聞こえるか、この鐘の音が() (首を出せ)
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本編
その鐘の音は―――


ノリと勢いだけで書きました。今では反省しています。


 

 

 

 きっと神様ってやつが居るのであれば、とんでもない大馬鹿者なんじゃないかと思う。というか大馬鹿者だった。

 

『おぉ、○○よ。私が小突いた程度で死んでしまうとはなさけない。そんな不幸なお前には第二の人生を謳歌する権利を与えよう。フフフ、心配するでない。これでも我は空気を読める神……お約束である特典とやらも当然つけるとも。―――よし、とびっきりの奴にしておいてやったぞ。では第二の生を存分に謳歌するといい』

 

 

 というのがついさっき俺の身に起きた出来事である。とても神様とは思えないくらい軽くてろくでもないやつだった。……訂正、神様ってどれもこれもろくでなしばっかりだった……。何はともあれ、とりあえず今は自分でも困惑するくらいに落ち着いている。理由はわからないけれど、今のうちに状況を整理しておこう。

 

 目に映るのは異常なくらいにぼやけた光景。もしかしたら50㎝先も見渡せないんじゃないかというほど視界は悪いが、周囲の音はとてもよく聞こえて来た。大勢の歓声のようなものが耳に届く。……誰かが俺の身体をフッと抱き上げて(恐らく)抱き上げた人が俺の顔を覗き込んでいた。輪郭は僅かに彼が男性とわかる程度だった。抵抗なんてことは当然できない。自分の身体であるはずなのに力なんて全く入らないし、声だって声帯が機能していないのかそれとも()()していないのか言葉を全く発してくれなかった。しかし、この状況に心当たりはあった。それは一部の業界で使い古されてきた手段。平凡だった人間が分かりやすく主人公へと転換されていく通過儀礼。

 

 

『―――生まれてきてくれてありがとう。サン』

 

 

 輪廻転生――――いわゆる生まれ変わり。しかも失われるはずである記憶と人格を持っての生まれ変わり……リアル強くてニューゲームだ。どうやら本当に第二の人生を歩むことになるらしい。

 ……一先ずそのような非現実的なシチュエーションを実感したところでもう一度さっきの言葉を言おうと思う。神様ってやっぱり大馬鹿だ。

 

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 

 サン=オールドマン、それが2周目の俺が両親から授かった名前だった。名前の感じから言ってどう考えても日本ではない。この段階で既に絶望が俺を包み込んだ。だって外国である。記憶のある俺が他の国の言葉を理解できるようになるのかということが不安だし、最悪途中で死ぬかもしれない。外国って銃社会が多いって聞くし。日本だって最近だと子どもが生きにくい世の中になったのかもしれないけれど、それでも物理的な死が隣にあるよりは遥かにましだったと思う。

 赤ん坊の頃からそのようなことを考えていると、必然的に態度にも現れるらしい。この頃俺は泣くことも喚くこともないと両親からとても心配されていた。大変申し訳なく思ったのでお腹がすいたら泣くし、食事を貰ったら笑う様に頑張ってみた。喜んでくれて大変嬉しい。

 

 初めて生まれた子どもが嬉しくて仕方がないのか、両親は俺にとても構ってくれた。父親も仕事があるだろうに、帰ってきた瞬間俺に一直線。整った顔をだらしなく緩めている始末。悪い気は全くしないけど。むしろ嬉しいけど。赤ん坊になっている影響か、そういった愛情表現を受けるととても嬉しくなるのだ。恥ずかしくないのかって?そんなことを考える暇もないくらいには満ち足りていた。なんだこれ神様ありがとう(手のひら返し)

 

 ……そんな感じで意外にもこの転生に感謝し始めていた俺ではあったが、一つだけ懸念というか聞き逃せない言葉があった。それは魔術という単語の存在である。

 

 魔術―――世界でもかなり知られているであろう単語。それが意味するのは魔力などを使った超常現象を引き起こす力の総称である(偏見)

 もちろん俺は知っているだけで実際にそんなものを見たことはない。少なくとも俺が生きていた世界において魔術はオカルトとしてあるかどうかわからない―――幽霊などと同じような存在であった。

 だが、ある程度成長し、鮮明に見えるようになった視界で確認してみれば、両親がとても真剣な表情でその魔術のことについて話し合っているのが見えるのだ。それを手の込んだドッキリとして見ることはできない。そもそも生後1年経ってないような子どもにそんなドッキリを仕掛けるなんて頭おかしすぎる。

 

 要するに、この世界には魔術という概念が存在しているということがこのことから予想として立てることができた。

 そこで脳裏によぎるのは前世で齧っていたサブカルチャーの知識達。魔術なんていう技術があるのだからこの世界ではそれはそれは大変なことになるのだろう。なんて言ったって魔術である。魔術って言ったらあれだ。人から炎とか電気とか風とか氷とか出てくるのだ。他にもきっととんでもない不可思議超常現象を起こすのだろう。

 

 ……やばい(確信)

 銃社会なんて目じゃない。誰も彼もが見えない拳銃を所持しているようなものだ。そんな世界に住むなんて冗談じゃない。何で生後1年で死期を悟らなければならないのか。とりあえずやっぱり神様は馬鹿なんじゃないかと思う(光速の手のひら返し)……せめてしっかりと輪廻転生できていれば……。

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 

 俺がサン=オールドマンとして生まれてから数年が経過した頃。どうやら俺にも魔術とやらを使えるようにしてくれるらしい。父さんが教えてくれるとのこと。どうしてそうなったのかはまるで分らないけれども、習えるものは習っておこうと思う。

 

 俺が最初に教わったのはショック・ボルトという魔術。父さん曰く、この魔術の基礎中の基礎であり殺傷能力とかは一切ないという。精々が相手を痺れさせることだとか。つまり射程距離が伸びたスタンガンというくくりでいいのだろう。

 発動するには詠唱が必要であり、優秀な魔術師ほどその詠唱を短くするようにできるという。

 

「まぁ、とりあえずやってみればわかる」

「なんかかるいね、とうさん」

 

 舌足らずなのは勘弁してもらいたい。年齢的にこれが限度なのだ。というか、これが世間一般では普通なのだろうか。5歳くらいの子どもに魔術を教えるというのに物凄く軽いんですけどそれは。

 

「雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ」

 

 言葉と共に父さんの手から紫色の電撃が走る。それは加減したのだろう、大体2、3メートル飛んだ後に空中へ霧散していった。これが魔術……とても不可思議なものである。

 

 けど、こういうのを見るとテンションが上がっちゃうよね。ということで俺も早速父さんの真似をして詠唱をしてみた。

 

「らいせいよ・しでんのしょうげきもって・うちたおせ」

 

 舌足らずなのは(ry

 一先ず父さんの言葉通りに言葉を紡いでみるものの、俺の手から紫電が出ることはなくただ単に詠唱をして固まる子供の姿だけが残った。

 

「ッハッハッハ!サン、気を落とすなよ?はじめは誰だってうまくいかないもんだ」

「そう?」

 

 だろうね。こういうのって日々の積み重ねが大事なのだろう。あらゆる物事はそうした反復練習が実を結ぶための近道。魔術に関しても例外ではないということなのだと思う。しかし、俺も男の子だからね。期待しちゃうのは仕方ないね。

 

「じゃあもう一度やってみるか」

「うん」

 

 この後無茶苦茶詠唱した。

 ……ちなみに、やたらと魔術を酷使すると国の偉い人に怒られるから隠れてやってくれと父さんから言われた。……なら何で教えたんですかね……。

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 あれから俺は1日何十回ショック・ボルトを撃つために詠唱を続けていた。その甲斐もあってか、習い始めてから半年。ようやくショック・ボルトを放つにまで成長することができていた。使うことができた時は父さんとハイタッチをした後、家の庭で喜びの舞を踊り、母さんに生暖かい目で見られた。

 

 そのような日常の中、変化もみられるようになった。まず一つ。ご近所さんと仲良くなった。この世界で生まれてから未だ二桁に行っていない故に詳しいとは言えないけれど、良い所のお嬢さんらしい。その子と少しだけ遊ぶようになった。まぁ、その子はおじいさんのことが大好きらしく、本当にたまたま外に出る時だけ遊ぶという風だ。後もう一つ、今では顔も思い出せないクソ野郎こと神様が転生前に与えていた特典。それが判明したのだ。超強いという言葉をおぼろげながらも覚えていた俺としては確かにと納得するようなものではあった。……あったのだが、()()は何処かずれていた。

 

 ……いや、無意味に引っ張るのはやめよう。単刀直入に俺が特典としてもらったのは――――これである。

 

 

 

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

 

 周囲に響き渡るは終焉を告げる鐘の音。それは知っている者にとっては死の宣告であると同時に救済。その音は聞いたものが死ぬべき時を見失った時に鳴るもの。天が定めた終わりを、天に変わって代行をするためのもの。そう、これはfateシリーズに出てくる初代山の翁が持っていた宝具、死告天使を発動した時に鳴り響く晩鐘である。

 

 ぶっちゃけ、これが判明した時は興奮よりも恐怖が勝った。これを使う初代山の翁は規格外という言葉を具現化したような存在であり、不死の存在に死の概念を付与するようなまさに意味不明な技量を持つ者である。そして、この宝具は彼の狂おしいほどの信仰が宝具(必殺技みたいなもの)となった物なのだ。そんなものを振るったら次元を超えてでも俺の首出せ案件になると思う。

 けれども幸いなことにそうはならなかった。何故なら先程言ったように、死告天使は初代山の翁の隔絶された技量によってなされる業。この鐘の音は彼が動くための合図のようなもので何かの物理効果を持っているわけではない。それに気づいた時、俺はどっと安心すると同時に思った。―――――つまり、この特典は唯時々鐘が鳴り響くだけのものなんじゃないか、と。

 

 気づいてから俺は特典について考えるのをやめた。今は父さんから教えてもらったショック・ボルトを極めることにした。外でやると俺も父さんも怒られるため基本的に家でやっているのだが、これが結構面白い。ここ最近の発見は、言葉を変な所で区切ると様々な変化が起こるということだ。

 例えば、雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せなんて詠唱すると放った電撃が右に曲がる。雷精よ・紫電の衝撃・以て・撃ち倒せとやったら下に行ったりもした。他にもどこか消したら威力が下がったりとかしてとても面白い。理科の実験をしているみたいだった。久々に童心に帰った。今は思いっきり子供だけど。これをもっと試してみればいずれは「ぼくのかんがえたさいきょうのしょっく・ぼると」ができるかもしれない。こういうのはいつまでたっても男のロマンだよね。

 

「サン、ご飯出来たわよー」

 

 はーい。

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 それから更に月日は流れて俺は前の世界で言う高校二年生になり、アルザーノ帝国魔術学院という所の二学年生をやっている。飛び過ぎだとは思うけれども、あれから結局ショック・ボルトを極める位しかやっていない……というのは流石に冗談だし、他にもいろいろ頑張ったりしたけどそれはどうでもいいでしょう。いつの間にかご近所さんの家に居候の少女が増えていたりとかしたものの、彼女達とは挨拶を交わす程度である。まぁ、元々仲が良かったわけじゃないし仕方ないね。

 

「おはようギイブル。早速だけど、ここの部分を教えてくださいお願いします」

「………少しは自分で考えようとは思わないのか?」

「できることはやってる。でもできないから仕方がないね」

「……………はぁ」

 

 呆れられてしまった……。しかし、仕方がないのだ。ショック・ボルトなら自信あるんだけどそれ以外の魔術は正直からっきしに近い。一応使えはするのだけれど、一節で詠唱はできないしできたとしても脆い。なのでショック・ボルト以外の成績は全て勉強面でカバーしているのだ。それでもわからない所はこのクラスで最上位に優秀なギイブルに教えてもらっている。高圧的で慢心してばっかだけどクラスメイト思いだと思います。

 

「―――――と、いうことだ。分かったか?」

「ありがとう。これで何とかできる」

「フン」

 

 素直じゃないなー、そんなんだから孤高を気取っている(笑)とか眼鏡ボッチとか遅めの中二病とか言われるんじゃないかな。

 

 頭の中でそんなことを考えつつも実際に口に出したりはしない。だってそんなこと言ったら絶対に怒る。そして矛先が俺に向いてくる。知らなくてもいいことを態々知らせなくてもいいだろうと思いつつ俺は自分の席に戻る。

 

 開始のチャイムが鳴り響き、生徒全員が席に着くが、待てども待てども先生が俺達の前に現れることはない。チラリと時計を見てみればもう授業時間の半分が過ぎようとしていた。そういえば、去年担当だったヒューイ先生が辞めたから新しい先生が来るんだったっけ。

 そのようなことを考えていると、がらりと教室の扉が開いた。やって来たのは失礼ながらとても教師をできるとは思えないくらいに若い男性。青年と言ってもいいかもしれない。教師は教師でも家庭教師かな?と思えるくらいには若かった。その青年が入ってくると同時に前の席でリアクションを取る人物が二人。ご近所さんとその居候さんが入って来た青年に対して驚いていた。一方青年は人違いですと言って教壇に立つ。

 

 

 青年、グレン・レーダスは非常勤講師としてこの学校にやって来たらしいが、どうやら自分の意思によるものではないらしい。授業は適当だし、質問には答えない。むしろ辞書の引き方を教えてやろうかと煽るくらいである。故に、教師泣かせの異名を持つご近所さんはこのグレン先生に反発した。言っていることはド正論もド正論なのだけど。

 で、結果的に決闘で決めることになったらしい。生徒達の反応はまばらだ。信じられないという反応をする人、面白いと眼鏡クイッを行う人……これはギイブルですね……。

この場で決闘はしないようで、皆して教室を出てどこか開けた所に行ってしまった。…………そうだな。とりあえず、学院長の所に行って報告くらいはしておいた方がいいかもしれない。一応ここは教育機関だし、先生と生徒の決闘って問題な気もするしね。あわよくばこれで平常点が上がってくれればいいんだけど……。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 翌日、決闘に負けこってりと絞られた結果元気に授業を執り行う先生の姿が……!

 

「じゃ、後はよろしくー」

 

 ……見られることはなかった。圧倒的ッ……!圧倒的ッ、怠惰ッ……!!

 どうやら生徒からのフルボッコと上司からの注意は彼の精神を切り崩すには至らなかったらしい。メンタル強すぎる。

 それでもめげずにグレン先生に質問をしにいくティティスさんも中々強固なメンタルをお持ちのようだった。まぁ、それはご近所さんが止めに入ったわけだけれども。

 

「ギイブル。今日はここを教えてくださいお願いします」

「………オールドマン。君はあの男に辞書の引き方を教えてもらった方がいいんじゃないか?」

「あの人まともに辞書の引き方すら教えてくれるのか怪しいんだけど」

「…………………」

 

 ここで考え込むギイブル。どうやら今までの怠惰に怠惰を重ねた態度を見ていて一定の説得力があると思ったらしい。その後彼は読んでいた教本を机に置いて「どこだ?」と言いながらこちらに顔を出してくれた。優しい(確信)

 

 そんなことをしていたらいつの間にか事態は急変していた。平手打ちされたグレン先生と泣きながら教室を出ていったご近所さん。一体どうしたのかと尋ねてみれば、どうやらグレン先生がご近所さんを泣かせてしまったらしい。……なんというか今年に入ってから随分と騒がしくなったよね。このクラス。

 とりあえず、ギイブルに教えてもらった所を忘れないうちにやってしまおうと教科書を開いたところで、ご近所さんの居候―――ティンジェルさんから一緒にご近所さんを探してくれないか?と言われてしまった。……なぜ自分がとは言わない。ご近所さんは確かに優秀ではあるが少々面倒くさい性格をしている。そして今の彼女は虫の居所が大変よろしくない。故に付き合い()()()長い俺にお鉢が回って来たのだろう。例えあいさつ程度しかしないと言ってもご近所さんである。ティンジェルさんの頼みを了承して俺達は教室を後にした。

 

 

 ――――ここでご近所さんを慰めることができれば恰好がついたのかもしれないが、どうやら俺にそういったことは不可能らしく、先にティンジェルさんが見つけて慰めていた。ま、ここで見つけ出して慰めるなんてタイミングよくできるわけはないよね。結局俺はその後何もすることなく自宅に帰っていった。ティンジェルさんが居れば問題ないだろうと判断したからである。

 

 なんて考えながら帰っていたからだろうか。帰り道にばったりご近所さんと遭遇してしまったのだ。俺はとりあえず彼女にさようならと言って視界に入って来た我が家を目指す。

 

「ねぇ」

 

 珍しく彼女の方から話しかけて来た。一体どうしたのだろうかと、首を傾げつつ振り返る。

 するとそこにはこちらに視線を合わせることなく佇んでいるご近所さんの姿が。本当に何があったんだろうか。気になるものの、話したいことが有ったからこそ俺を呼び止めたのだ。向こうの用件が終わるまでは静かにしておくべきだろう。

 もじもじとこちらに視線を向けたり逸らしたりすること数十秒、意を決したように彼女は口を開いた。

 

「さ、さっき、私の事探してくれたんだって……ルミアから聞いたわ。……ありがとう」

「………どういたしまして」

 

 驚いた。まさかお礼を言われることになろうとは。あの時の自分は完全に何もできなかったんだけど。

 お礼を言った後彼女は恥ずかしくなったのか「そ、それだけだから!」と言ってダッシュして彼女の家の方角へと走って行った。予想外のお礼だったけれど、言われて気分は悪くならない。むしろ良い。

 

「……うん」

 

 お礼を言われるくらいなら、あの時間も無駄ではなかったかな。なんて柄にもないことを考えつつ、俺も自宅へと急ぐのだった。

 

 




コイツ、ショック・ボルトの話しかしてないぞ……!


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鐘(フラグ)

勢いで書いた結果、すぐに二話が出来上がりました。


 【速報】グレン先生、実は有能だった。

 今日の感想と言えばまさにこの一言に尽きる。

 

 

 昨日ご近所さんにお礼を言われて割かし上機嫌で居た俺だが、家に帰ってから気づいたのだ。でもそれって根本的な解決になりませんよね?ということに。なんせご近所さんが何故泣いてしまったのかと言えば、グレン先生との相性が限りなく悪いからである。今日は何とかなったが明日も同じようなことの繰り返しになってしまった場合、先に音を上げるのは十中八九ご近所さんである。このまま行くと、彼女が精神的に死んでしまう(大袈裟)

 

 と言ってもほぼ他人と言ってもいい俺が何を言おうとも効果は期待できない。仕方がないので次の日にティンジェルさんと意見交換でもしよう――――――なんて、昨日に引き続いて柄にもないことを考えていたのだが。

 

「昨日は本当に申し訳なかった……!」

 

 二日連続でとてつもないダメ人間っぷりを見せつけていた(らしい。ギイブルから聞いた)グレン先生がしっかりとご近所さんに謝罪をしていた。俺を含めてクラスのみんなが唖然とする中、一人だけ優雅に笑うティンジェルさん。……もしかして彼女の仕込みだろうか。もしそうなら素直に感服せざるを得ない。人知れずティンジェルさんに対して尊敬の念を抱いていると、謝罪を終えたグレン先生が普段とはどこか違う態度で教壇に立ち、持っている教科書を窓の外にぽいっと捨てる。そんなことするくらいなら売ればいいんじゃないかな。

 

 教科書を投げたグレン先生は続けざま、俺達に向かって馬鹿と言い放った。それに反応するのは当然クラスのほぼ全員である。話に聞くとグレン先生はショック・ボルトを三節で詠唱するらしい。しかし、このクラスのほとんどは一節で詠唱できる。短くできるほど優秀だと捉えられているが故に、彼らは完全にグレン先生を見下していた。まぁ、見下されて当然な生活態度だったからその辺は自業自得だと思うけど。そんな文句を言う生徒達を彼はもう一度一蹴して、俺の大得意なショック・ボルトを引き合いに出した。

 

 曰く、このショック・ボルトの詠唱を分けたらどうなるのか、ということだった。

 

「そんなものは術式として起動しません。何らかの形で失敗しますね」

「んなわかり切ったことを聞いてんじゃねーよ。馬鹿かお前?」

「なっ!?」

 

 ギイブルどうどう。

 グレン先生の挑発に乗りそうな――――と言うか、完全に乗りかかっているギイブルを宥める。その隙に別の生徒が、失敗はランダムであると答えた。それに対するグレン先生の切り返しはショック・ボルトは極めたんじゃなかったのか?というセリフだった。いやらしい笑みつきである。性格悪いな。分かってたけれども。

 

「―――なんだ?全滅か?」

 

 全員同じ気持ちだったのだろう。誰も答えることができなかった。そうだろう。なんたって出来た魔術はもうそれで本人達の中では()()()()()。言うなれば、一度終わらせた宿題を再び解き直すようなものだ。そんなことをするのは、よっぽど勉強に打ち込んでいる人間か、暇つぶしに困っている人間だけだろう。成功してしまえば、試行錯誤する必要性はなくなるのだ。

 

「―――じゃ、答えは―――「右に曲がる」――――へぇ」

 

 しかし、ことショック・ボルトにおいて俺の右に出る者はいない(ビッグマウス)俺がこの術を何年弄ったと思っているのだ。一時期、本気で「ぼくのかんがえたさいきょうのしょっく・ぼると」を作ろうとして、完成した直後にライトニング・ピアスという完全上位互換魔術を知る―――なんてことがあったくらいに俺はこのショック・ボルトに無限の可能性を感じているのだ(ビッグマウス二回目)

 

「なんだ居るじゃねえかわかる奴が。じゃあ、問題だ。此処を区切って五節にしたらどうなる?」

「射程が短くなりますね」

「んじゃ、ある一節を消すと?」

「威力が大幅に落ちます。使い手によっては失敗するかと」

 

 と言うかした。最初の方は、とりあえず省略出来たら強そうじゃないかなと思った瞬間やってみたのだ。結果的には成功したのだけど、成功に至るまでに幾度となく失敗したね。その中に発動しないというのがあったのだ。

 

「くははっ、なんだお前。こんな問題出した俺が言うのもなんだけどよく答えられたな」

「実はショック・ボルト以外の術式との相性がそこまで良くないらしくて……暇さえあればこれを弄っては遊んでいました」

 

 答えた瞬間グレン先生は腹を抱えて笑い出した。曰く随分と暗い生活を送っているなとのこと。放っておいて欲しい。しかし、この問いかけを答えた瞬間クラスから信じられないような目を向けられた。ギイブルからもである。意外だったのだろうか?……意外と言えばご近所さんからも同じような視線を送られていた。俺ってそこまで不真面目そうに見えるだろうか?ちょっとショック。

 

「ちっと予定からずれたがまぁいい。―――要するに魔術っていうのは超高度な自己暗示だ。使われているルーン語はそれらを行う上で最も適性のある言語ってだけで、別にそれだけが術式の発動条件ってわけじゃねえ。魔術は世界の真理を探究するとかお前らは言うけどそりゃ間違い、むしろ逆―――魔術っていうのは人の心を突き詰めるもんだ」

 

 ……ちょっとあの人誰?俺達の目の前に居るのは本当にグレン先生なのだろうか。ドラえ〇んがこっそり表れていつの間にか綺麗なグレン先生と取り替えたりしているんじゃないのかな?

 俺が混乱の状態異常を患おうとも無常に時は進んでいく。グレン先生は自分の言葉が正しいことを証明するために、再び虚空へと手を向けた。

 

「まぁ・とにかく・痺れろ」

 

 とても術式を発動させるための言葉とは思えないような三節。しかし、彼はそれでもしっかりとショック・ボルトを発動させていた。

 曰く、魔術にも公式がありそれを見つけ出せば今のような改変はお茶の子さいさいだという。故に既存の構文を訳し、覚えるだけの教科書とそれで必死こいてお勉強している俺達は馬鹿らしい。……先程と説得力が段違いだ。実例を見せられたのでは認めざるを得ないだろう。

 チラリとクラスの様子を見てみれば、馬鹿にされたことよりもグレン先生の行った事、言ったことについての興味が強いらしく、誰も彼もが瞳を輝かせていた。あのギイブルですら若干いつもより前のめりだった。……能ある鷹は爪を隠す、まさにその諺がぴったりと当てはまっていた。

 もはやこの教室に彼を馬鹿にする生徒などは居ない。あれだけ刺々しい雰囲気を纏っていたご近所さんですら、グレン先生のことを見つめて半ば呆けていた。

 

「さて、これで自分達が真に学ぶことは理解できただろう?なら次は、さっき言ったことの基礎中の基礎を教えてやる―――――興味ない奴は寝てな」

 

 ニヤリと、今までにないどこか生き生きとした表情で笑みを浮かべるグレン先生。当然彼の言葉通り寝ている人物など居るわけもなく、全員で楽しく授業を受けるのであった。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

「オールドマン」

「……?どうかしましたか、グレン先生」

 

 講義終了後、学食へと足を運ぼうとした俺に話しかけてきたのはグレン先生だった。珍しい、このクラスでは微妙に浮き気味な俺に話しかけてくるなんて。やはり彼は偽物なのではないかな。未だ会ってから三日くらいしか経ってないけど。何はともあれこのタイミングで話しかけてくるなんてことはあのショック・ボルトの件くらいしか思い浮かばない。けれどもあれは目の前の先生も既に把握済みだったはずだ。今更何を聞きたいのだろうか。

 

「何、大したことじゃないんだが―――――一昨日、セリカや学院長に俺の事チクったのお前だろ」

 

 脱兎のごとく逃走した。魔術なんて使わなくても人は己の限界を超えることができる。今日初めて知ったことである。まさか俺がチクったことがばれるなんて一体どうしたというのか。アルフォネア教授が態々そんなことを言う必要はないだろうし、学院長に至っても理由は同じだ。ならば何故――――

 

「逃ぃーがぁーさぁーなぁーいぃーぜぇー?」

「ヒィ!?先生、俺はちょっとノーマルなので、そっちの方は別に……」

「何シャレにならない誤解を招きそうな言葉を発してやがる……!?やめろ露骨に引くなっ!視線が、痛い……!」

 

 フハハ、甘いぞグレン・レーダス!こちらは生徒。いざとなれば貴様を抹殺する(社会的に)ことくらい片手間でできるわ()だがしかしその後しっかりと捕まることになりましたとさ。めでたくないめでたくない。

 

「フゥー……ハァ……ハァ…て、手こずらせやがって……」

「はぁ……はぁ……とりあえず学食取ってきますね。話はその後にでも」

 

 大人しく投降した結果、どうやらチクりの件に関しては今回の昼食を奢ることでチャラにしてくれるとのことだった。元々貴方が悪いのでは?なんてことは言わない。平和的に解決できるならそれに越したことはないし、何より彼の話にはとても興味があったからである。

 

 適当にトレイの上に料理を並べて二人分の席が空いている場所に腰を掛ける。しばらくしてからグレン先生が俺の正面に座り二人そろって食事を開始した。食べ始めてからすぐにでも質問すると思っていたのだが、どうやらそうでもないらしく何やら噛みしめてご飯を食していた。その辺の事情は分からないけれどそっとしておいた方がいいだろうと判断して俺も気にせずに食べることにする。

 俺の残りが半分、そしてグレン先生が完食し終えるとようやく話に入るようで、こちらに御馳走様と小さくつぶやいてから、何処か鋭い視線で俺のことを射貫き始めた。

 

「面倒な手間は省きたいから単刀直入に聞くぞ?―――お前、魔術を何処で習った?」

「もちろんこのアルザーノ帝国魔術学院ですけど……」

「あー違う違う、俺が言ってるのはそのショック・ボルトのことだよ」

「ショック・ボルトですか……普通に我流ですけど……」

「………嘘は言ってない、んだよな?」

「グレン先生が信じるのかどうかはわかりませんが、誓って嘘は言ってません」

「そうか……」

 

 グレン先生はその後、少しだけ黙り込んだのちに時間を取って悪かったと言いながら、何も乗っていないトレイを片手に席を後にした。

 

 ――――まさかグレン先生―――――――俺のお父さんが小さい頃にショック・ボルトを教えたことを知っているのではないだろうか。もしそうであれば俺の父さんが捕まってしまうかもしれない。それはどうやってでも阻止しなければならないことだ。しかし、グレン先生は勘が鋭そうだし、どうにもならないかなぁ……。

 

 実の父の密かなピンチに頭を一生懸命回転させていると、先程グレン先生が座っていた席からガシャリと食器同士がぶつかり合う音が聞こえて来た。余程急いでいるのかな、なんて視線を正面に移動させてみれば、そこにはどう見てもおこ顔なギイブルの姿があった。どうして機嫌悪そうなのだろうか。

 

「小魚あげようか?」

「どういう意味だ……!」

 

 カルシウム足りないんじゃないかと思って。

 馬鹿正直に言ったら絶対怒られるから言わないけど。とりあえず無難にどうしたの?と問いかけると彼は自身の抱いている怒りを隠すことなくこちらにぶつけてきた。うむ直球。

 

「どうしてショック・ボルトのことが分かっていたんだ」

「言った通り。暇つぶしで適当に弄ってたら規則性を見つけてね。何となく弄れないかなーってやってたから」

 

 ギイブル呆然。これはあれかな、勉強している自分が遊び感覚の俺に負けたくないということだろうか。もしそうなら年齢的にも正常な発達だ。是非ともこのまま育ってほしい。

 

「そ、そんなことで……」

「別に気落ちしなくていいと思うけど。今回に関しては本当にたまたま題材が俺に一致しただけで、錬金術の授業とかだったらギイブルの方が100%優秀だよ」

 

 この年頃のプライドだなんだのは確かに面倒くさい。取扱いに注意しなければ天狗をその辺に量産する上に、変な折り方をしたら骨折なんかよりもよっぽど修復が難しいのだ。だからこそ、叩く時はいらない部分だけを正確に叩いて削るのだ。今回に関しては言った通り題材が悪い。優秀な皆なら態々あのような試行錯誤は繰り返さないから。あの問題に関しては普段の優劣が逆になるような仕掛けがあったのだ。そう考えておけば万事オッケー。

 

「と、言うわけで気にする必要なし。以上、閉廷」

「どういうわけなんだかさっぱりわからないんだが……しかし、一理ある。そもそもこんなことを問いただしているくらいなら教本の数ページを読み進めた方が有意義、か」

 

 どうやら彼も納得したようである。うん、そこでそう考えることができるのであれば、その段階で既にギイブルは飛び切り優秀な部類だ。…しっかし、我ながら酷い上から目線だこと。

 

 

 

 

 

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 翌日。この日は休日にも拘わらず授業である。前任であるヒューイ先生が微妙な時期に辞めてしまったからあら大変。何日か授業ではなくなっておりその補講として今回の日程が組まれている。ふぁっきゅーヒューイ。

 少しだけ眠気が残る瞼を擦りながら、校門をくぐる。するとその時不思議な現象が起きたのだ。

 

 

 

 聞こえるは鐘の音。頭の中に直接響いてくるようなそれは、もちろん学校のチャイムなんかではなく、ここ最近は聴くことがなかったあの特典の鐘の音である。これが聞こえる条件は今一よくわかっていない。一体何がどうしてこうなっているのかは本当に検証しようがないのだ。けれども、この鐘の音との付き合いも早十数年。発動条件は分かっていないが、これから起こることなら見当が付く。……要するに良くないことが起こるってことだ―――あれ?これが発動条件じゃね?

 

 

「ズドン」

 

 

 言ってるそばからこれだよ。

 

 ほんの数十分前のことを回想しているうちに事態は転々としている。グレン先生の代わりにとやって来た全身真っ黒な男二人組はこちらに魔術をブッパしたあとルミアちゃんを出せと言っていた。ティンジェルさんに何か用なのだろうか。そのような疑問が浮かび上がるが、とりあえず現状について確認しなければならない。向こうはどうやら殺人なんて……という感じでためらうような常識人ではなさそうだ。普通に俺達をぶっ殺すなんて言うし。

 

 結局教室の全員を気遣ってかティンジェルさんは連れていかれることになった。止めに入りたいのは山々だけれども俺には無理だろう。精々皆の前で死体を晒すのが関の山だ。

 顔に傷跡を付けた寡黙のいかにも強そうな奴がティンジェルさんを連れていくと、もう一人ニット帽らしきものを被ったいかにもチンピラという風な男は、自分達に唯一歯向かったご近所さんを連れて出て行ってしまった。残っているのは先程の二人に比べてどこか頼りない男が一人。グレン先生が死んだとか言われた所為で全員の顔に影がかかっているが、俺はそんなことは信じていなかった。あの人、むしろ殺そうとしても死ななさそうな感じがするし。

 

 

 すると、ここで再び鐘が鳴り響く。学院の前で聞いたよりも、重く厳格な音を響かせる。

 

 

 それは教室の全員の耳にも聞こえるほどの大きさで、黒ずくめ(コナン感)の男達の仲間である人物にも聞こえていたらしい。というか、意識が段々と薄くなってきたんですけど。もしかしてお前(意識が)消えるのか……。

 

 くだらないことを考えていた数秒後、本当にブラックアウトすることになった。

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 

 

 鐘の音が聞こえる。

 それをルミア達を攫ったテロリスト―――天の智慧研究会の男はただのチャイムだと思っていた。しかし、この学院の生徒達である彼らは知っている。自分達が通っている学院のチャイムはこのような音色ではない。このように、頭の中まで響き渡るような音を鳴らすことはない。このような――――まるで、身体が死んでしまったかのように芯から冷えるような音を鳴らすものではない。

 

 誰もがこの異常に気づいていた。けれども、その異常の中で一人だけ普段通りの風貌をしている人物が居た。そう、クラスメイトのサン=オールドマンである。

 クラスの中で彼のことを知っている人間はそう多くない。一番接している時間が長いのはギイブルだろうが、彼も勉強面以外で彼とつるんだりすることはなかった。彼は普通に話しかければ答えてくれるし、特にこれと言って尖った所もない平凡な人間だった。

 だが、たまに自分の身体が凍ったかのような謎の感覚に蝕まれることが多々あったのだ。それが一過性であれば、体調不良などの言い訳も立つだろうが、それが訪れるのが決まってサン=オールドマンの傍。その結果、好んで近づこうという者は居なくなった。故に孤高(笑)やボッチなどといったことを言っていても、クラスメイトはギイブルのことを高く買っている。

 

 まあ、そのような経緯があり悪い奴ではないがどこか不気味、それが彼の評価であった。が、それもこれで一変する。

 

「……オイ、誰の許可を得て立ってる。殺されたくなければ大人しく座っておけ」

「………」

 

 本物の殺意を向けられても尚、サン=オールドマンは不動だった。そのまま席を立ち、顔も上げずにゆっくりと天の智慧研究会の男へと近づいて行く。一方男の方は面倒だと考えながらも一人くらい見せしめの意味を込めて殺しておいた方がいいかもしれないと考え直した。

 

 そして、彼は自身の右手をサン=オールドマンへと向ける。適当にいたぶってから殺せば、自分達の仲間が行っている準備が終わるまでのいい暇つぶしになるだろうと、そう信じて。

 

「雷帝の極光よ!」

 

 軍用魔術のライトニング・ピアス。本来魔術学院に通っている彼らが使えるショックボルトの上位互換でありその威力はプレートアーマーを容易く貫通する。人の命など簡単に奪えるほどだ。

 天の智慧研究会の男は直撃を確信して、その後失敗に気づく。いたぶるつもりが普通に殺してしまうと。しかしそれはもう後の祭り。大人しく馬鹿な学生が一人黒焦げになる様を見届けようとするが――――そこには既にサン=オールドマンの姿は何処にもなかった。

 

「はっ?」

 

 思わず、という風に間の抜けた声が出る。

 ライトニング・ピアスは前述した通りショック・ボルトの上位互換。威力もスピードも比較対象にはなり得ない。ショック・ボルトしか知らない学生の身で避けられる魔術ではなかった。けれど実際にサン=オールドマンの姿は見当たらない。もしかして死体すらも残らなかったのでは?と考えたところで、彼の身体が浮かび上がり、そのまま教室のドアを貫通し外に弾き出された。本人がそのことに気づいたのはドアを貫通する際に自身の背中へ走ったダメージを受けたのと同時だった。

 

「ごはっ!?」

 

 何がどうなっているのか理解できない。そう考えながらも彼は何とか立ち上がる。立ち上がった際に体の節々が痛むことから少なくとも打撲に至っているだろうと予想を立てた。

 自身のコンディションを確認したのちに男が視線を向けると、そこには先程と変わらず無傷で佇むサン=オールドマンが存在していた。その瞳は赤く光っており、それに見られる度に全身の肌が総毛立つ。これはもはや人間に対する反応ではない。人よりも高位な存在、少なくとも化け物と断じることができるほどのものであった。

 

「―――我が手に・かつての・信仰を」

 

 聞いたことのない詠唱。

 サン=オールドマンがそれを唱えた瞬間彼を中心とした地面に魔法陣が展開され、そこから一振りの剣が現れた。片手剣という風ではなく、どこか大剣然としたそれを持った彼は体から紫電を放った。

 

 

 再び鐘の音が響く。

 今度は男にも確かに感じ取ることができた。これは学院のチャイムなんて生易しいものではないことを。ようやく、気づいたのだ。その鐘の音は、目の前の存在が放っている者であり、逃れることは不可能であることを。

 目の前の少年こそ我が命運。そこに自身が介入する隙は無く、唯々ことの流れに任せるしかない。そのような諦観が出現するほどである。

 

 

「聴くがよい、我が鐘の音は汝の名を指し示した……告死の羽、その首を断つ――!」

 

 

 一言一言が、目の前の学生から放たれる度に、彼の纏う紫電が強く、より激しく弾け始める。そして、それが最高潮に達しようとしたその瞬間――――――再びサン=オールドマンの姿を見失った。急いで周囲を見渡そうとして見るが、身体が言うことを聞かない。むしろ、自分の意思とは関係なく首が動いている気すらした。

 

「――――ァ、」

 

 そして、男は気づいたのだ。自分の視界に入る見慣れた身体、その首だけない見慣れた身体を見た瞬間に、彼はその意識を闇へと落とし永遠に目覚めることはなかった。

 

 

「…………どこだ」

 

 

 処刑人の如き行動を行ったサン=オールドマンは断ち切った死体を一瞥することもなく、廊下を歩み始める。

 彼にはまだ仕事が残っているのだ。この学園に不法侵入した者達。彼らの名を晩鐘が示している……それだけで彼が動くには十分な理由だった。

 

 

 

 

 

 ―――――その後、教室に取り残された生徒が一人、様子が気になったのか、廊下に出てみればそこには()()()()()()()()()()()()が広がっていた。……もう鐘の音は聞こえなくなっていた。




嘘はなかった。主人公にとっては唯の鐘です(真顔)


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突撃隣の晩御飯(意味深)

未だ二話しか書いていないにも関わらず、お気に入り登録、評価、感想をくださってありがとうございます。


 

 

 

 

 サン=オールドマンが天の智慧研究会の男を屠ったのと同時期、ルミアと同じく教室から連れ出されたシスティは、チンピラ風にしてロリコン疑惑がさりげなく持ち上がっている男、ジン=ガニスに拘束され、制服を脱がされていた。これだけでも普通に強姦でお縄につくだろうが、生憎とこの場にはそうした法の下に働く人間は居ない。

 初めの方は持ち前の気の強さで抗っていたシスティではあったが、それでも彼女はただの学院生。本物のテロリストなどに勝てるはずもなく、恐怖からか制止を懇願する。しかし、ジンはシスティの懇願を受け止めるでもなく、むしろ更に火が付いたように、最後の砦である下着をも剥ぎ取ろうと手をかけた。

 

 

 ―――もはや彼女は限界だった。それはそうだろう。こんな形で自身の裸体を見られたいと思う女性がどこに居るというのだろうか。いや、居るのかもしれないが少なくともシスティはそういった趣味嗜好を持っていないのだ。

 

 自身を穢そうとする手を眺めながらシスティは一人、思う。このような強姦寸前な場面ではなかったものの、嘗て似たような状況に陥った時に自分のことを助けてくれた少年のことを。

 何処からか鳴り響く鐘の音と共に、その者達を粛々と断罪した少年。返り血を浴びることなく佇むその姿には恐怖を覚えるほどだった。実際、システィは助けられたことも忘れ少年に怯えてしまったのだ。彼はそのことに気づいたのかその場からすぐに立ち去り、それ以降自分との接触も最小限に留めることになった。

 

 そこまで思い出した瞬間にシスティは内心で苦笑した。まさか、かつて自分から拒絶した人物に今回もあわよくば助けてもらいたいとでも思っているのかと。自分はそこまで身勝手な人間だったかと少しだけ失望してしまう。それと同時にもういいかなという諦観の気持ちも浮かび上がり……全てを手放して目を閉じようとする。

 

 

 だが、その瞬間――――聞こえて来たのだ。つい先程まで思いだしていた、あの音が。原初にして生命に約束された結末、それを告げる鐘の音が。

 

 

 

 

「あ?開始のチャイムか?……タイミングいいじゃねえか。それじゃ、保健体育の実習と行こうじゃねえか」

 

 ジンは鳴り響いている鐘の音を学院のチャイムだと思っているが、それは違うとシスティは即断出来た。それもクラスメイトのように学院のチャイムと音色が違っているから、ということではない。この音色は彼女が嘗て耳にしたものと同じものだからだ。脳内に直接流し込まれているかのように浸透してくる音。神々しく、何処か恐ろしく感じる圧力。そして――――何かが帯電しているような、バチバチとした音。

 

 バタン……

 

 静かにシスティが閉じ込められていた部屋の扉が開く。お楽しみに邪魔が入った所為か、ジンは舌打ちをしながら顔を扉の方に渋々と向けた。システィもまさかという思いから扉を開けた人物を確認する。すると、そこには彼女の予想通りの人物が立っていた。

 

 恰好は自分と変わらずこの学院の制服。外見にこれといった特徴はなく平均、平凡を地で行くような風貌だ。けれども普段と違う所がいくつか存在している。まず一つ目が、彼の瞳だ。普段は彼自身の髪の色と同じように、少し焦げたような茶色にも拘わらず、今はまるで血をぶちまけたような鮮やかな赤に染まっている。また、彼の身体にはいくつもの紫電が走っていることも普段と変わっている二つ目の点と言えよう。三つ目は、システィの記憶の中に刻まれている大剣然とした剣を携えているということだ。

 

「はぁー……何してんだあの野郎。ガキ一匹逃げてんじゃんよ……。ま、いいや」

 

 ジンは学生が逃げたことに対して、教室を見張っているであろう仲間の一人に悪態を吐く。だが、その後考えを改め直したのか、ニヤリと元々悪人然とした顔を歪ませて、部屋へと乱入した学生―――サン=オールドマンに指先を向けた。

 

 彼はこう考えたのである。

 システィの目の前でこのクラスメイトをいたぶれば、もっと彼女を苦しめることができると。そうすれば彼は日頃のストレス解消のサンドバッグと性欲の捌け口の二つを同時に手に入れることができると考えたのだ。

 

 内心で天才と自画自賛しながら、彼はサン=オールドマンに向けた指を彼の右太ももに合わせた。サン=オールドマンは教室で見せた軍用魔術ライトニング・ピアスが恐ろしいのか身動き一つしない。手に大層な剣を持っているようだが、それでもどう考えてもライトニング・ピアスの方が早い。ジンは絶対の自信を持ってそう判断した。

 

「おい、そこのお前。どうやって逃げたのか知らねえけどここに入って来たのはまずかったなぁー……本来ならすぐに殺すんだが……特別サービスだ。ここで土下座で泣いて謝ったら命だけは見逃してやるよ」

 

 まずは精神的にいたぶる。これは鉄則である。このような魔術学院に通っている生徒は大半が多大なるプライドを持っている。それをへし折り尚且つ自分に下る様を見ているのはとても気分がいい。彼は直後に自身の前に無様な姿を見せる少年の姿を思い描くが、実際には予想と全く異なる行動を彼は示した。

 

 軍用魔術を目の前で突きつけられているにも等しいこの状況下で、サンは静かに口を開いた。

 

「無様」

「あん?」

「汝の姿、実に無様である」

 

 出てきたのはこの状況で圧倒的に有利なはずのジンを馬鹿にする言葉。その声音には平坦ながらも確かな侮蔑の色が混ざっていた。当然自分よりも下であると見下していた相手からそのような言葉を投げかけられて彼が我慢できるはずもない。サンに突きつけていた指から彼は何の躊躇も見せずに魔術を放った。

 

「ズドン!」

「サン!」

「選んだな?」

 

 一瞬の静寂。

 ジンの指から放たれた紫電はおおよその人が見切れないほどの速度でサンに飛来する。当然だ、紫電の速度はそれくらいまでに速い。普通であれば彼はこのライトニング・ピアスを身体に受け、全身が焼けてしまうだろう。システィも焦ったのか思わずサンの名前を口にしていた。けれども彼らが予想していた姿はごくあっさりと覆されることになる。

 サンは自分が握っている剣を眼にも止まらぬ速度で振りぬき、ライトニング・ピアスを両断したのだ。

 

「これという信念もなく徒に命を奪うさまは見るに堪えぬ。下をいたぶり自らの優越感を得ようと行動を起こすのも浅はか極まりない。故に―――首を出せ」

 

 バチリとより一層、サンが纏う紫電が強く弾ける。その様に言いようのない恐怖心を煽られたジンはとっさにシスティを人質に取ろうとサンに背中を見せた――――否、見せてしまった。

 この世界の誰もが知らないが、この者に無防備な背中を見せるとはどういったことになるのか。それは人質になろうとしているシスティが恐らく一番わかっているのだろう。既に記憶に刻まれているのだから。

 

 

 

 鳴り響く鐘の音。先程の存在を知らせるだけの鐘とはどこか違う。先程よりも重さを持った音色が頭に直接響き渡る。

 

「―――聴くがよい。我が鐘の音は汝の名を指し示した。告死の羽、その首を断つ―――」

 

 それは処刑の音色。

 代行者によって罪を赦され天に還ることを祝福する福音。しかし、それを受ける者にとっては死を告げる死神の足音。

 システィは再び人の身体から首だけが飛んでいく風景を眼にすることになるのかと思い目をつぶろうとすると、その前に彼女の身体に影が差した。目を向けてみるとそこにはまるでジンの身体を隠すように立って剣を振るうサンの姿が。

 

「(もしかして、気にしているのかしら?)」

 

 あの時と同じことを繰り返さないようにこうして見えない位置を取ってくれているのだとしたならば、場違いとわかっていても、おかしいと感じてしまっていても少しだけ嬉しいとシスティは思ってしまったのであった。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 ……意識が回復したと思ったら、目の前に物凄く衣服の乱れたご近所さんと、首がパージした上に消えかかっている成人男性の身体があった。なんと言うか、なんだこれ。とりあえず状況が呑み込めないので、唯一この状況を説明できそうなご近所さんに声をかけた。第一声は服を着直して下さいである。それもまた致し方なし。彼女は自分の格好に気づいたのか、涙を拭きながら自分の衣服を直した。傍から見たら俺が強姦扱いされそうで若干怖いなこの状況。

 

 ひとまず安心したのか再び泣き出してしまったご近所さんを慰めつつ、どうしてこうなったのかを聞く――――ことはしなかった。いや、恐らくトラウマ級に怖いことを体験したはずだ。先程の恰好から見てそれは間違いない。傷を負ったばかりだっていうのに態々その傷を掘り返すようなことをするほど俺は外道ではないつもりだ。そもそもこの状況を知ったからって何かできるわけでもないしな。

 

 だからこそ、俺はこうして黙って胸を貸しているわけなのである。こちらから手は回していない。唯々その場に立っているだけ………なので、その冷たい視線をやめてくれませんかね。グレン先生。

 

「……まさか俺の生徒から性犯罪者が出るなんて……」

「冗談はほどほどにしましょうよ……」

 

 一応この学院に黒ずくめの男たちという明らかに危険そうな連中がいるんだからさ。ご近所さんも落ち着いてきたのか、グレン先生にティンジェルさんのことを報告していた。それを受けたグレン先生は左手にいつもしている手袋から腕輪を出すと、何処かと通信しだした。……話の内容から予想するに多分相手はアルフォネア教授だろう。普段と全く違うシリアス顔で通信を取っている彼をよそにご近所さんの様子を見てみれば、再び身体が震え出していた。落ち着いたと言ったな。あれは嘘だ。多分持ち前の気の強さで何とかグレン先生の前では平静を保とうとしているのではないだろうか。実に強い人だと思う。

 

「ねぇ」

「?」

 

 感心していると、ご近所さんが俺に話しかけてきていた。もしかして泣いていることをグレン先生に言うなということだろうか。ぶっちゃけ、先程慰めている段階で入られていたためにもう既に遅いと思うんだけど。……などと思考するものの、どうやら俺の予想は外れたらしくご近所さんが問いかけてきたのは全く別の事であった。

 

「やっぱり……魔術っていう、のは……人を、殺すためにあるのかしら……」

 

 信じられないくらいに弱々しい声で呟かれたのはつい最近、グレン先生が言っていた言葉。魔術は人殺しに多大なる貢献をしており、それ以外の利用価値はない。小さい頃聞いたことがあるが、どうやらご近所さんは大好きだったお爺さんの目標を達成するために魔術の勉強に打ち込んでいるらしい。その為、人殺しの道具だと断言された時には大好きだったお爺さんを否定されたような気分になったのだと、ティンジェルさんから教えられた(なんでそれを俺に教えてきたのかは疑問である)。

 

 確かにそれも一面だろう。と言うか優れた技術ほど、そういった戦闘面や分かりやすいものに回されてしまうのだ。この世界にあるのかは不明だけれども、有名なダイナマイトがいい例だろう。散々別の所で言われているかもしれないが、元々あれだって鉱山などを掘り起こすために開発されたものだったにも拘わらず、当時の使われ方は人に対して向ける爆弾だった。そのようなことは世界が違うと言えども変わることはない。しかし、ダイナマイトだってしっかりと本来の用途で使うことができるのである。人を傷つけない使い方だってあるのだ。

 

「ご近所さんや」

「……何?それにご近所さん?」

 

 何やら首を傾げられるがそこはスルーして、彼女の肩に軽く触れる。セクハラじゃないよ。

 先程までの緊張状態の所為で凝り固まってしまった肩に手を乗せて俺は魔術を使用した。例の如く、研究していてたショック・ボルト……それを元に開発した派生形ショック・ボルトである。

 

「ビリッと・いい感じで・お願いします」

「は?」

 

 何言ってんだこいつみたいな視線をご近所さんから向けられるがそれを無視して魔術を発動。

 

「ひゃぁ!」

 

 くすぐったそうに身をよじるご近所さん。フフフ、どうだ。ショック・ボルトの傷つけないという性質を見抜き、威力を調整した結果、全身の凝っている筋肉をほぐすことができる微弱な電気を飛ばすことに成功したのだ。今のところ使いどころはないものの、将来これでマッサージ師でもやったら儲かるのではないかと少しだけ思っていたりする。

 

「何するのよ!」

「肩の調子、どうですか?」

「え?」

 

 怒りの表情を浮かべるご近所さんの意識を逸らすつもりで肩こりについて聞いてみる。先程の緊張状態で凝り固まってしまった筋肉が、俺の開発した微弱電気を受けることによってあら不思議。凝りが解消されて動きやすくなった肩がそこにはあったのだ……!

 

「……普段よりも軽い」

「ショック・ボルトを改良してみました。……ご近所さん。これも魔術です。要は使いようなんですよ」

 

 前の世界の創作物……その受け売りだけど、力は所詮力だ。使い手によっていかなる具合にも姿を変える。時としてそれは世界を滅ぼす力にもなるけれども、世界を救う力にもなるし……大切な身近にいる人を守る力にもなる。それこそが力なのだ。何も物理的な物だけではなく力全てにそれは言える。知識も技術も結局は使い手次第。それこそが真実。

 

「だから、ご近所さんが間違えなければ、魔術は必ず人に貢献できます。自身の夢を叶えることだってできますよ」

「――――――」

 

 思い切り目を見開いたご近所さんは再び静かに涙を流し始める。今日のご近所さんは泣き虫気味のようである。

 

「あのさ、隙あらばいちゃつこうとするのやめてくれない?そろそろこの温厚で有名なグレン先生も学院中に噂をばらまきたくなっちゃうぜ」

「それを実行したら学院中にグレン先生がホモだって噂を流します」

「………」

「………」

「俺は何も見なかった」

「自分もグレン先生に追いかけられたことなんてなかった」

 

 交渉成立である。

 お互いにがっしりと固い握手を交わす。友達友達。

 

「ところでグレン先生。こんなところで何をしているんですか?助けに来てくれたと思うのでこんなことを言うのも心苦しいのですが……先に見るべきところがあると思うんですけど」

「んあ?……あぁ、教室の事か。いの一番に駆け付けたに決まってんだろ。行った結果も問題ないと判断した。……何処ぞの誰かが暴れてくれたからな」

「………?」

 

 少しばかり鋭い瞳でこちらを睨みつけるグレン先生だが、生憎とこちらには心当たりがちっともない。強いて言うなら数年ぶりに夢遊病みたいな持病が発症したくらいだろう。向こうも俺が本気で首を傾げていることが分かったのか、納得しないような表情を浮かべながらもこちらに状況を説明してくれた。

 

「さて、ここから俺達がどうするかだが……」

「ルミアを助けます!」

「それは改めて確認することじゃねえ。白猫、気持はわかるけど少し落ち着け。助けるって言ってもルミアがどこに連れて行かれたのか見当もつかねえしなぁ」

「かと言って虱潰しに探すのも効率が悪いでしょうね」

 

 うーむ、と三人で頭を使っていると―――突然自身の背中に痛烈な寒気が襲い掛かって来た。それと同時に無意識のうちに近くに居るご近所さんの手を引っ張りながら全力で後ろに飛び退いた。

 すると、先程俺達が居た空間が歪み、中から武装した骨の軍勢が現れたのである。グレン先生も気づいていたのか既に俺達が下がった場所に退避していた。やっぱり優秀だなこの人。どうしてその優秀さを普段から出そうとしないのだろうか。

 

「ボーン・ゴーレム……!」

 

 憎々し気に呟く。恐らく術の名前だろう。内容はその名の通り、骨を召喚するというところか。……ただ、召喚された骨には角のような部分が付いており、ついでに尻尾のような部位も見える。俺が想像しているスケルトンナイト的な連中とはだいぶイメージが違うんだけど。とりあえず、唯一この術を知ってそうなグレン先生に解説をお願いしよう。

 

「知っているのかグレン先生!?」

「あぁ、その名の通り骨を生み出して使役する術だ」

「ちなみにその強さは?」

「ちっと待ってろ……!」

 

 問いかけに対する答えを見せようとしてくれたのか、グレン先生が一体のボーン・ゴーレムに殴りかかる。無駄のないフォームから繰り出された彼の拳は空を切りながら、ボーン・ゴーレムの頭蓋へぶつかった。しかし、大した効果はなかったようだ。ボーン・ゴーレムは平然と右手に持っている剣を振り下ろす。

 骨だけとは思えない速度で振るわれたそれは、けれどもグレン先生を切り裂くことはなかった。彼はその攻撃を読んで横手に跳び回避したのである。

 

「っぅ……!牛乳飲みすぎだろこいつら……」

「まぁ、彼らにとって骨粗鬆症は天敵でしょうからね」

「そんなこと言ってる場合じゃないと思うんだけど!?」

「おっとそうだった。オールd……えぇい長い!サン、白猫!走れ」

 

 グレン先生の言葉に従ってまずは扉を開ける。そして手を引っ張っているご近所さんを最初に出した。その時、グレン先生がボーン・ゴーレム達に囲まれている姿が目に入る。すると、外に出たご近所さんがとっさにグレン先生へと魔術を行使した。使ったのは魔力によって対象の部位を強化する魔術。

 

「その剣に光在れ!」

「おっ、サンキュー白猫!」

 

 強化されたグレン先生の拳はカルシウムたっぷりなボーン・ゴーレムを砕くまでに強化された。とするならば、俺もやっておかなければなるまい。手の強化は優秀なご近所さんがやってくれたので俺は足を強化した。

 

「その剣に光在れ」

 

 まぁ、ショック・ボルトに特化された俺の強化魔術なんてないよりはマシ程度の者だろうけれども、元々のスペックが高いのかグレン先生は足でもカルシウム・ゴーレムを砕き始めていた。強い(確信)

 

 時々先生が振り返って骨を砕くさまを尻目に俺とご近所さんは全力でダッシュだ。あんなの相手にしたら即行でくたばる自身があるから仕方ないことだと思う。しかし、グレン先生が結構ばらばらにしているはずなのに全く数が減っていない気がするんだけどどうなってんだろう。

 

「ちっ、あの骨どもある程度の形が残ってれば自分でくっつけんのかよ。プラモデルじゃねえんだぞ……!」

 

 後ろの方からそんな愚痴が聞こえた。

 成程、ある程度の強度。数の利。それと同時に再生能力まで兼ね備えていたのか。ならいつまでたっても減らないはずだ。囲まれれば終わりだから動き続けるしかない。しかしそれでは数が減らない。一体ずつばらしているならばその段階で既に囲まれる可能性がある。……つまりは火力が足りないのだ。グレン先生でも秀才で優秀なご近所さんでももちろんショック・ボルトしか能のない俺も等しく。

 

「このままじゃ埒があかねえ。おい白猫!ここで俺があいつらを食い止める。だからお前は得意のゲイル・ブロウを広範囲かつ長時間持続できるように術式を改変しろ!」

「うぇ!?」

「お前は生意気にも、な・ま・い・き・にも!優秀だからな。ここ数日間俺が言ったことを理解していればできるはずだ」

「そこまで生意気を強調しないでください!」

「………」

「………ちなみにサン。お前、」

「ショック・ボルトしか使えませんね」

「だよな………。ちなみに、電撃があの骨に効くと思うか?」

「可能性は薄いと思いますけど」

「………お前、待機な」

「はい」

 

 ぐうの音も出ないような戦力外通告。しょうがないんです。ショック・ボルトしか使えない俺にとって神経の通っていない骨は天敵……!あの骨達と骨粗鬆症の関係と同じことなのである。と、言っても本当に何もしないのは流石にあれなので、グレン先生に当たらないようにフォローというか攻撃の軌道を逸らすくらいはしてるよ?

 

『そこを右に!』

 

 それは授業でグレン先生が見せてくれた失敗例にして、俺も研究の過程でたまたま見つけた失敗例。右に曲がるショック・ボルト。それをカルシウム・ゴーレムに対して放つ。ショック・ボルトは本来直線状に行く技であるために複数の戦闘には向いていない。だが、この右に曲がるショック・ボルトは結果的に横に逸れるために並んでいる敵には結構効果的なのだ。

 

 グレン先生にまとめて襲い掛かろうとしていたゴーレム達の武器を、右に曲がるショック・ボルトで撃ち抜く。予想通り傷こそ付けられなかったものの、それでも武器の軌道を逸らすくらいのことはできているらしく、グレン先生も少しだけ余裕のある立ち回りをできているようだった。

 

「先生できました!」

「よっし、ならぶっ放せ」

 

 もうできたのか!早い!流石は秀才のご近所さん。グレン先生の言われた通りにすぐさま術式を改変し、それをゴーレムたちに向けて放つ。

 彼女が放った術は確かにゲイル・ブロウではなかった。威力こそないものの、風がまるでゴーレムたちを抑え込むような形で吹き荒び、この場に留まり続けている。それを見たグレン先生は上出来だとご近所さんを褒めると、懐からルビーのようなものを取り出し、左手に握った。

 

「―――我は神を斬獲せし者・我は始原の祖と終を知る者・其は摂理の円環へと帰還せよ・五素より成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁は解離すべし・いざ森羅の万象は須らく此処に散滅せよ・遥かな虚無の果てに――――えぇい!ぶっ飛べ有象無象!……イクステンション・レイ!」

 

 膨大なマナをかっ喰らいながら赤黒い魔術式を作り出したグレン先生は最後ヤケクソ気味に言い放ち、その魔術を行使した。

 その威力はすさまじく、一瞬で自分の視界が真っ白に変わる。今まで走っていた廊下を穿ちながらも、グレン先生が放ったその魔術は先程までしつこいほど俺達を追っていたゴーレムを跡形もなく呑み込んだのだろう。

 

 俺が目にしたのは、まさにそのような出来事の跡地としか思えない光景だったのだから。綺麗にされていた廊下は見るも無残に抉られ、先程まで居たゴーレムたちは跡形も見えない。

 彼の放った魔術は目の前の廊下を飛び越え、遥か遠くの校舎までフッ飛ばす始末だった。……ここで少し、ティンジェルさんが巻き込まれて居たらどうしようと思ったが、そこから先に思考が行くことはなかった。……別にティンジェルさんがどうでもいいというわけではない。まあ、これでことが終わればグレン先生強すぎィ!で話は着くのだけれどもどうにもそうはいかないらしい。たった今彼が放った馬鹿みたいな威力の魔術……訳して馬鹿魔術を放った反動か、彼は健康的だった肌を土気色を通り越して半分壊死してるかのような肌色をしていたからである。しかも吐血した。

 

「……先生!?」

「……体温が著しく低下してますね。呼吸も弱い……」

「これは多分マナ欠乏症よ」

「……ハッハッ、ゴホッ!ま、まぁ、分不相応な術を無理矢理使ったからな……くっ……はぁ………今すぐここから離れるぞ。こんだけ派手に暴れまわったんだ。テロリストの一人や二人、すぐにこっちに着いちまうからな」

 

 ……マナ欠乏症の身体を無理矢理動かしながらそう言うグレン先生だったが、恐らくその発言がフラグとなったのではないだろうか。ここから逃げる時間もなく、俺達の背後から足音が聞こえて来た。隠す気すらないその音は徐々に近づいていることがはっきりと分かった。

 

「先生、今の発言。実はフラグだったのでは?」

「そういうこと言うのやめろよ。……にしても、やっぱりそこまで甘い相手じゃなかったか……」

 

 渋々という風に振り返ってみれば、そこには俺達の教室に入り込んできた最後の一人。一番強キャラ臭がする傷の男が、周囲に剣を浮かべてやって来ていた。深く考えなくても分かる。これは絶体絶命のピンチですわ……。

 

 

 

 

 

 




此処でいくつか補足を入れさせていただきます。

まず主人公の名前なんですけれども、こちらは感想で指摘していた方もいらっしゃいました。
山=サン、翁=オールドマン、これらを足して主人公の名前です。要するに山の翁です。安直すぎるって?五秒で思いつきました。

次にセコ〇と化したじぃじについてですが当然本人ではありません。なので当然の如く本人よりも劣化しています。あれは晩鐘についていた残滓とでも捉えてください。
完全に本人でないために、死告天使の口上も少しだけ弄ってあります。

それではもしよろしければこれからもよろしくお願いいたします。


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置物

急激にお気に入りとか評価とかが増えて、更新がとても怖くなりました……。チキンハートな私を赦してください……。


 

 

「浮いている剣ってだけで嫌な予感がするよな……」

「そうですね。冷静な面持ち、既に剣を準備している周到さ。何より慢心が見当たらない……これアレですよ。中盤から終盤にかけて出てくる強キャラ」

「お前、結構詳しいのな」

「漫画で見ました」

 

 自分たちが置かれている状況の悪さを悟りつつ、それを誤魔化すためにグレンが吐き出した言葉を意外にもサンが拾う。……普通の反応であれば目の前に迫っている危機を恐れて震えあがる所だが、この生徒からはそのような気配は微塵も感じ取ることができなかった。

 

「(……無事に生き残れたらセリカに調べてもらうか)」

 

 システィーナを見つけた時と言い、妙に冷静な今の態度と言い怪しむ要素は数多く存在している。それらの気になることをこの騒動が終わった時にセリカ=アルフォネアに調べて貰うことを決めつつ、グレンは背後に居る生徒二人に尋ねる。

 

「おい、白猫にサン。あの剣をディスペルフォースで無力化できる魔力は残っているか?」

「……私の方は少し足りないです……それに、そんな隙をくれる相手ではないと思います」

「俺の場合はその魔術を素早く発動させることはできないですね」

「………よし分かった。じゃあ、ほい」

 

 二人の分析を聴いてグレンは自分の真横に居たシスティーナをとても軽い様子で突き飛ばす。不意を突かれたことと、グレンの鍛え上げられた筋力によって彼女の身体はまるでそれが当たり前かのように宙を舞った。

 

「………えっ?」

 

 あまりの自然さに突き飛ばされた本人は思わず漏れてしまったという少々間の抜けた声をグレンとサンの耳に届けた後、そのまま重力に従うままに下へと落ちて行ってしまった。

 余りに鮮やかなその手前にサンも目を見開いていた。それと同時に下で草木がぶつかり合う音を聞き取り、とりあえずシスティーナが無事であるだろうとあたりを付ける。……草木などが身体に突き刺さっているような想像はしないことにして。

 

「なぁ、サン。正直、生徒にこんなこと言うのはあれだと思うんだが、手を貸してもらえねえか?」

「……普通に足手纏いになりませんかね?」

「バァーカ。このグレン先生がこの程度でやられるかよ」

 

 サンは自分の立場を思いそう言ったのだが、グレンはその不安を吹き飛ばすかのように笑った。元々不安などは抱いていなかったが、最大戦力のグレンに何かあったらと思っていた彼は、今の反応で不安を払拭した。そして頷き返す。

 グレンはサンの返事を聞いた瞬間に学院を襲撃してきた天の智慧研究会の男―――レイクに向き直る。

 

「それに、お前は白猫ほど優秀じゃねえが俺でも引くくらいにショック・ボルトをきわめてたからな。期待してるぜ」

「……ははっ、了解です。俺のショック・ボルトは百八式までありますよ」

「作戦会議は終わったか?……では、死ね……!」

 

 空気を読んでいたのか、それとも何かしらの準備があったからか、サンとグレンの話が終わってから攻撃を仕掛けるレイク。自身の周囲に浮遊させている五つの剣の内四つをグレンに放ち、あと一つをサンに放った。

 

「先生、こっちに一つ来たんですけど!」

「何とかしろ!大丈夫だ、お前ならできる!できるできる、諦めんなよぉぉぉ!」

「少しでも先生をカッコイイとか思った俺が馬鹿でしたよ!」

 

 吐き捨てるサンだったが、実際にはグレンにもサンを助けに行く余裕がない。なんせ、縦横無尽に宙を駆け回る剣を四つ相手にしているのだ。今は背を壁に向け、背後からの攻撃がないように立ち回っているが、自分の所で精一杯というところだろう。

 サンもそのことに気づいたのか悪態を吐くだけで、それ以上の追撃はしなかった。後からセリカ=アルフォネアにあることないことを吹き込もうと思ってはいたが。自身に向かってくる剣を素人丸出しの動きで何とか回避しつつ、彼は思考する。

 

「(多分だけど、この剣には何かしらのコーティングがしてあるはず。じゃないとここまで堂々と使えるわけがない。俺だけならともかく、グレン先生は間違いなく戦闘経験者であり、そのことを向こうも分かってるだろうから。で、あれば……)」

 

 結論を付けた彼は背後から来た剣を()()()()()()()()()()()()()その際に制服を少しだけ斬られわずかに血が滴るが、アドレナリンを大量分泌しているおかげか動きが鈍ることはなかった。そして、もう一度剣が襲い来る前に剣を操っている人物――レイクに魔術を向けた。

 

『貫け轟雷!』

 

 普通の言葉ではない、サンが転生する前に使っていた世界……その中の日本という国で使われていた言語を用いて彼は自身で改良したショック・ボルトの改良術式を構築し、放つ。これはライトニング・ピアスというショック・ボルトの上位互換術式を知らなかった若かりし頃のサンが作り出した「ぼくのかんがえたさいきょうのしょっく・ぼると」であった。強化の内容は発射速度と射程距離、そして持続時間だった。元日本人である彼が相手を殺すような魔術なんて使えるわけもない。故にショック・ボルトの殺傷能力はないという部分だけを残し、それ以外を強化したのだ。

 

 放たれた紫電はその名に相応しい速度でレイクへと殺到する。しかし、相手も歴戦の魔術師。特にこのようなテロとも言える活動を行えるような人物だ。意識外からの攻撃、自身の攻撃手段である剣を全て出し切っている状態での対処法なども当然兼ね備えている。

 

「甘いぞ。霧散せよ」

 

 彼が使ったのは一節詠唱のトライ・バニッシュ。それにより、サンが放った魔術はその役目を果たすことなくその姿を消した。サンはそのことにショックを受けながら、再び自分に襲いかかかって来た剣を回避する。このままでは埒が明かないと思ったのか、レイクはあらかじめ用意しておいたのだろう剣を自身で持ってグレンに狙いを定める。それは予想以上に粘っているグレンを早めに始末しなければならないという勘によるものだったのだろう。

 その選択肢を間違っているなどとは言えない。この場において一番厄介な人物はグレン・レーダスで間違いがない。下手に状況を待って悪化させるくらいならば、決められるタイミングで決めに行くべきだ。けれども、彼はそうして止めを刺そうと行動し、結果的に己の視野を狭めた結果取り返しのつかない結末を迎えることとなる。

 

「力よ無に帰せ!」

「なにっ!?」

 

 そう。ここで、先程グレンに突き飛ばされたはずのシスティーナがレイクの剣にディスペル・フォースを使ったのだ。彼女の今の魔力では、浮いている全ての剣を無力化するのは不可能だが、グレンにまとわりついている四本くらいならばギリギリ許容量だ。レイクが両手で持った剣を振りかぶろうとする直前に、グレンを襲っていた剣たちは魔術が切れたことによって地面に墜ちていく。

 グレンはその剣を空中で拾い上げると、そのまま自身に襲い掛かるレイクに向けた。しかし、いち早く攻撃できる態勢に移行したのはレイクだ。このままではグレンが先に斬られることは明白である。が、それがどうしたとグレンは思う。疑わしいが自身の生徒であるサンがこのような場所に残って一人、自身の命を奪おうとする剣を引き付けてくれている。先程突き落としたシスティーナが意図をくみ取り、恐怖を抑え込んでチャンスを作ってくれた。ならばここは講師として大人としてなんとしてでも決めなければならない。

 

 物理的な痛みなんて彼にとっては日常であった。そんなものよりもよほど辛いことを、強い痛みを知っているからこそ彼はその凶刃が迫っていようとも目を逸らすことなく剣を振るう。

 

「――――地を這え紫電よ・彼の者に・愚鈍の足枷を!」

「!?」

 

 レイクの剣がグレンを傷つける直前になって、彼の動きが止まる。グレンが横目で確認してみれば、そこにはサンを襲おうとしている剣を必死に受け止めているシスティーナと、そのおかげでフリーになったサンが地に手を付けながら魔術を使っている姿が見えた。どうやらこれもショック・ボルトの改変魔術なのだろう。彼が言った百八式のショック・ボルトという言葉も案外でたらめではないのかもしれない。そのようなことを思いながら、グレンはレイクの心臓に彼が持っている剣を突き立てたのだった――――

 

 

 

 

 

✖️✖️✖️✖️

 

 

 

 

 

「ふぅー………何とかなったか。白猫、ナイスタイミングだったぜ。正直、九割くらいは諦めてたからな」

「……先生が本当に逃がすつもりならサンも一緒に逃がすと思ったんです」

「そうか」

 

 グレン先生は短くご近所さんにそう返した。何やら良い雰囲気である。その時俺はと言えば、緊張状態から解放された結果、無様に床に座り込んでいた。……背後から来る剣は()()()()()()()()()()()()()()()()けれども、神経を使わなかったわけじゃない。むしろ使いまくったとも。この世界に生まれてから運動もし直したことはなかった。特に意識して鍛えることもなかったから、ぶっちゃけると剣を避け続けられたのは奇跡に近かったと思う。

 

「疲れた……」

「おう、お疲れさん。正直、お前がいてくれて助かったわ。腕の一本や二本は覚悟してたんだけどな……」

 

 ここでグレン先生のフォローが光りますよ。さっきの戦いは言うほど役に立てていなかったように思える。攻撃のほとんどはグレン先生の方に行っていたし、俺がやったことと言えば剣を一本ひきつけたくらいと、最後たまたまうまくはまった足止め程度。結果的にはうまくいったけどね。余裕ぶっこいていたにも関わらずこの結果は少し不甲斐ない。

 

「……そんな顔すんな。戦闘訓練なんか受けてないのにあれだけできれば上出来だ。評価を付けるとしたら最高点をやるぜ?」

 

 ダメ人間かと思いきや意外と敏感な人なんだな。本当に、どうして最初に来た時はあそこまでダメダメだったのかと疑問に思う。

 彼のおかげで元気も出たのでありがとうございますと言ってから下半身に力を込めて、立ち上がる。すると俺と入れ替わるようにしてご近所さんが今後は地面にへたり込んでしまった。多分、マナを使いすぎたんだと思う。ディスペル・フォースでギリギリだったにも拘わらず俺に向かってくる剣を防いでもらったんだから当たり前と言えば当たり前なんだけどね。

 

「流石に無理させ過ぎたか……。サン、ここを頼めるか?」

「行くんですか?」

「あぁ。お前らの話じゃルミアがどこかに連れ去られたんだろ?なら非常勤でも俺が行くしかねえよ」

 

 肩をぐるぐると回し、身体の調子を確かめながらグレン先生は言った。彼の後ろ姿を見てご近所さんも同行すると口にする。しかし、彼女の状態ではそのようなことは認められない。最悪グレン先生のお荷物となる可能性すら出てくる。彼はそのあたりのことと、これ以上彼女に無理はさせられないと思ったのだろう。ティンジェルさんを必ず助け出してくるからしばらく休んでろと言って走って行ってしまった。後に残されたのは地面にへたり込んだご近所さんと近くに佇む俺だけである。

 

「ねえ」

「なんです?」

 

 まさか向こうから話しかけられるとは思わなかった(第二弾)

 呼ばれたのでご近所さんの方に目を向けてみれば何やら気まずそうにしつつも律儀に視線を合わせる彼女の姿があった。一体どうしたというのだろうか。いつぞやのように疑問に思いながらも彼女の言葉を待つことにする。

 

「私の呼び名、なんだけどさ……前に私が言った言葉と関係していたりする?」

「………」

 

 彼女の口から出てきた言葉は自分の呼び方によるものだったようだ。確かに、この呼び方は彼女が自分の名前を呼ばないでと言ったために修正したものだ。どうしてそのようなことになったのかは覚えていないが、()()()()()()()という思いは心のどこかにあったので今では普通に定着している。

 肯定の意を示すために頷くと、ご近所さんは俺から視線を外して俯いてしまった。……こちらとしては原因がわからないためになんとも言えないんだけれども、彼女の方で思うところがあるのだろう。時間にして数十秒。何やら意を決したような表情で顔を上げたご近所さん。今度は多少声を震わせながらも言葉を静かに紡いだ。

 

「……身勝手ってことは分かってるんだけど――――また、普通の名前で呼んで……?」

「――――――――いいですよ」

 

 別に断る理由もない。こちらとしても固有名詞ですらない言葉で呼び続けることに少し違和感を覚えていたところなのだ。今回のことで何が変わったのかは生憎俺にはわからないのだが、俺にとっても良い変化なので素直に受け入れておこうと思う。

 

「じゃあ、フィーベルさんで」

「そこは名前じゃないのね……」

 

 元日本人としてはいきなり下の名前で呼ぶことはできないんだ……許せ、フィーベル=サン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そんなこんなでこの騒動は解決した。

 ティンジェルさんも無事に戻って来たし、もちろんグレン先生もまたマナ欠乏症になりながらも帰還した。クラスのみんなも無事だった。これでうちのクラスもテロが起きる前に戻ってめでたしめでたし――――なんて行かなかった。いや、大体は言った通りなんだけど一つだけ問題点がある。

 

 何故かクラスの人から更に距離を置かれるようになったのである。正直、原因としてはテロの時に気を失った時だろう。俺は気づいたらフィーベルさんの所に居たわけだが、当然そこまで移動したのは俺自身ということになる。しかしその時の俺に意識はない……つまり一種の夢遊病に近い症状だったのだろう。それを見られた結果俺は完全にやばい奴のレッテルを張られたということか……。なんてこった(白目)割と元から浮き気味だったのに今度はそのレベルでは済まされない。最早浮遊城くらいにまでランクアップを果たしたのかもしれない。

 けれどもそんな俺にも変わらず接してくれる人も居た。それはグレン先生であり、仲良くなった……かもしれないフィーベルさんであり、彼女の親友であるティンジェルさんであり―――ギイブルだった。

 

「………いい奴だなぁギイブル」

「―――いきなり気持ち悪いぞ」

 

 今もこうして俺の言葉に律儀に反応してくれるギイブル。君は本当にそういった面をもっと全面的に出した方がいいと思う。

 

 このような身勝手な感想はともかく、こうして俺達の日常に平和が戻ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✖️✖️✖️✖️

 

 

 

 

 

 

「ところでセリカ。頼んでいた件、どうよ」

「頼んでおいてその態度か……。まぁ、いい。結論から言うとだな……あいつは黒に近いグレーと、言ったところか」

「――――――はぁ、マジかよ……」

 

 真剣な顔をして話し合うのは非常勤魔術講師グレン・レーダスと人類の枠組みを超越した化け物事セリカ・アルフォネア。最近話題の講師と知らない者はいないと言われる魔女―――そんな二人が真剣に見ているのはグレンの担当クラスの生徒の情報。

 

 その生徒の名前は、当然の如くサン=オールドマンだった。

 

 

「何か重要そうな話なんだろうけど、学院長室(ここ)では遠慮してほしかったなぁ……」

 

 

 



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イベント事は年を追うごとに真面目に取り組まなくなっていくよね

 

 

 

 先日起こったティンジェルさん誘拐事件(未遂)からしばらくして、再びアルザーノ帝国魔術学院は騒がしい雰囲気に包まれていた。と言っても前のようにいきなりロリコン疑惑のある犯罪者が侵入してきたわけじゃない。騒ぎの原因はこの学院が年に3回行っている魔術競技祭が原因だ。

 この行事はその名の通り、学院生達が磨いてきた魔術の腕を競う祭典のことで、俺が思うに体育祭みたいなものである。ただ、体育祭とは違い、毎年決闘戦というクラスの代表者同士で戦うなどといった競技を除いてランダムに種目が変わることと、全ての種目がリレー選抜みたいに成績上位者で固められている。そう、このイベントは大体成績上位者が無双するだけなので平凡以下の学院生はやることがないというものになっている。……ちなみに、この競技祭で一位を取ったクラスの担任は特別賞与が与えられる。

 

 そして、現在。俺が所属しているクラスでも当然この魔術競技祭の選手を選出していた。グレン先生が今はいないので、このクラスのリーダー的な存在であるフィーベルさんと同じくクラスの癒し(らしい)ティンジェルさんが黒板の前に立ち、選手決めを行っていた。ちなみに、選出方法はクラスメイトの自主性に任せた挙手で決める形をとっているが、それも意味をなさず誰もがどの種目でも黙り込んでしまっていた。その様子を見かねたのか、ティンジェルさんがひと声かけるものの鶴の一声となることはなく、やる気を引き出すことは叶わなかった。そう、二学年ともなればこの競技祭を三回は経験している。つまりどういうイベントかが理解できているのだ。先程も言った通り、この競技に出てくるのは大体各クラスの成績上位者である。比較的落ちこぼれとして見られている二組だとそれらに対抗できるのは数少なく、そうじゃない彼らはわざわざ負けるような戦いに出ようとは思わないのだ。

 ……あるある過ぎて泣けてくる。小学校の運動会ならば子供特有の妙な自信を引っ提げて様々な種目に立候補するが、多感な時期の中高生になると途端にそういったイベントにやる気を示さなくなる。戦力差が理解できるようになったためにどれだけ頑張っても無駄だという感性が働くのだろう。実際俺はそうだった。…しかし、悲しきかな。今そのことを振り返ってみると、そうやって達観していると思い込んでいた自分が滑稽過ぎて黒歴史に直行なのである。

 

「ほ、ほら。去年参加できなかった人だって今年は参加できるのよ?」

 

 めげずに参加を促すフィーベルさん。その姿勢は少なくとも去年の初めに受ければとても素晴らしいものだったのだろう。けれども、何と言うか時期が悪い。……恐らくクラスの全員が思っていることを代弁するかのように、丸眼鏡をかけた男子生徒――ギイブルが口を開く。

 

「―――女王陛下がご来臨なさるのに、わざわざ無様を晒しに行くわけがないだろう。お情けで全員に出番を与えようとするからこうなるんだ」

「貴方……それ、本気で言ってるの?」

「もちろん」

「―――つまり、わざわざ恥をかきに行く必要はない。全ての種目に自分が出て人柱になろうということか……」

「オールドマン……それは一体誰の気持ちを代弁しているんだ……」

「ギイブル」

「――――――――」

 

 絵に描いたような絶句を示すギイブル。この子は悪い子じゃないんです。ちょっと、お口に皮肉フィルターがかかっていて、言うこと全てが少しひねくれてしまうだけで根はいい子なんですよ。

 

「勝手なことを……!」

「……はぁ、なんにしてもこれじゃあ決まらないわね」

 

 ギイブルの矛先がこちらに向いた所為か、一旦冷静になったフィーベルさん。改めてどうやって決めようかと頭を抱えた時―――勢いよく教室の扉が開かれた。入室してきたのはもちろんこのクラスの担当非常勤講師、あの日のカッコよさをテロリストと共に置いてきてしまったグレン先生である。

 

「ここは俺に任せろ!この、グレン大先生にな!」

「ややこしいのが来たぁ……」

 

 気持ちは分かるけど、声に出しちゃうんだ……。

 教壇に頭を落とすフィーベルさんを見つつ、心中でつぶやく。……しかし、心配はなさそうだった。あのグレン先生の瞳には並々ならない執念を感じる。理由はともかく今回の彼は本気だと思っていいのではなかろうか。理由はともかく。

 

「なんだ、まだ決まってなかったのか。とりあえず白猫、リストを寄越せ」

「人を猫扱いしないで貰えませんか」

「まぁ、そんなことは置いといて、だ。ここから俺の超カリスマ的判断力でお前らを優勝へと導いてやる。遊びはなしだ、全力で勝ちに行くぞ!」

 

 

 

✖✖✖

 

 

 グレン大先生のカリスマ的判断の結果から言うと、自称かと思われたその称号は別に自称でも何でもなかった。彼は恐らく普段から講義の様子などを見て何が得意で強みということか把握しているのだろう。種目の特性とその得意分野がかち合う人物を的確に埋めていき、あっという間に種目全枠出場選手を決めてしまった。

 

「納得いきませんわ。どうして私が決闘戦の選抜から漏れているんですの!」

「だってお前、噛むじゃん。知識はすごいけどよ……呪文噛み癖(ソレ)はちょっと決闘戦向きじゃねえ。けど、今言った通り知識を始めとする勉強面では文句なしだ。だからこそお前を暗号早解きに当てたんだよ。……他に異議のある者は?」

「じゃあ、ハイ。先生、一ついいですか」

「なんだよサン」

「何で自分が決闘戦なんですか」

 

 そう。あっという間にクラス全員を埋めてしまったということは当然俺も出場することとなる。別にそこに問題はない。過去の経験から言ってこういったことは十分に楽しんで全力で取り組むことが正解だと分かっているからだ。今更「興味ないね」という風に気取るようなことはしない。

 だがしかし、決闘戦はよろしくない。この競技はランダムではなく固定されていることからも分かる通り重要な種目だ。むしろ目玉と言っていいかもしれない。プログラムでは一番最後に位置しており、その分配点は高い。つまり、ここでミスを犯してしまうと精神的に大きなダメージを受けることとなる。ただでさえ浮いている俺がそんなことをしてしまったら村八分にされてしまうのではなかろうか。

 

「はぁー?何言ってんだお前。むしろ白猫、ギイブルと来たら残りはお前しかないだろ。お前が秘密で拵えてたショック・ボルト百八式のお披露目会とでも思っておけよ。大丈夫だって心配すんな。お前の力はこの俺が保証してやるよ」

「………」

 

 セリフだけなら格好いい。いや、実際にかっこいいんだけども……その瞳には何やら欲望が渦巻いている気がしてならない。でも良い雰囲気だし、クラスのみんなもやる気が出てきたようだし何より綺麗に纏まりそうだし……頑張ろう。

 決意を固めているとここで異議あり!と立ち上がる人物がいた。眼鏡をクイッと上げたギイブルである。彼はついに誰もグレンに指摘しなかった成績上位者を使い回すという方法を提示した。

 ………その瞬間、グレン先生の表情がいやらしく歪む。クラスのみんなは見ていないようだったが偶々視界に入ってしまった俺は彼の本質を理解した。どうやらただ単に上位者の使い回しが可能なことを知らなかったんだ、と。

 

 だが、天はそんなグレン先生を見逃すことはなかった。ここでクラス全員参加推進派の会長(大嘘)のフィーベルさんがグレン先生をヨイショしつつ、クラス全員で出場することに意義があると言い出す。それにグレン先生の熱に当てられたクラスメイト達は同調した。そう、言うなればクラスが一丸となって全員参加の雰囲気を作り出したのだ。

 流石のグレン先生もこの流れからやっぱり上位者で固める―――なんて言いだすほど腐ってはいないようで、冷や汗をだらだらと垂らしながらクラスの全員で頑張るぞーと号令を取っていた。……まぁ、身から出た錆……なのかな?

 

 選手決めを行った後、講義時間を返上して練習時間に当ててくれるらしいので俺も教室を出ようとする。するとグレン先生から声がかかった。

 

「サン、ちょっと時間いいか?」

「別に大丈夫ですけど……決闘戦のことですか?」

「ここじゃあ、話せない。ちょっと来てくれ」

「分かりました」

 

 

 

 

 鬼気迫る、という様子のグレン先生に連れられてやって来たのは学院内でも人通りの少ない場所だった。

 

 建物の影というわけではない。むしろ建物から離れ、自然くらいしか見ることのできない場所である。どうしてこんな所に連れて来たのだろうと思っていると、グレン先生は体を反転させてこちらを向いた。

 

「サン、真面目に、嘘偽りなく答えて欲しい」

「なんでしょうか」

 

 一歩、二歩と近づき、ついには俺の両肩を掴んで顔を近づける。……もしかしてグレン先生はあっちの人なんだろうか。この前追いかけられた時に冗談で叫んだ出来事がまさか事実だったなんて。これは迂闊だった……。もしかしたらここで俺の貞操が……!

 

「―――お前の家は金持ちか?」

「は?」

 

 とりあえずホモォ……な展開はなさそうだが、逆に全く意図の読めない質問が飛んできた。どうして急に金持ちかどうかを訊かれているんだろうか、俺は。混乱のさなかに居る俺だが、こちらの様子に気づかないのかグレン先生は強い口調でこちらの答えを促して来た。

 

「どうなんだ……!お前、あの白猫と昔馴染みなんだろ……!」

「何でフィーベルさんと昔馴染みだと金持ちになるんですかね……んー……答えるとするならそれなりには、というところでしょうか」

 

 うちの家系は決して大きいわけではないのだが、それでも細々と続いてきた古い家系らしい。まぁ、細々ということで有名所ではないのだが、長い間続いているということでそれなりの資金を持っている。

 答えを聞いたグレン先生はその後、俺の両肩から手を放し―――同時に俺の視界から消え去った。

 

「えっ」

 

 呆然するのも一瞬、次の瞬間にはグレン先生の声が俺の耳に届く。

 

「お願いしますサン様……!お金を、貸して、ください……!」

 

 別に消えたわけじゃなかった。グレン先生はしっかりと俺の前に存在していた。……視界にも映らないような光速の土下座を披露していただけだった。視線を下げてみればそこには俺の靴に額を擦り付けて媚びるグレン先生の姿が。………本当、あの時超絶かっこよかったグレン先生は何処に行ってしまったんだろう。

 

「……自分の教え子にたかって恥ずかしくないんですか?」

「フッ、いいことを教えてやるよサン。……プライドや世間体で、飯は……食えない……!」

「必死すぎるでしょ……」

 

 働いていないならまだしも、非常勤とはいえ帝国が運営している学院の教師やってる貴方がどうして金欠なんかになっているんですか。

 

「それは……ロマンを求めて……」

「どんなですか?」

「一攫千金の」

「賭け事じゃねえか」

 

 ……そうだ逆に考えよう。普段このようにダメダメだからこそ何かあった時あそこまでの力が出せるんだ。人は常に気を張っていてはその内絶対に限界を迎える。それをこの先生は防ぐためにダメ人間に徹しているに違いない(迷推理)

 言っててなんだけど、絶対に無理があるな。しかし、グレン先生にはあの時学院と俺達を守ってくれたという実績がある。情けないとか世間体とかはこの際考えないこととして、助けてもらった立場から言うと何かしらのお礼は必要かもしれない。

 

「分かりました、グレン先生。では、そうですね……魔術競技祭が終わるまでの一週間と数日、グレン先生の昼食代はこちらで払います」

「―――えっ、いいん……ですか……?」

「何故に敬語……」

 

 彼の食事事情はそこまで悲惨なことになっているのか。というか、もしかしなくてもこの人既に給料のほぼ全てを摩った(使い果たした)な?だからこそ金欠で泣きそうだと。ついでに言ってしまうと、彼があそこまで魔術競技祭に積極的だったのは特別賞与を貰って現在の金欠を何とかしようということだったのだろうか。

 

「なら、早速今日から頼む!俺、値段の高い上位三つを頼むから」

「少しは遠慮しましょうよ。別にいいですけど」

 

 父さんからお小遣いという形でお金は貰っている。俺個人としては特に買うこともないので無駄に有り余っているものだから別に気にしないけどさ。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 その後、昼食を奢り中庭で競技祭に向けての練習をしていた時ちょっとしたトラブルに巻き込まれた。一組の人達とひと悶着あったのである。で、紆余曲折あった結果、最終的にグレン先生と一組担任のハーレイ先生はそれぞれの給料三か月分を賭け金としてお互いのクラスが勝つ方に賭ける勝負をした。講師による学院生を使った賭博は認められているのか疑問に思いつつ、もう後には引けないと教室でメンバー決めをしていた時以上に冷や汗を流しているグレン先生。もうだめかもわからんね。ちなみに、ハーレイ先生もこの場から立ち去る時、動揺していたのか頻繁に眼鏡を指で押し上げていた。まあ、俺達にはそこまで関係がないからいいや。

 

 この時俺達がハーレイ先生に馬鹿にされたわけだが……それが原因なのか、それとも給料三か月分が原因なのか、より一層やる気になったグレン先生は、クラスメイトそれぞれの様子を細かく見ていき足りない所を指摘。また、それとは別に講義を開いて効率の良い魔術の使用方法や決闘戦などの時に役立つ心構えや定石なんかも教えてもらった。

 

「サン。お前のショック・ボルトはその多彩さが武器だ。だからこそ、敵にどのような種類があるのか覚えさせたらいけない」

「はい」

「普通なら、手数の多い奴は一度使ったものは極力使わず、数と種類で翻弄するのが良いんだが……お前の場合、術を発動する時に妙な言語を使うからな……」

「あれは自作です。前に先生は言いましたよね?ルーン語は術を最も使いやすい言語だって。裏を返せば、別の言語でも発動自体はできるわけです。その結果、相手が言語で予想できないようにオリジナルの言葉で発動できるようにしました」

 

 オリジナルと言っても日本語だからもしかしたらわかる人にはわかるかもしれないけれど……俺のいた世界とここは全然違うし、もし日本という国が存在していたとしても通じるとは限らない。結果、かなり隠密性の高い術になったわけである。

 

「そうか、なら俺が言えることは唯一つ。敵の攻撃に当たるなってことだな。普段なら防ぐための魔術かなんかを練習するんだが……お前そういった術式は使えたか?」

「いえ」

「だよな。かと言ってショック・ボルトを防御用に作り直すには時間が足りない。だからお前はひたすらに回避だ。というわけで……お前達やっておしまい」

 

 フィーベルさんに、ギイブル。クレイトン君とモップス君、ガヤス君、エキストラト君の仲良しトライアル。最後にナーブレスさんだ。おいおい、なんだこの数はこれじゃあミーの負けじゃないか(決闘者感)

 

「こいつらが撃つ攻撃を回避しろ。できればもう、お前は無敵だ……!」

「この人数は無理だと思うんですけれども、そこの所いかがですか?」

 

 平然と課せられる無茶振り。だが、この場に居る人間のほとんどはやる気満々だった。コンビネーションを鍛えるつもり満々の三人組。噛み癖を無くすための訓練と楽しみにしているナーブレスさん。そして、今朝ツンデレ翻訳をしたためか妙にいい笑顔でこちらを見るギイブル。これは終わりましたね……。あぁ、罪悪感をにじませつつ魔術式を構築するフィーベルさんはともかく、いいのかな?と言った風に狼狽えるクレイトン君が女子っぽい外見とマッチして天使に見える。

 ……天使と言えばこの状況、ティンジェルさん的にはどうなんだろうと。彼女を探してみればこちらの様子に気づいて口パクで頑張れとエールを貰うことになった。成程止めることはしない、と。クラスの天使公認か……覚悟を決めよう。

 

「よし……お願いします!」

 

 言った瞬間四方八方からゲイル・ブロウとショック・ボルト、その他の魔術が同時に襲い掛かって来た。……せめて弾幕ごっこよろしく安地を作って欲しかった……。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 白猫を始めとする指名した学生達の魔術が一斉にサンに向かって降り注ぐ。四方八方から放たれたそれを回避するだなんてぶっちゃけ、愚者の世界を使わない限り俺でも不可能だろうな、と内心で苦笑いしながらあの時セリカから聞いた情報を整理する。

 

 

『サン=オールドマンは黒に近いグレーだな』

『はぁ、マジかよ……理由は?もしかして、アイツの家族かなんかが天の智慧研究会に所属しているとかか?』

『いや、両親は真っ白。特に後ろめたいことに手を染めているわけでもない真っ当な人物だった』

『じゃあ何だってんだよ』

『サン=オールドマンはここ数年、彼らが過ごしていた地域で起きた誘拐事件などの現場にほぼ必ず目撃されているんだ』

『……何?』

『あの付近にはフィーベル家と彼女が居るからな。そういった事柄には事欠かなかったみたいだ。特務分室の連中も、それらを撒き餌に大分戦力を削ってたのだろうよ』

『チッ、相変わらずか……けど、住んでいる地域なら、サンが近くに居ても不思議じゃねえよな。ルミアの話じゃあ、白猫とあいつ、昔は割と遊んでたみたいだしよ』

『それはもっと前の話だろう。ここ数年間の出来事にその理由は使えん。……それでな、一度サン=オールドマンに自白剤を使ったらしいぞ?あの連中』

『はぁ!?』

『結果は白だったそうだがな。しかし、偶然で片を付けるには頻度がおかしい上に特務分室の方でも侵入者の数が()()()()()()()()()。更に、監視を付けようとすれば、そいつらはいつの間にか気を失ってしまうと来た』

『…………』

『いいか、グレン。恐らくサン=オールドマンは敵ではない。けれど、味方でもない。全く以って謎の存在、手の出し方すら不明瞭な存在だ。関わるなとは言わないが十分に気を付けることだ』

 

 なんて、言ってたが……今の様子を見る限りだとそんな人物には見えないんだよな。これでも色々経験して来た身だ。ある程度の人物を把握するくらいならできるが……なんというかあらゆる意味でアンバランスな奴だと思う。

 年齢の割には成熟している気がするし、しかし時々素のような年相応なものを出す。戦闘面も、動揺などの類は一切見ることができなかったがそれにしては動きが素人過ぎだ。正直、レイクの時も意識のほとんどが俺に向いていたからこそ大した傷を負わなかったのだと思う。

 

「ちょっと…!死体蹴りは……!やめっ……紫電よ、足枷と成せ(ヤメロォ)!」

『うわっ!?』

『……ッ!?』

 

 あーあ、反撃しちまったか。それじゃ回避の意味がねえってのに……。ま、攻撃される前に拘束するのも立派な戦術だとは思うけどよ。

 所々ボロボロになり、肩で息をしながらも魔術を行使し、自分のことを攻撃していた全員を捕まえたサンを眺めながら俺は改めて思う。……やっぱりこいつはそこまで悪い奴じゃねえんじゃないかって。ははっ、流石に甘すぎるか。しかし、今の俺はただの非常勤魔術講師だ。そのくらいの甘さがあったって誰も責めやしねえだろ。

 

「おら、サン。攻撃すんな、回避だけに専念しろ」

「流石に無理ですよ!?」

 

 

 




許せカッシュ……(ポジションを取るのは)これで最後だ……。


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おい、競技祭しろよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばサン。明日の魔術競技会、お父さんと二人でしっかりと見に行きますので、頑張ってくださいね?」

「えっ……母さんはともかく父さんも来るの?仕事は……?」

「職場の上司を脅して勝ち取ったと、誇らしげに語っていましたね……」

「よく首にならないなぁ、あの人」

 

 学院で地獄のような……いや、本当に地獄みたいな特訓を重ねに重ねて迎えた競技祭の前日。自宅にて食事をとっていると急に母さんからそのようなことを言われた。まぁ、今回は去年と別で俺も出場する種目があるので見に来ることは別におかしなことじゃない。しかし父さんは別である。色々と忙しいあの人がそう簡単に休みを取れるとは思わないけれど、脅したと聞けば納得せざるを得ない。一応あの人の手腕は確かなものであり、バックレられると困る人は何人もいる。であれば、子供が出場する魔術競技祭を見に行くくらいの休日も出してくれるのかもしれない。

 

「ハッハッハ、父さんは日頃から頑張ってるからね。むしろ、皆から是非見に行ってあげてくれだなんて言葉までもらったよ」

「おかえり父さん。急に背後でしゃべるのはやめてね」

「サンの言う通りですよ。貴方。早く手を洗って、席に着いて下さい」

「その程度、私にかかれば五秒も要らぬよ……」

 

 まるで子供がされるような指摘を受けた父さんはドヤ顔でそう宣った後、次の瞬間には席に着いて、母さんの料理に手を付け始めていた。この人は時々当たり前のように人間の限界を超えるからおかしい。

 

「それで、今年はサンも出場するんだってね。……父さんちょっと信じられないな。まさか、妙に達観した所のあるうちの息子が出なくてもいいようなイベントに出るなんて……」

「実の息子になんという物言い。これは抗議せざるを得ない……。と言うより、こういったイベントは手を抜いていると後々絶対後悔することになるから、俺は自分のできる限りのことはするつもり」

「その発言が年相応じゃないんだよなぁ……と言うよりも、珍しいと思うよ。まさか、魔術競技祭にクラス全員で出場だなんてね」

「そうですね。ここ最近は成績上位者の使い回しが横行していて見応えありませんでしたわ……」

 

 丁寧な口調で毒を吐く母さん。改めて思うとうちの家族濃いな。などと思いながらも内心で同意をしておく。魔術競技祭なんて言うのだから少なくともクラス一人ひとり、一種目だけでも出ることができるようになればいいのに。毎回優秀者の使い回しだけじゃ展開も似通うと思うんだよね。毎年奇才ばかり生まれるわけじゃあるまいし。

 

「ともかく、父さん明日は頑張るからな!」

「…………何を?」

 

 父さんは見るだけで何かを頑張る必要性は皆無なのですがそれは。とりあえずこの場で何を頑張るのかは怖くて聞けなかったのでスルーを決め込むことにして、大人しく母さんの作った料理を口に運ぶ。うん、おいしい。

 

「ところで最近フィーベル家のお嬢さんとは仲良くしていないのかい?」

 

 唐突な話題変えはいつもの事なので気にしないことにして……その話題は昔の俺に効く……。今はどうということはないけどね!

 

「ここ最近話すようになったよ」

「……よかった。私達の息子が犯罪者になったのかと思って心配していたんだ」

「その結論はおかしくないですかね」

 

 いったい自分の息子のことをどんな風に思っているのだろう。と言うか俺は逆に言いたい。今一どこで働いているのか不明瞭である父さんの方がよっぽど犯罪者になりそうな気がするんだよなぁ。

 

「まぁ、その辺のことは割とどうでもいい。重要なのは、私達が魔術競技祭を見に行くということ……その一点だけだ」

「自分で話逸らしたくせに何言ってんだこの人」

 

 ……別に嫌いじゃないけどさ。極力余計なことはしないで欲しいな。本当に。

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 そんなこんなで魔術競技会当日がやって来た。ギイブルも言っていたように今回はアルザーノ帝国女王であるアリシア七世も来賓として学院に居る。つまり、その護衛の人も大量についてくるというわけだ。学院に似つかわしくない、重々しい鎧を纏った男達が、アリシア女王と何故か一緒に居るアルフォネア教授と学院長の近くに陣取っていた。正直、その様子ばかりを見ていて女王様の言葉を聞いていなかったことは秘密である。……それにしても、あの場に控えていたメイドと一瞬だけ目が合った気がするけど……気のせいだろうか。

 

 そんなことを思いながらも魔術競技祭がスタート。ここで俺達二組は周囲の人間からするといわゆる番狂わせを連続で起こすことになる。

 飛行競争三位、魔術狙撃が上位、そして暗号早解きがぶっちぎりの一位である。それらを見ていたクラスメイトの視線はどんどんグレン先生を尊敬するようなキラキラした目線になっており、それを受けるたびにグレン先生はだらだらと汗を垂らし続けていた。

 

「……俺だってさ、あのチーム決めを適当に行ったわけじゃない。むしろ、言った通りお遊びなしの全力で決めてやったさ。けどな、まさかここまでできるとはこのグレン大先生の目を以てしても見抜けなかった……」

「何でよりにもよってそんな重要な所でリハク(節穴EYE)になるんですか。と言うより、その言葉を聞かされた俺はどうすればいんですかね?」

 

 現在進行形で株が上がっているグレン先生の暴落ものの発言に反応が困る困る。

 いや、そもそも何故こっちに来るんだ。俺の所じゃなくて大人しくクラスのみんなに囲まれて冷や汗を流しながらその場その場で後付けの理由でも語っていればいいのに。

 

「そんな冷たい視線を送んなよ。ほら、なんて言うの?お前と居ると落ち着くっていうか……」

「……………………やっぱりグレン先生はホm―――「違うわ!」―――殴りかかってくるとは何事ですか」

 

 手加減された鉄拳を左手で払いのけつつ、ジト目を向ける。しかし、そこには殺意の波動に目覚めそうなグレン先生がいた。なんでも俺がでたらめで言い触らしたホモ疑惑が一部で大流行しだし、これまた一部の腐海に住む住人達のいい養分となっているらしい。組み合わせの方は怖くて聞けなかった。こうして話している間にも餌を与えることになっているだなんて断固として認めたくない。静かに今日は少し豪華な昼食を奢ることにしようと心に決めた。

 

「っと、そんなこと話してる場合じゃねえや。今はルミアの奴を応援するか」

「そうですね」

 

 ふと我に返り、精神防御の競技に出場しているティンジェルさんの様子を眺める。その過程でこの競技を行う講師の見た目老紳士が変態紳士であることがわかるのだが、極めてどうでもいい上にむしろ知りたくないような真実だった。俺ならば即行でギブアップしそうな内容(色々な意味で)だったが、彼女は涼しい顔をして耐えており、いつの間にか残っているのは昨年の覇者らしいジャイルという厳つい男子生徒と、ティンジェルさんしかいなかった。いやはや精神力強すぎでしょ。

 

「……この前、テロが起きた時もそうでしたが……彼女強すぎません?」

「ホント、あの年では考えられないくらいには完成してるよな。……いつでも死ぬ覚悟ができてるって感じだ」

「実はあまり良く思ってないですよね?」

「流石にわかるか」

「隠す気もないでしょう」

 

 表情にも声音にも出まくりだった。まぁ、自分の教え子がいつでも死ぬ覚悟ができているっていうのは講師として何か思うことがあるのだろう。もしくは、テロの時に見せた雰囲気……()()()()()仕事をしている時に見たのかもしれない。この辺は前世の創作物で齧った知識だけどね。

 

 そのまま、競技は続き最後の最後で限界と判断したグレン先生が棄権を申し込むが、ジャイルという男子生徒が一片の悔いなしを行ったので判定勝ちでティンジェルさんがその競技を制することになった。

 

 

 

 

 その後も二組は快進撃を続けた。中間判定では一位に躍り出るという誰しもが予想できなかった事態にもなった。おかげで実況生徒は二組ばかり実況していて少しだけ「おい、実況しろよ」と思ってしまった。とまぁ、そういうわけでダークホースとして頭角を現したまま午前の部は終了し、全員がこぞってお弁当を食べ始めた。そこで俺はふと気づく。こういった日は学食やってないんじゃないか、と。ついでに言ってしまえば今日この場にはうちの家族が勢ぞろいしているわけで、当然弁当も向こうで用意していることだろう。きっと一緒に食べる羽目になる。特に父さんなんてそれが楽しみで前日寝れないレベルだろう。つまりここで俺が取れるべき行動は唯一つ―――グレン先生を切り捨てるということだった。

 くっ……まるでペットに一食だけ抜くような罪悪感を覚えるがこれも仕方のないことなのだ。許せ、グレン……!

 

 誰も聞くはずのない心中で茶番を繰り広げつつ、俺は両親を探し始めた。しかし、このようなイベントが発生しているからか、やたらと視線を感じる。そのいくつかは明らかにおかしい人達のものだ。軍服っぽい服を着た男女に、女王様に仕えているメイドと、見た目から強いオーラがにじみ出ている傷のおじさん計四名がチラチラと視線を向けてきているのだ。もしかして、制服の着方を間違えたかもしれないと確認してみたが、ボタンのかけ間違いなどはしていなかった。……まぁ、きっと偶々見ていただけだろうとそう考え直した後、俺はいい年して高いテンションと共にこちらにやってくる父さんの相手をすることとなった。

 

 

 

✕✕✕

 

 

「あ、相変わらずね……」

「あ、あはは……」

 

 サンが自分の両親と合流したのと同時刻、システィーナとルミアはその様子を遠目から見ていた。ここ最近、あることがきっかけとなり、サンと昔のように話すようになったシスティーナは、少しだけ気合を入れて作った昼食をサンと一緒に食べようと思っていた。というのも、先日起きてしまったテロの際に色々庇ってくれたお礼をしていなかったと気付いたためであり、他意はないとは本人の談。その様子にルミアは苦笑いを隠せないようだった。

 ここ最近フィーベル家に世話になっているルミアは知らないが、昔それなりに交流があったシスティーナはサンの両親がどんな人物か知っていた。母親は物腰が丁寧なまさに大人の女性といった雰囲気を纏っている。小さい頃少しだけ彼女に憧れたのも今となっては良い思い出となっている。父親の方はまるで子供をそのまま大人にしたような性格だとシスティーナは常々感じていた。実際、息子であるサンの方が幾分か大人びて見える。だが、日常生活ではとても大人とは思えない彼でもその腕前は確かなもので、職場の人間からとても頼りにされているらしい。自身の両親とも何度か共に働いたこともあり、その両親からのお墨付きだった。なんでも彼はこの日のために職場の人間にOHANASHIを行ったらしい。

 

「流石に邪魔したら悪いわよね」

「そうだね、だったら先にグレン先生にお礼、渡しちゃおっか」

 

 ルミアの提案にシスティーナは素直に頷いてその場を離れた。……しかし結局この後紆余曲折あり、システィーナ本人からグレンにそのお礼が届くことはなかったのだった。

 

 

 

 

✕✕✕

 

 

 

「アルベルト」

「分かっている。……グレンの教え子の一人、こちらに気づいていたな」

 

 魔術競技祭が行われているコロッセオを思わせる施設の死角で、軍服を着込んだ二組の男女が先程実感した出来事について話し合っていた。彼らは元々、このアルザーノ帝国女王がお抱えの親衛隊に不穏な動きがあるということで駆り出された人材だ。まぁ、偶然元同僚のグレン=レーダスを見つけてしまったために、こういった任務には元から役立たず気味だった少女のポンコツ化が更に加速してしまったわけだが、それはコラテラルダメージというものだろう。

 それだけならアルベルトと呼ばれた男性が頭を抱えつつこの少女の皮を被った突撃モンスターの手綱を握っていればよかったのだが、ここで問題が発生した。そう、彼らの存在に気付いた人物がいたのだ。それは元同僚のグレンが指導している生徒達がどういった者なのかということを把握するため、親衛隊の様子を確認しながら生徒の方にも視線を合わせていた時だ。グレンの近くにいた男子生徒がこちらの方を一瞬だけ見たのである。気のせいなどでは決してない。しっかりと目を合わせていたのだから。

 どうやらグレンを注視していた少女もその視線に当然のごとく気付く。この瞬間、あの男子生徒は少なくとも二人にとって警戒対象に値する人物となったのである。そして彼ら以外の所にも視線を這わせていたことから、少なくとも自分に向いている視線には敏感ということが読み取れた。

 

「あれ、誰……?」

「学院生の詳しい情報は、今回集めていない。調べるとしてもまた後日になるだろう。今は目先の任務に集中するぞ」

 

 アルベルトと呼ばれている男性とてもちろん男子生徒の正体を気にしている。狙撃手たる彼にとって場所を把握されることは自身の不利を招きかねないからだ。もし敵であれば厄介なことこの上ない。もちろん、彼は近接戦闘もこなせるが近寄らせないことに越したことはなかった。故に確かめなければならい。

 

「目先の任務……つまり、グレンと決着をつければいいの?」

「……………」

 

 この時、彼の抱いた心情は彼自身にしかわからなかった。



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魔術競技祭……?終了

遅れて申し訳ありませんでした。


 

「午後の競技も楽しみにしていますよ、サン」

「安心して全力を出し切るんだサン!父さん、全身全霊で応援するからな!」

「余計なことしないでいいから……」

 

 昼食後、観客席に戻る際に父さんと母さんはそう言い残して去って行った。父さんの言葉が不穏でならない。正直に言って、あの人なら横断幕掲げて魔術を使用し、大声で応援すらもやってのけそうだから。そのあたりは母さんが手綱を握ってくれることを祈るしかない。

 不安な気持ちと、それでも約束通り応援に来てくれたという嬉しさで複雑な心境になりつつ、競技場の方へと戻っていく。途中でアリシア女王を見かけた。……なんというのだろうか、あまりの迂闊さに数秒間だけ眩暈がしたわ。 ……とりあえず、俺の精神衛生上大変よろしくないのでとりあえず見なかったことにして、コロッセオ風の競技場へ改めて帰還する。

 

 休憩を挟んで2組の勢いが衰えるかと思いきや、そんなことはない。未だ2組はトップ3を維持している。ここら辺はクラス全員で出場している我がクラスの強みが非常に出ていると言えるだろう。他のクラスは例年通り成績上位者で固めている。

 もちろん、複数の競技に出てくる生徒もいるため、体力の管理が非常に大事となる。人材不足であれば捨て石としてあえて競技を落とすことも必要となる。それは精神防御の時に1組が取っていた対策でもある。

 その点、我等が2組はいい感じで特化しているアンバランス集団だ。例え勝てなかったとしても2、3位が堅いくらいの活躍はこれまでの努力でしてくれるのだ。まぁ、彼らを支えてくれたグレン先生が見ているということもとても大きな役割を持っているとは思うけど。

 

 そこまで考えて何気なしにグレン先生へ視線を向けてみれば何やら真剣な表情で思考の海に沈んでいる先生の姿が確認できた。……嫌な顔だ。グレン先生がああいう顔をするのはテロの時以来だが、逆に言えば今現在、彼の頭の中ではあれと同じような案件が渦巻いているということでもある。

 しかし、フィーベルさんが話しかけていったので多分大丈夫だろう。とりあえず……俺はここで一生懸命応援して普段の若干クラスで浮き気味なムードを解消する努力をしようと思う。

 

「頑張れー!」

 

―――おい、オールドマンが珍しく応援に参加してるぞ。

―――意外だな。ギイブルとは別の意味でいつもスカしている野郎だってのに。

―――あの人なんかこわいんだよね。テロの時も急に動きだしたりさ……。

 

 ………ハッハ、応援しても黙っていてもアウトなんて詰みゲーじゃないか(泣)俺に一体どうしろというのだろうか。ところで、いつの間にかグレン先生もティンジェルさんも居ないんだけど、何処に行ったんだろう。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 サンがそのようなことを考えている最中、その本人たち――グレン=レーダスとルミア=ティンジェルは、グレンの元同僚である少女に襲われていた。不意を突いたその襲撃にグレンは苦戦を強いられるが、少女と行動を共にしていた男性が、グレンを襲っていた少女の暴走を物理で抑えるということで一応事態は収束した。現在はグレンが襲ってきた少女に対してお仕置きを決行中である。この時、蚊帳の外に居るルミアは少し怯えたように男性の方を見ていた。是非もなし。

 

「お前は俺を殺す気か……!」

「グレン、痛い。すごく痛い」

「これで許してやるだけでもありがたいと思いやがれ!お前たった今俺にやろうとしてたこと忘れたのか!?」

「……決着を付けようとした」

「俺の人生のな!危うく、潰れトマトになるところだったわ!見ろ、あの惨劇を!」

 

 そう言ってグレンが視線を向けた先には今現在、彼が制裁を加えている少女……リィエル=レイフォードが作り出した惨状があった。いったいどれほどの力で彼女が作り出した剣を振るったのか、地面はまるで小隕石が落ちたのではないかという穴がぽっかりと顔を出していた。グレンの言う通り、あれほどの威力を受けてしまえば潰れたトマトのように見せられない事態になっていただろう。

 

「理解したかグレン。これが、黙って俺たちの前から姿を消した後、常日頃から()()感じていたことだ」

「悪かった。………いや、マジで」

 

 寡黙であり、尚且つあまり表情の変わらないアルベルトから確かに感じられる怒気。流石にその気配に気づかないほどグレンは愚鈍ではなかった。むしろ、たった数分の再会だけで彼がどれほどの苦労を背負ってきたのか容易に想像できてしまい、柄にもなく反省したほどである。ちなみに当の本人はまるで気にしている様子はなかった。これには先程まで怯えていたルミアも苦笑いである。

 

 このままでは会話が進まないと思ったのか、グレンが改めてそれぞれの情報を共有と協力を申し出た。彼曰く、アリシア7世の所に行けば現在の状況を打破できるのだと、セリカから聞いたことを伝えたのである。

 

「……私はこの状況を打破できる作戦を考えた」

 

 ここで、唐突な作戦あります宣言。発言者は先程やらかしたばかりのリィエルである。発言者の段階でアルベルトは見切りをつけた。これは決めつけなどではない。近年付き合ってきたことによる経験則だ。

 

「ほう。じゃあ言ってみろ」

「まず私が敵に正面から突っ込む。次にグレンが敵に正面から突っ込む。最後にアルベルトが敵に正面から突っ込む……これで完璧」

 

 3カメまで使い大真面目で宣ったその作戦に対するグレンの返答は頭ぐりぐりの刑だった。当然である。最早作戦でも何でもない。ただ単に突っ込むだけである。獣と変わらなかった。

 

「さて、とにかくこの阿呆は放っておいて実際問題どうするか……」

「………お前の教え子の中で頼れそうな奴はいないのか」

「あん?居ねえよ。というか、これ以上あいつら巻き込めるか」

 

 アルベルトの提案をグレンはすぐに切って捨てた。一瞬だけ彼の脳内に浮かび上がったのはシスティーナとサンの姿だったが、テロの時のように不可抗力ならまだしも自分から巻き込む気にはどうしてもなれなかった。いくら世間一般でグレンが屑のような人間だったとしてもそのくらいの常識は兼ね備えているのだ。                                            アルベルトは予想できていた返答だったのかそれ以上追及することなく口を閉ざす。ただ、答えるときのグレンの表情を盗み見て候補がいることは理解した。

 

「……考えてもしょうがねえ。とりあえず、セリカの所に行くか」

「その情報信じていいんだな?」

「あいつは色々意地が悪いがこの状況で冗談抜かすほどではない。……どのみちこのままじゃじり貧だしな。なら、考えられる手は全て打っておく」

「いいだろう。お前を信じよう」

 

 黙って彼らの前から姿を消したグレンを何の迷いもなく信じると言ってのけたアルベルトにグレンは感謝しつつ、行動を開始するのであった。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 グレン先生が姿を消してから2組の勢いが衰え始めた。やはり、あの人は彼らにとってとても大きなモチベーション維持の役割を持っていたらしい。こちらの勢いが失速し、逆転ができたからだろうか1組の生徒が俺達の方にドヤ顔を向けて来た。近くにはハーレイ先生もドヤっている。生徒にドヤ顔向けていいのか。

 

 俺がくだらないことを考えながらも、クラスの雰囲気が瓦解し始め動揺が走っている。グレン先生に早めに帰って来てほしいところだ。なんせこの場で賭けられているのはグレン先生の給料3か月分。ここで負けて誰よりも困るのは不在のグレン先生なのだから。

 ……いや逆に考えよう。あのグレン先生が自分の金がかかっているにも関わらずこの場に来れないような理由があるのだと。もしこの過程が正しいのだとすれば、考えられることは唯一つ。すなわち厄介事だ。あの人その手の惨事には事欠かなさそうだし。ホモ疑惑とか。

そうなると本格的に打つ手がなくなってしまうのだ。発破をかけようにも俺が何を言ったところで逆効果になる未来は見えている。実は詰んだんじゃないか?と諦めかけたその時、俺たちに声をかける人物がいた。しかし、その人はフィーベルさんではない。それどころかクラスメイトでも、顔見知りでもないただのイケメンと幼女……には含まれないが結構小さめの少女である。

俺を含め混乱している生徒たちは、呆然と彼らを見ることしかできなかったが、向こうはそんな俺たちに構うことなく口を開き始めた。

 

 彼―――アルベルト=フレイザーと少女リィエル=レイフォード曰く、彼はグレン先生の旧友であり急な用事で来れなくなってしまった彼に代わって俺たちにアドバイスをくれるというのだ。それに対するクラスの反応は当然困惑であり、遠回しな拒否である。知り合ったばかりを通り越して知り合いですらない人に急にお前たちをサポートしてやるなんて言われれば誰でもそうなるだろう。

 なんだかんだでこのクラスのまとめ役のフィーベルさんも同じような反応をしている。だが此処でリィエルと紹介された少女がフィーベルさんの手を両手で握りしめて何かを呟いた。それにハッとした彼女はアルベルトさんの申し出をなんと受け入れたのだ。

 これにはクラスのみんなも説明を求めるが、フィーベルさんは説教女神の名を冠するほど言葉を常日頃から駆使している。ついでに頭も回ることから、彼女は発破をかける一言をすぐに導き出した。

 

「此処で負けたら、グレン先生がさらに調子付くわよ……!『俺が居なかった所為で負けたのかー、ごめんねー!この大分頼れるグレン先生が不在だったばっかりに優勝逃しちゃって!』って……」

 

 確かに言いそうではある。普段の彼はその程度のことは平気で宣うだろう。そのことをグレン先生と過ごし続けた生徒たちも理解しているのか、自分たちで想像しイラついていた。結果、クラスのやる気はマックスハートであり、グレン先生の株は何故か下がることになる。

 近くで置いてけぼりにされたフレイザーさんも冷や汗を流している。まぁ、自分の旧友の扱いがこんなんだったらそうなるのも仕方ないだろう。何はともあれやる気に火がついたのは良い事だ、此処からドヤ顔決めていた一組を見返そう。というか、今更だけどこの人さっき俺と目が合った人じゃん。なんか違和感があって気づかなかった……。

 

 

 フレイザーさんを味方につけた俺たちはその勢いを完全に取り戻すことができた。変身の競技がティティスさんがグレン先生のアドバイス通り努力した結果を存分に発揮し、40点の満点を叩き出し、続く競技も条件発動式の術式というロマン砲で大逆転というドラマ展開を見せて見事に勝利。グレン先生がいない間に落とした点数を完全に取り戻し、首位の1組と同点にまでたどり着くことができた。

 そしてこの状況で行われる競技は――――最終競技の決闘戦。つまり俺の出番である。ここで負けたらと考えると胃が痛くなりそうだ。実際にはそういったことは昔から起こらないんだけどね。

 

『さぁ、魔術競技祭もいよいよ大詰め。この状況をいったい誰が予想したのでしょうか。1組、2組両者全くの譲らずで行われてきたこの競技祭。すべてはこの決闘戦で決着がつきます!』

 

 実況の生徒が状況を盛り上げるせいで重圧が増す。彼も役割だから仕方ないんだろうけども。少しだけ憂鬱な気分だけれども、決闘戦のフィールドに上ろうとした俺に対してフレイザーさんが近づいてきた。どうやら他の生徒と同じくグレン先生からの伝言を伝えに来てくれたのだろう。

 

「サン。お前の力はこういった場面で発揮されると言ってもいい。だから、そこまで気負うなよ。大丈夫だ。お前の実力はこの俺が保証してやる」

「―――――――――はい、ありがとうございます」

 

 なんというか、本当にグレン先生に応援されているみたいだ。実は本人だったりして……。

 

 言葉をかけられたくらいで気分が変わるなんて、と自分のちょろさに情けなさを感じつつ先にフィールドに上がっていたフィーベルさんとギイブル達と並ぶ。話している様子を見ていたのだろうフィーベルさんは心配したような声音で口を開いた。

 

「どこか体調がすぐれなかったりしたの?」

「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です。少し緊張を解してもらっただけですから」

「別にオールドマンの勝敗は関係ない。僕らが勝つのは確定しているからな」

「ちょっとギイブル、そういう言い方は……」

「あぁ、大丈夫ですよ。フィーベルさん。これはギイブルの口にデフォルトでついているフィルターの所為でこうなってしまっているだけです。ちなみに今のを翻訳すると『負けても自分たちが取り返すから気楽にやれ』となります」

「…………成程」

「納得するんじゃない!」

 

 おぉ、思いっきり睨みつけられてしまった。これ以上弄ると危ないのでここは素直に引き下がっておく。すると今度は1組の人が口を開いた。

 

「おしゃべりなんて随分余裕なんだな」

「リラックスは大事ですから」

「そんな調子で俺に勝てるのか?」

「努力します」

 

 ―――想像していた反応とは違うのかそれ以降1組の話しかけてくれた子は黙り込んでしまった。悪いことをしただろうか。

 

「お前、デフォルトで人の神経を逆撫ですることが得意だな……」

「……?」

 

 ギイブルが失礼なことを言っていた気がするがとても小さい声だったので聞こえることはなかった。ともかく、もうそろそろ決闘戦が始まる。悔いのないように、そしてこれ以上クラスでの立場が微妙にならないように全力を尽くすとしよう。そう、全力を。すみませんグレン先生。特訓の意味、無くしちゃいます。

 

 

✖✖✖

 

 

 

『さあ、毎年恒例の決闘戦。今回は先程も申しました通り、点数が完全に拮抗している珍しい年となっております。そのような二クラスの決闘戦ということで恥ずかしながら私興奮を抑えきれません!さて、まずは先鋒。1組はアルト=ハルトマン選手、2組はサン=オールドマン選手です』

『サーン!!父さんはここに居るぞー!頑張れよー!』

『はい、過度な応援は周りの皆様のご迷惑となりますのでご遠慮ください!』

 

 かなりの距離があるにも関わらず選手たちに聞こえるレベルの声援を送ってくる自分の父親に、サンは頭を抱えて天を仰いだ。その様子に周囲の皆は笑い、システィーナは静かに同情する。自身にも似たような親がいるために心当たりがあるからである。これは実際に体験した者にしかわからない苦しみだと言えるだろう。

 

 そのようなトラブルがありつつ、ついに決闘戦の先鋒戦開始の合図が出された。それと同時に1組のアルトは右手をサンの方向へと向けて自身の得意魔術であるショック・ボルトを放つために術式を構成する。しかし――――

 

「なっ!?」

 

 術式は発動されることなく途中で霧散してしまった。

 だが、それは決して術式を無効にする魔術を行使した、というわけではない。単純にアルトよりもサンの方が早く魔術を行使したに過ぎないのだ。

 

「い、何時の間に……!」

 

 驚愕の表情を浮かべるアルトに対してサンは言葉ではなく行動で回答した。コンコンと自身の靴を二回鳴らす。その方向に向いてみれば、そこには起動済みの術式が存在していた。そう、彼は自身が改変した魔術を足から発動し、地面を這わせて相手に当てたのである。

 彼が当てたのはショック・ボルト百八式(誇張表現)の内の一つである拘束魔術。レイクの動きを止めた魔術と同じものだ。テロリストであり一級の魔術師でもあった彼が拘束されたものを、優秀とはいえ学生の域を出ないアルトに突破できるわけもなく、自分の置かれている状況に冷や汗を流す。

 一方、アルトを拘束し圧倒的有利に立っているサンは素早く右手を彼女に向ける。そして右手の前にサンが構成した紫色の術式が現れる。それが意味するのは雷の系譜の魔術。彼の十八番にして数ある派生形のオリジナル。

 

「雷精の紫電よ!」

 

 サンの魔術、その原点にして頂点であるショック・ボルト。その発動スピード、技の速度は他の生徒とは一線を画すものがある。当然、動くこともできないアルトにそのショック・ボルトを回避するすべはない。放たれたそれを無抵抗のまま受け、そのまま場外に吹き飛ばされてしまった。

 

『決まったー!2組のサン選手、ショック・ボルトの改変を利用した見事な作戦でアルト選手を完封しました!勝負は一瞬、まさにその言葉を再現した試合だったと思います!』

『うおー!いいぞ!!我が息子!!』

『はい、お父さん。次やったら退場してもらいますからね!』

「父さんェ………」

 

 もはやこの場に居る全員の印象に残ってしまっただろう自分の父親のことを思い浮かべ、心なしか戦う前よりも憂鬱になったサンはとにかくフィーベルとギイブルの元へと向かう。

 

「やりました」

「……えぐいわね……」

「だが、合理的だ。今まで実力を隠して来たのかオールドマン」

「こんなこと普段の講義で見せることなんてないよ。昔の行い、その結果さ。あと、フィーベルさん。勝つためにはこの程度当たり前のことですよ」

「怖いわよ」

 

 当たり前のように答えるサン。こういった一面がクラスメイトを怖がらせ、避けられる一因となっていることに本人は気づいていない。気づかない限り彼は一生このままだろう。

 ギイブルはサンを一瞥したのちに決闘戦のフィールドに上がって行った。一勝しているために勝負としては余裕を持って戦うことができる。しかし、彼にそのような声掛けをすれば忽ち怒り出すだろう。

 

「ギイブル、別に無理して勝たなくてもいいのよ?」

「フン、別に無理なんてしてない。勝ちをもぎ取るくらい余裕だ」

 

 そうして自信満々という風にフィールドに上がっていく。彼の相手は一組クライスという人物である。

 彼らは開始から一進一退の攻防を繰り返していた。ギイブルと大将として控えているシスティーナは学年全体から見てもトップレベルの成績を誇っているため、この状況は予想できるものだった。

 

『おぉっとギイブル選手。クライス選手と互角の勝負をしています!流石は成績優秀者の一角です!』

 

 実況する生徒の言葉にギイブルは眼鏡を少しだけ上げる。その後、彼の一番得意な錬金術で作り出したゴーレムでクライスを拘束し、彼はギブアップを宣言した。つまりこの段階で3戦中2戦勝利を得ている2組の優勝は確定したのだ。

 

「当然の結果だな」

「わ、私の出番が………」

「心配いりませんよフィーベルさん。いくらこの学院が成績優秀者のみを選出することを黙認していてもこれは魔術競技祭です。選手登録されている以上、消化試合でも戦うことにはなります」

「そ、そうね。盛り上がりに欠けるけど……」

 

 何処か納得していないように呟くシスティーナ。その気持ちをギイブルとサンは理解できていた。ここ一番という場面で大将という役割。そのプレッシャーはかなりのものだが、同時にそんな立ち位置を任せて貰えたという事実はそのまま自信へとつながる。しかしふたを開けてみれば真に自分の勝敗なんて関係ない勝負となってしまったのだからその虚しさは想像するに容易いことだった。

 

「じゃあ、こう考えましょう」

「?」

 

 流石に不憫に思ったのかサンがわざとらしく両手をポンと叩いてシスティーナにある提案をした。

 

「練習場の取り合いになった時に、親の七光りがどうのこうのハーレイ先生に言われてましたよね?その時の仕返しとして言い訳の仕様がないくらいに叩きのめしましょう。完全勝利という形で」

「…………」

 

 サンの言葉を聞いたシスティーナはそのまま決闘戦のフィールドへと上がって行った。その時に浮かべていた表情を見ていたクラスメイトとグレンの代わりに指導者の立場に就いたアルベルトは頬を引きつらせた。―――その後、行われた試合結果についてはもはや言及するまでもないだろう。ただ一つ言えることは、怒りの力とはとても恐ろしいものである、ということだけだ。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

「はぁー……結局無駄骨かよ……。おいセリカ、少しは調べとけって」

「まあ、悪かった。だが、そんな悠長にしていられるような状況でもなかったんだ。……そこのおっさんの所為でな」

「セリカ殿……」

 

 決闘戦が終わり、優勝者が決まったところで状況は一気に動くことになる。そもそもルミアとグレンが王室親衛隊に追われた理由は女王に呪殺具を取り付けられたことが発端となっている。

 解除条件はルミアの殺害。その為に親衛隊隊長ゼーロスはルミアと彼女を守ろうとするグレンを狙っていたのである。それを覆すために、グレンとルミアはアルベルトとリィエルに変装してクラスを優勝させるという手段を取った。

 

 結果としてグレンの作戦は成功し、彼らはアリシアの前に姿を現すことができた。まぁ、そこからさらに紆余曲折在りグレンの持っている愚者のアルカナ――それを基点として発動する術式で呪殺具の無力化をしたのだ。だが、ここで一つ想定外の出来事が起きた。それは既に呪殺具の術式が解除されていたことである。その為、グレンはいらぬ仕事をしたとセリカに文句をつけていた。今回のことは誰も悪くはない。どう考えてもアリシアを殺そうとしていた人物が悪いのだが、セリカもここまでの苦労を負わせてしまった負い目があるため強く言い出すことはできなかった。まぁ、これをネタに金をせびるようなら容赦なく叩きのめすつもりではあるが。

 

 アリシアとルミアが抱き合い、今までのすれ違い分の触れ合いをしている光景を眺めながら一人セリカは考える。

 

――――――呪殺具の無力化は一体どのタイミングで行われた……?下手に術をかければ術式が発動するかもしれないということから手は出せなかったのだが……。天の智慧研究会の人間が態々嘘の情報を吐くとは思えない。アイツらは殺すと言ったら殺す。とすれば残る可能性はグレン以外の人間が術式を無力化したということ。けれどそんな魔術師が居たのか?

 

 こう表現しては何だが、この場には名立たる者達が数多く存在していた。今回アリシアを使ってルミアを殺そうとしたエレノア・シャーレット。王室親衛隊ゼーロス・ドラグハート。そして宮廷魔術師のアルベルト・フレイザーとリィエル・レイフォード。セリカ・アルフォネア、グレン・レーダス。誰も彼もが歴戦の魔術師であり、この中のほとんどが深い知識を持っている。しかし、今回呪殺具を無力化した人物はこれらの人物に気づかれることなく事を終わらせていた。その人物が自分たちの味方であるという確証がない今では、このように情報を集めていざという時のために備えなければならなかった。

 

―――――怪しいとすれば、アレの存在か。

 

 ここでセリカが思い浮かべるのはこのアルザーノ帝国の裏で出回っている或る噂。この国で過ぎた悪事を働く者には神が制裁を与えるという、何処かの宗教団体が触れ回ってそうな出来の、普段であれば全く気にしないような内容だ。実際に神を殴り殺せるセリカからすれば鼻で笑えるような話である。しかし、彼女は知っている。ここ十数年、この国に侵入し、実際に手ひどい被害をこの国に及ぼしそうな魔術師がこぞってその存在を消滅させられていることに。それを行った人物は不明。痕跡の消し具合から今までにない魔術を使用されているのではないかという意見が宮廷魔術師の方で飛び交っていた。

 

 それを行っている人物は分からないが便宜上、宮廷魔術師の間ではこう呼ばれている。

 

「―――代行者、か……」

 

 その所業はまさに神。

 人の身に余る業を背負いし者達を選別し、天へと還す神々の代行者。そう名付けられている。セリカからすればその人物は神よりも恐ろしい存在と言えるかもしれないが。

 

「なんにせよグレン。ここからが本番だ」

 

 これからも彼は騒動に巻き込まれていくだろう。言い方は悪いがルミアが近くに居る限り、良からぬことを考える者達が彼女に群がっていくからだ。そこに宮廷魔術師がマークしているサン・オールドマンが加わるのだから、もはやご愁傷さまとしか言えない。とりあえず、彼女は今日の労いとして少しだけなら食費を出してやってもいいと彼に話を持ち掛けることにしたのだった。

 

 

 

✖✖✖

 

 

「作戦は失敗、近々帝国の方から調査が入るだろうから機を見て撤退だそうだ」

「ちっ、面倒くせえな」

 

 所変わってここはアルベルトとリィエルを追いかけていた王室親衛隊の一部隊。彼らは全てが解決したことによって敷かれた招集にも応じずに未だ街中を歩いていた。それもそのはず、彼らはエレノアと同じく帝国に侵入していた天の智慧研究会の人間たちだからだ。

 エレノアが伝えた内容から動く組織は王室親衛隊であることは分かり切っていた。そのため、彼らはいち早くルミアを殺すことができるその部隊に身を隠し機会を窺っていたのである。

 

「手ぶらで帰るのもあれだし、適当に実験動物の一人や二人攫って行くか?」

「そうだな」

 

 耳を疑うような内容を平気で話し合う兵士たち。そんな彼らの前に、アルザーノ帝国魔術学院の制服を着た一人の青年が立ちふさがった。彼は顔を俯かせたままで表情を見ることはできない。

 青年の急な登場に面を喰らった兵士の恰好をした天の智慧研究会の男たちだったが、逆にこれはチャンスだと思った。学院生を一人攫えば魔術師で実験と研究ができると考えたのである。そうと決まれば、早速彼らは自分たちが被っている皮を利用することにした。

 

「君、実はこの付近に女王陛下の命を狙った賊が居るという目撃情報を聞いてね。話を聞きたいんだけどいいかな?」

 

 声音を軽くし、自然な足取りで青年に近づく。

 そして、彼を攫う絶好の位置まで距離を詰め終え、誘拐を実行しようとした瞬間―――彼らの耳に重く、それでいて神々しい鐘の音が響き渡った。

 

「な、なんだ!?」

「鐘の音……?」

 

 唐突に響き渡る鐘の音、しかもその音色が脳内に直接叩き込まれるかのように聞こえれば、誰しもが動揺するだろう。頻りに頭を動かす男たちを尻目に彼らの前に立ち塞がった青年は静かにその手を前に突き出して、口を開いた。

 

『我が手に・かつての・信仰を』

 

 口から発せられた言葉を引き鉄に術式が発動する。地面から何の変哲もない剣を取り出してそれを掴む。そして―――流れるように彼の目の前に居た男の首を刎ねた。

 急に飛んだ仲間の首に、こういった荒事を何度も経験している彼らもすぐに反応することはできなかった。学院の制服を着た青年が、見た目は王室親衛隊の恰好をした男の首を急に斬り落としたのだから、誰も彼を責めることはできないだろう。

 

 目の前で首を斬ったにも関わらず返り血一つ浴びていない青年は、今まで下に向けていた顔をゆっくりと上げる。その瞳は、今この場にぶちまけた血のように赤かった。その姿に彼らは心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。このような体験は生まれてこの方初めてだった。脳内で響き渡る鐘の音がより一層強くなる。その度に青年は男たちの方へ一歩、また一歩と進んできた。

 

『――うわぁぁぁぁあっぁあああ!!』

 

 自身の本能に従い彼らは逃走を図る。

 だが、もう遅い。既に己の最期を知らせる鐘の音は鳴り響き、代行者たる人物も現れてしまっている。彼らにできることは自身の断末魔を響かせることと、今までの行いを悔いることのみ。

 

 

『――――聞くがよい――――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、六名の魔術師がその場から消滅するという結果だけが残った。




エレノア「手駒とネックレスの霊圧が……消えた……?」


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2組に平穏はない

独自設定、ご都合主義……このタグがあることを忘れないでください(土下座)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未だ太陽も顔を出さないような早朝。身体を動かしているのはジョギングやウォーキングが日課になっている人達だけだ。そんな中で一際目立つ二人組の姿があった。彼らは動きやすい服装に着替え、公園内で一心不乱に絡み合っていた――――拳闘を鍛えるために使用する木の棒と。

 

「何で拳闘をしているんですか!?」

 

 早朝からそのような奇特な行動を起こしている片割れであるシスティーナ・フィーベルは、早朝という時間帯による配慮を彼方へと投げ捨てながら力一杯叫ぶ。すると隣で見た目とても気持ち悪い動きをしながら木の棒を殴っていたグレンが彼女の叫びに反応を返した。

 

「フッ、そろそろそんなツッコミが来ると思ってたぜ……」

「魔術を教えてくれるんじゃなかったんですか……?」

「焦るな白猫。健全な魂は健全な肉体に宿るという名台詞を知らんのか」

「知りませんけど」

 

 素で返されたグレンはその反応を嘆いた。これが世代差によるギャップかと嘆く。ちなみに彼らは十年どころか五年も離れていない。比較的同世代と言っても過言ではないのだが……そのことにツッコミを入れる人物は生憎この場に存在してはいなかった。

 

「……セリフの件はいいとして、基本となる身体の動かし方が分かっていればどんな状況でも魔術を発動することができる。これは確かだ。んで、それが終わったら軍用魔術を教えてやる」

「軍用……魔術……」

 

 何気なく飛び出した言葉に、システィーナは自分が言い出したことにも関わらず緊張で身体を強張らせてしまう。

 

 そもそも、どうして彼女がこのようなことをしているのかと言われれば、主に彼女の家に居候として暮らしているルミアが理由となる。彼女は異能者という魔術とは別系統の力を使える人物であり、そのためある意味国から追われた元王女だ。そんな彼女は常に危険と隣り合わせで生活している。

 

 その結果が、システィーナも関係している昔の事件であり、グレンが担当講師として就任してきた頃のテロであり、魔術競技祭でのゴタゴタなのだ。彼女の親友であるシスティーナは何とかして彼女を守ってあげたいと思い、こうしてグレンに協力を仰いでいるのである。だが、いくら聡くても彼女はまだ子供。環境が環境だったために人の死で取り乱すことは少ないが、自分で戦うとなればまた変わってくる。それらを含めて克服するためにグレンとこうして修練を行っているのだ。

 

「心配いらねえよ。そうして怖がってくれるなら、白猫が魔術を悪用することはない。だからその恐怖を忘れるな」

「はい!それでは引き続き、御指導ご鞭撻お願い致します」

「おう、お願いされたぜ」

 

 そうしてシスティーナは、親友の為に努力を積み重ねる。だが、彼女の心の中に在るのはそれだけではなかった。

 

 

 

 

 

――――思い起こされるのは遠い昔、天の智慧研究会の男―――ジンに襲われた時に思い出したトラウマとも言える出来事である。

 

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 私はその時、フィーベル家の娘だなんてことを考えてはいなかった。唯々、大好きなお爺様が見せてくれる魔術理論や考え方を聴いて私もやってみたいと思ったことが始まりだった。

 だからだろう。自分でもどうかと思うくらいに私は外に出なかった。毎日毎日、家の中でお爺様の話を聞きながら魔術の事ばっかりを考えていた。けど、子供の私ではすぐに限界が来てしまう。当時私はお爺様から褒められてばかりだったから、できないことを相談することができなかった。相談してしまったら褒めてもらえなくなるかもしれない、なんて馬鹿なことを考えてたわね。

 

 だからその日は逃げるようにして家の外に出かけた。目的もなく家の周辺を歩いていると、自分の家で魔術の練習をしている少年を見つけた。その子は唯ひたすらに同じ術を繰り返しては首を傾げ、しばらくするとまた魔術を使い始めた。

 

「うわぁ……!」

 

 思わず声を上げてしまった私にその少年は気づいたのか、一旦使っていた術をやめて私の方を振り返った。

 

「……何かご用ですか?」

 

 今思い返しても随分と子供っぽくない言葉だったと思う。まぁ、その時の私は眺めていたことがばれてしまったということでかなり焦っていた。だから変なことを言ってしまった。

 

「き、汚い花火ね!」

 

 我ながらそれはないと思わせる一言。少なくとも彼が真剣に魔術を使っていることは遠目から見ていた私からも感じ取ることができた。真剣に取り組んでいる行為に、知り合いでもない人が汚い花火なんて言ってきたら誰だって怒る。私だって絶対怒るもの。だから、言った瞬間私はやってしまったという顔をしていたと思うわ。

 

「はははっ!それはそうですよ、これは花火ではありませんので」

 

 ですよねーと内心で同意を示す。むしろあれが花火に見えるなら私の目はガラス玉か何かよね。

 特に怒った様子もない彼に私は何を思ったのか近づいた。多分、同年代で魔術を使っている人がいなかったからだと思う。

 

「ま、まぁ汚い花火は冗談だけど……本当は何をしてたの?」

「ショック・ボルトという魔術を使って色々試しているんですよ」

「試す……?」

 

 既に出来上がっている術式の何を試すのかわからなかった私は首を傾げた。言い訳をすると当時の段階で研究みたいなことをやっていた彼が異常であり、私は普通だったと言いたいわ。

 

 疑問に答えるように彼はルーン語の詠唱を行ってショック・ボルトを使う。それをした後にその言葉を改変して真っ直ぐに飛ぶはずのショック・ボルトをある一定の距離でスパークさせるような内容に変えていた。

 

「すごい!」

 

 術式のいくつかはお爺様と一緒に過ごすうちに知っていたから、それがどれだけ凄いことか理解できた。だからこそ私は彼にあれこれ訊いたのだ。この意見が前に進めない私を進ませてくれるような気がしたから。失礼な発言の上に質問攻めにまでした私に対してサンは嫌な顔一つすることなく、むしろ微笑ましいものを見るような目で答えてくれた。

 

「ねぇ、どうやってるの?」

「これはですね――――」

 

 そうして私は彼―――サンとは友達になった。

 

 それからちょくちょく、わからないことがあったり相談したいことがあったら彼の元へと訪ねて行ったわね。大好きな人だからこそ話せないこともあったから、彼とはそれなりの頻度で交流していた。

 

 けれど、そんな時間は長くは続かない。

 ある日いつものように彼の元へと行った時、私達はお爺様の研究結果を盗もうとする悪党に誘拐された。一緒に居たサンも同じように誘拐されてしまった。光を奪われ、複数の大人に拘束された時はとても怖かった。サンも同じように抵抗していたけれど、私と同年代の子が大人に敵うわけもなく攫われる。そして、人気のない所に下ろされて、これからのことを話された私は絶望した。

 

「ところでこのガキはどうするんだ?手に入れるもん入れたら素直に返すのか?」

「んなわけねえだろ。顔バレしてんだ。殺すさ。そこのガキも一緒にな」

 

 このままだと殺されてしまう。殺し合いどころか喧嘩とも無縁の生活を送ってきた私はそれが怖くて仕方なかった。それに私の所為でサンも巻き込んでしまったという負い目もある。

 

「ひっく……えぐっ」

 

 死にたくはないけれど、状況は当時の私ですら逃げることはできないと分かっていた。だからこそ、静かに泣くしかなかった……だけど、彼は違った。

 そうして私が泣いている間、ずっと下を向いて顔を見せなかったサン。恐怖に支配された思考で彼も同じく泣いているのだと思ったのだけど、それは違った。そのことに気づいたのは頭に響くような鐘の音を聴いた時だったと思う。

 

 

 

 

「……おい、何か聞こえねえか?」

「……確かに聞こえるな」

「鐘の音じゃね?」

「何でさ」

 

 

 口々に誘拐犯達が動揺を露にする。かくいう私もこの音の発生源が何なのか首を振って確認した。けれど音の発生源は感知することができなかった。代わりに今まで静かに俯いていただけだったサンがゆっくりと顔を上げる。

 

 その時の表情を私は一生忘れることはない。普段は年齢にそぐわない口調で、子供とは思えない穏やかな表情を浮かべている彼が、まるで死んでいるような無表情だったのだから。

 生きているとは思えない無機質な顔に私は思わず体を引く。その様子にサンは気づくこともなく、いつの間にか解いていたひもを誘拐犯の方に投げ、続けざまに魔術を使用した。それは普段彼が使うショック・ボルトではない。別の魔術。

 

『我が手に・かつての・信仰を』

 

 紡がれたのは私が聞き取ることができなかった言葉。多分、普段使っている言葉じゃない別のナニカ。その声音も子供特有の高い声の他に別の声音が混ざっているかのようで、私の嫌悪感を刺激した。

 

「な、なんだこのガキ……?」

「目が光ってんぞ!」

「まぁ、必要なのはフィーベル家の娘だけだ。そいつはいらん。殺せ」

「任せろ」

 

 ただならぬサンの様子に誘拐犯も一瞬だけ身を固めるが、体格は子供のそれ。直に立て直してサンを殺そうと魔術を使ってきた。

 

「じゃあ、死―――」

『』

 

 けれど魔術を使おうとした誘拐犯はそのままの状態で動かなかった。――――いえ、正確に言えばそれ以上動くことができなくさせられた。一瞬にして首を刎ね飛ばされた所為で。

 

『えっ』

 

 この場に居た全員が間の抜けた声を出す。それと同時に首を刎ね飛ばされた誘拐犯の胴体から血が噴水のように噴き出した。

 

「き、きゃぁぁぁああああ!!??」

 

 思わず悲鳴を上げる。

 けどそのことを責める人は誰も居なかった。この場に居た誘拐犯の誰しもが目の前の現実を受け入れることができなかったからである。力一杯叫んだ私はそのまま視界が暗転し、気を失ってしまった。

 

 

 

 

 次に目を覚ました時私は自宅に居た。余りに気絶する前と状況が違うためにとても混乱したのを覚えている。

 私が目を覚ましたと聞くとみんなが私の元に来て思いっきり抱きしめてくれた。同時にどうして自宅で寝ているのかということも説明してくれた。

 

 なんでも、サンが私をここまで連れて来てくれたのだという。彼から詳しい事情は聴いていないようだったけれどね。

 

 

 

 それからはもう想像しやすいと思う。目の前で人を殺したサンが受け入れられなかった私は、街中で声をかけて来た彼に対して拒絶の言葉を突きつけたのだ。私から拒絶された彼は一瞬だけ不思議そうに首を傾げたが、すぐに納得したような表情を浮かべた後、静かに一礼してから去って行った。

 

 

 正直、思い返してみてもあれはしょうがなかったと思う。あの時の私では人の死を背負うには重すぎるし、何よりも彼が怖かった。普段のサンが偽りに思え、あの時誘拐犯の首を切り落としたその姿が真の彼だと疑わなかった。

 

 でもそれは明らかに私を守るための行為だった。その過程の行動に文句がないわけではないが、それでも彼は出来る限りを以て私を助けてくれたのだろう。今、ルミアを守るために軍用魔術を習おうとしている私はあの姿を覚えておかなければならない。この力を振るうということは―――あの時の彼と全く同じことになるかもしれないのだから。

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 魔術競技祭の熱も冷めてきた頃、俺達のクラスである2組に転入生がやって来た。新しいクラスメイトが増えると聞いて誰も彼もが浮足立っている。よく見てみれば全員が普段以上に身嗜みに気を付けていることが確認できた。揃いも揃ってわかりやすいなぁ…。ただ、グレン先生と親しいが故に転入生のことを知っているであろうフィーベルさんとティンジェルさんは普段と変わりなかった。ギイブルもいつもと同じく教本で勉強中である。彼は将来教本と結婚するのかもしれない。

 

「オールドマン、今失礼なこと考えていたな」

「滅相もありません。……と言うか、断定……」

 

 まさかニュー〇イプなのだろうか。

 知られざるギイブルの能力に戦慄していると、教室の扉ががらりと開く。入ってくるのはいつも通りグレン先生だ。しかし、普段と違うことが一つ。今の今まで噂されていた転入生である。

 

 小柄な体躯に美しい青髪。眠たげな表情を浮かべ、表情に乏しそうだったが好きな奴は好きという感じの外見だった。当然の如く美少女である。内のクラスは本当に美少女率が高くてどうなってんだと思う。……と言うかあれは競技祭でティンジェルさんが変装していた子じゃないか。名前は確か……リィエル・レイフォードだっけ?

 

 記憶を探っている間にも状況は進んでいく。グレン先生が適当な感じでレイフォードさんに会話のバトンを渡す。ちなみにその間、我がクラスは男女共にその8割がレイフォードさんにノックアウトされていた。男子はともかく女子までやられるなんて……レイフォードさんが凄いのか女子達が凄いのか判断に困るな。

 

 そんなこんなで始まったレイフォードさんの紹介は波乱の連続だった。まずは自己紹介で名前だけを言って終了というテンプレを行った後、今度は帝国宮廷魔導士がどうたらこうたらと言ってグレン先生に口を塞がれる。最終的にグレン先生が耳打ちしていることを発するだけのスピーカーと化した。……俺達は一体誰の自己紹介を聞かされているのだろうか。グレン先生?

 

 まぁ、何はともあれ自己紹介が終われば質問タイム……という流れは自然なことだろう。というわけで質問タイムとなったのだけれども、最初に行われた質問がまさかの地雷。教室は微妙な空気に包まれた。

 ここで雰囲気を変えようとウィンガー君がグレン先生とレイフォードさんの関係について言及した。これまでの様子を見れば自然な質問だと言えるだろう。それに対するレイフォードさんの答えは、

 

「グレンは私の全て。私はグレンの為に生きると決めた」

 

 という大胆なものだった。これはグレン先生捕まりますね(確信)

 大胆な告白は女の子の特権、と言わんばかりに堂々と宣言したレイフォードさんに対して、クラスメイトの女子達は黄色い悲鳴を上げて男子達は涙を流して雄叫びを上げた。実にカオスな状況である。グレン先生もこれには大焦りで何とか騒ぎを収めようと必死になるが、その声が届くことはない。

 

 この日、彼はロリコン講師の異名を付けられることになる……。

 

「おい、サン。後で俺の所に来い」

 

 読まれたか……。

 一瞬たりとも視線を逸らさないと思われる眼光を受けて大人しくグレン先生の元へと行くことにする。すると首根っこを掴まれてそのまま廊下に出されてしまった。かなりご立腹です?

 

「どうかしましたか?」

「お前、今のリィエルを見てどう思った」

 

 どうやら呼び出しの内容は俺の予想と違ったようだ。悟られなかったことをほっとしつつ、彼の質問に答える。

 

「とりあえず、あれは自己紹介と言いませんね」

「………だよなぁ……とにかく、さっきの一幕で分かったと思うがあいつには常識、良識、知識がない。根は悪い奴ではないんだが……色々経験不足な奴でな。だから、あいつがクラスから孤立しないように見てやってくれないか?」

「それを普段孤立気味の俺に頼むとか喧嘩売ってるんですか?」

「……………………そうだった。お前もボッチだった」

 

 おう喧嘩売ってんのか非常勤ダメ講師。

 

 いや、流石に冗談だけどね。全て事実だし。けどだからこそ俺では力になることはできない。むしろクラスから孤立しない方法とかこっちが教えて欲しいくらいである。とりあえずこの場は俺ではなくフィーベルさんとティンジェルさんを頼った方が良いということを伝えた。だが、真面目に考えれば問題ないのではなかろうか。何だかんだ言ってこのクラスはいい人ばかりである。ハブはあってもいじめといった陰湿なことはしないし。思い切りも良い。竹を割ったような性格の奴だってたくさんいることだしね。更にゲスいことを言ってしまうと、レイフォードさんは容姿が整っている。それはとても大きなアドバンテージだ。多少のマイナス面はそれで打ち消されるために何も問題はないだろう。

 

「だから大丈夫ですよ」

「………そうだといいがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――なんて、思っていたのに。

 

「これで、6分の6」

 

 自己紹介が終わった後の講義。魔術の実技においてレイフォードさんは自身の容姿という絶対的プラス要素を全て無に帰すレベルの所業を見事に行ってくれた。その射程距離から選択肢はショック・ボルトだけという固定概念を彼女はぶち壊し、錬金術で武器を作り出しそれを投擲、人形に当てることによってそれに付いているターゲットを全て破壊した。

 

 その華奢な体躯から自身の身長に匹敵する大きさの武器を投擲して、10何メートル先のターゲットに当てたことから、クラスメイトはとっても怯えきってしまった。結果何が起きたかと言うと、

 

『………』

「………」

 

 初めの頃の人気っぷりはどうしたのか、一人寂しく窓の外を眺める転入生とそれを遠巻きに眺めるクラスメイトという状況が出来上がったのである。

 

「で、美少女が何だって?」

「すみませんでした」

 

 ……流石にどうにもできないよこんなの。

 ひとまず理解したことと言えば、彼女は一筋縄ではいかない超個性派ということと、相も変わらずグレン先生と愉快な仲間達である俺達はイベントごとに事欠かないんだなということだけだった。

 

 




そういえば、彼女と似たようなことをやらかして孤立気味の生徒がいるらしい()


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やっぱり美少女は最高だな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ついさっき、レイフォードさんのことはどうにもならないと言ったな。あれは嘘だ。

 

 現在の状況を言葉にして説明するのであればこれに限る。場所は教室から移動して食堂。講義で十人中十二人がやらかしたと答えるであろう所業を行い、クラスの皆からドン引きされていた彼女だったが、ここでグレン先生の本命であるフィーベルさんとティンジェルさんが彼女に話しかけた。

 何度も言うが彼女達はこのクラスの中心人物だ。そんな彼女達はコミュニケーション能力がずば抜けて高い。特にティンジェルさんはカンスト一歩手前レベルである。その結果、コミュニケーションのコの字もないレイフォードさんも同意して同行した。

 

 ……そして、食堂にやって来たレイフォードさんはここでまさかの事態を引き起こす。食事を選ぶ際に気に入ったのだろうイチゴタルトを一心不乱に口に運んでいったのだ。その姿はまるで種を口の中にため込むハムスターのようだった。さてここで質問である。小柄な美少女がそのような行動に出ればいったいどうなるだろうか。さらに付け加えるなら、ずっとレイフォードさんの方を見つめていたフィーベルさんにタルトを取られると思ったらしく、小さい体をすべて使ってタルトを入れている皿を守ろうとする彼女の姿を、どう思うだろうか。

 

 答えは、庇護欲をくすぐられる。

 

 

 ここまで言えばもう後は語るまでもないだろう。その姿に再び心を打たれたクラスメイト達はフィーベルさんとティンジェルさんの後押しもあり、レイフォードさんに関わっていく。

 一度交流を持ってしまえばあとは、水が上から下に流れるかの如く順調に物事が進んでいった。元々レイフォードさんも変わっているだけで悪い人というわけではない。そういったこともあり、彼女は少しだけ遅れたが無事クラスの皆に受け入れられることになる。食堂では彼女の周りでタルトを渡している姿が目に付いた。

 どことなく珍獣に餌を与えているように見えなくもないが、その感想は俺の胸の中に秘めておこうと思う。

 

「………フッ」

「安心したように笑っているところ悪いんですけど、どうしてグレン先生は毎度毎度俺の所に来るんですか」

 

 もう飯は奢らねえぞ。競技祭も終わったし、何より貴方にはもう給料が入っているはずだからな。何時までも生徒に集るようではだめになってしまうし。

 俺の視線に気づいたのか、グレン先生はレイフォードさんから目を離すと咳払いを一つして俺に向き直った。

 

「サン様!」

「あ、駄目です」

 

 これはダメなパターンですね、間違いない。この男がこうして敬語を使ってくるということは俺に頼み事(金関係)だと決まっている。ダメだって言っているのに数日経つとすぐにこう言ってくる癖はなくさせた方がいいかもしれない。俺とアルフォネア教授の為にも。

 

「早えよ、サン。……まぁ、流石に今のは冗談だ。今回は普通に話をしに来ただけだよ」

「……なら一層どうしてこちらに来るのか理解できないのですが」

 

 話し合いがしたいならそれこそフィーベルさん達の所に行けばいいと思う。男同士で話し合いたいというのであれば他の生徒に話しかければいいと思う。……もしかして俺が孤立しているからこうして気を使ってくれているのだろうか。やだ、グレン先生立派に先生できている……。

 

「成長、したんですね……!」

「お前何言ってんの?」

 

 違ったんか。

 

「俺がお前に話しかける理由ねぇ……正直に言っちまうと話しやすいんだよなぁ。同年代か年上と話している気分になるんだわ」

「―――へぇ」

 

 少しだけドキッとした。確かに俺は年相応の精神年齢ではない。成長はしていないが、元々精神年齢は大人なのだから今の肉体年齢からみれば大人びて見えるだろう。今までは他人とそこまで深くかかわらないから気づかれることはなかったが……この人は一体どれほどのポテンシャルを秘めているのだろう。

 

「とりあえずそんなところだ。……だからあくまでも金を借りに来ているだけってわけじゃねえ」

「バレましたか」

「むしろバレてないと思ってたのかよ。これでも俺はお前達の担当魔術講師だぜ?非常勤だけどな」

「………いいんじゃないんですかね。むしろ、ウチのクラスで貴方を非常勤と見下す生徒はいないと思いますよグレン()()

 

 それだけのことを彼はやって来たからね。

 

「………よくそんな恥ずかしいこと言えるよな、お前」

「事実を述べているだけですよ。むしろ、素直に真面目な賞賛を受け取れないグレン先生は子どもっぽいですよね」

「覚えとけよ……」

 

 聞こえんなぁ?

 

 

 

 

 この後(講義で)無茶苦茶にされた。流石にそれは大人げないと思いますよ、グレン先生。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 遠征学修……それはアルザーノ帝国魔術学院において必修の教科に位置される講義。クラスごとにランダムに行き先が配置され、宛がわれた施設で実際の魔術に触れて見解を広めようとする試みから生まれた行事である。要するに修学旅行と社会科見学が合体したものと思えばいい。場所によって社会科見学の面か修学旅行の面かどちらかが大きくなることもある。

 

 で、学院内随一のトラブルメーカーと個性豊かな仲間達(2組)は何処に宛がわれたのかと言われれば、帝国白金魔導研究所と呼ばれる場所である。ここは白魔術と錬金術を複合した魔術のあれこれを行う施設となっており、それらの術の特性上新鮮なマナが大量に必要となるらしい。つまりこの施設を建てる所は決まって自然豊かな所なのだ。

 更にここで情報を付け加えよう。この白金魔導研究所はサイネリア島というリゾート地も完備している島に建設されている。そしてトドメとばかりにその島の気候は年がら年中夏らしい。ここまで来れば後は分かるだろう。要するに、見学に行くのは二日目なんだから一日目はバカンスしようぜと、バカすぎる講師が言ったのだ。

 

「――――――そして、ウチのクラスの女子は……レベルが高い……!」

『おぉ……うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 そしてその釣り針に見事に引っかかる正直な思春期男子達。別にその反応が悪いと言う訳ではない。むしろ、正常に発達していると確信が持てるし思春期男子からすればあの程度は普通のことだ。

 ただ、TPOはわきまえるべきである。俺達が遠征学修先であるサイネリア島に行くためには当然船に乗らなければならない。現在は港までの道のりを馬車で走っている途中なのだが……俺達が乗っている馬車と並走している馬車には女子陣の皆さんが乗っているわけで、結果何が起こるのかと言えば―――

 

 チラリと隣の様子を窺ってみれば、ものの見事に突き刺さるゴミムシを見るかのような冷たい視線。これは死ねる。特にモテたいと思っている彼らには致命的な視線なのではなかろうか。その視線は当然グレン先生にも向けられている。彼は上げた好感度を下げなければ生きていけない呪いにでもかかっているんだろうか。

 

「おい、ギイブルにサン。どうした?全然盛り上がってないじゃねえか」

 

 クラスメイトの九割(男子)が盛り上がっているから、その中に混じっていない俺とギイブルはとても目立つ。それはグレン先生をこちらに呼び寄せるには十分だった。別に話しかけてもらえるのはいいんだけど、ここで俺がこの話題に参加すればただでさえクラスから低い好感度がマントルに突入してしまう。この人はそのことが分かって誘っているのか……!

 

「そもそも僕の目的は勉強です。リゾート云々は初めから重要視していません」

 

 ギイブルはここでもぶれない精神を発動。手に持っている教材を目で追いながらグレン先生に言葉を返す。彼は本心からそう言っているのだろう。実際、日頃の生活状況から彼はフィーベルさんとは別ベクトルの情熱を魔術に注いでいると思う。しかしギイブル……この状況でそれは悪手だ……。

 

「そんなこと言って、実は頭の中で女子達の水着を思い浮かべていたんじゃねえのか?ほれ、俺にだけ正直に言ってみろよ。このむっつり」

「んなっ……!」

 

 日常におけるグレン先生の在り方は小学生、もしくは中学生男子のような精神構造だ。ここで自分興味ありませんオーラを出すとからかわれることは明白。まぁ、彼の場合は俺達の担任としての意識があり、孤立させないようにするための試みという可能性もなくはないのだが。

 実際に先程まで会話に混ざらなかったギイブルを強制的に引きずり込ませ、女子からの蔑みの視線を向けさせた。うん、上記のことが本当だったとしてもこれは酷いな。

 

「サンはどうだ、気になるあの子……白猫の水着とか想像しなかったのか?」

「なっ……!!」

「――――――はぁ、グレン先生。そういった話をするなとは言いません。しかし時と場所を考えた方がいいと思いますよ?」

 

 グレン先生の言葉に隣の馬車のフィーベルさんが反応する。流れ弾が飛んで行って非常に申し訳ない気持ちになった。とりあえずこれ以上被害を増やすのはあれなのでこの辺でその話題を切り上げてもらう。

 

「なんだよ、お前もむっつりか?」

「いえ、もちろん女の子に興味はあります。グレン先生みたいなホモじゃないので」

「おいコラ」

「しかし、それを語るのであれば時と場所を考えます。何故ならばそれこそが女性に好かれるいい男の条件だからです」

 

 ホモのことに触れないと言ったな。あれは嘘だ。俺にむっつりの称号を押し付けようとするならばこちらもホモという称号を盾にとって対抗せざるを得ない。そんなことを考えながら口から出任せを言っているといつの間にか周囲は静まり返り、クラスメイト(男子)の視線がこちらに集中してきていた。一体どうしたのかと思うが、すぐに答えが出て来た。彼らは俺が言った女性に好かれるという言葉に反応したのだろう。何処までも思春期していてとてもほっこりした気持ちになる。

 

「ほう、では聞かせてもらおうか。サン、お前が思うモテる男ってやつを」

『(コクコク)』

 

 ホモの件はひとまず置いておくらしい。グレン先生は額に青筋を浮かべながらも俺に先を促した。自身の怒りよりもこの話題を優先する辺りなんとも残念な先生である。だが困った。異性どころか同性にすら嫌われる俺が思うモテる男像なんて普通はあてにならないと思うのだけれども、彼らの目は真剣である。……藁にも縋る思いというやつだろう。ならば、何とかそれっぽいことを言ってごまかさなければ。

 

 俺は普段ショック・ボルトを改良する時に使う頭をフル活用してそれっぽい言葉を構築し口に出した。

 

「良いですか?女性とはその大半が察してほしいと考えています。言葉だけではない、仕草から、声のトーンから、表情から自分の真意に気付いてほしいと思うものなのです。……つまり察しのいい男は間違いなくモテます」

 

 ここまで言うと、クラスメイト(男子)は二通りの反応を示した。それは自身が気づかいのできる男かどうか自己評価をしたのだ。そして、気遣いができると評価した男は新世界の神もかくやという風に笑い、そうでない結論を下した者は柱の男みたいに泣き散らした。もうこの段階で色々危ない気もするがその辺は気づかないふりをして言葉を続ける。

 

「察しのいい男とは何か?それは偏に空気を読める人と言ってもいいでしょう。周りの雰囲気を察しそれに対して適切な行動が取れる人物は例え異性でなくても好意的に思う筈です。―――――――此処で、問題です。先程の話、私達男子からすれば歓喜極まりないものだったでしょう。しかし当の女性達からすればどうなるか……」

 

 もはや語るまい。どう考えても不快になる。ただでさえ年頃の女の子、中には気にしないという子もいるだろうが、当然そういった話題に拒否反応を示す子もいる。ましてや今回その感情が向かっている先は自分達なのだ。嫌悪の気持ちは二割増しだろう。

 

「更に、先程貴方達がこの場で話していたことを思い返してみてください。……果たしてそれは、この場の空気を最適に読めていたと思いますか?」

 

 男子だけならば間違いなく最善だった。性の話についての統一感は時に馬鹿にならない力を見せる。

 が、それは男子という括りで見ただけに過ぎない。クラスという単位、女子が混ざってきた場合の最善はその考えを心の中に押し留め表面に出さないように努めるべきだったのだ。例え、その話を振ったのがグレン先生であったとしても。

 

 見る見る顔を青くしていく男子一同。これ以上の追撃はオーバーキルかもしれない。けれどここまで来て手を緩めることはできないと俺はトドメの言葉を紡ぐ。

 

「最後に、あちらをご覧ください」

 

 俺の指が示した先には――――先程からずっと白い目で見ている女子達の姿があった。

 

『う、うぁぁぁぁっぁぁぁっぁあぁああああ!!???』

 

 次々と粉々に砕けて消えていく男子(比喩表現)を見届けながら俺は外に流れる自然の景色に視線を移すのだった。やっぱり、自重は必要だよね。

 

「………」

 

 ―――それにしても、()()()()()()()()()()()()()

 まるでアニメみたいだけど、学院を出てからずっと視られているような感覚に陥っているんだよね。一瞬だけ昔の病気(中二病)がぶり返したのかとも思ったけど、どうにも気の所為じゃないみたいだし。その割には此処に居る人達でもないみたいだし。本当に鬱陶しい。ひとまず、その見えない視線を遮るように腕を振るう。………そういえば、今回もイベント事だけど流石に三回連続で変なことは起きないよね?

 

 

✖✖✖

 

 

 

「………で、アルベルトがいるってことはリィエルは当て馬か」

「あぁ。本命は俺の魔術による遠距離からの攻撃だ」

 

 遠征学修の場所であるサイネリア島に着いたグレン達一行は、各々が港で見たい場所を回る。その時、担当講師であるグレンは元同僚であるアルベルト・フレイザーと接触していた。

 本来であれば、アルベルトがこうしてグレンに接触してくることはない。だからこそ、グレンはこの場で自身に伝えたいこともしくは目的があると理解していた。

 

「んで、わざわざ任務中に俺に接触したんだ。何か用があるんだろ?」

「リィエルには気を付けろ。あの女は危険だ」

 

 アルベルトの口から出た言葉は自身の同僚に対する言葉とは思えなかった。当然、その発言は看過できないのかグレンも食って掛かる。しかしアルベルトは自身の態度を崩すことはなく、極めて冷静に言葉を続けた。

 

「俺とお前だけは知っているはずだ」

「……!だが、あれはもう昔の話だ」

「相変わらず甘いなグレン。………警告はしたぞ」

 

 視線を逸らすグレンをアルベルトは一瞥してその場を立ち去ろうとする。しかし、しばらくしたところで足を止めるとグレンの方へ振り向いた。

 

「それと、サン・オールドマン。あの男の取り扱いには十分に注意しておけ」

「何……?」

 

 アルベルトが放った言葉にグレンは疑問の声を上げる。リィエルはまだ彼自身認めたくはないが納得できる理由がある。もちろんサンの怪しい経歴にも気づいているが、それでも彼がそこまで言われるような人物には到底思えなかった。

 

「サンの経歴の事か?でも、それならもう身の潔白は証明されているだろ。……あの連中が自白剤まで使ってな」

「そうだ。だが、監視についたものは悉く気絶させられている。それも事実だ。それにな……あの男、俺が見ていたことに気づき、干渉してきた」

「!?」

 

 アルベルトは接近戦もできるが遠距離戦で力を発揮することができるスタンダードな魔術師である。そんな彼は遠距離からの攻撃を可能にするため遠くの出来事も確認できるような魔術を使用し、観測者としても高い能力を誇っていた。その為グレンは驚愕する。アルベルトの能力の高さは同僚であるが故に嫌と言うほど理解している。だからこそ、それに気づきあまつさえ干渉することができるなんて信じられなかった。普段の彼はショック・ボルトに多大な熱を注ぐ学生だというのに。

 

「こちらとしても早急に対処はしない。あの男は天の智慧研究会よりも未知の存在だ。下手に刺激し、藪をつついて蛇を出すなどは得策ではないからな。だが、グレン。だからこそ気を付けろ。奴が敵という確証はないが、味方という保証もないのだから」

 

 そのまま立ち去っていくアルベルト。グレンはただその背中を見送ることしかできなかった。

 

 

「(サン・オールドマン……奴に関しては情報が少なすぎる。これからも警戒は必要か)」

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 

 場所は砂浜。辺りに広がるのは一面青く澄み切った海に、水着を着込んだクラスメイト達。何だかんだ言って皆テンションが上がっているのだろう。我先にと海に飛び込んでいく姿が見える。

 男子達もグレン先生に感謝しながら海に飛び込んでいっていた。とにかく思うことはみんな元気であるということだ。

 

「ギイブル、こういう時くらい遊んで来たらいいんじゃないか?」

「何でそれをオールドマンに言われなくちゃいけないんだ。そもそも僕は勉強をしに来たのであって遊びに来たわけじゃない」

「少しは息抜きも大事だと思うけどね」

 

 水着にすら着替えてないとはギイブルの意思も固そうである。日陰で教本を読み漁る彼の姿を見て苦笑しながら俺は何となく海の風景を眺めていた。その風景には水着の女子も居るのでとても眼福である。

 TPOをわきまえて表情に出さないように眺めればいいのだ。だから俺は悪くない。時折地面を横歩きしているカニを眺めながらのんびりと過ごしていると、突然俺の身体に降り注いでいた太陽の光が遮られた。

 どうせグレン先生が来て、寂しいだのなんだの言いに来たのだろうと思いつつ顔を上げてみれば、そこに居たのは意外なことにフィーベルさんだった。花柄のビキニと下に着けているパレオが大変よくお似合いである。隙間から見える足とか素晴らしいと思いますよ。ええ。もちろん表情には出しませんけどね!

 

 にしても彼女がこうして俺の元に来るのはとても珍しい。ましてや一人で来るなんてありえないと思いつつ周囲を見渡してみれば、少し離れた所にティンジェルさんとレイフォードさんがいた。ティンジェルさんはこちらに気づいたのかニコリと微笑みかけてくれ、レイフォードさんは相も変わらず眠たそうな瞳でボーっとしていた。……状況から見てティンジェルさんに焚き付けられてやって来たといったところだろうか。

 

「ねぇ」

 

 頭を働かせているとフィーベルさんから声がかけられる。声量は小さく、表情も赤くなっていることからとても照れていることが分かった。ぶっちゃけ、そんなになるなら俺の相手をしなくてもいいんじゃないかとも思う。

 

「なんですか?」

 

 だが、話しかけられたのであれば反応しなければならない。カニに向けていた視線をフィーベルさんへと移す。すると彼女は自身の体を抱き締める様にした。恐らく隠したいのだろう。……けれど、それは逆効果である。何処がとは具体的に言わないが、そのポーズの所為で強調されているのだ。指摘したら絶対殺されるから言わないけど。

 

「そ、その……どう?」

「その水着ですか?とてもお似合いだと思います。可愛いですよ」

「―――――――!!」

 

 女性の服は素直に褒める。これは鉄則。……まぁ、服を褒めることに対して恥じらいを感じるには少し年を取り過ぎたということもあり、母さんから教えられたこの秘儀を披露することができた。

 一方、フィーベルさんは先程よりも四割増しで顔を赤くしてしまっていた。おぉう、大丈夫なのだろうか。

 

 次の行動をどうするか迷っていると、そろそろ限界だと感じたのかティンジェルさんがボールを持ってこっちにやって来た。ビーチバレーのお誘いらしい。既にグレン先生は誘っているらしく、何やら向こうの方から気合の入った掛け声が聞こえて来た。断る理由もないので俺も参加の意思を伝えておく。

 もしチームを組むことを拒否されればグレン先生に頼ろうと思いつつ、俺は木陰に居るギイブルを誘った。

 

「らしいけど、行く?」

「何度も言ってるだろ僕は行かない」

「……負けるのが怖いとか?」

「ほう?」

 

 ……意外と負けず嫌いなギイブルを釣るために適当に挑発してみたのだが予想以上に効果があったようだ。彼は制服をバッと脱ぎ捨てて水着姿になると俺に後悔させてやると言いながら歩いて行った。

 

「お前、水着着てたのかよ……」

 

 予想外の事態に呆然となりつつも、彼に倣いビーチバレーのコートへと向かう。するとティンジェルさんが珍しく俺に近づいて来た。ちなみに彼女は青と白のストライプ柄のビキニである。

 

「サン君。システィの水着、褒めてくれてありがとう」

「は、はぁ……」

 

 何やら上機嫌な彼女に俺は困惑する。どうしてフィーベルさんの水着を褒めることでティンジェルさんが喜ぶのだろうか。このことについて考えようと思った矢先、身体全体に突き刺すような寒気を感じた。そこに視線をずらすと、殺気立っている男子達の姿が。

 

 とりあえず殺されないように頑張らなければ。

 

 



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欲望渦巻くサイネリア

一応この話の完結についてですが、アニメでやった分を消化し終えたらという方針で考えています。タグにも書いてある通り、私アニメしか見たことがないにわかなので……。


 

「うおぉぉぉおぉおおおお!!くたばれ、サン・オールドマン!」

 

 放たれるは殺意の言葉と高速で飛来する球体。目にも留まらぬ速さでそこそこの高さから打ち付けられたそれは、一点の迷いなく俺の顔面を捉えていた。このままでは確実に直撃コースである。

 どうやらクラスメイトの男子達は先程抱いた殺意を忘れてはいないようだ。だからここまで露骨に表に出すと女子達も引くということを何故気づかないのか。そのようなことを考えながら、俺は手を組み飛来するそれを真上に打ち上げた。

 

「出番ですよ先生!」

「任せろォォ!!」

 

 俺が打ち上げたもの―――バレーボールを追ってグレン先生は水着でもないのに跳び上がる。身体を撓らせて勢いをつけたそれは寸分の狂いもなく宙に浮くボールを捕らえた。そして、先程身体を撓らせた際にできた力を利用しそのまま相手のコートに向けて叩きつける。

 鍛え上げられた彼の肉体から放たれたそれは鋭く下り、見事相手のラインギリギリに突き刺さる。実に見事なスパイクだった。グレン先生が手を上げるので俺もそれに倣って手を上げ、そのままパシンと鳴らした。

 

 

 ここまで言えばわかるだろう。今行っているのは先程誘われたビーチバレーである。案の定組んでくれる相手がいない俺はグレン先生と組むことになった。そうして特に何の問題もなくチーム分けが済んだわけだが……問題はそこではなかった。何を思ったのかクラスの男子達が俺とグレン先生との勝負を熱望し始めたのである。一体なんでだろうと二人そろって首を傾げると、彼らは口をそろえてこう言った。

 

『いつもきれいな女子と一緒に居るお前らが許せない、と』

 

 おかしい。俺は自他共に認めるボッチだったはず。ここで思い返してみると、今年の初めに起きたテロ以来フィーベルさんとの仲が多少改善され、関わる機会は多くなっていた。その時、彼女の親友であるティンジェルさんともちょくちょく関わってきている。……成程。つまり、彼らはクラスのアイドルにして天使であるティンジェルさんとちょくちょく一緒に居る俺が許せないということか。グレン先生も同様だろう。彼もティンジェルさんと関わりが深い人物の一人だからだ。それにここ最近レイフォードさんという新たなる起爆剤も加わったこともある。

 要するにこれは男子達一同による八つ当たりと言うことだろう。そもそも女子と話したいのであれば会話に混ざることから始めた方が建設的だと思ったのだが、当然受け入れられるわけもなくこうして試合が始まったというわけである。ちなみに先程のチームがクラスの男子最後のチームだ。……うん、これでも二桁近い勝負を行っているんだ。最近続いているイベント(という名のトラブル)のおかげで体力や反射神経が身について来ているから問題ないけど、流石に疲れた。

 

「ふぅー……ナイスカバーだ。サン、意外と動けるじゃねえか」

「最近運動する機会が多かったもので。とりあえず、これで一段落ですかね」

 

 額から流れる汗を拭きながら笑いかけるグレン先生にこちらも笑顔で返す。とにかく自分達に恨み(妬み)がある男子諸君は潰したからもう問題ないと思う。これ以上の運動は普通に無理なのでそろそろ休みたいわ……。そんなことを思いながらグレン先生と共にコートを後にしようと思っていたのだが――――

 

 突然、俺達の背後から痛烈な殺気を感じた。

 半ば反射的に身体を逸らすと、その数秒後にナニカとしか言いようのない物体が真横を通り過ぎていき、俺とグレン先生の前に着弾。砂浜を抉り取り周囲に細かな砂を巻き上げた。

 

 俺とグレン先生は錆び付いたブリキのような動作で恐る恐る後ろを振り向く。するとそこには―――

 

「グレン、私とも……やろ?」

 

 とても可愛らしく首を傾げたレイフォードさんとたった今彼女が投げたと思われる弾頭の軌道を見て絶句しているフィーベルさんの姿があった。どうやら男子達は前座であったらしい。グレン先生と視線を重ね合わせ静かに頷く。俺達の死線はどうやらここからのようだった。

 意を決し俺達はコートに立つ。最早一瞬の油断もない。それを見せた瞬間俺達は目の前に存在している美少女の皮を被ったナニカに貫かれてしまうのだ。……こう言っては何だが、男子達なんかよりもよほど命の危険を感じる戦いの幕が今ここに切って落とされた。

 

「やってやるぜ!!」

「覚悟はいいか?俺はできてる」

 

 俺達の戦いはこれからだ―――!!

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 時刻は既に夜。リゾート地としても有名なだけあって学生達が寝泊まりしているホテルから見える光景はまさに美しいの一言に尽きた。耳を澄ませばかすかに聞こえてくる海の音。周囲は普段とは違い豊かな自然に囲まれ、空を見上げてみれば雲一つない満点の星空を堪能することができた。

 その光景をシスティーナ達も自分達が泊まる部屋のバルコニーから覗いていた。システィーナもルミアもその光景に釘付けとなる。リィエルも何か思うところがあるのだろうか、それとも単純に見入ったのかじっとその夜空を見つめていた。

 

 美少女三人が星空を見上げる様子はとても絵になったことだろう。だが、そんな絵画のような構図に邪魔者が入った。それは思春期をこじらせた男子であり、金欠な魔術講師であった。

 

『俺は、俺達は……!あんたを倒して、楽園(エデン)に乗り込むんだ……!』

「その覚悟は受け取った。だがな、これ以上俺の給料が減るようなことがあれば、逆に俺が学園に金を入れなければならん。それだけは絶対に阻止しなくちゃいけないんだ……。だから、かかってこい男子ども。譲れないものの為に、この俺を越えてみなァ!」

 

 馬鹿みたいな主張と共に弾ける魔術。それらがぶつかり合う姿は皮肉なことに夜空に輝く星々に勝るとも劣らない美しさを誇っていた。人間の欲望とは時に美しく見えるものなのだろう。当然、この美しい花火もどきができるにあたっての経緯をバルコニーからしっかりと聞いていたシスティーナは呆れかえり、ルミアは困ったように微笑んでいた。リィエルは何が何がかわからないような表情であった。システィーナは思う。願わくば彼女にはこのまま純粋で居て欲しいと。

 

「よかったね、システィ。あの中にサン君が居なくて」

「んぅえっ!?そ、そんにゃこと気にしないわよ……!?」

 

 どうやらリィエルの心配ではなく自分の心配をした方がいいのではないかとこの時システィーナは思った。だが、元々ルミアも無理矢理話を掘り起こそうという人物ではなくシスティーナの反応を確認した後すぐにその話題を切り上げた。これに対して当のシスティーナはキッと自身の親友を睨みつけた。

 

 その後彼女達はクラスメイトが誘いに来た遊びに誘われクラスメイトとの関係を築いていく。

 だが、システィーナとルミアそしてリィエルは気づかなかった。男子とグレンが派手な花火を打ち上げる中、一人森の奥へと消えて行ったサンの姿に。

 

 

✖✖✖

 

 

 

 サイネリア島の何処か。深い森を抜けた所にポツンと存在している崖で、ある男女が話し合っていた。それだけならば深い関係の者達と思ってしまうだろうが、男性の方は普通の恰好をしており女性の方は何故かメイド服に身を包んでいた。この段階で他の者が見たらおかしいと違和感を覚えるだろう。さらに言ってしまえば、その二人は男女の関係を匂わせるような雰囲気を作り出してはいなかった。

 メイド服を着た女性が纏う雰囲気はとても冷たく、浮かべている表情にもどことなく狂気が見て取れた。男性――いや、青年と呼ぶに相応しい外見の男も女性ほどではないが普通の人間とは思えない血の匂いが感じ取れた。

 

「あの件は、組織も前向きに検討しております」

「こちらも感応増幅者についての仕込みは既に……」

「それでは、互いの望むもののために」

「はい。誠心誠意頑張らせていただきます」

 

 闇に紛れる者達の密会は、それだけで終わるはずだった。いや、本人達もそう思っていたことだろう。常にこれらの行動を行ってきた彼らはこの場所に誰も居ないことを悟っていた。遠見魔術の気配も感じていなかった。だからだろう。その声が聞こえた瞬間にはまるで心臓を鷲掴みにされたような感覚が走ったのは。

 

『―――人としての在り方を失った者達よ、汝らの首既に捕らえた』

「ヒィ!?」

「―――!?」

 

 自分達が張っていた感知にも引っかかることなく、その声は彼らの直ぐ近くで発せられた。青年が周囲を頻りに見渡してみても姿が見えることはない。だが、確かにそこには存在している。

 メイド服を着た女性―――天の智慧研究会所属の魔術師、エレノア・シャーレットは青年とは対照的に分析を始める。

 

――――存在は感知できるにも関わらず姿が見えない。……不可視の魔術もしくはそれに類する異能者……?いえ、違いますね。正確には()()()()()()()()()()()といったところでしょうか。

 

 エレノアは今自分達に話しかけている人物がわざとその存在を認知させているのだと予想を立てた。そして、彼女はそこからこの人物と自身との戦力差を計算していく。例え自身が絶対的な不死性を持っていたとしてもそれに驕ることなく引く時は引く、その動きができるのがこのエレノア・シャーレットという人物であった。

 

――――先程まで全く感知させなかった所を考えますと、力量は向こうの方が上。それでもこちらに手を出してこないのは、出せない理由があるのかそれともここで殺す気がないのか、あるいは姿を見せたくないのでしょう。

 

「あら、女性を捕まえておいて姿も見せないなんて紳士のすることではありませんわ」

『我は只の代行者。私を殺し公に徹し、歴史に刻まれた果ての残滓に過ぎぬ。故にそのような拘りはない。我は()の為すべきことをするまでのこと』

「冗談が通じないお方ですこと……それで、此度は一体どのような御用件で?」

 

 気だるそうな表情を崩すことなく、むしろ唇の端を吊り上げ笑みすらも浮かべた。しかし不可視の声はそのようなエレノアの様子に気分を害した様子はなく、淡々と言葉を紡ぐ。

 

『我等にこれ以上関わるな。この言の意、理解しているだろう』

「…………」

 

 不可視の声が言う通り、彼女はこの声が指していることが理解できていた。それは彼らが立てている計画。王家の身分でありながら異能者として生まれてしまい、死んだものとして扱われた王女ルミア・ティンジェル。彼女を使った計画を彼女達はこの島で計画していた。

 それの中止を訴えるということは恐らくこの声はルミア・ティンジェルの近くに居る存在だという予想をこの会話でエレノアは立てた。そうしつつ、彼女はこの場を逃れるために言葉を紡いでいく。

 

「えぇ。畏まりました。その言葉に従いましょう。私達は貴方様方の前には現れない……それで、よろしいですね?」

『その言葉、努々忘れるな』

 

 それ以降その声が聞こえることはなかった。そして声が聞こえなくなると同時にエレノアと青年に纏わりついていた気配も消え去る。青年は自身の命を脅かしていた存在が消えたことに安堵すると同時にエレノアに詰め寄った。その内容はもちろん今後どうするのかということである。仕込みは確かに終わっている。彼の目的達成は目の前まで来ていた。しかし、あのような存在が近くに居るとあっては恐ろしくて実行できそうにない。縋るように彼はエレノアに懇願する。彼女は情けない青年に対してこともなげにこう言った。

 

「そこまで恐れる必要はありません。ここで私達に手を出さなかったことが何よりの証明。アレには手出しできない理由があるのです。それが判明してしまえば、いったい何を恐れることがあるというのでしょうか」

「し、しかし……」

「もちろん。当初の予定よりも困難なことはこちらも承知の上です。なので、できる限りの助力はさせてもらいます……どうですか?そちらにとっても悪い条件ではないと思いますが……」

 

 青年にとってエレノアの言葉はどれほど甘美なものだっただろうか。彼女の実力は組織に属している者として知っている。彼女は間違いなく一流の魔術師だった。その彼女が助力をしてくれる。……彼にとってそれほど心強いものはなかった。謎の声に関しても確かにあの場で襲って来ないことはおかしいと思い、結果的にエレノアが言った言葉を鵜呑みにしてしまう。

 

 そして彼はそのまま自身を納得させ、当初の予定通り感応増幅者―――ルミア・ティンジェルと彼が欲している()()の回収準備に回った。

 

 

 

 

 

――――そして、この場に一人残ったエレノアは自身の言葉を疑いつつも縋ることしかできなかった憐れな青年を笑顔で見送った。

 

「大変申し訳ないのですが……貴方には、フフフ……当て馬となっていただきましょう」

 

 実のところ、彼女には先程の声の正体―――その目星がついていた。それは魔術競技祭に置いて自身に視線を向けていた或る男子生徒。傍から見れば特に特徴のない、それこそごく一般的な学生である。

 しかし、長年魔術師として生きて来た彼女の勘が囁くのだ。あれは自分と同じく皮を被っているだけに過ぎないと。本来は、大陸最高峰の魔術師―――セリカ・アルフォネアにも劣らない傑物であると。

 

「あぁっ、名も知らない貴方様。私、とっても興味が湧いてきましたわ。フフフフフフ……」

 

 未だ夜が明けないサイネリア島で、エレノアの笑い声が不気味に木霊する。何があろうとももう止まることはない。既に賽は投げられているのだから。

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 右をご覧ください。森です。

 左をご覧ください。森です。

 後ろをご覧ください。疲れ果てた生徒達です。

 前をご覧ください。疲れ果てた生徒達です。

 

「寝不足なのにこの運動量は流石に死ねるんですけど……」

 

 馬車に、船に、海に……と遊びまわった結果だろうか。昨日早めに睡眠を取ったにもかかわらず微妙に疲れが残っており、寝不足特有の気だるさが俺の身体を包み込んでいた。それだけでも一日のテンションが急降下なのに、この遠征学修の本来の目的である帝国白金魔導研究所はこの自然の奥深くに在るらしく移動がとても困難だった。長い道のりだが、道が整備されていないため移動手段は徒歩しかない。その結果、インドア派が多いこのクラスの生徒達は大半がぜぇぜぇ言いながらこの山道を歩いていた。かく言う俺もそのうちの一人である。まさか、魔導研究所に行くために登山をする羽目になるとは思わなかったわ。

 

「うるさい!うるさいうるさいうるさい!!」

 

 何か楽しいことでも想像しながら歩みを進めようかと頭の片隅で考えていると、後方から悲痛な叫びが聞こえてきた。ちなみにくぎゅうではない。

 チラリと視線を向けてみれば、ずんずんと早歩きでこちらに向かってくるレイフォードさんの姿があった。表情は下を向いているために確認することはできなかったが、少なくとも笑っていたなんてことはないだろう。

 彼女が俺を追い越して行ったのを見送りながら、今度は彼女が先程まで居た場所に視線を移す。そこには深刻そうな顔をして話し合いを行っているグレン先生とティンジェルさん、フィーベルさんが。成程、つまりまた厄介事ですね。

 現状をなんとなく把握した俺は今度はレイフォードさんが消えて行った方に身体を向ける。未だに全速前進をしている彼女を視界に収めて俺は静かに溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 白金術。それはこの前も説明した通り白魔術と錬金術を複合させた系統の魔術であり、それが扱うのは生命そのものらしい。故に此処みたいに自然にあふれた環境とマナが必要なのだと所長のバークス・ブラウモン氏は言っていた。

 別にそれはいいんだけど、ちょくちょくティンジェルさんを見ているのはどうしてだろう。もしかして彼はロリでコンな人なのだろうか。外見がタケシ面(糸目)なことが関係しているのだろうか。白金術の何たるかを聞き流しつつ、そのようなことを考える。真面目に話を聴けって?正直俺はショック・ボルト以外は致命的とは言わないが、お世辞にも得意とは言えない腕前である。だからこそこれを聴いても何の利益にもならない。それに、バークス・ブラウモン氏はこの魔術を生命そのものとまで例え誇らしげに語っているようだが、前世でそういった禁忌に対する怖い話を視て来た自分としては素直に賛同できるものではなかった。バイオとかいい例だと思う。それに試験管の中によくわからない継ぎ接ぎだらけの生き物がいるのは気分が良くないし。何より、正体は掴めないけど何かしらの衝動に襲われるような感覚を覚えるのだ。それに伴い気分もあまり良くなくなってきた。原因は不明だけれども長居しない方が得策だろう。

 

 そのようなことを考えつつ、俺は柱に寄りかかって一先ず見学時間が終わるのを待っているのだった。

 ……なんか離れた所でプロジェクトなんたらっていうのが聞こえたけどどうでもよかった。どうせ碌なもんじゃないんでしょ?俺知ってるよ。

 

 

 

 

 

 無事に内臓の中の物を吐き出したりすることなく白金魔導研究所の見学を終えた俺達。フィーベルさん達は食事に誘われていたようだが、当然俺にはそういった誘いは来ない。……いや、正確に言えば彼らはどうやら迷っているようだ。恐らく此処二日の間で俺が普通の人間だと分かって来たらしい。自分でこう言うのもおかしいと思うけどね。多分間違ってないと思う。クラスメイトが俺に向ける視線は未知のものを見る眼と似てたしね。

 まぁ、その辺のことは気にしていても仕方がないので一人で何処か気晴らしにでも行こうかと伸びをする。すると、猛ダッシュで街中に消えていく鮮やかな青髪を見つけた。恐らくあれはレイフォードさんだろう。見た感じだと朝の一件以来進展は見えなさそうだ。

 

 少し周囲に目を向けてみればレイフォードさんが消えた方を見つめるフィーベルさんとティンジェルさんの姿もある。ここで慰めの言葉でもかけられればかっこいいんだけれども如何せんこの状況で俺にできることはない。万年熟練ボッチ(強制)の俺にはグレン先生を二人に会わせることしかできなかった。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

「やっと隙を見せたか。それにしてもこれは好都合だ。わざわざ付け入る隙を見せてくれた連中には感謝しないとな」

 

 サイネリアのビーチへと続く森の中、一人呟きながらその青年は軽い足取りだった。そう、彼は昨日エレノアと会談していた青年である。昨日は不可視の声に対して恐怖を抱いていた彼だったが、エレノアの巧みな話術によって精神を補強された彼は求めていた自身の玩具―――リィエルの元へと歩みを進める。

 

 そう、ここまで言えばわかるだろうが、リィエルは元々天の智慧研究会の人間だったのだ。彼女の場合はその出自がかなり複雑になっているが、簡単に言うのであれば彼女自身は嘗て天の智慧研究会の人間だった少女のクローンということであり、この青年はそのオリジナルとオリジナルの兄を殺した人物でもあった。

 だが、彼はリィエルを利用するために今は殺した兄の皮を被っている。それは正しく人を捨てた存在と呼ぶにふさわしかった。彼の計画はこうである。リィエルは外見に反して中身は年齢よりも未熟である。故に兄の恰好をしていれば容易く操れると彼は思っていた。

 そうして手に入れたリィエルを使ってルミアを攫いだし、自分は手を汚さずにのうのうと見ているだけで地位を手に入れることができるのだ。

 

 自身の未来を思い描き、さらに軽くなった足を踏み出そうとしたところで―――彼は違和感に気づく。

 

「―――?―――――――!?」

 

 先程まで問題なく歩けていたにも関わらず、歩くことができなくなっているのだ。それだけではない。彼の顔は地面と接触しており身体は地に伏せていた。どうなっているのかと自身の足に力を込めて立ち上がろうとすると、全身を激痛が走り抜けた。

 

「―――ぃぃぎぃぃい……!痛い痛い痛い、これは一体なんだ!?」

 

 慌てて上半身だけを起こして自分の足を確認する。するとそこにはあるはずのものが綺麗さっぱりなくなっていた。

 そう、ほんの数秒前まで自分の身体を支えていた右足が綺麗さっぱりなくなっていたのである。ここで自身が負っている傷を明確に意識したために右足の痛みが脳を貫いた。

 

「う゛っあ゛あ゛あ゛あ゛っ……!!」

 

 自分の身体から流れる血を自覚しつつ青年は何とか止血をしようと来ていた服を千切って足に巻き付ける。

 そして痛みに苦しみながらもこれを行った人物をこれから手に入れる玩具(リィエル)で叩き潰そうと決意する。だが、悲しいかな。彼にそのような未来は訪れない。何故なら、もう既に青年の天命は決まってしまったのだから。

 

「な、なんだ……この、音は……」

 

 一瞬だけ痛みも忘れ、彼は自身が感知した音に意識を集中させる。

 それは厳格な音色だった。それは全身に浸透してくるかのような音色だった。それは、神々しく祝福すらも感じる音色だった。それは生命に根本的寒気を与える音色だった―――。

 幾重にも矛盾しているようで、矛盾していない……そのような感想が頭の中を駆け巡る。わからない。分からない。ワカラナイ。けれど、そんな彼にも確信できることが一つだけあった。

 

 

 

 

 それは、確実にその音が近づいているということだった。

 

 

 

 

―――そして、時は訪れる。

 

 

 

 

「――ぅ、ぁっ……」

 

 

 

 

 現れたのは、何の変哲もない剣を持った学生服の少年。年齢は足を無くした青年よりも若いだろう。それだけであれば迫力も何もない光景だ。しかし、対峙している青年だからこそわかる。今、目の間に居る学生こそが昨日の不可視の声の正体。死の具現と言われても納得できる規格外の存在。青年にとって目の前の学生服の少年は、ただ『死』という概念が学生服を着ているようにしか映らなかった。一歩一歩恐怖を刻み込むように踏み込む少年。彼は残り数歩という距離まで詰めると、今まで下に向けていた表情を上げた。

 

 上げられた顔には一切の表情が存在しない。まるで仮面のように張り付けた無表情が顔を覗かせているだけだった。その人間味のない表情に青年は言いようのない嫌悪感を刺激され、地面を這いながらも距離を開ける。

 

 

『選んだな』

 

 

 静かに学生服を纏った『死』が問いかける。

 その言葉について青年は今更考えるまでもなかった。何を選んだのか、それは当然昨日の警告を無視して計画を実行することである。エレノアの言葉に乗せられ、自身の欲望によって突き動かされた彼はこの時ようやく己が犯した間違いを自覚した。彼はあの時大人しく手を引いておくべきだったのだ。より一層、彼の耳に鐘の音が鳴り響く。先程よりも大きく、響く。

 

『―――聞くがよい。我が鐘は汝の名を指し示した。告死の羽、首を断つか――――『――――』!!』

 

 まるで祝福するかのように響く鐘の音と、己を取り囲むように現れ舞う()()()()。それがリィエルのオリジナル、その兄に姿を変えていた青年の最期に見た光景だった。

 

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 少女、リィエル・レイフォードは昨日システィーナとルミア達と遊んだ砂浜にて膝を抱えて泣いていた。

 

 彼女自身もどうして泣いているのかはわからなかった。二人と遊んで楽しかった。それは本当の事である。だが、彼女達はリィエルにとって全てと言っても差し支えないグレンを奪った存在でもあると感じていた。だからこそ、彼女達から差し伸べられる手を、言葉を全て払いのけてここまでやって来たのだ。仕方がないことだったのだ。何故なら、グレン・レーダスはこのリィエル・レイフォードという少女にとって文字通り自身が生きる理由。全てなのだから。

 

「違う、私は悪くない……!悪くなんか、ない……!」

 

 言葉から出るのは正当化の声。自身が正しく悪いのはシスティーナとルミアであると断じるもの。しかしその言葉によって彼女の心が軽くなることはない。むしろ、自分で自分の身体をナイフで抉っているかのように鋭い痛みが走った。

 

「分からない、わから、ないよぉ……兄さん……」

 

 結局はそこに戻ってきてしまう。

 グルグルと頭を悩ませては答えがわからず泣き腫らす。それを繰り返していると、リィエルの耳に砂浜を歩く音が聞えて来た。

 彼女はそれを聞いた瞬間にバッと振り向き、やって来た人物を確認する。もう今は誰にも会いたい気分ではなかった。システィーナもルミアも、グレンでさえも。

 

 しかし、彼女の目の前に現れたのは予想外の人物だった。

 

「……何でレイフォードさんが此処に居るのかはともかく、こんな所に居ると風邪をひきますよ?」

 

 そう彼女の前に現れたのは、どうしてこんな所に居るんだ?と言わんばかりに不思議そうな顔を浮かべたサン・オールドマンだった。 




デデーン。ライネル・アウトー(リンゴンの刑)


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夜の浜辺で

サン「中二病を患っていて本当によかった、と思う日がまさか来るなんて……」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……帰って。誰だか知らないけど、今は、誰とも話したくない……」

 

 取り付く島もない言葉。本当に最初に会った時の、他の出来事に興味がないと思われるために無関心無反応であった時に比べればまだマシな反応なのだろうが、昼間の様子を見る限りだとグレン先生もフィーベルさんもティンジェルさんも困っているのだろう。ならば良い変化だと悠長に言ってはいられない。すれ違いは仲直りの機会を逃せば逃すほどより複雑になってしまうものだからな。

 そういえば、彼女とは自己紹介すらしてなかったな。すっかり忘れてたわ。……でもまぁ、今はいいか。自己紹介しても怪しい人物には変わりないし。むしろ知らない人にこそ話しやすいってこともあるよね。ない?そんなことを思いながらレイフォードさんの隣に腰を下ろす。当然、隣と言ってもすぐ隣と言うわけではなく一メートルほど離れた所だ。

 

 彼女は腰を下ろして居座る気満々の俺を睨みつけてくるが、甘い。万年ボッチ気取っている俺からすれば温すぎるぜ(震え声)いや、冗談です。とても心が痛みます。しかし引かない。あの三人には恩義があるし、出来れば力になってあげたい。さっきも言った通り、たまには特に深い関わりもない第三者も必要だと思うんだ。悩み事とかの場合は真面目にね。

 

 と言うわけで俺らしくないことは自覚しつつ、レイフォードさんに依然として睨まれながら続行の構え。

 威嚇してくる彼女に視線を合わせながらまずはどうして彼女達と喧嘩したのか、その理由を探ることにした。多分、聞いても素直に答えてはくれないだろうし、そもそも俺にそんなことを話すとは思えないからね。

 

「ティンジェルさん、フィーベルさん」

「……?」

 

 まずはジャブとして二人の名前を上げてみるが反応はそこまでではなかった。もしかして二人とは関係ないことなのか……?という思考が一瞬頭をよぎる。だが、白金魔導研究所までの道程のことを考えるとその可能性は低い。………もしかして、

 

「ルミアさん、システィーナさん」

「………!」

 

 反応あり。ただ単にファミリーネームが分からなかっただけか。なんともまぁ……。 

 心の中で少しだけ呆れながらもとりあえず彼女達が関係していることは分かった。嘘が吐けない子でとても助かる。……さて、次は本命だ。

 

「グレン先生」

「―――――」

 

 目を見開いて威嚇、と。

 その後クラスメイトの名前を上げてみるが最初に上げた三人より強い反応が返ってくることはなかった。

 

 さて、ここから考えることはこの三人が関わっていることがほぼ確定となった。後はこの情報をどうするかということなんだけれど……大よその予測は付いている。まず、レイフォードさんは自己紹介の時にグレン先生が自分の全てであると自らの口で語っていた。このことから彼女がグレン先生と浅からぬ仲であることは容易に想像できる。グレン先生も俺に頼るくらいレイフォードさんのことをどうにかしたがってたしね。結果は戦力外もいいところだったんだけど。とにかく、レイフォードさんはグレン先生に並々ならない意思を抱いている。これが第一の要素。

 

 もう一つの要素は、レイフォードさんの精神……その未熟さだ。傍から見ていただけなので確証はないのだが。彼女はとても小柄な体型をしており俺達と同い年には到底思えない。そして、それに付随するかのような精神面。どうにも彼女は無知すぎるというか、純粋すぎる。その様子はまさに幼いと表現した方が適切だろう。転入から遠征学修の間まで、あの二人から様々なことを教わっていたようだが、それでもまだまだ足りない。

 

 そして最後に本人の初邂逅時、つまり転入時にグレン先生は彼女に家族といった親族はいないと言っていた。

 以上のことから、彼女は幼い頃家庭内、或いはそれを取り巻く環境下で問題が発生し、グレン先生に保護された。それ以降、彼女にとって頼れるのはグレン先生のみだったが故に依存……と云う言い方は悪いかもしれないが、ともかく執着するようになった。

 

 が、ここで問題なのはグレン先生が生徒の中でも特に仲良くしているフィーベルさんとティンジェルさんの存在だ。レイフォードさんにとっては自身の全てと言ってもいいグレン先生を取られてしまうと思ったのだろう。結果、仲良くできなくなった……とかかな。

 全部妄想だけど……まぁ、間違っても俺の黒歴史(前世を含め壮大なことになっている)が増えるだけだし問題はないか。

 

 脳内で結論が出たところで、それをとりあえず真横に居る本人に語ってみた。もしかしてこんな感じなのか?という風に。するとレイフォードさんは、こちらに向けていた視線を自分の膝に落とし、ボソリと小さい声で呟いた。

 

「………わからない……何も、わからない」

「そっか」

 

 自分の抱いている感情も不明瞭、か。

 さてこれは先程の仮説における家庭の環境が原因とみるべきか……いや、別に原因が分かったところで直に解決できるくらいならカウンセラーなんて要らないか。既に起こってしまったことは仕方がない。

 

 会話が途切れ沈黙が降り立つ。ぶっちゃけ前世でカウンセラーの経験なんてないから、どこをどうすればいいだなんて専門外なのだ。つまり八方塞がり、普通に弾切れ。会話の糸口を潰されたことで、どうすればいいのかわからず頭を傾げている俺に対し。先程の話で多少は興味を持ってくれたのだろうか、レイフォードさんが自分から口を開いてくれた。

 

「……貴方は、」

「……?」

「貴方は、何のために生きてるの?」

「…………」

 

 おい、誰だよこの子のこと精神的に幼いとか言った奴。滅茶苦茶難しいこと考えてたじゃねえか。

 予想外の角度から予想外の速度で放たれた攻撃は俺の頭を悩ませるには十分な威力を持っていた。くっそ、これはどうすればいいんだ。ショック・ボルトを極めるため?この場でそんなこと言ったら即効で会話切れそうだぞ……!

 だがレイフォードさんは俺の答えを待つことなく再び自ら言葉を紡いでくれた。なんだ天使か(錯乱)

 

「私にとって、生きることはグレンを守ることだった。それが存在意義で、それ以外はどうでもいい。……でも、グレンはそんなことより友達を作れって、言った……」

 

 成程ねぇ。自身の存在意義が、定義している本人から否定された。友達を作れと言ったことからグレン先生はあの二人の名前を出したのだろう。それを聞いたレイフォードさんは「ま た そ の 二 人 か」と言う心境。結果今朝のあれに繋がる、と。

 

 またまたここで思い出すのは転入の時ではなく、初めてレイフォードさんを見た時。競技祭の建物に潜むように佇んでいた姿。隣に居る男性といい、一線を画す雰囲気を纏っていた。そして再び転入時(転入時に重要な情報多すぎる)。彼女は、グレン先生作の自己紹介を言うまではなんて言っていた?帝国宮廷魔術士団特務分室といかにもやばそうな組織の名前を口にしていただろう。あの時はそこを志望するとかグレン先生は言っていたが……レイフォードさんは嘘が吐けない。その純粋さを考えるとその帝国宮廷魔導士団に所属していると考えられる。

 

 そして、俺は前世の知識で知っている。創作物の話だけどそういった名前の組織は大体真っ黒いことをやっていると相場が決まっている。グレン先生の戦い慣れた姿が嘗てやばい系の仕事をしていたと予想を立てた俺であるがまさかここなんじゃないか。そうすれば一番話がつながる。

 ……以上のことが本当だと仮定するならもしかしてレイフォードさん、もっと複雑な生まれなんじゃないか。正直、このような年齢でそんな所に抜擢されているなんて何かありますと盛大に宣言しているようなものだ。……今更だけど、大丈夫だよね。こういうのに関わって良い結果に終わった物語、見たことないんだけど。

 

 ま、まぁいいや(震え声)

 ここまで来たら後には引けない。というか、こんな関わりのない奴にここまで心情を吐き出してくれたのだから全力で応じないとだめだ。

 

「私の存在意義は何?私は、一体……?」

 

 うーん。これはこの場で解決できる問題じゃないな。ついでに言えば俺では役者不足も甚だしい。なら、グレン先生を頼るしかない。あの人の講師……いや、教師としての力量に賭けよう。やる時はやる人だし何とかなるだろ。

 

「……じゃあ、今は今のままでいいんじゃないのかな」

「――――――――えっ」

 

 驚いたように顔を上げ、こちらを見るレイフォードさん。

 グレン先生に否定されたことを、まさか俺なんかに肯定されるなんて思っていなかったのだろう。恐らく本人も迷っているはずだ。グレン先生が言うのであれば彼を守るということは間違いなのではないか、と。

 だが、自身の根底に根付いてしまったものはそう簡単に剥がすことはできない。なら今はそれを使うしかないのだ。様子を見るにレイフォードさんは自分の基盤となる物すら持っていない。であれば、グレン先生を守るということを土台として、そこから色々なことを知ってもらうというのが一番安全牌だろう。

 

「でも、グレンが……」

「そこはグレン先生に『貴方なしでは生きられない身体にされました責任取ってください』とでも言えば大丈夫」

「………」

 

 グレン先生の世間体は大丈夫じゃないし、このことを吹き込んだのが俺だとバレれば俺も大丈夫じゃないけど。問題はない。美少女と男では等価値にはなり得ない。前者が優先されるべきなのだ。それが人間界の摂理である。

 

「けど、それだけじゃグレン先生も怒るだろうからね。グレン先生も守りつつ色んなことを勉強していかなきゃいけない」

「勉強……」

「そう。でも難しく考えなくてもいいと思う。言っちゃえば、今やってることも勉強になるよ」

「例えばなに?」

「この海と星空を見ることとかね」

「……そんなことで?」

「それでどう思ったのかが重要だと思うよ」

 

 自己を確立することは意外と難しい。アイデンティティークライシスなんて言葉もあるし、一度形成できた自己だっていつまで続くかわからない。……社会の荒波に揉まれて鬱になって後は……何てコンボも世の中には存在したんだから(白目)

 

「でも、私……皆に酷いこと、言った」

「大丈夫。何だかんだ言ってあのクラスはいい人しかいないし、フィーb―――じゃないやシスティーナさんもルミアさんも勿論知ってると思うけど、グレン先生も根に持つような人じゃないから」

 

 多分あの人達なら、ごめんなさいを言えば、何とかなるんじゃないかな。ティンジェルさんは笑顔で許す姿が見える。むしろあの人なら原因は自分にあったと言って謝りかねない。フィーベルさんだってあれだけ嫌っていた俺と仲直りしてくれるぐらいだから、この程度誤差だろう。グレン先生は拒否したら通報ものだけど……ないでしょうね。フィーベルさんとティンジェルさんに話しかけられて、クラスの人と交流するレイフォードさんを見てあそこまで優しい顔ができる彼ならば。

 

「………」

「………それでも不安?」

「…うん」

「なら、どうしても不安なら俺も一緒に謝りに行くよ」

 

 これから三人には丸投げをするわけだし経緯とかも説明した方がいいだろう。それに一人じゃなければ意外と行動を起こせるものだ。人間だって群れる生き物だから。

 

 レイフォードさんは暫く考え込むように唸るがすぐに意を決したように口を開く。

 

「名前」

「え?」

「名前、教えて」

 

 おぉ……まさか向こうから尋ねてくれるなんて少し感動。 

 

「サン・オールドマンです。好きに呼んで」

 

 そもそも呼ぶ人物が少ないからね。サンでもオールドマンでも大歓迎。

 

「サン……うん、覚えた」

 

 そう言ってレイフォードさんは静かに微笑んだ。外見に似合う実に可愛い笑顔である。成程男子達が熱狂するのも分かる上に、ロで始まってンで終わる趣味の方々の気持ちも少しだけ分かった。これ以上は危ないのでその思考は切るけど。

 

「じゃあ、サン。とりあえずは一人で、頑張ってみる」

「そっか。……よし、頑張ってねレイフォードさん」

「ん」

 

 返事をした彼女の頭をポンポンと軽く叩きながら俺は立ち上がる。その時、ずっと座っていたからだろうか立ち眩みがして一瞬だけ意識が遠退くが、すぐに収まった。彼女も戻るかと思いきや、どうやらもう少しだけこの海と星空を見ていくらしい。彼女曰くとても気に入ったのだとか。

 ならもう俺にできることはないだろう。そのまま俺は踵を返して自分達が泊まる宿泊施設を目指すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目指すことに、したんだけどなぁ……。

 

『GUUUUUUUU……!』

 

 宿泊施設に向かうために森を突っ切ろうとしたのがいけなかったのだろう。現在俺は実に不可思議な生物と遭遇していた。顔と身体はライオンなのだが、背中からは蝙蝠のような羽が生え尻尾は蛇という生物だ。……いくらここが魔術飛び交う異世界だからってこんな生物が普通に存在する―――なんてことはないだろう。ぶっちゃけ、これは典型的なキメラである。しかもただのキメラではない。

 

 こいつ、今朝見学した白金魔導研究所にある試験管にプカプカ浮いていた生物の一体だ。これが一体何を指し示すのか?それはたったひとつ、シンプルな答えだ。……要するに白金魔導研究所はその名とは逆の真っ黒施設だったということだろう。

 

「だからああいう施設には碌なものがないとあれ程……」

『GUUAAAAAAAAAAAAAAA!!』

「襲って来たし……」

 

 獰猛な前足を見せつけながらキメラは口から火炎を放ってきた。おい、振り上げた前足使えよ。

 そんなことに思考を割きながら、俺は右側に弾けるように跳ぶ。さて我らが担任講師は来てくれ――――ないよね。流石のグレン先生もそこまでタイミングよく現れてくれないだろう。であれば結果として自分で時間稼ぎもしくは逃走を図らなければいけないわけで……。

 

 とにかく俺は生き残るために足を地面に叩きつける。するとその場所を基点に紫電が駆け抜けキメラの周りを取り囲んだ。

 

「頑張って逃げよう」

 

 追撃に右手からショック・ボルトを放ってキメラの動きを封じると俺はそのまま背中を見せて逃走を図った。

 ……まぁ、こんなものを連れて宿泊施設に行くわけにはいかないから、完全に知らない所に向かってるんですけどね!!

 

 

 




グレン先生VSリィエル?知りませんな。


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小さな勇気、大きなフラグ

今回は文字数が一万を越えてしまいました。次回からはもっとコンパクトにできるように頑張ります。


 

 

 

 サイネリア島の何処かに在る森の中にて、人知れずサンが白金魔導研究所産の実験動物達と命懸けの鬼ごっこをしている時間と同時刻。遠征学修に来ていた2組の担任講師であるグレン・レーダスは、夕方頃に飛び出して行ってしまったリィエルを探す為にあちこち走り回っていた。

 

「ったく、何処に行きやがった……」

 

 頬から垂れる汗を袖で拭うとグレンは一度息を整え、次に捜索する場所を頭の中で思い描く。街の方は大体捜索し終えたので、一先ずは宿泊施設近くの森から探そうと結論を付けた彼は、息が整ってきたことを確認すると再び走り出した。

 

 人工物も見えなくなり、完全に自然で形作られた空間にグレンが入った途端、四方八方から自分を狙う殺気を感じ、過去の経験から反射的にフィジカル・ブーストをかけてその場から跳ぶ。すると次の瞬間には三方向から、ナニカとしか形容できないモノ達が殺到していた。

 

 宙に行ったことで難を逃れたグレンはそのまま後方宙返りをして、距離を取りつつ地面に着地する。そして、しっかりと視界に収めた三体のナニカを見て大きく舌打ちをした。グレンも気づいたのだ。これらの生物が一体何処からやって来たのか。元々頭の回る彼は簡単にはじき出すことができた。

 

「あの狸爺ィ……!」

 

 グレンは白金魔導研究所の所長であるバークス・ブラウモンへの罵倒を憎々し気に呟く。Project:Revive Lifeのことを嬉々として話そうとしたこともあり、良い印象を抱いていなかったグレンはついに口にまで出すようになっていた。尤も本人はこの場に居ないのだが。

 

 素早いとは言えないが三体同時に襲い来る実験動物にグレンは冷静に対処していく。フィジカル・ブーストによって超人的な力を発揮できる彼は、襲い来る実験動物の一体を掴んで動きを止め、そのまま蹴飛ばして後続の実験動物達と接触させる。まるでボウリングのピンのように纏まって転がっていったそれらに対して、グレンは攻撃の手を緩めなかった。

 

「悪いな……。白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・疾駆け抜けよ!」

 

 軍用魔術はC級と言っても戦闘に用いられる魔術。防御をしなければ人の命などは容易く奪うことができた。この実験生物達も失敗作だったのだろう。特別な能力もなく、グレンの魔術を防ぐこともなく、彼が放った吹雪に呑まれて全身を凍らされていた。そして、それがばらばらとなって砕け、周囲に氷の欠片が舞う。

 

 手際よく実験動物三体を葬ったグレンは再び大きな舌打ちをすると同時に歩みを進めた。

 

――――にしても、こんなものを所有しているとなるとバークスは天の智慧研究会の人間ってことだよな。アルベルトも居るしそれはほぼ確定だろう。……なら、奴らの狙いは何だ?俺達に仕掛けてまで手に入れようとするもの―――って考えるまでもねえよな。…ちっ、一端リィエル探しは中断だ。

 

 グレンは自身が進んで来た方向を振り返ってすぐに宿泊施設に戻ろうとした。しかし、戦闘ではない別のことに意識を向けていた瞬間、合成魔獣がグレンの背後から襲い掛かって来たのだった。

 

「―――チィ!」

 

 今からでは間に合わない。そう直感的に感じたグレンは避けるのではなく逆に相手へと接近することで活路を見出そうとする――――だが、その数秒後。彼が無茶をする必要性は全くなくなった。

 

 最初にグレンの耳に届いてきたのは空を裂く音。

 回転しているのだろうか、ブオンブオンとそれなりの質量がある物が空気を裂いて接近している音が聞こえ、そしてそれは段々と大きくなっていた。……その音の発生源を察知したグレンは迷うことなく敵に向かって吐き出そうとしていた推進力を自身の背後に転換し、フィジカル・ブーストによって強化されている肉体で思い切りバックステップを踏んだ。

 

 すると、耳をつんざく音が響き渡り、グレンを襲おうとしていた合成魔獣はその場に在った地面諸共削り落とされる。見覚えのある破壊痕にグレンはホッとしたように長い息を吐いた。

 そう、彼を助けたのは他でもない。元グレンの同僚にして帝国宮廷魔導士団特務分室執行官No.7戦車のリィエル・レイフォードだった。

 

「グレン!……大丈夫?」

「色々言いたいことは山ほどあるんだが……一先ずは助かった。サンキューリィエル」

 

 彼はそう言ってリィエルに微笑んだ。言いたいことは山ほどある。文句の類はないが質問や謝罪の言葉を数多く彼はかけたかった。しかし、リィエルの表情を見て今すぐに言う必要はないと考え直した。

 彼女の顔は自分達の前から飛び出すように走っていった時のものではない。普段と変わらない――いや、前よりもしっかりとした表情を見せていたからだ。

 

「うん。私も、グレンには後で話がある」

「あぁ、そん時は言いたいことを思いっきり言い合えばいい。だがそれは今じゃない。リィエル、こいつらの狙いは恐らくルミアだ」

「ん。じゃあ、早く戻ろう」

「あぁ!」

 

 共に戦うのは数年前グレンが帝国魔導師団特務分室から消えて以来久しい。尚且つ通常、リィエルの戦闘スタイルは自分と同じく近接格闘のスタイルをとる者と相性が良いとお世辞にも言えなかった。けれども、その理屈はグレンに当てはまらない。自身の才能のなさを様々な技術でカバーしているグレンにとって、数年戦場を共にしてきた相手に合わせるなんてことは何てことはない。シロッテの枝を見つけることのように容易いことなのだ。

 

 同時にフィジカル・ブーストをかけて一気に森の中を駆け抜ける。途中で遭遇した実験生物達は彼と彼女の剣と拳によってあえなく道を譲ることとなる。二人の心中に在るのは唯一つ、クラスメイトの無事を祈ることだけだった。

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 

 一方残念なことに宿泊施設に居ないクラスメイトであるサンは、未だに森の中を駆けずり回り、命懸けのリアル鬼ごっこを続けていた。追いかけて来ているのはサンが最初に襲われたキメラである。

 キメラは製造過程で身に着けたのか、口から炎の魔術を発動。火球を作り出し自分の前方を走り抜けるサンにぶつけようとしていた。一方のサンは背中に目でもついているのかと思わせるほど完璧なタイミングで背後から来る火球をやり過ごす。しかし、キメラは四足歩行でありその足はサンよりも素早い。このままではいずれ追いつかれてしまうだろう。そのことを彼も当然理解しているのか、ある程度の距離を走ると唐突に身体を反転させて右手からショック・ボルトを放つ。

 

 まさか勢いを落とすことなくいきなり方向転換をするとは思っていなかったのだろう。キメラは不意打ち気味に放たれてたショック・ボルトを受けてその場で立ち止まってしまった。

 が、ショック・ボルトは殺傷能力がなく熟練の者達にとっては足止めにすらならない。このキメラも数多の実験から作り出された存在であるが故に魔術に対してかなりの抵抗力を持っていた。C級の軍用魔術では傷もつかないだろう。

 

「今しかない……雷精よ・疾く駆けよ・その紫電を以て・生の輝きを撃ち止めよ!」

 

 四節から成る魔術をキメラに向けて放つサン。動けないキメラはそれを受けることしかできないが、それでも魔術に対して高い抵抗を持つ皮膚がサンの放った電気を防いだ。しかし―――サンの狙いはこの魔術でキメラを殺そうというものではなかった。

 

『UUUUUUU!?―――!?』

 

 サンを威嚇していたキメラが唐突にその唸り声を止めた。いや、止めたのではない。恐らく止められたのだろう、他でもないサンの手によって。その証拠に、声を上げることができないだけでなく足元が覚束無くなっており、キメラの尻尾として存在している蛇も力なく項垂れてしまっていた。

 

 キメラは遠のく意識の中、何をしたと言うような視線をサンに向けた。しかし、下手人であるサンはキメラから視線を外して既にその場から立ち去ろうと行動していた。キメラは思った。いくら何でもそれはないんじゃないかと。

 

 

 

 

―――サンが行った魔術は実に単純なものだ。彼は既にショック・ボルトで相手の筋肉、自身の筋肉に程よい刺激を与える位の調節が可能だ。今回はその刺激を与える対象を変えたのだ。……生物の中枢。脳と同じく生命活動に重要な役割を持つ器官……心臓に。

 

 

 心臓に電気ショックのような衝撃を与えて心肺停止の状態に持っていく、それが先程彼が行った魔術であった。非殺傷とは一体何だったのかと言われるような魔術である。本人もそれが理解できているから使おうとはしなかったのだが、今回は非常事態なためその封印を解放したのである。

 この魔術、見た目はショック・ボルトと変わらないために初見殺しに成り得るのだが、相手の身体に隣接してなければ意味がないという欠点を持っている。対人においてはあまり役に立たないだろう。

 

「ふう……なんとかなった……」

 

 心臓が止まったことにより活動を停止したキメラを横目に溜息を吐くサン。キメラを倒したからと言ってそれで全てが解決、という訳ではない。彼は無茶苦茶に逃げ回っていった結果、ここが何処だかわからないのだ。つまり迷子。

 

「迷子の時って無暗に歩き回ったらダメなんだっけ」

 

 前世でかじった知識を口にしてみる。

 このままここで一夜明かすことも念頭に置くサンだったが、その決意はすぐさま無駄となった。ふと、首を動かして周囲の様子を確認してみると、どこか見覚えのある場所だったのである。

 

 それもそのはず、何故なら彼が今居る所は見学に来た施設―――白金魔導研究所の場所だったのだから。

 これにはサンも苦笑いをこぼした。危ない生物から逃げていると、その本拠地と思われる場所に辿り着いたのだ。本末転倒と言ってもいいだろう。

 

「………おぉう」

 

 しかし、サンは不幸なことに見てしまったのだ。

 暗闇ということで視界が悪いものの、ここ最近視力が良くなってきているサンにはしっかりと発見できてしまっていた。

 

 サンを襲ったキメラとは違う。継ぎ接ぎだらけの身体で出来た人型が、サンのクラスメイトにしてシスティーナの親友であるルミアを担ぎ上げ白金魔導研究所の中に入っていくのを。

 

「……誘拐(そういうの)をしたのなら、堂々と正面から入って行かない方がいいんじゃないかな……」

 

 何処か諦めたような言葉。

 普通であればこの場から一度宿泊施設の方に戻りグレンなどに協力を仰ぐのがセオリーだ。サン自身は逃げることが得意なだけの少年であり、突出した技術などは特にない。強いて言えばショック・ボルトの種類が豊富というだけだ。

 

 けれども彼も人並みの倫理観というものを持っている。知り合いが怪しげな施設に誘拐されそうになっていれば助けたいと思う。暫く悩んだ末にサンは今後の行動を決定した。

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

「遅かったか……!」

「システィーナ!」

 

 敵の狙いを予測し宿泊施設に帰って来ていたグレンとリィエル。だが、どうやら少しだけ遅かったようで、彼らが見たのは散らかった部屋と力なく倒れるシスティーナだった。ルミアの姿はない。

 システィーナの様子だが、命に別状はない。しかし体のあちこちに傷ができていた。グレンは間に合わなかった自分を内心で罵倒しながら彼女に回復魔術を施した。システィーナの応急処置をしているとリィエルは静かにグレンに話しかけた。

 

「ねぇ、グレン」

「なんだ」

「私、思い出した」

「何をだ」

「自分が、一体何なのか」

「――――――――」

 

 施している魔術こそ乱すことはなかったが、それでもグレンの内心は驚愕に満ちていた。彼はリィエルと呼ばれる少女の正体を知っている。

 

「本当、なんだな?」

「うん。気づいた時には……兄、さんと多分イルシアって子が、殺されてる光景が目に入った。その後、二人を殺したヤツに気づかれて、記憶にプロテクトをかけられてたみたい」

「……何故、急に」

「分からない」

 

 グレンは少しだけ考えるそぶりを見せるが、まずはシスティーナの治療が優先だと彼女に集中する。

 一方グレンに分からないと言ったリィエルだったが一つだけ心当たりがあった。それは先程行われていた相談。夜の浜辺でクラスメイトのサンと語り合った後、彼がリィエルの頭に軽く触れた時である。

 

 話している時とはまるで違う……グレンに保護されてからずっと闘争の世界に居たリィエルにも感じたことがない程、圧倒的な気配を纏った時があったのだ。その瞬間のサンは見ていないから詳しいことは分からないが……彼女は本能の部分で知っていた。これは『死』と同じものだ。彼女が最初に焼き付けた知識である死。それを体現したようなものを感じたのである。

 

 恐らくそれをサンが使ったおかげでリィエルは記憶が戻ったのだと考えていた。けれど、そのことをグレンに言うことはなかった。恐らく彼がその力を隠しているのには何か理由がある。相談の恩もあるが故に口にしなかったのだ。

 

「よっし、これで一先ず治療は済んだな。後は壊れてないベッドに寝かせてっと……さて、リィエル。お前はどうする?」

「グレンについて行く」

「理由は?」

「………」

 

 リィエルはグレンを守るため、と即答はしなかった。自身の考えを頭の中でまとめ、どのような言葉にしようか考えているといったところだろう。グレンはそんなリィエルの様子を嬉しそうに見ていた。こんな状況でなければ自分の金を使ってプチパーティーでも開催していいほどに。

 十数秒して考えがまとまったのか、リィエルはゆっくりと自分の髪の毛と同じ青い瞳を覗かせて、口を開く。

 

「謝るため」

「……」

「私、システィーナにもルミアにも酷いこと言った。謝りたい……だから、助ける」

「――ふっ、上出来だ」

 

 確固たる意志を感じさせる瞳で貫かれたグレンは微笑み、彼女の頭を数回撫でる。そして、肩を回し体の調子を見てから壊された部屋の穴から外に飛び出した。後に続くようにしてリィエルも飛び降りる。そのまま最短距離で白金魔導研究所へと向かおうとした二人だったが、そんな彼らの前に一人の男性が現れた。二人はすぐに警戒するが、月明かりがその男を映し出した瞬間二人は警戒を解く。

 

「グレン、目的は一致している。故に俺も手を貸そう」

「……いいのか?」

「これも仕事だ」

「アルベルト、ありがとう」

「…………言っただろう、これも仕事だ。ルートは既にこちらで調べてある。こっちだ」

 

 少し見ない間に別人のような成長を遂げているリィエルにアルベルトが絶句した。その後すぐに言葉を紡ぐが、このことがグレンには照れ隠しに見えたらしく「アルベルトのツンデレー」とからかわれることになる。当然、アルベルトの魔術が文字通り火を吹くこととなった。何はともあれ、帝国宮廷魔導士団特務分室の執行官三人が今回の騒動を起こしたバークス・ブラウモンの元へと向かう。既にバークス・ブラウモンの未来は真っ暗だった。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 ……電気点いていない時に入るとやっぱり雰囲気違うな。なんと言うのだろう。深夜の学校に似た怖さを感じる。しかも場所は白金魔導研究所。キメラとかを量産している所だ。これは出る。幽霊が出そうだ。

 

 明かりを灯したいところだが、そうすればすぐにばれてしまうかもしれないので自重する。まぁ、何とか見える程度だし今は考えなくていいだろう。なるべく機械などには触らないように奥へ奥へと進んでいくと、地下への入り口に思える場所を発見した。その雰囲気はいかにもこの奥に怪しい部屋がありますよ、という雰囲気だった。

 

「………行くか」

 

 怖がってても仕方ない。とにかく全速前進だ。足を踏み外さないように慎重に階段を下りていく。

 降りた先には通路のようなものが続いており、天井からオレンジの光が点滅していた。整備してない……のか……?今更だけど俺ホラーものとか苦手なんだよね。この世界に来てから異常なくらいに耐性がついたんだけどね。

 

 このような至極どうでもいいことを考えながら歩いていると、薄暗い通路にまで光が漏れ出ている部屋を発見した。もしかして此処かも知れないと一先ずその扉に近づいていて見る。

 ……人の気配はしないので大丈夫だろうと中にゆっくりと入ってみる。すると、俺の目に飛び込んできたのはある意味で――――――――予想通りの光景だった。

 

「―――――――――」

 

 目の前にはいくつもの巨大な試験管のようなものが浮いており、中には緑色染みた液体で満たされていた。まぁ、それは別にいい。今朝も見たような光景だった。ただ、その中に入っている()が問題だった。

 

 入っていたのは人型。それも年齢は千差万別。子供も居れば大人も居る。男も居れば女も居た。しかし、誰もが普通の形をしているわけではなかった。ある者には巨大な手が。ある者には別の生物の足が。……所によっては脳みそがむき出しのまま放置されているような人も居た。

 

 ……もはや、考えるまでもない。

 彼らはこの研究所で実験体にされた人達だろう。

 

「……当然、誰も彼も死んでるか」

 

 自分でも違和感を感じるほど冷静で少し気持ち悪いと思ったけど、ここでうろたえて捕まる→実験体体験コースになるくらいなら多少気持ち悪くても冷静なままの方が良いな。

 

 妙に冷静なおかげでしっかりと情報を見て取ることができる。大きい試験管のような機械にはラベルのようなものが貼られており、誰に何をしたのかが一目でわかるようになっていた。中にはキメラの細胞を埋め込んだものや遺伝子を多大に弄って作り出した子もいるみたいだった。

 

 さてここで考えてみよう。ティンジェルさんはこういうことを平気でやる場所に連れ去られたわけだ。彼女ほどの美少女が誘拐された先に行き着くのは大体薄い本でやってそうなR-18指定の事だろうけど、これは別の意味のR-18指定だ。多分Gがつく。

 こうしてはいられない。彼女は俺と関わってくれる貴重なクラスメイトであるし、彼女がいなくなったら皆が悲しむだろう。

 なら、やるべきことは一つしかない。そう決意して扉を開けて別の部屋を捜索しようとしたところで……

 

「―――っ?」

 

 意識が段々遠くなっていく。

 マズイ。もしかして耐性がついているっていうのは嘘で、自分でも気づかないくらいのやせ我慢をしてただけか……?ショッキングな映像を見た所為か俺の意識は段々と消えていく。ここで気絶したら俺もあの人達と同じ末路を辿る気がするんだけど……大丈夫なんですかね。

 

 

✖✖✖

 

 

 

『消えろ』

『邪魔!』

『どけぇ!』

 

 白金魔導研究所の地下通路。光もないその薄暗い空間で、三人分の声と大量の獣達の悲鳴が響き渡る。この三人に慈悲などはない。例え魔術が効きにくいような改良を加えられていたとしても、リィエルの細腕からは想像もできないほどの剛腕によって真っ二つにされ、物理に耐性を持っていればアルベルトの魔術がその実験体を一片残すことなく消し去る。魔術の扱いに長けた種類であればグレンがオリジナルの魔術、愚者の世界で無効化し、物理で殴る。

 

 バークス・ブラウモンが配置した自慢の合成魔獣達は彼ら三人の前には壁にすらならなかったのだ。

 その様子を見ていた本人はモニターを覗きながら激怒していた。自分の実験体があんな奴らにやられるわけがない。文句を吐きながら彼はそれでもルミアを縛り上げている機械を使ってProject:Revive Lifeを実行しようとしていた。自身の力を無理矢理使われて苦しそうにするルミアを眺めながらバークスを誑かした本人、エレノア・シャーレットは何処か違和感を感じていた。それは自分達に忠告をしてきた存在。不可視の声。彼はやると言ったことは絶対にやるのだろう。実際にライネルは何も行動を起こすことなく殺された。であれば、彼もいずれここに来るはず。そう彼女は感じていた。

 

――――そろそろ、潮時かもしれませんわね。

 

 彼女はここで死ぬわけにはいかない。自身のことを殺せる存在がそういるとは思わないが、不可視の声は確実に自分を殺すことができる存在だと彼女は確信していた。このままバークスだけに任せるのは不安だが、正直言ってライネルを早い段階で殺された時点でこの計画は台無しになってしまっているので今更気にしないことにした。一先ず、自身の魔術で作り出した女性の死体を何体か置いておき彼女はこの場から姿を消した。だが、その瞬間彼女に耳には確かに聞こえた。『次はない』と。

 

――――あぁっ……ん……!ゾクゾク致しますわぁ……。

 

 無知とは恐ろしいものだ。きっと、その声の主の正体を知る者は誰しも口をそろえてそう言うことだろう。

 

 

 

 

 

 エレノアが消えたのと同時にグレン、アルベルト、リィエルは、バークスがルミアを捕らえている部屋の前に辿り着いていた。グレンはリィエルと顔を見合わせてから頷き合い、扉を蹴破る。

 蹴破られた扉の欠片がバークスの頭皮にクリーンヒットするが、当然襲撃者三人はそんなことを気にしたりはしない。部屋に入った瞬間、リィエルはルミアの名前を叫んで一目散に飛び出した。

 

「ルミア!」

「リィエル!?」

 

 跳んだ際に生み出した推進力をそのまま力として、ルミアを拘束している鎖を身長と同じくらいある大剣で器用に切り裂いた。支えるものがなくなり落下するルミアだったが、リィエルがそれを空中でキャッチすると、直ぐ近くの壁に大剣を突き刺して足場にする。そして大剣の持ち手を力強く握りながら壁を蹴ってグレン達の元に帰った。

 

「グレン、任務完了」

「よくやったリィエル。グッジョブ。……大丈夫か、ルミア」

「グレン先生……!」

 

 ルミアは安心したのかグレンに抱き着く。彼はルミアを優しく抱きとめるとそのまま頭をなでる。彼女は自身の立場から常に命の危険にさらされることを覚悟している。けれど怖くないわけではないのだ。当然死にたくはないし、恐怖だって感じる。

 

「ルミア」

「なに?リィエル」

「……その、今日は……酷いこと言って、ごめんなさい」

「―――うん。いいよ。また仲良くしてくれたら許してあげる」

「―――!」

 

 仲直りが成立してリィエルが涙を流し今度はルミアがそれを慰めた。……当然この間彼女達は隙だらけなのだが、生憎職務に真面目なアルベルトがいるためにバークスは手出しができなかった。

 

「えぇい、貴様らァ……!ワシの大事な実験動物達をよくも……!」

「バークス・ブラウモン。貴様には天の智慧研究会と関係を持っていたことは既に割れている。大人しく拘束される気はあるか」

「ふざけるなァ!この汚らわしい帝国の犬が!宝石獣!そして人形ども!」

 

 バークスが狂ったように叫ぶと何処からともなく巨大な亀のような生物が現れた。甲羅にはルビーのような赤い宝石が取り付けられておりその名の通りの宝石獣だということがわかる。そのような存在が三体いた。だが、問題はその隣に居る()()()だった。バークスに人形どもと言われて出て来た存在。ルミアの異能を利用してライネルが作りたかったもの、Project:Revive Lifeの完成形。……リィエル・レイフォードと全く同じ姿の少女達だった。ただし、人らしい感情は全て切り捨てている完全な人形だが。

 

「―――!」

「……バークス。てめぇ、そんなものまで用意してやがったのか」

 

 まさか自分の知り合いと同じ顔の少女が出てくるとは思わなかったのだろう。ルミアはショックを受けたように口に手を置き、グレンはリィエルのような存在を再び作り出したバークスに対する怒りを燃やす。アルベルトは宝石獣の性能を確かめるように魔術を発動していくが、少々厄介な性質を持っていることを見抜いた。物理にも魔術にも強いようだ。

 

 一人淡々と仕事をこなすアルベルトを尻目にバークスとグレン達の話を進めていく。バークス曰くリィエル―――いやProject:Revive Lifeの結集は自分ではなくもう一人の人物が進めていたものだという。そいつはもう死んだが、利用できるものは利用するということで彼女達を使っているらしい。

 

「随分と言ってくれるじゃねえか」

「貴様には関係ないだろう!貴様らにはワシが行っていた実験を、教えてやる!!」

 

 言うとバークスの姿が激変する。 

 初老の男性といった元の風貌は、もはやどこにもない。身体は狂ったように膨張し、半分某アメコミヒーローのような有様になってしまった。これだけ見れば元々人間だったなど想像もつかないだろう。

 

 そして、ついにそれらが一斉に襲ってくる。

 人外化したバークスを筆頭にProject:Revive Lifeの人形達、そして宝石獣達。例え一体でも二体でもグレン達の相手ではなかっただろう。しかし、ここの地形はそこまで広くはない上に、言ってしまうとルミアという非戦闘員がいる。どうあがいても数が足りなかった。

 

「リィエル、ルミアを連れて下がれ!」

「分かった」

 

 指示を出したグレンは同時に襲い掛かって来た人形の攻撃を身体を逸らして回避し、回し蹴りでカウンターを決める。

 アルベルトは後方に飛んで、遠距離の魔術で人形達を攻撃しようとするが宝石獣がその間に割って入り、人形達まで攻撃が届くことはなかった。バークスは身体を改造した影響か暴れまわるが、敵味方の区別はついているらしく自分達の仲間を攻撃することはなかった。 

 どう考えても人数が足りない。対処できる方法が少なすぎる。機動力に優れた人形。防御に特化した宝石獣。そして程よいバランスの暴走バークス。最悪、ルミアの確保は達成されているので一度態勢を立て直すか、もしくは別の開けた場所に移動するかという手段をグレン達が考え始めた―――――――――その時、

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 

 

 

 最初に()()を聞いたのはルミアだった。彼女は戦ってないことが幸いし一番にそれを聞くことになった。……聞いた音は鐘の音。一定のリズムで鳴るそれは直接頭に響いていると思わせるほどはっきりと聞こえて来た。

 次に気づいたのはグレン達である。彼らは戦闘に気配をやりながらも、頭の中に直接刻み込まれるかのような音色にも意識を向けてしまう。聞こえてくる音は厳格で、何かを祝福しているようでもあり、逃れようのない結末を運んでくるような気もした。

 

 段々と確実に音が近づいてきている。

 バークス達もそのことに気づいたのか、動きが少しだけ鈍った。……するとここでルミアの身体が自然と震え始める。

 自分の腕で身体を抱いてみても結果は変わらない。震えは止まらず、ガタガタと寒気すら感じた。原因は分からない。しかし自分の精神状態がどうしてこうなっているのか、それだけは理解できた。

 

 それは恐怖。

 彼女にとって死は常に覚悟しておかなければならないモノだった。自身の生い立ちと立場がそういう精神を育てることになったのである。おかげで彼女は同年代ではありえない程強靭な精神を持っていた。けれど、そんな彼女でもまるで話にならない。これが掻き立てるのは、もはや人の意思でどうにかなるものではないのだ。生物であれば逃れることが出来ない。それこそが正しい形なのだから。

 

 

 更に鐘の音が近くなる。

 もはやこの場に居た全員が自然と身体を動かせないでいた。その姿はまるで死刑判決を受け、刑の執行を待っている囚人のようである。

 そして、ようやくそれは現れた――――、

 

 

 

「―――?」

 

 

 

 上げたのは誰の声だったか。一人かもしれないし、この空間に居た全員であったかも知れない。それほどのことを今、目の前で現れた人物は成し遂げたのである。

 

 ソレは黒い靄だった。周りに紫電が走り、帯電しているようにも見えるがその身体の大部分は深く黒い靄に包まれている。人型だとぎりぎりで判別がつくものの、それ以外は全く分からない程だった。そして彼らはこの瞬間その人物の異常さを知った。ここまで目立つ人物にも関わらず、忽然とまるで初めからそこに居たかのような自然さで部屋の中央に現れたのである。その優れた隠密性についてはスナイパーであるが故に優秀な目を持っているアルベルトでも捉えることはできなかった。

 

「なっ!?」

「……」

「―――ッ」

「ひっ」

 

 直後、異常なまでの殺気が部屋全体を包み込んだ。それを受けてグレン達は誰しもが敵わないと分かっていても戦闘態勢に入ってしまう。

 

 そう、彼こそは特務分室や帝国の間で噂になっている者。幾重もの行方不明者を出し実力は未だ底が知れない。姿すらも見た者がいない、都市伝説にも近い存在。鐘の音と共に現れ、断罪していく神なる者の代弁者。

 

 

「……此処で出てくるか、代行者」

 

 

――――今宵、既に差し出される首は決まっている――――

 

 




謎のバークス強化(ただし本人とは言っていない)


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いやー遠征学修は強敵でしたね……

一万は行ってないです。


 

 

 

 

 唐突に現れた紫電を纏った黒い靄。アルベルトから代行者と呼ばれた存在は、己に向けられる警戒の視線など感じていないように―――いや、それどころかグレンやアルベルト、リィエル、ルミアなぞ居ないとでも思っているかのように意識すら向けていなかった。黒い靄から覗く赤い光は、終始原型が確認できなくなったバークスにのみ向けられている。

 だが、彼らは感じていた。自分達に向けられていなくても代行者から放たれる圧倒的な気配を。

 特に敵意を向けられているわけでもない。にも関わらず彼らは膝を突きそうになる。唯その場に存在するだけでこれだけの威圧感を持つなど、グレン、アルベルトそしてリィエルといった手練れでなくても理解できることだった。そして、その圧倒的な気配を直に叩きつけられているバークス達が無事であるはずがない。リィエルの姿をした人形達はその表情を変えることなく武器を地面に落として屈し、圧倒的な防御性能を誇った宝石獣三体も一歩、また一歩と確実に後方に下がっていった。バークスは暴走状態が消し飛び、意識を取り戻す程である。もちろん、意識を取り戻したからと言って目の前の恐怖から逃れることができるわけではない。逆にはっきりと認識できてしまっている為、先程よりも不幸な状態と言えるだろう。……最も彼がこれまで仕出かして来た所業を考えるのであれば同情の余地などは何処にも残っていないが。

 

『ヒ、ヒィィ!な、なんだ…お前はァ!!』

『我の名などはどうでもよい。我は、我が為すべきことを行うまで』

 

 声を裏返しながら、限界まで研究し強化した結果、巨大化まで果たした自身の身体を恐怖に震わせながら口を開くバークスに対して、代行者は淡々と返す。その声は感情を感じ取ることのできない、何処までも平坦で機械のような冷たさを持っていた。その事実がこの者に情けがないことを確信させてくれた。当然、気づいたバークスは更に身体を震わせることになる。

 

「あ、あんたは……味方、なのか……」

 

 代行者に恐る恐る語り掛けたのは彼の後方に立ち、ルミア達を守っていたグレンである。彼は自分の身近に居る大陸最高峰の魔術師、セリカ・アルフォネアすらも越えうる気配を持っている彼に冷や汗を流しながらも確認しなければならないことを尋ねる。この場で選択肢を間違えば状況は最悪なことになる。存在するだけでも押しつぶされそうな気配を纏った存在がこちらを意識して殺しに来るのだ。慎重になるのも、どもりながらの発言も致し方ないことだった。

 

『我が目的は唯一つ。そこに居る存在の首のみ』

 

 短く答える代行者。要するにバークスを殺すのは自分の役目であるということだろう。グレンはそれでほっとしたように息を吐いた。しかし、逆にアルベルトは内心で舌打ちをする。

 帝国に潜んでいるであろう代行者。その力は強大なもので宮廷魔導士団特務分室でも全容は疎か一部の情報すらも握っていない。目の前に本人が現れたとなれば色々聞きたいことがあるのだが。

 

――――思っていたよりも、レベルが違うな。ここで行動を起こすのは得策ではない、か。

 

 アルベルトは力量差をはっきりと自覚していた。だからこそここで下手に動いては取り返しのつかないことになると考え、待機を選択する。それにより誰にも気づかれないように向けられていた意識が消える。その分バークスが受けるプレッシャーが増えた。

 

『う、うぐぐぐ……ワシの首、だと……?認めん、認められるか…!こんなところで、死ぬわけにはいかんのだ!―――行け!人形ども、宝石獣』

 

 己の主人の声が響き渡る。

 彼らは創造主には逆らえない。そういう風に作られた時からなっている。……残酷なことだが彼らは真っ当な生物としての生を望まれたわけではない。ある人物達が自らの欲望を満たす為だけに作った――――道具なのである。

 

『そこを退け』

 

 しかし、いくら道具として作られたからとは言え、その存在は生物として確かに在るのだ。動くための機関も生物と同じものを当然使っている。ならば、彼らにもあるはずなのだ。道具として作られたとしても生物としてこの場に生きているのであれば、己を一分でも長く生かしたいという欲求が。

 

 自分達の目の前に突如として落雷が降り注ぐ。

 ここは雲どころか空すらもない地下、もちろんその落雷は自然発生したものではない。後ろに居るグレン達も落雷に似た魔術を使用することはできない。であれば、それを行った人物は消去法で一名のみ。先程まで彼らが牙を剥こうとした代行者ただ一人。彼らは既に分かり切っていた事実を改めて知らされる。この存在に逆らうことなど許されない。対峙した時点で己の生命を諦めなければならない……正しく、全生命の終着点『死』のような存在だったのだと。

 

 もはや自身の創造主の命令を実行できる力など何処にもなかった。心ではない、生物としての本能が目の前の存在に対して敗北を認めたのだ。最早動かしたくても指一本動かせる状態ではなかった。そんな彼らを見て、赤く光る眼のような部分を覗かせる黒い靄は静かに言葉を紡いだ。 

 

『我が手に・嘗ての・信仰を』

 

 虚空に向けた手に魔術式が浮かび上がる。黒い靄は一歩一歩踏み込みながら魔術式を浮かべている手を横に動かした。すると、その魔術式から一本の剣が出現する。

 特にこれといった特徴はない。強いて言えば黒い靄の四分の三ほどの長さを誇っており、大剣に部類されるのではないかといった所だろう。これといった装飾もされていない、只の剣。しかし、この場に居る全員が生物としての本能から、その剣が濃密な死の気配を発していることを感じ取っていた。着実に近づいて来る死の足音を感じている。己の最期を覚悟し、意識を手放そうとしたその時――――

 

 

「待ってください!」

 

 

――――制止の声がかかる。

 この場で誰もが意見できないと思っていた存在に真正面からその行動の制止を訴える存在。それはこの場で戦っていたものではなく、一番後ろで守られている者……この中の誰よりも怯えながらも恐らくこの中でも並び立つ者はいないと思わせるほど強靭な精神を持つ者……ルミア・ティンジェルだった。

 

「なっ、ルミア!?」

 

 これにはグレンも驚愕を露わにした。まさか彼女が制止を試みるとは思っていなかったのだろう。だが、それと同時に納得もした。ルミア・ティンジェルという少女は、自身が経験してきた出来事を考えると信じられないくらいに優しい少女である。幼い頃から命の危険にさらされてもなお、他人のことを思い遣ることのできる人物はそう居ない。そんな彼女だからこそ、欲深い人間に作られただ利用され、そして命を奪われることが我慢ならないのだろう。勿論それは嘗て正義の味方を志したグレンもそうだ。彼女達、そして宝石獣達はただ生を受けただけなのだから。

 だが、同時にグレンは大人でもある。物事を天秤に乗せて量ることもできるし、責任だって付き纏うものだ。今回の場合は最悪、代行者との敵対という形になるかもしれない。本来であればここで止めるべきなのだろう。しかし、担任として、正義の味方を目指したものとして、何よりグレン・レーダスとして彼女の言葉を止めようとは思えなかった。

 

『なんだ、亡き王女よ』

 

 血のように赤い眼が蒼く澄み渡ったルミアの瞳を射貫く。自分に向けられる圧倒的プレッシャーに、彼女は心臓の鼓動が急激に速くなり、全身の血液が沸騰するかのように熱を帯びた感覚を覚えるが、それでも言葉を紡ぐことをやめない。

 

「その子達は、まだ何もしてません。ならわざわざ……その、殺す必要は、ないと思います!」

 

 特に人形達は彼女の友人であるリィエルと全く同じ容姿をしている。そこに当の本人も横に居るのだ。それが殺される瞬間なんて見たくもないし見せたくもないだろう。

 意見をぶつけられた代行者はその行動に対して激高するでもなく、笑うわけでもなくただ淡々と言葉を紡いだ。

 

『……その思考。実に甘いぞ、亡き王女よ』

「……えっ」

『この者達が日常を謳歌できるのか。この場で見逃し、生かすことで己の幸福を見つけることができるのか――――否である』

 

 代行者は語る。

 彼らには生き残ってもモルモットとして帝国に拘束されるか、もしくは帝国の失態を隠すために秘密裏に処理されるだけだと。元々Project:Revive Lifeは凍結されたことになっている。それが今になって成功例が現れ尚且つそれが帝国内で作られたとなれば大問題になるだろう。宝石獣も同様だ。

 つまり、彼らはどちらにせよ詰んでいるのだ。生まれた時点で袋小路に閉じ込められているも当然。リィエルという例外も存在するが、それが逆に彼女達の生存を著しく困難にしている原因でもある。同じ肉体スペックであれば、二つも要らないと考えるだろう。スペアが現れたならばどうするか?好きに使うと相場が決まっている。

 

『汝も理解しているはずだ。魔術講師』

「………」

 

 どうやらあえてルミアの発言を見逃し、内心で賛同していたことを見抜いていたらしい代行者からそのような言葉が飛び出す。グレンの返答は無言。無言の肯定だった。彼とて様々な戦いを行ってきた歴戦の魔術師。普通に生きていれば知り得ない黒いことなど既に知り尽くしていた。

 

「――――なら」

 

 黙り込んでしまったルミア。

 けれど、その隣に居たリィエルがルミアに代わるようにして口を開く。……尤もその内容はその場に居た誰もが予想もできないモノだったが。

 

「私が、やる。あの子達を、殺す」

「――――!?」

『………何故だ』

「私が私として生きるため。……イルシアのコピーじゃない。戦車で、ルミアの友達で、グレンの教え子の(リィエル)として生きる為に私の妹達(イルシアのコピー)殺す(背負う)

『…………汝の願い、請け負った』

 

 代行者は一歩剣を下ろし、その場で方向転換をしてバークスの方へと向かう。

 

「………」

「リィエル。宝石獣に関しては俺とグレンで引き受ける。お前はいつも通りに行け」

「うん。分かった。ありがとうアルベルト」

「………俺を勝手に巻き込むな。だが……それもしゃあねえよな」

 

 リィエルに言葉をかけて一足先にアルベルトとグレンが宝石獣三体に襲い掛かる。残ったルミアはリィエルに泣きながら謝った。こんなことになったのは自分の所為であると。

 

「ごめんね…!私が捕まったからこんなことに……」

「ルミア、それは違う。これは私が選んだこと。だから、ルミアは謝らなくてもいい―――――――――――じゃあ、行ってくる」

 

 責任を感じてしまっているルミアを慰め、リィエルはフィジカル・ブーストを起動して地面を蹴り穿つ。抉れるほどの力で蹴りつけた推進力は伊達ではなく、ほんの僅かな時間でリィエルは自身とそっくりの人形達、その懐に潜り込んでいた。そして、施設に侵入した時から召喚してあった大剣の柄を握りしめる。

 

「恨んでくれて構わない。けど、私はリィエル・レイフォードとして生きたいと、そう思っているから――――」

 

 最後まで言葉を紡ぐことはない。

 ただ、結果を言うのであればリィエルが自分と同じ顔の別人が赤い血だまりを作ることになっただけだった。

 

 

 

 一方でグレンとアルベルトのコンビが相手にする宝石獣三体との戦いも佳境に差し掛かっていた。と言っても、こちらもそこまで面倒な手順を踏んでいるわけではない。アルベルトが防御魔術を使い、グレンが宝石を利用して大陸最高峰の魔術師御用達の特大魔術を発動させるだけだからだ。

 

「――――――――遥かな虚無の果てに……!アルベルト!」

「―――」

 

 七節にも及ぶ詠唱を終え、アルベルトに合図を出すグレン。アルベルトは声がかかると同時に後方に跳躍した。これでグレンの射線を遮るものは何もない。彼らの目に映るのは宝石獣三体だけだ。

 

「助けてやれなくて悪いな……――――イクステンション・レイ!」

 

 グレンから放たれる膨大な魔力は超威力の衝撃へと姿を変えた。そしてそれは魔術、物理に対して高い耐性を持つ彼らの身体を突き抜け、そのまま三体同時に葬り去ることとなる―――――。

 

 

 

『………な、何故……何故こうも上手くいかないのだ!?ワシの魔術の有能性を何故、誰も理解しようとしない!?』

 

 味方が消え、一人叫び散らすバークス。しかしそのようなことをしたところで状況が変わるわけでもない。既に代行者は彼の目の前にまで迫っており、バークスが死ぬのは時間の問題だった。

 だが、ここで一つ彼に救いの光が現れる。……そう、バークスですら気づいていなかったエレノアの置き土産。彼女が扱う死霊魔術によって生み出された女性型のゾンビである。

 

「きゃぁぁ!!」

 

 ルミアの悲鳴に釣られて振り返る一同。そこには女性型のゾンビ達に拘束された姿があった。バークスの戦力が人形達と宝石獣三体だけだと思っていたが故の失態と言えるだろう。女性型のゾンビが腐臭を放つ腕をルミアの首に差し向ける。恐らく、動けば彼女の命はないとゾンビでありながら表現しているのだろう。直に彼女の元へと駆け付けようとしたグレンとリィエルはその場で歯噛みした。

 これによって誰よりも喜んだのはもちろん現在進行形で追い詰められているバークスだった。彼は先程までのような恐怖を多分に含んだ声音ではなく、実に嬉々としたトーンで高らかに語り始める。

 

『ハァッハッハ!!エレノアめ、中々いい土産を置いて行くじゃないか!これで形勢逆転だな帝国の犬ども!さぁ、その感応増幅者の命が惜しくば一歩たりとも動くなよ!』

 

 典型的小物のようなセリフだが、実際に彼は今優位に立っている。彼からすればルミアという皮はいらない。感応増幅という異能があればそれでいいのだ。だからこそ、このようなことができた。……これが普通であればグレン達は何一つ手出しできぬまま、ここでバークスに殺されてしまうかもしれない。

 しかし、忘れてはならない。此処には狙撃を本業としている魔術師に、常識がこれっぽっちも通用しない代行者が居ることを。

 

「くだらん」

『愚か―――実に、愚かである』

 

 ご高説よろしく語るバークスにアルベルト・フレイザーと代行者は呆れを多分に含んだ言葉を溢した。もちろんその対応をバークスが快く思うわけもなく、自分達の立場を分からせる為にルミアを痛めつけようとした処で……それが絶対にうまくいかないことを悟ることとなった。

 

「失せろ」

 

 まず、アルベルト。彼は自身の持っている多大な才能から軍用魔術ライトニング・ピアスを改良したその一言で放つ。彼ほどの人物が放てばC級軍用魔術とて、多大な効果を見せる。

 常人の目には決して捉えられぬ――まさに電撃の名に相応しい速度で飛来したソレは瞬く間に女性型ゾンビをルミアから引きはがした。引きはがされた女性型ゾンビは再びルミアを捕らえることなく追撃として放たれたアルベルトの魔術によって灰と化す。

 そしてもう一体のゾンビは既にその身体から首が消えていた。誰が殺したのか、それは一目瞭然だ。このような殺し方をするのはこの中で一人しかいない。しかし、その殺す瞬間は誰の目にも映っていなかった。まるで自動的に首が断ち切られたようである。 

 逆転に次ぐ逆転。

 三日天下どころか十分も続くことのなかった有利にバークスは言葉を失っていた。状況の変化が目まぐるしくてついていけないのか、はたまた一瞬にして不利な状況に叩き落された現実を受け入れることができないのかは定かではない。それは本人にしかわからないことだ。だが、どちらにしても彼が行き着く運命は既に決定している。

 

 もう一度聞こえる、あの鐘の音が。

 神々しさを感じる余裕はもうバークスにはない。彼にはもはや、その音色が死の足音にしか聞こえなかった。

 

 鐘が告げる自身の死。それを行うは、目の前の代行者。その赤き瞳からは逃れることはできず抵抗しようという気概すら湧いてくることはなかった。バークスの瞳に生への渇望を見て取ることはできない。そこにあるのはただただこの場で殺されるという諦観と目の前に存在している者への恐怖のみ。

 

『―――聞くがよい。我が鐘は汝の名を指し示した。告死の羽、首を断つか―――――『死―――』』

 

 代行者の持つ剣が横薙ぎに振るわれる。その剣は寸分の狂いもない。吸い込まれるようにバークスの首へと向かって行き、そのまま抵抗を赦すこともなく刎ね飛ばした―――。

 

 

 

 

 耳に痛いほどの静寂が空間を包み込む。

 この状況だけ見れば、先程まで戦闘していたとは思えないだろう。実際にバークスや宝石獣、そして女性型のゾンビは欠片たりとも存在していない。戦いがあったと証明するものはリィエルが自分を証明する為に切り裂いた、コピーの死体だけである。

 

 代行者は事を済ませると握っていた剣を消し、グレン達の方向へ振り返った。その風貌は相変わらず、深く詳しいシルエットすらも見せない靄に赤い眼のような部分が覗いているだけだ。

 

『魔術講師、そして亡き王女よ』

 

 唐突に話しかけられたグレンとルミアは思わず身体を震わせて、代行者の方を見た。圧倒的な存在だと認識できるからこそ、まさか向こうの方から話しかけてくるとは思わなかったのである。そのような彼らの動揺などないモノとして扱うかのように、代行者は言葉を紡いだ。

 

『―――その思想を忘れるな。甘さを捨てられぬ者にならず、甘さを捨てない者と成れ。多きを知り、現を知り、それでも尚持てる者と成れ』

「「―――――」」

 

 

 

 グレン、ルミアは共に言葉を失った。

 まさか代行者からそのようなことを言われるとは思っていなかったのだ。彼らの印象とすれば、代行者とは容赦の無き者である。何のためらいもなく振るわれる刃はそう彼らの脳裏に刻ませるには十分な力を持っていた。しかし、そのように考えていた相手からまさか慰められるとは思っていなかったのだ。

 

 結局、代行者はそれだけ言い残すとその場から文字通り消えた。まるで初めからその場に居なかったかのように。蝋燭の火が風で消えるようにあっさりと。

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

「知らない天井だ……」

 

―――なんて、言ってみたものの当然嘘です。見慣れはしないけど普通に知っている天井だった。ここは俺達が泊まっている宿泊施設の一室だ。どうやら何時の間にか俺は帰って来てしまっていたらしい。記憶がないのでどのようにして帰って来たのかは全く以って不明だ。しかし、もしかしたらグレン先生達がティンジェルさんが居ないことに気づき、ついでに助け出してくれたのかもしれない。助かったやったー。

 

 ………それも可能性としてはなくもない。だが、それ以外にもう一つある。俺が知らないうちにナニカサレタヨウダとなっている可能性だ。例えば月を見たら狼に変身するとか、太陽の光に弱くなったりとか、後は頭の中に爆弾を仕掛けられたとか。ボルガ博〇、お許しください!

 

 そうなっていたら流石に冗談じゃ済まないわ。とりあえず、自分に微弱なショック・ボルトを流して異物が混入されていないか確認をしてみる。……反応はなし。頭の中に爆弾とかも入ってない。魔術に関しては専門外だからわからないけど、一先ず人間爆弾なんて頭の悪いモノにはなってないようで一安心した。

 一安心したところで気になるのは当然ティンジェルさんの安否だ。結局俺はあの研究所に入ってトラウマものの光景を目に焼き付けて気絶していただけである。要するに完全な役立たずだ。……自覚したらなんだか悲しくなってきたな。ま、まぁとにかく今も尚囚われの身なんて考えたくないなぁ……。

 

 なんならもう一度殴り込みに行ってみようか、などと考えているとコンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。ちなみに今は日の出の刻。星と月が見えなくなり、太陽が顔を出す時だ。まぁ、それにしても部屋を訪ねるには早すぎるけどね。とりあえず、声を出して俺が起きていることを知らせる。すると部屋の外に居たのはグレン先生、フィーベルさん、ティンジェルさんにレイフォードさんだった。これはこれは珍し―――くも何ともない組み合わせだけど、全員で俺を訪ねて来るっていうのは珍しいかもしれない。と言うか、レイフォードさんは無事に仲直りできたみたいだ。よかったよかった。

 

「サン、少し話がある。……大事な話」

「わかりました。聞きます」

 

 話の内容は分からない。しかし、真剣な雰囲気を察知できないくらい鈍感なつもりはない。彼女の目は何処までも真っ直ぐであり、覚悟を感じさせるものだった。ならば聞き手である俺も覚悟を決めて聞かなければ。

 

 どうやら彼女はこの場で話すらしく、部屋の中に入って来た。グレン先生は話を聞きに来たというよりは話を聞かれない為に来たようでドアの近くに寄りかかっていた。

 

 

「ルミアにもシスティーナにも、そしてサンにも聞いて欲しい。私は――――」

 

 

 彼女の口から語られたのは、とても信じられることではなかった。彼女がイルシアという子の記憶を受け継いだ作られた存在である事。グレン先生に拾われ、同じ職場で働いていたこと。その他諸々全て。

 

 信じられないことではあった。けれどそれらが全て事実だと俺は理解できた。なんせ、白金魔導研究所という名の真っ黒施設であれだけのものを目にしたんだ。今更クローンを否定するなんて違っている。それに、彼女は彼女だ。グレン先生に生き甲斐を否定されて悩んでいたことも、フィーベルさんやティンジェルさんと仲直りしたいと相談してきたのも、他の誰でもない彼女だ。我思う、故に我あり――――一般的に使われているこの言葉通りきっとそれが真実なのだ。

 

「――大丈夫だよ。なんだろうと、私はリィエルの友達だから」

「今更、そんなこと言わないでよね」

「………うん、ありがとう」

 

 まぁ、そんなこと俺が伝えなくてもこの二人がしっかりと彼女に伝えてくれているみたいだけどね。

 

 そうだな、俺が言うこととすれば――――

 

「ところでレイフォードさん。グレン先生にはあのこと伝えました?」

「……まだ」

「今伝えてみてはどうでしょう」

「………」

 

 彼女は無言でグレン先生の元へと行った。そして、耳元で恐らくこの前相談したことを話し始める。案の定彼は顔を顰めた。まぁ、今のレイフォードさんにはフィーベルさんとティンジェルさんという友人もできている。彼女達と色々過ごした方が健全ということはグレン先生も理解しているのだろう。

 けどね、グレン先生。年月の問題を早急に解決することは不可能だ。さらに言ってしまうと彼女はまっさらな状態で助けられている。もう既にレイフォードさんの奥にはグレン先生が根付いてしまっているのだ。そこだけは早急に替えが利くようなものじゃない。

 

 それが理解できていないがためにグレン先生はやはり返答を渋っていた。するとここでレイフォードさんが最終兵器を使う。

 

「ならグレン。私はグレンなしでは生きられない体にされた。だから責任取って」

「」

『―――――――――――』

 

 

 まさかこの場で言うとは思わなかったなー(棒)

 いや、流石にそれは冗談だけどさ。こそこそ話をしていたからそのセリフも小さい声で言うのかとずっと思ってたんだ。……まさか、あの二人に聞こえる音量で言い放つとは思いもしなかった。

 

 これには流石の二人も反応せざるを得ない。彼女達は額に青筋を浮かべつつも笑顔を浮かべていた。そしてそのままグレン先生に詰め寄る。

 

「どういうことですか、グレン先生?」

「いくらリィエルが可愛いからってまさかそんなことしてませんよね?……ねぇ?グレン先生」

「ヒィィイイ!!」

 

 怖い(確信)

 二人の鬼神に追い詰められているグレン先生。事の発端である俺も少しは罪悪感が生じる光景に、学院に帰った時食事を奢ってあげようと決意しつつ、俺は窓の外に移動して水平線から顔を出し切った太陽を眺めるのであった。後ろから聞こえてくる絶叫は当然無視した。

 

 

 

 




おまけ


「認めてもらえた。サンの言った通りだった」
「よかったですね。レイフォードさん」
「………」
「レイフォードさん?」
「リィエル」
「……?」
「リィエルって呼んで」
「えーっと、それはその……生まれの問題が云々かんぬん……」
「グレンに言ったこと、今度はサンにも言う」
「生まれ?何それ知りませんね。と言うわけで改めてよろしくお願いしますね、リィエルさん」
「……さん付け、敬語」
「―――はぁ、これも因果応報か……。改めて、よろしくねリィエル」
「ん」



こんなことがあったかもしれない。
……後、こんなこと言うのも何なのですが、リィエルコピーを助けなかったからと言って石(低評価、暴言)を投げたりするのはやめてください(土下座)


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たまには穏やかな日常を

サブタイトル通りに日常回となっております。よって初代様は出てこないし、戦闘描写もありません。ついでに言えばレオスも出てきません。
そんな感じでよろしければどうぞ。


 

 

 

 

 

 

―――1

 

 波乱の遠征学修も終わり、少しずつ平穏な日々が戻り始めていた頃。俺は何故かグレン先生に呼び出されていた。……正直、恩師でもあるグレン先生にこういうことを考えるのは大変アレだが、今度はどんな厄介事を背負わされるのだろうと嫌でも思ってしまう。なんせ今までの行動全てが疑われても文句を言えないレベルの物だからだ。教材の持ち込みやハーレイ先生を口撃で撃退したり、リィエルの暴走を止めたりと挙げれば切りがない。

 ここ最近彼は俺のことを万屋とでも勘違いしているんじゃないかという使いっぷりだった。もし今回もそのようなことがあればここいらで一発ガツンと言ってやろう。

 

「おう来たな」

「グレン先生、今日は一体何の用ですか」

 

 片腕を上げて呼びかけるグレン先生。その風貌はいつも通りのグレン先生だ。つまり、シリアスグレン(俺命名)ではないということ。すなわちロクでなしの方のグレン先生だ。

 その所為で俺の警戒レベルは一気に二段階引き上げられることになる。このパターンは、近くに食堂があるということと今がお昼時ということを考えて飯を奢ってくれパターンだと予想した。

 だが、彼の口から聞こえて来た言葉は俺の経験則から成る予想を超えてくるものだった。

 

「今丁度昼時だろ?最近いい感じで収入があってな、昼飯奢ってやるよ」

「なん……だと……?」

 

 グレン先生の口から飛び出て来た奢るという言葉。それは魔術競技祭において優勝記念の打ち上げをする時以来のことだ。だが、それは優勝し彼に特別賞を貰えたからに他ならない。いくらボーナスが入ったからと言って彼が俺に対して何かを奢る確率はゼロに近い。つまり……

 

「グレン先生に擬態しているお前、いったい何者……!」

「ちっげぇよ!俺は正真正銘のグレン・レーダスだっての!なんだその反応、せっかく人が奢ってやるって言ってんのによ!」

「先生先生。常日頃の言動を思い返してください。そしてその後に俺が言った言葉をもう一度脳内再生してみてください」

 

 暫く自分の記憶を辿っているのか考え込むグレン先生。そして最終的に彼が出した結論は―――

 

「何の問題もないな」

「今度学院長室に殴り込みに行くのでよろしくお願いしますね」

「らめぇぇぇ!これ以上減ったら生活できなくなっちゃうぅううう!!」

 

 余りに必死に懇願してくるのでそれだけはやめてあげることにした。……ま、こっちも日頃の行いが行いとは言え、グレン先生の好意を疑ってかかったという負い目もあるしね。

 そんなことをして微妙に生徒たちからの注目を集めつつ、俺はグレン先生に昼食を御馳走してもらった。頼んだのは本日のおすすめである。定食屋みたいなメニューだが、この学院は食料関係には力を入れているのか無駄にそういったことがあるのだ。ちなみにおばちゃんの腕と舌は確かなのでこのおすすめメニューに外れは存在しない。

 

 手早く料理を受け取り空いている席に座る。その直後グレン先生も来たので二人合わせて食事前の挨拶を済ませてから目の前の料理を口に運び始めた。

 

「ところでサン。聞きたいことがあるんだが」

「なんですか?」

「お前がリィエルにあの言葉を仕込んだっていうのは本当か?」

「何のことだかさっぱりわかりませんね」

 

 ジト目で睨みつけてくるグレン先生に対してこちらは毅然とした態度で返す。フフフ、甘いぞ。俺達は隙を見せればすぐに食い尽くされそうな世界で生きて来たのだ。この程度で精神的動揺を狙うなど片腹痛し。

 焦りもせずに食事を続ける俺。だが、グレン先生も俺の反応に深く突っ込んでくることはなかった。何故だ。その話を切り出すということは確実に俺が犯人だと分かっていてのことだろう。でなければ彼が自分からお金を出すなんてことはあり得ない。……一体何を狙っているんだ……。

 

「ほーぉ、そんなこと言っちゃうんだ~」

「そんなことも何も、知らないことは知らないですし」

「―――実はな。リィエルとお前が遠征学修の時、二人でこっそり会っていることを白猫に伝えたんだ」

 

 自信満々という風に言葉を紡ぐグレン先生。しかし内容は俺に対して害悪となるものとは思えないものだった。正直それがどうしたというレベルである。首を傾げながらもスプーンを口に運ぶ俺だったが、その後に続いた言葉に俺は口に含んだ料理を吹き出しそうになった。

 

「その時白猫に、サンは純粋無垢なリィエルにあれこれ吹き込んでいると話した」

「――――ごほっ!?」

 

 吐き出しそうになったのを何とか堪えつつもその言葉のダメージは計り知れない。……確かに遠征学修以降、色々と聞いてきたりご飯を食べるようになったリィエルには色々吹き込んだといえば吹き込んだだろう。だが、それは常識やこの街の施設などといった事柄である。

 だが、グレン先生のことだ。フィーベルさんがR-18方面で受け取りそうな言い方で伝えたに違いない。……だが待て。それにしても彼女が直ぐに接触してくることはなかった。フィーベルさんの性格ならそれが判明した途端にゲイル・ブロウと共に殴り込みして来そうなのに――――いや、待て。もしかしてこの食事は――――!?

 

「―――気づいたようだな。サン、そう―――白猫達は既に食堂の前で待っている。お前に逃げ場はないんだよ」

「――――――!?」

 

 くっ、まさか今度は俺が社会的に抹殺されることになるなんて。しかも下手人はつい最近関係が修復され始めたばかりのフィーベルさんだと……!?

 思わず手に持っていたスプーンを落とす。カランと食器と当たる音がするがそんなことに意識を割いている余裕なんてなかった。

 

「サン。俺はこう言っちゃあなんだが、生徒でもあり友人でもあると考えている。―――友達同士思いは共有しないとなぁ?」

「………」

 

 もはや俺に逃げ場などは存在しない。

 ここから俺は最後の晩餐と言わんばかりにそのメニューを消費しきったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、フィーベルさん達を巻き込んでこんなバカなことをやっている俺達ですが普通に仲良しです。いぇーい。

 ま、この後滅茶苦茶怒られて嘘だと判明した後グレン先生共々更に怒られることになったんだけどね。

 

 

 

――――2

 

 

 

 

 遠征学修を経て劇的に何が変わったかと言えば間違いなくリィエルとの関係と答えるだろう。彼女は自身のことを打ち明けて以降俺のことを友人として慕ってくれていた。それは万年ボッチだった俺には大変ありがたいことなのだが……その所為か、困っていることも少しだけあった。

 

「サン、食べる?」

「いや大丈夫。其れよりもねリィエル。そういうことは余りしちゃいけないよ?」

「どうして?システィーナやルミアとはよくこうしてる。サンも二人と一緒で友達。だからやってもおかしくない」

「それはねリィエル。性別が違うからなんだ」

「性別が違うと友達になれないの?」

「もちろん俺とリィエルは友達同士なんだけどね……社会の面倒なところでね、世間体とか外面的な評価とかも関わってくるんだ。だから――――――こちらに突き出したイチゴタルトはそのままリィエルが食べてね」

「ダメ。嬉しいことは共有するものだってグレンも、二人も言ってた。ならサンとも共有したい」

 

 純粋な好意で言ってくれているのが分かるからとても断りづらい。いや、ぶっちゃけるなら俺だけであればこのまま彼女が差し出してくれているタルトを食すのだって問題はない。しかし、ここはなんせ食堂であり、当然他の生徒の目に触れる。……前の世界でもそうだがこの時期の少年少女達は男女の関係に敏感だ。当人達にその気がなくとも噂が噂を呼んで尾ひれがついて最終的に全くの別物と化すことだってある。ましてや俺は自分達のクラスでも避けられているボッチ。そんな人とそういう噂が立ったらリィエルが可哀想すぎる。

 

―――正直既に遅い気がするけどね。そこらかしこから飛んできている嫉妬の視線と殺気を感じながらもなんとか彼女に納得してもらおうと説得を試みる。だが、リィエルの意思は固い。是が非でも食べてもらいたいという鋼の意思を感じた。

 突破口が思い浮かばず、どうしようかと考えているまさにその時―――希望の光が向こうの方からやって来てくれた。

 

「……二人とも何してるの?」

「隣空いてる?」

 

 リィエルの友人であるフィーベルさんとティンジェルさんである。来た、友達キタ。メイン友達来た、これで勝つる!と大歓迎の内心である俺は早速二人に助けを求めた。

 

「隣は空いているので座ってもらって構いません。其れよりも()()()()の説得をお願いしてもよろしいですか?」

「―――(ピクッ」

 

 食事を乗せたトレイを机に置いて席に座る二人に助力をお願いする。ちなみに現在の状況をしっかりと伝えておくことも忘れない。頼みごとをする時はどういう理由で助けを求めているのか、その理由を明確化することが大切なのだ。

 

 話を聞いてくれた彼女達。てっきり直に賛同してくれるかとも思ったのだが、あまり反応はよろしくなかった。特にフィーベルさんの反応が全然ない。ルミアさんは苦笑しならがも別にそれくらいいいんじゃないかなと言っていた。くっ、やはり天使にはなんてことのないものに映るというのか……!

 

「フィーベルさんなら分かるのではないですか!?」

「…………」

 

 反応しない、だと……?

 

「サン君、サン君」

「なんでしょう?ティンジェルさん」

「多分システィは、サン君に名前で呼んで欲しんじゃないかな」

 

 ティンジェルさんの言葉、それを聞いた俺に電流が走る(ショック・ボルト)。成程、俺は彼女のことを名前で呼ぶときにファミリーネームで呼ぶようにした。それは前世の記憶が残っているからだ。しかしつい最近友人になったばかりのリィエルは既に名前で呼び合っている。……先に知り合っていた人物が後から知り合っていた人物と自分達よりも親し気にしていれば腹も立つだろう。……まぁ、これは彼女が俺のことを友人と思ってくれていること前提なのだが。今回はフィーベルさんの親友であるティンジェルさんの意見でもあるためきっとうぬぼれではないだろう。

 

()()()()さん、何とぞ説得を……!」

「……(プイ」

「えぇ……」

「サン君、敬語とさん付け」

 

 細かく修正を入れてくれるティンジェルさんがいい人すぎる……。しかし、彼女がそこまで求めているのであればしっかりと友人に対する態度を取らなければいけない。さぁ、最後の硝子(ヘタレフィールド)をぶち破って全て壊すんだ!しなければ。

 

「システィ。お願い!」

「………まぁ、いいわ。リィエル。サンは恥ずかしいみたいだからまた後でやってあげて」

「後で?」

「そう。此処だとサンは周りの目が気になってできないみたいだから。そうね……明日たまにはみんなでお弁当作って食べ合いましょうか。そこでならきっとサンも食べてくれるわよ」

「本当?」

「えぇ、ほんと。ねえ?サン」

「モチロンデゴザイマス」

 

 俺に拒否権は存在しない。と言うか、助けてもらったのだ粛々と従うしかないだろう。それにしてもリィエルを丸め込む速度が尋常じゃないな、フィーベルさん。

 

「サン、今内心で私の事ファミリーネームで呼んだでしょ」

「――――!?」

 

 読心術でも持っているのではないのかと思われるほど正確なタイミングで言葉が飛んでくる。この時、俺は理解した。彼女には当分敵わないだろうと。

 

「あ、私のことも呼び捨てにしてくれると嬉しいな」

「喜んで呼ばせていただきますルミア」

 

 今回だけで大分助けられたからね。しょうがないね。

 

 何はともあれ、これで俺の世間体は守られたわけだ。いやー、めでたしめでたし。

 ――――になるとでも思ったか。美少女三人に囲まれて傍から見たらじゃれ合っているようにしか見えないようなやり取りをしたことによって嫉妬と殺意はマッハである。完全に火に油を注いだ結果となった。針の筵、その言葉がお似合いな状況下で俺は何とかその日の食事を終えた。

 

 

 

―――――3

 

 

 

 

 さて、訪れてしまった約束の日。

 俺達はそれぞれ作った弁当を持ち寄って学院で人通りの少ないところにやって来ていた。メンバーはこの前食堂に居た人とグレン先生である。彼はたまたま見つけたので俺がサルベージしておいた。流石に男子一人は精神的に辛いものがあるからな。グレン先生も只で飯が食えると大喜びだったし。誰も不幸にならない優しい世界だ。

 

「サン、口を開けて」

「はいはい」

「あー……ん!!」

「刺突!?」

 

 加減と言うものを知らないのか!?

 腕を突き出すその瞬間に、勢いがおかしいことが気付いた俺はぎりぎり頭を下げることによって喉への損傷を防ぎ、無事食事を口の中に入れることに成功する。ムグムグと咀嚼してみるととてもおいしかった。

 

「んく、とってもおいしい。ありがとうリィエル」

「……ん」

 

 少し照れたように返事をするリィエル。その姿は外見と相まってとても似合っていた。隣ではフィーb……システィが彼女の頭を撫でていた。どうやら、今の料理はシスティが朝教えながら作ってくれたらしい。それはすごい。その後リィエルはグレン先生にもあーんをしていた。結果、グレン先生の口の中に刺突が炸裂することになる。

 ……そろそろ止めないとまずいな。グレン先生は頑丈だし、何処かでゴキブリ並みの生命力があるから大丈夫だと聞いたことはあったけど、これからリィエルも人間関係を広げていくだろうしそういった意味なら今から矯正しておくのも悪くない。

 

「リィエル。他人に食べさせたいのなら、ゆっくりと相手が食べやすいようにするといいよ」

「そうね。ちょっと私がやってあげるわ」

 

 俺の言葉に続いてシスティが見本を見せようとする。実にいい手だ。相手に実物を見せるというのは実際有効。古事記にもそう書いてある。彼女は自分が作って来た弁当箱からおかずを一品取り出すとそのまま前に差し出した―――俺に向かって。

 

「えっ」

「ん!」

 

 食えと。それを俺に食えと申すか。

 見渡してみればニコニコ笑顔のルミア。ニヤニヤ笑顔のグレン先生、真剣な表情で様子を窺うリィエルの三人。これは逃げられない。特にリィエル。彼女はその見本でしっかりとしたあーんをマスターしようという覚悟の瞳をしていた。

 ……まぁいい。今更食べさせ合いで恥ずかしがるような精神構造はしていない(名前呼びすらできない模様)大人しく口を開けて彼女がおかずを入れてくれるのを待つ。そして中に入ったことを確認すると咀嚼してから飲み込んだ。うん、かなりおいしい。

 

「おいしい……すごくおいしかった」

「そ、そう?」

 

 料理の腕を褒められたからか頬を染めるシスティ。実際に本当においしい。実はシスティさんかなりの優良物件なのでは?………本当にもったいない。説教女神の肩書が無ければすぐにでも彼氏ができそうなのに。

 

 まぁ、それは置いておいて、見本から極意を学び取ったのかリィエルはしっかりとあーんができるようになっていた。システィはリィエルの頭を撫でて褒めていた。母さんみたいと思ったのは俺だけのナイショである。

 

「もぐ……はむ……ぅん」

 

 次々と食事を食べていくリィエル。グレン先生曰く昔は食事を只の補給としか思っていなかったそうだが、今の表情を見る限りその考えは綺麗さっぱり消えてそうだな。頬をリスのように膨らませながらもその瞳には満足の文字が浮かび上がっているように見える。

 

「って、あまり急いで食べ過ぎると飲み込めなくなるよ」

「あぁもう、口元も汚しちゃって……リィエル、ちょっとこっち向いて」

「ん?うむぅ……」

 

 もしかしてリィエルも皆で食事ということでテンションが上がっているのではないかと思いつつ自分のおかずに手を伸ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、ルミア」

「なんですか、グレン先生」

「あいつら夫婦か何か?」

「……フフ、その内本当の夫婦になりそうですね。ところで、グレン先生。このおかず私が作ったんですけど食べてくれませんか?」

「是非くれ!」

 

 

 ――――誰が夫婦だ誰が。と言うか、そっちも人の事言えないでしょうが。

 

 

 なんてことを考えつつも、俺達は楽しい時間を過ごした。

 いや、普通はこういうのが学生生活ってもんだよね。テロリストに襲撃されたり、先生と生徒が女王とトラブル起こしたり、遠征学修で真っ黒実験施設に行くことは異常だよね、うん。

 

 




次回からしっかりと時系列進めますのでお許しください。
レオス達が出てきたら後はもう完結まで僅かです。もしよろしければそれまでお付き合いください。


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幼いころに将来を誓い合った人が闇落ちして私の地位だけを狙ってくるなんて……

どうしてヒロインの異性の幼馴染はこうも揃って闇落ちするんでしょうか……。


 

 

 

 

 

 

 

「よく来てくれたねぇ!ささ、遠慮なく食べてくれ!」

「まだまだ用意してあるわよ~」

「ローストビーフはお好きかな?他に欲しいものがあれば何でも言ってほしい」

 

 ある屋敷の中で気のいい男性の声と穏やかな女性の声が響き渡る。彼らが座っているのは食事をするテーブルであり、そこに座っているのは五人の男女だった。まぁ、ありていに言ってしまえばフィーベル家の食事風景である。

 今日からリィエルがルミアの護衛として彼女が住んでいるフィーベル家に居候するらしく、システィーナの両親は新たに増えたリィエルに対して嫌な顔をすることなくこうして歓迎しているのだ。だがしかし、あまりにも高いテンションと来たこともない場所に居る為かリィエルは困惑気味だった。

 ここで彼女の困惑を感じ取ったシスティーナが両親を止めに入った。彼女には両親のテンションはきついだろうからやめてやって欲しいと。

 捉え方によってはとても酷い言葉だが、それでも彼らはめげることはない。むしろ料理が口に合わないわけではないと知って大喜びした。結果的にテンションは下がらなかった。これにはシスティーナもルミアも苦笑いである。

 

「そういえばリィエルさん。ここ最近システィーナとルミアはグレン先生という方の話ばかりするけど貴女も好きなの?」

「……グレンが居ないと始まらない。……でもシスティ、ルミア。サンの話はしてないの?」

 

 恐らくリィエルの純粋な疑問だったのだろう。彼女にとってグレンはかけがえのない存在だ。そして、彼女もまた彼がこの二人に何をしてきたのか知っている。だから、彼女たちがグレンの話をすることは理解できた。だが、ここで同じくらいに仲良くしているサンのことは話さなかったのかと思ってしまったのだ。……この前一緒に昼食を取った仲だからだろう。恐らくそういった関りの人の話をしていると思っているのだ。

 これによって冷や汗をかいたのは当然システィーナとルミアだ。彼女達は自分達の両親がどれだけ愛情を注いてくれているかを知っている。…それと同じくらいどれだけ溺愛しているかもまた知っているのだ。

 グレンは別にいい。魔術講師と生徒と言う普通であれば危ない組み合わせは二人にとって決して他人事ではなかったからだ。だが、サンは同級生だ。これを耳に入れてしまってははっきり言って親ばかと表現してもいい両親―――主に父親のレナードだが―――が暴走する可能性があったのだ。

 

「―――――リィエルさん。その、サンと言う子は女の子かな?」

「違う、男」

「――――システィーナ、ちょっと」

 

 案の定である。レナードの表情がリィエルに料理を勧めた時のままなのが彼の心情を的確に表していた。

 苦笑し、溜息を吐いたシスティーナは観念した様子で彼のことを話した。内心、レナードがどういった反応を示すのかわからなかった為にただひたすらサンに侘び続けた。そして面倒事になったら真っ先に謝ろうと思っていた。

 

 しかし、意外なことにシスティーナが謝罪するということにはならなかった。全ての話を聞き終えた後、彼はサンのフルネームをもう一度聞きいくつか質問をするとそのまま少しの間だけ黙り込み、笑いだした。この反応にはシスティーナはもちろんルミアまで首を傾げていた。

 

「―――ハッハッハ!なんだ、ローディスの子息だったのか!なら、よし!むしろあいつに対する丁度いい首輪になるかも知れないな!」

 

 どうやら知り合いだったらしい。

 ローディスとは何を隠そうサンの父親の名前である。意外なところから出て来た名前に両名は眼を見開いた。すると、事情を把握できていない娘の心境に気づいたのだろう。母親であるフィリアナが口を開いた。

 

「実はねぇ、ローディスさんはこの人の部下なのよ。とっても優秀な方なのだけど、ちょっと自由過ぎるのが玉に瑕でねぇ」

「この前の競技祭なんて私達を脅してまで休みを捥ぎ取っていったからね!システィーナも競技祭に出場していたというのに……『無駄に地位を持っているとそうなるんですよ』なんてことも言ってたな。アッハッハ……思い出したら腹立ってきたな」

 

 何やら自爆で気分を害したレナードを軽く無視しながらシスティーナは考える。サンはこのことを知っていたのだろうかと。だが、すぐに知らないのだろうと結論を下した。何時だったか彼は自分の父親が何処で働いているか知らないと言っていた。それはそれでどうかと思うのだが……あのゆるっゆるな家族ならそれもあり得るのだろうと考えた。それと同時に少しほっとする。ほんの僅かだが、彼があの時助けてくれたのはシスティーナがレナードの娘だからと言う可能性がなくなったからだ。

 

「なら今度サン君を呼んでみなさいな」

「そうだな。私もあのローディスの息子には興味がある。システィーナ、私達はまた帝都に赴くが、その期間が終われば是非招待してくれ」

「お父様!お母様!!」

「あ、あはは……」

 

 システィーナの内心をなんとなく理解しているルミアはテーブルをバンと叩いて立ち上がり、顔を真っ赤にする彼女を見てこの時間ずっと浮かべていた苦笑を更に深めるのだった。ちなみに殆ど会話に混ざることのなかったリィエルはシスティーナの両親が言う通り遠慮なく目の前の食事にありついていた。

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

 

 時刻は昼休み。久しぶりにボッチ飯を済ませた俺は、この前システィ達と一緒にご飯を食べたところでなんとなく思いついた魔術の実験をしていた。ここ最近何故かインスピレーションがインスピスピしているので色々と思いつくのである。

 早速適当にそれっぽい詠唱をして術式を構築、マナを流し込んでみる。すると俺が放ったショック・ボルト(もはや原型なし)は真上に飛んでいき、少し上がったところで弾けた。……うん、花火だね。電撃だから派手さは欠片もないし、夜でもないから綺麗じゃないけど。

 

「……思いついたはいいけど何処で使おうか」

 

 ―――まぁ、こういうこともあるさ(震え声)

 適当に狼煙とか、自身の居場所を伝えるときの信号にでも使おうかと考えるとそろそろ時間も近づいてきたのでその場を後にする。

 

 そうして教室に戻る途中で何故か生徒たちが外の方へと足を運んでいる光景が目に入った。もう少しで講義が始まるというのに不思議なこともあるな、と思いつつ気にせず教室に向かおうとした―――その時、

 

「……オ、オールドマンか。ちょうどいい、ちょっとこっち来い!」

 

 何故か外の方へと向かおうとしているウィンガー君に捕まった。おかしい、彼と俺はそこまで仲が良くなかったはずだ。表立って俺のことを罵りはしなかったが関わろうともしなかったはず。

 しかし、そんな彼がこうして俺の手を引くにはそれなりの理由があるのだろうと考えた為に大人しくついて行くことにした。

 

 外に近づくにつれて俺への視線が増えていく。確かに俺は何故か避けられてはいるが、このように露骨に注目をされることはなかったはずだ。首を傾げつつ大人しくついて行くこと数分。俺はその光景を目にした。

 

「誰が人生の墓に突き落とす者よ、この馬鹿ー!」

「うぉぉぉぉぉおおあああああ!!」

 

 システィがゲイル・ブロウでグレン先生を空中へと送り込む姿を。……なんだ、つまりいつも通りじゃないか。ぶっちゃけ今更俺の手を取ってみせたい光景には見えないな。

 

「……ウィンガー君。これを見せたかったの?」

「いや、違くって。あそこの男が見えるか?」

 

 そう言って彼が指さすのはシスティの近くに居る金髪のイケメン。片眼鏡……いわゆるモノクルを付けていることと、上品な恰好から貴族階級の誰かだろう。そこまでわかったけれどもやはりウィンガー君が俺を此処に呼び寄せた意味が分からない。

 

「見えますけど……あのイケメンがどうかしたんですか?」

「あれ、システィの婚約者なんだって」

「へぇ……」

 

 だから何なんだよ。

 彼は俺にどんなリアクションを期待してその話をしたのだろう。ぶっちゃけると、ふーんとしか言いようがない。それにシスティはこの学院の運営にも関わっている貴族の娘なのだ。許嫁という婚約者が居てもおかしくはない。俺の反応が信じられないのか、ウィンガー君が思わずと言う風に声を上げた。

 

「お前それでいいのかよ!?それでもシスティの夫か!?」

「は?」

 

 何を言ってるんだこの馬鹿。余りにも唐突に放たれた言葉に思わず固まる。尚且つその声が大きかった所為で野次馬根性丸出しでシスティ達の様子を見ていた生徒たちと、話の中心であるシスティ達がこちらに注目しだしていた。特にシスティはこちらを見るととても慌てたように手を振っている。……なんとなく手を振り返してみた。そういう意味ではないと怒られた。ですよね。

 

 それはともかく、このような注目に晒されてしまったのはマズイ。彼の夫婦発言は後程問い詰めるとして今はこの場を去る方が賢明だろう。

 しかしここに来た段階で俺に逃げ場などは用意されていなかった。ウィンガー君は俺の両肩を掴むとそのまま自分の方に向かせる。恵まれた体格故に俺はその力に逆らえずに彼の方を向かされてしまった。

 

「待て。確かに、婚約者が現れたら諦めたくなる気持ちも分かる……けどな。其れでも男なら奪い取るくらいの気概を見せろ……!」

 

 ――いや、待って彼は本当に何を言っているんだ。

 耳を傾けれ見れば、野次馬と化した生徒の中にも「二人はお似合いだよ」とか「略奪愛とか萌えますわー」とか聞えてくる。何でいつの間にか俺とシスティが夫婦になっているんですかねぇ……。

 

 と最初から最後まで混乱の極みに居た俺だが、これだけ騒いでいれば当然、話題の中心に居る人物達にも聞かれてしまう。そのおかげでシスティと話題の金髪モノクルイケメン、更にここ最近はずっと一緒に居るらしいリィエルに申し訳なさそうにこちらを見るルミア、最後に面白くなってきたといわんばかりのグレン先生までやってきた。これにより一気に話の中心人物である。やったねサンちゃん、話題に成れるよ!おいやめろ。

 

「貴方が先程話題に出ていたサン君……ですか?」

「どんな話題かは存じませんが、サン・オールドマンという人物を指しているなら、それは自分の事です」

「………そうですか。では自己紹介を。私は特別講師として呼ばれ、システィーナの婚約者でもあるレオス・クライトスと申します。以後お見知りおきを」

「ご存知かもしれませんが、サン・オールドマンです。何故ここでシスティとの関係を強調したのかは甚だ疑問ですが、よろしくお願いします」

 

 差し出された()()を握って自己紹介を済ませる。向こうはこっちのことをよく思ってないみたいだけどね。なんというか、顔は笑っているが目が笑ってない。ついでにこちらに対する敵意も隠せていない。……一体さっきまで何を話していたのかは知らないけど恨みを買うようなことはしてないはずなんだよなぁ。

 

 しっかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。流石に此処まで来れば俺でもわかる。絶対にいいことは起きない。実際にあの時行った白金魔導研究所は欲望渦巻く実験施設だったわけだし、この感覚は何故か正しいと()()()()()。出所は、クライトスという人物かもしくは―――

 

 そこで俺は視線を目の前のクライトスから彼が乗って来たと思われる馬車の御者に向けた。ハットの角度で顔を確認することはできないが、彼からも白金魔導研究所と同じ気持ち悪さを感じた。つまりは厄介事の到来である。

 握手を終えて再びシスティの所に向かったクライトスを見ながら俺はニヤニヤしているグレン先生のもとに向かった。

 

「よう、サン。白猫に男ができて焦ってるか?」

「何寝ぼけたこと言ってんですか首かっ切りますよ。そうじゃなくて、先生は何か嫌な予感とか、しませんか?」

「別にしねえな。むしろ、あんな男は今どき居ないぜ?白猫のことを懇切丁寧に説明したら将来の妻を馬鹿にするなって怒られちまったしな」

「………」

 

 グレン先生が気付いていないなら気のせいか……?

 うーん、ぶっちゃけ今の段階では何とも言えないな。恐らくここで彼に悪い予感がしますとか言っても醜い男の嫉妬とか思われてからかわれるだけだろう。かと言って、こっちから何かできるわけでもない。暫くは様子見と言うところだろう。できれば気の所為や昔の病気(中二病)で片付けたいんだけど、そんな感じで茶化せるレベルじゃなかったし。とりあえず俺だけは気を付けておこう。

 

 

 

 

 レオス・クライトスの講義は実に分かりやすかった。面白さこそグレン先生に負けているが、むしろ授業の形態としてはこちらの方がスタンダードだ。しっかりとした内容を把握させつつ、尚且つ頭に残りやすいように簡潔に済まされている。内容は彼の専門なのか軍用魔術のことについてだったけどね。その辺グレン先生はあまりいいとは考えてないみたいだけど。

 まぁ、彼の過去と新任してきたばかりの時のことを思えば当然か。人を殺す魔術を嫌っているあの人はこういった講義は好きじゃないだろう。そのように考えて背後を目線だけで振り返ってみるとルミアが見事なフォローを決めていた。素晴らしい。流石大天使と言われるだけのことはある。

 

 その後、生徒達の質問攻めを翻したクライトス先生はシスティと話がしたいと言って出て行ってしまった。……此処で魔術講師と生徒があのように堂々と婚約者アピールをしていいのだろうかと考える俺は前世での常識が抜けきっていないんだろうか……?学校の風紀的にどうなんだろう。

 

 まぁ、ともかく。今はとりあえずいいだろう。嫌な気配を感じたと言っても学院内で堂々と行動を起こすわけもないだろうし。最後の講義まではまだ時間がある。あの打ち上げ花火擬きでも改良しに行こうかなと。

 

「ねぇ、サン君」

「……はい?」

 

 何やらルミアに話しかけられたので反応をする。すると、自分と一緒にクライトス先生とシスティの後をつけてくれと言われた。まさか彼女からそんなことを言われるとは思わなかった。どうやら彼女には彼女なりの考えがあるようだ。

 グレン先生とは違いふざけてこんなことは言わないだろうから俺はとりあえず頷いておくことにした。

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

「と言うわけでストーキングなう」

「あはは、もう少しオブラートに包んでくれると助かる、かな?」

「俺はレオスと白猫の恋路を見に来たんじゃない。サンの様子を見に来たんだ…!!こいつの顔が、歪む瞬間を…!」

「グレン。誰に向かって言っているの?」

 

 ルミア、グレン先生、リィエル、俺とストーカーパーティーがやって来たのは園庭。思い出話をしている二人の近くに在る草むらから彼らの様子を確認している最中である。

 しかし様子がおかしい。クライトス先生は結構楽しそうなのにシスティは明るい表情を見せることはなかった。……これ、もしかして乗り気じゃないんじゃないか?取り敢えず、ルミアが何か聞いていないかと尋ねてみる。けれど本人も直接聞いたわけではないので断言はできないらしい。

 

「女ってのはな、過去に縛られない生き物なんだよ。男と違ってな」

「なんでちょっと悟った感じで言うんですか」

 

 真理だけどさ。確か前世の方で振られたら引きずりやすいのは男の方だって言ってた気がするし。女は現実を男はロマンを求める生き物らしいし。そのようなことを考えていると、どうやら向こうの方で状況が動いたようだ。何時の間にか隣同士で歩いているのではなく、真正面から向き合っていた。

 

「システィーナ。私と結婚してください」

 

 直球ドストレートの求婚にシスティ―――ではなく何故かグレン先生が大興奮である。隠れていることも忘れて盛り上がってまいりましたー!とか言ってた。この人他人の恋路大好きじゃねえか。

 

 しかし、システィの返答は否だった。予想外だったのか先程テンションが上がっていたグレン先生は疑問符を頭に思い浮かべていた。一方ルミアの方はこの結果が分かり切っていたのか特に驚いた様子は見せなかった。

 

「お爺様と約束したの。メルガリウスの天空城を解くって。その為にはもっと多くの知識が、魔術が必要になる。だから―――」

 

 あぁ、成程。そういえば昔からシスティはそれを夢に見てたんだっけ。親友であるルミアもこのことを知っているから驚きもしなかったわけか。納得した。

 

「あはは、相変わらずですねシスティーナ。昔と全く変わらない。貴方はまだそんな夢みたいなことを考えていたのですか」

「―――――えっ」

 

 笑いながらそう言うクライトス先生。けれど、その言葉に思わずシスティは口を塞ぎ、驚きに目を見開いた。いや、驚きではない。彼女は今確実に傷ついた。……一応、これでも昔に面識が合った身の上。色々と相談を受けて来た身である。その時彼女はぼそりと夢のことについて語ってくれた。実に楽しそうに、まさにこれが生きがいとでも言うかのように。まぁ、そのことを知ってもなおヘタレな俺はグレン先生が来た時に慰めに行けなかったのだが。とにかく言いたいことは、今クライトス先生が口にした事はシスティの中で一番大事にしている事である。

 

「――――魔導考古学、古代遺跡の探索やアーティファクトの発掘。究極的には古代文明の謎を解き明かし古代魔術を再現する……しかしそれを成し遂げたものは未だに居ない。つまり不可能で無意味なことなんです。私は貴方に()()()()()で一生を使ってほしくはないのですよ」

「そんな、こと……」

「貴方のお爺様もあんなものにさえ傾倒しなければ、魔術史にもっと多大な功績を残せたでしょうに」

「―――――――っ……!」

 

 地雷原の上でタップダンスをするように言葉を続けていくクライトス先s―――レオス・クライトス。どうやら彼の目には目の前で辛そうな表情をしているシスティのことは見えていないらしい。

 

「システィーナ。どうか私と、私が専門とする軍用魔術研究の支えとなってくれませんか?」

「………っ、ごめんなさい。レオス、貴方には貴方の夢があるように私にも私の夢があるの」

「私は、ただ貴女に人生を無駄にしてほしくないだけです」

 

 どうしてそこで微笑むかなぁ……。システィ、思いっきり瞳に涙浮かべてますけど。周りを見てみれば悲痛な表情のルミアに先程のテンションは何処に行ったのかイライラを募らせるグレン先生、そして一切興味のなさそうだったが現在進行形で敵意むき出しのリィエル。……婚約者なんて間柄じゃなくてもシスティのことを察せるのに、レオス・クライトスと来たら全く……。

 

 いやね。こんなの柄じゃないことは分かってますとも。俺はショック・ボルト以外は雑魚だからね。ここで殴り込みに行っても返り討ちにあうだけだろうし。けど、某三分しか戦えないヒーローも言ってたじゃん。男なら誰かの為に強くなれって。

 

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

 

「――――………」

 

 優し気な表情で手を差し伸べるレオスだったが、システィーナの表情は当然すぐれないものだった。当たり前である。先程レオスが言ったことは今までのシスティーナの人生を丸ごと否定することと同義である。いくら久しぶりの再会だからといってここまで言われてはシスティーナも限界だった。

 堪えていた涙腺が決壊し、涙が流れそうになる――――その時、彼女の顔と彼女に差し出された手との間に一筋の光が走った。それは魔術師であれば見慣れた紫電の光。レオスは手を素早く引っこめると、誰だ!?と声を上げる。そしてその声に反応して出てきたのはシスティーナの予想していない人物だった。

 

「あ、申し訳ありません。クライトス先生。少し、電気が滑ってしまいまして」

「………貴方は、サン・オールドマン」

「もしかしてお邪魔しちゃいましたか?いや、それは重ねて申し訳ありません。……しかし、システィは大丈夫?顔を俯かせて随分と具合が悪そうですが……あ、もしかしてショック・ボルトに当たったとか!?」

 

 システィーナの様子を見て心配そうに声を上げるサンだが、当然それが原因でないことにはこの場にいる誰もが気付いている。なんせ彼が放ったショック・ボルトは直撃していないのだから。なら何故、サンはそういったのか。答えはレオスに今の状態のシスティーナを見せることに在った。

 

 ショック・ボルトに当たっていないのに、彼女が具合が悪そう―――と言うより泣きそうな顔をしているのは即ち、先程まで彼が話していたこと。もしくは彼が居たこと自体が原因であると本人に分からせる為である。

 その意図に気づいたのか、彼は先程講義で見せていた甘い仮面から少しだけ素を出したかのようにサンを睨みつけた。しかし言葉は平静を装った。

 

「か、彼女なら大丈夫です。ショック・ボルトは私達の丁度間を通って行きましたから」

「本当ですか……よかったです。……あれ、でもそれならばどうしてシスティは顔を俯かせて身体を震わせているのでしょうか?この状態になっていたのは何時からですか?」

「………それは……」

「ご存じでない?クライトス先生、余計なことを言うようですがそれは婚約者を自称する身としてどうなんですか」

「――――っ!」

 

 思わずという風にレオスは歯噛みをして、もはや隠すことなくサンを睨みつけた。対するサンはその視線に真正面から迎え撃つ。

 

「それにしても、随分とタイミングが良かったですね。まさか覗いていたんですか?いけませんよ覗きは。それに魔術を使う時はしっかりと周りを見ないと」

「はい、すみませんでした。今度からは細心の注意を払います――――尤もその言葉、鏡に向かって言った方がいいんじゃないんですか?この言葉の意味、分かりますよね?」

「ぐっ、子どもである貴方には関係のないことですよ。口出しをしないでいただきたい」

「友達が辛そうな顔をしているのです。これで口出しをせずに何時出せとおっしゃるのですか?」

 

 サンが前世で培った屁理屈でレオスの逃げ場を無くしていく。だが、それでもレオスは引こうとはしなかった。

 どれだけ口を重ねても降参しないレオスのしぶとさに少しだけ焦りの色が見えるサン。この話し合いがいつまでも続くかと思われた。だが、ここに居るもう一人の当人が話に終止符を打つべく、口を開いた。

 

「レオス。実は、貴方のプロポーズを断ったのには理由があるの。メルガリウスの天空城とはまた別の」

「……?それは何ですか?」

「それは、そこに居るサンと私が――――将来を誓い合った恋人同士なの!だから、レオスとは結婚できない!」

 

「えっ?」

「えっ(初耳)」

『えっ(よりにもよってその手段?)』

 

 

 

 その時、顔を真っ赤にして言い放ったシスティーナの一言は内心はともかくその場に居た者達全員に同じ言葉を発させることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジャティスさんに合掌。


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本人の意思が第一だと思うんだけど、そこのところどうよ

決戦前、と言うかそんな感じの空気です。


 

 

 

 

 

 ま、まさかそのような手段に出てくるとは思いもしなかった。顔を真っ赤にしながらも俺と自分が付き合っている(ということにしている)ことを理由にレオス・クライトスの求婚を断るシスティ。草むらのルミア達の驚きも伝わってくるレベルの内容だ。彼女、時々すごく大胆になるというか……アホの子になるというか……。

 

 こちらも急に言われたので呆然としていると、システィが困ったようにこちらを見つめてきていた。その視線には話を合わせてくれという悲痛な意思をひしひしと感じる。……此処まで言われて「いや、付き合ってないです」なんて言ったら彼女の人生もついでに俺の人生も終わりそうだ……。これでも遠征学修の時には察せる男がモテると提唱した俺である。ここで彼女の救援をスルーなどできるわけもなかった。

 

「……と、システィの言った通りです。俺と彼女は男女の仲にあります。貴方の入る隙間は何処にもないんですよ」

 

 この言葉にショックを受けたのだろうか、レオス・クライトスは整った顔を歪ませ口をあんぐりと開けていた。顎外れそう。

 

「う、嘘だ!私のシスティーナが貴方のような礼儀知らずな子どもと……!」

「ところがどっこいこれが現実です。………大人しく、講師としての仕事に戻られた方がよいのでは?」

 

 とは言ったものの。彼の言った嘘と言う言葉も又真実である。今は本人が動揺しているからいいけど、ここから一歩突っ込まれたらかなり厳しいと言わざるを得ない。なんせ恋人同士ではないからそれっぽいことは何もしてないし。強いて言えばあーんくらい?

 

「分かっていないのですか?私はシスティーナのことを思うからこそ、早く夢から覚めて現実をみてほしいと言っている事を」

「学生が夢を見て何が悪いんですか?別に彼女には彼女の想うがままの人生を歩ませてもいいじゃないですか」

「青すぎるぞサン・オールドマン……!やはり貴様はシスティーナに相応しくない」

 

 愛しのシスティからの宣言がかなり効いたのかもはや取り繕うことなく敵意と言葉をぶつけて来たレオス・クライトス。せめて取り繕うならシスティの前だけでもいいから我慢しようよ。

 

「直接フラれた貴方よりもマシです」

 

 そもそもシスティ本人が断ったのだから大人しく引き下がればいいのに。やっぱアレかな。レオス・クライトスの方が家柄的にこの機会を狙っているとかそういうのだろうか。システィの家は結構上流階級だし、繋がりを持っておきたいという理由もなんとなくあり得るかなとは思うけど。

 

「………ふっ、まあ所詮は学生のお遊び。既に両家公認の私達の邪魔はできないでしょう」

 

 おう急に冷静になるのやめろや。

 

「サンだって、お父様から家に御呼ばれするほどの仲よ」

「えっ」

「えっ」

 

 何それ知らない。

 ここでその話は有効的だと思うけど、あまり俺の知らない情報を出されるとこっちも対応が難しいです事よ?

 

 何はともあれ、システィの発言はプラスに働いたようだ。レオス・・クライトスはもはや、なりふり構っていられないという風に手に付けていた手袋を外してこちらに投げつけて来た。えーっと確かこの意味は決闘を申し込むという意味だったっけ。

 

「決闘です。どちらがシスティーナに相応しいか、はっきりしましょう」

「嫌だから。はっきりしたんですって。流石に振られた相手に必要以上、付きまとうのはどうかと思いますよ?」

「………覚悟しろよ、サン・オールドマン!この私を敵に回したことを後悔させてやる……!」

 

 レオス・クライトスは自分が投げた白手袋を自分で回収した後にそのまま立ち去って行った。その背中をずっと見つめ、姿が消えると俺はそっと息を吐いた。はぁー……よかった。ここで戦いをおっぱじめるようなことにならなくて。実際に戦ったら俺が確実にやられてただろうからな。

 

「―――サン、お前やるじゃねえか!」

「グレン先生!?」

 

 状況が落ち着いたことが分かったのだろう。草むらからグレン先生とルミア、リィエルが出て来た。それにしてもやるじゃねえかとは随分な言い様である。俺が思うに、彼はあれで納得することはない。最後に残した言葉通り何かしらの手段をとってくるだろう。……なんていうんだろうな。あの執着は恋だの愛だのではない気がするんだよね。

 

「なんて面してんだよ?」

「絶対にこれじゃ終わらないと思っているからこんな表情しているんですよ。……グレン先生は最後のクライトス先生を見てあのまま素直に引き下がると思いますか?」

「……………ないな」

「でしょ?」

 

 多分あの人の中にはシスティを手に入れるということだけでなく、新たに俺に痛い目を見せるという目標も追加されていそうだしね。これで目出度いことに俺も関係者の仲間入りとなったわけだ。自業自得だけど。

 

「ごめんね、サン。こんなことに巻き込んじゃって……」

 

 額を指で押さえているとルミアとの話が終わったのか、システィが謝罪の言葉を口にした。まぁ、彼女が謝ることはない。結局間に介入したのは俺の意思であり、あそこまで煽ったのも俺なのだ。

 

「結局自分から介入しに行ったわけだし、システィは悪くないよ。……強いて言うならしつこい彼が悪い」

「ま、そうだな」

「もしかしたらグレン先生。そっちの方に面倒事が行く可能性もあります。その時は申し訳ないんですけどお願いしていいですか?」

「ふっ、このグレン大先生に任せろ。昼食一回奢りな」

「了解です」

 

 先程の宣戦布告、もし受けていれば十中八九魔術を使った一騎打ちとなっていただろう。まあ、そういう提案をされても言いくるめられるくらいのボキャブラリーは残ってたけど。多分そういう提案をしてきたと思う。何はともあれ、今しばらく警戒が必要だろう。

 

「そういえば、システィの両親に相談するのはダメなの?」

「……お父様とお母様は今日から仕事の関係で帝都に行っちゃって」

「タイミングが悪いなぁ」

 

 むしろこのタイミングだからこそ彼が来たのかな?何となくシスティを覗き見してみれば、笑顔を浮かべて会話をしている。……何はともあれ、表情が戻って何よりだと思うわ。

 

 

 

 そしてその日の内に、レオス・クライトス率いる4組と魔導兵団戦における模擬講義―――と言う名目で宣戦布告を申し出て来たのだった。

 

 

 

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

 

 

「やっぱり予想通り別の手で来やがったか」

「まさか講義内容を弄ってくるとは思いませんでしたけどね」

 

 正式に魔導兵団戦のことが発表された次の日。珍しいことに朝早くから学院に来ていたグレン先生と俺は今回のことについて話し合っていた。

 

 一先ずルールはその名の通りクラス単位による魔導兵団戦。勝敗は敵の本拠地を制圧するかもしくは指揮官である担任講師を倒すこと。そして時間は3時間。予め戦場は決められているので後で地形の確認に行くのもありだろう。

 

「レオスは学会でもかなり有名だったらしくてな。学院長もあいつの提案を無下にできなかったらしい。他の魔術講師も是非行ってくださいって言ってやがってなぁ……俺に向けられる侮蔑の視線が鬱陶しいのなんの」

「他の魔術講師たちは有名な人の戦略魔術が拝見できるうえに気に入らないグレン先生が敗北するところが見れる。レオス・クライトスは俺のことをボコボコにできる、とそう言うところでしょう」

「白猫も手に入るしな」

「入るわけないでしょ。そんなこと約束すらしてませんし、第一システィはものじゃないですし。景品にされるとしても本人の了承が得られて初めてそうなると思いますよ?」

 

 当人の意思も関係なしに周りだけ盛り上がっても迷惑極まりない。本来ならこんなことをするまでもなく断られた時点で終わりのはずなんだけどさ。いやはや、意地でも我を通すその姿勢には感心するけどできれば研究面だけでそれをみせて欲しかった。

 

「クラスの皆にはどうやって説明しましょうか……」

 

 正直、今回は俺達がクラスの皆を巻き込んでしまった。ここでやる気がない、出たくないと言われてもこちらは何も言えないのだ。まして、相手は専行講師と既に能力でこちらに勝っている4組……やるだけ無駄と考えられても仕方がない。

 

「その辺は俺に任せろ」

 

 だがグレン先生は俺の不安を打ち消すようにニヤリと笑ってみせた。それを見て、俺も少しだけ肩の力を抜く。ここで負けても約束していない為、何より本人が認めていない為にシスティのことを手に入れるなんてことはできない……と思う。けれども、何かしらこちらに不利となる要因にもなり得るかもしれないし。できるだけ不安の芽は詰んでおきたい。とりあえず、口から生まれたであろうグレン先生の屁理屈に期待を寄せることにした。

 

 

 

 

 

 

 

―――結果がこれだよ。

 

「つまりだ。この講義の始まりはこういうことだったんだ」

 

 教壇には魔導兵団戦を行う経緯を話しているグレン先生がいる。その話を聞いているのは当然俺達2組の生徒なんだけど……全員が何やら憤怒の表情を浮かべていた。最初はシスティの夢を馬鹿にしたことが許せないとかそういったことかなと思っていたのだが、その考えは、ある意味でこの騒動の原因とも言えるかもしれないウィンガー君によって否定されることとなった。彼は昨日と同じく俺の方を掴むと、感極まったように口を開く。

 

「すまん、オールドマン――いや、サン!俺はお前のことを誤解していた……!お前は真の漢だったんだな……!」

 

 どうやら俺がシスティを庇ったことが、元々学院に蔓延っていた夫婦という噂と見事に交わった結果、無理矢理システィを我が物とするレオス・クライトスから力量差も関係ないと言わんばかりに彼女を庇った真の漢として受け取られてしまったらしい。他のクラスメイトの様子を見てみれば大よそ全員がそう思ったのだろう。今まで向けていた視線は何だったのかと言わんばかりにキラキラとした瞳でこちらを見ていた。

 

 この時期の子たちは大人の恋愛が大好物だからね(白目)

 システィもシスティで実に大変そうだ。むしろ俺より大変かもしれない。今の話を聞いて興奮した女子たちの質問攻めを受けていた。その勢いは男子なんかの比ではない。最早濁流と言ってもいい勢いでシスティを飲み込んでいっていた。これは収拾が叶わなくなるのではと思っていると、この雰囲気を作り出した当の本人が手をパンパンと叩く。

 

「これでお前達も理解できたと思う。今、我等が夫婦の関係はレオスによって引き裂かれようとしているんだ。それを止めることができるのは俺達しかいない……!いいのか、皆の衆、俺達のつまみが、こんなところで終わりを告げても……!」

『よくない!』

『あんな光景を奪わせたりはしない!』

『あれでご飯3杯は行けますわー!』

「ならば訊こう!諸君、俺達がするべきことは何か?」

『レオス先生率いる4組を殲滅することです!』

「よろしい。―――ならば兵団戦だ!俺達のオアシスを、俺達の手で守るのだ!!」

『うぉぉぉぉおおおおおお!!!』

 

 

 なぁにこれぇ?

 目の前に広がる光景は片手を上げたグレン先生に向かって吼える生徒達。その姿からは狂気すら感じられぶっちゃけ新手の宗教にしか見えない。しかも、クラスメイト達が俺に敵意ではなく優し気な瞳を向けるのも戸惑いすら覚える。本当に何なんだこれは?どうすればいいのだ!?

 

 まるで世にも奇妙な物語にでも入り込んでしまったかのような雰囲気の中俺の近くに座る眼鏡をかけた男子生徒――ギイブルだけは普段と変わらぬ様子で読んでいた本を閉じた。

 

「全く――――また、貴重な講義の時間を潰してくれたな」

「いや、申し訳ない」

 

 本当ならそれはレオス・クライトスに言って欲しいだけど、俺も原因の一端を担っている為、甘んじてそれを受け入れる。

 

「しかしシスティーナがレオス先生と籍を入れて学業で腑抜けられても困る。それに、オールドマンの調子が悪くなるなんてことがあれば気味が悪くて本すら読めなくなりそうだ。だから、今回だけは僕も力を貸そう」

「うん。それは素直にありがとう」

 

 このある意味狂気に満ちた教室に置いてギイブルが少しだけ癒しに見えた。何はともあれ何だかんだでクラス一丸となってくれるらしい。変なノリはあるが、今だけは彼らに多大な感謝を。

 

「ようし、皆の衆!今から白猫とサンが共にバージンロードを歩む未来の為に、魔導戦におけるいろはを叩き込んでやる!覚悟はいいか?俺は出来てる」

『よろしくお願いします』

「~~~~っ!!」

「もうそろそろ落ち着いてください!システィが色々限界です!」

 

 感謝するが今は止まれ。頼むから。

 

 

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

「本当にごめんなさい……」

「もういいって」

 

 学院からの帰り道、珍しくシスティ達と時間が被ったので一緒に帰ることになった。こうして肩を並べて帰るのはグレン先生といざこざがあった時以来だろう。ルミアとリィエルも一緒に帰っているのだが、何故かルミアがリィエルのことを捕まえてどんどん前に進んでいってしまっているので二人で並んで歩いている。

 

 彼女はずっと俯いたままで、たまに口を開けば謝罪ばかり口にしていた。全く、真面目過ぎるのもあまりよろしくないのではと思い始めた。

 

「………」

「………ビリッと・いい感じで・お願いします」

「うっひゃぁ!?」

 

 気にしないでと言ってもなお気にするシスティには少しお仕置きとして何時ぞやに放ったショック・ボルト(マッサージ風)をお見舞いする。すると筋肉に微弱な電気がいきなり走ったからだろう。彼女は甲高い悲鳴をあげて身体をビクンと跳ねさせた。

 

「いきなり何するのよ!?」

「システィがちょっと面倒臭かったからお仕置き。……まだ食らう?」

 

 抗議するような視線で見つめてくる彼女に対して両手から微弱な電気を流しながら笑顔でその視線を受け止めると彼女は自分の身体を抱いたまま数歩後ろに下がった。だが、先程浮かべていたような深刻そうな表情はもう浮かべていなかった。

 

「全く、いきなり体に触るなんて……セクハラよ、セクハラ」

「やめろシスティ。その言葉は俺に効く」

 

 満員電車、痴漢、逮捕……うっ、頭が……!

 などとふざけたことを言いつつ、段々と空気を明るいものに変えていく。彼女は一回ドツボにはまるととことん変に考えてしまうからこうして息抜きをしていかなければ潰れてしまうだろうしね。

 

「……ふふっ、あの時と同じね」

「――?あぁ、あのテロの時か」

 

 まだあの時はご近所さん呼びだったな。そういえば。

 

「あの時言ってくれたわよね。魔術は使いよう。使い方によっては人を助けることだってできるし、夢を叶えることもできるって。………本当に私は夢を叶えることができるのかしら」

「………」

 

 夢を叶える。

 言葉にすればとても簡単だ。しかし、現実は言葉にするほど、夢を語るほど容易なことではない。その目標が高ければ高いほど実現は難しく大半の人間が挫折を覚えることだろう。特にシスティの目標は彼女が敬愛していたお爺さんですら辿り着けなかったものだという。10代後半という年齢にレオス・クライトスから言われた言葉も重なって大分不安になっていると見える。

 

 俺には無責任なことは言えない。結局のところ俺は俺でありシスティではないのだから。

 

「やりたいことをやればいいと思う。なんせ、夢だ。思い描くのは自由……そこで夢想だけの願望で終わるのか、実現させるための道標にするかは人によると思うよ。どちらにしても、俺は応援してる」

 

 結局は全て彼女が決めることだ。俺にできることは彼女の意思を尊重してそれを支えることだけ。薄情と言ってしまえば薄情かもしれない。けれどもそうしなければ己の人生ではない。我思う故に我あり。リィエルが自分を形作ろうとしているように、俺が―――サン・オールドマンであると同時に『■ ■ ■ ■』であるように。

 

「サン……」

「ま、直接悩みを解決できない代わりに、考える時間だけは確保できるように努力するよ。目先のことで言えばレオス・クライトスの排除かな」

「もう少し穏便な言葉を選べないの……?でも―――」

 

 流石に色々俺に話したのが恥ずかしくなったのか、言葉を途中で切って彼女は前を行くルミア達の所に早歩きで向かっていく。

 とにかく、色々ため込んでいるのは吐き出すことができたかな?とおもっていると、システィがくるりとこちらを振り返った。沈みかけの夕日が彼女の髪に反射してまるで光っているようにも見える。そのまま、彼女は上半身を少しだけ前に傾けると見たこともない笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

「――――ありがと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかりと太陽が沈み、街灯が静かに道を照らす中。不自然に止まっている馬車に二人の男性が座っていた。

 一人はアルザーノ帝国魔術学院に特別講師として招かれ、1週間後に魔導兵団戦をおこうなうレオス・クライトス。そしてもう一人は彼が乗る馬車の御者を務める男だった。その男は一見優男のような印象を受けるが、その瞳には常人には理解できない狂気を孕んでいる。

 

 御者の男は笑みを浮かべながらレオス・クライトスに学院での様子を尋ねていた。彼には行動パターンの完全分析により予知に近い予測を立てることができる固有魔術を持っているそれ故にレオスの反応は視えているのだがそれでもあえて彼は尋ねた。……だが、返って来た返答は御者の男が予想もしていない一言だった。

 

「グレン・レーダスですか?貴方が言うほど絡んできませんでした。……それよりも、あの男、サン・オールドマン……!あの舐めた態度を必ず後悔させてやる!」

 

 どうやらもはやレオスには御者の男の声は聞こえていないようだった。只、病的なまでにサンへの恨み辛みを吐き出していく。

 何処か壊れたようなその様子を見ながら御者の男は考えた。彼が予測した未来にサン・オールドマンと言う男はいない。それも気になるが何よりもグレン・レーダスが()()に似たシスティーナを放っておくことがあるのかとも思っていた。

 

「……これは、調べる必要があるかもしれないね」

 

 御者の男は先程まで浮かべていた笑みを消すと、馬車の窓から街を眺めるのだった。場合によってはサン・オールドマンという男を優先的に始末しなければならないと考えて。

 

 

 

 

 

 

 

 




ごめん、ジャティス。私今まで君の事ジャスティスかと思ってた……。
お詫びとしてもうすぐ首を切りに行きます。


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NDKNDK?

UAが30万を突破しました。本当にありがとうございます!
評価をくださっている方、感想をくださる方、誤字報告・修正をしてくださる方も何時もありがとうございます!
これら全てが私の励みです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が経つのは早い。これは年齢が上がるごとに自覚していくらしいが、ここ最近は本当にそう感じる。だってもう既に魔導兵団戦当日なんだもの。今は1組の担任講師であるハーレイ先生がこの魔導兵団戦のルールを説明してくれている最中だ。

 

 さて、ここ一週間あったことだけど別に特に何もない。一応は講義と言う形態をとっている為にレオス・クライトスがうちのクラスに魔導兵団戦における基本である三位一体陣形的なものを教えてくれたが、グレン先生がそれをバッサリカット。俺達にまだ三位一体の究極技は早いとのお達しである。彼曰く、その陣形はプロの軍人が長年の訓練の末に身に付けるものである。一週間やそこらで身につくものではないと多大なる説得力を以て説明してくれた。

 

 しかし、逆に言うのであればレオス・クライトスは理論的に理想であるその形を絶対に取ってくるとグレン先生は言う。そこに隙があるとも。レオス・クライトスの理論と実際の生徒の動き。その差に如何に付け込むかが勝利の鍵となるとも言っていた。

 

「ではこれより特別講義。魔導兵団戦の模擬試合を開始する。各クラスと担当講師は自軍に向かう様に」

「っしゃぁー!行くぞ皆の衆!!」

『おうっ!!!』

「(―――あの2組の気合の入りようは一体何なんだ……?)」

 

 ハーレイ先生が妙にテンションの高い我がクラスをとてもおかしな物を見るような目で眺めていた。とりあえず、内心で謝っておく。すみません、貴方のいう崇高な講義の時間は、割と私利私欲にまみれた醜い戦場になります。

 

 陣地となる場所に移動した俺達は、最後にこの戦場における各員の役割を確認していた。基本的には皆が二人一組で行動をする。俺達にやらせるのであれば三人目はいらないとは例の如くグレン先生の言葉だ。まぁ、そうだろう。状況に応じて補佐なんて学生ができることじゃない。ただ単純に成績がいいからできるという問題でもないからなぁ。

 

「―――そして、例外組であるリィエル、サン、ギイブル」

「ん」

「はい」

「……」

「お前たちの役目は重要だ。リィエルはその機動力を生かして丘を陣取っておけ。恐らくあいつらはピンチになると丘からの遠距離攻撃にシフトするはずだ。そして、サンとギイブル。お前たちが戦場の要だ。サンはそのビックリ箱みたいなショック・ボルトで敵を攪乱。自分がいけると思ったらレオスを打ち取りに行ってもいい。ギイブルはその補佐だ」

 

 そして俺達例外組。グレン先生からチーム戦は向かないと判断された戦場に置いて英雄となる資質を持っているらしい。もちろん皮肉だ。

 

「さぁ、集団行動のできないアウトロー共。好きに暴れろ。リィエルも、丘に来た奴は全員倒してオッケーだ。ただしその場から動くなよ?お前の一挙一動に白猫の人生がかかってるからな」

「任せて。システィーナは私が守る」

「ギイブルとサンは今更言うことはないよな」

「当然です。作戦は全てこの中に入ってます」

「先生の期待通りに暴れますよ。とりあえず、隙を見せた奴から順番に」

 

 俺達の答えに満足したのか彼は最後に気合を入れるために声を荒げて号令する。

 

「それじゃあ、この戦いでレオスをぶっ潰してサンと白猫の愛が本物だって証明しようじゃねえか!」

「おい」

 

 いい加減にしてくれませんかねぇ……。貴方たちがそれを言うたびにシスティの顔は真っ赤に染まっているんですけど?

 

「大体、そこまで話を大きくしないでください。俺とシスティは本当に付き合っているわけでは―――」

「―――おっと、そこまでだサン。何処でレオスが聞いているかわからない。だから迂闊な発言はするな」

 

 急に真面目になられたので、少しだけ対応に困るが、それでも一利あったので大人しく口を塞いだ。

 

「それでいい。……と言うわけでここで一つ白猫に対する愛を語ってもらおうか!」

「はィ?」

「さっきも言った通り、何処でレオスが見て聞いているか分かったもんじゃない。だからこそここで付き合っているという信憑性を得るために実行に移す必要があるんだよ!」

 

 何言ってんだこの人。

 と言うかよくよく考えてみるとここでの話が聞かれてたら作戦丸聞こえだし、見られていたら配置バレバレになるからそんなことないと思うんだけど……。

 そう思うのだが、どうやらこの場に味方はいないらしい。指笛まで吹いて煽ってくる馬鹿ばっかである。最後の望みとしてシスティを見るが、彼女はもじもじしたままこちらに視線を向けては外すという行動を繰り返していた。……やれと?

 

「………」

 

 この子受け入れ態勢バッチリなんですけど。

 

「さぁ、視覚と聴覚……隙の無い二段攻撃をお願いします!サン先生!」

「これが終わったらお前ら全員覚えておけよ……」

 

 クラスメイトに煽られる中、俺はシスティに近づいて―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――結果から言えば、とんでもなく恥ずかしかったとだけ言っておく。

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 

『2組のケン君とクリス君に4組の魔術が炸裂!ここで2名脱落だ!流石学年でもトップレベルと名高い4組。術の威力、精度、速度全てが2組を上回っているぞ!しかも魔導兵団戦の基本である3人一組を見事にこなしているぞ!』

 

 実況を行う生徒の声を聴き、レオスは監視の魔術を使用する。そして実況が伝えた状況を自分で確認すると思わず笑みを浮かべた。2組の生徒の配置はバラバラで尚且つ三人一組など欠片もできていなかったからだ。レオスは素早く2組の生徒の数を確認すると、それぞれに2組の人数を上回る戦力を投入した。

 

『おぉっと!ここでレオス先生が動いた!2組の人数を上回る戦力を投入、これは一気に戦いを決める気か?』

 

 これによりこの特別講義を見ていた他の魔術講師達はグレンの敗北を予想した。しかし、この戦いの審判でもありある意味一番グレンに関わって来た男。ハーレイ・アストレイだ。

 彼はグレンのことを途轍もなく嫌っているが、それでも彼の意味不明なまでの実力を誰一人理解している人物でもあった。だからこそ、既にレオスが勝つ雰囲気を漂わせる講師陣の中で難しそうな顔で戦況を見守っていた。

 

―――確かに状況はレオス殿の圧倒的有利。そもそもそんなことはこの模擬戦が始まる前から分かり切っていたことだ。……にも関わらず、あの男が対策も立てずに挑むだと?それこそあの男がただで負けることよりもありえない。

 

 それはある意味で信頼だった。競技祭の時、彼にしてやられたことを彼は誰よりも覚えていたのだ。そして戦況は、ハーレイにとって幸か不幸か、思った通りになる。

 4組の陣営が2組の陣営に近づいた時にそれは起こった。なんと、彼らの足元から唐突に魔方陣が発生し、それぞれコード・エレメンタルと紫電が迸る檻のようなものが構築され、動きを封じたのだ。これには実況を行っている生徒も驚きを隠せないのか、興奮したような早口で戦況を実況していく。

 

『な、なんとこれはもしかしてトラップか!?2組の前衛に近づいた4組が悉く生み出されたゴーレムと紫電の檻に拘束されていきます!……そしてその隙を逃すことなく2組の前衛が4組を攻撃!!ここで4組、3名が脱落しましたァ!!』

 

 ここで動揺をしたのは4組の生徒達だ。今まで自分達が有利だった状況が一転して不利に転じた。尚且つ、自分達を拘束した魔術式が確認できなかったことも恐怖を助長している。下手に動けばあのトラップの餌食となるかも知れない。……冷静に考えればあのような変態的な魔術を行使できる生徒がそう多くいるはずもなく、また複数も一気に設置できる筈などないのだが……戦闘経験の少ない生徒たちにそれを求めるのは聊か厳しいと言えるだろう。

 そして、それだけではない。いやらしい戦法に定評のあるグレン率いる2組が崩れた前線をそのままにしておくはずがない。

 

「ぎゃぁあ!?」

「うわぁぁ!?」

 

『4組、ここで更に二人脱落!しかしこの魔術は2組の前線の者ではない、一体何処から撃っているのでしょうか!?』

「よし、いい感じ。どうギイブル。自分で改良してみた術式の感覚は」

「まだ改良の余地があるな。拘束時間が短すぎる。不意を突けたにも関わらず落せたのはたったの5人だ。普通なら全滅すら狙えたというのに……」

「少し理想が高すぎるとも思うけど……向上心があることはいいことだよね」

 

 最前線から少し離れた所に位置取りをしているサンとギイブルが戦況を見ながら言葉を溢す。

 そして、前線が混乱したところを見計らうと二人はそろって頷き、前線へと押し上がり始めた。監視の魔術でそのことに気づいたレオスは素早く次の行動の指令を下す。

 

「皆さん落ち着いてください。あのような魔術はそう多く仕掛けることはできません。一先ず、今前線に上がって来たサン・オールドマンとウィズダン君を優先して狙ってください。前線から離れている部隊は丘に戻り、遠距離攻撃を」

 

 流石軍事魔術を研究しているだけあり、戦場の把握や術の特徴を分析するのが早い。混乱の最中に在った4組を落ち着かせた彼は丘の場所取りを行っている部隊に通信を送った。

 

「リト君。制圧状況はどうですか?」

『そ、それが……』

 

 返って来たのは制圧の報告ではなく、逆に制圧されたという泣き声だった。どうやらここでレオスはグレンが一騎当千の駒を配置していたことに気づいたらしく、溜息を吐く。

 

「グレン先生はこんな駒まで用意していましたか……ならば―――皆さん森の中に移動を開始してください。私の森林戦術を駆使して一気に2組を殲滅します」

 

 レオスの指示通り4組は2組に顔を向けながらも森に後退していく。その様子を見た2組の前線は徐々に徐々に4組の後を追って、森の方へと突き進んでいった。レオスは今度こそ決まったと薄い笑みを浮かべ――――そこで思い返す。前線に居た人数は明らかに少なすぎる。サンとギイブルの活躍で騙されてはいたが、あの場には2組の女子生徒の姿が確認できなかった。

 

「しまった、私としたことが……!皆さん、気をつけて下さい。森の中には既に2組の伏兵が―――」

『えっ?あ、わぁあぁぁぁっぁあ!!??』

 

 時既に遅し。

 誘い込んでいると思っていたが、実は誘い込まれていた。これにはレオスも歯噛みする。自分の得意分野、そして戦力も申し分なかったはずだった。確実にグレン・レーダスをそして何よりも、サン・オールドマンを蹂躙できる筈だった。

 

 自分の歯を噛み砕かんばかりに力を込めるレオスだったが、ここで冷静になる。襲われただけで未だ全員が脱落したわけではない。確かに彼らは混乱の最中に在るが、それでも自分が指示をすればまだ立て直すことができると彼は考えていた。

 

「……前線で生き残っている人はそのままサン・オールドマンとウィズダン君を倒してください。森に居る生徒は今から私が言う通りの行動をしてください」

 

 

 こうして、レオスは自身の横に在る盤上を眺め戦況をどう動かすのかを考えるのだった。

 

 

 

 一方、こちらは場所が変わって森の中の戦い。

 レオスの指示で勢いを取り戻しつつある4組に2組は苦戦を強いられていた。挟み撃ちにしているはずが、逆に回避されてフレンドリーファイアをしてしまうような事態も発生している。全体的なチームワークでは4組の方に軍配が上がるようだった。

 

「大いなる風よ!」

 

 それでも、システィーナを始めとする突出したものは4組を着実に一人ずつ倒すことができている。

 更に言えば―――――

 

「うぉぉおおおお!!」

「何っ!?突撃だと!?」

「セシル!やれー!」

「えっ、あっ……うん!!雷精の紫電よ!」

『あばばばば』

『おーっとここで2組まさかの道連れだ!状況的には一人ずつ減っただけだが、たった今2組のカッシュ君と一緒に脱落したのは4組の部隊長を務めていた為、これは大きいぞ!』

「とまるんじゃねえぞ……」

「カッシュ君。そこはラディ〇ツ戦の〇空じゃないかな?」

 

 ―――何やらふざけているようなやり取りをしているが、それでも彼の功績は大きい。体外にして部隊は隊長がやられると連携が崩れる。もちろん長きにわたり戦場で絆を育んできた部隊はその限りではないし、本職の軍人もそう簡単にうろたえることはないだろう。だが、ここに居るのは何度も言うようだが学生であり、しかも練習期間は一週間しかなかった。

 

「皆、カッシュの犠牲を無駄にしてはいけませんわ!」

 

 部隊の司令塔がいなくなり、烏合の集と化した4組の部隊に待っていたのは2組によるゲイル・ブロウの嵐だった。

 

 

 そして、前線に置いて残りの4組を全て相手しているサンとギイブルはサンお得意の手数の数で確実にその数を減らして言っていた。もちろん、その際に攻撃が飛んでくるが、それは隣に居るギイブルが全部カットしてくれている。正しくぴったりなコンビネーションだった。

 

「おっと電気が滑った」

「大気の壁よ……。おい、オールドマン。その起動の仕方、どうにかならないのか?」

「これが一番わかりやすいんだな、これが……おっと遠距離ではレンジが届かないから前に出て来たね。なら今度はこれだ」

 

 遠距離の射撃では勝てないと悟ったのだろう。少しだけ前線を押し上げ、取り囲むように配置しようとする4組。もちろんそのことは予想済みとばかりに彼は自分の右足で2度地面をたたく。

 すると次の瞬間には、4組の前線に出ていた一組が紫電の檻に再び閉じ込められることになった。何度見ても学生が対応するにはいささか酷な魔術だった。

 

『再び4組を撃破!戦場の中央を陣取るサン君とギイブル君、強い強すぎます!その変幻自在にして鉄壁の守りを軍用魔術専攻のレオス先生はどう攻略するのか!?』

「ギイブル、大体残り何分か分かる?」

「もう後僅か。正直このまま攻め込めば勝てる……が、それはしないんだろ?」

「その通り。グレン先生曰く徹底的にボコッた後にあえて見逃すと相手の精神をズタボロにできるらしいから。なんかクラスの皆もそれで納得したらしいし」

「……今更だが僕達の担任、最低じゃないか?」

「ハハハ、何を今更。と言うか、賛同した俺達も同類なんだよなぁ。それに、これは名目上は講義だしね。表立って何か言ってくることはないだろうから、気楽にしていればいいと思うよ。―――――まぁ、俺は俺のできる限りの嫌がらせをするけどね。雷精よ・紫電の衝撃以て・天を穿て」

 

 サンはそれだけ言うと、前線から司令官のレオス目掛けて改良したショック・ボルトを試合が終わるぎりぎりまで撃ち続けた。その所為で、マナが枯渇し残り3分全力でギイブルに守ってもらっていたのは彼だけの秘密である。

 

 

 

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

 

 

「今回の魔導兵団戦の結果は……まぁ……ひ、引き分け……だな。多分。………諸君ご苦労だった。これでほんの裾を握る程度だが、魔術を使って戦うという意味が分かったかもしれん。それはとても貴重な体験だということを忘れないで欲しい。各自、経験を求め自分の足りないものを追求し、補うようにこれからも勉学に励んでほしい。以上だ」

 

 やったぜ。

 ハーレイ先生が最初の動揺をイイハナシダナーで流したが、その気持ちは分からなくもない。なんせ、4組に残っていた戦力は残り一桁。一方こちらの戦力は半分以上が生き残っていた。にも関わらず後半攻めもしないでずっとその辺で時間を潰していたんだ。どう判断していいか迷うのも分かる。ぶっちゃけ、今回の所為でグレン先生の立場が更に悪くなった気がするんだがいいのだろうか?そこら辺のことは後で聞いてみよう。

 

 とりあえず、レオス・クライトスがどういった表情をしているのかと見てみれば、何とも意気消沈したようだった。顔色は青いを通り越して白くなっており、はっきり言ってゾンビのようである。

 そのことにグレン先生も気づいたのか心配したように駆け寄っていったが、レオス・クライトスはグレン先生の手を撥ね退け一人で何処かに行ってしまった。グレン先生はやり過ぎたか?と頭を掻いていたが……あの表情は………。

 

「――まぁ、いいか」

 

 言ってしまえばレオス・クライトスがどうなろうと俺の知ったことではない。とにかく、目先の目標は達成できたのでよしとすることにしようじゃないか。

 

 とりあえず―――

 

「あの……流石に鬱陶しいのでやめてくれません?」

 

 ―――疑似的なおしくらまんじゅう状態をどうにかしなければ。

 クラスメイトの皆は何故か俺達のオアシスは守られたーとか、色々言っているが俺はお前らのしでかしたことを忘れてはないぞ?

 

『さぁさぁ、とりあえず。無事に奥さんを守れたことだし、戦う前の続きをどうぞ』

「おい……」

 

 この前まで俺のことを避けまくっていたくせに、おもちゃへの華麗な転身を遂げてしまった。これは喜んでいいのかよくないのかとても迷いますわ。……思わず痛くなる頭を抱えながら俺はこのクラスメイト達をどうしてくれようかと悩むことになった。

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

 

「成程、あれがサン・オールドマンと言う男か……」

 

 夕日の中、一つの馬車が魔導兵団戦の戦場となった場所から離れていく。それを操っているのは例の御者だった。彼は相変わらず狂気に侵されたたような視線を携えながら思考する。

 ……彼の計画の邪魔となりそうな存在、サン・オールドマン。そんな彼のことに関して調べてみると、日常生活では至って真面目な生徒。特務分室の資料を漁れば近年起きている失踪事件の犯人―――代行者の正体ではないかという疑いをかけられていた。

 

 それらの情報を全て分析し終えた御者はニヤリと唇を三日月のように吊り上げる。性格、行動様式などを分析したことによって彼は固有魔術である限りなく予知に近い予測が使うことができるようになったからだ。

 これでサン・オールドマンと言う男もこの御者がこれから行う()()の登場人物と化した。彼の役割はその辺のモブキャストとは訳が違う。彼を吊り上げ、そして御者の目的である非常勤魔術講師、グレン・レーダスを表舞台に引き釣り出すのだ。

 

「……これで長年のつかえがとれる。この試練を乗り越え、僕は初めて自身の正義を再び公に振るうことができるんだ」

 

 思わずと言う風にこぼれ出た言葉。

 そんな彼が操る馬車の中には数多くのハエが、その騒がしい羽音を立てながら飛び回っていた。

 

 

 

 だからだろうか、御者は遠くで聞こえる鐘の音に気づくことはなかったのだった。

 

 

 

 




……私が名前を間違えたばっかりに感想欄でも首を求めるジャティスさん可哀想。可哀想じゃない?
と言うか、そろそろジャティスさん。アンパンマン超えるんじゃないかな。首の数で。


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聞こえるか、この鐘の音が

次回最終回です。


 

 

 グレン・レーダス率いる2組が魔導兵団戦に於いてレオス・クライトス率いる4組を下したその日の夜。クラスメイト達が何故かそれぞれお金を持ち合ってミニ打ち上げが開始された。ちなみに内容の殆どが終始システィーナとサンをいじり倒すという内容であり、このようなことに耐性のないシスティーナは初めから最後まで顔どころか首まで真っ赤にして過ごした。ちなみにサンは溜息を吐きながら宣言通りクラスメイトの首を一人ずつ絞めて回っていた。最初の犠牲者は無駄に煽りまくったグレンである。はっきり言って地獄絵図である。しかし、それでもクラスメイトにとって後はグレンにとっても楽しいと言えるひと時だっただろう。特に、サンに関しては出典柄、避けられており本人の性格もあって今までクラスに馴染めていなかったのだから。真の意味でクラス全員と楽しんだ打ち上げだった。

 

「ん~……疲れた……」

「システィーナ、元気ない。……病気?」

「違うわ。さっきの打ち上げでね、色々疲れちゃって」

「システィ。質問攻めだったからね」

 

 すっかり日も落ちて街灯が街道を仄かに照らし始めた時間。同じフィーベル家に住んでいる3人は帰宅の途中である。尤も、システィーナは本人の言う通り質問攻めにされてとても疲れているようでその足に力が入っていなかった。それに対してリィエルは小さく首を傾げルミアは微笑ましそうに見ているだけだった。

 

「そもそもどうして助けてくれなかったのよ」

「別にそこまで嫌がってないんじゃないかなーって思って」

 

 先程の内容を思い出しているのか、小さく噴き出すルミア。システィーナはグレンと会ってから少しだけ意地悪になった気がする彼女を見て軽く唸っていた。どうやら打ち上げで行われたグレン考案王様ゲーム()が若干トラウマになったらしい。

 

「ただひたすらにシスティーナとサンが何かしてるゲームだった……」

「リィエルだってそれに加担したでしょ……」

「グレンがやれっていうから」

「あのダメ講師……!」

 

 システィーナは激怒した。必ずあの暴虐怠惰な講師からリィエルを守らねばと決意した。なんて、くだらないやり取りをしながらもそれは決して悪いものでなかった。システィーナの周りに居る友人たちは誰もが一癖も二癖も抱え込んでいる人物ばっかりだ。ルミア然りリィエル然りグレン然り、サンも同じである。彼女はそんな彼らが楽しそうに、普通の学生のようにしている姿を見ることが何時の間にか好きになっていた。

 

「いい?リィエル。グレン先生の言うことはそう簡単に聞いてはダメよ。じゃないと更にダメになっちゃうから」

「…?」

「システィ、今グレン先生と同じようなことやってることに気づいてる……?」

 

 ルミアのツッコミにシスティーナは視線をずらした。自覚はあるらしい。

 

 

 

 そんな、楽しい時間を過ごしていた彼女達ではあるが往々にしてそうした時間は長く続かないものである。

 家まで残り少しと言うところで彼女達の前に見覚えのある男が立ち塞がった。……そう、今日魔導兵団戦で戦った4組を指揮していた講師にしてシスティーナの婚約者であるレオス・クライトスである。彼は背筋が凍るような何処か狂気を孕んだ笑みを浮かべていた。

 

 その様子にシスティーナとルミアを守るようにしてリィエルが前に出る。何時でも魔術を使えるように気を巡らせて自身の友人を守ろうとしていた。システィーナも、唯見ているだけではない。頭の中ではいつでも術式が発動できるように思考を切り替えていた。

 

「こんばんはシスティーナ。いい夜ですね」

「こんばんはレオス。そうね、少し前まではいい夜だったわ」

 

 何食わぬ顔で挨拶を交わして来たレオスにシスティーナは少し辛辣に返す。流石にしつこいと考え始めていたのだろう。だが、そんなシスティーナの様子を見てもレオスは顔色一つ変えることはなかった。それどころか、その態度に笑みすら浮かべている。

 

「おや、随分と嫌われたものです。これでも私達は婚約者同士だというのに」

「……?好かれる要素、あった?」

「………それはちょっと答えられないかな……」

 

 純粋さゆえの暴力がルミアを襲う。流石の彼女もこれには対応できなかったようだ。そのようなやり取りの最中でも状況は進んでいく。レオスは今までと違い、システィーナの様子すらもどうでもいいような態度で言葉を紡いでいく。どんな理由があったにせよ、明らかにシスティーナを欲しがっていた彼とは何処か別人のように彼女は感じた。

 

「婚約の話はもう済んだでしょう?私は貴方と一緒になる気はないの」

「………ふぅ。そうですか……。これだけは使いたくなかった手段なんですが――――」

 

 いい予感のしない言葉にリィエルがすぐさま魔術を発動させて彼女の体躯ほどある大剣を地面から錬金する。ここ最近、普通の学生として生活している所為で忘れそうになるが彼女は立派な帝国宮廷魔導士団の一員。そこらの魔術師には後れを取ることはない。しかし―――

 

「――!?」

 

 ―――リィエルが自身の持つ野性的な勘で持っていた大剣を盾にする。その直後、リィエルの身体に大きな衝撃が走った。防御するだけでは勢いを抑えることができなかった彼女はそのまま横に吹き飛ぶが、そこは戦闘に慣れているだけあり直に態勢を立て直し、地面へと着地。先程自分を吹き飛ばしたソレを大剣で薙ぎ払った後ルミア達の前に再び戻った。

 

「システィーナ、ルミア。下がって。コイツ、強い」

「えぇ、強いですよ。私のタルパは」

「タルパ……!?」

 

 タルパとは錬金術の中でも奥義と言われるほどの魔術であり、その効果を簡単に言ってしまうと自身の妄想を具現化できるというものである。もちろんそれを行うには必要な道具と、自身が廃人になるリスクを背負うことになるが、リスクに見合う分だけの力は十分に兼ね備えていた。

 そして、タルパが使えるということはレオスもまたかなりの使い手だということである。いくらシスティーナがグレンから戦いを教わったからと言って相手にするには荷が重すぎる。むしろリィエルも彼女達を守りながらの戦闘は不可能だろう。

 

「さて、システィーナ。残念なことに選択肢はありません。ここで私のものになるか……もしくは適度に痛めつけられた後に私の物となるか……それだけの違いです」

「………」

「それに、そこにいるリィエル・レイフォードとルミア・ティンジェルでしたっけ?彼女達の正体が他の人達に知られたらいったいどうなるでしょうねぇ……」

「――――!」

 

 絶対に折れないと決意をしていたシスティーナであったが、レオスが言い放った言葉に思わず顔を上げて彼を見返してしまう。

 ルミアとリィエル。二人はもちろんシスティーナにとって大事な存在だ。しかし彼女達は先程も言ったように生まれに一癖抱えているのである。その正体が他の者達に知られれば今のような穏やかな生活はできないかもしれない。過去にそういう経験があるにも関わらず今の生活まで失わなければならない。そのことにシスティーナが耐えれるわけもなかった。

 

「……分かったわ」

「物分かりのいいシスティーナは好きですよ」

「システィーナ!?」

「システィ!?」

 

 これに納得できないのは当然餌に使われてた二人だ。システィーナが彼女達を思うのと同じく彼女達もシスティーナのことを想っている。だからこそ、自分達が原因でしたくもない結婚をしようとする彼女を止めようとするも、それはレオスが生み出したタルパに阻まれることになった。

 

「邪魔しないでいただきたい。今はシスティーナに免じて見逃します。しかし……あまり余計な手出しはしないでくださいね?」

「……っ」

「…………」

 

 レオスは一先ず三人の前からいなくなった。しかし、それでも先程までの楽しげな雰囲気はもうどこにもなかったのだった。

 

 

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

 

 どうもサン・オールドマンです。突然ですが聞いてくれ。昨日システィの婚約者をボコボコにしたと思ったら何故かシスティとレオスの結婚式が一週間後という知らせを聞くことになった。な、何を言っているのかわからねぇと思うが(ry

 

 まぁ、ふざけるのはそこまでにして真面目にどうしてそうなったか考えてみよう。とりあえず考えられる可能性としては。嫌がるそぶりも含めて全てそういうプレイだったということと、無理矢理結婚させられそうになっているのどちらかだと思っている。前者の可能性?前世での出来事が原因ですが、何か?

 なんだよ……痴漢かと思ったらそういうプレイでしたって………せめて昼間の電車の中でそういうことするのはやめて欲しい。

 

 閑話休題。

 

 何はともあれ結論を下すには情報が圧倒的に足りなさすぎる。そもそも次の日に掌を返すっていうのがもう既に怪しいんだよね。それともう一つ、ルミアとリィエルがグレン先生に何かを報告していたこともある。

 ……んー。前世の知識を総動員してメタ読みするなら、システィを脅して無理矢理自分の物にってところか。で、あの二人はその場面かに居合わせてこのことをグレン先生に相談しに言った……相談の内容としては、リィエルの生まれた経緯後は()()()()()()かな。全部確証はないけど多分あってると思う。あっはっは、これじゃあまるでシスティは物語に出てくるヒロインみたいなー。

 

「ねぇ、一体どうしたのシスティーナ!?まさか本当にレオス先生と結婚するんですの!?」

「う、うん。ごめんね。皆頑張ってくれたのに」

「それは別にいいけど……サン君のことはいいの?」

「良いも何も、私とサンは初めから付き合ってなんてないわよ……」

 

 ここで、教室の前の方をご覧ください。結婚の決まったシスティが苦笑を浮かべながらもクラスメイトからの受け答えを行っています。

 なんということでしょう。そこに昨日まで浮かべていた笑顔はありません。お手本のような辛そうな顔を浮かべています。

 

「すぅー………」

「オールドマン」

「……どうしたのギイブル?」

 

 唐突に話しかけて来たギイブル。それに伴って俺はシスティから視線を外してギイブルの方へ向く。彼の表情は珍しくこちらを心配したものであり、ひと時も離すことがない教科書も閉じて机の上に置いていた。

 

「……いや、思ったよりも重症じゃなさそうだなと思ってな」

「そう?」

「あぁ。色々引きずっているかとも思ったが、正直薄情と思うくらい何時ものと変わっていないように思える」

「正面から言うね」

 

 まぁ、薄情なのは割と否定しないけどね。元が日本人。事なかれ主義、空気の権化、自身の意見を出すのが大苦手民だからね。他者から見れば薄情にも見えるだろう。ギイブルの言葉を粛々と受け入れるが、その後に放ってきた言葉に俺は驚いた。

 

「しかし、お前がいつもと変わらないなら。大丈夫だろう」

「え?」

「何とかする、そういう顔をしてるってことだ。それに、ルミアとリィエルもグレン先生に相談しに行ったみたいだからな」

 

 それだけ言うと彼は去っていった。もしかして彼は彼なりに慰めてくれようとしたのだろうか。だとするなら不器用と言うレベルじゃない。もはや何が言いたいのかわからないレベル、やはり彼は俺と同レベルのボッチだな。 

 けれども、”何とかする”ねぇ。今の俺はどうやらこの状況を何とかしたいと思っているらしい。その本意は残念ながらわからないけれども、ギイブルの言っていることは正解だった。何とかしたいとは思う。………まぁ、それも結局は彼女次第なんだけどね。とにかく話だけは聞いてみよう。

 ……此処まで言っておいてなんだけど、今ここでシスティに話があるって言った場合。今度は俺がフラれているにも関わらず諦めきれないダメ男のポジションに収まるのではないかとふと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 と言うわけで呼び出しました。

 

 

 

 

 

 

「な、なに……?」

「一つ直接聞いておきたいことがあって」

 

 向こうは一向に視線を合わせようとはしないが、別にそれもよし。やるべきことはもう大体決まってるし。

 

「聞きたいことって……」

「決まってるでしょ、クライトス先生との結婚」

 

 話を出した瞬間、更に視線を外す……どころか俯いてしまうシスティ。様子から見てどう考えても気が変わってやっぱり結婚するールートではないよなぁ。

 

「別に、サンには関係ないでしょ」

「全く以ってその通りだけどさ。……クラスの皆心配してたよ?」

「………皆には悪いことしたと思ってる。……だけどね、サン。私は気づいたの。ほ、ほらっ……、魔導考古学って、レオスの言っていた通り現実味がないじゃない。だ、だから……っ!その道を諦めるいいきっかけかなぁって……!」

「せめて嘘つくならもう少しマシな嘘言って欲しいんだけどなぁ……」

 

 そこまで見え見えの嘘を吐かれると誤解することも困難だわ。

 

「………嘘じゃ、ないわよ」

「はいはい。とりあえずこれで涙拭いて」

 

 余りに無茶な嘘を継続させるシスティに呆れながらハンカチを取り出して彼女に渡す。素直に受け取った彼女はおとなしく涙をハンカチで拭きとり、その後にレオス・クライトスと結婚する経緯を説明してくれた。完全に俺の予想が当たってて如何にレオス・クライトスが典型的な悪役なのかが分かるな。

 

「と言うかそもそも両親いないのに式挙げられるの?」

「レオスが全て手配するそうよ」

「わお……」

 

 随分と気合が入っているじゃないか。

 

「だから私にはもう、これしか……!」

 

 うーん。システィの性格を調べたのかと思うしかないとても効果的な手段だ。……さて、こんなことがあのレオス・クライトスにできるかだろうか。調べて行動を起こすにしても聊か早すぎる。式場の準備も全て手配しているというのであれば尚更の事。

 

「……システィ。もう一つ聞いていい?」

「何?」

「システィは、どうしたい?このままクライトス先生と結婚したい?」

 

 あえて分かりきったことを聞いてみる。もちろん意地悪で言っているわけではない。彼女の意思で彼女の口からしっかりと聞いておきたいというだけである。自分の本心を他人に話すだけでも心は軽くなるし。尚且つそれが俺の()()()()()ことになる

 

「え、でも……私には……」

「はーい難しいことは考えない。できる出来ないじゃなくて、自分がどうしたいのかを言ってくれればいいだけ。……これ以上面倒くさいこと言うと電気マッサージの刑を……」

「あー!もう、分かった!私は結婚したくない!魔導考古学だって諦めたわけじゃないし、そもそも私のことを物か何かと思っている人と結婚なんてしたいわけないじゃない。この馬鹿ー!」

 

 肩で息をしながら言い切ったシスティを見て申し訳ないが俺は腹を抱えて笑ってしまった。やっぱり彼女はこちらの方が合っている。色々考え込んで沈んだ表情を浮かべているのは似合わない。

 グレン先生と言い合って、ギイブルと言い合って、ルミアと話していて、リィエルの面倒を見ている―――そういう姿の方が何倍もいい。

 

「笑ったわね……!サンが言えって言ったんでしょうがっ!」

「すまない……笑ってしまってほんとうにすまない……」

「反省しているならそのにやけた顔をどうにかしなさいよ……!」

 

 取り敢えず、今は逃走することにした。このまま捕まると空の旅に向かう羽目になりそうだからね。仕方ないね。

 

「システィの考えは分かった。………後は任せて」

「――――この空気でそういうこと言うな。ばか」

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

 

 結婚式当日。

 システィーナは純白のドレスに身を包んで準備を整えていた。これから彼女はレオスと望まない結婚をすることになる。教会には先程からずっと鐘が鳴り響き、式を挙げる二人を祝福しているようだった。

 

 花嫁側の控室に両親の代わりとして控えているルミアとリィエルはドレス姿で出て来たシスティーナに対してとても申し訳なさそうにしている。それもそうだろう。彼女達は己こそが結婚の原因であると気づいているのだ。喜ぶことなんてできるはずもなかった。それに気づいたシスティーナは苦笑すると元気づけるように言葉を紡ぐ。

 

「そんな顔しなくても大丈夫よ。それにルミアもリィエルもグレン先生に相談してくれたんでしょ?なら大丈夫よ。あの人やる時はやる人だもの、ね?」

「うん。ありがとシスティ」

「……システィーナ。あんまり、悲しそうじゃない」

 

 リィエルが尋ねる。望まぬ結婚をさせられそうな雰囲気にはまるで見えない。むしろ結婚式を楽しみにしているのではないかと思う程、彼女の雰囲気が明るかったからだ。それに対してシスティーナは少しだけ頬を染めて笑うと、リィエルの頭を撫でた。話を逸らしたことは明白だったが、そこは空気の読める女の子ルミア。無暗に突っ込むことはしなかった。

 

 

 

 そしてついに式が始まった。

 結婚式の様子は実に異常だった。参列者の中に新郎新婦両名の親族はおらず、システィーナの参列者はクラスメイトのみ。一方レオスの参列者については誰一人として出席しておらず、ウェンディが違和感を訴えた。

 

 何処か不気味な雰囲気を纏いながら、鐘の音が響き渡る教会で式は進行していく。

 

被告人()、レオス・クライトス。システィーナ・フィーベルを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も、健やかなる時も共に歩み、脅迫することなく、強要することもなく、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い妻を想い、妻のみに添うことを誓うか?」

 

 そこで式場に居た生徒たちは違和感を覚える。なんというか神父の言葉がおかしいと思ったのだ。余計な一言が追加されたような、新郎のことをとんでもない言葉で表現したようなそんな雰囲気を感じ取った。それだけではない。先程まで聞いていた鐘の音が、何やら彼らに寒気を訴えさせる音色に替わっていた。……そう、実際に目の前で体験している者達は既にこれが何だか分かっている。だからこそ、皆一様に恐怖を覚えながらも表情に暗さを残すことはなかった。

 

「誓います」

 

 レオスが誓うと口にする。

 本来であればここから新婦に同じようなことを問いかけるのだが、この結婚式に置いてはそうはならなかった。神父は依然として新郎であるレオスに視線を向けたままである。

 

『その言葉に嘘偽りはないな」

「えぇ、もちろんです」

 

 笑顔で答えるレオス。

 それに対して、神父が行った行動は誓いの言葉の再開――――ではない。その身体から黒い煙と紫電を纏うことだった。

 

『聞こえるか、あの鐘の音が」

 

 紫電を纏った神父にレオスは思わず距離をとる。その際、当然と言わんばかりにシスティーナを置き去りにした。だが、その神父が彼女に襲い掛かることはない。生徒にも襲い掛かることはない。何故ならば、この中で神父だったモノに指し示されたものはただ一人。それは既に決まっているのだから。

 

「……お前は……」

 

 レオスが小さく呟く。

 それに反応したのか、神父は自身にかけていた魔術を解いた。そこに現れたのは、システィーナの参列席に座っている学生たちと同じ制服に身を纏っているごく普通の少年だった。けれども、外見は普通でも纏っている雰囲気は普通ではない。そして、何よりもレオスが驚いたのが、その少年の瞳が茶色と赤のオッドアイだったことだ。レオスは焦る。こんな状況を彼は予想していなかったからだ。

 

『他人の皮を被り、己の為したことの罪すらも放棄する愚か者。その所業、既に正道には往けず、堕落の一途を辿ることだろう」

 

 冷や汗が流れる。最早レオスは自身の外見を保っている余裕などなかった。目の前のあれは、レオスの皮を被っている状態で勝てるような相手ではない。自身の全力を以て相手にしなければならない存在であると。

 

 そして更にレオスは気づく。

 先程から鳴り響いている鐘の音がいつの間にか外部からではなく自身の内側に刻まれるように鳴らされていることを。

 

「お前はっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

()が何者であろうとも、どうでもいい。要求することはただ一つ。ジャティス・ロウファン(レオス・クライトス)よ――――首を出せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




グレン「……俺は?」
多分出番あるよ。え、原作?知りませんね(クビヲダセ


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告げる、鐘の音

投稿を始めてから一か月と経過していないにもかかわらず、多くの閲覧や評価、感想……ほんとにありがとうございます!
皆様のおかげでこうして完結することができました!



 

 

 

 

『ゥゥゥ……ァ……』

「ちっ、もう白猫の結婚式は始まってるっつーのに、何処からでもワラワラ湧きやがって……!!まぁ、ルミア達の話を聞いた段階で予想できちゃあいたがな!」

 

 システィーナ達が式を行っている会場のすぐ近くに位置する住宅街。更にその裏道付近にて、ルミア達の頼みの綱であるグレン・レーダスは足止めを喰らっていた。相手にしているのは彼が嘗て解決した事件の発端。元帝国宮廷魔導士団特務分室執行官No.11正義のジャティス・ロウファンが開発した天使の塵を使われた一般人たちだ。

 

 天使の塵はそれを開発した術者であるジャティスに都合のいい人形を作り出すための物であり、それを使われたものの末路は決まって悲惨なものとなる。嘗てグレンが見たその死にざまはおおよそ人間が迎えるべき終末ではなかった。故に彼が今目の前の天使の塵服用者にできることは苦しみから早く解放すること……すなわち殺すことしかなかった。

 

 人間の軌道とは思えない壁蹴りで近づいてくる中毒者達を格闘と道具、魔術を混合した戦術で捌きながらもグレンは思考する。

 

――ジャティスの目的は十中八九俺だろう。白猫は大方俺を釣りだすための餌に使われたってところか……。クッソ、多分向こうにはサンが行っているだろうが、中毒者を使ってまで足止めをしてくるほどだ。アイツ一人では流石に無理だろう。

 

 そう。ジャティス・ロウファンは嘗て仲間すら手にかけた生粋の狂人。自らが盲信する正義の為にはいかなる手段も所業も肯定し、戸惑いなく実行するような男である。にも拘らずその才能は天才の一言に尽きるのだから尚更質が悪い。学生が相手にするには荷が重すぎる相手だった。

 

「どけぇ!」

 

 三人まとめてかかって来た中毒者を持ってきた有刺鉄線のような紐を操って全員に突き刺す。そしてその後ショック・ボルトをひとが殺せる威力で流してそのまま永久に沈黙させた。グレンはその死に様を確認する時間も惜しいとひたすら前進を行う。

 だが、目的地である教会へと近づくにつれて、中毒者の密度は高くなっていき、素の能力では即効性に欠けるグレンが徐々にじり貧となっていく。其れでも彼は、自身の生徒達を嘗ての仲間のようにしたくはないと自身を奮い立たせる。だが、その時―――グレンを正面から叩き潰そうとしていた中毒者の軍勢が上から降って来た何かによって割れることになる。

 

 凄まじい轟音を巻き起こしながら登場する様はリィエルを思い起こさせるが、それでも彼女は今教会に居る。昔ならまだしも今の彼女が守るべき存在を放っておいてグレンの元にやってくるとは思えなかった。では、目の前に居る人物は誰か。

 

「おい、もしかして腕が鈍ったか?」

「この声……まさか、ジジイか!?」

 

 グレンにかけられた声によって彼は上から降って来た人物が誰なのかを悟る。帝国宮廷魔導士団特務分室執行官No.9。隠者のアルカナを担うものであり、特務分室の中でもトップクラスの古株。そして―――グレンが使っている格闘術の師。物理系魔術師の開祖、バーナード・ジェスターであった。

 彼は地面に着地すると、着地狩りだと言わんばかりに襲い来る中毒者たちを一掃してグレンに近づく。その表情は久しぶりの再会を喜ぶ―――ものではなく、この程度に後れを取っているのかと言う失望の色がありありとみることができた。

 

「てめぇがいるってことは……」

「教会の方には既にアルベルトとクリストフが行ってる。もうしばらく遊んでても問題はねえ」

「………成程な。だが、生憎と俺はいち早く教会に行かなくちゃならなくてね。力を貸せジジイ」

「相変わらず言葉遣いが……別にいいか。さぁて、始めるか」

 

 特務分室きっての古株だけあってその実力はお墨付き。尚且つ、グレンの師であるというのであればもはや負ける理由など何処にもありはしなかった。彼らは自分が着けている白手袋を手首の方へと引くと、そのまま中毒者たちの集団の中を突き進んでいった。

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

「ちっ……!」

 

 一方教会では、神父に変装していたサン―――もしくは代行者の出現によりレオス・クライトス……その姿を借りたジャティス・ロウファンは完全に計画を狂わされていた。本来であればここで式を上げ、ルミアとリィエルから報告を受けたであろうグレンと対決する予定だった。彼はここに来て、サンという不確定要素を排除するのではなく取り除こうと考えたのである。グレンの性格上、生徒に手を出すだけでも十分効果的だと考え直したのだ。その思考の果てにサン・オールドマンを式場からの排除だけをすればいいというものに切り替わっていた。サンというイレギュラーさえなければ固有魔術で予測した通りグレンと戦う機会が巡って来ただろう。

 

 だが、彼は見誤った。

 彼が分析した結果サンはシスティーナが自分から結婚するといいだせば、深く突っ込むことはせずに静観すると予測を立てていたのである。だが、それは過去のデータや資料から手に入れた資料であり、現在とは違う。

 昔のサンであれば確かにジャティスの予想通りになった。しかし、時は進んでおり、彼らも日々成長している。そのことを計算に含めなかった時点で計画倒れだったということだ。

 

 故にレオスの皮を被ったジャティスは近くに配置していた中毒者達を此処に呼び出し、生徒達を襲わせようとした。目の前のサンは普段とは別人のようで確かに脅威を感じる。しかし、どれだけ強くても守る対象―――足手纏いが付けば話は別なのである。

 ジャティスの予想通り2組の生徒たちは中毒者の化した人々をみて絶句する。彼らは一見して正気を失っている存在であるが、製造者であるジャティスには従うためにここで蹂躙する命令を下した。最早なりふり構っていられないのだろう。指示を出したジャティスは一端この教会から出ようと出口の方に奔走した。

 

『―――!』

 

 代行者と化したサンは赤く変容した右目に力を込めてレオスの姿をしたジャティスに攻撃を仕掛けた。

 彼が魔力を込めた瞬間に、それは術となり足元に落雷を落とすが、それは身体を掠っただけで倒すには至らなかった。サン本人としては今すぐ追って止めを刺したいが、この場に居るクラスメイト達が心配なのも又事実だった。それに、代行者と呼ばれている者も、目の前でクラスメイトに襲い掛からんとしている天使の塵中毒者のことは放っておけないようだった。

 

『リィエル。生徒達を逃がせる?」

「………問題ない。……けど、後で説明は、聞かせてもらう」

『覚悟しておく。――――では往け!!」

 

 サンの言葉にリィエルはクラスメイト達を誘導しながら教会から出ていった。その一方でこの場に残ったものがいる。システィーナだ。彼女は身を包んでいる純白のドレスを膝上で千切って捨てるとサンの隣へと立った。

 

「何してるわけ?」

「私も一緒に戦うの。これでも色々特訓してきたんだから」

『…………例え、その手を血で汚すことになろうとも……それでも良いと申すか』

「もう、守られるだけのお姫様なんて御免だわ。―――私にも隣に立たせて」

 

 既に覚悟はできている。そう訴えている瞳を捉えたサン(代行者)はもはや問答は無用とばかりに視線を中毒者達に戻した。そして、右手を虚空にかざし、そのまま一気に引き抜く。すると彼の手には、代行者の象徴ともいえる武骨な大剣が握られていた。

 

『人としての死に時を失いし者達。この鐘を以てして、汝らの魂を天に還す。聞こえるか、あの鐘の音が――』

 

 紫電と黒い霧を纏ったサン(代行者)が文字通りその場から消えた。だが、次の瞬間には中毒者達が固まっている中心部――その真上を取りそのまま垂直に落下する。着地地点に居た三名を絶命させるとそのまま剣を横薙ぎに振り払う。一切のブレがないその剣はサン(代行者)の背後に居た二名の中毒者の首を綺麗に落としていった。その光景にシスティーナは当然吐き気を覚える。目の前で人が殺されていて、尚且つ首ちょんぱになっていくのだ。その反応も当然だろう。だが、彼女はそれでも生まれた気持ち悪さを飲み込んで、目の前の中毒者に集中する。

 

「拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢も安らぎを!」

 

 システィーナが使ったのはテロの際に自分で作り出したオリジナルの魔術。その効果は集団戦で発揮され、中毒者が故に面倒な人体の限界を無視した機動を見事に抑え込むことになった。だが、それは逆に彼女のピンチを招くこととなる。魔術式が構築されたことにより、予め設定がされていたのか、システィーナの方に向けて中毒者が殺到し始めた。

 

 四方八方から生気を感じることのできない表情で襲い来るという光景は、彼女ぐらいの年であれば魔術を中断してその場でうずくまっても不思議ではない。だが彼女は違った。額に汗をかきながらも、魔術を使うのをやめない。あわや彼女が中毒者達の被害にあうかと思ったその瞬間、背後からの強烈な一撃がシスティーナを危機的な状況から救い出した。

 

『どうやら、魔術を第一優先と考えるようだ』

「そうね。少しだけびっくりした……でも、ネタが分かればいくらでも対策なんて思いつくわ」

「本当に頼もしすぎるな……」

 

 サンが苦笑するもシスティーナは気にすることはない。彼女も自身の最も得意とする風の魔術をどこぞのショック・ボルト狂よろしく改変していたのだから。こうして彼らは新たに引っ提げた力を以てして、教会内に侵入した天使の塵中毒者を全員倒すことができたのだった。

 

 

 

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

「くそっ……!くそっ……!!くそぉ!!!何故だァ……何故上手くいかないィ!これが絶対的正義を貫く僕に対して神が与えた試練だとでも言うのかァ!?」

 

 狂ったように叫ぶレオス……の外見を模したジャティス。最早彼はレオスの姿などはいらないと純白のスーツを身に纏ったレオスの外見ではなく本来の黒中心とした服にハット帽スタイルに戻った。

 まぁ、だからと言って今更状況が好転するわけでもない。確かに彼はこの街に天使の塵を回して密かに自分の駒を増やしていた。自身の持つ固有魔術で何度もシミュレーションを行った。……計画は完璧だった。ここで彼は嘗て自身を破ったグレンを倒してアカシックレコードを手に入れ、絶対的な正義を執行するはずだった……。だが、全ては一人の男によって崩された。サン・オールドマン。彼のことを調べた筈だった。けれども彼は隠し玉を持っていたのだ。第二の人格という飛び切りのジョーカーを。

 

「ハァ……ハァ……。僕の正義を汚したあいつは絶対に始末してやる。だがぁ、其れよりも先に戦わなきゃいけないのはグレンだ。彼は既に天使の塵の中毒者――僕の駒と戦っている。ルミア・ティンジェルからレオスがタルパを使ったことも既に把握済みだろう。なら、辿り着く答えは一つしかない。そして、その一つの為に彼はきっと僕を探しに来る!そこでグレンを倒すことができれば……くくっ」

 

 恐らく気分転換にでも自身がグレンを蹂躙し、正義を執行する様を想像していたのだろう。

 だが、現実と言うのは往々にして上手くいくものではない。ある意味で自身の妄想を現実に映し出す人工精霊召喚術でも不可能なことがあるように、何時だって現実(ソレ)は理不尽なものなのだ。悪にとっても正義にとっても。等しく平等に。

 

 教会から離れた路地裏。少なくとも鐘の音などは全く聞こえない地域にまで来たはずなのに、ジャティスの耳には何故か先程と全く同じ音が響いていた。その音色は祝福の音色ではあるが、結婚と言った目出度いものを祝福するための物とは思えないほどの寒気を感じさせる。

 奇しくもそれは、代行者として現れたサンが出たときからあの教会に響き渡っていた音色と酷似していた。

 

「……また、これか………。耳元でゴンゴンゴンゴンッ!いい加減、ウザイな……仕方ない。予定を変更しよう。どうやらアレはシスティーナ・フィーベルにご執心のようだしねぇ……」

 

 そしてジャティスは自分の手袋から砂と同じくらいの大きさの粒子を撒いた。それは彼が扱うことのできるタルパを発動するために必要なものである。ざっとばら撒いた後に彼はいつもと同じように自身の内で作り上げた、自分の正義の結晶である。天使達を生み出した。

 

 そして準備を整えて、待つことにした。あの鐘の音が代行者出現の合図であることにジャティスは気づいたのである。故に彼はそれを逆手に取ることにした。その鐘の音から代行者の位置を割り出し、一斉に始末することにしたのだ。

 勝算はもちろんある。システィーナのことも計画に組み込むために調べた彼は彼女が後ろでおとなしくしているような人物でないことに気づいていた。丁度似たような人間と会ったことがあるということも一役買っているだろう。

 だから彼が狙うのは代行者と共にやってくるであろうシスティーナだった。……その行いは決して正義とは言えないが合理的ではあった。尤も、皮肉なことに正義ではなく悪が好んで使いそうな手段ではあったが。

 

「………そろそろか」

 

 鐘の音が教会で聞いた時のように強く響く。ジャティスは何処からでも攻撃されても良い様に既に天使達に攻撃の準備をさせるが―――――――そんなもの代行者には通じない。

 

「――――!?なにィ!?」

 

 ジャティスはあり得ないものを目にした。

 そこには誰もいないはずなのに、彼が作り出した天使達が一人ずつその首を撥ねられていっているのである。気配は感じない。音も、息遣いも、空気の流れさえも。それら全てが感知できないにも関わらず、彼の正義、その象徴たる天使達は無残にもその首を撥ね上げられていった。

 

「くそっ!」

 

 次々と減っていく天使達に危機感を覚えたジャティスは自身も再び召喚して不可視の存在に対抗しようとするがどれも無駄。天使達の攻撃はかすりもせずに空を切り、次の瞬間には首を斬られて光の粒となり、消えていく。

 

『これが汝の正義……そして――これこそが汝が為したことの結末である』

 

 そして、聞こえる。 厳格な声と少年の声が入り混じった不気味な声が。ジャティスの全てを否定し、彼の生も否定しようとする男の声が。

 

 天使達が居た場所の中心部。丁度そこに、代行者は現れた。恰好は学生服であり、本人も威圧感など与えない平凡な顔立ちだったが、彼の身体から出る雰囲気がそれを否定する。

 生物が見ただけでも禁忌を覚え、近づきたくない物。しかし全ての生命に約束された結末。……まさに『死』。

 

「黙れェ!絶対的な正義である僕が生み出した天使達を殲滅したド畜生めがっ!貴様のような悪が蔓延るから、この世界は何時まで経っても正しい方向に進むことがないんだよ……!」

 

 頭を振り乱し、目を見開き、認められないジャティスは吼える。

 だが代行者はそのジャティスの咆哮を耳にしてもその態度を変えることはない。片手で持つには大きすぎる剣を下に向け、その柄の先端を両手で支えているのみだ。

 

『正義とは千差万別。時、場所、信仰……あらゆるものに左右され移ろいゆく。その問いに答えなどはない。………だが、それら全て。正義があらゆる形を取ろうとも――――個人による絶対的正義などあり得ぬ。常に正義としてその時を支配してきたのは、数多の人間からなる普遍的意識の元で作り上げられてきた』

「何が言いたい……」

『これ以上の言葉が必要か。……汝のそれは正義ではない。独善と私欲が入り乱れ、腐敗した堕落の塊である』

 

 代行者の言葉に、ジャティスは激怒した。表情を崩し、余裕を崩し、唯ひたすらに目の前にいる不届き物を始末しようと天使を繰り出し《代行者》を襲わせる。だが、今までの交戦で既に判明しているだろう。その力量差は歴然としている。地面に接触させていた剣を右手で掴みそのまま横薙ぎに振るう。

 

 剣を振るった回数は一度だけだろう。しかし、ジャティスが召喚した天使は幾重にも切り裂かれて空中の塵と化した。

 だが、ジャティスとて無駄とわかっていることを何度も繰り返す人物ではない。彼は狂人ではあるがタルパを使いこなす天才なのだから。正面からの天使は囮、彼の本命は無防備な背中に在る。作られた天使が代行者の背中を切りつけようとしたとき、

 

「集え暴風・散弾となりて・撃ち進め」

 

 ジャティスの中ではすっかりその存在が忘却されたシスティーナが天使を即興改変の魔術で打ち倒した。……代行者は自身の背後で起きたことを見向きもせずにただジャティスだけを見ていた。

 

「何で動かないのよ」

『動くなって言われた。多分、これくらいなら任せていいと思われたんじゃないかな」

 

 サン(代行者)がシスティーナの問いに答える。一方システィーナは動くなって自分の身体じゃないのかな?と思いながらも今は目先のことに集中することにした。

 

「システィーナ・フィーベル……!」

「………だれ?」

 

 この温度差である。それも当然だろう。システィーナが知っているのはレオスの姿であり、ジャティス・ロウファンとして会うのはこれが初めてである。まぁ、予想は出来ているが、とりあえず知らないふりをしておく彼女。大体グレンが悪い。

 

「お前の……!お前たちの所為で……!くそぉ!お前達は、お前達は……!この僕が自ら滅ぼしてやる!!さぁ、出現せよ。僕の奥底に眠る正義の具現!僕だけの神、正義の神よ!!目の前の邪悪を駆逐せよ……レディー・ジャスティス・ユースティア!」

 

 元からしていなかった我慢の限界が訪れたのか、ジャティスは左手を天に掲げ、今までとは比べ物にならないくらいの疑似霊素粒子粉末をまき散らし、彼が作り上げた最高の存在を具現化させる。

 それは今まで召喚してきた天使とは比べ物にならない程大きく、手には天秤と黄金の剣を携えていた。その姿はまさにお伽噺に出てくる天使と表現してもいいだろう。だが、システィーナは怯むことすらしなかった。自身の妄執に取りつかれた憐れな男の切り札。……そんなものよりも恐ろしい存在をシスティーナは知っている。近寄り難いほど圧倒的で、その力は強力にして並ぶものはない。しかし決して無慈悲ではないその存在を。

 

 自身はこの場に必要ないかもしれない。それほどまでに代行者の力は圧倒的だ。この状況においても彼はその表情を崩すことはない。だが、それでも彼女は隣に立つことを決意した。もう自身は誰かの後ろで泣いているだけではない。無力に歎き、人に頼むことしかできない自分ではない。

 

『システィ。……背中を押せ(行くよ)

「えぇ――――いつでも、いいわよ!」

「往けェ!ユゥゥゥスティィァァァァァアア!!!」

 

 ジャティスは認めるわけにはいかなかった。自身の正義を否定する者は嘗て自分と鎬を削ったグレン・レーダス以外にはあり得ない。これ以上の敗北は自身の絶対的正義にかけて許されることではなかったのだ。ジャティスの命令を受けて、彼の本質――正義の具現たる天使はウェディングドレスを着た少女―――システィーナを狙う。だが、既に彼女の手には完成された術式が構築されていた。

 

「集え大気・集いて固めよ・圧搾せよ!」

 

 風の呪文を改変したシスティーナの魔術は空気を固めるというもの。その性質上長くは持たないが、空気を固めて止めている以上現界している天使を止めることもかなった。そして、個人が生み出した正義の神の横を代行者が通り過ぎる。それだけでジャティスが生み出した最高の天使は彼らの前から姿を消した。最早剣を振るう速度すらも確認できないジャティスに勝ち目などはない。もう彼に残された道は錯乱することだけだ。

 

 錯乱したジャティスを見ながら、代行者は自身を包む霧を深くしていく。その霧はやがてジャティスやシスティーナの視界すらも覆い、昼間だというのに完全な暗闇を作り出した。

 何も見えない、何も聞こえない空間。しかしジャティスだけはその音を聞いていた。大剣を持ち一歩一歩自分の方に近づいてくる足音と――彼に終わりを与えようとする者の声が。

 

 

 

『――――聞くがよい。晩鐘は汝の名を指し示した……。告死の羽、首を断つか――――』

 

 

 

 

 声が途切れた後ジャティスは視た。

 自身のことを粛々と狙っている赤い二つの光を。最早そこから彼の記憶は定かではない。自身が生きているのかどうかも分からない感覚。只、おぼろげに身体に力が入らないということは感知することができた。

 

 

 

『――――死告天使(アズライール)

 

 

 

 そうして代行者の剣が振るわれる。

 意識も保てず、声も出せず、身体も動かせない。そんなジャティスが最後に見た光景は、大量に羽が舞う光景と何処かの山の麓と曇天の空……そして、雲の隙間から光が降り注ぎ、大地を照らしている幻想的な光景とそれを祝福するかの様に鳴り響く鐘の音。死の間際、その光景を見た彼の心境は彼にしかわからない。ただ事実として確定しているのは、ここでジャティス・ロウファンという人物の命が尽きた。それだけだった――――。

 

 

 

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

 

 

 

 ジャティス・ロウファンが光の粒子となって消えていくのを見守った俺は、全身の力が抜けてその場に倒れ込みそうになった。しかし、地面と接触する前にシスティが受け止めてくれたおかげで何とか地球に接吻をしないで済んだ。

 

「ありがとう」

「良いわよ、このくらい」

 

 このまま受け止めてもらうのもあれだったのでその辺の壁に寄りかからせてもらう。そして俺は改めて今の状況について頭を働かせた。まずはこの力のことについて整理する。

 

 

 

 

 

―――一週間前

 

 

 正直今までは何となく考えようとも思わなかったことを急に考えるようになったのである。その事とは俺を殺した上に情けないとまで言って切った神から贈られた晩鐘と、時折起きる意識不明コンボ。

 今までどうして考えようと思わなかったのかという点については、考えても分からなかったのでいいとして、改めてやはりこの二つは無関係ではないと思い始めたのだ。結論に達するまでに十六年ほど使ったということに今思うと頭が痛くなるがまぁ、考えて結果的に何かが俺の身体を使っているんじゃないかという結論に達した。こういうのって意外とお約束だったりするし。

 

 で、考え始めたその日は結論には達したが何をどうするかわからずにとりあえず自分が使える魔術の確認をした後に眠りについた。

 

 

 眠りについたのはよかったんだけど、その後すぐに目を覚ました俺は目覚めるととてつもなく暗い所に立っていた。恰好は寝る前のパジャマなどではなく学院の制服で、この段階で夢だということに気づくことができた。

 ざっと辺りを見回してみれば蒼い炎が一定の距離を置かれて配置されており、何処かの廟のような所だった。正直、見覚えがある。

 

『―――よくぞ、参った。我が契約者よ』

 

 聞き覚えのあるボイス。

 ここ最近結構聞く頻度が高かった鐘の音。それを扱うお方のような声が背後から聞こえて来た結果俺は無様にも身体を震わせることになる。しかし、このまま背中を向け続けるのも失礼極まりなので何とか身体を反転させる。

 

 するとそこには、

 

『―――我こそは山の翁。初代のハサン・サッバーハにして最後のハサン・サッバーハ、ハサンを殺すハサン……その残滓也』

 

 牛のような立派な双角を備えた髑髏面の奥に青白い眼光を滾らせた220㎝越えの人物が立っていた。―――――当然俺はその場で失神した。

 

 

 

 そこから三日は寝るといつも初代様が夢に出て来て現実で目覚めるまで失神と言うことを繰り返していたのだが、四日目にしてようやく耐性が付いたのか、身体が震度6レベルで揺れるけれども意識を保つことができるようになった。

 

 ついでにその時、初代様から色々と聞いた。

 曰く自身は本人――真の初代山の翁ではない。曰く俺を殺した神が親切心一割、遊び九割で付属した存在である。曰く、今まで気絶している時は自分が表に出ていた。曰く、俺の身体はかなり晩鐘に馴染んできた等々、様々なことを教わったのである。途中、精神が侵され少しだけ価値観が変わったとも言われたが既に変化した後なので俺では自覚することができなかったのでとりあえず放置した。

 

 とまぁ、そんな感じで話し合いの結果今までとは違い初代様が表に出ている状態でも俺の意識は保てることになったんだが――――勘違いしてはいけないのがどちらにせよ俺の意思でこの力は振るえないということである。当然だよね。だって普通の人間だもの。こんなの使ったら速攻で意識が死ぬ。ぶっちゃけ、こうして俺に宿っている時点で乗っ取り殺されてもおかしくないと思いました。

 その辺は神様の慈悲と初代様自身の慈悲が効いているらしい。本当にありがとうございます。今回は初代様も首を出せ案件ということで普通に力を貸していただきました。

 

 自分で使いたい場合は、それにふさわしい精神と力と信仰を身に付けてからと言っていたけど。その日は来ないんじゃないかな。

 

 

 

 

 

「やっぱり今思い返してみてもよく生きてたな……」

「えっ?どうしたの?」

「ごめん何でもない」

 

 俺の人生綱渡りっていうレベルじゃない。蜘蛛の糸もびっくりなだ。なんせ、生まれた瞬間にゲームオーバーとなってもおかしくはなかったんだからなぁ。と、思わず言葉を溢す。それをシスティに拾われてしまい何とか誤魔化した。

 

「とりあえず、帰ろう。帰って寝たい……」

「そうね。私もかなり疲れたわ……」

 

 だろうね。結婚式だと思ったら、カリオストロの城をやった後にバイオハザード。果てには頭の逝かれた人と訳の分からないバトルだからね。普通に疲れるだろうね。今まで支えてくれたシスティにお礼を言ってそのまま立ち上がり二人並んで歩く。

 ここは路地裏だから太陽の光が当たりにくいが、空を見上げるとすっかりと夕暮れの時間帯にまでなっていた。そういえば、リィエルたちは無事なんだろか。身体的には無事だと思うけど、死体とか見て気分を悪くしたりしないか心配だわ。え?俺?そんなものよりもっと怖いものがいるんですけど何か?

 

 暫く歩いていると教会の近くまでやって来たらしく、耳に教会の鐘の音が届く。もちろん晩鐘ではないので死ぬような寒気は感じない。鈍くそして響く音を聞いていると向こうの方から無事だったクラスメイトといつぞやのフレイザーさんとリィエルが着てたような服に身を包んだグレン先生がいた。

 どうやら向こうの方はグレン先生が守ってくれていたのだろう。何はともあれ全員無事だったことにほっとする。

 

「―――ね、サン」

「ん?」

「私、貴方の役に立てた?しっかりと隣で戦えた?」

「……もちろん」

 

 身体を提供して、殆ど見ているだけと変わらなかった俺とは違って彼女はしっかりと自分の意思で戦っていた。それはそう簡単にできることではない。まして、彼女は家が立派なだけの一般人である。特別な事情もない彼女があそこまでできたのは偏に彼女自身が強かったからだ。何でそこまで卑下するのかわからないけど、もう少し彼女は自分に自信をもっていいと思う。

 

 と、柄にもないことを考えて恥ずかしくなったので少しだけ歩くのを早めて彼女の前に出る。……と言うか、教会の鐘の音。少ししつこすぎやしませんかね。まだ鳴ってんのかよ。

 

 てくてくと歩きながらそう思っていると、再び背後からシスティの声が。今度は一体何なんだと思いながら背後を振り返えると――――何故か両手を広げて飛び込んでくる彼女の姿があった。 

 

 予想外の事態に動揺するが、身体の方は男を通した。不意打ちにも関わらずシスティの身体をしっかりと受け止めることができた。もしかしてこれが初代様に身体を使われた影響か……。何はともあれ、

 

「いきなりは危ないだろ……」

「ごめんね。でもね、どうしても伝えたいことがあったのよ」

 

 反省した様子も見せず、楽しそうな笑顔を浮かべた彼女はそのまま顔を近づけ、口を俺の耳元に移動させた。……近い近い。

 

「し、システィ=サン!?近いんですけど!?」

 

 やめろシスティ。その攻撃は前世含めて女性経験のない俺に効く。最早冷静を保つ余裕などなく無様なくらいにわたわたと慌てている俺に対して、システィは全く構うことなくそのまま小さく囁いた。

 

 

「―――本当にありがとう。私は貴方の事が―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 教会の鐘が鳴り響く。ついでにクラスメイトの黄色い声も響き渡る。おまけとしてグレン先生の指笛まで響き渡る。……あんなことがあったっていうのに呑気だなぁ、全く。

 

 

 そんなことを思っていても俺の表情は全く取り繕うことができていなかったらしい。一様に皆は笑みを深めて更に俺達のことを弄ってくる。一方そんな状況を作り出したシスティは真っ赤な顔を見せないように俺の胸にぐりぐりと押し付けていた。とりあえずきついので自分で歩いてくれませんか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その鐘の音は告げるだろう。

 彼らの未来に、幸多きことを―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もし忙しい時期が終わり、私が原作を買って……需要があればシーズン2やる……かも……?
可能性はかなり低いですけどね。

何はともあれ、重ね重ね本当にありがとうございました!
……今思うとサブタイトルに鐘の音入ってるの多いな……。


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番外編
番外編


忙しい中、三連休を貰えたのでこっそり投稿。
最終回と銘打って未だ一週間も経っていないのに書く投稿者の屑。どうも首を出せです。
ま、まぁ、19話じゃキリが悪いから……(震え声)


 

 

 

 

―――――1  グレンの楽しい聞き込み捜査()~VSサンの秘密(代行者)編~

 

 

 

「ネタは上がってるんだ、サン。大人しく話してもらおうか……お前が、殺ったんだろ?」

 

「すみませんグレン先生。色々いきなりすぎて全く状況が理解できません」

 

 時はよくわからない。時代は割と平和。時系列で言えばこの前のドキッ!狂気と中毒者が入り混じる、ゾンビパーティー!~ポロリ(首)もあるよ!~から数日が経過した時である。

 あんなことが有ったにも関わらず割と普通に日常へと戻ってきていた俺は何故か数日という間を取ってグレン先生に呼び出されていた。場所は学院長室。当の本人が見当たらないのだが、いったいどういうことだろうか。もしかして追い出されたとか?……それは流石にないよね?

 

「誤魔化そうって言ってもそうは行かない。……だが、唯でとは言わねえよ。ほら、これは俺のおごりだ」

 

 俺の疑問をまともに取り合うつもりがないのか、グレン先生は全く態度を変えることなく会話を勧める。と言うか、今いかにも犯人にかつ丼を渡す刑事みたいなこと言ってますけど、それシロッテの枝だよね。明らかに使用金額ゼロ円。ろくでなしのろくでもない知識がフル活用されていますよね。

 心の中でツッコミを入れないがらもこれ以上何かをするのであれば確実に会話が進まないので真面目に俺の疑問を彼にぶつけることにする。そろそろ本題に入らないと帰りますよ。

 

「まぁ、待て待て。俺だってそんなマジなことをお前と話したくなかったんだ。これはちょっと緊張を解すためのパフォーマンスなんだよ。だからそう焦るな」

 

「前置きが長すぎです。下手に尺を取られるのはあまり好きじゃありません」

 

「OKOK、じゃあ早速本題と行こうか。―――――――――お前と白猫が相手にした野郎はレオス……正確にはレオスの姿をしたジャティス・ロウファンってことでいいんだな?」

 

 言葉通り、いつものふざけた雰囲気を消して真面目な表情で問いかける。その姿はテロの時で見たものと同じで要するにシリアスグレン先生だった。このモードで問われては下手に誤魔化すことはできないし、そんなことをするつもりもない。だから俺は正直に答える。

 

「その通りです。――――確かに彼は元帝国宮廷魔導士団特務分室執行官No.11ジャティス・ロウファンでした。使っていた魔術、言動、それらに情報との齟齬は確認できてません。十中八九本人でしょうね」

 

 尤もこの情報はいつの間にか初代様が手に入れていたもので俺が仕入れた物じゃないんだけどね。……初代様の存在を自覚できるようになってから、時々あの御方が体験したことや知っている知識などが俺自身に返ってくることがある。前までは初代様が一方的に俺の知っている事などを共有していたみたいだけど、今はその一部を相互で認識している状態だという。……これも俺の身体が晩鐘に馴染んだからだと初代様は言っていた。

 

「そうか……。で、アイツはどうした。認めるのは癪だがあの野郎はかなりのやり手、色々情報を聞いておきたい」

 

「死にました」

 

「――――――何?」

 

「死にました」

 

 絶句するグレン先生だが、俺からしてみれば当然のことである。いくら俺みたいな貧弱ボディを使い、尚且つ本人よりも遥かに劣化していると言ってもジャティス・ロウファンが相手どったのは人類史最強の暗殺者。そのものに斬れないものはなく、死がない存在にも死という概念を付与して斬り捨てるような……こう言ってしまっては何だが怪物と表現しても違和感のないお方なのだ。あの方から逃れるのであれば、少なくとも片手間で人類を滅ぼせるようにならないとお話にすらならない。

 

「………で、それをやったのはお前、と」

 

「正確に言えば自分の中に居る初代様―――グレン先生達の表現を借りるならば代行者ですか?……その方が実行しました。しかし、その処遇は同意したために俺も手を下したというのも間違いではないです」

 

 グレン先生が言いたいのはそこじゃないだろうけどね。

 はっきり言おう。この世界に置いて初代様は敵味方関係なく脅威なのである。この世界にも時を止めたり、片手間で山を吹き飛ばしたりする頂上の存在がいる。しかし、初代様の恐ろしさはそれとはまた別ベクトルだ。彼は対象者を除く人たちに気づかれることなくことを終わらせることができる。なんなら殺す対象にすら自分が殺されたことを悟られないことも可能なのだから。尤も、正面から戦っても鬼以上に強いけど。

 

 それがグレン先生ひいては彼が元々所属していた帝国や帝国宮廷魔導士団特務分室には脅威なのだろう。言ってしまえばむき出しの核爆弾みたいなものだからな。今回の聞き込みも大方執行官の誰かがグレン先生を使って話を聞き出そうとしたという所だろう。グレン先生も気にしているのか、右手首に付けている装飾品をしきりに弄って何処かの誰にこの会話を聞かせているみたいだし。

 

「そう、か……。……なぁ、サン。一つだけ聞いてもいいか?」

 

「なんですか」

 

「その力を使って、お前は何をするんだ?」

 

 今まで以上に真剣な顔つきで彼は問いかける。……これは仕事のこともあるけど、その内心は俺のことを心配しているということで埋め尽くされているように感じた。まぁ、彼はなんだかんだ言ってしっかりと先生をやっているから生徒の一人である俺の行く末が心配になるのだろう。

 気持ちは分かる。通常、このような絶対的な力を手に入れた人物が辿る末路は決まっている。力に溺れ、私利私欲のために奔走し、堕落する。もしくはその力を周囲の人間から恐れられ排除されるかのどちらかである。きっと彼は仕事柄その両方を嫌と言うほど見てきたのだろう。ジャティス・ロウファンという前例も居たことで過敏になっているに違いない。

 

 そんなグレン先生に対して俺は肩を竦めてから口を開いた。俺が力に溺れる心配は皆無である。そんなことは、その圧倒的な力自体が許さないからだ。

 

「心配は無用ですよ、グレン先生。俺は代行者を使いこなせていません。と言うよりも俺があの力に使われているという状況です。私利私欲のために使おうものなら俺の首が飛びます」

 

 本家よりも大分そのあたりの規制は緩いが、大切なところに対して妥協はしない。俺が力を使いたいと思っていても初代様が望まなければそこでアウトだ。それにこの力は俺の物でも何でもない。だからこそ、俺の意思で使っていいものではないし使えないままでいいと思う。この前のはたまたま意見が一致したからよかったけどね。それに俺にはもうショック・ボルトっていう魔術もあるし。

 

「―――あぁ、安心した」

 

 それは偽ることのない彼の本音だったのだろう。ジャティス・ロウファンの名前を出した時の鋭い雰囲気はすっかりとなりを潜め、心の底から安心したような顔を彼は覗かせていた。それは嘗て魔術競技祭に置いて俺達生徒に向けていたものと一致する。この人は本当に矛盾だらけである意味人間らしい人物だと改めて思った。……そう。俺はこういう先生だからこそ俺が知り得る限りのことを答えたのだ。恩師であり、これからもお世話になるだろう彼に義理を通すために。だから―――

 

『でもグレン先生は(グレン・レーダスは)いいけど、(例外だが、)盗み聞きしている人は(無断で聴いている者達は)気をつけてくださいね(十分に気をつけることだ)

 

――――多分フレイザーさんやアルフォネア教授だろうけど。ここで得た情報を下手に口外しないでください。そして同じように周囲の人を巻き込んで私利私欲で俺達を巻き込まないでください。特にアルフォネア教授は、既に指名にリーチがかかっていますから。

 

「お願いしますね」

 

「お、おう……。サン、お前かなりおっかなくなったな……」

 

 アッハッハ、これが初代様による浸食の影響かも知れませんね。

 この後はせっかくなので普段教室では言えないようなことを色々と話し合うことにした。上手くいけば俺の無害アピール(先の言葉でほぼ無意味)ができるかもしれないからね。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ところでグレン先生。最後に一言」

 

「どうした?」

 

『働け』

 

「hai!!」

 

 こんなことで、今日のお話はお開きとなった。

 

 ちなみにグレン先生曰く、この所為で特務分室の人たちの頭痛の種が一つ増えたらしい。うわー大変だなー。別に過去に飲まされた自白剤の復讐なんてしてませんよ、ええ。だって初代様もGOサイン出してたからね。仕方ないね。

 

 

 

 

 

――――――2

 

 

 

 これはレオス・クライトスが学院を訪れる数日前の事。アルザーノ帝国に在るアルザーノ帝国魔術学院のとあるクラスで目撃されたある生徒たちの記録である――――。

 

「システィ。ここを教えて欲しい」

 

「ん?どこ?」

 

 ――アルザーノ帝国魔術学院の二学年某クラス。レベルの高い少女たちが何故か多く在籍する中で、一際群を抜いて美少女と言ってもいい二人組が隣同士の席に腰かけ、魔術の教本を始めとするものと睨めっこをしていた。一人は他のクラスメイトに比べてひときわ小柄な少女。その青い髪は海を連想させ涼し気なイメージを持たせる。自身の身長に見合った幼い顔立ちをしておりその手の輩にはたまらない容姿だと言えるだろう。もう一人は太陽の光が反射し、光って見えるような銀髪の少女。その頭には耳にも見える部分がある。体つきはスレンダーで、制服の構造上見えるお腹が大変素敵だった。

 

「ショック・ボルトの運用方法……?」

 

「この前グレンに言われた。私はもう少し他の魔術も扱えるようになるべきだって。それで、試しにこの本を貰った」

 

 青い髪の少女は変わらぬ表情でそう言う。

 一方困ったのは銀髪の少女だった。彼女は実技、筆記共に好成績を収めている優等生だったが、青髪の少女は特殊性故に上手く教えられるかどうか不安だった。しかし、ここで彼女に天啓が下りる。

 そう、彼女の中では既にショック・ボルトと言えば……という人物がいたのだ。早速その人物を探そうと彼女は視線を教室に巡らせる。すると、向こうも銀髪の少女が送る視線に気づいたのか、友人との話を切り上げて銀髪の少女の元へと向かって行った。

 

「どうかした?」

 

「出番よ。ミスター・ショックボルト。効率のいい運用方法を教えてあげて」

 

「成程把握。……じゃあ、えっと……」

 

「はい、これ。紙とペン、後は必要な情報が載ってるページ」

 

「ありがとう。……じゃあ、やろうか。ショック・ボルトはね。初期魔術とされている為に――――――」

 

 おぉ、何たることか。

 そこには先程まで全く会話に入っていなかったにも関わらず銀髪の少女の言葉によって瞬時に状況を把握し、青髪の少女に勉強を教える茶髪の少年の姿が。これには他のクラスメイトもにっこりである。

 ちなみにこのようなことは日常茶飯事であり、学院に通えば一日一度は視ることができた。

 

 

 他にも食堂に置いても彼らはこの調子を崩すことはなかった。先程のメンバーにクラスのアイドルである金髪の少女を加えた四名はそれぞれが自分の好きな食事を手に持ち、席に着いた。

 全員でいただきますをして食べ始めようとした時だ。ここで例の少年少女が同時に溜息を吐いた。その視線の先には青髪の少女が持っているトレイの中身に在った。彼女の皿にのせられているのはもはや皿の底が見えないくらいに盛られているイチゴタルトだった。このお菓子は彼女にとっても衝撃的な物であったために、忘れられないのだろうが昼食時にそれは健康にいいとは言えなかった。

 

「はぁ、またそれだけ持ってきたの?」

 

「良いんじゃないかな。好きに食べても」

 

「いや、それは甘いと言わざるを得ない。若さにかまけてバランスを崩すと体調に大きな支障が出るからね。………取り敢えず、口を開けて。おかずを分けてあげるから」

 

「だーかーらーそれだとためにならないでしょ。こういうのは自分でやらないと成長しないんだから……って、他人事みたいにイチゴタルトを食べ進めてる場合かー!」

 

「……?」

 

「――――なんだか二人とも夫婦みたいだね」

 

『誰が夫婦!?』

 

 金髪の少女の言葉はその食堂に居た全員の気持ちを見事に代弁したものとなっているだろう。実際に、数名だがその場で首を縦に振っている人物の姿が見られた。知らぬは本人たちばかりということだろう。だが、流石の二人もそう言われると少しだけ恥ずかしいらしく距離を少しだけ離していた。

 

 

 こんな日常風景が延々と続くのである。それは、クラスメイト達も少年の対応を考えるというものだろう。そしてなにより、ある意味で思春期らしくそしてある意味では思春期らしからぬまるで創作物のような光景に心打たれた生徒(主に某学年の生徒たち)が彼らを見守る会を結成した。

 ちなみにその長となる者には銀髪の少女の親友である金髪の少女の姿が目撃されたらしい。彼女も色々と吹っ切れて自分の欲求に僅かばかり素直になってきているのだろう。そういう姿は年相応でとても良いと思います。はい。

 

 

  グレン・レーダス著 自伝「2年2組グレン大先生」第6章 お前ら結婚しろ より一部抜粋。

 

 

 

―――――3         酔いどれシスティーナ

 

 

 

 

 レオス・クライトス(ジャティス・ロウファン)の撃退(暗殺())に成功した俺達は何故かその次の日に打ち上げをやることになった。主催はクラスメイトの誰かであり、開いた大義名分は「サンが嫁を取り戻してカリオストロの城をしてあばよとっつぁんした」からだそうだ。正直何を言っているのかさっぱりわからないが、考えることではなく感じることにした。ぶっちゃけ思考停止である。

 

 何はともあれ、魔術競技祭の時は自身の馴染めなさから全く楽しくない上に途中で帰ったのだが、今回はそんなことできない。中心人物として添えられた俺に退路はないのだ。……まぁ、中心人物とされなくても既に逃げられない状況に置替えているんですけどね。

 

 そんなことを考えながら俺は自分の右手に引っ付いている存在に視線を向ける。そこには、まさに典型的ともいえる姿のシスティが居た。白い頬は紅潮しており、こちらを見つめる眼も何処か濡れて居る。普段のしっかり者の印象を受ける雰囲気から一変して女性らしい艶めかしい雰囲気を纏っていた。

 

「えへへっ、ねぇ~サン~。ぎゅーってして、ぎゅーって!」

 

 まぁ、ネタ晴らしをすれば只彼女が酔っ払っている。それだけなんですけどね。ところで誰だシスティに酒飲ませた奴は。この前の打ち上げで学習していなかったのか。彼女が酒にめっぽう弱いことに。そうした意思を込めて周りを見渡してみれば、どいつもこいつも親指を立ててサムズアップするだけだった。なんだその「お膳立てはしてやったぜ」みたいな顔。むかつくから最近習得した疑似心臓マッサージ使っていい?数秒間心臓が停止するけどいいよね?やっても。

 

 店内で暴れるのは流石にNGなので心の中で俺のことを揶揄っている顔を覚えて処すことを決める。すると、システィが頬袋をリスのように膨らませながら俺の顔を取って、自分の方に向けた。

 

「むー、ちゃんとこっちを見て。今は私だけを、ね?」

 

「―――――――」

 

 この子いったい誰ですか?(錯乱)

 普段のシスティでは言わないだろう言葉のオンパレード。正直とても可愛いと思うのだが、それでもどのように対応したらいいのかわからない。誰かに助けを求めたいがクラスメイトは全員敵であるという孤立無援状態。正直詰んだ。

 そもそもこの状態で何かをしていいのだろうか。ほら、酒に飲まれた状態で何かするっているのは勢いに任せているところがあって何というかあれだからさ。

 

 ……童貞丸出しのヘタレ具合だが、許してほしい。こちとら前世含めて女性経験ゼロだ。もてる男の条件とかはなんだって?テレビだよ。

 

 思わず彼女の目を真っ直ぐと覗いてしまう。その綺麗な目に吸い込まれそうになりながらなんとか視線を逸らす。やっぱり酔った勢いはよくないようん。お互いに後悔しないように俺は何とか鋼の精神を持たなければならない。……大丈夫だ。これでも生を受けてからずっと初代様と居たんだ。殆どは自分の功績じゃないけれど、その事実があれば俺の精神が強靭なものだと信じることができる。頑張れ俺。何とかしろ俺。明日の希望はすぐ目の前に在るぞ(意味不明)

 

 

 

 

 

「システィ(酔い)には勝てなかったよ……」

 

「んふふ~」

 

 抗えませんでした。まるで即堕ち二コマのような素早い陥落に流石の初代様も苦笑い(してません)

 現在俺はシスティの頭を自分の膝の上にのせている状態だ。端的に言うのであれば膝枕。彼女はその枕に適さないであろう膝の上でご満悦だった。時々俺の顔を下から覗き込み、微笑む姿はとても心臓に悪いのでやめて欲しい。

 

 溜息を吐きながらも、システィの頭を軽く撫でる。その際、彼女の髪に指が当たりさらさらとした感触が伝わって来た。絡まることなく梳くことができるその質は素晴らしいと言わざるを得ないな。

 彼女もその感覚が気に入ったのか目を細めてもっととせがむように俺の身体を叩く。グレン先生じゃないが、まるで猫みたいだった。そんな風に時間を消費していると唐突にシスティが口を開いた。

 

「サン~ちょっと耳貸して~」

 

「はいはい」

 

 力の入っていない手招きをされて苦笑しながら彼女の顔に接近していく。ちょっとばかり近いが別に耳を貸すだけ。問題はないだろう。――――そう思っていた時期が私にもありました。

 

 残り50センチと言った所まで近づくと、システィは急に自分の顔を上げた。不意の行動に俺は反応ができずにそのまま顔と顔が接触する。しかもまるで狙いを定めていた彼のように、自身の唇に瑞々しい感触が伝わって来た。触れていたのはほんの一瞬だったのだろう。しかし、俺にはそれが長い時間に感じられた。

 顔が離れたが故に様子をうかがえるようになった彼女の表情は明らかに酒とは違う赤みを帯びており、その視線は彼方此方を彷徨っている。尤も、表情のことに関しては俺も人のことは言えないだろうけど。

 

「ごちそうさまでした」

 

「な、なっ、なぁ……!?」

 

 なんて考えているが実際は混乱の極み。まともに言葉すら紡げない状態である。ガタガタっと後ろに下がり、目も合わせられなくなった俺は膝に未だに乗っている彼女の方に顔を向けることができなくなり、そこから先はずっと窓の外を見渡しているのだった。

 

 

 

 

 

 もちろん後日それでクラスメイト全員から揶揄われたことは言うまでもない。……唯、一つ気になることが、そのことをシスティがはっきりと覚えている事なんだよな。彼女、魔術競技祭の時は綺麗さっぱり忘れてたのに。

 

 

 

 ……まさか、ね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




えっ?もっといいイチャイチャを寄越せ?もっとかっこいい初代様を出せ?
……そんなの私が見たいです(半ギレ)


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番外編2

私は思いました。やはりシリアス(笑)よりもこうして軽いノリを書いているほうが筆が進みますね。

IF√消してしましょうか……。


 

 

 

 

 

――――――1  サン・オールドマン強化計画 ~初代様のパーフェクト晩鐘教室編~ 

 

 

 

 

 

 

 今日も平和に一日が終わった。

 ジャティス・ロウファンを殺して以降、派手な事件は起きていない。もしかしたら俺達の目の届かないところで何かドンパチしているのかもしれないが、まぁ目の前に出てこなければそれは俺にとってないのと同じことだ。

 

 ということで、今日も普段と変わらない日常を過ごし終えこの日の締めくくりとして己の寝床にダイブするところである。とりあえず、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こうして対面するのは久しいな。我が契約者よ』

 

「……何だ夢か(白目)」

 

 

 寝床に入り、目を閉じた俺は何時の間にか何処か見覚えのある場所へと飛ばされていた。あたりには蒼い炎を灯す松明が等間隔で設置されている何処か洞窟のような場所。視力の悪くない俺でもあまり遠くまで見ることはできない。そして、極め付けには俺の正面で厳格な気配を隠すことなく立っているお方。牛のような立派な双角を備えた髑髏面の奥に青白い眼光を滾らせた220㎝越えの人物――――そう、この世界に置いて、まさに文面通り一心同体である初代山の翁。通称初代様である。つまり紛うことなき夢。…現実とどっちがいいと聞かれたら返答に困るタイプの夢だ。

 

 何はともあれ、急に初代様がいることについてとても驚いたが、そもそもどうして俺は再び此処に呼ばれたのだろうか。今日は普通に生活していただけだ。日課であるショック・ボルトの改良も忘れていない。ここ最近、雨雲にショック・ボルトを叩き込めば雷を落とせるんじゃないかということを思いついて目下実験中なのだ。初代様が嫌いな堕落をしているわけではない。そう、俺はここに呼ばれた理由が全く見当がつかなかった。見当がつかなさすぎて超怖い。

 

「何か御用ですか?」

 

『……我が契約者よ。汝は我が力に一切触れず生を歩んでいくつもりだろう』

 

「――――――」

 

 バレテーラ。というか、そりゃばれるか。なんて言っても初代様は娯楽大好きろくでなし神様から俺なんかと一緒にされているのだから。つまり此処までの思考も全て筒抜けというわけである。これは死ねる。

 

「は、はい。……私には貴方様の力を使うほどの物を持ち得てはいません。覚悟、能力、信仰……どれを取っても足りないと自覚しております。そして同時に気軽に触れていいものではないということも知っております」

 

『触らぬ神に祟りなし……極東の言葉ではそう言うのだったな』

 

「はい」

 

『汝の言うことにも一理ある。だが、己の力を掌握し一寸の隙もなく己の物とする―――それも又、力ある者の義務。……力を欲する、欲さない。そのどちらでもこのことは変わらぬ』

 

「………」

 

『汝にとって力の掌握とはすなわち器の大成――――――故に、構えよ』

 

 初代様はそこまで語ると今まで自身の前で地面に突き刺すようにしていた大剣を片手で持つ。それは俺が直接見たことはない。けれど、直接出なければ見たこともあるし知っている。……初代様はここで俺に教えるつもりなのだ。この力の使い方と、それに負けない為の生き方を。

 

「――――――――っ……!」

 

 体が震える。

 当たり前だ。相手は人類史上最強にして最高の暗殺者。長い歴史の中に置いてグランドの位を授かった傑物。

 高々二度目の人生をやり直した人間に相手できる人物ではない。そのようなことは初代様も理解しているはずだ。であればこのやり取りの本懐は何処か?答えは一つ。俺の精神的なことである。

 初代様ははっきりと口にすることはなかったが、恐らくこのまま行けば俺は力に飲み込まれるだろう。晩鐘が馴染んだということはその分()が削られたということ。コップいっぱいの水に更に水を加えればこぼれながらまたいっぱいになることと何も変わらない。そのこぼれた水こそ嘗て俺を構成する一部だったというだけの話だ。

 

 本来なら、こう言ったことは教えてくれないし、そもそも自覚できないモノなのだろう。初代様、その残滓が俺のことを不憫だと温情をかけてくれているからこその現状だ。ならば、俺だってそれに報いなければならない。器の大成……何より、これ以上己を蝕まれないための精神を培うために。

 

――――覚悟を決めろ。ここでしくじれば失うのは自身だぞ。

 

 そうして俺は震えたままの身体で、初代様を見据える。はっきりと、戦う意思を乗せた視線を青い眼光と交える。例え弱くても、実際に力を扱うことができなくてもそれでいい。只、何物にも負けない己を。

 

『――――それでよい。では、死ねい(往くぞ)

 

「初代様!言葉を間違ってます!!」

 

 やっぱり無理かもしれない。涙が俺の頬を伝う。普通に考えて、瞳を蒼く光らせた220cmの大男が剣を振りかぶりながら襲い来るなんて恐怖でしかない。手加減してくれているのだろうその姿がはっきりと俺には見ることができた。故に更に恐怖が加速する。

 先程までの覚悟を決めた自分は何処にきっと既に初代様の手で葬られてしまったのだろう。情けないことに、半ば自暴自棄になりながら俺は魔術を発動。目の前の『死』に向かって突撃した―――。

 

 

 

 

 

 ちなみに、その次の日。

 自室で血まみれになった俺が発見された。傷自体は見当たらず、しかし血液は俺の物という摩訶不思議な現象を発生させてしまい。家族や学友、グレン先生、システィから思いっきり心配されたのはいい思い出でも何でもない。そして申し訳ない皆。多分これからも定期的に部屋が血まみれになると思う(白目)

 

 

 

 

 

 

――――2 サン・オールドマン強化計画  ~リィエルの(脳内)戦車でも分かるフィジカル・ブースト(仮)~

 

 

 

 

「私は感覚でやってるから」

 

「………終了!」

 

――――怠惰か?

 

「やっぱりやります」

 

「……?」

 

 フフフ、俺に逃げ場などない。

 それは既に分かり切っていたことだからいいとして、割と真面目にどうしようかな。リィエルは恐らく本人の言う通りほぼ無意識化で制御できているのだろう。故に彼女はあの細腕で馬鹿みたいにでかい剣を使えるし、尚且つ隙がない。

 ……比べて俺はショック・ボルトしか特出している物がない。当然フィジカル・ブーストも使えるだけで一節で発動することすらできない。そしてたとえ発動できたとしてもその出力は弱い。大した強化にならないのだ。

 

「―――むぅ。………ッ!サン、私にいい考えがある」

 

「それは助かるよ。どんなの?」

 

「出力が足りないなら一点集中」

 

 薄い胸を張ってリィエルはそう言った。その顔は無表情ながらも何処か自信に満ち溢れている。もしかしたらどや顔なのかもしれない。とりあえず、そんな彼女の頭を無意識に撫でながら彼女の言うことを吟味する。

 一点集中は確かにいいかもしれない。全身にくまなく巡らせるよりも効率よく強化ができるだろう。速さに関してはこれから何とか慣れる、もしくは戦闘に入る前に既に済ませておくと言った対策をとるしかないだろう。まぁ、初代様が対策だけで満足するわけがないのでショック・ボルト同様に日々努力を続けるつもりだ。

 

「とりあえずやってみよう――――我・秘めたる力を・解放せん!」

 

 ショック・ボルトよりもマナを消費したということを自覚しながら使ったフィジカル・ブーストを身体の一部に集中させようとする。だが、結果から言うとそれは成功しなかった。どうやら自分の身体は本格的にショック・ボルト以外の魔術適性をブン投げたらしい。細かい調整は全く聞かなかった。術式の方をいじってみてはどうかと試すものの見事に失敗。まるで世紀末な世界で死にざまを晒すモヒカンたちと同じ結末を辿りそうになった。

 

「……危なかった」

 

「サン、はじけ飛びそうだった……」

 

 流石のリィエルもあれは予想外だったのだろう。普段よりも顔を青くしている。そして俺は二度とショック・ボルト以外の術式を改変することをやめた。初代様も、これは見逃してくれると思う。なんというのか、言い訳とかではなく本当にショック・ボルト以外にはとことん縁がないらしい。

 

「これ以上は危険、やめとく?」

 

「そうしようかな―――――いや、最後に一つ試してみようか」

 

 この時俺の脳内に電撃が走る。

 いっその事フィジカル・ブーストにショック・ボルトの術式を組み込んで、合体させてみてはどうかと。半分フィジカル・ブーストだからわからないが、もう半分がショック・ボルトならもしかするのではないか……。とりあえず、そのことに関してリィエルに聞いてみた。

 

「……そんなことを試した人はいないと思う。少なくとも私は知らない」

 

「そうか」

 

 色々経験を積んでいる彼女ならもしかしたらと思ったがわからないらしい。まぁ、作った術式をすぐさま使うわけではないし、挑戦するだけなら只だ。結果がどうなるかはわからないが一先ず作ってみよう。

 

 結果、俺の頭が爆発した。……死ななくてよかったよ。

 

 この後は身体捌きの訓練としてリィエルと少しだけ戦うことになった。俺が勝てるわけないだろいい加減にしろ。

 無意識化で発動できるほどに洗礼されたフィジカル・ブースト。そして、振り方は滅茶苦茶なのに根本的に速く破壊力が絶大な大剣に命の危機を感じながら実に20分、ただひたすらに頑張って生き延びた。

 

「ん、サン。中々いい身のこなし」

 

「多分命の危機を感じてるからじゃないかな……っ!」

 

 実戦と同じ感じで戦えてとてもいい経験になったと思います。えぇ。

 

 

 

 

 

 

 

――――3 サン・オールドマン強化計画  ~グレン監修リアル鬼ごっこ~

 

 

 

 

 

 

『サン。お前は今身体を鍛えているらしいな!だったらとっておきの方法があるぜ!』

 

 ここ最近、俺が魔術ではなく身体を鍛えるというか動けるように色々している事に気づいたグレン先生は昨日の朝、俺に対してそんなことを言っていた。この段階で少し嫌な予感がしたのだが、彼の講師としての実力は確かである。本人も元々はそう言った荒事が多い職場に身を置いていることからもしかしたら真面目なものなのかもしれないと彼の話を受けた。

 

 

 そして次の日……つまり今日。

 学院は休みなのだが、グレン先生は何処からともなく手にしていた鍵を使って中に入っていた。警備員さんにも止められなかったところを見ると予め話しを通していたのかも知れない。

 

 なんて考えながらグレン先生の後姿を追いかけていると、俺の目にいきなり予想外の光景が映り込んできた。

 そこにはクラスの皆が居た。ご丁寧に動きやすい恰好で準備運動を行っている。本当にどうしたのだろうかと首を傾げると、ここでグレン先生が答えを言ってくれた。

 

「これから学院の敷地を貸し切って鬼ごっこを始める。逃げるのはサンだけ、他の連中は全員鬼だ」

 

「はっ?」

 

「よーいスタート!!」

 

『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!』

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!?」

 

 グレン先生の容赦ない号令より、クラスの皆が一斉に襲い掛かる。それはすぐさま身体を反転させてその場から逃げ出した。

 

「雷精の紫電よ!」

「大いなる風よ!」

 

「――っ!?攻撃を仕掛けてくるなんて……俺のクラスメイトは鬼かッ!」

『鬼だよ』

「そうでしたねこんちくしょう!」

 

 しかも彼らは俺が初代様の力を借りた姿を見ている。事情をある程度説明しているとは言え―――いや、事情を知っていてもあれだけの力を持っていると理解しているからこそ彼らに容赦の二文字はないだろう。

 

「走れ紫電・我が身体を・雷と化せ!」

 

 フィジカル・ブーストを元として、自分の脳から送られる伝令を早くする魔術。これにより、自身の考えたことが殆どノータイムで行うことができる。ぶっちゃけこれは初代様が俺の身体を使い続けて少し変質しているからこそ使える裏技である。あんまり長時間は使えないのだが、今この瞬間に置いてはそれだけでも十分だ。

 

「雷精の紫電よ!」

 

 再び、級友からの攻撃が俺を襲う。だが今回は避けない。ぎりぎりまで自分に引きつけ、そして俺の目的を達成できる地点まで到達すると、こちらもすぐにショック・ボルトを放った。

 お互いのショック・ボルトがぶつかり合い、爆発を起こす。俺のすぐ背後で起きた爆発―――その爆風を受けて俺は更に加速する。そして、そのまま前に向いていた勢いを殺すことなく高跳びの要領で上に向ける。近くにあった木に手をかけ、身体を一回転させて手をかけていた木の上に立つ。そこで立ち止まることなく、木を伝って学院の二階に移動してクラスメイトを撒いた。

 

「あいつ本当に人間か!?」

「確かあんな感じの人のことを指す言葉があったと思うのだけど」

「シノビじゃありませんか?」

 

 どちらかと言えば暗殺者の方かな。忍者じゃなくて。

 

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

 

 

―――――ククク、計画通り。

 

 

 

 誰も居なくなった集合場所。そこにただ一人残る男、グレン・レーダスは一人でまるで新世界の神にでもなりそうな実にあくどい笑みを浮かべていた。それもそのはず、今回彼がこうして学院を貸し切り鬼ごっこをするには訳があった。当然それはサンの強化計画―――――ではない。

 この男有事以外には清々しいほどの屑である。故に、特に誰に危機が迫っているわけでもない今回、彼が真のろくでなしになるのは当然の摂理であった。

 

 彼がここでサンと鬼ごっこをする理由は単純だ。まず一つ目として、例の如く今日ここで行われることをセリカ・アルフォネアとアルベルトに送っている。彼らは嘗て代行者とサンから忠告を受けているが、それは情報を口外した場合だ。恐らく彼らも自分達の存在がもたらす影響を自覚している。それ故に口外と利用以外は黙認しているのだろう。グレンも同じだ。彼らのことを信頼はしているが、それで周囲の人間が納得すると言えば否である。

 であれば、痛くもない腹を探らせそれで手打ちとしたほうが賢明だろうと考えていた。………尤も、今のグレンはシリアスではないのでただ単に金が欲しかっただけである。今挙げた理由はその七割が建前だ。

 

 そしてセリカから学院長に話を回した結果こうしてサン調査の舞台が整ったのである。

 

「さて、俺もそろそろ移動するか」

 

 サンが何処に行ったのかは理解できる。代行者となれば不可能だが、サンの気配を察知できない程グレンは衰えているわけではなかった。このまま仲介役として彼の姿を監視していれば自分の手元にお金が入り込んでくる。その額は相手が相手である故にかなりの高額となっている。

 再び緩む頬を引き締めながらグレンはその場から動こうとして―――――――その身体を止めた。何故か?それは背後から自分の肩を掴んでいる存在がいたからである。グレンは一体誰だと背後へ顔を向けた。するとそこには、この鬼ごっこに唯一参加していない人物が青筋を浮かべて立っていた。その迫力はまさに鬼神の如く。彼女の美しい銀髪はまるで彼女の感情に呼応するかのように宙へと浮いていた。

 

「ねぇ、グレン先生」

 

「………」

 

 声を発することができない。

 動くことができない。

 目を合わすことができない。

 

 今のグレンはまさに蛇に睨まれたカエル。このまま、目の前でご立腹な彼女の制裁を受けるだけの存在となり果ててしまったのだ。

 

「何を、しているのかしら?」

 

「……………………………(汗)」

 

「大いなる風よ!」

 

「待て白猫!早まるな……!アッ――――――!?」

 

 こうして悪は滅びた。

 諸悪の根源ことグレンを倒した彼女―――システィーナ・フィーベルはそのまま宙を舞い、地面に打ち付けられたグレンの身体を引きずりながら鬼ごっこを続けているクラスメイトへと合流。今すぐやめなければこうなると脅しつけた。誰もがこの時の彼女に逆らうことができなかった。

 

 

 

「あ、ありがとう。結構真面目に助かったよ。システィ」

 

「…………別にいいわよ」

 

 

 

 

――――4  おまけ編 ~呼び方~

 

 

 

 

「システィ。本当にさっきはありがとう」

 

「………さっきも言ったけど気にしないで。それにしてもルミアやリィエルまで参加してたなんて意外だったわ」

 

「うん……。後少し遅かったらリィエルに真っ二つにされそうだった」

 

「ギリギリね」

 

 実際、サンはギリギリだったのだ。

 リィエルはああ見えて執行官。それほどの実力を持っている彼女の攻撃をかわし続けるのは素のサンには少々荷が重かったのだ。もし、今の彼ではなく学院に天の智慧研究会が侵入したころであれば今頃彼は真っ二つだったことだろう。

 

「お礼として何かしたいと思うんだけど、何かしてほしいこととかある?」

 

「そこまで深刻に受け止めなくていいわよ。大したことをしたわけじゃないんだから」

 

 サンの言葉をシスティーナは手を振って断った。しかし、サンは引かない。先程は冗談交じりに言ったが、真っ二つの件は割とマジな話だった。リィエルもサンの代行者状態を知っている。故に普段よりも手加減ができずに、全力に近い攻撃を繰り出していたのだ。無傷なのが奇跡と言えるほどの事態だったのである。

 彼のただならぬ気配を受けてシスティーナも何かあったんだろうと察したらしい。サンに何をしてもらおうかと考え始める。そして―――考え込むように目をつむった。

 

 数分して再び目を開けた彼女はそのままサンに自分のしてほしいことを告げた。

 

「じゃあ、こう言う時には私のことをシスティーナって呼んでくれない?」

 

「…………」

 

「何よ」

 

 彼女の言葉にサンは一瞬だけ呆けた顔をした。その反応が気に入らなかったのか、そっぽを向いたシスティーナは不機嫌そうな声音を隠そうともせずにサンの反応を促す。彼女の様子に正気を取り戻したのかサンは数回頭を振った後、静かに微笑み、彼女の願いを了承した。

 

()()()()()()

 

「――――――――ッ!」

 

 要望通りサンは彼女の名前を口にする。システィーナはそれだけで白い肌が朱色に染まった。

 システィーナが初心ということもあるだろう。しかし、理由はそれだけではなかった。サンは彼女の名前を口にする時、唯名前を呼ぶのではなく彼女に対する気持ちも込めて呼んだ。それ故に声音は普段よりも格段に優しく、彼女の中にスッと溶け込んでいった。

 

「~~~~~っ!」

 

「………やっぱりやめとく?」

 

「こ、これくらい問題ない。えぇ、問題ないったらないわ」

 

「足震えてますけど」

 

「……」

 

「うん、これ以上は何も言わないよ」

 

 どうやっても再起不能になりそうな彼女を見ながらサンは静かに苦笑するのだった。……自身の目の前で顔を真っ赤にしているシスティーナと同じように赤く染まった耳元を隠しながら。

 

 

 

 

 




なんか、二人きりの時に愛称じゃなくてしっかりと呼んで欲しくなったの by白猫
………やだ、なにこの子可愛い by亡き王女(金髪)



ちなみにグレンがクラスメイト(ほぼ)全員を釣った餌は、彼が書き留めている自伝(笑)に記載されている某二人組の活動記録です。彼らの知らない場面での出来事が記載されている為、参加しました。ちなみに参加していないのはサン、システィーナ、ギイブルです。



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番外編3 New!

私は思いました。
いい加減、だらだらと引き延ばしをしていないでシーズン2を始めるかすっぱりやめるか決めるべきだと。しかし、なんとなくいい感じで終わった物を引き延ばしにすると駄作になるという経験ggg


あっ、ちなみに今回の話はこの物語の二大ヒロイン(白目)の話ですヨ!


 

 

 

 

 

 

――――1     感想欄(みんな)のヒロイン

 

 

 

 

 

 

 

 

「リィエル。この錬金術に関する魔術なんだが、もう少し効率よく運用したいんだ。何かいい方法を教えて欲しい」

 

「私は感覚で術を使っているから、そういうことは知らない」

 

「…………」

 

「諦めようギイブル。俺も似たようなことを言われた」

 

 もはや言うまでもなく場所はアルザーノ帝国魔術学院2学年2組。そこでは一人の少女に話を伺いに行った眼鏡の青年が項垂れる光景が目撃され、その友人である平々凡々の容姿を持つ青年が眼鏡の青年を慰めるように手を置いた。

 その三人とは説教女神を堕とした強者の雰囲気を出さないヤバイ奴ことサン・オールドマン。2組の孤高の眼鏡と陰ながらクラスで囁かれているギイブル・ウィズダン。そして、初日に様々な行動を起こして数多のインパクトを与えたにも関わらず、今ではマスコットとしての不動の地位を築き上げた少女、リィエル・レイフォードだった。

 

 ことの始まりは、錬金術に置いて絶対の自信を持っているギイブルが自身と同等――――いや、確実に自分以上の錬金術(物理)を使いこなすリィエルに対抗心を燃やしていたことから始まる。リィエルを目標として努力していた彼ではあるが元々彼は学年で上位に入るほどの秀才。教科書を読み解き、ひたすらに突き詰めるだけでは限界が訪れることは必然だっただろう。故に彼は自身が認めているリィエルに話を聞くことにした。前の彼であればそのようなことをしなかっただろう。しかし、クラス担任になった非常勤講師と、友人を自称するショック・ボルトキチに影響されこうして他人を頼ることを覚えたのだった。

 

 ―――まぁ、結果はこのように見事に玉砕したのだが。

 

「いや、ちょっと待とう。いくら何でも感覚だけであれらの術を発動させることが……」

 

「……正直、俺としてはリィエルが考えて術式を発動している、なんてことの方が信じられない上に想像できないんだけどね」

 

「サン。それは流石に失礼だと思う。……次の特訓は最初から本気で」

 

「藪蛇だったか………」

 

 そう呟いて、サンはリィエルのジト目の元に崩れ去った。後に残ったのは地面に四つん這いの状態で気落ちする青年二人。実にシュールな光景である。その二人を撃退したリィエルは彼らの行動を疑問に思った後、真似しようとして近くに居たルミアから止められていた。

 

 何とかorzの状態から立ち直ったギイブルはリィエルにお礼と謝罪をしてから自身の席に戻った。サンはそんな彼について行き、教科書を覗き込み、ショック・ボルトの時に鍛え上げた常識はずれの角度からの疑問や指摘をしてギイブルの助けになるようにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっちゃけ、別の系統の魔術式を組み込んでみたら?案外いけるかもしれないよ」

 

「ぶっ飛んでるのは頭の中だけにしてくれないかオールドマン。そんなことできるわけないだろう」

 

「相変わらず容赦のない罵倒。本気で泣けてくる。……それはともかく、できるわけがない―――その言葉を捨てないといい術式はできないよ?これは実体験ね」

 

 ギイブルはサンの言葉に眉を吊り上げた。

 確かにその通りだ。彼は確かに学年上位の秀才だが、それは学院が出題するテストの結果からであり、彼が行おうとしていることは教科書に載っていないとても常識はずれのことだ。

 

 サンは幼少のことからショック・ボルトの改変に着手していたという。常識という概念が出来上がっていないその時期に術式を覚えたことにより、今の彼のように豊富な改変魔術を使うことができるのかもしれないとギイブルは考え直した。

 であれば、彼の言うことも理にかなっている。これから自分が行おうとしていることは常識の範疇ではない。だからこそ、常識を前提としている知識は役に立たない。

 

「………取り合えず、試すだけ試してみるか」

 

「うん。試行錯誤は実際にやってみることが一番いい。百聞は一見に如かず。そして、百の観察よりも一の実践だ」

 

 サンの言葉にギイブルも頷く。そして、彼は自身が思い描く術式をとりあえず形にしてみるのだった。

 

 

 ちなみに結果は全滅だった。これには流石のギイブルもへこんだらしい。そして同時に改めてサン・オールドマンの異常性を理解したという。一方のサンはとりあえずギイブルが何故失敗したのかということを第三者目線からまとめたレポートを渡して、彼の心を引っ掻き回したことを此処に記しておく。

 

 

 

―――おまけ

 

 

 

「というよりもギイブル。グレン先生に相談しに行くという手もあったと思うんだけど、そこの所はどう?」

 

 サンのレポートを受けてギイブルが珍しく暴れまわり、そしてその全てをサンが翻しお互いに落ち着いたころ。学院内に存在する中庭のベンチにてギイブルにそう切り出すサン。

 

 問いかけられたギイブルは彼の質問に顔を顰め、そのまま視線をサンから外した。ギイブルの行動が読めなかったサンは首を傾げる。ギイブルは視線を合わせず、尚且つ顔を顰めたままでこう口にした。

 

「僕がグレン先生にそんなことを相談したら、絶対に何か言われるに違いないからだ」

 

 ギイブルの言葉にサンは考えを巡らせる。

 

 グレン・レーダスと言う男は基本的にろくでなしである。下手に出ている相手にはここぞとばかりに煽り立てる。自身の金もうけのために口八丁手八丁で生徒達を利用する。賭け事に限度を設けない。楽だと思うことに逃げ込む。etc.etc.

 

 そこまで思い至ったサンは更にギイブルがその普段のグレンに頼みに言った時の反応を予測する。

 

 

―――そっかー。孤独な俺かっKEEEEE!なギイブル君でもわからないかーwww。しょうがねぇな~。だったらこれから一か月ほど俺の昼食を奢り、俺のことをグレン大先生と敬ってもらわねえとなぁ?

 

 

 

 

「――――これはうざい」

 

「そうだろう」

 

 サンは想像上のグレンに心臓を停止させるショック・ボルトを放って消滅させた後にそう口に出した。ギイブルは何を想像していたのか大体予想できたのだろう。思いっきり同意した。

 もちろん、これは彼らの想像上の話であり、実際はグレンの真面目な部分が出現し、普通に教えてくれるかもしれないがそれは彼らにとってどうでもいいことである。重要なのは、そう言った可能性があるかもしれないということだけなのだ。

 

 結局彼らはそのまま二人で何とかすることを決めた。

 

 

 

 

 

――――――2   本編のヒロイン

 

 

 

 

 時刻は丁度太陽が真上に位置するかしないかという時間帯。主に通学路でよく通る噴水の前にシスティーナは立っていた。その恰好はいつものように制服(最早ただの(そっち系)コスプレ)ではなく、彼女の可愛らしさを引き立てるような私服。既にこの様子から普段とは違うことが伺えるだろうが、一番わかりやすいのは彼女がしきりに自身の髪の毛をいじりながら頬を赤く染めていることであった。

 すれ違えば十人中八人は振り返るであろう美少女である彼女の姿にその道を通りかかった人(男性)はついついその姿を視界に居れてしまう。中にはお近づきになりたいが故に声をかけようか迷う人物も居るほどだ。しかし、そんな彼らの葛藤は無意味に終わった。

 

「ごめん!お待たせ!」

 

「―――!」

 

 先程から男性たちの視線を釘付けにするシスティーナに一人の青年が駆け寄る。決して悪いわけではない、むしろ良いといってもいい容姿だがだからと言って印象に残るかと言われれば首を傾げるなんとも微妙な青年であった。だが、そんな彼が近づいた瞬間彼女は駆け出して青年―――サンの前まで行き、両手を腰に当ててこう言い放った。

 

「遅い!いくら何でも女性を待たせるのはどうかと思うわよ?」

 

「はい。言い訳の仕様がございません。本当に申し訳ありませんでした」

 

 明らかに怒っていますという風に青年を責めるシスティーナ。しかしそれは、もしかしてすっぽかされたかもしれないという不安から来るものだと、サン自身も察していた。伊達にクラスメイト達に察する男こそモテると豪語し、転生者として割と長い時間生きてきたわけではないのだ。……尤も、恋愛面でも勘の良さは彼女と一緒になってから培われたものである。

 ちなみに彼がこうして遅れたのは例の夢の中での特訓が原因である。普段通り目覚めたはいいもののあたり一面に飛び散る自身の血を処理するのに時間をかけすぎてしまい結果的に遅刻してしまったのだ。

 

「………けど、まぁ……来てくれたから許s――――やっぱり許さない」

 

「えっと、どうすれば?」

 

「て、手を繋いでくれたら許してあげる」

 

「――――――――クスッ。うん、それで許してくれるなら喜んで」

 

 システィーナも彼が寝坊などという理由で遅刻したなどとは思っていない。僅かに、本当に僅かに香る血液の匂いで今朝何があったのか、大体のことを察したからだ。今のはサンが予想を立てた通り、自身の不安を解消する為であり、やたらと包容力があるサンがそれを受け止めてくれると知っているからこその行動である。それでも、その負い目に付け込んで自分の欲望もちゃっかりかなえようとしてしまう。だがそれすらもサンにとっては把握済みであり………そこにはお互いがお互いを理解している、理解しようとしているからこそできるやり取りが確かに在った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っかー!全く青春してんなアイツら。それにしても相手が察しているからこそのツンデレか……。中々レベルの高いなおい」

 

「それがいいんじゃないですか。いいなー、システィ。きゅんきゅんするよ」

 

「……またのぞき見?」

 

 

 ついでに、色々と話題な二人のデートを聞きつけた。自称二人を見守り隊と言う名のストーカー達のやり取りも、確かに在った。

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

「この服はどう?」

 

「……うん、良く似合ってる。可愛いと思う」

 

「……さっきからそればっかりじゃない。結局どれが一番いいのよ」

 

「正直、何の服が流行とかは分からないんだよ。そう言ったことにはあまり興味がわかないから。でも、似合ってるのはホント」

 

「――――――言ってて恥ずかしくないの?」

 

「恥ずかしいに決まってるでしょうがぁ!」

 

 

 

 

「グレン。二人とも顔、まっか」

 

「そりゃあんなこと言えば顔の一つや二つ赤くなるだろうよ」

 

「でも恥ずかしいながらもはっきりと口にしてくれるのは意外と嬉しいものですよ?ちなみにグレン先生。この服はどう思いますか?」

 

「よく似合ってるじゃねえか」

 

「ありがとうございます♪」

 

「―――――(どっちもどっち?)」

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

「あっ、ここのお店美味しい……」

 

「そうでしょう?ここは私が昔から来てる所で、色々美味しいの」

 

「――――すみません。あちらのお客様方からです」

 

「そんなハードボイルド系ドラマでありそうな展開が現実で起こり得るなんて……って、何ですかこれ!?」

 

「―――――――」

 

「あちらのお客様から入りました。『魅惑のラブラブジュース』でございます」

 

「なんというプロ根性!すみません店員さん、このメニューは何処からですか?」

 

「あちらのお客様からです」

 

「こんなことをするのはグレン先生しかいないわっ!――――って、誰!?」

 

「それではごゆっくりどうぞ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「飲まなきゃ、駄目?」

 

「じゃないの?」

 

『(ゴクゴク)――――甘っ』

 

 

 

 

 

「ふぅ、セルフイリュージョンかけといてよかったぜ」

 

「きゃー!顔近いですね!」

 

「……もきゅもきゅ……ゴクン。……すみません、ここから此処まで、お願いします」

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

「んーっ!結構回ったわね」

 

「慣れ親しんだ街だけど、こうして改めて遊んでみると新しい発見もあるもんだね」

 

 今日一日を彼らは一緒に消費した。服屋に行ったり、食事に行ったり、他にも公園を散歩したり、小物などが販売されている店を冷かしたりした。今日一日の行動を振り返り、サンはまさに実際にデートを体験したことのない人物が立てる創作物でよくありそうな内容だと小さく笑った。

 

「今日はありがとう。いい気分転換になったし、楽しかったわ」

 

「こちらこそどうもありがとう。……色々堪能させていただきました」

 

 その言葉にシスティーナは今日の一日を振り返り、そしてすぐに顔を赤くした。元々、彼女の髪は太陽の光を反射して輝くほどキレイな銀髪であり、肌もシミ一つないまるで雪の如き白さを誇っている。故に赤面がよく目立つのだ。その様子を見たサンは再び笑みをこぼす。

 

「……いじわる」

 

「ごめんね」

 

 赤さが引かず、熱を貯め込んでしまっている顔でシスティーナはサンを睨みつける。流石に揶揄いすぎたかと彼は謝罪するが、その表情は未だに笑顔だ。まるで反省していない。

 

 やられっぱなしは性に合わないと感じたのか、ここで顔を赤くしサンを睨みつけるだけだったシスティーナが行動を起こした。彼女は隣を歩くサンに素早く近づくと、そのまま小さい唇をサンの耳元に近づける。それは奇しくも彼らの関係の始まりと同じ。

 

「―――大好き」

 

「―――――ッ!?」

 

 今度はサンがその顔を赤くする番だった。耳元で囁かれた(放たれた)システィーナの言葉(一撃)は見事にサンに致命傷を与えた。最早一撃必殺と言ってもいいくらいである。サンは耳元に手を置いてバッと後ろに飛退いた。その反応を見たシスティーナはまるで悪戯が成功した子どものように無邪気に笑っている。

 手痛い反撃を受けたサンはテレからか暫く頬を掻くも、元々は自分が悪いということで納得し再び彼女の隣に立った。そしてそのまま自然な動作で手を握る。システィーナもサンの手を強く握り返した。それ以降、彼らの間に会話はなかったものの、二人の表情に気まずさはなく唯々満足そうにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ちなみに後日談であるが

 

 

 

「―――と、いうことが合ったんだよ。お前達!」

 

『ごちそうさまです!』

 

『このロクでなしぃぃぃ!!』

 

 

 ストーカー三人衆の一人、怠惰のレーダスことグレンがクラスの生徒達にサンとシスティーナのデート内容を赤裸々に言い放ち、二人から追いかけられることになったのだった。グレンはその日、尋常じゃない動きをするサンに捕まり、ただひたすら放課後まで時折痙攣をする肉の塊にされたという。

 

 




そもそもシーズン2を始めるための資料がないからね!是非もないよね!


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続くか未定で未明のIF√
IF√……の予告みたいなもの。公開は未定であり、後悔している


最近サブタイトルで遊びまくってます首を出せです。
今回の話は今までとは結構違うので苦手という方はすぐさまブラウザバックをお勧めします。



 

 

 

 

 

 

 

 それはIFの物語。

 ほんの些細な出来事でこうなっていたのではないか……そういう話だ。いや、彼がその身に宿した力のことを考えるのであれば、こちらの方が本来の物語と言ってもいいのかもしれない。

 しかしそれを証明できるものなどありはしない。この世全て起こることは必然であり、成るべくしてなったのだから。

 

 これはその必然を覆した――――否、覆されてしまった。『彼』の物語である。

 

 

 

 

 

 

✖✖✖✖✖

 

 

 

 

 

 

 彼は不思議なことに二度目の人生を送っていた。原因は自称神様がはやりの神様転生というものに興味があるということで殺されてしまったことである。

 最も彼は全ての出来事に実感というものが湧かずに、為すがまま、されるがままに流されて第二の人生を歩み始めた。彼はそれでも不満はなかった。生まれ変わった世界は魔術というファンタジー且つ、物騒なもので溢れかえっていたがそれでも両親に恵まれたからである。明るく子どもっぽいが決めるところは決めてくれる父親に、日本でもないのに父親の3歩後ろで控えている絶滅危惧種、大和撫子のような母親……元■■■■ 、現サン=オールドマンである彼にとってはそれが何よりも救いだったのだ。

 

 

 

 だが、それも長くは続かなかった。

 父親は仕事の途中で事故に遭い死亡。その母親も後を追うように死んでしまった。残ったのはお約束の如く現れる財産目当ての親戚のみ。

 サン・オールドマンとなった彼はその親戚に財産の一切を受け渡し、人前から姿を消した。

 

 

 

 ……彼にとって、両親こそがこの世界で生きていくための理由だった。自身には■■■■だった記憶がある。そういった意味ではこの世にサン・オールドマンという人間は生まれていなかったのだ。彼のことをサン・オールドマン足らしめていたのは、彼のことを心の底から愛してくれていた両親だけ。幼い彼に友達はおらず、テンプレの親戚は彼のことを金を得るための道具としか見ていない。

 そう。両親が死んだ時、同時にサン・オールドマンという人物もこの世から消えてしまったのだ。

 

 幼くして姿を消した彼は、近所の広場に寝泊まりを繰り返していた。サン・オールドマンが死んだと本人は分かっている。だが、自分の生きる意味を失っても生物としての本能なのか。それとも理不尽に殺されていたのが無意識のトラウマとなっていたのか死のうとは思わなかったのである。そうして日々を生きているうちに、彼はある少女と出会ったのである。

 

 その少女は銀色の髪を持ち、真っ直ぐの瞳を持った少女だった。彼女はサン・オールドマン()()()少年にも引けを取ることなく、ズケズケと話しかけてくる子だった。彼女は幼いながらも聡明であり、彼の様子がおかしいことには気づいていた。しかし、彼が培った魔術の知識はいい刺激になると考えていたのかそれでも話しかけることをやめはしなかった。少年も彼女との時間だけは素直に楽しむことができた。下手に欲望を隠すことなく、自身の欲望を満たす為(自分の夢を叶える為)に話しかけているんだ、という彼女の態度を気に入っていた。

 

 ……しかし。不幸というものは誰にも平等に降りかかってくるものだ。悪と呼ばれる者達にも、正義と呼ばれる者達にも……平等に。

 

 

 

 

 

 彼は銀色の少女を狙った誘拐に巻き込まれてしまった。無関係の人間を纏めて攫ってくるなど三流にもほどがあるが、そんなことを考えている時間は彼に在りはしなかった。

 聞こえてくるのは男たちの声。その中には金を手に入れるだの、誘拐した銀色の少女を殺すなどと言っていた。これを聞いて焦るのは当然同じく連れてこられた彼である。彼にとって少女は自分の名前を呼んでくれる唯一の存在だった。もちろん、それは教えた名前を呼んでいるだけである。それでも■■■■の名前を言ってくれる存在には変わりない。……自分でも勝手にして気持ちが悪いと思ってしまっているが、いつの間にか彼女と話し、名前を呼ばれることが生きる理由となっていたのだ。

 

 男たちが動く。

 どうやら先程少女の両親に連絡を取り、金を用意させたことで少女が用済みとなったのだろう。この時代には監視の魔術があり少女のことを確認できるのだが、そのことを完全に忘れている当たり、やはり彼らは誘拐犯としては三流だろう。が、■■■■も自身が使う魔術以外には疎い。その為彼らの注意を惹きつけるために誘拐犯の足を引っかけ転ばせて注意を自分に向かわせた。

 

 

 サンドバッグもとやかくと言うほどに殴られ、蹴られる自身の状態を客観的に把握しながら持つ時間はのこり数分だとあたりを付けた。そして、彼は望む。この状況を打破する手立てを。外部からの助けでも、なんでもいい。むしろ自分が死んだとしても構わない。元々既に死んだ命。自身のことを気にかけてくれる存在もこの世にはいない。だが、目の前の少女は違う。両親が居て、尊敬できる祖父が居て、そして叶えたい夢がある。そんな未来ある彼女を目の前で失うわけにはいかなかったのだ。

 

 

 

 

 そんな時、彼の願いに応えた存在が居た。神様なんてものではなく、ましてや正義の味方でもない―――だが、誰よりも頼りになる存在が。

 

 

―――――――――選んだな。

 

 

 

 

 

✖✖✖✖✖

 

 

 

 気が付くと俺は今までとは明らかに違う場所にその身を投げ出していた。広がる光景は薄暗い炎に包まれた遺跡とも見間違える。肌を撫でる空気は冷たく、温かみを感じさせない空間が恐怖心を煽った。そして更に感じる。本能に訴えるほどの震え。未だ自身が感じて振り切れないもの。……『死』の気配を。

 

 俺は反射的に自分の真後ろに振り向いた。どうしてそうしたのかはわからない。しかし、しなければならないという強迫にも似た感情が働いた。……そうして俺が振り返った先には、牛のような立派な双角を備え、髑髏面の奥に青白い眼光を滾らせた大男が立っていた。

 そのたたずまいに一切のブレはない。存在するだけでも次元が違うと分からせるほどの人物。俺はその存在の正体を知っていた。嘗て生きていた世界に置いて、数々のプレイヤーを熱狂させた男。死すらも超越した神々の天敵。備わっていなかった恐怖を植え付ける、人類最強の暗殺者。ハサンを殺すハサン、最初にして最後のハサンである――――――――初代山の翁。グランドの位を冠する傑物が目の前で蒼い瞳をこちらに向けていた。

 余りに予想外にして圧倒的な人物の登場に、思わず全身が硬直して意識が吹き飛びそうになる。だが、自身の状況が切羽詰まっていることを思い出し意地でもその意識を繋ぎとめた。

 そんな中、初代山の翁は淡々と告げる。

 

『―――我が契約者よ。汝は現状の打破を望むか』

 

「……はい。望みます。初代山の翁殿」

 

 自分でも意外に思うほどその言葉はするりと出て来た。生前の俺であればテンションMax。色々な意味で取り乱していただろう。だが、今の俺にはそのような余裕などありはしない。

 

『それが何を意味するか……理解できない程愚かではないはずだ』

 

「全て承知の上です」

 

 よくて俺が死に、この状況を切り抜けられる。悪ければ俺も彼女も死ぬ。それだけのことだ。目の前の人物初代山の翁のことは詳しく知っているわけではない。むしろやっていたゲームで語られたこと以外は何も知りはしないくらいだ。だが、それでもこうして直接対峙するだけで色々と感じ取れることもあった。

 

『………選んだな。対価は後に告げる。今はその手で、鐘を鳴らせ』

 

「―――ありがとうございます……!」

 

 もしかしたら、これは俺が見ている夢なのかもしれない。いくら何でもトントン拍子に進みすぎている。だが、もはや夢かも知れないこれにも縋るしかないのだ。俺は目の前の初代山の翁―――初代様の差し出した剣を静かに取った。

 

 

 

 

✖✖✖✖✖

 

 

 

 

 最初に気づいたのは、彼をサンドバッグにしていた誘拐犯たちだった。自分達が攻撃していた子どもの身体から突然蒼い炎が噴き出し、彼の身体を包み込む。誘拐犯の男たちはとっさに少年から距離を取る。いざという時の為に両親が子どもの身体に自爆用の魔術を仕込んでいたかと彼らは当たりを付けた。この世界では先祖代々より受け継いだ魔術も存在している。その情報を公にしないために一切の証拠を残すことを赦さない家系も存在するのだ。彼らは今目の前の少年がそうだったのではないかと思い、彼のことを綺麗さっぱり忘れた。そして、本来の目的である少女に目を向けた。

 

 彼女は、自分の知り合いの少年が集団リンチされる姿を見て気を失ってしまっていた。誘拐犯たちは好都合だと言って彼女に対して魔術を発動しようとする。それはランクが低いながらも軍用魔術として使用されているライトニング・ピアス。子ども一人の命など簡単に消し去れるほどの代物だった。

 魔術式を構築し、そのまま放とうとした………その時。

 

 

 

 彼らの耳に重く響く、音を聞いた。

 

 

「な、なんだ?」

 

「これは……鐘の音か?」

 

「この付近に教会なんてものはなかったはずだぞ……?」

 

 疑問が次々と口を伝っては外に飛びだしていく。普段であれば鐘の音色程度は気にも留めないだろう。だが、これは違った。鐘の音が彼らに語り掛けてくるのだ。今すぐそちらに向かうと。

 彼らの背筋が同時に凍った。少女に対して向けようとしていた魔術を消して、別の魔術式を構築する。鐘の音を警戒してのことだ。他の誘拐犯たちも同じようにして警戒態勢を取った。隈なく室内を見回した時、彼らはその光景を目にした。

 

「あっ」

 

 一体、男たちの中の誰がその呟きを発したのか。彼らにはそれを確認するすべはななかった。彼らは唯目の前の光景にその視線を釘づけにされたのだ。

 

 

 場所は先程少年が燃えて死んだと思われた場所。蒼炎によって出た煙が先程まで少年がいた場所に集まっていき、黒い輪郭を作り出した。それは人の形をしており、高さは約二メートルといった所だろう。

 初めは二メートルの人型という漠然とした情報しか得ることのできなかったその煙は時間を断つごとにその姿をはっきりとしたものに変えていった。これに誘拐犯の男たちは、生物の本能から来る恐怖心に襲われた。あれは対峙してはいけないものだ。あれは近づいてはいけないものだ。そう訴えるが、身体が動かない。まるで地面に縫い付けられたかのようだった。

 

 鐘の音が先程よりも強く聞こえる。

 その音は厳格であり、清らかでもあり、神々しくもあり、そして――――恐ろしかった。

 

 

 

「ひぃ!?」

 

「ち、チィ!お前らぁ!魔術を使え!」

 

「―――!!」

 

 誘拐犯たちの頭と思われる男が自分に纏わりつく恐怖心を振り払い仲間に号令をかける。仲間達も自身の頭の言うことで何とか手を動かしその煙に向かって様々な魔術を発動した。 

 

 

 

 だが、黒い煙は健在だった。

 一寸も変わることなく同じ場所にてその身体をはっきりとさせていく。

 

 不幸と言うものは誰にでも平等に降りかかってくるものだ。それが正義と呼ばれる者達にも、悪と呼ばれる者達にも。

 

 

 

 

 カチャリ。金属がこすれるような音がした。

 カチャリ。黒い煙が一歩踏み出す音がした。

 カチャリ。黒い煙だったモノが剣を取り出す音がした。

 

 

 

 もはや男たちは自分の先を見た。これから先に救いなどはなく、逃げ道などもない。なんせ自分たちの目の前に居るのは生物が皆平等に逃れられぬ者であるからだ。

 

『――――聞くがよい。この鐘は汝の名前を指し示した。告死の羽、首を断つか。――――『■告■■』』

 

 

 

 ――――この日、三人の男たちと一人の少年は完全にこの世から消え去った。

 

 

 

 

 

 これは、本来の歴史からそれた彼の物語。

 初代山の翁を認識し、己の意思でその力を懇願した、彼の話。

 その存在には意味がない。その存在には理由がない。そのように思ってしまっていた彼が一人の少女に救われた。それだけの小さな話だ。




『彼』

 経歴は上に書いてある通り。元■■■■であり、サン・オールドマン。現在名前は生前の名前で通している。精神的に病んでいるところに少し会話をした少女に傾倒してしまったヤンデレチックな男。やばい(確信)

 この出来事から初代山の翁の力を貸してもらえるようになる。もちろん、初代山の翁の了承が必要であり、その回数は18回と限られている。またこの回数は本来の晩鐘が鳴り響いた時でもカウントされる。
 
 本当の回数は19回なのだが、その最期の一回は彼が自分の首を切り落とすときに使用されるため初代山の翁は18回と彼に伝えた。人類最高峰の力が使うことができるのであれば自分の命くらい安い。むしろ失礼ながらも在庫処分と疑ってしまうレベルの激安価格であると彼本人は考えている。

 実は初代山の翁のことを認識している為、本編よりもフィードバックは大きい故に本人もそれなりの実力を図らずに手に入れていた。
 戸籍というか、帰るところがぶっ飛んだので自分から帝国宮廷魔導士団特務分室に殴り込みに行き職を手に入れるというアグレッシブさをみせている。執行官No.は20で審判である。この仕事を始めてから毎年毎年晩鐘が鳴り響いていることに彼は内心でファンタジーマジやべぇと考えていた。
あ、特務分室には本人の実力で入ってます。


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IF√ 彼が学院に入学するまで

特にシリーズとして続ける気はありませんが、思いついたので。
……キャラ崩壊しておりますので、そう言ったことが苦手な人はブラウザバックをお願い致します。


 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……ハァ……ハァ……ぁっ!!」

 

 すっかりと夜も更け、街中には所々に設置されている街灯しか光源がないような時間帯。ローブ姿の人物は自身の息が上がっていることもいとわずにただひたすら街中を駆け抜けていた。まるで何かに追われているかのように。

 

「くっ……!こんなところで……!」

 

 足が縺れ駆け、地面に倒れそうになるが何とか態勢を立て直して再び一心不乱に走る。脇目もふらず、自身を追い立てる恐怖から逃れるように。ローブの人物はどうしてこうなったのか理解できなかった。只普段と同じように仲間たちと仕事をしていただけのはずだ。なのに、今日だけはそういつも通りに行くことはなかった。

 何処からともなく現れた男が自身の日常を脅かしたのだ。そのことにローブ姿の人物は言い様のない怒りを覚える。しかし、同時に感じていた。自分のことを追いかける人物には決して勝てないことを。故に彼はこの状況を脱し、別の仲間の所へ行くことにより、次の機会その人物へと報復することを決断した。

 

 だが、そんなローブ姿の人物の願いは叶わない。

 

「―――っ!」

 

 何故なら、自身の目の前には既にその男が立っていたからだ。自分と同じように全身を包み込むような大きさのローブを身に纏い、詳しい体格は分からない。只全体の大きさから男性であるということだけは読み取ることができた。

 

「な、何なんだお前は……!」

 

 思わず叫ぶ。

 何故自分が、どうして仲間たちが、そんな思いが彼の脳内を駆け巡っては声になることなく消えていく。

 

 一方、ローブ姿の人物の激情を言葉と共にぶつけられた男は何も答えない。動きもしない。深くかぶっているが故に表情は見えないが、頭部と思われるところから覗かせる視線は何処までも淡々としていた。

 

 そして、ローブ姿の人物は覚悟を決めることにした。先程の状況、仲間が必死に稼いでくれた時間をこうして無駄にするほどの人物だ。自分では到底逃げることはできないと悟ったが故である。

 静かに魔術式を構築すると共に、その魔術式に自身のマナを注いでいく。マナという名のエネルギーを取り込んだ術式は起動し、そのまま自身に秘められた力を開放していく。

 

 結果―――轟音と閃光が程走り、目の前の男をその術式は見事に喰らった。

 

 凄まじい轟音と黒い煙幕が男を包み込む。

 ローブ姿の人物は自身の前に広がる光景を見て、先程まで浮かべていた印象すらも忘れてただひたすらに仕留めたと思った。

 今の術式はローブのオリジナルであり、その威力はそんじょそこらの魔術とは比べ物にならない。文字通り自身の半生をつぎ込んで作りだした自慢の魔術なのだ。

 

 悠々とその場を後にしようと未だ黒い煙が上がっており、先程まで自分の仲間を殺した男がいた所へ背を向ける。それは紛れもない慢心だった。

 

 だからこそ、その結末は至極当然のものだったのだろう。

 

 

「――――――――っ!!??」

 

 

 自身の身体に何かが突き抜ける感覚。

 己に流れる血が外へと出ていき、体温がどんどん低下して言っていることがローブの人物には理解することができた。ゆっくりと、自身の身体に視線を向ける。するとそこには、自分の身体から人の拳が生え、見事に自身の身体を射貫いている光景だった。だが、それだけでは終わらない。自身が仕留めたと思っていた男はいつの間にかローブの人物のすぐ背後に回っており、そのまま耳元に口を近づけ、こうつぶやいた。

 

操想電葬(ザバーニーヤ)

 

 瞬間、ローブの人物は違和感に気づいた。

 体の中を電撃が走りまわるような感覚を覚え、動かそうともしていないにも関わらず自分の身体が勝手に動き始める。そしてそれは体だけにとどまらず、自分の脳内にまで侵食していき―――

 

「iiiakaiaajjokakkakaghpiap,agoirjg[a,g@ajgihia[al@gajpaj@gakitgpgra!!??」

 

 そのまま息絶えた。

 

 

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

「貴方、世紀末救世主か何かなの?」

 

「いきなり何の話だ」

 

 所変わってここは帝国宮廷魔導士団特務分室の室長室。

 この部屋の主である女性が男の報告を受けて呆れたように言葉を溢した。それに対して男は小首をかしげるばかりである。

 この部屋の主―――執行官におけるトップであり魔術師のアルカナを冠する女性、イヴ・イグナイトはなんとも思っていない男に対して彼が自身に持ってきた報告書を投げ渡した。当然、報告書は紙媒体で綴られており、投擲などしようものなら空中へと霧散するのだが、そこは男が全て回収するに至り大事にはならなかった。

 

「はぁ……というか、ここではその鬱陶しいローブと仮面を脱ぎなさい。見ていて暑苦しいのよ、ソレ」

 

「それは断る。ローブは確かに熱いからいいとして、仮面まではいだら何をされるのかさっぱりわからない」

 

「貴方は私のことを何だと思っているのかしら……?」

 

晩鐘が鳴りそうな(リーチかかってる)やばい奴」

 

「………(ピクピク」

 

 何におけるリーチなのかイヴにはわからない。だが、碌でもないことなのははっきりとわかっていた。そして、同時に思う。この遠慮なしにズバズバと物を言ってくる無礼者を今すぐにでもノしたいと。もちろん、そんなことをこの男にできるわけもない。戦おうにもここは既に男の距離だ。手を出そうとした瞬間にはこちらがやられる。長年同じ職場で共に居たためにその程度のことは嫌でも理解していた。

 

「……ハァ。貴方といるとストレスが溜まってしょうがないわ。―――さて、ネームレス。貴方にまた新しいお仕事を上げるわ」

 

「間髪入れずに新しい仕事とは本当にこの職場どうなってるんだ……」

 

「まともじゃない連中が集まるとっても楽しい仕事場よ。今さら気づいたの?」

 

「いや、知ってた。……で、取り敢えずどんな内容の仕事だ」

 

 深紅の髪をなびかせて若干ドヤ顔を決めるイヴ。その様子に今まで対峙していた男―――ネームレスは今度は自身が呆れるように息を吐いて先を促した。

 

 イヴはそのネームレスの様子に満足したようで、先程よりも明るい雰囲気で彼に与える仕事の内容を話し始めた。

 

「仕事の内容は長期任務。目的はルミア・ティンジェル(廃棄王女)の監視及び、それに飛びついてきたハイエナ達の始末よ。任期は……彼女が学院を卒業するまで。……実行は明日よ」

 

 ネームレスは告げられた仕事の内容に対して眉をひそめた。もちろん、その様子は仮面越しに見ているイヴには伝わっていない。彼の反応はもっともだ。長期任務の場合それに伴いそれ相応の準備が求められる。潜伏先はもちろん内容によっては職種や、自身の身の上の捏造など様々な根回しが必要となるのだ。

 けれど、今回の場合は違う。実行までの期間が極端に短すぎるのだ。これは明らかに彼女の嫌がらせであるとネームレスは気づいた。実際その通りである。

 

「汝は過去の失敗から何も学んでいないのか」

 

「……何を言っているの。過去の失敗を学んだからこそ貴方を送り込むのよ。彼女は餌として極上の物。何度口にしても飽きられることのない味を持つの。それを長く使用するにはそれ相応の物を用意する必要がある。―――此処まで言えば流石に理解できるでしょう?」

 

「………了解。その任確かに請け負った」

 

「潜伏先はアルザーノ帝国魔術学院。目的は今言った通り餌を守りながらそれにつられた連中の排除。入学の手続きだけは既に整えてあるわ。住処は自分で何とかしなさい」

 

「面倒な……」

 

 それだけ言い残してネームレスは姿を消した。

 まるで最初からいなかったかのように自然に姿を消した彼に、イヴは自身が座っている椅子に深く腰掛ける。

 

「魔術を使った形跡はなし……ね。……本当に、どうしたらあんな化け物が生まれるのかしら」

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

 コツコツと音を鳴らしながらネームレスは特務分室内の道を歩く。すると、彼は同僚のアルベルトに遭遇した。

 

「どこへ行くつもりだネームレス」

 

「これから長期の仕事」

 

「……詳しい期間は」

 

「恐らく三年だろう」

 

 アルベルトはすれ違いざまにネームレスを引き留めて問いかけた。彼もアルベルトのことを無視することなく足を止め彼の質問に答えていく。ネームレスが告げた内容にアルベルトは眉間にしわを寄せ、そのまま自身の指をあてて天を仰いだ。

 

「その仕事をお前に寄越したのはあの女か」

 

「それ以外に居ないだろ」

 

「―――少々直談判してくる」

 

 短い返答。だが、それに反してアルベルトの強い意思がしっかりと読み取ることができた。彼が何を思ってそのような行動に出るのか予想ができたネームレスは先程まで自分がいた場所に向かおうとするアルベルトの肩を掴んだ。

 

「落ち着けアルベルト。冷静になるんだ。言いたいことは分かるが……」

 

「止めるなネームレス。お前までいなくなったらリィエルの相手は本格的に俺だけとなる。あのバカも何も告げずに消えたばかりなのだからな」

 

 普段の冷静沈着な様子はその姿から見て取れることはない。どうやら今の彼は少しご乱心のようだった。だが、ネームレスもその気持ちが理解できるのか止めはするものの彼自身の言いたいことを否定するわけではなかった。

 

 リィエル・レイフォード。それが今アルベルトを苦労のどん底へと叩き込んでいる人物の名前である。彼らと同じ執行官であり戦車のアルカナを冠している。その姿はまさに戦車の名にふさわしく。彼女にとって「作戦」とは、どの人物がどの順番に真正面から突撃していくかというだけである。

 まさに戦車が擬人化したような少女、それがリィエル・レイフォードだった。そんな彼女を引き連れて偵察任務をこなすアルベルトの苦労をネームレスは理解していた。だからこそ、彼は一番の保護者であるグレン・レーダスが居なくなってから彼の穴を埋めるようにアルベルトのフォローを行っていたのだ。

 

「汝の気持ちはよくわかる。が、イヴは絶対に言うことを聞かないだろう」

 

「あの女も少しは俺の苦労を味わったほうがいい。……グレンと共にライトニング・ピアスをぶち込んでやる」

 

「マズイ、アルベルトが普段よりもご乱心だ……」

 

 結局、その場は何とかネームレスが収めたのだった。

 

 

 こうして『彼』はアルザーノ帝国魔術学院に入学することとなる。

 

 

 

 

 

 

 




予告編からの変更点。

名乗っている名前は生前の物ではなく、ナナシという意味でネームレスとありふれたものに変更。


―――『彼』改めネームレス――――

 宮廷魔導士団特務分室に入った後の彼が成長した姿。アルカナはNo.20審判を冠する。
 普段はローブ姿に髑髏の仮面をつけており、その外見は完全に呪碗のハサンっぽい。ちなみにイヴ以外の人物は全員素顔を知っている。彼女が知らない理由は上記の通り。
 既に晩鐘を10回ほど消費しており折り返し地点を過ぎている為に、口調が少しおかしいことになっている。
 ほぼ完全に物理系統型であり、ショック・ボルトすらも使えない。しかし触れられさえすれば自分の身体を介して他者に電撃を送ることは可能。初代様からのフィードバックを多大に受けている為、暗殺に関して右に出る者はいない。基本的に相手が気を逸らす、もしくは集中力が途切れた一瞬の内に相手を殺すのが彼の主体的なスタイルである。

――『操想電葬(ザバーニーヤ)』―――

 『彼』オリジナルの業。自分の身体を伝って電流を流し、相手の命令系統を滅茶苦茶にする。短期間であれば相手を意のままに操ることも可能。ただし、相手にかかる負担が大きすぎるために大体人形にする前に発狂する。というよりも、そんなことをすれば自身の首が飛ぶために操るようなことはしない。


―――ローブの人物――――

 アルザーノ帝国に潜伏していた魔術師。なんとなくいい人っぽい感じで語られてきたが、そんなことはない。彼にとって仕事とはいい素体を誘拐して実験することであり、彼の仲間達とは自身の御同輩である。ちなみに、命懸けで時間を稼いでくれたわけではなく彼が普通に生贄にしただけだったりする。でも鐘は鳴らない。







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