MONSTER HUNTER 〜紅嵐絵巻〜 (ASILS)
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第1章
第01話 (著:五之瀬キノン)


 世界とは、広いだろうか。

 

 ―――否、狭いだろうか。

 

 

 それは、人それぞれにより感じ方は全く異なるのだ。同じような考えであろうと、それは似て非なることとなるのだ。

 

 十人十色とはまさにこのことだろう。最も、“世界”という一つの

(くく)りにしてしまえば十人では済まない。何十億、何百億という“個性”が現れるのだ。

 

 さて、冒頭に戻ろう。

 世界は広いか否か。自分であれば、後者だ。

 世界が狭いとはよく言ったものである。

 

 物語は、そんな“世界”の中で始まる。

 

 

 

 

 

 ――――グオォォォォォォォォォォォオオォォォォッッ!!!!

 

 満月の星が輝く夜。

 一匹の狼が高らかに雄叫びを上げる。

 その余りの大音量に草に止まっていた光蟲や雷光虫が光と共に飛び立った。

 月の光と小さな命が生み出す光が、その“狼”の姿を(あらわ)にする。

 

 強靭な発達を遂げた荒々しく躍動する四肢。甲殻は鋭く立ち上がり、合間に見える鱗は鮮やかなライトブルーの光を反射する。頭部には一対の角。その下に構える狼の顔。

 蒼天に轟く剛雷を模したその姿は、まごうことなき“雷狼竜”。

 

「ヤマト! ランシェ! ナデシコ! 覚悟はオーケーだろうな?!」

「勿論ですニャ!」

「言われなくても最初から出来てるわよ!」

「問題ありませんニャ」

 

 “雷狼竜”は闇夜の中、四つの影を目にとめた。

 

 二つ――、否、二匹のアイルー。防具を着込み、その手には己の得物を一つ。

 一人の女性は据わった瞳で弓を構えて。

 もう一人の男は、背にある大きな刀――、“太刀”を引き抜き目の前の“雷狼竜”を見抜く。

 

「行くぞォッ!」

 

 男の一声と共に、両者が一歩踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ここは、人とモンスターの暮らす弱肉強食の“世界”。

 人は皆、この世界のことをこう呼ぶ。

 

 

 

 “モンスターハンター”と――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その村は、山の中腹辺りにあった。

 周りを岩に囲まれた村は、モンスターの侵入を頑なに拒む、言わば───大袈裟に言えばだが───要塞。

 

 最も目に付くのは、村の頂上にある大浴場。

 六角形の屋根を四層に組み上げ、村の中で最もな大きさの建物は、村のシンボルマークとも言える、温泉マーク───炎のマークとも言えるが───を(たた)え、常に湯煙を上げていた。

 

 村の名は、『ユクモ村』。

 

 温泉に恵まれたこの村は、日々客足の途切れることを知らない。

 ハンター、商人、旅人……職業柄は様々だが、沢山の人々からこの村は愛されていた。

 

 大浴場を一つ、南に降りた所の右手には、クエストボートがあり、少なからず依頼が数日に一度更新される。

 クエストから帰ったハンター達は、ユクモ村の代名詞とも言える温泉で汗を流すのだ。

 

 逆の左手には、村のハンター用の宿舎が設置されている。ランク分けはされていないが、皆平等な部屋となっており、武器等をしまえるボックスも常備され、かなり使い勝手は良いものだ。

 その横手には、訓練所へ続く道がある。

 駆け出しや、基礎復習に来るベテランハンターまで、様々なハンターが足を訪れる場所だ。

 指導をする教官は、厳しい且生徒思い。わざわざここの教官の稽古を受けに来るだけの者もいたりする程だ。

 ここの知名度も中々に高かったりもする。

 

 それらの更に一段下。

 右手には加工屋。

 左手には雑貨屋がある。

 

 加工屋の主人は竜人族の老人。

 左手に、ドスフロギィの皮で加工された手腕袋を付け、いつもハンマー片手に仕事をする元気なおじいちゃんだ。

 ユクモ村限定の武器を創作したりと、竜人族ならでは知識は健在で、日々武具と向き合う姿は加工屋の手本となるに違いない。

 

 左手の雑貨屋では、ハンターの基本となる回復薬から書物まで、様々な物を常時取り扱う、ハンター必須の店だ。

 その広場では、他の商人達も店を構えている。この辺りでは滅多に取れない虫等も売っているものだ。時々開かれる半額祭では、村中の人が集まることも暫しあるとかないとか。

 

 その広場を西に抜けると、ユクモ農場と呼称される農場がある。

 鉱石、魚類、キノコ……沢山のものを採取できる、緑溢れた所だ。

 

 奥には、『ニャンタークエスト』という物も設置されている。

 これは、オトモアイルー達だけがクエストを受注し、狩場へ向かうという、ギルドでも最近可決されたものだ。

 「オトモだけで狩猟させるのも良い修行だ」と、オトモアイルー達を出させるハンターも多いのだ。

 

 村としての集落もきちんとあり、農場へ行く途中に右に右折すれば村人達の元気な姿を見られるのは間違いない。

 

 

 

 

 

「ぷっはぁ〜! やっぱ風呂上がりの一杯はこれに限るッ」

 

 場所は村でも一番大きく高い位置にある大浴場に戻る。

 腰にユクモ村特製の入浴用の履物『ユアミシリーズ』を着けた健康な茶褐色の肌の男――村雨(ムラサメ) (カケル)はドリンク屋特製の『ミラクルミルク』を腰に手を当てぐいっと一杯煽った。温泉で火照った体に内側からミルクの冷たい感覚が広がる。これこそが、彼にとっての至福の一杯であるのだ。

 

「ご主人はいつも旨そうに飲みますニャァ」

 

 彼の横では猫――獣人族のアイルーが翔と同じミルクを舐めるようにチビチビと飲んでいた。猫は上品に飲む、とよく言われるが、このアイルーの場合は“可愛く飲む”が妥当であろう。

 

「ヤマトぉ、風呂上がりってのは豪快に一杯行かなきゃいけねぇっつう掟があるんだぞッ」

「ニャニャッ!? ご主人、それは誠ですかニャッ!?」

「俺は嘘を言わねぇ!」

 

 ※これは彼らの勝手な“掟”です。

 

「なぁコゥル! お前もそう思うよな?」

「ですニャ!」

 

 ドリンク屋のアイルー――コゥルに勝手なことを言う翔だが、コゥル自身は迷うことなく頷く。

 ドリンク屋の商売はおいしい商品を客に楽しんでもらうことにあり、いつも来てくれる翔には中々頭が上がらないのだ。

 

 

 

「さっ、てと。ヤマト、そろそろ行くぞ。今日はクエスト更新日だ」

「了解ですニャ!」

 

 ミラクルミルクを飲み終えた一人と一匹はコゥルにお礼を言って大浴場を後にする。

 

 

 

 翔はインナーの上に防具――『ユクモシリーズ』を身に纏う。

 防具、というよりは民族衣装に近いかもしれない。和風のイメージに固めた外見は赤や黄色に彩られていた。普通に村人達と比べても遜色は無い。それでいて守るべきところはきちんとカバーするのが防具である。

 現在は頭部は着けておらずに自分の家に置いてきている。武器も同様にだ。

 アイルーであるヤマトもオトモアイルー専用の防具を着込む。これも翔の『ユクモシリーズ』と同じ物だ。

 

 オトモアイルーとは即ち、クエストに“お供(オトモ)”することから“オトモアイルー”と言われている。

 ギルドの規定では最近になって一人で二匹までオトモアイルーの動向が許可されるようになった。これによりハンター達は殆どがオトモアイルーを二匹連れて行くのを見掛けるようになったものだ。

 

 しかし、翔の場合はオトモを増やしたりはせず、ヤマトとのコンビを崩さないでいた。

 戦力の増強も良いかもしれないが、慣れないまま狩猟に行くのも危険だし、まずそこまで危険な狩猟も無いだろうという意見だ。

 

 

 

 

 

 大浴場を出て階段を南に下る。

 頭上には紅葉の木があるが、まだ紅葉狩りに行くまでとは言えなさそうだ。

 それでも近い日に行けるような雰囲気にはなり始めている。

 

 ユクモ村と言えば“温泉”でもあり、“紅葉”でもある。繁殖期――その内の秋となると紅葉が赤い色を付けて美しく舞い落ちるのだ。それを見にわざわざユクモ村へと観光に訪れる人も珍しくない。

 

 その紅葉をいつも眺めている人物が一人。

 和風の着物を着こなし、優雅に座りながら道行く人々に笑顔を振りまく女性。

 

「久御門村長〜」

 

 翔が彼女に手を振ると向こうも柔らかい動きで返してくる。

 翔が“村長”と言った通り、彼女こそがここ『ユクモ村』の村長、久御門(クミカド) (イチ)である。

 

「翔様、お湯加減の方はいかがでございましたか?」

「最高っすよ。風呂上がりの一杯がそりゃもう旨かった!」

 

 美味しそうに飲むジェスチャーをする翔に市もコロコロと笑みをこぼす。

 

「そう言えば村長、クエストの更新ってされてるっすか?」

「いいえ、まだでこざいますよ。ですが今日中には新しいのが来ますでしょうから」

 

 ここの村では大きな街のように毎日クエストが更新されることはなく、殆どが数日に一度の更新となっている。

 クエスト、と言っても極稀に中型モンスターが出現する程度でそこまで害はなく、この村に一時滞在するハンター達によって難なく討伐されてきたので村は今のところ安全だ。

 

「そんじゃ、更新されたらまた来ます」

「お待ちしております」

 

 最寄りのクエストが無いようなのでここは一旦後に。更新までしばらく時間を潰そうかと、翔は更に南へ下ってユクモ農場を目指した。

 

 

 

 

 

「ニャ、カケル様にヤマト様ですかニャ」

 

 木でできた頑丈なつり橋を渡り終えるとそこからがユクモ農場だ。

 そのユクモ農場を一人――一匹で管理するアイルー。名をセバスチャン。アイルーの中でもユクモ1優秀と言われている程で、ユクモ農場の管理をそつなくこなすエリートアイルーだ。

 

「うっすセバスチャン。収穫はどうだ?」

「可もなく不可もなく、と言ったところですニャ」

 

 でもまだこれからですニャ、と先を期待するように言う。繁殖期ももう間近である。その時こそが収穫ピーク。期待が高まるのも無理は無い。

 

「ちょうどいいや。暇だからなんか手伝わせてくれよ。ヤマトもいるし」

「手伝わせていただきますニャ!」

 

 意気込み良くビシッと背伸びをするヤマト。「よろしくお願いしますニャ」とセバスチャンもペコリと頭を下げてから作業を始めた。

 

 

 

 

 

「カケルは網の引き上げ。ヤマトはキノコの収穫をお願いしますニャ」

「うっし、任せろッ」

「こっちも頑張るニャ!」

「ミーは畑と蜂蜜のトコにいますニャ。何かあったら声をかけてほしいですニャ」

「応ッ!!」

「ニャッ!!」

 

 

 

「んしょ、んしょ……、っと。おお! こりゃ結構じゃ大漁じゃねぇか! カクサンデメキンにバクレツアロワナ……小金魚。古代魚、レアモンだなっ」

 

 

 

「……む。このキノコは……、パク。……ニ゛ャッ、マヒ、ダケ………ニ゛ャ゛ッ……」

 

 

 

「んぉ! これは……、SA☆SI☆MI☆U☆O! ……貰っていいだろうか……」

 

 

 

「……………………(ビクッビクッ)」

 

 

 

 

 

「……お二人ともどうしたのですかニャ……?」

「取り乱した」

「右に同じニャ」

「さ、さいですかニャ……」

 

 一時的に暴走しかけた一人と一匹。偶々様子を見に来たセバスチャンがなんとか事態を収拾させ、二人に別のことをするように指示を出した。

 

「何ッ!? 俺は釣りがしたいぞッ」

「僕はなんでも大丈夫ですニャ!」

「ハァ………もう好きにして良いですニャよ……」

 

 ユクモ農場管理猫セバスチャン。実はユクモ村1の苦労(アイルー)だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく農場でお仕事というか手伝いというか邪魔かわからないことをした一行は再び村長の市の下を訪れていた。

 

「村長、何か依頼(クエスト)はありましたか?」

「はい。実は〈渓流〉に“リオレイア”が現れまして……」

「「リオレイア!?」」

「冗談でありますよ」

 

 ズルッ、と翔とヤマトは昔のコントよろしく盛大にコケた。

 

 “リオレイア”

 通称“雌火竜”と呼ばれる飛竜を代表するモンスターだ。

 雄の〈空の王者〉の異名を持つ“リオレウス”と並び立つ〈陸の女王〉。突進やブレスを多様する飛竜で、その尻尾には猛毒の針が付いている。大型モンスターに属する典型的な形の飛竜種だ。

 

「村長〜、驚かさないで下さいよ〜」

「そうですニャ!」

 

 翔とヤマトはまだリオレイアを見たことは無いが、その驚異だけは知っている。

 小さな村がリオレイアたった一頭だけで壊滅するのも珍しくは無いのだ。

 

「うふふ、お二方共いつも新鮮な反応が返って来ます故面白いのですよ」

 

 口元に手を当ててコロコロと笑う。

 村長、久御門 市。完全なSである。それも、“ド”が付くぐらいに。

 

「真剣な話にいたしますと、〈渓流〉に“アオアシラ”が現れました」

 

 “アオアシラ”は牙獣種に分類される中型モンスターだ。堅い手腕に付いた鋭い爪の一撃は初心者ハンターがまともに喰らえばノックアウトは免れない事実である。

 先程説明した“リオレイア”などの脅威よりはずっと楽であるが、油断ならないモンスターだ。

 

「生憎ここには翔様しかハンター様がおられません。〈渓流〉は村にも近いですからいつ被害が出るかもわからないのです」

 

 それに、と市は更に言葉を付け足した。

 

「何やら〈渓流〉がいつもより感じが違うという報告も受けています。アオアシラの討伐は無理でも、調査をお願いしたいのですが……」

 

 市の声が少し沈む。彼女の勘が警告音をガンガンに鳴らしていた。

 

「任して下さいよ村長! アオアシラなんてちょちょいのちょいで撃退してやりますから!」

「安心するニャ! 僕とご主人なら余裕ですニャ!」

 

 そんな村長の不安を吹き飛ばすように翔とヤマトは胸をドンと叩く。ここは自分達に任せて村長は堂々と村長らしくしていてくれ。無意識にそんな感情を二人(?)から感じた。

 彼らなら出来る。心の奥は直感的にそう告げた。

 

「……それでは、お願いしますがよろしいでしょうか?」

 

 「応!」「承ったニャ!」と頼もしい返事をする翔とヤマトに市は「よろしくお願いいたします」と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

『アオアシラの狩猟』

 

クエスト内容:アオアシラ一頭の狩猟

 

報酬金:1200z

契約金:100z

指定地:渓流

制限期間:2日間

 

主なモンスター:

・ジャギィ

・ジャギィノス

・ガーグァ

 

クエストLV:★★

 

成功条件:

・アオアシラ一頭の討伐、捕獲、撃退のいずれか

・〈渓流〉の調査

失敗条件:

・狩猟続行が困難の場合

・タイムアップ

 

依頼主:久御門 市

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初めましての方は初めまして!
お久しぶり、もしくは、先日ぶりだね、な方、ごきげんよう。

今回第一話を担当させていただいた五之瀬キノンです。

この度は『MONSTER HUNTER ~紅嵐絵巻~』をご覧いただきありがとうございます。
サークルを代表してお礼申し上げます。

この作品はリレー小説ということで一人一話を担当し、全員一周で一章を目指します。
長い長い道のりとなりますが、最後まで(あるかどうかわからないけど)おつきあいよろしくお願いします。

さて、次話担当は『Magus Magnus~マグス・マグヌス~』でおなじみの“蒼崎れい”様です。
次回もよろしくお願いいたします。

それでは!

〈サークル総括者“五之瀬キノン”〉

※H24,8/14,Tuesday:ルビのふり直しと加筆修正を行いました。


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第02話 (著:蒼崎れい)

 翔はクエストを受注した次の日、オトモのヤマトを伴って、日の出前から狩り場に向けて出発した。

 移動はガーグァという走る能力に優れた丸っこい鳥に、車を付けた鳥車と呼称される乗り物である。ユクモ村周辺の地域で広く普及しており、近辺では最もポピュラーな乗り物だ。

 そんな鳥車の荷台には、ユクモ装備に身を包んだ翔の姿があった。背中には、昨晩入念に手入れした愛刀――骨刀【犬牙】の姿も見受けられる。

「ヤマト、寝れる内に寝とけよ。アオアシラといつ戦う事になるか、わかんねえからな」

「了解ですニャ」

 鳥車の荷台に揺られながら、翔はヤマトに声をかける。

 ひとたび現場に足を踏み入れれば、そこはすでに人の世の理が通用しない世界だ。

 たった一つだけ存在する絶対のルール――“弱肉強食”に全てを支配された、文字通り死と隣り合わせの空間。一瞬の油断も、命取りになりかねない。

 安心して眠れる内に、ありったけ寝ておかなければ。

 翔とヤマトを乗せた鳥車は暗闇に彩られた森をかき分け、一路目的地を目指した。

 

 

 

      ◆

 

 

 

 翔とヤマトが目を覚ましたのは、今回の狩猟場である渓流に着いてからだ。鳥車の操縦をしていたアイルーが、起こしてくれたのである。

「ふぅぅ、ここに来るのも久しぶりだぜ」

 そう言って翔が目を向けるのは、広大な自然と清流に囲まれた【渓流】と呼ばれるフィールドだ。

 青々と茂ったユクモの木々もさることながら、一番の特徴は透明度の高い清らかな水であろう。

 この水は近隣の山に降った雨水が時間をかけてろ過されたもので、【渓流】のあちこちで湧き出ては、近くを流れる川へと注いでいる。

 飲み水としても重宝されており、渓流にこれだけ大量の緑が育まれているのも、ひとえにこの水のおかげと言っても過言ではないだろう。

「久しぶりって、先週も来たばかりですニャ」

「あれ、そうだったか?」

「繁殖期【春】の渓流名物、特産タケノコ狩りですニャ。本当に忘れたのですかニャ?」

「あぁ、さっぱり」

 まず翔とヤマトは、ベースキャンプに設置されている青いボックスへと歩み寄った。

 このボックスには、現場でハンターの役に立つアイテムが保管されている。管理を行っているのは、ハンターズギルドと呼ばれる組織だ。

 ハンターズギルドとは、クエストの発注、モンスターの生態調査、乱獲の防止、危険なモンスター(主に古龍種)の監視などを主に行っている、巨大なハンター支援組織の事である。

 全てのハンターはハンターズギルドに登録されており、腕の良いハンターには、ギルドマスターから直々にクエストを依頼される事もあるらしい。

 このベースキャンプに貴重な補給物資を届けているのも、彼等ハンターズギルドなのだ。

 翔はボックスの中から応急薬や砥石を取り出すと、意気揚々と渓流の奥深くへ消えていった。

 

 

 

 村長から受注したクエストは、アオアシラの討伐・捕獲・撃退のいずれか。もう一つが【渓流】の調査だ。

 あのドSな村長の話によると、今年の【渓流】はどうやらいつもと様子が異なるらしい。

 今回の狩猟対象であるアオアシラは別名“青熊獣”と言い、読んで字の如く熊のような出で立ちをしたモンスターである。

 最初の繁殖期には冬眠から目が覚め、餌を求めて渓流に多く出没するのであるが、今年はなぜか例年より目撃情報が多く寄せられているのだ。

 山中に開墾(かいこん)された畑、街道を行き来する行商人達、果ては近隣の村々まで。目撃情報は後を絶たない。

 それで今回、ユクモ村の村長である久御門市(くみかど いち)が、アオアシラへの対処と異変調査のために、翔にクエストを依頼したのだ。

「ヤマト、そっちの様子はどうだ?」

「特に変わった様子はないですニャ」

 翔とヤマトは周囲を警戒しつつ、しかし臆する事なく湿った大地を踏みしめる。

 一人と一匹が探しているのは、アオアシラの大好物であるハチミツだ。運搬されているハチミツ狙って、街道の荷車を襲う事もあるらしい。

 近くで見張っていれば、高確率で発見できるはずである。

 と、その矢先、翔はあるものを見つけた。

「おい、ヤマト。ちょっとこっちに来てみろよ」

「なんですかニャ? ご主人」

 ひょいひょいひょいっとヤマトが駆け寄って来た所で、翔は自分が見つけたものを指指した。

「間違いねえ。アオアシラだ」

「でっかい足跡ですニャ」

 巨大――と言うほどでもないが、比較的大きな部類に入るだろう。

 翔とヤマトはその足跡をたどって、更に奥へ――日の光をほとんど遮るような深い森の中へと入って行った。

 奥へ奥へと進むにつれて、足元を覆う雑草が増え始め、ついには足跡も消えてしまう。どこかにアオアシラの痕跡がないか、翔とヤマトは必死に探した。せっかく見つけたのだから、無駄にはしたくない。が、残念ながら周囲にそれらしい痕跡は発見できなかった。

 だがその代わりに、芳醇(ほうじゅん)かつ甘い香りをヤマトがかぎつけたのである。ユクモ農場でもよくかぐ事のできる香りだ。

「ご主人、ハチミツの匂いですニャ」

「ヤマト、それマジかっ!?」

「マジですニャ」

 きらりーんと、翔にウィンク。

 そして指差した先には、倒れた樹の幹に巨大なハチの巣があった。それも、両手で抱えきれないほどの大きさである。

「ナイスだぜヤマト!」

「ふっふっふっ。このヤマトを見くびってもらっちゃ困るのですニャ。この程度、朝飯前ですニャよ」

「まあ、どっちかと言うと、もうすぐ昼飯前だけどな」

 きゅるる~、と翔のお腹が空腹を訴えた。そういえば、【渓流】に着いてからかなりの時間歩き回っている。

 到着した時にはすでに真上近くまで日が昇っていたので、そろそろお昼ご飯の時間には違いない。

 翔は大きなハチの巣を視界に納めながら、遠く離れた高台へと移動した。

「さてっと、そんじゃまあいっただっきま~す」

 本日の昼食は、コノハとササユお手製の焼き魚弁当だ。ユクモ名物の大浴場に併設された集会所で、受付嬢をやっているあの二人である。

 農場で取れたてのサシミウオが丸々一本入っていて、一秒たりとも待ちきれない。

 翔は迷う事なく、焼きサシミウオへとかぶりついた。

「んぐんぐ、うめぇえええっ!」

 さすが、取り立てだけあって美味しい。

「ヤマト、お前も食べろって」

「おぉ、ご主人!!」

 と、半分以上身の無くなった焼きサシミウオと、おにぎりを一つやった。

 一人と一匹は受付嬢お手製の弁当をあっという間に平らげると、消臭玉で身体の匂いと弁当の匂いをかき消す。

 アオアシラの嗅覚は、それだけ鋭敏なのである。もしかしたら、これでも見つかるかもしれないが、まあそこは運に任せるしかない。

「そんじゃヤマト、見張りを頼んだぜ」

「了解ですニャ。このヤマト、ご主人の為に一生懸命頑張るですニャ」

「あと、ペイントボールな。見つけたらこれを当てろよ」

「わかっておりますニャ。ではご主人、気を付けてニャ」

「おおよ」

 翔は周囲の地形を入念に読み取りながら、【渓流】の更なる調査に向かうのだった。

 

 

 

      ◆

 

 

 

「う~ん、確かにちょっと変だな」

 入り口付近ではわからなかった事が、【渓流】の奥に進につれてだんだんとわかり始めてきた。

 小型モンスターの数が少ないのである。

 ジャギィやジャギィノス、それにガーグァの数が明らかに少ない。

「いや、これは少ないっていうよりも……」

 ――森の浅い方へ移動してんのか?

 よくよく思い返してみれば、確かにベースキャンプの近くに小型モンスターが多かったような気もする。

 偶然なのか、もしくは村長の言うように、【渓流】になにか異変が起きているのか。

「っ!?」

 翔は慌てて、茂みのそばに身を屈めた。先ほど視界になにかが映ったような気がしたのだ。

 物音を立てないよう、そっと顔だけを出してみると、

「……あれ、ドスファンゴじゃねえか……!?」

 あの特徴的な白い毛と灰茶系の毛。見間違えるはずもない。

 今回の狩猟対象であるアオアシラと同じく、牙獣種に属する中型モンスターだ。四足歩行で鋭く尖った牙を持が特徴の、巨大なイノシシのようなモンスターである。

「村長ぉ、ドスファンゴが出るとか聞いてねえよ」

 翔は小さな声で愚痴をこぼしながら、ドスファンゴの動向をうかがう。ドスファンゴ程度なら狩れない事もないのだが、今回の対象はあくまでアオアシラだ。

 それに、狩猟許可の出ていないモンスターを狩るのはギルドの規約に反するし、なにより無駄な殺生はしない主義だ。あと、翔の今の実力や装備では、ドスファンゴを狩った後にアオアシラと相対するのが難しいのも事実である。

 視線を一点に固定したまま、翔は逃げるチャンスを待つ。緊張のために防具の裏にびっしょりと汗をかき、体力がガリガリと削られる。

「……ふぅぅ、まだか?」

 翔は大きく息を吐き出し、新鮮な空気を肺いっぱいに取り込んだ。

 発見してからずっと、ドスファンゴに動きはない。こっちに気付いて動かないのか、それとも単に寝ているだけなのか。

 ――ん?

「いや、寝ているにしちゃあ、動きがなさすぎるような……」

 翔は目を凝らし、注意深くドスファンゴを見るが、やはり微動だにしない。

 緊張で張りつめていた思考はいつの間にか不審感へと置き換わり、翔の足を前へ前へと誘う。

 始めは小さかったドスファンゴの姿がどんどん大きくなり、不審感が大きくなる。それと共に、吐き気をもよおす生臭い臭気が鼻孔へとなだれ込んで来た。

「もしかして、こいつ!?」

 不審感が更に確信へと転じ、翔はドスファンゴへと駆け寄った。

 正確には、そのなれの果て(●●●●●)に。

「…………どうなってんだ、こりゃ」

 その燦々(さんさん)たる状況に、翔は絶句せざるを得なかった。

 予想通り、ドスファンゴはすでに死んでいたのである。それも、事故や老衰ではない。

 何者かによって狩られていたのだ。

「なににやられたんだ? この辺じゃ、大型モンスターなんてめったにお目にかかれないのに」

 ドスファンゴは腹の肉の大部分が喰われており、これが異臭を放っていたのだろう。

 そもれ状態から見て、ほとんど一撃だ。ドスファンゴは背中付近の焼け焦げた部分が大きく陥没している以外は、これといった外傷は見られない。

「焼けてるって事は、火かなんかか?」

 翔は村長の言っていたリオレイアが、本当にいるんじゃと思った。だが、中型モンスターでさえあまり見る機会がないのだ。その線はないだろう。

 それにリオレイアほどの大型モンスターがいるならば、絶対に目撃者がいるはずである。なんせ彼女らは、空を飛べるのだから。

 翔は気を取り直して、調査を再開する。

 他に気になったのは、虫の死骸がドスファンゴの近くに多く落ちている事だ。

 見たところ、雷光虫のようにも見えなくはないが、少し違うような気もする。

「まあいいや。とっととヤマトの所に戻るか」

 調査とやらも、このドスファンゴのお陰でかなり進んだ。

 翔は不審なドスファンゴの死体を見送りながら、その場所を後にした。

 

 

 

 だが、翔はたった一つだけ気付かなかった事がある。

 雑草に覆われて見えにくくなっていたのもあるが、その近くには鋭角的な形をした大きな足跡がいくつもあったのだ。

 

 

 

      ◆

 

 

 

 翔はその後も、周囲になにか変化がないか確認しながら、ヤマトの待つ小高い茂みの中へと戻った。

「ヤマト、そっちの調子はどうだ」

「ご主人、お帰りですニャ。こちらは見ての通り、まだなのですニャ」

 どうやら、まだアオアシラは現れていないらしい。夜間の狩猟は視界が悪いので、できる事なら明るい内に現れてくれればいいのだが。

 翔とヤマトは時折水分を補給しながら、ただひたすら待つ。待つ時間に比例して、体力と精神力がどんどんすり減っていく。

 もう間もなくすれば、真っ白な陽光も赤く染まるだろう。それから時を置かずして日は沈み、夜の闇が地上を支配する。

 その前までには、決着をつけたいのだが。

「ヤマトォ」

「なんですかニャ、ご主人」

「まだかなぁ……」

「まだですニャァ」

 それから五分後。

「そろそろかなぁ……」

「どうですかニャァ」

 そのまた五分後。

「ここで待ってて大丈夫かなぁ……」

「そればっかりはわからないですニャァ」

 更に五分後。

「もう帰りてぇ……」

「ご主人、もう少し待ってみるのですニャ」

 元々待つのは得意でない。それも手伝って、全身がうずく。

 ――――――ズン…………。

 できる事なら、今すぐにでも全身を動かしたい気分だ。

 ――――ズン……。

 そんな翔の願いが通じたのか、ずっしりと重く、それでいて軽やかな足音かな地響きがする。

 いよいよ、待ちに待った狩猟の時間だ。

 ――ズン!

 ただし、一人と一匹が思い描いくほど、自然の摂理は優しくできてはいない。

「ヤマト!」

「はいですニャ!」

 翔とヤマトは茂みから跳び出すと、急な斜面を一目散に駆け下りた。

 一瞬前まで一人と一匹がいた場所を、青い毛をした獣の重厚な爪がえぐった。

 

 

 

 翔とヤマトは急な斜面を駆け下りた所で、武器に手をかけながら背後を振り返った。

 翔は骨刀【犬牙】をヤマトはボーンネコピックを構え、たった今まで自分達がいた場所を見上げる。

「ようやっと出やがったなぁ。ヤマト、覚悟はいいか? ドスジャギィみてえにはいかねえぞ」

「覚悟なら、ご主人のオトモアイルーになった日からできてますのニャ」

 大きい。立ち上がれば六メートル半はありそうだ。アオアシラの平均サイズから比べて、大きめである。

「グワァアアアアアアアアァァァァ……!」

 アオアシラは大きく一鳴きすると、巨体からは想像もつかない俊敏さで、一気に斜面を下ってきた。

 翔は左に、ヤマトは右にそれぞれサイドステップし、アオアシラのタックルをかわす。

 攻撃をかわされたアオアシラは、すぐさま翔の方へと振り返った。

 単純にヤマトより翔の方が、エサとして美味しそうに映った。それだけの事である。

 鋭角的なターンを決め翔に向かって飛びかかると、太くたくましい前足を一直線に振り下ろした。

「このっ!!」

 翔は臆する事なく、斜め前方へと走り出す。重厚な爪が地面に突き刺さった音を背に、すれ違いながら骨刀を走らせた。

「ちっ」

 だが、アオアシラにほとんどダメージはない。斬れ味が足りないのである。表層の毛を少し斬っただけだ。

 しかし、はなから一撃で仕留められるとも思っていない。

「ヤマトォ!!」

 翔はヤマトの元に駆け寄りながら、合図を出した。

「はいですニャ!!」

 ヤマトが取り出したのは、ペイントボールだ。

 桃色をしたボールはヤマトの手から放たれると、無防備に背中を向けたままのアオアシラの下半身を直撃した。

 ボールからは蛍光色の粉末が飛び出し、アオアシラの毛に貼り付く。それでも貼り付かなかった粉は、空気に乗ってゆうらりと宙を舞った。

 これで少しの間は、例え逃げられたとしても追跡が可能である。

「グガァアアアア!!」

 アオアシラは再び身をひるがえすと、後ろ足で立ち上がった。

 やはり大きい。太刀を振り上げても、頭まで届くかどうかというサイズだ。

 だが、翔もヤマトも怯える事なく、アオアシラへ向かって走り出した。相手の一挙手一投足に、全神経を集中させる。

 前足を頭上近くまで振り上げ、袈裟斬りに何度も振り下ろす。雑な上にずいぶんと直線的な軌道だ。

 しかし、一発でもかすれば命の保証はない。

 翔とヤマトは、そんな一撃必殺のブローを全てかわしながら、再び背後に回り込み右の後ろ足に斬りかかった。

 ここは刃が最も通りやすい場所でもあり、同時にあの重量を支える大事な部分でもある。

 だがやはり、

「こいつぅっ!?」

「ニャニャッ!!」

 一筋縄にはいかない。

 翔の骨刀は表層の毛を多少斬り落とした程度、ヤマトのボーンネコピックも分厚い毛の層に阻まれてしまう。

「伏せろ!」

 叫びながら、翔はヤマトを抱いて伏せた。

 と、数瞬もしない内に、アオアシラの右前足ブローが頭上を通り過ぎる。

 翔はまだ前足が振り抜かれている最中に、反対方向へ素早く転がって難を逃れた。

「くそっ、ユクモノカサが!?」

 先ほどの一撃で、ユクモノカサのカサの部分が削り取られてしまった。

 ――帰ったらどうにかしないとなぁ。直せるかな?

 とかなんとか思っていると、さっきまで前足を振り回していたアオアシラは、すでに前傾姿勢でこちらを睨みつけている。

「ガウァアア!!」

 右前足を振り上げながら、飛びかかってきた。

 翔は体勢を立て直すと左側へサイドステップしながら、突きだして来た前足へと刃を走らせる。

 ガガガガと、まるで岩でも斬っているような感触が走った。

「ちきしょう、かてえ!」

 攻撃で削れた腕甲が飛び散り、顔や腕にちりっと痛みが走る。

 腕甲を斬った衝撃で、腕が痺れる。

 だが、問題はない。

「このヤマト、忘れてもらっては困るのニャッ!」

 そこへ、翔の後ろからたっぷりと助走をつけたヤマトが、大きくジャンプした。

 ヤマトはそのまま綺麗な放物線を描きながら、振り返ったアオアシラの顔面へと着地する。

「ご主人! 今ですっ! ニャッ!」

 視界を奪われたアオアシラは、ヤマトを振り払おうと立ち上がってぶんぶんと首を振った。

 それでも払えぬとわかると、今度は前足を頭へやるが、ヤマトもこれを必死でかわす。

「ナイスだヤマト! もうちょっとだけ頼むぜ」

「任せるっ、のニャァッ!」

 翔は骨刀を地面と平行になるように構え、突きの体勢に入る。

 斬れないのなら、突けばいい。

 線でなく点で攻撃する突きなら、いくら毛が厚かろうと固かろうと、問題ない。

「はぁああああああああ!!」

 翔は脇の下に骨刀を構えたまま、勢いよく走り出す。

 攻撃するのは後ろ足。ヤマトのおかげで背中を向けている今がチャンスだ。

「これでも喰らえ!」

 ざくっと、骨刀の先端がアオアシラの左後ろ足に突き刺さった。

 ほんの少しではあるが、確かな手応えである。

 と、その瞬間、アオアシラの動きが変わった。

「グワァアアアアアアアアァァァァ……!!」

 今までの、翔達を威嚇していたものと違う、どこか悲痛なものが入り交じった咆哮。翔の突きが効いた証拠だ。

 だが、ダメージを与えた事で生じた一瞬の油断が命取りだった。

 自らを傷付けた者を薙ぎ払わんと、乱暴に振るわれた前足。その一撃に対して、ほんの少しだけ反応が遅れてしまった。

「やべっ!?」

 骨刀を引き抜き、上体を反らしながら大きくバックステップする。

「っ痛ぅ!!」

 だが、重厚な爪が翔の右肩を捉えた。

 幸い一ミリほど表面が裂けただけである。ただ範囲が少し広い分、派手に血しぶきが飛び散った。

「グラァアアアアアア!」

 血の臭いに興奮したのか、それとも手傷を負わされた事に対する恨みか、ヤマトを振り払ったアオアシラは、一直線に翔へと突進してきた。

 だが足のダメージのためか、先ほどより動きは遅い。

「ご主人には手を出させないニャァッ!」

 振り払われたヤマトは、しかしあきらめる事なくアオアシラへと向かっていく。

 ボーンネコピックを反対に持つと、先ほど翔が突き刺した場所へ柄を突き込んだ。

「ガウッ!?」

 分厚い脂肪の層に阻まれはしたものの、アオアシラは痛みに悲鳴を上げ、地面に激突する。

「ヤマト、一旦退くぞ!」

「はいですニャ!」

 肩の傷も早く止血しなければ。翔は煙玉を取り出すと、地面に投げつける。

 青から赤に変わり始めた空の下、白い煙が【渓流】から立ち上った。




 おそらく、ここで会うお方は全員初めてだと思います、蒼崎れいです。
 というはけで、紅嵐絵巻の第二話を担当させていただきました。本格的な二次創作は初めてで、けっこう緊張してます。モットーは原作の世界観を大切にです。
 モンハンを文章で書くのって、けっこう大変ですね。あと、地の文がいっぱい。まあ、どれだけ筆舌を尽くしても、あの映像美を表現するのは難しいんですが。
 まあ、そんなわけで今後ともよろしくお願いします。
 次話は主にノクターンで活動していらっしゃるハセガワハルカ先生です。でわ、次回担当の回でまたお会いしましょう。


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第03話 (著:獅子乃 心)

()ったた……ヤマト、そこの薬草取ってくれ」

「ご主人、大丈夫かニャ? それ、とっても痛そうニャ……」

 

 朽ち掛けた巨木に背を預けながら青熊獣(アオアシラ)の鋭い爪にかかった肩の治療を行う。幸い傷は大騒ぎするほど深いモノではなく薄皮一枚を広範囲にわたって切り裂かれただけだった。

 

「大丈夫だ、大して深いわけじゃない。まぁ広く浅くって感じか、()ちちっ……にしてもこの防具どうするか……」

「ハンター用に丈夫になってるとは言っても布製だからニャ、村に帰ったら直してもらうか、新しい装備を造ってもらうのが最善の策ですかニャ……」

 

 今回の報酬と今回の狩りでの道具費用諸々が釣り合うか計算をしながらぼんやりと遠くを見つめる。

 視界にはすっかりと赤に染まった空と揺れるススキの様な植物が、人によってどうこうされることなく好き放題に伸びている景色が占めている。耳をすませば上流から流れてくる川の水が植物たちの生い茂っている辺りに沿って流れる音と、時折ガーグァの群れの鳴き声が聞こえてくる。

 その様はこの空間が狩場であることを有々と示していると同時に、ゆっくりとした時間がのどかさを孕んでこの空間を支配している、様な気がした。

 

「出費が嵩むな……っとありがとう。さてっと、これをこうして……」

 

 ボーッとそんな事を考えている所にヤマトが川で軽く洗ってきた薬草を持ってこちらに渡してきて、ハッと我に返る。

 礼を言って、目の前にある手当用の道具――これらは支給品ボックスに応急セットとして常に配備されている。流石はハンターズギルド――とにらみ合う。ここからは少々の集中力を要するからだ。

 手始めに薬草を適量、乳鉢に入れ軽くすり潰す。そしてその中にアオキノコを入れようとして手元に肝心のアオキノコが無いことに気づく。

 

「悪い、ヤマト。その辺にアオキノコがあるはずだ、2、3個毟ってきてくれ」

「了解ニャ、すぐに取ってくるニャ!」

 

 ヤマトがタタッと軽やかに駆け出すのを見送って、もう一方の治療を始める。

 残しておいた薬草を清潔な布にくるんで軽く揉む。そうしてから、(あらかじ)め防具を外しておいた肩に当てて包帯をする。これで肩の治療は十分だろう。

 薬草の効果は他の回復薬に比べ効果は劣る上に内服するのも厳しい。なのでハンターの多くはこういった湿布の様にして薬草を使う。中には気合で口に含んで利用する者もいるようだが非常に苦いらしい。

 ちなみに外傷、例えば打ち身や切傷はこうすれば治りも早いので民間療法としても普及しているのだ。

 巻き終えた頃を見計らって、アオキノコを採りに行かせたヤマトの手にはしっかりとモノが握られていた。

 

「選りすぐりのを採ってきたニャ」

「おぉ、ありがとよヤマト。助かったぜ」

「ついでに、さっきの奴が隣のエリアにまで近づいてたみたいだから偵察してきたニャけど、まだかなり怒ってたニャ。近くのジャギィに当り散らしてたニャ。少し可哀想だったニャ……」

「そういやニオイもそろそろ消えかけてきたな、急がねェとこっちまで来ちまうな。よし!」

 

 ヤマトの報告を聞いて、途中で止めていた『調合』を再開する。

 『調合』は狩場において自分をより優位に立たせるために必要不可欠な狩人(ハンター)としての重要な技術(スキル)である。

 主には回復薬やガンナー用の弾丸だが、時に角笛や罠などの道具(アイテム)を作り出したりもする。

 そもそも狩場には様々な掟があり、その一つに狩場に持ち込む道具の数、規定数が決まっているのだ。かといって強敵に遭遇し持ち合わせの道具を使い切ってしまった時に、無理をしてむざむざ命を落とすのは馬鹿がやること。

 元より自給自足、自分の食べ物は自分で取る。狩人(ハンター)たちはこうして強敵との戦いを生き延びてきたのだ。

 

「……とか何とか教官が熱く語ってたっけな。よし、もういいだろう。さっきのハチミツ持ってきてくれ」

「任せるニャ、奴との戦いでもしっかり死守したニャ!」

 

 作業も終盤に差し掛かり、腰当てに付いているひょうたんから水を適量乳鉢に流し込む。一応はこれを空き瓶に入れる事で世間一般で言う『回復薬』の完成だ。だが、今回はそれにひと手間加える。

 ガサゴソとオトモアイルーの標準装備であるタル型の持ち物入れから栄養価たっぷりのハチミツを取り出して、乳鉢に加えて出来上がりだ。

 

「ヤマト、この前練習したやつ。やっと完成だ。回復薬グレートだ!」

「ご主人、天晴れですニャ! ソレを飲んだらヤツをバッチリ退治するニャ!」

「応よ! そいじゃ早速……んぐ、んぐ、んぐ、ぷはぁーーッ!」

「ど、どうですかニャ?」

 

 出来立ての回復薬グレートを乳鉢に入ったまま、ぐいっと煽る。その間も温泉で見せた『漢の在り方』に習って腰に手を当てて一気に飲み干す。

 怪我か、はたまた調合の出来栄えを問うヤマトに漢らしく言い放つ。

 

「不味い! だが身体に、五臓六腑に染み込んでいくのが分かる……っしゃあ! 第2ラウンドと行こうぜ!」

「ニャーッ! ご主人について行くニャッ!」

 

 これほどまでにエネルギーに溢れているのだ、回復薬グレートの効果は抜群に効いたのが見て取れる。

 翔は広げていた道具をヤマトに手伝ってもらいながらまとめると、治療した肩を気遣いながら防具を装着する。出血はおろか、痛みもほとんど感じないまでに回復したのを、見ると肩をぐるぐる回しながらストレッチし違和感を確かめる。少しでもおかしければ狩りに支障をきたす。支障があれば大人しく引く、命あっての物種だからだ。

 

「う~ん……8割、8割だな。おし、行けるぞヤマト」

「出陣ニャ~!」

 

 絶好調とは言えない、だが頼れる相棒もいる。怪我も狩猟に支障をきたすレベルでもない。

 翔たちには、目の前の獲物を狩る事しか頭にはなかった。

 こうして、青熊獣(アオアシラ)の狩猟、第2ラウンドのゴングは鳴った。

 

 

 

      ◆      ◆      ◆      ◆      ◆

 

 

 

――――ズン、ズン、ズン、ズン……――――

 

 アオアシラは、青熊獣の名に恥じない、青い毛並みの巨躯を揺らしながら、渓流一の名所とも言われる川原を闊歩している。

 よく見れば、決定打だと言える様な一撃――左後ろ足の刺し傷を除いて――とは言えないものの何度か打ちあった中で与えたほとんどの傷はすでに血が止まっている。

 モンスターたちは、その種が強力であればあるほど、凄まじいほどの生命力をもっている。ハンターたちの様に回復薬などを使うことはないが、体力が減ってくると獲物を見つけて捕食したり、巣に戻って眠ったりするものもいるのだ。

 

「見えるか、ヤマト?」

「はい、見えますニャ!」

 

 草むらに身を潜め、こちらには気づいていないアオアシラをじっくりと観察する。

 対象はというと、辺りをくんくんと鼻で索敵中と言ったところだろう。目当ての敵はもう目の前にいるというのに。

 

「こんなことなら生肉と罠でも持ってくるんだったな。トラップツールも無いし……」

「教官が言ってたニャ。“漢なら拳で語り合え、例えそれがモンスターでも”ってニャ」

「……死ぬな」

 

 教官の受け売りはさておき。敵に見つかっていない、というのは狩場において大きなアドバンテージになる。

 多くの場合、罠の上に好物を置いて誘き寄せたり、ガンナーならばより多く弾を打ち込むチャンスだ。が、生憎と翔たちは持ち合わせておらず、精々後ろから切りかかるのが関の山だろう。

 

「(だが、このチャンスで一気に決める……ッ!)」

「(はいですニャ!)」

 

 もう目前にまで差し掛かったとき、草むらで息を呑む一人と一匹は視線で会話をする。

 

――――――――ずん、ずん……。

 

 息を吐く音でバレてしまわないか。自然と浅く、浅く、自分をここに居ないものとする。

 

――――――ずん、ずん……。

 

 草むらの目の前。脇へとゆっくりと過ぎ去っていく。身体中から自然と緊張の汗が吹き出す。

 

――――ずん。

 

 アオアシラはなんの変哲もない草むらを過ぎ去り、いよいよこの辺りに仇敵が存在しないと悟り違うエリアへと移動しようと思ったその時だった。

 スゥーっと死角から刃物を突きつけられるような、鋭い殺気を後方から感じたのだ。

 違和感、異和感。ゆっくりと振り返ると、回避不可能な距離にまで迫っていたのは、自身の足に手痛い傷を負わせた憎い一人と一匹だった。

 

 

 

『やぁああああああああッ!!!!』

『ニャああああああああッ!!!!』

 

 咄嗟にどうこうしようにも、反射速度を大きく超えた太刀による一閃は、アオアシラの右半身、背中から脇腹を通過するように大上段から振り下ろされ蒼色の毛皮を赤黒く染める。

 

『ガァアアアアアア……!』

 

 低く苦痛に満ちた呻き声が漏れる。視界が、目の前に構える翔とヤマトを残して真っ赤に塗りたくられる。

 

「へへ、先制パンチ痛かったろ?」

「不意打ち御免ニャ」

 

『グゥルルルルルルゥゥゥッ……!』

 

 ボタボタと質量のある音を立てて川の水を徐々に赤くしながら、ゆっくりと方向転換し器用に後ろ足で立ち上がる。頭をスッと一瞬引いて息を吸い込んだと思えば、次の瞬間に渓流中を震撼させる。

 

『ガァアアアアァァァァッ!!!』

 

「ボーッとしてたら不味いニャ!」

「お、おう! 怒り状態か……思ったより、うおっと!?」

 

 アオアシラは仁王立ちの状態からゴツゴツと刺が隆起した腕を振り下ろす。

 翔は思った以上に速度が増している一撃に目を見張る。

 

――――パラパラ……。

 

「アレを食らったら穴が空く訳な。要回避ってことか、よっ!」

「ニャア! ニャア! ニャー! ご主人もいい加減相手にして欲しいにゃ!」

「スマン! おら、こっちだ!」

 

 地面に埋没した腕を引き抜きながらの一撃を、軽々と避けながら感想を漏らす。

 そうしている間も、自分の何倍もある生物を相手に果敢にも武器を振り回す相棒からの苦言にヤマトとは反対の方向に走り出す。

 

「おらおらこっちだ! かかって来いよ!」

 

 アオアシラが目で自分追っている事を確認すると、顔が正面に向くのに合わせて再びペイントボールを投げつける。辺りには独特の香りが拡散する。

 アオアシラの方はと言えば、顔面に強烈な香りのする液体をぶっかけられたのだ。無論――――怒り狂う。

 

『グガッ!? グゥーッ! グゥーッ! ガァアアアアァァァァッ!!!』

 

 ちまちまとした攻撃を続けているヤマトに一瞥することもなく、翔めがけて巨体が迫る。

 人間と比べて遥かに大きなアオアシラが全身を使って体当たりをする、これが当たるだけで人間には致命傷になりかねない破壊力持っている。それを知っていながら翔は、アオアシラの正面に立ったまま、太刀を下段に構えて一歩も動こうとしない。

 

「ご主人! 何してるニャ! 回避ニャ!」

「……6、5、4、3」

 

『グガァァァァッ!!!』

 

 異常に気づいたヤマトが声をかけるも、依然動く気配のない翔に、スピード全開で一歩、また一歩とアオアシラの巨躯が迫る。

 

「ご主人!」

「……2、1、ここだ!」

 

『グガァァッ!?』

 

 翔がその巨躯に撥ね飛ばされる寸前。翔は大きく横にグラインドし、アオアシラの右腕に一太刀浴びせる。俗に言う切り払いである。

 大きくスピードの乗ったアオアシラの体は、通常時何でもない一撃でやすやすと川原に転がされることになる。

 

「おおおおォォォォォォッ!!!」

 

 好機を逃すまいと、バランスを崩しているアオアシラの背中に幾つもの斬撃を浴びせる。

 

「ボクも負けてられないニャ!」

「(ああ、これだ。不思議と神経が研ぎ澄まされていく……)」

 

 一つ、また一つと斬撃を浴びせ切り傷を作る度に、翔は神経が研ぎ澄まされていく感覚に陥る。

 翔は、太刀そのものを自身の手足と同じく器用に振り回し、一撃を振るう毎にアオアシラの傷をより大きく、より深いものへとシフトさせていく、が。

 

「うおっとと、脈絡もなしに大暴れかよ!?」

「流石に黙ってやられたりはしないニャ。次の攻撃に備えるニャ!」

 

『ゴガッ、グォォォォッ! ……フゥーッ! フゥーッ!』

 

 黙ってやられるアオアシラではない。勢いをつけて、周囲を薙ぐように体制を立て直す。

 その目は赤く充血し、翔たちを睨みつける双眸にはありありと憎しみの色を浮かべている。

 ジリジリとアオアシラとの距離を図る翔とヤマトのコンビは、挟み込む作戦に出る。

 

「(ゆっくりだぞ、隙をみせるな)」

「(分かってるニャ、ボクに任せとくニャ)」

 

『グゥルルゥゥ……』

 

 アイコンタクトで会話しながら、アオアシラの周囲をジリジリと詰めながら隙を伺う。

 ニンゲンが来るか、アイルーが来るか。背後を取られないように、死角に入られない様に両方を視界に入るようにしながら距離を取ろうとするアオアシラ。

 硬直状態。翔たちからすればアオアシラの一撃は脅威で下手には動けない。一方のアオアシラとしては、一撃が決まればもう片方を始末するのも苦ではないが、隙を突かれてまた転ばされでもすればより反撃が難しくなる。

 

「(ボクから行くニャ。ご主人頼みましたニャ)」

「(おう、もう一辺転がせばより優位に立てる。この機は逃せねぇ……!)」

 

 ヤマトの目配せにコクコクと頷いて応答する。感づかれまいと息を潜めて飛び込むチャンスを伺うヤマトに注意が行かないように、わざと砂利を踏みしめて音を立てる。

 狙い通りにアオアシラは警戒して、翔に注意を集中させる。唸り声を上げながら終始威嚇をしている奴はボーンピックを振り上げたヤマトには気づかない。

 

「隙ありニャー!」

 

『ゴォアアアア!』

 

 左足の傷目掛けて降りおろされた切っ先はアオアシラの狙いすました方向転換となぎ払いによって防がれてしまった。

 どうやらアオアシラの方も死にもの狂いといったところだろうか。初めから作戦は読まれていたのだろう。

 

「くそッ! ヤマト今行くぞ!」

「うぅ……ご主人、油断しちゃダメニャ……ッ!」

 

『ゴォアアアア!』

 

 ヤマトの身を案じて駆け寄ろうとする翔に、ヤマトは静止の声をかけるが、アオアシラはこの好機を逃がしはしなかった。

 ヤマトを振り払った勢いをそのままに、駆け寄った翔の左半身をもう片方の手が捉えたのだった。

 

「ッ!? ックソぉ……ッ!!!」

「ご主人……ッ!」

 

 咄嗟に手にもっていた太刀をアオアシラの豪腕と体の間に入れるが、その構造上防御や、受け流す事は専門外。これがもし片手剣や大剣であれば受け止めることができたろう。

 緩衝材の役割を果たすことなく大きく吹き飛ばされ川原をごろごろと転がされ、体中に擦り傷を作る。

 全身の痛みが引くまでそっとして欲しかった翔だったが、アオアシラが待ってくれるはずもない。止めの一撃をくれてやるとばかりに駆けてくる巨躯。翔は身体に鞭打って奮い起こし寸でのところで体を投げ出して回避する。

 

「(思ったより苦戦してる……一回村に戻るか?)」

 

『グゥルルルルルルゥゥゥゥ……』

 

 轢き損ねた事を知って悔しそうに唸り声を上げるアオアシラの気配を背後に感じながら、翔はいよいよ撤退を考えるほどに弱気になってくる。

 もちろんハンター家業には命の危険がつきものだ。欲に溺れる者、引き際を計れない新米(ルーキー)は早死するものだ。

 ここで引いても装備を整えてまたくればいい。

 そうだ、そうしよう。ヤマトを拾って村に一度帰ろう。

 翔がそんな風に思考し始めた頃だった。

 

――――♪~~♫~~~♫~~~♪~~♪~~♫~~~――――

 

「……回復、笛……ヤマトか?」

「ご主人、諦めちゃ駄目ニャ! 教官言ってたじゃニャいか!」

 

『漢たる者最後まで諦めるべからず! 自分の持てる全てを賭し、全ての策をぶつけ、なお倒せぬ相手がいようとも気合と根性ある限り……ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ、オホェッ! ……オホン』

 

「ああ、何か言ってたな教官らしいこと」

「そうニャ! ガッツニャ! もう傷は痛まないはずニャから今度はこっちの番ニャ!」

 

 渓流のせせらぎとアオアシラの唸り声、そして風に揺れてざわざわと音を立てる木々や草の音だけがする狩場に、癒しの音色が木霊した。

 回復笛。モンスターの牙や爪を加工した角笛を改造した道具である。一度吹き鳴らせば、その癒しの音色が体中に染み込み、不思議と体が軽くなり、身体の痛みが引くという代物である。

 先程は、アオアシラの注意が完全に翔へ向いている隙に、道具入れからそれを取り出したヤマトが吹き鳴らしたのだ。ただそれだけではない。ヤマトの鼓舞は、折れかけた翔の闘志に再び火を点けたのだ。

 

「スゥーーッ……フゥーー……ヤマト、サンキュな」

「とんでもないニャ、ここからはボクたちのターンニャ!」

 

 深呼吸、リフレッシュ。深く息を吐いてからボソリと相棒に感謝する。以外にも聞こえていたようで、照れ臭そうにしながらも肩をぐるぐると回してやる気を見せるヤマト。

 一方のアオアシラは、弱りかけていた相手にまだまだ力が残っていたこと、それどころかみるみるとその身を纏う気風が変わっていくのに警戒体制をとり威嚇の唸り声をあげる。

 

「俺は正面から、ヤマトは奴の気を散らしてくれ」

「了解ニャ!」

 

 軽やかに駆けていくヤマトを横目に、翔はアオアシラの正面に対峙する。

 切っ先をアオアシラに向けて半眼、深呼吸を繰り返し集中力を高める。

 ただならぬ気配を感じたアオアシラは立ち上がると、両手を広げて翔を抱き込むように襲いかかった。

 

「遅いッ!」

 

『ッ!? ガウゥッ!?』

 

 初動を紙一重で避ける。この場合は見切るが正しいだろう。脇へ避けながら切り払いで一撃。隙だらけの背中へ素早く突き、切り上げとすかさず二撃。

 当のアオアシラは初撃を避けられた時点で既に混乱。脇への一撃はともかく、背中への斬撃はなぜ切られているかも気づけていないだろう。

 振り返り自分の血で濡れた太刀を払っている翔を睨みつけたアオアシラは、小さな駆け足の音と共に走る鋭い痛みに翔への反撃をくじかれた。

 

「ボクを忘れてもらっちゃ困るニャ!」

「そして俺もなァ!」

 

 翔に背を向ける。当人の声がして振り返ると上段から振り下ろされた太刀は、アオアシラの胸部を切り裂き、その痛みに耐えかねて後退る。

 

「畳み掛けるッ!」

 

 好機、アオアシラとの距離を詰めながらの振り下ろし、素早い突き、そして流れを殺さずに切り上げ。太刀使いの基本動作と言われる型だ。

 型に忠実に、太刀を自在に振り回す翔の目はまったくの別人と言ってもいいほどに鋭い眼光を称えている。そして心無しか、翔の振るう太刀の軌跡がゆらゆらと光の帯びを引く様に煌めく。これは恐らく太刀使いのもう一つの特徴『練気(れんき)』だろう。

 『練気』。即ち、太刀使いは相手へ斬撃を浴びせる毎に、集中力といった感覚の鋭敏化。それから斬撃がより鋭い一撃へと昇華されていく。達人や一流と称される使い手になってくるとハンターの様な訓練を受けていない一般人にすら、体から放出される練気を視認できる程の純度まで練る事が出来るらしい。余談だが、双剣使いはこれによく似た「鬼人化」と言う秘伝を使い自らを興奮状態へと昇華し超人的な連撃を可能とさせるらしい。

 そして、翔の鬼のような猛攻にやられっぱなしになるつもりはない。息もつかずに太刀を振り回す翔へ先程地面を陥没させた右手を振りかざす。

 

退()けヤマト!」

「そんな攻撃当たらないニャ!」

 

 先程まで翔が立っていた位置に極小規模のクレーターが出来たのではないかと錯覚するような音を立ててアオアシラの豪腕が突き刺さる。しかし既に危険区域から退避した二人には実害はない。

 ボコッ、っという音を立てて腕を引き抜くと、これまでとは態度を一変して背を向け、先程翔たちが手当をしていた区画の方角へ駆け出す。

 

「アイツそろそろ弱ってきたニャ。息つく暇なんか与えないニャ!」

「待てヤマト。そこに座れ」

 

 ふっと気を抜いた翔は太刀を背中に背負った鞘へ戻して道具を入れているポーチから応急薬を取り出す。これはもちろんギルドの方で支給された道具だ。

 一応はモンスターの分類に入るアイルーとはいえ、先の交戦で受けた傷をケアしようと言うのだ。

 

「ほら、擦りむいたとこ出してみ」

「わ、分かったニャ……」

 

 軟膏状のそれを適量手に出して、ヤマトの差し出す足へ擦り込むように塗りたくった。

 自分も転がされた御陰であちこち擦り傷だらけなので自分の分の手当もする。

 

「よし、次で決めるぞ」

「さっさと終わらせて温泉でゆっくり休むニャ」

「そうだな、ヤマトは大活躍だったしミラクルミルクを御馳走してやるよ」

 

 よいしょっと腰を上げながら言う翔の言葉に、ヤマトは小さい体を目一杯使ってガッツポーズする。

 このコンビにかかれば討伐ももう目の前。遠くに見える地平線に顔を隠しかけた夕日が、独り彼らを見守っていた。

 

 

 

      ◆      ◆      ◆      ◆      ◆

 

 

 

 

 駆け足で区画へと入っていった翔たちを、既に仁王立ちの状態で待ち受けていたアオアシラがこちらを睨みを利かせ、時折唸り声も上げている。

 コクり、とひとつ頷いた翔はゆっくりと背中から太刀を抜き放ち対峙する。その間ヤマトはススキの様な植物の中に身を潜めながら奇襲できないかタイミングを図る。

 

『グゥウウウウオオオオォォォォッ!!!』

 

「ああ、白黒つけよう。面と向かってやりあうってんだから俺もこそこそ一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)なんてナシだ」

「(あんなこと言ってるけど本当に大丈夫かニャ……?)」

 

 沈み始めた夕日。早ければもう何処かに顔を出した一番星がこちらを見ているかもしれない。

 木々や植物を揺らす風、ざわざわと音を立てるのにも関わらず、しんと静まった空間を作り出す。

 命を賭して戦う男と獣を包むムードは十分。緊迫間に額の汗を拭うことをすらせずヤマトが固唾を飲んで見守っている。

 

――――――ざわざわざわざわざわ……。

 

 木々たちが立てる音が、一人と一匹を煽る。

 

――――――ざわざわざわ……。

 

 翔は太刀を腰に据えた居合の様な構えで目を半眼に開き、感覚を研ぎ澄ませる。

 

――――――ざわざわ……。

 

 先制攻撃はアオアシラの方からだった。

 飛びかかるような突進、豪腕に続く当たったら致命傷になりえるレベルの攻撃だ。まぁ、当たれば(・・・・)、だが。

 

「芸がないな、そらこっちだ!」

 

 居合の型から横に一閃。肩に浅く入ったそれの勢いを回転に変え、そのまま横へ避けるように回避行動を取る。

 すかさず突き、払い切りと素早く切り込み、一撃でも多く攻撃を与えるつもりなのだろう。

 だがアオアシラも学習したのだ。

 最初(ハナ)から攻撃をうけるつもりで間合いを詰めるのが目的だったらしい。

 それもそのはず。突進後にすぐさまUターンを決めると飛びかかるようにして体を掴まれる。

 

『グゴォォォォォォォォ! ガウッ! ガウッ! ガウッ!』

 

「うぐっ!? 離、離っせ……ッ! のわッ!? をあッ!? かはッ!?」

 

 飲み物をシャカシャカと振って混ぜるかのように、翔の体を上下に振り回す。

 叩きつけるでもなく、投げ飛ばされるでもなく。振り回されている翔は、ギュウギュウと締め上げられた体が軋むのと一緒に、段々と吐き気を催す。

 だがここで伏兵の出番だ。

 

「忘れるなと言ったニャーッ!」

 

 バットを振るかのようにフルスイングしたボーンピックを、左足の傷目掛けて振り抜いた。

 

『グゥウウウウウウゥゥゥゥッ!?』

 

 思わず苦悶の声を上げながら翔から手を離してしまう。

 

「……っと、ヤマトでかした……ううッ、気持ち、悪い……」

「無理しない方がいいニャ。ボクが相手しているうちにそこらで吐くといいニャ」

「よせよせ……。ううっぷ、も、もう大丈夫だ。アイツも体制を立て直したみたいだし、ボーッと立ってるとさっきの二の舞だ……くそッ」

 

 ヤマトのファインプレーで、アオアシラの拘束を逃れることは出来たが平行感覚を狂わされた翔は太刀を杖の代わりにして体を支える。

 ヤマトの勧めもある、ちょっと茂みで楽になってこようかとも思ったが回復はアオアシラの方が早くそのまま戦いに出る他なかった。

 

 アオアシラはより深く抉られた傷口から大量の出血があるものの、ヤマトの一撃を貰う前と大して変わりのない速度で翔たちに接近すると――――足を(もつ)れさせて目の前に転がり出る。

 

『チャンスだ!』

『チャンスニャ!』

 

 同時に叫ぶと、それぞれの得物を存分に振り回す。

 ここでもう決めてしまおう、これが最後のチャンスだ、とばかりに一撃でも多くダメージを蓄積させる。

 脚のケガが思ったより深刻であったのに気づかずに全速力を出したアオアシラはと言えば、翔たちの猛攻に曝されながら必死にもがいて立ち上がろうとする。

 そして、バタバタともがいた足がタイミングよく飛び込んだヤマトを吹き飛ばし、連携に隙の出来た瞬間に転がる様に距離を取ったアオアシラが吠える。

 

『グォオオォォワァァァァッ……!』

 

 最初の頃に比べ覇気がなくなってしまった鳴き声には、アオアシラの限界が近いことを翔たちに悟らせた。

 外見もそうだ、翔の倍近くある蒼毛の巨躯には太刀によって作られた大小様々な切り傷でボロボロ。美しい蒼も、そのほとんどが赤黒い血によって紫色に濡れそぼって見える。

 フラフラとしながらも最後の意地で立ち上がったアオアシラは、突風でも起きれば倒れてしまうのではないか、というほどに弱り翔たちの勝利がもう手の届く場所にまで近づいていた。

 

『……グルルゥゥゥゥッ! ガルルゥゥ! ガウッ!』

 

 人語を喋るなら、俺はまだ戦える、どうしたかかってこい、とでも言っているのだろうか。目は未だに闘争に飢え、自らの勝利を信じて疑っていない。

 翔たちはその姿に、ある意味で畏敬の念を感じた。

 

「俺はお前を超える! 悪いがここで止まっている暇はないんだ!」

「ご主人……」

「さぁ、これで終わりにする。村のみんなが待ってるからなァァァァ!!!!」

 

 翔は叫びながらアオアシラが離した距離を一気に詰める。

 アオアシラは、それを腕を横に薙ぐようにして牽制するも体制を低くされ、防具の頭部についている羽飾りを掠める程度に止められ避けられてしまう。

 

「一つッ!」

 

『ガァウッ!』

 

 アオアシラの腕をくぐり抜けた翔は、超近距離の袈裟斬りで右から左へと切り裂く。

 完全にカウンターとして決まった一撃にアオアシラは後ろへ後ずさりながら仰け反る。

 

「二つッ!」

「その調子ニャ! そのまま気刃切りニャ!」

 

 大きな隙に、今度は反対側から袈裟斬りを放ち、切り払いと同時に後ろへ退()く。

 二撃目をモロに食らいながらも再び腕で翔を薙ぐが、そこにはすでに翔の影はない。

 既にボロボロの身体も、大振りの攻撃を二度も受けてなお立ち続けるアオアシラ。それは素手に体力の限界に近いはずなのに、気力からか、それとも意地(プライド)からなのか。ふらふらとよろめく巨躯は今にも倒れそうで、胸に出来た大きな傷からはダラダラと真っ赤な血が垂れている。息は既にぜえぜえと喘鳴が漏れ聞こえまさに虫の息といった様子だ。

 そして翔はチンッと鳴らして刃をアオアシラへ向けると再びその懐へ飛び込んでいく。

 疲れか、痛みか、それとも両方かもしれない。大きな動作でなかったにせよ、翔の踏み込みに素早く反応が出来ない。

 

「オラオラオラオラァァァァッ!!!!」

「行けるニャ! 押し切るニャ!」

 

 素早い横薙ぎを連続で押し込む。胸部には凄惨な傷が増え、美しかった毛並みにはもう影すらない。

 苦痛に満ちた鳴き声を上げながら怯むものの倒れないように踏みとどまる。アオアシラは既に朦朧としながら気力のみで立っているに違いかなかった。

 そして翔は、横薙ぎからの勢いを殺さないまま、止めとばかりに手に持つ太刀を振り上げる。

 

「トドメだぁぁぁぁッ!!!!」

「あ、ご主人危ないニャッ!」

 

 翔が振り下ろす太刀。アオアシラは無意識のままか、一矢報いる為か。最後の力を込めたアッパーカットばりの振り上げが豪腕によって放たれる。

 翔の太刀が先にアオアシラの首筋へ触れる。振り下ろすまでにはアオアシラの豪腕が翔を捉えるだろう。死に損ないだろうがモンスターの一撃は、甲殻や鱗の無い人間にとって致命傷だ。

 だが、翔は避けることはなかった。声を張り上げ自分の全てを太刀に込めて振り下ろした。

 

 

――――――ぱさっ……。

 

 

 一瞬の静寂の後、最初に音を立てたのは比較的軽いもの――――翔の被っていた笠が落ちた音だった。

 次いで、ずんと大質量の重たい音が地響きを立てて渓流に響きわたった。

 

「……あ、ご、ご主人。つ、つつ、遂にやったニャーッ!」

「……くっ、はぁ、はぁ……や、やってやったぜ」

 

 最後の一撃。アオアシラの放った豪腕は、翔の頬を軽く掠め被っていた笠を撥ね飛ばすに止めた。翔の一振りはアオアシラを後方へと押し出し、振り抜き、そのままアオアシラは仰向けに倒れ伏すことになる。恐らくこの一撃で後ろへと押し出された事が、翔への攻撃を最小限に止めた要因の一つだったのかもしれない。

 

 こうして、アオアシラの狩猟は翔たちに軍配が上がったのだった。

 

 

 

      ◆      ◆      ◆      ◆      ◆

 

 

 

「さて、んじゃ早速剥ぎ取りといくか」

「はいニャ! お前の死は無駄にしないニャ!」

 

 ポーチから残った応急薬を出して、頬の傷や節々に出来たアザや擦り傷に塗りたくる。後になって目立つ様な大きな傷はつかなかったものの、今回の狩りでは全身傷だらけになってしまった。村に帰ったら温泉にしっかり浸かって、ケアしてからゆっくり休もう。

 そんな風に考えながら、よいしょと腰を上げてアオアシラの骸に近寄る。

 壮絶な闘いを繰り広げた相手はこうして今自分の目の前に横たわっている。

 今しがた拾ってきた壊れた笠を取って胸に置き黙祷を捧げる。

 如何なる命とてそれは尊いもの。人であってもモンスターであっても自然のサイクルに組み込まれる以上は平等である。

 取り分けこの周辺地域は自然との繋がりが密接であり、村にはその恩恵たる温泉が湧いている。

 村の年長者たちは、若い衆、はては子供たちにもそのありがたみを教えて後代へと伝えている。

 こうして翔が黙祷を捧げるのも村長や教官、父の教えが影響しているのだ。

 

「……お前の死は無駄にしない。その血肉は他の動物の糧となり、その爪や牙は俺の村を守るために使わせてもらうぞ」

「安らかに眠るニャ」

 

 一通りの祈りを捧ると、腰に挿しておいた剥ぎ取りナイフを引き抜きアオアシラへ突き立てる。

 その骸は既に冷たくなり始めているので、素早く切り分けなければ硬直が始まってしまうだろう。

 ヤマトと協力しながら丁寧にナイフを動かし、解体を進めていった。

 

 一通りの解体が終わり、アオアシラの皮や爪などでポーチを一杯にしたので残りは自然へと還す。

 摂りすぎず、残りは自然の摂理に任せて、他の生き物がその血肉へと変えるのに任せるのだ。

 

「さて、これで依頼は完遂だ。さっさと村に戻って一風呂浴びようぜ」

「そうですニャ。村長に報告して、約束通りミラクルミルクをぐいっと行くニャ!」

 

 片付けを終えてベースキャンプへと歩き出す。

 今日一日の疲れでそのまま寝てしまいたいが、辺りは既に月明かりによって照らされているのだ。

 辺りには明滅を繰り返す光蟲や雷光虫が、渓流の違う顔を彩っている。

 軽口を叩きながらも辺りを警戒しつつ歩きベースキャンプへと着実に進んでいく。

 

 その、ハズだった。

 

 

「ご主人!」

「分かってる、茂みに走れッ!」

 

 気づくのと同時に翔たちは近くの茂みへと飛び込んだ。

 急にどうしたのかと聞かれるだろう。きっと彼らもまた同じだ。

 動物の勘。そう言い表すしかない様なことだ。

 先程までアオアシラと交戦していた時に感じていた緊迫感。それが彼亡き今どうして感じるのか。

 突然この一体を包み込んだ緊迫感、緊張感を彼らは察知したのだ。

 

「な、何ごとニャ? アオアシラが生き返ったニャ?」

「バカ言え、さっき切り分けただろう。大物アイツだけじゃ無いのか?」

 

 幾分トーン落とした声で辺りをくまなく眺める。

 村長からの依頼はアオアシラの討伐。昼間みたドスファンゴは既に死んでいたし、大型のモンスターが出没するとも聞いていない。

 不可解ながらも、動物としての勘が危険を告げているのだ。

 そして、その正体が視界の隅に映り込むとゆっくりアオアシラの方へ向かっていくのが見えた。

 

――――――――ずん……。

 

――――――ずん……。

 

――――ずん……。

 

 

――ずん。

 

 

 それは碧がかった体毛の巨大な龍だった。

 だが、それは飛龍と呼ばれる種にあると言われる翼を有していない。

 陸を移動する為のそれは、四足にして大きな爪を持っていた。

 頭部から尻尾まで、ゴツゴツと尖った鋭利な角状の棘が生えており、白い(たてがみ)は威風に満ちていた。

 アオアシラに近づき匂いを嗅ぐ。死んだのを確認したのだろうか、一通り嗅いだ後、星の煌めく空へ目掛けて大きな遠吠えを上げた。

 

「……ご、ご主人。アイツまさか」

「ああ、間違いない。ヤツだ」

 

 翔たちはそれを知っていた。翔の父が身に纏っていた防具の象徴。『雷狼竜(ジンオウガ)』だった。

 

 

 

『ねぇお父さん。そのジンオウガって強かった?』

『ん~、そうだな。強かったな、父さん何度も死にそうになったからな』

『ホント!? 死にそうになったの?』

『ああそうだよ。アイツの電撃に触れたら一発だぞ。死ぬほど痛いし、死んじゃうかもしれない』

『やだ! 死んじゃやだ! お父さん、死なないで。僕、お父さん死んだら寂しいよ』

『あ、おい泣くなよ……。父さんは死なないぞ! 翔もこの村のみんなも守らなくちゃいけないからな』

『ホントに? じゃあ約束。指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます♪ 指切った♪』

 

 

 

「親父……あんなの闘ったのか?」

「ご主人、ぼやっとしたら駄目ニャ。ボクたちにはまだ勝てる相手じゃないニャ」

「あ、ああ。ベースキャンプに戻ろう。このことを村長に報告しなくちゃな」

 

 子供ながらに父に聞いた話を思い出す。あの強かった父でさえ認めた相手だ。勝てるはずがない。

 あの日指切りをした小指を見つめていた翔をヤマトが我に返す。

 ずっと隠れててもいずれ見つかってしまうかもしれない。

 翔たちは身を屈めたままベースキャンプの方へと向かうことにした。のだが……。

 

『ッ!? ガウッ!?』

 

 思いの(ほか)、事はそう上手くいかないのだった。

 

「ニャニャッ!? き、気づかれたニャ! 逃げるニャ!」

「言われなくても!」

 

 大地を疾駆するために発達した四肢は、翔たちに向かって大地を蹴り出している。

 翔たちは後方に迫る足音に振り返ることもせず茂みの中を疾走する。

 

 月明かりに照らされた渓流は、一人と一匹、そして雷狼竜(ジンオウガ)の駆け抜ける音によって、静寂を取り戻す機会をまた逃す事となった。




はじめましての方、初めまして獅子乃です。
おひさしぶりですの方、お久しぶりです獅子乃です。

そして、皆さんの疑問にお答えいたします。
実は今回のお話の担当は自分ではありません(前話のあとがき参照)
諸事情により順番を変更、ということでポっと自分が出てきたわけです。
自己紹介は……小っ恥ずかしいので獅子乃のユーザーページをご覧ください。

さて。色々雑談を交えたかったのですが何分自分だけの作品ではないので。
次回担当は『サザンクロス』さんです。ザクロさんって自分は呼ばせてもらってます(^^♪
ISとかの二次創作を書いている方ですのでそちらを読んだことがある方もいるのでは?

それではそろそろお別れです。
次話が出るまでの間の感想の返事は自分がやらせていただきます。

では、次回の更新にてまたお会いしましょうヽ(*´∀`)ノ


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第04話 (著:LOST)

 ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ――――!!

 背中で揺れる太刀。腰で振り回されるポーチ。擦れ合って音を立てる防具。

 こんなにも武具が重くて邪魔だなんて思ったのは何時以来か。

 それでも、青年――村雨翔はオトモのヤマトと共にひたすらに前へ前へと駆け続ける。

 木の根が這って足場の悪い地面で何度転びかけた事か。現に、三回、翔は地面を転がった記憶がある。

 

 ふと目を脇に向け、相棒のヤマトを見た。

 表情には疲れが出ているが、まだ行ける。自分の相棒がこんな事でへたる、なんて事は無い。

「ご主人ッ!!」

「応!!」

 ヤマトの警告を察知した翔は散開する様に地を蹴って真横へ体を投げ出した。

 刹那、地響きが彼の直ぐ背後を悪寒と共に青い光が駆け抜ける。

 

 ジンオウガ――名をば“雷狼竜”と呼ぶ牙竜種に属したモンスターだ。

 淡く発行する体の所々から碧銀の雷が迸る姿は綺麗なのだ、が、翔にそれを眺め、見惚れている時間等無い。

 ユクモ装備が泥に汚れても払って落とす事は無く、兎も角顔を上げてジンオウガを見据える。

「チッ、しつこい野郎……!!」

 ジンオウガはあっという間に自分達を追い越し、今はまるで道行く者を拒む門番の如く、翔達の目指す地点への道を塞いでいた。

 

 翔は直感的に、ジンオウガには自分じゃ太刀打ち出来ないと判っていた。

 先ず、今までのモンスターとは威圧が違う。加えて、大きなスペックの違いだ。

 躍動する力強い四肢はアオアシラ以上の怪力とドスジャギィ以上の敏捷性を生み出し、遠方まで届くジンオウガ独特の雷攻撃が初めて見る翔達を苦しめていた。

 

 

 

 ジンオウガが体勢を僅かに低くする。溜めの動きだ。

 翔も、いつでも動き出せる様に腰を落とした。

 

 刹那、ジンオウガがその場で高く跳躍。更に体を空中で回転させて雷を纏った。

「マズ……!!」

 咄嗟に翔は左から迂回する様にジンオウガの側面へと向かう様に走る。

 着地すると同時、こちらに向けられた尻尾の先端から雷の塊が砲弾の如く放たれて襲って来た。

 曲線を描くソレは放電を繰り返しつつ地面を抉って一人と一匹へと迫る。

 この攻撃は厄介だ。避ける方向を少しでも誤れば忽(たちま)ちの内に雷の餌食となってしまう。

 

 地面を前転して上手く進路から退いた翔とヤマトは直ぐにまた全力で駆け出した。

 体が、腕が、脚が、重い。それもそうだ。ジンオウガと遭遇する直前までアオアシラと全力と死闘をしていた翔達である。疲れが出るのは当然の事。

 今すぐ走るのを止めて寝転がりたい気分だ。…………が、それが出来ればどれだけ良い事か。

 今、脚を止めれば、重症は必須。最悪は“死”だ。こんなところで死にたくはない。

 しかし、

 ――――ドドッドドッ、ドドッドドッ、ドドッドドッ!!!!

「速ェなオイ……!!」

 翔達の方がずっと早く駆け出したと言うのに、背中越しのジンオウガはあっという間に体勢を整えて既にこちらへと迫っていたのだ。

「追いかけられんの苦手なんだよ……!!」

 いわゆる“トラウマ”である。

 翔がまだまだ幼少期であった頃の過去。渓流へ従兄と出掛けた際、ドスジャギィに襲われてエリア内を半ベソで逃げ回った記憶が脳裏にしっかりと焼き付いている。アレは苦い思い出だ。

「ニャニャッ!?」

 ヤマトから驚愕の声が上がる。見れば、ジンオウガがヤマトへと目標を絞っており、更にマズい事に、もう二匹の間には距離がかなり短くなっていた。

「チッ、このォ!!」

 咄嗟に翔はジンオウガへ、右手は太刀の柄へ添えて迫る。

「おおぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」

 走り込んで来た勢いで抜刀。体を伸ばし、頭上に高々と上げた太刀を全体重を使って思い切り、力の限り全力で振り下ろす。

 切っ先は確かにジンオウガの鱗を切り付けた。

(…………浅い……!!)

 が、手応えは微妙。やはり、今まで狩ってきた中型モンスターとは格が違う。

 二の太刀に突き、三の太刀で切り上げ。後ろ脚に計三つ、大振りの攻撃を入れるのが、ジンオウガは全く傷付いた様子が無かった。

 たが、今ので充分。ジンオウガの鋭い瞳がこちらを向いた。

 余りの迫力に、思わず恐怖か武者震いか判らず身震いしてしまう。が、してやったり、と翔は敢えて不敵な笑みを浮かべた。

 怖じけ付いてはならない。常に自分を鼓舞し続け、恐怖に勝たなければ、自分に勝たなければ、命を掛ける戦場で生きる事は出来ないのだ。

 今は、一瞬でも注意が引ければ充分。

 翔は一旦横へ、太刀を抱え込む様に転がる。ここはまた充分な距離を取らねばならない。正面からまともにやり合う技術が無い分、避けに撤しなければ危ないのだ。

 一先ず、一瞬でも翔とヤマトの両方から注意を逸らさせなければならない。

 こんな時にこやし玉やけむり玉やモドリ玉なんて便利な物があれば楽だったのに。

 そんな、妄想。しかし、それは本当に単なる希望でしかない。無い物は、無いのだ。

「走れ、ヤマト!!」

 回避後のほんの僅かな空白の時間。翔はヤマトに指示をしつつ、太刀をしまってポーチから一つ、拳程度の玉を取り出し、投げる。

「行け……!!」

 極限にまで圧縮される僅か二秒の長い長いスローワールド。

 投げ出された玉――ペイントボールは空中を飛び、ジンオウガの鼻先へ命中した。

 直後、世界が元に戻る。

 ジンオウガが嫌そうに唸り顔を振るその隙に、翔は先を行くヤマトの背を追うように走り出した。

 笑う膝に力を込めて、前へ、前へ。

 

 どうやらまだまだ、この逃走劇は続くらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…………あれぇー……?」

 何だか、見覚えの有る風景……な気がする。気がするだけだ。

 淡い藍色の防具に身を包み、栗色の髪をツインテールを揺らす少女――黄 蘭雪(ファン ランシェ)は手に持った地図をぐるぐると回しながら更に首を傾げる。眉間には少女らしからぬ皺が寄っていた。

「……蘭雪。まさか迷った、にゃんて言わないでにゃ」

「………………………………だ、大丈夫、大丈夫に決まってんでしょッ」

(じゃあその間は一体何の間だにゃ……)

 そんな蘭雪の隣に居る小さな影――オトモアイルーのナデシコが呆れた様に小さく息を吐いた。

 

 ここは、一般的なハンター達の狩場である一つの渓流――そこから外れた指定外区域である。

 いくら彼女が地図を見ても、地図に狩場以外の情報等ありゃしないのだから、意味は全く以て無い。

「……ねぇ、ナデシコ」

「なんだにゃ、蘭雪」

「……アレ、何だと思う?」

 そう彼女が指差す場所。そこには焼け焦げたばかりの様に煙を上げるドスジャギィとその群れの死体が目もあてられない悲惨な状況でいくつも転がっていた。

 首の無いモノ、足の無いモノ、上半身が無いモノ。

 ドスジャギィに至っては、自慢のエリマキは破れて片足を失い、胴体も重い塊で叩かれたのかと思う程ひしゃげていた。

「う……」

「まぁ、見てて気持ちの良いモノではないにゃ。……この異臭も」

 蘭雪は顔を顰めて鼻を摘む。相当酷い臭いだ。

(……火で焼けたにしては範囲が狭いし、散り散りになってる所が不自然だにゃ)

「……さっさと行きましょ。何か嫌(ヤ)な予感しかしないし」

「了解にゃ」

 今は調べるより先に、この“迷子”を脱しなければならない。帰る事が出来なくなって飢え死に、なんて事にはなりたくないのだ。

「全く。村に着いたら報告しなきゃね」

(その村に着く事が出来るかどうかが不安にゃ……)

 口を尖らせる蘭雪に、しかし、ナデシコは心の中だけでツッコミを入れる。

 ただでさえ小言の多い自分が口にしてしまえば、たちまちに蘭雪を不機嫌にさせてしまうだろう。流石に、狩場において互いの仲が悪くなってしまっては連携が出来なくなってしまうのでマズい。

 一人と一匹は無言で周辺を警戒しつつ(しかし目的地の方向は判らないまま)木々の間を歩いて行く。

 

 

 

 

 

「…………ん……?」

「にゃ?」

 と、不意に蘭雪が足を止めた、かと思えば、突然地面へ寝転ぶ様に耳を当てた。

 ナデシコも不思議に思いつつ、同じように地面に耳を当ててみる。

 ――――……、……ッ……、……ッ……、……ッ……!!

「……ナデシコ、コレって……、」

「大型モンスターが近付いてるにゃ。それも、スゴい速さで、にゃ」

 僅かに聞こえる小さな地響きと震動。それは着実に大きくなっている――つまりは、大型モンスターが近付いて来ていると言う事。

 蘭雪は背中の矢筒にある矢と担いでいる弓を何時でも出せる様に手を掛け、ナデシコもブーメランを手に持つ。

 方向が判らないのは少々、と言うよりは結構マズいが、今はそんな贅沢を言ってる暇は無い。持てる五感を総動員して気配を探る。

「…………来るッ……!!」

 見やったのは木々と茂みの生い茂る薄暗い森の向こう側。感じられる気配は一気に大きなモノとなる。

 

 刹那に、飛び出して来たのは――――――――、

「「――――――――え?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 脳内に浮かべた地図から大きく外れた位置に自分がいるのを自覚しつつ、翔は拠点(ベースキャンプ)へ急いでいた。

 湿った地面の泥濘(ぬかるみ)にはまらない様に、しかし、速く、速く。とにかく足を回転させる。

 さっと思い出せば、この先は一瞬開けた獣道に出る筈だ。後は、左の道へひたすら真っ直ぐ。そうすれば、大型モンスターも通れない様な細道となるから安全だ。

「ヤマト、後、少しッ!!」

「ハイッ、ニャッ、ご主人!!」

 体が重い。息が苦しい。視界が霞む。立ち止まりたい。いっそのこともう寝てしまいたい。

 疲れから来る衝動を無理矢理押さえ付け、ゴールへと急ぐ。

「見えた……!!」

 僅かに視界の先。木々の隙間から開けた場所が見えた。

 茂みが行く手を阻んでいるが、関係は無い。

 翔はその手前で横倒しになった木の幹に足を掛けて高く跳躍。

 あっという間に腰並の邪魔な茂みを飛び越え、

「「――――――――え?」」

 刹那の光景にあんぐりと口を開けて目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「「――――――――え?」」

 目の前の光景が信じられない。

 二人は同時に声を上げた。

 翔は、自分の着地地点で弓を背負い惚ける少女を見て。

 蘭雪は、自分へ向かって跳躍して来る太刀使いの少年を見て。

 このまま何もせずにいれば、間違いなく翔は目の前の少女にぶつかるし、蘭雪は目の前の少年に巻き込まれてしまう。

 動かなければならない。だが、動けなかった。

「おわぁぁぁぁぁぁああ!?」

「キャァッ!?」

 翔は見事に蘭雪へと突っ込み、蘭雪も避ける行動すら取らぬまま巻き込まれる。

「ニャー!! ご主人、大丈夫かニャ!?」

「あらあら、随分と大胆な殿方ですにゃ」

 蚊帳の外からは慌てた様子のヤマトと、クスクス微笑を漏らすナデシコ。ヤマトはともかく、ナデシコは何故か落ち着いていた。寧ろ、この状況を楽しんでいたのか。

「イテェなぁオイ……。ッ!?」

「ッ、痛ぁ……。……へッ!?」

 痛みで顔を顰めていた二人は目を開き、息を飲んで固まった。

 両者の顔は、息が掛かる位にあともう少しで触れ合う距離。視線と視線が絡まり、動かないままになる。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!??」

 暫し惚けて、気付いて耳まで真っ赤に染まる蘭雪。

 瞬間的に、

「あべしッ!?」

 全力の平手打ちを翔の頬へと当てた。

「おぉぉぉぉッッ!?」

 と頬を押さえて地面を転がり悶える翔。緊張から一転、何とも哀れな雰囲気となってしまった。

「へ、変態ッ!! 何よいきなり押し倒すとか!! ギルドに通報するわよこの犯罪者!!」

「何故に!?」

 と翔は半泣きで真っ赤な頬を押さえつつ起き上がる。

「文句あんの!? こちとら迷子で大変な事になってるってんのに、いきなり飛び出して来たかと思えば押し倒して襲うし!!」

「誤解だ、事故だ!! 決して狙ったやったとかそんなんじゃないからな!? ジンオウガに追い掛けられて逃げてたら偶々ここに飛び出て、偶々お前がいたんだよ!! ――――ん?」

「言い訳するんじゃないわよ!! 何が“ジンオウガに追い掛けられて”………………え?」

 口喧嘩に発展するのか。そんな矢先、二人がピタリと動きを止める。

 ――――何かとても重要な事を忘れていないだろうか?

「ギオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!」

「「「「!?」」」」

 直後、森の木々を突き破って蒼白い巨体が飛び出して来た。ついさっきまで翔を追い回していたジンオウガだ。

「へ、えッ!? ジンオウガ!?」

「ッ、説明は後ッ!! 今は逃げんのが先決だ!!」

「あ、ちょっ!?」

 今もたもたしている暇は無い。

 蘭雪の手を取り翔は走り出す。

「アンタ、名前は!? 俺は村雨翔!! あと相棒の、」

「ヤマトですニャ、ハンターのお嬢にオトモの姐さん!!」

 左手は蘭雪を。右手はユクモノカサを押さえつつ、翔は言う。隣を並走するヤマトも疲れの表情の中で笑顔を浮かべた。

「黄 蘭雪よッ!! 後、オトモのナデシコ!!」

「よろしくお願い致しますにゃ、翔さんにヤマト」

 今一頭の中が整理出来ない。が、今そんな無駄な事を考える必要は無い。

 一旦落ち着ける状況になってから。考えるのはそれからだ、と蘭雪は自分に言い聞かせる。

「あぁ、もうッ!! 取り敢えず走りづらいから手離して!!」

「あっ、と、スマン!!」

 それよりも、手を繋がれていれば走りづらい。腕を振り払い、翔の横を走りつつ全力で睨み付ける。

 翔も、隣にいたヤマトまでも萎縮する様な眼光だ。

「な、何?」

「フンッ」

「??」

 何か話でもあるのかと思えば、蘭雪はそっぽを向いてしまう。

「何かわからんけどごめんな!! 埋め合わせとかは色々やっからさ、今はとにかく撒くのに協力してくれ!!」

「〜〜〜〜ッ、わかったわかった、わかりましたよ、このバカ!!」

「またまた何故に!?」

 赤くなった頬を隠す様に先を行く蘭雪。

 翔はその後を慌てて追い、ヤマトはその様子を見て首を傾げ、ナデシコは何やら含み笑いをしていたのだった。




皆様初めまして。第4話担当、LOSTと申します。

まずは『MONSER HUNTER ~紅嵐絵巻~』を閲覧いただきましてありがとうございます。
こうして大勢の方の前に自分の文をさらすのは初めてで内心穏やかではありません。どんな感想が来ることやら……(LOSTはまだ感想を拝見しておりません)。

圧倒的に経験不足でありましたので、今回はリアトモでもある五之瀬キノン先生の文章を参考にさせていただきました。
怒られそうで怖いです、はい。

そんなことはさておいておき。
今回のお話は逃げる翔と迷う蘭雪の話でした。
ラッキースケベをしてやろうか、という企みは書き始める前から思っていたことで、こうして書き上げられたことができて結構満足してます(笑)

ナデシコさん、アンタ黒いよ……!!



次回は第5話、サザンクロス先生が担当です。
今回はここでお別れ。次章でまたお会いしましょう。


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第05話 (著:サザンクロス)

 どれ程の間、彼等は走っていたのだろうか。内側で炎が燃えてるんじゃないかと錯覚を覚えるほど肺は熱く、脚は鉛を括りつけたかのように重い。相方のヤマト、そしてこの逃走劇に加わった一人と一匹、蘭雪とナデシコも疲労の色を強くしている。

 

「あぁ~もう!! 渓流を迷った挙句にジンオウガに追い掛け回されるなんて最悪よぉ!!」

 

「……やっぱり迷ってたかにゃ」

 

 息も絶え絶えに叫ぶ己が主にナデシコは走りながら器用にため息を吐く。そのままちらっと翔、それからヤマトに視線を移した。二人とも、長く続いた逃亡のおかげで限界が近かった。このままじゃ二人が倒れるのは時間の問題だと感じたナデシコはふと、あることに気づく。背後から迫ってきていた、ジンオウガの走る音が消えていたのだ。

 

「皆、止まってくださいにゃ! ジンオウガがいませんにゃ!!」

 

 ナデシコの言葉に翔達は足を止めて振り返る。ナデシコの言うとおり、彼等の後ろにジンオウガの紺碧の姿はなかった。

 

「「に、逃げ切れた(にゃ)~」」

 

 その場に座り込む翔とヤマト。蘭雪も肩を大きく上下させながら膝に両手を当てていた。

 

「走りながら泣きそうになっちゃったわ。迫力が半端ないわね、流石『無双の狩人』……で、あんた達は何であんなのに追いかけられてたのよ?」

 

 腰に手を当て、翔とヤマトを見下ろす蘭雪。翔はつっかえながら今までの経緯をかいつまんで話す。

 

「ふぅん、アオアシラの剥ぎ取りを終わらせた丁度その時にジンオウガが現れて、そのまま鬼ごっこの始まりってわけ。よく生きてたわね、あんた達」

 

 アオアシラとの激闘を終えた後にジンオウガと遭遇したことを不運と呼ぶべきか、そんな状態でジンオウガから逃げ切れたのだから幸運と言うべきなのか、蘭雪には分からなかった。ようやく息を整えた翔は立ち上がり、臀部についた土くれと草を叩いて落とす。

 

「それで蘭雪、だっけか? さっき、走ってる途中で迷った~って叫んでたけど」

 

「///っっっ!!! 何、耳聡く聞いてんのよ!!」

 

 げしぃっ! 蘭雪の蹴りが翔の脛を直撃。痛みの余り地面の上をのた打ち回る翔にヤマトが駆け寄る。一方、ナデシコは顔を真っ赤にしながら両腕を組んでいる蘭雪に注意していた。

 

「と、とにかく。この先に昔、集落だった場所の跡地がある。そこを通り抜けていけば、すぐベースキャンプに着く。まずはベースキャンプまで行こう」

 

「そうしましょ……今度、押し倒してきたら本気でぶち抜くからね」

 

 だからさっきのは事故だって言ってんだろぉ! と翔は声を大にして叫ぶ。蘭雪の装備がガンナーのものであるため、冗談だとしても洒落にならない。何より、彼女の目がマジだった。しかし、彼女を押し倒してしまったのも事実。翔はそれ以上、何も言わなかった。

 

「早く行くわよ。戻るのにもたついて、またジンオウガと遭遇なんて目も当てられないわ」

 

「だな。ヤマト、行くぞ」

 

「ナデシコ」

 

 それぞれの相方の名を呼ぶ。二人が話している間、周囲を警戒していたオトモは主の声に返事をした。そのまま二人と二匹は周囲を警戒しながらベースキャンプへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ、集落の跡地だ。そこを抜ければ」

 

「ベースキャンプまですぐ、でしょ」

 

 だったら急ぎましょ、と蘭雪は足を速める。慣れているのか、ナデシコは特に慌てる様子もなく蘭雪についていく。翔とヤマトは慌てて二人を追った。翔の言うとおり、すぐに集落の跡地が見えてきた。忘れ去られたかのように廃屋が数軒並んでいる。集落跡地というだけあって、かなり広い。

 

「モンスターは……いないわね」

 

「……ご主人」

 

「あぁ、妙だな」

 

 警戒した様子で集落跡地を見渡していた蘭雪がほっと息を吐いた。しかし、翔とヤマトは訝しげな表情を作っている。

 

「どうかされたんですかにゃ?」

 

 訊ねるナデシコに翔はいや、と首を振ってみせる。

 

「ここさ、普段はジャギィとかがいるんだよ。時々、ブルファンゴとかも」

 

 だというのに今の集落跡地は小型モンスターの姿はおろか、気配すら感じられない。それも不自然さを感じさせるほど。偶々、ここに集まっていた小型モンスター達がいないのならそれでいい。しかし、それが偶然じゃないのだとしたら? 何かの理由があって、ここからいなくなったのだとしたら……。狩場としてこの渓流に来ている翔とヤマトのコンビだからこそ感じる違和感。蘭雪には今一ピンとこないのか首を傾げている。

 

「考えすぎじゃないの? モンスター達だって永遠、一箇所に留まってるわけじゃないんだ……」

 

 言葉を途切れさせる蘭雪。視線は一箇所で固まっている。嫌な予感を感じつつ、翔は蘭雪の視線を辿っていく。辿り着いたのは一際大きな廃屋の屋根部分。そこに奴はいた。

 

『……』

 

 雷狼竜ジンオウガ。翡翠色の目が翔達を見下ろす。

 

「先回り、してたのか……」

 

 固まった翔達をよそにジンオウガはのっそり屋根の上でと立ち上がる。地面に飛び降りる紺碧の巨体。着地音と軽い地鳴りが翔達を現実へと引き戻した。ジンオウガは相変わらず翔達を見続けている。それだけで翔は悟った。こいつからは逃げられない、と。隣の蘭雪を見やる。その目には明らかな怯えの色があった。意を決し、翔は一歩を踏み出す。

 

「ち、ちょっと翔」

 

「あいつ、俺とヤマトなんかよりもよっぽどここら辺のことを知ってる。その証拠に先回りされた。多分、逃げてるだけじゃ最終的に追い詰められる……俺が戦ってる間にお前は逃げてくれ」

 

 目を見開く蘭雪に翔は苦笑いを浮べて見せた。

 

「お前は巻き込まれただけだからな。俺とヤマトがジンオウガの気を引いてる間にベースキャンプまで走れ。そうすれば村、ユクモ村に行けるだろうから、村長にジンオウガのこどぉ!!」

 

 喋っている途中だった翔の後頭部に蘭雪の拳がめり込む。盛大に舌を噛み、翔はその場に蹲った。

 

「馬鹿じゃないのあんた! 何、格好つけてんのよ! あんたとその間抜けそうな顔のアイルーだけじゃやられるに決まってるでしょ!!」

 

 顔を赤くさせながら蘭雪は早口に捲くし立てる。間抜けそうな顔、と言われてヤマトが傷ついてるようだが、意に介さずに蘭雪は涙目になっている翔と視線の高さを合わせた。

 

「ここまで来て、あんたのせいで巻き込まれたなんてふざけたこと言うつもりは無いわ。私はハンター、あんたもハンター。だったら取るべき道は分かるわよね?」

 

 一方的に言うと蘭雪は立ち上がり、背中のアルクセロを広げる。既にナデシコも戦闘態勢に入っていた。暫し呆けた後、翔は口元に笑みを浮かべながら立ち上がる。蘭雪の言うとおりだ。ハンターであるなら、共に手を取り合い、協力して目の前の敵を討ち果たす! 翔は背負った骨刀の柄を掴みながらヤマト、それから蘭雪とナデシコを見た。

 

「行くぞ!!」

 

 ハンターとモンスター。生き残るための戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オォォォォォォッッッ!!!!!』

 

 眼前から翡翠の巨体が迫ってくる。翔は横に転がってジンオウガの飛び掛りを避けた。すぐ横で巨体が着地する音を聞き、翔は肝を冷やしながら跳ね起きる。ジンオウガの視線が翔を追っていると、離れたところで立っていた蘭雪が引き絞っていた弦を放した。小さな風切り音を放ちながら飛翔する一本の矢はジンオウガの角に直撃する。苛立たしそうに唸りながらジンオウガは蘭雪を振り返る。

 

「はぁ!!!」

 

 すぐさま、翔はジンオウガの尾に太刀を振り下ろした。だが、太刀は浅い傷を甲殻に残すだけ。ジンオウガは翔を無視し、蘭雪へと突進していった。地を揺るがしながら駆けてくるジンオウガに物怖じせず、蘭雪は第二射、第三射の矢を放つ。矢は吸い込まれるようにジンオウガの頭部へと飛んでいくが、悉く角に弾かれた。

 

「かったいわねこの犬っころは!!」

 

 激しく毒づきながら蘭雪はジンオウガをギリギリまで引き付け、巨躯に押し潰される寸前に横へと飛んだ。蘭雪が立ち上がるのと、ジンオウガが地面を削りながら体を反転させるのがほぼ同時。蘭雪が矢を番えると、ジンオウガの背中が雷を纏った。

 

「ナデシコ!!」

 

「はいにゃ!!」

 

 蘭雪が呼びかけた時、既にナデシコは持ち上げていた小タル爆弾を投擲していた。煙で放物線を描きながら飛んでいった小タル爆弾がジンオウガの右足に直撃、同時に小さな爆発がジンオウガを襲う。ダメージこそ与えられなかったが、爆発の衝撃で僅かにジンオウガが怯む。背中の雷もどこかへと霧散していった。

 

「行くぞヤマト!!」

 

「了解ですニャ!!」

 

 翔とヤマトの主従がジンオウガ目掛けて駆ける。視界の端にジンオウガに向かっていく二人を確認し、蘭雪はジンオウガに反撃させまいと矢継ぎ早に矢を射る。ナデシコも次の小タル爆弾を準備していた。

 

「疾っ!!」

 

「オニャー!!」

 

 裂帛の呼気、踏み込みに連動して振り上げられた太刀がジンオウガの鼻頭を斬る。ヤマトも先ほどの小タル爆弾で小さなダメージを受けている右足へとボーンピックを叩きつけた。ジンオウガは怒りの声を上げながら翔へと牙を突きたてようとするが、蘭雪の放つ矢がそれを許さない。

 

 一際大きな声を上げ、ジンオウガは体に力をこめた。

 

「ヤマト、下がれ!!」

 

 ジンオウガが何かするのを直感した翔はヤマトに呼びかけながら、自身も後ろへと跳ぶ。途端にジンオウガは前片足のみで自身の体を持ち上げ、尾で円を描くようにして周囲を薙ぎ払った。

 

「ニャッ!?」

 

 咄嗟にヤマトはその場に屈みこむことで事なきを得る。しかし、アイルーであるヤマトはともかく、人間の翔はそうもいかず。

 

「ぐあっ!!」

 

 ジンオウガの尾に打たれ、翔は大きく吹き飛んでいった。背中から地面に落ち、派手に転がっていく。後ろへと跳んだのが幸いしたのか、そこまで大きなダメージは受けておらず、頭がぼんやりするもすぐに意識がはっきりとなった。

 

「ってて……」

 

「ご主人!!」

 

「馬鹿、さっさと起きなさい!!」

 

 ヤマトと蘭雪の切羽詰った声に翔は尻餅をついた状態で視線を持ち上げる。見えたのは目の前で前足を振り上げるジンオウガ。

 

「うおぉ!!??」

 

 間一髪、翔は横に転がった。さっきまで翔のいたところがジンオウガの巨大な前足で踏み躙られる。もう一度、ジンオウガは前足を持ち上げた。死に物狂いで後転する翔。すれすれのところにジンオウガの足が振り下ろされ、地面を伝わってきた衝撃で翔の体が宙に浮いた。

 

『グルル……』

 

 ジンオウガの目が翔を追う。既に翔は立ち上がり、太刀を構えてジンオウガを睨んでいた。牙をむき出していたジンオウガの後足の近くで、ナデシコの投げた小タル爆弾が不意をつくように爆ぜる。更に蘭雪の放つ矢が背中に当たった。ダメージこそ無いが、ジンオウガの気を引くには十分だ。

 

「はは、分かってはいたけど、やっぱり強いな」

 

 蘭雪に向かっていくジンオウガを見ながら、翔は力ない笑いと共に呟く。アオアシラとは比べ物にならないその強さ。親父が何度も死にかけるわけだ、と翔は苦笑交じりに立ち上がった。

 

「ご主人! 大丈夫かにゃ!?」

 

 駆け寄ってきたヤマトの問いに翔は頷くことで答える。多少、全身ズキズキするも、動くことに支障は無さそうだ。再び、彼等は『無双の狩人』へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初、それらに遭遇した時に彼のものが感じたのは強い怒りだった。自分の縄張りを侵し、あまつさえ血で汚したことに彼のものは憤慨する。だから、彼のものはそれら二体を叩き潰すために追いかけた。ちょろちょろと逃げ回るが、そういう相手を追いかけるのには慣れている。捕まえるのも時間の問題だ。

 

 何時の間にかそれらは四体に増えていたが、彼のものにとってそれは些細なことだった。何体に増えようが、それらが辿る末路に変わりはない。その内、追い掛け回すのが面倒になったので彼のものはそれらを先回りした。強靭な四肢と、周囲一体を知り尽くしている彼のものにはその程度の芸当、容易なことだ。

 

 逃げられないと悟ったのか、それらはそれぞれの牙や爪をもって彼のものに向かってきた。追いかけっこの終わりを感じ、彼のものは僅かに高揚する。しかし、そこから先に待っていたのは彼のものにとって、未体験のものだった。

 

 倒れない、倒れないのだ、それらは。自分達がどれ程無力かを知っていてなお、彼のものがどれだけ強いかを見せ付けられてなお、それらは瞳から生きるという意志を失わなかった。いまだかつて、遭遇したことの無いそれら。彼のものにとって、蹴散らすものでもない、食べるものでもないそれら。

 

 長い時間が経ち、ついにそれらは彼のものにとって『追いかける相手』でも『食べる相手』でもなく、『戦うべき相手』となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれほどの時間が経過したのか。只ひたすらに戦っていた翔達にはそれを知る術がなかった。満身創痍の四人は荒い呼吸を繰り返しながら目の前の『無双の狩人』を見据える。四人とは対照的に目立った傷はもちろん、ダメージもない。悠然と立ちふさがり、翡翠色の瞳が四人を見ていた。

 

「……蘭雪。後、矢って何本残ってる?」

 

「もう十本も残ってないわよ。そういうあんたこそ、そろそろ折れちゃうんじゃないのそれ?」

 

 蘭雪はボロボロになった翔の太刀を示す。強靭で堅固なジンオウガの甲殻に何度も振り下ろしたため、刀身は既にボロボロだった。オマケにジンオウガが相手では研ぎ石を使う余裕も無いので、いつオシャカになってもおかしくない状態だ。

 

「なぁ、あいつって」

 

「元気ピンピンでしょうね」

 

 だよなぁ、と翔がため息を吐いたその時、不意にジンオウガが鳴き始めた。すぐさま構える四人。しかし、ジンオウガが襲い掛かってくる様子は無い。一定の間隔を置いて、その身を輝かせながら鳴き声を繰り返している。

 

「何あれ……?」

 

「さぁ……ん?」

 

 ここで翔は周囲の変化に気づく。何かに惹かれるように、小さな光の玉が集まってきているのだ。その光玉から微かな羽音が聞こえることから、すぐに雷光虫だと理解することができた。周囲を舞う雷光虫の数に比例し、ジンオウガから発せられる光が強くなっていく。最後の雷光虫が集まった瞬間、ジンオウガの角と甲殻、毛が突き立った。

 

『オオォォォォォォォォンッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 雷を纏ったジンオウガが天に向けて朗々と咆哮を轟かせる。迸る蒼電、電磁的な音が周囲に響き渡った。眼前の敵が起こした突然の変化に四人は呆然とする。自然と足が後ろに下がろうとする。武器を握る手に汗が光っていた。不意にジンオウガの巨体が宙を舞う。僅かな動作のみでばね仕掛けのように跳躍し、突き立った甲殻がずらりと並んだ背中を地面に向けて翔達目掛けて落下してきた。

 

「避けろぉ!!!!」

 

 無意識の内に発せられた翔の叫びに従い、四人は四方に散る。さっきまで四人のいた場所に落下するジンオウガ。周囲に衝撃と雷を撒き散らし、地面を泥か何かのようにごっそりと削り取った。

 

「む、無茶苦茶ね……ん?」

 

 尻餅をつき、急いで立ち上がろうとした蘭雪はポーチから何かが転がり出ているのに気づく。それはこの状況を打開することが出来るかもしれないアイテムだった。蘭雪は急いでそれを拾い上げると、全員に大声で呼びかける。

 

「皆、目ぇ閉じて!!!!」

 

 意味は分からなかったが、翔達は蘭雪の言葉に従って瞼を下ろす。いきなり大声を上げた蘭雪を振り返るジンオウガ。既にその時、それは投擲され、ジンオウガの目の前で炸裂していた。

 

カッ!!!!!!!!!

 

 瞼を閉じてなお、視神経を焼きつけんばかりの光が周囲を照らし出す。蘭雪が投げた閃光玉の光を目の前、それももろに浴びたジンオウガは視界を奪われ、苦悶の声を上げて滅茶苦茶に暴れ始めた。何も無いところへ飛び掛ったり、地面に足を叩きつけまくる。暴れ狂うこと数十秒、視界を取り戻したジンオウガの前に既に四人はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でもっと早く……閃光玉使わなかったんだ?」

 

「仕方ないで、しょ……念のために用意しておいたの、忘れてたんだから」

 

 走りに走って走りぬき、四人はベースキャンプへとたどり着いた。疲労困憊、満身創痍。どれほどの言葉を使っても表現できぬ状態だが、とりあえずは生きている。ハンターにとって、それが全てだ。

 

『オオォォォォォォンッッッッッ……』

 

 遠方から遠吠えが聞こえてくる。闘争の相手を見失った『無双の狩人』の咆哮だ。

 

「まさか、ジンオウガがいるなんてな……早く、村長に報告しないと」

 

「私達もついて行っていい? 正直、この状態で旅を続けたら一日と経たずに死んじゃうわ私達」

 

 もとより、こんなところで彼女を放り投げるつもりは無かったので、翔は一つ頷いた。

 

 これが彼と彼女、(ムラ)(サメ)(カケル)(ファン)(ラン)(シェ)の出会いだった。




ども、こんばんわ。サザンクロスってもんです。
いやぁ、モンハンの小説書くのって大変なのね。
特に狩猟の描写とかどう書いていいか分からんし。
まぁ、サークルの皆々様とぼちぼちやっていくんでこれからもよろしくお願いしまっす。
ではでは~。


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第2章
第06話 (著:蒼崎れい)


『クルペッコの羽根求む』

クエスト内容:クルペッコ一頭の狩猟

報酬金:1500z
契約金:300z
指定地:渓流
制限期間:2日間

主なモンスター:
・ジャギィ
・ブルファンゴ

クエストLV:★★★

成功条件:
・クルペッコ一頭の討伐、捕獲

失敗条件:
・狩猟続行が困難の場合
・タイムアップ

依頼主:ユクモ織り振興委員会


「蘭雪、大丈夫か……!」

 大きく口を開けているジャギィ達を、青年は骨刀【犬牙】で横薙ぎして牽制する。

 全身を覆うのは、ユクモ村に昔からあるユクモノシリーズの防具である。

 身長は一八〇センチと比較的高く、だが必要最小限の筋肉に覆われた身体からは、微塵も貧弱さが感じられない。

 うなじの辺りで乱雑にまとめられた髪が、笠の後ろで華麗に宙を舞う。

「大丈夫には大丈夫だけど……」

 その青年の後ろでは、青紫を基調とした鮮やかな防具――ブナハシリーズ――を身にまとう少女が、矢を乱れ撃っていた。

 青年より少し背は低いが、女性としては高めで一七〇センチほど。

 栗色の短いツインテールが、少女の動きに応じてひょこひょこと揺れる。

「ちょっと数多すぎ! 何とかしなさいよ翔、誘ったのあんたでしょ!」

「しょーがねぇだろ! こんな大群が来るとか、予想してなかったんだから!」

「現地のハンターなんだから、それくらい予想してなさいよ!」

「んなもん知るかぁ!」

 太刀や矢によってダメージを受けたジャギィ達は、二人の口喧嘩に気圧されてか、首をすくめて後ずさる。

「二人とも、今はこの状況を打開する方が先ですのにゃ」

「そうですニャ、ご主人にお嬢。痴話喧嘩はジャギィも食わないのですニャ」

 あまりの酷さに、二人に忠告するオトモの二匹であるが、

「わぁーってらぁ、んなことぉ!」

「ちっ、ちわげん……!? 翔のバカオトモ、あとでたっぷりオシオキしてあげるから、覚悟しときなさいよ!」

 とまあ、当の本人達にとってはジャギィ達を追い払うより、この状況は翔のせいなのかどうかの方が重要らしい。

 もっとも、ジャギィ程度ならいくらかかってこようと簡単に蹴散らせるほど、二人の腕が上がったという事でもあるのだが。

 実際に、激しく口論していても、二人の動きには無駄も乱れもない。

 HR(ハンターランク)が4を超える上位のハンターや、G級クエストもこなすベテランハンターと比べればまだまだ稚拙だが、十分に一人前と言っていいレベルだ。

 青年は勢い良く飛びかかってきたジャギィを一刀の下に斬り伏せ、少女は複数の矢を同時に放つ曲撃ちで跳躍するジャギィ達を次々と撃墜する。

 互いの背中を守り合い勇猛果敢に戦う姿は、二匹のオトモも惚れ惚れするほど連携が取れていた。

 それに華もあって、とても格好いい。

「まあ、にゃんだかんだで、あの二人は大丈夫そうですのにゃ。頑張るのは、ヤマトの方にゃのかも」

「……修行中の身ゆえ、そこは勘弁して欲しいですのニャ、姐さん」

 青年と少女にオトモ二匹によって、次々と蹴散らされてゆくジャギィの群。

 多くの配下に負傷を負わせられ怒りが頂点に達した群の長が、見事なエリマキを広げて咆哮する。

 その巨体はジャギィの倍を軽く超え、鋭い牙と強靭な尻尾を振り回して二人のハンターへと襲いかかった。

「ったく、クルペッコ狩りに来て、なんでドスジャギィの群と戦わなきゃなんねぇんだよぉぉおおおおおお!」

 青々と木々の茂る渓流に、青年の声が木霊した。

 

 

 

      ◆

 

 

 

 クルペッコの狩猟に出かける前夜、一人の青年とオトモが集会所へと報告に帰ってきた。

 ユクモノシリーズの防具を身に纏う青年。ユクモ村出身のハンター、村雨(むらさめ)(かける)である。

 そのかたわらにいるのは、彼のオトモアイルーであるヤマトだ。

「番台さん、頼まれてた特産タケノコ採ってきたぜ」

「採ってきたのですニャ」

 翔とヤマトは背負っている編み籠を下ろして、番台さんに見せた。

 掌サイズから両手で抱えるのも大変なサイズまで、大きさはまちまちである。

「ったく、お前さん達は相変わらず仕事が雑だにゃぁ……。こんなでっかいタケノコ、固すぎて料理にゃあ使えないのにゃぁ」

 番台さんの言葉に、がっくりと肩を落とす翔とヤマト。

 丸一日かけて頑張った成果をそんな風に言われては、がっかりもするだろう。

 もっとも、番台さんに今言われている事は、出発前にも散々言われていた事で、話を聞いていなかった翔とヤマトが全面的に悪い。

 しかし、ちゃんと使えるタケノコもある。

「でもま、お疲れさんだにゃぁ。ドリンク一杯ずつサービスしてやるから、温泉に浸かってくといいのにゃぁ」

 番台さんは親指で温泉の方を指差しながら、ニヤリと笑ってみせた。

「さすが番台さん! 太っ腹だぜ!」

「惚れ惚れしますのニャ!」

「野郎に惚れられても迷惑なだけだにゃぁ。それなら今度、べっぴんさんのアイルーでも、紹介しろってんだにゃぁ」

 翔とヤマトをしっしっと払いながら、番台さんは編み籠の中から使える特産タケノコをより分けていく。

 使わない分は、翔達の今晩のおかずになる予定だ。

 固くて食べられない部分も確かにあるが、けっこう食べられたりする部分もあるのである。

 番台さんの見せる背中に笑顔を送りながら、翔とヤマトは集会所の温泉に向かった。

 

 

 

      ◆

 

 

 

 ユクモ村は、言わずと知れた温泉街で有名な村ある。

 村のあちこちからお湯が湧き出し、至る所から湯気が立ち上っている。

 それはもう、山の上から川の底まで、文字通り至る所に。

 その中でも、集会所に設置されている温泉はとりわけ大きい。

 俗に言う、露天風呂と言うやつだ。

 緋色の柱を除いて壁は完全に取っ払われ、向こう側にはごちゃごちゃとした――しかしにぎやかで活気のあるユクモ村の景色が広がっている。

 しかも集会所はユクモ村で一番高い場所にあるので、その目に映る景色は正に絶景であった。

 特に紅葉の見られる二回目の繁殖期【秋】には多くの観光が訪れるのだが、それはもう少し先の話だ。

 翔とヤマトは申し訳程度の小さな脱衣場で装備を脱ぎ、ユアミスガタとユアミタオルに早変わり。

 普通、温泉は裸で入るものなのだが、集会所の温泉は一つしかないせいで男女共同――ようは混浴となっているのである。

 つまり、ユアミスガタで温泉に入るのが最低限のエチケットとなっているのだ。

 それに、露天風呂がオープンなスペースにあるせいか、外から一目につきやすいのも、ユアミスガタで温泉に入る一因にもなっている。

 始めから集会所を広く作っていれば――いや、今からでも増築すれば男女別の温泉を作るのは可能なのだが、村長にはどうやらそのつもりはないらしい。

「よしヤマト! どっちが長く潜ってられるか、競争しようぜ!」

「ふふん、臨むところですのニャ!」

 翔とヤマトは、露天風呂めがけて猛ダッシュで走り出した。

 他に入浴中のハンターがいるのにも気付かずに…………。

 

 

 

 マナー其の壱.湯に浸かる前にに身体を洗うべし!

 マナー其の弐.湯にはそっと浸かるべし!

 マナー其の参.絶対に挨拶すべし!

 マナー其の肆.温泉で騒ぐにゃぁ!(まあこれは、時と場合によるんだがにゃぁ)

 脱衣場から温泉に向かう出入り口にある、番台さんの豪快で達筆な字で書かれた看板だ。

 これを破ると、最低でも一ヶ月は集会所の温泉を使わせてもらえなくなるので、ユクモ村に滞在する全てのハンターがこれを守っている。

 ある意味、ユクモ村のハンターの頂点に立つのは、G級クエストもこなすベテランハンターではなく、ここの番台さんなのかもしれない。

 翔とヤマトもこの例に漏れず、汗と土でべたべたのどろどろになった身体を洗い、そろそろとお湯の中に入った。

「っはぁぁ、最高だぁ~」

「生き返るのニャ~」

 と、ユアミタオルを頭に乗せる定番な格好で、一気に肩まで浸かる。

 特産タケノコを探し回った疲れも、この温泉で吹き飛ぶというものだ。

 翔は目を細めてまったりムードのヤマトを横目に、眼下に広がるユクモ村に目をやった。

 だんだんと夕闇に覆われていく村のあちこちで、松明や篝火が灯される。

 小さくも力強い光を放つ橙色の光は幻想的で、とても美しい。

 ここにジンオウガの纏っている雷光虫の光でも加わればもっと綺麗になりそうだ、なんて考えて翔はちょっと吹き出す。

「ご主人、どうかしたのかニャ?」

「いや、なんでも。この前のジンオウガの事を、ちょっとな」

 アオアシラを討伐して喜んでいたのもつかの間、圧倒的な速度とパワー、そして堅牢な甲殻を有するジンオウガが突然現れたのだ。

 命からがらなんとか逃げ延びて、そこである少女に出会った。

 まあ、それはさて置き、

「よっしゃ、そんじゃ勝負だ!」

「ご主人、今日こそは勝たせて頂くのニャ!」

 翔とヤマトは肺一杯に空気を取り込むと、一気に頭のてっぺんまでお湯に浸かった。

 熱々の水中で、互いに目が合う。

 そもそも、温泉の中で目なんて開けて大丈夫なのだろうか。

 もっとも、当の本人達は全く気にしている様子はないが。

「(じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ)」

「(じぃぃぃぃぃぃぃぃなのニャ)」

 酸素の消費を抑えるため、両者共お湯の中で固く口を閉ざす。

 だが、それでもこぽこぽと、鼻や口の端から気泡が立ち登る。

 しばらくして、翔とヤマトは仲良くそろって、ぷるぷると身体を震わせ始めた。

 そろそろ、限界が近いのだ。

『ど、どうしたヤマト。なんだか、くく、苦しそうじゃねぇか』

『ご、ご主人こそ。なんだか、辛そうに見えますのニャ。無理すべきでないのですニャ』

『これは、む、む、武者震いだ。苦しいわけじゃ、ね、ねぇ』

『そそれなら、この、ヤ、ヤマトも、同じですのニャ』

 そんな会話を目でしながら、更に数十秒。

 翔の顔もヤマトの顔も、温泉の湯以外の原因によって赤くなり始めた。

 もちろん、原因は酸欠である。

『…………さ、さっさと、ギブアップしろよ』

『…………い、嫌ですのニャ』

 とまあ強がる一人と一匹であるが、動物にとって酸素は必要不可欠な存在なわけでして。

 ――やべっ、もう無理!

 ――空気、空気なのニャ!

 これまた仲良く、一人と一匹は水面へと勢い良く顔を出す。

「……………………へ?」

「…………翔さんにヤマト、何をなさっておいでにゃのですか?」

 振り返った翔の目の前には、少々慎ましやかな、しかし魅惑的な白い谷間が…………。

「こんのぉ、変態がぁあああああ!」

 少女に強烈なビンタを食らった翔の鼻からは、赤い液体が飛んでいた。

 

 

 

 温泉の中で正座させられている翔の前で、先ほどビンタを食らわせた少女が肩を抱いて鼻の下までお湯に浸かっている。

 栗色の短いツインテールはほどかれており、可愛さより清楚さが際立っていた。

 どこぞのご令嬢と言われても、信じてしまうくらいに可愛い。

 もっとも、本物の清楚で可憐なご令嬢と違って、こちらの少女は屈強な男のハンターでもノックダウンするようなビンタを持っているが。

 (ファン)蘭雪(ランシェ)、渓流でのクエスト中に迷子になり、翔と共にジンオウガの猛攻から生還した少女である。

 翔の紹介もあって、現在はユクモ村に滞在中なのだ。

 あまり親しみのない温泉が新鮮で、大層気に入っているらしい。

「まったく。私より年上の癖して、何子供みたいな真似してるのよ」

「っせぇなぁ。番台さんだって、温泉に潜っちゃいけねぇなんて書いてねぇんだから、いいだろうが」

「よくない!」

 ずいずぃっと、拳を固く握りしめながら身を乗り出してくる蘭雪。

 あまりの気迫と、うっかりぽろりしちゃいそうな谷間に、翔は必死で顔を背けた。

 ここでまた鼻血なんて出したりしたら、こんどはモンスターの分厚い皮も撃ち抜く矢が飛んできかねない。

 まあ、それはないだろうが……。

「ハンターの人達は、疲れをとるためにここに来てるの。リラックスしたいの。なのに翔が騒いでたら、他のハンターもゆっくりと落ち着けないでしょ。今日は、私とナデシコだけだったから、まだよかったけど」

「……いや、俺だけじゃなくて、ヤマトも……」

「口答えしない」

「……は、はぃ」

 あまりに正論すぎて、返す言葉も見つからない。

 翔も、今日はまだ特産タケノコ採取だから余裕があるが、この前のジンオウガみたいな事があった後なら、ゆっくりと休みたいはずである。

 必死に言い訳を考えてみるのだが、言葉の引き出しが少ない翔の頭で考えられるはずもなく。

 正論に打ち負かされ、分かりやすすぎるくらいがっくりと肩を落とした。

「まぁまぁ、蘭雪もそれくらいにして。お酒でも飲んで、ぱーっとやるのにゃ」

「お盆と御猪口(おちょこ)も借りて来るのニャ!」

 すると、翔の向こうから徳利(とっくり)を持ったナデシコと、お盆に御猪口を二つ乗っけたヤマトがやって来た。

 ナデシコに言われて、さすがの蘭雪も少し大人しくなる。

 逆に翔は助け舟を出してくれたナデシコに熱い視線を送るのだが、こちらはあっさり一蹴されてしまった。

 ヤマトがそっとお盆をお湯に浮かべると、ナデシコは器用に御猪口へと酒を注いだ。

「確かに、翔さんもヤマトもちょっとは騒いでいましたが、別に気にするほどでもございませんにゃ。本当は、ちょっと残念な胸を見られて恥ずかしがってるだけなので、蘭雪を許しあげてですのにゃ」

「ナナ、ナデシコ! 何言ってるのよ!」

「蘭雪、同年代の男の子に耐性がにゃいと言っても、ここは混浴にゃのです。これからも、男のハンターと顔を合わせるたびに、全員ノックアウトさせるつもりにゃのかにゃ?」

「それは…………。そんなつもりは、ないけど。うぅぅ…………」

 翔には隠せても、ナデシコには全く通用しない。

 言い負かされた上に本心が翔にバレてしまった蘭雪は、首から耳から額まで真っ赤にして、ぶくぶくとお湯の中に沈んでしまった。

「だよなぁ! いきなりビンタはねぇよな!」

 さすがナデシコ、話がわかる! と言おうとした矢先、

「翔さんも、これに懲りたら子供じみた遊びはおやめににゃる事です」

「……う、うっす」

 ハンターにも関わらず、オトモのナデシコに頭の上がらない翔と蘭雪であった。

 

 

 

 恥ずかしすぎて死んじゃいたい蘭雪は、さっさと温泉から逃げようとしたのだが、

「さっき入ったばかりなんですのに、もう上がってしまいますのにゃ?」

 というナデシコの一言により、お盆を挟んで翔の反対側の位置にちょこんと座った。

 身体を包み込むユアミスガタをぐいっと上の方によせ、伏せ目がちにちらちらと翔の事を見やる。

「そういやナデシコ、今日はどんなクエストやってきたんだ?」

「鉱石集めですのにゃ。ユクモ織り振興委員会に頼まれて、宝石の採掘をしていたのにゃ」

「ユクモ織り振興委員会?」

「ユクモ村伝統の衣服ですニャ、ご主人」

 クエスチョンマークを量産する翔に、彼のオトモであるヤマトが答えた。

「あぁ、祭の時とかに着るあれか」

「ですのニャ」

 納得した所でヤマトに勧められるまま、翔は御猪口に注がれた酒をくぃっと飲んだ。

 もちろん、明日のクエストに影響があってもいけないので、ほろ酔い程度までだが。

「翔さん達は、今日はにゃんのクエストを?」

「番台さんに頼まれて、特産タケノコ採ってきた。まあ、けっこう使えないのがあるって突き返されたのもあるんだけど」

 翔は二杯目を注いであおぎながら、自虐気味にあははと笑う。

「まったく、使えないタケノコまで採取してくるなんて、労力の無駄じゃない」

「そんな事言われてもよぉ、そんな気にした事なかったし」

「言い訳しない。今度一緒に行って教えてあげるから、覚悟しときなさいよ。運ぶのは全部翔の仕事だからね」

「いやあの、別にそこまでしていただかなくても……」

「私はありとあらゆる無駄が許せないの。ただよれだけよ。その代わり、私が手製のタケノコ料理、作ってあげるから」

「は……はぃ。よろしくお願いします」

 よろしい、とようやく笑顔になった蘭雪は、御猪口のお酒をあおる。

 その瞬間、ナデシコの口元がニヤリとゆるんだ。

 その様子を見ていた翔は、今の話になにか面白い事でもあったのか、とか思っていると。

 ばっちゃーん…………。

 蘭雪が顔面からお湯にダイブした。

「ッ!? おい、蘭雪!!」

 翔は慌てて蘭雪の後ろに回り、脇の下を持って顔をお湯から引き上げる。

 ――や、やややや、ややや、やわらけぇ!!!!

 同じハンターである蘭雪の身体の、なんと柔らかいことか。

 しかも二の腕に感じる、このぷにぷにとした感覚は……。

 考えようとしていた自分に気付き、翔はぷるぷると頭を振って追い出す。

 ここでまた鼻血なんて出たら、言い訳のしようがない。

「ふわぁぁい、らんしぇちゃんれすよ~」

 ――――――――――――――――――――はぃッ!?

 蘭雪ちゃんの様子がおかしい。

 つい先ほどのお説教モードから今の間に、いったい何があったのだろうか。

「ら、蘭雪? 大丈夫か?」

「ら~いじょ~う~、そぉぅれぇっ!!」

「のあっ!?」

 蘭雪のヘッドバッドが翔の顔面を直撃し、二人はそろって後方へと倒れた。

 ざっぱーんと盛大にしぶきを散らし、水面が大きく波打つ。

「なゃっはっはっはっは~! かけるたいいん、これより、こりゅうたいじにしゅっぱつしまふがぁ、じゅんびはろうなっておるきゃ~!」

 両手を腰に当てて仁王立ちする蘭雪。

 翔は直撃を食らった鼻をさすりながら、じろりと蘭雪を見つめる。

「ぞの前に、ごの辺に古龍が出たなんで情報ねぇがらな」

 ちなみに、鼻声なのは先の一撃で鼻血が再発してしまったからだ。

「よぉし、それでわぁ、とりでにむけてぇ、しゅっぱ~つ!」

 えいえいおー、と蘭雪は勢いよく拳を振り上げる。

 するとついに許容限度を超えたユアミスガタが、するりとほどけた。

 お湯で重くなったユアミスガタは、重力に従ってはらりと蘭雪の身体から離れ始める。

「うぉっとぉおおおおお!」

 翔はずり落ちるユアミスガタを押さえるため、反射的に両手を突き出した。

 その反応速度は、普段のハンティングの時を上回っていたかもしれない。

 なんとかユアミスガタの落下を防いだ翔。

 ほっと一息ついた瞬間、掌を押し返す超絶柔らかい感触プラス、ぷにぷにと弾力のある感触に冷や汗がたらり。

 ゆっくりと視線を上げてみると、

「ほっほぉー、かけるたいいん。なかなか、いいろきょうれはないかあー」

 翔の掌は、しっかりと蘭雪の胸の上に添えられていた。

 じゃあ、この固い感触のものはまさか……!?

「いや、違うんだ! いえ、違うんです! これは蘭雪のユアミスガタが落ちそうになっていたからであって仕方なく……。そう、仕方なかったんです!」

「しかたなくぅ~? つまりぃ、わたすぃのむねには、さわるかちもらいとぉ、そういいたいのかぁ~!」

「そういう意味じゃ……!?」

「そ~れすよぉ~、ど~せわらしのむねは、ちぃ~さいれすよぉ~。でもぉ、ちいさいのにはぁ、ちいさいなりのじゅよぉがあるんですぅ! そう、たとえは、かけるたいいんとかに!」

「俺が!? 俺は別にそういうのは…」

「いいわけなんておとこらしくなひぞぉ、かけるたいいん! そのはなぢがなによりにょしょうこらぁ!」

「これはお前のせいだろうが!」

 蘭雪は翔を指さしたまま、にゃっはっはっは、と大笑い。

 蘭雪の胸に手を付けたままなのもとてつもなく恥ずかしいが、手を離せば蘭雪の裸体が露わとなってしまう。

 妙な板挟みに顔面を真っ赤にさせる翔をよそに、蘭雪は胸を強調するように押しつけてくるし……。

「だぁあああああ!! もうめんどくせぇ! いいから、さっさと自分で押さえろ!」

 番台さんの注意事項を破って、翔は大声を張り上げた。

 それに、らじゃあ~、と両手で敬礼という謎のポーズで答えた蘭雪は…………。

 ぱっしゃーん。

 そのまま後方に倒れ込んだ。

 そして翔の手には、蘭雪の身体を覆っていたユアミスガタが。

 色々と見てはならないものを見てしまった翔は全速力で半回転するも、網膜の奥にまでその光景はしっかりと焼きついていた。

「ったく、何がどうなってんだよ。なぁ、ナデシ……」

 が、すでにナデシコの姿はない。

 ついでにヤマトの姿も。

 だが、その代わりに、

「いったい何をしているのですか?」

 蒼髪の綺麗なお姉さんが、呆れ半分に翔と蘭雪の事を見ていた。

「ラ、ラルク姉さん!?」

 ラルクスギア・ファリーアネオ。

 翔と蘭雪がジンオウガとの遭遇戦から命からがら逃げ帰ってから少しして、ユクモ村にやってきたハンターである。

 モンスターの研究機関にいる友人から、牙竜種の生態調査を頼まれたのだそうだ。

 モンスターに関する知識の造詣の深さもさることながら、華麗な身のこなしと実力に敬意を表し、翔はラルク姉さん、蘭雪はお姉さまと呼んでいる。

「あのえっと、なんと言いますかぁ……」

 頭をぽりぽりとかきながら、翔は事の顛末(てんまつ)を説明した。

 ようは、いきなり人が変わったように騒ぎ始めた、という簡素極まりない内容であるが。

「ふーん」

 翔の説明を聞いたラルクスギアは、蘭雪の方へと視線を移す。

 それから幸せそうな表情を浮かべる蘭雪にそっと近付き、翔の手から奪ったユアミスガタをかぶせた。

「たぶん、アルコールに極端に弱いのね、この子。安心なさい、単に酔っぱらってるだけだから」

「は、はぁ……。って、酔っぱらってるだけなんですか!?」

「これに懲りたら、今後はその子にお酒を飲ませない事ね」

 生返事に返す翔の肩を軽く叩きながら、ラルクスギアは湯船に背中を預ける。

 そこから見える満天に輝く星の運河に、はぁぁ、と湿った吐息をこぼした。

 その様があまりに色っぽくて、翔がつい凝視していると、

「どうかした?」

 と、横目に問いかけてくる。

「な、なんでもありません!」

「そぅ。ならいいのだけれど。おっと、そういえば、村長から君に伝言を言付かってきたんだった」

「なんですか? なんか嫌な予感がするんですけど」

 地元ハンターの間では、色々と有名な村長の事だ。

 またきっと、ろくでもない話に違いない。

 いや、人格者で良い人だというのは誰もが認めているのだが、なぜなのだろう。

「クエストの依頼だそうよ。行けばわかるわ。それと、そのままだとその子風邪引いちゃうから、早く身体ふいて着替えさせてあげなさい」

「ラルク姉さん! それはちょっと、性別的に色々とまずいのではないかと思われるのですがぁ…………」

 だんだん尻すぼみに小さくなっていく翔の声。

 翔が言葉を重ねるのに比例して、元々低かった視線の温度がどんどん下がっていくのだ。

 今なんか、体感で氷点下三〇度くらいある。

「パートナーの面倒くらい、自分で見なさい。自分の命をかける相手なんだから、なおさらね」

「それは、確かにそうですけど……」

「それでその子が風邪引いちゃった場合は、パートナーである君の責任だから。言い訳する暇があったら、行動しなさい」

「は、はぃ」

 ラルクスギアは視線を翔から外の景色に移し、楽しげに表情を緩めた。

 絶対に助けてくれないと悟った翔は、俗に言うお姫様抱っこで蘭雪を持ち上げると、落とさないよう慎重に湯船から上がる。

 すると、ちょうどそこへ番台さんがやって来た。

「翔に蘭雪ちゃん、温泉ではもっと静かにするにゃぁ」

 ついさっきまで特産タケノコの選別をしていたらしく、番台さんの手は土埃で汚れていた。

「ちょうど良かった。ちょっと蘭雪着替えさせるの、手伝ってくれねぇか? なんか、風呂で酒飲んで酔っちまったみたいで……」

「残念だが翔、そいつはできねぇ相談だにゃぁ」

「なんでなんだよ? 俺と番台さんの仲じゃ……」

 今一瞬、番台さんの服のポケットから、マタタビが見えたような。

「番台さん、誰かに買しゅ…」

「まあ翔、これも青春の淡い経験ってやつだにゃぁ。今夜は、頑張るんだにゃぁ」

 と、番台さん、親指を立てて犬歯ならぬ猫の牙をキラリ。

 とりあえず、今度農場に埋めてやると心に誓い、翔は脱衣場に向かった。

「はぁぁ、彼氏かぁ……」

 真夜中の篝火が作る幻想的な風景を眺めながら、ラルクスギアは一人つぶやいていた。

 

 

 

      ◆

 

 

 

 翔は自分の肩ですやすやと寝息を立てる蘭雪を見ながら、村長の元へ向かっていた。

 大変だった。

 本当に大変だった。

 何がそんなに大変だったかと言えば、蘭雪の身体をふいて着替えさせるのがだ。

 蘭雪の柔らかい感触に思考はオーバーヒート寸前、自分でもよく耐えたものだと思う。

 防具はさすがに無理だったので番台さんに預け、なんとかアンダーウェアだけは着せる事ができた。

「翔様、こんな時間にどうかなさいましたか?」

 翔の姿を見つけた村長――久御門(くみかど)(いち)は、ころころと笑顔をふりまく。

「ラルク姉さんに村長が呼んでたって聞いたんで」

 翔は背中から落ちそうな蘭雪を抱え直しながら、村長の前で立ち止まった。

「あぁ、そうでしたか。実は、狩猟してきて欲しいモンスターがおりまして」

 と、市はクエストの書かれた紙切れを、翔に見せる。

 翔は身体を前方に寄せるようにして、紙切れに書かれたモンスターの名前を読み上げた。

「クルペッコですか」

「えぇ。お願いできますかしら?」

 少々不安気に見上げてくる市。

 断られる可能性も危惧しているのだろう。

 だが、それは無用の長物というものだ。

「任せてください。俺達にかかれば、百発百中間違いないですから」

「あらあら、それは頼もしいですわね」

 上品に手を口に当てながら、市は慎ましやかな笑い声を上げる。

 これは、家に帰ったらさっそく準備せねば。

 翔は胸を踊らせながら、帰宅の途につく。

「それで、蘭雪ちゃんとはどこまで進んだのですか?」

「っ!? だから、全然そんなんじゃありませんってばぁああああ!」

 ユクモ村は、今日も平和であった。




 初めての人、初めまして。たぶんほとんどいないでしょうが、お久しぶりの方、お久しぶりです。おはようからお休みまで、読者の皆様に厨二病をお届けする末期患者、蒼崎れいです。
 そんなわけで、アオアシラ編に引き続き、クルペッコ編いよいよスタートです。まあ、まだ受注シーンまでしか行ってないんですけど。今回は冒頭担当という事で、集会所でのイチャイチャシーンを全力でやってみました。いかがでしたでしょうか、酔っ払い蘭雪ちゃん。可愛いよね、可愛いですよね、可愛い以外の選択肢なんてありませんよね。
 アイルー達(番台さんとナデシコ)に翻弄されっぱなしの主人公とヒロインは、書いててなかなか面白かったです。ラッキースケベなんて死ねばい……ゲホンゲホン。
 他にも村の風景なんかにも力を入れてみました。妄想の中でユクモ村の風景が思い浮かべていただければ幸いです。
 さて、今回出てきたラルクスギア・ファリーアネオですが、こちらサザンクロスさんの制作キャラです。自分以外の人が作ったキャラを動かすのが、ものすごく楽しい。特に、自分に作れないようなキャラクターを動かす時なんかは。また出したいですね(笑)
 というわけで、次話は獅子乃心さんです。翔と蘭雪は無事ペッコさんを狩る事ができるんでしょうか。その道中もお楽しみにしながら、気長にお待ちください。どうやらここのメンバー、遅筆な方が多いらしいので)ォィ。
 それでは、機会があれば次章でまたお会いしましょう。


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第07話 (著:獅子乃 心)

「さて、と。お~い! ボックスの支給品分配するからこっち来てくれ!」

 

 ユクモ村から鳥車に揺られて数十分。今しがた渓流のベースキャンプに着いた(カケル)たちは各々で狩りの準備をしていた。

 

「ごめん、今手が離せないから~! 翔のオトモぉ~私の分持ってきてぇ~!」

 

 ストレッチの途中であった蘭雪(ランシェ)は近くで素振りをしている翔のオトモアイルー、ヤマトに向かって遠慮なしに指示する。当の本人は、そろそろ名前で呼んで欲しいニャ……とトボトボしながら主人の所へと歩いていくのだった。

 

「蘭雪はどうした? ストレッチか?」

 

「そうみたいニャ。ぐるぐるふにゃふにゃといつ見ても不思議な盆踊りを見ているようだニャ。あ、お嬢の変わりに取りに来たニャ」

 

 あれな、と感慨深げに蘭雪がいるであろう方を向く。

 彼女と狩りに行くようになってからというもの、ソロが長かった(と言うかソロしか経験がない)翔は色々な所で驚かされることが多かった。

 一つは、このストレッチ。彼女いわく(ファン)家に伝わる伝統的な運動法らしい。その名も太極拳。ふらふらと動いているようで軸がしっかりとしていて、ぐるぐるゆらゆらと手や腕を回転させる独特の型を持っている。素人目にはよく分からないが、どうやら攻撃を受け流す護身術の様に見えた。

 

「フゥ――。ナデシコ、次は的をお願いできる?」

 

「任せるにゃ。準備は万端。いつでも打てますにゃ」

 

 腕の回転を収束させながら深く息を吐きつつ気をつけの姿勢になる蘭雪。いつもはこれでストレッチが完了し、次のフェイズへと移る。

 

「行くにゃ? それっ!」

 

 蘭雪のオトモアイルー、ナデシコは打ち上げタル爆弾に着火させるとベースの開けた場所から空中へ向けて爆弾を放つ。

 

「――そこっ!」

 

 威勢良く発した言葉とともに、限界まで弦を絞っていた相棒、アルクウノから一筋の矢が放たれる。矢は放物線を描きながら、ナデシコの手を離れた打ち上げタル爆弾のど真ん中に吸い込まれると、彼女たちの遥か頭上で爆発が生まれた。

 

「にゃっ! にゃっ! にゃにゃにゃ~っ!」

 

 その爆発を合図にナデシコは足元の打ち上げタル爆弾に次々と着火し、打ち上がった爆弾を次々と蘭雪が打ち抜くのを繰り返す。無尽蔵に出てくる爆弾もそうだが、蘭雪の射撃の腕も大したものである。

 離れたところでドンパチ始める相棒(パートナー)を尻目に翔とヤマトはコツコツと狩りの支度をするのだった。

 

 

 

 

 

 ところ変わって。ベースキャンプからすぐのこのエリアは渓流の中でも比較的標高が高いところに位置し、緑が多い渓流には珍しくむき出しの地盤が崖のようになっている。そのため、開けたエリアが多い渓流を一望することが出来るので探索に向いているのだ。

 

「ねぇ翔。あの辺にジャギィの群れがいるんだけど?」

 

「狩場だからな、ジャギィの一匹や2匹、群れだっているに決まってるだろ」

 

「バカ、そんな当たり前の事聞くわけないじゃない。群れにしては大きくないかって事!」

 

 蘭雪の指す方向はちょうど渓流の北東部。開けた広場に廃屋が雨ざらしになり、朽ちながら寄生木(ヤドリギ)やツタ、苔に絡まれてエリアの真ん中に2つ鎮座しているのが特徴である。

 最近居着いた蘭雪にしても、そこにジャギィが出現することはもはやお馴染みとなっていた。

 ただ今回は、その群れの量がいつもに比べて大きいのである。

 確かに自然が常に同じ状態でいることはまずない。同じように見えるだけで、川を流れる水も、空に浮かぶ雲も決して同じものである確証はないのだから。

 

「繁殖期って言ってもそうポンポン増える訳じゃないし……。他所の群れが入ってきたかもしれないな」

 

「じゃあ、もしかして……」

 

「ドスジャギィがいるかもしれないですにゃ」

 

 ドスジャギィ。ジャギィの群れの頂点に立つ、言わばリーダーである。群れの中でも取り分け体が大きく、力の強い者だけがなれる。これも自然の摂理である。

 神妙な面持ちの彼らだが、ドスジャギィが群れにいるのといないのとでは大きく違いが出る。優秀なリーダーが号令をかける事で作業効率が上がるのと同じく、ジャギィの場合は遠吠えによる援軍、攻撃のタイミングの支持があるだけで、グッと狩猟が困難になるのだ。

 

「と言ってもだな、依頼書にはクルペッコ以外の大型モンスターは確認されていないって書いてあるし、近くを通りかかっただけかもしれない」

 

「そうね、取り敢えず今はクルペッコの探索に専念しましょ」

 

 北東エリアを跳ね回っているジャギィを一瞥し、一行は探索を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 一行は隣接する川原エリアの入口へと移動していた。

 

「お袋曰く、クルペッコは竜と名がつくものの雑食で、渓流では主に川辺で魚を獲って食べている姿が確認されている、と」

 

 翔は狩猟手帳(ハンターノート)を懐にしまうと後方に控えている蘭雪に確認を取る。

 既に川原エリアには今回の獲物(クルペッコ)が器用に魚を(ついば)んでいるの確認した。ここからはいつもの手はず通りに、と幾らかトーンを落とした口調で言うと、蘭雪は首肯のみで反応する。

 そんじゃ、と翔を始め前衛のヤマトとナデシコはクルペッコの死角になるとこを位置どってスタンバイする。

 

「じゃあ、行こうかしらね。……3、2、1!」

 

 矢をつがえ、弦をギリギリと引き絞る。狙うは彩鳥の名にふさわしい鮮やかな羽。

 いつも通り、ゆっくりと3カウント唱えた瞬間、羽に矢が刺さった音と同時にクルペッコ狩りのゴングが鳴った。

 

 

 

 

 

――――ギョワアアアアアアァァァ!!!

 

「らぁぁぁッ!」

 

「ニャァァァッ!」

 

 矢が飛んできた方向に注意がそれた瞬間には翔、ヤマトの剣士コンビの刃がクルペッコに肉薄していた。

 大上段、突き、切り払いと立て続けに切り込む二人が距離を取った当たりで、扇のようなクルペッコの尻尾がさっきまで立っていた位置を乱暴に薙いだ。

 

――――キュルルルゥゥゥ……!

 

 悔しそうに唸るクルペッコが二人を視界に捉えた所で、忘れてもらっちゃ困るとばかりにナデシコがありったけの爆弾をクルペッコに向けて投擲する。

 

「それ! それ! にゃあ!」

 

一つ一つはそれほどのダメージではないだろうが、連続して放られる爆弾の衝撃によろよろとたたらを踏むクルペッコ。

 

真打(しんうち)……登場よッ!」

 

 あたかも最初からその地点に移動することが計算されていたかのように蘭雪が打った矢の雨はクルペッコに無数の矢傷を付けた。

 

「流石、お嬢の命中精度ニャ。まるで生花ニャ」

 

「また調子に乗っているとボロボロになって帰ることになるにゃ」

 

 幾らかの余裕を見せるまでに至る彼らのスタイルは、出会ったあの夜から何度も依頼を受けて一つ一つ積み重ねていったものだ。

 相手が一人に狙いを定める前に撹乱し、一つ一つ傷を付けていく。如何なる大木であれど繰り返し斧を突き立てられれば何時かは倒れるものである。

 

 しかし、この程度で倒されるほど竜の名を語る自然の脅威が柔であるはずがないのである。

 両翼を大きく広げると、後ろに大きく後退しながら小さく浮かび上がる。そして、息を大きく吸い込むと口から粘液が放たれた。

 

「っとと、器用に打ち分けやがって野郎。大丈夫かヤマ……ト?」

 

「ニャ、ニャ……ベタベタと気持ちが悪い上に何か変な匂いがするニャ」

 

 彩鳥の名は見た目の鮮やかさから来るものだろうが、粘液を三方向に打ち分けたりトリッキーな攻撃からも来ているのではないかと逡巡してしまう。

 もたもたしていると、クルペッコは飛沫を上げて着地するとそのまま真っ直ぐにヤマト目掛けて突進する。

 不味いと思った蘭雪が矢で牽制するも、お構いなしとばかりにヤマトを捉え、大きく跳ね飛ばす。すかさず切り込みに入った翔が時間を稼ごうと懐に入った瞬間に今度は尻尾が翔を捉え、同じく遠くに吹き飛ばされてしまう。

 

「つくづく男子はバカね、脳みそまで筋肉で出来てるんじゃないの? まったく……」

 

 本心からではないだろうが、悪態をつく蘭雪にもすっかり焦りの色が出てしまう。が、パートナーのナデシコは冷静にクルペッコによる(ついば)み攻撃を(かわ)しては爆弾投擲に精を出している。

「痛ったた、調子良かったのにな……」

 

「調子に乗っていたの間違いニャ。それにしてもこのベタベタがなかなか取れないのはこれ以上ない精神攻撃ニャ」

 

 吹き飛ばされていた剣士組もあの日を境に鍛えただけあって(防具のおかげで)大した怪我は無い。

 

「ほらアンタ達ぃ! ナデシコに時間稼いでもらって情けないと思わないの!? その剣がなまくらになってないんならしっかりしなさいよ!」

 

 ナデシコの攻撃の合間を埋める形で、蘭雪の放つ弓がクルペッコの気を削ぐ。きっと翔達と組む以前はこんな風にして狩りに挑んでいたのだろう。息の合ったコンビネーションに負けてられねぇ、と太刀を構えた翔に走り出したヤマトも戦線に復帰する。

 剣士組は一撃一撃を丁寧に当て、尚且つ欲張らない攻撃に徹する。さっきの失敗は何よりも慢心からのものだ。頼もしい味方に囲まれ、思い通りの狩りが出来るようになると、調子に乗って深追いするルーキーがそのまま狩場から戻らない、なんて事はざらじゃない。彼らのその心がけは着々とクルペッコへのダメージなる。欲張らずとも彼らの描く勝利へのビジョンに一歩ずつ近づいていた。

 

――――ギョワァァァギョワァァァッ!!!

 

 一撃を入れては避けを繰り返す翔達に(らち)があかないと叫ぶかのようにクルペッコが咆哮すると、両翼の先についた火打石を何度か打ち合わせる。

 

「来るにゃ、回避ッ!」

 

 クルペッコの行動が何を指すのかをいち早く察したナデシコは回避を促す。ナデシコの声を聞いた直後、ただ本能のままに身を投げた翔が今さっきまで立っていた場所に一足飛びに跳ねたクルペッコの火打石から小規模の爆発が起きた。跳ねた水飛沫が火打石に当たりしゅうと消える。クルペッコは火竜リオレウスのような直接的な火炎ブレスを持たない。代わりに、両翼の火打石と自ら生成する可燃性の高い粘液ブレスとを組み合わせることで外敵を排除するに用いている。そう考えれば、火竜ほどではないにしろ当たればただではすまないだろう。

 クルペッコは勢いを殺さないようにくるりと回転すると、今度はヤマトへ向けて翼を叩きつける。ニャッ、と短く勢いづけて主人に習いクルペッコのまたをくぐり抜けるように回避する。

 またもや避けられたクルペッコはキュルル、と悔しそうな鳴き声を上げる。そこに何処から現れたのかクルペッコの足元にありったけの爆弾を設置したナデシコがブツに着火するのと蘭雪の指から矢が離れたのは同時だった。

 

――――ギョワアアアアアアッ!

 

 爆風もそうだが嵐のような矢の雨にあてられたクルペッコが思わず体勢を崩した。もがき苦しむも、川原と言うだけあってなかなか立ち上がるのに難儀している。今こそがチャンスだ。

 

「者共ぉ! 行きなさいッ!」

 

「負けてらんねぇ、行くぞヤマト!」

 

「お供するニャ!」

 

 好機とばかりに太刀を振るう翔に続いて、負けじとヤマトが加勢する。通常なら高すぎて届かない頭部も難なく届き、冴え渡る太刀筋は一つまた一つと切り傷を生み出す。

 

「一つ、二つ! これで……決まりだッ!」

 

 練気を纏った太刀を振るい続けた必殺の気刃斬りが決まると翔の体からは妙な気迫の様なものを感じた。

 これは太刀使いの練気だけではなく、双剣使いの奥義とされる鬼人化にも通じ、人によっては、体から赤いオーラが出ているのが見える、と言う報告も出ているらしい。翔から放たれているものも恐らくはその類ではないだろうか。

 遠目から見ていた蘭雪にもそれがはっきりと伝わる程に翔の練気は高く高く練り上げられたもののようだ。

 一方、その攻撃を受けたクルペッコといえば。

 

――――ギョワッギョワッギョワワワアアアッ!

 

 地団駄を踏み、口からは荒く白い煙を吹き出し怒り狂っていた。素早く体勢を元に戻したかと思えば肉薄していた剣士組を尾でなぎ払い、援護に入った蘭雪達をも両翼の羽ばたきによる風圧で弾き飛ばす。

 モンスターの怒り状態とは無意識下に必ず存在する生物の生命保護の為のリミッターを外す。即ち――――なり振りなぞ構わない、ただひたすらに眼前の敵の排除に全力を注ぐ獣の本能が剥き出しとなった状態だ。

 一行から距離を取ったクルペッコは荒い息を吐きながら上体を大きくそらす。その瞬間、一行の目に映ったのは彩鳥の名に恥じない鮮やかな赤色の胸部がみるみると膨れ上がっていく様だった。

 

「やられた。仲間を呼ぶつもりだ」

 

「早く止めなきゃ! ナデシコ」

 

「はいにゃ!」

 

 一行はクルペッコに向かい、各々で反撃に試みるも、虚しくそれは鳴り響いてしまった。

 

――――『ウォォォォォォン!』

 

――――……ォォォン

 

――――……ォォォォォォン!

 

――――ウォォォォォォン!

 

 木々に反響してるだけならどれだけ良かっただろうか。木霊するように帰ってきた鳴き声は徐々に音と数を増し、遂には木々を抜けて飛び出してきた。

 

「ドスジャギィ……やっぱり近くにいたのか」

 

 現れたのはドスジャギィ。それもご丁寧に子分のジャギィも数匹連れての登場だった。

 

「言った通りじゃない、それよりも」

 

「にゃ。駆逐か無力化するのが先決にゃ」

 

「さっきからボクだけセリフがないニャ……」

 

 ジリジリと囲まれつつある状態を各自で牽制しながら方針は決まる。何よりも現状打破。そうと決まれば、とジャギィに斬りかかった翔の視界の隅には、エリア移動のために羽ばたこうとするクルペッコの姿が映る。

「ランシェ、奴が」

 

「分かってるって……の!」

 

 翔の焦りはさておき、クルペッコの動きにいち早く反応していた蘭雪は、相棒アルクウノの機構に異様な香りを放つ毒々しいピンク色の液体が入った透明な瓶を取り付けたと思えば空めがけて幾本もの矢を放つ。

 クルペッコはと言えば、混乱する翔たちを尻目に宙へと既に浮かび上がり、いよいよエリアの境だと思ったその瞬間、真下から一直線に向かってくる殺意とも言うべき物体が自身を傷つけるが、それどころではないとばかりに反撃はせず体力の回復を優先し北の空へと消えた。

 

「逃がしたニャ……」

 

「今はひとまず、コイツらをどうするかにゃ」

 

 今すぐ追いかけるのもいいが、このジャギィの群れを突っ切る必要がある。しかも、今のうちに倒しておけば再来の恐れもない。

 翔は周りに注意しながらちらりと蘭雪の方を向く。蘭雪も同じようにしながらこちらを振り向き目と目が合う。

 

「撃ち漏らしは」

 

「皆まで言わない、さっさと行って来なさい!」

 

 言葉の途中ではあるが、皆まで言わなくとも言いたいことはよく分かっている。小型のモンスターに囲まれた時のいつものアレ。

 蘭雪は口元が緩むのをキッと結び直し、矢を複数番えて構える。2匹のアイルーたちは翔のサイドを固めて剣士組は走り出した。

 

「おらぁぁぁぁぁぁ!」

 

「ボクたちもいるニャ!」

 

 ドスジャギィは目の色を変えた翔たちに気づくと一声、二声鳴き子分たちを自分の目の前に配置する。恐らくは防御陣形をとったのだろう。だが……。

 

「見え見えよ……っと!」

 

 蘭雪が手を放す。放たれた幾本もの矢は、一度天まで届かんとばかりに上昇すると重力を受けて失速し、再びその重力を受けて加速する。そしてその矢が振りまかれようとする地にいたのは、集められたジャギィたちだった。

 

――――ギャン、ギャァァァン!

 

 予期せぬ方向からの攻撃に一匹、また一匹と倒れていくジャギィたち。そこへ本隊として翔たちが各々の武器を振り回す。

 翔は骨刀【犬牙】を右へ左へと大薙ぎし、バッタバッタと斬り伏せていく。アイルーたちも遅れを取るまいと翔の撃ち漏らしを仕留めていく。

 このまま狩られるものか、子分たちへの命令に躍起になっていたドスジャギィが動いた。ジャギィの中でも取り分け大きな個体だけあり、翔とさほど背丈の変わらないドスジャギィが助走からのタックルを放つ。それは子分を数匹巻き込んで翔を遠くへ弾き飛ばす。弾き飛ばされた当人と言えば、綺麗に受身を取れたようで既に太刀を構えて向き直るところだった。

 

「他所見は命取りよ!」

 

 翔に寄り付くジャギィの牽制も十分と見て、蘭雪の矢はドスジャギィのいる方向を向いていた。しかしその弓の機構には先程取り付けられていた瓶とは異なり、なんとも形容し難い刺激臭のする赤黒い液体が入っていた。

 

「ヤマト、巻き込まれないように離れるにゃ」

 

 主人の意図にいち早く気づいたナデシコがヤマトに注意を呼びかける。仲間の退避が完了したと気づいた蘭雪は限界まで絞った矢を一斉に放つ。

 それは子分の間を綺麗にすり抜け真っ直ぐドスジャギィを捉えると、刺さった瞬間に小規模の爆発を起こしたのだ。

 強撃ビン。弓使いにとって戦局を有利に進めるための道具であり、取り分け戦闘面において必要不可欠なものである。その効能は原料のニトロダケによる爆発、即ちダメージの増幅である。

 この攻撃にはドスジャギィも堪らずたたらを踏む。しかしその目からは依然戦意に衰えは感じない。だが。

 

――――ギャァァァン、ギャァァァン、ギャンッ!

 

 度重なる攻撃に激昂したのか、それとも三度子分に命令したのか遠吠えを幾つか繰り返す。

 翔たちも周りのジャギィを振り払いながら、注意を怠らない。

 ジャギィたちはピョンピョンと跳ねながら再び翔たちを囲みつつ進路の妨害に出た。恐らくは一斉攻撃の命令か。威嚇しながら進路の妨害を徹底する子分たちを一瞥するドスジャギィ。

 

そして、踵を返したかと思えば一目散に逃げたのである。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……こっちは粗方片付けたぞ」

 

「うん、こっちも。後は散り散りになったのかも」

 

「フニャ、骨が折れるニャ」

 

「だらしないにゃ~。回復薬でも飲むにゃ」

 

 渓流の名所たる川のせせらぎはほんのりと朱に染まり、死屍累々とした惨状となっていた。

 ドスジャギィのオトリにされた子分たちは、多方物言わぬ骸となっているか、散り散りになって逃げたのだろう。雰囲気はどうあれ、静けさは再び取り戻した。

 

「しかし、聞いてはいたが厄介な鳴き声だな」

 

「そうね、場所が場所なら飛竜を呼ばれていたかも。卑怯な奴よね、まったく」

 

「残念ながら、自然はそれだけ厳しいにゃ。実力で敵わないなら、助っ人頼めばいいにゃ」

 

「ハンターだって大人数で狩りするニャ。あいこって奴ニャ」

 

 うるさい、と蘭雪に拳固(ゲンコ)を貰ったヤマトがなんでボクだけニャとべそをかいているうちに剥ぎ取りを終えた翔が仕度を整えたようだ。

 

「標的はまだ健在、こっちは割と疲弊。いや、まだイケるな?」

 

「誰に聞いてんの? 余裕に決まってるじゃない」

 

「ストックはまだまだ十分。次こそ仕留めるにゃ」

 

「うっ、ううっ……大丈夫ニャ」

 

 よし、と翔は背中にかけてある太刀を担ぎ直すと、クルペッコの消えた北へと進路をとる。クルペッコが逃げ去る瞬間に放った蘭雪の矢。それに付着していたペイントビンの香りが北の方からする事から、恐らくは2度目のエリア移動はしていないようだ。

 先頭を行く翔に続いて蘭雪、ヤマト、ナデシコと続く。目指すは北の地、水辺エリア。

 

 

 

 一行の狩りはまだまだ始まりにすぎない。




こんばんは。ビビリのクセにライオンハートを偽る獅子乃心であります。
お久しぶり、そう言わざるを得ません。全ては私に責任があります。
が、言い訳は書く方も見る方も気持ちよくないのでバッサリかっと(キラッ

今回で遂に狩りが本格スタートです。いや、大変大変。
ガンナーの描写を意識して挟まないと空気になってしまうのが難点でしたね。
それから口調ですか、(主に蘭雪)マイルドにしないとコアな方の支持を得てしまうところでした(汗)

前回のようなラブコメを入れるのをすっかり忘れてしまったのが心残りです。
流石に命のやり取りをしてるのに、あんな事やこんな事になるのは考えづらかったので……。
日常パートの獅子乃でご期待下さいね(笑)

それでは長々と書くのもアレなのでそろそろ失礼しましょう。

次回はサザンクロスことザクロさん!
メンバー内でも屈指の火に油役の彼の書く次話も火に油を注ぐことになるのか!?

そいじゃ、次章にてお会いしましょう!あでゅ☆


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第08話 (著:五之瀬キノン)

 

 

 

 

 

 

 風に煽られ、白い水飛沫が幾度となく宙を舞い踊り、バシャバシャと水面に落ちる。

 落ちる事の無い小さな水滴は霧状(ミスト)となって舞い上がった。

 

 白い霧を、縦一閃。骨刀【犬牙】が閃き、白い飛沫を赤く染めた。

 

「チッ、浅い……!!」

 

 宙を舞うクルペッコにかすったのは剣先僅か。

 村雨 翔が目を開けていられたのはそこまで。舞い上がる水飛沫が顔にかかり、思わず目を閉じてしまう。

 

「やっべ……!?」

 

 そこからは、ほぼ直感的な動きだ。

 姿勢を一瞬にして低くし、勢いをつけて右側へ。太刀を抱え込むように転がった。

 その直後に、すぐ脇でガチンッというギロチンのような、硬い音が鳴る。

 

「翔ッ、速くどきなさい!! 喰われても責任取らないんだからねッ!!」

 

 ヒュゥッ、と空気を穿ち、一本の矢がクルペッコの嘴(くちばし)を掠めた。

 

 小さく舌打ちしつつ、黄 蘭雪(ファン ランシェ)は矢筒から今度は三本の矢を取り出して弓に番(つが)える。ギチギチと聞きなれた弦の軋む音がした。

 ある程度力を込めたところで手を解放すると、勢いよく矢が三方向に広がりながら飛来し、クルペッコの正面にいた翔のオトモであるアイルー、ヤマトの頭上を通過して鮮やかな両翼と頭に直撃して傷を付けた。

 

 今まで翔に注がれていた視線が――――殺気がこちらに向いたのを肌で感じる。これで、翔が安全に離脱するだけの隙は作れる筈だ。

 

(目の前で死なれちゃ気分悪くなるし……。翔の為じゃ、ないんだからねッ!!)

 

 そう、あくまで自分の気分的な問題である。

 決して翔の為ではない。決して翔の為ではない。

 

 ――――ギュルォォオッ……!!

 

 クルペッコが上体を反らす。ブレスだ。大した威力は無いものの、当たると臭いし属性の耐性も格段に落ちるという。

 生態を翔が説明した時、万が一火打石の一撃でも食らえば致命傷ものだ。

 そう言えば、翔は他に何か言っていただろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クルペッコのブレスは属性の耐性を下げる効果があるらしいな」

 

 ベースキャンプを出る直前の話。

 ハンターノートのページを真剣に捲る翔が言った。

 

「何ソレ?」

 

 手首を回しつつ翔の後ろからついて来ていた蘭雪は首を傾げつつ肩越しに彼の手元へと目を落とす。

 そこには随分と使い込まれ、色落ちなどの劣化が激しい、分厚いハンターノートが一冊。

 

「モンスター図鑑ってところか? とにかく、見て聞いて調べたことをまとめてんだよ」

「へぇ……しっかし、古臭いしもうボロボロじゃない」

「ああ。もう何年だろうな……親父が使わなくなったのを貰ったんだし」

 

 蘭雪にも辛うじて見て取れる程度の文字だ。

 

「親父、狩りの途中でも気付いたことは何でもメモとる癖があったらしくってさぁ。モンスターの目の前でもハンターノート開くとか言ってた」

 

 すげぇよなぁ、とちょっとズレた感想を呟く翔に「アンタねぇ……」と呆れ声をしつつ、蘭雪は先を促す。

 

「クルペッコの気が変わらないうちに早く行きましょ。変にモンスターを呼ばれちゃ敵わないわ」

 

 水筒のキャップを開け、一気に(あお)る。

 しかし、

 

「あれ……?」

 

 空だった。水一滴すら、入ってなどいない。

 さっきの準備運動でとりすぎたのか。

 

「なんだ、空か?」

「むぅ、考えなしに飲むモンじゃないわね……」

 

 水筒を逆さにして振っても何も入っていない空の容器から水が湧くわけでも無く。

 見かねた翔は自分の腰にひっかかている水筒を取り出して中身を確認し「ほら、飲めよ」と蘭雪に差し出す。

 

「喉渇いてんだろ? 飲んでる間に()んできてやるからさ」

「あ、ちょっとッ……」

 

 そう言った翔は蘭雪の手の中の水筒を取って自分のを押し付け、駆け出して行ってしまった。

 

「……別に出るついでに汲めば良い話じゃない……」

 

 バカね、なんて言ってみるものの、内心有難く感じる。

 パーティーを組んでしばらく経つが、意外と不快感もない。初めての出会いがアレだったのにも関わらずにだ。

 

 いや、それはともかく。

 

「さっさと飲んじゃお」

 

 くれたのは有難いので快くいただくとしよう。

 

 グイッと一息に(あお)れば、冷たい水が火照った体を気持ち良く冷やし潤す。

 そして、気付く。

 

 喉が渇いて水が飲みたい。

 ↓

 水が無い。

 ↓

 翔の水筒を貰う。

 ↓

 水を飲む。

 ↓

 コレ、間接な“アレ”では……?(今ココ)

 

「ブッはぁッ!?」

 

 思考の結果、華の乙女らしからぬ形相で吹き出した。

 

「こ、ここここここれッ!? まさかッ、か、かか間接……ごにょごにょ……」

 

 つまりは間接キスである。

 

 ――――いやいやいや。待って。一旦落ち着かないとでしょ。深呼吸、そう、深呼吸よ深呼吸。深呼吸、大事。うん。

 

 落ち着けと自分に言い聞かせているにも関わらず動揺を抑えきれない蘭雪。

 

 ――――冷静になりなさい、黄 蘭雪っ!! そもそも、翔がまだ口を着けたとは限らないじゃない!?

 

 希望的観測である。

 

「よぉ、ランシェ~……………………って、あり? どした?」

 

 そしてこんな時に限って犯人(無自覚)のお帰りだ。

 

「うっさいッ!! この能天気!! ばーか!!」

「はぁッ!? いや、何だよソレ!?」

 

 自分で考えなさいッ、と翔向こうずねを蹴る。「いてェっ!?」と声を上げるも、実際防具越しなのでそこまででもない……はず。

 

「さっさと行くわよ!! 全く、無駄な労力使っちゃったじゃないの!!」

「そりゃそっちの勝手――あだだだだだっ!? 耳、耳は勘弁ッ!!」

 

 こうして二人がわたわたと進む中。

 

「ご主人、痛そうなのニャ……」

 

 本気でとぼけるヤマトが後を追い掛け。

 

「見ものにゃぁ。この先楽しみってところにゃ」

 

 しめしめと一匹愉しげな感想を述べるナデシコがついて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ、集中集中っ!!」

 

 ブンブンブンと二、三頭を横に振って余計な思考を追い出す。ここは狩場、つまりは命のやりとりを行う場であり、弱肉強食。一瞬の隙が永眠へのショートカットアクションと同等だ。

 

 スッと視界が狭まり、クルペッコ一点に注がれる。

 その時には既にクルペッコは息を吸い終え、ペペペッと三連続のブレスが飛来してきた。

 冷静に。二歩バックステップ。目の前で粘着質の臭いを発する汚物が撒き散らされるが顔を顰めてる場合じゃない。

 余分な思考を出来る限りカットし、クルペッコの喉元一点を見据える。

 嘴の形状からして恐らく、中身が空洞の笛の様な物なんだろう。あれが壊れれば良くて他モンスターが呼べなくなるか、最悪時間稼ぎ辺りにでもなるはず。

 

 蘭雪が次の弓をつがえる間、翔が太刀を大きく振り上げる。

 振り降ろし、突き、切り上げ。たった三パターンだが切りつける場所が少しでもズレれば刃が通らずにたちまち弾かれてしまう。しかし、如何せん手応えが悪い。それに僅かだが刃からも削れるような音が聞こえている。そろそろ砥石を使わなければ。

 蘭雪も後衛ながら翔の動きが少々ぎこちなくなり始めているのを悟った。疲労か、はたまた太刀の不具合か。とにかく苦しそうなのはわかる。

 

「翔ッ、無理しないで退いて――――……ッ!?」

 

 退いてなさい。そう言おうとした矢先、クルペッコがいきなり蘭雪へ向かってホバリングをしながら一瞬にして距離を詰めて来ていた。思わず構えていた矢があらぬ方向へと飛んでいく。

 ぶわっと翼の風が砂を舞い上げ、視界を塞ぐ。風にすくわれないよう姿勢を低くし、目を瞑りながら後ろへ。そして直ぐに顔の前でクロスしていた腕を降ろす。

 

「ランシェッ、早く避けろッ!!」

「えッ、うん……!?」

 

 それよりも早く翔の声が無意識に蘭雪の体を反応させ、横へと倒れるように転がりながら自分のいた場所を振り返れば先ほどまで彼女がいた場所をクルペッコが嘴で噛んでいるではないか。

 翔に内心感謝しつつすぐさま起き上がって走る。後衛がこんなとこにいては恰好の的だし、何より前衛にとって邪魔だ。

 

「おりゃぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

 

 駆け出した蘭雪と入れ替わるように翔がクルペッコへ駆け込み、太刀を振り降ろす。一撃、二撃と何度も何度も斬り付け、時に立ち位置を変えて幾度と無く斬る。

 蘭雪も元の距離へと立ち位置を直し、どんどんと矢を放つ。それはさながら矢の豪雨。矢は翔には決して当たらず、しかし的確にクルペッコを射抜いた。

 

「ニャニャニャーッ!!」

 

 ヤマトも果敢に飛び上がり、得物をクルペッコの頭部に叩き付ける。

 

「ニャニャッ!! ヤマトを忘れちゃ困るのニャ!!」

 

 小さい体を活かし、ヤマトはクルペッコの体や頭によじ登って攻撃を繰り返す。

 クルペッコはわずらわしいと言わんばかりにその場で回転を始めたり翼をバタバタと振ったり頭を振り回して暴れたりとしているが、粘着質にヤマトは貼り付く。

 

「足元がお留守にゃ」

 

 刹那、クルペッコは自身の鼻腔が微かに何かが燃える臭いを感じて足元を見た。そこには三個の小タル爆弾がいつの間にか設置されており、既に爆破までの時間は一息と言ったところ。

 動物本能的に一瞬怯んだクルペッコ。何か悪寒を感じて逃げようとするも、もう遅い。

 

 足元で連鎖的に三度、小規模だがクルペッコの足をもつれさせるには充分な爆発が巻き起こり、体勢を崩して横倒しに転んだ。

 

「ナイスだナデシコ!! チャンスチャンス!!」

「姐さん感謝するニャ!!」

「いえいえ、それほどでも(にゃ)いですにゃ」

 

 転倒してバタバタともがくクルペッコ。これ以上に無い好機だ。

 

「オオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!」

 

 太刀を大きく振り上げ、頭上で大きく回転させ、無防備なクルペッコ斜めに斬る。更に、反対に頭上でまた太刀を返して斬る。

 見れば、翔からは真っ赤なオーラが立ち昇っていた。太刀使いの伝統奥義、通称『気刃斬り』だ。 自らを鼓舞し奮い立たせ体の内側から練気を創りだし、その溜まった練気を太刀に乗せて斬る。たったそれだけの行程でありながら難易度は想像以上だ。

 頭上で舞の様に滑らかに太刀を振り、目一杯振り下ろす。斬、と確かな手応えと共に鮮血が飛び散りユクモ装備を汚した。

 

 だが、まだ終わらない。

 

「ラストォォォォォォォォォォッッ!!!!」

 

 これが本命。身体を捻り力を込めて縛りを解放、クルペッコに突っ込みながら身体を回転させ腕も限界まで伸ばし、太刀を大きく振るう。

 『気刃大回転斬り』と呼ばれる技だ。練気を纏った刃を地面と水平にして振り回し、自分の辺り一帯を巻き込む大技であり並の練気程度では到底出せない。

 骨刀【犬牙】が一際輝きを放ち、鮮血が舞う。

 

 ――――ギョワァァァァァッッ!?!?

 

 感じた事の無い痛みが全身を駆け巡り、思わず暴れ悶え苦しむ。

 

「ニャアッ!?」

 

 クルペッコの上に登っていたヤマトが大きく吹き飛ばされて頭から地面に落ちる。その隙をついてか、クルペッコは包囲網を転がって脱した。

 

「まだまだ元気ってか。中々にしぶとい野郎だ……」

 

 手応えは確かにあった。ダメージも相当に大きい筈だ。が、目の前のクルペッコは全く動じているようには見えず。むしろ怒りの形相へとシフトしているような気さえしてくる。

 

(……怒り状態、なのか……?)

 

 背負った太刀の柄を今一度強く握り直しクルペッコの出方を探る。向こうが警戒して動きを止めている以上、下手に動くのは愚策。こちらの方が小回りが効くとは言え初めての相手だ。隙を見せて一気に崩されては手の打ちようが無い。

 

(――――考えろ、焦るなよ。相手は未知数だ。またジャギィ達を呼ばれる可能性だってある。親玉なんて呼ばれて乱戦とかこっちから願い下げだぜ……。やるなら速攻、一気に畳み掛けて休む暇すら与えないのが良いか。でもこっちは朝から駆け回ってる、スタミナなんか向こうが圧倒的有利だし、やっぱり地道に削ってくか……?)

 

 と、そこで翔の思考は途切れる。

 ゴンゴン、ゴンゴン、と二回ずつ。クルペッコが左右にステップを踏みつつ翼の火打石をぶつけ合ってリズミカルに踊り始めた。

 

「しまッ……!!」

 

 ――――またジャギィ達を呼ぶ気か!?

 パーティーの誰もがそう危惧する。

 

 乱戦はモンスター二頭を同時に相手どらなければならない。ドスジャギィだけなら兎も角、今はクルペッコも一緒だ。集中力を二分しなければならない分、危険度は増す。

 

(阻止しねぇと……!!)

 

 パーティーを分ける、と言う手もあるにはある。元は翔と蘭雪もソロ活動が普通だからだ。しかし、クルペッコ相手に二人で苦戦するのだ。一人相手では犠牲を伴う時間稼ぎにしかならないし、もしクルペッコにやられてしまえばドスジャギィを倒したとしても二の舞にしかならない。

 

 大きく息をするクルペッコの喉元が大きく膨らむ。

 

 ――――キュォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ……!!

 

 今までとは全く違う鳴き声。とてもモンスターを呼ぶようなものには聞こえない。

 

「この――ゲッ、はァッ……!?」

 

 太刀を引き抜き上段から一太刀――浴びせようとした時。クルペッコのキレが増した動きの回転が尻尾を大きく振るわせ、翔に叩き込まれた。

 

「翔ッ!?」

「ご主人ッ!?」

「っ、直撃にゃ……ッ」

 

 今のは誰が見てもモロに入った。モンスターと人間の体重差を考えればダメージは洒落にならない。

 蘭雪とヤマトは顔を真っ青にし、ナデシコはただ一匹、冷静に動き出していた。

 爆弾とブーメランをとにかくクルペッコへ投げつけ翔が倒れてる方向とは逆へ、注意を引いて分断するように動く。

 

「いっつぅ……ッ」

「翔、大丈夫ッ!?」

「ああ、余裕余裕……」

 

 駆け寄る蘭雪に痛々しい笑みを浮かべる翔。どう見ても余裕とは言い難い。

 

「ヤマト、ナデシコの援護を頼む。俺とランシェはちと話したらすぐ行くからよ」

「合点ですニャ、ご主人!! しっかり回復頼みますニャ。――オトモアイルーの(にゃ)にかけて、ご主人の命を全うするニャッ!!」

 

 勇ましく、そして微笑ましく敬礼してクルペッコへヤマトは駆け出す。

 

「ランシェ、ちょっとクルペッコに関してだ」

 

 回復薬を呷り、太刀を砥石にかけながら翔は言う。

 

「……何か、わかったの?」

「わかった、とは言えねぇかな。推測になるけど」

 

 ちらっとクルペッコを見る。翔も蘭雪もその光景に何かしらのデジャヴを感じていた。

 

「クルペッコのキレが急に増しやがった……いや、元に戻ったって方が正しいのか?」

「急に? でも回復させるきっかけなんて……」

「まさかとは思うけどな、推測じゃ()()鳴き声じゃねぇかなと」

「鳴き声って……永遠に鳴かれたらキリが無いじゃない!!」

「いや、そう簡単に連発は無理なんじゃねぇのか? 人間と同じでさ、全力疾走して息絶え絶えの時に百点満点の歌聴かせてくれなんて無理な話だろ。向こうだって安定して鳴きたきゃ止まる筈だ」

 

 確かに正論と言えばそうか。しかし、推測は推測だ。

 

「……嘴よ。嘴を狙うわ。多分、喉だけじゃなくて嘴にも何かしら構造があってそれも壊せちゃえば楽になる筈よ」

 

 手早く観察した情報を伝え、ここから先は休みを与えないようにして嘴の破壊を念頭にする。その分正面に位置取らなければならいので危険度は増すが、向こうに永遠鳴かれ続けるのもよくない。

 

「オーケー。さっさとケリ付けるぞ!!」

「了解ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わりエリア7。背の高いススキが生い茂り、水辺も近いところにあるためか水溜まりが所々にある視界の悪いエリアだ。

 

 ――――ギョワァァァァッッ!!

 

 火打石が激しくぶつかり合い、爆発音と共に炎が暴発する。それが更に二回。

 クルペッコのしつこい攻撃を転がって何とかやり過ごした翔はヤマトと共にクルペッコを挟むように位置取って反撃に移る。

 立ち回りの中に時折気刃斬りを混ぜたり、細かく位置を変えながら何度も何度も斬りつける。

 特に狙うのは頭部――その嘴だ。が、いくら体格の大きいモンスターと言えど一点を狙い続けるのは至難の技。これまで当てれたのも高々一○回程度でどれも“辛うじて当てられた”と言うもの。体重移動もいい加減で致命的一撃はまだ一度も無いのだ。

 

 ブゥン、と辺りを凪ぐようにクルペッコが身体を一回転させ尻尾を振るう。翔は予備動作を瞬間的に見抜き、バックステップを踏んで太刀を切り払った。擦れ違い様、翼を刃が切り裂き血が溢れる。

 クルペッコの攻撃は誰にも当たらず空を凪ぐ。

 刹那の技後硬直を狙い翔とヤマトは再び肉薄して得物を振るう。

 鬱陶しげに身体をくねらせて出されるアギトを横に転がって避け、がら空きの真後ろからヤマトが先に襲う。

 一瞬の怯み。そこに翔は追い討ちをかけるが如く上段から太刀を叩き込んだ。

 無防備な体勢への一撃。クルペッコは足をもつれさせ地面を転がりもがく。そこへ矢と爆弾の豪雨が降り注いだ。太刀が翼を斬り裂く。木刀が嘴を殴打し。矢が体躯を貫き。ブーメランが鋭く喉元を抉る。

 

 ――――ギョワアアァオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!!

 

 もうたくさんだ、そう叫ぶような絶叫にも聴いてとれる。

 目一杯体を捻りもがき、肉薄していた翔とヤマトを蹴り飛ばす。

 

 体格差からして必然。大きくバランスを崩した翔とヤマトは糸が絡まるように何度も転がって一段深い水たまりに頭から突っ込んだ。

 

 グルリと視線を翔たちから外して、しつこく攻撃してくる蘭雪を見やる。

 

 アレがジャマだ。

 

 怒りに身を任せ地面を駆け突進。蘭雪は矢を放って牽制しようとするがモノともせずに突っ込んでくる。

 

「な、ちょッ――――ッッ!?」

 

 技後硬直で全く身動きが取れない蘭雪。咄嗟に体を横に倒そうとするも、振り降ろされる硬い嘴が肩口を捉えて圧倒的質量差に地面を何度もバウンドした。

 

「――――――――ブッ、ッハァ!! クソ、ヤバい……!!」

 

 大きな水飛沫と共に翔がやっとこさ水面から浮上。小脇には一緒に沈んだヤマトが丸くなっていた。

 ダメージと疲労のところへ突然の冷水だ。精神的にも体力的にもギリギリをさ迷っている。

 

「ヤマト、休んでろ、ケリつけてやるからよ!!」

 

 小岩の陰にヤマトを降ろし、びしょ濡れの体を渇かす暇も無く突貫を仕掛ける。

 

 

 

 その視線の先。

 悠然と佇むクルペッコが倒れた蘭雪を見下ろしながら――――――――まるで勝利を誇示するように火打石を打ちつけ合いながら踊り始めた。

 

 ぞわり、と悪寒が背を這う。

 

 アレはダメだ。今、こんな状況で使われたら……。

 

 足を回す。走る。体を走らせる。

 

 距離がありすぎる。

 

 間に合わないのか。

 

 

 

 

(間に、合わねぇ……ッッ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――渓流の空に一つ、大きな雄叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




大変長らくお待たせいたしました。

ごきげんよう。第8話担当こと五之瀬キノンです。



まずは謝罪を。
数か月に渡り更新を滞らせてしまい本当に申し訳ございません。心よりお詫び申し上げます。

この話、本当はLOST担当だったんですが紆余曲折あり自分が担当になりました。
大体半分はLOST、半分は自分が書いてます。

何分急ピッチで仕上げたのでお見苦しい点もあるかもしれません。
その時はどうぞ、キノンまで連絡を。



さてさて、今回のお話。クルペッコ狩猟編継続でございます。
実際彼はもっと鳴くんでしょうが、まぁここはこれで許してください(ぉぃ


クルペッコは自分的にすごくニガテです。他モンスター呼ばれると時間かかるんで面倒で面倒で……。
上位とか亜種なんて五回も行ってないですから(ジョー怖い)



何とかあげれた第8話。
次回第9話は蒼崎れい先生担当です。
彼なら次の更新も安泰でしょうね。驚くぐらいハイペースなお方でして……敵いません(苦笑)

次回、お楽しみに。
それでは、またいつかお会いしましょう。


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第09話 (著:蒼崎れい)

 蘭雪あまりの痛みに、思考が一瞬ストップしてしまう。

 だがその痛みのおかげで、停滞していた意識は急速に覚醒してゆく。

 視界に映るのは、両翼を広げて迫りくる彩鳥――クルペッコ。

 度重なる襲撃で怒りの頂点に達したクルペッコは、今まさに無防備な蘭雪を仕留めようとしているのだ。

 ――このままじゃ、ダメぇ。かわさ、ないと……。

 しかし、自らの意思に反して、身体は思うように動いてくれない。

 まだ、ダメージから身体が回復しきっていないのだ。

 こんなにも、クルペッコの動きがはっきりと見えるのに。

 ――私、ここまでなの? こんなところで、終わっちゃうの?

 せっかくジンオウガから逃げのびて、ユクモ村にもなじみ始めて、いろんな人やアイルー達と仲良くなって。

 ユクモ村に来てからの日々が、走馬灯のように蘭雪の目の前を通り過ぎる。

 そしてそれらが過ぎ去ったところに、視界いっぱいに映るクルペッコの嘴。

「助けて……ける……」

 不意にわきあがった恐怖に、思わず目をつむる。

 そして、心の奥底から湧きあがった名前を、そっと口にした。

「かける……」

 

 

 

「残念ながら、それはもう少しお預けですね」

 

 

 

 蘭雪の耳元に、よく聞きなれた慎ましやかな声が聞こえた。

 クルペッコは完全に油断していたのだ。

 これまでの戦闘で、敵はハンター二人とアイルーが二匹だと思い込んでいたのである。

 なのでそれ以外に対する注意というものを、完全に怠っていたのだ。

「せいッ!」

 クルペッコは、横っ腹に重たい衝撃と斬撃が走ったのを感じた。

 しかもビリビリとした痺れも生じ、筋肉が自らの意思に反して収縮する。

「はぁあッ!」

 続けて繰り出される突きが、分厚い羽毛を切り裂いて血が飛び散る。

 しかし、それだけでは終わらない。

 体の内側に入り込んだ刃は激しい雷撃をまき散らしながら、そして……。

 

 

 

 ドォオオオォオォオオォオオオオオッッ!!!!

 

 

 

「ギョワアアァアアオオオオオォォオオォオオオオッ!」

 クルペッコは、今日一番の大きな雄叫びを上げた。

 

 

 

      ◆

 

 

 

 翔は突然現れた乱入者に、ただただ唖然とするしかできなかった。

 クエストの受注されたフィールドには、基本的にそのクエストを引き受けたハンターしか入れないはず。ハンターズギルドの規約にも、しっかりとそう書かれている。

 なので現状を認識するまでに、たっぷりと五秒近くもの時間を要してしまったのだ。

「何をぼうっとしているんですか、翔くん?」

「…………ラルク姉さんこそ、どうして、ここに?」

 近年実用化された最新の機巧戦斧――スラシュアックスを肩に担ぐハンター。

 ユクモ村周辺には生息していない海竜種――ラギアクルスの青い竜隣や甲殻を用いられて作られた、重厚で堅牢な防具に身を包む女性、ラルクスギア・ファリーアネオ。

 牙竜種の調査のためにユクモ村にやってきたハンターが、威風堂々とした(たたず)まいで蘭雪の前に立っていた。

「牙竜種調査のためにハンターズギルドに申請していた長期間広域調査の許可が、今日やっと届いたの。それで、あなた達がこの区域のクエストを受注したって村長から聞いたから、差し入れをと思ってきてみたのだけれど……」

 ラルクスギアは属性フィニッシュで空になった強撃ビンを排出しながら、悲痛なうめき声を上げるクルペッコを見やる。

「ゆっくり晩御飯、というわけにはいかないようね」

 薬室ともいえる部分に新しい強撃ビンを再装填すると、クルペッコに向けてスラッシュアックス――ハイボルトアックス――を構えた。

 防具同様鮮やかな青を湛える機巧戦斧には、青白い雷光がチチチチッと這いまわっている。

「蘭雪、大丈夫か!?」

「大丈夫なのかにゃ?」

「お嬢!」

 翔とナデシコ、そしてヤマトは、ラルクスギアの背後でぐったりしている蘭雪の元へと駆け寄る。

「大丈夫。ちょっとだけ、頭がぼーっとしてたけど。もう平気」

 蘭雪はかぶりを振って立ち上がると、しっかりと弓――アルクウノを握って笑って見せた。

 本当を言うと少しだけ肩が痛むが、翔だって尾の直撃をもらったのにしっかりと戦っているのだ。

 自分だけ下がって休むなんて、死んでもごめんである。

 ――私はハンター。守ってもらってばっかりじゃダメ。やられた分くらい、自分できっちり返してやるんだから!

 立ちあがったクルペッコの横っ腹めがけて、蘭雪は矢を放つ。

 先ほどラルクスギアのつけた傷口へと吸い込まれた矢は、強撃ビンの効果によって一気に小爆発を引き起こした。

「キョワァアアアオオオオオ!」

 再び訪れた凄まじい痛みに、クルペッコは悲鳴を上げる。

 しかし、同時に怒りのメーターは限界を振り切り、目の前の敵を殲滅せんと両翼を広げて宙へと舞い上がった。

 ハンター達の頭上を舞いながら、クルペッコは粘液のブレスを吐き出す。

 空中から吐かれる粘液ブレスと低空タックルを、三人と二匹はサイドステップで回避する。

 それを見たクルペッコは今度は激しい羽ばたきによって生じた風圧でハンター達を地面へと縛りつけ、そこを狙って粘液ブレスを吐き出した。

「危ねぇっ!」

「わぁっと!?」

「相手の動きをよく見て。進路さえわかっていれば、かわすのはそれほど難しくないわ」

 翔と蘭雪がぎりぎりのところで回避する中、二人よりも重い武器を駆るラルクスギアは二人をフォローするように立ち回りながら余裕を持って回避している。

 とてもじゃないが、今の翔や蘭雪では真似できない。

 両者の間には、まだそれほどの差があるのだ。

 翔も蘭雪も、ラルクスギアのアドバイス通りに相手の動きを注意深く観察する。

 体の向き、羽ばたく時の力加減、そしてどこを見ているか――誰を標的に定めているのか。

 翔達の間を通り過ぎ反転したクルペッコが、目標を定めて再び空中を猛突進してきた。

 ――俺か!

 クルペッコの目が、しっかりと翔を見つめていた。

 息を荒げ、怒りの炎を目に灯し、これまでにない速度で突っ込んでくる。

 ――でも、これなら!

 事前に相手の動きがわかっていれば、かわせない事もない。

 翔はぎりぎりまでクルペッコを引き付けたところで、転がるようにして空中からの低空タックルを回避する。

 そして、その動きを予測していたのは翔だけではない。

「いつまでも飛んでないで、さっさと降りてきなさいよ!」

 天高く上った矢の大群は大きな弧を描きながら、地上へ向かって再び降下してゆく。

「ギュワァアアオォオオォオオオ!」

 その矢の大群は、低空を高速で飛行していたクルペッコを、見事に捉えて見せた。

 突然上方から矢のダメージを受けたクルペッコはバランスを崩し、地上へと落下する。

 あまりの重量と速度のせいで地面をずるずると滑り、大量の泥と水しぶきが巻き上がる。

 その中を、翔とラルクスギアが駆け抜けた。

 全身に泥と水しぶきを受けながら、翔は骨刀【犬牙】を振り上げ、ラルクスギアはハイボルトアックスを腰いっぱいに引き絞る。

「でやぁああああああ!」

「はッ!」

 翔の上段からの振り降ろしが嘴を叩き、ラルクスギアの横薙ぎが楕円の尾を深々とえぐった。

 しかし、攻撃はそれまで。

 凶暴化したクルペッコは羽ばたきながら一気に上空へ飛んで体勢を立て直し、嘴を突き立てながら急降下してくる。

 目標は、一番近くにいたラルクスギア。

 回避するには、あまりに近すぎる。

 だが、ラルクスギアに焦りの色はない。

 いやむしろ、口元はだけ小さく微笑んでいるようにも思える。

 そして、それは間違いではなかった。

「この程度……」

 横へ軽くステップしながら、ハイボルトアックスを高々と掲げ、

「なんて事ないわね」

 そして上空から急降下してくるクルペッコの嘴めがけて、分厚い刃を叩きつけたのだ。

 あくまで力の向きには逆らわずハイボルトアックスを上から下へ、同時に足下を通過する翼を体重移動とジャンプで回避する。

 まさに、華麗の一言だ。

 スラッシュアックスを使用するハンターがまだ少ないのもあるが、それを(もっ)てしても翔も蘭雪も、ここまで見事にスラッシュアックスを扱うハンターを見た事がない。

 再び地上へとたたき落とされたクルペッコは、屈強な脚で立ちあがる。

「あれでも、まだやるってのか……」

「ホント、モンスターの体力って呆れるくらいスゴイわね」

 あの大剣並みに重いスラッシュアックスの一撃を受けてなお立ち上がるクルペッコに、翔も蘭雪も感嘆の息を漏らす。

「感心している暇があるなら、さっさと蹴散らしてしまいなさい」

「応さ!」

「言われなくたって!」

 二人を叱咤するラルクスギアの横を通り過ぎ、翔は一気にクルペッコまで迫った。

 骨刀【犬牙】を逆袈裟に斬り上げて嘴を打ち、斬り降ろしで再び嘴を打つ。

 尾を振りまわす攻撃は地面を転がって回避し、また嘴めがけて骨刀【犬牙】を振り降ろす。

 ラルクスギアに言われて相手の動きを注視するようになった翔の目には、クルペッコの動きが手に取るようにわかる。

 あるいはそれは、極限の環境下に置ける極限の集中力の成し得た技かもしれない。

 内から溢れる練気がオーラとなって顕現し、翔の体を包み込む。

「キョヮアアアァァアアア!」

 甘く見るな。

 まるでそう言っているかのように、クルペッコは雄叫びを上げながら激しく火打石を打ち鳴らして襲いかかる。

 大きくジャンプしては目の前で大きな火花がはぜ、かわしたと思ってもまた近くで火花が視界をかすめる。

 翔はそれを寸前のところで回避するが、こうも連続でされては斬りつけることはできない。

「私の事も、忘れてもらっちゃ困るんだけど!」

 翔がサイドステップで何度目かの攻撃をかわした瞬間、貫通力を増した矢がクルペッコの翼に突き刺さる。

 狙いを翔から蘭雪に移したクルペッコであるが、今度はその視界に小さなタルが迫っていた。

「おんにゃの子を甘く見ると、痛い目に遭いますのにゃよ」

 見間違いようもない、小タル爆弾だ。

 顔面間近で爆発した小タル爆弾に、クルペッコが怯んだ。

「ボクはできるオトモなのニャ! 覚悟するのニャ! クルペッコ!」

 だが、それは単なる布石にすぎない。

 視界を奪われている隙に一気に接近したヤマトは、クルペッコの足を伝って翼の付け根までよじ登る。

 そしてハイボルトアックスの属性フィニッシュによって大きくえぐれた箇所へと、思い切り木刀を突き立てた。

「ギュワァアァァアアアアアアアァアアアアアアアアアオオオォォオオオオオオオオ!!!!」

 再び襲い来た激しい痛みに、クルペッコは身をよじって激しく体を振りまわす。

「絶、対、にっ! 離れ、ないの、ニャッ!」

 しかし、ヤマトの方も踏ん張る。

 爪をしっかりとクルペッコの羽毛にひっかけ、木刀を突立て続ける。

「ふんばれ、ヤマト!」

「ヤマトも、たまにはやるじゃにゃい」

「その根性だけは、認めてあげてもいいわね」

 翔はとラルクスギアはデタラメに放たれるブレスをかわし、ナデシコは少しでも注意を割こうとブーメランでクルペッコを狙う。

「いい加減に、しなさいよ!」

 そんな二人と一匹の間を縫うようにして、蘭雪の手元から何本もの矢が放たれた。

 貫通力を増したそれはクルペッコの激しい動きをも無視して、次々と巨大な体に突き刺さる。

 しかも、強撃ビンによる小爆発のオマケ付きだ。

「翔くん、合わせて」

「了解です、姉さん!」

 ブレスの雨をかいくぐった翔とラルクスギアは頷き合うと、左右から挟み込むように別れ、

「こいつで、どうだッ!」

「はッ!」

 短い一呼吸の直後、翔とラルクスギアは地団駄を踏む太い脚を、両側から勢いよく切りつけた。

 岩でも斬っているかのような硬い手ごたえと、ギリギリと刃の削れる異音が耳を打つ。

 しかし同時に、

「ギュワァァ、ギュンワァアアアアァァアアアアアア!!」

 木の幹を思わせるようなゴツゴツした脚から、鮮血が吹き出した。

 傷口は浅くとも、それによってクルペッコは大ききバランスを崩したのである。

 甲高い悲鳴をまき散らし、ぐらりと体が傾く。

 だが、クルペッコは最後の力を振り絞り、後方へと大きく羽ばたきながら喉元の袋を大きく膨らませ、

「ウォォォォオオオオオオオオオオオオ――――――」

 狼のような遠吠えを始めた。

「やべぇ!!」

「また呼ぶ気!?」

「マズイのニャ!」

「にゃんとかしないと!」

 先の事を思い出し、慌てる翔や蘭雪達。

 しかしそれに先んじて動く者が、たった一人だけいた。

 クルペッコが遠吠えを始めた瞬間にはすでに飛び出し、手元の武器を変形させながら渾身の力を込めて突き出す。

「たぁッ!」

 大きく広げられた嘴へと、ラルクスギアは展開したハイボルトアックスをねじ込み、

 

 

 

 ――――――ドォォォオオオオオオオォオオオンッ!

 

 

 

 ガンランスの竜撃砲にも似た、強力な属性フィニッシュ。

 途方もない衝撃と雷撃が、クルペッコの口の中で炸裂したのだ。

 ナデシコの小タル爆弾を超える爆煙が、クルペッコの頭と包みこむ。

 役割を果たして空となったビンが、蒸気と共に排出された。

「ギョワァアアア! ギョワアアン! ギョワァァアアアアアア!」

 風に流され、晴れてゆく爆煙。

 そこから現れたクルペッコの嘴は、見事なまでに破壊されていた。

 

 

 

 ――――――――ウォォォオオオオオオオオオオン!

 

 

 

 しかし、ラルクスギアの速攻もむなしく、手遅れだったらしい。

 遠くの方から、ドスジャギィの声が聞こえてくる。

 それでも、ラルクスギアは余裕な態度を崩さない。

「こっちは本来、あなた達の仕事だしね。後の事、任せたわよ?」

 そう妖艶に微笑んで見せるとくるりと反転し、ラルクスギアは遠吠えのしてきた方へと走り出す。

「ラルク姉さん、あの群れを一人で相手しようってのかよ」

「さすが、研究所から協力を求められるだけあるわね」

「かっこいいのニャ」

「こっちも大詰めなのにゃ。翔さん、蘭雪、あとヤマトも」

 オトモのナデシコにそう言われて、黙っているわけにもいかない。

「もちろん、最後まで全力でやってやるさ」

「私だって、そのつもりよ」

「『あと』って、オマケみたいに言わないで欲しいのニャ!」

 いよいよ、クルペッコとの最後の戦いが始まった。

 

 

 

      ◆

 

 

 

 クルペッコの体力は、目に見えて限界に近づいていた。

 全身のあちこちから血を流し、蘭雪の放った矢が無数に突き刺さっている。

 しかし、翔も蘭雪も、そしてヤマトもナデシコも、体力的にはとっくに限界に達している。

 よくもまあ体が動いてくれるものだと、自分でも感心するほどだ。

「みんな、準備は大丈夫か?」

 クルペッコは、まだ嘴の破壊から立ち直れていない。

 その間に、翔は改めて全員に声をかける。

「いつでもどうぞ」

 蘭雪はすでにいっぱいまでアルクウノを引き絞り、

「頑張りますのにゃ」

 ナデシコはブーメランを構えて体勢を低くし、

「どこまでも付いて行きますのニャ、ご主人」

 ヤマトは木刀を構えて翔の隣に並ぶ。

「いくぜ!」

 掛け声と共に、翔は一気に飛び出した。

 それに続くように、ヤマトとナデシコもクルペッコに向けて走り出す。

「疲れてるからって、私の矢に当たるんじゃないわよ!」

 矢筒から複数本の矢をまとめて取り出した蘭雪は、放物線を描く軌道で次々と矢を放った。

 だが、そこは体格で圧倒的に上回るクルペッコ。

 ハイボルトアクスの一撃で傷ついた扇のような尾を振りまわし、矢を弾き返す。

 しかし、蘭雪は矢を射る手を一向に緩める様子はない。

 翔達へ向けられる注意を、少しでも割くために。

「でやぁあああああッ!」

 その隙にクルペッコを射程圏に捉えた翔は、大上段から全体重を乗せて斬りこむ。

 骨刀【犬牙】は片方の火打石を見事に捉え、火花を散らすと共にバラバラに砕け散った。

「やったのニャ! ご主人!」

「見とれてないで、こっちもやるにゃよ、ヤマト」

「わかってるのニャ!」

 負けじと飛びかかるヤマト。

 その背後から、ナデシコがブーメランを放った。

 ヤマトを回り込むように大きく弧を描くブーメランは、しかし火打石から大きく外れた軌道を描く。

 その進路の先にあるのは、怒りの炎を灯すクルペッコの目であった。

「ギュワン、ギュワァアアア!」

 だが、複雑な軌道を描くブーメランでは狙い通りの場所を狙うのは難しく、クルペッコの額を浅くかすめるにとどまる。

 それでも、ヤマトがクルペッコの足下に潜り込む時間を稼ぐには十分だった。

「ニャッ! ニャッ! ニャァアアッ!」

 再び足を伝ってクルペッコの翼までよじ登ったヤマトは、もう片方の火打石めがけて何度も木刀を叩きつける。

 クルペッコは翼を振ってヤマトを振り落とそうとするも、足下で属性フィニッシュの傷跡を集中的に狙う翔と、頭を狙ってくる蘭雪とナデシコの援護もあって、ヤマトだけに集中することができない。

「ニャアッ! こんな! 火打石! もぎ取ってやるの! ニャアッ!」

 その間もヤマトの猛攻は止まらず、火打石は翼の根元から徐々に剥がれ落ちようとしていた。

 また遠くからクルペッコを狙い撃つ蘭雪の目にも、その情景はしっかりと映っていた。

「翔のオトモ! 離れて!」

 限界までアルクウノを引き絞り、激しく動くクルペッコの火打石へと狙いを定める。

「いっけぇぇえええええッ!」

 動きをよく見て、その先を推測して、次の瞬間に来るであろう場所へと矢を放つ。

 蘭雪が矢を放ったのは、ヤマトが翼から飛び降りるのと同時だった。

 一直線に飛来する矢は狙いを違うことなく、クルペッコの翼――火打石の根元へと吸い込まれるように突き刺さった。

 矢の刺さった場所からは鮮血がにじみ、拳大の火打石が地面にごろごろと転がる。

「一気にたたみかけるぞ!」

 最後の気力を振り絞り、叫ぶと同時に翔は気刃大回転斬りを放った。

 しかし、それだけでは終わらない。

 練り上げられた気は更に洗練されたものへと転じ、翔をより高みへと誘う。

 切れ味の落ちているはずの太刀が、唸りを上げてクルペッコの羽毛を切り刻んだ。

「これで仕留める!」

 それに蘭雪も続いた。その羽毛の薄れた場所へ、貫通力を増した矢が次々と突き刺さる。

 さすがにラルクスギアのように深い傷を負わせることはできないが、小さなダメージは着実にクルペッコを追い詰めている。

「爆弾でもくらってるのにゃ」

「木刀、乱れ突きィ!」

 ナデシコは小タル爆弾でクルペッコの頭部を爆撃し、ヤマトは翔やラルクスギアの傷付けた足の傷を狙って木刀を繰り出す。

 密着状態にある一人と二匹を引っぺがそうと、クルペッコは足を蹴り上げ、翼をふり乱して攻撃を仕掛けてくる。

 しかし、動きのキレが徐々に落ちてきた攻撃をもらうような翔達ではない。

 股の間を、翼や尾の下をかいくぐり、嘴や時折吐かれるブレスをかわし、斬り続け、撃ち続けた。

 まだなのか、まだ倒れないのか……。

 いくら攻撃を繰り返しても、クルペッコが倒れる様子はない。

 翔達は改めてモンスターの底知れない生命力に驚きつつ、ひたすら攻撃を繰り返す。

 しかし、緊張というものは、必ずどこかでほつれるもの。

 永久に緊張感を持ったままでいるなど、生き物である以上不可能な事だ。

 その緊張は狩りの間にほつれるのか、それとも休息の最中にほつれるのか。

 違いがあるとすれば、その程度のものでしかない。

「ニャァッ!?」

 そして、その瞬間が狩りの間に訪れてしまった。

 ろくに相手も見ずに蹴り続けていた足がかすれ、ヤマトが大きく跳ね飛ばされたのである。

「ヤマト!」

「翔のオトモ!」

「翔さま、よそ見は…」

 ヤマトに気を取られた翔と蘭雪に注意を飛ばそうとしていたナデシコの足下にも、クルペッコの壊れた嘴が突き刺さる。

 直撃は免れたものの、強烈な頭突きをくらったナデシコは、ヤマト以上に大きく吹き飛ばされた。

「くっそぉおおお!」

 尾による一撃を、辛うじて骨刀【犬牙】で受け止める。

 軽く数メートルは吹き飛ばされた翔の手には、強烈な痺れが残っていた。

 こんなの武器屋のじいちゃんに見られたら、あのバカデカいハンマーでぶん殴られるだろう。

 実際、さっきも嫌な音がしたわけだし。

 だが、考えている時間はない。

「キュウゥゥゥゥ……」

 大きくバックステップしたクルペッコは、反転して翔達から遠ざかろうとしていたのだ。

「やばい、逃げるつもりだ!」

「逃がすもんですかぁあッ!」

 翔は最後の力を振り絞ってクルペッコへ駆け、蘭雪もそれに続きながら同時に矢を射る。

 しかし、走りながら狙いをつけるのは、想像以上に難しい。

 しかもクルペッコは何本矢が刺さろうが関係ないとでも言うように、二人を無視して逃げ続ける。

 そうしてハンター二人を引き離し、ようやく安全圏まで脱したと判断したクルペッコは、傷だらけの翼を広げて大きく羽ばたき始めた。

「間に合わねぇ!」

「落ちろぉおおおおお!」

 少々遠いが、これ以上では手遅れになってしまう。

 蘭雪は走るのをやめ、両足をしっかりと地面につけて矢を連射する。

 残り少ない矢筒の中の矢を全部使い切る勢いで撃ち続ける。

 それでも、クルペッコは止まらない。

 巨体がふわりと宙に浮きあがり、ゆっくりと上昇していく。

 せっかくここまで追い詰めたのに、このままでは……。

 と、その時だった。

 二人の背後で、シュゥゥウウウウっという、まるで小タル弾に着火したような音が聞こえたのは。

「ウニャァァアアアアアッ!!!!」

 正確には、それは小タル爆弾ではなく、打上げタル爆弾であった。

 そしてなんとその上に、木刀を振り上げたヤマトが乗っていたのだ。

 爆発直前で打上げタル爆弾から飛び出したヤマトはそのまま一回点をしながら、

「おとなしくやられるのニャア!」

 クルペッコの脳天へと木刀を叩きつけた。

「ギュワッ!?」

 完全に予想外の場所から攻撃を受けたクルペッコは、為す術もなく三度地面へと落下する。

「ナイスだ、ヤマト、ナデシコ!」

 オトモの二匹がぼろぼろになりながらも作ってくれたチャンス、無駄にするわけにはいかない。

 翔は釣りそうになる足を懸命に前に出し、クルペッコとの距離をつめる。

 洗練と昇華を繰り返した練気は赤いオーラとなって、翔の全身から溢れ出していた。

「はぁぁああああッ!」

 起き上ったクルペッコは、翔を迎え撃つべくブレスを吐き出す。

 しかし、翔はその下をかいくぐり、骨刀【犬牙】を振りまわした。

 気刃斬り――練り上げた練気を纏った者のみが許される一撃を、嘴に一太刀目。

 屈強な足による蹴り上げをかわし、次に迫りくる翼をかいくぐりながらそこに二太刀目。

 続く尾の振りまわしを半ばぶつかりに行くように斬りこみながら、ラルクスギアによって傷付けられた深い傷の周辺に、三太刀、四太刀、五太刀目を加える。

「ギュヮアアアアア!」

 真下で猛威を振るう翔をたたきつぶそうと、クルペッコは翼を高々と真上へと振り上げた。

「翔、もう仕留めちゃいなさい!」

 その振り上げた翼を、蘭雪の矢が貫く。

 その事によってできたコンマ数秒の時間。

「これで……」

 全身を限界までひねり、翔の体が動く。

 残像を残しながら、クルペッコの知覚を超える勢いで翔の体がはねた。

「終わりだぁ!」

 全ての練気を練りこんだ、気刃大回転斬り。

 その切っ先は、度重なる攻撃で羽毛の薄くなった――ラルクスギアが属性フィニッシュを決めた深い傷を、正確に貫いていた。

「――――――――――――――――!」

 最後に声ならぬ絶叫を上げ、ついにクルペッコは地面へと突っ伏したのであった。

 

 

 

      ◆

 

 

 

 クルペッコに近寄った翔と蘭雪は、本当にクルペッコが討伐できたかどうか確認する。

 さっきまで荒々しいほどであった息も、もうしていない。

 どうやら、これで本当に終わったようだ。

「お疲れ様、翔」

「蘭雪こそ。最後のアレ、本当に助かったぜ。ありがとな」

 蘭雪はくたびれて尻もちをつく翔の労をねぎらい、翔は自分を救ってくれた蘭雪に感謝の言葉を返す。

 そして二人は、近くの木に背中を預けてぐったりしている、二匹のオトモを見やった。

 あの小さい体で、よくここまで一緒に戦ってくれたものだと思う。

 特に最後のヤマトの頑張りがなくては、クルペッコは仕留められなかっただろう。

「どうやら、こちらも終わったみたいね」

 とそこへ、息一つ切らしていないどころか、防具にも全く損傷の見られないラルクスギアが現れた。

 この様子を見ると、本当に一人でドスジャギィとジャギィの群れを撃退したようだ。

 翔と蘭雪は、オトモ二匹と一緒に戦っても辛かったというのに。

「ラルク姉さんの方も、終わったんですか?」

「えぇ、この通り」

 と、ラルクスギアは涼しげな笑顔のまま、ドスジャギィのエリマキを見せてくれた。

「お姉さま、さっきはその……ああ、あ、危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」

「いいわよ、そんな事。それより、怪我はない? 応急薬なら、まだ残ってるけど」

「いえいえ、大丈夫です! 私達も、まだ残っていますから!」

 ポーチから応急薬を出してくれるラルクスギアを見て、いえいえそんなめっそうもないといった風に、蘭雪は両手を前に突き出して断った。

 ラルクスギアは、『そう』と一言答えると、いそいそとポーチにしまう。

「とりあえず、二人ともお疲れ様。今日は戻って、キャンプで一泊してから帰りましょう。もう夜も遅いし。案内してくれる?」

「はっ、はい!」

「ナデシコ、それに翔のオトモ。キャンプまで帰るわよ」

 蘭雪は翔とラルクスギアのそばを離れ、木にもたれかかって休んでいるオトモ二匹の元へと歩み寄る。

「も、もう少し……休ませて……欲しいのニャ」

「今回ばっかりは、わたしも、もうちょっと休みたいのにゃ」

 仕方ないわねぇと、蘭雪は残った携帯食料を差し出すも、オトモ二匹からサシミウオを要求されて、ヤマトの頭を軽くどついていた。

 まあ、クルペッコに跳ね飛ばされるのと比べれば、なんてことはないだろうが。

 でもそのまま放置しているのもヤマトに悪いし、助け舟でも出してやろう。

 そう思って蘭雪の元に近寄ろうとした翔の耳元に、ラルクスギアは小さくささやきかける。

「今度は、自分の手でしっかり守ってあげなさい」

「え?」

 もう一度聞き返そうとする翔は無視して、ラルクスギアは蘭雪達に話しかける。

「早くキャンプまで戻りましょう。今晩は私が、ジャギィのお肉で料理を作ってあげますから」

 パンパンと手を打ち鳴らし、ラルクスギアは二匹のオトモにこんがり焼けたサシミウオを差し出す。

 翔はラルクスギアにかけられた言葉を反芻(はんすう)しながら、みんなを連れてキャンプへと戻った。




 …………どうも、みなさん、お久しぶりです。なんかこのサークルの中だとジェット戦闘機並みに速筆らしい、蒼崎れいです。自分では全然そんなつもりないんですけどね。むしろ、もっと早く書きたいくらいで。なんかもう、他の人がなかなか書いてくれないんで、一人で被害者の会を設立したくなる気分です。

 とまあ、それは置いといて。一週間ありゃ足りるって言っちゃったんで、一週間で仕上げてみました。キノンさんがあとがきでハードル上げちゃってくれたもんだから、まったく。まあ、正確には二日なんですけど。木金で書きあげて推敲して、土曜に見てもらいました。特に問題もなくOK出たんで、一安心です。

 もう内容全部飛んでるから6話から読み直して書きました。前回があんな終わり方だったのでどうしようか悩んだんですが、ラルクスギア出すことにしました。はい、思考時間一分くらいです。

 にしても、ラルク姉さんまじかっこいいな。サザンクロスさんに感謝を。
 それはそうと、自分で張った伏線を自分で回収することになるとは、完全に予想外でしたね。温泉で出したラルク姉さんが、再び登場って。やるなら、もっと別の人に書いてもらいたかったです。それがリレー小説の醍醐味なわけですしね。

 てなわけで、色々と更新に難しかないメンバーですが、これからも生温かい目で見守ってやってください。
 最後はきっちり、心さんに締めていただきましょう。
 では、またどこかで。


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第10話 (著:獅子乃 心)

 薄く硫黄の香りがする。いたる所から吹き出す湯気は、ユクモ村の名物である集会浴場の看板にも現されるとおりトレードマークである。観光や湯治に来た客の足並みを急かし、ハンター達には、再び生きてこの地を踏めたと安心感を与える。

 そんな村の雑貨屋、武器屋の間を抜け、集会浴場へと続く長い階段の前に置かれた長椅子と赤い和傘はある人の特等席である。明るい色を基調にした着物に竜人族特有の尖った耳の女性。まさしくユクモ村の村長、久御門市(くみかどいち)である。

 彼女はこの村に住む人、来客、ハンター達を移ろう季節に重ね合わせながら落葉を眺めるのが好きなのだとか。

 そして今回は目当ての人がいるので熱心に村の入口へと視線を向けていた。その最中にガーグァが引く荷車から降りる見知った顔が降りてきた。無論、翔達一行である。

 階段を上がる翔達を目ざとく見つけるとゆっくりと近づいてほんのりと笑みを浮かべながら語りかけるように一行を出迎えた。

 

「お二人共よくぞご無事で。大変でしたでしょう。さぁ、こちらへ」

 

 流れるような動きで二人を長椅子へ勧めると、そわそわとしながら近くに用意していたのであろう茶菓子を差し出してきた。こういう時は決まって狩りであったことを根掘り葉掘り聞かれる。これが村長の大好物。行商人の物流や村人の日々のできごと、近隣の村長達の苦労話のどれよりも興奮させてくれる話を心の奥底から欲している姿はご飯を前に待てをされた犬も同然である。

 翔は仕方ないな、と少しばかり困った表情で隣にいる蘭雪に視線を送るがそこには既に居ない。

 蘭雪はユクモ村特産の温泉饅頭を既に頬張りお茶を啜っているではないか。しかも包装していた包が2枚も落ちている。早く座らないとなくなるわよ、頬張りながら喋る蘭雪にすかさずナデシコがはしたにゃいからやめにゃさいと咎める。ヤマトは3つ目を頬張っている。

 逞しい奴らだな、と苦笑いを浮かべながら待ちきれない様子の村長に向き直り、さりげなく自分の分の饅頭を確保しながら語り始めた。

 

 

 

 翔達一行は渓流に張ったキャンプへ戻ると、ラルクスギアの土産とジャギィ肉の料理を飲み込むように胃に押し込むと誰となく眠りに落ちていった。

 いくらキャンプが狩場内でも特別安全地帯にあるとしても、時折ハンター達の食べ物の匂いに釣られてモンスターが出現することもある。なので食べ物の処理をしっかりと行った後、交代で睡眠をとるのがセオリーだが、今の彼らには少々酷だったのだろう。

 そんな風に思案する最年長、ラルクスギアは一人一人にキャンプ備え付けの支給品の毛布をかけると、書置きを一筆したため、日の出と共にキャンプを後にした。この分だと、日が高くなるまで目を覚ますことはないと判断したからだ。案の定彼らが目を覚ましたのは、日は高く昇り普通なら既に朝食を取って仕事に出ているような時間だった。

 

「……っく、痛ぇ。そういや狩場で泊まったんだったか」

 

 一番先に目を覚ましたのは翔だった。自炊が得意な彼は、ヤマトは勿論のこと蘭雪やナデシコの食事を3食欠かす事なく作っている。そんな理由でいつもより少し遅いながら腹の虫に起こされると身体の節々が軋むのを感じながら眠気を飛ばす。その鮮明になっていく意識の中で昨日の狩りの光景が、次々と浮かんでくるのだった。

 

「今度は、自分の手でしっかり守ってあげなさい、か」

 

 衝撃が走ったと言ってもいい。もし彼女(ラルクスギア)が駆けつけていなければ、傍らに眠る少女はただでは済まなかったはずだ。そう思うと自分の力の未熟さを様々と見せつけられているような気がしてならなかった。

 

「翔さん、あまり気に病まにゃいでください」

 

「あ、お、ナデシコか。おはよう。いや、別に気に病んでるってわけじゃ」

 

「何よ、気に病んでないの?」

 

「……今日に限って起きるの早いんだな」

 

 思考が黒くとぐろを巻き始めるところだった。後方から毛布を被った毛玉がもぞもぞしながら声を掛けてくれた御陰で我に返る。急に掛けられた声にしどろもどろになったのを、朝が弱いはずの蘭雪にも聞かれてしまった。

 

「私はいつも早起きです。朝日を浴びつつストレッチして二度寝するんです」

 

「……ムニャ、うるさいニャ。安眠妨害は重罪ニャ」

 

 意味にゃいわよ蘭雪、と額に手を当てるナデシコに幾らかの同情を禁じえない翔だった。そうこうしていると騒がしい周りに意識を無理やり覚まされたヤマトが抗議の声を上げる。朝は翔に起こされて起きるヤマトにとっては少しばかり乱暴な起こし方になったのだろうか。

 何よ私が起きてるのに寝てるって何様よ、と意味不明ないちゃもんと同時に蘭雪に振り回されるヤマトはすっかり目が覚めて主人に助けを求め、ナデシコは場を収めるために仲裁に入る。何はともあれみんな普段通りの様子でホッと安心する翔はまた遠くを見ながらポツリと呟く。

 

「もっと、強くならないとな。少なくとも親父みたいに手の届く範囲全部を守れる位に」

 

「はぁ? 何で私まで守られなきゃならないのよ。私だってもっと強くなるわよ。もっともっともっと!」

 

「姐さん、何があったのニャ?」

 

「……黙ってにゃさい。いい雰囲気にゃんだから」

 

 今の翔の紛れもない本心だった。強くなりたい、父に代わり村のみんなや仲間達を守れる位のハンターに。表面上憮然とはしているが蘭雪もまた同じ気持ちであった。今回の狩りは運が良かった。しかし次もまた同じとは限らない。また次も守ってもらうなど、彼女のプライドが許さなかった。この二人の姿を見た彼らの相棒達と言えば、片や妹達の成長を見守る姉の様な眼差しを送るナデシコ。片や状況を飲み込めないまま腹の虫が気になるヤマト。

 

「寝起きの頭じゃ難解過ぎるニャ。お腹減ったニャ」

 

「そうね、早く村に戻りましょう。温泉にも入りたいし、美味しい物も食べたいし」

 

「昨日は爆風で毛並みがススだらけににゃったから一刻も早いケアが必要にゃ」

 

 それじゃ帰るか! と翔の一声を皮切りに皆一斉に体を伸ばすと帰り支度を始めたのだった。多くは昨晩のうちに纏めてニャン次郎に届けてもらった。ギルド直属の彼ならば安心して荷物を預けられるし、帰りの荷物も少なくて済む。今頃はきっと集会所の保管所にまとめて置かれていることだろう。

 それぞれの武器と防具を纏い、キャンプの隅へと向かう。停めてあったガーグァ荷車に運転手(アイルー)が既に待機していた。

 

「村まで頼む。安全運転でな」

 

「毎度了解ニャ」

 

 ガーグァに繋がる手綱をクイッと引くとスピードを徐々に上げていく。帰る頃にはちょうどお腹が空いてる頃だろう。

 一行はユクモ村へと帰路を進めた。

 

 

 

「へぇ……それはそれは大変でしたね」

 

「ホントお姉さまが来てなかったらどうなっていたことか」

 

 一部始終を報告した。無論、彼女(ラルクスギア)が颯爽と現れピンチを救ってくれた事もだ。

 

「ああ。きっと今頃こんな風に饅頭食いながらおしゃべりなんぞ出来なかったに違いない。っておいお前さっきから食い過ぎだぞ何個目だよ!」

 

「いいじゃない女々しいわね。アンタだってさっき懐に入れてたじゃない!」

 

 やんややんやと言い合いをする二人が遂につかみ合いまで発展しそうな雰囲気を孕み始めた頃にススっとナデシコが村長の近くに近づく。

 

「で、首尾は如何に? 何か進展はありましたの?」

 

(にゃ)、今回の狩りは上々と行ったところにゃ。ハプニングの所為(おかげで)でお互いに少しずつパートナーとしての役割や重要性にゃんかを学べた良い狩りだったと思うにゃ」

 

「そう……(パートナーとしての自覚を持ったと言う事は近いうちに。ふふっ)」

 

「はいにゃ……(お転婆の蘭雪もちょっとずつ異性を意識し始めたにゃ。ふふっ)」

 

 お互いに含みのある笑みを浮かべて静かに笑う二人を見ておかしなものでも見た風に首を傾げるヤマトだけがその場に置き去りにされていた。

 話の方向がズレにズレ、本題を忘れていた事に気がついた翔が、そういえば、と含み笑いを続けている村長へと話を振る。

 

「そういえば村長。クルペッコの討伐が条件だったけど先方、確か……」

 

「ユクモ織り振興委員会だっけ? 私もこの前の依頼主(クライアント)がそこだったと思う」

 

「ああ、そうそれ。羽根が目当てだったみたいだけど、足りたなかな?」

 

 モンスターから取れる素材は一見、その大きな巨躯から得られる分豊富だと思われがちだがそれは間違いだったりする。命のやり取りをするのだ、ハンター側もいちいち攻撃する部位に気を使ってはいられないし、モンスター側も全身を使って攻撃する。故に、ハンターの武具を作る際に必要な素材や納品物として収められる素材は、戦いの中で損壊することなく綺麗に残った限られた物になる。翔が聞きたかったのは、派手にドンパチしたけど必要な分の羽根は無事残っていただろうか? という事だ。

 村長は少し驚いた様な顔をした後、にっこりしながら首を縦に降った。

 

「ええ、ええ。ご心配なく。先方は大変喜んでおりましたよ。次のシーズンの新作に間に合いそうだと言ってました。それに、翔様が先方にまで気を遣ったのですもの、その心遣いが出来るようになった事は私自身も大変嬉しい限りです。ホホホ……」

 

「ちょっと翔。アンタ何ぃ? 照れてんの? お世辞に決まってるじゃない、バカじゃないの?」

 

「ちょっ、バカ違ぇよ。ほら、やることはやったし、さっさと一風呂浴びて飯にするぞっ!」

 

 褒められて照れていたのではなかった。自分の狩りが、人の助けになったことが嬉しかったのだ。照れくさそうに頭を掻く姿が蘭雪には褒められてへらへらしているように見えた、というよりかはもっと違う気持ちが働いたのかもしれない。

 それじゃあ、と会釈程度に頭を下げて翔は自宅のある居住区に、その他の三名は疲れを癒すために集会浴場へと向かった。

 

 

 

「翔くん達は行きましたか?」

 

「ええ、ずっとあそこで見ていたのでしょう? ホホホ……」

 

 長椅子に腰掛けていた村長に声をかけたのは、翔達より先に戻っていたラルクスギア・ファリーアネオだった。

 あそこ、と指差しているのは武器屋の方向。ギクッと少しオーバーに仰け反る彼女にいつものクールなお姉様的雰囲気は見られない。

 

「結構距離があると思うのですけど……」

 

「これでも、竜人族の端くれですから。ホホホ……」

 

 竜人族、この一言で片付けてしまっていいものか。悩んでも仕方ない、と本題の口火を切る。

 

「先程伝書鳩を使って、ロックラックの観測所に報告を出してきました。後から私も直接出向きますが、何かお伝えしたい事がおありでしたらついでに報告しておきます」

 

「ええ、ありがとう。私からは特には何も……あ、一つだけ。あの()に、たまには家に帰ってきなさいって伝えてもらえる?」

 

「博士に伝言ですか? きっと今回の事を知ったら、余計に帰ってこなくなると思いますけど……」

 

 調査結果の報告に一旦ロックラックへ戻るという旨だ。今回彼女が受けていた牙竜種調査は古龍観測所からの依頼で、とある研究員からの私的なお願い、と言ってもよかった。ギルドを介していないために許可がなかなか降りず時間がかかってしまったワケだが、今回の狩りではそれが功を奏したと言っても過言ではないだろう。

 その旨を了承した上で村長は伝言を頼む。ラルクスギアのクライアント本人にだ。それを聞いたラルクスギアは少し困った顔をする。ひとまず伝言は預かったが今回の報告内容が内容だけに余計に戻ってこないのでは、と思ったのだ。

 だが村長は、ホホホと微笑を絶やさずに遠くの、その彼女(・・)を思い浮かべながら否定する。

 

「いいえ。きっと彼女は帰ってきます。幾らあの時の様な兆しがあったとはいえ母である以上は帰ってきます。あんな子煩悩な母親見たことあるかしら? 今に荷物を纏めてありったけの極秘情報を我が子に注ぐに違いありません。あの時の様に、もう大切な人を失うのは耐えられないでしょうから……」

 

「あの時……。あの嵐の災い(・・・・)。……それと牙竜種が一体どんな関係があるんですか?」

 

「兆し、彼はそう言っていましたわ。『俺はガキの頃からこの辺りを死ぬほど見てきたが、最近になってこんな新種が出てくるなんてありえねぇ。きっと何かの兆しだ』と。18年も前の事だけど今でも覚えています。その数年後にあんな事を予言していたなんて観測所も予測できていなかった。もしかすると、またこの地にその災いが近づいているのかもしれません。杞憂であって欲しいです。私にとっても。彼女にとっても」

 

 言い終わると少しの間目を伏せてラルクスギアの方へ向く。一瞬だが寂しそうな印象を受けた。

 平穏、静寂、安寧。そんな言葉が似合うこの村に危機が迫っているかもしれない、そんな報告を自分が担っていたとは露にも知らなかった彼女はずっしりと胃が重たくなった様に感じる。

 ロックラックへ向かう足まで重くなってきと思ったその時に、ぽんと村長が手を叩いた。

 

「そう言えば、先程出来上がったんですの。これ……」

 

「おお……」

 

 村長は着物の袖からあるものを取り出す。それを見たラルクスギアの顔には先程まで冷たく張り詰めていた筈の緊張した表情はなかった。

 

 

 

 蘭雪達は既にユアミ姿に着替えゆったりと体を伸ばしながら全身を癒している真っ最中だ。

 

「う~んぅ……やっぱり生き返るわね~」

 

「狩りの後の一風呂は(にゃん)と言っても格別にゃ」

 

 女二人はゆっくりとくつろぎ、縁に背中を預けるようにして筋肉を伸ばしている。

 彼女達の飛び道具は、今回の狩りでは大いに敵の気を惹き、剣士二人を攻撃に集中させた功労者だったと言える。

 そこへ、番台でドリンクを買いに行かされていたヤマトがよろよろしながらお盆を持ってきた。

 

「姐さん達、お待ちどうニャ。さっきご主人が見えたからもうすぐ来ると思うニャ」

 

「あっそ。荷物置いてくるって言ってたけど随分ちんたらしてたのね」

 

「少し時間がかかるかもって言っていたじゃにゃい。あ、来たにゃ」

 

 蘭雪達の視界には番台と少し揉めている翔の姿が映った。が、荷物から取り出した何か(・・)を見せつけると大人しくなる。一体何を見せたのやら。

 翔も蘭雪達に気がつくと少し早足になって近づいてきた。

 

「いやぁ悪い、ちょっと遅くなった。これ作っててさ」

 

「何……? このどろっとしたやつ……」

 

「ニャニャニャッ!? それはあんみつニャ! やったニャ! ご褒美ニャ!」

 

 翔の荷物はカゴで、その中から出てきたのは黒い液体がところどころに散りばめられた果物にかかっている甘味。まさしくあんみつだった。

 目にしたヤマトは急激にテンション上げて小躍りを始める。一層怪訝な眼差しを向ける蘭雪にずいっと器を寄せる翔。

 

「いいから食ってみろ、きっとほっぺた落ちるぞ。村長に習ったんだけどきっと美味いから」

 

「蘭雪、心遣いをいただくにゃ。私にもお一つ頂けるにゃ?」

 

 おう、としっかりと用意しておいたナデシコの分を渡す。待ちきれないのかヤマトはカゴに頭を突っ込んで自分で取っていった。

 

「ほら、遠慮するな。黒蜜って見たことないか? 甘い奴。液状の砂糖みたいなもんだよ」

 

「ちょ、知ってるし! これでも商人の娘なんだから。……頂きます」

 

 翔から受け取り器に刺さっているレンゲでひとすくいすると、恐る恐る口に運んだ。それを見たヤマト達も器用にレンゲを使ってあんみつを頬張る。

 

「……!? ナニコレ! 凄く美味しいじゃない!」

 

(にゃん)でしょう……深い甘さが果物の風味と重なって鼻から抜けていく絶妙な感じ。それによく冷えているからか甘さと共に体中に広がっていく感じがするにゃ」

 

「美味いニャ! 美味いニャ! ご主人のとこにこれて、本当にボクは幸せ者ニャ!」

 

 三者三様の反応。口々に賛辞の言葉が飛び交うのに満足するとようやく翔も自分の分に手をつけた。

 

 

 

「いやぁ久々に作ってみたけどなかなかだったな」

 

「もう、あんなの作れるなら毎日でもデザートに出しなさいよね。出し惜しみしたら勿体無いじゃない」

 

(にゃ)。あれは世に出しても評価をもらえるものですにゃ。翔さん、是非とも私に伝授して欲しいにゃ」

 

「最近じゃめっきり作ってくれニャくニャったからもう食べられないかと思ってたニャ」

 

 集会浴場を出た翔達は入口の前に置いてある長椅子に腰掛けながら涼んでいた。

 翔作のあんみつは大盛況で未だに興奮冷めやらぬ感じであった。湯で温まったのもある。長い階段の上から見下ろすユクモ村の風景もなかなか風情があり、風に当たりながら心まで和んで行く気がした。

 

「……今回も色々あったけど、帰って来れたな」

 

「別に死にに行ったわけじゃないでしょ」

 

「狩りは命のやり取りにゃ。死にに行った訳じゃにゃくても死とは隣り合わせにゃ」

 

「特にお前は。お前は、死なずとも大怪我したかもしれない。……その、なんともなかったか?」

 

「何よ改まって。見たでしょ、散々。別に少し腫れてるけど骨が折れたわけでもないからどうせ打ち身よ。ツバでもつけときゃ治るわよ。まぁ、気にしてくれるならまたあんみつ作ってよね」

 

 反省会、といったところか。ぐじぐじと悩むのも男らしくない、と割り切ろうとは思うが、剣士として、相棒として守れなかったことが情けなく思えて仕方なかった。当の蘭雪は少しも気にしていないようだが怖かったことだろう。この経験がお互いに大きな絆を生んだとナデシコは小さくほくそ笑む。これからの彼らはより大きな敵との衝突にも打ち勝つ手札が揃ってきたようにも思えた。

 

「……あ、あれ。あそこ村長とお姉さまじゃない?」

 

「ん……ホントだ。にしてもよく見えたな」

 

 ガンナーですから。えっへんと慎ましやかな胸を張る蘭雪が見つけたのは、先程翔達が村長と話をした階段の真下。長椅子でラルクスギアと何やら話をしているようだった。

 命の恩人とも言うべき、彼女にはみんなでお礼を言うべきだ。思い立った翔から伝播したように皆一斉に立ち上がると階段を駆け下りていく。

 中程まで行くと村長が緩やかに立ち上がり翔達に気づいていたのか後ろを振り返った。

 その時である。蘭雪の目が鋭く村長の着物の変化に気がついた。

 

「あ! その飾り紐の宝石って私が見つけてきたのと同じじゃない。あ、それにそのかんざし装飾。もしかしてクルペッコの素材……まさか今回のクライアントって」

 

「あ、あらら……バレてしまいましたか? 何を隠そう私はユクモ織り振興会の会長を務めていまして。行商の方の噂を頼りに流行りの装飾を……」

 

 気づくや否や、二段、三段飛ばしに階段を降りると村長に詰め寄る蘭雪。村長は眉をへの字に曲げながら弁明を述べるが翔が駆け着く頃にはもはや手遅れだった。

 

「もう、こっちは死ぬ思いで依頼をこなしたってのに村長の私欲の為に行ってきたっての!?」

 

「落ち着け蘭雪。こっちも貰うものは貰ったし、生きて帰れたんだよかったじゃないか」

 

「うっさい! 怖い思いまでして……本当は怖かったんだから! 助けてって思ったら翔がお姉さまにって違う違うッ! 何言わせんのよバカ!」

 

 モンスターの怒り状態ばりにまくし立てる蘭雪の口から思わぬ本心が漏れ出したのは言うまでもなく。早口で聞き取れなかった翔は居合わせただけで理不尽に怒鳴られる。こんな状況でさえのほほんとしていられる村長も凄いと言わざるを得ない。

 

「綺麗な装飾品だとは思ったけど、まさか翔くん達の依頼の素材だったなんて……。なんてしょうもない」

 

 ラルクスギアはやれやれといった感じで傍観している。少し後ろめたい気持ちになったのは内緒だ。

 

「まぁまぁ。蘭雪ちゃんの分もありますのよ。はい」

 

 着物の袖から出てきたのはクルペッコの羽根に細かく散りばめられた宝石の欠片が装飾されている髪留めだ。

 あ、う、とどもりながら結局貰ってしまうとペースは既に村長の物。騒ぎを聞きつけた村人達が何だ何だと遠巻きにこちらを見ている。

 やれやれといった顔をして互いに笑う翔とラルクスギア。珍しく束ねられた彼女の髪にも蘭雪同じ装飾が輝いていいたのにはナデシコ以外誰も気づかなかった。




「ニャニャッ!? 浴場内に飲食物は持ち込み禁止ニャ!」
「硬い事言うなよ。ほら、あんみつ一個やるからさ」
「ダメニャダメニャ! 歴史を重んじるこの浴場の8代目番台ロゥル様が許さんニャ!」
「……この姿絵、ナデシコにバラしてもいいのか?」
「ぐぅ……。オイラは何も見なかったニャ。さっさとあんみつ寄こすニャ!」



どうもこんばんは。獅子乃心であります。
約1ヶ月ぶりの更新になりまして、お待たせしました。

さて。このお話で第2章も御終いになります。
いやいや、発足からここまでに年単位でかかってるとか笑っちゃいますね(苦笑)
複数の人間が関わる分時間がかかるのかな?なんて思って頂ければ幸いです(オイ

本文について。は、割愛。
あんまりベラベラ喋るとネタバレしちゃいそうなので。
わからないところとかありましたらメッセージでもいいですし、感想を頂けたら嬉しいです。

それでは次回、担当はキノン君。乞うご期待!


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第3章
第11話 (著:五之瀬キノン)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂を舞い上げる乾いた風が時折視界を塞ぐ。目を腕で庇いつつ、人の往来を縫って抜け流されぬように進んだ。

 ギラギラと照りつける陽射しは頭上に張られた布で遮られているものの、人の密度で熱気は異様に高かった。

 

 

 

 この街の名をロックラック。周りを砂漠に囲まれた、言ってしまえば超大規模オアシスに近いと認識出来る街である。

 居住区や商業区、闘技場やハンターズギルド管轄区など街中には様々な施設が揃っており、ここにいれば街を出ずとも暮らしてゆけるのだ。

 

 

 

 ロックラックと言えば二つの顔がある。ハンター達の集う街と、交易の街だ。

 砂漠地帯のど真ん中に位置するロックラックは砂上船と呼ばれる風を推進力にして砂の上を進む船が一日何十隻と行き交う言わば交易都市。忙しい時はハンター達より商人達の数が多い時すらある。流石は交易都市と言ったところか。どんな日だろうと商人達の仕事は減らないし止まらない。

 

 

 

 無論、ハンターの街としても負けていない。

 闘技場管理は勿論、下位ハンターから上位ハンター、様々なレベルのハンターが集まるだけあってクエストは度々更新される。

 

 中でも数年に一度、ロックラック伝統の一際大きな“祭り”がある。

 『豊穣と災厄の神』――古龍ジエン・モーランとの大決戦だ。

 二つ名が示す通り、ロックラックの人々はジエン・モーランを神として信仰しており、砂嵐のある日には街が総力をあげてジエン・モーラン討伐へと赴く。

 

 古龍――――その生態系のほぼ全てが不明とされ、人間に対する危険性は天災レベルに匹敵する龍だ。

 中でもジエン・モーランはギルド観測史上最大級の古龍であり、全長は一○○メートルを優に超える。特徴的なのは背中に様々な純鉱石を乗せていること。そして、全長の三分の一を占める立派な二本の牙である。

 ロックラックの中心には天高くそびえる牙が一つ。かつてロックラックを襲ったジエン・モーランから勝ち取ったものであり、この街の象徴(シンボル)だ。

 今日も見上げれば太陽を貫かんと天へ突き刺さる牙は健在である。物珍しく牙を眺めている者達を見掛けたらそれは旅の者か、新たにやってきたハンターかもしれない。案内してあげるのが良いのでないだろうか。

 

 

 

 ハンターとして彼らが必ず訪れる場所。鍛冶屋や闘技場などもあるが、それは別として。彼らが立ち寄るのは酒場だ。

 ロックラックギルドの直下で管理されるクエストボードと簡単な食事を取れる大衆食堂。ハンターズギルド経営の雑貨屋もある。

 日々パーティを組んだハンター達が集まり、クエスト出発前の会議を開いたり、成功をおさめて帰ってきた者達が祝勝会を開いていたりと様々だ。

 

 

 

 

 

 そんな酒場もここしばらくはおごそかな雰囲気で張り詰めた空気が漂っていた。

 いつもはわいのわいのと騒がしい酒場だが、席に腰を落ち着けるハンター達は皆、緊張した面持ちでいた。

 

 

 

 ここ二週間弱。ロックラックではHR昇格試験が行われていた。

 

 HRとは“ハンターランク”の略。すなわちハンター個人の実力をランク付けしたものである。HR1~9にそれぞれ三つずつ。下位、上位、G級とランクが分かれており、各部明確なルールが制定されている。

 大型モンスターの討伐・捕獲・狩猟に関してはHR4への昇格試験から受注が可能で、上位ハンターへの登竜門と言う訳だ。

 

 そして、このHR昇格試験には他のクエストとは違う明確な規定がある。

 

 それは、HR昇格試験の合格・不合格はモンスターの捕獲の成否によって決まる事だ。

 

 HR昇格試験はあらかじめハンターズギルドの保護区域にて行われ、ギルドが管理するモンスターを捕獲することによって合格となる。これは保護区と言うこともあり、無闇にモンスターの数を減らさないようにする為のものだったりするのだ。

 

 

 

 酒場に集まるハンター達全員が必ずしも試験を受ける訳ではないのだが、感化されてか受付嬢達もいつもより真剣味が増しているように見えた。

 

 机に集まり作戦会議を開く者。試験に失敗し肩を落とす者。少し息が詰まるようなそこに、一組のパーティを組んだ男女が意気消沈して暗い顔をしていた。

 ユクモ装備に身を固めた少年とブナハ装備の少女だ。少年は笠を太刀の柄にぶらさげて立て掛けており、少女は開いた椅子に畳まれた弓を置いていた。少年の名を村雨 翔、少女を黄 蘭雪と言う。

 

「……………………………………………………」

「……………………………………………………」

 

 両者はだんまりとして動かず、頑なに喋ろうとはしなかった。(正確には喋れなかった。)

 

「「……………………はぁ……、」」

 

 更に両者は同時に重く溜息を吐く。

 

「…………落ちたな……」

「…………落ちたわね……」

 

 二人の影はやけに暗く、いつもよりかかなり痩せこけて見えた。

 彼らの会話はHR昇格試験についてのこと。そして“落ちた”と言う言葉通り、二人は昇格試験に落ちていた。

 現在二人のHRは3。

 HR試験の内容は毎度クジで決まるのが当たり前。と言うのも、仮に上位モンスターを狩ることになったとしてもギルドは多くの頭数を確保していないのだ。つまり、モンスター、特に大型は数に限りがあるが故に同ランク試験は様々な内容に分かれるということになる。

 例えば、ラングロトラ二頭の捕獲、ウルクススとドスバギィの捕獲、などなどだ。

 

 ちなみに、この二人が当たった試験内容とは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約一週間前。

 

 酒場には多くのハンター達が立ったり座ったり。兎角、大きな喧騒に包まれていた。

 

 本日は二回目の試験抽選会の日。このクジで、試験内容は大きく変わるのだ。

 

 エントリーを行ったハンター達が今か今かと開始時間を待つ。その中に、翔と蘭雪、ヤマトやナデシコの姿もあった。

 

「さて、これが吉と出るか凶と出るか……」

「どんなのが来てもこのヤマトにかかれば楽勝ニャッ」

 

 席に座り膝上のヤマトを撫でて平静を装う翔だったが、内心かなりドキドキしていた。やはり、試験内容はなるべく楽な方が(楽も何も本当は無いのだが)合格確率も上がるというもの。期待してしまうのは仕方ないし、最悪の場合を想定するのは正直したくなかった。

 

「相変わらず、大盛況ね。この時期も」

「まぁ“祭り”に比べれば劣るにゃ。それでも久々の活気で懐かしいにゃ」

 

 同じ席の隣。蘭雪とナデシコは辺りを見回し幾らか前のロックラックをを懐かしんでいた。

 

 

 

「一同、静粛にッ!!」

 

 ピタリとその一言でざわめきが止む。

 酒場の上に設けられた檀上には箱を抱えた受付嬢数人と教官が一人。

 ようやく、試験内容確定クジが始まる。

 

「これより、試験内容の確定を抽選で決定するッ。各自パーティは班番号をよく確認しておけッ、内容は一回しか口にはせんぞッ!!」

 

 ゴクリ、と一同が唾を呑む音が聞こえた。その例に二人も漏れず、固唾を呑んで檀上を見上げた。

 教官が受付嬢の持つ箱に手を入れて中から試験内容の書かれた紙を取り出す。

 

「一班、ウルクスス二頭の捕獲ッ!! 次、二班ッ――――――――」

 

 翔と蘭雪達の二人と二匹のパーティナンバーはNo.21。

 次々と結果が読み上げられ自分の番が近づくにつれて緊張感が増してゆく。

 

 翔達の受けるHR昇格試験は上位ハンターへの入口であるHR4の試験。有名なのは、その試験の中でも最難関と言われる『雌火竜リオレイアの捕獲』である。

 上位ハンターの登竜門と言われる昇格試験の中でもリオレイアは別格だ。大型モンスターの中でも典型的な姿をした飛竜であり“陸の女王”の名を冠する雌火竜として世間一般に知れ渡っている。地を駆け回る圧倒的脚力。的確に相手の虚を突く三連続ブレス。岩を粉砕するようなサマーソルト。大型モンスターの中でも凶暴だ。

 

「二○班、アオアシラ二頭の捕獲と鳥竜のタマゴ納品!! ニ一班――――――、」

 

(リオレイアくんなリオレイアくんなリオレイアくんなリオレイアくんなリオレイアくんなリオレイアくんなリオレイアくんな)

(出来れば早くクリアできるヤツお願い……ッ!!)

 

「……うむ。第二一班ッ、リオレイアの捕獲だッ。くれぐれも怪我や事故には気を付けろよ!!」

 

「「「「……………………………………………………」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…………死ぬかと思った……」」

 

 取り敢えず気持ちを入れ替えて意気揚々と翔達が保護区へと向かったのが六日前。一日かけて保護区に入り、結果、三日間粘ったは良いものの手も足も出ずリオレイアに散々な程プライドをへし折られて現地で一日ばかり(動けなくなって)休んで先程帰ってきたばかりである。最早トラウマの領域とも言えるくらいに。

 翔はリオレイアの足下で足踏みに引っ掛かり転んでサマーソルトの洗礼を受け。蘭雪はまんまと三連続ブレスの餌食になった。誰が何と言おうと大敗である。因みにオトモ達は薙ぎ払いに巻き込まれて瀕死寸前だった。

 

 くよくよして立ち止まっている場合じゃない、と帰って早速反省会を行おうとするも予想以上のショックが積み重なり、クエスト中のトラウマを思い出しては身震いして、結果、会議は停滞。互いにツッコミを入れる気にもなれず、黙りこくっては頭を抱えての繰り返しであった。

 

 負のオーラを撒き散らすテーブルではあったが、幸いか否か、周りにもいくつか似たような卓があり大して浮くような心配がなかったのが良かったか。悪目立ちしてはいないのが不幸中の幸いである。

 

「……武具の問題に戦闘スキル、戦力不足、か……」

「山積みね……武具なら何とかなりそうだけど……」

「そういや鍛冶屋に頼んでたよなぁ。すぐに仕上がるっつってたっけ……、一旦荷物置いてから確認しに行くか」

 

 よっこいせ、と年寄りのように重い腰をあげる。帰りの船で休みもとったというのに相も変わらず気怠かった。

 

 

 

 

 

 酒場を出てすぐの通りには地方各地から集まった品が売買される大市場がある、。時間に関係なく賑わうここは今日も今日とて行き交う人の流れが濁流のようにうねっていた。

 品に目を向けて見ると角竜レバーやら氷結晶に冷やされたフルベビアイスなどなど、この地方ではお目にかかれない異国品も多く出回っているようである。

 

 

 

 二人は市場を抜けて右へ。少し路地に入ればたくさんの家屋が所狭しと並ぶ居住区となる。

 ここではロックラックで暮らす人は勿論のこと、出稼ぎや旅でやってきたハンター達の為に用意された宿泊施設も多く点在している。

 ランク付けがされている訳ではないが、やはり階級の低いハンター達が泊まる宿は決して快適とは言えない。宿代が低い分とは言うものの、藁を敷き詰めただけのベッドはどうなんだろうと思うところだ。

 無論、腕の立つハンターは懐に入る金もケタが違うので高級スイートルーム(一人部屋)を拠点とする者もいるらしい。

 

 

 

 

 

 ――――しかし、翔や蘭雪のような下位ハンターがそこまで莫大な金額を所持しているはずがないので。

 

「……サイアクよ」

「誰だってそう思うよ、絶対……」

 

 結論。二人の現在の寝床は藁ベッドであった。非防音の薄い木の壁。すきま風あり。埃っぽく、地面には藁が散らばる。ベッドには藁がこれでもかと詰め込まれ、シーツとして一枚の布が申し訳程度にかけられとおり、枕は布を何枚も重ねて纏めた物。とてもじゃないが人が泊まるような所とはお世辞にも言えなかった。果たして屋根があるだけマシなんだろうか。

 

「……………よし、さっさと荷物置いて出よう。外の方が空気が良いし」

 

 現実から逃げるように早口な翔に同調して蘭雪はコクコクと首を縦に振り頷く。一刻も早くこの精神状態から脱するにはまず今いる空間から出る必要があるのだ。それに、新しい武具が手に入れば気分も前向きになるもの。

 全部屋に完備されているボックスへ荷物をつめこみ、早々に部屋を飛び出す。蒸し暑い空気から一転、乾いた空気が心地よかった。

 これなら無理してでももう少し良いグレードの部屋を選べば良かったと内心毒づくことしか出来ない翔であった。

 

 

 

 

 

 居住区を出て再び市場近くにまで引き返して来た二人。物珍しい品に目移りしつつ、村へのお土産はどうしようかと首を捻り議論する。

 

 が、

 

「……無事帰れればの話よね」

「ですよねー……」

 

 やはり、どうも気分はナイーブで消極的になってしまっていた。

 

 

 

 

 

 市場を抜けて少し、人通りが僅かに薄くなった通りを歩く。

 この通りの突き当たりにはロックラック一番の大闘技場がある。

 水中闘技場も設置してあるここロックラックでは水中での戦闘訓練や闘技大会も開催され腕試しにと挑戦するハンターや見物客は後が絶えることがないらしい。

 

 

 

 しかし、翔達二人が行く先はその手前。ロックラック地下に広がるハンターご用達の施設、鍛冶屋である。

 

「武具できてると良いなぁ。噂じゃ注文してから完成までが早過ぎるって聞くけど」

「これまた信憑性の無い話ね」

 

 取り留めない会話をしつつ――しかし、僅かな高陽感に小さく胸を踊らせながら歩く二人。鍛冶屋まで後少し、真っ直ぐ進んでしばらくし脇道に差し掛かる。

 直後、路地から急に人影が飛び出して来た。

 

「うわッ!?」

「ちょッ……」

「むがッ……!?」

 

 いくらハンターと言えども街中で急に襲われて対応出来る筈もなく、突っ込んで来た影は翔と蘭雪を巻き込んで倒れた。

 

「いたた……ちょっと、気をつけなさ、い……よ……、」

 

 蘭雪は見た。否、見てしまった。

 

 突如飛び出して来た影が女性であり――――、転んだその人の下敷きとなり豊満な胸へと顔を埋める翔を。

 

「……むぐ?(なんだろう、この幸せな窒息感……?)」

「いてて……。あぁ、少年。大丈夫か?」

 

 下敷きの翔を抱き起こしながら立ち上がる女性。結果としてそのまま翔は胸に顔を押し付ける羽目となる。

 

「………………………………………………………………」

「……………………ッ!? ちょっ、あッ、大丈夫っすからね!?」

 

 刹那にバッと飛び退く翔。何故か背後から凄まじい殺気を乗せた視線を感じた。

 

「おぉ、そうか。無事ならなによりだ。じゃ、アタシは用があるから失礼するよッ」

 

 女性は手を上げるとくるりと反転。翔達が来た方向へと走って行った。

 気付けば彼女の腰から下には防具があり、上半身はインナーだけと何とも微妙な格好だがハンターというのがわかる。上がインナーだけなのは暑いからだろうかと彼女の背中を見送りながら翔は思考し、

 

「……かぁーけぇーるぅー……?」

 

 悪魔の如く形相で睨んで来る蘭雪から冷や汗タラタラで視線を全力で逸らす。

 

「……ランシェサン、あ……あ……」

「あ?」

「……アレハジコダトボクハオモウノデス」

「…………………………」

「…………………………」

「…………問答無用」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………にゃ……、」

「? 姐さん、どうかしましたかニャ?」

「ふむ、にゃんだか美味しい話が向こうで展開しているようにゃ気がしただけにゃ」

「…………?」

「気にする必要はにゃいですよ、ヤマト」

「わ、わかったニャ」

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

 翔と蘭雪のオトモアイルーであるヤマトとナデシコは二匹でロックラックの街を散策していた。

 初めて大きな街に来たヤマトはあちらこちらと視線を動かして物珍しい物品を眺め、ナデシコが各々の物についてわかる範囲で説明をしていた。

 

 

 

 ロックラックの街に帰って来てから暫く暇をしてこいと告げられた二匹達。砂上船に長く揺られていたのだが大きな疲れは無く、寧ろ新天地に来たと言う期待感が狩りの疲れを吹き飛ばし(主にヤマトを)突き動かしているのである。

 

 

 

 生憎、翔のお財布事情の為にお小遣いを持っていないヤマトは品々を名残惜しそうに見やり次へ次へと行く。

 その最中、ヤマトは目ざとく露店と露店の間から顔を覗かせる“それ”を見付けた。

 

 ふらふらと無意識に追い掛けて隙間と隙間を抜ける。ナデシコもヤマトの謎の行動について行ってはいるものの、彼女自身にはヤマトが何故今まで露店に興味を示していたのにいきなり別の物を追い掛けるようになったのか気になっていた。

 

 

 

 市場の通りを一本路地に曲がる。“それ”はピョコピョコと曲がり角で揺れ、ヤマトを誘惑する。

 

「ほ、本能には逆らえにゃいニャ!!」

 

 そして、我慢の限界だったヤマトは獲物を狙う捕食者の如く飛び出した。その先には“それ”――――猫じゃらしが揺れており、

 

「よっしゃあッ、釣れたッ!!」

「ニャ、ニャニャニャーッ!?」

 

 刹那、猫じゃらしが引っ込んだかと思うと人間の両手がぬっと伸びてきてヤマトをガッチリと捕まえてしまった。

 

「ニャ、(ニャ)んだニャ!?」

「おっ、オトモアイルーかー。しかも和風とは。こりゃ良いや」

「……ヤマト、一体(にゃに)に釣られたかと思えばこんな事かにゃ……」

 

 チラッと足元に放置された猫じゃらしを見やってから捕まって抱き抱えられたヤマトを流し目で見る。

 

 ヤマトを捕まえたのは女性――それもハンターだ。上半身は暑いのかインナー一枚だか、下半身にはきちんと防具をつけていた。確か、迅竜ナルガクルガの素材を使った装備だった筈。

 

「にゃあ、失礼ですが、どちら様ですかにゃ?」

「ん? おおっ、こっちにも可愛いのがいるじゃんか」

「……全く話を聞かにゃい人にゃ……、」

 

 ヤマトを片手にナデシコまで捕まえて上機嫌な彼女。小脇に抱えられてわかったが蘭雪より相当大きい。何がとは言わないが。

 

(これは嫉妬の的にゃ……)

 

「? どうかしたか?」

「いえ、にゃんでもありませんにゃ」

 

 どうやら無自覚らしい。インナー一枚でこの体型とは、男が黙っちゃいないんじゃないだろうか。

 しかし、抱えられてわかることはそれだけではない。彼女は自身を相当鍛えている。腕から伝わってくる力強さは並の男性では足元にも及ばないのがわかる。

 

「なぁなぁアイルー達、アタシんちでお茶でもどうだい?」

 

 新手のナンパか。

 思わずこぼれた大きな溜息にナデシコは疲れを感じざるを得ないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下鍛冶屋へとやってきた翔と蘭雪。翔がいつも以上にやつれているのは気のせいか否か。

 

 地下を掘りぬいて造られた大きな空間はまるで低温のサウナのように暑い。いるだけで額には汗が浮かんでくる程だ。

 奥からは熱した鉄をハンマーで打つ音が絶え間なく響き、男達が汗水垂らしてせっせと働く。よくこんな暑い空間で働けるものだと二人は嘆息した。

 

 

 

「すいませーん」

「はいよォ!!」

 

 受付で声をかけると一人の男性がのっしのっしと奥から現れた。筋骨隆々の大男だ。

 

「えーっと、この前作製頼んだ村雨 翔とファン ランシェです」

「おうッ、了解した!! 完成したのはこっちあるからついてきなッ」

 

 手招きをし、受付から外れて脇の通路を通される。奥には男女に別れた更衣室がそれぞれあり、頻繁にハンター達が出入りを繰り返していた。

 

「少年ッ。オメェのがコイツ、バギィ装備一式。で、嬢ちゃんのがフロギィ装備一式だ」

 

 男は一抱えもある箱を二つ、何て事も無いように軽々と運んで来て二人に渡した。中にはそれぞれの装備が一式あった。

 

「キツかったり大きかったりしたらその辺の奴捕まえて言ってくれや。調整にゃ金取らねぇからな。武器の方は暫くかかっから、今度また来てくれ」

 

 じゃあな、とそれだけ言って男は持ち場に戻る。

 取り敢えず各自装備を持って更衣室へ。

 

 

 

 碧を基調とした防具であるバギィ装備を着込む。重い物かと思ったが予想以上に軽かった。モンスター素材は案外軽いと言うことである。

 

「翔ー、まだ終わんないのー?」

 

 外から蘭雪の声がかかる。案外早いものだ。

 流石に待たせる訳にもいかないので、ちゃっちゃと防具をはめて外に出る。

 

 外には腰に手を当て待ちくたびれたと表情に出して軽く睨んでくる蘭雪がいた。

 

 濃いオレンジ色をベースに作られており、中でも特徴的なのは変わった形のハットにゴーグルだ。ガンナー装備用ということで左肩と腕にガードが。反対の腕は動きやすいように殆ど防具が無かった。

 

「お、中々に良い装備だな。似合ってんじゃん」

「ッ……、ひ、人より遅く出てきてお世辞とかバカじゃないのッ!? それに、じろじろ見んなこのエロ魔!! 変態!!」

 

 ガツンとまた脛を蹴られた。防具越しでも痛かった。

 

 威嚇する蘭雪に翔が頬を引きつらせていると、先程の男がまたやってきた。

 

「おうおう、二人して良い格好じゃあねぇかッ。似合ってるぞ!! うしっ、ついでに会計も済ましちまうぞ」

 

 なけなしの金である。

 翔の財布が軽くなった。物理的にも、精神的にも。

 

「そう言やぁ二人して防具新調するってこたぁ、HR昇格試験か?」

「まぁそんなとこっす。リオレイア捕獲とかちょっと骨折りますけどね……」

「リオレイア捕獲か……。その落ち込みようじゃあ一回落ちたってとこか」

「よ、よくわかりましたね……」

 

 翔と蘭雪が目を丸くすると男は得意顔になり、

 

「ガハハッ、そりゃあ伊達にロックラックでハンターの顔見ちゃいねぇさ。そういう湿気たツラ下げてくる奴ぁ大抵そうなんだよ。元気出せ、坊主!! こんなトコでくたばっちゃあ(オトコ)が廃るってモンよォ!!」

「いでェっ!?」

 

 バンッ、と防具越しに背中を叩かれたと言うのに思い切り咳き込む。流石は鍛冶屋の男か。丸太のように太い腕の力強さが違う。

 

「あぁ、そうだ。お二人さんよ、まだパーティーメンバーに空きがあるんなら一人混ぜてやってくれねぇか?」

「え? 知り合いの方、ですか?」

 

 未だに咳き込んで復帰しない翔に変わって蘭雪が首を傾げる。

 

「いや何、娘がオメェ達と同じ試験受けるんだがな。丁度メンバー捜してたとこだ。生憎知り合いが皆出払っててなァ。足手まといにゃならねぇさ、この俺が保証するッ」

 

 ドンと胸を張る男を見て顔を見合わせる二人。

 彼が見込む人物だ。娘とは言えどやはり推すだけの人物なのだろう。

 

 

 

「親父ー、良さそうな人居なかったー」

 

 話の途中、入口から人の声がかかった。反応したのは目の前の男で、これまた大声をあげた。

 

雲雀(ひばり)ィ、丁度良いメンバー見付けたからこっち来いやぁ」

「おッ、ホントかッ!!」

 

 声の主はすぐに現れた。階段を軽やかなステップで駆け降りる。

 

「ありゃ、さっきの少年達じゃんか」

「あ、アンタ……ッ」

 

 その人は先程、街角で軽いトラブルのあった女性だった――――小脇にヤマトとナデシコを抱えた。

 

「あ、ご主人」

「蘭雪かにゃ」

「いや、二匹揃って何やってんのさ……」

「かくかくしかじかニャ」

「まるまるうまうま、って伝わる訳ねーだろ」

 

 取り敢えず何故捕まってこうなったのかまでの経緯を話すヤマト。その内容にハンター二人は溜息せざるを得なかった。

 

「……えーっと、それで……」

「ああ、そっか。自己紹介がまだだったな。ムラサメとファン!!」

 

 んんっ、とわざとらしく咳払いを一つ。頭の後ろで束ねたポニーテールが揺れた。

 

 

 

「アタシが東雲(しののめ) 雲雀(ひばり)だ!!」

 

 翔や蘭雪と同じ東方独特の肌色。黒髪を地面スレスレまで伸ばし、キリッとした紅い瞳からは力強さがひしひしと感じられた。

 

「ヨロシクな、二人共!!」

 

 あまりに急な展開についていけない二人はポカンと口を開けて唖然とするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでいただいた方、誠にありがとうございます。
第11話担当、五之瀬キノンです。

まずは、投稿が遅くなってしまった事、お詫び申し上げます。
諸事情で自分が中々書けなかったり、執筆速度が遅かったり修正に手間取ってしまったりとメンバーや皆様に多々ご迷惑をおかけしました。ここで謝罪させていただきます。





……だって中間考査があr(ry





さて。この話はすっぱりやめまして。

ようやく紅嵐絵巻も第3章に突入となりました。スタートは第1章と同じく自分ですが(´・∀・`)
今回翔や蘭雪達のHR昇格試験ということで皆はロックラックに出向いています。
案外、街の情景を知ってる人ってあんまいないんじゃないかなぁ……。MH3Gでロックラック出るんですかね?←
因みに今回の描写はMH3tri~のオンラインにて散々お世話になったロックラックを参考にしてます。いやはや、金がすごい勢いで飛んで行ったのを思い出します(笑)

そしてそして、今回初参戦キャラの東雲雲雀さん。(漢字並べると雲雲になる……語呂はいいんだけどねぇ)
はたしてどんな持ち味を出してくれるのか? 今からwktkしております。

次回は第12話です。ご期待ください。
ではまたいつか、お会いしましょう。


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第12話 (著:獅子乃 心)

 鍛冶屋と言えば、職人達の威勢の良い掛け声と鉄と鉄がぶつかる音。それから噎せ返る様な汗の匂いと溶鉱炉から放たれる熱をイメージする者が多いだろう。

 しかし、彼らは同じ空間にありながら、全く真逆の爽やかで涼しい休憩所にいた。

 

「東雲雲雀。性別は女。双剣使い……」

 

 突然の自己紹介と共に、半ば押し付けられるようにして手渡されたギルドカードを読む青年。名を村雨翔(むらさめかける)と言う。

 そしてその隣に、翔と同じ様に状況を上手く飲み込めていない複雑な表情をしている少女がいた。名を黄蘭雪(ファンランシェ)と言う。

 

「おう、よろしくな。あ、趣味は筋トレだ。さっき市場でぶつかったろ? あれな、ちょろっとランニングしてたんだ。朝昼晩の3度。コースは特にないけど大体ロックラック2~3周したら家に帰ってきて別の筋トレに切り替えてる」

 

 こんな感じ、と東雲雲雀(しののめひばり)と名乗った少女は、【鉄塊】と言うに相応しいダンベルを軽々と持ち上げつつ、もう片方の手で無理やり膝に座らせていたヤマトを撫で回していた。

 

「ふぅん……立派な筋肉だこと」

 

 視線はたわわに実るその二つの膨らみ。彼女は市場でぶつかった時と同様に下半身は防具に身を包みつつ、上半身はハンター達の間では割とポピュラーなタイプのインナーのみの出で立ちである。

 蘭雪は皮肉たっぷり、嫉妬全開の口調で吐いたのだが、雲雀は何を思ったか感動に打ちひしがれているかの様に両手を組んで蘭雪に熱い視線を送っていた。

 

「嗚呼、なんてこった……。筋肉をわかってくれる女がいるなんて……」

 

「な、何よ……」

 

 目は潤み、感極まったという雰囲気で体を震わせている。悪い予感しかしない。翔が後ずさるのに気づいて蘭雪も足を引いた時には遅かった。

 

「感動したッ! アタシは感動したぞ黄蘭雪。アタシの筋肉を理解してくれる同性に出会える日が来るなんて思ってもみなかった。嗚呼、ありがとう。ありがとう」

 

「ふぐぐむぐ……ぷは、はなんむぐぐ……かけぐむ、たすけむぐうーっ!」

 

 蘭雪に待っていたのは熱い抱擁。言うまでもない、雲雀による抱擁は筋肉と豊満なその二つの膨らみで気道を完璧に遮られれば男だろうが女だろうが昇天しかねない。

 

「俺にどうしろってんだ……」

 

 もちろん助けられるものなら助けてあげたい。話が聞こえそうには無い。無理矢理に引き剥がすのも手ではあるがどちらに手をかけても悪い結果しか見えてこない翔は手をこまねいている。

 

「ふぅ、間一髪だったニャ。姐さん、お嬢がぺしゃんこににゃるニャ」

 

 脱兎の如く。それは野生の本能か。雲雀にむんず、と掴まれて膝に座らされていたヤマトは迫り来る何かを察知して間一髪のところで雲雀と蘭雪のサンドイッチにされるのを回避していた。まるで猫が顔を洗うように額の汗を拭いながら雲雀に声をかけてみるが、声が聞こえていないどころか、蘭雪の口からは魂が抜けかけているんじゃないかと勘違いしてしまいそうな呻き声にもにたくぐもった悲鳴が絶えず聞こえている。

 

「おほん、雲雀さんッ! 私のパートナーを離して頂けますかにゃッ!?」

 

 そこで出てきたのは相棒、ナデシコだ。狩りの時となんら変わらない真剣な表情で声を張り上げ、足元に張り付いては必死に猫パンチを繰り出している。どこか愛らしくも感じる。

 

「おうおう、盛り上がってるな。どうだ、武器も仕上がったし、ウチの奴と組んでくれないか?」

 

 蘭雪の体が小刻みに震え、もうダメかと思ったその時。休憩所の扉が開かれ、凄まじい熱気と共に現れたのは、雲雀の父にして鍛冶屋の旦那だった。

 ああ、親父聞いてくれよ、と旦那に気がつくと蘭雪への拘束を解き、筋肉を褒められただとか、絶対にコイツらと組みたいだとかボウガンの速射ばりに一生懸命話す。

 そうかそうか、ガッハッハと豪快な高笑いをしながら旦那の方も嬉しそうにその話を聞いている。何だかよく似た親子だな、と翔は素直にそう思った。

 

「……けっほ、げほ。げほ。はぁ、はぁ……っくはぁ。何なのよあの女、死ぬかと思ったじゃない……」

 

「おぉ、蘭雪無事だったか。あれだけ絞められて気を保ってられるなんてお前も相当ガッツあるな」

 

「流石、お嬢ニャ。ボクだったら20秒も持たなかったニャ」

 

 蘭雪の復活に翔とヤマトが声を掛けるが、蘭雪の精神を逆撫でしてる様にしか聞こえない。言うまでもなく翔は防具越しに脛を蹴られ、ヤマトはアイアンクローを頂戴する羽目になった。もちろんナデシコはやれやれと遠目に見ながら首を振っていた。

 

「……はぁ、はぁ、本当に似たような親子よね。豪快な所とか、あんまり周り見えてなさそうな所とか。見かけの似てない割に」

 

 呼吸が整ってきた蘭雪の何気ない言葉にピクリと反応した雲雀が、先程とはまた違った笑みを浮かべながら口を開く。

 

「あぁ、アタシは拾われっ子なんだよ。いつだったかな、親父に拾われたらしい。よく覚えてないけど、夫婦だって最初は他人だろ? 別に親子だって一緒だと思うんだよな」

 

 意外な事を言われて二の句がつげない蘭雪をよそに、そうだとも! と、鍛冶屋の旦那が雲雀の頭をワシワシと撫でながら便乗する。

 

「イイ事言うじゃねぇか雲雀。そうだぜ、嬢ちゃん。結局のところ一番大事なのはお互いを想う絆さえありゃ血が繋がってなかろうが、亜人だろうが関係ねえ。周りが勝手に言ってるなら無視すりゃ良いんだ。そんなものは壁でも何でもないし、立ちはだかるならぶち壊すなり、すり抜けるなり方法は幾らでもあるんだよな」

 

「やっぱ親父はイイ事言うな。アタシ達ハンターもさ、狩りを通して実の親子や兄弟と変わらない絆を結べると思う、いや結べるハズだ。だから是非アタシと組んで欲しい。きっとこれは運命……そう、運命だ! 黄蘭雪、それから村雨翔。アイルー君達も。頼むッ!」

 

 確かな親子愛だと思った。翔も、蘭雪も。思わず家族との思い出が沸き起こった。同時に雲雀たち親子が真っ直ぐな人間だと感じる。翔たちは土下座する様な勢いで頭を下げている雲雀を目前に、互いの視線を一瞬合わせた。どうやら意見は同じようである。

 

「あ、頭を上げなさいよ。別にそこまで頭を下げなくてもパーティーくらい。こちらこそよろしくね、雲雀」

 

「おう、俺からもよろしく。頼りにしてるぜ、その筋肉。またリオレイアを引いたって俺達なら乗り越えられるかもしれない。いや、乗り越えてやろうぜ!」

 

 二人の言葉に心底安心したように笑うと親愛の情を込めた抱擁に再び襲われる蘭雪。引き剥がしにかかるアイルー。豪快に笑う鍛冶屋の旦那。そしてハグの対象に入らなかった事を少し寂しく思う翔。休憩室の喧騒は鍛冶場の音にかき消され誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

 二人の背にはそれぞれの武器、骨刀【犬牙】とアルクウノを骨刀【豺牙(さいが)】とアルクセロルージュに強化されてピカピカに輝いていた。雲雀と組むかもしれない相手だ、お前ら最優先で最高の技術をぶち込め。といった声が聞こえたのはどうやら二人の聞き違いではなかったらしく、しばらく時間がかかると聞いていたはずが、あっという間に仕上げてしまったらしい。値段以上のサービスだったと言える。さすが大都市の鍛冶屋は違うな、等とユクモ村の中で発すれば高齢の竜人族とは思えないようなスピードとパワーであのハンマーを振り回すハズ。命がいくつあっても足りたものではない。

 そんな翔、蘭雪、そして雲雀の3人は鍛冶屋をあとにすると、再試験を受けるために酒場へと来ていた。ちなみにアイルー達と言えば、再び市場の探検に行くと言うので鍛冶屋を出てすぐに別れた。

 

「な、なんだって!?」

 

「はい、申し訳ありませんが今週の抽選会は正午(・・)で締め切らせていただきました」

 

 現在の時刻は日の傾きからして1時から2時くらいだろうか。天辺から幾らか西の方角に傾いてしまっている。

 

「もう、雲雀の所為で登録できなかったじゃない!」

 

「ごめんごめんよ、アタシついつい周りが見えなくなっちゃう癖があるんだよ。親父も似てる所があるし、ひよっこの頃はよく教官に猪突猛進型のお前は双剣かランスが向いてるなってよく言われてたんだ」

 

 アハハ、と乾いた笑いを浮かべて蘭雪の口撃を受け流す。翔はと言えば粘り強く受付嬢に交渉してはみるが、大勢の人間を統括する以上は例外はできる限り作らないという鉄則の元、営業スマイルにつっぱねられる。

 

「次週もありますのでそちらの参加であれば全然大丈夫ですよ」

 

「翔、どうするの?」

 

「どうするも何もな……」

 

「ん? どうしたんだ。次週じゃ何か不味いのか?」

 

「いやな……」

 

 どうするも何も参加は次週以降だ。だが、翔たちには金が無い。安宿だからと舐めていれば大きな出費になる。それにあの環境で次週まではさすがに耐えられないだろう。

 理由を雲雀に話してはみるが、鍛冶屋はロックラックの中でも確かに大きな建造物の方に入るが住み込みで働いている職人で部屋は一杯らしい。

 

「ごめんな、翔。アタシの部屋はちょっと人様に見せられる様な状態じゃなくてさ」

 

「何言ってのよ、雲雀。アンタの部屋に3人が入れたとしてもコイツは男よ、()()()ッ! よ、夜中に襲いかかってきたらどどどどうすんのよ」

 

「う~ん……アタシより強い奴なら別に構わないよ。ただし、寝技には自信あるからそんじょそこらの男じゃあダメだろうな。どうだ、翔?」

 

「遠慮しておく。命はまだ惜しいからな」

 

「オホン、それでどうなさいますか? エントリーなさいますか?」

 

 ごめんなさい、エントリーお願いします。翔は平謝りしながら申請書に記名する。そして同行する二人も続いて記名した。

 申請書は受付嬢に承諾印を押され、別の受付嬢の手に受け継がれてハンターズギルド兼酒場の奥へと消えていった。

 

「さて、と。まぁ登録は完了したが寝床の問題がな」

 

 結局、来週の再試験にエントリーすることになった。だが、寝床の心配が消えたわけではなかった。

 

「……いから」

 

「ん?」

 

 ああでもない、こうでもないと考えあぐねる一行で突然蘭雪が口を開いた。少しまごついたので聞き取れなかった翔が思わず首を傾げる。

 蘭雪は二人の視線が集まったことで、首を引っ込めてやや伏し目がちに、ただしボリュームがぶっ壊れたような大きな声で切り出す。

 

「……しょうがないからッ! しょうがないから、うう、ううう家ッ! ……私の家、に泊ま、る?」

 

 そうだ、よく考えればここが地元じゃないか。翔は二人があった頃にした自己紹介で出身をロックラックだと言っていたのを今更思い出した。

 だが妙だ。最初からそちらに泊まっていれば自分はともかく蘭雪の分の宿泊費ぐらいは浮いたハズだ。

 

「……なんだかワケアリと見た」

 

「あ、セリフ取られた。……じゃない、そうだ。無理に開ける事はないぞ?」

 

「いや、確かにワケアリだけど。あんなところで寝泊りするぐらいなら家に……。でも、パパがな……」

 

 なんとなく読めたぞ。翔はこんなパターンの話を聞いたことがあった。極度の親バカを発症した父親と娘のパターンに男が関わるとロクなひどい目にあう、と。仮に蘭雪のパパさんとやらがその例と同じならば自分はついて行かないに限る。自分の為にも、蘭雪の為にも。

 

「いや、無理すんな。蘭雪の分の宿泊費が浮いた分でちょっといい部屋に泊まれば……」

 

「はぁ? バカじゃないのそんな勿体無い事許すわけ無いでしょ。いいわよ、最初からこうしておけば良かったのよ。試験を舐めてかかるもんじゃないわね、まったく……」

 

 断ろうした翔は蘭雪に遮られる形で発言を止められた。何だかヤケクソといった感じでいつもより幾らか饒舌になり大きな独り言で周囲の視線を集めてしまっている。

 

「ほらお二人さん。登録は済んだことだし、一旦ココを離れよう。蘭雪の御陰で視線が痛い」

 

 雲雀の進言はもっともだ。腹も減ったし昼食をそろそろ摂りたいところだ。踵を返し、ひとまず外に出ようと思った翔たちの前に二人組の同業者が立ちはだかった。

 

「うっひょー、激マブじゃんか。ねぇねぇ彼女たち、俺たちとこれからメシどう?」

 

「ドュフフ、何でも奢るよ。俺たち結構稼げるハンターだし、少なくともそっちの坊主よりは」

 

 ひとりは水獣ロアルドロスの素材で作られた防具を纏うガンナー。軽そうな口調とチャラチャラとした雰囲気に失笑を禁じえない。そしてもうひとりはこのロックラック付近でもよく見られる土砂竜ボルボロスの素材で作られた防具を纏うランサー。翔より頭一個分大きい程の大柄な体格から、とても不釣合いな少し高めの声を震わせながら喋る様ははっきり言って小物臭と気持ち悪さを振りまいている。

 彼らの目的は目を見ればわかる(大柄な方はヘルムで顔が見えない)。口調はキツイが黙っていれば可愛い蘭雪に強烈なスタイルを見せつけるかのような格好の雲雀。多方ナンパが目的だろう。そもそもこんな二人が大声で喚く(主に蘭雪)のに気づかない方がおかしい。

 ねぇどうなの、とグイグイくる姿勢に二人は眉間に皺を寄せている。機嫌が悪い。不味い。直感的にヤバイと思った翔が二人から距離をとる。

 すると、好奇とばかりに同業者たちは一気に距離を詰めた。

 

「ほら、そこの奴ブルってやがるし俺たちと一緒に行こーよ。絶対楽しいって……ぶわぅっ!?」

 

 下卑た薄笑いを浮かべたガンナーの方が蘭雪に右手を伸ばした瞬間に、その手は蘭雪によって絡め取られ一瞬のうちに酒場の硬そうな床に叩きつけられて空気が抜けたような風船のような呻き声を漏らす。

 

「お、おい、大丈夫かよ。グフ、グフゥ、お嬢さんたち暴力はイケないぞぉ。ちょっとこっちまでぼおっ!?」

 

 蘭雪の早業に驚くも、ランサーの方は正当な言い分を得たと見て、今度は雲雀へと手を伸ばすが、一瞬のうちに懐に潜られ渾身の正拳突きが腹部に突き刺さり膝から崩れ落ちた。

 

「おいおい、二人とも。どうすんだよコイツら……駄目だ、完璧に伸びちまってる」

 

 急いで駆け寄る翔が同業者達は完璧に目を回してしまっている。

 

「防具の割に大したことなかったわよ。どうせ誰かのお下がりとか着てるんじゃないの?」

 

「そうだな。ちょっと期待したんだけど、あれじゃロクにクルペッコも倒せないんじゃないか?」

 

 駄目だコイツら、ナデシコ助けてくれ。そんな風にボヤきながら目を覆う翔。酒場に喧嘩乱闘は付き物だがいつもの比じゃないギャラリーが翔たちを取り囲んでいた。

 不運にも、彼らの仲間達も。

 

「おう、嬢ちゃんたちやってくれるじゃんよ」

 

「へへっ、ちょーっとやりすぎちゃったねー」

 

「俺あのボインちゃんな。ぺったんこの方はいいや」

 

 嫌な雰囲気だ。ギャラリーを蹴散らしながらリングインとばかりにぞろぞろと野郎共が集まってくる。この場合、決まって起こるのは乱闘だ。流石に多勢に無勢、しかもこちらは女が二人(ただし腕っ節は男ばり)じゃ一方的になる可能性がある。戦略的撤退を言い渡そうと蘭雪たちに近づくと小声で雲雀と何か話をしている。

 

「ねぇ、さっきのアンタ狙いの奴。私がヤルから。絶対に許さない」

 

「じゃあアタシはあの強そうな奴ね、後は半々で。そんじゃ……」

 

「「かかってこぉいッ!!」」

 

 

 

 結果だけ言えば、圧勝。もう少し言えば瞬殺だった。

 翔が止めるスキもなかった。二人共止めろ、止まれ。この二言をやっと言い切った頃には6人の男たちが床とキスしていた。事態を飲み込むために周りを確認して向き直る頃には最後のお互いに一人ずつの獲物の胸ぐらを掴み上げていた。

 蘭雪はそのまま床に叩きつけ、雲雀は回転を加えつつ出入り口の方向へ投げ飛ばしていた。

 

「お前らな、幾らなんでもやりすぎだ。あんまり派手な事したら悪目立ちする事になるだろ。二人は慣れっこだからいいけど、俺はただでさえ初めてのロックラックだってのに同業者達の嫌がらせなんか受けたらどうするんだよ」

 

「「ごめんなさい」」

 

 酒場から少し離れた路地で翔の説教を受けていた。ギルド嬢がニコニコしながら近づいてきた時には本当に死ぬかと思った、と早口でまくし立てている。

 

「曲がったことが大嫌いなの。知ってるでしょ? きっとああやって他の娘にも声をかけてたに違いないわ」

 

「そうだ。きっと大人数で取り囲んで断りきれなくしてたに違いない。所詮徒党を組んでもクズはクズさ。もっと殴っておけばよかった」

 

「それはよせ、死人が出る。何はともあれ、だ。エントリーも済んだ、ちょっと遅くなったけど昼飯にしよう」

 

 路地から出ようとする翔を引き止める雲雀。苦笑を浮かべながら申し訳なさそうに顔の前で手を合わせた。

 

「ああ、それなんだけどさ。ここから別行動していいか?」

 

「どうかしたの?」

 

「いや、それがさ。親父や他のみんなにも昼食出してやらないと、あの人たちはいつまでもいつまでも鉄叩いてるから。行ってやって、昼飯を作らないとなんだよ」

 

「そうか、大変だな。じゃあ用があったらこっちから出向くし、蘭雪に家の場所を聞いといてくれるか? そっちから用がある時に会えないと困る」

 

 鍛冶屋には大男が何人も働いている。きっと大鍋をかき回してるんだろうな、と想像しながら翔は快く応じた。だが、それに、ともう一つ雲雀は付け加えてくる。

 

「いや、さっき蘭雪とも話したんだけど、私も泊まる事になったんだ。きっとその方がパパさんも許してくれるって」

 

「ちょっと、も、もう。……まぁそういう事よ。1週間もあるし、折角パーティー組むんだしお互いをよく知り合った方がいいと思ったのよ。別にアンタを警戒したわけじゃないからね、ホントよ?」

 

「ああ、別に構わない。寧ろその方がきっとずっと良い。だが部屋はいいのか? お前ん家って3人家族だったろ?」

 

「前に言ったじゃない。うちの両親、行商の仕事やってるから時々家を空けてたって。今回もそれだといいんだけど、試験期間中(このじき)受験者(カモ)を逃すほどパパもママもバカじゃないわ……。まぁそうであっても。家は行商のキャラバンがいつでも泊まれるように部屋数だけは確保してあるのよ。ホント、ありすぎるぐらいに」

 

「もしかして、結構なお嬢様、なんじゃない?」

 

 確かに容姿はともかくとして普段からある程度は身奇麗にしているところや、モノの目利き、流行り物をチェックする所なんかは確かに頷ける。

 

「ま、まぁそれなら世話になるとするか。これで寝床の心配も無くなったし、ここらで一度別れよう。また後でな、雲雀」

 

 何か含みがありモヤモヤとした感じが残るが寝床も決まった。路地から出ると翔と蘭雪は昼食をとるために市場へ。雲雀は鍛冶屋のある方へ。またな、と両手を大きく振るとダッシュで駆けていく。本当にブレない奴である。

 

「よっし、じゃあまずは昼飯だな」

 

「あ、私の知り合いがやってる美味しい店があるの。そこにしましょ」

 

 翔の号令に蘭雪は荷物を担ぎなおす。とりあえずは昼食だ。考えるのは後だ。翔は先をずんずん進んでいく蘭雪に遅れを取らないように歩き出した。

 

 

 

 翔は蘭雪に案内されて、ロックラックで安い・早い・美味しいの三拍子そろった激安定食屋でお昼ご飯を食べた。

 店内はカウンター席のみで、しかも最大で二〇人ほどしか入れない小スペース。しかもHR昇格試験が開催中だからか、飲食店はどこも混んでいる。

 座席はちょうど二席分開いていたので、なんとか座る事ができた。雲雀がいれば、こうはいかなかっただろう。

 定食屋の主人は蘭雪の知り合いらしく、あの蘭雪ちゃんもついに彼氏持ちかぁ、などと散々いじられた。

 まったく、恥ずかしすぎて味がわからなかったではないかと、翔は小声で愚痴をこぼす。

 久しぶりの丼物で、けっこう楽しみにしていたのに。

 

「次はもっと落ち着ける店を頼む……」

 

「わかってるって~。私の地元なんだから、その辺はド~ンと任せなさい!」

 

 翔は頬に軽く手を当てるが、まだやっぱり熱い。

 調理中から食事中までずっといじられ続けたのだから、無理もない。

 

 ――その割には、なぜ蘭雪さんはあんなにもご機嫌なのでせうか……。

 

 そんな翔とは対称的に、蘭雪のご機嫌は上々だ。

 どれくらいご機嫌かというと、鼻歌交じりにスキップして全身から桃色の乙女オーラを振りまいちゃうくらいご機嫌だ。

 さっきまでの行動を思い返してみても、思い当たる節はないし。

 

 ――不気味だ……。

 

 触らぬ蘭雪に祟りなしというわけで、翔はただ蘭雪の後をついて行く。

 

「翔、ちょっと寄りたい所あるんだけど、いい?」

 

「あ、はい、どうぞ」

 

「なんで敬語なのよ。まぁいっか。こっちこっち」

 

 蘭雪はそう言うと、ロックラックのメインストリートに向かって歩き始めた。

 

 

 

 実は定食屋で二人をからかってきたのは、主人だけではない。

 蘭雪の二つ上の幼馴染み、主人の愛娘である()絢菜(あやな)も、一緒になってからかってきたのだ。

 

「行きたいとこって、さっき絢菜さんの言ってたここかよ」

 

「別にいいでしょ。ユクモ織も味があっていいけど、最新のインナーはロックラック(ここ)でしか手に入らないんだから」

 

 その絢菜と話している時に話題に上がったのが、新素材を用いたインナーの話だった。

 ロックラックは新大陸の中心地。最先端の製品が出回るのも、この街が最初となるわけだ。

 辺境もいいところのユクモ村では、発売される頃にはどんな製品でも完全な型落ちとなっているのである。

 

「それにしても、絢菜さんって本当にお前の幼馴染みなのか? 誰かさんと違って、かなり大人っぽい感じだったけど」

 

「どど、どこ見て言ってるのよ、この変態!」

 

「痛っ!?」

 

 蘭雪に足をめっちゃ踏まれた。

 防具の上からなのに何この痛さ。

 

「なんでいきなり践まれなきゃなんないんだよ!」

 

「あんた今、私のむ……むむ、胸見てたじゃない!」

 

「そそ、そんなコトハナイ!」

 

 すいませんごめんなさい実は見ていました。

 すごい胸の格差社会だなーとか思いながら見てました。

 アオアシラとジエン・モーランくらいの戦力差だなーとか思ってました。

 決して口には出さないが、蘭雪は言わなくても全部お見通しよと言わんばかりに、翔の瞳をのぞき込んでくる。気まずすぎて直視できない。

 

「……変態」

 

「俺が悪かったんで、もう勘弁してください」

 

「っとに、私だっていつか必ず」

 

 うなだれた翔を下僕のように付き従わせながら、蘭雪は自分の胸に手を置いて打ちひしがれる。

 絶壁、まな板、洗濯板、希少価値、色々言われているが、やっぱり女の子としてはもう少し大きい方がいい。

 そう、例え防具の加工にお金を余分に取られたとしても!

 

 ――本当にもう、なんで雲雀も絢菜もあんな大きいのよ……。

 

 神様はなんて不公平なんだろとぼやきつつ、蘭雪は最新のインナーコーナーへと足を踏み入れた。

 

 

 

 インナーは、狩りにおいては特に意味はない。スキルが備わっているわけでも、防御力が上がるわけでもない。

 だが、蘭雪も年頃の女の子。オシャレしたい年頃なのだ。防具で出来ない分は、インナーでするしかない。

 

「ねぇ、翔はこれどう思う?」

 

「どうって……」

 

 蘭雪が手にしたのは、青を基調とした涼しそうなインナーだ。

 実際それは合っていて、生地の吸った汗が蒸発する時に体温を吸収するようにできている。

 

「それとも、こっち?」

 

「えっと、そのぉ……」

 

 次に手にしたのは、緑を基調としたインナーだ。特集加工の施された生地で、どんな汚れも水洗いでさっと落ちるらしい。

 

「はぁぁ、はっきりしないんだから」

 

「いや、だってさ、ここ女の人ばっかりで気まずいんだって」

 

「そりゃそうでしょ、女物のインナーコーナーなんだから」

 

 だめだ、この人に何を言っても。

 翔は額を押さえ、深~いため息をついた。

 そう、現在二人がいるのは女物のインナーコーナー。周囲を見回す限り、男の姿は翔一人である。

 お陰で、先ほどから女性ハンター達がちら見しながらひそひそと何かを話しているのだ。

 良い内容なわけが、絶対にない。

 

「本当にもう、はっきりしないわねぇ。ちゃんと買い物に付き合いなさいよ」

 

「さすがにこんな場所じゃ無理です!」

 

「あ、これもいいかも」

 

「って話聞けよ!」

 

 蘭雪は他にも数種類のインナーを手に取ると、試着室へと入っていった。

 他のお客さんの視線が気まずくて、翔も蘭雪について行く。

 だが、そこにはもっと気まずい苦境が待っていたのだ。

 

 ――こ、この音は!!

 

 カーテンの向こう側からがちゃがちゃと聞こえる音は、間違いなく防具を外す音。

 考えてみれば、インナーの試着である。インナーを着ようと思えば、防具を脱ぐのは必然。そして試着するからには今のインナーも脱いじゃったり脱いじゃったりするわけで。

 

「くそぉ、いつもなら脱衣場が別で全然気にならねぇのにぃ……」

 

 翔、煩悩大爆走中心である。

 ここは一旦、戦略的撤退=この場を離れるべきか。

 いや、でもそうしたら蘭雪に何を言われるか。

 翔が周りから不審な目で見られるほど大慌てしていると、不意にがらがらっとカーテンが開いた。

 

「ど、どうかなぁ?」

 

 蘭雪が身に付けていたのは、最初に手に取っていた、青を基調としたインナーだった。

 インナーと言うよりもほとんど水着みたいなデザインで、普通のインナー以上に露出が激しい。

 

「うん、えっと……。布が少ない、と思います」

 

 微妙な空気が、二人の間で流れた。

 

「ど、どこ見てんのよ、変態……!」

 

「にゃにを言ってるのにゃ。見られるほどのものもにゃいのに」

 

 翔から胸を隠すように抱く蘭雪に、ナデシコは肩をすかしてい……

 

「ナナナ、ナデシコ! あんたいったいどこから!?」

 

 いつの間にか翔の足元には、ヤマトと一番を回っていたナデシコの姿があったのである。

 

「お馴染みの定食屋を出たところからですのにゃ。ヤマトは……まあ大丈夫にゃ。この街なら、アイル

ーの知り合いもいっぱいいるのにゃ」

 

 つまりは、ヤマトは置いてけぼりにされたようだ。

 蘭雪はカーテンを素早く引くと、超高速で着替えて再び出てきて、

 

「翔! 次行くわよ!」

 

「痛、痛いって蘭雪!」

 

 蘭雪はインナーを元の位置に戻すと、翔の手を引いて一目散に店を出た。




お疲れ様でした。

第12話担当分は獅子乃がお送りしました。(実はれい先生にも手伝ってもらいました。本当にありがとうございました)
新登場キャラ:東雲雲雀さんはいかがだったでしょうか?
書いている身としては、男口調な彼女は翔と非常に似てしまうのが大変でしたね。
セリフの節々に女っぽさや、翔じゃ言わなさそうなことなんだろうな~、なんて考えながら書いてましたね。
そんな彼女が今後どんな展開を見せてくれるかは次回以降の方に乞うご期待!

お話の内容としては、半分くらいの雲雀さんと半分くらいの日常パートのつもりです。
乱闘シーン。自分なりに格闘技関連の漫画(バキとか)を参考にしてみたんですが全然(苦笑)

雲雀は総合格闘技で、蘭雪は中国拳法で……なんて妄想はいくらでも出来るのに文章に起こすって本当に難しいです。
誰か中国や格闘技に精通した人!感想欄にちょろっとコメントいただけると嬉しいです!

次回の担当は蒼崎れい先生です。ひと波乱、ひと波乱がくーーるーー!
それでは長々とお付き合いありがとうございました。
またのお越しを心からお待ちしております。


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第13話 (著:蒼崎れい)

 蘭雪に手を引かれて、翔はロックラックのメインストリートへと出た。

 ナデシコに見られたのが、そこまで恥ずかしかったのだろうか。

『にゃにを言ってるのにゃ。見られるほどのものもにゃいのに』

 足下でナデシコの言っていた台詞と一緒に、インナーを試着した蘭雪の姿も思い起こされる。

 そしてついでに、以前蘭雪が酔った時に見てしまった、あられもない姿も。

 ――やべ、鼻血出そう……。

 しかも見ちゃっただけでなく、あまつさえ触っちゃったりもしちゃってるわけで。

 ――柔らかかったなぁ……。

 が、すぐにいかんいかんと、いやらしい考えを頭の中から追い払った。

 それでも、ぼぅっと火照った頬は、うっすらと赤く染まる。気温のお陰もあって熱いの何の。

「それで蘭雪さん、次はどちらに行かれるのでしょうか?」

「どこって、今どっかいい所ないか探してるんでしょ!」

 すごく強烈な声で怒られてしまいました。

 今の蘭雪さんなら、陸の女王リオレイアさんどころか、空の王者リオレウスさんでも逃げ出しそうですね、なんと思った翔であったが、とてもじゃないがそんな事を言える勇気はない。

 と言うよりも、ナデシコに見つかったのが、そこまで慌てるようなことなのだろうか。

 しかもなぜか、ヤマトはどこぞへ置き去りにされてきたようであるし、心配だ。

 今頃、慣れないロックラックの地でどうしているだろう。

「あ、そうだ」

「どうかしたの?」

「いや、村長や鍛冶屋のじっちゃんや、番台さん、ラルク姉さん達に、お土産でもと思ってさ。集会所のコノハとササユにも」

「そういえば、試験に一発で受かって、それから見ようって言ってたから、まだ決めてなかったわね」

 まあ、結果は見るも無惨な惨敗であったのだが。

「良いもんあったら、なくなんねぇ内に早いとこ買っとかないとな」

「それもそうね。ここって砂漠だから、品物の入荷も不定期だし、その方がいいわ。それならこっち、メインストリートはぼったくり価格のしか置いてないから」

 そう言うと、蘭雪はメインストリートから再び裏路地へと足を向けた。

 急に引っ張られた翔は、そのまま倒れそうになってしまう。

「っととと!? 蘭雪!」

「ん?」

「手ぇ、いつまで繋いでるんだ?」

「っ!?」

 翔の手首をぎっちり握っていた蘭雪は、慌ててその手を離した。

 ようやく拘束の解けた翔は、手首をぶらぶらと振って筋肉をほぐす。

 長時間握られていたせいか、手首は蘭雪の手の形に赤くなっていた。

「そんじゃ、行こうぜ」

「う、うん」

 促されて、蘭雪は足早に裏路地へと入っていく。

 そして翔からは決して見えない角度で、さっきまでずっと翔の手を握っていた自分の手を凝視していた。

 ――わわわわ私、あれから、ずず、ずっと…………。

 ナデシコから逃げるためにインナーコーナーを出た時から、ずっと翔の手を握っていた、というわけだ。

 周囲から、いったいどんな目で見られていたのであろう。もしかしたら、知り合いにも見られたかもしれない。

 そう思うと、胸の奥がきゅんと締め付けられるように痛んで、顔がかぁっと赤くなった。

「大丈夫、私。きっと大丈夫だから……」

 蘭雪は知り合いには誰も見られてないはず、と心を落ち着かせ、目的地を目指した。

 

 

 

 翔が蘭雪に連れてこられた場所は、いかにも地元の商店街といった感じの場所であった。

 野菜や肉類を売っている店以外にも、衣服や装飾品を売っている店もある。

「蘭雪ちゃんじゃないかい、久しぶりだね。元気だったかい?」

「黄さんとこの娘っ子か? でかくなったなぁ」

「うちのバカ息子を婿にもらってくんねぇか?」

「めんこくなったなぁ。昔はこんなチビっこかったのに」

 蘭雪、大人気である。これが地元パワーというやつか。

 人の良い商店街のおっちゃんおばちゃん達は、翔のお土産屋を買いたいという要望に応えて、色々なお店に案内してくれた。

 食べ物系は保存食しか選べないのでとりあえずは除外するとして、二人は装飾品や置物、工芸品の置かれている店を見て回った。

 中にはどこから流れてきたのか、ユクモ織なんかまであったりして二人はつい吹き出してしまった。

 それからもうしばらくあちこちの店を回り、お世話になった人達やアイルー達のお土産屋もだいたい確保できた。

「日も落ちてきたし、そろそろ帰ろっか」

 蘭雪に促されて、翔も外に目をやる。

 いつの間にか、道を照らす陽光はオレンジ色に変わっていた。けっこう長い間、お土産選びに集中していたようだ。

「そうだな。お土産屋も、けっこう買えたし」

 その間も、蘭雪は商店街の人からひっきりなしに声をかけられていた。

 地元ってのはやっぱり特別な存在なんだな、と翔は再認識する。

 翔は店主のおばちゃんにお金を払うと、ラルクスギアのためのガラス細工の飾り物を受け取った。

 サービスで簡単にラッピングしてもらい、これまたさっき別の店のおばちゃんがくれた袋に入れる。本当に良い人でいっぱいの、人の温かみの感じられる商店街だ。

 蘭雪の後を小走りで追いかけ、翔は隣に並んだ。

「なんか一日、あっという間だったなぁ」

「そうねぇ。武器と防具を新調して、雲雀と試験を受ける事になって、受付会場で変なのに絡まれて」

「お願いだから、抽選の時はやめてくれよ」

「わ、わかってるわよ! そんなことぉ……」

 蘭雪は口を尖らせて、形だけ反抗して見せる。

 自分でも、あれはなかったなぁと反省はしている。

 蘭雪は気まずくなって、翔から顔を逸らした。そこまできにする必要もないのに、と翔は蘭雪のいじらしい態度についつい笑みを浮かべてしまう。

 と、その視界の端に、あるものが映った。

 翔は歩みを止めると、すぐさまその方向に向かってと走り出す。

「だって、アイツ。私の……が小さいのをバカにし……あれ、翔?」

 ふと気付いたら翔の姿がなくて、蘭雪は慌てて周囲をキョロキョロと見回す。

 すると装飾品を売っている店から、駆け寄ってくる翔の姿が映った。

「何かいいものでもあったの?」

「あぁ。ちょっとな」

 翔は右手を差し出すと、ついさっき買ってきた物を蘭雪に見せた。

 なにやら硬そうな鉱石に、紐を通したものだ。

 ――あ、でもこれ、どっかで見たことあるような……。

 蘭雪が思い出すよりも先に、翔が答えた。

「峯山龍の牙から作った御守りだってさ。試験に合格するご利益があるんだと」

「へぇぇ。そういえば、そんなのもあったっけ……」

「ほい」

「え?」

 いきなり御守りを目の前に突き出されて、戸惑う蘭雪。

 翔のやってる意味がわからなくて、翔の顔と御守りを何度も見返した。

「いや、蘭雪にって思って、買ってきたから」

 翔は蘭雪の手を引くと、峯山龍の御守りを無理やり押しつけて、自分のをそわそわと引っこめた。

 しばらくの間呆然としていた蘭雪であるが、状況を理解するにつれて首から上がボッと沸騰した。

「あ、あ、あのぉっ、ええぇっとぉ……」

「は、早く行こうぜ。途中で雲雀も回収しなきゃいけねぇし」

「は、はぃ」

 その後、二人は雲雀と合流するまでの間、一言も言葉を交わす事ができなかった。

 ――どうしよ、御守りもらっちゃった……。

 ただし、その無言の時間は。蘭雪にとって決して悪い時間ではなかった。

 

 

 

 雲雀と合流した翔と蘭雪は、日没までに本日の寝床へとたどり着いた。つまりは、蘭雪の実家である。

「はぁぁ、家帰るの久しぶりだから、緊張するなぁ……」

 久しぶりの帰宅とあって、なかなか落ち着かないようである。

 それを見かねた雲雀が、ひょいと呼び鈴を押した。

「ちょっとぉ!?」

 声を潜めてはいるが、蘭雪は目をキッと釣り上げて雲雀を見上げた。

「はいは~い」

 すぐさま、扉の向こう側から優しげな声が聞こえてきた。

 蘭雪はわたわたと慌て、翔は緊張で固まり、雲雀はにししとイヤラしい笑みを浮かべる。

 そして、

「あら、蘭雪じゃない! よく帰ってきたわね」

「ちょっと、ママ!?」

 扉が開かれ、蘭雪のお母さんらしき人が、蘭雪の首に抱きついた。

 身長は蘭雪より低い一六〇センチ強。ふんわりとしたブラウンのセミロングの髪――短めのセミセレブロング――をしている。

 そして驚いた事に、蘭雪とは正反対のナイスバディをお持ちであった。

「なぁなぁ」

 ひそひそ声で雲雀に肩を小突かれて、翔は苛立たしげに横を向く。

「何だよ?」

「アレ、どう思うよ?」

 雲雀が小さく指差すのは、もちろん蘭雪の胸の辺り。

 お母さまは雲雀にも負けないバストをお持ちなのに、その子供のはずの蘭雪はと言えば…………。

「俺に振るなよ……!」

「運命ってなぁ、残酷なんだな。カケルよぉ」

 なんかもう色々と一周回って、雲雀は慈愛に満ちた目を蘭雪に向けていた。

 ようやく母親の抱擁から脱出した蘭雪は雲雀に気付いて飛びかかろうとするも、母親に後ろ襟をつかまれてその場にうずくまってしまう。

「それで、蘭雪。こちらの方達は?」

 愛娘を引っ倒しておきながら、しれっと蘭雪に紹介を求めるお母さま。

 蘭雪はぶーたれながら立ち上がると、ご要望にお答えして二人の紹介を始めた。お母さま強しとは、まさにこの事である。

「こっちが、村雨翔、さん。今お世話になってるユクモ村で、よくパーティー組んでる人」

「えっと、村雨翔です。蘭……黄さんには、お世話になってます」

「でもって、こっちが東雲雲雀さん。最近知り合って、昇格試験に合格するまでの間、パーティー組む事になったの」

「どもども、東雲雲雀と申します。ちょッとの間お世話になりますんで、ヨロシクお願いします」

「よろしくねぇ、二人とも。蘭雪の母親の、(ファン)美雪(メイシェ)っていいます。年齢は、永遠の十七才です。きゃっ」

 翔と雲雀は、お母さま改めて美雪にお辞儀した。

 並べて見ると、顔のパーツはよく似ている。蘭雪よりおっとりとしていて、柔らかな感じではあるが。あと胸と。

 それにしても、なかなか可愛らしいお母さまでいらっしゃる。いや、良い意味で。

 正反対に、蘭雪の方はムチャクチャ恥ずかしそうである。

「今日まで部屋借りてたんだけど、あまりに酷くて……。それにお金もないし。それで相談なんだけど、次の試験までの間、二人を泊めてもいいかな?」

「う~ん、パパに聞いてみないとわからないけどぉ……。大丈夫だと思うわ。部屋なら余ってるし。じゃあ、二人共どうぞ」

「お、おじゃまします」

「おッじゃまッしま~すッ」

 美雪と蘭雪に続いて、翔と雲雀も黄家の敷居をまたいだ。

 

 

 

 黄家は、昔から商いを営む家系なのだそうだ。いわゆる、仲卸業者である。

 そのため、遠方から商品を買い付けに来るお客も多いので、宿代わりの部屋が家の中に作られているのだ。しかも場合によってはけっこうな大人数で来る事があるので、実際にはちょっとした宿屋ほどの規模がある。

 つまりは、黄家はそれなりの屋敷なのである。

 玄関を見た時には気付かなかったが、中は思っていた以上に奥行きがあって広い。

 お客に対してのアピールも含めているのか、いかにも高そうな骨董品もいたる所に設置されている。

 石レンガの美しい廊下を抜けると、リビングで膨大な数の書類とにらめっこする男性の姿があった。

「パパ、蘭雪が戻りましたよ」

「本当か、ママ!?」

 まだ本当だと信じられない男性は、必死の形相で入り口を見やる。

 すると入り口から気まずそうに、蘭雪がひょいっと頭だけ出して現れた。

「た、ただいま。パパ」

「蘭雪! どうだ? 元気にしていたか?」

「まぁ、それなりに」

「そうかそうか。元気でやっていたか」

 柱から出て近付いてきた蘭雪の頭を、大きな手がわしゃわしゃと撫でた。

 久しぶりの父親の大きな手に、蘭雪は思わず目を細める。こうされていると、幼い日の頃を思い出す。

 しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 すると美雪は蘭雪の思いを察して、父親に声をかけた。

「パパ、実は蘭雪とパーティーを組んでくれていらっしゃる方も、いらしてるんですよ」

「おぉ、そうか。早く入って頂きなさい」

「さぁ、村雨さん、東雲さん」

 美雪に誘導されて、廊下で待機していた翔と雲雀は、リビングへと足を踏み入れた。その瞬間、柔和な笑みを浮かべていた父親の顔が一変する。

 まるで犯罪者でも見るような、ギラギラと鋭い目を向けた。

「村雨翔と言います。黄さんには、いつもお世話になっています」

「アタシは東雲雲雀。昇格試験に合格するまでの間、パーティー組む事になりました。よろしくお願いします」

「蘭雪の父の、(ファン)砂狼(シャラン)だ。商いをしている」

 主に翔の方に。

「ママ、そこの汚らわしいおと…」

「パパ」

 と、翔の隣で楽しそうにしていた美雪が、砂狼ににっこりと微笑む。

 砂狼は一瞬だけ青ざめると、げほげほと咳払い。

 書類を一旦テーブルの端にどかすと、腕組みして客人二人の方に身体を向けた。

「そ、それで、何か用でもあるのか? 用くらいなければ、お前はめったに帰ってこないだろう」

「えっと、その件なんだけど」

 ちらりと美雪の方を見る蘭雪。母さんから言ってよと目で合図を送るものの、自分で言いなさいと首を横に振られてしまう。

 父親がどういう反応をするか知っている一人娘としては、色々と悩みどころである。

 ――でも、このままじゃ話進まないし。

 ここは潔く、諦めるしかないという事か。

 蘭雪は大きく息を吸って、父親に要件を伝えた。

「次の試験までの間、二人を(うち)に泊まらせて欲しいの。宿代だってタダじゃないし、お金もちょっと危なくなってきたから」

「……………………」

「ね? いいでしょ? パパ」

「……………………」

「あの、パパ?」

 まるで石像にでもなってしまったかの如く、腕組みをして蘭雪を見たまま微動だにしない。

 返事を考えているのかと言われれば、そんな雰囲気でもなく。蘭雪も首をかしげる。

 すると、美雪がすたすたと砂狼の近くまで歩み寄り、目の前でふりふりと手を振った。

「蘭雪が男の子を家に泊めるのが、よっぽどショックだったみたいだわ、この人」

 と、美雪は砂狼のほっぺたをツンツンしてみるが、やっぱり反応はない。

 あまりのショックに、固まってしまったようだ。

 そこまでショックか。いや、ショックだったからこうなっているわけであるが。

「ほんとにもぉ、手が焼けるんだからぁ」

 とか言いつつ、美雪は砂狼のほっぺにキスを、

「ちょっと、ママ!!」

 蘭雪は慌てて止めに入るが、どうにかなるわけもなく。両親のイチャイチャシーンという、ある意味自分の誰にも言えない秘密をカミングアウトするより恥ずかしい映像をお届けする事態になってしまった。

「マ、ママ!?」

 一方、された方の砂狼も大変困惑しているもとい、赤面している。

 美雪だけは、とっても楽しそうにくすくすと笑っていた。さすが、永遠の十七才と言うだけの事はある。

「はぁぁ、まったく。お前というやつは」

「ママ。お願いだから、そういうのは人前では控えてね」

 完全に毒気を抜かれてしまった父子は、母に諦めの表情を向けるのだった。

 するとそこで、またしても来客を知らせるチャイムが鳴った。

「どうも、メイおばさん」

「あらあら、絢菜ちゃんじゃない。どうしたの?」

 やって来たのは、お昼の定食屋にいた看板娘の女の子だった。

 ()絢菜(あやな)。頭の横にある二つの団子が、なんとも愛嬌がある。艶のある黒髪はついつい見入ってしまうほど綺麗で、ぱっちりとした黒瞳も快活さを表している。

 エプロンドレスと言うには気が引けるくらい古ぼけているが、それでも絢菜の明るさを曇らせる事はできない。

「実は、お届けものがあってですね」

「ニャッ、ご主人なのニャァアアアアアアアア!!」

 そんな絢菜が差し出したのは、なんと翔のオトモであるヤマトだった。

 ヤマトは半泣き状態で、ご主人様である翔の胸へ飛び込んだ。

「あ、姐さんに置いて行かれたのニャァアアアア!!」

「それはアナタが付いて来れなかっただけですのにゃ。ただいまですのにゃ。砂狼さん、美雪さん」

「ナデシコも、久しぶりだな」

「いらっしゃい、ナデシコちゃん。うちの蘭雪は、迷惑かけてないかしら?」

「はぃ。時々暴走しちゃいますが、概ね問題にゃいですのにゃ」

 ナデシコは蘭雪の両親に手短に挨拶すると、絢菜の肩に飛び乗った。

『絢姉さま、いったい何のご用ですのにゃ?』

『いやねぇ、ナデ子ちゃん。なかなか煮え切らない蘭雪ちゃんの、後押しでもしてあげようと思っねぇ』

 こそこそとナイショ話を始めるナデシコと絢菜に、蘭雪は寒気を覚えた。

 もしかして、よからぬ企みでも企てているのではなかろうか。

 そんな風に蘭雪が勘ぐっている内に、絢菜はトテトテと翔に近寄ってきて。

「あの、なんでしょう?」

「これ、私の連絡先ね。君の連絡先は、オトモくんから聞いといたから」

「は、はぁ」

「手紙出すから、絶対返事出してね」

 絢菜は翔の耳元でそう告げると、ではでは、と黄家を後にする。

 リビングには、再び静寂が訪れた。

「それで、パパ。二人を泊めてあげても大丈夫?」

「ん、あ、あぁ……」

 美雪に指摘されて、砂狼は愛娘の蘭雪を(かえり)みた。

 正直、蘭雪が家に帰ってきてくれた事は嬉しい。本来なら、何日でも泊まっていきなさい、食事も出そう、と言うところである。

 しかし、あの男が気に入らない。可愛い可愛い蘭雪に手を出す可能性が、必ずしもゼロとは言い切れない。

 なにせ、蘭雪は可愛い。気立ても良いし、優しくて、根は素直で真面目な子だ。

 野郎どもには人気絶頂で、モテモテ間違いなしの超絶美少女なのだ。

 その娘が、あの性悪な男に騙されて、なんて考えると……。

 ――ぬぁあああああああああああああああ!!

「あの、パパ?」

「無論、その男とは、別々の部屋なのだろうな」

「あ、当たり前じゃない! 狩りの最中じゃあるまいし、一緒に寝るわけないでしょ」

「なに!? まさか、狩りの間は一緒に寝るのか!?」

「まあ、パーティーが三人以上いたら、だけど。一人が見張りで、残りの二人が休憩って感じで。普段はかけ、村雨さんと二人だから、交代で見張りと睡眠とってる」

 クワっと、砂狼は翔をにらみつけた。

 それはもう、性犯罪者でも見るような、蔑みとおぞましさと、あと若干の嫉妬を含んだ目で。

 翔の方も、蘭雪から話で聞いていたが、まさかこれほどまでとは思っていなかった。

「…………わかった。二人の滞在を許可しよう」

 蘭雪も翔も、そして雲雀も、ぱぁっと顔を輝かせる。

「ただし!」

 が、三人の喜びを遮るように、遠雷のような砂狼の声が響いた。

「貴様、うちの蘭雪の半径一メートル以内には絶対に近付くなよ! もし守らなかったら、貴様だけ夜の砂漠に放り出してやるからな! 覚悟しとけよ!」

 砂狼は翔を指差して怒鳴り散らすと、書類を持って自室へと閉じこもってしまった。

 こうして翔と雲雀は、試験までの間の宿を確保したのだった。

 

 

 

 そして現在、夕食を頂いた翔は、お風呂にも浸からせていただいていた。

 村のあちこちから温泉の溢れ出るユクモ村とは違い、ロックラックは砂漠の中にある街。水は貴金属に勝るほど貴重な物資のはずである。

 それを決して多くはないといえ、入浴に使っているということは、黄家はけっこうな規模の商家のようだ。

 ユクモ村の温泉と比べればやはり圧倒的に劣るが、久方ぶりのお湯に翔は全身の疲れが抜け落ちていくように感じた。

 だが、リフレッシュする身体とは反対に、精神の方は近くから発せられるプレッシャーにグロッキー寸前である。

「あの……」

「何だ?」

「なぜに、俺は砂狼さんと一緒にお風呂に入っているのでしょうか?」

 そう。湯船に浸かる翔の隣では、黄家の家主である砂狼が肩までお湯に浸かっているのだ。

 これで、どうやってリラックスしろというのだろうか。

 ウサギなら死んでしまうレベルである。

 もちろん、白兎獣(ウルクスス)の方ではなく、普通の一般的なウサギの方だ。

「で、村雨くん。うちの蘭雪とは、いったいどんな関係なんだね?」

「どんなって……。固定パーティー組んでるだけですよ。HRも同じですし、俺は近距離で黄さんが遠距離なんで、連携もやりやすいんです」

「君以外にも、ハンターはいるだろう?」

「いるにはいますけど、定住ハンターほとんどいないんです。他のハンターは、湯治だったり半分観光で滞在してるハンターだけで、長くても一月(ひとつき)二月(ふたつき)でいなくなりますよ。それに、狩りには危険が付き物ですから、ギルドの方もできるだけ複数人での狩りを推進してるんです。だから、HRが同じだから、黄さんとは一緒になる事が多いだけです」

 嘘は言っていない。

 実際、常駐ハンターは翔を含めて片手で数えられるレベルだ。

 しかも上位クラスのハンターは、常駐ハンターのいない近隣の村々でも活動しているので、実質的には翔を含めて常駐は二人くらいである。

 ラルクスギアのように、外部から長期滞在しているハンターもいるが、そういう方々は総じてHRが高いので、なかなかご一緒できない。

 そのため、HRの近い翔と蘭雪がパーティーになるのは、至極当然の成り行きなのである。

 成り行きなのであるが、果たして砂狼が納得してくれるかどうか。

「そういえば、ユクモ村は温泉の多い村だそうだね」

「えぇ、まぁ」

 よかった。どうやら、納得してくれたようだ。

 しかし、まだ考えの甘かった事を、翔は次の瞬間に悟った。

「集会所には、ハンター御用達の露天風呂があると聞いたのだが……」

 ……………………………………………………………………ギクリ。

「まさか、うちの娘と一緒に入った、という事はあるまいな?」

「それは、えっとぉ……」

 どうする、正直に混浴と言うべきか、身の安全を考慮して男女別と言うべきか……。

 考える時間は少ない。

「……貴様ぁ、まさか!?」

 無言の意味を悟ったのか、砂狼の怒りゲージは一気に臨界点を突破した。

「だだ、だって仕方がないでしょ! 集会所の温泉って、混浴(●●)なんですから! もちろん、隠す場所は隠しますけど!」

混浴(●●)だとぉぉおおおお!!」

 砂狼の振り上げた拳が、翔に殴りかかろうとしていた。

 だが、そこはハンターである翔。見事な反射神経で、砂狼の両腕を押さえる。

「父親の私ですら、九歳の頃から『パパと一緒にお風呂入りたくない!』と言われたのに、小僧! 貴様が混浴だとぉおお!? ふざけるなぁああああああああ!!」

「キレるとこそこですか!?」

 しかし、なんと恐ろしい事に、翔が力負けしてだんだんと後ろに押しやられてゆく。

 バカ親パワーかハンターの親(ゆえ)なのか、とにかくヤバい。

「うちの娘の裸をのぞき見るくらいはしていると思ったが……」

「は、裸って!? そんな事するわけ……」

 ――あ、そういえば俺、見た事あったっけ?

 またもや無言の時間が、二人の間に流れた。

「ふふふ。小僧貴様、死ぬ覚悟はできているのだろうな?」

「違います! あれは風呂場で酔った蘭雪(●●)を介抱してたからで、不可抗力なんです!」

「殺す! 小僧、貴様だけは絶対にコロス! うちの娘の柔肌を汚した貴様の罪を、私は絶対に許さん! しかも今、うちの可愛い娘の名前を呼び捨てにしたな?」

「あ……」

 ついつい、いつもの呼び方が。

「ふふふ、フハハハハハハハハハハハハハハハ! いいだろう、貴様を砂漠の肥やしにしてくれるわぁぁああああああああああ!!!!」

「美雪さん! 助けてください! 砂狼さんがぁああああああああ!!」

 この日、翔はレイア戦以上の恐怖を覚えたのだった。

 

 

 

 翔が砂狼に強制連行されてしまった一方で、先にお風呂を頂いた蘭雪と雲雀は蘭雪の部屋でくつろいでいた。

 風呂上がりの火照った頬と、髪を下ろしているのもあって、雰囲気はガラリと様変わりしている。

「いや~、いつもは蒸風呂(サウナ)だからさ、お湯の風呂とか久しぶりで気持ちよかったぜ。アリガトな、蘭雪」

「ううん。こっちこそ、話し合わせてくれてありがとう。雲雀がロックラックで会ったばっかりだってパパに知られたらと思うと、ぞっとするもん」

「ナハハハハハ。でも、スゴい良い人そうだッたケドな」

「それはそうだけど、私の事となるとすぐ暴走するんだもん。今回も何かしでかさないか、心配だわ……」

 実は現在進行形で砂狼に襲われているのだが、残念ながら止める人物はいない。

「確かに。最初なんか、スゴい取り乱してたモンな」

 雲雀は最初に砂狼と会った時の事を思い出して、笑いをこぼす。

 翔曰わく、怒った時の蘭雪とそっくりなのだそうだ。

 そういえば、自分には固定のパーティーがいなかったなぁと、雲雀はふと思った。

 蘭雪と翔の二人を見ていると、自分にも同じようなパートナーが欲しくなる。本音で話し合える、友達のような、ライバルのような。でも強い絆と信頼で繋がった。

 そう、今の蘭雪と翔のような。

 アタシも真面目にパートナーでも探してみるかな~と思い始めていると、雲雀の目にアル物が映った。

「ところで蘭雪」

「ん?」

「その首から下げてるの、どうしたんだ?」

「っこっ、ここ、これは……!?」

 午前中にちょっと話しただけなのに、凄まじい観察力である。

「お、なんだなんだ~? モ~シ~カ~シ~テ~、翔からもらッたモノなのかにゃ~」

「かっかけ、かけるって、ちち、違うったら!」

「でもソレ、ジエンの御守りだろ? 地元民(ジモッティー)の蘭雪が買うとは、思えにゃいんだケドにゃ~?」

 鋭い、鋭すぎる。

 ただの筋肉バカかと思っていたら、どうでもいいところまでしっかり見ている。しかも、推理も悔しいが論理的だ。

「まったくもぉ、アツアツすぎて、お姉ちゃんヤケドしちゃうゼ」

「もう、あんまり変な事言うと、私怒るからね!」

「わ、悪かったからさ、まずその矢をしまってくれよ! なぁ!? なっ!!」

 蘭雪は矢筒からモンスターの分厚い甲殻すら貫く矢を、雲雀に向かって振り上げた。

 雲雀は即座に降参。両手を上げて抵抗の意思がない事を示す。

 やっぱりこの親子そっくりだ、と思ったのは、本人にはナイショである。

「はぁぁ、もぉ……!!」

 蘭雪は矢を元に戻すと、ベッドに頭から突っ込んだ。枕を抱いて、雲雀には背中を向ける。

 ――もぉぉ、全部翔が悪いのょ。なんで私が、こんな恥ずかしい目に……。

 ほっぺたが、火傷しそうなくらいかっとなった。でも、正直嬉しかった。

 蘭雪は胸に下げた御守りを、きゅっと握りしめる。

 まったく、いつの間にかこんな気の利いたプレゼントができるようになったのやら。お陰で、少しだが胸がトキメいてしまったではないか。

 いや、少しだけだ。本当にちょこっとだけだ。

 決して、メロメロになっただとか、気付いたら好きになっちゃったとか、そんなのではない。絶対にない。断じてない!

 ――そうよ。気の利いたプレゼントなんて初めてだから、嬉しかっただけ。きっとそう。絶対にそう。そうったらそうなの!!

 背中を向けたまま不自然な行動をする蘭雪に、雲雀は冷や汗をたらり。

 あれ、本当に大丈夫なのだろうか。

 どっかおかしくなったり、もしかしたら、拾い食いでもして当たった可能性も。

 前に道にフィールドに落ちていた肉を調理して食べた時は、ヒドい目にあったが、アレか。あの類なのか?

 その時の事を思い出して、雲雀はお腹を押さえた。あの時ほど。ソロでやっていてよかったと思った事はない。

 そんなこんなで蘭雪が悶々、雲雀がガクブルしている内に、扉の向こうから翔と砂狼の声が聞こえてきた。

 ――明日からの予定も含めて、翔とも色々話さなきゃな。訓練所でトレーニングしたり、採取クエでお金稼がないと。

 翔の声が聞こえた瞬間、トクンと高鳴った自分の鼓動に、蘭雪は気付かない。

 蘭雪はただ、贈られた御守りをきゅっと握り続けていた。




 はじめましての方、初めまして。お久しぶりの方、お久しぶりです。前回投稿者から毎回翌週投稿を何とか維持している蒼崎れいです。

 さて、そんなわけで前回の終盤から引き続いて、日常編となっております。バカ親なパパと永遠の17才なママは、書いてて楽しかったです。家庭内でのママの強さは、全国どこでも最強なんですね。シミジミ。
 はぁぁ、やっぱラブコメは書いてて楽しい。ニヤニヤできるのがスゲーいいです。知らず知らずの内に惹かれていく二人を書くのって。すごく胸があったかくなって好きなんですよね。そういう気持ちをお伝えできたのなら、嬉しいです。

 また、村長、ナデシコによる翔×蘭雪包囲網に、今回ナデシコのお姉さん的存在の李絢菜が加わりました。この人が今後二人の関係をどう引っ掻き回していくのかも、合わせてお楽しみください。

 それでは、今回はこの辺で。次の担当者はサザンクロス先生です。きっと、三人の狩りの様子を面白おかしく、そしてデンジャラスに描き切ってくれることでしょう。ノシ


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第14話 (著:サザンクロス) 

「戻ってきたな」

 

 砂の波に揺れる砂上船の船首の上に立つ、バギィ一式を装備した少年が一人。名を村雨翔という。彼の視線が向けられている先には狩場があった。そう、今回の狩場、『砂原』である。

 

「今回は前みたいにはいかないぞ……」

 

 口の中で小さく囁きながら翔は『砂原』で待っているだろう相手、リオレイアへと思いを馳せた。そんな彼の脳内を駆け巡るのはついこの間、『陸の女王』に舐めさせられた辛酸の数々だった。容赦なく体を襲う灼熱のブレス。地を削り、轟音と共に迫りくる翡翠色の巨体。そして猛毒を秘めた刺が突き出る強靭な尾から繰り出されるサマーソルトの一撃。前の失敗を思い出し、翔の表情はどんどん青ざめていく。

 

「駄目だ駄目だ! こんな始まる前からビビッてちゃ!」

 

 両手で強めに頬を叩き、自身に渇を入れる。前回、リオレイアに敗北を喫したのは確かだ。しかし、だからといって恐れてばかりではいけない。もし、リオレイアと対峙した時に恐怖で体が竦んで動けなくなれば、それは命の危機に直結する。

 

「大丈夫。俺も蘭雪も前と同じじゃない。それに今回は雲雀だっている」

 

 翔は後ろを振り返り、相棒の黄蘭雪。そして今回の飛び入りメンバー、東雲雲雀を見た。どちらも真剣その物の表情でそれぞれの作業に没頭していた。そんな二人の顔を見て、翔の胸中には絶対に成功するという根拠の無い確信があった。

 

(俺達ならやれる)

 

 頷き、翔は『砂原』へと視線を戻す。その視線に多少の恐怖はあれど、揺らぎは無かった。

 

 

 

(これで良し、と)

 

 握った得物の感覚を確かめ、蘭雪はアルクセロルージュを折り畳む。あの鍛冶場の人々の技術は確かなようで、新調したばかりのアルクセロルージュは驚くほど蘭雪の手に馴染んだ。蘭雪は小さくしたアルクセロルージュを船縁に立てかけ、船首に立つ翔、少し離れたところで双剣を振るう雲雀へと視線を移した。雲雀の手にはドラグライト鉱石やマカライト鉱石などの鉱石系の素材がふんだんに使われた双剣、デュアルトマホークが握られていた。

 

「ふっ! はっ!!」

 

 縦に、横に。突いたとかと思えば切り払いに。縦横無尽に軌跡を描き雲雀は甲板の上で演舞をするかのように双剣を操っていた。多少、荒削りであるがその動きに淀みは無く、動作の一つ一つには彼女の豪快な性格を現すような力強さがあった。

 

「へ~。結構、いい動きするのね。あれなら確かに足は引っ張らないわね……」

 

 雲雀の動きに見入りながらも、蘭雪は船に乗る前から感じていた違和感に眉を顰める。それは雲雀が身に纏う装備、ナルガシリーズにあった。彼女の装備、ナルガシリーズは『迅竜』ナルガクルガの素材を用いて作られる。狩場の状況や個体の強さの差はあれど、ナルガクルガはリオレイアよりも強力な飛竜として認識されている。事実、生態系の強弱関係を表す危険度はリオレイアが4なのに対し、ナルガクルガは5だ。

 

(何でナルガクルガの装備を作れるのに、今更HR昇格試験でリオレイアの捕獲なんて……)

 

訝しげに送られる蘭雪の視線に気づいたのか、雲雀はデュアルトマホークを背負い、蘭雪に歩み寄った。

 

「よぉ、何か用か蘭雪?」

 

「いや、用って訳じゃないんだけど」

 

 隣に腰を下ろした雲雀を改めて観察する。よくよく見てみれば、雲雀のナルガシリーズは所々に小さな傷や修復した部分があり、かなり年季の入ったものであることが分かった。とても、雲雀のような若いハンターが着れるものではない。

 

「あぁ、コイツか」

 

 蘭雪の視線に気づき、雲雀は照れたような笑いを浮かべる。

 

「コレな、貰い物なんだ」

 

「貰い物って……ナルガシリーズ丸ごと一式くれたの?」

 

 気前が良いわね、と蘭雪は目を丸くしていた。だよな~、と相槌を打ちながら雲雀は話を続ける。

 

「その人な、親父の知り合いでさ。よくウチで装備作ってたんだ。で、上位ハンターになったのを期に装備を丸々新調するって話しになって、今まで使ってた装備をアタシにくれたのさ」

 

 その装備が今、雲雀が身に纏うナルガシリーズなのだ。そのハンターのことをかなり慕っていたのだろう。雲雀は嬉しそうな表情を浮かべていた。ふと、照れくさそうに話をしていた雲雀の表情が真剣なものになる。

 

「その人と同じ土俵に立たなきゃアタシはあの人に合わせる顔が()ェ。もらったからこそ……ハンターになったからこそ、あの人にアタシはここまで成長したってことを見せつけてやるのさッ!!」

 

 グッと力強く拳を握り熱く語る彼女の眼には真っ赤な闘志の炎が見えた。蘭雪はそんな気がした。

彼女は強い。確かに、体から感じる才能は強い。それ以上に彼女を、東雲雲雀を突き動かす“意志”の強さに蘭雪は感嘆していた。

 ――――そして、それ故にひたすら道を真っ直ぐと進み続け、例え目の前に絶壁の行き止まりがあろうとも突っ込んでしまいそうな影が見えたのも確かだった。

 

「……そうね。私からも応援するわ。…………でもね、雲雀」

 

 ん? と雲雀が呆けた顔でこちらを見て首を傾げる。

 

「絶対に、無理はしないで。生き急いだって必ず良いことがやってくる訳じゃないんだから。生きるか死ぬかの命のやり取りをする場であの人を追い抜くなんて“宿題”はしなくていいの。必要なのは、生きて帰る“使命”だから。私も、翔も、自分の前で見殺しになんてしたくないから」

 

 ある人に憧れてハンターになり、その人を超える為に狩場へと出向く者達を何度も見てきた。そして、彼らが二度と戻ってくることも無かったという事実も、彼女は目の当たりにしたことがある。

 

 蘭雪の言葉に雲雀は一瞬目を見開き、

 

「……忠告感謝するよ、蘭雪。ハハッ、こりゃあ一本取られた」

 

 自嘲気味に笑って空を仰いだ。

 

「オーケー。やってやろうじゃん。宿題は家に帰ってからで充分だ。アタシはアタシに出来ることをやる。そういうことだろ?」

 

 なぁ、蘭雪。そう言ってニカッと笑う彼女に蘭雪も「そうね」と短く返した。

 

 

 

『砂原』。ギルド管轄の保護区内の正式狩猟場に指定されている場所であり、昼夜で大きく変わる極度な気温差の中で生きるモンスターが徘徊する地だ。無論、そのモンスターが脆弱である筈がないのは百も承知。

 

 狩場は主に広大な砂漠地帯や谷間地帯、小高い丘やちょっとした広場に分かれており、狩場中央には沼がある。

 

「よっこい……せっ、と。ふぅ、意外と荷物が多いなこりゃ」

 

 ギルドからの支給品が詰まった箱を運びつつ、その上に広げた地図を見て翔は脳を働かせる。

 

 現在、翔達がいる所は北東に位置する高い崖上のベースキャンプだ。狩場を避けてアプトノスの台車で持ってきた荷物を下ろしている作業中である。翔が下ろした支給品が最後のようで、同行者二人は各々で武器の最終調整を始めていた。

 

 翔も支給品を人数分に仕分けして自分の準備に取り掛かる。

新調したばかりの骨刀【豺牙(さいが)】を引き抜き少し欠け気味の満月が優しくそれを照らした。鈍い光沢の刃が雲を斬る。

 

「……軽くなったってのに、重くなったな」

 

 思わず口をついて出た言葉の矛盾。いつの間にか重くなった自分の背負う相棒は、相も変わらず強い。

 

「俺と皆の努力と、今まで狩ってきた尊い命の塊だ。今日も頼むぜ」

 

 より一層頼もしくなった相棒には、多くの魂が籠められている。それは自分であり、鍛冶屋のおっちゃんや村の皆、命をかけて対峙してきたモンスター達だ。

命の数だけ強く重くなる相棒の刃に、翔はそっと指を当てた。

 

 

 

「よぅし、準備出来たかお前らッ」

 

(おう)ともさッ!! 体はバッチリ暖めたっ」

 

「言われなくても、完了してるわよ」

 

 威勢のいい声を返す二人に、ニッと笑って返す翔。砂原特有の乾いた風が、どこかひんやり心地よく感じるのも今だけだ。ここから一歩外へ踏み出せば容赦なく凍えるような外気と不安定な砂地が体力を奪い取り、そしてこの地に適応した強力なモンスターが命を刈り取るだろう。その点は、既に一度砂原(ここ)を訪れてい彼らも重々承知していることだ。

 

「それじゃ出発の前に体を暖めておこう」

 

「アタシはいいや、さっき暖めたし」

 

「バカ、アンタ死ぬわよホント」

 

 一行は揃って懐から液体の入ったビンを取り出し、赤黒く濁った中身を軽く煽る。ホットドリンク。低温氷雪地帯に挑む際にハンター達が必携する必需品だ。中身は粉末状にしたにが虫とトウガラシ。体に染み渡るポカポカとした感覚と辛味。対を為すクーラードリンクに比べると苦手にしている人も多く、効能に影響が出ない程度にハチミツ等を混ぜるハンターもいるようだ。やはり一同も――。

 

『か、辛いッ!』

 

 水筒を煽りながら一行はリオレイアの待つ砂原へと足を踏み出した。

 

 

 

 雌火竜リオレイア。こうしてまた相見えることになったのは、一行の代表――村雨翔が『ここは俺に任せとけ、一大事を類まれなるこの強運でくぐり抜けてきた俺に死角はない』と豪語し、逸る気持ちを抑えつつエントリーしたくじ引きで再びリオレイアの討伐を申し渡されたのが原因である。ラッキーボーイもこの時ばかりは蘭雪に罵詈雑言を浴びせかけられ、砂狼には『娘にかすり傷一つ付けてみろ、お前を刺して私も……待て母さん、止めろ、うわ、何をする、ぐわっ』と脅しまでかけられた。

 出来ればもっと戦いなれた奴が良かったなんて誰もが口を揃えるだろうが、一行の中でただ一人、東雲雲雀だけはこの事態を小指の爪の先程も悲観していなかった。それどころか、相手にとって不足なしと意気込む辺り心配でならないが、反面その前向きな姿勢が翔たちを鼓舞し、今日までにできる限りの準備をしてきた。

 

「こちら東雲。三百六十度、見渡す限り砂の海です、どーぞー」

 

「こら、ふざけんなって。わざわざ寝てるモンスターを、起こす奴があるか」

 

「起こすって言っても、どうせしつこいだけが取り柄のデルクスでしょ。活発になったらなったで、レイアが降りて来てくれるかもしれないし」

 

 一行は砂原エリア内の地図と現在地を照らし合わせながら進み、ベースキャンプに隣接する地区からシラミ潰しに探索をしていた。勿論当てずっぽうにだらだらと進んでいるだけでは、体力の消耗にしかならない。なので、前回の狩猟の際、一番最後に交戦した地区を第一目標と決めていたワケだが――――。

 

「まぁハズレか。餌も無いようなエリアにわざわざ飛んでくるほど、レイアも馬鹿じゃないってことか」

 

「あんたが任せろって言うから付いて来たのに。何よ、結局無駄足だったじゃない! おかげでこっちは、汗かいちゃったわよ」

 

「わりぃわりぃ。お詫びってわけじゃないけど、とりあえずこれで拭いとけ。体冷やすと、体力の消耗も激しくなる」

 

 ほら、とポーチには件のユクモ織り振興会から粗品として貰った手拭いが顔を覗かせる。もちろんそれはそのまま、翔の手によって蘭雪に手渡されるのだが――――。

 

「おぉ悪いな、アタシも汗かいちゃってさ」

 

 鳶に油揚げを拐われる。かの猛禽の如く横からぬっと出てきた雲雀に先を越される。

 ありがとう、と言いかけた矢先、伸ばした手のやり場がなくなる蘭雪。引き攣った笑みを浮かべながらゆっくりと降ろす手は、プルプルと震えていた。

 それは羞恥か、それともほかの何かか。少なくとも翔には、寒くて震えているように見えたようである。

 

「あ、ほら言わんこっちゃない。寒くて震えてるじゃないか。ほれこっち」

 

 翔がさらにポーチを漁ると、出てきたのは先ほどの手拭いの色違いと思わしきものが出てきた。

 

「……二枚持ってたんだ」

 

「いや、さっきのが予備でこっちは……なんだ。俺がさっき使ったやつなんだけど。嫌か?」

 

(ほぉぉ、ナンダカ面白くなってきたじゃんか~)

 

 予備らしい二枚目の手拭いは、現在雲雀が使用中だ。蘭雪としては、なにも言われなければ特に気にする事も無かったのであるが、申告された上に嫌かとまで聞かれればどうしても意識してしまう。

 

「いや、別にそんな、嫌とかじゃない……けどぉ…………」

 

 あ、う、としどろもどろになりつつ、ようやく決心して翔の手拭いを受け取ろうとした時、またもや雲雀がぬっと手を伸ばしてきた。

 

「いやぁ~、助かった助かった。ほら、蘭雪の番だぞ?」

 

 どちらを取るべきか。申し訳なさそうな表情を浮かべている翔のか。それとも意地悪な爽やかスマイルでみつめてくる小憎たらしい雲雀のか。

 

「あ、アッツいわねぇ。あーアッツいアッツい。もう防具の中とかビショビショだし両方借りるわね!」

 

「今は砂漠の夜だぞ? って、本当にビショビショじゃないか。早く拭けよ」

 

 完璧に混乱した蘭雪は、ひったくるように二人の差し出す手拭いを受け取る。翔はそんな蘭雪を不審がって近づくと、確かに額にはべったりと汗が浮かんでいた。

 

「一人じゃ大変そうだし、手伝ってあげたらイイんじゃないか~? 翔?」

 

「ちょ、汗くらい一人で拭けるわよ! 翔、アンタは向こう向いてなさい! 雲雀ぃ、狩りが終わったら覚えてなさいよ!」

 

 雲雀の言葉を素直に受け取って手伝おうとしてくる翔を牽制しながら、蘭雪は雲雀に向かって怒りの視線と呪詛を唱える。そんな二人の姿に、ニヤニヤと笑の止まらない雲雀なのであった。

 

 

 

 一行は二つある砂漠地帯の北区から南区に移動し、依然現れないリオレイアの捜索を続ける。

 時折デルクスが様子を窺うようにこちらを見ていることはあるが、別段状況に変わりはない。

 つまり、蘭雪の怒りもまだまだ収まってはいなかった。

 

「なぁなぁ、俺なんかしたかな?」

 

「さぁねぇ。でも蘭雪の年の頃ってのは浮き沈みが激しいみたいだしな。別段、気にしなくて大丈夫さ。それよりそれ」

 

 これか、と翔が持っていた物を雲雀に見せた。翔が常に持ち歩いている狩猟手帳(ハンターノート)である。

 

「……翔の父親の形見なんですって。ギルドなんかじゃ公開してないような情報ばっかりよ」

 

「ほぉ~、そうなのかぁ。なぁ~、カ~ケルゥ~。ちょ~っとだけでいいから、見せてくんない?」

 

 ん、と翔が寄越してきた手帳には、文字通りぎっしりと字が連ねられていた。

 

「うちの親父がトンデモないメモ魔っていうか、知りたがりっていうか、好奇心の塊みたいな人でさ。モンスターの目の前だろうが、街が窮地に立たされていようがメモをとっては分析を重ねてたらしい。御陰でお袋の研究も捗ったみたいだけど、帰ってくる度にボロボロだったから怒られてたっけ」

 

「研究? アンタの母親って何かの研究者なの?」

 

「あれ、言ってなかったか。お袋はロックラック支部の古龍観測隊所属なんだけど」

 

 絶句。蘭雪は目を見開いて硬直し、雲雀は手帳を思わず落としてしまう。

 

「ああ、おい! 年季入ってるんだから、大事にしてくれよ……」

 

『古龍観測隊ッ!?』

 

 手帳に気をとらわれている翔をよそに、二人はあっさりと言われたカミングアウトに仰天していた。

 古龍観測所と言えば、書士隊と並ぶ人類の英知が集まる機関だ。古龍観測隊に限定して言えば、天災級のモンスターを相手にしている分、命が幾つあっても足りないのもそうだが、生半可な実力でなれるものではない。

 その証拠に、古龍観測隊の構成員の多くは竜人族であったり、優秀なハンターや書士隊を経験していた者が多い。翔の母親も、そんな集団の一員だというのだ。

 父は一部では名の知れたハンター。母は古龍観測隊メンバー。パタパタと手帳を叩くこの青年はトンデモない人物なのではないかと勘ぐってしまう。

 

「なぁ蘭雪。翔って一体何者なんだ。全然庶民派って感じなんだがケド……」

 

「知らないわよ。私だって今さっき知ったばかりなんだから。そのうち、名のある家系だって言ってくるかもね」

 

「そりゃよかったじゃないか。ゆくゆくは玉の輿だな」

 

 雲雀は急激な殺気に身を翻すと、蘭雪の手刀が背後から振り下ろされているところだった。茶化し過ぎも良くないなと、今更ながらごめんごめんと頭を下げるが、それがまた機嫌を損ねてしまったようである。

 戦地に訪れているのだという事をまったく感じさせない、いつまでもマイペースな一行であった。

 

 

 

「『リオレイア。別名は雌火竜。高熱のブレスを吐く』ッ! 避けろ蘭雪ッ!」

 

 手帳に書いてある一文を復唱しながら、蘭雪に向けて放たれたブレスを警告する翔。距離がある分、初動を見極めて回避態勢に入っていた蘭雪は、軽々とそれを避ける。ブレスは蘭雪が立っていた沼地に、ジュウッと音を立てて着弾した。

 

「『ブレスを吐いた後は側面や背後が手薄になる』ってな! それそれそれえええ!」

 

 素早く接近した雲雀が、左足めがけて肉薄する。船の甲板で見せていた以上のスピードで次々と繰り出される斬撃に、次々と甲殻が削れてゆく。

 一行がリオレイアと遭遇したのは、砂原エリアのちょうど真ん中に位置する沼地だった。エリアに入るのと同時に降り立ったリオレイアには、既にこちらを察知していた。先制攻撃を回避した三人は、ただちに戦闘準備に入る、

 出来れば死角から一撃でも多く入れたかった翔と蘭雪とは対照に、雲雀はいよいよ始まるやり取りに闘志を(たぎ)らせていた。

 事前に立てておいた作戦通り、後衛の蘭雪が遠くから気をそらしている隙に、前衛ができる限り側面へと回り込んで攻撃する。絶対に焦らず冷静に対処し、着実に体力を削る方針だ。

 

「アンタ達、絶対にサマーソルトにだけは気をつけなさい! レイアが『屈んだら注意』よ!」

 

 大木ばりの尻尾を振り回して牽制するリオレイアを相手に、善戦する前衛二人。そんな二人に、蘭雪は檄を飛ばす。

 前回の狩りが翔の手帳の知識に実感を持たせ、一行の狩りをより正確なものにしていた。いかに無類の強さを誇るリオレイアと言えども、攻撃を読むことができればこちらのペースに持ち込むことができる。

 

 リオレイア捕獲依頼は、幸先のいいスタートで始まった。




ども、こんばんわ、サザンクロスでっす。まず、謝罪をば。
今回の話、著サザンクロスって書いてありますが、実際に書いたのは獅子乃さんとキノンさんです。
自分が書いたの、序盤だけです。半分くらいは書いたんですよ。でもね、データがぶっ飛んじゃったのよ……。

次の担当者はキノンさんです。いや本当マジですみません。データがフライアウェイするのには十二分に気をつけてください。

では、サザンクロスでっした。


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第15話 (著:五之瀬キノン)

 リオレイアは力を溜めるかのようにその巨体を屈める。すかさず、村雨翔は地を転がって大きく距離をとる。砂が口に入っても気にしている暇はないのだ。

 猛毒を含む刺の飛び出る尾が轟と唸りを上げ、翔は地面を(まく)り上げるサマーソルトに舌を巻きつつ改めて太刀の柄を強く握り直す。ホットドリンクを飲む程の低温地だというのに、溢れ出る汗の量は日中の砂原とそう変わらない。唾と一緒に汗と砂も口から吐き出し、翔は大きく骨刀【豺牙(さいが)】を振り上げ、空中で姿勢を整えるリオレイアの尻尾へ思い切り振り下ろした。ガリリッ、と鱗に刃が傷を付ける鈍い音がする。まだまだ浅い。尻尾を切断できれば、その分リオレイアの持つ近距離射程も短くなるのでこちらが有利な状況へと持っていくことは可能なのだが、どうにも、そう簡単に事を運ばせてくれる気は無いようである。

 リオレイアの視線が翔を捉えた。足元をちょこまかと走り回る鼠を鬱陶しいと感じたか、一瞬その巨体を反らせて急降下。後ろ足で翔を捕まえんと大きく開いた。

 

「ぉわぁ!?」

 

 咄嗟に前転で回避。リオレイアの足は虚しく乾いた砂を掴む。が、あまりの風圧に翔の状態が崩れてしまう。吹き飛ばされそうになる体を必死に屈めて耐えた。

 

「(くそっ、早く体勢を……!!)」

 

 いつまでも踏ん張って止まったままでは良い的である。風が止むと同時に転がって影の下から抜け出した。

 だが翔の攻撃は相当リオレイアを怒らせていたらしく、気づけばいつの間にかリオレイアの真下。踏み潰されてもおかしくない位置だ。

 ギロリ、とリオレイアの(もた)げた頭から鋭い視線が翔を刺す。捕食者の眼だ。

 次は逃がさんぞ言わんばかりに低い唸り声を上げながらリオレイアの顎が開かれた刹那。

 その鼻面を矢が掠めた。

 

「動き回るんじゃないわよッ!!」

 

 黄蘭雪は更にもう一本、今度は顔面の眉間に浅くだが突き刺さった。デリケートな部分だったか、僅かにリオレイアが(ひる)む。

 その隙を逃さず、黒い影が一瞬で肉迫し、背負っていた二対の短剣を大きく交差し掲げた。東雲雲雀だ。

 

「シャラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」

 

 雄叫びと同時に膨れ上がる闘気が体中から溢れ出す。双剣使い特有の強化能力、通称『鬼人化』だ。一時的な興奮状態に陥る事で自身の身体能力を飛躍的に底上げする技であり、双剣使いを代表する技である。腕力上昇や身体硬化ができる分、それだけ体力の消耗が激しいのが欠点で、使いどころを間違えればたちまち自らを追い詰める諸刃の剣となる。御するのが難しい分、それを使いこなすことで、最前線を切り開く一番槍、鬼の特攻隊長にもなれるのだ。

 刃に闘気を込め、全力で振るう。右手、左手、縦横無尽に暴れまわる斬撃がリオレイアの顔面を何度も何度も斬り付け鱗が何枚も弾け飛んだ。

 

――――ガァァァッ!!

 

 鬱陶しげに頭を動かすリオレイア。大きく真上にブレて遠ざかる標的に雲雀は舌打ちし、仕方なく何度もバックステップを踏んで下がった。

 双剣は確かに無類の攻撃力を誇る武器ではあるが、欠点はリーチにもある。リーチが短ければその分標的の懐に入り込まなければならないのが事実。下手に深入りすれば、それこそ命取りだ。

 双剣を交差しながら振り払うようにすると、雲雀から放たれていた猛烈な闘気とプレッシャーが霧散する。

 雲雀は肩で呼吸を繰り返し、クールダウンしながらリオレイアを睨みつけて様子を見る。頭部は幾らか鱗も取れたものの、まだ破壊には至っていない。残りを削ぎ落せば更に刃が通りやすくなるのでダメージの増加は狙えるはずだ。

 

「翔に蘭雪!! あともうちょいで頭はイケるぞ!!」

 

「おぉッ、ナイスだぜ雲雀ッ」

 

 リオレイアが雲雀へと敵意を集中させる最中、翔は斜め後ろから尻尾を掻い潜り足を斬り付ける。ガリリッ、と硬い物を傷付ける鈍い音がした。見れば大分足の傷も多くなっており、ところどころに僅かだが出血も見える。これならば、時間をかければ何とか行ける。

 

「オラッ、転べッ!!」

 

 その傷目掛けて太刀の刃先を突き出し、全力で捩じ込む。今までに無い肉を断つ感覚が確かな手応えとして腕に伝わると同時に、甲高い悲鳴のような鳴き声を上げてリオレイアがバランスを崩して真横に倒れ込んだ。

 

「チャンスよッ!! 翔ッ、尻尾!!」

 

「任された!! 雲雀は頭だ!!」

 

「アイアイサー!!」

 

 大型モンスターが抵抗するのとしないとではその精神的肉体的疲労は大きく違う。言ってしまえばこちらのやりたい放題という訳である。

 すかさず蘭雪は真っ赤な液体の入ったビン、強撃ビンを装填。雲雀は近づいて再び鬼人化。翔も溜まった練気を開放して気刃斬りを尻尾に叩き付けた。

 

「オララララララララララァッ!!」

 

 縦横斜め縦横無尽の乱舞がリオレイアを斬り付け、鱗を削ぎ落とす。赤の軌跡を残しながら腕が霞む速度で双剣が振り回される光景は荒々しくも美しく、苛烈にして可憐で、そして過激だ。

 

「ラストォォォォッ!!」

 

 雲雀は締めに、両の刃を同時に大きく顔面に振り下ろす。刹那、ひび割れていた最後の鱗が弾け飛び、頭部を覆う甲殻が完全に破壊された。

 ノルマ、とまではいかないが、これは確かな功績だ。それだけ頭部に集中的なダメージを与えたということ。一つの通過点としては上々の出来栄えだ。

 

「前衛散開ッ!」

 

 善戦していることに浮き足立つ前衛とは違い、後方から支援している蘭雪はリオレイアの様子にいち早く気がついた。

 鬼気迫るような蘭雪の金切り声に素早く引き下がる前衛二人。

 距離を取ったその瞬間、自分たちが立っていた場所はリオレイアの巨大な尾によって深々と抉られた。

 

「『注意:深追いするとサマーソルト』。こう言う事だったのね……」

 

 蘭雪の観察力もだが、今回は翔の狩猟手記(ハンターノート)にだいぶ助けられている。

 今のところ大きな被害も無い。対して相手には疲れが見え始めている。

 三人は慎重に、確実な勝利を得るためにリオレイアの一挙手一投足に集中した。

 思いのほかゆっくりと着地したリオレイアは低い唸り声を上げながら眼前を彷徨く三人を順々に睨んでいる。それは獲物を観察するハンターのそれと同じようにも見えた。

 

「アイツ、かかってこないぞ。戦意喪失か?」

 

 いつまでもにらめっこを続けるリオレイアに痺れを切らした雲雀は冗談みたいな事を言う。

 別に彼女とてこの状況で冗談が言える程、豪胆ではない。場を和ませる為に言ったわけでもない。

 暗にこの状況が次にどう繋がるかを、手記の持ち主に問うているのだ。

 

「わからない。ただ怒ってるのはわかる。ってことは、これまで以上に殺しにかかってくるんじゃないか?」

 

 至極当然のことを言ってどうすんのよ、と後ろからの非難はいつも通り手厳しい。

 だが残念なことに、先ほどの注意書きの続きが書きかけであるだけだ。よそ見も出来ない切迫した今、三人よればなんとやらと作戦タイムに移ることもできない。

 

「(これなんて書いてあるんだ? 字も汚いし、親父にしては珍しいよな……)」

 

 よく言えば豪快な性格をしていた翔の父は、その性格とは真逆に丁寧な部分も持ち合わせていた。読み書きを教わったのは母の印象が強かったが、字だけは綺麗に書かされた。そう言うだけあって手記の内容は丁寧で尚且つ綺麗にまとめられている。しかし項目の半ばを過ぎてくると必ずミミズがのたくっていたり、書きかけだったりする。

 

「駄目だ、どれもこれも注意書きの後は読めたもんじゃねぇ……」

 

 その言葉にハッと閃きを感じたのは意外にも雲雀だった。

 

「な、なぁ、もしかすると、注意書きの後って怒り状態のモンスターを相手にしてたんじゃ……」

 

「おい、前だ!」

 

 思わず振り返った雲雀に、今までにらめっこを続けていたリオレイアがスキありとばかりに大きく息を吸い込んだ。

 咄嗟の判断で、翔は雲雀の胴体に強烈なタックルをかます。幾らなんでも女人に対する仕打ちではない。

 しかし間一髪、鎧越しに猛烈な熱気を感じる程スレスレを通り過ぎた火球は雲雀が今までたっていた位置に寸分の狂いもなく着弾し、大量の砂を撒き散らし大きな窪みと焦げついた匂いを辺りに充満させる。

 

「良いタックルだったぞ、不意打ちとは言え私の背中に砂を」

 

「アホ、よそ見すんな! ほら立て、次が来るぞ!」

 

 斜め上の賞賛に気が抜けてしまいそうになる翔は雲雀の腕を強引に引っ張り上げて体制を立て直す。

 

 ――――ガァァァッ!

 

 鬼の形相で迫るリオレイアが見えた。これまでにない速度で近づくのが、五感を通して伝わる。恐怖でガタつく両足は、逃げなければと警笛を鳴らす本能に反して思うように動かない。

 もつれる足を精一杯動かして反対方向に向けて走り出すと、すぐ正面には蘭雪が何やら投擲の構えをとっている。

 もう幾ばくの猶予も無いこのタイミングで何を考えたのか。

 彼女がそれを投げながら何やら叫んでいたが、それが『伏せて!』と言っていたのだと理解する頃には太陽が爆発したかのような閃光に目を焼かれていた。

 

 

 

 

 

「まったく。遊びじゃないんだからあんな所でじゃれてるんじゃないわよ!」

 

『すんません』

 

 蘭雪の機転によって危機を脱した彼らは隣接するエリアにて体制を整えていた。

 緊張状態から解放された今は息を整え、再び戦いに身を投じるために英気を養ってる最中である。

 

「いや~まだ目が染みるね。閃光玉様様。蘭雪様様って感じだな」

 

 ゴシゴシと擦る雲雀の両目は、幾らか充血しているのが見て取れる。

 

「せめて俺らの後ろで爆発してくれればこんなに痛い目に合わ」

 

「じゃあ次は好きなだけリオレイアの体当たりを受けてみる?」

 

 瞬きを繰り返しながら追随する翔を、蘭雪の言葉が遮る。

 

『いえ、心に染みるほどの英断だったと思います』

 

 たった一時、目の不調に苛まれるのとあの巨体によって跳ね飛ばされるのだったら前者の方がいくらもマシだ。

 蘭雪の投げた閃光玉は、モンスターの目くらましによく使われるアイテムだ。光蟲と呼ばれる昆虫が、絶命時に放つ強烈な光を利用しているらしい。

 ただし今回のように仲間にあらかじめ使用することを断っておかないと、好機(チャンス)を作るどころか危機(ピンチ)に陥るので、チームを組むにあたって話をつけておくのが大事だろう。

 

「それにしても、あの速さは尋常じゃなかったな」

 

 遠くを眺めながら呟いた翔に自然と視線が集まる。

 

「親父の手記(ノート)は、基本的に怒り状態以降が雑だ。きっと必死だったんだと思う」

 

「アタシの推測も捨てたもんじゃないな」

 

 持ってきていたこんがり肉にかぶりつきながら、雲雀は答えた。

 

「狩猟中にメモを書き上げるのは確かに凄いけど、これからはあまり過信しない方が良いな」

 

「そうね。判断を人に頼っているようじゃこの試練を乗り越えられないわ」

 

「第一、事前に行動が読めても反応が出来なきゃオシマイだ。さっきはありがとな、蘭雪」

 

「おう、助かったぜ蘭雪」

 

「な、何よ先まで文句言ってたくせに……急に、そんな……」

 

 自らの目で確かめた獲物の脅威的なスピードはそこに記されていなかった。たとえ記されていたとしても恐らくは慢心を産み、誰かが大怪我をしていたかもしれない。

 その事に気づいた翔たちは小休止を終えて、リオレイアの待つ戦場へと再び戻る準備を始めた。

 

 

 

「ああそう言えば。蘭雪って女の割に虫って大丈夫なんだな」

 

「はぁ? 今更なによ、舐めてんの?」

 

 いつになく喧嘩腰に見える蘭雪に翔は(ひる)みながら続ける。

 

「(さっきから表情がコロコロ変わるな)いや、ブナハブラの装備とか揃えてるし。さっきの閃光玉も自分で調合したんだろ? 女性ハンターって生理的に受け付けない人って多いって聞くけど、大丈夫なんだな~って」

 

「ちなみにアタシは駄目だな。ブナハブラのあの胴体の感じ。10秒たりとも直視出来ないな」

 

 双剣を研ぎながら雲雀は自慢げに口を挟む。

 

「ラルク姐さんもユクモ村に来たとき米虫見てすごい顔してただろ。今はなんでも無いような顔して食べてるけど」

 

 腕組みしながら思い出す。クールな彼女が眉間に皺を寄せて驚愕に打ち震えていた。

 

「まぁ大丈夫って訳じゃないけど。消耗品は完成されたのが保管庫に一杯になるほど届くし、私が撃ち落としたのをナデシコに解体してもらって、ね?」

 

『(ああ、そう言えば蘭雪って良いトコのお嬢様だったっけ……)』

 

 悶々とする空気の中、今度こそリオレイアの待つ戦場へと再び戻る準備を始めた。

 

 

 

 

 戦況は良くなかった。

 善戦していた彼らが何故追い詰められていたかといえば、リオレイアのスピードが大きな要因である。

 飛竜種ともなると、これまで彼らが相手をしてきたモンスターと大きな差がある。

 スピード、パワー、スタミナ。どれを取っても比較にならない程の差をリオレイアの怒り状態が底上げしていた。

 

「コイツ、さっきよりも速い!」

 

 なかなか弓を構えるスキを与えてくれないリオレイアに歯がゆい思いをしている。

 先程までは前衛を集中的に攻撃していたリオレイアが、今度は蘭雪を集中的に攻撃する事で、一人ずつ確実に仕留めていく方向に切り替えたのだろう。

 

「雲雀、来るぞ!」

 

 蘭雪への突進を避けられたわかると乱暴に方向転換をし、今度は手近にいる雲雀へと攻撃の対象を変えた。

 陸の女王と称せれるだけあって、地上にいる以上は何処にいても彼女の領域(テリトリー)と言っていい。

 荒々しい突進を寸でで回避し、膝を突きながら雲雀が仕切りに呼吸を繰り返す。

 

「はぁ、はぁ、んはぁ。ダメだ、鬼人化してもチャンスがなぃ」

 

 鬼人化は体に大きな負担を掛ける。故に長時間その状態を保ったまま、大暴れするリオレイアを追い掛け回すが出来ない。

 せめて一時でもチャンスがあればこの状況を覆す事ができるのに。

 

「雲雀、大丈夫か? 動けるか?」

 

「ああ問題ないさ。この装備のお陰か、ちょっと休めばすぐ動けるようになる」

 

「わかった、無理はするなよ」

 

 蘭雪に注意を引いてもらっているにしても時間は限られている。

 今は何よりも仲間を信じて自分の出来ることを。そう信じて、再び翔はリオレイアに切り込む。

 

「すぅー……はぁー……」

 

 できる限り心を落ち着けながら、深く呼吸を繰り返す。

 尻尾に跳ね飛ばされる翔を気にかけながらも、雲雀は呼吸を整えることに従事した。

 そして、

 

「よっしゃあ、復活……ダァァァアアアアアアアアアアアアア!」

 

 張り詰めた筋肉に力が戻るのを確認すると、翔の加勢に入る。

 あたり一面を無茶苦茶に攻撃するリオレイアは、雲雀の気配に気づかない。

 

「隠密! 特攻! キリキリマイィーッ!」

 

 振り回される尻尾の間をするりと掻い潜り、天高く双剣を掲げる。怒声を張り上げ、自らを際限なく鼓舞する。

 

「翔! 蘭雪! できるだけ、注意を引いてくれ!」

 

「雲雀、頼むぞ!」

 

「ミスしたら、承知しないんだからね!」

 

 足元に陣取った雲雀の荒々しい舞によって、血しぶきが上がる。

 この機を逃す手は無いと、翔と蘭雪が全力でリオレイアの注意を引く。

 翔はリオレイアの顔めがけて一撃離脱を繰り返し、蘭雪は近距離から弾幕を張る。

 

 ――――ガァァァッ!

 

 形勢は逆転したとばかり思っていたところを猛反撃されたリオレイアは、体中にまとわりつく羽虫に苛立ちを覚える。

 これまでの奴らは、私を怒らせた時点で多方片が付いていた。

 ある者は炎に焼かれ、ある者は毒に苦しみ、ある者は圧倒的な力に踏み潰された。

 しかし今度の奴らはどうだろう。ちょこまかと動き回り、逃げ去ったかと思えば再び噛み付いてくる。

 リオレイアの胸中には、ある種の戸惑いのようなものが生まれていた。

 

「雲雀、離れて!」

 

 言うが早いか、リオレイアのサマーソルトがまとわりつく翔たちを振り払う。

 

「雲雀、大丈夫か!?」

 

 巻き上げられた砂が視界を悪くする中、翔と蘭雪は足元に陣取っていた雲雀を探す。乱舞に集中して回避が遅れていたら、鬼人化が解けて身動きが出来ない状態で食らっていたら。

 翔はサマーソルトを受けていた分、その恐ろしさがわかる。ハンマーで思い切り殴りつけられたと思えば、激痛とだるさによって身動きが取れなくなる。まさに必殺の一撃と言っていい。

 そうこうしているうちに空中を浮遊していたリオレイアが着地と共に再び砂を巻き上げる。砂埃を払ってくれたのは幸いだった。

 

「あそこ、足元!」

 

 蘭雪が指したのリオレイアのすぐ足元だった。

 砂が一部盛り上がっている部分がある。そこからところどころ雲雀の着用しているナルガクルガの防具が見えている。

 完全に風が収まるとむくりと立ち上がる雲雀はまるで幽鬼のような風体で完璧に気配を殺しながらも異様なまでの闘気を放っている。

 

「シャアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 再び猛攻撃に入る雲雀に加勢する二人。雲雀がどうなったのかはともかく今はこの状況を切り抜けるが先決。

 蘭雪は気を引くように連射を繰り返し、翔はできる限り雲雀の対角線上を意識しながら立ち回る。

 リオレイアの方はと言えば、死角からの強襲に怯んでしまい三人に決定打を与えられないでいる。

 先程から繰り返し繰り返し攻撃されていた足は既に血まみれで立っているのも辛いことだろう。

 

「グウウ……イッッケエエエエエエエエエッ!」

 

 唸るような怒声と共に振り下ろされる双剣は、深く深く獲物の足を傷つける。

 同時にリオレイアの悲痛な叫び声がこだまし、派手に横転する。

 

「このチャンス、無駄にできないぞ!」

 

「その尻尾をちょん切ってやんなさい!」

 

 翔はこれまでに練成してきた連斬を全力で放出しながらリオレイアの尻尾を切り離すべく刃を振るう。

 一太刀一太刀浴びせる毎にその速度は、正確さは増していく。

 この時を待っていたとばかりに翔の相棒、骨刀【豺牙】はリオレイアの血に塗れながらその輝きや存在感を増しているように感じる。

 足場の悪い砂漠の砂がもがき苦しむリオレイアをあざ笑うかのように上手く立たせてくれない。

 蘭雪は好機を逃すまいと罠の設置に取り掛かる。

 彼女の防具が持つスキル、『捕獲の見極め』はハンター達が元より備える観察眼を助長し、傷ついたモンスター達が抵抗出来ないほどに弱っているかを見極める事を助けてくれる。

 少し離れた位置に陣取り、できる限り平たい面を選んで設置する。

 瞬間、円盤状のトラップツールが電気を帯びるかのように雷光を散らしているのが見えた。後はこれに上手くかければ完了だ。

 

「二人共! こっちはいいわよ!」

 

 蘭雪の声に翔たちはラストスパートをかける。

 縦横無尽に双剣を振り回す雲雀は返り血に(まみ)れていて、まるで吸血鬼や食人鬼のようだ。

 左翼めがけて振り回さてていた為か、翼爪や飛膜があたり一面に散らばっている。

 ここで目が眩むようでは、小物も小物。ロックラックを代表する大商人の娘は長距離射撃向けの貫通矢で援護する。

 リオレイアの下に出来た血だまりは砂へと吸収され、丈夫な脚がそれを捉えつつある。

 体制を立て直される前にケリをつけたい翔には焦りがあった。

 

「クソ、これで決めるぞ! はあああああああああッ!」

 

 練気を刃へと集中させる、猛攻が一瞬止まったのをリオレイアは見逃さずに動いた。

 翔は気刃大回転斬りを、リオレイアは反撃のサマーソルトを。お互いの技がぶつかり互いに吹き飛ばされる。

 

「やったか!?」

 

「まだだ、アイツに尻尾がくっついている!」

 

 サマーソルトにうち負けたのか、刃は少し刃こぼれしている。恐らくは渾身の一撃も衝撃を殺されたのだろう。

 当のリオレイアも不自然な衝撃に上手く着地が決まらなかったようだ。

 悔しさに歯噛みしている間もなかった。

 ぎこちなく方向転換すると狙いは立ち並ぶ翔と雲雀だ。

 

 ――――ガァァァァァァッ!

 

 引き潰す勢いでリオレイアの巨躯が迫る。

 翔と雲雀は左右に分かれるように回避するが、それでは止まらなかった。

 

「急停止ッ!? まさかッ!?」

 

 リオレイアは寸で両足にブレーキを掛け、その勢いを乗せた回転攻撃をお見舞いする。

 既に取れかけの尻尾を、地を抉るようにして振り抜く。

 

「さ、せ、るかああああああ!!!」

 

 飛び出した体に迫る尻尾。雲雀は着地の瞬間に両手を突き出し、ハンドスプリングの要領で尻尾を飛び越える。そんな器用な真似が出来なかった翔は、背中からの一撃に遠くまで飛ばされた。

 

「翔ッ! 雲雀ッ!」

 

 二人の身を按ずる蘭雪の声に、翔はなんとか手を挙げて返す。

 しかし、雲雀の声は意外な所から上がった。

 

「よくも翔をおおおおおおおおおッ!」

 

「な、リオレイアの上!?」

 

 超跳躍をした後、たまたまリオレイアの右翼が見えた雲雀が根性を発揮してしがみついていたのだろう。

 

「けじめ、つけて貰うぜええええええええええええッ!!!」

 

 雲雀は左手でしがみついたまま双剣の片割れを右手に構え、何度も何度もその翼に突き刺す。

 

 ――――ギャアアアアアアンッ!

 

 これまでの比じゃない悲鳴を上げながらのたうち回るリオレイアをよそに、根性の申し子、東雲雲雀の猛攻は止まらない。

 

「はぁ、はぁ、加勢しなくても大丈夫かな?」

 

「アンタが行ってもなぎ倒されるし、私が撃った矢が雲雀に当たってもいけないでしょ。フォロー出来るように構えて」

 

 砂まみれの翔が息を着きながら駆け寄るが、今の彼女たちを止めることは誰にだってかなわないだろう。

 

「指の爪一本だ、それで勘弁してやるよおおおおおおッ!」

 

 右翼の先、翼爪が生えている部分に刃を突き立てながら、力を込める雲雀。

 人で例えるならば生爪をはがすようなものだろう。一層大きな悲鳴を挙げているリオレイアが、辺りを走り回る。

 

「あああアイツこっち来てねぇか?」

 

「そんなこと言ってる暇があるなら走りなさいッ!」

 

 暴走するリオレイアは砂を巻き上げ、無茶苦茶に体を振り回し、背中を這い回る害虫を振り落とすのに必死で周りが見えていなかった。

 正確には、足元が。

 

 ――――グゥァァァァァァァァァッ

 

 蘭雪が設置しておいた罠を踏み抜いたのだ。突進を誘ってからの捕獲のつもりだったが結果オーライだ。

 幾らなんでもここまでされて体力を消耗していないわけがない。

 

「蘭雪! 俺は限界まで尻尾に行く。無理だと思ったら捕獲してくれ!」

 

「アタシも手伝うぞ!」

 

 翔が背後に周り込むと砂だらけになった雲雀がひょっこり現れる。

 恐らくは、急停止したリオレイアから勢い余って投げ飛ばされたのだろう。

 しかし、そこはただで転ばない女。東雲雲雀は翼爪をもぎ取ることに成功したのだろう。

 その手にしっかりと握られた翼爪は、これまでにないほど綺麗な状態で残っていた。

 

「そら、行くぞッ!」

 

「応ともッ!」

 

 獲物を翻し、一点だけを集中して力を込める。既に薄皮一枚の様な状態でぶら下がっているようなものだ。切り落とされるのも時間の問題だ。

 

『はああああああああああああッ!』

 

 押し込むように、引き潰すように、共に戦ったこの狩りに終止符を打つべくそれぞれの武器に力を込めた。

 

 ――――ッギャアアアアアアアアアアアアン!!!

 

 星の煌く静かな砂原一帯に、悲痛な悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

「それでは確認させていただきます」

 

 前回来た時には、ここに立つことすら出来なかった。

 酒場が珍しく緊張に包まれている中、その一角で開かれている認定式の壇上に翔たち一行はいた。

 今回も何割かがボロボロの辛気臭い顔をしながら酒を浴びるように飲んでいる中、六割程度が自分の順番を待ちながらこちらの様子を伺っていた。

 最難関と呼ばれた試練を超えてきた者たちだ。自然とその視線には畏怖や羨望が映り込む。

 

「ふむ、なかなかいい仕事じゃねぇか」

 

 眼前には何故か装備屋の親方、もとい雲雀の父親が虫眼鏡のオバケのような物で雌火竜の素材を鑑定していた。

 その眼はあくまでも職人の眼で、一切の妥協を許さない真っ直ぐな瞳であった。

 

「よし、1班。村雨翔。黄蘭雪。東雲雲雀。以上三名をハンターランク4と認めるッ! 困難な試練だったであろう。だが、この試練がこの先に繋がり、より高みを目指す励みとして欲しい。気を抜かず、修練に励むべしッ! 今日から君たちは上位ハンターだッ!」

 

 言い知れぬ喜びがあった。蘭雪も雲雀も、そして自分もきっと同じ顔をしているに違いない。

 達成感や喜びに思わず頬が緩み、何故だか目頭に熱いものが湧き出してくる。

 あぁ、砂狼さん泣いてる……。

 

「ありがとな、雲雀と組んでくれて。またロックラックに来たらうちで整備してやるから、必ず顔を出してくれよ」

 

 親方も目が潤んでいるように見える。雲雀は少し恥ずかしそうだ。

 一連の出来事を見ていた野次馬も歓声をあげたり、拍手を送ってくれている。

 あのロアル装備の奴、どこかであったような……。

 

「まぁ一件落着ね。今日はゆっくり休みたいわね」

 

「アタシもだ。当分狩りには行きたくないな、ハハッ」

 

 緊張が溶けた二人は既に軽口を叩き合っている。肩を抱き、笑い合う。

 死線を超え、修羅場をくぐり抜けた狩友(とも)と、かけがえのない絆を作ることが出来た。

 

「さぁ。まずは風呂だな。それから飯。それからベッドに飛び込んで丸1日は寝る。異論は認めない」

 

『賛成ッ!』

 

 こうして、今回の試練は彼らに大きな成長を促したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウェッ、ウグッ、蘭雪、ウェッ……私の蘭雪が見ないうちに……こんな、ウェッ、こんなに大きくなってェッ……」

 

「パパ。あの子達先に帰っちゃいましたよ?」

 

「蘭……ッウェッ……。何でだ……。パパを置いていくなんてヒドイじゃないか……」

 

「ほらほら泣かない泣かない……。蘭雪に笑われちゃいますよ?」

 

「……うん」

 

 こうして彼も大きな成長を迎えたのであった。

 




お久しぶりです。キノンです。
そんなこんなと言う訳でリオレイア編でした。

紅嵐絵巻では初の大型モンスターのリオレイア。2Gと比べるとモーションも変わって大分隙が少なくなったのではないでしょうか。そんな風に感じるモンスターでした。

……とか偉そうに後書き書いてますが、締切過ぎて他のメンバーにだいぶ迷惑をかけてしまいました。早く調子を取り戻したいものです。本当に、お待たせしてしまい申し訳ありません。

この話で今章は終わり。次章からまた新たな物語がスタートです。
またまた個性派(?)な新キャラも登場予定。ご期待下さい。

ではまた、次章でお会いできることを願って、後書きとさせていただきます。


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第4章
第16話 (著:獅子乃 心)


 砂漠の大都市ロックラックから何日もかけたところにある山奥にひっそりと、だが確かに人の営みは存在する。

 

 村の中央にある雑貨屋の前には朝も早いのにあれこれと忙しなく注文する人影があった。

 一人は店主のリノ・フレイトート。頑張るハンターを応援する元気な女性だ。

 そしてもう一人。野菜類がこれでもかと詰め込まれたカゴを腕から下げる少女、黄蘭雪(ファンランシェ)はユクモ村唯一の雑貨屋で買い物を済ませたところだった。

 リノと別れた彼女が足早に向かうのは宿泊区画にある自室ではなく相棒の部屋。

 

「ただいま。いつものアレ、買ってきたわよ」

 

 村全体が顔見知りだからか、無用心にも鍵の掛かっていない扉を遠慮なく開ける蘭雪。

 

「おぉ悪いな。飯の準備は出来たから冷めないうちに食おうぜ」

 

 勝手知ったる他人の家。迷わずに台所へと進むと朝食の準備を終えていた相棒こと村雨翔がそこにいた。

 

「あ、お嬢おはようございますニャ。お先に頂いてたニャ」

 

「蘭雪。このオンプウオの塩焼き美味しいから早く食べるのにゃ」

 

 オトモアイルーのヤマトとナデシコは既に自分の分に手をつけていた。

 今朝のメニューは純和風。ユクモ産の米『あかねのゆ』をふっくらと炊き上げ、主菜にオンプウオの塩焼き、副菜はドテカボチャの煮付け、汁物は棍棒ネギの味噌汁と翔は朝から腕によりをかけていた。

 

「はい、棍棒ネギを入れて……っと完成だ。さぁ飯だ飯だ」

 

 蘭雪から受け取ったカゴから棍棒ネギだけを抜き取り、さっと洗ってから細かく刻んで味噌汁に投入。アイルー達の分はネギ抜きだ。

 

「今年は結構実りがいいんだって。セバスチャンが言ってたわよ」

 

「そうか。農場任せっきりだからな……たまには差し入れでも持って行ってやるか」

 

 彼らの朝はこんな何気ない会話から始まる。

 晴れて上位ハンターの仲間入りをしたのが2週間前の事だ。

 試験とは言えども多額の報酬が入ったので久々の骨休めと称し、簡単な訓練や採取をしたり、村人のお願いを直に聞き入れたり。そんなまったりとした毎日を送っていた。

 

「ふぅ。たらふくたらふくニャ」

 

「ご馳走様でしたにゃ。翔さんは主夫としての腕前もぐんぐん上がってるのにゃ」

 

「ん? ありがとなナデシコ。やっぱり食べてくれる人がいるってのが大きいんだよな」

 

「じゃあ半分くらい私のおかげね。その調子で精進しなさい」

 

 何故か上から目線なのはいつものこと。蘭雪は骨を取ったオンプウオにパクつきながら満足そうに微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 朝食を終えた彼らだが、特に狩りの要請や村人からのお願いもない今日はゆっくりとした時間を堪能していた。

 

「う~ん……やっぱりね、氷結晶の値上がりは確実ね」

 

「夏も真っ盛りだからにゃ。ロックラックにいた頃と比べればユクモはにゃんと過ごしやすいことか」

 

 ソファに腰掛ける蘭雪の膝に座るようにして蘭雪とナデシコのコンビは新聞を眺めている。

 ユクモ村とて夏ともなればそれなりに気温を上げるが、ロックラックに比べれば大したことはない。森の木々は自然の日よけになるし、豊富な水で汗も流せれば涼むことも容易にできる。

 

「向こうは灼熱って感じだもんな」

 

「ボク達は毛皮が暑くてたまらニャいニャ」

 

 小さな机を挟んだ蘭雪の対面、翔とヤマトも同じように座りながら同調する。

 翔は甚兵衛(勿論ユクモ織り)、蘭雪は薄手のワンピースと季節に合った服装であるものの、アイルー達は自前の毛皮だ。上に着込む事は出来ても脱ぐことが出来ずこの時期はぐったりしている事が多い。主人達は苦笑いするしかなかった。

 

「あ、そうそう。リノさんが今週のは隅から隅まで読んどきなさいって。もの凄くニヤニヤしてた」

 

「なんだそりゃ」

 

 新聞を読む蘭雪に対し、翔の手元には自身が愛読書としている『週刊 狩りに生きる』が開かれていた。

 蘭雪が朝から雑貨屋に出向いていたのはこれを買う為であった。セバスチャンから野菜を受け取るついでに買ってきてくれとお使いを頼まれたのである。

 ヤマトを膝に乗せたまま注意深く記事の一つ一つを読み込んでいく。

 

「ご主人はコラムのコーニャーとか新しいモンスターの生態に書かれてるページをよく読んでるのニャ。あ、あと受付嬢のグラビ」

 

「おっとそれ以上は言わせねぇぜ!」

 

「どうせグラビアページでしょ。別に今更じゃない。そこの棚のバックナンバー見れば大体分かりますよーだ」

 

「そうだにゃ。御陰で今後のアプローチ方針についてはある程度研究出来たのにゃ」

 

 『週刊 狩りに生きる』と言えば、質の高い記事は書士隊を引退したものが書いているだとか、数少ない写真付きのページには酒場のアイドルである受付嬢や女性ハンターのグラビアページが載っている事からハンターは勿論、幅広い層に読まれている。

 彼もその内の一人ではあるが、やはり一番は著名なハンターへのインタビュー記事だ。まだ見ぬ強大な敵を長年の勘と力でねじ伏せた彼らの武勇伝が翔を狩りへと駆り立てるのだ。

 鋭い視線を貰いながらページをめくる翔の手が止まる。

 

「雌火竜撃沈、期待の新星現る」

 

「それって」

 

「ロックラックの時の奴にゃ」

 

 『週刊 狩りに生きる』の新人発掘コーナーにでかでかと載っている記事に一同は既視感のようなものを感じる。

 

「温暖期初頭、ロックラックで開かれたHR(ハンターランク)昇格試験に現れた3人の男女が最難関とされる雌火竜の捕獲に成功した。同試験において捕獲に成功した者が現れるのは5年ぶりとのこと。ギルドに詳しい情報を求めたが『守秘義務があるため詳しくは話せない』と回答。しかし取材陣は同試験を受けた参加者にインタビューすることに成功した」

 

「何だか凄い事にニャってるのニャ……」

 

「ねぇ早く続き読んでよ」

 

「わかったわかった。読むぞ。……『男が一人に女が二人だったよ。男が太刀使いで、女は双剣と弓使いだった。別に覇気っつーかオーラみたいなもの? そういうのは無かったけど連れの女が物凄いべっぴんさんで酒場で声をかけてる奴がいたんだけど、一瞬で床に伸びてたな。そしたら騒ぎが大きくなってさ、多分床に伸びてた奴らの仲間がぞろぞろ出て来たんだよ。酒場では割と有名な方でさ、いや悪い意味で。女中のお姉ちゃん達に無理やり酌とかさせる駄目な奴らでマナーの悪い客だったな。でも腕はそれなりぐらいだったからハンパな正義感とかで突っかかると怖いだろ? 多勢に無勢って奴だ。誰も口出し出来なかったんだけどさ、その女の子達が全員ボコボコにしちまったんだから驚きだよな。いや~リオレイアも参っちまうわけだよ。今頃どっかの猟団とかにスカウトされるてるかもな、と回答してくれた。狩りに関係のある情報は得られなかったが実力は本物のようだ。彼らの今後の活躍に期待したい』ってさ」

 

 酒場での騒ぎを見ていたものがコメントしたのだろう。

 狩りにまったく関係は無いが愛読している雑誌に載ることが出来た事に喜びを隠せない。

 

「いつかこれに載れるようなハンターになりたかった……。それが、こんなにも早かったなんてな……」

 

「ちょ、ちょっと泣きそうになってるんじゃないわよ。これくらいで、しかも私とアイツの事だけじゃない他に書くことなかったわけ」

 

 感慨深けに呟く翔の眼は少し潤んでいた。

 別にそんなことくらいで、とそれを見た蘭雪はあまりの事に慌てる。

 そんな時だった。村雨家の戸を叩く音と少し遅れて聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。

 

「ボクが開けてくるニャ。今行くニャ~!」

 

「あの声は村長にゃ? 心配だから私も行ってくるにゃ」

 

 気を利かせたつもりか慌てて駆け出すヤマトとそれを心配したナデシコが対応に当たる。

 遅れて追いかける翔と蘭雪が玄関口まで出向くと案の定、ユクモ村の村長久御門市(くみかどいち)が優雅に佇んでいる。

 

「ホホホ、ごきげんよう。翔さん、蘭雪さん。もう朝食は取られましたか?」

 

「あ、はい。今さっきみんなで」

 

「……そうですか。残念です。」

 

 にこやかな村長は翔の返答に少しションボリと眉根を下げる。

 指を加えつつ上目遣い。こう言う時は決まって――――。

 

「あの、残り物でしたら少しありますけど食べていきますか?」

 

「ホホホ、では遠慮なく!」

 

 少し食い気味に返答する村長。毎度の事だから翔の方の驚きは少ない。

 

「(村長ってこんなキャラだった?)」

 

「(若い竜人族は見かけによらず子供っぽいところがあるって聞いたことがあるにゃ)」

 

 上機嫌の村長に催促されるようにして翔は部屋へと上げることにした。

 

 

 

 

 

「それで結局用事はなんだったんです?」

 

「ホホホ、用事がなければ来ては行けなかったかしら?」

 

「いや、別にそういうわけじゃ……」

 

「オムツだって替えてあげたことがあるのに……あの頃はあんなに可愛かったのに……よよよ……」

 

「(最終的にはこれくらい自分のペースに持っていければ勝利は見えたものにゃ)」

 

 カッと赤面する翔にニヤニヤとする一同。手がかからない子供ではあったが親の不在時に大変お世話になった方でもあるからか昔から彼女には頭が上がらない。

 

「もう、あまりからかわないでくださいよ」

 

「ホホ。腕を上げましたね。農場で採れた魚に野菜。大変美味でしたわ」

 

 にこにこ顔を崩さないままペースを保持しつつ優雅に手を合わせる村長。

 ちょっと疲れた様子ではあるがやっと本題に進めると翔は少し安堵した。

 食後のお茶をすすりながら村長はゆっくりと本題を告げる。

 

「まずは二人にと思いまして。これからの村の方針についてです」

 

 村長の懐から顔を出したのは一枚の羊皮紙だった。

 

「何コレ?」

 

「あ、これは回覧板とか村の掲示用のお知らせニャ」

 

 紙の一番下には村長が作るお知らせ用の配布物などに必ず判が押されている。

 村の人達に伝える前に自分達に伝えておくべき事とは。不可解に感じる翔は内容に目を通す。

 

「ユクモ村の拡張と秋祭りについてのお知らせ?」

 

「へぇ、そんなのあるんだ?」

 

「ええ。後程、村の皆様を全員集めてご協力を仰ごうと思っています」

 

 紙にはユクモ村の拡張工事――ユクモ村温泉街大規模拡張工事と仰々しい名前がドンと大きな文字で書かれている――と秋祭りについてのお知らせが書いてあった。

 要約すれば、村の収益アップと人口増加を図るために温泉地として有名なユクモ村をより大きく拡大しよう、というものである。

 そして、迫るユクモ村の収穫祭――通称:秋祭り――を例年よりも格段に、超大規模にする事で近隣の村々だけでなく遠方からも客を寄せよう、とのことである。

 

「いつもの思いつきにしては何だか現実味がある上に凄く楽しそうね」

 

「ホホホ。そう言っていただけると考えたこちらも嬉しい限りですわ(それに、色々と備えなくてはいけませんし……)」

 

 いつもの突拍子もないような無茶ぶり依頼に比べると現実味のある話だが、ここまで聞いても先に自分たちに知らせる意味が翔にはわからなかった。

 その表情を見た村長はにこりとまた微笑むと懐からもう一つの羊皮紙を出したのだった。

 

 

 

 

 

「……と、そんなわけですから。皆様にも協力していただけると助かるのです」

 

 集会所へ続く階段前の広場には湯治に来ていたハンターや村人、アイルーも含めた全員が集結していた。

 がやがやとする事もなく、全員が静かに村長の話に聞き入っていた。

 そこでぬっと人ごみをかき分けて出てきたのは村の中でも最年長級の位置にいる加工屋の主人。村の人々は親しみを込めて彼をおっちゃんと呼んでいる。

 

「村長や。このぷろじぇくととやらに協力するのはやぶさかじゃないんじゃが、ワシの様な老いぼれも多い上にこの人数だけで足りるのかや?」

 

 至極最もな意見だ。この村の周辺を含めてもここまで大きな大改造をするのはこの村をおこした時以来ではなないだろうか。

 近くにいた農夫のおじさんやおばちゃんが何度か頷いている。

 村長は笑みを崩さないまま確かに、と続けた。

 

「確かにこの村の皆様だけでは秋祭りに間に合わせるどころか年をまたいでしまうかもしれません。そこで頼もしい助っ人その一にムラクモ組に依頼しました。この近隣の村の大工衆の中でも最も優れた技術を持つ彼らがいれば百人力でございましょう」

 

 一通り言い切ると今度はハンターが集まっている辺りを注目すると村人達の視線も自然と集まる。

 

「そして若い子の多くないこの村にはやはりハンター様の力が不可欠です。なので――」

 

 翔の家でしたようにもう一つの羊皮紙を取り出すと横に控えていたコノハとササユが大量の羊皮紙をハンター達に配り始める。

 

「緊急依頼でございます。内容は以下の通り。有り体に言えば力仕事を行ってもらいますわ。報酬はあまり多く出せませんが、報酬とは別に新しい温泉に一番に入っていただけるように工面いたしますわ。どうかご協力の程、よろしくお願いいたします」

 

 翔たちの手元には村長から直接手渡された依頼書がある。

 コノハ達から受け取っていくハンター達もしげしげとその内容を読んでいるようだ。

 その表情を伺う村長やコノハ達は少なからず不安げである。

 村人たちは村長に支持されたとおり、男衆は資材集めの準備、女衆は男性のサポートに回る為に炊き出しの準備にかかっている。

 中々動きの無いハンター達の一団をかき分け、翔と蘭雪はあらかじめ書き終えていた依頼書を提出する。

 

「村雨、黄の両名。この緊急依頼、請負います。世話になってる村の人達への恩返しと行こうじゃないか!」

 

 気持ち大きめに、威勢良く言ってみた。上ずっていたかもしれない。

 村長が事前にこの事を二人に伝えておいたのはサクラとしての意味合いがあったからだ。

 自分より若い世代の人間が義理人情に溢れるセリフを吐けばこうしちゃいられないとばかりに他の同業者たちを煽ってくれるのではないか、という作戦である。

 翔の下手な演技がバレる前に、と蘭雪も無理やり便乗する。

 

「そ、そうね。報酬の1番風呂ってやっぱり混浴なのかしらね。ラルクお姉さまの玉のような肌をじっくり堪能できるチャンスよね」

 

 蘭雪の言葉にハンターの一団はざわめく。

 

「(おいバカ、お前は混浴じゃなくても女同士なんだから関係ないだろ)」

 

「(あ、しまった……ってバカとは何よバカとは!表でなさいよ!)」

 

「(二人とも声が大きいにゃ。それにここはもう外にゃ)」

 

 わざとらしい演技にボロが出てしまってはいるが誰ひとりとして気にはしていない。

 そして意外な人物が一番に名乗りをあげた。

 

「村長、私も参加します。……商品みたいなのはシャクですけど」

 

 紛れもない本人。ラルクスギアの参戦にざわめきは増すばかりだ。

 

「(翔くん、蘭雪くん。私も村長から言われているが他に方法はなかったの?)」

 

「(お姉さまごめんなさい。もしもの時は……)」

 

「(もしもの時は?)」

 

「(翔が身代わりになるって言ってるんで大丈夫です)」

 

「(俺にそっちの趣味はないッ!)」

 

「(そう、なら大丈夫ね)」

 

「(え、いいんですか!? こんな感じですけどいいんですか!?)」

 

 内緒話がヒートアップしている頃、鼻息の荒いハンター達がコノハ達に詰め寄っていた。

 

 

 

 

 

「それでは皆様。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 深々と頭を垂れる村長の礼を合図にハンター達も分担に分かれた。

 

 まず、非戦闘員である村人は村の中での仕事がメインになる。

 男衆はハンターの運び入れる資材の加工や地盤の整備、既存の露天風呂の改修と有り体に言えば力仕事兼雑務、といった感じだ。

 対する女衆は男衆のサポートと炊き出しがメインになる。リノを含めた若い世代の何人かが男に混ざって地盤の整備を手伝っている。そして――――。

 

「なぁ機嫌直せよ。俺たちはハンターとして雇われたんだから仕方ないだろ?」

 

「知ってる。分かってる。でもさ、おかしくない!? 私はこれでも女よ? 紛う事なき乙女なの!」

 

「(本気(マジ)で助けてくれラルク姐さん……)」

 

――――ハンター組は渓流のど真ん中にいた。

 

 彼らが村長から受領した契約書にあったとおり、資材の運び込みが彼らの仕事となる。

 そこに男や女の差は無く。蘭雪もまたその一人として鶴嘴(ピッケル)を振りかぶり思いの丈を鉱脈の亀裂に叩き込んでいる。

 

「大体おかしいのよ! 私だって女よ! お姉さまの体にホイホイ引っかかる癖に私を見るなり鼻で笑って……ムカつくッ!」

 

「ああおい! ……またかよ、あんまり予備がないんだから丁寧に扱えよ、っと。あ、マカライト」

 

 彼女の心傷は大きいようで眼は潤みながらも鼻息荒く、思い切り打ち立てた鶴嘴(ピッケル)がまたもやダメになってしまった。

 事は出発前に遡る。ハンター組の分担を始める際に村長がラルクスギアには特別に統率を頼んだのだ。女性であるから、とかそういうことではなく全体を見る能力や統率力は現段階でユクモ村にいるハンターの郡を抜いているからとの事で周りのハンター達もうんうんと頷いていた。

 

「(そこで何で蘭雪を引き合いに出しちまうかな……)」

 

 この、くそ、と乙女の口から聞くには大変よろしくない悪態を吐きながら採掘を繰り返す蘭雪を背に深く長い溜息を吐いた。

 

「まぁまぁ。翔さんもなかなか蘭雪の機微がわかってきたようだにゃ。優しい言葉をかけてあげるのもまた|相棒(パートニャー)の務め。でも、敢えて|何(にゃに)もしにゃいのもまた愛情にゃ」

 

 後ろを振り向くと大量の【棒状の骨】を抱え込んでいるナデシコがいた。

 

「こちらはどうにでもなるとして、ラルクさんにヤマトを預けてしまったけど大丈夫かにゃ?」

 

 蘭雪と付き合いの長いナデシコにしてみれば一時の癇癪であることは分かっている。寧ろ一番の気がかりはラルクスギアの使いパシリにと残してきたヤマトの方だった。

 

「あぁアイツなら大丈夫さ。ラルク姐さんも働き者のヤマトを是非って言ってたしな。……だがな、褒めると伸びるけど。調子に乗っちゃうんだよな」

 

 

 

 

 

「ニャっくしょいッ!」

 

「あぁこらヤマト君。あまり調子に乗りすぎると……」

 

 例外(・・)として村に残り、村長のサポートとハンターの総指揮を担うラルクスギアは仮設本部での処理に追われていた。

 村長やギルドマスター、コノハとササユも事務仕事に従事しているが、この大規模プロジェクトの中でてんやわんやの状態である。

 ムラクモ組や他所のギルドに出した依頼書の処理もある。これからまだまだ仕事は増えるだろう。

 ラルクスギアはその前歴からすれば、やはり適材適所であった。

 

「まぁこう言うのは得意だし。みんなの力になれるのなら願ってもないことよね」

 

「ラルク姐さん。さっきの書類を村長に届けてきたニャ。次はこの書類でいいかニャ?」

 

 一括りにした書類を運ぶ、持ってくる等のパイプ役に抜擢されていたヤマトが戻ってきたようだ。

 

「ええ、お願い。やっぱり簡単なところからコツコツ積み上げればヤマト君はもっと伸びそうね」

 

「そんなに褒めても(ニャに)も出ニャいニャッ! ボクはこれを届けて来るニャッ!」

 

 ラルクスギアの言葉にニヤニヤしながら書類を担ぐヤマト。

 やはり褒めて伸ばすのが彼には一番合っているわね、と感慨に浸るのも束の間。

 何もないところでつまづいて書類を散らかすのはもはや予定調和の域であった。

 

 

 

 

 

 ところ変わって。

 鶴嘴(ピッケル)が切れるまでふるい続けた鉱脈にそろそろ別れを告げ、一行はベースキャンプまで戻ってきている。

 

「じゃあニャン次郎、頼んだぜ」

 

「了解ニャ。旦那(だんニャ)の鉱石類諸々は確かに預かったニャ」

 

 本名不明のさすらい猫。人呼んで転しニャン次郎のタル配便。こんな謳い文句を聞くようになったのは翔がハンターを始めた頃だったか。

 彼がギルドと契約する事でこれまでにないほど採取クエストが捗るようになったとリピーターの声は大きく。彼が開業していた頃の『メラルー何かに大切な物を預けられるわけがない』と言う声を、持ち前の商売精神で塗り替える事が出来たのだと言う。

 

「いやぁ~助かるよな。ニャン次郎達がいてくれると戻るまでの時間を短縮できて」

 

 別の場所(ポイント)で採掘をしていたハンター達が戻ってきたようだ。

 彼らが背に担いでいる鉱石の類もニャン次郎達に運んでもらうべくここに立ち寄った。

 村長の言っていた助っ人達の中には彼らタル配便のアイルー達も含まれる。

 何でも、作業の効率化を図るためにニャン次郎の他にも何名か腕利きの運び(にん)を呼んでおいてもらったらしい。

 

「今度はアタシが運んでやるニャン。さっさと寄こすニャン」

 

 ナデシコ達と同じアイルー族の子が身の丈程の大樽をポンポンと叩いて急かす。

 呆気に取られていた男もいそいそと樽に鉱石を詰める。

 

「ふむ、こんなものかニャン。それじゃ“大樽のスミレ”確かに承ったニャン」

 

 どうやら彼ら一人一人に通り名めいたものがあるらしい。

 

 

 

 

 

 そして。

 夕焼けが辺りを鮮やかなオレンジ一色に染め上げ、気温も大分マシになった頃。

 ラルクスギアの連絡係として一日頑張ったヤマトが最後の仕事とばかりに吹き鳴らす連絡用の角笛を合図に一日目の仕事は終了となった。

 

「いやぁ、長かったわね。腕も足もパンパン。ねぇ翔。後でマッサージしてよ」

 

「ん? あぁ、別にいいけど……今日はしてもらいたい気分だなぁ」

 

「ボクがマッサージしてあげるニャ! ご主人秘伝のマッサージをボクなりに」

 

「ささ、まずはお風呂にゃ」

 

「ボクだけまたこんな扱い……」

 

 コキコキと首を鳴らしながら村雨家への家路につく翔達。

 一日の汗と疲れを癒すにはもってこいの露天風呂も今日からは少しお預けなので内風呂で我慢するしかない。

 

「なんか活気づいてきたな」

 

「そう?」

 

「うん。蘭雪が来る前まではなんとなくのどかで時間が止まってるみたいな緩やかな感じだった」

 

 そんなもんかしらね、と村雨家の入口から麓までを見下ろす。

 特徴的な朱い正門からすぐのところに整地された大きな土地。昼間のうちに村の男衆とハンターが何人かが地ならしをしていたのを見かけた。

 その近くの仮設配給所では女衆の手料理が振舞われ汗まみれの男たちがにこにこしながらそれを頬張っている。

 

「これからもっと賑やかになるんだろうな」

 

 翔はその光景に満足気な表情を浮かべながら自宅へと入り他の一行もそれに続く。

 

 ユクモ村を拡大するこの一大プロジェクトは始まったばかりだ。




大分日数が空いてしまいました。

こんばんは。獅子乃であります。
日数なども含めると読者さんと久々にお会いするように感じますが、前話、前々話と自分が筆を入れている部分があったのでそうでもなかったり。
獅子乃の文章はしつこいですからね。案外気づいていた方もいたりして(汗)

さてさて。内容に関しては……。
大幅な改築が予定されているみたいですね。うむ。村おこしですか。
獅子乃の担当話はあくまで冒頭ですからこれからどうなっていくのかはお楽しみです。
途中途中にオリジナルっぽい要素も増えていきますがなるべく自然になるようにメンバーで話し合いを重ねていますので苦手な方も大丈夫かな。うん。

さて、次回はザクロさんが担当ですね。
って言った時に自分の次がザクロさんだったこと無いような気がする・・・。

まぁご安心を。今回は珍しくストック出来たのでこの章に限っては週1でお送りいたします。

それでは長々と書いても仕方ないので個人的な事はまた感想欄にて。
次にお会いできるのはいつでしょうか。それでは!( ̄ー ̄)ノシ


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第17話 (著:サザンクロス)

さて。現在、ユクモ村では村長から出された緊急クエスト、温泉街大拡張基礎工事で村人や湯治にやって来ていたハンターがえっちらおっちら働いている。村人は勿論、屈強なハンターも複数人参加しているので作業はかなりスムーズに進んでいた。狩猟で例えるなら、ターゲットの体にちらほらと傷が出来始めるくらいだろうか。

 

 温泉街大拡張基礎工事が目に見える形にまで進んだ頃、村長からこんなお触れが出た。

 

『皆様、お疲れ様です。作業もある程度進んだことですし、今日は休息日ということに致しましょう』

 

 とのことだ。そんな訳で皆、思い思いに散って行った。ある者は温泉に浸かりに、ある者は酒を飲んだり、ある者は昼寝をしていたり。そんな中、翔達は、

 

「水浴びに来たのは俺達だけか?」

 

 村の近くにある川へと遊びに来ていた。この川は狩猟場となっている渓流に流れている者とは別物だ。なので、モンスターの死骸が流れてきたり、川が血に染まって真っ赤になるなんてスプラッターでホラーなことは起こらない。水も綺麗で、魚もそれなりに泳いでいる。水遊びにも釣りにも使えるものだ。ちなみに今、この川に遊びに来ているのは翔と蘭雪、二人の愉快なオトモ×二。そしてラルクスギアの計五人(?)だけである。

 

「ご主人、ここにいるのは僕達だけですかにゃ?」

 

 そうみたいだな、と翔は背後に立つ、アイルーサイズの銛(お手製)を担いだヤマトを振り返った。水遊びをしに来たのだから、当然二人とも相応の格好をしている。翔は上半身裸、下はトランクス型の海水パンツというポピュラーな出で立ちだ。一方のヤマトは、当たり前だが裸である。

 

「ま、人もいないし、のんびり出来そうだな」

 

 川の幅はそれなりにある。加えて、深さも蘭雪の胸元くらいまでありそうだ。しかし、流れ自体はかなり穏やかなので、溺れたりするようなことにはならないだろう。

 

「あら。私達だけしかいませんか?」

 

 背後から聞こえてきた涼やかな声に振り返る翔。そして、声の主の姿を見て彫像のように固まった。

 

「やはり皆、男だしお酒のほうがいいのかしら……あら、どうしたの、翔くん?」

 

 声の主、ラルクスギアは動かなくなった翔を見て首を傾げた。脇に竹で出来たチェアーを抱え、反対の手には数冊の本が風呂敷に包まれていた。問題は彼女の着ている水着だ。

 

 所謂、ビキニと呼ばれる水着だ。体を覆う布面積はかなり小さい。加えて、ラルクスギアは十人中十人の男が視線で追うほどの美人であり、グラマーな女性だ。その光景は青少年である翔にとって些か、いや、相当に刺激的だった。

 

「……」

 

「翔くん?」

 

「……はっ! いや、別に何でもないですよラルク姉さん。えぇ、本当に」

 

 再度、ラルクスギアに名を呼ばれ、翔は慌ててラルクスギアから顔ごと視線を外した。そうでもしなければガン見してしまう。しかし、顔を明後日の方向に向けて尚、視線はラルクスギアの方へと動こうとしていた。片手で両目を覆い隠すも、男の本能が指と指の間をこじ開けようとする。

 

(くっ、静まれ俺の右手……)

 

 己の中で自分自身と苛烈な戦いを繰り広げる翔。そんな彼をヤマトとラルクスギアは不思議そうに眺めていた。

 

(駄目だ……これ以上はもう……!)

 

 奮戦虚しく、翔が己に負けかけたその時、

 

「何やってんのよあんた……」

 

 呆れ返った風の第三者の声が翔をはっとさせる。声をかけたのは翔の相棒、蘭雪だった。傍らにはオトモのナデシコが付き添っている。蘭雪もラルクスギア同様にビキニタイプの水着を着ていたが、彼女に比べると布面積は大きい。それに蘭雪は……凄く控えめに言ってもラルクスギアに見劣りするので(どこがとは言わないが)、彼女の水着姿は翔を落ち着かせるには十分だった。

 

「……」

 

「どうしたにゃ、蘭雪?」

 

 無言で空を睨み始めた蘭雪にナデシコが怪訝そうに訊ねる。

 

「いや。何か物凄く失礼なことを言われたような気がしたから」

 

 対して、蘭雪は視線を翔へと戻した。それからラルクスギアへと移し、成るほどと納得する。そして翔に向かって一言。

 

「このムッツリスケベ」

 

「なっ! 違う、違うぞ!! 俺はムッツリスケベなんかじゃない!!」

 

 激しく動揺しながらも、翔は首を振って否定する。しかし、蘭雪の目は冷ややかなままだった。

 

「お姉さまの水着姿に見惚れて、それを隠そうとしてる時点でムッツリ確定よ」

 

 蘭雪の言葉に翔の不審な行動に疑問を抱いていたラルクスギアも納得の表情を浮かべる。

 

「そういうことですか。翔くん。別に見るなとは言わないわ。でも、そういうのは女性が不快にならない程度に抑えなさい」

 

 ラルクスギアの言葉が止めとなり、翔はその場にがっくりと膝を突いた。

 

「違う、違うんだ。俺はムッツリ何かじゃないんだ……」

 

 ぶつぶつと呟き続ける翔の横でヤマトがぼそりと囁いた。

 

「ご主人はムッツリ……」

 

 その一言を翔は聞き逃さなかった。ヤマトが反応する暇も与えない、迅雷の如き動きで翔はヤマトを両手で掴んだ。そして躊躇うことなくヤマトを頭上へと持ち上げ、

 

「誰がムッツリだこのバカ猫ぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

「ぎにゃあああああああああああああああ!!!!!」

 

 天高く放り投げた。綺麗な放物線を描くヤマト。落下していく先には川が待ち受けている。

 

「にゃっ! にゃっ! にゃっにゃあっ!!」

 

 必死に空中で体を動かすも、努力虚しくそのまま川へと落ち、綺麗な水柱を立ち上げた。

 

「翔くんがあの強肩を狩場で発揮してくれたら、石ころでも結構なダメージになるでしょうね」

 

 と、ラルクスギアは水遊びの後、市に語った。

 

 

 

 

「私はここで本を読んでるけど、皆はどうする?」

 

 竹のチェアーを広げながらラルクスギアは翔達に今後の予定を問うた。

 

「私はナデシコと一緒に泳いできます」

 

「そうしますにゃ」

 

「俺とヤマトは魚を獲ってみようかなって」

 

「百匹は獲ってやるにゃ!」

 

 勇ましくヤマトは銛(お手製)を突き出す。皆に凄く生暖かい目で見られていることは内緒だ。

 

「私の目の届かないところには行かないように。それと、危ないと思ったこともしないように」

 

 いいわね、と念を押すラルクスギアに元気良く返事をする二人と二匹。思い思いに川へと向かっていく四人の後ろ姿を見るラルクスギアの気分は保護者のそれだった。

 

(……って、そこは保護者じゃなくてお姉さんでしょ!)

 

 と、チェアーに腰を下ろしながら胸中に湧き上がってきた感情に突っ込みを入れる。そもそも、彼女は保護者という年ではない。仮に息子や娘がいたとしても、翔達ほど大きいなんてことは絶対にない。それにラルクスギアには彼氏がいない。彼氏がいない。非常に大事なことなので二回言いました。

 

「彼氏かぁ……」

 

 小さくため息を吐きながらちらっと川のほうを見やる。そこには偶々、ヤマトと魚を獲る位置を話し合う翔の姿があった。その後ろ姿に視線を送りながらラルクスギアは小さく呟く。

 

「……悪く無いかも」

 

 狩場に立つ自分と翔の姿を想像し、そんなことを呟いていた。しかし、彼女はすぐに自分自身の言葉を心の中で否定する。現状、翔とラルクスギアではハンターとしても人間としても釣り合いが取れていない。そして何より、

 

「蘭雪がいるしね」

 

 でもまぁ、そんな未来もあるのかも知れないし、なったらなったで悪くない、と思うラルクスギアだった。

 

 

 

 

「ぷは!」

 

 水面から勢い良く顔を出しながら蘭雪は大きく息を吐き出した。彼女に続き、ナデシコが川の中から頭

を出す。二人で川の中を泳いでいる真っ最中だった。

 

「前から思ってたけど、本当に綺麗ねこの川の水。普通に飲めちゃいそう」

 

「でも、飲んだらお腹壊しちゃうにゃ」

 

 流石にいきなり飲んだりしないわよ、と苦笑いを浮かべながら蘭雪は再び川の中へと身を沈める。川の透明度はかなりのもので、遥か先まで見えるほどだった。

 

 不意に水中を泳ぐ蘭雪の真横を小さな何かがかなりの速さで通り過ぎた。反射的に目で追ってみると、それが魚だということが分かる。色合いから見て、サシミウオあたりだろう。蘭雪がサシミウオが泳いできた方向を見ると、そこには腰まで川に浸かった翔の脚が見えた。魚が近づいてくるのを待っているらしく、微動だにしない。

 

「……!」

 

 と、ここで何か思いついたのか、蘭雪の目が輝く。そして息を吸いに水面まで戻ると、また川の中へと潜っていき、川底にある石をひっくり返して何かを探し始めた。

 

(絶対に碌なこと考えてないにゃ……)

 

 川の流れに身を任せながら、ナデシコは主の始めた奇行にため息を吐くのだった。

 

 

 一方、翔とヤマトの主従は各々の方法で魚を獲ろうとしていた。翔は腰まで川に浸かりながら手掴みで、ヤマトは川の中央辺りにある岩の上から銛(お手製)を構えて獲物に狙いを定めている。

 

「それっ!」

 

「にゃにゃ!」

 

 今のところ成果は二人とも無いが。ヤマトに至っては勢い余って岩の上から転げ落ちたりしている。翔の方は時々、魚に手が触れたりとおしいところまでいっているのだが、それだけだ。獲るには至らない。何十回目かのトライが失敗し、翔は大きくため息を吐いた。

 

「また駄目か。やっぱり、素手で獲るのは無理があるか……いやいや、まだまだもう一回!」

 

 失敗に挫けず、再び構える翔。神経を研ぎ澄ませ、川の中にいる魚を凝視する。集中する彼の後ろに水中から忍び寄る影。BGMにはあの某鮫のものがピッタリだろう……ここは海じゃなくて川だが。

 

(まだだ……まだだ……)

 

 そんなことは露知らず、翔は丁度目の前の水面にやって来た魚に全神経を集中させていた。翔のことを大きな障害物としか認識していないサシミウオ。ゆっくりと、徐々に近づいてくる。

 

(まだ……もう少し……今!)

 

 今まさに、水面を貫くようにしてサシミウオを獲ろうとしたその時、翔の足に激痛が走る。

 

「いでぇぇぇぇぇっっっ!!!」

 

「にゃ!?」

 

 翔の絶叫に驚き、ヤマトはまた岩の上から滑り落ちた。そんな中、ラルクスギアは本から視線を外すことは無かった。凄まじい集中力だ。

 

「な、何だぁ!?」

 

 足元を手探りし、激痛の源を探す。そして彼が掴んだのは

 

「カニ?」

 

 不機嫌そうに鋏を動かすカニだった。そこまで大きなものではないが、その鋏がもたらす痛みは中々のものだった。

 

「あはは。翔ってば絶対私に気づいてないわね」

 

「……やっぱり碌なことじゃなかったにゃ」

 

 水面から頭だけを覗かせころころと笑う蘭雪の横で、彼女と同じように頭だけ水面から出したナデシコ

が嘆息する。蘭雪のやったことは至極簡単なことで、川底からカニを見つけて翔の足元に気づかれないように置いただけだ。その結果、カニは翔の足を挟んだのだ。

 

「うふふ。さぁて、もう一回くらいやってやろうかしら」

 

「蘭雪。流石に二回もうまくいくとは限らな、人の話は聞いて欲しいにゃ」

 

 小悪魔風の笑みを浮かべながら川底にカニを探しに行った蘭雪をナデシコは慌てて追いかける。

 

「こんの野郎。折角、いい感じだったのに……ラルク姉さん。何か、魚を獲るいい方法ってないです

か?」

 

 憎憎しげに見ていたカニを放り投げながら翔はラルクスギアへと視線を向けた。翔の問いにラルクスギアはそうね、と思案顔になる。数秒後、黙考していたラルクスギアの口からある漁法の名が出てくる。

 

「石打漁法、なんてどう?」

 

「石打漁法?」

 

「えぇ、ガチンコ漁と呼ばれたりもするわね」

 

 方法は簡単。川にある岩に石を叩きつける、それだけだ。岩と石がぶつかり合った衝撃波で魚が気絶し、水面に浮かび上がってくるのだ。

 

「おぉ、そんな方法があったのかにゃ!」

 

 ラルクスギアから話を聞いたヤマトは早速銛(お手製)を放り投げ、手ごろな石を探し始めた。翔はへぇ~、と感心したように頷いている。

 

「そんな方法があったのか。でも、それって危なくないんですか?」

 

「そうねぇ。危ないといえば危ないかしら。川の中にいる生き物全部に不必要なストレスを与えることになる訳だし、教えておいてなんだけど止めておいたほうがい「ふんにゃあ!!」……遅かったわね」

 

 ガァン! と岩と石がぶつかり合う凄まじい音が周囲に響いた。翔とラルクスギアが音がした方を見る。そこにはドヤ顔で岩の上に立つヤマトと、彼が岩に叩きつけただろう石が転がっていた。

 

 ラルクスギアの教えた石打漁法は確かに成功したようだ。その証拠にヤマトが立っている岩の周りにそれなりの数の魚が浮かんでいた。更に言うなら、少し離れたところでも何かが水面に浮かんでいる……魚というには些か大きすぎるが。

 

「「「……」」」

 

 三人がそれが蘭雪とナデシコだと気づくのに数秒。二人を救出するのにはその数倍の時間を要した。

 

 

「うふふふふ。ちゃんと食べれるようにしっかり焼いておかないとね……ナデシコ、もっと薪をくべて」

 

「了解にゃ。どんどん燃やすにゃよ~」

 

 蘭雪の指示に従い、ナデシコは両腕に抱えた薪を焚き火の中へと放り込む。新たな燃料を与えられた焚き火は勢いを増し、煙を天へと昇らせていく。焚き火の周りには木の枝に刺された魚が置いてあり、美味しそうな匂いを立ち上らせていた。そして焚き火の上には、

 

「ごめんにゃさい悪気は無かったんだにゃだから許して欲しいにゃああああ!!!!」

 

 雁字搦めに縛り上げられたヤマトが吊るし上げられていた。必死に身を捩じらせて縄から逃れようとしているが、縛りはどんどん酷くなっていくだけだった。しかも、焚き火から放たれる熱気と煙がもろに直撃しており、涙と鼻水が滝のように流れ出している。その名状し難い光景を翔とラルクスギアは少し離れた所で見ていた。

 

「びょひゅびん、びゃびゅべへ(訳、ご主人、助けて)!!!!」

 

「って言ってますけど」

 

 ヤマトの救助を求める声にラルクスギアは隣の翔を見る。対して、翔は困ったように頭を掻いた。

 

「助けた方がいいとは思うんだけど……正直、あんなどす黒い何かを放ってる蘭雪とナデシコを止められるとは思えないんですよね」

 

 それもそうね、と翔の言葉に頷きながらラルクスギアは焚き火にせっせと薪をくべる二人を見る。

 

「うふふふふ……」

 

「にゃふふふ……」

 

「触らぬ神に祟りなし、ね」

 

 二人は揃ってヤマトに向けて合掌。

 

「びにゃああああああああああ………」

 

 ヤマトの叫び声がユクモ村周辺に響いていった……。




ども、こんばんわ、サザンクロスでっす。モンハン4が発売されて結構経ちましたが、皆様どうでしょうか? 自分はHRが75まで上がりました。ちなみに使ってる武器は操虫棍です。

さて、こうやって無事に投稿できましたが……短いな、俺の話……獅子乃さんたちは一万文字とか書いてるのに。あ、手を抜いた訳ではないのであしからず。

次は……キノンさんだ。うん、間違い無い筈。今回は息抜き会でしたが、次回はどうなるのか、お楽しみに。では。


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第18話 (著:五之瀬キノン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大規模村おこしが始まってから早数日が過ぎた。

 可もなく不可もなく順調に作業が進み、残りの作業工程は半分程度といったところか。

 

 本日は快晴なり。

 午前中に河川工事の手伝いを行い、現在は正午を回った時間帯。

 村長からのお呼び出しで翔と蘭雪は村の温泉集会場に顔を出していた。

 

「おーっす、村長ー。翔と蘭雪ただ今やってまいりましたぁ」

 

 暖簾(のれん)(くぐ)って見るといつもの風景――ではなく、木材や作業台が無造作に並べられた空間となっていた。いつもならこんな事はないのだが生憎村全体を巻き込んでの改修工事真っ最中である。自慢の露天風呂も現在はお湯が抜かれて拡張工事の場となっていた。

 村長こと久御門 市は番台アイルーのロゥルと談笑に洒落込んでいたようで、入ってきた二人に気づいた彼女は小さく手を振って手招きをした。

 

「お二人共、お疲れ様でございます」

「村長も、指示お疲れ様です。それで、呼び出しの内容なんですけど……」

「ああ、はい。そうでしたね。お二人にはユクモ村のハンターとして一つお仕事の方を頼みたいのです。と言っても、お仕事というよりはただの案内、でしょうか」

 

 案内? と首を傾げる二人に市は「はい」と小さく頷く。

 

一昨日(おととい)、ハンターズギルドのロックラック支部から書簡が届きました。簡単に内容を説明しますと、本日の午後にお一人、ギルドからの指示でハンターがご出向されます。夕方にご到着の予定と聞いておりますので、あなた方にはその方の案内をお任せしたいのです」

「ギルドの指示って……もしかして、狩猟関係っすかね?」

「はい。なんでも数日かけて『渓流』の方を調査をしたい、とのことでして。村専属のハンターがいらっしゃれば是非案内につけてほしいとのことです」

 

 無論、報酬は微々たるものですがお付けいたしますよ、全てはギルド持ちですがね、と市は笑いながら最後に締めくくった。

 

「翔、これから何か予定とかあったっけ?」

「んー……一応農場に行く予定はあるけど、長時間居座るわけでもねぇし。俺は依頼受けても大丈夫だけど」

「私は特には。ってな訳で、村長。私と翔で依頼の方受けさせてもらいます」

「ホホホ、あなた方ならそう言ってもらえると思ってました」

 

 コロコロと笑みをこぼす村長を見て、二人は思わず顔を見合わせたのだった。

 

((……何か変なことしたっけ……?))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 カタカタガタガタとガーグァタクシーに揺られて幾ばくか。午前から乗り続けているが、荷台の藁は思った以上に良い仕事をしてくれているようで腰が痛くなるようなことはない。

 朝の霜焼けに感嘆をもらし、砂漠都市ロックラックでは拝むことは出来ない自然の装いを眺める。

 

「いやはや、こんな旅も悪くないねぇ」

 

 快晴の青空と生い茂る木々の織り成す色彩に癒され上機嫌なレイナード・コルチカムは頬を緩ませた。

 朝日も登らぬうちから隣村を出て少々気分的に「朝早くから面倒くさい」と感じていたが、今ではそんな気持ちもすっかりなりを潜めていた。

 

「あとどれくらいで着くかな?」

「そうですにゃあ。このまま(にゃに)(にゃ)ければ一山超えるだけですにゃ。夕方の早い時間帯にゃあ到着ですにゃ」

 

 手綱を握るダークブルーの毛並みのアイルーはその小さな手で前方の小高い山を指差した。どうやら山道を蛇行して登り、反対側を下ったすぐの中腹に目的地の村はあるらしい。長いのか短いのか、遠出の経験が――それも、都市部から離れた辺境の地への遠征など数度しかないレイナードに距離感は測れなかった。

 ――――しかしまぁそれでも、この旅路がもうしばらく続いても良いのかもしれない。そう感じた。

 

「そう言えばハンターさん。貴方(あにゃた)の様な珍しい格好の人は初めて見るのにゃ。どこか違う地方からの放浪さんですかにゃ?」

「ん? あぁ、そうだね。確かに、こんな装備はこっちにはないかもね」

 

 そう言って真っ赤な甲殻種の素材をふんだんに使い込んだ防具を見下ろす。

 拠点をこちらに移す前からずっと使い続け、今でも世話になっているザザミシリーズだ。現在は旧大陸でのみ生息が確認されている盾蟹と呼ばれるダイミョウサザミの素材を使った防具である。

 

新大陸(こっち)に移るときに一緒に持ってきたんだ。幼い頃から着けてたもんだから愛着があってね。仕方なくというかやっぱりというか」

「にゃるほどにゃあ。ハンターさんは防具が命ですからにゃ。大切な物をしっかり手元に置きたいのはよくわかりますにゃ」

「お、そう言ってくれるかい? 嬉しいね。相棒がガサツなもんだから古っちいのは捨てちまえっ、なんて言うから参ってたんだ」

 

 これ作るのにスゴい苦労したんだよ、とレイナードは語る。

 

 

 

 彼は自分自身が特別何かを持っていると思ったことはない。大きな得物を振り回せるような腕力はないし、風のように走る脚もないし、鋭い第六感を備えている訳でもない。自分には何もないんじゃないかとショックを受けたことだってあった。両親は、彼の真逆を行く凄腕ハンターだったからだ。

 実は、ソロでの狩猟をレイナードが成功させることは滅多に無かった。それが尚更悔しかった時期がある。ソロですら力を発揮できない自分には、本当に何もないのではないかと塞ぎ込みそうになるくらいに。

 

 そんな時だったか。

 武者修行と称してひたすら力をつけてやろうと躍起になっては小さな失敗を繰り返していた頃である。

 たまたまクエストに誘われた。よくあることである。別段珍しいことではなく、四人パーティの残り一枠を戦力強化のために補うのは普通のことだ。

 特に断る理由が無かったレイナードは参加したが、なんとなく、出発してからは断っておけば良かったと思った。ぽっと出の駆け出しハンターがパーティの足を引っ張ってしまっては気分が悪い。そんな考えばかりを起こしてしまっていた。

 

『なーにくよくよしてんだ』

『?』

『そんな弱気じゃ食われちまうぜっ。悲しい匂いがするんだよ』

『悲しい匂いって、そりゃまた無茶苦茶な……』

 

 一体どんな匂いがすると言うんだ、と思わず心の中で突っ込んでいた。

 

『とにかくするんだよっ。いいかッ、パーティで狩りをする以上は連携が第一だっ。周りをよく見て、()()()()()()()()で、全力で仕事をするッ。弱点を全員で補うのがハンターだからなッ。期待してるぞ、コチカルッ』

 

 感銘を受けた。

 今まで自分がしてきた行動が、どんなものだったのか。自分が一体何を目指し、何に目を向けてきたのか。初めてそれがわかった気がした。

 

 その日、狩猟は大成功の評価に終わった。パーティのメンバーは口々にレイナードに感謝を述べ、褒め称えてくれたのだ。

 

『スゴいなコチカルッ。お前は良い仕事ばかりするんだなッ!!』

『何も、してないさ。出来るだけのことをしただけで、何か特別なことをした訳じゃない。主力の君が頑張ったからでしょ』

『それでもコチカルがいたらこそここまで出来たんだ、感謝しているぞッ』

『……ん、ああ、うん……感謝されとく』

『でだ、コチカルッ。これから一緒に組んでやっていかないか?』

『? 組む? 何を? 組手? そんな、勝負は目に見えてるじゃないか』

『馬鹿かお前は。相棒(パートナー)だよ。丁度、コチカルみたいな人を捜してたんだ。どうだ、やってみないか?』

 

 そう言えば、あの日の彼女は偉く上機嫌だった。そんなに良い人材でも見つけたとでも言うのか。

 

『……迷惑だろ?』

『どこが? あ、住む場所か? 大丈夫だ、団長なら何とかしてくれる!!』

『いや、そうじゃなくてだな……。こんな何の特技もない人なんか、いてもいなくても変わらないだろって話』

 

 その日、レイナードは偉く饒舌になっていた。自覚できない程に気分が良かったのだ。

 

『そんな訳あるかっ。取り敢えず、次行く時も一緒に行くぞッ。お前はこういう時だけ良い匂いがするからな』

『……っ、ああもう、わかった、わかった、理解した。行くよ、一緒に行けば良いんだろ?』

 

 思えばこれが、新しい彼の始まりだったのかもしれない。

 

『よぉし、じゃあコチカルは獅子座入団決定!! これからよろしくなッ!!』

 

 ニッ、と笑い手を差し出す彼女は、一体何を思ったのか。

 しかし、レイナードはその話に乗った。乗りたくなったのだった。

 

『……よろしく。あと、僕の名前はレイナード・コルチカムだから。決してコチカルなんて珍妙なモノじゃないからね』

 

 

 

 

 

「――――とまぁ語るにも涙な展開があってだね。まぁ色々周りを生かすために努力した証なのさ、この防具は」

「涙にゃのかどうにゃのかは置いときまして、にゃかにゃか良き話ですにゃー」

「意外と毒舌なんだね、君は」

「褒めにゃいでにゃ」

「照れんなし」

 

 ふとそんな話で笑みがこぼれる。懐しい話だ。

 

「にゃあ、しかし旧大陸のハンターさんかにゃ。さぞかし長旅でしたでしょうにゃ」

「そりゃあね。船酔いしかけたもんだから苦行と大して変わりなかったよ」

「よく聞く話ですにゃ」

 

 近年、ミナガルデやシュレイド地方との交流が盛んになり始めたこの時期、新大陸を求めて、ということで移住をしたり拠点を移してくるハンターが急増していた。

 

「人が増えることは良きことですにゃ。人と人とが(つにゃ)がり、交流の輪が広がって、また更に人が(つにゃ)がる。商売も交易も盛んににゃれば、経済は潤いますにゃ」

「確かに。こちらの地方でしかお目にかかれない素材なんかは旧大陸でも需要がありそうだしね」

「お客がいてこその職業ですからにゃ。これから行く村も、あっしにとってみれば良い商い場ですにゃ」

「ユクモ村、と言ったね。確か温泉が自慢の所だとか」

「ですにゃあ。あこの露天は最高にゃ。溜まった疲れもすっかりなくなってしまうにゃ。……そんなこと言ってる内に、見えてきましたにゃ」

 

 山を登りきった山頂。その眼下に村の姿があった。

 レイナードが初めて見る装いの村だ。これを“和”と言うのだったか?

 

「さて、お客さんを待たせるのはいけませんにゃ。下り道は早足で参りますにゃ」

「お願いするよ。安全運転で、ね」

「承りましたにゃあ」

 

 ガタゴトと不規則に揺れる台車がガーグァの鳴き声と共に坂道を下る。目的地まで、あと少しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はちみつ箱の拡張に桟橋追加……これで完成か、セバスチャン?」

「お仕事ご苦労様ですニャ。これで本日の作業全て終了でございますニャ」

 

 手元の書類を確認して労いの言葉をかける農業管轄のセバスチャン。

 終わった終わった、と額に滲む汗を吹いて翔は大きく背伸びをしつつ息を吐いた。

 

「しかし、だいぶサマになってきたな」

皆様(みにゃさま)の協力のおかげですニャ。日々進化していく農場を(にゃが)めるのは良きこと良きこと、でございますニャ」

「いやぁ、ホント、自分の村が発展するってのは良いことだよなっ」

 

 うんうんと親分気取りで満足げに頷く翔を、セバスチャンは苦笑の表情で見上げた。それでも確かに、胸の中に生まれる喜びは偽りではないが故に嬉しいものだ。

 

「かーけーるーっ」

 

「翔様、蘭雪様がお呼びでございますニャ」

「おう、聞こえてる」

 

 今行くーッ、と声を上げ「んじゃ、またな」とセバスチャンと別れて、翔は高台の農場出入り口で手を振る蘭雪の下に駆け寄った。

 

「そろそろ時間でしょ。はい、手ぬぐい(これ)。汗かいてるだろうから、家に行くまでに軽く拭いときなさいよ」

 

 お客様に恥ずかしい格好見せるわけにもいかないでしょ、と蘭雪は滝の水で濡れた冷たい手ぬぐいを顔に押し付けた。

 

「ぉぉぉ……、つめて、気持ち良い。サンキューな」

「べ、別に、アンタのためじゃなくてだらしない格好を直すためよ。ほら、わかったらさっさと着替えてくるっ!!」

 

 ぐいぐいと翔の背中を押す。別に彼の顔を見て赤くなった顔を背中に回って隠すためだとかそういうのじゃない。断じて、決して。そうでないと、困る。

 

「や、やけに気合入ってんな……」

 

 一方何もわかってない翔は冷えた手ぬぐいに癒されつつ困惑した表情でされるがままに農場を後にしたのだった。

 

 

 

「ニャー。しかし、相変わらず進展たるものは特ににゃさげでございますニャ、ナデシコ様」

「にゃにゃ。気付いてましたかにゃ」

「農業管轄長セバスチャン、我が庭にゃらば誰が来ようと全てお見通しでありますニャ」

「そんにゃ貴方(あにゃた)も、この先はわからないかにゃ?」

「これは難しいですニャぁ。だからこその楽しみ、ということでしょうニャ?」

「全く、その通りですにゃあ」

 

 ハンター二人の知らざるところでは、今尚話題のネタはそれである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 二匹が話にのめり込んでいるその頃。

 自宅にて身支度を整えた翔と準備の間暇を持て余し部屋内を勝手に物色した蘭雪はどんな人が来るのかを想像しつつ村の正門横に座って待機していた。

 

「どんな人だろうな……」

「誰でも良いじゃない。何か希望でもあるの?」

 

 もしかしてコイツは美人の女でも期待しているのかしら、とジト目で睨む蘭雪に「いや、」と翔は気圧され気味に答える。

 

「取り敢えず話のわかる奴っつうか、素っ気ない奴じゃなきゃいいなぁ、と……」

「懐かれたい? 女に?」

「女にって……、やっぱ狩場の案内だろ? 大型モンスターは確認されてないからそんな心配ないだろうけど、それでも狩場だ。連携は必要だからな。まぁ蘭雪がいれば何とでもなる気がするけど」

「へ!? わ、わたっ……」

 

 思いがけない期待エールに思わず頬が紅潮する。無意識に翔の耳に手を伸ばしかけ、すんでのところで何とか止まった。

 

「まぁでも、流石にお前や雲雀を超える大雑把な人はそうそう居ないだろうな」

「オーケー、歯ぁ食いしばれ」

「あごぉぁッ!?」

 

 腕を止めずにそのまま耳に指を突っ込んでおけば良かった。

 全力のアイアンクローをかました蘭雪に罪はない。

 

「すんまへん勘弁ッ!! 締まる!! 骨ッ!! 中身出ちゃうぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

 ミシミシと音を立てる骨。傍から見れば翔が宙に浮きかけているように見えなくもない。流石はハンターの腕力。

 

「発言は撤回しますッ、蘭雪様はとても清潔で綺麗な人ですッ!!」

「言えるじゃない、この変態」

 

 ポイッ、とまるでゴミを捨てるかのように翔を道に放り出した。その上にたまたま通りかかったガーグァタクシーが乗り上げ、翔が「ぐえっ」と(ガーグァのような)情けない悲鳴を上げた。

 

「にゃ? (にゃに)か踏んだかにゃ?」

「踏んでます、思っくそ踏んでます。事故ですよ事故。いや事件」

 

 幸い、翔の上に乗ったのはガーグァの片足だけだったようで特に問題はない。別の意味で色々な問題はあるが。

 

「えーっと、そこの二人が今回のお迎えさんで大丈夫かい?」

 

 そんなやり取りを冷めた目で流し見していた蘭雪にタクシーの上から声がかかった。

 (わら)の山を椅子替わりに座ってこちらに片手を上げたのは、赤い装備を身にまとったブロンドの爽やかな青年だ。装備は……こちらでは見たことがない。蘭雪にはそれが何か硬い殻のような物で作られているように見えた。

 

「あ、はい。案内役の黄 蘭雪です。で、そこで伸びてるのも一応……翔っ、早く起きなさいっ」

「えっ、ちょっと、右の脇腹が色々大変なことになって倒れそう……」

「じゃあ反対側殴ればしっかり立てるのね」

「ユクモ村専属ハンターの村雨 翔ですッ!! 以後よろしくオナシャス!! 押忍ッ!!」

「あ、うん……。僕はレイナード・コルチカムだ。こんなナリだけど腕にはまぁまぁ自信はあるから、これからよろしく頼むよ」

 

 予想以上に個性的なハンター達らしい。年下の二人を見た青年――レイナードは、これはまたこれで良いメンバーなのかもしれないと思った。

 

 これはある意味で、相棒に対する諦めに近い形であることを、本人はまだ自覚していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイナード・コルチカム様、でございましたね。遠路はるばるご苦労様でございます」

「あぁ、いえ。こちらも急に押しかけてしまい申し訳ありません。ここ以外に『渓流』に近い拠点が無かったものでして」

「ホホホ、致し方ありあせんわ。人が集まれば活気はよくなりますもの。少々騒がしい時期で申し訳ございませんが、どうぞごゆるりと」

「はい、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 一通り村長と今後の予定などを話し合い、レイナードは一息ついた。前々からユクモ村の村長の噂は僅かに耳していたが予想以上に良い人柄の人だった。それでいて何かを思う素振りを全く見せない完璧超人でもある。おまけに美人。これでは非の打ち所のない人だ。

 東洋系の人物は多く見てきたがあんなに色気のある女性というのは記憶の中にもいなかった。改めて思うのは、温泉スゴいということである。

 

 

 

 打ち合わせを終えたレイナードは案内約二人に連れられハンターに貸し出される居室に来ていた。

 専ら話の内容はこの村のことやお互いの情報交換である。

 

「村雨君と黄君は昔からコンビで狩りをしていたのかい?」

「あぁ、いや。元々は俺一人でユクモ村のハンターしてました。途中から蘭雪が加わったって感じで。いやぁ、あの時は死にかけましたよ」

「翔、変なこと言うとその窓際から落とすから」

「死にたくないんでこれ以上はノーコメントにします」

 

 主に奇跡的体験(ラッキースケベ)のことである。

 

「ハハ、まぁそんな多くは聞かないにするよ。取り敢えず、明日からの予定を君達にも話しておきたいんだ」

「明日からって……ハードすぎませんか?」

「日程が限られてるからね。早めの内にやることはやっておきたいんだ。せっかく温泉地に来たんだし観光もしないとね」

 

 路銀は全部ギルド持ちだし、とレイナードは付け加える。相棒達へのお土産も見繕っておかなければならない。

 旅路というのはどうしてもお金がかかってしまう。交通費然り宿泊費然り。

 しかし、今回の費用は私物購入を除いて全てがギルドの経費で落ちるので、彼にとってはほとんどが無料ツアーに近かった。それに報告書も出せば報酬だって出る。至れり尽せり、というやつだ。よってレイナードは今回の機会を使ってめいいっぱい羽を伸ばそうと考えていた。

 

「流石に準備もあるからね。明日はお昼には『渓流』調査に乗り出したいと思ってる。午前中は軽い準備ってことで。回復薬とかも買いたいから明日は村の案内と午後から狩場案内、お願いするよ」

「ならオーケーっす。蘭雪も大丈夫だよな?」

「予定ならちゃんと空いてるから心配いらないわ。明日の集合場所はどうします?」

「それを考えてたんだけどね。勝手知ったるってワケじゃないから……」

「そんじゃあ俺が迎えきますよ。蘭雪は市場に現地集合で大丈夫だし」

「それもそうね。私はそれで大丈夫」

「良かった、助かるよ」

 

 初めての場所は本当に右も左もわからないものだ。一度来た道は絶対に覚える自信があるレイナードでも、流石に未知を覚えることは出来ない。

 

「あ、そうだ。この施設の温泉とかどうっすか? 大浴場ほどじゃないけど結構良い源泉なんすよ」

「へぇ、そんなのがあるのかい?」

「今、人口施設で稼働してるのがこの宿泊施設くらいなんです。ここに来るまでに見たと思いますけど、村一同で改修工事をやってるんですよ」

「大浴場は優先的に進んでるんであと二日あれば工事完了っすね。他の天然露天風呂とかはここからだとちょっと険しいんで、やっぱりここの源泉につかるのが良いっすよ」

「そんなにオススメなら入ってみようかな。温泉地なら温泉に入らなきゃ、ただの無駄骨になっちゃうしね」

 

 

 

 そんなこんなで様々な話をして今日はお開きに。風呂場までレイナードを案内してそこで各自解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 翌日。

 翔は宿までレイナードを迎えに行き、共に市場で待つ蘭雪の元へと向かった。翔が温泉はどうだったか、と聞くと、気持ち良くてのぼせそうなくらいにまでつかってた、と答えた。今朝も朝風呂をしていたらしい。大分温泉が気に入ったようで、どうせなら大浴場も入ってみたいとのこと。来た時より若干血色も良いように見えるレイナードを見て、翔は自然と誇らしくなってしまった。自分の住む場所がこうも高評価を受ける、というのは素直に嬉しかった。

 

「おはよう、黄君」

「おはようございます、コルチカムさん。翔もおはよっ」

「おう、おはようさん」

 

 蘭雪とも何事もなく合流。一行はそのまま少し遅めの朝市の回る。

 

 レイナードには商品が色々と物珍しく映ったようで、他の都市では見たことないものがある、と興味津々に屋台を冷やかし、時に気に入った物を購入していた。

 

 あらかた見終わって買い出しも済ませた後は『渓流』へ向かうための準備に取り掛かる。必要最低限の回復薬などの購入は先ほどの買い出しで済ませたので、あとは防具や武器の準備だけである。お昼は狩場到着が丁度お昼頃になるので、蘭雪が(あらかじ)め予約しておいた弁当を『渓流』の拠点(ベースキャンプ)で食べることになっている。

 

 一行は一度各々の荷物を取りに戻ったあと、クエスト受付のある大浴場(未稼働)に集まった。

 

「そういえば思ったんだけど、ここでの移動は専らあの鳥類……ガーグァが引く荷車なんだね」

 

 レイナードは旧大陸出身で、新大陸に渡ってからも狩場への長距離移動などにはアプトノスの引く台車に乗っていた。新大陸の砂上船と言いガーグァタクシーと言い、まだまだ自分の知らない事がたくさんあるんだと実感させられていた。

 

「この辺はアプトノスとか全然いないんすよ。大人しいのはケルビとガーグァくらいで、他は大体ハンターを警戒するモンスターばっかです」

 

 環境の違いなのか、旧大陸では大体の場所で見られたアプトノスは新大陸だとお目にかかれない場所もあるのだと言うから驚きだ。

 

 

 

 ピッケルや虫あみ、シャベルなどを積み込んで作業は終了。二台に分けて『渓流』を目指す形となった。荷物満載の方はバギィシリーズの装備に身を包み太刀の骨刀【豺牙】を背負った翔が。レイナードを乗せた台車はフロギィ装備とアルクセロルージュを持った蘭雪の運転だ。先導するのは翔。慣れた手付きでガーグァを歩かせ、蘭雪も順調にその後へ続いた。

 

 『渓流』への道のりは片道四半刻弱。ある程度整備された道を二台の荷車が走る。目指す拠点(ベースキャンプ)はやや高い位置の崖をくり抜いた場所にあるので、ユクモ村から近いとは言ってもそれなりの時間がかかる。

 

「この辺りは銀杏(いちょう)や楓が多いみたいだね」

 

 後ろから山脈に栄える景色を堪能するレイナードが片手剣ハイドラバイトの刃先を手入れしながら言った。

 

「旧大陸じゃ大自然なんてのはたくさんあったけど、繁殖期に紅葉する木が多く見られる場所は初めてだ」

「私もユクモ村に来てから初めてこんな景色を見ました。スゴく綺麗ですよね」

「向こうじゃ雪景色ばっか見てたし、こっち来てからもロックラックが基本拠点だったからなぁ……」

「コルチカムさんは雪国出身の方なんですか?」

「うん。地名は言ってもわからないから特には言わないけど、とにかく万年雪国みたいなところさ。お陰で寒さには慣れたけど、暑いのは苦手」

 

 肩を竦めて見せるレイナードに、蘭雪は少し羨ましそうな視線を向けた。

 実は蘭雪、雪というものをあまり知らない。真っ白な冷たいもの、としか彼女自身に知識はなく、一度くらいは見て触ってみたいと思っていた。実家がロックラックで、ハンターランク的にもそこまで狩場選択の自由度が高くなかった彼女は専ら砂原や孤島くらいしか行ったことがないのだ。

 

「雪って、どんな感触がするんですか?」

「んー、そうだねぇ……。僕のところは結構ふわふわっとした感じかな。たまにもこもこした重いやつとか積もるんだけど、あれは勘弁願いたい物だよ。とにかく雪かきが大変なんだ。下手な人がやると腰を痛める可能性もあるし」

「腰痛めるって、雪って重いんですか?」

「案外、降り積もるとね。雪自身の重みが雪を圧縮して、またそこに新しい雪が積もってどんどん重量が増すんだ。近所の人がそれで一回ギックリ腰になっちゃってさ。ハンターさんは力持ちだから代わりにやってくれって大忙し」

「へぇ……何か、思ってたのと違う」

「周りは皆そう言うんだ。雪国の人ほど雪が迷惑だと思う人ばかりで、逆に雪を知らない人は雪かきの大変さを知らないから羨ましがるんだ」

「私、てっきり雪で遊ぶだけだと思ってました……」

「ははは、まぁ小さい子は遊んでばかりだよ。雪は良い遊び道具さ」

 

 大人も童心に帰れて楽しいけどね、とレイナードは地元に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 順調に道を進み無事拠点(ベースキャンプ)へと到着。荷を降ろして昼食を済ませ、早速狩場へ出ようということとなった。

 

「そういやコルチカムさん。スコップとかって何に使うんで?」

「土壌調査だよ。詳しいことはわからないけど、サンプルとかが欲しいんだってさ」

「はぁぁ、土調べると分かることあるのか……」

 

 そんな時代かぁ、と翔は感心した様子。非力な人間が強大なモンスターに立ち向かうための武器を作り出すなど、人間たちの技術には本当に驚かされる。

 

「それじゃあ出発しようか。なるべく隅々(すみずみ)まで調べたいから地図に無いことも是非言ってくれ。そちらでもいつもと違うこととか気付いたら申し出て構わないよ」

「「了解っ」」

 

 かくして三人は静寂の『渓流』探索へと踏み出した。

 

 

 

 

 

 『渓流』を歩き回り数刻が経過した。空は茜色に染まり始め、狩場の奥地では既に仄暗い闇が点々と蠢き出していた。

 

 レイナードは最後の区画(エリア2)の鉱石を拾い集めながら(警戒は怠らず)思考することに没頭している真っ最中である。事は二つ前の森林区画(エリア5)で見つけた違和感の事だ。

 翔と蘭雪は気付いていなかったようだが、レイナード自身の中で確証を持てないので二人には黙っていた。というのも、それがブルファンゴの習性に表れていた、ような気がしたからである。

 ブルファンゴは縄張り意識が強く、ハンターを見つけると襲って来ることが普通だ。しかし、見つけるといっても聴力や視力はそこまで発達していないのか、余程近くを通らない限りはこちらに気付きもしない。それは旧大陸でも同じだったのをよく覚えている。

 今回レイナードが感じた違和感は、そのブルファンゴの知覚範囲が今まで以上に広くなりすぎているのではないか、というのものだった。いくらなんでもエリアへ入った瞬間に狙われるなど思っていもいなかったのであの時は異様に焦ったのを覚えている。

 それでも翔達二人がいつも通りにしていたのを見てこの現象が彼らの気付かない程度の一時的なものなのか、それとも彼らが慣れてしまった習慣なのかがわからなくなってしまった。一応聞いてみても二人の反応は「わからない」とのこと。これがいつも通りならばそれはそれで厄介だが、違ったならばまた色々と大変なことになると思われる。

 レイナードが予測する仮説の一つは、縄張り荒らしの可能性である。

 ブルファンゴがこうも殺気立つにはそれが一番妥当だと考えた。恐らくは異常に発達した新種モンスターが突然テリトリーに踏み込んで来た等だろう。

 もしかしたら事態は思った以上に深刻な状況下で動いているのかもしれない。

 

 

 

 『渓流』調査一日目のノルマは達成。

 土嚢(どのう)二袋、鉱石袋一つ、他に採れる分だけのデータになりそうなものは全て採り、帰りの荷台はレイナードがギリギリ乗れる位までになってしまっていた。

 荷物を積み終えた頃は既に日が落ちてしまい、拠点(ベースキャンプ)の据え置き松明(たいまつ)だけが光源になっていた。流石にこの時間に出歩くのは危険だと考え、三人は夜が明けてから村へ帰還しようと満場一致で決まった。

 

 

 

 丁度お腹も空き始めた頃合ということでまずは夕飯にしようとは蘭雪の声。早速肉焼きセットを準備。翔は生肉を、蘭雪はサシミウオを焼き、レイナードは夜は少し肌寒くなってくるので温かい鍋でも用意しようかという事になった。因みに地元村直伝の鍋である。これは翔も蘭雪も期待の目でレイナードを見た。

 鍋をセットし油を少々。そこにブルファンゴから剥ぎ取った生肉を入れて軽く炒める。癖がある味だが、寧ろ寒い地方ではこういう味の濃い物が好まれる。ポポやガウシカも寒い地方で育つので味のしっかりした肉が取れることで有名だ。ポポノタンはその代表格とも言える。

 野菜は霜ふり草と薬草をハチミツ漬けにした物を。トウガラシのスパイスを少々いれてアクセントとし、水を入れてじっくり煮込む。

 

「トウガラシなんてよく持ってましたね」

「雪国出身だからね。体を暖めるには香辛料が一番だよ」

 

 レイナードの手際をまじまじ観察しつつ、鍋も出来上がる頃には肉と魚も調理完了。三人で焚火を囲み夕飯と相成った。

 

 いただきますと手を合わせ、まずはスープを一口。口の中に広がるピリッとした辛味。そしてスープに溶け込んだ肉と野菜の旨みがまた絶妙な味加減だ。

 

「これ、美味しいですっ」

「うめぇ……肉も意外と柔らかくてたまらん」

 

 一口サイズのブルファンゴの肉は翔達が思う以上に柔らかい。噛めば溢れ出てくる肉汁とスープのベストマッチ。ハチミツが薬草の苦味を打ち消し、霜降り草のシャクシャクとした食感がしつこくなく、それでいて満足できる味を出していた。

 思わずお椀一杯分をぺろりと平らげた二人。気づけば体もポカポカと温まってきた。さっきまでの肌寒さが嘘のようである。

 

「いやぁ、美味しそうに食べてくれてこちらも有難い限りだ。おかわりならまだあるから、遠慮しないでね」

「お、じゃあ俺いただきっ」

「翔、私のもお願い」

 

 どうやら大分気に入ってもらえたらしい。

 レイナードはお手並み拝見と言わんばかりに二人の焼いた肉とサシミウオにかぶりついた。硬すぎず柔らかすぎず、表面をこんがり焼いた肉はきちんと肉汁と旨みを閉じ込め、塩味のサシミウオはさっぱりとしていて食べやすい。

 

「うん、二人とも良い腕前だ。って、僕が言うのもなんだけど」

「あざっす、コルチカムさん。鍋もスゲェ旨いっすよ」

「ありがとうございます、美味しくいただきますね」

「ん、ありがとう。ああ、あんまり他人行儀すぎるのもあれだから、名前で呼んでもらって構わないよ。僕の苗字言いにくいだろうし」

 

 実際、何度か間違われたり噛まれたりすることは人生経験上幾度かある。相棒が良い例だ。一体何がコチカルだったのか。

 

「じゃあ俺のことも翔でよろしくっす」

「私も蘭雪で。短い間ですけどよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく頼むよ。翔君に蘭雪君」

 

 

 

 その日は少し遅くまで、談笑をしつつ三日月を眺めてから就寝となった。(流石に見張り番兼薪番は交代制にしたが。)

 

 翌朝の早い時間帯に一行は帰路へとつき、特に何事もなく第一回『渓流』調査は幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




好きなだけ書かせてもらいました。
お久しぶりです、五之瀬キノンです。久々に後書き書いてます。

村おこし編真っ最中ということもあり、今回は狩猟よりも日常がメインな章の構成になってます。
ちょっとグダグダ長く書きすぎた感があるようなないような気がしましすが、そこはまぁ勘弁をば。
いっぱい書くの頑張った(小並感)

今回は初登場キャラクター、レイナード・コルチカムが新たに加わりました。
旧大陸出身の彼はこちらでも当時からの武具を使用中なのです。原案はれい先生が担当されました。
他人の考えた人を動かすのは楽しくもあり、本当にこれで良かったのかなとちょっぴり不安になったりします。OKいただいたから良いけども(苦笑)

次回は今章最終話、蒼崎れい先生が担当になります。一週間語をお楽しみに。
それでは、また次章でお会いしましょう。


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第19話 (著:蒼崎れい)

 村長から依頼された緊急クエスト──温泉街大拡張基礎工事──も、そろそろ終盤に差し掛かっていた。

 始めは少なかったハンター達も、入れ替わり立ち替わりしながら増えていき、今は十五人前後がユクモ村で活動している。

 その中にはもちろん、翔や蘭雪(ランシェ)、個人的に牙竜種の調査にきているラルクスギア、そしてハンターズギルドから牙竜種調査として正式に派遣されたレイナードも含まれている。

「今日の内容ですが、大まかには昨日と同じです。山間部からここまで木材を運んだ後は、治水整備や温泉の整備、機材の搬入等です。(ファン)商会の方からは、今日中には(ふもと)に着くそうなので、そちらの手伝いもしていただきます」

 ラルクスギアは集まったハンター達に、的確に素早く指示を飛ばす。要約すれば、“有り余った馬鹿力で力仕事をやれ”なわけであるが。

 その中にはもちろんHR(ハンター・ランク)が上のハンターもいたりするが、ラルクスギアの美貌に骨抜きなせいで文句一つ言わず働いている。

「それでは解散。各自、自分の担当すり仕事についてください」

 ちなみに同じハンターであるラルクスギアであるが、彼女の場合は高い事務処理能力も買われて村長共々、書類仕事や外部組織との折衝に忙殺されている。

 とてもじゃないが、翔や蘭雪には真似できない所業だ。

「うっし。頑張って、今日中には終わらせちまおうぜ。蘭雪ん所からも荷物が届くしな」

「さすがに来てないとは思うけど、もしかしたらパパがいそうで怖いわ」

 翔もつい、あぁあの人ならやりかねないなぁ、とか思って背筋をぶるっとさせた。

 走馬灯のように過ぎ去って行く、黄家に滞在中の思い出の数々。蘭雪のパパこと砂狼(シャラン)にどれだけ酷い目に遭わされた事か。

 風呂で襲われそうになったり、寝起きに斧片手に襲撃されたり、荷物の整理を手伝えと言って連れて行かれた先で倉庫に閉じ込められたり。

 もちろん、その後は美雪(メイシェ)からキツいお仕置きを受けていたらしいが。

「二人とも、何をしているんだい? 早く行くぞ」

 レイナードは朝食を食べたばかりなのにやつれている二人を見ながら、疑問符を浮かべるのであった。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 翔や蘭雪を始め、大半のハンターがまずは木材の輸送に駆り出される。

 ここ一週間の参加人数は十二人。ラルクスギアは事務方に奔走しているため、実質は十一人だ。

 内三人は、既に新しい宿泊施設の方の手伝いをしているので、木材運びは八人で行っている。

 翔に蘭雪はそれぞれ肩に一本、レイナードは二本担いで、急な斜面を慎重に下っていた。

「それで、レイナードさん。牙竜種の調査はどれぐらい進んでるんですか?」

「あぁ。ファリーアネオ女史から、調査資料の提供があったからね。思っていた以上に早く進んでいるよ。じゃなきゃ、いくら村長の頼みとあっても、手伝えないだろ?」

 翔の質問に、朝日の如く爽やかな笑顔で答えるレイナード。

 なるほど、この笑顔なら確かに順調そうだ。

「翔。よそ見してて、足滑らせても知らないわよ」

「大丈夫、大丈夫。もうそんなミスしねぇから。蘭雪こそ、注意しろよ。あ、でも蘭雪はラルク姉さんと違って足元見えるから大丈夫か」

 と、翔は蘭雪のある部分を注視する。

 嫌な予感しかしない中、蘭雪が翔の視線を追いかけていくと……。

「悪かったわね! ぺったんこでぇっ!!」

 何かが心の中でぷっつんしちゃった蘭雪は、肩に抱えていた木材を翔に向かって振り下ろしていた。

「っひぃぃ……。あ、危ねえじゃねえか!」

 寸前で回避はしたが、今のは砂狼以上にトラウマ物である。

 しかし、尻餅を付きながらも木材は離さない辺り、翔もなかなかのものだ。

「悪いのはそっちでしょ!! セクハラ! 変態! お姉さまに言いつけてやる!」

「はぁぁ、何をやっているんだか。君たちは。木材に傷がついたら元も子もないじゃないか。もっと大切に扱いなさい」

「「す、すいません」」

 レイナードは翔に手を貸して立たせると、ため息をつきながらさくさくと下っていく。

 翔と蘭雪もどちらともなく顔を合わせると、互いに謝った。

「その。悪かった」

「ううん。私の方こそ、やりすぎた。ごめんなさい」

 季節は温暖期。今日もユクモ村には、強烈な夏の日差しが降り注いでいた。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 木材を運び終えたハンター達は、それぞれの担当へと向かう。

 ユクモ村は山の傾斜に沿って形成されているため、温厚なモンスターを使った作業が難しく、基本は住人達の手作業で建物は建てられている。

 普段なら村の人達だけで作るのであるが、現在は祭りに合わせて大量の宿泊施設を建設している都合上、どうしても人手が足りないのだ。

 そこで村長が、力の有り余っているハンターに力仕事を任せようという話になり、その仕事も現在終盤というわけでなのある。

「ふぅぅ。掘っても掘っても、全然進んでる気がしねぇなぁ」 ちなみに、翔の仕事は温泉堀りだ。

 村長が雑貨屋に無理を言わせて大量に仕入れたボロピッケルであるが、ハンター達はそれらを全て使い潰す勢いで作業に没頭している。

「よし兄ちゃん。そっちはそんなもんで大丈夫だ。今度は、そこからあそこらへんまで頼む」

「りょーかい、親方」

 昶は親方に言われたように、穴の大きさを広げて行く。

 ムラクモ組。ユクモ村に昔かはある大工(だいく)集団で、今回の宿泊施設の増設でも現場指揮を任されていて、その最高責任者が、今現在翔に指示を出している親方だ。

 今掘っている場所のすぐ隣には温泉宿っぽい骨組みができているので、そこの温泉になるのだろう。

 既に源泉は確保してあるらしいので、その点は大丈夫だ。

「親方、この温泉ちょっと広いし深くありませんか?」

「いいんだよ、あとで石つめるからな。こちとら、ちゃ~んと考えてやってんだ。だから、そんな心配は無用だ。こらオメェラ! さっさとハンターの兄ちゃんが掘った土運ばねぇか。そんなんだと、終わる仕事も終わんねぇぞ」

「わかっちゃいますが、ハンターさんのペースに合わせるのはちょっと」

「無理があるんだな」

 翔の掘った土を運び出す温泉職人の弟子二人は、汗をだらだら流しながら日影へと逃げ込んだ。

 麓と比べたらまだ涼しい方ではあるが、暑いものは暑い。

 翔も二人と同様に、そろそろ休憩したい気分だ。

 すると、ちょうどそこへ、

「みんな頑張ってるみたいだからにゃ。差し入れ持って来たにゃ」

 集会所の露天風呂の番台をしているアイルー、ロゥルが背中の籠いっぱいのドリンクを届けに来てくれた。

 たっぷりの氷水にてかっているお陰で、キンキンに冷えている。

「番台さん! ありがたく頂きます!」

 ちなみに、基本的には名前でなく番台さんと呼ばれている。

「こっちにもお願いします」

「親方、ひとまず休憩にするんだな。この天気じゃ、干物になっちゃうんだな」

「ったく、仕方のねぇ連中だな。ちょっとだけだぞ。他んとこの進捗状況見てくっから、帰ってきたら作業再開だ」

 親方は年齢を感じさせないキビキビとした動きで、別の場所の確認に向かう。

 翔を含めた三人は、ふっと肩の力を抜いた。

「はぁぁ、あの親方厳しすぎるって。ボロピッケル何十本使い潰してると思ってんだよ」

「今日だけでも、二〇本近いんじゃないですかね」

「あぁぁ……。早く夜にならないかなぁ。おらぁ、もう腹へって倒れそうなんだな」

「おまいらも、色々と大変そうだにゃ。ほら、もう一本サービスしてやるから、頑張るにゃよ」

 汗だくでくたくたの三人を見ながら、番台さんは同情の視線を送りながら、追加でもう三本のドリンクを渡してやった。

「ありがとうございます、番台さん!」

「ハンターさんは、こんな美味いもん飲んでるのかぁ。羨ましいぜぇ」

「ふぉぉ。生き返るでさぁ。番台さん、ありがとなんだな」

「なに、これくらいお安いご用にゃよ。んじゃ、次行ってくらぁ」

 かげろうの向こうに消えていく番台さんに手を振りながら、三人は一気にドリンクを飲み干した。

「さて、親方が帰ってくる前に、ハンターさんが掘ってくれた土を運び出すぞ」

「わかってるんだな」

「親方いなきゃどこ掘るかわかんないし、俺も手伝いますよ」

 帰ってきた親方に雷を落とされる前に、三人は作業を再開した。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 太陽が頂点を過ぎた頃、数枚の書類を持ったラルクスギアは、翔とは違う場所で温泉を掘っている蘭雪の元を訪れた。

「蘭雪くん、少しいいかい?」

「あっ、はい。何ですか? お姉さま」

 蘭雪はボロピッケルを持ったまま、とてとてとラルクスギアに駆け寄る。

 連日の作業で、けっこう日焼けしている。今度日焼け止めクリームでも注文しようか、とふとわいた雑念を振り払い、ラルクスギアは持ってきた書類を蘭雪に見せた。

「下の方から、そろそろ(ファン)商会の一行が着くって知らせがあったから。あなたが行った方が、色々と都合がいいと思って」

「はぁぁ」

「大丈夫。私も含めて、村の人達も何人か付いて来てくれるから」

「わかりました」

 ラルクスギアはそれから村長の所で仕事をしていた何人かを連れて、ユクモ村の麓まで向かった。

 

 

 

 待つこと二〇分弱。荷台を付けたカーグァの大群が、ろくに整備もされていない山道を登ってきた。

 蘭雪は目を凝らして一行を見てみるが、どうやら砂狼は付いて来ていないらしい。よかったよかった。

「よーし、止まれぇ!!」

 蘭雪達の前をやや過ぎた所で、先頭から停止の号令がかかる。号令は前から順に復唱されていき、後方まで行き届いたところで、先頭の人物が降りてきた。

(ファン)商会のライシュン・バッファと申します。今回の物資輸送の責任者をやらせていただいてます」

「村長代理で参りました、ラルクスギア・ファリーアネオです」

 ライシュンとラルクスギアは固い握手をかわすと、二人は即座に荷物の受け渡し作業に入った。

「こちらが、今回の荷物になります。確認を終えましたら、サインをお願いします」

「了解しました。遠路はるばる、ありがとうございます」

「なに。これも仕事ですから。さぁ、村まで荷物を運ぶぞ! 気合い入れろよ!」

 ──おぉ!!

 かけ声と共に、屈強な男達は荷下ろしを始めた。大荷物を型に担ぎ、一段一段階段を登って行く。

 ユクモ村から降りて来た者達は、運び込まれてゆく荷物と手元の書類とを確認しては、チェックを付けていった。

 すると、荷運びの様子を監督していたライシュンの目に、蘭雪の姿が映った。

「あの、すいません」

「はい」

「もしかして、黄会長の、ご息女であらせられますか?」

「そうだけど?」

 それを聞いた瞬間、ライシュンの顔が真っ青になった。

 このくそ暑い中、いったいどうしたのだろうと首をかしげる蘭雪。その視線の先でライシュンは一歩下がると、腰骨が折れそうな勢いで(こうべ)を垂れた。

「ももも、申し訳ございません! 会長のご息女とは露知らず、挨拶が遅れてしまいました!」

 いきなり大声なんて上げたものだから、ラルクスギアも含めて村の人もぎょっとしている。

 気まずい雰囲気の蘭雪は、苦笑いしながらほっぺをかりかり。

 そのどよめきは荷運びをしていた連中の間にも広がり……、

「やべぇ、すげぇ可愛い」

「バカ、バレたら会長に砂漠の餌にされるぞ!」

「こんな別嬪(べっぴん)さんハンターなんてもったいない」

「(胸は)案外慎ましやかだ……」

「よぉし、最後の言ったヤツ出てこい! 渓流の肥料にしてやる!」

 誰かの言葉がうっかり会長のご息女の逆鱗に触れちゃったようだ。

「落ち着きなさい。あっても狩りの時には邪魔になるだけでしょ」

 今にも暴れ出しそうな蘭雪を、羽交い締めにするラルクスギア。

 というか、放っておいたら大惨事になってしまうのは確実だろう。思いの外膂力(りょりょく)が強く、振り解かれそうだ。

 しかしまあ、

「お姉さまに言われても全然慰めになりません!」

 火に油を注ぐような結果になってしまったわけで。

 そもそも背中にラルクスギアのナイスバディな感触を感じていて、暴れられずにいられるかってもんだ。

「まぁまぁ、蘭雪。それくらいにしときなさいって。そっちの青いお姉さんも困ってるじゃない」

「え?」

 聞き慣れた知人の声に、蘭雪はぐるっと首を回す。

 するとそこには、ついこの間お世話になったばかりの、幼馴染みのお姉さんの姿があった。

 ()絢菜(あやな)。ロックラックで安い・早い・美味しいの三拍子揃った、下町に愛される激安定食店、徠來亭(らいらいてい)の看板娘だ。

「絢ねぇ? え? え? なんでユクモ村(ここ)にいるの?」

「いや~、シャランのおっちゃんがね、どうしても仕事で手が離せないからって、代わりにあんたの様子を見に来たの。手紙出したでしょ?」

「手紙って、私全然知らないんだけど?」

 話しが噛み合わずにしばし沈黙する二人。

 すると絢菜は、ああと一人納得したようにポンと掌を叩いた。

「あ、出したのはボーイフレンド(仮)くんの方だったか。名前なんて言ったっけ?」

「かか、か、か、かか、翔は!! ボ、ボ、ボボ、ボーイフレンドなんかじゃないわよ!!」

「おぉ、思い出した。翔くんだったわ。じゃあ私、挨拶しに行ってくるね」

「ちょ、絢ねぇ!!」

 ラルクスギアに羽交い締めにされる蘭雪に手を振りながら、絢菜はとんとんと階段を駆け上がって行く。

 それに連動して、蘭雪にはない部分もたわわに揺れていて……。

「もうやだ…………」

 なんかもう色々と打ちひしがれた蘭雪は、しばらくの間静かに仕事に打ち込んでいたそうな。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「おぉー、ここがユクモ村かぁー。ロックラックとは全然雰囲気違うなー」

 荷運びの人達より一足先に到着した絢菜は、村の景色をぐるり一望する。

 ロックラックとは、何もかもが正反対だ。

 緑はあるし川は流れているし、ごちゃごちゃしてないのもいいし、オマケに空気も美味しい。

 坂道に建てられた家々は異国情緒に溢れ、絢菜の好奇心を全方位から刺激してくる。

「ちょっとそこのお兄さん、聞きたいことがあるんですけど」

 と、絢菜は目の前を通りかかった男性に声をかけた。

「それは構わないけど、見ない顔だね」

「黄商会に付いて来た、炊き出し要員の李・絢菜です! しばらくの間この村でお世話になる予定なので、よろしくお願いします」

「僕は、皇帝の獅子座(インペリアル・レオ)のレイナード・コルチカム。よろしく」

 ちょこんと敬礼する絢菜に、レイナードは思わず笑みをこぼした。

「この村のハンターに、村雨翔って人がいると思うんですけど、どこにいるか知りませんか?」

「村雨くんなら、向こうで温泉掘りの手伝いをしてるよ」

「ありがとうございます。ではでは」

 ひらひらと手を振ると、絢菜はレイナードに言われた方に駆けて行った。

 

 

 

 至る所で進められている工事に大口を開けていた絢菜は、思っていたより早く翔の姿を見つけた。

「かっける~! やっほ~!」

「絢菜さん! お久しぶりです!」

 手をぶんぶん振って近付いてくる絢菜に、翔も手を振り返した。

「だいぶ早いですけど、どうしたんですか?」

「いや~。商会のみんなが頑張っちゃってね。ほら、会長がシャランおじさんだから、娘の世話になってる村だからできるだけ早くって」

「相変わらずですね、あの人は」

「そういえば、温泉掘ってるらしいけど、ホント?」

「あぁ。ちょうど今、石を詰め終えたところ。自分の分は終わったから、あとは他の所の手伝いかな」

 親指を立てて後ろを指す翔。

 その先には、仕上げの作業に入っている親方達の姿がある。

「しばらくの間お世話になります。李・絢菜です。安い・早い・美味しいがモットーの徠來亭ユクモ村出張店やるんで、食べに来てくださいね」

 と、絢菜は三人に可愛くウィンクした。

「もちろん行きます!」

「今日から行くんだな!」

「ったく、最近の若いもんは……」

 弟子二人はともかくとして、親方も若干頬を赤らめている。

 鬼のような親方でも、可愛い女の子には弱いらしい。

「翔、村長のとこ行きたいから、ちょっと案内して」

「え? 村長の家って、入り口から見えただろ」

「翔に案内してもらいたいの。察しなさいよ、それだから蘭雪を落とせないのよ」

「ぶっ!? おっ、おっ……何でそうなるんだよ」

 絢菜の口からいきなり出たトンデモ発言に、翔は思わず吹き出した。

「いいからいいから。それ、レッツゴー!」

「ちょ、絢菜さん! 自分で行くなら俺いらないじゃん!」

 案内されるどころか、翔の腕をがっちりとホールドして、絢菜は村長の家へと向かう。

 翔の嬉しいようなよくわからない悲鳴に、弟子二人は羨望の眼差しを向けていた。

 

 

 

 半分観光案内のようなことをしていたせいもあって、二人が村長の家に着いた頃には、ラルクスギアら蘭雪、ライシュン達が既に集まっていた。

「ありがとうございます。今日はもう遅いですから、一晩泊まっていかれると良いでしょう。幸い、宿は多くありますので」

「かたじけない。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」

「お世話になっている身ですもの。これくらいのこと、当然です。それと、もう少し道を進んだ所に、獣舎や倉庫もありますので、お使いください」

「重ね重ね、申し訳ない。では、下の者達に伝えてきますので、これにて失礼させていただきます」

 ライシュンは深々とお辞儀をすると、足早に村長の家を出て行った。

「翔さん、そちらの方は?」

 村長がこきこきと肩を鳴らしながら、絢菜の方を見て言った。

 翔は肘で絢菜を小突いて、自己紹介するよう合図する。

「蘭雪ちゃんの幼馴染みの、李・絢菜です。蘭雪ちゃんの監督兼、激安定食店、徠來亭のユクモ村出張店を開きに来ました~ッ!」

「そうですか。ちょうどいいわ。近隣の村からも大工衆が集まって来ていて、料理人が足りなかったの。お願いするわね」

「任されました!」

 自慢の胸をドンと叩いて、絢菜はニッと無邪気な笑みを見せた。

 あれだけ宣伝して回っていたのだから、それなりの人数が来るに違いない。

 男衆はたいだい、明朗快活な絢菜に上の空の様子であったし。

「ファリーアネオさん、今夜は黄商会のみなさんのために、集会所の露天風呂を解放しようと思っておりますので、折衝の方をお願いしますね」

「承りました」

「それから、ハンターのみなさんの仕事は、これで終了です。今日まで本当に、お疲れ様でした」

 村長はその場にいたハンター、翔、蘭雪、ラルクスギアに深々と頭を下げた。

 予想外の言葉にぽか~んとしていた三人であるが、次第に喜びが体の内側から染み出してくる。歓声を上げ、小さく笑みを浮かべ、三人は喜びを分かち合った。

「ここに居られない方達はまだ知らないので、教えて上げてくださいね。私はまだ仕事がありますので、これで」

 書類の束と数人の補佐を引き連れて、村長は再びどこかへ向かう。

「私は集会所の方と折り合わせ付けてくるから、二人は先に終わっていいわよ。途中で誰かに遭ったら、緊急クエストの終了を伝えて上げてちょうだい」

「え? いいんですか、ラルク姉さん」

「そちら、蘭雪くんの幼馴染みなのでしょ? せっかくだから、一緒に集会所の露天風呂にでも入ってきなさい。その件も、私から伝えておくから」

「ありがとう、ラルク姉さん」

「ありがとうございます、お姉さま」

「すいませんねぇ。なんかいきなりご迷惑かけちゃったみたいで。今度来ていただいたら、一食サービスさせてもらいますね」

「ふふ。期待しているよ。ではな」

 後ろ姿で三人に手を振りながら、ラルクスギアも村長の家を出た。

 無人となった村長宅で、翔、蘭雪、絢菜は互いの顔を見合わせる。

「ついでだし、振興会から浴衣もらってこうぜ」

「そうね。行こう、絢ねぇ」

「露天風呂かぁ。すごい楽しみかも」

 三人は足早に、ユクモ織振興会本部へと向かった。

 

 

 

     ◆

 

 

 

「あぁ~。まさかこんな贅沢にお湯使ってるお風呂に浸かれるなんて、夢みたいだわ~」

「でしょ? ここなら毎日お風呂浸かりたい放題なのよ。近くには綺麗な清流もあって、水浴びもできるのよ」

「いいな~、私も住んじゃおっかな~。でも、父ちゃんが心配だわ」

「おじさんなら大丈夫でしょ。常連さんもいっぱいいるし、おばさんもいるんだから、寂しくなんてないわよ」

 本来ならハンター以外は入れないのだが、村長やラルクスギアの言葉もあってこうして一緒に入っている。

「にしても、いい景色ねぇ。ロックラックって緑が少ないから、すごい新鮮な気分」

「でも、一番綺麗なのはやっぱり二回目の繁殖期だな。今見えてる木が全部赤とか黄色になって、すんげぇ綺麗なんだぜ」

 蘭雪と絢菜が外の景色に感激しているところへ、体を洗い終わった翔もやってきた。

 肩まで一気にざぶんと浸かり、頭を縁に預けてだらーと全身を伸ばす。

 これだけで、今日一日の疲れもすっ飛ぶようだ。

「きゃーん、かけるくんのえっちー」

「言っときますけど、ここ混浴ですからね、絢菜さん。あと、棒読みなんで欠片も説得力ありませんから」

「あは、バレちゃったか。にしても、さすがハンターなだけあるね。全身むきむきでかっくいぃ!」

 とまあ、絢菜さんはテンションマックスで楽しそうにしているのたが、

 ──なんで蘭雪さんは、さっきから俺のことをあんなに睨みつけてくるんでしょうか。

 蘭雪の方は何か恨みでもあるかのように、翔に剥ぎ取りナイフよりも鋭い視線を向けていた。

 ただその正体も、

 ──なによ、そんなに大きい方がいいの!? こっちだって好きで小さいんじゃないわよ!!

 という、心の悲鳴だったりするのであるが。

 ──やれやれ、こりゃまだまだ先が長そうだ。

 絢菜は未だ素直になれない蘭雪を肴に、ユクモ村の絶景に目を細める。木々の緑と清流の青に彩られた、この美しい村を。

 どこからともなく番台さんの差し入れてくれたドリンクを一杯あおり、絢菜は若い二人にひっそりとエールを送るのであった。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 真夜中の渓流。ハンターズギルドの許可を得て、一組の男女が練り歩いていた。

 片方はダイミョウサザミの防具に身を包んだガタイの良い青年。もう片方はラギアクルスの防具に身を包むグラマラスな女性だ。

 どちらとも、ユクモ村近辺には生息していないモンスターである。

「済まないね。こんな遅くまで付き合ってもらって」

「いえ。こちらこそ、ハンターズギルドからの資料を融通していただき、ありがとうございます」

 ラルクスギアはモンスターの研究機関である書士隊の友人に頼まれて、レイナードはハンターズギルドからの命令でそれぞれ牙竜種の調査をしているのだが、上同士が利権絡みで対立するというのもよくある話だ。

 もっとも、下はたまったものではないが。だからこそ、二人もその辺りは好き勝手やっている。

「レイナードさんは、どのように思われますか?」

「そうだね。雷狼竜、ジンオウガ。かなりの山奥で極稀に目撃例があるだけで、それ以外だとけっこう古い狩猟記録しかないような、希少なモンスターだね。それがなんで、こんな人里の近くで。正直、さっぱりわからないよ」

「エサとなるモンスターがいなくなったから、では?」

「それはないだろう。ユクモ村近辺の狩猟記録を確かめてみたけど、モンスターの個体数に大きな変動があるようには思えない。それに、ジンオウガは生態系の中でもトップに近い種だ。付近のモンスターの数が変わっていないなら、エサとなるモンスターの数も変わっていないはずさ」

 渓流を歩く二人の視界には、時折見慣れない足跡や爪痕が入り込んでくる。

 この鋭角的な足跡は、間違いなくジンオウガのものだ。この近辺で狩りでもしたのか、ファンゴの毛や血痕が飛び散っている。

 このままでは、遠からずこの地域の生態系が完全に狂ってしまうだろう。ハンターズギルドとしては、見逃せない事態だ。

 それに過去の調査では、巨大なドスファンゴすらも捕食していた形跡がある。ドスファンゴですらこれなら、ドスジャギィやクルペッコでも、ジンオウガの手から逃れることはかなうまい。

「エサでないとすれば、もっと外的な要因かもしれない。例えば、ジンオウガよりも上位の存在が、彼のテリトリーに侵入してきた、とか」

「山間部の奥地の、あんな過酷な場所にですか?」

「僕はあくまで、可能性の一つを提示しただけさ。真実は、現地に行ってみなければわからないよ」

「そうですね」

「ただ、僕らの思っている以上に、事態は深刻かもしれない。僕はハンターズギルドに報告するから、君の方も書士隊への連絡、頼んだよ」

「もちろんです」

 夜空には満天の星空が浮かび、中心には真円の月が頂く。

 風の音すら聞き取れる夜の渓流を、狼のような遠吠えが駆け巡った。




 初めての人初めまして、久しぶりの方お久しぶりです。今回は全体が書き終わってからの投稿だったので、毎週投稿なんて事になってました。あぁ、待たなくていいっていいな。
 まだ他の3人の見てないから、後で見とこう。
 それはそうと、卒論がヤバイデス。そんなわけで、そっちに本気出してます。

 後書き書くことねぇなぁ。というわけで、今回はこの辺で。


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第5章
第20話 (著:蒼崎れい)


 季節は移り変わり、ユクモ村には二度目の繁殖期──秋──が訪れていた。山の木々は葉々を赤や黄色に染め始め、秋の趣を醸し始めている。

 うだるような暑さはなりをひそめ、一部のモンスターは寒冷期に備えた準備を始めていた。

 その一方で、ユクモ村の事情は少し違う。元々が温泉街だった事に加え、祭に向けて増設された温泉に加え、例年にない厳しい残暑も相まって、まだまだ夏のような暑さが続いているのだ。

 祭と言えば、そのための準備もラストスパートを迎え、村の中心には(やぐら)も立ち始めている。

 そして数日後の祭りを見るために、既に観光客の姿もちらほら見え始めていた。

「うふふふ。どうにか間に合いましたねぇ。思っていた以上に、ハンターの方々が協力的で助かりました」

「本当ですよ。緊急と書かれていたので何事かと思えば、祭りの準備なんですから。はぁぁ、しょうもない」

「でも、僕は色んなハンターと知り合ういい機会だったと思いますよ。大人数で作業するのは、なかなか楽しかったですし」

「楽しかったのは、コルチカムさんだけです。私なんて、村長に書類仕を事押し付けられてどれだけ大変だった事か……」

「うふふふふふ。優秀な助手がいてくれて、助かりました」

 高くそびえる櫓を見上げる観光客や大工衆の中に、三人だけ雰囲気の異なる者がいる。

 一人は特徴的な耳を持つ、着物姿の女性。彼女こそがこのユクモ村の村長を務める竜人族の女性、久御門(くみかど)(いち)である。

 もう一人の女性は、ユクモ村の近辺にはいない海棲モンスター、ラギアクルスの装備を纏う、ラルクスギア・ファリーアネオ。古龍観測所の友人からの依頼で、独自に牙竜種の調査を行うため、ユクモ村に滞在しているハンターだ。

 そして最後の一人もまた、ユクモ村近辺には生息していないモンスター、ダイミョウサザミの防具を身に付けている。名を、レイナード・コルチカム。ハンターズギルドより正式に命を受け、牙竜種調査のためユクモ村に派遣されたハンターである。

 三人は午前中の作業を終え、休憩がてらある場所へと向かっていた。

「村長、おはようございます」

 とそこへまた一人、村外からの来客が現れた。

「おはようございます、ライシュン様。もっとも、もうお昼時ですが」

 ライシュン・バッファ。今回のユクモ村の祭を全面的に支援してくれている、(ファン)商会の一員である。

 一回目の物資輸送の責任者で、以降は臨時の支部を置き、物流関係を一手に引き受けてくれている。

 だが、もちろんそれだけが目的と言うわけではなく、ライシュンはちょいちょいと村長を手招きして、耳元でそっとささやいた。

「前回提供していただいたユクモ織が、当初予想していた以上に高評でして、早く次の分をお願いしたいのですが」

「それはわかっております。しかし、何分作り手が不足しておりまして。ですが、その事を知れば増えるかもしれません。こちらでも、色々と策を講じてみましょう」

「ありがとうございます。それで、利益の分配なのですが……」

 ちゃっかり商売をやっていたりいなかったり。

 そんな様子にラルクスギアはため息、レイナードは苦笑いを浮かべるのである。

「それでライシュン様、祭の資材のほうはどうなっておられるでしょうか?」

「はい。食料品以外は、今朝届いた分で最後です。宿泊施設の内装の方が多少ヒヤヒヤでしたが、何とか間に合わせました」

「あらあら、お手間を取らせてしまったようで。ありがとうございます」

「いえいえ。こちらこそ、うちの商会の販売スペースも確保していただいて、感謝しております」

 と、ライシュンは目線でその方向を示す。既にメインの大通りには、出店の屋台──厳密にはその骨組みができ始めていた。

 割としっかりした作りで、壁さえ付けてやればなんとか暮らせそうな気さえする。

 だがまあ、祭は数日に渡って行われる。多少なりとも頑丈に作っておいて損はない。

 ハンターの多いロックラックで祭をした日には、酔った勢いで屋台を破壊してしまうハンターも日常茶飯事。ユクモ村で行われる祭も、近隣から観光客以外にも多くのハンターがやってくると予想されるので、これも必要な措置なのだ。

「それでライシュン様、これからお昼ご飯を頂くのですが、ご一緒にいかがですか?」

「村長のお誘いを断れるわけがありませんでしょう。ご相伴に預からせていただきます」

 というわけで一行は、ある意味、今ユクモ村で最も熱い場所に向かった。

 

「いらっしゃいませ~! すいません、順番待ちなので、名簿に名前を書いておいてください!」

 店の扉を開けると、店主である少女、()絢菜(あやな)の元気のいい挨拶が出迎えてくれた。

 ジャージャーとフライパンで何かを炒める音と一緒に、空腹のお腹に訴えるいい匂いが漂ってくる。

 ここはロックラックの下町で早い、安い、美味いで有名な激安定食店、徠來軒(らいらいけん)のユクモ村出張店だ。なぜロックラックの店がこんなへんぴな場所に居を構えているのかと問われれば、それは極めて私的な理由である。

「すいません、予約していた者なのですが」

「あっ、村長じゃないですか!? すいません、気付かなくて」

 ロックラックでの蘭雪の幼馴染み兼お姉ちゃん的な関係の絢菜は、蘭雪の父親である砂狼の頼みで、ユクモ村での蘭雪の様子を見に来ているのである。

 もっとも、それは表向きの理由で、本当は蘭雪に(変な虫)が寄り付かないように見張ってくれと言われている。ただ残念な事に、絢菜は蘭雪と翔をくっ付ける気満々なのだが、それは砂狼の預かり知らぬところだ。

「クラマ、イブキ! 村長さん達を、奥の座敷に案内してあげて!!」

「はいなのにゃ!」

「お任せですのにゃ!」

 絢菜に言われて、店内を駆け回っていた二匹のアイルーが、四人の前にでてきてお辞儀した。

「いらっしゃいなのにゃ」

「席まで案内するですのにゃ」

 その内の片方のアイルーに案内されて、四人は店の奥の方にある座敷へと案内された。入れたばかりの畳の、いい香りが漂ってくる。

 するとそこへ、もう片方のアイルーがお冷やとおしぼり、そしてメニューを持ってきた。

「大繁盛ですね、絢菜様」

 メニューを開きながら、村長は厨房でフライパンを振るう絢菜を見やった。

 部屋の一番奥は、店長である絢菜と顔を合わせられる特等席? になっているのだ。

「ちょっと多すぎて、困っちゃうくらいですけどねぇ。でもまぁ、料理修行に押し掛けてきたキッチンアイルー達のお陰で、なんとか回せてますよ。はい、みんな村長に自己紹介」

 するとまたも先ほどのに引きがそろってやってきて、深々とお辞儀をした。

「クラマなのにゃ。メニューはお決まりかにゃ?」

「イブキですのにゃ。決まってたら教えてくださいですのにゃ」

「あらあら、可愛らしいお手伝いさんだこと。なら、本日のおススメをお願いします」

「はいなのにゃ!」

「はいですのにゃ!」

 村長のオーダーを手早く絢菜に伝え、メニューを回収すると、二匹は別のテーブルの方へと駆けてゆく。

 接客は完璧と言っていい出来だ。

 そんなアイルー達に、村長はうんうんと頷いた。

「李さん。それで、今日のオススメメニューは何なのですか?」

「もう、ラルクちゃんったら。私の事は絢菜でいいって言ってるのに」

 ラルクスギアのこめかみの辺りに、ピシッと青筋が浮かんだ。

「だったら言わせていただくが、私の事も『ラルクちゃん』ではなく、ちゃんとラルクスギアと呼…」

「ちなみに今日のオススメは、絢菜ちゃん特性の冷麺でーっす!」

「李さん! 人の話は最後まで…」

「えっとぉ、具はカーグァの薄焼き卵、近くの山で採れた山菜、農場で採れたキノコ、あと商会から仕入れてもらったモスの燻製(薄切り)!」

「絢菜さん!!」

 頭脳派のラルクスギアも、絢菜の前では形無しである。

 絢菜はふるふると握り拳を作るラルクスギアに、てへっと舌をペロリと見せた。

「そうそう。それと、厨房を手伝ってくれてる子も二匹いるの。ほら、アサマ、トキワ」

「アサマだぜニャ」

「トキワっすニャ」

 鍋をぐつぐつ煮ているアイルーと、食材を高速で裁いていくアイルーが手を上げる。

 そして指示を出す絢菜の手も、超高速で動き始めた。

 油を素早くしき、トキワから受け取った食材を炒める。まさに戦場、そう呼ぶに相応しい光景だった。

「絢菜さんも忙しいのに、よくファリーアネオ女史とあんな事ができますね、ライシュン殿」

「まったくです。絢菜様はよくやられておりますなぁ、レイナード殿」

「レイナードさん、それにライシュンさん。それはいったい、どういう意味でしょうか?」

 水をちびちび飲みながら談笑していた男衆二人に、ラルクスギアはガタッと立ち上がって鋭い眼光を向けた。

 中型モンスターなら、そっと回れ右しちゃうくらいに怖い。もちろん男衆は、視線を合わせずにそっぽを向くのであるが、

「お二人とも、普段は言いくるめられてる側ラルクスギア様がいいように弄ばれていて、とても愉快だと」

「ちょっと、村長!」

「なななな、なにを言っておられるのですか!?」

 村長が、とんでもない爆弾を投下していった。もちろん、大タル爆弾Gクラスの特大のやつ。

 レイナードもライシュンも慌てて止めようとするが、もう遅い。

「なるほど。お二人とも、私の事をそのように思っていたのですね」

 寒冷期の雪山並みの寒さが、ぞぞぞぉっと背中に。

 暑さとは関係のない汗が、だばだばと二人の額から流れ出した。

 これはまずい、非常にまずい。どれくらいまずいかわからないくらいにまずい。

 どうにかしてこの状況を打開しなければ。

「お待たせなのにゃ」

「ですのにゃ」

 捨てる神(村長)あれば拾う神(アイルー様)ありとはこの事か。窮地に陥っていたレイナードとライシュンに、救いの手が差し伸べられる。

 四人の冷麺を持って、クラマとイブキが厨房から出てきたのだ。

 昼食がきたとあって、ラルクスギアもとりあえずは腰を下ろす。

 過ぎ去った嵐に、レイナードとライシュンはほっと一息つく。

 が、

「明日から、楽しみにしててくださいね」

 アイルー様が差し伸べてくれた手は、時間制限付きだったようです。

 そんな三人の姿を肴に、村長はこの上ない笑顔で割り箸を割った。

 

 

 

 まるで地獄に落ちたような顔をしていたレイナードとライシュンだが、冷麺を一口すすった瞬間に目の色が変わった。

「う、うまいぞ。ライシュン殿」

「まさか、これほどとは思いませんでした。レイナード殿」

 劇画チックになるほど驚いている二人に、大げさすぎでしょとラルクスギアも一口すする。

 すると、

「あ、おいしぃ」

 先ほど弄ばれた事もどこへやら、素直な感想がぽろりとこぼれた。

 そして、それを聞き逃す絢菜ではなかった。

「にししぃ。おいしいっしょ~。どうなのよ~、ラルクちゃ~ん」

 絢菜が厨房の奥から、猫なで声でラルクスギアに感想を求めてくる。

 もちろん、ここで無視しちゃっても全然いいのだが、それはなんというか……。正当な賞賛や賛美は受けてしかるべしであり、権利でもある、なんて思っているので、

「お、おいしい、と言ったのです」

 恥ずかしがりながらも、ラルクスギアはしっかりと口にしたのであった。というか、予想以上に美味しすぎて不当に貶める事はおろか、イチャモンを付ける事すら許されないレベルである。

 なるほど、これならここまで混むのも頷ける。レイナードとライシュンも絢菜の料理に舌鼓を打ちつつ、めったに見られないラルクスギアの貴重な表情についつい頬を緩めるのであった。

「そういえば、蘭雪と翔くんはどうしたんですか? 今朝から見かけないんですけど」

 ラルクスギアに飽きたらしい絢菜が、厨房からひょっこりと現れた。

「あれ、まだお客さんかなりいたよね?」

「もうピークは過ぎたし、レイナードさんに心配してもらうほどじゃないって。今のアサマとトキワなら、任せてても大丈夫。まぁ、最初の頃は、お察し……って感じだったけどねぇ」

 そこには並々ならぬ苦労があったのだろう。絢菜は明後日の方向を見ながら、感慨深げに窓の外を眺めていた。

 店の奥の方からは、アサマとトキワの悲鳴が聞こえてくるが、これも絢菜の愛の鞭なのだ。…………きっと。

「それよか、蘭雪と翔くんは?」

「お二人なら、日の出前から採集クエストに出かけましたよ」

 話を戻した絢菜の質問に答えたのは、既に冷麺を半分ほどたいらげた村長だ。

 同じタイミングで食べ始めたはずなのに、三人より明らかにペースが早く、三人とも目を見開いて驚いている。

「採集って事は、何か足りないんですか?」

「えぇ。キノコや山菜を、とにかくいっぱい、と頼んでおります」

「ライシュンさん、商会の方でだいぶ揃えたって言ってませんでしたっけ?」

「さすがに、村の特産品まではそろえられませんよ。うちの商会は、この近辺の商人と取引してませんから」

 話を降られたライシュンは、水を一杯飲みながら答えた。

 元々、黄商会はロックラックを中心に活動している商会だ。今回が特殊なだけで、ユクモ村近辺は基本的に活動範囲外なのだ。

 にも関わらず、かなりの量の物資を運搬できる能力もたいがいであるが。

「てことは、今日は二人っきりなわけか。間違いでも起こればいいのに」

「それは無理だよ。二人のオトモも付いて行ってるからねぇ」

 絢菜のつぶやきに、今度はレイナードが突っ込みを入れる。

 すると絢菜は『……あ』と間の抜けた声を漏らした。

 だが待て。ヤマトはともかくとして、ナデシコならわかっているはず。あの子が上手く立ち回れば、翔と蘭雪を二人っきりにし、あわよくば一線を越えちゃったりなんかも……。

 ──これなら、砂狼のおじさんにはナイショで、ライシュンさんに媚薬でも仕入れてもらえればよかった。

 そしたら、それをナデシコに渡して、昼食でも夕食でもいいから蘭雪か翔かもしくは二人の料理に盛らせて。私のバカ、なんでこんな完璧な作戦をもっと早く思い付かなかったのよ! と、絢菜は今更ながらにがっくりと肩を落とすのであった。

 だがまだだ。まだきっとチャンスがあるはず。

 今からでも、彼氏作りたいから~とか適当に言い訳をでっち上げて、ライシュンに媚薬を仕入れてもらえば、また二人でクエストに行くときにナデシコに持たせて。

 ふふふ、完璧じゃない。ふぇっへっへっへぇ~。

「李さん、気味の悪い笑いはやめてください」

 おっと、と絢菜はラルクスギアに言われて、いつもの笑顔でにぃ。

 村長達のテーブルを見てみると、ラルクスギア、レイナード、ライシュンの三人は微妙に引きつった笑みを浮かべていた。

 どうやら、自分の完璧な計画を想像している内に、とてもお客さまに見せられないような、アレな顔になっていたらしい。

 それはそうと、そろそろ厨房の方から断末魔の悲鳴が聞こえ始めた。注文の量が減ってはいても、まだそこまで体力が持たないか。

「そろそろ限界っぽいから、一旦厨房に戻るわ。イブキがちょろまかす酒代も確保しなきゃいけないし」「にゃっ!?」

 別のテーブルの方から、気まずそうなイブキの鳴き声が……。

「それじゃあ、ごゆっくり~」

 絢菜は四人に手を振り、再び厨房の中へと消えていった。

「相変わらず、にぎやかな人だねぇ」

「何を言っているんですか、レイナードさん。食事くらい、静かにいただきたいです」

「そりゃ、ラルクスギアさんは弄られっぱなしですから。腹も立つというものでしょう」

「ライシュンさん……」

「あらあら。うふふふふふふ」

 二人のハンターと一人の証人のやり取りに、村長は相変わらずよくわからない笑みを浮かべる。

 祭当日も、この三人のようににぎやかに執り行いたいものだ。

 すると入り口の方から、見覚えのある人影が入ってきた。村の運営をしている職員ではあるのだが、どうにも様子がおかしい。

 職員は村長のすぐ近くまで駆け寄ると、耳元で囁きかける。

 すると、村長の表情が、がらりと変わった。楽しそうだった笑みは幻のように消え去り、普段ならば絶対に見かける事のない鋭い眼差しを職員に向けている。

 職員は最後に、すこしぼろぼろになっている小さな紙切れを村長に手渡した。

「わかりました。すぐに受け入れて上げてください。怪我人には、治療の準備も。それと、赤い狼煙(のろし)を上げてください」

 手紙を読んだ村長は即座に指示を出し、職員を向かわせる。

 そしてそれを聞いていたハンター二人は、村長以上に険しい表情をしていた。

「赤い狼煙って」

 と、レイナードが。

「それに、その手紙……。古龍観測隊からの緊急連絡の手紙」

 と、ラルクスギアも呟く。

 

 赤い狼煙と、古龍観測隊。

 この二つから導かれる答えは、一つしかない。

「お二人とも、すぐに戦闘の準備を」

 村長は席を立ち、威厳のある声で二人に命じた。

「只今を以て、ユクモ村は非常事態宣言を布告します」

 ユクモ村に──いや、ユクモ村を中心とした一帯に、ユクモ村史上最大級の危機が訪れようとしていた。




 初めましての人初めまして、久しぶりの人お久しぶりです。絶賛忙しい年末を送る予定の蒼崎れいです。
 さーて、前回に引き続いて今回もやってます。卒研とか公募とか自分の方の連載とかもあって超忙しいですけど。誰か、私を褒めて……。

 そんなわけで、いよいよ大詰めなよ感がしてまいりました。今回は今までよりちょこっと長くなるかもしれません。だって、だって、アイツがアイツでアイツがアイツするんですから、いつもよりスペシャルでも全然いいよね☆

 はぁぁ、弄られるラルクさん可愛かったなぁ。レイナードは尻に敷かれてたけど。てなわけで、次の方がすぐに書いてくれる事を祈って、さようなら~。


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第21話 (著:獅子乃 心)

 繁殖期【秋】の香りを徐々に増していく渓流の木々は朱や黄に染まり始めている。

 渓流の流れには綺麗に染まった葉が、まるで上等な着物の模様のように鮮やかで、モンスターが生息するような人の手が中々入らないが故に残る自然の美しさを表しているようだ。

 一行は渓流の最西部に位置する開けた場所にいた。

 

「しかし村長のうっかりって怖いよな。一番重要なとこが抜けたりするから」

 

 断崖区域を抜け、天然の吊り橋を渡りきった翔はふぅと息を吐きながらぼやいた。

 

「ギャップとは時に武器ににゃるのにゃ。蘭雪もしっかり覚えておくにゃ」

 

 翔の後方。殿(しんがり)を務める蘭雪の脇にぴったりとくっついているナデシコが妙な事を言う。

 

「何言ってるんだ、ナデシコ?」

 

「いえ、こちらの話ですにゃ」

 

 当然疑問に思う翔とその脇にいたヤマトが首を傾げて見るも、ナデシコはただ首を振るだけだった。

 そもそも翔、蘭雪、ヤマト、ナデシコのいつものメンバーが祭りの準備も終盤という時にわざわざ渓流まで出向いたのかと言えば、理由は村長にある。

 村長のうっかり――と言うのも改修工事で手一杯で、もてなしの料理の材料集めを忘れていたらしい――によって山菜採りをお願いされたのだ。

 他の同業者(ハンター)達は軒並み地元へ帰っていったか、一番風呂を楽しみに風呂の完成を待っている。

 再び何かしらの依頼をするのも気が引けるし、在中のハンターでもっとも渓流を熟知しているのが翔を除いて他になかったのもある。

 そんな理由(ワケ)で少し困った笑みを浮かべた村長にお願いされて仕方なく出向いたという訳だ。

 

「この際仕方ないわ。さっさと片付けて、そして美味しいもの作ってもらいましょ。私たちには当然その権利があるハズだもの。あ、それならちょっと多めに採っておいた方がいいかもしれないわね」

 

 タダ飯が食べられるかもしれない、そんな理由で翔が答えるよりも早くに依頼を受けた蘭雪ではあるが今回ばかりは翔ありきの依頼だ。気分的に気楽だからかまだ見ぬご馳走によだれを垂らす始末だ。

 

「自分も依頼を受けたのに人任せかよ……。まぁ俺の経験とヤマトの鼻があれば難なく集められると言えばそうなんだけどな。でも数が足りるかどうか……」

 

 繁殖期【秋】と言えばのびのび育った作物が豊富に採れる。農場で栽培が難しい物も渓流を利用すれば難なく手に入る。だが今回のお目当ては格が違うのだ。

 

「ドスマツタケはな、そう易々と手に入る代物じゃ――」

 

 呆れながら首を振る翔の言葉を遮るようにヤマトが騒ぎ立てる。

 

「やった! やったニャ! ご主人ご主人! ドスマツタケがあったニャ!」

 

「――って言ってるそばからでかしたヤマト!」

 

 (くだん)の代物。翔たちのお目当てはドスマツタケというキノコの中では最高級の値段で取引される食材である。

 その味も然ることながら遭遇率の低さが値段の高さに繋がっている。

 その遭遇率と言うのが驚くことに伝説の素材と謳われる火竜の逆鱗を凌ぐとも言われている。

 人の手で栽培が出来ない以上は自然の物を自力で手に入れるしかないが、手に入れることすら敵わない。そんな食材をこうも簡単に引き当ててしまうヤマトは幸運だったと言える。

 実際のところ秋ともなればそれなりの数が発見されるので火竜の逆鱗を凌ぐと言うのは言い過ぎなのだが。

 

「まずは一本にゃ。依頼ではこれを10本と書いてあるにゃ」

 

「幸先がいいな。泥だらけになって初めて一本。納期をギリギリになってようやく達成ってのがいつもなのにな……」

 

「これは何かあるかもしれないわね……例えばヤマトがジャギィに食べられちゃうとか」

 

「ニャ、ニャニャニャンて事を言うのニャ! このボクに限ってそんな事あ、あああるワケニャいニャ!」

 

「嗚呼ヤマト、可哀想ににゃ。せめて骨くらいは拾ってあげるにゃ。骨まで食べられてたら諦めるにゃ」

 

「そ、そんニャご無体ニャ~」

 

 幸先のいいスタートを切った一行は翔の引率で採取をはじめるのだった。

 

 

 

 

 

 日が頭上をとっくに通り過ぎだんだんと朱色に変わり始めた頃、ようやくドスマツタケをノルマまで集めることが出来た。

 渓流という自然とそして彼ら自身の幸運が重なった事で翔たちの道具を入れるポーチの中にはしっかりとその存在が横たわっているだろう。

 

「今年は実りが良かったんだろうな。こんなに早く帰れるなんて滅多にないから」

 

「アンタの言ってたポイントのほとんどに生えてたわよね。毎年これだけ採れるならパパがきっと黙ってないでしょうね」

 

「ボクの鼻も大分貢献したニャ。報酬の3割はボクのものニャ」

 

「アンタはこのクタビレタケで十分よ。それが嫌なら私が直々に採ってきてあげた特産キノコで我慢しなさい」

 

「こんな仕打ちあんまりニャ……」

 

 功労者に対する仕打ちとは思えないが、これでも何度となく互いを助け合った小隊(チーム)である。あくまで言葉のキャッチボールと言う奴で、冗談だと分かっている。

 ……冗談のハズである。

 

 一行は依頼数よりも僅かながら多めに採ったドスマツタケを含む多くの山菜で道具入れ(ポーチ)に携えながら渓流区域を北東に進み木々の茂る、如何にもキノコが群生していそうなポイントを最後に依頼を終えることにした。

 

「そう言えば翔って料理出来るじゃない?」

 

「何だよ藪から棒に。たまにはお前が作ってくれるのか?」

 

 珍しくジャギィの影もない静かな渓流を進みながら蘭雪の問いに翔は問い返す。

 

「これを機に教えてもらうとか、不器用ながらお手製の料理を作る……なかなかポイントは高いにゃ」

 

 ぶつぶつと口を挟むナデシコの言葉は誰にも理解できないのであまり深く考えないのがこの小隊(チーム)の暗黙の了解になりつつある。

 

「違くてさ。毎日違うものが出てくるしレパートリーとかどのくらいあるのかなって。ユクモ村(ここ)にきて大分経つけど同じ料理でも工夫されてるし」

 

 ああ。そういうことか。顎に手を添えながらこれまで作ってきた自分のレシピを思い返す。思えば物心ついた頃から両親があまり近くにいない生活を過ごしていた。近所の人に持ってきてもらったおすそ分けを真似し始めたのがきっかけだったような。

 

「ご主人のご飯は何を食べても美味しいニャ! ボクがお世話になる頃には今と同じくらい美味しかったニャ!」

 

「親父もお袋も忙しかったからなぁ。最初は村長とか近所の人に助けてもらってたけどあんまり世話になるのも迷惑(アレ)だったし、下の奴らの手前だ。兄貴としての」

 

「あれ、ちょっとストップ。レパートリーの話は一旦休憩」

 

 今日はいつにも増して唐突な話題転換が多いな。翔はそんな事をボヤキながら蘭雪に視線を向ける。

 そんな彼女はいつになく興奮気味でもう怒ってるのかテンパってるのかよくわからない。

 

「アンタ兄弟いたの!? 初耳なんだけど!? 弟? 妹? ねぇ!? どっち!?」

 

「お嬢がいつになく荒ぶってるニャ。触らぬお嬢に祟り(ニャ)しニャ」

 

「荒ぶれば鬼人、静まれど鬼人にゃんて言われてたのを思い出したにゃ」

 

 ここが狩場だと忘れてもらうのは困るのだが反応するモンスターが一匹も。それこそどこにでも湧いて出るブナハブラですら顔を出さないからか蘭雪の大声を咎める者はいない。

 咎めたくともヤマトじゃ反撃が怖い。ナデシコは……宛にならないか。

 

「……両方だよ。二卵性の双子。お前の一歳(ひとつ)年下(した)

 

 瞬間天高く拳を振り上げ勢いよくガッツポーズしながら奇声を上げる。

 

「な、なぁナデシコ。アイツどうしちゃったの? ドキドキノコでもつまみ食いしたのか?」

 

 こっそりとナデシコに耳打ちをすると、つぶらな瞳がまっすぐと翔の方を向いた。

 

「違うのです翔さん。蘭雪は一人っ子で周囲には年上の人しかいにゃい環境で育ったにゃ。私は蘭雪のオトモににゃる前から知ってるにゃ。きっといつか年下の兄弟やそれに近しい関係を結ぶことに飢えてたんだにゃ」

 

 考えても見ればロックラックに遠征した時にも感じた。商店を開いていた親父や雲雀。それに村に来ている来来亭の主人や絢菜さん。こっちに来ても俺やラルク姐さんと考えてみれば周囲では最年少かもしれない。

 

「なるほどな。気持ちはわからんでもないな」

 

「姐さんもお嬢のお姉さんって感じだニャ。たまには世話を焼いてみたくなるものニャ」

 

 世話を焼かれまくっている猫はさておき。

 沈静化しつつあるテンションで蘭雪は肝心な事を聞き忘れていた。

 

「ふぅ、忘れるところだったわ。貴方の兄弟は一体全体何処にいるのかしら。一回も見たことないし離れて暮らしてるんでしょ?」

 

「あ、うん、まぁ、そうだな。遠い。遠いな。結構ある」

 

 勿体付ける翔に不信感を覚えた蘭雪は追求する。

 

「別にいいわよ。どうせこの祭りが終わっても何日か駐留するハンター達(ヤツ)はいるんだし、私達は何かしらの目的があって狩りをしてるって理由(ワケ)でも無いんだし。この前みたいにキャラバンとかの護衛でもしながらのんびり顔でも見に行こうじゃないのよ」

 

 渓流区をとっくに抜け、ついには森林区域まで入ってくるも彼らは当の目的を忘れて話し込んでいた。

 蘭雪がウキウキしながら顔を見たがる翔の兄弟達。残念なことにそう簡単に会えないことを心苦しくもお伝えしなければならない。

 

「アイツらはちょっとした事情があってなぁ」

 

「うん」

 

 同調するように蘭雪は頷いて相槌を取る。

 

「いや、俺もどうかしてるとは思うんだけどさ」

 

「うんうん」

 

 話に聞き入っている。もう時間の問題かもしれない。

 

「その、な。アイツら今ドン――――」

 

 

 

 ――――クェェェェェェッ!

 

 

 

 その時だった。翔の黒とはまた違った輝きを持つその瞳が一心に翔を見つめている時、先程まで自分達が通ってきた方向。渓流区へと繋がる入口からガーグァが群れをなして雪崩込んで来たのだ。

 邪魔だとばかりに一行を押しのけるガーグァの群れに、ぼーっとしていたヤマトが真っ先に跳ね飛ばされた。

 ナデシコは既に彼らの進路上から離れた位置で様子を伺っているが、咄嗟に反応出来なかった蘭雪を進路上から突き飛ばすも自身は迫り来るガーグァにもみくちゃにされる。

 

「な、一体何の騒ぎよ。さっきまで影も形も無かったってのに」

 

 跳ね飛ばされて目を回しているヤマトの介抱に向かったナデシコがこの事態について分析する。

 

「さっきまでが静か過ぎたのにゃ。普段ならキャンプを出たところでガーグァぐらい見るはずにゃ。ケルビもいにゃければ、ジャギィもいにゃい。どう考えても異常にゃ」

 

 まるで大津波が来る直前に一斉に潮が引く様な。

 何かしらの運動には予備動作が入る。これがもしそうなのであれば。

 

「まさか。ガーグァが何かに脅かされただけでしょ。それくらいで大騒ぎ……何かって何よ?」

 

「何かって何ニャ?」

 

 フラフラしながら体を起こすヤマトが蘭雪に注目する。

 もみくちゃにされていた翔も埃を払いながら蘭雪に目を向けた。

 

「ちょっと、私に聞かれたって分からないわよ。翔の手帳に載ってないの。いつもの便利な奴」

 

「そんなもん載ってるわけ無いだろ。とにかく依頼は完了してる。予備分の採取は後にして少し渓流を巡回した方がいいだろう。これから行商の一般人もユクモ村に向かってくる。万が一の事を考えるならここで俺たちが食い止めないと」

 

 渓流との付き合いが長い翔でさえこの事態には何か嫌な予感を覚えた。

 翔の提案に逆らう者はなく、皆一様に覚悟を顔に表している。

 もうこれはただの採取クエストではない。

 責任を果たす。誰もがそう思った時だった。

 

 

 

 ――――ギャオ! ギャオ! ギャオ!

 

 先程ガーグァが雪崩込んだ入口に現れたのは一匹のジャギィ。

 瞬間、それぞれが自分の武器に手を添える。

 一匹であればなんてことはない。だが誰もがそれで終わるなんて安直な思いを抱いてはいない。

 水の少ないこの区域(エリア)にビシャビシャと水面を叩く音が大きくなっていくのを感じる。

 こんな時はどうすれば良かったのだろう、一つに纏まるのか、それとも散開し回避に専念し様子を探るのだったか。

 

 入口に人と同じくらいの影を見つけた。

 それはジャギィの群れを束ねる者。ドスジャギィ。

 ドスジャギィは入ってくるなり咆哮しながら前にいたジャギィを突き飛ばしてこちらへと向かってくる。

 

「全員散開ッ! 仲間を呼ばれたら面倒だぞッ!」

 

「翔ッ! あれ見てッ!」

 

 ドスジャギィから距離をとるために横っ飛びに飛んだ翔は蘭雪の指差す方を見る。

 そこには翔たちの誰にも目もくれず、ただもう一つの入口の方へとひた走るドスジャギィの後ろ姿があった。

 

「何なんだ一体……。俺たちが見えてなかったって事は無いだろ?」

 

「ボク、アイツと目があったニャ。いつもギラギラしてる癖に何かに怯えてたニャ」

 

 駆け寄ったヤマトが主人にぴったりとくっついてすがる。

 ヤマトまでおかしくなった理由ではない。ここにいる皆が皆わけがわからない。

 視界に映った縄張りを荒らす害虫に何をするでもなくただ走り去った。

 まるで――――。

 

「――――アイツ、何かから逃げてたんだニャ」

 

 ガーグァの群れ、ドスジャギィ、そしてヤマトの言葉が嫌な予感をより確固たる物へと変えていく。

 その時蘭雪が注意を呼びかける。指はあの方向を指している。

 

 ――――ギャオ! クェェェ! ギィギィ! ――――

 

 雪崩込むモンスターに種族の垣根は無かった。

 今までどこに隠れていたのだろう。

 ガーグァ、ジャギィ、ケルビ、ブナハブラ、ファンゴその他諸々。

 ただ一様に何者かから逃げるように、我先にと。

 翔たちは眼中になく、ただの一度も攻撃を仕掛けてくるような素振りも見せなかった。

 その一団が過ぎ去った後。また渓流に嫌な静寂が戻った。

 もう前にも後ろにも、その姿を見せるものはいない。

 一行はただその入口一点だけを見つめていた。

 

「ハ、ハハハ……これでただのアオアシラだったらお笑いよね。クルペッコとかならわかるけど」

 

「クルペッコにゃら声真似で大型のモンスターを模倣すればあるかもしれないにゃ」

 

「でしょ、臆病風に吹かれて馬っ鹿みたい。あのドスジャギィも私たちも」

 

 冗談だ。冗談のつもりだ。冗談であってほしい。

 声が震え、脚が竦み、見えざる驚異に怯えている。

 ただその状況下に一人きりではない事だけが唯一の救いかもしれない。

 それから何秒たったのか。何分かもしれない。時間の感覚など等に忘れてしまった。

 嫌に長い間静寂が保たれていた。聞こえるのは自身の鼓動と息遣いのみだ。

 だが三度(みたび)それは訪れた。今度は大きい。

 各々が自然と武器にまた手をかける。本命であればここで食い止める。

 ズシ、ズシ、ズシ。明らかに大きな足音。それも早い。

 

「来たぞ、お出ましだッ!」

 

「私から行く。みんなは怯んだ隙に飛び込んで!」

 

(おう)ッ!』

 

 先程までの弱気はどこへ行ったのか。それとも一周回って吹っ切れたのか。

 そんな事は誰にもどうでもよかった。何よりも目の前の敵を排除する。それだけだ。

 弓使い特有の間合いを計り、ギリギリと弦を絞る。

 飛び込んでくる、放つ、倒れる、飛びかかる――――。

 彼女の頭の中では先の展開がシュミレートされていく。

 

 

 

 そして、目標は入口をこじ開けるようにその巨体を表した――――。

 

「これでも、喰らいなさいッ!」

 

 飛び込んできたのは青熊獣(アオアシラ)。その青い巨体は怒りと思しき感情で満ち、既にトップスピードでこちらへと迫る。

 蘭雪はシュミレーションのとおり、瞬時にその眉間に照準を定め、限界まで絞られた弦を放す。

 

 ――――ガァアアアアアアアアアッ!

 

 勿論モンスターと言えども奇襲攻撃には対応できない。

 照準通りとは言えないが前足の付け根に深々と刺さった矢が、その青い巨体を横転させる。

 

「行くぞお前らッ!」

 

『ニャア!』

 

 作戦通り。翔たちは武器を手に走り出し、もがくアオアシラ目掛けて突撃する。

 

 

 

 だが、その瞬間。苦しむ獲物は落雷によって止めを刺されることになる。

 必然、彼らもその衝撃によって弾き飛ばされ事態を理解できない。

 唯一。その射程から離れていた蘭雪だけがその姿を見る事が叶った。

 

「――嘘でしょ。なんでまたアイツが」

 

 落雷と同じ色をした碧色の鱗。稲妻の様なその鋭角な姿。

 この地で再び相見える事になるとはそこにいた誰もが予想していなかった。

 

「ジンオウガ……なるほどな、通りで他の奴らが逃げ出す理由だ……」

 

「ご主人、しっかりするニャ! 姐さん、手伝ってニャ!」

 

 なかなか立てないでいる翔の頭の中ではこれまでの事が全て一つに繋がっていた。

 この辺じゃ奴に敵うモンスターはそういない。まさに頂点。

 そんな奴が何処からか知らないが縄張りを広げてくれば必然。他の弱い生き物は住処を追い出され逃げる他生き延びる手立てはない。

 そんなことを考えながらジンオウガの足元見る。

 青い毛皮を黒焦げにされた肉塊の表面にはやはりところどころ血が出ている。

 最後まで抗いながらも敗走していた。そして、俺たちにかち合ったと。

 

「悪いことしちまったな。まぁ結局アイツを相手に逃げ切れたかなんて目に見えてるけど、なァ!」

 

 ポーチから取り出していたペイントボールをジンオウガ目掛けて投げつける。

 弧を描くでもなく、真っ直ぐに飛来したそれはジンオウガの顔面で弾けた。

 瞬間、辺りに独特の香りを振りまきその存在を周囲に認知させる。

 ただ、この侮辱的行為を多めに見るほどジンオウガは寛大じゃなかった。

 

 ―――ウォオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!!!!!!

 

 先ほどの落雷以上の衝撃を鼓膜に感じる。

 その咆哮はまさに周囲を震撼させるようだ。ユクモの山々を轟かせる。

 

「ちょっと翔、アイツ怒らせてどうするのよ!?」

 

「閃光玉も無けりゃ罠の一つも無い。つまりアイツからは逃げられっこない。例え逃げられてとしても近隣の村が襲われちゃハンター(オレたち)のいる意味なんてない。覚悟を決めるしか無いんだ」

 

「ご主人の自棄っぱちにはほとほと呆れるニャ。だけどボクはついてくニャ」

 

 ジンオウガに注意を払いながら翔に蘭雪は猛抗議する。

 幾らなんでも装備の十分でない今戦う意味は無いとさえ思っていた自分には衝撃だった。

 男達の案に賛成すべきか、無理矢理にでも撤退すべきか。

 命がかかる以上は、全員で行動した方が生存率は高いに決まっている。

 決死でジンオウガを退ける事に専念するか。様子を見て全力で逃げるか。

 

「蘭雪。今回ばかりは相手が悪いにゃ。翔さんやヤマトはああ言ってるにゃ。けど私は蘭雪の一番に従うにゃ」

 

 動くなら早いほうがいい。ジンオウガは確実に怒り狂っている。

 ましてあの時と同じ個体ならば尚更見逃してくれる訳がない。

 無双の狩人。誰が読んだか知らないが、あの目は確実に私達と同じ目をしている。

 

「アンタ達、言ったからには本気(マジ)になりなさいよ! ……ごめんねナデシコ。アイツらのサポートお願いね」

 

「畏まったにゃ」

 

 翔に続いて蘭雪とナデシコも武器を構えた。彼らの準備は整った。

 全員の眼差しがジンオウガに向かうと、これを待っていたように巨躯が構えを取る。

 そして――――。

 

 ―――ウォオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!!!!!!

 

 宿命とも呼べる戦い。いまジンオウガとの戦いの火蓋は切られた。




新年明けましておめでとうございます。

……と言うには少し遅めでしたね。今話担当の獅子乃です。

前回のお話から続けてみると、あれ?こんな話だっけ?ってなるでしょう。
まぁ作戦ですね。ゆるっと始まる系で緊張感を解く作戦です。
こんなに時間を空けたのも作戦……な訳がないです。すいません。

その辺の繋がりの為にもう一度前回を読んでいただければ幸いです。

さて今回のお話。サブタイトルをつけるなら「再来」とかでしょうか。
何だかいや~な予感しかしないですねぇ。
これからどうなっちゃうんでしょう。楽しみですねぇ。

ジンオウガと言うとあの後ろに目でもついている様な範囲のでかい攻撃や、こちらの動きに合わせて転がった先にパンチをかましたりと中々手こずった記憶がありますね。
現在発売中のモンスターハンター4にも登場するということで獅子乃も遅ればせながらお年玉で3DSと一緒に購入しました。
いいですね、遠くの人と気軽に楽しめるのは。でも田舎の友人達は持ってないんだな……。
関係なかったですね。私事でした(苦笑)

さて、次回はサザンクロス先生ですね。
結構無理難題をお願いしてしまっているところがあるので頑張って欲しいです。
それでは閲覧してくださったみなさん、今年も[MONSTER HUNTER ~紅嵐絵巻~]とASILSをよろしくお願い致します!

21話担当の獅子乃でした。


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第22話 (著:サザンクロス)

「うぉっと!」

 

「にゃっと!」

 

 バチチチッ、と電磁音を放ちながら迫る雷光球を避け、翔とヤマトは視線を前へと向ける。そこには翡翠色の雷狼竜、ジンオウガの姿があった。雷光球をかわした一人と一体を睨みながら鼻面に皺を寄せ、剥き出した歯の間から剣呑な唸り声を漏らしている。

 

『グルル……』

 

 威圧するように顎を開き、足を踏み鳴らす。鈍く輝く牙は数多の獲物を屠り、鋭利な爪は数多の敵を切り裂いた。その巨体から放たれる威圧感は筆舌に尽くしがたい。それこそジンオウガと対峙している翔が己をちっぽけな存在だと思って竦んでしまうほどに。

 

「何やってんのバカ! ぼさっとしてんじゃないわよ!」

 

 ジンオウガのオーラに呑まれそうになった翔を現実に引き戻したのは相棒の蘭雪の声だった。翔から少し離れたところから矢を射ってジンオウガの注意を自分に向けようとしている。彼女の傍らではナデシコが火の点いた小タル爆弾を頭上に持ち上げていた。

 

「ナデシコ!」

 

「にゃっ!」

 

 アルクセロルージュの弦を限界まで引き絞る蘭雪の隣でナデシコが体を大きく反らした。ジンオウガ目掛けて矢が放たれ、小タル爆弾投げられる。飛矢はジンオウガの頭部に吸い込まれるように飛翔するが、ジンオウガは僅かに頭を下げて矢を角で受け止めた。

 

 カキン、と甲高い音を立てて矢が地面に落ちる。少し遅れて飛んできた小タル爆弾をジンオウガは鬱陶しそうに前足で踏みつけた。文字通り、押し潰された小タル爆弾がくぐもった爆破音を奏でる。当然と言うべきか、ジンオウガにダメージはない。

 

『オォォォンッ!!』

 

 不意にジンオウガが奔り出す。標的は目の前に立っていた翔とヤマトだ。

 

「にゃんと!?」

 

 ヤマトは慌ててジンオウガの進路上から離れたが、そこでぎょっとする。翔がその場から動いていないからだ。額に汗を滲ませ、骨刀【豺牙(さいが)】を握る両手に力を込めながらジンオウガを凝視している。

 

「ご主人!!」

 

「バカ! あんた何やってんの!?」

 

 ヤマトと蘭雪の声が飛ぶが、翔は逃げようとしない。もう、ジンオウガはそこまで迫ってきている。後一歩でジンオウガの鋭爪が届くというところで漸く翔は動いた。

 

「はあああっっっ!!」

 

 横へと跳びながら渾身の力で豺牙を振り抜く。いわゆる、移動斬りというやつだ。豺牙がジンオウガの前肢へと叩き込まれる。だが、刀身を通して伝わってきた感触は途轍もなく硬かった。

 

(切れてない!)

 

 甲殻を浅く引っ掻いただけだ。内側の肉には届いていない。翔はそれ以上の追撃をせず、横に跳んだ勢いそのままに転がってジンオウガから距離を取った。

 

「冷や冷やさせんじゃないわよ!」

 

蘭雪の怒声に悪い! と短く応えながら翔は豺牙を構える。その横にヤマトが並んだ。

 

「ご主人、無理はしちゃいけにゃいにゃ。今の僕達は一発でももらったらもうアウトにゃ」

 

「あぁ、分かってる」

 

 とてもじゃないが、状況は芳しいとはいえなかった。今回、翔達はジンオウガを討伐に来た訳ではない。採集依頼、それも村長の頼みで来たのだ。当たり前のことだが、大型のモンスターと戦うことを前提とした準備などしていない。

 

 十全に準備をしていても勝てるかどうか分からない相手。応急薬の類も無いので、一撃でも喰らえばその時点で詰みだ。近距離で戦う翔はどうしても及び腰になってしまう。遠距離が可能な蘭雪は積極的に矢を射掛けているが、それだけではジンオウガに効果的なダメージを与えられない。

 

『オォォォン!!!』

 そして翔達の事情などお構い無しに無双の狩人は攻撃の勢いを緩めない。強靭な四肢による俊敏な動きで翔とヤマトへと迫る。左右に散った二人の間に飛び込み、右前脚でその巨躯を持ち上げた。

 

「ヤマト!」

 

「ニャ!」

 

 翔は後ろに飛び退きながらヤマトに声を飛ばす。主の声に短く応えながらヤマトも後ろへと下がった。次の瞬間、二人の眼前を鞭のようにしなる尾が掠めていく。凄まじい風圧が真正面から叩きつけられるが、体勢を崩すほどのものではない。

 

「せぁっ!!」

 

「おうニャ!!」

 

 宙へと跳び、着地したジンオウガの前脚に向けて二人はそれぞれの得物を向ける。翔は鋭い突きを繰り出し、ヤマトはボーンピックを振り下ろす。硬質な音が鳴った。やはり、ジンオウガの体に傷をつけることは容易ではないようだ。口の中で小さく悪態をつきながら翔は後ろに下がるのと同時に太刀を振り抜く。

 

 ザシュ!

 

 この一撃は効いたようだ。上手い具合にさっきの突きが当たった所と同じ所を斬ったらしい。僅かに血を流す前脚を見て、ジンオウガは怒りの声を上げる。距離を取った翔に飛びかかろうとするが、鼻先に迫る矢がそれを許さなかった。

 

「私たちを無視してると」

 

「痛い目を見るにゃよ?」

 

 投げられた小タル爆弾の導火線の火から出る白煙が弧を描く。ジンオウガの肩辺りで小タル爆弾が炸裂した。弾けるように鱗が飛び、剥き出しになった肉に蘭雪の矢が突き刺さる。前脚に続いて血が流れ出すが、ジンオウガに怯んだ様子は無い。

 

『ガルルル!』

 

 寧ろ、更に激昂した様子で物騒な唸り声を上げていた。不意にジンオウガの背中が輝き始める。

 

「雷光球だ!」

 

「分かってる!」

 

 誰が狙われてもいいように全員がかわせる体勢になった。

 

 その場から跳び上がり、全身を捻りながらジンオウガは一発目の雷光球を放った。続けて跳躍し、空中で方向転換して二発を撃ち出す。一発目は蘭雪へと、二発目は翔に迫っていった。

 

 かなりの速さだが、避けられないものではない。特に距離を取っている蘭雪は回避が容易だった。アルクセロルージュを握ったまま走り、余裕を持って雷光球を避けた。

 

 一方、翔は走って避けられるほどの距離ではなかったので横に転がってかわそうとする。が、その瞬間、雷光球の向きが変わった。それも翔の避けた方に。

 

「なっ!?」

 

「「翔|(さん)!?」」

 

「ご主人!?」

 

 電磁的な炸裂音と共に雷光球が弾ける。その直撃を受けた翔は吹き飛び、ごろごろと転がっていった。骨刀【豺牙】も翔の手から離れ、くるくると宙を回りながら地面に突き刺さった。漸く止まっても、翔は地面の上に倒れたまま起き上がろうとしない。

 

「翔、何してんの! 早く起きて!!」

 

 矢継ぎ早に射り続けながら蘭雪が声を飛ばすも、翔は声にならない声を上げながら這い蹲っていた。時折体が痙攣し、同時にバチバチという音が聞こえる。属性やられ状態、という奴だ。

 

「ご主人がびりびりしてるニャ!」

 

 当の本人は必死で起きようとしているのだが、笑ってしまうほどに体が言うことを聞かない。針金で全身を雁字搦めに縛り上げられてしまったかのようだ。

 

「ご主人、避けて!!」

 

 ほとんど悲鳴に近いヤマトの声に反応し、動かない体でどうにか横に転がる。真横の地面に巨大な爪がめり込んだ。更に翔を間に置くようにもう一本の前脚が下ろされる。顔を真上に向けると翡翠の双眸と視線がかち合った。口の間から覗く牙が鈍く輝く。

 

「マジかよ……!」

 

 大きく開かれた顎が翔に襲い掛かった。咄嗟に翔は指先に触れていた拳大の石を掴んだ。火事場のバカ力というやつなのか、翔は属性やられ状態を振り切ってその石をジンオウガの口の中へと捻じ込む。

 

『オォン!?』

 

 口内に異物を入れられ、ジンオウガは一瞬目を白黒させた。が、それも本当に僅かのことだったので、翔はジンオウガの拘束から抜け出せなかった。しかし、その少しの間に一匹のオトモが主の危機を救う。

 

「ご主人から離れるニャ!!」

 

 言うや否や、ヤマトはジャンプしてジンオウガの顔へとしがみ付いた。突然、視界を塞がれたジンオウガはヤマトを振り解こうと暴れ始めた。その場で飛び跳ねたり、恐ろしい唸り声を上げながら顔を滅茶苦茶に振り回したりと凄まじい荒れっぷりだ。負けじとヤマトも全力で爪を食い込ませ、ジンオウガに噛り付いている。

 

「ナイスよ、ヤマト!」

 

 がむしゃらに動き回るジンオウガの爪が翔を襲う寸前、走り寄ってきた蘭雪が翔に肩を貸した。

 

「ほら、立ちなさい! ナデシコ、豺牙取ってきて!」

 

「にゃ!」

 

 まだ足を上手く動かせない翔を引き摺るように運ぶ蘭雪。ナデシコは少し離れたところに突き立っていた豺牙を器用に引き抜き、頭上に持ち上げながら蘭雪に並ぶ。

 

「ニャー!!」

 

 背後から聞こえたヤマトの悲鳴に全員が振り向く。宙を舞うヤマトと体を沈ませるようにして力を溜めるジンオウガ。世界がスローモーションのように遅くなっていく中、ジンオウガの放ったショルダータックルがヤマトを吹き飛ばした。もろに体当たりを受けたヤマトはゴム鞠のように飛んで行き、木にぶち当たって地面の上に大の字に転がった。気絶しているのか、ピクリとも動かない。

 

『ガオォォォ!!!』

 

 顔にしがみ付かれたのが余ほど癇に障ったのか、ジンオウガは翔達の方へは目もくれず、ヤマトへと狙いを定めた。

 

「止めろぉぉぉ!!!」

 

 翔の声に止まるわけも無く、ジンオウガは四肢に力を漲らせる。蘭雪は翔を放してアルクセロルージュを構えようとするが、今からではジンオウガを止めることは無理だ。最悪の光景が脳裏を過ぎる。

 

「全員、目を閉じて!」

 

 絶望を切り裂いたのはその場にいないはずの者の声だった。反射的に全員が目を閉じると、爆発的な光が周囲一帯を照らした。瞼越しでも目を焼かれそうな光量だ。翔達にはそれが閃光玉の光だとすぐに分かった。光が晴れ、目を開く。

 

『オォオン!?』

 

 閃光の直撃を受けて悶えているジンオウガ。

 

「大丈夫かい、皆」

 

 目の前にはぐったりしているヤマトを小脇に抱えたレイナード・コルチカムが立っていた。

 

「レイナードさん? 何でここに!?」

 

「悪いけど説明は後でね。閃光玉も長時間効果がある訳じゃないし。この子は気絶してるだけだ。すぐに戦線復帰は無理そうだけどね。翔君は……属性やられか」

 

 採っておいて正解だった、とレイナードはある物を取り出し、翔の口へと放り込んだ。

 

「むごぉっ……に、苦い。これは?」

 

「ウチケシの実だよ。これで雷属性やられを解消できるよ」

 

 レイナードの言うとおり、翔は蘭雪の助けが無くても動けるくらいには回復していた。筋肉が引き攣るような感覚も無い。

 

「はい、これ」

 

 応急薬や携帯食料などの最低限の道具を渡し、レイナードは翔達に背を向ける。

 

「僕はここで時間を稼ぐ。その間に君達はこのエリアを抜け、ベースキャンプに戻って態勢を整えておいてくれ」

 

「一人で、ですか?」

 

 心配そうな声の蘭雪に大丈夫、とレイナードは笑って見せた。

 

「こう見えて僕、今まで一度もクエストリタイアをしたことが無いんだ。それに、一人で討伐する訳じゃないしね。さ、行って」

 

「……蘭雪、行こう。今の俺達じゃ足手まといになるだけだ。レイナードさん、時間稼ぎお願いします」

 

 レイナードに頭を下げ、脇にヤマトを抱える翔。ナデシコから豺牙を受け取り、鞘に戻して走り出す。蘭雪も少し躊躇うような素振りを見せ、すぐにナデシコと一緒に翔を追い始めた。

 

「行ってくれたか。聞き分けが良くて助かった」

 

 さて、とレイナードは前を見る。視界が回復したのか、ジンオウガは燃えるような瞳で赤い乱入者を睥睨していた。

 

(この大陸に来てから初めての大型モンスターか。焦るなよ。慎重に確実に、だが恐れずに)

 

 己に言い聞かせるように胸中で呟き、レイナードは片手剣を構えた。同時にジンオウガの咆哮が周囲に木霊した。

 

 

 

 

「ふっ!」

 

 小さな呼気と共に得物のハイドラバイトをジンオウガの右後ろ足に叩き込む。それ以上の追撃をせず、レイナードは後ろへと下がって鬱陶しそうに振るわれる尾をかわした。

 

 肺に溜まった空気を吐き出しながらこちらを振り返るジンオウガと対峙する。目立った外傷は無い。さっき、翔達がつけた傷もほとんど塞がってしまっていた。その尋常じゃない回復力に内心で舌を巻くレイナード。ただ、右後ろ足はレイナードが攻撃を集中させているため血を流していた。

 

(成るほど、これがジンオウガ、『無双の狩人』か……確かに他の大型モンスターとは一線を画しているな)

 

 通常の飛竜種や大型の鳥竜種とは違う四速歩行での行動。翼を持たないので飛行することは不可能だが、地上での動きは他のモンスターを凌駕している。攻撃のどれもが苛烈であり俊敏だ。特に雷光虫を利用したものは雷属性に弱いザザミシリーズにとって大きな脅威といえる。

 

(でも、やれないことはない)

 

 ジンオウガの跳びかかりを避けつつ、振り返る前にその後ろ足を片手剣で斬って距離を取る。その素早い動きを捉えるのは容易ではないが、隙が全く無いというわけではない。甲殻や鱗も強固ではあるが、武器が通らないわけではない。現に翔達やレイナードの攻撃も小さくはあるがジンオウガに傷を与えている。翔と蘭雪、そしてレイナードが協力すれば決して倒せない相手ではなかった。

 

(彼等が逃げる時間も十分に稼いだし、僕も早いところ離脱したいけど)

 

 そう易々と逃がしてくれるはずもない。レイナードは頭の中で撤退する算段を立て始めた。

 

(アイテムはジンオウガ討伐の時まで温存しておくべきだな。必要最低限で切り抜けるしかない)

 

 再びジンオウガが突進してくる。ギリギリでかわすレイナード。レイナードの真横を通り過ぎていったジンオウガは地面を削りながら方向転換しようとするが、斬られ続けた後ろ足がうまく動かずにその場にどうと倒れた。ジンオウガの間抜けな様に面食らうも、レイナードは機を逃さずにジンオウガに近づいて頭部に連撃を入れる。痛みに悲鳴のような唸り声を上げてジンオウガはもがいていた。

 

 不意にジンオウガの体が持ち上がった。起き上がると判断し、後ろに下がろうとするレイナードの目の前でジンオウガが跳ね起きた。そのまま流れるような動きで全身を持ち上げ、薙ぎ払う尾の一撃を放つ。

 

「ぐっ!!」

 

 咄嗟に盾を構えてレイナードは直撃を免れたが、衝撃を受け止めきることは出来ずに後方へと吹き飛んだ。背中が地面を削るのを感じながらレイナードは後転の要領で体勢を直し、どうにか止まった。

 

(油断したか)

 

 立ち上がりながらレイナードは盾を持った左腕を確認する。盾越しに尾を受けた左腕は痺れ、暫くはまともに動かせそうに無い。今もほとんど脇にぶら下がっているような状態だ。

 

(これは早目に離脱したほうが良さそうだ)

 

 次の攻撃を喰らえば唯では済まないだろう。レイナードはより一層注意してジンオウガの動きを観察する。今はレイナードを睨みながら唸るような動作を繰り返していた。背中の甲殻が輝き、その光に誘われるように周囲から雷光虫が集まってきている。

 

(そうか。狩猟記録に書かれていた光る玉って言うのは雷光虫のことだったのか)

 

 過去、レイナードはジンオウガに関する狩猟記録を読んだことがあった。目撃例や相対したハンターが少ないだけに信憑性はかなり怪しいが、そこではジンオウガの周囲を飛び回る光る物体について書かれていた。村を発つ前にそのことを思い出したレイナードは、その光る玉を光蟲か雷光虫の類だと予想し、ここまで来る途中にあるものを調合しておいた。片手剣を腰に戻し、レイナードはそれを取り出してジンオウガ目掛けて投げる。

 

 放物線を描きながら飛んでいったそれはジンオウガの鼻面に当たり、紫色の煙を周囲に撒き始めた。俗に毒けむり玉と呼ばれるアイテムだ。本来は普通の攻撃では粉々になってしまい、まともに剥ぎ取りが出来ない小型の虫型モンスターの素材を集める時などに使う。殺虫剤としても優れていて、一般の主婦層からも需要があるとかないとか。

 

 毒けむり玉と言っても、虫を殺す程度の効果しかない。なので、大型モンスター相手に使ってもほとんど意味は無い。だが、ジンオウガの周囲に集まっていた雷光虫を殺すには十二分だった。

 

(よし。これで雷光虫を利用した攻撃は出来ないな……ん?)

 

 ふと、レイナードはジンオウガの体が微かに揺れていることに気づく。最初は気のせいかと思ったが、走り出す際の動きに精彩が欠けていたことから確信した。

 

(毒状態になったか。傷をつけられるし、状態異常にも出来る。一瞬でも気を抜けばそれまでだが、やはり倒せない相手じゃない)

 

 レイナードの使っている片手剣、ハイドラバイトの刀身には毒を吐く鳥竜、イーオスの素材が使われている。そのため、斬った対象を毒で侵すことが可能だ。大型モンスター相手にはそれ相応の手数が必要だが、一旦毒状態にさえ出来ればそれなりの効果を期待できた。

 

 その後のレイナードの行動は素早かった。まず、毒で動きが鈍っているジンオウガの視界を閃光玉(支給品)で潰し、その間に移動中に作っておいた落とし穴を仕掛ける。

 

『オォォォン!!!』

 

「よし、来い……」

 

 小さく囁きながらレイナードは吼えるジンオウガを凝視する。その迫力たるや、すぐに回れ右をして逃げたしたくなるほどだ。しかし、背を向けずにレイナードはジンオウガを見据える。走り出す巨体。轟音と共に迫ってくるモンスターを前にレイナードは逃げない。その牙が届く寸前、ジンオウガは設置された落とし穴に物の見事に嵌った。

 

『オォン??!』

 

「よし!」

 

 体全体を動かして落とし穴から抜け出そうとするジンオウガにレイナードはまずペイントボールをぶつけた。周囲に独特の臭気が広がる。次にレイナードは眠り投げナイフを投げつけた。これもまた移動中に調合したものだ。一発、二発と当てていく内にジンオウガの動きが鈍っていく。そしてついには前脚を投げ出し、落とし穴の中でいびきをかき始めた。

 

「……」

 

 レイナードは音を立てないよう慎重に後退り、ジンオウガが見えなくなったところでベースキャンプに向けて走り始めた。

 

 

 

 

『オォォォォォォン!!!!!!』

 

「「「!!」」」

 

 怒りに満ち満ちたジンオウガの咆哮がベースキャンプにまで届いていた。その声に一瞬身を竦ませ、翔と蘭雪は顔を見合わせる。

 

「大丈夫よね、レイナードさん?」

 

「信じるしかないだろ……」

 

 二人が会話を交わしていたその時、ベースキャンプの入り口に赤い人影が現れた。

 

「や、遅くなってごめん」

 

 気さくに手を上げ、流石に疲れたよとキャンプの中で座り込む。

 

「レイナードさん、大丈夫だったんですか? いや、それ以前に何でここに?」

 

「それを含めて説明するからちょっと休ませて。いくら時間稼ぎに徹してたとはいえ、ジンオウガと戦って少しきついんだ」

 

 その上、レイナードはここまで一度も休まずに走って戻ってきた。その疲労はかなりのものだろう。二人は黙ってレイナードが息を整えるのを待った。暫くして、レイナードは自分がここに来たわけを話し始める。

 

「モンスターの大量発生、ですか?」

 

「そう。そのモンスターの中で最大の脅威がジンオウガなんだ。君たちがモンスターと遭遇してることを考慮して、村長が僕に君らと合流するよう頼まれたんだ。まさか、ジンオウガと戦っているとはね。ちょっと予想外だったよ」

 

 レイナードから話を聞き、二人は言葉を失う。自分たちの想像を超えることが起き、理解が追い付いてない様子だ。

 

「……何で、そんなことが起きたのかしら?」

 

「それは分からない。ジンオウガが山奥から出てきたことが関係していると思うけど、詳しいことは調査してみないと。あぁ、村のことは心配しなくても大丈夫だ。ファリーアネオ女史を筆頭にハンター達が防衛にあたっている」

 

 それを聞いて二人は胸を撫で下ろした。ラルクスギアの強さがどれほどのものか二人は知っている。彼女ほどのハンターが守ってくれるのなら村は安全だろう。

 

「ところで、二人とも準備はいいかい? 僕がここまで来たのは君たちと合流して、ジンオウガを討伐するためだ。さっき戦ってみてやれないことはないと思うけど、相当厳しい戦いになると思う。やれるかい?」

 

 レイナードの問いに翔と蘭雪は静かに頷いた。二人が見てきた中で、ジンオウガは最大の脅威となるモンスターだ。その脅威が周囲の村、そして自分の村のユクモ村に被害を及ぼす可能性がある以上、二人に逃げ出すという選択肢はなかった。二人の返事にレイナードは頷く。

 

「なら、早く行こう。一応、離脱する寸前にペイントボールをぶつけておいたけど、何時まで効果があるか分からないからね。オトモは連れて行くことができないからここに置いていかなきゃいけないけど」

 

「何なら、あっしが村まで連れて行きましょうかい?」

 

 割って入ってきた声に三人は振り返る。そこには一匹のメラルーが立っていた。笠に合羽、眼帯に咥えた枝というまるで渡世人のような恰好をしたメラルーだった。

 

「ってか、あんた誰よ。ここに戻ってきた時から気になってたけど、あまりにナチュラルに混ざってたから名前聞くの忘れてたわ」

 

「自己紹介がまだでやっしたか。こいつは失礼を……大きなタルと三度笠、人呼んで転がしニャン次郎とはあっしのことですにゃ」

 

「彼にはアイテムをここまで運んでもらったんだよ。本来は依頼の途中で採取したアイテムを運んでもらったりするんだけど。ところでニャン次郎くん。村まで連れて行くって言ってたけど、具体的にはどうやってやるつもりだい?」

 

「そりゃぁ、タルの中にアイテムと一緒に放り込んでごろごろと」

 

 ジンオウガの一撃で大ダメージを負ったヤマト。更にタルに放り込み、村まで回りながら戻るというのは余りに酷というものだ。ここはヤマトの主の翔が首を振った。

 

「気遣いはありがたいけど、止めておこう。ナデシコ、ヤマトのこと頼む」

 

「了解ですにゃ」

 

 では、あっしはアイテムを、とニャン次郎は翔達が採取していたアイテムを片っ端からタルの中へと放り込む。全部入ったのを確認し、蓋をしたタルを倒してその上に飛び乗る。

 

「皆さん、お気をつけて。皆さんの帰りを村でお待ちしておりやすにゃ」

 

 そう別れを告げ、ニャン次郎はタルをごろごろと転がしながら去っていった。悪路を何のその。水溜りだろうがでこぼこ道だろうがお構いなしに走っていく。

 

「……凄い足腰してるわね、あいつ」

 

「……そうだな」

 

「何してるんだい、二人とも。ほら、早く支給品を確認して」

 

 何とも言えない、微妙に緊張感に欠ける空気の中、翔達は準備を整えて戦場へと足を向けた。




ども、こんばんわ、サザンクロスでっす。
長らく待たせて申し訳ございません。どうも俺は書くのが遅くていけない……。

今回はジンオウガとの戦いの序盤を書かせていただきました。碌な準備も無い、装備も決して良いとはいえない。ほとんど初見な上に相手は圧倒的に格上。どんな無理ゲーだって話ですよね。

属性やられの描写が難しかったですね。あれ、ゲームやってても実際にどんな感じなのか見当つかないんですよね。

この話ではレイナードさんに活躍していただきました。ジンオウガを相手にアイテムを駆使し、一人で時間を稼ぐという結構な重労働をしてもらいました。書くのが俺じゃなければもっと活躍できただろうに……すまない。ただ、一つ言い訳をさせてもらうなら、僕、モンハンやる時、ほとんど落とし穴とかのアイテム使わないのですよ。それこそ、回復薬とか砥石とかしか。

ま、こんな子供以下の言い訳は置いといて、次はキノンさんの担当回です。次回はどんな話になるのでしょう。楽しみに待っててください。

では、サザンクロスでっした。



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第23話 (著:五之瀬キノン)

 

 

 

 

 

「騒がしいのう……ヒック、うい……」

 

 瓢箪に入った酒を煽り、大浴場受付でのんびりと過ごすギルドマスター。彼の周りは何人もの人が慌ただしく駆け抜け往復を繰り返す。

 今走っていった集団は大工の連中か。大方モンスター侵入を防ぐ為のバリケード建設といったところか。

 

「……嵐じゃのう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずらりと周りを取り囲むジャギィにラルクスギア・ファリーアオネは鋭く視線を飛ばしていた。対しジャギィ達も姿勢を低く保ち彼女の隙を伺っている。

 頭数は、ざっと数えて六匹ほど。数的不利は否めない。が、実力と経験からすればラルクスギアにとっては全く問題ない。彼女は手元の斧モードでスタンバイしているスラッシュアックス――ハイボルトアックスの柄近くに取り付けられたコッキングレバーに手をかけた。

 直後、それを隙と見たのか二匹が時間差で飛び出してくる。良い観察眼と判断力だ。

 確かにラルクスギアのこの行動はジャギィ達にとっては無意味な行動に見えたのかもしれない。だからこその全力特攻。片方は地を蹴って飛び上がり、もう片方は低い姿勢を保ったまま大きく顎を開いて迫ってくる。

 だと言うのに、ラルクスギアは焦ることもなくただただそれを待っていた。まるで罠にかかった獲物を見るような眼光で。

 ジャギィ二匹が近付いて来るタイミングに合わせ、ラルクスギアがレバーを引きながらハイボルトアックスを振り上げる。ガシャン、と音が鳴り斧がスライドして柄の方へと仕舞われた。入れ替わりにスライドして飛び出して来たのは、巨大な刃。スラッシュアックス特有の機構を用いた変形による攻撃だ。

 刃に真っ赤な闘気が纏われた剣モードのハイボルトアックスが、飛び上がっていたジャギィを真っ二つに斬り上げる。辺り一帯には、鮮血が雨の様に降り注いだ。

 しかしラルクスギアは返り血も気にする素振りすらなく、すぐさま刃を返して今度は懐に飛び込もうとしていたジャギィへと刃を振り下ろす。斬と皮が裂け血が吹き出し、たったの一撃であっさりと地面に息絶えて崩れ落ちてしまった。

 あまりに圧倒的。そして、あまりに可憐。蒼の奏者が紅のオーロラを()くその光景は、芸術かもしれなかった。

 本能的動物の彼らにそれが理解できたのかどうかは不明だが、ラルクスギアにとって一瞬の隙は最大の好機。空いていた距離を素早いステップであっさりと詰め、二匹まとめて横になぐ。刃に触れた途端に雷撃が(ほとばし)り、痛みと痺れがジャギィへと襲いかかる。錐揉みしながら吹き飛んだ二匹は何度も地面を跳ね、せり出していた岩肌にぶつかって絶命した。

 スラッシュアックスを丁度振り切り残心する彼女の背後から、更に二匹が突撃してくる。

 だが、慌てない。すかさず振り向いた彼女は、今度はコッキングレバーを押し込む。再び刃がスライドし飛び出してくる斧。振り向きざまに体の回転する力も使い、ラルクスギアは全力でハイボルトアックスを振り回した。長いリーチを誇る斧の先端が重々しくジャギィの喉笛を裂き、それが大きく真上へと振り上げられたかと思えば、大上段まで持ち上がった斧は最後の一匹を狙って降下を始めた。

 瞬間、地面を叩き割ったかのような衝撃が、手の内に広がる。その中に、僅かに固い物をかち割る手応えが一つ。ジャギィ達は全て、手も足も出ずに皆地に伏していた。

 次の敵は──。周辺を見渡しても何も出てこないのを確認し、ラルクスギアはようやく一息ついた。

 現在ラルクスギアが守っているのは、渓流方向に繋がるユクモ村の道──それも村からかなり離れた場所。つまりは、防衛戦線の最前線に位置していた。

 かれこれ三時間、断続的に小型モンスターが流れ込んできており、休憩という休憩は殆ど無いに等しい。と言っても本来の狩場に比べれば遥かに楽だった。油断は出来ないとは言え、常に大型モンスターと何時間も対峙し続ける訳ではないし、奇襲に気を付けて少しずつ体を休めれば良い。

 そんな自分の心配よりも、ラルクスギアは渓流へと向かった二人と二匹の方を遥かに心配していた。村雨 翔と黄 蘭雪だ。村長のお使いということで渓流に素材集めへ出かけた二人は、多分このモンスター大行進の元凶を見てしまうに違いない。心配の種はそれだ。

 

「お二人のご心配ですか?」

「あ、そっ、村長……!? 危険ですよッ!? こんな場所まで来て……」

 

 後ろから聞こえてくる穏やかな声。しかしそこには凛とした覇気がしかと纏われ、いつものほほんと微笑んでいる村長の姿には程遠いその人、久御門 市がいた。

 

「おご心配には及びませんわ、お二人も。そして、この(わたくし)も」

 

 シャーン、と一つ市が手に持った薙刀の石突きを地面に突くと、刃の根元に付けられた鈴が音を鳴らす。

 

「彼らは必ず、帰ってきます。私達が信じなければ、彼らは悲しんでしまいますよ」

「……えぇ、そうですね。翔くんや蘭雪くんを信じてあげれないなんて、私もまだまだみたいです」

「うふふふ。反省して次に活かすことができれば、失敗というものは大きな宝でもあります。お大事になさって下さい」

 

 コロコロとこんな状況でも人を安心させてしまう笑みを振舞う村長を見てラルクスギアは舌を巻いて苦笑した。自分みたいな若造(これ大事)は、結局村長から見れば子供と同じなのだから。

 

「ラルクスギア様、恐らくですがこの先、大型モンスターも来る可能性があります。心しておいて下さいまし」

「はい。ご忠告、感謝します」

 

 村長はニッコリ笑うとまた村へと引き返す。ラルクスギアはその後ろ姿を眺めてゾクゾクとした高揚感にも似た感情を抱いていた。

 久御門 市の構える薙刀は、どこをどう見てもあのジエン・モーランの素材を使って作られた太刀だ。つまり、彼女はあの収穫祭に参加できるだけの実力を持っていたことになる。なるほど、自分以上に狩場を知り尽くしている訳だ。纏う覇気も、射抜く双眸も、並な訓練では手に入らない鋭いものだった。

 

「これは、負けられないなぁ……」

 

 ラルクスギアは、村長が自分よりも遥高みに位置する存在に見えてしまった。それは現役ハンターとして、引退した元ハンターに劣っていることを意味する。

 尊敬はある、だがその反面悔しくもある。追いつくべき目標であると同時に、村長(彼女)は越えなければならない壁でもあるのだ。

 

「さぁて、いったい貴方はどこまで、私を高みに導いてくれるのかしら……?」

 

 ゴウ、と突風が頬を撫でた。ラルクスギアの上空から飛来する大きな影が彼女に迫る。

 見上げれば、そこには大きな翼をはためかせた赤き竜が一匹。青い瞳をギラギラと輝かせ、ラルクスギアを睨み付けていた。

 

 ――――ゴアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 空の王者、リオレウス。火竜の名を冠された巨大な飛竜が、ラルクスギアの前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拠点(ベースキャンプ)を再び出た翔と蘭雪、そしてレイナード。三人は南の切り立った崖を抜け狭い岩穴を潜っていた。

 

「確か、この先は筍の取れるところだったな」

「ああ、あのアイルーとかが一杯いる……」

 

 翔の一言に合点がいった蘭雪がなるほどと手を叩く。何度か足を運んだ覚えがあり、そこが野生のアイルー等の住処になっているのだ。肉食系のジャギィ等が入ってくることはなく、そこのエリア内だけは日夜ほのぼのとした空気が流れている。

 

「……にしてもアイルー達多くないか?」

 

 ぽっと翔がこぼす。彼の目から見て、今日ここにいるアイルー達は以前より数が多く、メラルーも多く混じっている。

 

「そう、よね。ここら辺一体の皆が逃げ込んでいるのかも」

 

 あながち、予想は間違っていないようだ。

 いつもならハンターが来ても知らんぷりして日光浴を楽しんでいるアイルー達も、今回ばかりはなるべく集団になって周囲を警戒しているようだ。野生の本能によるものか、皆『渓流』の不安な空気を感じ取っているらしい。ハンター達をに敵意のある視線を向けているのも、その影響だろう。

 

「急ごうか。いつ気分を変えて、突っ込んでくるかわからないしね」

 

 レイナードの言葉に頷いた二人は足早にエリアを抜けていく。アイルー達は知能を持った種だ。オトモアイルーという存在があるように、相手にするのは少々骨が折れる。なまじオトモを連れている二人だからこそ、相手にはしたくなかった。

 

 

 

 差し掛かったのは気の蔦だけで出来た吊り橋。この先からペイントボールの微かな匂いが漂ってきている。

 

「中々、刺激的な橋だね……」

 

 ここは正式にエリア間移動の道に登録されている場所。渡りきることで崖の上にある台地へ移ることができる。ハンター達の体重ならきちんと支えられるが大型モンスター等は話が別で乗った瞬間に橋が千切れ落ちるだろう。

 レイナードが何度か足で体重をかけて安全と見ると進みだした。やはり初めて見るからには警戒心が高くなるのだろう。ペースが遅いということはないがその足取りは慎重だ。対し翔はもう何度もこの空中回廊を渡っているので問題はない。手すりのように渡された蔦に捕まることもせずにひょいひょいと軽々進む。

 

「おーい蘭雪。早くしろよぉ」

「わ、わかってるわよ!! あ、こらっ、揺らさないでってば!!」

「いや吊り橋だから普通は揺れるだろ……」

 

 一方蘭雪はというと、手すりに両手で掴まってそろそろと内股になりながら渡っていた。そして真下を見てしまっては「ひぅぅぅぅ……」とか細い声を出して両目を閉じるのを繰り返している。

 完全なる高所恐怖症である。彼女の場合、いつもならばここは通らないで迂回路を使う。言わずもがな、こんな落ちたら一貫の終わりのような場所を通るのは嫌だからである。

 しかし今回は事情が事情。早期にジンオウガに対処しなければならない以上、時間のかかる迂回路は使わず一直線に向かう必要があった。当然、蘭雪の必死の抵抗は却下されて強行突破を敢行中なのである。

 

「か、かけるぅぅぅぅ……」

「あーはいはい、わかったわかった」

 

 既に涙目で訴えてくる蘭雪に「仕方ねぇなぁ」と翔は近付く。当然、橋は揺れる。

 

「ああぁぁぁああぁぁっっ、かけるっ、ゆらしたら、だめっ、だめだってばぁぁぁぁぁ……!!!!」

「はいはい、怖いからさっさと渡っちゃいましょーねー」

 

 強引に蘭雪の手を取り引っ張って連行。こうでもしないと進まないのでさっさと連れて行くのに限る。後で色々と言われるかもだが、非常事態という心強い言い訳があるのでまぁ大丈夫だろう……多分。

 

「ッ、っっ、ぁっ……!!」

 

 橋が揺れる度にびくびくと震える蘭雪。ぎゅっと両目を閉じて固く翔の手を握る様子は妹のようだった。

 

(妹かぁ……アイツらどうしてっかなぁ)

 

 場違いだと思いつつも翔は大陸を渡った向こうにいる弟と妹に思いを馳せた。双子の彼らは息災だろうか。姉ははしゃぎ過ぎていないか、弟はそれに振り回されていないだろうか。

 久々に会いてぇなぁ、なんて考えながら、ようやく橋の中間に到着する。ここは霧で見えない眼下の谷から生えた、巨木の幹の真上に位置する。ここまで来れば反対側までもう少しだ。

 

「ふぇぇ、まだはんぶんなのぉぉぉぉ…………、」

「お前本当に高所ダメなのな……、」

「人それぞれだからね。翔君、引き続き頼むよ。何か来たら僕がすぐに合図するから」

「うっす、頼みますよ」

 

 再び前へ。後ろで蘭雪がいやいやと首を横に振って最後の抵抗をした。いっそのこと手を離して置いていくべきか本気で悩んだが、こんな高所で残しておくのも蘭雪にとっては地獄も当然なので無理やり引っ張った。とりあえず、色々治まった後で文句言われるだろうなぁ、と翔は遠くなさそうな未来を思い描くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく、向こう岸が見えてきた。蘭雪は目を閉じているのでわかってはいないようだが。

 

「ペイントボールの匂いがまだ少しある。気づかれないよう慎重にね」

 

 先行するレイナードが僅かに腰を落として橋を渡り終える。

 ジンオウガの影は風上に当たる北側。まだこちらには気付いていないらしく、山の下へと視線を向けて立っていた。蘭雪がようやく落ち着いたのを確認して、レイナードはハンドサインを送る。

 役割は事前に決めた。初撃は奇襲。ギリギリまで近づき蘭雪の一撃、振り向いた瞬間を翔とレイナードで追撃する算段だ。無論倒せるとは思っていないが相手が油断していれば大きなダメージは与えられる。

 

 蘭雪が弓を構えると同時、翔とレイナードは足音を殺して駆け寄る。剣士の間合いまで残り五歩、その瞬間に力を溜め込まれた矢が放たれ、あっという間に二人を追い越しジンオウガの首元に突き刺さる。

 ヴォゥウォ!? と突然の出来事に狼狽えるジンオウガに、二人の剣士が躍り掛った。一撃目、走ってきた勢いを上乗せし翔は骨刀【豺牙】を上段から叩きつけるように斬りつける。それと同時に、レイナードは幅跳びの要領で飛び上がり抜刀、ハイドラバイトを尻尾の付け根に振り下ろした。

 二人が二撃目を加え蘭雪が四本目の矢を(つがえ)えようとした時、ジンオウガがようやく動き出す。足元の二人から逃げるように飛び上がり、空中で器用に振り向き着地。姿勢を低く構えて喉の奥から小さく唸った。

 

「ハハッ、相当イライラしてんな」

 

 油断なく太刀を構え直し翔はほくそ笑む。初撃の入りは完璧。確かな手応えが今もなお手の中に残っている。見れば斬り付けた後ろの右足には鱗の間から止めど無く血が溢れていた。

 

 チッ、チッ、と舌を鳴らし、太刀の柄を絶えずゆらゆらと揺らしながら自分へジンオウガの視点を誘導して釘付けにする。その間にレイナードがジリジリとジンオウガを中心に円を描くように回り込む。ジンオウガはチラチラとレイナードを見るが何かアクションを起こすことはない。まずは、二人でジンオウガを挟み込む形が出来た。後ろの方で、ギチギチと弓の弦が引き絞られる音が鼓膜を打つ。

 準備は整った。後はアドリブと経験、そして連携を駆使して全力で狩るだけだ。

 静寂を打ち破ったのは、一本の矢が空間を撃ち抜いてゆく風切り音だった。頑強な甲殻を貫かんと、貫通力を秘めた矢がジンオウガに向かって迸った。それと同時に、前後から挟み込むように翔とレイナードも挟撃をかける。

 しかし、ジンオウガは剣士二人よりもさらに早く、自らに向かって飛来する矢に反応していた。振り上げた腕は正確に矢を叩き潰すだけでは飽き足らず、翔までまとめて押し潰そうとする。

 あと一歩で太刀の射程圏まで目前まで迫っていた翔であったが、冷静にそれを見切ってバックジャンプする。これまでに出会った中では、間違いなく最強のモンスターだ。慎重に慎重を重ねて行動しなければならない。

 それに、今回は蘭雪だけではない。ハンターズギルドから派遣されたベテランハンターである、レイナードもいる。それだけで、戦略の幅は大きく広がる。

 翔の代わりにレイナードが、ジンオウガまで迫っていた。ハイドラバイトをコンパクトに構え、先ほど切りつけた尻尾の全く同じ場所へと刃を突き立てようとする。

 だが、同じ手はジンオウガには通用しなかった。なんとジンオウガは翔に視線を向けたまま、背後のレイナードに向かって尻尾を横薙ぎさせたのである。予想外の不意打ちに、見守っていた翔と蘭雪は思わず声を上げる。が、そんな心配は無用だった。

 突然の攻撃にもレイナードは見事に反応し、体の向きを変えてしっかりと盾でガードしたのである。しかも、防御をしながら尻尾の付け根にしっかりと刃を突き立てている。

 予想外の事態に対処できてこその上位ハンター。新米上位ハンターの二人は、本物の上位ハンターの片鱗を見た気がした。苦痛によるものか痺れによるものか、ジンオウガの喉元からくぐもった唸り声が響く。

「二人とも、今はジンオウガに集中するんだ! 絶対に目を離すんじゃない!」

「は、はいっ!」

「すいません!」

 我を忘れてレイナードに見入っていた翔と蘭雪は、すぐさま現実に引き戻された。翔は血を流す右足へと狙いを定めて側面へと回り込み、蘭雪はそれを支援するよう続けざまに矢を放つ。

 ジンオウガは頭を振って矢をはじき、いったん距離をとるために大きくジャンプして三人を視界に納める。仕切り直し、といったところだろう。

 翔と蘭雪もジンオウガを警戒しながら、レイナードのそばまで駆け寄った。

「なかなか、頭の回るモンスターみたいだね。こっちに気付いていない振りをして、攻撃してくるなんて」

「みたいですね。俺も初めて見ました」

「私だってそうよ。まるで、後ろにも目があるみたい」

 雷光虫の明かりが、ぽちぽちと足元で明かりをともす。そしてまた、ジンオウガの体自体もわずかに光を帯び始めていた。

「二人とも、気をしっかりと持って。本番はこれからだよ」

 二人がうなずくのを見届けたレイナードは、アイテムポーチに手を突っ込みつつジンオウガに向かって駆けた。

 

      ◆

 

「何があっても、この場は死守するんだ! ここが破られたら、救援に向かった連中が帰ってこれなくなる!」

「わかってます!」

「おい、弾がなくなったぞ!」

「村にあるだけの弾丸を持ってきてくれ! 早く!!」

 村の麓、山の中腹を通る山道付近に築かれた、即席のバリケード。何層にもわたって構築されたそれは、ユクモ村に本拠地を置く大工衆であるムラクモ組がわずか一時間で完成させたものだ。

 そのバリケードから身を乗り出し、ライトボウガンを構える青年達が二〇人近くいる。しかし、今現在ユクモ村にはそれだけのハンターはいない。

 そう、彼らは本来ハンターですらない。小型モンスターからの村の自衛や、村内の治安維持を目的とした自警団の青年達なのである。

 そんな彼らが手にしているライトボウガンは、村の武器屋がハンター向けに販売している代物である。ライトと名を冠していても、それはハンターが扱う上でのこと。自警団で訓練を受けているとはいえ、一般人にとっては体を壊しかねないほどの反動がある。

 そんな危険な手段にまで出なければならないほど、村の状況は切迫していた。次々と長い階段を下って運ばれてくる、弾丸入りの木箱。団員達はその中へと手を突っ込み、弾丸を装填しては次々と撃ちだす。

 その射線の先にいるのは、ジャギィやブルファンゴといった小型モンスターだ。一匹や二匹ていどなら普段でもたまにあることなのだが、今回は物量が圧倒的に違った。絶命したもの、意識はあるが動けないもの、はたまた体を引きずりながら逃げてゆくもの。まさに、地獄絵図だ。

 地面の色が真っ赤に変わるほどに血がしみこみ、生臭い死臭が鼻を突く。しかし、その臭いを気にしている暇はない。一匹たりとも近づけてはならない。バリケードの内側に入られてしまえば、ハンターでない彼らには対処する(すべ)はないのだ。

 すると次の瞬間、ジャギィの群れの中でひときわ大きな固体が姿を現す。

「ドスジャギィだ! ドスジャギィが出たぞ!」

 討伐されたものや捕獲されたものは見たことがあっても、生きて動いている個体を見るのは初めての者がほとんどだ。

 小型とはいっても、このサイズとなってしまってはジャギィのようにはいかない。

「火力を集中させろ! 早く!」

 すると次の瞬間、二〇近いライトボウガンが、ドスジャギィを狙って一斉に火を噴いた。通常弾と散弾の嵐が、全方位から襲いかかる。

 だが、さすがはボスを張るだけの固体のことはある。ライトボウガンでは、決定打が足りない。全員が弾を撃ちつくした間隙を狙って、ドスジャギィは最後の抵抗を見せた。ボロボロの体に力を込め、バリケードの最奥に向かって大きく跳躍する。

 その巨大な口が今にも頭を噛み千切ろうとしたその瞬間、腹の底まで突き抜けるような轟音がドォォォンと響き渡った。空中のドスジャギィはバランスを崩し、背中から地面に激突する。

 団員達が背後を振り返ると、五人がかりでヘビィボウガンを支える団員の姿があった。

「助かった。ありがとう」

「いや、なんともなくてよかった。それより、どんな具合になっている?」

「見ての通りだ。ぎりぎりで持たせてはいるが……」

 指示を出していた団員は、他の団員達の様子を見やった。誰も彼も、疲労の色が濃い。

 本来ならローテーションを組んで休憩を挟みながら防衛戦に当たりたいところなのだが、防衛戦をしているのはここだけではないのだ。それに、団員達の一部は戻ってきたハンターたちと一緒になって、近隣の集落への救援にも向かっている。

 それぞれがそれぞれに課せられた役割を全うせんと、全力を尽くしている。人数が足りないなどと、泣き言を言って入られないのだ。

「みなさ~ん! おつかれさま~! 差し入れもってきましたよ~!」

 血なまぐさい戦場の空気を払拭(ふっしょく)するかのような、元気な声が団員達の耳に届いた。

「……絢菜さん!? どうしてこんな場所に、早く村まで戻ってください! ここは危険なむぐぅ!?」

「だ~か~ら~、差し入れだって言ってるでしょうが。『腹が減ってちゃ女も落とせない』って、昔の偉い人も言ってるくらいなんだから」

 綾菜はしょうもないことを言おうとしていた団員の口に、無理やりおにぎりをねじ込んでやった。いきなり口に何かを突っ込まれて驚いていた団員も、おにぎりだとわかるともぐもぐと口を動かす。

「んぐぅぅ、それを言うなら、『腹が減っては戦はできぬ』です」

 そして口の中を満たしていたおにぎりを、ごくりと飲み込んだ。やや味の濃い塩味が、口の中いっぱいに広がった。

「なんだ、わかってんじゃないですか。そうです、私達はちゃんと守ってもらわなきゃいけないんだから、自警団のみなさんもしっかり食べてしっかり守ってください。あとこれ、残ってる人みんなで作ったんですから、食べなかったらフライパンでぶん殴りますからね」

 そう言うと、綾菜はおにぎりのいっぱい詰まった木箱をその場に下ろした。ふたを開けると、甘みのある白い煙が立ち昇る。長時間にわたる戦闘ですっかり腹をすかせていた団員達は、次々と差し入れられたおにぎりに手を伸ばした。

「ありがとうございます」

「すっごくうまいです、これ」

 団員達は口々にお礼を言いながら、おにぎりを持って素早く持ち場のバリケードに戻った。さらに上から運んできたヘビィボウガンを、バリケードの上にすえつける作業も始める。まるで、ジエン・モーランのシーズン中のロックラックを彷彿とさせる適度な緊張感と活気。だがこの場に限っては、過剰な緊張感と空元気があるだけだ。

 いや、一匹たりとも通してはいけず、それも本業のハンターはこの場にいないのだ。こうなってしまうのも、仕方がないことであろう。

「じゃあ、私はこれで失礼しますか」

 このままここにとどまっていても、絢菜にできることはない。それこそ、モンスターが襲ってきたら迷惑になってしまう。

 そうなってしまうのは、絢菜の思うところではない。

「夕飯作って待ってますから、お店来てくださいね」

 団員達にそう言って引き返そうとしたその時、絢菜達の頭上を何かが通り過ぎた。

 

 ────ギィィィンンッッッ!!

 

 甲高い金属の衝突音が、耳の奥に飛び込んできた。

 そしてバリケードから十メートルほど離れた場所に、よく見慣れた人物が見慣れない武器を持って佇んでいた。

「絢菜さん、早く村に戻ってください。それと、自警団の皆さんは防備を固めてください」

 ユクモ村の村長である久御門市。その彼女が絢菜もよく知る、しかし決して容易に手に入れることのできない武器を持っていたのだ。剛旋断牙刀【一断】。本当に限られた一部のハンター──G級ハンター──にしか挑むことが許されない、ジエン・モーラン亜種から得られる素材で作られた薙刀。

 それはそのまま、彼女がどれほどの腕前を持っているかというのを如実に語っていた。

 すると突然、村長の足が動いた。上体を全くぶれさせることなくすり足で前へ出ると、 剛旋断牙刀を横薙ぎする。

 いきなり何を始めたのだろう。誰もがそう思った瞬間、空間からいきなり火花が飛び散ったのだ。何もないはずの空間に、何者かがいる。

 絢菜は大慌てで村まで続く階段を駆け上がり、自警団の団員達はボウガンを構えた。

「うふふふふ。まさか、こんな場所でお目にかかれるとは、思っておりませんでしたわ」

 澄んだ空色の刃がひゅんひゅんと空を切り、同時にシャーンと涼やかな鈴の音を響かせる。

「みなさん、お気をつけください。ナルガクルガの希少種です。彼は通常個体や亜種と違って、本当に体を透過させることができます」

 今まで聞いたことのない、村長の鋭い声。団員達の手にも、力がこもった。

 ユクモ村近辺で出現したのは、恐らくこれが史上初めてのことであろう。

「私の指示に従っていただけるとうれしいのですが、よろしいですか?」

 背中から聞こえる肯定の返事に、市は久方ぶりの愛刀の感触を確かめた。

 

 

 ────────ルュゥヮワアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!

 

 鼓膜をつんざくような鳴き声と同時に、ナルガクルガの希少種はその姿を現す。金属にも似た光沢のある毛は、彼らのボウガンでは撃ち抜けないだろう。

 もう決して、自分の目の前では誰も死なせはしない。この村の村長として、元G級ハンターとして、久御門市という自分自身で在るために。

 市は静かに闘気を高め、踏み出す。残像すら置き去りにする勢いで、気高さと壮麗さを兼ね備えた空色の刃が振り下ろされた。




お久しぶりです。キノンです。
第23話、いかがでしたでしょうか? 楽しんでいただけたのであれば、メンバー共々嬉しい思いであります。

実は、というより途中の文章からわかるように途中からキノンではなくれい先生が担当されてます。諸用とか諸々の事情で申し訳ないことにバトンを渡させていただきました。次回こそは頑張って全部書きます。

まぁそれはともかく(開き直り)

今回はちょっとばかし村長のお力が伺えますね。恐ろs……素晴らしいお方です。
ナルガの希少種、友人が狩ってたのを横から見てた覚えがあります。めんどくさそうな相手でしたね。キノンは3DS買う気がないので出会うことはなさそうですけど。

次話はサザンクロス先生。乞うご期待、です。


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第24話 (著:サザンクロス)

その日の彼らの運勢を一言で表すなら、『最悪』に尽きるだろう。

 

 重労働ではあるが、命の危険が皆無の仕事(ユクモ村の温泉街大拡張基礎工事、及び祭りの準備)をすればいいだけの簡単な話だったはずなのに、蓋を開けてみればモンスターの大量発生という異常事態が起こった。

 

 この異常事態にユクモ村に集まっていたハンター達は村長の指示の下、動き出した。まず、ユクモ村までモンスターを入れないようにするための防衛戦線の建設、及び維持。この防衛戦線の先頭に立っているのはハンターだが、バリケートなどを作っているのはハンターですらない村の青年達だ。

 

 防衛戦線に参加してない他のハンターは近隣の村の住民をユクモ村に避難させるため、彼らの護衛をしていた。ここいら一帯で最も大きな村はユクモ村であるが、ユクモ村以外に人の住む場所が無いわけではない。

 

 ユクモ村はともかく、他の小さな村々には大量のモンスターを撃退するだけの力は無い。だからユクモ村へと避難させ、彼らを守ろうとしているのだ。

 

 その二人組のハンターも近隣の村の村民を救援し、ユクモ村へと送り届けている最中だった。そこで二人はこの大陸では出会うはずの無いモンスターと遭遇することになる。

 

 

 

 

「おい、もっと速く走れないのか!?」

 

「これで精一杯ですよ!!」

 

 ガラガラと音を立てながら二頭のガーグァが台車を引っ張っていく。渓流(と言っても、普段翔達が行っているのとはまた別の場所だが)を全力疾走しているため、がたがた揺れる上に時折大きく飛び上がったりした。だが、そのことでハンター二人はもとより、乗っている数人の村人達も文句を言うことは無かった。

 

 それは彼らを追いかけてくるあるモンスターが原因だった。

 

『ギオ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛!!』

 

 木々を薙ぎ倒すようにそれは現れる。所々に深い傷のある濃紫色の甲殻、血に塗れて赤黒くなった白色の鬣が特徴的な鳥竜。黒狼鳥、イャンガルルガというのがそのモンスターの名前だ。

 

 怪鳥、イャンクックと酷似した姿から近縁種とされている。だが、その実体はイャンクックとは似て非なるものだ。まず、特筆すべきはその戦闘能力。非常に堅い甲殻はイャンクックのそれを遥かに凌駕し、並みの武器では切り裂くことは勿論、傷を入れることすら無理だ。嘴も異様なまでに鋭く、堅い地面を易々と穿つほど。

 

 他にもリオレウスのような火球のブレスを吐いたり、毒をもった尻尾を使ってリオレイアのようなサマーソルトを放ってくる。また、非常に狡賢いことでも有名で、落とし穴に引っかかった振りをして即座に抜け出すという狡猾な一面も持っている。

 

 上記のことからも非常に危険なモンスターであることは分かると思うが、それ以上に厄介かつ危険な特徴をこのイャンガルルガは持っている。それは『戦闘』という行為その物を楽しんでいるということだ。

 

 本来、生物が戦うことには何かしらの理由がある。捕食をするためだったり、自身の縄張りを守るためだったりと、理由は多くあれど何かしらの訳があって生物は戦いという行為を行う。だが、イャンガルルガは理由など無く、向かい合った相手に襲い掛かる。ある記録ではイャンクック同士の縄張り争いに介入し、イャンクックを皆殺しにしたという報告もあるほどだ。

 

 高い戦闘能力に加え、この危険な性質もあることからイャンガルルガは飛竜種と同等、もしくはそれ以上に危険な存在として扱われていた。

 

 彼らが遭遇したのもイャンガルルガの危険性を絵に表したような場面だった。クルペッコ、そしてクルペッコが呼び出したであろうリオレイアに止めを刺しているところだ。二頭との戦闘は壮絶を極めたようで、既にイャンガルルガは満身創痍の状態だった。だが、ハンター達を見つけるや否や、イャンガルルガは二体の死体を蹴り飛ばしてハンター達へと向かってきた。

 

 いくら相手が瀕死の状態とはいえ、村人を抱えたまま戦うわけにもいかない。ハンター達は迷わず逃げることを選んだ。それをイャンガルルガが追いかけてきて、そして現在に至るということだ。

 

 そもそも、ここ一帯の地域にいないはずのイャンガルルガが何故いるのか、という疑問が無いわけではないが、考えている暇など無い。今、台車に乗っている村人達の生命は文字通り、二人のハンターにかかっているのだから。

 

「とにかく絶対にスピードを緩めるな!」

 

 御者台に座った新米のハンターに声を飛ばしながら台車に乗っている禿頭のハンターは構えたへビィボウガンに通常弾を装填し、追いかけてくるイャンガルルガに向かって撃ち続けた。せめてもの救いは、先の二頭のとの戦闘でイャンガルルガの脚が鈍っていることだろう。

 

 放たれた弾丸がイャンガルルガの顔面を直撃する。だが、イャンガルルガは足を止めるどころか、怯みすらしない。

 

「くそっ……!」

 

 歯噛みしながら禿頭のハンターは再び通常弾をリロードする。これ以外の弾はもう既に使い果たしてしまった。フットワークを軽くするため、装備を必要最低限にしたのが裏目に出た。

 

 しかし、嘆いている暇は無い。今こうして、目の前にイャンガルルガが迫ってきているのだから今の状態で如何にかするしかない。禿頭のハンターがヘヴィボウガンを構え直そうとしたその時、

 

「うわぁ!?」

 

 新米ハンターの切羽詰った声が聞こえてきた。どうした!? と聞き返そうとすると、台車が凄い勢いで曲がるのを感じた。目の前にいきなり障害物が現れたようだ。しっかりと台車に掴まっていた村人達はともかく、禿頭のハンターは踏ん張りきることが出来ずに荷台から投げ出される。

 

「ぐぅ!」

 

 背中から地面に落ち、息が詰まる。霞む視界で手元から離れたヘヴィボウガンを探した。すぐ横に転がっている。言うことを聞かない体をどうにか動かして掴もうとするも、振り下ろされた足がヘヴィボウガンを踏み砕いた。

 

「……」

 

 恐る恐る視線を持ち上げる。ギラギラと殺意に目を光らせたイャンガルルガと対面した。

 

(死んだな)

 

 殺戮者の圧倒的な姿死を確信する。諦観が全身から力を奪っていった。どこか遠くのほうで新米ハンターが自分を呼ぶ声が聞こえる。行け、とジェスチャーするのとイャンガルルガが鋭利な嘴を振り上げるのがほぼ同時。そのまま標的を刺し貫かんと嘴を叩き付けようとする。その時、イャンガルルガが何かに気づいた。

 

「うおりゃあああああ!!!!!」

 

 大型モンスターにも負けず劣らずの咆哮を上げながらそれは現れた。イャンガルルガの目の前に飛び出すや、その横っ面に渾身の力を込めたハンマーを叩き込んだ。ボロボロの体にその一撃は大きく響いたようで、イャンガルルガは力なく吹き飛ぶ。轟音を上げて巨体が地に沈んだ。一瞬、起き上がるような仕草を見せるも、ぐったりと脱力してそのまま動かなくなった。

 

「……」

 

「大丈夫か、あんた?」

 

 目の前で起こる急展開についていけず、呆然としている禿頭のハンターに彼女(・・)は訊ねる。イャンガルルガ同様、この地域には生息しないモンスター、ドドブランゴの素材で作られた防具、ブランゴシリーズに身を包んだ女性だった。振り抜いたハンマー、コーンヘッドハンマー改を腰へと戻しながら人好きのする顔で禿頭のハンターの顔を覗きこむ。

 

「あ、あぁ、大丈夫だ」

 

「そっか、良かった!」

 

 ぱぁっ、と女性の顔が輝いた。白っぽいブラウンの髪と小さな傷跡のある白い肌。大きな茶色の瞳は星のように煌いている。にしし、と笑った口元から覗いた犬歯が特徴的だ。

 

「いやぁ、レイナードから聞いちゃいたけど、本当に異常事態なんだな。まさか、イャンガルルガなんかがいるなんて……あぁ、そうだ。ちょっとあんた、聞きたいことがあるんだけど、レイナードがどこいるか知ってる? 急いで来たのはいいんだけど、細かい場所まで聞いてなくてさ」

 

 にゃはは、と照れ臭そうに笑いながら女性は問うた。

 

「レイナードって、コルチカムさんのことか。あの人なら坊主と嬢ちゃんを助けるためにユクモ村付近の渓流に行ったが」

 

「そっか。教えてくれてありがと! 今、この周辺にモンスターの匂いは無いから安全だと思うけど、避難するなら急いだほうがいいぞ」

 

 じゃな! と片手を上げ、女性は禿頭のハンターが示した方へと走り出す。おい! と呼び止めようとするも、既に女性の姿は木々の間へと消えていた。

 

「……まるで嵐だな」

 

 礼を言う暇も無かった、と禿頭のハンターは小さくぼやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後の閃光玉、行くよ!」

 

 声と共に投げられた閃光玉がジンオウガの鼻先で炸裂した。放たれた光がジンオウガの視界を奪い、その動きを制限する。

 

「うおおおぉぉっっ!!」

 

 翔は力強く踏み込みながら太刀をジンオウガの尾へと振り下ろした。堅牢な甲殻と鱗に守られていた尾だが、今は翔とレイナードの攻撃によって内側の柔らかな肉が剥き出しの状態になっている。切り落とすまでもう少しだ。

 

(切れる!)

 

 刀身を通して伝わる肉を切り裂いていく感触に翔は確信を抱き、骨刀【豺牙】を振るう両腕に力を込めた。一撃、二撃と尾に骨刀【豺牙】を打ちつけ、ジンオウガの傷を更に深いものにしていく。

 

「はぁっ!!」

 駄目押しに翔は気刃斬りを放つ。赤いオーラを纏った刀身が残光を描き、ジンオウガの肉を確実に削いでいった。

 

「翔、危ない!」

 

「えっ?」

 

 ラッシュをかけようとするが、後ろから飛んできた蘭雪の声に翔の動きは止まる。何故、と思いながらも体は相棒の忠告を素直に聞き入れ、大きく後ろに跳んでジンオウガから距離を取っていた。一拍置いて、さっきまで翔の立っていた場所にジンオウガの前脚が叩きつけられる。

 

「なっ!?」

 

 ぎょっとしながら視線を持ち上げると、目に怒りの炎を燃やすジンオウガと視線がぶつかる。その目は明らかに翔を捉えている。

 

「翔、閃光玉の効果時間が短くなってるから注意して!」

 

「分かった!」

 

 蘭雪に返事をしながら翔は前転し、飛び掛ってきたジンオウガの巨躯をかわす。鼻面に皺を寄せ、剣呑な唸り声を出しながらジンオウガは目線で翔を追った。再び襲い掛かろうとするが、それは鼻先を掠めるよう飛んできた矢によって阻まれる。蘭雪が矢継ぎ早に射かけ、翔が態勢を立て直す時間を稼いでいた。

 

(分かってはいたけど、そう簡単にはいかないか)

 

 少し離れた所で、忙しそうに両手を動かしながらレイナードは表情を険しくさせる。手元を一切見ずに調合が出来るのは長年培った経験の賜物か、それとも元々器用だからだろうか。今、作っているのは生命の粉塵だ。調合が難しい上に手間がかかるかなり貴重なアイテムだが、ジンオウガを相手に貴重だなんだと言っていられる場合じゃない。

 

 彼の視線の先では翔と蘭雪がジンオウガと渡り合っていた。翔が豺牙を閃かせ、ジンオウガが爪牙を振るう。蘭雪が矢を放ち、ジンオウガは雷光球で応戦する。正しく、一進一退といった感じだ。

 

(戦い始めてかなりの時間が経過している。何も言わないけど、二人の疲労も相当なものになってるはずだ)

 

 このまま戦闘を続ければ、ジンオウガよりも先に二人の体力が尽きてしまうだろう。何かここで、戦況を変える一手が必要だ。既にかなりの数のアイテムを使ってしまっている。この状態から状況を打破するためにはどうすればいいか。一、二秒考え込み、レイナードは作戦を考え付いた。

 

「二人とも! これからシビレ罠を仕掛けるから、もう少しだけジンオウガを引き付けておいてくれ!」

 

「はい!」

 

「分かりました!」

 

 疲れなど感じさせない、威勢のいい二人の返答に頷きながらレイナードはシビレ罠をセットするのにベストな場所を探し始める。すると、ジンオウガの目がレイナードへと向けられた。

 

『グオォォン!!』

 

 本能的にレイナードの行動を脅威と感じ取ったのか、ジンオウガは狙いをレイナードへと変える。だが、

 

「お前の相手は!」

 

「私達よ!」

 

 二人のハンターがそれを許さない。翔は豺牙でジンオウガの顎を斬り上げる。柔らかな鼻面に豺牙の切っ先が奔り、ジンオウガの動きが一瞬だけ止まった。その刹那を逃さず、蘭雪は渾身の力で引き絞っていた弦を放す。撃ち出された矢は空気を切り裂き、ジンオウガの脇腹辺りに突き刺さった。

 

『ガオォォ!!』

 

 自身の動きを邪魔され苛立ったのか、ジンオウガは前脚で前方を薙いだ。既に後ろへと下がっていた翔はジンオウガの前脚をかわし、逆に頭部に一撃を叩き込んだ。

 

「よし!」

 

「翔、下がって!」

 

 翔がどいたのを視認してから蘭雪はアルクセロルージュを上空に向けて射る。曲射と呼ばれる攻撃だ。弧を描いて飛んでいった矢は重力に従って落下、ジンオウガの頭上で炸裂して無数の礫を降り注がせる。上からの攻撃を避けれず、礫の直撃を受けたジンオウガは堪らずにがくりと体勢を崩した。

 

「二人とも、こっちに!」

 

 レイナードの呼びかけに二人は構えていた武器をしまい、声のしたほうへと駆け出す。ジンオウガはぶるぶると全身を震わせると、二人を追いかけて走り始めた。背後から迫る地響きと荒い息遣い。恐怖に竦みそうになる体を叱咤し、二人は脚を動かす。前方に大タル爆弾二つを用意したレイナードの姿を確認することが出来た。彼の目の前の地面ではバチバチ、とシビレ罠が音を立てて獲物を待っている。

 

「急いで!」

 

 レイナードの声に若干の焦りが見えた。もう、ジンオウガは二人のすぐ後ろにまで接近している。二人は力の限りに踏み切り、シビレ罠を飛び越えるように跳んだ。ジンオウガも二人の後を追って大地を蹴ろうとするが、それよりも早くシビレ罠が獲物を捕らえる。

 

『ウォン!?』

 

「翔君、君は一旦態勢を整えて。蘭雪ちゃんは僕と一緒に大タル爆弾の設置するよ」

 

「はい! ……って、嘘だろ!?」

 

 レイナードの指示に従い、豺牙を研ごうとしていた翔の目が驚愕に見開かれた。蘭雪も翔の視線を追って、顔面を蒼白にさせる。

 

「じ、冗談じゃないわよ!」

 

「二人とも、どうした……っ!」

 

 首を傾げていたレイナードも、それを見て厳しい表情を作った。三人の眼前で、シビレ罠に囚われたジンオウガの背に無数の雷光虫が集まっていく。

 

「蘭雪、あれって……」

 

「あの、雷光虫が集まってジンオウガの全身がどばーん! ってなる奴でしょ!? 罠にかかってる状態でなれるとかどういうこと!?」

 

「全身がどばーん、ということは強化状態になるということかな?」

 

 レイナードの問いに二人はこくこくと頷いた。二人の反応からして、良くない状況だということは嫌でも分かった。どういう原理かまでは分からないが、ジンオウガはシビレ罠が発する電撃をチャージしてそれを使って雷光虫を呼び寄せているのだろう。

 

(設置が簡単なシビレ罠を使ったのが裏目に出たか……!)

 

 今更、作戦を変える時間も歯噛みする時間も無い。レイナードは作戦通り動くことを決心した。蘭雪と一緒にジンオウガのすぐ横に大タル爆弾を設置する。その間にも雷光虫はジンオウガへと集まっていった。

 

「よし、蘭雪ちゃん!」

 

 全員がジンオウガから離れたことを確認し、レイナードが指示を飛ばす。蘭雪は頷きながら矢をアルクセロルージュへと番えた。大タル爆弾へと狙いを定め、矢を飛ばす。狙い過たず、大タル爆弾に直撃する。

 

 ドオオオォォォンッッッ!!!!!

 

 大地を揺るがす爆音が渓流に轟いた。爆発で吹き上がった土と黒煙がジンオウガの体を覆い隠す。その中には何も動く気配が無い。

 

「……やった、のか」

 

 研ぎ終わった豺牙を構えながら翔は囁く。その呟きに蘭雪がまさか、と返した矢先、咆哮が大気を振るわせた。

 

『オオォォォォォォォォンッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 黒煙が内側から弾け飛ぶようにして掻き消える。その中から現れたのは雷を纏い、全身の甲殻を剣のように突き立てさせたジンオウガだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は渓流を走っていた。木の根に躓くことなく、泥濘に脚を捉われることも無く走るその姿は風のようだった。全く土地勘の無い、暗くなっていく森の中を速度を緩めず、全力疾走できるハンターがどれだけいるだろうか。

 

「……ここら辺からするんだけどなぁ、レイナードの匂い」

 

 女性は足を止め、大きく息を吸い込んだ。息を整えているように見えるが、実際には違う。彼女は空気の匂いを嗅いでいるのだ。限界まで肺を膨らませ、女性は大きく息を吐き出した。そして確信した表情で頷く。

 

「うん、間違いない。この近くにいる」

 

 ここの空気からは匂いがする。血と汗と鉄と、興奮の匂い。戦いの匂いがここの空気からは感じ取れた。改めて周囲を見回してみる。所々の地面に数人の人の足跡と、何か巨大な獣が踏み荒らしたような跡があることが分かった。女性は腕を守るブランゴアームを外すと、素手で地面を触り始める。

 

「これがジンオウガの足跡か……こっちはレイナードの足跡だとして、他の二人のは誰だ? ユクモ村のハンターか……ん?」

 

 地面を探っていた女性の手が止まり、何かを拾い上げる。それは役目を果たした閃光玉の残骸だった。

 

「これは、レイナードの作った閃光玉か」

 

 今まで何度も見てきたので、見間違えるはずが無かった。不意に女性が顔を上げる。どこからか、何かが吼える声が聞こえたのだ。

 

『オオォォォォォォォォン……』

 

「向こうか!」

 

 言うや、女性はブランゴアームを腕に付け直し、咆哮が聞こえたほうへと駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オォンッ!!』

 

「翔、危ない!」

 

「うぉっ!?」

 

 蘭雪の声に反応するよりも早く、ジンオウガが翔へと襲い掛かった。ジンオウガは俊敏な動きで翔に迫り、前脚を振るう。細い太刀でその一撃を防げるわけも無く、翔は大きく吹き飛ばされた。

 

「ぐぁ!」

 

 背中から地面に落ち、衝撃の余り一瞬気が遠くなる。寸の間、目の前が真っ暗になるが、翔は思いっきり歯を打ち合わせて意識を無理やり覚醒させた。意識を失ったその刹那が自分を殺すということを思い知らされていたので、体が自然と動いていた。

 

 体が上げる悲鳴を無視し、翔は即座に飛び上がった。その一瞬後、さっき翔が倒れていたところにジンオウガの一撃が叩き込まれる。地面を大きく抉り飛ばすその一打をもろに喰らっていたら冗談抜きで死んでいただろう。

 

「く、くっそ……!」

 

 所々痛む体をどうにか動かし、気力を振り絞って視線を持ち上げてジンオウガを睨んだ。『無双の狩人』としての全貌を露にした雷狼竜。雷光を迸らせる巨躯は威圧感を放っていると同時にどこか神々しいまでの美しさを持っていた。翡翠の目が翔を射抜く。

 

「っ……」

 

 一睨みで生命力と戦力の差を突きつけられ、翔は思わず息を呑んだ。無意識の内に足が後ろへ下がろうとしている。

 

「翔君、呑まれるな!」

 

 萎縮している翔を叱咤したのはレイナードだった。翔の前に立ちはだかるように飛び出し、ジンオウガへと切りかかっていった。レイナードの攻撃をジンオウガはその巨体からは想像もつかない速さでかわす。

 

「す、すみません、レイナードさん!」

 

 礼を言いながら翔は体中の痛みが大分楽になったことに気づいた。レイナードが生命の粉塵を使ってくれたようだ。もう一度、感謝の言葉を口にしようとする翔にレイナードの叱責が飛ぶ。

 

「僕に礼を言ってる暇があったらジンオウガを見るんだ! 一瞬でも目を離したら次の瞬間には死んでいるぞ! 蘭雪ちゃんは何か気づいたら、どんな小さなことでもいいから教えてくれ!」

 

「「はい!」」

 

 二人の返事を聞きながらレイナードは内心で焦っていた。先の戦いでジンオウガが攻撃に雷光虫を用いることが分かった。それを踏まえた上でレイナードは三人でかかれば倒せると判断した。だが、ジンオウガが雷光虫を使って己自身を強化するのは完全に予想外だった。

 

 ダイミョウザザミやショウグンギザミは死んだ飛竜の頭蓋骨をヤドにして利用する。自分以外の生物を利用して外敵から身を守ったり、狩りを効果的に行うものは自然界に確かに存在するため、別段珍しいものではない。しかし、レイナードはジンオウガのように他の生物を使って己を強化するモンスターを見たことが無かった。

 

(完全に測り損ねていた。これが無双の狩人……!)

 

 勝てない。強化されたジンオウガとの戦いでレイナードはそう感じていた。恐らく、撤退させることも難しいだろう。最悪の場合、死ぬことになる。それだけは何としても避けねばならない。

 

「二人とも、撤退だ!」

 

 レイナードの言葉に二人はぎょっとした様子で振り向いた。構わずにレイナードは言葉を続ける。

 

「すまない、僕の判断ミスだ。ジンオウガの戦力を甘く見すぎていた。三人だけじゃこいつを狩ることは出来ない! このままじゃこっちが消耗していくだけだ。一旦、ユクモ村まで下がって態勢を整えた後、ファリーアネオ女史と合流してもう一度ジンオウガに挑もう」

 

 ラルクスギアはユクモ村防衛線にいる。ユクモ村まで退けば、合流することは可能だろう。それに彼女の実力は翔と蘭雪も十分に知っていた。彼女が一緒であれば、ジンオウガを倒すことも無理では無い筈だ。ジンオウガを狩るため、そして何よりも二人の命を守るためのレイナードの選択は間違っていない。だが、

 

「そ、そんな! 俺達が下がってる間にジンオウガがユクモ村まで来たり、他の村を襲ったら……!」

 

「……その可能性は否定出来ない」

 

「そんなの」

 

「じゃあ、このままここで戦ってジンオウガに殺されようっていうのか!」

 

 本末転倒じゃないですか、と翔は言おうとするが、レイナードの怒声に阻まれる。確かに翔自身、今の状況を理解していた。ジンオウガに手も足も出ないというのが現状だ。振り上げた刃はかわされ、放たれた矢は甲殻に防がれる。倒すことは無理だ。出来ることといったら、ここにジンオウガを釘付けにしておくことだけ。それも何時まで続くか分からない。

 

「でも、でも私達はハンターです!」

 

 蘭雪の叫びに翔は大きく頷いて同意の意を示す。そんな二人の若きハンターの姿にレイナードは思わず口元が綻びそうになった。レイナードは若干声音を穏やかにしながらも、毅然と言う。

 

「だからこそだよ、二人とも。ハンターだからこそ、僕達は生きて戻らなくちゃいけないんだ」

 

 ハンターはモンスターを狩るのが仕事だ。だが、それは仕事の一つでしかない。モンスターを狩って人々を守り、待ってくれる人たちの下へ帰る。それが出来て初めてハンターとなるのだ。

 

「僕は村長に君達を任された。僕には君達を無事にユクモ村に帰す義務がある。だから二人とも、頼む。今は僕に従って「レイナードさん!!」っ!?」

 

 蘭雪の悲鳴じみた声にレイナードが気づく。さっきまで様子を窺うように身構えていたジンオウガが突っ込んできたのだ。その速さは強化前の動きを大きく上回っている。即座にかわすのは無理だと判断し、レイナードは翔を突き飛ばした。盾を構えるが、ジンオウガの一撃を受け止められずに吹き飛ぶ。

 

「ぐぁっ!!」

 

 レイナードの体が何度も地面を跳ね、地面からせり出ている岩に激突した。

 

「レイナードさん!?」

 

 翔の声にレイナードは応えなかった。苦しげな呻き声を出しながら身動ぎするだけだ。急いで駆け寄ろうとする翔の前にジンオウガが躍り出る。

 

「っ! ……お前ぇぇっ!!」

 

 さっきのレイナードが吹き飛ばされた光景とヤマトが叩き飛ばされた光景が頭の中で重なり、翔は我も忘れてジンオウガへと豺牙を叩き付けた。だが、翔渾身の一太刀は甲高い音を立てながら甲殻に防がれる。よろけた翔にジンオウガの追撃が迫った。

 

「翔、避けて!」

 

 咄嗟に蘭雪が援護の矢を撃つも、ジンオウガの動きを止めることは出来なかった。鞭のようにしなる尾が翔を襲う。尾の直撃を受け、翔の体が大きく宙を舞った。豺牙が手の中からすっぽ抜け、乾いた音を立てて地面に突き立つ。

 

「うっ……っ!?」

 

 呻きながら立ち上がろうとするが、受けたダメージが大きくて体が言うことを聞かない。どうにか上半身だけを起こすと、眼前にジンオウガが立っていた。

 

 武器は手元に無く、体は思うように動かせない。そして目の前に佇む、自分を圧倒的に上回る存在。恐怖の余り、翔は呼吸することすら忘れていた。同時に何もすることの出来ない自分が酷く情けなかった。

 

(俺は、何も出来ないのかよ……! ヤマトとレイナードさんに助けられて、二人を倒した奴が目の前にいるのに、何も……!)

 

「駄目ぇぇぇ!!!」

 

 蘭雪の悲鳴をジンオウガが聞き入れるわけも無い。ジンオウガはゆっくりと片前脚を持ち上げる。最期を察し、翔は静かに目を閉じた。その時、聞き慣れぬ声が渓流中に轟いた。

 

「諦めるなぁ!!」

 

 ハッとしながら翔は周囲を見回す。離れた所で蘭雪も驚いたようにきょろきょろしているが、声の主はいない。ジンオウガも突然聞こえた声に警戒の声を上げている。

 

「ハンターが生きることを諦めちゃ駄目だ!!」

 

 もう一度、声が聞こえた。力強く、命に満ちた声だ。その声の主は何の前置きも前触れも無く、彼らの目の前に現れた。

 

「うっしゃあああぁぁぁっっっ!!!」

 

 突如、上から降ってきたその人影は喉も張り裂けんばかりの声をあげ、大上段に振り上げていたハンマーをジンオウガの頭部へと叩き付けた。痛烈な一撃をもろに受け、ジンオウガの巨体が崩れ落ちる。

 

「……」

 

「そ、空から!?」

 

 降ってきた人影に言葉を失う翔。いきなりの出来事に蘭雪は驚きの声を上げる。唖然とする二人に聞かせる(つもりかどうかは定かではない)ようにその人影、女性は声を張り上げた。

 

「『皇帝の獅子座(インペリアルレオ)』所属ヒルダ・ベルンハルト、見・参!!」

 

 それは絶望を切り裂く光明か、それとも彼らをも巻き込む大嵐か。




 ども、皆様こんばんわ。サザンクロスでっす。

 え~、長らくお待たせして申し訳ございませんでした。俺の怠慢です。

 さてさて、主人公勢のピンチに颯爽と登場しました四人目のキャラ、ヒルダ・ベルンハルト。獅子乃さんが考えてくれました。ハンマーを豪快にぶん回すパワーファイトに乞うご期待。
 元気な女の子って可愛いよね。見てるだけで癒されますわ……振り回される方は堪ったもんじゃないだろうけど。

 次の話はキノンさんが担当してくれます。色々と忙しいみたいだけど、大丈夫かな? では。


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第25話 (著:五之瀬キノン)

 ズンッ、という衝撃が地面を揺らす。ジンオウガの体が呻き声とともに地面に転がると同時に真っ白な――巨大な氷結晶に白い毛の装飾の着いたコーンヘッドハンマー改を担いだ人影が目の前に降り立った。

 

「無事かアンタたち!!」

 

 振り返ってハツラツとした表情を向けてきたのは、ブランゴ装備と呼ばれる旧大陸の装備を着込んだ女性だ。

 突然の登場と宣言をした彼女――ヒルダ・ベルンハルトを、翔と蘭雪は理解が追い付かずにポカンとした表情で見ていた。

 

「沈黙は肯定だね、ならオッケイ!! おいレイっ、いつまで狸寝入りしてんだ!?」

「頭に響くから大声は止めてくれ、ちゃんと聞こえてるよ」

 

 2人を見て頷いたヒルダは次に首を巡らせてレイナードが弾き飛ばされた方向へ怒鳴り声を上げる。そこには意外にもしっかりと地面に立つレイナードがやれやれと苦い顔をしていた。

 

「じゃあ全員走れるね。少年はさっさと太刀拾って距離を取れッ、弓のアンタは青いモンスターから目ェ離すなよ!! レイ、援護しろ、撤退だ!! 殿はしっかりやっとくから先導は任せた!!」

「了解っ。翔君に蘭雪君、今は彼女の指示通り動くんだ、早く!!」

 

 張り上げられる2人の声に突き動かされ、翔はジンオウガから距離を取り骨刀【豺牙】を取り、蘭雪は焦る気持ちを抑えつつジンオウガを睨み続けた。

 

 ゆっくりと、ジンオウガが首を煩わしげに振るいながら起き上がる。彼の目が射抜く獲物は、目の前で不敵な笑みを浮かべながらハンマーを肩に担ぐヒルダ。そして、視界の端にいる戦闘態勢のレイナードも忘れない。

 

 ――――ウゥォォォオオオオォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!!

 

 一際大きく、ジンオウガが吠える。同時にヒルダがハンマーを構えて踏み出し、

 

「ちょっと黙ってろよォォォォッ!!」

 

 腰だめから振り上げる。ブォオンッ、という音の後、ジンオウガの顎にヘッドが直撃してかち上げられた。ウォォンッ!? と悲鳴を上げるがヒルダは構わず無防備な左前足目掛けてコーンヘッドハンマー改を躊躇い無く降り下ろした。

 

「ぬぁっ、かってぇ!?」

 

 が、ガツンと火花を上げて大きく弾かれる。前足の堅牢で鋭利な甲殻が武器を阻んでいた。

 仕方なく追撃を諦めて横へ前転して不意討ち気味の噛みつきを難なくかわした。

 同時にレイナードが今度はジンオウガの尻尾を切りつける。2閃、3閃、縦横無尽、角度を細かく調整して甲殻の隙間、刃の通りやすい鱗の部分を的確に狙う。ハイドラバイトに仕込まれた毒牙が食い込みじわりじわりと毒を染み込ませてゆく。フィニッシュに身体を1回転させ遠心力と体重を乗せた一撃を叩き込む、と、傷付いていた鱗が音を立てて弾け飛び散り肉がむきだしになった。

 内心レイナードは大きくガッツポーズ。目標達成ではないが成果へ向けての道のりは1段目の段差を乗り越えた。後は尻尾を切り落とせればこちらが幾分か有利になることは目に見えているのだ。

 だが、ここで欲張ってはいけない。冷静沈着に、レイナードは腰を落としてどっしりと盾を構えた。

 直後、後ろ足で立ち上がったジンオウガが半回転し腕を横凪ぎに振るってレイナードを狙ってきた。ガギンッ、と盾と爪がぶつかり合って火花を上げ、歯を食い縛って耐えたにも関わらず余儀無くレイナードは大きく後退をさせられる。相変わらずデタラメな怪力だ。構えていた腕がビリビリと痺れる。

 取り敢えず、距離は開いた。それでいいと自分に言い聞かせ注意深くジンオウガを見やる。重要なのは後ろ足だ。あの瞬発力を出せるのは後ろ足での“溜め”があるから。どんな生き物も足を曲げなければ力は溜めれないからこそ、よく観察して冷静に避ける。

 

「ヒルダッ、後ろ足と腹だ!!」

「あいさぁ!!」

 

 狙い目は今言った通り。ヒルダのハンマーでは前足を叩くには硬すぎて部が悪すぎる。だからこその柔らかい部位を叫んだ。何が、なんて2人の間に説明はいらない。長年の相棒は言葉足らずでもしっかり意図を読み込める。それ程に2人の熟練度は高かった。

 立ち回り方を変えて、今度はレイナードがジンオウガの眼前に躍り出て立ち替わりヒルダが懐に陣取ってハンマーを振り回す。

 

「オラぁッ!!」

 

 横っ腹に鈍い音と共にハンマーが炸裂。ジンオウガの巨体が僅かに怯む。大きなよろけでなく、ほんの一瞬のゆらぎだ。しかしレイナードはそれを見逃さない。

 思い切りジンオウガの胸元に飛び込み縦に一閃。全力の斬り付けが深く沈み込み、柔らかな鱗と真っ赤な血を散り飛ばした。

 

 ――――ウ゛ォ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛!!!!!!!!

 

 苦しげな絶叫が渓流にこだました。今のダメージは大きい。大音量の咆哮に顔を顰めつつ、ニヤリとレイナードは笑みを浮かべた。

 

「また後で再戦だ」

 

 気付けば彼の手には閃光玉が1つ。それを眼前のジンオウガの目元目掛けて置いてくるように宙へ放った。

 刹那、パァンと光が弾ける。視界が真っ白に染まり上がる――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翔と蘭雪はエリア1にようやく辿り着き、両者とも岩壁に手をついて息を整えていた。一心不乱に走り続けていたので道中のことは朧気な記憶しかない。ともかく、ジンオウガの印象が強すぎた。

 

「ぜっ、ハァッ、ハァ……っ、レイナード、さんは?」

「わ、わかんない……、多分、無事だろう、けど……、」

 

 全身から吹き出す汗は止まらず、しかし防具によって簡単に拭うことは出来ない。不快感に苛まれながらも2人は呼吸を落ち着け、今走ってきた道を振り返った。

 

「あ、来た」

 

 蘭雪が声を上げてみれば視線の向く方角から2人の影が小走りで来ていた。片方はレイナード、もう1人の方は先程突然割り込んできたヒルダだ。2人が翔達に追いつくと少し安堵した表情を浮かべた。

 

「2人とも無事だね。いやはや、良かった」

「助けたんだから助かってなくちゃ可笑しいだろ。何せこのアタシがやってやったんだ」

 

 自慢げに腕を組んで得意顔になるヒルダ。「ああまぁそうだよね」と苦笑いでレイナードは取り敢えず流すことにしておき、まずは1度拠点(ベースキャンプ)に戻ろうと提案。翔と蘭雪もまずは休む必要があるということで素直に従い、4人はエリア1の奥の拠点へ入っていった。

 

 

 

 4人は各々で水分補給やら携帯食料やらを齧りつつ自然と焚火の周りに集合する形で座り込んでいた。

 

「さて。落ち着いたところでひとまずは紹介しよう。僕の相棒のヒルダ・ベルンハルトだ。見ての通りハンマー使いの近接職。ちょっと荒々しいけど前線の最大火力だ」

 

 レイナードに紹介されているヒルダはと言えば、携帯食料では物足りなかったのか干し肉を齧りながら「よう」と手を上げた。

 

「紹介に預かったヒルダだ。苗字は呼びにくいし、ヒルダでいい」

「村雨翔です。先程は助かりました」

「黄 蘭雪。弓使いです。救援感謝します」

「いやなに、困ってる奴を助けるのは当たり前のことさ。気にすんなよな」

 

 ニカッと笑みを浮かべるヒルダに2人は素直に大らかな人だなという感想を抱く。正義感にすがる訳でもなく、人助けを当たり前と思える精神は素晴らしいものだ。

 

「さぁて。珍しくレイナードがポカやらかしたみたいで笑いものにしたいとこだが……生憎それすらも出来ないくらい切羽詰まってるんだって?」

 

 干し肉を咀嚼し終えたヒルダが水筒の水を飲みながら翔に視線を向ける。最もな現実通りの言葉に反論もできず、翔は静かに拳を握りながら頷いた。

 

「まぁでも1回相対したけど予想以上だってのはわかった。力が強いのもそうだけど、アイツの場合は瞬発力が他とは桁違いだね」

 

 通常、大型モンスターは自身の巨体を支えながら運動する為に驚異的な筋力が備わっている。それでも大型であるが故に行動の1つ1つに隙というものは生じやすいのが今までのものだった。しかしジンオウガはモーション間にあるインターバルが少ない。それでありながら凶暴性や攻撃力は大型モンスターなのだから油断できないのだ。

 

「これからはヒルダも急遽パーティーに加わってもらってジンオウガの狩猟となる。翔君はブリーフィングの後、彼女とよく連携を取れるように位置取りとかを確認しておいてくれ」

「了解っす」

「よし、じゃあ状況整理をかねて一から確認だ。現在まで我々は渓流にてジンオウガを迎え撃っている形になる。ジンオウガは見ての通り凶暴だ。パワーがあるだけでなく瞬発力も兼ね備えたモンスター……更には電気を自在に操る、なんていう厄介な能力もある。確認された中で奴に雷属性や麻痺属性は期待しない方が良いだろう。現にシビレ罠はその性質を利用されてパワーアップさせてしまった。今後からはシビレ罠は一切使わないようにしようと思う。これについて意見は?」

 

 レイナードの声に異論は元より不平不満はない。目の前でモンスターに対して有効打を与える筈の罠が逆にハンター達自身の首を締める結果になってしまったのだから。

 

「よし、じゃあシビレ罠は持っていかない。使うとしたら手間はかかるが落とし穴を使おう。さて、後は閃光玉だ。予想以上に使いすぎたと僕は考えている。ジンオウガに耐性ができている可能性もあり得るから閃光玉への期待度は下げておいた方が念のためだと僕は思うんだが」

「だからっつって使わない訳にもいかないっしょ。危険だと思ったら躊躇なく使うべきだ。耐性があったとしても、一瞬程度の目眩ましには使えるんだろ? なら充分さ。視界が回復してからアイツがノータイムでこっちを見付けられることもないし」

 

 隙は充分だ、とヒルダが拳を掌に叩き入れる。気合充分、準備万端。

 4人は大きく息を吸い込み、立ち上がった。最終決戦開始である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリア4。渓流のマップでナンバリングされたその場所は、かつて集落があったであろう所だ。現在では朽ち果てて崩れ落ちた家屋の残骸が虚しく転がるだけであり、様々なモンスター達が闊歩する野生の地となっていた。

 しかし今、そこにモンスター達の影はない。いるのは人影、4人のハンターだ。

 

「ペイントの匂いはするんだよなぁ」

 

 先頭にいるヒルダが鼻を使って辺りを探る。徐々に匂いが薄れていくペイントボールだが、まだ匂いが消えてしまった訳ではない。翔達にもペイントボールの特徴的な匂いは微かだが嗅ぎ取れている。

 

「ちょっと、止まって」

 

 エリア半ばまで進んだ頃、太刀の柄に手を掛けていた翔が制止する。ピリピリとした空気が辺りを包む中、翔は不意に背後の崖を見上げた。同時に4人の真上に影が差す。

 

「散開ィッ!!」

 

 刹那に地面を抉るように着地する青と黄色の巨体。高所からのジャンプをものともせずに低い体勢のままこちらを睨むのは、ジンオウガ。

 

「待ち伏せとか、卑怯な奴ね……!!」

 

 丁度ジンオウガの後ろの位置、地面を転がって避けた蘭雪は起きると同時に背負っていた弓を展開、膝を着いたまま矢をつがえて大きな背中めがけて1本放った。命中を確認することなく2本目へ、今は無防備な背中に少しでもダメージを入れておきたい。纏めて矢を掴んで大雑把に、しかし力強く背中へ向けて放った。

 ジンオウガを挟み込むように飛び込むのはレイナードとヒルダ。それぞれが同時に後ろ足を狙って得物を振りかぶる。一撃の重さに分があるハンマーを使うヒルダへとジンオウガの目線が真っ先に食いついた。

 隙をついて翔が懐へ太刀を抜刀しながら潜り込む。上段から繋げて突き、入り込み過ぎない立ち位置を調整しながら甲殻の隙間、鱗の柔らかい部分を狙う。刃が食い込み鱗を散らす。内側から吹き出す血の飛沫に、確かな手応えを感じた。

 痛みを揉み消すかのようにジンオウガが翔を目掛けて頭突きを繰り出すが横に転がって回避。無防備に硬直しているところをヒルダのハンマーが容赦なく横っ腹を叩けば、ジンオウガが腹を抱えるように地面を無様に転がった。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」

 

 ぶわっと翔から真っ赤なオーラが立ち上り、太刀にも伝播する。宙に円を描くように振るい全力で斬りつける、渾身の気刃斬りが甲殻をも切り裂いた。

 

「ぜりゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ!!!!!!」

 

 フィニッシュに気刃大回転斬り。体重を乗せた勢いに遠心力を加え体ごと回転させながら一閃。闘気が今まで以上に激しく弾けジンオウガの胸を切り裂いた。

 痛みに悶えたジンオウガが体を捻り足を暴れさせて立ち上がる。迫り来る豪腕に翔は一瞬反応が遅れるも体との間に太刀を滑り込ませつつ外側へ飛ぶ。馬鹿デカい質量による衝撃が体を一瞬浮かせるがダメージはほぼなし。戦闘に支障が出るようなことはない。

 立ち上がったジンオウガは1つ低く吠えて体勢を沈め、刹那に全力で体を振り回す。前足1本で体を支えて、かつそこを支点に回転して尻尾でなぎ払った。突然の攻勢に足元にいたヒルダへ尻尾が直撃、大きく吹き飛ばされる。

 

「げほっ、ぉ、ぐぅ……効くなこりゃ……、」

 

 地面を2回、3回と転がって起き上がるも若干視界が明滅する。予想以上にダメージが入ったらしい。急いで回復薬をポーチから引っ張り出して使う。

 

 

 

「ふっ、はッ……!!」

 

 大胆に、しかし精細に、レイナードは得物を振るって鱗を切る。また1枚、大きく鱗が弾けた。見れば内側の肉質が確認できる。尻尾切断の目標まであと少し。これが達成できれば今のヒルダのような被害も軽減できる。

 

「ヒルダ、前で誘い込め!! 翔君は後ろに回って尻尾を斬るんだ!!」

「応よッ!!」

「了解っす!!」

 

 ヒルダが戦線に復帰。頭部目掛けてハンマーを振り上げるがジンオウガは首を傾けて回避、回頭して必死に後ろへ振り向こうとする。と、その頭部に真上から礫が降り注ぎガツガツと重々しい音を立てて当たる。これにはジンオウガものけぞり首を振った。

 

「もう一回!!」

 

 後方、蘭雪がギチギチと弦を引き絞り、通常とは違う矢を番えていた。狙って放つのは射線ではなくほぼ真上。曲射と呼ばれる撃ち方により特殊な矢を飛ばす技術だ。

 アルクセロルージュで取り扱える物は集中型。飛び出した矢はモンスターの頭上で弾けて無数の礫となってダメージを与えることができる。打撃ダメージで頭部に当てればスタンも狙えるのだが、如何せん取り扱いが難しい。戦闘中に咄嗟に使うのができないのが痛いところだ。

 2本目の矢が宙で弾けた。ジンオウガは首を捻って頭部への直撃は避けたが首や背中に礫が食い込んだ。

 注意が逸れている間に翔とヒルダが立ち位置を完全に交代。剣士2人が尻尾の付け根に剣先を叩き込む。

 

(あと、ちょっと……!!)

 

 刃が食い込み硬い感触が手に伝わる。これさえ突破できればという直前で中々もどかしい。翔もそうだがレイナードも苦戦していた。片手剣の刃が奥まで届かない。リーチにより柄が引っかかりそうになってしまうのだ。

 ふと、視界の端でジンオウガが再び足を曲げて低くなる。嫌な予感を察知した2人は全力で後退。直後にジンオウガが跳ね上がってバク転、尻尾を2人がいた場所に叩きつけた。轟音と共に地面が大きく抉れ砂や石が飛び散った。もしあのまま留まっていたら今頃下敷きになっていたに違いない。背中に冷たい汗がじわりと流れた。

 再び肉薄。離れていた分の距離を飛び込み、レイナードが渾身の一撃を振り下ろした。斬、と深く刃が食い込んで硬かった感触が僅かに薄くなる。

 

「よし……!!」

 

 峠は超えた、あと少し。

 

「翔君!!」

「よっしゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 もう一度、気刃斬りを。真っ赤な闘気を纏い翔が太刀を振り上げる。宙に円を描き勢いを付けて体重を乗せ、振り下ろす。刃が今まで以上に深く尻尾に切り込み、

 

 ――――ヴ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!????????

 

 前のめりにジンオウガが転がり悶えた。無残にも尻尾は根元から切り飛ばされ、ボタボタと赤い血が滴り落ちていく。

 

「っしゃあ!! よくやったアンタたち!!」

 

 ヒルダが大きくガッツポーズ。目が爛々と輝きを放ち、喜びを全身から溢れ出させていた。後方では蘭雪も幾分か表情が和らぐ。どこまでも奇想天外で予期しない動きをしてくるジンオウガにも、確かにダメージは通っている。その実感が尻尾を切ったことでようやく現実味を帯びて感じられるようになった。

 

 終わりが、近い。

 

「っ、マズい……!!」

「何が――――ッ!!」

 

 しかしレイナードが叫ぶ。微かにジンオウガ目掛けて光が収束を始めているのに気付いたのだ。拳大に光る虫達、雷光虫がどこからともなく現れてジンオウガに集まりだす。

 

「レイナード、止めねェとマズいんじゃないのか!?」

「知ってるけど止め方なんて無理矢理する他に何かあるとでも!?」

 

 危機感が体を突き動かす。蘭雪は曲射で集中的に頭部を狙う。転んでスタンさせれば、もしかしたら。

 近接職3人もジンオウガに踊りかかって得物を振るう。あの状態のジンオウガがどれほどの戦闘力を持っているのかを知っているからこその焦りが焦燥感を煽る。

 

 たっぷり10秒はかかって、しかしジンオウガは不動のまま。雷光虫の光も、既に眩しい程になっていた。

 

「全員離れろ!! 危険だ!!」

 

 レイナードの一声に不満ながらも接近していた全員が散開。ヒルダが特に納得していない顔だったが、直後にそれを改めることとなる。

 

 ――――ウォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!!!!

 

 雷が目の前に落ちたような腹の底を震わせる轟音が渓流に鳴り響く。周囲の土を焦がし舞い上げるその威力にヒルダは舌を巻いて頬を引き攣らせた。あれじゃあ丸焦げになる。丸焼きにされて食われるなんて更々御免だ。

 

「皆焦るなッ、やることは変わらないぞ!!」

「ッ、わかってらぁ!!」

「フゥゥゥゥゥゥゥ……、」

「ホント、しぶとすぎよ」

 

 血走ったジンオウガの目と4人の視線が交差する。

 直後に飛び出したのはジンオウガ。驚異的な瞬発力による飛び込みに全員が目を剥く。確かにジンオウガが雷を纏って飛躍的に強くなることは知っていたが、その速さが彼らの予想を完全に裏切っていた。1秒に満ちることなく縮まる距離に慌てて回避しようとする、その1人に向けてジンオウガが前足を振り上げた。

 

「ッ」

 

 太刀の切っ先を向けながら横へ移動していた翔だ。マズい、と誰もが嫌な瞬間を想像した。

 

「――――――――――――」

 

 刹那、翔が()()()()。大きな物ではなく、滑る地面を移動するような滑らかな移動。距離の感覚を狂わせるようなステップに、ジンオウガの攻撃は完全に外れた。

 それだけでなく、翔は既に次の動きに移っていた。移動と同時に闘気を纏わせた太刀をジンオウガに斬り付け、体の下を駆け抜ける。ベテランでもしないような動きに全員が度肝を抜かれる中、ジンオウガは止まらない。真後ろの翔がいるであろう位置目掛けて体を反転させながら飛び上がって足を振り上げた。それを翔は振り向かずに横に大きくステップで避ける。ジンオウガの前足が地面にめり込み、同時に蒼白い火花が迸って笠を掠めた。

 ジンオウガが足を再び振り上げる、その前に翔が既に動いて太刀を胸目掛けて突き出す。咄嗟にジンオウガは横にズレようとして狙いは外れて肩へ刃が突き刺さり、そのまま翔は右足を切り裂いた。闘気を纏った赤い刃がギャリギャリと甲殻を無理矢理削り取る。既に切れ味が落ち始めている。

 

「こっちも忘れてるんじゃないわよ!!」

 

 翔が硬直している隙は蘭雪が正確無比な射撃で注意を引く。矢を纏めて番えて全て綺麗に体に当てる。一部甲殻に弾かれるが、注意を引ければそれで良い。

 ヒルダも肉薄してひっくり返してやろうと後ろ足を何度も殴り付ける。振り下ろし、振り下ろし、体を回転させ振り抜く。

 

 ――――ヴォウッ!!

 

 短く吠える。刹那にジンオウガが飛び上がり空中で体を捻りながら器用に向きを変えて蘭雪を見て、着地と同時に突進をかます。蘭雪は全力で横に飛ぶ、が体格差で僅かに躱しきれずに引っかかって地面を転がった。

 追い討ちとばかりにジンオウガが前足を振り上げようとするが、直前にヒルダが真横から割り込みハンマーを横っ面に叩き込んだ。バギッ、と硬いものが割れる音がしたと同時、半ばから折れたジンオウガの角が宙を舞って足元に落ちた。

 ふるふると頭に入ったダメージを抜くように首を横に振るジンオウガ。隙を見てヒルダが蘭雪を担いで引き下がると、コツンと石が1つジンオウガの頭に当たる。2人を追いかけようとしていた視線は自ずとその石、研ぎ終わって使い物にならなくなった携帯砥石を投げた相手に向かう。

 

「テメェの相手は俺だ」

 

 ギラギラと瞳の奥から溢れ出る真っ赤な闘気を纏う翔がいた。研ぎたての刃は降り注ぐ陽光を反射して獲物を狙う獣の炯眼(けいがん)の如く眩しく光る。

 

 

 

 

 

 一方、ヒルダは蘭雪に肩を貸して1度森を抜け川沿いに出ていた。

 突進が掠ったと言えど大型モンスター相手ではどんな怪我をしているかわからない。蘭雪自身も少し立ち上がるのに苦労していたので念のためジンオウガから離れたのだ。

 

「……なぁランシェ」

「? はい、どうしました?」

「カケルの奴、普段からあんなにヤベェ程集中するのか?」

「翔が、ですか?」

 

 ヒルダの問いに回復薬を使いながらぼんやりと蘭雪は考える。

 

「……普段、って聞かれるとよくわからないかもです。でも多分だけど、アイツは極限まで集中するとスゴい才能を見せる、と私は思います。何度かそう言う場面はありましたから」

 

 蘭雪の回答に「そう、か……、」とヒルダは一瞬だけ考えを巡らせ、しかしすぐに表情を戻した。

 

「焦ろ、とは言わないけどなるべく早めに復帰してくれな。そんじゃ、先に行くからさ」

 

 駆け出して林道の奥に消えていくヒルダを見送り、姿が見えなくなったところで蘭雪は水筒を傾けながら思った。

 

(……ヒルダさん、何であんなこと聞いたんだろ……?)

 

 

 

 

 

 ジンオウガの豪腕を紙一重で回避する。肩の装備の一部が弾けたが何も問題ない。翔は太刀の切っ先をぶれさせることなくジンオウガの脇腹に当てて鱗を斬り裂く。鬱陶しいと言わんばかりにジンオウガが暴れれば、背中に目があるかのごとく避けてみせる。避けるだけでなく、避けながらジンオウガの硬直の隙間を狙って攻撃を仕掛ける。極限まで高められた集中力が体を無意識に動かし、最善の選択をする。

 

「カケル!!」

 

 ジンオウガが後退し、翔がまた肉薄しようとした時、背後からかかるヒルダの声に押しとどまる。

 

「その狼連れてこい!!」

 

 ヒルダが駆け出す後ろを翔も太刀を背負って追い掛ける。その更に後ろ、ジンオウガが吠えて走り出す。

 

「合図と同時に横へ全力で飛べ!! そんじゃなきゃアイツの下敷きになるよ!!」

「冗談にならないこと言わんで下さいよ!!」

 

 後ろから響く重々しい音に追い立てられ全力で林道を駆け抜ける。人の力では到底折れないような木々もなぎ倒しながら迫ってくる姿は既視感しかない。

 

「翔君、ヒルダ!!」

 

 視線の先、先程から姿が見えなかったレイナードが大きく手を振って待っていた。

 

「合わせろ翔、遅れても早まってもダメだからな、チキンレースだ!!」

「ひぃぃぃぃぃぃ、無茶な要求ばっかだ!!」

「愚痴んな、行くぞ!! いち、」

「にのっ、」

「「さんッ!!」」

 

 2人が左右に分かれて飛びし、その間をジンオウガが勢いそのままに駆け抜けた直後、踏み抜いた地面が大きく陥没して抜けた。体半分がまるまる入る落とし穴だ。レイナードは一時戦線を抜けてこれを作っていた訳だ。

 

「2人とももっと離れてて!! 特にヒルダ!! またあの時みたいに巻き込まれるなよ!!」

「もうあんなのは御免だよ畜生め!!」

 

 レイナードが持ってきたのは台車。そこには大タル爆弾Gが山積みになって紐で固定されていた。

 

「あとで弁償するんで、勘弁してくれ!!」

 

 その台車を無理矢理にもがくジンオウガの真横につけたレイナードはすぐ近くに小タル爆弾を設置、ピンを引き抜いて全力で飛び退(すさ)った。

 直後、爆音と同時に真っ赤な炎が立ち上った。大タル爆弾G複数個分の衝撃は計り知れない。3人とも耳を塞いで若干蹲り気味だ。

 

「……どうなった……?」

 

 翔がポツリと呟きつつジッと煙の奥を見つめる。数秒間、動きなし。

 

 かと思えば、

 

 ――――ウウゥウォオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォンンッッ!!!!

 

 倒したのか、そう思った矢先、立ち上っていた煙が咆哮と同時に吹き飛ぶ。そこには角が折れ、甲殻が砕け、鱗が剥がれ落ち、尻尾を失い、それでも眼の奥に殺気を滾らせるジンオウガが悠然と堂々立っていた。

 

「厄介な……!!」

 

 レイナードが吐き捨てる。まだジンオウガは帯電状態が解除されていない。あの爆風の中であっても雷光虫を離さなかった胆力が妬ましい。

 再び3人が武器を構え直す中、ジンオウガはひと呼吸置いてからまた飛び上がる。今度は3人めがけて。空中で器用に体を捻り、ショルダータックルをかましてきた。

 散開して退避する翔達だが、ジンオウガと地面が衝突した衝撃に煽られて全員が地面を転がった。ダメージはあまりないものの、倒れた体勢はすぐに直せない。

 

「っ、」

 

 翔がすぐさま立ち上がろうとして、足を滑らせた。そこは僅かに湿った土が剥き出しの地面、中途半端な足の角度に土が捲れ上がるだけで体は動こうともせず、寧ろまたバランスを崩していた。

 ギラリとジンオウガの眼が翔を射抜いた。完全に狙われているとわかっていながらも、スローモーションの世界の中ではどうしようもない。思考だけが先行する中で必死に体勢を立て直し動こうとする。

 

「こっち向きなさいジンオウガぁ!!」

 

 空を裂いて3本の矢が飛来する。吸い込まれるように矢先は綺麗にジンオウガの首へ着弾、ズブリと鱗を貫いて深々と突き刺さった。翔達とは反対側の道から蘭雪が弓を構えて立っていた。戦線復帰、これで後衛が揃って幾分かは楽になる。

 

「翔ッ、さっさと立ちなさい!! アンタだけよいつまでも座り込んでんのは!!」

 

 2回、3回と矢を番え注意を引こうとする蘭雪にようやくジンオウガが目を向ける。その隙に翔は立ち上がって太刀の柄に手を掛けて切り込む。

 既にレイナードとヒルダは肉薄して後ろ足を斬り付けていた。ならばと翔は既に斬れた尻尾側に陣取って太刀を振るう。尻尾の斬れ口を抉る太刀筋だ。卑怯かもしれないがこれは生きるか死ぬかの戦闘、卑怯も何もないのである。

 痛みを振り切るようにジンオウガが包囲網を飛び出して反転するが必死に喰らいつく。攻撃の隙を与えれば反応が追いつかなくなる可能性だってある。現に体のあちこちが少なからず悲鳴を上げている。狩猟を初めて既に数時間、休憩を挟んでも疲労が抜けきることはないのだ。

 ジンオウガが不意に後ろ足だけで立ち上がり方向転換、レイナードに向かって上体を沈め頭突きをかます。最初から避けることを想定していなかったレイナードは盾で受け止め横に流した。受けきっていないのに痺れて感覚がなくなりそうな腕を無理矢理動かして無防備な頭に盾を体重を乗せて振り下ろし、叩きつける。

 

(打撃が足りない……!!)

 

 歯噛みしながらももう一度盾を叩きつけたレイナード。狙いは脳震盪によるスタンだ。人間と同じようにジンオウガだって脳震盪を受ければ動けなくなる。

 ヒルダが狙えれば、とは思うがジンオウガの頭は位置が高いうえに小さく狙いづらい。頭が降りてくる隙を狙うにもそんなことは滅多に――――、

 

「レイっ!! ちょっとそこ退きな!!」

「は、ちょっ……!!」

 

 ヒルダの声がした方を見て唖然とし、しかし避ける以外に方法は無くレイナードが飛び退く。直後、近くの木からハンマーを振り上げたヒルダが飛び上がり、

 

「クラァァァァァァァァァァァァァッッシュゥゥゥゥッッッッ!!!!」

 

 全力でジンオウガの頭に叩きつけた。ガクッ、と足から力が抜けて倒れ込む。口から漏れるのは困惑したようなか細い呻き声で視線もどこかフラフラと覚束無い。スタン状態の証拠だ。

 絶好のチャンス、とにかく斬って斬って斬りまくる。翔が再び気刃斬り、気付けば既に太刀は初期よりもずっとずっと真っ赤な闘気が染みるように纏われていた。レイナードの振るう片手剣の刃先からは毒が飛び散る。不意にもがいていたジンオウガの動きが更に鈍くなる。スタンに咥えてようやく毒が浸透したのだ。

 

「当た……れッ」

 

 蘭雪は曲射を選択。丁寧に、正確に矢を番え拡散する礫を確実にジンオウガの頭めがけて落とす。

 インターバルの間はヒルダが溜めに溜めたハンマーをぐるぐると体ごと振り回す。連続する打撃が少なくないダメージを与えていく。

 

 これでもかと攻撃を咥えて早10秒が経とうとすると、ようやくジンオウガが立ち上がろうと足を付く。底を見せない生命力に全員が舌を巻く中ジンオウガは包囲網を転がるように駆け抜けて行き一息に突き放すとくるりと反転。先程までのダメージをモノもせず突進してきた。速く、そして巨体とは思えない器用な足さばきで進路を匠に変えるジンオウガが狙ったのは、ヒルダ。

 

「やばっ……!!」

「ヒルダッ!!」

 

 ハンマーは重い、故に急には動けない。腰にかけてから走るには遅すぎるし、持ったままではロクな回避もできない。顔を少し青くしたレイナードが叫ぶ中、ヒルダがジンオウガの突進の餌食となる。

 そのままでは飽き足らずか、ジンオウガはヒルダを頭にマウントさせたまま木に突っ込んだ。人間でも簡単には折れない幹があっさり真っ二つに、ヒルダとジンオウガが倒れてきた木の下敷きになる。

 

「ヒルダ、生きてるか!?」

「…………ぉ、げほっ、……ぅ、だい、じょーぶ……、」

 

 駆け寄ってきたレイナードが直様木を持ち上げれば、ぐったりしたヒルダが無理矢理口角を上げながら親指を立てていた。しかしどう見ても無事じゃない。防具のおかげで命に別状は無いのかもしれないが、戦闘に復帰するには酷過ぎた。

 ガララッ、と不意に真横の幹が膨れ上がり崩れた。案の定、ジンオウガがいた。諸刃の特攻だったのか、頭部からは(おびただ)しい量の血が流れ既に右目も潰れていた。それだと言うのにその闘志は衰えを知らなかった。間近の覇気にレイナードが思わず身震いする程に。

 

「こっち向けオラ!!」

 

 刹那に真横から太刀が掠めるように割り込んでくれば、刃先がジンオウガの口を捉えた。

 

「翔君!?」

「レイナードさんは早くヒルダさんを!! 長くは、もたないんで……ぐ、ぅぅうう!!」

 

 間に翔が太刀ごと体を割り込ませジンオウガの頭を押し返そうと踏ん張る。太刀も若干しなりを見せるほどの力だ。

 もたもたしている暇はないと自らを鼓舞しヒルダを引っ張り出して背負う。肩越しに苦しげな呻き声が聞こえたが「スマン」とだけ一言言ってエリアの端へ走った。

 

 

 

「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」

 

 雄叫びを上げ太刀で足を斬り付ける。ジンオウガが視線を向けようとすれば反対側から蘭雪がとにかく矢を放ちヘイトを拡散させる。

 しかし斬り付けながらも翔は手応えの無さを感じていた。あともう少しだが、ただ斬るだけのダメージでは足りない。ジンオウガを超えるには一手が足りない。

 そしてその一手は渾身の気刃大回転斬りだと言う答えはわかっている。しかしながらスタン状態から回復し、更にレイナードとヒルダが抜けた穴により最早翔と蘭雪に余裕のある狩猟は無理だった。

 気刃大回転斬りはタメがいる。そのタメをジンオウガは作らせてくれない。

 

「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 

 悔しさを叫び3つ、4つと斬り続ける。しかしやはり足りない。

 

「蘭雪!! 矢は後何本だ!?」

「あと20無い!!」

 

 叫びながら3本の矢がジンオウガを捉えるが、しかし2本は刺さらずに甲殻に弾かれて宙を舞って地面に墜落し翔を追い掛け回すジンオウガの足に踏まれて折れた。既に矢筒の中に矢は9本しかない。拠点(ベースキャンプ)で1度補充したのに足りなくなるとは思っていなかった。

 

「あれ!?」

 

 無意識過ぎて矢も数えることができなかった。いつもの様に矢筒に手をやって1本も無いことに気付く。あと1回分はあるはずと思い込んでいたことがいけなかった。

 矢の雨に止んだのに気付いたジンオウガがこちらを振り向く。既に蘭雪は丸腰。抵抗するような道具なんて一切無い。

 

「蘭雪、逃げろ!!」

 

 ジンオウガの向こう側から翔の声がする。その時既にジンオウガは突進を始めていた。

 矢が尽きた時、一瞬の思考停止で既に蘭雪の中から戦意は殆ど喪失していた。迫り来るジンオウガの影に膝が笑い、避けれないと悟った。

 自分もまたヒルダのようになるのか。ヒルダは剣士用防具だったが蘭雪はガンナー用防具だ。動きやすさを重視した作りによって装甲は薄い。もしあの巨体に押し潰されれば、命はない。

 

「いや……!!」

 

 何も出来ず、恐怖に目をつぶった。地響きが腹の底から死の恐怖を煽ってくる。

 

 もう無理かもしれない、そう思った。

 

 

 

「――――ヤメロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 ――――力強い声がした。

 

 刹那、ふっと空気が軽くなった気がして、蘭雪は恐る恐る目を開けた。

 気付けば足音もなく、風の音もなく、静寂だけが空間を支配していた。

 

 視線の先、蘭雪とジンオウガの間には、太刀を振り抜いた状態で残心する翔が立っていた。不意に、翔と太刀が纏っていた闘気が霧散し、そこでようやく納刀する。

 

「かけ……る?」

 

 理解が追いつかず、言葉を投げかけようとした。

 

「あ、」

 

 直後、翔の背後でジンオウガの体がぐらりと揺れる。見ればジンオウガの体に一閃の深い深い切り傷があった。間違いなく翔による太刀の一撃、溢れ出す血が水溜まりを作り、その血の量は明らかに致死量だ。

 

 ゆっくりと翔が背後のジンオウガを振り返る。

 狩人(もののふ)狩人(モンスター)の視線が静かに交差した。

 

 ジンオウガが最後の力を振り絞って息を吸い込み始めれば、パチパチパチと体中が発光し、それだけでなくエリア中の雷光虫達までもが強い光を放ち始めた。蒼白い火花はとどまる事を知らず、ジンオウガを中心にどんどんと伝播し、ついには上空に雷雲までもが寄ってくる。

 その中心でジンオウガは煌々と光る雷を纏っていた。まさに雷狼竜。威風堂々、無双の狩人の最期の姿がそこに確かにあった。

 

 ――――――――ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ウ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ…………………………………………――――――――

 

 最期の遠吠えと共に、ズンンッと大きな雷が1つ雷雲をも突き破り渓流へ落ちた。立ち上る雷の柱は天を貫き、轟音と共に狩猟の終わりを告げた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずるりとジンオウガが静かに体を横たえた。既に闘気は消え失せ、命の絶えた亡骸が静かに眠っていた。

 

「終わ……った……?」

「ああ、終わった」

 

 ふらふらと、覚束無い足取りの翔が地面にヘタリ込んでいた蘭雪の後ろに来て、倒れ込むように背中合わせで座り込んだ。

 

「……ははっ、もう膝が動かねぇや。ちょっと無理しすぎたかもな」

 

 飄々と脱力した薄ら笑いの翔。蘭雪は彼とジンオウガの亡骸を何度も交互に見て、たっぷり10秒かけてようやく狩猟の終わりを実感し始めた。

 

「そっか、終わったんだ……」

 

 力強く握り締めていた弓を手放し、ほぅっと抜けた息を吐く。死闘は完全に終わったという現実が今まで気力だけで誤魔化していた疲労を浮き彫りにしてきており、蘭雪も翔と同じように立てなかった。恐怖もあったが、何よりも安心感があったのだ。

 

「ありがとな、蘭雪」

「な、何よ急に」

「いや、援護さ。危ない場面もあったけど、蘭雪のおかげでどうにかなったとこもあったしさ。ホント、コンビ組んでて良かったと思う」

「ふ、ふぅん、ようやく私の有難みに気づいたってオチね」

「いや、前々から有難いと思ってたさ。心強い相棒ってのは無意識に狩場で頼ってるモンだからさ。改めて気付かされたよ、無双の狩人(ジンオウガ)に。本当に、ありがとう、蘭雪」

「あ、ぅ、どう、いたしまして……」

 

 表情は見えない。しかし、翔はきっと笑顔でそんなことを言っているのだろう。訳も分からず照れくさくなって蘭雪は赤面して口をもごもごと動かしながら縮こまった。

 

「……その、私だって、翔には……感謝、してるし」

 

 振り向かせないように翔に背を寄せて背中から寄りかかる。ばくばくと心臓が高鳴っていて、もしかしてバレるんじゃないかと思ってしまう。しかし振り向かれて今の顔を見られるのも困る。多分、どうしようもなく嬉しくて仕方ない顔をしているから。ありがとう、という単純な言葉に何よりも歓喜している表情をしているからこそ、そんな顔は見せられなかった。

 

「おーいランシェー!! それにカケルー!!」

 

 ほんのり空間がピンク色になりかけたところで、遠くからヒルダの元気そうな声がしてきた。声のする方を見れば何故かピンピンしているヒルダと、それを困った顔で追い掛けるレイナードの姿があった。

 

「よくやったぞ後輩ども!!」

「うわぁ!?」

「ちょっ、ヒルダさん……!!」

 

 ヒルダが満面の笑みで2人に向かって飛び込む。脱力していて受け止めきれずに3人団子状態で地面に転んで土まみれだが不快感はない。寧ろ達成感が沸々と湧き上がり自然と笑顔がこぼれていた。

 

「いてて、ってかヒルダさん大丈夫なんすか?」

「そ、そうですよヒルダさん!! さっきあんなに重傷だったのに……」

「ああ、あれか。取り敢えず応急薬と回復薬全部使ったら元気になった。おかげで口の中苦くて苦くて……あと体中ヒリヒリするし」

「良薬口に苦しだ。って言うかヒルダ、あのまま放置してたら危なかったんだ。回復薬の味なんてもう慣れただろう」

「そうは言っても苦いもんは苦い。肉味の回復薬とか無いのかよぅ」

「そ、それはそれで油っぽそうですね……」

 

 ひくひくと微妙な笑いを零す蘭雪。肉味って何だろうと考えてみてこれは狩猟中に飲む物じゃないなと結論づけた。翔も同じような考えに至ったようで苦笑いをしていた。

 ブーたれるヒルダへ「先輩の威厳は無いのか?」とレイナードから痛い指摘をされ、ヒルダが苦虫を噛み潰したような表情になる。彼女の表情にレイナードがカラカラと笑い、釣られて翔と蘭雪もクスクスと笑った。ヒルダのみ不満気な顔で終始文句を垂れていたが、わざわざ本気にするまでもなく笑みを作るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




約2ヶ月ぶりとなりました、ジンオウガ編です。担当キノンです。
さて、ようやくジンオウガ終わりました。2ヶ月もかかってしまったのは私の力量不足でございます。
しかし今回は全部自分で書ききることができて満足しております。やはり物書きは書ききってこその達成感に魅了されます。

本編では4人の活躍によりジンオウガ討伐完了でございます。今話だけで分量は16000文字弱。なんつう量だ、物書きしててこんなに書いたの初めてだ。
いっぱい書いたのでジンオウガの凄さが伝わればいいなと思ってます(小並感)
あとは緊迫感とか。色々とクサい話でしたがいかがだったでしょうか。

次回は……獅子乃心先生、だった筈。お楽しみに。
因みにジンオウガ編エピローグです。確か。


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