咲き枯れて星いざないの詩 (麻戸産チェーザレぬこ)
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簡単な注意と紹介

 うどんはほぼ「ゆゆゆい」から。


 さきにお願いというか注意があります。

 この拙作の地の文で『碓氷(うすい)ホロケウ(ほろけう)』『ホロケウ』と表記されている時は、結構真面目な話になっていたりな場面で書かいているつもりです。そして、あだ名である『ホロホロ(ほろほろ)』と記されている時は前文とは違う雰囲気の時に書くようにしています。

 

 

 

 次は簡単な紹介みたいなものぞよ。

 

 

 簡単な紹介

 

 

 

碓氷(うすい)ホロケウ(ほろけう)  愛称ホロホロ(ほろほろ)

アイヌ民族のシャーマン。

熱血で感情的な性格の少年である。

『広大なフキ畑をつくる!』というでっけぇ夢を叶える為、五百年に一度行われる世界中のシャーマン達が競う大会シャーマンファイトに参加。

彼は精霊を持ち霊とし、水・氷雪系の技を得意とする。

ホロホロの生命力において右に出るものはいない。神様だろうが死者だろうがゴキブリだろうが。ともかくそれほどしつけえヤツ。

そしてなれなれしい。

趣味はスノボ。好物はジンギスカン。

 

 

S(スピリット)O(オブ)R(レイン)

ホロホロの世界に存在する部族が持つ、水の力そのものが具現化した具現化した精霊。

有する能力は水流の制御、浸透、融解現象、冷却、熱交換、雨・津波・渦潮・洪水の発生など、ありとあらゆる水の力、そして癒しの力を持つ(オリジナル)。

 

 

 

碓氷(うすい)ピリカ(ぴりか)

ホロケウ(兄)思い。兄と同じくアイヌ民族のシャーマン。

シャーマンキングを目指す兄を地獄の修行で泣かしていた。

兄と同様に手先が器用であり、いい女性になること間違いなし。

好物はメロンパン。

 

 

 

シャーマンキング

グレートスピリッツを持ち霊とし、この世の森羅万象を司る地球の王。

 

 

 

ハオ

現・シャーマンキング。いわゆる神様。

原作において、ハオはアホ呼ばわりされている。

碓氷ホロケウを異世界(?)に送り出した。

 

 

 

グレートスピリッツ

シャーマンキングのみが持つことができる全知全能の霊。いわゆる神様。

グレートスピリッツの内部はいわゆる『あの世』となっていて『成仏』した霊もグレートスピリッツに還る。『コミューン』と呼ばれる、似通った魂が集まる小規模な集合体が無数に存在し、天使や悪魔といった高位の霊が住まう世界や、『王』と呼ばれる神クラスの霊が君臨するコミューンも存在する。

地獄のコミューンもある。

 

 

 

カリム

碓氷ホロケウ/ホロホロの善き理解者の一人。男。

 

 

オーバーソウル

霊が物体に憑依した際に溢れ出る、具現化した霊のこと。シャーマンによって本来物体に憑くことの出来ない霊を無理矢理憑依させ、巫力によって霊を具現化させる技術とも言える。

 

()(りょく)

シャーマンの力。

 

三ノ輪家

 

三ノ輪(みのわ)(ぎん) 

三ノ輪の長女で一番目。(わし)()須美(すみ)乃木(のぎ)(その)()という二人のともだちがいる。家族大好き。ちなみに勇者をやっている。

好物は海老天うどん、しょうゆ豆ジェラート。

 

三ノ輪(みのわ)(てつ)() 

銀の弟。長男。二番目。銀は善きねえちゃん。

好物は梅干しと薄切りカブうどん、柿茶。

 

三ノ輪(みのわ)金太郎(きんたろう) 

銀の弟。次男。末っ子。銀にべったり。

「愛情」。

 

三ノ輪(みのわ)幹道(みきみち) 

麻八の婿であり、銀・鉄男・金太郎の父親。麻八とは五歳がはなれている。年下。下の名前は独自。

好物は山菜づくしうどん。

 

 

三ノ輪(みのわ)麻八(まや) 

三ノ輪家の家長。幹道の嫁であり、銀・鉄男・金太郎の母親。教室と道場を開いているが子どもたちは知らない。下の名前は独自。

嫌いな食べ物はなめこ、なめこ料理はダメッッゼッタイ!!

 

きんかん

三毛猫。三ノ輪家で過ごすようになった元ノラ猫。

 

ともだち

 

(わし)()須美(すみ) 

乃木園子、三ノ輪銀のともだち。勇者その2。

好物はおろし醤油うどん。

ぼた餅づくりが趣味でもちろんぼた餅を食べる。

 

乃木(のぎ)(その)() 

鷲尾須美、三ノ輪銀のともだち。リーダーだが勇者その3。

好物は釜玉うどん。

時々ラップ口調になるのんびり屋さん。

 

 

 

神樹様 

神様。命ある者の最後の光。

 

 

大赦 

神樹様を祀る国(四国)の最高機関。大赦の人間は仮面をつけている。一枚岩らしい。

 

 

 

 バーテックスが人々を襲い、神樹様がおはします四国が最後の砦となりました。西暦は滅び、神世紀と云う暦に代わりました。そして本編神世紀298年からはじまりますが……。

 

 

 

 




麻八修正


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ももよぐさ 序章
とある日のおだやかな


 


 

 正午にさしかかろうとする小雨の帰り道。

 灰色の厚い雲は少しづづ光を帯びて上空の風に吹かれ、かすんでゆく。

 空の向こうがわには青い色が見え隠れをしていた。そう遠くない処から鳥の鳴き声が耳にはいってくる。その方を見ればめずらしい、仲好くならぶ3つの虹。

 

 じゃぁぶじゃ~ぶ~じゃぶりんりんぱっぱっ………傘布(かさぬの)は紫をふんだんに使い、露先(つゆさき)にあたるところから9センチを黒いろに染める洋傘の下。花葉色(はなばいろ)の長髪でのほほんとした女の子が歌う。

 そしてその子の隣には、漆のような黒髪を後ろで結った、発育のよい凛とした女の子がいた。

 

 2人の後ろで、もう1人の少女が足を止めて空を見上げていた。その子はこの3人の中で一番背が低く、シルバーグレイの少し雨に濡れた髪をポニーテールのようにセットしていた。

 普段活発な少女であったがこの時だけは酷く静かに見惚れていた。

 

 ともだちである須美と園子に教える。

 

「ねえ……! 見てみなって!!」

(ぎん)。もうすぐお昼なんだから静かに………っ」

「うおお~~お虹さんがみっつだ~! あの左の虹さんわたしみたぁ~い。そして右の虹さんは~わっしーだ~!」

「言えてるぞ園子っ。あの虹、園子みたいにぼんやりブラブラ揺れてるし、あっちの虹なんかどことなぁーく須美みたいにツンツンしてる」

「そのっち、銀。それはどういう意味かしら。教えてくれると嬉しいなぁ」

「わっしーみたいにクールだなぁ~って」

「それそれ」

 

 3人とも神樹館(しんじゅかん)――いっぱん的な小学校とは違い家柄が関係する教育施設――の6年生。

 園子の言い分を聞いた須美は「それそれ」と言った銀にだけ睨みをきかす。

 

「あー、ツンデレってやつよ」

「私のどこがツンデレよ!」

「……初めて会った時というか、勇者になってそこから色々あってこう、今みたいに一緒に帰る前さ。ほら……勇者になる前の私たちただのクラスメートだったじゃん。須美は近寄り難いザ委員長で、園子は変な子。まぁ悪い意味はないさ。もちろん」

 

 その通りだった。あの時の3人は住む世界がそれぞれ違い、狭い交差点を歩いていたとしても袖触れ合うことすら無いように過ごすのだと。

 

 そして須美、園子、銀は勇者でもあった。勇者とは人類の〝のぞみのひとつ〟。

 

 まず、3人の「今」は(しん)(せい)()298年6月24日。西暦は旧世紀となっていた。

 

 旧世紀である西暦にバーテックスという化け物が突如としてあらわれ人々を喰らい、人間が作ってきたビルや役所などを次々と壊していき人類を排除していった。そして人類を護るべく神樹様(しんじゅさま)という神様の集合体も四国に顕れてバーテックスは通れない壁をつくる。

 

 それと同時に大赦(たいしゃ)という人間の組織と、神樹様の御力(おおんちから)をたまわった勇者がバーテックスを滅するため表の世界にでてきた。そして生き残った人々は四国をめざした。

 ほぼ同時期に西暦は終わり、新たに神世紀とうつりかわる。

 

 これが神世紀におけるおおまかな歴史なのだけれども教科書では、

 

『人類を滅亡(めつぼう)の危機に(おちい)らせた死のウイルスです。外の世界で蔓延(まんえん)している死のウイルスから、神樹様(しんじゅさま)がわたしたちを護ってくださっているのです。』

 

 と記載されている。バーテックスの存在、勇者の存在は一般の人々に知られていない。神樹館の児童は勇者の存在はおぼろげに記憶しているがバーテックスの存在は知らない。

 大赦のとある位が高い者が言っていた。

 

「バーテックスは人類だけでなく神樹様も標的とした。神樹様の力をお借りするが勇者システムを、勇者を使った方がよいのだ。神樹様と我々大赦とともに創りだした、神樹様の負担を減らすシステムなのだから!」

 

 そうして須美、園子、銀は勇者として3体のバーテックスと闘った。最初こそ連携がとれず、普段の生活もさんざんであった。園子は銀にすこしの苦手意識を持っていたり、銀と須美はお互いを気にとめていなかったり、須美と園子は図書室で一緒になることがあったけれど園子と親しくなれるとは、あまり思っていなかった。

 

 だが、日がたつにつれお互いがお互いの善いところ、悪いところを知るようになった。励ましあった。褒めあった。一緒に怖い思いをした。一緒に楽しい思いと、思い出を須美と園子と銀の三人で築きあげた。勇者を鍛える合宿は傷がや豆が痛かった。

 園子の発案で須美の家でお泊り会をして須美の怪談に怯えながら寝た。勇者だから、など下らないモノはバーテックスと共にくたばった。

 

 

 銀が横目で園子と須美をちらり。 

 

 今こうして虹を見るのが楽しい。

 雨上がりの空の下をいっしょに帰るのが楽しい。

 

 でも、さよならをしたくない。

 

 ああ、そういえば、雨はどうしてやんだの? もっと降っていればどこかで雨宿りできたのに………。それか、雨に濡れながらバシャバシャ鳴らし走って園子か須美か銀の家におじゃまになりお風呂でおふざけしあたたまる。服がかわくまでなにをしようか。ああただ考えるだけなのにどうして心がはずむのだろう。

 

(ずっと、ずうっと)

 

 このままを……このさんにんでいたい。そしたらつらいのも、かなしみも、悪いのも、三人でならはねのけられる。そしてよろこびに楽しさ、おもいでは3倍どころではないのだ、と。

 

(…………ズッ友なぁ……)

 

 誰にも聴こえない声で銀はもらし、横にならぶ虹に目をきらめかせている須美と園子を見てはにかんだ。

 吸って、吐いて、うつむいて、そままま銀は抱きついた。

 

「わわっ、だいたんだよ~ミノさぁ~ん」

「はっ、はしたないわっぎん――ぎ、ん?」

「ミノさんが泣いちゃった!? どどどうしよ……」

「銀、傷がいたむの? ちょっと待っててすぐ応急処置するから」

「………にじ。きれいだね」

 

 あっけにとられた須美と園子は顔をみあわせ、これからイタズラをしでかす様にニンマリ口角を上げる。

 

「いよっ! 新雪の乙女・銀!!」

「なっ! なんだよそれぇ!」

「今のミノさんを次書く小説のヒロインの題材にしとよっかな~」

「恥ずかしいからやめてって! もう忘れろお前ら!!」

 

 ツンツンクールだがそれは静かに見守る虹、ぼんやりと揺らめき和ませる虹、2つの虹と少々黒い空と大地を明るくつなぐ虹が、須美と園子と銀のまえに、この閉じられた世界の中でマーチを描いている。

 

 

 

 



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ももよぐさ
一 ()ぎごと


 神仏、大地の森に息衝く精霊、死者の魂など、これらと自由に交流し人間ではなしえぬ力をこの世に、行使する者達がいる。彼らはシャーマンと呼ばれた。
 幽霊といった者を刀とかに憑依させたり、死者蘇生や傷を治すなど色々。


 ねぎごと――神仏に祈願する事柄。願い事。

 


 

 三月のすえ、うららかな朝。少女はまだ(とお)のころ。

 両親と弟は出かけていて学校の友達とも遊ばない休みの日に、少女しか知らない木々が開けたところにいた。そよ風に揺れる花々はまるく広がり黄緑の絨毯のよう、そして調和をとりながら点々に笑顔を覗かせる白い野花たち。

 今日みたいな一人のときや一人になりたいときはここに訪れ、小動物たちといっしょに遊ぶ。

 

 なんとなく。

 誰とも遊ばずに一人ここで小動物たちと遊ぼうと前日の、公園で友達と遊んだあとの帰り道にて思った。

 

 少女はご飯を携えていた。

 

「ほれ、まんまだよ」

 

 匂いにつられてか猫や栗鼠、たぬきや可愛らしい動物たちが集まる。

 

「あ~こらこらいっぱいあるから、そういそがない!」

 

 背負っていたカバンには『三ノ輪(みのわ)(ぎん)』の名札がつけられている。

 

「……!? ちょっ、銀さんの指も食べるなってば~まったく。今だすからまってて」

 

 三ノ輪銀とはこの子のようだ。

 

 ご飯をあげつつ銀は三毛猫の首まわりをこしょこしょとかく。三毛猫のゆるんだ表情を見てか、それとも銀と遊びたいからか鳴き声をあげながら銀の脚や空いている手に頭を擦りつけたり、こつんこつん頭をあてる。

 見守る春の陽ざしが小動物たちを和ませる。

 

「ではっ、一列にならーベー」

 

 並ぶ気配は感じられない。

 分かってたけど――悪戯っ子のように舌をだす。

 

「ねぇ、ひとりいないけ、ど」

 

 ひとり。いつも我さきに銀に飛びつく白い小鳥と今日まだ会っていない。

 その小鳥がなつっこいのではなく逆である。銀が涙する日がつづいた時に寄り添ってくれたのだ。もちろんこれは銀の主観であり低木にて羽休みをしていたところ、しゃくりをあげながら木々の間からあらわれ、隣に座られたけど小鳥は静かにしていた。以来べったりだった。

 ここは静かなところだ。だが静かすぎて、鼓動の音が異様に速く感じてしまいウルサかった。

 雲が太陽を覆い隠してゆく。つい先ほどまで白く咲いていた野花は(こうべ)をたらし(しお)れていた。太陽が無くなったので本性というのか、花々の真実が現れてしまった。

 太陽が雲から脱出すれば、銀からはなれたところに白い鳥が横たわっていた。

 糸が切れた人形のように体の芯が通っておらず

 

「な、なんだそこにいたのか、夜ふかし? 驚かせるの銀さんキラいだなぁ」

 

 その小鳥へ足をすすめていった。ゆっくり、おぼつかない足で。

 小鳥の前で膝を曲げて、いつの間にか知らないうちに震えていたか細いゆびで頭をなでてあげた。なでる流れに沿うよう白いともだちを両手へのせる。

 影はすこぶる震えていた。

 見上げた銀の頬を、涙はつたう。そよ風が吹いた。

 ともだちの羽はひどく青いそらへ、高く吸い込まれてゆく―――――。

 

 

 

 

 ゆっくりまぶたを開けて、いつのまに、と銀。学校の遠足帰りのバスで、最後尾の座席に座りながら揺れていた。

 細い淑やかな(まつげ)は湿っていたため日に焼けた指で涙を拭きとる。

 学校に着いて、二人のともだちと帰り、そして別れてからあの子のお墓にいこうかなと、左窓の先の夕陽に少し顔を向けながら思う。

 

 二人のともだちとは銀の右隣に座ってねむる、誰よりも規律に厳しくも少しポンコツの気がありそこが可愛くて幼いながらも大和撫子なともだち(わし)()須美(すみ)

 須美の隣で口をちいさく開けながら須美の肩に頭をのせてねむり、結構な名家のお嬢様であり上品な顔立ちに似合わぬドジっ子だが、ある点において誰よりも頼もしく出来ぬ事は何も無い天才児なともだち乃木(のぎ)(その)()。気が置けない二人の大親友。

 

 見やり、微笑み――

 

 三人はずっと一緒――もしさ、私だけどこかにいっちゃっても………せなか、ちゃんとおしてあげるからね

 

 銀は、横に振ることができなかった。

 なぜ否定できなかったのか考えようとしたら背中に冷気が走った。 

 

「……夕陽の感傷。ッフ―――あっ」

 

 三人の『三』で銀は思いだした。今月は七月の二十三日が両親の結婚記念日であり、そろそろ準備にとりかからねばならないのだった。

 帰ったら弟の鉄男と作戦会議をしようと決める。すると、なぜか頬がゆるんできた。

 

 無事に学校に着いて担任である安芸が帰りの会を終わらせ、いつもの三人は寄り道をしながら帰った。普段ガミガミうるさい須美が何も言わなかったのでおそらく須美は遠足気分でいるに違いない、と園子と銀は耳打ちをしている。

 

「なっなに! わたしにも教えて!! 二人だけってずるいわっ、ず・る・いっ」

「わっし~なあんでもないよお~。ただわっしーかわいいねってミノさんと言ってただけだよ~ねーミノさん」

「まったくですな。どうする園子お? 須美さっき私らをズル呼ばわりしたぞこうなったらーー。どうされたい須美?」

「銀、途中で考えるのやめたでしょ。いけないわそれ。あとでお手本を銀の体と精神に叩き込むから」

「もしかしてあの時のきせかえコンテストみたいにミノさん泣かせるの~わっしー?」

「そのっち流石ね。銀が覚え悪かったら(ご褒美)として」

「ごめんなさい私が悪かったです須美さん」

 

 分かればよろしいのだよ銀くん、と須美が野太い声で言った。さながら部下に対して自身を誇示する上官であろうか。

 よそに園子が思いだしたかのように言う。

 

「二人とも知ってる? 〝神世記七不思議〟の一つの――」

「あーダメダメ! 園子ォ。今はたそがれ時だぞ、そんな怖いの言ってどうするの、夜一人で脱衣所にいれなくなるぞ!」

「もしかしてあの漫画?」

 

 銀が耳を塞ぎながら壊れるロボットのようにウギギと動きながらやめてよと訴えるが、須美にスイッチが入ってしまい二対一の構図になる。

 

「そうなんよ~。それがね~なんと~連載再開したんだって~」

「たしか二十年ぐらい前に最終回迎えたはずよね? ……神世記になる前の西暦二千年代の漫画で、新世紀元年からもずうっと描かれている〝股旅(またたび)(タマ)ネコたちへ〟。原作者は西暦の終わりを導いた〝死のウイルス事件〟を生き抜いた生き証人。〝ウイルス〟にかかったらしいのにも関わらず死なないで、むしろ生きることをウイルスか何者かに強いられている……」

「おかしな話しだよね~嘘っぱち臭ーい」

「そう! そんな大昔の人間が今の時代まで生きてるはずがない。トォセ、絵やセリフ回しが同じな人が書いてるに決まってるよ。まったくバカバカしい」

 

 今度は園子と須美が目くばせして、にやけながら頷いた。

 前の二人が夕日を背にしながら少しずつ首をひねり、ひねりきって、動かなくなったと思えば生あたたかい息を長く吐き、嗤った。

 

「ほぉんとおにぃ?」

「っひ、このアホ!」

 

 銀は頬を朱らめ、須美と園子は晴々した顔でなぐさめる。その時だ。顔つきが一変。

 なぜなら、不気味な静けさを感じとったのだ。

 

「時が、世界が止まったわ」

 

 この現象は、バーテックスという人類の敵が最後の人類生存圏である四国に侵入したとき、人々を守る神樹様という神が樹海と呼ばれる一種の空間結界を造り出したから。樹海化により生物も非生物も植物に覆われ同化する。そのような樹海を自由に動けるのは須美、園子、銀といった勇者だけだ。

 樹海化されることでバーテックスの攻撃で被害を受けることが無くなるけれども、時間が長引いたり神樹が攻撃されてしまうとその反動が現実に災いとなって降りかかる。

 

 三人は勇者専用端末を手に取り、勇者へとその姿を変えた。

 ちなみにだが勇者に選ばれるのは無垢な少女だけ。

 

「バーテックスはお呼びじゃないんだけどねぇ」

「も~せっかく楽しい遠足だったのに~。最後の最後でコレなんて無粋ってやつだよ~」

「遠足終わった後に来た分、マシじゃん」

「家に帰るまでが遠足なのよ、銀」

「先生か!」

「それじゃあ~行くよ~! なんたって今の私はひと味違うよ~」

 

 三人はバーテックスを撃退すべく駆け、樹海化の最中に生まれた細い丘を飛び越え、別の丘に着地してはまた飛び越える。

 園子は続けざまに、

 

「甘口じゃなくて、ビターな私だよ~!」

「よく言った園子。それでこそ男だ」

「緊張感!」

 

 そんな三人の勇者であったが、三人で一体をなんとか撃退できるくらいなのに三体のバーテックスが襲ってきた。

 初戦は善戦していたのだが最後に現れたバーテックスが不意討ちをしてきて、須美と園子を瀕死直前まで追いやる。

 須美と園子よりはマシだった銀はともだちを安全な処に寝かせて、――またね……と言い残し撃退しに往く。

 須美のぼやけた目に一人で全てを背負い込もうとする小さな背が映り、手をのばそうとしたが、力尽きてしまった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦二千年の一月四日。

 去年の十一月に兄は十四歳を、妹はその年の二月に十二歳を無事に迎えた。

 

 二人の兄妹は四日前まで行われていたとある大会、シャーマンキングという名の地球を司る王、言いかえれば神様を決めるシャーマンファイトを本選敗退という結果で終えた。

 この世もあの世も全てを救う神様を生きている人間から選ぶ、侵してはならない儀式。最悪、負けたら命を落とす危険もあった――実のところ優勝し神へと成った者によりシャーマンファイトに関わった全ての人間が殺されて、生き返ったが――。また、優勝したとしても死ぬ運命(さだめ)

 

 例えるなら人柱のようなものだろうか。人が神に成るのだからこの点においては当然であろうし、ほとんどの参加者やその関係者もそれを理解していた。

 

 そしてすべてが終われば兄と妹は大会で出逢った友たちと宴会を楽しんでいた。

 

 友人たちのこれからを讃えあった宴も終わり、あしたの朝一番の新幹線に乗るから兄妹は東京のホテルで一泊する。

 

 ――どさり。部屋にはいるまで、自分のと妹の荷物をかついでいた兄は窓ぎわに置きにゆく。

 上半身を起こせば窓ガラスに、兄へと歩く妹が反射する。そして窓の外を見渡した。夜景が目障りだったのだろうか空を見上げてみたけれども首を振り、カーテンを閉めた。

 振り返れば、踏み外せば命を落とす氷の道を俯きながら、足をふらつかせて歩を進ませる妹、この世にもあの世にも一人しかいない妹を、兄はむかえにゆく。

 

「泣きやめよ、ピリカ」

「ない、てないもん……」

 

 ピリカは兄を大会に優勝させるために支え続けていた。

 そして、シャーマンファイトで死なせないよう、生きて笑顔が見られるよう兄を励ましていた。

 北の大地は北海道で、自然の温かさに厳しさを師として一緒にふんばった。兄を思った修行を考え、それを課せば地獄の如き修行だったので兄は泣き、そんな愛する兄を叱咤した。そして兄は妹と、今は亡き親友との思いを胸に抱いて、夢を叶える為に奮戦し、一時たりとも棄てなかった。

 兄の胸で泣くピリカ。

 

「おに、ぃっちゃん………」

「ありがとなピリカ。ピリカがいなかったら、オレぁ今、ここにはいなかったよ。本選に出る未来も無かった、予選も、大会参加資格も無かった、ピリカとこうしていることも無かった………ピリカ」

 

 ピリカは震えながらゆっくり、おにいちゃんの胸に自分の顔を押し付けつつ横にふる。

 湖に映る冬空のようなおなじ色――、兄とおなじ色彩の髪に温かい雫が、重なりあう。

 

 ありがとう

 

 目をほそめ妹の背中をさする。

 しだいに、抱きしめていった。

 

「ふろ、さきにはいりな」

 

 頷かない。

 おにいちゃんは頭をなでた。すると涙に消え入るような声がうっすら聴こえたので、顔をよせる。ピリカが何か言い、兄は微笑みながらうなずく。

 

「だな。ホロケウお兄ちゃんと久しぶりにはいるか……」

 

 頷くピリカ。

 ピリカの兄ホロケウがもう一度頭を撫でてやり道具を取りに行こうとしたけれども、ピリカは離さない。やはり、ホロケウも同じような思いがあったからなのか、ピリカとホロケウは離れずにいた。

 しばらくベッドに座りながら重なりあっていたけれども時間が来たので、ホロケウとピリカは脱衣所へ向かう。

 

「何だよピリカ」

「べつにぃーー」

 

 なぜか機嫌を悪くしてい、何か言おうとした時だった。

 

「ほう、兄妹仲睦まじく風呂か」

「て、てててめぇーはッ!?」

「は、ハオさんッ!?」

「『ハオさん』じゃない。シャーマンキングだ」

 

 艶がある黒髪をのばし日本人形ように整った顔立ちをした少年が例のシャーマンキングである。

 極度の人間嫌いであり、弟好きをこじらせていて、見た目からして年齢はホロケウと同じに見えるけれど千歳を超えている。

 

「いやおなじだろ」

「うるさい。おいピリカ、すまないがお前の兄を借りるぞ」

「ダメですッ。()()()()()()()をわたすなんて()デスッ。ハオさんそれでも神さまですか」

「まったくダッ。俺たちの時間邪魔すんじゃあねえ。この常識知らずのアホが」

「……ッフ。だが、僕という神がホロホロ((ホロケウ))に頼みにきているんだぞ?」

「んなこた知ってる。お前でも手に負えないってのがな。せっかくピリカとゆっくりできると思ったのによ」

「………せっかくお兄ちゃんといっしょなのに」

 

 ハオはため息をついた。

 

「しょうがない。お前の妹が寝付くまでの時間はやるさ。終わったらこの鈴を鳴らせ」

 

 鈴を投げ、そう言い残し消える。

 しばらく経ってからピリカとホロケウが米粒のような喧嘩をはじめるのだった。

 

 

 

 青空色の髪が血管をピクピクさせながら現れた。

 

「やぁ、碓氷(うすい)ホロケウ」

「おめぇ、ざけんなよ。あと、その名前で呼ぶんじゃねーつうの」

「だがお前の氷は解けたんだろ? カリムから聞いたぞ」

「あのブサイク野郎ォ……で、わざわざこのような人間をシャーマンキング様のコミューンに連れてきて何させるつもりだよ」

 

 ブサイク野郎とは言ったが彼に感謝の思いを忘れた刻はない。

 

 ホロホロはぎりぎり歯を鳴らし目の前の、さらさらした漆黒な長髪で女顔な美形少年を睨む。

 一人と一柱が相対する場所は辺りいちめん真っ白な世界であり静寂に包まれているが、ホロホロが召還されてから少し賑やかになっていた。

 

「お使いだよ。ここではない世界に行ってはくれまいか」

「何で俺なんだよ」

「キミが一番暇してるだろ?」

「……。お前たしか全知全能の神様になったんだよなァ? やっぱおめぇアホだよ」

 

 言うや否やホロホロの顎に隕石が衝突。

 戦闘モードに入っていたら簡単に避けられるのだが。

 

「ハオぉぉお、死にかけたぞ! どっちもどっちだけどッ」

「これから僕が言うことをよく聞け。まずだ、彼方(あちら)には協力者がいてな――」

「協力者? 協力者がいるならソイツらにやってもらえばいいんじゃ、いや違うか。ソイツら負傷でもしたか、()()()()()じゃあない、か」

「んー、まずまずな考えだが悪くはない。()()()()()()()()()のは彼彼女たちが二十代後半の時で、たしか既に全員米寿は迎えてぽっくり逝ったから……、あの子たちがいない二百すう十年を経た世界にキミは往くんだよ」

「待ていっ跳躍力高いって! お前がシャーマンキングになってから四日。彼岸と此岸や、異世界と今いる世界の時の流れにはズレ生じるって大衆向けの物語にあるが、詰めこみすぎよ? 頭が追いつかん」

「僕もここまでとは思わなかったさ……話を戻すね。初代の協力者はいないけど()は消えちゃあいない。次世代の人間がキミの生活面を陰ながら支えてくれる」

「へぇ、有り難い。でんも霊能力者じゃないのね」

「初代は霊的力を持っていたけど………。お使いといったがそこには人間たちが云う、いわゆる、そのなんだ、化け物が存在し…………まぁ、迷惑をかけているんだ」

他人(ひと)を助けようなんざ成長したな」

 

 褒めるなよ、照れるじゃないかとハオは微笑み、ハオが左手の人差し指だけをたたしホロホロの額にあてて小さくつぶやき始める。かろうじて聞き取れるけれども聞いたことが無い言葉たちだった。

 

 時は移ろい続ける。耳に聞こえてくるのはやはり、ハオの何かしらのささやくような詠唱。

 

 突如として、ホロホロにヴィジョンが浮かんだ。

 

 一人の少女がバカデカい生物、否、怪獣と双斧で戦っていた。普段は活気あっただろう可愛げな顔は睨みを利かせ、頬は空気に触れ、少し黒っぽく変色した切り傷に水ぶくれ。

 紅い戦闘服はところどころ破かれ、血は流れてゆきゆっくりと、時間をかけてゆっくりと、赤く、染めゆく。細いがしっかりとした瑞々しい小麦肌なる脚にはアオイ痣ができ、土埃を体に被り、ちいさなちいさなコンクリートの破片がいたる傷グチから中身に触れてい、肩で呼吸するだけでいたいけな少女の肉に。

 怪物から遠ざかろうと足は震えて下がりそうになるが、なんとかして後だけには下がるまいっ! 純白な歯を思う存分、にかっ――。

 

 気丈にふるまうような少女を、碓氷ホロケウは視ていた。

 ハオが確認を取りホロケウは、ああと一言発して消える。

 

「ホロホロ 碓氷ホロケウよ

 

  星祭りのゆめ紡ぐ 

 

  朝が歌は肴 水面(みなも)の月をうつは舞い

 

  小金の大地を結ばん ()えたる遣い

 

  汝 (きざ)す雨也

 

  ……さて、お前らのほうは枯れるを恐れず咲くだけか」

 

 コミューンには、誰もいない。

 

 

 

 

 

 樹海化は、少し解けていた。

 もの凄く高い山のような細い丘に立ち、紅い戦闘服をたなびかせる少女。

 

「っくっそーこれじゃカッコつかん」

 

 目の前で蔑んでくる一体のバーッテクッスを相手に三ノ輪銀はぼやく。バーテックスのペースに呑まれないために場違いなことを言ってみた。

 雑音が消えて視野は広くなった。やっぱやってみるもんだなと新たな発見をする。

 

 敵は他に二体いるが暫らくは地の底でお昼寝中である。

 

 一体だけでいい、今はこの、サソリの尾をもつバーテックスだけでも撃退出来れば善い。

 斧を中段に構える。呼吸を落ち着かせ、全身の力を抜き、糞野郎の糞呼吸を見極め、合わせ、挫く。

 

 己は殺す斧だ考えるな感じるな。

 

 すると何かがきらめく。

 

 銀の持つ斧が熱を帯びて蒸気を噴き出し白銀に輝きだす、銀のまわりの空気が熱くなり、蝕んでいた破片どもが上空へと打ち放たれ、……斧に(ひび)がはいっていく。

 

 風を切る韋駄天が怪物の首を狩りに飛びかかりバーテックスは一瞬にして消えた小娘を追い、見つけたかと思えば目前で頭を刎ねる構えが完遂。

 

 バーテックスは今までナメ腐っていた(われ)捨てて生意気を叩き潰す為、唸って爆風を発し銀に浴びさせた。緩んだ瞬間にこれもまた殺す準備が整った。

 

 銀は叫んだ。満身創痍それがどうした怪物野郎、緩んだだって? これは死に逝く者(星野郎)に対するただのメイドの土産だ――。 

 

「お前に……あたしはっ!! にんげんさまのおお――気合いって、ヤツをさああっっ」

 

 衝撃波がこの瞬間生まれる。

 上が騒がしいと思うも目の前の敵に全神経をもって集中する銀と、何故か泣きべそかきながら落下するホロホロが衝突したモノだ。

 

 ――にゃっぎっ!?

 ――イッ!?

 

 三ノ輪銀とホロホロの意識が少し飛び、反動でバーテックスの視界から消える。死に直結する攻撃を二人は回避した。

 

 意識不明の機会を見逃してやるほどの寛容さをバーテックスは持ち合わせておらず、そして、二体のバーテックスが起き上がり、サソリのバーテックスにむかう。

 三つの巨大な影が子ども二人を囲んでゆき三体は顔を天へとむけて()()をつくる。

 

 さきほどまで樹海は神秘的な明るさを有していたけれども、バーテックスが形成する黒い玉がソレを奪う。

 

 三ノ輪銀が起き上がり、スノーボードを背負い、白目をむき阿呆面した見知らぬホロホロを抱きかかえ十二分に距離をとった。

 視野に奴らがきっちり入るけれども身体は震え、倒れていた場所に置いてしまった斧を取りにゆけない。

 

 ――……バケモノはあそこにいるのにィ、ナニやられたんだ!

 

 嘲うかのようなバーテックスの頭上にはでかく闇を凝縮した弾がイカヅチを帯びてい、銀の体が完全に停止した。

 

 しかし、睨んでいた。

 睨み続けることしかできなくて、ボロボロな己を叱咤することもできなく、悔みがあり過ぎて。

 

 緑におおわれたアスファルトが少しづつ濡れてゆく。

 

 闇が静に迫ってくる。一つも残さず触れたものを歪ませ呑みこんでゆく。

 闇に喰われる時が近づくにつれ、銀に赤ん坊の弟の泣き声が届いた。

 戦わせてくれと願うが、指一本も動く気配がない。死が頭によぎった瞬間――――。

 

 こちらへ放たれた忌々しき砲弾が氷漬けになり、砕け散った。

 

ウォセ((遠吠え))…………」

 

 雪花弁は舞う。

 銀の瞳に映るは、吹雪のようにさびしい眼をしたホロケウ。右の手に身体が青く頭が縦に長い小人(?)を乗せている。

 

「ワルイが、とっととひかねえと凍傷するぜ?」

 

 突然、三体の図体がビクッと震えたかと思えば、カベの外へ退散していく。

 

「あ、……」

「通りすがりのアイヌなシャーマン、ホロホロさっ」

 

 ニッと歯を見せて笑った。

 

 



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二 清らなり、枯れた花

・図太い神経の持ち主なためホロホロは下の名前をちゃん付けで呼んでいます
・『清らなり、枯れた花』その1

※不愉快に思われるかもしれません
※この物語にアンチ・ヘイトはございません


 

 バーテックスが力を使い壁の外へすり抜けて撤退するなか、手すりを杖と見なし地に足をつけていた銀がくずれた。が、ホロホロが近くにいたので事なきをえる。銀に、ホロホロは肩を貸してやり、戦斧を拾いにゆこうとすると銀の短い悲鳴。足を止め歩道の転落防止柵へとすぐさま切りかえす。たぱん、たぱん、背中を叩くも向きを変えない。整われた小さな口がおもむろに開いたり閉じたりし、痛ましげな(ひとみ)が咎めの視線を投げる。

 唸りながら瓜ざね顔をぐっと近づけると、銀は、どこかひんやりする心地よさを感じた。

 そして眠ってはいけないのに、ホロホロに体を預けるのを許してしまいそう。

 

「病院のとこさ行くからさ、寝てな」

 

 アルカイックな笑みを向けられてしまえば痛みを忘るるために意識を手放してもよいかもと、暗い水面下から浮かびあがる。銀は従う。

 

 橋の柵まで来た。

 銀の負担にならないように抱き方を変えホロホロは空を飛翔した。久々に高く飛んだ彼は目を輝かせたまま、かるく息をつく。

 

「ころっ……ゥ゛、S(スピリット)O(オブ)R(レイン)オーバーソウルIN(イン)スノボ! 決めるぜ空中滑降」

 

 ぬいぐるみサイズの青い精霊が出てきたかと思えば、人魂になってスノーボードに憑依した。ホロホロは器用にそれへ乗り、巫力というシャーマンに必要な力を使いスノーボードから雪を放出して滑り降りる。雪の抵抗が落下速度を減速する役割をはたしていた。ホロホロに抱かれている銀は汗ばんだ髪を風に乱されながらぐっすり眠っている。

 波うつ海にばしゃんの音はたたなかった。

 深い青に揺れながら浜に向かい、ホロホロは自身を盾にし銀を風からかばう。

 

 しかしだった。銀の友達であり同じ勇者の鷲尾須美と乃木園子とすれ違いになってしまい、そこにたどり着き、息は途切れ咳き込みながら目にしたのは()()()()二挺の戦斧。

 

 

 ようやく砂浜についたホロホロは道路に出る。横を見やるとあの橋に多くのパトカーやら消防車やらが集まっていく。それとは対照的にこの場所は閑である。

 

 車道に向かって親指をたてると運よく一台の車が走ってくるも通りすぎる。次にまた現れるが通りすぎる。そして次は高級車が通りすぎていったホロホロが肩越しにチラと見やれば、ギンッといきなり止まった。車は一生懸命走りだそうとするけれども霊的力によって動かない。車の前にホロホロがヘアバンドを深くしながらおどりでる。

 主人は少年とにらめっこを強いられてしまう。ごくり唾飲む時間も無いままに少女と少年を乗せる。

 

「お前、いいモン持ってるのに運転下手だな」

「うっ、うっさいよ君ぃい!」

 

 静かにしなと少ししめっている銀を看ながら言いやった。銀の前に青い小人が浮かんでいる。

 存外、病院はすぐに診てくれた。しばらくいろいろすべきことがあり時間がかかるらしいから、一人で病院や周辺を巡りはじめる。あの青い小人は連れずに銀の側にいるよう頼んだ。S・O・Rは名の通りありとあらゆる水の力を持つ精霊であり応用することで、日本神話にみられるイザナギの禊のように穢れを祓え、かつ怪我を治せるようになる。ホロホロはさらに治癒力を高めるためお手製の儀礼用具にS・O・Rをオーバーソウル――霊を物体に憑依そして霊の力をこの世に具現化――。

 包帯に巻かれた頭をぽりぽりかく。

 

「あいつ頭かてぇんだよ」

 

 ホロホロも石頭に自信があるのだけれども前の世ではあんなに危険な頭の持ち主はいなかったはず。だが、あぶねぇー頭のヤツはたくさんいた。この世界でも命がすり減る危険を潜りたくないと思ったからなのか歩くのをやめて、緑の背もたれ椅子に深々もたれかかる。

 周りを見渡すも何も視えず、聴こえず。

 なにも手を施していない病院には、さまざまな死者の霊や生き霊が躍り遊んでいたり誰か呪っている。お祓いされている病院であれば少なくとも残りかすが漂い、浮遊霊も寄ってこない。ここはさきの二つに当てはまらず、浜にあがったときもカムイたちの霊力を借り銀の痛みをやわらげようと試みるもカムイたちは顕れなかった。ただ、あのバーテックスに驚き逃げたのだろう思っていたものの、全く逢わないとは不可解。

 未来王との初対面より肝冷えるっつうの――ここまで気味が悪いと感じるのはシャーマンをやっている彼でもそうそう無かったことである。

 そろそろ戻るか、と口にだし探索をやめた。

 

 

「――さァ、ん! ……ん? さん……3?」

 

 視界に入ってくるものがぼやけている。三度ほどまばたきをしてみればよく見える。白い天井、硝子の花瓶、季節外れでおかしな紋様のスノーボード、筒が片腕に組み込まれた青い小人、腕のかさぶた、風にたなびく日光に、耳をすませば波の音とそよ風が銀の側にいる。

 深く蒲団をかぶり意識を手ばなしていく、というも土台無理な話であり無視することは誰も出来ないだろう。目と目が合う。

 がらりとドアが開かれた。

 

「お? 気分どう」

「あのときの……、アレ? 痛み、ない。なにしたの」

「治療を手伝わしてもらった」

「ふぅうん、その青いの何?」

「ちっちぇえのはS(スピリット)O(オブ)R(レイン)って名の精霊、そいつの手にあるのはラマッタㇰイカヨㇷ゚((魂をよぶ宝矢筒))。お前の心と体が早く治りますように、とこめられたお祈り用具。視えんだ」

「今日が初めて、スピリットなんちゃらとラマがみててくれたんだ……ありがと」

 銀が青い精霊をなぜる。

 撫でるのをやめ口を覆う。

 

「まだ病み上がり、子供の薬は睡眠だぞ」

 

 微笑みながら目をこすりもぞもぞうなずいた、心地よい寝いきがつたわってくる。

 精霊が視えるのにこういう体験ははじめてとはますます頭がねじれてきた。たしかに、霊能力がある者でも神仏や霊との波長が合わなければ一生出逢えない(ためし)もある。ホロホロはこの世界の住人でないから視えず聴こえず触れずと云った事でも無いよう、銀の事例は謎を解く一つの鍵であって欲しい。S・O・Rが空で胡座をかきながらホロホロに顔を向ける。

 

「まず食わねばなんとかなるもんもなんともならねっ。っし! 香川県ってなにうめぇんかなっ」

 

 音符である。

 遅すぎる昼食を食べることはなかった。財布にはいっていたのは千円と『千年魔京、千年の都、僕がシャーマンキングになるまで千年。』と書かれたかみきれのみで、これらを見てホロホロは食べる気が失せたのだった。銀行のカードはというと彼が住む予定の家にあるらしいが病院からは遠すぎる。

 

「千がどうしたんだよ……!! あいつ前よりましてめんどくさい」

 

 銀の側で愚痴る。

 すると銀が目覚めた。

 

「んま? ずっと居てくれたの?」

「起こしたか。すまん」

「どれくらい寝てた」

「まだ今日の夜だ。あとよかったな、病院に空き部屋あってよ」

「………………よくない! あいつらが、まだあそこに。まってっる……!!! いかなきゃ」

「って、ヴぉい゛ィ」

 

 ホロホロが押さえつけようとするも力任せに銀は抜け出そうとした。ベッドは軋み揺れ動く。

 しばし格闘が続く。

 

「は な し て !」

「ッうおっ」

 

 目の前の邪魔な阿呆ヅラを押し返し病室から走り出した。ホロホロがころげるもすぐさま後を追う。二階建ての病院であり銀は見慣れているのだけれども、長く感じた。

 二人は夜の、病院の外に出る。人っ気が無い。そのため荒い行動をとっている二人というものは、患者や看護師などにありがたい程迷惑。

 出入口から少し離れた駐車場で逃げる銀であったが、病み上がりゆえに車止めブロックに足をもっていかれてしまった。ホロホロが跳び出し、銀の前まで腕を伸ばしてクッションになるよう一緒に倒れこんだ。ごつっとヤな音が、腕の中でもがき息を切らした銀の耳を刺激。これをよい事にホロホロの腕から逃げようとも少年から眼を背けようともしない。なぜならケガした弟を看る時の眼に、銀はなる。

 

「おま――」

「ったく。慌てんなよ。逃げなくても一緒に行くつもりだったんだぞ、今から」

「うそ……。ごめん、て、おい! 頭から血が」

「気にすんな。よくあることだ。ま、まずは病院に謝りに行くか。それからだ」

 

 今度はホロケウに妹をあやすような〝め〟をされたら、頭を横にふるワケにはいかなくて、そしてふと、見つめてしまう自分。

 この時の自分を知るのは、もう少し時間を費やさねばならないのだった。

 先にホロホロが歳よりくさく立ち上がり早く行くぞと促すも、彫刻のように動く気配が無く左手をさしだす。そこでやっと気がついたらしく恐る恐る手を掴み、あまり少年に負担をかけぬよう、ほんの一寸だけ控えめな臀部はアスファルトから離れる。

 こっぴどくしかられた後、夜中に二人はこっそり脱け出しコンビニで腹のたしなるものを探っていた。

 ――あのさ、銀が碓氷ホロケウに質問を投げる。

 

「碓氷くん、は勇者なのか。バーテックスを下がらせたし、氷がばぁアんって出て、精霊つかって治すし」

「勇者ねぇ。ふむ」

 

 ホロホロが銀から飲み物と軽食を受けとりレジに出し、千円を店員に渡せば減ってかえってきた。店を出ると、夜の空は赤い明るさであり、少年だけがため息をついた。

 銀は頭を少し前につきだしホロホロの顔をのぞくと空に視線を向けていたので、それにならってみるも今日はいつもより夜という感じがしない。でもまぁこんな夜もあるのだろうと銀は考える。

 

「……答えるが、こっちからもオーケー?」

「ん」

「その勇者ってのは幽霊や精霊、神を使役しばーてっくす(?)と面と向かうのか? 銀ちゃんの斧にばかでかい力を感じたんだけど」

「神様の力はつかってる。神樹様っていう神さま。わたしら勇者は神樹様をまもるために勇者になって、神樹様から力をもらって、いろいろしてる」

「ならオーバーソウルと同じシステムっぽい、か。……なぁあと一つ、さっきの斧だせる?」

「ちょっと待って。………レレ? ごめん、無理っぽい」

「ありがと。じゃ次俺が答える番。俺はシャーマンで、まぁ分かるだろ?」

「神さまをとらんす(?)して占ったり、交信したりってやつ?」

「んだ。それとさっき銀ちゃんが言った通り治療もできる」

 

 銀の肩にのっているチビ精霊が胸をはった。チビの頭を、銀は中指でなぜたらプルプルした様な面白くって不思議な触感を覚える。オーバーソウル状態のS・O・Rが肩にのっている理由は銀の怪我を癒しているから。

 ちなみに、人智をこえる心霊治療はシャーマンのなかで一二を争う高位な術であり、巫力や精神力を激しく消費する。ホロホロを見てみるが苦しい表情は窺えない。隣を歩くのは幼い顔に影をさす女の子であるため、不安にさせてはならないのだろう。

 話しはそれで終わった。銀はホロホロがどうやって勇者しかいないあの場に入ってきたのか、なぜ動けたのかを訊くより、そんなことよりも遙かに確かめたいモノがあった。

 歩きながらともだちの家の方向をのぞむ。――すみ、そのこ……――ホロホロには勿論、呟いた本人ですら気づいた様子はない。

 

「早くしないと親御さん心配の炎で焦げ焦げになっちゃうぞ? 心配させんのはほどほどになー」

「そう……だね」

 

 いつの間にかホロホロは先を歩き離れていたらしく、小走りで、空いた距離を詰める。

 横に並べば隣の少年があくびを漏らす。

 そう言えば〝あっち〟は夜で、〝コッチ〟に来てからもう夕方から夜となりまだ一睡もしていない。のびざかりな時期にあってはならぬ事態であり、ああ還ってきたらあのアホただじゃおかん、そう決めてまた大きく口を開いた。

 ホロホロの袖口を恥ずかしそうに、上目づかいでくいくい引く。

 

「ウチに泊まればいいんじゃない? えっとね、ウチ駆け込み寺ってやつらしいのさ。そう父さんが言ってた」

「嬉しいねぇ。でもよ、おれ十四の若造よ? 夕飯はもらえると思うがさすがに、って分けでもないか。こんな夜遅くに車で出歩くなんざ……何変な顔してんの」

「変なのってそっちじゃ……んんっ、自分を十四やらワカゾーとか言ってるけど碓氷くんまるっきり小学生だし、見たかんじ私と背丈一緒だよ」

「……マジ?」

「マジ」

「そうかー、どうりでコンビニの棚からモノ取りだすの苦労したわけだ。そうかそうか、俺小学生になっちゃったんだな……待てよ? あいつ生活面って言ったよな。普通、小学生って朝メシ食べたら小学校に行って勉強して遊んで帰ってくる……まさか、な。けどそれだと世間体はなんとかしてやるって言うよな。言えよ」

「こ、心の声なら口に出さない方がいいゾ。ぎ、銀さんちょっとブルってきたから」

「なぁ銀ちゃん」

 

 ホロホロが銀を睨んだ。

 

「ひゃっ! ひゃあい!」

 

 今日の銀は何度驚くのだろうか。また、この少年がある意味バーテックスや須美より怖いと思った。

 

「銀ちゃんのお陰で死なずにすみそうだ。ありがと」

 

 銀は視線を落とす。

 

「死ぬって、それは私こそだ。死ぬのが怖かったかどうか分からなかったけど、……私もっと生きたいっ、弟たちと遊んでたいっ……父さんと母さんに迷惑かけたくない……園子に須美と離れたくないッ……。どこか遠くにいっても、背中を押してあげるって思っていたど、コレって実はみんなを不幸にするんだっ――て。それに、私の夢も捨てちゃうことにもつながっちゃうのさ」

 

 夢のことを口にした途端、銀の頬が朱にそまる。

 

「………碓氷くんが助けてくれなかったら、家族に、園子に須美とにさ、ただいまって言えなかったよ。ありがとね」

 

 ――よかったな。とホロホロがやわらかく返せば――うん。と答える。

 夜風は髪を揺らすよう吹いている。

 りん。

 近くで風鈴が響いた。りん。二たび鳴るが煩わしくはない、また、どうやら一邸の(やしき)の所有物であり数は一つらしい。

 夜だからか、この邸の門前を通りすぎることに躊躇いを覚えてしまう。それでも二人はその路を歩いてその際に表札を目にする。

赤嶺(あかみね)家〟

 隷書体でそう彫られていた。

 赤嶺を過ぎてから、ホロケウが声のトーンを落として呟く。

 

「……臭う」

 

 後ろから聴こえ、眉をピクッとさせたあとに銀は歩調を速めた。

 

「やっぱり――ってどうしたよ?」

「な、何でもないけどさ。今臭うって――」

「燃えるようなニオイが、あっちから」

 

 心臓に悪いんだけど、そう口を尖らせながら指の示す先を追う。唾を飲んだ。

 

「気のせいだよ」

「はっはッはー、だよなー俺もそう思いたいけど……」

「碓氷くん寝てないからでしょ? 早く私ん家で休んだほういいよ」

「わかったわかった、そう睨むなってば! なっ」

 

 

 

 先ほどまでは固定電話に二人の携帯電話がたてつづけに鳴っていた。

 台所で横になりながら、黒髪の女は目をつむっていた。男はテーブルに突っ伏しその赤い手には灰となった紙が握られているのである。長男と次男は保育園の人達が面倒をみているはずで、長女はまだ学校から帰ってきていない。

 ボウ、ボウ燃やされる鍋や、強すぎる為なのか近くに置いてあった玉ねぎや椎茸等の具材に引火していた。流しに目を向ける。流しの上には電動式の乾燥機能付き食器棚があったが、流しに落ちていた。巻き添えとして蛇口が折れている。固定電話が置かれてる棚に五人が写った家族写真をはじめとした写真が黒ずんでい、黒は今でも侵食を止めないどころか勢いを増していた。

 ミシシ――ッ。女と男の上の天井から耳に障る音。白い天井は写真のように変色し、この家と同じく家族の将来も真っ暗になってしまうのか。

 突っ伏していた机がとうとうおじゃんになってしまい、男も自然の摂理に従ってベタり床に臥すしかなかった。男の肉が所々焦げ落ちているのだが、ようく見てみると不思議なことに男の肌に紫の紋様がなぞられていて、そこの部分は何事もないのである。対して女には火傷等の外傷が見当たらない。

 奇っ怪、女性と男性の顔は安堵の表情を浮かばせている。絶叫をあげるくらい熱く、咳き込み鼻や喉が焼けるほどのニオイに囚われているのに。

 電話の音は鳴らなくなったが報知機は懸命に主たちを呼びつづけ、消防車といった緊急自動車のサイレンが外からけたたましく叫んでた。外にいるのはそれらだけではなく、当然群れをなす野次馬がいれば、まこと心配して目に涙をためる人や泣き叫んで崩れる人もいる。それほど二人は慕われていたのだ。もしかすると、国の守り神である神樹様よりも。

 

「なーんて、あるわけないですよねぇ」

 

 悲しむ初老の男性の背中をさすりながら、仮面をつけた人が誰にも聞こえない程度の小ささでつぶやく。何が、あるわけないのだろう。

 その人は周りをぐるりと見渡せば、紋様は違えど同じく仮面をつけた人を捉えて、―――はぁ。ため息をもらすと同時に炎の勢いが増し、ずどぉおん――二階が落ちてその衝撃が(からだ)に突き刺さり、舞い上がった火の粉が降りかかる。『下がって!』警察官達が声を張りあげ前線を退かす。前から人が押されてきてその人は驚いたがドミノ倒しにはならなかったのでホッとした。もしそうなってしまってもその人の知り合いがなんとかしてくれるはず。彼も見物客として来ているのだから。

 流れに任せながら目を瞑る。黙祷に見えてしまう。

 

「無下……です。……はやく、終わらさねば」

 

 おもむろに目を開き、燃え盛る炎より遙か上の、星がのぞめない空を見あげて。

 夜が更けるにつれ、なんだなんだと寄ってくる人間が多くなる。前、後ろと人が徐々に密集してきたので男性の手をとり安全な処へ避難し、仮面のその人は現場を背にして南へと離れてゆく。

 同時に北の路から、赤く目を腫らしただならぬ形相で叫びながら走り狂う銀。人混みの近くにたどり着くと急に止まり、膝に手を置いたり俯く事をせず、燃える家を見上げ、嗚咽をあげている。

 汗と大量の涙で顔がぐしゃぐしゃだ。

 

「やだ、やだ、いやぁ……やぁ、やだやだやだ………」

 

 震えて疲労を訴える太腿、ふくらはぎ。足の感覚は消え失せていたが一歩、また一歩、足枷を引きずって進んだ。

 左手を伸ばす。そして虚をさまよう。

 いきなり後ろから左腕を掴まれ後ろに引かれた。

 

「いくなッ!」

 

 銀より汗だくなホロケウで、物陰に隠れこむ。

 銀を行かせないよう少女両腕を掴む手に力をいれるが銀は前へ突き進む。食いしばるなか銀が暴れて振り払おうとするが、感情に身を委ねている為に隙はがら空きで、そこをバッ、と銀に抱きつくように拘束した。

 腕の中でもがいては少年の足を踏み抜かんとす。一瞬ホロケウの顔が青ざめた。

 

「つぅ……! ゴメンな銀ちゃん――寝ろ!」

 

 突然銀の目の前にあの精霊が顕現。片腕から水玉を発射。睡眠作用があるそれをもろにくらう。

 そして、まばたきを何度もやるのは抵抗の証しか。

 

――ごめんなさい

 

 口を小さく動かし、気を失う。

 陶磁器を扱う様に銀をおんぶする途中、青の精霊がホロホロの襟を摘まみとある方向を指す。その先にあるはこれからホロホロとS・O・Rが住まう家。

 

「銀ちゃんも連れてくか?」

 

 精霊は頷く。

 

「捕まえる前によ、あの人混みん中に仮面つけたのが5、6人いた。アンタも不気味に感じたのか」

 

 もう一度こくり。

 

「そんじゃあ、案内たのむ」

 

 宙を漂う精霊にむかって軽く頭をさげた。精霊は目をぱちぱちさせ、ホロホロの頬をぺちぺち叩くとホロホロは顔をあげる。目と目があうと、精霊は目を細めた。

 そうして、誰にも気づかれずに、精霊と少年は家を目指す。

 

 

 



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三 清らなり、枯れた花 続

 長くなりました。すみません。
 修正。


 暗い空間に、たからものが浮かび上がる。

 父の幹道(みきみち)、母の麻八(まや)、5歳の(てつ)()、赤ん坊の(きん)()(ろう)、そして三毛猫のきんかんと一緒に家族写真を撮った思い出。そして家族写真が燃えてゆくのだった。

 はらえども、はらえども炎は消えない。だがなぜかその炎は熱くはなかった。又、不可解な事に赤い(ごう)(りゃく)(しゃ)は麻八と幹道だけを業火(おのれ)に連れさらんと。 

 次に水を念じた。水が消火しようと滝のように落ちるが消えない。

 腕がだらりと下がるも諦めたのではなく、別の一手を考え始めたため意図せずであった。

 途端、銀の目の前にスマートフォンがあらわれる。

 

 ――は?

 

 それをどうすればいいのか理解できずにいたどころかフツフツと腸が煮えくり返るのだ!

 勇者となったところで何が出来る!? あれはただの()()()ではない。今欲しているのは炎を消す力や知恵なのであって勇者としての力はいらない。勇者としての素質より家族を救える何かが欲しい。

 いきなり――待て、と銀に警鐘が鳴らされた。

 自分は勇者になりたいとは思わなかったが、これでバーテックスという神樹様の、自分たちの敵から家族にともだちを護れる。神樹様のお役に立てられると喜んだ。そして勇者とは人々を助ける力。人々の勇気の象徴。

 だのに勇者はただ泣くだけで自分の家族を炎から救えないではないか。

 

 ああ……、アアアア゛ア゛ッ゛ッ゛ッ――――

 

 叫んだ。

 吐き出してぐずりながら、浮かんでいるソレを手に取った。

 

「……くそっ……! そうだよ、いっつも……いってる、じゃんっ。やってみ、なくちゃ……わからないってさァ……!」

 

 勇者になれば追い払えると思い込みいざ勇者になろうとするも勇者になれない。

 

「なんでだよ!! あたしは勇者なんだぞ!? なんでなんでなんでここに限って!? 勇者なんてくそ食らえって、いらないって思ったからなの!?」 

 

 とうとう崩れ落ちる銀。目を閉じることも耳を塞ぐことすら許されず銀は泣いて喚くのみ。愛する人を奪われ、目の前で凌辱されるのを見せつけられている哀れな人間のように。

 涙に声がかれたのと同時に炎の勢いがおさまってゆく。その場にいるのは銀だけとなった。

 そうして立ち上がる。

 あんなのは嘘だと、誰もが抱く嬌飾な希望を銀も信じて現実から目をそむき夢もないドコカを目指して。

 その時、遠くで泣き声がしたけれど振り向くだけにとどめ、今にも倒れそうにそのドコカへ歩いていった。

 

 

 

 

 

橋杭家(はしぐいのいえ)

 西暦の幕がおりる頃にハオと、ハオに協力を仰いだ少数の人々により建てられた。神世紀74年まで協力者の夫婦とその家族が住んでいたけれども、二人が他界した後は誰も住まなくなり、改修や掃除などをする者達だけしか訪れなくなった住まい。

 夜で灯りは少ないが結構な家――そう認識できる。

 橋杭邸にこれからホロホロたちは入居して、この世界に光を迎えさせるための――。

 明りが無い家の中に入りすぐ二階に上がり、部屋に備えられたソファにいったん銀を横にさせた。たんすから1枚のタオルを取り出して精霊にこれを温水で濡らせと言う。ほどよく水気を含んだほわほわ湯気を昇らすタオルを銀の顔にあてる。寝息に乱れた様子は無く大人しげな調子。

 苦しいカンジは無いか……とぽつり漏らせば急に銀は顔を歪ませた。すぐさまタオルをはなして精霊に温度を調整させる。

 

「びっくりするもんな………ごめんな」

 

 もう一度タオルをあてて今度は大丈夫、そう見なして赤ん坊の体を拭くよう綺麗にしはじめる。

 チビ精霊が汗を拭き取るホロホロの肩をちょんちょんつつき、たんすに指を指す。

 

「着替えさせろって? なるホロ、汗だくだったしホコリや灰も被ってるか」

 

 立ち上がろうとしたら袖口を銀につかまれたが起きた気配は無い。目を細め、そおっと指をはなし少女の手を包む。それを見た精霊が代わりとして取りに行く。

 ピリカもちっちぇえ時こんな感じだったな――懐かしみに浸ったかのよう口からこぼす。

 そうして着替えや汗ふきは終わり銀をベッドに寝かせた後に、汚れた衣服と顔のほかも拭いたために3枚となったタオルを持ち、青い精霊に銀を看るように指示をして退出しようとしたのだが、(うめ)き声がホロホロの背後から聞こえた。

 意識をとりもどしたらしい。

 

「……すい、くん。ここなにも。もえてないよね」

「燃えていないし、もう燃やさせはしない」

 

 言ったからには死ぬまでだろう。

 銀は体をおもむろに起こすとともに先ほどまで見ていた夢を思いだした。

 下を向いて深い息をはく。それでもヘドロの様にまとわりつく不快は銀を放さず、かえってしゃぶり尽くさんと銀を絡めては欲す。

 冷えきった瞳はチラリ淡い青い髪の子どもを見やれば、ほほえみをかえしてきた。銀はホロケウの瞳にまた冷たさを感じとる。すべてを突き放すようでいて、厳しさの先に母性が垣間見える晴天の雪山。

 くゥ~~――銀のおなかは鳴った。おなかをゆっくりさすりだす。

 

「腹んたしになるモン――」 

「待って! その、えと……」

 

 ホロホロを引き止める。

 碓氷くんそばにいてとは恥ずかしくておねがいは出来ない。良くも悪くも自律から来たものであり、理由としては二人の弟の姉としてお手本にならなければいけなかったから。

 もしも銀が横に立つ男の子の妹だったなら甘えたことを言えるのだろうか。

 

「手伝うからさ、……碓氷くんも疲れてるでしょ」

「おう、助かる」

「――っ、うん」

 

 銀の顔にパァァっと花が咲いた。

 少女が後ろについてからいっしょに一階へ降りていった。

 階段を下りている途中でホロホロが何か見覚えがあるモノを持っているのがちらりと上から見えた。それは服っぽい。ふと気になり自分の今の服装を見る。

 フリルが襟と袖口について飾りはそれだけの純白なワンピース。なるほどどうりでひざ下がスースーするわけだ。といってもワンピースに着替えさせられる前まで神樹館のセーラー服だったが。

 …………えい――。くいっ――なるべく痛まないように襟ぐりを引っ張り銀は覗く。それと並行してスカート越しから触って確かめる。

 手を放して目を細めた。そしてホロホロに向かって言う。

 

「べつに制服のままでよかったのに。でも、ありがと」

「は!?」

 

 何かおかしいこと言った? とでも言ってるかのよう銀は首をかしげた。沈黙が置かれたのち、先に銀が口を開く。ホロホロは銀を向いたまま固まっている。

 

「いやらしいのは考えてないでしょ。碓氷くんはさ」

「な、なに当たり前な風に言ってんだよ? 銀ちゃんが言うようにやましいことは考えなかったし、俺の妹看病してるみたいだなぁ。ってな感じには、まぁ。でも、普通は――!?」

 

 いくらあれがあったとしても――そう言いかけそうになり言葉を選んだ。

 

「――風呂から上がった時に自分が持ってきたパジャマが無くて、でも知らないヤツが『はい、パジャマだよ』って言ってきたら身の危険かんじるだろ? ……うへぇ、鳥肌たってきたぜ」

「んん、やっぱそうは思わない。だって、たしかあの夜道歩いてるとき汗かいてた気がしてたんだけど、碓氷くんはそのタオルで疲れて寝ちゃった私を拭いてくれた」

「だ、だからよぉ」

「髪はべたついてるけど、なんぼか気持ちいい。それに色々やってもらったし、――ここまで優しく介護っぽいのしてくれる碓氷くんがするはずないじゃん。それともなに、またありがとうって言ってもらいたいのかね? 言っちゃ悪いけどよっくばりさんメ」

「……すまん」

 

 青い髪は前方に向き直る。

 銀の耳に拾われないよう……重症だな――そう呟く。さすがに人の心までは治癒することができない。色んな食べ物や飲み物を食べたり飲んだり、ぐっすり休んで英気を養う。様々な人々――銀の場合は家族や寝言でつぶやいた『すみ』と『そのこ』であろう――、自然や動物とふれあい知恵や知識、心を豊にしたり助けてもらう。そのように皆の力をかり自分で、心の傷をなおしてゆくのだから。

 バーテックスから銀を救うことができた、銀の傷を癒した、病院に診せていった、三ノ輪家まで送りに行った、銀の汚れや汗を拭いて、汗臭い制服からワンピースに着替えさせた。それらのことだけしかホロケウはできない。今すぐに銀を家族のもとへ帰さねばならないが、()()から立ち上がるのは銀が決める事。

 だから銀に謝った。俺の力は小さい。

 だから銀に謝る。今にも砕かれてしまいそうなのに、俺にそう言ってくれる優しい銀の厚意を無下にしているから…………。

 ――いかんいかん、いくらこういう事に弱いからと言ってオレまで落ち込んでどうなるというのだ。いま銀の周りにいるのはオレだけだ。しっかりしなくては――そう叱咤。

 あの世とこの世を結ぶ者と謳われている。ひいては、希望(ゆめ)とたましいを結ぶ者――それをシャーマンと呼んでいる。

 力が小さいのは人間であるから当たり前だ。しかし無力ではない。小さいなら積もらせろ、生みだせ知恵を。

 銀の為に。

 そしてお礼もしっかり受け取ろうではないか。

 再度振り向き銀を見やる。覚悟を改めた目で。

 しばらくそのままでいたら銀がモジモジしだした。

 

「な、なんだよ……」

 

 微笑を携えつつ答える。

 

「嫁さんに貰いたいくらいかわいいなって」

「…………ぬぁっ! ヨメさ……ッ、かわいい――もももらいたいって、お、おおッ――およよ……ッ! およよっ……!」

 

 お嫁さんになることが三ノ輪銀の夢であるからこの慌てようは当然かもしれない。だが興奮しすぎである。

 茹で蛸をよそにホロホロは階段を降り終えて、数歩先にある洗濯機まで進む。すると少女が制服とタオルを取った。

 

「ワタシ、ヤルヨ」

 

 後をまかせてホロホロは台所に入っていく。

 冷蔵庫の中に置いてあったのは期限が神世紀298年7月14日までの牛乳一本(今日はその年の7月11日午前2時20分)とわかめ一袋、ジャガイモ三つ。

 何にしようか考えていたら銀も中身を見るため青髪の隣にきた。

 ホット牛乳にしないと銀が言ったためそれに決めた。

 テーブルの上にことり――それが二回鳴る。砂糖、ガムシロップ、ハチミツ等が置かれていて少女の向かい側に腰をおろした男の子はハチミツを選ぶ。が、銀もそれに手を伸ばしていた。したがって、まだ手を出していなかった少年は先に譲った。

 二人してティースプーンでかき混ぜる。

 ぐるぐる。

 グルグル。

 自分がつくりだす渦を銀は見る。渦の中に黒い点を錯覚する。黒と白が混ざれば灰になり、そしてなんとなく花も燃やせば灰になるのかなと考えたら手が止まった。

 ホロホロは手を止めてスプーンで白く暖かなそれをすくい上げては青い精霊に飲むかと訊たら、ぺこり頭を下げてスプーンを受け取る。ミルクをちびちび飲み干せばまるで酔ったかのようにヘナヘナ落ちてゆき、テーブルに仰向けになる。顔はほんのり朱い。

 それを見た銀が恨めしそうに言うのであった。 

 

「やさしい気持ちになるってこのことかも」

「んじゃぁオレ特製ホットミルク飲めばもっとやさしくなれるぜ」

「ははっ、ただ温めただけじゃんか」

「うるへ~、ともかく冷めないうちにのみな」

「うん……碓氷くんの。いただきます」

 

 カップに口づけるとミルクの湯気は強張った顔の筋肉をほぐすように銀をつつむ。頬がゆるんでゆくのがよく分かり、特にまぶたや鼻根に眉間といった目のあたりがゆっくりたるまってゆき、また温かくて気持ちいい。顔のしまりがなくなってゆくのが快感となり、それが心にまで伝わって体の内側からぽかぽかしてきた。

 まだ飲んでいないのに、抜けた息を吐いてしまう。

 そして目頭がじんわり熱くなってきた。

 ずずず――。

 渇いた口のナカをミルクが潤して、第二波としてミルクに温まられたハチミツの甘さがゆっくりひろがってゆく。

 これは、一気に喉の奥へ流しこんではいけないもの。

 

「おいしい………」

「そうかそうか~! 焦らなくてもまだあるぜ」

「……。碓氷くんは飲まないの? ねこじた?」

「こいつ」

 

 ホロホロは下へ指をさす。そこに視線をやればチビ精霊が両手をカップの口に両手をひっかけるように置いて、猫が舐めるよろしくぺろぺろとミルクを飲んでいた。

 極楽を堪能している間にこうなっていたらしい。

 

「ま、このちっこいのには助けられてばっかだからその分の礼みたいな? でも飲みすぎんなよ~」

「碓氷くんとその精霊むかしっから仲いいんだ」

「昔っからの付き合いじゃねえけど一緒に山場を越えた。日は浅いが俺にはもったいないくらいさ、こいつは」

 

 銀は自分のカップのホットミルクを見つめる。

 まるであの子と私みたいに仲がいいと思った。

 この牛乳のような色をした鳥であった。須美や園子と出会うまえ、泣いてた私をあの鳥は慰めてもらった。あの鳥はなんもしていないと言うかも知れないけれど、これは銀の揺るがない真実であり思い出。

 だから自分も頼られる人間になるんだ――そうあの鳥と勝手に約束して、トラブルに巻き込まれやすい体質となった。

 祖父が死んだのに母が悲しそうじゃなくそれで母とケンカをした時から、サッカーのスポ小で上手くいかなかった時、ともだちの悩みをどうしたらいいのか思いあぐねていた時も、人とどう仲よくしたらいいのか悩んでいた時も、そばにいてくれた。よく分からない鳴き声で私を助けてくれた。勇気をくれた。

 うん……泣き寝入りするにはまだ早すぎるよね――――

 もう一口を銀は飲む。

 

「――碓氷くん。明日の朝になったらもう一度いく。ってゆうか帰る」

「俺らもついてくぜ。こども一人じゃあアブねーから」

「こどもって。ほんと碓氷くん面白いこと()うなー」

「……つーこって、あさ。はやくメシくわねえとだめ、だぁ~……」

 

 ホロホロはそう言い残し、結局一口もつけないままバタり音をたてて突っ伏して寝たようだ。

 

「さっそくだらしなく口あけてるし、6年の男子ってこうゆうもんなのか」

 

 壁にかけられた時計を見ると2時56分であった。

 

「朝早くって何時に起きるつもりなんだ……って、明日は今日か」

 

 そして銀はカップの牛乳を飲み始める。飲みながら青い精霊をまじまじと見ていた。精霊はホロホロの分を飲み干してカップを流しに置いてホロホロの体の上に我が物顔で寝っ転がる。

 銀のカップも空になりおかわりをした。

 

 

 

 

 づむり――ちび精霊がホロホロの頬に指をつきさす。ホロホロの眉間にシワがよった。精霊は目をパチパチさせてつきさす指先から水をだす。ホロホロの顔がだんだん真っ最中になってゆく。

 

「おまえ、起こすのなんとかできねえの? まぁ起きられたからいいけどさぁ。でもよーすげえ気持ち悪い」

 

 席をたてばタオルケットが肩から下がり首を傾げるが視野に、銀もタオルを掛けながらスヤスヤ眠っていた。

 朝の6時ぴったりを指針は指していて、体を鳴らし朝ご飯をつくろうとし始める。朝餉を終えてみじたくを済まし家を出て駅に向かう。

 そして一行は駅に着き、大橋市――西暦のころは坂出市と呼ばれていた土地――行きの電車を駅舎の中で待つ。備えられたテレビは朝のニュース番組を流していて、昨日から今朝にかけてのイベントや事件についてを伝えていた。果たして三ノ輪の家が全焼したことが大きく報道されていた。

 そして銀は父と母が亡くなったことを知る。ああ、やっぱり……今の自分の顔を見せまいとうなだれて隠す。しかし涙は流れていなかった。

 

「……とうさん……かあさん……!」

『上り列車が参ります。ご注意下さい。上り列車が――』

 

 隣に座る少年が深く息をつく。乗る列車がやって来てしまったのである。

 銀はのろり立ち上がり声を震わせて、

 

「乗り遅れる」

 

 ホロケウは視線を僅かに下げながら従った。

 改札口を抜けて銀は続ける。

 

「これに乗らないと、たぶんダメになる。それに、泣き声が聴こえてくるんだ。時間が経てば経つほど大きくなる。でもそれがうるさいとは思えなくて……なんとかしてあげなきゃって」

 

 そして列車は銀の帰る地に向けて発車するのであった。

 電車から降りれば、銀の顔写真が貼られてあった。ポスターには銀の服装や特徴、『捜しています』の一文、連絡先の番号が書かれていて連絡先の番号は国の機関である大赦のモノと銀の親戚たちのモノ。

 三ノ輪家は大赦と深い関わり合いを持つため一日も経たないうちにこのようになったのだろう。おそらく大橋市中にこれが貼られたり配られたりしているやもしれない。

 それにしても駅舎は人がいない。もちろん駅員はいるが書類を整理していた。

 空調はきいているが銀のでこに汗がぽつぽつ浮きでる。心音が少しづつ激しくなってきた。それは、ここに着いて泣き声が大きくなってきたのと関係あるかもと銀は疑う。

 怖いのかもしれない。泣く理由を知るのが。

 ――けど、怖いのは私だけじゃない。

 鉄男と金太郎。弟たちは無事であると乗車中、見知らぬ女性のワンセグを盗み見てそのことを知った。

 長男といえども鉄男はまだ小学生にもなっていない。おととい鉄男に遠足のお土産を買うと約束した。きのうの鉄男は姉の帰りを楽しみに待っていただろう。お土産を抜きにしても、銀が家に帰ればいつも鉄男の遊び相手をしてくれたり、背中を洗ってくたり、困っている人を見つけると助けにゆくから、自慢の姉であり銀を愛している。また、金太郎の世話を銀は親よりもしていて、金太郎と触れ合う時間は誰よりも長くてその事を譲らないと決めている。銀は、なによりも金太郎を可愛いと想っているし、金太郎も銀の想いが分かるから自分をたいせつに想ってくれる銀を愛している。

 突如、平穏な日常は崩された。両親が火事に巻き込まれ死んでしまい鉄男も金太郎も泣くだろう。だが、泣くにしても思い切り泣ける場所が必要だ。その場所は心からの安息の地でもあるから、その銀がそばにいてくれないと不安だけが募り、光届かぬどん底の未来しかないのだ。

 それでも、鉄男は長男だから兄としての責任を背負いショックを受けている金太郎を励ましているに違いない。普段鉄男も金太郎の遊び相手になっているから。それにもしかしたら金太郎も我慢しているかもしれない。我慢してはならないのに、兄を心配させまいと。

 銀は大きく息を吸い、ゆっくりゆっくり息を吐く。

 須美と園子もだ。二人はバーテックスと戦い尋常ではないダメージを負い、自分も大怪我を受けている銀によって安全な場所に寝かされた。ある程度回復した二人は銀に助けられたと思い目を覚まし、銀の許へ向かった。

 バーテックスはいない。神樹様も無事で世界は守られた。しかし銀がいない。

 そのすぐ後に、銀の家が火事になった報せを受ける。そして銀の両親が遺体となって保護されたのだ。その時の二人の心中を想像するのは難くないだろう。

 三ノ輪家の炎上、麻八と幹道の死、行方不明の銀――銀は知る由もないがこれらは大赦は無論、神樹館を始めとした連なる機関や施設に衝撃を与えたのだった。

 もう一度呼吸を行う。

 銀はホロケウに目をやった。

 

「では、最後まで付き合ってもらいますかねぇ」

「おう! いいぜ銀ちゃん」

 

 駅を出る。

 夏の日差しが目や肌に突き刺さる。車やバスのエンジン音、鳥たちの鳴き声、日傘をさして暑さをしのぐ人、タオルを頭に巻いたり首にかける人、スーツを着たどこかのサラリーマン、子ども連れの家族――。

 この日常を護り、家族は救えなかった。

 めまいがしたけれども、すぐ喝を自分にいれる銀。

 

「どこからいこうなー」

「……あっちにいく。なんとなく、私を呼んでる気がするんだ」

「虫の知らせってやつか」

「あきれたりしないんだ……」

「シャーマンだって言ったろ? つか、何かしらのかたちで人がのぞみを掴もうとしてるんだ。それにチャチャいれるソイツを白い目で見るさ。ソイツも夢に向かって走っているとしてもな。だから胸を張れ。今は少なくとも、銀ちゃんは間違ったことをひとっことも言ってない。もうひとふんばりだぜ? もちオレもな」

 

 まぁオレが言うのは変だけど、と少年はこぼす。

 銀たちはその場所へ向かう。

 そこは公園であった。よく父や鉄男とあそんだ記憶がある。

 

「須美ねえちゃん、園子ねえちゃんゴメン。ひるごはんまだ食べてないのに。金太郎、ここさがしたら一回もどろう……」

「謝らないで鉄男君。私たちにとってもすべきことなの。それに金太郎君や鉄男君が熱中症になったりでもしたら銀に怒られるわ」

「それにしてもびっくりしたんよ~、神樹館に二人が来るなんて~。よく誰も止めなかったねぇ?」

 

 平日の昼時に、須美と園子がいるのは今日は半ドンだからだ。元から教諭たちの会議が入っていたのである。

 

「さいしょはナイショにして一人でさがすよていだったんだけど、金太郎もさがすってダダこねたから。あと大赦の人がやってきてさ、『君たちだけじゃ危険ですから、私も途中までお供させて下さい』って。その時さおかしかったんだ。ウチにいた人たち全員ねむってたんだ。で、それでね、オレもなんか眠くなってきて気づいた時には神樹館についてた」

 

 長くしゃべりすぎたからか鉄男が園子に買ってもらったジュースを飲む。

 今まで静かにしていた、ベビーカーに乗せられた金太郎がベビーカーを大きく揺らす。 

 

「うー、あー! あー!!」

「ちょっ、っちょバタバタするなよ! 須美ねえちゃんこまってるだろ!?」

「だだだだいじょうぶよ鉄男君! この子は将来大和魂を持つ立派な殿方になるわ!!」

 

 金太郎の謎な行為に対して園子は目を澄ましていた。

 

「………ミノさん?」

 

 ザッ――と。砂が鳴る。

 その音は、三人を凍らせた。

 そして金太郎が泣き始めた。それに呼応して銀が三人の処に踏みしめながら歩いてゆく。口をぱくぱくさせてむせび泣きながら――言葉を出そうにも出なかった。

 

「ねえちゃん?」

「――ごめん、ごめんね………」

 

 須美が両手で口を覆いながらへたり込み、涙をながしながら園子は銀を目に焼きつけていた。金太郎は泣き続けていて、鉄男は奥歯を噛みしめていた。

 

「――っ! おれ、おれっ………ぇっぐ!」

「………そう、そうだったんだ。あの時ないてたのはそうだったんだ……なら」

 

 なら、これから私が安らげる処になろう。でも、今だけは――。

 銀は笑おうとするもできなかった。涙がボロボロあふれて赤くなった頬を伝い顔がくしゃくしゃになってゆく。そして金太郎が一段と声を張って泣く。合図であり、それは伝染していった。

 こどもたちは大声で泣いた。

 

 ――ただいま

 

 はっきりと言葉にできなかったが、ちゃんと伝わっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東の空は藍色の衣を纏ってい、西に陽は沈んでゆく。

 その日の労働を終えた人々はまっすぐ家に帰えり家族団らんに過ごしたり、スーパーによったり、仕事仲間と飲みに行く。これから仕事があるという人々もいてそれらが忙しなく行き交う時刻。

 青い髪と青い精霊は、公園で銀が三人の子どもたちの許へ帰ったのを見届けて何も言わずに別れた。この世界に来たのはここを〝なんとかする〟ためであり、銀たちと仲良くなるために来たのではない。また、実をいえば銀と行動している途中妙な気配を感じ取っていた。それはどうやらホロホロと青い精霊に向けられているもので、ならば銀たちに被害がでる前に銀と離れたのである。

 昼時からそんな気味悪いモノをまこうとしていたがそのおかげで見知らぬ場所に踏み入れてしまった。

 

「いいかげん姿現せよな。つかこれで六度目だぞ」

 

 ホロホロたちが流れついた地は大赦が置かれていて、誰も使っていない古びた門の前である。

 

「出てこねえか。んじゃあここら一帯凍らせるぜ?」

 

 つむじ風がホロホロたちを通り抜け門へ向かって、ギギギと門が開いた。

 そーこないとな、とホロホロは門を正面にとらえる。

 門の中は暗く、白い仮面が浮かんでいた。

 門から出て来たのは人であり、その人は面を外し、頭にかぶっていた白い頭巾も取る。肩に届くか届かないかの妖しい黒髪と、誰もが麗人と答える貌が茜に照らされた。

 

 



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四  はじまりは大失態

 


 その人は舐めまわすようにホロホロを見る。

 

「おと、おんな?」

「樹海化が解けつつあったとはいえ、……ふぅンっ、おもしろい。あ、男です」

「アンタが式神つかって俺を追っていたのはそれか」

「ふぅンっ、違うのですな。私の前に来てもらうため、これだけの理由です。……昨日から今日にかけて忙しかった。これから件の三ノ輪家についての(はかり)ですよ! そして今日談論するはずのお題は明日にうつされる、ほんと嫌になりますねぇ」

 

 ほら見てください目に活力がないでしょ? ああ休みたい――そう愚痴を吐き出し近づいてくる男に対して少年は何か考え事をしている顔つきであり、次第に険しくなるのだった。

 足を止めて男は笑みを浮かべた。ホロホロの心の内を察したのだろうか。

 

「三ノ輪家ねぇ、ホントはどうでもよいのです。私も、大赦のいくらかも」

 

 次いで麗人のような男は首を横に振った。

 

「私にとって麻八ちゃんと幹道ちゃんは別ですよ、喪ってしまった痛み……三ノ輪に下されたお役目のために死んだ。(いや)、自分たちの子のためか」

「おやくめ?」

「この時代のある人間たちは神樹様からお役目を頂戴するのです。中身は色々ありましてね、神社、お寺のお掃除、踊りに山車といった奉納、私とは違いお役目で神職に身を置くこと。麻八ちゃんらの人身御供やバーテックスと戦う勇者――等々」

「アンタはどうなんだよ」

「嬉しいことに私にはありません」

 

 狼の双眸を男にむける。

 

「コワひ、コワひ……ふぅンっ。心を鎮めなさい――ありますよ、役目」

 

 人が持つべき色ではない、暗き色に染められた(まなこ)で返す。

 

「お願いですけどキミ、私のところに来ません?」

「ヤダね。お前みたいな掴みどころのないヤツってすんごい疲れるから。けどなぁ、ここが大赦か。あの薄気味悪い仮面どもの。ちょっくら見物させてくんねえか」

「だめ。むやみやたら秘め事に触れると障る。また先ほどの誘いを受けていたとしてもダメですが。そもそも、どうしてどこの馬の骨だか知らない、この世界に土足で上がりこんできたキミを通して良いのでしょうか」

「そこまで知ってるのかよ」

「否ぁ、そこからしか知りません。さぁその青い精霊とともに帰えりなさい」

 

 男は紙の札を取り出し、ホロホロは構えた。

 何事もまず先手必勝――これがホロホロの信条である。

 したがって、ホロホロは男に向かって飛翔し、拳を思いっきり男の顔面にぶちかます。と見せかけ男の目の前で急降下。男は自分を殴るのだろうとしっかりした守りに入っていたためホロホロが股下をくぐらせることを許してしまう。

 しまったと云う驚きとしてやったりの顔が交錯する。

 いざ! 男を出し抜き門から大赦に侵入して駆けだした。その一歩目は外の道路のアスファルトを踏んでいた。ここで彼は驚くがこの隙を狙い男は足を引っ掛け、ホロホロを横転させた。鼻からアスファルトに隕石のごとく衝突。

 

「読みを誤りましたか、いけないことだ。あなたはどうするのです?」

 

 男は動転しているホロホロの腕を掴んでは路上に無理やり立たせ、青の精霊にやり合う意思を問う。

 精霊はピクリともしない。それどころか驚いた顔であった。

 別口から内部に潜入しようと試みたがいつの間にか彼と同じく元いた場所に戻されていたのである。

 S・O・Rは神にも準ずるほどの力を持つ精霊であり、高貴なる霊がちっぽけな人間の術にかかるなどありえないのだが、いとも簡単に狐につままれてしまった。

 大赦の人間は皆、神に近しい者を手玉にとれるのだろうか。

 

「カク、チガウ。イヤ、ボク、ガ。ヨワマッテル?」

「そうでしょうね。神樹様はあなたのような存在がここにいられぬような結界を私ら大赦とともに貼ってますから――」

「スピリットオブレインガ喋ったああああああ!?」

「それと麻八ちゃんの結界も貼られているのに消滅しないとは恐れ入ります……タイミングが微妙ですよホロケウくん」

 

 やわらかなツッコミを入れた後に大赦の男はホロホロを放し、取り出していた札をはさむように拍手を打った。

 瞬間、反撃しようとしていた青髪と青の精霊だけの時間が止まった。目の光が消えていく。

 

「こう立て続けに術を使わせないでください。この記憶いじくるのは借り物だから余計、心身にこたえる」

 

 夕焼けの空を見上げながら漏らす。そして、合わされた手の中で札は緑の炎に包まれていた。

 札が燃え尽きると新たな札を口にくわえ、ホロホロと精霊に手をかざす。

 

「誰そ彼時だ、誰もがお家に帰りましょう」

 

 なるべくそのように聴こえるよう発すと、ホロホロたちは頷きはしなかったが言うとおりに大赦を去ってゆく。

 

「元の世界に還せなくもないが結界がもつか心配ですから、仕方がないかな。でも、あの子今日登校する日なはず。協力者ちゃんたちはどうつじつまを合わせるのでしょうか。それに保護者とかどうなってるんだろ」

 

 小さくなる影を、時間に遅れぬよう気をつけて、麻八と幹道の遺髪が入ったソレを撫でつつ見送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けた。廊下で、ホロホロは死んでいるように眠っている。さすがに小学生の時の体にはあの移動距離はきつかったのだ。早く元のレベルまで成長し(戻さ)なければならない。

 廊下からみえる居間の、洩れた東の光りがさしこめて、大きな時計をほのかにてらす。針は5時を示している。精霊が漂いながらホロホロへ向かう。なるほど起きなければならない時刻になったようだ。

 精霊は細い眼を更に細め、だらしがないホロホロに手から念を飛ばした。急にホロホロの規則ただしい呼吸が止まった。

 

「ホがっ!?」

 

 目も意識も覚めるが、指一本動かすことも、呼吸すらもままならない――金縛りに、ホロホロはあったのだ。

 朝の身支度を終えて二度目の小学校生活に向かって家を出る。ランドセルの中には全ての教科書とノートが入っており、体を少しでも早く戻したいからであった。よく重量を重くして山を登ったり、父をはじめとした一族の大人たちに稽古をつけてもらい、一日の修行が終われば妹と夕餉をつくっていたことが浮かんでくる。

 足を止めてため息をつき、めんどくせえ――そうぼやく。

 そこは全く車が通らない十字路周辺で、小学生の集団と出会った。1、2年生くらいの子どもたちがほとんどであり、なかでも目立つのが集団の真ん中にいて『神樹様とのお約束、交通安全』と書かれたタスキをかける、一番年齢が高いだろう――女子にしては短く紅い髪をポニーテールに結っては前髪に花びら状の髪飾りをつけている――見るからに元気そうで人懐っこい顔の子。その女の子が少年に気づいて止まれば、他の子たちも止まる。女の子は目と口をまん丸にして春の嵐と化し喋りだす。

 

「もしかして新しく引っ越してきた子!? ウワサの転校生!? いやっそれよりも挨拶からだねっ――わたしは(ゆう)()(ゆう)()! おっはようっ」

「あ、ああ。おはよう。愛称はホロホロ、本名は碓氷ホロケウ」

「カッコいいなまえだー。そうそうっ、ほろけうくん昨日学校休んで体だいじょうぶ?」

「ン? ガッコウ? なんで昨日ガッコ行かねぇといけな……え、ああっ――おう、この通りバッチシだぜいィ!」

 

 その場で親指を立てながら何度も飛び跳ねるホロホロ。ダラダラと冷や汗が流れる。

 その行動は奇異な目でみられるものであるが友奈はそうとは認識せず、元気な子だなぁーと思った。

 

「よかったぁ、でも病み上がりなんだからあんまり無理しちゃだめだよ」

 

 目を細めて緊張が解けたように漏らす。

 

「ほろけうくん、一緒に学校行かない?」

 

 そう訊けば、友奈の周りの低学年の子らが『友奈ちゃんとってくれるなよ』と眼をホロホロに飛ばしてくるが、歳相応で微笑ましい。ちなみに友奈はそれに気づいておらずニコニコと笑みをむけている。

 久々にユルい空気に包まれ、その子どもたちをニヨニヨと見返し、

 

「学校から早く来いって連絡来てな、ワリ」

「そっか、ほろけうくん学校楽しみにしてるから! えへへみんなより最初に転校生と会ったって今日はいい日だよ! またねええっ……おなじ地区の子なんだから一緒にいきたかったな」

 

 当然友奈の小言は聴こえず、ホロホロは一足先に学校へ向かった。  

 それから、校長室にあるソファアの上で校長の冗長な話を聞いてい、児童朝会が始まるまでそこでじっとしていた。偶然朝会と重なったのでならば、という事になったのである。

 ホロホロの反応はうすく緊張しているのかと校長は心配し、自虐を織り混ぜ彼をゆるませようとするけれどもただ同情の眼差ししか返ってこず、困っていた。

 「五分前ですね」と彼の担任が時計を見、そこにいた四人――副担任もほぐそうと奮闘していた――は体育館に足を進める。

 全校朝会は滞ることなく終わり、今は6年4組の教室で朝のホームルーム活動が進められていた。

 

「はいっ朝会でも自己紹介してもらいましたが、もう一度お願いできるかな」

「うっす」

 

 当たり障りのないよう彼は言う。

 さて、小学生というものは『ホロケウ』等の聞きなれない名前と出会ったときひやかすもので、彼のあだ名である『ホロホロ』などは――

 

「どこかのドバカよろしく『なぁーんだ点々つけたらボロボロじゃねーか』って人様を怒らせるもんなんだよな…………あ~イラッとくる」

 

 ――なんか大きなひとりごと言ってるよ、アブない助けて下さい神樹様――児童たちが冷や汗をかき自分たちの身の安全を神樹様に祈る。

 あーじゃ、質問タイムといきましょうか――と担任が機転を利かす。

 ホロホロが予想していたバカにしたそれらは一切飛んでこなくそれどころか『ナイスセンスなニックネームだねぇ』『スポーツ得意そうだね ナニ好き!』『髪ツンツンしてる~っ』『どこ出身』『風邪で休んだんだろ? なんかある前に頼ってくれよな』『わぁ! おんなじクラスだァ! やったーっ』などまっとうな質問と思いやりある言葉が聴こえてくる。

 そしてまっすぐで濁りも穢れも知らない純粋な瞳で彼に質問をするのだ。しかしなぜか、ホロホロを疑う視線が飛んでいたけれどもホロホロは気づいていない。 

 目頭を押さえる。

 

「ほ、ホロホロくん……?」

「いや、おまえら――お前らはそのまんま大きくなれよ! 俺との約束だぞ!!」

――――いきなり泣きながら約束されたよ!! この子をお救い下さい神樹様ッ!?――――

 

 前の世界では扱いが散々であったのだ。あたりまえな事を言った(ホロホロにとっては)だけなのに下腹部を執拗に殴られたり、青髪のチームのリーダーに事あるごとに貶されたり暴力を振るわれたり、彼の友人の嫁にも他二人と同じ事をされたのであった。

 まったく恐ろしい奴らである。

 それに、ホロケウはまともな小学校生活を経ていないことも理由の一つ。良いヤツはいただろう、しかしその子がホロケウと親しい縁を結ぶかはまた別というもの。もしかしたらその頃の自分へ想いを馳せているやもしれない。

 

「……ずびび、――おっと気味悪ぃな。改めて、気兼ねなく『ホロホロ』って呼んでくれ! よろしくッ」

「え~……、ホロケウさんは友奈さんの隣の席に座ってね」

「オッホン」

 

 まばらな拍手が迎える。

 そんななか友奈が気持ちよく、眼を閉じながらこちらに来るホロホロを迎える。ホロホロが窓際で一番後ろの席に座った後、担任が軽く連絡事項を伝える。

 

「まさか同じクラスになるとは~いやーこれは神樹様パワーとご近所パワーのおかげだね」

「面白いパワーだこと」

「フッフンっ――、はじめてなんだぁ、おんなじ地区の同年代の友だちはね。今、心臓が嬉しさでばくばくしていますっ。……よかったらなんだけど放課後私の家で」

「ゆーな今日日直でしょ、そろそろだよ」

「あっ、いっけないッ。ありがと~のっちゃん」

「――ということなので、くれぐれも花火の取り扱いは注意してください。友奈さんお願いします」

「ハイッ! 起立。礼。神樹様に――――拝」

 

 黒板の隣に備え付けられた神棚の上――盆栽のような木にむかって。

 この世界に来てからは、病院や駅をはじめとした施設や公園に、盆栽程度の大きさの木が祀られていた。

 そういえば昨日の朝、銀が『イワシのニボシはあるか』と尋ねられ注文されたニボシを渡した。するとニボシを炙っては細い紐で結び小皿にのせ塩をまぶして神棚に置いて、何やら長い詞を奏上したのである。

 しかしそれは、朝は人間にとって忙しい時である理由で簡略化されて、一般家庭の多くがその作法に則ている。勿論、神世紀の人々は大赦が決めた祭日時、その日の前後は元の作法に沿って感謝を捧げている。

 今、教諭とホロホロを除く児童がさらに簡単ではあるけれども神樹様を模した木を拝んでいる。

 気味が悪いとは思わないどころか、皆が心から崇敬しているのがよく伝わり感心していた。

 しかしホロホロは拝んでおらず、それを友奈が視野の端で捉えてしまう。

 ちょうど、太陽が雲に隠れてゆく。

 

「ほろけうくん……神樹様に失礼だよ…………」

 

 静かな戸惑いが水面(みなも)に波紋を広げた。

 ――え。奇異の目が、ホロホロに集まった。

 

「す、すまん!? あっちゃっ~~お前らに悪いことしちゃったかなっオレ! アハ、アハハハ――なんつって」

「はぁ!? ホロホロくんありえないしっ、ウチらより……すぐ神樹様に謝って!」

「そうだっ、謝れ! 二度とこんなことすんなよな! 死のウイルスから神樹様に僕らは守られてるんだぞっ!!!」

「罰当たりぞっ――神樹様に怒られるぞ!」

「神樹様に見捨てられちゃうの知ってるでしょっ、なんで!? 今すぐ謝りなさいよ!」

 

 謝れッ謝れッ謝れッ謝れッ謝れッ謝れッ謝れッ謝れッ――――

 自分達が信仰する侵してはならない存在を貶され、計り知れない、子のエネルギーの全てが義憤に注がれた。怒気を噴きだした顔、咎めの声の軍勢に圧迫されたため少年は背を窓に貼りつけて冷や汗をかきだして、担任と副担任は騒ぎをおさめようとはせず呆然としていた。

 その状況下で一人だけ、癖っけない黒髪を中背までのばし――パッツンに切り揃えられた――西洋の顔立ちした少女がデモさぁとつまらなそうに遮る。

 

「あれでしょあれ。ホロホロくんって病み上がりでしょ? 頭に血まわってないんじゃないタブン」

「違うぜ(きぬ)()ちゃん。昨日の朝、碓氷くんが神樹館の女子を駅へ連れてったらしいぞ。なぁ」

 

 絹緒のそれを否定したのは先ほどホロホロに怪訝な目を向けていた男子であった。キリリとした端正な顔つきを険しくさせている。

 ホロホロの前に座っている――見た目は気弱そうな男の子がホロホロをちらりと見てありえないといったように質す。

 

「それホントかよ(わか)()ちゃん」

「そうだろ碓氷くん」

 

 若菜と言うらしい男子は自分に来た問いをホロホロに答えさせようとしていた。

 

「……悪いかよ」

「答えはっきり見つけてから口にすれば? そしたら俺もなんかゆー((言う))さ」

 

 冷淡に非難めいた口調を返して若菜は教室を出ていった。そのすぐ後、4人の男子が飼い主の後ろを着いてく子犬よろしく追いかけにいく。

 チャイムが鳴った。

 

「そ、それでは一時間目は理科室での授業だから遅れないでくださいね。それと碓氷くん、五時間目の道徳に僕と(かね)()先生の2人で碓氷くんと話し合いをしたいんだけど、昼休みの後で職員室に来てくれないかな」

「ハイ」

 

 了解をえて担任らも教室を後にすれば、さながらお通夜の空気のなか児童たちがまばらに動きだした。周りを見渡すホロホロと目が合わさると子どもたちは一瞬、圧を放ち、そうして友人または友人たちのもとへ向かう。

 対して、友奈はホロケウに視線を当てていて僅かに瞳は揺れている。小さな口を少しだけ開くもそこまでに終わり、――自分は今なにをしたいのかを見失いつつある友奈を呼ぶ声がした。

 それが幸いな道へ通じたらいい。

 振り向くけれども、友奈が求めている一筋の光は降りてこなかった。

 

「友奈ちゃん早くいこっ」

「そうだよ。いっつも我先にって感じで準備してるのに、ぼーっとしておかしいのお」

「わかった、もしや友奈こいわずらいかね!」

「あら大人の階段を登っちゃったの? 淫らな子ね、ん? この大人めッ……? 淫ら友奈ちゃん?」

「ち、ちがうよ~。ええっと」

 

 切羽詰まりつつ机から一時間目に必要な物を取り出す。教科書等を持ち、女子の友人たちへ正面を向ける。浮かない顔であった。

 

「碓氷くんでしょ。なんか、怖いよね」

「そうじゃ……ない」

「ごめん。でも友奈ちゃん日直で理科の準備の手伝いするじゃん?」

「え、あったけ」

「さきほどノダセンが仰ってましたよ。聴いてない?」

 

 ()()先生は確かにそう伝えていた。

 

「ほおらッ! いっこうーよ」

 

 友奈たちのやり取りを遠くで傍観していた友人の1人が見かねたらしく、友奈たちを引っ張る。

 後ろから視線を感じた。

 友奈の瞳が――()()の瞳に合わせようとしたやさきホロケウが目を逸らした。……声がでない。いつもの友奈なら誰かの時化た空気を春一番の化身となって吹き飛ばすのに、なぜか今は出来ずにいた。

 恐るおそる友奈もホロホロにならってしまう。

 

「うん、早く行かないとだね」

 

 そうして友達と急いで理科室に向かう。

 

 

 



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