天邪鬼が斬る! (黒鉛)
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逃げた先には

私は逃げた。

敗北したから逃げるのではない。勝つために逃げた。

 

私は逃げた。

他に方法はあったはずだが、その選択を全て棄てて逃げた。

 

私は逃げた。

手に持ったその道具をしっかりと握りしめ、鬼が殴り込みにきても、天人が暇潰しできても、仙人が説教の為にきても、妖怪の賢者が本気で私を捕まえにきても……私に降伏しようと言った小人がきても逃げた。

 

私は逃げた。

逃げて逃げて逃げ続けた。

 

まだ下克上は終わっていない。

私が叛逆者でい続ける限り下克上は何度でも出来る。

 

博麗の巫女も白黒の魔女も紅い館のメイドも異変は解決出来てもついには私を捕らえることが出来なかった。

見ていろ強者共。

 

 ――鬼人正邪はここにいるぞ。

 

 

 

 一人の妖怪は走り続けた。

 どんな妖怪が来ようともあの手この手を使っては逃げた。

 

 そして、走り続けた先で彼女を待っていたのは――。

 

 

「……おいおい、待てよ。これってまさか……」

 

 ――見たことのない土地、見たことのない服装の人間。

 そう、ここは外の世界だった。

 

■ ■

 

 人が次第に朽ちゆくように、国もいずれは滅びゆく――

 

「私とナジェンダさんの帝具があれば…対抗できるはず!」

 

 千年栄えた帝都すらも、いまや腐敗し生き地獄

 

「――パンプキン!!」

 

 人の形の魑魅魍魎が我が者顔で跋扈する――

 

(くっ…落としきれ…)

 

 天が裁けぬその悪を、闇の中で始末する

 

「がっ」

 

「帝国を裏切るとは…。残念だよナジェンダ」

 

 我等全員

 

 

「……どこの誰だか知らないが、あんたの叛逆精神は気に入った」

 

 殺し屋稼業――。

 

「そこの強者共、そこの女の代わりに私が相手をしてやろう!」

 

 

■  ■

 

 

「腹減った〜……死ぬー……」

 

 鬼人正邪は空腹だった。

 数年前に花の妖怪のような性格の強者に敗れて以来、そのボロボロの容姿からか何度も賊や妖怪に襲われた。

 

「外の世界にあんな妖怪がいるとは……聞いてないぞ」

 

 彼女が妖怪とはいえ所詮弱小妖怪、それなりの敵が相手だと手も足も出ない。

 それでもまともに戦えているのは彼女の持つ道具のお陰だろう。

 

 正邪はただ逃げ回っていたのではなく、元々小槌にあった魔力の半分ほどを既に回収済なのだ。

 

 その魔力のお陰であの八雲紫の攻撃も防げたと言っても過言ではない。

 

「……飯が、食いてえな」

 

 しかし現実は非常。

 小槌で飯は食えないのだ。

 

 だが、いくら正邪とはいえ全く知らないバケモノの肉を食べるようなことはしない。

 毒でも入っていてそれで死んでしまったのならそれこそ笑いものだ。

 

「……お、なにか来るな」

 

 近くの茂みに隠れ、遠くからこちらに向かってくるものを見る。

 馬車であることから中に人がいるのは間違いない。

 

「……こいつはいい。ここがどういう場所なのか聞ける上に飯も食えそうだ」

 

 早速、倒れかけの少女のような演技をして馬車の前に立つ。

 ……しかし、土の中から何かが上がってくる気配を感じる。

 

「ちっ、またかよ!!」

 

 すぐさまその場を離れ、打ち出の小槌を構える。

 ……ちなみに、これを打ち出の小槌と呼んでいるが正確には打ち出の小槌のレプリカである。

 

「邪魔なんだよオラァ!」

 

 小槌を振り下ろし、地中から現れた妖怪を一撃で仕留める。

 その威力はあの鬼や天人を後ろに退らせるほどだ。

 絶命した妖怪を横目に正邪はプランBへと移る。

 

「怪我はないですか? 危なかったですね」

 

 そうして男二人の前に近付こうとするが、男二人はまだ怯えた表情だ。

 

「……? どうかしましたか?」

 

「う、後ろだ!!」

「まだ土竜は生きている!」

 

「……え」

 

 後ろを振り返る。

 絶命したと思っていた妖怪はまだ生きていたのだ。

 

 万全の状態で戦ったならあの一撃で仕留められたのだろう。

 しかし、空腹で体に力が入っていない一撃では妖怪を一撃で仕留めることは出来なかったのだ。

 

「なら、もう一度……」

 

 再び小槌を構えようとしたが、その手を降ろす。

 既に奴は脅威ではなくなっていた。

 

 颯爽と現れた少年は妖怪を斬りつける。

 その動きはいくつか無駄があるものの、磨けば強者になりうる強さだった。

 

「うし、少し出遅れ感あるけどなんとかなったな」

 

 剣を戻し、妖怪が動くか確認する。

 今度こそ確実に絶命したようだった。

 

「すげぇなあんたら! あの土竜を二人だけで倒すなんて!!」

 

 男たちは笑顔で正邪たちの元に寄る。

 ここで正邪は考えていたことを行動に移そうと考えるが、それを止めるように少年が前に立つと……

 

「当ったり前だろー。ま、土竜なら俺一人でも倒せたけどな!」

 

 と、笑いながら話す少年に先を越されたと舌打ちをする。

 

「ちなみに俺はタツミって言うんだ! 帝都で有名になる男の名前だから覚えておいた方がいいぜ!!」

 

 ここで正邪は初めて帝都という場所の名前を聞く。

 この土地に来て以来こうしてまともな会話をしていなかった為、街の名前すら一つも知らなかった。

 そして、このタツミの表情を見る限り帝都という場所は京の都のような場所なのかもしれないと考えた。

 

「奇遇ですね。私も帝都で成り上がろうと考えているんです」

 

「そうなのか! やっぱ帝都で出世ってのは田舎者のロマンだよな!!」 

 

 どうやらこの発言は間違っていなかったと一息つく。

 正邪の読み通り帝都は京の都と似たような場所と考えたほうが良さそうだと思う。

 

「……帝都は、君たちの思うような夢のある場所ではないぞ」

 

 一人の男がタツミの希望に満ちたオーラを潰すように話す。

 なんでも、帝都には人の皮をかぶった化物が住まうらしい。

 

 それを聞いていた正邪は当然だろと言うようにため息をついた。

 

(……いつの時代でも弱者は強者の糧になってるってことか。まあ当然っちゃ当然か)

 

 彼らが忠告する理由もわかる。

 このタツミという男は田舎者という身分においては弱者的な立ち位置にいる。

 それに加えて彼はお人好しだ。いつ強者共の食い物にされてもおかしくはない。

 

 そして、それは正邪にとっても同じことだ。

 

「なら、その化物に利用されないように私と一緒に行動しよう」

 

「……え? あんたと?」

 

「まあ、実を言えば無一文で腹も減っていてな。こうして食い物をくれそうな奴を探していたのさ」

 

 正邪は人の騙し方を知っている。

 特にタツミのような甘そうな人間は嘘でも本当のように話せばなんでも信じてしまう。

 姫さまといういい例がある。

 ……とはいえ、腹が減っているというのは事実だった。

 

「私はいい奴と悪い奴の見分け方を知っている。一人で行動するよりも二人の方がいいと提案するぜ?」

 

「うーん、それもそうか。いや、俺は仲間とはぐれただけなんだけど……。でも、そういうことならよろしくな!」

 

 正邪は小さく微笑んだ。

 いつでも捨てられるいい駒を手に入れたと、笑った。



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彼は似ている

 タツミと一時的にだが行動を共にすることになり、小一時間程が経過した。

 

 急いで兵舎に向かったタツミに付いていくことはなく、自分のペースで歩く正邪。

 正邪にとって帝都というのは華やかで栄えた場所という認識だった。

 

 この場所でなら美味しいものは沢山あるだろうなと思うと今からでも腹が鳴る。

 タツミには早く用事を済ませてほしいと思っていた。

 

 

「分かったらどっか行けクソガキ!!」

 

 

 近くでおっさんの怒鳴り声が聞こえ、何事かと興味本位で向かってみるとタツミがいた。

 正邪はタツミのやりそうな行動を考えて結論に至り、溜め息をついた。

 

「……おいおい、必要なのは力だけじゃないんだぜ? こういう時は周りを見て頭を使うんだ」

 

「……そんなこと言ったって、一々一兵卒からやってられるかよ」

 

 文句を垂れるタツミを見て本物の田舎者なのだと思う。

 しかし、これでタツミの用事は終わったのだ。

 

「約束通り私に飯を食わせてくれ!」

 

「分かったよ……。てか、よく無一文で帝都に来ようと思ったな」

 

 正邪はむむむと唸る。

 実際、この場所に辿りついたのは結果でしかない。

 食べ物を探し続けていたらたまたま偶然ここに行き着いただけなのだ。

 

「……まあ、追い剥ぎとか色々あってな」

 

 しかし、帝都で成り上がるために来たと言っているために下手なことは言えない。

 食にありつくまではタツミを手放すわけにはいかなかった。

 

「そっか、実は俺も夜盗に襲われてな……その時に一緒に来てた二人ともはぐれちまったんだ」

 

 なんとか騙せたことに安心する。

 そして、いよいよ何か食べられると心を踊らせる。

 

 

「ちょっとそこのお二人さん、お困りのようだね」

 

 後ろから声をかけられ、明らかに不機嫌だというアピールをしながら振り向く。

 

「……そんな露骨に不機嫌アピールされるとお姉さんも困るんだけどなー」

 

 余程嫌な顔をしていたのか、金髪の女は困ったような顔をしている。

 タツミはというと……。

 

「……デケェ。さすが帝都」

 

 と、思春期の少年のようにデカい乳を見ていた。

 ……すごく、大きかった。

 

「話があるなら食事しながらでいいですか? 私、腹が減って、死にそうなので」

 

「お、丁度よかった! 私もゴハンが食べたくてさ〜」

 

 そこからはトントン拍子で話が進んでいく。

 金髪の女が話しかけてきた理由はタツミが手っ取り早く仕官できる方法があるから飯を奢ってもらうのを条件にその方法を教えるというものだった。

 

 

 

「……プハーッ! いやー、昼間っから呑む酒は最高だね!!」

 

「さすがに昼間から呑もうとは思わないな……でも、ここの飯美味いな……」

 

 正邪は食事を楽しんでいた。

 なにせ数日間川の水なんかを飲んで過ごしてきたのだから、こうしてまともな食事ができる感謝しかなかった。

 

(思えば、逃走中もこんなに食事に困ったことはなかったな……。早く食えるものとそうでないものの違いを覚えなきゃいけないな)

 

 正邪は金髪女とタツミの会話に入る気はなかった。

 既に正邪は彼女が盗人の類だと気付いていたのだ。

 

 だが、正邪には止める理由はない。

 タツミにそこまでの大金があるとは思っていなかったし、仮にあったとしても野宿生活には慣れていた。

 寧ろ沢山の強者に襲われない分この場所ならば安眠できるとさえ思っている。

 

「つまり、人脈と金だ。私の知り合いの軍の奴がいる」

 

「金……?」

 

 正邪は退屈そうに二人の会話を聞く。

 タツミは嬉々と金髪の聞き、お金の入っているであろう袋を取り出した。

 

「――ちょいと待ちな。金を払うには早すぎる」

 

 正邪は立ち上がってしまった。

 気が付いた時には金袋をタツミの元に置かせ、会話の中に参加していた。

 

「あんたの知り合いって奴と直接合わせるべきだろ。まさか帝都ってのは実力も知らない人間を金と人脈だけで仕官させるのか?」

 

 金髪は少しだけ焦った顔をする。

 タツミと同じで騙されやすい人間だと思っていた彼女にとって鬼人正邪という人物は厄介な相手だった。

 

「なぁ、本当に知り合いなら会うことぐらい容易いよなァ? タツミの腕を見ればもっと相応のところに就けるだろ?」

 

「い、いや〜。それはだな……」

 

「ふん、行くぞタツミ。こいつはお前の金を盗もうとした盗人野郎だ」

 

「はぁ? そんな人間がいるわけ……」

 

 この店の主人と思わしき男が裏で声を出さないように笑っている。

 ……笑い声が聞こえてる時点で声が出ているというのは黙っておく。

 

「……マジか」

 

「……ま、まあこれもいい経験だと思って!! じゃあね、少年と少女!!」

 

 金髪は強引に逃げていく。

 とても逃げ足が早く、タツミも反応に遅れて取り逃してしまう。

 

「お前さ、帝都に入る前にいた男の話ちゃんと聞いてたのか? もっと警戒するべきだぜ?」

 

「悪い、助かった。……えっと……」

 

 急にタツミが変な顔をする。

 何事かと正邪は考えたが、すぐに理由が分かる。

 

「……正邪でいいよ」

 

「正邪、改めてよろしくな!」

 

 感謝の言葉。

 それは正邪にとって嫌のものの一つだ。

 それに加え、嫌なものでも思い出したかのようにそっぽ向く。

 そして、何故正邪がタツミを助けたのかが何となく分かってしまう。

 

 

「別に、私が気に入らなかっただけだ」

 

 

 彼の笑顔は、その純粋さはどことなく姫さまのようだと感じていた。



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再会

 盗人からお金を守りきったことはかなり幸をそうしたといっても過言ではなかった。

 

「おお……!!」

 

 少し値段の張る宿だったが、そこが思っていた以上に綺麗だったのだ。

 輝針城と比べると可哀想だが、それでも泊まってよかったか思えるほどには綺麗だった。

 

「こいつはいい! もう何日も布団で寝てなかったんだ!!」

 

 更に、それはふかふかのベッドだった。

 ベッドというものを一度も体験したことのなかった正邪は無邪気な子供のように飛んだり跳ねたりしていた。

 

「……っと、その前にやることあったや」

 

 ベッドから起き上がると服を脱ぎ始める。

 そして、様々な道具の入った袋の中から針と布を取り出す。

 

「……姫さまから教わって正解だったな。いつまでもボロボロの服なんか着てられるか」

 

 正邪はかなり器用な方だった。

 破れていた箇所を難なく縫い終えるとかなり汚れていた為、風呂場で洗い、乾かす。

 

 ここまでゆっくりとしたのは輝針城で力を蓄えていた頃以来だろうと物思いにふけていた。

 

「さて、タツミのところに行くか」

 

 かなりの休息が取れていた正邪は自室を後にし、隣のタツミがいる部屋に向かう。

 この場所のことを詳しく知るためにタツミから話を聞きに行くのだ。

 

 

「おーい、入るぞ」

 

 ……返事がない。

 試しに二度ノックをし、扉を開けると中には誰もいなかった。

 

「鍵もしないとは不要人だな。私なら家の中のもん盗んでいくぞ……」

 

 しかし、盗むものもなければ盗む必要もないので仕方なく部屋で待つ。

 

 

 

 前々から感じていたが、ここはおそらく外の世界というより、異世界なのだろう。

 この世界にはビルというものもなければ全員の服装が守矢で盗み聞きしたものと全く異なる。

 

 さらに極めつけはあの妖怪共だ。

 あんな妖怪は見たこともなければ聞いたこともなかった。

 

「ったく、これもあのスキマ妖怪の仕業か?」

 

 八雲紫。

 妖怪の賢者である彼女でさえ遂には正邪を捕らえることは出来なかった。

 そこで八雲紫は幻想郷から追放という形をとったのかもしれないと考えられる。

 

「はっ、考えられない話じゃないな」

 

 この予想が当たっていたとすれば幻想郷に戻れる可能性はかなりゼロに近い。

 

 しかし、必ず戻らないといけない。

 このままこの場所で過ごしてしまうのは逃げてしまったのと変わらないではないか。

 

 世界をひっくり返す。それだけは何としてでも成功させる。

 

「……しっかし、遅いな」

 

 全ての荷物を置いているのに剣だけは所持していることを様々なことが考えられた。

 

「何にしても、きな臭いな」

 

 正邪本人には力がない。

 タツミレベルの人間が倒されるとなると節約はしながらでも道具を使わざるをえない。

 

 そんなのをわざわざ相手にしてまでタツミを助ける気はなく、見捨てるのが妥当だろう。

 

■ ■

 

「……たしか、こっちに向かって……」

 

 タツミは走っていた。

 正邪には悪いと思ったが一声かけているうちにいなくなってしまいそうな気がしてとにかく走った。

 

「っ、下にいたのは確かにサヨとイエヤスだった……!」

 

 呆れた顔をしたサヨに何かを笑いながら話すイエヤスの姿を見たのだ。

 必死に走り続け、倒れている悪そうな人間を目印に前に進む。

 

 

「……今日はここで野宿して明日タツミを探しましょ」

 

「そうだな。タツミのことだし、俺たちより先に着いてても仕官出来なくて困ってそうだけどな」

 

 いた。橋の近くにサヨとイエヤスがいた。

 

「――サヨ! イエヤス!!」

 

 別に心配しているわけではないと思っていたが、実際に彼らに会ってみると涙腺が緩んだ。

 いくら彼らが強いからといっても、やはり心配だったのだ。

 

「……タツミ?」

 

「おぉ! やっぱタツミも来てたのか!!」

 

 三人は心の底から再開を喜んだ。

 サヨとイエヤスもそれぞれ多少はあれから金を集めていた為、タツミの持ち分と合わせて同じ宿に泊まることになった。

 

 

 

「……げっ、急ぎすぎて閉めるの忘れてたか」

 

「ちょっと、それじゃあ何か盗られてたりしてるんじゃないの!?」

 

 サヨが少しは気をつけなさいとタツミを叱る。

 それが妙に嬉しかった。

 

「うっ……昼に正邪にも言われたばかりなんだけどな……」

 

「「……正邪?」」

 

 二人は知らない人物の名前にハテナを浮かべた。

 一先ず部屋に入ってから説明しようと中に入る。

 

 そこには

 

「……え」

 

 下着姿の

 

「……タツミ、お前……」

 

「……」

 

 正邪が

 

「んっ、帰ってきたのか?」

 

 ベッドで横になっていた。

 

 ……タツミの意識が飛んだのはその数秒後である。

 

 

 

「っててて……なんでこんなことに……」

 

「ご、ごめん! てっきり帝都に来て早々あんなことやこんなことしてるとばかり!」

 

「ま、タツミにそんな度胸はねーよな。ビックリしたぜ」

 

 知らぬ間に人が増えたことに面倒そうにしながらも、正邪は下着姿で男の部屋に入ることはおかしいことを覚えた。

 しかし、それは反省の意味ではなく、今後人をからかう時に使えるという意味だ。

 

「……それにしても、あんた正邪っていうのか」

 

「あぁ、色々あってタツミと一緒に行動してるさ」

 

「まさかもう一度貴女に会うなんてね」

 

 もう一度という言葉に反応する。

 正邪は二人に会った覚えなどなかった。

 

「ちょっと待て、私はいつお前たちに会った?」

 

「え、覚えてなかったの!?」

 

「ほら、夜盗に襲われてた時に助けてくれただろ!」

 

 そう二人は話すが、そもそも襲われた回数が多すぎる上に全員弱かった為、一々覚えてはいなかった。

 

「……とにかくあの時は助かった。あの後礼でも言おうと思ったけど、速いしあのままだと帝都から遠ざかるってサヨが言うから言えなかったんだ」

 

 助けるつもりもなく、ただ自分が助かるために目の前の敵を倒していたのが誰かの助けになっていた。

 そう考えると正邪はかなり気分を悪くした。

 

(……ま、その分駒としてしっかりと利用させてもらうか)

 

 それでもここはそう考えて割り切るようにした。



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選んだ答え

 タツミ、イエヤス、サヨの三人を引き連れ帝都を探索する正邪。

 というのも、昨夜に今まで戦ったのは妖怪ではなく危険種という存在だと判明した。

 三人の知っている危険種の情報を得たが、それでも情報が足りない。

 

 危険種のことばかりではなく、これからの活動拠点となるであろう帝都に関してもより詳しく知るために今朝から探索に出ているのだ。

 

「……ん?」

 

 そこで、正邪はとある手配書を見つける。

 かつては正邪もお尋ね者だったが、現在では普通の人間となんら変わりなく過ごしている。

 

「……ナイトレイド」

 

「え? ……手配書、か」

 

 やはりどこにでも世界を騒がせる困った奴らはいるものだと他人事のように見ていた。

 

「万が一出会った時の為に覚えておくか」

 

 それは決して警戒の意味ではなかった。

 この帝都という場所を理解した時、自分はどうするべきかを決めるために。

 

 

 

 

 

「……はぁ、やっぱ一兵卒から地道にやるしかないか」

 

「そうね。時間はかかるけどそれが確実だと思う」

 

 タツミとイエヤスは乗り気ではなかったが、サヨの言う通りそれが普通なのだろう。

 正邪自身もこの場所は幻想郷のように安定した場所ではなく、程よく不安定だと考えていたため、今はそれに賛同しようと思っていた。

 

 しかし、帝都を歩き回っている間に何度も聞いたナイトレイドの噂。

 聞く限り帝都でも権力を持つものばかりが狙われているという話だ。

 その真意をどうしても確かめたいとは思っていた。

 

 

「とりあえず、今日は野宿して……!」

 

 明日もう一度軍のところに向かおうと言う直前だった。

 四人は異常な殺気を感じ取る。

 

「な、なんだ今の殺気……」

 

「……! もしかして、手配書にあったナイトレイド……?」

 

 三人は即座に身を隠そうと動こうとする。

 しかし、一人だけ三人とは真逆の道に進もうとしていた。

 

「――最終確認といこうか」

 

 鬼人正邪だ。

 だが、その顔は先程までの少し大人っぽいものではなく、一種の狂気なようなものを感じ取っていた。

 

 タツミは急いで正邪の後を追った。

 正邪が危ない、仲間を助けないと、という気持ちでただ走っていた。

 

 

 

「――葬る」

 

 正邪が辿りついた頃には既に殺し合い……一方的な殺戮ショーが始まっていた。

 

 上空から確認すると一人の少女とその護衛を除けば殆どは殺されていた。

 問題は、何故彼女たちが殺されているのかということだ。

 

「……あれは」

 

 後ろからは正邪を追ってきたのであろうタツミたちが走ってきている。

 

「ったく、わざわざ追ってきたのか」

 

 正邪にとってはいらぬ心配だが、邪険にするつもりもない。

 

 まだ使える道具と三人の駒。

 これがあれば戦える

 

「……そこのお前ら、ナイトレイドだな?」

 

 正邪は立った。

 腕を組み、真剣な眼差しで彼らを見つめる。

 

「……三人来たのは分かってたけど、クローステールにかからないってどんな視力してやがんだ」

 

 緑髪が相当警戒していたのが分かる。

 だが、どれ程警戒しようと正邪は一つ目の反則アイテムである亡霊の送り提灯を使用しているため、罠にかからなかったのだ。

 

 しかし、暫くは送り提灯が使えない。

 緑髪もかなり警戒しているため、今度は慎重に動かなければならない。

 

「安心しな。私は確かめに来たんだ」

 

「……確かめに?」

 

 緑髪がこちらの動きを観察しながら返答する。

 

「ナイトレイド、お前たちが権力者ばかりを狙う意味はなんだ。なんの意味もなく殺して回ってる愉快犯ではないだろ?」

 

 と、そこで先程逃げていた少女が黒髪に殺されようとしているのを目撃する。

 その場所を向き、陰陽玉を握りしめる。

 

 その瞬間、正邪は目の前から消えた。

 

「消えた!? まさか帝具使い……!!」

 

「移動系の帝具……。でも、敵意はなかったし攻撃してくるまでは様子見か」

 

 

 

「葬る」

 

 黒髪の刀が少女を切りつける。

 

「……まあ待てよ」

 

 しかし、刀は少女を斬らずに人形を斬っていた。

 

「!? ……帝具使いか」

 

「帝具使い?」

 

 ここにきて新たな単語が出てくるが、ここは一度無視することにした。

 

「……まあいい。何故お前たちはは少女を

狙った?」

 

「お前には関係ない。邪魔をするならお前も斬る」

 

 黒髪の殺気はとてつもなく、幻想郷でもここまで殺気を向けられたことはなかった。

 

「別に、理由だけ聞けばあとはお前たちの勝手だ。逃がすとか思ってるならこいつを縛ってから話してもいい」

 

 

「……嘘じゃないようだな」

 

 後ろから声が聞こえ、少女が拘束される。

 そいつは、少し雰囲気が違ったが、知っている顔だった。

 

「……はっ、盗人と思いきやナイトレイドだったか」

 

「はは、てことは少年も来ているのかな?」

 

「……いや、そこに二人追加だ」

 

 振り返ると後から三人が走ってやってくる。

 全員剣を手に取り警戒していることから正邪が襲われていると勘違いしてると分かった。

 

「安心しな少年。少女には何もしないさ」

 

「え? ……あ!! あの時のおっぱい!」

 

 タツミも金髪を思い出したように叫ぶ。

 しかし、今はそんな茶番をしている時ではない。

 

「何故殺そうとするか。その答えたはこれだ」

 

 後ろにあった倉庫の扉を破壊し、中がはっきりと見える。

 

 死体、まだ生きている人間、肉を剥がれされた死体。

 人間から見れば地獄絵図のような光景だ。

 

「……ぅ……な、なんだこれ……」

 

「こんなの……酷すぎる……!」

 

 タツミとイエヤスは呆然とし、サヨはあまりのショックで吐いていた。

 そして、正邪は……。

 

「……そういうことか」

 

 怒っていた。

 そして、少女を睨みつけると……。

 

「私は弱者の癖に生まれが強者ってだけで弱者を食い物にしてる奴らが嫌いなんだ」

 

 金髪を退かし、小槌で両腕を潰す。

 

「なるほど、これが帝都の闇か」

 

 次に両脚を潰す。

 

「――なら私は、この帝都をひっくり返す」

 

 最後に頭を潰した。

 

 

「……我が名は正邪。私をナイトレイドに入れろ」

 

 動かなくなった少女を踏みつけ、正邪は頼んだ。



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ナイトレイド

 誰一人動ける者はいなかった。

 少女の悲鳴さえ聞こえていないように、淡々とした作業のように人を殺した正邪にある者は怯え、ある者は興味を覚えた。

 

「……で、答えは?」

 

 小槌についた血を拭き取りながら返事を待つ。

 金髪は黒髪と目を合わせて合図を送っていた。

 

「あぁ、お前は帝具も持っているしこちらとしては戦力が増えて嬉しい」

 

「アカメに賛成。ついでに、そこの三人も一緒に連れて行っていいか?」

 

 三人のことを正邪に質問され、どう返すべきか困ってしまう。

 この三人がどうなろうが正邪には知ったことではない。

 ない、が……。

 

「……こいつらは強い。育てればナイトレイドの主戦力になれるだけの潜在能力を秘めてる」

 

「なら、決まりだな」

 

 戦力は多いほうがいいに決まっていた。

 世界をひっくり返す為に必要な駒は増やし、後々に役立ってもらう。

 使えない駒は適当に利用し、使える駒はしっかりと磨き、利用する。それが正邪のやり方だ。

 

「ちょ、俺たちはなにも言って……」

 

「ブラっち、男二人はよろしく!」

 

 タツミとイエヤスは目の前の状況をしっかりと理解できないままブラっちと呼ばれた鎧の人物に担がれる。

 

「あ、私は飛べるからサヨだけ任せた」

 

「そうかそうか。飛べるなら問題……」

 

 全員の動きが止まる。

 今までは飛べることも含めて自分の手の内を隠してきたが、今後は問題ないだろうとあっさり飛ぶことを教えたのだ。

 

「え、正邪って飛べるの?」

 

「他にも出来ることは沢山ある。聞けば聞くほど私を仲間にしたのは正解だと思うさ」

 

 そう言って何でもないように飛んでみせる。

 それに金髪と黒髪は目を輝かせて見ていた。

 

「……っと、色々と聞きたいことが増えたけど、とりあえずアジトに戻ってからだな」

 

「そうだな、私たちも急ごう」

 

 正邪たちは帝都を離れ、アジトと呼ばれた場所に向かった。

 

 

■ ■

 

 

「正邪〜! もう一回だけその布見せてくれないか?」

 

「しつこいな……。ひらり布の魔力だって有限なんだ」

 

 ナイトレイドにアジトに着いた。そこまではよかったが、肝心のボスと呼ばれる人物が外出しているためにアジトで待機をさせられていた。

 その間に正邪は金髪と呼んでいた女、レオーネと呼ばれている彼女から田舎者ということを利用して危険種のことや帝都のこと、帝具のことを学んでいた。

 ナイトレイドのことはボスから聞くといいということでまだ詳しいことは知らなかった。

 

「ちぇ、また魔力か」

 

「一昨日も言ったが、ボスとやらが来るまでは教えられない。何度も同じことを言うのは面倒だからな」

 

 そうレオーネには説明するが、正邪には一つだけ確認すべきことがあった。

 それに確信が持てるまでは何も話せないと自身の持つ道具の名前と効果以外は何も話してはいなかった。

 

(……道具も全員からの質問責めがなければ話そうと思わなかったけどな)

 

 そんなこんなで既に三日も経っており、今日は事情を理解できたタツミたちを連れてナイトレイドの紹介をする予定になっていた。

 

「……お、いたいた」

 

 アジトから少し離れた場所にタツミたちはいた。

 イエヤスとタツミが組手をしていたが、あと少しで決着が着こうとしていた。

 

「……なるほど、腕は確かだな」

 

 レオーネも二人の動きには感心し、タツミの勝利が決まったところで三人の元に駆け寄る。

 

「うおっ!? ……れ、レオーネさん?」

 

「昨日話したけど、今日はアジトの案内だ!」

 

 レオーネがサヨを担いで歩いていき、タツミとイエヤスは「入るって決めたわけじゃ……」とブツブツ言っている。

 正邪もその後を追うように歩くが、その時に僅かな違和感を感じた。

 

「! ……やっぱりそうか」

 

 正邪は、あることに関しての疑問を確信に変えていた。

 

 

「先ずここが会議室だ。あそこに座ってるのはシェーレな」

 

「……あら、皆さんどうしましたか?」

 

 シェーレと呼ばれた女はかなりボーッとした感じだが、これでも殺し屋だと考えると要注意人物だと思った。

 

「それがさー、タツミたちはまだ仲間になる決心ついてないんだ」

 

「……そもそも、アジトの位置を知った以上仲間にならないと殺されますよ?」

 

 ごもっともである。

 どれだけ駄々をこねようが彼らは二度と帝都で軍としては働けないことが確定している。

 

「……まあそりゃそうだよな」

 

「なんでこんなことに……」

 

 その後、マインと呼ばれるピンク髪の女と出会ったが、彼女はタツミたちにだけ突っかかっていたため、正邪は軽い挨拶だけで会議室を後にした。

 

 その後も訓練所にいるブラート(ホモ疑惑野郎)ラバック(変態)に会ったが、彼らもタツミたちとばかり話をしていたため、軽い挨拶だけで済ませた。

 

 

 最後に紹介されるのはあの黒髪だったが、今回の紹介はタツミたちを仲間に引き込むためのものだと分かっているため早く終わってほしいと思っていた。

 

「ほら、あそこにいるのがアカメだ」

 

「……あれってエビルバードだよな?」

 

「もしかして、エビルバードを一人で?」

 

 アカメが食べている肉を見て三人が驚く。

 その様子からしてあれも相当強い危険種なのだろうと判断できた。

 

「アカメはあれで野生児だからな。……にしても、今日はやけに奮発してるな」

 

「……ん、レオーネか。レオーネも食え」

 

「お、サンキュー!」

 

 アカメから渡された肉をレオーネは美味しそうに食べる。

 

「……正邪は仲間になるんだな」

 

「いや、私は遠慮しておく。そんな腹減ってねえし」

 

 ちなみに、アカメは仲間以外には肉を渡さないらしく、まだ迷っている三人には渡すことはなかった。

 

「なあアカメ、今日は奮発してないか?」

 

「ボスが帰ってきてる」

 

 アカメの視線がエビルバードの奥を見る。

 その視線の先にはボスと呼ばれる人物がいる。

 

「……やっとボスとやらの顔が見れるな」

 

 正邪は一人でボスの顔を覗きに行く。

 

「……お?」

 

「……!!?」

 

 そこにいる人物を正邪はなんとなくだが、覚えていた。

 白髪の女は目を見開き、凄いものを見たかのようにこちらを見つめていた。

 

 彼女の名はナジェンダ。

 そう、彼女は……

 

「……あの時の……しかし、あの時と全く容姿が変わっていないのは一体……」

 

「誰かと思えば、あの時の女か」

 

 正邪がこの世界に来た時に出会った人物だった。



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打ち出の小槌

 ナジェンダは一度だけ確実に死んだと思ったことがあった。

 エスデスに片目を潰された時、このまま全身を氷漬けにされて死ぬのだろうと初めて生きることを諦めかけた。

 

 しかし、たった一人の少女によって生きることを許された。

 その少女にもう一度会えたならば礼だけでもしたいと思っていた。

 

 そして、それは予想していなかった形で叶うことになる。

 

 

 

「……確かにエスデス相手にどうやって無傷でいれたのか気になっていたが……」

 

 会議室で三日前の出来事の報告を終え、次にタツミたちの勧誘が始まった。

 ナイトレイドは革命軍の情報収集、暗殺といったことを行う部隊の名前であること、最終目標は諸悪の根源であるオネスト大臣を討つことだと聞かされた。

 

 タツミたちは村を救うために正式にナイトレイドに入ることになり、現在初陣に出ている。

 

 本来なら正邪も前線に立たなくてはならないが、一つのことを理由に今回は動かなかった。

 

「……まさか、帝具を強化するような帝具があるとはな」

 

 正邪の持つ打ち出の小槌と呼ばれた帝具と思わしきものを使い、ナイトレイド全員の帝具が強化されたのだ。

 しかし、そのデメリットが正邪自身の能力の低下ということらしく、それが理由で仕方なくアジトに残ることを許した。

 

「いや、元々この小槌にはここまでの力はなかった。こいつはレプリカだからな」

 

「……レプリカだと? なら、それの元になったものが存在しているのか?」

 

 ナジェンダはそれほどの強力な帝具ならば文献にも載っているものだと思ったが、文献になかったことを考えると帝具とはまた違った代物なのかもしれないと考える。

 

 だが、凄いという気持ちは確かだ。

 もしインクルシオやライオネルといった身体強化系の帝具一つに力を注げばもしかするとエスデスやブドーといった将軍相手にも手が届くかもしれないとさえ思っていた。

 

「その筈なんだが……。この小槌がオリジナルに近い力を発揮しているのを見るとレプリカをオリジナルと認めたのか……」

 

 

 

 初めは小さな違和感だった。

 この小槌はオリジナルではないため使用した魔力を回収するには一苦労がかかる。

 だと言うのに、ここに来てから自動で魔力が戻ってきている感覚を覚えたのだ。

 

 まさかと思い、ここ暫くは魔力は好き放題使っていた。

 すると案の定特定の時間帯に魔力が回復することが分かったのだ。

 

 ただし完全に回復するわけではなく、自動回収だと決められた量のみを決められた時間に回復するため、やはり使用したものに魔力が残っている場合は自分で回収する必要はある。

 

 だが、その性能はただのレプリカ相応のものからオリジナル寄りに変わったのは嬉しい誤算だ。

 

 おそらくオリジナルの小槌がこの世界にないため、依り代をレプリカに完全に移行したのだろう。

 こうして、小人以外でも使える最強の打ち出の小槌は誕生したことになった。

 

 

 ナジェンダの前では抑えたが、この昂る気持ちが抑えられなかった。

 なんて素晴らしいのだ、これなら誰にも負ける気がしないとさえ思える。

 だが、ナイトレイドには一斬必殺村雨があり、あれを防ぐ方法はないため裏切るようなことはしない。

 

「まあ小槌の説明は皆が戻ってから話す。私が他に使ってた道具も小槌の力のお陰で機能してるだけだしな」

 

「……ほんと、サポート面では優秀すぎるほど強力な帝具だな」

 

「……まあ、今は帝具って認識でいいや。私自身これが帝具か分かってないしな」

 

 もちろん嘘だ。

 しかし、一々幻想郷のことから説明するのも面倒なので話すことはおそらく今後もないだろう。

 

 

 暫くしてアカメたちが帰ってくる。

 帝具に使用した魔力を全て回収すると全員が力が抜けたように座り込み、疲れていた。

 これは慣れない力を使って戦った代償なのだろうとアカメは言う。

 

「……まあ、そうおいしい話はないか」

 

 少し残念げにナジェンダは話すが、正邪はそれほどの魔力を使っても問題ないことが分かり、かなり上機嫌だった。

 

「てか、そんな凄い帝具ならなんでもできそうな気がするけどな……」

 

 冗談のつもりで笑いながらラバックは言った。

 正邪は笑い返し、ラバックに近付いた。

 

「万能器具ではないが、こういう使い方は出来るはずだ」

 

 小槌の力を発動し、一つの刀を創り上げていく。

 それを見て全員の顔が青ざめていくのが分かる。

 

「……おいおい、それは反則すぎるだろ」

「ウソでしょ……? そんなことが可能なはずないわ!!」

 

「……あれって、アカメの持ってる刀と一緒のやつか?」

 

 一斬必殺村雨が、創り上げられる。

 誰もが考えた。

 つまり、それはエスデスの帝具ですら創り上げてしまう禁断の帝具なのではないかと。

 

「……フハハハ! 流石は小槌の力だ!! これがあれば帝都をひっくり返すこと……も………あ…?」

 

 次の瞬間村雨が砕け散り、正邪は意識を失って倒れた。

 確かに今のレプリカ小槌はオリジナルのような力があった。

 しかし、小槌は元々なにかを代償にする鬼の道具であった。

 その性質上正邪は気絶程度で済んでいるのはやはりレプリカのお陰だと言ってもいいだろう。

 

 そんな正邪の姿を見、全員が心配するが、タツミ、サヨ、イエヤス以外のメンバーは少しの残念さとかなり安心を覚えた。



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初任務

 ナイトレイドのアジトでは眠っている正邪を除いたメンバーで会議が行われていた。

 

「……おそらく、正邪も帝具を創るのは初めてだったのだろう。幸いにも気絶しているだけだったが、今後はあまり無茶な頼みは避けた方がいいだろう」

 

「分かってる。そもそも帝具の話だってラバも冗談で言ってたんだ」

 

「……本当に成功しかけるとは思ってなかったけどな」

 

 会議室に重い空気が流れる。

 帝具を創る帝具「打ち出の小槌」。

 

 もし、これが革命軍に知れ渡ればどうなるかを考えると、この事実は隠し通すしかなかった。

 

「……空を飛べ、打ち出の小槌っていう反則帝具を所持しているんだ。もしかしてまだ何か隠し持ってるとか……。他には分からねえのか?」

 

 全員の視線がタツミに向く。

 この中で唯一話した回数が多いのはタツミだけだった。

 故に全員が何か知っているのではという風に考える。

 

「……悪い。正邪は帝都で成り上がるためにここに来たってことしか知らないんだ」

 

「私たちの村は多少他の村とも交流があったけど、あんな変わった服を着たのは見たことがないわ」

 

「一緒にいたタツミや頭のいいサヨも分かんねえなら俺も分からねえよ」

 

 結局何も情報が得られず、ただ正邪という人物の謎ばかりが増えていくだけだった。

 

「……ったく、勝手に私の話してるんじゃねーよ」

 

 正邪だった。

 先ほどのことが嘘のようにヘラヘラとしながら立っていた。

 

「今回のことは私が甘く見すぎていた。でも、死ななかっただけ儲けもんだ」

 

 正邪はただ笑っていた。

 倒れたばかりだというのにそこには無理をしている様子もなく、無邪気な子供のように笑っていた。

 

「……単刀直入に聞く。正邪、お前は何者だ?」

 

 正邪について最初に聞いたのはナジェンダだった。

 正邪は一瞬耳を疑ったような仕草をするが、すぐに理解したような素振りを見せる。

 

「さっき言っただろ?」

 

 後ろを向き、こちらを見返りの姿で語る。

 

「――我が名は鬼人正邪。それ以外の何者でもない」

 

 正邪はそれだけを言うと他には何も言わなかった。

 ナジェンダもお手上げのようでそれ以後の言及はしなかった。

 

 

■ ■

 

 

「……くっそぉ! この強者め!!」

 

「あんたが弱すぎるのよ……」

 

 正邪は脅威になりうる。

 その考えは翌日に訂正されることになった。

 確かに彼女は道具を使った戦闘に関してはナイトレイドの中で誰よりも優れていたが、実践となるとラバックでも勝てるほど弱かった。

 

「……あーもう無理。降参してやるよ」

 

「あんた、ほんとに弱いのね」

 

 動きは素人同然で現在、マインに敗れたことで肉弾戦最弱の称号を手に入れてしまったところだった。

 しかし、正邪はタツミたちと違って早速殺しの仕事に向かうことになった。

 

 

「あんたたちは大人しくキュウリのヘタでも落としてなさい!!」

 

「なあタツミ、なんでこいつこんな偉そうなんだ?」

「知らねえ。俺が聞きてえぐらいだよ」

 

 今回の任務は少し手強い上に敵の数が多い。

 そこで、敵を一掃するために小槌で強化したパンプキンで一気に敵を殲滅するという作戦になった。

 

 ……なったのだが

 

「すまん、最初に時みたいな魔力は今使えねえ。村雨の時の魔力が完全に回復しきってないんだ」

 

「えぇ……。いや、まあそれぐらいのデメリットがあった方が奪われた時に安心はするけど……」

 

 ということで、正邪の力をもっと探る為に敵の親玉は正邪が討つことになった。

 ナジェンダ曰く今回の目標は少しだけ強い上にいつ現れるか分からない人物だと言う。

 

「……ま、これなら余裕だな」

 

 陰陽玉、身代わり地蔵、そして小槌を装備して準備は万全だった。

 

 

「……はぁ、私が殺るよりブラートやマインの方がさっさと済むだろ。私じゃ一撃では仕留められないぞ」

 

「ま、その時は正邪は戦闘では全く使えないって報告しとくわ」

 

 その言葉が正邪を動かした。

 マインに指を指す。

 

「……面白いじゃないか。仕方ないから私も最後の手の内を明かしてやるよ」

 

 意外と正邪は喧嘩は買う方だった。

 

「最後の手の内……。あの帝具以外にもまだ見せてないのがあったわけ?」

 

「今までは使う必要がなかったからな。でも、こいつは絶対に誰にも回避できねえし奪われないものだ」

 

「絶対に奪われないもの……?」

 

 それを聞いて最初に考えたのは肉体改造だった。

 しかし、だとすると正邪は組手の時に肉体の違和感を感じるはずだが、ブラートでさえそれに気付くことができなかった。

 

 結局、答えは出ないまま目的地に辿りついてしまう。

 

「……はぁ、陰陽玉での移動範囲がかなり長ければな」

 

「いいだろ? 後ろを取れるだけ」

 

「ラバ、それは一対一の時だけだ。複数相手には魔力の消費も考えると使えねえよ」

 

 全員が身構える。

 

「……こいつらは私が殺る」

 

 正邪が手を広げた瞬間、敵が剣を持って襲いかかる。

 だが、次の瞬間敵は全員逆さまになって頭から地面に落ち、下に張っていたラバックのクローステールで全員の頭が切れる。

 

「っ! ……今俺のクローステールを小槌で操ったのか!? それだけの魔力? があればパンプキンの強化ぐらい出来ただろ?」

 

「……はぁ、はぁ……出来なかったら小槌で殴り殺そうとか考えたけど、なんとか出来たな」

 

 それに、と正邪は言葉を続ける。

 

「クローステールはパンプキンと違って複雑な操作はないからそこで使う魔力を抑えることが出来る」

 

 疲労を覚えながら正邪は目標の場所に向かおうとする。

 普通ならばここまで疲労を覚えることはないが、現在の正邪は小槌の魔力が流れているため魔力がリンクしているのだ。

 

 その結果、小槌の魔力切れは正邪のガス欠と直結するようになる。

 

「……ちょ、待ちなさいよ! 今あいつらがひっくり返ってたけどあれも帝具なの?」

 

 マインは残党を狩りながら正邪に質問をする。

 だが、正邪は何も話さなかった。

 

 

 

「ぐぁぁぁ!!?」

 

 正邪の初見回避不可能ともいえる道具のオンパレードに敵は圧倒され、遂に親玉のみだけが残った。

 

 建物の中に隠れていた親玉を短刀で足を切り落とすが、まだ抵抗する意思を見せていた。

 

「このまま……やられるかぁ!!」

 

 咄嗟の判断で下に落ちていく。

 だが、その先にはシェーレが立っていてもはや彼の命は詰みであった。

 

「……よし、そろそろ私の隠していたことを教えてやろう」

 

 正邪は再び手を広げた。

 すると、いつの間にか親玉は頭から下に落ちていき、そのままエクスタスの錆となった。

 

「何でもひっくり返す程度の能力。私の能力だ」



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うさ晴らし

「何でもひっくり返す程度の能力、か」

 

 アジトではオーガという隊長クラスを倒したタツミとイエヤス、アカメとサヨのタッグの話で盛り上がっていたが、その話も正邪の隠していた事実で切り替わってしまう。

 

「……具体的にどういうものなんだ?」

 

 ナジェンダはもう何でもありな正邪に目を瞑るが、せめてどういうものかだけでも聞こうとする。

 

「言葉そのままの意味だ。説明すんのも面倒だしな」

 

 正邪はこんな感じで答えはしなかった。

 こうなると他にも何か隠していそうと考えてしまう。

 

 現に……

 

「もしかると、まだ隠し持っていることがあるかもだしな」

 

「……正邪が言うと冗談に聞こえないんだよな〜」

 

 こうして自身の謎を深めていくばかりだ。

 ナジェンダとしてはまだタツミたちの方が単純なため可愛げもあると思っていた。

 

「ニヒヒ、私はそこまで面倒な女か?」

 

「む、そこまで露骨に顔に出ていたか。すまなかった」

 

 ナジェンダは顔に出すぎていたことを謝ったが、何故か正邪は満面の笑みだった。

 

「いいや、長らく忘れていたことを思い出せたから良かったぜ」

 

 正邪はなぜか上機嫌になっていた。

 それが何故かは分からなかったが、まあ碌でもないことだろうと考えることをやめた。

 

 

 翌日、タツミはマイン、イエヤスはブラート、サヨはラバックの下につくことになっていた。

 正邪は誰の下にもつかずただ帝都を自由気ままに観光していた。

 

「……弱者が見捨てられない楽園か」

 

 正邪には野望がある。

 現在の安定した幻想郷をひっくり返し、弱者が物を言う世界に変えたいというものだ。

 その為に針妙丸に話した幾つかの嘘を吐いたが、それが外の世界では全て嘘ではなくなっていた。

 

「はっ、外の世界に姫さまがいたなら今頃何されていたか……最悪死んでたかもな」

 

 文明は栄えれば栄えるほどそこに暮らす者たちの闇が広まる。

 

……それは、帝都よりも発展しているであろう外の世界でも言えるのではないのか?

いや、もしかすると外の世界はここよりも更に闇が深いのかもしれない。

ならば、弱者が物を言える場所ではないにしても、今の安定した幻想郷は弱者にとっての楽園とも言えるのではないのだろうか?

 

 正邪は頭を近くの木にぶつけた。

 頭部からは血が流れ、正邪の顔は赤くなっていた。

 

「なにを、考えようとしていた、わたしは……!!!」

 

 小槌の力で傷を癒す。

 そして、近くの川で顔を洗う。

 

 その光景を見ていた人が心配そうに声をかけようとするが、皆が皆正邪の凄みに圧倒され、正邪にも今は人が見えていなかった。

 

「今のはちょっとした気の迷いだ。私はアマノジャクだ、鬼人正邪だ、レジスタンスだ……」

 

 何度も深呼吸をし、精神を落ち着かせる。

 そして、また帝都を歩き続けた。

 

 

 

「次の標的はイオカル。大臣の遠縁にあたる男だ」

 

 ナイトレイドに帰還後、次の任務が言い渡される。

 今回はタツミたちも含めた総動員での出撃となり、早期の決着が予想された。

 

「正邪、小槌の力はどうだ?」

 

「万全だが、今後のことも考えると今回は私の能力だけでなんとかしておく」

 

 強大な力は自身の身を滅ぼす。

 小槌の代償を知った彼らも極力力の温存はしておきたかった。

 

「あれのせいか今朝は体の調子がよくなかったぜ……。正邪の小槌を本気で頼るのは将軍相手の時がいい」

 

「……とはいえ、これは重要な任務だ。必ず仕留めろ」

 

 

 

「な〜んて言ってたけど、はっきり言ってこれオーバーキルじゃねーのか?」

 

「やるなら確実に、でしょ」

 

 マインはパンプキンを構え、遠くからイオカルの出現を待つ。

 正邪は特に気にすることなく、一緒にいたタツミに近寄る。

 

「ところでタツミ、お前は帝具とか欲しかったりするのか?」

 

「……そりゃ欲しいと思ったりするけど、いきなりなんだよ」

 

 正邪は所持していた剣を取り出した。

 

「ほらほら、帝具だぜ?」

 

「おぉ……って嘘つけ!! 絶対に違ぇだろ!」

 

「あーあ、バレちまったか」

 

 と、戦場で遊んでいた。

 

「……来たわよ」

 

 少々不機嫌そうに標的が現れたと言う。

 その直後、パンプキンはイオカルのみを狙うように放たれた。

 

「おー、やっぱ命中率高いな」

 

「当然よ、私は射撃の天才だから!」

 

 そして、相も変わらず偉そうだった。

 ここから先はブラートたちが大半の殲滅、残りの始末をマインたちが行うという流れだった。

 

 

「……血縁の力でやりたい放題。ああいうのが一番ムカつくのよ」

 

 突然、マインが愚痴った。

 タツミは不思議そうな顔をしていたが、正邪はなんとなく言いたいことが分かった。

 

「二人には特別にアタシの昔話を聞かせてあげるわ!!」

 

 そして、勝手に語り始めた。

 正邪はその手のタイプかと黙って聞くことにした。

 

「アタシは西の国境近くの出身でさ、異民族とのハーフなのよ。街では思いっきり差別されて、誰一人アタシを認めてはくれなかった」

 

 

「……悲惨な子供時代だったわ」

 

 マインの様子から差別されていた時の悲惨が伝わってくる。

 

「でもね、革命軍は西の異民族と同盟を結んでいるの。新国家になれば国境が開き、多くの血がまざってアタシみたいな思いをする子はいなくなる」

 

「もう二度と、誰にも差別なんてさせないわ……!!」

 

 その後、セレブに暮らすだのなんだのと言ってマインらしいセリフをはくが、正邪はそれを真剣な眼差しで聞いていた。

 その強い意思は、針妙丸を思い出させていた。

 

 ……残党が背後から来ていることに気付かず、唯一気付いていたタツミだけが動いた。

 

「あっぶねぇ……!!」

 

 マインを庇ったタツミはそのまま気絶し、男はマインを狙った。

 

「てめぇだけでも大臣に差し出す。覚悟しろ」

 

 パンプキンは一撃も当たらず、もはや絶対絶命ともいえる状態だった。

 

 だが、彼は運が悪かった。

 

「……あぁクソ。イライラするな」

 

 正邪は先ほどタツミに渡そうとしていた剣で敵を斬る。

 

「運が悪かったな。私のうさ晴らしになれ」

 

 男は反撃に出ようとするが、数分も経たないうちに絶命した。



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首斬りを斬る(壱)

 正邪がマインとタツミのピンチに怒りを顕にした。

 マインからその情報が入り、正邪は事実とは違うと頑なに否定しているが、ただの照れ隠しだと皆が思っていた。

 

「……どうしてこうなった」

 

 人に嫌われることを好む正邪だが、最近はどうも人にとって好まれる行動ばかりとっているような気がした。

 ……おそらく、これが安定していた幻想郷と腐りきった帝都との違いなのだろう。

 

 それでも帝都をひっくり返したい気持ちは強く、今日も情報収集のため帝都を歩いていた。

 

「――なあ、また死人が出たんだって」

「ナイトレイドといい首斬りといい……この帝都はどうなってしまうんだ?」

 

 首斬り。

 ナイトレイドの殺しに便乗した輩がいることを知る。

 そいつは軍の人間だろうと民だろうと関係なく首を斬っているという話から無差別に人を殺している可能性が高い。

 

「……よし、切り上げるか」

 

 首斬り以外の情報は得られないと判断し、帝都を後にした。

 

■ ■

 

 帝都で騒がれている首斬り。

 その正体はかつて帝国最大の監獄で働いていた首斬り役人、ザンクだと絞り込まれた。

 

 更に、ザンクは獄長所持していた帝具を盗んでいるため、今回は帝具戦になるだろうという話にもなっていた。

 

「帝具戦か……。ちなみに、ザンクの帝具の能力はしってるのか?」

 

「いいや、おそらく文献にも載っていない可能性が高い。油断はするな」

 

 ナジェンダは淡々と説明する。

 と、そこで正邪はある疑問を思い出した。

 

「そーいや、ナジェンダは帝具を持ってないのか?」

 

「……元々パンプキンを使っていたが、エスデスと戦っていた時に右目を失ってな。片目では満足にパンプキンを扱えないと判断して、マインが来てからは帝具無しでやっている」

 

 ナジェンダの言葉には重みがあった。

 ボスという立場であるにも関わらず、自分だけ帝具を持っていないことに感じるものがあるのだろう。

 

「でも、エスデス相手に片目だけで済んでてパンプキンだって使おうと思えば使える状態でいれるのは正邪のお陰だ。私は感謝している」

 

「……やめろ。感謝されるのは慣れていない」

 

 やはり、ここでは正邪はいい人間として扱われている。

 それがなんとも言えない気持ちになる。

 

 そう、今回は少しだけ条件が違うだけ。

 幻想郷と帝都では、そもそも強者が弱者とっていた行動が違う。

 

 扱い方が少し変わることでここまで歪みは大きくなり、正邪のような叛逆者はここでは正当化されてしまう。

 

 そう、ここではたまたま利害が一致していただけで他の理由なんてない。

 

 もし帝都に闇がなくて幻想郷みたいな安定した国だったとしても正邪はひっくり返そうとしていただろう。それは間違いない。

 

「……首斬りザンクを殺りにいくんだろ? さっさと行くぞ」

 

 正邪は最近割り切ることが多いなと半ば呆れ気味に自分を嘲笑した。

 

 

■ ■

 

 

「――愉快愉快」

 

 夜の帝都を見渡す男がいた。

 彼の目に見えているのは複数の男女たちだ。

 

「辻斬りに加えて殺し屋もいるなんて、物騒な街になったもんだねえ……」

 

 彼こそ、首斬りザンクだ。

 額には帝具と思わしき物を着けており、いかにも帝具といった感じであった。

 

「どんな帝具か分からないが、とりあえずザンクだけ仕留めれば任務完了だ……!」

 

 背後から忍び寄る影が一つ。

 その手に持つ短刀がザンクを首を……。

 

「……ッ!? 誰だ!!」

 

 

「ちっ、流石に影までは隠せないか!」

 

 あと少しのところで短刀を防がれてしまう。

 短刀はそのまま消滅し、上を見上げると空を飛ぶ正邪の姿があった。

 

「……小槌で創った偽物の帝具は一定の衝撃で消滅するのか。まあ、問題はない」

 

「……何者だ、お前」

 

 警戒心が高くなり、額の帝具の目がずっと開いたままだった。

 

 その質問に見返しの姿で答える。

 

「我が名は鬼人正邪、生まれ持ってのアマノジャクだ」

 

 瞬間、ザンクの世界はひっくり返る。

 否、ひっくり返されたのだ。正邪の能力によって。

 

「なっ……なにぃ!?」

(スペクテッドで読むことが出来なかった! 俺は、何をされたんだ!?)

 

 ザンクはすぐさま体制を整え、帝具を使った。

 

「スペクテッドは相手の心を読むことが出来る……!!」

 

 帝具スペクテッドは正邪をジッと見続けていた。

 

(右からこの短刀で斬りこんで、その後は上から小槌で殴るか……)

 

 ザンクは軽いを汗をかいていたが、ここで笑った。

 動きさえ読めればこちらのものだと。

 

「さっさと終わらせる!」

 

「ふっ、最初の一撃は右から……」

 

 右から来るハズの攻撃を剣で防ごうとする。

 しかし、ザンクは斬られていた。

 

「……ば、バカな……」

 

 それも左から短刀でだ。

 

「余所見してる暇でもあるのかマヌケ!!」

 

 次に上から来るはずの小槌を咄嗟に防ごうとするが……

 

「帝具に頼りっぱなしだからそんなことにかるんだよォ!!!」

 

 小槌は下からザンクを顎目掛けて振り上げられた。

 

「……なんで読んだ動きと反対のことをしているか、ビビってるな?」

 

「!?」

「知りたいか? そりゃ勿論知りたいよなァ!!?」

 

 正邪は一枚の紙切れを手に取り、誰にも見せたことのないような下衆の笑を浮かべていた。

 

そうだ、これが私だ。

やはり強者との戦いは私に思い出させる……!!

 

「……誰が教えるかよ、バァーカ」

 

 一枚のカードを上にあげ、高らかに宣言する。

 

「スペルカード! 逆符「イビルインザミラー」!」

 

 あの博麗霊夢たちに初見殺しと言われたスペルカードを。



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首斬りを斬る(弐)

 その時、ザンクは今まで感じたことのない経験をしていた。

 体の麻痺、幻覚、そんなチャチなものでは断じてなかった。

 

 世界が、ひっくり返ったのだ。

 

「……複数の帝具持ちだと!?」

 

「ニヒヒヒ、この程度の弾幕でくたばってくれるなよ?」

 

 それだけではない。

 正邪から放たれる無数の弾幕はバラバラに放たれるが、どれもしっかりと観察すれば回避が可能なものだった。

 

 だが、それは左右の感覚が正常であるならばの話だ。

 左に動こうとすれば右に動き、右に動こうとすれば左に動くという事態にザンクは対応出来ないでいた。

 

「おらどうした。こっちに来ないのか?」

 

「……ッ、いいや、その能力には時間制限があるのだろう?」

 

「……ちっ、読まれてたか」

 

 ザンクはただ逃げていたわけではない。

 正邪が時間を気にしていることを読んでいたのだ。

 そこから時間制限があることを察し、避けることに専念した。

 

「それだけ強力な帝具だ。もう一度使うのにどれだけ時間を要するのかな?」

 

 スペクテッドで心を読む。

 しかし、正邪は心の中は「誰が教えるかよバーカ」としか思っていなかった。

 

「……心を読まれることに慣れている? いや、そんなはずはない……」

 

「ふっ、動揺しているな?」

 

 正邪の発動していた弾幕が止み、体が自由に動く。

 どうやら、時間が切れたようだ。

 

「っ、この一瞬を狙うしかない……!」

 

 ザンクは一切の油断もなく、未来視を使い、正邪の次の行動を見る。

 正邪の動きには何も見えない。

 

「……お前は妙な技ばかり使うからな……奥の手をつかわせてもらう!!」

 

 正邪は動こうとはしなかった。

 どんな手も、今の正邪には効かないと慢心していたのだ。

 スペクテッドの奥の手はその慢心を消す行為だと、ザンクは知らなかった。

 

■ ■

 

「……そういうことも出来るのか」

 

 正邪の前に現れたのは針妙丸だった。

 さとり妖怪はトラウマを呼び起こすことが出来るという話は知っていた為、こういうことは可能なのだろうと納得する。

 

 小槌の魔力を使い、針妙丸を一気に殴りつける。

 

「……なにぃ!?」

 

「強者の匂いがしたが、私の勘違いだったか?」

 

 ザンクは寸前のところで回避し、距離をとる。

 仕留め損なったと正邪は舌打ちをした。

 

「ふん、そんな手に引っかかるほど私は甘くねえよ」

 

「なぜ……一番大切な者が見えたはずだ……」

 

 その言葉に、先程までの笑が消える。

 過去にあった人物の姿を、トラウマを映し出すといえば納得できた。

 しかし、ザンクの能力は大切な者が見えるというものだった。

 

 それはつまり、正邪は少名針妙丸のことを大切だと――。

 

「……違う!!」

 

 陰陽玉で背後に移動し、短刀を手にする。

 

「……ほう、急に動きが乱れたな」

 

「それ以上喋るな……!」

 

 短刀が首筋に近付いたところで弾かれ、逆に腹部を斬られてしまう。

 

「くっ……!?」

 

 小槌の魔力で回復しながら次の攻撃の手を考える。

 しかし、冷静さが欠けていた正邪の心は安易に読むことが出来ていた。

 

「愉快愉快。やっぱりお前も大切な者は斬れないよなぁ?」

 

「違う! あいつが大切な奴なわけ……」

 

 

「正邪! 近付きすぎだ!!」

 

 正邪とザンクの間を割って入るかのように二人の男が現れる。

 

「ブラートとイエヤスか……。邪魔するな、こいつは私の目標だ」

 

「その傷じゃまともに動けねえだろ!!」

 

 ブラートが無言で頷き、ザンクを見据えている。

 その姿で、正邪も冷静になる。

 だが、冷静になったからといってザンクを取られるわけにはいかなかった。

 

「……落ち着いた。もうヘマはしない」

 

 再びスペルカードを手にし、宣言する。

 

「逆矢「天壌夢矢」」

 

 背後から襲う矢にザンクは仕留められる。

 この世界ではスペルカードが適用される為の結界などは存在しないため、当たれば死ぬ時は死ぬ。

 

「声すら出せない間に殺してやる」

 

 天壌夢矢は的確に頭を狙い、ザンクは即座に回避する。

 次にザンクの反撃が行われる。

 

「いいや、これで終いだ」

 

 ……が、正邪に突き刺された短刀のナイフで動きが止まる。

 

「どうだ? 村雨の呪いは苦しいだろ」

 

 ザンクの剣を砕き、手に取る。

 それを躊躇なく頭に突き刺し、一気にトドメをさした。

 

「スペクテッドは回収する。道具は多い方が……」

 

 ふと思い出した。

 あの時見えた針妙丸の姿を。

 

「……関係ない。私は、私の理想郷を作るために戦う」

 

 首斬りザンク、死亡。

 殺されたというのに、その口は何故か笑っているような気がした。



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絶対正義の底(壱)

 首斬りザンクの死後、ナイトレイドではスペクテッドを誰が使ってみるかという話し合いになる。

 タツミ、イエヤス、サヨは全員揃って好印象を持てなかったらしく、拒絶反応を起こしていた。

 

 とはいえ、既に三人の力はそこらの帝具使いに傷をつけれる程には強くなっていた。

 もしザンクがタツミたちを襲っていたとしても、三人の力ならば或いは倒せていたのかもしれない。

 

「んじゃ、スペクテッドはどうするんだ? 使わないなら私が貰っておきたいが」

 

「これは革命軍の本部に渡すつもりだ。正邪は一つ帝具を持っているだろ?」

 

 ナイトレイド全員にはまだこの小槌が帝具だと言わせている為、他の帝具は使えないと思っていた。

 その証拠に一番強い帝具は何かというタツミの質問に、ナジェンダはエスデスの帝具ではなくこの打ち出の小槌なのではという返答がきた。

 

「……いや、いけるかなーってさ」

 

 ラバックの件で一瞬で創り上げた村雨は正邪の魔力切れで完成直前に砕け、正邪も魔力切れによる代償で倒れた。

 

 そのことから小槌は魔力切れを起こした際に代償をあたえる代物だったのではないかと考えるようになった。

 

 それから正邪は自室にていくつか試行錯誤をした。

 その結果、危険種を使っているものや呪いの類が起きるものといった帝具はその後の代償も考えると創ることは出来なかった。

 

 しかし、村雨は創れなくても村雨のような即死させるほどの猛毒の剣は一定の衝撃で消滅するが、創ることが出来た。

 

「やめておけ。もしそれで正邪が戦えなくなればその魔力とやらが必要な小槌を誰が使える?」

 

「そう言われると、確かにいないな」

 

 最終的にスペクテッドは革命軍の本部に持っていくことになり、その日と翌日はラバックが上司として修行を行った。

 

 

「……一つだけ聞いてもいいか?」

 

 ラバックが突然声をかけた。

 何か不手際でもあったのかととりあえず耳を傾ける。

 

「セクハラなら殴ってもいいって許可は出てる」

 

「……流石に泣きそうだぜ。いや、そうじゃなくてだな」

 

 ラバックは何かを言いにくそうにしていた。

 

「お前、タツミのこと好きなのか?」

 

 

「…………は?」

 

 少しの間が空いた後、正邪はとても間抜けな声が出る。

 

「いや、明らかにタツミを見てる時の目が他と違う気がするっていうか……そんな感じかなって思ったんだよ」

 

「……頭かち割ってどう考えればそんなこと思うのか調べてやろうか?」

 

「怖いなおい!?」

 

 正邪は一呼吸する。

 確かに、タツミはどことなく姫さまに似ている気がすると思ってはいた。

 それが顔に出ていたのだ

 

「……あいつは私の知り合いに似ていただけだ。それ以外で特に見ていた理由はない」

 

「知り合いねぇ。正邪も地方から来たんだよな?」

 

「そうだ。私が成り上がる為にな」

 

その場所も、今では追放されたけどな。

 

 そう言いかけた口を閉じた。

 

「そういう姿勢は、マインと似てるよな」

 

「真の弱者にしかこの気持ちが理解できないさ、生まれてきた瞬間に弱者だと決定付けられているという非常さはな」

 

 遠くを見つめる。

 帝都を、世界を、強者を睨むようだった。

 

「……悪かったな」

 

「お前が気にすることか? 話したのは私だから気にする必要ないだろ」

 

 

 それから間もなくして、次の任務が言い渡された。

 正邪とラバックはマインとシェーレの任務の援護部隊として出動することになった。

 

「チブルって野郎意外と用心深いな」

 

「マインとシェーレだけじゃ時間かかったかもな。ラバック、魔力やるからさっさと仕留めてやれ」

 

 小槌の魔力がラバックの帝具に集まる。

 クローステールの糸の強度が増し、簡単に人が切れていく。

 

「……全く、俺じゃなきゃこんな危険な糸操れねえっての」

 

 少し掠っただけでも切れてしまう強化クローステールにラバックの動きもかなり慎重になっていた。

 

「……ん、小槌の魔力が返ってきてるな。マインがやったみたいだ」

 

「そんじゃ、さっさと帰ろうぜ」

 

 今回の任務はマインたちと合流後、アジトに向かう。

 ……その予定だった。

 

「……え」

 

 銃声が鳴り響く。

 撃たれたのは、正邪だった。

 

「向こうから来ている一人はナイトレイドのシェーレと断定。もう片方も帝具を所持していることからナイトレイドと断定!!」

 

 小さな生き物も同時に現れ、それが帝具だと正邪は認識した。

 

「そこのフード男も、角付け女も警備隊を殺したことでナイトレイドと断定……!」

 

 正邪は身を構える。

 彼女からは、ザンクとは違う強者のオーラを感じ取っていた。

 

「やっと……やっっっっと巡り会えたナイトレイドォ!!」

 

 彼女の凄みから正邪は狙いを生物型帝具に変える。

 あの小ささなら勝てると、そう判断していた。

 

「帝都警備隊セリュー・ユビキタス」

 

 

「絶対正義の名の下に悪をここで断罪する!!!」

 

「悪だと……?」

 

 正邪の中で何かが冷める。

 そうして正邪は考えた。

 目の前にいるのがどんな人物なのかを。

 

「……なんだ、傀儡か」

 

 セリューはきっと姫さまのように無知な脳みそに嘘偽りだけを吐かれ続けて洗脳された人間なのだと思った。

 

 そして、そんな女に負けるわけにはいかないと……

 

「教えてやるよ。お前の正義の底は知れてるってことをな」

 

 小槌を握りしめた。



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絶対正義の底(弐)

「来い、その正義へし折ってやるよ」

 

 銃弾による出血は既になくなり、何事もなかったかのように平然と立つ。

 だが、セリューにとってそれはただの痩せ我慢だと勘違いしていた。

 

「ふん、その傷でどこまで動けるか……!」

 

 帝具ヘカトンケイルが巨大化し、こちらに襲いかかる。

 

「コロ! まずは一人!!」

 

 ヘカトンケイルが口を広げて正邪に飛び込む。

 

「……ひっくり返れ!」

 

 瞬間、ヘカトンケイルは前に進まず後ろに下がっていく。

 前と後ろをひっくり返したのだ。

 

「コロ!? ……一体何を!!」

 

「ひっくり返してやったのさ!」

 

 小槌の魔力を使い、ヘカトンケイルの周りに魔力を送る。

 

「そして、その帝具を利用する! そいつを殺せ、ヘカトンケイル!!」

 

「……ギュ……!」

 

 ヘカトンケイルはこちらではなくセリューに向かって歩き始める。

 ヘカトンケイルの怒りが正邪に流れ込むが、お構いなしに魔力を送り続ける。

 

「な、なんて……バカでかい声を……ッ、生物型の帝具はこんなに魔力を使うのか……!!」

 

「隊長たちだけに飽き足らず、コロまで私から奪うつもりか……ナイトレイドォォォ!!!!」

 

 セリューがこちらに拳銃を突きつけるが、シェーレが一撃で両腕を切り落とす。

 

「……余計な心配だ。弾丸程度で死ぬほど柔くはない」

 

「普通ニ、三発も撃たれたら死ぬと思いますけどね」

 

 両腕を失ったセリューはなにも出来ない。

 そう思っていた。だからこそ正邪は気付かなかった。

 

「まだだ……正義は……勝つ……!!」

 

 両腕は銃が埋め込まれていた。おそらく人体改造の結果なのだろう。

 しかし、それを使う様子は全く見られなかった。

 

「先ずはその変な術を使うお前からだ!! コロ、狂化(おくのて)!!」

 

 ヘカトンケイルが更に姿を変える。

 その叫びに誰もが耳を塞いだ。

 

「くっ……こ、これは……!!?」

 

 同時に、正邪の制御元からヘカトンケイルが離れた。

 

「バカな! かなり消耗していたとはいえ小槌の力を振り払うだと!?」

 

 更に、正邪の魔力切れが近く、自由に身動きが取れずにいた。

 

 その隙を見逃してくれるはずがなかった。

 

「握りつぶせェェェェ!!!!」

 

 ヘカトンケイルに持ち上げられ、正邪の体が悲鳴を上げる。

 その力は、手加減している鬼の力と同等とも言えた。

 

「うっ……こ、ここまで……なのか……」

 

 正邪はここで握りつぶされて死ぬのだと、実感を……

 

「……んなわけねえだろ!!」

 

 することはなかった。

 正邪の体が消え、ヘカトンケイルの手に残ったのは地蔵だった。

 

「……なに!?」

 

「身代わり地蔵、の劣化版だ。とはいえ、私も使える魔力がかなり僅かだ」

 

 ヘカトンケイルが正邪を狙うが、動こうとはしない。いや、動くことが出来なかった。

 

「……界断糸。とっておきの一本だ」

 

 見れば、ヘカトンケイルはクローステールの糸で巻き付けられ、動けるはずがなかった。

 

「……今までピンチになることすらなかったけど、これは久々にいいピンチね」

 

 マインのパンプキンが構えられる。

 狙いは勿論、セリュー・ユビキタスだ。

 

「私とシェーレなら確かに手こずったわね。でも、正邪一人にかなりの力を使ったのは愚策だったわね……!」

 

 マインの一撃が、セリューに放たれる。

 目の前にはセリューの姿はなく、ヘカトンケイルはセリューを探しに行ったのかどこかへ消えてしまった。

 

「……ヘカトンケイルの回収は無理だな。追いかければ他の警備隊に見つかりかねない」

 

「でも、それってまたヘカトンケイルと戦うことになるかもしれないってことでしょ?」

 

 ナイトレイドは生物型帝具の恐ろしさを知った。

 だが、本当に恐ろしいのはここからであった。

 

「……っ!!!?」

 

 一瞬、正邪に悪寒が走る。

 何かと振り返るが、そこにはなにもない。

 

「……どうしたの?」

 

「い、いや……。何でもない」

 

 正邪たちは即座に帝都から去った。

 それとほぼ入れ替えにというべきか、奴はやって来た。

 

 

「――一体どこに消えたというのだ、あの女は」

 

 彼女は一人の人間を探していた。

 それはかつて戦った強敵だった。

 

「まさか、どこかで野垂れ死んだ。とかではあるまいな……?」

 

 今、帝都に一人の最凶が帰還した。

 

「必ず探し出して拷問してやるぞ、鬼人正邪」

 

 エスデス将軍の瞳にはたった一人の天邪鬼の姿しか見えていなかった。



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新たな帝具

たくさんの方からの評価、お気に入り登録ありがとうございます!
正直、ここまでの高評価を貰えるとは思ってもいなくて感無量で……
まだまだ鬼人正邪の革命は続いていきますのでどうか暖かい目で見てください!

それでは、本編をどうぞ


 セリュー戦を終えた正邪はガス欠の為にある程度魔力が回復しきるのを待つことにした。

 

「おそらくここからは帝具使いとの戦いが激化していくだろう。あの戦いの跡を見れば誰もが帝具使いとまともに戦えるのは同じ帝具使いのみだと理解するはずだ」

 

 そうなれば、次は全員無事で帰ってこれるとは限らなくなる。

 

 ナジェンダの言葉には重みがあった。

 

「なら未だに帝具を持たないタツミたちが不利になることもあるか」

 

 タツミ、サヨは一度も実際に帝具戦を見たことがない。

 だからこそ、帝具使いの恐ろしさを完全に理解出来ていなかった。

 

「でも、俺たちだって強くなってんだ! そこらの帝具使いなら……」

 

「タツミ、俺は見てるだけだったけど、あれはそんな簡単なものじゃねえよ」

 

 唯一ザンクとの戦いを見ていたイエヤスは少しだが帝具使い同士が戦うという恐ろしさを理解していた。

 

 とはいえ、正邪は何も対策を考えていない訳ではなかった。

 

「革命軍から貰うっていうのは出来ねぇんだろ?」

 

「あぁ。本部も帝具が揃ってきているわけではないからな」

 

「なら、三人の中から一人だけ帝具を譲ってやってもいいぜ?」

 

 全員が驚愕していた。

 それは正邪が持つ帝具=打ち出の小槌という認識しかなかったからだ。

 

「……いや、小槌は渡さんぞ」

 

 そう言って懐から出したのは八卦炉だった。

 それを見て全員はホッとしていた。

 

「……文献には載っていない帝具だが、それは?」

 

「恋色魔法「マスタースパーク」ってところかな」

 

 それはかつて正邪が戦った白黒の魔法使いが愛用していた道具だった。

 それを帝具風に小槌でアレンジして創り上げたのだ。

 正邪がガス欠気味なのはこれが原因でもある。

 

「パンプキンのような精密射撃なんかは出来ないが、連射可能な弾幕に冷却時間と精神力が必要だが、マスタースパークっていう一発で雑魚を一掃できるほどの高火力を出せる帝具だ」

 

「つまり遠距離型の帝具か。確かに高火力というのは魅力的だな」

 

 マインは少しムッとしていたが、お構い無しに正邪は続ける。

 

「奥の手はマスタースパークよりも更に冷却時間と精神力を必要とする代わりに放たれる無慈悲な一撃、ファイナルスパーク。それと……いや、これは実際に見せるか」

 

 正邪は窓から外に出る。

 空を飛べる為死ぬことはないのだが、その状況に慣れてしまったことを異常だなと一同は感じた。

 

「箒貸せ。いいもん魅せてやるよ」

 

 シェーレが持っていた箒を正邪に渡す。

 正邪もかなり緊張しているようだが、深呼吸をし、箒の穂先に八卦炉が設置される。

 

「……え、それくっついてんのか?」

 

「細かい原理は知らんが棒の先端ならなんでも出来るはずだ」

 

 箒にまたがりアジトから少し離れる。

 その姿は魔女のようだった。

 

「見てろ、これがもう一つの奥の手……ブレイジングスター!!」

 

 八卦炉の力は近くの木々を吹き飛ばし、正邪を連れて帝都まで飛んでいく。

 それは流れ星のように綺麗になり、上空で光は消える。

 

 全員が青ざめた。

 そもそも帝具は一人一つと決まっている。

 おそらく小槌の力で無理をしたのだろうと考え、急いで帝都に向かおうとする。

 

 

「……とまあ、所持者が星になる極めて危険な二つ目の奥の手だ」

 

 だというのに、なんともなかったように正邪は帰ってきた。

 無事と呼ぶには髪は乱れ、吐いたあともしっかり見られたが、それでも無事だった。

 

「……頼むから、無茶はしないでくれ」

 

「ん、私ももうしない。これ私には向いてない」

 

 その後、誰がマスタースパークを使うかという話し合いになったが、タツミとイエヤスは見た目で地味と思ってしまったらしく自分たちには使えないと判断。

 だが、サヨは第一印象も好印象でブレイジングスターの綺麗さに一目惚れした。

 それに加えて……

 

「マスター……スパーク!!」

 

 必殺技であるマスタースパークもしっかりと扱えたということで恋色魔法「マスタースパーク」はサヨが所持することになった。

 

「凄く綺麗……。それなのに力強い! 名前からしてまさに理想の乙女って感じよね!!」

 

 残る帝具未所持者は二人。

 だが、二人の帝具を創る間もなく敵の脅威は近付いてきていた。



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三人目の将軍

「くっ……当たれ!」

 

「そんなに乱発してても当たらないわよ!」

 

 マスタースパークを手に入れ、早速マインとの稽古に出る。

 ブレイジングスターは捨て身の攻撃であると同時に超スピードで敵の近くに接近できるという利点もあることから覚えない理由もないとサヨの発言から後々練習するプランも立ててあった。

 

「……っ!?」

 

 謎の殺気にも似た何かを感じ取り、後ろを振り返る。

 しかし、そこには何もない。

 

「……まさか……」

 

 正邪はその殺気に覚えがあった。

 だが、それは有り得ないとサヨたちの修行を見守る。

 

「……それは、早すぎるんだよ……」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「……あっ……ば、バカな……」

 

 帝都腐敗の諸悪の根源であるオネスト大臣。

 そんな彼には最強ともいえる帝具とエスデス将軍という大きな切り札があった。

 

「バカな、ではありませんわ」

 

 そうして常に上に立っていたオネスト大臣が、一人の女性によって地に這いつくばっていた。

 

「やっと天邪鬼の居場所を突き止めたと思えば、やはり人間は学習をしない。せっかくこうちゃんが頑張ってた国もこのザマとはね」

 

「ッ……皆下がれ! 余はこの女の誘いを受ける!!」

 

「ふふ、やっとですわね♪」

 

 現在、帝都ではオネスト大臣を椅子代わりにし、皇帝とのお茶会というなの圧迫面接が行われていた。

 最初は目の前の女性を撃ち殺そうと企んだが、何故か弾は全て撃った兵に当たり、死亡。

 次にオネスト大臣が動こうとしたが、気付けば今のように椅子になっていた。

 エスデスは外出中だった為にこの場所にはいない。

 ブドー将軍も何故かこの場に現れることはなかった。

 

「……で、本当に鬼人正邪がどこにいるのか知らないと?」

 

「あ、あぁ、エスデス将軍から確かにその名は聞いている。唯一将軍に傷を負わせた賊だと……」

 

「ふふ、てことは噂のナイトレイドにいるのかしらね? 何にしても一度は私の手で天誅でもしないと気が済まないのよ」

 

 女性は一枚の紙を見せる。

 皇帝はその紙にニ、三歩と退る。

 

「私、昔の皇帝と仲良しでとてもとても信頼されていたのよ。彼の推薦書でこうちゃんが死んだ時は私に好きな地位を譲ると書かれているわ♪」

 

「嘘だ!! それが本当ならお前は人ではなく化物ということになるではないか!!?」

 

 皇帝は目の前の女に怯える。

 何故なら、そこにある文字は確かに自身の知る始皇帝の文字と一致しているからだ。

 そして、それならブドー将軍が来ない理由も大体察しはついていた。

 

「えぇ、だからこそ彼は私に託したのでしょう。後に帝国が腐った時は私が正すようにと」

 

 完全にペースは女性になっていた。

 始皇帝の遺書ともなれば末裔である皇帝は逆らうことは出来なかった。

 

「私はこの遺書の権限を利用し、将軍になりたいわ」

 

「……将軍は、そのように簡単に……」

 

 皇帝の最後の意地も突然首元に突き立てられた針で口を閉ざしてしまう。

 

「帝具のいくつは私の知恵もあるのよ? デモンズエキスでさえ解除できる術を私は知っているし、帝具も作り直せる」

 

 それに、推薦書がある限り拒否権はないと言わんばかりの圧力にとうとう皇帝は諦めてしまった。

 目の前の女性が将軍になることを許してしまったのだ。

 

「怖い怖い。心配せずとも天邪鬼を懲らしめればさっさと帝都から去りますとも」

 

「……そうしてもらいたいものだ」

 

 結局、流れを変えることは出来ずに話は進んでいく。

 そして、新たな将軍の名は瞬く間に広がっていく。

 

 

ーーー

 

 

「……くそっ!!」

 

 嫌な予感しかしなかった。

 正邪は走り続け、帝都の中心地へと向かう。

 新たな将軍が現れたと騒ぎになり、その女は立っていた。

 

「……は、ははははは……」

 

 笑った。やはり、一度喧嘩を売った相手から逃げることなど出来ないのだと現実を突きつけて来たのだと感じた。

 だからこそ、正邪はもう逃げないであろう。

 いや、逃げることを奴は許さないだろう。

 

「……いいだろう。逃げてばかりでは確かに貴様を倒せん」

 

 新将軍の名前が書かれた貼り紙を手に取り、踏みにじる。

 

「私もやる気がでるというものだ、八雲紫……!!」

 

 三人目の将軍、八雲紫はただ笑っていた。

 正邪の下剋上を無意味だと嗤うように上から見下し、笑っていた。



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スキマ妖怪のやり方

 新将軍八雲紫の名はナイトレイドにも広まり、早速話し合いが行なわれる。

 

「……八雲紫。聞いたこともない名だが、おそらく強敵に違いない」

 

「将軍を名乗れる野郎だからな。俺たちも今後の動きに注意すべきだな」

 

 正邪が前に立ち、アジトにバツの印をつけた。

 

「……あの女がいる時点でこのアジトはいずれバレる。ナジェンダは新しいアジトを作るのと同時に助っ人を用意するべきだ」

 

「正邪、八雲紫を知っているのか?」

 

 正邪の狂気のような表情が八雲紫という人物の恐ろしさを物語っていた。

 ナジェンダにはそれがかつてエスデスと戦った時の自身と同じだと思った。

 

「奴も私と同じ能力者だが、境界を操るっていうとんでも能力を持っていやがる」

 

 境界を操る。

 それが何を意味するのかを知る者はその強大な力に震えた。

 そして、正邪の本当だと主張する表情に嘘ではないことも突きつけられる。

 

「……そんなの、将軍って器だけで収まるのかよ」

 

 震えながらも言葉を発したのはラバックだった。

 

「それこそ、村雨で斬るしか勝てる方法なんてないぞ」

 

 一斬必殺村雨はかすっただけでも即死だ。

 それでしか勝つ方法はないと言い放つ。

 

「……いいや、スキマ女とは私が決着をつける」

 

 それを正邪が許せるはずがなかった。

 八雲紫との決着は決して避けるべきではないと分かっていたからだ。

 

「ナジェンダ、少し出掛ける」

 

「……どこに行くつもりだ」

 

「武器作りと結界作りの材料探しだ。あいつは自分から動こうとはしないだろうからその間にこちらの手札を増やす」

 

 即座にその場から消えた。

 その目は、焦っているようにも見えた。

 

「……あんな正邪は初めて見るな。エスデスの時でさえ余裕を見せていたというのに、それほど恐ろしいのか」

 

「つまり、八雲紫は正邪と同じ地方の出身てことになるのか。どんだけ恐ろしい場所に住んでんだ正邪は」

 

「それ以上に厄介な話が出来ちまった。つまり、正邪と同じ出身は全員能力者ってことになる」

 

 ナイトレイドに緊張が走る。

 つまり、八雲紫が仲間を連れてくれば帝具所持者だけでく普通そうな人間も能力者として襲ってくる可能性が高まるということだった。

 

「……だが、八雲紫は能力を使ってこちらに来ない。それを考えると奴は慢心しているのか、ブドー寄りの人間か……」

 

「可能性は低いけど決起の時に仲間として加勢してくれる……。でも、正邪を見る限り戦闘は避けられそうにないわね」

 

 八雲紫一人の介入により、ナイトレイドに不穏な空気が漂うが、それは帝都でも同じだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「大丈夫かしら? 私も正邪以外に興味はないけれど、大臣の悔しがる姿も見たいのよ」

 

「ぐっ……ば、バケモノ、め……」

 

 辺りには新将軍八雲紫に感謝する人間と、傷を負い、地に這いつくばる二人の姿と八雲紫に首を絞められる男の姿があった。

 

「ブドーは何もする気がないから困っちゃうわ。それなら、私が動くしかないってことで……革命軍ならまだしも、帝国の人間殺すのはおいたがすぎるわよ?」

 

 男を絞める力を弱め、降ろす。

 紫はスキマを作り、中に入っていく。

 

「チョウリさんとスピアさんだったかしら? 貴方たちは新しい帝国の為に私の部屋に案内しますわ。そこなら絶対に殺されることはないでしょう」

 

「だ、だが他の兵は……」

 

 八雲紫はお構いなしという風にチョウリとスピアをスキマの中に入れた。

 

「ご安心を。帝国に仕えていた兵は無事にそちらに連れていきますとも」

 

 

 

「ただし、数人ほど紛れ込んでる革命軍という賊は死んでもらいますけれどね」



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八雲紫とエスデス

 新将軍八雲紫が襲われていた文官の人間を救出し、同時に革命軍の人間を次々と倒しているという情報は瞬く間に広がっていった。

 

「元大臣チョウリとその娘が三人の帝具使いに襲われた際に現れ、三人を立てなくさせてから救出したと逃げのびた革命軍の一人から報告があった。しかも八雲紫は無傷でだ」

 

「帝具使い三人を相手に……」

 

 その報告に改めて将軍を名乗るだけの実力があると理解する。

 

「最近良識派の文官が次々に殺されるという事件があったが、おそらくその三人が元凶だったのだろう」

 

「……でもよ、立てなくさせただけならまた誰かを襲うってことはないのか?」

 

「そこだ。おそらく行動は見せないと思うが、それを狙ってまた来る可能性もある」

 

 そこで正邪は気付く。

 これは、選択を迫られているのだと。

 

「……良識派に限定されてるってことは他にも殺されるかもしれないって人間がいるんだな」

 

「候補は五人程。そこからさらに宮殿の外に出る者となると候補は二名に絞られる」

 

「それなら私たちの出番ってことか。帝具の回収と良識派の文官の護衛が出来るしな」

 

 正邪の言うことはナジェンダも考えてはいたことだった。

 そこに一つだけ正邪の欲が出ていることを除けば。

 

「……八雲紫がいたなら戦わずに撤退しろ。今は戦う時じゃない」

 

 ナジェンダを睨みつける。

 しかし、数分で諦めたように睨むのをやめた。

 

「……私だってまだ魔力が回復しきってないんだ。万全じゃないと勝てないことはよく分かってる」

 

 実際、現在の魔力総量は以前八雲紫から逃げ切った時よりも少なかった。

 それも考えて今回は何もしないと改めて自分に言い聞かせた。

 

「俺だって、政治とか分からねえけど民の為に頑張ってる人間を見殺しになんて出来ねぇ!!」

 

「俺もだ。そういう人が一人でも多く生きてりゃ俺たちの村も良くなるんだろ?」

 

「二人と同じ、私たちの村のためにも今回は行くべきだと思う」

 

 タツミ、イエヤス、サヨの後押しもあってナジェンダは笑みを浮かべ、席から立つ。

 

「エスデスが既に帰還したということもある。レオーネ、奴と隙あれば八雲紫の動向も探ってほしい」

 

「了解!」

 

 正邪はラバック、アカメと共に、タツミはブラート、サヨと共に、それぞれ護衛対象のもとに向かう。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「あら、何の用かしら?」

 

「なに、新しい将軍に興味が湧いてな。こうして来てみた」

 

 帝都の和菓子店に、二人の将軍は座っていた。

 お互いに笑顔だが、その殺気は誰一人として寄せ付けないというオーラだった。

 

「ふふ、部下の敵討ちにでも来たのかと怖かったわー」

 

「どの口が言う、化物め」

 

 お互いに団子と茶を飲むだけで言葉はない。

 

 

「……ハァ、ハァ……」

 

 

 この状況が、何よりも恐ろしいとレオーネは感じた。

 

「あ、あの殺気……私に向けられてるのか……!?」

 

 レオーネは即座にその場から立ち去った。

 あと少しでも長くいれば、間違いなく殺されると本能が判断したのだ。

 

 

「あら、貴女が殺気を出しすぎるから逃げたじゃない」

 

「バカ言え。貴様がわざと逃がすように殺気を放っていたではないか」

 

 レオーネが去り、二人は一口団子を頬張った。

 

「んー! 美味しいわ〜」

 

「……確かに美味いな。任務が終わったらあいつらにも食わせてやるか」

 

 二人は何事もなかったかのように食べ続ける。

 

「……やっぱり彼らは動いたのね」

 

「ナイトレイドに罪を着せるというやり方は貴様が全ての紙を回収したせいで出来なかったが、これも任務だからな」

 

 八雲紫は笑った。

 そして、最後の団子を食べ終える。

 

「つまり、予定より早く今の正邪がどうなっているのか見れるのね」

 

「……なに? 八雲、貴様何を知って……」

 

 エスデスが言い終える前に八雲紫は不気味な空間の中に消えた。

 

「……せめて、金は払っておけ」

 

 結局納得はいかないまま自身の分と八雲紫の分まで払うことになり、うさ晴らしに拷問しようと考えた。



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迫り来る影三つ

 タツミたちが向かったのは竜船という巨大な客船だった。

 この中に例の三人が現れる可能性があると考えると自然と力が入る。

 

 そんな中、サヨは少々貴族風な格好に目を輝かせていた。

 

「一度でいいからこんな服着てみたかったのよねー」

 

「……まあ、似合ってんじゃねーのか?」

 

 村にいた頃は適当なものかり着ていた為、いつもとは違う格好に綺麗だと思った。

 

「そ、そう……?」

 

 お互いに少し気まずい雰囲気になったが、それを止めたのはブラートだった。

 透明化の状態でタツミとサヨを軽く叩いた。

 

「タツミは地方富豪のお坊っちゃまでサヨはお嬢様、二人とも帝都の華やかさに緊張気味。その設定を忘れるな」

 

「お、おう兄貴!」

 

「そうね。浮かれるのは革命が成功してから、よね……!」

 

 タツミとサヨは再び客船内を歩き回った。

 

 

ーーー

 

 

 一方、正邪たちはラバックの糸に反応があるまで動けない為に木の上でじっと待つしかなかった。

 

「ほら、リンゴだ」

 

「俺はいい。これ食ってるし」

 

「頂く」

 

 手に持っていたリンゴをアカメに渡し、残りは正邪は所持していた。

 

「つーか、いつから持ってたんだ?」

 

「アジトからだよ。私は気が利く女だからな」

 

 本当は嘘。これは走っている最中に農場で盗ったものだ。

 

「……反応全くなしってことはこりゃハズレかな?」

 

 糸には何の反応もなく、何もないことがほぼ確定する。

 

「……これであっちもハズレなら今回は諦めたってことになるが、まだ油断は出来ない」

 

「分かってるよ。糸を緩めずしっかりとやるさ」

 

 警戒は完璧で万が一八雲紫が来ても村雨と小槌があれば追い返す程度はできると考えていた。

 だが、そもそも目標は来ることはい。

 

 だというのに、正邪はなにか嫌な予感がしていた。

 

 

ーーー

 

 

 敵の気配は全くせず、見回りも終えたところで合流したタツミとサヨだが、その様子はどこかお気楽ムードになりつつあった。

 

「……ここはハズレかな?」

 

「だろうな。あんな人壁に囲まれてるのを暗殺なんて不可能だろ」

 

 そう言って決めつけたタツミに何者かの拳が襲う。

 

「決めつけて油断してんじゃねーぞタツミ」

 

「……って、兄貴か」

 

 タツミは声のする方に向き直る。

 

「俺が透明化なんて奥の手持ってんだ。敵も何してくるか分かんねぇだろ?」

 

 ブラートの言葉に確かにと納得する。

 タツミの知っている帝具は数個程度だが、実際には文献にも載っていない帝具もあるのだ。

 鬼人正邪の打ち出の小槌がいい例だった。

 

「……そうだよな。兄貴や正邪みたいに奇襲が可能な帝具だってあるもんな……悪かったよ、兄貴」

 

「そうね。今日だけでブラートに何発叩かれたことか……」

 

「はは、愛のムチだと思え」

 

 

「愛の……」

 

 

「愛の…」

 

「俺の方見て三回も言わなくていいから!!?」

 

 ふと、タツミは考えた敵の帝具使いは三人に対してこちらは二人のみだ。

 自分には帝具がないが、はたして勝てるのだろうかと。

 

「っと、そろそろ透明化も限界か……」

 

「私とタツミで外を見ておくから、ブラートは中をお願い」

 

「おう、船の内部は任せておけ」

 

 ブラートが奥に消える。

 タツミは一瞬考えていたことを振り払った。

 

「……いや、俺一人じゃダメでもサヨや兄貴がいれば、皆で力を合わせれば……今日までそうやって戦ってきたんだ……!」

 

 この小さな隙が、大きな影を生む。

 帝具使い同士が戦うということは、どちらかは死ぬということだ。

 

「……笛の、音?」

 

 そして、死ぬのはいつも敵だけとは限らない。

 そのことをタツミは真に理解出来ずにいた。



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大男を葬る

 鬼人正邪はifを信じない。

 結果こそが全てであり、そんな世界でしか彼女は生きてこなかった。

 

 だからこそ、こんな感情は不要なのだ。

 

 もし、宴会に参加していれば。

 もし、あの時降伏を受け入れていれば。

 ……もし、少名針妙丸のことをもう少し理解しようとしていれば。

 

 天邪鬼(わたし)は何か変われたのだろうか?

 

「……クソッ、なんでここに来てこんなことばかり……!!」

 

 正邪は立ち上がった。

 

「正邪、どうした?」

 

「……悪ぃ。タツミたちの所に行ってくる」

 

 何故、動こうと考えたのか自身でもよく分からない。

 それでも正邪は動いた。

 己に心に従い、ただ動いた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「この笛……なにか普通じゃねえ……」

 

「耳を塞いでも聞こえてくる……。まさか、帝具?」

 

 笛の音に危うく落ちかけていたが、お互いに軽く傷を付け合うことで笛の効果を薄れることに成功した。

 

「……八雲将軍の気配はなし。エスデス様の言う通りだったな」

 

 船の中から一人の大男が現れる。

 その男はこちらに気付くと驚いた顔をしていた。

 

「お、この状況でまだ頑張ってる奴がいるじゃねーか」

 

「貴方が三人の帝具使いの一人ね。八雲紫に負けたばかりなのに性懲りも無く来たわね」

 

 サヨの挑発に大男は異常なほどの殺気を放つが、すぐに殺気を殺した。

 

「……確かに俺たちは八雲将軍に負けた。だからこそ、もっともっと経験値が必要なんだよ」

 

 大男は剣をタツミとサヨに渡した。

 

「……何のつもりだ」

 

「経験値が欲しいんだよ。今度こそ八雲将軍を倒し、最強になるためにな」

 

 大男が斧を手に持つ。

 その存在感からあれが敵の帝具だとすぐに理解した。

 

「……いつも通りに行くぞ」

 

「いや、今回は私が後方でタツミが前ね。……それと、準備が必要だからその間時間稼ぎお願い!」

 

 見るとサヨは八卦炉を用意していた。

 つまり、そういう事なのだろう。

 

「了解。しっかりと当ててくれよ……!」

 

 オーガを殺った時のように瞬時に敵の近くまで接近する。

 ここまで近付けば速さでは必ず勝てると感じていたのだ。

 

「いい経験させてやる! 地獄巡りだ!!!」

 

「いいぜぇ! その威勢の良さ!!」

 

 

「すっげぇぶっ壊し甲斐がある!!!」

 

 おぞましいものを感じた。

 即座に着地地点をずらし、後ろに退る。

 

 瞬間、斧はタツミが着地していたであろう地面をいとも簡単に粉砕した。

 

「なんつー破壊力だ……」

 

「……よく避けたな。笛の音を聞いた状態でまだそれだけ動けるか」

 

 大男は感心したようにこちらを見る。

 サヨの方を見ると人が一箇所に集められ、準備が出来た合図をする。

 

「タツミ、避けて!!」

 

 次に大男が斧を構えたのとサヨが八卦炉を構えたのはほぼ同じタイミングだった。

 

「こいつはどうかな!!」

 

「やらせるか! マスタースパーク!!!」

 

 八卦炉から放たれた大火力の砲撃は斧の威力を殺し、大男の方にまで襲いかかる。

 

「っ、奴も帝具使いか……!!」

 

 大男は片方の隠していた斧で防御をする。

 だが、マスタースパークの火力は弱まるどころか更に勢いを増す。

 

「防御した時点で、お前の負けだ」

 

 次第に大男は押され始め、遂に斧が耐えられなり、砕け散る。

 大男は光に飲まれる。

 

「っ、これほどの力を使えば、周りの人間が……!」

 

「その為にこうやって人を安全な場所に集めたんだよ」

 

 既に大男の後ろには人はいない。

 そして、大男の後ろは海が広がるばかりだ。

 

「ナイトレイドを、私たちを舐めないでよ」

 

「……なるほど、ナイトレイド、か……」

 

 大男は完全に消滅した。

 八卦炉はオーバーヒートを起こし、煙を上げていた。

 

「……それは一度使うと次使うのに時間がかかるのか」

 

「確実に仕留めるぞ」

 

 背後と前から二人の声が聞こえる。

 お互いに背を合わせ、剣を構える。

 

 しかし、もう一つの影によって迫り来る二人の声は消え失せる。

 一人を蹴り飛ばした後、もう片方を手に持つ槍で仕留めようとするが、横から襲う水に妨害され、蹴りを入れるだけに留まった。

 

「……周囲に気をつける。これは戦いの基本だ、覚えとけ」

 

「兄貴!!」

 

 帝具使い二人を相手に全くの無傷で叩き伏せたのは、タツミの兄貴分であるブラートだった。

 

「良くやったな、タツミ、サヨ。……こっからは俺も混ぜてもらうと……!」

 

 

「……その帝具、その強さ。ブラートか」

 

 ブラートは珍しく驚いた顔をしていた。

 

「……リヴァ、将軍……」

 

「もう将軍ではない。エスデス様に救われてからはあの方の僕だ」

 

 そこでタツミは思い出す。かつてブラートは帝国の軍人だったことを。

 つまり、目の前の人物はブラートの上司である可能性が高いということだった。

 

「見ただけで分かる。あの人は他とは違うし、あれはブラートじゃないと倒せない」

 

「……分かった。兄貴、俺たち二人でもう片方を仕留める!」

 

 タツミとサヨは小柄のほうの元に向かう。

 既に動けるほどに回復し、こちらには目もくれていなかった。

 

「ちっ、リヴァの援護をしようって時に邪魔か……!」

 

 笛を持ち、戦闘態勢に入る。

 ここで、タツミは帝具使いの真の恐ろしさを知ることになる。



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覚醒(壱)

 笛を使った帝具使いはおそらくそこまで強くはないはず。

 そう決めてつけていたのは何故だろうかとタツミは後悔する。

 

「……ダメージ受けててこれかよ!」

 

「っ、ダメージさえ受けてなきゃ……」

 

 敵の動きは素早く、相手がかすり傷数カ所に対してタツミはかなりの傷を負い始めていた。

 そこで、一対一ではこちら側が不利になると考えるとサヨの方を振り向く。

 

「サヨ、いけるか!?」

 

「大丈夫、八卦炉は使えるようになった……!」

 

 タツミと入れ替わりになるように今度はサヨが攻撃をしかける。

 だが、タツミと互角のレベルでは目の前の敵に勝てはしない。

 

「二人の力を合わせれば!」

 

「帝具か……!」

 

 懐から八卦炉を取り出し、星の弾幕を放つ。

 

「そんな攻撃じゃ当たらないよ!」

 

「けど、動きは単純になる!!」

 

 星の弾幕に紛れてタツミが現れる。

 自身でも最速の速さで一気に決めようと剣を振るう。

 

「これで、決め……!!」

 

「ふっ、甘いね」

 

 瞬時に後ろに回り込み、タツミを蹴り飛ばす。

 

「さっきの攻撃さえなければもっと早く終わらせれたのにさ〜」

 

「……っ!」

 

 次にサヨが狙われる。

 急いで剣を持とうとするが、あっさりと剣を飛ばされてしまう。

 

「その帝具、奥の手の火力は凄いけど持ち主がまだまだだね」

 

 防御の構えも意味なくタツミの隣に転がる。

 

「サヨ……!」

 

「っ、この程度の、傷で……」

 

 よく見ると、サヨの体にはいくつもの傷があり、そのいくつかは帝具の負担で出来たものだと考えられるものがあった。

 

「……! 兄貴の、所に……!」

 

 満足に動けない体を動かし、ブラートのいる方に向かう。

 その肉体はボロボロになり、インクルシオも纏ってはいなかった。

 近くには笛の帝具使いが吹き飛ばされたような状態になっていた。

 

「兄貴、俺たち……」

 

「……初の帝具使いとの戦いで、しかもタツミは帝具なしで生き残ってるだけ上等だ」

 

 ブラートは前に立つ。

 武器を構え、剣を取り出す。

 

「無駄だ。インクルシオも解除された今、勝負は既に見えている」

 

「強がるなよ。耳の穴から血が出てるぜ、リヴァ」

 

 見ると確かにリヴァの耳から血が流れているのが分かる。

 そして、お互いが既に限界に達していることを理解した。

 

「……以前なら、私はお前を仲間に加えようと考えていた。だが、今は違う」

 

 リヴァの瞳には確かに燃えているものがあった。

 だが、それはブラートのような熱い魂ではなく、もっとドス黒いもの……。

 

「……鬼人正邪と手を組んでいるナイトレイドの貴様を、生かしておくことは出来ない……!!」

 

 復讐心のみだった。

 

「鬼人正邪……。いや、そういうやエスデスは一度正邪と戦ったことがあったんだったな」

 

「私は奴を許すことは出来ない。そして、奴に関わる者も全て始末すると誓ったのだ……」

 

 リヴァは液体を注入し、剣を構える。

 

「ドーピングをさせてもらうぞ」

 

「……いくぞ!!」

 

 お互いに帝具は使わず、手負いであることを忘れさせるほどの気迫と技でぶつかり合う。

 だが、その勝敗は間もなく決まった。

 

「……動きに無駄が増えたな。あまり剣を使ってなかった証拠だ」

 

 ブラートが競り勝ち、リヴァの腹部を斬る。

 誰もが、ブラートの勝ちを確信していた。

 

 リヴァは笑い、ブラートをしっかりと見た。

 

 

「――奥の手、血刀殺!!」

 

 ブラートは瞬時に反応し、致命傷を逃れるために足や手は敢えてくらう。

 その為、いくつかダメージは負ったものの死ぬことはなかった。

 

「ブラート!」

 

「大丈夫か兄貴!!」

 

 タツミとサヨは残った力でブラートの元に近寄る。

 立っているのがやっという状態だったが、しっかりと立つことは出来ていた。

 

「命を振り絞った攻撃、対応するとは……見事だ」

 

 次の瞬間、ブラートは血を吐いた。

 

「だが、貴様の命だけは貰って逝くぞ!!」

 

「兄貴!?」

 

 ブラートはそのまま何も話すことはなかった。

 瞳から光が消え、息を引き取ったことが分かる。

 

「帝具で毒すら治す鬼人正邪を確実に即死させる為の毒だ。私もあとを追うとするか……」

 

 それを遺言のように残してリヴァも息を引き取った。



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覚醒(弍)

 タツミは仲間を失ったことがなければ人を殺したこともない普通の少年だった。

 故に、心のどこかではこのまま誰も死ぬことなく革命は成功すると、心強い仲間やいざという時の正邪もいるから大丈夫だろうと甘く考えていたのだ。

 

 その結果が今だった。

 

 彼が慕っていた漢、ブラートがあまりにも呆気なく死んでしまったのだ。

 

「あ、あに……き……?」

 

 ブラートは何も話さない。

 そして、改めて実感してしまう。

 

「……これが、殺し合い……」

 

 これまでにも任務でオーガや警備隊の人間を自分は殺しているのだ。

 仲間だって、例外でないことは分かっていると思っていたはずだった。

 

「……ふぅ、何がなんでもお前たちはここで殺す」

 

「そんな、まだ奥の手を隠してたの……!?」

 

 さらに追い打ちをかけるように敵は奥の手を発動し、先程の小さかった姿とはかけ離れた姿になる。

 二対一でも負けた相手にどう立ち向かえばいいのか……。

 

 冷静に考えようとするサヨに対してタツミは剣を構えた。

 

「……許さねえ。仇を、討つんだ……!!」

 

 タツミの瞳には復讐心のみしか残っていなかった。

 必ず目の前の敵を倒すという怒りが湧き上がっていた。

 

 サヨは愚かではない。

 

 

「――落ち着け、バカ!!」

 

 

 だからこそ腕を振り上げ、タツミを殴った。

 

「っ、何すんだよ!! 兄貴が死んだんだぞ!?」

 

「……ブラートを倒した奴等よ。それに、彼にはさっき私たち二人で挑んでも負けた相手」

 

 八卦炉を取り出し、敵に向けて構える。

 

「私が足止めしてみせる。タツミだけでも、生きて」

 

「な、なに言ってんだよ!! 俺たち二人で戦えばサヨの奥の手もあるしもしかすると……!!」

 

 サヨは笑った。

 その笑顔を、タツミは知らなかった。

 知りたくないからこそ止めようとするが、突然の風圧に足を止めてしまう。

 

「……村を救うんでしょ? 約束、破ったら許さないよ」

 

 もう後ろを振り向くことはなかった。

 本当に死ぬ気だった。

 

「まだそんな奥の手を隠してたのか。確かにそれに当たれば死ぬかもしれないな」

 

「あの大男を消し炭にしたやつより高火力の技よ。あんたを道連れにしてでもタツミを助ける」

 

 タツミはただその光景を見るしかなかった。

 そこで初めて後悔する。

 

「……俺は」

 

 今までタツミが助かってきたのは皆の力があったからだ。

 皆に守られながらタツミは生きてきた。

 そのことを今、こういう形で気付いてしまう。

 

 それが何よりも悔しかった。

 

 失って気付いてしまう自分に怒りを覚えた。

 

――強くなりたい

 

――皆を守れるぐらいに、自分の力で敵を倒せるぐらいに強くなりたい……!!

 

 

 

 

「……諦めるのか?」

 

 何かが目の前に刺さる。

 それをタツミはよく知っている。今さっきまで見ていたものだ。

 

 ブラートの所持していたインクルシオが、そこに刺さっていた。

 

「ここで諦めるのは男らしくねえぜ」

 

 その声を知っていた。

 だからこそ目の前のインクルシオをしっかりと手に取った。

 

「……兄貴ならそう言うだろうな」

 

 声の正体にはすぐに気付いた。

 だが、タツミは一人でしっかりと前に進んだ。

 そして、いつも聞いていた言葉を今度はタツミが叫んだ。

 

 復讐心からではなく、仲間を守りたい、その為に強くなりたいという熱い魂で。

 

 

「来い! インクルシオォ!!!」

 

 その声に応えたのか、鎧がタツミに合わせるようにかつての姿を変えていく。

 インクルシオは元々タイラントという危険種を素材にして作られた帝具だった。

 

 既に完成された力を持つブラートとは違い、タツミはまだ進化の可能性を秘めている。

 それがインクルシオに更なる進化を遂げさせたのだ。

 

 

「……あれは!?」

 

「まさかインクルシオを……!!」

 

 

 瞬間、サヨと男の間に鎧を纏ったタツミが立つ。

 男は咄嗟に距離を取ろうとするが、心身共に覚醒状態であるタツミから逃れることは出来ない。

 

「……遅い!」

 

 タツミの拳が男の頭部を狙う。

 そこにインクルシオの力も加わり、男は壁まで吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「こりゃ三人の中で最初に化けるのはタツミかもな」

 

 インクルシオを解き、ブラートの前で泣き崩れるタツミとサヨの姿を見る。

 正邪にとってブラートの死はタツミを覚醒させるためのいい鍵だったとしか思わなかった。

 

「……ブラートも決して使えない駒ではなかったのにな」

 

 一つ心残りなのはブラートという現時点で大きな戦力を失ったことに対する後悔程度だった。

 だが、タツミが覚醒させるきっかけを与えることが出来ただけでもここで戦った意味はあると満足した。

 

「あーあ、残念だったな」

 

 雨が降り始める。

 ブラートの死を悲しむ二人をただじっと待つことにした。

 

 

 

 ブラート、任務を全うし殉職。

 インクルシオはタツミの手に渡ることになる。

 尚、帝具は二つは回収することが出来たがあと一つはサヨのマスタースパークにやって消滅。

 

 同時刻、帝都にて新たな組織が結成されようとしていた。



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特殊警察イェーガーズ

 ナイトレイドに正邪たちが入ってから初めて仲間が死んだ。

 自分を含め全員が悲しむものだと考えていたが、タツミの一言でその心配はなくなった。

 

「……俺、皆を守れるぐらいに強くなってみせる。それで、皆を守ってみせる!」

 

 

 

 タツミの表情は以前のような甘さのあるものから一転し、ナイトレイドに来たばかりのブラートのような頼もしい表情をしていた。

 

「……いい表情になったな」

 

 その日からタツミの練習量は以前の倍以上に増えた。

 インクルシオを自由に扱えるようにし、いずれブラートを超えるぐらいに強くならなければと猛練習を重ねていった。

 

 変わったといえば最近はサヨやイエヤスも彼に負けまいと各自での練習時間が増えた。

 

「……だからこそ、私も動くべきか」

 

 

 

「本部に行く? それはまた唐突だな」

 

 ナジェンダが大きな荷物を背負って部屋から出てきたと思えば、急に革命軍の本部に向かうと言い出した。

 

「実は扱いに困った帝具があるという情報を聞いてな。扱えるか分からないが、私も適応するか試しに行ってみるつもりだ」

 

 なるほどと思った。

 これから更に激化するであろう帝具使い同士の戦いの中で唯一帝具を所持していないのは周りから見るとナジェンダとイエヤスだけだ。

 

「とはいえそんな帝具を所持したところでお前自身がちゃんと扱えるのか?」

 

「それに関してはおそらく適合さえしてしまえば問題ないだろう。それは生物型の帝具だと聞いた」

 

 生物型の帝具と聞いて思い出したのはヘカトンケイルだった。

 肉壁にもなれば強力な兵器としても使える感じの帝具ならば是非とも欲しい。

 

「それなら一度適応さえすれば問題ないか」

 

 万が一暴走しても小槌で制御しながら動かせば問題ない。

 小槌の魔力は完全回復とまではいかないがかなり回復していた。

 

「てことは残るはイエヤスか。いや、あいつの帝具は私が調達できそうだ」

 

「……そのことなんだが、本当にマスタースパークは正邪が創った帝具ではないのだな?」

 

 ナジェンダの鋭い眼差しでこちらを見つめる。

 しかし、小槌で帝具を創れるということは今のところ伏せておいたがいいと判断していた。

 

「いいや、私が失敗したところをお前も見ただろ?」

 

 以前村雨を創るのに失敗して気絶したことを思い出させると申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「冗談だよ、死ななきゃ気にする必要もない。でも、帝具を創るのは不可能だ」

 

「分かったよ。疑うようで悪かったな」

 

 この中でエスデスとまとにに殺り合えるとすればアカメとナジェンダだ。

 タツミは素質はあるが、それでもエスデスが相手となると相手にすらならないだろう。

 

「まあ帝具が適応しなけりゃその時だ。また敵から盗んできてやるよ」

 

 出来るか出来ないかではない。

 やるしかないのだ。何がなんでもこの国はひっくり返さなければならない。

 確実にエスデスを殺すためには最強の帝具を創らなければならない。

 

「……ふっ、そう簡単に帝具は奪えるものではないのだがな。正邪が言うなら本当に奪ってこれるのだろう」

 

 それがいつ八雲紫が攻めてくるかも分からないこの状況だったとしても。

 

 

■ ■

 

 

「……えぇー、嫌よ?」

 

 八雲紫の前に一枚の紙が置かれた。

 エスデスは帝具使いのみで結成された組織を作ろうとしているのしいが、そこに副隊長として任命しようとしているのだ。

 

 だがエスデスとは敵対関係にある。

 大臣側のエスデスと民衆側の八雲紫という構図になっている時に民を裏切る行為は愚策でしかない。

 

「そうか。……やはり貴様を見ていると知り合いを思い出す」

 

「それはナジェンダ元将軍のことかしら?」

 

 微笑を浮かべ、肯定する。

 帝都では噂としかなっていないが、あのエスデスと戦い片目の損失程度で済んだ人物がいることは知っていた。

 エスデスは人間でありながらその実力はおそらく風見幽香がごっこを遊びをやめて手加減して戦わなければならないレベルだろう。

 それほどの化物をこの国は生んでしまったのだ。

 

 ……そして、自分で考えていて気付く。

 その化物の元で鍛えられる帝具使いたちはきっと地獄を見る。

 なら、そこに飴と鞭でいうところの飴があってもよいのではないだろうか?

 

「……前言撤回。私もそのメンバーに入るわ」

 

 そしてなにより、ここにいれば必ず鬼人正邪と出会えるのということを理解した。

 八雲紫にとってここに来た目的は天邪鬼にお仕置きをする以外にないのだから。

 

「そうか。ならば歓迎してやらんとな」

 

 

 

「ようこそ、特殊警察イェーガーズへ」

 

「よれしく頼むわ、隊長殿」

 

 

 しかし、この後にイェーガーズのメンバーが次々と現れるがその場に八雲紫の姿は一切見当たらなかったという。



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秘密のアジト

 ナジェンダが一時的にとはいえアジトを留守にした今、アジトを指揮するのはアカメだった。

 

 八雲紫の仕業で手配書が貼られてしまった正邪だが……。

 

「まさかこんな近くにいるなんて思わないよな……」

 

 自分の顔が描かれた手配書を見つけては愚痴をこぼす。

 帝具ではないらしい正邪の持つ道具の一つには一時的に姿を消せるものがあるとは聞いていた。

 しかし、その透明化はインクルシオの透明化と同等の性能であり、一つの帝具と言っても過言ではなかった。

 

「はあ、やっぱり正邪の道具って何でもありだよな」

 

「そんなことはない。それに、強い力を自分で使うのならその代償も自分に返ってくる」

 

 話をしているうちに正邪の透明化が消えかかる。

 正邪曰く一度きりの使い捨てアイテムは量産が可能な反面質はかなり悪いのだと言う。

 近くで見るとしっかりと正邪の姿が確認できるほどに効果が切れ始めた頃、俺と正邪は目当ての場所に到着した。

 

「……げ、効果切れかかってんじゃねえか」

 

「そのタイミングで無事に着いたのだからいいだろう?」

 

 店の前でラバックが立っているということは、つまりそういうことなのだろう。

 ここが、ナイトレイドの秘密基地なのだろう。

 

 奥にはマインと姉さんがくつろいでいて、その隣に正邪が座る。

 

「見ての通り、正邪を除けば帝都を堂々と歩けるのは俺達四人だ」

 

「それだけいるなら十分だな。これだけ暴れて四人も自由に動けているとは帝都も甘い」

 

 近くに置いてあった酒を手に取り、一枚の紙を見せる。

 そこには人物名と帝具の名前がいくつか書かれていた。

 

「私が集めることの出来た情報はそれで全部だ。中にはヘカトンケイルの姿もあったことから新しい適応者が見つかったか、あの時の女が生きている可能性が考えられる」

 

「生きてるってことも考えられんのか……」

 

「こればっかは俺たちも確認出来てたわけじゃないからな。ただ、暫く戦場に立てない程には重症だと読んでたんだけどなー」

 

 ヘカトンケイルの所持者、セリュー・ユビキタス。

 彼女かどうかは不明だが、ヘカトンケイルの所持者がイェーガーズの組織の一員であることは確定していた。

 

「何にせよ、ヘカトンケイルの咆哮対策で耳栓を作る必要があるってことか」

 

「それはいい考えだな。他にも確認出来たものじゃ死者行軍八房の死体操作も厄介だな」

 

 正邪は気になるヘカトンケイルと八房だけ説明をし、他は気にする必要もないのか、はたまた文献に載っていないから説明出来ないのか、説明はなかった。

 

「他に聞きたいことはあるか? 一応その紙に書いてあるものの中から厄介そうなのだけ挙げてみたが」

 

「いいや、少ない時間でここまで情報を集められてるなら上出来だ」

 

「さすがは鬼人正邪って感じね」

 

 ラバックとマインが先にリストを確認する。

 ……本当に正邪は凄い。

 たった数時間の敵本拠地視察だけでここまでの情報を盗み出すことが出来たのだから。

 

 俺も、負けてはいられない。

 

「なあ、行く途中で見たんだけどよ……」

 

 

■ ■

 

 

「……おい、これで大丈夫なのか?」

 

「おう、ある程度の変装は出来てるぜ」

 

 今、私たちがいるのはつい先程話していたイェーガーズがいる武芸大会だ。

 元々顔が知られていない四人なら理解できる。

 

 ………なぜ私まで連れられた?

 

「私は顔がバレれば一発アウトだぞ。バカなのか?」

 

「とかなんとか言いながら付いてきたし、正邪なら最悪その陰陽玉で逃げられるだろ」

 

 ラバックは他人事だからか軽く言う。

 いや、出来ないわけではない。

 だがしかし、こんなところで魔力の無駄使いはしたくないというのが本音だ。

 

「なんなら正邪も出ればよかったのにさ」

 

「レオーネは……まあバカだったな。私はエスデスに顔バレしてるんだぞバカ」

 

 現に、こうやって堂々と出来ている理由は子供が被りそうな帽子に可愛らしい眼鏡、更には小槌で身長を小さくして完璧子供状態でいるからだ。

 

「……兎に角、これが終わればさっさと………」

 

 一瞬息が止まった。

 なぜ気付かなかったのだろうと後悔した。

 奴は、帝都側の妖怪。

 こんな大きな催し物に来ないはずがなかった。

 

 

「あら、小さなお子様ね。可愛らしいわ」

 

 奴の姿に全員が動揺していた。

 無理もない。彼女は突然目の前に現れたのだ。

 だが、それこそが奴の能力を利用した主な移動方法だ。

 忘れるわけがない、奴の能力を……。

 

「ふふ、安心なさい。今は危害を加えるつもりはないから」

 

 超えなければならない壁(八雲紫)の存在を。



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遭遇、八雲紫

 レオーネたちが突然の遭遇に困惑する。

 八雲紫はスキマから現れると隙だらけの格好で私の目の前に立つ。

 忘れていたが、この女はそういう野郎なのだ。

 私たち弱者のやることなすことを全て無意味だと言わんばかりの力で圧倒する。

 ……そして、そんな弱者を受け入れるといっては幻想郷での仲良しごっこを強制する。

 

 私は、この八雲紫という女が大の苦手だ。

 

「……御託は結構だ。まさか、ここでおっ始める気か?」

 

「冗談。私が戦う時があるとすれば、それはイェーガーズとナイトレイドの戦いの時だけね」

 

「ほう、両者の抗争時に私たちも決着をつけようって話か」

 

 理解した。

 この女はいつでも私を捕えられるとタカをくくっている。

 それが命取りになるとも知らずに。

 

「いいだろう。お前を倒し、弱者の為の理想郷をこの手で築いてみせる……!」

 

「……はぁ、あの時宴会に参加していればここまで大事にならずに済んだものを」

 

 八雲紫の視線が私からレオーネたちに移る。

 マインとレオーネが構えようとするが、それをラバックが止める。

 

「……将軍様が、何のようですか?」

 

「安心なさい。私は別に敵というわけではないわ」

 

「はっ、エスデスと一緒にいる時点で敵じゃないなんて言わせないよ」

 

「私も気に入らなけれどね、彼女のもとにいれば正邪と戦える。それが理由で嫌々入ってるのよ」

 

 気だるそうにエスデスの座る席を見つめる。

 八雲紫の口から出る言葉が全て本当だと思ってはいないが、少なくともエスデスを好きではないというのは表情から伝わってくる。

 

「……つまり、なんだ? 話から察するにエスデスが率いるイェーガーズに所属しているけど、ブドー側の人間なのか?」

 

「私はブドー側というわけでもないの。反オネスト大臣側の新しい派閥というのがしっくりくるわ」

 

 八雲紫は自分がナイトレイドの味方側であるかのような話し方をする。

 だが、肝心なことを聞いてはいない。

 

「でも、革命軍に入る気はないということだな」

 

「一応あの子は皇ちゃんの末裔でしょ? なら、裁かれるべきはオネスト大臣とその一味共だけでいい。あの子は良識の文官たちが教育し直せば、まだいい皇帝としてやり直せる」

 

「……なら、結局ブドーとほぼ同じじゃねーか」

 

「いいえ、私は貴方たち賊の力も必要だと考えているわ。革命軍の中には将軍候補だった人間や有能だった文官の人たちもいるはずよ」

 

 なるほど、と正邪は思った。

 八雲紫のやり方はどこかナジェンダと通じるものがある。

 不必要は排除し、必要なら敵でも利用する。

 

「現に、私が保護している人間の中には革命軍側と知っていて助けたのもいるわ」

 

「……それが本当だとしても、お前はどうやって帝都を変えるつもりだ」

 

 同じ志しだったとしても、だ。

 内部から変えていく集団と私たちのように革命という形で変える二択がある。

 ただ、この隙間女こことだからおそらく……。

 

 

「それを貴方たちに教える筋合いはないわ」

 

「……はっ、そうだろうな」

 

 隙間女の目的は鬼人正邪の拘束。

 それが終わるまではそもそもこっちと共闘する気は毛頭ないという姿勢だ。

 

 ……ふと、思い出したかのようにタツミの様子を見る。

 

 

「…………あ?」

 

 目を疑った。

 いや、待て。まさかバレたのか?

 

 

 

「――タツミ、私のものになれ」

 

 

 

 ………、

 ……、

 …、

 

 

 は?

 

 

「……あらあら……これは、さすがに考えていなかったわ」

 

 八雲紫が珍しいものを見たかのようにエスデスを見ている。

 

 それに気付き、状況を察したレオーネたちも信じられないという表情をしていた。

 

「おい、あの表情ってもしかしなくても……あれか?」

 

「……ちょっと面白そうね。私はイェーガーズのほうに戻るわ」

 

 隙間女がスキマの中に入ろうとする。

 

「ま、待て! 八雲……」

 

「それではまた。ナイトレイド御一行さん」

 

 言い終えたと同時にスキマが完全に閉まる。

 

 ……更に、最悪なことにタツミがエスデスに拉致された。

 

「……やべえぞおい」

 

 タツミを失うだけならまだしも、インクルシオまで失うのはかなりの痛手だ。

 一同は即座にその場から立ち去り、アジトへと向かう。

 

 

 タツミ(インクルシオ)奪還作戦だ。



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新たな帝具使い

「タツミを何としてでも救いだす!」

「そんなこと言ったってどうするのよ。あのエスデスや八雲紫に監視されてる中で救出なんてほぼ不可能よ」

「マインはいいのかよ!! タツミが捕まったんだぞ!!?」

 

 

「……落ち着け。アカメ、一つ提案がある」

 

 自分でも驚くくらいに低い声がでる。

 だが、いつまでもマインとイエヤス、サヨのぐだぐだを聞いている暇はない。

 帝具インクルシオはまだまだ進化できる可能性を見せた。

 そんな帝具をこんなところで奪われてたまるものか。

 

「私の意見としては今回は大事にすべきじゃない。あのスキマ……八雲紫と今戦うのは得策ではないからな」

 

「……エスデスだけならどうとでもなると言いたげだな」

 

 エスデスを甘く見すぎだと言わんばかりにアカメが睨む。

 だが、実際に脅威かどうかと言われると奴は脅威ではない。

 エスデス(あんな化物)は幻想郷に何人もいるし、何度も戦ってきた。

 

 

「……エスデスが化物なら、八雲紫はその上だ」

 

 幸いにも八雲紫は全面衝突以外でこちらに突っかかるとは言っていない。

 私なんていつでも倒せると余裕を見せつけている今しかタツミを助けることは出来ない。

 

「……イエヤス」

 

「お、俺が?」

 

 どうやって、という顔をしているイエヤスに一つの壺を渡す。

 本当はナジェンダ用に創ったものだが、仕方ない。

 

「ナジェンダに飲ませるつもりだったが、緊急事態だ。お前がこの帝具を使え」

 

「………帝具!? これが!?」

 

 イエヤスは嘘だろと言わんばかりの声を出すが、これで問題はない。

 

「飲め。そしたら帝具を手に入れられる」

 

 イエヤスは恐る恐る壺の中の液体を飲んだ。

 少量だけかと思ったが、飲んで飲んで……。

 

「………マズ」

 

 飲み干した。

 

 

「おい正邪、これは一体どういう帝具なんだ?」

 

 ラバックが説明を求めたが、正邪は答えない。

 イエヤスに何も変化がないことを確認する。

 

「……やっぱ覚醒させるにはこれしかないか」

 

 今はゆっくりと説明する暇はない。

 

 

 短刀を二本用意した。

 

「! 正邪、なにを……」

 

「死にたくなければ生きたいって意思を見せてみろ」

 

 急所は狙わないように、それでもモタモタすれば死んでしまう位置に、

 

 投げた。

 

 投げたと同時に全員から殺意を向けられる。

 

 訳を話せ、でなければ殺す。

 

 そんな目だ。

 

 アカメに関しては既に村雨を抜く準備をしている。

 

「……あの帝具を覚醒させるためには、生きる覚悟が必要なんだ」

 

 万が一帝具が飲んだだけでは発動できなかった場合のシステムだったが、これの利点は覚醒することに加えてこの帝具の奥の手を知ることが出来る。

 

「強い意思で叫べ! 生きたいと!!」

 

「っ………せい、じゃ………」

 

 

 

 瞬間、部屋の温度が上がった。

 全員が敵が来たのかと警戒するが、私だけはたった一人の男だけを見つめる。

 イエヤスの帝具の奥の手が発動しようとしているのだ。

 

「……成功だな。それはお前のものだ」

 

 イエヤスが炎につつまれ、その場から消える。

 

 

「……どんなのかは、分かったけどよ……」

 

 そして、どこからかイエヤスの声が聞こえたかと思うと……。

 

 

 

「とりあえず一発殴らせろ馬鹿野郎!!」

 

 新たに出てきた炎の中からイエヤスが現れる。

 

 そして、私は殴られた。

 

 

 

「お前なぁ! 死ぬかと思ったんだぞ!? ほんっと確実に死んだと思ったんだからな!!!」

 

「貴重な人材を殺すバカがどこにいる?」

 

「お前がそのバカだと思ったんだよバカ野郎!!」

 

 ったく、なんでこんなに偉そうなんだ?

 私はこんなに強力な帝具を渡したっていうのに。

 

「……ほんと、正邪はもう少し説明とかした方がいいと思うぜ?」

 

「そうですよ、もう少し遅かったらアカメに斬られてましたよ?」

 

 ラバックやシェーレまで困った奴だという顔をしている。

 

「おい、変態と頭のネジぶっ飛んだ奴にだけは言われたくないぞ」

 

 解せないが、まあいい。

 これでタツミを助けるための準備は整った。

 

「帝具「蓬莱」をイエヤスに飲ませたのはたった一つのシンプルな作戦のためだ」

 

 帝具「蓬莱」を飲んだイエヤスだからこそできる最高の作戦内容。

 

 

「イエヤス、体を張って囮になれ」

 

 イエヤス囮作戦だ。



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囮作戦

「囮作戦。これはお前じゃなきゃ成功は不可能だ」

 

 

―――――

 

 

 

「……んなこと言われてもよー」

 

 現在、正邪の指示でフェイクマウンテン付近に来ている。

 ここに小槌を使って凶暴化させた危険種がいると言っていたが……。

 

「はは、なんでもありだよな……」

 

 思えば、初めから鬼人正邪という人間は何もかもが規格外だった。

 打ち出の小槌という帝具を使って人を癒し、失敗したとはいえ帝具を創りかけ、今は危険種を凶暴化させて操っているという。

 

 

「………いや、正邪自身はそんなに強くなかったな」

 

 小槌の魔力を使って身体強化をしているが、それがなければ正邪はひっくり返すといく能力を持つ以外は全体的な能力がナイトレイドの中で最も低い。

 

「……もしも」

 

 もし小槌が大臣側に渡ってしまい、それを使いこなされてしまったら……。

 

「……はっ、なに考えてんだか」

 

 やめよう。

 元々俺はサヨのように賢くなけりゃタツミのように潜在能力が高いわけでもない。

 でも、仲間を守りたい気持ちだけは……

 

 

「……帝具発動」

 

 ――誰にも負ける気はしない!

 

 

 

 

■ ■

 

 

「……む、なんだ?」

 

 エスデスが足を止めた。

 視線の先を周りも見ている。

 

「な、なんだありゃ……!?」

 

 タツミ似の男が驚いた顔をしている。

 無理もない。

 そこには、炎系の柱がある。

 

 そして、タツミの知っている顔がそこにはいた。

 

「………い、イエヤス………!!?」

 

 どうしてあんなところに?

 まさか、敵に捕まって……!

 

 ……なんて顔をしている。

 

「知り合いですか?」

 

「あ、あぁ。一緒に帝都に来た仲間だ」

 

「新たな拷問か? それとも……」

 

 ……さて、そろそろ頃合か。

 

 

「行かなきゃ!」

 

「待て、賊の可能性も………!!」

 

 いけ、危険種共。

 

 

「グオォォォ!!!!」

 

 

「……あれは、土竜の群れか?」

 

「それにしては様子がおかしいですね」

 

 全員が土竜に視線が向いたところで次の指示を出す。

 

 一体をタツミの近くにワープ。

 

 

「「「…………!!」」」

 

 タツミを吹き飛ばせ。

 

 

「ギイァァァ!!!」

 

「なっ……!?」

 

 いくらエスデスでも、瞬間移動なら殺気も読み取れまい。

 そして、小槌で強化したのはパンチの威力ではない。

 

「これは……風?」

 

 む、あの金髪何かを察したか。

 ……だが遅い。

 

 そう、タツミを吹き飛ばしてエスデスの元から離れさせれば問題はない。

 

 

「タツミ……!!」

 

「グルルル……」

 

「……ザコが!」

 

 土竜が瞬時に氷漬けになり、破壊される。

 ……やはり、土竜を強化した程度じゃ足止めにもならないか。

 

 ……だが、全て狙い通り。

 

 

「……どうだ? 恋人が消えた気持ちは」

 

 この作戦の目的は二つ。

 一つはタツミの救出。

 

 ……そして、もう一つはイェーガーズの戦力を削ぐこと。

 八雲紫の入れ知恵があればどんな強化をするか考えたくもない。

 全面戦争前に戦力を削いでやる。

 

 

「強者様の怒り狂った顔を見ることは滅多にないが、恋人を失えばさすがに拝めるだろうよー」

 

 イエヤスの炎でエスデスを除いた他のメンバーを囲む。

 ……そして、私はエスデスの前に姿を出した。

 

 

 小槌を使い、火柱の中にいたイエヤスのカモフラージュを解く。

 

 狙いは一番弱そうなスタイリッシュとかいう男。

 私はエスデスや他にも炎の中から私に向かってくる奴等の囮。

 

 

「やっぱ強者様のそんな顔を見るのは最っ高の気分だぜ!! エスデス!」

 

「鬼人……」

 

 土竜とイエヤスに変装してた分魔力がかなり減っている。

 早めに作戦終了してくれよ。

 

 

 

「正邪ァ!!!」

 

 ……囮作戦、開始だ。



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