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待ち人へ

初投稿です。よろしければ、ご覧下さい。

2017年12月6日 追記
ストーリーの内容等を付け足しました。誤字等、見辛さ等も直しました。

2018年4月5日 追記
原作名について、検索し辛いというご感想やブレイブウィッチーズはストライクウィッチーズの派生作品ということも踏まて、ストライクウィッチーズと記載することにしました。
くわえて、タグにもストライクウィッチーズを追加しました。


「休暇、ですか?」

「ああ。3日前に、先生から申請があった」

 人類の敵対者『ネウロイ』という脅威に対し、唯一対抗できる存在である魔法力を保持した少女たち、通称『ウイッチ』を集団にまとめた統合戦闘航空団の一つ、502統合戦闘航空団の司令官室で二人の少女が話をしていた。

「サーシャ以外には既に伝えてあったんだが、ひかりの入隊申請の偽造等で手一杯に見えたのでな。伝えるのが当日になってしまった」

 司令官室に備え付けられた椅子の付いた机に座わりながら、オレンジ色の髪が特徴的な少女、グンドゥラ・ラルはその対面に備え付けられたソファに座わる少女に弁明していた。

「そうでしたか。了解です、隊長」

 その対面のソファに座る金髪の少女の名はアレクサンドラ・I・ポクルイーシキンは、2人分のコーヒーを入れながら慣れたように、柔らかな笑みを浮かべる。

「それにしても、ロスマン先生が休暇を自分から取るなんて、珍しいですね」

「先生にも事情があるんだろう。自分から取ってくるようになったのは喜ばしいことだが、少し心配だ。蛇足で終われば良いんだが」

 ラルの言葉に、サーシャは少しの間を置くと

「蛇足、東洋の言葉ですね。確か意味は、無用なものでしたか」

「知っていたか。この言葉は菅野に教えてもらったんだ」

 ラルは薄く笑みをサーシャに向けると、そういえばと言葉を区切って、

「話は変わるが、菅野と言えば外見的にはがさつに見える奴だ。だが、内面は扶桑人特有のおしとやかさが垣間見えて、改めて人とは外見で判断していけないと学ばせてもらった」

「確かに、菅野さんは一見すると怖いですけど根は正直で優しいですからね」

 サーシャは話しながらも二人分のコーヒーを淹れ終わり、ラル用に砂糖を大量投入しようとしていた。

「隊長。砂糖はいつも同じ量でいいですか?」

「少し多めで頼む」

「了解です」

 多量の砂糖がコーヒーに投入され、コーヒーの水面に波が立つ。

「あっ」

「どうしたサーシャ?」

 その波を見て、サーシャは3日前にロスマン先生のテストを通過し、正式に502統合戦闘航空団に所属することになった少女、雁淵ひかりのことで一つ気がかりなことを思い出した。

「そういえば、ロスマン先生が休みということは今日1日、ひかりさんの訓練は誰が見ることになっているんですか? ………まさかとは思いますが、ブレイクの3人じゃないですよね?」

 サーシャのきめ細やかで上品な白い肌が、その発言で青ざめていく。手元が震えだし、持っていた大粒の砂糖が照準を狂わせコーヒーの入った容器へ勢いあまって激突し、机に散らばっていく。

「そこに関しては、ひかり自身に任せてある。詳細にはひかりもここに来てから休みは一度もなかったから身体を休めるなり、訓練をするなり好きにしろと指示を出しておいた」

「そ、そうですか」

(その言い方だと、絶対に訓練しろと言ってると思うのは私だけなんでしょうか………?)

 サーシャはそう思わずにはいられなかったが、言葉にはしなかった。ただ、ひかりが自主練もしくはブレイク以外から指導を受けていてくれ、と心の底から願っていたのは言うまでもなく、顔に出ていた。

 

 〈1〉

 

「………どうにも書けないものね」

 不満げな呟きが、窓から薄く漏れる日の光に照らされた部屋にこぼれる。声の主は502統合戦闘航空団に所属している銀髪の魔女、エディータ・ロスマンであった。

 ロスマンは部隊の根拠地であるペテルブルグ基地内の自室で、椅子の付いた作業机に座りながら、机上に広がった新品の便箋に文字を書き起こしては表情を歪ませ、ごみ箱に投げ入れるという動作を繰り返している。

(あの子に直接会うわけじゃないのにこんなに緊張してるなんて、私もまだまだね)

 ロスマンは、握っていたペンを机上に置くと便箋の内容を一向に纏められないことに自己嫌悪になりつつ、送り相手の顔を思い浮かべる。

(今更、かつての師から連絡がきたらどう思うかしら………)

 手紙の宛先は、ブリタニア連邦北部にある療養施設に向けたものであった。彼女の元教え子であった元ウィッチの少女が療養のため、入所している施設である。

(彼女は、私のせいで飛べなくなったと言っても過言じゃない………今、療養を続けているのだって私があのとき、彼女を行かせてなければ、彼女はまだ………)

  ロスマンは短い溜息をひとつ付くと机上にて、冷めきったコーヒーを口に運び、気持ちを落ち着かせる。

(あの戦い以来、あの子には会っていない。手紙すら送れていない。あの子に、会う資格なんて私には………)

  瞼を静かに閉じたロスマンの頬には、一粒の雫が流れていた。

「………いつまで、こうしているつもりなのかしらね。私は」

  ロスマンは目を開け、眼前に広がる手紙を見つめる。

(もし、教え子に感化されて手紙を書くことにした………なんて言ったら、あの子はびっくりするかしらね)

  ロスマンは、改めてこの手紙を書くに至った経緯を思い出す。きっかけは扶桑皇国からやってきた一人の少女、雁淵ひかりとの出会いだった。

  本来、彼女はここ502統合戦闘航空団ではなく、後方のカウハバ基地へ欧州派遣隊員として派遣される予定であった。そんな彼女との出会いは運命だったのかもしれないと柄にもないことを、ロスマンは思ってしみじみとひかりの言葉を脳裏に浮かべる。

(その子は悲しかったのかな、か………。答えられなかった時点で私はあの子に、あの決断にきちんと向き合っていなかったってことなのよね。………教師の癖に教え子に気付かされるなんて、教官失格ね)

 ロスマンがさらなる自己嫌悪に陥りそうになったその時、コンコンと軽い音調で扉をノックする音が鳴る。

『先生、起きてる?』

「えぇ、起きてるわよ」

 扉越しにロスマン同様に502統合戦闘航空団の所属している魔女、ヴァルトルート・クルピンスキーの声が聞こえた。

返答を返すとロスマンは立ち上がり、自室の扉を小さく開けてクルピンスキーに対応する。

「何か用かしら?」

「もう13時なのに、昼食を食べに来ないから下原ちゃんが心配しててね。見に来たんだ」

「え?」

 その声の意味に面食らったロスマンは半信半疑の様子で振り返り、部屋に備え付けられた時計を確認する。時刻は昼食の時間帯である昼の12時頃を過ぎ去り、あと10分もしないうちに13時に針が向かおうとしていた。

「こんなに時間が経ってたのね………私の昼食はまだ、残っているのかしら?」

「ちゃんと下原ちゃんが残してくれてるよ。そんなことより先生こそ顔色が悪いけど、体調でも悪いの? 大丈夫?」

「体調は悪くないわ。ただ、今やってることが上手くいかなくてね。少し悩んでいるの」

「ふーん………。先生、悩み事に効くっていうおまじないがあるんだけど」

「却下します。あなたが言うと詐欺師の話にしか聞こえない」

「詐欺師は流石に傷付くよ?」

「傷付く貴女を見てみたいわ」

 ロスマンの取りつく島もない様子に、クルピンスキーはやれやれ、といった様子で苦笑する。

「それだけ舌が回るなら、本当に体調は悪くないみたいだね。それじゃ、僕は哨戒任務があるからもう行くよ」

「そう。伝えてくれてありがとう、クルピンスキー」

 ロスマンはクルピンスキーに感謝を述べると眉間をほぐす仕草をしつつ、部屋に戻る。

  ロスマンは手短に部屋の鍵をポケットに突っ込むと、広がった手紙を簡単に机上の隅にまとめる。そして、食堂に向かおうとクルピンスキーが向かっていた格納庫とは逆方向に歩みを始めようとしたときだ。

「エディータ」

「え?」

 呼ばれたロスマンが振り向くと顔の目の前に、クルピンスキーの顔があった。その距離は縦にした食パン一つ分程度しかなく、あと一歩でも前に進めば唇と唇が重なってしまう距離だ。

「ーーーッ!?」

 ロスマンは突然の出来事に動けなかった。クルピンスキーの右手がロスマンの左頬に触れる。

「ひゃっん…………」

 触れられただけで、声が出てしまう。ロスマンは、そんな自身の声に頬をほのかに赤く染める。そんなロスマンに対して、近付けた顔をロスマンの左耳に寄せ、クルピンスキーは優しい声色で語り掛ける。

「大丈夫。優しくするから」

「ぁっ………み、耳はだめ………」

「だめだからしてるんだよ?」

 耳元で囁かれ、ロスマンはくすぐったそうに身を少しよじる。

(ダメ………目が離せない。ダメなのに………)

 ロスマンは、まるでお酒を飲んだ後のような夢心地な状態に陥っていた。駄目だと、分かっていながらまるで中毒症状のようにクルピンスキーから目が離せなくなっていた。

「安心して。すぐに終わるよ」

 クルピンスキーのキリッとした表情に、ロスマンは静かに目を瞑る。

「先生は可愛いね。食べちゃいたいよ」

「んっ………馬鹿っ」

 そんなロスマンの両頬に、クルピンスキーの両手が触れたと思いきやムニュっとロスマンの両頬が優しく摘まれた。痛くない程度にムニュムニュ、と頬をほぐすように触られる。

「はい。おまじない、掛け終わったよ」

「え?」

 素っ頓狂な声がロスマンから漏れる。

 同時にロスマンは酔いにも似た夢心地から解放される。

「先生は本当に可愛いね。ちなみに、おまじないの効果は効いてからのお楽しみだよ。それじゃあ、またね」

 そう言うとクルピンスキーは、食堂とは反対方向に踵を返しそそくさと立ち去っていく。

 ロスマンはただ、クルピンスキーにほぐされた両頬を人肌を求めるかのようにさすることしかできなかった。

「………………ッ! 待ちなさいクルピンスキー‼︎」

 ロスマンが放心の状態から立ち直り、叫んだ時にはもう既に脱兎のごとく、クルピンスキーはその場を後にしていた。

「………相変わらず、調子を崩されるわね」

 ロスマンは目を抑えながら、呻くように呟く。

(突然のことだったとはいえ、なんで見つめ返しちゃうのよ私………)

 またもや自己嫌悪に陥りそうになるが、クルピンスキーが残した可愛いと言う言葉が、頭の中で反響し顔が緩む。

(………もう19歳なのに………もうっ……‼︎)

 ロスマンは憤りを冷ますために、床を踏みつける。その姿はまるで、恋する乙女のようだった。

 (全部あの偽伯爵のせいよ………‼︎ 次会ったら覚悟してなさない………!)

 真っ赤になったロスマンは、深呼吸の後に何食わぬ顔で食堂へと歩みを進める。

 だが、その道中ですれ違った整備兵などにクルピンスキー中尉と喧嘩でもしたのかもしれない、と後々、噂されるほどに依然として、その凛々しい顔付きが真っ赤に染まっていたことをロスマン自身、気づいてはいなかった。

 

 〈2〉

 

(頬を摘むだけのおまじないって、なんなのかしら?)

 昼食を取り終わり、部屋に戻る廊下にてロスマンは先程、クルピンスキーにされたおまじないについて考えていた。

(まぁ、大したおまじないではないでしょうね。どうせ、ナンパのテクか何かでしょ全く………)

 半ば呆れつつ、自室に繋がる廊下に差し掛かる。すると、自身の部屋の前にロスマンやクルピンスキー同様に502統合戦闘航空団の魔女であるジョーゼット・ルマールが申し訳なさそうな表情で立っていた。

「あっ! ロスマン先生、お待ちしてました」

「あら、こんにちはジョゼさん。掃除の予定、今日だったかしら?」

 ジョゼはロスマンに気付くと、ロスマンの元へと走り寄ってくる。部屋の前には、彼女の愛用している掃除用具などがカートに入った状態で置かれていた。

「いえ、先生の部屋は今日やる予定ではなかったんですけど朝、菅野さんがお手伝いしてくれて、今日やる分の掃除が早めに終わったんです。なので、ロスマン先生さえ良ければ今日やらせていただけないかなって思って、ここで待ってたんです」

 ジョゼは、申し訳なさそうにこちらを伺ってくる。その表情は餌を求める腹を空かせた犬のようで愛嬌を感じてしまう。

「そういうことならこちらからお願いしたいぐらいだわ。いつも頼りにさせてもらって、ごめんなさいね」

「ありがとうございます! 私が好きでやっているだけのことですから、全然大丈夫です。それよりも、掃除させてくださってありがとうございます」

 ジョゼの安堵からの満面の笑みに、ロスマンは思わず口元を緩ませる。ロスマンはポケットに入れておいた自室の鍵を取り出すと、扉の鍵を開ける。

「それにしても菅野さんが掃除の手伝いなんて、珍しいこともあるのね。自主的に来たの?」

「め、珍しいですよねー あはは」

 ジョゼの声は棒読みであり、ロスマンからすれば何か事情があるのだろうということは明白だった。

 ロスマンは扉のドアノブを回そうとしたが、回す前に事情を知っておこうと思い、背中をドアに付けドアノブに手をかけたまま、ジョゼの方に向き直る。

「菅野さんは真面目に掃除していたみたいだし、今回の件に関しては聞き流してあげるつもりよ。だから、何か事情があるなら教えてもらえないかしら?」

 扉に背中を合わせて立つその姿は、事情を話さないと入れないと意思表示しているようにも捉えられた。

「な、何のことですか? 事情も何も、菅野さんは自主的に」

 ジョゼはロスマンの行動に、少したじろいだのか口調が少しこもっていた。

「話をしてくれたなら、部屋に置いてあるお菓子食べていいわよ?」

「………し、知りません」

「部屋においてあるお菓子は、あのブリタニア王家御用達の「あ、あの王家の方々がこっそり通っていると言われているあのお店のやつなのですか!? うぅ………くぅぅっ!」

 とどめ、とばかりに呟いたロスマンの言葉に被せて、ジョゼは驚愕の声をあげると目頭を手で押さえながら苦悶の表情を浮かべる。

「………私はただ、菅野さんに掃除を手伝わせてくれと言われただけです。何も知りません」

 だが、ジョゼは話そうとしない。その瞳から決意の証である涙が溢れていた。

「強情ね。なら、素直に隊長に報告するしかないのだけれど」

「あっ………えっと、その………」

 ジョゼの顔色が青ざめていく。流石に隊長に連絡が行くのはまずいと判断したのか、辺りをキョロキョロと見渡し、人がいないこと確認する素振りを見せるとため息を吐く。

「………内密にお願いします。特に、隊長とサーシャさんには」

「任せて」

 ジョゼは小声で、ロスマンに経緯を語り出した。

「午前中のひかりちゃんの訓練教官代行が菅野さんだったんです。それで、午前中の訓練の最後にひかりちゃんと賭けで勝負することになったらしいんですけど………負けてしまったらしくて」

「菅野さんが? 意外な結果ね」

「賭け自体は勝った方が負けた側に1つだけお願いを聞いてもらう、っていう内容だったんです。ただ、勝負内容がその場にいた二パさんに決めてもらったらしいんですけど、持久走だったらしくて………」

 二パの優しさが垣間見える。持久走ならば、新米のひかりにも勝ち目があると踏んだのだろう、とロスマンは納得する。

「根性だけは隊長並みに凄いものね………それでひかりさんが勝って、掃除してほしいって言ったの?」

「いえ。菅野さん曰く、何か良いことをしてきてほしいって言われたそうです。それで、菅野さんが基地内で困っている人を探しているところに、たまたま掃除をしていた私が通りかかったらしくて」

「納得したわ。それで、菅野さんが掃除をすることになったのね。さらに、賭けのことを秘密にしてくれと言われたと」

 ジョゼはバツが悪そうに、首を縦に振る。

「で、でも菅野さんは」

「聞き流すと言ったでしょう? それに金銭や物資を賭けることはしていないし、ひかりさんはそう言ったところ経験なさそうですからね。教授することは、立派な新人の教育ということになるわ」

 ロスマンは今にも泣き出しそうなジョゼの肩に手を当てると、慈愛に富んだ優しい笑みを浮かべる。

(まぁ、実際は賭け自体はどんなものでも軍紀に背くことになるんだけどね。賭けをしないなんてバルクホルン大尉でもあるまいし、ましてや502部隊なら尚更ね。今後、502でやってくならカモられるよりはマシね)

 ロスマンは内心を隠しつつ、軍内部でも多くの賭けやら取引が横行しており、新人はその中でも格好の的だということを考えていた。

(菅野さんは賭けの怖さを、ひかりさんに教えようとしていたみたいね。本当に扶桑のウィッチは仲間想いなのね)

 ロスマンの表情に穏やかな笑みが零れる。両頬はほのかに赤く、ロスマンの表情を明るくしていた。

「よ、良かったぁ………」

「ただ、他人においそれと話していいことではないわ。だから、掃除が早めに終わったことについては、偶然を装った方が良いわね」

 ジョゼがお腹をさすりながら、脱力しているのを見て忠告を残すロスマン。

「了解です。………あの、ロスマン先生」

「何かしら?」

「やっぱり、………私って分かりやすいですか?」

 嘘が見抜かれたのが中々にショックだったのか、ジョゼは少し落ち込んだ様子だった。

「分かり辛いよりもいいと思うわ。私たちはチームで戦っているんだもの。表現は多彩でないとね」

 ロスマンは手をかけていたドアノブを回し、自室を露わにする。部屋は、昼食前と何一つ変わっていなかった。

(でも、菅野さんも人の上に立つ者としてはまだまだね。賭けを提示するのなら、どんな内容であれ勝たなければ威厳は保てないわ)

 ロスマンは内心、未来の502統合戦闘航空団に不安を感じていた。魔女は一部の例外を除いて、基本的に20歳で魔法力を失う。ロスマン自身、もう20歳を迎えるまでそう多く時間が残っていないのだ。

「流石はロスマン先生。部屋がもう綺麗!」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。少し待っていてもらえるかいしら? 机上だけ片付けてしまうから」

「はい!」

 ロスマンは、机上に広がった空白の便箋を手に取ると引き出しの中に丁寧に収納する。収納している途中で、送り先がチラチラと目に入ると、先程菅野に向けて思っていたことが自身に投影される。

「………教官として、か………私が言えることなのかしら」

 そして、投影された自身を顧みて思わず、言葉が零れた。

「何か言いましたかロスマン先生?」

「………いえ、何でもないわ。机、片付け終わったからここに鍵置いておくわね。それじゃお掃除、頼みますねジョゼさん」

「任せてください。ピカピカにしてみせます!」

 その返事を聞くとロスマンは鍵を机上に置き、微笑みをジョゼに返すとその場を後にした。

 

 〈3〉

 

(どこに行こうかしら。できれば手紙の内容について、静かに考えられる場所がいいわね)

 ジョゼと別れた後、ロスマンはどこに行こうか悩みつつ、基地の廊下を歩いていた。

(………そうだ。あそこに行こう)

 ロスマンが向かったのは、よくひかりが海渡りという特訓をしている半円形の波止場であった。ここには、特にめぼしいものもないためか、人はあまり寄り付かない。何か考え事をするにはうってつけの場所だった。

 だが、今日は先客がいた。空は晴れ渡り、雲一つない気持ちのいい陽気を浴びながら橙色の髪が光り輝く。

「今日は、腰の調子が良さそうね」

「こんな日に限ってネウロイは来ないのに、書類はたんまりと運ばれてくる。億劫だ」

 先客はグンドゥラ・ラルであった。

「あのグレートエースが仕事をサボって、日向ぼっこ?」

「休む時も必要と私に言ったのはエディータ、貴女だったと思うが?」

「嘘言わないの。ブリタニアのあの子に言うわよ?」

「私の心臓を止める気か、先生?」

 ロスマンはいたずら子っぽい邪悪な笑みを浮かべながら、ラルに近づく。ラルは半円形の波止場の円の階段部分に隈一つない顔で腰を下ろし、座っていた。

「隣、いいかしら?」

「聞かなくても分かるだろう」

「社交辞令よ」

 ロスマンは、そう言ってラルの隣に座る。

「書類が送られてきたって言ってたけど、ちゃんと片付けてきたの?」

「時には休息も必要だ」

「ヴィルケ中佐が見たら、なんて言うかしらね」

「その名前を出すのも卑怯だ」

 ヴィルケ中佐の名が出た途端、不機嫌になるラル。二人は犬猿の仲ではあるがまた、それぐらい相手を意識した親友でもあるとロスマンは認識していた。

「そういえば、今日は休暇じゃなかったか?」

「ええ。やっぱり、急の休暇はまずかったかしら?」

「むしろ、もっと休暇を消化してくれないと困る」

 ラルはたしなめるように、語調を強める。

「ごめんなさいね。休んでいられる性分じゃないのよ」

「そう言うとは思っていた。それにしても、急に休みとはな。申請時には敢えて聞かないでいたが、何かあったのか?」

「体調や魔法力に関しては問題ないわ。………ただ、教え子に手紙を書いているだけよ。長い間連絡していなかったから、何を書いていいのかわからないの」

 悩みの種を口にしたことで、思わず顔を下に向けてしまう。視線は目の前に広がっている水面へ注がれ、水面に映る自分自身は波に搔き乱され朧げにしか映らない。まるで、焦点の定まらない自身の内面を覗いているようでロスマンは少し気分が悪くなった。

「手紙か。………先生は手紙を書く利点というものを知っているか?」

 対照的にラルは晴れ渡る青い空を見上げながら、自身に満ち溢れたような声で問いを投げかける。

「そうねぇ………当たり前だけど、離れた場所にいる相手に連絡できることかしら」

 ロスマンは気分の悪い水面から目を背け、ラルの方へと視線だけ動かす。

「それもあるが、もう一つある。面と向かって言えないことを、書いて伝えることができることだ。もし、内容で悩んでいるなら思いきって、書きたい事を書いてみると言うのも一つの手だ」

「書きたいことを、そのまま………」

 ラルの助言を受け、最初は言い淀んでいたロスマンだったが次第に重い口を開け、言葉を紡ぐ。

「………私が手紙を出そうと思っているその教え子って言うのはね。私のせいで、ウィッチとして飛ぶことができなくなってしまった子なの」

 ロスマンはまるで教会で神に祈りを捧げる信者のように両手を握り、目を伏せながら告白を続ける。

「あの子は戦闘に不向きだった。なのに、あの子の想いに負けて私は、………あの子の想いに応えたくて、飛行許可を出してしまった」

 瞼の裏で、鮮明に蘇る愛弟子との思い出。

 初めての出会いは彼女がウィッチとして、鍛えてほしいと懇願してきたときだった。

「私が、あの子のウィッチとしての力を殺してしまったも同然よ。………くわえて、あの子が怪我をしてから今まで一度でも、私は彼女に向き合えなかった」

 元々、ウイッチとしての才能がない彼女は何をやっても、上手くストライカーを扱えなかったが故に、彼女を笑う者は沢山いた。

 中には直接、手を下す者たちもいた。多くの者が戦火に飲み込まれ、一つでも良いから優越に浸りたかったのだろう。

 だが、彼女はいつか見返してやると誰一人として責めることはしなかった。一度決めたことは曲げず、がむしゃらに突っ走って行く彼女の背中はとても眩しかったことがとても懐かしい。

「私は彼女のためと言いながら、失う恐怖から逃げるために彼女と接することを避けてきた。手紙も彼女が飛べなくなってから送るのは、今回が初めてよ」

 だからこそ、彼女がウィッチになることは必然だった。

 結果だけ言えば、彼女は飛んだのだ。その努力はこれまで馬鹿にしてきた者たちの心をその行動で瞬く間に変えていった。彼女はこれから先、信頼できる仲間たちと共に飛び立って行く筈だった。

 

 なのに、運命は彼女を拒絶した。

 

 ロスマンの瞼の裏に刻まれた、運命の日が映し出される。

 鳴り響いた警報と爆音、そして乾いた悲鳴。

 空に蠢くネウロイの群れ、落ちていく仲間たち。

 避難命令が下される中、誰もが理解していた。

 誰かが敵の注意を引きつけなければ、避難民を逃がすことは不可能だと。

 正規ウィッチの志願者はいた。だが、圧倒的に人数が足りていなかった。

 『私が行く。私は、弱いけどしぶといからね。先生、この子のこと任せたよ』

 彼女が、抱えていた小さな赤ん坊が私の手へと委ねられる。

 ───待って

 『辛気臭いなぁ、先生。死にに行くわけじゃないんだよ?』

 いつも通りのお調子者で、その笑顔は今日のような日であっても眩しかった。

 ───行かないで、お願い

 『キャビア? 分かった。楽しみにしてるよ、先生』

 彼女が離れていく。その背中が一歩、また一歩と遠ざかる。

 ───やめて

 『またね、ロスマン先生』

 背を向けた彼女が一度、こちらを振り返る。

 ───やめてよ、誰か

 『私を信じてくれて、ありがとう』

 どこか照れくさそうに笑う、その笑顔が何よりも大切で大好きだった。

 ───誰か、誰でもいいから

 無意味と分かっていながらも、ロスマンは幻へと心の手を伸ばす。 だが案の定、その手は少女には届かない。

───あの子を助けて

 

 『彼女はもう、飛べません』

 医者の言葉に、病室へ駆け込んだ筈だった。

彼女は生きて帰ってきた。

 私は師として、まずそのことを肯定してあげなくてはいけない。

 なのに、私は駆け込もうとして、彼女の姿を目視して、私は、―――逃げ出した。

 彼女の姿は見るに堪えなかった。なんと声をかけていいのか分からなかった。頭の中で、何かが壊れた音がしたかと思えば、心臓を誰かに握られたように、鼓動が早まって息ができなかった。

 そして、私は知らないうちに倒れていた。彼女の病室からずっと遠くの場所だった。意識が覚めた時には、彼女のいる病院とは異なる病院に運ばれていた。

 私には、ただ泣くことしかできなかった。自分の無力さを、傲慢さを思い知らされた。

 だから、私は誓った。二度と失ってたまるかと。

 

 これまでに何万回と再生された悪夢は、ロスマンの拳が固く結ばれると同時に開かれた瞼によって、虚空へと消える。

 長いように感じられる悪夢は一瞬の出来事だと、ロスマンは過去の幾度とない経験から分かっていた。

 分かっていたからこそ、ロスマンは続けて言葉を紡ごうとするがこれまで通りに言葉がでない。僅かな間に、ロスマンは感情の渦に囚われていたのである。

「………あの子が堕とされたあの戦いからもう、何年も経ってる……。あの子から逃げ続けた私が、今更………あの子に、何を書く権利があるの………?」

 ロスマンの声は弱弱しく、身体は小刻みに震えていた。一言を紡ぐ度、涙が零れる。その背中は、その小さな身体以上に小さくなってみえた。

「………ならば尚更、書かなくていけないな」

「………え?」

 ロスマンは今の今まで、黙って話を聞いていたラルの返答に思わず、泣き止んで呆けてしまう。そして、ラルはこちらを向き直すと、

「長い間、連絡ができなかったんだ。尚更、書きたい事を書かなくてはいけないだろうさ。先生の教え子も、心待ちにしているはずだ」

 ラルはさも当然のように、述べていく。

 だが、その表情は真剣に満ちていた。

「………でも、私は彼女から逃げて向き合おうとしなかったのよ? そんな奴に、手紙を出されたって迷惑になるだけよ………」

「先生だって人間だ。逃げる時もある」

 ラルは瞳に涙を貯めたロスマンの背中に、優しくそっと手を添える。

「逃げてしまった過去があるというなら、今から向き合えばいい」

 ラルは、そう言って不敵な笑みを浮かべる。

「もし、怖いというなら私が………いや、502統合戦闘航空団が支えよう。当時の先生を、私は詳しく知らない。だが少なくとも今、貴女は一人じゃない」

 ラルの言葉が胸に響く。心地よい大きな風が身体中を駆け抜ける、そんな気持ちをロスマンは味わっていた。流れた涙が虚空へと霧散していく。

「ありがとう、ラル」

「先生にはいつも助けられているからな。これぐらいはさせてくれないと困る」

 ラルはロスマンの言葉に微笑みを返すと、手を空中に伸ばして息を吐き出す。そして、先程の表情とは一転してドヤ顔を顔に押し出すと、

「それにしても、私が先生にアドバイスをする日が来るとはな。やはり、今日は調子が良い。今日の書類仕事はもうサーシャに任せよう」

「………ふふっ、それはダメよ。隊長」

「ふっ………あと、5分だけ頼む」

 ロスマンの反応にドヤ顔のラルの額に、思わず汗が流れる。その表情を見て、思わずロスマンは微笑む。

「ふふっ………502に来れて良かったわ」

「そう言って貰えると、引き抜くのに頭を下げて回った労が癒されるというものだ」

 2人の会話に笑顔という花が咲き乱れ始めたと思うと、

「あ、いたいた。隊長ー」

「クルピンスキー?」

 ラルがその声の主の名を呼ぶ。クルピンスキーが、こちらに軽快な足取りでやってきた。ロスマンは急いで、目元を服の袖でこする。

「哨戒任務はどうしたの?」

 気付かれないように、ロスマンは素早く向き直ると率直な疑問をぶつける。まだ、昼食前に会ったときからしても大した時間が経っておらず、今は大体、2時半を過ぎたあたりだからだ。

「僕はこの後、ひかりちゃんとの訓練があるから、午後の半分を僕とニパくんが哨戒してその後は、直ちゃんと下原ちゃんに任せる手筈になってるんだ。2日前に決めたことだけど、うまくいってるよ」

「へぇ、そうだったのね」

 ロスマンは素直に感心した。きちんとしたローテーションが組まれており、突然の変更にも動じない組織は強いと知っていたからだ。

「そんなことよりも隊長。腰が固まるといけないからって出て行ったっきり、全く戻ってくる気配がないってサーシャちゃんが相当カンカンでしたよ?」

「それはまずいな。どのぐらいだ?」

「今や司令官室に入ったら最後、説教を受けて正座をしなければ退出できないと陰で噂されるぐらいに」

「それはまずい。クルピンスキー、カタヤイネン曹長はどこにいるか知っているか?」

「二パ君は格納庫で正座中。僕との哨戒任務の帰りにバードストライクしたんだ。それで司令官室から出てきたサーシャちゃんに………相変わらず、間が悪い」

「…………ッ……そうか。残念だ」

 ラルは目を下に伏せ、心底、残念そうな声色で現在、正座させられているであろうニパに黙祷を捧げる。基地のどこからか「生きてるよ!!!」という声が聞こえたような気がするが、幻聴であろう。

「隊長、二パさんを身代わりにしようとしてません?」

 そんなラルを見てすかさず、ロスマンは尋ねる。

「してはいない。ただ、サーシャが怒っているときに関してだけは、傍にいてこれ以上に頼りになる奴は他にいないだろう?」

「確かに。ニパくんには甘いもんね、サーシャちゃん」

 ロスマンの代わりに、クルピンスキーが答える。

 ロスマン自身も内心、クルピンスキーと同じことを思っていたが、声に挙げるのはやめておいた。

「ところで、先生」

「なに?」

 ラルが途端に、話を切り出す。

「今朝方、支給品が届いていてな。チョコが司令官室にあるんだが」

「そんな報告は受けてません。それに、付いて行ったところで貴女を擁護するようなことはしないわよ」

 ロスマンはラルに最後まで言わせることなく、お誘いを拒否する。

「………………ケチ」

「聞こえてますよ、隊長」

 ラルの言葉にも耳を傾けず、はっきりと断る。世界全土で、こんなことができるのはロスマンを入れても一桁もいないと想像に難くない。

 かく言うラルは憂鬱そうな表情で、波止場を後にした。

 残されたロスマンとクルピンスキーは、その後ろ姿を見送る。

「おまじない、効いたみたいだね」

 クルピンスキーはラルの背中が見えなくなるとロスマンの横から前方に出てきて、嬉しそうに笑みを浮かべる。

「嘘ばかりついていると、あだ名が詐欺師になるわよ」

「嘘じゃないって。ちゃんと先生に効いてるじゃないか」

 クルピンスキーは、心外だと言わんばかりにロスマンを見つめる。その表情を見て、少し焦ったのはロスマンだった。

「………私、どこか変かしら。ねぇ、クルピンスキー。結局、どういうおまじないだったの? 」

「ひ・み・tあだだだだだ!!!」

「早く言わないと、海に突き落とすわよ」

 ロスマンは、クルピンスキーの脇腹を掴むとそれを思いっきり握り締めていた。

「わ、分かった分かった。言うから、一旦離して」

「ふん。はやくしなさい」

 クルピンスキーはわざとらしく、ごほんっと咳払いする。

「大切な人が笑顔になるおまじない、かな」

「………それ、今月になって何回言ったの?」

「12回ぐらいかnいだだだだだ!!!」

「今すぐに海に飛び込んで、死んで頂戴」

 ロスマンは、冷めた目でクルピンスキーを睨み付けると問答無用で脇腹を思いっきり握り締める。生えた耳や尻尾から魔法力を行使していることが見受けられ、その怒りの度合いが知れる。

「さ、流石にこれは本気で入院しちゃうよ先生………」

 握り締められた脇腹を抑えながら、クルピンスキーは抗議する。

「一生入院してたほうが世のためよ。………それより、そろそろひかりさんとの訓練の時間じゃないの?」

「あっ、そうだった」

 クルピンスキーはさっきまでの痛みはどこに行ったのか、波止場の出口へと軽やかな足取りで向かう。

「危うく遅刻するところだった。ありがと、先生」

「貴女のためじゃないわ。………ひかりさんのこと、よろしく頼むわね」

「任せてよ」

「はぁ………あなたの言葉ほど、信用できないものはこの世にないわね。お願いだから、余計な事だけはしないでね」

 ロスマンの脳裏には、501統合戦闘航空団に所属しているとあるウイッチの顔がよぎっていた。

「ひかりちゃんは孝美ちゃんへの憧れが強いから、どう転んでもフラウみたいにはならないと思うよ?」

「………それ、バルクホルン大尉の前でも同じことを言える度胸はあるの?」

「それはないかな」

 クルピンスキーは一寸の迷いもなくはっきりと断言する。そんなはっきりとした断言に頭痛が起こりそうになる。

「ただ、ひかりちゃんもフラウのように強くなるよ。これから先、502に不可欠なウイッチになる筈だ」

 クルピンスキーは、確信があるかのように語調を強めつつ言い切った。

「随分と自信があるようだけど、根拠でもあるの?」

「まぁね。というか、先生も分かってるでしょ?」

「さぁ? どうかしらね」

 先程のお返しと言わんばかりに、ロスマンはクルピンスキーに背を向ける形でそっぽを向く。

「相変わらず、素直じゃないなぁ」

「貴方にだけは言われたくないわね」

「僕は気の向くままに生きてるんだけどね」

 背中を向けたままの話すロスマンと、その背中越しに話すクルピンスキー。クルピンスキーの言葉を最後に、沈黙が波止場の時間を支配する。

 だが、クルピンスキーの表情は明るかった。まるで、デートの待ち合わせ最中に恋人がやって来るのを待っているかのように。

「………クルピンスキー。一度しか言わないから、よく聞いて」

「うん。聞いてるよ」

 沈黙を破ったのは、背中を向けたロスマンであった。クルピンスキーの返事を聞くと、ロスマンは向けていた背を反対に回しクルピンスキーへと向き直す。

 そして、一歩ずつクルピンスキーへと歩み寄り、間近に来たところで腰に手を回して、その胸に顔を埋める。

「………おまじない、かけてくれてありがとう」

 と、顔を胸に埋めながら小さく呟いた。

 そんなロスマンの耳は紅葉にように赤く染まっていた。

「先生………」

 クルピンスキーはその言葉に表情を緩め、優しげな目でロスマンの小さな身体を見つめる。

「ありがとうは顔を見て言うものじゃないかな〜?」

「なっ⁉︎」

 と思いきゃ、クルピンスキーは胸に顔を埋めたロスマンの髪を撫でながら、いつも通りの軽めの口調でロスマンを諭すように告げた。

「教職に就いている人として、それでいいのかな〜? 」

「ぅぅっ………伯爵なんて嫌い、大っ嫌い………!」

 ロスマンは恥ずかしいのか小さな子どもが親に甘えるように呻き声を挙げると、クルピンスキーの胸に顔を埋めたまま、クルピンスキーの腰に巻いた手でペチペチ、とクルピンスキーの体を叩くことで抗議の意思を示す。

「ふふっ、はははっ。ごめんよ先生。先生を見てたら、いじめたくなっちゃったんだ」

「やだ。許さない………」

「うーん、困ったなぁ………じゃあ、何でも一つ言うこと聞くよ。だから、それで許して欲しいかな」

クルピンスキーの提案に少しの沈黙の後、ロスマンは頑なに閉じ掛けていた唇を動かす。

「………不安なの」

「不安?」

「………隊長は今から前に進もうって、私たちが支えるからって言ってくれたわ。けどそれでも、やっぱり拒絶されるんじゃないかって………私はあの子の事をまだ、信じてあげられなくて………」

「そっか………やっぱり、あの子ことで悩んでたんだね。ひかりちゃんに影響された?」

 クルピンスキーの返答に、ロスマンは小さく首を縦に振る。クルピンスキーはその様子を見て、頭を優しく撫でながらもう片方の手で優しくロスマンを抱きしめる。

「無理して背負う必要なんてどこにもないんだ。エディータにとって、あの子は大切な教え子だったけどここは戦場だ。いつ誰がやられるかなんてものは時の運が左右する。なのに、エディータはそれを全部背負い込もうとするんだから、本当に無謀なことだよ。誰にもできることじゃない」

 でも、と区切ってクルピンスキーは続ける。

「だから、エディータは欧州一の先生でみんなから慕われている。彼女のことだって、エディータだけが最後まで信じて飛ばせた。あの時、彼女がいなかったらあの戦いでの死傷者は倍近くまで跳ね上がるだろう。それぐらい、彼女は強くなっていた。彼女が強くなれたのは、君が彼女のことを本当に信じていたからだ」

「………彼女は私の愛弟子だもの。私が一番、彼女がどれだけ強いのか知ってるわ」

 ロスマンの返事に、うんうんとクルピンスキーは頷くと、

「だからね、彼女はエディータのことが大好きなんだと思う。確証があるわけじゃないけどあの時、君たちの近くにいた僕だから分かる。彼女は、今でもエディータのことを待ってるって」

 クルピンスキーの言葉に返答はなかった。代わりに、クルピンスキーの服が強く握られる。そして、小さな雫がどこからか滴り落ち、二人の立つ地面を濡らしていた。

 

 〈4〉

 

「距離………風は無風………誤差修正っと。………よし」

 502基地の射撃場にて、先程まで雁淵ひかりは教官代理のクルピンスキーを待っていた。

 だが、クルピンスキーは約束の時間を過ぎ去っても現れなかったため、1人練習に明け暮れていた。

(魔法力を上手くコントロールして………腕への反動を無くす………かつ、ストライカーを履いてる事を意識して足にも魔法力を回して………)

「今っ!」

 炸裂音とともに、銃弾が的へ向かって飛んでいく。確かな手応えを感じたひかりは、興奮した様子で着弾点を双眼鏡を使って確認してみる。

「狙った場所に当たってる! やったぁ───!!!」

 歓喜の声が訓練場に響き渡る。ひかりの放った銃弾は見事、的の中心を撃ち抜いていた。

「やったねひかり!」

「うわっ⁉︎ 二パさん、いつのまにそこに?」

 訓練に集中し過ぎて気付かなかったのか、先程まで姿形もなかったニパが手に袋を持ちながら、ひかりの少し後ろの離れた位置に立っていた。

「今さっきだよ。数十分前までサーシャさんに正座させられていたんだけど、ラル隊長にクルピンスキー中尉は特別な任務で動けなさそうだからひかりの教官として訓練を見てきてくれって、頼まれたんだ。私が来たことに気付かないなんてよっぽど集中してたんだね」

「そうなんですか。クルピンスキーさんが来ないなんて何かあったのかなぁ、と思っていたんです。それにしても、特別な任務だなんて流石はクルピンスキーさん!」

「………言動とか行動はちょっと派手だけどあれでもエースだからね。まぁ、中尉の話は置いておくとして、少し休憩!」

 二パは、ひかりの持った銃を器用に取り上げると自身の身体に早業の如く、取り付けて射撃場に備え付けられたベンチに腰掛ける。

「えぇ!? 今、コツが掴めた気がしてるんです! やらせてくださいニパ先生!」

「先生………先生かぁ………えへへ───っ! だ、ダメ! 休憩も大事な特訓の一つなんだから!」

「うぅ~………」

「うっ………だ、ダメなものはダメ。見たところ、ずっとやってたと思うし休憩!」

 ひかりは呻き声を挙げながら、ジト目で静かな抗議をするが二パは取り合わないひかりはしかたなく、渋々といった様子でベンチに移動する。

「あっ、そうだ。ひかり、占いって興味ある?」

「占い! 興味あります! 扶桑でも友達とよくしてました!」

「本当!? よかったぁ!」

 二パは心底、嬉しそうに手に持っていた袋を開く。中には、一冊の本が入っていた。

「リベリオン合衆国監修、全世界占い大図鑑?」

 ひかりはリベリオンという文字が本の内容よりも強調されたその本に、若干引き気味だったが、対する二パは目をキラキラさせている。

「私もイッルがいないのを機に占いを磨いてしまおうと思って、リベリオンで話題のこの本を取り寄せたんだ」

「イッルって、前に二パさんが話してくれたスオムス1のウィッチですよね!」

「うん。イッルは、占いが得意でいつもは意地悪してくるときもあるけど、肝心な時にはいつも助けてくれる良い奴なんだ」

 二パは、夕暮れの空を見上げて頬を緩ませるとそっと息を吐く。吐息が煙のように現れては消えていく。

「だから、この占いの本をマスターしてイッルがいなくても大丈夫だって、あいつに言いたい。ぶっきらぼうだけど、きっと心配してくれてるから」

「二パさん………」

 二パの横顔は少し、寂しそうだった。ひかりは姉のことを思い出し、胸がチクリと痛むが頬を軽く叩き、笑顔を作り出す。

「凄く良いと思います! 二パさんの想いもきっと届きますよ!」

「ありがとう、ひかり。………ただ、その………」

「どうしました?」

 二パは恥ずかしそうに顔を赤らめると、頭を掻く。

「占いって、相手がいないとできないじゃない? でも、占いに付き合ってくれそうな人がいなくてさ………」

「? はっ、私じゃだめですか!?」

「ち、違う違う! ひかりにお願いできないかなって思ってこの話をしたんだ。訓練の合間で良ければと思って」

「わぁ! やりましょうよ二パさん!」

「うん! ありがとうひかり!」

 ひかりの満面の笑みに、呼応する形で二パにも笑顔の光が灯る。

「じゃあ、まずは簡単な奴から行こう! えっと………ステップ1、おまじない?」

「おまじないですか?」

「うん。占いをする前に、簡単なおまじないで身体に眠った力を呼び起こすきっかけを作るって書いてある。えっと、簡単なおまじないはっと………あっ、これ良いかも」

「どんなおまじないなんです?」

「やってからのお楽しみ。ひかり、目を瞑って」

「は、はい!」

 ひかりは緊張した趣で、硬く目を閉じる。

「ひかり、可愛いね」

「ふへっ!? に、二パさん耳元はくすぐったいです!」

「ごめん、ごめん。えい」

 二パの両手が、ムニュっとひかりの両頬を優しく摘まむ。そして、痛くない程度にムニュムニュ、と頬をほぐすように触っていく。

「終わったよ。ひかり、目を開けていいよ」

「えっ? 今のがおまじないですか?」

「うん。ここに書いてある中でも簡単だけど、でも良いおまじないだったからさ」

 二パの話に興味津々なひかりは、ニパの手元を見るためにニパに寄って行く。

「これは、どんなおまじないなんですか?」

「これはね。大好きな人にやるおまじないで、その人が寂しい想いをしませんように、っていうおまじないだよ」

 二パは穏やかな口調で、優しく答える。

「ひかりには、笑顔が似合うからさ。ひかりが笑うと元気が出るんだ」

 その声色のまま、想いを吐露するとニパはひかりの頭に手を乗せてのんびりとした手付きで撫で始める。

「えへへっ! 二パさん、素敵なおまじないをありがとうございます! では、私もやります!」

「うんお願い! あっ、そうだ。これが終わったらもっといろいろやってみようよ!」

 夕暮れの射撃場には似つかわしい少女たちの楽しそうな笑い声が響く。

 その平和のシンボルとも取れる音色は、夜になるまで止むことはなかったという。

 

 〈6〉

 

「………ひかりちゃん、絶対に怒ってるだろうなぁ」

 ロスマンを部屋に送った後、クルピンスキーはそう言いながら基地の廊下を歩いていた。ひかりとの訓練の約束の時間は既に大幅に超過している。

「安心しろ。手はすでに打った」

「うわ⁉ 隊長いたんですか………というかなんで、そんな物陰に隠れてるんです?」

「気にするな。それよりもだ」

 ラル隊長が何をしたのか思考しつつ、クルピンスキーは射撃場に続く通路の物陰に隠れていたラルには特に言及はしなかった。

「受け取れ」

「これは?」

 クルピンスキーはラルから包みに入ったものを手渡される。触った感触で、ある程度推測できたがなぜ、これを手渡すのか理解できなかった。

「ワインだ。今日からしばらくの間は先生の久々の休暇だ。クルピンスキーも有給が溜まりに溜まっていたから、明日から数日間にぶち込んでおいた。とりあえず、今日の夜はゆっくり休め」

 そう言い残し、颯爽と射撃場の方へと去るラル。

 去った直後、サーシャが別の通路からこの場に現れる。

「クルピンスキー中尉! 丁度、良いところに」

「そんなに慌ててどうしたの? サーシャちゃん」

「えっと、ラル隊長を見ませんでしたか?」

 その一言で全てを察したクルピンスキー。

「今さっき、射撃場の方に行ったよ。サーシャちゃん、また仕事押し付けられたでしょ?」

「そうなんです。全く隊長にも困りました………それにしても、さっきから動きが読まれてるみたいで………ハッ⁉︎ まさかこれは隊長による戦闘隊長へ与えられた特別な訓練………?」

「ないない」

「ですよね。私疲れてるのかしら………。あっ、そういえばですけど休暇の件、聞きました?」

「今さっき、隊長から聞いたよ」

「そうですか。これは上層部からの命令でもあるので、無理はせずしっかり休んでくださいね。それでは」

 そう言い残し、サーシャもラルの後を追いかけて射撃場へと向かっていく。

 クルピンスキーはその後ろ姿を見送って、元来た通路へと戻っていこうと足を反転させた途端、射撃場の方から『何やってるんですか二パさん! 射撃場でなんて破廉恥な!』『い、いやこれはおまじないであって! それに手の甲に口づけするってだけで───』『問答無用で正座です‼ 許せません正座です‼ ズルいです‼』『助けてひかりぃぃぃ‼』『え、えっとどどどどうすれば⁉』と、少女たちの悲鳴やら叫び声が響いてきた。

「隊長ってば、完全に二パ君をサーシャちゃん緩衝材として使ってるね。その大胆かつ豪快な性格を愛しのブリタニアウィッチちゃんに少しでも向けられれば、良いんだけどね」

 クルピンスキーはラルのブリタニアウィッチに対する困惑した顔を思い出して、苦笑すると本格的に来た道を戻り始める。

「今は手紙を書いてるだろうし、もう少ししたら訪ねてみよう。先生、喜ぶかな」

 クルピンスキーは貰ったワインを右手で担ぎならがら、手紙を書いているロスマンを想像し、そしてお酒に酔い顔を赤らめたロスマンを想像して頬を緩めた。

 

 こうして、502戦闘航空団のとある1日は過ぎ去っていく。

 少女たちはこの先、多くの壁に歩みを止められることになるだろう。

 だが、彼女たちは1人ではない。

 信じる仲間たちが隣に立ち続ける限り、彼女たちはどんな壁でさえ飛び越えていく。

 

 彼女たちは空を駆ける自由の象徴、ウイッチなのだから。

 

 おわり




初投稿です(二回目)。

 私、このSSを書きましたイートという者です。ここまで、読んでくださった方もしくはあとがき等を参考にしたく、見ている方またまたあとがきから読む派だこのやろー!な方、見てくださりありがとうございます。言っておきますが初投稿なので、あとがきは参考になりませんし、ネタバレがあるので本編から見てきてくださいお願いします。

 さっそく、本題の補足といきましょう。読んでいてなんだこれ分からんとなった方、本当に申し訳ないです。私の文章能力が低いせいです。
あらすじでも述べましたが、今回のSSはブレイブウイッチーズのテレビアニメ第4話の話の少し後に起こったかもしれない話を展開しています。第4話でのロスマン先生とひかりちゃんの半円形の波止場での会話で、ロスマン先生が言っていた教え子について焦点を当てました。

 4話のひかりちゃんとロスマン先生の会話を聞いて、ウイッチーズ世界線に興味を持ち、ノーブル購入後にその独自の世界観と多彩なキャラたちの魅力に惹かれ、こうしてSSを書くまでにハマった私なのでその教え子云々がとても気になっていて、自分の中でそこに焦点を当てたお話ができないかなと思い、筆をとりました。なので、クルピンスキーがその部隊にいたのかやその教え子を馬鹿にしていた奴らがいたのかさらには、教え子ちゃんが滞在している施設等に関しては完全な妄想です。楽しい!

 さらに、ロスマン先生の手紙についてですが内容に関して言及はしません。理由としては、そこを書こうとすると原作でも名前もわからない教え子ちゃんへの手紙を書かなくてはいけず、話が進まないからです。そもそも、書けたのか書けなかったのかについてもそこは皆さんの想像にお任せします。書いた者としては、ラル隊長とクルピンスキーの激励があったんですから、ロスマン先生はやり遂げられると私は信じていますしハッピーエンドを想定しています。

 定ちゃんはどうした言え!な方々、本当に申し訳ない。定ちゃんは食堂でロスマン先生と楽しくおしゃべりしたあと、ジョゼちゃんのおやつを作っているオカンだから場面に登場させられなかったんや………

 くわえて、ラル隊長はあからさまなサボリ魔ではないと思うのですが、そういう一面があった方がとても魅力的だなと思い、こちらの自己解釈でお仕事をサーシャさんにぶん投げてます。普段は真面目だと思う。

 また、タイトルに関してですが手紙の題名のような意味を含めて、こんな風にしてます。タイトルに関しては、本文よりも名前付けるの下手なので許してほしいです。良いタイトルをつけてくれる人、募集したい(本音)。

 さて、ノーブル6巻とブレイブ2巻を読めてないんで、早く読みたいのでここらへんで筆を置きます(完全な私用)。

 今後の活動としては、何かネタがあればウイッチ関連もしくはFGO関連で何か書いていきたいと思ってます。ここまで見て頂いた方は、本当にありがとうございます。本編だけでも見てくれた方に関してもこの場を借りて、感謝の意を。

 何かご指摘等ございましたら、今後の参考にさせていただきたいので長文でしっかりとした語調でお願いします。

 では、最後に

 やってみなくちゃわからない!
(制作期間は予定を大幅に超えているという事実から)

2017年12月6日 追記
 いやー、今更ながら色々つけ足しました。読みづらさと誤字脱字の嵐、ストーリーの不明瞭な点などとだいぶ修正しました。書いていて、愛弟子ちゃんのところは凄くかっこいいキャラにしたかったから、ほんと楽しかった

2018年4月5日 追記
誤字等まだまだ、沢山あって本当に申し訳ないです。直せるだけ直しながら、自分の文を振り返ってたんですが何これめちゃ面白いやんけ!となっていて、本当に一年前の自分凄いなおい!って謎のテンションに包まれています。




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