉妬する。

 俺より音楽上手い奴皆死なねえかな……

 

「練習するか」

 

 上手くならねえと。ビッグにならねえと。

 じゃねえと俺は、どこにも行けなくなっちまう。

 よっしゃ練習だ!

 今より上手くなって、運でも奇跡でもなんでも持って来て、あの二人に勝つ!

 勝ってやらぁ!

 舐めんなよ世間で評価されてるだけの有名人どもがッ!

 

「あれ、なんだこれ」

 

 外に出ていく途中、大会のバンド募集要項みたいなものを拾った。

 施設の外に出ながらそいつに目を通す。

 雲一つない空の下、いやーな一文が目に入った。

 

「バンドの最低人数『四人』か……」

 

 俺が分身して四人になってもいい。

 だが、できれば他人を誘うのも考えておきたい。

 『俺より上手い奴』を誘い込めれば、きっと理想的な形になるはずだ。

 

「四人……四人かぁ……」

 

「お困りみたいだね。手を貸そうか?」

 

「お……お前達は!」

 

 その聞き覚えのある声は!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大会の日がやって来た。

 大会は対戦の組み合わせに従い二つのバンドが順番に演奏し、会場に来ている観客からランダムに選んだ人間の投票で、勝者が決まる。

 ライブ感溢れるシステムだ。

 会場はとんでもない数の人で溢れ返り、大量に刷られたはずのチケットは直前までネットオークションにて凄まじい値段が付けられ、偽物のチケットが溢れかえったらしい。

 転売ヤー死すべし。

 

「さて、行くか」

 

「行って来い。私はここで見守っている。さ、キャロルも頑張るのだぞ」

 

 ウイングに見送られ、俺は口を塞がない仮面を被って舞台に上がる。

 仮面を被ったキャロルの足音がすぐ後ろに聞こえる。

 緊張のせいか、俺の服の裾をずっと掴んでいた。

 俺も緊張で心臓がバクバク言ってるが、それ以上にワクワクしている。

 キャロルの後ろに続いている二人の足音も、俺の心を落ち着かせてくれるぜ。

 顔出しすんのはちょっとあれだからと付けた仮面だが、今は動揺を隠すのに最高の効果を発揮してくれている。

 

 さあ、上がったぞ、舞台。

 

「仮面バンド? バンド名は……『ファリドゥーン・フォーカード』?

 聞いたこともないな。なんでこんな無名バンドが世界頂上決戦の大会に居るんだ?」

 

 観客の声が聞こえてきた。

 さあ、やるぜ、お前ら。

 

「いや待て、見ろ! グラサンを付けてるがあれは!」

 

「『シラベース』に『デスドラム』!

 マリア・カデンツァヴナ・イヴの旧メインバンドの伝説のメンバーじゃないか!」

 

「マリアとは別バンドに所属し、対決!? 何だこの流れは……!」

 

「おいカメラ回せ! 予想外のダークホースが出て来たぞ!」

 

「なんで一人カスタネット持ってんだ」

 

 暁切歌、ドラム。

 月読調、ベース。

 キャロル、カスタネット。

 緒川結弦、ギター。

 友人の厚意で完成したこれが、今の俺に出来る最高の布陣だ。いくぜ!

 

「Rock 'n' Rollッ―――!!」

 

 今の自分に出せる最大の音、最大の声。そいつを最善の努力、最善の手尽くしで制御し、最高の音、最高の声に押し留める。

 特訓の成果も、今日までの積み上げも全部出しきってやらぁ!

 

「素晴らしい。広がりがあり、多彩で、時折個性ある変速の混ざるドラム……」

「器用に全ての音を支え、ぶれない曲の軸を作る丁寧で強いベース。あの糸使いの巧みさたるや」

「む、いいなこのボーカル。音圧が全く他の楽器に負けてない、自己主張の塊だ」

「このギター……どうしてこのレベルの奴が無名だったんだ?」

「カスタネットが音を引き締めて……何故カスタネット持って来た」

 

 ああ、気持ちいい。

 めっちゃ気持ちよく弾ける。

 切歌さんと調さんの中にしかない音が、この二人にしか出せない音が、耳に心地いい。クリスとマリアのCD聞いてる時も同じ気持ちがあった。俺、この音が好きなんだ。嫉妬もするがな。

 しかも二人がきっちり音を合わせてくれる。

 俺の音を引き立てるために奏でてくれる。

 一人で弾いてても、分身して弾いても、絶対に出せない旋律が生み出せる。

 『俺』が『俺以上』のものになって、『俺以上』の音楽を紡げてる。

 やべえ。

 楽しい。

 俺の音で、仲間の音ももっと引き立ててやりたくなってくる。

 

「デスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデースッ!」

 

「出た! デスドラムさんの1秒間に16回デスだ!」

「凄えぞギターとベース! 今のデスを全部曲のリズムに取り込みやがった!」

「ギターボーカルの奴、なんで今のと自分の歌声を共鳴できたんだ!?」

 

 分身バンドも息が合ってて悪かねえが、これもいいな。

 つか、こっちの方がいい。

 『俺の音』より、『俺達の音』の方が楽しい。

 

 さあ、見ろ、聴け、注目しろ。

 お前ら全員、俺達の音を聴けッ! 一生消えない想い出にしやがれ!

 

「ベースソロ……ここはギターソロじゃ!?」

「アレンジだ! ベースソロでギターソロを超える演奏をするなんて、どういうテクが……」

「いや待て! ギターも引いてるぞ! なのにベースの音しか聴こえない! 何故だ!?」

「三味線で言う『裏引き』か? ギターで小さく音を出し、ベースの音を強調している……!」

 

 俺達の音を聴く度に、今日のことを思い出せッ!

 

「何故カスタネット……?」

 

「『裏拍』……」

 

「裏拍!? それは一体なんだ、マイケル!」

 

「トム、音の裏にあたるリズムのことさ。

 『1、2、3、4』とリズムを取るとする。この『、』が裏拍だ。

 彼女は曲の継ぎ目、裏拍でカスタネットを叩いている。

 それが絶妙に曲を繋いで流麗な印象を作っているんだ。

 料理に入っていたスパイスの粒が時折ピリッと存在感を出し、全体を引き締めるのと同じさ」

 

「成程な、だからこんなにも心地のいいリズムに……

 だがあの子一人が居るだけで、彼らはネタバンドの評価を受けざるを得ないぜ、マイケル」

 

「『ネタバンドだと思ってたら超本格派だった』という感想が貰えるのがミソなんだ」

 

「何?」

 

「客はカスタネットを見て興味を持ち、侮る。

 だがそこに技巧派のギター、ベース、ドラムが来る。

 そりゃもう皆びっくりさ。

 ジャンクフードかと思って気楽に手を伸ばしたら、最高級料理が来たんだぜ?

 だから()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。素人の客には特にね」

 

「何故そんな……そうか!

 この大会に出場するのはほぼ全て有名人ッ!

 無名バンドならトッププロ級の演奏をしても知名度の差で負けかねない!

 無名バンドが有名バンドに勝つための、観客の興味を引く小細工かッ!」

 

「それにあのカスタネットも曲者だ。

 カスタネットの音がステージの端まで聞こえるはずがない。

 おそらく何らかの仕込みで、会場の隅々まで自然にカスタネットの音を届けてみせた」

 

「カスタネット一つにそこまで……? 信じられんぞマイケル!」

 

「これは観客の投票で勝負が決まるトーナメントだ。分かるか?

 『100点のうち何点取れるか』って形式じゃない。

 『採点役が減点を付けていい』形式でもない。

 この大会に、減点はないんだ。

 カスタネットに減点しようとする人間は結果にあまり影響しない。

 逆にこのパフォーマンスに引きつけられれば『面白そう』という理由だけで投票がされる」

 

「一から十まで全て戦略だとッ!?」

 

「彼らは即興性が高く、娯楽性を突き詰めたロックというものをよく分かってるな……

 まずは興味を持ってもらうこと。それが第一。

 そしてどんな形であれ客に興味を持って貰えば、その興味を評価に変える自信があった」

 

 もっと聴け!

 こちとら俺達一生忘れられない曲目指してやってんだ!

 最高にノッて、最高に熱くなって、最高の評価をくれッ!

 

「―――♪ッ!」

 

「熱いぞ、このバンド!」

 

 ロックンロールッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達の演奏が終わった時、俺は『勝った』と確信した。

 『過去最高だ』と思った。『なんとかなった』と思った。

 マリアバンドの演奏が終わった時、俺は『一位は無理だ』と思った。

 そして今、クリスバンドの演奏を見ながら、『駄目だ』と敗北を確信している。

 

「……」

 

 一回戦は勝った。

 だが勝ち続ければマリアバンドと当たり、それに勝ったとしても決勝でクリスバンドが待っている。そう思うと、もう駄目だった。

 勝てねえ。

 あれには、勝てねえ。

 女王マリアもそうだが、姫クリスのバンドの演奏もヤバかった。

 

 ロックで重要なのは『表現』。

 自分を表現することだ。自分の中にある何かを形にすることだ。

 多少のミスなんざ問題はならねえ。問題はどれだけ自己表現ができるか。それさえできれば、多少のミスは曲の面白さを引き立てる要素にすらなる。

 小さい音の揺らぎも、曲の面白さに繋がるからな。

 

 だがクラシックで重要なのは『理解』。

 王道的なクラシック教師は、作曲家の意図、その音一つ一つの意味、果てはその作曲家がその曲を生んだ歴史的背景も理解して弾けと言う。

 クラシックの世界で求められるのは、どこまでもミスのない完璧な音楽。

 雪音クリスはそいつを、見事にロックの世界に落とし込んで見せた。

 

 あいつの演奏も歌声も、魅力的な凄烈さがありながら、細かい部分を見ていけば正確無比。

 ロックの魅力的な強さを、クラシックの正確さで見事に制御してやがった。

 俺の頭の中のイメージでは、ロックという名の重火器を精密射撃するクリスが大暴れしてたくらいだ。

 パワーのあるロックを拡散して全てぶっ壊していくビームとするなら、アイツはそれを一点収束するような音楽で、大会の壁をぶち抜きに来たってわけだ。

 

 クリスが一人で歌っていた音楽と、多人数で奏でていた音楽は、違うにもほどがあった。

 ヤバかった。

 感動と嫉妬で死にそうだった。

 ロックとクラシックの融合ってのは、昔から多くの人が目指してきたもんだ。

 雪音クリスは、そいつを現代の最先端の更に一歩先を行く形で、実現してみせたんだな。

 

 ……敗北感が、胸の奥に募る。

 

「やはり優勝はマリア氏かクリス氏でしょうね」

「私はファリドゥーン・フォーカードもいいと思いますよ。飛び入りですがいいバンドです」

「ああ、あれもいいですねえ。私の読みだと三位相当だと思いますが」

「僕も三位相当だと推測しますね。一位と二位が強過ぎる。でなければ優勝もあったでしょうが」

 

 関係者控室の方から声がする。

 この大会を運営してる奴らの一部、音楽業界のお偉いさんの会話ってとこか。

 

「だがファリドゥーンには弱点がある。それは……」

 

「ボーカルでしょうね。

 緒川結弦氏も魂に響く熱い声はある。

 だが……マリア氏、クリス氏と競えるようなボーカルではない。そこがあのバンドの弱点です」

 

「経験不足……ですかね。実に惜しい。経験差を飛び越える才覚も見えない」

 

 ……だよな。調さんは凄え。切歌さんも凄え。俺のギターも負けてねえ。が、俺は喉まで改造したわけじゃねえから、そっちの差が全く埋まってねえわけだ。

 

「普通のライブなら満点をあげたいんですがね。

 ですがここは勝負の世界だ。

 あくまで予想ですが、彼らは三位止まりで間違いないでしょう。

 『とても良かった』

 『でもマリア・カデンツァヴナ・イヴに勝っているかと言えば』

 『雪音クリスに勝っているかと言えば』

 『そうじゃない。だからあの二人の方に入れよう』。これが観客の心理だと思います」

 

 ボーカル。

 ボーカルか、くそっ。

 俺のボーカル鍛えても、すぐには間に合わない。

 練習あるのみだが、時間がない……ああちくしょう!

 

「よしよし」

 

「え?」

 

 突如現れて突如俺の頭を撫でるんじゃあない、調さん。

 

「落ち込んでるかと思った」

 

「否定はせんよ」

 

 よく見りゃ切歌さん、キャロル、ウイングも居る。

 

「カツ丼のカツ買って来たんでこれ食べるデス!

 カツ食べて勝つ! これが王道の必勝法デスよ!」

 

 よし、こいつは普通にアホの部類だな。癒された。安心した。

 

「あー……なんだ。私も手伝おうか、料理」

 

「ええよ、俺料理できない奴は勘で分かるんや」

 

「!?」

 

「その気持ちだけで、俺は嬉しいんやで」

 

 カツ丼作るか。五人分。おかわり分含めて、ジューシーでアツアツなやつを。

 心配な気持ちがなくなるくらい、腹一杯になれるやつを。

 

「結弦くん。会場の人達、皆ボク達が優勝するなんて思ってなかったけど」

 

「どうした?」

 

「ボクは、結弦くんの音が一番好きだよ」

 

「―――」

 

 ああ、もう、ホントによ。

 そう言われたら頑張りたくなるだろ。

 そう言われて、頑張って、それで負けたらクソみたいな気持ちになるって分かってんのに、頑張りたくなるだろ。

 いいぜ、分かった。

 勝ち目0%の闘いに挑んでやるよ。

 越えられない壁に全力でぶつかってやるよ。

 奇跡目指して。

 起こるわけがねえ奇跡、起こしてやるさ。

 

「やっと理解したようね」

 

「! あなたは……マスター・マリア! なしてここに!」

 

 突然現れた! どっから来た!

 

「あなたは私にはなれない。私もあなたにはなれない。

 音楽の世界は、極めれば一人一種の音しか持てない。

 音楽の価値に本来差はないわ。

 粗削りが芸術に勝ることもある。

 結局のところ、音楽の価値の差なんて、CDの販売枚数が生んだ幻想でしかないの」

 

師匠(マスター)……」

 

「古き音楽を蘇らせたから価値がある?

 伝統の文化を受け継いでいるから価値がある?

 CDが沢山売れたから価値がある?

 いいえ、違うわ。あなたにはあなたの、私には私の価値がある」

 

 これが勝者の言葉か?

 弱さも、多様性も認める、この聖母の如き言葉は、上から見下ろす者の言葉じゃねえ。

 ストリートから這い上がった、弱さを持ち続けながら頂点に立った女だからこそのものだ。

 ファッカー・ザ・マリアから、クイーン・オブ・マリアとなった者にしか吐けない言葉だ。

 

「お互い、自分らしく在りましょう。それがロックンローラーのあるべき姿であるはずよ」

 

「……!」

 

「調、切歌。あなた達の考えはあえて聞かないけれど、手加減はしないわ」

 

「うん」

「デス」

 

 これが、アメリカのロックの頂点……世界を掴む女の強さッ!

 

「次の指導は明日朝八時に、前と同じ場所で。更に強くなりたいなら、遅れないことね」

 

 敵になったはずなのに、競う相手になったはずなのに、それでもなお俺を鍛えてくれようとする彼女の優しさに胸が熱くなり、俺は思わず頭を下げていた。

 

 

 




E:錬金術師のカスタネット
効果:結弦の音に対するキャロルの感情がほんのちょっとだけ伝わる


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ロックンローラーLV50

 なんで弾いてるんだと言われたら、好きだからとしか言いようがねえ。

 俺の感情は、ここしか吐き出す場所がなかった。そういう理由で弾いてるってのもあるな。

 ロックンローラーである限り、俺は前を向いていられる。

 ロック(こいつ)が無けりゃ、俺は死ぬ。それでいいじゃねえか。

 

 幸い、今は高め合う仲間にも恵まれてるしな。

 

「私が思うに、ここのパートで結弦のカッティングがキレ過ぎてる。上手すぎる」

 

「あー、ギターが上手すぎてボーカル部分が目立たないんデスね。

 確かにクライマックスではボーカルの歌声が一番目立つべきデス」

 

「言うてレベル下げるんか? ギターのレベル下げたらドラムベースも下げないかん。

 一部分だけレベル下げてもそこが目立つ以上、全体のレベル下げかねないんやないか?

 せやったら俺が頑張ってここ強調して歌ってみるってのはどうやろ。

 マスター・マリアの修行でちょいちょいレベルも上がっとるし、狙って強調すれば……」

 

「いいと思う」

 

「デース。ならあたしもボーカル強調のためドラムに一工夫入れてみるデス」

 

 音楽の世界に触れてた時間では俺の方が長い。

 プロ級から準プロ級の音楽の世界に触れてた時間ならこの二人の方が長い。

 なんで、この二人との打ち合わせはめっちゃためになった。楽しさすら感じる。

 こいつが固定バンドの醍醐味ってやつなんだろうなあ。

 指摘し合える。

 協調し合える。

 高め合える。

 ……やべえ、楽しい。嬉しい。いいな、これ。

 

 今の大会日程なら、音合わせ、練習、マスター・マリアの修行もできないほどじゃねえ。

 まだやれる。

 他のバンドは本番に向けてコンディション整えてるんだろうが、俺達はギリギリまで修練続けてなきゃおっつかねえんだ。

 数日の時間を最大限に使って、先を行ってる奴らとの差を詰めてやる。

 

「さて、『勝つための戦略』練ろか。なんか名案あるか?」

 

「デスデスデース!」

 

「どぞ、切歌さん」

 

「一回、発想を根本的に変えてみるのはどうでしょうか?」

 

 発想を根本的に変える?

 

「音楽の世界なんては基本クソゲーみたいなもんデース」

 

「えっ」

 

「勝利条件不明。何やってもよし。何を武器に選んでもよし。

 仲間は数十億の中から数人選ぶ。正解が無くて何を選ぶべきかも分からない。

 攻略Wikiもなくて、そもそも一部の人しかクリアできるようになってない。

 選べるのは『どうやっていくか』『どこを区切りかゴールにするか』くらいなもんデス」

 

「そう言われて見ると、そんな気もしてくるなぁ」

 

「プレイ方法と勝利条件くらいしか自分で選べないんなら、そこ一回見直すべきデス」

 

「……つまり、切歌さんはそこ見直して何か見つけたんやな?」

 

「デスデス。今回の大会、ルール整備がちょこちょこ甘いんデス」

 

 ほう、ルール。

 

「今回の大会ルールだと大会中にメンバー追加は特に禁止されてないんデスよ!

 禁止されてるのは一人の人間が複数チームに所属することだけなんデース!」

 

「!」

 

「有能な新規メンバーの勧誘! これで勝てるデス!」

 

「そう来たか!」

 

 ああ、そうか。

 この大会そもそも厳選されたバンドだけでやる予定だったから、そもそも『ベストメンバーを途中で入れ替える』ことがそもそも想定されてねえんだな。

 普通は年単位で息を合わせてきたチームで勝負するもんだから、そりゃ当然だ。

 俺らみたいな即興チームが来ることがそもそも想定されてねえのな。

 

「後はまあ……無茶デスけど、『新曲を作る』とかでしょうか」

 

「新曲……今ある曲だけじゃ駄目なんか?」

 

「今ある曲って結弦一人で作ったやつかカバー曲だけデスよね?

 ぶっちゃけ、結弦の今のオリジナル曲って他のバンドと比べて弱いんデス」

 

「うぐっ」

 

 とうとう俺の作曲能力が高くない所にも言及される時が来たか……

 

「カバーも今あるオリジナルも、結弦が歌う分には熱い曲デス。

 でも他のバンドは『自分達が奏でるための曲』を作ってるわけデスから完成度段違いデス。

 欲しいんデスよ、決めの一曲。"これぞ緒川結弦のバンド"って言える代表的な一曲が。

 結弦が歌うための、結弦を活かすための曲。それを最高の質で形にした一曲が欲しいデスね」

 

「今あるオリジナルよか完成度の高い一曲、か。やっぱ要るんやなそういうの……」

 

「『一撃必殺(キラーチューン)』だとなおいいデスねー」

 

「もし作るなら、その作曲には私と切ちゃんも加われるけど」

 

「数日で一曲作るとはまた無茶やな……ま、やってみなけりゃ分からんもんな!」

 

 キラーチューン。

 "人の心に特別引っかかる魅力のある曲"を指す言葉だ。

 キラーと名が付くくらい完成されたこのタイプの曲は、運が良ければ一日で作れる。天才が一生かけても作れないこともある。要は閃きだ。

 練習の時間を減らしちゃ元も子もねえし、練習中に閃きが来たらそこをとっかかりにして、練習の合間に考えんのが一番か。

 

 ……ふと、彼女らに聞きたかったことがあったのを思い出した。

 

「なあ、なんで俺に力貸してくれてるんや?

 仕事の合間とはいえ、君らに得なんて無いように思えるんやけど」

 

「繋ぎたくても、繋がれない人は居る。

 心を繋げない人。

 手を繋げない人。

 約束で繋がれない人。

 言葉で繋がれない人。

 でも……音楽でなら、繋がることができるかもしれない。マリアが昔、そう言ってた」

 

 音楽で繋がる、か。

 

「可能性はある。あなたの旋律に、私達はそれを感じた」

 

「デスデス」

 

 ……うーん、むず痒い。お前らそんなまっすぐに俺に期待すんなよ。

 

「練習しよう。音を合わせよう。それは決して無駄にはならないはず」

 

「デース!」

 

「せやな、練習、練習や。

 何年も息合わせてたバンドとやり合うんや、俺らも少しでも相互理解進めんとな!」

 

 夜のガチャガチャした街の喧騒に紛れて、俺達は防音の壁の内側で音を合わせる。

 

「お夜食のおにぎり作りました! 皆さん、頑張ってください!」

 

「お、ありがとなぁ」

 

 キャロルが持って来てくれたおにぎりを食いながらも、手は休めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日、大会二回戦。二回戦を勝利で終えて、その後マスター・マリアに修行をつけてもらい、精魂尽き果てた状態でベンチで休む。

 皆には先に帰ってもらって、貴重な時間を練習につかってもらった。

 疲れた体と頭をベンチで休ませながら、今日の反省点と改善点を頭ン中で探す。

 

 やばかった。

 今日の勝負はめっちゃ僅差だった。

 つまり『ダークホースへの応援補正』が切れかけてるってことだ。

 もうちょっと勝ち抜けば『謎の新星のジャイアントキリングへの期待』も票数に影響してくるだろうが、無名の俺達が一回戦二回戦と有名バンドを負かしてきたんだ。

 俺達が負かしたバンドのファンが、『余計なことした新参に負けて欲しいから』ってだけで俺達の対戦相手に投票するパターンも出て来る頃だ。

 ぼちぼち、厳しい戦いになってくる。

 

「……練習と、作曲すっかなぁ」

 

 だけどやるこた変わらない。

 修行で身に着けたテクを自主練で定着させて、練習を自分への刺激にして、閃きゲットで新しい曲を作る。さあ、やんぞ俺!

 せっかくだ、今日は楽しく練習できる場所を探してみっか。

 ニューヨークのビルを蹴って跳び、ビルからビルへと飛び移る。

 ビルを飛び移りながらニューヨークの夜景を見下ろすと、なんかキラキラしてて、俺でもここならなんか出来そうな気になってくる。

 輝ける摩天楼と、光が満ちる夜無き街並み。

 ロマン。

 そうだな、ロマンだ。

 ニューヨークにはロマンがある。

 

 このロマンが作曲の刺激になってくれりゃあな、とも思うんだが、そう上手くはいかないか。

 

 一曲良いのが出来そうなんだが、完成までの次の一歩が遠い。

 何か掴みかけてるんだが、イマイチ閃きが足りない。

 曲の全体のふわっとしたイメージは出来てるんだが、曲全体を通して芯になるフレーズが浮かんで来ねえ。

 この曲は、俺の中にある音だ。そのはずだ。

 それが完成しねえってことは、俺が俺の中の音を出し切れてねえってこと。

 ……俺が、俺の中にある何かの音に気付けてねえってことだ。

 

 聴く人の耳に残り、胸に響き、心揺らがせる一曲。

 そいつが俺の内側から出たがってるのに、俺がそいつを見つけられてないせいで、俺の胸の奥から出て来てくれねえ。

 俺の最高の自信作が出来ても、そいつがキラーチューンになるかどうかは別って問題もある。

 難しいんだよな、作曲って。

 

「……あのビルの屋上、人が居るな。ん? いや、あの後ろ姿は……」

 

 ビルからビルへと跳んでる内に、屋上に見知った背中を見つけた。

 

「何やってんやクリス」

 

「うおっ!? ってお前、緒川結弦か。

 突然現れんなよビックリ……って、ん? お前こそなんでこんな所に居るんだよ」

 

「集中して練習できそうな場所探してうろついてたんや」

 

「それで高層ビルの屋上に来たのか? 変な奴だな、お前」

 

 露骨に呆れた顔しやがって、てんめえ。

 

「あたしは街を見下ろしてるだけだ。下に居ると取材やらなんやらが面倒臭えんだよ」

 

 ああ、そうか。

 俺らは顔隠してコソコソ動いて、取材される時間も全部練習に当ててるからな。

 他のバンドはこんだけデカい大会だと毎日のように取材されてんだろうし、目玉のクリス&マリアは特に取材陣が殺到してて当然か。

 そりゃご愁傷様だ。

 

「あー、あー、あー……

 なんかな。あたしも三人組(スリーピース)ベースのロックバンドで出りゃ良かったかな」

 

「へ、なんでや? 今のクラシック風多人数バンドの仕上がり超ハイレベルやん」

 

「だってよ、お前らが一番楽しそうにやってるだろ? 今残ってるバンドの中だと」

 

 楽しい。

 楽しい、か。

 そうだな、楽しい。

 このバンドで舞台に上がってる時も、このバンドで練習してる時も、凄え楽しいわ。

 

「あたしは楽しけりゃいいんだよ。

 負けると楽しくないから勝ちに行ってるだけだ。

 だけど楽しめねえことを勝つためだけにうだうだやるってのもなんかな」

 

「この大会、楽しくないんか?」

 

「いや、別に。ただお前らが一番楽しそうに見えてるってだけだ。

 楽しいに決まってんだろ?

 どいつもこいつも一流で、マリアってのも想像以上だった。お前のバンドもな」

 

「おお、俺達褒められた」

 

「あのバンドは『お前の音を魅せる』ことに傾注してて、あたしも結構驚かされたよ」

 

 ああ、そうだな。

 個性は主張するものでもあれば、添えるものでもある。

 調さんも切歌さんも強く自己主張してない。キャロルもそうだ。

 あのバンドは、俺の強い自己主張を許してくれる仲間が、俺の音楽を魅せるために音を奏でてくれてるバンドだ。

 

「自分を見ろ、って叫びは、自分を見てもらえなかった過去が生む。

 そうすっと、観客に自分を見させる音楽が生まれる。

 俺の声を聞け、って叫びは、自分の言葉を聞いてもらえなかった過去が生む。

 そうすっと、観客に自分の主張を聞かせる音楽が生まれる。

 音楽にしか吐き出せない叫びが、音楽に色を着ける。

 そうすっと、誰にも真似できないそいつだけの音楽が生まれるってわけだ」

 

 ……音楽的な感性が優れてる奴は、俺の音を何回か聞いただけでこれか。

 俺の心の奥底まで、音楽を通して見抜かれてる気すらする。

 

「ただ、お前らはあたしと当たらねえだろうな。多分途中で負ける。何故かって言うと……」

 

「ボーカルが弱点、なんやろ?」

 

「なんだ分かってんのか。

 自分で欠点見つけられてるんなら言わなくていいよな。

 この大会、80点90点のボーカルが生き残れるほど甘くねーぞ」

 

 わざわざ忠告しようとすんなよ、このお人好し。

 俺達は敵だぞ? ライバルを強くするような真似してどうすんだよ。

 

「一曲、ここであたしに聞かせてみせろよ」

 

「へ? なんでや」

 

「いいからやれ、うだうだしてると男らしくねえぞ」

 

「へいへい」

 

 とりあえず披露する。

 だが5分曲の1分30秒を過ぎたあたりで止められちまった。

 

「はいはいやっさいもっさいやっさいもっさい」

 

 なんだよその止め方。

 

「あのな、まず……」

 

 そこから始まったのは、意外や意外。

 俺の歌声への分かりやすく丁寧な指摘だった。

 

「だからそこのリズムをな、わっさわっさとするんだよ」

 

「成る程。こんな感じやろか?」

 

 俺の歌声は自分一人での演奏、あるいは即席バンドの一回きりの仲間に適当に合わせることに慣れすぎてるんだとか。日本でのロック生活の弊害か?

 固定バンドになったのだから、自分のギターと自分の歌声を合わせるレベルで、他のメンバーの旋律と歌声を合わせることも目指せと指摘された。

 それでいて、今の俺の歌声は他メンバーを意識しすぎて抑え気味であるとも指摘された。

 もっと情感豊かに歌えるはずだと、見透かしたように言ってきやがった。

 テンポが速くなると重厚さが減るだとか、逆にテンポが遅くなるとのっぺりしてるだとか。

 普通の耳じゃ気付けねえようなレベルの話をして、俺の全てを見透かしたような言い草で、数十箇所も俺の改善点を指摘して来やがる。

 

 助かった、と思うと同時に、格の違いを思い知らされた。

 

「まず最初に歌い手か弾き手の熱さがある。

 こいつをどんだけ目減りさせず聞き手に伝えるか、が技術だろ?

 風呂桶をいくら加熱しようが、風呂の水が熱伝えなきゃ人体は暖まらねーだろ」

 

 それな。

 熱だけでも駄目。技術だけでも駄目。それが音楽の世界だってんだから厳しい。

 伝説のバンドには大抵『人の心を揺らせる奴』と『技術が優れてる奴』がセットで所属してるもんだ。

 

「なあ、なんで俺にこんなよくしてくれるんや?」

 

「他人が自分に出せない音出してたら、ムカーッってなるだろ」

 

 ……ああ、分かるぜ。

 俺がお前に抱いてる気持ちがそれだ。

 

「だけどさ、その音を出せるはずなのに出せてない、未完成の奴を見るとイラッとすんだよ」

 

「そこにもイラッとするんか」

 

「『そうじゃない、こうすればいいだろ』って思うんだよ。分かんねえかな」

 

 分かんねえよ。

 そいつはきっと、一流の奴が二流の奴を見た時に感じる気持ちだ。

 俺はまだ一流でもなんでもねえんだ。自分から見ても、他人から見ても。

 

 ……だけど、なんだろうな。

 なんでか、ちょっと前までのキャロルの姿が頭ン中に思い浮かんだ。

 あの子が本音を出せず、うじうじしてる姿を思い出した。

 『そうじゃない、こうすればいいだろ』って時々思ったことを思い出した。

 今のキャロルにああしろこうしろって思うことは、ほとんどないけどな。

 

「まあ俺にも分かる」

 

「だろ?」

 

 俺がキャロルの手を引こうとした時の気持ちと、今の雪音クリスの気持ちは同じなんだろうか。

 

「あたしは凄え音楽弾いてる奴を見ると嫉妬もするが、凄え音楽にはそれ以上に感動する」

 

 ああ、分かるさ。

 俺はその両方の気持ちを、お前に対して抱いてる。

 

「だからお前は見てられなかった。それだけだ」

 

 ニューヨークの夜景に、雪音クリスのぶっきらぼうな声が溶けていく。

 こいつがいい奴だってのもあるが、それだけじゃないな。

 これは在り方(スタンス)だ。

 こいつは自分の在り方(スタンス)がしっかり固まってて揺らいでない。だから俺以外の音楽新人にもこうして接するんだろう。

 要するに、こいつは……後輩の面倒見が良い奴なんだ。

 音楽も良くて性格も良いとかふざけんな。

 

 しゃあねえ、返礼は演奏にて仕る。

 一回戦、二回戦で雪音クリスがギターで弾いてたクラシック混じりの曲を、俺が知ってるテクを混じえて弾く。ボーカルは邪魔だからカットだ。

 お、クリスがこっちに興味持ったな。

 んなら、また別の弾き方しながら一曲流す。

 こっちの方が反応がいいな。こっちのテクの方が気に入ったか。

 

「へー、ほー、成程な。こういうテクもあんのか」

 

「流石にロックのギターじゃ負けられへんよ。

 このテクも自由に使って構わんで、俺は今回使う予定あらへんし」

 

「いいのか?」

 

「そん代わり、貸し借りゼロのつもりで勝負に挑むんで、手加減は期待せんでな」

 

「……言うじゃねえか」

 

 ニッと笑う雪音クリス。

 ああ、そうだ。そういう顔で勝負挑んでこい。

 俺達はたったひとつの優勝目指して、たったひとつのものを争ってやり合う仲だろうが。

 遠慮なく勝負しようぜ? 俺が勝つけどな!

 

「マリアさんに自分らしく在れ、って言われたんや。

 誰に何教わっても、誰に何教えても、最終的に俺らしく在ればええんやないかなって」

 

「ふーん……」

 

 おい、なんだその顔は。

 

「それってさ、自分らしさってやつをきっちり認識してなきゃ駄目ってことじゃねえの?」

 

「え」

 

「お前らしさって何だ? どれのことだ?」

 

 どれと言われても……

 

「俺の曲、俺らしさ出てないか?」

 

「自分らしさが自然と曲に出るのと、自分らしさを曲に出そうとすんのは別物だろ。

 『俺のここが売りです!』って前面に出してる意識はあるのか? 無いならちょっとな」

 

「……あー」

 

「お前その辺自覚して、意識してそれ保とうとしながら演奏してんのか?

 精細なイメージが伴ってない、ふわっとした"自分らしく"じゃ意味ねーぞ。

 自分をよく知ってそれを意識して保とうとして初めて、安定した演奏ができるんだからな?」

 

 ……新しい問題が浮上してきた。

 

 やっぱあれだな。マスター・マリアといい、プロは意識が違えわ……

 

 

 

 

 

 雪音クリスと別れて帰宅。

 バンドの練習もしないとな。

 マスター・マリアの修行で消耗した分も、もう随分回復してきた。

 しかし問題が次々と浮上して来て頭が痛え。全部一気に解決する方法はないもんかね?

 ……ねえよなあ。

 地道にやってくしかねえか。

 

 っと、キャロルから貰ってた端末に衛星電話が来た。

 

『はーいあなたのウェル博士ですよ』

 

 通話切った。

 

 ……またかかって来た。

 

「なんやなんや、お帰りください」

 

『一応僕は忠告しに来たんだけれども、その塩対応はどうなんだろうか』

 

「塩対応が嫌なら好かれる努力せえや」

 

『そんな面倒臭いことする方が嫌だね』

 

「……」

 

 この野郎。

 

『それより急報だ。エテメンアンキがそっちに疑いを向け始めてる』

 

「……なんやて?」

 

『君、少ないけどファンが居るようで驚きだよ。

 日本で、イタリアのナポリで、イギリスのニューロンドンで……

 君の演奏が録画されて、アップロードされていたんだ

 仮面を付けた君は今世界中に注目されていて、特定班がネットで動いてる。

 それで謎の仮面の男の正体として、素の君が候補筆頭に挙げられてるのさ』

 

「マジか。仮面だけじゃ足らんかったんか」

 

『君の演奏は特徴的だからねぇ』

 

 ヤベえな。大会終了がエテメンアンキ到着前に間に合うか?

 さっきまでは大会が数日分の練習時間を取れる日程だったことに感謝してたが、こうなると大会日程がゆったりしてるのが逆に危険になってきた。

 

『ともかく、僕もこれが伝えられて良かった。

 とりつくしまもなく会話を打ち切られ続けることも覚悟だったからなぁ』

 

「なんでそんなに警戒しとるんやお前。ようやく嫌われてる自覚が出来たんか?」

 

『君は時々耳にチンコでも詰まってるんじゃないかと思うくらい集中する恋愛脳でロック脳だ』

 

「俺は謂れなき中傷には鉄拳で応える人間やぞ」

 

『おお怖い怖い。恋愛脳は余計な言及だったかな』

 

 野郎ぶっ殺してやる。

 

『全部終わったら日本に来るんだろう? 早めにイチイバルを回収したまえ』

 

「言われんでも分かっとるよ」

 

『僕はもう規定業務が終わったら暇でねえ。

 愉快なことになっている君の周りの情報を定時まで独自に分析する毎日さ』

 

「仕事中に分析ってお前……どうせ俺に聞いて欲しいんやろ。どんな分析したんや?」

 

『聞きたいのなら聞かせてあげよう、とくと感謝したまえ。

 ネットでの評価と、評価された君の曲。

 僕なりにそれらの感想評価を分析して考察してみた。

 すると君の曲は大雑把に分けて、過去を前に出した曲と、劣等感を軸にした曲になる』

 

「二種類? それだけなんか……」

 

『いや、その二種類に多彩な曲が含まれるんだ。君はこの二つにこそ感情を吐き出している』

 

 親との過去と、他人への劣等感。

 分かってる、分かってるっての。それが俺の原動力だ。

 

『でも僕は、イギリスでこの二つのどちらでもない曲を聞いた覚えがある』

 

 だが、他人の感想や評価という主観的なものを、ウェルが感情を排して理性的に再編成してまとめたものは。

 

『―――だ』

 

 俺に、気付いていなかった俺のことを気付かせて。

 

「あ、おかえりなさい!」

 

 通話を切って、帰宅した俺が見たキャロルの笑顔が、それを確信に至らせる。

 

 一つ、気付いて。

 一つ、納得して。

 一つ、理解した。

 

「一時間、ちょいと俺に話しかけんでくれ」

 

「結弦くん?」

 

 何故か隣の部屋から、キャロルの方の護衛に付いていたウイングの歌声が聞こえてくる。

 それで、完成形が見えた。

 テーブルの上には白紙の楽譜。

 手にはペン。

 胸に旋律。

 さあ、生まれてこい。祝福してやる。新曲(おまえ)も俺と一緒に、舞台に上がろう。

 

 ペンが走る。あっという間に一曲仕上がった。

 だけどこれじゃ足りない。俺の感情が十分に吹き込まれていない。ワンフレーズごとに俺の全力の想いを込めて書き直し、俺の気持ち全部を表現できるカタチに作り変えていく。

 作曲の時点で俺の感情を受け止められないようじゃ問題外だ。

 俺の全てを受け止めてもなお余裕があるくらいに、そんな強くて大きな表現の曲を。

 もっと深く、もっと鋭く、もっと濃く、もっと激しく、もっと明るく、もっと強く。

 もっと、もっとだ。

 

 何よりも輝ける曲になれ。人の心も、この世界も、まとめて撃ち抜けるくらいに。

 

「―――♪」

 

 自然と口に出る旋律。

 仕上げに楽譜の中のリズム、頭の中のリズム、口に出したリズムを融合させる。

 心響かせるロックになれ。

 今完成したお前が……今の俺の、命の歌。ここに燃え滾る胸の歌だ。

 

「……出来、た」

 

 何か変な顔してるキャロルちゃんが居たが今はそっち見てる時間が無い。

 あと一時間もしない内に調さん切歌さんも来るだろう。その前に、やらなきゃなんねえことがある。隣の部屋に移動して、この前俺達が歌ってた曲をウキウキで歌ってたウイングを捕まえる。

 

「!? べ、別にこれは、お前達に影響を受けて歌いたくなったわけでは……」

 

 どうでもいいんだよそんなことは。

 

「俺と一緒に舞台に上がってくれへんか。希望のボーカルさん」

 

「え?」

 

 今日、初めて聞いたぜお前の歌声。練習すりゃ紅白にも出れそうじゃねえか。

 

 その力、俺達に貸してくれ。

 

 ボーカル二人用の曲なら、今書き上げたからさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曲は完成してからが本番だと、分かってたつもりだったが。割とキツかった。

 調さんと切歌さんによる修正修正更に修正。

 素人を加えてのバンド再構成に猛練習。

 三回戦と並行してこんなことやってたもんだから、危うく三回戦落とすところだった。危ねえ。

 

 その甲斐あって、俺達は準決勝たる四回戦に足を運ぶことができた。

 誰もが俺達の敗北を確信している。

 何故なら、俺達の対戦相手は、あのマリア・カデンツァヴナ・イヴだからだ。

 俺達はとうとうここまで来てしまった。

 アメリカで今一番人々を熱狂させるこの人の前に、敵として立つ権利を得てしまった。

 勝てるわけがないと、誰もが言っている。

 上等だ。

 その下馬評、覆してやる。

 

「よく来たわね。世界最高のステージの幕を上げましょう」

 

「お手柔らかに頼んます、マスター・マリア」

 

 一年前のステージより、先月のステージより、昨日のステージより、今日のステージを良くするという心意気。いつだって今日のステージが、世界最高のステージになるという確信。

 まさしくプロだ。

 俺はこの人に勝たなければならない。

 いや、違う。

 勝たなければならない、じゃねえ、勝つんだ。

 

 俺は今日、この人に勝つ。

 

「お先に失礼します」

 

 先攻は俺達だ。

 漫画じゃ先に演奏した方が負けるってのがテンプレだが、そんなありきたりなお約束、俺達の熱量で吹っ飛ばしてやる。

 なあ、皆。

 皆もそう思うだろ?

 心は音楽で繋がってるって信じてるぜ。

 この会場の消化試合の空気、残らず消し飛ばしてやろうや。

 

「来たな、ファリドゥーン・フォーカード。……ん? 今日は四人組(フォーカード)じゃないな」

 

 俺達五人の音楽、今見せてやる。

 

「仮面青髪のボーカルが一人増えてるな」

 

「あれ素人だ、立ち回りで分かる。あんなの加えるとか正気かよ」

 

「素人でもここに上がれるくらいの天才なんじゃね」

 

「バカ、才能のある素人と力不足のボーカルで勝てるわけあるかよ。

 マリアとクリスは経験積んだ天才だぞ。ただの天才で勝てるわけがあるか。

 せめてあともう一つ、何か勝てる要素積み上げなきゃ、どうにもならねえっての」

 

 皆騒いでんな。

 だけど心配ご無用。甘く見たその認識をすぐに後悔させてやる。

 俺達は勝つためにここに立っていて、勝てるだけの策を持ってここに立ってるんだぜ?

 

「プログラムによると今日のファリドゥーン・フォーカードの曲名は……」

 

 息を合わせて、心を重ねて、力を貸し合い、音を融かして。

 

「……『荒野の果てへ』? 新曲か」

 

 ―――五人で一つの音を、ここに産み落とす。

 

「はじまっ……ええっ!?」

 

 客の心を、一気に引き込む。

 任せられるところは全て仲間に任せ、俺は『俺』を出すことに全身全霊、集中する。

 俺が仲間の頑張りに応える最高の方法は、ここで『俺』を出し切ることだ。

 

「これ……ラブソング!?」

「おいおい、社会への反抗とか歌ってた奴が……」

「口笛みたいなイントロから、ツインボーカルでラブソング……いや」

「ラブソングパートを歌ってるのは、男の方だけか」

 

 俺の声と、ウイングの声。

 交互に出して、時に重ねて、響き合わせて、高め合う。

 俺のボーカルに足りなかった綺麗さ、美しさ、全体のまとまりを、彼女の声で補っていく。

 仲間の音に支えて貰って、俺はただひたすらに熱く『俺』を出していく。

 

「口笛を吹くようなギターのイントロから、切り込むようなこの速弾き」

「男が歌うラブソングパートに、女が歌う優しい歌詞のパートが交互する」

「スラッシュメタル……だとは思うが……激しいのに、荒々しいのに、この音色は……」

 

「激しい。なんつー激しい愛だ。相手の心に、ただひたすら自分を刻み込む愛……」

「いや、これ……男が女を力いっぱい抱きしめる、そういうラブソングだ」

 

 笑いたきゃ笑え。これが『俺らしさ』だ。

 俺の過去も関係なく、俺の劣等感も関係なく、今の俺に"弾きたい"と思わせるもの。

 俺の中で一番に大きくなった弾く動機。

 そのために上手くなりたいと思って。

 そのために俺は修行して。

 その人のために頑張って。

 その人を喜ばせたいと思った。

 

 これが『俺』。音楽という形でそのまま外に出して表現した『俺』だ。

 

 好きなだけ見て、好きなだけ聴いて、何か感じ入ったなら、その心の片隅に置いてくれ。

 

「綺麗な声色の女のボーカル。熱く激しい男のボーカル」

「二人で一人で完成するボーカルパート……」

「このラブソング……ああ、なんだこれ! 聞いててむず痒くなる! ストレート過ぎんだろ!」

「あーなんか……聞いてるだけで胸が熱くなって、走り出したくなる!」

「でも、私これ好きよ」

「ああ、わかる」

 

 不適合者の俺にとって、この社会は荒野みたいなもんだった。

 この世界は地獄と変わらねえ荒野だった。

 でもな。

 俺は膝を折りたくなかった。

 生きて、生きて、生きて。

 歩いて、歩いて、歩いて。

 諦めないで前に進み続けて、ようやく見つけた。見つけたんだ。

 

 皆、聴いてくれ。

 皆、見てくれ。

 皆、感じてくれ。

 これが―――俺が、荒野の果てで見つけたもの。

 

 俺が愛しく思う、小さな花だ。

 

「ああ、そっか……このバンドが奏でてるもの……

 あのボーカルの歌は……あそこに居る、金髪の小さな子に……」

 

 黙っててくれ、勘の良いお客さん。

 

 そしてできれば、そいつを胸に秘めたまま、俺の恋路を応援してくれ。

 

 俺は口には出さなかったその想いを、そのまんまこの音に込めたんだから。

 

「恥ずかしい奴だなこいつ……!

 ここまで素っ裸の自分を躊躇いなく人前に出せるのか!

 いいぞ、応援してやる! もっとやれ! もっと音出せるだろ!」

 

 観客が湧く。

 徐々に、俺の外側の音が消えて、俺の外側の景色が消えていく。

 でも大丈夫だ。俺が俺自身の中に、どんどん深くまで潜っていっても、演奏が適当になるなんてことは絶対にありえない。

 生身の左手。

 この腕が、『演奏』を覚えている。

 機械の右手。

 この腕が、『想い』を憶えている。

 高鳴る胸。

 この心が、『歌』を奏でている。

 

 ―――母さん。天国に行った母さん。俺、好きな人が出来たよ。

 

 腕が止まる。

 体に覚えさせた動きが、自然と止まる。

 俺の中の全てを出し切った。

 曲の終わりを、俺は自分の中に埋没しながら認識した。

 外の景色も、外の音も、自分の中に埋没した俺には聞こえない。

 

 歓声が上がった、ような気がした。

 

「自分らしく在るって、なんだろうね。切ちゃん」

 

「デス?」

 

「"自分らしく在って勝つ"って、つまり相手に無くて自分にある物で勝負するってことだよね」

 

「そう言われてみるとそうデスね」

 

「マリアにも、雪音クリスにも無いもの。

 あの二人が持っていない熱。

 結弦だけが持っていて、大人ばっかりのこの大会で結弦だけが使える強み」

 

「恋心……つまり愛、デスね」

 

「何故そこで愛」

 

「いやここはそういう流れだったデスよね!?」

 

「そこはこう……淡い思いとか、甘酢っぱい気持ちとか、そういう表現を」

 

「調さん、切歌さん、もしかして結弦くん……好きな人が居るんですか!? ど、どうしよう!」

 

「……」

「……」

 

「え、ど、どうしたんですか?」

 

 誰かが俺の手を引いてくれている。

 俺は俺の中に潜行して、俺の中身を全部出しきった。

 意識は徐々に、徐々に、現実に戻ってくる。

 

「マリアは至高に到達したエンターテイナー。

 雪音クリスは音楽史伝統の技を全て自己流に扱える音楽芸術家。

 結弦はその二つに対抗し、互角に戦える可能性を内包する……『自己表現者』だ」

 

 調さんがなんか喋ってる感じがするが、聴こえない。

 全力を出し切った俺の意識が完全復活し、そこで最初に目に入ったのは、"これでよかったのか"という不安と、"やりきった"という達成感の狭間でうろたえている、青髪の姿だった。

 その背中を強く叩いて、感嘆の声を吐き出す。

 

「お疲れ。

 よく頑張った。

 それと、ありがとうな。最高のボーカルやったで」

 

「―――っ」

 

 初めてのステージで気持ちがいっぱいいっぱいになっちまってる素人に、仲間としての賞賛をやって、観客席からの声を受け止める力をやる。

 それが、今の俺のすべきことだと思った。

 やらなくちゃならねえことだと思った。

 このぶきっちょそうな青髪に、音楽を好きになって貰いたかった。そのために声をかけた。

 ウイングは無言のままだったが、嬉しそうなそいつの背中が、何よりの答えだった。

 

「皆もありがとう。最高のライブやった。……世界最高のライブやった」

 

 一人じゃ生み出せない音楽。

 一人じゃ辿り着けない場所。

 一人じゃ作れなかった時間。

 感謝しかなかった。こいつらが女じゃなくて男だったなら、ここで全員まとめてがばっと抱きしめてたと思う。いや絶対抱きしめてた。そうしてたわ。

 背伸びをして、大きく息を吐く。

 自分の両手を見て、開いて、ぐっと握り締める。

 そして顔を上げたところで、キャロルと目が合った。

 

 ふと、最初にキャロルに俺のロックを聴かせた時のことを思い出す。

 

■■■■■

 

 持つ、握る。擦るようにして弾く。弦を抑え、奏でる。

 いい音が出れば気持ちがいい。

 悪い音が出れば気持ちが悪い。

 とことん突き詰めて、無心になって弾き鳴らす。

 とにかくミスをしないように、とにかくインパクトが残るように、俺が好きなロックの良さを表に出すように、夢中になって弾きまくる。

 一曲終了。

 さあ、どうだ!

 

「なんか、こう……うるさいですね」

 

「―――」

 

 俺は死んだ。期待した分死んだ。即死だ。

 

■■■■■

 

 なんつー自己満足なロックだ。自慰と変わらん。クソの中のクソだ。

 あの時はキャロルに聴かせるための曲じゃなかった。

 独りよがりにもほどがある演奏で、今思い出すだけでも恥ずかしい。

 俺は、あの時から成長できただろうか。

 あの時よりマシになれただろうか。

 うるささしか感じさせられなかった頃よりかは、この子にロックの良さを伝えられるように、なれただろうか。

 

 なれてたら、いいな。

 

「俺、キャロルの中に、俺の音を残したいなって……

 君の中で俺が永遠になったらいいなって思ってたら、この曲が出来たんや」

 

 微笑むなよ、キャロル。

 ちったあ恥ずかしがれよ。

 ああ、多分こりゃ俺の言葉の意味の半分くらいは伝わってねえな。

 これだから不適合者は駄目なんだ。

 音楽使っても、想いの半分しか伝えられねえ。

 

「もうなってるよ。

 ボクは死ぬまで、結弦くんのことを忘れたりしない。

 ずっとずっと、ボクの中では大切な人のまま。この気持ちはきっと永遠なんだ!」

 

 ……でも、まあ、いいか。

 

 俺は俺だ。俺は俺らしくこの音を奏でた。

 不適合者じゃない俺は……こんな音を奏でることなんて、出来やしなかっただろうから。

 この子の中に俺の音を残すことも、きっと出来なかっただろうから。

 だから、これはこれでいいんだ。

 俺は、不適合者に生まれてよかった。それでいいよな、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バンドの仲間達と意味もなくハイタッチしてイェーイする。

 心の底から信じられる仲間(付き合い一ヶ月未満)達とビシバシグッグッする。

 やっべ今の俺のテンションたけー。

 はたから見ればバカにしか見えねえな多分。

 そんなこんなで廊下を駄弁りながら歩いていたら、マスター・マリアが悠然と現れた。

 

「やってくれたわね。昨日までの私なら、きっと負けてたわ」

 

「せなら、今日のマスター・マリアならどうなんです?」

 

「勝つわ、勿論。あなたの世界最高のステージを、私は更なる最高で乗り越えてみせましょう」

 

 流石はマスター・マリアだ。

 俺の過去最高の一発を見てもなお、自分の勝利を疑ってねえ。

 マリアとマリアの今のバンド仲間の揺るぎない自信に、キャロル達が動揺するのが見える。

 バーカ、ビビんなよ。俺達、さっき最高のライブをしたばっかだろ?

 

「うろたえるなや。俺達は必ず勝つ。俺はあれが最高だったと、信じてるんやで?」

 

 信じようぜ。

 うし、信じてくれたな。

 あの最高の瞬間を疑ってくれるなよ、皆。

 

「ふふっ」

 

 マスター・マリアが何故か微笑んだ。

 何故微笑むんですマスター。

 マスター・マリアが仲間を引き連れ、自信満々に壇上に上がっていく。

 ……やべえ。ああいう雰囲気でステージに上って、幾度となく勝ってきたのがマリア・カデンツァヴナ・イヴなんだ。

 

「マスター・マリアが突然腹痛でも起こして、不戦勝にならんかな……」

 

「ちょっと結弦くん!? さっきボクらに言ったとってもかっこいい台詞はどこに!?」

 

「俺は俺を信じとる! 俺の仲間も信じとる!

 さっきの瞬間が最高だったことも信じとる! だがマスター・マリアも信じとるんや!」

 

「なんで!?」

 

「尊敬するロックンローラーで師匠だからに決まっとるやろ!」

 

「完全に自分を見失ってるデース……」

 

 やべえ。

 自分でも何言ってんのか分かんなくなってきた。

 疲れてんのかな俺。

 違え、負けたくないんだ。

 あの最高の演奏で勝ちたいんだ!

 でも不戦勝って普通に嬉しくねえな!

 仲間信じてるから勝ちたいが、最強のマリアが負けるところを見るのが土壇場で怖くなってきた! というかマリアに負けるのも怖いんだよ、無理やり押さえ込んでるだけで!

 俺にどうしろってんだ!

 ……信じて待つしかないか、やっぱり。クソッ、心臓に悪い。

 俺の最高の演奏が、俺の最高の憧れを粉砕する未来を、信じる。

 ……仮に勝っても、嬉しいと同時に悲しみも感じちまいそうだ。

 

 って、爆音!? なんだ!?

 

「まさか俺の祈りが通じてもうたせいで爆音級の排便が……なんとお詫びすれば……」

 

「バカなこと言ってないで! 行こう!」

 

 キャロルに手を引かれて走る。

 余計なこと考えたから変なこと言ったが、爆音級の排便ってなんだよ。ねーわ。

 ステージに上った俺達が見たのは、空を見上げるマスター・マリア達と、空を見上げる観客と、空を見上げるクリスと、割れた空だった。

 

「さっきの爆音は空が割れた音……って、キャロル、空のあれはなんや?」

 

「……ノイズの大量移送の際に使われる、エテメンアンキの空間干渉だよ!」

 

「!?」

 

「この会場に向かって空いているってことは、狙いは明らか。どうしよう結弦くん!?」

 

 狙いは俺達か。

 いや、待てよ。

 ここは全世界から人々が集まってる。

 ……エテメンアンキは、()()()()()()()()()()()()()

 

「流石にエテメンアンキの一部の人間の独断だとは思うけど、これは……」

 

「キャロル、あの割れた空がそういうもんだと認識しとる人間は何人おると思う?」

 

「ほぼゼロと考えていいと思う。あれはエテメンアンキの機密の一つだから。

 でも、あの割れた空からほどなくしてノイズが現れれば……パニックは避けられない」

 

 『ライブ会場の惨劇』なんてタイトルで三文ニュースに報道されればいい方だろうな。

 何万人死ぬかも分からねえ。

 人気ミュージシャンが人を集めて、そこにノイズが現われりゃ、どんな世界だろうが大惨劇は確実だ。そんなん猿にだって分かる。

 

「いくらなんでも、この人数を巻き込むなんてことまで、エテメンアンキがやるんか?」

 

「世界を旅して来たボクが言うけど、巻き込むのが数十人程度ならきっとやると思う。

 彼らの中には天秤があるんだ。

 聖遺物を集めていた僕らは、数十人犠牲にしても殺すべき危険人物に認定されたんだと思う」

 

「……俺らのせいか」

 

「ごめんね……巻き込んでしまって」

 

「いいってことよ」

 

 とんでもねえ奴らだ。

 俺らを殺せようが殺せまいが、こんだけデカい音楽の祭典にノイズぶち込んだなら、世界的に非難されることは間違いない。

 ノイズを精密に制御しようが、巻き込む人間をゼロにするなんざ無理だろう。

 俺らが聖遺物集めれば世界さえ変えられるってことを認識して、数十人犠牲にしてでも今の世界を守ろうとして来たわけだ。

 キャロルと俺が聖遺物を何に使うかも知らないもんな、お前ら。

 不適合者が何考えてるか怖いんだろ?

 不適合者が何するか怖いんだろ?

 不適合者が適合者に仕返してくるんじゃないかって、怖いんだろ?

 分かる、分かるさ。反吐が出る。

 俺達はそれを無くしてえんだ。

 

 合理的な選択なんだろうな、それは。

 計算と打算から数十人の犠牲を選択したってのがよく分かる。

 俺には到底できそうにねえよ、そんな選択。

 でもな、それは駄目だろ。

 『念の為』で殺すのは駄目だろ。

 『必要な犠牲』で殺すのは駄目だろ。

 『何考えてるか分からないから』ってだけで、こんなにも巻き込んで大勢殺すのは駄目だろ。

 

 統一言語で、互いのことを相互理解して、その上で他人を殺すことに慣れるなよ。

 頼むから。

 統一言語や相互理解使えとまでは言わねえからさ。

 殺される奴の痛みと苦しみを理解したら、手を止めてくれよ。

 

「結弦くん」

 

「……どした? キャロル」

 

「結弦くん今、奇跡を起こす前の顔してるよ」

 

 どんな顔だよ。

 

「俺らのせいで世界最高の音楽対決を台無しにしたかないな。

 それに何より、俺がこの小さな世界を壊させたくないんや。

 最高のバンドが沢山おる。

 最高の観客がズラッと並んどる。

 たとえ俺達の音楽がマスター・マリアに負けたとしても、泣いて受け入れられる。

 ……けどなあ、ノイズに無茶苦茶にされて無効試合なんて、絶対に受け入れられへんわ」

 

「行くの?」

「デスデス」

 

「調さん、切歌さん、同行頼んます。

 ウイングは初めてのライブでちょっと喉痛めとるやろ、キャロル頼むわ。守ったってくれ」

 

 ステージに上った選手達の中から、飛び抜けて凄え奴二人に声をかける。

 

「クリス、マスター・マリア、力貸してくれへん?」

 

「結弦……私と雪音クリスに何か用?」

 

「歌って欲しいんや、二人に。これから会場に起こる惨劇を防ぐために」

 

「歌? あたしらの歌で何ができるってんだよ」

 

「世界を救える。んで、これからすることは世界を救うよりずっとしょぼくて簡単なことや」

 

 普通なら信じられないことだ。

 俺の言うことに従うわけもねえ。

 だけど俺は、この二人と音楽で繋がっている。

 俺の必死さは、"そうしないとヤバい"っていう俺の想いは、短時間で彼女らにも伝わった。

 

「いいぜ、何すりゃいいんだ?」

「あなたが歌に関して嘘や虚構を盛らないと信じましょう」

 

「あんがとさん」

 

 そして、時間切れだ。

 空の割れ目からノイズが現れ、この会場へとなだれ込もうと動き始める。

 

「の……ノイズだ!」

「なんで!? 私達何も悪いことなんて……!」

「あいつらがそんなこと考えるかよ! ノイズに命乞いしても意味ないぞ! 隠れろ!」

 

 俺はステージ上のマイクを掴み、呼びかける。

 

「うろたえるなやッ!!」

 

 観客の動きがピタリと止まった。

 うし、これでパニックが起きてパニックのせいで人が死ぬってことはなくなった。

 あとは、ロックの要領だ。

 注目を集め―――音楽にて昇華する。動揺にはロックを馳走しよう。

 

 俺は顕現した神剣ディバインウェポンを、ステージのど真ん中に突き刺す。

 

 そして、白銀のライブ会場をそこに『創造』した。

 

「ライブ会場を……『創った』だとッ!?」

 

 ライブ会場のステージは観客席に音を届かせるための構造で出来ている。

 それじゃあダメだ。

 俺達が奏でる音楽は、観客席じゃなくて空に届かせないといけねえ。

 空へと音をぶっぱなすための構造に変化したステージに、クリスとマスター・マリアが跳び上がる。

 

「へっ、創ったステージには歌詞付き楽譜も完備とか、気が利くじゃねえか。

 何が起こってんのか全く理解できねえが、勢いで流すのはあたし好みで悪くない!」

 

 すかさず俺は分身する。

 ドラム切歌、ベース調。

 リードギター俺、サイドギター俺、サブベース俺、サブボーカル俺。

 メインボーカルマリア、リードボーカルクリス。

 究極の八人布陣。この陣容は、八卦を謳うッ!

 

 俺はギターでのみ強く主張し、後はサポートに回ることで全体のバランスを保つのだ。

 原初の太極より別れた両儀をツインボーカルが体現し、俺が四人に分身することで両義より生まれし四象を表現し、八人のバンドが四象より生まれし八卦を体現する。

 そう。

 大宇宙の真理は、全てロックンロールで表せる。

 ロックは今、次のステージへと進化した。

 

「最高のボーカル二人で! この音を! 平和を乱す者への否定の火へと昇華するッ!!」

 

 観客が、最高のメンツが集まったステージの上に注目する。

 そうだ、ノイズなんて見なくていい。そんなもの見て怯えなくていい。

 今から俺達が、ただのライブの演出以下の存在にまで、あのノイズ共を蹴落としてやる。

 

「世界最高のライブの後や。……どんな邪魔者も蹴散らす、世界最強のライブを見せたるで!」

 

 即興で合わせられる。

 何故ならクリスとマリアは、俺の音楽をよく知っていて、指導までした二人で。

 調さんと切歌さんは、俺の音にずっと合わせてくれていた仲間だからだ。

 

「歌えッ!」

 

「「 応ッ! 」」

 

 今日の主役は俺じゃねえ。

 二人の歌姫。

 この二人の歌声を、俺の旋律ベースに前面へと押し出していく。

 

 ……ああ、くそっ。

 いい歌だ。最高潮の俺でやっと並べるかってくらいに、いい歌だ。

 二人のデュエットが、二人を高め合ってる気すらする。

 最高だ。だから好きなんだよ、この二人の歌。

 そいつを自分の音が高めてるってことに、誇らしさを感じちまう。

 

 演奏を続ける。

 ありったけの想いを込めて弾きに弾く。

 

 ああ、ずっと弾いていたい。

 楽しい。この時間が終わって欲しくない。

 贅沢すぎんな、俺は。

 対戦形式って形で競い合うより、こうやって一緒に奏で合って、響き合って、互いの音楽を高め合って……そんな時間を、永遠に続けていたい。

 音を束ねて、ノイズにぶつける。

 彼女らと作り上げた音を、聖遺物の力で波動に変え、空のノイズにぶつけ続ける。

 そんな物騒な時間だってのに、楽しくて楽しくて、嬉しくて嬉しくてしょうがない。

 ノイズがあまりに多すぎて、俺達の音楽を束ねてぶつけても押されている。

 まるで空の割れ目から噴き出す洪水だ。

 このままじゃノイズに押し切られちまう。

 なのに、心は高揚したままで、恐怖を欠片も抱けない。

 

 しょうがねえだろ。

 この二人は俺の音に惚れてないだろうけどよ、俺はこの二人の音には惚れてんだ。

 ……浮気性にもほどがあんなぁ、俺。

 惚れてる人が居るってのに、歌にも惚れちまうんだから。

 

「―――♪!」

 

 そんなことを考えていたら、俺達のバンドの音の厚みが一気に増した。

 

「……!」

 

 気付けば、クリスとマスター・マリアのバンド仲間達までもが、ステージに上っていた。

 

「俺らも混ぜろよ」

 

 クラシックの要領で、音の厚みを増すだけの地味な演奏を開始する彼ら。

 楽器は増えれば増えるほど、他ジャンルが混じれば混じるほど、雑音になってしまう可能性が上がってしまうってのに。

 彼らは仲間であるマリア&クリスに合わせ、プロからすれば屈辱だろう地味な音の背景に徹し、卓越した技術で音の波長を合わせることで、一切雑音を混ぜずに俺達の援護をすることに成功していた。

 

 胸が熱くなる。

 胸が騒ぐ。

 胸の歌が熱々のまま吹き出してきて、俺の手の内のギターから飛び出していく。

 最高だ。

 ノイズにビビんねえ、楽器一つ手にしてノイズに立ち向かってくれてる、名前も知らねえロックンローラー達の熱さが肌に心地良い。

 

 俺の音、仲間の音、ロックンローラー達の音。

 全部束ねて、世界を救う神剣にぶち込み、ギターになった神剣に固着化させる。

 そしてそのギターを、ステージに振り下ろして叩き折った。

 

「こいつが! 俺の! ……いや、『俺達』のッ!」

 

 皆の最強の音楽に、最後にギターが折れた音が加わりハジけ、空のノイズ軍団へと命中。

 

「―――『ロックンロール』やッ!!」

 

 割れた空ごと、跡形もなく吹っ飛ばしていった。

 

「お……音楽が……ただの音楽が……」

「ロックンローラーが……ロックンロールで……」

「ノイズを……倒したッ!?」

 

 会場の皆がざわめいている。

 やっぱりな。

 近年はロックンロールが衰退気味で、甘く見られてると思ってたんだ。

 とんでもねえ。

 ロックはそんな甘く見ていいもんじゃねえんだよ。

 

「俺達はライブの邪魔をする雑音(ノイズ)を許さへんッ!

 それが大統領だろうと、神様だろうと、ブッダだろうとなッ!

 俺達の人種を忘れるな!

 俺達は、想定外の邪魔な雑音(ノイズ)の一切を許さないアウトローッ!」

 

 ロックこそが、最強の音楽。

 

「―――『ロックンローラー』やッ!!」

 

 感動したなら!

 

 聴いて楽しむだけじゃなく、気が向いた時にでも、ギター買ってロック始めようぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の知る限り、マリア・カデンツァヴナ・イヴと雪音クリスは世界トップクラスの歌姫だ。

 それに匹敵できそうなのは、意外にもあのウイングくらいしか心当たりがない。

 まあそんな凄え二人とのライブだ。

 大満足だ。

 もうこのまま日本帰っちゃっていいんじゃねえかってくらい満足。

 

 ……あ、イチイバルのこと忘れてた。やっべー。ごめんなキャロル。口に出すと俺の評価が下がりそうだから心の中だけで謝っとく。

 

「世界最高のライブ、んで世界最強のライブか」

 

 クリスがそんなことを呟いている。

 なんか、楽しそうだな。今まで見たコイツの姿の中で一番楽しそうだ。

 

「……あー、楽しかった。満足した」

 

「待ていクリス、まだ大会は終わっとらんのやぞ」

 

「これで大会続けられるか、アホ。脳味噌不足忍者。

 あたしの対戦相手もノイズで動揺して逃げちまったよ。

 こんだけ大騒ぎになって、大会続けられると思ってる方がアホだ」

 

「む……あ、いや、脳味噌不足忍者はやめてくれへんか」

 

 流石にお前にアホと言われるのは納得いかねえぞ。

 お前の方が俺よりバカっぽいと思うぞ。

 そう思うが言わないのが大人の証。わざわざ問題を起こすことはない。

 怒りっぽいクリスは言ったら蹴って来そうで、そうなったら対応に困っちまう。

 

「おい、係員! 優勝トロフィー持って来い!」

 

「え? いやしかし……」

 

「大会なんざもう終わってんだうだうだ言わず持って来いッ!」

 

「は、はいぃ!」

 

 ほらこういう怒りっぽい子なんだから面倒臭えんだよ。

 あーめんどくせ。身体能力が別に高くないくせに行儀が良くて、口が悪くて、なんかうっかり手や足が出そうになってるお嬢様とかどう扱えばいいんだ。

 多分殴られても痛くないが、なんか対応に困るぞ。

 クリスの手足ほっそ。細くて柔らかそうでめっちゃ女の子してる。

 しかし髪の毛の色のせいもあってもやしにしか見えねえ。これから心の中で時々こっそり雪音クリスを雪国もやしと呼ぶことにしよう。

 

「はい持ってきましたぁ! 優勝トロフィーですぅ!」

 

「よしよしよくやった。おいマリア、結弦、こっち来い」

 

 クリスに呼び寄せられたマスター・マリアと俺が、クリスと一緒にトロフィー持たされて、ステージから観客に向けて三人一緒にトロフィーを掲げる。

 

「『あたし達』がこの大会で最後までステージに立ってた、最強のロックンローラーだ!

 異論がある奴は前に出ろ! ロックで勝負仕掛けてくるなら、いつでも受けて立ってやる!」

 

 一瞬、静まり返る会場。

 やがてまばらに拍手が現れ、次第に拍手の波が広がっていく。

 最終的には拍手が聞こえなくなるくらいの大歓声と賞賛が、俺達を包み込んでいた。

 

 ……あー、さっきの対ノイズ演奏だな。

 この『三人セット優勝』に文句が出て来ないくらいには、あれに感動してくれた人達が沢山居たのか。

 ノイズを歌が消した奇跡への感動か。

 それとも衝突すると思われた二人の歌姫のデュエットに対する感動か。

 まあ、俺にとっちゃどうでもいい。

 最高のライブ、最強のライブ、どっちもやれたんだ。それだけで大満足だぜ。

 

「最後に歌って、最後に勝った、そいつが勝者だ。あたしが誰にも文句は言わせねえ」

 

「ええ、そうね。これもそういえば、バンドで勝ち上がるものだったものね」

 

「……かっこええ決着の仕方しよってからに」

 

「嫌いか? あたしは好きだぞ」

 

「俺も好きや、気が合うなぁ」

 

 あそこからアドリブでこんな決着の形見せてくるんだから、雪音クリスも侮れねえ。

 一歩引いて見守ってるマスター・マリアも放っておいたら同じことしたかもしれん。

 まだ修練が足りねえな。

 俺がこの二人に敵わねえと思ってるのは多分、俺がまだ一流じゃねえからだ。

 

「クリス、結弦。また一緒に歌いましょう。今度は勝負じゃなく、世界ツアーででも」

 

「いいぜ、結構楽しそうだ」

 

「俺世界ツアーと聴いただけで気絶しそうなノットプロのパンピーなんやけど!?」

 

 こいつらと肩を並べても平気な顔ができるような人間になりてえ。

 

 ハッキリとした目標が、俺の中にまた一つ増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅は出会いと別れのデュエットのようなもの。

 出会って嬉しい時もあり、別れて悲しい時もある。

 トロフィーから俺がイチイバルを回収し、神剣の完成度は5/7。

 残るは日本にあるという神獣鏡と、所在不明のガングニールだけだ。

 日本に向けて旅立つ俺達を、色んな人が見送ってくれた。

 

「お前が会場で見せたラブソング、こっ恥ずかしかったがあたしは好きだぜ。また会おうな」

 

 激闘の果てに分かりあったライバルみたいな雰囲気で一言だけ別れ告げて消えてくなよクリス。

 

「自分の弱さを乗り越えたいと思った時、また来なさい。

 また稽古をつけてあげる。私を超えることが目標なんでしょう?

 このグラサンをあげる。有名になって顔を隠したいと思った時、使いなさい」

 

 初対面の時の台詞を引き合いに出されて、マスター・マリアに微笑まれてしまえば、俺のような未熟者は頭を下げるしかない。

 ……マリア超えは本気で言った台詞だっていうことを、師匠は気付いていただろうか。

 このグラサン、一生大切にします。

 ロックンローラーにとっちゃグラサンは、ある意味一人前と認められた証だ。他の誰でもないマスター・マリアからそれを貰えたことが、例えようもなく嬉しかった。

 

「またね。今度は私もバンドに混ぜてくれると嬉しいな」

「今度はアフリカの方に行くので縁があったら会いましょうデス」

「もう私に教えることはない……」

 

 セレナさん相変わらず欠点見当たらない美人だな。

 しかし切歌さんはいいとして、調さん何その免許皆伝に至った師匠風の言い回し。

 真顔でボケる子だったか、この人。

 

 大会でぶつかった他のバンドの人なんかにも見送られて、俺達はこっそりウイングがこの国に来るために使った隠密用ジェットの隠し場所に向かい、乗り込む。

 アメリカの空港も海港も全部エテメンアンキに見張られている。

 俺達は最先端の忍法を参考にして作られたこの隠密機で、こっそり日本へと帰るのだ。

 

「な、な、ウイング俺が前にした話覚えとるか?」

 

「結弦、お前のベタ褒めはお世辞ではないのか? 私が歌手になるなど……」

 

「絶対向いとるって! 紅白出れるて!

 俺の音楽に感動したんやろ?

 せやったらウイングには、俺よかもっと凄い音楽も生み出せるんやって、絶対!」

 

「そう言われても……」

 

「また同じ舞台に立とうや! 今回やったツインボーカルめっちゃ楽しかったやろ?」

 

「し、しかしだな……」

 

 日本へ帰るまでにコイツを俺のバンドのメンバーに仕立て上げる。

 それでベースでもウイングが覚えてくれりゃ、キャロルがドラムを覚えてくれるだけで俺の専用バンドが一個完成する。

 いい。いいな。俺の専用バンドとかいう響き。

 まずはこのバンドで日本の天下を取ってやるぜ。

 俺とコイツのツインボーカルなら、多分あっという間に取れる!

 

「結弦くん、ボクよりその人のことの方が好きになったんですか? 歌の才能があったから……」

 

「いや、全くそないなことないけど。キャロルが一番やで」

 

「い、一番って……別にそこまで言わなくても……」

 

「キャロルは俺が近くに居りゃええんやろ? 大丈夫、裏切ったりせんよ」

 

 やべー、始まる前からバンド解散の危機だった。

 最低三人居ないと話になんねえからな。

 あ、ウイングが深く深く溜め息吐いた。

 

「翼だ」

 

「ん?」

「え?」

 

「風鳴翼。私の名前だ。お前達の信頼に……

 私も、本当の自分で向き合わなければ失礼であろうと、そう思ったのだ」

 

「お前偽名安直、つか偽名ダサって思っとった俺が思わず閉口するこの衝撃……」

 

「!?」

 

「次から偽名は俺らに相談するんやぞ。

 俺とお前の仲や。お前の悩みは俺がなんでも聞くさかい、遠慮なく相談せえよ」

 

「お、お前は! 本名明かした途端一気に心の距離を詰めに来るな! どういう人種だ!」

 

 はっはっは、アメリカ出てようやく素直になりやがって。

 てめえにはなんとしてでもうちのボーカルになってもらうからな。

 

「結弦くん、寂しくない?」

 

「ん?」

 

「ボクには、結弦くんがアメリカで別れた人達が、皆結弦くんの大切な人に見えたから」

 

 そりゃそうだ。

 良い音楽を奏でる人は全員俺にとっちゃ大切な人だ。俺より上手い奴死ねとも思うが。

 顔も性格も知ってるなら、なおさらにな。

 

「また会える。必ず」

 

 だけど、寂しいわけがない。

 

「俺達はどこに居ても、音楽で繋がってるんやから」

 

 俺達に音を奏でる手足と喉と、音を聴く耳がある限り。

 

 音を奏でることを続けていれば、また必ず会えるさ。

 

 少なくとも、俺はそう信じてる。

 

 

 




 終盤戦が見えてきました


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覚醒の鼓動

 『優しい』ってのは『普通』じゃない。

 『普通の人』は『優しい人』じゃねえんだ。

 人間は自分を人並みには優しいだろうと思っているが、大抵の人間は自分が思ってるほど優しい自分で在り続けてるわけじゃねえ。俺だってきっとそうだろう。

 自分を人並みに優しいと思ってる奴は、大抵人並み以下のクソ野郎だ。

 無自覚に無慈悲な選択をしていて、優しくするべき時を無自覚に見逃している。

 だから、本当の優しさには価値がある。本当に優しい人には価値がある。

 ありふれていないものだからこそ、それは価値のあるものなんだ。

 例えば、キャロルはそういう優しい奴だった。

 

 そしてキャロルと出会ってから、俺の周囲にはそういう奴が多い。

 

「翼が世話になったようだな」

 

「とんでもない、翼はえろう助けてくれましたよ。

 アメリカで危なっかしいキャロルから俺が目を離してられたんは、彼女のおかげです」

 

「そうか。あれは俺の姪でな。お前達の助けになったのなら、それ以上言うこともない」

 

 日本に辿り着き、風鳴翼に立派な屋敷に連れて来られた俺達は、風鳴弦十郎と再会してこれまでの旅の経緯を報告していた。

 こうして並んでるオッサンと翼を見比べていると、なんとなく血縁を感じる。

 容姿じゃなく、雰囲気や振る舞いにだ。容姿にはあんまり血縁を感じない。

 こう、なんつーか。

 叔父姪揃ってペヤングソース焼きそばにソースを入れてからお湯を入れてしまいそうな、そんな感じがする。

 

 しっかし俺の実家を数倍デカくしたみたいな屋敷だなここ。税金どんくらい払ってんだろうか。

 昔から思ってるが、蚊が産卵できる小さな人工池と、蚊の侵入を微妙に防げなさそうな襖と障子しかない武家屋敷風の家は蚊の天国ではなかろうか。

 俺の実家は蚊が多かったな……もう、二度と戻ることもないだろうが。

 

「結弦くん、結弦くん、映画でしか見たことないようなおっきなお屋敷だよ」

 

「ん? ……そやな、こんなでっかいお屋敷映画でしか見たことないな、凄いわ」

 

「だよねっ」

 

 キャロルがこっそり耳打ちしてくるもんだから、俺もこっそり返事を返してしまう。

 "俺んちもこんな感じだぞ"で話題を広げるのが正解だったのか。

 "俺もこんな屋敷初めて見た"で共感した様子を見せて好感を得るのが正解だったのか。

 こういう会話の一つ一つでも『どう返答を返した方がこの子に好かれるのか』って考えちまうのが、惚れた弱みを握られた男の情けないところだ。

 この内心覗かれたら、俺はおそらく羞恥心で恥ずか死ぬ。

 

 弦十郎のオッサンと一緒に昆布茶を啜りつつ、俺は情報交換を続けた。

 

「エテメンアンキは今回の行動が流石に問題になったようだ。

 同時に、お前達の存在も公然の秘密として皆が語る都市伝説となっている。

 過度の暴挙を始めたエテメンアンキと、それに抵抗する勢力という形でな」

 

「俺達の追い風になったんですか?」

 

「そこまで強い追い風ではないがな。

 未だにエテメンアンキは大正義だ。

 ほとんどの国やマスコミも、エテメンアンキの存続を望んでいる。

 保守派は軒並みエテメンアンキの味方だと考えていいだろう」

 

 エテメンアンキは過激派も保守派も、適合者派も不適合者派も居るのに、一貫して一枚岩って感じだな。おかげで半端な揺さぶり程度じゃ揺らがないくらい強い強い。

 複数の派閥を内包できる組織は、やっぱ強いな。

 

「だが、俺達はやりやすくなった」

 

 オッサンを見て、今更に思う。

 "組織の味方"が居るってのは心強え。

 俺達じゃ付け入ることもできないような組織の隙も、このオッサンとその味方達なら、付け入ることができる隙になってるってわけだ。

 

「エテメンアンキの新造空中要塞、『ヘイムダル・ガッツォー』。神獣鏡はここにある」

 

「ヘイムダル・ガッツォー……」

 

 エテメンアンキ、なんで外敵も仮想敵も居ない人類の事実上の支配者のくせに空中要塞とか新造してるんだろうな。

 多分使うこともねーのにな。

 造るのにクソ金かかっただろうにな。

 バカなのか。

 

「キャロル」

 

「結弦くんの考えてることは分かるし、その考え方も間違ってないよ。

 使う予定のない兵器開発はどうなの? って思うのも普通。

 でも兵器っていうのは、牽制して平和を維持する示威行為にも使うものだから……」

 

「自慰行為?」

 

「そう、示威行為」

 

 そうか、つまり自己満足か。

 

「結弦。私は護衛の身でありながら、アメリカではお前に随分と世話になった」

 

「何言うとんのや、翼の歌が俺らを助けてくれたんやで」

 

「あ、あれは……忘れて欲しい」

 

「翼は私にはできない、私には分不相応、とは言うても嫌やとは言わないんやな」

 

「う」

 

 シャイガールめ。

 自分に何ができる、できない。自信がある、無い。

 そういう細けえことを『ライブ楽しい!』で吹っ飛ばすのに慣れりゃいいと思うんだがな。

 

「んー、ほな、気が向いたら俺に声かけとくれ。バンドにお前の席、いつまでも空けとくから」

 

「お前は私を仲間に引き入れることに、本当にこだわるな」

 

「ロッカーなんて自分の音に惚れて、他人の音に惚れてなんぼやろ」

 

「……」

 

 調さんと切歌さんが抜けたから俺のバンド寂しいんだよ。

 仲間が居てくれたら嬉しいんだよ。

 分かってくれ。

 分かれ。

 

「頼むなー。俺忙しい内に忘れとるかもしれんから、お前から声かけとくれ」

 

「えっ?」

 

「俺忘れっぽいしなあ。

 それに、翼が俺に自分から声かけてくれるんなら、その時点で意志は固まったってことやろ」

 

「……そう来るか」

 

「ってなわけで、時間かけても構へんから、意志が固まったら声かけてくれな。

 でもあんまり長々と待たされとると、俺の方は忘れてしまうかもしれんなー」

 

「まったく。対人交渉における駆け引きは下手なようだな、お前は」

 

 呆れられた。

 ま、これ以上翼に対して押しても無駄だ。

 ここからは押して駄目なら引いてみろ戦略で行く。

 気まぐれでも翼が俺と一緒に音楽やる気になってくれたら、御の字だ。

 

「またお前はあのラブソングを歌うのか?

 ……私も、お前がああいう目的で頑張ろうというのなら、手伝ってやりたいとは思うな」

 

 こいつめ、恋のキューピッド気取りか。十年早いわ。

 その顔やめろ、人並みに恋バナに興味があるくせに人並みに恋愛に縁がない十代女子特有のウキウキした顔やめろ。

 俺にお前と恋バナする気はねえぞ。

 したけりゃさっさとバンドに入れ。

 

「お前達仲良くなったな。俺からすれば翼が公衆の面前で歌ったという時点で驚きだぞ」

 

「叔父様、少し聞いてもよろしいでしょうか。

 アメリカでは私もこの二人を見ていました。

 ですがイギリスではどうだったのでしょうか?

 その……二人で手と手を繋いで街を歩いていたり、などは……」

 

「はい俺帰るんでさようならー」

 

 風向きが怪しくなってきたのでキャロルを連れてさっさと帰る。

 静かな武家屋敷の中に、コトンと鳴るししおどしの音が耳に気持ちいい。

 緑一色の木の葉の合間をくぐり抜けて来る陽光が肌に心地良い。

 武家屋敷の材木のとても良い匂いが、鼻で嗅いでいて心安らぐ。

 いい屋敷だ。

 日本に帰って来たんだな、って思える。

 

 ふと、隣を歩くキャロルの横顔を見た。

 日本を出た時と、日本に帰って来た後で、俺の音楽も随分と変わったもんだ。

 いや、変えられたのか。

 あの夜にこの子と出会った時に、全ては変わった。

 俺も、俺の音も、俺の毎日も。

 全部引っくるめて、この子に変えられてしまった。

 それを悪くないと思う俺がいる。

 

「?」

 

 なんでボクを見てるんだろう、みたいな顔すんな。

 ボク何かしたかな、みたいな不安な顔すんな。

 何か嫌われることしてたらどうしよう、みたいな顔すんな。

 

「キャロル、ありがとな」

 

「へ?」

 

「キャロルに出会えてよかった」

 

「……! ボクも、同じ気持ちだよ!」

 

 そうそう、そういう顔してればいい。そっちの方が俺は好きだ。

 

 だから、こっからは少し口出さないで居てくれると嬉しい。

 

「結弦君」

 

「……お久しぶりやな、慎次さん」

 

 俺はこれから、慎次の(あん)ちゃんと話をしないといけねえんだ。

 

 

 

 

 

 傍流の俺とは違う本家の次男。

 次男だがその実力は長男にも劣らず、能力だけで言えば当主に相応しいもんを持っている。

 ガキの頃だけ神童と呼ばれていた俺とは違って、ガキの頃から成人するまでずっと天才と呼ばれ続け、緒川流忍術をこの若さで極めた一人。

 それが緒川慎次。

 不適合者の俺にもずっとよくしてくれていた、親戚の優しいあんちゃんだ。

 

 俺の忍術なんて、この人には遠く及ばない。

 俺と違って性格も良いし、俺と違って社会的に立派な仕事もしてて、喧嘩を好まないくせに喧嘩は強い理想的な強者。最後に会ったのは、一人暮らしの仕方を教わり終わった時だっけか?

 ガキの頃、俺にとってこの人は憧れの親戚で、大好きなあんちゃんだった。

 今は。

 ……俺は今でも、この人に対して、変わらない感情を抱いているんだろうか?

 分からねえ。

 この人は信じられても、俺の感情は信じられない。

 

「実家には帰らないのかい?」

 

「ややなー、答えなんて分かりきってるやろ?」

 

「……そうか」

 

 慎次の(あん)ちゃんは相変わらず心配症だな。

 一度は俺を引き取ろうとしただけはある。

 ……でもさ、俺と五つとちょっとくらいしか歳変わらねえんだからさ。

 そんなに俺のこと気にしなくてもいいんだって。

 あんちゃんは俺ほどガキじゃねえけど、子供一人抱え込んで仕事と子供の面倒見を別々に完璧に両立できるほど、年食ってるわけでもねえだろ?

 

「慎次さん、そんな気にせんでもええんですよ」

 

「ありがとう、結弦君。昔みたいにシン兄ちゃんとは呼んでくれないのかい?」

 

 やっりづれえ。

 俺の昔のこと知ってる相手だからやっりづれえ。

 ほら見ろ、俺の実家絡みだと思って心配そうな顔で黙ってたキャロルが、"結弦くんの知らない一面!"とばかりにちょっと興味有りげな表情に変わったぞ。

 興味持つな興味持つな。

 

「ごめんな、この呼び方で堪忍したってや」

 

「理由は……やっぱり、そうなんだろうね」

 

「実家との縁、切れるだけ切りたいんや。

 勿論慎次さんとの個人的な付き合いは続けたい。

 でもな、もうあの家に繋がるようなもん、一つも残しておきたくないんや」

 

 この部屋に鏡はない。

 俺の表情と様子を映す鏡は、あんちゃんの表情だけだ。

 だけど、なんだ。

 この話の流れでちょっと安堵の表情を顔に浮かべられると、ちょっと反応に困るな。

 

「俺ン中にずっとあった、あの家への未練。それがようやく、全部断ち切れたんや」

 

「……そうなんだ。それは君にとって、きっといいことだったんだろうね」

 

「うん。俺、次に進もうと思う。

 無いと思ってた未練見つけて、断ち切ったら、随分体が軽くなった気分になれたんや」

 

 自分らしく在れと言われて、自分らしさを自分でちゃんと分かってんのかって言われて、それでようやく俺は自分の全部と向き合えた。長い回り道だった。

 俺が頭の中で割り切ってたことが、ようやく完全に終わった感じだ。

 キャロルとの旅は、俺の中の俺の知らない部分を、何度も俺に教えてくれる。

 

「俺、今ロックンローラーやってるんや。ライブやる時は見に来てな?」

 

「行くよ、必ず」

 

 日が沈むまで、言葉を重ねた。

 想い出を語り合った。

 俺には俺の日々があり、あんちゃんにはあんちゃんの日々があった。

 俺が一人で暮らしている間にも、日本の外側を飛び回っている間にも、この人は日本で何かを守り誰かを助け、この人なりの人生を送っていたんだ。

 そして、成長していた。

 いやそりゃ若いから当然なんだろうが、尊敬してる格上の人物が成長してるの見るのなんかもにょるな。いつまで経っても追いつけねえ気がする。

 

 日が沈んで、あんちゃんとキャロルと一緒に部屋を出ると、縁側で弦十郎のオッサンがタバコを吸っていた。

 ……もしや、今日この時間この場所にあんちゃんが居た理由は、そういうことなのか。

 オッサンに、結構気を使わせてしまったんだろうか。

 お節介なオッサンだ。

 

「話は十分に出来たか?」

 

「心配かけてもうたようで、すんません」

 

 でも、ありがとうなオッサン。いい大人だよあんた。

 あんたが小脇に抱えてるそのクリアファイル、俺やオヤジの写真が透けて見えてるぜ。

 つまりそいつは俺の家庭環境周りの資料。

 ……俺が過去に決着つけたがってたら、その手助けをしてくれるつもりだったんだよな?

 

「手間もかけさせてもうたみたいで……」

 

「俺が勝手にやったことだ、気にするな。

 何かしてやりたい、と思うのは俺の個人的な趣味嗜好という奴だ」

 

 渋いおじさまムーブすんな。かっこいいぞ。

 しかしタバコが似合うなこのオッサン……俺もタバコでロックスター風にカッコつけたいが、肺活量落ちるんだよなあ。

 しかもカッコつけるためだけにタバコ吸う姿って微妙にダセえんだよな。

 俺も後二年で成人。

 酒やタバコが似合わねえのがダサい年頃になってきた。

 

「おおきに。俺はもう大丈夫ですわ」

 

 沈みかけの夕日が、俺の横顔を照らしている。

 真剣な顔の弦十郎さんの横顔も、痛ましそうな顔のあんちゃんの横顔も、俺を信頼した目で見ているキャロルの横顔も、夕日は等しく照らしている。

 

「俺はこの世界のどこかでよろしくやっていく。

 親父(あいつ)も俺の知らない世界のどこかで幸せに生きていく。

 ……それでええんや。それでええんです。

 母さんは幸福に終われなかったのになんでオヤジだけ、とも思います。

 恨んでない言うたら嘘になります。

 それでも、俺ン中にはオヤジを大切に思う気持ちが、ちょっとは残ってて……」

 

 俺の語り口は遅く、言葉を選んでるせいで何度も止まっちまう。

 だけれども、弦十郎さんは黙って次の言葉を待っててくれていた。

 俺が想いを吐き出すのに一番的確な言葉を選ぶのを、待ってくれていた。

 

「オヤジに幸せになってもらいたい気持ちも、ちょっとはあって。

 だけど俺、オヤジが目の前で幸せそうにしてたら、きっと壊しとうなる。

 やから俺、もう二度とオヤジに会おうとは思いません。それでええ、それがええんです」

 

 言い切った。

 これが俺の想い。俺の願い。俺の選択。

 オヤジへの愛も憎しみも、これで全部だ。これが俺の全部だ。

 言い切った俺の頭を、オッサンが力強く撫でる。

 そして何故か俺を抱え上げ、肩車し始めた。

 

「!?」

 

 え、いや、なんでだよ!

 

「ラーメン食いに行くか。美味い店を知ってるんだ」

 

「唐突や!」

 

「唐突で結構! さあ、美味い飯を食いに行くぞ!」

 

 俺は肩車されたまま、強引に連れて行かれる。

 うわっ、逃げられねえ! 変わり身の術が発動しねえ! 関節外しても多分無理だこれ! 力任せでも絶対逃げられんこの腕力! どうなってんだ!

 慎次(あん)ちゃんとキャロルがついて来た時点で、もう何もかもを諦める。

 もうどうにでもなーれ。

 余計なことすんなよオッサン。

 暑っ苦しいし、オッサン臭するし、髪の毛太いからチクチクするし。

 何か色々思い出すだろ。

 

 オヤジに肩車された、もう十年以上前の想い出が頭に浮かんで、なんでか涙が出そうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラーメン食って、俺とキャロルは二人でウェルの研究室に寄っていった。

 

「どうしてラーメン食うのに僕を誘わなかった死ねぃ!」

 

 ウェルが開発した新型マシンアームが俺の頬をぶん殴る。

 硬気功忍術の応用で防ぐがやっぱり金属で殴られると痛え。この野郎、覚えとけよ。

 俺達がここに来た理由は一つ。

 聖遺物・神獣鏡が収められた空中要塞、ヘイムダル・ガッツォーの分析情報データをウェルから受け取るためだ。

 今、空中要塞は日本に降りてメンテナンスを行っている。

 チャンスはある内に挑戦するもんだよな? 今夜の内に、この要塞も攻略してやる。

 

 と、思ってたんだが。

 ウェルは何か自分の発明品の自慢をし始めた。んなどうでもいいことに時間使うんじゃねえ!

 

「これが僕の自信作。ロック適合係数薬、RoCKERだ」

 

「RoCKER」

 

「これを飲むとなんとなくライブが普段より楽しめるようになる。

 そしてこちらがロック適合係数低下薬、Anti_RoCKERと呼んでいるものさ」

 

「Anti_RoCKER」

 

「今度からは大会前には僕を頼るといい。

 この薬を飲ませればライブが楽しめなくなるから、ライブ人気投票を操作することが……」

 

「お前ホンマロックのこと分かってねえんやな」

 

 なんつー薬作ってんだこいつ。

 とりあえず地図と情報貰ってスタコラサッサ。

 

 俺はキャロルを連れ、エテメンアンキ基地に着地していたヘイムダル・ガッツォーの上に、飛行を混じえて飛び乗った。

 忍者は創作で盛られまくることが多い。

 現実的に考えりゃ、風呂敷で長距離を飛ぶなんてことは不可能だ。

 俺も凧ならともかく風呂敷じゃ大した距離は飛べねえ。

 だからこそ、風呂敷とキャロルの風の錬金術を併用し、ヘイムダル・ガッツォーの上に飛び乗れるだけの飛行能力を実装した。

 俺とキャロルの連携は、日々磨かれてるっつーわけだ。

 

「よっ、と」

 

 キャロルを抱えて壁と天井を走りヘイムダル・ガッツォー内の廊下を抜ける。

 "人間は床を歩くもの"という固定観念に縛られたセキュリティシステムじゃ、床の感圧式センサーを避けて走る俺達を捉えることなんてできやしねえ。

 固定観念に縛られた人間の罠が、ロックンローラーを捕らえることはない。

 

「少しボクに時間を頂戴」

 

 キャロルが水の錬金術で霧のようなものをぶわっと出し、センサーを誤魔化している間に駆け抜ける。

 俺の忍術、キャロルの錬金術。

 二つ組み合わせて突破できないセキュリティなんざ無い。

 世界のどこかにはあるかもしれんが、それも俺達のチームワークは越えていくだろうぜ。

 サクッと越えて、パッパと突破し。

 俺達はヘイムダル・ガッツォー最奥の神獣鏡を手に入れた。やーりぃ。

 

「神獣鏡ゲット。これで後は、聖遺物ガングニールだけやな」

 

「短いようで長かった旅も、そこで終わりだね」

 

 神剣に組み込み、これで完成度6/7。

 世界を救うまであと一歩だ。しかしどこにあるんだよガングニール。

 後で楽天とかアマゾンでそれっぽいの探してみるか。

 

「何か来る。キャロル、こっちに」

 

 神獣鏡を手に入れて、少し広い広間風の部屋に出たところで、床の微細な振動が何かの接近を伝えてくれた。

 ちっ、厄介な。

 キャロルの錬金術、俺の忍術を併用し、壁際で身を隠す。

 だが広間に入って来たのは、人間じゃなかった。

 

「……人形?」

 

 それは、適当な人形だった。

 顔はのっぺりとした平面。肌は人間に似せる気もない陶器に似た色合い。服はなく、ボロ布のような布が巻きつけてあるだけだ。そのくせ指は鋭くて、そこだけ殺意が垣間見える。

 人形は四体。

 ボロ布と体に入ったカラーラインで分けると、赤・青・黄・緑の四色。

 なんつーか、不気味な人形だった。

 

 ……いや、待て。あの人形、俺達が見えてないか?

 

「―――いけないッ!」

 

 キャロルが叫んで、俺がキャロルを抱えて跳んだ。

 

「錬金術の隠蔽が聞かず、赤外線を視る目を持つ人外の極致!

 ……『自動人形』! 譜面刻まず、音楽に理解示さない、酷薄な殺戮機械!」

 

 キャロルの叫びで、敵を理解する。

 だが既に手遅れだった。

 

 一手目。俺が跳んだ先に四体が先回りする。

 二手目。俺が神剣を抜く。演奏するも破壊が間に合わず、ギターが赤色に殴り砕かれる。

 三手目。青色がキャロルを俺の手の中から奪い取り、黄色と緑色が俺を殴る。

 頬と腹に一発ずつ、立てないレベルの強打を貰っちまった。

 息が、できない。

 

「ぐあっ……!」

 

「結弦くん!」

 

『その人形は私の手足。

 私はこのヘイムダル・ガッツォーに搭載された高性能AIである。

 この身は百年前は人間であり、フィーネ様に仕えた者。

 人間であることを捨て、機械の知能となり永遠に人界を守らんとする者』

 

 飛行要塞に自己防衛機能が付いてんのか。

 しかも自称元人間のAI。イカれすぎだろ、そりゃいくらなんでも。

 だが厄介さとヤバさは伝わってきた。

 俺の目の前に、キャロルを捕らえた四体の人形が立っている。

 

「ノイズ、メタルゲンジューロー、次はこれか。やんなるわぁ……」

 

 ()調()()()()()()()()してやがった。

 こいつらを見た今なら分かる。

 メタルゲンジューローは、『ノイズ兵器』と『人形兵器』の中間存在だったわけだ。

 人に近い形、人を真似した形、つまり人形。

 しかもこの人形、俺の音楽による兵器消滅効果への耐性がまた強化されてんな。

 ノイズ<メタルゲンジューロー<この人形、と順調にスペックと耐性が上がってやがる。

 間違いない。

 俺の成長に合わせて、各種兵器をアップデートしてる奴が居る。

 

「これは、俺らをハメる罠なんか?」

 

『罠ではない。

 だが、準備はしていた。

 お前達の存在に気付いたのは、お前達が神獣鏡を確保した瞬間である』

 

 ヤバい。動けねえ。

 

『元より、お前達の求めた聖遺物は揃わぬものだ。

 その旅路は最初から無駄足に終わることが決まっていた。

 ガングニールはとうの昔に失われている。

 運搬中の飛行機が墜落し、落下の衝撃で回収不可能なほど粉砕されたと報告されている』

 

 ガングニールが、もう存在しない?

 神剣ディバインウェポンが完成しない?

 いや、それはいい。そのことは後でいい。

 今すべきはキャロルを取り返すことで、それ以外のことは後に考えればいい。

 なのに動けない。

 息さえできない。

 叩き込まれたダメージが、体の奥深くにまで浸透して、抜けない。

 

「キャロルを……どうするつもりや?」

 

『フィーネ様が、エテメンアンキの王座へと連れて来いとの仰せだ。

 だが、求められているのはこの少女のみ。お前は要らない。連れては行かない』

 

 おいおい、今玉座に座ってんのはフィーネじゃなくてオリジナルキャロルだろ。

 それをフィーネだって誤魔化してるだけだろ。

 嫌な予感しかしねーわ。

 うちのキャロルは、連れて行かせねえぞ。

 

「くああああああああッ!!」

 

 息もできないくらいの激痛で体が動かねえならいい。構わねえ。

 やってやらあ、ロックンローラー舐めんなよ!

 伝説のロックンローラー、ジミ・ヘンドリックスがやった伝説のテクを見せてやるッ!

 

「どぅらぁッ!!」

 

 歯ギターだオラァ! 体が動かなくても問題ねえんだよ!

 ギター出して、歯で弾くッ!

 無理くり出したギターから、今の俺の最大パワーを喰らえ!

 

『ディフェンスフォーメーション』

 

 だが、四体の人形がフォーメーションを組み、錬金術っぽい何かのパワーを使って、俺の渾身の一撃さえ防いでしまう。

 くそっ、ダメか!

 音の反響代わりに返って来たのは、動けない俺に対する赤色の踏みつけ攻撃だった。

 

「がふっ!?」

 

「結弦くん! 結弦くん!」

 

 音楽に理解も示さない人形にやられるとは、俺もヤキが回ったか。

 人間は音楽を好んでも、人形はそうでもないのかもしれねえな。

 だが、知るか。

 お前らがどんなに強かろうが、キャロルだけは返してもらう。

 

 頭から血が流れて、視界が真っ赤に染まってきた。

 

「逃げて!」

 

 俺がそこで最後に見たのは、キャロルが何かを投げる姿だった。

 赤い石のような何かが俺の目の前で弾けて、俺は気付けば夜の街の一角に投げ出されていた。

 初めて出会った時の、キャロルのように。

 意識は明滅し、覚醒と気絶を繰り返す俺は、倒れた体を起こすことさえままならない。

 

「……キャロ、ル」

 

 あの石みたいな何か。

 あれはおそらく、投げて割ることで長距離を移動するものだ。

 二個は持ってなかったんだ。だから、俺にしか使えなかった。

 あの子は。

 自分の身が危険に晒されたあの状況で、俺を助けることを優先した。

 

「……っ」

 

 情けねえ。

 守ろうとしたのに守れず、逆に助けられた俺が情けねえ。

 死にたくなるくらい情けねえ。

 早く、あの子を助けねえと。

 ヘイムダル・ガッツォーが飛翔しちまったら、もう俺には乗り込む手段が無い。

 

「……立、て、よっ……!」

 

 たった数回殴る蹴るされただけでこれだ。

 メタルゲンジューローほどイカれたスペックでも無い気がするが、俺の攻撃を防いだ時に錬金術を使ってやがった。おそらく錬金術も使えるんだろう。

 あの四体を倒して、一刻も早くキャロルを救わねえと。

 最近は全然泣いてねえ、泣き虫なあの子に、怖い思いをさせたくない。

 

「……ぅ」

 

 だけど、体は動かない。

 

 意識が完全に覚醒することも、完全に断絶することもないまま、何時間という時が流れる。

 

 日が昇り朝になった頃、俺は不思議な感覚に気が付いた。

 

「うんしょ、うんしょ」

 

 誰かが、俺を背負っている。

 誰だ?

 自分で言うのもなんだが、俺倒れてた時のキャロル並みに怪しい奴だったと思うんだが。

 キャロルはか弱い美少女だったからいいとして、こんな血まみれで怪しくてデカい男を誰が助けようだなんて思うんだ? わけがわからん。

 

「ひーん、重いよー」

 

 重いんなら、降ろしていいぞ。

 そんなに頑張らなくていいだろ。

 俺なら、大丈夫だから。

 

「大丈夫ですか? しっかり! 頑張って!」

 

 なんだかな。

 熱さと優しさ、両方感じる。

 飛んだり戻ったりする意識の中で、俺の傷の手当てがされているのを感じる。

 いつの間にかベッドの上に寝かせられていた。

 多分あったかいスープっぽいものも飲まされてて、薄い意識でそれを飲み込んでる感じがする。

 傷と消耗、その両方が回復する実感があった。

 

 昼前になって、ようやく俺の意識は正常な状態まで戻る。

 

「あ、気が付いた!」

 

 意識が戻った俺は、命の恩人であるその人物をようやく目にする。

 

「わたくし、立花響と言います! お兄さんのお名前は?」

 

 俺の命を助けてくれたのは、どこにでも居そうな普通の女の子だった。

 

 

 

 

 

 立花響。

 ごく普通の女の子だが、気の優しい女の子。

 多分歳下。俺を寝かせてくれてるこの家は、俺が昔住んでた場所からそう遠くない……小日向の弁当屋の近くだな。

 未来ちゃんとかに顔見せに行きたいが、今はちょっと時間が無いな。

 動けるようになったらすぐにでも出立しなきゃなんねえんだ、俺は。

 

「なんで俺を助けてくれたんや? 何の得もなかったやろに」

 

「困った時はお互い様。けだし名言ですよっ」

 

「ありがとな。君みたいないい子に助けられて、俺は一年分の幸運も使い切った気がするわ」

 

「えへへー」

 

 胸の奥の神剣の調子を確かめる。

 ……神剣が体外に出て来ねえ。消耗がデカいのか。体の芯にダメージが残ってるのか。

 武器がなきゃ駄目だ。

 敵をぶっ殺す武器が無けりゃ話にならねえ。

 武器を出せない限り、俺にはキャロルを助けられない。

 

「どうしてあんなところに倒れてたんですか?」

 

「ん? ……んー、ライブの途中で、熱くなった観客に襲われてなぁ」

 

「どんだけ白熱したライブだったんですか!? あ、ミュージシャンさんだったんですね」

 

「ミュージシャンにさん付ける奴始めて見たなぁ俺……

 それに、俺はミュージシャンやない。ロックンローラーや」

 

「ほうほう、ロックンローラー」

 

 少しふざけた感じに、少々でなく興味がある感じに、立花響が表情を変える。

 

「……一曲弾こか? 俺もウォームアップで体動かしたいと思うとったし」

 

「いいんですか!? お願いしますっ!」

 

 この年頃の女の子相応に、音楽に興味がある感じだな。

 俺はこの子に命を助けられた。俺の中で一番価値があるものは音楽で、俺は現状音楽くらいしか価値のあるものを持ち合わせていない。

 返礼には音楽をあげるのが一番の誠意だ。

 とはいえギターは今出せな……ん?

 

「あれ、出た」

 

「わわっ!? ど、どこからギター出したんですか!?」

 

「あーこれは……ロックンローラー特有のパフォーマンスってやつや」

 

「すごいですねっ!」

 

 さて、そんじゃま一曲馳走しよう。

 ベタベタなスラッシュメタルだが許してくれ。

 こんなんでも、アメリカの大会で一回戦を勝ち抜いた一曲なんだからな。

 

「おおっ……!」

 

 そういう反応されると、楽しくなってきて、演奏に気合入っちまうじゃねえか。

 さあ、こっからクライマックスだ。

 

「……っ!」

 

 リズムに合わせて揺れる聴き手の姿を見ると、こっちまで楽しくなってくる。

 いい聴き手だ。

 音楽を通して気持ちを伝えるだけのことが、こんなにも楽しい。

 弾いて、弾いて、弾いて……そして、一曲が終わる。

 俺が清聴&静聴に感謝し曲の終わりに頭を下げると、立花響の全力の拍手が耳を打った。

 

「とってもよかったです! こう……戦争なくなれっー! って感じがしました!」

 

「お、よく分かるな。君音楽の才能あるかもしれんで。

 少なくとも、音から演奏者の気持ちを読み取る才能はバリバリや」

 

「そうですか? うっれしいなー」

 

 嬉しいのはこっちだ。お前のおかげで寝ぼけた頭が一気に冴えて、ぼんやりしてた自分らしさがまたハッキリ見えてきたんだからな。

 そうだ、俺の音は他人に聴かせるためにある。

 音で『自分』を出すためにある。

 聴く人と俺自身をしっかり意識して、しっかり理解すりゃ、俺の音楽は何度でも蘇るんだ。

 

 音は折れない。音は燃やせない。音は死なない。大切なのは諦めず弾くことだ。

 

 神剣は武器じゃねえ、ギターだ。武器として引き抜こうとしてもそりゃ抜けねえか。焦るあまりに、色々と見失っちまってたみたいだな。

 キャロルが大切過ぎて、見失ってた。

 だがもう大丈夫だ。

 もう、ちゃんと分かってる。

 

 戦うんじゃねえ、歌うんだ。

 俺はいつだってそうして問題を解決してきた。

 戦って当然、戦って相手をねじ伏せて当然、力任せに相手を従わせて当然、みたいなノリで女の子さらいやがったあいつらを、俺は最高の音楽でねじ伏せてやる。

 

 俺を助けてくれたのが、この子で良かった。

 一曲聴いただけで俺が曲に込めた想いを読み取れるこの子は、他人の気持ちが分かる人間で、それでいて気持ちが良いくらいに真っ直ぐだ。

 俺が幸運だったのは、この子が良い聴き手だったこと。

 勘だが、この子は音楽を聴くにしても、人の話を聞くにしても、結果的にそれをいい方向に導ける人間であるような気がする。

 

「な、もし君の自分の一番大切な人が大ピンチだったらどないする?」

 

「走って行って助けます!

 最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に、走って行って助けます!」

 

「うん、そうやな。それが普通や。だから俺も、そうすることにしよかな」

 

 俺の心にまでパワーが湧いて来そうなくらいに、良い返答だ。

 "打てば響く"ってのはこういう奴のことを言うんだろうな。

 響の言葉に背中を押され、俺は立ち上がる。

 

「……っと」

 

「ええっ!? だ、大丈夫ですか?」

 

 だが歩き出そうとした途端、ふらついちまった。

 咄嗟に俺を支えてくれた響ありがとう。それと悪い。

 まだ本調子じゃねえみたいだ。

 

「ご飯食べましょう、ご飯!

 気休めかもしれませんけど、ご飯食べればエネルギーになりますよ!」

 

「ええんか? ご飯までご馳走になるのは……」

 

「私も今食べるところでしたから、気にしないでください。

 ちょっと調子が悪くても、美味しいご飯を食べればへいき、へっちゃらです!」

 

 サンキュー響。

 だが茶碗に山のように白米を盛るのはどうかと思う。

 足りない血肉を補うためレバーと肉の切り身を白米でかっこみ、エネルギーを補給開始。

 食えば食うほど調子が上がっていく。

 もしや、完成直前で性能が増加した神剣が体内に何か作用してんのか?

 食った分だけ治っていくのが分かる。

 まるでディバインウェポンが"もう少し頑張れ"って言ってきてるみてえだな。

 

 分かってる、ディバインウェポン。お前を作ったお前のお母さん(キャロル)は必ず助ける。

 

「あの、さっきの話ですけど……

 もしかしてロックンローラーさん、大切な人を助けに行こうとしてるんですか?」

 

「おう。最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に、助けに行くんや」

 

「ほえー、そんなに想ってるなんて……もしかしてその人のこと好きなんですか? このこの」

 

「―――ああ、好きやで。何よりも大切に思うとる」

 

 おい。

 俺が嘘偽りなく返答したらフリーズすんな。

 恋愛経験ゼロのおぼこかよ。

 

「好きな娘やからな。命くらいならいつでも賭けたる」

 

「ふわぁ……」

 

 顔赤くすんな。純情派か。

 

「き、聞いてる私の方が照れてきちゃうわけなんですが」

 

「俺別に隠しとらんからなあ。俺の好きな娘は気付いとるか微妙なんやけど」

 

「片想いですか! 片想い、わー! 応援してます! 頑張って!」

 

「テンションたっかいなぁ」

 

 なんかいちいち面白い挙動見せる子だな、立花響。

 ……ん?

 あれ?

 え?

 ちょっと待て。

 

「あ、そこに飾ってある石が気になりますか?

 昔拾った……というか、ぽーんと飛ばされて来たその石が私のポケットに入ったんです。

 なんてミラクル! と思ってたら、とても綺麗だったので今の隅っこに飾ってたんですよー」

 

「……そうなのか」

 

「私これから洗い物してきますので、ゆっくりしててくださいね」

 

 響が台所に引っ込んだのを見てから、その綺麗な小石とやらをポケットに入れて、居間を出る。

 悪いな、恩を仇で返すようなことして。

 恩返しに世界救って、その後また改めて恩返しに来るからよ、今日のところは勘弁してくれ。

 

「ごめんな。後で返しに来るから、ちょっとこの石貸しといてや」

 

 俺はどうしても、すぐにでも救わないといけない子が居るんだ。

 

「君の力、ちょっと借りてくで」

 

 だから立花響。ちょっとだけ、俺の心に力を貸してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は再び、ヘイムダル・ガッツォーの前に立っていた。

 やはりと言うべきか、一度潜入に失敗したせいでヘイムダル・ガッツォー周辺にずらりと厳重な警備が敷かれている。

 銃やアーマーで装備を固めたエテメンアンキの兵士達は、それだけで一国を制圧できそうなほどの質と量を備えた戦力だった。

 

「子守唄どうぞやでー」

 

 そこにロックをぶち込み、全員を一瞬で気絶させる。

 こいつらは鳴子だ。

 つまりこいつらが倒れることで、俺がここに来たことを知らせる警報機になるってわけだ。

 予定調和のように、あの四体ののっぺらぼう自動人形が現れる。

 ヘイムダル・ガッツォーからは、例の人間を改造してAIにしたっつー、ヘイムダル・ガッツォーのAIの機械音声が響いて来た。

 

『一人で来たのか。自殺志願者か?』

 

「いんや、演奏希望者や」

 

『演奏……? 意味が分からない。

 何をしにきたのだ、お前は。

 理論上今のお前の神剣では我々には敵わない。

 そしてお前の力を伸ばすための聖遺物は、既にこの世に存在しない』

 

「それはどうやろな?」

 

『……何?』

 

 俺は、立花家から拝借してきた綺麗な石をポケットから取り出し、コインのように指で弾く。

 

『! バカな! それは、それはッ―――』

 

 そして、それを―――手にした神剣(ギター)に取り込ませた。

 

 

 

『―――ガングニールだとぉッ!?』

 

 

 

 そうだ、コレが最後の聖遺物。

 

「目覚めろ神剣、ディバインウェポンッ!」

 

 探し求めていた七つ目。

 

「キャロルを救うため、俺に力を貸してくれッ!」

 

 立花響が綺麗な石だと思い込み、居間にずっと飾っていたものだ。

 

『ありえん!

 それは運送中の飛行機が山に墜落し、失われた聖遺物だ!

 地上のどこを探しても見つからなかった!

 どの組織もそれをこっそり回収して保管してもいなかった!

 だからこそ、落下の衝撃で粉砕され失われたと結論付けられたのだ!』

 

「ぽーんと飛んでどこぞの女学生のポケットに入って、それ以来家に飾られてたそうやで」

 

『そんな奇跡があってたまるかッッッ!!!』

 

「あったんや。そんな奇跡があって、そいつが俺の手に渡る、そんな奇跡があったんやで」

 

 奇跡は俺の味方をしてくれた。

 どうやら奇跡は、俺にこう言っているらしい。

 "惚れた女の子くらい自分の手で助けてみせろ"ってよ。

 ここまで奇跡さん達に手ぇ貸してもらったんだ、情けねえ姿は見せられねえよな?

 

「キャロルは俺が取り戻す。

 てめえごときから一人で取り返せんようなら、俺に世界なんて救えるはずないやろ?」

 

 だから、キャロルを返せこの野郎。

 

「さあとくと聴け!

 今ここに、俺とディバインウェポンの大合奏!

 キャロルが信じた、世界を救う歌があるッ!!」

 

 じゃねえとてめえを、マシンボディのまま、ロックが無いと生きられない体にしてやんぞ。

 

「AIやろが人形やろが関係ねえッ!

 こいつをちょいとでも楽しめたなら俺のファンになるんやで、てめえらッ!!」

 

 見ろ。

 聴け。

 感じろ。

 こいつが、てめえらのロック初体験だッ!!

 

 

 



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喪失までのカウントダウン

エルフナインの良心


 神剣(ディバインウェポン)

 キャロルが他の聖遺物を組み上げて創った、『してはいけないこと』を人に打ち込む楔の剣。

 煌めき回る炎の剣とかなんとか言ってたが、今の俺にとっちゃいつでもどこでも取り出せる、俺の魂が具現化した輝くギターだ。

 

 『完成』したディバインウェポンから、力が溢れて来る。

 天羽々斬、イガリマ、シュルシャガナ、アガートラーム、イチイバル、神獣鏡、ガングニールが神剣の力をブーストしながら、制御してくれている。

 アメリカでの最後のライブも八人ライブだったが、そうだな。

 こいつも亜種八人ライブみてえなもんか。

 頼む。俺の心臓の神剣を支えてくれよ、七つの聖遺物。

 

『発射』

 

 ヘイムダル・ガッツォーからの指示が飛び、四体の自動人形が動く。

 四体がそれぞれ紋章(クレスト)っぽいもんを出して、ビームを撃ってきやがった。

 やっかまっしいな。

 俺は速弾きで演奏を守る光の盾を出す。

 "演奏を邪魔されたくない"と思うだけで、ディバインウェポンは応えてくれた。

 

「知ってるか、ギターをアンプと繋ぐケーブル、"ギターシールド"って言うんやで。

 雑音の発生防ぐシールド普段から使っとるんや、攻撃防ぐシールド出せへんわけあるかッ!」

 

『盾? いや、元は剣かッ! 哲学兵装、ソードブレイカー準備!』

 

 俺の神剣が剣属性と見て、何かを敵が放ってくる。

 だが折れない。砕けない。壊れない。

 俺の神剣も、光の盾も、音楽も。

 

「剣? 違え、ギターだッ!!」

 

 ソードブレイカーだかなんだか知らねえが、ギターがソードに見えるなら頭の病院行け!

 

『ソロモンの杖、直結起動』

 

「! この空中要塞、まさか中にノイズを操るっちゅう杖が……」

 

『それが要塞に内蔵されていたからどうだというのだ。お前がそれに触れることはない』

 

 要塞周辺に発生する無数のノイズ。

 ノイズに足止めさせて、俺の足が止まった瞬間あの人形に仕留めさせるつもりか。

 悪くねえ判断だ。

 キャロルをさらわれてキレてる俺が相手じゃなけりゃあな。

 

「『荒野の果てに ソロver.』ッ!」

 

 マックススピード大爆走。

 走りが速すぎてもバテる、遅すぎても捕まる、故にバイク程度の速度を維持しながら演奏疾走。

 絵に描かれたノイズに消しゴムをかけるように、ノイズを消し飛ばしながら走って回る。

 視界を埋め尽くすノイズを一掃する程度、十数秒とかからねえ。

 

 キャロルが創った"世界を救うための力"は、俺がただ奏でるだけでノイズを世界から容易に消し去り、かつ人を誰も傷付ないという、平和を手繰り寄せることに長けた力だった。

 

『ノイズが、一瞬で全滅……!』

 

「ソロモンの杖なんぞがソロギターに勝てると思うなッ!」

 

 ここで、自動人形に集中する。

 こいつらと同じ土俵、戦いの土俵に上がっちまえば即アウトだ。

 そうなれば俺はすぐに死ぬ。

 まとめて"音の壁"で動きを封じつつ、一体一体に俺の得意ナンバーを一曲ずつぶつけてやらあ。

 

 青にはアヴェ・マリアのロックアレンジ。

 赤には調さんと切歌さんと散々練習した一曲。

 黄にはクリスのシンフォニックロックの俺流アレンジ。

 緑には翼と練習してたポップ・ロックのスラッシュメタルアレンジ。

 一体につき1分30秒、演奏と歌をセットで叩きつける。

 

 六分。

 たっぷり六分かけて、俺の音楽を叩き込み、四体の人形の膝を折らせた。

 

『これは……音響兵器の応用で、自動人形達の体内を破壊したのか?』

 

「ちゃうで」

 

 俺がこんな何億円かけて作ったのかも分かんねえクソ頑丈そうな人形壊せるわけねえだろ。

 

「こいつらの『胸に響かせた』んや。俺の音楽を」

 

 ただまあ、人形を音楽で魅了するっつーのは、やったことなかったからしんどくはあった。

 

『……確かに、詳細不明の動作エラーが起こっているのは、胸の部分だけだが……』

 

「次はお前や。要塞にロック聴かせるのは初めてやけど、責任持って楽しませたる」

 

 最高の音量を、最高の音質で叩きつける。

 音の広がりをとにかく意識して、要塞全体をピリピリと震わせるように。

 ギターリフからしっかり意識して、要塞の芯にまで響くメタルをぶつける。

 どうだ?

 ただのAIでもノれる音楽を演奏できてたなら、それだけで嬉しいんだが。

 

『……いい音だ』

 

「あんた百年前にAIになったんやろ?

 ロックは百年も歴史の無い新しい音楽やで、聞き覚えも無いんとちゃうか」

 

『歌に時代も国境もない。

 それは統一言語とは似て非なる、人種も文明圏も超越した共通言語。

 フィーネ様が人間の相互理解の可能性のため、とてつもなく遠い昔に生み出したものである』

 

「へー、フィーネが生み出したんや。知らんかった」

 

 人間の心がねえ奴にも音楽が響くようになったのは、神剣の完成のおかげか。

 それとも俺が成長したからか。

 ……前者だろうな。流石にそこまで思い上がれねえ。

 だが百年前にAIになったっつーこの要塞ともコミュニケーション取れてんだから、今は素直にこの音楽を手にしたことを喜ぼう。

 

『現代において、倫理は教育が定着させる。

 だが昔、倫理を定着するものは宗教であった。

 それよりもはるか昔、倫理はただ共有するものだった。

 現代の法によって人を律するは法律の民。

 それより昔、宗教によって人を律するは戒律の民。

 されどそれよりも昔、完全なる相互理解によって平和を実現した、調律の民ありき』

 

「日本語で喋れや」

 

『私は日本語を話している』

 

 わっかんねえんだよ。

 

『私は世界を守れとフィーネ様から命令され、今日まで残ってきた。

 それがいつの間にやら要塞の管理AIとして埋め込まれてしまっている。

 そんな私だが、忠告しよう。

 聖剣を手放せ。

 世界から手を引け。

 バラルの呪詛から解放された人類全体に改めて楔を打ち込めるその剣は、危険すぎる』

 

「せやかて、このままやと人類終わるで」

 

『別の道を探すことを勧めよう。

 その剣は、一人で世界を変えることができる力だ。

 たった一人の大作曲家が、たった一人で音楽の世界を変えてしまうようにな。

 私はお前の味方ではないが、その剣の危険性は分かる。

 そもそもその剣はピガガガガガガガガガガガガガガガッガッガッガッガガッガガガガガガガ』

 

「は?」

 

 声が壊れたレコード、いや壊れたテレビみたいな騒音に変わる。

 やがてその騒音もブツッと切れた。

 おい待て。

 なんだそりゃ?

 何が起きた?

 

「……一体何が」

 

 ヘイムダル・ガッツォー内に潜入。

 ウェルから事前に貰ってた分析データを使って頭の中で分析し、AIの設置場所をいくつか推察してそこへと向かう。

 どれがAIの置き場所だったのかは、すぐに分かった。

 一箇所だけ、悲惨なほどに破壊されていた場所があったからだ。

 

 鉄が焦げ付くような匂いからして、壊されたのは今さっき。

 俺との会話中に壊されたことから考えても、一番可能性が高いのは口封じのために壊されたという可能性だ。

 "余計なことを言う前に"とこのAIは壊された。

 何だ?

 俺に知られちゃいけなくて、このAIが知ってたことは何だ?

 あるいは、俺に気付かれると不味くて、このAIが気付かせる可能性のあることってなんだ?

 

 ……分からねえ。

 

「誰かが、壊したんか……誰が?」

 

 そうして得する奴は誰だ?

 このAIを潰しただけで姿を消し、俺と戦う気も見せてない奴は誰だ?

 そいつの目的は?

 そいつは何故ここに居る?

 分からねえ。

 キャロルを一刻も早く助け出し、すぐに相談するしかねえか。

 

 ディバインウェポン。キャロルはどこに居る?

 

 ……こっちか。

 こっちの一番奥の部屋だな、よし。

 今助けるぞ。さっさと帰って、世界でも救うとしようぜ。

 

「キャロル!」

 

 扉を蹴破り、その向こうにキャロルを見つける。数時間ぶりだな、寂しかったぞ。

 

「結弦くん!」

 

 そこは、演劇の舞台を数倍大きくしたような部屋だった。

 とても広い円形の広間。

 そこの中央に椅子があり、そこにキャロルが座らされている。

 広間の中央から奥にかけて階段があり、階段の先には玉座がある。

 玉座? エテメンアンキの……まさかな。

 そして、その玉座に座る者を見た俺は自分の目を疑った。

 

 玉座の上に、キャロルの金髪に少し緑を混ぜたような髪色の、キャロルと全く同じ髪の毛の色の少女が居た。

 

「よくぞここまで辿り着きましたね。あなたに敬意を表します」

 

 オリジナルのキャロルか、と俺は一瞬思い。

 

「『エルフナイン』と申します。どうぞ、お見知りおきを」

 

 一瞬後に、"俺は何かとんでもない思い違いをしてるんじゃないか"と、今の自分が持っている認識の全てを疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑の髪の少女は語り始める。

 泣きそうなその顔で、泣きそうな声で、全てが終わったことに安心していた。

 

「長かった……とても、長い時間でした」

 

「なあ君、なんなんや? これはどういうことなんや?」

 

「私が使命を授かってから、もう十数年。

 能力も無いまま大任を授かった私に出来ることは、良心に従うことだけでした。

 エテメンアンキは私に御せる組織ではなく……

 私にできることなんて、不適合者の迫害を抑えるため、セレナ達を動かすことが精一杯」

 

「おい、会話を……」

 

「良心しか持たない無能など、組織の頂点としては害悪でしかない。

 ですがこのエルフナイン、やれるだけのことをやりました。

 パパとの想い出とこの心に従い、最善を尽くしました。これで暇を頂きたく存じます」

 

「おい!」

 

「この玉座は既に私のものでもフィーネのものでもありません。お返しします」

 

 エルフナインと名乗った少女が、自分の首にナイフを突き刺す。

 少女の体がドロっと溶けて、蒸発して消滅した。

 何だ?

 何が起こってる?

 何も理解できねえぞ。

 俺の理解できないことが、この空間内で発生してやがる。

 

 キャロルに聞こう。キャロルでさえも分からねえなら、キャロルを連れて逃げる。

 

「なっ……キャロル、これ何が起きたか分からんか?

 あれが玉座なら、あそこに座っとんのはオリジナルのキャロルだったはずや。

 それが偽物で、最初っからそこの認識がズレとるんなら、本物はどこに―――」

 

 そして。

 

 キャロルの右手が、俺の胸を貫いた。

 

 彼女の首には、俺がイギリスで贈った十字架のキーホルダーを加工した首飾りが揺れている。

 

「なん、で……」

 

「お前の疑問に全て答えよう」

 

 心臓が無くなり、代わりに神剣が収められていたその場所が、空洞になる。

 

 俺の胸から引き抜かれたキャロルの手には、基底状態の神剣が握られていた。

 

「『オレ』が、キャロル・マールス・ディーンハイムだ」

 

 何が。……何が、起きた?

 なんで俺は……()()()()()()()()()()()るんだ?

 誰か教えてくれ。

 心臓も代わりも無くなった俺が、ほどなく死んでしまう前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレがオレの名前を他人に安易に貸すわけがないだろう?

 お前と接していたあの人格は、オレが後付けした表層人格(テクスチャ)だ。

 内側からオレが適度に操れる仮面の人格だ。

 オレ本体の人格の表面にそれっぽいものを貼り付けたに過ぎない。今それも破棄したがな」

 

 ……破、棄?

 

「オレの懸念は三つあった。

 一つ。

 ウェルや風鳴といった、飛び抜けたワンオフに全てを見抜かれる可能性。

 一つ。

 神剣が完成しない可能性。

 一つ。

 今どこに居るかも分からないフィーネが、この世界に戻って来ている可能性」

 

 俺の知ってるキャロルは、どこに?

 

「有能な人間がオレの策謀に気がつけば、確実に邪魔をしに来る。

 最も優れた策謀とは、成就の瞬間まで誰にも見抜かれない策謀だ。

 何も知らない人間には、エテメンアンキの天下にしか見えない。

 少し事情を知った者には、エテメンアンキとキャロルの対立構造にしか見えない。

 そして隠蔽された情報を全て暴いても、オレが頂点に座す構図にしか見えない」

 

 俺の、胸の穴から、血が漏れる。

 

「人間は物事の裏を疑い、裏の裏を疑う生き物だ。

 そして"誰も知らない裏"を知れば喜び満足する生き物だ。

 陰謀論好きがまさにそうだろう?

 幾重にも嘘と偽装を重ねれば、物事の裏を探る人間などオレは容易に操れる」

 

 キャロルの手の中で、俺の血に濡れた、基底状態の神剣が転がされている。

 

「オレは"自分がキャロルのコピーだと認識している"人格を貼り付けた。

 中々の名演だっただろう?

 何せオレにも演じている自覚はなかった。嘘など何もついていなかったからな」

 

 キャロルの笑顔は、俺が好きになったものとはまるで違う、別物で。

 

「仮面の人格はお前達に実に好意的に受け入れられたな。

 あのキャロルの『無垢』と『純粋』は嘘を隠す虚飾の服としてはこの上なく理想的だ。

 年若き少女、世間知らず、不適合者、他者に基本好意的……全てが警戒を削ぐ要素になる」

 

 ……俺。

 

「ただ、気弱で引っ込み思案という性格設定は失敗だったか?

 おかげで何度か怪我も負ってしまった。まあもっとも……

 お前と会ってすぐの頃のように、仮面人格が気絶してから俺が治せばいい話だったがな」

 

 俺は、誰を信じてたんだ?

 俺が部屋に連れてった後、キャロルの怪我があっという間に治っていたのは。

 俺は、何を信じてきたんだ?

 

「お前は俺の懸念事項をよく消してくれた。

 『キャロル』が潰されないもっともらしい理由となり……

 神剣の力を引き出して、失われたと思われていた聖遺物さえ見つけてくれたのだからな」

 

 今、何を信じればいいんだ。

 

「オレが用意したデュランダルとダインスレイフをお前はよく完成させてくれた。

 お前はオレの予想も想定も期待も超えた働きをした。そこは感謝しよう。

 エテメンアンキのせいにしつつ、オレもノイズを呼んでお前の成長を促した甲斐があった」

 

 なあ、教えてくれ。

 

「エテメンアンキの過激派がノイズを動かしていた、と言っていたのは誰だった?

 お前の隣の『キャロル』だっただろう。

 お前はそれを信じた。どこかの顔も知れない奴がノイズを呼んだと思っていた。

 オレはお前の隣でノイズを堂々と呼んでいたこともあったぞ?

 ノイズの全てが俺の仕業だったわけではないが、オレがオレの都合で呼んだものもある」

 

 俺に、今、何か信じていいものって、残ってんのか?

 

「ノイズ、メタル・ゲンジューロー、自動人形。

 新しく現れる敵の方がお前の音楽に耐性を持っていたのは何故だと思う?

 オレがお前の隣でデータを集め、"エルフナイン"にアップデートさせていたからだ。

 お前が明確に勝てない敵を用意する。

 お前はその敵を超えるため、自分の壁を超える。

 神剣はお前の心と魂に直結していると何度も言ったな? お前の成長は、神剣の成長だ」

 

 どこからおかしかったんだ。

 

「テレポートジェム、あれで不審に思われるかと思ったがそうでもなかったな。

 お前は俺の想定以上に『キャロル』を盲信していたようだ。

 旅の中で一度も使ったことのないアイテムを、唐突に出したというのにな……

 言っておくが、"お前が知っている方のキャロル"は、テレポートジェムなど作れない」

 

 どこから歯車が狂ったんだ?

 

「何か言いたそうな顔だな。

 だが、その負傷ではもう喋れまい。

 文句が言いたいか?

 感謝こそされ、文句を言われる筋合いはない。

 オレはお前が自然と恋い焦がれるようなヒロインを演じてやったんだからな」

 

 好きだったんだ。

 

「『ボクは、結弦くんの音が一番好きだよ』。

 ああ、あれを言ったのはオレだ。正確には仮面の人格に言わせたのがオレだな」

 

 俺、キャロルのこと……本気で、好きだったんだ。

 

「緒川結弦の音楽が好き。

 緒川結弦のことをちゃんと見守っている。

 何があっても緒川結弦の傍に居る。

 お前が言われたかったことだろう?

 感謝するがいい。オレはお前が言われたいと思っていた台詞を理解し、言ってやったんだ」

 

 『キャロル』は俺のことを理解していて。

 俺は『キャロル』のことを理解してなかった。

 今なら分かる。

 フィーネが相互理解を求めた理由が分かる。

 この悲しみを、フィーネは否定したかったんだろうな、きっと。

 

「オレはお前のことをよく理解している。

 お前"こんな自分でも好きになってくれる人が居る"と心の支えにしていただろう?

 だが、そんなものは偽物だ。

 全ては嘘だ。

 お前を旅路の終わりに誘う虚構。

 お前がこの旅で積み重ねた『キャロル』の想い出は嘘であり、全ては嘘の露と消える」

 

 俺の好きな人はもう居ない。いや、もしかしたら、最初から居なかったって言った方が、正しいのかもしれない。

 

「もしもフィーネがまたどこかに転生、戻って来ているならすぐに分かった。

 奴であればオレ達の窮地に必ず介入して来たはずだからだ。

 オリジナルキャロルに敵対する少年少女に、必ずや手を貸しに来たからだ。

 奴は情を捨てられず、全ての人間の相互理解を望んだ女。

 そしてエテメンアンキと無関係ではいられない女だ。

 "フィーネの敵・キャロル"に立ち向かう少年達という構図を作れば、確実に釣れるはずだった」

 

 ああ、死ぬ。

 

「だが、フィーネは現れない。

 つまり奴はこの世界に居ない。

 奴を呼ぶ撒き餌でもあったこの旅は、今ようやくその存在価値の全てを消失させた」

 

 俺は一人ぼっちで死んでいく。

 

「お前は誰かの中に永遠に残りたいと言ったな?

 だがそれには、致命的な欠陥がある。

 お前が覚えていて欲しいと思った人間が、お前の音楽を『つまらない』と断じた場合だ」

 

 キャロルが、俺が贈った、俺の最初のプレゼントである十字架を床に投げ捨てて。

 

「オレはお前の音楽の良さなど、全く分からん。つまらん時間を過ごさせてもらった」

 

 踏み折って、踏み潰して、踏み砕いた。

 

 そこにあった、想いと一緒に。

 

「さあ、始めるぞ、世界の分解を。

 今、世界中の人間は統一言語によるネットワークで心を繋げている!

 それは世界を覆う網の目だ!

 そこに神剣に内包された魔剣の呪いを、神剣の規模で呪われた旋律として流し込む!」

 

 もう十字架は、原型なんて留めていない。その中の想いもそうだった。

 

「世界を覆う相互理解の網の目が、世界を切り分ける分断線となるッ!

 そして世界の分解が成されるだろう!

 この日のためにしてきた全ての準備が世界を分解し、世界の全てを識る黙示録となるッ!」

 

 想いは、踏み躙られていた。

 

「『万象黙示録』の完成だッ!!」

 

 もう、何も考えられなかった。

 

「緒川結弦! お前の世界を救う歌は、世界を壊す歌になるッ!」

 

 もう、肺も心臓も脳も動いていなかった。

 

 誰の声も、俺には届いていなかった。

 

 

 




次が最終回、その次がエピローグ、それで終わりです


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遥か彼方、ロックが伝説となった…かの日

 いや、まだだ。

 まだ終われない。

 これが予定調和であるのなら―――俺はそれに、『反抗』する。

 

「これが世界の分解だッ!」

 

 心臓が無い。血液が無い。全身が泥のような苦しみに満ちていて、何時間も正座した後の足みてえに痺れてる。

 そんな体を引きずるようにして、世界の分解を始めたキャロルから逃げ出した。

 今この場所には無い、希望を探して。

 

「逃げるならオレは止めはしない。だが心臓さえ無いその体で何ができる?」

 

 意外だな、止めねえのか。

 油断だが慢心だが知らねえが、その選択後悔させてやる。

 ああ、クソ。

 死ぬ。

 もう多分どうしようもなく死ぬ。

 確実に死ぬ。

 

「足掻くな、安らかに眠れ。お前が愛した女はもうこの世には居ない」

 

 うるせえ。

 心臓があったらここでお前に散々文句言ってたところだ。

 覚えとけよ、てめー。

 

 ヘイムダル・ガッツォーの廊下を、壁に寄りかかりながら必死に歩く。

 壁に血を擦り付けながら、床に血をぼたぼた垂らしながら、歩く。

 貧血で頭がヤバい。

 視界が、維持できない。

 立ちくらみっぽく意識が飛んで……行く前に、ウェルの義眼が俺の脳味噌に電撃ショックをぶち込んできて、俺の意識が覚醒した。

 

――――

 

「生体電流を蓄積し動く、有機人工眼球です。

 目の内部に仕込まれたセンサーが五感を補正。

 眼球が脳に微細な電流を流すことで五感を強化し、片目の性能を補う僕の傑作です」

 

「その眼球が本物とほぼ同じ素材で出来ていることが、君の役に立つ日が来ると思いますよ」

 

――――

 

「……っ!」

 

 ああ、本当にな。

 俺こいつが作り物だってことすら忘れてたぜ。

 生の眼球と同じ感覚で使えて、生の方の眼球が失血で機能低下しても、義眼の方は変わらず俺に周囲を見せてくれる。

 まさか"俺が忘れた頃に電気ショックぶち込んで来て脳を復活させる"システムとはな。

 おかげで色々思い出して来たぞ、ウェル。

 

 ウェルから得たヘイムダル・ガッツォーのデータを思い出す。

 破壊されたAIの位置、神獣鏡の保管場所、玉座の位置、それらを地図に当てはめていく。

 ああ、そうだ。ソロモンの杖もここにあったんだっけか。

 ……いや、待て。

 いくらなんでも重要なもんを一箇所に集め過ぎじゃねえか?

 

 この要塞はキャロルにとってどういうもんだ?

 さっきキャロルが世界の分解を始めた時、なんか謎の光みたいなもんが要塞に走ってた。つまり世界をどうこうするための媒介にこの空中要塞を使ってるってわけだ。

 世界を分解するってんなら。

 キャロルの居場所だけは無事なはず。

 つまりこの要塞だけが分解の対象外。

 と、考えれば……そうか。

 ここは、キャロルが『最後の本拠』として設定した場所なんじゃないか?

 そう考えりゃ、大事なもんがわんさかこの要塞の中に運び込まれてるのも納得がいく。

 

 なら、この要塞に他に希望になるものがあってもおかしくはない。

 

「ぐぅ……!」

 

 おかしくはないが、時間もない。

 水遁の応用で血液を無理矢理循環させてるが、こんなんで何分も延命できるかよ。

 長距離の移動をするには時間も血液も心臓も足りねえ。

 『何かがありそうな場所』に頭の中で当たりを付けて、そこに一直線に向かう。

 城の隠し部屋を見つけるために発展したという忍者式思考法が、なんとか役に立ってくれた。

 

「……ここは」

 

 そこは不思議な部屋だった。

 実験室? に近いのか。

 いや訓練室っぽくもある。

 厚いガラスの向こうには、人体ほどのサイズはありそうな巻き貝っぽい何かが淡く光っていた。

 近くに資料が置いてある。

 その上にはメモ用紙が置いてあった。

 

 何々?

 "真に正しき者が勝つ可能性をここに残す"?

 "キャロル・マールス・ディーンハイムが間違っていれば、ここに誰かが辿り着く"?

 "間違っていなければ、これはもう使われない"?

 ……随分とまあ、適当かつ他力本願な。

 だが誰が置いたんだこのメモ? ヘイムダル・ガッツォーでそれができそうな立場なのは、AIとしてここに組み込まれてた奴と、エルフナインくらいじゃないか?

 

―――能力も無いまま大任を授かった私に出来ることは、良心に従うことだけでした

―――ですがこのエルフナイン、やれるだけのことをやりました

―――パパとの想い出とこの心に従い、最善を尽くしました

 

 エルフナインだ。

 確かあいつ、今際の際にそれっぽいことを言ってやがった。

 あいつがキャロルだけの味方ならキャロルへの忠義だのなんだのだけ語ってるはず。だが父親だの良心だの引き合いに出してたのは、なんか別の意図を感じる。

 

 資料を一瞬で読み込む。

 やべえ、肺が動かなくなってきた。

 このエレクトリカルパレード巻き貝の名前は、聖遺物『ギャラルホルン』。

 なんでも平行世界に干渉できる、平行世界と物や人のやりとりもできる聖遺物らしい。

 

―――キャロルが残したデータによれば単独で平行世界に干渉する聖遺物さえあったようです。

 

 俺の知ってる方のキャロルの言葉を、思い出した。

 そうだ、あったな、平行世界に干渉する聖遺物。神剣の説明の時に言ってた。

 こいつがそうなのか?

 ……って、このギャラルホルンとかいう巻き貝、錬金術じゃないと操作できないようにロックかかってんのか? クソ、キャロルの仕業か。

 

 そりゃ自分が自由にできる聖遺物には小細工するわな。

 もう生身の腕の方は指も動かねえんだ、パスコードさえ打てねえんだぞ。

 クソ、どうする?

 何かないか?

 錬金術を使えない俺でも、どうにかできる何かはないか?

 

―――錬金術だって使えるくらいに器用な手を仕上げてみせます!

 

 ……いや、あったな。

 あの子が俺に義腕をくれた時の説明の中にそいつはあった。

 希望があった。

 あの子から貰った希望が、俺の手の中には最初からあったってわけだ。

 キャロルがくれた、俺だけの作り物の腕(アガートラーム)

 俺だけの作り物の腕(アガートラーム)をポッケに突っ込み、マリアさんから貰ったグラサンを引っ張り出し、かける。

 生身の指は動かなくても、義腕の指はまだ動く。

 

 義腕で触れ、ギャラルホルンを起動する。勘だが、俺が死ぬまであと一分。

 

『生きることを、諦めるな』

 

 ギャラルホルンの向こうから、誰かの声が聞こえた。

 俺が死ぬまで、あと三十秒。

 

『生きることを、諦めないで!』

 

 ギャラルホルンの向こうから、別の誰かの声が聞こえた。

 俺が死ぬまで、あと十秒。

 

『手を繋ごう!』

 

 ギャラルホルンの向こうから、繋がろうとする誰かの手の暖かさを感じる。

 義腕なのに暖かさを感じるとか、どんだけだよ、この向こうに居る奴は。

 ああ、だけど。

 俺がこのギャラルホルンを使えるだけのパワーを貸してくれるってんなら、ありがたい。

 

 頼む、頑張るための心の力を貸してくれ。

 今の俺には、この繋いだ手が紡ぐものが必要なんだ。

 

 勝負だ、キャロル。

 笑わせんなよ、キャロル。

 心臓抉られようが、神剣(ギター)奪われようが、ここに(ソウル)がある限り、俺は―――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この旅は、何度もへこたれず立ち上がり続ける旅だった。

 昨日まではそうだった。

 今日もそうだ。

 明日からもそうだろ。

 

 ギャラルホルンの向こうのどこかの誰かに叱咤され、そことは別の世界から希望を貰い、俺は今キャロルの前に立っている。

 キャロルは俺を、信じられないものを見るような目で睨んでいた。

 

「……何故、死んでいない?」

 

「心臓失くしちゃったんでな、代わり貰って来たんや」

 

 生きることを諦めるな、と言われた。

 俺を励ましながら、世界を越えて手を繋いでくれた奴が居た。

 そいつが俺の心に力をくれた。

 誰だか知らんが、感謝しかできない。

 

 そいつのおかげで俺は平行世界を探りに探り、俺に希望をくれたオッサンを見つけられたんだ。

 

「平行世界の、死ぬ直前の風鳴弦十郎の心臓を貰って来た。

 『どうせ死ぬこの身、心臓くらい若者にやってやるさ』やて。かっけえわ、マジで」

 

「―――!?」

 

「俺は八割くらい死んどるが……さっきの俺の、120%くらいは強えで?」

 

 目、腕、足、心臓。

 全部貰い物で俺のもんじゃねえ。

 だがそれがどうした?

 ロックの(ソウル)在る限り、俺は俺だ。

 

「やるだけやって楽に死ねばいいものを……

 そうやって食らいついて、無駄に苦しみを長引かせてどうするというのだ!」

 

「苦しみの中でも演奏を続けてもがく、それがロックンローラーや!」

 

「お前は、何故そこまでブレない……!」

 

「そういう俺の音楽が好きやと、『キャロル』に言われたからに決まっとる!」

 

 信じられない、みたいな顔すんなよ。

 まだあいつのことを諦めてない俺がバカみたいじゃねえか。

 

「返してもらうで、俺の知っとるキャロル、俺の想い出のキャロルを!」

 

「もう消したと言っただろうが! 不可能だ!」

 

「お前はずっと、不可能を可能にしてきた俺を横で見とったやろが!」

 

「―――」

 

 何を信じるかなんて、俺の勝手だ。

 

――――

 

「俺、キャロルの中に、俺の音を残したいなって……

 君の中で俺が永遠になったらいいなって思ってたら、この曲が出来たんや」

 

「もうなってるよ。

 ボクは死ぬまで、結弦くんのことを忘れたりしない。

 ずっとずっと、ボクの中では大切な人のまま。この気持ちはきっと永遠なんだ!」

 

――――

 

 俺は、俺の心を変えた言葉を信じる。

 対しキャロルは、基底状態の神剣を手の中で転がし、俺を見下していた。

 

「神剣は刺され、世界の分解準備は既に始まっている。オレの悲願の成就はもう止められない」

 

「やってやるさ、俺が……俺達が!」

 

「できるものか! お前は、欲した人も世界も守れず終わるのだ!」

 

 俺の台詞の"俺達"のところで疑問を感じたな?

 

 ならお前は、ロックンロールをまだちゃんと分かってねえってことだ。

 

 俺は背中にぶらさげていたものを引き抜き、構える。

 

「ソロモンの杖!?」

 

「行くで、お前ら!」

 

 そしてノイズを召喚、エルフナインとかいう奴が残してた資料の内容を思い出して、その通りに操作する。うし、ノイズは俺の思った通りに動く!

 ノイズA班は自分の体を叩け! ボディドラムだ!

 ノイズB班は羽鳴らせ! キリギリス以下じゃないことを証明してみせろ!

 ノイズC班はブドウっぽいそれ爆発させてろ! 爆音鳴らせ!

 以下指示省略ッ!

 人間特有の熱さはねえが、仕方ねえ。

 

 こいつが今の俺の、即席ロックメンバーだッ!

 

「オレを前にしてノイズを使いロックライブだとッ!」

 

「ディバインウェポン! お前何やっとんのや! それでも俺のギターか!」

 

「何を……!?」

 

「戻って来い! ここは俺のステージや! お前(ギター)が居ないと始まらんやろが!」

 

 キャロルが握っていた神剣ディバインウェポンが震える。

 そして、キャロルに抗うがごとくその手の中から飛び出した。

 

「何!?」

 

 勝手に飛び出してきた神剣は、構えた俺の手の中に収まる。

 

 サンキュー並行世界の誰か。

 適当に平行世界から引っ張ってきた知識経験の中に、『相手より自分の方がガングニールが相応しい時、ガングニールぶんどる方法』があって助かった。

 絶対使わないと思ってたわ。

 ディバインウェポンも悪いキャロルより、優しいキャロルを助ける俺の方を選んでくれた……気がする。気のせいか? いや、んなこたどっちでもいい。

 

「聖遺物の所有者認識……そんなことまでできたとはな」

 

「いいギターは使い手を選ぶっちゅうのはロッカーの間じゃ通説やで」

 

「それはただの例え話だろうが!」

 

「旅の最後を飾るラストライブや。聴いて貰うでお客さんッ!」

 

 ノイズをバンドメンバーにして、その中央で俺は神剣を再起動。

 俺の魂を形にした、俺の相棒たるギターを生成する。

 

「くっ……ははははははッ!

 人類史上、ノイズをただの演奏劇団員として使ったのはお前ただ一人だろうな!」

 

「せやろか?」

 

「お前の生き方と旅路は愉快の塊で、オレはいつも笑いが止まらん」

 

 笑ってやがる。

 ようやく素の顔を見せたな、悪キャロルめ。

 俺にとってのキャロルを取り返した後、一発くらいは殴らないと許さねえからな。

 

「だが、その神剣を生み出したのもオレだということを忘れるな。来い、ダウルダブラ!」

 

「っ!」

 

 キャロルが何かを取り出した。

 あれは……竪琴?

 いや、それだけじゃねえ。この要塞中から大量のエネルギーがキャロルに集まってやがる。

 そうか、この要塞はキャロルが敵を迎え撃つのに最高の場所でもあったってわけだな。

 こいつには自信があった。

 聖遺物全部揃えた神剣で俺が反逆してきても、力で押さえつけられる自信があった。

 神剣を生み出した奴が、神剣のスペックを知らねえわけがねえ。

 戦闘力だけなら神剣以上のものを生み出せないわけがねえ。

 そういうことか。

 

「平行世界に俺が『助けてくれ』って手を伸ばしただけで、色んなもん貰えたんや」

 

 なら、俺はこうするだけだ。

 

「これはっ……聖剣のエネルギーが歌に共鳴して、増大して……!?」

 

「『フォニックゲイン』。この世界には無いもんや」

 

「フォニックゲイン?

 歌で聖遺物の力を引き出す?

 なんだ……なんだそれは!

 お前は聖遺物を使い、演奏していただけだったはずだ!

 歌と旋律を用いて聖遺物の力を数倍にまで引き上げる技術など、この世にあるわけがないッ!」

 

「なんで他の世界から貰って来たんやで」

 

「―――!」

 

 ありがとよ、フォニックゲインとやらがある世界の人達。

 これで俺にも、世界を救う目処が立った。

 

「その様子で察したで。

 一度世界の分解が始まれば神剣でも止められなかった。

 ……でも『この力』があれば、始動後にも止められるかもしれないんやな、世界の分解」

 

「っ」

 

 少しずつでいい。一つずつでいい。俺は、希望を見つけて一個ずつ積み上げる。

 

「キャロル」

 

 そうして俺は、弾き始めた。

 

「キャロルッ!」

 

「うるさいッ!」

 

「呼びかけてんのはお前やないッ!」

 

 『荒野の果てへ』を。

 弾いて、歌う。

 俺は旅の果て、物語の果て、荒野の果てには、きっと良いものがあると信じよう。

 

「うるさいと言って 結弦くん! るだろう!」

 

 ……来た!

 

「バカな!? 完全に消したはずだ!」

 

「『記憶に残す』のがロックンロールや! 当然やろが!」

 

結弦く ならもう一度消してやる! 出て来るな、紛い物がッ!」

 

「なら俺はもっと歌って弾いて、俺のキャロルを返してもらうとするで!」

 

 クソ、一言引き出せただけか!

 このまま俺の知ってるキャロルを引き出し切れなければ、今度こそ完全に消されちまう。

 俺がギターを弾く。音が飛ぶ。

 キャロルが大琴を弾く。光が飛ぶ。

 二つがぶつかり、キャロルの方が押し気味な形で相殺された。

 

 ……フォニックゲイン理論で神剣のパワーを高めてるのに、互角以下!?

 

「お前がオレのエネルギー量を上回ることはない!」

 

「っ、どんな細工を……」

 

 目を凝らす。神剣の力越しに、ウェルの義眼が力の流れを発見してくれた。俺が手に持ってる神剣(ギター)から、キャロルへと多大な力が流れ込んでいる。……どういうことだ?

 

―――そこで使っているエネルギーは結弦さんの心臓の剣から引き出しているんですよ?

 

 そうだ、キャロルが言っていた。

 キャロルが使う錬金術の力は、俺の心臓(しんけん)から引き出していると。

 神剣の力を俺が高めれば高めるほど、キャロルもまた強くなる仕組みか!

 俺が神剣の力をどんなに高めようが、それを凌駕するための仕込みを、あいつは用心深く仕込んでたってわけだ。

 どんだけ隙がねえんだよ、こいつ。

 

「諦めろ。神剣を渡せ。その努力に免じて、貴様を生かしてやってもいい」

 

「……はっ、要らんわ」

 

 俺は、お前じゃないキャロルに語ったんだ。

 

――――

 

「俺が思うに、ロックは炎なんや!」

 

「触れたものを焼いて壊す、めっちゃ熱い、人の目を引きつけるパワー。

 ロックは闇の中に光をぶち込む熱い炎なんや!

 小賢しい大人になんてなりたくない、若者の内に燃え尽きたい! それがロックなんや!」

 

「理想的なのは十代の内に名を売って、ハタチで伝説になること!

 そしてそのまま伝説になって27歳で死ぬことやな!

 ロックンローラーは27歳で死ぬと歴史に名を残せるんや!

 でも死ぬ前に一回くらいは本場のアメリカ行きたい!

 ロックンローラーとしてはアメリカとイギリスは鉄板!

 できれば俺も伝説になってからそこで生ける伝説のマリアさんとかにな――」

 

――――

 

 俺のロックは、そういうもんだと。

 全て燃やして、皆を照らして、燃え尽きるもんだと、そう語った。

 一番明るく照らしたい惚れた女の子も照らせないで、何がロックだ。

 俺は、俺のロックを貫く。

 

「術式起動」

 

「……! それ、は……」

 

 最後の最後まで、な。

 

「―――想い出の、焼却」

 

「お前らの奥の手なんやろ、これ。

 こいつは別の世界の『エルフナイン』から引っ張ってきた知識で、この義腕が行使するんや」

 

 神剣の力は吸われてる。

 だがキャロルには元から使っている錬金術の力がある。

 俺がその差を埋めて逃げ回るには、同じく何か下駄履かせにゃ話にならねえ。

 

「何を……何をやっている、お前は! その先に待っているのはみじめな死だぞ!」

 

 実感が無いのが逆に怖いな。

 燃え尽きた記憶は、そこに記憶があったことさえ分からなくなるのか。

 何を忘れたのかさえ分からなくなるのか。

 ま、いいや。

 

「ええんや、別に、ここで燃え尽きても」

 

「ッ」

 

「俺は俺の知っとるキャロルを取り戻す。

 キャロルはずっと俺のことを覚えていてくれる。

 キャロルの中で俺が永遠なら……それでええんやないかな、って思える」

 

「早死に志願のロックンローラーが! ならば望み通りにしてくれるッ!」

 

 キャロルの錬金術が金属の塊らしき物を飛ばし、俺はそれを跳んで避ける。

 空中でも演奏は止めず、天井に足を着けても歌は止めず、天井を走りながら奏で続ける。

 

「一度や二度、奇跡を起こした程度で調子に乗るな!」

 

「ロックンローラーの偉人伝で『奇跡』って単語何度出とるか知っとるか?

 奇跡なんざロックンローラーにゃファック並みにありふれたもんやで」

 

「そんな奇跡、オレが殺戮してくれる!」

 

「!? ぐあっ!」

 

 俺は音楽家で、キャロルは戦闘者だ。

 キャロルの攻撃が空間を制圧する。

 演奏していたノイズの八割が吹き飛び、範囲攻撃が天井へと飛んで来た。

 天井を影分身して走っていた俺はあっさり落とされて、床に叩きつけられた。痛い。

 やべえ、次の一撃がかわせねえ!

 防御の姿勢を取った俺に、キャロルの攻撃が飛んで来て―――キャロルの攻撃から、『四体の人形』が俺を守ってくれた。

 

「……ッ! 単純な人工知能しか搭載しなかった試作品が。

 音楽の理解どころか、言葉の理解さえできない、プログラムで動く人形がッ!

 故障でも起こしたか! オレの知らぬ内に改造されたか! ここで壊してくれるッ!」

 

 なんでだ?

 いや、今そんなこと考えてる場合か。

 『奇跡』が起こった。

 今はそれだけを認識して、立ち上がる。

 

『ピガガ世界ガガガピピ人もピピピガガ愛ガガピガならギギギギ救えギガガガッ』

 

 ぶっ壊れた機械音声が聞こえる。

 何言ってんのかさっぱり分かんねえ。

 だけど今はとりあえず、AIと人形が味方してくれたこの奇跡に感謝する。

 ノイズを再召喚。

 そして演奏に集中。

 戻って来い。

 戻って来い、キャロル!

 俺の仲間が俺を守ってくれてる、俺が演奏に全身全霊をかけていられる、今の内に!

 

「う……く……うっ……」

 

 揺れている。

 動きが見るからに鈍ってる。

 いけるか? いけるよな!

 

「世界の解剖まで後五分……オレの勝ちだあああああああッ!!」

 

「―――!」

 

結弦くん! ボクは後回しでいいから世界を! 邪魔をするなコピーッ!」

 

 後五分で引っ張り出す自信はない。

 クソ、十五分ありゃ引っ張り出せる自信あったってのに!

 

「暇な奴らは皆参加せえ! カモン、世界中のロックンローラーッ!!」

 

「!?」

 

 神剣を放り投げる。

 俺のイメージの中で、神剣を地球へと突き刺す。

 よし、刺さった。

 

「今、地球は俺というギターを繋いだアンプ兼スピーカーになった」

 

「!?」

 

 分かる。

 地球の表面に住む五十億の人間達。

 こいつらを繋ぐ統一言語の相互理解ネットワークを通して、地球全土に広がっていく世界解剖のエネルギーが感じられる。豆腐の上に垂らした醤油みてえだな。

 

「地球は今、でっかい俺のライブ会場や!」

 

「き……貴様ッ! いつもいつもそうやってオレの予想の斜め上をッ!」

 

「開幕は、マリア&翼のツインボーカルッ! 頼んだで二人共ッ!」

 

『しょうがないわね。アメリカからでも届く歌声、聴かせてあげるわ』

『三秒待ってくれ! 今すぐ口の中の夕食を飲み込む!』

 

 世界中のロックンローラー達の力を借りた合唱。

 ノリのいいロックンローラー達は世界の危機を俺経由で知り、快く力と音を貸してくれた。

 俺が今日まで音楽を通して関わってきた人全てが。

 俺が全く関わりの無い人全てが。

 ロックンロールというものを弾いてきた全ての人達が、俺のライブに力を貸してくれている。

 

 フォニックゲインが天井知らずに膨れ上がる。

 それでも、まだ力が足りない。

 地球ライブの力は世界分解の力とぶつかり、徐々に押し込まれていた。

 

「ロックンローラーなどという社会の隅に居るだけの少数派共に、何が出来るッ!」

 

 できるぜ。

 

「ロックはな、あらゆる音楽を取り入れてきたんや。

 古い音楽も、今流行りの音楽も、最先端の尖った音楽も。

 最高のロックを目指して、誰もがあらゆる音楽を組み入れていった。

 教会のシスターと牧師は賛美歌をロックにした。

 古臭いクラシックをロックに変えた若者も居た。

 路上の乞食が空き缶を叩く音ですら、ロックンローラーはロックに変えてきた」

 

 分からないのか? この響き、この強さが。

 

「人類が積み上げてきた音楽史の全ては……今、ロックの血脈の中に息づいているんや!」

 

「屁理屈と変わらぬ暴論を!」

 

「音楽史の中に息づく全ての人が! 今! 俺と一緒にロックを奏でてくれているッ!」

 

 俺は、お前に言ったよな?

 エルヴィス・プレスリーも、ジョン・レノンも、シド・ヴィシャスも、ついでにアラン・フリードも、まだ死んじゃいないと。彼らはまだまだ生きてるんだと。

 誰かの中に俺達の音楽が忘れられず、永遠に残る限り、音楽家(俺達)は死なないと。

 そう言ったよな。もう忘れたのか?

 

「音楽史の中で生きた全ての人が……今! この音の中に蘇っとるんや!」

 

「っ!? くっ、なんだこの力は……!」

 

 偉大なる先人達は、今も俺達の音の中で生きている。

 最初に統一言語が失われた先史の時代の先人も。

 原始の時代に、ただ物を叩くだけだった音楽の時代の先人も。

 何千年という時の中で音楽を研鑽してきた無数の先人達も。

 全てが、俺の音の中に居る。

 

「俺達が死ぬ時は、皆に俺達の音楽が忘れられた時や。

 俺達の一生は、長生きしとるお前から見れば刹那かもしれん。

 せやけど俺達音楽家は、音楽を残して、皆の想い出の中に永遠に生きる」

 

 ロックの先祖たる音楽に関わった故人達と、今世界に生きるロックンローラー。

 合わせて、大雑把に百億人。

 

「見さらせ、これが……人類史の! 百億の! 合唱やぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

 百億人の合唱バンドの力を俺が神剣でぶつけ、世界を分解しようとする力を相殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界を壊す力、世界を救う力、二つはぶつかり欠片も残さず砕け散った。

 砕けた力の欠片が、世界に降り注いでいる。

 まるで、雪みたいに。

 

「さて、あとはお前からその子を助け出すだけやな」

 

ボクは……オレは……!

 貴様のそんな目的など果たさせるかッ!

 世界の解剖分解など、神剣を奪い再度行えばいいだけのこと!」

 

 ま、そう来るよな。

 神剣があれば何度でもお前は世界を分解できる。

 統一言語がある限り何度でも世界を解剖できる。

 何度失敗しようがリトライ可能っつー、反則なわけだ。

 でも俺ちょっと疲れたわ。

 今のもっかいやれって言われてもできそうにない。

 ちょっと休憩にしね?

 

「な、キャロル。お前俺のバンドに入らんか?」

 

「は?」

 

 ……ああ、そういえば、俺、記憶焼却してたんだっけ。

 継続して記憶焼却してることさえ忘れてたわ。

 一回切っておこう。

 記憶の残量がどんぐらいか分からねえが、残せるだけ残しとかないとな。

 もう四体の人形も全部粉砕されてる。

 記憶を燃やしながら逃げねえと、ノイズの援護があっても、俺は逃げ続けられない。

 

 あー、なんか。

 さっきの地球ライブの時、頼れる知り合いのロッカーを頼った気がするんだが。

 そのロッカーって誰だっけか?

 朝御飯思い出せない時みてえだ。

 ……もう、思い出すこともない気がする。顔も名前も思い出せなくなってるな。

 つか動き回ってんだから邪魔だろこのグラサン、捨てて動きのキレ上げとかねえと、ほいっ。

 

 俺は何か理由があって『このキャロル』を嫌ってた気がするが、それももう思い出せない。思い出せないから嫌えねえし、憎むこともできない。

 

「ベースかドラム……いや、ベースの方がええかな。

 そのダウルダブラっちゅうのが弦楽器なら、そっちの方が馴染みあるやろ」

 

「お前、正気か?

 オレにも自分が正義でない自覚はある。

 ましてや、戦っている途中の敵だ。ロックな生き方にも限度があるぞ」

 

「『ただのクズだろ』ってしょっちゅう言われんのがロックンローラーやで。

 ドラッグやって、暴力事件やって、捕まって、んでしばらく経ったら普通に戻って来るんや。

 悪い奴、クズ、アホ、社会不適合者、被差別人種、ロックはどんな奴でもバッチコイや」

 

「……お前は」

 

「悪い奴を正義掲げて討つ、とかやっぱロッカーには合わんのや」

 

 頭がぼやける。

 何か忘れてる気がする。

 いや、これでいい。俺の選択は何も間違ってない。

 俺は『キャロルを助けに来た』。それはちゃんと忘れてない。だから、これでいいはずだ。

 

「百人に迷惑かけたんなら百一人笑顔にしたらええ。

 千人に悪いことしたなら千一人楽しませたらええ。

 世界を傷付けたんなら、世界を癒せるような音楽を奏でたらええ。

 詫びツアーで世界中回ろうや。また新しい旅始めて、新しい旅に出よう」

 

 キャロルに褒められた音楽を、キャロルと一緒にやっていきたい。

 

「それは、許されたい人間の理屈だ。オレにはあてはまらない」

 

「キャロル」

 

「オレは許しなど請わん。

 オレは許されたいとも思わん。

 するべきことをして、やるべきことをやってきた。

 父親が……人助けの技術を魔女の業と呼ばれ、磔にされて焼かれたあの日から、ずっと!」

 

 キャロルが怒りのまま、ダウルダブラを壁に叩きつける。

 

「魔女狩りで殺された父の記憶が在る限り!

 "世界を識れ"とパパが残した言葉がある限り!

 オレは止まらない!

 世界を分解し、世界の全てに復讐し、分解した世界から世界の全てを識るのだ!」

 

 それが、世界を壊す理由か。

 

「父親を過去にしたお前とは違う!

 父親の記憶を乗り越えたお前とは違う!

 父親が残した傷を想い出に変えられたお前と、オレは、違うんだッ!」

 

 父親。……そうだ、俺は、あの父親が……ん……? 俺は……そうだ、思い出した。危ない。

 

「統一言語がある世界で……

 俺が、相互理解できなかったのとは違うんやな、お前は。

 お前は……相互理解を拒んだんやな。せやったら、俺にできることは」

 

 さて、やるぜ。ロックンロールを。

 

「統一言語があっても誰も分かり合えなかったお前と、分かり合うことやな」

 

「お前にできるわけがない」

 

「つまり統一言語を超えることや」

 

「お前にできるわけがない」

 

「俺のロックが統一言語を越えた相互理解ツールであることを、ここに証明せないかんな」

 

「お前に、できるわけがないッ!」

 

「いつのことだかもう思い出せへんが、キャロルが信じてくれた俺の音楽や。必ずできる」

 

「―――ッ」

 

 キャロルがまた錬金術を撃ってきた。

 風の錬金術を跳んで回避し、演奏を開始する。

 最高の神剣を、フォニックゲインとかいう技術で高めて、想い出も燃やしてぶっこんで、俺の最高の音楽を仕上げるための最高の楽器へと変えた。

 魂を乗せて、命を燃やして、奏で歌う。

 

「もう二度と、神様でも取り上げられん最高の相互理解を、ここに」

 

 気張れよ、ディバインウェポン。

 俺の記憶を燃やして得た力、全部お前にぶち込んでやる。

 だからお前も最高の音を出せ。

 このキャロルは、おそらく記憶燃やさずに出した俺程度の音じゃ、心に響かせられない。そんな音じゃ救えない。ロックだから分かる。

 思い出やるから、力をくれよ。

 俺が気持ちよく終われる終わりが、最高の結末が欲しいんだ。

 

「! これは、貴様、オレの内側からオレの想い出を消却して……!

 キャロル! これ以上続けるなら、あなたの想い出ごと焼却する!

 何をバカなことを! そんなことをすれば、オレとお前の記憶諸共焼却されるぞ!

 もうボクは焼却を始めてるよ! 言葉じゃ、ボクはこの焼却を止めはしない!

 

 キャロルが何かを話している。

 キャロルとキャロルが話している。

 いや、外のことに気を配っている余裕はない。

 俺は今、逃げながら全身全霊を込めた演奏をしなくては。

 

結弦くんがどうにかなってしまうくらいなら、ボクは自滅を選ぶ!

 

 ノイズ、壁頼む。

 演奏を続ける俺を守ってくれ。

 ははっ、クッソ笑えるわ。ノイズが人の命と音楽を守ろうとして動いてるとか、皮肉ってレベルじゃねえ。人殺し兵器だってのに。

 ……ん? なんで今俺、ノイズが人や音楽を守ろうとしたら皮肉だ、って思ったんだ?

 

結弦くんは世界を変えようとしてた!

 うるさい! オレの口で喋るな!

 キャロルもボクも、その気持ちが理解できた!

 たかが十数年しか生きていないお前が!

 でも、結弦くんは暴力じゃなくて音楽で世界を変えようとしてたんだ!

 世界もロクに識らないお前が、オレの邪魔をするなど言語道断!

 音楽で世界を変えれば、誰も傷付かないんだよ!?

 教えてやる! 音楽で世界が平和になったことなど、人類史上一度もない!」

 

 キャロル連れて帰ったら、まずは飯食うか。

 それから……それから? いや、どうでもいい。

 誰かを忘れてて、誰かとの約束を忘れてる。

 忘れてるのに思い出せないのが気持ち悪ぃ。

 彼女さえ助けられたなら、新しい旅の途中でまた思い出せるよな、きっと。

 誰かとの約束を忘れてるなら、そいつは早く思い出さねえといけねえよな。

 

 だから、今は。想いを込めてギターを弾こう。

 

ボクの言葉に耳を貸して、キャロル!

 こんな世界は嫌だ、って思っても!

 音楽で皆の心を変えて世界を変えようとするのと!

 力尽くで何もかも壊そうとするのは、全然違うんだよ!?

 それがどうした。他人と比較されようが、オレはオレの在り方を変えはしないッ!」

 

 俺の音楽は、キャロルの心を揺らせてるだろうか。

 動揺くらいはさせられてるだろうか。

 俺の心の熱、ちっとは伝わってるだろうか。

 俺を表現し、俺の熱を伝え、俺を相手に理解してもらうのがこのロック。

 この胸の中にある歌が、そのまんま俺の胸の中の想いなんだ。

 

 音楽で惚れてくれたら最高に嬉しいが、そこまで心揺らせっかな。無理かね。

 しょうがねえ。好かれたいなら、やっぱ地道に好かれてくしかねえのかな。

 

ボクは知ってる! キャロルは結弦くんの音が嫌いなんかじゃない!

 何の生産性もない、ただの娯楽でしかない音の羅列を! オレが好きになどなるものか!」

 

 ……あっ、クソ。錬金術避け損なった。

 足が焼けた。義足の方で助かったな。

 なんで今避け損なったんだ? ……違うな。

 俺今まで、どうやって走って攻撃避けてたんだっけ?

 

だって、キャロルは!

 黙れ!

 決めつけと差別で理不尽に傷つけられる人のために歌う彼をずっと見てた!

 "お前は○○だからいくら差別してもいい"って社会に反抗する彼を、ずっと見てた!

 

 諦めるかよ。

 どこで聞いたか、誰に聞いたかも覚えてねえ。

 だけど『生きることを諦めるな』って叫びが、俺の中で反響してる。

 俺は弾き続ける。

 俺は歌い続ける。

 そのために、生き続けるんだ。生きて、奏で続けなきゃならない。

 

キャロルが結弦くんの音楽を嫌いなわけがない!

 その音楽は、パパを殺したものの全否定で!

 彼の音楽の始まりは! 『父親』だったんだから!

 黙れ! 貴様にオレの何が分かる! 仮面(ペルソナ)にも満たない急造人格が!

 パパとの想い出も、パパが大好きな気持ちも、ボクの中にはあるよ!

 

 ここで燃え尽きたっていい。

 だけど燃え尽きるまでの輝きで、ロックで、この子だけは照らし救ってみせる。

 忘れるな、俺。

 それだけは絶対に忘れるな。

 ロックンローラーと、この愛だけは、最後まで。

 

分かるよ! 全部じゃないけど分かる!

 不適合者として設定したお前が!

 ずっと一緒に居たんだから分かるよ!

 オレの気持ちなど、分かるわけがない!

 結弦くんの音が好きだって言ったのは、キャロルだよ!

 お前に分かるわけがない!

 結弦くんの音楽の可能性を信じるって言ったのは、キャロルだよ!

 分かる、わけが……!

 ボク達は、ずっと同じものを信じてた! パパを信じたように!

 分かるわけが、あるかあああああああああああああああッッッ!!!」

 

 語ろう。この想いを、あの子に覚えておいてもらうために。

 

「キャロルのことが、好きなんや」

 

 語った想いが抜けていく。忘れそうになる。忘れないために語った想いにかじりつく。

 

「貰った言葉が、嬉しかった」

 

 出会ったことには嬉しさしかない。

 後悔なんてあるわけがない。

 この旅で感じた全ての嬉しさを、俺は絶対に忘れない。

 

「寂しそうな顔を、悲しそうな顔を、させたくなかった」

 

 キャロルも忘れないで居てくれると嬉しい。

 なあ、いい想い出ばっかだったよな、この旅は。

 そういや、今なんとなく思ったんだが。

 

「『荒野の果てへ』。また、聴いてくれると嬉しいなぁ」

 

 ……俺の名前って、なんだっけ?

 

キャロル、もうやめよう?

 ボクはここで死んでもいいよ。結弦くんが覚えていてくれるなら。

 結弦くんの中に、ボクが永遠に残るのなら……それでいい

 

 キャロルの中に俺が永遠に残るなら、それでいい。

 ここで死んだっていい。全て失っていい。あの子が俺のことを覚えて居てくれるなら。

 今は演奏に集中してるから、キャロルがどんな顔してるのかも分からねえ。

 全部終わったら、俺の演奏がどうだったか感想聞かねえとなあ。

 

「……オレは、もう半ば手遅れだと思うがな、お前達は。

 そんなことない! 結弦くんは……結弦くんは、まだ!

 ……。

 ボクがもう手遅れでも、結弦くんはっ……

 お前達は愚かだ。互いを助けるために、自分の想い出を焼却し、その結果がこれか……」

 

 素直な想いで弾こう。

 楽しかったよな、キャロル。

 俺、お前の全部が好きだ。全部ひっくるめてお前が好きだ。

 

「オレは、最初から気付いていた。

 ……その歌が、『キャロル』のためだけのものだと。

 お前が想い出の焼却を続けたのは、『キャロルの人格を蘇らせるため』だけでなく……

 オレを……『キャロルを説得するため』……共に、在り続けるため……」

 

 ああ、父さんと母さんにも帰って話してえな。好きな人ができたって。きっと二人も後で家に帰れば二人で待っててくれて……

 ……違う。やめろ。それは、もう想い出の中にしか無い愛だ。

 俺は、その家族よりも好きになれた人と出会えて、それで……

 

「お前は、いつも笑えるくらい直球勝負だったな。……だが」

 

 俺の歌、ちゃんと君の心に届いてるだろうか。

 いつからだろうな、俺がビッグになって父親を見返すって目標、忘れるようになったの。

 君に俺の最高のロックを見せたい、って気持ちが一番になったの、いつからなんだろうな。

 

「こんなところで、日和れるものか!

 今更戻れるものか! こんなものに心動かされてたまるか!

 歌に……歌なんぞに! オレの心が、意志が、決意が、負けてたまるか!」

 

 俺の愛は言葉じゃ足りない。

 だから悪いが、俺の演奏を全部聴いてくれ。

 言葉にできない想いも含めて、俺の全部をありったけこめたからさ。

 

「その音をやめろ……オレと分かり合おうとするのをやめろ!」

 

 また、一緒に旅に出よう。今度は世界の救済とか抜きで。

 

「オレと相互理解して、オレと一緒に歩んでいこうとする意志を、叩き込んで来るなッ!」

 

 ただ単純に人を音楽で喜ばせるだけの旅に出よう。

 皆を笑顔にするためだけの旅をしよう。

 今回の旅じゃ回れないロックの聖地とか回って、即興で曲とか作って、いい発想が出て来たらその時々で、新しいラブソングとか君に歌ってあげたい。

 ああ、その前に。

 君がどうしたら幸せなのか、ちゃんと聞いておきたいな。

 

「オレは……オレは、こんなところで止まれない!

 止まれない理由がある! 感情なんてものを理由に止まってたまるか!

 ……パパは、パパだって! オレの中に永遠に生きてるんだ!

 想い出なんかにするものか……過去のことにして、優先順位を下げるなんて嫌だ!」

 

 俺にはロックしかないが、君を幸せにしたいとも思ってる。

 ずっと幸せで、笑顔でいて欲しい。

 俯いたり、むすっとしていて欲しくない。

 俺はまずどんな曲を弾けば、君を幸せな気持ちにできるかな。

 

「やめろ……歌うな……オレの心を、決意を、弱くするな……甘えさせないでくれ……!」

 

 良かった、体が演奏を覚えてて。

 俺はもうこの曲がなんなのか分からない。

 生身の左手。

 この腕が、『演奏』を覚えている。

 機械の右手。

 この腕が、『想い』を憶えている。

 高鳴る胸。

 この心が、『歌』を奏でている。

 さ、演奏を続けよう。

 

「お前がそこに居ると、お前が生きていると、オレはッ……!」

 

 キャロル。キャロル。幸せになって、生きてくれよ。

 

キャロルは、ボクよりも早かった

 

 これが最後の演奏だ。俺はもう、『次』をきっと弾けない。

 

結弦くんのファン一号は、ボクじゃなくて君だったんだ

 

 何もかもを忘れた俺の頭の中に、たったひとつ残った単語。

 

ボクらは、ここで終わり。これで終わり。……それで、いいよね?

 

 『キャロル』。

 

「オレが……想い出が……なくなって、いく……焼却で、消えていく……」

 

 その名持つ者に、祝福あれ。

 

 君に幸せな生と、幸せな結末が訪れますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 忘れて欲しくない。

 その人の中に永遠に残りたい。

 そんな想いが胸の奥にふっと浮かんで、ふっと消える。

 忘れてはいけない何かを忘れてしまった喪失感が、胸の奥に去来していた。

 

「俺は、誰や? ここは、どこなんや?」

 

 何も無い。

 俺の中には何も無い。

 何も覚えていない。

 何もかもが空白で、自分が軽い。自分の中に中身が無いからだ。

 

 焦燥。

 困惑。

 虚無感。

 全部が混ざって、絶望になっていく。

 自分の中身の無色さに、俺が耐えられない。

 そんな俺の中に『何か』が生まれたのは、隣で頭を抱える少女を見た時だった。

 

「ボクは誰?

 オレは誰だ」

 

 何か、何かが俺の心に生まれる。

 俺はこの子を守らないと。

 

「お前は……なあ、俺のことを知ってるんか?」

「おいお前、オレは何者だ? 応えろ。

 ま、待って! ボクに一言も断らず勝手なことしないで!」

 

 お互いに記憶喪失か、厄介な。

 いや、一番厄介なのはそれじゃない。

 少女が俺に掴みかかってきたが、俺も少女もふらついてそのまま床に倒れてしまった。

 

「うっ……」

 

 お互いに立ち上がれないほど、消耗している。これが一番厄介だ。

 俺達は今歩くことも、立ち上がることも、這って動くこともできない。

 仰向けに寝っ転がるのが精一杯だ。

 

「お互い動けないみたいやな」

 

「……だとしたら、オレ達は揃ってお陀仏だな。周りをよく見ろ」

 

「わぁっとる、天井も壁も、床もヤバい……」

 

 四方八方ポコポコ穴が空いてやがる。

 しかも全部崩れかけだ。

 壁に空いた穴の向こうには、陸地なんて全く見えない水平線。

 周りが全部海なら、この体で海に落ちてもまず死ぬな、

 ほら、天井が、あとちょっとで全部崩れちまいそうだ。

 

「お前、ここでオレと一緒に死ぬ運命だったようだな。

 ボクはあなたを助けたいけど、それもきっとできなくて、ごめんなさい。

 後悔はないのか? あればここでオレが聞いてやるぞ、聞き流すがな」

 

 二つの喋り方をする女の子が話しかけてきて、俺は彼女に向かって手を伸ばす。

 

「後悔なんてあるわけないんや」

 

 彼女が、ぶっきらぼうに俺の手を握ってくれる。

 

 ……安心した。俺の心が、これでいいと言っている。

 

「何も覚えとらんけど……心が何か覚えとる。心が何か嬉しい。それでええ」

 

 これが結末なら、これ以上はないと思える俺が居た。

 記憶を失った俺達が繋げた手。

 これは、記憶があった頃なら繋げた手なんだろうか。分からない。

 だが、これでいい。

 これでいいんだ。

 理由は分からないが、救われた気持ちになれた。

 だから、この死と結末はハッピーエンドに違いない。

 

 そう思って、仰向けに倒れたまま手を繋いだ彼女と二人、崩れ落ちる天井を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ちて来た天井が、横合いから跳んで来た女性に全部蹴っ飛ばされた。……え?

 

「オラァ!」

 

 俺の体よりデカそうな瓦礫も、俺の拳くらいありそうな瓦礫も、全部だ。

 

「統一言語と相互理解は、世界に刺された神剣により封印された……か。

 全員まとめて記憶を焼却して、自分を犠牲にして、世界救うなんてな……」

 

 何だこいつ。

 

「誰や、お前」

 

「あ、悪い。今ちょっとお前らと話してる余裕無いんだわ」

 

 しかも会話まで拒否された。

 

「おいフィーネ、こいつらの記憶治せるか?

 いいから助けろ。たまにあたしの体貸してやってんだ、宿賃くらいたまには払え。

 やれるだろ、お婆ちゃんの知恵袋で人より無駄に知識持ってるんだからよ。

 うだうだ言うならまた数ヶ月表に出さねえぞ。……そうそう、それでいいんだよ。

 あ? 帰り道なんて決まってんだろ。

 この二人抱えて海に飛び降りて、日本まで泳いで帰るんだよ。は? 沖ノ鳥島?」

 

 よく分からない独り言を呟いて、その女性は俺と、俺の隣の女の子を肩に抱える。

 

「さて、と」

 

「うわっ」

「きゃっ」

 

 そしてニッと笑い、俺達を抱えたまま壁の穴へ向かって歩いて行った。

 

「あたしがせっかく助けてやったんだ。生きることを、諦めないでくれ」

 

 ……だから、お前、誰!?

 

 なんだよこれ、なんだこの綺麗な終わりが吹っ飛んでこんなよく分からないぐだぐだ感!

 

 ってなんだこの高さ海面まで何mうわああああああああああっ!?

 

 

 




くるしい時
そんな時、頼りになる




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ロックンローラー、墜ちて燃えて尽きて、そして―――

エピローグ


 フィーネお婆ちゃんは言った。

 

「焼却した記憶は戻らないわ、絶対に。それだけが絶対に確かなことなのよ」

 

 俺の記憶はどうやら戻らないらしい。

 フィーネお婆ちゃんという呼称等々、各種呼称は奏の姉御の指示に従っている。

 奏の姉御曰く。

 

「え? フィーネ? あたしより頭が良くて戦闘力高くて人生経験豊富な寄生虫だな」

 

 とのこと。フィーネお婆ちゃんと奏の姉御はよく頭の中で喧嘩をしていて仲が良いっぽい。

 

「こいつ年甲斐もなく初恋引きずってるんだぜ?

 しかも詳細知らんが惚れた相手に告白特攻して玉砕とか超笑うわ。

 んでとぼとぼ地球に帰って来てあたしに寄生してやがんだよ。

 事あるごとにあたしを乗っ取ろうとしてくるから、逆に押し込んでやってるんだ」

 

 パワフルヤングガール。

 初恋の失恋からまだ立ち直っていないお婆ちゃん。

 彼女らは二人で一人なのだ。

 奏の姉御の方がパワフルで、フィーネお婆ちゃんの方が余裕がある。ベジタブル食わない肉食系姉御とババロットでベジットが完成してるわけだ。

 

 お婆ちゃんの方が表に出てると、なんか喋りがまったりしている。

 

「天羽奏は気合いで私の完全覚醒をギリギリ押し留めてるのよ……

 隙を見つけて精神全部食い潰してやろうとしてるのに、寝てる時ですら隙が無いわ」

 

 こいついっつも隙あらば乗っ取ろうとしてんな。

 

「……あの口軽メスガキが、私の恋話をペラペラと誰にでも話しおって……

 奏にだって恥はあるのよ?

 適当にスマホでサイトを巡っていたら、変なエロサイトの広告踏んじゃったのよ。

 『フィーネ頼む!』とか言ってきて、もう私は内心爆笑。

 裸のイケメンの天羽々斬とガングニールがホールインワンしてるスマホ片手に涙目の奏。

 ああ、結局助けてあげたけれど、あの光景は腹が捩れるかと思うくらい笑ったわ……」

 

 あの。

 俺が言うのもなんだけど。

 互いの傷口が広がってくだけだからいい加減止めた方がいいんじゃないだろうか。

 

「俺の記憶は、戻らないんやな?」

 

「論理的に考えればそれは確実よ。

 あなたが記憶を"失くした"ならまた見つければいい。

 でもあなたは"焼却"をしたのだから、そりゃ戻らないわ。不可能極まりない」

 

 記憶戻さねえと、みたいな焦りがある。

 記憶は戻らねえだろうな、みたいな諦めもある。

 俺にとって俺の記憶は、もうなんだか灰を見てる気分なんだ。

 灰を見て燃える前の物の形を思い出せるか?

 そりゃ、無理だろ。

 

「俺、ちょいとキャロルちゃんに本借りて来ますわ」

 

「好きね、本。うちの奏は面倒臭くなるとすぐ活字投げるから見習って欲しいわ」

 

「あはは。他にすることありまへんし」

 

「体でも動かせばいいのよ、若いんでしょ?」

 

「ピンと来ないんですわ。体動かしてるのは気持ちええんですが」

 

 なんかピンと来ないんだ、マジで。

 体を動かす度に違和感がある。

 だからトレーニング機材とか、楽器とか、球技用具とか、そういうもんに触れても違和感のせいでなんか拒否しちまう。

 俺、何忘れてるんだ?

 

「ちょっとはおめかしして行ったらどう? 女の子に好かれるには必要なことよ」

 

 何忘れてるのかも、何がズレてるのかも、何がおかしいのかも分からねえ。

 

「んー、別に俺、あの子が好きっちゅうわけでもないしなぁ……」

 

 俺は何を見つければいいんだろうか?

 

 

 

 

 

 キャロルに会いに行こうとした俺に、フィーネお婆ちゃんを押しのけて表に出て来た奏の姉御が付いて来た。

 

「なんでついてくるんや」

 

「お前ら存在がジャンプのギャグ漫画みたいな奴らだし」

 

 言うに事欠いてなんてこと言うんだこいつ!

 

「まあそうつっけんどんにすんなって。

 あたしはお前らのこと結構好きだぞ?

 いじっぱりで寂しがり屋な方のキャロル。

 弱気だが優しい方のキャロル。

 面倒見が良くてなんだかんだ見捨てないお前。いいチームじゃねえか」

 

「おんなじとこで記憶失ってたわけやからなあ。

 同族意識っちゅうか、共感はあるな。

 そういう意味じゃ仲間なんやろうけど、記憶失う前はどんな関係だったのやら」

 

 俺はどういう人間だったのか。

 何が好きで、何が嫌いだったのか。

 どういう過去を持ち、どんな未来を目指していたのか。

 絶えた望みはあったのか、(こいねが)った望みはあったのか。

 俺は俺のことを何も知らない。

 

 だから、俺は俺らしく在ることができない。

 

「あ、いらっしゃい。今ボクがお茶淹れますね。

 アポもなしに二人組で来るとはいい度胸だな? オレがぶぶ漬け出してやろうか」

 

 俺が入った部屋に居た少女は、キャロル。

 俺と一緒に記憶喪失ということで保護された二重人格?の少女だ。

 ちなみに俺の名前もこの子の名前も、フィーネお婆ちゃんが知っていた。流石お婆ちゃんの知恵袋。初恋に破れて一気に老け込んだとか言われてるが、十分頼りになる知恵袋だ。

 

「お客さんだよ! ボクが失礼がないように応対するから……

 いや、オレの体を動かすまでもない。結弦、茶を淹れろ。

 お客さんとして来た結弦さんをパシリに使うとか前代未聞だよ!?

 くだらん。なら次回からは前代未聞ではなくなるだけだ。オレの耳近くで騒ぐな、煩い」

 

 そりゃ本人の口と耳は近くにあるよな。

 二重人格だから体の主導権取り合って一つの口で交互に話してるってわけだ。

 「シームレスに話されるとどっちが話してんだか分からない」とは姉御の言である。

 いや分かるだろ。

 こいつら結構分かりやすいぞ。

 

「ん? てかお前……じゃないか、お前ら紙に何書いてんだこれ? あたしも混ぜろよ」

 

「名前だ。オレのじゃないぞ。ボクのです」

 

「名前? へぇ」

 

 そういや名前は二つの人格で『キャロル』共有だったか。

 確かにそれなら個別の名前が欲しいところだ。

 別に急ぎの用もない。

 名前は一生物だ、こいつは何週間かけたっていい事案だろう。じっくり考えるといい。

 

「その……ボクもボクだけの名前が欲しいな、と思いまして」

 

「いいな。あたしに協力できることがあったらなんでもするぞ」

 

 名前。

 そうだ、名前だ。

 名前を付けることは大切だ。固有の名前がないならなおさらに。

 名前を付けてやるって約束でもしてたなら、もっと、もっと……

 

――――

 

「ボクが新しい名前を得る時は、全てが終わったその時に」

 

「そりゃええなあ、そん時は俺も一緒に名前考えたろ」

 

「本当ですか? ありがとうございます!」

 

――――

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

――――

 

 ……ダメだ、思い出せない。

 記憶の灰がそこにあるのは分かる。だが、それだけだ。

 何も思い出せない。

 そもそも俺はこの子と記憶を失う前に繋がりがあったのか? そこから疑問だ。

 

 日々、記憶が上書きされている気がする。

 記録媒体に新しいデータを上書きするように、記憶の灰に懐かしさを感じなくなっていく。

 つまりこいつが、人間の機能ってことなんだろう。

 何かを忘れ、過去を振り切り、想い出にがんじがらめに縛られないようにする、人間を未来に向けて歩かせていく機能。

 そういうものが、俺達にはあるのかもしれん。

 

「おい結弦、オレの肩を揉め」

 

 へいへい。

 

「いやいやいや待て待て待て」

 

 何故止める奏の姉御。

 

「いやお前、何ナチュラルに下僕根性出してんだ」

 

「下僕? んなわけあらへんよ」

 

「そうです! 結弦さんはキャロルを甘やかし過ぎなんですよ!

 はっ、こいつが許容しているんだ。オレがこいつをどう使おうと勝手だろう?」

 

 肩揉むくらい別にいいんじゃないか。

 こいつ偉そうに言ってるだけで構って欲しいだけじゃん。

 別に大した労力でもねえし、こいつはこいつで気難しいところあるんだから適度に手綱握るべきだと思うんだが。

 

「オレは記憶を失う前の関係が大体見えてきたな」

 

「ほほー。な、な、俺に教えてくれんか?」

 

「仕方のない奴だ。なら教えてやろう。

 オレは人見知りをしない、もう一人のオレは人見知りをする。

 人見知りのコイツはお前とはあまり仲が良くなかったんだろう。

 だがオレはお前とそこそこ親しかったと思われる。

 何の前情報も無しに話した時、オレとお前の会話が一番弾んだだろう?

 オレ達の心に何か残っているとしたら、それが会話のノリに出ていたとしてもおかしくはない」

 

「おお、名推理やんけ!」

 

 確かにそうだ。

 俺の行動を自己分析した結果、俺はキャロルの両方の人格と仲良くする傾向があると最近分かった。オレキャロルと俺が友人で、俺がボクキャロルと仲良くしたがっていたとすれば筋は通る。

 もしやこれが正解か?

 ……記憶が無いと正解かすら分かんねーな。

 

「そうか?

 健全な関係を持ってたが、人見知りの性格が記憶リセットの影響をモロに受けた方。

 結弦を利用してこき使うことに慣れて、記憶だけリセットした方。

 あたしにはそういう関係の可能性だってあると思うけどな。あたしの勘だけど」

 

 そこで姉御がインターセプトを入れて来る。

 何も考えてない俺や基本的に理屈っぽいダブルキャロルとは違い、姉御は基本的に感覚の人だ。

 感覚で思考して動いている。

 そのせいで、押されれば引くボクキャロルは姉御と仲良くできていても、押されたら押し返すオレキャロルは姉御と微妙に仲良くできていない。

 だから、この二人が口喧嘩のような口論を始めると、何か不思議な気分になる。

 何か思い出しそうな、思い出せなそうな、そんな不思議な感覚を覚える。

 二人の口論の内容が、妙に俺の心をざわつかせやがる。

 

「はっ、笑わせるな。

 あたしの勘だ、だと?

 そんなもの、明確な論理と証拠を持ち合わせていない人間の縋る藁だ」

 

「まあそうなんだけどな。

 あたしの勘だとボクキャロルがオレキャロルより会話が弾んでないのは、照れてるからだ」

 

「照れている? 何にだ?」

 

「知らないね、あたしはその時その場所に居なかったんだ。

 だけどあんたの"心に何か残ってるとしたら"って言葉を聞いて、なんかそう思えてな」

 

 照れてる? ボクの方のキャロルが?

 だとしたら……記憶が無くなる前に、何か言ったのは俺か。

 彼女の中の燃え尽きて灰になった記憶の中に、何か残ってるんだろうか?

 

「お前らが日々新しい想い出作ってるのは、あたしとしちゃ嬉しいことだ」

 

「姉御のおかげでもあるんやで?」

 

「よせやい、照れる。

 ま、お前らが未来に向かって進んでるのもいいとは思うけどさ……

 新しい記憶、新しい関係、大変結構。

 だけどあたしは人間の過去ってのはそう簡単に捨てられるもんじゃないと思うぜ?

 恩も、復讐心も、こだわりも、後悔も、自信の源も、全部自分の想い出の中にあるもんなんだ」

 

 ああ、分かる。

 だから俺はこんなにも不安で、焦っていて、その不安と焦りすらもぼやっとしてふわふわしてるんだ。

 明確に不安になることさえできない。

 過去は今の自分が立つ地面。

 それがないから、俺は中途半端なところをふわふわ浮いて流されている。

 まるで雲だな。

 流されてはいるのに目的地がない。

 行きたい場所がない。

 だからこうして、記憶をなくしてすぐに出会った奴らに惰性で同行している。

 

「旅に出てみよかなあ」

 

「えっ?

 えっ?」

 

「えっ」

 

「うん、なんか無性に旅に出たくなった。

 知識と金は……行った先で稼げばええか。

 今世の中どこも大変などたばた状態や、働き口には困らんやろ」

 

「せめて一ヶ月くらいは待たないか?

 フィーネの婆さんがずっと調停してんだ、少しは平和になるぞ」

 

「平和になる前の世界も見ておきたいんや。

 で、少し平和になった世界も見たい。

 いつかの未来に、完全に平和になった世界も見ておきたいなぁと思うとる」

 

 俺に記憶はない。

 だから知りてえんだ。見てえんだ。聞きてえんだ。

 そうやって、空っぽの自分の中に何かを詰めていきたい。

 綺麗なものだけ見たいとか言わねえよ。

 面白いもんだけ聴きたいとか言わねえよ。

 だから、相互理解と統一言語が失われたっていう今のやっべえ世界を、見て回りたい。

 

「ボクも一緒に行きます!」

 

 意外だった。

 真っ先にそんなこと言うのが、そっちのキャロルだったことが。

 

「お前が行くなら必然的にオレも同行することになるだろうが……ったく」

 

 文句言いつつ、そっちのキャロルも俺を止めることはない。ボクキャロルの申し出を止めようともしていない。知ってるぞ、これツンデレってやつだな?

 

「あー、まあいいか。

 フィーネには後からあたしが言っとくよ。

 あたしも付いて行く。お前らだけじゃ不安だからな」

 

 結局、三人旅で五人旅になった。仲間の内2/3が二重人格。というか俺以外全員二重人格。明らかに比率がおかしいと思うんだが?

 とにもかくにも、旅に出る。

 新しいものを見るために。

 知らないものを聴くために。

 俺の中に無い想い出を作るために、世界を回る旅に出た。

 

 その際、奏の姉御が背負った物が気になる。

 どうしても気になる。

 あれはなんだ?

 

「あ、そうだ、せーのっ。

 って何がせーのよやめなさい奏!

 記憶なんて叩けば戻るんじゃね? と思ったんだけど、どうよフィーネ。

 やめなさいこのバカ娘! 離れなさいあなた達! 脳細胞が減るわよ!」

 

 ……同行者の選択、誤ったかもしれん。

 奏の姉御の姿とフィーネお婆ちゃんの姿が交互に入れ替わり、ギャーギャーと騒ぎ出す。

 テレビを叩いて直そうとする姉御はお婆ちゃん以上にお婆ちゃんじゃねえか、とも思ったが、それ以上に「シームレスに話されるとどっちが話してんだか分からない」とかよく言えたな、と心底思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界を歩く。

 日本を発って、イタリアを通り、イギリスにも寄って、アメリカへ。

 綺麗なものを見た。

 汚いものを見た。

 耳を塞ぎたくなるようなものを聞いた。

 思わず耳を澄ましてしまうほどのものを聴いた。

 多くのものが俺の中に入ってきて、想い出となっていった。

 ……だが、俺がなくした想い出は何一つとして見つからなかった。

 

 そして気付く。

 俺は新しい想い出を作ろうと言いながら、自分でも自覚できないくらいに心の深いところで、かつての想い出を探していた。

 俺は世界を巡って、自分の想い出を探していたんだ。

 アメリカを発とうというタイミングで、俺はようやくそれに気が付けた。

 

 イタリアで出会った人との別れ、イギリスで出会った人との別れ、アメリカで出会った人との別れを思い出す。

 その中に、俺の記憶の中に居た人は居ただろうか。

 ……分からない。

 俺の知ってる人がそこに居たか居なかったかすら分からない。

 

 もしかしたら、俺を知っている誰かがそこに居たかもしれない。

 だとしたら、その人は俺のことを覚えているのだろうか?

 その人の中に、俺の想い出はあるのだろうか。

 そうだったなら嬉しい。

 俺が探していた俺の想い出は、その人の中にあるってことだからな。

 

 俺は皆と一緒に日本に帰ることにした。

 世界のどこにも俺の想い出は見つけられない。

 どこを探しても想い出を見つけられるわけがない。

 それだけ確認できれば十分だ。

 後は、俺の心の持ち様の問題でしかない。

 

 そんな俺はキャロルと一緒に、奏の姉御にどこぞのライブ会場へと連れて来られていた。

 

「ここどこや?」

 

「この辺で一番いい風が吹くライブ会場さ。海が見えるし、いい場所だろ」

 

 海が見える夕日のライブ会場。

 そこかしこに人の気配がするが、ライブ会場が開かれている様子はねえ。

 身内だけ中に入れてんのか?

 姉御はどういう目的で俺達をここに連れてきたんだ。

 

 んなこと考えてたら、今にも死にそうなくらい弱々しく、憔悴して摩耗しきった様子の黒髪のおっさんが現れた。

 おっさんは頬の痩けた顔で、それでもしっかりとした対人の笑顔を浮かべる。

 

「どうも、はじめまして」

 

 俺の記憶にこのおっさんの姿は無い。おっさんもはじめましてっつってる。よし、なら初対面の相手だな。

 

「はじめまして。どなたさんですか?」

 

「―――」

 

 ……? おい、今なんで息を呑んだ?

 

「これを受け取って欲しい」

 

「へ? これなんです?」

 

「我が家の当主が代々秘密裏に受け継いで来た笛だ。

 これは当主以外の誰もその存在を知りはしない。

 歴代の当主が自分の長男に渡してきた……親がその子を一人前と認めた、証明となるものだ」

 

「いや、突然そんなもん渡されても」

 

 困る、と言おうとした俺の肩を、奏の姉御が掴む。

 

「タダで貰えるなら、いいから貰っとけよ」

 

「でも……俺、こんなん貰っても使う場所ないんやけど」

 

「ああ、いいんだ。

 君がそれをどう使おうと私は一切関知しない。

 それを秘密裏に継承するのも、ここで終わりにさせる。

 ただ、私は……私と赤の他人の関係でしかないとしても、君にそれを受け取って欲しかった」

 

「……そこまで言うんなら」

 

 おっさんから笛を受け取る。おっさんは幽霊のような笑みを浮かべて消えていった。

 もしも、今の俺に記憶があったなら。

 あのおっさんが俺にとって赤の他人だったのか。

 それとも俺があのおっさんにとって赤の他人だったのか。

 はたまた本当に全く繋がりのない赤の他人だったのか。

 そのあたり、理解できたんだろうか?

 

「今の人、結弦さんに似てましたね。ボクの側からじゃ顔はちょっとしか見えませんでしたけど」

 

「そうやったかな?」

 

「案外お前の家族だったりしてな。

 お前、今の男に会いに行きたいのなら会いに行く前にオレに一声かけていけよ」

 

「せやな。そん時は、キャロルに一緒に来てもらうかもしれんな」

 

 笛か。

 俺には一生縁の無さそうな楽器だ。

 演奏面での使い道も特に思い付けそうにない。

 奏の姉御がずっと背負ってるアレの中にでも入れておいてもらおうか?

 

―――親がその子を一人前と認めた、証明となるものだ。

 

 使い道も、なんつーか、現状一つくらいしか思いつかねえしな。

 

「……俺に息子でも出来たら、渡すかなぁ」

 

 キャロルが転んだ。

 

「おいキャロル、大丈夫か?」

 

「い、いきなり変なことを結弦さんが言うのでボクびっくりして……」

 

「え? ああ、俺のせいなんか。ごめんなぁ」

 

 キャロルに手を差し伸べて、彼女の手を掴み助け起こす。

 一瞬、なんだかほわっとした空気が流れて。

 一瞬の後に、突如現れた誰かが繋いだ手にチョップしてきて、俺とキャロルを引き離した。

 

「はいはいラブコメはそこまでにしてくださいね」

 

「!」

 

「僕はウェル。本名は覚えなくて結構。覚えるよりも思い出して欲しいものです」

 

 ! この言い草、俺が記憶を失う前の知り合いか!?

 奏の姉御と何やら頷き合ってる。俺の昔の知り合いってことでよさそうだ。

 じゃあ、姉御が俺達をこのライブ会場に連れて来た目的は……

 

「あのっ、聞きたいことがあるんやけど!」

 

「その前に注射一発どうぞ」

 

「!?」

 

 なんだこいつ!? 挨拶代わりに注射してきやがった!? キチガイかよ!

 

「僕はねえ、つまらないことに時間を取られるのが嫌いなんですよ。

 初めて会った時も言ったでしょう? 君はそれで僕に対し敵意を向けてきた」

 

「何を、注射したんや……!?」

 

「僕の自信作。ロック適合係数上昇薬、RoCKERさ」

 

 何故か知らんが、そのネーミングに対して俺は非常にもにょる。

 

「効果は……まあ、ロックに心を動かされやすくなるとか、そういう気休めかな」

 

「ロック? それと俺に、何の関係が……」

 

「何を言ってるんだ? 君はロックンローラーだろう。

 薬漬けになってからステージに立ち最高の演奏をするのも、ロックンローラーだ」

 

 ……ロックンローラー?

 

 ロックンローラー……その、響きは。

 

 なんだったっけか、ロックンローラー。

 

「さ、行って来るといい。君は君らしく……ステージの上で、死に損なった恥を晒してこい」

 

 ウェルとかいう男に背中を押され、俺は廊下を進む。

 そんな俺の目の前で、奏の姉御は旅の前からずっと背負っていた『ギターケース』を開け、そこからギターを取り出した。

 

「姉御?」

 

「こいつはお前が、神剣を手に入れる前に愛用してたギターだ」

 

「俺が、愛用……?」

 

「フィーネが根回しして用意したステージだ。

 あいつは絶対を超える奇跡を期待してる。ドーンとやってこい!」

 

 姉御が差し出したそれを、何故受け取ったのか?

 受け取るのが自然だと思ったからだ。

 何故自然だと思ったのか?

 俺の手の中にギターがあるのが自然だと、そう思ったからだ。

 俺は一人で、ステージに上がる。

 ステージに上がった俺が見たのは、世界中を旅する間に何度か視界に入れた覚えのある、どこかで見たことがあるような者達だった。

 

 黒い髪のツインテールの女の子が居た。

 デスデス言ってる金髪の女の子が居た。

 マイクを手の中で回している青髪の女の子が居た。

 

 照明の周りにはでっけえ体のオッサンが居た。

 音響を弄っているスーツ姿の、分身してる若い男の人が居た。

 他にも、そこかしこでステージ準備をしている人達が何人も居る。

 舞台袖にはマイクを持ってる歌手……いや、ボーカル風の女の子達が居た。

 その中の一人、ピンクの髪の大人な女性が、俺にグラサンを投げ渡してくる。

 ついつい、思わずキャッチしてしまった。

 

 俺は、俺の手の中のギターを見る。

 そしてステージ中央でありバンドの真ん中、不自然な空白になっているその空間を見る。

 

 全部燃えた。

 記憶は残らず燃え尽きた。

 俺の想い出は全て灰となり、俺の過去は焼失した。

 なのに。

 だと、いうのに。

 頭の中の想い出の灰、その中で燃え立つ何かがあった。

 

――――

 

「メンデルスゾーンは知っとるか?」

 

「偉大な音楽家バッハは、現代じゃ知らない者なんておらんやろ?

 けど実は一時期、流行のせいでほっとんど忘れ去られた存在だったんや。

 知る人ぞ知る、って感じでな。

 それを復活させ、知名度を一気に上げたのがフェリックス・メンデルスゾーンなんや。

 こいつのおかげで、死んでたバッハの音楽は復活を果たした。

 驚くことに、音楽の世界にはこういう『不死』や『復活』が時々あったりするんやで」

 

「最高のロックンローラーが産んだ曲なんて、まさしく不死そのものやな。

 皆がそれ使って、参考にして、歌って、弾いて、ずーっと人の間に残るんやから」

 

「若い内に死ぬこた怖ないんやけど、自分の音楽がすぐ忘れられるのは怖いんや。

 できれば永遠に『いい音楽』として語り継いで欲しいんや、ホンマに。

 未来永劫俺の名前とセットですげーすげーと言ってもらえるような曲作りたいんや」

 

「俺達は皆、永遠に残る(うた)を求めてるんや。

 永遠に生きるものやなくて、永遠に残るもの。

 俺達ロックンローラーが本当に死ぬ時は、俺達の音楽が忘れられた時なんやろな」

 

――――

 

 誰だ?

 誰がこんなことを言った?

 この言葉を言ったのは誰だ?

 

 ……俺、か?

 

――――

 

「俺、キャロルの中に、俺の音を残したいなって……

 君の中で俺が永遠になったらいいなって思ってたら、この曲が出来たんや」

 

「もうなってるよ。

 ボクは死ぬまで、結弦くんのことを忘れたりしない。

 ずっとずっと、ボクの中では大切な人のまま。この気持ちはきっと永遠なんだ!」

 

――――

 

 この会話は誰の会話だ?

 俺の会話だ。

 俺と、キャロルの会話だ。

 

 キャロルはどこだ?

 そう思って目を走らせれば、客席最前列のど真ん中にキャロルが座っている。

 他の客席には誰一人として座っていない。

 つまり、俺がここで演奏すれば、俺の音楽を聴かせるのは彼女一人になるわけだ。

 

――――

 

「あれ? 結弦くん、前の方に行かないの?

 ライブでは前の方が盛り上がるって本には書いてあったのに……」

 

「前は訓練されたファンの場所や。

 一番前に居るファンは、自分より後ろのファン全員の視界に自分の姿が入っちまうんやで」

 

「あ」

 

「俺らみたいなにわかファンは、人口密度の低い後ろの方でじっくり見ようや」

 

――――

 

 ああ、そういや、最前列には行くなって言ったような気がする。

 何かが俺の中で燃えている。

 灰の中で蠢いている。

 燃え尽きた灰が、燃え上がっている。

 

 ステージの上に空けられた、バンドの一人分の空白。

 たった一人のために用意された、空の客席。

 そうか。

 このライブ会場は。

 最初から、俺が演奏するために、キャロルがそれを聴くために、用意されたものだったのか。

 

「結弦。音楽は、想い出を入れるケースでもある。ロックもそうだ」

 

 体がデカくてデタラメに強そうなオッサンが話しかけてくる。

 

「イギリスの時を思い出せ。お前の想い出は、お前の音楽の中にある」

 

 俺の音楽の中に、俺の想い出がある?

 

「ベース、月読調」

 

 黒髪が名乗った。

 

「ドラム、暁切歌」

 

 金髪が名乗った。

 

「ボーカル、風鳴翼」

 

 青髪が名乗った。

 

「俺は……俺は、ギターボーカル、緒川結弦」

 

 ―――何もかもを、忘れたはずだったのに。自然とそう名乗る自分が居た。

 

 何も覚えていないのに、体が音楽を記憶している。体の中に音の想い出がある。

 生身の左手。

 この腕が、『演奏』を覚えている。

 機械の右手。

 この腕が、『想い』を憶えている。

 高鳴る胸。

 この心が、『歌』を奏でている。

 今すぐにでも、この音を自分の外に出したい。そう思った。

 

「キャロル」

 

 万感の想いを込めた俺の呼びかけに、キャロルは優しく微笑んで、俺に言う。

 

「あなたの歌が好き」

 

 どっちのキャロルが、その台詞を言ったのか。

 俺にも分からなかったから、きっと他の誰にも分からない。

 どっちだっていい。

 なあ、それよりさ。

 キャロル、俺告白したんだから、このライブ終わったら返事くらい返してくれよ?

 

「さあ、やろか。Rock 'n' Rollッ!」

 

 俺の後ろに、皆が居る。

 俺の前に、キャロルだけが居る。

 この星の上に、皆が今でも生きている。

 

 旅が終わる。

 けれど、世界は終わらない。

 人々の日々も終わりはしない。

 誰かの心に残った音楽であれば、きっと永遠に終わることはないだろう。

 

 

 

「曲名は―――『荒野の果てへ』」

 

 

 

 俺の記憶は焼けに焼け、全てが灰の無残な荒野となった。

 荒野の記憶は、空っぽの俺を苦しめる。

 そんな荒野を彷徨う内に、荒野の外から声をかけてくれる皆が居た。

 声に導かれ、俺は荒野の果てに辿り着く。

 皆に導かれただけだってのに、俺はいつの間にか荒野の果ての向こう側に辿り着いたんだ。

 音楽で繋がった皆が、音楽を通して俺を引っ張り上げてくれた。

 

 ここが、俺の荒野の果て。

 

 ここが、俺の旅路の果て。

 

 ありがとう、皆。俺、ロックと出会えて、皆と出会えて―――本当に、よかった。

 

 

 

 

 

 呪いで始まる物語は王道だ。

 祝福で終わる物語も王道だ。

 さあ、物語を締めくくろう。

 

 これからも続く彼らの物語に、祝福あれ。

 

 

 




 おわり


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