リヴェリアに弟がいるのは間違いない事実だ (神木 いすず)
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ゼウス・ファミリア
1話 少女の誓い


タグ通り、オリジナル主人公がガチ最強です。拙い文ですが、読んでいただければ幸いです!
編集して、オリキャラの容姿についての説明を入れました。


 迷宮都市オラリオ。そこは広大な地下迷宮、通称《ダンジョン》を中心として栄えている。

 そんなダンジョンの地下6()0()()に、とある男性がたった一人で佇んでいた。彼の周りには数え切れないほど多くの魔石が転がっている。

 男性の容姿を見れば冒険者について余り詳しく無い者でも驚くであろう。何故ならその男性はゼウス・ファミリアが誇る最強戦力にして()()()のLv.8。

 見る者全てを魅了する儚げな容姿とは余りにも似つかないような強さを誇る冒険者であり、今代の英雄として迷宮都市オラリオどころか世界中にその名を轟かせている人物その人なのだから。

 

「⋯それにしても、()()()()とかいう怪しげな奴も人使いが荒いですね」

 

 ゼウス・ヘラファミリア共同によるダンジョン遠征で製作された地図は59階層まで。にも関わらずこの男性が一人で60層にいるのは主神と団長以外の誰にも明かさずにこっそり潜っているからだ。

 《覇王》という異名を取るLv.8の彼にとって第一級冒険者以外も参加する遠征は正直退屈なものでしか無い。彼自身が強過ぎることもあり基本的に彼は後衛部隊の援護に努め、あわや死人が出るというピンチの場面でのみ暴れて良いと決められている。

 それ故、何処かで溜まりまくった鬱憤を晴らす必要がある為に主神と団長は彼に《一人遠征》と呼ばれる自由行動を許していた。

 では何故地図は59階層までしか無いのか。それは単純に一人遠征で共同遠征より成果を出されると他の団員の士気が落ちる恐れがあるからだ。

 考えてみてほしい。自分達が必死な思いで辿り着いた59階層よりさらに上の階層に、同じファミリアとはいえたった一人で憂さ晴らしで到達されたら。自身の頑張りが惨めなものだと思う者が出てくるかもしれない。それを避けるために地図の製作が禁じられている。

 ──まぁそれ以外にも、強さを求める彼について行けるほどの強者が殆どいない為に彼が強くなるには一人遠征が必須であるとも言えるが。

 それは今は置いておこう。先ほども話した通り、一人遠征の本当の事実を知っている者はオラリオに二人しかいない。そのはずだったのだが──。

 

「気がかりなのは、あのフェルズとかいう奴が何故一人遠征の詳細を知っているのかですね」

 

 黒いローブに身を包んだフェルズという人物は何故か詳細を知っていた。それどころか『秘密にしてあげる代わりに60層以上にいるモンスターの魔石いっぱい頂戴』なんて巫山戯たことを抜かしやがった。

 あいつが誰かの指示で動いているのかがわからない以上は大ごとになりかねない口止めという手段は使えない。詳細を第三者に知られたことがもしバレたら、しばらくダンジョン出禁になりかねないしそれだけは絶対に避けなくては。

 別に魔石はそこまで必要では無いし、仕方無く。ほんっっとうに仕方無く依頼を受けてやった。元々一人遠征をするつもりだったのでそのついでってやつだ。

 

「魔石はこんなもんでいいでしょう。そろそろ帰らないとゼウス様が心配しそうだし、戻るとしましょうか」

 

 

 

 

 ダンジョンの14階層。そこで俺は偶然にも同族の友人に出会った。

 

「アリシアさんじゃないですか。こんな所で何してるんですか?」

「やぁ、ルーク君!私はアストレア・ファミリアの期待の新人の付き添いだよ。」

 

 迷宮都市オラリオで違法行為を取り締まっているアストレア・ファミリア。そんな正義のファミリアの団長であるLv.4の第二級冒険者、《正弓》アリシア・ティルフィ。

 腰まで伸ばした長い銀の髪が動くたびに揺れ動くさまは美しく、切れ長の目は凛々しさを感じさせる。瞳の色は俺と同じ赤なので少し親近感が湧く。

 彼女はハーフエルフということもありエルフの里では蔑まれるか空気扱いのどちらかという非道な扱いを受けていた。その為、エルフの王族であるリヴェルークを初めは一方的に嫌っていたがリヴェルークが全く差別意識の無い変わり者であることを知り、ようやく談笑出来るような今の関係になった。

 昔からそういう扱いしかされていなかったこともあってハイエルフに対し何ら尊敬の念を抱いていないので、リヴェルークに対してタメ口で話しかけられる数少ない同族の一人だ。リヴェルーク自身はそういう気軽に話せる同族の友達が欲しいと思っていたので彼女の存在は大変貴重である。

 そんな彼女が指さす方に顔を向けると、これまた自分と同じエルフの少女が見事な並行詠唱を駆使してモンスターを屠っていた。

 

「おおっ、凄いですね。俺と大して年が変わらないのに、もう並行詠唱を使いこなしているんですか」

「⋯そう言いつつ、ルーク君はもうLv.8だけどね。それに、もっと幼い頃から余裕で並行詠唱が使えたくせに」

 

 それはそうだろう。これでも俺は王家の歴史上で最も優れたハイエルフなんて言われていた。つまり俺はイレギュラー(異常)な存在であって、俺を抜いた普通のエルフだけで見た場合あの年で並行詠唱が出来ていれば当然ながら天才扱いだ。

 まぁそう言われるとはなんとなく分かっていたから取り敢えず話を逸らしておこう。

 

「ジト目で睨まないで下さい、そんなことをしても可愛らしいだけですよ」

「んなっ、可愛らしい⁉︎可愛らしい、かぁー。⋯って、そんなことハッキリ言わないでくれる⁉︎」

「すいません。⋯彼女って、この前ランクアップしたLv.2の子ですよね?」

「知ってたんだ。また話を逸らされた気がするけど、まぁいいかな。よし、特別に彼女の自己紹介を聞かせてあげよう!──おーい!ちょっと休憩にしようか、こっちおいでー!」

 

 ──ああ。これはただ単に逸材とすら言える彼女を自慢したいだけだろうな。しかし、その気持ちは分からなくも無い。彼女のことはゼウス・ファミリア内でもかなりの話題になっている。Lv.2へのランクアップに要した時間が一年という、俺に次ぐ歴代二位の驚異的な速さの少女。確か名前は──。

 

「こっちが私の友人で、こっちが自慢の後輩!」

「初めまして。リヴェルーク・リヨス・アールヴと申します」

「──リュー・リオンです」

 

 

 

 

 私は団長のアリシアさん同伴の元、ランクアップで上昇した身体能力の確認のためダンジョンに潜っていた。私一人で敵を倒しつつ進み何事も無く14階層へ到達して、並行詠唱の実践練習をしていた時に()との初めての出会いの時がやって来た。

 

「おーい!ちょっと休憩にしようか、こっちおいでー!」

 

 団長の呼ぶ声がした方へ向かうと団長の側に()が立っていた。

 

「こっちが私の友人で、こっちが自慢の後輩!」

「初めまして。リヴェルーク・リヨス・アールヴと申します」

「──リュー・リオンです」

 

 私達エルフの王族にして、私が冒険者になる決意をする()()()()となった彼を知らない筈が無い。

 私がまだエルフの里にいた時には既に彼とその姉の名を知っていた。冷静沈着でオラリオ最強の女魔法使いである姉の《九魔姫(ナイン・ヘル)》と、エルフであるにも関わらず剣と魔法の遠近両方が完璧な世界唯一のLv.8である弟の《覇王》。

 私は弟のリヴェルーク・リヨス・アールヴ様に憧れた。エルフなのに剣技や体技では他の追随を許さないほどの圧倒的な完成度。私と同じくらいの年齢なのに活躍し、世界中に名を轟かせている彼を尊敬した。

 でもそんな情報は、彼のことをもっと知りたいという興味こそ私に湧かせたがオラリオに来ようという決意を私に湧かせることは微塵も無かった。

 

「そういえば、ルーク君はもしかして一人遠征の帰りだったのかな?」

「その通りです。後は強敵を倒せばランクアップ出来るので、そんな敵がいないか探してました」

 

 ──これが、私がオラリオに来た理由だ。彼の数多くの伝説とそれに伴うランクアップの世界最速記録でエルフの里が賑わっている時に私だけが感じたこと。それは──彼がいつも()()だということ。

 あらゆる階層主や強化種の()()()()。それが彼の逸話の大半だ。彼について調べているうちに皆が見落としている、または気にしてもいない点が酷く気になった。

 私の母も昔はオラリオにいたようで『ダンジョンは危険だから冒険者は皆パーティを組むものだ』と何度も言っていた。そうやって仲間同士で支え合うことが大切なんだと。

 では、彼を支えてくれるのは誰?確かに彼の所属するゼウス様のファミリアや同盟を結んでいるヘラ様のファミリアは大規模だけど、彼と同等の強者の存在は聞いたことが無い。──彼には戦場で隣に立って支えてくれる仲間がいない。

 

「ルーク君は確かに強いけどさ、一人遠征なんて無茶な真似を良くゼウス様や団長さんが許してますね」

「⋯私には同格の強さを持つ仲間がいませんからね。自分自身が強くなる為には、どうしても一人になってしまうんですよ」

 

 そう言って寂しそうに笑う彼を見て私はつい言ってしまった。分不相応で笑われてもおかしくないようなことを。

 

「わ、私がいつか、貴方の隣で貴方を支えられるほど強くなってみせます!」

 

 

 

 

「ようやく地上に戻って来れましたか」

 

 あの後、俺は彼女──リューやアリシアさんと軽く言葉を交わして地上へと続く道を駆け抜けた。柄にも無く興奮していることが自分でも分かる。きっとリューが俺に言ってくれた台詞の影響だろう。輝かしいほどに真っ直ぐな瞳と、かけられた言葉を思い出す。

 

「俺を支えるほど強くなる、か」

 

 自分の派閥の仲間は全員が年上だが、それでもそんな言葉をかけられたことは殆ど無いし同年代からかけられたことなど当然ながら皆無だ。──だからだろう。俺は普段ならば流すことが無いような嬉し涙を僅かに流してしまった。⋯今度会った時、アリシアさんには多分そのネタで弄られるんだろうな。

 

「はぁ。こんなことを考えていても憂鬱になるだけですね。さっさとホームに帰って、シャワーでも浴びてさっぱりしましょうか」

 

 この感情の昂りも知られるわけにはいかないな。だって弄られるから。

 それに、リューの立てた目標は俺とアリシアさんだけが知っていれば良い。俺は誰にも言うつもりは無いし、アリシアさんにも決して他言させない。彼女の美しい誓いは他の何人にも汚させない。だから──約束が叶う時を楽しみに待っていますよ、リュー・リオン。




作者はリュー・リオンが一番好きなので、リューの登場が多くなると思います。
リュー目線でのリヴェルーク推察は、リヴェルークへの尊敬などが多分に含まれており少々大げさなところがあります。

感想・評価・お気に入り、宜しくお願い致しますm(_ _)m


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2話 覇王の帰還

ミスがあったので修正しました、申し訳ありません。《ナナシング》様、ご指摘ありがとうございます( ̄^ ̄)ゞ
コメント付きで評価を下さった《大城蒼空》様、ありがとうございます!
拙い文ですが、読んでくれたりお気に入り登録してくれている方々、これからも宜しくお願いします。


 ゼウス・ファミリア。そのファミリアは迷宮都市オラリオの二大派閥の片割れである。そんなファミリアの豪邸とも呼べるホームの主神の部屋を夕食時に訪ねる者がいた。

 

「ゼウス様。リヴェルーク・リヨス・アールヴ、只今帰りました」

「おーっ!ルークたん、ようやく帰って来おったか!神の恩恵(ファルナ)の大半を()()して一人でダンジョンに潜っておるのに、()()()も帰って来んから心配したのだぞ!元々一週間の予定だったというのに、また忘れておったな⁉︎」

「申し訳ありません。ですが、俺はもっともっと力を付けたいのです。⋯それと、俺は男なのでルーク()()はやめて欲しいのですが」

「そう怖い顔をするでない!仕方無いであろう、ルークたんはオラリオの()()()()に名を連ねているのだからな!」

 

 ──オラリオ三大美人。それはオラリオで名声を博している三人の冒険者の美貌から付けられた称号だ。

 ヘラ・ファミリアのLv.7。好戦的で燃えるような赤い髪に黒い瞳の《麗剣》アルトリア・ヴァンハイム。

 ロキ・ファミリアのLv.5。知性的で綺麗な緑の髪と瞳の《九魔姫(ナイン・ヘル)》リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 そして──ゼウス・ファミリアのLv.8。幻想的で美しい金の髪に赤い瞳の《覇王》リヴェルーク・リヨス・アールヴ。これが三大美人の正体である。

 当然この呼び名が出回り始めた時は噂の根源を断とうとしたがそれよりも速くこの称号が広まってしまい、今では完璧にオラリオどころか世界中で定着してしまった。もう噂を断つことは諦めた。俺は男なのに⋯。

 しかし、それは仕方の無いことだ。迷宮都市オラリオを《世界の中心》と呼ばれる大都市にまで発展させた冒険者。その中でも第一級冒険者は世界中に名を轟かせている。

 ()()()のLv.8である《覇王》に関する情報が圧倒的な速さで世に広まってしまったのもその為だ。今ではこの通り、その情報について弄られることが非常に増えた。──何度も言うが俺は男だ。

 それより話は変わるが、名前からも分かる通り三大美人の一人であるロキ・ファミリアの《九魔姫(ナイン・ヘル)》は俺の姉だ。リアねぇは元々、俺を自分と同じロキ・ファミリアに入れるつもりだったそうだ。

 リアねぇは非常にお節介なので俺はそれをうざったく思い、勝手にゼウス・ファミリアの入団試験を受けた。リアねぇからは死ぬほど怒られたが今となっては良い思い出だ。

 まぁ今回そのネタ(三大美人)で弄られるのは一週間という約束を破って主神に心配をかけた罰として甘んじて受け入れよう。

 

「それよりもゼウス様、ステイタスの更新をお願いしたいのですが」

「任せるが良い!すぐに更新してやるぞ!」

 

 俺は上半身を晒した状態でベッドにうつ伏せに寝転がってゼウス様がステイタスを更新してくれるのを待った──のだが何故かゼウス様は俺を見たまま固まってしまった。

 

「⋯ゼウス様、どうされました?」

「ルークたん──色っぽいのぉ」

「さっさと更新して下さい、この色ボケじじい!」

「分かっておるわい、冗談だと分かれバカ者!──ほれ、出来たぞ」

 

リヴェルーク・リヨス・アールヴ

 

 Lv.8

 

 力:SS 1075→SSS 1208

 耐久:S 994→SS 1103

 器用:SSS 1451→SSS 1627

 敏捷:SSS 1283→SSS 1472

 魔力:SSS 1442→SSS 1611

 狩人:E

 剣士:A

 魔導:S

 業師:A

 孤立:B

 精癒:D

 耐異常:G

 

魔法

【アヴァロン】

 ・攻撃魔法

 ・脳内イメージの具現化

 ・使用精神力(マインド)の量により威力増幅

 《我は望む、万難の排除を。我は望む、万敵の殲滅を。今宵、破壊と殺戮の宴は開かれる。立ち塞がる愚者に威光(ぜつぼう)を示せ──我が名はアールヴ》

【エデン】

 ・回復魔法

 ・対象の傷の回復や部位欠損の再生

 ・損傷具合により、使用精神力(マインド)の量が変動

 《万民を救う神業を体現し、傷の悉くを癒そう。全ての者に理想郷(きぼう)を示そう──我が名はアールヴ》

 

スキル

【剣聖】

 ・弱点察知

 ・近接攻撃の先読み

 ・剣技の模倣と最適化

【魔聖】

 ・魔法効果の増幅

 ・魔力回復速度の上昇

 ・魔法攻撃の最大射程拡大

限界破壊(リミット・ブレイク)

 ・早熟する

 ・限界を超える

 ・《限壊》使用可能。使用時、全ステイタス超高補正

 ・力への渇望が続く限り効果継続

 ・渇望の強さにより効果向上

 

「⋯相変わらず滅茶苦茶な上昇の仕方じゃな、それだけスキルの効果がデカすぎるということじゃのう。まぁ、見ていて楽しいし飽きないから別にいいがな!」

「そろそろランクアップ出来るとは思いますが、その為の強敵が中々見つかりません」

「それならば安心するが良い。しばらくすれば()()()()()の相手との闘いの場を用意してやるぞ」

 

 ゼウス様の今の表情は何か企んでる時の()()と同じものだ。それならば、どんな奴が次の相手になるかを楽しみにしておこうかな。故に今は分からないことよりもするべきことを済ませてしまおう。

 

「ゼウス様、これからギルドに行って担当に帰還報告と、序でに換金を済ませてきます」

「換金が序でとは、お主は本当お金に執着せんな。⋯もうすぐ飯の時間だからのぅ、寄り道せずに真っ直ぐ帰って来るのだぞ」

 

 俺は手のかかる子供か。──まぁ、心配してくれていることには感謝だが。

 

 

 

 

 夕食時にも関わらずギルド内部には数多くの冒険者達がいたが、いつもは大きな声で騒いでいる冒険者達も何故か誰一人として喋っている者はいなかった。何故なら──。

 

「お〜、弟クンじゃないか!今回の一人遠征も無事に終わったみたいだね!」

「三週間ぶりです、アイナさん。まぁ遠征とはいえ、何度も行った階層までですけれどね」

「それでも万が一のことがあったら大変でしょ!それと、何度も言ってるけど私のことは呼び捨てで構わないよ!」

「俺も何度も言いましたが、それは出来ません。アイナさんは俺のもう一人の姉のような存在ですから。それよりも逆に、俺のことをいい加減名前で呼んで下さいよ」

「あはは、昔からコレだったから癖になっちゃったみたいでさ。今から変えると違和感がね〜」

 

 世界で唯一のLv.8。《覇王》リヴェルークの存在感に気おされ、その美しさに魅了されてしまっているからだ。

 優男のような丁寧口調であるにも関わらず発している存在感は圧倒的だ。それでいて一度視界に入れれば目が無意識に彼を追いかけてしまうほどの容姿。それらが合わさり、まるで世紀の天才が描き上げた歴史的な絵画のように見る者全てを引き付ける。その結果、ギルド内にいた冒険者達が会話を忘れて彼に魅入ってしまっている。

 普段なら冒険者ギルドの癒しであるアイナ・チュールと談笑している冒険者に対して嫉妬の宿った瞳を向けたり、絡んだりしてもおかしくない彼らが大人しいのがその証拠だ。

 流石に《覇王》リヴェルークに喧嘩を売るような真似は出来ない為に静かに眺めているしかないという理由もあるが。

 

「⋯何年経っても、俺に向けられる視線の多さには慣れることが出来ないです。どうにかなりませんかね、コレ」

「それはもう、諦めてとしか言いようが無いかな〜。弟クンは全てのランクアップの世界記録保持者(レコードホルダー)にして世界唯一のLv.8だからね」

 

 それは分かってはいるのだが俺はこう見えて少し人見知りなのだ。故に、知らない奴らの注目を一身に浴びるのには未だに慣れることが出来ない。

 なんとか視線の多さを頭の隅に追いやってアイナさんと軽い談笑に花を咲かていたが、ゼウス様から『すぐに帰るように』と言われていたのを思い出した。

 

「それじゃあ、報告と換金も終わったのでそろそろ帰ります。夕食までに帰らないとゼウス様が騒ぎ出してしまうので」

「ゼウス様は眷族(ファミリア)の皆でご飯を食べることがお好きなようだから、お気に入りの弟クンがいないだけで()()面倒事を起こしてしまいそうだよね」

 

『ギルド的には困ったことだよ』なんて言いつつ少し疲れたように微笑むアイナさんを見て、不謹慎にも綺麗だと思ってしまった。

 

「本当に申し訳ありません」

「お気になさらず〜。それらの面倒事の後始末も含めて、私達ギルドの仕事だからね!まぁ、申し訳ないって思うなら、今度また娘のエイナと遊んであげてね?」

 

 やはり俺の姉が癒しなのは間違っていない。⋯今度何か日頃の感謝を表すプレゼントでも送ることにしよう、と俺は心に留めておいた。

 

 

 

 

 北西のメインストリート、通称《冒険者通り》。オラリオの中でも冒険者の往来が非常に激しい道だ。そんな道を多くの冒険者達のみに留まらず、一般の人々からも憧れと尊敬の眼差しを向けられながら確かな歩調で歩く者達がいた。

 

「やっぱり、こういう視線は少しこそばゆい感じがするね」

「ガッハッハ、フィンは気にし過ぎじゃ!ワシのように普通に振る舞えば良いのだ!」

「声が大きいぞ、ガレス。それと、もう少し落ち着きを持て」

「ぬぅ、すまんなリヴェリア」

 

 《勇者(ブレイバー)》フィン・ディムナ。《重傑(エルガルム)》ガレス・ランドロック。《九魔姫(ナイン・ヘル)》リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 彼らはロキ・ファミリアが誇る最古参にしてLv.5の第一級冒険者達だ。そんな三人がこの時間帯にこの道を歩いているのには当然理由がある。それは──。

 

「私のバカ弟(リヴェルーク)が帰還したようだからな。大半の恩恵を封印しての一人遠征(アホなこと)をまたしでかしたことを説教してやろう」

「⋯そう言いつつ、ただ単に心配なだけだよね。ガレスもそう思うだろう?」

「⋯そうじゃな。大きな声では言えんが、説教を口実にして無事を確かめに行くだけじゃな」

「お前達、小声で何を話し合っているんだ?」

『いいえ、何でもないです』

 

 ゼウス・ファミリアの《覇王》と言えば辺境の地に住んでいない限り誰もが知っている今代の英雄だ。そんな人物がダンジョン(一人遠征)から久しぶりに帰って来たとなれば、当然その情報はオラリオ全土にあっという間に広まる。現に彼ら三人も『ギルドに向かう覇王を発見』という情報を頼りにギルドに向かっている。

 三人は話しながらもギルドに通ずる道を歩いていたのだが──ギルドまであと僅かという所でソレは起こった。前方にいた人々が道の端っこに寄り、たった()()を通す為に道を開けたのだ。その人物とは当然。

 

「あれ、フィンにガレスにリアねぇじゃないですか。こんな所で会うとは奇遇ですね」

 

 今代の英雄にしてリヴェリアの弟、《覇王》リヴェルーク・リヨス・アールヴだ。

 ──後にリヴェルークはこの時のことを振り返ってこう語る。『もしあの時さっさとホームに帰っていれば面倒事にならずに済んだ』と。




少しだけ変更しました。

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3話 重き沈黙

15年前の時点でのオリジナル年齢設定
・リヴェルーク→12歳
・リュー→10歳
オリ主は8歳の頃に恩恵を授かっており、冒険者歴は5年目です。この歳でLv.8なので、マジモンの化け物ですが経験不足なところもまだまだあります。
若い割りに喋り方が落ち着いてるのは、王族故だと思って下さい。


 ゼウス・ファミリアとロキ・ファミリアの突然の接触。コレが互いのファミリアの主神同士の接触なら付近にいる人々に不安を抱かせるには充分な突発的イベントだ。

 現二大派閥の片割れの主神であるゼウスはロキとは仲が良くないことで有名である。何故なら日頃から顔を合わせればゼウスがロキの無乳っぷりを馬鹿にして、その度にロキが暴れ出すという事件が何度も起きているからだ。余りにもその数が多過ぎるせいでギルドからも厳重注意を受けるほどである。

 それなのにゼウスがロキを馬鹿にするのはひとえにゼウスが巨乳好きな為だ。聞いた者は口を揃えてたったそれだけ?と言うが、ゼウスにはロキの存在が許せないのである。

 女神であるはずなのに男のように何もない胸。そんな貧相な体型の女神の存在は『巨乳こそが女神の必須条件』と思っているゼウスにとって許せるはずが無い。──要するに男としては最低な人物、いや神物だ。

 ヘラという妻がいるにも関わらず口を開けば男のロマンはハーレム云々と声高らかに語り出す駄神だ。人間どころか他の神から見ても最低な駄神だろう。

 それだけ?としか思えない《ロキの胸何も無い問題》を何度もほじくり返すという行動も『ゼウス様だからしょうがない』で済むようになってしまった。

 話がかなり逸れてしまったが、つまり何が言いたいのかというと──。

 

「奇遇だね、リヴェルーク。僕達、君に用事があったんだよ」

「ガッハッハ、そういうわけだから少しワシ達に時間を割いてもらうぞ」

「なに、時間は取らせん。すぐに終わる」

 

 主神同士が仲が悪くともその団員まで仲が悪いわけでは無いということだ。寧ろ巨乳好き(ゼウス)の暴走と乳無し(ロキ)の怒りを収める時に協力し合ったりするのもあり、こんな風に気軽に誘えるほど結構仲が良い。

 

「これから夕飯なんですよ、そういうことで失礼します」

「⋯ルーク、どうしてもダメか?」

 

 そう言って三人に背を向けた俺に掛けられたのはリアねぇの寂しげな声だった。──いやいや、リアねぇはそんな声を出せば俺が付いて来ることが分かっているから出しているだけで、要するにただの演技だ。

 滅茶苦茶気になるのだが振り返ったら俺の負け確定だぞ?絶対に騙されるなよ、リヴェルーク・リヨス・アールヴ。

 

「⋯リヴェリア、僕のハンカチで良ければ使ってくれ。その()を拭う為に」

「⋯リヴェルークよ、お主は非道な男じゃな。姉であっても、女性を泣かせるのは流石のワシでも庇えんぞ」

 

 ⋯演技、だよね?あれ、もしかして違うのかな?なんか俺の背中に刺さっている男二人の視線がガチで咎める感じなんだけど。

 このまま去るわけにもいかず、滅茶苦茶気になった俺が振り返ってリアねぇを見れば目尻に溜まった涙をハンカチで拭う姿が目に入った。──あ。これ、もしかしてガチなやつ?かなりヤバくね。

 

「分かった!行くよ、行けば良いんでしょ⁉︎だからリアねぇ、泣かないでよ!」

「良し。それならサッサと付いて来い、このバカ弟め」

 

 ⋯あれれ?リアねぇの立ち直り、明らかに早くない?早くない⁉︎しかもナチュラルに罵倒された!

 

 

 

 

「⋯要するに、俺に用があるのはリアねぇだけで、残りはただリアねぇに話を合わせただけってことですか?」

「そうなんだ。嘘をついたことは謝るよ、すまないね」

「すまんな!ワシの顔に免じて許してくれ!」

「いや別に、怒っているわけでは無いので良いですけどね」

 

 怒ってないというのは本当だ。大方リアねぇが怖い顔で脅迫、もといお願いでもしたんだろう。──まぁ、ガレスの言い分には全く納得出来ないが。

 それよりも気になるのは俺への用事についてだ。

 

「それで、俺に何の用ですか?睨んでないで教えて下さい、リアねぇ」

「⋯弟が一人遠征などというアホなことをしているんだ、睨みたくもなるだろう」

「はぁ、またそれについてですか」

「何故お前がため息をつく!またか、とため息をつきたいのは私の方だ!」

 

 今回でリアねぇにお小言を言われるのは何度目だろうか。頻繁に言われ過ぎて日常の一部になってすらいる。

 リアねぇが俺を心配してくれるのは素直に嬉しいが、こちらもソレを止めるわけにはいかない。俺が強くなる為には必要不可欠なのだから。

 

「リアねぇは別なファミリアなんだし、俺のやり方に口出しなんて出来ないでしょう」

「そんなことは分かっている!それでも私は、お前の姉であり家族だ!⋯心配してはいけないか」

「心配してくれるのは勿論嬉しいです。しかし、俺は止めるつもりはないですよ」

 

 この会話の流れは一体何度繰り返しただろうか。結局、この会話の行き着く先はいつも同じだ。

 

「自分の仲間をもっと頼れ。お前のファミリアは、オラリオ最大のゼウス・ファミリアなのだぞ」

「確かに、ファミリアの皆は強くて優しい。それは分かっていますし、別に頼っていないわけではありません。ですが、理不尽な敵が現れた時に誰も喪わずに勝ちたい。だから俺は、どんな理不尽な敵にも打ち勝てる絶対的な強さが欲しい。⋯それが()()()に決意したことです」

「⋯その考え方は、今も全く変わらないのか」

「はい。恐らく一生、変わることはありません」

 

 俺がそう宣言すると、リアねぇは悲しげであり悔しげでもあるような表情を浮かべて黙り込んでしまった。俺の返答なんて毎回分かりきっているくせに何度も何度も尋ねてくる。その度にリアねぇは同じ顔をするからこの話はあまりしたくない。

 でもリアねぇは優しいから、俺の返答なんて分かっているのに何度も同じことを俺に尋ねる。まるで『考え直せ』と言外に告げるかのように。

 いや、実際にリアねぇはそう言っているつもりなのだろう。だけど、この考えだけはもう変えられない。()に身をもって教わったことである為、既に《俺》という人格の一部になってしまっているから。

 

「あ、リヴェルーク様!ようやく見つけました!」

「⋯ん?ああ、ハリスじゃないですか。そんなに慌ててどうしました?」

 

 体感的には何十分も経過したと思えるくらいの長い時間、重い沈黙が続いた。──が、それを破る大きな声が入口の方から聞こえてきた。

 俺達四人が話しをするために利用していた店に入って来たのは、ゼウス・ファミリアの第三級冒険者ハリス・リミウッドであった。どうやらオラリオ中を駆け回り、俺のことを他人に聞きながら探していたそうだ。

 

「『どうしました?』じゃないですよ!夕飯の時間になってもリヴェルーク様が帰ってこないので、ゼウス様が暴れちゃってるんです!ですから自分以外にも、ゼウス・ファミリアのLv.4以下の冒険者総出でリヴェルーク様を探していたんです!」

「うん。そんなに長い言葉を良く息継ぎ無しで一気に言えましたね、凄いですよ」

「そこはどうでもいいんです!」

 

 うわー。ゼウス様との約束なんてすっかり忘れていたわ。つか、俺一人の捜索に第二級冒険者まで動かすことになるとかあの駄神はどれだけ暴れてんだ?あんな紳士然な見た目のくせにやること成すことが幼いな。

 ──でもまぁ、この場から離脱する為の良い口実が出来たな。正直この重苦しい雰囲気が漂う場には長居したくない。

 

「そういうわけで、俺はもう行きますね。リアねぇ、心配しないで下さい。俺は決して死にませんから」

 

 そう告げて全員分のお代をテーブルの上に置き、彼ら三人の返答を聞かずに席を立った。──リアねぇの表情をなるべく見ないようにして。




オリ主は焦ると、年相応の喋り方になります。
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4話 過去の惨劇

タイトル通り、オリ主の過去話です。
評価やお気に入り登録していただき、ありがとうございますm(_ _)m


 リヴェルークが迎えに来た団員と共に去った後、残された三人は中々その場を離れられずにいた。──リヴェリアの表情が、彼女と初対面の人にも伝わってしまうほどに悲しげなモノだから。そんな表情に仲間であるフィンとガレスが気付かないわけが無いから。

 

 ──絶対的な強さが欲しい──

 

 いつからだ。私の弟があんな考えを持つようになったのは。あんなに怖い表情をするようになったのは。──いいや、それは私自身が良く分かっていることだ。

 

「リヴェリア、良かったら教えてくれないかな。リヴェルークがあそこまで強くなることにこだわる理由を」

「そうじゃな。昔から思っていたが、あの思いつめようは普通では無いぞ」

「⋯分かった、話そう」

 

 全ての始まりは()()()の悲劇からだった。

 

 

 

 

 王家の血を色濃く受け継いだ少女、リヴェリア・リヨス・アールヴ。彼女の秘める才能は他のエルフを凌駕していた。それほどまでに優れていた少女は両親の自慢でもあった。

 彼女が両親に愛されながらも健やかに育っていたある日、両親から弟が母のお腹に宿っていることを知らされる。初めて出来る年下の家族。彼女はその子が生まれてくる日を楽しみに待っていた。⋯そしてついにその日がやって来た。

 

 ──リヴェルーク・リヨス・アールヴ(才能の怪物)の誕生──

 

 ()()が引き起こしたのは思い描いていたような楽しい毎日の始まりではあったが、同時に悲劇の幕開けでもあった。──まるで、産まれながらに英雄の素質を有する彼に対して何処ぞの誰かが英雄となる覚悟の有無を問うかのように。

 

 

 

 

「最近、父上と母上が私に全くかまってくれない」

「リアはもうお姉さんでしょ!産まれて数年しか経ってないんだし、弟クンがもう少し大きくなるまで我慢しなさいよ」

「アイナの言いたいことは分かっているつもりだ。⋯まぁ、ルークは可愛いから仕方無いとは思うがな!」

「──はぁ。あんた、弟クンのことになるとキャラがブレるわよね」

 

 アイナは私の言葉を聞き、呆れるようにため息をつきながらそんなことを言った。

 弟のリヴェルークが産まれてから、私は変わったと良く言われるようになった。『将来はヤバめのブラコンになる』とも言われた。ブラコンがどういう意味かは分からないが。

 

「それにしても、天才なんて呼ばれてるリアより魔法の才能が有るなんて驚きだわ。両親がかかり切りで、弟クンに魔法の勉強をさせる理由も分からなくは無いかな」

「英才教育と言うには、些か厳し過ぎると思ってしまうがな」

「それだけ期待してるってことでしょ。なんたって、自分の思い描いた属性の魔法を使いこなすような天才なんだし。それに、両親が厳しくて勉強の時にしか相手にしてくれないからその反動でリアに甘えるようになったんでしょ?」

 

『良かったじゃない』なんて口では祝福しつつも、その目に宿るのは揶揄いの感情。それが分かったからこそ私は自分の気持ちとは真逆の返答をした。

 

「ふん。甘えられても迷惑なだけだ」

「⋯え。リアねぇは、ずっと迷惑だと思ってたの?」

 

 アイナのモノでは無い、そんな言葉が聞こえた。声のした方を見ると愛しの弟(リヴェルーク)が目尻に涙を溜めていた。

 

「あーあ、リアお姉ちゃんは酷いね〜。代わりにアイナお姉ちゃんが慰めてあげよっか?」

 

『おいでおいで〜』などと言いつつ両手を広げてルークを誘惑するアイナを見て、武力介入を行うことにする。

 

「冗談だ、バカ者。私がルークのことを迷惑だと本気で思っているわけが無いだろう」

 

 私はアイナの頭を叩いてからルークに向き合い、しっかりと目を見て自分の意思を伝えた。──当然ながらルークの頭を撫でることも忘れない。

 

「あいたた。もう、リアは本当に弟クンのこと好き過ぎでしょ。一周回って引くわよ」

「何とでも言うがいい。お前もきっと、年下の家族が出来ればこうなるぞ」

「私は弟や妹より、自分の子供が欲しいかな〜。特に娘が良い。名前はエイナなんて可愛いと思うわ!」

「アイナねぇは、その前に彼氏を見つけないといけませんねっ!」

 

 ルークが発した幼いが故の純粋な言葉。ソレがもたらしたダメージは甚大だったようだ。

 アイナは部屋の隅に移動すると膝を抱えて死にそうな表情になってしまった。この状態のアイナはしばらく復活しないので私はアイナの存在を頭の隅っこに追いやり、ルークに質問をする。

 

「それよりもルーク。この時間はいつも、魔法の勉強をしている筈ではなかったか?」

「最近勉強しかしていないので、外に遊びに行こうかと言われました。父上が弓を教えてくれるそうです。⋯僕としては、僕の才能にしか興味の無い人から教わる弓よりも、初めての外の世界の方が楽しみですけどね」

「父上もお前に期待しているだけだろう。それより、もしも道中でモンスターが出て誰かが怪我を負ったのなら、ルークの回復魔法で癒してあげると良い」

「分かりました。僕の回復魔法は凄いみたいですから、皆の傷も全部癒してみせます!」

 

 やはり、はしゃいでいるルークも可愛いな。この時の私はそんな呑気なことを考えていた。何故なら──ルークの無邪気な笑顔を見る機会がこれで最後だとは全く思っていなかったから。

 

 

 

 

「なんだ、これは⋯。ここで一体、何があったんだ⋯⋯」

 

 外に遊びに出かけた父やルーク、及び二人を守護する護衛達の部隊と連絡が取れなくなった次の日。捜索隊とそれを指揮するリヴェリアはエルフの里を囲む巨大な森のとある場所で行方不明となっていた一団を発見した。ただし、彼らが見たのは──血と肉片が散らばり赤く染まった地面にリヴェルークだけが無傷で座り込んでいる光景。

 そんな、見た者全てに吐き気を催させるようなおぞましい光景だった。そんな中で傍目からは呆然と座り込んでいるようにしか見えないルークの表情の僅かな変化を家族であるが故にリヴェリアは理解した。いや、理解()()()()()()

 

「それなのに何故だ。ルーク、お前は何故⋯⋯笑っているのだ」

 

 

 

 

「⋯ハイエルフの王や、その王を守る精鋭部隊が殺されたのか」

「ただ殺されたわけではない。文字通り、ミンチにされていたのだ。唯一生き残ったルークの話では、相手はたった()()の女性だったそうだ」

 

 私のその言葉を聞き、フィンとガレスは息を飲んだ。当然だろう。()()()近い熟練者のエルフがたった一人に皆殺し(細切れ)にあったのだから。

 

「その女性の種族は分かっておるのか?」

「いや、フードを被っていたそうだ。そいつにルークは声をかけられたようで、それが女性のものだったらしい」

「三十人のエルフを一人で細切れにしたのなら、剣の腕前は半端じゃなかろうな」

「《剣聖》の異名も取っている今のルークほどでは無いだろうが、それでもかなりの手練れだったのだろうな」

「確かにそうだね。⋯続きを聞かせてくれないかな」

「ああ、話そう。ただし、今でも分かっていないこともあるのでそこは話せないぞ」

 

 

 

 

 父である国王陛下や護衛達の死から二週間後。エルフの里の中央に位置する巨大な王城の玉座の間に、城で働いているお偉いさん方が集まっていた。その他にもリヴェルークの母である()陛下や姉のリヴェリアもいる。

 そんな彼らは皆、自分の耳に飛び込んできた幼い声で発せられた言葉を理解出来ずに呆けていた。その中で最も早く我に帰ったのは新しい里の統治者たるリヴェルークの母だった。

 

「リヴェルーク、貴方は自分が何て言ったのか、ちゃんと分かっているの?」

「はい、分かっていますよ。女王陛下、それが僕⋯()の望みです」

「認められるものか!たった()()のお前が、()()で里を出て修行に行くだと⁉︎いくらお前が天才とはいえ無理に決まっているだろう!」

「無理だったとしたら、その時はその時です。気にする必要は無いですよ、リアねぇ」

 

 ルークのそんな投げやりな言葉を聞いて、私の怒りは頂点に達した。

 

「気にするな、だと?巫山戯るな!それに、死んだらどうするつもりだ!」

「もしも呆気無く死んだなら、俺はその程度だったということでしょう。それに当てもあります。本当に心配しないで下さい」

「当てだと⁉︎今までエルフの里から碌に出たことの無いお前に、そんなモノがあると本気で言っているのか⁉︎」

「はい、その通りです。数年後には強くなって帰って来れると思います」

 

 そう言うルークの瞳は私が今までで一度も見たことの無いモノだった。当時の私は()()がどのようなモノか分からずにただ圧倒されただけであった。しかし、今ならば分かる。アレは──冒険することを覚悟した()()()の瞳。

 それよりもルークの話を聞いて一つ気になったことがあった。

 

「お前がエルフの里の外に出たのは、この前の惨劇の日が初めてだ。あの日、お前はその()()とやらを見つけたのか?」

「はい。あの日に、俺の目指すべき強さの()()()に出会いました」

 

 リヴェルークの言葉から感じた違和感。母もそれに気が付いたようで、周りにいた全員を各自の持ち場に帰し、玉座の間には家族三人だけとなった。

 

「リヴェルーク、貴方まさか⋯」

「母上、俺は強くなることを決意しました。例えソレを手に入れる道が修羅道であったとしても」

「⋯母として。女王として。貴方の願いを聞くことは出来ません。部屋に帰って頭を冷やしなさい」

「許しなどいりません、俺は勝手に出て行きます」

 

 コレではただの押し問答だ。お互いに引くつもりが無い為、時間だけが無為に過ぎてしまう。

 

「一先ず、今日はお互い頭を冷やす為にここで話を一旦切ろう。母上もルークも、それでいいのではないか?」

 

 私の提案を受けて母上もルークも自室に帰った。──だが、安心は出来ない。恐らく今日の夜に、ルークが何らかの動きを見せるであろうことを姉弟だからこそ分かってしまったから。




次回も過去話になりそうです。
子供は幼いながらも敏感ですから、リヴェルークは両親が自分自身を見ていないことを理解しています。

なるべく早く戦闘シーンを入れられるように頑張りますのでご容赦下さいm(_ _)m
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5話 後悔と決意

過去話は今回までです。
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 雲間から差し込む一条の月光。ソレが照らし出したのは里の出入り口付近で佇む二人の姿。

 通り道を塞ぐかのように立っているのは未だにあどけなさが残っているが知性的で美しい少女。そんな少女と対峙しているのは儚げながらも瞳には強い意志を宿した年端もいかない少年。

 

「⋯リアねぇ、どうして俺が今夜、里を出て行くつもりだったことが分かったのですか?」

「私が何年お前の面倒を見てきたと思う。何となくだが、お前の考えていることは分かるぞ」

「母上は分かっていなかったようですが、リアねぇは分かるんですね」

「母上は父上同様、お前と共に過ごしていたのは魔法の勉強の時くらいだろう。その点私は、お前の素の部分を両親よりも見てきているからな」

 

 彼らの両親は少年の才能に目が行き、それ以外に目を向けることがあまり無かった。だから気付いてなどいないだろう。こうして少年がコッソリと里を出ようとしていることなど。

 傍目には無表情に見える二人の表情だが、姉弟であるからこそお互いが浮かべている表情を読み取るくらいは出来る。

 ──少女が浮かべているのは悲しみ。自分では弟を止めきれないと頭では分かっているからこその悲しみ。

 ──少年が浮かべているのは喜び。自身が遥かなる高みへと登ることを確信しているからこその喜び。

 

「ルーク、どうしても行くのか?」

「はい。そこを退いて下さい、リアねぇ。いえ⋯リヴェリア・リヨス・アールヴ」

 

 言葉を発すると同時に少年の瞳が鋭く冷たいモノに変化した。ソレは決して家族に向ける()()では無かった。

 

「行かせるわけにはいかない。お前の話を聞いて分かったが、お前の当てとやらは父上などを殺した女性のことだな?」

「その通りです。あの女性は仇ですが、圧倒的な強さの持ち主でもあります」

 

 少女には同胞を殺した人物に教えを乞おうとしている少年のことが理解出来なかった。──同胞達の血の海で一人座り込み、笑みをこぼしていた少年の心情も。

 理解出来ないが故に、頭では止められないと分かっていても体を張って止めようとしてしまう。

 

「どうしても行きたいのなら、私を倒して行け。もし姉すら乗り越えられないようなら潔く諦めろ」

「⋯分かりました。リアねぇ、負けても泣かないで下さいね?」

 

 ──その言葉が、天才の称号を欲しいままにしてきた姉弟の激突の幕開けとなった。

 

 

 

 

 自分目掛けて連続で振るわれ突かれる杖を紙一重で避けつつ、俺は詠唱を開始した。

 

「【我は望む、万難の排除を。我は望む、万敵の殲滅を。今宵、破壊と殺戮の宴は開かれる。立ち塞がる愚者に威光(ぜつぼう)を示せ──我が名はアールヴ】」

 

 ──並行詠唱。エルフの中でも使える者の限られている離れ業。そんな高等技術を弱冠五歳で使いこなせるからこそ自分は才能の化物と呼ばれている。

 

「【アヴァロン】」

 

 並行詠唱を駆使して完成させた詠唱で現れたのは()をゆうに超える氷の剣群。それらが鋭い音を立てながら相手に降り注ぐ。コレで終われば楽なのだが──。

 

「私をナメているのか?殺す気で来なければ、私の結界は破れないぞ」

 

 並行詠唱を使えるのは俺だけでは無い。リアねぇも先ほどの連撃の最中に並行詠唱を使って結界魔法を完成させて剣の雨を無傷で耐え切っていた。⋯相変わらず強固で面倒な結界だな。本当にリアねぇの真面目でお堅く妥協しない性格をよく表している魔法だ。

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬──我が名はアールヴ】」

「【我は望む、万難の排除を。我は望む、万敵の殲滅を。今宵、破壊と殺戮の宴は開かれる。立ち塞がる愚者に威光(ぜつぼう)を示せ──我が名はアールヴ】」

 

 再度魔法を行使する。詠唱終了はリアねぇの方がワンテンポだけ早かった。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】」

 

 放たれたのは敵の動きや時空さえも凍てつかせる無慈悲な雪波。そんな極寒の吹雪を俺は──。

 

「【アヴァロン】」

 

 リアねぇのレア・ラーヴァテインをイメージした魔法に魔力の大半を注ぎ込んで強引に吹雪と結界魔法を同時に打ち破り、その後に()()()で襲い掛かるようにイメージしていた雷の矢の雨を降らせた。

 

「なっ⁉︎時間差の魔法攻撃だとっ⁉︎」

 

 両親もリアねぇも知らない。俺の魔法がイメージ次第で()()()()()でも出来るモノであるという性能を秘めているを。そんな俺にとって一つの詠唱式で二つの事象を引き起こすのなんて簡単なことだ。

 予想もしていなかった雷撃をその身に受けたリアねぇは身体が麻痺して動けなくなった。──初めての姉弟対決の決着はあまりにも呆気無く付いた。

 

 

 

 

「リヴェリアほどの魔法使いが、当時五歳のリヴェルークに敗れたのか」

「ワシもフィンと同じく驚いたが、リヴェルークだからと言われると納得してしまいそうになるのう」

「私も両親も、ルークの魔法の本質に気付くことが出来なかった。ルークの才能の大きさを計り間違えていたのだ。だからこそ私はルークを止められなかった」

 

 意味の無いことなのに何度後悔しただろうか。『もしあの時ルークを止められていたら』と。

 

「結局、ルークが帰ってきたのはそれから三年以上が経ってからだ。仇の女性がどうなったのかも、三年間どんなことをしていたのかも知らない」

 

 ──ただ分かっているのは、里で魔法特化の訓練をしていたリヴェルークが《剣聖》としての片鱗をその時から発揮していたこと。Lv.8の今でも使っている不壊属性(デュランダル)切姫(愛刀)を携えて帰って来たこと。その他には──。

 

「強さを渇望するようになったこと。里に帰って来てからも、ルークは時間があれば剣を振り魔法を撃つようになった。私やアイナが話しかけた時は里を出る前みたいに楽し気なのだが、私達以外と話しているルークは人形のように無表情で、氷のように冷たい態度だった」

「成る程、それがリヴェルークのLv.2昇格時の二つ名の大元の原因みたいだね」

「《最速の氷妖精(レコード・ドール)》か。一ヶ月半という規格外で世界最速のランクアップと、その無表情な顔と冷たい態度が印象的だったからという理由だった筈じゃな」

 

 リヴェルークは今でこそよく笑うようになったがオラリオに来たばかりの当時は酷いものだった。愛想の『あ』の字も感じさせない冷めた態度と、私達以外に向けていた鋭い瞳。あの状態のルークを心配するなという方が無理な話だ。

 

「心配だから私は、同じファミリアにルークを入れようとしたのだ。⋯それなのにあのバカ弟は、私の心配を煩わしく思って別のファミリアの入団試験を勝手に受けてしまったのだ!」

「当時は僕達三人もあまり仲が良くなかったけど、あの時のリヴェリアの怒る姿を見て、リヴェリアだけは怒らせないようにしようと思ってしまったからね」

「フィンもそうか。ワシもあの時ほどリヴェリアを怖いと思った時はないぞ。ガハハハハ!」

 

 大声で笑うガレスに私は『静かにしろ』と小言を言いつつ、過去の後悔を嘆く気持ちを頭の隅に追いやった。

 過去を振り返ってもどうにもならない。そんな暇があるなら強くなって、ルークに頼られる存在になってやろう。──あいつにとっての死線で守るべき弱い存在から死線で頼るべき強い存在になってやろう。

 

「私はあのバカ弟が心配だ。だからこそ、ファミリアは違うが首を突っ込んでしまう。口出しはダメだと分かっていても、つい言ってしまう。だが、言うだけではルークは絶対に止まらないことは昔から分かっているから、私はルークと共にオラリオに来て強くなることを決意した」

「僕は一族の復興のためにオラリオに来たけど、強くなる理由がまた一つ増えた。⋯リヴェルークはまだ子供だ、それなのにいつも焦っている。子供には子供らしく、もっと楽しい毎日を過ごして欲しいからね。まぁそれ以外にも、()()()()のそんな過去話を聞いてしまったら、僕等も無関係ではいられないよ」

「ああ、そうじゃな。ワシらも強くなって、リヴェルーク(子供)のバカな考えを正してやろうかのう。それが、ワシらなりの恩返しにもなるはずじゃ」

「⋯すまない、ありがとう」

 

 こんなにもお前(ルーク)のことを気にかけてくれる者がいるのだぞ。それはお前のファミリアの者だってきっと同じだ。だから──苦しい時は誰かを頼ってくれ、バカ弟め。それは決して、弱いことなどでは無いから。




今回の話が、リヴェリアが同じファミリアにオリ主を入れようとした理由の大半です。それをリヴェルークは煩わしく思っていました。『親の心子知らず』と言いますが、今回はそれの親→リヴェリア、子→リヴェルークって感じです。

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6話 罰と報せ

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 俺はリヴェルーク・リヨス・アールヴ、ハイエルフの十二歳だ。いきなり自己紹介なんてどうした?って思うだろうが現実逃避したいが為におかしくなっているだけだと思ってくれ。俺がこうなっている理由は──。

 

「ルークたん、ワシはとっても悲しいぞ。すぐに帰ると言っておったのに、まさかその約束を忘れて乳無し(ロキ)のファミリアの者と話をしていたとはのう。⋯まぁそれはよいわ。何せ相手は、ルークたんの姉のリーアたんのようじゃからな。しかしな、ルークたん。ワシとの約束を破ったのは良くないぞ。ワシは、ルークたんと話しながら夕食を食べるのを楽しみにしておったのに。大体ルークたんは最近⋯」

 

 ゼウス様にメッチャ絡まれてる。説教が死ぬほど長いのだ。──本当にこの駄神は良く二時間もぶっ通しで喋れるな。ここまでくるとある意味尊敬する。

 そろそろ聞くのも面倒になってきたし何より正座して聞いているので足が痺れてきた。故に俺は、強引に会話に割り込んで終わらせることにする。

 

「遅くなったのは謝ります。しかし、勧誘を受けていたわけでは無いので、そこだけは()()()()()()誤解しないで下さいね」

「分かっておるわ!以前のように誤解して、《()()()()》を起こそうとしたりはせんわい!」

「あの時は本当に驚きましたよ。フレイヤ・ファミリアの知り合いと談笑していただけで、戦争遊戯(ウォーゲーム)を起こそうとするんですから」

 

 日常生活で、あの時ほど焦ったことは余り無いだろう。俺がフレイヤ・ファミリアの人間と話しているところを目撃したゼウス様(駄神)が、俺のことをフレイヤの眷族(ファミリア)が勧誘していると勘違いして戦争遊戯を仕掛けようとしやがった。

 あの時はなんとか誤解を解くことが出来たが、誤解を解くまでに数時間を要した。本当にこの駄神は俺を大事にし過ぎだろ。

 

「⋯まぁ良いわ、許す。だがな、主神たるワシとの約束を破った罰を受けてもらおうかの」

 

 楽しそうな表情をしつつ、我らが主神はそんなことを言い出した。──こういう表情してる時のゼウス様の考えてる内容って絶対碌なことじゃないんだよな。

 

「良いか?ルークたんに与える罰は──」

 

 

 

 

 ゼウス・ファミリアのホームの中にある大きな食堂。普段は団員達の楽しげな声が響き渡るこの騒がしい場所は現在別な意味で騒がしくなっていた。

 

「おい、何で()()()が一人で厨房で料理なんてしてるんだよ」

「聞いた話だと、昨日の騒ぎの件の罰だそうよ。ゼウス様から、『全団員の朝飯を一人で作ること』って言われたみたい」

「ハ、ハイエルフ(王族)たるリヴェルーク様にそのような雑事をさせるとは!こ、ここはエルフ(同胞)一同、何か手伝いをするべきではないかっ⁉︎」

「ルークは、自分の仕事や罰はキッチリしなければ気が済まないタイプだ。だから、手伝うのは止めておけ」

「それより、命令したゼウス様本人がこの場にいないっていうのはどうなのよ」

 

 騒がしい理由は《覇王》リヴェルークがたった一人で厨房に立ち、かなりの量の料理を作っているからだ。

 ゼウス・ファミリアの中で最も強くて最も幼い年齢のリヴェルークのそんな姿への反応は様々である。

 ハイエルフのリヴェルークがそのような雑事をしていることに他のエルフの団員達はいてもたってもいられない様子だ。エルフ以外の団員の反応も大きく分けて二種類である。

 女性陣は頑張って料理をする幼いリヴェルークの姿を見て『可愛いーっ!』と連呼している。男性陣はその様子を見て血の涙を流しつつも、息子を見守る父のような厳かな雰囲気を滲ませている。

 この一場面を見るだけで最年少のリヴェルークがどれほどエルフから尊敬され、他の団員達から愛されているかを何となく伺うことが出来る。

 

「それよりリヴェルーク様ってさ、料理とか出来るのかな?」

「ルークが料理出来るなんて話、聞いたことが無いんだけどねぇ」

「⋯それってよぉ、もしかしなくてもまずい事態になるパターンじゃねぇか?」

 

 副団長のそんな呟き。ソレが盛大にフラグを立てることになってしまった。

 

 ──ドゴォォオオオオオッ──

 

「な、なんだっ⁉︎厨房が急に爆発したぞっ⁉︎」

「うわぁ、副団長があんなに分かりやすくフラグなんか立てちゃうから」

「リ、リヴェルーク様っ!ご無事ですか⁉︎」

 

 そんな叫び声が上がるのを尻目に燃え盛る厨房が急に凍りついた。食堂にいる者全てがその寒さに体を震わせる中、爆発の発生源である厨房からボロボロな姿のリヴェルークが出てきた。

 

「はぁ、失敗してしまいました。やはり料理は難しいですね」

「リヴェルーク様、お怪我はありませんかっ⁉︎」

「俺は大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」

 

 俺は滅茶苦茶焦った表情をしているエルフの団員達に笑いながら手をヒラヒラと振ることで『大丈夫』というアピールをしておいた。消火などが一通り終わり、騒ぎもひと段落ついたところで副団長であるドワーフの男性が話しかけてくる。

 

「リヴェルーク。お前⋯一体何しやがったんだよ?」

「何をした、と言われましても⋯。食材を焼こうとしただけなんですけれど」

「焼こうとした()()、なぁ?お前、どうやって焼こうとしたのか言ってみろ」

 

 クティノス・フラウ(副団長)から疑わしい者を見る目を向けられつつそんなことを聞かれたので、あるがままのことを話した。するとアホを見る目を向けられた。──というか思いっきりアホって言われた。

 

「いやいや、『自分で焼いた方が早いと思ったから姉の魔法である【レア・ラーヴァテイン】の小規模版を使った』とか、アホだろお前。油も大量にかけてたっぽいのにそんなことすりゃあ爆発すんのは当然だぞ」

「うーん、思い描いていたのと全く違う結果になりました。フランベのような感じにするつもりでしたのに」

「⋯フランベってお前、そんな言葉どこで覚えてきやがった。一つ助言をするなら、料理下手は余計なアレンジはしねぇ方が良いんだよ」

「ミアさんに教わったんです。話を聞いて、滅茶苦茶カッコいいと思ったのでやってみたのですが。すいませんでした」

「⋯まぁ、気にすんな。少しお金が飛ぶだけだからな。ったく、うちのバカ神はこうなることくらい予想出来ただろうに」

 

『これ、修復すんのに幾らかかるんだ』とボヤきながらクティノスは苦笑いを浮かべた。好奇心でやってみたのだがやはり出来ないことはするべきでは無いな。

 哀愁を漂わせながら遠い目をする副団長にもう一度謝罪してから俺は気になったことを尋ねた。

 

「そういえば、ゼウス様と団長は?この騒ぎになっても飛んで来ないということは、何処かに出かけているのでしょうか?」

「ヘラ・ファミリアのホームだ。なんでも、話しておきたいことがあるらしいぞ。ゼウス様も珍しく真面目な顔だったしなぁ」

 

 それって──ただ単に浮気がバレて弁明しに行っただけなんじゃないか?以前も似たようなことがあり、団長を護衛として引き連れたゼウス様が謝りにホームまで訪ねてたし。つーか『何度も謝るくらいなら二度とするな』と声を大にして言いたい。

 そんな俺の考えを読み取ったのかクティノスから訂正が入った。

 

「お前の考えていることは多分違ぇだろうよ。副団長の俺も詳しくは知らねぇが、恐らくは《遠征》についての話し合いだと思うぞ」

「遠征、ですか?そういえば以前、ゼウス様と俺のランクアップについて話した時に、『とっておきの相手と闘わせてやる』と言われました。もしかしなくてもそれ関係でしょうかね?」

「もしかしなくても、それ関係で確定だろ。はぁ〜、今度の相手はかなり面倒な奴になりそうだな。ゼウス様のその言い方からすると、Lv.8のお前がランクアップすることが確実な相手みてぇだしよ。そんな相手はかなり絞られてくんぞ」

 

 絞られているどころか殆ど確定と言えるだろう。生き残れば俺のランクアップが確定している相手、それはつまり──。

 

「全員、今すぐ食堂に集合じゃー!早く来ないとワシのゴッドパンチを喰らわすぞっ⁉︎」

 

 そんな俺の考えを吹き飛ばしたのは、いつの間にか帰って来ていたゼウス様の叫び声だった。素直に従っておかないと騒ぎ出してしまうので俺とクティノスは互いに苦笑いを浮かべて食堂へと向かった。

 

 

 

 

 食堂に集められたゼウスの眷族(ファミリア)一同は自分達の主神から告げられた言葉を飲み込めず呆気にとられていた。その中でも最初に正気に戻ったのは好戦的なドワーフの副団長、ではなく──。

 

「へぇ、ようやく()()()()()()()に挑戦するんですか。まぁ、そんなことだろうと思いましたが。その三体なら相手にとって不足無しですね」

『いやいや、冷静過ぎだろっ⁉︎』

『流石はハイエルフ(王族)のリヴェルーク様ですっ!』

「わっはっは、ワシのファミリア最強のルークたんはそうでなければなっ!他の皆も、ルークたんの切り替えの早さを見習うのじゃぞ!」

 

 他の団員やゼウス様が何か叫んでいるが俺の耳には入らなかった。何故なら──まだ見ぬ死地に想いを馳せていたから。自身が更なる高みへと至る機会を与えられたことに超が付くほど気合が入っていたから。

 そんな少年から発せられる純粋な力への渇望に当てられたのか、他の団員も自分達が《未知》へ挑戦することを理解して拳を力強く握り締めるのだった。




オリ主は基本的に、戦闘以外は年相応かそれ以下です。ですのでアホみたいな行動もたまにとりますが、『まだ十二歳の子供だ』と思って下さいm(_ _)m


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7話 釣られた覇王

三大冒険者依頼に挑む前のちょっとした息抜きみたいな感じの話が2、3話ほど続くと思いますが、挑戦前の準備期間だと思ってご勘弁をm(_ _)m

誤字の指摘があったので直しました。ご指摘、ありがとうございました!


 オラリオ三大美人の一人にして冒険者の頂点、《覇王》リヴェルーク・リヨス・アールヴ。金の髪と赤い瞳を持つ幻想的な少年は美男美女の神々にも負けぬ美しい顔をゲンナリと疲れ切ったモノにしていた。何故なら今現在少年がいるのはゼウス・ファミリアのホームではなく──。

 

「やぁやぁ待っていたよ、ルーク君!約束の時間五分前にホームに来るなんて、相変わらずの真面目っぷりだね!」

「そんなことないですよ。それよりも、何で俺がこんな朝早くにアストレア・ファミリアのホームに呼び出しなんて食らわなきゃいけないんでしょうか」

 

 アストレア・ファミリア団長の《正弓》アリシア・ティルフィからアストレア・ファミリアのホームに呼び出されたのだ。

 ゼウス様とアストレア様のファミリアは同盟関係を結んでいるので何度も協力してダンジョンに潜ったりもしたことはある。しかし、一ヶ月後に控えた三大冒険者依頼(クエスト)に挑む準備や調整をし始めようとしていたのに出鼻をくじかれた感が半端ない。

 

「ルーク君に依頼があるんだ。私達のファミリアの期待の新人二人組に指導をしてあげて欲しいんだよね」

「期待の新人二人というと、リューともう一人誰かってことですか?」

「そうそう、その通り!最近入団して恩恵(ファルナ)を授かった娘なんだけどさ、リューの実の妹みたいなんだ!。『お姉ちゃんみたいになりたい』って言ってたよ」

「へぇ、リューの妹ですか。以前リューから妹がいることは聞いていましたが、まさかオラリオに来ているとは」

「本当に最近のことだからね。知らないのも無理はないかな」

 

『まぁ、詳しいことはいいからいいから』と言われて中庭に誘導された俺は、仕方無く依頼を受けることにした。⋯別に報酬のアリシアさんの手料理に釣られたわけでは決して無い。そんなことあるわけが無い。ただ単にリューの妹がどんな子か気になっただけだ。

 

 

 

 

「⋯というわけで、二人の指導をすることになりました。名前はリヴェルーク・リヨス・アールヴと申します、好きなように呼んで下さいね」

「宜しくお願いします、ルークさん」

「よ、よよよ宜しくお願いします、リヴェルーク様!妹のリュノ・リオンと申します!」

 

 リューを含むアストレア・ファミリアの冒険者とは結構一緒にダンジョンに潜ったりもしたので、リューも最初にダンジョンで会った時より砕けた感じで接してくれるようになった。

 しかしもう一人のエルフ、リュノ・リオンの方とは今日初めて会う為にそういうわけにもいかないみたいだ。リューを若干幼くしたような見た目で、クールな姉と対照的な明るく元気な感じの娘だな。

 

「もっと気軽に接してよ。お姉ちゃんみたいにルークって呼んで下さい」

「いえいえ、そんな無礼なこと出来ませんよ!」

「──まぁ、そこはこれから徐々にって感じでいいかな。それじゃあ訓練を始めるけど、まず最初にやるのは⋯」

 

 

 

 

 一週間。アストレア・ファミリアに通いつめてみっちり特訓した。姉のリューが優秀なこともあって妹のリュノも中々の素質を持っている。ただ向いている戦闘方法(スタイル)は似ても似つかないのだが。

 この一週間は本当にただただ訓練をしまくっただけなので詳細は省略でいいだろう。まぁ後日番外話として投稿するかもしれない。──番外話とか投稿とか自分で思ったことだがどういうことだ?

 

「ルーク君!難しい顔してどうしたのかな?お姉さんが聞いてあげるよ!」

 

 自分でさえ分からないことを思ったとか言ったら変人扱いされて弄られるのでここは誤魔化しておこう。

 

「アリシアさん、こんにちは。今度挑む《遠征》について考えていたんですよ」

「あ〜、三大冒険者依頼(クエスト)についてかぁ。⋯勝算はあるのかな?」

「五分五分って感じです。《古代》の情報はありますが、あれから千年経っているのであまり当てに出来ないでしょうし」

「千年で強くなっていることは間違い無いだろうね。ただでさえ、恐ろしく強いって逸話がいっぱいある怪物なのにさ」

 

 そこなのだ。三体の怪物について様々な逸話が存在しているが、どの逸話を聞いてもその怪物っぷりが伺えるモノばかり。特に《隻眼の竜》は三体の中でも飛び抜けてヤバイ。『尾の一振りで大地を割く』だとか『どんな攻撃も通さない鱗を持つ』などといった盛りまくってると思いたくなるようなモノばかりだ。

 当然その逸話は《迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)》として世界に知れ渡っているのでアリシアさんが知らないわけが無い。だから心配してくれているのだろうが今回の遠征は高みに登るために必須なモノだ。──故に、仲の良い誰かを不安にさせようが止めるわけにはいかない。

 

「まぁ、ルーク君がその程度で止めるわけが無い事は分かってるんだけどね。⋯必ず無事に帰って来て、またリュー達の面倒を見てあげてね」

「分かっていますよ。俺も死ぬつもりなんて更々無いですし」

 

 普段は小悪魔っぽい人なのに、こう言う時だけ真面目になるのはずるいと思う。普段とのギャップもあってどうしてもこの友人の真剣なお願いは叶えたくなってしまう。──俺もかなり毒されたのかな。まだ十二歳なのに。

 その後も談笑した後に『リュー達がお礼を渡したいみたい』という旨をアリシアさんから聞かされ、二人が待っている中庭へと足を運んだ。

 

 

 

 

 俺の目の前には殆どの部分が黒く炭化してしまっているクッキー?が皿に盛られている。盛り方はとても綺麗なのだがクッキーの黒々しくて禍々しい様がそれを打ち消してしまっていた。──これは食べても大丈夫な代物なのだろうか?

 

「ルークさん、すいません」

「えとえと、アリシアさんに教わりながら頑張って作ったんですけど、上手く出来ませんでした」

 

 そう言って二人はかなり落ち込んでしまった。──確かに見た目はヤバいが、食べてみれば案外美味しいってことがあるかもしれない。それによくよく見ると二人の綺麗な手には切り傷などが多々見られる。リューは回復魔法を使えるはずなのに傷が残っているということは、そんなことにも意識がいかないほど集中して作ってくれたのだろう。

 自分の為に作ってくれたモノを受け取らないなんて心が痛むし、何より二人の頑張りを無に出来ない。可愛らしいエルフ(同胞)二人の努力の結晶(手料理)をもう一度見て俺は覚悟を決めた。

 

「ありがとうございます、二人とも。それじゃあ早速頂きましょうか」

 

 俺がそう言ってクッキーを口に運べば、二人は目に見えて不安そうな表情になった。口に入れた瞬間に強烈な苦味が俺を襲う。ハッキリ言うと──コレは苦過ぎる。なんとか食べられないほどではないがかなり苦い。しかし何故だかとても──。

 

「心が温まる味です。コレが『真心』というモノの力なのでしょうかね」

「ほ、本当ですかっ⁉︎それなら良かったです。ね、お姉ちゃん!」

「はい。そう言ってもらえると、とても嬉しい」

 

 俺の言葉を聞き、二人は本当に嬉しそうに微笑んだ。その表情はとても純粋で可憐なモノだった。こんな純粋な少女達の手にいつまでも傷を残しておくわけにもいかないので俺はソレを癒してあげることにした。

 

「【万民を救う神業を体現し、傷の悉くを癒そう。全ての者に理想郷(きぼう)を示そう──我が名はアールヴ】」

 

 俺が急に詠唱を始めたせいで初めは二人とも目を見開いて驚いていたが、俺の詠唱している魔法がどんなモノか悟ったようで俺に期待の視線を投げかけてきた。

 

「【エデン】」

 

 俺は魔法名を唱えて二人の手の傷を綺麗さっぱり治癒する。魔法の対象である当の二人は俺の魔法が目の前で見れたことにテンションが上がっているようだ。──俺の魔法なんかで喜んでもらえるなら何回でも使っちゃうわ。

 

「ルークさん、ありがとう」

「あ、ありがとうございます、リヴェルーク様!」

 

 しっかりお礼を述べるエルフ(同胞)二人の律儀さに感心していると、俺は背後から人が近付いて来る気配を感じ取る。

 

「とぉりゃーーっ!」

「はいはい、バレバレですからね」

「ふぐぉーっ⁉︎」

 

 背後から背中に飛びついてこようとしていた人物のおでこにデコピンを喰らわせた。⋯今のは決して()()があげていい声では無いな。

 

「おたくの期待の新人二人が驚くので止めて下さいよ、アリーゼさん」

「許してくれ、君の背中を見てついつい悪戯をしたくなってしまった」

 

 この人はアストレア・ファミリア副団長にして第二級冒険者(Lv.3)のアリーゼ・ローヴェル。真面目そうな雰囲気や話し方なのに、それを打ち壊すほどの破天荒な行動が目立つ女性。初めは俺も年上の頼れる女性と思っていたが仲良くなるにつれて俺の勘違いだと知り少し落ち込んだりもした。

 

「それで、俺に何か用事ですか?」

「ああ、その通り。門の前に君のファミリアの団長が迎えにきているから、それを知らせに来た」

「うえ、マジですか?⋯団長自らとか、何かありそうだなぁ」

 

 アリーゼさんから団長の訪問を聞かされた俺は、流石に待たせるのは申し訳無く感じるのでアストレア・ファミリアのホームから帰ることにした。

 帰り際にリュー達とまた指導することを約束したり、アストレア様から直々にお礼を述べられたり、報酬だったアリシアさんの手料理を()()()()と受け取りながらホームを後にした。⋯何度も言うが別に楽しみなわけではない。せっかくの報酬だから貰っただけだ。

 

 

 

 

「団長自ら俺の迎えなんて、珍しいですね」

「⋯リヴェルークに用事があったからな」

 

 俺の知り合いの中で一、二を争うほどの寡黙な男性。リューをもうふた回りくらいクールにすれば団長のような人物になるだろう。

 しかし、彼ほど団長に向いている人を俺は知らない。寡黙故に《未知》に立ち向かう時も下す号令は静かなモノ。それでも決して弱音を吐かず仲間を見捨てず、敵に背を向けないこの人に団員は全幅の信頼を寄せている。

 日常生活では無駄を嫌う人なので、そんな人が次に発した言葉に呆けてしまった俺は悪くない。

 

「⋯今から、ダンジョンに行くぞ」

 

 ──え?防具もアイテムも碌に揃っていないこのタイミングでですか?それなんて無理ゲ⋯⋯でも無いか。




リヴェルーク・リヨス・アールヴ、12歳。育ち盛りなので、美味しいものには目がありません笑

それと本編とは関係無いのですが、29日に『ここさけ』が地上波でやる事を知りました。映画館で見ましたが、もう一度見たかったのでありがたい。

感想・評価、宜しくお願い致します(`_´)ゞ


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8話 確かな思い

お気に入り登録500超え!ありがとうございますm(_ _)m
いつもより少し長め。今回の話は、ゼウス・ファミリアの主戦力の人との絡みです。


 ──ダンジョン18階層の《迷宮の楽園(アンダーリゾート)》。リヴィラの街が存在する安全階層(セーフティポイント)に僅か一時間足らずで到達した二人の間に会話は無い。道中でモンスターが出現しても、何度も一緒に遠征に行った二人にとって意思疎通などアイコンタクトでほとんど充分だ。まぁソレが上手くいかずにリヴェルークが独断専行して狩りまくってしまう時もあるが。

 そんな二人は現在湖沼のほとりで寝っ転がって休憩中である。

 

「いやぁ、道中大量にモンスターハントしましたね。偶々遭遇したインファントドラゴンも秒で狩っちゃいましたけど、魔石は邪魔なのでリヴィラの街で売っぱらいましょう。⋯それで、俺に用事って何ですか?」

「⋯相変わらず、リヴェルークは凄いな。お前の強さは皆に安心感を与える」

「それを言うなら、団長だってそうでしょう。貴方のことを皆が信頼しているんですよ」

 

 俺がそう告げると団長は僅かに口角を上げて軽く笑った。本当に渋めでクールな人だよなぁ。

 こんなに物静かな人があんなに明るい同じ派閥の非戦闘員──《恩恵》を与えられていない臨時構成員──の女性(ヒューマン)と結婚した時は心底驚いたものだ。しかし最初こそ意外だと思った組み合わせだが二人を見ていると段々とお似合いだなって思うようになった。

 

「⋯今度の遠征──特に《隻眼の竜》との闘いは、きっと誰もが未経験の死闘になる。その時に頼れるのは、Lv.8のリヴェルークだろう。俺は団長だが所詮はLv.6だからな」

「確かに俺達のファミリアには団長より上のレベルは複数いますが、《団長》が務まるのは貴方だけですよ。俺を含む他の第一級の団員は好戦的過ぎて、指揮官は向きませんから」

「⋯それでも、圧倒的格上との死地を突破する上で最終的に重要になるのは《力》だ」

 

 団長の言い分は確かだ。《未知》に対して指揮や作戦、団結などは重要。ただし、それらを食い破るような本物の《化物》にはそれに対抗出来るだけの《力》が必須となる。団長はきっとその役目を俺に任せると言いたいのだろう。

 しかし、ゼウス・ヘラファミリアの中で最年少の俺にそんな使命を本当は背負わせたく無いと言う気持ちと背負わせることになる自分達の不甲斐無さを悔いているかのようだ。流石の俺でもその程度は何となく分かるくらいの時間を共に過ごしてきた。

 

「俺は、仲間を守る為に今まで高みを目指してきました。《力》としての働きなんて、俺にはピッタリの役目じゃないですか」

 

 俺がそう言って敢えて不敵に笑うと団長も固い表情を崩してくれた。

 

「⋯そうか。俺以外の他の皆にもそう伝えておく」

「もしかしなくても、やっぱり他の皆さんも気にしているんですか?」

「⋯ああ。リヴェルーク(最年少)の強さを信じてはいるが、同時に歯痒さも感じている」

 

 俺がLv.8であり、最も強いことが分かっているのにそんな風に思ってくれるから俺は自分のファミリアが好きになった。そんなファミリアだからこそ俺は自分の力で守りたい。

 つーか自分のことを思い返すと、本当に昔の俺の面影がどこにも無いな。オラリオに来た頃はリアねぇとアイナさんの二人を理不尽から守る為に力を渇望していた。──そんな俺の想いに応えるかのように【限界破壊(レアスキル)】が発現し、()()との狂気の鍛錬(研鑽)の日々が身を結んだかのように【剣聖】や【魔聖】のスキルも得た。狂人のように毎日ダンジョンに潜り、同じファミリアの団員とも碌に話しもせずに他人に頼ることを《弱いこと》と捉えていた。

 しかし最近は割りと頼るようにもなったと思う。リアねぇは全然頼ってないと思っているみたいだがそんなことはない。まぁ、その殆どが日常生活での話であり戦闘面で頼ったかと言われたら黙るしかないが。

 

「大丈夫ですよ。なんせ俺は《覇王》ですから。仲間を守る為に、立ち塞がる全ての敵を斬り伏せます」

「⋯頼り甲斐はあるが、何故こうも脳筋になったんだ」

 

 俺のセリフを聞いた団長はそんなことを言いつつ困った表情を浮かべた。──脳筋とか失礼な人だな。けどわざわざこの為だけに時間を割いてくれたんだから本当に真面目な人ではあるが。

 にしても俺がこんなことを言えるのも、昔と違って同じファミリアの皆も守るべき対象になった今だからこそなんだろうけどね。

 

「⋯お前は、良い表情をするようになったな」

「ファミリアの皆さんのおかげですよ。それより、そろそろ地上に戻りますか?」

「⋯そうだな、遅くなるとゼウス様が怒りだす」

 

『本当に困ったものだ』と冗談めかして言う団長に、俺は珍しいモノを見たので一瞬驚いたが面倒事になる(ゼウス様が怒る)のが嫌なのでさっさと地上を目指すのだった。

 ──それと今更ながらの余談ではあるが、アリシアさんから貰った手料理(報酬)はダンジョンに潜る前に団長と二人で分けて食べた。

 

 

 

 

『お帰りなさい、団長にリヴェルーク様!』

「⋯只今帰った」

「只今帰りました。お二方、門番ご苦労様です」

 

 ホームへ帰るとエルフの二人組が門番をしていた。この二人は最近──と言っても半年ほど前──Lv.3になった者達だ。このファミリアのエルフ達は俺に対して過剰な敬意を表してくるがこの二人もその例に漏れずってやつだ。

 

「そういえば団長、三大冒険者依頼(クエスト)には団員を選抜して行くんですか?」

「⋯ゼウス・ヘラファミリアのLv.4以上で行く。両ファミリアの数少ないLv.3以下は留守番とする」

「まぁ、そんなとこが妥当ですかね。Lv.3以下は正直、死にに行くことになる恐れが大ですから」

 

 ゼウス・ヘラの両ファミリアの団員は合わせて50人程度だろう。そこからLv.3以下を引くと多分40人にも満たないが、作戦次第では犠牲無しで《隻眼の竜》まで到達も可能だ。その作戦立案は団長達の領分なので俺は与えられた俺の仕事を確実にこなすだけだ。

 改めて覚悟を固めていると副団長から声をかけられた。

 

「リヴェルーク、ちょっと俺の模擬戦に付き合ってくれやっ!」

「クティノスさん、もうすぐ夕飯なので少ししか出来ませんよ?」

「そりゃあ分かっちゃいるけどよぉ、一秒でも長く体を動かしときてぇんだわ」

「了解です、俺で良ければお付き合いしますよ」

 

 クティノスとの模擬戦なんて久々だから、ちょっとだけ本気でいかせてもらおうかな。

 

 

 

 

 見ただけで屈強なのが分かる茶髪オールバックのドワーフの青年と、見た目とはかけ離れた強者の雰囲気を感じさせるハイエルフの少年は10M(メドル)ほど離れた位置で向かい合っていた。

 

「それじゃあ、いつでもかかってきて下さい」

「んじゃあ、遠慮なく行くぜ」

 

 その言葉を言うと同時に青年の姿がブレて目の前から消えた。──次の瞬間には少年の後ろに回り込んで巨大な斧を力任せに振り下ろしたが、少年はソレを()()だけで受け止めてしまった。

 

「本当に、軟弱なエルフのくせしてお前はどんな馬鹿力してやがんだよ」

「俺の基礎アビリティの出鱈目さを、副団長はその目で見たんですから知ってるでしょう」

「あ〜、まぁな。ホント嫌になるぜ、アビリティの限界突破とかマジで頭おかしいだろぉが」

 

 軽口を叩きつつも、相手は斧をドワーフに見合わない速さと迷宮都市(オラリオ)トップクラスの圧倒的な力で何度も叩きつけてくる。──流石はLv.7に至りし化物ってところか。

 

「お前は、ホント先読みしてるみてぇに避けやがるな!一発くれぇ当たりやがれ!」

「まぁ、コレは俺が自力で習得したスキルのなせる技ってやつですよっ!」

 

 振るわれる武器の速度がだんだん速くなる。ずっと避けていたのですっかり体も温まったしそろそろ攻撃に移りますか。

 

「クティノスさん、そろそろ俺も反撃しますね」

 

 

 

 

 ドワーフの青年の内心は穏やかなモノとはかけ離れた状態だった。

 ──化物だ、化物だ、化物だ、化物だ、化物だっ。マジでふざけんじゃねぇぞ!リヴェルークのアビリティがバグってんのも、技術がハンパねぇのも知ってる。俺じゃあ勝てねぇことだって分かってる。けどよ、こうも差があるのを改めて知ると情けなくなるぜ──

 そう思ってしまうのも仕方ない。何故なら先ほどから青年の振るう斧によるパワーアタックが封殺されている。

 少年は己が技巧によりパワーを受け流す柔らかい防御を刀で成しているのだ。これは口で言うのは容易いが行うのは至難の技である。僅かでも受ける力が強過ぎれば吹き飛ばされるし逆に弱過ぎれば問答無用で叩き斬られてしまう。

 少年はアビリティ任せに攻撃を受け止めることが出来るにも関わらず力加減・角度・タイミングが狂えば破綻してしまう綱渡りを現在行なっている。何故なら、アビリティに振り回されずに技術を高めることも強さであると分かっているから。

 そして受け流すと同時に反撃に移り、青年の無防備な部分に着実に切り傷を付けていく。その様は流麗であり少年の技の冴えを否が応でもまざまざと見せつけられる。

 

「これぞ《剣聖》なんて呼ばれることもある所以だな。気ぃ抜くと戦闘中でも見惚れそうだわ」

「恐れ多いことです、自分はまだまだですからね」

「なぁんて、すっとぼけたこと抜かすくせにやることは超一流かよ。つーか、そろそろ時間もアレだし次の一撃で最後にしよーぜ!」

 

 そう言うとクティノスは超短文詠唱を行い自分の武器に付与魔法(エンチャント)を施して土を纏わせて斧を巨大化させる。これがクティノスの二つ名《壊獣(クラッシャー)》の由来の一つ。

 それを見届けた俺は自分の愛刀の切姫を握り直し、もう一段階本気を出すことにした。

 

「これで終いだぁっ!」

 

 今までよりも圧倒的な速さで突っ込んで来たクティノスは上から巨大な斧を振り下ろしてきたので纏ってる土ごと武器を斬ってやろうとした──。

 

「は〜い、そこまでニャ」

 

 が、そうなることは無かった。とある人物が俺達の間に割って入り、俺の切姫とクティノスの斧の威力を一本ずつの剣で上手いこと受け流したから。

 本気ではないとはいえ俺に対してこんな芸当が出来るのは──。

 

「何で止めやがった、猫女っ!」

「落ち着くニャ〜。これ以上はちょっとばかし、やり過ぎってやつニャ」

「⋯悪りぃ、熱くなり過ぎちまったわ」

「気にするニャ、そこが副団長の良いところでもあるのニャ。ルークも、ここでお終いにするのニャ」

 

 まぁ、盛り上がり過ぎたのは否定出来ないな。正直止められなかったら遠征前にクティノスの愛斧?を壊すところだった。

 

「分かりました。そろそろ夕食の時間ですし、三人で一緒に食堂に行きましょうか」

「腹も減ったし、そうすっかぁ」

「今日のメニューは何だろニャ〜」

 

 この白猫はこんなに気の抜ける喋り方だが名高いLv.7の冒険者だ。オラリオで俺の次に速いと言われている敏捷(あし)の持ち主、《白き風姫(シルフ)》セレナ・ラルグリス。綺麗な白い毛並みと空色の瞳が特徴の女性で美人というより可愛い系の人だ。

 この場にいる俺達三人がゼウス・ファミリアの団長よりも上のレベルの戦力だ。俺達以外にもLv.6が数名いるのだが俺達三人が今度の遠征で頑張る必要がある。脳筋気味だがそれが分かっているからクティノスは俺に模擬戦を挑み、セレナはやり過ぎないように止めに入ったのだろう。

 皆が《未知》への挑戦を意識している時だからこそ最高戦力の俺が普段通りに振る舞うべきなんだろうな。

 

「あんま深く考え過ぎんなよ?お前は一番強ぇけど、一番年下なんだからな」

「そうニャ〜、難しいことはミャー達に任せるニャ。ルークはもうちょっと、頼ることを覚えるべきニャ」

「⋯分かりました」

 

 表情に出したつもりは無いけど、この二人にはお見通しだったかな。──昔からこの二人や団長は特に俺のことを気にかけてくれていた。

 団長やこの二人の働きかけで、俺は他の団員と過ごす時間も悪くないと思うようになったし時間をかけてお互いを理解することで最高戦力の俺のことを心配してくれる優しさを知り、ゼウス・ファミリアの皆を守りたいと思う気持ちが生まれ、それが日に日に強くなっていった。──本当に俺は家族(ファミリア)に恵まれたと思う。

 そんな大事な人達だからこそ俺は強敵を打ち倒すための《力》になることを自分自身の決意(プライド)に誓おう。




二つ名のルビは、もっとしっくりくるやつがあれば変更するかもしれません。

それと今回も本編とは関係ありませんが、『ノゲノラ』の映画を見てきました。小説とはまた違った良さ(迫力とか音楽とか)が味わえたので良かった(*´∀`)♪

感想・評価、宜しくお願い致します!


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9話 偉大なる団長

今回はゼウス・ファミリアの団長の二つ名と凄さが分かります。


 ──遠征三日前。俺は自分の愛刀《切姫》の整備と新武装が完成する予定日なのでヘファイストス・ファミリアを訪れていた。

 

「あら、リヴェルークじゃない。用件は切姫と依頼品の受け取りでいいのかしら?」

「ヘファイストス様、こんにちは。そのつもりで来たんですけど、椿はいますか?」

「ええ、いつもとは違う場所で武器を作っているわ。⋯分かっているとは思うのだけれど、作業中に声はかけないであげてね」

「大丈夫です、邪魔をする真似は決してしませんから」

 

 先導するヘファイストス様の後ろを着いて行こうとしたらいつもと同じようにしっかりと釘を刺された。

 因みに、この神様は非常に数少ない神格者の一人である為に俺も安心して話すことが出来る。だから椿のいる作業室に着くまで軽い談笑をしていたのだが突然ヘファイストス様から爆弾をぶち込まれた。

 

「そういえば、リヴェルークがダンジョン以外で着ているその白基調の騎士服って、女性からのプレゼントらしいわね?誰から、どういう経緯で貰ったのかとっても気になるわ」

「気にしないで下さい、としか言いようがありませんね。いや、わりとガチで」

「あら?私はてっきり、どこぞの美人ヒューマンからの貰い物だと思ったのに」

「⋯いや、分かっているなら聞かないで下さいよ。貰う前も、貰った後も色々と大変だったんですから」

 

『思い出したくない』と言わんばかりに顔を歪める少年を見て、隣に並んで歩いていた女神は笑みを浮かべた。そんな女神の脳裏に浮かぶのは昨日のことのように鮮明に思い出せる初めて顔を合わせた時の記憶。

 

 ──本当に、少し前とは比べ物にならないほど表情豊かになったわね。あの時は()()みたいに無表情な子だったのに──

 

『少し前』と言っても、それは神の感覚でだ。実際は今から四年以上前の少年が迷宮都市オラリオに来てゼウス・ファミリアに入団し数日が経過した頃の話。

 当時既に《期待の新人》として活躍が見込まれていたリヴェルークをクティノス(副団長)がヘファイストス・ファミリアに連れて行ったのが初めての出会いのキッカケとなった。

 ──まぁ、その話はまた今度することにしよう。

 

「本当に、リヴェルークは良い方向に変わったわ。初めて会った時はあんなにも冷淡な態度をとっていたのに、今ではこんなに優しくなっちゃって」

「出来れば、その話もやめて下さい。あの時の俺にとっては、リアねぇとアイナさんの二人だけが自分の大切な人でしたから。神様とかも正直、恩恵(ファルナ)をくれる便利屋程度にしか思っていませんでしたし」

「そこは、リヴェルークが主神や家族(ファミリア)に恵まれたことを祝うべきね。──はい、作業室に到着したわよ」

 

 ヘファイストス様と雑談していたので到着まであっという間だった。いつも案内される場所とは異なっていたが、高レベルだからこそハッキリと感じとれるピリついた雰囲気が部屋の中から漂っている。ヘファイストス様に言われずとも椿が中にいることがすぐに分かった。

 

「案内、ありがとうございました」

「気にしないで。それじゃあ、またね」

 

 そう言って、ヘファイストス様は手を振りながら去って行った。本当あの人は女神なのにカッコいいな。

 ヘファイストス様が去って直ぐに椿の集中力が途切れたのを感じたので俺は部屋の中に足を踏み入れる。

 

「椿、俺の切姫と新しい武器を取りに来ました」

「おお、リヴェルークではないか!約束通り出来ているぞ」

 

 そう言って俺に手渡されたのは対極とも言える二口(ふたふり)の刀。片方は俺の愛刀の切姫──柄から刀身、切先にかけて赤みがかった黒色の禍々しさを感じさせる刀。もう片方は頼んでおいた新武装──切姫とは真逆の、柄から刀身、切先の全てが白一色の神聖さを感じさせる大太刀。

 

「これが、リヴェルークに頼まれていた新しい武器《雪羅》だ。手前の作った武器の中で、間違いなく最高の出来だと自負している」

「雪羅か、良い武器だな。大きさも3M(メドル)ほど、この武器ならきっと⋯」

「『きっと、三大冒険者依頼(クエスト)を越えられる』か?あまり無理をしてくれるなよ?」

 

 椿からも心配の眼差しを向けられた。本当に、姉といいファミリアの皆といい椿といい、俺の周りの人達は心配性しかいないのか。──ありがたいが小っ恥ずかしい。

 

「俺が死ぬと、椿と専属契約している優秀な冒険者が減るからか?」

「リヴェルークよ、お主のそういうところは子供っぽいというか、捻くれているというか。年相応なところは割りと好きだぞ?」

「うるさい、アホ椿。好きとか気安く言うなよ!」

「なんだ、照れているのか?可愛い奴め!」

 

 椿はそのまま俺を力強く抱きしめてきた。彼女は()()とは言わないがとてつもなくデカいくせにサラシしか巻いていないので、柔らかい魔の感覚がダイレクトで俺の顔に当たっている。

 ⋯ここで突然だが、俺は世界で唯一のLv.8とはいえまだ十二歳のD・Tである。恋人すら出来たことが無い。そんな経験豊富などとは全く言えない男がいきなり超戦力の()()に抱きしめられて気絶しないとでも思ったか?──答えは否、断じて否だ。

 

 

 

 

「⋯リヴェルーク、そろそろ起きろ」

 

 誰かに肩を揺すられていることを感じて目を覚ますと、俺は誰かの背中におんぶされていた。

 

「んぁ?⋯⋯⋯あ?」

「⋯起きたか。そろそろ自分で歩いてくれると助かる」

 

 俺を背負っていたのは団長だった。俺の混乱が深まったのは言うまでも無いことだろう。

 

「えーと、どういう状況ですか?」

「⋯気絶していたリヴェルークを俺が運んでいる状況だ」

 

 その後団長から詳しく聞いたところ──椿の部屋に俺を迎えに来た団長が、鼻血を出して気絶し膝枕されている俺を発見して連れ帰っている途中だったとのこと。──うわぁ、そういえば凄まじい体験をしたんだった。あの柔らかさはエゲツない。男を虜にしダメにする感触だ。

 

「それはなんと言うか、迷惑かけてすいません」

「⋯いや、気にするな。俺も同じ男故に、分からなくはない」

「団長のそんなフォローなんか聞きたくなかったー」

 

 ハードボイルドとも言える性格の人からそういうフォローを受けるとなんとも言えない気持ちになる。そんな気持ちを誤魔化す意味もあったが俺は団長に質問した。

 

「あ、団長はこれから暇ですか?時間があるなら、俺の新武装の慣らしに付き合って欲しいのですが」

「⋯ああ、いいぞ」

 

 

 

 

 アビリティを制限しているので今の俺は精々Lv.6程度。しかしアビリティを制限しても落ちないのが個人の技量であり、技量の差でレベルの差が覆ることもある。

 当然、そんな重要なファクターを磨かないようなもったいない真似はしない。近接戦に対応出来る武器は一通り扱えるし刀剣に限れば俺は《剣聖》の異名も持っているほどだ。

 だが認めるしかない。俺の目の前の怪物は俺の倍は生きている。それ故に──。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「⋯リヴェルーク、お前の技量は凄まじい。先読みすら可能とする剣聖のスキルなどはため息しか出ない」

「はっ、余裕そうな顔して何言ってんですか。俺、剣聖なのに自信無くしそうですよ」

 

 マジでありえねぇな。──読み合いは俺が勝っている。それなのにこの人は膨大な戦闘経験で研ぎ澄まされた第六感で俺の攻撃を感じ取って即座に対応している。

 俺が振るった剣を全て盾で防ぎ瞬時にカウンター。これが団長の剣と盾による攻防一体のスキル《神聖剣》。更には俺よりも優れているが故に発現している二つ目のスキル《第六感(シックス・センス)》。

 それらに支えられ決して破れない防御力を神が賞賛し、畏怖を込めてつけられた二つ名は《神域の盾(アイギス)》。

 

「ああ、くそっ!三大冒険者依頼の前に対等な条件で団長の守りを破っておきたかったのに!」

「⋯お前がアビリティを制限していなければ俺がいつも負けている」

「それでもっ!こんなんじゃ、《力》としての働きなんか⋯」

 

 ──無理なんじゃないか。そう言おうとした俺に団長から励ましの言葉がかけられた。

 

「⋯お前の強みは、Lv.8の器・限界すら超えたアビリティ・剣聖としての技量に並行して使える強力な魔法。それに何より、()()()だってある」

「その剣聖としての技量が、ヒューマン相手に通用していないから焦っているんです!」

「⋯ならばこう考えろ。剣聖ですら破れなかった盾が、お前達攻撃役(アタッカー)を支える。だからお前達は、俺達盾役(ディフェンダー)を含めた全員の希望になれ。それが、俺の求める《力》だ」

 

 ──ゾワッ──

 

 団長の言葉を聞いて俺は鳥肌が立つのが分かった。──やっぱり団長はスゲェな。言葉一つで仲間に勇気を与え、士気を増幅させるカリスマ性。流石は俺の憧れの人。

 

「団長、三日後の挑戦は全員で生きて帰りましょうね」

「⋯ああ、絶対に」




死亡フラグ的なのが立ちました、回避できるでしょうかね。
神聖剣はSAOのヒースクリフのアレです。

感想・評価、宜しくお願い致しますm(_ _)m


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10話 出発の日

今回から三大冒険者依頼の話に入ります。


 ようやく太陽が顔を出し始めた早朝。その時間帯でも広場には多くの人影がある。

 

「⋯時は来た。今回の遠征で、我らは三大冒険者依頼(クエスト)を制覇する」

「目標は、古代よりこの地に息づいている三匹の怪物どもだ。──こいつらを屈服させて、俺達の名前を世界に轟かせてやろうぜ!」

『おおーーーっ!』

 

 ゼウス・ヘラファミリアの両団長の言葉が広場に響く。この場に集まっているのは遠征に向かう精鋭部隊とその他の居残り組。それにプラスして両ファミリアの主神であるゼウス様とヘラ様。後は精鋭部隊と交流のある他ファミリアの冒険者や野次馬の住民達。

 

「ルークさん、どうか無理だけはなさらずに」

「リヴェルーク様!姉がとても心配しているので、絶対に帰ってきて下さいね!」

「リュ、リュノっ!それは言わなくていいことです!」

 

 リューとリュノも他の冒険者同様に精鋭部隊である俺の見送りに来てくれたようだ。この二人は本当にいい子過ぎて俺の心が浄化される思いだよ。

 

「そういえばリヴェルーク様!私のお姉ちゃんが、リヴェルーク様に渡したい物があるそうです!」

「⋯ルークさんに無事に帰って来て欲しいので、魔道具(アイテム)を買ってきました」

 

 ──リューからプレゼントを貰った。ヤバい、めっちゃ嬉しい。魔道具の効果は受けるダメージを僅かにだが減少してくれるようだ。⋯もはや、いい子を通り過ぎて天使だな。

 そんな天使の心配を紛らわせる為とプレゼントのお返しとして、俺は以前のフェルズからのクエストの報酬で得たとある物を渡すことにした。

 

「それじゃあ、リューにはコレをあげるよ」

「コレは⋯ルークとお揃いのブレスレットですか?」

「わぁっ、宝石が付いててすっごい高そう!」

 

 リュノによる子供ならではの感想の通り青い宝石付きの高そうに見えるブレスレットだ。しかし驚くこと無かれ。これの効果は──お互いの生命活動の状態を把握することが出来るというモノだ。

 宝石の色が青の時は相手はピンピン元気。その色が赤に染まれば染まるほど生命活動の危機。──もしも宝石が砕け散ったならばそれは相手の生命活動の停止を表す。

 

「コレは、とても珍しい物のはずです。そんな物を私に⋯」

「いや、俺のことを心配してくれているリューだから渡しました。──その宝石を砕くこと無く、三匹の怪物を倒してきますよ」

「⋯分かりました、貴方のその言葉を信じます」

 

 そう言って微笑むリューの表情に俺は不覚にも見惚れてしまった。──いやいや、落ち着けよ俺。相手は歳下の少女だぞ。

 と、自分も少年であることを棚に上げてリヴェルークが心を落ち着けようとしていると突然背後から刺すような視線を感じた。この視線は恐らく──。

 

「やっぱり、リアねぇでしたか。それとアイナさんも、おはようございます」

「ああ、おはようバカ弟め。⋯ついに行ってしまうんだな」

「おはよう、弟君!ちゃんと生きて帰って来なさいよ?さもないと、貴方のお姉さんが泣いちゃうからね!」

「その脅迫方法は、少しだけズルい気がします⋯」

 

 そんなことを言われたからにはなんとしてでも帰ってこなくてはな。

 

「話は変わるが、先ほどルークが話していたエルフ二人組は一体誰だ?」

 

 ──うん。滅茶苦茶怖い。リアねぇ達がこの場に到達する前にリュー達二人を帰した俺の判断は間違いじゃなかったな。

 

「⋯リアねぇ怖い、マジで怖いからそんなに睨まないで。誰って、アストレア様の眷族(ファミリア)の子達ですよ」

「弟君のお見送りかな?両手に花なんて、流石は弟君だね!お姉ちゃん、弟君は将来タラシになっちゃうんじゃない?」

 

 ──やめろこのアホエルフ!あんたが余計なこと言いやがったからリアねぇの表情が余計に険しくなっただろ!

 

「リアねぇ!さっきのは、そーゆーのとは違うんです!俺達は清き関係であり、不健全な要素が介在する余地は微塵も無いんですよ⁉︎」

「そこまで必死になられると、逆に怪しくなるぞ。⋯ルークがそんなに最低な男だとは微塵も思っていないから安心しろ」

 

 それなら安心だ。実の姉から『タラシ』認定などされたら俺はショックで遠征になど集中出来ない。

 

 ──船を出すぞ!部隊のメンバーは乗り込め!──

 

「お、そろそろ出発みたいです。リアねぇにアイナさん、俺の帰りと俺達の勝利報告を楽しみに待っていて下さい」

「そうだね〜、弟君の活躍を期待してるよっ!」

「ルーク──私は信じて待っているいるからな。必ず、無事に帰って来い」

「⋯はい、待っていて下さい」

 

 

 

 

「弟君、行っちゃったね」

「⋯心配はいらないだろう。あの両ファミリアの布陣は、間違い無く歴代最強だ」

 

 リアはようやく私の問いかけに対し、ちゃんとした返答をしてくれた。

 

「心配してないとか、明らかに嘘でしょ〜?だってさ──かれこれ数時間、船が消えてった水平線を眺めてるじゃないの」

 

 ⋯そうなのだ。船が出発してからというもの、アイナは何度もリヴェリアに『戻ろっか?』と声をかけていたのだが生返事を返すだけでその場から動こうとしなかった。

 しかも、しかもだ!その立ち方も普段のリヴェリアとは全く異なり、手を胸元で組んで祈りを捧げるかのようなポーズを取っている。これがあのリヴェリアなのか⁉︎と目を疑いたくなる光景だ。その様はまるで恋する乙女が恋人の帰還を祈っているかのようなモノ。

 

「『信じてる』なんて行ったんだから、シャキッとしなさいよ!」

「しっかりしなければいけないなど私が一番分かっている。⋯これから面倒なことになりそうだからな」

「それって、ギルドで話題になってるあの()()と関係あるの?」

 

 ──遠征出発より一週間ほど前。ギルド職員どころか各ファミリアの主神達でさえ『珍しい』と口を揃える出来事が起こった。

 

「まさか、あんなに不仲だったゼウス様、ヘラ様、ロキ様、フレイヤ様が四人だけで会談を開くなんてね」

「色々と、面倒な何かが起きそうだ」

「⋯リアもさ、心配になっちゃうから思いつめ過ぎないでよね」

「⋯分かっている」

 

 ──因みに。少し離れた位置では、とあるエルフの姉妹の姉の方がリヴェリアと同じ状態になって妹を困らせていたそうな。そして、そんな彼女達の姿を見てときめいてしまった男性達が大勢いたそうな。

 

 

 

 

 時は流れて団員達も寝静まった夜更け。場所は海上の船。船上では一人の少年が月明かりに照らされた海やきらめく星を眺めていた。そんな少年の背後から近付く人影が一つ。

 

「⋯リヴェルークか、こんな時間に一人で何をしている?」

「──団長ですか、どうしました?」

「⋯夜風に当たってリヴェルークが黄昏ているのが、少しだけ気になった」

 

 俺がキャラに合わないこと(夜風に当たる)をしていたのには当然理由がある。

 

「⋯ゼウス様やヘラ様からの指示が気に入らなかったか?」

「いえ、気に入らないとまでは言いません」

 

 ──正しくは無いが間違ってもいない。やはり団長の勘は人間なのか疑いたくなるレベルで鋭い。

 この感情は『気に入らない』というモノでは無い。なんと言えばいいのかは分からないが、しかし何故だかモヤモヤする。

 

「⋯主神様達の指示は、お前への信頼の現れだろう。そして事実、お前も()()なることを心のどこかで期待していた」

「確かに、期待はしていましたが⋯」

 

 事実、期待はしていた。しかし出発前に言われてからずっとそのことが気になって仕方が無い。だってまさか本当に──海の覇王(リヴァイアサン)を一人で討伐しろと言われるとは思ってもみなかったから。

 

「ゼウス様も言ってくれますよね。なーにが『真の覇王を決めてこい!』だ、それどころじゃ無いってのに!」

「⋯お前が気になっているのは、その間に俺達が陸の王者(ベヒーモス)と戦うことだな?」

 

 ──本当に鋭い。まさかモヤモヤが始まったキッカケを当てられるとは思わなかった。

 

「ええ、その通りです。怪物の一角とサシでやりたい気持ちはありましたが、それだと皆を守るっていう決意に反すると思いまして」

「⋯お前は真面目過ぎだ、もっと単純に考えろ。お前は一人で怪物を下して《矛》としての《力》を証明し、俺は怪物の攻撃を防ぎ切って《盾》としての《力》を証明する」

「まさか、団長の口からそんな言葉が出るとは思いませんでした」

 

 冷静で論理的思考がウリの団長がこういうこと言うから意外性があって逆に説得力が出てくる。

 

「⋯それに、俺以外にも心強い仲間は大勢いるからな」

『そうだぜーっ!俺達がいるからな!』

陸の王者(ベヒーモス)なんか、私達だけで十分だわ!』

 

 団長の声の後に次々と叫び声が響いた。後ろを振り返ると、いつの間にかゼウス・ファミリアの精鋭メンバーが船のデッキに出てきていた。それだけではなくヘラ・ファミリアの面子も勢揃いしていることに驚いた。

 

「話は変わりますが、ここ最近団長は俺のこと滅茶苦茶気にかけてくれますよね。何かあったんですか?」

「⋯今度産まれる子供が大きくなったら、リヴェルークみたいになるのかと思ってな」

「うえっ⁉︎団長の子供が産まれるんですか⁉︎」

『マジかよ!団長おめでとーっ!』

 

 なにそれ初耳なんだけど!それが本当ならお祝いとかプレゼントとかの準備しとかないと。

 

「⋯だからな、余計に負けるわけにはいかん。俺達は必ず生きて帰る」

「団長、この前の言葉もそうですけど死亡フラグ立て過ぎじゃないですか?」

「⋯それを粉砕してこその俺達だろう。フラグなど、へし折り投げ捨てる為にあるのだから」

 

 ──ははっ。やっぱり俺達のファミリアの団長はマジかっけーわ。




感想・評価、宜しくお願い致します!


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11話 覇王の激突

8月14日に日間ランキングで8位に入っていた事に気が付きました。この作品を読んだり評価してくださった方、ありがとうございます!

それと今回は短めです、申し訳ありませんm(_ _)m


 ──見渡す限り一面が血のような赤色。そこは《死海》と呼ばれている場所。その海が何故死海なのかと聞かれれば答えられる理由はたった一つ。()()()()()により海に住んでいる生物が喰われ尽くされてしまうから。この海が赤色なのはおびただしい量の生物の血液で染め上げられているから。

 その為に風に乗って漂ってくるのは塩の匂いを完全に掻き消すほどの強烈な腐臭。

 

「⋯凄い匂いですね。それにこの浮遊物は、もしかしなくても死骸ですか」

 

 道中で拾った木の枝でツンツンッとつついてみたがまるでゼリーのように柔らかいブニュッとした感触がする。正直に言うとかなり鳥肌が立った。

 

「この惨状を作り出したのが、他ならぬ()()()の怪物」

 

 目の前と言っても少年の立つ位置──死海の一部を凍らせた足場──から数百M(メドル)ほど離れた位置に()()はいた。離れていてもハッキリと見えるほどの巨体。その大きさはオラリオのダンジョンで今まで見てきたどの階層主よりも大きい。もしかすると階層主など一飲みに出来るであろう。

 それよりも何よりも無視出来ないのはその圧倒的な威圧感。《覇王》の異名を取る少年が久し振りに()()()()を感じ取ってしまったほどの圧力。にも関わらず──。

 

「見た感じで言うと、竜と言うより蛇と言った方が良さそうですね。もうこいつの呼び方なんて、海蛇って感じで良いですか」

 

 相対する少年の表情に悲観の色は微塵も無い。しかしながらそれは当然のことだ。──リヴェルーク・リヨス・アールヴはLv.8の冒険者である。冒険者歴こそ短いものの、その短期間で世界最高に上り詰めるほどに修羅場を数多く経験してきた。その過程で、死の予感など何度も味わった。

 

『グギャォォオオオオオオオオッ!』

 

 何故か背筋に悪寒がしたので警戒度を強めた直後。海蛇は数百Mほど離れている状況で俺の存在を感じ取ったらしく、こちらに向かって氷の息吹(ブリザード・ブレス)を行なってきた。

 

「【我が名はアールヴ──アヴァロン】」

 

 その程度で動きを止めるほど覇王も甘くは無い。敵のブレスを新武装の雪羅で切ってかき消して並行詠唱していた魔法を完成させる。

 並みの術者なら倒れかねないほどの莫大な魔力を消費して生み出したのは──夜空を覆うかのように浮かび上がる色鮮やかな槍。それですぐさま反撃に転じた。

 様々な属性で形作られた数百の槍は術者の少年の意思で海蛇へと一斉に降り注ぐ。その魔法は槍自体の持つ威力と重力で増した速度が重なり合って階層主をも屠るほどの技となる。迷宮内では無く外だからこそ出来る芸当だが、ヒュッと空を切る音を連発させて降り注いだ槍は──。

 

『グォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 しかしながら、海蛇に傷を付けることすら叶わなかった。それどころか放った槍の魔法が吸収されてしまったかのようにかき消えた。しかもこいつ──。

 

『───────グオオォォオオ。』

 

 ──俺の魔法を打ち消した途端に放つ威圧感が更に増してるな。

 

「まぁ、そんなことは関係無い──っ⁉︎」

 

 ──あっっぶない!あの海蛇、さっきよりも威力の強い氷の息吹を吐いてきた!

 俺はなんとか避けたが、正しくは避けざるを得なかっただけ。先ほどのように雪羅でかき消そうとしたが避けてなければ恐らく凍死していただろう。

 これはどうやら伝承通りの能力──魔法攻撃吸収を持っているとみて間違い無いな。尾ひれがついた伝承が広がっただけだと疑っていたので少し実験してみたが結果はご覧の通り。

 だとすると面倒だ。魔法攻撃を当てるとその分強化されてしまう。それ即ち攻撃方法が自ずと物理攻撃に限定されたようなものだ。

 ⋯この巨体相手に純粋な近接戦とか、かなり骨が折れる作業になるよなぁ。──まぁ負けるつもりは更々無いけどね。勝つ為ならば文字通り()()()()()でもこの怪物に喰らいついて喉元を喰い千切ってやるだけだ。

 

 

 

 

 海の覇王の心は荒れに荒れまくっていた。心を荒らしている原因は相手への驚きと己への怒り。

 海の覇王──ここより先では《()》と呼称──は敗北というものを味わったことがほとんど無い。唯一と言ってもいい敗北は今より数百年も昔に死闘を繰り広げた()()()との戦いのみ。アレだけはどう足掻いても勝ち目が無いと本能で分かった。

 いや、少し話を自分の良いように盛り過ぎた。──アレは闘いにすらならなかったと断言出来るほどの一方的な蹂躙(ワンサイドゲーム)だった。

 しかし、それ以外に彼が敗北を喫したことは一度たりとも無いのもまた事実。ダンジョン内部にいた時から喰いたいモノは気がすむまで貪り尽くしたし気にくわないモノは破壊の限りを尽くした。

 それ故に、彼は現状が飲み込めずに驚いている。

 ──何故この脆弱で矮小な生物は手足を喰い千切られても治すことが出来るのか。

 ──何故恐れを抱かず死地に身を投じることが出来るのか。

 それ故に、彼は現状から己に対して怒りを覚える。

 ──何故この脆弱で矮小な生物の心を未だに折ることすら出来ずにいるのか。

 ──何故この生物を未だに殺すことが出来ずにいるのか。

 ⋯もしもこの時、彼が傲慢さを棄てて勝利するための工夫に思考を割いていればこの死闘の結末はまた違ったものになったのかもしれない。

 何故なら現在、地の利があるのは海を住処とする彼の方であるのは明白だから。──覇王が海の中に引きずり込まれることに最大の警戒をしているほどに。

 そんなオラリオの覇王(リヴェルーク)海の覇王(リヴァイアサン)の死闘の明暗を分けたのは生まれながらの強者であったか否か──即ち、驕りがあるか無いかの差だけだった。




感想・評価・間違いの指摘など、宜しくお願い致しますm(_ _)m


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12話 真の覇王

ついに覇王対決が決着です。


 ⋯うーん。一通り観察してみたが、やはり海蛇は俺のことを今まで狩ってきた連中と同列視しているらしい。いや少し違うな。──コレは認めたく無いだけか?絶対強者の己が俺のような小型生物を未だに仕留めきれていない現状を。

 相手が慢心してくれているおかげで俺にとっての致命傷を受けること無く海蛇に切り傷を与える目論見は成功している。しかし裏を返せば、それは俺の攻撃も傷を与えているだけで致命傷には至っていないということ。

 あいつは魔法攻撃を吸収するので物理攻撃限定になるが新武装の雪羅で漸く傷を作れるほどの頑丈さ。

 

「⋯いやコレ、マジで倒す方法一つしかなくね?あまりしたく無いけど、討伐のためにはするっきゃないよな?」

 

 外部からの攻撃がほぼ効かない相手を倒す方法──それ即ち、内部からめった斬りしてぶった斬って殺るしかなくね?⋯うん、それでいこう。脳筋とか言われそうだけど知らん。

 手足噛み砕かれても消化液に溶かされても再生すれば良いだけだ。一番マズイのはこのままズルズルと長引かせて俺の精神力(マインド)が枯渇してダウンしちゃうことだし。ダウン中に喰われて死亡とか一番ダサい結末だ。

 

 

 

 

『グギャァアオオオオオオオッ!』

 

 ──彼は勝利の雄叫びをあげる。遂に!遂に!あの忌まわしき生物を丸呑みにする(仕留める)ことに成功したぞ!──と。

 ここまで時間にすると数時間ほどだが戦闘の密度が濃かった為にもっと長い間殺し合いをしているような気になっていた。しかし、それもここまでだ!あの生物はもうこの世に存在しないのだから!

 あんなに激しく動き回っていたくせに急に動きを止めて大人しく喰われたのには謎だがこれで終わりだ。

 故に──彼は酔いしれる。黒い竜とは違って格下の存在でありながらも自分を苦戦させた標的を仕留めたことに歓喜する。

 彼は気付いていない──破滅への爆弾(トロイ)が既に運び込まれてしまっていることに。

 

 

 

 

「【我が名はアールヴ──アヴァロン】」

 

 一度の呪文で二つの工程──胃液の凍結と適当な物を燃やすことで灯りを確保──を行う。胃液をそのまま放置しておくと溶かされそうだし。⋯つーか現に、この場に着いた時から周りの固形物が徐々に溶けてるのが見えるし。

 それにしてもここまで上手くいくとは流石に思ってなかったわ。強引に口を開けさせて自分の体を押し込んで内部侵入という最終手段も考えたほどだが『生まれながらの強者』などと謳われている海蛇にとっては口に入ったモノ全てがエサでしか無いのだろう。

 

「まぁ、そのありようが俺の勝機に繋がったから感謝だな。自分の反面教師として、怪物ながらも一生心に刻みつけておきます」

 

 ──強者を殺すのは強者故の慢心だというのは世の常だということを。

 

「─────フー、ハァー」

 

 何度も深呼吸をして集中力を極限まで高める。雪羅は鞘に納めたまま。これから放つのは俺の最高の抜刀術。

 しかしながら、集中力が散漫になると《剣聖》たる俺でさえ成功率が極端に落ちる技。邪魔者がいない怪物の腹の中(この場所)だからこそ極限まで集中力を高めることが出来る。

 

「抜刀一閃────【無間】」

 

 ──その一閃は音を置き去りにする超絶技巧。距離という概念を喰らうような飛ぶ斬撃を打ち出すという俺の持ち得る中での最強の抜刀術。

 ズババババッという地が割かれる音が響いた時には、その一閃は海蛇の前方方向の腹を内部から真っ二つに斬り裂くにとどまらず、更に後方の大地に百メートル以上にも及ぶ裂け目を刻み込んでいた。

 斬り裂いた場所から外に飛び出した俺は未だにこちらを殺す気で睨んでいる怪物と目が合った気がした──と同時に、この瞬間で仕留めなければヤバイという根拠の無い恐怖に襲われる。空中に散らばった肉片を足場にして海蛇の頭部付近まで一気に近付く。

 

「神技──【死響】」

 

 超高速詠唱で唱えた雷魔法を併用することで使える業。振るわれる刀の速度は《海の覇王》ですら見切れず、故に何度振るわれたか正確な数は分からない。

 分かったのは──自分が斬られたということ。次いで感じたのは身体が切り削がれた時に生じる身を蝕む激しい痛み。

 ──新武装・雪羅が振るわれたのは四度。しかし、たった四度の太刀筋にも関わらず見切れないほどの速さ。一度目で海蛇の最後の足掻きである魔法を斬り裂き、二度目で脳天をかち割る。三度目にはその切れ込みを利用して左右に真っ二つにし、四度目で腹を完全にぶった斬る。

 それ以上はオーバーキルになると判断したので四度で十全。それで死闘は終結した──。

 

 

 

 

「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯グフッゲホッ」

 

 なんとか呼吸を整えようとして失敗した俺はなんとか気合いで身体のダルさや身が千切れそうな痛みを我慢し、改めて()()に目を向ける。

 俺の視線の先にあるのは──死して尚、異様な威圧感を放つ怪物。死闘時は集中し過ぎてあまり気にしなかったが糸が切れた時にコイツを見ると『よく勝てたな』と思う。

 ──決して楽な戦いではなかった。魔方面では日頃陥ることは早々無い精神疲労(マインドダウン)一歩手前まで追い詰められた。近接面では新調した雪羅を大分消耗させてしまった。

 

「それより⋯かなり⋯⋯限界」

 

 自分の傷を魔法でしっかり癒したところで迎えたのは──精神疲労。遠くで自分の名を叫ぶ多くの声を微かに聞き取りながらも俺は襲ってきた疲労の波に身を委ねた。

 

 

 

 

「リヴェルークは無事か⁉︎お前ら全員、リヴェルークを探し出せっ!」

「副団長!あそこの小高い丘から北方に巨大な物体を確認出来ます!」

「⋯全員、周りに注意しながら北方に移動開始」

 

 ゼウス・ファミリアの《神域の盾(団長)》の号令を合図にファミリアのメンバーは注意を払いつつも各々の全力で北方に走り出す。

 そんな彼らが遠目で視認する事が出来たのは──()()()()()()()怪物たる《陸の王者(ベヒーモス)》に勝るとも劣らない怪物と、フラフラで今にも倒れそうなリヴェルークの姿だった。

 

「リヴェルーク、無事か⁉︎」

 

 叫び声が聞こえたのかは分からないが一瞬こちらに目を向けたかと思うと、次の瞬間にはその場に崩れ落ちてしまった。

 

「リヴェルークっ⁉︎──お前ら、回復魔法の並行詠唱開始!」

「⋯ポーションもありったけ用意しろ」

 

 騒ぐ団員達に俺と団長で指示を飛ばす。⋯取り敢えず回復魔法を施したがそれを眺めている団長が嬉しそうで寂しそうな表情をしているのに気が付いた。

 

「団長、何か思うところでもあるんすか?」

「⋯クティノス。俺達の自慢の息子は、更に遠くに行ってしまったかもしれない」

 

 ──それが嬉しくもあり、離れていくことが寂しくもあり、と団長は続けてそう述べた。

 

「どんなに遠くに行っても、あいつはあいつだろぉよ。今はあいつの偉業を素直に褒め称えときゃ良いんすよ」

 

 その方が単純で良いだろ?とイタズラ気味に笑いかければ団長も笑ってくれた。──未来のことなんか知らねぇ。今はただ自慢の息子を誇って褒めてやるだけだ。




愛刀・切姫は不壊属性なので、切れ味とかは新武装の雪羅の方が上なため、この死闘ではそっちを使っています。


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13話 絶望の降臨

いよいよvs黒竜です!
この作品を評価したり読んでくださっている皆様、これからも宜しくお願いします!

話は変わりますが、日刊ランキングに昨日38位、今日35位に入りました。これからも応援よろしくです!


「⋯ここ、は⋯⋯⋯?」

 

 気がつくと俺は寝心地が良いとはお世辞でも言えないベッドの上で眠っていた。意識が覚醒すると同時に俺の手を誰かが握ってくれている感触や温もりを感じる。

 

「リヴェルーク君、ようやく目が覚めましたか!」

「⋯なんで、ヘラ・ファミリアの副団長が俺の看病係になってるんですか」

 

 俺の側に座って俺の手を握っていたのは──ヘラ・ファミリアの副団長でありオラリオ三大美人の最後の一人でもある《麗剣》アルトリア・ヴァンハイムさんだった。こうしてお淑やかに振舞っている分にはとても清くて美しい人なのだが性格がかなりぶっ飛んでいる為に何かと振り回されたりした。──まぁ、その話もまた今度することにしよう。

 

「俺は⋯勝てたんですよね?」

「ええ。リヴェルーク君は古代より生きる怪物のうちの一体を一人で討伐しました、それは間違いありません」

「いやぁ、マジで死ぬかと思いましたよ!つか正直な話、闘ってる間に走馬灯的なものが見えましたし」

 

 本当にかなりギリギリの闘いだった。海の覇王(リヴァイアサン)──自分を成長させてくれた相手に敬意を払う意味で海蛇呼びはヤメた──の内部に侵入する為に動きを止めた際も相手が慢心せずに俺の行動の意図を考えて動いていたら結果はまた違っていた。

 

「まぁ、そんな終わったことよりも重要で最優先すべきことがあります」

「リヴェルーク君の最優先事項は何ですか?」

 

 現在の俺にとっての最優先事項。それは──。

 

「⋯腹減って死にそうなので、何か食べる物を下さいな」

「──ふふっ。分かりました、それは私の手料理が食べたいというアピールですね?」

「アルトリアさんの手料理は美味しいですから、作ってくれるのなら是非食べたいですね」

 

 勿論、俺に()()()()アピールをしたつもりは更々無い。しかしこの人は何故か俺を好いてくれている為にこういった前向き──どちらかと言うと自分にとっての──な解釈に基づいて何かと世話を焼いてくれるのだ。

 アルトリアさんがご飯を作りに行ってしまったので一人でボーっとしていると団長が訪ねてきた。

 

「⋯リヴェルーク、目が覚めたみたいだな」

「はい。団長は傷とか無いんですか?」

「⋯俺も他の皆も回復魔法で癒したから無傷だ。ただ疲労度が激しく、皆はまだ寝ている」

 

 それほどまでに疲労度が激しいのは当たり前だろう。なにせ相手は千年以上の時を生きた怪物。ソレを相手に圧倒など出来るはずが無い。瞬殺を避ける為にも相当気を使いながら立ち回る必要があるからな。

 しかしそれよりも気になったことが今の会話の中にあるのだが──。

 

「じゃあ、アルトリアさんは何故起きていたんですかね」

「⋯お前が気絶していた二日間、寝食を忘れてお前の看病に当たっていたからな」

「あの人、健気過ぎでしょう。性格がぶっ飛んでること以外はマジで完璧ですよね」

「⋯ぶっ飛ぶのは、お前に対してだけだがな」

 

 ──ソコが問題なんだよなぁ。何故か彼女に対してだけはゼウス様ですらお手上げ状態になっちゃうし。マジであの女たらしクソダメアホ神はアルトリアさんに関しては使い物にならねぇから。

 そんな感じで団長と話していると、ルンルンッという擬音語が似合うほど浮かれているアルトリアさんが戻って来た。

 

「リヴェルークく〜ん、ご飯の支度が出来ましたよっ!──あっ、ゼウス・ファミリアのイアロスさんもご一緒でしたか」

「⋯俺は別な場所に行こうか?」

「いえ、もし良ければイアロスさんも私の料理を召し上がって下さい。陸の王者(ベヒーモス)討伐の立役者の一人を追い返すなんて、流石に出来ませんよ」

 

 この人の良いところは『二人きりになりたい』というような目先の我欲に囚われずに行動出来るところだな。

 

「それにここでイアロスさんを追い返したりなんてしたら、リヴェルーク君に嫌われちゃいそうですし!」

「⋯ヴァンハイムは、相変わらずの素直さだな」

 

 ⋯本音もスパッと言えちゃう人だからある意味裏表が無いのも美点だとは思う。

 

 

 

 

「⋯ようやく全員が目を覚ましたようだ。皆がリヴェルークの無事な姿を見たがっていたが、先に移動などの準備をやらせている」

「遂に最後の一体、黒竜との戦闘ですもんね。準備はしっかりしとくに越したことはありませんから」

 

 あの後、俺と団長は美味しい手料理を頂いた。正直なところ味は今すぐ店を開けるレベルだろう。

 食後も談話したりして時間を潰したのだが、いよいよ最後の闘いに向けて出発するみたいだ。

 

「いよいよですね。正直な話──俺は少しだけ怖いです。きっと全員無事ってわけにはいきません、身近な誰かが死ぬでしょう」

「⋯何度立ち会っても慣れないのは、仲間が殺される瞬間だ。()()に慣れてしまった者は、きっと何処かが壊れてしまう」

 

 その言葉には重みがあった。きっと、かつての仲間が──。

 

「イアロス団長っ!全員の出発準備が整いました!」

「⋯そうか。リヴェルーク、そろそろ行くぞ」

「了解しました、団長」

 

 団長の後に続いて天幕から出ると既に武装している両ファミリアのメンツが並んでいた。殆ど全員の表情はいつもより若干硬いがそれも仕方無いだろう。なにせ、これから挑むのは三大冒険者依頼(クエスト)の中で最難関と謳われている怪物殺しだ。

 

「⋯ほぼ全員が力んでいるな、緊張しているのか」

「そりゃあ、力みもするでしょうね。相手は最強の竜ですから」

 

 見た限りいつも通りリラックスしつつも周囲に注意を払っているのは第一級冒険者くらい。──そんな彼らですら一切感じ取ることが出来なかった()()

 

「全員、頭上に警戒しろっ!」

「⋯【妨げろ──ウロボロス・シールド】」

 

 感じ取れたのは世界唯一のLv.8である《覇王》リヴェルークと優れた第六感を持つ《神域の盾(アイギス)》イアロス団長の二人のみ。

 天より降ってくる氷群の半分をリヴェルーク(最鋭の剣)が木っ端微塵にし、もう半分の防ぎきれない部分をイアロス(最硬の盾)が魔法でカバーする。感じ取ってから一切言葉のやり取りもせずに実行出来るあたり彼らの積み上げてきた絆の深さが伺える。

 

「な、なんだっ⁉︎」

「頭上からの攻撃に注意しろっ!恐らくこれは──」

「⋯黒竜からの奇襲攻撃だな」

 

 そんな言葉を肯定するかのように雲の中から一体の巨大な竜が飛び出してきた。

 

『グォオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 ──はは。冗談キツイだろ。こんなにも威圧感を放つ怪物を、姿を現わすまで認識出来なかったとか。それほどまでにコイツが気配を消すのが上手かっただけか。

 でもよ、こんなの相手にしたら笑うしかねぇだろ?海の覇王(リヴァイアサン)ですら()()()()じゃ無かったのにコイツ一体だけ明らかに格が違い過ぎる。

 

『オォォオオオオオオオオッ!』

「⋯【妨げろ──ウロボロス・シールド】」

 

 黒竜のブレス攻撃を団長が持つ唯一の魔法で完璧に防ぐ。あのレベルの強度の魔法盾が超短文の詠唱で使えるとか正直チートってレベルじゃないと思う。──はいそこ、お前が言うなとか言わないでね?

 

「団長にばっかりいいカッコはさせらんねぇな。⋯【我は望む、万難の排除を。我は望む、万敵の殲滅を。今宵、破壊と殺戮の宴は開かれる。立ち塞がる愚者に威光(ぜつぼう)を示せ──我が名はアールヴ】」

『グォオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 俺が詠唱を完了すると同時に黒竜は再びブレス攻撃を放ってきた。

 

「【アヴァロン】っ!」

 

 イメージするのはリュー・リオンの魔法。緑風を纏った大光玉で相手を穿つ星屑の魔法。天高く舞い上がるように放たれた散りばめられし光玉の群れは黒竜のブレス攻撃を無力化して黒竜自身にも届く──はずだった。

 

「──っ⁉︎全員、下がれぇぇぇえええっ!」

 

 黒竜の身体に当たった光玉がそのままの勢いで()()()()に向かってくる。

 

「⋯【妨げろ──ウロボロス・シールド】」

 

 何とか団長の魔法で防いだものの状況は全く良くなっていない。まさか──魔法を反射出来るのとはな。かつての逸話の中ではそんな話は出てこないが千年という時の長さで進化しないわけはないか。

 怪物の進化という悪魔のような現状が両ファミリアのメンツの闘志を折りかけていたその時──。

 

「諦めるなっ!この場にいるのは誰だっ⁉︎覇王()がいる。神域の盾(イアロス)がいる。そんでもって世界最強の精鋭部隊がいるだろ!やることはたった一つ、()()()()()()ようにジャイアント・キリングをなすだけだっ!」

「⋯リヴェルークに全部言われてしまったな。お前達、ココがプライドの見せ場だぞ」

『おぉーーーっ!やってやるわっ!』

 

 俺の叱咤激励に答えるかのように団員達の雄叫びが響き渡る。──さぁいくぞ、最難関の怪物(黒竜)。ここががお前の墓場だ。




評価や感想など頂けるとモチベーションが上がりますので、何卒宜しくお願い致しますm(_ _)m


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14話 英傑の墓場

今回は今までで一番多い五千字近くになりました。

それと、前回の話から最新話を投稿するまでで日刊ランキングで34位と16位に入りました。お気に入り登録も900突破!ありがとうございますm(_ _)m


 ──死屍累々──

 

 その戦場の悲惨な状況を言葉で表すのにこれ以上適切なものは恐らく無いだろう。むせ返るほどの血の匂いが充満する戦場に転がっているのは世界に名を馳せていた戦士達()()()もの。そんな凄惨な光景を前にリヴェルークは唇を噛みしめる。

 そして、その光景を目に焼き付ける。──己の無力さを悔やむ気持ちや仲間の無念をいつの日にか晴らしたいという思いと共に。それはまるで心に刻み込むかのようでさえあった⋯。

 

 

 

 

「【我が名はアールヴ──アヴァロン】っ!」

「⋯【妨げろ──ウロボロス・シールド】」

「【その祈りは天まで届く──アマテラス・ヘヴン】」

 

 俺と団長などの魔法で黒竜のブレスや爪、しっぽによる攻撃を防ぎヘラ・ファミリア団長の【アマテラス・ヘヴン】で使用した精神力(マインド)を回復する黄金パターンの繰り返し。単純だがそれ故に嵌れば強力。その作戦が功を奏して黒竜から受けた攻撃は未だにゼロ。しかしダメージを与えられていないのはこちらもほぼ同じ。

 リヴェルークの【アヴァロン】で氷柱を創り出し、それを駆け上がる形で黒竜に近付いて一撃離脱(ヒットアンドウェイ)を繰り返す。そこまではいいものの、先日屠った二体の怪物でさえ及ばないと言いきれるほどの強度な鱗があらゆる物理攻撃を通さない。

 更に反応速度がヤバすぎる為にそもそも鱗にさえ辿り着けない者が続出している。しかも《剣聖》のスキルで黒竜の弱点は目以外特に見つけられないのだが目に攻撃を当てることすら困難ときた。

 

「これじゃあ、膠着状態に陥って千日手になっちまうじゃねぇか」

「落ち着くニャ、分があるのは今のところこっちニャ〜」

「死地で余所見なんて、流石は《壊獣(クラッシャー)》クティノスさんと《白き風姫(シルフ)》セレナさん」

「そういうオメャーは、流石は《覇王》殿ってかニャ?」

 

 俺の皮肉なんてどこ吹く風といった感じで受け流されてしまった。話の掴みとして言った言葉だし別に流されたからって悔しくなんか無い。⋯無いったら無い。

 

「一つ試したいことがあるんですけどノリませんか?」

「ノッてやらんこともねぇけどよぉ──取り敢えず睨むのはやめろ。お前の睨みは迫力があり過ぎておっかねぇ」

「さっきの受け流されたのが悔しいのかニャ〜?ん〜?お姉さんに言ってみにゃ〜?」

「⋯セレナさんはこの死闘の後で覚えてて下さいね?まぁ、そんなことよりも俺の作戦は──」

 

 俺の脳筋作戦を聞いた単純な脳筋二人組は思い描いていた通り俺の作戦にノッてきた。──とは言いつつも『作戦』なんて言えるほど上等なモノなんかじゃないんだけどね。

 

「流石は世界唯一のLv.8にして、こと戦闘に限りゃあ頭のおかしさダントツ一位の覇王様じゃねぇかっ!」

「バカだアホだ鬼畜だリヴェルークだとは思ってたけど、やっぱりリヴェルークだったニャ〜」

「おいコラ、マジでお前ら二人共覚えとけよ」

 

 実際にこんな感じで単純脳筋戦闘狂阿保二人にさえ『イかれてる』みたいな言われ方しちゃったし。でもさ──仲間を守る為ならば俺はどんな狂人にだってなってやるよ。清濁併せ呑めなければ守れる者も守れないんだからな。

 それに、戦場で他人に頼ったんだから作戦内容を抜けばコレってかなり成長してるんじゃね?──というような何処ぞの姉が聞けば『むしろ悪化しているっ!』的な感じで怒りそうな思いを抱いていたりもした。⋯それから『リヴェルーク』は悪口じゃ無いと思いました。

 

「団長、ちょっとやりたいことがあるんですけど⋯」

 

 作戦実行許可を得る為に団長に話しかけたのだが、団長は何も聞かずに無言で首肯をするだけ。そんなことをされると──説明せずとも俺達を信じてくれる団長の信頼に何としてでも応えたくなる。

 

「ははっ、やっぱり俺って単純かもしれないな」

「気にすんじゃねぇよ、俺もアホ猫も同じ気持ちだ」

「アホ猫って言うニャッ!⋯でも、単純云々の話にはミャーも激しく同意だニャ〜」

 

 取り敢えず脳筋作戦開始だな。んでもって勝利の栄光を我らが団長に!ってな。

 

 

 

 

『グギャオオオオオオオオッ!』

「っ⁉︎いってぇなこのクソ野郎っ!リヴェルーク、再生頼むわ!」

「ミャーもお願いするニャ〜」

「【我が名はアールヴ──エデン】っ!んでもって、これでも喰らっとけや」

『グォォオオオオオオオオッ!』

 

 俺達の作戦はいたってシンプルなものだ。即ち──『黒竜が隻眼ならもう片方潰せばよくね?反応速度が馬鹿みたいに早いなら手足を犠牲にしてでも接近しつつリヴェルークの並行詠唱で再生させりゃよくね?』って感じ。

 コレ、頭のネジが2、3本は飛んでるとか思われても仕方無いかもしれないけどわりと使い慣れた作戦だったりするんだよな。実際に対海の覇王(リヴァイアサン)戦でも『再生すれば何とかなるさ〜』作戦を使ったし。

 

「つか、かなりの回数【エデン】使って突撃かましてるのに、未だに目を潰せてないというね」

「こうなりゃ、リヴェルークの()()()でも使っちゃうか?」

「んー、それも一つの手ではあるけどさ⋯」

 

 この状況でアレを使うのはあまり気乗りしないんだよなぁ。──そんな俺の躊躇が理解出来たのかどうかは謎だ。でも結果だけ見れば黒竜は俺が切り札を切ろうか考えた丁度その時にこの死闘を決めにきた。

 

『グルゥゥウウウウ──。』

「⋯おいおいおいっ!なんかあの野郎、チャージみてぇなことしてねぇか⁉︎」

「⋯防御魔法の使い手である団員は詠唱、それ以外は全員後ろに隠れろ」

「【我は望む万難の排除を我は望む万敵の殲滅を──】」

 

 団長みたいな第六感が無くとも俺が冒険者として何度も修羅場をくぐってきた経験が訴えている。──コレは絶対に避けれない。しかも、いつもの詠唱法では確実に間に合わない。だから高速詠唱してるんだけど練習以外で使うのメッチャ久し振りだ。そんでもって込める精神力は当然ながら残りのほぼ全部。

 

「【我が名はアールヴ──アヴァロン】」

「⋯【妨げろ──ウロボロス・シールド】」

「【その頑丈なるは聖なる光盾なりて──セイント・シールド】」

『グォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 ──ビキビキビキビキッ!──

 

『お前達の勝ち目など無い』という絶望を告げるかのように耳を塞ぎたくなるほど大きな亀裂音が鳴り響く。その音はきっと()()()()()だったのだろう。

 俺の【アヴァロン】で生み出した氷の壁を。団長の【ウロボロス・シールド】を。その他のメンバーによって編まれた防御魔法を。今まで皆を守ってきたそれら全てを嘲笑うかのように──赤い閃光が俺の視界を埋め尽くした。

 

 

 

 

「ぐぁっ⋯うぁぁあ⋯⋯」

 

 全身が痛む。恐らくすぐに再生させないとヤバいレベルの損傷。しかし、胸に下げていたリューから貰った魔道具がボロボロになっていたのでコレでもダメージは減らされているみたいだ。

 何とか力を振り絞って()()()右腕一本で上体を上げて後ろを振り返ると──目に入るのは倒れ伏す仲間と血の海。

 

「【我が名はアールヴ──アヴァロン】」

 

 きっと誰かが生きていることを信じて俺は残りの精神力を振り絞り、無理矢理魔法の効果範囲を広げて再生を施す。すぐに先ほどは喪失していた自分の左腕と右足の感覚が戻った。

 

「誰か⋯⋯生きてるか?」

「⋯何とか生きているぞ」

 

 いち早く答えたのは団長。それ以外で立ち上がれた奴は俺を含めて僅か()()。五十人近くいた人数がその六分の一近くまで減らされた。全盛期を支えたゼウス・ファミリアのメンバーも俺以外で僅か三人しか生き残れていない。

 

「⋯リヴェルークは今すぐ奥の手を使え。クティノス、セレナの二人は俺と一緒に、リヴェルークの為に道を切り拓く礎となれ」

「ヘラ・ファミリアの残り全員もリヴェルークに賭けるぞっ!全員、その命を捧げろ!」

「なっ⁉︎そんなこと俺がさせるわけが──」

「リヴェルークっ!」

 

 俺の言葉を遮ったのはゼウス・ファミリアの一員になって()()()聞いた団長の怒声だった。それに続く言葉は無く。しかし、向けられる視線には痛いほどの信頼があった。──こんだけ俺を信頼してくれる団長やその仲間を信頼しないで俺は誰を信頼するんだよって話か。

 

「黒竜からの攻撃への対処は全て任せます。俺はただただ、黒竜を屠ることのみに専念させてもらいますね」

「⋯それくらいは任せろ。全員、気合入れろよ」

『おぉぉおおおおおーっ!』

 

 頼もしい仲間達の雄叫びを聞きながらも頭の中ではしっかりとイメージ──自分に巻き付く頑丈な鎖を強引に引き千切る──を膨らませる。実際に切り札である《限壊》を使用するのに特にイメージは不要なのだがルーティンとして行っている。

 この札を切ることを躊躇っていたのは使用時はステイタスが超高補正される代わりに仲間が視野に入らなくなるから。それは全ての意識を敵に注ぐ結果である。つまり黒竜の攻撃を凌いでくれている仲間達を認識出来なくなることと同義であり、仲間達の努力に対する最大の侮辱だと思う。──でも使おう。それでもいいと彼らが俺を頼っているから。

 

「──《限壊》、発動」

 

 リヴェルークの顔に複雑な紋様が浮かび上がる──と同時にリヴェルークは愛刀・切姫を構えた。狙いを黒竜一点に定めた獣はただソレのみを視界に収める。

 

「⋯全員、リヴェルークの道を切り拓け」

 

 その言葉を皮切りに今代の()()達が動き出す。黒竜のブレスを魂を削って編んだ防御魔法で防ぎ。爪を用いた振り下ろし攻撃を腕を代償に受け止め。尻尾による振り回し攻撃を身体で強引に逸らす。全ては自分達の希望──()()の一撃へと繋ぐ為に。

 

「ハァァァアアアアアアアアアッ!」

 

 戦場を一陣の風が吹き抜ける。拓けた道を駆けるのは希望。──身体が軋む。文字通り《限りを壊す》動きに肉体が付いていかない。それでもリヴェルークは止まれない。

 彼の目には倒れ伏し、腕をもがれ、吹き飛ばされる仲間は()()()()()()。不思議と攻撃が自分に当たらずに逸れているという結果のみが映る。それでも──信頼に応えたいという想いは何故か理解出来ている。

 一心不乱に戦場を駆け抜け。ブレスの影響で舞い上がる岩石を足場に空を駆け抜け。遂に黒竜の目前に辿り着く。

 

「古のモノよ、ここで散れ。抜刀一閃──【無間】」

 

 普段ならば生半可な集中力では失敗してしまう業。ソレをなんでもないかのように繰り出せるのも限壊の利点。タダでさえブッ壊れているのに更に超高補正されたステイタスが生み出す一撃は普段の比ではなく──。

 

『グギャアアアアアアアアアアッ⁉︎』

 

 黒竜の潰れていない方の目から上半身までを真っ二つに切り裂いた。

 頭から叩き切られて生きていられる生物など決して存在しない。故に──勝ったという感情が、獲物を屠った手応えから限壊が解けた為に無理をした反動で一ミリも動けないリヴェルークにも攻撃を防ぐことに専念して英雄に道を切り拓いた他の七人の英傑達にも芽生える。

 そんな想いを嘲笑うかの如く──夥しい黒い粒子が黒竜の上半身より発生した。不吉を予感するかのように立ち昇る黒い光の粒に誰もが言葉を失う中、おぞましい勢いで真っ二つになっている上半身がくっ付く。

 戦慄と絶望に襲われている八人の視線の先でただ一箇所()()()が再生されていない黒竜が姿を現した。

 

『グォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 身体の一切が動かない。それどころか今にも意識が飛びそうな俺の視界を埋め尽くしたのは本日二度目の赤い閃光だった。流石の俺も死を覚悟したちょうどその時に俺の前に七つの人影が映る。

 薄れゆく意識の中で最後に俺が見たのは──こちらを笑顔で見つめる満身創痍の団長達の姿だった。




この作品は『黒竜無双』です。タグに追加しておきますが、黒竜のヤバさはマジパネェと思って下さい笑

感想や評価、是非お願い致します!誤字報告もお願いします。


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15話 栄華の崩落

この話も含めて、後日談をいくつか書いたら次章に移りたいと思います。


──報告書──

 

 特別に使用を許可されていた神の力で死闘を見物していた神々から『決着の報せ』を受けた我々ガネーシャ・ファミリアの冒険者は黒竜とゼウス・ヘラファミリアの死闘が繰り広げられた場所へと赴く。

 そこで見つけられた生存者は──ゼウス・ファミリアのLv.8《覇王》リヴェルーク・リヨス・アールヴとヘラ・ファミリアのLv.4《雪の妖精(スノー・フェアリー)》イレーネ・グラハムの()()のみ。

 二名を見つけた場所が数キロ離れていたことと発見時の周りの状況からイレーネ・グラハムは何らかの影響で戦場より吹き飛ばされたと推測。

 回収出来た遺品も僅か九つで、残りの全ては衝撃に耐えられずに木っ端微塵になってしまった模様。

 尚、発見から十日経った現在でもリヴェルーク・リヨス・アールヴが目を覚ます気配は未だに無い。

 

 

 

 

「こんなところに呼び出して、あんのクソ神はほんまどういうつもりなんや?」

 

 問いかけるのはフードを被って朱色の髪を隠している狡猾そうな女性。呆れ口調ではあるが何か面白いことが起きるのを内心では楽しみにしているのがバレバレな態度。

 

「さぁ?私は()()()()のことで忙しかったのだけれど」

 

 応じるのは、同じくフードを被ることで美し過ぎる容姿を隠している銀色の髪の女性。こっちの女性は本心から思っているからなのか『迷惑だ』と言わんばかりの雰囲気を全身から醸し出している。

 

「⋯ま、向こうの要件は一つやろな。ちゅうか、三大冒険者依頼(クエスト)に挑むって言い出した時から()()なるとは何となーく思っとったんやけどな」

「あら、流石は天界きっての道化師(トリックスター)ね。その勘の冴え具合は恐怖すら感じるわ」

 

 軽口を叩き合う二人の女性は最大勢力を誇っていた二柱の神が待つ高級店の個室へと向かう。そこで話される内容が以前にも聞かされた今後のオラリオの行方を左右するものであると何となく感じながら──。

 

 

 

 

 ──迷宮都市オラリオの二大派閥であるゼウス・ヘラファミリアの壊滅。並びにリヴェルーク・リヨス・アールヴが未だに意識不明の重体。それらの報せはオラリオ中を駆け巡る。当然ながらその情報はとあるブラコンの姉やその仲間の耳にも入った。

 

「死んだら決して許さんぞ、リヴェルーク(バカ弟)め⋯」

「ガッハッハッ!なぁに、彼奴はそう簡単には死なんだろう。なにせ、()()リヴェリアの弟なんじゃからな!」

「⋯ガレス、()()とはどんな意味だ?」

「怒らせると怖⋯なんでもないぞ、なんでもないからそう睨むな」

 

 好々爺の如く笑っていたドワーフの同僚を視線のみで黙らせた私は再びリヴェルークのことを考える。

 現在もゼウス・ファミリアの本拠地で眠っているであろう《覇王》。ロキから聞いた話ではあの隻眼の黒竜を()()へと突き落としたのはリヴェルークらしい。かつての英雄は己の命を代償にすることでようやく片目を奪って英雄譚として謳われている。それほどの功績だ。迷宮都市オラリオの住民達はリヴェルークの成し遂げた偉業を褒め称えるだろう。

 しかしながら、そんな偉業を成し遂げた本人であるリヴェルークが素直に喜ぶには出した犠牲が多過ぎた。

 

「ままならないな⋯」

「リヴェルークの性格上、自分自身を責めてしまうはずじゃからな」

 

 ガレスの言う通りだ。リヴェルークの性格を思えば、成し遂げた偉業よりも出してしまった犠牲に目を向ける。そしてきっと犠牲の多さがあいつの視点から見ると目立ってしまうだろう。

 きっと本人は成した偉業を誇れない。それなのに外野の私達が本人の気持ちを無視して褒めてしまうのは彼に対する一種の侮辱になる。しかし、自分勝手と言われても姉としては褒めてあげたい。『良くやった』と。『良く無事に帰って来てくれた』と。──故に『ままならない』と思ってしまう。

 そんな私の思考を打ち破ったのは私達を呼ぶフィンの声だった。

 

「ガレス、リヴェリア。ロキが話があるらしいから、今すぐ来てくれ」

「ガッハッハ、なにやら一波乱起きそうな予感がするわい」

「⋯ああ。わざわざ団長のフィンを使ってまで呼び立てるとは、余程のことらしいな」

 

 その予感は正しいのだと執務室で待っていたロキの悪巧みしている時特有の顔が雄弁に語っていた。

 

「今からやってもらいたいことがあるんやけどね、それは──」

 

 その表情を見てある程度の覚悟を決めていた私だったがロキが言ったことはそんな覚悟を嘲笑うようなぶっ飛んだ内容だった。

 

 

 

 

 ゼウス・ヘラファミリアについての報せは勿論とあるエルフの姉妹の耳にも入っていた。

 

「お姉ちゃん、リヴェルーク様は大丈夫だよね?」

「貰った魔道具の宝石の色こそ赤色ですが、砕けていないのであるならルークさんはすぐに起きるでしょう」

 

 ルークさんとの思い出は鮮明に憶えている。一緒にダンジョンに潜ったこと。より高度な戦闘技術を教えてもらったこと。バベルに買い物に行ったことなど。ルークさんには色々なことを教わってきた。それなのに私はまだ何も返せていない。

 貴方にちゃんと恩返しをしたい。それに、もっと沢山の事を私達に教えて欲しい。だからどうか元気な姿をまた見せて──。

 

「気になるならさ、一緒にルーク君の看病にでも行こっか?」

「団長は、ノリが軽過ぎるのではないでしょうか?それに今の状況では、私達でも建物に入れてもらえるかどうか不明です」

「そのことなら私に考えがあるから大丈夫だよ!ほらほら、神様的に言うならば『善は急げ』だよ!」

「お姉ちゃん、ここはアリシア団長に任せてみようよ」

 

 団長だけではなく心底行きたそうな顔のリュノにもここまで言われてしまったのなら素直に従っておく方が得策でしょう。ここで断固拒否してリュノをガッカリさせるのは私の望む展開ではありませんから。

 

「分かりました。しかし、決して騒いだりすることの無いように」

「分かってるよっ⁉︎全く、リューちゃんは私を何だと思ってるのかな?」

「⋯口で言わなければ分かりませんか?」

「くぅーっ、リューちゃんの冷たい瞳は破壊力がありますな〜。──ってごめんごめん、流石に病人の前では大人しくしてるよ」

 

 団長から言質を取れたので団長が騒げば遠慮無く静かにさせることが出来ると安心した私は、リュノと三人でゼウス・ファミリアのホームへ向かう──その道中で事件は起こった。

 

 ──ドゴォオオオオオオンッ──

 

『彼に会いたい』という願望を吹き飛ばすかのように突如地響きを伴って耳をつんざく轟音が鳴り響いた。原因不明の事態に混乱した住民達は冷静さを欠いて逃げ惑う。そんな様子を見て放置など『正義』を何よりも重んじているアストレア・ファミリアに所属する彼女達には出来ない。

 三人で手分けして住民達を音がしたのとは逆方向へと避難誘導した後に爆発音の原因を調べるために行動を起こす──のだが何故だか嫌な予感がする。何故なら音が聞こえた方向にある主な建物がゼウス・ファミリアの本拠地くらいだから。

 

「団長⋯⋯」

「⋯言わなくても分かってるよ。何でだろ、嫌な予感が止まらないね」

 

 辿り着いた場所はたった()()を除けばいつも通りの風景であった。普段ならば人通りの多いソコ付近には現在人影が全く見られないこと。それよりも何よりも普段と違ったのは──オラリオ最大規模を誇っていたゼウス・ファミリアの象徴たる豪邸と呼べるほどの建物が崩壊し十数人の冒険者が庭に倒れ伏している点だ。

 

「なっ⁉︎これは⋯酷い⋯⋯」

「──あっ⁉︎リヴェルーク様って、まだ意識不明だったよね?そういうことならもしかして⋯」

 

 リュノの呟きを聞いた私と団長は大声で彼の名前を叫びつつ瓦礫をかき分ける。──もしも。もしもこの大量の瓦礫の下に生き埋めになっていたら流石のルークでも無傷とはいかない。

 ケガ人の看病をリュノや応援に駆けつけたファミリアの皆に任せて手の空いた者と一緒に数時間かけてルークを探した。しかし──私達はルークを見つけることは出来なかった。




次章からはいよいよベル君の出番も!

感想や評価、宜しくお願い致しますm(_ _)m


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16話 頂点か道化か

更新遅くなりましたm(_ _)m

更新するまでに、日刊ランキングで9、14、49位に入りました!お気に入りも1000突破です!応援ありがとうございます(≧∇≦)


 迷宮都市オラリオの街外れ。人通りの少ない道を傍に逸れた小高い丘には雨に打たれる一人の人物がいた。

 降りしきる雨の中に佇むのは金の髪に赤い瞳の少年。彼の目の前にはボロボロの状態になりながらも未だ存在感を放つ五つの武器が地面に突き刺さっている。

 それらの武器は黒竜との戦場で散っていった英傑達のそれぞれの成長を支えし無二の相棒()。武器を見ただけでそれが誰の物であったかを思い出し、その人物達の様々な表情や暖かい日常の風景が思い浮かんでは消える。

 この場にあるのはたった五つ。それでも俺にとってはその五つだけで充分過ぎる証になる。それは──偉大なる英傑達が確かに存在したことと、そんな彼らを他ならぬ()()殺してしまったことから目を背けないようにするための証だ。

 

「やはり、ここにいたか。話の途中で急に飛び出していくから驚いたぞ」

「⋯ああ、申し訳ありません。未練がましくも、俺達の敗北を受け止めることが出来なくて」

 

 俺が話の途中で飛び出たのを見てすぐに追って来たのだろう。リアねぇも何も持たずに雨に打たれてずぶ濡れになってしまっている。──これは俺の失態だな。リアねぇならそうすると分かれたはずなのに。

 

「俺のせいで、リアねぇまで濡れてしまいましたね⋯」

「そんなことはどうでも良い。それよりも、お前は私を──私達ロキ・ファミリアを恨むか?」

 

 そう尋ねるリアねぇの表情は真剣で、本気で俺が姉を恨んでいる可能性すら考えているのだろう。そう思う理由はきっと──ゼウス・ファミリアの本拠地()()()()()がロキ・ファミリアの眷族だからか。

 正直に言うと『何言ってんの?』が初めてソレを聞いた時の俺の偽らぬ感想だ。

 なにせ目が覚めたら何故かロキ・ファミリアの本拠地のベッドで寝かされていて、その上どうしてこんな状況になっていのかと問えば『黒竜戦での二大ファミリアの崩壊』や、更に追い討ちをかけるかのような襲撃で『両主神がオラリオを追い出された』ときた。

 ゼウス様やヘラ様はきっと大丈夫だろうな。俺に施された神の恩恵(ファルナ)が消えてないし、何よりあんな巫山戯た神様でもやるときはやる神物だ。

 それに黒竜戦敗退はなんとなく分かっていた。俺が最後に見た光景がもう敗北一直線のモノだったから。

 だが、俺達のファミリアの完全崩壊は予想してもいなかった。しかもその襲撃の下手人についてロキの口から直接『自分達だ』と聞かされた。

 これほどまでに自分にとって悪い方への激しい状況の変化などすぐに『はい、そうですか』なんて納得出来るわけが無い──のが()()()の人間なのだろう。

 しかし俺は()()()()のせいで骨の髄にまで『弱肉強食』の原理が染み付いている。

 

「⋯こんな状況で聞くのもアレなんですけど、話の続きを教えて貰ってもいいですか?」

 

 変えたいと思ったことが無いと言えば嘘になる──が幼い日より何度も刷り込まれて人格の一部にまで昇格してしまったモノはもう直しようが無い。

 あんなに守りたかった仲間達の死を悲しいと。皆を守ると言っておいて皆に生かされた自分が情けないと。けれどもそう思うと同時に『俺達が弱かったのだから仕方が無い』と冷たく割り切って過去の出来事にしている自分がいる。──そのくせ未だに事実を受け止められずこの丘に足を運んで()()()を、事実を心に刻み込もうとする自分もいる。

 そう思ってしまう自分が嫌で。けれどもそんな自分を変えられない。割り切っているはずなのに心の何処かが悲鳴を上げる。そのジレンマ(ズレ)から目を背ける為に。気付かないフリをする為に俺は敢えてリアねぇに話を続けさせる。

 

「⋯ああ、分かった。ギルド本部の意向は『唯一生き残った第一級冒険者を色々な意味で遊ばせておく余裕は無い』ということらしい」

「なるほど、それはつまり──」

 

 ──ゼウス・ファミリアを潰したロキ・ファミリアかヘラ・ファミリアを潰したフレイヤ・ファミリアのどちらかに所属せよ、という無言の命令というわけか。⋯全く。管理職に就いている人間も大変だな。覇王()に恨まれる可能性すらあるのに闇派閥(イヴィルス)の増長を出来るだけ抑える為、俺の扱いについてそんな意向を取るとは。

 まぁ俺も更に力を付ける必要があるしギルドの意向に反意を示す理由は今のところ特には無いから従うけど。

 

「それからもう一つ。ルークの()()()()()()に伴い、新しい二つ名が決まったそうだ。ルークの新しい二つ名は──」

 

 その二つ名は珍しくも神が純粋にリヴェルークの成し遂げた偉業を讃える為に付けた名だったのだが、本人であるリヴェルークにはくしくも()()混じりのモノにしか聞こえなかった。

 

 

 

 

 リヴェリアから通り一遍の話を聞いた後でリヴェルークはロキ・ファミリア内部で与えられている部屋に帰って来ていた。視線を備え付けの机の上にやると──そこには欠けたりヒビ割れたりとボロボロな四つの武器が存在している。

 先ほどの丘には元々九つの武器があったのだがリヴェルークがその内馴染みの深い四人の武器を持ち帰って来たのだ。殆どの部位が欠けて鉄屑と化しているのはイアロス団長の盾。持ち手の無くなった鉄塊はクティノス副団長の斧。切っ先の欠けた二(ふり)の剣は幹部であるセレナの愛剣。四つの中で唯一元の形を保っているのは他派閥の俺なんかを気にかけてくれたヘラ・ファミリアのアルトリア副団長の大剣。

 俺が心から信用し、信頼し、尊敬していた英傑達の相棒()。姉二人と俺という三人で世界が途切れていた俺に仲間の暖かみを教えてくれた、世界の広さを教えてくれた人達。武器を通して今は亡き彼らに告げるかのように少年は言葉を紡いだ。

 

「俺の二つ名──至天(クラウン)だそうですよ?娯楽好きの神様達も、偶には()()名前を付けますよね」

 

 リアねぇの口から教えてもらった俺の二つ名は鍍金の英雄たる俺にはピッタリの二つ名だ。

 神様達はどうやら古の英雄と同じ偉業を成した俺を純粋に讃える為に頂点に立つ者(crown)と名付けたようだ。しかし俺は『仲間を守る』とあれだけ誓ったくせにその仲間に生かされただけの存在だ。──ははっ。なるほどこれではその名の通りの、まるで道化(clown)ではないか。

 これは本当に傑作だよな。純粋な敬意でつけられた二つ名なのに捉え方によってはまさかこんな皮肉なモノとして捉えることが出来るとは。

 

「でも⋯例え俺が鍍金だろうと道化だろうと、いつの日か必ず──」

 

 ──あの黒き竜を下してやる。だから今は力を付けなくては。その為にもどちらかのファミリアに入る必要があるのだが⋯。

 

「道化なら道化らしく、似た者が主神のファミリアに入るのがいいよな」

 

 少年は部屋の外に出て道化師が待っている気がする場所に足を運ぶのだった。




最近モチベーションが下がり気味なので、どんな些細な感想や評価でもいただけると幸いです。これからも宜しくお願い致します!


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過去話 覇王のデート

今回から数話は過去の話を入れて、ベル君も出てくる次章に移りたいと思います。


「⋯リヴェルーク、お前宛てに手紙が届いてる。」

 

 そう言われてイアロス団長から差し出された便箋は白を基調としたシンプルな物ながらも端の方に美しい桜の花の絵が描かれている。

 

「団長、わざわざありがとうございます。因みに、宛名は誰からの手紙ですか?」

「⋯ヘラ・ファミリアの副団長からだ。」

 

 その名を告げられた時、団長には目の前にいる少年の表情に若干の怯えの色が浮かぶのが見て取れた。

 

「──え?あー⋯⋯その⋯⋯ソレって中を見なきゃダメですかね?」

「⋯残念ながらな。見なかった時の方が確実に面倒なことになる。」

「アハハッ、デスヨネー。」

「⋯それに、向こうのファミリアには借りがある。こちらは強く出れないところを狙われたのかもしれない。」

「──ハァ。そういうことなら分かりました、行ってきます。」

 

 

 

 

 俺の今の気分は憂鬱だ。よりにもよってあの副団長からの手紙とか絶対に碌なもんじゃないぞ。

 

『リヴェルーク君へ。

 明日デートに行きましょう。朝の九時に北部の広場の銅像前で集合でお願いします。

 ヘラ・ファミリア副団長、アルトリア・ヴァンハイムより。』

 

 ──こ、この人はっ!いくら同盟を結んでるからとはいえ他派閥の男をデートに誘うなよ!しかも手紙だと一見まともそうに見えるが俺に拒否権が無く一方的で、尚且つ()()()の俺を誘っている時点で普通じゃない。

 ⋯うわー。団長にはああ言ったけどやっぱり行きたくないわー。

 

「リヴェルーク、何か困り事かっ⁉︎俺らで良けりゃあ話聞いてやるぜ!」

「そうニャー、話してみるニャ。」

 

 オラリオ三大美人の一人であるLv.7の《麗剣》アルトリアさんからの手紙を前に唸っていた俺に声をかけてきたのは同じくLv.7である副団長の《壊獣(クラッシャー)》クティノスと幹部の《白の風姫(シルフ)》セレナであった。

 この二人なら人生の先達として今の危機的状況を脱する何か良い案を授けてくれると思ったのだが⋯。

 

「あー⋯⋯こりゃあどうしようもねぇな。諦めて逝ってこい、モテモテなリヴェルーク君よ。」

「ミャーにもコレは無理だニャ、潔く逝ってこいニャ。」

 

 ──秒で見捨てられた、だとっ⁉︎しかも行ってこいのニュアンスが違うように聞こえたのは気のせいか⁉︎いや、気のせいじゃないよね⁉︎

 

「ちょっ、お願いですから見捨てないでよ、ホントに助けてぇ!」

「こればっかは俺らにゃあどうしようも出来ねぇんだ。⋯すまねぇな。」

「ミャー達の力及ばず⋯無念だ、ニャ。」

 

 うん、完璧に見捨てられちゃった。こうなったら最後の手段だ。

 

「ゼ、ゼウス様!俺に何か良い案を教えて下さいっ!」

「ふむ、良い案か⋯。あるにはあるぞ?」

 

 藁にもすがる思いで我らの主神様に尋ねたのだがよほど自信があるのか不敵な笑顔を浮かべている。

 

「マジで?教えてっ!」

「⋯それはのぉ、『ファミリア()のためにも潔く諦める』ということじゃ。以前のように騒ぎを起こされてはかなわんからの。」

 

 ──つ⋯⋯使えねぇ!なんだよその案。この駄神、マジで使い物にならねぇぞ⁉︎

 

 

 

 

「お待たせしました、リヴェルーク君。」

「いえ、俺も今来たところです。お久しぶりですね、アルトリアさん。」

 

 ──うん。あの後、俺は結局『諦める』という手段を選択した。だってこの人、ヒューマンのくせにアマゾネスみたいな性格してるから断るとまた強引に連れ出されるに決まってるし。

 以前断った時はゼウス・ファミリアのホームにまで来て俺を小脇に抱え、そのまま拉致ったほどの行動力の持ち主だ。そんなことをされるとは全く思っていなかったので俺は呆気無く拉致られた。

 こんな情報を知っているのはゼウス・ヘラの眷族(ファミリア)とその他の派閥の極一部なので世間では美人でお淑やかな女性として通っている。──皆、この人にまんまと騙されてるよっ!

 

「リヴェルーク君、今変なことを考えていませんか?」

「いえ、何も考えておりません。」

「⋯そうですか。まぁいいでしょう。そんなことよりも、今日はお姉さんとお洋服屋さんに行きましょうね!」

 

 あ、これいつものパターンや。俺がまた着せ替え人形になるパターンや。

 

「リヴェルーク君は普段からエルフ用の洋服は着ていませんから、ヒューマン用のお店でいいでしょうか?」

「はいはい、もうなんでもいいよ。」

「ふふっ、拗ねているんですか?そんなところも可愛いです。」

「可愛いっていうなっ!あと、さりげなく手を繋ぐなーっ!」

 

 周囲から好奇というより微笑ましいモノを見るかのような視線を集めているのでめっちゃ恥ずかしい。ただでさえ俺は注目されるのが好きじゃないのにっ!まぁ、変装しているから俺達が《覇王》と《麗剣》だとはバレてないとは思うけど。

 つーか、俺が思いっきり振り払おうとしてるのに全くビクともしない。ランク差を物ともしていないこの力はどこからきているのか毎度のことながら不思議だ。

 

「力強過ぎでしょ、何で振りほどけないの!俺の方がステータス的には上なはずなんだけど!」

「うふふふふふ、それはスキルのおかげとだけ言っておきましょうか。」

「何それ、ずっるい。離せー、離してくれーっ!」

「そこまで必死になりますか⁉︎⋯まぁ、そうやすやすと離したりはしませんがね。」

 

 組まれた腕を振り払えない以上は大人しく着いて行くしかねーな。つか、一つ上のレベルの人間を拘束できるスキルとか滅茶苦茶気になるんだけど。でもその辺を詮索すると『教える代わりに言うこと聞け』くらいは言ってくるほど図太い人だから聞かないが。

 

「それでは早速、服屋さんに行きましょう!今日は私がプレゼントしますよ。」

「え?珍しいですね。普段は日用品とか勝手に選んどいて、俺には『買っときなさい』って指示してくるだけなのに。」

「いいからいいから、細かいことを気にしてはいけませんよ。」

 

 まぁ結局、前に指示された色んな服や日用品も買った()()をしただけで殆ど買っていないのは黙っていようと思う。だってバレた時の反応が怖いし。

 

 

 

 

 俺は洋服を買いに来たはずなのに──どうしてこうなったんだ。

 

「やっぱり、普段から着ているので袴のような服装の方が良く似合っていますね。しかしそれでは代わり映えが無いので、敢えて騎士服にした方が良いでしょうか。ですが、紳士服も捨てがたいです。いえ、ここは大穴狙いでメイド服⋯。」

「それはマジ着ないからね。大穴狙い過ぎだから!しかも、段々コスプレ大会になってない⁉︎」

「ふふっ、似合うと思いますよ?」

 

 この人やっぱり俺を着せ替え人形にして楽しんでやがるな。それがプチファッションショーみたいなことになっちゃってるから周りに人がポツポツと集まって来てしまった。

 これ以上注目を浴びるのは嫌なのでそろそろ切り上げるとしよう。

 

「もう、さっきの騎士服で良いんじゃないですか?アルトリアさんも似合ってるって言ってましたし。」

「人が集まってしまいましたので、それにしましょうか。買ってくるので待っていて下さいね。」

 

 そう言うとアルトリアさんはコスプレ感がパナい騎士服をレジに持って行った。半ば強引にとはいえ女性にばかり物を買わせるのはハイエルフ(王族)としてのプライドが許さないので俺はお礼の品を買うことにしたのだが⋯。

 

「ヤバイな、アルトリアさんって何を貰うと喜ぶのか全く分からないんだけど⋯。」

「おやおや、もしかして女性への贈り物をお探しですかな?」

 

 そう俺に声をかけてきたのは紳士然とした普通のお爺さんだった。──いや、ゼウス・ファミリアに所属している冒険者だからこそ分かる。この()物は⋯。

 

「──ハァ。こんなところで何をしてるんですか、ゼウス様。」

「むむ、バレてしまったわい。流石に分かってしまうようじゃな。」

「そりゃあそうでしょう。数年もの間毎日顔を合わせてますし、何より神の恩恵(ファルナ)で繋がってますからね。」

 

 まさかこんなところ(服屋の中)でゼウス様と会うことになるとは驚きだ。

 

「⋯で?ゼウス様は何してるんですか、まさかまた浮気ですか?」

「いやいや、それは無いわい!ルークたんのことが心配になってつけていたってわけじゃ。」

「なら別に良いですけどね。それより、俺に何か用ですか?」

「そうじゃったな、ルークたんにアドバイスをしようと思っての。」

 

 ふむ、なるほど。ゼウス様は浮気野郎ではあるがそれ故に女性を喜ばせるプレゼントとか詳しそうだな。

 

「是非とも、ゼウス様の考えを教えて下さい。」

「勿論良いぞ。それはのぉ──。」

 

 ──流石は女たらしクソ野郎だ。プレゼントのチョイスもさることながら理由もかなり説得力がある。

 

「それにします、ありがとうございました。」

「気にすることは無いわい!他ならぬルークたんの為じゃからな!」

 

 

 

 

「ごめんなさいね、レジが混んでしまっていたので遅くなりました。」

「いえいえ、気にしないで下さい。」

 

 寧ろ精算が遅れてくれたお陰でお礼選びをすることが出来ましたし、助かりましたよ。

 

「はい、リヴェルーク君にプレゼントです!とても良く似合っていたので、日常的に着て下さいね。」

「ありがとうございます。これは、俺からのお返しです。」

 

 そう言うと儚げながらも美しい少年はその場で跪き、見せないように上手く後ろ手に隠していた()()を差し出した。幼いながらも品を感じされる所作に女性は見惚れていたが自分の置かれている状況を遅れながらも理解すると焦り始めた。

 

「うえ?──っ⁉︎不意打ちでソレは卑怯ではありませんかっ!」

「では、今まで色々と振り回されたことに対するお返しということで。」

「⋯ふふ、これは一本取られてしまいましたね。それならば遠慮無く貰いましょうか。」

 

 そう言って微笑むアルトリアさんの表情は喜びの色に満たされていて、見ているこっちがなんだか恥ずかしくなるくらいの喜びようだった。

 マジでゼウス様の言葉──人の心は千差万別じゃがな、プレゼントが選び放題の今でも未だ花は第一線で通用しておるのは何故じゃと思う?それはの⋯心ではなく色や形が、香りが、そして儚さが人間の本能にピッタリとハマるからじゃ──が役に立った。

 

「リヴェルーク君──本当にありがとうございます。とても嬉しいです。」

 

 ゼウス・ファミリアの一員としては果てしなく複雑なのだがゼウス様の女遊びによって磨かれたセンスは流石の一言に尽きるからな。だから今回は素直に感謝しておきますよ?我らが偉大なる女たらし駄神(ゼウス)様。

 ──そんでもって後日デートを偶然ながら見つけた何処ぞのシスコンな姉やエルフの姉妹への説明に尽力したのは言うまでもないことだ。




今回は本編9話でヘファイストス様との会話で出てきた騎士服についての話です。
オリ主であるリヴェルークと誰かの絡みが読みたいというご希望があれば、教えていただけると頑張って書きます!

感想や評価、宜しくお願い致します(`_´)ゞ


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過去話 過ぎし日常

更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした!今回はいつもより少し多めの文字数になっております。


「団長、諦めてアルトリアさんとデートに行ってきます。」

「⋯ああ、楽しんでこい。」

 

 憂鬱そうな表情を浮かべつつも色々とぶっ飛んでいる美人ヒューマンとのデートに行くことを決意したエルフの少年を見送った男性は、今から数年前の入団試験の日を思い出す。

 ──当時の入団試験においてあの少年は他の志願者と色々な意味でかけ離れていた。

 見目麗しいエルフの中でも更に整った顔立ちでありながらその表情に一切の変化は無く。幼いながらも王の如く圧倒的な風格を漂わせて志願者どころか神ゼウスの眷族(ファミリア)のエルフ達からも初対面で何故か畏敬の眼差しを集め。試験の模擬戦では相手役を務めたLv.2へのランクアップ間近である団員に恩恵(ファルナ)()()で勝利した。

 試験後にエルフの団員達の報告で少年がハイエルフ(王族)であることが発覚した。それだけでも充分に期待出来る人材なのだが、Lv.1の中では最上位とはいえ恩恵持ちの冒険者に勝利するという実績が加わり特例としてファミリアの蓄えからお金が出されて一級品の武器が作られることになった。

 

「──てなわけで、これから俺と一緒にヘファイストス・ファミリアっつーとこに行くぞ。」

「俺には自分の愛刀があるからそんな物は不要です。」

「そんじゃあ、ついでにソレの整備もお願いすりゃいいんじゃねぇか?刀については良く知らねぇから他には鑑定も頼むことにすっか。」

 

 俺の言葉を受け流して『それじゃあ早速、レッツゴー!』なんて高テンションのままに叫ぶとクティノス?と名乗った副団長である男性は俺を脇に抱きかかえて歩きだした。──って、俺は少し重めの荷物か何かかよ。

 

「恥ずかしいから降ろして下さい、自分で歩きます。」

「って言いつつ、目ぇ離すとダンジョンに突撃かましそうだからなぁ。うーんどうすっかな⋯手ぇ繋ぐか!」

「いや待ってよ、そんな恥ずかしいことは絶対に出来ませんから結構です。」

 

 こんな屈辱的な扱いをされるくらいならコイツをぶっ倒してでも逃げてやる。

 

 

 

 

 あの後結局どう足掻こうとも俺はクティノスの手を繋ぐ(拘束)から逃れることは出来なかった。

 そりゃあそうだろ。いくらなんでも無理ゲー過ぎるわ。俺が最近恩恵を授かったばかりなのに対して相手は最近Lv.7にランクアップしたという第一級の化物だ。抵抗などするだけ無駄ってやつだな。

 

「ほい、到着っと。──ヘファイストス様、お久しぶりっす。」

「ええ、久しぶりね。それで今日の要件は何かしら?」

「うちの新入りのリヴェルークの持ってる武器の鑑定と、新しい武器の作成依頼っす。」

 

 そう言うとクティノスは俺から没収していた愛刀・切姫をヘファイストスと名乗った女性に手渡した。

 本来なら見ず知らずの奴に渡すなんてマネは絶対にしない──その一心で刀の整備法も覚えた──のだがこの女性に対しては何故か不信感を抱くことが無い。なるほど、やっぱり神様って存在は色々と凄いな。

 ──と、そんな風にリヴェルークが一人で変なところで神の威光に対して感心している間にクティノスとヘファイストスの会話はそんな少年の話へと移る。

 

「ところで、あんな文字通り才能の塊みたいな逸材を何処で見つけたのかしら?」

「いやあいつは俺達が見つけたっつーより、あいつが自分から見つかりに来たっつー感じっす。まぁ強いて言うなら、意図せずの大発掘ってヤツっすかねぇ。」

「そう、それなら嬉しい誤算というモノね。ただし分かっているとは思うのだけれど⋯。」

 

 神ヘファイストスは気を遣ったのか言葉を濁したが、それでも冒険者として長いことやっているクティノスだからこそその言葉の続きが分かってしまった。

 

「⋯リヴェルークは冒険者らし()()()、って言いたいんすよね?」

「分かってるのなら良いのだけれど、アレは本当に目を離すと一人で死にかねないわ。」

「そうならねぇように、俺達が見張ってる必要があるのは分かってるんすけどね⋯。」

 

 しかし『周囲のそんな心配など知らん』と言わんばかりにいつの間にかリヴェルークは一人でダンジョンに潜ってしまう。見張りはつけているのだが都市最大ファミリアの片翼を担うゼウス・ファミリアのすべき役目はわりと多い為どうしても目を離さざるを得ない時がある。

 クティノスが困ったように力無く笑うのもそういった複雑な事情が絡まりまくってリヴェルークの見張りを十分に出来ていない現状を理解しているからだ。

 

「それにあんだけ無愛想だと不協和音の基になりかねねぇんですけど、そこはアイツがまだまだガキなのが幸いしましたわ。」

「あれだけ幼い子を『無愛想だから』という理由で放置するほど器の小さい人物はいないでしょうからね。」

「⋯俺の武器の鑑定はもう終わりましたか?」

 

 二人の会話に横槍を入れたのは会話の対象である店内でボーッと佇んでいたリヴェルーク本人だった。

 どうやら待ちぼうけに飽きてしまったらしく、今にもダンジョンに突撃したそうなほどにソワソワしている。流石に長々と話し込み過ぎてしまったみてぇだな。

 

「ごめんなさいね、話し込み過ぎてしまったようだわ。」

「悪りぃなリヴェルーク、俺が会話を長引かせちまってな。」

「いえ、お気になさらず。」

 

 神ヘファイストスは『その辺のお店でも眺めていて』という言葉を残して自分の作業室に行ってしまった。コレは結構時間がかかる感じなのかな?だったらお店なんかよりもダンジョンに──。

 

「言っておくが、ダンジョンに行くのは禁止だからな?」

 

 ──なんということでしょう。自分でも惚れ惚れするほどの名案を提示する前にクティノスからキッチリと釘を刺されてしまった。俺ってそんなに分かりやすいのだろうか?

 

 

 

 

 ゼウス・ファミリアのホームのとある一室。そこでは一人の少年がベッドに横たわっている。普段ならばそのような無駄な時間を費やすことを良しとしない彼ではあるが今は神ヘファイストスの言葉が脳裏から離れずにこうしてボウッとしている。

 

「⋯お前がそのように大人しくしているなど珍しいな。」

「団長、他人の部屋に入るならノックくらいはして下さい。」

「⋯したところで、お前が無視をするのは分かりきっていることだからな。」

 

 まぁ実際その通りなので文句も特に出てこない。

 

「それで、俺に何か用事でもあるんですか?」

「⋯お前の持っている切姫についてなのだが。」

「ああ、なるほど。クティノスから鑑定結果でも聞きましたか?」

 

 自分で選択したので分かっていたのだが、やはり俺の出した結論──新武装は作らず切姫一筋でいく──にクティノスと同様言いたいことがあるみたいだな。

 俺の脳裏に浮かぶのは昼の出来事。あの刀を初めて見せた時に神ヘファイストスは僅かながらも()()していた。クティノスとの会話を長引かせたのも恐らくその動揺を落ち着かせる狙いもあったと思う。──もしかしたら無意識的な行為だったのかもしれないが。

 

「⋯お前の愛刀がまさか《持ち主に試練を運ぶ呪われし刀》などという代物だったとはな。」

「まぁ、俺の目的は強くなることなので試練の方から来てくれるのは嬉しいですけどね。」

 

 神ヘファイストスの話によれば切姫はかつて一人の神に何度も請われて作ったモノらしい。

 今から数年ほど昔。その神のファミリアに極上の逸材が入団したそうだ。その少女の為に神はヘファイストスに武器の作成を頼み込んだ。初めは断っていたヘファイストスだが実に一ヶ月毎日のように通われては折れざるを得なかった。

 才ありしとは言え駆け出しの少女にピッタリの武器は何か。そう模索して辿り着いたのは鍛治師達にとっては邪道中の邪道とも言える武器。ソレは使い手が成長すれば強化される武器。即ち──勝手に至高へと辿り着く武器である。

 切姫にはその神が《神聖文字(ヒエログリフ)》を刻んだ通りステイタスが発生している。つまりは生きているのである。

 使い手が最強に至れば武器もまた最強へ至るものであり、刀と同じくその神の恩恵(ファルナ)を授かった者にしか扱えない代物である。

 それ故にヘファイストスは驚いた。切姫は持ち主と同様に成長する──つまりは持ち主を写す鏡である。そんな切姫が呪われるということはかつての持ち主である少女が切姫に《試練を運ぶ》という呪いが付与されるほどに強さを渇望したということであり、その神の眷族ですらないリヴェルークが何故か切姫を使いこなしているのだから。

 

「神ヘファイストスですら分からないのに、俺に聞かれても何のことですか?って感じです。」

「⋯初めて切姫を見た時に違和感を抱いたのだが、ヘファイストス様の説明で理解出来た。」

 

 違和感を抱いて当然だろう。なにせ本来は扱えない人物が手足の如くその武器を扱っているのだから。その違和感も第一級冒険者や最上位の鍛治師で何となく感じ取れるモノだとは思うが。

 

「⋯お前が切姫を使うと決めた以上、これから先様々な困難が降りかかるのは確定だ。故にお前にダンジョン攻略の許可を出す。」

「おお!遂に正式な許可が出ましたね。」

「⋯困難が降りかかるなら、ソレを超えられるように経験を積んでもらう必要があるからな。」

 

 そう言うと団長は俺の部屋から出て行った。

 ⋯それにしても今日一日で色々な出来事があり過ぎたな。まさか()()から貰った切姫がそんなトンデモナイ代物だったとは。

 昔から読めない文字が刻まれているのは知っていたが強くなる上で関係の無いことには無頓着過ぎたな。昔から切姫で訓練を受けていたから武器の強弱とかも気にならなかったし。

 まぁ何も告げずに俺に切姫を託した師匠に言いたいことや聞きたいことは色々とあるのだが、それでも俺は全ての感情を押し殺して『ありがとう』と心の中で感謝を述べる。この武器さえあれば試練が降りかかるのは確定なんだし後はそれらを超えるだけだ。そうして俺は絶対強者になってリアねぇやアイナねぇを守る剣となろう──。

 

 

 

 

 ──なんて思っていた時が俺にもありましたね。かつての自身への誓いを思い出しながら苦笑する俺の見つめる先では守ると決めた姉が()()()()()を見せつけている。

 

「おいおい、お前の姉さんも流石って感じじゃねぇか!」

「アレが噂の《九魔姫(ナイン・ヘル)》リヴェリア・リヨス・アールヴかニャ。ん〜、いつか闘ってみたいニャ〜!」

 

 ゼウス・ファミリアの副団長クティノスや幹部セレナと共に眺めているのは《神の力(アルカナム)》──《神の鏡》に映し出されている戦争遊戯(ウォーゲーム)の映像である。

 仕掛けた側の神の名は⋯確か⋯⋯忘れちゃった。仕掛けた理由は恐らく嫉妬かな?最近名を上げてきたロキ・ファミリアに勝てば一気に自分達の時代だ!みたいな感じで挑んだのだろうが⋯。

 

「哀れみすら抱いてしまうほどに差があり過ぎですね。」

「そりゃあそうだろう。ロキ・ファミリアは侮っている奴等が勝てるほど弱くねぇぞ。」

「でも、リヴェルークの姉が強過ぎるのも確かだニャ。ロキ・ファミリアは実質《九魔姫》一人で闘ってるようなものだニャ。」

 

 セレナの言っていることは事実だ。ロキ・ファミリアの主戦力である三人のうち闘っているのはリアねぇだけでフィンは指揮、ガレスは控えているだけの魔法部隊の守護に就いている。それでもってリアねぇが一人で敵の冒険者達を相手取って無双劇を繰り広げている。

 なるほど確かに並みの冒険者ならまずその背中を追いかけることを諦めるほどの強さではあるのだが、しかしソレを見たリヴェルークは──。

 

「でも、まだまだ()()()()かな。」

 

 それほどの強さを『まだ足りない』と断定するがそれも当然のことだろう。リヴェルークは《凡才の冒険者》などでは決してない。むしろソレとは対極に位置するであろう《才能の化物》である。──故に並みの冒険者達が見上げることしか出来ない次元に立つ《九魔姫》すらも見下ろす不遜さえ許されている。

 

「リヴェルーク、お前は本当に素直になれねぇ奴だなぁ。無双劇を繰り広げている今でも内心では『もしものことが起きないか?』って姉を心配してるくせによ。」

「でも、それでこそリヴェルーク!って感じがするからいいけどニャ〜。」

「あーもー、うるさいうるさい!俺のことを『素直になれない奴』みたいに言うのはやめろ!」

『照れるなって、リヴェルーク!』

 

 仲が良いのは結構だがその台詞は息を揃えて言うことじゃねーぞ!だって主に俺への精神的(羞恥心)なダメージがデカ過ぎるから!

 

 

 

 

 結局戦争遊戯はロキ・ファミリアの勝利──リヴェリアの独壇場──で終わった。何事も無く終わってくれたのは良いことなのだが何故か俺はリアねぇに捕獲され近場の店に案内された。

 

「姉の勇姿をしっかり観ていたか、ルーク!」

「しっかり観ていましたよ。それより何故だかおかしくないですか?」

「ルークにしては的外れにして変なことを言うな!私は普段通り正常だ!」

 

 んー?リアねぇって普段からこんなに大きな声を出す人だったっけ?その問いに関する答えは否なのだが──戦争遊戯での大立ち回りの余韻がまだ引いていないのだろう。

 

「⋯で?改まって『二人きりで話したい』とのことでしたが、何か俺に用事でも?」

「ルーク、私の強さはその目で見ただろう?──お前にとって私はまだ護るべき存在か?」

 

 ⋯これは何とも答えにくい質問をしてくるな。正直に返答するなら『イエス』なのだがそう答えるとなんか面倒な展開になりそうな気がしてならない。でも、こんなにも真剣な表情で聞いている相手に嘘をつくのも憚られる。だから俺は──。

 

「──はい。リアねぇは俺にとって護るべき対象(弱者)です。」

 

 例え愛する姉を傷つけてでも相手が望むのならば真実を突き付ける。それがどれほど残酷なことか分かっていようとも。

 

「そう⋯⋯か。」

 

 あれほど元気だったリアねぇは、しかし一転して落ち込んでしまった。その姿を見ると半端ない罪悪感に襲われるのだがそれでもこの人に嘘はつきたくない。

 

「それならば、私はもっと強くなるだけだ!見ていろよルーク、私を下に見れるのは今だけだぞ!」

「──っ⁉︎ははっ、そういう結論に至りますか。全く、弟の俺が脳筋()なら姉も脳筋()というわけですね!」

「それはそうだろう、なにせ私達は血の繋がった姉弟なのだからな!」

 

 何とか暗い雰囲気を吹き飛ばせたことにホッとしつつも、弟だからこそ姉が()()()()でこの場を話を逸らそうとしていることに気付いて胸が痛むのであった。




最後の方は若干のキャラ崩壊になってしまったかも(°_°)
武器に関してはツッコミどころがあったかもしれませんが『はいはい、オリジナル設定オリジナル設定』と内心で何とか納得して下さいm(__)m
それと、この話の中では独自設定としてリヴェリア達のランクはLv.6より低いものとなっています。

感想や評価、宜しくお願い致します!


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過去話 壊獣の思い

ちょっとばかりハイな時に書いた事もあり、冒頭が若干いつもより登場人物もハイになってます。


 ある日のゼウス・ファミリアの一室、その内部はカオスな状態に陥ってしまっている。

 

「この鍋には甘さが足りんゾォ!砂糖を一袋追加してやるゼェ!」

「コレじゃあ甘過ぎだろぉが!人類が辿り着いた境地、《甘過ぎたんなら塩を入れればいいじゃない》をはつどぅぅおおおう!」

『ううぇぇええええい、流石はクティノス副団長だぁぁぁああ!』

「ふぉっふぉっふぉ、皆楽しそうでなによりじゃのう。ほれ、ルークたんもアレに混ざってくると良い。」

「⋯絶対に嫌ですよ、あんなアホみたいに騒ぐのなんて。」

 

 本日はゼウス・ファミリアの男子メンバーによる《男子会》なるモノを行なっております。《鍋》という素晴らしい料理にドキドキ感を男子(アホ)達が求めた結果、《闇鍋》へとその姿を変えてしまいました。

 因みにイアロス団長は妻のレイスさんとデートに行っているのでこの場には居ない。⋯あー、居て欲しかったわー。

 

「リヴェルークぅぅううう!なぁに死んだ魚みてぇな目ぇしてんだ、もっとテンション上げていこーぜぇ!」

「⋯いや無理だし。しかも、テンションって言葉の使い方も全然違うし。」

「────え、マジで?⋯まぁいいじゃねぇか、大切なのはハートだぜ!」

 

 ⋯うん。やっぱり我らが副団長たるクティノスは脳筋であり単純でありアホである。

 

 

 

 

 ⋯あれから一時間が経過した。俺の眼前には、地面に垂直になる様に背筋を伸ばして()()をさせられている男子(アホ)達の姿がある。

 

「全く、バカみたいな叫び声が聞こえるから何かと思えば。幼子であるリヴェルーク君の前であんな奇行に走るなんて!」

『面目次第もございません。いやほんと、マジすんませんした。』

「⋯まぁ、最近は色々と大変そうでしたからね。今回はこれくらいで許して差し上げます。」

『ありがとうございます、ありがとうございます!』

 

 おおう、全員の動きが完璧にシンクロしている美しい土下座だ!これを見て怒っていた()()は感心したかの様に頷いている。──それはいいのだが。

 

「──で、なんでアルトリアさんがこの場に居るんですか。しかも誰もツッコマないし。」

「そんなの『リヴェルーク君ある所に私あり!』が周知の事実だからでしょう。」

「そんな恥ずべき事実などありませんがっ⁉︎」

「⋯成る程、これぞまさに『羞恥の事実』というやつだな。」

「団長!貴方までソッチサイドに行かれては困るんですけど、主に俺が!」

 

 どちらかと言えば、そういったシャレを言うのは駄神たるゼウス様の役割である。堅物な団長までそういったキャラに成られると、ターゲットになりやすい俺が疲れ死ぬ。

 

「とにかく、今日はもうお開きにしなさい。明日からも仕事があるんですから、各自部屋に戻ってしっかり睡眠をとる事ね!」

「⋯いや、だから。何でヘラ・ファミリア副団長のアルトリアさんが仕切ってんのさ。」

 

 この人、自由過ぎるでしょ。マジでヘラ・ゼウスファミリアの面々の前では猫を被る事を一切しないから、世間の認識との差に驚くわ。

 

 

 

 

 現在俺は自分の部屋に戻って来てベッドに寝転がっている、のだが──。

 

「なぁ、リヴェルークよぉ。お前って冒険者になってから出来たトラウマとかってあるか?」

「どうしたんですか、いきなり。あるかないかと聞かれれば、そりゃあありましたけど大抵は克服しましたよ?」

「いやぁ、さっきのあの女の怒声を聞くと、昔あった出来事を思い出してなぁ。ある種のトラウマになっちまってよ。」

 

 ──俺の部屋に侵入したクティノスの愚痴を聞かさ⋯聞いている。それより、この脳筋にトラウマを刻むなんて流石はアルトリアさんだ。これぞ略して《さすアル》だね。

 

「で、お前には何かトラウマ経験がねぇのかなと気になったってわけだ。どんなトラウマがあったのか聞いてもいいか?」

 

 ⋯うーん、どの話がいいかね。なるべくつまらない話はしたくないからな。──あ、それならコレはどうだろうか。

 

「では、未だに俺が克服出来ていないトラウマというか、恐怖体験を語りましょう。」

 

 ──アレは、俺が冒険者になって一ヶ月半が経過した頃の話だ⋯。

 

「え、待った待った。リヴェルークよぉ、お前もしかしてそんな語り口調でずっといくつもりしてんのかぁ?」

「いえ、流石に恥ずかしいので最初だけですよ。」

 

 

 

 

「⋯では。リヴェルークのLv.2へのランクアップの()()()()記録の樹立を祝して、乾杯。」

『かんぱーい!リヴェルーク、()()()()記録の樹立おめでとー!』

「⋯ありがとうございます。」

 

 ランクアップによるズレをいち早く修正するために朝起きてダンジョンに突撃しようとしていた俺に、団長直々の命令──今日は早めに帰って来い──が告げられた。

 正直に言うとそんなものよりダンジョンに潜っている方が良かったのだが、俺が主役のパーティを俺が欠席すると駄神が泣きながら絡んでくるのでちゃんと行く事にしている。

 

「にしてもまさか、ランクアップまでの所要期間が一ヶ月半とは恐れ入ったぜぇ!」

「本当だニャ〜。ミャーやクティノスでさえ一年と少しはかかったニャ。」

「⋯ただランクアップが早いだけで、騒ぐ事ではないです。」

 

 ──そう。ただランクアップまでの期間が早いだけで、俺が飛び抜けて強くなれたわけではないのだから。

 

「これほどの偉業を成し遂げても相変わらずの無表情なんて、流石はリヴェルーク様です!」

「⋯それはどうも。団長、疲れてしまったので部屋に戻ってもいいですか?」

「⋯ああ。お前はこれからが成長期だからな、早く寝るといい。」

 

 マジで()()()()()奴らに絡まれてもめんどくさいだけなので、早めにトンズラかます事にした。

 現在の時刻は午後九時。正直なところ全く眠くない。他の団員達はまだバカ騒ぎしているみたいで、時折楽しそうな喧騒が聞こえてくる。⋯これはアレだな、《お祝い》の席であるのを良い事に自分がはっちゃける親戚のおじさんみたいなヤツだ。

 

「まぁいいや、そんな事は。それよりもダンジョンに突撃しようかな。」

 

 ──なんて気軽な感じでホームを飛び出した十数分前の自分をブン殴ってやりたい。何故なら──。

 

「そうか、お前が世界最速でLv.2にランクアップしたリヴェルーク・リヨス・アールヴか。⋯成る程、素質を秘めているのは確かな様だ。」

「⋯そう言う貴方は何処の誰ですかね。いきなり俺の前に立ち塞がるなんて、危ないじゃないですか。」

 

 敢えて知らないフリをするが、俺はこの巨身の獣人を知っている。俺よりも早くから恩恵(ファルナ)を授かり頭角を現してきた人物。

 ゼウス・ヘラファミリアのせいで二番手に甘んじてはいるものの、このオラリオでの規模や影響力はかなり大きなフレイヤ・ファミリアの一員にして都市最高であるLv.6に名を連ねる冒険者の一人。Lv.7への昇格もあと一、二年あれば済むだろうとも噂されている人物の名は──。

 

「俺の名はオッタルだ、覚えておくといい。」

「──ハッ、数分後には忘れていそうな名前ですね。」

「彼我の実力差を悟りつつも強気の姿勢。そこには好感を持てるが⋯。」

 

 ──まだまだ未熟過ぎるな──

 

 その呟きが耳に入った時には、俺の眼前に()()が迫っていた⋯。

 

 

 

 

「うわぁ、そんな災難な事があの日にあったのかよ。なんつーか⋯マジで大変だったなぁ。」

「本当に焦りましたよ。しかも、気が付いたら自分の部屋のベッドに居ましたからね。もう、何が何だかって感じです。」

「そりゃあ、ハンパねぇ不思議体験だな。」

「ええ。お陰で俺はあの猪野郎が今でも苦手なんですよね。」

 

 誰だって、出会い頭に殺されかけたところで記憶が途切れれば苦手になるだろう。まぁさっき述べた通り、トラウマというより恐怖体験だよね〜。

 ──と。遠い目をしているリヴェルークを横目に見ながら、クティノスが思い出すのはかつての記憶。

 

 ──籠の中で大切に育てるだけが優しさではない──

 

 そんな言葉を俺に対し述べたのは、服が所々ほつれている気絶したリヴェルークを肩に担いだオッタルの野郎だった。きっと、あの日にリヴェルークは恐怖体験をしたのだろう。

 それよりも、あの猪野郎の言いたかった事が今では良く分かる。籠に閉じ込めておけば確かに安全ではあるかもしれないが、今のリヴェルーク(希望の光)は存在しなかっただろう。

 先達として、家族として、幼子であるリヴェルークの事は大切に思う。しかし大切だからこそ、いざという時のために心を鬼にして様々な知識や技術を植え付ける。

 

「ったく、冒険者っつーのはつくづく矛盾を孕んだ職業だな。」

「──ん?何がですか?」

「なんでもねぇって!お前は前だけ見て突っ走れ!」

「うわっ⁉︎ちょ、頭を撫でるな!しかも撫で方が雑過ぎて滅茶苦茶痛いんですけど⁉︎」

 

 そう抗議してくるリヴェルークの声を受け流し、俺は何度もこいつの頭を撫でる。──お前はただ前を見て我が道を突き進めばいい。道の後ろからお前を引きずり込もうとするヤツは俺が⋯いや俺達が叩き潰す。だから願わくば──俺達の自慢(お前)が何にも縛られずに天高く飛翔する姿を見せてくれ。

 

「──で。ちょーっと話し変わるんだけどよぉ、最近のお前の女性関係を教えてくれや。」

「話が変わり過ぎでしょ!教えるわけないじゃないですか!」

 

 ──確かにこいつは自慢だが、それと可愛がる(イジる)かどうかは全くの別問題だよなぁ。あー、普段はスカしてるくせしてこういう時の反応はまんま子供だからやめられねぇよな、たまらねぇよな!




オッタルの話し方がイマイチ分からん( ´Д`)y━・~~変な部分があればご指摘お願い致します。

感想や評価、宜しくです!


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ロキ・ファミリア
1話 始まりの迷宮譚


お待たせしました、ようやく原作突入です。オリジナル展開は入りますが、基本は原作重視でいくつもりです。


 幾重にも重なり合いながら咆哮を轟かせるのは、ねじれ曲がった二本の大角を持ち、首から上は膨れ上がった馬面といえるほどに醜悪な顔面と真っ赤な眼球をギョロギョロと蠢かせる巨躯を誇る夥しい数の怪物達。

 数多のモンスターが鈍器を持つ太い腕を振り下ろす。

 

「盾ぇ、構えぇッ───!」

 

 号令とともに衝突音を打ち上がらせながらも盾で迎え撃つのは旗に滑稽な笑みを浮かべる道化師(トリックスター)のエンブレムを刻んでいる複数の種族で構成された一団。盾で攻撃を受け止めたはいいが、彼らの踵が地に埋まった。それだけで凶悪なモンスター達の力の強さが窺えるだろう。

 

「前衛、密集陣形(たいけい)を崩さず戦線を維持!後衛組はそのまま攻撃を続行!」

「ティオナ、ティオネ!左翼の支援を急げっ!」

 

 忙しなく大声を発して一団の指揮を担っている団長は未だ年若い、少年のようにさえ見える人物。冒険者としては侮れらそうな容姿をしているものの気難しい冒険者達を手足の如く操る姿はまさに歴戦の名将。

 

「あ〜んっ、もう体がいくつあっても足りなーいっ!」

「ごちゃごちゃ言ってないで働きなさい!」

「もう、分かってるよ!──リヴェリア〜ッ、まだー⁉︎」

 

 アマゾネスの姉妹もそんな団長の命を受けて奮闘している。口では文句を垂れつつも複数のモンスターを一瞬で斬り伏せる。

 だが、屠れども屠れどもどこからともなく視界に現れるのはモンスターの大群。それ故にアマゾネスの少女は()()を除けば一団の中で最大火力を誇る麗しきエルフに対して声を上げる。

 

「【──間もなく、焔は放たれる。忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる騒乱が全てを包み込む──】」

「ティオナ、ティオネ。詠唱が終わるまで何とか持ちこたえろっ!」

「分かりました、お任せ下さい団長!」

「うっわ〜、我が姉ながらチョロ過ぎるわ〜」

 

 敵が多いとは言っても個々の戦闘力は彼女達の足元にも及ばない。よって口では何だかんだ言いつつもしっかりと対処出来ている。しかし──。

 

『オォォォォォオオオオオオオッ!』

 

 モンスター───《フォモール》の群の中でも一段と大きな体躯を誇る一体が自らの仲間さえ蹴散らしながらも押し寄せ、ついには単独で冒険者達によって構築された防衛線の一角を吹き飛ばした。

 個々で対処出来るのはあくまで実力の高い一部の者だけであってそれ以外の者ではすぐにボロが出る。それは指揮官がいかに優秀でも完璧には防ぐことの出来ない事象である。

 

「──ッ⁉︎ベート、穴を埋めろっ!」

「チッ、何やってやがる!」

 

 たった一体によって崩された一角に遊撃を務めていた狼人(ウェアウルフ)が急行するも間に合わない。

 侵入してきた数体のフォモール達の攻撃が防衛線で守られていた魔道士達に炸裂し、その内の一人の少女を吹き飛ばした。

 

「レフィーヤ⁉︎すぐに体勢を立て直しなさいっ!」

「──ぁ」

 

 アマゾネスの少女の叫び声を聞きすぐさま起き上がろうとした少女は──しかしながら、眼前で自身へ覆い被さる黒い影を見て動きを止めてしまった。

 モンスターが自身へと鈍器を振り下ろすのをただ呆然と眺める彼女の脳裏をよぎるのは、つい先程仲間の防衛線を強引に突破した凶悪なまでの力。目を瞑ることすら出来ずに己の死を受け入れた彼女だったが──。

 

「──えっ?」

 

 視界に入ったのは金と銀の光が走り抜け、眼前のモンスターが血飛沫を噴出させながら頭から真っ二つになる瞬間だった。

 ソレを成した人物──長い金の髪を流す女剣士は倒したモンスターには一瞥もくれずに後方へと侵入してきた残りのモンスターへと肉薄して銀の剣閃をもって瞬く間に殲滅する。しかしそれだけには飽き足らず──。

 

「ちょ、アイズ、待って!ストップストップ!」

 

 己への制止の声を右から左へと聞き流し、未だに押し寄せてくるフォモールの大軍の中へとその身を投じる。

 これを見た団長は即座に援護を送ることを決断。彼女一人でも恐らく無傷で殲滅する程度は可能ではあるが指揮官として万が一の場合に備えておかないのは二流のやることだと心得ているから。──故に、彼がこの場このタイミングで切るのは数ある選択肢の中でも最強にして最適の切り札。

 

「リヴェルーク、アイズの支援に回れっ!」

「──おお、ようやく俺の出番がきましたか」

 

 団長の叫び声に対し、この緊迫した状況にまるで似合わないほど冷静に返答をするのは中性的で美しい青年。青年は返答と同時に地面を軽く蹴ってほんの()()で女剣士の側まで辿り着く。

 

「アイズ、右半分は俺に任せて下さい。──ああ、そんなに拗ねた表情などせずとも、残りの半分はちゃんと譲りますから」

「⋯そう言いつつ、この前は全て倒してた」

「ふふっ、それはアイズがゆっくりしていたからですよ?」

 

 俺の言葉を聞いた少女──アイズは、彼女と長年接していなければ分からないほど僅かに眉を寄せて俺の言葉に対する不満を浮かばせる。そんな反応でさえ可愛らしいのだが──余り年下に意地悪し過ぎると先程まで俺の見張りをしていた()()に何て言われるか気が気じゃないのでそろそろ切り上げよう。

 アイズと合わせていた視線を一瞬フォモールの群れの方へと向けることで『敵の殲滅開始』と訴えるが、彼女には伝わらなかったようで首を傾げつつ突っ込んでいった。⋯まぁいいし、結果だけ見れば意図が伝わったのとイコールだし。

 

 

 

 

「──すげぇ、な」

 

 そんな呟きがとある誰かの唇からこぼれ落ちた。彼らの視界に写っているのは二人の金髪冒険者による激しい剣舞。

 左を見れば、斬撃に次ぐ斬撃をもって近付くモンスターの悉くを殲滅する剣撃の嵐。右を見れば、()()()()()()振るわれた刀によってモンスターがものの一瞬で細切れになる。

 あれほど大挙として押し寄せていたモンスター達がたった二人によって激減されていく中、多くの者達が畏怖と共に《至天(クラウン)》と《剣姫》の姿に見惚れた。

 

「【──汝は業火の化身なり。ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

「アイズ、そろそろ姉上の詠唱が完了するので戻りますよ」

「⋯分かった」

 

 青年の指示を受けた少女は彼の後を追うように空中で弧を描きながらも後ろに跳んだ。その二人が自陣中央へと帰還した直後──。

 

「【焼きつくせ、スルトの剣──我が名はアールヴ】」

 

 けたたましい爆音と共に魔法円(マジックサークル)が拡大し『全戦域が効果範囲内』だと語るかの如く全ての者達の足元にまで広がる。

 

「【レア・ラーヴァテイン】‼︎」

 

 轟音と共に炎の噴出が味方の冒険者達を避けつつ放射状に連続する。大空間の天井さえも破らん限りの勢いを誇る炎の極柱はモンスター達を貫くに飽き足らずその巨体を極炎の中に呑み込む。二人が怪物の数を大幅に減らしたとはいえ、未だに五十体はいたであろうモンスター達の一切合切がこの僅か数瞬で一掃された。

 麗しきエルフの女性によって引き起こされた広範囲殲滅魔法の威力に改めて度肝を抜かれつつも武器を静かに下ろす彼ら《冒険者》の顔さえも緋の色に染め上げられていった。

 

「ふふっ、途轍も無く汚らしい花火ですね」

「──はぁ。折角の静寂が台無しです、お願いですから少しだけ黙っていなさい」

「⋯リヴェルーク、怒られた」

 

 全員が広域魔法による極炎に魅入っていた為にそんなくだらない会話が二人の美男美女エルフと一人の美少女の間で交わされていたことなど他の誰も知らない。

 

 

 

 

「モンスターの殲滅お疲れ様です、ルーク。動いたせいで喉は乾いていませんか?」

「細かなお気遣い、ありがとうございます。ですが、そんなに激しくは動いていませんし大丈夫ですよ」

「⋯そうですか、残念です。もし良ければ私の手作りジュースを差し上げようと思ったのですが」

「──と思っていたのですが、何故だか急に喉が乾いてしまいました。俺は今、ジュースが無性に飲みたい気分です」

 

 俺の鮮やか過ぎる手のひら返しをすぐ側で見届けた()()は、しかし作戦通りだと言わんばかりの綺麗な笑顔を浮かべた。──うん。もうね、我が()()ながらやっぱり世界一可愛いよね。

 

「ちょっと何すんの⁉︎すっごい痛かったんだけどーっ⁉︎」

「うるせぇな、気色悪いって言ってんじゃねーか。寒気がすんだよ、変なもん見せるんじゃねー」

「そんなこと言うけどさ、ど〜せベートはアイズにちょっかい出したいだけでしょ?このカッコ付け!」

「なっ、てめっ⋯⋯け、喧嘩売ってやがんのかっ⁉︎」

 

 俺の『可愛い彼女堪能タイム』を邪魔しやがったのはバカゾネスの少女とアホウルフの青年の日常と化してしまったほどに頻発する口論だった。あいつら、いっつもいっつも飽きもせずに良くやるよな〜。

 

「やーい、図星ぃーっ!この残念狼ぃーっ‼︎」

「やーい、このツンデレ狼ぃー」

「このクソ女ぁぁあああああ⁉︎しかも誰だっ、俺のこと『つんでれ』って言いやがった奴はぁぁあああああ!」

「ふふ、聞かれたのなら答えるのが世の情けというものですね。お前を『ツンデレ』と言ったのはこの俺です!」

 

 そんな俺の主張に対して美しき我が恋人がツッコミを入れる。

 

「ルーク⋯。それは威張って言うことでは決してありませんよ」

「しかし、俺はただ『ツンデレ』に『ツンデレ』と言っただけですよ?」

「つんでれつんでれって何回もうるせぇぞ!この場で死ねや、このクソエルフがっ!」

 

 取り敢えず俺も混ざっておいた。別にさっきの邪魔されたことに対する腹いせなんかじゃないからな?アホウルフの青年──ベートの反応が面白いっていうわけでは⋯あるけど。

 

「全く、何やってるのよ⋯。まぁ、聞かなくてもいつものヤツって見当はつくけど」

「⋯ティオネ」

 

 恐らく騒ぎが聞こえていたのだろう。呆れ口調全開で、蚊帳の外に一人ポツンと置いてきぼりをくらっていたアイズの隣に一人の少女が並ぶ。理知的な少女の容姿は驚くことに言い合いの当事者であるバカゾネスの少女と瓜二つだ。

 

「アイズ、団長が呼んでいたわ。待たせるといけないから行ってきなさい。アレは私がどうにかしとくから」

「⋯分かった、ごめんね」

「別にいいわよ。──ほら、騒いでるあんた達!アイズが落ち込んじゃうからさっさと野営の準備の手伝いでもしてきなさい!」

 

 ティオネの怒声を聞いたバカゾネスの少女──ティオナとベートは、口々に文句を言いつつも野営の準備をしている者達の元へと向かう。まぁ口では文句を言いつつも内心ではきっと『アイズが落ち込んでる』って聞いて反省してるだろうけどね。

 

「全く、あの二人にはもう少しで良いので大人になって欲しいですね」

「はぁ⋯。隙あらばその間に入り込む人が何を言ってるんですか、ついにボケましたか?」

「ふふ、今日は俺に対する当たりが一段と強いですね」

 

 しかし俺がふざけ過ぎたのも事実であるので若干お怒りの恋人──()()()に対して詫びの言葉をしっかりと述べる。あ、リューがロキ・ファミリアにいる理由に関しては今回は割愛ね。これから怒れる麗しき姫のご機嫌取りに励むから。

 

「リュー、俺達も野営の手伝いに行きましょうか」

「貴方が行っても、また『申し訳無さ過ぎる!』とか言われて手持ち無沙汰になりそうですが」

「まぁ、こういうのは団員と交流する事に意味がありますからね。もしも手持ち無沙汰になったら、その時は適当な団員を捕まえて話し相手にでもなってもらいましょう」

「成る程、交流とは名ばかりのいつもの悪戯ですか」

 

 リューから非難の眼差しを向けられるが、そんな姿でさえ『美しい』と思ってしまう俺はどうやら重症と言えるほどにこの年下の恋人に惚れ込んでいるらしい。そんな自分に思わず笑みを零しつつリューと二人で野営の手伝いに向かうのだった。

 

「それは良いのですが、手は離して下さい。私達に向けられる視線が暖か過ぎて余計に疲れます」

「まぁまぁ、そこは気にせずにいきましょう!」




リューはオリジナルでロキ・ファミリアへ!リュー達姉妹やアストレア・ファミリアについてはそのうちに触れますのでお待ちをm(_ _)m

感想や評価、宜しくお願いします!


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2話 剣姫は焦燥を抱く

投稿まで少し間が空いてしまい申し訳ありません。

タイトル付けが難しいと感じる今日この頃。若干ズレていると感じても笑ってスルーして頂ければ幸いです(°▽°)

お気に入り登録1100突破、ありがとうございます!評価や感想をしてくださる方もありがとうございます!これからも宜しくお願い致しますm(_ _)m


 ぽつぽつと天幕が完成しつつある野営地を進むのは先ほどの戦闘で《剣姫》という二つ名に恥じぬ無双っぷりをまざまざと見せつけた美しき少女。

 そんな彼女の目的地は視線の先にある一際大きな幕屋。その側には派閥のエンブレムである滑稽な道化師(トリックスター)が描かれた旗──ロキ・ファミリアの紋章旗が立てられている。

 

「⋯フィン」

「ああ。来たかい、アイズ」

 

 足の短い卓に座り、幕屋の中に入ったアイズの呼び掛けに微笑みながらも応えたのは先ほどの戦闘で一団の指揮を執っていた人物。温和そうな見た目とは裏腹に闘いとは無縁の人物でも思わず息を呑んでしまいそうなほどの存在感は、成る程確かに冒険者達を纏める長だけのことはある。

 

「ガハハッ!今ちょうどお主の話をしとったところだぞ、アイズ!」

「ガレス⋯頼むから今は静かにしていろ」

 

 団長である男性──フィン・ディムナと同じ卓を囲んでいるのは二人の亜人(デミ・ヒューマン)。リヴェルークを彷彿とさせる顔立ちのエルフ──リヴェリア・リヨス・アールヴと熱血漢でたくましい体付きのドワーフ──ガレス・ランドロック。これら三人がロキ・ファミリアの中核を担う首脳陣である。

 因みにロキ・ファミリア内でランクが最も高いリヴェルークが含まれていないのは後からファミリアに合流したことを気にしたリヴェルーク自身が古参メンバーの気持ちを考慮して辞退したからだ。──まぁぶっちゃけ『幹部よりも更に自由に動きにくい役職に就きたくないが為』という理由もあるのだが。

 

「さて、前置きは無しで良いだろう。何故呼び出されたか分かるかい、アイズ」

「⋯⋯うん」

「なら話は早い。どうして前線維持の命令に背いたんだい?」

 

 それは決して責めるような口調では無く。喩えるのならば幼い子供がソッポを向かないように優しく問いかけるみたいに。そんな問い掛けにアイズが明確な答えを出せないのを見るやフィンはすかさず切り込み方を変える。

 

「アイズ、君はこの組織の幹部だ。君の行動は内容の是非を問わず下の者に多大な影響を与える。それだけは覚えてもらわないと困るよ」

「⋯うん」

「今のファミリアにはリヴェルーク(切り札)がいるから良いものの、もしいなかったら君の独断行動は頭痛物だ⋯」

「⋯本当に、ごめんなさい」

 

 そう言うフィンの表情が余りにも疲れたモノに見えたのでアイズは素直に謝罪を述べる。しかし、どうやらリヴェルークのお陰でこれくらいの注意で済んでいるようなので心の中ではリヴェルークに対してお礼を述べておく。

 

「まぁ、アイズのことをそう責めてやるな、フィン。前衛(わしら)の負担を軽くしようとする、アイズなりの優しさというやつじゃ」

「それを言うなら、詠唱に手間取った私にも落ち度があるか」

 

 シュンとしてしまったアイズに対して助け舟を出したのはガレスとリヴェリア。ガレスは単純に『アイズが可哀想だから』であるのだがリヴェリアの方は『アイズの無茶をする姿がアホ弟の昔の姿』に重なってしまったから。

 二人の擁護を受けた当の本人は、しかしながら更に申し訳無さそうに眉を下げるとガレスとリヴェリアは何も言わずに瞑目する。

 

「アイズ、ここは何が起こるか分からないダンジョンだ。そして団員の全てが君のようには闘えない。それだけは肝に命じていておくれ」

 

 ガレス、リヴェリアの二人の沈黙が『お前に任せる』というニュアンスを含んでいることを感じ取ったフィンがアイズに対して言葉を発する。

 

「⋯⋯分かり、ました」

「その顔を見れば、どうやら分かってくれたのは伝わるからね。もう行って構わないよ」

 

 三人に対してぺこりと頭を下げてから幕屋を出たアイズはおもむろに頭上を仰ぐ。視界に入るのは空の見えない岩壁に塞がれたドーム状の天井。

 現在地は迷宮都市オラリオの地中に存在する広大な地下迷宮──ダンジョンの50層。多くの冒険者や《ファミリア》が存在する現在のオラリオにおいて攻略最前線と言えるほどの場所。

 これから目指すことになる、ここより更に下層の風景を思い浮かべながらアイズは一人目を閉ざしてその場に立ち尽くすのであった。

 

 

 

 

「ねぇ⋯。アレって、もしかしなくても落ち込んでるよね?」

「──ハッ。んなことも分かんねぇなんて、流石バカゾネスじゃねぇか」

「う、うるさいなー⁉︎分かった上で確認の意味を含めて聞いたんじゃん!」

「ふ、二人とも落ち着いて下さい!」

 

『アイズが心配だから』とティオナに誘われてテント付近まで来たは良いものの、当の本人は何故かついて来たベートとまた言い合いを始めてしまった。間に入って仲裁をしようとしているレフィーヤには悪いのだが恐らく彼女では二人をなだめることはほぼ無理だろうな。

 

「そう思うのなら、ルークがあの場を収めてあげれば良いのでは?」

「⋯いやいや、『喧嘩するほど仲が良い』と言いますし放置でいいでしょう。それよりも、当然のように俺の考えを読むのはやめて下さい」

「二人は仲が良くてとても羨ましいわね。私もゆくゆくは団長と⋯」

 

 俺とリューの会話を聞いてティオネが妄想の世界へと旅立ってしまった。表情も段々と緩み始め⋯いや、完全に誰かに見せたらいけないほどに緩んでやがる。

 

「まぁ、これもこれで面白そうですし放置ってことで」

「駄目に決まっているでしょう。こういう場合は──」

 

 俺の隣から一瞬で消えてしまったリューは次の瞬間にはティオネの背後に回り込んで彼女の首に手刀を落としていた。⋯いやいや、なんで?

 

「──こうするのが最も効率が良い」

「⋯忘れていました、リュー()地味に脳筋でしたね」

「ルークとお揃いならば、その評価も甘んじて受け入れましょう」

 

 そう言って俺の右腕にピタッとくっついてきた。──うん、可愛い。途轍も無く可愛いのだが。

 

「仲間にガチの手刀は流石にマズくないですか?」

「いいえ、あのまま緩みきった表情を晒す方がよっぽどでしょう。それに、あの状態のティオネに私達の声など届きませんから」

「う〜ん⋯反論が特に浮かばないですね」

 

 それよりも色々と状況が変化し過ぎたせいで誰もアイズに声をかけることが未だに出来ていない。ティオナとベートはいつの間にか組み手を行なっているし、何故かレフィーヤはうつ伏せに倒れたまま動かない。アイズの様子を見に来た六人中四人が無力化されるというまさかの展開となってしまった。

 

「よし、こうなったら俺だけでアイズの元に向かうことにしましょうか」

「では、私は気絶している二人を天幕に運び込んでおきましょう。ついでに組み手も止めておきます」

「あの四人のことは宜しくお願いしますね」

 

 リューは責任感の強い女性だ。そんな彼女が『任せろ』と言うのならその案件は任せても安心が出来る。

 

 

 

 

「アイズ、その顔を見るとフィンからこってりしぼられたようですね」

「⋯あ、リヴェルーク。その、ありがとう」

「えっと、俺っていつアイズからお礼を言われるようなことをしましたか?」

 

 リヴェルークは先程の会話を聞いていない為、当然ながら何のことか理解していないがアイズは幕屋内で感じた感謝をそのまま口にした。

 

「まぁ、その謝意は受け取っておきましょうか。それよりもアイズ、近頃の貴女からは()()を感じます。心当たりはありますか?」

「⋯うん」

「その原因を当ててあげましょう。ずばり──ステイタスの上がり具合の悪さですね?」

「⋯良く、分かったね」

 

 ああ、やっぱりか。道理で彼女の焦る姿に何故か()()()というか懐かしさがあると思ったわけだ。この子は──()の俺にどこか似ているんだな。

 

「焦ったところでどうしようもないですよ。ステータスの伸び悩みは、あらゆる冒険者が通る道ですから」

「⋯でも」

 

 まぁ昔の俺だったら『焦るな』なんて言われたら恐らく『邪魔するな』って感じでキレてただろうし、その点で言えばアイズの方がまだマシって感じかな。でも昔あんなに無茶ばっかしてた俺だからこそ焦燥を感じるのも分かるから正直注意とかはする気にならないんだよな。だから俺は──。

 

「思い悩んだ時のモヤモヤ解消法でも教えてあげましょうか?」

「⋯そんな方法、あるの?」

「ええ、ありますよ。ある意味ではベートとティオナを見習うことになりますが体を動かす為に模擬戦でも──」

「遠征中にそんなことをやらせると思うか?」

 

 ガシッと俺の頭を掴みつつも俺の言葉に台詞を被せてきたのは怒りと疲れを足して二で割ったような何とも言えない表情をした姉上だった。

 

「少しくらいならばいいではないですか。それに、ベートとティオナも先程していましたよ?」

「アレは例外中の例外だ!全く、分かっていながら言うのは止めろ」

「⋯リヴェルーク、また怒られてる」

「アイズの為に提案したことなのに、まさかのアイズ本人にまで突き放されてしまった件」

 

 アイズならノッてくれると思っていたのだが、どうやら姉上の登場で話の流れが完璧に変わってしまったようだ。アイズとの模擬戦は()()()との戦闘の次くらいに楽しいからしたかったのに。

 

「それじゃあ俺は食事の準備でも手伝ってきますか。⋯アイズ。焦るなとは言いませんが、焦っても転ぶだけだということを忘れてはいけませんよ」

「⋯分かった」

「あっ、姉上はアイズと雑談でもして待っていて下さいね。ハイエルフ(姉上)が手伝いに行ったところで手持ち無沙汰になるだけですから」

「いや、それはお前も──」

 

 姉上が何か言っていたが、俺はそれを意図的に無視して歩を進める。アイズ関係のこういったことを収めるのは姉上が適任だからな。俺だと正直火に油を注ぐだけになりそうだから。

 

「そういうわけで手伝いに来ました、俺にも仕事を下さいな」

「えっ、流石にそれは申し訳無いっスよ!しかもリヴェルークさんって料理苦手じゃあ⋯」

「──よし。ラウル、遠征が終わったら《ぶっ倒れるまで永遠模擬戦》の刑に処します」

「そんなの酷すぎじゃないっスか⁉︎」

 

 泣きそうなラウルを放置して強引に調理に混ざることにした。俺をバカにした罪を悔いるといい!

 ──しかしこの後、結局役に立たずに膝を抱えて落ち込むリヴェルークの姿が目撃されたそうな。




リヴェルークが料理が駄目駄目なのはゼウス・ファミリア編(6話)から変わらずです。苦手なものはしょうがない(^O^)

評価や感想、宜しくお願い致します。


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3話 至天と凶狼は仲良し?

週一ペースよりやや遅れての更新となってしまいました、申し訳ありません。


 現在地──ダンジョンの50階層──はモンスターが出現しない貴重な安全階層(セーフティポイント)であり突発的な事故や襲撃が激減する。そんな場所でロキ・ファミリアの面々は食事を始めようとしていた。

 

大荒野(モイトラ)の戦いではご苦労だったね。皆の尽力があって今回も無事に50階層まで辿り着けたよ。この場を借りて感謝したい、ありがとう」

「いっつも49階層越えるので一苦労だよね〜。今日なんかは出てくるフォモールの数も異常に多かったし」

階層主(バロール)が居なかったのは残念でした。もしも居たならば少し遊んであげたのですがね」

「ルークが遊ぶ前に私が倒していました」

 

 フィン団長の労りの言葉に返答したのはティオナだ。いつもならフィンの呼びかけに真っ先に反応しそうなのはティオネだが、彼女はフィンの労いを聞いて自分の世界にトリップしてしまっている。

 そんでもって俺に対抗するかのように淡々と言葉を紡いだのはリューだ。まぁ出来ないことでは無いと思うけどいかにLv.5(・・)とはいえ多少の苦戦は免れないような闘いになるだろう。

 

「ははっ。とにもかくにも、乾杯しようか。お酒は無いけどね。それじゃあ──」

『乾杯!』

 

 一連の会話に笑みを浮かべながらフィンが音頭を取ってそれに皆の唱和が続く。ダンジョン内でことを頭の中に留めながらも談笑や飲み食いを通して彼らは羽を休める。

 

「おい、リヴェルーク。アイズの奴が全然飯食ってねぇぞ」

「おやおや、気になるのですか?それなら本人に直接聞いたら──」

「てめぇ、それが出来りゃあ苦労しねぇだろーが!だいたいよぉ、俺がんなこと聞くとか似合わな過ぎだろ!」

 

 ──ふむ。どうやらそれくらいの自覚はあるようだ。普段はティオナと罵り合いをしている情けない姿が大半を占めているがこれでも一応第一級冒険者だし、その辺の自己評価はしっかりして出来ているみたいだね。

 

「あの、アイズさん。本当に食べなくて良かったんですか?」

「うん、大丈夫⋯」

「なーんて強がって、実はお腹ペコペコなんじゃないのー?ほらほら、素直に答えてみなってー?」

 

 端っこで一人ブロック状の携行食を齧っていたアイズにレフィーヤとティオナが声をかけた。

 レフィーヤの持つ皿から放たれる食欲を刺激する香りはさながらアイズを誘惑する悪魔の如し。しかし彼女はソレを鉄の意志にて跳ね除ける。その様子を眺めていたリヴェルークはというと──。

 

「ベート、あの様子なら強引にいくと逆効果になってしまうと思います。ですから、本人をその気にさせるのはどうでしょう?」

「その気にだぁ?んなことやっても効果なんか皆無に決まってんだろ」

「大丈夫ですって、彼女持ちである俺を信じなさい!良いですか──」

 

 ──ベートに何やらアドバイスを授けている。聞く側のベートも《彼女持ち》というキーワードによって真剣な表情を見せており、その真剣さは二人の様子をすぐ近くで伺っていたラウルが『何事か?』と不思議に思い首を傾けるほどだ。

 

「⋯良し。俺が言った通りにして来なさい!大丈夫、信じる者はきっと救われます」

「⋯⋯ちっ、やりゃあいいんだろ。てめぇの口車に乗せられた感が半端ねぇけどな」

 

 口ではそうやって文句を言いつつも結局俺の言ったことを実行してくれる。素直じゃないこの狼クンは本当に可愛いと思いますわ、はい。

 かつての事件のせいでちょっと尖った性格になっちゃったけど強さに貪欲な点とか似てる部分があるからついつい贔屓気味に(優しく)なっちゃうんだよね。

 

「リ、リヴェルーク様っ!お聞きしたいことがあります、お時間宜しいでしょうか⁉︎」

「相変わらずレフィーヤはお堅いですね。もっと砕けた感じで接してくれても良いんですよ?」

「そ、そんなこと畏れ多くて出来ませんよ!」

 

 ベートを送り出した俺の元に、今度は小柄なエルフ(同族)の少女──レフィーヤがパタパタと小走りでやって来た。

 この子の潜在能力は高めだと思うんだけど、本人が自分に自信を持てていないせいで未だにそれを引き出せていない。彼女に《魔導》の発展アビリティが発現しているのも含めて、ホント勿体無いって思っちゃうよね。

 

「それで、俺に聞きたいことというのは何ですか?」

「あ、あの!ベートさんのことなんですけど⋯。ベートさんと上手くやる方法って何かあるのかなと思いまして!」

「なるほど、つまりはベートともっと仲良くなりたいと。──青春ですねぇ、歳をとったおじさんには眩しいですよ」

「ち、違います!そうではなく、リヴェルーク様はベートさんと仲が良いように見えるので、何か理由でもあるのかなと思いまして!」

 

 ああ。なんだ。おじさん、てっきり恋愛的な意味かと思っちゃったよ。ていうよりそっちの方が面白そ⋯なんでもないです。別に何も考えていませんよ?

 

「そう聞かれると返答に困りますね。んー、強いて言うならば彼のロキ・ファミリア()()()()に俺が関係しているから、ですかね」

「入団理由がリヴェルーク様?それはどういう⋯」

「それじゃあ、今後のことを確認しようか!」

 

 レフィーヤが何か言おうとしたが、それを遮るようにフィンの呼びかけが木霊する。まぁ急ぎの用事では無いだろうし今度また相談されるのを待てば良いかな。

 

 

 

 

「今回の遠征の目的は未到達階層の開拓、これは変わらない。けど今回はそれにプラスして、59階層を目指す前に冒険者依頼(クエスト)をこなしておく」

「冒険者依頼⋯確か今回はディアンケヒト・ファミリアからの依頼でしたか?」

「ああ、その通りだ。内容は51階層の《カドモスの泉》にて要求量の泉水を採取すること」

「カドモスの泉⋯⋯うえー、メンドくさ〜。でもリヴェルークがいるしそんなの楽勝だよね!」

 

 ティオナは心底面倒臭そうに嘆いてから、俺という存在に完全に頼り切ることで乗り切ろうと算段を立てている。そんな彼女には悪いのだが──。

 

「残念ながら俺は留守番なので、カドモスの泉には行けませんよ?」

「うえっ⁉︎そんな〜、どうして⁉︎」

「俺がいると他の人が経験を積めないって理由に基づき、フィンがそう判断したからですよ。文句ならフィンにお願いします」

「え、文句なんか無いって!だからそんなに睨まないでよティオネ!」

 

 うわー、ティオネ滅茶苦茶怖いな。フィンに惚れ込んでるだけあって彼に対する侮辱にも取れる発言はたとえ妹でも許さないって感じ。フィンが欲しいのは同族であるパルゥムの妻なのにティオネがいる限り大変な道のりになりそうだな。

 

「そういえば、リューはカドモスの泉には行かないんでしたっけ?」

「ええ、個別で冒険者依頼を受けていまして。懇願されると断り辛くなってしまいます」

「きっとそれは、貴女が過ごした()()の影響でしょうね」

「遠征中だというのに申し訳ないと思います」

 

 そう零すとリューはシュンと落ち込んでしまった。落ち込んだ表情も何やらこう、そそるものがあるのだが、それを以前リューに伝えたら汚物を見る目を向けられたので黙っておく。だって嫌われたくないし。

 

「リュー、貴女のそんな正義感の強いところが俺はとても好きですよ」

「こんなに大勢の目があるところでそんなことを言われると、とても恥ずかしい」

『クッソォォオ、爆ぜろこのリア充がぁ!』

「このバカ弟め、時と場を弁えた発言をしろ!」

 

 思ったことを言っただけなのだが怒られてしまった、解せぬ。

 

 

 

 

「姉上も居残り組に配属されたんですね。正直な話俺一人で充分だと思うので、姉上は消費した精神力(マインド)の回復に努めて下さい」

「⋯すまない、もしもの時以外は任せるぞ」

「ええ、任せて下さい。それよりも、泉に向かった彼らは大丈夫でしょうかね?」

「フィンがいる班は大丈夫だろう。少し心配なのはアイズ達の班だ」

 

 あの班を心配してしまうのは仕方が無いだろう。何せそのメンツはアイズとティオナ(戦闘狂)の二人にティオネ(爆弾)、そんでもってレフィーヤ(格下)という構成になっている。

 ティオネにはフィンが『君だけが頼りだ』と念を押していたが、彼女の本性は戦闘狂二人よりも凶暴だからな。レフィーヤにそんな他三人を御しきれる筈も無い為マジで何事も無いことを祈るしかない。

 

「はぁ、せめてもう少しだけ大人しくなってくれると良いのですが」

「⋯お前がそれを言うか?過去のお前の方が寧ろ酷かったような気がするぞ」

「その言葉を否定出来ないのが悔しいですね」

「リヴェルークさんの昔ってそんなにヤバかったんですか?」

「ああ、今のコイツからは想像も出来ないほどだぞ。例えば──」

 

 俺と姉上の会話に周りで聞いていた団員達が興味を示す。そんな彼らに対して俺の過去を語り出した姉上の表情はどこか寂しげだ。『強くなること』に貪欲になり過ぎて姉上の心配を無下にしていた過去の自分を恥じるつもりは無いが、もっと視野を広く持つべきだったな。

 リヴェルークは内心でそんなことを考えていた。──彼やその他の団員達の元に未知なる襲撃が起こることなど知らずに。




いつもより少し短めですが今回はここまでで。それよりもベル君を早く登場させたい!とにかく頑張ります!

感想や評価の方も宜しくお願いしますm(_ _)m


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4話 芋虫くんと出会った日

今回は初めての6000文字突破ですね、はい。ご指摘があったので魔法の詠唱文を変更致しました。

これ投稿するまでに日刊ランキングにて9、15、16位に 入りました。評価して下さった方や感想をくれた方、ありがとうございました!


「いっくよーッ!」

 

 大声をあげて自分を鼓舞しつつも目を疑うほどに巨大な大双刃を構えティオナが走り出す。特注品の獲物を両手で軽々とぶん回しながら疾走して瞠目するモンスター目がけ思いっきり振り抜いて切断。

 

「よ〜し、これで五匹目!」

 

 力任せの一撃でモンスターを死骸へと変えると目もくれずに次なる獲物へ飛びかかった。

 

「あのバカティオナ、一人で前に出過ぎだわ!──はぁ。アイズ、貴女まで揃って出過ぎない程度に補助(フォロー)お願い」

 

 自重という言葉など知らんと言わんばかりに完全に出過ぎているティオナの補助をアイズに頼むのは姉のティオネだ。

 まぁ、口では文句を言いつつも殲滅の為に動かしている身体は全く止まらない。そのせいで呆れ口調で喋っているのに周りでは怪物が断末魔を発しながら生き絶えるという何とも言えない状況が生じている。

 

「分かった」

 

 ティオネの呼びかけに返答しつつも金髪を翻しながら繰り出す斬撃をもって自身に群がろうとするモンスター達を切り払う。

 ──現在位置は51階層。冒険者依頼(クエスト)のために降り立った階層にてアイズ達のパーティはモンスターとの戦闘に突入していた。

 頭上にて灯る燐光によって照らし出されるのは幅広の直線通路にてアイズ達と対峙している黒光りした皮膚組織を持つモンスターの一群。《ブラックライノス》という名称の前傾二足歩行を取る犀型のモンスター。

 

「とりゃー、えいさーっ!」

「────ッ!」

 

 彼等は鎧と言っても差し支え無いほどに硬く厚い皮膚を誇っているが縦横無尽に振り回されるティオナの専用装備(オーダーメイド)の大双刃《ウルガ》の餌食となっていとも簡単に引き裂かれる。

 そのすぐ側ではアイズがモンスターに斬撃を見舞い蹴散らしていく。何度敵を斬りつけても不壊属性(デュランダル)である第一等級特殊武装(スペリオルズ)《デスペレート》の放つ銀の光沢が曇る事は無い。

 

「レフィーヤ、呪文の準備が出来たら言いなさい!」

「【──略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えよ──】」

 

 アイズ達がモンスター相手に奮闘している間、未だに湧き続けるモンスターに対してレフィーヤが杖を構えて詠唱を開始していた。

 しかし、紡がれる言の葉にはいつものスピード感が無い。誰が見ても深層に棲息するモンスター達の威圧感や先達の獅子奮迅ぶりに気圧されてしまっているのが分かる。

 モンスターがそれを理解したのかは不明だが──。

 

『グォォオオオオオオオオッ!』

『オォォォオオオオオオオオオッ!』

「ひゃっ⁉︎」

 

 群れの中の一体が全身を切り裂くほどに強力なアイズ達の攻撃を完全に無視してレフィーヤに特攻を仕掛ける。

 更にはいきなりレフィーヤの真横の壁が破れて破片を撒き散らしながら赤と紫が混色した巨大蜘蛛《デフォルミス・スパイダー》が出現した。

 あっという間に二体のモンスターに挟まれてしまったことで突然窮地に陥ったレフィーヤはその場で硬直してしまう。

 

『ギエッ⁉︎』

「レフィーヤ、構わず詠唱を続けなさいっ!」

 

 しかし回転しながら飛来した湾刀がレフィーヤへの奇襲を阻み、ソレに続いて長い黒髪をなびかせながらティオネが駆けつける。彼女はモンスターの顔面に突き刺さった湾刀をひねり、振り下ろし、瞬く間に敵を解体する。

 そんな姿を視界に収めつつも未だに動揺が抜け切らないレフィーヤが詠唱を再開する前にアイズ達三人はモンスターを殲滅しきってしまった。

 

「す、すいません⋯わ、私⋯⋯」

「いーよいーよ、レフィーヤ。こういう時もあるから仕方無いって!」

「落ち着きなさい、レフィーヤ。Lv.が低くてもあんたの魔法の腕ならここのモンスターにだって通用するわ」

 

 アマゾネスの姉妹からの慰めを受けてレフィーヤはなんとか笑みを作り上げる。

 

 ──私はまた、アイズさん達の足手まといに⋯⋯──

 

 しかしその内心で少女は嘆く、己の力不足を。少女は痛感する、己の覚悟の無さを。そんな自覚が少女から元気を奪っていく。

 

「もう、レフィーヤは気にし過ぎだって!アイズー、アイズも何か言ってあげなよー!」

「⋯レフィーヤ達後衛と、私達前衛じゃ、することは違うよ。私達は、モンスターからレフィーヤ達を守って、レフィーヤ達はモンスターを⋯私達を⋯その、ん⋯」

 

 次第にアイズの口調がたどたどしくなっていく。普段からあまり喋らない弊害によりアイズは意思疎通があまり上手く図れない。

 言いたいことを必死に纏めようとするアイズは顔を僅かに赤く染めながらも視線を少し泳がせ、やがて次の言葉を紡ぐ。

 

「私達は、何度でも守るから⋯⋯だから、危なくなった私達を、次はレフィーヤが助けて?」

「──はいっ!」

 

 自分をまっすぐ見つめる透いた金色の瞳と信頼を寄せる言葉に対してレフィーヤは目を見開く。言葉を失った彼女は唇を震わせた後、目尻に涙を溜めながらも強い返事をする。

 暗い雰囲気が一変してどこか優しい空気が流れる。

 

「それじゃあ、さっさと魔石を回収しちゃいましょうか」

「おっけー、了解〜!」

 

 

 

 

「ティオネ〜、ドロップアイテムとか置いてきちゃったけどいいの?折角落ちたのにもったいなくない?」

「あんなデカイ角や皮、荷物になるから持っていけないわよ。それに最優先は目標の泉水でしょ」

 

 モンスターの核となる魔石やドロップアイテム──肉体の一部分──を集める理由。それは端的に言ってお金の為だ。これらはギルドや商業系ファミリアを通して換金が可能でありダンジョン探索の主要な収入源となっている。

 

「はぁ、リヴェルークが一緒に来てくれれば荷物持ちを任せることが出来るのにな〜」

「流石にそれはリヴェルーク様に対して失礼ですよ!」

「え〜、リヴェルークなら笑いながらやってくれそうだけどなー。アイズはどう思う⋯って、どうしたの?」

 

 ティオナはレフィーヤとリヴェルークについて話していたのだが、突如立ち止まったアイズに声をかける。

 

「⋯この先、何か、変な感じがする」

「この先って言うと強竜(カドモス)がいる泉のことだよね?何かあるのかな?」

「警戒するにこしたことは無いわね。慎重に行きましょうか」

 

 アイズの危機察知能力には眼を見張るものがある。それ故にアイズが『変な感じ』を感じた時には警戒しておいた方が何かといい方向に作用する。

 

「あの、カドモス?っていうのは、その⋯」

「うん、凄く、強いよ。力だけなら、階層主(ウダイオス)より上、かな」

「ひぃえぇぇ。や、やり過ごすことは出来ないんですか?」

「無理ね。あの竜は泉の番人のようなものだから、泉水だけ回収して逃げ出そうものなら殺されるわ」

「あたしなんか吹き飛ばされちゃって、体中がぐちゃぐちゃになっちゃったことあるしねー」

 

 ──リヴェルークの回復魔法があったから助かったけどね!なんてティオナの言葉も血の気を引かせているレフィーヤにはなんの効果もない。

 

「じゃあ、先に仕留めて安全確保しちゃおっかー。泉水の採取はそれからでも大丈夫でしょ」

「作戦は定石通りでいくわ。アイズとティオナ、私の三人がかりでカドモスを抑え込む。レフィーヤはデカイ魔法(やつ)を打ち込んでちょうだい。怯んだところを、後は私達で一気に畳みかけるわ」

「レフィーヤ、今度はバッチリお願いね〜!」

「は、はいっ!」

 

 レフィーヤの尻込み具合を吹き飛ばすように淡々と作戦を練っていきつつも歩を進めると、やがて一本道の通路の終わりに着いた。そこから先は開けた空間へと繋がっている。

 そこは《ルーム》と呼ばれている広間であり、このルームに《カドモスの泉》は存在している。

 足音をひそませながら残り僅かな距離を進む。しっかりと隊列を組み直して先頭のティオネがルーム内の様子を見て突撃の合図を下す手筈となっていた。──そう。予定ではその筈だったのだが突如アイズが眉を怪訝そうに曲げながら無遠慮な動きで立ち上がる。

 

「ア、アイズさんっ⁉︎そんなに急に立ち上がったら危ないですよっ!」

「⋯おかしい、静か過ぎる」

「確かにそうね。起きてるにしろ寝てるにしろ、何かしらの物音は聞こえてくる筈なのに」

 

 そうなのだ。さほど遠く離れているわけでもないこの状況ならば何かしらの物音は聞こえてくるのが当然だろう。しかしそのような音が一切聞こえてこないということは考えられる可能性は自ずと絞られてくる。

 

「な、なんですかこれ⋯。まるでナニカに荒らされた後のような⋯?」

「しかもなにこれ、くっさ!めっちゃ酷い匂い⋯」

「どうやら、この酷い悪臭の原因は()()みたいだわ」

 

 真相を確かめるために意を決してルーム内に足を踏み入れた四人の視界に入ってきたのは林に届かない程度に生えていた木々が無残にへし折られ、あるいは押し潰された痕跡。周囲の地面や壁もまるでナニカが暴れまわったかのようにひび割れて粉々になっている。

 更にティオネが見つけた悪臭の原因となっていた物体はなんと驚くべきことにカドモスの泉にて番人の如く鎮座しているはずのカドモスの()()だったのだ。

 

「わ、私達以外のファミリアの冒険者が倒したんでしょうか?」

「こんな深層にまで来れるパーティが、私達の遠征期間に被らせてここまで潜るわけがないわ」

「それにドロップアイテムも置き去りにされてるよ〜。これってさぁ⋯もしかしなくても面倒事かな?」

 

 もし仮にロキ・ファミリアの遠征に日程を被せるような勇敢なパーティがいたと仮定した場合、一度のダンジョン探索で少なくない金を飛ばす冒険者が莫大な資金に換金可能な《カドモスの皮膜》という希少なドロップアイテム(戦利品)を放置するとは考えにくい。

 なのでこの惨状から他のモンスターの仕業だという仮説が浮かぶのだがカドモスは稀少種(レアモンスター)であり強力な泉の番人だ。その力は控えめに言っても51階層最強であり、この階層のモンスターが束になっても敵う筈が無いのだ。

 

 ──異常事態(イレギュラー)──

 

 ティオネ達の会話に耳を傾けつつもアイズは己の主神がよく使う口癖を胸の中で呟く。

 

『あああああああああああああああああっ⁉︎』

 

 いきなりだった。臓腑の底から引きずり出されたかのような絶叫がアイズ達の元に届く。ことの重大さを直感させる凄惨な人の悲鳴は自分達にも聞き覚えのある声音。

 その絶叫に弾かれたように顔を見合わせて一気に加速し走り出したアイズ達が見たものは、全身を黄緑色に占められた巨大な芋虫とそれに追走されつつも全力で逃走しているフィン達二班の姿だった。

 

 

 

 

 ──時はアイズ達が未知の生物との接触を果たした時より少しばかり巻き戻る。

 リヴェルークが己に与えられている天幕の内部にて、とある短刀の手入れを行っているとリヴェリアが一人で彼を訪ねて来た。

 

「ルーク、今後のことで少し相談があるのだが──っと、すまない。何やら取り込み中だったか?」

「いえ、すぐに終わるのでその辺の椅子にでも座って待っていて下さい」

「ああ、分かった。別に急用ではないので焦らなくて良いからな」

 

 私の言葉を聞いてルークは再び作業に戻る。しばらくの間、私は真剣な表情で短刀を手入れするルークをなるべく音を立てないように注意しつつ眺めていた。

 アレは第一級冒険者が持つべき物ではなく、駆け出しの冒険者が使う貧相な代物だ。そんな物をルークが持っている理由が分からずに以前本人に直接聞いたことがあるのだが──。

 

「これは俺と、俺が尊敬している四人の先達との繋がりなんですよ」

 

 そう言って寂しげに微笑むルークを見て、あの短刀が黒竜戦で命を落とした英雄達の壊れた武器を再利用して作られた物だと悟った。

 かなり無理を言って作ってもらったようだが、破損した武具を再利用するのはかなり面倒だという理由でかなりの値がしたそうだ。

 それなら同じ値のヘファイストス・ファミリアのロゴ入り武装を買えばいいと思ったが、そういう単純な話ではないのだろうから言わなかったが。

 

「まぁ、今ではお守りみたいに思えて中々手放せなくて、こうしてダンジョン内にも持ち込んでしまいます」

「別にいいんじゃないか、そういう心の拠り所があっても」

 

 寧ろ、あのリヴェルーク(Lv.9)にもそういう平凡なところがあると分かれば今よりもっと他の団員から親しまれやすくなるだろうに。

 

「──ふぅ。こんなもんでいいでしょう。さて、俺に相談があったんですよね?」

「ああ、主に見張りのローテーションなどについてなのだが──」

『うわぁああああああああああっ⁉︎』

「───ッ⁉︎何事だ!」

 

 姉上の相談を聞くために俺も椅子に座ろうとしたのだが、何かが起きたことを容易く予感させるほどの絶叫が会話を遮る。

 

「ぐおぉ、いてぇよー!」

「な、なんだよコイツら!こんな怪物なんか見たことねぇぞ!」

「全員落ち着け!負傷者は後方へ急いで避難だ!歩けない者には手を貸してやれ!」

「姉上、負傷者の治療は俺に任せて下さい。姉上は残りの団員達の指揮をお願いします」

「分かった、そっちは任せるぞ!」

 

 俺に団員達の指揮を執ることなんて性に合わな過ぎて無理だし、やっぱこういう時は適材適所が一番だろう。

 

「リヴェルーク様、負傷者の避難が完了しました!」

「じゃあ、ここはいいから姉上の指揮下に戻りなさい。俺は治療が終わったら向かいますから」

『はい、了解しました!』

 

 誰一人乱れることの無いこの返答を聞けば圧倒的なカリスマ性を誇るリヴェルークにも指揮を執ることが出来そうだと思うだろうが、本人は『向いていない』と割り切っているから言っても仕方の無いことだ。

 

「【万民を救う神業を体現し傷の悉くを癒そう全ての者に理想郷(きぼう)を示そう我が名はアールヴ──エデン】」

 

 超高速詠唱によって紡がれた魔法で負傷者達は軒並み元気になった。それはいいのだが、先ほどの怪我の仕方を鑑みるとあの芋虫型の新種モンスターの攻撃方法は恐らく消化液のようなものだろう。

 百戦錬磨の姉上もそれは理解しているらしく、消化液にかからない立ち回りを完璧に指揮しているがやはり若干押され気味だ。

 

「全く、疲労気味の姉上に余計な苦労かけないで下さいよ。これだから無駄に湧くモンスターは⋯」

「ルーク、すまないがお前は後方支援に努めてくれ。アレは遠くから大火力で焼き払った方が効率が良い」

「それなら、味方への補助も同時にやっちゃいましょうかね」

 

 リヴェリアの指示を受けたリヴェルークは詠唱の準備に入る。しかしそれは【アヴァロン】でも【エデン】でも無く数年前に発現した三つ目の魔法。

 

「【祝福の光はここに降り注ぐ。己が力を対価とし、幾千の同胞に神域を侵させよう。全ての者よ、心して我が宣告を受けるが良い──我が名はアールヴ。ガーデン・オブ・アヴァロン】」

 

 まるで天からの祝福を告げるかのように、詠唱終了と同時に戦場にいる()()()()の身体が淡い緑色に包まれる。

 

「それじゃあ、反撃開始といきましょうか」

「全員、ルークからの勝利の祝福を無駄にするなよ!」

『ラジャーッ!』




リヴェルークの三つ目の魔法はfgoのマーリンさんが元になっております。魔法の効果の詳細などは次回の話の中で出しますが、メリットとデメリットありの魔法となっているとだけ言っておきます。

感想や評価など、宜しくお願いしますm(__)m


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5話 灰燼と化した魔物

更新大幅に遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
学校の試験や資格取得の為の勉強などが主な原因です。


 野営地を構えた一枚岩の頂上にて防衛を行う冒険者集団とその岩に取り付いている巨大な芋虫の群れ。モンスター達はその多脚を一枚岩に貼り付けよじ登り、頂上の集団に腐食液をあびせかけてくる。

 

「前衛はモンスターの消化液に気をつけつつ足止めをするだけでいい!後衛は詠唱に集中し、一撃で吹き飛ばすように心がけろ!」

『はい!』

 

 リヴェリアの指揮の下に彼らはモンスターの攻撃を無傷で防ぎきっていた。──そう。()()で、である。

 確かに彼らは歴戦の冒険者ではあるのだが、しかしながらこの状況で皆が無傷なのにはそれ以外の要因がある。

 それはこの場における最高の切り札であるリヴェルークによって先ほど行使された魔法の効果が大きい。彼の三つ目の魔法とは味方()()のステータスを上昇させる効果がある破格のモノだ。

 しかし、そんな大魔法をデメリット無しで使うことはいかにリヴェルークといえども不可能である。

 そのデメリットが原因で彼は現在、前衛によって守られながら魔法詠唱を行なっているリヴェリア含む後衛の()()()にて使用中の魔法の維持と【アヴァロン】による攻撃を同時に行っている。

 

「前衛はモンスターの攻撃を盾で防ぐことに専念し、使用した盾はすぐさま破棄して新しい物に交換するように!」

「姉上、何故だか嫌な予感がするので、モンスターへの近接戦による直接的な攻撃は控えた方が良いと思います」

「やはりルークもそう思うか。──よし、それを頭に入れつつ指揮を執ることにしよう」

「御二人とも、こんな状況でゆっくり会話なんて冷静過ぎませんか⁉︎」

 

 リヴェリアとリヴェルークのやり取りを傍らで聞いていた後衛部隊の冒険者の一人がこの切羽詰まった状況でも冷静な二人に対してツッコミを入れる。

 周りを見れば彼以外も同意見なのか各々が魔法詠唱をしつつも首を縦に振ることでツッコミに対する同意を示していた。

 その動作のシンクロ率の高さは──いやいや。貴方達もわりと余裕そうじゃないですかね?とリヴェルークが感じてしまうほどのモノだった。

 

「そう言われましても、冒険者なら常に冷静に物事を把握するのは大切ですよ?慌てふためく様ほど滑稽なものはありませんから」

「だが確かに、ルークの冷静さは凄まじいがな。姉の私ですら怖くなるレベルだ」

「と、言いながらモンスターを爆散させてる姉上も流石です」

「⋯この状況で平然と会話とか。ヤベェよ、このハイエルフ姉弟様マジでヤベェよ」

「当然でしょう、何せ御二方は私達エルフの誇りなんですから!」

 

 などと口ではふざけたことを言っている彼にも、逆に言えばこの状況でさえ軽口を叩く余裕があるということだ。

 何故なら自分達には迷宮都市どころか世界を見渡しても並ぶ者のいない最強の冒険者──《至天(クラウン)》リヴェルークとその姉である《九魔姫(ナイン・ヘル)》リヴェリアが付いているのだから。

 この二人がいる限り自分達が眼前の醜悪な怪物に負けるはずがないという圧倒的なまでの信頼。更にはそんな最強からの祝福──魔法による強化──を受けているのだ。ここまでされていながら心が折れていたらロキ・ファミリアのメンツに泥を塗ることになりかねない。

 

「お前達、恐らくもう暫くすればフィン達が異変を察知して駆けつけるだろう。それまで何としてでも辛抱するんだ!」

「俺としては一人で冒険者依頼(クエスト)をこなしに行ったリューが心配ですね。早く探しに行きたいのでそろそろ終わらせましょうか」

「──ということらしい!今から魔法強化抜きで、ルークが詠唱を終えるまで何としてでも耐えろ!」

『はい!』

 

 そんな感じで姉上からの許可も出たので彼らにかけている俺の魔力と集中力の大半を占めていた強化魔法を解除した。

 本当この魔法は魔力の燃費が悪過ぎる上に集中力もクソみたいに必要だし、しかも自分のステータスが極端に下がるのが痛いんだよなぁ。

 さっきはわりと余裕そうに振舞ってたけど強化魔法と攻撃魔法を同時にこなしつつ会話も出来るようになるまで練度を上げるのにかなりの時間を費やしたんだよ。

 まぁそんな過去のことはどうでもいいかね、なんて思いつつ残りの魔力のほぼ全てを注ぎ込みながら──。

 

「全員、ルークの後ろまで全速力で戻って来い!」

『急げぇーっ!』

「【我が名はアールヴ──アヴァロン】」

 

 眼前の醜い芋虫を残らず消し飛ばす為に広範囲殲滅魔法を行使した。

 

 

 

 

「うわっ、あっぶなー!丸焦げになるところだったぁ!」

「間一髪でしたね、ティオナ。今のは恐らくルークの攻撃魔法でしょう」

「あ、やっぱりリューもそう思う〜?それならキャンプの方も大丈夫そうかな!」

「あそこにはルーク達が居ますからね、きっと大丈夫でしょう」

 

 ティオナの言葉へのリューの返答は確かに正しいものだった。

 フィン達とアイズ達の二班とリューが道中で合流して共にキャンプ場を目指していたのだが、森を抜けた彼らの視界に飛び込んできたのは数多いた芋虫が無数の火の柱に呑まれて消滅する光景だった。

 ティオナが巻き込まれそうになるというプチアクシデントはあったものの、その魔法の強大さを見て一先ず焦る気持ちを抑えてキャンプ場にいる隊員達の無事を確信する。

 しかしそうは思っても、やはり自分の目で団員達の安全を確認する為に野営地を目指して走ることだけは止められなかった。

 

「おや、リューはフィン達と一緒にいたのですね。少しばかりイレギュラーなことがありまして、リューが心配で今から探しに行くところでした」

「心配ですか⋯。それは私の実力が信用出来ないということですか?」

「信用はしています。しかし、何が起こるか分からないのがダンジョンですからね」

 

 俺の言葉を聞いたリューは少しキツイ口調でこちらを問い詰めるかのように質問してきた。

 整った顔立ちのリューだからこそムッとした表情ですら見惚れてしまうほどに美しい。──が、今は誤解を解くことが最優先事項なので言葉を尽くして説得する。

 そんな美男美女のやり取りを二人から少し離れた位置より眺めている人物達がいた。

 

「やっぱりあの二人はそろって並んでいるだけで絵になるっスね」

「あの、ラウルさんはもうお怪我は平気なんですか?」

「リヴェルークさんに治してもらったのでもう大丈夫っスよ!本当、あの治癒魔法は規格外っスよね⁉︎」

 

 野営地に向かう道中にてモンスターの腐食液をモロに浴びてしまったラウル。そんな彼に気遣う言葉をかけるレフィーヤのなんと優しいことか。

 彼女の言葉を聞いたラウルはなるべく明るく振る舞うがその内心は自己嫌悪に満ち満ちていた。彼の脳裏に浮かぶのは『諦めて弱音を吐いてるなら私が息の根を止めるわよ⁉︎』と自身を怒鳴りつけて鼓舞してくれたティオネの姿だ。

 彼女はあろうことか腐食液に身を晒されながらも止まること無く敵を蹂躙してみせた。

 それについては『ティオネの方が自分よりランクが高いから』、『自分が負傷したのは油断していただけ』などと言い訳して自身を納得させることは出来る。しかし自分の隣にいるこの少女は──。

 

「あ、あのっ、ラウルさん!私の顔に何か付いていますか?」

「⋯あ。いやー、何でもないっスよ!少し考え事をしてただけっス!」

 

 ──ランクが下ながらもしっかりと魔法を用いて戦ってみせた。

 それに比べて自分はどうだったかと言えばただ無様な醜態を晒して足を引っ張っただけ。しかもそのことに対し何かと理由をつけて自分を納得させようとする始末。我が身のことではあるのだがなんと情けない──。

 

「──とでも思っているのですか?」

「うわぁぁぁああっ⁉︎リヴェルークさん、驚かさないで下さいっス!」

「いやぁ、ラウルがあまりにも辛気臭い顔をしていたのでつい」

 

 この人はエスパーか何かなんじゃないっスかね。なんでこうも容易く他人の考えてることをピタリと言い当てられるんスか。

 にしても、よりにもよってリヴェルークさん(憧れの人)に見抜かれるなんて思ってもなかったっスよ。

 

「⋯きっと、リヴェルークさんには分からないっスよ」

 

 憧れの(そんな)人に対してラウルは自分でも驚くほど弱々しくて低音の声を咄嗟に出してしまった。

 これが理不尽な八つ当たりだってことは彼だって理解しているし、言ってすぐに後悔したが口から出たモノは今更引っ込められない。

 

「そうですね、俺は自分が足を引っ張ったなんて思ったことはありませんから。きっとその感情は一生理解出来ないでしょう」

「やっぱそうっスよね⋯」

「しかし、自分が情けないと思ったことはありますよ?」

「はっ?」

 

 ──今この人はなんて言ったっスか?世界最強の冒険者が。《海の覇王(リヴァイアサン)》を単独で殺し、()()黒竜を盲目に落とした生きる伝説その人が。自身を情けないと思った?

 

「あ、その表情は信じていませんね?まぁ、今は俺の話は置いておきましょう」

「いやいや、メチャクチャ気になるんスけど⁉︎」

「いいから、置いておきましょう!ラウル、貴方は確かに臆病で情けないです」

「うわっ、分かっててもストレートに言われるとダメージが半端じゃないっスね⋯」

「ですが、よく言えばそれは慎重だということです。ロキ・ファミリアは頭脳派が少ないのが痛いですから、ラウルはとても貴重な人材ですよ」

 

 俺がそう告げると、ラウルは半信半疑といった表情を浮かべた。まぁ嘘は言ってないけど本音も言っていないからな。何となくそれを感じ取っているのだろう。

 ラウルは言わば原石のようなものだ。磨き方一つでこれから先マジで宝石に化ける。故に──。

 

「そうは言ってもやはり、ラウルはまだまだ未熟ですから。帰還したら、そんな悩みが吹き飛ぶレベルの修行をつけてあげましょう」

「あ、コレ、自分死亡確定したっスね」

 

 ──()()()()()()()()でもあるし冒険者の先達としてしっかり導いてあげないとな。

 リヴェルークはそう思いながらも遠い目をしているラウルを優しげに見つめるのだった。

 

「あ、レフィーヤもついでに修行受けます?」

「えっ⁉︎ハ、ハイエルフ(王族)であるリヴェルーク様にご迷惑をかけるわけには⋯」

「まぁまぁ。同じファミリアなのですし、遠慮しなくていいですよ?」

「で、でしたら!ぜ、是非お願いします!」

 

 レフィーヤのことは途中から完全に忘れていたとは言えないから無理矢理誤魔化す事にした。忘れてて本当ゴメンね。




本当、原作主人公そろそろ出したい( ̄▽ ̄)
これからも更新自体は続けていく予定ですので、宜しくお願いします!


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6話 恐ろしいのは団長と姉でした

戦闘シーンはやはり文字にするのが難しいというのを改めて感じた今日この頃です。
文才無しなりに頑張って書きました。


 キャンプに残って防衛に務めていたリヴェルーク達とカドモスの泉に向かっていたフィン達は合流した後に負傷者を治療する為に少しばかり休憩を取っていた。

 

「フィン、ルークが言っていたことに気付いているか?」

「勿論。嫌な予感が消えない、彼の言った通り恐らくまだ何かある」

「むう。かと言ってここまで来て撤退するというのものう」

 

 新種のモンスター達は主にリヴェルークの魔法によって撃退したが、それでも何故か嫌な予感がしたフィン。

 彼はキャンプ地の東西南北それぞれに第二級冒険者を見張りとして配置した後にガレスやリヴェリアと今後の方針について話し合っていた。

 

「いや、今はダンジョンの異常をいち早くギルドに報告することが先決だ」

「はぁ、ベート達が文句を言う光景が目に浮かぶな」

「仕方あるまいて。他ならぬフィンの決定なのだからのう、嫌でも従ってもらわねばな」

 

 リヴェリアの言葉を聞いたフィンは困ったように苦笑いを浮かべる。

 彼もベート達がきっと口々に文句を言うだろうと思ってはいるが、ガレスと同意見で従ってもらうしかないのだ。

 ──じゃあ、と切り出して方針を決定しようとした丁度その時に三人は新しい危機の到来を知ることになる。

 

「団長っ!リヴェルークさん達が──!」

 

 幕屋の中に駆け込んで来たとある団員の叫び声は彼ら三人に事態の急変を報せるには充分なものだった。

 

 

 

 

「キャンプに残ってやがったアイツらは無事なんだろうな?」

「ええ、俺がしっかり治療しましたからね。もしかして心配していたのですか?」

「えーっ⁉︎ベートが他の団員の心配なんてめっずらしー!」

「うるせぇっ、荷物持ちが無事じゃねぇと深層から帰れねぇだろ!ただそれだけだ、勘違いしてんじゃねぇ!」

 

 ベートの言葉を聞いて恒例のようにリヴェルークとティオナがそれをイジり始める中、その周囲には弛緩した空気が流れ出している。

 言い合いをしている三人の側にはへたり込むラウルに叱咤激励の言葉をかけるティオネ。体育座りで寛ぎ会話をしているアイズとレフィーヤ。見張り以外の団員も各々が好きなことをして時間を過ごしている。

 ベートイジりに飽きたリヴェルークの視界に映るのは第三級であるが故に自分達の荷物持ちを務めているファミリアのメンバーが談笑している様子。

 

「それにしても、さっきのモンスター達はヤバかったよな」

「そうね。正直な話、リヴェルークさん抜きじゃ怪我人がもっと増えていたでしょう」

 

 ダンジョン内は確かに危険ではあるのだが、ロキ・ファミリアには第一級に分類される強者達が極めて稀な程に所属している。

 それに加えて新種のモンスターを討伐したばかりでもあるが故に少しばかり気が抜けてしまうのも仕方が無い。

 だからこそ表面上はリラックスしているように見えて彼らの分も負担し周囲をより一層警戒していたリヴェルークや他の第一級冒険者は見張りの人間が報告に来るよりも早くに異変を察知することが出来た。

 

「──っ⁉︎全員、即時戦闘準備に移れっ!」

「リヴェルーク様、西の方角より多数の敵影が迫って来ています!」

「貴方は団長のいる幕屋に行ってこのことを伝えて下さい。ベート達は団長が来るまで──」

「ウルセェ、テメーが命令してんじゃねぇぞ!」

「あー、もう。本当に短気過ぎるでしょう。分かりました、好きなように動いて蹂躙しなさい!」

 

 ⋯はぁ、全く。ウチの団員はクセの強い奴らが多いとは前から思っていたけどベートはその中でもトップクラスだ。しかも恐らく、さっきのイジりのせいで普段よりも意固地になってる。いつもはもう少し素直で良い子なのに⋯。

 でも俺が声をかける前に敵襲に気付いた点は流石だ。

 

「ねぇリヴェルーク、私も好きに動いていいでしょ〜?」

「──いいですよ、第一級冒険者は皆好きにして下さい。それ以外は俺の指揮に従ってもらいます」

 

 もうヤダ。この子達何言っても絶対に聞いてくれないよ。だってティオナだけじゃなくてティオネやアイズまでアイコンタクトで『私にも行かせて』って訴えかけてるんだもん。

 

「リヴェルークは戦わないの〜?一緒にモンスター狩りしようよ!」

「俺の分はティオナにあげますよ」

 

 ホント、ロキ・ファミリアの第一級は皆戦闘狂の気があるから困る。これは将来、このファミリアの頭脳になる予定のラウルが困り果てる様子が目に浮かぶよ。

 

 

 

 

 あの後直ぐに駆けつけたフィン達も合流し、フィンの指揮による見事な連携で瞬く間に敵を撃破してのけた。

 新種とはいえ一度相対して情報を得ている以上彼等に敗北は文字通りあり得ない。

 

「まぁ、妥当な結果でしょうね」

「ネタの割れている手品ほどつまらないものはありませんから」

 

 普通なら苦戦、下手をしたら命を落としかねない敵を『つまらない』と言えるほどに。

 ──ここで突然ではあるがロキ・ファミリアについての簡単な紹介をするとしよう。

 ロキ・ファミリアはオラリオ二大派閥の片翼を担う程の強大なファミリアだ。所属している冒険者のランクの高さは勿論のこと、それに比例してくぐり抜けた修羅場の数も並とは一線を画する。

 いきなり何言ってんだ?と思っただろうが落ち着いて欲しい。何故ならこれから起こった更なる波乱は()()()彼等だからこそ察知することが出来たのだから。

 

「───!」

 

 一通り暴れていた彼等は、野営地にて指揮をとるフィン達の様子を確かめるべく一枚岩の方角に振り返ろうとした──丁度その時に音が届いた。

 木をいっぺんにへし折る、東方より響いてきた破砕音が。

 皆が同じくその方角に振り向き、各々の武器を握り直して臨戦態勢を再度整える。

 一枚岩の下に下りて好き好きに敵を屠っていたベート達には視認出来ていないが岩の上にいる団員達は恐らく既に音の正体を視認しているだろう。

 そう思ったベート達は自らも正体を確かめるべく岩を登ろうとして微かな焦燥感を抱いた。

 フィン達のいる岩の上から()()の物音が聞こえないのだ。これではまるで──。

 

「⋯どうなってやがる」

 

 ──まるで団長達が正体不明の()()()に圧倒されているようではないか。

 不謹慎にも心の内でそう思ってしまった彼等は上に向かうことを断念し全神経を注ぎ音の鳴る方角へ注意を払う。その間もフィン達の声を失ったかのような静寂が身構えるベート達の不安や緊張をかき立てる。

 一体、どれほどの時間待ったか。

 油断無く音源の方角を見つめていた彼等の視界にもついに()()は現れた。

 

「アレも下の階層から来たっていうの?」

「迷路を壊しながら進めば⋯⋯なんとか?」

「馬鹿言わないでよ⋯」

 

 半ば呆けた様なアマゾネスの姉妹の会話のみが静まり返った場に通る。

 現れたソレはおよそ六M(メドル)ほどだろうか。先程まで戦っていたモンスターの大型個体よりも更に一回り大きい。

 黄緑の体躯に扁平状の腕を持ち、芋虫型のモンスターの形状を引き継ぐ姿ではあるが全容の作りは大きく異なっている。

 芋虫を彷彿させる下半身は変わらず。ただ小山のように盛り上がっていた上半身は滑らかな線を描き人の上体を模していた。──海鷂魚(エイ)。あるいは扇にも似た厚みの無い腕は二対四枚。後頭部からは何本も垂れ下がる管のような器官。

 あまりにも醜悪で見るに耐えないその全容もさることながら。その他にも問題点はある。

 

「あんな、デカイの倒しちゃったら⋯」

 

 愕然とした表情でポツリと呟いたティオナの言葉が問題点だ。仮にアレを芋虫型と同類と考えれば、あれほどの巨体を倒した場合途轍もない量の腐食液が周囲に飛び散ることになる。

 更には芋虫型のモンスターの大半が力つきる瞬間に自らその体躯を破裂させていた。あの巨大なモンスターも同じならば芋虫型とは比べ物にならないほどの量を死に際に撒き散らすことになる。

 もしそうなったなら辺り一帯にいる者が巻き添えとなり撃破しても多大なる犠牲を出すだけだ。

 当然ながらそんなことはファミリアの長にして頭脳であるフィンでなくとも理解出来る。

 

「かと言ってアレを放置しておくわけにもいかない、か」

「⋯フィン。貴方とは、ファミリアの戦力を底上げする為に俺は余り戦闘に参加しないと約束しましたが、コレばかりは他の者には荷が重いでしょう」

「そうだね、折角の戦力を出し惜しみする理由は無い。それにアレは、どうやらそれほどの敵のようだ」

 

 リヴェルークの言葉や表情から自身の想定より敵の脅威度が高い可能性を悟ったフィンは彼一人にアレを一任することを決める。

 何故リヴェルークが約束を反故にしてまで主張したかと言えば彼が元ゼウス・ファミリアだからだ。ゼウス・ファミリアの到達階層はロキ・ファミリアよりも更に深層である。そんな彼でもこのモンスターは見たことが無い。

 ──つまり。ゼウス・ファミリアでさえ未到達の階層より上ってきた敵である可能性があるのだ。

 故にリヴェルークが単独での討伐を願い出てフィンはそれを許可した。

 

「総員、撤退だ」

 

 フィンが淡々と告げる。その言葉を聞いて多くの目が見つめる中、彼は油断無くモンスターを見据えながら指示を出す。

 

「速やかにキャンプを破棄、最小限の物資を持ってこの場から離脱する。ベート達にもそう伝えろ」

 

 ベート達から絶対文句言われますよ、と心で思っていたのだがやはりと言うべきかその通りになった。

 フィンからの伝言を聞いたベート達は一枚岩の上に登ってくるなり口々に不満をぶつける。しかし個人の感情を慮る暇など無い。フィンによる『団長命令だ。』という言葉で皆が口を閉ざした。

 不満げな表情を見せながらも撤退し始める彼等を尻目に俺は未だに動きを見せないある意味()()()とも言える二人に語りかける。

 

「そういうわけですから、貴方達二人も早く行きなさい」

「⋯私は、足手まといにはならない」

「私にも、ルークの無事を見守るという責務があります」

 

 その二人とはアイズとリューだ。アイズの主張は同じ冒険者として分からなくもないのだがリューのはもはや暴論だ。もうね、流石は巷で話題の戦闘狂のヤベー奴とリヴェルーク好きのヤベー奴って感じだ。こうなった二人は説得するのに時間がかかるので諦める。説得に時間を使っている暇が無い。

 

「はぁ、分かりました。後で一緒に団長からのありがたいお説教を受けましょう。」

「⋯うん。」

「そうですね、仕方ありませんか。」

 

 ついでに言うとベート達、というより主にベートから滅茶苦茶文句言われそうな気がする。それも俺だけが!──はぁ。何故に戦闘が始まってすらいないのにこんなに疲れなくちゃいけないんだよ。

 

「それでは、アイズとリューには雑魚の露払いをしてもらいましょうか」

「⋯露払い?」

「あの巨大なモンスターに目がいき過ぎましたね。その背後を見てみなさい」

 

 そう。何も敵は巨体を誇る醜悪なモンスターのみでは無い。ソレの背後にはまるで将に率いられる兵士のように芋虫型のモンスターが続いている。

 

「リュー、わかっているとは思いますが」

「ええ、アイズが無理をし過ぎないか注意しておきます」

「⋯無理なんて、しないよ」

「貴方のその言葉には、説得力の欠片も無いですよ」

 

 お互いに軽口を叩きながらも視線は一瞬たりともモンスターから切らさずに歩を進める。

 成る程。コレは見れば見るほど気分が悪くなるし何より存在感がある。だがしかし──。

 

「コレに勝てないようでは、海の覇王(リヴァイアサン)討伐者の名が泣いてしまいますからね」

 

 ──かつて殺し合った怪物達に比べれば可愛いものだ。

 そう内心で感じながらもリヴェルークはニコニコと無邪気な笑顔を浮かべつつ歩いて距離を詰める。

 そんな挑発としか取れない様子を見たからなのか。女体型のモンスターは雄叫びを上げながらも腕を振り下ろす。その威力はリヴェルークが居た場所を中心に大きな亀裂が走るほど。

 押し潰したことを確信した女体型は身を震わせて声にならない音を発そうとして──違和感を感じ取った。

 

「貴方が探しているのは、この無様に切り落とされた右腕ですか?」

『────────────ァァァアアッ⁉︎』

 

 持ち上げようとした右腕の感覚がいつの間にか消えていたのだ。

 それを認識し、遅れてきたのは激しい痛み。女体型は初めての感覚にただただのたうち回るしかない。

 

「折角の遠征を邪魔した奴がこの程度では割りに合いません、もっと必死に足掻いて下さいよ」

『──────ッ!』

 

 女体型が震え、無貌に見えた顔面部に横一線の亀裂を生み出しながら口腔を開放する。

 そこより鉄砲水のような勢いで撃ち出されるのは例の腐食液。だがその量や速度は先程の戦闘時とは比べものにもならない。

 誰が見ても絶体絶命。それ故にリヴェルークの取った対処法はきっと女体型の予想とはかけ離れたものだったのだろう。

 

「おやおや、戦闘時にそんな間抜け面を晒すのはいけませんよ」

 

 身に纏わせた雷を周囲に放出することで液を消し飛ばすなんて力技は考えもつかなかったのだ。

 不意を突かれた女体型はリヴェルークの接近を容易く許してしまう。

 

「これで終いです」

 

 優しい声音とは裏腹に振るわれたのはアイズの《リル・ラファーガ》をパクった結果生まれた必殺技。自身の剣に灼熱の焔を溜め、それを相手に向かって放出する。

 放たれた焔は敵の身を焼きながらダンジョンの天井部スレスレまで伸びる火柱となった。

 

「あ、ミスった。魔石諸共焼き尽くしちゃいました」

「相変わらずルークは緩過ぎて中々締まりませんね。こちらも芋虫退治が終わった所です」

「⋯少し物足りない、かな」

「二人共お疲れ様です。ですが、まだ終わりではありませんよ?」

 

 俺の言葉を聞いて二人は不思議そうな表情を浮かべるが女体型より恐ろしいモノが待ち受けていることをどうやら忘れているようだ。

 

「ほら、アレを見て下さい」

 

 俺が指をさした方向を見た二人の目からハイライトが消えた。アイズとリューにも漸く分かったらしい。

 

「説教は短めでお願いします、フィン様に姉上様」

「さて、それは約束しかねるとだけ言っておこうかな」

「お前達、覚悟することだな」

 

 指をさした方には笑顔を見せつつも静かにキレているフィンとリヴェリア、呆れ気味のガレスの姿があったとさ。

 それを見た俺達は内心で『終わった』と思いながらも諦めて彼らの元に戻るのであった。──ちなみにこの後、三人揃って正座状態で滅茶苦茶怒られました。




今回もこの作品をお読み下さりありがとうございます。これからも頑張っていきますので宜しくお願いします!


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7話 邂逅、それは劇的に

samidare841様、誤字報告ありがとうございました。誤字はしないよう注意していきますが、万が一発見した場合は報告して頂けると助かりますm(_ _)m


 団長や姉上からの説教時は二人からレベル以上の威圧感がして少しビビった。

 まぁそれはもう終わったことなので置いておいてもいい。それよりも面倒なのは──。

 

「で、モンスター倒すのは楽しかったか?リヴェルークさんよぉ」

「ですから、何度も謝ってるじゃないですか。あの場はアレがベストだと判断したんですよ」

「ベートはムキになり過ぎだって〜。まぁ、暴れ足んないのは一緒だけどさ〜」

「全く、しつこいわよあんた達。いい加減にしなさい」

 

 やはりと言うべきか団長達から説教があった後、ベート達からは散々文句を言われた。というより今も言われている。

 ティオナはただ暴れたいだけなので簡単に言いくるめられるがベートは俺がいつの間にかアイズと共闘していたのが気に入らないらしい。ベートに関しては説得が面倒な予感しかしない。

 

「あの場にはリューも居たので、別に二人きりというわけでもありませんし」

「別にんなこと気にしてねぇ!それに、あんないけ好かねぇエルフなんかどーでもいいんだ──」

「んー?今リューのことを悪く言ったアホウルフは何処のどいつかなー?」

「──グエッ⁉︎」

 

 コイツ、リューの悪口言いやがった。俺のことはなんと言おうが構わないけどリューについては別ですからね。

 まぁ俺は優しいので首を絞めて落とす()()で許してあげます。

 

「うわぁ。リヴェルークが滅茶苦茶いい笑顔を浮かべてるの、なんか怖いよ〜」

「私は彼に何と言われようと気にならないといつも言っているのに」

「それは、俺がまだまだ子供だということなんでしょうね。──それよりもティオナ。暴れ足りないと先程言ってましたが、良ければ後で俺が相手してあげましょうか?」

「え⋯遠慮しておこうかな〜」

 

 ん?普段なら目を輝かせながらノッてくるはずなのに何故か顔を引き攣らせながら断られた。

 

「では、ルークさえ良ければ私の相手をして欲しい」

「⋯私も、戦いたい」

「この際二人とでも良いですかね。他に混ざりたい方はいませんか?」

 

 そう聞けば、周りで傍観していた他の団員も一斉に首を横に振る。そんなに激しく振らなくてもいいのにって思うくらいに。

 まぁそんなこんなで、ホームに戻ったらリューとアイズの二人と遊んであげる(戦う)ことが決まった。

 

「あ、どなたか荷物と一緒にベートも運んであげて下さい」

「わ、分かりました!でもベートさんが起きたら⋯」

「起きて暴れたらまた締め落とすので安心して良いですよ」

 

 荷物持ち担当の子達が少し怯えていたので首を絞める仕草をしながら説得する。

 ──え?ベートの扱いが荒すぎるって?寧ろこうやって俺が雑に扱うことで、ファミリア内でベートに悪く言われて鬱憤が溜まっている人もそれを見て発散出来るから良いんですよ。

 あまり溜め込ませると爆発する恐れがありますからね。ベートは根は良い子だからせめてファミリア内では嫌われ者になって欲しくないし。

 

 

 

 

「あーあ、結局ここまで戻って来ちゃったね〜」

「団長が何度も説明したでしょ?あのモンスターのせいで物資が心もとないって」

「それに、武器なども殆どが溶かされてしまいましたからね」

 

 50階層での戦闘やちょっとした説教の後、ロキ・ファミリアは未到達階層への進出を断念して地上への帰還に行動を切り替えていた。

 それは事実上の遠征終了である為、口を尖らせて文句を垂れるティオナをティオネ達がたしなめている。

 実際にティオナの武器もモンスターに溶かされているので効果は抜群だったようだ。

 

「う〜。でも、やっぱり悔しい〜。折角頑張って50階層まで行ったのにぃー」

「全部あのモンスターのせいっスよ。結局何だったんスかねー。リヴェルークさんでも分からないんスか?」

「俺でも見たことが無い未確認モンスターなのは確定ですね」

 

 問われた疑問に答えながらも俺はポケットから一つの魔石を取り出して彼等に見せる。

 

「それ、もしかしてあのモンスターの魔石っスか?」

「あのモンスターに手を突っ込んで引きずり出してみました」

「あ、それなら私もやってみたわ」

 

 俺に同調しながらティオネも胸元に手を伸ばし、巨峰のように豊かに実っている胸の間へ指を入れてそこからモンスターの魔石を取り出した。

 その様子を隣で見ていたティオナは恨めしそうに実姉を睨み、リヴェルークやラウルなどの男性陣は気まずそうに目をそらす。

 

「へ〜、なんか気味悪い色だね〜」

「魔石から何から全てが初見のモンスターなんて面倒な予感しかしませんね」

 

 中心が極彩色。残る部分は紫紺色という見たことの無い輝きを放つ魔石。それに興味を示した複数の団員が覗き込んでくる中、ティオネは魔石を頭上へ掲げてそれを眺めた。

 ──やがて一行は広いルームへと辿り着く。

 深層域と比べると狭い道幅になる為、ロキ・ファミリアはこの17階層に上がる直前に部隊を二つに分けていた。集団の規模が大き過ぎると身動きが取りづらくなりモンスターの襲撃にも対応出来なくなるからだ。

 リヴェリアが管轄するこの前行部隊はリヴェルーク達を含めて十数人の団員達が固まっている。

 前行部隊にも当然ながら荷物を運搬するサポーター役の下っ端がちらほらおり、彼等の疲労度は戦線を引っ張っていた第一級冒険者達よりも色濃い。

 

「⋯リーネ、手伝おうか?」

「えっ?あ、だ、大丈夫です!」

 

 ヒューマンの少女に声をかけたアイズは、しかしながら滅相も無いと凄い勢いで断られた。

 ほぼ名目上とはいえ幹部を務めていて、その上あんな浮き世離れした容姿だ。殆どの団員がこのように畏まった態度を取ってしまうのも仕方が無い。

 だがアイズがションボリしているように見えるのは気のせいでは無いだろう。だって俺も普段似たような態度取られるけど地味に悲しくなるし。

 

「止めろっての、アイズ。雑魚(そいつら)になんか構うな」

 

 そんな一部始終を見ていた狼人(ウェアウルフ)のベートが声を挟んだ。

 彼は吐き捨てるかのように言葉を紡ぎ、追い払うようにサポーターの団員を軽く蹴りつけてアイズと向き合う。

 

「それだけ強えのに、まだ分かってねぇのかよ。弱ぇ奴等にかかずらうだけ時間の無駄だ、間違っても手なんか貸すんじゃねー」

「⋯⋯⋯」

「精々見下してろ。強いお前は、お前のままで良いんだよ」

 

 はぁ。まーたベートは火種になりかねないようなこと言いやがって。これじゃあ日常的に俺が鬱憤を発散させても追いつかなくなる日が来てしまいかねない。

 ホントなんであんな言い方しか出来ないのかね、もっと素直に言えば良いのに。だけどまぁ──。

 

「止めなくて良いのですか?」

「俺には止める権利は無いよ」

 

 ──言いたいことは分かってしまうが故に俺には止められない。

『弱い奴等を手伝っても時間の無駄』という言葉を俺は否定することが出来ない。

 ベートの言う『弱い』と俺の中での『弱い』は別な意味を持つ言葉なのかもしれないがその文全てで見れば丸っきり同じことを考えているから。

 

「それは──」

『──ヴォオオオオオオオオオッ!』

 

 俺の言葉を聞いてリューが何かを言いかけたが、それを遮って響き渡る雄叫び。次いで進行中のルームに獰猛な気配と荒い息づかいが迫ってくる。

 複数ある通路口の向こうから大量のモンスターが姿を現した。筋肉質で巨大な体に赤銅色の体皮。モンスターの代表格にも数えられる牛頭人体のミノタウロスだ。

 

「あーあ。ベートがあんなこと言うからミノちゃんが来てしまいましたよ」

「関係ねぇだろ!ちっ、馬鹿みてぇに群れやがって⋯」

 

 ミノタウロスの群れはルームへ続々と侵入し、あっという間に前行部隊を包囲するように輪を作った。

 血走った眼を向けてくるミノタウロス達は呼吸の度に体が上下するほどに興奮している。

 

「リヴェリア〜、これだけいるし私達もやっちゃっていい?」

「ああ、構わん。ラウル、フィンの言いつけだ、後学の為にお前が指揮を取れ」

「は、はい!」

 

 ミノタウロスのギルドが定めた脅威評価は最高に認定される中層最強のモンスターである。しかしそれに対する彼等は微塵も動揺することが無かった。

 既に深層にさえ進出しているロキ・ファミリアの団員とミノタウロスの間には隔絶した力の開きが存在する。いくら数に大きな差が生まれようと中層出身のモンスターに遅れをとるなどまずありえない。──そんな慢心とも言える思いが予想外の結末をもたらした。

 

『ヴォオオオオオオオオオッ⁉︎』

「おい、てめぇらモンスターだろ⁉︎逃げんじゃねぇよ!」

 

 ティオナの申し出によってリヴェルークを除いた第一級冒険者達も戦線に加わり、あっという間に敵の半数を返り討ちにした丁度その時だ。

 あまりの戦力差に怯えをなしたのか一匹のミノタウロスが背を向けた。そこからまるで恐怖が伝染したかのように残っていた他のモンスター達も足並みを揃えて集団逃走を始める。

 

「何してる、全員モンスターを追いかけろ!」

「追え、お前達!」

 

 そんなまさかの光景に動揺して一瞬動きを止めてしまった彼等に対し、リヴェルークとリヴェリアが同時に号令を飛ばす。普段は丁寧なリヴェルークの強い口調を聞いて皆が事態が悪いことを察知する。

 そこは流石のロキ・ファミリア。すぐさま硬直を解いてミノタウロスの群れを追い出した。

 

「遠征帰りで疲れてるって言うのに⋯っ!」

「あのっ、私、白兵戦は苦手で⋯」

「んなもん杖で殴り殺せんだろ、いいから殺れっ!」

 

 ティオネがイライラしながら文句を言う横でベートの叱咤がレフィーヤを叩く。

 彼等が焦っているのも当然だ。ダンジョンにはロキ・ファミリア以外にも多くの冒険者がいる。この中層に見合った能力で迷宮探索をしている彼等からすれば押し寄せるミノタウロスの群れなど走馬灯を見るほどの脅威だ。

 更に自分達の失態で他派閥に犠牲が出ればギルドやその派閥から糾弾が上がるのは間違いない。故にベート達ですら表情に余裕の色が無い。

 

「ちょっと、そっちは⁉︎」

「面倒な予感しかしねぇぞ!」

 

 彼等の叫びも虚しくモンスターの群れは上の階層へと繋がる階段を駆け上がっていく。多大な足音をばら撒きながらも被害を出すまいと階段を飛び越え遮二無二走る。ロキ・ファミリアの面々は死に物狂いでミノタウロスを追いかけていった。

 

 

 

 

 上へ上へと上がっていく毎に、散らばったミノタウロスを撃破する為に団員達が追跡隊から姿を消していく。中層すら越えて上層に突入し、5階層へと到達する頃には既にリヴェルーク、リュー、アイズ、ベートの四人のみとなっていた。

 

「ひぃっ⁉︎」

「どいてろっ!」

「お怪我はありませんか?」

 

 今まさに冒険者に襲いかかろうとしていたミノタウロスを間一髪でベートとリヴェルークが倒す。

 上層を領分としているのは殆どが新米の冒険者だ。彼等ではきっと抵抗することさえ出来ずに一瞬で惨殺されてしまう。最早いつ犠牲者が出てもおかしくない状況にも関わらず。

 

「見失った⋯っ!」

 

 アイズもベート達とは別のミノタウロスを撃破するも残る()()を取り逃がしてしまった。

 道がいくつもある迷宮では致命的なミスにその乏しい表情でも隠し切れないほどの焦燥感が露わになる。

 

「ちっ、付いて来い!」

 

 ミノタウロスの残り香を嗅ぐことで追跡可能なベートが先頭に立ち、その後に三人が続いて後を追う。

 しばらく走ると視界に筋骨盛り上がった赤銅色の背中が二つ写った。その間からは、壁際まで追い詰められて子鹿のように震えている一人の冒険者が見える。

 

「完璧ド素人じゃねぇか⁉︎」

「アイズは左のミノちゃんをお願いします!」

「⋯分かった」

 

 モンスターが白髪の冒険者に対してのみ照準を当てている間に、リヴェルークとアイズは音も無くミノタウロスの背後へ向かって加速する。

 近づく毎に少年の表情なども明らかとなる。壁際まで追い詰められていた少年はミノタウロスの巨体を見上げ、笑みとはとても言えないほどに引きつった口の歪みを浮かべていた。

 埃まみれの白髪。涙腺を決壊させる赤い瞳。振りかぶられた豪腕が振り下ろさせるのを待つだけの哀れな子兎のよう。

 そんなことを思いながらも世界最高のレベルによって強化されたステイタスを誇るリヴェルークと風を纏ってその僅か後ろを追うアイズはミノタウロスの背後より剣を一閃させた。

 

『ヴォ?⋯ヴォオオオオオオオオオッ⁉︎』

「へ⋯?」

 

 断末魔をあげながら真っ二つにされたその巨体は体の中心より左右へズレ落ちた。

 残されたのは未だに状況の理解すら出来ていない新人冒険者のお手本とも言えるような子兎一匹だけ。

 

「あの⋯大丈夫、ですか?」

「申し訳ありません、俺達の不手際で貴方に怖い思いをさせてしまいました」

「あの、もし良ければこのハンカチを──」

 

 ミノタウロスを真っ二つにしてのけたアイズは心配、リヴェルークは謝罪の為に口を開き、後を追ってきたリューはミノタウロスの流血をモロに浴びた少年に対しハンカチを渡そうとする。

 しかしその少年はしばらく目を見開いていた後にじわじわとその肌を赤らめさせていくばかり。だが次の瞬間。

 

「だっ──」

『だ?』

「だぁああああああああああああああああっ⁉︎」

 

 全速力で三人から逃げ出した。

 

『⋯⋯⋯⋯⋯』

 

 第一級冒険者として世界に名を馳せる三人がポカン、とした表情で身じろぎ一つとれずに呆けていた。

 

「⋯っ、⋯⋯っっ、⋯⋯⋯くくっ!」

 

 逃げ去った通路の奥から少年の奇声が木霊してくる中、誰かが必死に笑いを堪えている音が聞こえる。

 三人揃って背後を振り返ればそこには震えながら腹を抱えるベートがいた。体を折って後頭部を晒し、ひーっひーっと言いながら呼吸を乱している。

 

『⋯⋯⋯⋯⋯』

 

 それを見たリヴェルークとリューは死んだような目を浮かべ、アイズは歳相応の少女のように頬を赤らめる。

 ──紆余曲折はあれアイズ達の長い遠征はこうして幕を閉じたのだった。




ようやく原作主人公との顔合わせ的な事が済みました。これから色々な場面で絡ませるつもりです。


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8話 ロキの愛情

ようやくダンジョンから帰還。今回はリヴェルークのステイタスを久し振りに公開です。


 迷宮都市オラリオ。広大な面積を誇る円形状の都市は堅牢な市壁に取り囲まれている。

 外界と隔てる市壁の内側は大小様々な建物が立ち並び、都市中央には天を衝く白亜の巨塔がそびえていた。地中に開く大穴──ダンジョンの入り口を塞ぐ蓋として建設された摩天楼施設《バベル》。このバベル、つまりダンジョンを中心にしてオラリオは今もなお栄え続けている。

 

「やっと帰って来たぁ」

 

 都市北部。北の目抜き通りから外れた街路沿いには周囲一帯の建物と比べ群を抜いて高く長大な館が建っていた。高層の塔がいくつも重なってできている邸宅は槍衾のようでもあり赤銅色の外観もあって燃え上がる炎にも見える。

 塔の中でも最も高い中央塔には道化師(トリックスター)の旗が立ち、今は茜色に染め上げられているロキ・ファミリアのホーム──黄昏の館。

 

「今帰った、門を開けてくれ」

 

 フィンの言葉を受けて男女二人の門番が帰還した一団に対し敬礼した後に門を開く。フィンを先頭に、皆は雑談しながらぞろぞろと敷地内に足を踏み入れた。

 

「──おっかえりぃいいいいっ!皆ぁ、無事やったかー⁉︎」

 

 と、いきなり。一団の入門を見計らっていたかのように館の方から走り寄ってくる影があった。

 朱色の髪を揺らしながらも駆けてくる姿はまるで恋人の帰りを待っていた少女のよう。しかしその顔に浮かぶ下卑た笑顔が雰囲気を台無しにしている。

 

「ロキ、今回の遠征での犠牲者は無しだ。到達階層も増やせなかったけどね。詳細は追って報告させてもらうよ」

「んんぅー、了解や。おかえりぃ、フィン」

「あぁ。ただいま、ロキ」

 

 駆けてくるなり一団の女性陣にダイブをかました恋する少女──いや変態神はリヴェルークに顔面を掴まれる形で空中に浮かびながらも返事をする。

 そのザマからは全く感じさせないが、彼女は紛れも無く人類やモンスターとは次元の異なる超越存在(デウスデア)にしてフィン達と契りを交わしたファミリアの主神たるロキだ。

 

「あー、疲れたー。お肉沢山頬張りたーい」

「私は早くシャワーを浴びたいわね」

「あはは⋯。ロキ様ただいまです」

 

 そんなザマのロキは最早見慣れたモノなのでアマゾネス姉妹は完全スルーで館の中に入って行く。姉妹の対応を見たレフィーヤは苦笑いを浮かべ一応挨拶をしつつもその後に続いた。

 

「ロキ、神としての威厳を無くすような振る舞いは控えてくれ⋯」

「グフフ。すまんなぁフィン、こればっかりはやめられへんわ。──ちゅうかリヴェルーク、自分邪魔せんといてぇなぁ〜」

「どうせ避けられて失敗するのですから、やるだけ無駄でしょう」

「そんなん自分が訓練称して鍛えたせいやで〜。折角のうちの乳繰り合い(楽しみ)が台無しやわ」

 

 ロキがリヴェルークに文句を言うのにも理由がある。

 以前はレフィーヤがロキの魔の手に合い、よく押し倒されて体を触られていたがリヴェルークの厳しい訓練によりロキのダイブ程度なら避けられるくらいには動けるようになったのだ。

 ロキには女神でありながらも女好きという厄介な嗜好があった。彼女の勧誘によって形成されたロキ・ファミリアに美女美少女が多いのはその趣味が大いに反映されている。

 

「それやのに⋯。ほんま勘弁して欲しいわ〜、うちの計画が台無しや」

「そのような計画は頓挫して正解です。ルーク、私はこれからギルドに依頼の件の報告に行ってきます」

「あ、なら俺も暇なので付き添いますよ。フィン、良いですよね?」

「うん、勿論だよ。ロキに対してのダンジョンでの詳細の説明は、僕の方からしておこう」

 

 さっすが団長様だ。二人でゆっくり寛いで話したいっていう思いを汲んでくれたのかな。まぁ、そういうことにしておこう。

 

「そういう訳で、早速行きましょうか」

「ええ、そうですね」

 

 そんなわけで俺達は道中でジャガ丸くんを購入しつつもギルドへと向かった。

 

 

 

 

「はぁぁあああああああああっ⁉︎」

「エ、エイナさぁぁあん⁉︎こ、声が大きいですよ!」

「あ、ゴメンね。──じゃなくて、新人が一人で5階層なんて何考えてるのよ!いつも口を酸っぱくして冒険者は冒険しちゃいけないって言ってたのに!」

「す、すいません⋯」

 

 言い訳のしようがない為に僕はエイナさんの言葉を聞いてうな垂れた。

 運命の出会いに憧れて冒険者になったはいいものの調子に乗って死にかけるなんて笑い話にもならない。──あぁ。これでは一攫千金ならぬ()()()()()なんて夢のまた夢だ。

 ギルド本部のロビーに設けられた小さな一室にて絶賛落ち込み中の僕を見て、対面に座るエイナさんはこれみよがしにため息をついた。

 

「全く、リヴェルーク様達のお陰で何事も無かったから良かったけど!」

「⋯それって、僕を助けてくれた人達ですよね?どんな方々なんですか?」

 

 エイナさんからのありがたいお言葉を頂戴してひと段落がついたので漸く僕の知りたかったことを話してくれるみたいだ。

 僕を助けてくれたあの美男美女の容姿を思い浮かべながらもエイナさんの言葉を一言一句聞き漏らさないように耳を傾ける。

 

「教えられるのは公然となってることくらいだよ?⋯まず、アイズ・ヴァレンシュタイン氏について」

 

 ──《剣姫》アイズ・ヴァレンシュタイン。ロキ・ファミリアの中核を担うLv.5の女剣士。剣の腕前は冒険者の中でも間違い無くトップクラスであり、たった一人でLv.5のモンスターの大群を殲滅したことから冒険者間でつけられたもう一つのあだ名は《戦姫》。その美しい容姿に魅了された異性は軒並み玉砕しており、ついこの前に千人斬りを達成したらしい。

 

「次はリヴェルーク・リヨス・アールヴ様について」

 

 ──《至天(クラウン)》リヴェルーク・リヨス・アールヴ。Lv.9というまごうこと無き世界の頂点に座する冒険者。剣と魔法の両方で最高の練度を誇る才能の怪物であり今代の英雄達の筆頭。冒険者間では多くのあだ名が存在しており有名所は《剣聖》、《魔導王》など。因みに彼の前で恋人の悪口は駄目、これ絶対。

 

「恋人っていうと、あの、ヴァレンシュタインさんのことですか?」

「え?違う違う、リヴェルーク様の恋人は同じエルフの女性だよ」

 

 エルフ?もしかしてミノタウロスから助けてもらった時に何かを手渡そうとしてくれた人かな?

 ──あ。そう言えば僕の行動って向こうからしたらその人の言葉を無視しちゃった形になるんじゃ⋯。アレ?もしかして僕の冒険、始まる前に終わっちゃう感じなのかな?

 

「どうしたの?ベル君、顔が真っ青だよ?」

「じ、実はですね──」

 

 僕はつっかえながらも助けられた後の出来事を事細かに説明する。最初は真剣な顔で聞いていたエイナさんは、しかし徐々にその表情を柔らかくさせていった。

 

「わ、笑ってる場合じゃないですよー!もしこれでロキ・ファミリアの人から目をつけられたら⋯」

「そんなに焦らなくても大丈夫だと思うよ?リヴェルーク様達もそんなに狭量じゃ無いから」

「ほ、本当ですか?」

「本当だってば!もー、そんなに気になるなら直接聞いてみる?」

「む、むむむ、無理ですって!大体、他ファミリアですから話す機会も無いといいますか⋯」

 

 そんなこと無理に決まってる。エイナさんの説明にもあったけど、そんなに凄い人達が僕なんかの為にわざわざ時間を作ってくれるはずも無いし。

 それなのにエイナさんはとても楽しそうに僕に提案してくる。

 

「じゃあ、話しかけてみればいいじゃん!」

「いやいや、そんな度胸も無いですし、第一出会う確率も低いといいますか⋯」

「う〜ん、今なら百パーセント話せると思うよ?」

 

 ホラ、と言いながらエイナさんは僕の左側を指差す。まさかと思いながらもそちらを見れば美男美女のエルフが窓口にて受付嬢とやり取りをしていた。

 ダンジョンではテンパり過ぎてチラッとしか見ていなかったがこうして改めて明るい場所で見るとその容姿と相まって、まるでその二人だけが輝いているように感じてしまった。

 

「アレがリヴェルーク様とその恋人のリューさんだね。ん〜、いつ見てもあの二人が並ぶと絵になるな〜」

「そう、ですね⋯。いつか僕も──」

 

 ──ヴァレンシュタインさんとあんな風になれたらなぁ。なんてことを考えていたのだが顔に出ていたらしくエイナさんには散々からかわれてしまった。

 ⋯なんだかんだで結局、僕は尻込みしてしまって二人に話しかける事は出来なかった。

 

 

 

 

 ギルドに依頼の件について報告を終えた俺達はロキ・ファミリアのホームに帰還した。ギルドで久しぶりにエイナと話そうと思ったのだが、どうやら別の新人冒険者の相談に乗っているらしく今回は断念することとなった。

 

「今日中にステイタス更新したい子おったら、うちの部屋まで来てなー。明日とかまとめていっぺんにやるのも疲れるし。そうやなー、今晩は先着十名で!」

 

 現在は皆で夕餉を取っている。ロキの方針で飯は居る人全員で取ることになっている為に食堂は大変混雑しており賑やかだ。

 そんな時に晩酌をしていたロキが思い出したように立ち上がり、気まぐれな神らしい無計画でいい加減な連絡をする。まぁそんな連絡にも慣れたもので今更文句が上がることも無いのだが。

 

「ロキ、俺のステイタス更新も頼みます」

「了解や、入ってええよー」

 

 俺は食堂にて団員達と軽い雑談をした後にロキの部屋へと足を運ぶ。別に急ぐ必要も無いのだが明日に後回しにする理由も無い為に今日更新することにした。

 

「ほな、いつも通り服脱いで丸椅子に座ってな」

 

 俺はロキに背を向けて言われた通りにする。長めの金髪をまとめて肩から前の方に流せば、一切の傷の無い美しい背中がロキの眼前に晒される。

 

「フヒヒッ。ほんま、なんでリヴェルークは男なんやろなー。女だったら良かったのになぁ」

「そんなこと、俺に言われても困りますよ」

 

 自分の背中に刺さる不穏な視線をしっかりと感じ取りながらもため息を漏らすだけにとどめる。

 恐らく俺よりも前に来たアイズ辺りにセクハラ紛いのことをしようとして失敗したのだろう。見られるだけなら減るもんじゃ無いし、俺なんかの背中で良ければ満足するまでどうぞ御自由にって感じだ。

 

「もう充分や!ほな、始めるで〜」

 

 ようやく満足したらしい。ロキは元気な声でそう言うと慣れた手つきでステイタスに掛けてある(ロック)を外して更新作業に入る。

 この更新作業はほぼ神一人による手作業となる為、多くの団員を抱えるファミリアは日割りや更新対象の優先順位などを取り決めてなんとか数を捌いている。

 普段はおちゃらけているような神だがこういった作業の挙動からも自身の眷属に対する愛情を伺うことが出来るほどに優しく暖かい。

 

「ほい、お終いや」

「ありがとうございます」

 

 背中に刻まれたステイタスは鏡を用いても読みにくく、また神聖文字(ヒエログリフ)は殆どの子供達によって難解である為に下界で一般的に使用されている共通語(コイネー)に神が訳すのだ。

 そんな作業が全て終了し、ロキから一枚の羊皮紙が手渡される。俺は羊皮紙を受け取って視線を走らせた。

 

リヴェルーク・リヨス・アールヴ

 

 Lv.9

 

 力:A 873→A 885

 耐久:A 819→A 831

 器用:S 976→S 983

 敏捷:S 913→S 928

 魔力:S 984→S 999

 狩人:E

 剣士:S

 魔導:S

 業師:A

 孤立:B

 精癒:D

 耐異常:G

 

魔法

【アヴァロン】

 ・攻撃魔法

 ・脳内イメージの具現化

 ・使用精神力(マインド)の量により威力増幅

 《我は望む、万難の排除を。我は望む、万敵の殲滅を。今宵、破壊と殺戮の宴は開かれる。立ち塞がる愚者に威光(ぜつぼう)を示せ──我が名はアールヴ。》

【エデン】

 ・回復魔法

 ・対象の傷の回復や部位欠損の再生

 ・損傷具合により、使用精神力(マインド)の量が変動

 《万民を救う神業を体現し、傷の悉くを癒そう。全ての者に理想郷(きぼう)を示そう──我が名はアールヴ。》

【ガーデン・オブ・アヴァロン】

 ・強化魔法

 ・同じファミリアの冒険者のステイタスを大幅に向上

 ・自身のステイタスを大幅に減少

 《祝福の光はここに降り注ぐ。己が力を対価とし、幾千の同胞に神域を侵させよう。全ての者よ、心して我が宣告を受けるが良い──我が名はアールヴ。》

 

スキル

【剣聖】

 ・弱点察知

 ・近接攻撃の先読み

 ・剣技の模倣と最適化

【魔聖】

 ・魔法効果の増幅

 ・魔力回復速度の上昇

 ・魔法攻撃の最大射程拡大

限界破壊(リミット・ブレイク)

 ・早熟する

 ・限界を超える

 ・《限壊》使用可能。使用時、全ステイタス超高補正

 ・力への渇望が続く限り効果継続

 ・渇望の強さにより効果向上

 

「相変わらず、飛び抜けて高いアビリティと化け物じみたスキルやなぁ」

 

 ロキが驚くのも無理はない。通常ならばアビリティはレベルや元の熟練度が高くなればなるほど上がりにくくなっている。

 にも関わらず俺のアビリティはスキルによって成長にブーストがかけられている為これ程の成長を遂げた。しかし──。

 

「やはり成長の幅は以前よりも更に縮小してしまいましたね」

 

 例えば自分がLv.8の時ならば今よりレベルが低かったことを加味しても尋常では無い成長速度だった。──それが落ちたのはいつからだろうか。

 ロキ・ファミリアに入団して、かつて失った仲間の優しさや暖かさに触れたり、人を愛することを学んだりしたせいだろう。

 この十数年の間でかつて誓った仲間の仇をうつという意思や復讐の炎も小さくなった。自身の強さよりも同じファミリアの後輩達の成長の手助けを優先するようになった。

 

「かつての誓いを忘れつつある俺は、人として終わっているのでは⋯」

 

 成長速度の減少が、そんな俺の疑問に拍車をかける。俺のスキルは力を渇望すればするほどブーストの掛かるものだ。成長速度の幅を見ればかつてと比べて渇望が薄れてきていることは明白である。

 

「自分は気にし過ぎなんやないか?」

「そう⋯ですかね?」

「せやな〜、ゼウス・ファミリアの人間は皆リヴェルークのこと大切に思ってたみたいやし。それにうちやったらやっぱり、大事な子には復讐に囚われるより楽しく生きて欲しいって思うわ」

 

 ──はぁ。ホント、ロキのこういった時に発揮する勘の良さと言葉のチョイスには脱帽するな。普段の軽薄な態度とは打って変わり、真面目な態度で真剣にそんなことを宣うロキの言葉には重みや説得力がある。

 

「⋯まぁ、そうですね。復讐の道に走ったら天から見守っているであろう彼等に顔向け出来ません」

「そやで〜。それにな、あのいけ好かないクソ神(ゼウス)だって同じよーなこと言うと思うわ」

「このタイミングでゼウス様の名前は反則でしょう」

 

 俺を息子同然に可愛がってくれた主神の名前を出されると弱い。あの不真面目だけど優しい主神がもういないのは理解している。だが、もしいたらきっと同じことを言うだろうなとは思う。ロキとゼウス様は無乳がどうだのこうだのと言い争いをしていたが、考えていることはわりと似ているのだ。──本人達に言うと面倒事になるから言わなかったが。

 

「ありがとうございます、ロキ。お陰で幾分楽になりました」

「気にせぇへんでええよ。こんなんでも自分達の主神やからな、悩みあったらまた聞くで〜」

 

 真剣な話をしたのが恥ずかしいのか、ロキは照れ隠しのように先ほどとは一転してまた軽薄な態度を取る。そのサマが神とは思えずとても親しみやすくて俺はついつい笑みをこぼしてしまった。

 

「何笑っとんねん、うちの顔になんか付いてるか〜?」

「なんでも無いですよ」

 

 ロキのそんな様子を見て俺は一人思った。──やっぱりこのファミリアに入って良かったと。




神からしたらリヴェルークもまだまだ子供って感じですね。
次回は酒場のシーンを予定しております。物語の進行が遅くて申し訳ありませんorz


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9話 White Rabbit

シキ様、誤字報告ありがとうございましたm(_ _)m

今回は酒場のシーンです!


 遠征終了後に盛大な酒宴を開くのがロキ・ファミリアの習慣だ。眷属の労をねぎらうという名目のもとに無類の酒好きであるロキが率先して準備を進め、団員達もこの日ばかりは大いに羽目を外す。

 遠征から帰還し後処理がひと段落する頃にはすっかり日も暮れて東の空は夜の蒼みがかかり始めていた。

 遠征に参加しなかった居残り組の一部にホームの留守を任せ、彼等に羨ましそうに見送られながらもファミリア一行は西のメインストリートに向かう。

 この時ばかりは普段冷静なリヴェルークやリューの二人も妙にそわそわしてしまう。──まぁそれもそのはず。

 

「リューの可愛い妹は元気にしていますかね?」

「遠征があったせいで、顔を合わせるのは久しぶりな感じがします」

 

 これから行く西のメインストリートで最も大きな酒場《豊穣の女主人》ではリューの妹であるリュノが店員として働いているのだ。

 彼女達はかつての事件で元いたファミリアから移らざるを得なくなり、リューは俺に付いてくる形でロキ・ファミリアに。一方妹のリュノは冒険者を続けていく気力が無くなってしまい、俺が知り合いである店の女将のミアさんに頼み込んでリュノを受け入れてもらったのだ。

 

「ミア母ちゃーん、来たでー!」

 

 元気な声を上げながらもロキは鼻歌交じりの上機嫌な様子を見せつつ一番に酒場に入っていく。それに続いて団員達も中に入ればウエイトレス姿の店員が一行を出迎える。

 店員の皆が顔立ちの良い女性で、その上ウエイトレス姿というのがロキの琴線に触れたのでこのお店に来るのが多いということは団員達は既に悟っている。

 

「いらっしゃいませー!お席は店内とあちらのカフェテラスになっております、ご了承下さい!」

「ああ、分かった。ありがとう。⋯リヴェルーク達なら後ろの方にいるよ」

「⋯ありがとうございますっ!」

 

 酒場にはカフェテラスが存在した。これは恐らくロキ・ファミリア一行が店に入りきらない為の処置だろう。

 元気に笑顔を振りまくエルフの店員にフィンが外用の態度でお礼を述べ、その後優しげにリヴェルーク達の居場所をコッソリと伝える。

 そうすればエルフの店員──リュノ・リオンは容姿相応の可憐な笑顔を浮かべる。それを傍で見ていた団員達が数名顔を赤らめるも、義妹に甘いリヴェルークによる制裁を恐れてすぐに平常心を取り戻そうと自身の腕をつねった。

 

「あんなに必死にならずとも何もしないというのに。俺ってそんなに怖いですかね?」

「──いいえ、そのようなことは無いと思う」

「返答までに変な間があるのは不安になるのでやめて欲しいです」

 

 まぁ当然ながら彼等のそんな可愛い努力はリヴェルーク達にはバレバレなのだが、同じ男としてそういう反応をしてしまうことには理解があるので流石にその程度では何もしない。

 

「遠征お疲れ様です。義兄さん、姉さん!」

「ただいま、リュノ。元気そうでなによりです」

「ミアさん達にご迷惑をかけていませんね?」

「もう、姉さんは私のことをいつまで子供扱いするんですか!」

 

 プンプン、といった擬音語が目に見えるようなくらい頰を膨らませている義妹の顔を見ると、改めて無事に帰って来たんだなという実感が湧いてくる。

 

「でも、あまり油を売っているとミアさんに怒られてしまいますよ?」

「あ、そうだった!また今度の休日にゆっくり話そ!」

「ええ、そうですね」

 

 微笑ましい気持ちでしばらくリュノのコロコロと変わる表情を眺めていたのだが、流石に入り口付近で長々と立ち止まるのは他の方や店員の迷惑になる為ここらで切り上げることにする。

 

「おー、ようやく来たかー!こっちはもう準備オッケーやで!」

「いやいや、準備オッケー過ぎでしょう」

 

 俺とリューが自身の席に向かえば、そこには自分の目の前にお酒を大量に準備したロキが待ちくたびれたと言わんばかりに大声を上げる。

 やはりその姿は神の威厳など皆無なのだが、きっとロキも自分の眷属が皆無事に帰って来て嬉しいのだろう、と勝手に納得しておくことにしよう。

 

「久しぶりに会った義妹とのちょっとの会話くらい見逃して下さいよ」

「うちは早く酒が飲み──じゃなくて、皆の無事を祝いたいんや!」

「⋯それで俺が騙されるとでも思っているんですか?しかも、そんなにお酒をガン見しながらなんて」

「だって、もう我慢出来へんのや!ちゅうわけやから⋯皆、ダンジョン遠征ご苦労さん!今日は宴や、飲めぇ!」

 

 コイツ、とうとう開き直りやがった。でもまぁ普段は我が姉なんかにその辺は厳しく取り締まられているのでこういった時くらいはハッチャケたいのだろう。

 取り締まっているのが主に実の姉であるので、せめてこういった時に俺くらいはあまりロキの行動に制限をかけるようなことは言わないようにしている。

 

「それより一人で飲むのもつまらないでしょうし、良ければ俺がつぎましょうか?」

「おー、嬉しいこと言ってくれるやん!さっすがはうちの自慢のリヴェルークやな!」

 

 俺がロキにそう申し出れば、彼女はとても嬉しそうに笑って空いた盃を俺の前に出してくる。

 そんな一場面を隣で見ていたとある女性も自身の欲望の為に負けじと一人の男性にお酒を勧めていく。

 

「──団長!私も良ければおつぎします、どうぞ」

「ああ、ありがとうティオネ。だけどどうしてかな、さっきから僕は尋常じゃないペースでお酒を飲まされているんだけど。酔い潰した後、僕をどうするつもりだい?」

「ふふ、他意なんてありません。さっ、もう一杯」

「本当にブレねぇな、この女は⋯」

 

 お淑やかに笑いつつもその目は狙いを定めた肉食獣のソレと何ら変わりないモノとなっており、フィンが疑問に思うのも無理はない。

 そこから更に1、2時間ほど飲めば、そんな団長以外でも酒が入りまくっている人物が増え始めるのは当然で、ついには普段なら言わないような提案まで飛び出してくる始末だ。

 

「よっしゃー、ガレスー⁉︎うちと飲み比べで勝負やー!」

「ふんっ、良いじゃろう、返り討ちにしてやるわい!」

「因みに勝った方にはリヴェリアのおっぱいを自由に出来る権利付きやっ!」

「なーっ⁉︎そ、それなら自分もやるっス!」

「俺もぉぉおおおおおおっ!」

「ヒック。あ、じゃあ僕も」

「だ、団長ーっ⁉︎」

 

 そんなロキの提案により飲み比べの商品に勝手にされてしまったリヴェリアは自分の弟に鋭い視線を向けて姉の威厳全開で命令を下す。

 

「リヴェルーク、命令だ。何としてもこの飲み比べに勝利して姉を守ってみせろ」

「⋯ヤバい、姉上が俺を愛称呼びしないなんてガチってことじゃないですか。これは負けたら確実に殺されてしまう」

 

 普段は『ルーク』と俺のことを呼ぶ姉上がそうしない時は逆らわずに従うに限る。だって死にたくないから。

 ここだけの話、つい先日のダンジョン内での説教でも姉上から『リヴェルーク』呼びされてこってり絞られたのでソレは地味にトラウマになっている。

 

「そういうわけなので、申し訳ありませんが皆さんには負けて頂きます!」

「畜生!やっぱりリヴェルークさんが立ち塞がるのかっ!」

「いいや、俺は勝つぞ!勝ってあの至宝をぉぉおおえええええっ!」

「コイツ、大声出してる途中に吐きやがったぞ!」

 

 酒の影響によりおかしくなった彼等を冷ややかな目で眺めていたリューは後に語る──そこから先の光景は見るも無残な地獄絵図であったと。

 

 

 

 

「そうだ、アイズにリヴェルーク!ここいらでお前らのあの話を聞かせてやれよ!」

 

 結局飲み比べの勝者にリヴェルークが輝いて姉からの命令を見事遂行したことで馬鹿騒ぎがひと段落ついた頃に、どこか陶然としているベートが何かの話を催促する。

 機嫌の良さを滲ませる彼に指名されたアイズとリヴェルークは何のことだ?と首を傾げた。

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の二匹、お前達が5階層で始末しただろ⁉︎そんで、ほれ、あん時にいたトマト野郎の!」

 

 ──ベートが何を酒の肴としようとしているのかをあの場にいたリヴェルーク達三人だけは理解した。

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」

「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に登って行ってよ、俺達が泡食って追いかけたヤツ!こっちは遠征帰りで疲れてたってのによ〜」

 

 ティオネの確認に対してベートはジョッキを卓に叩きつけながらも頷く。普段より声の調子が上がっている彼に、三人は嫌な予感を覚えてしまった。

 そんな三人の心情など知る由も無く、耳を貸すロキ達に当時の状況を詳しく説明するベートはついに()のことを口に出してしまう。

 

「それでよ、居たんだよ。いかにも駆け出しっていうようなひょろくせぇ冒険者(ガキ)が!」

 

 ──止めて。

 反射的に心の中でそう呟いたアイズだったが、彼女が自分の意思を表明する前に話はどんどんと望まない方向へ進んでしまう。

 

「抱腹もんだったぜ、兎みてぇに壁際に追い込まれちまってよぉ!可哀想なくらい震え上がって顔を引きつらせてやんの!」

「それで、その冒険者はどうしたん?助かったん?」

「アイズとリヴェルークが間一髪ってとこでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」

「ええ、彼を助けない理由がありませんでしたからね」

 

 酒も入っていつもより饒舌になったベートから話を振られ、リヴェルークはアイズの代わりに返答する。本当はアイズが返答してくれればベートも満足してくれたのだろうが彼女は何故か不機嫌そうな表情で黙り込んでしまっている。

 

「それでそいつ、あのくっせー牛の血をモロに全身に浴びて⋯真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹いてえぇー!」

「うわぁ⋯」

 

 ティオナが顔をしかめながらも呻く。それだけでもアイズは悲しくなったのだが、自分と同じテーブルに座るリヴェルークの表情に未だ変化が無いこともその思いに拍車をかける。

 

「アイズにリヴェルークよぉ、あれ狙ってやったんだよな?そうだよな?頼むからそうだって言ってくれ⋯!」

「⋯そんなこと、無いです」

 

 目に涙を溜めているベートからの問いかけに今度はアイズがなんとか返答するも、聞き耳を立てている他の客達の忍び笑いのみが否が応でも耳に入ってくる。

 

「それにだぜ、そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまって!⋯ぶくくっ、うちの姫様に王子様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」

「⋯⋯くっ、アッハハハ!そりゃあ傑作やぁー!冒険者怖がらせてまうアイズたんまじ萌えー!」

「ふ、ふふっ。リヴェルークさんもそりゃあ気の毒なことだなぁー!」

 

 どっと周囲が笑いの声に包まれる。ロキ以外でもティオネやティオナが。レフィーヤが。誰もが堪えきれずに笑い声を上げた。アイズはたまらずリヴェルークを見るも、彼は目を閉じて我関せずといったスタイルを取っている。

 それを見て自分の周りだけ大きな穴が開いた感覚を覚える。──彼には否定して欲しかった。自分に戦い方の基礎を叩き込んでくれた人だからこそ昔の自分と境遇が重なって見えた彼をかばって欲しかった。

 

「しかしまぁ、久々にあんな情けねぇヤツを目にしちまって、胸糞悪くなったな。野郎のくせに泣くわ泣くわ」

「⋯あらぁ〜」

「ほんとザマァねえよな。ったく、泣き喚くくらいだったら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なぁ?」

 

 ベートが周りに同意を求めればアイズの視界内の冒険者全員が同意するかのように首を縦に振る。

 それを見て自分一人だけを残して世界が遠くなるような感覚に陥るも、ふと視線を感じたのでそちらに目を向けるれば、口を噤み片目を閉じているリヴェリアが自分を見つめている。

 それで少し冷静になって周囲を見渡せば、彼女以外にも少数の人間が黙りこくった表情の下で不快感を募らせていることを察することが出来た。

 

「ああいう奴がいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」

「⋯それは自分のことですか、ベート・ローガ」

「──あ?」

 

 楽しげにあの少年のことを酒の肴として話していたベートに対して初めて非難の声を上げたのは、そんなリヴェリアや他の少数派の人間では無く先ほどまでずっと無言だったリヴェルークだった。

 

 

 ☆

 

 

 率直に言って何故ベートの言葉に反論したのか正確なことは言った今でも分かっていない。しかし──。

 

「ミノタウロスを逃したのは俺達のミスです。それを謝罪するどころか酒の肴にするなど、恥を知りなさい」

 

 ──何故かは知らないが、あの子兎君を馬鹿にされている現状に腹が立っている自分がいる。

 それに実は先ほどアイズから助けを乞うかのような視線を向けられていたことにも気付いていた。さっきは()()()気付いていないふりをしてやり過ごしていたが、流石にここまで口が過ぎるのは見過ごせない。

 そんなリヴェルークの静かな非難の声を聞いて肩を揺らしていたティオナ達は気まずそうに視線を逸らすが、ベートだけは止まらなかった。

 

「おーおー、流石は誇り高いエルフ様だな。でもよ、あんな救えねぇヤツを擁護して何になるってんだ?」

「救えないかは分かりませんよ?殆どの者が初めはああいうモノでしょう。大切なのはこれから努力して足搔けるかですし」

「ハッ、あんな情けねぇヤツが変われるなんて思えねぇ!まぁそっちはどうでもいい。んなことより、俺が品位を落とすって言いやがったか?」

「寧ろ、自分が品位を落としていないとでも思っているのですか?力無き者を見下すに飽き足らず、笑い話として利用する。この行動のどこに品位があると?」

「これ、やめえ。ベートもリヴェルークも。酒が不味くなるわ」

 

 今にも手が出そうなほどに険悪な雰囲気が二人の間に漂っており、ロキが見兼ねて仲裁に入るもベートは唾棄の言葉を緩めない。

 リヴェルークに触発され、その強過ぎる我に完全に火がついてしまっているベートは嘲笑を隠すこと無くアイズへと視線を飛ばす。

 

「おい、アイズはどう思うよ?自分の目の前で震え上がるだけの情けねぇ野郎を。アレが俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」

「⋯あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」

「チッ、なんだよ良い子ちゃんぶっちまって。なら質問を変えるぜ?あのガキと俺、ツガイにするならどっちが良い?」

 

 その強引な問いかけに、俺は落ち着く為に飲んでいた飲み物を思わず吹き出しそうになる。

 

「ベート、貴方酔ってますか?」

「うるせぇ!ほら、選べよアイズ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてぇんだ?」

 

 コイツ、酔いの影響で最悪な質問をしやがった。案の定アイズはベートに対して嫌悪を覚えたようで目を細めながらも返答する。

 

「⋯私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」

「ふふ、無様ですね」

「黙れクソエルフッ!⋯じゃあ何か、お前はあのガキに好きだのなんだの目の前で抜かされたら受け入れるってのか?」

 

 ベートがその質問をした瞬間、確かにアイズの纏う空気が冷たく重いモノになったのを感じ取った。

 きっとそれはアイズには不可能なことだろう。何故なら彼女は常に高みを目指している。遥か後方にいる弱者を顧みる余裕は無く、足を止めることも出来ない。

 

「はっ、そんな筈ねえよなぁ?自分より軟弱で救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎にお前の隣に立つ資格なんてねぇ。他ならない()()()それを認めねぇ」

 

 それを承知の上でベートはさっきの質問をアイズに対してする。──そして彼は言った。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

 アイズが決して否定出来ない言葉を。

 ⋯それより、こんな状況で言うのもアレなのだが何気に会話の中心から俺が排除されてしまった件。

 そんな感じで心の中でおちゃらけられるくらいには冷静になった時に一つの影が店の隅から立ち上がる。

 

「ベルさん⁉︎」

 

 店員の少女の叫びと共に一人の少年が駆け出して店の外へと飛び出す。その後ろを少女が追いかける中、アイズとリヴェルークの二人だけはその少年の顔をハッキリと捉えてしまった。

 アイズは冷たい空気を霧散させ、リヴェルークはふざけた考えを打ち消して同時に立ち上がる。その突然の出来事に何が起きたのか分かっていない周囲を置いて自分達も外へと飛び出した。

 

「まさか同じ店に彼が居たなんて⋯」

 

 悔いるかのように吐き出したリヴェルークの言葉を聞いたアイズも同じく暗い気持ちになってしまう。

 処女雪のような白い髪に、悔し涙を光らせていた深紅の瞳。彼の表情を見ただけで自分達が彼を──昔の自分と重なって見えた少年を傷つけてしまったという覆すことの出来ない事実を改めて認識する。

 

「アイズは皆の所に戻りなさい。彼を追いかけるのは俺に任せてくれれば良いですよ」

 

 店の外に飛び出したは良いものの、あの少年を追いかけることが出来ずに立ち止まっているアイズに気付いたのか、リヴェルークは安心させるかのように微笑みながらも店の中へと促すように背中を押す。

 ──流石にコレで彼が死ぬことだけは避けたい。そう言い残し、恐らく少年が向かったであろうダンジョンに向かって歩を進めるリヴェルークの背中をアイズは只々立ち止まって眺めることしか出来なかった。




姉の胸は弟が死守しました( ´ ▽ ` )

リューがロキ・ファミリアに入るまでの話などはそのうち投稿しようと思っております。

感想や評価、宜しくお願いします。


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10話 陰りを見せる日常

続きの投稿が遅れてしまい、申し訳ありません。言い訳になりますが、学年が一つ上がるので様々な準備などに追われていました。
タグに不定期更新を追加しました。なるべく空けないように頑張りますので、今後とも読んで頂けたら幸いです。


 時間を刻む音のみが部屋の中に無機的に響いている。壁にかけられた時計の針が示す時間は朝の五時。そんな早くにとある教会の隠し部屋で、一人の女神が同じ場所を行ったり来たりしていた。

 

「いくらなんでも遅過ぎる⋯!」

 

 女神ヘスティアは、腕を組み眉根を思い切り寄せて焦りを顔に浮かべる。

 ベルの成長速度にアイズへの恋慕がこれでもかと影響したスキル──《憧憬一途(リアリス・フレーゼ)》やステイタスの上がりようを見せつけられ、ちっとも面白くなかった昨夜。

 へそを曲げてバイトの飲み会に出たヘスティアが帰ってくると、彼女を迎えたのはガランとした静けさだけで、ベルはこの隠し部屋にはいなかった。

 不貞腐れて一人で飯でも食って来いとベルに対して自ら言っておきながら、出迎えが無かったことに一層不機嫌になりシャワーすら浴びずにふて寝を決め込もうとしたのだが、深夜になっても帰ってこないベルにいよいよ危機感を覚えた。

 

「何処へ行ったんだ、君は⋯!」

 

 かけていた毛布をはねのけ立ち上がり、部屋から飛び出して近辺を探すも収穫はゼロ。一縷の望みに縋ってつい先ほどこの部屋に戻って来たのだが、やはり少年の姿は無かった。

 ──何か事件に巻き込まれたのか。

 冷静さなど砂の城のようにあっという間に崩れ、直ぐにブワッと嫌な汗が出てくる。

 居ても立ってもいられなくなったヘスティアは、再びベルを捜索しようと扉に駆け寄り──コンコン、と誰かが扉を叩く音に気付いた。

 

「ベル君かいっ⁉︎」

 

 既に冷静では無い彼女は、もしこれがベルならノックなどしないことにも考えが及ばずに扉を開ける。

 果たしてそこに居たのは──白髪の少年を背負った美しいエルフの青年だった。

 

「君は確か──」

「初めまして、ヘスティア様。貴女の愛し子を届けに参りました」

 

 

 

 

「うーん、あの少年はどの辺にいるのだろうか?」

 

 あの後、件の子兎君を追いかけてダンジョンに潜ったは良いものの、このだだっ広い上層で目的の人物を見つけ出すのは如何にリヴェルークと言えども困難な事だ。

 それでも何とか、途中ですれ違った冒険者達に聞き込み調査を行い少年が恐らく6層にいるとあたりを付けた。

 

「って言っても、そう簡単に見つかるわけが──」

「──ハァッ!」

 

 俺の独り言を遮るかのようなタイミングで、俺の耳にまだ幼い少年のような声音が届いた。以前ダンジョンで彼を救って逃げられた時に聞いた声と似ていたので、音のする方へと足を運ぶ。

 近づくにつれて、その少年が何かと戦っている最中であることを示す刃が空気を切る音も聞こえてきた。

 少年の意識が僅かでも逸れないように足音を消して更に近づけば、二匹のウォーシャドウに挟み撃ちを喰らっている白髪の少年がそこに居た。

 

「──ふっ!!」

 

 二匹のウォーシャドウによる見事な連携を薄皮一枚のところで躱し、大量の汗と赤い血の粒を飛ばしながらも命懸けのダンスを踊るかのような戦闘。

 ソレはリヴェルークの目から見て、とても美しいとは言えない粗末なものだったが、しかしながら目を引くナニカが確かにあった。

 

「あぐっ⁉︎」

 

 隙と呼ぶには余りにも僅かな、しかしギリギリの戦闘では命取りとも言える一瞬を突き、ウォーシャドウの攻撃が少年の身体に直撃する。

 その攻撃で横合いに吹き飛ばされ、彼は自らの生命線とも呼べる短刀を手の中から取り落としてしまった。

 

「ここまで、かな」

 

 流石に詰みだろうと思い、彼を助けるべく一歩足を踏み出すも──彼の目はまだ諦めていないことに気付く。

 なんと彼は、あろうことかモンスターにその身一つで突っ込むことで見事に窮地を脱してみせた。そのまま勢いを緩めずに短刀を拾い上げると、そのまま敵の懐に潜り込んで二匹の胸部を連続で斬り裂いた。

 

「──おお」

 

 俺が思わず驚嘆を漏らしてしまうほど、その少年は駆け出しとは思えない大胆さで死闘を制したのだ。

 しばらく立ち尽くしていた少年はドロップアイテムである《ウォーシャドウの指刃》へと手を伸ばそうとして、そのまま前に倒れ込んだ。

 

「よっと」

 

 彼が地面に激突する寸前で、リヴェルークは少年の身体をなんとか支えた。

 傷だらけの少年を自身の魔法で癒しながら彼の戦利品を回収した後に、リヴェルークは少年を背負ってダンジョンの出口を目指すのだった。

 

 

 

 

「──といった感じで少年を確保。その後ギルドで彼の所属などを聞いて今に至るという訳です」

「成る程、つまりベル君が無事なのはリヴェルーク君のお陰ということだね!本当にありがとう!」

 

 そう言ってヘスティア様は可憐な少女のように、純粋で無垢な笑顔を見せる。この顔を見るだけで、如何に彼女が自身の眷属を大切に思っているかがありありと分かる。

 

「それにしても、まさか()()ロキのところに君のような良い子が居るなんてね!」

「その言葉、ロキ本人には絶対に言わないで下さいよ?とても面倒なことになりかねないので」

「勿論、君を困らせるようなことはしないって誓うよ!」

 

 俺の懇願を受けて、彼女はとても可愛らしく微笑むと親指を立てながら誓ってくれた。

 その後お礼がしたいというヘスティア様の頼みを受け、俺は女神お手製の紅茶を頂くことになった。その際に、お互いの共通点であるゼウス様やロキ様に関する愚痴やら不満やらを聞かされる羽目になったが、中々面白かったので良しとしよう。

 

「最後に、リヴェルーク君に一つだけ聞きたいことがあるんだ」

 

 ヘスティア様はそう言うと、それまでのふざけた表情を正して真っ直ぐリヴェルークを見つめる。その後数秒ほど間を開け、彼女は意を決して彼に質問する。

 

「──ゼウスは、君にとって良い神だったかい?」

「はい」

「──そっか、良かったよ。」

 

 真剣な表情で問われた質問に俺は即答してみせる。なんとなく、ゼウス様について聞かれるのではないかと思っていたが案の定だ。

 もう十年以上も昔にゼウス様が酔った勢いで姉について色々と語り聞かせてくれたのだが、あのおちゃらけたゼウス様の姉とは思えないほどに出来た神のようだ。昔は疑ってその話を聞いていたのだが、今日会って決して身贔屓な評価では無かったのだと認識を改める。

 現に今、俺の即答を聞いて朗らかに笑う彼女の表情は手のかかる弟の成長を喜ぶ姉のようであり、あのゼウス様が手放しに褒めるのも納得なほどに出来た神であることが伺える。

 

「さて、この場に君を長々と拘束しても迷惑だろうし、そろそろロキのところに戻ると良いよ」

「はい、分かりました」

「あっ、お礼ついでに聞くけど、ボクに何か聞きたいことは無いかい?」

 

 今なら大抵のことには答えるぜ?なんて言いながらウインクしてくる眼前の女神を見て、一つだけ引っかかっていること──ベルと呼ばれていた少年のフルネームは何か、そう聞こうとするも直前で言葉を呑み込む。

 

「いえ、特には無いですね。ではもう行きます、紅茶ご馳走様でした」

「⋯うんうん、気にしないでくれたまえ!また遊びに来てくれても良いからね?」

 

 神達は下界に住まう俺達の嘘を見抜くことが出来る。それ故に、今の俺の言葉も嘘だとヘスティア様にはバレているだろう。

 それでも別れの瞬間まで笑顔を絶やすことなく振りまくヘスティア様を見てほのぼのとした気持ちになりつつも、先ほど彼のフルネームすら聞けなかった自分に苛立ちを覚える。

 ──何故聞けなかったのかは理解している。ダンジョンで彼の闘う姿を見て、その背にかつて自分を庇ってくれたあの()()の姿が被ってしまうのだ。

 その真相を確かめたくて。でも確かめることを怖がってる自分がいて。そんな二つの感情に挟まれて身動きの取れない自分がいることを。

 

「いずれ、真実と向き合わなければいけない時が来るまでは⋯」

 

 ──俺の覚悟が定まるまでせめて、気付かないフリをすることを許して欲しい。そう、誰に言うのでも無く心の中で零すのだった。

 

 

 

 

 東の空より朝日が上り、広大な街並みが照らし出されている。高い市壁に囲まれるオラリオにも朝の日差しは届き始めていた。清涼な空気に都市全体が包まれている。

 

「やっぱ今日も元気無いなぁ、アイズたん⋯」

 

 胸壁に寄りかかりながら、ロキはぽつりと言った。ロキの視線の先、数本の庭木と僅かな芝生がある空間の中で金髪の少女が一人長椅子に座りこんでいた。

 

「昨日一昨日もずーっとあんな感じやったしなぁ」

「アイズが時間を無為に過ごすのは、珍しいを通り越して不可思議だな」

 

 回廊にはロキの他にもう一人、そんなアイズを見守る亜人(デミ・ヒューマン)がいた。

 流れるような翡翠色の長髪に同色の瞳。長身の体は華奢な印象が強く、エルフ特有の線の細さが表れている。その白い肌は透き通るようでさえあった。怜悧かつ凛々しい雰囲気を纏う麗人、リヴェリアは胸壁に肘をついているロキの隣で言葉を交わす。

 

「そうやなぁ⋯。それに──」

 

 ──と言いかけて言葉を切る。リヴェリアはロキの視線から、彼女が何を言いたかったのかを察する。

 ロキが目を向けた方向にいるのは、表面上ではいつも通りのリヴェルークの鍛錬風景であった。だがしかし、ロキやリヴェリアなどの付き合いの長い者からすれば、その姿は何かを必死で忘れようとしているように見えて仕方が無い。

 端的に言えばいつもほど鍛錬にのめり込めていなくて、どこか気の抜けた印象を受ける。

 

「あの酒場での出来事の後くらいからやなぁ、あの二人がどっかおかしゅうなったんは」

「リヴェルークが初めて朝帰りをした日か⋯。一体、あの日に何があったのか聞いても恐らく無駄だろうな」

 

 胸壁に背を向けているリヴェリアは、見目好いロキ以上に整った美しい相貌を浅く苦笑させる。彼女のそんな仕草は美の女神すらも嫉妬してしまいかねないほどに、いや事実過去に複数の女神から嫉妬されたことがあったのも納得な美しさだ。

 

「そんなにベートからセクハラされたの嫌やったんかなぁ。あ、因みにベートも凄い勢いでへこんでるで」

「知らん、自業自得だ」

 

 酒場で開いた遠征の祝宴はもう二日前になる。

 リヴェルークとアイズが店の外に飛び出した後、ティオナ達は寄ってたかってベートに報復した。彼を、今回の遠征の主役級を揃って不愉快にさせた挙句祝いの席から出て行かせてしまった諸悪の根源と見なし、縄で身動きを封じた後に店の外に吊るし上げたのだ。

 あの二人の為にリヴェリア自身も──後にババァ呼ばわりされたこともあって──頭を踏んづけてやった。

 酔いが醒めてことの顛末を聞いたベートは、今はやってしまったとばかりにうなだれており、ティオナ達の堅い守りによって二人に近付けさせてすらもらえていない。あの狼人(ウェアウルフ)には良い薬だと言って、リヴェリアは吐息する。

 

「でも、あんなやり取りで落ち込むほどアイズたん繊細やないしなぁ。ルークたんも然りや」

「他に原因があったということか」

「多分せやろなぁ。それこそ、あの二人にしか分からんくらいのことや」

 

 リヴェリアは首を傾け、何をするわけでもなく中庭にて正反対のこと──方や鍛錬、方や長椅子に座っているだけ──をしている二人を瞥見する。

 当時の酒場で他に思い当たるのは、二人が外へ出る直前に店を飛びだして行った客と、その後を追い外に出た店員くらいか。

 あっという間の出来事であった為、その客の姿すら見ることも叶わなずリヴェリア自身理解が追いつかなかったが、恐らくあの二人にとっては無視出来ない何かがあったのだろう。その上で二人が何を思い何に沈んでいるのかは、ロキの言葉通り自分達では判断出来ない。

 

「どうするんだ、放っておくのか」

「そういう訳にもいかんしな〜。せやけど、元気取り戻してダンジョンに籠られるのも困るんやけどね」

 

 んー、と間延びした声を漏らしていたロキはやがて「ん!」と言って胸壁から起き上がった。

 

「よっしゃ、頼んだ」

「⋯なに?」

「リヴェリアに任せた。うちがあれこれするより、そっちの方が多分ええやろうし」

 

 それにな、とロキはリヴェリアが何かを言う前に言葉を被せる。

 

「放っておくつもりも無いのに『放っておくのか』なーんて澄ました顔してたらあかん。何かあったか聞きたいんやろ?」

 

 にやけた顔で自分の台詞を真似るロキ──しかも全く似ていない──にイラッとしつつも、自身の本意を見透かされてリヴェリアはその美しい眉をひそめた。

 

「じゃ、後は任せたで、母親(ママ)

 

 目の前を通り過ぎて行く際に肩にポンと手を置いて、ロキは回廊から去って行く。頭の裏で手を組みながら遠ざかって行くそんな主神の後ろ姿を、リヴェリアは無言で見つめた。

 自分に全てを任せてきた主神の無責任さと、自分を信じてくれていることを同時に理解して複雑な心情になるが反感は抱いていない。──しかし、一つだけ言わせて欲しいことがある。

 

「誰が母親(ママ)だ⋯」

 

 やれやれとため息をつきながらも、リヴェリアは中庭へと足を運ぶのだった。




自分は神ヘスティアもかなり好きなキャラなので、今作では神ヘスティアの威厳ちょい増しになるかもです。
今後とも宜しくお願いしますm(_ _)m


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11話 怪物祭前日

タイトルが思いつかず、今作においてトップクラスの無難なものになってしまったorz
シキ様、誤字訂正ありがとうございました。誤字は発見次第『誤字ってんじゃねーよボケ、仕方無いから訂正してやる』と思いながらで結構ですので報告頂けるととてもありがたいですm(_ _)m


「──アイズ」

 

 中央塔を囲むようにして出来ている中庭の形は円形型。周囲には複数の塔が並び日の光は入りにくいが、団員達によって手入れされ草花は良く育っている。

 所々には小さな噴水や魔石灯のポールも設けられており、とても洒落た造りになっている。

 そんな中庭に下りたリヴェリアは芝を踏んで進みながらアイズに声をかけた。

 

「リヴェリア⋯」

「相変わらず早いな、剣は振っていないようだが」

 

 アイズは木陰にある長椅子に腰かけてながらぼうっとした表情で空を眺めていた。

 付近の木の根元には本来の愛剣の代替品のレイピアが立てかけられており、大方日課の素振りをしようと外に出てきたが気分が乗らずにそのままにしてあるのだろう。

 視線をリヴェリアに合わせていた彼女はそっとその金の瞳を芝に落とした。

 

『⋯⋯⋯⋯』

 

 お互いが中々最初の一言を発せずにほんの少しだけ間が空く。

 リヴェリアはどう切り出したものかと一度迷ったが回りくどく聞いても時間の無駄だと判断して端的に尋ねる。

 

「何があった」

「──酒場であった、ミノタウロスの話⋯。私はリヴェルークと、男の子⋯冒険者を助けたんだけど⋯」

 

 自身の問いに対してアイズは小さく視線を彷徨わせて僅かに葛藤した後にポツポツと話し出す。語られていく内容に耳を傾けていたリヴェリアは、話が進むにつれ納得を得てその美しい表情を曇らせていった。

 ──まさか、笑い種にされていた冒険者当人があの酒場にいたとは。

 二日前の光景と照らし合わせることであの時あの場にて何が起きていたのかを遅ればせながらも悟り、すぐにあの場での話を止めることをしなかったことを後悔する。

 しかし、今更後悔したところで何かが変わるわけでも無い。一先ず疑問が氷解したことにリヴェリアはふうっと息を吐くが、未だにアイズの表情が暗いことに気付く。

 ダンジョンと鍛錬以外の事柄に珍しく感情を動かしているのを喜ぶべきか複雑だが、リヴェリアは落ち込んでいるアイズに再度尋ねた。

 

「お前はどうしたい?」

「⋯わからない。けど⋯謝りたい、んだと思う⋯」

「そうか⋯」

 

 そこで会話が途切れ、まるでタイミングを見計らったかのように館全体へ伝わる鐘の音が聞こえる。朝食を知らせる合図だ。

 

「自信がないのなら、まだ悩め。言ってくれれば相談にも乗ってやる」

「うん⋯」

「朝食だ、行こう」

 

 二人揃って鐘が鳴る塔を仰いだ後にリヴェリアはそう告げて踵を返す。

 その際に、回廊からロキと二人で中庭を眺めた時にリヴェルークが居た場所に目を向けるも既にそこには誰も居ない。──あのバカ弟にも話を聞かねばならないか、と心の中でひとりごちる。

 

「リヴェリア、ありがとう⋯」

 

 ポツリと呟かれた感謝の言葉に、ああと返事をしつつ中庭から塔へ向かう。

 曇っているアイズの表情はまだ晴れていないが彼女に指針を示すことは出来た。後は彼女が不器用ながらも手探りで自分のしたいことを自分で見つけてくれればいいと祈るばかり。

 こういった激励の類は不得手であったので主神の言葉──適材適所──を借りて、少女を元気付ける役割はあの娘達に任せることにした。

 

 

 

 

「むー。アイズ、まだ元気無かったよ」

 

 腕を組んでティオナは唸り、朝の食堂でレフィーヤとティオネに見つめられながらも考え込む。

 ──先ほどこの三人にアイズを加えたいつもの四人で食事を取った。話題を振ってやれば言葉少なながらも普段通りの受け答えが返ってきて、その様子は何ら変わらないものに見えた。

 しかしだ。ティオナには分かる。空元気というほど取り繕ってはいないだろうが今のアイズは本調子ではない。

 

あのバカ(ベート)に腹を立ててるだけでしょう?放っておけばいいじゃない」

「いや、多分ベートはあんまり関係無いんだよ。私が思うには、アイズはあの狼男のことは気にして無いと思うんだ」

「あんた、あれだけ酒場でベートをのしといて⋯」

 

 関係無いと断言出来るほどの自信を持ちながらも酒場にてベートをシメたティオナに対してティオネが若干引いた態度を取った。しかし、そんな姉には見向きもせずティオナは唸り続ける。

 ──ティオナは考えることが苦手だ。アイズの心を慮って気を利かせてやれないだろうし、お節介を焼きに行ってもきっと大失敗に終わる。これまでもこれからもティオナは能天気な振る舞いでアイズから笑顔を引っ張り出してやることしか出来ない。

 

「良し決めた!レフィーヤ、ティオネ。今日の予定はなんかある?」

「いえ、私は特には」

「あたしは今日も団長のお手伝いに⋯」

「じゃあ暇だね!ここで待ってて、アイズ探してくる!」

「ちょ、ちょっと!」

 

 ──だから彼女は小難しいことなど放り出して取り敢えず行動してみることにした。

 椅子を飛ばして立ち上がり、勢い良く大食堂を飛び出す。動き出したら止まらない猪のように。迷うことなく空を羽ばたく鳥のように。ティオナはホーム中を駆け回った。

 部屋、屋根裏、書庫、応接間など手当たり次第に扉を開け。回廊を行ったり来たりを繰り返し。その途中で遭遇したいけ好かないウェアウルフの青年からの情報を経て。ついにティオナは中庭にてアイズを見つけた。

 

「ア〜イズ!」

「⋯ティオナ?」

 

 いきなり現れた自分を驚いた様子で見つめてくる少女の細い両手を取り長椅子から立ち上がらせた。

 

「皆で買い物行こう!」

 

 

 

 

『──ガッッ⁉︎』

 

 振り抜かれたレイピアによる強烈な一撃の餌食となった蜻蛉型の敵──ガン・リベルラ──が真っ二つになる。

 片手剣ほどもある敵の体躯が灰へ変わっていく最中、アイズは振り向きざまに剣を一閃二閃させた。

 飛翔していたガン・リベルラ達は同時に切り裂かれ、糸を通すような正確さでことごとく魔石を破壊されていく。アイズは灰化していく敵には目もくれずにそのまま前進。舞い散る灰の霧をくぐり抜けて残る最後の敵へと肉薄する。

 

『ァァァアアアアアアアアアアアッ!』

 

 待ち構える大型級の敵──バグベアー──は雄叫びを上げてその毛むくじゃらの巨腕をアイズ目がけ振り下ろす。

 眼前に迫る大爪をアイズはあえて避けず──剣で迎撃。敵の攻撃を置き去りにする速度でレイピアを閃かしたかと思うと、次の瞬間にはバグベアーの腕は斬り飛ばされていた。

 片腕を失い硬直する敵にアイズは剣尖を見舞う。胸部付近に深々と突き刺さり背を抜けるレイピア。そこから更にダメ押しとばかりに手首を捻って容赦無くトドメをさす。

 

「おおっ、今日は一段と技が冴え渡っていますね」

「⋯ありがとう」

「それに表情も明るくなりましたね、何か良いことでもありましたか?」

「⋯うん。ティオナ達と、遊びに行ったよ」

 

 その一連の流れを後ろで見ていたリヴェルークはアイズを賞賛する。

 リヴェルークは数日前の浮かない表情よりも明るくなった様子のアイズからダンジョンに誘われたので付いて来ていた。

 現在位置はダンジョンの20階層。樹木の内部を思わせる木肌は広大な迷路の形状を作り、天井や壁に広がっている緑の苔が不規則に発光している。まるで秘境の森に迷い込んだような錯覚すらもたらす大樹状の迷宮にアイズとリヴェルークはいた。

 

「──最後の一つも回収、っと。魔石もだいぶ貯まりましたし、そろそろ帰還しましょうか」

「⋯うん、分かった」

 

 バックパックいっぱいの魔石やドロップアイテムを背負ったリヴェルークがそう提案すればアイズは素直に頷く。

 アイズがダンジョンに潜っているのはぼんやりとして無為に過ごした時間を取り戻す為。リヴェルークが付いて来たのは整備に出していた愛刀の切姫が戻ってきたので切れ味などを再度確認する為。並の冒険者であれば多少苦労する中層域への進出も彼等二人にはもはや単なる作業でしか無い。

 

「折角なら、レフィーヤなども誘えば良かったですかね?」

「⋯そうだね」

 

 そんな感じで雑談しつつ上層目指して歩を進める二人だったが彼等の視線の先から巨大なカーゴを引きずっている冒険者の一団が横穴から出てくる。

 一団の武装はとても充実したもので、一目見ただけで相当な実力者たちであることが伺える。

 

「あれは⋯ガネーシャ・ファミリアですか。ならばカーゴの中身は怪物祭(モンスターフィリア)用でしょう」

「⋯うん、多分」

 

 怪物祭とはガネーシャ・ファミリアの調教師が迷宮から連れてきた凶暴なモンスターを相手取り、倒すのでは無く手懐けるまでの一連の流れを観客達に披露するものだ。

 コレを危険視する者もいれば、荒くれた無法者と思われがちな冒険者への心証を良くする為のものだと割り切っている者もいる。

 アイズやリヴェルークもその両方の立場が分かる為に一概に善し悪しを判断出来ないと思っている。

 

「まぁ、()()()()()()()楽しませてもらうだけですね」

「⋯ちょっとだけ、楽しみかな」

 

 聞く人が聞けば『フラグだ!』と言いかねない発言を零しつつ、二人はガネーシャ・ファミリアの邪魔にならないように進路変更をして別ルートから上階へ向かった。

 

 

 

 

「⋯で?こんな時間まで何処へ行っていた?」

「ルーク、誤魔化さずにしっかりと答えて欲しい」

 

 あの後、地上に戻ったは良いもののすっかり暗くなっていたことに焦った俺達はギルドで早々と換金を済ませてホームに帰り、門番に口止めをしてこっそりと中へ入る。

 そこまでは良い。そこまでは良かったのだが──なんと、扉をそっと開けたら姉上とリューが二人揃って仁王立ちしていた。どうやら完全に待ち伏せされていたようだ。

 

「ちょっと散歩がてらダンジョンに」

「そんな軽い感じで言われても困るのだがな。何事も無いとは思うがせめて一声かけてからにしろ」

『⋯ごめんなさい』

 

 姉上からの非難を受け、返す言葉が見つからず俺とアイズは素直に謝る。

 

「だいたいお前達は──」

「──すまんなぁ、リヴェリア。お説教の前にうちから先に話してもええか〜?」

 

 そのままお説教ルート突入かと思い軽く絶望していたのだが、いつの間にか側にいたロキが強引に姉上の言葉をぶった切る。姉上は会話の主導権を取られたことに軽くイラっとしていたが相手が主神たるロキだということで直ぐに冷静になる。

 

「ロキは俺達のどちらに用事があるんですか?」

「両方や。明日のフィリア祭、心配かけた罰としてうちに付き合って欲しいんやけどええか〜?」

「罰なら仕方ありませんね。分かりました、付き合いますよ」

「⋯分かった」

 

 半端無い酒気を漂わせながらもにへらっと頬を緩めるロキ。口では『ええか〜?』なんて言ってはいるがきっと拒否権無しの命令に等しいものだから仕方無い。

 

「息抜きには丁度ええやろ、うちも元々行く予定やったし。リヴェリアやリューもどうや?」

「私は遠慮させてもらおう。あのような祭りの空気はどうも馴染めん」

「私も遠慮します。明日はリュノ()と回る予定ですから」

「そっか、残念無念やなー。まぁアイズとリヴェルーク(両手に花)だけでも十分⋯ってルークたん、そんなに睨まんといてーな!」

 

 その後なんやかんや──ロキが飲み過ぎによって吐いたり──あり姉上からのお説教は有耶無耶となった。とてもありがたいことだ。

 

「本当なら俺も一緒に行くつもりだったのですが⋯。申し訳ありませんが、明日はリュノと二人で楽しんできて下さい」

「主神からの頼みならば断れませんからね⋯本当は一緒が良かった」

 

 ──その拗ねた表情が余りにも可愛かったので、この後滅茶苦茶頭を撫でた。最後にはしつこ過ぎたせいでぶっ叩かれたけど。




フィリア祭、一体何が起こって誰が活躍するんでしょうかねー(棒)
私は基本チョロい為、どんな感想でも頂けるだけで嬉しくなるので宜しくお願いします(マッテルヨ?)

それと、もしかしたらロキ・ファミリア編から読んでいる方もいるのかなーと思ったので、ゼウス編の軽めのまとめとかした方が良いのかな?なんて思ってます。そのうち投稿するかもしれません。


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12話 怪物祭当日

評価や感想、ありがとうございますm(__)m
これからも応援して頂けると幸いです。


 翌朝。大食堂での朝食時にティオナから祭りへ誘われたがそれを断ったアイズは自身の部屋へ戻って着替えを済ませた。

 姿見に映る自身の格好は丈の短い白の上衣にミニスカート。前日ティオナ達と遊びに行った際にティオナからプレゼントして貰った服装だ。

 改めて見ると気恥ずかしさが先に立つ格好だが、折角頂いたプレゼントをこのような日に着ない手は無いだろう。

 

「⋯ごめんなさい、お待たせ」

「お気になさらず。──その服、アイズにとても似合っていますよ。ロキも大層喜ぶことでしょうね」

「⋯ありがとう」

 

 ブーツも履いてエントランスホールに足を運べば、そこでは既にリヴェルークが瞑目して壁に寄りかかり待機していた。

 アイズが着いたのは一応集合時間の数分前なのだが真面目な彼女は集合時間云々を抜きに待たせたことに対して謝罪する。

 

「おっまたせー!アイズにリヴェルーク、遅くなってごめんなー」

「いえ、俺達もつい先ほど来たところです」

「うん、大丈夫です」

「なら良かったわ〜。それより──アイズたんのその服イイなっ⁉︎めっちゃ可愛い!」

「⋯ありがとう、ございます」

 

 リヴェルークが思った通り、やはりロキはアイズの服装に食いついた。

 

「まさかうちの為にオメカシしてくれたん⁉︎うっひょー、萌え萌えやー!似合ってるでー!」

 

 なんて叫びながらアイズに抱きつこうと飛びかかったロキだが条件反射で反応してしまったアイズは飛び付いてきたロキに高速の張り手を見舞って壁に叩きつけた。

 顔面が壁にめり込み、すぐにドサッと落下するロキ。そのあまりの痛さに顔を両手で覆ってゴロゴロとのたうち回っていたがやがて何事も無かったかのように立ち上がる。

 

「うん。アイズたんのスカートの中身も確認出来たし、良しとしよう」

「⋯見たんですか?」

「えっ?あ、見てへん見てへん!転がったついでにアイズたんの新品(おニュー)のスパッツなんて、これっぽっちも確認してへんよ!」

「あ、この反応は見てますね」

 

 その後再び一悶着が起きた後、ボロボロのロキに連れられてようやく三人は怪物祭(モンスターフィリア)へと出発した。

 

「因みに、リヴェルークだけ武装してるんはどうしたん?」

「アイズに武装をさせたらロキが文句言いそうだったので武装は俺、アイズはオメカシ担当って指示を昨日のうちに出しておきました」

「⋯流石はうちの自慢のリヴェルークやぁっ!良くやった、褒めたるで!」

 

 抱きつきながら褒めてくれるのはありがたいのだがせめて零れ落ちる涙は拭くか止めるかして欲しい。俺の服が濡れてしまう。

 

 

 

 

 北のメインストリートを南下しバベルが建つ中央広場(セントラルパーク)に出た後、更に東のメインストリートへ進む。

 東のメインストリートは既に多くの人で混み合っていた。この日の為に立ち並んだ多くの出店は活況を呈しており雑踏の流れを至る所で止めている。

 

「それで、まず初めに何処に行く予定なのですか?」

「んー?取り敢えず初っ端はこの喫茶店や」

 

 祭りの開催を前にして否応にも興奮が高まっている中、三人は人の群れを縫って大通り沿いに建つとある喫茶店の前に出る。

 ドアをくぐり鐘の音を鳴らすとすぐに店員が対応してきた。そのままロキが一言二言交わせば二階に通される。

 アイズが二階に一歩足を踏み入れた瞬間に感じたのは時間が止まったかのような静けさだった。

 その場にいる客の誰もが心を何処かに置き忘れて口を開きっぱなしにし一箇所を眺めている。彼等が見入っているのは窓辺の席で静かにその身を置いている、紺色のローブを纏った一人の神物だ。

 

「相変わらず凄まじい。ローブを纏った状態でさえこの魅了ですか」

「⋯どうか、したの?」

「アイズは女性ですからそこまで感じないようですね」

 

 アイズはリヴェルークに尋ねるが『すぐに分かる』と言ったっきり口を閉ざしてしまった。

 

「よぉー、待たせたか?」

「いえ、少し前に来たばかりよ」

「ふーん、そか。それよりうちまだ朝食食ってないんやけど、ここで頼んでもええ?」

「お好きなように」

 

 なんて言いながら椅子を引いて正面に座るロキと会話を続ける女神には昔馴染と呼べるほどの親しげな雰囲気がある。

 そんな二人の邪魔にならないよう護衛の位置に控えるアイズはフードの奥から覗くその銀の髪を見て初めて目の前の女神の正体を察する。

 

「ところで、いつになったらリヴェルークの隣の子を紹介してくれるのかしら?」

「なんや、紹介がいるんか?」

「一応、私と彼女は初対面よ」

 

 女神はリヴェルークに対して微笑みかけた後、髪の色と同じ銀の双眸をアイズに向ける。その双眸を見た瞬間にアイズは一瞬引き込まれるかのような錯覚を感じた。

 彼女こそロキ・ファミリアと同等レベルの戦力を保有するファミリアの主神であり、同時にその美しさと蠱惑さから《魔女》の異名を持つ美の化身──女神フレイヤである。

 

「んじゃ、うちのアイズや。これで十分やろ?アイズ、こんな奴でも神やから挨拶だけはしときぃ」

「⋯初めまして」

 

 アイズは生まれてこの方リヴェリアより美しい女性を目にしたことは無かったが眼前の女神の美しさは完璧に王族(ハイエルフ)である彼女のソレを超えていた。

 絶世独立の美貌。いっそ寒気すら覚えるその艶麗さは下界の者や同格の神々さえも惑わせる力を持つ。ローブで身を隠しているにも関わらず周囲の客の視線を一身に集めているのが良い証拠だ。

 衰えぬ容色を持つ神々の中でも殊更抜きん出た美しさを誇る美の化身。

 

「ふーん?可愛いわね。それに⋯ええ、ロキがこの子に惚れ込むのも納得だわ」

「そうやろ?アイズたんはうちの自慢の眷属()やからな!」

「それじゃあ、リヴェルークを私のファミリアに頂戴よ」

「なにが『それじゃあ』やねん、ダメに決まっとるやろアホか!」

 

 二柱の女神は天界での古い付き合いを感じさせるやり取りを行うが彼女達の話題の中心であるリヴェルークは瞑目して我関せずといった具合。

 この場に彼がいるのはロキの護衛の為なので必要な時以外は決して口を開かずと自戒しているのだ。

 その後も軽口の応酬を続ける二柱の女神だったが、それから間も無く二柱はここに集まった本題とばかりに雰囲気を豹変させた。この場に自分を呼び出した理由をフレイヤが尋ねれば、ロキは口を吊り上げて単刀直入に用件を切り出す。

 

「自分、なーんか企んどるやろ?興味無いなんて言うてた《神の宴》にも参加するくらいやしな」

 

 その一言だけで傍らにて待機していたアイズとリヴェルークは主神ロキの思惑を悟る。彼女は最近妙な動きを見せているフレイヤを警戒しているのだ。

 ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアは迷宮都市の双頭と比喩されるほど実力が拮抗しており、両派閥の間には勢力争いが絶えない。更にはロキの元にLv.9のリヴェルークがいるのと同様にフレイヤの元にはLv.8()のオッタルがいる。

 この二人は三度の戦闘と一度の共闘という変わった過去を持ち、戦績は一勝一敗一分という塩梅だ。勢力も切り札も伯仲たりうる存在であるからこそ互いを無視出来ず、一方が動けばもう一方も動かざるを得なくなる。

 

(今回は女神フレイヤへ釘を刺すのが目的のようですね。それは良いのですが──)

 

 と、心の中で呟いてリヴェルークは周囲を見渡す。この二柱の女神の放つ物騒な神威に気圧されてしまったのか先ほどまで女神フレイヤに見惚れていた周囲の客は姿を消していた。その原因たる二柱の内の片方が何かを悟ったように一言を発する。

 

「なるほどな〜、男か」

 

 その言葉を聞いた美の女神の返答は無く。ただ変わらず微笑みだけを返してくる女神を見てロキも緊張を解き思い切りため息を出した。

 

「はぁ⋯つまり何処ぞのファミリアの子供を気に入ったっちゅうわけか。ったく、この色ボケ女神が。年がら年中盛りおって」

「あら、心外ね。分別くらいあるわよ」

「抜かせ、男神(アホ)どもを誑かしとるくせに」

「彼等とつながっておけば、何かと融通が利いて便利だもの」

 

 流れるような会話を聞き、アイズは女神フレイヤがどうやら他派閥のとある団員を見初めてしまったようだと悟る。そうであるならば普段は欠席の神の宴に彼女が参加をしたのは情報を集める為だろう。

 

「で?どんな奴や、今度自分の目にとまった子供ってのは。いつ見つけた?」

「⋯⋯強くは、ないわ。貴方や私のファミリアの子と比べても今はまだ頼りない。少しのことで傷付いてしまい、簡単に泣いてしまう⋯そんな子」

「なんやそれ、弱いんやないか」

「ええ⋯でも、綺麗だった。透き通っていた。あの子は私が今まで見たことの無い色をしていたわ」

 

 ──だから目を奪われた。見惚れてしまった。そう述べる女神フレイヤの声音は幼い子供を慈しむようで次第に熱を孕んでいっているようにさえアイズには感じられた。

 

「見つけたのは本当に偶然。たまたま視界に入っただけ。⋯あの時も、こんな風に⋯⋯」

 

 その一瞬だった。窓の外の大勢の人の群れを眺めていた銀の瞳が驚いたように一点で止まり、縫い付けられる。

 アイズとリヴェルークは反射的にその視線の先を追ってしまった。大通りを埋める人混みの中に彼等の双眸が見つけたのは──兎の耳のようにひょこひょこと揺れる真っ白な頭髪だった。

 

 

 

 

 あの後、突然『急用が出来た』と言い席を立ったフレイヤの背中を訝しげに眺めていたロキだが大事な怪物祭(モンスターフィリア)でのデートの時間が勿体無いと思い自分も頼んでいた朝食をかき込んですぐに席を立つ。

 

「なんかよー分からんけど、取り敢えずデートに行くで〜」

「⋯分かりました」

「了解です」

「うし、ほな行こうー!」

 

 人波に乗って混雑を極める東のメインストリートを進んで行く。

 リヴェルークがダンジョンに潜る際の格好は袴のようなものなのだが、現在は何処にでもいる平凡な格好と祭り当日ということもあり普段ならば目立ちまくるリヴェルークですら上手い具合に人混みに溶け込むことが出来ている。

 

「まぁ、逆に目立つと俺の周りに人が殺到しそうなので助かります」

「やっぱりうちの指示は的確やったっぽいな。いやぁ、うち良い仕事したわ〜!」

「本当に助かりました、ありがとうございます」

「気にせんでええよ〜。まぁ、今後はそういったとこにも注意してくれれば助かるわ」

 

 最初は武装することもあり袴で行こうとしたのだがロキから『目立ち過ぎると移動しにくい』と諌められたのでやめた。

 

「アイズたんにルークたん、まずはジャガ丸くん食べよ!えーと、普通のジャガ丸くんと⋯」

「小豆クリーム味、一つ」

「小豆クリームを追加でもう一つ」

 

 ロキの注文に被らせてアイズとリヴェルークも注文する。二人が頼んだ小豆クリーム味は芋とクリームを混ぜた上で揚げられている。

 食べるにはかなり挑戦的であるが故にロキは二人に『それは美味いのか』と言いたげな視線を送るが華麗にスルーして無言で食べる。

 そんな二人を見て一先ず自分のジャガ丸くんを食べ始めたロキだが、何を思ったのか突然行儀悪くペロペロと何度も手に持っているジャガ丸くんを舌で舐めまわして晴れやかな笑みを浮かべ二人の眼前にその芋の塊を突き出して言った。

 

「アイズたん、ルークたん。はい、あーん」

『嫌です』

「なんでやー⁉︎主神たるうちの命令が聞けへんのか⁉︎ほれ、あーん!」

『嫌です』

「二人にあーんするの、うちの夢やったんやー⁉︎頼むーっ!」

『嫌です』

 

 にべも無く断る二人にロキは何度も食い下がってくる。泣き落としまで使ってくる主神に対し剣のような鋼の意思ではねのけ続けるも徐々に周囲からの視線を集めつつあったのでリヴェルークが折れるという結果になった。

 

「全く、仕方の無い主神様ですね。俺で良ければ服装の件のお礼として食べさせてあげますよ」

「いーよっしゃーーっ!」

「はい、どうぞ」

 

 リヴェルークがロキの眼前に小豆クリーム味のジャガ丸くんを差し出せばロキは諸手を挙げて喜んだ。

 そのままリヴェルークの両手を包みながら勢い良く噛み付いたロキは不細工なリスのように頬張り良く味わってからゴクリと嚥下する。

 

「ふへっ、ふへへぇ⋯ルークたんと間接キスやぁ」

「うわぁ、緩み過ぎて気持ち悪い」

 

 リヴェルークは己の軽率な行為を非常に悔やんだ。そして、主神のそんな醜態から目を背けたくなる。

 

『神様、神様ぁっ⁉︎お願いしますから勘弁して下さい!』

『おいおい、遠慮するなよ!今度はボクがお返しをする番だろう⁉︎ほら、あーん!』

 

 何処からともなく聞こえてきた悲鳴や会話に『似たような境遇が自分達だけではないのだ』とアイズやリヴェルークはほんの少しだけ救われたような気がした。




今回はここまででご勘弁下さいorz
声の記憶はすぐに曖昧になる為、今回はリヴェルークといえども会話だけでは人物特定が出来ないことにしました。

エタらないようにこれからも頑張ります( ̄^ ̄)ゞ


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13話 二人の思惑

皆様、ゴールデンウィークはゆっくり出来ましたか?
私のゴールデンウィークの感想は『ゆっくり出来なさすぎていっそ笑える』ですね( ´Д`)y━・~~

そんなことよりも、今回はロキ編初のとある猪人の男性とリヴェルークの絡みです。


「あー、いかん。もう始まっとる!」

 

 闘技場から響いてくる歓声を聞いたロキが慌てたように叫ぶ。

 

「この道で、大丈夫なんですか?」

「おう、ばっちしや!大通り経由するより断然近道やで!」

「お願いですから、迷わないで下さいよ?」

「うちに任せとき!」

 

 つい時間を忘れて屋台巡りにのめり込み過ぎたのが失敗だった。肝心な怪物祭(モンスターフィリア)の開演時間を大きく逃してしまったアイズ達は現在、駆け足で先を急ぐ羽目になっている。

 ロキの土地勘頼りに進む路地裏は細く狭く人気が全く無い。周囲を建物に囲まれ日が届かない裏道には、今は発光せず眠っている魔石灯が壁のあちこちに設けられていた。

 視界の奥で徐々に頭を覗かせる闘技場施設を三人は目指して行く。

 

『────?』

 

 その道中。アイズとリヴェルークは怪訝そうな顔をした。彼等の耳が一瞬捉えた獣の遠吠えらしき響き。闘技場で調教師と戦うモンスターの雄叫びが風に乗ってきたのか、と納得しようとするも何処か腑に落ちない感じがする。

 そうこう違和感を覚えている内に三人は細い道を抜けて闘技場がそびえ立つ広場に辿り着いた。

 

「あかん、走り疲れたわぁ。⋯⋯うぅん?なんや、この空気」

 

 ロキが息を切らす中、闘技場周辺の雰囲気は張り詰めていた。祭りの環境整備の為に配置されているギルド職員の動きは不安を掻き立てるほどに騒がしい。

 今も歓声が絶えず打ち上がっている闘技場とは真逆の空気は動揺と混乱が手に取るように分かってしまうほど。何よりガネーシャ・ファミリアの団員達が武器を携えて広場から散って行く光景が決定的な証拠と言える。

 

「エイナ、何かあったのですか?」

「あ、リヴェルーク様!⋯と、それにアイズ・ヴァレンシュタイン氏まで。実はですね──」

 

 慌ただしく動き回るギルド職員の中に顔見知りのエルフ(エイナ・チュール)を発見したので声をかければ一瞬呆然とした後、飛び付くように近寄って来て早口で現在の状況を教えてくれた。

 聞くに、祭りの為に捕獲されていた一部のモンスターが闘技場地下の檻から脱走して東部周域へ散らばって行ったらしい。檻を見張っていた全ての人間が魂を抜き取られたかのように放心して再起不能に陥らされたとのことだ。

 

「モンスターを鎮圧するのに人手が足りていません。どうかお力を⋯」

「勿論、協力しますよ。ロキ、そういうわけですが──」

「ん、聞いとった。もうデートどころやないみたいやし、ええよ。この際ガネーシャに借し作っとこうか」

 

 その返答を聞いていた周囲の人間がにわかに沸き立つのを尻目に、エイナからモンスターの数や種類などを聞く。

 何故モンスターの脱走を許したのか考えるのは後回しだ。都市の東部一帯を揺るがす事態にリヴェルークは儚く輝くレイピアの柄を掴んだ。

 

 

 

 

 面倒事とは大半が不意に舞い込むものだ。並大抵の者であればソレの前に右往左往し、並より上であれば多少面喰らうも即座に対応することくらいは可能だ。

 では面倒事に直面したのがそれらの凡人を嘲笑うほどの才を有する者ならばどうか。答えは単純だ。何事も無かったかのように片付けてしまうか若しくは──。

 

「怪物祭用のモンスターが逃げ出すなど、一般市民にとっては悪夢のような出来事ですね」

「せやな〜。けど、うちのアイズたんにかかればこんなもんや!」

 

 ──ありふれた日常を飾るちょっとしたスパイス(刺激)程度にしかならない。事実レイピアを握った()()()はエイナからの説明を聞いてすぐに闘技場の上に登り街全体を俯瞰していた。

 即座にその対応が出来るあたりは、流石都市を代表する第一級冒険者と言えるだろう。

 

「それより、何故俺から武器を取り上げてアイズに渡したんですか?」

「最近アイズたんが落ち込み気味やから、ここらで発散してもらおう思ってな!」

「成る程、それは一理ありますね」

 

 そんなアイズを羨ましげに見上げているリヴェルークは何処か悲しげな表情を浮かべる。その様はまるでご飯を前に『待て』を命じられた犬のようだ。

 しかし彼もいい年の大人だ。すぐに切り替えて自分の成すべきことを考える。

 

「アイズも移動を開始したようですし、俺も別方向に行きますね」

「そうやな、ルークたんなら素手でも大丈夫やろ。無理はしないようにな?」

「はい、分かっています」

 

 そうロキの言葉に返答して、リヴェルークもモンスターの討伐の為に移動を開始するのであった。

 

 

 

 

 

「うわー、本当に出番無さそー」

「餌を用意されておいて、そのままお預けを食らった気分ね」

「あ、それ分かるかも」

 

 アイズやリヴェルークが行動を開始して少しした後、一人佇んでいたロキの元にティオナ・ティオネ・レフィーヤの三人が合流した。そこで詳しい説明を受けた三人も行動を起こそうとしたが『二人だけで片が付きそうだ』とロキに言われてしまう。

 念の為に三人も家屋の屋根伝いに移動していたのだが討ち漏らすどころかアイズとリヴェルークは的確にモンスターを屠り、三人の援護を無用のものとしているのを見て思わず足を止めた。

 

「お、お二人共武器が無いのに良くそんなこと──って、どうかしたんですか?」

『⋯⋯?』

 

 武器や防具を一切身につけていないにも関わらず気楽なことを言う二人にレフィーヤが苦笑いを浮かべようとしたのだが、当の本人達が眉を訝しげに曲げて周囲を見回しているのに疑問を呈する。

 

「地面、揺れてない?」

「⋯⋯本当ね」

「地震⋯じゃ無いですよね」

 

 地震というには余りにもお粗末な揺れはティオナ達に不穏なものを覚えさせる。ダンジョンにて培われた感覚がどんな瑣末な出来事にも、如何なる前触れに対しても彼女達を敏感にさせた。

 そして。自然に身構えていた彼女達の元に何かが爆発したような轟音が届く。引き寄せられるように視線をそちらに飛ばせば通りの一角から膨大な土煙が立ち込めていた。

 

『き──きゃああああああああああっ⁉︎』

 

 次いで響き渡る女性の金切り声。揺らめきを作り煙の奥から露わになるのは石畳を押しのけて地中から出現した、蛇に酷似する長大なモンスターだった。

 ソレを目視した瞬間にゾッと首筋に嫌な寒気が走った。冒険者として培った直感が警鐘を鳴らしている。

 そんな感覚を覚えながらも市民を置いて敵前逃亡などオラリオの双璧の片翼を担うロキ・ファミリアの一員として出来る筈が無い。

 即座にティオナとティオネがモンスターに向かって走り出し、その後を一足遅れてレフィーヤも付いて行く。

 悲鳴を上げて市民が一斉に逃げ惑う最中ティオナ達は通りの真ん中へ向けて屋根から飛び──だんっ、と勢い良く着地を決めた。

 

「こんなモンスター、ガネーシャのとこの団員はどっから引っ張って来たのよ⋯」

「これ、新種かな⋯?」

 

 煙が完全に晴れてモンスターの全容が明らかになる。細長い胴体に滑らかな皮膚組織。頭部──体の先端部分には眼を始めとした器官は何も備わっておらず、若干の膨らみを帯びた形状は向日葵の種を彷彿とさせた。全身の色は淡い黄緑色で三人に嫌な既視感を覚えさせる。

 顔の無い蛇と形容するのが最も相応しいだろう。そんなモンスターに対してアマゾネスの姉妹は死角から挨拶代わりの拳と蹴りを叩き込むが──。

 

「──っ⁉︎」

「かったぁー⁉︎」

 

 ──第一級冒険者である彼女達の渾身の一撃が阻まれた。

 素手とはいえ並のモンスターならば一撃で肉体を破砕される強撃であるにも関わらずだ。凄まじい硬度を誇る滑らかな体皮は僅かばかり陥没したのみである。

 

「これはヤッバいかなぁー」

「武器が有れば良かったわー!」

 

 いつも通りの気軽さではあるが、しかしながら若干の焦燥を孕んだ呟きを零す。第一級冒険者の姉妹をもってしても焦りが生じるほどのモンスターであることは確定的であった。

 

 

 

 

 ──そんな第一級冒険者達でさえ苦戦している『顔の無い蛇』が一体、全身をズタズタに切り裂かれた状態でズシンと倒れ伏した。その次の瞬間にはモンスターの身体が均衡を失い涼やかに砕け散って行く。

 散り行く敵を路傍の石の如く眺めているのは金髪赤眼の美青年。彼は東のメインストリートにて突如現れた顔の無い蛇をモノの一瞬で葬ったばかりだ。その余りの早さと手並みに市民達は避難することを忘れて魅入っていた。

 市民からすれば《至天(クラウン)》リヴェルーク・リヨス・アールヴが到着した時点で危機感の一切合切を打ち捨ててしまえるほどに彼の実力を信頼している。

 

「信頼してくれるのはありがたいのですが⋯」

 

 その光景を見たリヴェルークは、万が一の時の為に避難して欲しかったのだが逃げる素振りさえ見せない市民達を見て頰を掻きながらも苦笑いを浮かべる。

 モンスターが散るのを見て口々に賞賛の声を上げる彼等に対してヒラヒラと手を振れば、それに呼応するかのように爆発的な歓声が響き渡る。

 その余りの大きさに耳を塞ごうとしたのだが彼の耳に幼い少年の叫び声が聞こえてきた。市民達の歓声に応じるのを止めて目を閉じ耳を澄ませば、それに気付いた市民達も途端にシンと静かになる。

 

『────っ!』

「わりと近い場所、かな」

 

 その叫び声が聞こえる大体の方向に当たりをつけて、そっちには近付かないようにと市民達に言い含めると屋根伝いに移動する。

 しばらくすれば視界には()()()()()()白髪の少年がモンスターとの一騎打ちを演じている場面が映る。

 技術はまだまだ拙い。当然ながらリヴェルークから見れば子供同士の戯れに見えてしまう筈なのだが、しかしながら彼の目は驚愕で見開かれていた。

 

(明らかに以前よりも基礎能力が上がっていますね。それも()()()()()あり得ないほどに)

 

 それが意味するのは一つ。かの少年は成長するにはあまりにも短い期間で驚くべき()()を遂げたのだ。この現象にはリヴェルークが他の誰よりも覚えがある。

 

「アレは、俺と同じスキル──」

「ほう、それは興味深い話だな」

 

 周囲に誰もいないと油断しきっていた為にポロッと零してしまった俺の独り言を拾ったのは武人然とした猪人(ボアズ)の男性。

 その声に。その存在感に。その強靭な肉体の全てに嫌というほどの見覚えがある巌のような男性だった。

 

「俺に何か用ですか、オッタル」

()()()()()は特に無い。このまま大人しくしていてもらおう」

「──成る程、そういうことですか」

 

 猪人──オッタルのその一言だけでリヴェルークは今回の騒動の全容をおおよそ掴んだ。

 恐らく今回放たれたモンスターの大半は陽動でしか無く真の狙いは女神フレイヤが見初めた白髪の少年へ一騎打ちの試練を与えること。それを邪魔されない為にもオッタルが少年の周辺に待機し、援軍が駆けつけた際の邪魔をする手筈なのだろう。

 女神に見初められた哀れなる白髪の少年ベルに対して『ドンマイ』と内心で呟き、ベルに向けていた視線を再びオッタルに戻す。

 見た感じ彼の装備は本来のものでは無く適当な品を適当に引っ張り出してきただけというお粗末なものだ。それでもLv.8のオッタルが持てば脅威であることに変わりは無いが。

 本当に時間稼ぎが出来れば充分という程度の粗末な装備を見て、俺は握っていた魔法で生み出した氷剣から手を離して屋根の上に胡座ですわりこむ。

 

「助けなくて良いのか?」

「俺にも、あの少年を見極めなければいけない理由があります」

「⋯そうか」

 

 リヴェルークに戦意が無いことを瞬時に見切ったオッタルもリヴェルーク同様武器から手を離し、腕を組んで屋根の上に直立する。

 かくてオラリオの双璧を担うファミリアの切り札二枚に見守られながらも少年の死闘は始まった。

 

(もし今は亡き()()()・ファミリアのリーダーの()であるならば、その資質を俺に示して下さい)

(フレイヤ様が見初めた資質を示してみせろ)

 

 それぞれの思惑は違えど示して欲しいモノは一つ。ソレを確かめる為に彼等は騒ぎの沈静化を図ることなど捨て置き、静かに見守ることを選択したのだった。




オッタルの口調に何処と無く違和感を感じてしまう(;´д`)
リヴェルークは魔法により生み出した剣で戦闘している設定です。ロキ護衛時にレイピアを下げていたのは目に見える形にすることによる威嚇の意味もあります。

誤字・脱字発見時は報告していただけるとありがたいです!


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14話 至天の結論

更新が大幅に遅れてしまい、申し訳ございませんでしたm(__)m

masa ハーメルン様、誤字訂正ありがとうございます!

話は変わりますが、本作の通算UAが15万を突破いたしました。今後とも応援宜しくお願い致します!


「そういえば、生まれる子供の名前はもう決めているんですか?」

 

 三大冒険者依頼(クエスト)に数えられる怪物達の討伐に向かう船の上にて、幼き日のリヴェルークはゼウス・ファミリアのイアロス団長に問いかける。

 

「⋯ああ。女の子ならばスズだ」

「へぇー、良い名前ですね。もしも男の子だったら?」

「⋯そうだな。もしも男の子だったら──」

 

 ──あの日あの時あの場所で、イアロス団長が言った名前を俺は最近になって思い出すことが出来た。先日の、白髪の少年ベルの戦闘を見てヘスティア様の元に送り届けた日の夜に見た夢のおかげで。

 団長はあの時なんと言っていただろうか。確か、そう。もしも男の子ならば──。

 

 

 

 

「──リヴェルーク、ぼうっとしているな」

「ああ、分かっていますよ。この一戦は見逃せませんからね」

 

 遠い日の記憶を夢見た先日の出来事をボンヤリと思い浮かべていると、隣で直立しているオッタルから現実に引き戻される。俺としたことが気の抜けた姿を晒してしまったな。

 あの日、船上で子供の名前候補を尋ねたのはただの気まぐれだ。その後に状況が激動してしまったこともあり、団長との些細なやり取りはすっかり忘れていた。

 そんなやり取りを最近になって思い出した原因は分かっている。俺の視線の先でモンスターと一騎討ちを演じている少年のせいだ。

 

(それにしても、彼の武器に既視感を覚えるのは何故だろうか?)

 

 少年──ベルの武器にリヴェルークが既視感を覚えるのは当然。なにせリヴェルークの愛刀である切姫と()()()()を有しているのだから。

 その性質は使い手が《最強》に上り詰めれば武器も《最強》へと至る。それ即ち、勝手に至高へ辿り着いてしまう武器。このような武器は鍛治士にとって邪道もいいところである。

 更に付け加えるならば、リヴェルークの切姫とベルのナイフはどちらも女神ヘファイストスにより生み出されし物。

 性質も作り手も同じ。これで既視感を覚えない方が無理だろう。まぁ、そんなことはリヴェルークが知る由も無いのだが。

 

「⋯そろそろ決着がつくな」

「ええ、そのようですね」

 

 離れていても伝わるほどの覚悟。ソレをベルから感じ取った二人は一騎討ちの終焉が近いことを悟った。

 

 

 

 

「ボクが君を勝たせてやる。勝たせてみせる。今、君は自分のことを信じてやれないかもしれない。だから、君を信じているボクを信じてくれないかい?」

 

 自分の目を曇りのない瞳で真っ直ぐに見つめながら、神様はどこまでも愚直にそう言った。

 泣きそうになった。鼻の先がツンと痺れてくる。瞳の奥では涙が滲んでいたかもしれない。

 そんな神様の信頼に応えたくて、僕はグッと足に力を込めて大地を踏み抜き疾走する。

 

『ガァァァァアアアアアアアッ!』

 

 通路の奥、真正面にて一匹のモンスターが猛々しく吠える。

 シルバーバック。ステイタスが強化された今でもまともに戦っては打ち負ける怪物。

 勝機は程遠い。本当に自分があのモンスターを打倒出来るのかベルはまだ半信半疑だ。しかし、惨めで情けない自分は信じられなくても──ヘスティアの言葉なら何処までも信じられる。

 

『いーい、ベル君?これから言うことは参考程度に聞いておいて。命知らずな真似しちゃ絶対にダメだよ?』

 

 シルバーバックに接近したベルの脳裏に続いて浮かび上がったのは、エイナに教わったモンスターのいろは。

 モンスターがモンスターたる所以。モンスターであるが故に抱え持つ唯一無二の《核》。そこにたった一撃を加えることが出来るのなら理論上はどんなモンスターでも倒せるはず。

 モンスターの核──つまりは魔石。ベルが目指すべき場所は絶対の有効打になる相手の胸部ただ一点。

 ステイタスの強化により600オーバーという馬鹿げた上昇を遂げたベルのアビリティが生み出す速力は異常の一言に尽きる。

 ステイタスが強化される前までのベルの速力しか知らないシルバーバックだからこそ、全身全霊を賭けた全力の突撃に対処することが出来なかった。

 

「──ハァァアアアアアアアアッ!」

 

 自身を一本の槍に見立ててベルは敵の胸部目がけて突貫する。捨て身の突撃槍(ペネトレイション)。漆黒の刃がモンスターの胸部中央に突き刺さる。肉を穿つ感触に次いで硬質な何かを砕いた手応え。

 シルバーバックは限界まで両目を剥いて背中から地面に倒れ込む。

 

「──⁉︎」

 

 突貫の勢いを殺しきれなかったベルが空中に舞う。速度制御や受け身など意識の埒外にあり、最後まで眼前の敵を貫くことしか考えていなかった少年の体は実物大の人間砲弾と化して空中にて綺麗な放物線を描き──間を置かずに墜落した。

 

「ぐえっ⁉︎」

 

 地面を派手に転がること七回。ようやく止まり、仰向けの態勢になったベルはしばし悶絶した後にハッと目を見開き後方を振り返る。

 通路の真ん中で大の字に転がったシルバーバック。短刀が胸に突き立てられているモンスターは時を止めたままやがてボロリと体の一部を崩す。

 魔石を破砕された肉体は灰へと還り、風に乗ってその姿を跡形も無く消滅させた。

 

『─────ッ‼︎』

 

 歓喜の声が迸った。二人の戦いを見守っていたダイダロス通りの住民達による惜しみ無い歓声。迷宮街の一角は闘技場にも負けず劣らずの熱気に満ち溢れていた。

 それを見たベルの顔にも笑みが浮かぶ。『やりました』と通路の奥にいるヘスティアに笑いかけようとして──路上に倒れている小さな彼女を発見した。

 

「神様っ⁉︎」

 

 蒼白になったベルは《ヘスティア・ナイフ》を回収して彼女の元に駆け寄る。

 力無く横たわる彼女の目の下にある盛大な隈に最後まで気が付かないまま、大歓声に祝福されながらもベルは彼女を抱いて一目散に走り出した。

 

 

 

 

「⋯アレが、フレイヤ様が見初めた冒険者か」

「おや、不満ですか?」

「⋯いや」

 

 口では否定しているが、その表情は納得しきれていないのが丸わかりだ。

 それもそうだろう。先ほどの戦闘は技も何もあったものじゃ無い稚拙さ。確かにLv.1の冒険者としてはアレが妥当かもしれない。

 事実、自分達もあれくらいの頃があった筈だ。だが人は強い立場に立った時に、弱かった頃を忘れて昔の自分と同じ弱き者を平気で見下せる生き物である。

 皆が皆とは言わないがそういう性質が強いのも事実。隣にいるオッタルも僅かながらも()()なのだろう。しかし──。

 

(俺にはそうは思えないですね。寧ろ、彼の戦う姿に魅せられてしまいます)

 

 心がざわめく。血が滾ってくる。叶うのならば肩を並べて戦ってみたいとすら思えてくる。もしかして。もしかしてこれは──。

 

「恋、なのでは⋯」

「アホですか、アホですね、アホなんでしょう」

 

 三段論法の如く、流れるように俺を罵ったのは最愛の人(リュー)だった。

 

「分かっていますよ。リューが近づいて来るのを感じたので、少しからかってみようと思いまして」

「そんなことだろうと思いました。ルークはアホですから」

「アハハ、流石に酷過ぎやしませんか?」

 

 結構辛辣な言葉なのだが、昔から言われているのでもう慣れてしまった。別に俺はMでは無いので快感などは感じないが不快にもならない。

 寧ろこれぐらい言い合える仲だと実感出来て嬉しい。あ、嬉しいのは言い合える『関係』のことであって言われた『言葉』に関してでは無いから本当に誤解しないでね。

 

「それより、リューは俺に用事があったんですか?」

「はい。ルークに伝言を頼まれているので探してました」

「うわ、嫌な予感がしますね。⋯因みに誰から頼まれました?」

「団長からです」

 

 あ、これは俺が鎮圧作業をサボっていたのがバレているパターンじゃないですか。きっと団長の用事はお説教でしょう。

 確かにベルの戦闘を見学する為にサボってはいましたがそれは俺にとって結構重要な任務だったんですよね。俺は彼を見極める必要がありますから。そもそも団長は俺に対して少し厳しいんですよ。問題児なら他にもベートとかベートとかベートとか某アマゾネスが居るじゃないですか。そんなことだから──。

 

「ルーク、内心で愚痴ってないで早く行きますよ」

「分かってます。それじゃあオッタル、また今度」

「⋯ああ」

 

 俺を見るオッタルの目は俺に同情するかのような哀しそうなモノだった。──この日見たオッタルの憐れみの目を俺は一生忘れない。

 付け加えるならば、この後に見た団長の笑いながらキレている表情も忘れることは無いだろう。あと正座の地味なツラさも。

 

(しかし、それらを含めてもあの戦闘を見れた価値の方が上です。お陰で見極めも出来ました)

 

 たとえ同情の目で見られようが、怒られようが、正座させられようがこう言い切れるほどに価値があった。

 リヴェルークによるベルの見極めは終わった。今なら確信が持てる。ベルはきっと、あの英雄の子供であると。

 結論が出たならば残すは一つ。それは──。

 

(本人との接触のみ、ですね)

 

 今代の英雄と、英雄への切符を自らの手で掴みかけている少年の再度の邂逅がわりと近いことなど、当然ながらリヴェルークは知る由も無い。

 

「おい、リヴェルーク。姉のありがたい話の途中で考え事など、まさかしていないだろうな?」

「はい、勿論でございます」

 

 ──ああ。折角団長からついさっき解放されたばかりなのに、今度は姉上に捕まることになるなんて不幸過ぎるだろう。




今回はここで切ります。次回もなる早で更新致しますのでお待ち下さい!


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15話 事件後の一悶着

また更新が遅れてしまった_:(´ཀ`」 ∠):

先日ランキング9位と14位に入りました!評価してくださった人、ありがとうございますm(__)m
低評価だろうと高評価だろうと、自分の拙作をわざわざ読んで評価してくださったことに変わりはないのでありがたいです!

今後とも宜しくお願いします(*´-`)


 俺は先ほど、ようやく姉上の説教から解放された。一日で二人から連続して説教を受けるなんてとんだ厄日だ。

 

「リヴェルーク様、ありがとうございます!」

「いえいえ。同じファミリアなのですから、これくらい当然ですよ」

 

 内心にて抱える鬱憤を悟られぬように笑いながらレフィーヤに応じる。

 現在リヴェルークは『顔の無い蛇』との戦闘にて負傷したレフィーヤの治療に当たっていた。

 団長と姉上からの説教が予想してたより早く終わったので、その辺をフラフラしていたらレフィーヤがこれからギルドの治療を受けるという場面に出くわしたのだ。俺の治療魔法の方が多分手っ取り早いだろうし、頑張った後輩を褒めるついでに治療を代わってもらったというわけだ。

 

「レフィーヤの活躍は聞きました。凄かったみたいですね」

「い、いえ!自分なんてまだまだです!寧ろ、アイズさん達の足を引っ張ってしまって⋯」

 

 普段ならそこで終わる筈のレフィーヤの返答。しかし今回の彼女は自虐して終わりではなかった。

 でも──、と少女は続ける。

 

「もう、助けられるだけなんて嫌なんです」

「──そうですか」

「あ、生意気なこと言ってしまってごめんなさい!」

 

 あたふた、という擬音を体現するかの如く身振り手振りを交えながら謝罪をする彼女を見て微笑ましい気持ちになりつつも、先の戦闘を経て彼女が確かに一歩成長したことを感じた。何故なら『助けられるだけなんて嫌』と言った彼女の瞳はソレを感じさせるほどに真っ直ぐなモノだったから。

 

「──これで良し。レフィーヤ、治療が終わりましたよ」

「ありがとうございます、リヴェルーク様!」

 

 そう言いながら律儀に頭まで下げるレフィーヤ。──本当にええ子や。この子の爪の垢を煎じてベートに飲ませてやりたい。

 遠征なんかをすると当然ながらベートでも負傷をする。そん時は俺もベートの傷を癒したりするのだが、ベートは礼も言わずに再度敵に突っ込んでいくからね。あのバカにはレフィーヤの態度を見習ってもらいたいよ。

 

「それよりも、やっぱりレフィーヤは堅いですよ。俺のことは『ルーク』で良いですからね」

「いえ!そんな、畏れ多くて呼べません!」

「うーん。()()()()()戦う仲間なんですから、畏れ多いとか思う必要は無いと思いますよ?」

 

 何気無く放った一言。しかし、その言葉はレフィーヤがずっと欲して止まなかった言葉である。故にそんな言葉をオラリオ最強たるリヴェルークから掛けられたことに多少面食らったが何とか気持ちを整えて返答する。

 

「──っ⁉︎はい、分かりました!」

 

 お?いつも通り断られるかと思ったのだが意外なことに了承してくれた。なんだろう、心境の変化でもあったのかな?

 ──当然ながらレフィーヤの心境などリヴェルークは理解出来ていない為に少女が何故素直に頷いたかなど知る由も無い。

 

「取り敢えず、ここで気長にティオナ達の帰還を待ちましょうか」

「はい!」

 

 レフィーヤから聞いたところ、彼女達はモンスターの刈り残しがいないかを捜索しに行ったようだ。もう少ししたら戻って来ると思うのでここでステイしておく。

 

 

 

 

「──それでですね、()()()()が言ってくれたんですよ!私が『肩を並べて戦う仲間』だって!」

「も〜、その話は今日何回も聞いたって!」

「正確には、今ので四回目ですね」

 

 緩み切った表情を見せながらも話す様は、まるで付き合いたての恋人との惚気話をするかの如し。

 実際に惚気話の類だったなら既にウンザリしてしまうほど聞かせれているのだが、その内容が内容なので他の人も『しょうがないな』と思いながら律儀に聞いている。

 

「それで、早速愛称呼びにしたってこと?」

「まだ本人相手には呼びにくいので、何気無い会話で慣れていこうと思いまして!」

「様付けもしなくて良いと思うけどな〜」

「駄目ですよ!ルーク様は私達エルフの誇りですから!」

 

 そう言って手を腰の脇に置き胸を張るレフィーヤに同族であるリューだけが何度も首肯して同意を示すが、それ以外のいつもの面々は『また始まったよ』と言いたげな表情を見せる。

 しかしそれは口に出さない。リヴェリアやリヴェルークがあまり気にしないので忘れがちだが、彼女達エルフにとって王族(ハイエルフ)は尊崇の対象であるのが分かっているから。

 

「けど、あの二人ってエルフじゃ無い私達からしたら『近所の凄い姉弟』って感じよね」

「だよね〜!リヴェリアもリヴェルークもわりと緩いからな〜。特にリヴェルークが」

「⋯傲らないのが、良いところだよ」

「ルークさんに関して言えば、見てくれと挙動だけならただの優男だしね」

 

 などと好き勝手に抜かすロキ・ファミリアのエルフ以外の女子メンツ。アイズやアナキティ(後半二人)は褒めてると言えるのだが、アマゾネス姉妹 (前半二人)は微妙なところだ。──いや、寧ろハイエルフ至上主義者とも言えるほどの一部の信者が聞いたらガチギレ案件かもしれない。

 

「昔のルークさんを知ってるリューさんからしたら、今のルークさんって特に変わってないんですか?」

「そうですね。態度だけなら変わってないと言えるでしょう」

 

 ──そう。態度だけなら。

 昔から彼はそうだった。初めてダンジョンで会った時も、共にダンジョンに潜った時も、闇派閥との戦闘において共闘した時も、私が復讐にかられた時も。常に優しく紳士的。しかし真剣な時に見せる表情はより一層彼の魅力を引き立たせる。

 

「態度だけなら?」

「はい。強さへの熱意などは、寧ろ昔の方がありました」

『へぇ〜』

 

 彼はリューにとって憧れの存在だった。昔から近くで見ていた。だからこそ分かる。今の彼からはそんな熱意が欠けてしまったことに。

 

(いえ、少し違う。彼も歳をとって落ち着いたということですね)

 

 昔のひた向きな姿勢も好きだが、今の落ち着いて大人びた雰囲気の彼も当然ながら好きだ。──と、そこまで考えて自分がいつの間にかリヴェルークの好きなところ告白しかしていないことに気が付く。

 

「リュー、顔真っ赤っかだよ〜?」

「なっ、何でもない。気にしなくて良い」

「え〜?ホントかなぁー」

「──はい、本当です」

 

 炸裂するリューお得意のポーカーフェイス。先ほどの動揺などまるで見間違いだったのかと思ってしまうほど上手な感情操作。

 だがしかし、幼い頃からなにかと世話をしてくれた彼女の頰がほんの少しだけ赤くなっていることにアイズだけが気が付いた。もっとも、この場でそれを言うのは無粋だろうと感じ取ったのか彼女がそれを指摘することは無かった。

 

「それよりさー、夕食の席にもロキいなかったね〜」

 

 ティオナが呑気な喋り方で場の話題を急に変えた。それに対してティオネが肩をすくめながらも答える。

 

「急用が出来たらしいわよ。遅くなるから、夕飯もいらないって」

「またお酒?色々とあったのに、元気だよね〜」

「もしかしたら、神同士のお付き合いかもしれませんね⋯」

 

 日が徐々に傾いていく。黄昏が静かに街を覆っていく様を眺めながらも彼女達は不気味なナニカを感じ取り表情を僅かに曇らせる。

 

 

 

 

 都市の南。魔石灯の光が氾濫する繁華街。

 夜半を迎え空が吸い込まれるような黒一色に染まる中においてその盛り場は昼間のように明々としていた。種族問わず多くの冒険者が店の出入りを繰り返しており、装備に身を固めた冒険者はもとより容姿の整った神々の姿も多く見られる。

 深夜でもこれほどの賑わいを見せる繁華街の一角に建つ高級酒場。そこの貴族の一室を思わせるほど広い個室にてロキとフレイヤは卓を挟んで腰を下ろしていた。

 

「もう、こんな時間に呼び出して、今度は何の用?」

「薄々感づいてるくせによく言うわ」

 

 杯を手に酌み交わす女神達はどちらも笑みを浮かべている。フレイヤは瞑目した余裕のある笑みを。ロキはニヤついたいやらしい笑みを。

 

「今日のフィリア祭の騒ぎ、起こしたのは自分やな」

「あら、証拠でもあるのかしら?」

「そんな馬鹿の一つ覚えみたいな言い回しすんな。あんな状況や、自分しか出来る者はおらんやろ」

 

 ──魅了のオンパレードなど寧ろ正体を掴んでください言うてるもんや。

 と、確信めいた口調でロキはフレイヤに詰め寄る。

 

「ガネーシャのとこの子もギルドの連中も魅了して、腑抜けにして見張りをあっさり往なしたんやろ?」

 

 美神フレイヤの《美》は万人を魅了してのける。理性が太刀打ち出来ないその力は凡そ全ての生物の本能を揺さぶり、ある時は恍惚からの放心状態を意図的に喚起し、またある時は一方的に対象を美の虜にしてしまう。

 超越存在(デウスデア)たる神々でさえも誘惑しうる女神の《美》に抗える下界の者など殆どいないだろう。そしてそれはモンスターでさえ同様だ。

 

「外に出たモンスターは誰も傷つけてへん。ちゅうより、()()を探し出そうと躍起になっておった。大方、骨の髄まで魅了されて、どっかの色ボケ女神以外のものが目に入らんかったんやろうな」

 

 人を一度も襲おうとしなかったモンスターの奇行や状況証拠を踏まえて、ロキはそう結論づける。

 

「あんな大事起こしといて死人無しなんて芸当、自分以外に誰も出来へん。何がやりたかったのかは良く分からんけどな」

「⋯ふふっ、そうね。概ね貴女の言う通りよ」

「ほほう、殊勝な態度やな」

 

 あっさりと己の推理を認めるフレイヤに対してロキはいやらしそうな笑みをより一層酷いものにする。

 

「ギルドにチクったろうかなぁ〜?罰則(ペナルティ)は相当かさむこと間違いなしやろうなぁ〜?」

 

 隠しもせずに脅しをかけてくるロキだったが、しかしフレイヤは微笑を崩さなかった。閉じていた瞼を開けて余裕の理由たる言葉を告げた。

 

「鷹の羽衣」

「⋯はっ?」

「貴女に貸したあの羽衣、まだ戻ってきていないわ。私をギルドに売るんだったら、その前に返してくれない?」

「なっ、あれは天界にいた時に頂いたゲフンゲフンッ!か、借りたやつやぞ⁉︎今更もう時効やろ⁉︎」

「私の知ったことではないわ。勿論、女神ともあろう者が約束を反故にするとは言わないわよね?」

 

 微笑を保ちつつ眼差しだけが鋭さを帯びたフレイヤの表情にロキはたじろぐように声を詰まらせる。

 

「いや、でも。あれ⋯うちのオキニやし、今更返せって言われても⋯」

「そう。なら代わりに、リヴェルークを私にくれるなら良いわよ?」

「なっ──⁉︎」

 

 その要求は想定外だった。

 

「それだけは絶対にアカン!」

「もし、今日のことを黙ってくれるなら。いえ今後の私の行動に目を瞑ってくれるなら⋯羽衣もあげるしリヴェルークも求めないわ」

「この性悪女っ!昔のことやら眷属やらを引きずり出しおってっ!」

「ゆすろうとする貴女も大概よ。それで、どうかしら?」

 

 クスクスと面白そうに肩を揺らすフレイヤを見てロキはあからさまに不機嫌な顔で背に体重をかけた。豪華なソファーが彼女の身体を柔らかく受け止める。

 

「ったく、ホンマ腹立つなー。うちの可愛い子達はけったいなモンスターの相手させられて、損な役回り押し付けられたんやぞ。ちょっとは溜飲下げんとやってられんわ」

「⋯⋯?」

 

 キョトン、と。美の女神に似合わない、どこか愛嬌のある表情を浮かべるフレイヤに対してロキは眉をひそめる。

 

「なんや、その顔は。しらばっくれるつもりか。おったやろ。二匹の蛇みたいな花みたいな、気色悪いモンスターが」

「⋯私が外に放ったのは九匹だけよ?」

「⋯嘘こけ、十一の間違いやろ」

「本当よ。貴女とガネーシャの子を足止めするだけが目的だったんだもの、イタズラに被害を広めるつもりは無かったわ」

 

 両者怪訝そうな顔を浮かべる。この時になって彼女達は服のボタンを掛け間違えていたかのような話の内容の食い違いに気付く。

 

「⋯じゃあ、あのモンスターはなんやったんや」

「さぁ?私には、貴女の言うそれが何であるのかも分からないし」

 

 言葉が途絶える。顔を見合わせたままロキとフレイヤの間に奇妙な沈黙が落ちた。




今回はここまでです。
なにやら不穏な感じが仄かに漂ってきましたね(棒)

次回も宜しくお願い致します!


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16話 リヴィラの異変

更新です、お待たせしました。
お気に入り登録1350突破です!ありがとうございますm(__)m

感想にてご指摘があった為、少し文章を加筆しました。


 五十人以上の団員が一斉に食事をとる大食堂の一角にて、いつもの四人メンツの内の三人が固まって談笑をしている。

 アイズからもらったサンドイッチをひょいっとつまみながらティオナはアイズに尋ねた。

 

「アイズ、今日は何かする予定あるの?」

「ん、と⋯。一昨日、剣を壊しちゃったから、弁償しないといけなくて⋯」

 

 ──その額、実に四千万ヴァリス。

 それを聞いたティオナ達は納得する。昨日ティオネを加えた四人でゴブニュ・ファミリアを訪れた際に、アイズは整備を頼んでいた愛剣《デスペラード》を受け取ると同時に破損した代剣──細剣(レイピア)を返却する為に持って行ったのだが、その時彼女が目に見えて分かるほどに落ち込んでいたのだ。

 それもそのはず。四千万ヴァリスという額は第一級冒険者にとっても一苦労するものでありダンジョンにしばらくこもらなくてはいけない。

 

「じゃあ、あたしも行くよ!アイズのことだから、一週間くらいダンジョンにこもるつもりなんでしょ?」

「でも、ティオナ⋯」

「大丈夫、大丈夫!あたしだって作り直してもらった大双刃(ウルガ)のお金、用意しないといけないし」

「わ、私もお邪魔で無ければ、お手伝いさせて下さい!」

 

 一緒に資金稼ぎをしようとティオナが提案し、それに負けじとばかりにレフィーヤも協力を申し出る。

 自分の不始末にティオナ達を巻き込んでしまうのはアイズとしては心苦しい思いだったがこう頼み込まれては断り切れない。

 何より二人のその善意が純粋に嬉しかった。

 

「⋯うん。じゃあ、お願いするね」

「まっかせてー!あ、ホームを結構空けそうだし、フィン達に言っておかないと駄目かな?」

「そうですね。次回の遠征はまだ先ですけど、しばらくダンジョンに滞在するなら、ロキ様か団長に申請しておいた方が良いと思います」

 

 ──無断で行ったら余計な心配をかけちゃいますし、とレフィーヤはティオナの疑問に答える。

 三人で大まかな滞在時間や探索日程の話し合いを進めているうちに、周囲では食事を済ませて席を立ち上がる者が出始めた。

 このまま居座るのも片付けの邪魔になると思った三人も彼等にならって席を立とうとした丁度その時。

 

「あんた達、さっきから何話してるのよ?」

「あ、ティオネさん」

「三人で一週間くらい、ダンジョンにお小遣い稼ぎに行こうかなーって。ティオネも行く?」

 

 先ほどまでフィンに、自身の手料理を半強制的に食べさせていたティオネが三人のもとにやって来た。

 全て食べ切れないと固辞された巨黒魚(ドドバス)の丸焼き──思い人の食べかけ──を完食した彼女は中々どうしてご満悦そうだったが、ティオナの口から資金集めの話を聞いた途端に顔をしかめた。

 

「一週間?嫌よ、そんなに団長のお近くに居られないなんて」

「どうせだからフィンも誘ってみようかなー」

「──しょうがないわね、私も付いて行ってあげるわ。感謝しなさいよ」

「やっぱりチョロ〜」

 

 策士ティオナのたった一言で四人目の同行者も難無く決まった。

 

 

 

 

「──というわけなんですけど、もしよろしければ団長も一緒に行きませんか?」

「それはまた、楽しそうなお誘いだね」

 

 執務室にて行っていた仕事を一区切りさせたフィンに、ティオネがずいと前に出ながらも説明する。

 まるで『団長への説明は自分の役目だ』と主張するかの如く振る舞いに苦笑いしながらもティオナ達はフィンの返答を待つ。

 

「僕もそろそろダンジョンにもぐろうと思ってたからね。折角だし一緒に行かせてもらおうかな」

「じゃあフィンも決まりねー!」

 

 派閥の首領として遠征では常に団員達を統率する身であるが故に、私的な迷宮探索も時には楽しみたいとフィンは笑う。

 こうしてフィンが同行することになり、自動的にティオネの参加も確定した。

 

「折角だし、リヴェリアもどうだい?最近は雑務に追われていただろう?」

「⋯そうだな、私も行かせてもらおう。私達が留守の間は、悪いがガレスに任せるか」

 

 フィンの執務室で彼の仕事を手伝っていたリヴェリアの参加も決定し、レフィーヤを除いた六人中五人が第一級冒険者という豪華なパーティが出来上がった。

 

「あ、どうせならリヴェルークとリューも誘ってみよっか!」

「それは良いですね!」

「二人はきっと来れないだろうな」

 

 ティオナが二人を探そうと提案するも、リヴェリアがハッキリとした口調で断定する。

 

「え〜⁉︎どうして?」

「あの二人は用事があると言っていたからな」

「む〜、そっかぁー。でも、いきなりだったし仕方ないか」

 

 リヴェリアの言葉を聞いてあからさまに落ち込んだティオナだったが、そこは流石の第一級冒険者。即座に気持ちを切り替えて前向きになる。

 

「あ、このことベートには内緒ね!聞いたら絶対付いて来るし、付いて来たらうるさいし」

 

 ティオナは意地の悪い笑みを浮かべながらも釘を刺す。

 フィン達は苦笑を浮かべつつも、いっぺんに派閥の主力が出払うのも考えものなので異議は挟まなかった。

 

「それじゃあ、各自準備を行って、正午にバベルに集合といこうか」

『おー!』

 

 

 

 アイズ達は予定通り正午頃にバベルを発った。

 ダンジョンに入ると早速とばかりに『ゴブリン』や『コボルト』が現れる。道すがら前衛に配置されているティオナとアイズが出会い頭にモンスターを瞬殺すれば、敵わないと悟ったのか彼女達の前に立ち塞がるモンスターは激減していった。

 そうしてアイズ達はあっという間に《上層》を越えて《中層》の17階層半ばまで足を進めた。

 

階層主(ゴライアス)居ないけど、誰か倒しちゃったのかな?」

リヴィラ()の冒険者が総出で片付けたみたいだよ。交通が滞るからって」

 

 大人数のパーティでも通行が可能な洞窟状の巨大通路を経て、アイズ達は17階層最奥にある大広間に到着する。

 会話をするティオナとフィンの視線の先に冒険者の行く手を阻む『迷宮の孤王(モンスターレックス)』の姿は無く、代わりに『ミノタウロス』を始めとしたモンスター達が広大な空間にのさばっている。

 襲いかかってくるモンスターの一切合切を軒並み倒しつつも歩を進め、ややあって大広間の奥の壁にポッカリ空いた洞窟──次層の連絡路へと進んだ。

 

「ん〜、ようやく休憩ー!」

 

 傾斜を描く洞窟を抜けたティオナが一段落とばかりに伸びをする。

 18階層に降り立ったアイズ達を迎えたのは頭上よりそそぐ暖かな光。そして木々が疎らに生えた森の入口だった。

 モンスターが溢れる地下迷宮に相応しく無いほどの穏やかな光と清浄な空気。アイズ達が以前の遠征の際に利用した50階層と同じ、ダンジョン内に数層存在する安全階層(セーフティポイント)だ。

 

「ねぇねぇ、どうする?このまま19階層に行っちゃう?」

リヴィラ()に立ち寄る方が先よ。ここまで来る途中で集めたこのドロップアイテムを売り払っておかないと、どうせすぐに荷物が一杯になるわ」

 

 アマゾネスの姉妹が会話を交わす中、一行は現在地である南の森から階層の西部──ダンジョン内に存在する街へと進路をとった。

 その街は大陸の片隅を切り取ったかのような高く巨大な島の頂上付近に築かれている。

 木の柱と旗で作られたアーチ門が記す名前は《リヴィラの街》。中層域に到達可能な限られた上級冒険者が経営するダンジョン内の宿場町である。

 

「あの、前々から気になっていたんですけど⋯。門に書かれている三百三十四っていう数字って、もしかして⋯」

「ああ。リヴィラの街が再築されてきた数だ。今は三百三十四の代。つまり過去に三百三十三回壊滅してきたことになる」

「さ、三百三十三回⋯⋯」

 

 リヴェリアの返答に、アーチ門を見上げるレフィーヤは呆然とする。

 モンスターが産まれない安全階層とはいえ、ここはダンジョンである。突発的な異常事態がいつ何時起こるとも知れない。──事実異常事態が発生する度にリヴィラの街は崩壊してきた。

 そんな中、冒険者達は危機を悟ればこの街をあっさりと放棄して地上へ帰還する。

 そして全てが打ち壊された後に再びこの階層に舞い戻って街を作り直すのだ。

 

「取り敢えず魔石やドロップアイテムを引き取ってもらって、それから⋯って、リヴェリアどうしたの〜?」

 

 街に足を踏み入れた一行はこれから何をするか確認していたのだが、リヴェリアが一人黙り込み街を見回していることに気付く。

 

「街の雰囲気が、少々おかしい」

「そういえば、いつもより人が少ないような⋯」

 

 リヴェリアの言葉を受けて他の五人も周りを見渡す。

 確かにすれ違う人がいつもより少ない。街の入り口付近では気にならなかった人気の少なさも、街中の広場に差しかかると流石に違和感を抱くようになる。

 ここは安全階層唯一の街ということもあって19階層以下を探す際の拠点にする冒険者が数多く存在する。常に賑やか、までとはいかないが雑踏とざわめきが絶えないダンジョンの街は、今は閑散と言っていいほど静かだ。

 

「えーと⋯⋯どうする?」

「一先ず、何処かのお店に入ろうか。情報収集も兼ねて、街の住人と接触してみよう」

 

 フィンの提案を受けた一行は広場から移動する。

 良く見れば商品を放ったらかしにして空けられている店も少なくない中、ようやく天幕で出来たとある買取り所に店主の姿を発見した。

 

「今は大丈夫かい?」

「ん?──おお、ロキ・ファミリアじゃないか!客かい?」

「少し聞きたいことがあってね。街の様子がいつもと違うようだけど、何かあったのかい?」

「⋯あぁ。あんた達、今街に入ったばかりなのか」

 

 店主は渡された魔石やドロップアイテムの鑑定をしながらもフィンとの何気ないやりとりに応じる。

 フィンが核心を突く質問を投げかければ、店主は辟易したように言葉を絞り出した。

 

「⋯殺しだよ。街の中で、冒険者の死体が出たらしい」

 

 フィンを含め、アイズ達は目を見開いて驚きを露わにする。──そして感じ取った。何か嫌なことがこれから起こりそうな、嵐の前触れとでもいうかのような予兆のようなものを。

 そんな予感が当たることになるなど、今の彼等には知る由も無いことであった──。

 

 

 

 

「ごめーん!義兄さん、姉さん、お待たせ!」

「焦らずとも大丈夫です。急ぎの用事というわけでも無いですから」

「一応俺からも、ミアさんに理由を話しておきましたよ」

 

 中央広場(セントラルパーク)にて、顔まですっぽり覆うコートを着用している不気味な三人組が隅っこで会話を交わす。

 そんな場面を多くの冒険者が怪訝な表情を浮かべながらも、三人を横目に見るだけに留めてダンジョンへと足を運んで行く。

 彼等は夢にも思うまい。自分達が不躾な視線を投げつけた三人組の内の一人が世界的に有名なオラリオ最強の冒険者であることなど。

 

「それじゃあ、行きましょうか。リュノ、お供え物は忘れていませんよね?」

「うん!忘れたらファミリアの皆に怒られちゃいそうだからね」

 

 そう言ってリュノ──リューの妹──は後ろ手に持っていた美しい花や様々なお酒が入った小鞄(ポーチ)をリヴェルークに見せる。

 

「ダンジョン内のモンスターは、俺が威圧して追い払います。それでも襲ってくる敵に限り、倒していくという方針にしますか」

「そうですね。その方が効率も良いでしょう」

 

 上層でさえ苦戦してしまう新人冒険者や中層の攻略法を必死に考えている冒険者が聞けば呆気にとられてしまいそうな方針ではあるが、こうしてダンジョンの攻略方法も決まった。

 後はダンジョンの18()()()()()()()戦友達の元を訪ねるだけだ。

 

「この格好で広場に長居していたら目立ってしまいますし、そろそろ行きましょうか」

「はい、そうしましょう」

 

 どこか悲しみを帯びた表情を浮かべながらも、三人も周囲の冒険者と同じくダンジョンへ足を運ぶ。

 彼等が目指すのは18階層。そこに何があるのかは、オラリオ広しといえどもこの三人しか知っている者はいない秘密の場所である。

 ──道中で現れたモンスターは方針通りにリヴェルークの威圧で追い払いながら、まるで遠足のように気楽に歩を進めて彼等は目的地に到着した。

 

「予想よりも早く着きました」

「ルークの威圧が効き過ぎたようですね」

「義兄さんの威圧、上層や中層程度のモンスターには耐えられなかったんだろうなー」

 

 リヴェルーク・リヨス・アールヴは過去に60層まで一人で攻略したこともあるオラリオ最強の冒険者だ。

 そんな怪物の威圧など、上層や中層のモンスターにとって己が死を予感するには充分なものなのだ。故にモンスター達は襲いかからない。彼等の本能が襲うという選択肢を強制的に排除させるのである。

 

『⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯』

 

 目的地が近づくにつれて三人の間に会話も無くなっていく。

 別に話す内容が浮かばないというわけでは無い。三人が三人とも、様々な感情が勝手に溢れてしまい会話どころでは無いのだ。

 ──悲しみ。怒り。苦しみ。情けなさ。様々な感情が湧き上がる。

 それらをなんとか制御しながらも歩を進め、木々のトンネルをくぐった先にある細い木立と水晶に囲まれた狭い空間にて立ち止まる。──そこにあったのは墓場だった。木の一部を紐で結んで作られた十字の墓がいくつも並んでいる。

 三人は十以上ある墓の一つ一つに持ってきた白い花を添え、お酒を順々に飲ませていった。

 そうして最後の一つ。アストレア・ファミリアの団長であったアリシア・ティルフィの墓にも供え物をした三人はエルフの里に伝わる死者に対する敬意を表する時に用いる捧剣──胸の前で己が武器の切っ先が天を衝くように構えて目を閉じ、祈りを捧げる行為──を行う。

 先程制御した様々な感情が再び三人の心の中で浮かんでは消えていく。

 ──どれほどそうしていただろうか。しばらく目を瞑っていた三人だが、誰とはなしに構えを解いて目を開く。

 

「お久しぶりです、皆さん」

 

 リヴェルークの悲しげな声が狭い空間にて確かに響く。リューとリュノは何も喋らない。だが、そんな彼女達の様子が余計に悲しい空気を増幅させていた。

 彼等三人の用事はお墓参り。かつて救えずに散った戦友達に対して自分達に出来るせめてもの償いであった──。




捧剣については完全にオリジナルとなっております。
次話はなるべく早く更新したいと思います!

感想や評価、宜しくお願い致します( ̄^ ̄)ゞ


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17話 もたらされた凶報

サブタイトルに数字がついてある話は全て編集しました。
主に会話文の最期の句点の全削除、地の文の読点の一部削除、文章の若干の変更です。


 店主から殺人事件の大まかな話を聞いたフィン達は現場である《ヴィリーの宿》の側まで来たのだが、案の定宿の前には人集りが隙間無く密集していた。

 それを見て『さて、どうしたものか』とフィンが困ったように呟くのを聞いたのなら、フィン・ディムナ第一主義者の彼女が黙っていられる筈も無く──。

 

「ちょっとあんた達、退きなさいよ!退きなさいって!──退けって言ってんだろーがっ!」

「ヒッ、ロキ・ファミリア⁉︎」

 

 ──ティオネの形相と叫びを浴びせられた冒険者達が一斉に左右に割れる。

 怯えながら道を開ける彼等にどうにも気まずいものを覚えつつ、一行は逸るティオネを先頭に人混みを進んだ。入り口に立っていた見張りの冒険者数名をフィンが丸め込んで中に入る。

 

「うわっ、ひっろいな〜」

 

 天然の洞窟を宿屋にしているヴィリーの宿は、アイズ達が五人横に並んでも優に移動出来るほど広い通路が曲がりくねった状態で奥へと続いている。頭上も高くて洞窟特有の閉塞感はそこまで感じない。

 しばらく歩くと、とある一室の入り口にだけ冒険者が三人待機しているのが見えた。狼狽える彼等に頼み込んで中に踏み入らせてもらったのだが。

 

『⋯⋯⋯っ!』

 

 部屋に入った皆が一瞬言葉を失う。第一級冒険者である彼等でさえ()()なってしまうほどに凄惨な光景が広がっていた。

 血をぶちまけたかのように真っ赤に染まった部屋。床に転がっているのは頭部の無い男の死体。恐らく大量の血の海に浮いているのは肉片と脳漿だろう。

 

「ぐろ⋯⋯」

「あぁん?おいテメェ等!ここは立ち入り禁止だぞ⁉︎」

「やぁ、ボールス。悪いけど、お邪魔させてもらっているよ」

 

 怒るヒューマンの男に対して、フィンは勝手知ったる様子で話しかけた。それに対してボールスは不満気な表情を見せる。

 ──ボールス・エルダー。このリヴィラの街で買い取り業を営む上級冒険者である。

 リヴィラの街はギルドの息がかかった者や領主など存在しないならず者達の街(ローグ・タウン)であり、ここで大きな顔をする為に必要なのは他者を黙らせる腕っ節だけだ。純粋な強さが地位と直結するこの街において唯一のLv.3であるボールスは緊急時に街全体を取り仕切る立場にある。

 故に横から突然自分を飛び越える強さを持つ一行が現れて『それが当然』と言わんばかりにこの場に顔を出していることが不満なのである。

 

「ちっ、仕方ねぇ。協力は認めるが、俺のやり方に文句は言うんじゃねぇぞ?」

「分かってるよ。僕達は現場を仕切りに来た訳じゃ無いからね」

 

 だが私情でロキ・ファミリア一行の協力を拒むことがどれ程愚かしい行為かを理解しているボールスは悪態をつきながらも彼等の協力を認める。

 粗野な物言いが目立つ彼だが、これでも街のトップに長年立っているだけの器はある。

 

「それで、現状分かっていることを聞いても良いかい?」

「ああ。殺られたのは男で、昨日の夜に女連れで宿を貸し切らせてくれって頼まれたんだ」

「たった二人なのに客室を全て貸し切り⋯⋯あぁ、()()()()ことか」

「この宿にはドアなんて気の利いたもんは無ぇからな。喚けば洞窟中にダダ漏れだし、やろうと思えば覗き放題だからな」

 

 その言葉がナニを意味するのかを察したレフィーヤは顔を赤らめる。それ以外の女性メンバーは表情一つ変えることはないが。

 

「⋯でもさぁ。自分のお店なのに、部屋で何が起きてたのかとか分からなかったの?」

「あんな垂涎ものの体付きした良い女を連れ込んで部屋から声が聞こえてきたら、嫉妬やらでおかしくなっちまうからな」

 

 ──飲まなきゃやってられないからすぐに酒場に行った、という彼の言葉は同じ酒場に居た人間が事実だと証明している。

 そこまで聞いたフィンは視線を死体に向けた。床へ脱ぎ散らかされた衣服や半裸状態の男を見るに、情事に耽ようとしていた隙に殺されたのだろう。

 

「──ボールス、大変だっ!」

「あ、どうした?頼んでた開錠薬(ステイタス・シーフ)は持って来たのか?」

「それどころじゃねぇんだ!今広場で街の者が、怪しい格好の二人組を包囲してるトコなんだ!」

「んだよそりゃあ!すぐ行く!⋯おい、フィン」

「分かってるよ、僕達も向かおう」

 

 部屋に突然駆け込んで来た男の報告を受けたロキ・ファミリアの六人とボールスは至急広場に向かう。

 数分かけて到着した時には、既に何十という冒険者が己が武器を構えて油断無く二人組を包囲していた。

 しかし彼等七人の目に映ったのは立派な包囲陣では無く、何十という冒険者から武器を向けられても尚緊張感すら無く平然としている二人組の方だった。

 

「んだよ、ありゃあ⋯っ!」

 

 彼等を包囲している冒険者は高くともLv.2だ。レベルアップを経ているとはいえ未だ経験不足は否めない。だから分からない。

 しかしボールスは街唯一のLv.3。潜った修羅場は彼等より多い。だからこそ、あの二人組が自分の強さをボカしていることに気付いてしまった。

 そして分かってしまった。──あの二人組が自分など歯牙にも掛けない強さを有していることに。

 最悪なのはそれだけに留まらない。フードを被っているから顔の全体像こそ分からないものの、僅かに金髪を覗かせている綺麗な顔の奴は細身でありながら自分の横にいるロキ・ファミリアの面々よりも存在感がある。

 ──目を離せない。アレは化け物で、今すぐこの場から逃げ出したいのに目を離すことが出来ないのだ。

 

「やぁ、誰かと思えば君達だったのか」

 

 そんな存在に対し、フィンはあろうことか友達との会話のような気楽さで話しかけた。

 これに驚いたのはボールスだ。自分でも分かるほどの怪物をフィンが理解出来ない筈が無い。内心で『何やってんだテメェ!』と叫びつつも、相手が襲いかかってこないかを心配する。

 だが彼の心配も徒労に終わる。

 

「あぁ、フィンもこの街に来ていたんですか」

 

 二人組の片割れである金髪のヤバい方が片手を挙げてヒラヒラとさせながら返答する。

 そんな様子を見たボールスは絶句した。まさかこの埒外の化物とフィンが知り合いだったとは。

 そこで冷静さを取り戻した彼はふと自分の記憶を辿る。──金髪。綺麗な顔。Lv.6のフィンすら嘲笑う化物染みた強さ。

 はて。自分の知る有名人に似たような奴が居ないかを考えて、ボールスは一人だけ該当する冒険者がいることに気が付いた。

 

「ま、まさかテメェ⋯」

「やぁ、ボールス。多分君の考えている通り、俺はリヴェルーク・リヨス・アールヴです」

「⋯リュー・リオンです」

『⋯⋯うおぉぉーーーっ!』

 

 二人が被っていたローブを脱げば、先程まで武器を構えていた冒険者達は突然の超有名人との邂逅に僅かに固まった後、揃いも揃って大切な武器を地面に放って雄叫びを上げるのだった。

 

 

 

 

「リュー、リュノ。そろそろ行きましょうか」

「⋯ええ、そうですね」

「分かった!」

 

 アストレア・ファミリアの皆に自分達の近況報告をした後、リヴィラの街に泊まることになった。

 リュノは明日も朝からお店の手伝いがあるから、と言って一人で地上に戻ってしまった。彼女はかつてLv.3の冒険者として活躍していたので18階層から地上に戻ることなど朝飯前だろう。

 実際にリュノ自身からそう言われたこともあり、俺とリューは彼女を見送った後に二人でリヴィラの街に来たのだ。

 

「いやぁ、何故かここは落ち着きます」

「フードを被ったままでも、気にせず歩けるからでしょう」

「地上じゃそうはいきませんから」

 

 なんて雑談をしながらも今日泊まる宿を探していたのだが──。

 

「うーん。街の様子が少しおかしいですね」

「彼に聞いてみます」

 

 そう言ってリューは広場の反対側から歩いてくる冒険者に近づいて声をかける。

 

「少し質問しても良いだろうか?」

 

 声をかけられたことに気が付いた冒険者は視線を向け、その目を大きく見開く。

 ──リヴェルークとリューは運とタイミングが悪かった。

 普段なら気にも留められなかったのだが、街で人殺しがあったタイミングで怪しげな格好をしていたこと。声をかけた冒険者が正義感に溢れていたこと。更に自分の考えを信じ込む癖があること。その他諸々の条件が重なり合った結果──。

 

「あっ、怪しい奴!さてはお前ら、人殺しの犯人だな⁉︎」

「ん?いや、何のことですか?」

「惚けるな!おい、ここに怪しい奴が居るぞ!」

 

 いくらリヴェルークでもこればかりは予想出来まい。状況が飲み込めず呆けている間に、何故か数十の冒険者に包囲されていた。──え?いや、ナニコレ?

 

 

 

 

「早とちりしてしまい、すいませんでした!」

「いやいや、大丈夫ですよ。ただ、次からは気をつけて下さい」

「はい、勿論です!」

 

 俺とリューが包囲された原因たる冒険者から謝罪された。別に気にすることではないし、間違いは誰にでもあるので笑って水に流す。

 そんな場面を見て誰よりも安堵したのは件の冒険者──ではなくボールスだ。

 早とちりで無罪の人間に武器を向けたのだ。しかも英雄の中の英雄に、である。流石にキレられても仕方がないと思っていたのだが、本人は気にした様子も無く笑っているのが幸いだ。

 

「フィン、貴方は街の様子がおかしい理由を知っていますか?」

「勿論、知ってるよ。その原因は見た方が早いだろうね」

 

 言うや否や、俺とリューを連れて洞窟を用いた宿に入って行く。

 一歩、二歩と奥へ進んで行くごとに何度も嗅いだことのある匂い──死臭が強くなっていく。

 

「これは⋯凄惨ですね。犠牲者の身元は特定済みですか?」

「それはこれからだ。おい、さっさと開錠薬持って来い!」

 

 ボールスが怒鳴り声を上げれば、部屋の外から汗まみれの獣人の小男が一人駆け込んで来た。

 

「やっと来やがったか!さっさと身元を特定するぞ」

「了解。しばらくお待ちを」

 

 そう言うと、小男は手慣れた手つきで作業に取り掛かる。

 溶液を垂らし複雑かつ正確な動きを刻めば如何なる神々の(ロック)でさえ解錠出来る道具を駆使し、背中に指を淀みなく走らせれば、碑文を彷彿とさせる文字群がその背に浮かび上がった。

 こういう行為をやり慣れてる感があまりにも出過ぎているほど手際が良いので、アイズを除いた女性陣は冷たい視線を向けている。

 

「ボールス、出来た」

「良くやった!⋯って、いけねぇ。神聖文字(ヒエログリフ)が読めねぇ⋯。誰かこの文字読める奴いるか?」

「気乗りしないが仕方あるまい。私が読もう」

 

 名乗り出たのはリヴェリアだ。彼女は死体の側に片膝をつき、部屋の中にいる者達に見守られながらも複雑な神の筆跡を辿っていく。

 やがて、ゆっくりと彼女は唇を動かした。

 

「名前はハシャーナ・ドルリア。所属は⋯⋯ガネーシャ・ファミリア」

「──今、何つった?」

 

 リヴェリアがそう述べた瞬間、場は水を打ったように静まり返る。そんな中ボールスは引きつった笑みを浮かべながら『信じられない』とでも言いたげに掠れた声を出す。

 

「冗談じゃねぇ──ガネーシャんとこの剛拳闘士(ハシャーナ)っつったら、Lv.4だぞ⋯」

 

 リヴェリアやボールスの口からもたらされた第二級冒険者の死。それと同時に導き出されるのは、犯人の女は少なくともLv.4以上の実力者だという事実。

 第一級冒険者に相当する殺人鬼がまだこの街に潜伏しているやもしれない可能性に、凍てつくような戦慄が走り抜けた。




大学の試験期間なので、次回の更新は月末頃になると思います。御容赦下さいm(__)m


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18話 胎動する悪意

七月末に投稿するとか言っておきながら、気が付けばもう八月。遅くなってしまい申し訳ありませんm(__)m
言い訳になりますが、途中(3、4000字くらい)まで執筆していたのに操作ミスで消してしまったのです。


 ダンジョン18階層リヴィラの街、ヴィリーの宿にて。頭部を失った遺体が晒すステイタスをリヴェルーク達はそれぞれの表情を浮かべながら見下ろしていた。

 

「ほ、本当にこの人は力づくで殺されたのでしょうか?」

「ハシャーナのアビリティ欄には《耐異常》があるから、劇毒を盛られたとしても効き目は然程無いだろう」

「故に、手段は限られるというわけか」

 

 発展アビリティである耐異常──毒を始めとした様々な異常効果を防ぐ能力項目。ハシャーナの能力高低はG。G評価の耐異常ならば例え専門家が作った劇毒でも彼の自由を奪うには足りない。だからこそ力づくで殺されたという結論に行き着いてしまう。

 そこまで議論がなされた時にティオナから『イシュタル・ファミリアの戦闘娼婦がやったのではないか』という意見が出たのだが、もし()()ならばあからさま過ぎるから恐らく違う。

 そんな議論がなされている最中にボールスの取り巻きの一人が半狂乱で叫び声をあげた。

 

「そ、それらしいこと言ってるけどなっ!今ちょうど街にやって来たって顔をして、本当はお前等の誰かがやったんじゃねーのかっ⁉︎」

 

 その発言を皮切りにボールス達から泣く子も黙る実力者集団たるロキ・ファミリア一行に疑惑の目が向けられる。

 確かに実力面で言えば、この場でハシャーナを真正面から殺せるのは彼等だけなので疑いたくなる気持ちは分かる。しかし、そんなことを言われてもリヴェルーク達にとっては全く身に覚えのない冤罪でしかない為に苦笑いを浮かべるしかない。

 

「コイツ等がやったとすると⋯⋯」

「まず、フィンはありえねぇ」

 

 そんなリヴェルーク達の気持ちなどお構い無しに、ボールス達は『ロキ・ファミリアの誰がやったか』という推測をたて始める。

 彼等はまず小柄な小人族(パルゥム)で何より男であるフィンを真っ先に除外した。この時にリヴェルークを除外しなかったのは、彼の容姿がそんじょそこらの女性とは比べ物にならないほどに整ったものだからだ。

 その後ボールス達はロキ・ファミリアの残りの面々の身体を順々に見た。目撃されている女はローブの上から見ても分かるほどに胸もとの豊かな身体つきだ。

 アイズ、レフィーヤ、リュー、と視線が移り、リヴェルーク、リヴェリア、ティオナに彼等の目が止まる。──薄い胸回り。とりわけ露出の高いティオナの胸囲をジッと眺めながら『うむ』と一様に頷く。

 

「コイツ等は無いな」

「ああ。あり得ない」

「うぎーっ⁉︎」

「⋯⋯⋯何故俺を見た」

 

 両手を振り上げ暴れようとするティオナを羽交い締めするアイズと、ショックのあまりその場で呆然としているリヴェルークの肩をポンポンと叩くリュー。

 部屋の中はカオス状態なのだが、そんなものは気にも留めずにボールス達は一人の女性冒険者に舐るような視線を向ける。

 ──深い谷間を作る豊かな双丘。キュッと締まった腰。大きく柔らかそうな臀部。ほど良い肉付きの太腿。何処を取っても垂涎ものの身体つきをした女性に思わず生唾を飲み込む。

 

「⋯⋯⋯ゴクッ」

「その身体を使えば、男なんて幾らでも誑し込めるだろうなぁ?」

「───あァ?」

 

 そんな視線や言葉を投げかけられた女性──ティオネは。目を見開き途轍も無い表情で憤怒の炎を爆発させた。

 

「私の操は団長のものだ!ふざけたこと抜かしてると、その股ぐらにぶら下がってる汚ねぇモノを引き千切るぞっ⁉︎」

 

 凄まじい罵詈雑言が炸裂する。彼女の逆鱗に触れたボールス達ばかりか、無関係のフィンやリヴェルークまで急所に手を当ててしまいそうになるほどの凄味があった。

 

「⋯あー、ボールス。ご覧の通り、彼女達には異性を誘惑出来る適性が無い」

「お、おおう。疑って悪かったな、すまん」

「もう一度この場を検証したい。物に触るけど、いいかな?」

「ああ。もう、好きにしてくれ」

 

 自分の手に負えない一件だと悟ったのか。それともティオネの怒声に怖気付いたのか。それは定かでは無いが、ボールスは呆気無く現場の指揮権をフィンに譲った。

 フィンは早速、他の皆を部屋の一角にまとめてからハシャーナの骸に手を伸ばすのであった。

 

 

 

 

「⋯で、結論から言うと?」

「ハシャーナの死因は首の骨を折られたことだ。彼の頭部はその後に破壊されている」

 

 ──それは残された骸の状態からでも判別出来ることだ。犯人はハシャーナを殺した後にわざわざ頭部を破壊している。それには何かしらの理由がある筈。

 

「それで、他に分かったことは?」

「うん。犯人はハシャーナが所持していた『何か』を奪うつもりだった。しかしハシャーナは既に『何か』を持っておらず、苛立ちから頭部を破壊したのだろうね」

「その『何か』というのが、ハシャーナのバックパックから出てきた冒険者依頼(クエスト)に書かれていたものですか」

 

 ──ハシャーナのバックパックから出てきた冒険者依頼。そこには『30階層に単独で赴き、とある荷物を回収せよ』と途切れ途切れではあったが書かれてあった。

 他には強引に引き裂かれたハシャーナのバックパック。周囲には幾つかの道具も散乱しており、焦って中身をぶちまけたというよりは何処か乱暴に物に当たっていた感情が見え隠れしている。

 

「成る程。つまり目当ての『荷物』が見つからず、癇癪を起こして死体に当たったということですか」

「それなら、確かに筋は通りますね」

「ついでに言えば、未だにガネーシャ・ファミリアが動きを見せていないことから、ハシャーナの単独行動なのは間違いないだろう」

 

 街の中でこれほど騒ぎになっているにも関わらず、派閥の者が何も行動を起こしていないところを見ればその推測も恐らく正しいのだろう。

 

「で、この街を封鎖した理由は何だ?まさか、未だこの街に犯人の女が滞在してるなんて言わないよな?」

「ハシャーナほどの人物が極秘に当たる依頼ならば、犯人の探している『荷物』はよほどの代物な筈だ」

「それに、女は殺人まで犯している。もしまだ確保出来ていないなら、手ぶらで帰るわけにはいかないだろう」

 

 ──それに、と続けて訝しげな表情をしているボールス達に対してフィンは告げる。

 

「きっと、まだこの街にいると思うよ。──勘だけどね」

 

 ペロリと親指を舐めながらそう述べるフィンの碧眼に薄ら寒いモノを覚えながらも、ボールス達はなんとか首肯を返す。

 その直ぐ後にボールスの指示の元、彼の舎弟達が慌ただしく動き出す様をリヴェルーク達は眺めていた。

 

「なんだか、凄いことになってきたね」

「ここまできたら、ハシャーナの弔い合戦ね。絶対に犯人を捕まえるわよ」

「そうですね。殺人犯を放置する理由などありませんから」

 

 物言わなくなった遺体を見つめ、そっと目を伏せ追悼の念を抱く。少し経ってから顔を上げて自分達も行動を始める。──リヴィラの街は今まさに揺れ動こうとしていた。

 

 

 

 

 ボールスによって封鎖命令が下されたリヴィラの街の中は、いつに無い騒めきと動揺が伝播していた。

 それも当然だろう。街の皆には封鎖をする際に『Lv.4の第二級冒険者が殺された』という情報が伝えられている。それが皆に不安や恐怖といった感情を抱かせている。

 皆が『広場に集合』という命令に迅速に従ったのも、『一人でいると殺されてしまうのではないか』と怯えている証拠だろう。何せ第一級冒険者に匹敵する殺人鬼が街の何処かに潜伏しているのだ。個人行動に危惧を抱くのは当然の帰結である。

 

「この人数を調べるのは大変そうだな〜」

「でも、ここから女の冒険者に絞れますからね」

「あ、そっか!ハシャーナを襲ったのは女の人だもんね〜」

「付け加えるなら、男の欲情をそそるような体の持ち主、という点だな」

 

 一先ず広場に集まった人間を男女で分け、古代に行われていた魔女狩りのように一箇所に集められた女達を男達が取り囲んでいる。

 ここで可能ならば背中のステイタスを確かめさせてもらうのが一番手っ取り早いのだが、流石にそれは情報の秘匿の規則に違反してしまう。

 それに我が物顔で調べてしまえば都市中の他派閥から反感を買ってしまうので、身体検査や荷物検査を行うしかない。

 

「フヒヒッ。そういうことなら⋯⋯女どもぉ⁉︎身体の隅々まで調べてやるから服を脱げー!」

『うおぉぉぉぉおおおおおおおおおおっ!』

 

 ボールスの要求を聞いた全ての男性冒険者達が握り拳を作りながら熱烈な歓声を上げる。中には上半身裸になって脱いだ服を振り回している者までいる。

 俄然やる気を漲らす浅ましい男達に対して『ふざけんなーっ!』、『死ねーっ!』と女性冒険者達から大顰蹙の声が飛ぶ。

 まぁそんな下衆な要望はこの場にロキ・ファミリアがいる時点で絶対に叶わないのだが。

 

「全く、馬鹿なことを言っているな。お前達、我々で検査をするぞ」

「だよね〜」

「分かりました!それじゃあ女性の皆さんはこちらに並ん、で⋯」

 

 リヴェリアの指示に従い、ロキ・ファミリアの女性陣が横一列に並んだのは良い。そこまでは良かったのだが、広場に集まった女性冒険者は一人たりともリヴェリア達の列には並ばなかった。

 リヴェリア達の視界に映るのは黄色い悲鳴を上げながら自分達の前を走り去り、とある二人の男性冒険者の前に長蛇の列を成している女性の集団の姿だった。

 

「フィン、早く調べて!」

「お願い、身体の隅々まで!」

「貴方になら調べられても良いわ!」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 ──多くの少年趣味の女性が、遠い目を浮かべる少年のような中年に目を輝かせながら詰め寄る。

 

「リヴェルーク様、早くお調べになって!」

「そのまま押し倒して頂いても⋯」

「寧ろ押し倒してください!」

「あはは、これは困りましたね」

 

 ──多くの美青年好きの女性が、困り果てたように頬を掻く金髪赤眼の青年に胸元を強調しながら詰め寄る。

 《勇者(ブレイバー)》フィン・ディムナ。《至天(クラウン)》リヴェルーク・リヨス・アールヴ。オラリオで女性冒険者人気の一、二を争うほどの第一級冒険者である。

 二人に対してのみ女性が殺到している様子を見て街の男性冒険者は死んだような顔を浮かべたり泣いていたりするのだが、取り残されたリヴェリア、アイズ、ティオナ、レフィーヤには彼等に構っている暇が無い。何故なら。

 

「あ、の、アバズレどもっ⋯!」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

「ちょ、ティオネ落ち着いてって!それにリューも、無言で人殺せる目は止めなよ〜」

 

 フィンに殺到する女性陣を見てブチ切れるティオネと、リヴェルークに殺到する女性陣を見て塵芥を見るような冷たい瞳になるリュー。この二人の怒りを何とか抑え込むことで精一杯なのだ。

 

「フィンが押し倒されたぞー!」

「いや、お持ち帰りされそうだ!」

「あ、リヴェルークが逃げた」

「その後を半分くらいの女が追いかけてくぞ!」

「──うガァァァァああああああああっ!」

 

 男性冒険者達による実況を聞いたティオネは妹の拘束を振り解き、女性集団目掛けて突撃していった。残念ながら彼女の怒りの炎を鎮めることは出来なかったらしい。

 

「あぁ、もう何が何だか⋯」

「あ、あはは。ティオネさんらしいですけどね。それに比べてリューさんは静かですけど⋯って、あれ?さっきまで隣にリューさんが居ませんでした?」

「レフィーヤが呆けてる間にリヴェルークのとこ行っちゃったよ〜」

「ほら、あっちを見てみろ」

 

 レフィーヤはリヴェリアに促された方向に目を向ける。そこでは広場に集まっていた凡そ二百の女性の半分程度がリヴェルークの後を追っていたのだが、気がつくと一人、また一人と気絶させられて倒れ伏していた。

 

「な、何が起こっているんですか?」

「何って、リューが意識を奪っている()()だよ〜?」

「あまりにも早い芸当故に、第一級でなければ見逃してしまうな」

「⋯うん、凄いね」

 

 こんな何気無い一場面でもレフィーヤは他のメンバーとの埋めがたい力の差を痛感してしまった。──愛しの彼氏の奪還(場面が場面)故に、周囲の人間にとってはレフィーヤの小難しい顔はかなり浮いた物になっているが。

 

「⋯?」

「アイズさん、どうかしましたか?」

「⋯アレ」

 

 アイズの微かな変化に、隣にいたレフィーヤだけが気付いた。アイズが見つめている視線の先には広場の中心地を愕然と見つめたまま震え、怯えている一人の犬人(シアンスロープ)の少女だった。

 彼女は後退りした後、集団の混乱を利用するように素早く広場から逃げ出した。

 

「──追いかけよう」

「は、はいっ!」

 

 その不審の身を放置するという選択肢は無かった。逃げた少女を追うように駆け出したアイズの後を、レフィーヤは必死に付いて行くのだった──。

 

 

 

 

「あーらら、騒ぎになっちゃったね〜?」

「揶揄うな。私は今すこぶる機嫌が悪い」

「でも、殺したのは早計だったんじゃなーい?」

「見られたからには口を封じる。エニュオにも、そう言い付けられている」

 

 男の喉を潰し、骨を折った感触は、未だ手の中に残っていた。指を小さく蠢かして右手を浅く開閉しながら行き場の無い感情を持て余す。

 

「探し物以外に『アリア』の件まである。ああ、面倒臭い」

「そっちは私はノータッチだから知らなーい」

「黙れ。──もういっそ、この場で皆殺しにでもしてやろうか」

 

 そんな物騒なことを隣に立つ少女にのみ聞こえる声量で呟く。それに今は馬鹿な女どもが騒ぎを起こしている為に、こちらに意識が向いている人間はいないだろうから。

 

「それはお好きにどうぞー。でも、私の標的は取らないでね?」

「そう睨むな。取りはしない」

「そっ!なら良かったわ。折角の()()との逢瀬を邪魔されたくないものね」

 

 本当にこの場で大量虐殺が起きることなど、どうでも良さげにはしゃぐ少女を見て内心で溜息をこぼす。

 

(この女の相手をするなど面倒極まりない。標的だけと言わず、満足するまで殺せば良い)

 

 この女は強過ぎるのだ。自分の力に自信はあるが、この化物の相手が務まると思えるほど自惚れてもいない。

 そこまで思考を働かせていたが、ふいに人混みの中を走る獣人の冒険者が視界を掠めた。その後を追う金髪の剣士とエルフの魔道士の姿も。

 追われ、追う彼女達からただならぬ雰囲気を感じ取る。

 

「⋯⋯行くぞ」

「ん〜?あの三人のこと追うの?」

「ああ。その方が良い気がした」

 

 怪訝そうな視線を浴びながら群衆の間を縫い、二人は少女達の後を追って広場から立ち去る。

 ──階層の上空。天井にて輝きを放つ水晶の光はゆっくりと薄れていき、街には『夜』が訪れようとしていた。




最後に出てきた二人組。一人はアニメで出た彼女ですが、もう一人は果たして⋯。

次回はなるべく早く投稿したいと思います!


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19話 降りかかる悪夢

なるべく早く更新するとか言っておきながら、大幅に遅れてしまい申し訳ないです!
今回は初の7000字超えになりました。


 18階層の水晶の空は『昼』から『夜』に移り変わろうとしていた。天井の中央に生える無数の白水晶が発光を止め、周囲の青水晶も光量を落としていく。

 

「はっ、はっ⋯⋯っ⁉︎」

 

 周囲が暗くなり足元から生える青水晶が薄っすらと輝きを放つ中、獣人の少女は錯綜する岩の路地を走っていた。

 息を切らしながら背後を振り返れば金の長髪を輝かせる剣士と山吹色の髪を揺らす魔導師が後を追いかけてきている。

 坂や階段を一息で駆け上がり獣人の持ち味である身軽さで剥き出しの岩の地面を蹴る。

 右肩にかけている小鞄(ポーチ)を揺らしながら再度後ろを振り返れば、自分の後を追っているのは杖を携えているエルフの魔導士のみ。いつの間にか金髪の剣士がいなくなっていた。

 そのことに少女は怪訝な表情を浮かべながらも曲がり角を折れて小径に逃げ込む。そこは大きな青水晶と岩壁に挟まれた谷間のような一本道であった。

 長く平らな道をひたすら走っていたのだが、ふいに少女の前方に金髪の剣士──アイズが現れた。

 

「うえっ⁉︎」

 

 行く手に立ち塞がるかの如く道の真ん中に佇むアイズを見て少女は愕然とする。

 すぐさま反対方向に逃げる為に身を転じたのだが、そちらではエルフの魔導士──レフィーヤが両手を広げて『通せんぼ』をしていた。

 少女はこの二人が誰だか知っている。それ故にこの状態から逃げ切れる気が全く起きず、その場に力が抜けたかのように座り込んでしまった。

 

「はぁ、はぁ⋯。何とか捕まえましたね、流石アイズさんです!」

「ううん。レフィーヤの、おかげだよ」

 

 息が上がっているレフィーヤと前後から挟む形で地面に座り込んだ少女をアイズは見下ろす。

 犬人(シアンスロープ)である彼女は黒い髪と頭から垂れた獣耳を生やしていた。健康そうな小麦色の肌をしており、細い手足は獣人らしくしなやかさに富んでいる。

 編み上げたロングブーツに薄手の戦闘衣(バトル・クロス)を身に付けてはいるが防具の類は装備していない。

 

「事情聴取は⋯私達がするよりも、団長達に任せた方が良いですね」

「うん、広場に戻ろう」

 

 挙動不審だった彼女を怪しい人物と睨み、アイズとレフィーヤはフィン達の元へ連れて行こうとした──が。

 

「やめてっ⁉︎」

 

 垂れた耳をピクリと動かした少女は短く叫んだ直後に涙ぐみ、顔を振り上げ懇願する。

 

「お願いっ、止めて、あそこに連れて行かないで⁉︎あそこに戻ったら、今度は私がっ、きっと私がっ⋯⋯!」

「あ、あのっ⋯」

「ちょ、ちょっと!アイズさんに何してるんですか⁉︎」

 

 縋り付くようにアイズの両腕を掴みながら少女は叫ぶ。アイズがうろたえる中、レフィーヤが慌てて引き離そうとするも『お願い、お願いっ⋯!』と少女は俯いた顔を振るばかりで掴んだ腕を離そうとしない。

 そのあまりにも必死な様子にアイズとレフィーヤは困ったように顔を見合わせる。

 

「どう、しましょうか?」

「⋯人のいない場所に連れて行こう」

「良いんですか?」

「うん。凄く怖がってるみたいだから⋯落ち着いたら、話を聞こう」

 

 怯えている少女を見つめながらアイズは提案する。確かにこのままでは埒が明かないと悟ったのか、レフィーヤも最後には納得して少女の手を取り三人で移動した。

 三人が向かったのは北西の街壁付近にある倉庫と言うべき場所だ。アイズ達より背が高い組み立て式のカーゴに囲まれる空き地のような空間にて三人は向かい合った。

 

「もう、大丈夫?」

「⋯⋯うん」

 

 レフィーヤが携行用の魔石灯を見つけ、点灯させる。カーゴの角にかけられた灯りが薄暗い周囲を照らす中、犬人の少女はアイズの声に頷きを返した。

 

「貴方の名前は?」

「ルルネ⋯ルルネ・ルーイ」

「Lv.と、所属も教えてもらえますか?」

「第三級、Lv.2。所属はヘルメス・ファミリア⋯」

 

 アイズとレフィーヤの質問に俯きがちに答えるルルネは落ち着きを取り戻していたようだった。快活そうな顔立ちは未だ曇っているが、しっかりと受け答えが返ってくる。

 そんな少女の瞳を見つめながらアイズは事情を尋ねる。

 

「どうして、広場から逃げ出したの?」

「⋯殺されると思ったから」

「何で、そう思ったんですか?」

 

 そう問うと彼女は押し黙った。そんな少女にアイズは鋭く言葉を踏み込ませる。

 

「貴方が、ハシャーナさんの荷物を持っているから?」

 

 ルルネやレフィーヤが目を見張らせる中、アイズの金色の瞳は少女が持っている小鞄(ポーチ)に向けられる。

 右肩にかけられている小鞄に反射的に手を添えたルルネだったが、やがて告白するようにぎこちなく事情を話してくれた。

 ──聞くところによると、少女はこの街にて受け取った荷物を依頼人(クライアント)に届けるように依頼されたという。

 指定された酒場にいる全身型鎧(フルプレート)の冒険者、つまりはハシャーナに合言葉を言って荷物を受け取ったようだ。

 恐らくハシャーナは依頼を完了させたことで気が緩んでしまい、まんまと女の誘いに乗って殺されたのだろう。

 

「それにしても、ただ役割を分担させるだけじゃなく別派閥の人を雇うなんて⋯」

 

 荷物を採取する者と運び屋を別個に準備する辺り、その依頼人は用意周到な人物だと言える。仮に採取した者の足取りを掴んだとしても多くの冒険者が頻繁に出入りするこの街で荷物を回されてしまえば、その行方を追うのは限りなく困難だろう。

 秘密裏の行動を徹底させていた点といい、多くの予防策を講じている謎の依頼人にレフィーヤは思わず言葉をこぼす。

 

「依頼人は、誰?」

「それが分からないんだよ。ちょっと前に、誰もいない夜道を歩いてたら、いきなり変な奴が現れて⋯」

 

 当時のことを思い出すようにルルネはアイズの質問に答える。

 

「真っ黒いローブを全身に被ってたから、男か女かも分かんなかった。最初は怪しいなって思ったんだけど⋯報酬がめちゃくちゃ良くて⋯その、前金もいい額だったし」

 

 首を手でおさえながら恥ずかしげに目をそらすルルネ。アイズとレフィーヤは、ルルネが破格の条件を提示されたことにより黒ローブの人物の前で尻尾をブンブンと振っている様子が想像出来てしまった。

 徐々に声がか細くしていく少女を前に、話を聞き終えたアイズとレフィーヤはしばしば沈黙した後に視線を交わす。

 

「アイズさん、やっぱり団長に知らせた方が⋯」

「──駄目っ!きっとハシャーナを殺った奴が、まだあそこにいる!私が荷物を持ってるってバレたら⋯」

「⋯分かった。代わりに、その荷物を渡して」

 

 アイズの要求に対してルルネは瞠目する。依頼人には『誰にも見せるな』という条件を出されていたので少々逡巡した後に、大金よりも自分の命に天秤が傾いたので大人しくアイズに小鞄の中身を差し出す。

 手渡された物は緑色の宝玉。薄い透明の膜に包まれているのは液体と──不気味な胎児だ。丸まった小さな身体には不釣り合いなほど大きな眼球と長い髪。

 謎の幼体は身じろぎ一つせずに沈黙を守っているものの、ドクンッ、ドクンッ微かな鼓動を打っている。

 

(⋯ドロップアイテム?或いは、ダンジョンの新種のモンスター?)

 

 オラリオ二大派閥の片翼を担っているロキ・ファミリアの主力であるアイズでさえ見たことの無い物だった。

 皆目見当がつかない。にも関わらず奇妙な感覚がある。宝玉から瞳を離すことが何故か出来ない。

 

(この、感じ⋯)

 

 手の中で脈打つ宝玉と同調するかのように心臓の音が速まる。胎児の眼球と視線が重なり──身体中の血が恐ろしい勢いで騒ついていく。

 

(なに、これ⋯?)

 

 鼓膜の奥で響く高い耳鳴り。ともすれば皮膚の下でみみずがのたくり回るような感覚が走り抜ける中、猛烈な吐き気が込み上げてくる。

 目眩に襲われた次の瞬間、アイズは耐え切れず膝を折った。

 

「おっと。大丈夫⋯ではなさそうですね。アイズ、少し座って休憩しなさい」

 

 そのまま地面に倒れそうになったのだが、何処からともなく現れたリヴェルークがアイズの身体を支えながら宝玉を空中でキャッチした。

 

「リュー。俺はアイズの容体を確認するので、この球体を預かってください」

「ええ、分かりました」

 

 そう言ってリヴェルークはリューに向かって宝玉を軽めで放り、アイズを地面に座らせる。

 そんな一連の流れを眺めていたレフィーヤは二人が宝玉を手に持っても特に反応がないことに首を傾げつつ、頼りになる同胞が来てくれたことに一先ず安堵するのであった。

 

 

 

 

 ──場面はリヴェルークとリューが未だ広場にいた頃に遡る。

 

「リュー、落ち着きましたか?」

「はい。その、ごめんなさい⋯」

 

 リューは俺を追っていた女性約百人全てを気絶させた後にようやく正気に戻った。

 我を失っていた時の彼女は死神でさえ裸足で逃げ出してしまいそうなほどに冷たい目をしていたが、今は目に涙を浮かべながら俺を見つめている。

 その気恥ずかしげで『やってしまった感』を漂わせる表情は中々どうしてそそるものがある。

 しかもリューは俺の右手を両手で握りながらそんな表情を浮かべているのだ。相手が俺じゃなかったらもう死んでるね。死因は尊死だわ。

 

「いえいえ、気にしなくて良いですよ。寧ろ助かりました」

 

『それに良いもの(表情)も見れましたし』とリヴェルークは心の中で呟いた。

 かつてロキは『美人の憂い顔は乙や。酒の肴や』と言っていたが、多分それよりも今のリューの方が百倍良いと思う。

 勿論ロキに見せてやるつもりは毛頭無い。リューのこんな顔を他の誰かに見せるなんてとんでもないことだからな。

 

「ところで、アイズとレフィーヤは何処に?」

「分からん。気が付いたら居なかったな」

「まぁ、きっと大丈夫でしょう」

「姉上もティオネも、それは些か適当過ぎませんか?」

 

 何せリヴィラの街には第一級冒険者と目されている殺人鬼が潜伏している可能性が高いのだ。

 アイズが負ける場面が想像しにくいとはいえ流石に二人のことを放ったらかしにしておくのはどうかと思う。

 

「フィン。俺とリューで、二人のことを探しに行っても良いですか?」

「うん、許可するよ。二人のことは任せた」

「了解です。リュー、行きましょうか」

「はい、分かりました」

 

 まぁ簡単に探すと言っても全く心当たりが無いから虱潰しに探し回るしかないか。

 こういう時ばかりはベートの鼻が素直に羨ましいよ。彼の嗅覚なら匂いを辿れば追跡なんて余裕だからね。

 

「取り敢えず、北側から探していきましょうか」

「では、手分けして探した方が良いのでは?」

「そうした方が良いのは承知しているのですが⋯その⋯」

「⋯⋯⋯?」

 

 あーもう、俺の馬鹿!言い澱んだりするからリューが少し困ってるじゃないか。

 でも面と向かって言うのは恥ずかしいんだよな。けど言わないとここから進まないよな。──よし。とリヴェルークは覚悟を決めた。

 

「こういう時に言うのは場違いかもしれませんが、その、偶には二人で行動したいんですよね⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

「や、別に、無理にとは言いませんよ?」

「⋯ふふっ」

 

 なんだか小っ恥ずかしくて声が段々小さくなってしまった。その後の台詞も何だか照れ隠しみたいだし自分で言っといて恥ずかしいわ。

 案の定照れ隠しなのがバレたのかリューにも笑われてしまった。

 

「笑わないで欲しいのですが⋯」

「いえ。ルークを笑った訳では無く、ルークの意外な一面を知っているのは私だけだと思うと、嬉しくてつい笑みがこぼれてしまう」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 今度は俺が何も言えなくなる。けど仕方ないだろう──何だこの可愛過ぎる妖精は。本当に俺と同じ種族(エルフ)なのか?

 

「ルーク、呆けていると置いて行きますよ?」

「すみません。あまりにもリューが可愛くて、つい見惚れてしまいました」

「───ッ⁉︎」

 

 ──あ、顔が赤くなった。やっぱり男なら好きな女性のこういった表情を見るだけで『うおぉぉおお!』ってなる。こんな時に不謹慎だとは思うけどね。

 内心でそう思いながらリヴェルークは優しく微笑み、リューは若干のぎこちなさと気恥ずかしさを含んだ笑みを返す。

 そんな二人の間には本来ならば割り込み不可能なピンク色の空間が広がっているのだが生憎時と場所が悪かった。

 

「さっさと出発しろっ、このバカップルめ!」

『は、はいっ!』

 

 そう。彼等はまだ広場から出発していないのだ。先ほどの二人だけの世界もリヴェリアや他のメンバーに見えている。

 丁度広場から出ようとしていたところだった為に声までは聞こえていないが、二人が手を握りあったりお互い顔を見合わせて微笑んだりとイチャイチャしている様子はしっかり見えていた。

 リヴェリアにブラコンの気質があるとはいえ彼女には誇り高い王族(ハイエルフ)として育てられた過去がある。故に彼女は時と場所に煩かった。いかに弟とはいえ見過ごすことなど出来ない。

 リヴェリアに怒鳴られた二人は元気に返事をして広場から一目散に走り去っていった。

 

「はぁ⋯。あの二人も稀にああいった行動を唐突にするから困るな」

「まぁ、あの二人が仲良しなのは伝わるけどね〜」

「でも、あの場面なら抱きついても良いくらいよ!」

「ティオネの意見は、純粋なあの二人とは合わなそ〜」

 

 殺人鬼の捜索をしていた途中なのだが紆余曲折あり、今ではロキ・ファミリアのメンバー内に限れば穏やかな雰囲気が漂っていた。

 つまり──気が抜けていたのだ。だからこそ誰も()()に気が付かなかった。

 

「うわぁぁああああああああっ⁉︎」

『─────ッ⁉︎』

 

 叫び声を上げながら広場になだれ込んでくる冒険者達。彼等は街壁の見張りを担当していた者達だ。

 

「叫び声なんか上げてどうした⁉︎」

「モ、モンスターに侵入されたっ!」

「はぁっ⁉︎見張りは何やってたんだ!」

 

 ボールスと冒険者の会話が広場に響く。アイズ達は彼が確かに『モンスターに侵入された』と言ったのを聞いた。その言葉は当然ながら広場に集められた他の者達の耳にも入る。

 たちまち広場は混乱の渦に包まれる。惜しむらくはつい先程リヴェルークとリューが広場を離れてしまったことだろう。

 せめてリヴェルークだけでも広場に残っていれば、もっと早くに敵襲に気付けていたかもしれない。

 

「──そんな『もしも』のことなんて思ってる暇は無い。皆、広場にいる他の冒険者を守れ!」

「分かった〜!」

「フィリア祭の時といい、こいつ等どこから現れるのよ!」

 

 流石は数多の修羅場をくぐってきたロキ・ファミリア。即座にフィンの指揮通りに動き、広場にいる者達の安全を確保しながらモンスターに対応している。

 その様はまるで薄氷の上を歩くかの如し。アイズ達の頑張りのおかげで何とかバランスを保っているが、そんなものはちょっとしたことで直ぐに崩壊してしまう。──いや、既にそのバランスは崩壊しかけていた。

 

「うわぁああ、何だよこいつ等っ⁉︎」

「かっ、勝てるわけねぇ!」

「みんなっ、逃げちゃダメだって!」

 

 アイズ達の攻撃が有効打を与える一方で周囲の冒険者達はモンスターの群れに蹴散らされていった。無数の触手に叩きつけられ。体当たりによって宙を飛び。醜悪な大顎に捕まって捕食される。

 中には連携して奮闘している者もいるが、食人花のモンスターの方が街の冒険者より能力が高い。

 彼等は自分達が敵わないと見るやバラバラに広場から逃走する。しかし逃走したことで逆に孤立しモンスターに捕食されてしまっていた。

 

「くっ⁉︎リヴェリア、敵は魔力に反応する。出来る限り大規模な魔法で付近のモンスターをこちらに集めろ!」

「分かった」

「ボールス、五人一組で小隊を作らせるんだ!数で当たれば、各班一匹は抑えられる!」

「お、おう!」

 

 戦域内の視界情報を一瞬で精査・判断することでフィンは瞬時に適切な指示を繰り出す。

 リヴェリアが広場の中央にて魔法円(マジックサークル)を広げる。彼女の美しい詠唱によって広場付近のモンスターが引き寄せられる中、フィン自身も前面に立ち長槍で多くのモンスターを屠っていく。

 跳躍し、或いは長駆を駆け上がってモンスターに一撃必殺を見舞う小人族(パルゥム)の勇姿と喉が枯れんばかりの鼓舞の声を聞き、街の冒険者達も奮い立った。

 崩壊しかけていた戦線は立て直し、冒険者は次々と迎撃に乗り出す。

 

(これは、出来過ぎているな⋯)

 

 フィンは指揮と迎撃を両立させつつも頭では別なことを考える。

 島の断崖の上に築き上げられた天然の要塞でもあるこの街に、接近の予兆さえ感じさせず現れたモンスターの大群に果てしない違和感と奇怪な感情を覚えた。──あまりにも作為的過ぎるのだ。

 その原因を掴む為に一面を見渡せる場所から身を乗り出せば、崖下を見下ろしたフィンの碧眼が驚愕に揺れた。高さ二百M(メドル)以上ある絶壁の下、今は闇の蒼色に揺れる湖の中から夥しい数の食人花のモンスターが水面を突き破り断崖をよじ登っている。

 湖の中という安全な場所に群れを成して潜伏。通常のモンスターではあり得ない行動を目にしたフィンの頭に衝撃と確信の光が走り抜けた。

 今まで姿を隠し、一斉に襲いかかってきたタイミング。怪物には到底不可能である戦略的行動。介在している人の意志。──()()()真似が可能なのか。信じられないが、それしか考え付かない。

 フィンは顔を歪め、導き出された答えを口にした。

 

「まさか、調教師(テイマー)か⋯!」

 

 

 

 

 その瞳は少女達の動向を追っていた。視線の先では、巨大なカーゴが乱雑に置かれる倉庫の一角でヒューマン、エルフ、獣人の少女達が向かい合って会話を交わしている。

 息を殺し闇と同化する視線が少女達の顔をなぞっていくと、最後にヒューマンの剣士のところで止まった。──強いな。あれは手間がかかりそうだ。

 サーベルを腰に佩き、隙の無い身のこなしを纏う金髪金眼の少女に対して呟きが落ちる。

 更にしばらく観察を続けていると、獣人の少女が小鞄から目当ての宝玉を取り出した。それを手にしたヒューマンが急に膝を折ったのを尻目に、瞳の主人は懐から草笛を取り出す。その笛の音を奏でようと試みたところで──身体が完全に硬直した。

 

「なんだ、アレは⋯」

 

 草笛の持ち主の視界に映ったのは金髪赤眼のエルフ。いつの間にか現れた青年が崩れ落ちそうになった少女の身体を支えていた。

 少し遅れてもう一人のエルフの少女が現れたが、目はエルフの青年に釘付けになる。──強過ぎる。何がどうなればあんな化物が出来上がるのだ。

 

「ふふっ、やっぱり()は強いな〜」

「⋯アレが、お前の標的か?」

 

 隣に立つ少女は、どこか妖艶さを秘めた瞳をエルフの青年に向けている。この少女は()()を相手として定めているのか。道理で強いわけだな。

 

「彼の相手は私がするから、安心して演奏を始めて?」

「⋯ああ、任せたぞ。──出ろ」

 

 唇と唇の間から生まれる高い笛の音。鳴らされた呼び笛の声が街の上空を渡るのであった。




次回こそはなるべく早く更新します!


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20話 至天と少女

今回はハシャーナを殺害した人物と行動を共にしていた少女の名前が明らかに。


 レフィーヤは視線の先の光景をしばし呆然と眺めていた。灯された魔石灯の光や水晶の煌めきに彩られる美しい夜の街並みがモンスターの群れに破壊されていく。

 探さずとも目につく長大な体躯を誇る食人花のモンスターは、最早数えるのが億劫なほど至るところにのさばっていた。

 突破するまでも無く街壁を蛇の如く這って越え、断崖からも滝を登る魚のように続々とよじ登ってくる。あまりにも数が多過ぎて街の光景の半分を黄緑色が占めているのではないかと錯覚するほどだ。

 天幕や木の小屋を無造作に吹き飛ばす、宙を高速で泳ぐ無数の触手があらゆるものに蹂躙を働く。

 途切れることの無い阿鼻叫喚の悲鳴にレフィーヤの紺碧色の瞳が震えた。

 

「街が、モンスターに攻め込まれてる」

「これは⋯妙ですね。動きがモンスターの()()では無い」

「ルーク、早く街に戻った方が良いでしょう」

 

 その言葉を受けてリヴェルーク、リュー、アイズ、レフィーヤ、ルルネの五人は街へと急行する為に足を踏み出そうとしたのだが、とある一人が動きを止めたので他の四人も釣られて立ち止まった。

 

「ルーク⋯?どうかしましたか?」

「──リュー達は先に行ってください。俺は少しやることが出来ました」

 

 いつに無く真剣で余裕の無い表情を見せるリヴェルークに、ルルネを除いた三人が嫌な予感を覚える。

 リヴェルークと付き合いが全く無いルルネでさえ『あのリヴェルーク・リヨス・アールヴがこんな表情を浮かべるのか』と驚いている。

 

「⋯分かりました。また後ほど会いましょう」

「⋯気をつけてね」

「ええ、勿論です。直ぐに追いつきますよ」

 

 リヴェルークの言葉を聞いた四人はすぐさま街へと向かった。そんな四人の背中をしばし眺めていたリヴェルークだったが、ややあって少し離れた場所にある組み立て式カーゴの裏に隠れている人物に声をかける。

 

「そこに居るのは分かっています。()()()()()二人きりになってあげましたよ?」

「──ふふっ。流石は私の弟子ね」

 

 アイズ達と合流してから僅かにだが感じていた殺気の持ち主。透き通った可憐な声をしている。容姿は未だ幼い少女といったところだが、その身から放たれている殺気は明らかに少女が出せる物では無い。

 いや、それらはまだ受け止められる。それよりも問題なのは──。

 

「弟子、ですか?貴女に師事した覚えはありませんが」

「⋯そう。なら思い出させてあげるわ」

 

 そう言うと少女は一瞬で俺との距離を埋めてきた。振るわれた剣を紙一重で躱して距離を取る。──少し焦った。かなりの速さだな。今の動きを鑑みるにステイタス的には恐らくリューやアイズより()であることは間違い無い。

 低く見積もってもLv.()6()。もしくはそれを超えている少女。付け加えるならアイズやリューにさえ気配を気取られることがなかったほどの隠密っぷり。そんな存在など俺は知らないし、ましてや俺の師匠を騙るとは。

 

「一体、貴女は何者ですか?」

「ふふっ、聞いて()()。私の名はミーシャだよ」

「──はあっ⁉︎」

 

 素っ頓狂な叫び声を出したかと思えば、次の瞬間にはリヴェルークの動きどころか思考すら完全に停止した。

 そんな隙をこの少女が見逃す筈が無い。普段のリヴェルークならば絶対に晒すことの無い致命的な失態だった。

 

「やばっ⁉︎」

「隙だらけだよ、私の可愛いリヴェルーク?」

「──ガッ⁉︎」

 

 微笑みながら殺気を飛ばしてくる少女は俺の耳の傍らでそう呟くと鳩尾辺りに拳を叩き込んでくる。

 瞬時に後ろに飛んだは良いものの、それでも威力を殺し切れずに俺の身体は宙を舞うのであった。

 

 

 

 

「ルーク様、急にどうしたんでしょうか?」

「⋯分からない」

「ルークにしか分からない何かがあるのでしょう。私達は彼を信じて待つだけだ」

 

 四人は街を目指して走りながら、先ほどのリヴェルークの様子について話し合っていた。

 彼に送り出された四人は何故あの場に彼だけが留まったのか未だ理解出来ていない為、疑問だけが解消されぬまま残っている。

 しかしこの場合は理解出来ない四人を責めるのではなく、彼女達に気取られなかったミーシャの方を褒めるべきだろう。

 

「今は街に一刻も早くたどり着くことが先決ですね」

「⋯うん、そうだね」

「街には団長達がいるとはいえ、モンスターの数が多いですから──」

『オオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 ──ね。とレフィーヤが言おうとしたタイミングで破鐘の叫び声を轟かせながら一体の食人花のモンスターが眼前に飛び出してきた。

 土砂流のように激しい勢いで岩の斜面を削りながら現れる。進行方向を完全に遮る長駆に四人が四人とも驚愕した後、すぐさまアイズとリューが己の武器を手に取りモンスターへと斬りかかる。

 レフィーヤとルルネは状況の急激な変化に対応出来ず立ち尽くしていたのだが、身を襲う振動を感じ取りはっと正気に戻る。

 

「全方向からモンスターがっ⁉︎」

「う、嘘だろ⁉︎囲まれちまう!」

 

 アイズ達の現在地である街の片隅、その近辺にそびえる外壁や地面から次々と食人花のモンスターが出現し、四人のいる元へと押し寄せてきた。

 このままでは圧殺されてしまうと即座に判断したアイズとリューは、それぞれが脇にレフィーヤとルルネを一人ずつ抱えてその場を離脱する。

 周辺に無造作に積み重ねられたカーゴや生い茂る木々を使った曲芸じみた脱出劇にモンスターは一瞬だけ動きを止めたが、次の瞬間には何事も無かったかのように後を追ってきた。

 

「三人は先に街へ向かって下さい。ここは私一人で充分だ」

「なっ⁉︎いくらリューさんでもそれは⋯」

「⋯任せる、ね」

「そんな、アイズさん⁉︎」

 

 まだレフィーヤが何かを言っていたが、その辺りはきっとアイズがなんとかしてくれるだろうとかなり他人任せな思考をしつつ、リューは追撃してきたモンスターの群れに突っ込む。

 自身の敏捷を高さを活かしたヒットアンドウェイで複数に囲まれながらも常に一対一の構図を作り出す。

 かつてリヴェルークに教わった一対多における合理的な戦い方。リューの技量や敏捷あってこその戦闘法ではあるが現に今彼女は傷一つ負うこと無くモンスターの数を減らしている。

 更に彼女は並行詠唱を行い、この高速戦闘中にも関わらず魔法も用いることで殲滅速度を上げている。

 

「⋯ね?心配、いらないよ」

「す、凄いですっ!」

「ロキ・ファミリアはやっぱりヤバイな〜」

 

 リューが無事か確認する為に少しだけ足を止めていたレフィーヤだったが、リューの凄まじい戦いっぷりを見て介入不可能だと認識してしまった。

 自身の無力さをここでも痛感した彼女だったが、愛しのアイズに話しかけられたことで我に帰り、少し声を裏返しながらも何とか返事をする。

 この場に残っていても足手纏いになるだけであり、居ても無意味なら街を目指すべきだと認識したレフィーヤはアイズやルルネに続いて再び街を目指して走り出す。

 道中にて出現したモンスターはアイズがその都度倒しながら進む。なるべくモンスターと鉢合わせしないように迂回する進路を取ったこともあり、出会ったモンスターはそこまで多くなく負担にもなっていない。

 

「も、もう少しで街に着きます!」

「よぉし!モンスターも見たところ居ないし、後は走り抜けるだけだな!」

 

 街が目前まで迫ってきたこともあり、すっかり気の抜けた様子のルルネ。そんな彼女に対してレフィーヤは呆れた視線を送るが、ふと何かを思い出したかのようにアイズの方へと顔を向ける。

 ──アイズさん!と口を開こうとしたのだが、自分達の進路を塞ぐようにアイズが横に手を伸ばしたことでそれは叶わなかった。

 

「ア、アイズさん?どうしましたか?」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 そんなレフィーヤの疑問に答えることも無く、アイズはジッと前方を眺めている。

 レフィーヤとルルネもつられてそちらを向けば、いつの間にか自分達の前に見知らぬ男性の冒険者が立っていることにようやく気が付いた。

 ──手足の先から胸元まで厚い黒鎧に包まれた男性冒険者。首にはボロ布のような襟巻きをし、頭には兜を被っている。浅黒の肌の顔半分には包帯が巻かれており、露わになっている左目でアイズ達を無感動に見つめていた。

 見るからに怪しい男性に対してレフィーヤが細い眉を曲げ訝しげな表情を隠せないでいると、その男は無言でこちらに直進して来た。

 

「ア、アイズさん!どうしましょうか⁉︎」

「⋯少し後ろに下がってて」

 

 男の不気味な雰囲気に──あたかも這い寄ってくる黒い巨獣を思わせるような威圧感に──気圧され、レフィーヤの杖を持つ手が汗ばむ。

 隣のルルネは獣人の本能なのか頭の耳と尻尾をぶるぶると震わせており、色を失った顔で歯を鳴らしている。

 そんな状態でも二人は極力アイズの邪魔にならないように五歩ほど後ろに下がる。今の自分達ではアイズの足手纏いになると分かっているからこそ、震える身体に鞭打って何とか距離を空けるしか出来ることが無いのだ。

 

「⋯私達に、何か用ですか?」

「お前達には無い。お前達が持っている宝玉に用がある」

「──お、女の人っ⁉︎」

「⋯貴女が、ハシャーナさんを殺したの?」

「だったらどうした──っ!」

 

 相手の返答が終わる前にアイズの姿がかき消えた。レフィーヤやルルネには目視することさえ不可能な速度による肉薄。

 男の姿をした女の犯人を捕らえる為に振るわれた剣は、しかしながらあっさりと躱されてしまう。

 当然アイズも躱されて終わりでは無い。一度でダメなら二度。二度でダメなら三度。途切れることの無い剣閃の嵐。

 それもただ振り回すかのように剣を振っている訳ではなく、敢えて緩急をつけることで敵のリズム感を崩していく。初めのうちは全て避けていた殺人鬼もこれには堪らず距離を取ろうとするが──そこまで含めて全てがアイズの計算通りである。

 

「──ッ⁉︎」

「⋯ようやく、当たった」

 

 Lv.5のアイズがここまで緻密に事を運んでようやく頰に一掠り。それだけでも衝撃的なのだが、三人の目にはそれよりもインパクトのある悍ましいものが映ってしまった。

 アイズが切り裂いた頰。本来ならば血が流れるべき負傷場所からは何も流れていない。それどころか裂けた皮膚の下に()()皮膚が見えているのだ。

 そんなアイズ達の驚きが伝わったのだろう。殺人鬼は薄ら寒いほどの無表情さを崩すこと無く淡々とネタバラシを始めた。

 

「死体から顔の皮を引き剥がして、被っているだけだ」

「なっ──⁉︎」

毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の体液に浸せば人の皮の腐敗は防げる。知らなかったか?」

「⋯つまりその顔は、ハシャーナさんの?」

「そんなの知りたくもありませんよっ!」

 

 抑揚の無い口調で告げられる彼女の言葉に、寒気が背筋へ走り抜ける。つまり、目の前の人物は奪ったのだ。首を折って殺害したハシャーナから顔の皮を残酷にも剥ぎ取って。

 あのハシャーナ(亡骸)の顔の惨状は単に癇癪で踏み潰されていた訳では無く。肉の皮を引き剥がしたことを悟らせまいとする隠蔽の為の手段だったのだ。

 アイズは注意深く頰の切り傷を再度確認する。切れた皮膚の下に更に皮膚があるのも、血が流れていないのも、上の部分がハリボテであると知った後なら得心がいく。

 

「ネタバラシはこの辺で終わりだ。いい加減、宝玉(たね)を渡してもらう」

 

 そう告げると、殺人鬼の女の方が腰に佩いている長剣を抜き放ってアイズに襲いかかってきた。

 先ほどのアイズの奇襲を彷彿とさせる速度。今度はアイズが剣閃の嵐に見舞われることになった。

 何とか敵の一撃を愛剣《デスペレート》で受け止めたのだが──恐ろしいまでの膂力はアイズの腕を容易く痺れさせる。

 

「──【目覚めよ(テンペスト)】ッ!」

 

 ステイタス面、特に膂力において劣勢に立たされたアイズは堪らず魔法を行使する。紡がれた呪文が気流を呼んだ。

 ──やるしかない。依然として続行される敵の激しい攻め立てに、アイズは最早躊躇を捨てるしかなかった。ここで決断しなければレフィーヤ達も危ない。対人戦では強力過ぎて使うまいとしていた己の魔法、その行使にようやく踏み切ったのである。爆発的に高まった速度をもって敵の攻勢を押し返した。

 

「なっ⁉︎」

 

 女の目が驚倒する様子を視界に収めつつ、長剣を撃墜しそこから一挙、大風が宿った斬撃を逆袈裟に放つ。女は咄嗟に防御するも、身体は耐え切れずに凄まじい勢いで後方へ飛ばされた。

 巻き起こる風の咆哮。斬撃の余波、その風圧によって肉の仮面(マスク)だけでなく身に付けていた兜や鎧さえも裂けて飛ぶ。

 石畳を削りながら大きく後退した女がややあって起き上がる。露わになるのは血のように赤い鮮やかな髪と白い肌。貴石の如き緑色の瞳。インナーに包まれた豊満な胸。白い首筋やしなやかな肢体。男達が虜にされてしまうのも頷けるほどの身体つきだ。

 陶磁器のような美しい美貌の持ち主は、その切れ長な瞳を愕然と見開いていた。

 

「今の風⋯そうか、お前が()()()か」

 

 その呟かれた名前に──アイズは金の双眸を大きく見張る。胸を揺らす鼓動が早まる。声を発せぬほどの衝撃が全身を襲い、『何故』という言葉が頭の中を埋め尽くす。

 両者が共に驚愕を浮かべ、奇妙な沈黙がしばらく続くかに思えたが──。

 

『──ァァァアアアアアアアアアッ!』

 

 地面に置いていた宝玉が──雌の胎児が叫喚を上げる。宝玉の中でもがくように体を動かし、遂に緑色の膜を突き破る。

 そのまま自分の総身の何倍以上もの距離を飛礫(つぶて)のように飛んだ。全身から液体を滴らせながら胎児は宙を飛び、水晶の壁に埋まる食人花のモンスターへ接触、寄生した。

 アイズ達と赤髪の女の間に瀕死の状態で横たわっていた食人花が絶叫を上げる。

 長駆の一部に張り付いた胎児はあたかも刻印するかのようにモンスターの体皮と同化していく。更に血管が浮き出るかのように赤い脈状の線が長駆を走り抜けていき、それと連動するようにモンスターの体全体が膨れ上がっていく。

 ──変容に次ぐ変容。常軌を逸した成長、進化とはこのことだ。あの宝玉は強制的に別の存在へモンスターを至らせる禁断の果実であったのか。まるで蛹から羽化する蝶のように、人の体らしき輪郭がメリメリと体皮の下で起き上がろうとしていた。

 

「ええい、全て台無しだ⋯」

 

 のたうち回るモンスターは未だ変容の途中。無作為に暴れ狂う巨体は、向こうにその気が無くとも予測不能な攻撃になる。

 そんな場面を見た赤髪の女は盛大な舌打ちを放つとその場を離脱していく。

 ここに留まっていたらレフィーヤやルルネが危ないと判断したアイズも、二人の身体を抱え込んで脱出を図る。リューがいない為にアイズの負担は倍になるが移動速度が落ちるだけなので脱出するだけなら特に問題は無い。

 ──水晶広場を目指して進路を転じたアイズ達が後方を顧みる先では、羽化を遂げたかのようにモンスターの体皮を破った女体の姿を捉えるのであった。




次回はリヴェルーク、リュー、ミーシャの三人が話の中心になります。
リヴェルークが負けることなど万が一でもあり得なさそうですが、果たしてどうなることやら。


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