魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中) (hidon)
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第 一 章
#0__滅び急ぐ世界の夢


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界は、地獄だ。

 

 

 

 

 太陽から熱線が降り注ぎ、人々の身体を焼き払っている。

 逃れるべく、高層ビルやマンションの影に隠れるが、熱線は建物を破壊して、瓦礫に封じ込める。

 太古より神々しい光で、人類に朝を告げ、その肉体に活力を与えてきた恵みの太陽は、今や人類を滅ぼす『破壊神』と化して猛威を振るっていた。誰がこんな事態を想定できただろうか。

 聳え立っていた高層ビル群は尽く崩壊し、原型を留めていない。瓦礫の山となり、逃げ惑う人々を塞いでいる。路面は至る所に、亀裂が走っている。場所によっては熱線が直撃したのか、大型爆弾でも落とされたようにポッカリと大穴が空いていた。

 太陽の熱線が人々に降り注ぐ。すると、100人は居たであろう群衆は、一瞬の内に蒸発した。

中には、下半身か上半身だけ焼き払われてしまい、苦しみながら息絶える人も居た。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 少女――――美月 縁(みつき ゆかり)も、熱線から逃れるべく逃げ惑っていた。

鉄板の焦げた臭いが鼻に染み付く。場所によっては肉の焼けた臭いが鼻孔を刺激し、胃酸が込み上げてきそうだった。

 だが、今は周りを気にしている余裕は無い。とにかく逃げなければ、自分があの熱線に焼かれるのだ。

 

 

 突如、自分を横切って、反対方向へ走っていく人の姿が見えた。ふと気になり後ろを振り向く。よく見ると、その人物は『少女』であった。アニメで見る変身ヒロインのような衣装を纏い、武器を携えている。

 彼女は一体何者なのか? 何故かそう思うと、足を止めて、少女の姿を凝視する。

 

 

 

 ――――自分は彼女を見たことがある。

 

 

 

 だが、何処で見たのか思い出せない。

 すると、彼女の周りに同じような武装をした少女達が集まって来た。二人……三人……十人……五十人……やがて、最終的に80人もの大群が集うと、一斉に飛翔。彼女達が向かう先は、遥か上空に存在し、今なお熱線を降り注いでいる太陽であった。

 

「やめて!行ったら駄目!!」

 

 何故そう叫んだのか分からないが、叫ばずには居られなかった。頭では無く、身体が吠えるように仕向けている様だった。

 

 

 刹那――――熱線!

 

 

 太陽から放たれたそれは、向かってくる少女達を一気に丸飲みした。瞬く間に少女達は、蒸気と化して消えた。

 

 

「そんな……」

 

「君はこの光景を見て、何か思うことはないかい?」

 

 ふと、そんな声が掛り、横を向くと、白い生物が佇んでいた。細い身体に対して頭部と尻尾は大きい。両耳からも大きな白い毛のようなものが垂れている。見た事も無い動物だが、これが声を掛けてきたのだろうか。

 白い生物は、何処か威圧感を与える真紅の両眼で、縁を見据えている。

 こんな状況下にも関わらず、表情は平静そのもので焦っている様子は見られない。

 

「何って……、悲しいよ……いっぱい人が死んで、あの子達も殺されちゃって……」

 

「そうか……」

 

 縁が質問に答えると、白い生物は俯いて沈黙。よくわからないが自分の言葉に失望を抱いたらしい。

 

「……そうだ! あなたなら救えるんじゃないの……!? 願いを言うから、私を××××に……!!」

 

 すると、縁はハッとして、白い生物の事を急に思い出した。

 

 ――――そうだ、彼は願い事を言えば、自分を××××にしてくれる。そうすれば、彼女達と同じ様に、太陽に立ち向かえるかもしれない!

 

 だが、

 

 

 

「駄目だ」

 

 

 

 その一言によって、たった今抱いたばかりの希望は――――木端微塵に粉砕された。

 

「どうして……?」

 

 俯いたまま言う白い生物に縁は唖然としながらも、問いかけてみる。

 

「君には素質がない」

 

「そんな!! 私にはあなたが見えるのに!! どうしてなれないの!? 嘘だって言ってよ!!」

 

「嘘じゃない。見えた所で、君に素質が無いなら僕にはどうしようも出来ない。最期の時が来るのを大人しく待つだけだ」

 

「そんな……」

 

 淡々と告げる白い生物。縁は膝をガックリと落とした。

彼女の背後には、灼熱の太陽。その陽光を背中に受けたことで、彼女の前面に影が広がり、漆黒に染める。

 縁には、その影が、自分自身を闇に包んでいるように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 この世界は地獄だ。

 

 だが、それを前にしても、何もできない自分は――――誰よりも早く、地獄に堕ちるべきだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

 

「あれ?」

 

 気が付くと、自室のベッドの上だった。布団を捲り、寝ぼけ眼で、むくり、と上半身を起こす。

 

「夢?」

 

 窓を見ると、雲ひとつ無い青天が広がっている。すずめがちゅんちゅん鳴きながら飛んでおり、それを太陽が暖かく照らしていた。

 

 ――――何だろう……あの太陽にとても酷い事をされていた気がするけど……。

 

 さっき自分が居た場所は異様にリアリティを感じたが、まさか夢だったとは。とりあえず一安心。

 

「あれ? でもどんな夢だっけ?」

 

 ホッと息を付いたが、直後にどんな夢を見たのか忘れてしまった。悪い夢なのは間違いなかったけど。

でも、悪い夢はさっさと忘れた方が良い、って言うし。まぁいいか。

 寝ぼけ眼を擦るも、一向に視界が晴れない。まだ寝ていたいのに、今日は不運にも金曜日。学校である。

 仕方無くベッドから足を下ろして、のっそりのっそりとタンスに向かう。そして、バタンッと開けると、一着の制服が見えた。

入学してまだ一か月半しか経ってないので、新品の臭いがする。

 それに着替えて、自室を出ると、右に階段が見えた。そういや此処って二階だったな、と未だ脳みそが半分寝ている状態で理解すると、少女は階段を下りて居間に向かった。

 

 

 

 少女の名前は、美月 縁(みつき ゆかり)、公立桜見丘高校に通う一年生である。

 

 

 

 

 

 

 




 始めてしまいました……。


 様々な先生方の作品を読んで、触発を受けまして、自分が今まで頭の中で創っ(妄想し)た物語を表現したいと思い、執筆することにいたしました。

 まぁ内容は見ての通り(?)、まどマギの二次創作でございます。(何番煎じだ)
 一応原作については、アニメ、映画、コミック版、おりマギ、かずマギ、すずマギ、と一通り見た……つもり……です。

 書き始めると、中々地の分が浮かばず四苦八苦。気が付けば12月から3カ月近く経ってようやく一話出来た、という体たらくです。
(しかも書いてる間に、ストーリーの案や、キャラクターの構想が頭に浮かんでくるので、プロットだけはどんどん出来上がるという……本当ならそれを文章表現できるようにならければいけないのですけどね……)

 しかも、最初からシリアス長編に挑もうという無謀な真似をやらかそうとしております。

 とりあえず、既存の公式作品(まどか、おりこ、すずね、かずみ)とは繋がらないので、全く別の世界線の作品として読んで頂ければ幸いです。
 不定期な投稿になると思いますが、宜しくお願い致します。 


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 #01__初めて憎んだその時に A

前回UAして下さった皆様、お気に入り登録してくださった方、誠にありがとうございます。凄く励みになりましたので、今後とも精進して参ります。


 ――――5月。

 桜の花はすっかり散り果て、道沿いを居並ぶ木々は青々と生い茂り、新緑が芽生え始めていた。

 

 

 

 桜見丘市は、中心部に有る市街を始め、深山(みやま)町、紅山(べにやま)町、白妙(しろたえ)町の合併から成るそこそこに大きい街であるが、隣街の『緑萼(りょくがく)市』がここ10年、目まぐるしい発展を遂げ、都会化が進んでいるのもあってか、その弊害を諸に受けてしまっている。

 

 都会の影に隠れた田舎町――――そう囁かれる声も少なく無い。

 

 働き盛りの若者がこぞって、緑萼市に流れてしまうので、必然的に桜見丘市を支えているのは、40~50代ばかりとなっている。市全体が桜の名所であることを必死にPRしているが、それでも、観光客はスズメの涙程度しか訪れず、それどころか「緑萼市のついで」で来る人が大半だ。

 

 

 

 

 そんな何の特徴の無い街に住む少女、美月縁もまた、何の特徴も無い少女であった。

 

「いってきま――――っす!!」

 

 元気であること以外は――――。

 

 

 

 

 先程まで寝ぼけ眼を擦っていたり、朝食中にコックリコックリと舟を漕いでいる様な状態の彼女だったが、家を出て陽光を受けると一変、元気いっぱいな大きな声を挙げて、学校に向かって走りだした。

 

「おっ!」

 

 桃色のショートカットヘアを大きく揺らしながら駆ける縁の前に、一人の少女が立ちはだかる。

縁は髪と同じ色の瞳を大きく瞬かせながら、足を止めた。勢い良く制止したせいか、キキーッとブレーキの様な音が響く。

 眼前の少女は、細身で未だ成長途上に有る縁と比べると、全身が程良い肉つきで、特に胸に至っては熟した果実の様であった。

 

「おはよう」

 

「おい、どこに挨拶している……!」

 

 挨拶をする縁だが、完全にエロ親父の顔で目線をそれに向けているのを見て、少女は眼鏡の奥の瞳を細めながら突っ込む。

 少女の髪は長い紺色の腰まであるロングヘアで、前髪は眉毛の上で、切り揃えている。快活そうな縁と比較すると、真面目そうな雰囲気であった。

 

「おはよう、縁」

 

「改めまして、おはようございます」

 

 真面目そうな少女は、見た目に相応しい礼儀正しいお辞儀をすると、縁もそれに倣ってペコリと畏まったお辞儀を返す。

 少女の名前は柳 葵(やなぎ あおい)。隣に住んでおり、縁とは幼馴染である。

 幼稚園、小学校、中学校を共にしてきた二人だが、高校に進学する頃は別離が危ぶまれた。

というのも、ちょっとおバカで成績がいつも中の下の縁とは対照的に、葵は頭が良く、緑萼市の新学校を推薦枠で紹介された事があった。そこは隣町に有るとはいえ、葵の家からは車で1時間掛るので、入学する場合、付属する寮で独り暮らしすることになる。

 だが、葵は『地元に愛着があるから』と言ってそれを蹴り、地元の公立高校に進学を決めたのだった。

 よって、二人の別離は回避され、今に至るのであった。

 

「……今日、変な夢見ちゃって……」

 

 並んで学校へと歩き出す対照的な二人。縁がポツリと口を開く。

 

「どんな夢よ」

 

「それが、忘れちゃったんだよね」

 

「はあ?」

 

 葵が呆れた様な声を出す。縁はそこで、左手を水平にして額に当てた。目の上に影を作ると、顔を見上げる。

そして、青空の中央で煌めく太陽を、じっと睨んだ。

 

「ただ、あの太陽に、何かすっごくいや~な事をされたのは覚えてる……」

 

 乾いた瞳で、恨めしそうに呟く。その声色には若干憎しみが込められている様だ。

 

「……貴女が、怒るなんて珍しいわね」

 

「私だって人間ですから、怒ることだってありますよ」

 

 太陽を睨み据える縁を見て、葵は呆気に取られた様に声を挙げる。それを聞いて縁はムッとした表情で頬を膨らませた。

 縁は、快活そうな見た目の通り、感情豊かな少女であった。よく笑い、よく泣き、よく驚く――――表情をコロコロ変えるので、見てて飽きない。

 

 ただ、『怒る』ことだけは決してしない少女であった。

 

 

 

 

 一昨日の水曜日、通学中に、前を歩く男子生徒が空き缶を後に投げ捨てた。

その時、運悪く、空き缶の底が縁の米神に当たってしまったのだ。葵はすぐさま男子生徒に詰め寄り、叱りつけたが、男子生徒はバツの悪そうな顔で「ワリ!」といって逃げてしまった。葵はその態度にキレそうになったが、縁はニコニコしながら、「向こうも謝ってくれたんだし、別にいいじゃん」といって宥めた。彼女の米神には小さい痣ができていたのだが、全く気にしてないよ、と言わんばかりの様子であった。

 葵も傷が出来ているのに、我慢する必要は無い、と思い、彼女に怒る事を勧めようとして―――――諦めた。

 

 

 

 それだけは、()()()()()()()()()()()事だと思ったからだ。

 

 

 

 とは言え、傷が出来ても笑っている様な縁が、何かに向かって強く怒っている様な表情を浮かべているのは非常に珍しかったので、葵は不思議に思った。

 

「太陽に何をされたのよ?」

 

「焼かれる夢……だった様な?」

 

 葵が問い詰めると縁は、首を傾げて曖昧な答えを返す。

 

「砂漠を歩く夢、かしら? 後でどんな意味があるのか調べてあげるわ」

 

(それとは違ったような気がするんだけど……)

 

 基本的に真面目で常識人な葵だが、思いこみが強い所が偶に瑕であった。

 自分の夢を勝手に解釈されている。本当は違うのだが、下手に突っ込むと、機嫌を悪くするので、縁もとやかくは言えなかった。もし悪くした場合、週末の休日二日間を費やして、ご機嫌取りのプランを立てなければならないのは目に見えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、萱野だろ?」

 

 ――――時は同じくして、白妙町。桜見丘市内の中で別格の過疎地、そして治安の悪さで有名なその町で、一人の柄の悪そうな男性が、一件の定食屋から出て行く制服姿の女性を見掛けると、すかさず声を掛けた。

 女性は、175cmもあろうかという大柄な体躯で、後から見ても筋肉質な身体付きをしているのが分かった。太陽光を受けて煌めく長い銀髪を揺らしながら歩いている。高校生というよりは、悪役プロレスラーの様な見た目であり、高校の制服である、Yシャツとチェック柄のスカートが不釣り合いに見えた。

 

「あん?」

 

 萱野と呼ばれた女性は振り向く。化粧っけの無い整った顔つきをしているが、銀色の目がギラリと光っており、獰猛そうな印象を受ける。男性はその眼光に、一瞬震えあがるが、なんとか抑えて声を出した。

 

「あ、あんたには感謝している。田中を警察に突き出してくれたんでな」

 

「あ~、あれか、大したことじゃないと思うけど……」

 

 萱野はどこかバツの悪そうに頭を掻いた。

 

「いやいや、あいつは俺達の仲間の中でも札付きのワルでな。俺達も手を焼いていたんだ」

 

 男性は女性に心からの感謝を述べていた。萱野は照れくさいのか、若干頬を赤くしながら、顔を俯かせる。

 ちなみに、男性の言う「田中」とは、同町の白妙中学校の生徒を脅して、カツアゲして回っている屑のゴロツキだ。中学校周辺を歩いていた時に、たまたま現場を目撃した優子が、得意の喧嘩殺法で沈めた後、警察へ突き出したのだ。

 

「最初は『とうとうあいつも警察に捕まったか』と思ったけど、まさか女子高生だって聞いてビックリしたよ」

 

「いや、あの、まあ、女子高生とか警察だとか関係なく、人間として許せなかっただけであって……」

 

 萱野は顔がカァ~っと熱くなるのを感じ、大量の汗を掻きながら、小さい声で呟いた。

 彼女は警察に表彰され、町内では英雄的扱いを受ける様になった。特に被害を受けていた中学校の生徒からは、大量の感謝状やファンレターが送られた。

 最も、ここまで賛辞を受けるとは思ってなかったので、彼女は戸惑う一方であった。

 

「俺達は、暴走族だが、流石にガキを脅す様な真似をしない。あいつはそれを破っていたが、ガキ共から巻き上げた金を賄賂に使って仲間の手から逃げていやがった。俺も現場を何とか付き止めようとしたが、うまい具合に隠れやがってな。

あんたは、ガキ共や、俺達にとってもヒーローなんだよ」

 

「あの、だったらアタシにあんまり構わないで欲しいだけど。家、定食屋だからさ、子供達ならともかく、あんまりアンタみたいな奴に絡まれたら、店の評判に関わるんだって」

 

 お陰さまで、自分の評判を聞いた「田中」の仲間が日夜問わず、自分に絡んではこうやって賛辞を述べる事態が頻発しているので迷惑この上無い。

 

「その割には嬉しそうだが」

 

 とは言え、照れくさい表情を指摘され、萱野はギクリとなる。

 

「ううっ…。そ、そりゃ褒められて嬉しく無い奴はいないしっ」

 

 顔を紅潮させながら、そう上ずった声を挙げる萱野。

 

「それもそうだな。お前、結構面白い奴だな、今度仲間達と一緒に飯食いにいってやるよ」

 

 男性の言葉に萱野はぎょっとした。彼らが特攻服で店内を座巻する姿を想像したら、店の評判はガタ落ちだ。

一般の客はまず寄りつかなくなるし、警察にも睨まれることになる。

 

「頼むからその時は、普通の服装で来てくれよ……」

 

「分かってるって、じゃあな」

 

 男性は、さぞ愉快そうに、そう言うと、手をひらひらさせて去っていく。

大柄で鋭い目つきの少女、萱野優子(かやの ゆうこ)は、それを青褪めた表情で見送っていた。

 

 

 ちなみに彼女の周りには、いつの間にかギャラリーができており、いつ萱野優子と柄の悪い男性の喧嘩が勃発するのか、心待ちにしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は戻り、公立桜見丘高校――

 時刻は既に、放課後。HRも終わり、縁も教科書を鞄に仕舞って帰ろうとしていたが、その時――――有る事に気が付いて、顔が一瞬でブルーになる。

 

「なぜだ……どうして……なんで無いの……!」

 

 鞄に教科書を仕舞い終えて、ボタンを閉めた縁の両手がわなわなと震える。退屈だった授業から解放され、ようやく家に帰れるとホッと一息ついた矢先であった。

 一気に奈落の底に叩き落とされた。

 

「私の……スマホおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」

 

 もはや他の生徒は帰ってしまい、誰もいなくなった教室で、縁の慟哭が響き渡る。

だが、返ってくる声は無く、ただ窓から刺す夕陽が、縁を虚しく刺すだけだった。

 

「ちょっと!? どうしたの?」

 

「うわっ!!」

 

 ――――と思いきや、それを聞いていた者がいた。てっきり周りに誰もいないと思い叫んだので、まさか聞かれるとは思わず、縁は驚くと同時に恥ずかしさで顔を紅潮させた。

 縁の声を聞き付け、教室に飛び込んできた女性は、一言で言えば美人だった。縁は言葉を失ってまじまじと見つめてしまう。女性はスラリとした高い身長で、艶やかな薄紫色の長髪を黄色いリボンで後ろに縛っていた。何故か前髪は左半分だけ長くしており、左目を隠していた。

 

「大丈夫!? 何かあったの?」

 

 女性は縁の様子を目の当たりにして気が気では無い様子だった。縁の両肩に手を置くと、ゆさゆさ揺らしながら必死に問いかけてくる。鈴の様な綺麗な声色が心地いいと感じた縁だが、今はそれどころではない。

 

「私のスマホが無いんです―――――!!」

 

「ええええええ!? じゃあ一緒に探してあげるね――――!!」

 

「ありがとうございま――――す!!」

 

 誰もいない教室で、少女二人が慌てふためきながら、教室中をバタバタと駆けまわっている。傍から見たら、アホ丸出しの光景だが、二人には自覚はない。

 が、その直後、一つの机の中が光り出した。

 

「あ、あそこ!? あれじゃないの!?」

 

 女性が、それに気付いて指を刺す。

 

「あ、ホントだ!? っていうか」

 

 私の机じゃん! と縁が言うよりも早く、女性は机に駆けよって、中からピンク色の端末を取りだした。

 

「あった―――――――!!!」

 

 女性がそれを天高く掲げて、胸を張って言う。葵のそれよりもでっかく実った果実が大きく揺れた。

 

「良かった――――――!!! ありがとうございますぅ~~~!!」

 

 縁は感激のあまり、涙を流しながら、女性に対して両手を祈る様に組んで、感謝を述べた。

縁には、女性の姿が、自由の女神の様に見えた……気がした。

 

 

 

 

 

「何やってんのよ……」

 

 たまたま、教室の前を通り掛った葵が、一部始終を見て、呆れた様に呟いた。彼女は別のクラスである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで……スマホを見つけてくれた、と」

 

 縁から話を聞いて、一部始終を把握した葵が、そう呟く。余りの馬鹿馬鹿しさに頭痛を覚えた。

 

「そう、菖蒲先輩が見つけてくれなかったら、私気付かずに帰ってたよ~」

 

「うんうん、良かった良かった」

 

 縁が泣きながら、女性に縋りつき、その豊かな胸に顔を埋めた。柊先輩と呼ばれた女性は、柔らかい笑みを浮かべて、縁の頭を撫でる。その様子に若干イラッとした葵だが、菖蒲、という名前と、目の前の女性の姿に既視感があり、尋ねる。

 

「もしかして、貴女、二年生の菖蒲 纏(あやめ まとい)先輩ですか?」

 

「うん、そうだけど」

 

「え!? 菖蒲先輩を知ってたの葵!」

 

「有名人よ」

 

 そう言われて菖蒲と呼ばれた女性は、それ程でも~、と照れくさそうに言いながら頭を掻く。

 菖蒲 纏――――校内でこの名前を知らない者は少ない。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人、でも心優しい性格で人望もあると評判の二年生だ。

 

「どうして、そんな人が、一年生の階に?」

 

 桜見丘高校は学年ごとに階層が違う。その為、上級生が下級生の元に訪れる事は、滅多に無かった。

 

「近頃、運動不足で……」

 

「はあ?」

 

 突然何を言い出すのか? 訳が分からず葵の目が点になる。

 

「実は放課後になると、みんな帰ったり、部活で居なくなる訳じゃん。だから、こうして学校内を走り回って運動してるんだよね……」

 

 確かに生徒は居なくなるが、先生がいなくなった訳ではないだろう。走ってるところを見られたら不審がられると思うが。というかそもそも、

 

「運動部入った方がいいんじゃないですか?」

 

 冷めた目で葵が突っ込むと、纏はギクリと肩を震わせた。

 

「い、今は家の事で忙しくって、それはちょっと無理なんだ」

 

「はあ……」

 

 纏はそう言うが、顔を反らして、冷や汗を浮かべているので、言い訳にしか聞こえない。

でも、何か理由がある様子なのは確かなので、これ以上は突っ込まないことにした。

 

「葵! いくら言い訳でも、理由は理由なんだから、ちゃんと聞かないと駄目だって!!」

 

「美月さん! それフォローになってないよ~っ!!」

 

 と思った矢先に縁が爆弾を投下したため、纏が涙目になって顔を赤くして抗議する。葵はガックリと項垂れるしか無かった。

 

「――――そうだ、こんな事していられない、行かなきゃ!! またね!!」

 

 纏はふと、思い出した様にそう言うと、背を向けて走り去った。後に縛った長い髪が、夕陽を受けて橙色に輝きながら踊る。それを名残惜しそうに見つめながら縁が手を振って見送る。

 

「さよ~なら~」

 

「なんか、誰かさんに似てるわね」

 

 葵も手をひらひらと振って見送りながら、纏の印象を述べた。

 

「誰がって誰に?」

 

「可愛い顔してるけど……ハッちゃけ過ぎるし、何かと大慌てするし、バカっぽいし……縁に良く似てるわ」

 

「ええ?! 私が噂の完璧超人上級生に似てるって、嫌だなも~~!」

 

 縁は嬉しそうに頬をピンク色に染めて喜びながら、葵の背中をバンバン叩く。

 

「別に褒めてないんだけど……」

 

 葵は背中に痛みを感じ、恨めしそうな目を向けながら呟く。が、歓喜に震える縁には聞こえていなかった。

 やがて、二人は纏の後を追う様に、昇降口に向かい、学校を出たのだった。

 

 

 ちなみに、縁は既に纏とLINEを交換していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 田中ってなんだよ……(震え



 第1話、投稿致しました。
この話は3月上旬に一度書きあげましたが、二か月後に書きなおしたものです。
 
 女の子の日常……小生は男なので、女性の視点で物語を描くのは、中々恥ずかしいものがあります。
 ぶっちゃけ色々間違ってるかもしません……(震え声
 これで良いでしょうか……? 良いんだったら続けます。
 あ、でも、女の子の書き方について何かアドバイスがあったらお願いします……(ぉ


 まず、キャラクターの簡単な説明をば……

 縁→ 主人公。ピンク。快活でさっぱりとしている。感情豊かだが、怒ることだけは決してない性格。

 葵→ 主人公の親友。藍色。おっぱい。普段は真面目で冷静だが、何か有ると感情を燃やす。

  萱野も菖蒲纏も後々関わってくる予定です。


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     初めて憎んだその時に B

続けて投稿します。


「ねえ、ゆかり。『白狐』って、居ると思う?」

 

 学校からの帰り道、親友のそんな一言から始まった。

 

「白狐って……あれだよね? 会えると何でも願いを叶えてくれるっていう……」

 

 その名を聞いて縁が、う~ん、と首を捻りながら答える。

 

 

 

 

 

 

 ――白狐(びゃっこ)とは、日本古来より伝わる伝説上の生き物だ。白い毛色を持ち、人々に幸福をもたらすとされる、善狐の代表格である。

 伝承では、成長期の少女は誰もが白狐に会える資格が有ると謂われている。運よく、出会えた者は願い事を一つ叶えて貰える上に、無病息災の肉体と、万夫不当の力を得るという。

 歴史上の人物でも、邪馬台国の卑弥呼、平安末期の巴御前、鎌倉時代の北条政子……etcetc

有名人の女性は皆、白狐に願いを叶えて貰ったお陰で大成を掴んだという説もあり、当時の記録書にも、白狐を臭わせる怪異を見たという記述が実在している。

 以上から、日本国内に於ける人気は数ある妖怪の中でも随一を誇り、今でも白狐の存在を信用して、探し回っている者は後を絶たない。

 

 ここ桜見丘市でも、近年、少女達――特に中学生、高校生――の間で白狐の目撃例が多発していた。SNS上では専らその話で持ち切りになっている。

 酷いケースでは、イラストまで描かれていた。

 それによると、白狐は、一般的な狐とは大きく異なった容姿を持っている。全身が真っ白い毛で覆われており、真紅のつぶらな瞳で、丸くて大きい顔とヒョロヒョロした胴体を持つ。特徴的なのが耳元から長い毛が生えている事だ。よって初見で狐とは判別できず、見た事も無い生物と捉える少女が多い様だ。

 また、人間の少年の様な声で話し掛けてくるという。実際に「願いを叶えてあげる」と声を掛けられた例も有ったらしい。

 大半の少女はそれを聞いて、幽霊が喋っているんじゃないか、と勘違いして、恐れおののいて逃げ出してしまうそうだが。

 

「葵って……そういうの信じてるの?」

 

「縁は信じないの? ツゲッターでも持ち切りじゃない。目撃例だって多いし、今や日本中が注目してる話題よ」

 

「それはそうだけど……」

 

 葵はこの手の噂には喰いつくタイプである。段々と熱くなる彼女を見て、縁は参ったな、と思った。

 

「昨日、桜見丘郵便局前のアクセサリーショップの2階で発見されたって言うし……ちょっと行ってみない?」

 

 目を輝かせながら葵はスマホの画面を見せた。そこにはSNSサイト・ツゲッター上で、

『白狐なう』という文字が有り、白狐が映っているらしい写真が掲載されていた。

 

 ……実際は、白狐の姿など何処にも無く、アクセサリーが所狭しと並んだ棚が映っているだけなのだが。

 

 葵の提案に、縁は迷ってしまう。この手の話に興味が無い訳では無い。

 でも、流石に、何でも願いを叶えてくれて、強い身体も授けてくれる妖怪の存在など、信じられる筈も無い。誰かが流した嘘を、少女達が勝手に信じて騒いで拡大解釈してるだけなんじゃないか、と思っていた。

 それに……アクセサリーショップとはどういうことだろう。なんでそんなところに、伝説の妖怪が出るのだ。ますます信用し難い。

 

「なんだか嘘っぽくなーい? それってさー?」 

 

「嘘だったら、何でこんなに話題になってるのよ?」

 

 縁は冷めたジト目で突っ込む。思い込みの激しい葵に、嘘でしょ、とはっきり言うと怒るので、言い方を緩めた。だが、葵は食い下がってきた。

 

「だからさ、誰かが流した嘘を、誰かが面白がって広めて、皆が信じちゃったんだよ、多分」

 

「縁って夢が無いわね……」

 

 その一言にムッとする縁。決して怒らない事を信条にしている彼女だが、あくまで人間である。そんな言い方をされれば誰だって頭に来る。

 

「そもそも会ってどうするの? 白狐に?」

 

 縁が今一つ乗り気で無いのは、疑問も有ったからだ。そもそも自分達は健康だし、優しい家族も友人もいるし、十分幸せだ。白狐に会った所で、叶えたい願いなんて有る筈もない。

 

「別にどうもしないわよ。噂を確認するだけだから」

 

「ふ~ん」

 

 葵は、何ともなげに言うが、縁は不機嫌そうに口を尖がらせた。いくら親友だがらとはいえ、自己満足の為に付き合わされるのは正直、嫌だと思うが、それを伝えれば機嫌を悪くするのがオチだ。

 

「…………」

 

 だが、葵は目を細めて縁の顔を見つめる。しばらくすると、フッと笑みを浮かべる。

流石親友というべきか、縁の心情を即座に察したらしい。そして、暫く額に手を当てて、考え込む仕草をしていたかと思うと、

 

「わかった。……後でアイス奢ってあげるから」

 

「えっ!? なら行くっ!!」

 

 縁の表情が一変して、恍惚とした笑顔を浮かべてピョンッと飛び跳ねた。

 彼女は、後で奢られたアイスを幸せそうに頬張るまで、自分がアホだということに気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、葵の餌に飛びついてしまったアホの子・縁は、仲良く(?)桜見丘郵便局前のアクセサリーショップへ足を運ぶ事になった。

 早速2階へ上がる葵達だが、当然のことながら、白狐が都合良く居てくれる筈もない。二人してくまなく見渡すが、どこにもいない。ガックリと項垂れる葵だが、それを見た縁が内心、ざまあみろ、とほくそ笑んだのは言うまでもない。

 とは言え、このまま帰るのも詰まらないし、折角だからアクセサリーを見てから帰ろうと縁が提案したので、しばらく二人して店内の商品の観賞を楽しんでいた。

 

「ちょっと、いい?」

 

 葵とは別々に分かれてアクセサリーを手に取って、眺めている縁に、突如声が掛って来た。

 

「えっ?」

 

 縁が声の掛って来た方へ振り向くと、そこには自分より少し高い背丈の女性が立っていた。

頭には紫色のヘアバンドを付けており、光沢を放つ黒髪を後ろに縛って、腰まで垂らしている。顔つきは、人形の様に白く、身体付きはスレンダーで、細いというよりは、全体的に引き締まっている印象だ。

 女性を一言で表すなら、クール系美人、と言ったところか。放課後に出逢った柊 纏とは別の美しさがその女性からは感じられた。

 

「あたし、この辺じゃないんだけどね。ちょっと用事を思い出して、郵便局を探してるんだけど、君、知らない?」

 

 女性はクールな見た目とは裏腹に、軽いさばさばとした口調で尋ねてくるが、縁は呆けてしまった。その美顔に浮かぶ微笑みに、うっかり目を奪われてしまったのだ。

 

「……どうしたの?」

 

「……あっ! え~っと、郵便局ならっ! 店の扉を出てすぐですよっ!」

 

 尋ねても反応が無いので怪訝に思った女性。縁は、我に還ると、郵便局の場所を教える。どういう訳か、言葉尻が上ずってしまっている。興奮しているのか、緊張しているのか、縁にはどちらか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性が案内して欲しいというので、縁は彼女の手を引いて、店の正面玄関まで案内した。

 正面玄関を出ると、道路を挟んだ向かい側にある、赤いポストが入口前に置いてある建物を指さす。

 

「ほら、目の前」

 

「あ、ほんとだ」

 

  やっだ、気付かなかった、と女性は苦笑いを浮かべながら、バツが悪そうに頭を掻く。

 

「ありがとね。君、名前は?」

 

「……! 美月縁です」

 

 女性は縁の方へ顔を向けると、ニッコリとした笑顔を向けた。再びその美しさに見惚れてしまう縁だが、すぐに我に帰ると名前を名乗る。

 

「名前、何て言うんですか?」

 

 縁が名前を尋ねると、女性は、何故か一瞬目を見開いて呆気に取られた様な表情を浮かべた。が、直ぐに笑顔に戻す。

 

「篝 あかり」

 

「あかりさん……ですか。何か良いですね。あの夕陽みたいで」

 

「…………そうだね」

 

 縁は遠方で、沈みながらも明るく輝いて、景色を黄金に染める夕日を眺めながら、笑顔で名前の印象を述べる。あかりと名乗った女性は、どこか寂しげな表情を浮かべながら、コクリと頷いた。

 

「そうだ! 折角、こうして知り合ったんだし、今後も何か付き合うかもしれないから、ちょっと教えてくれる?」

 

 寂しげな様子から一転して、明るく振る舞う女性。ふと、思いついたかの様に、ゆかりへ顔を向けると、そう切り出した。

 

「何をですか?」

 

「LINEよ、あんたのLINE。今日はあたしが助けてもらったから。次は、あんたが何かあったら連絡するの。一発で駆け付けてあげるから」

 

「そんな……悪いですよ」

 

「良いって良いって。あたしも『恩返し』したいしさ」

 

「あっ!」

 

 いつの間にか、自分のスマホをあかりが握っていた。縁が驚いて素っ頓狂な声を挙げる。あかりは気にせず、自分のスマホを懐から取り出すと、縁のスマホのLINEを起動し、マイQRコードを呼び出して、自分のスマホで読み取った。。

 

「ありがと」

 

 あかりは、そう言うと、縁のスマホを彼女のブレザーの胸ポケットに差す。

 

(……何か今日一日私のスマホ運が悪い~……)

 

 紛失(というよりは自分が忘れただけだが)するわ、勝手に横どりされて、メアドを登録されるは踏んだり蹴ったりだ。縁は青筋を浮かべて、俯いた。

 

「じゃ、あたしは郵便局行くから、また何か有ったら」

 

 縁の様子に気付かず、あかりはベンチから立ち上がり去ろうとする。

 

「!!……よろしくお願いします。あかりさん」

 

 それを見て、縁は慌てて立ち上がると、彼女にお辞儀して、恭しい態度で見送ろうとする。

 

「あかり、で良いよ。あんた高校生でしょ。あたし17だし。年齢変わんないからさ。タメ口でいいよ」

 

 ところが、あかりが人懐っこい笑顔でそう言ってきた。とは言え、年上で有る事に変わりは無いので、縁は一瞬、躊躇うが、

 

「じゃあ……よろしくね、あかりちゃん」

 

 意を決してそう言うと、手を差し伸べる。あかりも満足気な表情を浮かべて手を握り返した。

 

「よろしく、縁」

 

 二人は、友達の誓いの握手を交わした後、分かれた。あかりは言葉通り郵便局に足を運び、縁はアクセサリーショップに戻っていった。

 

 

 

 店内では縁がいなくなった事に全く気付いていない葵が、二つのアクセサリーを手に取って、どちらを選ぶか唸っていた。

 白狐を目的に来たんじゃなかったのか、と目的が変わっている葵に、縁は呆れてものも言えなくなってしまった。

 ちなみに、今は十七時五十分。陽は長くなってきたとは言え、遅くなると親が心配するので、縁は迷っている葵に「また来た時に選べば?」と声を掛けて、一緒に帰ることにした。葵は渋々な表情だったが、強引に手を引いて店を出ると、諦めた様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は出会いが多かったな~……」

 

「何? 菖蒲先輩の他に、また誰かと知り合ったの? どんな人?」

 

「うん、さっきの店でね。凄くカッコ良くて、クールな人」

 

「縁にもとうとう初恋が……」

 

「うん。 ……っていやいやいや!! 違うから!! 女の人だから!!」

 

 葵の『初恋』という言葉に、顔を紅潮させながら大慌てで否定する縁。

 何故自分はこうも興奮しているのか、分からなかったが、あの篝あかりという人物に特別な感情を抱いたのは事実である。

 それが葵の言う『初恋』なのか、もっと違う感情なのかは分からないが……もし、初恋だったとしたら、

 

(大・問・題・だ――――――!!??)

 

 縁の脳内には、火山を背景に、二頭身サイズのチビ縁が現われていた。チビ縁が、大きく叫ぶと、背後にある火山が爆発する。

 

(女の子同士で――――あ、そういえば、自分は男の子と友達以上の関係になることは今まで無かったし、好きになることも無かったからなあ……)

 

 頭の中のチビ縁が慌てふためき、脳内を駆け回りながら、早口で騒ぐ。

しばらくバタバタしていると、やがて、ある結論に達した。

 

(もしかしたら私、そっちの気があるのかもしれない……)

 

 チビ縁は立ち止まり、脳にある指令を伝達して、口から言葉を出させる。

 

 

 

「わたしって、レズビアンだったの? 葵」

 

「何聞いとるか」

 

  気が付いたらそんな質問を葵にぶつけていた。あまりにも突飛な質問にズッコケたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

  ――――その後は、他愛の無い話をしながら、帰り道を歩く二人だった。

 

 

  ――――しかし、二人は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――既に非日常は、自分達のすぐ傍にまで迫っていることに――――

 

 

 

 

 

 

 

 




ツゲッターってなんだよ……(ぉ

自分のネーミングセンスの無さに絶望しつつも書き進めています。

長くなったので、Cパートに続きます。。。


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     初めて憎んだその時に C

説明回です。まどマギ2話を観ながら書いたので被ってる場面があります。


 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……!」

 

 先に気がついたのは縁だった。

 

(あれ? 急に景色が歪んできて……)

 

 もしかして、眩暈か。それを確認する前に意識を失った。

 目を開けると、そこに見えたのは絵本の中身の様な光景だった。

無数のイラストや、絵画にいそうな人物、落書きの様に描かれた平面的なキャラクター達が、色鮮やかなハリボテに囲まれた空間でキャッキャッとはしゃいで戯れている。

 

「はっ……ちょっと、ナニコレ!?」

 

 隣で倒れていた葵も、覚醒して起き上がる。目に見えたものに驚嘆の表情を浮かべた。

当然だ。どう見ても現実では無い、異次元と呼ぶに相応しい光景だった。

 

「葵……私達、二人で同じ夢を見てるとか……そんなオチだよね!? 絶対!!」

 

「試してみる?」

 

「うん」

 

 縁と葵は言い合うと、お互いの頬を指で摘まんで、思いっきり抓った。

――――痛い。すっごく痛い。ということは……

 

「あいたたたたたた……現実!?」

 

「いででででででで……本当!?」

 

 赤くなったお互いの頬を抑えて、二人は再び驚愕する。自分達が立つ空間は紛れも無く、現実のものだった。

 

「……どうしよう」

 

「どうしようって言われても……」

 

「そうだ!誰かに話を聞けば教えてくれるかも……」

 

 だんだん正常に思考が回らなくなり始めた縁は、そんなことを提案する。

 

「誰かって……誰に?」

 

「え、え~~っと、あの人とか?」

 

 困惑した表情の葵に対して、縁が指さしたもの……それは人、というよりは、人のイラストだった。

英国紳士を模した、シルクハットと漆黒のコートを羽織ったイラストは、他の落書き同様に、

異次元内を目的無く徘徊している。

 

「だ、大丈夫なの……?」

 

「大丈夫だと思うしかないよ。行こう……すいませ~~んっ!!」

 

 錯乱状態となった縁は、葵の心配をよそに、その紳士のイラストの元へ駆け寄る。

声が聞こえたのか、人の姿をしたイラストは、縁の方へ振り向いた。

 

「よかった、分かってくれた! ここが何処か教えてくれま……ひゃっ!?」

 

 それに安心する縁。すぐ傍まで近づいて、尋ねようとして――――驚愕した。

 

 

 

 刹那、紳士の姿をしたイラストは、縁に飛びかかって来たのだ。

 

 身体に覆い被さり、四肢が押さえ込まれる。

 その平面的な薄っぺらい姿からはとても想像できない力強さだった。

 もがこうにも、身体が全く動かせない。

 ふと、縁が真正面を見ると、イラストの顔が視界全体に映った。

 その顔には何も無い。目も、鼻も、耳も、口も――――人は愚か全生物が普通に持っているものを目の前のイラストは持っていなかった。

 話ができるかも、と楽観的な自分を縁は呪った。そもそも相手は現実に存在しない“化け物”だ。話が通じる筈が無かった。

 不用心に近づけばこうなる事は予想できた筈なのに――――

 

 ――――私、この化け物に食べられるの……? それとも嬲り殺し……!?

 

 そこまで考えると、突如、これから身に起こるであろう最悪の事態が頭を過った。

生命の危機を、全身で感じ取った。

 

「ひっ……!?」

 

 目に涙が溜まり、悲鳴を挙げようとする縁だが、それは叶わなかった。

 紳士の姿をしたイラストが、縁の首を大きな左手で掴んできた。

 

「ぐっ……っ」

 

 すると、左手に力が込められて、首を絞めてくる。たちまち気管が塞がれてしまい、息苦しさに呻く縁。開放された右手で相手の左手を口から離そうと抵抗するが、ピクリとも動かすことができない。

 口を魚の様にパクパクと動かしながら、必死で相手の左腕を強く握りしめたり、叩いたりする縁だが、虚しくもその行為は自分の体力を消耗させるだけに終わる。

 酸素が供給できないため、頭に血液が回らなくなっていったのか、縁の視界は次第にボンヤリとしてきた。右手もしびれてきて、動かそうと思っても動いてくれない。

 

 ――――やばい、このままだと……!!

 

 縁は自分の死が近づいてくるのを悟ったが、誰も彼女を助けてくれる者はいなかった。

 

 

 

 

 

「縁!!」

 

 その光景を見ていた葵はすぐさま、縁を助けようと駆けるが、すぐに行く手を遮られる。

 

「!?」

 

 彼女の前に立ちはだかったのは、縁に覆い被さっている者と同じ、紳士の姿をしたイラストだった。

葵はそれを避けて回ろうとするが、避けた先にもイラストが立っていた。ならばと、逆方向に回ろうとするが、そちらにも同じイラスト。

 

「……っ!!」

 

 葵はもしや、と思い周りを見ると、驚愕。既に無数のイラスト達が輪になって自分を囲んでいた。

 

「ひっ……!!」 

 

 逃げ場が無くなったと思った瞬間、葵の身体に恐怖が圧し掛かり、腰を抜かしてしまった。

周囲を囲むイラスト群は、構わずジリジリと近づいてくる。

 葵の表情が青褪めていく。絶望的だった。自分は、縁を助ける事もできないまま、こんな訳の分からない所で、誰にも気づかれることなく、死んでしまうのか。

 

「嫌っ!!」

 

 頭を抱え込んで、必死に現実を否定しようとする。縁の言ったように夢なら醒めて欲しかった。

 

 

 

 

 

 ズバッ!!

 

 

 

 

 

 刹那、何かを切り裂いた音が二人の耳朶を打った。

 

「えっ……?」

 

 縁は、一瞬自分の身に起こった事が信じられなかった。呼吸ができる上に、身体が動かせるのだ。

 自分の呼吸口を塞いでいた左手は、突如、力を失いだらりと床に落ちた。それに引っ張られるように、覆い被さっていた身体も床に崩れる。

 

「!!」

 

 縁が起き上がって、倒れた紳士のイラストを見ると、目を見開いた。背中が鋭利な刃物で切り裂かれた様な痕があった。

 

 

 

 

 頭を抱え込んでガタガタと震えている葵だったが、いつまで経ってもイラストが襲い掛って来ない事が不思議に思い、顔を上げてみる。

 

「!!」

 

 目に映った光景に、呆気に取られる。次いで、周りを見渡すと、茫然とした。

 無数のイラストが自分を囲っている現実は変わっていない。だが、そのイラスト達は全て胴体を切りさかれた状態で、地面に横たわっていた。

 

「一体……何が……」

 

 起きたのか? 当然の如く湧いた疑問は直ぐに明らかになった。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫?」

 

 何が起こったのか分からずにいる縁の耳に、鈴の音の様な綺麗な声が響いた。顔を見上げるとそこには、見知った顔が有った。

 

「菖蒲……先輩?」

 

 左半分だけ伸ばした薄紫の前髪で、左目を覆っているのが特徴的な、母性すら感じさせる慈愛に満ちた笑顔が、そこには有った。

 

「立てる?」

 

「あ、はい……」

 

 菖蒲纏(あやめ まとい)は縁に手を差し伸べる。

 縁はその手を取った瞬間、深い暗闇の底にあった心に明かりがともされるのを感じた。安心感で満たされていく。立ち上がると、感極まって、纏に抱き付いた。

 

「ありがとう……っ! 本当にありがとう……っ!!」

 

 抱きつきながら、縁は涙を流していた。纏は、何も言わず、慈愛に満ちた笑みで縁の背中を摩る。それが、何とも心地良かった。

 

「菖蒲先輩!!」

 

 すると、声が聞こえてきた。縁が纏から離れて振り向くと、葵が駆け寄ってきていた。

葵は、そのまま纏に飛びつくように抱きつくと、そのまま咽び泣いた。

 

「ありがとうございますっ!! 私達……このまま死んじゃうんじゃないかって……!!」

 

「うんうん、良かった良かった」

 

 纏は抱きつかれて一瞬驚いた表情を浮かべるが、直ぐに笑顔に戻すと、葵の頭を撫でて気持ちを和らげた。

 

「葵!」

 

 そこで、縁が葵に声を掛ける。葵はハッとすると、纏から離れると、涙を指で拭って縁を見た。

 

「縁、無事だったのね! ……ごめん、助けられなくて」

 

「いいっていいって! こうして生きてるんだから、ね?」

 

 縁を助けようとしたにも関わらず、恐怖で動けなくなってしまった自分を情けなく思う葵だったが、縁は、明るく笑って慰めた。

 

「ありがとう、縁」

 

 自分の方がよっぽど辛かったのにも関わらず、気遣ってくれる縁に、お礼を言う葵。

 

「一先ず、二人とも無事だから良いとして……菖蒲先輩……どうしてここに?」

 

「へっ?」

 

 そこで葵はふと、纏がここに居る事が気になった。突然話を振られ、間の抜けた声を挙げる纏。

 

「それに、なんというか、え~~っと…………凄い格好ですね……」 

 

「えっ!?」

 

「うんうん、私もそう思った!」

 

 が、それ以上に葵と縁が気になったのは、纏の衣装だった。

 それは桜見丘高校の制服では無かった。一見、シスターの修道服の様に見える深い色のドレスだが、肩と脇が露出している上に、チャイナ服のように、両側にスリットがかなり深い部分まで入っており美脚をこれでもかと見せ付けている。

 ……女子高校生が着るにしては、あまりにも大胆な衣装だ。

  

「スリットがセクシーですよ! 菖蒲先輩!!」

 

「や~め~て~っ!」

 

「余計な事言うんじゃないって!」

 

「ぐはっ!!」

 

  縁が興奮気味に囃し立てると、纏は顔を真っ赤にして、身体を隠す様に座り込んでしまう。それを可哀想に思った葵がツッコミのチョップを縁に炸裂!!

 縁は頭からぷしゅ~っ、と煙を吹かしながら床に倒れた。

 

「改めて、助けて頂いてありがとうございます、菖蒲先輩。でも、本当にどうしてこんな所に……?」

 

 縁はとりあえず放っておいて、葵は再び纏にお礼を述べた。が、気になった事があったので聞いてみる。

 

「うん、“魔女”の気配がしてね」

 

「魔女?」

 

 纏は、立ち上がって答える。聞き慣れない単語だった。葵が首を傾げる。

 

「ああ、魔女っていうのは、この空間、というか、『結界』を作ってる張本人。

 う~~ん、何て言えばいいのかなあ~……??

 事故や災害を撒き散らしてるっていうか、人の行き場の無い負の感情がより集まって出来た存在?

 ……とにかく、人にとって悪い化け物だって思ってくれていいかも」

 

「「はあ……」」

 

 説明を受けるも、縁と葵は釈然としない。

 

「で、まあ、そんなのと戦っているのが、私達『魔法少女』なんだ」

 

「魔法……?」

 

「少女……?」 

 

 今度は聞き覚えのある単語だった。アニメや漫画でよく見るアレ? と、縁と葵はお互いに顔を見合わせる。

 

「そ。人々を守る為に、魔女と戦う使命を持っているの……結構、大変なんだけどね~」

 

 そう言って、纏は苦笑い。

 

「戦ってるって割には……露出が高、ふぎゃっ!!」

 

「黙っとれ。菖蒲先輩、今私『達』と仰ってましたけど、他に仲間がいらっしゃるんですか」

 

 再びセクハラ発言しようとした縁にチョップをブチかますと、葵は尋ねる。

 

「まあ、それなりにね……」

 

「魔法少女って、どうやってなれるんですか?」

 

 と、そこで、頭にタンコブを作った縁が尋ねてきた。

 

「えっ!? え~~っと、それは……そのぉ~~……」

 

 纏は一瞬ビクッと肩を震わせると、言いづらい事なのか、気まずそうにそっぽを向いて言葉を濁す。顔を良く見ると、冷や汗がダラダラ垂れていた。

 

(縁、言い難いみたいだから、また今度にしましょ)

 

(う、うん……)

 

 葵が纏の様子を見て、縁の耳元で小声で話す。縁も同じ事を思ったらしく、素直にうなずいた。

 

「菖蒲先輩、今は、ここから出る事が先決です」

 

「そ、そうだね! じゃ、私に付いてきて」

 

 葵が咄嗟に話を変えてくれたのを僥倖と捉えたのか、纏は一瞬ホッとした表情を浮かべると、二人の先頭に立って歩き始めた。  

 

 

 

 

 

 




 魔女の結界……文章表現する上でとてつもない壁にぶち当たりました……orz


いかん、Cパートで終わらそうと思ったら、1万2千字も書いていた……!
という訳で半分に分けて、Dパートに続きます。


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     初めて憎んだその時に D

 

 

 

 

 

 

 

  

  

「何か不思議っていうか、不気味っていうか、変な気持ちになりますね」

 

 異次元の通路を歩きながら縁が呟く。

 周囲はハリボテや立体感の無い草花で覆われており、紙芝居の中にでも迷い込んだかのような錯覚に陥っていた。

 

「うん。……魔女はここに、普通の人を閉じ込めて殺そうとするの」

 

「「……ッ!!」」

 

 それを聞いて、縁と葵に先程の恐怖が蘇ってきた。

 この異次元の景色も、最初は珍しいと思って眺めてたが、ずっと見ていると頭がおかしくなってきそうだ。こんな場所に閉じ込められて、誰にも助けを求められず、嬲り殺しにされるのか。自分達は間一髪で助かったから良かったものの、死んでしまった人にとっては、無念この上ないだろう。

 

「もちろん、こんなことが許される筈がない。だから、私達魔法少女が魔女を倒さなきゃいけないの。……誰も褒めてくれないし、命懸けだけどね」

 

「命懸けって……!」

 

 険しい顔をする纏に、葵が唖然とした表情を向ける。

 

「…………菖蒲先輩は、どのくらい魔法少女をしているんですか?」

 

「一昨年のGWには契約してたから……丁度2年ぐらいね」

 

「2年も!?」

 

 纏は事も無げに答えるが、尋ねた張本人の縁は目を見開いた。こんな危険な仕事を二年も続けているのか。

 

「そんなに驚く事じゃないよ。私なんてまだまだ短い方だから。

 だって他に3年とか4年とかいっぱいいるし……凄い人なんか10年ぐらいやってる人もいるって聞くし」

 

「10年っ!? 魔法少女の大御所じゃないですかっ!?」

 

「いや……それ、もう魔法『少女』じゃないよね?」

 

 纏の衝撃的発現に、縁は仰天。葵は既に『少女』の定義が怪しくなっている事に苦笑いした。

 

「でも……辛くはなかったんですか?」

 

「そういう時も有ったよ……」

 

 葵の質問に、纏は一瞬顔を曇らせるも、すぐに笑顔を見せた。

 

「でも、この身体ってすっごい便利なんだ!

 超人みたいな力が出せるし、病気もしない! 怪我や骨折もすぐ直せるから、医者に掛らなくてもいい!

 ……そう考えたら、魔女と戦うぐらいで悩むのが馬鹿らしく思えちゃって」

 

「頭の中身も良くなりますか!?」

 

「それは無い」

 

 縁が期待に目を輝かせるが、纏はキッパリと否定。縁はガ―――ンッ!! とショックを受けた。

 

「そんな……酷いよ、あんまりだよ……」

 

「勉強ぐらいちゃんとしなさいよ」

 

 跪く縁に、葵が冷徹なツッコミを入れる。

   

「あははは……でも、美月さんの言うことも分かるなー」

 

「??」

 

 直後に纏から聞こえた言葉にきょとんとする。纏は学年1の秀才との噂だ。今以上に頭を良くする必要があるのか。

 

「頭の中身はよくなって欲しいよね。……ああ、私の言う、『頭がいい』っていうのは、別の意味。

 勉強ができる・できないの良い・悪いじゃなくって、性根が善い・悪いって方ね。実は、魔法少女でも、人々を魔女から守る為に戦ってる子って案外少ないんだ」

 

「え? そーなんですか?」

 

 縁も纏の言葉にきょとんとした。

 

「うん、殆どの子は、この力を悪用してるの。人に暴力を振るったり、窃盗や強盗を行ったり、魔法で人を操って詐欺を働いてお金を取ったりする子も中にはいるんだ」

 

「でも、同じ魔法少女なのに……」

 

「しょうがないよ。だって、親とか学校とか……色んなものに不満を持つ時期にさ、『なんでもできる力』を急に手に入れたら、どうなっちゃうと思う?」

 

 縁は釈然としない顔を浮かべて呟くが、続けられる纏の言葉にハッとした。

 自分はもう過ぎ去ったが、もし何処かの中学生が反抗期に、纏と同じ力を手に入れたら、どうなってしまうか――――恐らく、鬱憤が爆発する。その矛先は言うまでもなく、自分に不満を敷いた『社会』に向けられるだろう。

 そう考えると、魔法少女という存在は、纏の言うように綺麗な存在ばかりでは無いことが理解できた。

 

「それに、後で分かると思うけど……魔女を倒すと、『報酬』が貰えるの」

 

「『報酬』? 誰かがくれるんですか?」

 

 葵が気になって尋ねる。

 

「そうじゃなくって、ゲームなんかでモンスターを倒すと、お金やアイテムが貰えるでしょ? あれと同じ。

 魔女を倒すとアイテムが貰えるんだけど……それが、人間の社会だとすっごい高値で取引きされてるの。

 魔法少女の中にはそれの蒐集を生業にしている子もいるみたい」

 

「それが……いくらぐらいなんですか?」

 

「ネットオークションで販売されているのを見たけど……安くて10万円ぐらいだった」

 

「じゅ……10万!?」

 

 葵は目が飛び出そうになった。年頃の女子が扱っていい額ではない。

 

「でも、それは本当に貴重なものだから、魔法少女同士で取り合うことも多いの。殺し合いに発展しちゃうケースだってある……」

 

「「…………」」

 

 纏の話を聞いて、葵と縁は言葉を失う。

 最初に『魔法少女』と聞いた時は、纏のようにカッコ良くて、キラキラした存在を連想していた。しかし、話を聞くにつれ、その幻想は打ち払われた。

 魔法を使って暴力や窃盗? 報酬品を高値で売買? 仲間同士で抗争? なんだそれは。まるで、ヤクザか暴走族みたいじゃないか。そんな世界が自分のすぐ傍に存在して、更に、身近に居る人間が2年間もその世界で生きてきた、という現実には困惑するしかない。

 

「ごめんね、色々怖い事喋っちゃって……。そろそろみたい」

 

「「?」」

 

 纏がそう言うと、足を止めた。縁達が不思議に思い、通路の奥を見る。

 そこには先程、自分達に襲い掛った『紳士のイラスト』が、わらわらと群れていた。彼ら(?)はさっきの空間よりも圧倒的に狭い通路内を目的なくウロウロしたり、戯れていた。所狭しに居並ぶその光景は、まるで蟻の集団の様に、不気味としか言い表せない。

 

「凄い数……」

 

「あれじゃ行けないよ~……」

 

 葵と縁の表情が絶望に染まる。しかし、 

 

「ううん、大丈夫!」

 

 纏は力強く、はっきりとそう言うと、両手に細身の剣を召喚する。

 ――――あれで、私達を助けてくれたんだ、と縁が思っていると、彼女は何を思ったのか、後ろを振り向いて、床に両手の剣を置くと、シャーッと自分達の足元まで滑らせた。

 

「えっ!?」

 

 目を見開く縁。

 

「それ持ってて!!」

 

「持っててって……私達、戦えませんけど?」

 

 葵は、困惑した表情で告げると、纏は顔を俯かせる。

 

「ごめんね。本当は守ってあげたいんだけど……。私も、一般人二人を完全に守れる自信が無いから……自分の身は自分で守ってね」

 

「えええええええ!?」

 

 縁が絶叫。

 

「『使い魔』はなるべく全滅させるよ。 ……でも、もし斬り漏らしたら、お願い!」

 

「怖いこといわないでくださいよ!?」

 

 葵が喚き立てるが、既に纏の意識は前方の使い魔達に向けられており、聞く耳を持たなかった。

 纏が再び、自分の両手に細身の剣を召喚。そして――――身体を屈めると、剣を持った両手を床に付いた。足のつく位置は一足長半の位置におく。前足側の膝を立て、後ろ足側の膝を地面につける。

 中学時代陸上部だった縁が、その姿勢を見てハッとする。

 

 

 ――――あの体制は……クラウチングスタートだ。

 

 

 

「……!!」

 

 ――――直後、纏がスタートダッシュを切った!! 超加速で、通路を疾走する。

 

「!!」

 

 すると、彼女の前方に『紳士のイラスト』――――使い魔が一体、立ちはだかる。このままだと衝突すると思われたが、寸前で、纏が剣を一閃! 使い魔の首と胴体が分断された。

 

「……」

 

 纏は倒れる使い魔には目もくれず、そのまま走り抜いて行く。続いて2体の使い魔が、彼女の両側から挟むように襲い掛った!

 

「!!」

 

 だが、纏は双剣を同時に横に薙ぎ払うと、二体の使い魔の首が飛ばされた。

 

「上、危ない!!」

 

 更に疾走する纏の耳に、縁の警告が響く。上を向くと天井から、使い魔が降ってきて、自分に襲いかかろうとしていた。

 

「!!」

 

 纏は飛翔すると、使い魔に向かって、剣を交差して×字に切り裂く。使い魔は空中で無残な姿となって、床にボトボトと落ちた。纏は床に着地すると、双剣に付いた使い魔の体液を床に払い、再び疾走する。

 だが、彼女が向かう先に居るのは一体、二体どころではない、30体以上の使い魔がわらわらと束になっている。

 

「!!」

 

 だが、それを見ても纏の勢いは止まる事を知らなかった。まるで、弾丸のように、使い魔の束へ突撃する。

しかし、群れに突入した直後、使い魔が一斉に纏を取り囲んだ。

 

 

「菖蒲先輩!!」

 

 縁が咄嗟に大声で叫ぶ。すると、

 

 

 ズバッ! ズバッ! ズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバッ!!

 

 と、複数の切り裂く音が、群れの中から聞こえる。瞬間、凄まじい光景が縁達の目に映った。

 次々と空中に吹き飛ぶ使い魔の頭部や胴体――――纏がまるで、微塵切りか千切りにするかの勢いで、向かってくる使い魔を次々と抹殺していく。

 やがて、10秒もしないうちに、30体以上居る使い魔の最後の一体が切り裂かれた。

 

 

「す、凄い……!!」

 

「うん、あんなの、はじめて見た……!!」

 

 縁と葵は感嘆の声を漏らす。纏の強さは凄まじいものだったが、それ以上に――――華麗だった。

 ステップを踏んで、高速回転しながら、使い魔の群れの中で双剣を薙ぎ振るう姿は、まるで舞でも見ているかのようだ。

 

「二人とも、ついてきて!」

 

「「は、はい!」」

 

 纏が後を振り向き、大声を出す。我に返った縁達は剣を拾うと、慌てて彼女を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか、気持ちが悪くなってこない、縁?」

 

「私は、なんか全身が、ぞくぞく!ってする感じ……」

 

 走る3人。通路の奥に向かっていくにつれ、雰囲気が変わるのを感じる。ざわざわと気色の悪い空気が、全身を包んでいくようで、縁と葵は不快感を示した。

 

「間違いないね。この先に魔女がいる……」

 

「さっきのは?」

 

 縁が尋ねる。

 

「あれは『使い魔』。魔女がボスキャラならあれは雑魚キャラね」

 

「全滅させるって言うのは……?」

 

「使い魔は魔女から生まれた存在だけど、完全に親の言いなりって訳じゃないみたい。あれは単独で人を襲って、成長して、最終的に魔女に成長するの……だから魔力の無駄遣いを覚悟で倒さないといけないの」

 

 葵の質問に纏が答えた。その内容に不満な表情を浮かべる。

 

「じゃあ、使い魔まで倒すのはただ働きってことですか?」

 

 葵が足を止めて、はっきりとした声でそれを尋ねると、纏の足が止まった。それに合わせて縁も足を止める。

 

「うん。でも、人を守る為ならしょうがないよ。……それでも、中には使い魔をほっといて、魔女になってから狩ろうとする子もいるんだけどね……報酬目当てに」

 

 それを聞いて閉口する葵。

 狡賢い人間が得をして、真面目な人間が損をする――――人間社会でもよく見られる構図が、魔法少女の世界でも展開されていた。やるせない気持ちになって歯噛みする。拳がぶるぶると震える。

 纏に何か言ってあげたいが、一般人の自分には掛けられる言葉が無かった。

 

「とにかく、今は喋ってる暇はないし、行くよ!」

 

「あ、待ってください!」

 

 纏がそう言うと再び前を向いて駆けだした。慌てて追いかける縁。葵は納得できない様子でしばらく突っ立っていたが、やがて思い出した様に、二人の後を追いかけた。

 纏が駆けだしてすぐに、一つの大きな黒い扉が見えた。纏が勢いで蹴破ると、広大な空間に入った。その中心部には一体の巨大な生物が佇んでいる。彼女後を追って中に入った縁と葵も、その生物の異様さを目の当たりにした瞬間、青褪めた。

 

 魔法少女の敵――――だがそれは、漫画やアニメで見るようなデフォルメの掛かった姿とは程遠い。

 まるで、複数の絵具を混ぜて、ベタベタと乱暴に押し付けたような、異形な容姿の魔物がそこにいた。

 全身がどう形容していいか分からない体色に染まったその魔物は、身体中から伸ばした複数の触手をはためかせながら、かなきり声を挙げている。

 

「な、ナニアレ……深海生物か何か……?」

 

 縁が苦笑いしながら、目の前の異形の魔物を強引に現実世界の生物に当て嵌めようとする。

 

「あれは『魔女』。この結界のボスで、私達の敵」

 

「あんなでかいのが!?」

 

 纏が言うと、葵が驚きの表情を浮かべる。魔女の大きさは、先程の紳士のイラストと比較すると、象と蟻くらい違う。

 纏の強さを目の当たりにしたばかりだが、それでも、魔女からすれば彼女は豆粒大に過ぎない。勝てるどころか、まともに戦えるのか?

 

「大丈夫、勝てるよ」

 

 纏が自信を込めた口調でそう言う。彼女の言葉は、不思議と縁と葵に強い安心感を与えた。

 直後、深く深呼吸する。剣を強く握りしめると、今度は姿勢を若干屈めて、スタンディングスタートの姿勢を取った。

 

「…………ッ!!」

 

 ――――数瞬後、疾走!! 紫色の弾丸と化した纏が魔女に突撃する。

 

「―――――ッ!!!」

 

 魔女がかなきり声をあげながら、胴体から生やした大木の様な二本の触手を纏に振り降ろすも、当たる瞬間に纏が飛翔。触手は虚しく床を抉るだけに終わった。

 魔女の頭上まで高く飛び跳ねた纏は、空中で両手に力を込める。すると、握っていた剣が発光し、紫色のオーラを纏い始めた。そのまま落下して、双剣を魔女に振り降ろす。

 魔女は咄嗟に頭部から生やした二本の触手を交差して、頭を守ろうとするが、受け止めた瞬間、触手は耐えきれず切り裂かれた。纏はその反動で空中に飛ぶと、くるりと一回転。回転力を加えて、更に威力が高まった双剣を交差して魔女の頭を切り裂いた。

 

「~~~~~ッ!!!」

 

 頭部に×字の亀裂が走った魔女は気色の悪い叫び声を挙げながら、ドロドロに溶けていく。纏は床に着地すると、その様子を黙って見届ける。間も無く、魔女は跡形も無く消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――刹那、空間が歪み始めたかと思うと、3人の目に見慣れた景色が映った。

 

「え? ……戻れた、の?」

 

「そう……みたい?」

 

 今まで紙芝居の様な平面的な景色は、一転して立体感のある三次元的なものに変わった。

 とはいえ、短い間に、信じられないものを何度も目の当たりにした二人は、自分達が現実の世界に戻れた事すら信じられない様子であった。

 

「ん? あれ、なに……?」

 

「宝石……とは違うように見える、けど……」

 

 ふと、目の前の地面に、一つの小さな黒い物体が落ちていた。二人が目を凝らしてよく見ると、中心部に黒い球が有り、上部には何かのエンブレムがかたどられ、下部は針状になっている。見た事も無い形状の物体だ。……もしやこれが、

 

「……報酬の、アイテム?」

 

「正解。これが戦利品の『グリーフード』だよ」

 

 縁が呟くと、いつの間にか桜見丘高校の制服姿に戻った纏が前に立って、それを拾い上げた。

 

「それを、どうするんですか? ……まさか、食べるの?!」

 

 縁がグリーフシードをバリボリと齧る纏を想像して青褪める。

 

「縁、違うでしょ。……売るんですよね?」

 

 葵はグリーフシードを高額で売って札束に埋もれる纏を想像して不敵に笑う。

 

「どっちも違うからっ!! そこまで飢えてないし、お金にも困ってないからねっ!?」

 

 纏が大慌てで否定すると、縁はホッと安堵の息を漏らし、葵は「な~んだ……」と言いたげな表情でガックリと肩を落とす。縁はともかく、葵は何を期待していたのか。

 纏は懐から、卵に似た形状の手の平大の物体を取り出す。縁と葵が良く見ると、それは宝石の様で、薄紫の輝きを放っているが、纏の髪に比べると若干澱んだ色合だった。

 すると、纏は今しがた拾ったグリーフシードをその宝石らしき物体に翳した。直後、宝石から沢山の黒い綿の様なものが空中に浮き上がり、グリーフシードに吸い取られていく。

 

「ありゃ? 何か綿ぼこりみたいなのが、吸い取られちゃいましたけど……」

 

 縁がその様子を興味津津に眺めていると、

 

「あ、キレイになった……!」

 

 澱んだ色合いだった宝石が、光沢を増してピカピカと輝きだした。葵が思わず驚きの声を挙げる。

 

「それ、なんですか?」

 

「これはソウルジェム。私達の魔力の源なんだ。魔法を使うと色が濁っちゃうんだけど、グリーフシードを使うとキレイになるの」

 

「それで魔力を回復できるんですね」

 

 縁が尋ねると、纏が手の平に乗せた宝石――――ソウルジェムを二人に見せて答える。葵はそれを聞いて、納得した表情を浮かべた。グリーフシードが魔力を回復できる貴重なものなら、他の魔法少女と取り合いになるのも頷ける。

 

 

 

 

 

「ん? でも、もし、それが濁りきっちゃったら……どうなっちゃうんですか?」

 

 

 

 

 

 そこでふと、縁が頭に湧いた疑問を纏にぶつけてきた。

 

「……えっ?」

 

 呆然とする纏。

 

「あっ……ごめんなさい。変なこと聞いちゃいました?」

 

 縁は、しまった、また地雷を踏んだ! と思い、慌てた。先程、魔法少女になれる方法と同じく、聞いてはまずい質問だったようだ。

 

「……ああ、ごめん! 大丈夫だよ。 ただ、実を言うとね、分からないんだ」

 

「へ?」

 

「『分からない』?」

 

 だが、纏は笑顔を浮かべて答えた。その答えが予想外だったので、縁はきょとんとなり、葵は怪訝な表情を浮かべる。

 

「うん。ソウルジェムが濁りきっちゃったら、どうなっちゃうんだろうね……?

 普通に考えれば、魔法が使えなくなるだけだと思うんだけど、それだけじゃないって気がするの……なんか、凄く、恐いんだ」

 

 纏の表情が曇る。

 

「『恐い』……?」

 

「……うん。自分が自分で無くなっちゃうような感覚がするんだ……。

 でも、こんなことで悩んでるの、私だけかもしれないし、仲間の子にも相談できなくって……」

 

 纏は、暗く沈んだ表情で手の平のソウルジェムを見下ろすと、ゆっくりと手を閉じて握りしめた。直後、手が僅かに震える。

 

「纏さん……」

 

 縁が、纏の事を名前で呼ぶと、震えを抑えるように彼女の手を両手で包んだ。

 

「私、魔法少女じゃないですけど、悩みを聞いてあげることならできると思うんです!

 これからも、何か有ったら、私に話してくれませんか!?」

 

「美月さん……」

 

 縁が決意を込めた目で纏を見上げると、纏は一瞬呆気に取られる。

 

「ありがとう。美月さ……、縁ちゃん!」

 

 縁の言葉に感じ入った様子の纏は、顔をパアッと輝かせるとニッコリと笑顔を浮かべて縁にお礼を述べた。

そして、纏は「じゃあ二人とも、また明日!」と言って手を振って去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  残された縁と葵の間に暫し、沈黙が訪れる。

 

 

 

「……何か、色々有ったね」

 

  先に口を開いたのは縁だった。月並だが、これほど二人の心境を表す的確な言葉は無いだろう。

 

「……そうね」

 

「纏さん、また魔法少女になってくれないかな?」

 

「それを見る為には私達が魔女に襲われなきゃいけないって……貴女分かってるの……?」

 

「分かってるよ……。でもさ、すっごくカッコよかったじゃん」

 

「……そうね、カッコ良かったわね」

 

「私達も、ああいうのになれたら、纏さんを支えることができるのにね」

 

「そうね……」

 

 自分達の知らない所で、命懸けで戦っている者達が居る。その中で、正しくあろうとする纏の姿に二人は心を打たれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人間は不思議だね。自分に取って都合の悪い事実は徹底的に排除して後世に伝えようとする』

 

 満月の輝く夜空の下で、真紅の両眼を不気味に輝かせる生物が、誰に向けるでも無く、声を発した。

 

『現にこの国の“白狐”の伝説なんて最もたる例と言えるだろう。

 僕達の素晴らしさを称える裏で、こんな詩が過去に存在していた事は、誰も知らない』

 

 

 

 

 ――――白狐に祈りを捧げて幸福を賜りし乙女は、現世の摂理に逆らった咎人

 

 閻魔大王の逆鱗に触れ、地獄の悪鬼羅刹と永劫戦う業を背負う――――

 

 

 

 

 

 

 




 よ、ようやく、一話終了……長かった……。
 最初はAパート、Bパートで終わらせようとしましたが、文章がえらい長いので、4つに分けました。

 本作、主人公の縁と親友の葵は、プロットの時点でキャラクターの方向性が定まっておらず、こうして描きながら固めている現状です。こんなんで本当に大丈夫かな……?

 とりあえず、魔法少女、菖蒲 纏登場。とりあえず、先輩魔法少女が使い魔・魔女相手に無双させるのを描きたかったので……表現できていれば幸いです。

 色々と説明臭い場面が多かったですね……。それにクラウチングスタートとかスタンディングスタートとかが出てきましたが、小生は陸上経験はありませんので、お叱りは如何ほどにもお受け致します……。

 あと、オリジナル設定をぶっこんでしまった事、ご容赦ください……。

 最後に、QBさんは縁たちと絡ませるか最後まで迷いましたが、これ以上グダグダな会話が続くのは避けたいと思い、見送りました。

 ……自分が書きたい所へ行くには、まず序盤をしっかり固めんとイカンのですが、難しいですね……


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 #02__死神は傍で微笑んでいる A

2話です。相変わらずのオリジナル設定満載ですが、よろしくお願い致します。


 緑萼(りょくがく)市――――県庁所在地にして県内最大の都市。

そこは、総勢六十人規模を誇る最大級の魔法少女チーム『ドラグーン』の根城であった。

 現在、夜二十一時。殆どの一般人が就寝に入ろうとする頃に、彼女達は行動を開始する。

人に姿を見られてはならないという暗黙のルールが有る以上、魔法少女が自由な行動を許されるのは必然的に夜だけになる。

 

 市街各地の魔法少女達は、一斉に魔女探しや、夜間パトロールを行っていた。

街の人々を守る為である。

だが、一方では、よそ者の魔法少女を探す者も居た。別の土地を活動拠点とする魔法少女が、他の魔法少女の縄張りに入ることは基本的にタブーとされている。大抵は、新人の魔法少女が、そのルールを知らずに侵入することが多いのだが、中には、腕利きの魔法少女が、別の陣地の魔女――――というよりは、グリーフシードだが――――を狙って侵入してくるケースも有る。

 よって、見つけた場合は、何らかの対処をしなくてはならない。

 

 

 

 

「ふ~ん、じゃあアンタ知らなかったんだ~?」

 

「はい……はい……っ! 本当に知らなかったんです……っ! 申し訳ありません……っ!!」

 

 ――――とある路地裏、街灯も無く狭いその場所で、ツインテールの黒髪にゴシックロリータの衣装を纏った魔法少女が、目の前で仁王立ちする3人の魔法少女達に向かって、必死に頭を下げていた。

 

「じゃあ、魔女を見掛けたら、狩るつもりだったんだ?」

 

「……そう、だった、かも……」

 

「はあ? あんたふざけてるの?」

 

「新人だからってやって良い事と悪い事の区別ぐらい付くでしょ?」

 

「ッ!! すみません……すみません……!」

 

 たどたどしく答えるゴシックロリータの魔法少女に対して、3人の魔法少女は更に威圧感を強める。

 見たところ、必死で謝るゴシックロリータの魔法少女は新人らしく、怯えた小動物の様に震えていた。

一方、対峙する3人の魔法少女の方はそれなりの手練れといった印象で、堂々とした佇まいだ。

 

「じゃあ、持ってるグリーフシード全部よこしな」

 

「え……? でも、この前、頑張って一人で魔女を倒して、手に入れたものなのに……」

 

「関係ないんだけど」

 

「っていうかアンタの努力なんて知ったこっちゃ無いから」

 

 3人の内、リーダー格と思われるの剣士風の魔法少女が前に立って言うと、新人魔法少女は困惑する。それを見てリーダー格の取り捲きの2人の魔法少女はわざとらしく溜息を付くと、心底呆れかえった表情を浮かべた。

 この3人は新人狩りを日常的に行う、ドラグーンの中でも性根の曲がった連中であり、何も知らずに侵入してきた魔法少女に対して、こういった恐喝染みた行為を繰り返している。

 逃げ場が無いと思った新人魔法少女は懐から、黒い宝石、グリーフシードを一つだけ取りだして、3人に差しだす。

 

「これだけ?」

 

「はい、これだけです……」

 

「ふざけんなよ! ちょっとアンタ、コイツ抑えてて!!」

 

「OK♪」

 

「やめてください!」

 

 剣士風の魔法少女が指示すると、取り捲きの一人が新人魔法少女を身体を羽交い締めにして抑える。抵抗しようとバタバタともがくが、力の差は歴然であり、振りほどくことが出来なかった。

 その間に、剣士風の魔法少女ともう一人の取り巻きが、新人魔法少女の身体をあちこち触って弄り始める。

 

「何も無し、そっちは」

 

「こっちも、なんにも無し」

 

 確認し合う二人。結局グリーフシードらしきものを見つけることが出来なかった。

 

「本当にこれ一つだけなんです……!」

 

「分かったよ。……でもこれだけで済ます訳ないでしょ、アンタの住所教えてよ」

 

 グリーフシードを譲れば開放してくれるかもしれない、そんな希望的観測に縋った新人魔法少女に、更に追い打ちを掛ける様な言葉を剣士風の魔法少女が告げた。彼女の取り巻きである二人が「キタコレ!」「鬼畜ぅ~!」とニヤニヤ笑い出す。

 

「明日の夜十時に、あんたの家に殴り込み駆けるからさ。10万円玄関前に用意しといて」

 

「そんな、そこまでは……!」

 

 青褪めた表情になる新人魔法少女。そんなこと、承諾できる筈がない。だが断れば、自分の命が亡くなるかもしれない。

どうすれば……、彼女は必死に思考を巡らすが、一人の自分にできることなど何も無い。

 

(誰か……助けて!!)

 

 彼女は心の中で強く祈った。

 

 

 

 

 

 

 刹那――――神は彼女に救いの手を差し伸べた。

 

 

 

 

 

 

「ぐっ!!」

 

「どうしたの? ……っ!!」

 

 突然、取り巻きの一人が呻き声を挙げて、前に倒れた。剣士風のリーダーが何事かと反応するが、彼女の背中を見て、戦慄した。

 

 ――――青く光る矢が、刺さっていた。

 

 血気盛んに新人を脅していた剣士風の魔法少女と、もう一人の取り巻きの表情が、一気に青褪めた。二人の恐怖に歪むその表情を見て、新人魔法少女は呆然となる。

 

「やばい……! あいつだ、『死神』だ!!」

 

  剣士風の魔法少女が絶叫に近い大声を張り上げた。

 

「マジで!? あいつ土曜の夜にしか現れないって話だったじゃん!?」

 

「何でか分からないが、金曜日にも現れたんだよ!? さっさと逃げるよ、じゃないとやられる!!」

 

「わ…分かっ……うぐっ!!」

 

  取り捲きの魔法少女が返事をしようとするが、その直後、背中に矢が突き刺さり、前に倒れた。

 

「ひいいいいいいいいいいい!!」

 

  それを見て、剣士風の魔法少女は仲間を放って、一目散に逃げ出した。

 

 

 

(大丈夫?)

 

「…………!!」

 

  取り残された新人は何が起こったのか分からず、暫くぼんやりとしていたが、突如、テレパシーが聞こえてきてハッとする。声質からして、自分と同じくらいの少女の様だ。

 

(あの……ありがとうございます。助けてくれたんですか?)

 

(別に、そうじゃないよ。ただ、寄ってたかっていじめてる奴らって気に喰わなくって。たまたま見つけたから潰してやっただけ)

 

 テレパシーの相手はぶっきらぼうに答えるが、要は助けてくれた、ということだ。どこか優しい声色であり、死神とは似ても似つかない。

 

(まあ、これで分かったでしょ? ここは結構危険な所だからさ。目には目を、歯には歯を。不良にはあたしみたいな不良が相手をするから、あんたはとっとと家に帰って……今日有った事は全力で忘れてさっさと寝な)

 

(はい! 本当に、ありがとうございます!!)

 

 新人は感謝を告げると、その場から逃げるように走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 すぐ近くの建物の屋上では、青く染めたインディアンの様な民族衣装を纏った小柄の少女が、新人が走り去る姿を憮然とした表情で見下ろしていた。

 

「こら~!! 凛ちゃん!」

 

 すると、後ろで自分を叱る声がしたので、何事かと思って振り向くと、大きな水晶がフワフワと飛んできた。その中には青い少女がよく見知った人物が閉じ込められていた。

 ふんわりとした真っ白な長髪を生やす頭に花冠を飾り、真っ白なローブで全身を包んだ、天使と見紛う様な容姿の少女は、水晶の中でしかめっ面を浮かべていた。

 

「どした?」

 

「どした? じゃないよ!! 突然どっかにいなくなったと思ったらまーたこんな野蛮な真似して!! お陰でコッチはくら~い夜道を一人じゃ歩かなくちゃいけなっかったんだから!! 恐かったんだからホントにも~~~ッ!!」

 

 涙目の白い少女は捲し立てる様に騒ぐと、水晶の中でジタバタと暴れた。青い少女は溜息を付くと、そっぽを向いて呟く。

 

「子供じゃないんだし、平気でしょ」

 

「15はまだ子供だよ!!」

 

「大丈夫。茜も二年経てばあたしみたいになるから」

 

 青い少女はそういうと、『にへら』、と口の端を釣り上げて、右手の甲に備え付けられたボウガンに矢をジャキッと装填する。

 茜と呼ばれた少女は、それを見た瞬間、肝を冷やした。騒ぐのをピタリと止める。

 

「凛ちゃんみたいに何でも平気になったらそれはそれで嫌なんだけど……」  

 

 ゾ~っ、と青褪めた表情を浮かべながら、茜は声を震わせた。凛と呼ばれた少女はそれを見て愉しげにヘラヘラと笑っている。

 

 

 

 ―――水色の短髪にサイドテールを作り、眠たげなジト目と、独特な笑い顔が印象的な少女の名は、宮古凛。

全身を寒色系で染めている事や、表情があまり変わらないことからクールに思われがちだが、本性はかなり好戦的な性格で、何かと火遊びを楽しむ傾向にある。

 彼女のボウガンに狙われれば最後。決して逃げられないことから、フィンランドの伝説の狙撃手「シモ・ヘイヘ」にちなんで『死神』と恐れられている。

 

 ―――一方、人形の様に整った顔を、感情ごとにころころ変えているのが印象的な少女は、日向茜だ。

何かと過激な凛とは対照的に真面目な性格だが、それ故に、彼女とコンビを組んだ場合は、気苦労が絶えなかった。

 

 

 

 二人は魔法少女であり、同じチームの一員であるようだ。何らかの目的があってこの街に訪れたらしい。

 

「まあそれはいいとして、お使いの方は?」

 

「そっちはOKだよ」

 

「そっか。じゃ、遊ぶのはここまでにして、帰ろう」

 

 凛はそう言うと変身を解いて、さっさと歩きだした。

 

「そもそも、お使いが目的だったんだけど……」 

 

 茜は溜息を吐くと、凛の隣に着地する。彼女を閉じ込めていた水晶は小さくなって、手の平の上に収まった。

それを確認すると、茜は変身を解く。

 

「ん?」

 

 前を歩いていた凛のスマホが音を鳴らした。凛がポケットに手を突っ込んでスマホを取りだすと、画面には仲間の魔法少女の名前が表示されていた。通話ボタンを押す凛。

 

「――――もしもし、纏? あたしだけど、どうしたの?」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土曜日――――

 

 

 

 

 柳葵は緑萼市に訪れていた。理由は、ネットで調べた時に、大型アクセサリーショップがこの街の中心の、緑萼駅前に存在する事を知り、訪れようと思ったからだが、もう一つの理由は、前日体験した魔女への恐怖が身体から抜けなかったので、気分転換も兼ねての意味も有った。

 ちなみに、いつもは隣に居る縁は今日はいない。彼女はあまり、アクセサリーに興味が無いというのもあるが、弱い姿をあまり見られたくなかったのと、一人になりたいという気持ちが大きかった。

 

 ――――暫くして、アクセサリーショップに辿り着き、商品を鑑賞していた葵だが、それでも気持ちは晴れなかった。

 

 当たり前の話だが、命の危機に遭ったという恐怖心が、簡単に抜けてくれる筈も無い。

 悩んでいると、頭の中にネガティブの考えがどんどん浮かんでくる。いつの間にか自分の中に、もう一つの懸念が生まれている事に気付いた。

 

 もしまた魔女が訪れた場合、必ず魔法少女が助けに来てくれるのか、という不安――――

 

 纏や彼女が言う『仲間』が確実に魔女に襲われた自分を助けてくれるという保証は無い。もし魔法少女が来てくれたとしても、纏が言っていた性根の歪んだ魔法少女ならば、異次元内をうろつくモンスター――『使い魔』と言ったか――を成長させるために、自分を放置するかもしれない。そうなったら――――

 そこまで考えると、葵は首は振った。いくら考えた所で、一般人の自分にはどうにもできない。それこそ纏と同じく『魔法少女』にならなければ対処できない問題なのだ。

 

(今日はあれこれ考えるのはよそう……)

 

 つくづく今日は縁を誘わなくて正解だったな、と葵は思った。彼女が居たら、葵の事を心配して、あれこれ世話を焼いて忙しなかったことだろう。縁が自分以上の恐怖を味わったことを差し置いて――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭を切り替える為に、葵が次に訪れたのはアクセサリーショップから歩いてすぐ近くにあるショッピングモールだった。

といっても特に目的も無く立ち寄った為、ブラブラするハメになった葵だったが、偶々通りかかったゲームセンターに、印象的な二人組を見かけたので、詳細に伝えておく。

 

 

 土曜日の昼間と言う事もあって、ゲームセンターには学生達で賑わっていたが、その中で、特に目立っていたのが、水色のサイドテールの少女と白い長髪を黒いリボンでハーフアップに縛った少女の二人組だ。中学生にも見える小柄な二人は、しばらく、ゲームセンター内を歩き回っていたが、ガンシューティングゲームを前にすると足を止めた。

 

「おっ」

 

「どうしたの?」

 

「これさ、最近やってなかったんだよね。なんか見掛けたらやりたくなってきた」

 

 青いサイドテールの少女は意気揚々とした様子で言うと、純白の髪の少女は呆れ顔をする。

 

「相変わらず物騒なの好きだよね……じゃあ、私はちょっとクレーンゲームの方やってくるから。終わったらくるね」

 

「ほ~い」

 

 純白の髪の少女はそう言うと、ガンシューティングの向かい側に有るクレーンゲーム機の方へ向かっていく。

水色のサイドテールの少女は気怠げに返事をすると、投入口にコインを入れて、右手で銃を構えた。

 

(ふ~ん、女の子でもああいうの好きな子がいるのね)

 

 葵はそれを傍観しながら、思った。水色のサイドテールの少女がプレイするガンシューティングゲームは、向かってくるゾンビを全員撃ち殺せ!という非常にスプラッタ要素溢れる内容だ。中学生ぐらいの少女がそれを好きでやる様子が意外に思い、興味を惹かれてしまった。

 とは言え、水色のサイドテールの少女は、どうも動きの一つ一つが妙にのっそりしていて、やる気が伺えない。その様子から、よく音楽ゲームで見掛ける『ガチな人達』とは違って、趣味で楽しんでいるのだろうと推測した。

 

 

――――その考えは、誤算だった―――

 

 

 水色のサイドテールの少女が、手元に有るボタンを押すとゲームスタート。

 

 

 

 ――――直後、葵の度肝を抜く光景が目に映る。

 

 

 

 プレイ前のダルそうな様子が嘘のように、銃を機敏に操り、画面のゾンビ達を尽く撃ち抜いていく。

その俊敏さは、ゾンビに攻撃の隙を与えなかった。ゾンビが現れてくるのをあらかじめ予測していたかの様に、画面に出現した直後に、目にも止まらぬ速度で照準を移され、撃破される。

 昔、テレビで見たB級アクション映画で主人公が、銃で無双するシーンを見たが、あれを現実で見たらあんな感じか、葵は感動すら覚えていた。

 しばらくすると、ゲームが終了し画面が暗転。少女のスコアが表示される。最高得点である1,000,000の数字が表れ、葵の目は飛び出した。拍手しそうになったが、気付かれたら恥ずかしいと思い、寸手でやめた。

 

(ガチな人だったのね……)

 

 右手の指を銃の引き金に引っかけてクルクルと回す少女を見て、人は見掛けによらないものだな、と葵は思った。目の前の少女は、どう見てもガンシューティングとは無縁そうな中学生だが、あの見事なプレイスタイルを見ると、相当やりこんでいるのだろう。

 

 

 

「うっしっ! 練習はこれで終わり。じゃ、ちょっと本気出すかな」

 

 

 

 が、少女の爆弾発言に、葵は凍りついた。

 

「えっ?」

 

 思わず間の抜けた言葉を出す葵。

少女は今、何て言ったのだろうか? 練習?? ノーミスでパーフェクトクリアが……練習!?

あと、本気――――本気を出したところで、あれ以上のスコアは狙えないと思うけど……。

 

 葵の混乱を余所に、少女は着々と『本気』の準備を進めて行く。

 財布から二枚のコインを取りだすと、それを両手の指で摘み、1P用・2P用の投入口へ入れる。

すると、何と、2丁の銃を両手で持ち始めたではないか!!

 

(えええええええええええ!?)

 

 葵は、口から大声が出そうなのを必死で抑えた。

二丁拳銃スタイルとなった少女は、小指でスタートボタンを押すと、プレイが開始される。

 彼女がプレイしているゲームは、二人プレイモードの場合、敵の数が倍になる。

よって、難易度も倍加するのだが、少女は涼しい顔を崩さずに二丁拳銃を巧みに操って、ゾンビ達を撃ち抜いていく。

しかも、ノーミスでだ。

 

(……!!)

 

 少女の銃捌きは最早葵の肉眼では捉えられなかった。

 このゲームは、銃弾が尽きたら、銃を上向きにして、リロードをしなくてはならない。当然、リロード中は隙だらけになるのだが……葵には少女がそれを一切行っていないように見えた。いや、しているのだろうが、早すぎて分からなかった。

 しばらくすると、ゲーム終了――――画面が暗転し、『1,000,000』の数字が二つ表示された。

 

 

「す……凄い……」

 

 それを傍目で見て、葵は目を丸くした。ハイスコアを取った人は多く見るが、それは一丁拳銃の話だ。まさか二丁の拳銃という常識破りの方法で、ハイスコアを取れる人物など、今まで見た事が無かった。

 神業を披露して、葵をその場に釘付にした少女は満足気な表情を浮かべると、その場所から離れ、クレーンゲームの方へと向かった。クレーンゲームには少女と一緒にいたもう一人の白い髪の少女が居た。

 

「あれ、凛ちゃん、もう終わったの?」

 

 少女が近づくと、白い髪の少女は気配を察し、振り向いた。

 

「うん」

 

「……ちょっと待ってて、こっちも10個目だから……!」

 

 凛と呼ばれた少女は頷く。白い少女は目線をクレーンゲームに戻した。集中しているのか、その目つきは鬼気迫る物を感じる。白い少女の足元には、クレーンゲームで取ったのだろう、9つの縫いぐるみが転がっていた。

 

(何あれ……?)

 

 葵が唖然とする。ただの縫いぐるみ9つ取っただけなら、クレーンゲームが普通に上手い人、という印象しか持たない。

だが、白い髪の少女が取ったと思われる縫いぐるみは――――全部、大型だった。

 普通なら、クレーンが捕まえたとしても、重みに耐えきれず放してしまうような物ばかりだ。

少女が、最後に狙う標的は、1m弱もあろうかという巨大な熊の縫いぐるみだ。正直あれを狙うなんて無謀としか言いようが無いが、彼女はクレーンのフックを器用に熊の耳に引っかけると、そのまま持ち上げて、取り出し口にシュートした。

 

 

 こうして、クレーンゲームは終了。少女の足元には10個の巨大な縫いぐるみが転がった。

余談だが、それをカウンターから見ていた店員が泣きべそをかいていたのは言うまでもない……。

 

「いや~、大漁だねえ」

 

(大漁もなにも……どうやって持ち帰るのよアレ……)

 

 水色の髪の少女はヘラヘラ笑っているが、葵はそれどころじゃ無いと思った。そもそも、どう見ても中学生な二人組が車を持っている筈も無い。大型の縫いぐるみを10個も、どう持ち帰るのか疑問だった。

 

「なっ……」

 

 と、思ったその直後、驚愕。白髪の少女の両手から水晶が出現したかと思うと、水晶は巨大化して、大型の縫いぐるみを一つ、包んだ。直後、水晶は縮小して、手の平大の大きさに変わったのだ。少女はそれを手にすると、バッグにしまい込んだ。

 更に水晶を召喚、大型の縫いぐるみを次々と手の平大に圧縮していくと、バッグに詰め込む。

水色の髪の少女は、その様子を見届けると、白い髪の少女と一緒にゲームセンターから離れていった。

 

「まさか……」

 

 葵は、去りゆく二人の姿を見届けると、愕然とした表情のまま呟いた。

もしかしたら……、

 

「そ、あの二人も、『魔法少女』だね……」

 

「!?」

 

 急に後ろから声がしたので全身がビクリと反応。後を振り向くと、黒い長髪を後ろに縛った、クールそうな雰囲気の女性が居た。

 

「だ、誰ですかっ?」

 

 いきなり、声を掛けられたので、驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げる葵。黒髪の女性は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「あたし? ただの通りすがりのお姉さん」

 

  嘘だ。と葵は思った。通りすがりが何で自分に声を掛けてくるのか、何で魔法少女の事を知ってるのか。

 黒髪の女性は、葵の反応を見て、愉快そうにニィッと口の端を釣り上げた。

 

「――――でも、貴方の事はよく知ってるよ。『柳 葵』さん」

 

「ッ!?」

 

 葵の背筋に、ゾクリと冷たいモノが走った。

 

「ここじゃなんだし、ちょっとご飯食べながら話そうか。奢るよ」

 

 黒髪の女性はフレンドリーな態度で話し掛けてくるが、葵の胸中は恐怖心で満たされていた。

当然だろう。そもそも葵と女性は初対面の筈である。にも関わらず、女性は葵の名前を知っていた。

恐く無い方が可笑しい。

 

「あ、あの……間に合ってますのでっ」

 

 怯えた表情の葵が、そう断りながら後ずさるが、刹那、眼前から女性が消える。

 

「えっ……!?」

 

 直後、背中に何かがぶつかる。まさか、と思い恐る恐る後を振り向くと、黒髪の女性が居た。

 

「!?!?」

 

 驚愕の余り、眩暈しそうになる葵。黒髪の女性は満面の笑みを浮かべている。それが余計に、葵の恐怖心を煽ってきた。まずい、逃げられない。

 

「貴女は、『魔女』に襲われた」

 

「!!」

 

 女性が、満面の笑みのまま、低い声で告げる言葉に、葵は目を見開く。

 

「もう、『私達の世界』からは逃げられない」

 

 女性は、葵の耳元に口を近づけると、残酷に囁いた。

 

「!!……それなら、どうしたら……?」

 

 葵は、思わず聞いてしまった。

 

「それは、貴女が決めることよ。――――とりあえずは、あたしの話を聞いて欲しい」

 

 

 

 

 

 




 投稿は一週間後ぐらいにしようかな、と思ってましたが、あんまり間を置くのも良く無いな、と思い投稿させていただきました。

最初はAパートで12463字……こんなに書いたつもりはないんですが……
という訳で新たにパートを作って分けました。

 一気に2人も登場。ちなみに凛は17、茜は15。年齢的にロリじゃないけど、見てくれはロリ(になってる筈!)な二人です。
 どんどん登場人物が増えるので扱いきれるか心配です。



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     死神は傍で微笑んでいる B

 

 結局、葵は黒髪の女性に逆らえぬまま、1Fのレストランコーナーに有る和食料理店へ連れて行かれた。

この店のテーブル席には、カーテンで仕切りが設けられており、周りからは見えない仕組みになっている。

内緒話をするにはもってこいの店だった。

 二人がテーブル席に座すると、待ってましたと言わんばかりにウエイターの女性が笑顔を浮かべてやってきた。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「コーヒーと、親子丼」

 

 黒髪の女性はこの店の常連なのか、慣れた口調で女性に注文する。

 

「じゃ、じゃあ私もそれで……」

 

 一方、この店に訪れた事があんまり無い葵は、しどろもどろな様子で、黒髪の女性と同じ注文をしてしまった。

メニューを見る余裕すら今の彼女の頭には無かった。

 

 

 

 暫くして――――

 

「…………」

 

「…………」

 

 食事を終えた二人の間を、静寂が支配する。

葵は緊張の面持ちで水を飲み干し、黒髪の女性は涼しい顔で、食後に出されたコーヒーを啜っている。

猫舌なのか、少し口を付けては、カップを置く行為を繰り返している。

 話が有る、と言ったのは黒髪の女性の筈だが、どういう訳か、店に入る前の会話を最後に一切口を聞こうとしない。

葵に焦燥感に似た感情が生まれる。早く話して貰いたいのに、このままでは埒が明かない。自分から引き出すしか無さそうだ。

 

「あなたは……魔法少女なんですか?」

 

 沈黙を破るべく、葵が口を開いた。女性は頷いて肯定。

 

「まあね」

 

「お名前は?」

 

「篝あかり」

 

「では、篝さん……どうして、私の名前を知ってるんですか?」

 

 葵は単刀直入に気になった事をぶつける事にした。篝あかりと名乗った女性は目を細める。

 

「…………調べたのよ」

 

 数拍間を置くと、あかりはぽつりと呟いた。

 

「は?」

 

「この街と桜見丘市の魔法少女と、魔法少女候補生の事は粗方調べ尽くしているの」

 

「それ、犯罪ですよ?」

 

 葵は思わずはっきりと言ってしまったが、あかりは意も解さない様子だ。満面の笑みを浮かべている。

 

「魔法少女に、人間の『ルール』は意味を成さない。――――だから、犯罪じゃない」

 

 そう言うあかりの笑顔から、底知れぬ不気味さを感じた葵が身を震わす。

直後、葵は、纏の話を思い出した。

 

 

――――殆どの子は、この力を悪用してるの。

 

 

 その意味が理解できた。

超人的な身体能力と魔法、その二つを持つ彼女達にとって、自分達のような凡人は虫けらの様な存在に過ぎないのだろう。

 でも、と葵は思う。彼女にはまだ希望が有った。篝あかりは、もしかしたら、菖蒲 纏の仲間かもしれない。

纏から自分達の話を聞いて、からかっているだけなのではないかと思ったのだ。

 

「魔法少女の事は、私が思っている以上に自由なんだって事は、よくわかりました。

 でも聞きたいことが有ります。あなたは、菖蒲纏さんの仲間なんですか?」

 

 それを直接、ぶつけてみることにした。

 

「違うよ」

 

 しかし、その一言で、葵の希望は打ち砕かれた。

 

「確かに菖蒲纏はチームを組んでるけど、あたしはメンバーじゃない。……天涯孤独の身なんです」

 

「仲間になろうとか、作りたいとかって思わないんですか」

 

「無いね。今のところは」

 

 きっぱりと言うあかり。

 葵が何を聞いても返ってくるのは、何れも素っ気ないものだった。

 

 ――――再び、静寂が訪れる。

 

(何なのよ、この人……!?)

 

 『話がある』と言っておきながら一向に話をしない。かといってこちらから何か聞けばのらりくらりとかわされてしまう。目の前の人物の思考が全く読めず、葵は段々腹が立ってくるのを感じた。

 

「じゃあ、何で私に接してきたんですか? 貴女は今、魔法少女『候補生』の事を調べた、と仰ってましたけど、もしかして私がその『候補生』だって言うんですか? でも無理です。私には命懸けで戦う勇気もありません!

私を魔法少女にして、仲間にしようってつもりなら、お断りします!」

 

 喋っている内にイライラが爆発してしまった。あかりに強く訴えるが、彼女は表情を崩さず、黙って聞いている。

 

「…………ねえ、柳さん」

 

 あかりは、コーヒーに口を付けると、満面の笑みから一転、真剣な表情を浮かべて口を開いた。

 

「何でしょう?」

 

 葵が尋ねると、あかりは葵から目を反らし、口をムッと結んだかと思うと、テーブルをとんとんと指で叩いている。

何の仕草だろうか、と一瞬、葵は思ったが、あかりは再び視線を彼女に戻す。

 なんとなく困惑が交じったような表情だ、と葵は思った。何か自分に言い難いことでも有るのだろうか。

 やがて、あかりは意を決した様に、葵に目を合わせると、口を開く。

 

「貴女の親友の美月 縁さんのことなんだけど――――」

 

「!? ……何で、縁が……」

 

  縁の名前が出てきてハッとする。彼女は関係無い筈だ。

 だが、その名前を口にした途端、あかりの表情が、若干歪んだ。

 

「あの子は、これから大きな哀しみを背負うことになる。それを取り除かなければ、あの子は死ぬ」

 

「え……?」

 

 ポツリと呟かれたあかりの言葉に、葵の思考が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

「あの、貴女が何を言ってるのか、理解できないんですが……」

 

「どこから?」

 

「最初からです」

 

 我に返った葵が困惑気味に尋ねる。あかりは、真剣な表情のままだ。それを見て自分をからかうつもりで言ったので無いのだろうと葵は確信した。

 

「ごめんね。いきなり、こんな話をされたら、誰だって困惑するよね。

 ――――でも、これは紛れも無い事実よ」

 

「事実って……!」

 

「信じる信じないかは貴女次第。でも……もし、信じてくれるのなら、あたしの手を取って欲しい」

 

 あかりの菫色の瞳が、ドス黒く淀んでいるのを感じた。先程の飄々とした態度が嘘の様で、葵は呆然となる。

 

 

「…………そんな話を、信じろって言うんですか?」

 

 

 数泊間を置いて放たれた言葉は、当然の疑問と言えた。

 自分の親友が、絶望して死ぬ――――いきなりそんな話をされて信じろというのが無理な話だ。もしかしたらあかりは魔法少女の力で未来を予知できるのかもしれないが、確証は得られない。

 あかりはその言葉を待っていたかの様に、フッと薄い笑みを浮かべた。

 

 

 

「言ったでしょう、信じる信じないは貴女次第だって。――――でも、あたしは『信じる』方に賭ける」

 

 

 

「どうして、そんなことが――――!」

 

 言えるんですか、と声を荒げようとするが、あかりの言葉に遮られた。

 

「だって貴方と縁は、魔女に取り込まれたんだから。魔法少女(私達)と出会ってしまったんだから。

 ――――一度足を踏み入れてしまった場所から逃げることは簡単な事じゃない。

 それらは今後も、貴方達の人生に複雑に絡まってくる」

 

  愕然とした。あかりが淡々と告げる言葉が、耳から入り込んで頭の中をぐちゃぐちゃにしていく様な感覚だった。

 

「――――その果てにあるのが、縁の死、ってこと、ですか?」

 

 青褪めた表情で葵が呟く。魔女と魔法少女に関わったのは偶然に過ぎない。だが、その偶然が、自分と縁にとって最悪の未来を確約させてしまったというのか。

 あかりは頷いて肯定。

 

「そう。――――そして、それを食い止められるのが、あたしと、貴女」

 

「……何で私なんかが」

 

「あの子の幼馴染だから。あたしは赤の他人だけど、貴女だったら、あの子の傍にいつも居て支えてやれるし、メンタル的なフォローも出来る。縁が絶望するリスクを遥かに減らすことができる」

 

「でも、私、魔法少女なんて……」

 

「なれるよ」

 

 顔を俯かせる葵だが、あかりのはっきりとした言葉が耳朶を打った。ハッと顔を上げる。

 

「あんたには、魔法少女になる資格がある。まだ、『アレ』とは会ってないようだけどね」

 

「アレ??」

 

「そいつに頼むと魔法少女にしてくれるんだ。……ま、近い内に会えると思うけど」

 

 そういうとあかりは、程良く冷めたコーヒーを飲みほして、ポケットから財布を取り出した。

すると、席から立ち上がる。葵もそれを見て、慌てて立ち上がった。

レジに向かい会計を済ませようとするあかり。葵は悪いと思ってバッグから財布を取り出そうとしたが、開ける前にあかりが手で静止した。

 

 結局お言葉に甘える形となった。

 

 店を出ると、ショッピングモール内の白を基調とした広大な空間が葵の目に入った。

先程の狭く薄暗いテーブル席での閉塞感はまるで、先の魔女の結界に迷い込んだ様な感覚だった。

 そこから開放されたのだと思うと、ほっと胸を撫で下ろす。

 だが、直後、あかりが不敵な笑みを浮かべて振り返った。

 

「柳 葵。あんたの選択肢は二つ、美月縁が過酷な運命を歩むのを止めたいなら、あんたが魔法少女になってあたしと一緒に守っていくか、それとも、このまま普通の人間として幸せに暮らすか……無理強いはしない、好きな方を選ぶと良いよ」

 

「……」

 

 葵は沈黙で返答するが、あかりは特に気にも留めなかった。

 

「一つ注意しとくけど、『アレ』は相当口達者な奴だから、上手く乗せられないように注意してね。っていうか、言ってる事は無視しちゃって構わないから。あたしの言ってることだけ信じてくれればいいよ」

 

 そういうと、背中を向けてその場から去ろうとするあかり。

 よくよく考えたら、終始あかりのペースに呑まれてしまった感じだ。本当に色々聞きたいことが有ったのだが…………そう考えて葵はハッとなる。

 

「最後に、一つ聞いてもいいですか?」

  

 咄嗟にあかりを呼びとめる葵。そうだ、これだけは聞いておかなければならない。

 

「なに?」

 

「貴女は、縁のことをどれだけ知ってるんですか?」

 

 そもそも、あかりは赤の他人の筈だ。自分の様に親しい間柄でもなんでもない。

にも関わらず、あかりの縁に対する想いは、並々ならぬ情熱の様な物が葵には感じ取れた。それが、不自然だった。

 

「あんたに比べたら、極一部ってとこかな?」

 

「はあ?」

 

 あかりの答えは、驚くほど拍子抜けするものだった。

 

「……でも、極一部であっても、それがその子の紛れも無い本心だったら、『守りたい』と思うのは普通なんじゃないかな」

 

 再び振り向いたあかりの顔は、笑っていた。嘘偽りの無い、屈託とした笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 




 ぶっちゃけガクブルしながら書いてます……(爆)

 縁と会ったことが無いのに、縁の事を知ってるあかりさん。彼女は一体何者なのでしょう?

 書いてて、場所の雰囲気を描写する事が苦手なことに気付いたので、誰か教えてください・・・・(懇願)


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     死神は傍で微笑んでいる C

 

 

 

 

 

 夕陽が差す頃、葵は緑額市駅の電車に乗って、10分程揺られると、地元の桜見丘市に辿り着く。

駅から出ると、とぼとぼと駅前の商店街を歩く。

 そんな彼女の後ろには、二人の小さい陰が迫っていた。

 

「それで、あの子が、魔法少女候補生だって?」

 

「うん。眼鏡、長い髪、おっぱい、間違い無い」

 

「最後を判断材料に加えるのは、どうかとおもうけど……」

 

 帰路に立つ葵の後を付けながら、ヒソヒソと会話を交わす二人組。

 

「でも、本当に?」

 

「アタシの勘はよく当たる。知ってる癖に」

 

「その勘が波乱を呼ばないことを祈ります……」

 

 白い長髪を黒いリボンでハーフアップに縛った少女が祈りを捧げる様に両手を合わせる。彼女の心配を余所に、水色の髪の、小さいサイドテールを作った少女は愉快そうにヘラヘラ笑っていた。それを見て白い少女は首を傾げる。

 

「……何か嬉しそうね?」

 

 不審そうな目を向ける白い少女。大抵こいつが笑う場合、良からぬ事を考えている時である。

 

「まあね、早く魔女が襲ってきてくれないかな~って」

 

 ヘラヘラと笑いながら、物騒な事を呟く水色の少女に、白い少女が驚愕して頭を抱える。

 

「あなた鬼!? あの子の事が心配じゃないの?」

 

 魔女が襲うのは、基本的に一般人だが、被害者は、11~22歳ぐらいの若い女性が多い。

 その中でも、『魔法少女の素質』を持っている少女は、優先的に狙われ易い、というのだ。

天敵は滅ぼすという魔女の種としての防衛本能が働いた結果だとか、魔法少女の卵から得られる養分は絶大で、使い魔を一気に魔女に成長できるだとか、諸々説が有るが、どれが定かなのかは不明だ。

 ただ、二人の目の前で歩いている柳 葵が、昨日魔女に襲われたのは、決して偶然では無かった。

彼女は魔法少女になる素質を秘めており、魔女には必然的に襲われる運命に有ったのだ。

 

「そりゃ心配だよ。でも、それ以上にあたしの戦い方をあの子に見せてやれるのが楽しみで仕方が無い」

 

「ゾ~~~……」

 

 それを聞いて白い少女は顔を青褪めて身震いする。こいつのデンジャラスな戦い方を、一般人のあの子が見ればどう思うか……多分、魔法少女になる事を躊躇うどころか、魔法少女になる気すら失せるんじゃないか。

 と、そこまで考えて白い少女はハッとなる。もしやそれが狙いなのか?

 

「まさか……、あの子を魔法少女(私達)から遠ざけようとしてる?」

 

「どうだか……? まあ、しばらくはあいつを餌に魔女狩りをさせてもらうとしようかな」

 

「やっぱり鬼だ……」

 

 一度でも、こいつを信じようとした自分が馬鹿だった。白い少女はガックリと項垂れるが、水色の少女の表情が一瞬だけ真剣なものに変わった事に気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ハア~……」

 

 一方、謎の二人組に後ろを付けられている事に気付いてない葵は、大きく溜息を吐いた。

 そもそも、緑萼市を訪れたのは気分転換の筈であった。が、結局気分が晴れなかったどころか、謎の女性――――篝あかりと出会ったせいで、余計な重圧が心に掛かってしまった。

 

「それにしても……」

 

 どうして篝あかりは、縁の事を知っていたのだろう。様子からして、かなり執着しているみたいだ。

去り際の台詞からして、過去に縁と会ったことが有る様に聞こえたが、だとしたら、自分が縁の口からあかりの存在を教わっていないのは可笑しい話だ。

 親友でも隠したい事はあるだろう。とは言っても、縁が篝あかりとの関係を自分に隠す理由が、葵には思いつかなかった。

 

 ――――そこまで考えて、葵はかぶりを振った。このままでは、親友すら信用できなくなってしまう。

 

「! そうだ……!」

 

 葵は、ふと思いついた様に顔を上げると、ズボンのポケットからスマホを取りだした。

縁に連絡して、直接聞いてみようと思ったのだ。

 

 

 

――――直後、景色が歪んだ――――

 

 

 

 

「え?」

 

 縁へ連絡を取ろうとした葵が呆然となる。景色は大きな波を打った様に揺れたかと思うと、やがて、見慣れない景色に変貌した。

 花畑だ。葵の足元には色とりどりの花が引っ切り無しに咲き誇っている。だが、そこだけではない。

四方八方見渡しても視界に広がるのは花、花、花――――天井も、壁も、所狭しと花が咲いていた。こんな花畑は現実に存在しない。つまり……

 

「ちょっと……嘘でしょ……?」

 

 魔女の結界――――葵の頭にすぐに思い浮かんだ。

 葵は自分の肝が冷えてくるのを感じた。昨日の恐怖が蘇ってきたのだろうか。全身に悪寒が走り、ガタガタと震える。顔が青褪める。

 

「そこの貴女!! 大丈夫!?」

 

 声が聞こえた。ハッとして振り向くと、そこには、二人組の小柄な少女が居た。

そう、ゲームセンターで見掛けた、あの二人組だ。魔法少女に変身したのか、奇妙な服装を纏っていた。だが、安心感を覚えて葵の身体の震えが止まる。

 

「あの、私……」

 

 ゲームセンターで二人の事コッソリ見てました、と白状しようとした葵だが、

 

「纏ちゃんから聞いてる! 柳 葵さんでしょ? 私は日向 茜、よろしくね」

 

 白いローブを全身に纏い、白い長髪が生えた頭頂部に花冠を被った、天使の様な見た目の少女がそう自己紹介して遮る。

 

「え? もしかして、纏さんの……?」

 

「うん、同じチームなんだ。こっちは、宮古 凛ちゃん」

 

  茜と名乗った少女は、隣にならぶ、インディアン風の民族衣装の青い少女を紹介する。

 凛は、葵には興味無さげに水色の髪の毛の先を指でくるくる回しながら、憮然とした表情を浮かべている。

 

「よっす」

 

「よっすじゃなくって、ちゃんと愛想良く挨拶しようよ!」

 

 素っ気ない挨拶を送る凛に、茜は叱るが彼女の意識は既に魔女結界の空間に向かっており、聞く耳を持たなかった。

 

「ごめん、こういう子なんだ……」

 

「はあ……」

 

 ガックリと肩を落とす茜に、葵は同情したくなる。どうやら凛という少女は相当曲者らしい。

無愛想で、一切葵とは目を合わせようとしない。自分の苦手なタイプだな、と葵は顔を顰めた。

 

「そんじゃ、とっとと行こうか」

 

 凛は、暫く辺りを見回していたかと思うと、唐突にそう言って奥まで走っていってしまう。

 

「あ、待ってよ凛ちゃんっ!! ごめんね葵ちゃん、付いて来れる?」

 

「は、はい……」

 

 茜は声を掛けるが凛の姿は既に小さくなっていた。茜は葵の手を掴んで凛を追いかける。茜に手を引かれながら葵は納得行かない表情を浮かべた。

 

(何なの、あの凛って子……)

 

 無愛想、素っ気ない態度、おまけにマイペースと来たもんだ。自分とは初対面なのだから礼儀は必用だと思うし、日向茜が同じチームメンバーならもっと気遣うべきだろう。

 

「……ああいう人が居ると、日向さんも、菖蒲先輩も、大変じゃないですか?」

 

 思わずそんなことを口走ってしまい、葵は直後に脳内で「しまった!」と思った。いくら凛の第一印象が自分にとって気に喰わないものであったとはいえ、同じチームメンバーである茜に愚痴るものではない。

 だが、茜は特に気にした様子は見せなかった。顔を顰めるどころか、フッと笑った。

 

「そうだね、あの子はちょっと変わってるから、大変かもね……」

 

「??」

 

 茜が何故笑ったのか、理解出来なかった葵は、首を傾げた。

 

「でも、凛ちゃんってすっごく強いんだ。本当にびっくりするくらい強いの。

 もし凛ちゃんの強さがなかったら、私達は今頃……」

 

「日向さん?」

 

「……ごめん、変な事言いそうになっちゃったね」

 

 急に深刻な表情を浮かべた茜に、葵が困惑気に問いかけるが、茜は何事も無かったように微笑して返した。

 

「すみません、そもそも私が変なこと言ったばかりに……」

 

「大丈夫、当たってるから!」

 

 自分が衝動的に発言したせいで、茜に何かを思い起こさせてしまったようだ、と思い、葵は申し訳なさそうに項垂れた。

それを見て茜は、慌てて手を振る。

 しばらく走っていると、前方に立ち止まる凛が見えた。彼女の前には、二つの巨大な扉が有る。

 

「どうしたの?」

 

「分かれ道」

 

「見ればわかるよ」

 

「…………」

 

 凛は人差し指を立てると、斜め上を示した。扉の上に何かあるらしい。その方向を見る茜と葵。

 

「何か、花がありますね……?」

 

 葵が怪訝な表情を浮かべる。二つの扉の上部には、それぞれ違う花束が飾られていた。

 右の扉には紫と白の花が、左の扉には黄色と若干ピンクが混じった花が見える。

 

「気になってね。茜、あんた分かる?」

 

「右は藤の花だね」

 

「フジ?」

 

 葵が聞き返すと、茜は頷く。

 

「うん。『歓迎』って意味ね。で、左の花はカーネーションかな?」

 

「カーネーション……深い愛、ですか?」

 

 葵がそう答えると、茜は首をふるふると振った。

 

「それは赤色の場合。カーネーションは色によって、花言葉が違うの。あれは黄色だから、『拒絶』だね」

 

「へえ~」

 

「ふむ……」

 

 葵が感心の声を挙げると、隣で凛が考え込むような仕草を見せた。

 

「自分がもし魔女だったとしたら……どうする?」

 

「え?」

 

「凛ちゃん? 急に何?」

 

 突拍子も無い事を問いかけ始めた凛に、葵はきょとんとなり、茜は目を丸くした。

 

「いや、自分がもし魔女だったりしたら、左の部屋に何を置くのかな、と思って」

 

「何をって……魔女だから、そんなの考えないんじゃ」

 

「『拒絶』だから……魔女にとって見られたく無いものが置いてある、とか?」

 

 茜が呆れた様子で凛の質問に答えようとするが、途中で葵の答えに遮られた。

葵の答えに、凛は頷く。彼女も同じ答えに至ったらしい。

 

「……面白い」

 

 凛の口の両端がクイッと、釣り上がった。表現するなら『にへら』といった様な笑顔を浮かべていた。

 

「お、面白い??」

 

 愉快そうな凛に、葵が困惑な表情を浮かべる。

 

「うん、魔女の秘密を暴けば当然、奴は怒り狂う。それを真正面から叩き潰してやるのも面白そうだと思ってね」

 

「ゾ~~~……」

 

 それを聞いた葵は、顔に青筋が浮かべながら、ドン引きした。

 魔女の逆鱗に触れれば、その攻撃が苛烈になるのは至極当然。さっきの茜の話からして凛は相当な実力者のようだが、そんな状況になれば、自分をきちんと守ってくれるのか確信が持てない。寧ろ、身の危険を純粋に楽しもうとしている凛に、葵は理解が及ばず恐怖する。

 

「……また、良からぬことを~……」

 

 一方、葵の隣に立つ茜は、頭を抱えて溜息を付いていた。

 

「使い魔を殲滅させなきゃいけない以上、この部屋には遅かれ早かれ入ることになる……。

 茜、右の部屋は任せた」

 

「う、うん」

 

 何か釈然としないが、言ってる事は最もなので、茜は反論できず、右の扉の前に立つ。

 

「あたしは左の部屋……おっと、あんたはこっち」

 

「ひゃっ」

 

 茜に付いていこうと、彼女と同じく右の扉の前に立とうとした葵の腕を凛が引っ張る。

 

「な、なんで……!」

 

「茜の魔法だと、自分を守ることで手いっぱいになるから。あたしにくっついてた方が安全だよ」

 

「そ、そんな!! 一緒に危ない橋を渡れってことですか!?」

 

「さあ、無駄話はここまで。さっさとくるんだ」

 

 凛は扉を開くと、有無を言わせない態度で、葵の首に腕を回して、そのままズルズルと引きづっていく。

 

「た、助けて日向さ~~~~ん!!」

 

(ごめん、葵ちゃん……! でも、凛ちゃんが居れば『絶対に』安全だから!)

 

 葵が悲鳴を響かせるが、茜は黙って合掌して、彼女の無事を祈っていた。二人の姿が見えなくなると、彼女も右の扉を開けて、中に入っていった。

 

 

 

 

 奇妙に感じたのが、魔女の結界内に入ってから、まだ一匹たりとも『使い魔』が現れない、ということだ。昨日の時は、入った直後に無数の使い魔がわらわらと戯れていたのだが、今回は静かすぎるのが逆に不気味だった。

 

「なにこれ……」

 

 そんな事を思いながら、凛によって、強引に左の扉へ連れて行かれた葵は、目の前に拡がった光景に息を飲む。

そこは、相変わらず花畑であったが、先程の色とりどりの花が咲いていた光景とは打って変わって、一種類の花しか咲いていなかった。

 

 黒い薔薇――――床、壁、天井、目に映る全てにそれが敷き詰められていた。

 

「赤い薔薇の花言葉は『愛情』だけど、黒い薔薇って……?」

 

  葵は生まれて初めて見る黒薔薇に、興味を惹かれた。

 そもそも黒薔薇自体、日本では存在していない。海外の極一部の地域でしか咲いていないので、花言葉を葵が知る筈も無かった。

 

「…………」

 

 だが、凛はというと、黒薔薇などまるで眼中に無いかのように、足元に咲くそれを踏み躙りながら、先へと歩いていく。

 

「あ、ちょっと」

 

 葵が慌てて後を追う。もうちょっと、黒薔薇を良く見ていたかったが、凛は許してくれないようだ。

此処は魔女の結界なのだから、そんな悠長な事をやってる暇は無いと言われればそれまでだが、葵にはこの黒い薔薇が魔女にとって『見られたくないもの』に見えてならなかったのだ。

 

「この、黒い薔薇には何かあると思ったんですけど……」

 

「あっそ」

 

 葵が不満を込めて言うが、凛は素っ気なく返すと、相変わらず憮然とした表情で、スタスタと先に進んでいく。

葵はその態度に一言文句を言ってやりたくなったが、彼女に守って貰える手前、機嫌を損ねる発言をする訳にもいかなかった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 暫し、並んで歩く二人の間に沈黙が訪れる。

気まずい――――相手が黙っていると、もしかしたら自分を嫌っているんじゃないか、というネガティブな考えが浮かんでしまう。それが葵には苦痛だった。

 

「あの……宮古さん」

 

 沈黙を破るべく、話しかける葵。

 

「何?」

 

「魔法少女やって……長いですか?」

 

 とりあえず、聞きたい事を聞いてみることにした。これで会話が弾めば僥倖だ。

 

「まあ、それなりに」

 

「何年ぐらいですか」

 

「3年ぐらい」

 

「ベテランですね」

 

「まあ、普通」

 

「普通なんですか……」

 

「うん」

 

「…………」

 

「…………」

 

 会話終了。再び沈黙が訪れてしまった。

 

「魔法少女を続ける上で、何かコツってあるんですか? 何か訓練するとか、そういうのってあります?」

 

 再び質問する葵。頼むから自分の質問に関心を抱いて欲しい。

 

「慣れ」

 

 だが、葵の思いも虚しく、凛からはたった二文字だけ返されて、会話は終了した。愕然とする葵。

 

「じゃ、じゃあ、魔法少女してて、良かったことってあります?」

 

「特には」

 

 会話終了。

 

「私、桜見丘高校なんですけど、宮古さんって今中学何年生なんですか? 志望校とかって決めてる?」

 

 今度は、魔法少女から離れて日常的な会話をすることにした。これなら間違い無く弾むだろう。

 

「あたし、高2なんだけど」

 

「へ?」

 

 しかし、葵は地雷を踏んでしまった。何と、どう見ても中学生しか見えない彼女は高校生であった。しかも自分より学年が上である。

 

「し、失礼しました……」

 

「まあいいけど」

 

 凛は、特に気にする様子も無く前を歩いているが、先程より気まずい空気になってしまったのは事実だ。

空気を作った張本人である葵は、居た堪れない様子で項垂れる。

 

(そうだ……!)

 

 と、そこで、もう一つ気になることが思いついたので、顔を上げた。

 

「あの、宮古さ」

 

 口を開いた直後――――前を歩いていた凛が突如振り向き、人差し指を葵の口元に当てた。

 

「んっ……!?」

 

 思わず言葉を詰まらせる葵。凛を見ると、にへら、と笑っていた。

葵の口を止めた人差し指を今度は、自分の口元に持っていく。

 

「しぃ~~……」

 

「??」

 

 静かに、というサインだ。葵はそれを見て不思議に思うが、とりあえず、彼女の指示通り口を結んだ。

 

(……あの、どうしたんですか?)

 

 小声で問いかける葵。凛は相変わらず、にへら、と笑顔を浮かべている。明らかに楽しんでいた。先程、自分がどんな質問をしても引き出せなかった表情だ。

 

(耳を澄まして)

 

(…………)

 

 凛に言われた通り、黙って耳を澄ましてみる葵。

 

 ―――――キィキィ、バサバサ、キーキー――――

 

 何やら虫の鳴き声と羽音の様なものが聞こえる。これはまさか……、その正体を悟り、葵が目を見開く。

 

(使い魔?!)

 

(この部屋に入った時には、もう聞こえてた。奴ら、いっぱい潜んでるよ)

 

(!?)

 

 凛が小声で告げた衝撃的事実に、葵は戦慄する。

 

(ど、どのくらいですか?)

 

(ざっと、20匹ぐらい)

 

(そんなに!? 全然気付きませんでしたよ!?)

 

(あんた黒い薔薇と、あたしに話し掛ける事に夢中で気付けなかったんでしょ?)

 

(うっ、それは否定できませんが……)

 

 凛にきっぱりと図星を突かれ、葵が申し訳なさそうに頭を下げる。

 

(まあ、迂闊に大声で喋ったら、それに勘づいてわらわらやってくるからね。悪いけど黙ってた)

 

 それを聞いて葵はハッとなる。凛の行動や態度は、一見マイペースのようでいて、彼女なりに考えが有ってのことだったのだ。

 ちなみに、最初の部屋で走り出したのは、使い魔が居ないことを確認したからだそうだ。

 

(魔女を潰したら、ゆっくり話そう)

 

(本当ですか?)

 

(こう見えてあたし、話好きなんだ。とにかく、今はこの場を切り抜けようか)

 

 そういう凛の表情は打って変わって、真剣な表情だ。その眼差しに強い意志を感じた葵は、茜が彼女を信頼していた理由が少し理解できた気がした。

 しかし、既に20匹の使い魔に囲まれている状況だ。一体どうするのだろうか。

葵が疑問に思っていると、突如、凛の右腕が青い光に包まれる。光が収まると、右腕には青いボウガンが装着されていた。

ジャキリ、と音がしたと思うと、ボウガンに青い矢が装填される。

 

 刹那――――凛の右拳が葵に向かって突きだされた。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に葵は上半身を仰け反らせて、避ける。すると、バシュ! と発射音。

突きだされた右腕のボウガンから矢が発射された。

 

「な、何を……!?」

 

「…………」

 

 思わずそう声が出てしまうのも無理はないが、凛は何も答えない。

矢は真っ直ぐ飛翔し、黒い薔薇の壁に突っ込んだ――――様に見えた。

 

「ギィ――――――!!」

 

「!?」

 

 矢が飛び込んだ黒い薔薇の中からけたたましい声が聞こえる。葵がその方へ向くと、黒い薔薇に潜んでいた『蝶の姿をした使い魔』に矢が突き刺さり、身体がボロボロと崩れ出していた。

 

「……まず一匹」

 

 凛が呟くと、更に今度は右拳を、葵の足元に向けた。

 

「え? ちょっ」

 

 自分の足元にボウガンの矢を向けられている事に、慌てる葵だが、彼女の言葉を待たず、凛は矢を発射。

 

「ひっ! …………?」

 

「ギィ……ギィ……」

 

 驚いて目を瞑る葵。だが、直後に足元から虫の息の様な声が聞こえてきたので目を見開く。

葵が恐る恐る顔を下に向けると、丁度股下に位置する黒薔薇の群れに使い魔が隠れていた。

使い魔には凛の矢が刺さっており、絶命寸前であった。

 

「はい、二匹目。あと少し遅れてたら、あんた危なかったね」

 

「そんな……!?」

 

 葵は愕然とするが、凛の言う通りだった。足元に潜んでいたことに全く気付かなかった。

 

(……危なかったって、それって、死……!?)

 

 止まった筈の恐怖がぶり返してきた。身体中に悪寒が走り、胃の中の酸っぱいものが込み上げてきた。ひざがガクガクと震え、やがて、黒薔薇の上に膝を落とした。

 凛は、葵の様子を別に気にする様子も無く、次の標的に照準を合わせていた。

 

 発射音。刹那、前方の黒薔薇から鳴き声が響く。三匹目の使い魔が討たれた。

今度は右腕を真上に伸ばす。5回の発射音がしたと思うと、矢を受けて四散した5体の使い魔の破片がパラパラと凛に降り注いだ。

 すると、後ろに気配。凛は後を振り向かず、右腕だけを後ろに伸ばして矢を発射した。続けて左脇に右腕を回して射撃する。

凛の背後を狙っていた二体の使い魔は、あえなく矢の餌食となった。

 

(すごい……!)

 

 凛は常に前方を向いており、その場から一歩も動いていない。動いているのは右腕だけである。

だが、まるで右手に目が付いているかのように、彼女が放つ矢は寸分狂わず、使い魔を撃ち抜き続けていた。

 ただ、情けなく黒薔薇の絨毯に座り込んでいた葵は、それを刮目して見ていた。西部劇のカウボーイを間近で見たら、あんな感じかもしれない。

 

「――――先手必勝」

 

 凛の声が聞こえた瞬間、葵の視界に、自分に向かって飛翔する矢が全面に映り込んだ。

 

「……っ!?」

 

 葵は思わず息を飲んだ。しかし、矢は顔面ではなく、髪の毛を若干散らして真横を通り過ぎた。

自分の後で悲鳴が聞こえたので、振り返ると、いつの間にか近づいてきていた使い魔に矢が突き刺さっていて、黒薔薇が咲き誇る床に落下している途中だった。

 

「――――見敵必殺」

 

 凛の右手が前方をさした。同時にボウガンが矢が射出。当然ながら射線上には使い魔がおり、身体の中心を貫かれた。

 

「これが、魔法少女を長く続けるコツ」

 

 凛が後を振り向くと、葵に向かって、にへら、と笑った。

 

「……ッ!」

 

 それを見た葵が、ゾッとする。

 どうして凛が笑っているのか、理解できなかった。何もできない自分を嘲笑っているようにも、純粋に戦いを楽しんでいるようにも見えるが、どんな意図があって笑ったのか理解できないのが不気味だった。

 ただ、一つはっきりと分かったのは、目の前の少女と自分は住んでいる世界が違った。次元が違う――――と言うべきか。

それは昨日の纏にも感じたことだが、彼女はまだ身近に感じられた。

 

「立てる?」

 

「……!!」

 

 凛が歩み寄ってきて、手を差し伸べてくる。その姿だけ見れば、普通の小柄な少女と何ら変わりない。

だが、葵はその手を払いのけたい衝動にかられた。手を取ったら、二度と後戻りできなくなりそうな気がした。

 

「あ……」

 

 だが、葵のその思いも虚しく、凛は葵の手を握って、引っ張り上げた。立ち上がる葵。それを確認すると凛は手を放す。

 

「…………」

 

  葵は、凛に握られた手をじっ、と見つめた。

 彼女の手は――――温かった。

 たった今、自分は彼女の事をなんて思ったのだろう。この世のものではない、化け物と捉えていたのかもしれない。

 だが、今しがたこの手が感じた温度は、間違い無く生きている人間そのものだ。

 

  なら、あの笑顔は何だったのか――――

 

「気配が無くなった。全部潰したかな」

 

「宮古さ……先輩」

 

「凛でいいよ」

 

「じゃあ、凛さんと呼びますね。……どうして、笑えるんですか。あんなに使い魔に囲まれて、少し間違ったら命が危なかったのに」

 

 考えても答えは出ないなら、直接聞いてみるに限る。凛は「う~ん」と首を捻ると、

 

「……さあね。強いて言うなら、愉しい、からかな?」

 

 微笑を浮かべてそう言った。それを聞いて唖然となる葵。

 

「愉しいって……命が懸かってるんですよ? 守らなきゃいけない私の命だって、危険に晒してるんですよ?」

 

「でも、あたしもあんたも無傷」

 

「それはそうですけど……結果論でしかありませんよ」

 

「まあまあ、何だって楽しんだ方が得だよ」

 

 凛の言葉は確かに的を得ているが、この状況を楽しむというのは葵には無理だ。

そして、楽しんでいる凛は……はっきり言って異常だ。

 もしかしたら、凛の様でなければ、魔法少女の世界では生きて行くことができないのかもしれないが、人間性を棄てることになるのは御免被りたかった。

 

「……強いんですね、凛さんは」

 

 命の危険を楽しめるぐらい――――その皮肉も込めて、そう言うと、凛は、

 

「そうじゃなきゃ生きていけない」

 

 囁くように答えた。憮然とした表情だが、そこから感情を窺い知る事が、葵には出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 という訳で、魔女の結界内、道中編です。
今回は凛と葵のやりとりがメインとなります。茜は……次回活躍させる予定……多分。
次回もいよいよ魔女戦に移行します。
 なお、予想以上に文量が多くなってしまったので、分割しました。

 色々吹っ飛んでいる凛に、振り回される葵……(上手く書けたか分かりませんが、そう捉えて頂ければ幸いです)
 果たして彼女の運命はいかに。
 ちなみに葵……書いていく内に、感情的になるとそのまま行動したり、言ったりするキャラになっていますね。 


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     死神は傍で微笑んでいる D

 

 

 

 

 

 

 

 黒薔薇で包まれた空間を、サクサクと進んでいく二人組。

一人は、普通の少女、柳葵。もう一人は、魔法少女、宮古凛。

 

 

 彼女達は途中何度か使い魔と遭遇したが、何れも姿が見えた瞬間に、ボウガンの矢に射抜かれた。よって二人は、未だに無傷なままだ。

 だが、10分。20分。どれだけ黒薔薇の中を歩いても、終わりが見えなかった。

 凛は平然とした様子で、ペースを崩さずに歩いているが、一般人の葵は段々疲れが見えてきた。いつ死ぬかもしれない魔女の結界内に居る、というプレッシャーも疲労を加速させていた。息切れを起こし、足取りも重くなってきている。

 

「いつまで続くんでしょうか……」

 

「さあ?」

 

「さあ? って……あ!」

 

 無責任な凛に辟易する葵だったが、突如、黒薔薇で覆われた空間が、歪む。

 しばらく、ぐにゃぐにゃと揺れていたと思うと、やがて黒薔薇の空間はそっくり消滅した。

 気が付けば、二人は、一本の長い橋の上に居た。

 

「うわ……!?」

 

 直後、凛が若干驚いた様な声を発する。彼女の眼と鼻の先には、橋が途切れており、下に顔を向けると、どこまで続いているのか分からない奈落が広がっていた。

 

「見て下さい!」

 

 葵も突然の出来事に暫し、呆然としていたが、前方に見えたものにハッとなり大声を出す。

凛も葵が指し示す方向を見る。そこには、

 

「あそこに扉が!」

 

 途切れた橋から、10m程離れた先には壁があるだけだが、よく目を凝らすと、自分達の丁度真っ直ぐの位置に一つの扉が見えた。

 

「…………どうやっていったら……?」

 

 橋が途切れている為、扉に辿り付く事は不可能……葵は思って凛を見たが、彼女は不敵に笑った。

 

「任せな」

 

 凛は自信満々に呟くと、身体を伏せて、右腕を伸ばした。ボウガンの矢を扉より、僅かに下に狙いを定める。

 

「……ッ!」

 

 矢の発射音が連続で聞こえる。連射された矢は全て同じ方向へ向かった。

一番最初に放たれた矢は、扉の僅かに下の壁に突き刺さって固定された。そして、二本目の矢は、一本目の矢の後部に突き刺さって固定される。三本目以降の矢も同じ様に突き刺さって固定。矢はどんどん繋がっていく。

 それがしばらく続くと、やがて扉と、橋の途切れ目の間に、矢で出来た道が完成される。

 

「じゃ、行くか」

 

「え!?」

 

 呆然とその様子を見ていた葵が、凛からそんな言葉を掛けられ、肩をビクリと震わせた。

 今しがた出来あがった矢の道をじっと見つめる。顔が段々青褪めていく。

 

(これを……渡れって!?)

 

 いくら扉までの道ができたとはいえ、細く、脆そうな、矢の上を渡れというのは葵にとって死刑宣告に等しい。

踏み誤れば奈落の底へ真っ逆さま。一般人の自分に、そんな度胸ある筈も無い。

そう思っていると、

 

「ひゃっ!!」

 

 素っ頓狂な声が上がる。気が付くと、凛が自分を抱きかかえていた。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

「これなら安心でしょ?」

 

 凛は葵を抱えながら、にへら、と笑っていた。得体の知れないその笑みを再び目の当たりにした、葵はブルリと震えた。抗議しそうになった口をピタリと止める。

 

 ――――彼女は、愉しいのだろうか?

 

 葵の胸中の疑問には答えず、凛は矢の道の上に一歩踏み込んだ。葵は抱えられている為、凛の顔がはっきり見えるが、一切の恐怖も焦りも浮かんでいない。ただ、平然と、悠然とした様子で、歩いていた。道と言うにはあまりにも頼りない、矢でできた道の上を、何でもないかの様に。

 扉の目前まで辿り着くと、凛はそれを右足で蹴破って中に入る。

 足を踏み入れた先に見えたのは、最初の空間と同じく色とりどりの花が敷き詰められた光景だった。

 凛は、葵をそっと降ろす。

 

「ね、恐く無かったでしょ?」

 

「いや、恐かったです」

 

 特に、凛の笑顔が――――そこまで言うのは流石に躊躇した。

 

「…………!」

 

 すると、凛が急に顔を真剣な表情に変えた。

 

「魔女だ。奥に居る」

 

 どうやら魔女の気配を察知したようだ。一目散に走り出す。葵も慌てて駆けだして、追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、藤の花束が飾られた右の部屋に入った日向茜はというと……

 

(楽ちんな道だった……)

 

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。全身をぶるぶると震えさせている。

右の扉を開けた先には、最初の部屋と同じく、色とりどりの花畑が広がっていた。

使い魔の気配が一切無いのを不審に感じながらも、テクテクと進んでいく。10分程歩くと、広大な空間に出た。

 

(使い魔はいなかった。いなかったけど……)

 

 目の前を凝視する。藤の花言葉は『歓迎』――――それは間違っていなかった。

 

「なんで……なんで……! もう魔女が居るのよおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ――――――!!!」

 

 小さい身体が張り裂けんばかりの大声を張り上げる。

そう、広大な空間に足を踏み入れた先に待ち構えていたのは、この結界の主、『魔女』だ。

蜘蛛の様な身体に、蝶の様な煌びやかな羽を背に付けた、異形の存在は、タランチュラの様に、毛の生えた大きな8本足をカサカサと動かし、茜に迫る。

 

「……!」

 

 茜が両手を合わせて魔力を集中させると、一つの水晶が出来上がった。

 

「いっけー!!」

 

 それを迫りくる魔女の顔面に高速でぶつける。水晶は接触した直後、爆発四散。

だが、魔女は一切怯むことなく、近づいてくる。茜の眼前まで迫ると、前足を払って攻撃を仕掛ける。

 

「きゃ!」

 

 慌てて飛んでかわす茜。魔女は連続で足を振り降ろして攻撃してくる。

 

「よっ、ほっ、はっ、ふっ!」

 

 それをピョンピョン飛んだり、転がったりして避ける茜。その様はまるでゴムボールの様だ。身体が小さい事をコンプレックスに抱いている彼女だが、今ほど感謝したことは無かった。お陰で魔女の攻撃よりも早く動ける。

 

「とぉー!」

 

 やがて、意を決した様に、魔女に向かって飛び込んだかと思うと、これまたボールの様にころころと転がって、魔女の身体の下を潜った。魔女の後ろ側に回る。

 

「小っちゃいからって、馬鹿にすんなよ!」

 

 魔女のお尻に当たる部分に向かって大渇する茜。

 ……誰も馬鹿にしていないが、日頃、身体の小ささでからかわれている鬱憤が出てきたらしい。

 

「……魔法少女の経験は」

 

 再び両手を合わせて、水晶を召喚する。

 

「チームで一番……長いんだからねぇ――――――!!!!」

 

 裂帛の気合と共に、水晶がグンッと巨大化する。目の前の魔女の巨躯すらも超える大きさだ。

茜は両手に力を一杯込めて、それを押し飛ばす。超巨大な水晶は魔女に触れると爆発せずに、その身をスッポリ包み込んだ。

すると、茜は右手の平を開いたまま天高く掲げる。そして、その手をグッと握りしめた。

 

 刹那、圧縮――――

 

 魔女を包んでいた水晶が、一気に縮小して、全身を強烈に圧迫する。

 

「~~~~~ッッ!!」

 

 魔女は不快な鳴き声を挙げながら、抵抗しようとする。水晶がミシミシと音を立てていく。

その様子を見て、茜が不敵に笑う。

 

「私と貴女、どっちが潰れるのが早いか……勝負よ!!」

 

 チームでは最年少で身体も一番小さい。でも長年の魔法少女の経験によって培われたプライドと意地だけは、誰にも負けない自信があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛と葵が駆けているとやがて、前方に広大な空間が見えた。葵はそのまま足を踏み入れようとするが、

 

「ええ?!」

 

「こっち」

 

 寸前で凛に腕を掴まれ、入口の脇にある柱の陰に隠れた。二人はそこからこっそり顔を出して、空間の中を覗き込む。

すると、

 

「日向さん!?」

 

 右の部屋に向かった日向茜が、象ぐらいある巨大な異形の魔女と戦っていた。

彼女は小柄で身軽な身体を活かして、魔女の攻撃を機敏に避けると、魔女の後に回り込んで、攻撃を仕掛ける。

巨大な水晶を召喚して、魔女を閉じ込めた。

 

「!!」

 

 次の瞬間、葵が目を見開いた。魔女を閉じ込めた水晶は急激に圧縮して、魔女の全身を圧迫し始めたのだ。

だが、魔女に止めを刺すには至らない。魔女も抵抗しているのか、水晶からミシミシと音がするのが聞こえてきた。

 

「あのままじゃ……! 助けましょう!!」

 

 あのままでは、水晶が破られてしまう事を懸念し焦燥的な表情を浮かべる葵。一緒に隠れてる凛に声を掛けるが、

 

「いや、まだいい」

 

 残酷なまでに、素っ気なく返す凛。仲間の危機を前にしても平然としている彼女に、いよいよ耐えきれなくなった葵は顔面を紅潮させる。

 

「まだいいって……そんなこと言ってる場合ですか!!?」

 

「大丈夫大丈夫。あいつああ見えてベテランだし。そう簡単に死ぬタマじゃないって」

 

 怒りと焦りが混じった形相で、声を張り上げて凛を動かそうとする葵だったが、凛は相も変わらずだ。

 すると、バリィンッ!! 何かが割れた様な音が響き渡る。葵が咄嗟に空間内を見ると、魔女を圧縮しようとしていた水晶が破られてしまった様だ。魔女の周囲には、ガラス破片の様な無数の小さい欠片が、キラキラと光を放ちながら舞っている。

 対峙する茜はというと、その様子を見て、ガックリと肩を落としていた。解放された魔女はそのまま茜に接近すると、前足を高く上げる。

 

(そろそろか……)

 

 凛が右腕のボウガンに矢を装填する。矢には多くの魔力が込められているのか、通常より強く光を放っていた。

 実は、凛は茜を敢えて囮にすることで、魔女の注意を引き付けて貰ってる内に、自分は物影から魔女を攻撃しようとしていたのだ。魔女は茜を攻撃することに夢中で、こちらには一切気付いていない。絶好の勝機だ。

 凛がたった今、ボウガンに番えた矢は、魔力を多く込める事で形成される『貫通性』の高い矢だ。一発、当たれば魔女の巨体に風穴を開けて、一気に瀕死状態に持っていける。

 凛が、右腕を空間内に居る魔女に向けて伸ばした瞬間――――ぎょっとする。

 

 

 

「もう、見て居られない!!」

 

 

 

 なんと、攻撃を受けようとしている茜に向かって突進している葵が居た。それを見た凛が一瞬、攻撃を忘れて、固まる。

 魔女の攻撃を避けようとしていた茜も、不意に葵の声が聞こえたので振り向くと、自分に向かって走ってくる葵を見て、硬直した。

 

「来ないで!!……あ」

 

 避ける事を忘れて葵に警告する茜。

 それが、仇となった。振り下ろされた魔女の足が、茜の頭上目掛けて振り下ろされる。瞬間、轟音と同時に、床から土煙りが舞った。

 

 

「……ッ!!」

 

 我に返った凛が、咄嗟に貫通矢を発射する。矢は魔女の頭部に命中して風穴を開ける。穴は小さいものだったが、急所を攻撃された魔女は奇怪な喘ぎ声を挙げながらゴロゴロと転がって苦しみ始めた。

 だが、凛は魔女よりも、今しがた攻撃を受けた茜と葵の事が気になった。

 そもそも、使い魔程度で恐怖していた葵だ。そんな彼女が、魔女を前にして、こんな命懸けの行動をするなど思ってもみなかった。自分の読みが甘かった事を痛感し、歯噛みする。

 

 果たして、二人は……無事だろうか?

 

 

 

 

 

 

「いった~~~い!!」

 

 一方、茜は地面をコロコロと転がり、数メートル先で起き上がった。

 振り下ろされた前足の攻撃で頭から潰されたと思われた彼女だったが、寸前で身体が横に吹っ飛んだので避ける事ができた。

 

「よかった……」

 

「!!」

 

 直後、前方から弱々しい声が聞こえた。見ると、葵が床に突っ伏しているではないか。

 ハッとする茜。さっきの衝撃は、彼女が自分の身体を攻撃を受ける寸前で付き飛ばしたからではないか。

 

「間に合った……」

 

「ちょっと! どうしてこんなことを……わっ」

 

 すぐに葵に走り寄り、さっきの行動の真意を問いただそうするが、その前に猛烈に迫ってくるものを感じた。

咄嗟に葵を抱えて、飛翔する茜。刹那、彼女達が居た場所に魔女の前足が横切る。

 だが、魔女はその行動を予測していたのか、あらかじめ振り上げていた別の足を斜め下に払い、打ち落とそうとする……が、その足に数本の矢が刺さり動きを止める。

 

「逃げな」

 

「凛ちゃん!!」

 

 声が聞こえた。茜が飛翔している状態でそちらを見ると、いつの間にか、魔女に接近して右腕を伸ばしている凛が居た。

彼女の言葉を受け、茜は空間に隅に逃げようとするが…………瞬間、茜と葵にネバネバの白い糸が絡みついた。

 

「うわ……!」

 

「ひぃ……!」

 

 気色悪い感触を全身で味わいながら、二人の顔に不快感が浮かぶ。

更に、空中で動きを止められてしまった事が災いし、床に勢い良く落下する。

身体中に絡みついた糸が、クッションになってくれたお陰で、ダメージを受けずに済んだが、このままでは動けない。

 魔女の標的は、攻撃を貰った凛では無く、茜と葵に定めたままだった。まずは弱い連中から喰らおうという算段だろうか、

魔女はゆっくりと、近づいてくる。

 

「凛ちゃん!!」

 

 茜は大声で叫ぶ。後は凛に任せるしかない。だが……凛はというと、右手をダラリと下げて、銅像の様に棒立ちしている。

 

「凛さん……!」

 

 茜にしがみつきながら、葵が祈る様に言葉を絞り出す。

魔女はやがて、二人の目と鼻の先まで近づくと、前足の毛でネバネバの糸に包まれた二人を絡め取った。

そして、自分の方へ引き寄せると、大きな口を開ける。口の中には上下に巨大な牙が何本も見えた。あれでバリボリと噛まれたら溜まったものではない。

 

「ちょっと凛ちゃああああああああああああん!!??」

 

「凛さ―――――ん!!」

 

 恐怖を覚えた茜が必死に絶叫する。葵もそれに倣うかのように大声を張り上げた。だが、凛は依然として棒立ちしたままだ。

やがて、魔女の口がゆっくりと閉じていき、巨大な、そして鋭い牙が、二人の頭と足に迫ってくる。

二人の顔が絶望に染まる。

 

 

 

 柳 葵と、日向 茜。両者の命は、たった15年という短い年月で、幕を下ろそうとしていた。

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

「~~~~~~ッ!!!」

 

 突然、魔女がけたたましい叫び声を挙げたかと思うと、前足で捉えていた二人をポロリと落として、地面に突っ伏した。

葵は唖然とするが、茜は気付いていた。

 

「凛ちゃん!」

 

 凛の方を向き、歓喜の声を挙げる茜。凛は相変わらず棒立ちのままだったが、さっきと違うのは、右腕を伸ばしていた、という点だ。

 実は、凛は魔女の標的が自分に向かっていないことに気付くと、好機と見て、矢に魔力をチャージし始めた。魔女が二人を喰らおうとする寸前に、『貫通矢』が出来上がったので、それを魔女の頭部に当てたのだ。

 魔女の米神には、二つ目の風穴が空いていた。急所を二度もやられれば、流石の魔女も生きてはいない……消滅してグリーフシードになるのを待つだけだ。

 

「~~~~~~ッ!!」

 

 凛は目を見開く。魔女はまだ生きていたのだ。全身をバタバタ動かして起き上がろうとする。頭部に二つも風穴が開けられた状態で、凛の方へ顔を向けると、顔面に貼り付けた無数の藍色の目玉で睨みつけてくる。

 

「なんて執念……!」

 

「チッ……しぶとい奴」

 

 茜が口をあんぐりと開ける。凛は忌々しげに舌打ちを打つと、疾走。魔女に真正面から立ち向かおうとする。

魔女が口から、糸を吐き出すが、凛は飛翔して避けた。そのまま、魔女の頭頂部に乗ると、右拳を魔女の頭に押し付ける。

 

「いつまでもこの世にしがみついてんじゃないよ……」

 

 低い声で凛が呟く。

 

「くたばれ」

 

 刹那、凄惨な光景が展開された。

 凛は、魔女の頭部に向けて矢を放つ。すると、魔女の頭が割れ、色んな絵具を混ぜた様な色合の体液が噴水の様に吹き出し、凛の身体を染めた。だが、凛はそれを意に介さず、頭の裂け目に手を突っ込むと、更に矢を連射。やがて、魔女の顔中に穴が空き体液を流していく。

 バタバタともがく魔女だったが、遂に耐えきれなくなったのか、ピタリと動かなくなった。

 

 

 

「やったー! 勝ったよ葵ちゃん!!」

 

 魔女が絶命したのと同時に、茜達の身体を包んでいた白い糸も消滅した。解放された茜はピョンピョン跳ねながら歓喜する。

 

「え、ええ……」

 

 一方、葵は、余りにもグロテスクな魔女の死に様に衝撃を受けてしまい、硬直していた。身体は既に自由だが、動かす事ができない。

 

「なんとかなった」

 

 前方から声。凛が魔女の頭から飛び降り、こちらに歩み寄ってくる。

その姿を目の当たりにした葵が、思わず「うっ!」と口を塞いでしまった。

全身が、魔女の体液で濡れていた。顔も、衣装も、靴も、至る所全てを気色悪い色合で染めた凛は、さしずめホラー映画のゾンビさながらだ。

 凛は、葵が自分を見て不快感を抱いた事に気付くと…………にへら、と愉快そうに笑った。

 

「うらめしや~~~~……なんちゃって」

 

「うぐっ!!」

 

「凛ちゃん! 洒落になってないから! 完全にR-指定だよそれ!!」

 

 凛がおどけて見せるも、葵は顔を歪めて目を背けた。すかさず茜がツッコミ入れると、凛も流石にやり過ぎか、と思った様で、バツが悪そうに頭を掻いた。

 

 

 やがて、景色がゆらゆらと揺れて行く。

 景色が現実に戻ると、凛の全身を染めていた体液が消滅した。それを確認した茜と凛が変身を解く。

 

 

「あ~あ、取れちゃった」

 

「何で残念そうなのよ……!」

 

 どこかガッカリした様子の凛を、茜がジト目で睨みつけるが、凛は無視して目の前の地面に落ちている物体、グリーフシードを拾い上げた。

 一方、葵もようやく立ち上がった。二人を真剣な表情で見つめる。

 

「あの、有難うございました! お二人がいなかったら、どうなっていたか……」

 

 礼儀正しくお辞儀をして、二人に感謝を述べる葵。

 

「でも、なんとも無くて良かったよ」

 

「そうそう。…………いきなり、飛び出した時はどうかしたのかと思ったけど」

 

 二人は安心した声色で言う。だが、凛のどこか棘を含んだ台詞が、葵に刺さった。

 

「凛ちゃん!」

 

「いや、あれは……」

 

 茜は凛を叱るが、凛は聞く耳を持たない。

 葵は顔を俯かせた。あの時、咄嗟に身体が動いてしまったのだ。凛の言う通りにしていれば、安全に魔女を倒す事ができたというのに、彼女の考えに気付かず、茜を助けようとして飛び出してしまった。

 

「ま、まあ、あのぐらいの攻撃だったら、全然避けられる余裕は有った、かも……」 

 

「うっ」

 

「あたしも安全地帯から魔女を始末できた」

 

「ううっ……」

 

 茜と凛の発言を聞き、申し訳無さで身体が震える葵。

 結果的に、自分の後先考えない行動が、二人を危険に晒してしまったのだ。そもそも、茜と凛も魔法少女ではベテラン。二人に全部任せれば安全だという事は、考えればすぐ分かる筈だった。

 

「でも、あんた、大した奴だよ」

 

「え?」

 

 突如、凛からそんな言葉を掛けられ、葵はハッと顔を上げる。

 

「使い魔であんだけビビってたのに、魔女相手に危険を顧みずに行動できた。あたしには真似できない」

 

「そうそう、あたしも最初はビックリしたけど、誰かを助ける為にあんな真似ができるなんて凄い事だと思うんだ」

 

「そ、そんな……」

 

 葵の行動を称賛する二人。葵は若干頬を染めながら、謙遜する。まさかベテラン魔法少女の二人からそんな言葉を貰えるなんて思ってもみなかった。何せ自分は二人の足を引っ張ったに過ぎないのだから。でも、褒められて嬉しくない筈が無く、照れてしまった。

 

「――――あんたさ」

 

「はい?」

 

 と、そこで凛が声を掛けてきた。葵が凛の顔を見る。どこまでも青く、力強い眼差しが、自分を射抜いている様に感じた。

 

「魔法少女になろうって……考えてない?」

 

「っ!!」

 

 それを聞いて、葵の頭に鈍い衝撃が走る。

 

「どうしてそんなことを……?」

 

「さあ、なんとなく、かな?」

 

「なんとなくって……」

 

「でもあんた、魔法少女の素質はあるから、もしかしたら、と思ってね」

 

 なんとなくで聞く質問なのだろうか。だが、凛は相当勘が良いらしく、自分の胸中に有る物を良い当てられてしまった。

 確かに、魔法少女になるべきか否か――――篝あかりの言葉を受けてから、今まで悩んでいた。

何せならなければ、親友が絶望して死ぬ、らしい、からだ。

 だが、使い魔を見ると恐怖で膝が震えるし、思いつきで行動して、魔法少女の足を引っ張ってしまうし、何より――――凛が怖かった。命の危険すら楽しむ彼女。彼女の様にならなければ生きてはいけないのだろうが、はっきり言って自分には無理だ。

 

「確かに、ある人の言葉を受けて……なろうかな、って思った事はありました。

 でも、魔女は怖いし、凛さんみたいにこ…………強くは、なれないですし……正直、今は、なりたくありません……」

 

 うっかり、『怖く』、と言いそうになってしまったが、寸手で訂正できた。

 

「そうか」

 

 凛はホッ、と安心した様な息を付く。

 

「それでいい。魔法少女になんてならなくていい」

 

「え?」

 

「普通に生きていけるなら、そっちの方が全然いいよ。魔法少女は、あたしみたいなのが成るんだからさ」

 

 凛は微笑んでいた。魔女空間で見せた時の様なものではなく、心の底から喜んでいる様だった。

 

「凛さん?」

 

 葵は首を傾げた。てっきり、魔法少女に誘うつもりなのかと思ったので、拍子抜けしてしまった。

 

「凛ちゃんの言う通り。あの行動力が有ったら、世間のどこでも生きていけるって!」

 

 茜は、何処か安堵した様子で葵に声を掛けた。

 

「でも、決めたからには、魔法少女に絶対になっちゃダメだよ!!」

 

 が、直後に、顔を険しくして、葵に釘を刺す。

 

「は、はい……」

 

 自分よりも小柄だが、とてつもない迫力を感じた葵は、完全に気圧されてしまった。

と、そこで、葵は魔女の結界内で、凛に聞きそびれた事を思い出し、再度質問してみる。

 

「そういえば、凛さんとこのチームって、何人なんですか?」

 

「4人だね」

 

 4人ということは、纏の他にもう一人居るということだ。

 

「あと一人が、最年長でリーダーなんだけど……本当にとんでもない奴だよ」

 

「ど、どんな……?」

 

 凛にすらとんでもないと言わしめる存在……それは恐らく地獄の鬼の様なものか、と葵は思ってしまった。

 

「メスゴリラ……いや、もうゴリラ通り越して『ゴジラ』だね」

 

「かろうじて人間に例えるならネアンデルタール人ってとこかなあ?」

 

「地球上の生物に当てはめんのが間違ってる。あれはもうナ○ック星人だね」

 

「…………」

 

 茜と凛のやりとりを聞いて、葵が絶句する。ゴジラ、○メック星人……最早宇宙生物の域に達している、にもかかわらず、魔法少女である。

 ……頭が混乱してきた。とても容姿が想像できない。

 

「ま、次に魔女に襲われた時にあえるかも」

 

「ちょっ……! 恐い事言わないでくださいよっ!!」

 

「冗談冗談。魔女はそんな頻繁に襲わないから大丈夫」

 

「遅かれ早かれ、襲われる事は確定しているんですね……」

 

「凛ちゃん……」

 

 洒落に成らない事を言ってヘラヘラと笑う凛に、葵と茜は頭を抱える。

 そして、一緒に帰路に建つ3人だったが、茜は深山(みやま)町ということで途中から別れた。凛は紅山(べにやま)町出身だが、今日は白妙(しろたえ)町に用事があると言って、そちらへ向かって去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『柳 葵、彼女が魔法少女の候補か』

 

 夕日が照らすアスファルトの上を、一人歩く葵。それを建て物の上から眺めている影があった。影は小さく、猫の様な姿をしている。

 

『素質はあるが、今は魔法少女になる気は無い様だね。叶えたい願いも無く、意志も弱い。だが――――もし、それを見出した時は』

 

 影の両眼が、真紅に輝く。

 

『迷わず、僕達の出番とさせて貰おうか』

 

 影は誰に向けるでもなく、そう呟くと、背中を向けて何処かへ去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 という訳で魔女の結界内――魔女戦編です。
書いてる内に、予想以上に魔女がしぶとくなってしまいました。
(背中の羽で飛翔する魔女とか、魔女の攻撃から葵を庇って腹をブチ抜かれる凛とか書きたかったんですが、長くなるのでやめました)

 纏、凛、茜、次回はいよいよ彼女達のリーダーとなる魔法少女が登場します。
多分誰かはもうお気づきになっていると思いますが、まあ、中々個性的なキャラです。


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 #03__魍魎の庭に飛び込む勇気はあるか A

 土曜日。世間一般では休日である。空は雲ひとつない青天で太陽は燦々と輝き、小鳥も呑気そうにゆったりと翼をはためかせながら空を飛んでいるのが見える。外出するのには丁度いい天気だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平和を象徴する様な青空を、いつまでも眺めていたかった。なのに――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒャッハアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 けたたましい咆哮が両耳に響き渡り我に返る。刹那、爆音。何処からか飛来したミサイルが、ビルの屋上に激突すると、爆炎を撒き散らした。爆風によって身体が吹き飛びそうになるが、必死で耐える。煙が晴れると、今度はバラバラと銃撃音が響いた。咄嗟に頭を伏せて目を閉じる。薄らと目を開けると、飛来した銃弾が次々と床に弾痕を作っていくのが見えた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

「はああああああああああはあああああああああああ!!!」

 

 再度響き渡る咆哮。顔を上げると、二人の少女――――というよりは、少女の姿をした獣みたいなのが激しくぶつかりあっていた。

一方が機関銃の様な物を構えて、乱射すると、もう一方は、巨大な盾を構えて突進。

機関銃の雨が激しくぶつかるが、巨大の盾は全てそれを明後日の方向へと弾いた。機関銃を構える方が目を見開くと、巨大な盾を構えた方は一気に相手に肉薄する。

 

「…………っ!!」

 

 そんな戦争映画さながらの世界に、巻き込まれた少女――――美月 縁は思った。

 

 

 

 

 ――――何で私、こんなところにいるんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、土曜日の早朝に時間は巻き戻る。

 

「眠れなかった……」

 

 自室のベッドからむくりとだるそうに身を起こす縁。

 目の下にクマを作り、非常にぐったりとした様子で彼女は呟いた。

 

 

 

 

 思い返すのは、前日の出来事だ――――

 

 

 誘われた魔女の結界内で、使い魔が自分に覆い被さって、首を絞めてきた。

親友や纏の前では明るく振る舞っていた彼女だったが、命の危険を身に感じた恐怖はそう簡単に拭いされるものではない。

 

 その夜、就寝の時間になったので、目を閉じようとするが、あの時の恐怖が何度もフラッシュバックする。

その度に、死の恐怖が蘇っていき、目が開く。そして、また閉じる。

 

 それを繰り返していくこと数時間――――ようやく、寝つけたと思ったら、今度は夢にあの光景が現れた。

 

 ガバッと起きる縁。同時に、全身に悪寒が走る。ガタガタと震える身体を両手で抑えると、今度は顔に違和感を覚えた。左手で顔を撫でてみると、ヌメリとした感触があり、ゾッとした。撫でた左手は大量の水分が付着して濡れており、縁は自分が大量の冷や汗を掻いているのが分かった。

 結局、眠ることすら恐くなった縁は、仕方なく、階段を下りて台所に向かう。そして、冷蔵庫から水を取りだすと、それをコップに注いで飲みほした。

 

「ううう……」

 

 縁は頭を抱えて、その場で蹲る。

 彼女は基本的によく眠る子だ。長くて12時間、短くても9時間は眠っている。縁にとってきちんと『睡眠を取る』ということは、一日を生きる上で必要不可欠な行為だ。

 それを遮られてしまった今の彼女の苦悩は計り知れない。

 

「うううう……」

 

 とは言え、このまま台所で蹲ってもしょうがないし、両親がトイレで起きてきた場合は驚かれるので、縁はか細い呻き声を挙げながら、両足をズルズルと引き摺り、自分の部屋まで戻っていった。

 その様子はまるでゾンビの様であった。

 

 

 結局、寝付けないまま、朝が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそぉ~~……!」

 

 居間にて、窓から見える燦々と輝く太陽を睨みつけながら、縁は忌々しそうに呟いた。

 基本的に怒らないのを、信条としている縁だが、流石に一睡もできなければイライラするのが普通だ。

 

「縁、言葉が汚いぞ、せめてうんこにしろ」

 

「うんこ~~……! ってちょっと!?」

 

 後から男の声が聞こえる。その言葉に乗せられてしまった縁は、その男性にノリツッコミを返す。

男性は、愉快そうにケラケラ笑っていた。

 

「わっはっは! 相変わらずだなあ縁は」

 

「お父さぁ~ん……昨日眠れなかったんだから、からかうのは勘弁してよぉ~」

 

 縁は涙目になってガックリと肩を落とす。

 彼女の父親――――美月正輝(みつき まさき)は普段は緑萼市の駅前に有る大手の会社に勤めるサラリーマンであるが、土日は休みなので家に居る。会社では営業マンとして、真面目に働いている彼だが、家に居る時は、娘相手に下らない冗談を言って楽しんでいた。

 父親の冗談を聞いて思わずノリツッコミをしてしまった自分。自分がアホなのは彼譲りだろうか、と縁は恨めしく思い、父親を睨む。が、彼は気にせずガハガハと豪快に笑っていた。

 そんな下らない事を思っていると、台所の方から、縁と同じ桃色の髪の女性が現れた。

 

「あら縁、おはよう」

 

 縁とよく似た容姿の女性が、挨拶する。縁とは違って、髪は腰程まで有る。

 女性は焼いた食パンや、サラダが盛られた皿が乗った御膳を、居間のテーブルまで運んだ。

 

「おはよう、お母さん」

 

 縁が女性に挨拶する。

 女性の名前は、美月 緑(みつき みどり)。縁の母親である。父親とは対照的に、真面目で落ち着いた雰囲気の女性だった。

 余談であるが、以前、縁は自分の容姿が母親の若い頃にそっくりだ父親から聞かされて、喜んだが、性格は若い頃の父親そっくりだと母親に言われて絶望したことがあった。

 

「今日は良い天気だなぁ縁」

 

 食パンを頬張りながら、父親が窓の外を眺めてそう呟く。

 

「そうだね……」

 

 縁は死んだ魚の様な目付きでそう呟く。頭が正常に働かない。

 

「どうしたの。元気無いわね縁」

 

 母親が心配そうに問いかける。

 

「眠れなくって……」

 

「……珍しいわね」

 

 寝る子は育つ、を身で現す縁が、まさか眠れなくなる日が来るなんて思いもよらず、母親は目を見開いて驚いた。

 

「何か有ったの?」

 

「まあ、ちょっと……」

 

 縁は苦笑いして呟くが、その目は笑っていなかった。

 謎の化け物に襲われて死に掛けました、なんて話を両親に伝えた所で、『怖い夢を見た』程度で片付けられるのがオチだと思ったからだ。

 

「……ふむ」

 

 父親も流石に心配になったのか、深刻な表情を浮かべた。口を結んで顎に手を当てて、考え込む。

しばらくすると、意を決した様に、口を開いた。

 

「よし、気分転換に、家族全員で出かけようじゃないか!!」

 

「……おい」

 

 何でそうなる。自分は一睡もしてないんだぞ。どこか連れて行ったところで疲れが増すだけだ。家で大人しく横にさせろ。

 縁が心の中で、父親に対する呪詛を呟く。本当は口に出したかったが、精神的疲労が困憊しているせいで出せなかった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ちらりと母親を見ると、彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。こうなった場合の父親を止められるのは家族には居ない。

 父親は、縁の気持ちを知らずに、ちゃっちゃっと朝食を済ませると、外出の準備をし始めた。

その様子を見て、自分が何を言おうと始めから出かける気だったのだろう。

諦めるしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 車に揺られる事、三十分。縁達が辿り着いたのは、緑萼市駅前に有る大型ショッピングモールだ。

店内には、映画館、ホールでは度々芸能人によるショーが行われ、屋上には小型の遊園地が設置されている。

そのため、休日は老若男女構わず人で溢れていた。

 

「…………」

 

 それをぼんやりと、死んだ魚の目付きで眺める縁。一応身支度は整えており、財布が入ったショルダーバッグも方から下げている。

 車に乗ってる時も、寝ようと試みたが、父親が際限なく喋り捲るので不可能であった。

 

「よ~し、行くぞ~~!!」

 

 父親は元気溌剌な様子で、ショッピングモールへ向かっていく。彼は、年不相応にゲームマニアであり、この店のゲームセンターで、一通りのゲームをプレイすることを何よりの楽しみとしていた。

 縁も普通だったら、ノリノリで父親に付いていって一緒にゲームを楽しむのだが、今日はそういう状態でない。

 

「縁、もし辛かったら、休んでても良いわよ」

 

「うん……そうする」

 

 隣に立つ、母親の言葉を聞き入れ、縁はショッピングモールの裏口から入ろうとする。

 

 

 

 

 

 駐車場と、店の入り口を挟む道路を渡ろうとした瞬間、事件が起きた。

 

「?」

 

 入口の近くの道路脇で、バイクに跨りながら、スマホをいじっていた黒いヘルメットを被った男性が、突如バイクを発進させた。

 

「!?」

 

 バイクは勢い良く縁達の傍に近づく。驚いて立ち止まってしまった縁だが、次の瞬間、バイクに跨る男は右手を伸ばしてきた。そして、縁のショルダーバッグの紐を掴むと強引に取り上げて走り去ってしまった。

 

「縁、大丈夫!?」

 

 ショルダーバッグを奪われた時に、身体が引っ張られてしまい、その場で転ぶ縁。

母親が慌てて駆け寄るが、縁はすぐに、起き上がると走り去るバイクの後部をキッと見た。

 

「こんのっ……」

 

 あのバッグは高校入学の時に、父親がプレゼントしてくれたものだ。

 それを容赦無く奪ったひったくり犯。死んでいた縁の脳内に闘志が宿る。

 

「待てええええええええええええええええええええええええ!!!」

 

「縁っ!?」

 

 縁が咆哮を挙げて、疾走する。母親が咄嗟に止めようとするが、間に合わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てええええええええええええ!!!」

 

 縁が全力疾走して、ひったくりを追いかける。

 しかし相手はバイクだ。追いつける筈が無く、次第に姿が小さくなっていく。

 更に……

 

「うっ……」

 

 突如、意識が遠のく感覚に襲われた。

 

「……!!」

 

 足が鉛の様に鈍重になり、思う様に動かなくなった。急停止したためにバランスが崩れ、勢い良く地面に前のめりに倒れる縁。

 

「…………」

 

 そのまま、縁の意識は暗い闇の底に沈んでいった。

 

(ああ……真っ暗だ……)

 

 意識が段々と闇に呑まれていくのを感じながら、縁は頭の中でポツリと呟く。

 

(私……このまま、死んじゃうのかな……)

 

 そう考える縁の頭に、物ごころが付いた頃からの思い出が走馬燈の様に走る。

最後に浮かんだのは、家族と、友達と、親友の笑顔であった。

 

(みんな……さようなら……)

 

 残りの意識が闇に呑まれる寸前、縁は大切な人達に別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 哀れ。この作品の主人公は、たった15年の短い年月で、人生の幕を下ろしてしまった。

しかも、死因が寝不足――――馬鹿馬鹿しいことこのうえない。一周忌も経てば、家族以外からは笑い話にされるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縁は夢を見た。

 

「ここって……!」

 

 ギョッとする。そこは、昨日の魔女結界の中であった。

 

「……っ!?」

 

 身体を動かそうとするがどうも可笑しい。頭は動くのに、身体は金縛りに遭った様に全く動かせない。

一体自分の身に何が起きているのか、縁は頭を動かして状況確認しようとする。

そして、首を横に向けた時に見えた姿に、悪寒が走った。

 

 

 

 ――――あの使い魔だ。

 

 

 

 昨日自分を襲った英国紳士の姿をした使い魔が居た。彼は、何も無い顔を縁に向けているだけだったが、彼女にとってはそれだけでも、恐怖心を煽ぐのに十分だった。

 

「ひいっ……」

 

 途端、涙目になった縁が呻き声を挙げて、その場から逃げようとするが、身体を動かすことができない。

 

 ――――また、昨日の様にされるのか。

 

 縁の脳裏の絶望の二文字が浮かんだ。首を必死に動かす。せめて、誰か居て欲しい。だが、残念な事に、使い魔以外は誰の姿も確認できなかった。

 再び使い魔の姿を見遣ると、使い魔はゆっくりとした足取りで近づいてくる。

 

(……もうおしまいだ)

 

 それを悟った瞬間、縁の目から大粒の涙が零れる。使い魔に殺されるのをこのまま待つしかないのか。

刹那、

 

 

 

 

 

「ウッホ―――――――――!!」

 

 

 

 

 

 

「!?!?」

 

 獣の咆哮が聞こえて、縁は困惑する。使い魔も驚いたのか、動きを止めた。

首を動かすと、使い魔が立つ反対側の方向に、それは居た。

 

「うっほ♪」

 

 それは愉快そうな表情を縁に向けていた。縁はその姿を見た瞬間、唖然。

 

「…………ゴリラ??」

 

 全身から銀色の体毛を生やした、筋骨隆々のそれからは、とてつもない力強さと頼もしさを感じた。

何故か、縁はこのゴリラが自分を助けにやってきたのだと、直感で思った。恐怖心が消え去り、安堵する。

 

「うっほっほ」

 

 銀色のゴリラは縁の全身を縛っていた縄を掴むと、強引に引きちぎった。

自由の身となった縁は、ゴリラに抱きつく。

 

「ありがとう、ゴリラさん!!」

 

「うっほ」

 

 銀色のゴリラはペコリと頭を下げた。どういたしまして、と言いたいのだろうか。

ゴリラから離れ、反対側を見ると、使い魔はあたふた足をバタつかせて背中を見せて逃げようしていた。

 

「やっちゃって!!」

 

「うほ」

 

 縁が指示を下すと、ゴリラは待ってましたと言わんばかりに、使い魔に飛び掛り、全身を紙くずの様にバラバラに引き裂いた。だが、倒した直後に、大量の同じ使い魔が上から降ってきた。

 

「あんなに、沢山……どうしよう」

 

「うっほ!」

 

 うろたえる縁だが、銀色のゴリラは任せろ、と言わんばかりに、胸を叩いた。

すると、何故か背中にチャックが現れ、それを自分で開ける。

 

「えっ……?」

 

 縁が呆気に取られた瞬間、チャックの中から、巨大な爬虫類の怪獣――――ゴジラが現れ、口から巨大な炎を吐くと、一瞬で大量の使い魔を消し炭にした。

 

「すごい……!」

 

 縁が驚いていると、ゴジラは後を振り向き、縁に向かってサムズアップした。

縁もそれに答える様に、サムズアップを返す。

 やがて、魔女の結界は消え失せ、広大な花園と、雲ひとつない空が広がった。縁は歓喜の表情を浮かべて、ゴジラに近づくと、再び勢い良く抱きつく。

 

 

 かくして、縁を襲っていた悪夢は正義のゴリラ(ゴジラ)によって、消え去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んん?」

 

 縁が目を覚ますと、そこは、公園の中であった。公園の中央に聳え立つ大きな木の下にあるベンチ。そこで自分は寝ていた様だ。

 ゆっくりと身体を起こすと、目の前に見えたものに、縁は目を見開く。

 

「ゴリラさん!?」

 

 思わず驚いて大声を挙げる縁。そう、先程自分を助けてくれた銀色のゴリラが目の前にいるではないか、

 

「はあ?」

 

 ゴリラが、人間の女性の様な声を出して、怪訝な表情を浮かべてこちらを見下ろす。

 

「ん? ……んん??」

 

 夢の中でウホウホとしか鳴かなかったゴリラが普通に人間の声を発した事が不思議に思い、縁はゴリラをまじまじと見つめる。すると、ゴリラの姿が徐々に消え失せ、代わりに大きな人の姿が現れた。

 

(人……っていうか、女性?)

 

 

 人の姿を上から眺める。夢の中のゴリラと同じく、長い銀髪を垂らしていたが、その胸には豊かに実った双球があった。

 その女性は整った顔つきをしているが、鋭い獣の様な目付きをしている。

一瞬それに睨まれている様に思えて、縁は顔を強張らせる。

 そして、ようやく状況を理解した。目の前のゴリラ――――もとい銀髪の女性は自分を介抱してくれたのだろう。ベンチに寝かせてくれたのだ。

 どうやら自分は、寝ぼけて幻覚を見てしまってたらしい。

 命の恩人に対して、いきなりゴリラと呼ぶなど恥知らずも良いとこだ。睨まれるのも仕方が無い。縁は咄嗟に頭を下げた。

 

「あ、あの、いきなりゴリラなんて呼んでしまって、すみません!!」

 

「ゴリラってお前……」

 

 女性は獰猛そうな銀色の目を細めて、ギンッと光らせた。それに身震いする縁。

 

「……せめてゴジラって呼べ」

 

「えっ?」

 

 そして微妙にズレた突っ込みを返されたので、縁は桃色の目を丸くした。

 

 

 

 

 

 

 

 




出勤直前に焦って書いたら、色々アホな内容になってしまいました。
でも、その時のノリでないと、作れないものもあるので……ううむ。

例の如く、長くなったので分けます……。


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     魍魎の庭に飛び込む勇気はあるか B

ストックが溜まったので投稿させて頂きます。



 

 

 

 

 

 

「う~ん、美味しい!!」

 

「そうか、そりゃよかったな!」

 

 縁は大柄な女性から手渡されたお握りを幸せそうに頬張る。女性はそれを見て満足気に笑った。

 長い銀髪、大柄の体躯に、獣のような鋭い目付き、簡素な黒いTシャツとGパンを着ており、首から髑髏のネックレスを下げている―

 

 ――――どうみても、不良そのものな容姿の女性は『萱野優子(かやの ゆうこ)』と名乗った。

 

 実際、彼女は不良ではなく、白妙町に有る定食屋の看板娘だそうだ。

 食材の買い出しに緑萼市に出かけたところ、たまたまひったくりを追いかけて、気を失った縁を発見し、介抱したのだという。

 縁が気が付いた頃にはすっかり、公園の時計の時刻は正午を刺していた。よく寝たお陰で、縁の頭は冴えきっていたが、お腹が空いてしまったようで、グゥ~~、と腹の虫が鳴った。

 それを聞いた優子が、呆れた表情を浮かべながらも、弁当として携帯していたおにぎりと、スポーツドリンクを手渡してくれた。

 おにぎりは、米の炊き加減、塩の味付けが程良く、母親が作ってくれたものや、コンビニで購入するものとは別格に感じた。

 

 やがて、おにぎりを食べつくした縁だったが、ある事に気付きハッとなる。

 

「……そうだ!」

 

「今度はどうした?」

 

 表情をコロコロ変える縁を可愛く思う一方で、忙しい奴だな、優子は思った。

 

「ひったくりにバッグ取られちゃったんです!! あれが無いと」

 

「それってこれか?」

 

 焦る縁の言葉を遮って、優子が自分の隣に置いてある物体を見せる。それを見た縁の表情がパアッ、と輝いた。

 

「そうです!! これです――――っ!!」

 

 縁は優子が差し出した物……ショルダーバッグを勢い良く抱き締めた。

 

「優子さ~~~~~ん!!本当にありがとうごじゃびゃす~~~~!!」

 

 縁は感激の余り、涙を滝の様に流しながら、優子に抱き付く。

 ……当然のことながら、涙を大量に流すということは、鼻水も大量に流れるので、優子の衣類に付着する形となった。

 

「うわあっ! 鼻水出てるぞっ! 定食屋にとって人の体液ってのは何よりの天敵なんだっ!!」

 

 優子は慌てながら、抱き付く縁を引っぺがすと、ポケットからティッシュを取りだした。

縁はそれを受け取ると、紙を大量に取りだして、チ――――ン!! と勢い良くかんだ。

 

「あんま勢い良くかむと、耳痛めるぞ……」

 

 優子が忠告するが、縁は聞こえない。

 しばらくすると、鼻水は収まり、縁はもう一度、優子に向かってお辞儀した。

 

「ありがとうございます。でも、どうやって、ひったくり犯から取り戻したんですか?」

 

「ああ、それはな、魔法しょ……っ!!」

 

 うっかり何かを言いそうになってしまった事に気付いた優子は慌てて、両手で自分の口を塞いだ。その様子に怪訝な表情を浮かべる縁。

 数泊間を置くと、再び口を開く。

 

「魔法……みたいに、バイク野郎を取っちめて、取り返したんだ」

 

 バイク野郎は警察に突き出したけどな、と最後に付け加えて、満面な笑顔を浮かべる優子。

 

「へえ~~、すっご~~い!! まるで魔法しょ……っ!!」

 

 今度は縁が、勢い任せで何かを言いそうになり、慌てて両手で口を塞いだ。

 だが、優子はそれを聞き逃さなかった。

 

「……お前、今、何て言おうとした?」

 

 縁はギクリと、肩を震わせた。

 瞬間、優子の顔つきが変わる。驚いた様な、困惑した様な、どちらとも取れる表情だ。

同時に、彼女が纏う雰囲気もピリピリと張り詰めて行く。

 

「ま……スーパーヒーローって言おうとしたんです……」

 

 目線を反らし、苦笑いを浮かべながら、縁が呟く。だが、冷や汗がダラダラ垂れているので、優子には誤魔化しているようにしか聞こえなかった。

 

「おいコラ待て待て!! スーパーヒーローの『ス』の字も無かったろうが!! お前今『魔法少女』って言おうとしたか!? そうなんだろ!?」

 

 優子が縁の両肩を掴んで、グラグラと揺らしてくる。あまりの勢いに、縁の意識は再び飛びそうになった。

 

「言ってませんって~~~~~~~!!」

 

 揺らされながら縁は震えた声を挙げる。

 

「いやいやいやいや確かに聞こえたぞ!! 優子さんの地獄耳を舐めるなよ!?」

 

 優子は揺らしながら問いかけてくる。縁は拙い、と思った。このままだと正直に白状するまで揺らされてしまう。

 だが、『魔法少女』という単語を聞いて慌てふためく優子が気になった。

どうやら、彼女は魔法少女について何か知っている様だ――もしかしたら魔法少女なのかもしれないが――が、ここまで必死になる理由が理解できない。

 

「……そこまで、萱野」

 

「ふにゃにゃ~~……」

 

 ふと、どこからか第三者の制止する声が聞こえた。優子が縁を揺さぶるのを止めて、そちらを見る。

 そこには、灰色の髪をボブカットにした、白いポンチョとショートパンツを身に付けた、小柄で大人しそうな少女が居た。

解放された縁は、目をぐるぐるにして、気の抜けた声を挙げながらベンチの上に倒れ込んだ。

 

「……狩奈か、何の様だ」

 

 優子は来訪者をギンッと睨み据える。ベンチに身を預けながら縁は不思議そうにお互いを見遣った。

どうやら顔見知りの様だが、友人……とは違う様だ。二人の少女の纏う雰囲気は電気の様にビリビリと張り詰めて居るのを感じた。

 

「……昨日、『私の』陣地の魔法少女が二人、やられた」

 

 狩奈と呼ばれた少女は、どこか眠たそうに細めた目付きで、自分より遥かに大きい体躯の優子を見据えながら、淡々と喋る。

縁には、彼女の言葉の意味が分からなかったが、何やら只ならない事態になっているのは間違いない。

 

「……宮古、あいつのせい」

 

「証拠は?」

 

「逃げ延びたのが、蒼く光る矢に襲われたと言った……」

 

 それを聞いた優子は、そんなことか、と言わんばかりにわざとらしく溜息を吐いた。

 

「凛から聞いたが、お前のシマの下っ端共が、新人相手に恐喝していたそーじゃないか。

 凛がそういうのを許せない奴なのは知ってんだろ? アタシに問い詰めるよりも、自分の管理能力の無さを直した方がいいんじゃないか」

 

「でも、宮古が暴れたのは事実」

 

 それに、と狩奈は呟く。

 

「下っ端の不始末は私の責任。私があとであいつらを処罰するつもりだった。余所の陣地の貴女達に手を下してもらう必要性は……無い」

 

 相変わらず淡々とした口調だが、その言葉尻には強靭な意志が籠っていた。だが、優子はフッと笑う。

 

「その前に、何も知らない新米の子が酷い目に遭っちまったら元も子もねえだろうが。

 凛はそいつを助けて、そっちの馬鹿どもをこらしめて丸く収めたんだ。感謝される理由は有っても、責められる理由はねえよなあ?」

 

 優子はフン、と鼻を鳴らして問いかける。

 

「もう、話しても無駄か……」

 

 狩奈の周囲に風邪が吹き荒れる。右手の薬指に填められた指輪から、卵の形をした宝石が現れる。

 

(ソウルジェム……!)

 

 縁がそれを見て驚いた瞬間、狩奈の身体を灰色の光が覆った。思わず目を塞ぐ縁。

しばらくすると、光が収まり、狩奈の姿が露わになる。

 

「……」

 

 縁はそれを見てギョッとする。

 軍人の様な衣装を纏い、真黒な軍帽を被った少女がそこに居た。なお、両腕の袖と、両足の裾は捲られており、白く綺麗な生腕と生足が露出していた。

 

「おいおい白昼堂々やろうってかあ? ち、まあ、しょうがないか」

 

 対面する優子も、忌々しげに呟くと、同じ様に右手の中指に填められた指輪から、宝石――ソウルジェムを発現させた。

 

(やっぱり!)

 

 縁をそれを見て確信する。彼女もやはり魔法少女だったのだ。道理で『魔法少女』の単語に強く反応した訳だ。

 なんであんなに困惑したのかは分からないが……。

 優子の巨体を銀色の光が包むと、やがて光が収まり、魔法少女姿の優子が出現する。

銀色のマントを背負い、胸囲は分厚い鉄の鎧で覆われている。が、胴周りは黒いタイツで覆われており、下半身は銀色のミニスカートで、両足もまた、黒いタイツを着こんでいた。

 

「おい、狩奈、分かってるだろうが今日は日曜日だ。アタシとやろうってんなら、せめて人が居ないところで――――」

 

 優子が背中に手を回すと、巨大な棒状の物体を取り出して、そう注意しようとする。

 狩奈もまた、腰のホルスターから一丁の拳銃を抜いた。

 

「黙れ」

 

 刹那――――無表情だった狩奈の表情が、豹変する。うす開きに細められた両目を、カッと強く見開いた。

 

 

 

「…………このド腐れチンパンジーがあああああああああああッッッ!!!!」

 

 

 

 眉間に皺を大きく寄せて、声が枯れるぐらい大きく叫ぶ。血走った眼から、猛獣の如き眼光が放たれる。

 ありったけの猛気と同時に、発砲。弾丸を優子へ見舞った。

 

「ちょ、うおおおい!?」

 

 優子は慌てて獲物を盾にしてガードして、銃弾を弾いた。と、そこで周りを見渡す。

 

「何だアレ?」

 

「仮○ライダーか、スーパーヒーローショーかな」

 

「やっべ! あんなん初めて見たぜ!」

 

 周りには、何事かと、公園で遊んでいた子供達がぞろぞろ集まっており、自分達に注目している。

 

(まずい……!!)

 

 魔法少女が一般人に姿を見られるのはタブーだ。ましてやこんな喧嘩に巻き込んでしまえば、間違い無く阿鼻叫喚の事態になる。  

 

「ヒャアアアアアアアアッハアアアアアアアアアッ!! 散れェッ!! 消えろォッ!! 潰れろォッ!! ハチの巣に成りたく無かったら私にひざまづけええええええええええええええッ!!!」

 

 変身前の無表情で大人しそうな印象の少女はどこにもいなかった。飢えた獣と化した狩奈は、拳銃を発砲しながら快笑を響かせる。

 

「コノヤロ……!」

 

 銃弾を弾きながら優子は忌々しく、目の前の少女を睨みつける。

 

「おい、あの小っちゃいねーちゃんヤバクね?」

 

「頑張れでっかいねーちゃん!!」

 

 目の前の戦いが、ヒーローショーだと思い込んでいる子供達は、そんな優子の苦悩など露知らずに二人を囲んでどんどん近付いてくる。

 

「くっそ……」

 

 冷や汗を流す優子。

 場所を変えるか……そう思った優子は、目の前で何が起きているのか理解できずベンチの上で硬直している縁に駆け寄ると、その身体を抱え上げた。

 

「……へ?」

 

 突然の事に、目を丸くする縁。次の瞬間、視界から一気に地面が離れた。

 

「ひええええええええええええ!!」

 

「ヘッ……逃がすかあ!!」

 

 優子が縁を抱えて、10m以上高く飛翔する。恐怖の悲鳴を挙げる縁。狩奈はそれを見て、不敵に口の端を歪めると、同じく飛翔して追撃する。

 

「おお、何だアレ、すっげ~!!」

 

「何処まで行くんだ!?」

 

「っていうかあのベンチのねーちゃんも、ショーの一員だったんだな! 分かんなかったぜ!」

 

 子供達は飛び去ってゆく二人(と、それに巻き込まれた一般人)を見ながら歓声を挙げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 という訳で、魔法少女vs魔法少女、勃発でございます。

 狩奈の魔法少女衣装……ドイツ軍服っぽく描きたかったんですが、絶望的なまでに自分の表現力が無い為断念しました。
 優子さんの衣装は、このすばのダクネスさんっぽい衣装に、環いろはの魔法少女衣装を足して二で割った感じです。

 次回投稿は、一週間ぐらい間をおくかもしれませぬ……。


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     魍魎の庭に飛び込む勇気はあるか C

ストックがやばいけど、一週間経ちましたので投稿させて頂きます。
#04、早く書き上げなきゃ……!(活動報告参照)


 

 

 

 

 

 

「ここなら安全か……」

 

 優子が公園の近くの高層物――20階ほどあるマンション――の屋上に着地すると、抱えていた縁をその場に下ろした。

 

「あの……一体何が……?」

 

 縁はぼやくように問いかける。その顔には困惑が浮かんでおり、何が起きたのか解ってない様子だ。

 

「ああ、あいつとアタシは別のチームでな。対立関係って訳だ」

 

「対立って……魔法少女同士でですかっ!?」

 

 優子の言葉に縁が仰天のあまり大声を挙げる。

 纏から、魔法少女同士で争うこともあるとは聞いていたが、実際に目の当たりにすると、驚く他に無い。

 

「ああ。つっても、ウチらと違って連中の規模は桁違いだから、滅多に争うことは無いんだが……因縁を付けられちまったな」

 

 優子がバツの悪そうに頭を掻く。

 

「因縁って……でも、優子さんのお仲間は正しい事をしたんじゃないですか?」

 

 縁は先程の優子と相手の会話を思い出した。

 優子の仲間の『宮古』という名前の魔法少女が、相手のチームの魔法少女に絡まれていた新米の魔法少女を助け出した、というのは理解できた。

 

「そりゃそうだ。アタシも凛も間違っちゃいない。悪いのは、新人から巻き上げようとする連中だ。――――だが、連中を指揮する奴が拙かった」

 

 優子はビルの屋上の端にある、()()から身を乗り出すと、周囲を警戒する様に見渡しながら、苦笑いを浮かべる。

 

「あの女、狩奈はリーダーの一人だが……相当ヤバイ奴だ。

 普段は大人しいが、何かと因縁を付けてはああやって喧嘩を仕掛けてきやがる。

 しかも、あいつ魔法少女になると――――『変わる』からな、厄介この上ない」

 

 奴とだけはなるべく戦う事は避けたかったんだがな、と優子は付け加える。

 

「そういえば、お前――――」

 

 不意に何かに気付いた優子が縁の方をじっと見る。

 

「魔法少女じゃないようだが、魔法少女の事を知ってるみたいだな」

 

 その言葉にギクリとする縁。

 

「えっ? あっ……はい」

 

「お前、出身は?」

 

 優子が威圧感を込めた瞳で縁を見下ろす。その迫力に気圧されながらも、縁は口を開いた。

 

「桜見丘市街からです……」

 

「市街から!? ってことは『アイツ』と同じか!?」

 

 地名を出した途端、優子は強い反応を示した。目を丸くして問いかけてくる。

 

「『アイツ』……?」

 

「ああ、アイツって言うのは……」

 

 優子が首を傾げる縁の質問を答えようとした。

 

 

 ——————————瞬間!!

 

 

 

 

 

 

 ――――バァンッ!!

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 縁の目が見開く。耳をつんざくような爆音。これは――――まさか、

 

「銃声だ!! 伏せろ!!!」

 

 優子の叫び声。同時に彼女の巨躯が縁の身体に覆い被さった。

どこからか飛んできた銃弾は、幸い二人には当たらなかったが、近くの床を抉り、弾創を産み出した。

 

「……大丈夫か?」

 

「はぁ~~~~い……」

 

 優子が起き上がり縁に声を掛ける。優子の巨体に押しつぶされたせいで、危うく意識を失い掛けた縁は、両目をぐるぐるに回しながら、情けない声で返事をする。

 

「い、今のはぁ~~、いったい……?」

 

 朦朧とした意識のまま縁が問いかける。既に臨戦態勢に入った優子は、険しい顔つきで答えた。

 

「狩奈だ……あの野郎……!」

 

 優子は忌々しく狙撃を行ってきた犯人の名を呟くと、屋上のヘリから少し顔を出して、周囲をキョロキョロと見渡した。

 

(既にどっかで構えてやがるって訳か……予想以上に早いな、クソッ!!)

 

 心の中で吐き捨てると、再びヘリに顔を隠し、背後でクラクラしている縁に顔を向ける。

 

「おい、アンタ、縁って言ったな!?」

 

「……!! あ、ハイ!」

 

 急に大声で呼ばれた縁の意識が覚醒。ハッ、となって姿勢を正す。

 

「じゃあ縁、なるべく()()()()()()()()()()っ!!」

 

「ハイ!! ……えっ!?」

 

 優子からの指示に、思わず威勢の良い返事をしてしまった縁だったが、その内容に不思議な点がある事に気付く。

 

「ど、どういうことですかっ!? わ、私、無関係ですよねっ!?」

 

 そもそもこの戦いは優子と狩奈の因縁から勃発したものである。魔法少女でない自分には関係ない筈だ。

 『この場から逃げろ』ならともかく、『自分から離れるな』とはどういうことなのか? 

 

「奴は……狩奈は手段を選らばねえ!!」

 

 優子が焦燥の混じった顔で吠える。

 

「っ……!!」

 

 手段を選ばない――――——その言葉に薄ら寒いものを感じた縁の顔が、サーッと青褪める。

 

「アタシと一緒に居るところを見られちまったからには、奴はお前も狙ってくる筈だ! 殺しはしないが、人質にはしてくるだろう!!」

 

 だから、お前を一緒に連れてきたんだ――――と、優子は苦々しさの混じった表情で伝える。

 

「完全にそれヤクザだか犯罪者のやり方ですよねっ!? 魔法少女じゃないですよねっ!? っていうか私助かるんですかっ!? ねえ!?」

 

 恐怖に陥った縁が、両眼にいっぱいの涙を浮かべながら、優子に縋りついて喚く。

 

「落ち着け」

 

 優子は縁に近づくと、彼女の両肩をグッと掴んだ。その力強い――――夢の中のゴリラが向けたのと全く同じ――――眼差しを彼女の顔に向けて、言い放つ。

 

「巻き込んだ以上、責任はアタシにある。必ずお前は、親の所へ返してやる」

 

 必ず助かるという確証は無い。だが、その力強い眼差しと、言葉には、とてつもない頼もしさが感じられた。この人と一緒なら大丈夫かもしれない、という安心感を縁に与えた。

 縁の頭が冷えていく。強く掴まれた両肩は少し痛かったが、お陰で震えが止まった。

 

「お願いします!」

 

 縁も真剣な表情を浮かべて、力強い眼差しを優子に返した。それを受けた優子がニッと笑う。

 

「おう! とにかく、今は、奴をやりすごす方法を考えるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、優子達のいるマンションとは向かい側の――と言っても、100mは離れている――ビルの屋上で、軍服姿の少女、狩奈 響は獲物のスナイパーライフルを構えていた。

 

「クソボケが……脳みそまで猿並だな」

 

 ギラギラと血走った目でスコープを覗きながら、狩奈は舌舐めずりする。

 実は先程、公園内で発砲したのは、優子をあの場から遠ざける為のハッタリに過ぎなかった。公園に居る一般人を巻き込むつもりは、狩奈には毛頭無かったのである。

(とは言え、優子と親しげに話していた少女に関しては、優子が放置したら、即座に人質に取るつもりであったが)

 ハッタリは功を成し、焦った優子は、咄嗟に公園の近くにあるマンションへと飛んだ。

 今日は日曜日であり、時刻も丁度昼飯時だ。普段は人気の無い路地裏でも、人が疎らに居る。よって、戦う上で安全な場所と言えば、高層物の屋上しか無いと思ったのだろう。

 しかし……そこまで誘き出す事が、狩奈の仕組んだ罠だった。

 

「テメェから袋のネズミになりやがったァ……!」

 

 狩奈はくつくつと低い笑い声を響かせる。

 高層物の屋上――――人も居らず、障害物もさしてないそこは、狩奈の十八番である『狙撃』を行う上では最高の場所であった。

 更に、狩奈が今居るビルは40階、優子達が居るマンションの屋上を真上から見下ろす事ができる。

 

「さあて、萱野よォ…………」

 

 スコープ越しに目をギラリと光らせながら、狩奈が呟く。

 

「ぶっちゃけ、ウチのクズどもを宮古が撃った、なんてこと、ハナッからどうでもよかったんだよ……。

 テメェをこうして真正面からブッ潰してもいい理由が欲しかっただけなんだ、コッチはよォ……」

 

 狩奈が所属するチームからすれば、優子率いる魔法少女チームはたった4人しかおらず、吹けば飛ぶ様な存在である。

 しかし、少人数で且つ、新興勢力でありながらも、彼女達の勢いは非常に血気盛んであり、加えてリーダーの萱野優子、サブリーダーの宮古凛の強さは、狩奈のチームの下っ端の魔法少女20人分にも匹敵する。その実力は『最高幹部』である自分達を一度は下した事がある程だ。

 このまま、野放しにしておけば、間違い無く優子率いるチームは自分達を脅かす天敵に成り得るだろう。故に、狩奈にとって彼女達は目の上のタンコブであった。

 本当なら手勢を率いて、直接乗り込んで叩き潰したいところであったが、

 

(それは竜子が許してくれないからなァ……)

 

 最愛の親友であり、自分のチームの『総長』を務める少女――――彼女の顔に泥を塗る様な真似を自分がする訳にはいかなかった。

 そういう意味では、宮古凛には感謝している。彼女が下っ端共を襲撃してくれなければ、こうして萱野を潰せるチャンスに巡り合う事はできなかっただろう。

 

「ゴートゥヘル。覚悟しろよ……萱野。先に仕掛けてきたのは宮古なんだからな……テメェにはリーダーとしてのけじめを付けて貰うぜぇ……」

 

 呟きながらも、狩奈は、スナイパーライフルの照準を優子の頭に定めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうするんですか?」

 

 優子が頼もしい魔法少女なのは確かだ。

 だが、依然として自分達が敵にスナイパーライフルで狙われているというアクション映画の主人公が出くわす様な状況の中にあることに変わりはない。

 身体を小さく丸めて、頭を両手で抱えながら、優子に泣き付くしかない自分を、縁は情けなく思っていた。

 

「……奴は銃、アタシはバット……。はっきり言って、相性は最悪」

 

 優子も同じく、巨体を小さく屈めながらも、銃弾が飛んできた方向キッと睨み据えたまま呟く。しかし、その顔には冷や汗が浮かんでいた。

 

「————よし、ちょっと奴と話してみる」

 

 だが、縁の方へ顔を向けて、あっさりとそんな事を言う。

 

「……え? でも、どうやってっ!?」

 

 一瞬、目が点になる縁。

 相手は遠く離れた場所で、狙撃しているのだ。話し合うにはまず近づかなければならないが、狙われている状況でそれを行うのは無理ではないかと思い、抗議を挙げる。

 

「まあ、見てろ」

 

 優子は一度、銃弾が飛んできた方向を――正確には、自分達が立っている場所の向かい側にある高層ビルを――ギンと睨む。

 直後、小さく身体を丸めて蹲った。

 

 

 

 一方、狩奈は……、

 

(動きが止まった、観念したのか……?)

 

 依然としてスナイパーライフルのスコープ越しに、マンションの屋上に居る二人を血走った眼で凝視する彼女だったが、標的である優子が突然、身を屈めたまま動かなくなったので不審に思う。

 

(だが、容赦する気はないぜ、萱野よォ……!)

 

 だが、スナイパーライフルの照準を外す気は無い。

 身体に風穴を3つぐらい開けてやろう、と狩奈はライフルの引き金に指を掛ける。

 すると……、

 

(おい、狩奈っ!!)

 

「……!!」

 

 頭の中で怒声が響き渡り、引き金の指が止まった。声の正体は『テレパシー』、そして声の主は、萱野優子だ。

 

 

 『テレパシー』とは魔法少女の基礎能力の一つだ。自分の思考を、魔法を使って相手に直接伝える事ができるコミュニケーションツールである。 

 これによって魔法少女は、遠く離れた仲間とも連携を取ることが可能である(有効範囲は、魔法少女一人につき、半径100m程度とされている)。

 また、一般人の多い場所で、魔法少女同士の会話を行う場合もこの方法が用いられる。

 

 

 スコープ越しに見える優子を睨む。未だ彼女は蹲ったままだ。

 

(どうした? 命乞いをする気になったかァ?)

 

(ちげーよこのイカレ脳みそ! こんな真昼間から銃ブッ放しやがって、どーいうつもりだあっ!?)

 

(ハッ!)

 

 狩奈もテレパシーを使って、罵ってやると、優子の焦った声が返ってくる。自分の行動を咎めている様だが、鼻で笑ってやった。

 

(馬鹿が、それはお前が一番分かっている筈だ)

 

(なにぃっ!?)

 

(時間なんざ関係ねぇんだよ……私達魔法少女同士が出会ったらやる事は只一つだろうが……)

 

(ッチ!)

 

 優子のテレパシーから舌打ちが聞こえる。狩奈は最初から話し合いをする気など無かったのだ。

 

(潰されるか……潰すかだッ!!)

 

 再び引き金に指を掛ける狩奈。

 

(本当にイカレてんのかお前は!? こっちは一般人もいるんだぞっ!?)

 

(安心しろ、そいつには手を出さない。但し……『下手に』動かなければの話だがな……。

 そいつが謝って私の射線上に移動でもしたら、風穴が一つ開く……かも……)

 

 一般人を傷つけてはならないのが魔法少女の暗黙のルールだが、魔法少女同士の闘争に巻き込まれた一般人を無傷で返すのは難しい。

 

(そうか……)

 

 優子は低い声で呟くと、暫し沈黙。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 しばらく這い蹲りながら、物言わぬ状態となっていた優子だったが、突如、顔色を変えて立ち上がった。

 

「ゆ、優子さん?」

 

 縁は困惑な表情で優子を見つめる。

 無理もない。相手がどこか遠くから銃で狙っている状況下であるにも関わらず、自ら全身を晒す行為をしたのだ。自殺行為と見られてもおかしくない。

 

「悪い……縁。たった今、テレパシーで話してたんだが、交渉は決裂だ」

 

 優子はほんの一瞬だけ、縁を見る。

 

「……っ!!」

 

 その顔を見た縁が、思わず息を飲む。それは先ほど彼女に見せた気前の良い笑顔からは、明らかに一変していた。

 ――――般若だ。般若の如き怒りの形相が、目の前に存在していた。

 

「できれば奴とは穏便に済ませたかったが、今のを聞いて気が変わった。

 ……あいつは本気で叩き潰してやるぜ。イカレた頭ごとなぁ……」

 

 獣が唸る様な、低く響き渡る声が、縁の全身を震わせた。

 ……訳が分からないが、狩奈が優子を怒らす何かを言ったらしい。恐らく、『テレパシー』とやらで……。

 それが具体的にどういったものなのか、縁は気になったが、今は聞ける雰囲気では無い。

 

 

 

 一方、狩奈は……

 

(ハッ、袋のネズミがッ!! いよいよ恐怖で頭がイカレちまったかァッ!?)

 

(…………)

 

 スコープ越しに優子が立ち上がるのを確認した狩奈は嘲笑を浮かべながら、挑発をテレパシーで送るが、返答は無い。

 

(返す言葉も無くなったかァッ!? くたばれ萱野!! 宮古が暴れたツケをテメェの身で支払って貰うぜッ!!)

 

 引き金に掛けた指の力を更に込める狩奈。このままスナイパーライフルから銃弾が発射されれば、優子の身体に風穴を開ける事は間違いない。

しかし……、

 

 

 

 

(…………袋のネズミはテメェだ狩奈)

 

(ッ?)

 

 

 

 

 暫く沈黙していた優子から開口一番、そんな言葉が飛んできて狩奈は一瞬、引き金を引くのを止めてしまう。

それが、隙となった。

 

 

(うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!)

 

 

「!!??!!??!!??」

 

 

 突如、テレパシーから獣の咆哮の如き雄たけびが響いた。その大音声は凄まじい破壊力を以て、脳に強い衝撃を与えてきた。

 

「くっ、くっ……!? ……!!」

 

 脳が頭の中でグワングワン激しく揺さぶられているようだ。口から泡を噴き、意識を手放しそうになる。

後ろに仰け反って倒れそうになったが、足を踏ん張って寸手で耐えた。

 

「ぐっ!」

 

 ガバッと起き上がり、再びライフルのスコープを覗く。マンションの屋上に萱野優子と少女の姿は……………無い。

 

「クソッタレ! どこへ逃げやがった……!?」

 

 照準をマンションの外側に向けるが、それらしき人物は見当たらない。

 

「チッ……だが、どこへ逃げても無駄だぜ萱野」

 

 今現在、魔法少女同士で満足に戦える場所といえば、高層物の屋上しかないのだ。別の建物の屋上に逃げたとしても、再び自分は更に高い場所を陣取って狙撃の的にする。優子に成す術が無いのは事実なのだ。

 そう思っていた。

 

 

 

「————誰が逃げたって?」

 

 突如()()()()()から低い女性の声が聞こえてくる。

 

「ッ!?」

 

 狩奈が思わずスコープから目を離し、顔を下に向けた。そこには――――

 

 

 

「オラアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 なんと、一般人の少女を小脇に抱えながら、ビルの壁を伝い走っていく優子の姿があった!!

 

 

 

「ひいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 

 ……ちなみに少女の方はというと、当然のことながら、恐怖の余り、両目から大粒の涙を流し、泣き叫んでいた。

 

 

 

(こ、コイツ……本物のバカか……!?)

 

 狩奈は呆然となるが、すぐにライフルの銃口を下に向けて、壁を走って迫ってくる優子に発砲する。

しかし、咄嗟に照準を定めずに撃ってしまったために、弾丸は明後日の方向へ消えてしまう。

 優子の足はそのまま屋上へと辿り着く。刹那――――大きく飛翔。狩奈の小さな身体に、一瞬、影が掛かり黒く染めた。

 優子は狩奈の真後ろへ、ドスンッ、と大きな音を立てて勢い良く着地すると、間髪入れずに大きな手を伸ばして、彼女の首根っこをグッと掴んだ。そのまま、高く持ち上げる。

 

「萱野ォ……!!」

 

 恨めしそうに奴の名前を呟く狩奈。

 

「言っただろうが、本気で叩き潰すってなぁ……」

 

 萱野優子は顔を怒りで歪めながら、首を掴んだ右手に力を込める。メキメキと骨が軋む音が聞こえてくる。

 一方、優子の左脇に抱えられている状態の縁は、その音が不快に感じて両耳を塞いだ。こんなのを聞いたら、また眠れなくなる。

 

「萱野おおおおおおおお!!」

 

 スナイパーライフルだと大きい為、後ろに向かって撃つことはできない。よって狩奈は左手に拳銃を召喚した。

それをくるりと回転して、逆さまに掴むと、引き金を引こうとする。

 

「優子さん、危な」

 

「オラァッッ!!」

 

 それを見ていた縁が咄嗟に警告しようとするが、それよりも早く、優子は仮奈をコンクリートの床に思いっきり叩きつけた。

 狩奈の頭から血が流れだし、コンクリートの白い床を赤く染める。

 

「あぁ~~……」

 

 その惨状を目撃してしまった縁の顔から血の気が引いていく。

 

「大丈夫だ。魔法少女はあれくらいじゃ死なないって」

 

「死なないにしても、むごすぎるぅ~~」

 

 優子はケロリとした様子で言うが、縁は両目を瞑って顔を背ける。切れた額からだらだらと血を流し、ピクリとも動かない狩奈————長く見てると目に焼き付いてしまいそうだ。

 

「優子さん達っていっつもこんなことしてるんですかぁ~?」

 

 両目を瞑ったまま、優子に尋ねる縁。

 

「今日はどっちかっていうと温い方だよ」

 

 物言わぬ状態の狩奈に背を向けて少し距離を置くと、縁を左脇から解放し、さも平然といった様子でそう教える優子。

 

「ぬ、温い方って……」

 

「こいつらと初めてやりあった時なんかもっと………………!!!」

 

 

 

 

 

 

 刹那—————パァン、と銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……」

 

 優子の背中に鈍い衝撃が走る。

 

「優子さん!? ……!!」

 

 突如響いた銃声と優子の呻き声に、まさかと目を開く縁。

 映り込んだのは、苦痛に顔を歪めながらよろめく優子、銃声が聞こえた方向を見ると、顔中を鮮血で染めながらも、勝ち誇った笑みを浮かべる狩奈————その左手には、先ほど召喚した拳銃が握られていた。

 

「そんな……!?」

 

「ヒャッハッハッハッハッハッハッハ!! 引っ掛かりやがったな馬鹿猿がァ! 私をヤるにはまだ足りねぇなぁ!!」

 

 驚愕する縁には目もくれず、狩奈は快笑を響かせる。

 

「……狩奈、テメェ、どこまでもイカレた野郎だ……」

 

 優子は足を踏ん張り、倒れそうになった身体を抑える。縁が見たところ、背中を撃たれた筈だが外傷は見当たらない。おそらく、鎧の固い部分に当たって弾かれたのだろうか。

 優子は全身を向けて、自分を不意打ちした張本人を怒りの形相で睨みつける。

 

「さぁ来いよ萱野、第二ラウンドとしゃれこもうぜ……!!」 

 

 立ち上がった狩奈が、待ってましたと言わんばかりに残忍な笑みを浮かべて、優子と睨めっこする。

そして、左手の拳銃を捨てたかと思うと、両手に魔力を漲らせ、新たなる武器を召喚した。

 機関銃とロケットランチャーを召喚した狩奈は、ロケットランチャーを背中に背負うと、機関銃を両手で構え、優子に向ける。

 

「上等だ! 覚悟は出来てんだろうなぁこの野郎!!」

 

 優子も、獲物である極太な鉄製の棒を狩奈に向けると言い放つ。

 

「…………ヒャッハアアアアア!!」

 

「…………うおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 両者は暫く睨みあうと、雄たけびを挙げながら激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 一人置いてけぼりな縁はただただ茫然と見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




畳もうと思ったら、長くなってしまったでござるの巻。

……どうしよう、書いてる内に約二名10代の女の子じゃなくなってしまったorz

狩奈さんは色々重火器を扱うキャラですが、ぶっちゃけ描写はテキトーです。
今回は色々矛盾があるかもしれないと思うので、ご意見はどんどんくださいませ。

Dパートに続きます。次回は一応決着編です。


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     魍魎の庭に飛び込む勇気はあるか D

 

 

 

 

 

 そして、話は冒頭に戻るのであった。

目の前で繰り広げられる激闘は、魔法少女同士————というよりは、怒りに燃える野獣と、狂った重戦車の争いの様であった。

 

(――――何で私、こんなところにいるんだろう?)

 

 自分はただ家族と買い物に来ただけなのに。

 縁にできることといえば、ただ何も無い青空を見上げて、現実逃避をするだけであった。

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 極太な銀色のバットに魔力を込めると、形状が『盾』の様に変換する。自身の巨体よりも大きいそれを構えながら、優子は突進を仕掛けた。

 

「ッ!」

 

 狩奈は機関銃を乱射するが、優子が構えた盾によって全て弾かれる。ならばと思い、機関銃を下ろすと、背中にぶらさげていたロケットランチャーを両手で引き上げると、前方に向けて構える。刹那、ランチャーからミサイルが発射。

 

「ヤバッ!?」

 

 優子も、流石にこれは自分の盾では防ぎきれないと思ったのか、ミサイルが当たる寸前に横に転がって回避する。ミサイルは優子の後方の床に落ちると大爆発。近くに居た縁が、爆風で吹き飛ばされそうになるが、必死に地面に這い蹲って耐えた。

 

「だ、大丈夫か!!」

 

 咄嗟に後ろを振り向いて声を掛けると、縁からは「だ、だいじょうぶで~す……」と情けない声が返ってくる。

刹那、再び機関銃の乱射音。優子は慌てて顔を戻すと、巨大な盾を構えて受け止める。

 優子の顔に焦りが見え始めた。

 

(まずいな……やっぱりアタシじゃ奴との相性が悪い)

 

 怒りの感情に身を任せた自分を優子は呪った。狩奈の機関銃からは絶え間無く銃弾が降り注ぎ、反撃する間を与えない。接近戦主体の優子にとっては苦い状況だ。更にロケットランチャーを撃たれては、自分は回避できたとしても、後方の縁が巻き込まれる可能性が極めて高い。

 

「ヒャッハアアアアアアアアア!!!」

 

 一方の狩奈は、優子の焦りなどお構いなしに狂笑を響かせながら機関銃を乱射してくる。顔中を血まみれにした形相も相俟って、地獄から這い出た幽鬼の様だ。

 

(あのバカ……、自分が分かってねえのか……)

 

 優子は、盾で身を守りながら、苦々しい表情を浮かべる。今の狩奈はハッキリ言って異常だ。優子を倒す事に熱中する余り、自身の胸元に食い込んでいる宝石――――ソウルジェムが黒ずみ始めていることに気づいていない。

 このまま、攻撃を続ければ間違いなく濁り切る―———即ち、『魔力が尽きる』ということだ――――。

 つまり、耐えていれば自然と狩奈は戦闘不能になり、優子に軍配が上がる。それで良いのかもしれない。

 

(だが……)

 

 相手が例えイカレ脳みその持ち主であっても、同じ魔法少女として、()()()()は阻止しなければならない。

 何故そう思ったのか、当の優子自身分からなかったが、そう思ってしまったのだから仕方が無い。

 

(アタシ一人じゃ奴を止められねえ……。誰か、誰かいないのか……!)

 

 テレパシーを発動して、周囲に呼びかける優子。自分は狩奈の攻撃を耐えながらも、一般人の縁を守らなければならない為、身動きが取れない。

 

(魔法少女なら誰でも良い。今すぐ、此処に来い)

 

 勿論、自分のチームメンバーだったら一番良いのだが、そんな幸運は巡ってこないだろう。だとしたら、狩奈と同じチームの魔法少女が、自分のテレパシーを受け取ってくれることを祈るしかない。

 『ドラグーン』最高幹部の一人、狩奈 響(かりな ひびき)が自分の魔力が尽きるのをお構いなしに、敵を倒そうとしている事を知れば、流石に止めに入る筈だ。

 そう思って暫くの間、テレパシーで呼びかけるも、周囲に魔法少女は居ないのか、中々捕まってくれない。

 

 

(優ちゃん?)

 

(…………………………………っ!!!)

 

 だが、一つの声が脳内に響いてきた瞬間、優子は目を大きく見開いた。

 

 

 

 

「どうしたアっ!! もう終わりか反撃してみろ!! じゃないと面白くないだろぉ萱野ォッ!!!」

 

 相変わらず機関銃を撃ちまくりながら、狩奈が挑発交じりの声を響かせる。

 

「…………待ったっ!!!」

 

「?」

 

 しばらく銃弾を盾で受け止めていた優子だったが、刹那、狩奈を静止する声を張り上げる。

 狩奈の機関銃から銃弾の嵐が止んだ。銃口は向けたままだが。

 

「…………降参だ」

 

 狩奈の攻撃が止まった事を確認すると、優子は掲げていた盾を床に捨てて両手を真っすぐ上空に向けて伸ばした。

 

「優子さんっ!?」

 

「ハッ!」

 

 それを見た縁の顔が驚愕に染まり、狩奈は鼻で笑う。

 

「何を言い出すかと思えば」

 

「頼む! 見逃してくれ!!」

 

 優子は床に両膝を尽き、頭が付くぐらいに深々と下げる。

 

「このまま戦いを続けたらじゃ、アタシはハチの巣だし、お前もソウルジェムの魔力が尽きる! お互いに不利益を被っちまう!」

 

「だからなんだァッ!? 私の魔力がどうなろうがお前の知った事じゃねえだろうがァッ!!」

 

 が、優子の提案を、狩奈は容赦なく切って捨てた。機関銃の銃口を、優子の後頭部に押し付けて怒号を鳴らす。

 

「…………『竜子』が悲しむぞ」

 

「…………うっ」

 

 その名を出された狩奈が、一瞬たじろぐ。同時に、困惑気に呻いたのを優子は聞き逃さなかった。

 

「だ、だったら! テメェの後ろにいるそいつを私に寄越せッ!! そうしたら見逃してやる!!」

 

「えっ……?」

 

 狩奈が自身の困惑を隠す様に、怒声を上げる。突然、矛先が自分に向いた事に縁の顔が驚愕に変わる。

 

「……分かった」

 

 優子はゆっくりと立ち上がる。機関銃の銃口は依然として向いたままだ。もし、自分に攻撃しようとする意志を見せれば、即座に撃ちぬくつもりだろう。だが、優子は狩奈に背を向けると、縁に向かってゆっくりと歩き出す。

 

「え、ちょっと、優子さん……!?」

 

 縁の顔が困惑に染まる。先ほどの「お前を親の所に帰してやる」という台詞――――あれを言った時の優子の眼差しは、今まで見たことが無い強い力を感じた。

 

 まさか、あれは嘘だったのか――――?

 

 そう思った瞬間、縁は背筋を氷に押し付けた様に冷たく感じた。同時に顔が絶望に染まり、青ざめていく。

あんな狂暴な魔法少女の手に自分が渡ってしまったら、何をされるのか、想像したくなかった。

だが、何よりショックなのは、優子が『保身の為に自分を売ろうとしている』という事実だった。

 

「……」

 

 やがて、優子は自分の目と鼻の先で立ち止まる。

 

「……!」

 

 優子の顔をじっと見つめる縁。彼女の顔は憮然としているが、どこか自分に対して、申し訳ない気持ちが浮かんでいるようにも見えた。

 

「……悪いな」

 

 優子は静かにそう謝罪を述べると、大きな手を縁に向かって伸ばす。

 

「!!」

 

 もうオシマイだ――――さようなら、お父さん、お母さん。

 

 人生で二度目の『死』が迫る瞬間を身に感じた縁はぎゅっと両目を瞑った。まぶたの裏に浮かんだのは、これまでの15年と数か月の日々の走馬燈と、家族や友人達の顔であった。

 自分の首根っこが、大きな手に掴まれた瞬間、両足がふっと軽くなる。見えないが、高く掲げられたのだろう。

 

「よし、イイぞ!! そいつを私に寄越すんだ萱野!!」

 

 相手の歓喜の籠った声が、縁の耳を貫く。

 思えば、彼女を初めて見たとき、可愛いと思った。自分よりも小柄で、細見の体躯。純白のポンチョで上半身を包み、銀に近い色のショートヘアをゆらゆらと揺らす姿は人形の様だった。優子と喋っている様子を思い出しても、決して饒舌とは言えず、寧ろ話が得意そうでは無かったし、表情も変化が乏しく固い印象を受けた。

 

 ――――まさか、魔法少女に変身した途端、ここまで変わってしまうとは。魔法少女、恐るべし。

 

 

「お前の負けだ。狩奈」

 

 

 そんなことを考えていると、突如優子の低い声が聞こえてきた。同時に、首根っこを掴んでいた手が離れる。

 

――――身体が宙を舞った。

 

 

 

 

「馬鹿かお前ええええええええええええ!!??」

 

 狩奈の驚愕の声が響いたのは、その直後であった。

 彼女の目に映ったのは―――――優子が右手に抱えた一般人の少女を、後ろに向かって放り投げる姿であった。

 少女はかなり軽かったのか、凄まじい勢いで宙を水平に飛んだかと思うと、やがて、マンションの外までいき、落下。

 

「な、なっ……なん!?」

 

 狩奈は優子の予想だにしない行動に唖然となる。

見た目に反してアマちゃんとも言える優子――――まさか残酷な真似をするなんて完全に想像の範囲外だ。

狩奈は成す術も無く、少女が落下する姿を茫然と見つめてしまった。

 

「何処見てやがるッ!!」

 

「!!」

 

 刹那、自分を呼ぶ声が聞こえて我に返る。振り向くと、巨大な拳が自分の目の前に迫っていた。

 

「ぐううううううううう!!!」

 

 それを顔面で受け止めてしまった狩奈は、口と額から血を撒き散らしながら吹き飛んでいく。そのまま屋上から落下すると思われたが、一歩手前で止まった。

 

「…………くっ、くっ!」

 

 狩奈は必死で体を起こそうとするが、肉体の損傷が激しく出血量も多い上に、機関銃の乱射やロケットランチャーの連発によって魔力を大きく消費してしまった為に、満足に動かすことができない。

 ようやっと、首を起こすと、目に見えた光景に愕然とした。

  

「ッ!!」

 

 まず、見えたのは、両足を開いた状態で、右拳を突き出している萱野優子の姿。

 だが、それには驚かなかった。彼女の後ろに居る『モノ』が見えた瞬間、大きく目を見開いた。

 

 

 ――――はっと目を引く美女が、そこに居た。

 後ろに束ねられた紫色の長髪は、風に揺れて舞っており、陽光を反射して輝いている。

 整った顔は、花が咲いた様な生き生きとした美しさ。

 くびれる所とふくらむ所がはっきりとした身体を、深い紫色のドレスで包んでおり、大きく開いたスリットからは艶やかに白い太ももが露出している。 

 

(あいつは……!?)

 

 まるで絵に書いた様な完ぺきな美女————ドラグーンには存在しなかった。

 

(…………菖蒲 纏………!!)

 

 そう。そこには――――ビルの外へ投げ捨てられた少女を抱えた、魔法少女姿の纏がいた!!

 

 狩奈が自分の敗北と、意識が薄れていくのを自覚したのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

「ま、纏さぁ~~~ん!?」

 

「間一髪だね」

 

 縁は両目から溢れんばかりの涙を流しながら、纏の首にガッシリと捕まっていた。纏は彼女を安心させるように柔らかい笑みを見せる。

 

「ナイス、纏!!」

 

 優子は後ろに首を向けると、纏に向けてニカッと笑って、グッと親指を立てた。

 

「はぁ~、優ちゃん、あのねえ……」

 

 纏は優子を見た途端、溜息を付いた。

 

「いくらなんでも、女の子を平然と放り投げるのはどうかと思うんだけどぉ~……」

 

 苦笑いを浮かべながら、纏は優子にそう指摘する。

 

「悪い悪い。でも、お前が居たから安心して放り投げられた」

 

「それはそうかもしんないけど、一歩間違ったら危なかったよ……。とにかく、女の子を危険な目に遭わすのはやめようよ」

 

 優子は謝るも、その表情は笑っていた。

 ああ、これは何を言っても駄目だ。それを見た纏はそう思ってガックリと肩を落とす。

 

「それにしても、何で纏さんが此処に?」

 

 不意に縁が頭に疑問符を浮かべて問いかける。

 

「うん、土日のお昼はいつもジョギングをしててね。こっち(緑萼市)まで走ってるんだよ」

 

「え? ちょっと待って……纏さんの自宅って」

 

「桜見丘高校の裏だけど。大体一時間くらいかなあ」

 

「そこからここまで一時間……車でも30分は掛かりますよ!」

 

 またもや魔法少女恐るべし、と思った縁であった。

 

「そういえば、優子さんって纏さんと、知り合いなんですか?」

 

「知り合いも何も、こいつ、アタシのチームメンバーだしな」

 

 優子が親指で纏を指すと、彼女はコクコクと首を縦に振る。

 

「……へ??」

 

 縁は目が点になる。

 

 

 

 その後、優子からざっくりと説明がされた。

 桜見丘市には主に4人の魔法少女がチームを組んで活動している。そのリーダーを務めるのが目の前に居る萱野優子であり、菖蒲 纏はチームメンバーの一人だ。4人の魔法少女は普段は、自分が住む町でそれぞれ活動しているらしい。

 対して、此処、緑萼市には60人規模の魔法少女を抱える大規模なチームが存在し、度々、余所の地域に圧力を掛けてくるらしいのだ。

 

 

 

「はへぇ~……!」

 

 60人規模!! 確かに桁違いだ。魔法少女がそんなに居るチームとは一体どういうものなんだろう。

アホな自分にはとても想像できるものではなかった。

 

「んん? ――――それにしても、優子さんがリーダー……ということは……!」

 

 首を捻り、自分の小さな脳みそをフル回転させる縁。

 優子は自分が桜見丘の魔法少女を束ねるリーダーだと言っていた。ということは、纏のことをよく知っているはずだ。

 つまり、彼女が、土日に緑萼市までジョギングをしているということも、どのコースを走っているのかも、知っていても不思議ではない。

 

「もしかして、優子さん……纏さんがここまで来るのを予想して、私を投げたんですかっ!?」

 

 思考がそこまで辿り付いた途端、縁が目を見開いて思わず声を張り上げた。

 縁から見た萱野優子の印象は……お世辞にも頭の良い人とは思えなかった。というか寧ろ脳みそに筋肉がついてるんじゃないかと思ってしまっていた。しかし、先の行動が計算づくであったとしたら話は別だ。

 強く、優しく、加えて頭の回転も速い……縁は優子がまるで、理想的なヒーローの様に見えた。

 

「まあな」

 

 優子は縁に向かってグッとサムズアップする。目をキラキラと輝かせて、視線を送る縁。

 一方、縁を抱きかかえたままの纏はジト目を浮かべる。

 

(嘘でしょ優ちゃん)

 

(…………ごめん)

 

 テレパシーでそう指摘されて、優子は固まってしまう。そしてテレパシーで謝った。

 実際は、()()()()ビルの近くを通りかかった纏が、優子のテレパシーをキャッチし、彼女から指示を受けて、先ほどの連携に至ったのである。

 

「そうだ、あの人! 狩奈さんは!?」

 

 縁が突然ハッと声を挙げると、優子の後ろに居る少女――――狩奈響を指さす。

 彼女は、屋上から落ちる一歩手前で、目をぐるぐるに回して伸びていた。変身が解けたのだろうか、服装も灰色の軍服ではなく、白いポンチョとショートパンツ姿に変わっていた。

 

「……あいつか、ほっときゃ誰かが連れてくだろ」

 

 優子は、素っ気なく返す。誰かとは狩奈のチームメイトの事だろうか。それを聞いて縁がムッと眉間に皺を寄せた。

 

「でも、傷だらけだし、このままにしとくのは可哀想ですよ! どこか病院へ連れていかないと……!」

 

 纏から離れて、縁は優子に抗議する。残っていた魔力が働いたのか、狩奈の額や口からは出血が止まっていたが、如何せん傷だらけの姿なのは変わりない。

 

「あのなあ、お前をこんな目に遭わした張本人だぞ。治したらまた襲い掛かってくるだろうが」

 

 優子は忠告するべく、声に威圧を込めて言うが、縁は一歩も引かない。

 

「でも、傷ついてるのを放っておいたら後味悪いですよ!」

 

 優子の鋭い視線をキッと睨み返しながら、縁は吠える。

 優子の言っていることは確かに正しい。相手は危険人物スレスレの魔法少女。しかしだ――――だからと言っても満身創痍の状態を放っておくことは、縁にはできなかった。そんなことをすれば、自分もまた彼女と同類になると思ったからだ。

 

「優ちゃん」

 

 傍らに立つ纏も、攻める様な視線を自分に向けてくる。彼女も縁の意見に同意らしい。両者から例え様も無い圧力を感じた優子は顔を俯かせると、ハア~、と溜息を付いた。もう、折れるしかない。

 

「わかったわかった。お前、優しい奴だな……」

 

 でも、と最後に優子は付け加えると――――ニィッと笑って、縁の顔を見た。

 

「気に入ったぜ……!」

 

「……っ!」

 

 その表情に、その言葉に、縁は心が震えるのを感じた。

 

「纏」

 

「らじゃー!」

 

 優子が纏に指示を出すと、彼女は、落ちる寸前の狩奈の身体をこちらまで引っ張る。そして、彼女の身体に両手を当てると、淡い紫色の光が発生した。紫色の光は、狩奈の身体を包んだと思うと、見る見るうちに、傷を塞いでいく。

 

「凄い……魔法少女ってこんなこともできるんだ……」

 

「いや、家のチームじゃこれができるのは纏だけだ」

 

 優子がぽつりと呟くが、縁は目の前の光景に目を奪われてしまっており、聞く耳を持たなかった。優子も特に気にせず、狩奈の治療を待つ。 

 やがて、紫色の光が収まると、そこには無傷の狩奈の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 狩奈がゆっくりと目を開けると、真っ青な青空が視界に広がった。

 

「私は……?」

 

 ぼんやりと、思考を整理する。

 駅前の公園で萱野優子を見掛けた自分は、奴の仲間である『宮古 凛』が『自分の手下の魔法少女を痛めつけた』事を口実にして勝負を挑んだ。高層物の屋上に誘い込み、有利に戦いを進めようとしたが、優子の予想外の行動の連発にペースを乱されてしまい、結果、敗北。

 そのまま意識を手放してしまったようだ。

 今、自分は固い床の上に背中を預けている。ゴツゴツとした感触。どうやら、ここは先ほど自分が意識を失くした場所のようだ。

 

(――――そういえば……)

 

 意識を手放す前は興奮し過ぎて、あまり気にしなかったが、萱野優子によって頭をゴツゴツした此処に叩きつけられたせいで、視界が血で覆われるぐらい出血したのを覚えている。

 右手でゆっくりと額を撫でる。ツルツルとした皮膚の感触。出血はしていない。それどころか、傷も無い様だ。よかっ――――

 

「っ!!??」

 

 狩奈はガバッと起き上がる。自分は『癒しの魔法』の使い手ではない。よって自身の魔力が出血を止めることは有っても、傷を完治させるまでには相当時間を掛けなければならない。

 額は出血量からして相当深く切ったのは間違い無い。だとしたら、『誰か』が自分を治したとしか思えない。

 起き上がった狩奈は前方を見る。そこに見えたのは――――よく見知った、眼鏡を付けた顔だった。

 

「『人間重戦車』のヒビキ……無様な姿ねぇ」

 

 そういって呆れた顔を浮かべながら溜息交じりにそう呟く少女。40階の屋上というだけあり、風が強く、少女の二つに束ねられた、三つ編みがユラユラと揺れている。

 

「あなたか……文乃」

 

 私を助けたのは――――と言う前に、文乃と呼ばれた眼鏡の少女は首を横に振った。

 

「不正解。治したのは菖蒲 纏であって、私じゃない」

 

「菖蒲が……?」

 

「萱野と一緒に居た一般人の女の子、居たでしょう? あの子が『貴女を助けろ』って萱野にしつこく迫ったのよ。ビックリね。あんな目に遭わした張本人を助けようだなんて――――おっと」

 

 文乃はわざとらしくハッとすると、口を手で塞いだ。だが狩奈は彼女が言ったことを聞き逃さなかった。

 

「『あんな目』……? 文乃……貴女は何処まで見ていたの?」

 

「あれ、そんなこと言った? 最後の方しか見てないけど……ってちょっと、怖いから……魔法少女の目で見ないでよ」

 

 いつの間にか狩奈は魔法少女時の目でギロリと文乃を睨みつけてしまったようだ。指摘されてハッとなり、視線を逸らした。

 

「どうして、助けてくれなかったの……?」

 

「手持ちのグリーフシードが無かったのよ。たまたま通りかかっただけだし」

 

 文乃は素っ気なく言うが、その目が笑っているのを見て狩奈は確信した。

 

 ――――それは嘘だ。

 

 最後しか見てないというのなら『あんな目』なんていう言葉は出てこない筈だ。恐らく、狩奈と優子の激突の一部始終を彼女は見ていたのだろう。『面白そう』だったから放置したのだ。

 

 

 

 60人規模の魔法少女数を誇るドラグーンでは、「最高幹部」と呼ばれる3人の魔法少女が頂点に君臨している。

総長の三間竜子(みま りゅうこ)、副長の狩奈 響(かりな ひびき)、そして美咲文乃(みさき ふみの)。

 竜子と狩奈は基本的に下っ端の魔法少女達の統率、強力な魔女出現時の陣頭指揮、大掛かりな人命救助等が主な役目であるが、文乃は違う。

 

 彼女は戦闘力は皆無に等しいが、『自分の五感の一部を電子機器に潜り込ませる』能力を持っている――――

 

 今や緑萼市中の監視カメラは、彼女の目である。

 自身の視覚情報を送り込んだカメラで、余所の魔法少女が縄張内に踏み込んでいないか、下っ端が『ドラグーン』の掟に沿った行動をしているか、監視するのが彼女の役目だ。それらを発見した場合は、即座に竜子と狩奈に報告し、対処してもらう。

 彼女が常に目を光らせているからこそ、ドラグーンの秩序は守られている。

 

 

 ――――筈であった。

 

 

 実はこの美咲文乃、相当な変わり者であった。気まぐれで気分屋。おまけに何事も面白さ最優先で行動するのが、竜子と狩奈の悩みの種であった。

 今回、狩奈直属の魔法少女が余所の新米魔法少女に恐喝を働いたが、本来この行為はチームの掟で禁止されている。

文乃が監視を怠らず、すぐさま狩奈に伝えていれば、宮古 凛の横槍を入れるまでもなく防げた筈であった。

 

「そもそも、文乃が……仕事をキチンとやっていれば……こんな事にならなかった」

 

 狩奈は、文乃が監視を怠った理由を単純に気分が乗らないからだと考えていた。

 

「でも、萱野優子と戦う口実ができたじゃない」

 

「!?」

 

 だが、文乃の言葉に狩奈は愕然となる。

 

「どう? やりあった感想は?」

 

「…………っ!!」

 

 どこか嘲りを含んだ言葉に狩奈は強く歯噛みした。

 

「仕組んだの……!? 全部……貴女が……!?」

 

 きっかけは、宮古凛が撃ったから。それは間違いだった。

 文乃が凛に()()()()のが、そもそもの始まりだった。

あの時、何も知らずに縄張りに侵入してきた新人に、文乃は狩奈の部下を差し向けたのだ。

 

 凛が、近くの建物の屋上で陣取っている事を、既に知っていながらーーーー

 

「前々から萱野とやりあいたい、なんて言ってたのはアンタでしょ? その望みを叶えてあげたんだから感謝されて然るべきだと思うけど? まあ、一般人を巻き込んだのは完全に想定外だったけど……その上、ボロ負けだし」

 

「くっ……で、でも、萱野を潰したいのはそれだけじゃない……。今後を考えたら、ドラグーンの勢力図は更に広げる必要性があったから……! 手段を選んではいられなかったんだ……! あなたの様に、面白そうだからとか、そう言う理由じゃない……!」

 

「はいはい、そういう事にしといてあげるわ。次にまた一般人を巻き込んだら、竜子、キレるかもよ」

 

 自身の大切な者が怒り狂う姿を想定し、狩奈は肩を震わせる。

 

「肝に銘じておく……でも……」

 

「でも……?」

 

「どうして、あの子は、私を助けようなんて萱野に言ったの……?」

 

 自分は、あの少女を魔法少女の戦いに巻き込み、ロケットランチャーで吹き飛ばしそうになり、人質にしようとさえした。あの少女が自分に向けるべきは怒りの感情の筈だ。

 

「……あなた、魔法少女に染まりすぎて、そんな簡単な事もわからないの?」

 

 文乃は狩奈の問いに訳が分からない、と言った様子で首を傾げた。

 

「文乃は……分かるの?」

 

「分かるわよ」

 

 文乃はこくんと一回、頷くと、はっきりと、こう言った。

 

「可哀想だったからよ」

 

 漁師に撃たれた熊みたいで―――――そうからかう様に言うと、狩奈は不機嫌そうに口を尖らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、マンションの屋上から降りた3人は、近くの公園のベンチで一休みしていた。

 

「は~~あ、今日は散々な一日だったぜ」

 

「優子さん、寧ろそれ私の台詞ぅ~……」

 

 溜息を吐きながら、言う優子に、隣で座る縁が涙目でツッコむ。

 

「おっと、それもそうか、ゴメン」

 

「でも、でも、お二人のお陰で命拾いしましたぁ~! ありがとうございますぅ~!」

 

 縁が顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにしながら、神に祈る様に両手を合わせて二人に御礼を述べる。

 

「いや、殺されるってことは無かったと思うぞ、たぶん……」

 

「そういえば…………縁ちゃんって一人で来たの??」

 

 ティッシュを差し出しながら、優子は苦笑いを浮かべると、そこで、纏が会話に割り込んで縁に尋ねてくる。

 

「え? …………あっ!!」

 

 纏に指摘されて、縁は咄嗟に立ち上がった。

 

 

 

 

 ――――両親のこと、すっかり忘れていた!!

 

 

 

 

 重大な事に気づいた縁は、優子と纏に泣きつき、ショッピングモール内を一緒に探して貰うことにした。

 

 

 

 そしておよそ二時間後、両親の姿を発見。

 父親と涙の再開を交わした縁は、家族全員で優子と纏に深々と謝礼を述べて緑萼市を後にしたのであった。

 

 

 ここに、縁と葵の激動の土曜日は幕を下ろしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほど優子達が戦っていた40階建てのビルの屋上――――夕陽に染められたその場所に、今は誰もいない。

 否、よく見ると白く小さな四足の生命体が(へり)の上に立って、地上を眺めていた。

視界に映るのは、路地を歩く無数の人々の姿だが、その中に十代半ばの少女が混じっていると、白い生命体はそれをじっ、と見据えた。

 やがて、波行く人々の群れの中に、数名の少女の姿を一通り確認し終えると白い生命体はゆっくりと顔を上げた。

 すると、足音が後ろから聞こえてきた。白い生命体が振り向くと、いつの間にか自らの真後ろに、一人の少女が立っていた。

 

「君か――――」

 

 生命体が声を掛けると、少女は恭しくお辞儀する。

 

「ご機嫌よう」

 

 挨拶を告げると、少女は、(へり)の上に登り白い生命体の傍らに立つ。夕陽が二人を迎え入れる様に照らした。 

 

「ここで君に会えたのも、『運命』と呼ぶべきかな。ならば、折角だから聞かせてもらおうか」

 

 白い生命体は、真紅に輝くビー玉の様な両目を少女に向けると、問いかけた。

 

 

「君達は、いったい、『誰』だ?」

 

 

 白い生命体の問いかけに、少女は口角をグイっと吊り上げる。口の端が蛇の様に嗤った。

 

「私達は――――」

 

 遥か遠くに輝く夕陽を見つめて、少女はゆっくりと口を開く。

 

「銀の庭の住民――――」

 

 聞きなれない言葉を耳にした生命体が、ピクリと反応。頭を上げて少女の顔を見つめる。

 

「誰かが私達を救う為に、創り上げた箱庭の中に、私達は住んでいるの」

 

 その口調はどこか愉快さを含んでいた。唄うように口ずさむ。

 

「箱庭は――――堅牢で……雄大で……決して誰にも侵される事のない絶対的なものでなくてはならない」

 

 遠くを見つめる目を細める。視線の先にあるのは、橙色に輝く夕陽。彼女が、人間の世界を見ていない事は、一目瞭然だった。

 

「相変わらず君の言葉は、訳が分からないが、行動や思考には興味を抱くよ」

 

 白い生命体は、変わらない目で少女を見つめながら淡々と言葉を発する。

 

「一体君は、願いを叶えていながら、それ以上何を望むんだい? 何を企んでいる」

 

 両眼から放たれる真紅の眼光が少女を射抜くが、少女の態度は変わらない。

涼しい顔を浮かべながら、どこか勝ち誇っている様子で、返す。

 

「興味を抱いたのなら、調べてみるといいよ」

 

 貴方も知的好奇心を持つ者なら、と少女は付け加える。生命体は沈黙。

 

「私という観察対象を通して、魔法少女の事をもっと知るといい。多分、無駄に終わるでしょうけど」

 

「随分な言い方をするね。人類が生まれた頃から干渉してきた僕達に対する挑戦かな?」

 

「そう捉えて貰って構わないけど、貴方達が如何なる研究材料を持ってきた所で、私という存在を解析することはできない」

 

 少女はフッと笑って、生命体の方へ顔を向ける。笑顔だが、その瞳には何の感情も灯していない様に見えた。

 

「それでも――――『自信』があるのなら、やってみれば?」

 

 生命体は何も答えない。呆れたようにかぶりを振ると、少女に背を向けて立ち去ろうとする。

 

「僕達には自尊感情は存在しない。残念だが、君の調査は見送ることにするよ。

 ただ、一つだけ言わせてもらおうか。

 いつまでも思い通りに行動できるとは思わない事だ。

 君達の行動はやがて、誰かが気付き、止める。

 いつでも、覚悟だけはしておいた方がいいんじゃないかな?」

 

 文字通りの忠告を伝えると、生命たはビルの端から飛び降りて、その場から消え去った。

残された少女は、それを見送ると、視線を再び夕闇に戻す。その顔には薄らと微笑みが浮かんでいた。

 

 

 

「しずかに よりそって」

 

 

 

 それは何の詩か――――少女が詠う様な声で、口ずさむ。

 

 

 

「どこにも いかないで  まどべで よりそって」

 

 

 

 両足をふっと離した。身体が宙を舞う。

 

 

 

「なにを なくしたって」

 

 

 

 直後、垂直に落下。しかし、少女は、柔らかい笑みを浮かべていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※そんなに書いたつもりはなかったのですが、文字数を見たら約1万文字も書いていたことに驚愕しました。
 おかしい、短く畳むつもりだったのに……しかも長い割に、まとめかたはとても雑です。
  
※最初は満身創痍の狩奈を縁が助けようとする、という展開は無しで、狩奈を倒したら、そのまま話は畳むつもりでした。
 何故か書いてる内に、縁が勝手に動き出してしまったのです。

 書き始めたのは4月、それから5月に直し、更に6月に直し、7月にようやく完成、という非常に難産な話でした。
 頭の中では、登場人物がノリノリで動いているのですが、いざそれを文章に起こしていると、いろいろ書き加えようと思ってしまいます。
 
 そして勢いで書き、読み直すと非常に恥ずかしい文章を書いているので目を背けてしまいます。
 3か月後ぐらいにまた読み直し、書き直し、直視できるものにしていく……そんなことをして作ってます。


次回は8月19日投稿予定となります。


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 #04__神の使いか 悪魔の手先か A

 

 

 

 ――――――――緑萼市。

 

 

 

 

 

 

 駅前の都会から少し離れた郊外には、一件の寂れたBARが在った。

十年前に経営不振で潰れたとされるそこは、店主が借金苦で自殺してからは誰も住んでいない。以降、誰も寄り付こうとはしなかった。

 

 そこの地下室に少女――――『美咲文乃』は居た。

彼女は中央に置かれたリクライニングチェアにとすん、と座ると、ゆったりとした背もたれに背中を預けた。

 大きなリクライニングチェアが中央に有る以外は何も置かれていない、薄暗い地下室。

 

 美咲文乃の身をオレンジ色光が包んだと思うと、彼女は魔法少女に変身した。

 途端、文乃が掛けている丸眼鏡のレンズが虹色に染まる。刹那、レンズから虹色が溢れ出す様に発光し、地下室全体を覆った。

 しばらくすると、文乃のレンズから光が収まった。

 地下室全体が変貌していた。床、壁、天井、四方八方至るところにモニターが設置されている。それだけではない。空中にも無数のモニターがユラユラと浮いている。

 モニターが写し出しているのは、全て街中の様子だ。

 文乃は、電子機器に自分の五感の一部を送り込む事ができる。街中の監視カメラに自身の視覚を送り込んだので、映像は全て文乃の脳に送られる。

 ――――とは言え、流石に、全ての監視カメラの映像をいつまでも自分の脳に溜め込んでおくと、脳がキャパシティを越えてしまい、疲れ切ってしまうので、このアジトに戻って、脳内の映像情報を全て開放。捨拾選択し、必要な情報だけを脳に戻す、という行為をしている。

 

「とは言っても……『必要な情報』なんて微々たるモノだけどね」

 

 映像には、別段変わったものは映っていなかった。というより、殆どの映像は何も映していなかった。

僅かに、人が映っているのもあるが、仕事が終わって帰路に付く中年のサラリーマン、はしゃぎながら、夜の街を闊歩する浮かれた大学生の集団……別に面白くも無いものばかりだ。それらのモニターを指で弾くと、フッと消滅する。

 その中に、ドラグーンの魔法少女達が活動している光景が映されているモニターを発見し、文乃は目を光らせた。……が、すぐに消した。どうやら彼女達は真面目に魔女退治に赴くチームであった様だ。それは文乃が興味を示すものではない。

 その後も、魔法少女が映し出されているモニターを見つけるたびに、それを眺めるが、どの魔法少女も、ドラグーンの掟に従って真面目に行動するばかりで興味を惹かれるものは無かった。

 

「桐野卓美が総長だったころは毎日面白いものが見れたんだけどなぁ~。真面目な竜子ちゃんと鬼軍曹ヒビキ、ほんで『猛獣』と『死神』……こいつらのせいですっかりこのチームも毒気が抜けちゃったよねぇ~」

 

 一通りモニターを確認すると、文乃は両手を高く上げて背伸びをする。そして、心底詰まらなそうな表情でつぶやいた。

 前総長時代は、どの魔法少女も精神を摺り減らした状態が長く続いたために、毎夜誰かが感情を爆発させて、事件を起こすことがあった。

あの頃は、正しくドラグーンの暗黒期とも呼べる状況だったが、刺激的な日常ではあった。

 今のドラグーンの魔法少女は、のびのびと活動している者が多い。いや、別に平和に越した事はないのだが、こうも詰まらない常態が続くのは文乃にとっては苦痛でしかない。

 

「まあ、だからこそ……こういう刺激が無いと、やってられないよね」

 

 彼女は、自身のお腹についた小さい白いポケット――――某ネコ型ロボットに付いている四次元ポケットを彷彿とさせるそれに手を突っ込むと、一台のカメラを取り出した。電源をONにして、データを確認すると、一番最近録画した映像を再生させる。

それは先の狩奈と萱野優子の喧嘩の様子だった。

 

「~~♪♪」

 

 10代の少女が、汚らしい罵詈雑言の数々をお互いに浴びせながら、銃や鈍器を向けて盛大にぶつかり合う。

ネットに上げたら即座に倫理がどーのこーのと言われ炎上騒ぎになり、削除されるどころか、警察の御用になるであろう映像を満面の笑みで文乃は視聴する。

 

「……!?」

 

 暫く映像を見ていると、文乃は目を見開いた。

 映像に映っているのは魔法少女姿の狩奈と萱野優子、そして、彼女達から少し離れた場所で天を仰ぎ茫然となっている私服姿の少女――――そして、もう一人、居た。

 

 少女の真後ろに立っているソレは、全身を黒い衣装で染めていた。直立不動のまま、狩奈と優子の戦いを眺めている様であった。

 直後、狩奈がロケットランチャーを放ち、ビルの屋上が爆風に包まれる。やがて、煙が晴れると、既に黒いソレの姿は無く、少女が爆風で吹き飛ばされない為に身を小さく丸めている姿しかなかった。

 

「こいつは……!」

 

 文乃は映像を巻き戻すと、一時停止をして、ソレを凝視した。

 

 

 ――――こいつには見覚えがある。

 

 

 

 

 

 

 激動の一日を終えた縁は、2階に駆け上がると自室のベッドに勢いよく倒れこんだ。

 そのまま、目を閉じる。ただただ疲れた、寝よう。

 

 

 ………………

 

 

 先の戦いの凄惨な光景が浮かんでくる。

 コンクリートの床に頭を叩きつける魔法少女、血が流れているのに笑いながら銃を撃ちまくる魔法少女、銃と鈍器をぶつけ合う魔法少女、爆風に吹き飛ばされそうになった自分、魔法少女に人質にされそうだった自分、魔法少女にビルの外まで投げられる自分。

 

(もしかしたら全部、夢だったのかも――――)

 

 そう思いたいが、あまりにも鮮明に瞼の裏に焼き付いているので、ああ、夢だったらこうもはっきりしないし、やっぱり実際に見たんだ。と縁は諦めるしかなかった。

 心臓がバクバクしてくる。それは今までにない事を経験したという興奮か、それとも、魔法少女に対する恐怖か――――どちらかは縁には判別つかなかったが、謎の高鳴りを感じているのは事実であった。

 

(……今夜も寝られないかも)

 

 流石に二日も眠れないとなれば、自分の身体に不調を来すかもしれない、と思った縁は、上着の胸ポケットから、スマホを取り出す。

LINEを起動すると、一人の少女に連絡することにした。

 誰かに話せば多少落ち着くかもしれない。そして、今の自分の気持ちを受け入れてくれる人物は彼女しかいない。

 

「頼むよ、葵……」

 

 画面に表示された名前を呟くと、縁は通話ボタンを押して、スマホを耳に当てた。

 

 

『もしもし、縁?』

 

 彼女は直ぐに出た。その声を聴いて、縁の表情が僅かに緩む。

 

「葵? 実は、私、話したいことがあって――――」

 

『そう……』

 

 葵が静かに、消え入りそうな声で言う。元気の無い声だ。

 

『……………………実は、私もなの』

 

 どうやら、葵も同じ気持ちだったらしい。随分間を置いて言った、ということは自分には言いづらかったのだろうか。それでも、親友も自分と同じ気持ちを抱えて、それを自分に吐露してくれたことが嬉しく思った。

 

「何かあったの?」

 

 嬉しさが声から漏れない様にしながら、縁は問いかけてみる。

 

『縁の方から電話掛けてきたんだから私から言うのは悪いわよ。そっちから話して』

 

「……わかった。実は……」

 

 が、葵からそう返されたので、縁は自分が今日体験した出来事を話すことにした。

 

 

 

――――魔法少女・萱野優子、魔法少女・狩奈。彼女達と出会い、そして、魔法少女同士の戦いに巻き込まれた事を――――

    

 

 

 

『………………』

 

 縁が一通り話すと、葵から長い沈黙が返ってきた。

 

「葵?」

 

『あっ! ごめんなさい、今度は私の番ね』

 

 葵は我に返った様な声を出すと、自分が体験した出来事を話す。

 

 

 

――――謎の女性・篝あかりと出会い、彼女が魔法少女であった事――――

 

――――その後、魔女の結界に誘われたが、二人組の魔法少女が、自分を助けてくれた事を――――

 

 

 

 

 

――――あかりから言われた「縁が絶望して死ぬ」という話は、流石にできなかったが――――

 

 

 

 

 

 

「そうなんだ、そんな事が……」

 

 葵の話を聞いた縁は、感嘆した様に呟いた。

 

「……てっきり魔法少女ってさ、纏さんみたいに華麗に戦ってるんだとばっかり思ってたけど……」

 

『それは私もよ……あれはもう、なんていうか、凄まじかった……』

 

「こっちも、頭からズッダーンッ!! て投げたり、ロケットランチャー持ってズッドーンッ!!ってやったり、ヤバかったよ……本気で死ぬかと思った」

 

『縁の方が凄そうね……』

 

 縁の話から、想像してしまったのか、葵が辟易とした声を出す。

 

「それにしても……あかりちゃんも魔法少女だったんだね!」

 

 もう一つ、葵から齎された事実は、縁に衝撃を走らせた。

 

『あかり『ちゃん』? 縁、あの人のこと知ってるの?』

 

「うん。この前葵とアクセサリーショップ行った時に知り合ったんだよ」

 

『…………え? ちょっと? 待って待って! おかしいわよ、だってあの人、貴女の事……』

 

 

 ――――よく知ってるわよ。

 

 

「……………は?」

 

 雷が落ちたような衝撃が走った。縁は思わず呆けた声を挙げてしまう。

 

「ね、ねえ、小さい頃知り合いだったけど、離れ離れになったとか、生き別れの姉だったとか、そういうのって無いの……」

 

「そんな漫画みたいな設定私には無いよ……っていうかそれってどういうこと??」

 

『私も良くはわからない。でも貴女の事を話した時の目……』

 

 鮮やかな菫色が一変して、何も映さない、ドス黒く淀んだ瞳に変わったのを葵は思い出す。

 

『あれはハッキリ言って異常だった……。あの人、なんか普通じゃない。なんというか、貴女に執着してる』

 

「執着って……嘘でしょ? 女性の人にストーカーされる覚えなんてないんだけど……?」

 

 そもそも縁には、あかりがそんな女性だとは到底思えなかった。故に否定する。

 

『でも! あれはおかしいって!』

 

「…………!」

 

 突然語気を強める葵に、縁は閉口する。その余りにも切迫した様子から、嘘を言っているのでは無いと確信した。

 

『!……ごめん』

 

「大丈夫……」

 

『とりあえず、その人の話は一先ず置いておくとしましょう……』

 

 あかりについてこれ以上二人で話し合っていても埒が明かない。それどころか彼女に対する疑念が深まるばかりだ。

 縁は、あかりに対しては、あまりそういった感情を持ちたくは無かった。葵もそれを察したのか、話題を反らすことにする。

 

『ねえ、ゆかり……』

 

「何?」

 

『昨日、宮古さんに言われたんだけど……私、魔法少女の素質があるらしいの……』

 

「えっ!!?」

 

 深刻に告げられた葵の言葉は、縁に強い衝撃を与えた。思わず目が飛び出そうになる。

 

「そ、それって……どういう……?」

 

『分からない……。でも、もしかしたら……篝さんの……不思議な言葉が、理由かもしれない。

 『もう、<魔法少女の世界>からは逃げられない』

 『一度足を踏み入れてしまった場所から逃げることは簡単な事じゃない』って……』

 

「……っ!?」

 

 聞いた瞬間、縁は背筋が凍るような感触に襲われた。熱くもないのに、額に脂汗が浮かんでくる。真夏の炎天下に水を掛けたアスファルトの様に、喉がカラカラに干上がっていく。

 しかし、電話を切りたいという気は一切おきない。

 それどころか、『期待している自分』が居ることに縁は気づく。

 

 ――――魔法少女の世界。自分がまだ知らない世界。

 

 たとえそれが、ゾッとするような話だったとしても、湧き上がる好奇心を満たしてくれるなら別に良いとさえ思える、歪な感情。

 

 

 

 ――――これは……いったい、なに……?

 

 

 

『多分、魔法少女と魔女に私たちが関わってしまったのは、偶然じゃない……』

 

 通話口から聞こえてきた葵の言葉に、縁はハッと我に返る。

 

「……私たちに『素質』があるから、関わっちゃったってこと……?!」

 

 『素質』―――魔法少女の。

 それを自覚した瞬間、彼女の胸の鼓動は()()()()()()()()()()()()

 

『多分、ね』

 

「……」

 

 縁は言葉を失う。

 

『……ねえ、縁』

 

 縁の言葉が聞こえなくなったのを心配した様子の葵が、声を掛ける。

 

『魔法少女になろうって、考えてない?』

 

「!!」

 

 問われた瞬間――――縁の脳にイナズマの如き激しい雷撃が落ちた。

 

 同時に、彼女ははっきりと理解した。

先ほどから身体の内で激しく聞こえる、『胸の高鳴り』は、一体何なのか。それは興奮でも、恐怖でも無い。

 

 ――――菖蒲 纏。

 

 命を奪われそうになった自分を助けてくれた。使い魔を華麗に切り裂く姿に目を奪われた。魔女を一瞬で倒す姿はカッコ良かった。

 握手の時に見せた笑顔が綺麗だった。

 

 ――――萱野 優子。

 

 倒れてた自分を救ってくれた。大事な物を取り返してくれた。巻き込んでしまった責任を果たすと言ってくれた。身体を張って自分を守ってくれた。

 

 自分と関わった魔法少女の姿が浮かんでくる。

彼女達は何れも格好よくて、強くて、どんな状況でも楽しく笑っていた。

それは、まさしく、幼い頃に自分があこがれていたものだった。TVで見た魔法少女そのものであり、憧れのヒロインであった。

 

 ――――そうだ、自分が魔法少女(彼女達)に抱いたのは……!

  

『縁?』

 

「分かったあああ!!!」

 

『ギャッ!』

 

 突然、大声を張り上げる縁に、電話先の葵がビックリする。

 

『ど、どうしたの……!?』

 

「わかったんだよ! 私、魔法少女になりたい!! っていうか、成る!!」

 

『はあっ!?』

 

 ベッドの上に立ち上がって、威勢よく宣言する縁に、電話先の葵は困惑気味だった。

 

『……縁、あなた、死にたいの?』

 

 焦燥の混じった声が聞こえてくる。その心配は最もだ。だが……、

 

「別に、そうじゃないよ」

 

『何で……あんな目に遭ったのに……』

 

「うん、怖い夢を見たし、眠れなかったよ。でも、それなんかより、纏さんも優子さんも……カッコ良かったんだ。今、はっきりと分かった。私、ああいう人達に憧れてたんだよ」

 

 その言葉に葵は沈黙。

 

「私たちの知らないところで、命を懸けて魔女と戦ってて……正直、辛い事だって、苦しい事だっていっぱいあると思う。たぶん、今日私たちがそれぞれ聞いた話だって全部じゃない。私たちの知らない事が沢山あると思う。でも、それを気にしないで――――っていうか表に出さないでさ、笑ったり、ふざけあったりしてる訳じゃん。私たちを守ってくれる訳じゃん。 カッコ良いよ」

 

『…………』

 

 葵にしっかりと伝わる様に言う。電話先の葵は依然として沈黙したままだ。

 そうなるのも無理は無いか、と縁は僅かに苦笑する。

 

「葵の気持ちはよく分かるよ。でもさ、こうは思わない? 私が魔法少女になれば、優子さんたちの苦労も分かってあげられるんじゃないかな――――って」

 

 それを言った瞬間、通話口から焦った声が聞こえる。

 

『……縁、それは……っ!』

 

「分かってる。魔法少女の世界って……怖い。なったって、すぐに足手まといになって、魔女にやられちゃうかもしれない。――――それでも、私は成りたいんだ。カッコ良くて、みんなを守れる魔法少女に」

 

『……っ!』

 

 縁の言葉は小さかったが、葵にははっきりと伝わった様だ。彼女が息を飲む音が通話口から聞こえてくる。

 葵は、自分の身を心配してくれているのだろう事は十分に伝わってきた。

 しかし、彼女には申し訳無いが、憧れとは原動力なのだ。

今まで、ろくな目標を持たずふわふわと生きてきた自分の心に、『魔法少女』達は火を付けてくれた。

もう、憧れ(そこ)に向かって一直線に進むのみだ。誰かに止めさせるような真似はさせはしない――――例え、それが親友であっても。

 

「ごめんね、葵。でも、こればっかりは、譲れない」

 

 はっきりと告げると、葵はようやく沈黙を破る。 

 

『……明日、寄るわ。ゆっくり話し合いましょう……』

 

 そういって電話は一方的に切られた。 

 しまった、怒らせちゃったか、と思った縁だったが、まず一番最初に戦わねばならない相手が決まったので、直ぐに顔を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『アンナ=アルボガストは、生徒にこう問いかけました』」

 

 教会の礼拝堂の様な、白を基調とした深い縦長の空間。中心に立つ少女が、静かに書物から引用した文章を口ずさんでいる。

 

「『躊躇いを飲み干して、君が望むものは何? こんな欲深い憧れの行方に、儚い明日はあるの?』」

 

 声は囁きの様に小さい物だったが、広大な空間によく響き渡った。反響を繰り返す。

 少女は満足そうに聞き済ますと、ゆっくりと、顔を上げた。少女の視線は、支柱の並びがつくりだす透視的な効果により、内陣の祭壇に引き寄せられた。

 

「『生徒は誰一人として答えられませんでした。』――――だから、()が答えましょう」

 

 直後、全身がステンドグラスによって作られた、神秘的な光に包まれる。望んでいたかの様に、口の端を僅かに上げると、言葉を紡ぎ出す。

 

「『正しいかどうかは問題ではない。人生をさらに前に進めるかどうか。自分を役立つ存在にするか。これが問題だ』」

 

 かつてオーストリアに実在した偉大な心理学者、アルフレッド・アドラーの言葉だ。少女は詩の問いを、彼の言葉で返した。

 祭壇の上に有る、一際大きいステンドグラスをじっと見つめて、彼女は優しい声色で囁いた。

 

 

 

「願わくば、()()()の線が、最後まで引かれん事を」

 

 

 

 映るのは、磔にされたイエス・キリストと、祈りを捧げる人々―――――それを凝視する少女の瞳は、深い慈愛に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 




 いよいよ4話。全体的に非常に難産でした……!
何度も書き直したものですが、矛盾点・唐突な部分があるかもしれませんので、ご指摘・ご意見はどんどん下さいませ。

 あと、ラストで、ぶっこんでしまった感じです……。
 縁と優子達の知らないところで何やら思惑が動き出してますが……果たして。


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     神の使いか 悪魔の手先か B

 ――――翌日の日曜日、正午過ぎ。

 言葉通り、葵は縁の家に訪れた。

 

「……………」

 

(ひえ~っ!)

 

 鬼の様な形相を張り付けながら――――玄関先で迎えた縁が顔を青褪めながら、心の中で悲鳴を挙げる。

 

「あ、あの~葵、さん?」

 

「……お邪魔します」

 

 思わず「さん」付けでおっかなびっくりに声を掛ける縁だったが、葵は無視して、靴を脱いで、ズンズンと二階に上がる。

 

「…………」

 

 縁は、呆然と彼女の後ろ姿を眺めていたが、やがて、ハァ~、と溜息を付く。

 

「参ったなあ……」

 

 ガックリと肩を落とす。

 昨日の決意はどこへ行ったのやら、葵を見た途端、縁はすっかり萎縮してしまった。

 

「立ち向かうしかないのかぁ……」

 

 とはいえ、その原因を作ったのは他ならぬ自分自身である。逃げる事は許されない。怖いが、選択すべきことは一つしかないのだ。

 縁は、頭を抱えながらも二階に上がって自分の部屋に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……全く!!)

 

 縁はどうかしている。いや、どうかしているの(アホ)は元からだが、今回は特におかしい。

 

(あんな目に遭ったのに、魔法少女になりたいだなんて……!)

 

 使い魔に殺されかけただけでなく、魔法少女同士の争いに巻き込まれたという。縁の言葉通りなら――かなり抽象的であったが――相当激しい物であった様だ。

 

(もし、篝さんの言葉が本当なら……縁を早く遠ざけないと)

 

 魔法少女になることが『縁の死』に直結するかどうかは定かではない。

しかし、魔法少女の世界は危険極まりない。容易に飛び込ませていいものではないと葵は思った。

 菖蒲纏と萱野優子。縁は二人に憧れを抱いたという。

後者は知らないが前者はよく分かる。確かに自分も過酷な世界で前向きに生きる彼女の姿に胸を打たれた。

 しかし、宮古 凛のような魔法少女もいることも事実だ。

 魔法少女の一部だけ見て、なりたいと思うのは早とちりというものだろう。彼女を遠ざけるには、もっとよく魔法少女の事を教えなければならない、と思った。

 

(でも、どうしたら……)

 

 とは言っても、葵はあくまで一般人。方法が思い浮かばない。

 一度、宮古凛の魔女退治に付き合えば――――と思ったが、それで、縁が死んでしまったら元も子も無い。

 

「もしもし? 悩んでんの?」

 

 不意に声が掛けられる。

 

「……見てわかるでしょ」

 

 恐らく縁か。自分をこんなに悩ましておきながら、随分能天気な事を云う奴だ。そう思って、素っ気なく返す。

 

「だったら、お姉さんが聞いてあげようか?」

 

「結構です。って、…………えっ??」

 

 『お姉さん』? よく聞くと縁とは違う声だ。ハッと意識を覚醒させると、全身に風が当たってて、寒かった。ブルブル震えながら、風が吹く方向を見ると、窓が全開だった。

 しかし、それ以上に――――

 

「はっ??」

 

 黒い長髪を後ろに縛った、クールそうな雰囲気の細身の女性が、窓枠に立っていた。

 

「お待たせ、あおi…………ってええええええええええええええええ!!!???」

 

 ようやっと部屋に入ってきた縁が、葵に声を掛けようとした瞬間、仰天の余り大声を挙げる。

 当然だろう。本来この部屋に居るのは葵しかいない筈だ。なのに――――

 

「なんであかりちゃんがいんのおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 呆然とする葵と、目を大きく見開いて絶叫する縁。二人の反応を見て、窓枠に立つ少女――――篝あかりが、ニッと笑った。

 彼女はそのまま、窓枠から飛び降りて、縁の部屋に侵入。黒いTシャツの上に、白いショートガウンを纏い、下半身はデニムというラフな出で立ちだ。いつの間にか靴は脱いでいた。

部屋の中央に有る、ピンクのクロスが敷かれたテーブルの前に正座すると、どこに隠しもっていたのか、ふところから、クッキーや煎餅の入った袋を取り出すと、テーブルの上に放り出した。

 

「じゃ、お茶、出してくんない?」

 

「は、ハイ!」

 

 混乱中の縁に視線を向けると、明朗な声色で指示を出す。縁は慌てて返事すると、ダッシュで一階に下りたのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、急にお邪魔しちゃって悪かったわね」

 

 自分で用意したお茶菓子の、ビスケットを美味しそうに齧りながら、あかりは満面の笑みで謝罪する。

 

「お邪魔っていうか、不法侵入だよぉ~!」

 

 縁が両目から涙を流しながら、そう訴える。

 

「っていうか、そう思うんでしたら、もっと悪びれてくださいよ。貴女、完全にストーカーですよ」

 

 葵が最早、犯罪者を見る様に軽蔑を込めた目で睨みつけて冷酷に告げる。

 

「ふふ~ん♪ 魔法少女に人間の(ルール)は適用されない、だから」

 

「犯罪じゃない……ってそれ前にも聞きました! 人をからかうのもいい加減にしてください!!」

 

 葵が怒声を張り上げるが、あかりは涼しい顔で、冷たいお茶を啜っている。

 

「葵、どうどう」

 

「ぐぬぬぬ……!」

 

「あかりちゃん、そういえば、なんで家に来たの?」

 

 縁がいきり立つ葵を宥めながら、あかりに質問する。

 実際は、何で家の住所が分かったのか、何で玄関で無く窓から入ったのか聞きたかったが、怖いから辞めた。

 

「ちょっと、話したいことがあってね」

 

 そう言うと、あかりは目を細める。

 

「それって……」

 

 

 ――――魔法少女の事?

 

 

 縁がそう尋ねた瞬間――――あかりの菫色の瞳が黒く淀みだした。

それを見た縁は思わず呆気に取られ、葵は、昨日の事を思い出し、ゾッとした。

 

「さて……」

 

 低い声で、重たそうに口を開く。

 和やかな空気が突如ピリッ、と張り詰めたものに変わるのを縁と葵は肌で感じた。思わず背筋をピンと伸ばしてしまう。

 あかりは表情こそ笑顔を張り付けたままだが、淀んだ瞳が放つ眼光は刺す様に鋭い。間違っても、これから冗談を言う様子ではない。が、良く見ると、僅かに顔を引き攣らせており、苦々しさも感じられた。

 あかりは質問には答えなかったが、これから話す内容は、間違いなく魔法少女に関してのことだろうと、二人は思った。

 魔女という異次元を生み出す化け物相手に命がけで戦い、隣街の魔法少女達と縄張りを掛けて争う――――それだけで、彼女達は、自分たちとは違う世界の人間なのだと感じた。そして、これから聞かされるのは、自分たちが目の当たりにした事象どころでない、更に深く根付いた異質なものなのかもしれない、と縁と葵は直感でそう思った。

 

 

 葵はこの場から逃げ出したい衝動に襲われるが、目の前のあかりから放たれる異質さに完全に飲まれてしまっていた。まるで蜘蛛の糸に捕まった様な感覚だ。逃げ場は無い。

 

 

 ――縁は、そんな親友の表情を横目で見る。

 葵がおかしい。思えば、昨日電話をした時から様子が変だと思っていたが、怯えてる様な……焦っている様な……どちらにしても急にこんな表情になるなんて今まで無かった。

 間違い無く原因は、目の前の篝あかりだろう。彼女を悪く思いたくはないが、昨日の電話で葵から聞いた以上に何かを言われたのかもしれない。

 気になったが、それを確認する術は自分には無い。それに、

 

(ごめんね……葵)

 

 葵には悪いが、自分は、楽しみだった。

 あかりはこれから何を話して()()()のだろうか。

 

 

 

 

 

 しばし、静寂が続いたが、あかりがそれを破る様に口を開いた。

 

「ふたりとも……白狐って知ってる?」

 

「「へ??」」

 

 その名前を聞いて、縁と葵はポカンとなる。てっきり魔法少女のことかと思ったが……なんというか、拍子抜けだ。日本中で知らない者はいないだろう。

 

「白狐……って、伝説の……」

 

「私達も探したことがあります!」

 

 葵が急にハッとして興奮気味に言う。縁はそれにやや不快な表情を見せつつも、伝説の白狐と魔法少女の関係が気になった。

 

「その白狐が、どうしたって言うの?」

 

「そっか、まだ会った事はないのね」

 

 その様子だと。とあかりは最後に、そう付け加える。その言葉に首を傾げる縁。

すると、

 

 

 

「そこから先は、僕が教えよう」

 

 

 

 突如、少年の様な声が聞こえる。――――いや、というよりは、頭に直接響いた感じだった。

 

「え、何今の……」

 

 縁は愕然と目見開くと、自分の左手で頭を掴んだ。自分の周りに『少年』の姿は無い。

 

(まさか、幻聴?)

 

 でも、声は頭に直接届いてきた。

 

「縁」

 

 隣の葵の声に振り向く。

 葵も自分と同じく、驚いた表情を浮かべながら、右手で頭を摩っていた。彼女も、同じ声が聞こえた様だ。

 縁はチラリとあかりを見る。もしかしたら彼女が悪戯でやったのかもしれないと思ったからだ。しかし、あかりは、そんな縁の考えなど見通していたかの様に、首を横に振って否定した。

 困惑する縁と葵。あかりで無いとしたら、一体誰の仕業か。それ以上に、何が起きてるのか、さっぱり分からない。

 だがそこで、窓の外から誰かが居るような気配を感じた。

 

「「!?」」

 

 二人して咄嗟に、目を向けると、そこには、真黒な何かが居た。

 

「……猫?」

 

 縁がその影を観て呟く。猫の様な体つきの影は、ルビーの様な真紅の瞳を瞬かせていた。

 

「……!!」

 

 ルビーの瞳は、自分に向けられているようだった。その視線に射抜かれる様な感覚を覚えてビクリと肩を震わす縁。

 

「……んん?」

 

 葵が影に違和感を覚えて、目を凝らして見る。

背中に逆光を受けているせいで、前方が影になり、真黒に見えるだけであった。よく見ると、全身が白一色だ。縁の言う通り、猫に近い容姿をしているのは確かだったが、身体のところどころの部位が奇妙な形をしている。

 葵はそれに既視感があった。

 

 

 

 

 全身が白い体毛で覆われており、

 

 細い身体と、大きな頭部というアンバランスな身体付きで、

 

 兎の様に真っ赤な瞳を瞬かせて、

 

 耳から、巨大な白い毛を垂らしている。

 

 それらの特徴を持つ生物―――正確には生物では無いが――――はこの世に一匹しかいない。

 

 

 

 

 

「白狐?」 

 

 そう、それは、SNSサイトでも話題になっていた、伝説の妖怪の姿だった。

 

 

 

 

「白狐……あれが!?」

 

「ええ、SNSサイトで投稿されたイラストと一致しているわ……!」

 

 縁と葵は、目の前の存在に、興奮を抑えられない様子だ。当然だろう。何せ、大昔から存在を確認され、最近でも年頃の少女達の間で話題になっていた伝説の妖怪が目の前に居るのだ。

 

「……そうだ!」

 

「縁?」

 

「へへ――――っ!!」

 

 縁は突然何かを思いつくと、そのまま白狐に向かって平伏した。葵がそれを見て呆然となる。

 

「……何してんのよ?」

 

「だ、だって、伝説の妖怪なんて畏れ多いし……ぶっちゃけ私信じてなかったから、祟られるんじゃないかなって……」

 

「~~!?!?」

 

 縁のその言葉を聞いた葵がズッコけた。彼女は悲しいぐらいにどうかしているの(アホ)であった。だが、

 

「ぷっ…………あっはっはっはっはっはっはっは!! 」

 

 あかりはツボったらしく、彼女は噴き出すと、大きな声で笑いだした。

 

「篝さん!?」

 

 予想外の反応に目を丸くする葵。

 

「あっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

 

「あ、あかりちゃん!? そんなに笑わなくたって~!?」

 

 お腹を抱えて転げまわるあかりに、顔を紅潮させて抗議する縁。

 だが、彼女のアホな言動のお陰で、緊張感で支配された室内に、僅かながら和やかな雰囲気が戻った。

 

「ヒ~ヒ~……そんな事ないって~」

 

 涙を拭いながらあかりは、縁の懸念を否定した。

 

「……頭を上げるといい。僕はそんな真似はしない」

 

「な、な~んだ……」

 

 次いで白狐の言葉が頭に響いて安心する縁。頭をゆっくりと上げると、窓辺に立つ白狐をまじまじと見る。ところどころ不思議な形をしているが、それ以上にさっきから気になったのが、両眼だ。真紅に光る二つの瞳、それに見つめられていると息が詰まりそうになってくる。

 

「美月 縁」

 

「ふぇっ!?」

 

「な、何で縁の名前を……」

 

 突如白狐が、縁の名前を言い当てた。それを聞いて、縁と葵の表情が愕然となる。

 

「僕はテレパシーを使って他人の脳内に直接干渉ができる。名前ぐらいだったらお見通しだ。隣の君は、柳 葵だろう?」

 

「そ、そうですけど……」

 

 淡々とした口調で、とんでもない事を言う白狐に、葵と縁は身体を冷えた水に浸けた様な感覚に襲われた。全身がゾクゾクと足元から震えてくる。

 

「あと、白狐というのはこの国の伝説の妖怪の事だろう。日本人は、僕をよくそれに例えている」

 

「……違うんですか?」

 

 恐る恐る縁が尋ねる。

 

「そうだ、正確には僕を『白狐』と呼ぶのは相応しくない」

 

 そこで一呼吸するかのように、一拍間を置いた。

 

 

 

 

 

 

「――――僕の名前は『キュゥべえ』、魔法の使者だ」

 

 

 

 

 

 白狐改め、キュゥベえの両眼が、眩く光った様に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法の、使者……?」

 

 葵がちらりと、あかりを見る。冷たいお茶を飲み干した彼女はコップの中の氷を口の中でコロコロと動かしていた。

 

「そ……こいつ。菖蒲 纏達を魔法少女にしたのって……」

 

「えっ!!」

 

 葵は仰天して目を大きく見開くと、咄嗟に白狐をもう一度見た。

 

「……『運よく、出会えた者は願い事を一つ叶えて貰える上に、無病息災の肉体と、万夫不当の力を得る』」

 

 思わず、呟いた言葉は、白狐の伝説の中で、最も一般的に知られているものだった。キュゥべえと名乗った存在はそれを聞いて頷く。

 

「伝承の通りだ。彼女達は全員が、僕に『願い』を叶えてもらい、魔法少女の力を得た」

 

「本当だったんだ、それ……」

 

 震えた声で呟く縁。

 今まで、白狐を信じていなかった彼女だが、超常的存在を目の当たりにすれば、信用せざると得ない。 

 

 

 

 

 刹那――――

 

「……!!」

 

 キュゥべえの頭に、()()()が一本、突き刺さった。

 

 

 

 

「「え!?」」

 

 縁と葵が素っ頓狂な声を挙げた瞬間――――キュゥべえの身体が、崩れ落ちた。全身から力を失って、窓枠から、フローリングの上へポトリと落っこちる。そして、全身が炎天下のアイスのように、ドロドロに溶けだした。

 

「ッ!!」

 

 一般的な動物とは程遠い死に様に、葵は口を抑えた。不快感を覚え、顔が青褪めていく。

 

「うげぇ~…………ん?」

 

 縁も、キュゥべえの死に方に、唖然としていたが、ふと気になった。

 どうして彼が、死ななければならなかったのか?

 この場で、彼を殺せる者が居るとしたら、一人しかいない。まさか、と思い彼女を見ると、その人物はキュゥべえに死に様に慄く様子も無く、寧ろ笑って眺めていた。

 

「あかりちゃん、まさか……」

 

 犯人はすぐに判明した。震えながら、見つめる縁。彼女の視線を受けたあかりは、表情を崩さないまま、コクリと頷く。

 

「うん。偉そうだから、殺した」

 

「ええええええええええええええ!!?」

 

 素っ気なく言うあかりに、縁は絶叫を響かせる。隣で不快感に顔を歪ませていた葵も、キッとあかりを睨みつけた。

 

「こ、こここ、殺したって、どど、ど、動物虐待っ!!」

 

 縁が錯乱状態になりながら叫ぶが、あかりは至って落ち着き払ったままだ。とんでもない事を仕出かしながら、どうしてそんなに冷静でいられるのか、縁は分からず混乱する。

 

「こいつ……動物じゃないし」

 

 あかりはそんな縁の反応を愉快そうに見つめながらそう言い放つ。

 

「えっ??」

 

 縁の目が点になる。

 

「すぐ分かるわよ……」

 

 多分、またビックリするから――――とあかりは意味深な言葉を付け加えて、二人に忠告する。葵は、不快そうに顔を顰めたままだったが、縁はあかりの言ってる事が分からず、首を傾げた。

 

「やれやれ」

 

 ――――すると、再び脳内に溜息まじりの声が響いてきてギョッとなる。咄嗟に縁が窓辺を見ると、

 

「えええええええええええええええええええええええええ!!??」

 

 驚きのあまり、絶叫せざるを得なかった。

 なんと、今しがた死んだ筈の白狐、改めキュゥべえが居るではないか。しかも、至って元気そうだ。

 復活を遂げた(?)キュゥべえは、窓辺から降りると、ドロドロになって畳にへばりついて死んだキュゥべえに寄り沿った。そして、その亡骸に覆いかぶさったかと思うと、むしゃむしゃと貪りだしたではないか。

 

「た、食べてる!?」

 

「ううう……っ!!」

 

 それを見た縁が再度絶叫。隣の葵は、不快感の余り、畳に突っ伏した。その背中を咄嗟に縁が摩る。

 やがて、復活した(?)キュゥベえは、亡骸を食べ終えると、「きゅっぷい」と謎のげっぷをしてから、あかりの方へと目を向ける。

 

「やれやれ、久しぶりに会えたと思ったらいきなりそれかい? ……『端末』を壊して欲しくは無いんだが」

 

「どーせ痛く無いんだし、すぐ生き返るんだから……いいでしょう?」

 

 キュゥべえがあかりを注意するが、彼女は満面な笑みを向けて、ゾッとする様な低い声色で返してくる。

 

「君の前では身体がいくつあっても足りないな……分かった。発言の仕方には注意しよう」

 

 キュゥべえは観念した様に言うものの、あかりの右腕は背中に回されている。また、不用意な発言をしたら即座にクナイを投げるつもりらしい。

 

「あの~~、今のって、一体?」

 

 縁が困惑した表情で問いかける。

 

「あ~、こいつね、『宇宙人』なの」

 

「は???」

 

 また、さらっととんでもないワードが出てくる。縁の目が再び点になる。あかりは構わず、キュゥベえに近づくと、その首根っこを捕まえて持ち上げた。

 

「なんでも、宇宙を救うのに魔法少女が必要なんだっけ?」

 

「確かにそうだが、それだけではないだろう。魔法少女がいなければ穢れが抑えきれず、魔女は野放しとなる。魔女の危険性は君とて、熟知している筈だ。僕はそれを食い止める為に二次性徴期の少女達と『契約』しているのさ」

 

「でも、だからって……誰かれ構わず魔法少女にしようっていうのは止めなさいよ。魔法少女ってほんっと命賭けなんだからさあ。 そんな危ない事に巻きこもうなんてどうかしてるでしょ」

 

「『どうかしてる』というのが、()()()()()()か、僕には理解できないが、君に睨まれる状況はあまり宜しくないな。わかった。頭の片隅には入れておこう」

 

「……機械端末のくせして、人の神経の逆撫で方は一流ね。どこで学んだんだか」

 

「……つまり、どういうことなんですか?」

 

 未だ目を点にしたまま、困惑した様子の縁。

 だが、盛り上がる一人と一匹に置いてけぼりにされる訳にもいかず、食い下がる。

 言葉を聞いたキュゥべえは、あかりの手から離れ、テーブルの上に着地した。

 

「白狐、キュゥべえ。だが、その名も通称に過ぎない」

 

 キュゥべえは、ルビーの様な両目から眼光を瞬かせながら、呟く。

 

「僕たちの本当の名前は、『インキュベーター』という」

 

 キュゥべえ――――改め『インキュベーター』はぽつぽつと自分たちの素性を語り出した。 

 

 

 

 

 

 

 彼らは太古の昔より、地球より遥か彼方にある惑星から来訪した宇宙人だと言う。

なんでも、彼らは宇宙を管理しているそうで、宇宙が熱源的死とかよくわからないもので、遠い未来に滅びる事を知ったらしく、それを食い止める為のエネルギーを探しに、宇宙を旅してきたらしい。

 やがて、地球に辿り着いた彼らは、人間が持つ『感情』のエネルギーに注目した。

その感情の強さを『魔力』に変換し、超人にする技術を人間に提供した――――というのが魔法少女の起源である。

 

 

 

 

 

 

「そんな昔からあったのに、どうして誰も知らなかったの?」

 

 しばらく休んでた葵がようやく復帰した。キュゥべえに尋ねる。

 

「魔法少女には最低限のルールを定めているんだ。その内の一つが、『変身した姿は誰にも見られてはならない』。誰もが徹底してきたからこそ、今まで、あまり表沙汰にはならなかったんだ」

 

「邪馬台国の卑弥呼なんかは、白狐に出会ったっていう逸話はあるわ。でも、あくまで逸話程度で収まってる。あたしの考えだと、コイツらが情報操作したって線も有ると思うの」

 

 キュゥべえの答えにあかりが割り込んできた。ジト目で彼を睨みつける。

 

「映画の見過ぎじゃないですか、それ……」

 

 葵がまさか、と言いたげな表情で突っ込む。だが、あかりは否定せず真剣な表情を浮かべたままだ。縁の方はというと、あかりの言葉を聞いて、目を見開いていた。

 

「そ、そんな凄い事もできるの……?」

 

「誤解だ。僕にそこまでの力も無ければ、人間社会に割り込める権限も持ち合わせていない」

 

「どうだか」

 

 否定するキュゥべえを鼻で笑うあかり。

 

「僕は端末の性質上、『嘘を付く』という概念は無い。なぜ疑うんだい」

 

「あんたは死なない。それが何よりの証拠だからよ」

 

 答えるキュゥべえを視線で釘付けにしながらあかりが低い声で言う。正確には、死んだが、全く同じ個体が現れた、と言う方が正しい。

 

「あんたは、自分が死なない為の技術を持っている」

 

「それが、何か関係があるというのかい」

 

「要は、人間よりも優れてるって事よ」

 

 あかりが言葉を続ける。 

 このキュゥベえは、惑星に有る本体に地球の情報を送る為の『端末』でしか無いらしい。要は、生きてはいないのだ。その為、痛みも感じないし、何度殺してもすぐに復活してくるそうだ。

 

「だから、印象操作なんて、お茶の子さいさいじゃなくって?」

 

 キュゥべえは、『やれやれ』と言いたげな表情でかぶりを振った。これ以上、あかりと会話してても埒が明かないと踏んだのだろうか。彼はあかりに背を向けると、テーブルの上でゆっくり歩を進めた。やがて、葵の眼前で立ち止まる。

 

(これが……白狐)

 

 葵は初めて見る白狐の姿をまじまじと見つめる。

 

(そして、昨日、篝さんが言ってた――――『アレ』?)

 

 僅かにあかりに目を向けると、あかりもその視線に気づいたのか、僅かに頷く。それを見て確信する。

 『口達者なアレには気を付けろ』という言葉。アレとは白狐――キュゥべえのことだったのか、と合点がいった。

 

「柳 葵。君は魔法少女になるかどうか迷っている様だが……」

 

「っ!? どうしてそのことを――――」

 

 不意にそんなことを言われ、葵の全身が跳ねあがる。

 

「言っただろう――――脳内に直接干渉できると。……さて、君には『願い』があるのかな?」

 

 ――――『願い』。

 そう問われて、しばし考え込む。魔法少女になるかならないかは別として、真剣に考えたことは無かったかもしれない。

 だが……、

 

「いえ……とくには……」

 

 自分には、優しい家族もいる、親友もいる、友人もいる、日々の生活も騒がしくも楽しい毎日を送っている。何の不自由も無い。故に、特に願いなんてなかった。

 

「ふむ。では、次の機会にさせて貰うとしよう。――――さて、美月 縁」

 

「は、はいっ!」

 

 今度は声を掛けられた縁の全身が跳ねあがる。キュゥべえは葵に背を向けてゆっくりとテーブルの上を歩いて縁の方へ近づいていく。

 葵の顔に緊張が走る。まずい、ここで縁が何らかの願いを彼に言ってしまえば、彼女は『魔法少女』になってしまう。それはなんとしても食い止めねば――――そう思って、あかりに視線を送る。

 

 

 だが、あかりは、微笑を浮かべて眺めているだけだった。これから起きる事を、全部察しているかのように――――

 

「かが……っ!?」

 

 葵が咄嗟にキュゥべえを止める様、あかりに声を掛けようとするが――――ドス黒い視線を突き立てられてしまい、その場で硬直してしまう。その間に、キュゥべえは縁の眼前まで移動した。

 

「美月 縁」

 

「は、はいっ」

 

 緊張と興奮が入りまじり、言葉尻が上ずっている縁。しかし、

 

 

 

 

「――――()()だ」

 

 

 

 

 数泊間を置いて、キュゥべえは一言呟くと、顔を俯かせた。

 

「へっ?」

 

 縁が呆気に取られた様に声を挙げる。キュゥべえが何を言ってるのか理解できない。だが、キュゥべえは俯かせた顔を挙げると、

 

 

 

 

「君には、魔法少女の素質が、()()

 

 

 

 

 惨酷なまでに淡々と、そう告げた。

 

 

 

 

 

 

 ――心の中に炎がある。自分はそれを傍で眺めている。勢いはすさまじく、決して消える事は無いと、信じていた。そればかりか、炎はやがて、天に辿り着くんだと確信していた。

 だが、突然大きな足が現れて、炎を踏みにじってしまった。

 

 足が上げられると、残ったのは、洞窟の様な薄暗く狭い空間に、ちっぽけな自分―――

 

 

 

 

 

 

 縁は、そんな奇妙な感覚を味わった。

  

 

 

 

 

 

 

 

 




 ギリギリ一万字以内……! あ、危なかった……っ!

 今更ながら、一つの場面に3人ぐらいに収めた方が、書き易いと気づきました。

 キュゥべえ、ようやっと登場させることができました。登場させると、シリアスの具合がグッと高まるんですが、台詞を書くのが難しいですね……。

 そして告げられる衝撃的な事実。縁の運命は一体どうなることやら……。



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     神の使いか 悪魔の手先か C

※オリジナル設定が早速ブッ込まれてますがご容赦くださいませ。


 

 

 

 

 

 

「そんな……」

 

 縁の顔から生気が消えた。頭がガックリと下に落ちて、愕然としながら、一切の感情が失せた声でつぶやく。

 

「……縁。でもキュゥべえ、素質が無いって?」

 

 内心ホッとしつつも、意気消沈する縁を見て心配になる葵。だが、疑問があったので、尋ねてみる。

 

「言葉通りの意味だ。美月 縁は魔法少女になる資格が、無い」

 

「!!」

 

 落ち込む縁を前にしても、一切気にしていない様子で、キュゥべえは淡々と告げた。

 その言葉が縁の心を抉る。

 

「魔法少女に成れるのは、『感情』を強く表現できる者に限られる」

 

 柳 葵は可能だが、美月 縁には、それが不可能だ――――と、キュゥべえは補足を加えるが、既に縁は聞く耳を持たない。

 

「気になるわね」

 

 そこで、あかりが割り込んできた。両腕を組んで、じっと睨みつける。

 

「なんで、素質の無いこの子()はあんたが見えるのかしら?」

 

「感情を強く表現できなくても、内に秘めている『因果』の量が大きければ、僕たちを見る事はできる。これは何も、彼女()に限ったことじゃない」

 

 男性だろうが、老人だろうが、果ては動物だろうが、『因果』の量が大きい生命は、キュゥべえを視認することができるのだそうだ。

 だからといって、魔女に襲われる可能性が高くなる、ということは無いらしい。

 

(『霊感』みたいなものかしら……?)

 

 葵は『因果』がどんなものか、今一つピンとこなかったが、キュゥべえの話からして、近いものはこれかもしれない、と思った。

 

「以上から、美月 縁の存在はありふれていると言っていい」

 

 断言するキュゥべえだが、あかりは無表情で彼を見つめている。彼女は、納得しているのか、していないのか、顔を見てどちらか判断することは凡人である葵には遥かに難しい。

 キュゥべえは構わず、無表情のまま、淡々と言葉を続ける。

 

「以前、僕たちは美月 縁の様な少女でも、『願い』が有れば契約を交わしてきた。

だが……『感情値』が著しく低い彼女達は、はっきり言って、使()()()にならなかった」

 

 使い物――――感情の無い機械的生物らしいと言えばいいのか、まるで人間を道具としか見ていないような物言いに、葵はゾクリと肩を震わす。

 

「魔法少女が用いる魔法の力というのは、使用者の感情によって左右される。

彼女達はいずれも満足に操ることはできなかった。魔女と戦えば、あっさり殺される」

 

 キュゥべえの話からすれば、人間は魔女を倒さねば安全な生活を確保することができず、キュゥべえも魔法少女を増やさなければ宇宙を救うことはできない。両者は利害関係の一致から手を結んできた。

 だが、その魔法少女があっさり死んでしまうとなれば、話は別だ。利害関係もあったものではない。

 

()()な魔法少女の量産は、君たち人間にとっても、僕たちにとっても効率が悪いと考えてね。1358年前に契約時のルールを改訂したのさ」

 

 そこで、先ほどの『感情値の強さ』が条件に加えられたのだろう。

 葵はキュゥべえの人間に対する無感情な物言いに圧倒されっぱなしであったが、心の底から安心もしていた。縁がもし契約してしまったら――縁自身も危惧していたが――魔女にすぐ殺される運命に有ったのだ。そこから抜けられた事を声を挙げて喜びたかったが、隣で相変わらず意気消沈している縁を見ると、悪くて、できなかった。

 

 刹那――――ピンポーン! とインターホンが鳴った。

 

「縁、お客さんよ」

 

 葵が未だ俯く縁に声を掛ける。すると、ピンポーン! と、またインターホンが鳴る。

 

「…………」

 

 縁には聞こえていない様子だった。

 直後、ピンポピンポピンポピンポピンピンピンポピンピンピンピンポーン!!とインターホンが連続で鳴った。

 

「ゆ、縁、早く行った方がいいんじゃない……」

 

「……」

 

 葵が冷や汗を垂らして苦笑いを浮かべる。何やら、只ならぬ人物が訪れたのは確かである。ちなみに、あかりは平然とした様子でお茶を啜っている。

 ピンピンピンピンピンピンピンppppppppピンポーピンポピンポピンポピンポーン!!と、また連続で鳴った。

 途中、間違いなく連打している。

 

「…………っ!」

 

 縁がようやくハッと顔を上げた。

 

「縁?」

 

「……ああ、ごめんごめん! 今行ってくるっ!」

 

 縁はそう言うと、慌てて自室から飛び出し、一階の玄関に向かっていった。

 

「大丈夫かしら……?」

 

 葵が心配そうに呟く。当然、隣のあかりには聞こえてきたが、彼女は素知らぬ顔で、煎餅を齧っていた。

 

 

 ――――その間に、キュゥべえは、既にいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャッ、と玄関のドアを開けると、そこには、自分より小さな女の子が居た。

見たところ中学生ぐらいだろうか。青いショートカットヘアに小さいサイドテールを作っていた。

服装はTシャツに短パンであり、年頃の女の子というよりは小学生の男の子の様な出で立ちだ。

 左手には、大きな手提げ袋を下げている。

 

「あの~、どちら様?」

 

 初めて見る少女に、縁が苦笑いを浮かべて問いかける。

少女は、どこか眠たげな半開きのジト目で、縁をしばし見つめたかと思うと……突如、右手を差し伸べた。

 

「??」

 

 縁は少女の意図が分からず、ぽかんとなる。

 

「ウチのでっかい姉ちゃんズが世話になったね」

 

「えっ?」

 

 そういわれて目を見開く。――――ここ最近会ったでっかい姉ちゃんズと言えば、菖蒲纏(167cm)と萱野優子(175cm)の二名である。

 

「!! ってことは、あなたは」

 

 ゆかりがハッとなる。

 

「そ。あたしは、そいつらの仲間。魔法少女・宮古 凛だ。よろしく」

 

 凛は、にへら、と口の両端を吊り上げて、不敵に笑う。

 その笑顔に何やら薄ら寒いものを感じた縁が、思わずウッと息を詰まらせるが、

 

「よ、よろしくお願いします……!」

 

 縁も右手を伸ばして、凛と握手を交わす。

 

「あんたラッキーだね」

 

「へ?」

 

「超絶クールビューティ美少女マジカルリンちゃんと握手できるなんて滅多に無いよ」

 

 凛はヘラヘラと愉快そうに笑いながら、冗談染みた事を言い放つ。

 

(何か、おかしな人……)

 

「はあ……その超絶クールビューティ美少女マジカルリンちゃんさんがウチに何の御用でしょうか?」

 

 縁は、周りが聞いたら、お前が言うな、と言われそうな台詞を頭の中でボヤきながら、超絶クー(略)に問いかける。

 

「ウチのリーダー……()()から、あんたと葵に、伝言を頼まれてね。

 纏でも良かったんだけどさ、あいにく忙しくって、やむなくあたしが伝えに行くことになった」

 

「!!」

 

 リーダーとは間違いなく萱野優子の事だろう。それにしても『カヤ』とは渾名だろうか。纏は『優ちゃん』と呼んでいたが、それだけ慕われているということか。

 だが、一般人の自分達にメッセージとはどういうことだろうか?

 

「まずは、魔法少女(あたしたち)の世界に巻き込んじゃった事を謝りたい」

 

「ああ……それは別に」

 

 いいですよ――――と言おうとしたが、それを遮る様に凛が手提げ袋を差し出した。

 

「これ、詫びの品」

 

「あ、はい。ありがとうございます。……っ!」

 

 縁も咄嗟に受け取ってしまう。途端、良い匂いが鼻腔を刺激して、愉悦が浮かんでしまった。何か美味しい食べ物が入っているのかもしれない。

 

「いいんですかぁ~、貰っちゃってぇ~?」

 

「どうぞどうぞ。後で食べなよ」

 

 流れ出る涎を拭いながら、問いかけると、凛は手をひらひらとさせて返す。よし、中身は夕飯の時に確認することにしよう。

 

「あと、もう一つ」

 

 そこで突如、凛は笑みを消した。

 

「伝えなきゃいけないことがある」

 

「!!」

 

 こっちが本題だ――――と言わんばかりに真剣な眼差しで見つめてくる。縁もそれに応える様に顔を強張らせた。

 

「あんたと葵は魔女に襲われた。多分、どちらもか、或いは、どっちかが、魔法少女の『素質』が有る」

 

「……!」

 

 『素質』――――その単語に、先のキュゥべえの言葉が頭を過ってしまい、言葉を失う。

途端に顔を俯かせて、表情に影を作る縁。

 凛は、それを見て、何かを察したらしい。ふう……、と一息吐くと、眠たげな目を更に細めて、話を続ける。

 

「なるほどね……有るのは、『葵の方』かい?」

 

「っ!!」

 

 縁の肩が僅かに、ビクリと動いてたのを凛は見逃さなった。

 

「無いなら無いでいい。あんな世界に飛び込んじゃいけない」

 

 凛は縁の両肩の震えを抑える様に手を置く。

 

「そう言われても……」

 

 折角目標を抱いたのに、真上から踏みつぶされたのだ。とても承服できるものではない。

 凛の声はとても優しく聞こえたが、縁の気持ちは晴れない。

 

「気持ちはわかる……」

 

 凛はそういうと、ふう、と溜息を付く。

 

「でも、普通に生きていけるならそれに越した事はないと思うけどね」

 

 そうなのだろうか。

確かにキュゥべえの言った通り、もし契約できていたら死んでいたかもしれないので、それはそうなのかもしれないし、凛の言ってる事もよく分かる。

 でも、昨日抱いた感情————魔法少女への憧れは、嘘では無かった筈だ。

 

 今一つ気持ちの整理が付かず、顔を俯かせたままの縁だったが――――

 

「話が逸れたね。魔法少女の『素質』があるってことは、魔女に襲われる可能性が高いってことだ」

 

 凛の衝撃的な言葉が耳朶を打った。

 

「そんなっ! じゃあ葵はっ!?」

 

 弾かれた様に、顔を上げて叫び出す。

 

「遅かれ早かれ襲われる。でも、そんなことはさせない」

 

 凛が真っすぐな瞳で縁を見据える。

 

「あたしらは桜見丘市一帯を縄張りにする魔法少女チームだ。当然、そこに住む人々を守る義務がある。……ああ、これはあたしじゃなくって、カヤの言葉だけどね」

 

 言ってしまってから凛は、恥ずかしさを隠す様に、僅かに顔を反らすと、頭を掻いた。

 

「もちろん、魔法少女にもさせはしない。あの宇宙人の、都合のいい様にさせない」

 

「!!」

 

「あんたたちは、あたしたちが、全力で守る」

 

 凛は顔を戻すと、はっきりとそう告げる。

 

「……!!」

 

 その言葉に愕然とする縁。

 刹那、頭をガツン、と強く殴られた様な衝撃が襲う。

 

 

 ――――自分にここまでの覚悟があったのだろうか。誰かの為に、無償で身体を張る決意が。

 

 

 そう思った途端、全身が震えてくる。

 魔法少女になりたいと思っていたことが、強烈に恥ずかしくなった。

 

 

『私が魔法少女になれば、優子さんたちの苦労も分かってあげられるんじゃないかな』

 

『それでも、私は成りたいんだ。カッコ良くて、みんなを守れる魔法少女に』

 

 

 昨日、自分は確かに葵にそう言った。

 でも結局、そんな覚悟は無かった。ただ、纏と優子がカッコイイから、という憧れだけで成ろうとしていて、邪な気持ちを正当化する為に口から出まかせを言っただけに過ぎなかったのだ。

 

 

 ――――それが、どれだけ浅ましい考えであった事か、今、分かった。

 

 

 凛のどこまでも青い眼差しは、そんな縁の心を射抜く様であった。

 葵の話では、小さいがかなり怖い、という話だったので、小鬼の様な人物像を描いていたが、それは誤解だった。

 彼女もまた萱野優子や菖蒲纏と同じ、正義の為に行動する、ヒーローの様な魔法少女の一人だったのだ。

 

 

 

 ――――自分はまだ、彼女達に追いつくことができない。

 

 

 

 魍魎の庭に飛び込む勇気はあっても、生きていける自信は、無かった。

 

 

 

「ごめんなさい……っ」

 

 はっきりと確信した縁が両目から涙をこぼす。口から出た言葉は謝罪だった。

 

「何で泣くのさ……?」

 

 突然泣いて謝られたので、呆気に取られてしまった凛は目を開いて、首を傾げる。

 別に悪くないのだが……これでは自分が泣かせてしまったようだな、と思い罰が悪そうに頭を掻いた。

 

「それよりも……」

 

 自分にはやらなければならないことがあるのだ、と思うと凛は顔を引き締めた。

いきなり顔つきが変わったので、縁が気になって顔をまじまじと見つめる。

 

「あんたの家に、魔力の反応が二つある。ひとつはキュゥべえだけど、もう一つは……知らない」

 

「…………あ、そうなんです。凛さんたちと同じ魔法少女の子なんですけど……誰とも組んでないんですって」

 

 縁は、涙を拭うと、昨日の葵の話を思い返して、凛に伝える。

 凛は顎に手を当てて「ふむ……」と考え込んだかと思うと、ポツリと呟いた。

 

「そいつと話がしたい。上がっていい?」

 

「……!!」

 

 これは……もしかしたら、優子達のチームにあかりを入れてくれるのではないか?

 

「ああ、いいですよ! どうぞ!」 

 

 やった。これであかりちゃんは独りぼっちじゃなくなる、と思い心の中でガッツポーズを決める縁。

 だが、既に靴を脱いで、階段を昇っている凛の目は、

 

 

 ――――矢の様に細く、鋭利な光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼するよ」

 

 二階のドアを凛が開けると、葵ともう一人の少女が振り向く。

 葵は凛を見て、ハッと目を見開くが、もう一人は涼しい表情を浮かべている。凛は構わず、もう一人の少女の向かい側になる様に、テーブルを挟んで座ると胡坐を掻いた。

 

「あえてラッキーだよ、『黒狐』」

 

 射抜く様な視線を向けて、凛がつぶやく。

 

「どうも。『宮古 凛』さん。ブラックフォックスです」

 

 あかりは、視線を諸共せず、挨拶と共にお辞儀した。

 ――――お互い無表情のままだが、向かい合った直後、室内の空気が、バリバリと雷撃の如く乱れていく。

 

「…………!!」

 

「おまた……せ……?!」

 

 葵はその空気に訳も分からず身震いし、遅れて、凛への冷たいお茶を運んで入ってきた縁は、その雰囲気に呆気に取られる。  

 

 

 間違っても「仲間になって♪」「いいよ♪」と言い合う様な状況ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――時は少し遡る。

 

 白妙町。田んぼと畑が土地の殆どを占める地域に、萱野優子の生家である定食屋は有った。

 2階のある部屋で、萱野優子・宮古 凛・菖蒲 纏・日向 茜……4人の魔法少女がそこに集まり、ちゃぶ台を囲んで座っている。

 

「よーし!! 桜見丘市魔法少女組、定例会議を始めまーす!」

 

「……いつも思いますけど、そのチーム名、どうにかならないんですか?」

 

 室内に響き渡る様な威勢の良い掛け声をすると、両手をパンッと叩いて一本締めを行う優子。隣で茜が冷ややかにツッコミを入れるが、いつものことなので誰もフォローしなかった。

 彼女達が今集まっている場所は、優子の部屋だ。年季の入った畳み張りの部屋で、とても広々としていた。テラス付きの窓から陽光が、暖かく照らしている。部屋の中央には、何処かの海産物一家がいつも囲んでいるような、大きな円形のちゃぶ台が存在感を放っており、窓際にはテレビと、殆ど料理本しかない本棚が置かれている。

 綺麗に片付かれているものの、目立ったインテリアや飾りは殆どなく、年頃の少女の部屋にしては、些か殺風景すぎる。

 もはや、生真面目な独身の中年男性みたいな部屋といっても過言ではないが、優子の性格を端的に表している部屋だと思えた。

 

 今日は日曜日。優子達のチームは毎週、この曜日になると、一つの場所に集まって会議を開いている。 

 

「じゃ~、早速、回収したグリーフシードを見せようぜ。アタシは4つ」

 

 優子はポケットに手を突っ込むと、黒い宝石『グリーフシード』を4つ取り出して、ちゃぶ台の上でコロコロと転がす。

 

「あたしは5つ」

 

「凛ちゃんすっご~いっ! 私なんて2つだよ?」

 

「ふっ、纏、あたしに惚れるなよ?」

 

「カッコイイよ凛ちゃん!!」

 

「何イチャついてんの……私は、3つです」

 

 凛を抱きしめる纏と抱きしめられてその豊満なふくらみに顔を半分埋めつつ、にへら、と笑う凛。彼女達に冷ややかにツッコむ茜。

 3人も優子と同じくグリーフシードを、取り出した。

 

「それじゃあ、次は、担当地域の近況報告だ。

 アタシのところ(白妙町)は特に問題なし。魔女は先週より一体多かったが、被害も未然に防げた。

 みんなはどうだった?」

 

「菖蒲 纏。桜見丘市街。魔女の襲撃数は先週と同じ。でも、被害者はなしだよ」

 

「日向 茜。深山町。こちらも魔女数は変わりません。犠牲者0です」

 

「宮古 凛。紅山町。魔女は増えたけど、後は以下同文」

 

 近況報告は終了。しかし、凛に限っては気がかりな事があったので、優子が声を掛ける。

 

「でも、一週間で5体は多いな。……キツく無いのか?」

 

「心配無用。あたしにとっては寧ろ丁度いい」

 

 凛は不敵な笑みを強めながら、自信満々に宣言する。

 

「それもそうだな」

 

「この火遊び女……!」

 

 優子はフッと笑い、茜はジト目で突っ込むが……

 

「!! ……痺れたよ凛ちゃんっ」

 

「惚れるなっての」

 

 纏は惚れ惚れとした様子で、目をキラキラと輝かせて羨望の眼差しを送っていたので、即座に茜に突っ込まれた。

 会議といっても所詮は女子学生の集まりだ。いつもなら、この辺りで議論は終わり、後は下らない世間話を交えながらの食事会になるのがいつものことであった。

 だが、今回は違った。

 

「じゃ、次だ。『おつかい』の方はどうだ?」

 

「それは私が」

 

 茜が手を挙げる。

 

 

 『お使い』……これは優子達が、余所の地域へ『情報を購入』する為に使う隠語だ。

 魔法少女は基本的に、縄張りとなる地域から外へは出られない為、必然的に得られる情報は狭まる。地域外へ密偵を放つという手もあるが、余程の手練れで無い限り、そこを縄張りとする魔法少女に捕まってしまうことがザラだ。 

 よって、外の情報が欲しい場合は、各地に点在する『情報屋』と呼ばれる魔法少女から、買う必要がある。余所の魔法少女チームの規模……強力な魔女の出現……変わった能力を持つ魔法少女の暗躍……これらをあらかじめ得ることで、危険を未然に防ぐことができるのだ。

 

 

 日向茜と宮古凛が『おつかい』に行った先は、美咲文乃の所である。ドラグーンの最高幹部である彼女は、副業として情報屋を営んでいた。

 基本的にチームに所属する魔法少女が情報屋を行うことは暗黙のタブーとされているが、彼女はその禁を破っていた。

 ドラグーンの内部事情すら、財源になりそうだと思えば専ら売ってしまっていた。

 

 ――――まぁ、彼女はそれによって波乱が起きるのを楽しみにしているのだが。勿論、竜子と狩奈には秘密だ。

 

 また、茜は文乃とプライベートで親しい間柄である。茜が会いにいくと、文乃は喜んで色んな事をあれこれ教えてくれるのだ。料金以上に。

 優子グループの今日があるのは、一重に茜の存在があってこそだと言っても過言ではなかった。

 

「グリーフシードを2個も支払ったのは痛かったですけど……有益な情報が手に入りました」

 

 茜は、若干顔を渋める。

 

「篝 あかり……皆はこの名前を知ってますか?」

 

「そいつがどうかしたのか?」

 

 知らない名を出され、3人がポカンと間の抜けた顔をする。

 

「どうも、キュゥべえが認知していない魔法少女なんだそうです」

 

「何……!?」

 

 キュゥべえは全ての魔法少女を管轄している立場にある。その彼が()()()()魔法少女など居る筈が無いと思っていた優子は、目を見開いた。

 

「……名前はどこで分かったの?」

 

 凛が問いかける。

 

「キュゥべえが偶然その子と出会った時に、教えてもらったそうだよ。私は文ちゃん経由で聞いたけど。だから、後でキュゥべえに確認してみたんだけど………名前以外の事は何も分からないって……」

 

「なんか怖いね、それ……」

 

 纏が顔を青くしながら呟く。

 

「でも、文乃が目を付けてるってことは、何かやらかしてるみたいだな、そいつは」

 

「はい。緑萼市で、ここ一週間くらい下っ端の魔法少女達の噂になってるそうです……なんでも、『ヒーロー』だと……」

 

「はあ?」

 

 優子が尋ねると、思わぬ単語が茜の口から返ってきた。てっきりよからぬ事をしてるのだろう、と思ってただけに、以外だった。

 

「魔女に襲われてピンチになってるところに、颯爽と現れて助けてくれるみたいです。しかも、とんでもない強さで、秒殺とか……」

 

「秒殺……!?」

 

 凛が、その単語に即座に反応。

 彼女は、今まで魔女に負けた事も取り逃した事も無く、短時間で撃破してきた。しかし、秒殺までは流石に不可能であった。

 自分より強い奴が居る――――その事実に、負けず嫌いの彼女は、黙っていられなかった。

 

「それだけじゃない。グリーフシードも分け与えてくれるんだって。…………三個も」

 

「さ、三個!?」

 

 纏が仰天のあまり声が裏返ってしまう。

 彼女はなるべく、一般人も魔法少女も関係なく助けたいと思ってはいるが、そこまでは無理だ、と思った。

 

「……現在20人の魔法少女がその子に命を救われているの。名前は名乗らないから誰も知らない。真っ黒な髪に、真っ黒な衣装、時代劇の忍者みたいな戦い方……。

すべてが終わった後、まるで『狐に抓まれた』みたいに幻でも見たような気分になることから……ついた渾名が、『ブラックフォックス』……」

 

「ブラックフォックス……っ! かっこいいね……!」

 

 纏がその名前に、目を輝かせる。

 

「……狐、というよりはネズミ小僧みたいなやつだと思うけどね」

 

 不機嫌な様子の凛が、素っ気ない態度で吐き捨てる。

 

「ニンジャラットル、でいいんじゃないのか?」

 

「ピザ好きのカメ忍者っぽい名前ですね、それ……」

 

 そして優子はというと、微妙にズレた事を言っていたので、茜にツッコまれる。

—————ピザ好きのカメ忍者、というよりは下ネタ好きなビースト戦士の名前に近いが。

 

「でもさ、別に悪いことしてないんだし、構うことはないんじゃないの?」

 

 優子が聞くと、茜は首を振った。真剣な眼差しを向けてくる。

 

「構う必要はありますよ……グリーフシードを一人3個も与えてるんですよ。一般的な魔法少女の考えからしたら正気の沙汰じゃないです。そもそも、そんな沢山のグリーフシードをどこで手に入れたのか……?」

 

 ブラックフォックスこと、篝 あかりは一週間の内に20人の魔法少女を救った。ということは、そんな短期間に60個ものグリーフシードを消費したことになるのだ。

 魔女を狩って手に入れたか、ネットオークションで購入したか……いずれにしても、そこまで手に入れるには長い年月を掛けなければ叶わない。

それに、いくら強いとは言えども命がけで、或いは、高額を払って手に入れたものを、他人に無償で分け与えようなどと思うのだろうか。普通、考えない。マザー・テレサ並に奉仕精神が優れたものでなければ、そんな酔狂な事は頭に過りさえもしないだろう。

 いずれの線も、現実的ではない。

 かろうじて、可能性があるとすれば、緑萼市でも桜見丘でもない……別の地域の魔法少女から奪ったグリーフシードを分け与えているという線。

だが、これも限りなく低いと思った。何故余所の地域から手に入れたものを、わざわざ緑萼市でばら蒔く必要性があるのか?

 

「大体、魔法少女を救う目的もなんなのか、謎ですし……」

 

「でも、緑萼市ってことは、ドラグーンの連中がなんとかするんじゃないのか?」

 

 自分達には関係無いと言わんばかりに、手をひらひらさせながら優子は言うが、茜は顔を顰めた。

 

「実は……文ちゃんの情報では、桜見丘市街でも度々目撃されているそうです」

 

「何……? 纏、知ってたか?」

 

「そんな、私は見てないよ……!」

 

 目を見開く優子と纏。

 

「そいつ、気に入らないね」

 

 凛の低い声が、3人の耳朶を叩く。

 

「凛ちゃん?」

 

「何が目的かは知らないけど、人の縄張りで好き勝手するのは、気に入らない。……カヤ」

 

 凛が優子を見ると、彼女もうんうん、と頷いた。

 

「……そうだな。そいつとは、ちょっと話をする必要がありそうだ」

 

「だね。……見つけたら、尻尾を踏みつけてやる」

 

 凛は相変わらず憮然とした表情だが、瞳は好戦的に光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 難産。一度完成させた話ですが、後々読み返したら縁の心情描写が半端なく乏しかったので、急遽付け加えました。
 ぶっちゃけ、難しいことこの上なかったです……

 次回は凛vsあかりですが、既に色々と長くなってしまってるのでガクブルしています… 

 #04でまとめようと思ったけど、結局無理になりそうですね……トホホorz

 




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     神の使いか 悪魔の手先か D

ぶっちゃけストックがヤバイですが間が空いたので、投稿させていただきます。
今回もオリジナル設定ブッ込んでますので、ご注意くださいませ。


 

 

 

 

 

 

「それで?」

 

 話を聞いたあかりが、煎餅を一枚手に取り、口でパリッと半分に割る。

 

「あんたはあたしに何の用なの?」

 

 口の中に運んだ煎餅が、挑発するように、バリボリと耳障りな音を立てている。半分残った煎餅を、テーブルに置くと、凛の顔を伺う様に目を細めた。

 

「質問したい。あんたが何者なのか、何が目的か……YESかNO、どちらかで答えてもらう」

 

「もし、答えられなかったら…………」

 

 刹那、あかりの目が研ぎ澄まされた刃物の様に、キラリと光る。

 

「……その物騒なボウガンでドスッて、やるつもりかしら?」

 

 あかりがからかう様に右の口の端を吊り上げて挑発的な笑みを浮かべると、指を差した。それが示すのは凛の右手。凛は、にへら、と不敵な笑みで返す。

 

「ちょっとちょっと!! ここ私の部屋なんですけどぉ!?」

 

「ッ!!」

 

 物騒なやりとりをする二人に縁が慌てふためき、葵がキッと凛を睨みつける。あかりは凛の笑みを見て、肯定か、と思ったが、

 

「まさか」

 

 凛は素っ気なく言い放つ。ほっと胸を撫でおろす縁。

 

「一般人の女の子の部屋で血生臭い喧嘩なんて()()()()したくない。あんただってそうでしょ?」  

 

(なるほどね……)

 

 あかりは目を細め、凛の顔を伺う様に凝視する。

 『できれば』ーーーーその部分を強調した、ということは、質問を避ければ流血沙汰もやむを得ないということだろう。お前もそれを望まないのであれば、大人しく質問されろ、と脅しを掛けたのだ。

 

「確かに、気持ちは同じよ。分かったわ。質問には答えてあげる」

 

 あかりはわざとらしく愛想の良い笑みを浮かべると、姿勢を正した。

 

「もう一度言うけど、質問の答えはYESかNO。それ以外の答えは認めない、OK?」

 

「YES」

 

「グッド。じゃあさっさと始めるか」

 

 凛は、あぐらを掻いた両膝の上に手を乗せると、獲物を逃がさない様な鋭い視線を向けて、あかりを釘付けにする。

 縁達もハラハラした面持ちで見つめている――――。

 しばらくすると、凛が口を開いた。

 

「あんたの名前は、篝 あかり?」

 

「YES」

 

「魔法少女?」

 

「YES」

 

「あんたは、ここ一週間、緑萼市でドラグーン所属の魔法少女を無償で救っている張本人、で……間違いない?」

 

「YES」

 

「救うのは……何か、目的があってのこと?」

 

「YES」

 

「それは、あたし達には言えないことかな?」

 

「YES」

 

「言った場合、あたし達を敵に回すことになる?」

 

「YES。ただし、場合によっては」

 

 答えはYESかNOしか認めない、と言われたが、『補足を付け加える』のだったら有りだろう――――思惑と共に、してやったりな笑みを浮かべて凛の目をじっと見るあかり。

 凛は、少し顎に手を当てて考え込むしぐさを見せると、

 

「…………ドラグーンの下っ端共を引き抜いて、内部から崩壊させようとしてる?」

 

 補足説明はOKと言外に認めた上で、質問を続ける。

 

「NO」

 

「あるいは乗っ取り?」

 

「NO。あたしは平和主義者でね。物騒な真似は嫌いなんだ。

 でも、彼女達には、あたし個人への羨望を抱いてもらう必要があるのよ」

 

「何でドラグーン(連中)の必要があるの? 理由を話すことはできる?」

 

「YES。ただし、分かってもらえるとは思わないから、話さないけど」

 

「……」

 

 凛が黙り込む。視線はあかりから反らして無いものの、表情にはわずかに困惑が見て取れた。

あかりの目的がなんなのか、皆目見当も付かないのだろう。

 

「…………あんたの目的に関しては、もうちょっと様子を見る必要がありそうだね。

 ありがとう、よくわかった。じゃあ、質問を変えよう、OK?」

 

「YES」

 

「あんたが魔法少女に無償で配ってるグリーフシード――聞いた話じゃ一人につき3つも配ってるそうだけど――どこで手に入れた? 魔女をこつこつ狩って集めた?」

 

「NO」

 

「ネットオークションで買った?」

 

「NO」

 

「じゃあ…………余所の魔法少女から奪ったもの、とか?」

 

「NO。言ったでしょう? あたしは平和主義者だってね」

 

「そうだった。それは悪い事を聞いたね。じゃあ……」

 

 先の三つの質問の答えは想定内だ。ここからが本題。凛は目を光らせる。

 

 

「『魔女の養殖場』――――」

 

 

「……!」

 

 その単語を口にした瞬間、あかりが僅かに目を見開いたのを凛は見逃さなかった。

 口の両端を吊り上げて、不気味な笑みを向けながら、背筋がぞっとするような低い声で、囁く様に呟く。

 

「あたしは、実際目にしたことは無いけど、どこかにあるんだってね?」

 

 

 

 

 

 

 ――――魔女の養殖場。

 それは、魔法少女の間では都市伝説と言われている、身の毛もよだつような話だ。

 

 

 ある地方の山沿いに一つの集落があった。人口300人、内7割が65歳以上の高齢者で構成されている小さな村だ。

 ある日、中心部に突如『魔女』が出現する。抗う術となる魔法少女は集落にはおらず、当然ながら、村民はこぞって魔女の餌食となった。

彼らはことごとく、使い魔に喰われた。そして、養分を得た使い魔は、次々と魔女に成長。それらがまた、使い魔を放ち、人間を喰らわせ、魔女に成長させる――――そんなことが四六時中繰り返されたという。

 やがて、集落は人間が全滅し、無数の魔女が跋扈する巣と成り果てた。

 

 魔女は『一度居着いた地域からは、離れない』という習性がある。集落だった場所は魔女が目的も無く同族同士で戯れていたが、新たな餌を求めて、一匹ずつ魔女が群れから離れる事もあった。

それをたまたま見掛けた魔法少女が狩り、グリーフシードを手に入れるようになった。今度はそれが繰り返され、巣からは魔女が一匹、また一匹と減っていき、魔法少女の養分と化していった。

 やがて、巣に残る魔女は半分だけになった。

 

 

 ある日、少し離れた大きな街に住む一人の魔法少女が、その集落の事を知り、邪な考え持つ様になった――――

 

 

 彼女は、同じチームメイトや、余所の地域の魔法少女達を集めると、作戦を決行。

 街の至るところにある、老人介護施設に魔法少女達を忍び込ませ、認知症、あるいは障害、病気を患う高齢者達を誘拐する。

彼らを、『魔女の巣』まで連行したと思うと、姥捨て山に捨てるがごとく、そのまま置き去りにした。

 魔女は老人達を捕え、使い魔達の食料にさせると、また新たな魔女に育てる。一時は半分にまで減った魔女がまた巣窟内を埋め尽くす様になった。

 

 ――――群れから離れた魔女を、魔法少女が狩る。

 

 ――――魔女がいなくなったら、また、魔法少女は街中の施設から老人たちを連れ去り、食料にさせる。

 

 ————老人がいなくなったら、障碍者やホームレスを餌にする。

 

 

 これらが繰り返される内に、かつて集落だった場所はこう言われるようになったという。

 

 

 『魔女の養殖場』と―――― 

 

 

 

 

 

「なに、それ……」

 

「……!」

 

 話を聞いた縁が愕然となる。葵に至っては、顔を青褪めて絶句していた。魔法少女の世界の闇の底とも言える部分を垣間見た様な気がした。

 

「ローリスクで大量に手に入れるとしたら、そこしかない。でしょ?」

 

 少女二人を脅えさせた張本人である凛は、構わず質問を続行。にへら、と笑っている。

 

「NO」

 

 だが、あかりは見開いた目を細めて、微笑を浮かべる。

 

「嘘だ」

 

「NO」

 

「他に何があるの? まさか、誰かから貰ったなんていうんじゃ――――」

 

「YESっ! おめでとう。大正解っ!!」

 

 凛が冗談のつもりで言うと、あかりはニッコリと満面の笑みを浮かべて拍手喝采を送る。

 

「!? どういうこと……?」

 

 流石の凛もこれには呆気に取られるしかなかった。顔から笑顔を消すと、目を見開いて尋ねてしまう。

 

「質問はYESかNOで、答えられるものにするんじゃなかったっけ?」

 

「チッ!」

 

 どこか勝ち誇った様子すら感じられる涼しい笑顔のあかりに、指摘されてしまい、凛は一瞬ポーカーフェイスを忘れて忌々しげな表情で舌打ちしてしまう。

 

「まあ正解に辿り着いたんだから、教えてあげよっか。実は、グリーフシードを大量に余ったからって、くれた人が居るのよ」

 

「……そいつは、一体誰? 教えることは?」

 

 あかりが話している間に、一呼吸付いて、表情を元に戻した凛が尋ねる。

 

「NO」

 

 あかりは即答。

 

「…………」

 

 凛は僅かに顔を俯かせる。表情は平然そのものだが、内心は穏やかではなかった。

 先ほどから質問攻めしている筈だが、目の前の篝 あかりについて、何一つ分かってこない。それどころか、まるで手の平の上で転がされているような感覚だ。

 負けず嫌いの凛に取っては、それが屈辱だった。しかし、相手のペースに飲まれたままで、これ以上質問しても、埒は開かない。そればかりか、自分の神経を逆撫でされるだけである。それで逆上しようものなら、完全に奴の思う壺だ。

 

「……ありがとう。質問はここまでにするよ」

 

 ポーカーフェイスを何とか保ちつつ、凛はそう告げる。

 

「そう。知りたいことは分かったかしら?」

 

「…………じゃあ、あたしはこれで……」

 

 挑発するようなあかりの言葉を無言で返すと、凛は立ち上がり去ろうとするが、

 

「ちょい待ち」

 

 刹那――――あかりのハッキリとした、よく通る声が、凛の動きを止めた。

 

「……何?」

 

「あんただけ質問するのは不公平でしょ。あたしにも質問させなさいよ」

 

 勿論、YESかNOでね――――そう最後に付け加えるあかりの表情は輝いていたが、対照的に瞳はドス黒く淀んでいる。縁と葵がそれを見て震えている。

 自分に対して良からぬことを企んでいるのかもしれない、と心の内から警鐘が聞こえたが、

 

「……そうだね。それは悪かった」

 

 凛は受けて立つことにした。再び座りなおすと、背筋をピンと張る。

 

「グッド。じゃあ、早速――――」

 

 直後、あかりの表情から、一切の感情が消える。ドス黒い瞳も相俟って幽鬼の様な迫力だ。

 だが、凛はポーカーフェイスを崩さず、じっとあかりを見据える。ここで少しでも及び腰になれば負けると判断したのだ。

 

「あんたは、偶然あたしに遭えてラッキー☆って言ったけど…………嘘でしょう?」

 

 玄関先での会話は聞こえていたのか――――内心の平常が微かに乱される感覚を覚えるが、それを表には出さずに答える。

 

「NO」

 

「それも嘘。あんたはあたしが此処にいるのは分かってた。偶然を装って訪問した。違う?」

 

「YES。確かに家の前で知らない魔法少女の反応を拾ったからもしや、と思ってね」

 

「それも嘘。更に言うなら、『纏には用事があって、やむなく自分が伝言に来た』っていうのも嘘」

 

「NO」

 

()()なのに、どうしてNOと答えるのかしら? 自信があるってこと?」

 

「YES。あんたこそそう思う証拠は? 根拠はあるの?」

 

 あかりは挑発的な口調を強めるが、凛は平静とした態度を崩さない。

 それはまるで、屏風に描かれた虎と龍の如し。お互いに一歩も譲らず牽制し合う姿に、脇で見る縁達もゴクリと唾をのみつつ緊張の面持ちで見つめている。

 

「まあ、あんたがメッセンジャーというのは本当でしょうね。でも、それは『ついで』でしかない。あんた()()の目的は最初からあたしだった。そうでしょう?」

 

「NO。偶然だっての。それに、あたしは最初から一人だ」

 

 なるほどねえ――――あかりはそう言うと、一息付いた。直後、ニタリと口元を歪に吊り上げる。

 

「さっきから、外でさあ……」

 

 ねっとりとした声使いと共に、首を後ろに仰け反らせて窓の外を見遣る。

 

「足音が『三つ』、聞こえてるんだよねえ……」

 

 『三つ』――――その言葉に、平静さを保つ凛の額から一筋、冷や汗が垂れる。

 

「あたし、生来の地獄耳でさあ……。『足音』はよく分かるんだ。特に、魔法少女の足音ってのは、耳心地が良くってねえ……。よく分かるのよ」

 

「……!」

 

 凛は右ひざに置かれた手を、あかりには見えない様に、そっと離した。

 

「あんたたちのチームには魔力を人並みに抑えることのできる、結界使いの魔法少女が居る。

 名前は、日向茜――――そいつが、他の二人を連れて、近くまで来ている」

 

「NO」

 

 凛は即答。しかし、あかりは気にせず、言葉を続けた。

 

「この作戦を考えたのは萱野優子か、日向茜か、それともあんたか――――誰でもいいか。

 あんたたちはあたしが、ここに来るのを知っていた。だから、あたしをこの場所で釘付けにしようと考えた。

 そこで、最強の戦闘力を持ち、洞察力に優れ、冷静な思考を持つあんたが送られた。

 あんたなら、流血沙汰を起こさずに、あたしを口先で抑えることができると判断したんでしょうねえ」

 

「そんな……まさか……!」

 

 それを聞いた縁が驚きと共に、バッと凛の顔を見る。

 相も変わらず憮然とした表情だが、よく見ると、左ひざの上に置かれた手が、握りこぶしを作って、微かに震えていた。

 

「もし、あたしが逃げるか、或いは、あんたを襲うことがあったら……外に控えてる連中が一斉に飛び掛かる手筈になっている。……どう?」

 

 凛は黙り込む。が、数泊間を置くと、そっと口を開いた。

 

「……YES」

 

 彼女の口から初めて、真実が告げられる。

 

「っ!!」

 

「なんてことを……!」

 

 それを見た縁が愕然。葵が怒りの形相を凛に向けている。

 

「縁、悪いね。確かに、こいつを捕える為にあんたの家を利用させてもらった。それは謝るよ」

 

 凛は、視線をあかりから離さずに、ゆかりに謝罪する。

 

「つまり……全部認めるってことでいいのね?」

 

 あかりが再び勝ち誇った様に満面の笑みを浮かべる。

 

「YES」

 

 凛はコクリと頷く。

 

「――――でもね、勝ったのは、あんたじゃない」

 

 右ひざから離れた手が、テーブルの下で光り輝く。

 

 

 

 刹那、発射音――――!!

 

 

 

 放たれたボウガンの矢が、あかりの正座する膝へと一直線に向かう!

 

 ――――直撃の瞬間、あかりの姿が忽然と消える。

 

「「「!!??」」」

 

 凛、縁、葵の三人は一斉に目を見開いた。矢はそのまま後方の壁に衝突する。

 

「ひいっ!?」

 

 矢は小さいものだったが、自分の部屋の壁が傷を付けられてしまい、縁が悲鳴を挙げる。

 

「ちょっと! 後で弁償してくださいよ!!」

 

「奴は何処に……?」

 

「聞いてます!? ちょっと!?」

 

 葵が縁に代わって凛に怒鳴るが、凛はそれよりも消滅したあかりが気になっていて聞く耳を持たなかった。

 慌てて窓を開けて、外を見回すが、姿が見つからなかった。

 

「逃げられた……」

 

「ええっ!? あかりちゃんお菓子置きっぱなしだよ!? この食べかけの煎餅どーするの!?」

 

「どうでもいいわよ……!」

 

 縁がズレた事を叫ぶが、葵がそれに真顔で突っ込んだ。

 

「クソッ!」

 

 凛は悔しそうに歯噛みすると、窓から飛び降りる。庭に着地すると、道路に出て、あかりの行方を追った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ……大方、狐に抓まれた、とでも思ってるんでしょうね」

 

 あかりが道路を走る凛を遠巻きに見つめながらニヤニヤと、邪な笑みを漏らす。

 彼女が今居る場所は、屋根の上だった――――それも、縁の家の。

自分は最初から逃げていない。にも拘わらず、逃げたと思い込んで、明後日の方向へ追いかける凛が滑稽に思えて堪らなかった。

 プッと、噴き出す。

 

「でも、このまま終わらせないのがあたし」

 

 だが直後に、瞳が鋭利な光を放つ。

 右手の人差し指で虚空を触れると何かが、ピンと音を鳴らして揺れた。よく見るとピアノ線の様な糸が一本、有る。

 

「『地獄耳』……ここまであっさり間に受けるなんて思わなかった。本当はこっちなのに、ね」

 

 彼女はそういうと、左手の人差し指でも虚空を触れ、そこに張られたピアノ線の様な糸を、ピンと揺らした。

 

「飛んで火に入る夏の虫……昔の人は上手い言葉を作ったものね」

 

 両手を旋回させると、動きに合わせて、虚空からビンビンと音が鳴る。

 いつの間にか、無数の見えない糸が、彼女の四方八方至る所に張り巡らされていた。

 

「さあ、懲らしめてやりましょうか。二度とあたしに頭が上がらないように」

 

 そう呟くと、彼女は屋根から飛翔。虚空に張り巡らした糸を足場にしながら、軽快に移動する。

途中、一本の糸の上に両足を付くと、そのまま疾走。目に見えぬスピードで標的の元へ向かう。

 

 

 その姿は、正しく――――忍者の様であった。

  

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回の質問合戦みたいな舌戦、初めて書きましたが、上手く描けたか不安……。

 戦闘は無しで行こうとしたら、戦闘が始まってしまいました。
そして、04でまとめようと思ったらまとまらなかったので、次の05でまとめるつもりです。。。

 ちなみに、あかりさん、忍者の魔法少女なのですが、魔法少女育成計画で既に似たキャラが居て呆然となりました。

 なお、次回は、「懲らしめてやりなさい」「この紋所が目に入らぬか」「図が高い、控えおろう」の3本です(殴


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 #05__黒い狐は真意を語らず A

今さらながら気付いた事。

凛の武器、環いろはと被った、だと……!?

orz


 

 

 

 

 

 

「……どうしよう、葵」

 

 縁の家。二階にある彼女の自室で、置いてけぼり状態になっている縁と葵。

 縁が隣に座る葵を見て、声を掛ける。

 

「落ち着いて、縁。まずは、状況を整理してみましょう」

 

 葵も内心穏やかではなかったものの、縁の前ではなんとか冷静を装いつつ、そう返した。

 

「う、うん、分かった。え~っと……

 

『あかりちゃんが不法侵入したと思ったら、今度は宮古 凛って子が現れて、二人とも窓からいなくなっちゃった』

 

 ……何が何だか分からないよッ!?」

 

 しかし、逆に慌てふためいてしまった縁。

 こんな状況で冷静になれ、と言う方がおかしかったか――――と、葵は苦笑いを浮かべるしかない。

 そして、しばらく呆然とするしかなかった二人だったが、一足早く我に返った縁が葵に問いかける。

 

「どうしよう?」

 

「……どうしようもないでしょう」

 

 才能が無いと言われたのならば、魔法少女(彼女達)から大人しく離れていればいいのに、未だ首を突っ込むつもりの縁に辟易しそうになる葵。

 だが、そうはさせないとばかりに、きっぱりと告げてやる。

 

「でも、魔法少女同士で争うなんて……これ以上見てられないよ」

 

「魔法少女には魔法少女にしか分からない事情があるんでしょう? 私たちに首を突っ込む余地は無いわよ」

 

「でも、あかりちゃんと優子さん達に喧嘩してほしくないよ!」

 

「縁は篝さんが良い人だと思ってるみたいだけど……でも、どう見てもあの人、怪しいじゃない?

 いっそ、凛さん達に掴まってもらった方が」

 

 

 

「どうして、そんなこというの?」

 

 突然、()()()が響き渡る。

 

 

 

「…………っ!」

 

 一瞬、縁とは違う人物が喋っているのではないか、と思って顔を周囲に向けてしまった。しかし、その音声の発生源は間違いなく隣に座る彼女であった。

 刹那、葵が固まる。

 縁は顔を俯かせてる為、表情を確認できない。しかし、前髪の隙間から僅かにうかがえる彼女の瞳は――――酷く冷えていた。篝 あかりが自分を釘付けにしたドス黒い瞳に匹敵するぐらい、見た者を瞬時に凍てつかせるような瞳を()()浮かべている――――この事実に葵は閉口するしかない。  

 

「私一人でも止めに行ってくる!」

 

「ちょ……ちょっと!?」

 

 縁は突然立ち上がると、葵に顔を一切向けぬまま、勢いよくドアを開けて階段を下りていく。

 葵も慌てて後を追うが、一階に下りた時には、既に縁の姿は無く、開けっ放しになった玄関のドアが見えるだけだった。どうやら外に飛び出してしまっていた。

 

「……!!」

 

 魔法少女になれない、と言われたのに……何が彼女をあそこまで突き動かすのか。

 一つ分かるのは、少なくとも何らかの感情が彼女の中で渦巻いているには違いない、と葵は思った。そうでなければ、()()()()を縁がする筈が無い。

 

 

 

 いや、一度だけあった。あれは確か……

 

 

 

 そう考えて、葵はかぶりを振った。今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

「縁のアホ――――――――――――ッ!!!!」

 

 大きく息を吸い込んで、開け放たれた玄関に向かって、力いっぱいにそう叫んだ。もう無関係の魔法少女の世界に飛び込んだ縁に、届くと信じて。

 ちなみに、葵は気づいていないが、彼女の言葉通りの事態が密かに発生していた。

 

 

 ――――縁は靴を履き忘れていた。どこまでもアホだった。

 

 

 

                 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、優子・纏・茜はというと、縁の家の丁度裏にある道路に居た。

 彼女達は現在、魔法少女に変身して、塀に張り付く様に背中を合わせて待機している。

 

「それにしても、全員で出張る必要ってあったのかな?」

 

 纏が苦笑いを浮かべて、茜に問いかける。

 

「纏ちゃん、相手はあのブラックフォックス。用心に越した事はないよ」

 

 いつになく真剣な表情を浮かべながら、茜が忠告する。

 

「とは言っても、凛がそう簡単に挫かれるとは思えないけどな」

 

「ひゃんっ」

 

 優子は力が入りすぎている茜の両肩にポンッと手を置くと、そのまま揉み解しだす。擽ったい感覚が全身にいきわたり茜が思わず素っ頓狂な声を挙げる。

 変身している3人ではあるが、人目には一切付かなかった。理由は単純。彼女達の周囲を良く見ると、包み込む様な薄い膜が張られていた。

 茜の魔法の一つだ。彼女は水晶玉を、巨大化させて、自分たちを包み込んだのだ。水晶玉はそのまま結界と化し、三人から放たれる魔力の反応を極限まで抑えるのと同時に、カメレオンの様に周囲の景色と同化して身を隠していた。

 

「でもひゃんっ、相手は魔女を秒殺ひゃんっできるひゃんっ化け物だひゃんっよ。凛ちゃんひゃんっでも、負けることはひゃんっ、想定内にひゃんっ、置いておかないとひゃんひゃんっ」

 

 肩を揉まれつつ喋っているので可愛らしい素っ頓狂な声を連発する茜。内容は真面目そのものなのに、緊張感が無い。

 

「はいはい分かってるよ茜。心配はよく分かるが何も戦ってるのはお前だけじゃないんだ。もっと凛を信頼してやれよ」

 

 優子はそういうと、茜の両肩から手を放した。今度は頭にポンっと手を置くと撫で始める。

 

「ここにいるお姉ちゃん二人もね」

 

「む~~~っ……!」

 

 纏はニッコリと目線を合わせて言うが、茜は納得のいかない様子で頬を膨らませた。

 確かに、自分を含めたこのチームは、最強だ。絶対の自信を持って言える。でも、ブラックフォックスは得体が知れない。今まであらゆる強敵相手に勝ち続けてきたこのメンバーでも、黒星を付けられる可能性は多いにあると、茜は思っていた。

 懸念の表情を両脇に立つ二人の大女に向けるが、彼女達は相変わらず自信満々の笑みを浮かべていた。

 

「…………」

 

 茜は観念するように、一度溜息を吐くと、沈黙。両手を組んで合わせる。

 

(頼むよ、凛ちゃん……!)

 

 結局、今は優子の言う通り、凛が家の中でブラックフォックスを抑えつけてくれることを切に祈るしかなかった。

 

 

 

 

 刹那――――

 

 

 

(みんな!)

 

「「「!!!」」」

 

 突如、脳内に声が響き渡り、全員が目を見開く。

 

(凛、どうした!?)

 

 咄嗟に優子が顔つきを真剣なものに変えると、テレパシーを用いて問いかける。

 

(カヤ! マズイ、逃げられた!)

 

 脳に伝わる凛の声は、普段の彼女を知る者にとっては驚く程、狼狽している様子だった。

 

(なにぃ!?)

 

(黒狐は? そっちにいる!?)

 

 茜を中心とする三人が、結界ごと移動を開始する。動きながら周囲を見回すが、それらしき魔法少女の姿と、魔力の反応は……無い。

 

(駄目だ……こっちにはいねえ。魔力の反応も無しだ)

 

(そうか……)

 

(凛、一度合流しろ)

 

(わかった、ゴメン)

 

 優子はテレパシーで凛に伝えると、自分たちの元へ来るよう促す。一度態勢を立て直してから、改めて全員でブラックフォックスに当たるべきだと判断したのだ。

 

「どういうこと、優ちゃん? 家にいる間は、反応があったのに……」

 

 纏が困惑した顔で、優子に声を掛ける。

 

「さあな……」

 

 優子は憮然とした表情だが、冷や汗が一筋流れており、困惑が読み取れた。

 先ほどまでは、ブラックフォックスの魔力の反応は、確かに家の中から感じられたのだが、今はもう、無い。魔法少女がここまで完璧に、自身の魔力を覆い隠すことなどできるのだろうか。加えて、『標的にされたら最後』と言われるあの凛から、易々と逃げる事に成功した。只者ではない。

 

「やっぱり…………化け物だ……!」

 

 茜はブラックフォックスの、その異様さに、身体をワナワナと震わせる。が、それを抑える様に、優子が再び彼女の両肩に大きな手を置いた。

 

「……!! 優子リーダー……」

 

 茜が顔を見上げると、微笑を浮かべる優子の顔をがあった。それを確認すると、肩の震えが止まる。

 

「落ち着け茜。出鼻を挫かれるのは今まで何度もあっただろ。そういう時は、みんなでまた考えればいいさ」

 

 優しく囁く様に伝える優子の顔は、猛獣と称されるのが嘘のように、慈愛に満ちていた。

あかねの胸中を満たしていた恐怖心が、次第に消えていくのを感じる。

 

「それに……ブラックフォックスを捕えるのは、アタシらだ」

 

「!!」

 

 茜は目を見開いて、思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、午前の会議に時に遡る――――。

 ブラックフォックスの話を終え、凛が彼女に好戦的な姿勢を示した直後の事だった。

 

「!!」

 

 茜がハッとなる。ポケットに手を突っ込むと、スマホが鳴っていた。画面を確認すると、『文ちゃん』の名前が表示されている。

通話ボタンを押すと、画面を耳に当てる。

 

「もしもし、文ちゃん?」

 

『あっちゃん、ブラックフォックスの足取りが掴めたわ』

 

 電話先から聞こえるのは美咲文乃の声だ。

 

「!! 聞かせて」

 

 茜は顔を強張らせると、文乃が伝える言葉一つ一つを頭に叩き込む。

 しばらく、ふむふむ頷いていたかと思うと、スマホを耳から放し、全員に向かって大声で告げる。

 

「みんな聞いて、ブラックフォックスが桜見丘市街に居るって!!」

 

「……!!」

 

「ほう……!」

 

 纏は呆然の余り口を開き、凛は、にへら、と好戦的な笑みを浮かべた。

 

「何ぃっ! おい、ちょっと貸してくれ」

 

「あっ、ちょっと!」

 

 優子は聞いた途端、衝動的に茜からスマホをバッと奪い取ってしまった。

 

「美咲、本当なんだろうな?」

 

 眉間に皺を寄せながら、スマホの画面を耳に当てて問いかける優子。

 

『ええ、実は、ドラグーンでもブラックフォックス専門の追跡班を結成していてね。居場所は特定してるわ』

 

「……分かった、すぐ行」

 

 く、と言おうとした瞬間、文乃の言葉に遮られる。

 

『そこで、萱野。頼まれてくれない?』

 

「……なんだと?」

 

 文乃からの思いがけぬ提案に、優子の思考が一瞬、止まる。

 

『前日、ブラックフォックスが、駅前のショッピングモールで、一人の女子高生ぐらいの少女を捕まえて、何か話してた……』

 

「まさか……」

 

『あっちゃんから聞いたけど、件の魔法少女候補生ね。会話後のその子の様子からして、奴が何かを吹き込んだのは確か。大方、魔法少女に関してのことでしょうけど……。……奴が現在いる場所は〇〇区・公立桜見丘高校西の住宅地。恐らく、その子の住所付近』

 

 優子の背筋が冷えていく。縁達に、何かしようと企んでいるのだろうか。確信は無いが、家の近くに居ると聞けば、その狙いがあるとしか思えない。

 

「どうすればいい?」

 

 あの二人には、魔法少女の世界に巻き込んでしまった責任もある。できれば、二人を遠ざけてやりたいのだ。ブラックフォックスが何を企んでいるかは不明だが、魔法少女に関することならば、二人に関わらせてはならないと思った。

 

『もし、ブラックフォックスが、その子の家に訪問したら、奴を足止めして欲しい』

 

「その前に追跡班で止める事は出来ないのか…………」

 

 家で足止め、ということは、その子の家で荒事に発展する可能性もある。その懸念も込めて伝える。

 

「…………残念だけど、追跡班は私でなくって竜子直属の部隊なの。私の指示でも動かないことは無いけど、あくまで竜子の命令を最優先に動いているわ」

 

 竜子は追跡班に「ブラックフォックスの居場所を常に特定して報告しろ」との指示を下している。つまり、「捕える」のは別の者に任せる、という意味だ。

 

「ブラックフォックスの居場所は竜子だけでなくヒビキにも伝わってる。……あいつを筆頭に捕縛部隊が結成されたわ」

 

 現在、狩奈は直属の兵隊を総動員して桜見丘市に向かっており、包囲網を作るつもり――――とのことだ。

 

「正気か!? 一般人を巻き込むことになるぞ!!」

 

 イカレ脳みそ(狩奈)が出向くとなれば、流血沙汰は避けられない。そうなればますます厄介な事になることを懸念した優子が、慌てる。

 

『そうならないために、あなたたちの協力が必要だって言ってるのよ』

 

 そういう文乃の声はいつもの飄々としたものではなく、真剣味の混じったものの様に聞こえた。

 

『ブラックフォックスがドラグーン(わたしたち)や、あなたたちを脅かすつもりがあるのかどうかは定かじゃない。でも、少しでも可能性があるのなら竜子は容赦しないわ。狩奈がそっちに行く前に、ブラックフォックスを必ず捕えてほしいのよ』

 

 あっちゃんが信頼してるあなた達なら、ブラックフォックスの真意を確かめてくれると信じてる――――そう最後に付け加える文乃の言葉に嘘偽りは無い、と優子は直感で思った 

 

「……無償で手伝う程、お人よしじゃねえぞこっちは」

 

 縁達の事は確かに心配だ。しかし、別のチームの者に、メンバーを危険に晒してでも捕えろと居丈高に言われて、そう簡単に『はい』と言う奴はいないだろう。協力を持ち掛けてきた以上は、相応の報酬を支払って貰わなければ割に合わない。

 

『わかってる。報酬は弾むわ。協力料でグリーフシード4個。作戦が成功したら8個でどう?』

 

「乗った!」

 

 優子がニィッと白い歯を輝かせて、豪快に笑う。

 

『交渉成立。じゃあ早速桜見丘市街に来て』

 

「お前は?」

 

 竜子が尋ねる。

 

『私は、できるだけ追跡班に協力してもらうように声をかけてみるわ』

 

 追跡班は竜子直属だが、リーダーと隊員の一部は文乃と懇意であり、もし交渉が無事に済めば優子達と共闘戦線を築ける事ができる、と伝える。

 それだけ言うと通話が切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドラグーンの連中を街で暴れさせるつもりはねえし、ブラックフォックスにウチで好き勝手やらせるつもりもねえ。その為には、皆でなんとかするしかねえんだ」

 

 先の会議での文乃のやりとりを思い出しながら、優子は握りこぶしを創る。その言葉には強い意思が籠り始めていた。

 

「優ちゃん……」

 

「優子リーダー……」

 

 纏と茜も、決意を固める優子の姿に胸を打たれていた。

刹那――――

 

(もしもし、聞こえますか!?)

 

「「「!!?」」」

 

 凛のものではない、全く知らない少女の声が、脳内に直撃した。

 

(誰だ!?)

 

(私は、ドラグーン所属、ブラックフォックス追跡班のリーダー、実里麻琴(みのりまこと)といいます! そちらは、萱野優子さんですか!?)

 

 少女は、優子が思ってたよりも幼い声色の持ち主だったが、リーダーを任されているだけあってか、力強さを感じる口調であった。

 

(おう、そうだ!)

 

(美咲さんからの指示で、一緒にブラックフォックス捕縛に協力していただきたく願います! よろしいでしょうか!?)

 

(言われるまでも! )

 

 文乃の交渉は無事に成功した様だ。その上、リーダーのこいつは協力に足る人物。これで上手くいく、と確信した優子は、笑みを見せながら威勢よく返事をする。

 

「行くぞ、お前ら!!」

 

 優子はテレパシーを一度遮断すると、茜と纏に声を掛ける。

 

「うん(はいっ)!!」

 

 茜と纏も決意を込めた表情を優子に見せると、力強く頷く。3人は結界を纏ったまま、揃って駆け出した。

 

(一先ず、合流するぞ。場所を教えてくれ!)

 

(はいっ! 場所は――――!!)

 

 そこで、実里からテレパシーが一方的に遮断されてしまう。

 

(どうした!?)

 

 優子がテレパシーで問いかけるが応答は一切無い。

 

(おい、何があった!? 教えてくれ!?)

 

 次第に焦燥が浮かんでくる優子。何度も呼びかけるが、何も返ってこない。そして、

 

 

 

(どうも。萱野優子さん。『ブラックフォックス』です)

 

 

 

(((!!??)))

 

 実里麻琴とは全く違う女性の音声が脳内に響き渡り、更に、女性が名乗った名前に優子達は愕然となる。

 

(てめえか……ウチで好き勝手やりやがって、何が目的だ!?)

 

(教えても理解して頂けないと思うので、教えません。それに私は平和主義者なので、勝手に争いごとを起こすのは御免被りたいのですが……)

 

 ブラックフォックスと名乗った女性は一切悪びれることなく飄々とした様子で優子達に告げる。

 

(ふざけんな! 今すぐ尻尾を掴んでやるから覚悟しろ!!)

 

(怖い怖い……まあ期待しないで待ってますよ)

 

 優子はテレパシーで怒声を張り上げるが、ブラックフォックスはおどけて返すと一方的にテレパシーを遮断する。

 

「クソッ」

 

 まるで手のひらで踊らされているような感覚だ。優子は忌々し気に歯噛みすると、近くの塀を殴りつけた。

 

「多分、追跡班の人たちはもう……」

 

「私たち、本当に立ち向かえるんでしょうか……」

 

 先ほど決意を新たにした筈の纏と茜も、表情を暗くすると不安を口にする。

 実里のテレパシーが中断された直後、ブラックフォックスなる女性のテレパシーが割り込んできた――――ということは、追跡班側で何かあったのは明白である。纏が懸念する様に、もしかしたらブラックフォックスの襲撃を受けたのかもしれない。

 

「でも、アタシらがここで止まる訳にはいかねぇんだ……!」

 

 だが、優子は悔しさを噛み潰す様に歯を食いしばって、二人に言い放つ。

 

「優ちゃん、でも……」

 

「成すすべが無いからって、じっとしてるってか? 狩奈達をここに到着させてみろ。あいつは多分仲間をやられたと知ったら、怒り爆発するぞ。そうなったら、もうアタシたちに奴は止められない。この前の喧嘩どころじゃなくなる」

 

 そうなってしまったら、もう後の祭りだ。怒り狂った狩奈が部下にどんな命令を下すかは想像に難くない。死人がでることは無いと思うが、間違いなく阿鼻叫喚の事態が発生する。

 だからこそ、ブラックフォックスはなんとしても、ここで止めなければならないのだ。

 

「……それにしても、凛はどうしたんだ?」

 

 そこで優子は、先のやりとりを最後に、凛からテレパシーが一切途絶えている事に、不安を覚える。

 

「まさか、もうやられちゃったんじゃ……」

 

 纏が顔を俯かせて、そんなことを口にする。

 

「……!」

 

「馬鹿、凛があっさりやられるか」

 

 茜もまさか、と思い目を震わすが、優子はそんなことは絶対無い、と言わんばかりにきっぱりと否定する。と、そこで――――

 

(みんな、聞こえる?) 

 

「凛ちゃん!? 無事だったの?」

 

 噂をすれば何とやらだ。凛からテレパシーが聞こえてきたので、纏がハッと顔を上げる。

 

(凛、遅いぞ! どこで道草喰ってるんだ!?)

 

 咄嗟にテレパシーで叱る優子。

 

(悪いねカヤ。急いでるんだけどさ……捕まった)

 

(何……?)

 

((……っ!?))

 

 血の気が引く様な感覚が、優子達を襲った。

 

(気を付けな……あたしたち、蜘蛛の巣の中にいるよ……)

 

 意味深な事をぽつりと呟く凛。

 

(お前、何言って……)

 

(とにかく、そっちに行くまで時間がかかる。じゃね)

 

 優子がおそるおそる尋ねようとするが、凛からは一方的に遮断されてしまう。

 一体、何が起きている……。蜘蛛の巣……? 優子はしばし立ち尽くして、思考を巡らしてみるが、全く想像できない。

 

「優ちゃんっ!!」

 

 直後、纏から悲鳴のような声が掛けられ、優子はハッと顔を上げると――――驚愕した。

 

「優子リーダーっ……」

 

 茜が全身を恐怖で震わす。声もまた震えていた。

 

「なんだ、こりゃ……!!」

 

 今まで気丈にふるまっていた優子も、目の前の光景に思考を止めて、愕然とするしかなかった。全身が凍り付く様な感覚。だが、冷や汗は次々と、額を流れていくのを感じる。

 彼女達の目の前に見えた光景――――ピアノ線の様な細い鉄製の糸が、無数に張り巡らされていた。

 周囲を見回すと、自分たちを閉じ込める様に、糸が所狭しと張られている。

では、上空はどうかと思い、真上に顔を上げると、そこにも同様に糸が何本も重なる様に張られていた。

 逃げ場は、無い。

 

 

 

 間もなくして、優子達は、今の自分たちが、蜘蛛に掴まった羽虫に過ぎないことを悟ったのだった。

 

  

 暗闇が景色を喰らい始めていた。先ほど快晴だった空が、いつの間にかどんよりと淀んでいる。

 

 

 

 

 

 




 ようやく、5話。今話で、一度まとめに入ろうと思います。
(本当は4話でそれをするつもりだったんですけどね……orz)

 ああ、でも、書いていたらまた、キャラクターが勝手に動き出したり、喋ったりしてしまった……こうなると最終的に長くなってしまうのです。
 キャラクターの制御って難しいです、本当に。


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     黒い狐は真意を語らず B

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、美咲文乃のアジト――――廃墟BARの地下室。

 

「首尾は整ったわね」

 

「ええ……」

 

 薄暗いそこには二人の女性が居た。中央のソファに足を組んで座り、どこか不機嫌さ混じりの憮然とした表情を浮かべているのはこのアジトの主――ドラグーン最高幹部の一人――美咲文乃。

 もう一人は、そんな肩書を持つ文乃ですら滅多に会える事の無い存在だった。

 あの萱野優子に匹敵する175cm以上はあろうかという長身の持ち主で、彼女とは対照的に細身に見えるが、決して痩せている訳ではない。露出している肌から伺える筋肉は念入りに鍛えあげられていて強く引き締まっており、均斉の取れた体つきをしていた。

 一言で表すならば海外のモデルに日本人の顔のパーツを当てはめた様な、美しい女性だった。

 

 

 彼女の名は三間 竜子(みま りゅうこ)――――60人以上の魔法少女を纏めるドラグーンの総長を務める女性は、ゆっくりと文乃に近づいてくる。

 

 

 

「……これで、萱野グループは奴とぶつかることになるわ」

 

 竜子が纏っている真っ赤なサニードレスは彼女の美しき肢体のラインを際立たせており、同性の文乃ですら身震いする程の魅力を放っていた。だが、それ以上に注目すべきは髪の毛だ。全体的にウェーブが掛かった深緑色。後ろで一本に束ねているが、波打つ様に強くうねっており、竜の様な神々しさが感じられるそれに、文乃はいつも圧倒されてしまうが、なるべく表には出さずに伝える。

 

「流石のブラックフォックスと云えども、萱野達と戦えば無事で済むとは思えない。……疲弊しきったところで、狩奈達捕縛部隊をぶつければ、こちらの勝利は確定する」

 

「加えて、『萱野グループが倒せなかったブラックフォックスをドラグーンが倒した』という事実を作れば、萱野も私たちの方が実力的に上と認めざるを得ないって訳か……」

 

 文乃は目を細めて言うと、竜子はこくりと頷く。

 

「そう。萱野は私たちの軍門に下り、私たちは支配権を更に広げることができる」

 

 先ほど、優子達にブラックフォックス出現の報告を告げた文乃だったが、実はそれ自体が、ドラグーンの仕組んだ作戦の一部だったのだ。

 フッ、と竜子は笑う。空虚さが混じったその笑顔をジロリと睨みつけるように見据えながら文乃は口を開く。

 

「らしくないわね」

 

「かもね…………」

 

 文乃の指摘はあらかじめ予測済みだったのか、竜子は自嘲気味な笑みを強めた。

 

「こんな卑怯な行い、あんたは何よりも嫌ってた筈よ。寧ろ……桐野卓美に近いわ」

 

 静かにだが、責めるような口調で竜子に問い詰める。

 

「仕方ないのよ」

 

 竜子の態度は素っ気ない。

 

「ブラックフォックスの目的がもし、ドラグーン(私たち)の崩壊なら、なんとしても防がなければならない。私には、64人の魔法少女を守る義務があるから……」

 

「だからって、萱野達を巻き添えにする理由は? 大体、あんたはあいつらに恩義が……!」

 

 文乃はいつになく、苛立っており、眉間に皺を寄せた形相で竜子をキッと睨む。竜子はしばらく黙っていたが、やがて、両方の灼眼を細めると、口を開いた。

 

「らしくないわね」

 

「……っ」

 

 先ほど自分が彼女にした指摘を涼しい顔で返され、文乃はうっと、息を詰まらせる。

 

「響と萱野を故意にぶつけて面白がっている貴女が、彼女達の事を心配するなんて?」

 

 前日の二人の喧嘩は、既に狩奈の口から竜子に伝わっていた。とは言え、それを言われるのは想定の範囲内だったので、文乃は別に怯えもしないのだが……彼女が懸念しているのはもっと別の事だった。

 

「私はネコみたいに気まぐれなのよ……」

 

 文乃は狼狽した顔を隠す様に反らすと、ぽつりと呟いた。

 

「隠さなくていいわ。貴女が心配なのは萱野達でなくて……日向 茜でしょう?」

 

 親友の――――そう最後に付け加えると、文乃の身体がビクリと反応。図星だ。

 

「……あっちゃんは……」

 

 一拍間を置くと、文乃は口を開いた。声が少し震えている。

 

「チームメンバーの事が、大好きなのよ。萱野の事も、ものすごく慕ってて、自分たちのチームが最強だって、今も信じてる」

 

 チームの事を話す時の茜の表情は輝いていた。お使いの時にいつも見せていたあの笑顔は、彼女の容姿も相俟って天使の様だった――――もし、萱野達がブラックフォックスに敗北し、更にドラグーンの軍門に下るなんて事態が起きたら、

 

「あっちゃんから笑顔が消えるわ……。私は、そんなことは許せない」

 

 顔を俯かせながら、静かに訴える文乃。竜子の灼眼はそんな彼女を見下ろしている。

 

「じゃあ、どうして、萱野と響を戦わせたのかしら?」

 

 萱野が狩奈に負ければ、それも茜から笑顔を奪う要因になるのではないか、と暗に込めて竜子が問いかける。

 

「ここ最近のドラグーンは温かったからね。刺激が欲しかったのよ。でも、最初から萱野が勝つとは思ってた」

 

 狩奈はヒートアップすると周りが見えなくなるが、優子は戦闘中でも機転を利かせられる冷静さを持っている。

武器の相性は優子の方が悪いが、戦いが長期戦になれば、どちらが優勢に戦いを進められるかは目に見えている、と話す文乃。

 

「あれはプロレスみたいなものよ」

 

「でも一般人を巻き込んだわ」

 

「そっちは完全に想定外だったし……そもそもやらかしたのはヒビキよ」

 

「とにかく」

 

 竜子は文乃に背中を向けると、踵を返してカツン、カツンとヒールの音を響かせながら歩き出す。

 

「貴女がどう思おうと、私はやり方を変えるつもりは無いわ」

 

 ブラックフォックスは必ず生け捕りにするし、萱野グループも降伏させる。

 卑劣極まりない手段だが、チームを守るためなら仕方ないのだ。その為なら、文乃と茜の絆すら利用してみせる。

 

 

()()()に……みんなを戻すわけにはいかない」

 

 

 ようやくみんなが光のあるところへ這い上がることができたのだ。前総長時代の混沌には、二度と引き戻してはならない。

絶対の意志を込めて静かに言うと、竜子の姿はやがて暗闇に飲まれて消えた。

 それを見送ることもせず、そっぽを向き続けていた文乃だったが、竜子の魔力の反応が無くなったのを確信すると、はあ、と思いつめた表情で深い溜息を付いた。   

 

(ごめんね、あっちゃん……竜子は容赦しないわ)

 

 戦闘力の無い文乃では現状をどうすることもできない。優子達がブラックフォックスに勝つのをここで祈る事しかできなかった。

 もし、負けてしまったら――――騙した事を素直に謝ろう。でも、彼女の怒った顔や、悲しむ顔は見たくない、と複雑な思いに駆られる文乃であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにこれ……」

 

「訳分からないが、全部たたっきれば……纏!!」

 

「うん!!」

 

 三人が包まれている結界を覆いつくすように、細いピアノ線のような糸が張り巡らされている。

依然として茜は呆然としているが、優子は獲物のバットに魔力を加えて銀色の『大剣』に変化させると、纏に合図する。纏もそれに応えて、両手に細身の剣を召喚して構える。

 

「茜っ!!」

 

「あっ……は、はいっ」

 

 優子は茜に声を掛けると、彼女はすぐさま結界を消滅させた。優子と纏がそれを確認すると自分の目の前にある一本のピアノ線に向かって、一斉に武器を振り下ろす。

 しかし……、

 

「なっ」

 

「……っ斬れない?」

 

 魔力を込めた剣の斬撃を、鉄線はゴムの様にあっさりと跳ね返した。優子と纏は反動で身体が後ろに仰け反ってしまい、バランスを崩す。

 

「そんな…………っ!」

 

 それを見た茜の顔が青褪めていく。

 その時、不意に何者かが近づいてくる気配を感じてハッとする。魔力を感知、相手は魔法少女だ。自分が知らない魔力から、恐らく相手は……!

 

「まずいっ、ブラックフォックスだ……近づいてくるよ!」

 

「「!!」」

 

 茜が咄嗟に叫ぶと、優子と纏もハッと顔を上げた。彼女達も間もなく、知らない魔力を感知したのか、顔を強張らせて、張り巡らされた鉄線の間から見える道をじっと観察する。

 やがて、優子が見ている方から、影が歩いてきた。優子が、眉間に皺を寄せて凝視するとはっきりと見えた。

 後ろに束ねた長い黒髪をゆらゆらと揺らしながら、向かってくるのは今まで見たこと無い衣装の魔法少女。

上半身は真っ黒な陣羽織を模しているが、長い袖には不釣り合いなフリルが付いており、下半身は真っ白な短いブリーツスカートを履き、引き締まった白い太ももが顕わになっている。靴はロングブーツ――俗に言うニーハイブーツ――を履いており、膝上まで黒色で覆われていた。

 彼女の顔つきは、人形のように白く、思わず目を奪われてしまう程だったが、作り物のようなそれとは対照的に瞳は爛々と菫色の輝きを放っている。

 やがて、彼女は優子達の結界のすぐ近くまで近寄ると、優子達三人を覆いつくす鉄線に触れた。

 すると、次々とブチブチと音を立てながら、分断されて消滅していく。

 

「「「!!」」」

 

 その光景に優子達は目を見開く。やはり、このピアノ線を張ったのは目の前のブラックフォックスだったか。

しかし、自分たちの一撃でも切れなかった――――ということは相当の魔力の持ち主であると判断できる。

 優子はギリリと歯を食いしばると、顔を強張らせた。

 

「ご機嫌様」

 

 挨拶と共にお辞儀する黒い魔法少女。

 

「お前が、ブラックフォックス――――篝 あかりだな」

 

「ご察知の通り」

 

 優子が問いかけると、黒い魔法少女――――篝 あかりは微笑を浮かべる。

 

「今のピアノ線……何?」

 

 纏が問いかけると、あかりは、手品の様にフリルの付いた袖口に指を突っ込んで、一本のピアノ線を引っ張り出す。

 

「あたしの魔力で生み出した特別性の糸よ。微かな魔力でも感知すれば振動を起こして、私の神経に伝える仕組みになっているのよ」

 

 それを見せびらかしながらあかりは目を狐の様に細めた。その眼差しの鋭さに纏の肩が一瞬、震える。

 

「加えて、こいつは罠替わりにもなってね。こうすれば、ほら」

 

 あかりはピアノ線を袖の中にしまうと、脇にある塀に向かって、袖口を押し当てた。

そして、パチンと指で音を鳴らすと、そこからピアノ線が一本、凄まじい勢いで伸びてきて、向かい側の塀と接触する。

 

「なるほどね。そいつをあらかじめ張っといたから、アタシたちの居場所が分かったってか」

 

 あかりが張ったピアノ線は二種類有り、魔法少女を感知するものと、閉じ込める罠とに分けておいた。

 まず、魔法少女感知用をあらかじめ、縁の家の周囲の道路に何本か設置しておいた。歩く人には触れない様にやや高めに張っていたが、魔法少女が下を潜ると魔力を感知して、あかりの神経に情報伝達する。

 そしてもう一つの、罠用として、道路の至るところに仕組んでいたピアノ線は、感知した魔力の反応が優子達だと確信すると、発動させた。優子達を凛と引き離し、閉じ込めることに成功したのだ。

 

「大正解」

 

 あかりは今しがた張ったピアノ線を指でビンビンならしながら、ニッコリと満面の笑みを浮かべる。

 

「何で目的を喋らねえんだ……!?」

 

 優子が苦々しい表情で問いかける。

 

「何度も言わせないくれる……? 言ったところで理解してもらえないんだって」

 

「何でだよ!?」

 

 あかりが呆れかえった表情で言おうとするが、優子が食いついてきた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

「……!」

 

 あかりは突然、驚いた様に目を見開いた。

 

「そうだよ!」

 

 優子に続く様に声を張り上げるのは纏だ。

 

「篝さん、貴女は魔法少女を沢山救ってるって聞いてる! だから、悪い人だなんて思えない! 何かあるなら、話してもらいたいの!」

 

「…………」

 

 纏があかりの顔をしかと見て、必死に訴えるが、あかりから帰ってきたのは沈黙。  

 

「………………みんな、()()()()()()()()()

 

「っ!?」

 

 しばらくすると、瞳がドス黒く変色した。ぞっとするような低い声で言い放ち、纏の背筋が凍り付く。

 

「でも、最後は、裏切る――――」

 

 断言すると、あかりの姿が、フッと消えた。

 

「えっ」

 

 纏が呆気に取られたのも束の間――――あかりは一瞬の内に、懐まで移動していた。姿勢は低い。

 刹那、衝撃。

 

「ガハッ!?」

 

 下腹部に鈍重なものが勢いよく突き刺さる。胃袋を強烈に圧迫された纏は、口から胃酸を撒き散らしながら2m以上後方へと吹き飛んでいった。 

 

「纏!?」

 

 優子が倒れる纏に声を掛けるが、既に意識を失っており、反応が無い。咄嗟にあかりを見ると、彼女は四股を踏んだ様な低い姿勢で、右手の平を伸ばして構えていた。

 

 ――――掌底だ。

 

 あの細い腕の、小さく白い手のどこにそんな力があるのか。だが、纏を一撃で潰したのは事実だ。

 優子は分からず、焦燥を浮かべるしかなかった。

 

「纏ちゃん! 纏ちゃん!!」

 

 茜が駆け寄ると必死に声を掛けるが反応は無い。

 

「このォッ!!」

 

 その間に、あかりと向き合った優子が大剣を抱えて飛び掛かる。鍛え抜かれた剛足から生み出される瞬発力で、一気にあかりと間合いを詰める。

 

「!」

 

 ブオンッ! と風の切る音が鳴ったと思うと、大剣が横に薙ぎ払われる。迫るのは刃ではなく峰だが、優子の馬力が加えられたそれに当たれば肋骨など簡単に砕けてしまうだろう。

 だが、あかりは冷静に飛翔して回避すると、空中で右足を水平に伸ばして優子の右肩に引っ掛けた。

 

「っ!?」

 

 優子が驚く。あかりは引っ掛けた右足の膝をクッと曲げると、優子の肩は彼女の太ももと脹脛(ふくらはぎ)に挟まれる形になる。

そのまま――――鉄棒で回るかの様に、肩を軸にして一回転!

 

「いっ~~~!!!」

 

 ゴキリゴキリと、嫌な音が骨を通じて聞こえてきた。途端、肩から激痛が走り、優子が顔をきつく歪ませる。

 あかりは回転を終えると、肩から引っ掛けた右足を放し、飛翔。優子の後方に着地する。

 

「っ!!」

 

「どんなに力があっても、利き手が壊されたら戦え無い……あたしの勝ちね」

 

「クソッ!!」

 

 優子が苦痛をこらえながらもバッと振り向くと、そこには勝ち誇った笑みを浮かべた、あかりがいた。

 優子の利き手は右手だが、今は――――使えない。一切の力が抜けた様にダラリと下がっている。動かそうにも痛みが強く、更に感覚も無い。

 

「優子リーダー!?」

 

 纏の身体を水晶玉に包ませて介抱した茜が、目に見えた光景に驚愕を浮かべて叫ぶ。

 

 ――――纏に続いて優子まで……自分が最強と信じて疑わなかったこの人まで……!!

 

 ブラックフォックスの実力はあまりにも圧倒的すぎた。自分たちでは、まるで相手にならない。あの優子ですら赤子の手を捻る様に、いなされてしまった。

 

(ウソだ……!)

 

 茜の両目に涙が浮かぶ。目の前の光景は夢だ。誰かが見せている悪い夢で会ってほしかった。だって、自分にとってスーパーヒーローの彼女達が、こんな簡単に……。

 

「茜!!」

 

「!!!」

 

 ――――悲嘆に暮れる茜を許さず、優子が怒号を張り上げる。ハッとなる茜。

 

「纏を連れて逃げろ!! 凛を呼んでこい!!」

 

「!!」

 

 茜はその言葉に覚醒する。優子はまだ諦めていないのだと気付くと、悲嘆する自分を恥じた。

 そして、涙を拭うと、決意を新たにして、表情をきつく顰める。

 

 

 ――――そうだ、まだ私たちは終わってない。

 

 

 茜はそう思うと、纏を包んだ水晶を圧縮。手のひらサイズにして両手で抱えると、その場から飛翔した。

 

 

 

「あれれ、行かせちゃったけど、いいのかしら?」

 

「へっ……どうする篝、凛は必ず来るぞ」

 

 孤立無援となった優子を嘲り笑うあかりだが、優子は不敵な笑みを見せながら、再度、彼女と向かい合う。

 

「その間にあんたは持つのかしら? 萱野優子」

 

「まだ左手と両足があるんだ。十分十分……あいだっ」

 

 笑みを強め、再び大剣を左手に構える優子だったが、右肩の痛みが走り、バランスを崩して武器を落としてしまう。

 

「……ほんとうに大丈夫?」

 

 流石に心配になったのか、あかりも若干声色を柔らかくして声を掛ける。

 

「だ、だいじょーぶだいじょーぶ。…………多分な」

 

 優子は再び不敵な笑み――といっても、かなり引き攣っているが――を浮かべると、落ちていた大剣を拾ってそれに魔力を掛ける。

すると、大剣が縦半分に割れて、二つの細長い剣となった。

 その内一つは左手で持ち、もう一つは…………

 

「…………バカ??」

 

 それを見たあかりが思わずそう漏らしてしまったのも無理はない。優子がもう一つ剣を構えさせたのは、あろうことか――――『口』であった。

 

「ふぁあ、ほっはひへほーへ」

 

 さあ、おっぱじめよーぜ、と言いたいらしいが、口で剣を咥えているため、うまく発音できていない。

 

「……………はあ~~あ」

 

 あかりは頭を抱えて、ガックリと上半身を落とす。そして大きく溜息を付き――――再び顔を上げた。

 その目は、とても好戦的で、先ほどとは比較にならない程、爛々とした光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家を出てから、道路をひた走る縁。あかりと凛が、どこにいるのかは凡人である彼女には分からない。ただ、二人の剣幕からして間違いなく穏便に終わる筈が無かった。優子達もどこかで控えていた、というし、もしかしたら既に争っているのかもしれない。

 そんなことをしてはいけない。両者の戦いは止めなければならない。

 あかりは確かに怪しい――悪く言えば、得体の知れない――子だ。葵や優子達が疑うのも無理は無い。でも、縁は決して『それだけ』の子ではない事を確信していた。

 

 

 

『あかりさん……ですか。何か良いですね。あの夕陽みたいで』

 

 

 最初に出会い、彼女の名前を聞いて、そう感想を述べた時――――

 

 

『…………そうだね』

 

 

 とても()()()()な表情が、頭から焼き付いて離れない。

 

 

 あんな顔を浮かべる彼女が、悪い人だと断言することは縁にはできなかった。

 もし、彼女が正直な気持ちを打ち明ければ、優子達と手を取り合えることができるのかもしれない。

 

 そして、それを伝えられるのは、自分しかいないのだ―――― 

 

 

 

 そう思って、ひたすら走る縁だったが、目の前にあるT字路を左に曲がると、ぎょっと目を見開く。

 歩道の端っこで、若い女性がうつ伏せに倒れていた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 咄嗟にゆかりが駆けつけて膝を落として声を掛けるが、反応は無し。まさかと思い、仰向けにして、口元に耳を近づける。

 

「すぅ~~………すぅ~~……」

 

「ホッ」

 

 呼吸音が聞こえてきて安堵する。どうやら、眠ってるだけらしい。

 

「……でも、いったい何が……」

 

 人がこんなところで熟睡している事態、おかしな状況でしかない。縁は不気味に思い、立ち上がると、道の向こう側をじっと見る。

 今はまだ昼間なのに、どこまでも深い暗闇が、先に広がっている様に見えた。

 

「…………」

 

 恐怖で顔が歪む。恐らくあの暗闇の向こう側で何かが起こっている筈だ。

 しかし、自分は魔法少女の素質が無い只の人。飛び込んだところで、魔法少女達を止められるのだろうか、という不安が急激に押し寄せてくる。

 いや、それ以上に、

 

(生きて、帰れるのかな……?)

 

 縁の足が竦む。

 あの先にあるのは間違いなく、凡人の自分には想像も付かない世界が広がっている筈だ。昨日の優子と狩奈の喧嘩を思い出す。もし、あの凄まじい戦いが再び繰り広げられていたとしたら……、

 

 刹那、後方から音がした。

 バッと後ろを振り向くと、一台の漆黒に染めた車が走ってくる。縁はそれが見たことの無い車の様に感じた。外車だろうか? だが、この不気味な雰囲気には似あっている様にも見えた。

 黒い車は、縁の隣まで来ると、減速して徐行を始めた。縁が不思議に思い見つめていると――――停止。同時に運転席の窓が、ウィーン、と機械音を立てて開いた。

 

「……おい、嬢ちゃん」

 

 ハンドルを握った若い男性が姿を現す。

 

「!?」

 

 縁は怯えてしまった。知らない男性から突然声を掛けられたのだから当然といえるが、それだけではない。彼の容姿は……はっきり言ってまともではなかったからだ。

 葬式でも行くかの様な漆黒のスーツをきっちりと着こなし、金色のネクタイを付けている。だが、服装よりも男性の顔つきの方に目が行く。

 

 色素を全部抜いた様な白髪をビッシリとオールバックにまとめた、高校生の縁からしたら見るだけでも震えてしまう様な厳つい顔つきの、どうみても()()()には見えない(縁は意味は知らないが、まともな職業に就いてない人、と解釈している)男性は、縁に顔を向けて、そう声を掛ける。

 彼の両耳には、サングラスが掛けられている。漆黒のレンズのせいで、瞳の色が伺えないのが、余計な恐怖心を縁に与えていた。

 

「あんまりここに居ると危ないぞ。そいつと同じになる」

 

 彼が見た目に相応しいバリトンに近い低音で、縁に告げてきたのは、まさかの『警告』だった。

 だが、その内容に気になる部分があったので、勇気を持って問いかけてみる。

 

「あなたは……魔法少女の事を知ってるんですか」

 

「まぁな」

 

 尋ねると、男性は肯定。

 

「こいつは結界だ」

 

「結界って……?」

 

 結界というのは、『魔女』が人を閉じ込めて殺す為に形成する空間だと、以前纏がいってたのを思い出した。

 縁の反応から、彼女が何に疑問を抱いたのかを察した厳ついサングラスの男性は、言葉を続ける。

 

「魔法少女の中でも使える奴は居る。結界には『瘴気』があるからな……長く留まっていると意識障害を起こす」

 

 こんなものを張った奴の目途は大体付いてるがな――――と男性は最後に加えると、煙草を一本取り出して、それを口に咥えて先端に火をつけた。

 

「実は私、魔法少女を追ってて、その子が別の魔法少女と喧嘩するの、止めたくって」

 

 目の前の男性は怖かったが、魔法少女の事を知っているのが嬉しかった。自分以外にも同じ人がいるんだ、と実感した縁は男性に話してみる。

 男性は煙草を口から離すと、フゥ~、と煙を吐いた。勢いよく飛び出した煙は開いた窓から縁の顔へと行き届き、キツイ臭いが鼻腔を刺激して顔を顰める。

 

「…………魔法少女の名は、言えるか?」

 

 一拍置くと、男性は縁に僅かに目を向けて問いかける。

 言うべきか、言わざるべきか一瞬、戸惑う縁だったが……、

 

「…………篝 あかりちゃんと宮古 凛さん」

 

 意を決して伝えてみることにした。

 もし、彼が自分と同じならば、何か手を貸してくれるのでは、と思ったのだ。

 

「……」

 

 男性は暫し沈黙していたと思うと――――やがて、身体を伸ばして、助手席側のドアを開けた。

 

「!?」

 

 縁が彼の行動に目を見開く。

 

「乗れ、嬢ちゃん」

 

 男性がゆかりの顔を真正面から見据えると、強くはっきりとした低音で指示を出した。

 サングラスを掛けているのでよく伺えなかったが、男性もまた意を決した表情を浮かべている様に縁は思えた。

 

「苦しくも俺とあんたの目的は同じらしい。篝あかりって奴には俺も用がある」

 

「!!」

 

 篝あかり――――その名が彼の口から出た途端、縁は車に乗ることを決意した。

縁が飛び乗ると、車は即座に発進。道の向こう側にある漆黒の暗闇が徐々に、目の前に広がっていく。

 だが、二人には、突き破っていけそうに見えた。

 

 

 

 

 

 




バトルは続くよどこまでも!
あれれ~、終わる気配が無いよ~??
という訳で、予想以上に長くなってしまいました。
そして、新キャラクター二人も投入。しかも一人は男。どんどん、混乱が増していきますが……C・Dパートで収束できれば、いいな♪(殴



※オマケ 各キャラクターの年齢 と 魔法少女の経験年数 と イメージカラー

メイン
  美月 縁 → 15(高一)  ピンク
  柳 葵  → 15(高一)  濃い青(藍色に近い)
  篝 あかり→ 17(??) 魔法少女歴 不明  黒(ソウルジェムは紫)

萱野グループ
  菖蒲 纏 → 16(高二) 魔法少女歴 2年  薄紫
  宮古 凛 → 17(高二) 魔法少女歴 3年  青(水色に近い)
  日向 茜 → 15(中三) 魔法少女歴 4年  白
  萱野優子 → 17(高三) 魔法少女歴 3年  銀

ドラグーン
  狩奈 響 → 19(大学一年) 魔法少女歴 5年  灰色
  美咲文乃 → 20(大学三年) 魔法少女歴 4年  橙色
  三間竜子 → 21(大学四年) 魔法少女歴 8年  深い緑


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     黒い狐は真意を語らず C

 

 

 

 

 

 

 車に乗ると、ヤニ臭さが充満しており、不快感に溜まらずウッと鼻を摘まんでしまった。家庭では両親は煙草を吸わないので、自分にとっては苦手な臭いである。

 運転席に座る厳ついサングラスの男性は、そんな縁を特に気にはせず、ただ前方のみを見て車のアクセルを踏んでいる。

 

「っ……あかりちゃんと、お兄さんは、知り合いなんですか?」

 

 不快感をなんとか堪えつつも質問してみる縁。 

 

「まあな」

 

「どういう関係ですか?」

 

 『篝あかりと知り合い』という共通点が自分と男性の間にできた事が嬉しかった。男性に対する恐怖心が薄らいでいく。続けて質問してみる。

 

「腐れ縁だ。1年前仕事先で出会った。話したらたまたま気があったんでな」

 

 『仕事』とは、どんな仕事だろうか、気になる――――が、縁は突如かぶりを振った。

 男性は容姿からして、もしかしたら頭にヤの付く職業かもしれない。聞くのは躊躇われた。

 

「そうだ。……こいつを付けてろ」

 

 男性は突然頭を振った縁を気にせず、脇にあるケースから物体を取り出すと、手渡してきた。 

 

「サングラス……?」

 

 受け取ったのはどう見てもただのサングラスだ。よく見ると男性が付けているのと同じ形状をしているが、同じ品だろうか、でも何でこんなものを……?

 何気なく弄りまわしていると、突然サングラスのレンズが虹色に光り始めた。幻想的な色合いに目を奪われる。

 

「これは……?」

 

「ウチで開発した魔力遮断装置だ。魔法には特殊物質が含まれている。そいつは目から侵入すると、視神経を刺激して、脳波に変調を齎す」

 

 縁がハッと顔を上げた。

 

「そいつが結界の中で手前の身を守る為の手段になる」

 

 そんな凄い物を……! 縁は瞳孔を大きく開き、あんぐりと口を開けた呆然とした表情で、魔力遮断装置という名のサングラスをまじまじと見つめる。 

 

「お兄さんは、どんな仕事をしてるんですか……!?」

 

 咄嗟に尋ねてしまった。先ほど、職業を聞くのを躊躇った縁だったが、こんな物を作っている、ということは、魔法少女を相当深いところまで知り尽くしているのかもしれないと思った。

 

「魔法少女専門の商売だ。……中々刺激的で飽きない」 

 

「どんなことをしてるんですか?」

 

「まあ色々だが……中には嬢ちゃんが知っちゃいけないことも含まれているな……!」

 

 そう言って僅かに縁の方へ顔を向けると、ニイッと口の端を歪に吊り上げて笑う。

 

(ヒイッ!)

 

 その笑みに薄ら寒い物を感じた縁は、狼に睨まれた兎の様に、ビクリと全身を震わして上半身を後ろに仰け反らせる。

 彼の仕事を、勢いで尋ねてしまった自分の浅はかさに後悔すると、顔を反らして俯いた。男性は顔を前方に向き直して運転に集中する。

 青ざめた表情の女子高校生と、厳つい顔つきのサングラスの男。二人の間に会話が弾む筈もなく、暫く沈黙が訪れるが――――

 

「……嬢ちゃん。名前は?」

 

 それを破る様に、男性が質問を投げかける。顔は前方を向いたままだ。

 

「え……っ?」

 

 何でそんな事を聞くんだろう? と言いたげな表情で男性を伺う様に見つめる縁。

 

「言いたくなきゃ、言わなくていい」

 

「……あっ、えっと、縁です。美月 縁」

 

 だが、男性が顔を顰めて、やや語気を強めたバリトンボイスでそんなことを言い放つので、咄嗟に答えてしまう。

 彼が放つ威圧感に気圧された、というのもあったが……せっかくあかりの事をよく知ってそうな人物に出会えたのだ。

 縁には使命がある。あかりと優子達の戦いを止めるという使命が。その為には、あかりの事を詳しく優子達に教える必要がある。更にその為には、彼からあかりの情報を得なければならない。

 その思いが、縁の口を動かしたのであった。

 

「……なるほどな」

 

「?」

 

 聞いた男性がフッと笑う。先ほどの笑顔と比べると柔らかく優しさが籠っている様にも見えた。その反応と言葉が気になって首を傾げる縁。

 

「脅すような真似して悪かった。実は最近、あかりが可愛い女の子と知り合ったって聞いて……もしやと思ってな。なるほど、嬢ちゃんの事だったか」

 

「……あ、え、えっと……」

 

 男性が微笑を浮かべながら幾分か柔らかい口調でそう言う。縁は突然可愛いと言われた――あかりがそう思ってくれてた――事に照れてしまい、頬を紅潮させる。

 

「……美月、俺から頼みがある」

 

「えっ?」

 

 が、突然、はっきりとそう言われてきょとんとなる縁。

 

「あいつとは……あかりとは、仲良くしてやってくれ」

 

「!!」

 

 縁が目を見開く。

 

「あいつは普通の生活を知らない。……家族は不在で、学校にも通っていない」

 

「そんな……!」

 

 男性の言葉が強い衝撃となって、縁の耳朶を叩き全身を震撼させた。縁は言葉を失う。

 

「だから、俺みたいなチンピラよりも、君みたいな普通に幸せに暮らしてる子が接してやった方が、あいつの為になると思う」

 

 そこまで聞いて縁はふと、ある事が気になり、彼の顔をじっと見つめた。

 

 

 ――――彼の瞳には、何が映っているんだろうか?

 

 

 前を向いたままで、且つサングラスの漆黒のレンズに覆われていることから確認する事は困難を極める。だが、それでも縁は目を細めて凝視し続けた。

 

(もしかしたら――――)

 

 彼は、この暗闇の先に居るあかりの事を見ているのかもしれない。そう思ったからこそ、

 

「喜んで!!」

 

 最高の笑顔を彼に向けて、こう答えることにした。

 男性は一瞬、驚いた様な表情で縁の方を向いたかと思うと、

 

「……はははっ」

 

 満足げな笑い声を挙げて、アクセルを踏み込んだ。

 やがて、暗闇の中へ突入する。この先は結界の中心部だ。凡人である彼女達にもう逃げ場は無い。だが、車内はいつまでも暖かい空気に満ちていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!!」

 

 凛の魔力を感知した茜が、その場所に向かって移動すると、驚愕した。

 塀と塀の間にスッポリと嵌る様な、巨大な黒い箱が有った。その中に、凛がいることを確信する。

 

(凛ちゃん……)

 

 試しに茜は、箱の側面に手を当てて、テレパシーで呼びかけてみる。

 

(茜か、悪いね、捕まっちゃった)

 

 箱の中から凛は反応。声の感じからして、特に弱ってる訳では無さそうだ。茜はホッと一息付く。

 

(とにかく、無事で良かったよ)

 

 そう声を掛けた直後、顔を険しくする。言葉通り凛が無事なのは良かったが、問題はこの黒い箱だ。側面をよく見ると、先ほど自分たちを取り囲んだピアノ線が複雑に編み込まれて形成されている。改めてブラックフォックスの技術力の凄まじさに感服する。

 さて、凛をどうやって助け出すか?

 

(凛ちゃん。私の声のする方向まで、近づける?)

 

 しばらく考え込んだ茜だったが、やがて、意を決した様に顔を上げると、テレパシーで内部の凛へ指示を送る。

 

(OK)

 

 凛から二つ返事が返ってくる。

 茜は、箱の中の凛が、こちらに近づいてくるのを感知すると、両手を側面に置く。

 すると、純白の輝きが眩く放たれた。魔力が箱の側面を通じて、凛に送られていく。

 

「……?」

 

 茜と側面を挟む様に立っていた凛は、突如、自分が白い光に包まれていき、目を見開いた。

しばらく発光していたと思うと――――凛の身体が、みるみる縮小していく。

 

「あ、ちっちゃくなっちゃった」

 

 やがて、豆粒大の大きさになった凛が、相変わらず冷静な顔つきなまま、素っ頓狂な声を挙げる。

 

(凛ちゃん。今、私の魔力を送ったわ。うんと小さくしたから、ピアノ線の合間を通って外に出てほしいの)

 

「おお、流石。オッケー」

 

 茜が送ったテレパシーの指示に、こくんと頷くと、凛はゆっくりと歩き始める。

 

(ちょっと急いでよ凛ちゃん!! この魔法結構疲れるんだから!! もって十秒ぐらいっ!!)

 

 慌ててもしょうがないので、マイペースに行こうと考えた凛の脳に、突如、茜の怒声が響き渡る。

 

「……! それを早く言えっての」

 

 その内容にペースを崩されてしまい、一瞬苦々しい顔で歯噛みする凛だったが、すぐに一呼吸置いて顔を平静に戻すと、側面に向かって全力疾走した。

 やがて、ピアノ線が編み込まれた側面に到達すると、僅かに隙間が有り、そこから光が漏れていたのを即座に確認。線の合間を縫う様にして器用に側面の内部を移動する。

 間もなくして、凛は外に出ることに成功。

 

「!!」

 

 すると、そこで両手を合わせて、凛に魔力を送りながら待っていた茜が、即座に魔法を解除する。

 

「おおう……」

 

 無表情のまま、驚く凛。彼女の身体はグングン大きくなり、すぐに元通りの152cmになった。

 

「やったー! 大成こ……!」

 

 確認した茜がウサギの様にピョンと飛び跳ねて、歓喜の声を挙げた瞬間――――魔力を著しく消費したのが祟ったのか、彼女の身体はグラリと傾きだす。

 倒れる寸前に、凛が両手で抱えた。

 

「ありがとう茜。大丈夫?」

 

「凛ちゃん……纏ちゃんがやられちゃった……」

 

「!?」

 

 その言葉に凛が、驚愕の表情を浮かべた。

 纏は、凛達のチームの中でも一番経験が浅い。優子と凛は3年、茜は4年に対して、彼女はまだ2年である。

 しかし、彼女には魔法少女としての才能があった。ずば抜けた身体能力はもとより、反射神経は凛に迫るものがあり、元々学業が優秀であったからか機転も利く。ただ、見た目に反して子供っぽい所が強く、意志が弱いのが欠点だが……それを差し引いても、2年という月日で、凛と優子に追いついた彼女の実力は折り紙付きであり、まさしく『天賦の才』の持ち主といっても過言ではなかった。

 

 その纏が、この短い時間で敗北。衝撃的な事実に凛もショックを隠せない。

 

「……黒狐は今、どうしてる?」

 

「優子リーダーが戦ってるけど、危ないと思うの……右腕を、壊された……」

 

「……!」

 

 凛が顔を俯かせる。ただでさえ眠たげに細めている目を更にキッと細めると、瞳の奥が熱くなっていくのを感じる。途端、右手をグッと握りしめて、爪を食い込ませた。

 乱された感情が身体の中で暴れ始め、出口を求めて彷徨っているようだった。

 

「凛ちゃん、優子リーダーを、助けて」

 

 茜は両手を合わせて、祈るように懇願する。

 彼女から見て、凛の今の表情は初めて見るものだった。もしかして、怒っているのかもしれない。

纏と優子がやられて、怒っているのだとしたら――仲間の為に、怒ってくれているのだったら、これ程嬉しいことは無い――そう思い、茜は満足気な表情でゆっくりと、目を閉じた。

 

「茜?」

 

 凛が呼びかけるが反応なし。急激な魔力の使用が意識消失を齎したのだろうか――――今はそれを確認する術は無い。

 やがて、茜の変身が解かれる。同時に彼女が持っていた手の平大の水晶が地面に落ちたかと思うと、パンッと破裂。

 

「……?」

 

 凛が音に反応して見ると、水晶の中身が顕わになっていた。

 そこには茜と同じく、気絶して変身が解かれて私服姿になっていた、纏が居た。

 

「チッ……」

 

 凛はそれを見て、ブラックフォックスへの怒りを舌打ちで表現すると、茜と纏を一先ずは、道路の脇に寝かせる。

 直後、飛翔。魔力索敵能力を強めて索敵を行いつつ、住宅地の屋根伝いを飛び回っていく。彼女が探し求めるのは、萱野優子。

 

「待ってな、カヤ」

 

 思わず呟いた凛の表情は、彼女自身今までしたことが無いぐらい、真剣で精悍なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、優子はというと……

 

「ホハアッ!!」

(オラアッ!!)

 

 ブラックフォックス――――篝あかりと対峙していた。

 左手のショートソードを薙ぎ払うが、利き手と比べて幾分か勢いの少ないそれは、あかりにあっさり見切られてしまう。

 あかりは僅かに両足を曲げてしゃがむ動作で回避すると、反動を使って飛翔。そのまま優子に飛び掛かる。

 

「はへふは!!」

(させるか!!)

 

 だが、優子はそうはさせないと言わんばかりに、表情を固く引き締めると、強く歯を食いしばって咥えていたショートソードを固定する。

 刹那――――優子の顔が右側に旋回。ショートソードの峰が空中のあかりの胴めがけて襲い掛かる。

 

「!?」

 

 直撃を確信して、顔を勢いよく振り抜いた優子だったが――――手応えは無い。

 

「やるわね」

 

「ふぁ……?」

 

 突如、上から声が聞こえる。同時に加えていた剣に違和感を覚えた。何が起きたのか。訳が分からず、目線を上に向けると、

 

「……!」

 

 驚愕に目を見開く。なんと、自分が加えていたショートソードの刃先に、あろうことか、篝あかりが二本足で立っているではないか。

 違和感の正体が明らかになる。一人の人間が立っているのに、全く剣に重みを感じないのだ。これも奴の魔法なのか。

 そう思っていると、直後、あかりの左足が視界一面に迫ってきた。

 

「ぐっ」

 

 ショートソードの上で重みを感じさせないまま立っているあかりに、すっかり気を取られてしまった。

 鋭い蹴りが優子の額に直撃し、刺さる様な痛みに、思わず口の力を緩めてしまう。咥えていた剣がポロリと落ちた。

 

「……! やばっ」

 

 咄嗟に剣を拾おうとする優子だったが、刹那、首に何か太いものが巻き付いてきた。

 

「うぐっ」

 

 思わず呼吸を圧迫され、息が詰まる優子。咄嗟に左手の剣を放し、巻きついた何かを掴むと、人肌程度に暖かった。目線を下に向けてみると、それが誰かの足であることを確認する。

 

「ッ!!」

 

 同時に、両肩に何かが圧し掛かり、一気に身体のバランスが崩されそうになるが、必死に両足を開いてなんとか耐える。

 何事かと思い、おそるおそる目線を上に向けると、そこには相変わらず爛々とした光を瞳から放ちながら、不敵な笑みを浮かべているあかりの顔が視界一杯に映った。それを見て、優子はハッと気づく。

 自分の首に巻きついたのは、篝あかりの両足であった。彼女は胡坐を掻く様な足の組み方で首を固定したのだ。

 しかし、それに気づいた時にはもう遅い。武器は手放してしまった。あかりの両足の締め付けが更に強まる。

 

「ぐううううう……!」

 

 苦しさのあまり呻き声を挙げる優子。

 

「あんたの選択肢は、二つ」

 

 あかりが、爛々と光った瞳のまま、どこか愉悦を含んだ小さい声で、残忍に告げてくる。

 

「このまま首を絞め落とされるか……右肩と同じ様に、首の関節もぶっ壊されるか……選びなさいよ」

 

「どっ……ぐっ……あぁ……!!」

 

 優子があかりの顔をギンッと猛獣の様な形相で睨みつける。どっちも嫌だ、と叫びたかったが、首を圧迫されているため、声を出すことがままならない。

 あかりは優子の答えを待たず、足の力を更に強めて首の関節を固定すると、体を少しずつ時計回りに傾き始めた。

 

「!!!」

 

 それを見た優子が、青褪める。

 彼女の動きに合わせて、関節がコキコキと小さな音を立て始めた。これは絶対にマズイ、と思った。

 先ほど、右肩を軸にして回転した様に……同じく首を軸に回転して、関節を破壊するつもりだ。

 

「ぐぐぐぐぐ……」

 

 必死に首に力を入れて耐えようとする優子だったが、あかりの足の力は想像以上に強い。やがて、あかりの傾く角度が大きくなると、関節の音もゴキゴキと大きくなり、同時に強い痛みを齎す。

 

「……ッ!」

 

 激しい痛みに優子が力を抜いた途端、あかりが勝利を確信して笑みを強めた。

 両手で、優子の頭部をがっしりと掴む。そのまま、首を軸に、ぐるりと一回転。

 

 

 

 ――――するはずだった。

 

 

 

「そこまでだァッ!! このハイエナ野郎がァッ!!!」

 

 突如、少女らしき人物と思われし怒号と、複数もの銃声が響き渡る。

 同時に何かが一斉に迫ってくるのを確信したあかりは、優子の首を開放して飛翔。直後、優子の頭上に、数十発もの銃弾が交差する。

 

「……っ!?」

 

 優子は眼前の光景に驚いて、尻もちをついてしまう。

 

「……」

 

 優子の後方に飛んだあかりは、複数の魔力の反応を確認。それが魔法少女の放つものだと確信すると、表情を消して、周囲を見回す。

 彼女達はいつのまにか、周囲の住宅の上を陣取り、獲物の飛び道具を構えていた。

その中で特に強い魔力が放たれている方向を凝視すると――――ドイツ製のスナイパーライフル『DSR-1』を構えた少女が目と鼻の先に有る民家の2階のベランダを陣取っていた。

 

「良い度胸ね」 

 

「ハッ」

 

 あかりが凝視する方向から、鼻で笑う声が聞こえてくる。少女はDSR-1を背中にしょうと、ベランダから飛翔して、あかりたちの前に着地する。

 

「狩奈……!」

 

 優子が焦燥の表情を浮かべる。一番危惧していた事態に陥ってしまった。

 全身をグレー一色の軍服姿に身を包んだスナイパーライフルの少女、狩奈 響(かりな ひびき)は獰猛な笑みを浮かべ、大きく見開いた目を血走らせながら、あかりの眼前まで歩を進める。

 

「結構広い範囲で張ってたんだけど、破られちゃったか」

 

 残念ね――――と最後に付け加えると、あかりはふぅ、と溜息を付いた。

 

「まさか住宅地まるごと閉じ込めるとは恐れいったが……糞を詰めたテメェらの頭とは違って私達にはちゃんと脳みそが詰まってるんでなァ……」

 

 狩奈は自分の頭を人指し指で示すと、ニタニタと嘲笑する。

 すると、彼女の隣に、ウェーブの掛かった黒髪に、黒いローブ姿の少女が現れた。

 

「きひひひ……」

 

「大方私達が襲う事は既に想定内だったみてぇだが、生憎コイツは結界を中和できるんでなァ……!」

 

 ハイライトの無い黒い瞳を大きく開いて、口の両端を大きく吊り上げてニヤニヤ笑みを浮かべている少女。狩奈は親指で自分より一回り大きい彼女を指し示すと、あかりに紹介する。

 

「で、噂のイカレ脳みそさんと、黒魔術師率いる愚連隊が、生粋の平和主義者たるあたしに何の様な訳?」

 

「『平和主義者』だとォ……!?」

 

 狩奈が笑みを消して、ムッと眉間に皺を寄せると、腰のホルスターから拳銃を取り出し、あかりの額に押し当てた。

 

「だったら大人しく潰れそうなラーメン屋の生ゴミでも漁ってろこのハイエナがぁッ!!!」

 

「そんなん喰ったらお腹壊すってば」

 

「テメェの発現権はハナっからねぇんだよこのボケッ!! チョロチョロチョロチョロとウチの陣地で徘徊しやがって目障りだドブネズミがッ!!」

 

 激昂と同時に狩奈は、その獣の如き形相をあかりに近づける。

 

「耳の穴からカス全部落としてよぉ――――く聞け……テメェのせいで竜子の睡眠時間がどんだけ削られたと思ってる? 初日は2時間、次の日から4時間……昨日は6時間だぞ6時間ッ!!」

 

 狩奈が大きく口を開き叫び出す。あかりにとっては心底どうでもいい上に、目の前で大喝されるととても五月蠅い。唾が勢いよく顔に飛ぶのを僅かに不快に感じながらも、あかりは両耳に指を突っ込んで聞こえない様にする。

 

「テメェは竜子の人生から立ち退け……!」

 

「勝手にそっちが入れてるんでしょう?」

 

「黙れ何度も言わせるなテメェに発現権はねぇ!!

 ……麻琴達をやりやがって……。本当だったら私がテメェの脳みそブチ撒けてやりたいとこだが……一緒に来てもらうぜ。処分は竜子に決めてもらう」

 

 飄々とした態度のあかりに狩奈はもう一度大喝を叩き込むと、ニヤリと笑ってあかりの額に押し当てた銃口をぐりぐりと押し込んできた。

 

「その前に……」

 

 額に丸い痣が出来たがあかりは意も介さず、ふぅ、と溜息を吐く。

 

「後ろの()()()を、どうにかしたら?」

 

「何ぃ……!?」

 

 狩奈がその言葉に反応して後ろを振り向くと――――視界一面に、蒼く光る矢が迫ってきた。

 

「!?」

 

 咄嗟に身体を反らした。矢は直撃せず、狩奈のすぐ脇を掠める。

 

「……………テメェかぁ……」

 

 狩奈が矢の飛んできた方向を、睨みつける。そこには誰もいない。だが、微かな魔力を感じたので、ギリギリと歯を食いしばる。

 

「宮古ォ…………!」

 

 3年前から争ってきたライバル関係の魔法少女の名を、心底恨めしそうな声で表現する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、イカレ脳みそ。もう来たか」

 

 凛が忌々しげに舌打ちをする。

 優子の魔力を感知した彼女は、優子とあかりが対峙している場所から2kmも離れた民家の屋根の上を陣取り、そこでボウガンを構えていた。ここまで離れれば如何にブラックフォックスといえども感知されないと踏んだのだ。優子を助けたいが正面切って戦えば、自分も負ける確率は高い。ならば、一番自分が得意とする戦い方で勝負を挑む。

 そう思っていた矢先に、ブラックフォックスを囲む様に魔力の反応が多数出現――――狩奈が率いる捕縛部隊が続々と現れたのだ。

 

(でも、どんだけ数を集めようが……)

 

 先に獲物を捕った方が『勝ち』だ――――凛はそう思うと、全身に魔力を漲らせる。すると、彼女の目先の虚空に青色の魔法陣が小さく展開される。

 『固有魔法』だ。魔法少女はキュゥべえと契約した時点で、一つの特殊能力を常時使用することができる。

 凛の両目が蒼い光を放ち輝き始める。彼女の場合、視力を人間の限界以上に高めることができる。このお陰で最高20km先の標的まで寸分狂わず狙う事ができる。

 もっとも、そこまで距離を取ると、矢が標的に当たるころには速度と威力がかなり弱くなってしまうので、保つためには2kmが限界と定めている。

 屋根の上で身体を屈めつつ右腕をぐっと伸ばす凛。手首に装着されたボウガンにも魔力を込めると、貫通矢が出来上ってジャキッと装填される。

彼女の視線の先には、ブラックフォックスと、その前で重なる様に仁王立ちする狩奈の姿。

 

(悪いね、イカレ脳みそ)

 

 凛の照準は、狩奈の身体に向けられている。狩奈が邪魔なのでブラックフォックスは狙えない。ならば彼女の身体ごと貫いて奴に当てるまでだ――――そう思い、一息、深呼吸すると……バシュッと音がして、ボウガンから矢が放たれる!

 

 勢いよく飛翔した矢は狩奈に直撃――――するかに思われたが、

 

(!?)

 

 寸前で咄嗟に振り向いた狩奈が、身体を反らして回避する。その行動に目を見開く凛。後ろのブラックフォックスも横に飛び退いた為、矢は外れになった。

 ならばもう一発、と思い、再び固有魔法を展開して、ボウガンの矢に魔力を込める。

 刹那、複数の魔力が猛烈な勢いで迫ってくる。

 

「ッ!!」

 

 凛が咄嗟に、屋根の後ろに飛びのいて身体を隠す。先ほどいた場所に10発近くの弾丸が交差して遥か彼方に飛んでいく。

 

「チッ!」

 

 舌打ちする。2km以上先の標的を寸分狂わず狙撃できるのは自分と、狩奈だけかと思っていたが――――どうやら、同等の精鋭を集めてきたらしい。自分がブラックフォックスを安全に狙うには、更に距離を取るか、或いはそいつらを先に撃退せねばならない。

 

(これ以上距離を取れば……矢の威力は弱くなる)

 

 ブラックフォックスの実力の底が分からない以上、力不足の矢を放つのは得策ではない。

 

(連中を相手にすれば、その間にイカレ脳みそが黒狐を捕えるかもしれないし、カヤを人質に使うかもしれない)

 

 事態は急を要している。只でさえ、連中のど真ん中に満身創痍の優子がおり危機的状況だ。あまり時間を掛ける事は許されない。

 

(ん……?)

 

 だが、そこで凛はふと目線を下にすると、道路にある物(・・・)を見つける。

 

(こいつは……!)

 

 ――――凛はにへら、と笑う。身体が臭くなるには違い無いが、勝つにはこの方法しか無い。

 

「……ん?」

 

 再び視界を戻すと、右側から一台の黒い車が走ってくるのが見える。気になって注目すると、ブラックフォックス達魔法少女が集う場所に急いで向かっている様に見えた。

 目論見通り、黒い車は、彼女達の喧騒に割り込んだかと思うと、そのまま停車する。

 そして、ドアが開いた。運転席側から現れたのは見知らぬ人物。白いオールバックに、黒いスーツ姿の男性。

助手席側から飛び出したのは、

 

「!!」

 

 その人物に、凛は愕然となる。

 

「縁……?」

 

 何故か男性と同じ形のサングラスを掛けているが――――ピンクのショートカットヘアに細身の体型、それは間違い無く、美月 縁だった。 

 

 

 

 

 

 

 




 な、なんとか1万字未満に収めた……!

 登場人物多めで非常にごちゃごちゃしてしまいました。
 ですが、彼女達をようやく一つに集わせることができそうです。

 余談ですが、某格闘漫画の某技をあかりさんに使用させてみたのですが、文章にするととんでもなくえげつない技だということがよくわかりました。

 次回で、第一章完結?となります。


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     黒い狐は真意を語らず D

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮古 凛から放たれた矢が、路面に突き刺さった。

 

 ――――それが、合図となる。

 

「チッ、鈴宮、足鹿、夕霧、東雲、旦椋、昭凱! カウンタースナイプだッ!!

 

「「「「「「Yes,sir!!!」」」」」」

 

「Fireッ!!」

 

 狩奈は周囲の家の屋根を陣取る部下達の内、数名に指示を飛ばすと、彼女達は後方を振り向いて、銃や弓などの獲物から飛び道具を連射する。

 狙いは2km先に居る凛だが、指示された者は、いずれも狩奈や凛と同等のスナイプが可能な手練れ。複数から狙撃されれば如何に凛といえども……そう思ってほくそ笑む狩奈だったが、

 

「ガハッ!!」

 

 刹那、背中全体を鋼鉄の壁に叩き付けられた様な衝撃を受けた。狩奈の小さい身体が勢いよく吹き飛ぶ。

 

「狩奈さん!? ……ひいいっ」

 

 吹き飛ぶ狩奈を見て、黒いローブのハイライトの無い瞳の少女――――八奈美 命(はなみ みこと)が何事かと思い、咄嗟に大声を挙げるが……魔法少女の勘が後ろに強烈な殺気が有ると告げてきた。身震いする。

 青褪めた表情でおそるおそる後方を向くと、あかりの背中が視界に映った。

 

 続けて全体を見ると、奇妙な姿勢だった。右腕はやや高めの斜め上に挙げて、左腕は水平に伸ばしている。両足を開き、姿勢を低くして背中を若干丸めている。

 

 命にはそれが何の構えだか分からなかった。だが、なぜか、その背中が熱を帯びている様に見えた。

 

「クソッ!!」

 

 塀に向かって吹き飛ぶ狩奈だったが、ぶつかる寸前で身体をクルリと反転すると、両足で強く蹴った。あかりと命の元へ再び飛び込む。

 

「……へえ、あたしの鉄山靠(てつざんこう)を受けて気絶せずに済む奴がいるなんてね」

 

 小さい癖に頑丈なのね――――そう付け加えると、感心した様に、ニヤリと笑うあかり。

 

「チッ……テメェ」

 

 狩奈が舌打ちをすると、両目をカッと見開いて、あかりをギンッと睨みつけた。間違いなく怒り心頭だ。

 だが、そんな狩奈を前にしてもあかりは悠々とした姿勢を崩さない。

 

「いいわよ」

 

「「ッ!?」」

 

「一斉にかかってきなさい」

 

 あかりの突然の申し出に狩奈と命が目を見開く。

 

「あたしなら、あんたたち含めた全員を、そうねぇ……」

 

 そこで、あかりは腕を組むと、頭を捻って考え込む。

 

「うーん…………10分以内にやれるかな?」

 

 しばらくすると、パーにした両手を狩奈と命に見せて、晴れやかな笑顔を向けた。

 

「舐めやがって……!」

 

 明らかに馬鹿にしてるとしか思えない。狩奈がギリリと歯を軋ませる。

 

「だったら望み通りにしてやるまでだッ!! 鈴宮達は引き続き宮古を相手しろッ!!」

 

「「「「「「Yes,sir!!!」」」」」」

 

「私と命と残った連中でブラックフォックスを潰し」

 

「総長の命令はっ!?」

 

 潰してやる、と言いそうになった直後に命が割り込んで告げる。狩奈が一瞬『あっ!』とした表情になると、

 

「…………生け捕りにするぞっ! Readyッ!!!」

 

 少し間を空けて、命令を言い直した。同時に、屋根の上で陣取っていた鈴宮以外の魔法少女達の獲物が一斉にあかりへと向けられる。狩奈もまた右腰のホルスターから獲物を抜き、命もまた両手に杖を召喚して、あかりに向ける。

 絶体絶命の状況下であるにも関わらず、彼女は笑っていた。一辺たりともその自信が揺らぐことは、無い。

 

 

 

「くっ……!」

 

 一方、完全に置いてけぼりを喰らっている優子は、忌々しそうに前方に立つ二人を睨む。怪我を負ったせいで、最早相手にもされてないのが屈辱だった。

 それでもブラックフォックスと狩奈率いる捕縛部隊の激突の火蓋が切って落とされるのを黙って見過ごすことはできない。

 

「狩奈止せ!! そいつを捕まえんのは」

 

 うちらだ――――と言おうとしたが、背後に魔力の反応を感じて、咄嗟に後ろを振り向く。

 

「!!」

 

 優子は目を見開く。自分の背後にある塀の上で、一人の魔法少女がライフルの様な獲物を自分に向けて構えていた。

 

「……」

 

 優子と顔を合わせる事になったライフルの魔法少女は何も言わずに、射る様な鋭い眼光を向けている。

 その目が語る。

 

 ――――『動いたら撃つ』。

 

「……チッ」

 

 身動きを封じられた優子は、冷や汗を垂らしながら舌打ちする。

 

 

 

 ――――その時だった。

 

 

 

 多数の魔法少女が集結するその場所に、一台の黒い車が滑り込む様に割り込んできた。

その場に居たすべての魔法少女の視線が釘付けになる。

 

「何だ!?」

 

 優子は何事かと目を見開き、

 

「今度はどいつだァッ!!」

 

 狩奈は新手かと睨みつけ、

 

「……っ」

 

 あかりは笑顔から一転、目を細めて不機嫌そうな顔を浮かべている。

 車は停止すると、直後、運転席側のドアが、バンッ! と勢い良く開かれた。

 

 

「……そこまでだ。()()()共が」

 

 

 低く、力強い声が響き渡る。同時に車から見えてきた姿に全員が――何故かあかりだけは見えた途端、溜息を付いていたが――愕然となる。

 一般人だ。それも男。

 身長は190cm近くはあろうか。大柄な体躯を真っ黒なスーツで包み込んだ、白い頭髪をオールバックに決めたサングラスの男性は、殺気立つ魔法少女達の視線を諸共せず、ズンズンと歩み寄ってくる。

 

「……」

 

「止めろ」

 

 優子の背後に居た魔法少女がその男性にライフルを向けて脅そうとするが――――狩奈が右手を挙げて制止の指示を出すと、黙ってライフルを下ろした。

 

「……何だテメェは?」

 

 狩奈が怪訝そうな表情を浮かべながら、男性の前に立つと、脅す様な声色で言い放つ。

 標的をあかりから男性へと変えた彼女の疑問は、この場に居る魔法少女達からすれば、至極真っ当なものだろう。あかりの張った結界内に入り込めただけでなく、更に魔法少女達の喧騒に堂々と割って入ったこの男性。ヤクザの様な風貌も相俟って、只者ではない事は明らかだ。

 

「俺が用があるのは、お前じゃなく……後ろにいるソイツだ」

 

 男性は銃を握る狩奈を前にしても堂々とした態度を崩さず、顎でその人物を指し示す。

 

「…………っ」

 

 指された張本人――――あかりは、更に不機嫌そうなしかめっ面を浮かべる。

 

「……何で来たのよ」

 

「随分と大ごとになってたから、もしやと思ってな。……今日はこの変にしとけ、帰るぞ」

 

 男性はそう言うと、狩奈の脇を通り抜けてあかりに向かおうとするが……、狩奈が再び立ちふさがった。

 

「おい待て」

 

「邪魔するなガキ、どけ」

 

「そうはいかねえなあ……テメェが何処のクソッタレの玉無しヘナチンかは知らねぇが、あいつは私たちの獲物だ」

 

 男性が強面の顔を顰めてドスを利かせたバリトンボイスで言い放つが、狩奈も負けじと挑発するような口調で言い放つ。

 

「玉無しヘナチンねえ。……残念だが不正解だ。玉はちゃんと二個あるし、起ちもいいぞ」

 

 そういう台詞は歌舞伎町で身体を売りさばいてるニューハーフにでも言うんだな――――と微笑を浮かべて言うと、狩奈は鼻で笑う。

 

「ハッ! クソッタレは否定しねぇんだなァ?」

 

「生きてるからな、糞ぐらい垂れるだろう」

 

「じゃあ大人しくボケ老人用のオムツでも履いて漏らしてなベイビー。テメェのケツを拭きたい奴がいればの話だがな」

 

「別に俺はお前と下ネタ合戦をする気はないぞ」

 

「おっぱじめやがったのはテメェだろうがクソッ!」

 

「振ってきたのはお前だろう、嬢ちゃん。ついでに言わせてもらうが、俺は糞は垂れるが、別に俺自身は糞じゃないぞ」

 

 獣の様な迫力を持って互いを睨みつけ合う狩奈とサングラスの男性だが、交わしている言葉はお下劣極まりない。目の前で繰り広げられる妙に馬鹿馬鹿しいやり取りに、周囲の魔法少女達は呆然となる。

 

 

「「なにしてんだ(のよ)……?」」

 

 優子はあかりは頭を抱えている。

 と、その時――――黒い車の助手席側のドアが勢いよく開いた。魔法少女全員が、男性の他にまだ居たのか、と一斉に注目する。

 

「優子さん! あかりちゃん!」

 

 サングラスの厳つい男性とは対照的な、幼さの残る少女が飛び出してきた。その人物を見て、優子がハッと目を見開く。

 

「縁か!?」

 

 優子がその名を叫ぶ。車から飛び出してきた少女、美月縁は、優子と目を合わせると、心配そうな表情を浮かべている。

 

「……あんたも何で来たのよ?」

 

 あかりが冷たい声で言い放つ。

 途端、不安げに顔を俯かせる縁を見て、アイツ(男性)が妙な事を吹き込んだのか、と思い、彼を睨み付けるが、

 

「だって、私……皆の事が心配で……! それに、凛さんもあかりちゃんも、『家で待ってろ』なんて言わなかったから!」

 

 縁は徐々に顔を上げて、意を決した様な顔つきで、あかりの顔をしかと見据えながら言い放った。

 

「まあ、それもそうね……」

 

 あかりはそう呟くも、相変わらず不機嫌とした表情のままだ。

 

 

「…………っ!」

 

 優子はまた一般人である彼女を巻き込んでしまった事に、悔しそうに歯噛みした。

 

 

「テメェは……!?」

 

 一方、サングラスの男性と対峙していた狩奈も、縁の登場に呆気に取られていた。

 

「狩奈さん! 優子さん! お願い! 何が起こってるのか分からないけどみんなであかりちゃんを責めるのは辞めて欲しいの!!」

 

「えっ?」

 

 縁の突然の申し出に面食らった優子は、思わずきょとんとした顔を浮かべてしまう。

 

「ハッ! そいつはできねえ相談だなァ!!」

 

 一方、狩奈はそれを鼻で笑うと、切って捨てた。

 

「ど、どうして……?」

 

 縁が尋ねると、狩奈は顔をあかりの方へ向けて、ギンッと釘付けにするような視線で睨みつける。

 

「以前お前を巻き込んじまった事は私も悪いと思っているから、出来れば聞いてやりたいと思っているが……このドブネズミが仕出かした事は容認できるモンじゃねぇ!!」

 

 狩奈は大きく口を開いた。

 

「こいつはなぁ!! 竜子の睡眠時間を削りやがったッ!! 可愛い手下どもをやりやがったッ!!!」

 

「~~ッ!!」

 

 縁が思わず耳を塞いでしまうような怒号を響かせると、男性からあかりへと標的を変えて、大股で迫る狩奈。

縁は咄嗟に駆け出した。

 

「おいよせ、縁!」

 

 優子が声を張り上げるが、既に狩奈の前に立ちふさがってしまう。

 

「ま、待ってください!! あかりちゃんをどうする気ですか!?」

 

 あかりを庇う様に両手を広げ、必死な形相で対峙する縁。

 

「竜子のところへ連れていくんだ。処分はアイツに任せる……!」

 

「そんなこと……!」

 

「もういいって、縁」

 

 一般人の縁に対しても獣の如き凄まじき形相で睨みつけてくる狩奈。恐怖心を堪えつつ、なんとか彼女の強行を止めようとする縁。見かねたあかりが、彼女を引き下げようとするが……サングラスの男性が割って入ってきた。

 

「あとは俺に任せろ」

 

「……!!」 

 

 縁を押しのけて、狩奈と対峙する男性。

 

「マサムネ、あんたねぇ……!」

 

 役目を横から掻っ攫われる形となったあかりが、苛立ちを包み隠さずにマサムネと呼んだ男性にぶつける。

 

「あかり、悪いな」

 

 男性もあかりの気持ちを悟ったのか、僅かに後ろに顔を向けて謝るも、あかりはそっぽを向いてしまう。

 

「……魔法少女同士の喧嘩に男がしゃしゃり出てくんじゃねえよ……」

 

 再び男性と対峙することになった狩奈が、おぞましい声色で言い放つ。

 

「ほう……そんなルール、誰が決めたんだ?」

 

「ざけんなッ!!」

 

 男性の挑発にいよいよ我慢が制御できなくなった狩奈が、右手の拳銃を男性に向けてくる。

 

「黒岩さんっ!!」

 

 その光景に縁は目を震わせながら大声を出す。男性――――黒岩(くろいわ)政宗(まさむね)は一瞬、縁の方へ向くと、フッと笑った。

 

「!!」

 

 縁はハッとなる。彼の浮かべた笑みは、柔らかかった。

 

 

 

 ――――大丈夫だ、安心しろ。

 

 

 

 絶対の自信が込められている様な、不思議なものだった。

 

「……魔法少女は一般人を攻撃しちゃいけないんじゃなかったのか?」

 

「……ッ!!」

 

 政宗は顔を戻すと、感情を消した表情で淡々と言い放つ。

 銃を向けられているというのに、微塵も恐怖を感じていない様だ。それが狩奈の感情を余計に波立たせた。眉間に皺がグッと寄る。

 

「私の邪魔をする奴は容赦しねぇ。…………風穴一つ開けてやろうかァ!?」

 

「ほう……」

 

 狩奈の脅し文句に、政宗はニヤリと口の端を吊り上げて――まるで、待ってましたと言わんばかりに――、嬉しそうな表情で、嗤った。

 

「面白いじゃないか……!」

 

「……!?」

 

 ニタニタと不気味な笑みを魅せる政宗に、狩奈が息を詰まらせる。

直後、彼は何を思ったのか、狩奈の右手首を握ると、銃を自分の胸へと押し当てた。

 

 

 

「撃ってみろよ」

 

 

 

「な、なにっ……!」

 

 彼の言葉に、狩奈が目を震わす。言葉を失い閉口。

 

「俺は、最初(はな)っから長生きなんて望んじゃいない」

 

 底冷えする様な言葉が、周囲の少女達をぞっとさせた。全員が息を飲む。

 

「自分の意志を通して死ねるなら、それが本望だ」

 

 彼の心臓の鼓動が、銃を通して伝わってくる。安定した、一定のリズム。

 思わず狩奈は彼の顔を見る。焦りも恐怖も浮かんでいない、一切の感情が消え失せた氷の顔がそこにあった。それを見て膝が震えそうになる。

 こんな人間は、魔法少女でも今まで存在しなかった。嫌、それ以前に……

 

「テメェ、本当に人間か……?」

 

 そう問いかけてしまった。

 自分は今まで敵対する魔法少女から、『狂犬』と呼ばれたことがある。その通称は正しい。だって親愛なる竜子の為なら、自分はいくらでも狂えるし、人間性を捨てることもできる。

 

 ――――だが、目の前の男性には、遠く及ばない。

 

 直感でそう理解できた。何故なら、自分は命が惜しいと思ってるからだ。目の前のコイツは、簡単に捨てられる。サングラスの奥から僅かに伺える瞳が、絶対零度の輝きを放ち自分を見下ろしていた。

 

「人間さ」

 

 目の前の狂った犬が答える。

 

「だが、お前ら()()()共の世界に飛び込もうと決めた時、人間らしい生き方は辞めている」

 

「私らが、『バケモノ』……だとォ?」

 

 狩奈が恐怖を押し隠す様に、銃を持つ手に力を込めて、男性の胸にグイィッと押し込んだ。だが、手の震えまでは抑えきれなかった。振動が狂った犬に伝わる。

 

「違うのか? 自覚してると思ったが……まぁ、お前はそうでもなさそうだな」

 

「……っ」

 

 狂った犬が、狩奈の手を開放すると、力が抜けた様にダラリと下がる。同時に狩奈の顔も緊張感から開放されたのか、僅かに安堵が浮かんでいた。

 

「……その様子だと、『魔法少女の身体』しか撃ったことがない、か。期待外れだな」

 

「……っ!」

 

 狩奈がキッと彼を睨む。直後、身体に加重。

 

「!! か、狩奈さん、ヤバイですよ!」

 

 誰かが狩奈に喚き散らしている。見ると、自分の隣に立って、大人しく状況を眺めていた黒ローブの魔法少女が、焦燥しきった表情で自分の身体にしがみついているではないか。

 狩奈が一瞬呆気に取られる。

 

「どうした命ォ……!?」

 

 狩奈は、突然自分を静止しようとした命を怪訝とした表情で見つめる。

 

「こ、この人、AVARICE(アバライス)社の人です。ブローカーですよっ!」

 

「なんだと……!?」

 

 狩奈が大きく目を見開き男性を見る。彼の黒いスーツの左肩を良く見ると――――紋章が有った。 

 

 

「はあ? アワライス? ブローカー??」

 

 優子は初めて聞く単語に首を傾げて、素っ頓狂な声をあげる。

 

 

 

(黒岩さんって、よく分からない。でも、やっぱりとんでもない人なんだ……!)

 

 縁は、自分の前に立つ大柄の男に畏怖を抱き始めていた。

 当然だろう。自分より遥かに優れている魔法少女達が集うこの場所で、彼は自分が誰よりも『強者』であることをはっきりと示したのだ。

 あの恐るべき狩奈を、震えあがらせてしまった。自分の命を嬉々として賭ける姿勢には、それだけの底知れぬおぞましさがあったのだ。

 

 ――――でも、もし撃たれていたら……?

 

 不意にそう思ってしまうと、背筋が凍り付く様な感覚に襲われた。

 

 

「止めなさい、響」

 

 

 不意にどこかから凛とした声が聞こえてきて、縁がハッとする。周囲を見渡すと、溢れかえる魔法少女達も突然の音声に同様の反応を示し、首をキョロキョロと動かしていた。

 

「竜子……ッ!?」

 

 いち早く声の発生源を捉えた狩奈が、前方を見据えて、驚きながらもその名を声に出す。彼女の部下たちも、縁も、優子も、あかりも、男性も、全員が一斉に狩奈と同じ方向を見る。

 道の先に、どこまでも深い暗黒が群雲の様に広がっている。それを突き破る様にして、一人の女性が現れた。

 縁はその姿に注目する。真紅のサニードレスで美しい身体を包んでいるが、両肩には不釣り合いなアーマーが装着されている。だが、縁が何よりも目を奪われたのは右手に携えている物だ。モデル染みた外見のどこに、そんな力が有るのか、と思ってしまうぐらいの巨大な斧――後で優子に聞いた所『ハルバード』というものらしい――が握られていた。穂先に刃と突起が付いており、炎の様に朱と橙に染め上げられたそれは神々しさが感じられた。

 

(誰なの、この人……?)

 

 縁がそう思っていると――――周囲の屋根の上を陣取ってきた魔法少女達がわらわらと道に集結し始めた。

 

「ひえっ!」

 

 ざっと見て10人以上……いや、20人くらい居る。縁がその光景に驚く。一体、これから何が起きようとしているのか、全く見当も付かない。

 集まってきた魔法少女達は、一斉に道の両端で並び始めると、路面に片膝を付いて頭を下げた。

 縁は映画で見たある光景を思い出す。中世を舞台にした作品で、王様に道を譲りながら敬礼する騎士達の姿によく似ていた。こんな大勢の魔法少女にこんな真似をさせる、ということは、相当な人物と見てもいい。

 不意に女性の名を呟いた狩奈が気になったので見てみると、彼女の隣に居る黒いローブ姿の魔法少女も、同じく片膝を地に付けて頭を下げていた。

 

「……」

 

 女性は配下の魔法少女達に譲られた道の真ん中を、優雅に歩きながら、狩奈や優子達が居るところへと進んでいく。

 

「竜子」

 

 狩奈が、女性――――三間竜子に目で訴える。

 

 ――――お前が出るまでもない。

 

「響」

 

 ――――貴女の役目は終わりよ。

 

 竜子もまた、目でそう告げる。

 

「クッ……!」

 

 炎を彷彿とさせる灼眼に一睨みされるだけで、狩奈の気迫は抑え込まれてしまった。

 竜子は狩奈の脇を通り過ぎると、政宗の前に躍り出る。

 

「部下の無礼、お詫びいたします。黒岩さん」

 

 そして、恭しく頭を下げた。

 

「いや、いい……」

 

 軽く手を振る政宗。

 

「ですが驚きました。ブラックフォックスが貴方たちの仲間だったとは……」

 

「っ!? 竜子、お前らそのオッサンとどういう関係だ?」

 

 優子が気になり、声を挙げて問いかける。

 

「この人は……」

 

「おおっと、三間! ここには魔法少女でない嬢ちゃんがいるんだ。その話は控えさせて貰おうか」

 

 説明しようとした途端、政宗が割り込んできた。彼が一般人の縁の方を見ながら、竜子に忠告する。

 縁はただ訳も分からず呆然と二人のやりとりを見つめるしかない。

 

「申し訳ありません。ですが、一体、AVARICE社は何を企んでいるのですか?」

 

 灼眼が燃え上がる様に煌く。

 ブラックフォックスが『政宗の仲間』ということは、間違いなく彼女の謎めいた行動に、AVARICE社の思惑が関わっていると読んだ。しかし……、

 

「……外れだな」

 

「……?」

 

「俺は『個人的』にこいつに協力しているだけだ」

 

 政宗は横目でチラリと不機嫌そうなあかりを見て、言い放つ。

 

「だが、お前たちに迷惑を掛けたのは悪いと思っている。俺が変わって詫びよう」

 

「では、彼女の目的を話して頂けますか?」

 

「……そうだな、こいつは」

 

「マサムネッ!!」

 

 政宗が話そうとした途端、あかりの怒声が静止にされる。

 

「いいのよ……話さなくって……」

 

 呟くあかりの表情は強い苛立ちが含まれていた。政宗は嘆息。

 

「そうか……」

 

「話しては……頂けないのですか」

 

「協力者である以上、こいつの意志を尊重してやりたいんでな」

 

 竜子が睨みつける様な視線で問いかけるが、政宗は微笑で返した。

 

「ですが、彼女のせいで我々が迷惑を被ったのは確かです」 

 

「それに関しては安心しろ。あかりは別にお前たち(ドラグーン)を崩壊させようなんて考えちゃいない。

 こいつはひねくれてるが根は正直だ。争いごとは嫌いだし、お前の部下も救いたいと思って救っている」

 

「ですが、たった今、私たちの仲間を痛め付けたのは事実です」

 

「お前たちは碌に確認もせず、一方的な判断で、こいつを捕まえようとしたんじゃないのか? そうなりゃ誰だって自分の身を守る為に抵抗するに決まってる」

 

 竜子はそれを聞いて、暫し口を閉じて考え込む。

 政宗の言うことは確かに最もだが、ブラックフォックスの狙いが不明である以上、納得する訳にはいかない。なんとしても、目的を話してもらわねば……、

 

「……三間、頼みがある」

 

 そう考え込んでいた刹那、政宗から突然の申し出にハッと顔を上げる。

 

「こいつの好きにやらせてやってくれ」

 

「彼女の目的が明らかでない以上、承服致しかねます」

 

 何を言い出すのか――――竜子が僅かに顔を顰める。明らかに理不尽な要求としか思えない。迷わず即座にNOと突き付けてやる竜子。

 直後、政宗の眼光が、ギラリと光った。

 

 

 

「俺がお前との契約(・・)を切る、と言ったら……?」

 

 

 

「……!!」

 

 竜子が凍り付く。

 

「64人もの魔法少女を養っていくには、大量のグリーフシードが必要不可欠だ。組織の統制はお前やそこのイカレたチビでどうにかなるかもしれんが、グリーフシードだけはどうにもならんだろう?」

 

 何処か勝ち誇った様に低く笑いながら、冷酷に告げる政宗。

 

「………………」

 

 ブラックフォックスを縄張りで好きにさせるのは、屈辱極まりない。だが、それ以上に自分たちの生命の源が絶たれてしまう状況はもっと拙い。そんなことになれば、あの頃に――――桐野卓美が総長だった頃の暗黒が戻ってきてしまう。

 そこで、恐怖が蘇ってきて竜子はかぶりを振った。皆の前では気丈に振舞わなくては。でも、選択肢が一つしかないのが悔しい。

 

「あなたの協力がなくては、今日のドラグーンは有りえなかった……。わかりました。不服ではありますが、承認致しましょう」

 

 歯痒さを堪えつつ、竜子は政宗を顔をしっかりと見据えながら、はっきりそう言った。

 

「竜子ッ!? テメェ何バカな事言ってやがるッ!!」

 

 竜子に御身を捧げた狩奈も、彼女の言ってる事に正気を疑うしかなかった。声を荒げて抗議をする。

 

「響、私はみんなが生き残る為の最善を取ったまでよ」

 

 そう優しく呟く竜子の表情には先ほどの気迫が失せていた。唖然とする狩奈。

 政宗は胸ポケットから一本、煙草を取り出すと、口に咥えて先端に火を付ける。 

 

「話は纏まったな……」

 

 口からスッパスッパと煙を吐きつつ言う。右手の二本指で煙草を口から離すと、白煙を吐きながら黒い車の後ろ側に回り込みトランクを左手で開けた。

 そこから二つ、カバンを取り出すと、一つは優子達の元へ、もう一つは竜子達の元へ無造作に放り投げる。

 

「「!?」」

 

 優子と縁がそのカバンに駆け寄る。優子は利き手が使えないので、縁が代わりに開けると――――二人揃って仰天した。

 

「優子さん! こ、これって!?」

 

「グリーフシードじゃねえか!?」

 

 目を大きく見開いてカバンの中身に顔を突っ込むぐらいの勢いで見る二人。

 優子が言った通り、カバンの中にあるのは黒い宝石・グリーフシードである。だが、一つや二つどころではない。中にはひっきりなしにそれが詰められていた。

 単価が10万円を下らないグリーフシードを、どうやってここまで大量に手に入れたのか。

 黒岩政宗――――彼は一体何者なのか。

 

「そいつは詫びの品だ。とっとけ」

 

 男性はそれだけいうと、もうここには用済みだ、と言わんばかりに手をひらひらと振って、背中を向けて去っていく。

 優子と縁には頭の中で彼に対する疑問が次々と沸って湧いてくるが、最早聞いたところで教えてはくれないだろう。

 すると、あかりが彼の傍に付いて、一緒に黒い車に向かって歩み出した。

 

「……!! おい待てよ!」

 

 去っていくあかり達の背中に向かって、怒声を叩き付ける優子。

 

「何がなんだかよくわかんないけど……こっちは仲間を酷い目に遭わされたんだぞ! グリーフシード渡されたぐらいで『はい、そーですか』って納得できるか!?」

 

 政宗は既に車の運転席に乗り込んでいたが……あかりの方は、それを聞いて足を止めた。

 

「最後に一つ言っておくわよ」

 

 あかりが背中を見せたまま、その場に居る全員に、低い声で語り始める。

 

「私程度(・・)で、あっさり手こずる様じゃ……これから先は生きてはいけない」

 

「「「……!?」」」

 

 その言葉に、縁を含める少女全員が愕然。

 あかりは振り向く。

 

 

みんな死ぬ(・・・・・)。あんたたちだけじゃない……!」

 

 

 今までの余裕綽々が嘘の様だった。

 

 

「家族も……友達も……! みんな、滅ぼされる……っ! 『奴ら』に……っ!!」

 

 

 顔を泣きそうなぐらい歪めて、震わせた声で必死に訴えている。まるで別人が憑依したと言っても可笑しくなかった。

 

「あかりちゃん!」

 

 縁が駆け寄る。

 何故そうしたのか、縁自身分からなかったが、あかりのその顔を見た途端妙な胸騒ぎがして、身体が勝手に動いてしまった。

 

「縁……」

 

 あかりと向き合う縁。

 

「……!」

 

 彼女の顔を見て、縁は少し安心した。

 だって、彼女の顔は――――最初に出会った頃に見せた、あの寂しそうな表情だったからだ。

 やはり彼女は自分が思った通りの人だ。悪い人じゃない。何かを隠しているのは確かだが、それがみんなに言えないだけなのかもしれない。

 

「あかりちゃん、やっぱり皆には……」

 

 縁があかりに、本当の事を公表するべきだと促すが……

 

 

「ごめんね」

 

 

「えっ……」

 

 あかりから返ってきたのは、その一言。

 

 ――――意味が分からなかった。謎の謝罪を言われて、完全に意表を衝かれた縁は、思わず呆然となる。

 あかりは顔を隠す様にして俯くと、助手席側のドアを開けて、車に乗った。間もなく車は発進して、その場から去っていく。

 いつの間にか空気が纏う重苦しさが無くなり、不意にサングラスを外して上を見上げると、晴れやかな青天が広がっていた。

 先ほどの出来事は本当に嵐の様だった――――と、後に縁は思った。

 

「作戦は失敗ね。撤退よ、響」

 

 ふと、竜子が溜息を付くと、隣に立つ狩奈に言う。

 

「何? 萱野は満身創痍だ。ブラックフォックスは捉えられなかったが、支配権を更に広めるチャンスじゃねぇの」

 

 か? と尋ねようとした瞬間、後頭部に何かが当たる。

 

「か、狩奈さん!? 後ろ!!」

 

 命が仰天した様に声を挙げる。

 

「よう、イカレ脳みそ。元気だった?」

 

「……!?」

 

 軽い声が聞こえて、狩奈がバッと振り向く。聞き覚えのある声だがまさか……!

 

「宮古ォ……!」

 

 そこに居たのは魔法少女、宮古 凛!

 彼女は涼しい顔を浮かべて、狩奈の後頭部にボウガンが装着された右手を突き付けている。

 

「なんでここまで来れた!?」

 

「あんた頭がイカレ通り越してボケたね。自分の足元、よく見な」

 

 凛が、にへら、と愉快気に笑って言い放つと、狩奈は言う通り足元を見てみる。

 

「……あ!」

 

 そこにはマンホールがあった。蓋が空いている。

 

「あんたの手下共は不思議に思ったろうね。魔力が近づいてくるのに、何処にも姿が無いって……」

 

『!!!!!』

 

 道の両端に並んでいた魔法少女達が一斉に獲物を凛に向けるが、

 

「テメェら、寄せ!!」

 

 狩奈の怒号が彼女達を震え上がらせた。全員が銃を下ろす。

 

「黒狐は捕まえられなかったし、纏は潰されたし、カヤも右腕ぶっ壊されたし……何よりあたしの身体が臭いし、ぶっちゃけあんた一人潰しておかないと、腹の虫が収まらないんだよね~」

 

「テメェ只の八つ当たりじゃねえかッ!! しかも最後はテメェでやったことだろうッ!? ふざけやがって!!」

 

「ふざけてんのはあんたの頭……でしょ? ボケ脳みそ」

 

「狩奈さん! ……ヒィッ」

 

 命が慌てて止めようとするが、凛の左手――ボウガンが装着されていた――を額に突き付けられ、怯えてへたり込んでしまう。

 

「止めろよ、凛」

 

 そこで近づいてきた優子が、凛の頭にポンっと手を置いた。

 

「カヤ?」

 

 きょとんとした顔で、優子を見る凛。

 

「とりあえずこんだけグリーフシードが手に入ったんだし、今日は撤収しよーぜ」

 

 アタシはもう疲れた――――

 

 優子は未だ痛む右肩を左手で抑えながら、変身を解いてガックリと項垂れてそう呟く。その姿にいつもの猛々しさは微塵も感じられない。

 

「ちぇっ、しょうがないな~。今日はここまでにしてあげるから、とっとと帰んな、ボケ脳みそ」

 

 凛は口を尖らせながらムスッとした表情で狩奈にそう言いつけると、両腕を下ろして、変身を解いた。

 

「ボケじゃねえッ! イカレだろうがッ!!」

 

「狩奈さん!? それは認めちゃダメですっ!!」

 

「いつまでも喋ってないで、戻るわよ、二人とも」

 

 竜子が漫才みたいなやりとりをする狩奈と命を、強引に引っ張ると、居並ぶ部下たちと共にその場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 完結しよう、と思ったらまさかの一万字越え……!
 という訳で分けました。

 次回、第一章・エピローグとなります。


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エピローグ・1 ゆかり

 

 

 

 

 

 

 

「……縁」

 

「ごめんね、葵。心配掛けちゃって……」

 

 心配して待っていてくれてたのだろう。家に帰ると、玄関先に葵が待っていた。

 

「最初からアホだと思ってたけど、ここまでアホだったなんて……!」

 

「ごめん……」

 

 葵が声を震わせながら、そうつぶやく。顔は俯かせているせいで見えないが、間違いなく怒っているのだろう。縁は再び謝るしかなかった。

だが、

 

「いいのよ」

 

 そう言うと、顔を上げて微笑を浮かべる葵。すると、突然縁に飛び込んできた。

 

「葵……!?」

 

「縁が無事で、本当に良かった……!」 

 

「!」

 

 抱きしめながらそう言う葵に、縁は申し訳なさで肩が震えた。

 

「もう止めましょう……! 魔法少女の世界に飛び込むなんて……!」

 

「!!」

 

 続けて言われた言葉に、縁が目を大きく見開いた。

 

「…………そう……かもね……」

 

 しばらく間を開けて放った言葉は、酷く空っぽだった。

 

「縁……?」

 

「私に、飛び込む資格なんて、なかったかもね……。私、なんかに……」

 

 縁は葵を両手で離すと、自嘲気味に呟いてフッと笑う。思い返すのは、先刻の出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あかりと政宗が去り、竜子、狩奈、命達率いる魔法少女達も去った。瞬間、桜見丘市に訪れた脅威は全て無くなった。

 だが、その場に居た三人、縁、優子、凛は居たたまれない思いに駆られていた。当然だ。結局、自分たちは何も無し得ず、第三者の謎の男性によって場を納められてしまったのだから。

 

「……縁、どうしてここにきた?」

 

「えっ?」

 

 しばらく三人で呆然と道の端で塀に寄り掛かっていたが、不意に優子が問いかけてくる。

 

「あかりちゃんと優子さん達の喧嘩、どうしても止めたかったんです……」

 

「……篝とは、知り合いなのか?」

 

 あかり『ちゃん』――――その呼び名に優子が反応。隣に座る凛も横目で伺う様に見てくる。

 

「はい」

 

 縁はそこでチラリと優子の右腕を見る。力なくダラリと下がっていた。聞いた話では、あかりが関節ごと破壊したらしい。

 

「それ、大丈夫なんですか?」

 

「ああ、大丈夫さ。ウチには纏がいる」

 

 そこで縁は、纏が回復する魔法を使える事を思い返して、安堵する。

 

「すぐ直るさ」

 

 でも、2日ぐらいは料理できないかな――――と、苦笑いを浮かべてそう付け加える優子。

 

「……あの、優子さんをそんな目に遭わせたから、信じて貰えないかもしれませんけど……」

 

 縁は意を決して伝える。

 

「あかりちゃん、悪い子じゃないと思うんです。初めて会った時、とても寂しそうな目をしてて……」

 

「そうだな……、アタシも気になるところはあったし。お前の気持ちはよくわかったよ。でも……」

 

 優子は一度ふう、と溜息を吐くと、酷く落胆したように首をガクン、と落とした。

 

 

「お前が死んだりでもしたら……アタシは悲しいよ」

 

 

 静かにささやかれた言葉は、縁が『魔法少女』というものを知ってから今に至るまでに、一番強い衝撃を与えてきた。

 

「……アタシたちの為(・・・・・・)にも、お前には普通に生きててほしいんだ」

 

 眩暈がするようだった。

 自分には魔法少女になる資格がない。でも、彼女達の戦いを止めたかった。無力だけど、事情を知る者として、なんとかしたかった。

 でも、結局は……、

 

「でも、私、折角……みんなと知り合えたのに、みんな頑張っているのに……何もできないまま、なんて……!」

 

 迷惑しか掛けていなかったのだと、はっきり自覚した。身体のバランスが崩れフラフラと足がおぼづかなくなる。

 でも、自分が自分の意志でここまで来た、ということを、はっきりと彼女達(魔法少女)伝えたかった。

 

「分かってる。ありがとうな。……でも、もう十分だ」

 

  優子が笑顔を向ける。放たれた言葉に、縁は顔を俯かせた。

 

「後は、あたし達でなんとかするよ」

 

「凛さん?」

 

「あんたは今日の事は忘れて、さっさと寝な」

 

 凛は縁の肩に手を置きながら言う。顔を上げて彼女の顔を見る縁。あっさりとした物言いだが、声色には優しさが込められている様に聞こえた。

 

「じゃ、カヤ、行こうか。茜と纏を迎えに」

 

「ああ……」

 

 凛はグリーフシードが詰まったバッグを持つと、優子の傍に付いて一緒に歩き出す。縁に背中を見せて去っていく二人。

 

「縁……」

 

 が、途中で優子が後ろを振り向いた。その声にハッとなる縁。

 

 

「……ごめんな」

 

 

 優子はそれだけ言うと、首を戻して去っていく。

 

(……どうして?)

 

 縁は唖然とした。迷惑を掛けたのはこっちなのに、どうして彼女達が(・・・・)謝るのだろうか?

優子も、あかりも、もっと自分に怒っても良かった筈なのに――――まるで意味が分からない。

 

 そう考えて、縁はあることに気付く。

 『分からない』と思う事は、結局、彼女達の事を何一つ理解していなかったんじゃないか。

 自分は彼女達の戦いを止めたかった。しかし、それには、黒岩政宗の様に、深い理解と、命を懸けるぐらいの強い覚悟が必要だったのに。

 

「……っ!」

 

 そこまで考えると、自分を殴りたい衝動に駆られた。

 

 

 ―———何を馬鹿な事を考えてるんだ、縁。お前は彼とは違う。第一、そんなものが、お前の何処にある。

 

 

 ―———お前は、ただの女子高生なんだ。

 

 

 

 ―———魔法少女の世界に飛び込む必要なんてない(・・・・・)

 

 

 

 落胆のあまり両膝を落とす。

 何もかもが浅墓だった。しかも今更気づいたが、自分は靴を履き忘れていた。

 

「アハハ……」

 

 アホさにも限度があるだろうと思って、笑いたくなった。救いようがない。誰でもいいから、いっそのこと蔑んでもらいたかった。

 だが、皮肉にも彼女の乾いた笑いを聞く者は、いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『魔法少女には魔法少女にしか分からない事情がある』……葵の言ってた事、本当だった。だから、私……魔法少女の世界に行くのは、もう辞めるよ」

 

「そう……」

 

「でも、纏さんや優子さん達、それに……あかりちゃんとは……、これからも、仲良くしたいと思ってるの。それは……ダメ、かな?」

 

 おそるおそる問いかける。葵は嘆息。

 

「しょうがないわね」

 

「葵?」

 

「別に貴女の友好関係をどうにかする権利は私には無いわよ。『友達として』付き合いたいなら、そうすればいいじゃない」

 

 そう言ってくれたことが、救いになった。縁の顔がパァっと花が咲いた様に、輝く。

 

「葵、ありがとう!」

 

「!……どういたしまして」

 

 今度は自分から葵に抱き着く。葵は驚いたものの、縁の背中を優しく撫でながらそう微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、宿題をしていた縁だったが、ふと窓を見ると、大きな満月が夜空に浮かんでいたので、目を奪われてしまった。

 そこで、暫し物思いに耽る。

 

 黒岩政宗――――自分と同じ一般人なのに、魔法少女の事を良く知る人物。彼は何者なのか。あかりちゃんとはどんな関係なんだろうか。

 あかりちゃん――――隣町の魔法少女達を救う目的は何なのか、どうして優子さん達と戦わなければならなかったのか。

 

 様々な疑問が湧いてくる。最早自分には関係無いことなのだが、それでも気になって仕方が無かった。

 

(でも、何より……)

 

 あかりが泣きそうな顔で去り際に告げた、あの言葉。

 

『みんな、死ぬ』

 

 あれはどういう意味だろう。それに『奴ら』って……?

 

「~~~~っ!!」

 

 そこで、ブルブルと全身から鳥肌が立ってくる縁。

 あんまり怖い事を考えてると、また眠れなくなってしまうので、そこで思考を止めることにする。

 

「大丈夫、何かあったって、優子さん達とあかりちゃんなら……きっと」

 

 恐怖を抑える為に、彼女達の名前を唱える縁。再び、窓の外に映る満月を見上げる。

 

「大丈夫……だよね?」

 

 向かって問いかけるが、月は何も語らず、ただ悠々と輝いているだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 エピローグ・ゆかり編、終了となりました。
 魔法少女の世界へ行く事を諦めた彼女の行く末は如何に……?


 以前申し上げた通り、彼女は書きながらキャラクターを作っているようなものなので、心情描写を細かく書くのがかなり大変だったりします。
 現状キャラクターの中では、一番時間を掛けて書いてるかもしれません。


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エピローグ・2 あかり

 

 

 

 

 

 

 

「何でもっとちゃんと言わなかったんだ?」

 

 車が動き始めて10分が経過した。

 運転手の政宗と、助手席のあかり。双方何も喋らずしばらく静寂が続いていたが、政宗がそれを破る様に問いかけてきた。あかりが相変わらず不機嫌な顔を向けてくる。

 

「これでもちゃんと伝えた方なんだけど。でも、何度も言わせないでよ? 言ったって」

 

「分かってもらえない、か。まあ俺もその話には半信半疑ではあるが……もしかしたら分かる奴もいるんじゃないのか」

 

 言うと、あかりはふるふると首を振った。

 

「魔法少女は魑魅魍魎の世界よ。だから、力で示すしかない」

 

「それが済むまでどれくらいかかる? 何度魔法少女と衝突する気だ?」

 

 政宗はそう告げるが、あかりは何も言わずにプイッと窓の方へ顔を背けてしまった。

 

「お前は馬鹿だな」

 

 態々リスクの大きい方法を選ぶあかりを嘲笑してやる政宗。彼女のやり方は下手を打てば命を落とす事だって有りえるのだ。

あかりは沈黙するが、窓に映る顔は、眉間に皺が寄っていた。ご機嫌斜め。

 

「言い方を変えればよかっただけだろう」

 

 彼女の意志は鋼の様に強い。故に政宗もこれまでは、彼女の行動に極力口を挟まなかったが、今回の様な大ごとが今後何度も頻発してしまうのは流石にまずい。

 政宗にとって、彼女は一応仲間だ。

 例え、会社から彼女の監視役を命じられた(・・・・・・・・・・・・・・・・)しても、一年間つるんだ仲なのは確かであり、それなりに信頼関係が築けているものと自負している。

故に、ここで死なせる訳にはいかない。もっと選択肢が彼女には必要なのだ。

 政宗は意を決して、それを伝える事にする。

 

 

 

『大型の魔女が街に現れて、災害を起こしますっ! だから、皆さん、どうか私に協力してくださいっ!』

 

 

 

 泣きマネの様に大げさに声を震わせながら、わざとらしく甲高い声を挙げたかと思うと、

 

「ってのはどうだ?」

 

 ドヤ顔であかりの方を向いて自信満々に言い放つ。しかし、あかりは無反応。

 

「分かってる。厳密には魔女じゃない(・・・・・・)んだろう。だが、嘘も方便だ」

 

 顔を前方に戻すと同時に、声色もいつものバリトンボイスに戻す政宗。

 

「でも、日本じゃ……」

 

 あかりがぽつりと口を開いた。

 

「そんな魔女は存在しないわよ」

 

「確かにな。だが海外には実在した」

 

 政宗ははっきりというと、顔を前方に向き直した。

 

「5年前、アメリカのフロリダ州で大型ハリケーンが発生した」 

 

 運転に集中しながら、説明を始める。バックミラーに映るサングラスの奥の瞳が僅かにあかりの方へ傾く。

 

「死者10万人。町中が冠水し、道路をマナティが泳いでいる写真が当時の新聞に記載されていた」

 

 フロリダ州は特にハリケーン(竜巻)の被害が多い地域であり、『被害を与えずに通り過ぎるのは稀』とさえ言われている。特にカテゴリー4(より広範囲にわたって非耐力壁が損壊し、屋根構造を全損する小規模住宅がある。海岸の大きな浸食がある。内陸地は多く洪水被害を受ける)以上のハリケーンの場合、その83%はフロリダ州かテキサス州を襲っている。

 上記から考えると、政宗の話は別段珍しいものではない。

 そこで赤信号に出くわした。停止線の前で止まる。胸ポケットから煙草を一本取り出すと口に咥える。その間に黄信号になったので、急いでライターを取り出すと、先端に火を付ける。

 

「当時フロリダで研修中だったウチに所属している魔法少女が、膨大な魔力を感知したそうだ。急いで現地に駆け付けると、そこに居たのは……」

 

 そこで一旦言葉を切る

 青信号になった。車を発進。政宗は片手でハンドルを握り、もう片方で煙草を口から外して、フゥ~、と煙を窓に向かって吐いた。会話には溜めがなくては詰まらない。外に放出された煙は、瞬く間に後方に流れて霧消する。

 

「『魔女』だ」

 

 その単語を強調する。あかりは相変わらず無反応。だが、聞き耳を立てているのは、政宗の勘が察知した。

 

「どういう訳か、結界は形成していなかったが、ハリケーンから発せられる風圧には異常な魔力が有った。そんなものに出くわしたら……? 慌てるしかないだろう。そいつは研修中に培ってきたネットワークを通じて、州域のありとあらゆる場所から魔法少女を呼び寄せた」

 

 気づかれない様にあかりをチラリと見る。あかりは僅かに顔を戻し、横目で政宗を見ている。興味を抱いたらしい。

 

「その魔法少女が更に仲間を呼び集め……総勢100人も下らない魔法少女の鎮圧部隊が即席で結成された」

 

 政宗は、「だが……」と顔を落とす。

 

「そいつらはあろうことか、直前になって誰がリーダーをやるか――要は誰に責任を負わせるか――で揉めたらしい。一刻も猶予も無いのに、随分呑気なもんだと思うよ。そうこうしている内に、ハリケーンはマイアミ都市圏まで迫ってきた……」

 

 マイアミは人口500万人以上を抱える州内最大の都市圏である。そんなところに斯様な怪物が襲ってきた場合、想像を遥かに超える被害が発生する。

 

「意を決するしか無かった。結局纏まりが着かないまま、ハリケーンに挑んだ訳だが……無残なもんだった。風圧で全身をバラバラに切り裂かれた奴もいれば、脳天からイナズマを落とされて木っ端微塵になった奴もいたそうだ。命がけで戦った――――と言えば聞こえはいいが、あんなものは最早戦いじゃない。一方的な蹂躙だ」

 

 あかりの顔は既に政宗の方へと向けられていた。興味津々。

 

「だが、それを見て漸く連中の意志は一つに纏まったらしい。あんな物が都市に辿り着いたらどれだけの犠牲者を生むか……直感で理解したんだろうな。奴らは『逃げる』という選択肢を消した。無力な人々を守る為に、全力で戦うことを決意した。その甲斐も有り、魔女も少しずつ勢力を弱めていったが……魔法少女側も一人、また一人と数を減らしていき、残るは只一人になった」

 

 政宗は再び、煙草を口から離すと煙を吐いた。

 

「絶体絶命の状況だ。逃げたい気持ちでいっぱいだったに違いない。だが、散っていった仲間達を前にして、自分ひとりが逃げる訳にはいかない、とでも思ったんだろうな。そいつは残った魔力を全て開放して特攻を仕掛けたそうだ」

 

「勝敗は?」

 

 あかりが問いかける。

 

「『相打ち』だ」

 

 政宗が答えるべく、あかりの方へ向くが、彼女はハッとなると、慌てて顔を窓へと向けてしまう。

フッと笑う政宗。

 

「魔女は消滅。事態は収束したが、現場には夥しい数の少女の屍が転がっていた。これは未だに世界的なミステリーとして語り継がれている……」

 

 政宗はそこで言葉を切る。話は終わりだ。煙草の先を灰皿に押し当てて、火を消した。

 

「まあ、こんな感じに実例を交えて具体的に説明をする。

 恐らく、当時ニュースを見たやつは何人もいる筈だし、飛び付いてくれるんじゃないか?」

 

「でも、“日本には”過去に例が無いわ」

 

 いくら災害級の魔女が実在した、と言っても、それが海の向こうの出来事しか無いのなら、日本の魔法少女にとっては対岸の火事でしかない。

 故に、信じてもらえない――――そう言いながらもあかりは嘆息。

 

「強情だな」

 

 政宗はフッと笑う。

 

「そこ笑うとこ?」

 

 あかりがムッとした顔を向けてくる。

 

「すまん。だが、お前らしいとは思ってな。お前にとって今のやり方が正しいと思うなら無理強いはしない。やれるとこまでやってみるといい。だが、辛くなったら俺のやり方を試せ。……お前の選択肢は一つじゃない」

 

「あたしが、辛い? まさか」

 

 刹那、隣から気配が消える。政宗が振り向くと、あかりの姿はもうない。

 

「そうやって、逃げるんだな。お前は……」

 

 

 だが、死なせるか――――

 

 

 最後にそう付け加える政宗。表情を硬くして、あかりが飛び出していったであろう、助手席の開け放たれた窓を眺めていた。

 

 

 

 

 




 エピローグ2 あかり編、終了です。

 以上を持ちまして、第一章は完結となりました。

 正直書き始めた当初は23話分も投稿することになるとは思ってはいませんでした。
(1話につきA・Bの2パートで進めていくつもりでした。まさか4パートに分ける事になるとは……)

 主人公の縁・葵は、全くと言っていいほどキャラが固まっておらず、萱野グループは纏・茜のキャラ付けに最後まで悩み、ドラグーンも竜子と狩奈は出来上ってましたが、文乃・命は存在すらしていませんでした。
 ラストに登場した黒岩政宗も、構想の段階では縁との絡みは全く無く、あかりに対してももっとドライな奴でした。

 書いていく内に、物足りなさに気付き、次々とキャラクターや設定を創ったり、絡む予定の無かったキャラ同士を絡ませたりした結果、必然的に物語の幅が大きくなっていきました。よって毎話、どうまとめるか四苦八苦する日々が続きました;
 #05でとりあえずは、自分が行きたいところに皆を集わせる事ができたので、本当に一安心です。

 ここまで来れましたのも、読んでくださった皆様、お気に入り登録してくださった皆様、感想をお送りくださった皆様、アドバイスを下さった偉大なる先生方のお陰であります。

 この場を借りて御礼申し上げます。本当にありがとうございました!



 現在、第二章を構想中ですが……これについては活動報告の方で後程……


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番外編 『3年前の彼女達』
#EX1 『猛獣』


ご無沙汰しております。


 

 

 

 3年前――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つかるといいなぁ……」

 

 顔を上げると満月が輝く夜空が見えた。

その美しさに目を奪われながらも、彼女はこれからに期待を寄せていた。

 

 

 『少女』が今居る場所は、とある県の中心部を締める大都会、緑萼(りょくがく)市の市街地である。

 現在PM22:00。先程まで全身から眩いばかりに明りを放つビル群も、この時間では、部屋のごく一角にぽつりと小さな光を灯すだけになった。しかし、大都会ということもあってか、未だに人の気配は多い。

 今、『少女』は人の居ない場所を探していた。歩き続けること数分、彼女はビルとビルの間――――街灯が一つも無い狭い路地に入る。キョロキョロと周囲にひと気が無いことを確認すると、全身を眩い銀色の光が包んだ。

 

 その『少女』の年齢はまだ15歳ではあるが、容姿は一般的な『少女』と呼ぶにはとてもかけ離れていた。

 煌めく長い銀髪は、幻想的な輝きを放っているが、対照的に、整った表情の中にある目付きは、野獣の様にギラギラしている。身長も170cmはあろうか、肩幅も大きく全体的にガタイの良い印象を受ける。

 何より身に纏っている衣装だ。上半身をまるで中世の騎士のような鎧で固められており、背中には太い棒状の獲物を背負っていて、銀色のマントがそれを覆い隠している。後から見ると、どこかのマー○ル・コミックのヒーローに瓜二つだ。

 彼女を『少女』と形容するには、明らかに無理があった。唯一少女らしさが伺えるのは、下半身のスカートぐらいだろう。

 

「『キュゥべえ』が言うには、この街には、大勢の『魔法少女』が居るっていうけども……」

 

 懐から取り出した地図を、チラチラ見ながら『ガタイの良い少女』は呟く。

 

 

 ――魔法少女とは、二次性徴期を迎えた少女が、『魔法の使者』・キュゥべえと出会い、それに『願い』を伝える事で、魂をソウルジェムという宝石に変換して、誕生する存在である。

 当然、身体能力を魔法で補うことができるので、病気になることは無いし、常人とはかけ離れた力を持つことができる。

 また、その名が表す通り、魔法を好きな時に使用することも可能である。

その代わり、魔法を使用するとソウルジェムに濁りが溜まっていくので、『グリーフシード』というアイテムを手に入れて浄化しなければならないため、調子に乗って使いすぎる事は禁物とされている。

 

 

 ガタイの良い彼女もまた、そんな魔法少女の一人。

 キュゥべえに願いを叶えて貰った(キュゥべえはこれを『契約』と言う)、れっきとした二次性徴期真っ盛りの乙女なのだ。最も鎧を纏う容姿からはそんなものは微塵も感じられないが……。

 

 ガタイの良い少女は人気の無い路地をトボトボと歩く。一般人に魔法少女の姿を見られてはならないのがルール(らしい)なので、仕方なく暗闇に包まれた路地を散策するしか無かった。

 彼女が此処に訪れたのには、理由があった。

 ガタイの良い少女の住まいは隣街――――桜見丘市白妙町で有り、普段はそこで魔法少女として戦っている。半年近く一人で活動しているが、つい最近、魔女に殺されかけたことが切欠で、仲間が欲しいと思うようになった。

 

 

 ――魔女とは、祈りから生まれる魔法少女に対し、呪いから生まれる存在だ。

特に人の多い地域では出現する頻度が高いとされている。彼女らは異次元に結界を作って閉じこもり、自分たちのやりたい事をやっている。

 魔女に目をつけられた一般人は『魔女の口づけ』を受け、自殺や交通事故などへ駆り立てられる。

結界に迷い込んだ場合にどうなるかは魔女によって異なるが、いずれにせよ生きては帰れない。

 

 魔法少女にとって、一般人を脅かす魔女は天敵であり、また魔力の源でもある。

魔女を倒すことで、手に入る『グリーフシード』が無ければ、ソウルジェムの穢れを転嫁できず、魔法が使えなくなってしまうのだ。

 

 

「どうせ仲間にするんだったら……強い奴がいいよな。んでもってアタシは近距離だから、遠距離攻撃でフォローできる奴がいいなあ。あ、頭も良くなくっちゃ!」

 

 正直に考えて、そんな都合の良い奴なんて居る訳ないのだが、それを彼女に突っ込んでくれる者は居ない。

そんな妄想を呟きながらも、ガタイの良い少女は期待に胸を膨らませ、目を輝かせながら暗い路地を転々と歩き回った。

 

 

 しばらくすると、

 

「お……?」

 

 眼前に人影が見えた。周囲が暗いのでよく見えない。だが、背格好からして少女のようだ。

 ガタイの良い少女は確信した。こんな時間に暗い夜道を歩き回る者は、魔法少女の他に居ない。胸が高鳴ってくる。

 

――――どんな奴かな?

 

 人影は次第に近づいてきて、ガタイの良い少女の目前で止まると、手の甲に埋め込まれた四角い宝石――――ソウルジェムを見せた。それがライトの様に輝いて人影の正体を顕わにする。

 

「びっくりした。同業者に出くわすなんて」

 

 少女は、茶色の短髪で、赤い衣装に身を包んだ魔法少女だった。彼女は目の前に見上げるぐらいの大柄な魔法少女が現れたことに瞠目する。一般的な中学生並の身長である彼女と比べて、ガタイの良い少女の身長は170cm。当然の反応だった。

 

「おお!! 会いたかったぜ! あたし、隣町で魔法少女やってるんだ! よろしくな!!」

 

「よ、よろしく……」

 

 ガタイの良い少女は、ようやくこの街で魔法少女に会うことが出来たので、舞い上がった様子だ。

満面の笑みで相手の両手を握りしめて、ブンブン振るう。体格と相まって力もかなり強いので、魔法少女は振り回されそうになる。

 

「な、何でそんな感激してるのよ……」

 

「いや~~、魔法少女に会えたのが嬉しくってなあ!」

 

 魔法少女は不審に思い、疑問を投げ掛けると、ガタイの良い少女は上機嫌に答えた。ガハハハ、と哄笑を響かせる。

 ――――とてもうるさいので、魔法少女は耳を塞いだが。

 

「会えた……て、他に魔法少女は居なかったの?」

 

 桜見丘市も全体がそれなりに大きい街なので、魔法少女が見当たらないことは無いと思うが――そう思って問いかける。

 

「まあ少なくともアタシの住んでる町じゃ見なかったな」

 

「ふ~~ん」

 

「キュゥべえに此処は魔法少女がいっぱいいるって聞いてな! 仲間が欲しくてきた訳だ!」

 

 そう言ってまた、ガハハハ、と笑い声を響かせるガタイの良い少女。また耳を塞ぐ魔法少女。

 

「仲間が欲しいね……へえ、仲間、かあ」

 

 魔法少女はガタイの良い少女の言葉の一部に反応を示した。押さえていた耳を開放し、ゆっくりと顔を上げる。

 

「おう、強い奴が良いんだけど……知ってるか?」

 

「そうね……私のチームはどう?」

 

 魔法少女は、微笑を浮かべて言った。

 

「お前の?」

 

「うん、みんな経験年数は長いし、それなりに強いチームだと思うの。メンバーは私含めて4人いるし、みんなそろそろこの街での活動に飽き始めてるから、誰か一人お眼鏡に叶ったら引き抜いても文句は無いんじゃないかな?」

 

「名案だな。話が早くて助かるぜ」

 

 魔法少女の提案に、ガタイの良い少女は、何の疑問も持たずに納得した。

 

「じゃ、チームのところまで案内するから、付いてきて」

 

「センキュー♪」

 

 魔法少女が歩きだすと、ガタイの良い少女も溌剌と感謝を述べて、その後を付いていった。

 やがて、二人は暗闇の中へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――魔法少女の名前は束谷由美(つかや ゆみ)と言った。この街で同じ学校の友人達と魔法少女チームを組んでかれこれ、1年半ぐらいは活動しているそうだ。じゃあ、アタシより先輩だ、とガタイの良い少女は言うが、由美は、フッと軽く笑うだけで、後は一言も話そうとはしなかった。

 

 

 暗闇の狭い路地を延々と歩く二人だが、しばらくすると十字路に出た。広く見える空間を、一本の街灯が照らしている。それだけでも、先程とはまるで世界が違って見えた。

 先頭を歩く由美が、十字路の中心に立って、合図をすると、即座に3人の少女がその場に降り立った。どれも魔法少女らしいカラフルな衣装を身に纏っている。だが、優子は彼女達を見て不自然に思った。

 

 ――――魔女が居る訳でも無いのに、全員が武器を手に構えている。

 臨戦態勢とも取れた。

 

「なんだ、近くに魔女でも居るのか?」

 

 ガタイの良い少女は不審に思って尋ねる。3人は答えず、自分を見つめるのみ。前に立つ由美もまた然り。

 ふと、由美は武器を召喚。それを手に取ると、後ろに立つガタイの良い少女に振りかえり、3人の仲間に向かってこう告げた。 

 

 

 

「――――みんな、こいつが今日の『カモ』だよ」

 

 

 

「はあ?」

 

 ガタイの良い少女は、困惑した。

 

 

 ――――今、何て言った? アタシが『鴨』? アホか、アタシは『人間』だ。

 

 

 馬鹿にしてるな、誰が鳥頭だ、と思い、そんなズレたツッコミを頭の中で行うと、目の前の4人を睨み付けた。

 左手を背中に回し、背負っている鞘から、太い棒状を武器を抜いた。

 

「緑萼市最大の魔法少女チーム・ドラグーンへようこそ。新人さん♪」

 

 由美は声を軽快に弾ませる。

 

「あんたさぁ、『縄張り』って知ってる?」

 

 先程とは一転して下卑た微笑を浮かべて、ガタイの良い少女に近づいてくる由美。

 

「知らねえ」

 

 ガタイの良い少女は即答。直後、由美達の笑い声が響く。4人の魔法少女は吹き出す者、下を向いてクスクス笑う者、腹を抱えてケラケラ笑う者、ニヤニヤ不敵に微笑む者、それぞれが彼女を嘲笑している様子であった。

 ガタイの良い少女は、4人の様子を怪訝に思う。自分にはまだ知らないルールが魔法少女の世界には有るようだが、『知らない』と言うのがそんなに可笑しい事なのか。

 

「はぁ~……あんた、戦い慣れてそうだけど、そんな事も知らないのね」

 

「知らないモンは知らねぇんだ。正直に言って何が悪い?」

 

「そう、なら、笑ったりしてごめぇ~~ん」

 

 言葉の内容だけ切り取れば謝っている様だが、そのねっとりとした声色や、嘲笑が貼り着いた顔はガタイの良い少女を侮蔑している以外の何物でもない。神経を逆撫でされ、殴りたい気持ちに駆られる彼女だったが、連中の目的が分からない以上こちらから動く訳にもいくまい、と思い、とりあえず黙って話を聞くことにした。

 

「縄張りっていうのは、魔法少女が活動する上での、必要な陣地のこと。仲間内で定めた地域でのみ、魔女を狩ったりすることが許されるの」

 

「ふ~ん、じゃあアタシは、アンタらの陣地に土足で踏み込んだ無礼者って訳だな」

 

 ガタイの良い少女は、勉強は出来ないが、頭の回転は早かった。即座に自分の置かれた状況を理解すると、不敵に笑ってそう言う。

 

「わかってんじゃん。よそ者の魔法少女が『無許可』で潜り込んできたらどうするか……それも縄張りを作る際に決めてるのよ」

 

 

 ――――グリーフシードは、魔法少女にとっては生命線で有り、魔女も頻繁に出現することはまず無いので、滅多に手に入るものではない。故に、魔法少女同士で取り合いになることも少なくない。

 流血沙汰を避ける為に、いつしか魔法少女達の間で暗黙のルールになったのが、この『縄張り』というシステムだ。

 個々の魔法少女チームが活動範囲を定めてしまえば、魔女を誰が倒すかで揉めたり、グリーフシードの奪い合いが発生することを防ぐことができる。

 が、そのルールの適用外となる者が居る。そう、『契約したばかりの魔法少女』だ。当然の事だが、彼女達は『縄張り』のシステムを知らないため、魔女が発生したとソウルジェムが感知すれば、その現場に飛び込んでしまう。そこが、余所の魔法少女チームの縄張り内であってもだ。

 故に、縄張りを設ける魔法少女チームは、飛び込んできた新人魔法少女に遭遇した場合、何らかの対策を講じておかなければならない。

 

 ・自分達の縄張りを荒らす者――――通称:シマアラシ――――と断定してキツイお灸を据えてやるか。

 

 ・『縄張り』のシステムを教えて、次は無いように注意するか。

 

 ・仲間に引き入れるか。

 

 その判断は様々だ。

 

 

 さて、由美達が所属する魔法少女チーム「ドラグーン」は……

 

「一歩でも踏み込んだ時点で、あんたはシマアラシね」

 

 『自分達の縄張りを荒らす者と断定してキツイお灸を据えてやる』チームだ。

 

「かわいそう~」

 

「あたしらのチームは、シマアラシに容赦しないんだよね~」

 

 由美達4人は、ゲラゲラと嘲笑を響かせた。

 

「成程、つまり、ハナっから仲間になっちゃくれねぇって訳だな……ハァ」

 

 ガタイの良い少女は、ガッカリしたように両手をダラリと垂らすと、顔を俯かせて大きく溜息を吐いた。彼女達が自分の求めているものとは正反対だったことに落胆したようだ。

 

「そういうこと。よっくいるんだよね~。人類皆兄弟、じゃないけどさ~。『魔法少女はみんな仲間!』なんて勘違いしてる甘ったれがさ~。ま、そういう奴は」

 

 由美は、ガタイの良い少女にゆっくりと顔を近づける。ガタイの良い少女も、只ならぬ雰囲気を感じたのか、顔を引き締めた。

 

「全員で囲って、大声で脅して、泣かせて、土下座させて、謝らせるんだよね~。んでそいつが言う訳だ。『もうここには来ませんから許して下さい!』って。でもそれで許すと思ったら大間違いな訳よ。

 だってそうでしょ、あたし達の貴重な『収入源』の魔女が……っつーかグリーフシードが何処かの馬の骨にパクられそうになるかもしれなかったんだからさぁ。だから、こう言ってやる訳」

  

 ニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべながら、由美は、獲物――デスサイズの刃をガタイの良い少女の首筋に翳した。

刹那、形相が怒りに変貌する。

 

「『舐めてんじゃねーぞこらぁっっ!! 今持ってるグリーフシード全部置いてけよっっ!!』………………ってね」

 

 激昂するように脅し文句を吠えると、再び下卑た笑みを浮かべた。

 だが、ガタイの良い少女は、まるでそれが聞こえていないかのように涼しい顔を浮かべている。

その態度を、どうせハッタリだろう、と鼻で笑う由美だったが、ガタイの良い少女は急に目を閉じたかと思うと、「う~~ん……」と、考え込む様子を見せた。

 

 

 暫くすると、目を開ける。いつの間にか武器を右手に持ち替えていた。

 

「よーするにだ。ブッ飛ばされても文句は言えないって訳だな」

 

「へぇ、覚悟ができてるなんて、大した度胸ね」

 

「いや、『アンタら』が」

 

 ガタイの良い少女が獲物を両手で持ち上げる。

 

「はぁ? 4人相手に何粋がっ―――――――――」

 

 由美が言い終わるよりも早く、獲物を横に振りかぶって――――腰を捻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――後に束谷由美はこう語る。

 

『ええ、何か重たい物が自分の脇腹に当たったな―――って思ったらもう意識は飛んでて……気が付いたらビルの4階の窓を突き破って床で寝てたんですよ。もうあれは魔法少女なんてもんじゃない。ゴリラですよ。類人猿』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

「ケッ、軽過ぎて打った気がしねーな」

 

 ガタイの良い少女が吐き捨てる様に言う。それを見て、由美の仲間の魔法少女達は戦慄した。

 今、彼女達の目の前で起こったのは、ガタイの良い少女が太い棒状の武器をバットの様に振って、自分達のリーダー・束谷由美に場外ホームランを決めた光景だった。

 由美は、飛ばされた先にある、ビルの4階に当たる窓ガラスを勢いよく突き破った。当然のことながら脇腹を強かに打ち付けたショックで意識を失ってしまい、テレパシーにも反応が無い。

 

「さてと、次はどいつが来るんだ? あぁん!?」

 

 ガタイの良い少女は、獲物(バット?)の先端を残った由美の仲間達に向けて、そう吠えた。

 

「……恵理、あんたが行きなさいよ」

 

「はぁ、なんでよ!? 千代が行けばいいじゃない!」

 

「そこで私に振るのやめてよ! 無理だよ、だってバケモノじゃんアレ!?」

 

 3人の魔法少女達は、誰がガタイの良い少女に挑むべきか、言い争いを始めた。それを見て、ガタイの良い少女はイラつき始める。

 

「おい、早く決めろよ! どんな事も『ソッケ・ソーダ』が大事なんだぞ!!」

 

 それを言うなら『即決即断』である。――――生憎彼女にそう突っ込んでくれる者はいないが。

 

「何か訳わかんないこと言ってるけど……、それはともかく、どうするのよ? いのり」

 

「こうなったら、みんなで力を合わせて戦おう、なんとかなるでしょ?」

 

「わかった。でもいのり、ヤバくなったら私達を見捨てて逃げないでね?」

 

 いのりと呼ばれた魔法少女の提案に、千代と恵理が同意する。彼女達はそれぞれの獲物を構えると、ガタイの良い少女と一斉に向き合った。

 

「お、全員で来んのかぁ? 上等じゃねえか!」

 

「舐めるんじゃないわよこのメスゴリラが!! あたしたちドラグーンに楯ついたことを後悔させてやるわよ!」

 

「メスゴリラだと!? メスゴジラと言え!!」

 

 ガタイの良い少女は、微妙にズレたツッコミをしながら、獲物を構える…………と思いきや、地面に投げ捨てた。

 

「はぁ、アンタ何やってんの?」

 

「武器なんていらねぇ!! 素手で相手してやるぞオラァ!!」

 

(((ヤバイ……コイツマジでヤバイ奴だ……)))

 

 武器を用いて戦うのが基本の魔法少女同士の戦闘で、まさかのステゴロで戦うという、昭和の不良染みた戦闘態勢を取るガタイの良い少女に、いのり達は理解を示す事ができず、内心恐怖する。

 と、その時……

 

「ヒッ」

 

「オラァ!!」

 

 いつの間にか恵理の懐に、ガタイの良い少女が姿勢を低くして飛び込んでいた。

獲物のハンマーを振り下ろす恵理だが、それよりも、ガタイの良い少女の方が早かった。

 彼女の裂帛の気合と共に放たれたアッパーカットが、恵理の顎に強かに打ち込まれた。

恵理の身体は衝撃の余り、高くたか~く舞い上がったかと思うと、地面に勢いよく落下した。

 

「!? 恵理、恵理ぃ!!?」

 

「…………」

 

 千代が声を掛けるが、恵理は白眼を向いており、意識は既に飛んでいた。

 

「ちっくしょう、よっくも恵理をぉ!!」

 

 相棒が倒され、激昂した千代が、獲物の槍でガタイの良い少女を突き刺そうとするが、彼女は槍の尖端を避けると、脇で槍を抱え込んだ。

 

「なっ!?」

 

「フンッ!」

 

 バキィッ!!

 

 目を見開く千代。ガタイの良い少女はそのまま、気合いと共に脇に力を込めて、槍をへし折った!

 

「ひぃぃぃぃいいいい!!!???」

 

「オラァ!!」 

 

 千代が驚愕した隙を付き、ガタイの良い少女は鍛え抜かれた剛腕を横に伸ばしたまま彼女に当てて吹き飛ばした。

 ラリアットだ!

 吹き飛ばされた千代は、勢いよく後方の壁にぶつかると、そのまま意識を失って地面に崩れ落ちた。

 

「千代!! こんのおおおおおおお!!!」

 

「へっ……」

 

 最後に残ったいのりは、恐怖を打ち払うかの様に剣を掲げて勇敢に突進を仕掛ける。

ガタイの良い少女が目前まで迫ると、飛翔して、剣を頭上目掛けて振り下ろした。

だが、ガタイの良い少女は余裕の笑みを浮かべて、頭上で両手を構えている。真剣白刃取りでもする気だろうか―――

 しかし、

 

 バキィ!!

 

 ――――反応が、遅れたようだ。

 

 いのりの振り下ろした剣は、見事、ガタイの良い少女の頭に命中した。

 

「や、やった!! ……え?」

 

 歓喜するいのりだが、それも束の間。剣に突如亀裂が走ったかと思うと、粉々に砕け散ったではないか!!

 

「ええええええええええええ!!?」

 

 破片を散らす自分の武器を見て、いのりは絶叫するしか無かった。

 

「ハッハァー!! あたしの石頭、気にいってくれたみてーだな!」

 

 ガタイの良い少女は、満足気に快笑する。頭に剣を叩きこまれたというのに、傷一つ付かないどころか痛みすら感じていない様子だ。驚嘆するいのりにゆっくりと近づくと、彼女の両脇に自分の両腕を通して、スッと持ちあげた。

 

「お返しだ」 

 

 そう言うと、ガタイの良い少女は、いのりの頭上目掛けて、軽く頭突きをかました。

 

 ゴツッ、と鈍い音が響き渡ると、いのりは白目を向いて後ろに仰け反った。意識が飛んだ様だ。

そのままガタイの良い少女は、いのりをゴミの様に、ポイッと地面に投げ捨てた。

 

「なんだぁ~? 粋がってた割に大したことねぇじゃねえか」

 

 いつの間にか、ガタイの良い少女の周囲は屍累々の光景となっていた。三人(一人はブッ飛ばした)の魔法少女の気絶した身体が横たわっている。ちなみに、ここまで5分も掛かってない。

 

「……ハァ」

 

 強い奴がいたら、そいつをどうにかして仲間にしてやろう……、そう思ってわざわざ足を運んだのに、とんだ期待外れであった。弱い奴ばっかりじゃないか。

 何だか気持ちが落ち込んで、自然と溜息が出てくる。

 

「まぁいいか……次を探そう! よし、次つぎ!! レッツゴ――――――――――!!!!」

 

 ガタイの良い少女は気持ちを切り替えて、自分の仲間になってくれそうな魔法少女を求めて、再び夜の街を走ることにした。溌剌とした大音声が響きわたる。…

 ……正直、ビル街だからまだいいものの、住宅街だったらとんだ近所迷惑になっていたことだろう。最も、彼女がそれを気にする事はまず無いだろうが。

 

 

 

 だが、彼女は気付いていなかった――――ガタイの良い少女を囲む、ビル群。その一つの屋上で、先程から彼女の姿を見下ろして、『にへら』と笑っている、青く小さな影が佇んでいることに。  

 

 

 

 

 

 

 銀髪の大柄な魔法少女――――萱野優子(かやの ゆうこ)。

それはアニメや漫画で見る花やかな魔法少女のイメージとは程遠い……喧嘩上等、勇猛果敢を体現する戦士であった。

 

 

 

 

 




 流石に2週間も放置したままはマズかろう、と思い、投稿させて頂きました。


 ……以上、新人時代(?)の優子でした。


 とりあえず、この#EXは、エピソード0的なもので彼女達の過去やドラグーンとの因縁を掘り下げていく予定です。
 ただ、本編と平行しての連載はかなり厳しくなりそうなので……こちらの方は、完全に不定期連載となるかもです……申し訳ありません。

 第二章を始める前には、もう一話ぐらい投稿できれば、と思います。
 
  
 改めまして、宜しくお願いします。


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#EX2 『死神』

 時刻は22:00分――――

 

 

 

 

 

 

 緑萼市駅前の繁華街は居酒屋を中心とした店が居並び、真っ昼間の様に眩い灯りを放っていた。人々も大勢歩いており、喧騒が聞こえてくる。

 しかし、繁華街を出てしまうと、もう別世界に迷い込むようであった。

 街並みはもうすっかり静まり返っており、24時間営業のコンビニやチェーン店の丼物屋の明かりがポツポツと見えるぐらいで、全体を漆黒が支配し始めている。道路を走る車も疎らであり、静寂に満ちていた。

 

 駅前が既にこの状態なのだから、少し離れた住宅地の方はというと、もっと鬱蒼としていた。灯りが点いている住居は極わずかであり、物音一つ響かない。まるで暗黒の世界だ。

 住宅地の中心には団地が有り、更に団地の中心には小さな公園が有った。

 そこに建っているジャングルジムの前で、一人の少女が佇んでいた。カラフルな衣装に身を包んだ彼女。背丈や顔つきはまだ幼く中学生といったところか。こんな夜遅くにコスプレ染みた格好で何をしているのだろうか、と普通の人が見たら不審に思うことだろう。

 少女の視線はジャングルジムの頂上にいる『何か』に釘付けになっていた。瞳を大きく開き、全身をワナワナと震わせている。怯えている様子であった。

 

「ひっ……」

 

 少女が小さなうめき声を出す。ジャングルジムの頂上には何かが居る。しかし、漆黒で包まれている為、その正体を確認することはできない。

 

「誰か、助けてえええええええ!!」

 

 大きな声で助けを求めながら、踵を返して逃げようとする少女。

 刹那、ジャングルジムの頂上に居る何かが、右手を水平に伸ばしてきた。同時に手首からパアッと青い光が放たれると、小さな弓が召喚されて手首に装着される。青い光は数秒だけ何かの全体像を照らした。逃げようとする少女よりも背丈の小さい少女の姿が、はっきりと見えた。と、ボウガンの少女が右手首の角度を僅かに下に落とす。それは、逃げようとする少女の背中に狙いを定めている様だった。

 刹那――――バシュッと発射音が響いた。

 

「ぐうっ!」

 

 公園からあと一歩で抜け出せるところで少女は、背中から突き刺さる様な痛みを覚えた。

 そのまま、バタリと倒れる。

 

「…………」

 

 ボウガンの少女はその様子をじいっと見つめていると……やがて、『にへら』と口の両端を吊り上げて、笑った。暗闇に慣れた彼女の視界には、公園全体の様子がはっきりと見渡せる。

 まず、今しがた倒れた少女が目下にいる。次いで首を僅かに右に動かすと、砂場の上でもう一人、少女がうつぶせで倒れている。それらが全く動く様子も無いことを確認すると、首を左へ動かす。「うっうっう……」と嗚咽混じりの小さなうめき声が聞こえてくる。シーソーの隣で少女が倒れていた。彼女の両足には、ボウガンの少女が放ったのであろう、青く光る矢が貫通しており、動けないことに悲嘆している様子だった。

 公園の敷地内で倒れている3人の少女、ジャングルジムの頂上で悠然と佇むボウガンの少女。ここで何が起きたか、誰が何をしたのか、問うまでも無いだろう。

 

 ボウガンの少女は首を戻す。自分が今しがた叩き伏せた少女達は既に意識の外だ。少女は眠たげな半開きの両目を更に細めると、青い瞳が瞬く。鷹の如き視力を誇るそれが、次なる標的を矢の先端の如き鋭い眼光を放って、見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ……、はあっ……」

 

 少女――――松樹莢(まつき さや)は、暗闇にも近い住宅地を必死に走っていた。

 

 ――――こんなことがありえるのか。

 

 莢の胸中を支配していたのは、その言葉のみだった。

 

 

 

 

 仲間の魔法少女を三人程引き連れて、団地の警備――というのは表向きで実際は魔女探し――を行っていたところ、別の魔法少女の魔力を感知。知らない魔力反応だったことから、恐らく自分達のチームメンバーでは無いと判断した莢達は一斉に、公園へと向かった。

 すると、そこの中央にあるジャングルジムの頂上で、何者かが、月光を背に佇んでいた。全体像が影で染まっている為、容姿がはっきりと確認できない。

 

 ――――シマアラシか。

 

 莢達は即座に判断。例え手練れだろうが、新米だろうが、自分達『ドラグーン』の領地であるこの緑萼市に一歩でも足を踏み入れた魔法少女は、その時点で処罰を与えなければならない。

 

 集団でリンチに掛けて、グリーフシードを奪った後、二度と来ない様に脅す。

 

 莢自身、こんな真似は不本意極まりないが、見逃したとなれば、総長(・・)からどんな『処分』が下されるか溜まったものではない。

 以前の全体会議――というよりもあれはもう、集団尋問の域に達していたが――の時、自分と同じチームに所属する別の魔法少女達が、敷地内に足を踏み入れた余所者の魔法少女を、うっかり見逃してしまったとして、処分が下された。

 

 彼女達がどんな目に有ったか、この目ではっきりと見てしまった。

 

 あんな目に自分や親しい仲間が遭うくらいなら…………。

 余所者の魔法少女に罪は無い。彼女達もまた、グリーフシードを手に入れようとして魔女を探しに訪れたに過ぎない。しかし、自分達の身の為に、犠牲になってもらうしかない。可哀想だが……あの非道な総長の前では、自分達は大人しく従うしか生きる術はないのだ。

 莢達は、一斉に右手を上げると、各々の指に装着された金属製の輪から、宝石――――ソウルジェムを発現させて、変身しようとした。

 

 ――――刹那、カン、カン、カン……と金属同士がぶつかり合う音が響いてくる。

 

 

「「「「……?」」」」

 

 変身するのを止めてキョロキョロと辺りを見回す。音は段々近づいてくる。

 すると、どこからともなく何かが、ヒュンッと飛んできて、バスッと音を立てた。

 

「え?」

 

 莢が音のした方向を見ると、仲間の一人の身体が崩れ落ち、地面に倒れ伏していた。脇腹を見ると細長い何かが突き刺さっている。

 

「マヤっ!?」

 

「嘘でしょ!? ちょっと!!」

 

 莢の仲間達が咄嗟に呼びかけるが反応無し。細長い何かから少しずつではあるが、血が滴り落ちている。

 

(まさか……!)

 

 莢が前方に有るジャングルジムを見上げる。影は立ち尽くしているだけで、今、何かしたという様子は無かった。

 だが、満月を背に高所で悠然と佇んでいる、全身が黒く染まったその姿は、まるで自分達とは違う世界から降臨した、異質な何か(・・)に見えた。

 

(こいつが……!!)

 

 その途端、目上の影が何かをしたという確信を莢は持った。ギリッと歯を食いしばって睨みつけると、ソウルジェムを握りしめて変身。莢の姿が光り輝き、私服が魔法少女の衣装へと変わる。

 直後、後ろを見ると、仲間二人も既に変身を終えていた。その内の一人が、咄嗟にマヤの元へ駆け寄ると刺さっているものを引き抜いて、治癒魔法を使用する。傷口は塞がったが、マヤの意識は戻らない。どうやら、激痛を急に受けたショックが強かった様だ。

 

「よくも、こんな酷い真似を……! ……アヤカ、ミキ、やるわよ!!」

 

 莢がそう影に訴えるように言うと、仲間二人に指示して、ジャングルジムを囲む様に展開する。影から見て、アヤカが前方。公園の入口を背後に立つ。ミキが左側。彼女の隣にはシーソーがある。莢は右側。マヤが倒れている砂場の上に立つ。

 直後、三人の両手を発光したかと思うと、武器を召喚。それを手に持つと臨戦態勢を取る。同時に魔法陣を展開。固有魔法で錯乱させてから一気に勝負を付けるつもりのようだ。

 

 ――――だが、再び、カンカンカンカンカンカンカン、と金属同士がぶつかり合う音が先刻よりも数を増して、近づいてくる。

 

「「「っ!?」」」

 

 三人がそれに気を取られた瞬間――――バスッと音がして、今度はミキの身体が崩れ落ちた。

 

「ミキ!?」

 

「ミキいいいいい!!」

 

 莢が咄嗟に振り向き、アヤカが目を大きく見開いて大声を張り上げた。

 

「痛……っ! 痛い……っ!!」

 

 ミキがうつ伏せの状態で両目から涙をこぼし始めた。無理もない。何故なら、彼女の両下肢には、先程マヤの脇腹に刺さったのと同じ物が、貫通していたからだ。

 

「…………!!」

 

 莢の表情が、凍りつく。再び顔を上げるが、影は棒立ちしたままだ。

 

「よくも……よくもマヤとミキをぉ!!」

 

 アヤカが激情に駆られ、目上の影に怒りの咆哮を叩きつける。再び魔法陣を展開するが……、

 

 

 ――――また、カンカンカンカンカンカンカン……と、音が近づいてきた。

 

 

 刹那、莢の顔の横を、何かが勢い良く掠める。

 

「え……?」

 

 何故か、頬に僅かだが痛みを感じた。莢が指で拭って、見てみると――――血が付いていた。

 

「ひっ…………!!」

 

「莢?」

 

 莢の怯えた声が聞こえたので、アヤカがハッと我に帰って見てみると、顔が恐怖に歪んでいる。

 刹那、莢は何を思ったのか――――背を向けて逃げ出した。

 

「莢!? ちょっと!?」

 

 アヤカが大声を挙げるがもう彼女は止まらない。莢の姿がどんどん小さくなり、やがて…………闇に包まれた。

 

「莢……?」

 

 アヤカが目を震わせた。信じられない、といった様子で小さく呟く。

 

「待ってよ、莢……おいて行かないでよっ!! さやあああああああああああああああああ!!!!」

 

 アヤカの悲痛な叫びが公園に虚しく響き渡る。

 

 

 

 

 だが、ジャングルジムの屋上に立つそれには、うるさい雑音でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ……、はあっ……」

 

 莢は必死に走っている。住宅地は依然として暗闇に包まれている。魔法少女の脚力は常人を遥かに上回る。よって、公園からは既に大分離れている筈だが、未だに灯り一つ見えない。

 

 ――――アヤカは今頃どうしているだろう……?

 

 走り去る時、アヤカの絶叫が聞こえてきた。それが、頭の中で何度も再生される。その度に、胸がズキリと痛む。

 自分は彼女達を纏めるリーダー的存在であった。リーダーというからには当然、守る義務もある筈だが……逃げた。マヤが気絶し、ミキが両足を撃たれて、アヤカが戦おうとしているのに……自分は怖いから逃げてしまった。

 

 

 結局、自分はあの総長と同類だった。仲間を犠牲にできる人間だった。

 

 

 後悔の念が押し寄せてくる。それは下腹部をギュゥっと押す様な圧迫感として襲い掛かってきた。身体が崩れ落ちそうになったが、寸での所で耐えると、再度走り出す。逃げたところで、待っているのは総長に寄る『処分』しかないとは分かっている。それでも、足を止めることはできなかった。

 

「…………っ!」

 

 そこで莢は何かを思い出した様に、ハッと顔を上げた。

 

 

 ――――そうだ、自分達にはあの人がいるじゃないか。次期(・・)総長として、皆から期待を集めている、あの人が。

 

 

 その事に気づくと莢の表情から恐怖が消える。

 もうアヤカはやられてるかもしれないし、両足を撃たれたミキもどうなっているのか分からない。でも、あの人が来てくれればなんとかしてくれるはずだ。

 莢は、懐からスマホを取り出すと、画面を操作して、『LINE』のアプリを起動させる。すると、複数の連絡先が表示された。その中のある人物の名前を探す為に、親指で画面を下に動かす。すると……、

 

『竜子』

 

「……あった!」

 

 その名前と龍のキャラクターのアイコンを目にした途端、莢の顔が輝く。すぐに右下にある電話のアイコンをタップして無料電話を起動させた。

 

「竜子さん、出てください……出てください……!」

 

 両目を閉じ、肩を震わせて、空いた方の手を固く握りしめながら、祈る様に同じ言葉を繰り返す莢。

 そして、スマホを耳に当てようとするが……、

 

 

 突如、手からスマホが消える(・・・)

 

 

「……え?」

 

 何が起きたのか理解できなかった。

 恐る恐る目を下に向けると――――細長い何かに画面を貫通され、地面に横たわっている自分のスマホが有った。

 

「……!?!?」

 

 混乱。安心しかけた気持ちが、ぐちゃぐちゃに掻き回される様な感覚。

 しかも、その細長いものには見覚えが有った。マヤの脇腹に刺さり、ミキの両足を貫いたものだ。細長いものは蒼い光を放っているが、莢がよく目を凝らして見ると……息を飲んだ。

 よく見るとそれは『矢』であった。三角形の刃物が末端に付いており、最も尖った部分がスマホを貫いて飛び出し、地面に突き刺さっている。

 

「…………」

 

 ひとしきり感情を乱された後に残っていたのは、絶望しかなかった。

 もう終わりだ――――そう思った途端、表情から全ての感情が消え失せ、無になる。

 莢は顔を見上げる。周囲に有る住宅の屋根の上をキョロキョロと見回すと――――居た。

 自分の左斜め後ろにある、2階建て家屋の屋根の上、その中央で満月を背に立つ、何かが。

 

(あんたら、弱いね)

 

「…………」

 

 脳内に女の子の声が響く。他に魔法少女の姿はないので、どうやら、奴がテレパシーを発しているらしい。気怠そうだが、意外にかわいらしい声だ、と莢は感じた。てっきり、怪物みたいに低く唸る様な声かと思っていたが……。

 既に何もかも諦めている莢の思考は逆に冷静になり、そんなどうでもいいことを考える様になっていた。

 

(とりあえず……悪いけど……)

 

 

 ――――グリーフシードはいただくよ。

 

 

 奴はテレパシーを通して軽くそう告げると、バシュッ、と発射音が微かに聞こえてきた。

 一瞬、蒼く光る矢の姿を視界に捉えた莢だったが、直後――――意識が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小学6年生の頃―――――――

 

 

『宮古さん凄いわね。この前の、図工のテスト、筆記も工作も満点だったわよ』

 

 時期は12月。ある日の放課後、担任の先生から放送で呼び出しを受けて、何事かと思って来てみたら、突然そんなことを言われた。

 

『はあ』

 

 こういう時、他の子だったら喜ぶのかもしれない。でも、自分にはどうでもいいことだった。寧ろ、今日は友だちと遊ぶ予定があったので、とっとと返してほしい、と思った。

 

『それに、この前書いたイラストも金賞だったじゃない。市長が凄くお気に召してくれたっていうし、しばらく市役所に飾られるんですってね!?』

 

『はあ』

 

 先生はいたくご機嫌な様子だった。今にも立ち上がらんばかりの勢いで伝えてくる。あの時は、授業で市から出された課題を描け、と言われたので、頭に思い浮かんだことをそのまま描いただけなのだが、何やらそれが大人達の間で勝手に凄い評判になっていったらしい。

 ちなみに、友達にも見せてみたが、

 

『すっごい上手いじゃん凛っ!! …………でも何が描いてあるんだが分からないね、それ……』

 

 そう苦笑いを浮かべて返されてしまった。次いで他のクラスメイトにも見せたが概ね似たような反応であった。自分と同じ感性を持つ連中に取っては低評価であった。

 

『それでね、進路のことなんだけど……』

 

 そんなことなど露も知らない先生は、そう言うと、パンフレットを取り出した。『桜見丘美術大附属中学校』の字がでかでかと表記されている。

 

『ここ、宮古さんだったら推薦で受かると思うし、是非受けてもらいたいなーって先生は思うんだけど、どうかな?』

 

 なるほど、それが本題か――――直接見せる訳にはいかないので、頭の中で溜息を付く。

 桜見丘美術大附属中学校は、市内でも名門と呼ばれている。よって、そこに自校の生徒を送れたとなれば、学校の……引いては自分の評価アップに繋がると考えたのだろう。浅ましいもんだ。

 先生は『さあ、さあ!』と言いたげにパンフレットを押し付けてくるが、軽く手で払ってやった。

 

『はあ、でもいいです』

 

 拒否してやると、先生は『えっ?』と、目を丸くして驚いた。

 

『ど、どうして?』

 

『市街まで通うのメンドイんで』

 

『で、でも寮があるわよ』

 

 先生は引き下がってくる。ここまで来ると鬱陶しい。

 

『別にいいです。だって、美術って、なんかしっくりこなくって』

 

 

 だから、興味ないんです。

 

 

 そうはっきり告げてやると、先生から先程の勢いが消滅。愕然とした表情を浮かべて、がっくりと肩を落とした。

 あたしは気にせず、そのまま退室する。

 

 

 

 

 

 

 

 中学1年の頃―――――

 

『宮古さん、女子サッカー部に入らない?』

 

『え?』

 

 時期は5月。担任の男教師から『いい加減、部活動を決めろ』と口うるさく言われた矢先――――一人のクラスメイトの女の子からそんな事を言われた。

 

『宮古さん、大山小学校出身でしょ?』

 

『なんで知ってんの?』

 

 あたしは頬杖をつきつつ、怠そうに言った。

 

『同じ小学校だったんだよ。でも宮古さんと同じクラスにならないから話す機会も無くって。それに、宮古さん、授業が終わるとさっさとどっかに隠れちゃうし』 

 

 話によると、彼女は前の小学校で、サッカー部に所属していたそうだ。体育の授業の一環でスポーツをしているあたしの姿に、何か思う所があるらしく、声を掛ける機会をずっと伺ってたらしい。

 

『随分な暇人だね。あんた』

 

『そんなこと言わないでよ。宮古さん凄い運動神経いいと思うよ、咄嗟の判断力とか、反射神経とかさ……なんていうか『抜けてる』よね。だから、宮古さんが私と一緒に女子サッカー部に入ってくれたらさ、この学校のスポーツをもっと盛り上げられると思う』

 

『それ、何か意味あんの?』

 

 妙に熱く語るその子に、あたしは自分でも酷いな、と思うぐらい冷たく返してやった。

 

『あるよある! 大有りだよ~! この学校って目立った功績が無いんだよ』

 

『で?』

 

『だ・か・ら!! 一緒にサッカーやって、盛り上げて、この学校を有名にしようよ、宮古さん!! 目指すは県大会優勝っ!!』

 

 あたしの机に両手を付いて口喧しく力説するそいつ。

 何か功績を残して、学校を有名にしたい――――そんなことを考える奴はマンガの世界にしかいないと思ってたけど、まさか現実にいたなんて。遠くから見る分には面白いけど、実際近くに居るとうざったいことこの上ない。

 

『あたしにかまってる分だけ時間無駄にしてるよ、あんた』

 

 あたしは極めて冷ややかに、突き放す様に言ってやる。

 

『え? 入ってくんないの? どうして? そういう宮古さんだって、自分の能力無駄にしてるよ。もったいない』

 

 が、そいつは別に気にしないどころか、逆に言い返してきた。あたしはちょっとムッとする。

 

『そうかもしんないね……。けど』

 

『けど?』

 

『スポーツって、どれもやっても、しっくり来ないんだよね』

 

 

 だから、やる気ないんだ。

 

 

 そう言うと、そいつは、大きく溜息を付いてかぶりを振った。しばらく顔を俯かせていたかと思ったら、背中を向けてスタスタと自分の席に戻っていった。どうやらようやく折れたらしい。

 

 

 

 

 

 

 ――――そして、現在。

 

 

「いいね。しっくりくるよ……」

 

 今まで、何も興味が持てなかった。

 だが、白狐――キュゥべえ――と出会い、契約して魔法少女に成り、魔女と初めて戦った瞬間、全てが変わった。それは、欠けていたピースがピタリと嵌った様だった。

 

(満足だ……って言いたいけど)

 

 ――――まだ足りない。

 

 もはや、地元で魔女退治するのは飽きた。そこでキュゥべえに尋ねたところ、隣街の緑萼市では大規模な魔法少女チームがあると聞いて、興味を抱いた。

 

 ――――そうだ! 魔法少女と遊ぶ(・・)のも面白そうだね。

 

 あたしは、そこを訪れることにした。

 すると、早速4人もの魔法少女が襲い掛かってきたじゃないか。『鴨がネギ背負ってやってくる』ってのはこういうことか。そう思うと、『にへら』って、嬉しさが顔に出てくるのを抑えられない。

 

 

 ……が、そいつらは大して手応えもなく、やられてしまった。拍子抜け。あたしは手加減せず矢を突き刺してやったが、死ぬことは無いだろう。根拠は無いが、その確信が有った。

 

「ふむ……」

 

 それにしても期待はずれだ、とあたしは思った。

 あたしが求めているのは、自分と張り合えるぐらい強く、且つ面白い性格の魔法少女だ。だが、先程戦いを挑んできたのはただの雑魚、群れを作らないと動けない屑だ。

 

 あたしが会いたいのは雑魚ではなく鮫であって……屑じゃなく強い輝きを秘めた原石だ。

 スマホで時刻を確認すると22:10と表示されている。でも、まだ帰るのは早い。そう思ったあたしは、夜の闇を疾走した。

 あたしが興味を抱けそうな奴に、今日は会えそうな気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 青い髪の小さな少女―――宮古 凛(みやこ りん)。

 それはアニメや漫画で見る、花やかな魔法少女のイメージとは程遠い……先手必勝・見敵必殺を信条とする、獰猛な狩人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 どっちが悪い奴だよ、コレ……?


 ご無沙汰しております。

 9月は季節の節目というのもあってか(加えて気候の変動も激しかったので)、何をやるにも気持ちが落ち込んでしまってたのですが、10月を迎えてからモチベーションが回復しましたので、リハビリを兼ねて今話を投稿させて頂きました。

 二日で書き上げた、外伝2話です。
 元々、この話自体は4月ぐらいに中途半端に書き上げたものだったのですが、改めて見ると文章が酷かったので、急遽全体的に書き直したものです。
(といっても余白と――を多用しすぎですが……) 

 では、ご意見、ご感想、ご指摘、お待ちしております。


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#EX3 『激戦』

 ※今回は、一万三千字と過去最多の文章量となっております。区切ろうと思いましたが区切るところが見いだせずそのまま投稿させて頂く形となりました。

 何卒、ご容赦の程を。



 

 

 

 

 

 

 

 真っ白い床が、足元に広がっている。

 それを見て、アタシは、自分の身体が小さくなっていた事に気づく。

 

 

 

 

 

 

 ――――何で分かったのかって?

 

 そりゃ、床との距離が近くなっていたからに決まってる。

 周りを見てみる。床だけじゃなくって天井と壁も真っ白だ。白い縦長の箱みたいな空間にアタシは居た。

 ちょっと歩くと、直ぐ右側に洗面台と鏡が見えた。

 鏡を覗き込んでみると――――アタシは仰天。

 

 な、なんと!! とっても可愛らしい女の子がいるじゃありませんかっ!!

 

 

 ――――まあ、アタシのことだけどね。

 

 

 銀髪は肩ぐらいに短くなっていたし、顔も体つきも随分幼くなってたけど、鏡に映るのは間違いなくアタシだった。

 う~~ん、いくつぐらいなんだろう? 確か、6歳ぐらいだったかな? アタシにもこんなにかわいい時期があったんだなあ、と自分の顔を撫でながらまじまじと観察してしまう。

 

 

 ――――まあ、この年ぐらいから、同じ幼稚園の男の子からは『ゴリラ』って呼ばれてたんだけどね。

 

 

 だって、目の前に映る可愛いアタシの服装だけど――――全然女の子っぽくないじゃん!!

 まず、最初に目についたのは、首に掛かっている髑髏が象られたネックレス……なんじゃこりゃ!?

 次いで着ている服を見てみる。獲物を見つけた様な虎の顔がでっかく印刷されたTシャツ、そして真っ黒な短パンに、戦隊ヒーローの絵が描かれた男の子用のランニングシューズ……うん、微塵も女の子らしさが感じられない。

 

(アタシの可愛さが台無しだなあ……)

 

 アタシは少々げんなりしながら、頭の中でそうぼやく。

 それにしても……ここは一体どこなんだろう。幼いアタシがいるってことは、多分、アタシにとってとっても大事な場所なんだろうけども……思い出せない。

 だったら思い出せるまでとりあえず、歩いてみることにしよう。そう思って、白い空間をテクテクと進んでいくアタシ。

 無限に続いているようにも見えたけど――――やがて、終わりが見えてきた。

 先に真っ白な扉が見えた。

 同時に両脇に人の気配がして、首を左右に向ける。大きな大人の男性と、自分より幾分か大きい男の子がそこにはいた。アタシはその二人に見覚えがあったので、思わず、アッ! と小さく驚いた。

 

(お父さんと、アニキだ)

 

 お父さんは扉の前で、新しい料理を考えてるときよりも険しくなっている顔を俯かせながら、両手を合わせて祈る様に手を合わせていた。

 アニキは、苦手な算数の宿題で難問にブチ当たった時以上に、難しい顔を浮かべている。

 二人のそんな顔を見て、アタシは確信した。

 

(そうだ、ここって、病院だ)

 

 一気に記憶が舞い戻ってきた。これは、アタシにとってすっごく大事な思い出だったんだ。

 

(確か、あの扉の向こうにいるのは)

 

 お母さんだ。

 でも、大病を患ったり、事故に遭い大怪我をして、手術しているって訳じゃない。

 心配の気持ちとは、全く逆で――――すっごく、すっごく!! 期待できることをしているんだ。

 

 ――――扉の向こうには、すべてが有る。

 

 開けたい衝動が、頭に襲ってくる。

 でも、アタシは逸る気持ちを抑えて、開けることなくお父さんとアニキと一緒に待った。

 

 “待つことは大事”だって、お母さんはいつも言ってるから――――

 

 今思うと、多分、それが男の子っぽく育ったアタシが唯一教わった女性らしさだったと思う。

 

 

 やがて、暫くして――――その時が来た!!

 

 

「産まれましたよ!!」

 

 扉が開け放たれ、看護婦さんがそう呼び掛けてくる。

 アタシは一番に、扉の中へと駆け込んだ。

 お母さんが寝ているベッドの隣に、小さな台――後で聞いたら、分娩台(ぶんべんだい)と言う奴らしい――がある。覗きこんでみると、猿みたいに顔をしわくちゃにした小さなアイツが居た。

 

 アタシは迷わず声を掛ける。

 

 

 

 

「ゆうた―――――っ!!! おねえちゃんだぞ―――――――っ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑萼市――――現在、22:30。

 

 

 

 

 人気が無く街灯も少ない、闇夜に包まれた住宅地で、ガタイのいい魔法少女こと萱野優子は居た。

 はてさて、仲間を求めに此処へ訪れた筈の彼女だが、こんなところで何をしているのだろうか。

 

 

「むにゃむにゃ……ユーター……ZZZ」

 

 

 寝てた。

 それはもう気持ちよさそうに、ヨダレを垂らして、鼻ちょうちんまでプカプカと膨らませながら。

 

 定食屋の娘である彼女は基本的に朝が早かった。いつも四時ぐらいには起きて、庭の掃除だったり、店の準備だったり、必要あらば家族全員の朝食を用意して、自分だけ済ませてから学校へと向かうのだ。

 故に、いつもは22:00ぐらいには就寝している。夜更かしなんて滅多にしないし、今日だって仲間がすぐに出来るだろうと高を括っていた。

 ちなみに、彼女の寝方だが、電柱に肩を預けているが、立ったままである――――ある意味、某の○太くんもビックリな神業だった。

 

「人の陣地で寝てんじゃないわよ――――!!」

 

「むにゃむ……ふぁっ!?」

 

 刹那、後方から大声を掛けられて、優子の鼻ちょうちんがパチンッと弾けた。お約束である。ついでに、両目もパッと開いた。

 魔力の反応を感じて、瞬時に振り向くと、一人のオレンジ色の衣装を纏った魔法少女が鍬の様な武器を構えたまま飛び掛かってきていた。

 刃が優子の後頭部を捉えた瞬間――――

 

「フンッ!!」

 

 裏拳一発!!

 咄嗟に虚空に放たれた優子の拳が、魔法少女の顔面に勢いよくブチ当たった!

 

「ブッ!!」

 

 全速力で飛び掛かった事が仇になった。顔に拳がメキメキと食い込んでいく。

 

「ブゥ~~~っ!!」

 

 鼻の骨を砕かれたのか――――鼻血を夜空に撒き散らしながら後方へとブッ飛んでいく魔法少女。

 運が悪い事に、飛んでいく先にはコンクリート製の塀があった。

 

「アダッ!?」

 

 そこに、頭をゴチンッとぶつける魔法少女。一瞬、目の前に☆が散らばる。

 

「あぐっ!?」

 

 そのままバタンッと勢いよく地面に落下。

 二度あることは三度あるとはよくいったもので、固い路面の上に体を強かに打ち付けてしまった。  

 

「…………」

 

 うつ伏せ状態となり、ピクリと動かなくなる魔法少女。優子がそれを冷ややかな視線で見下ろしている。

 

「…………こ」

 

 だが、しばらくして、魔法少女がうつ伏せのまま口を開いた。

 

「降参ですぅ~~……」

 

 どこに隠しもっていたのか――――白旗をパタパタと振って、一切の力を無くした様な情けない声でそう呻く魔法少女。

 優子はそれを聞いて、勝ち誇った様にフンッ! と鼻息を一回吹かすと、彼女に背中を向けてその場から立ち去ろうとする。

 しかし――――

 

「んんっ??」

 

 足が、動かない。

 同時に、違和感。顔を下に向けると――――驚愕!! 太い緑色の紐が両下肢に、ぐるぐると幾重にもなって巻き付いている!

 

「なんだこりゃあ!?」

 

「ふふふ……」

 

「ッ!?」

 

 思わず驚きの声を挙げる優子の背後で、不敵に笑う声が聞こえてくる。

 まさか――――と思いバッと後ろを向く。今しがた倒した魔法少女はうつ伏せ状態のままだ。だが、今の笑い声が彼女から放たれたのは間違いないと、優子は確信した。

 何故なら、彼女が倒れている路面には――――『魔法陣』が展開されていたからだ。

 

「私の固有魔法からは逃げられないわ」

 

 うつ伏せ状態のまま、自信満々にそう言い放つ魔法少女。

 

「くっそ!!」

 

 優子が歯噛みする。

 両足に巻き付いているそれをよく見ると『(つる)』だった。

 

(どこからだ……!!)

 

 辿る様に見ていくと、道端に生えている草から伸ばされていた。どうやら魔法を使って急激に成長させたらしい。

 自分以外の魔法少女にはこんな芸当をできる奴もいるのか――――固有魔法の事はキュゥべえから聞いていたが、初めて目の当たりにすると驚く他に無い。

 

「今よ、やっちゃって!! マサミ!!」

 

 背後の魔法少女から大きな呼び声が聞こえて、ハッとなる優子。

 同時に、頭上から気配。咄嗟に顔を上に向けると、月を背後にした人影が降ってきた。

 優子の眼前に降り立ったその人影が街灯に照らされて、顕わになっていく。

 その正体は、魔法少女――――後方の魔法少女とは対照的に寒色系の衣装を纏っている。身長もやや高く、大人びた印象を持っていた。

 

(新手か……!)

 

 すぐさま優子は、背中にしょっていた棒状の鉄塊を唐竹割りの様に振るうが、バックステップで避けられてしまう。

 

「よくやったね、クミちゃん。あとは任せて」

 

 どこか飄々とした感じの喋り方をする新手の魔法少女。

 彼女はそう言うと、魔法陣を周囲に展開――――同時に全体の像が激しく揺れる。

 

「……!!」

 

 吹き荒れる様な魔力をピリピリと感じながらも、優子はなんとか、抜け出そうと両足を動かす。

 

「……くっ!!」

 

 だが、痛みに顔を歪ませた。もがけばもがくほど、蔓は足の筋肉に食い込んでいく。

 

「さあ、シマアラシさん。オイノチチョウダイッ!!」

 

 新手の魔法少女は決まり文句の様な言葉を放つと――――5人に分身した。横並びとなって、扇状に囲み始める。

 

「なにぃッ!!」

 

「シマアラシさん、オカクゴをッ!!」

 

 新手の魔法少女達はそれぞれ両手に長槍を召喚。刃先を標的に向けるとビリヤードを行う姿勢で構える。

 

「だ、誰がするかっ!!」

 

 形勢逆転の上、絶体絶命の状況。慌てふためきながら優子はそう叫ぶ。しかし相手は止まってはくれない。

 

「イッセイコウゲキ――――!!!!」

 

 5人の中心に立っている者が合図すると、一斉に突撃開始!

 

「おいこらやめろ!! そんなので突き刺したら死んじゃうだろ!? …………おっ」

 

 自分が滅多刺しになる光景を一瞬想像してしまい優子の顔が蒼褪めていく。

 ――――だが、ふと、脇に立つある物に気づいた。

 

 

 勝機――――それを目にした途端、優子の頭に浮かんだのは、その二文字。

 

 

「オリャアッ!!!」

 

 裂帛が放たれた。

 優子は両手に持つ棒状の鉄塊を脇に立つ物――――自分が身を預けて寝ていた『電柱』に向けて勢い良く振るう。

 腰辺りの高さに当たる部分が、バアンッ!! と弾ける様に砕けた。

 

「「「「「!!!!!」」」」」

 

 よもや反撃できる筈ないと思っていた新手の魔法少女達は、完全に意表を突かれる事となった。

 弾け飛んだ破片が、弾丸の如き勢いで全員に迫ってくる!!

 

「ひいっ!」

 

 5人の内、中心に立つ者が悲鳴と同時に身を屈めた。他の4人は破片が衝突。姿がフッと掻き消える。

 唯一免れた彼女――――『本体』はすぐに、体を起こして突進を再開しようとするが、

 

「えっ……!?」

 

 視界に映った相手の姿に、呆気に取られてしまった。

 彼女は、両足を縛られている為、微動だにしていない。問題はその頭上だ。

 

 

 

「ふんぬぬぬぬぬ………!!!」

 

 般若の如く顔をきつく締めた形相で、優子は電柱を掲げていた!!

 

 

 

「えええええええええええっ!!??」

 

 先ほど低い位置を破壊されたことで、当然のことながら、支えを失った電柱は落下する。

 あろうことか優子は、武器を放り投げて、それを両手で受け止めたのだ!

 新手の魔法少女は、思わず足を止めて驚愕してしまう。

 

 ――――それが、隙となった。

 

「必殺っ!!」

 

「!!」

 

 優子が叫ぶ。新手の魔法少女はまずい、と思ったがもう逃げられない。

 

「電柱落としいいいいいいッ!!!」 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!??」

 

 電柱を思いっきり下手に放り投げる優子。それは新手の魔法少女に激突!! 彼女の体は電柱に押しつぶされた。

 

「はらほろひれはれぇ~~~……」

 

 あまりもの衝撃を真面に受けた新手の魔法少女は、両目をぐるぐるに回しながら意識を失った。変身が解かれる。

 

「へっ……どうだ、思い知ったか……!」

 

 優子は両手をパンパンッとはたきながら、微笑を浮かべてそう呟く。

 

「およ?」

 

 刹那、両足が軽くなった。

 目線を下に向けると、自分の足にきつく絡まっていた筈の蔓が、煤けた様な色になってしわしわと枯れていた。

 もしかして、と思い、後方に顔を向けると、オレンジ色の魔法少女も、両目をぐるぐるに回して気絶していた。

 ……どうやら、無理して魔法を使っていたらしい。やられ様は間抜けだったが大した根性であった。

 

「やれやれ……」

 

 ひとまず、戦いは終了。優子はふう、と一息付く。

 

 

(そういえば、さっきの夢……)

 

 懐かしい日の夢だった。

 自分に弟が初めて出来たあの日――――“いもうと”から“おねえちゃん”になった時のあの喜びは、一生忘れられない。

 

(優汰、寝てるだろうなあ……)

 

 弟は9歳になったばかりだ。

 赤ちゃんの頃は本当に手が掛かったけど、今は大分しっかりしてきた。大抵の事は一人できるし、自分が手伝おうとすると突っぱねる様になってきた。

 男の子だから、女のアタシが手を貸したら周りにからかわれやしないかと思ってんだろうな。

 

 ――――でも、アタシにとっちゃどこまでも可愛い弟だ。

 

 もちろん、男の子だから『カッコいい』と思ってもらいたいんだろう。だから、思ってても一切口には出さないようにしている。

 ……ああ、優汰のことを考えたら無性に家に帰りたくなってきた。

 

「よし……!」

 

 仲間を作るべく、この街にやってきたアタシだけど――――今日は諦めます。

 家に帰ろう。明日も早いし。学校だってある。

 

 

 そう思って立ち去るアタシだったけど――――ある重大な問題に直面していた事を思い出した。

 

 

「ここ、どこだっけ……?」

 

 

 そう、アタシは道に迷っていたのだ!!

 

 

 

 

 ―――ごめん、優汰。おねえちゃん、帰るのはまだまだ後になるかも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒュー♪」

 

 そんな優子の姿を、近くに立つアパートの屋上の端に立って見下ろす少女が一人。

 柵から上半身を乗り出して、先ほどの彼女の勇姿を口笛を吹かして湛えていた。

 

「やるねえ、あいつ」

 

 青い髪の小柄な少女――――宮古 凛は少し前に、優子が4人の魔法少女に絡まれていた時から観察していた。

 あらゆる魔法少女とは一線を画す風貌だった。獰猛そうな顔つきに、ガタイの良い体躯。一目見た瞬間、只者で無いと思った。

 そして、4人の魔法少女をブッ飛ばしてる姿を見て、自分の目に狂いは無かったと確信した。

 

 

 ――――こいつは、あたしが求めている奴かもしれない。

 

 

「おっし、決めた!」

 

 ――――最後の標的は、あいつにしよう。

 

 凜が、にへら、と口の両端を吊り上げて、笑う。

 逸る気持ちを抑えるべく、両手を大きく上に上げて背伸びと一緒に深呼吸。それを、三回繰り返す。

 気持ちをリラックスさせた凜は、柵の上に立つと、アパートから地上に向かって飛び降りようと身構える。 

 

「!」

 

 刹那、後方から殺気!

 振り向くと、短剣を携えた魔法少女が迫ってきていた。勢いよく振るわれるが、凜は当たる寸前で飛翔して避ける。

 

「イタッ!」

 

 勢い余って、下半身を柵にぶつける魔法少女。そのせいで上半身が柵の向こう側へと乗り出してしまう。

 

「……うわっ!?」

 

 眼下20mの街並みが視界一杯に広がり、一気に顔が蒼褪める魔法少女。

 もうちょっと勢いが強かったら落ちるところだった。危ない危ない……!

 

 

 そう思ってた直後――――背中をドンッ!! と強く押された。

 

 

「……えっ??」

 

 一瞬呆然となる魔法少女。

 気付くと、体が柵を乗り越えていて――――落下していた。

 

「ひ……!?」

 

 一瞬の内に顔から血色が失われていく。

 魔法少女は高所から落ちても死ぬことはない――――それは分かっていたが、高所恐怖症な彼女にとっては死刑に等しい。

 

 

 

 ………ではなぜここに来たのか?

 シマアラシの撃退を()に指示されたため、仕方なくである。ちなみに、普通にエレベーターに乗ってここまで来ました。 

 

 

「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!???」

 

 絶叫を挙げる魔法少女だったが――――落ち行く彼女の手が、何者かにガシッと掴まれる。

 

「え?」

 

 重力に引っ張られる身体が、ピタリと止まる。

 涙を両目に浮かべながら、顔を上げると、先ほど自分が切りかかったシマアラシが、手を掴んでくれていた。

 

「大丈夫?」

 

 優しく微笑みながら、そう問いかけるシマアラシ。

 

「あ、ありがとう……!」

 

 魔法少女は安堵の笑みを浮かべてそう感謝を述べる。

 シマアラシは掴んだ腕を、グイッ、と引っ張って、魔法少女を引き上げようとする……

 

 

 

「おっと、手が滑った」

 

 

 

 ……訳が無かった。

 シマアラシはわざとらしくそう言うと、手をパッと放してしまう。

 

「え……?」

 

 魔法少女の目が、丸くなる。

 一瞬何が起こったのか分からなかった。

 しかし、自分の体が再び重力に引っ張られていくのをすぐに感じた。

 

「ええええええええええええええええええええええええええ!!!!????」

 

 再び絶叫を上げて落下!!

 

 

「はい、お疲れ~」

 

 シマアラシこと凜は、落下していく魔法少女に手をひらひらと振って見送る。

 間も無く、魔法少女の体は地面に激突!!

 ……普通の人間だったら即死だが、流石魔法少女といった所か。本能が寸前のところで魔法の障壁を体に纏わせたようだ。それが、衝撃を和らげたお陰で意識を失うだけに留まらせた。

 変身は解かれ、ぐるぐると両目を回して、泡を吹いて気絶している。

 

「っ!!」

 

 再び、後方に殺気!

 振り向くと、飛翔物が目前に迫ってきていた。

 咄嗟に首を反らして躱すと、魔法少女らしき人影が見えた。即座に右手を水平に伸ばしてボウガンの矢を発射!

 ……しかし、狙いを定めずに撃った矢は、相手に当たらずにその脇を通り過ぎてしまう。

 

「ふふふ……」

 

 魔法少女は、戻ってきたブーメランをパシッと掴み取ると、不適な笑みを浮かべている。

 

「おお。こいつ、やる気だ……!」

 

 自信満々な表情の魔法少女から、電撃の如き魔力が、肌に突き刺さっていくのを感じて、凜は感嘆の言葉を漏らすのと同時に唾をのみ込んだ。僅かだが、緊張感が齎された。

 

「ハイッ!!」

 

 魔法少女は掛け声と同時に、再びブーメランを蟷螂。自分の頭目掛けて弧を描きつつ飛んでくるそれを凜は矢を発射して撃ち落とす。

 

 ――――しかし、その行動が相手に次の手を打つ時間を与えてしまった。

 

「ッ!?」

 

 凜が魔法少女に顔を戻すと、ハッとなった。魔法少女の周囲に魔法陣が展開されている。

 

(固有魔法……!)

 

 まずい、と思いその場から立ち退こうとする凜だったが、直後、自分の足元に同じ絵柄の魔法陣が描かれた。そこから光芒が放たれ、凛の体を包み込む。

 

「っ!」

 

 凜の目が大きく開かれる。相手の魔法を真面に受けてしまったのだと、確信するのと同時だった。

 

「――――!?」

 

 急激な鈍重感が全身に襲いかかり、ガクリと膝から崩れ落ちそうになる。

 

 ――――体が、とても重い。

 

 まるで、口から体の中に入り切れるだけの鉛を入れられてしまった様な感覚だった。

 

「これで、私の勝ちよ」

 

 魔法少女が勝ち誇った笑みを浮かべると、新たなブーメランを右手に召喚。振りかぶって投げようとする。

 その前に相手を撃てば――――と思い、矢を発射するべく再び右手を上げようとする凜だったが……彼女の意思に反して、右手はまるでスローモーションの様にのったりとした動きで上がっていく。

 

「ちっ……!」

 

 それを見て、忌々しそうに舌打ちする凜。

 

「貴方はもう逃げられない。私の『速度低下』からはね!!」

 

 凛を追い詰めたと確信した魔法少女が、叫ぶのと同時に、ブーメランを手から離す!

 

 

「っ!!」

 

 ――――寸前だった。背中に鋭い痛みが走って、彼女の顔が苦悶に歪む。

 

 

「なっ……え?」

 

 呆然とした顔で足元を見ると、ポタポタと、背中の方から鮮血が床に向かって滴り落ちていた。

 

 ――――背中に、何かが、突き刺さった?

 

「なん、で……?」

 

 ガクリ、と膝が折れる。訳が分からぬまま、彼女はバタリと前のめりに倒れた。

 魔力反応が掻き消えて、変身が解かれる。

 倒れ伏す相手を見下ろしながら、ふう、と息を吐く凜。

 

 

「……とっくに飛んだ(・・・・・・・)矢は遅くできないでしょ」

 

 

 ――――最初に撃った矢は狙いを外れてはいなかった(・・・・・・・・・)

 

 相手の魔法少女の脇を通り過ぎた矢は、そのまま真っ直ぐ飛翔した。やがて、向かい側に聳え立つ、このアパートよりも高いマンションの壁にぶつかると反転。

 戻ってきた矢は、相手の背中に寸分狂わず突き刺さった、という訳だ。

 角度を緻密に計算していなければ、こんな芸当はできない。正に神業であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萱野優子、そして、宮古凛。

 突如現れた二人の来訪者によって次々と撃破されていく緑萼市の魔法少女達。

 それを、眺めている人物が居た。

 

「強い……」

 

 彼女達が戦う付近のホテルの一室で、一人の少女が椅子に座っていた。

 グレーのボブカットに、真っ白なポンチョで上半身を覆い、ショートパンツを履いた出で立ちの、小さく痩せ細った少女は、窓に映る光景を先ほどから一切の顔色を変えずに、ただじっと眺めている。

 一見、人形の様にも見える彼女だが――――その眠たそうにも見える半開きの瞼から、僅かに伺える瞳には、燃え滾る様な闘志が宿っていた。

 眼光が一瞬、鈍色の光を放つ。

 

(こ、こちらYチーム! クミとマサミがやられました!! ってきゃああああああああああこっちに来るうううううう!!?)

 

(こちらXチームです~! こっちもノノミとヤコが、げぅっ!?)

 

(だ、ダメですぅ~~! 抑えきれません~~っ!!)

 

(あ、あいつら魔法少女なんかじゃないです!! バ、バケモノ……ぐぅっ!?)

 

(だ、誰か助けてぇ~~!?)

 

 彼女の頭の中で次々と阿鼻叫喚が響いていくる。それは自分が二人のシマアラシを撃退する為に放った魔法少女たちのテレパシーだった。

 

(……すぐに応援と、救助隊を回す……。勝てないと思ったら、無理して戦わない。逃げる……)

 

((((りょ、了解!!))))

 

 少女が顔色を変えずに、テレパシーでボソボソと指示を下すと、魔法少女達は一斉に返事した。

 この少女もまた、ドラグーンに所属する魔法少女の一人である。だが、立場は他の魔法少女とは一線を画していた。

 50人もの規模を誇るドラグーンでは、完全な縦社会が敷かれている。即ち、上に立つ者の指示は絶対、という掟があった。

 そして、上に立つには、強くなければ務まらないのだ――――この少女は、そんなドラグーンの中でも『最強』に位置する魔法少女の一人であった。

 人形の様な見た目や、先ほどの小さな声からは全く想像できないが……とにかく、彼女は強かったので、それに見合う地位を与えられていたのだった。

 

 

「~~~♪~~~~♪」

 

 彼女の懐からスマホが鳴った。取り出して通話ボタンをタップすると、耳に当てる。

 

「……もしもし」

 

『狩奈ちゃん、どう、そっちは?』

 

 電話越しに聞こえてきたのは女性の声だ。

 その声を聴いた途端、狩奈と呼ばれた少女は顔を不快気に顰めた。

 

「……今、部下が当っています、が……結構手こずっている、ようです……救助隊と、応援を当てて……対処を」 

 

『救助と応援だってぇ~? ハッ、冗談言っちゃ困るよ狩奈ちゃぁ~~ん?』

 

 電話越しの女性は鼻で笑うと、ねっとりとした声色で嘲笑を響かせた。

 狩奈が一瞬、電話から耳を離して、チッと舌打ちする。

 

「……冗談では無く……真面目なんです……。救助と応援が無いと、現場の、みんなが……!」

 

『きゃっはははははははははは!!!』

 

「……ッ!!」

 

 再び耳にスマホを当てた狩奈が僅かに語気を強めて主張しようとするが―――――馬鹿笑いに掻き消された。

 品性の欠片も無い、汚らわしさすら感じられる笑い声に、電話に唾を吐きかけてやりたい衝動に襲われる狩奈。

 

『ひぃひぃ……くくっ、狩奈ちゃんさぁ、自分が何言ってんのか分かってるわけ?』

 

 笑いを堪えながら、狩奈をそう挑発する様に言う電話越しの女性。

 

「……は?」

 

 狩奈は目を丸くする。彼女が何を言っているのか、全く理解できなかった。

 

『あ、分かってないんだぁ。じゃあ、聞くけど……あんた、いつまでそこにいる訳?』

 

「……私は……指揮官としての、責務が、ありますから……だから、下手に動く、訳には……いきません……!」

 

『ふ~~~ん、そうなんだあ、ふうう~~~~ん!』

 

 電話越しの彼女は、わざとらしくそう言い放った。

 

『でもさ……違うんだよ。そうじゃないんだよ?…………狩奈ちゃ~~ん??』

 

 徐々に、電話越しの声の語気が、粘つきと共に強まっていく。

 

 

 直後――――バリィンッ! とガラス細工が割れる音が響いた。

 

 

「ッ!!」

 

 狩奈が目を見開く。

 何かを破壊した音――――それは、決まってコイツが不機嫌になった合図だ。恐らく持っていたコップでも床に叩きつけたのだろうか、どうやら自分の言葉が彼女の逆鱗に触れたらしい。

 やってしまった――――狩奈はそう思って頭を抱える。

 

 

『……この木偶の棒、よく聞け』

 

 

 先ほどのねっとりとした口調からは一変。強い怒気を孕んだ低い声が、狩奈の耳に突き刺さる。

 

『あんたを最高幹部にしたのは、いったいどこの誰だっけ?』

 

「…………総長(・・)、貴方です」

 

 雰囲気が一変した彼女の声を聞いても、狩奈は憮然とした表情を崩さない。努めて冷静にそう答える。

 

『正解。じゃあさ、あんたを何のために最高幹部にしたのか、覚えてる?』

 

「…………………この時(・・・)の為です」

 

 

 ――――あ~あ、始まった。

 

 

 狩奈は彼女の言葉に逐一答えながら、胸中でそう忌々しげにぼやいた。

 この総長の人間性の中で一番嫌いなのは――――沸点が異常に低い、という所だ。

 幹部(・・)である自分すら何か意見を言おうものなら、このヘソの曲げ様だ。こうなると非常に面倒くさかった。言っていることにきちんと返事をしないと、癇癪を起こす。

 できることなら、通話を切ってやりたかったが……そうすると、後で怒りの矛先が部下にまで及んでしまう事になるので、それだけは、なんとしても避けたかった。

 

『分かってんだったらさあ……さっさとお前が(・・・)出向いてぶっ潰して来いよ、このウスノロ……っ!』

 

 ドスを利かせた声で、突き刺す様に言い放つ。

 

私の(・・)グリーフシードを、あいつらに奪わせるな。守れ』

 

 

 ――――命がけで。

 

 

 最後にそう付け加える。狩奈はポーカーフェイスのまま聞いている。

 

「…………………考えて、おきます」

 

 『分かりました』、なんて言う気はさらさら無い。こいつの指示を狩奈はあえて(・・・)そう返した。

 すると、一方的に通話が切られる。

 

「…………はあ」

 

 狩奈は顔を俯かせて、溜め息を吐いた。

 

 ――――お前の為に、命がけで戦う子がいるのか。

 

 頭の中で、そう吐き捨てる。

 先ほど電話を掛けてきた相手の名前は、桐野卓美(きりの たくみ)。ドラグーンの『総長』を務めており、50人もの魔法少女達を取り締めている人物だ。

 だが、狩奈――他の幹部達もだが――は一度たりとも彼女をリーダーと認めてはいなかった。

 確かに魔法少女の経験年数はチームの中でも随一だし、戦闘能力も非常に高い。自分でも、恐らく太刀打ちできるか分からない。

 だが、その人間性は――――下品、下劣、強欲、傲慢、悪辣、非道、外道……全部引っくるめて『最悪』だった。先の会話からしても、上に立つ者とは程遠い言動の数々……思い返すだけで反吐が出てくる。

 しかし、絶対的な権力を手にした彼女が、この街の魔法少女達の生命線を握っているのは事実であり、従わなければ…………

 

 

 狩奈はそこで頭を振った。

 あれ(・・)は、思い出したくない。

 あれ(・・)に自分が手を貸していた、ということも、できれば思い出したく無かった。

 

 

「…………」

 

 狩奈は気持ちを切り替えるべくスマホをいじる。LINEからある人物の名前を探すと、通話ボタンをタップして耳に当てた。

 

「……もしもし」

 

『キョウちゃん! ……じゃなかった。ひびき、でもなくって……、今は狩奈さん(・・)でしたか』

 

 電話越しから少年の様なハスキーボイスが聞こえてくる。

 

「キョウちゃんで……いい。今は……変身して、無い……から」

 

『そっか』

 

 ハスキーボイスの持ち主は、そう言うと、一泊間を置いた。

 

『……キョウちゃん。私に電話を掛けたってことは……シマアラシでしょ?』

 

「そうだけど……さっき、総長から……連絡が、有った」

 

『……桐野卓美が、どうかしたのかい?』

 

 ハスキーボイスの持ち主は、心配そうな声色で尋ねる。

 

「私に……出動要請が……下された」

 

『ええ!? でもキョウちゃんは』

 

「確かに、私は……ドラグーンの秩序を守る為……シマアラシに徹底的な制裁を与える……その役目を、与えられた。でも立場上は……現場指揮官……シマアラシを……撃退して、捕縛する、のは……部下の役目だと……思って、いる……」

 

『それに、変身したら……』

 

「そう……相手は、強い。でも、たかだか、二人……だから、できれば……変身はせずに……事を終えたいと……思ってる」

 

『…………』

 

 彼女たちの言う『変身』とは、魔法少女になることだろうが、その行為に対して何やら複雑な事情を狩奈は孕んでいる様子であった。

 電話越しの相手が沈黙する。

 

「ねえ……愛華(あいか)

 

 目を細めた狩奈がぽつりとつぶやく。

 

『なんだい?』

 

 愛華と呼ばれた少女は、間髪入れずに問いかける。

 

「……シマアラシの相手を、頼みたい」

 

『わかったよ。でも……総長の指示を受けたんだろう、それはどうするんだい?』

 

「関係ない」

 

 細められた目から、野獣の様な眼光を放つ狩奈。

 

「私に……指揮官を委ねたのは、奴。だから……現場は、私のものだ。……あいつの命令を……最初から受けるつもりは……無い……!!」

 

『……』

 

 鋼の意志と共に、狩奈の口から放たれる強い決意を、愛華は静かに聞いている。

 

「それに……貴方に、手柄を譲りたい……」

 

『キョウちゃん……?』

 

「いつも私を、支えてくれた貴方に……恩を返す時は、今……! 貴方の実力なら、倒せる……! 行って……!」

 

『キョウちゃん……!』

 

 愛華の声が震える。

 

「さっき……竜子から……連絡が、あった。【麻琴(まこと)を、向かわせた】って……。だから、彼女と合流して……対処して、ほしい……」

 

『でも、総長の命令に背くことになったら、キョウちゃんが……!』

 

 どうなることか――――そう問うよりも早く、狩奈が強い口調で答える。

 

「大丈夫……! 責任は全部……私が……持つ!! あんな、やつに……私は……屈したりなんか……しない!!」

 

『……!! ありがとう、キョウちゃん。……では、未緒愛華(みお あいか)! 行ってきますっ!!』

 

 未緒愛華と名乗った少女は、元気いっぱいのハスキーボイスを響かせると、そのまま通話を切る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――一方、凛と優子は……

 

 

 

 

<<凛side>>

 

 

 

 

「挑戦者~~、募集中っ!」

 

 アパートの向かい側に聳え立つより高いマンションに飛び移り、屋上を陣取った凜が、人差し指を立てた右手を上空に掲げて、左手を腰に当てるという――――まるで、サ〇デーナイトフィーバーの様なポーズを取って、高らかに宣言する。

 近くの高層物の屋上では、そのポーズを見た三人の魔法少女が、それぞれ複雑な表情を浮かべていた。

 

「何よあいつ、ふざけて……!」

 

 三人のリーダー格の魔法少女が、忌々しげに呟きながら、爪を噛む。

 

「やめなって、私たちじゃ勝てないってば」

 

 右隣に立つ魔法少女が、いきり立つリーダー格の彼女をそう宥める。

 

「そ、そうだよ! 狩奈さんが応援を寄越してくれたっていうし……待ってようよ!」

 

 今度は左隣に立つ、三人の中でも一番年下そうな魔法少女が、やや慌てふためきながら、そう訴える。

 

「あんたたちにプライドってのは無いの? バカにされたままじゃ、天下のドラグーンが笑い者にされるだけじゃない!!」

 

「だからって、魔女ならともかくあんなバケモノと戦えるわけ無いってば!!」

 

「そうだよそうだよ!!」

 

 3人の魔法少女がギャーギャーと仲間同士で言い合いと始めてしまう。

 しかし……

 

 

「まぁったく、だっらしないわねえ!」

 

 

 その3人の元へ、一人の少女が、自分の存在を誇示するかのように、ズンズンと大股で歩みよって来ていた。

 

 

 

 

 

<<優子side>>

 

 

 

 

「ったく、なんなんだよ。お前らは……」

 

 優子は新たに現れた魔法少女を二人ほど蹴散らすと、鬱陶しげにそう呟いた。

 この街に足を踏み入れてから、襲いかかってきた魔法少女の数は既に8人目――――根性と体力なら男性のスポーツ選手にだって負けないと自負する優子であったが、流石に疲弊の色が顔に出始めていた。

 

「はあ~~……」

 

 地面に両膝を付き、そしてガックリと上半身を倒すと、両手を地面に付いた――――俗に言う『orz』のポーズを取った優子が、顔に青筋を浮かべながら、大きな溜息を吐く。

 

「なんでこんなことに……アタシは家に帰りたいだけなんだけどなあ……」

 

 先程までの勢いはどこへやら。消え入りそうな声でブツブツと独りごちる。

 半分は彼女自身のせいなのだが――――それを彼女にツッコんでくれるものは、今は存在しなかった。

 

 

(じゃあ、とっとと帰ればいいじゃない?)

 

 

「!!」

 

 不意に脳に知らない声が響く。同時に魔力の反応を二つ感知した。

 優子がバッと顔を上げると――――二人の少女が、優雅に歩み寄ってきていた。

 

「帰り道が分からねえんだよ……この野郎……!!」

 

 優子の顔に、闘志が宿る。両目でその二人をキッと強く睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いの第二幕が、開かれる――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※最初の出産の立ち合い場面なのですが、調べたところ最近の産婦人科では、新生児への感染予防の為に、旦那さん以外は立ち合い禁止になっている所が多いようです。
 あくまで、今回の描写はフィクションだと思って頂ければ幸いです。


 暗い話が続いた上に、HIGH&LOW3を観たら、無性にバトルが描きたくなりました。
 という訳で、久々に描いた訳ですが……予想以上に難しかったですね、はいorz
 しかも一部分で、三人称から突然一人称に変化しています……。

 次回の投稿は引き続き外伝か、本編か……考え中ですっ!(ぉ


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第 二 章
#05.5__世界を変える力が その手に有ると囁く


 

 

 桜見丘市深山町・〇〇区、某団地。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――高嶺絢子(たかね あやこ)は魔法少女だ。といっても、キュゥべえと契約してからまだ、一週間である。

 彼のアシストも有り、魔女を初めて倒したのが、4日前。

 魔女の気配を察知し、緑萼市に足を踏み込んで、そこを縄張りにしている柄の悪そうに魔法少女達に絡まれたのが、2日前。

 新たに出現した魔女と交戦して、取り逃してしまい、魔力回復の為にグリーフシードを消費してしまったのが、昨日。

 魔法少女になってから、激動の一週間だった。加えて日常生活も通常通りこなさなければならないのだから、大変この上無い。

 

 魔法少女の苦労は、家族や友人達に悟られてはならない。

 魔女が深夜に出現して、過酷な戦いになったとしても、次の日、家族や友人と会えば笑って挨拶しなければならない。

下手に引き摺って顔に出そうものなら、「学校で何かあったの?」「誰かに嫌な事された?」と見当違いな心配をされてしまうので、それはそれで苦しかった。

 

「こんなはずじゃ、無かったのにな……」

 

 今、絢子が居るのは自室だ。自室のベッドの上に、ばすん、と前のめりに倒れ込むと、誰にでも無く呟いた。

 

 

 魔法少女になれば、皆が注目してくれる――――

 

 魔女を倒せば、皆が私を褒めてくれる――――

 

 

 キュゥべえの話を聞いた時、そう思った。そしてこう考えた、『自分は、選ばれたのだ』、と。

だが、実際は、キュゥべえの話とは、自分の理想とは程遠い――――苦労の連続だった。

 以前、TVで「ブラック企業」に務めてしまったが故に、過酷な労働環境に置かれ、自殺してしまった女性の特集をしていたのを思い出す。

あの時は、魔法少女になる前で、一中学生に過ぎなかった自分には、何ら関係ない話だと思っていたが、今はその女性の気持ちがよく理解できる様な気がした。

 

 ――――誰にも相談できないし、休む間もない。でも、それ以上に、

 

「私には、魔法少女の才能なんてないんだ……」

 

 聞けば大半の魔法少女は、チームを組んで楽しく活動していると聞く。自分は人見知りだから同じ市内で同業者(魔法少女)に合っても上手く話せない。それどころか生まれつきの性根の弱さのせいで、馬鹿にされてしまう。

 絢子の身体は魔法少女なので、元気そのものだ。だが、それを動かす『魂』そのものは疲れ切っていた。

 

 ――――とにかく、今日もまた魔女が来るかもしれないし、それまで何か気を紛らわさなくては。

 

 そこで、先日アプリゲームをダウンロードしていたことを思い出した絢子は、早速プレイしようと思い、スマホを起動した。

 だが、

 

 

『――――才能や能力は生まれつき。その考えは間違っている』

 

 

 真っ黒な画面に白く映る、文字列を読んだ瞬間、高嶺絢子を突如、暗闇が襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目は見えない、耳は聞こえない、臭いも感じない、口も動かせられない、手も足も動かせない。

 五感を失っていた。

 

 絢子の脳は、まず混乱した。ついさっきまで、自分は夕食を済ませた後、部屋で寛いでいた筈だった。

スマホ起動したら、突然、奈落の底に突き落とされた様な感覚に襲われた。

 

 

「――――高嶺絢子」

 

 

 ノイズ混じりの声が聞こえた。暗闇の中で突然響いた音声に、絢子は戦慄する。誰、と問いかけたいが、口が開かない。

 

「貴女が魔法少女になってから一週間。どうかな? 貴方の欲しいものは手に入った?」

 

 声はノイズを走らせながら問いかけてくる。口調からして女性の様だ。それに、よく耳を凝らすと若干艶っぽく聞こえるので、自分より年上なのかもしれない。

 だが、不気味な事には変わりない。年上と思しき謎の女性は答えを待たずに話を続ける。

 

「貴女はキュゥべえと契約する時、こう思った筈よ。

 『魔法少女になれば、この鬱屈した世界から解放される』、『自分を縛り付けてきた者達を見返し、みんなが関心を持ってくれる』……『人生を、輝かしくできる』と」

 

 絢子は、ギクリとした。すぐに耳を塞ぎたくなったが、全身の感覚が無くなっているせいで出来ない。

 

「実際はどうだった?」

 

 再び問いかける声。ふと気付くと、口がパクパクと動いていた。試しに、「あ」と小さく言ってみると、口から声が出るのを感じた。喋る機能が戻ったようだ。

 

「……『満足』です」

 

 絢子はそう答える。

 

「普通の人よりも凄い力が持てるし、ケガも病気もしない。それに、困っている人を助けることができる。今までの自分が出来なかった事が、少し行動するだけで出来るんです」

 

 魔法少女になってからは確かに辛い事が多かったが、それに見合うだけのやりがいは有った様に感じた。

超人的な力のお陰で、苦手な運動は克服できたし、魔女から人を救うのも達成感が有って気持ちがいい。

 

「だから、今は満足です。後悔なんてないです」

 

 絢子は自分の正直な気持ちを伝えた。

 

 

 

 …………つもりだった。

 

 

「――――嘘だ」

 

 

 ノイズ混じりの声がバッサリと切り捨てる。絢子は頭を鈍器で叩かれた様な衝撃が走った。

 

「何も変わってはいない。

 貴女に理想を押し付ける両親は、関心の薄い友人は変わってくれた?

 貴女が助けた人々は、感謝をしてくれた?

 昼夜構わず襲い掛る魔女、グリーフシードを奪いに来る魔法少女――――貴女の周りには辛い事が多すぎる。

 ……それでも、『満足』と言えるの?」

 

 影は淡々と問いかける。絢子は沈黙。

 

「貴女は満足なんてしていない。魔法少女になっても何も変わらない事を知ったのでしょう?

 だから、自分に嘘を付いた。『人の為に頑張る自分』を一生懸命演じる事で、心の隙間を埋めるしかなかった」

 

 突如、絢子の頭の中に、ある景色が浮かぶ。

 心の奥底にある鍵の掛った扉。その前に悪魔が現れ、ドアノブに手を掛けると、鍵を壊して強引に開けてしまった。

しまいこんでいたドロドロとした感情が溢れ出し、瞬く間に心を満たしていく。

悪魔は感情の波に飲み込まれながらも、ケラケラと愉しげに嗤っていた。お前の心を暴いてやったぞと、さも嬉しそうに。

 

 そう思うと、全身が冷水に浸された様に震えてくるが、両手の感覚が無い為、抑えることができない。

 

 

「……怯えなくていいよ。私は貴女を救いたい」

 

 

 ふと、そんな言葉を掛けられた。

 

「人生を変えるのは、ほんの少しの勇気。最初の一歩を踏み出すだけで、全ては美しく見える。

 魔法少女の貴女を前にしても、世界が変わらないのならば、貴女自身が変えていくしかない」

 

 甘美な言葉が、絢子の耳朶を打った。耳から侵入したその言葉は、真水となって、心を満たすドロドロの汚泥に注がれた。

 

「――――どうしたら、いいんですか?」

 

 思わず、そう問いかけてしまった。

 心の中の汚泥に飲みこまれた悪魔が顔を出し、上から注がれる真水で顔を洗い流すと、ニタリと嗤った様な気がした。

 

「私の言葉を聞くだけ(・・)で良い」

 

「……それだけ、ですか?」

 

「貴女は私が何者か分からない。神か悪魔か、どちらにしても、得体の知れない存在には変わりない。

 でも、私は貴女の事を良く知っている。私なら、貴女の背中を押すことができる」

 

 絢子は迷った。こんな場所に放り込まれて、自由を奪った相手の話なんて、普通は聞く筈がない。

 だが、謎の女性の言葉通り、彼女が自分を理解しているのは確かだった。自分の心にしまっていたものを簡単に開けて解放した存在。両親や友人なら、こんな真似は出来はしないだろう。

 

「わかりました……」

 

 故に――――本当の自分を知っているこの人なら、自分を救ってくれると信じてしまった。

絢子は、肯定する。

 

「では始めましょうか」

 

 謎の女性の声は、何処か満足気に聞こえた。

 

「これから私が送る言葉によって、貴女は『人の道から足を踏み外す』が、『魔法少女の道に一歩を踏み出す』ことになる。それが、貴方にとって救いになると信じている」

 

 謎の女性の声が詠う様に告げてくる。『人の道から足を踏み外す』という言葉が気になったが、自分が救われるのだと思えばどうでもいい事の様に聞こえた。

 

「さあ、認めるといい。それが貴女の勇気だ」

 

 ――――真の勇気は、いつも有用な勇気である。

 

 その言葉を最後に女性の声はピタリと止み、代わりにノイズが煩く耳に響いてきた。

衝動的に耳を塞ぎたくなったが、相変わらず両手の感覚が無いので、塞ぐことができない。

すると、

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~●●●●●●~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 ノイズの海に、奇妙な言葉が紛れ込んでいた。

聞き覚えの無い、だが、強く印象に残る言葉だった。耳から侵入したそれは瞬く間に脳裏に刻まれていく。

 

「…………!!」

 

 絢子がそれに、強い不快感を示した。

 

 

 

 

~~~~●●~~~~

 

 

 

 

 今度は別の音声が耳に響く。言葉ではなく、擬音だ。

『のん』……どういう訳か、その擬音を表現するにはその二文字がピタリと当てはまった様な気がした。

 

 

 

 

~~~~のんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのん~~~~

 

 

 

 

 連続で擬音が響いてくる。脳に次々と焼き付いていく。

 

 

 

 

 

~~~~のんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのん~~~~

 

 

 

 やがて擬音は脳全体を埋め尽くした。それでも、止まる事なく響く。脳から音が溢れ出して、全身に際限なく行き渡ってきた。

 絢子の意識が遠のいていく。

 不意に手が伸びた。その先にあるのは闇か光か、視覚を失っているから分からないが、何かが自分を導いているような気がした。

 絢子は思う。そこにあるのは新しいスタートラインだ。自分が『勇気を持って第一歩を踏み出す為』のスタートラインだ。あれに手が届いた時、自分の人生は今度こそ輝くのだ。

 絢子の脳裏に浮かぶのは、自分を口々に賞賛する、人々の姿だった。その中には家族と友人の姿もある。誰もが絢子を笑顔で羨望のまなざしを送っている。絢子に拍手を送っている。

 

 みんな、『次』こそ、私を認めて。

 

 わたしをみとめて。

 

 

 

 ワタシヲミトメテ……

 

 

 

 

 

 

 ――――わたしを、たすけて。

 

 

 

 

 

 

 だが、そこに手が届いた直後、絢子の意識は踏まれたガラス細工の様に――――バラバラに砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『〇〇県桜見丘市深山町〇〇区で、21:30分頃、高嶺絢子さん14歳が行方不明となりました』

 

 ニュース速報がTVで流れたのは、それから間もない事であった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 第二章 プロローグとなります。

 一応、第二章のストーリーラインはほぼほぼ決まりましたが、未だ序盤以外は執筆していない状況にあります。果たして予定通りに書けるか、描写力が伴ったものにできるのか不安でならず、それが筆を止めさせている要因だと思います。

 ちなみに、一応章タイトルは『序』を付けておりますが、第二章が本格的にスタートしたら外す予定です。

 11月までには、あらかた5話分ぐらいは書き上げておきたいところですね……。


 何卒、よろしくお願い致します。


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 #06__それでも『人』と呼ぶべきか A

※注意:今回はダーク且つ、惨酷な展開になります。



    

 

 

 

 

 〇〇県・某市・駅前繁華街の路地裏にて―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……!!」

 

 少女――――吉江美結は、必死に謝っていた。何度も地面に頭を擦り付けながら両目にいっぱいの涙を溜めて、命を乞いていた。

 美結の視線の先に居るのは、一人の女性だ。紺色の長い三角帽子を被り、ウェーブの掛かった青みが混じる長い黒髪、全身を深い藍色の外套(がいとう)で身を包んだ、まるで御伽噺に登場する魔女の様な格好をしていた。

 

「…………」

 

 女性はニッコリと優しい微笑みを張り付けたまま、頭を擦り付ける美結を眺めていた。

 無論、それだけなら、この女性を美結が恐れる理由は何も存在しないだろう。

 問題は、女性が右手に携えている物にあった。長く、鋭利に研ぎ澄まされたそれが街灯を反射して、鈍い銀色の輝きを放っている。思わず目を奪われてしまった美結の身体が、反射的にぶるりと震えた。

 刀だ。一振りしようものなら美結の身体などたちまち真っ二つに断裁できるだろう。彼女の命は今や、目の前の女性に完全に掌握されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 吉江美結(よしえ みゆ)は魔法少女だ。経験は半年。年齢は15歳、中学生。

 願い事が何なのかは伏せるが、彼女は、『幻覚』の使い手であった。この能力は使い魔・魔女相手には効果が無いが、対人戦では無敵を誇る。

 相手の心から『トラウマ』を呼び出し、それを具現化させて直視させる。当然、記憶の奥底にしまっていた、思い出したくもない物を引っ張り出された相手は、錯乱するので、その隙を付いて、自身の獲物である槍で攻撃する――――という戦法を採っていた。

 お陰で彼女は、余所の魔法少女に絡まれた際も、負けずに済んで――それどころか、逆にグリーフシードを奪って――いた。日常生活でも、調子扱いた腹立たしい奴がいた場合は、この能力で酷い目に遭わせていた。

 そんな事を続けていると、やがてどこからか自分の噂を聞きつけた魔法少女達が現れ、仲間になってほしいとせがむ様になった。

 現在、彼女は5人の魔法少女チームで一番の新人でありながら、大黒柱として活動している。順風満帆の日々を送っていた。

 

 

 しかし――――今回ばかりは、相手が悪かった。

 

 

 ある日、魔女の反応を感知し、現場に訪れると、一人の魔法少女が結界の入り口の前に佇んでいた。それが上述した女性である。

 女性も魔女を感知してやってきたらしく、『協力して魔女を倒してくれるのならグリーフシードを分ける』と言ってきた。

美結も丁度、ソウルジェムが真っ黒という程でも無いが、濁っており、グリーフシードの手持ちも無かったので、女性の提案に承諾した。

 女性の凄まじき強さに驚愕しながらも、協力して魔女を倒すことに成功したのだった。

 

 

 だが、美結の地獄はここから始まった。

 

 

 女性は、グリーフシードを手に取ると『これは私のものだ』と言い張ったのだ。

言ってた事と違う――――当然のことながら、美結はカッと激情し、女性に食って掛かった。幻覚魔法を発動し、トラウマを引き抜いてやろうと思った。

 

 しかし、どういう訳か、女性の心からトラウマが発現されることは無かった。

 

 刹那、女性の右手が光速の如く動いた。左腰に刺してあった獲物の柄に手を掛ける。

 咄嗟に美結は槍を構えようとするが、それよりも早く女性は抜刀!

 

 ――――美結の首筋で、刃が寸止めされていた。

 

 絶望的な実力の差だった。美結は魔法少女になって初めての完全敗北を痛感すると、慟哭した。

 悔しさと恐怖の感情が一遍に噴き出すかの様に、声を張り上げて泣き出すとその場に膝を付いた。女性は刃を下ろしたが、その場から立ち去ろうとはしなかった。二コリと微笑みを浮かべたまま、彼女を只じいっと見つめている。

 それが、()()()()()、意味がわからないのが、どうしようもなく怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……っ! ごめんなさい……っ!」

 

 ――――話は冒頭に戻る。

 女性からの攻撃の意思は無きに等しいが、意図の分からない笑顔は美結の身体をその場に釘付けにするには十分だったし、刀も下ろしたとは言え、いつでも振れる状態にある。女性が依然として美結の命を握っている状況なのには変わりがない。

 美結が取れる最善策は、最早命乞いしか無かった。必死に声を震わせながらも謝罪して、頭を何度も地面に擦り付ける。

 

 

 やがて――――

 

「いいよ」

 

 女性は突然、そう言うと刀の刀身を鞘に戻した。

 

「見逃してあげる」

 

「……っ!!」

 

 地獄から地上へ出れた様な感覚だった。美結はバッとかぶりを上げると、涙でぐしゃぐしゃになった顔がパァッと明るくなる。

 そして、ゆっくりと立ち上がると、女性に背を向けて――――一目散に、逃げた。

 

「…………!」

 

 途中で恐るおそる後ろを振り向く。

 女性の姿はどんどん小さくなっている。追ってくる様子は無い。ただ気になったのが、相変わらずニッコリと笑顔を浮かべていたことだ。

 

「!!」

 

 美結はバッと前を向いた。駄目だ、あの顔を見てるとおかしくなりそうだ。

 

 彼女はそれからは、なるべく女性の事は思い出さないようにして、家に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室に入ると、そこには来客が居た。

 

「キュゥべえ?」

 

「やあ美結。その様子だと何かあったようだね」

 

 白い獣。SNS上でウワサの白狐と騒がれている存在――キュゥべえは、美結の勉強机の上に佇んでいた。暗い室内に居るせいか、二つの双眼が不気味に紅く輝いている。

 彼は美結の姿を確認すると、そう声を掛けた。

 

「……よく分かったじゃない?」

 

「君と知り合ってからもう半年だ。顔を伺えば大体わかる」

 

 それだけ言えば『長い付き合いによってお互いに信頼関係が芽生えた』と思えるだろう。だが、

 

「魔法少女のメンタルケアも僕たちの『義務』に含まれているからね」

 

 そこで余計な一言を付け加えるのがこいつだ。ますます気分が悪くなる。

 こいつとの付き合いは長いが、知り合った当初から関係は全く進展していない。契約を掛けたものと、契約したもの。ビジネスパートナー……いや、パートナーと呼ぶには程遠い。信頼など何もない、冷えた関係。

 

「……ねえ、キュゥべえ」

 

「なんだい?」

 

 不快感が頭を刺激する。だが、今、自分が相談できるなのはコイツしかいないのだ。

美結は頭痛を覚えながらも、仕方なく、打ち明けることにした。

 

「今日、魔法少女に襲われたの……」

 

「なんだ、そんなことか」

 

 キュゥべえは素っ気なく言い放つ。美結は眉間に皺を寄せた。

 

「……そんなことって何よ」

 

「この国では、魔法少女に成った子が犯罪を行う確率は67%だ。その内45%が他者への暴力。故に、君を襲う魔法少女がいたとしても、それは別に有り触れたことであって、不思議なことではない」

 

 呆気に取られた。

 

「それで、私が死にそうになっても……しょうがないっていうの?」

 

 さっき言った魔法少女のメンタルケアとは何だったのか――――美結は怒りと軽蔑の瞳でキュゥべえを睨み据える。

 

「そうだ。……と言いたいところだけど、顔色が芳しくないな。余程酷い目に遭ったと見える。どんな魔法少女に襲われたのか、話してみるといい」

 

 このまま冷然に済ませば、即座に床に叩きつけて踏みつぶしてやろうと思ったが、傾聴する態度を示してきた。

一応、メンタルケアをするつもりらしい。かなり義務的なのが腹が立つが。

 美結は、今日出会った魔法少女の事を、事細かに話す。服装、髪型、態度、見た目から判断できる凡その年齢、武器――――それらを伝えると、キュゥべえは「ふむ……」と顔を俯かせた。

 

「ちょっと待ってくれ……」

 

 キュゥべえはそういうと、しばらく沈黙。

 

「……………………!」

 

 やがて、何か驚く様にバッと顔を挙げた。相変わらず無表情のままだが。

 

「どうしたの……?」

 

 美結が問いかける。

 

「今、『データベース』にアクセスしてみたが、君の言う魔法少女の情報は何処にも無かった」

 

「はあ……」

 

 データベースってなんだ? 古来より存在する魔法の使者もIT化が進んでいるのか、と美結は不思議に思ったが、それは脇に置いておく。

 

「おかしくない? あなた、全ての魔法少女を管轄してるんでしょう?」

 

「それはその筈だけど……実際無いものは無いのだから、『無い』と伝えるしかないだろう?」

 

「…………もういい。お前に話した私が馬鹿だった」

 

 出てけ――――と美結は一言、低い声で告げると、キュゥべえは、『やれやれ』と言いたそうな呆れ顔でかぶりを振った。

 そして、何も言わずに開けっ放しの部屋のドアから出ていく。 

 

「……やれやれなのは、こっちよ……!」

 

 どうせ聞き流されるのは百も承知だ。それでも、聞こえる様に、美結ははっきりと言ってやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――それから一カ月が経過した。

 

 

 

 

 女性と対峙してから一週間は、学校を無断欠席して、家に引きこもっていた美結だったが、両親や仲間の魔法少女達の懸命な支えのお陰で、今ではすっかり元気を取り戻していた。

 

 

 美結は、現在学校に居る。

 時刻は昼休み。友人達とテーブルを囲んで、世間話を交わしながら弁当を口に運び終えると、真っ先にトイレへと駆け込んだ。

 そして、用を足すと、ふぅ~、と大きく溜息を付いた。

 

「5時限目は数学かぁ……」

 

 今の彼女は例の女性よりも、次の授業の事で頭がいっぱいだった。

 魔法少女は、魔女退治の傍ら普段の日常生活もこなさなければならない。当たり前と言えば当たり前だが、中学生の美結にはあまりにもハードスケジュールに思えた。魔女退治もここ最近は連日続いており、しかも決まって夜に出現するため、勉強もままならない。

自分はもう受験生であり、なるべく勉強に精を出したいのだが……。

 とは言え、美結は元々要領は良く、学内の成績はそれなりに上位であったが、唯一数学だけが伸び悩んでいた。志望する予定の高校は理系なので、受験テストでは、間違いなくその点数を重視されるだろう。

 

「はぁ~……」

 

 トイレの個室内に居るのを良いことに大きく声を出して溜息を付く美結。

 憂鬱だ。他の科目は案外平気だったが、数学だけがどうにもならない。

 それもその筈だ。理数系は、暗記すれば簡単に点が取れるものではない。基礎や公式を覚えて、何度も解いて、慣れていくしかないのだ。

 

「仕方ないか……」

 

 あんまり思いつめると、学校からバックれたい気持ちが強くなる。

 しかし、逃げたところでどうにもならない。美結は決心して、便座から立ち上がると、ドアハンドルに手を掛けた。

 

 

 瞬間――――

 

 

「ひゃっ!?」

 

 咄嗟に手を離した。ジンと、()()()()()()()()が指を襲った。例えるなら、真冬の湖に指を突っ込んだ様な感覚――――指を見ると、真っ赤に染まっていた。

 

「……っ!?」

 

 何事かと思って、ドアハンドルを注視する。

 刹那、ぞっとする。そこには薄っすらと、霜の様な白い氷の束が生えていた。

 

「!? さむ……っ!」

 

 呆気に取られていると、今度は全身が足元から凍えていく様な感覚に襲われる。ぶるぶると震える身体を両手で抑える。

 おかしい。トイレに入るときは窓は空いて無かったし、何より、個室内に寒波が侵入するなんて有りえない。

そう思っていると、

 

 

 ――――突然、上から何かが降ってきた。

 

 

 スタン、と、美結の()()()()()()()()()()()

 見た瞬間、美結は息を飲んだ――――。

 心の中から、一番思い出したく無いものを、急に引っ張り出された様な感覚だった。

 

「ああっ……あああっ……」

 

 美結の瞳孔がカッと開き、涙が溢れ出していく。口が自然と開き、震えた声を出すのと同時に、喉がカラカラに干上がっていった。両膝の力がふっと抜けて、便座に座り込む。

 『絶望』。自分の今の状態を表すなら、それしかないだろう。

 

 

 目の前には、あの女性が、あの時と寸分違わぬ姿で佇んでいた。

 

 

 当然のことながら、右手にはスラリと長い銀色に輝く獲物――――刀が握られている。

 

「!!」

 

 美結は我に返ると、咄嗟にソウルジェムを懐から取り出した。魔法少女に変身して、上に飛んで逃げようと考えた。

 しかし、それは叶わない。

 

「ッ!!」

 

 ズブリと、鋭利な物が胸に埋まっていた。激痛が一瞬、走る。徐々に生温かい感触に変わっていく。

 

「っ…………げはっ!!」

 

 同時に、口中が鉄臭さで満たされ、溜まらず、吐いた。夥しい量の鮮血が溢れ出てくる。

 一瞬だった。女性は光の如き素早さで、心臓を一突きしたのだ。刀身は胸から肩甲骨の中心まで貫通した。

 十秒も立たない間に、美結の全身の血液が、トイレの個室内を真紅に染め上げた。

 

「あっ……くっ……」

 

 鮮血の海へと横たわる美結。

 薄れゆく意識の中で、彼女が最後に見たのは――――あの時と寸分違わぬ笑顔(・・)で、自分を見つめる女性の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………!」

 

 

 美結がボンヤリと目を開けると白い天井が見えた。同時に背中に柔らかい感触を覚える。

 

「……」

 

 どうやらベッドで寝ているらしい。首だけ動かして室内を見回すと、見慣れた場所であることがわかった。

 保健室で目を覚ました美結は、どうして自分が此処にいるのか、考えてみる。

 何せ、自分は胸を刃物で刺されて、血塗れになって倒れたのだ。

 

 ――――胸……そう言えば。

 

 美結は、自分の胸を撫でてみる。制服ごと貫かれた筈の場所には、傷が無かった。それどころか制服も破れていない。

 

(なんで……?)

 

 ボンヤリとした思考を動かしてみる。あの時、自分が感じた激痛は、確かに本物だった。

 ふと、彼女は気になった。

 自分がここにいる――――ということは、誰かが自分を保健室まで運んできてくれた、ということだ。

 一体誰が……いや、それ以上に奇妙な点がある。

 自分は血塗れだった筈だ。何故、救急車を呼ぶのでなく、保健室に連れていくべきだと判断したのか。

 

「良かった。気が付いたのね」

 

 女性の声がしたので、むくりと起き上がる。白衣を纏い、眼鏡を掛けた恰幅の良い初老の、美結がよく見慣れた女性がそこには居た。

 

「あの……」

 

 美結が女性――保険医に声を掛けようとする。

 

「トイレで倒れてたんですって。親御さんにも連絡は入れておいたわ。でも良かったわね。ただの貧血(・・)で」

 

「――――は?」

 

 保険医の言葉に、思わず口が開いてしまう。

 なにもかもがおかしい。貧血? 確かに全身の血をいっぱい流したので、当たって無くはないが。血塗れになって倒れていたというのに、貧血で済ますのはどういうことなのか――――?

 

「確か私……血塗れになって倒れてませんでした?」

 

 その言葉に、保険医は一瞬目を丸くするが、すぐに柔らかく微笑んだ。

 

「……怖い夢を見たのね。でも安心して。運んできてくれた子が言ってたけど、血なんて無かったわ」

 

 運んできてくれた子――――その言葉に、美結は大きく反応した。ボンヤリとした頭が冴えていく。

 

「その子……誰だったか、分かります?」

 

「さあ、どこのクラスの子かは分からなかったわね。何せ初めて見る子だったもの」

 

「!!」

 

 それを聞いた美結は早かった。

 こうしてはいられないとばかりに、ベッドの薄掛けをガバッとめくると、飛び降りて、全速力で保健室を飛び出した。後ろで保険医が美結に何かを訴えるが、そんなことはどうでもいい。

 ただ、自分の身に起きた事が本当なのか確かめたかった。

 美結は必死な形相で現場に向かった。女子トイレに駆け込むと、先ほど自分が入っていた個室のドアを壊すかのような勢いでバンッと開ける。

 

 ――――貧血から立ち直ったばかりだが、血の気が引いた。

 

 トイレの個室内には、一切の血痕も無かった。

 

 

「……!?」

 

 美結の頭は更に混乱していった。

 あの時、自分が体験した事は、保険医の言う通り、『夢』だったというのか――――

 

「……ぐぅっ」

 

 得体の知れない気持ち悪さが全身を襲った。胃の中から酸っぱい物がこみ上げてきて、口を手で押さえる。

 もう何を信じていいのか分からない。まるで幻覚でも見せられているの様な気分だった。

 

 幻覚――――

 

(そういえば……)

 

 今まで自分は、幻覚を用いて相手をいいように懲らしめてきた。トラウマの記憶を見せつけて、心を乱してきた。

 自分は今まで、他人にこんな思いを味わわせていた、というのか。

 そう思うと、途端に罪悪感が心を抉る様に襲ってきて、両目から涙がボロボロと溢れ始めた。

 

「ごめんなさい……っごめんなさい……っ」

 

 膝を床に付いて、ただしきりに謝る美結。

 直後――――

 

「!!」

 

 制服の胸ポケットに入っていたスマホから、音楽が鳴った。おそるおそる取り出すと、画面を確認すると、LINEからメールが入っていた。

 

「え……」

 

 美結は再び愕然とする。画面にはメールの送り主が表示されているが……全く知らない人からだった。

 アイコンは、何故か般若であり、HNは『青鬼』。

 

「誰……これ……」

 

 青鬼――――それを聞いて、先ほどこの現場で襲い掛かった、女性を思い出す。

 

(まさか……)

 

 彼女からか、と思った。思えば、自分を保健室まで運んだのも、彼女だったのかもしれない。

 途端、凍てつく様な冷気が全身を覆ってきた。ビクリと震える。咄嗟に窓を見るが、閉まっていた。

 風など吹いていないのに、冷気はまるで全身に纏わりついている様でいつまで経っても美結を放してはくれない。

 やがて、全身がガタガタと痙攣を始める。まるで、警告するかの様に。

 

 

 確認するな。見るな。見てはならない。見てはいけない。

 

 

 だが、美結の身体は警告に反して、動いた。送られてきたメールの文章を、確認してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『     見逃すとは言ったけど

 

        生かすとは言ってない    』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美結は咄嗟に窓を開けて、外に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ストックが無いのに投稿させて頂きました。

さて、第6話目にして、序章、その2です。
いきなり番外編的エピソードですが、本編につながっていく予定です。


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     それでも『人』と呼ぶべきか B

※ 今回は短めです。加えて嘔吐描写が有りますのでご注意ください。



 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時、首筋に刃を突き付けられた様に……今も、あの女性は自分の命を握っているのだと確信した時、美結は逃げ出した。

 彼女が向かうのは、とにかく安全な場所だった。あの女性の魔手が通れない様な……箱庭の中へと行きたかった。

 だが、現実的に考えて、そんな場所などあるのだろうか……?

 美結はぐちゃぐちゃになりそうな思考を必死で整理しつつも、息を切らして走っている。

 やがて、交番を見つけると、急いでその中へと飛び込んだ。そこに居た警察官が何事かと、大きく目を見開いている。

 

「ど、どうしました?」

 

「助けてください! 命を狙われているんです!」

 

「!!」

 

 警察官は美結の訴えに、ハッとなり顔を厳しいものに変えると、交番の外に出て、周囲を見回す。

 ――――が、不審者らしき人物はどこにも存在しない。居るとすれば、目先にある公園で遊んでいる子供や親の姿だけだ。

 警察官は頭を掻くと、交番へと戻る。

 

「外には不審者は居なかったよ」

 

 隅っこで身を隠す様にして震える美結に、優しく声を掛けた。

 

「ッ!! そんな……よく探してください!」

 

「まあまあ、落ち着いて。怖い思いをしたんだな」

 

 警察官はそこまで話すと、しゃがみこんで目線を美結に合わせた。顔つきを真剣な表情に変える。

 

「何があったのか、話してくれないか」

 

 美結に手を差し伸べる警察官。

 

「……!」

 

 暗雲で覆われていた美結の心に、一筋の光が差し込んだ。

 美結は、警察官の手を取る。大きく、ゴツゴツしていて、頼もしさが感じる手だ。

 

「くぇっ」

 

 そんな声が警官の口から漏れるのと同時に、首筋に一本の赤い線が引かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那―――― 警察官の首が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 美結は、その光景に一瞬だけ、呆気に取られる。直後――――

 

「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 腹の底から恐怖を絞り出すようにして、絶叫。

次いで猛烈に沸き上がった胃酸を、堪えきれずにベチャベチャと吐き出す。

 

「うぐっ……うぉえっ……!!」

 

 胃の中の物を一しきり出し切ると、首の無い警察官から目を反らす。直後、バタン、と音がした。見たくは無いが、倒れたのだろう。

 

 

「選択肢を、間違えちゃったんじゃない?」

 

 

「……!?」

 

 惨酷な場所には不釣り合いな、明るく爽やかな声が聞こえてきた。あからさまに異様なそれは美結の心を再び暗雲の中へと閉じ込めた。全身が震え、逃げる気力を失わせて、嘔気を刺激するには十分だった。

 

「助かりたいと思ったんならさあ、魔法少女を頼んないと。だって、人間なんて」

 

 魔法少女(わたしたち)の足元にも及ばないんだから――――

 

 そう最後に低い声で付け加えると、声の主は、美結は後ろ髪を鷲掴みにして、強引に持ち上げた。美結がおそるおそる目を見開くと、視界いっぱいに『あの女性』の顔が映り込んだ。

 

「わかる? こいつを殺したのはあなた」

 

 ――――何を言ってるんだコイツは。

 

 聞いた瞬間、美結が顔を顰める。暗雲に覆われた自分の心に火が灯る。

 それは、間違いなく義憤であった。自分を助けてくれようとした人を殺された事に対する、女性への明確な怒りの感情だった。

 

「違う! 殺したのは……お前だ!」

 

「へえ」

 

 キッと女性を睨みつけて、声を絞り出す美結。

 女性は美結の反論が以外に思ったのか、興味津々な表情で、感嘆の声を挙げた。

 

「私を脅して……警察官を殺して……こんなの、『犯罪』じゃないっ!!

 お前なんか、すぐに指名手配される……。日本中の皆を、敵に回す……!!」

 

 精一杯の脅しのつもりだった。しかし、

 

「ふうん……フフ。それは面白そうねえ」

 

 女性には、笑って返される。

 苦笑い……では無かった。寧ろ言葉通りに楽しみ、といえる感情が滲みでていた。

 

「でも残念でした。私が捕まる事は、100%有りえません」

 

 今度は、お道化た様な口調で、自信満々に言い放つ。

 

「なっ……」

 

 美結は絶句。

 

「なん……で……?」

 

 心の中では、暗雲から、豪雨が降り注ぎ、灯された火が早くも消されようとしていた。

 美結は再び顔を恐怖に歪ませながらも、懸命に、問いかけた。

 

「だって」

 

 女性は、美結に三度目となる満面の笑みを見せると、あっけらかんと言う。

 

「捕まえにきた奴、全員殺せるから」

 

 

 

 

 ――――美結の火は、鎮まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからどうやって家に帰れたのか、全く覚えていない。

 逃げたのか、あるいは、相手が見逃してくれたのか……思い出そうとしても、霧が掛かっているようで、全く浮かんでこなかった。

 間もなくして、美結は、一切の外出を辞めた。

 

 

 

 それから、二週間が経過――――

 

 

 

 一切の光を遮った自室に籠る美結にとって、唯一外の情報を得る手段は、スマートフォンとラジオだけになった。 

 『交番の警察官が殺害された』という報道は連日されたが、犯人は一向に足取りを掴めていない。それどころか、「警察に個人的恨みを持つ人物」として、全く知らない男性が容疑者として挙げられている始末だ。

 人間には、無限の可能性が有る――――アニメか漫画で、誰かがそう言ってたが、それは間違いだと美結は悟った。

 だって、一人の魔法少女に対して、人間がいくら総力を挙げたところで何も太刀打ちできないのだ。

 

 

 

 女性は、今もなお、美結の命を握っている。

 

 

 

 ――――突然地面から鬼の手が伸びて、自分の両足を掴むと、地獄に引き摺り込んでしまった。

 やがて、無数の針が地面から生えた場所へ辿り着くと、鬼は自分をそこへ放り込んだ。

 鋭い痛みに全身を襲われのたうち回る自分。

 家族……友人……仲間の魔法少女……自分が思いつく限りの人物に必死に助けを乞うが、ここは地獄であり、地上に声が届く筈もない。唯一届くとしたら、自分を放り投げた鬼しかいないが、彼は、安全な所で座り込んで、ニヤニヤと自分を眺めているだけだった。

 

 

 

「……!!」

 

 そんな妄想を美結がしていると、突然スマートフォンが鳴ってハッと我に帰る。

 思えば、あれから、『あの女性』(青鬼)からLINEは送られてきていない。

 もしや、と思い、身体を強張らせると、画面に目を向ける。

 

「……」

 

 送り主は、自分と同じチームの魔法少女からだった。

 安堵した。全身の力が抜けていく。

 

『大丈夫? 最近来ないけど、何かあった?』

 

 メッセージを確認する。自分を心配してくれる文章だ。未だ暗雲の中に有る美結の心に僅かながら暖かさが宿る。

 

『うん。引き籠ってるけど、大丈夫』

 

 美結は返信する。

 

『魔女ちゃんと狩ってる? ソウルジェム濁ってない?』

 

 すぐにメッセージが返ってくる。

 そういえば……と思い、美結は勉強机の中にしまったソウルジェムを取り出すと、色合いを確認する。

 やはり、というべきか。しばらく魔法少女活動を休んでいたので、グリーフシードを得る手段が無かった。ソウルジェムは黒く濁っている。

 

『結構濁ってる』

 

『マジ? 濁りきったらヤバイって噂があるから、できれば今日来れる?』

 

 メッセージの送り主は、メンバーの中でも心配性だった。本当は行きたくないが、断ったとしても、家に押しかけてくるだろう。

 そこまでさせるのは申し訳無いし、両親にもこれ以上迷惑を掛けるのはマズイと思った。

 

『わかった。行く』

 

『良かった♪ 場所は指定するけど、近い? よければ迎えに行こうか?』

 

 相手は、メッセージと共に画像を送ってきた。指定場所の地図と住所が映っていた。幸い自宅から徒歩5分くらいの場所に在る。

 

『大丈夫、一人でいけるから』

 

『待ってるね』

 

 相手のメッセージを確認すると、美結はスマホを手から放した。

 

 もしかしたら……自分が行ったら、彼女達も巻き込んでしまうかもしれない。

 途端にそう思い、不安になる。だが、ソウルジェムが濁り切れば、自分の身に()()()()()()()()()()()()のも事実だ。

 それに、自分が今頼れる相手は、魔法少女(かのじょたち)しかいない。

 

 

 

 予定の時間は十九時からだが、美結は出かける支度を真っ先に済ませてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 やがて、予定の時間が訪れ、美結はこっそり窓から外出すると、指定の場所である駅前へと向かった。

 既に4人の少女達が待機しており、談笑を交わしている。

 

「……お待たせ」

 

 美結が小さく声を掛ける。

 

「あ! 美結?」

 

 一番に振り返ったのは、朝LINEを送ってきた心配性――――金髪の少女だった。

 

「大丈夫……じゃ、なさそうだね……」

 

 金髪は、美結の変わり様に、思わず呆然となった。口をあんぐりと開いてしまう。

 彼女の知る美結は、快活な少女だった。小顔で可愛らしい顔をしており、あいさつもハキハキしてたし、お洒落にも気を遣っていて、髪を綺麗に整えてたし、流行のファッションにいつも身を包んでいた。

 だが、今の美結は一言で表すなら、みずぼらしかった。顔には生気が感じられず、目の下には真っ黒な隈が出来ていた。食事を取ってないのか、頬は痩せこけて、体つきも一回り小さく見えた。髪の毛もずっと洗ってないのか……ボサボサで近づくと異臭が鼻につく。

 身に纏っている服は流行のものだったが、ヨレヨレで皺が目立っていた。

 

「うわ~、美結、別人になっちゃったじゃん。なんつうか、貧乏神?」

 

 チームメンバーの一人、短髪の少女が、悪びれもなくそう口にする。彼女は思ったことが口から出るタイプだ。

 

「……」

 

 美結は、何も返さない。そう思われても仕方ないのだから、返す言葉が無かった。

 

「ガリガリになっちゃって大丈夫~? あたしも、この前バイトきつくて食べれなかった時期あったけど~」

 

 ポニーテールの少女がそのままペチャクチャと話し出す。彼女もまたメンバーの一人だ。高校生で最年長だがすぐに話題を自分中心に持っていこうとする。

 

「こら二人とも、口には気を付けなよ。みゆっぺが困ってんじゃん」

 

 別に困ってないが……そう思い、声の主を見る。パンクロッカーの様な奇抜なファッションに身を包んだ、どこか男らしさが感じられる風貌の少女は低い声で短髪とポニテに言い放つ。メンバーの一員である彼女は、見た目に反して性格は優しいものの、他人に変な渾名を付けたり、自分の発言に陶酔する悪癖がある。

 

「…………ごめんね、皆。心配かけて」

 

 美結は全員を見回すと、ぽつりとそう謝罪する。癖の強すぎるメンバーだが、こうして集まってきてくれたということは、本気で自分の身を心配してくれていたのだろう。そう思うと、申し訳ない気持ちになる。

 

「別に大丈夫だって~」

 

「みんな、美結の事心配してたんだよ~。特に私なんてさ~」

 

 短髪は何でもないかの様に、ポニテはまた、自分中心に話し続ける。

 

「でも、みゆっぺが来てくれて良かった」

 

 パンクロッカーは美結の肩にポン、と手を置いて、優しい目を向けてくる。

みんな変わってない。個性が強い上に、自分勝手な連中。でも、優しさはちゃんと持っている。

 それが美結には、嬉しかった。

 長く地獄の針の山で痛みに悶えていた自分の前に、ようやく一本の糸が垂らされた――――

 

 

 

 

 筈だった――――。

 

 

 

 

 

 

「そうだ。美結に紹介したい人がいるんだ!」

 

 唐突な、金髪の言葉。

 

「は?」

 

 美結の思考が、液体窒素でも垂らされたかの様に、ピシリと冷えて固まる。

 

 

 

 

 

 ――――自分の前に一本の糸が垂れている。咄嗟につかまると、地上に向かって昇っていく。誰かが自分を地獄から引っ張り上げていた。

 

 

 

 

 

「紹介するね。私たちの新しいメンバーで、大学生の    さん!」 

 

「どうも~」

  

 金髪の紹介と同時に、物陰から一人の女性が、のんびりとした挨拶をしながら、姿を見せる。

 名前はハッキリ聞こえなかった。多分、無意識に遮断していた。

 

 

 

 

 

 ――――自分は一本の糸につかまっている。しかし、鬼はそれを()()()()()()()

 

 

「~~~~~~~」

 

 

 ―――――鬼が飛び掛かり、刀で糸を切ってしまった。

 体が落ちていく。大声で叫ぶが、もう誰にも声は届かなかった。

 ふと下を見ると、針の山はもう無い。

 

 どこまでも続く、深い奈落が自分を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




新章初っ端から陰鬱な展開ですが、美結の地獄はまだ続きます……。



ちなみに、現状投稿できるストック分を全て使い切りましたので、次話はそこそこ間を置くことになりそうです……申し訳ありません……。






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     それでも『人』と呼ぶべきか C

 

 

 

 

 

 

 ハッと美結は我に帰った。

 目の前の女性を見た瞬間に、脳裏に走った映像。

 

 

 希望が掌から擦り抜けて、全てが無に堕ちていく。

 

 

 あの感覚は……一体なんだ。

 だが、と美結は困惑を振り切る様にかぶりを振ると、現実を直視した。仲間達と並び立つ彼女をキッと睨みつける。

 あの映像が何なのかは分からない。だが、こいつの正体は直感で理解できた。普通の魔法少女なんかじゃない。美結は奥歯をギリッと噛み締める。

 あの時、交番で警察官を殺した様に、自分が縋り付こうとするもの全てを奪うつもりなのだろうか。でも、そうはさせない、と強く思うのと同時に美結の心に火が灯り始めた。

 義憤だ。

 交番で対峙した時は、人の命をなんとも思ってない様な発言に圧倒されてしまったが、今度はそうはいかない。

 自分の大切なものまで、奪わせるか――――その思いが美結を奮わせた。

 

「みんな、騙されないで!」

 

 突然、形相をきつく顰めて力強く発言する美結に、仲間たちは何事かと目を丸くする。見ると、女性も同様の反応を示していた。白々しい。

 

「こいつは、殺人鬼よ!」

 

 美結は女性の正体をみんなの前で暴く。仲間たちは困惑した顔を向けてくるが構わない。美結は捲し立てる様に続ける。

 

「あなた……一体どういうつもりなの?」

 

「へ……え?」

 

 美結は、ずんずんと女性の目先まで歩み寄り、じっと顔を見据えて言い放った。仲間達と同様に困惑していた女性は、ぎょっとした顔になる。

 だが、美結は知っている。こいつの表情は全て仮面だ。常人と同じ表情の裏に、『鬼』の面を隠している。

 

「誤魔化さないで!! そうやって何でもない風に装って……誰かに近づいて殺してきたんでしょう!!?」

 

「「「「!!!」」」」」

 

 一瞬美結はふざけているのかと思った仲間たちだったが、彼女の鬼気迫る迫力は完全に常軌を逸していた。微塵も嘘を言っている様子は無い。

 完全に気圧されて固まった仲間たちだったが、『殺し』の部分を聞いて、まさか、と思い一斉に女性を見る。そして金髪が口を開いた。

 

「あの、  さん? 美結と……知り合いなの?」

 

 美結が豹変したのは女性の姿を視界に入れてからだ、と思った金髪はおそるおそる問いかける。

 名前を言ったが、美結にはその部分だけノイズが被って聞こえた。

 だが、女性はというと、仲間たちの方へ振り向いて、

 

「……駄目だね、こりゃ」

 

 こいつ、気が触れてる。とでも言いたげな苦笑いを浮かべつつ、ひらひらと手を振った。それが美結の感情を爆発させる。

 

「ふざけないで!! 私の大切な友達に手を出さないで!!」

 

「美結、どうしたの……?」

 

 美結は女性の胸ぐらをつかみガアッと声を張り上げる。金髪が見ていられなくなり、声を掛けるがもう彼女は止まらない。

 

「貴女みたいな人がどうしてこの世にいるのよ!! 私は苦しんでるのにどうしてそうやって笑って生きていけるの!! 死ね! 死ね!! 今すぐ私達の前から消えて死ね!!! そうだよ……お前は人間じゃないんだ!! お前は――――」

 

 

 『悪魔』だ――――

 

 

 最後にそう叫んだ途端、女性の両目が不気味に青く光る。僅かだが、口の左端がクッと吊り上がった。

 

 美結はそれを見て、ウッと息を詰まらせてしまった。

 仮面を、剥いでしまった。恐怖がぶり返してきて思わず、後悔しそうになる。だが……仲間達の為にも、膝を折る訳にはいかない、と美結は懸命を自分を奮い立たせようとするが、

 

「っ!!」

 

 突然、鈍器で頭を殴られた様な感覚に襲われ、美結の体がガクリと、横に傾く。

 そのまま、固い路面に身を預けることになった。

 路面は氷の様に冷たくて、全身の体温を奪っていく。それは自分を物言わぬ屍にするかの様だった。

 

「美結……ごめん」

 

 意識が段々と薄れてゆく中、パンクロッカーの謝る声が聞こえてくる。

 そうだ、と美結は思い出した。彼女は自分と同じ、精神に作用する魔法の使い手だった。自分と同じく対人戦でしか効果が無いので、滅多に目に掛かったことは無かったが。

 

 それにしても……彼女はどうして、自分に魔法を使ったのだろう?

 

 自分は正しいことを言っているのに。あの女性(悪魔)は嘘しか言っていないのに。

 

 まるで訳が分からなかった。

 

(もしかして……)

 

 間違っているのは、自分自身なのだろうか――――ふと、そんな考えが頭を過るが、直ぐに隅っこに追いやった。

 奴が自分の胸を刺して意識を奪い、助けを求めた警察官の首を切り落としたのをはっきりこの目で見た。事実である。

 でも、仲間達は自分を信用してはくれなかった(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「美結……どうして、こんなことに……」

 

「頭、おかしくなっちゃったのかな……?」

 

「あたしよりも、酷いじゃん……」

 

「…………くっ」

 

 金髪、短髪、ポニテ、パンクロッカー……仲間たち全員の啜り泣く声が聞こえてくる。

 一瞬、意識が強く覚醒する。同時に、煮えたぎる様な激情が心の内から熱を放ってきた。

 

 

 ――――みんな、そんなに、私のことを思ってくれているのなら……どうして、私の言うことを信じてくれないのっ!!?

 

 

 怒りか嘆きか――――どちらとも付かない慟哭を胸中で叫ぶ。できればみんなに伝えたかったが、もう口を開く力は無い。

 

 

 ――――みんな、騙されているっ!! このままじゃダメっ!! 私が止めないと、みんな殺される……『奴』にっ!!

 

 

 啜り泣く仲間たちに、奴の声は混じっていなかった。恐らく、倒れる自分を少し離れたところから見下ろして、嗤っているのだろう。

 だがそこで、美結の意識は、フッと消えた。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

『美結、一体何が……』

 

【多分、私のせいだね】

 

『え?   さん、やっぱり、美結と何かあったの……?』

 

【違うよ、この子と私は初対面だよ】

 

『じゃあ、なんで……?』

 

【私が、ここにいたから】

 

『え……?』

 

【自分の居場所を、私に奪われた……そう思ったのかな、多分。この頃って色々過敏だし深く考えこんじゃうからさ、ちょっとしたことでも相手を親の仇みたいに憎たらしく思っちゃうんだよね】

 

『でも、美結、警察官が……て。それ、ニュースでやってた……』

 

【気にしなくていいよ。多分、私を追い出す為の方便だと思うから。そういうのに当て嵌めて、お前は危険人物だ、みたいに貴方達に思わせようとしたんだろうね】

 

『あんな美結、見たことなかった……』

 

【ずっと塞ぎ込んでたみたいだし、相当辛いことがあったんだろうね……。それなのに、戻ってきたら、得体の知れない奴がいけしゃあしゃあと自分の場所に収まってたんだからさ、キレるのも無理無いよ……。こればっかりは、その子の気持ちを考えてあげられなかった私のミスかな……?】

 

『違うよ、  さんは悪くないよ!! 悪いのは、美結があんな酷い状態になっているのが分からなかった、私達だよ……』

 

【……だったら、これからどうしたらいいと思ってる? その子の為にしてあげられる事、何か考えてる?】

 

『それは……』

 

【私に提案があるんだけど、ちょっといいかな……?】

 

 

 美結の知らない間に、事態は進んでいく――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが紅に染まった世界というものを、美結は初めて見た気がした。

 誰かが死んでいる訳じゃない。それどころか、周囲には人の姿など無い。だが、美結にはその世界が誰かの血で染め上げられた様に見えて、酷く残酷に映った。

 腐った肉を敷き詰めた様な赤黒い大地は砂漠の様にどこまでも平坦な地平線を描き、空は純白の太陽が鮮血の如き光をごうごうと放ち、一面を真っ赤に染めている。

 ここは一体どこなのだろうか、と美結は思ったが――――すぐに既視感を覚えた。

 そうだ、自分はこの世界を何度も見たことがある。まず、ここは現実の世界じゃない。自分が『鬼』に引きずり下ろされ、連れて行かれた世界。

 

 

 ――――地獄だ。

 

 

 ドン、と何かに背中を強く押された。上半身が前のめりに崩れたので、思わず両手を地面に付く。勢い良く倒れたので爪が食い込む。血肉を敷いた様なそれは、ぬちゃりと、気色悪い音を立てて美結の指にこびりついた。

 

「……っ」

 

 思わず、じいっと見つめる。指に付着しているドロドロとした形状のそれは、泥というよりも肉をペースト状にした様に見えた。人肌程度の生温さと、鼻を刺激する鉄臭さと生臭さが、とてつもない不快感を抱かせる。

 刹那――――

 

 

『どうして?』

 

 

 ノイズ混じりの音声が背後から聞こえた。

 美結は咄嗟に振り向こうと思った――――しかし、美結の首は全く動かず、そのまま固定されていた。

 訳もわからぬ事態に美結が呆然としていると、

 

『どうして……?』

 

 音声が再び響く。再び後ろを見ようとしたが美結だったが首は少しも動かすことができなかった。

 いや、違う――と、美結は思った。見ることができないんじゃなくて、恐らく、見たくないから無意識の内に首を動かしたくないだけだ。

 だって、後ろにいるのは……

 

 

『どうして、私を【殺人鬼】なんて呼んだの?』

 

 

 ――――鬼だ。

 

 ノイズの海に悲しげな感情を混ぜて自分に語りかけてくる。

 言葉の内容だけ切り取れば、辛そうに聞こえるかもしれない。でも美結は、鬼が仕出かした所業を、罪の重篤さを知っている。故に、鬼の言葉は非常に身勝手極まりないものにしか聞こえなかった。

 

『私は、凄く傷ついたんだよ』

 

 殺人鬼と侮蔑されても仕方ないのに、鬼には全く自覚が無い。それどころか、『自分を悪く言った』と言わんばかりに美結を非難してくる。美結は後ろを振り向いて何か言ってやりたい気持ちに駆られたが、相変わらず首を動かすことはできなかった。

 それだけ、彼女は鬼に対して、生理的嫌悪感を抱いていた。声を聞いてるだけで、下腹部から違和感が強烈に込み上げてくる。

 

「うっ……ぐ……っ」

 

 口から出そうになったそれを、手で塞ぐ。

 

『謝ってくれないと、私……』

 

 鬼は構わず続ける。口から漏れそうになる嘔気をなんとか飲み込もうとする。

 

 

『何をするのか、分からないよ』

 

 

 だが、鬼が次に放った言葉が胃袋を刺激した。それは下腹部に膝蹴りを見舞われた様な、鈍痛となって襲いかかる。

 刹那――――心臓が何かにガシリと鷲づかみにされた。

 咄嗟に確認するが、手のようなものは全く見えない。すると、氷の様に冷たい何かが胸をギュウッと急激に締め付けてきて、美結の息は一瞬、止まりかけた。

 

「はあーっ、はあーっ……!!」

 

 堪えきれず、大粒の汗を流しながら大きく息を吐き出す美結。

 胃袋と心臓、二つの臓器は一瞬にして相手に支配されてしまった。絶望が顔に浮かぶ。生気が失われ青ざめていく。

 

 鬼に楯突こうとした自分を美結は呪った。

 そもそも人間である自分――例え魔法少女だとしても――が敵う筈が無かった。鬼と自分は住む世界が違うのだ。当然、倫理観も思考も、全く異なる。故に、人間が繰り出すあらゆる技と、言葉が通用する道理など初めからなかった。

 

「ごめん……なさい……」

 

 為す術が無いことを悟った美結にできることは、もはや謝ることだけだった。

 悪いのは自分ではなく全て鬼だが……それを口に出そうものなら自分の命は今度こそ無い。ならば、許してくれるまで、只管頭を下げる。

 

「ごめんなさい……」

 

 意地とかプライドとか、何が正しいとか悪いとかもうそんなことはどうでもよかった。今、この時に於ける自分の願いは只一つ。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 これからも、生きたい。その思いが彼女の頭と口を、必死に動かした。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

『…………』

 

 鬼はしずかに聞いている。

 

なんでもします(・・・・・・・)から、命だけは、たすけてください」

 

『へえ』

 

 『なんでもする』――――言ってしまったその言葉に、鬼は反応したようだ。どこか悦が混じっていた。

 美結が、しまった、と思った時にはもう遅い。鬼の気配が背後から消える。

 

『じゃあ、あれ、やってみてよ』

 

 鬼の声が前から聞こえてきた。おそるおそる顔を上げると、羽虫の様な小さな物体に全身を覆われて黒い人型になっている物体があった。姿は大分違っているが、間違い無くそれは鬼だと、美結は一瞬で理解した。

 左手を伸ばし、ある方向を指差している鬼。どこか楽しげな声色が、まるで鷲づかみにした美結の心臓に爪を立てているようだった。

 嘔気を堪えつつ、見ると――――

 

 一瞬で、全身に鳥肌が立った。

 

 あれは自分が、地獄から脱出するためにつかまった糸じゃないのか。

 だが、唯一違っているのは、垂れている先端が輪っか(・・・)になっている、という点だ。

 

「…………!」

 

 美結の思考が、ピシリと固まる。どうみてもあれは首吊り自殺用じゃないか。

 すると、いつの間にか鬼が眼前まで近寄り、耳元で囁いてくる。

 

『ねえ、知ってる? 魔法少女の噂』 

 

「っ……! っ……」

 

 呆然と輪っかを眺めながら口をパクパクと動かす。鬼に対して言ってやりたいことが山ほどあるのに、恐怖のあまり声にならなかった。

 

これ(・・)を砕かないと死なないんだってね?』

 

 鬼の声に愉悦が益々含まれていく。自分の様子など一切意にも介さしていないそれは、懐から、一つの宝石を取り出した。

 眩しいくらいの光量だった。それは全てが死に絶え朱しか残らない地獄の中で、唯一生命を持っているかのようだった。

 

「……っ!」

 

 美結が必死に手を伸ばし、命の輝きを放つ宝石――――ソウルジェムを取り返そうとするが、鬼はひらりと躱した。  

 

『ってことは、普通に死んだら生き返るってことかな?』

 

 優しく囁かれた言葉は、氷よりも温度の低い冷水となって、美結の背中にポタリと落ちる。ヒヤリとした感覚に美結が大きく震えた。

 

『本当かどうか確かめたいから――――ちょっとあなた、わたしの前で死んでよ」

 

「っ!?」

 

 美結の全身が凍りつく。反射的に精神がそこへ行くのを拒んだ。自然と地面に付く両手と両膝に力が入る。

 しかし……意志に反して美結は立ち上がる。そして、足はゆっくりと、ロープの方へと進んでいった。

 

「…………っ」

 

 美結が顔を引きつらせる。必死に静止するべく脳からあらゆる指示を下すが、足は止まってくれない。

 まるで、鬼が自分の全身に糸を括り付けて、操っているかのようだった。

 

「っ! ・・・・っ!!」

 

 首から上は自由だったので後ろを振り向いた。声は出せないので、鬼に伝わる様に唇を『た・す・け・て』とゆっくり動かしながら涙目で訴える。鬼の姿を見るのは嫌だったが、自分の命の危機を前にそんなことを考えてる余裕は無かった。

 

『…………』

 

 だが、鬼は何も応えず、ただじっと眺めているだけだった。

 やがて、美結の体はついに、ロープの前に到着する。

 

「……っ!! ……っ!!」

 

 必死に体を止めようとする美結だったが、依然として体の自由は効かない。美結の両手がゆっくりと上がり、輪っかを取った。

 そして、首に掛ける。

 

「っっ!!!」

 

 直後、ロープが勢い良く上に引っ張られる。

 美結の足が地面からふっと離れ、宙に浮いた。呼吸口を急激に圧迫された衝撃で、口に溜め込んでいた酸素が一気に吐き出される。

 全てが終わったのだと悟った美結は、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 一秒……十秒……三十秒……。

 

 

 

 

 

 

 首を吊られて一分間が経過した。

 

 

 

 

 

 

 だが美結にとってはまるで、悠久の様な時間だった。

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 美結は目を開けると、眼前に広がる光景に愕然となった。

 とっくに虫の息だった筈だ。次に目を開けた時、自分は天国にいるものだとばかり思っていたが、変わらない地獄の世界だった。

 

「すー……はー……」

 

 試しに呼吸をしてみると、息が吸えた。自分の首はロープできつく締め付けられているのが嘘の様に、苦しみも感じない。

 

「生きてるの……私?」

 

 そして今、気づいたが自分は喋る事ができる。

 鬼の言っている事が本当だったと思うのと同時に、魔法少女の体で良かった、と心から思った。

 だって、生きることができたんだから。この体のおかげで。

 

 

 だから、これからも――――生きていける。そう思った矢先だった。

 

 

 美結は胸中から噴き出しそうになる歓喜のあまり、忘れてしまっていた。

 彼女のソウルジェムは、依然として鬼が握っているということに。

 そして、ロープに吊るされた体は、身動きができないということに。

 

 

 ――――美結の思考はそこで止まった。

 

 

 直前、飛びかかってきた鬼が勢い良く何か鋭利なものを振るってきたのは確認できた。

 

 

「飽きた」

 

 

 鬼は、あっけらかんとそう言い放つ。

 深い意味など何もなさそうな、あまりにも純粋で、そのままの発言だった。この玩具で遊べるだけ遊んだのだから、もう用は無い、と言わんばかりに。

 

 地獄の鬼は最初から自分を生かしておくつもりなどなかった。

 

 そんなこと、よく考えずとも分かることだったのに――――後悔が沸々と湧いてくる。形だけでも謝っておけば、見逃してくれるだろうと思っていた。結果的にその浅はかさが自分を滅ぼしたのだ。

 でも、だったら自分はどうすれば良かったのだろうか。すぐに逃げ出せば良かったのだろうか。

 問いかけてみるが、自分の中に答えは無い。そして、周りに答えてくれるものは誰もいない。鬼しかいないが、奴は自分の事は最早眼中に無く、血塗れの刀を眺めて満足げに嗤っていた。

 

 

 ボンヤリと、目線を下に向ける。寸断された下半身が、ボタリと地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?!?」

 

 美結はガバリと起き出した。

 まず、視界に移ったのは勉強机。窓のブラインドから漏れている陽の光が暖かく照らしている。既に朝だった様で、雀の鳴き声が窓越しにチュンチュン聞こえてくる。

 次いで下に顔を向けると、花柄の掛け布団が見えた。白くて可愛らしい花が描かれている――――自分のベッドにあるのも同じ柄の掛け布団だったっけな、と思っていると、

 

(あれ、もしかして……)

 

 あることに気づいて周囲を見回すと、確信した。

 ここは間違いなく自分の部屋だった。どうやら地獄から現実に帰ってこれたらしい。その事実に、ほっと胸を撫で下ろす。強張っていた身体の力が抜けていく…………かと思った。

 

 刹那、ある違和感が、全身を硬直させた。

 

 水浴びでもした様に、冷たい。体を抱えてガクガクと震える。そこで気づいたが、服の上からでも分かるくらいぐっしょりと汗で湿っていた。

 

「……何、これ?」

 

 間違いなく、あの夢が原因だろう。だが、あの夢は、一体何だったのだろうか?

 地獄と鬼――――それらは度々脳裏に表れ、自分に不快極まりない映像を見せてきた。まさか、夢にまで出現するとは。しかも今回はこれまでとは比較に成らない最低最悪に等しい所業。

 

 自分の身体を操り、首吊りさせた。そして――何故かは分からないが――、生きていた自分を……、

 

「……!!!」

 

 ――――そこから先へ思い出すのを無意識に頭が拒否した。

 

 美結の全身を冷感の次は恐怖が襲いだした。必死に抑えようとするが、身体の震えはさっきよりも増す一方で、収まってはくれない。

 かぶりを振って夢の内容を必死に頭から追い払いつつ、着替えをするべく、床に足を下ろして立ち上がろうとする。

 すると、勉強机の上に置いてあったスマホから緑色のランプが光っていた。それは誰かからLINEのメッセージが届いていることを告げている。

 

「………?」

 

 美結はベッドから腰を上げると、勉強机の上にあるスマホを手に取る。次いで画面を確認すると、金髪からメッセージが届いていた。

 

『美結、大丈夫!?』

 

 心配そうな文章が目についた瞬間、そういえば――――と美結はボンヤリと考える。

 昨日、自分は道路の上で倒れた筈だった。もしかしたら、彼女が運んできたくれたのかもしれない。

 そう思い、LINEを起動してメッセージを確認する美結だったが、

 

 

 直後、目を疑った。

 

 

 金髪から送られたメッセージは二件有った。

 一つは上述したものだったが、もう一つはその10分後に送られていた。

 目眩が襲う。

 

 

 

 

 

 

    『美結、ごめんね

 

     お願いがあるんだけど、チームから抜けてくれない?』

 

 

 

 

 

 

 それは簡素な内容だったが、彼女を失意のドン底に叩き落とすには充分な威力を持っていた。

 咄嗟に、スマホを叩き割りたい衝動に駆られた。

 

 

 

 

 

 

 ――――掛け布団に描かれている花が、『白いアサガオ』から『キスツス』に変わっていることに、美結は気づけなかった。

 

 

 

 

 




 地獄か現実か。






 おかしい、Bパートまでノリノリで書けたのですが、C・Dパートは無茶苦茶辛いです。
 恐怖心を煽らせる様な文章表現だったり台詞回しがどうにも書けません……。
 あと、相変わらず余白が多いです……orz 


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     それでも『人』と呼ぶべきか D

 

 

 

 

 

 

 激情で支配された心が、スマホを床に叩き付けて破壊するべく、手を振り上げさせる。

 

「……っ」

 

 だが、行為にはいたらなかった。寸手で胸中に湧いたある疑問が、美結の乱れきった感情を一瞬だけ、取り締めた。

 手を下ろし、深呼吸する。煮えたぎった感情に水が注がれていくのが分かる。

 やがて、美結は再びスマホの画面に目を戻し、通話のコマンドをタップした。

 

『美結!? 大丈夫なの!?』

 

 金髪が心底心配そうな声を挙げて出て来る。悲痛さすら感じられる声色からは、自分に『チームを抜けろ』と送った人物と同一とは到底思えなかった。

 彼女が何故……?

 美結の心に再び激情が溢れそうになるが、歯を食いしばって抑えつつ、なんとか冷静さを装いながら、問いかける。

 

「昨日のあれ……何? 私にチームを抜けろっていうのは?」

 

『あれは……、変な意味じゃなくって、一時的にって意味だよ……』

 

 返答には狼狽がはっきりと感じられた。何かを隠そうとしているような言葉に抑えていたものが一気に吹き上がる!

 

「ふざけないで!!」

 

『っ!?』

 

 怒声を叩きつけると金髪が怯えて呻き声を発するが、美結は止まらない。

 

「私がどれだけみんなの為に頑張ってきたと思ってるの!? どれだけチームに貢献したと思ってるのよ!? 魔女だけじゃない!! シマアラシの魔法少女と戦った時だって、いつも私が頑張ってきたのに……!!」

 

 最後の方は声が震えていた。

 自分がチームに加わってから4ヶ月、今までの功績の全てをゴミ箱にブチ込まれてしまった感覚。自然と悔しさと悲しみの感情が滲み出てしまっていた。

 

『……で、でもっ!!』

 

 金髪は黙って聞いていたが、やがて張り合う様に大声で訴えてきた。声は自分と同じく、震えている。

 

今の(・・)美結を、戦わせることなんてできないよ!!』

 

「っ!!」

 

 その指摘に刺さるような痛みを覚えた美結は、言葉に詰まる。

 

『昨日の美結、凄くおかしかったんだよ!? 私達の知ってる美結じゃなかった!!』

 

「……っ」

 

 必死な金髪の言葉に、美結は返す言葉も無くなってしまう。

 

『みんなも言ってたよ……! あんな美結、初めて見たって……。

 だから、美結には、気持ちが落ち着いて、元通りに回復するまで休んでもらおうって、みんなで話し合って決めたんだよ……っ!』

 

 会話の合間合間に鼻をすする音が聞こえる。間違いなく金髪は泣いていた。真剣に自分の事を想ってくれていたのだと感じた美結は、先程怒りを叩きつけたのを後悔しそうになった。

 しかし、そんな彼女だからこそ、最初に疑問に感じた。

 

「……ちょっと、聞いていい?」

 

 それは聞いてはならないことだったのだと、美結は後で思った。

 

『……何?』

 

 金髪が涙声で聞き返す。

 

 

「……それ、誰が(・・)最初に言い始めたの……?」

 

 

 一番仲間思いの金髪が、自分に対してあっさりと『チームを抜けて』とメッセージを送る事がおかしかった。彼女だったら、他の仲間達が何を言っても、食い下がる筈なのだ。

 

『……………………』

 

 返事は無い。それどころか鼻を啜る音も聞こえてこない。

 もしや、金髪は消えてしまったのではないか――――そうとさえ思える電話越しの静けさに、美結は薄ら寒い物を感じた。同時に、ある考えが頭の中にふっと湧いた。

 もし、電話中の金髪の隣に誰かがいて、それが自分の言葉を傍受していて、自分の質問が金髪から返ってくる前に、彼女を消してしまったのだとしたら…………そして、それが可能な人間は自分の知る限り一人しか居ない。

 

「……どうしたの?」

 

 美結は背筋を氷でなぞられる様な冷たさに怯えつつも、祈る気持ちで再び問いかける。

 

『…………美結、怒らないで聞いてね』

 

 しばらく間を置いたものの、金髪から言葉が返ってきたので美結は内心でホッとした。

 しかし、彼女の言葉は先程から一転して、ゾッとする様な冷たさがあった。別人とすら思える声色に、美結は先程の沈黙の間に何が有ったのか、考えずにはいられなかった。

 

『……あの人が、最初にそうしようって言い出したの……』

 

「……っ!」

 

 だが、『あの人』――――その部分を聞いた途端、美結の思考が止まる。

 

「もしかして……!」

 

 美結は息を飲む。

 

『そう、  さん……』

 

 ノイズの掛かった名前が、金髪から吐き出される。

 刹那、心臓が強く脈打ち始める。バクバクと激しく動くそれは、自分の体を内側から発熱させてきた。

 

 ――――やっぱり奴だ。奴の入れ知恵だったんだ……!

 

 あの女性への怒りが、沸々と湧き始めたかと思うと――――

 

「っ!!!」

 

 すぐに沸点を超えてきた。美結が奥歯を潰す様な勢いで、ガリッと噛む。同時に口から火が出た。

 

「今すぐあいつから逃げて!! あいつは私を遠ざけてみんなを殺そうとしてる!!」

 

『待って美結! 美結がどうして  さんを怖がるのか分からないけど……』

 

 分からない? ――――自分がこれだけ必死に訴えているのに、『分からない』?

 …………目眩がしてきた。

 

 

『  さん、いい人なんだよ』

 

 

 次いで告げられてきた金髪の言葉に、美結は足腰がおぼつかなくなってきた。両膝が力を失い、ガクリと崩れていく。 

 目眩どころか頭痛までしてきた。クラクラと歪む視界と相俟って気持ち悪さが尋常でない。突然大声で叫んだので、唯でさえ疲弊しきっている心身に鞭を打ってしまったのもあるが……それ以上に金髪が――恐らく他のみんなも――あの女性の仮面の顔を信じているという事実の方が衝撃だった。

 

『以前、魔女に襲われた時、助けてくれたの』

 

「それだけで?」

 

『もっとあるよ。その魔女を一人で倒してくれて、グリーフシードも譲ってくれた。それに、【自分はそんなに使わないから】って、今まで貯めてた分も全部譲ってくれたの……』

 

「……!」

 

 絶句する美結。当然だ。

 

『  さんね、凄く面白い人なんだ。美結が来なくなってみんな落ち込んでたんだけど……  さんがチームに入ってくれたおかげで救われたの』

 

 あの女性に対する羨望が混じった金髪の優しい声。だが、美結にとっては全てが、耳を疑うものでしかない。

 

『それに、  さん……昨日の件でも、自分が一番悪いんだ(・・・・・・・・)って、悔やんでたんだよ……。本当は美結の事を真剣に考えてあげられなかった私達が悪かったのに……。そう言っても、【自分があの子の居場所を奪ったから、こんなことになったんだ】って……責任感じてた』

 

 嘘だ。

 

『あのね、美結。昨日美結を運んでくれたの、  さんだったんだよ?』

 

 嘘だ。金髪の言っている事は全てデタラメだ。あの女性がどこかで彼女を操っているに違いない。

 

 

『だから美結。  さんはいい人なの』

 

 

 だが、金髪のあまりにも純粋なその言葉が、美結の心にトドメを刺した。

 

『美結が勝手にそう思い込んでいる(・・・・・・・・・・・・)だけなの。だから、美結……落ち着いたら、もう一度、  さんと話し合って』

 

 もうこれ以上聞きたく無かった。プツンと通話を切る。

 

 ――――嘘だ。全部ウソだ。デタラメだ。偽りだ。夢だ。幻覚だ。

 

 頭の中をそれらの言葉群で必死に埋め尽くす。

 しかし、先程、あの女性の事を語る金髪の声色――――彼女が奴のことをとても信頼しているのは耳が感じとった。それに、昨日の件を思い出すと、他の仲間も金髪と同じ様子だった。自分以外誰一人としてあの女性を微塵も疑ってなどいなかった。

 つまり……

 

 

 

 

『間違っているのは、自分自身』

 

 

 

 

「っ!!?」

 

 再び頭に過ぎったその考えを、美結は必死に頭を振って払う。

 何を馬鹿な――――自分まで信用できなくなってしまっては奴の思うツボじゃないか。だが、仲間達はもう頼れない。だとすると、自分が助けを求められる者は、もうあと一人しかいない。それは、あらゆる意味で一番頼りたくない相手だったが、仕方がない――――

 

 美結はその者に縋るしかなくなった自分に忌々しさを覚えながらも、呼びかける。

 

「キュゥべえ、居るんでしょ、出てきなさいよ……早く……!」

 

「僕に何か用かい?」

 

 机の下の暗闇になっている場所から、のそのそと忍び寄ってくる四足歩行の白い生命体。

 

「大変な事になってる……貴方の知らない魔法少女が、私の仲間に近づいている……!」 

 

「それで?」

 

 キュゥべえはどこか軽い口調で、猫の様に足で顔を掻く真似をした。真剣に聞いていないどころか、寧ろ小馬鹿にしてるとしか思えない仕草に怒りを覚える美結。

 恐らく、先程から彼女の様子をそこで眺めていたのだろう。しかし、彼は今の美結の必死さを一切気にも止めていない。

 

「前から思ってたけど、貴方って、人の気持ちが理解できないんでしょう……!?」

 

 美結はキュゥべえの問いには答えず、ずっと抑えていた鬱憤をぶつけてしまった。

 彼女が思わずそう言い放つのも無理は無い。出会ってから今まで、こいつの表情が変化したのを彼女は見たことが無かった。四六時中無表情なのがずっと疑問であり、不気味だった。

 その上、喋ることも合理性を求めるものばかりで、感情を欠いており淡々としている。まるで機械と会話している様な錯覚に陥ることが多々あった。

 

「そんなことは今はどうでもいいだろう。僕は、先程の君の発言内容が僕にとって本当に大変な事なのか、と聞いているんだ」

 

 キュゥべえはバッサリと切り捨てると、再び問いかけてくる。

 

「そんなことって……! っていうか何よ! これって大変な事じゃないの!?」

 

 キュゥべえの管轄から外れた魔法少女が、自分の仲間たちと接触している。美結はキュゥべえを踏み潰したい衝動に駆られながらも、それは彼にとっても不都合なのではないかと必死に訴えかける。

 

「別に、大したことじゃない」

 

 だが、彼の返答はにべもない。

 

「実は二週間前に、君が伝えてくれた特徴と酷似した魔法少女を発見してね。今まで監視してたんだが……特に怪しい様子は見受けられなかった」

 

 キュゥべえの話では、あの女性は、美結の通う中学校の裏の小さなアパートに住んでいるとのことだ。

 昼間は離れた地域にある大学に通っていて、夜は魔法少女活動に勤しんでいる。休日は魔女が出現しなければ、もっぱら外出せずに家で寛いでおり、正午が過ぎると昼食と夕食の惣菜を買いにスーパーへと足を運んでいるぐらいのものだった。

 

「彼女は君や君の仲間たちと変わりない、只の魔法少女だと確信した。だから……問題は無い(・・・・・)と、僕達は判断したよ」

 

 そんな訳あるか。美結はカッと目を見開き、射る様な視線を向ける。

 彼は恐らく、あの女性の生活を一部始終観察しただけで判断したようだが、それは早計でしかない。奴の言動、嗜好をもっと調べて欲しい。そこに必ずある筈なのだ。

 

「もっとよく観察して!! 奴は隠れて行動してる!! 必ず誰かを殺してる!!」

 

 殺意の兆候が――――キュゥべえがそれを感じてくれなければもう後は無い。だが、

 

「君は自分が何を言っているのか分かっているのかい? 彼女は君のチームの中にいるんだろう?」

 

「……っ!!」

 

 キュゥべえにそう返され、美結は言葉に詰まってしまう。

 

「君の言葉が真実なら、彼女が行動を起こす時はつまり、君の仲間が死ぬ時だ。君はそれを、黙って見過ごすつもりかい?」

 

 言われた途端、頭が瞬時に凍り付いた。

 正論だった。頭に血が昇ったせいで、思慮が浅くなっていた。

 仲間の命は既に奴の手の内にある事を思い出した時、もうどうにもできないやるせない気持ちが行き場を失って身体の内側で暴れだし、全身を掻き毟りたい衝動に駆られた。

 

「~~~~」

 

 悶える美結。キュゥべえはそんな彼女を涼しさすら感じられる表情でしばらく眺めていたかと思うと……突如、踵を返してどこかへ去っていく。

 

「……ちょっと待ってよ……貴方、あいつをそのままにする気?」

 

「当然さ。問題は無いからね」

 

「そんなこと言わないで、なんとかしてよ……」

 

 息も絶え絶えに懇願する美結を、キュゥべえは鼻で笑う様な言葉遣いで言った。

 

「僕に魔法少女を裁く権限はない。君もよく知っているだろう? それに、もし、彼女が今後何らかの問題を起こしたとしてもそれは僕達ではなく、彼女を管理している誰かの責任ということになるから、僕達が関与する義務は発生しない。それでも彼女を裁きたいのなら君が行えばいいじゃないか」

 

 またもや反論しようがない正論を返されてしまった。絶望と失意が美結の首にのしかかる。

 

「やれやれ。相変わらず、人間の言葉というものは感情によって二転三転するものだね、本当に――――」

 

 

 訳が分からないよ――――

 

 

 キュゥべえは両目を一瞬、不気味に瞬かせたかと思うと、そう呟いて再び暗闇の中へと去っていく。

 

 

 これで、頼れる者は誰もいなくなってしまった。

 

 奇妙な感覚が美結を襲う。

 金髪に紹介された『あの女性』を視界に捉えた瞬間、脳裏に過ぎったのと同じく、奈落に落ちていく自分の身体――――どこまでも深かった。下を見ると底が見えず、暗黒がどこまでも続いていく。

 落下する身体の姿勢をなんとか直して、首を上げると、地上と思しき光が溢れる穴が見えた。しかし、直後に穴は小さくなって消えてしまった。誰かが、塞いだのかもしれない。

 そして、四方八方が暗闇となった。すると、自分の内から何かがふつふつと吹き出して、漆黒に吸収される様に消えていく。美結はそれが何なのか分からなかったが、自分にとって掛け替えのないものだ、という事は理解できた。慌てて手に取ろうとするが、全て擦り抜けていってしまう。

 

 

 やがて、美結の意識が現実に戻ると、壁に背中を預けていた。

 頭が首から落ちそうなぐらい、もたれる。目からハイライトが消え失せ、両手が力無くダラリと垂れるのと同時に、スマホが床に転がった。

 暗闇にあらゆるものを吸い取られ、最後に魂をも奪われた美結は――――物言わぬ人形と化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜――――

 

 月明かりすら一切差さないその部屋には、少女の姿をした人形が座っている。

 

『~♪~♪~』

 

 床に落ちているスマホから音楽が鳴る。音からしてメールの着信音だ。人形に反応はない。

 

『~♪~♪~』

 

 しばらくして、また音楽が鳴った。だが、人形に反応はない。何故なら人形に耳は無いからだ。

 一階には家主とその妻がいるが、閉ざされた部屋から音が届く筈も無い。

 

『~♪~♪~』

 

 また少し経った後、音楽が鳴った。そこで漸く誰かが、スマホを手に取った。

 

「やれやれ、いつまでそうしているつもりだい?」

 

 動物の姿をした生物――――キュゥべえが呆れ返った様に人形に問いかけるが、無駄である。耳が無いのだ。

 

「さっきからメールが送られてきているようだ。君の仲間達かもしれない」

 

 仕方なくスマホの中身を確認する。

 ――――しばらくすると、顔をバッと、勢い良く人形の方へと戻した。

 

「美結……大変だ!」

 

 人形の名を呟いたかと思うと、大きな声で伝えてくる。初めて聞く彼の声色が、人形の耳の蓋を強かに叩く。普段の悠々さはどこにも無く、寧ろ明らかに焦っているように感じられた。

 

「君の恐れていた事が、発生した!」

 

 次いで大声で告げられた言葉が、蓋を破って中に入り込んだ。矢の様に脳に突き刺さり、人形の意識を覚醒させていく。

 そして――――魂を宿らせた。

 

「っ!!!」

 

 人間となった少女――――吉江美結がばっと顔を上げてキュゥべえを見る。何も映さなかったその瞳にはハイライトが戻っていた。同時に、自分がまだ生きていることを確かめる様に歯をギリリと食いしばる。

 そして、彼女はキュゥべえからスマホを奪う様にバッと取り上げると、直ぐに家を飛び出した!! 

 

 

 

 

 

 

 




書きたいこと全部ブチ込んだらクソ長くなったので、分けます……。


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     それでも『人』と呼ぶべきか E

 

 

 

 

 

 

 時期は4月――――日中はかなり暖かくなってきたが、夕方を過ぎるとすぐに街中は光を失って、凍える様な寒さになる。だが、今の美結にはそれを気にしてる余裕は無かった。上着を羽織らず、昨日の衣類のまま彼女は、ある場所に向かって全力疾走する。

 急がなければ……何もかも手遅れになる。

 そう思い、スマホを確認する。メールの送り主はいずれもあの女性――つまり、『青鬼』――からだった。走りながらも3件のメッセージの一文一文を食い入る様に見て、頭に叩き込む。

 

 

 

 

    ―18:30―

 

 

『  魔女が出現した。私も講義が終わったからそっちに向かってるけど時間が掛かりそう 

   大変なところ悪いけど、向かってほしい。

   場所は、昨日の集合場所と同じ  』

 

 

    ―18:50―

 

 

『  今、到着した。大変なことになってる  』

 

 

    ―19:00―

 

 

『  急いで来て  』

 

 

 

 

 三件とも内容は、非常に簡素なものだったが、文面からは只ならぬ事態が発生していることは容易に想像できた。

 足を一層早める美結。女性が通う大学は自動車の速度を上回る魔法少女の脚力を持ってしても、20分は掛かる距離にある。だが、美結の家からは5分もかからない。

 走りながら、美結は自分の身体がさっきまで人形になっていたのが嘘の様に、生きている実感があった。

 

 

 ――――やがて、3分後に、美結は目的地の駅前へと辿り着く。

 時刻は19時を過ぎたばかり。仕事終わりの社会人がぞろぞろ帰ってくる時間だというのに、とても閑散としていて、息が詰まる様な重苦しい雰囲気に包まれていた。まるで前日とは別世界の様である。

 非常に短い道のりの筈なのに、随分遠いところまで走った気がした。ハアッ、ハアッ、と息を切らしつつ現場を直視すると、目を見開いた。

 一番居てほしくない人物が、自分より先に到着していた。

 

「……」

 

 駅の階段前には、あの女性が居る。魔法少女の衣装を纏い、背中を向けたまま棒立ちしている。

 美結は固まった。

 

「…………」

 

 女性は美結の魔法少女の魔力を感じ取ったのか、ゆっくりと振り向いた。その顔に笑みは無い。辛そうに歪んでいる。

 

「……っ!」

 

 初めて見る女性の顔に美結は意識を飲まれそうになったが、寸手で堪えると、謝罪の言葉を口に出す。

 

「遅れてごめん……!」

 

 本当は女性に対してではなく真っ先に仲間達に謝りたかったが、現場には女性の姿しか見えないので、仕方なく彼女に伝えるしかなかった。

 それにしても、と美結は不審に思う。魔女が発生した場合、必ず結界の『入り口』となる円形が中空に発生している筈だった。だが、周囲を見回しても、それらしき円は見当たらない。そればかりか、仲間達の反応が一切感じ取れない。

 

「今更、何しに来たの……!?」

 

 呆然となる自分に対して、女性は表情を歪めたまま、責める様な口調で問いかけてきた。

 まさか――――と、美結はハッと女性の顔を見て、最悪の事態を想定する。

 

「あの、みんなは……!」

 

「これ、見てよ……!!」

 

 女性は美結の言葉を遮ると、彼女の方へと身体を向けた。両目に涙を溜めている。握りしめている両拳を美結の方へ伸ばすと、上向きにして開き、その中身を見せてくる。

 ――――何かの破片だった。色とりどりの欠片が女性の掌の上で転がっている。

 瞬間、衝撃が走った。

 

 

 

『  これ(・・)を砕かないと死なないんだってね? 』

 

 

 

 頭の中で思い返されるのは、昨日見た夢。鬼が告げてきた、信じ難い真実。

 

「まさか……そんな……」

 

 美結の全身が震える。頭の中が鉛を入れた様に重くなっていき、身体のバランスが崩れていく。視界がボヤケて靄が掛かっていく。

 

「魔女は倒したけど、みんな死んだ」

 

 女性の口が開いた。冷淡を極めた口調と共に吐き出される残酷な現実が、美結の胸に突き刺さる。

 

「っ!!」

 

 胸が、痛い。氷柱に貫かれた心臓が冷やされて火傷が全身に広がっていく。

 

「貴方がもっと早く来てくれれば、みんな助かったかもしれないのに……」

 

 女性の口は責めるのを止めない。

 

 

「貴方が、みんなを殺したんだ」

 

 

 それは、今まで受けたどの言葉よりも強烈だった。あまりもの衝撃に美結の膝がガクンと崩れ落ちる。

 

 ――――違う。そんなことない。自分が大切な彼女達を殺すわけ無いじゃない。だって、殺すのはお前で、私じゃないから。

 

 そう言ってやりたかったが、最早言い訳にしかならない。女性の言葉は先のキュゥべえと同じく、一切の反論の余地も許さない、全くの正論だった。美結が何かを言ったところで、『彼女がもっと早くスマホを確認していれば、皆を助けることはできたかもしれなかった』、という事実は覆らない。

 

「吉江さんにとって、仲間って、そんなものだったの?」

 

「違う……」

 

「みんな貴方の事を必死で想ってくれていたのに、どうして見捨てたの」

 

「違う……!」

 

 美結は只否定するが、倫理性も欠片も無い、たった三文字をつぶやいた所でどうにもならない。

 女性が眉間に皺を寄せて、凍える様な視線で睨みつけてくる。

 

 

「この、人殺し」

 

 

 ドスを効かせた低い声が、美結を圧倒した。全身がガタガタと震え、視界が涙でボヤケていく――――が、今の言葉は否定できると思った。

 

「! 人殺しは貴方じゃない……!」

 

 反論が口を付いて出てきた。それだけは絶対に否定したかった。

 

「私を刺して……っ、警察官を殺して……っ、私を追い詰めて……っ、みんなに近づいて……っ、貴女、一体何がしたいのよ……っ! みんなみんな、何もかも、貴女が私の前に現れてから起きた事じゃない……っ! 私が何をしたっていうの……っ! ねえ謝るから……」

 

 大きく息を吸って、口が痛くなるぐらい開く。

 

 

 

「いい加減私の前からいなくなってよおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 

 狂った叫びが、漆黒の夜空に木霊した。誰かに聞こえたかもしれないが、もうどうだっていい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ……」

 

 

 

 刹那――――女性が不敵に嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 美結は、ハッとなって女性の顔を見る。その表情は――――残忍に歪んでいた。口の端が裂け、両目が爛々と底無しの藍色を放っている。

 まさしく『鬼』・『悪魔』と形容するに等しいぐらいに。

 

「ふふふふ…………アハハハハ……!!」

 

 女性は、呆気に取られる美結などお構いなしに笑った。心の底から楽しんでいる様だった。

 美結はそれを見て、すぐに逃げ出したい衝動に駆られたが、脳が今の禍々しい笑みを深く刻み込んでしまったせいで、恐怖が湧いてしまい、足が竦んで動けなかった。

 

「ずうっと我慢してたんだけどさあ、もう無理。堪えきれない…………フフフフ……。

 ほんと、今時の子供ってのは面白いよねえ。ちょっと転がしてやっただけで、ここまで落ちてくれるんだからさあ。まあ、お陰で」

 

 ――――面白いものが、いっぱい見れたけどね。

 

 地面に腰を着いた美結を見下ろす瞳の色は今まで見たことが無いぐらいに、冷たかった。

 

「やっぱり、全部、貴女が」

 

 仕組んだことか――――

 仮面を脱ぎ去りいよいよ鬼の面を露わにした女性を見て、やはり自分は正しかったのだと、美結は確信した。しかし、女性は頭を振る。

 

「何か勘違いしてるみたいだけど、私はまだ(・・)誰も殺してないよ」

 

 平然とした態度でそう否定する。

 

「嘘だ! じゃあ誰が」

 

 ――――やったの!? と問う前に、女性が口を開いた。

 

「だから言ったでしょ。 私はちょっと転がしてやっただけ(・・・・・・・・・・・)だって」

 

「え?」

 

 美結がその言葉に、呆気に取られる。

 転がしてやっただけ――――つまり、脅した事以外は、何もしてない……?

 

「……で、でも……貴方は……」

 

 そう思った直後、心の中に有る正義を示す炎が、強い風に吹かれて萎む様に小さくなっていく。

 覇気を失い、消え去りそうな声で呟く美結。

 

「私に襲い掛かってきた。学校で、トイレにいた私の胸を……」

 

 その腰に刺している刀で――――そうブツブツ言いながら、女性の脇差しを、自信無さげに指す美結。しかし、

 

「覚えがないよ」

 

 女性は頭を振った。

 

「中学校の前だったらよく通り掛かるけど、わざわざ侵入して貴方に襲い掛かると思う?」

 

 もう何度めになるか分からないが、正論を返されて言葉を失ってしまった。顔が青ざめていく。

 

「そういえば、吉江さん。こんな噂知ってる? 洗脳や幻覚を使う魔法少女ってのは、心が他のより弱いの。だから、絶望に近い‎強い恐怖を感じたりするとねえ……自分の意識がその魔法に飲み込まれる(・・・・・・)んだって」

 

 何で突然こんな事を言うのだろうか、と美結は不思議に思ったが聞き入ってしまった。

 初耳だった。

 

「吉江さん、確か、幻覚を使えるんだったよね? 相手からトラウマを引き出せるんだって? もしかしてだけど……その魔法がさ」

 

 一呼吸置くと、笑みを見せながら、言った。

 

 

 

「自分に跳ね返ってるって、考えたこと無い?」

 

 

 

 ――――全身が粟立った。それは自分が一切予想だにしなかった新事実でもあった。

 

 

 自分が女性の被害に有った現場がまざまざとフラッシュバックする。

 まず、刀を首筋に突きつけられ、彼女に対する『トラウマ』を抱いた事が、全ての始まりだった。

 

 ――――学校のトイレでの件。

 ……あれは、たまたま中学校の前を歩いていた女性の魔力を拾って、それで、彼女に関わる幻覚(トラウマ)を見た、となったら、本当に何も無かったということになる。

 

 ――――では、交番の惨劇は?

 

 あれだけは、間違いなく、目の前の女性が行った。警察官が死んだという揺るぎようも無い事実もある。

 

「……警察官を殺したのは」

 

 お前だ、とはっきり突きつけてやろうと思った。

 

「確かに私は交番に居た。でもたまたま、近くを通り過ぎただけよ」

 

「えっ……?」

 

 じゃあ誰が?――――そう疑問に思う。だって、あの場で警察官を殺せる力を持ってるのは奴しか……

 

 

 ……いや、魔法少女である私(・・・・・・・・)も……その気になれば……

 

 

 ……あれ?

 

 

「あの時、見ちゃったんだよね~……」

 

 女性は目を細めて、クスクスと笑いながら、はっきりと言い放った。

 

 

 

 

「貴方が、警察官を殺すの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何があったのか、話してくれないか』

 

 自分に手を差し伸べる警察官の姿が、脳に映る。

 

「……!」

 

 大きく、ゴツゴツしていて、自分の父親にも似た頼もしさが感じられる手。それを取れば、救われると思った。

 

 

 

 

 

 

 しかし、そこで自分は感じ取ってしまったのだ。たまたま(・・・・)交番の前を歩く女性の魔力を。

 そして、トラウマを見た。

 

 

 

 

 

 

【私の手を取ってくれて、ありがとう。ようこそこちら側へ。歓迎するよ、化け物(・・・)

 

 

 手を取った瞬間、頭上からノイズの掛かった声が響く。ぎょっとして顔を上げると、硬直した。

 警察官の顔が、あの女性に変わっている。否、あの女性が警察官に成りすましていた。

 心が、決壊する。

 

「いやあああああああああああああああああああああ!!!!」

 

『き、君、どうしたんだ!?』

 

 絶叫を響かせてバタバタと暴れだす。警察官が仰天するがなんとか諌めようと身体を抱き締めようとする。

 だが、それよりも早く魔法少女に変身した。

 

『な……!!』

 

 突然服装が変わった事に呆気に取られる警察官。その隙を付き、獲物の槍を構えると、勢い良く振りかぶった。

 

『くぇっ』

 

 先端の刃物が、警察官の首筋を捉えた。一本の赤い線が走り――――そして、首が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てを思い出した美結の目から、ハイライトが消え失せる。

 

「……ちょっとからかうつもりで送ったアレが、あそこまで効くなんて思わなかった。

 よっぽど私の事が怖かったんだね。殺したいぐらいに」

 

 アレとは、自分が学校を飛び出す前に送ったLINEのメッセージのことだろうか。

 視界がぐにゃぐにゃに捻れて歪んでいく。

 

「でもまさか、自分を助けてくれようとした人をあんな残酷に殺せるなんて……正直、ゾッとしたよ」

 

 耳に入る女性の声が、ヘルメットを深く被った男性の様に、低くくぐもったものに変わっていく。

 

「あの時さ、貴女のこと、こう思ったよ」

 

 女性が、軽快なリズムを踏む様に言う。

 

 

それ(・・)でも、『人』と呼ぶべきなのかって」

 

 

 

「ひいっ……!」

 

 再び放たれた氷柱の如き言葉が、美結の心にトドメを刺した。かろうじて支えていた上半身が、ゴロリと地面横たわる。

 

 直後、女性が手を差し伸べる。同時に見せてくれたのは、最初に出会った時と同じく、『満面の笑み』。

 彼女の背後には大きな月が有り、光が一直線に射して、彼女の全体像を鮮やかに照らしている。

 不意に美結は、あの女性は地獄から出現した鬼や悪魔ではなく、天から自分を救いに舞い降りた天使だったのでは、と錯覚を起こしそうになった。

 事実、彼女は潔癖だった。言葉と行動には一切の嘘偽りも無かった。言葉通りに自分を脅したが、人殺しは一切行っていない。

 では、自分はどうだ……? この女性に全ての罪を擦り付けて、仲間に嘘を付いて、自分自身も偽って……挙句の果てには人殺しを犯して、最低だったじゃないか……。

 

 

『この 人殺し』

 

 

 そうだ、目の前の女性がさっきそう言ったじゃないか。だから、自分こそが……

 

 

 

 

 

 

『悪魔』 

 

 

 

 

 

 

「あああぁぁぁあああぁぁぁああああああぁぁぁああああああああああ!!!!!!」

 

 たどり着いた答えが美結を内側からズタズタに引き裂いていく。激痛のあまり奇声を張り上げる。

 

「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 何もかもなくなったと思ったが、まだ少しばかりの力は残っていた様だ。美結は立ち上がると、その場から逃げた。

 現実を、これ以上見たくなかった。

 全ての元凶であるあの女性が『天使』であり、被害者として散々な目に遭ってきた自分が『悪魔』。もう訳が分からなかった。

 

 

「あーらら、行っちゃった。駄目じゃん。せめて」

 

 

 ――――●●になってくれなくっちゃ。

 

 

 女性は、小さくなっていく美結の後ろ姿を見ながら、目を細めつつそんなことをボヤいていた。その言葉は美結にも届いていたが、一部分だけが聞き取れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一切の光を遮った自室は、まるで牢獄の様だ、と美結は初めて感じた。

 勉強机の前に座ると、その上に置いてあったノートを取り出し、紙を一枚破く。脇に置いたソウルジェムの灯りを頼りに、ペンを手に取って書き始める。

 しばらくして、書く手を休めると、内容を一から読んで見る。死刑を待つ囚人とはこんな心境なんだろうか、と美結は思った。不意にソウルジェムを見ると、元の色が何か分からないぐらいに濁りきり、黒ずんでいた。よく見ると、ところどころに罅が走っている。

 ソウルジェムが濁り切ると何かが起きる――――その話を以前、金髪としていたが……今の自分にはどうでもいいことだ。

 それにしても、その噂の発端って誰だったんだっけ。

 そうだ、確か、短髪だったか。

 

 よくよく思い返すと、短髪は魔法少女にまつわる色んな噂を知っていた。

 例えば――――『魔法少女はソウルジェムを砕くと死ぬ』というのも彼女から聞いた事があった。どんなに身を震わす様な噂話も、彼女は楽しげに話していた記憶がある。

 

 でも、その話を短髪から聞けた事は自分にとって僥倖だったのかもしれない。いや、これから■■のに僥倖、というのも、おかしな話だが。

 美結はそう思いながら、紙にペンを走らせていく。

 

 

 やがて、書き終えると、ふう、と一息付いた。

 

 ――――これで何もかもが終わった。

 

 ぼんやりとそう思いながら、脇に置いてあるソウルジェムに目を向ける。

 彼女の手が幽鬼の様にゆったりとした動作で伸び、それをグッと掴むと――――力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 21:00――――

 

 一人の少女がその短い生涯を終えた。

 自室の勉強机の上で伏せているところを母親が発見。すぐに救急車を呼び、病院に搬送されるも意識は戻ること無く、医師から死亡認定を受けた。

 死因は不明。

 彼女の遺体が有った勉強机の上には、一枚の紙と、何かがバラバラに砕かれた様な破片が散乱していた。

 

 

 

 紙にはこう書かれていた。

 

 

 

 

『最初に、これを読んでくれただれかに伝えたいことがあります。

 

 私は、謝らなければなりません。

 悪いのは、私です。全部、私が引き起こしたのです。

 

 私は、人の弱みを握ってきました。それで人の上に立てる事に優越感を覚えていました。

 その気持ちが、そもそも間違いだったのです。

 

 私は、そのせいで、自分だけじゃなく、知らない人も、大好きだった友達もみんな不幸にしました。

 

 みんな、死んでしまいました。

 

 私は責任を持って死にます。正直、死ぬのは怖いです。でも、みんなをメチャクチャにしたのは私なので、罪を罰さなければなりません。

 

 私の罪は、学校の先生や警察では裁く事ができません。なので、私自身で裁くしかないのです。

 

 

 みなさん、さようなら。

 

 お父さん、お母さん、先に死んじゃう私を、許してください。迷惑かけてばっかりで、ごめんなさい。

 

 

                         美結』

 

 

 

 明らかな『遺書』であった

 よって、死因は重度のストレスによる自殺では無いか、と警察は判断。

 だが、身体には一切の外傷は無く、念の為、家族の承諾の上で検死を行うも薬物を飲み込んだ形跡も無し。

 

 

 分からないまま、この件は闇に葬られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうちょっと、粘ってくれると思ったのになあ……」

 

 美結の家の前――――彼女の魔力反応が消え失せた事を確認した『女性』は少し寂しげな表情でそうつぶやいた。

 それにしても、と思う。

 いくつになっても、玩具が壊れる瞬間、というのは良いものだ。散々遊んで、弄って、こねくり回して……時間が経つに連れて、汚れと傷を増やしていく様を見ていると段々と愛着が湧いてくる。やがて、限界に達して動かなくなったら棄てなくちゃいけないが、その時の切なさというのは――――なんともいえない趣きがある。味わう度に心が震える。

 

 女性は慈しむ様にその感情に浸っていると、暗闇の奥から誰かがゆっくりと近寄ってきた。

 気配を感じて振り向く。一般的な女性から見て高身長に値する彼女と比べると、一回りは小さい『少女』の姿があった。顔つきも幼く、見たところ高校生と言ったところだろうか。

 

「来たの」

 

 女性は軽い口調でそう声を掛けるが、少女の顔は不機嫌極まりなかった。女性はそれを見てフッと笑みを作る。

 

「……貴女は他の人の事を気にするのかしら?」

 

 口の開いた少女の声はどこか艶っぽさが感じられた。何の感情も映さない零度の視線を、女性に浴びせる。

 

「むずかしい質問ね」

 

 言葉とは裏腹に女性の表情は愉悦に満ちているようだった。少女の瞳には意も介さない。

 

「まあ、すると思うよ……でも、自分の感情までは犠牲にしないかな……」

 

 自分の感情――――女性にとってのそれがなんなのかを良く知っている少女は、不快そうに眉を潜めながらも、淡々と言い綴る。

 

「『私はいま、わが国の宗教戦争の乱脈のために、この残酷という悪徳の信じられないような実例に満ち満ちている時期に生きているが、我々が日々経験していることよりももっと極端な例は、古代の歴史にも一つとして見当たらない。しかし、だからといって私はそういうことに慣れてしまったわけではまったくない』」

 

 ――――『私は、人を殺す快楽のためだけに人を殺そうとするような極悪非道の魂の持主がいたことを、それをこの目で見るまではどても信じることができなかった』。

 

 他人を魅惑し、操り、情け容赦なく我が道だけを行き、心を引き裂かれた人や、期待を打ち砕かれた人や、からになった財布を後に残していく。良心とか他人に対する思いやりに全く欠けている彼女は、罪悪感も後悔の念もなく社会の規範を犯し、人の期待を裏切り、自分勝手に欲しい物を取り、好きな様にふるまう。

 

「『敵意もなく、特にもならないのに、他人の手足を切り刻んだり切断したり、精神を研ぎ澄ませて異様な拷問や新しい殺し方を考え出そうとしたりする人間、しかもそれが苦悶のなかで死にかけている人間の見るも哀れな身振りや動作、悲痛な呻き声といった、おかしな光景を愉しもうという、ただそれだけのために考え出そうとする人間がいたということが、私には容易に信じられなかった』」

 

 ――――即ち、目の前の彼女は、端的に表すと、こう表現ができるのだ。

 

「『なぜなら、これこそは残酷さが達しうる極致だからである』

 

 ――――つまり、あなたは、精神病質(サイコパス)よ。『オバサン』」

 

 少女の言葉に、『オバサン』と呼ばれた女性は、微笑みながら顔を下に向ける。

 そこにあるのは、犬の死骸だった。車に引かれて内臓と骨をメタメタに押しつぶされて死亡した後、カラスに食い散らかされた無残な物であった。時間が経っているのか、露呈している肉は既に赤黒く変色しており、腐臭が鼻を突く。周囲にはカラスが取りこぼしたと思われる肉片が落ちている。

 目を背けたくなる様なそれを、オバサンは、さも愉快そうに眺めていた。

 

「張りの無い単調な毎日や、興味の湧かないことをはねつける勇気があるって言ってほしいね」

 

 そういうと、ニィッと口の両端を吊り上げる。合わさった上下の歯が彼女の残忍さには不釣り合いなくらい、綺麗に光った。

 

「危険で、刺激的で、やりがいのあることをして、人生を存分に生きてるんだ。かったるくて退屈でほとんど死んだような人生を生きるよりは、ずっと活気がある。 ……そうは思わない?」

 

 彼女の瞳が、深海の様に底の知れない青色を放つ。少女はそれを冷ややかに見つめている。

彼女はしばらくニタニタと微笑んでいたと思うと、腰の鞘から刀を抜く。その先端で犬の死骸の――まだ原型が残っている――頭部の頭蓋の辺りを、こんこんと叩き始めた。

 

「それにね――――暴力的で攻撃的なのは、身を守るためのメカニズム」

 

 しばらく叩いていたと思うと、言葉と同時に、先端を強く頭部に突き刺す。頭蓋を貫いて黒い血が溢れだした。

 

「魔法少女の中で生き残る為の手段なのよ」

 

 ドスッ、ドスッと骨が砕ける音を何度も響かせながら刀の先端で頭蓋を滅多刺しにする。

 

「浅い感情をコントロールするのが苦手なだけでしょう?」

 

「少し前はそう思っていたけど……今は、前向きに捉えているよ。そう思わせてくれたのは、あなたよ、『イナ』」

 

 オバサンは、振り向いてニッコリと笑った。

 

「あなたを見てるとさあ……オバサンの方がよっぽどまともだって思えてくる(・・・・・・・・・・・・・・・)んだよね……」

 

 『イナ』と呼ばれた少女は、その言葉に顔を俯かせた。だが構わず続ける。

 

「あなたのこと、あの子以上にこう思ってるよ」

 

 

 

 ――――それ(・・)でも『人』と呼ぶべきか、って――――

 

 

 

 イナは顔を上げずに黙っていたが、やがて俯かせた顔を両手で覆い始めた。

 オバサンは伺う様に見つめる。彼女は悲しんでいるのか、怒っているのか――――いや、どちらでも無いだろう。指の間から見える表情を確認すると、そう確信した。

 だって彼女は、自分と同類なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の顔は、今まで見たことが無いくらいの悦楽に染まっていた。

 乾いた目はギラリと獰猛な瞬きを放ち、口元はニタリと裂けそうなぐらいに歪んだ――――醜悪の笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 Dパートを書いてたら一万五千字もの文量になってしまったので、急遽Eパートを作りましたが……極力今後はDまでで締めるつもりです……。


 本当の悪って何なんだろう。いろんな作品を観てると、ふと考えることがあります。

 よく「俺は殺しがスキだぜ、ヒャッハー!」とナイフ振り回したり銃ぶっぱなしながら粋がる奴とか、「俺は正しいけど、お前はただのクズでヘタレじゃねーかボーケ!!」とか下衆な笑みを浮かべて上から目線で長ったらしく口喧しく罵る奴とか、よく漫画で見かけるのですが、そういうのって、何か違うんじゃないかなあ……と思ったりします。

 音も無く日常に忍び込み、静かに、真綿で締める様にじわじわと対象を追い詰める。破滅したら、その罪を誰かに擦り付けて、自分は誰にもさとられずに去っていく。その繰り返しを日常的に行える存在。

 本当の悪い奴ってそういうやつなんじゃないかなあ、と。


 暗い話が続いたので、次は外伝の投稿をしようと考えております……。



以下余談

※今回の話は構想段階では全く描く予定が無かったのですが、映画『クリーピー 偽りの隣人』をレンタルで観た時、香川照之氏の怪演が凄く印象に残りまして、こういうのを書いてみたい、と思い、急遽執筆に致りました。

※書きたいことを全部ブチ込んだら、色々穴だらけになってしまったので、ツッコミやご指摘は大歓迎です。

※一度書いてから、少し時間を空けてもう一度全部書き直す、という手法を取ってます。とても面倒くさいのですが、まとまった文章を書くにはこの方法が一番だったりします。
 それでも余白の多さと、地の文の少なさはどうにかしたい問題ではありますが……今後精進したいところです。

※今回から書物の引用をさせて頂いてます。
 ちなみに哲学書を最近読んでいるのですが、昔の偉人の文章表現力はかなり参考になりますね。


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 #07__悪意は音も無く忍び寄る A

 1ヶ月後――――

 

 

 

 

 

 

 

 時期は6月中旬。

 朝から眼がクラクラする様な熱気が充満していた。

 

 

 ――――美月家の二階では、長女である縁が焼け付く様な熱をその身に感じて、ガバッと飛び起きたのだった。

 

(おかしい……ちょっと前まで肌寒かったのに……)

 

 パジャマの袖で額の汗を拭いながら部屋の窓を見ると、アブラゼミが網戸に張り付いていて喧しく鳴いている。顔を近づけて目線を下に向けると、市街の至るところで生えている木々がやわらかな新緑に染まっていた。

 今度は目線を上に向ける。青天の中心で、狂った様な暑さを放つ元凶が、冴え冴えしいぐらいの光を放っていた。

 自分の存在を一生懸命アピールしている太陽――――自分はこんなに暑苦しいのに……人に迷惑を掛けている事なんてまるで気にしていないそいつを見ていると、なんだか無性に腹が立ってきた。

 

 なんでこんなにイライラするんだろう。

 そういえば初めて魔法少女のことを知ったあの日の朝も、太陽が凄く忌々しく感じたが………………そこまできて縁は考えるのを止めた。なんだか馬鹿らしいと思ってしまったからだ。

 

 

 ――――憎んだ(・・・)ところで人間である自分に何ができるというのか。

 

 

「縁――――!! ご飯できたわよ――――!!」

 

 母親の声が一階から響き渡ってきて、縁はハッと我に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『昨夜21:00頃、三坂沙都子さん15歳の行方が分からなくなりました』

 

 

 

 

 

 TVを付けた瞬間に映った報道が、一家団欒の和やかな空気を容赦なくブチ壊すことになろうとは、誰も思わなかった。

 

 『連続少女失踪事件』――――それは一ヶ月前から、桜見丘市のみで続いている異様に不可解な事件だった。

 先程まで談笑していた一家の口が、止まる。まるで凍りついた様に一斉に固まると、TVを食い入る様に見つめた。

 

「まただ……」

 

 朝食を口に運ぶ手を止めて、縁が目を細めながらそう呟く。

 

(これで、6人目……)

 

 発端は先月の16日の日曜日――――黒岩政宗や三間竜子と出会い、篝あかりが暴れ回った日――からだったと思う。

 あの日の夜遅くも、居間で父親とボンヤリTVを眺めていたら、今観たものと全く同じニュース速報が急に流れたのを思い出す。

 

(あの時……)

 

 胸が、今までに無いぐらい騒いだ。同時に嫌な予感が的中した気がして、全身がゾワゾワと虫が這う様な感覚を味わったのは、はっきりと記憶している。

 恐らく一ヶ月前に『魔法少女』の存在を知る前の縁だったら、全く気にも留めなかっただろう。とても身近な出来事なのに、別の世界の出来事のように捉えていたことだろう。

 だが、今は違う。無言のままTVを真剣な表情で凝視している。

 

 

 ――――あれから、一週間おきに少女が行方不明になっている。

 年齢は様々だが全員には共通点が3つあった。

 全員がこの街――――桜見丘市の住民であること。13~18歳までの思春期で、消える直前までは、家族間のトラブルは無いが何らかの悩みを抱えていた、ということ。

 あとひとつは……、

 

 

『沙都子さんは、何も言わずに、突然家を出ていった、とのことです』

 

 

(やっぱり……!)

 

 縁がナレーションの声と同時に画面に表示されたテロップを睨みつける。

 最後の共通点――――それは、全く同じ時刻に、彼女達は『自分から』家を出た、ということ。

 中には、こんな夜に何処にいくのか、と家族に止められそうになった子が幾名か居たが、いずれも、振り切って出ていってしまっている。

 

『もし、彼女達をこんな時間に呼び寄せた誰か(・・)が居るとしたら相当な大事件ですよねえ』

 

 いつの間にか、失踪した少女の家の中継から、スタジオに画面が切り替わっていた。

 居並ぶコメンテーターの内の一人、眼鏡を掛けた七三分けの評論家気取りの様な青年が、明らかに思いつきといった感じでそんな言葉を呟く。

 直後、その隣に座るいかにも一癖有りそうな風貌の初老の男性が、青年をジトリと横目で見ると、こう返した。

 

『最近、十代の若者を信者に取り入れて勢力を広げている新興宗教の仕業では?』

 

 MCのニュースキャスターを初めとする周囲が沈黙。空気が凍りついたのだと、画面越しで分かった。中には黙ったまま苦笑いを貼り付ける者も居た。男性は構わず続ける。

 

畢生(ひっせい)会は信者を増やす為なら手段を選びませんからねえ』

 

『楠木さん、まだ畢生会が犯人って決まった訳では……!』

 

 宗教団体を名指しで批判する初老の男性、『楠木』に、隣の青年がひやひやとした様子で声掛けするが、無視されてしまう。

 

『畢生会は、創立当初から洗脳や恫喝など非常に悪辣極まる手段で、信者を獲得してきました。確かあの頃も……』

 

 楠木はそこで、う~む、と首を捻った。

 

『……毎週土曜日だったかな? 二十時丁度になると、基地に信者を集めて、訳の分からない儀式を開催したり、お経を唱えることがしょっちゅう有りましたね。今回の連続失踪事件でも少女がいなくなったのは、いずれも毎週日曜日の二十一時、キッカリなのでしょう?』

 

 悪事千万を堂々と暴露し始める楠木。

 

『それに……最初の少女が行方不明になってからもう一ヶ月経ちますよね? 畢生会も確か、新しい信者を獲得したら、地下に監禁して、そこで『教育』を施すのだと元構成員の方から聞いたことがあります。共通点が多い……こんな真似をするのは畢生会以外に有りえませんよ』

 

 表情は憮然としているが、喋ってる内容からは畢生会に対する怒りの様な感情が聞き取れた。それは若者を騙して洗脳している事に対する義憤なのか、過去に畢生会に何かをされたから、憎んでいるのか――――縁には分からなかった。

 ただ、生放送なのに、堂々と名指しで批判しているオジサンの今後が、縁は心配だった。

 一方、両親はというと『新興宗教』という単語を聞いた瞬間に、うんうん、と首を縦に振っていた。確かに只の失踪事件と言うにはあまりに異様である。楠木と同じくそれが黒幕だと考えているようだ。

 

「なんだか物騒ねえ……」

 

「全く……っ! 縁も気を付けろよ、世の中には変な連中がいっぱいいるからなあ……!」

 

 母親の緑が僅かに困惑した様な顔で呟く。父親の正輝も、不快な表情で苛立ちを込めて娘に忠告するが、彼女は振り向かないまま「うん……」と小さく返すだけだった。

 

(違う……)

 

 だが、縁は楠木の思惑をはっきりと心の中で否定した。

 如何に組織掛かりで――それも『洗脳』が得意な宗教団体――とはいっても、一般人がここまで完璧に……自分達の痕跡を一切残す事無く、しかも全く決まった時刻に、少女を家から呼び出せる事ができるのだろうか?

 …………いや、できない、と縁は、しばらく考えてからそう断定した。

 

 ――――もし、そんなことができる者がいるとしたら、超常の力を持つ『魔法少女』しかいない。

 同時に思い返されるのは、一ヶ月前に、魔法少女・篝あかりが去り際に発したあの言葉――――

 

 

 

 

 

『みんな、滅ぼされる……っ! 【奴ら】に……っ!!』

 

 

 

 

 

 泣きそうなぐらいきつく歪めた顔が、鮮明に浮かんだ。

 飄々としていて、自信満々で、誰よりも強かったあの子をあんな顔にさせてしまう人達――――もし、『魔法少女』だとしたら……そして、今TVで行方不明と報道されている少女達を何処かへ集めているのだとしたら……。

 そこまで考えると、恐怖の感情が襲い掛かってきて、思わず目が震える。明らかに常軌を逸しているとさえ感じた。

 

(それに……)

 

 顔を伏せて、思案する縁。

 二十一時という時刻は、まだ両親が起きている事が多い。自分の家だってそうだ。その時間に家を出ようとしたら、絶対、心配になって止めに掛かる。母親や姉妹はまだいいとして、力の有る男兄弟や父親を振り切る事は、まず不可能だ。

 だが、彼女達は『振り切った』のだと、先程ナレーションで伝えられていた。

 もしかしたら、年齢からして……失踪した彼女達も恐らく『魔法少女』だったのかもしれない、と縁は思った。

 

 

 ――――ということは……同じ市内に住む、優子や纏達にも危機が迫っている……?!

 

 

 魔法少女が、魔法少女を狙う――――これは、あくまで縁の憶測に過ぎないし、犯罪と断定するのは早計かもしれない。だが、立て続けに発生している少女達の自発的な失踪は偶然とはとても言い難い。魔法少女の存在が絶対に裏に絡んでいると考えられた。

 不意に、テーブルにおいてあるスマホを手に取り、LINEを起動すると、連絡帳が表示された。

 大半は葵を始めとする縁の友人達であったが、親指で画面を下にスクロールしていくと、『かがりび』・『matoi』・『メスゴジラ』・『超絶クールビューティ美少女マジカ(略)』……彼女達(魔法少女)を示す名前が有った。

 

 あの一ヶ月前の喧騒以来、彼女達とはあんまり連絡を取り合っていない。

 それは恐らく、一般人の自分達を巻き込みたく無いという想いが強いからであろう事は容易に理解できた。

 同じ学校に通う纏からも連絡は極わずかしかなく、この一ヶ月間で、たった2・3言しか話していない。校内で姿を見つけて声を掛けるも、すぐにそそくさと何処かへ走り去ってしまう。

 

 ……気持ちは分かるが、あからさまな態度を取られるのは、正直嫌だった。せめて学校内だけでも仲良くしてくれたっていいんじゃないか……。

 

 いや、そんな事は今はどうでもいい、と縁は頭をふるふると振った。

 魔法少女を諦めた縁だったが、やはり、彼女達の事が気になってしょうがなかった。

 一ヶ月前のあの日から、同じ悩みが頭の中でグルグルと回転している。これは、『苦悩』というものなのだろうか、と縁は思った。

 気づくと両親は食事を終えて、いつの間にか居間から離れていた。ハッとなり、私も食べなきゃと思い、急いでウインナーを箸で取って口に放り込むが……既に冷めてて、不味かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、葵と昼間、買い物に出かけたぐらいで、特に大きな出来事も無く終わりを迎えようとしていた。

 ちなみに、その葵だが彼女もあの日以来、魔法少女の事を一切口に出すことは無かった。自分を気遣ってくれているのだろう。でも、日を追うにつれ、話している最中に目を泳がせる事が多くなった様に感じる。今日もそうだった。

 葵が視線をよく反らすのは、何かに動揺しているサインだ。長い付き合いから縁は勘で察することができた。

 

(もしかしたら……)

 

 葵は自分とは違って魔法少女の『素質』が有る。

 いつか、白狐……じゃなかった、キュゥべえと出会った事を優子に話した所、彼はとてもしつこいのだそうで、契約を交わして魔法少女になってもらうまでは、頻繁に対象の元へ訪れて、あらゆる話術を用いて迫ってくるらしいのだ。

 葵は正義感が強い子だから、悪徳業者(?)の勧誘程度で折れるとは思えない。しかし、四六時中それが来るなら話は別だ。表情から活気が次第に失われているのが見て取れた。心配になって声を掛けるも、

 

「縁、私は大丈夫。大丈夫だから」

 

 その都度、笑顔でそう返されるだけだった。心から笑っている、というよりは、無理やり愛想笑いしているかのような引き攣った顔だった。

 精神的に結構参っているのは明らかだ。

 

(もし、自分の所にびゃっ……キュゥべえが現れたら文句言ってやるのになぁ……!)

 

 そう決意するも、当のキュゥべえもあの日以来、一切縁の前には姿を現さなかった。

 

 ――――結局、親友ですら自分は助けてあげることもできないのか……。

 

 落胆する縁。寧ろ親友から気を遣われているというこの状態が、彼女にとって凄く苦痛であった。

 現在、彼女は自室に居る。

 ベッドに座り込んで色んなことに頭を回転させるも、自分がアホだからか、それとも魔法少女の世界から外れたせいか、どちらかは分からないが、明確な答えが浮かぶことは無かった。

 不意に、窓から外を見ると、既に日は沈み暗闇が掛かっていた。顔を上げると、一ヶ月前の夜に観たのと同じ様な、大きなお月さまが見えた。

 一切の歪みが無い綺麗な円の輪郭と、金色に輝く美しさに思わず見とれてしまう縁。

 刹那、彼女の頭にある言葉が過る。

 

 

「……苦しいです、サンタマリア」

 

 

 咄嗟に月に向かって、その言葉を吐き出す縁。

 それは、小学生の時に習った――確か、宮沢けんじっていう人だったか――が執筆した文学作品・『オツベルと象』の登場人物『白い象』の台詞であった。

 ある富豪の口車に乗り、身柄を拘束されて、奴隷同然に働かされてしまい、心身共に衰弱しきった白象は、月に向かって助けを求める様にそう呟く場面が有った。

 あの白像と自分は境遇こそ違うが、心境は同じなのかもしれないと縁は思った。何も知らないまま、摩訶不思議な世界へと足を踏み入れてしまった。そこで抱えた問題は測り知れない。

 しかも、自分ひとりでは到底どうにもできないし、周りの人間に相談する訳にもいかないものばかりだ。

 ならば、遥か彼方に居る神の様な存在に祈るしかなかった。

 

 だが、月は一切の答も返さなかった。

 白像と同じ様なアドバイスを、縁には送ってはくれなかったのだ。

 

 縁はハア、と息を付く。

 なんだかずっと、気分が重い。一体この気持を、どうしたらいいんだろうか。今まで普通に生きる事が凄く幸せなことだと思っていた。だが、今は、辛い。

 それは、頭の片隅に魔法少女の存在があるからだ。

 

(今も、みんなは……)

 

 

 菖蒲纏は……この街で魔女退治に励んでいるのだろう。

 

 萱野優子は……隣町の魔法少女達とにらみ合いを続けているのだろうし、TVの報道に胸を痛めているのかもしれない。

 

 宮古 凛は……優子と纏を支えながらも、黒狐と呼んだ篝あかりの行方を追っているのだろう。

 

 狩奈 響は……隣町のどこかで、汚い言葉を大音量で吐き出しながらアクション映画さながらの銃撃戦を行っているのだろう。

 

 三間竜子は……どういう人物かは分からないが……60人以上もの魔法少女を纏めている立場の人だと言うし、自分には想像も付かない様な大変な思いをしているに違いない。

 

 篝 あかりは………………彼女だけは何をしているのか、全く検討も付かない。

 

 そして、黒岩政宗……魔法少女の世界で出会った唯一の一般人。自分と同じなのに、その纏う雰囲気と迫力は、底知れないものがあった。彼は果たして何者で、何をしているのか……あかりと同じく、分からなかった。

 

 

 彼女達――魔法少女の世界の住人――は、今も自分の知らない所で、命懸けで頑張っている――――その努力の中には、自分を含めた『人々の為』も含まれている。それを認識しておきながら、知らないふりをして日々を過ごす自分は、果たして正しいのだろうか。

 できることなら何かしてあげたかったが、彼女達が自分を遠ざけるせいで、何もできはしない。

 

 この一ヶ月間、胸中はずっとそんな思いで覆われていた。

 いっそ魔法少女になれれば良かったものの、生憎自分には資格が無い。しかも、彼女達――特に優子――にとっては、自分は今まで通り普通に暮らす事が望ましいのだと告げられた。それは、『街を守る』という義務が有る彼女達からしてみれば当然の事なのだが、こんな気持ちをいつまでも背負ったまま、生きるのは正直酷だと思う。 

 

 縁が思案に耽っていたその時、電話が鳴る。LINEだ。画面を確認すると『matoi』と表示されていた。

 

「もしもし」

 

 通話ボタンをタップして、電話を耳に当てる縁。

 

『縁ちゃん?』

 

 相手から、女性の綺麗な声が聞こえる。

 

「纏さん、どうしたんですか?」

 

『縁ちゃん、今、空いてる? よかったら一緒にご飯食べない』

 

「!!」

 

 まさかの申し出だった。縁が目を見開くと、

 

「ええ、良いですよ!」

 

 二つ返事でOKした。

 やがて二、三言雑談を交わして通話を切ると、縁はものの4,5分でチャッチャッと仕度を済ませて、さっさと階段を降りて玄関の扉を開けた。

 

「いってきま――――っす!!」

 

 飛び出す縁。庭にある自転車に乗ると、全力で漕いで待ち合わせ場所に向かう。しかし、

 

 

「縁――――――! バッグ忘れてるわよ――――!?」

 

 

「~~ッッ!?!?」

 

 突然響いてきた母親の大声に背中を押されて、ズッコケそうになってしまった。

 結局、彼女はアホだった。

 縁が何も言わずにUターンして戻ってきたのは、言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 なんとまあ中途半端なところで切ってしまいました。


 いよいよ第二章、開幕であります。
 そして、久しぶりに登場した主人公です。
 纏も久しぶりに縁と絡めました。一話以降これといった見せ場が無く、キャラクター性も#05で簡単な説明で流してしまったので(本当は一番やっちゃいけないことだったのですが……)、これからきちんと活躍させていきたいですね……。

 余談ですが、今回投稿が遅れたのはリアル多忙もありましたが、文章力向上の為にと思い、既存の作品の文章を自分流に構成し直す、みたいな事して遊んでた事が原因であります……。申し訳ありません。


 追記

 投稿してから色々おかしい点に気づいて書き直したりします。投稿直後にお読み下さった読者様……本当に申し訳ありません。


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     ▲ A番外  『ウソツキまといさん』

ギャグSSです。



 

 

 

 

 

 

 ここ最近、学校内に於ける纏さんは、よそよそしかったと思う。どんな感じだったかっていうと……

 

『纏さ―――――ん!!!』

 

 放課後、学校内で姿を見かけたので大きな声で呼びかけると、

 

『アーータイヘンダーキョウハヨウジアッタンダーハヤクカエンナキャー!』

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

 あからさまに嘘だって分かる言葉。焦った(つもりの)表情で騒ぎながら両足をグルグルの渦巻きにして去っていっちゃった。

 いきなり逃げられたらこっちはポカ~ンってなるしかないよ!

 

 

 

 ――――

 

『纏さん!』

 

 ある日、街中で纏さんを見つけたので私は大きな声を掛けた。

 

『ビクゥッ!!』

 

 と、全身が幽霊でも遭遇したかのように、大きく震える。……って誰が幽霊だ、失礼な。

 恐る恐る振り向いてきたので、

 

『奇遇ですね! 学校じゃ中々話せないですし、ちょっとそこで話でもしませんか?』

 

 たまたまチェーンのカフェが右側に見えたんで、そう誘ってみたんだ。

 

『え、えっとね……、きょ……きょ……、今日はカフェラテ……』

 

『……ここのカフェラテ、美味しいんですよ?』

 

 でも、目線を私に合わせず、もにょもにょとする様子の纏さん。

 私はどうして普通に喋ってくれないのかな、と怪訝に思いながらも、そう伝える。

 

『そうなの? ……じゃなくって、カフェラテをね……えっと2リットル』

 

『2リットル……へ?』

 

 どう聞いても、今考えながら喋ってますよねっ!? とツッコミたくなった。

 

『2リットル……そうだ、カフェラテ2リットルも飲んじゃったんだ。……だからカフェ行っても飲めない……ってそうじゃなくって……えっと……』

 

 冷や汗をダラダラながら、一生懸命誤魔化しの言葉を考えている様子の纏さんだったけど―――

 

『ここ、カフェラテ以外も、美味しいですよ?』

 

 私がそういった途端、限界が来た。

 

『……とにかくっ!! 2リットルって言ったら2リットルなんだってば―――――――――ッッ!!!!』

 

『纏さ―――――んっ!!??』

 

 周囲の通行人の目線も関係なく、もはや嘘どころか正気を疑うしかない言葉を叫びながら、足を渦巻きにして走り去る纏さん。私が驚きながらも呼び止めようとするけどもう米粒大に小さくなっちゃった。

 

 

 ――――以上から、私が分かったのは、纏さんという人物は絶望的に嘘が下手くそだということです。

 巻き込みたくない気持ちは分かるけど、せめて自分と話す時は普通にして欲しかった私にとっては、ちょっぴりガッカリする出来事でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ちなみに、全力疾走する纏さんですが、誰よりも豊かに実った二つのソレ(・・)が、大きく弾けている事に、全く気づいていないようでした。

 

 眼福。

 

 

 

 

 

 

 

 




……マミさんみたいなキャラにするつもりだったけど、辞めました。


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     悪意は音も無く忍び寄る B

今回は会話メインですが、一万字も超えているため、長いです。




 

 

 

 

 

 

 

 緑萼市――――駅前の高層マンション35階の一角。

 

 

「情報は以上か?」

 

『ええ』

 

 サングラスを掛けたオールバックの白髪に黒いスーツを纏った大柄の男――――黒岩政宗が、端末を耳に当てて連絡を取り合っている。彼以外は誰もいない静寂に満ちた室内に、バリトンボイスがよく響き渡る。

 視界の先にはパノラマビューにもなっている窓があり、地上120メートル下に広がる緑萼市の街並みが映り込んでいた。

 サングラスの奥から僅かに覗かせる獣の如き炯眼(けいがん)が、眼下の街を見据えている。

 

「分かった、引き続き調査を継続してくれ」

 

『アイアイサー♪』

 

 端末越しに指示を下すと、女性の陽気な声が軽快なリズムを踏んで聞こえてきた。緊張感の無い返事に、政宗は「やれやれ……」と心の中で呟き眉を顰める。

 

「…………………………」

 

『…………………………』

 

 直後、沈黙する両者。

 政宗は口を閉じる。相手も閉じているのか、呼吸音が全く聞こえてこない。或いは端末から離れたのだろうか。

 

「…………………………」

 

『…………………………』

 

 10秒経ち……30秒経ち…………やがて、

 

「……………………………切らないのか?」

 

 1分経ち、政宗が静寂を破る為に口を開く。

 

『…………………………そういう黒さんこそ』

 

 電話越しの女性もまた、僅かに困惑を交えた声色で応答する。

 

「いつもはお前から切るだろう」

 

『今日は寂しいから、課長の声を手放したくないんですぅ~』

 

 口を尖らした様な声に、政宗がフッと笑う。

 

「残念。俺はこの後用事でな。切るぞ」

 

『えぇ~?? 今日は頑張ったんですからぁ、付き合ってくださいよぉ~』

 

 彼女の言う『付き合う』とは、男女の仲の事ではなく、脂っこい料理を箸で突っつきながらアルコール飲料を胃に流し込む行為の事である。

 

『寧ろ奢って?』

 

「ダメ」

 

『むぅ、おケチ!』

 

「ケチで結構コケコッコーだな。俺は自分で手に入れたものは、他人に使う気は無いんでね」

 

『この前グリーフシードあげちゃったじゃないですかぁ―??』

 

「条件付きだ。そもそも俺、使わないし」

 

 政宗はニヤニヤ笑いながら、電話越しの女性を挑発する。

 しばらく子供みたいなやり取りをする二人――普段忙しい彼らにとって、こんな風にバカを言い合うのが息抜きになるのだ――だが、電話越しから、ふう、と溜息が聞こえてきたので、政宗は目を細めた。

 

『…………ねえ、課長』

 

 今までの陽気さが一変して、落ち着いた艷やかな声が聞こえてくる。

 

「どうした?」

 

 耳に神経を研ぎ澄ませる政宗。

 

『調査は続けますけど……満足のいく情報は得られないかもですよ?』

 

「……それでもいい。僅かでも、得られれば対策が講じられる」

 

 そこで政宗も笑みを消すと、バリトンボイスをより低めた声で、彼女の耳に残るようにはっきりと言い放った。

 

「俺達が欲するものは全て、山と同じだ。俺達を待ってて、逃げたりはしない。けれども、よじ登らなければならない」

 

 直後、電話越しの女性が沈黙。

 そのまましばらく、何も声を発せず黙っていたかと思うと、

 

『それ、アランの『幸福論』ですよね……? あかりちゃんが好きな』

 

 あからさまに引用している事の指摘を受けたが政宗は特に気にはしない。ふと、右手首の腕時計を確認すると、時刻は18時50分だ。

 

「そうだが……。そろそろ時間だ。また、何か有ったら教えてくれ」

 

『まあったく妬けちゃいますねぇ~。まぁ、善処致しますよ。……でも、課長の方も気を付けて』

 

「俺は平気だよ」

 

 そう告げると、通話を切る政宗。

 市街全体の綺羅びやかな夜景が全面に映る窓に背を向けて、室内を見渡す。

 ここは彼のオフィス兼住まいである。オフィスとは言っても、小さなデスクが広い部屋に点々と置かれているぐらいで、PC等の電子機器や書類は一切なく、他の社員の姿も無い。

 では、政宗がたった一人でこのオフィスを取り仕切っているのか? ――――と言うとそうでもない。

 一応オフィスを構えたものの、自分を含めた全員が仕事で出払う事が思いの他多く、夜も仕事先の宿泊施設で泊まるので、必然的に立ち寄るのは借り主の政宗だけになってしまったに過ぎない。

 彼は、一息付くと、持っている端末のメール欄を起動して、何かを打ち込んだ。やがて、その内容を、先程連絡していた彼女に送る。

 

「頼むぞ、香撫(かなで)……」

 

 政宗は情報を持ち歩かない。また、拠点に情報を残さなかった。

 彼の本来の仕事は、『他所(・・)から仕入れたグリーフシードを売り渡す』という――――所謂、“運び屋”であった。

 故に、彼の身を狙う魔法少女は決して少なくない。

 このマンションは、緑萼市でも一級のセレブが住まう最高級クラスのもので、当然ながらセキュリティーも国内最高レベルのものだ。完全防音性の部屋に入るまで実に4重ものセキュリティシステムを通過せねばならない。ガラス張りのこの部屋も一見無防備に見えるが、全て防弾性だ。

 それでも、魔法少女相手だとあっさり入室を許してしまう、砂上の楼閣でしかない。

 だからこそ、彼は仕入れたグリーフシードや情報を『香撫』と呼んだ彼女に全て託していた。

 何せ、彼女の元は――恐らく政宗の知る限り――、世界一安全な場所なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一階に降りて、マンションの正門から外へ出ると、一台の車が彼を待ち構えているかのように、そこで停止していた。

 政宗が近づくと、運転席の窓がウィーン、と下に降りて、若い男性の姿が現れる。

 

「待ってましたよ、ボス」

 

 若い男性はグイッと身を乗り出して、助手席側の窓からひょこっと顔を出すと、軽い口調で言い放つ。

 どこか老成した雰囲気を持つ政宗とは対照的な印象だった。短く切りそろえた短髪は真っ茶色に染めており、顔つきはまだ社会人経験が少ないのか、あどけなさが感じられる。身体付きも小さく、スーツの上からでも分かるぐらい細くて頼りなかった。

 

「すまんな、慎吾」

 

 だが、この青年――――『荒巻慎吾(あらまき しんご)』も政宗が信頼を置く従業員の一人であった。

 政宗は、軽く頭を下げると、助手席側のドアに手を置く。慎吾と呼ばれた青年は首を引っ込めて、身体を運転席に戻した。

 そして、ドアを開けると、助手席にどっかりと腰掛ける政宗。

 

「……お嬢(・・)は?」

 

 直後、慎吾と呼ばれた青年が、顔を政宗に向けて問いかける。

 お嬢――――その渾名で彼が読んでいる人物の事を思い浮かべて、政宗がニヤリ、と笑った。

 

「気になるか?」

 

「ま、まあ、一応……」

 

 どこか怯えている様な緊張感を孕んだ面持ちで呟く慎吾を、ケタケタと笑いながら横目で見る政宗。

 

「今は私用でいない」

 

「ホッ。そうッスかぁ~」

 

 政宗がしたり顔のまま淡々と答えると、慎吾は胸を撫でる様な仕草を取る。

 心底安心した様な表情を浮かべると、車を発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公立桜見丘高校の前の道を抜けると、国道にぶつかる。そこは駅が近いという事もあって歩道は帰路に立つ人々で賑わっており、道路の両端にはチェーン店の飲食店やスーパー等が居並んでいた。

 右に曲がって、直進すると、以前葵と一緒に寄ったことのあるアクセサリーショップが見えた。その隣には、ファミリーレストランがあり、縁はそこの駐車場に自転車を突っ込ませると、店の裏側にぐるりと回る。駐輪場が見えると、縁は飛び降りて、自転車をそこに止めた。また正面まで回って、店内に入っていく。

 日曜日の19時というのもあってか、家族連れで賑わっている。小さな子供の騒がしい声が四方八方から聞こえてくる。だが、縁はそれよりも、一人の女性の姿をキョロキョロと目で探していた。

 すると、

 

「縁ちゃん、こっちっ!!」

 

 相手の方が先に気づいたか――――。

 約束の相手、菖蒲纏は、縁の姿を確認すると、立ち上がって手を大きく振った。

 モノトーンのボーダートップスとハイウエストのショートパンツの活動的な私服姿に身を包んでいる。

 

「纏さんっ!!」

 

 縁も笑顔で手を大きく振る。そして纏と同じ席にしてもらうように店員へ頼むと、承諾。縁は、纏のテーブルへと歩み寄り、彼女と相向かいに座った。

 

「話って、なんですか?」

 

 矢継ぎ早に縁がそう尋ねる。胸騒ぎがしていた。

 それも当然である。普段、高校であれだけ自分のことを避けていた纏が、急に呼び出して来たのだから。何も無いと思う方がおかしい。

 

「……ゆっくり話をしたいな、って思ってね」

 

「……?」

 

 縁は纏の真意が分からず、首を傾げる。

 

「縁ちゃん、気になることがあるんだよね」

 

 

 ――――魔法少女(わたしたち)のことで。

 

 

 そう付け加えると、縁の身体がビクンッ!! と飛び跳ねて、大きく開かせた目をパチクリさせた。図星である。

 

「優ちゃんと茜ちゃんから止められてたんだけどね……これ以上、縁ちゃんに何も話さないままなのは心苦しくって」

 

 顔を俯かせる纏。声が次第に消え入りそうなぐらい小さくなる。

 

「どうして、急にそんな……?」

 

「私、悪い子なんだ……」

 

「……え?」

 

 自嘲気味に微笑を作って呟かれた言葉に、縁は呆然となった。誰よりも美しく、真面目な印象を誰からも持たれている纏が自分の事をそう思っているだなんて夢にも思わなかったからだ。

 

「他の子が何か言うと、ついついそれに合わせちゃう。自分の意見があるのにそれを言ったら、悪いかもって思っちゃって。……今回だってそう。優ちゃんと茜ちゃんが『巻き込むな』ってきつく言ってきたから、従ったんだけど……」

 

 纏はそこで、一旦言葉を止める。やがて、肩を震わし始めると、顔をバッと上げて、縁の顔をしかと見据えた。

 

「でも……でもっ! いつまでも誤魔化し続けるのは良くないよっ!!」

 

「!! 纏さん……」

 

 突然、強い眼差しを向けられて、縁が驚く。大きく目を見開いて、纏を見つめ返す。

 

「縁ちゃんには、はっきり伝えなきゃって思ったの。魔法少女のことを……。だから、縁ちゃんが気になることがあったら聞いて欲しい。出来る限りは教えるつもりだから……」

 

 真剣な表情でそう言われるも、縁は困ってしまう。

 確かに聞きたいことは山ほど有るので、絶好のチャンスかもしれない。でも、聞いてしまったら、せっかく離れたのに、また魔法少女の世界に足を踏み入れてしまうのではないか、という不安もあった。

 そうなると、以前と同じだ。彼女達の足手まといになる未来しかない。

 

(でも……)

 

 縁は纏の目を見る。自分の顔を見る彼女の瞳は、精悍そのものだ。一切の迷いも感じられ無い。

 それは、彼女が魔法少女の時に見せる顔つきと大差無く、自分が常に焦がれているものと同じであった。

 縁は思う。魔法少女の彼女にとって、一般人の自分と向き合うという事は、魔女と戦うのと同じ様に――――命懸けの覚悟を以て臨む事なのかもしれない、と。

 

 ――――ならば絶対に、無下にしてはいけない!

 

 そう読み取った縁は静かに息を吸い込んで、気持ちを整え始める。

 

「わかりました……!」

 

 そして、纏と同じく真剣な表情を浮かべて、相手の顔を見据えると、コクリと頷いた。

 

「じゃあ、早速聞きたいことがあるんですけど……」

 

「何? なんでもきいて」

 

 纏はニッコリと笑顔を浮かべる。美貌も相俟って女神の様な神々しさが感じられるその表情に縁が一瞬、目眩がしそうになったが、

 

「ッ! ……纏さんは、どうして魔法少女になったんですか?」

 

 歯を食いしばって耐えると、質問をぶつけた。

 すると、顎に手を当て、困った様に眉を八の字にして『う~~ん』と唸り始めた。どうやら、答えるかどうか迷ってるようだ。

 

「大した理由じゃないよ?」

 

「それでもいいんです。みんながどんな思いで魔法少女になるのを決心したのか、聞きたいだけですから」

 

「そっか」

 

 縁が笑顔を浮かべて言うと、纏は目を細めた。

 

「……縁ちゃんはさ、誰かに憧れたことって、ある?」

 

「へ?」

 

 一泊間を置いて纏の口から放たれたのは回答ではなく、質問。予想だにしなかった言葉に縁は、きょとんと目を丸くする。

 

「私が魔法少女になりたいって思ったキッカケはね……」

 

 纏は顔を上げる――――天井を見ているというよりは、どこか遠い光景を眺めているかのようであった。

 

「優ちゃんと、凛ちゃんに、憧れたからなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確か一昨年(おととし)の9月ぐらいだったかな。あの頃、受験生だった私は毎日勉強漬けで忙しくってね。

 その日も夜遅くまで塾で勉強してたんだ。

 

 

 ――――え? 何で公立高校入学したのかって? それは後で教えるよ。

 

 

 一生懸命勉強してたのは、自分の意志なんだ。

 お父さんとお母さんは私には自由にしてもらいたかったんだけど、何かそのまま過ごしてても平々凡々な人生が待ってそうで、何かヤだったんだよね。だから、立派な学校行って、立派な会社に入れば、刺激的な毎日が送れるぞー!! ってその時は意気込んでたんだけど……。

 

 

 ――――あ、話が逸れちゃったから、戻すね。

 

 

 とにかく、平日も休みも勉強勉強で疲れちゃってたんだろうね。

 家に帰る途中眠くて眠くて……、バス亭があるんだけど、そこのベンチを見た途端にもう耐えられなくなっちゃって……その上で、ゴロンって横になって寝ちゃったの。『誰かに襲われちゃうかもしれないのに、私ってすっごく度胸あるなー』って、そんな呑気な事考えてたら、ウトウトしちゃって……。

 

 

 でね、フッて目が覚めたら、もうビックリ!! 違う世界に行っちゃってたの。

 

 

 ――――うん、縁ちゃん、正解。そこはもう『魔女の結界』の中だったんだ。

 

 

 小さい子が遊ぶ様なブリキの玩具とか、熊のヌイグルミなんかが床いっぱいに転がってる不思議な世界でね。絵本の中みたいに幻想的なんだけど……何だかすっごく不気味に感じて、『ああ、私夢を見てるんだ』って思いっきり頬を抓ったり、口の中噛んでみたりもしたんだけど――――現実には戻れなくって……。

 それからはもう、どうしよう、どうしようって、大慌て!!

 

 『あんな所で寝ちゃったから、バチが当たったんだ、神様ごめんなさいっ!!』って謝ったけど、もうどうにもならない。

 そしたら、バケモノ(使い魔)達がどこからともなく、ぞろぞろと集まってきて、私を取り囲んだの。

 黒い服来た子供のお化けみたいなのが楽しそうにケラケラ笑ったり、顔をグルグル回転させて怖がらせてきて……もう、堪えられなくなって、『うわぁ―――――ん!!!』って大声で泣いちゃったんだ。

 それでね、こう願ったの。

 

 

 

 

 

 ――――『誰か、助けてください!!』って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、助けてくれたのが……」

 

「うん、優ちゃんと凛ちゃんだったんだ!」

 

 纏がニッコリとした顔で答える。

 

「二人ってあの頃から凄かったの。優ちゃんはバカ力でバンバン使い魔をブッ飛ばしてたし、凛ちゃんはヘラヘラ笑いながらズバズバ撃ち抜いてて……本当に、自分と同じ世界の人なのかなあって思っちゃった」

 

「へえ~!」

 

 感心する縁。

 宮古凛の魔法少女姿は見たことが無いので、想像できなかったものの、一月前に優子の勇姿を見た縁は、彼女が某無双ゲームの様に、取り囲む使い魔の大群に拳を見舞って遥か上空へ吹き飛ばす光景が容易に頭に浮かんだ。

  

「でもね、そんな二人の事を見てたら……勉強してるのが馬鹿らしくなってきちゃって」

 

「?? それってどういうことですか?」

 

「あの二人と一緒なら、私を違う世界に連れてってくれるのかも……って。だから、あの二人に、もっと近づいて、同じものが見たいって思ったんだ」

 

「!!」

 

 瞬間、縁は大きく目を見開いた。

 纏の今の言葉は――――一ヶ月前に自分が彼女と優子に抱いた気持ちと同じじゃないか。そう思うと、違う世界に居ると思っていた彼女が、急に真近に感じた。

 だからこそ気になった。自分とは違って、素質の有る彼女が魔法少女になった後に見えた世界とは、どんなものだったのだろうか。

 

「……ねえ、縁ちゃん」

 

 思考に耽っていると、纏に声を掛けられハッと我に帰る。

 

「はいっ!?」

 

 思わず素っ頓狂な声を挙げる縁。

 

「縁ちゃんはさ、魔法少女になりたいって、思ってるの?」

 

「え?」

 

 顔から笑顔を消して問いかけてくる纏に、縁は目を丸くした。

 

「なりたいって……」

 

「正直に言って欲しいの」

 

 そう聞いて縁は迷う。キュゥべえに「魔法少女の資格は無い」とはっきりと言われたし、優子から命の心配をされていたと知った時、確かに諦めたつもりだった。

 

「…………」

 

 縁は暫し、腕を組んで苦い顔を浮かべながら首を捻って「う~~ん」と唸る。ふと、纏を見ると真剣に自分の顔を見つめていた。どのような答えが来ても受け入れるつもりだろうか。

 彼女から覚悟を感じた縁は、意を決して口を開いた。

 

「……多分、なりたいと思ってます。今も」

 

 縁は纏の目を見て、はっきりとそう伝える。

 先程纏は、自らの事を『悪い子』だと卑下していたが――――心配の種を増やす事が分かってて、こんなことを言ってしまう自分の方がそれ以上に悪い子だよなあ、と思った縁は苦笑いを浮かべる。

 結局、魔法少女への憧れは失われてはいなかったのだ。それは一ヶ月経った今も、自分の頭の奥底で燻り続け、感情の線を炙っていた。

 

「そう」

 

 対する纏は、驚きも呆れもせず、真剣な表情のまま頷く。

 

「でも、キュゥべえが現れて、言ったんです。『君には素質が無い』って。それは『感情値が弱い』からだって。だから、結局、私、普通の人のままなんです。纏さんや優子さんの助けになんてなれない。凛さんみたいな強さも持てない。だから、諦めたんです」

 

 笑顔を浮かべながらも、段々震えてくる言葉を、纏はただ、うんうん、と聞いていた。

 

「でも、魔法少女になりたいって思うのは、憧れたから、なんだよね?」

 

「はい……」

 

「だったら、その気持ちは捨てちゃダメ。大事に持ってていいと思うよ。でも……」

 

 纏は顔を影を落とす。

 

「優ちゃんはいいけど……、私なんかに憧れちゃ……ダメだよ」

 

「え?」

 

 縁が大きく目を見開く。

 

「私、地に足がついてないから。他のみんなみたいに……」

 

「そんな……纏さんだって、強くてカッコイイですし、今も魔女と戦ってるんでしょ? それに……葵の事だって」

 

 そうなのだ。

 葵には『魔法少女の素質』が有り、魔女に狙われやすいのだと宮古 凛が告げた。

 この一ヶ月間、葵は一切口には出さなかったが、もしかしたら、何度か魔女に襲われているのかもしれない。それを助けられるのは、目の前に居る纏ただ一人である。

 

「いつも守ってばっかりだと思うし……本当に、どう感謝したらいいのか、わからないぐらいですよ」

 

 縁がそう言うと、纏は僅かに顔を上げて、笑みを作る。

 

「うん、ありがとう……縁ちゃん。でも、憧れるんだったら、本当にその人が尊敬できるのかどうか……『本質』を見極めてからにした方がいいと思う。後で予想してたのと違って、ショックを受けたら辛いから……」

 

 人の『本質』……そんなこと、今まで考えたことも無かった。

 それって、一体なんだろうか、想像も付かなかった。

 自分が今見てる纏は、恐らく正真正銘、菖蒲 纏という人物そのものだ。でも、彼女の言葉からすると、本当は違うのかもしれない。

 

(それって、私が纏さんの『本質』が見えてないから……?)

 

 頭をグイッと捻って考え込む。

 ――――脳内では巨大なクエスチョンマークがどんどん床から生えてきて、チビ縁がバタバタと逃げ回っていた。

 なんだかアホな自分には難しすぎて頭がおかしくなりそうだった。

 

 

 ――――やがて、プシュ~~、と、どこかから煙が噴くような音が鳴り始めた。同時に視界がユラユラ揺れる。

 

「ゆ、縁ちゃん!? そんな難しく考えなくっていいんだよっ?!」

 

 あたふたと慌てた纏が、自分の両肩を掴んで必死に呼びかける。ハッとする縁。知らない内に考えすぎて脳震盪みたいなものを起こし掛けていたようだ。

 

「う~~ん、でも、やっぱり難しいですよぉ~」

 

 テーブルの上で、両目をぐるぐるに回しながら、へなへなと力無く突っ伏して情けない声を挙げる縁に、纏はニッコリと笑顔を浮かべる。

 

「そうでもないよ」

 

「へ?」

 

「人の本質ってね、何気ない所で案外簡単に見えちゃうものなんだ」

 

「???」

 

 そういって晴れやかな笑顔を見せる纏だが、縁は彼女の言葉と笑顔の意図がさっぱり分からず、頭の中の混乱は増すばかりであった。

 刹那――――

 

 

「あら、纏じゃない」

 

 

「へ??」

 

 突然、脇から聞こえた綺麗な女性の声。

 縁が振り向くと、纏と同等……いや、それ以上に美しい女性が居た。薄紫色の髪を縁と同じく、肩口でショートカットに切りそろえ、前髪は纏が左目を隠しているのに対して、女性は右目を隠していた。身長はスラリと高く、白いブラウスにゆったりとしたデニムショートパンツの夏らしいファッションを身に纏っている。

 ショートパンツから伺える生足が眩しいが、何より、服越しから伺える胸部に実った豊かなそれは正しく狂気的な破壊力を持っていた。

 

(あれ……?)

 

 女性の顔に既視感を覚え、まじまじと見つめる縁。薄紫の髪色や片目だけ隠すという独特な前髪もそうだが、女神の様な笑顔と輪郭が、纏に良く似ていると思った。

 

「あ、お姉ちゃん」

 

「!? お姉ちゃんっ!?」

 

 纏がその人物をそう呼ぶと、縁は飛び跳ねる様な勢いで驚いた。

 

「ああ、私、三人姉妹の末っ子なの」

 

「はい?」

 

 続けざまに衝撃の事実が纏から繰り出され、目が点になる縁。

 末っ子キャラって……いやいや、どうみても纏さんって、お姉さんキャラなんじゃ――――てっきり弟か妹かいると思っていたばかりに、今の彼女の発言には呆然となるしかない。

 

「こっちは真ん中のお姉ちゃんなんだ」

 

 困惑する縁を他所に、纏は笑顔を浮かべて女性を紹介する。

 

「『菖蒲真綾(あやめ まや)』です。初めまして~。いつも纏がお世話になってます~」

 

 纏の姉こと、真綾は上半身を90度に曲げて、丁寧にお辞儀をしながら挨拶した。

 

「は、初めまして……」

 

 頭を下げて緊張気味‎に挨拶を返す纏。

 相向かいには纏、脇には真綾……グラビアアイドルも裸足で逃げ出す様な女神の如き美女二人に囲まれて、縁の心臓はバクバクし始める。

 今の自分の状態を言い表すなら、両手に花……というよりは、前門の虎、後門の狼に近いのかもしれない。

 

「貴女が美月さんね。話は纏から聞いてるよ」

 

「はあ、恐縮です……」

 

 真綾から手を差し伸べられる。縁はドキドキしながら、その手を握り返す。

 

「大変でしょう? この子の相手するの」

 

「え?」

 

「この子って、見た目は随分立派になった癖に、中身はほんと~に子供のまんまで……お友達や彼氏に迷惑を掛けてないか、心配で心配で……」

 

 縁は『ん? 彼氏??』と思ったが、それは後から聞くことにした。

 ふと、纏を見ると、よっぽど恥ずかしかったのか、顔が真っ赤に紅潮する。

 

「お、お姉ちゃんっ!! 私だってもうすぐ17だよっ!? いつまでも心配されるような子供じゃないよぉ~~!!」

 

 纏がアワアワしながら、両手をバタバタ振りつつそう訴えるが、真綾はガン無視。

 

「その仕草が子供っぽいって言ってるの。それに……昨日だって」

 

「わ――――!! わ―――――!!」

 

「むぐぐ……っ」

 

 何やらとんでもないことを暴露しようとする真綾だが、纏は涙目を浮かべながら大声を挙げて彼女に飛びついて口を塞いだ。

 

「アハハハ……私一人っ子だから、お姉ちゃんがいるって、羨ましいですねー……」

 

 縁は目の前の光景に、乾いた苦笑いを浮かべながら、そう呟く。

 それにしても、真綾に対する纏の反応は、普段の彼女を知る縁にとっては信じ難いくらい、子供に見えた。恐らくこれが彼女が先刻言った、『本質』というものなのだろうか?

 まあ、それはともかく、真綾は何を言おうとしたのか、気になるところでもあったが……。

 いや、纏の名誉の為にも今は聞かないでおこうと、心に決めた縁であった。

 

 

 ちなみに、その後、真綾を含めた3人で食事をすることになったのだが――――

 

(うっ……!?)

 

 プレートから全体の3分の1もはみ出た分厚いステーキ肉が、二つも目の前に並べられた瞬間、縁は食欲を失いそうになった。

 なお、彼女が注文したのは200gのハンバーグプレートである。それに対して、菖蒲姉妹は、なんと1kgはあろうかという超ビッグサイズのステーキを各々注文したのだ。

 しかも、食事が始まると、大食い選手権さながらのスピードで食べていくので、ステーキはみるみるうちに身が小さくなり……やがて、縁が食べ終えるよりも早く、ペロリと平らげてしまった。(しかも、ご飯はおかわり自由なのだが、気がついたら6枚もの皿が重なっていた)

 

 女神の美貌を持つ彼女達の食欲は――――魔王レベルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 菖蒲姉妹と別れて、自転車を漕ぐ縁だが、その表情は複雑さを孕んでいた。

 結局、『桜見丘市で起きている事件』に関しては、聞くことができなかった。

 

(でも……)

 

 散々迷ったが、聞かなくって正解だったかな、と今は思っている。

 一般人の自分がそんな事を言ったら、それに纏の性格を考えたら、巻き込ませまいと余計に責任感を負わせてしまうだろう――――せっかく、彼女と近づけられるチャンスを得たのだ。今以上に距離を置かれてしまったら、もっと辛くなる。

 それに、自分が本心から聞こうと思っていたアレが完全に二の次になっていただろう。

 アレに対する答えが聞けただけでも、存外、自分は救われた(・・・・)、と言えるのかもしれない。

 縁は、俯かせた顔を持ち上げて、空を見た。そこに有るものを、先の光景と照らし合わせる。

 

 

 

 

 ――――

 

 

『あ、あの……!!』

 

『ん?』

 

 食事を終えると、外に出て、レストランの入り口前で菖蒲姉妹と別れる縁。先へ歩く真綾の後を纏が付いていこうとするが、その背中に向かって縁が声をぶつける。

 振り向く纏。

 

『纏さんは、今、【幸せ】なんですか!?』

 

 縁の質問に、纏はきょとんとした顔で目をパチクリさせるが――――やがて、意図を読み取ったのか、ニッコリと笑顔を浮かべて、答える。

 

『……うん、【幸せ】だよ』

 

『それは』

 

 ――――どうして? と問おうとした。常に命の危険が付き纏う魔法少女活動、更に自分の親友を守って貰っているという過酷な状況にも関わらず、笑って『幸せ』と答えられるのが、疑問だった。

 だが、縁が言うよりも早く、纏は続ける。

 

『だって今、あの二人と同じものが見れてるんだもの。茜ちゃんも可愛くてしっかりしてていい子だし……こんな良い仲間に囲まれてる私って最高に恵まれてるよね』

 

 そうは言うが、縁は心配だった。屈託の無い笑顔を向けているが、もしかしたら無理をしているのかもしれない。彼女の表情を見ているとそれを読み取ってしまいそうな気がして、目を逸した。

 

『でも、それよりもね……もっと嬉しいことがあるの』

 

『え?』

 

 囁く様な言葉に、縁がハッとなって、纏の顔を見る。

 

『縁ちゃんと葵ちゃんみたいに、普通の人達が、魔法少女(わたしたち)の事を知って、応援してくれてるんだって事!』

 

 一片の影も差していない、眩しいぐらいの笑顔が、そこには有った。

 

『だからね……これからどんなに大変な事があっても、頑張れる気がするんだ!』

 

 

 

 

  ――――

 

 

 時間は19:30――――

 すっかり暗闇が覆う景色の中で、彼女の笑顔が、天に浮かぶ月の様に光り輝いていた事を、縁は思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 1万千字超えちゃったよ畜生!!


 難産でした。
 会話がメインとなりましたが、動きが無いと書きにくいですね。加えて、(以前も書いたかもしれませんが)キャラクター同士を会話させると、ず~っと話しているので、どう着地させるのか大いに迷ってしまいました。

 さて、#07は、どういう風に締めるか全く考えずに、殆ど思いつきで書いてます。
 (大体は、このキャラとあのキャラを絡ませたら面白いかな~とかです)
 ただ、今更ながら結末を、最初に決めてから書くべきだったと後悔しております。道筋が見えないまま書くのは、やっぱつれぇわ……。

 そして、新キャラを多数登場させましたが、これらも例の如く気がついたら作ってました。。。
 ちなみに、政宗サイドの話になると、どうしても『大人の事情』的な複雑なものを書かなければならず、結構しんどかったりします。

 あと、菖蒲姉妹の容姿に関しては、Fate/Grand Orderのマシュ・キリエライト嬢を想像していただければ、と思います。



 次回は、また間をおくことになります。……もしかしたら15日以降になるやもしれません……。


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     ▲ B番外  『ブチギレまといさん』

 本編に組み込もうとしたら、長くなりすぎたのでこちらに回したネタです。
 一応、Bパートから一週間後ぐらいの話ですが、今後の本編の展開次第では時系列的に矛盾が発生するかもしれません。



 

 

 

 

 

 

 あれから一週間後のことです。

 再び、纏さんと食事をする機会があったので、また聞きたかったことを聞こうと思います。

 

「纏さんって……彼氏、いるんですか?」

 

 あの時、纏さんのお姉さんがポロリと溢した人物。魔法少女の彼氏さんってどんな人なんだろう。あの日から私はとても気になっていました。

 私が前ここで頼んだものよりも5倍はあろうかという、ジャンボサイズの和風ハンバーグを、それはもう幸せそうな満面の笑みで、頬張っている纏さんですが、

 

 尋ねた瞬間――――ピシッ! と石みたいに固まってしまいました。

 

 それを見て私は「あ、マズイ」と思ったのですが、もう逃げられません。

 

「もしかして…………、あの、その、ごめんなさい」

 

 居ないんですか? とはっきり聞くのは止めました。

 悪いことをしたような気がして直ぐに謝りましたが……直後、纏さんの身体がワナワナと震え出すのです。

 私はどういう訳か、その姿が噴火前の火山を彷彿とさせてなりませんでした。

 

 ぶっちゃけ、もう逃げたかったよっ!!

 

「……縁ちゃん……」

 

「……っ!!」

 

 纏の口から、別人とさえ思える様な低い声が響きます。私は背中に氷を当てられたみたいにゾッと震えました。

 ですが……、

 

「彼氏はね……居るよ」

 

「はいぃっ!! ……って、へ?」

 

 てっきり怒られるっ!と思って、身構えましたが、まさかの答えが返ってきたので思わず首を傾げてしまいます。

 では何で、そんな怒ってる様な雰囲気を纏わせているのか――――その時は理解できませんでした。

 

「でもね、縁ちゃん」

 

 纏さんが顔を上げます。

 満面の、すっごく良い笑顔でした……。でも、その上半分にはドス黒いオーラが掛かっています。声も低いままです。

 

(ひいいいっ!!)

 

 いつも笑顔で明るい女神みたいに優しい纏さん☆ 

 ……の、まさかの暗黒面を引き出してしまったじゃないかっ!! どーすんの私!? ねえっ!?

 

 と、頭の中で私は悲鳴を上げました。

 

「その人、高校卒業したら医学校希望してるの、だから、私は彼の負担にならないようにデートの時は極力彼に合わせるようにしてるんだけど……それってすっっっごくっ!! 辛いんだよ……。分かる??」

 

「え、えっと……」

 

 同意を求められましたが、生憎私には彼氏が居た事無いのでまっっったくっ!! 理解できません。

 

「それにね、頭の良い人だから、ニーチェとか福沢諭吉とかすっごく難しい話をよくしてくれるんだけど、正直クッソどうでもいいんだよね。それにご飯の時だって、こっちはガッツリ食べたいのにイタリアン行こうとか言い出して、お洒落なんだけど高そ―なお店で茶碗一杯分ぐらいのパスタしか食べられなくって、更にそれとサラダだけで千円以上取られたりボッタクリもいいとこだよねしかも聡史くん身持ち固いからこっちがアタックしてもあんまり反応してくれないしもう付き合って一年は経つんだけど未だに仲が進展しなくって正直私何のために彼女やってんだかそう考えると辛いよでもあとであいつ一回シメ」

 

 私は、『あ、もう限界が近いな』、と思いました。

 

「纏さんっ!! ストップスト――――――ップ!!」

 

 これ以上言わせたら歯止めの効かない事態に発展すると本能が感じたのかもしれません。

 ――――噴火したら、間違いなく最初に被害に遭うのは私なので……そうなったらこの世からいなくなっていたことでしょう。

 大声を挙げて止めました。

 他のお客さんから注目を浴びるのは恥ずかしかったですが……それよりも自分の命の方が大事だよっ!?

 

「あっ……ご、ゴメンね」

 

 我に帰った途端、纏っていたオーラが消滅しました。わたわたと慌てながら咄嗟に私に謝る纏さん。

 

「い、いえ……いいんです……っ」

 

 ――――大惨事にならなくって本当に良かったぁ~。

 

 私はぜえ、ぜえ、と息を切らしながら、そう思い、テーブルに突っ伏すのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 




 以上、息抜きで書いたネタでした。


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     悪意は音も無く忍び寄る C

 

 

 

 

 

 

 政宗達の乗る車は、緑萼市の駅前の繁華街を走っていた。両脇の歩道には、大勢の人々が伺える。

 

「呑気なもんだな」

 

「そうですね」

 

 赤信号に出くわし、車を停止させると、すぐ左側の歩道をチラリと見て、政宗と慎吾がポツリと言い合った。

 退社して集団で飲み屋へ行こうとするサラリーマン達。

 着崩した制服を纏って、コンビニ前で(たむろ)する女子高生達。くだらないことでも言い合っているのだろう。品性の欠片も無い笑い声が、ギャハハハと聞こえてくる。

 ふと、右側の歩道を慎吾が見ると自転車で走ってくる男子中学生の集団が見えた。6人が横並びに走っているせいで、歩道を占領していてとても危なっかしいが、彼らは一切気にしている様子は無い。その前には、歩きながらスマホを弄っている青年が居た。

 このままだとぶつかるのでは――――慎吾がそう危惧した瞬間、歩きスマホの青年は気づいたのか、バッと歩道の端っこに飛び退いた。そのまま通過する中学生の自転車乗り集団。

 ほっ、とする慎吾。

 

「……桜見丘(となり)であんなことが起きてるのにな」

 

「仕方が無いですよ。人間ってそんなもんですから」

 

 『そんなもん』――――人間とは、例え猟奇的な事件がごく身近にあったとしても、住む場所が違えば『自分とは関係無い』と切り離すことができる生物なのだ。

 慎吾は暗に込めてそう伝えると、政宗はフッと笑う。

 

「本当に大した生き物だと思うね。人間は」

 

 政宗と慎吾の目に映る緑萼市の光景は平和そのものだ。

 だが、と政宗は思い、笑みを消して目を細める。

 一体、どれだけの市民が、64人もの魔法少女(バケモノ)が此処で、息を潜めていることを知っているのだろうか。

 いや……中には、既に魔法少女の事を認知している者もいるかもしれないが、多分、ソレがどれだけ危険な存在か分かっていない。

 魔法少女もまた然り、自分が既に人間の倫理を超越したバケモノである、という自覚が無いまま日々を過ごしている。

 

 もし、三間竜子の様な指導者がいなければ――――そう考えると、政宗の様な人間でもゾッと肩に悪寒が走る。

 

 ゆくゆくは、自分達の超越性を自覚し始めて、社会そのものを食い潰していくのではないか。

 何より恐ろしいのが、縄張り争いだ。人口が密集しているこの地域では、魔女の発生率が非常に多い――その理由を政宗も慎吾も知っているが――。奴らからしてみれば、喉から手を出しても手に入れたい土地の筈だ。

 64人もの人外の生物が、血で血を洗う争いを繰り広げようものなら、この街は阿鼻叫喚の地獄と化す――――その危険性が今も孕んでいることを、この街に住む人間達は、魔法少女達は、気づいているのだろうか?

 

「人間と魔法少女の立場を崩さない為に、俺達がいるんでしょ? ボス」

 

 考え込んでいる様子に気づいたのか、慎吾が笑みを浮かべながら軽い口調で声を掛けてくる。

 

「……まあな」

 

 政宗は一拍置くと、短い返事を返すが不安は晴れない。

 だが、慎吾の声色と表情からは『あんまりに気にするな』と遠回しに言われた様な気がした。そう思うと、いつまでも苦い顔をして考えるのは申し訳無い。

 

「……あ、そうそう。俺が調査してた件だけどな」

 

 政宗は暗澹とする気持ちを切り替えるべく、話題を変えた。

 

「はい?」

 

「畢生会は白だったよ」

 

「あ~、やっぱりそうッスか」

 

 政宗が軽く言うと、慎吾は至極興味なさげな様子でそう言う。

 

「まあ、そりゃそうですよねぇ。何せあそこって5年前の件が有りましたからねぇ」

 

 淡々と言葉を続ける慎吾。だが、政宗は彼の言う『5年前』を思い返していた。

 

 

 ――――畢生会は、現在、全国200万人以上もの信者数を誇る大規模宗教団体である。その本部は緑萼市に存在している。

 活動は多肢に渡り、布教活動のみならず、地域へのボランティア活動や、一般企業のコンサルティング、果ては政治活動も積極的に行っている。

 だが、彼らが信者を獲得する方法は、極めて悪辣と創立当初から云われていた。

 『悩み相談をする』、『友達になりたい』と嘯いて若者に近づき、『私達と一緒なら救われる』などの甘言で騙して、基地へと連れていく。そして、信者の集団で囲んで逃げ場を塞ぐと、共に『教育』の場所へと強制的に参加させられてしまうのだ。

 抵抗した場合、地下室に監禁されて、完全に思考が染まるまで、教主の自著本を読まされることも遭ったという。

 

 そんな悪辣な勧誘方法が、極まったのが、5年前の件だ。

 

 その頃の畢生会は非常に熱狂的だった。

 今は平和な繁華街だが、当時は多数の信者がビラ配りや勧誘活動を行っていたのをはっきりと記憶している。勧誘を断った者を追いかけ回して、警察がそれを食い止めるという事態も多々あったが……それでも彼らは懲りずに活動を熱心に続けていた。選挙活動さながらの街頭演説も耳障りな程にしつこく行っていた。

 だが、その甲斐もあってか、多数の信者を獲得していたのは確かであった。

 

 

 だが、これには裏が有った。

 今は脱退しているが――――当時の畢生会の構成員には、一人の十代の少女が居た。それが特殊(・・)だったのだ。

 

 勧誘したのは、畢生会の本部勤務の役員。言葉巧みに団体に引き込んだのは彼だが、その際、『魔法少女』であることと、『洗脳』の固有魔法が使える事を彼女自身の口から告げられた。

 最初は嘘では無いかと思った役員だったが、実際に彼女が通行人にその魔法を使うのを見て、仰天したという。

 だが――――絶好の機会だと、捉えた。

 ここ最近成果不足ですっかり自分の地位が落ち込んでいた役員に取って、彼女の存在は正しく天から降ってきた幸運そのものだ。

 早速、彼女の能力を、勧誘活動に最大限利用させる事を思いつく。信者が増えれば、団体の勢力を更に大きくできるし、何より自分の地位を絶対の物にできると確信したからだ。

 

 しばらく、彼女とカウンセリング――とは表向きで実際は洗脳である――を続けて、宗教活動への気持ちに前向きにさせていくと、こう囁いた。

 

 

『私が貴女にしたように、困っている人がいたら畢生会へと導いてあげてください。必ず救うことができます』

 

 ――――これを聞いた彼女はすっかりやる気になったという。

 

 

 彼女は、役員の言葉を何一つ疑いもせず、決行。困っている人を見かけると即座に洗脳の魔法を用いて、畢生会へと引き込んでいった。

 役員は団体内に於ける自分の地位が強大になっていくのにほくそ笑んでいたし、彼女もまた、畢生会に導けば多くの人が救うことができるのだと喜んでいた。

 彼女が脱退する半年後まで、それが続けられたという。

 最終的に彼女が獲得した信者の総数は、351人――――その記録は『奇跡』と云われており、今なお、それを抜いた信者は、誰一人として存在しない。

 

 では、何故、そこまで団体に心酔していた彼女が、脱退することになったのか?

 それは、使役する立場にあった役員が、彼女を『裏切った』からである。

 

 畢生会では、月に一回『お布施』として信者一人ずつから運営資金を調達していたが、(いくら調達しているのかは、個々の信者の所得によって異なる)その役員と一部の上層部が結託して、彼女が勧誘した信者達から集めたお布施で、私腹を肥やし始めたのだ。

 ある日、夜の町へ繰り出し、勧誘活動を行おうとしていた彼女が、偶然役員を発見してしまった。

 

 

 ――――複数の女性を侍らせて夜遊びに興じる姿を。

 

 

『裏切られた』

 

 

 彼女が信じていたもの全ては、偽りであった――――

 

 強い怒りを抱いた彼女の行動は早かった。即座に信者達に敷いた洗脳を解き、更に役員の悪行を本部上層部や、マスコミ、警察へと暴露した。

 結果的に畢生会は社会的に大打撃を受けた。洗脳を解かれた信者達は愚か、それ以外の多数の信者も失望させて脱退させるという事態に陥った。

 件の役員は責任を取らされ団体を追放。更に詐欺罪の容疑で警察に逮捕される事になった。

 彼女を利用し、私腹を肥やしていたという点では、他の上層部のメンバーも同じだったのだが、彼らは件の役員をスケープゴート(生贄)にして、警察の調査を免れたのだ。

 

 

「あんなことがあっちゃあ、もう魔法少女を使おうなんて思わないでしょ」

 

「だが、万が一もあるだろう?」

 

 そう。畢生会は5年前の大打撃など全く懲りていないかのように、未だに十代の若者相手に勧誘を続けている。もしかしたらその中に魔法少女がいて、利用されている可能性も無きにしもあらずだ。

 一ヶ月前に、桜見丘市深山町居住の『高嶺(たかね)絢子(あやこ)』が行方不明になってすぐに、政宗は行動を起こしていた。

 あかりや香撫を中心とする同僚の魔法少女達、更にドラグーンの魔法少女達とコンタクトを取り畢生会の調査に当たらせた。

 

「……お嬢(・・)にはどんな事をさせたんで?」

 

 慎吾が言うお嬢(・・)とは、言うまでも無く、篝 あかりのことだ。

 一見人形の様に美しい彼女だが、その中身は隣に座る政宗と同じ。キナ臭い現場を嗅ぎつけてやってくるハイエナ……いや、というよりは魔物の類であった。

 まさか、荒事に発展させたんじゃないか、と内心ヒヤヒヤしながら問いかける。

 

「あかりは本部のシステム課に忍ばせて個人情報を手に入れてもらったよ」

 

「いやそれやり過ぎ……っ! っていうかそこまでやっても、何の収穫も無かったんでしょ?」

 

 子供の様に楽しそうに笑ってそう言う政宗に、慎吾は冷や汗を垂らしながらツッコむ。

 

「いや、そうでもない」

 

「……!?」

 

 政宗の笑みが強まる。自分を見る横目がギラリと獰猛な光を放つのを感じた慎吾は、思わず身震いした。

 

 

「『山吹 稲穂』」

 

 

 その名が彼の口から呟かれたのと同時に、車は繁華街の外へ出る。先ほどの光景が嘘の様にシン、と静まり返った。街中なのに、景色は薄暗く、人も疎らである。

 

「……誰ッスか、それ?」

 

 先程まで和やかだった社内の空気が、急激に冷え付く。

 それは外の景色のせいだろうか。それとも――――その名前におぞましいような胸騒ぎを感じたからだろうか。慎吾は恐る恐る問いかける。

 

「畢生会には、名前だけ登録してあるだけの、所謂『幽霊信者』というものが存在している。個人情報の一欄にそいつの名前が有った」

 

「……監禁してまで信者にするような連中が、それを許すんですかね?」

 

「許してるんだなあこれが。本部に潜入させた香撫達が聞きまわったところ、殆どの信者はそいつのことを忘れていた。だが、一人が知っててな」

 

 政宗は、笑みを消すと、訥々と語りだした。

 

「そいつが入団したのは2年前だが……すぐ5日後に行方が分からなくなったそうだ」

 

 慎吾は、ゆっくりと車を走らせながら、政宗の地を這う様な低い声を聞いている。それは慎吾の身体を伝ってゾクゾクと震わせた。

 ハンドルを握る手が汗で湿っていく。これ以上話を聞いてたら間違いなく、運転に支障を来すな、と判断した慎吾は即座に、車を脇に滑り込ませると、路肩に駐車した。

 真上には丁度街灯があり、オレンジ色の光が車内を暖かく照らしている。

 

「一応、住所も調べてみたが…………そこは『廃墟』だった」

 

 慎吾が車のエンジンを切ったのを確認した政宗が、話を続けだす。

 彼は実際に足を運んでみたが、そこには昭和中期に建てられたようなトタン作りの寂れた平屋が一軒あるだけだった。家内の壁や畳の至るところにはカビが生えており、腐った臭いが充満していた。人が住んでいる形跡は一切無し。

 

「奇妙ですね……。でも、そいつが……どうかしたんスか?」

 

「現れたんだよ」

 

「へ……?」

 

 政宗の言葉が一瞬、理解できず、間の抜けた声を挙げる慎吾。

 

 

「高嶺絢子は失踪する十日前に、そいつと連絡を取り合っている」

 

 

「!!」

 

 慎吾は大きく目を見開いた。

 すると、突然、彼らの車を真上から照らしていた街灯が、フッと消える。同時に車内も暗闇で覆われた。

 洞穴に入ったかのような息苦しさが彼に遅い掛かる。

 

「高嶺絢子だけじゃない。金田莉佳子、東上綾乃、津嘉山晶、鈴木美菜、三坂沙都子……行方不明になった全員が十日前にそいつと連絡している」

 

 それぞれの少女達の自室にはスマホが残されており、LINEを確認すると、全員が『山吹 稲穂』という女性から連絡を受けていたのが確認できた。

 

「そいつが、何かしたっていうんですか……?」

 

 慎吾が息を飲んで問いかける。彼の目の前に居るのは正真正銘、上司である黒岩政宗の筈だが、全身が真っ黒に染められているせいで誰か確認できない。

 

「可能性として無いことは無い……。彼女達の親御さんから聞いてみたが、どうやら宗教の勧誘をしつこく受けていたらしい。中には直接有った子もいた。まあ、無事に全員断ったそうだがね」

 

 政宗と思われし影が、淡々と答える。

 

「でも、その十日後に……ってことですよね」

 

「……ここから先は俺の推測だ。気に入らなきゃ独り言だと思って構わない」

 

 黒い影は、僅かに顔を俯かせた。

 

 

 ――――政宗の調査で分かったことだが、行方不明の6人には2つの共通点があった。

 まず、一つが、少女たち全員が『魔法少女』だということ。

 それは、夜な夜な奇妙な格好をして、部屋の窓から飛び出していく姿を家族の誰かが一度は見た、ということ。彼女達と個々に親しい友人が、その事実を知らされていたということから、確認できた。

 そしてもう一つの共通点は、キュゥべえと契約して間もない、ということ。

 上述した親しい友人の話や、政宗達の調査で判明した所では、彼女達は魔法少女になってから一週間も満たないのだという。

 つまり、件の『山吹 稲穂』は彼女達が魔法少女になる前(・・・・・・・・)に接触した、ということになる。 

 

 

「恐らく、その時点で奴による『選別』は始まっていた」

 

 黒い影の顔が上がる。刹那、瞳孔が暗闇の車内で一瞬、ギラリと光った。

 

「『選別』……?」

 

 何の根拠も無い言葉を、突拍子に語り始める影に、慎吾は戸惑う。

 

「強い意志、確固たる信念を持っているかどうか、だ」

 

 影から放たれる眼光が鋭くなる。刺さる様なそれに強いプレッシャーを抱きながらも、慎吾は黙って聞いていた。 

 

「もし、俺が奴の立場だったら……自分の誘いを易々と受け入れる様な奴は取らない。そういうやつは決まって意志が弱いんだ。他所から良い条件を提示されると、すぐに裏切ってそっちに飛びつく。だから、俺は……断る人間の方を選ぶ。意志が強いからだ。ということは味方にできた場合、強固な信頼関係を築くことが可能だ。並大抵のことじゃ裏切ったりしない。だからどうにかして、味方にしようと考える」

 

「でも……、そいつの誘いは断ったのに、インキュベーターとは契約したんですよね、その子達って。そこが訳分かんないんですけど」

 

 慎吾が首を落として考え込む。

 行方不明の彼女達は年齢からして、まだまだ悩みの多い時期であった筈だ。そこに現れた宗教勧誘員の未知に満ちた言葉はさぞや甘い誘惑だったに違いない。

 だが、全員、その甘言を突っ撥ねる勇気と胆力を持っていたのだ。

 それなのに――――インキュベーターの言葉にはあっさり乗せられて契約してしまったのには違和感がある。

 

「そこだ……!」

 

 慎吾が不意に呟いた言葉に、影は食らいついた。短い言葉だったが、僅かに愉悦が含まれているのを感じて、慎吾は震える。

 

「その子達は魔法少女になる日の直前ぐらいに、学校の友人と何らかのトラブルを起こしていたか、巻き込まれていた」

 

「!! ……まさか」

 

「意志が強い筈のその子らが魔法少女になったのは、その時点で、願いが必要(・・・・・)になったからだ……。もし、その状況を生み出したのが、奴だったとしたら……?」

 

 

 彼女達を、インキュベーターに契約させて魔法少女にする必要が『山吹 稲穂』にはあったとしたら――――。

 

 

「恐らく……奴は、『魔法少女』だろう。……その子達の『素質』を既に見抜いていた。そして……後で利用するために接触したと俺は考えている」

 

 つまり、政宗の言いたいことは端的にまとめると、こういうことだ。

 

 

 ――――件の少女、『山吹 稲穂』は、ある目的の為に、複数人の魔法少女が必要だった。

 インキュベーターが目を付けそうな『素質』を持つ少女達に、あらかじめ接触すると、強い意志を持っているかどうか、宗教勧誘員に成り済まして、調べた。

 選別の結果――――白羽の矢を当てたのが、その6人。

 彼女達のごく身近なところで、トラブルを意図的に発生させることで、キュゥべえと出会った際に、契約せざるを得ない状況に精神を追い込んだ。

 そして、魔法少女になったのを見計らって、一人ずつ、連れ去った――――

 

 

 全ては政宗の憶測でしかない。

 何の根拠もない筈なのに……幾多もの魔法少女を相手にしてきた彼の言葉は、異様なぐらいの信憑性があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『頂点への道のりにおける重大な一歩は、【火】を手懐けた時だった』」

 

 そこは礼拝堂の様に、広大な白い縦長の空間だった。

 壁の至るところにあるステンドグラスから、幻想的な光が差し込んでいるが、薄暗い。

 真ん中には通路があり、そこから別れる様に、両側に長椅子が置かれている。最前列の椅子には合計7人の女性が姿勢を正して座っていた。彼女達の視線の先には、教壇が有り、磔にされたイエス・キリストが描かれた一際大きいステンドグラスを背に、一人の少女が立っている。

 

 教壇の上に立つ少女の名前は――――『イナ』という。

 

 だが、彼女は神職者ではない。

 それは彼女の見た目からして明らかであった。高校生と大差ない幼さが伺える容姿。身長は160cm程度か、ウェーブのかかったボブカットの金髪で両サイドに三つ編みが下がっている。つり目の色は澄んだ碧眼。また、その服装も、簡素な白いワンピース姿であり、決して教壇の上に立つには相応しい人物とは言い難い。

 だが、彼女の口から放たれる声には、独特の艶やかさが有り、傍聴者をどこか幻想的な気分に陶酔させてしまう魔力を持っていた。

 6人の傍聴者は、真剣な表情で、イナの話に耳を傾けている――――ただ一人を除いては。

 

「……」

 

 イナから見て6人の少女達は左側の長椅子に座っている。

 あとの一人は、彼女達から離れて、右側の長椅子に座っていた。大人びた容姿だった。彼女は頬杖を付きながら、せせら笑いをイナに向けている。

 冷笑か、あるいは嘲笑の様にも見えた。

 蝋燭の灯りがイナの目前にある教卓の上で、ゆらゆらと灯りをともしている。顔を照らしながら、イナは、二つに別れた傍聴者に向かって、静かに語りだした。

 

「『人類は【火】を手懐けたとき、従順で潜在的に無限の力が制御できるようになった。ワシと違って、人類はいつ、どこで【火】を起こすかを選ぶことができ、また、【火】を様々な目的で利用することもできた』」

 

 そこまで言うと、目を細める。口元が僅かに釣り上がった。

 同時に、背後のステンドグラスの模様が変わる。磔にされたイエス・キリストの身体を、轟々と滾る炎が、下から飲み込んでいく。

 

「そして、これが一番重要なんだけど――――

 『【火】の力は、人体の形状や構造、強さによって制限されてはいなかった。たった一人の女性でも、火打ち石か火起こし棒があれば、わずか数時間の内に森をそっくり焼き払うことが可能だった』」

 

 焼き尽くされるイエス・キリストを背に雄弁に語るイナだが、そこで「でもね……」と目線を落とした。彼女達は静かに聴いている。

 

「『【火】の恩恵にあずかっていたものの、十五万年前の人類は、依然として取るに足らない生き物だった。今やライオンを怖がらせて追い払い、寒い晩に暖をとり、ときおり森を焼き払うこともできたけど、あらゆる種を合計しても、人類の総数は、まだせいぜい100万程度で、生態系のレーダー上ではぽつんと光る点でしかなかった』」

 

「絶滅危惧種もいいとこね」

 

 右側の席から声が響く。

 イナがいつも『オバサン』と呼んでいる女性が、愉快そうに笑みを強めながらそう割り込んできた。

 イナは何も返さない。ただ、澄んだ瞳で彼女を見つめ返すだけだ。女性も気にしないのか、すぐに口を閉ざした。

 

「私達の種であるホモ・サピエンスはすでに世界の舞台に登場していたけど、この時点ではまだ、アフリカ大陸の一隅でほそぼそと暮らしていたの。ホモ・サピエンスに分類さえうる動物が、それ以前の人類種から厳密にいつどこで最初に進化したかはわからないけど、15万年前までには、私たちにそっくりのサピエンスが東アフリカに住んでいたということで、ほとんどの学者の意見が一致しているわ」

 

「……気になります」

 

 そこで左側の傍聴席から、一人の少女が立ち上がった。

 

「どうして、そこから……サピエンスは『君臨』できたのでしょうか?」

 

「そうね……。東アフリカのサピエンスは、およそ7万年前にアラビア半島に拡がり、短期間でそこからユーラシア大陸全土を座巻したという点でも、学者の意見は一致している。

 『交代説』では、ホモ・サピエンスはネアンデルタール人の土地に拡がったとき、他の人類種と相容れず、彼らを忌み嫌い、大量殺戮したかもしれないとされているわ。サピエンスと他の人類主は異なる解剖学的構造を持っていた為に、互いにほとんど性的関心を抱かなかった。

 よって、遺伝的な溝が既に埋めようが無くなっていたからだそうよ。

 この見方に従えば、サピエンスは、殺し尽くされたネアンデルタール人に取って代わったことになる」

 

「そんな大昔に民族浄化作戦をやったなんてビックリね」

 

 オバサンは驚嘆した様な言葉を言い放つが、表情は愉しげに緩ませていた。

 

「それも、史上初の最も凄まじいものを……ね。もし、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の間に資源をめぐる競争が有ったのならば、サピエンスの方が、優れた技術と社会的技能のおかげで、狩猟採集が得意だったために、勝利できたと言える」

 

「……私達と、似てる」

 

 立ち上がった少女が、ポツリと呟いた。

 

「勝利したホモ・サピエンスを魔法少女、滅ぼされたネアンデルタール人を人間と例えるなら……私達は人間を超える資格があるんじゃないでしょうか?」

 

「良い例えね絢子。でもこうは考えられない?

 火を持った人類は全て『魔法少女』で、その中でホモ・サピエンスこそが『私達』である、と。

 今や世界には、火を持った人間(魔法少女)は多く存在するけど、彼女達は誰も(魔法)を扱い切れず、人間のルールの中で消耗され、インキュベーターに搾取されるだけの生活を送っている。偽りの無い真実(・・)を知っている私達こそが、(魔法)を正しい方向に運用できる資格を持っている」

 

 

 ――――つまり、世界への『君臨』を許された存在である。

 

 

 イナがそう付け加えると、背後のステンドグラスの模様が再び変わる。

 何もかもが消え失せて真っ白になった。すると、真ん中に少女と思しき黒いシルエットが現れる。彼女の頭上に卵に似た宝石がパッと現れると、少女のシルエットを光が覆った。

 やがて、色鮮やかなコスチュームに身が包まれる。

 すると、真っ白な背景に、空と大地と海が少女の内側から広がっていく様に描かれていく。

 

 少女の足元に、人々が集結して、讃え始めていく。

 世界を彩った少女は、最初に描かれていたイエス・キリストと同じように、人々から神と称されるべき存在へと至ったのだ。

 

 ――――磔にされることなく、生きたまま。

 

「誰かが言っていた……。『世界は息を吐く様に嘘を付く』、と。無限の力を手にしながらも、虚構に覆われた人間が跋扈する世界で喘ぐだけの魔法少女こそ、ネアンデルタール人と同等。知能と技能が劣る者は、滅ぶ運命に有る」

 

「つまり、私達に魔法少女を滅ぼせって? 冗談じゃない」

 

 オバサンが詰まらなそうに、意見をした。イナが顔を顰める。

 

「オバサン、私は『滅ぶ運命に有る』と言っただけで、『滅ぼせ』って言ったつもりじゃないんだけど……。そもそも私達が君臨する上で、彼女達を滅ぼす事は手段の一つに過ぎなくて、絶対的条件じゃ無いと言っただけよ……」

 

 イナはハァと溜息を付くと、右側に座る6人の少女達の方へ顔を向ける。

 

「さて、貴女達ならどうする? 滅びゆく彼女達を切り捨てるのか、導くのか……? 貴女達は、私達が現代のホモ・サピエンスに成り得る為には、ネアンデルタール人たる彼女達に何を齎す事が重要だと思ってる?」

 

 尋ねるイナの瞳は爛々としており、何かを期待している様な恍惚の感情が映り込んでいた。

 

 

 既に、少女達の脳には、イナの背後のステンドグラスに映る光景が強く刻まれている。

 自分もあの少女と同じようになれる可能性が、目の前に有った。

 

 

 

 

 

 

 ――――故に、既に答えは、決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




☆書く前――――

「そろそろ葵の事を書こうかな……」


☆書いた後――――

「どうなってんだオイ……!? 野郎二人が殆どくっちゃべってるだけじゃねえか!?」


 表題を意識し過ぎた結果、こんな話になってしまいました……orz

 そして後半は引用のオンパレードです。(殴

 サスペンス調と理論ぶった話を書くのは始めてになりますが、正直、自信無いです。
 もしご指摘がありましたら、遠慮なくお願いします……。

 前回といい#07は会話メインになりそうですね……という訳で、ラストのDパートもグダグダになるかと思いますが……、おつきあいいただければ幸いです。


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     悪意は音も無く忍び寄る D

※今更ながら、ソウルジェムの一部の設定について、誤った記述をしていたことに気が付きました。
(誤った設定の一部の詳細、及び、修正箇所に関しては、活動報告の方に記載させて頂きました)
 お読みくださった読者の皆様に、大変な違和感を与えてしまった事、大変申し訳ありませんでした。


 

 

 

 柳 葵は、悩んでいた。

 

 

 

 基本的に真面目な彼女は、7月始めの期末テストの事だとか、未だに部活動を決めあぐねてる――これは縁もだが――ことや、将来の事とか、日常に於けるあらゆる事に悩んでたりするのだが、『これ』だけは特別だ、と思う。

 

「やあ、葵」

 

 頭の中に響いてくる聞き慣れた声に、葵は、ああ、またか、と呆れ顔のまま、窓を見る。

 案の条、この世に住む一部の人間が(鬱陶しいぐらいに)良く知っている存在が、ガラスの向こう側に立っていた。

 外は夜。暗闇の世界で、双つの真紅の光が不気味に瞬いている。最初はこの世のものでない異質さを感じて、畏れを抱いた葵だったが、慣れてしまうと存外何でもなかったりする。

 

「また、来たの……?」

 

 見た瞬間、がっくりと項垂れる葵。その顔には疲弊の色が浮かんでいる。

 

 こいつと会うのは今日で何度目だろうか――――。

 

 数えたくは無かったが、恐らく10回は会っていると思う。

 最初は3日に一回しか会わなかった。だが、ここ二週間は異常だ。頻繁に……しかも時間、場所構わず現れる。

 食事中や勉強中に現れるのはまだいい。入浴中やトイレ中にも現れるのはどうにかならないのか……しかも、決まって便器の裏とか、浴槽の中に潜んでて、ヌッと現れるので、驚いてしまう。

 よって、それら――女性の一番デリケートな部分を晒すその二つ――に関しては全く落ち着いて用を済ませることができないのが、年頃の葵には辛かった。たまに登場しない時もあったが……どこかで見られているんじゃないか、という不安が常に付き纏う。まるでストーカーに怯える様だ。

 あんまりにもしつこかったので、以前、トイレに現れた時、扉の外側から鍵を掛けて閉じ込めてやったが―――――部屋に戻ると、既に勉強机の上でちょこんと座って居た時には、唖然とした。

 

「……いいかげんにして。貴方と話すことなんて何も無い」

 

 窓に顔を近づける。もはや怒る気力さえも無かった。溜息混じりにそう訴える。

 

「君に無くても僕にはあるんだけど」

 

 だが、相変わらず彼は平静のままだ。自分が何を言ったところで顔色一つ変えない。

 その様子を見る度、『ああ、篝さんの言ってたことは本当だな』、と思う。

 

 

 ――――二次性徴期の少女と契約し、魔法少女にする者。日本では白狐と讃えられ、会えた者はどんな願いでも叶えてくれる伝説の妖怪。

 その名はキュゥべえ。本来の名はインキュベーターといい、宇宙の遥か彼方の惑星からやってきた機械端末。

 感情が無い彼らは、思春期の少女の気持ちなど一切考えず、ただ自分達の合理的都合を最優先に、悪徳勧誘業者真っ青な勢いで、契約を迫ってくる。

 

 

 小さい頃から縁のことを散々アホアホ言ってきた葵であったが、一ヶ月前に、こんなやつに焦がれていた自分も、相当なアホだったな、と今更ながら恥じていた。

 ……いや、縁はこいつと会うまで全く信じて無かったので、その分彼女の方が優秀かもしれない。

 まあ、そんなことはどうでもいい。下らない事は頭の片隅に追いやるとして、今はこいつをどう追い払うかが、葵の課題だった。

 

「どうせ、契約のことでしょう」

 

「いや、今回はそれだけじゃない。君が興味を抱ける様なとっておきの話を用意したんだ」

 

「……ほっといてよ」

 

 窓を開けて彼を迎い入れることもせず、顔を窓から離して、はっきりと拒絶する葵。 

 こいつの言う『とっておきの話』なんて、どうせ碌でもないものに決まっている。

 

「……私は魔法少女になるつもりは無いっていってるでしょう?」

 

 この言葉を何度こいつに伝えたか。

 最初の内は、「やれやれ」と言ってそそくさと退散したのに、

 

「……菖蒲 纏に助けて貰ったよね」

 

 最近は、決まってこう返して食らいついてくる。

 

 

『葵……凛さんが言ってたんだけどね……。魔法少女の素質がある子って、魔女に狙われ易いんだって……!』

 

 

 一ヶ月前に、縁が涙目で伝えてきた言葉が、まざまざと頭に浮かんでくる。

 彼女の言っていたことは本当であった。ここ一ヶ月の内に、自分が魔女に襲われたのは3回――学校帰りの途中に2回、休みの日に散歩に出かけた時に、1回――いずれも、纏が助けに来てくれたので、事なきを得た。

 

「いつまで魔法少女(彼女達)に守られているつもりだい?」

 

 だが、キュゥべえが冷淡に放った言葉が、葵の心に冷たいものを刺す。

 

 

 ――――もう、『私達の世界』からは逃げられない。

 

 

 蘇ってくるのは、篝 あかりの言葉。

 始めて聞いた時から、まるで蜘蛛の糸の様に、自分の心と頭にネットリと張り付いていた。

 彼女の言葉もまた確かであった。もう自分が彼女達(魔法少女)の世界を知る前の様に、普通に過ごすことは難しいのかもしれない。

 でも……、

 

「……私は、普通に生きていたいの」

 

 はっきりと彼の言葉を否定する葵。

 

「幸せになりたいのよ。だから今は学校生活のこととか、将来どんな仕事に就きたいか一生懸命考えなくっちゃいけないの。命を半分捨ててる様なあの人達とは違うのよ」

 

 心がゆっくりと掻き回されていく。気持ち悪さを覚えつつも、極力表には出さないように努めた。冷静を装いながら、訴え続ける。

 

「君が普通の人間として生きていくことを、別に止めはしない。強制する権利は僕には無いからね。だけど……」

 

 そこで言葉を止めた瞬間――――彼の眼光が、鋭いものに変貌した様な気がした。

 おかしい、さっきまで何も感じなかったのに……。

 その赤を見てると、自分の心を見透かされそうな気がして、葵は思わず視線を彼から逸した。

 

「今の状況を、君は良く思っていない筈だ」

 

 だが、言葉から逃れる事は不可能であった。

 鋭利な刃物の如き言葉が、胸に突き立てられた。葵はウッと息を飲む。

 

「……私みたいな一般人を守ることだって、あの人達の義務なんでしょう……?

 ……なんで私が、そんなことを、思わなくちゃいけないのよ……っ!?」

 

 …………呼吸が、上手くできない。

 突然襲ってきた息苦しさの原因が分からず、困惑しつつも、葵は訴えるのを止めない。顔は逸したままだが。

 

 

「果たして、本当の君(・・・・)はそれを許しているのかな」

 

 

「……っ!!」

 

 キュゥべえの言葉に違和感を覚えてハッとなる。

 同時に顔を戻すと、キュゥべえが射抜く様な眼光を向けてくる。

 

 

 ――――今、こいつは何て言ったのだろうか?

 

 

 『本当の君』――――確かにそう聞こえた。

 違和感が頭の中身をグルグルと掻き回す。確か、こいつは心の無い生物だった筈だ。自分の気持ちなんて察せる訳が無い、そう信じていた。

 それなのに、『本当の私を知っている』って、どういうことなのだろうか。

 

 ――――同じ人間ではなく、心の無い機械が知った『私』って、一体どんなものなのだろうか。

 

「どういうこと……!?」

 

 そこは恐らく踏み入れてはならない領域だったのだが、不意に抱いた興味は、一線をあっさりと超えてしまう。

 

 ……問いかけてしまった。

 もう、後戻りは、できない。

 

「君は僕が只の『端末』だと思っているようだが、それは間違いだ。僕らは個々に思考を持っている。確かに感情は無いが、知能があるからこそ遥か昔から人間の事を研究することができた。だから、感情がどういうものであるのかは、理屈的にはようく知っている」

 

 心の無い筈の彼の両目から放たれる赤色が、力強さを増して爛々と輝き出す。

 それは葵の胸に突き立てたナイフを上下に動かして、薄い壁をガリガリと削り剥がしていくかの様だった。

 身を隠したい衝動が、急激に襲い掛かってくる。

 しかし……、

 

「貴方は、人間じゃないわ」

 

 ――――逃げるな葵。ここで逃げれば、奴の言葉を肯定と受け取ってしまう。

 

「だから、私のことなんて、理解できない……!」

 

 懸命に自分を奮いたたせながら、訴える。

 

「できるよ」

 

 だが、彼は顔色を一切変えることなく、さらりとそう言ってのけた。

 

「柳 葵。君の事は、以前から観察していたが……君はとても正義感の強い人間だ」

 

「!!」

 

 刹那、肩がビクリと震えて、自分でも驚いた。心が肯定と受け取ったサインだ。

 

「友達の美月 縁と行動しているときも、それが伺える。本来、縁が怒らなくてはならない場面では、君が率先して相手に怒っている。まるで彼女を守る様にね」

 

 肩の震えが、止まらない。

 抑えるべく脳内で『とまれ』と何度も叫び続けるも、とどまってはくれない。

 鋭利な刃物は既に壁を削り終えていた。そして、葵の心に、ゆっくりと突き刺さっていく。

 

「それだけでなく、君は理不尽な事が許せない性格だ。魔法少女(彼女達)の世界に、縁が巻き込まれた時だって、相当心を痛めていたじゃないか」

 

 いつの間に、そんな気持ちを知っていた(・・・・・・・・・)のだろうか。

 ズブズブと胸に刃が埋まっていく。

 

「他者の感情を代替できる君が、魔女が人々を襲う現実を、容認できているとはとても思い難い。この前、纏が守ってくれた時だって、『自分が代わりに戦えれば』なんて、思っていたんじゃないのかい?」

 

 ――――一気に心を貫かれた。

 

 葵の全身が、凍りつく。顔が青ざめて血色を失っていく。

 

「で、でも……私には」

 

 心臓が止まったかの様な死に体となった風貌の葵が、今にも消え去りそうな小さな声で呟いた。

 

「あの人達みたいには、なれない。そんな勇気も強さも無いもの……!」

 

 もうこれ以上キュゥべえを見てると、おかしくなる。そう思って、顔を俯かせる。

 

「君が決めなくても、やがて、状況が決める事になる」

 

「……!?」

 

 返されてきた言葉に、葵は項垂れたまま、目を大きく見開いた。

 

「君は、この街に迫っている()の脅威を知らない」

 

「え……?」

 

「これが本題だ。君にだけ(・・)教えたいと思って、来たんだ」

 

 キュゥべえが囁く様に告げる。

 

 

 

 

「『魔なる物の眼』を持つ魔法少女が、桜見丘に迫ってきている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルフレッド・アドラーは『劣等感』に注目したの」

 

 白い縦長の空間。ステンドグラスから入り込む幻想的な光のみで照らされた、礼拝堂の様な空間で、教壇に立つ少女――――『イナ』が語りだす。

 

「何故なら『劣等感』こそが人間の成長の原動力になるからよ」

 

 片手で書物を開いて、内容を読み始める。

 

「『人間を他の動物と比較した場合、身体の大きさや運動能力、牙や爪といった殺傷能力など、優れた能力を持つ動物が多数いる、こうして人間は生まれつき他の動物に対して【劣等感】を抱くようになる。しかしこのままでは生存本能に敗れてしまう』」

 

 イナはそこで言葉を切ると、顔を上げて傍聴者達に目を向けた。

 どこまでも透き通ったガラス細工の様な碧眼が、彼女達の心を捉える。

 

「そこで、この劣等感を克服する為に、人間はあるもの(・・・・)を必要とした――――さて、それはなんだと思う?」

 

 微笑みを浮かべる。白いワンピース姿と礼拝堂内の幻想的な空間が相俟って、天使の様に見えた。

 だが、投げかけた質問は、彼女が予想する以上に難しかったようだ――――5分ぐらい間が置かれて、手が上がった。

 

「『武器』、かな?」

 

 答えたのは、イナから見て、右側の長椅子に座っている女性――――『オバサン』だった。

 

「不正解。他には?」

 

 バッサリと切り捨てる。オバサンはやや不満げに口を尖らせたが、無視した。

 次の回答を静かに待つ。

 

「……では、『知恵』でしょうか?」

 

 しばらく間が置かれて、左側の長椅子に座っていた6人の少女の一人――――高嶺絢子が挙手して、はっきりとした口調で答える。

 

「オバサンの答えと合わせて50点ね。確かに遥か昔の人間が優れた種に打ち克つには武器は必要不可欠だったし……その中でも殺傷力の有るものと、罠を作る為の知恵も必要とした。でも、それだけでは無い筈よ……」

 

 イナは、そこで一息付いた。再び書物に目を通し始める。

 

「答えは『集団』よ。

『集団で掛かれば身体の大きな動物を敵にしても戦える。また、身を守る為にも1人より集団でいるほうが有利だった。つまり、人間が集団を形成するのは、太古の昔から持つ基本的な傾向であり、それは他の動物よりも身体的に劣っているという劣等感の克服から生じたものだと考えられる』」

 

 イナはそこで微笑を強める。

 左側に座る少女たちはそれに気づかなかったが、唯一気づいたオバサンだけは、その笑みが意図するものに感づいたのか、ニタリと歯を見せて、嗤い返した。

 

「アドラーは、これを『補償』と呼んだわ。

 ……つまり、人間は劣等感を埋め合わせる為の『補償』を重ねることによって、進歩を続けることができた、ということになるわね」

 

 オバサンには目もくれずに、片手に持つ書物の文字に目を通しながら、教壇を降りるイナ。

 

「更に……『人間は早く走れないから自転車や自動車、鉄道を作り、上手に泳げないからボートや船舶を作り、また、空を自由に飛べないから飛行機を作り、動物を殺して食料を得るために武器を作り、さらに、自然や宇宙に対して無力感を感じた人間は、宗教や哲学を生み出した』

……いずれも人間がもつ【劣等感】が原動力になっている」

 

 イナはそこまで朗読すると、本をパタンッと閉じる。

 

「さて、ここまで読み終えた訳だけど……みんなは、違和感を覚えたんじゃないかしら」

 

 イナは目を細める。刺さる様な視線に傾聴者達は、緊張感を覚えて背筋をピンと張った。

 しばらく間を置いてから、ゆっくりと、口を開き始める。

 

 

「『人間の【補償】には、魔法少女(私達)は一切、関わっていない』」

 

 

 微笑みを浮かべながら、囁かれた言葉は、地を這って絢子達の耳に伝い入ってきた。

 全員が愕然とした顔を、イナに向けてくる。

 

「自然環境への負荷が比較的少なく、大量輸送に向き、定時性や安全性に優れるという特徴を有する鉄道。

推力を得て加速前進し、かつ、その前進移動と固定翼によって得る揚力で滑空する飛行機。

水上で安定して浮かぶためのアルキメデスの原理によって得た浮力と共に復原性も備えた「船体」と、推進力、針路を定める「舵」の機能を備える必要がある船。

火薬や様々な気体の圧力を用いて、弾丸と呼ばれる小型の飛翔体を高速で発射する銃。

様々な哲学者による問題の発見や明確化、諸概念の明晰化、命題の関係の整理……」

 

 イナがつらづらと解説する。それらは人々が血の滲む様な努力を費やして生み出してきた。絢子達も実際利用したことのある、便利なものばかりだ。

 だが、イナの言葉を聞いてからだと、何故か不快感を抱く。

 その答えを彼女は知っているのだろう――――絢子達の胸に期待感が高まる。

 

「全ては私達の持つ『魔法』一つで事足りる。

普段の私達は、そんな道具を利用しなくたって、早く走れるし上手に泳げるし、空も飛べさえもできる。アフリカライオンやヒョウが群れで襲いかかろうとも、猫の様にあやすことができる。自然の理すらも自在に操れるから、宗教や哲学を作る必要も無い。

だから、こう考えられる。

『人間がもっと早くから魔法少女の存在を認めて、手を取り合ってさえいれば――――【魔法】の研究を共に進めていれば、わざわざ莫大な資産を費やし、大量の人員を要し、実験に寄る夥しい数の犠牲や、環境破壊を繰り返してまでこんなものを作る必要性は全く以て無かった』」

 

 そこでイナは、ふう、と溜息を付くと、一旦目をとじる。

 

「もし、私達が紀元前ぐらいから、人間と手を取り合っていたら……?」

 

 不意に湧き上がった疑問。絢子が手を挙げて、問いかけてみる。

 

「そうね……。今頃は、まだ知らない未来と全てが有る過去へと往来できるタイムマシンや、地上から宇宙へと瞬時に移動できるワープホールの作成。銀河系にある惑星全てを、人の住める環境へと変えていたかもしれない。

 

 いや、それどころか……宇宙の概念すらも捻じ曲げる事ができていたかもしれない」

 

 顎に手を当てて、何かを考えてるような仕草のイナが、目を閉じたままそう答える。

 

「「「「「「…………っ!!!」」」」」」

 

 絢子達6人の顔が一斉に愕然とした表情に変わり、ざわめき出した。

 

「『人間が文明を創り上げた頃に、魔法少女を生み出した』と、インキュベーターが言っていたけれども、もしそれが事実だとするのなら、どうして人間は手を取り合おうとしなかったのかしら? そこまで(無限)の可能性が目の前あったというのに……私達に頼る事無く独自に進化を続けてきたのは、どうしてだと思う?」

 

 再び開かれた目から、綺麗の光が瞬かれる。傾聴者は、その神々しさに目を奪われた。

 

「人々が私達を拒み続けてきたからに他ならない。優れた種族で有る魔法少女(われわれ)に劣等感を抱いた人間は、私達の世界や社会への台頭を決して赦さなかった。中には、歴史に転機をもたらし、社会を新しいステージへと導いた子もいたそうだけど……いずれも時の権力者の功績として、掏り替えられてしまっている。

故に私達は、進化の可能性を遮られた日陰者としての立場を余儀なくされてしまった。結果として、西暦を迎えてから2000年以上経った今でも、インキュベーターとの隷属関係から魔法少女は抜け出せてはいない」

 

 そんなことの為に、人間は切り捨てたというのか。私達を……種を脅かすからだと、支配者の立場を取って喰われるからだと、恐らくはそう判断して。

 

 ――――心が熱くなっていく。

 明確な怒りの感情が、沸々と煮え滾る様に、心の内から湧き出してきた。

 

 

 絢子は歯をギリリと食いしばる。

 

 莉佳子は肩をワナワナと震わせた。

 

 綾乃は表情を変えなかったが、膝の上に置く両手をきつく握りしめて、爪を食い込ませた。

 

 晶は眉間に皺をグッと寄せて、美菜は涙を滲ませた目から、獣の様な眼光を放つ。

 

 沙都子だけは……齎された事実を、まだ受け入れることができていないのか、唖然としていた。

 

 

「さて、ここでみんなに質問をしましょうか」

 

 イナが6人の表情を眺める。全員の顔つきが変わったのを確認すると、満足気な様子でこう問いかける。

 

「こんな世界を、果たして許容する事ができるのかしら?」

 

 

 

 

 世界を変える力が、その手にある――――

 

 

 

 

 その質問の意図を、絢子達はこう捉えていた。

 薄暗いの礼拝堂の中で、彼女達の瞳が、それぞれの意志を強く反映するかの様に、煌々と色鮮やかな輝きを魅せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 葵を書こうと思ったらご覧の有様だよ! な今回でした。
 後半は再び引用のラッシュであります。書いてて長い台詞はよほどのセンスが無いと作りあげるのが難しいと分かりました。(書ける人は凄いと思います……)。
 アホな自分が理論的な台詞を書くのは、大変むずかしい作業なんですが、『イナ』のキャラクターを創ろうと決めた以上、なんとしてもやりとげなければなりません。ただ、倫理破綻してないか、しっかり彼女の言葉になっているか、不安ではあります……。

 次回は、あかり、優子、ドラグーンの動向、及び今回で浮上してきた新たなる魔法少女の存在を書くことになりますが……少し間をおくことになりそうです。


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 #08__常闇を照らす妖精 A

 

 

 

 

 

 ――――緑萼市には魔法少女が64人も居る。

 

 

 

 

 それは周知の事実だが、同時に人口が密集している都会では、魔女との戦いも頻繁に起きているのだ。

 

「はあ!」

 

 今宵も、一人の魔法少女が魔女と激闘を繰り広げていた。

 通常、ドラグーンに所属する魔法少女達は、活動する際に3人以上のチームを組まなければならないという掟があるのだが、今日は都合が悪かった。

 

 学校帰り。友達と別れて一人で歩いている途中、いつも通りかかるアパートの屋上で、人の集団を確認。よく見ると首元に奇妙な痣が有った。彼らは、魚が死んだ様な枯れ果てた目つきで、屋上の端に向かってそれぞれ集まっていく。

 ――――間違い無い。『魔女の口づけ』だ。受けた人間は、理性を失って『死』に走らされる。

 これはマズイと思った彼女はすぐに魔女結界を探索。アパートの正門の横でそれを見つけると入り口をこじ開けて内部に潜り込んだ。

 だが、直後に仲間への連絡を怠ってしまった事に気付いた。迂闊。視界に飛び込んだ緊急事態に冷静さを失ってしまっていた。

 仕方なく使い魔を屠りながら、最深部まで進むと魔女を発見――――こうして交戦に至るという訳だ。

 

 彼女が飛びかかって獲物の斧を振るうが、色鮮やかな羽を背中に生やした、蛾に似た容姿を持つ魔女は、ひらりと回避する。

 

「っ……ゲホゲホ!」

 

 躱される際、反撃と言わんばかりに羽から鱗粉を掛けられて、彼女は咳き込んだ。

 

「……っ!!」

 

 刹那――――全身がビリリと電流が走った様な感覚が襲ってくる。

 

「あっ……ぐ」

 

 全身から一切の感覚が消滅した。獲物の斧が手からこぼれ落ちる。空中で制止したせいで落下し、全身を床に叩きつけてしまった。

 

(身体が、動かない……っ?)

 

 先程の鱗粉を吸い込んでしまったことが原因か。うつ伏せ状態になった少女は頭の中で何度も四肢に向けて指令を送るが、尽く拒否されてしまって、一向に動かすことができない。

 その姿を好機と見たのか――――魔女は空中でUターンして向きを直すと、そのまま急降下を始める。高速で少女の後頭部に迫ると――――頭が割れた。昆虫の頭部が一瞬で(わに)の開かれた(あご)の様に変形する。

 そのまま少女の頭を噛み砕くつもりなのだろう。

 

 

 が、鋭い牙が触れた瞬間――――何かがヒュンッ! と音を立てて飛んできた。

 

 

「~~~~~ッ!!!」

 

 魔女の胴体にザックリと突き刺さる。

 魔女がなんとも文章にはし難い金切り声の様な悲鳴を上げて、横に吹き飛ぶ。そのまま床に墜落すると、バタバタともがき苦しみ始めた。

 

「……??」

 

 痺れが多少弱まったのか。顔だけは動かせる様になった少女が、ゆっくりと横を向く。眼に映った魔女の姿に混乱した。

 

 ――――今、何が起こった?

 

 魔女が自分に迫ってきたのは分かった。だが、不思議だったのはその直後に魔女が悲鳴を挙げた、ということだ。この魔女結界に居るのは自分しか居ないはず。他に攻撃できる者はいない。

 そう思っていたが、魔女の身体を注目した瞬間、眼を見開いた。

 やや、平らな鉄製の、三角形にも似た爪状の刃物が刺さっていた。後部は輪になっている。

 こんな武器を使えるのは、少女の知る範囲では、唯一人しか存在しない。

 

(ま、まさか……!)

 

 その人物を想像した瞬間、少女は期待に胸を踊らせた。

 不安の霧で覆われていた心に、太陽の光芒が差し込むかの様だった。

 魔女はひとしきり悶えると、ようやく痛みが落ち着いたのか。身体を起こして再び少女へと眼を向ける。

 

「!!」

 

 玉虫色の光が瞬く双眸。そこから、感情が全く伺いしれないのが、不気味だった。獲物を食らいたい高揚感が溢れている様にも、機械の様に全く何も感じていない様にも見えた。

 安堵した心に再び影が刺し、少女は息を飲みこむ。

 が、何やら黒いものが天井から降ってきた。魔女がそれに気づいて顔を上げた――――瞬間!!

 

 

 魔女の全身が、細切れにされた。

 少女は呆然と魔女が四散する様を眺めている。

 

 

 やがて、世界が揺らぎ始めた。絵本の様に平面的な幻想世界が、三次元的な厚みを持つ現実へと戻されていく。

 

「………………!!」

 

 暫し呆然としたままだった少女が、我に帰った瞬間――――視界に飛び込んできた人物の姿に、ドキリとした。

 

「あなたは……!」

 

 彼女の眼に映ったのは、緑萼市で()の人物であった。

 

 曰く、魔法少女がピンチになると、どこからともなく颯爽と現れる。

 曰く、その姿は魔法少女というよりも、忍者である。

 曰く、疾風怒濤の勢いで、魔女を瞬殺。

 曰く、救われたものに、無償でグリーフシードを分け与えてくれる。

 曰く、その正体は、未だ誰も知らない。

 

 全てを引っくるめて、『正義の味方』と揶揄される存在――――

 

 

「ブラックフォックス!!」

 

 

 ブラックフォックスこと、篝あかりが居た。

 

「♪」

 

 あかりは、歓喜の表情を浮かべる少女に、満面の笑みでVサインを向けている。

 

「あ、あのっ!! 私、貴方のファンなんですっ!! これを期に、連絡先を」

 

「ごめん」

 

 ――――交換してくれませんか? と問い掛けようとしたが、三文字でバッサリと斬られる。

 

「そんなっ!!」

 

 ガーンッ!! と重たい音が少女の頭の中で響いた。愕然とした表情に早変わり。

 

「親愛なる隣人ってのは、誰に対してもそうじゃなきゃいけないの。だから」

 

 ――――またね。

 

 何処かのマー○ル・コミックのヒーローが言いそうな台詞を言うと、あかりが、パチンッ! と指を鳴らす。

 近くの木から一羽のカラスが羽音を立てて飛び去った。少女の気が一瞬だけ、そちらに逸らされる。

 再び顔を戻すと――――唖然とした。ブラックフォックスの姿は、もう影も形も無い。

 

 

 不意に、足元の地面を見てみると、グリーフシードが3つ――――綺麗な横並びになって、立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の近くには携帯電話の基地局でもある鉄塔が有った。

 50mもの高さを誇る、その頂上に篝あかりは佇んでいた。

 現在の時間は19:00――――彼女の眼下に広がる緑萼市の街並みには、人の営みの象徴である灯りがキラキラと星の様な輝きを放っている。

 

「綺麗ね……」

 

 眼を奪われてしまったあかりは、うっとりとした表情で、そう独りごちた。

 

 ――――美しい。

 

 幾千もの時を重ねても、悪鬼羅刹に身を堕としても、心が腐れ果てようとしても――――この光を見る度、思い出す事ができる。

 

 

 自分が『人間』だということに――――

 

 

みんな(・・・)も、そう思うでしょう?」

 

 今宵、自分と同じ景色を眺めているであろう陰者たちへと告げる。

 

 ――――これは『希望』だ。

 

 それを守るためなら自分達は何にだって成れる。命を燃やし尽くせる。それでも、たった一人なら張り子の虎だ。だが、集団で掛かればどんな脅威にだって立ち向かえる。貴方達にはその資格がある。

 既に『奴ら』は桜見丘で仕掛け始めた。火種は既に撒かれている。

 愚鈍のままでいられると思うな。無能のままでいられると思うな。自分には関係無い、などとは言わせない。全てが手遅れになる前に、あたしが気付かせる――――!!

 

 篝あかりの背中に強い風が当たる。真夏とはいえ、夜に吹く風は冷たさが感じられるが、あかりは全く意にも介さない。

 瞬間、先程助けた魔法少女が自分を賞賛する顔を思い返して、ほくそ笑んだ。

 この活動を始めて、早くも一ヶ月が経過――――時間は掛かったが、この街の魔法少女の大半は、自分に靡いてきている。今、自分がこの高所で追い風を感じているように。

 無論、最高幹部達にとって極めて遺憾な話だろうが――――自分達の求心力の無さを呪え、と言うしかない。それに、彼女達に仕掛ける日も近い、とあかりは思っていた。

 

「『あらゆる事柄の結びつき、原因と、結果のつながりをよく理解しない限り、人は未来に押しつぶされるものである』」

 

 それは、アランの幸福論の一節『われわれの未来』に書かれていた文章であった。

 口の両端を吊り上げて、嗤う様に引用する。

 そこで区切ると、一拍間を置いてから、もう一度口を開いた。

 

 

 

「『夢や魔法使いの言葉は、我々の希望を殺してしまう。前兆は至るところの街角にある』――――かしら?」

  

 

 

 しかし、何者かの艶やかな声に、機先を制されてしまう。

 

「……!」

 

 あかりが即座に声の方向に振り向く。

 数メートル離れた場所に高圧送電線用の鉄塔が、聳え立っている。その頂上には影が有った。月光を背に受けているせいで、はっきりとは見えないが、人の形をしていた。聞こえてきた声と口調からして、女性であるのは間違いない。

 

「御機嫌よう。お嬢様(・・・)

 

 再び声が聞こえてくる。

 女性は両手に携えている物を、頭上に掲げると、パッと開かせた。パラソルで月光を防ぐと、女性の全体像が顕わになる。

 あかりがその姿を睨みつける様に凝視した。

 

「今宵は、私と一曲、ダンスでも如何かしら?」

 

 薔薇が飾り付けられたフォーマルハット、白いフリルの付いた長袖のアフタヌーンドレス、薄手の手袋に、膝上で切りそろえられたスカートの裾の下から伺える両足にはタイツ――――魔法少女にしては珍しく、肌色が露出している部分が一切無く、全身を漆黒に包んでいた。まるで西洋の喪服の様な衣装だった。

 背後に映える大きな月が、その印象をより際立たせていて、美しさに思わず溜息が出そうになった。

 

「ほんのちょっとしたことが原因で、せっかくの一日が台無しになることがあるわね……」

 

 あかりが寸手でそれに耐えると、顔を僅かに逸らす。憮然とした表情を浮かべて呟いた。

 

「それって、『靴に釘が出ている時』、かしら?」

 

 人当たりの良い屈託ない笑みで返す女性。

 耳心地の良い声だ――――いつまでも、こうして雑談を交わしていたいと思わせる様な、魅力が有る。

 あかりが顔を戻す。ウェーブの掛かった若草色の長髪が風に吹かれてユラユラ揺れている。それが、漆黒に染めた彼女の全体像の中で目立っていた。

 

「そうね。こんなときは、何一つ面白く無い。頭がボンヤリして働かないわ。でもね……」

 

 あかりは、両足をグッと屈めて、力を込める。

 

「その療法ってのは、簡単なのよ」

 

 

 ――――それを、脱ぎ捨ててしまえばいい。 

 

 

 あかりは、そう付け加えると――――飛び出した。

 向かい風など諸共しない疾風の如き勢いで、女性へと一気に詰め寄る。直後――――背負っていた鞘に右手を据えて、抜刀!! 刃が首元目掛けて走る。

 だが、女性は悠然とした姿勢を崩さず、開いたパラソルを前方に翳す。受け止めるつもりの様だ。

 だが、刀は寸止め。女性は衝撃が腕に伝わってこない事に、眼を見開く。

 

 ――――攻撃はフェイクだったか。

 

 彼女がそう思っている内に、あかりの左手は既に動いていた。手裏剣がパラソルの内側目掛けて、超至近距離で放り込まれる。

 だが、突き刺さる寸前で――――女性がフッと掻き消えた。

 

「……ちっ」

 

 惜しい。

 先制攻撃をギリギリで躱されたあかりが、そう思いながら舌打ちする。そして、女性が立っていた鉄塔の頂上に両足を着いた。

 

「……」

 

 ――――さて、どこからくる?

 

 あかりは、片足を軸にして、旋回。同時に黒目が猛禽(もうきん)類の様にギョロギョロと白目の中で走り回る。

 それが上に動いた瞬間だった。何か黒い物が僅かに視界に入り込む。

 

「!!」

 

 それが、相手の両足だと気づいた瞬間――――機関銃の様な発射音が連続で鳴り響く。同時に無数の弾丸が、あかりの頭上目掛けて降り注いできた!

 一瞬ぎょっとするが、それで驚いたまま蜂の巣になるあかりでは無い。直ぐに冷静を取り戻すと両顎に力を込めて食いしばった。

 そして、右手に構えた刀を、一閃!! 最前線で飛んでいた弾が、ガキィンッ!! とけたたましい音を立てて、余所へと弾かれていく。次いで、ニ閃、三閃!! 後続する二つの弾丸が明後日の方向へと弾き飛ばされた。勢いのまま刀を何度も振るう。弾丸が次々と火花を散らして弾かれていく。

 

 ――――やがて弾丸の雨が晴れると、パラソルを下に向けている女性の姿が見えた。その先端に当たる部分――石突(いしづき)からは煙がふいている。恐らく、弾丸はそこから発射されたのだろう。

 だが、それよりも――――

 

 

「空間干渉……」

 

 

 先程の芸当だ。

 『姿が消えて、別の場所から現れる』――――その技が何なのか、完全に悟ったあかりは眼を狐の様に細めて、口を開いた。

 

「そう、私は魔力の届く範囲内だったら、自由に移動することができるの」

 

 パラソルを頭上に構えて、ニッコリと微笑む女性。

 刹那――――再び姿がフッと消滅する。

 

「………」

 

 あかりは努めて冷静のまま、待ち構えている。

 

 

「…………」

 

 十秒経過。

 

 

「…………………………」

 

 更に三十秒経過。

 

 

「……………………………………………………」

 

 やがて、一分が経過。

 

 

 

「…………!!!」

 

 

 ――――そこか。

 

 背後に何かが迫ってくるのを感じたあかりが、即座に右手の刀を持ち替えて逆刃にすると、片足を軸にして、旋回!

 豪速で振るった刃が、ガキィンッ! と音を立てて、相手の攻撃を受け止める。

 いつの間にか背後に回っていた女性が、パラソルを閉じて、振り下ろしてきていた。

 

「……うふふ」

 

 攻撃を受け止められながらも、優雅な笑みを見せつける女性。

 

「くっ」

 

 あかりが苦い顔を浮かべる。

 魔法少女の魔力の範囲は100mが限界だ。つまり――――自分が対峙しているこの女性にとって、100m以内の空間は、360度問わず自分のテリトリーも同然。物理的特性に左右されず、物質を飛び越えて瞬間的に移動する事が可能なのだ。

 厄介な相手だ。そう思ったあかりは柄を持つ右手に力を込める。このまま鍔迫り合いに発展するかと思われたが――――あかりの腕力の方が上だと悟ったのか、女性はあかりが最初に立っていた電波塔まで飛び退いて、距離を取った。

 

「得てして、虎の威を借ろうとして虎に近づいたキツネちゃんでしたが、呆気なく喰われてしまいました、とさ♪」

 

 妙齢の女性とは思えぬ子供の様に無邪気な笑顔を浮かべると、そんな物騒な事を歌う様に告げてくる。

 

「それで終わりなら残念ね。だったら、続きを作ってあげなくっちゃ」

 

 あかりが身体を女性へと向けると、不敵な笑みを浮かべてそう返した。

 

 ――――厄介だ。非常に厄介な相手だと思うが……故に、倒しがいがある。 

 

 

「さ、ラストダンスといきましょうか。言っておくけど、あたしは激しいのが好みよ」

 

 

 ――――オバサンの身体が壊れないか心配ね。

 

 

 あかりがそう付け加えて自信満々に言い放つと、女性は口を開いて、アハハ、と楽しそうに笑い出す。

 

「ご忠告どうも。でもだいじょーぶ♪ 大抵は私よりも早く」

 

 

 ――――相手がバテちゃうから。

 

 

 女性も自信満々に言い放つと、鼠を見つけた猫の様に目を鋭く細めた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 月下で麗しき二頭の双雌が妖艶に嗤って、睨み合う。

 直後、一陣の風が二人の間に割って入ってきた。だが、両者の身体は冷気など一切感じない。寧ろ、暑苦しいぐらいの熱気を帯びていた。

 今宵は実にいい夜だと、お互いにそう思えた。人間の世界に居たままではこんな興奮には巡り会えまい。魔法少女とは――その中でも特に自分達は――日陰者である。誰にも悟られず、気付かれることは無い。

 故に――――存分に、全身全霊で興に乗じる事ができる。

 

 

 あかりが、姿勢を正して深呼吸を繰り返す。

 女性は、両手で掲げているパラソルで半円を描くと、下に向けた。

 あかりが、両眼を閉じて、祈る様に手を合わせる。

 女性が笑みを消すと、全身に魔力を漲らせた。緑色のオーラが全身を覆い始め、周囲のアトモスフィアが激しく揺らぎ始める。

 

 

「――――!!」

 

 女性が細めた目を――――カッと力強く見開いた。

 瞬間、状況が動いた。

 

 

 刹那――――何か(・・)があかりに向かって放たれる。

 

 

 それは出力先である女性自身の目にも捉える事はできないもの(・・・・・・・・・・・)であった。 

 

「――――――――!」

 

 肉眼では見えない何かがあかりに迫る。

 閉じた視界には暗黒しか広がっていない。だが、研鑽を積んできた彼女には、ハッキリと見えていた。

 

 ――――暗闇の中で、刃の形状をした白い光帯が、一直線に迫ってくるのを!!

 

 突然、あかりは上半身を思いっきり後ろに反り返した。

 一見奇妙極まりない海老反りの様なポージングが、迫っていたものを寸前で避けた(・・・)のだと、女性が気づいた時には――――あかりの姿が消えていた。

 

「!!」

 

 下方に殺気!! 女性が目線を下に向けると、自身の下腹部に掌が押し当てられていた。

 

「ッ!?」

 

 直後、鈍痛!!

 一瞬で距離を詰めたあかりの放った掌底が、突き刺さった!

 

「ッ……ガフッ!!」

 

 一拍間を置かれてから、口から大量の空気と胃酸が一斉に吐き出される。同時に、遥か後方へと吹き飛んだ。そのまま、地面に向かって落下していく。

 その先には、小屋が有った。女性が落ちながらも目線を下に向けてそれを確認すると、屋根に直撃する寸前で身体に魔力を纏わせる。空中でひらりと一回転して体勢を直すと、屋根の上に優雅に両足を付けようとするが、

 

「アレっ?」

 

 足がツルっと滑ってしまい、思わず間の抜けた声を挙げてしまう。

 屋根の表面は予想以上に滑らかな素材で出来ていた様だ……。

 すっ転ぶと後頭部を強打! そのままゴロゴロと転がっていき、地面へと墜落する。

 

「アイタタタ~……」

 

 土埃に塗れながら、両眼をぐるぐるに回して呻く女性。

 今までの優雅さは何処へ行ってしまったのか、全く締まらない間抜け極まる自身の惨状に、心の中で嘆くしかなかった。

 

 

「無念のまま喰われたキツネが、成仏出来る筈が無い――――」

 

 

「!!」

 

 突如聞こえてきた声に、女性はハッと目を見開く。 

 

「その魂は、黒い怨念となって、虎の(はらわた)に居座り続ける――――」

 

 ボンヤリとした視界に映ったのは――――自分に向かって悠然と歩み寄る、一人の少女。

 

「虎は何も知らずに他の動物達を喰らい尽くす。だが、彼らの血肉は、虎の養分には成り得なかった。何故なら怨念が尽く吸収してしまったからである」

 

 だが、女性の目には――――北斗七星の化身と呼ばれる妖狐の一種、『黒狐』となって映った。

 

「次第に痩せ細っていく虎とは逆に怨念は膨れ上がっていく。やがて――――虎の背中を突き破った。もう狐の姿じゃない。醜悪な黒い獣となって虎の喉元に喰らい付き、牙を突き立てる」

 

 黒狐の眼が爛々と菫色に光っている。女性はそれを見て、思わず魅了されてしまった。『逃げる』という選択肢が頭の中から掻き消える。

 

「そして、虎の命を完全に掌握した瞬間に、こう囁くの」

 

 黒狐が、背中から何かを抜いた。刹那、女性の首元へと突き立てる。

 

 

「『今、どんな気持ちだ』――――ってね」

 

 

 そう言い放ち、勝ち誇った様な満面の笑みを見せる黒狐。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 勝敗が決したのだと、お互いが理解した瞬間――――二人の時間が、止まった。

 身体が硬直した様に全く動かない。一言も口を開かず、ただお互いにじっと見つめ合う。

 女性は、呆然とした顔で地面を背にして寝ている。

 あかりは、悠然とした笑みを見せている。

 軍配がどちらに上がったのかは明らかだった。絶体絶命の状況下に置かれた女性は、恐怖に震えるしかない。

 

 

 

 

 

 と、思われた――――

 

 

 

 

 

 

 

「………………ぷっ」

 

 女性が吹き出す。

 

「ふふふ…………! あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!」

 

 そして、少し含み笑いをしたかと思うと――――急に、弾かれた様に大声で笑いだした。

 ――――恐怖で気が狂ってしまったのだろうか?

 否、女性の顔をよく見ると、喜色がいっぱいに広がっていた。負の感情は微塵も浮かんではおらず、心の底から面白がっている様にしか見えない。

 

「………………」

 

 あかりはそれを見て、不快気に表情を固めると、眼光を鋭くしてギンッと睨みつける

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………ぷっ」

 

 ――――かと、思いきや、あかりもいきなり噴き出した。

 

 

「ふっふっふ…………ぷくくくくく……!」

 

 固くした筈の表情が、徐々に緩み始める。やがて――――

 

「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 

 耐えきれなくなって、崩壊した。

 あかりも、女性と同じように大声でケラケラと笑い始める。お互いに哄笑を共鳴させた。

 

「まあったく!! 本当にあかりちゃんって最高よねえ!! こ~んなに愉しく遊べる子って他にいないよ~!!」

 

 大笑いしながら女性は立ち上がると、あかりに寄って肘でツンツンと脇腹をつつき、そう褒め称えた。

 

「そういう香撫姉こそねえー!! まぁこれであたしの勝ち!! 11勝8敗ね!!」

 

 あかりも、『香撫』と呼んだ女性の肩をバンバン叩きながら、満足気に笑ってそう伝える。

 

「……えっ!?」

 

 だが、その言葉に――――香撫は硬直。笑みがフッと消える。

 

「……どしたの?」

 

 香撫の妙な反応に、あかりも笑みを消して問いかける。

 

「それ、嘘でしょう。本当は10勝10敗でどっこいどっこいの筈よ……!」

 

 すると、香撫はあかりを指差して不審感を顕わにしたジト目でそんなことを指摘する。

 

「……あんた、それマジで言ってんの?」

 

「なによー! 私はいつでもマジよー!」

 

 あかりが、呆れ返った表情で呟くと、香撫は口を尖らせてブーブーと怒り出した。頭上からプンプンと煙が吹いている。

 その仕草に、薄ら寒い者を感じて思わず一歩引くあかり。

 

「うわキモッ……! あんたそれでもあたしより一回り上……!?」

 

「だって、魔法『少女』ですから。ウフ♪」

 

 愕然とした表情で言うあかりに、香撫は屈託ない輝かしいまでの笑みを魅せてそう言い放つ。

 最早何を言っても無駄であった。あかりはガックリと肩を落とす。

 だが、今回は『自分が勝った』のは事実だ。決まりごとは守って貰わなければ――――

 

「とりあえず、約束通り――――」

 

「奢ってあげる。何が食べたいの?」

 

「焼肉」

 

「え”っ!?」

 

 あかりが放った単語に、香撫はびっくり仰天! 青筋が顔中に浮かび、ダラダラと冷や汗を垂らす。そして、恐怖に震えだした。

 

「何イヤ~な顔してるのよ?」

 

「だ、だってお給料日前よっ! それなのにそんなもの頼むなんて……正気の沙汰じゃないっ!!」

 

 香撫は、目を『><』みたいな形にすると涙をいっぱいに溜めて大声で喚き出した。

 

「ええ~~……」

 

 自分から吹っかけておいて――――と言ってやりたかったが、脱力感が襲い掛かってしまったせいで、言う気が完全に失せてしまった。ガキ同然の反応に、あかりはまたしてもガックリと肩を落とした。

 ちなみに、そのお給料日だが十日も先である。

 

(……おっ!!)

 

 その時、頭の中の電球がピコーン!! と音を立てて光った。ある事が閃く。

 

「そういや、あたしの知ってる焼肉屋――――確か、馬刺しがあったっけ?」

 

 あかりがニヤリと両側の口の端を吊り上げて邪な笑みを浮かべると、わざとらしくそう言う。

 ちなみに、馬刺しとは『馬の刺し身』の略称で、文字通り馬の肉を薄く切って生で食べる日本料理のことである。おろしショウガ、おろしニンニクなどを薬味に醤油につけて食べるのが一般的だ。

 しかし、昨今では、住肉胞子虫に感染した馬刺しの食中毒被害が世間で相次いだ為に、大半の飲食店では死滅状態にある。厚労省は予防策として、中心温度マイナス20度では48時間以上の冷凍を行う必要があると発表したが、リスクの有るものは最初から取り扱わない方がいいと判断した店が圧倒的に多かった。

 よって、現在では、伝説の一品と化している。

 

「馬刺しッ!?」

 

 予想通りの反応が帰ってきた。あとはこのまま押すだけである。

 

「あ、牛刺しもあったんだ」

 

「牛刺しもっ!!」

 

 牛刺しとは、上記の馬刺しとは比較にならない、正しく『幻』の一品だった。

 ――――というのも、現在の法律では生食用牛肉の提供は完全に禁止されており、表面加熱殺菌が罰則付きで義務付けられている。牛刺しのみならず、ユッケ、タルタルステーキ、牛タタキも現在は一般人の口に入る事は、絶対に無い。

 香撫が目を輝かせるのも無理は無かった。

 

「行く?」

 

「行くよ! いくいくぅ~~!! っていうか連れてってあかり様ぁ~~!!」

 

 あかりが尋ねると、香撫は猫撫で声であかりに擦り寄る。

 悪寒が走りつつも、あかりは香撫の腕を引っ張って、その場所へと連れて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日陰者は、常闇の中でしか生きられないが、人間には決して味わえない喜びを知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 自分の中では二話分ぐらい書いたつもりでしたが、文字数見て一万字以内に収まっている事に唖然としました。


 前回投稿したEX03に続き、バトル回です。同時に三納(みの)香撫(かなで)(26)、お披露目回でもありました。
 で、能力なのですが……どう見ても、ARMSのキース・グリーンです。本当にありがとうございました。

 二話続けてバトルを書いた訳ですが、ええ、とんでも無く難しかったです……。頭の中でイメージはできていたのですが、それを文章として表現するのがきつくてきつくて……結果、かなりの時間が掛かってしまいました。orz


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     ▲ A番外  『夢の跡』

バレンタインデーネタを投稿するといったな、アレは嘘だッ!!

……申し訳ありませんorz

1000字ちょいのSSです。



  


 

 

 

 

 

 

『香撫、別れよう』

 

 

――――どうして?

 

 

『僕は君と、うまくやっていける自信が無い』

 

 

――――どうして?

 

 

『君との●●を作りたくない』

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「――――!」

 

 パチリ、と彼女――――三納香撫は目を開けた。

 同時に、二つの感覚が意識を刺激する。

 まず一つが視覚。ボンヤリとした視界に、オレンジ色の微かな光に照らされた暗い天井が映り込む。もう一つは触覚。背中全体を包み込む様なクッションの柔らかい感触が心地良い。

 一体、ここはどこだろうか。そう思った彼女はむくり、と上半身を起こすと、ゆっくりと首を旋回して周囲を見遣る。

 どうやらビジネスホテルの様だ。

 ……そこで、左耳に、少女らしき誰かの寝息が、すうすうと聞こえてきて、ようやく状況を理解した。

 彼女(・・)と焼肉屋に言った時、自分は馬刺しと牛刺をツマミに、生ビールとハイボールをグラス10杯は飲んでいた。

 意識はそこでかなーり酩酊していたのだが、気分が高揚していた自分は、まだまだイケると思い、日本酒を注文して、一気飲み。

 

 ――――意識は、そこで吹き飛んだ。

 

 右手で拳を作る。それを軽く上げると、頭をコツン、と叩いた。

 私のアホタレ。お金が無い(・・・・・)のにいくら何でも飲みすぎだ。あとで、隣のベッドに眠る雌狐から、いくら請求されるか分からないぞ。

 そう自嘲しながら、首を隣のベッドへと向ける。代金を代わりに支払い、泥水状態の自分をここまで運んでくれた張本人は、艶やかな黒髪を生やした後頭部を向けて、寝ていた。

 すうすうと聞こえてくる寝息は、普段の彼女からは想像できない程、穏やかで、可愛らしい。

 

(…………!)

 

 そこで、香撫の中にある衝動が起きる。

 

 

 ――――頭を撫でたい。

 

 

 唐突に湧き上がった欲求によって、自然と右腕が動いた。左隣のベッドで寝る少女の後頭部に、開いた手の平がゆっくりと伸びていく。

 だが……

 

 

「香撫姉」

 

 

「!」

 

 あと数センチで触れる、まさに寸前であった。

 ピシャリと――――唐突に聞こえた低い声が、意識をひっぱたいた。伸ばされた右腕が一瞬、ビクッと揺れた後、ピタリと制止する。

 

「あたしを()だと思うなよ」

 

 続けざまに放たれた鋭い指摘に、香撫はドキリと心臓が飛び跳ねた。

 確かに彼女は、自分の●●じゃない。あくまでビジネスパートナーの一人だ。でも……

 

「……夢ぐらい、見たっていいじゃない」

 

 右腕を隠す様に自分の背中に回すと、ムスッと頬を膨らませて、ジト目で言い返す香撫。

 

叶わない夢(・・・・・)よ。諦めなさい」

 

 だが、少女の返答はにべもない。後頭部を向けたまま極めて冷淡に、真実(・・)を告げてくる様に、香撫の神経が逆撫でされる。

 

「……イケズ!」

 

 こんな奴の頭を撫でようとしたのが間違いだったか――――と、香撫はボスン、と勢いよく音を立ててベッドに上半身を倒した。

 掛布を直すと、再び目を閉じる。

 漆黒の闇が、自分の意識を覆い尽くすと――――何処か知らない世界へと、誘っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 最新話(#10-C)の冒頭に書いていた文章でしたが、時系列がおかしなものになってしまい、作者自身が混乱を起こしたため、急遽番外編として投稿させていただきました。

 お気づきいただければ幸いです。


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     常闇を照らす妖精 B

 

 

 

 

 

 

 舞台は変わって桜見丘市、紅山町――――

 

 

 ここを縄張りとする魔法少女・宮古凛が通う公立紅山高校の周囲は住宅地だ。月夜の下で、一昔前の家々が人の営みの証明である光を照らしている。

 その中にある凛の家は高校から、僅か徒歩10分の距離にあるのだが、今日は家に帰らなかった。

 

「ふう」

 

 高校の制服――――袖口を肘まで捲くったYシャツに、膝上の丈の紺色のスカート姿の凛が、ラーメン屋の玄関にある柱に背中を預けながら一息つく。

 今日は忙しかったな、と凛は表情を変えずに、胸中で独りごちる。

 慣れないことを長時間行ったせいか身体の節々が痛い。無論、魔法少女だから、すぐ解消されるだろうが。

 

 部活にも委員会にも所属していない彼女は、授業が終われば基本的に、部活へと足早に向かう友人たちを見送った後、寄り道せずに家へと帰っていく。

 だが、今日はそうも行かなかった。

 同じクラスの清掃委員の子が風邪を拗らせて休んでいることは知っていたが、あろうことか、本日その子が清掃する予定だった場所の掃除を、別のクラスにいる同じ清掃委員の子に頼まれてしまったのだ。

 最初は理由を付けて断ろうとした凛であったが、何度も必死に頭を下げられたので、流石にこれで断ったら、後味が悪いな、と思い、やむを得ず引き受けることにした。

 場所はグラウンドの端にある――――サッカー部や野球部などの運動部が用具入れとして使用している体育倉庫だ。

 その扉を開けた瞬間、大量の土埃りが一斉に顔に舞い掛かってってきて、咳き込んでしまう程だった。

 これは酷い――――この時点でサボって帰りたくなったが、ここまで来た以上やんなきゃな、と思い清掃を開始する。

 とはいえ、掃き掃除と拭き掃除を適当にやってサッサと帰ろうと思っていたのだが……、

 

 

 忘れてはならない。彼女は凝り性なのだ。

 

 

 魔法少女時でも、独自の技の開発や技術の鍛錬の追求心は他の追随を許さず、魔女や余所の魔法少女と対峙した場合は、絶対に勝てるまで喰らいついて放さない。

 ――――よって、そんな彼女がこんな汚い場所の清掃を始めたらどうなるか。

 

 結論→ 時間を惜しまずに、徹底的に掃除してくれます。

 

 彼女がその悪癖に気づいてしまったのが運の尽き。

 2時間かけて入念に清掃した結果、倉庫内は床と置いてある用具、壁、果ては天井(これは誰もいなかったので変身して拭いた)まで塵一つ無くなっていた。

 電気を付けると、洞窟の様だったのが嘘の様に白く明るい空間が広がった。用具の一つ一つが灯りを反射して輝いている。

 それを見て、凛は満足気に、にへら、とお馴染みの笑いを浮かべたが……窓の外を見てぎょっとなった。

 すっかり暗くなった空に星が輝いている。スマホを確認すると時刻は19:00を回ろうとしていた。

 

 

 ようやっと帰路に立つ凛であったが――――その表情は暗い。

 よくよく考えたら外の運動部が頻繁に(・・・)使っている体育倉庫である。いくら清掃した所で一週間後ぐらいには、元通りになっているであろう事が容易に想像できた。

 つまり、2時間は無駄にしたも当然――――それに、今更ながら気づいて、ちょっぴりショックを受けていた。

 というわけで、彼女は家には帰らず、憂さ晴らしとして、帰りに高校の裏にあるラーメン屋に寄ることにした。店の評判は近隣からはまちまちだったが、一部の()には嬉しいメニューが此処にはあるからだ。

 

(でも、一人で食べるのはちょっとなあ……)

 

 今日は心身ともに疲れ切っているので、誰かと一緒に食べた方が気が紛れる。

 そう思った彼女はスマホのLINEのアプリを起動して、友人の名前を探す。

 

(おっ、こいつにするか)

 

 凛が最初に目に映った名前――――こいつこと、『日坂智美(ひさか さとみ)』は、凛の親友の一人だ。腰ぐらいの赤いロングヘアーとちょっとキツめな吊り目が特徴の、真面目で快活な性格の幼馴染である。

 

(あっ、でもこいつバイト始めて、今日からだって言ってたっけ? じゃあ――――こいつにするかな)

 

 凛は親指で画面を下にスクロールすると、次に目についた名前をタップした。通話ボタンを押す。

 

『もしもし、凛?』

 

「おいすー麗拏」

 

『おいすー! って何!? もしかしてようやく終わったの!?』

 

 電話越しから元気いっぱいの挨拶、次いで驚いた声が響いた。

 彼女――――若本麗拏(わかもと れな)は、緑色のカチューシャを付けた肩ぐらいの金髪と、常時半開きな凛とは対照的な、パッチリとした大きな瞳が特徴の少女だ。彼女もまた凛とは幼馴染である。

 新しい物には目聡く、隠れ家的な店を見つけては、凛と智美を誘ったりしている。

 

「まあね~。真剣にやってたら時間掛かっちゃって……ところで今空いてる~? 暇だったらあたしとラーメン行かな~い?」

 

 凛はちょっと声色を幼くして、甘える様な声でそう問いかける。

 

『う~ん、もうちょっと早かったらなあ……夕飯もう食べっちゃったよ』

 

「そっか、そりゃ残念。またね」

 

『じゃねー!』

 

 通話越しから元気な別れの挨拶が聞こえてくると、凛は通話を切った。

 

「あとは……由紀と葉子だけど……」

 

 この二名は、同じクラスメイトの友人達である。

 しかし、由紀は絶賛ダイエット中で来る訳が無い。葉子は、ラーメンよりもうどん派である。しかも時間的に夕食を食べてる可能性が高い。

 

「となると、あいつらしかいないか……」

 

 残りの人間は限られる。同じ魔法少女チームのメンバー。

 しかし、優子は家の手伝い、茜は塾だろう。となると……

 

こいつ(・・・)だな」

 

 標的は決まった。

 凛は、にへら、と笑うと、その人物の名前を探す。見つけると、迷いなく通話ボタンをタップした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――――15分ぐらい経ってから、『こいつ』はやってきた。

 

 

「っていうことがあったんだ」

 

「ふ~ん」

 

 ラーメン屋の店内でテーブル席を挟んだ二人の少女が話し合っている。

 一人は凛だが、向かい側に座るのは、彼女とは色々と対極的な女性であった。背が高くてグラマラスな体型、加えて笑顔が眩しく映える。

 

「大変だね、纏のところも」

 

「うん……。本当に」

 

 美しき少女――――纏は顔を若干伏せる。同時に後ろに縛った薄紫の長髪がサラリと揺れた。

 一方の凛はその仕草をする纏に目を細めた。

 何か言いたい事があるが、言い出せない――――彼女が顔を伏せる時は大抵、その気持ちが心の中にある証拠だ。

 

「縁ちゃんも色々と悩んでて、まだ魔法少女のこと諦めきれてないみたいで……」

 

「どうしたいの?」

 

 凛は、そう問いかけてみる。

 チーム4人の仲は非常に良いが、普段は別の街で個々に活動している、というのがネックだった。

 何か事件が発生した場合、助けに行くことが出来ない。

 だからこそ、優子は個々人が抱える事情を全員で共有して一緒に対処ができる様に、毎週日曜日に集会を開くことを決定したのだ。

 しかし、自分と、思った事を即座に口に出す性質の茜はまだ良いのだ。責任感の強い優子と纏は、詳細を隠す傾向にあった。

 故に凛は、仲間達が悩んでいる際の仕草や癖、言動というものはなるべく把握するようにしていた。

 その状況に出くわしたら即座に自分から相談に乗ってあげるのがクールビューティを自称する自分――――つまり、何事にも冷静でいられる自分の役割だと思っているからだ。

 

「縁ちゃんの気持ちを受け止めてあげたいし、尊重してあげるつもりではいるんだけど……あんまり関わり過ぎたら、巻き込んじゃうかもしれないし……。そうなったら、優ちゃんと茜ちゃんに何て言われちゃうか……恐いんだ」

 

 凛は顔色を変えずにふむふむと頷く。纏は続ける。

 

「葵ちゃんも、キュゥべえがもう付き纏ってるみたい……」

 

 以前、葵を魔女から助け出された時に、問いかけた事がある。

 『キュゥべえが、しつこくない?』と――――それに対して、葵はこう答えた。

 

『しつこいですよ。でも、纏さん。私が悪徳勧誘業者に騙されるとでも思ってるんですか?』

 

『でも……』

 

『私は大丈夫。大丈夫ですから。安心してください。纏さん』

 

 その時の笑顔が、瞼に焼き付いて離れないのだと、纏は言った。

 以降は、特に連絡を取り合っていないのだという。自分に余計な心配を与えたくないから、意図的に避けているのかもしれない、と纏は続けた。

 しかし、縁の話では、日に日に表情に元気が失われている、という事を聞いた。

 心配になって、何度か連絡をしようと考えたものの、魔法少女の世界へ巻き込むかもしれないという不安が、躊躇わせた。

 

「どうしたら、いいんだろうね?」

 

「ふむ……」

 

 凛は腕を組むと、考え込む。

 自分が見た所――――葵という人間は、纏と似ているのかもしれない。

 責任感が強く、何でも一人で抱えるタイプ。

 あの時、自分は去り際に、『魔法少女にならなくていい』と伝えた。

 実のところ、そこまで真剣に言ったつもりは無かったのだが、纏の話から察するに、彼女自身は重大な事の様に捉えてしまったようだ。そう思うと、申し訳無い気がしてきた。

 

 だが――――

 ふと凛は、頭上を見上げた。視界に映る木製の天井には白い照明しか無いが、その光を見ていると何かが浮かんできそうな気がした。

 

(―――――)

 

 じっと目を細めて、その光を見つめる凛。

 

(―――――!)

 

 やがて、何かがボンヤリと見えてきて、ハッと大きく目を見開いた。

 

 ――――見覚えがある。誰よりも大きな背中だった。銀色の長髪が大きく揺れている。

 

 ――――そうだった。あの時の、アイツの年も確か……!

 

 そこまで考えた瞬間、頭の中で、はっきりとした答えが浮かび上がった様な気がした。

 でも、その内容は誤解されかねないものだ。伝えるかどうか、迷ったが……、

 

(何も言わないよりは、マシか)

 

 そう思った凛は、ゆっくり頭を戻しながら、重たそうに口を開く。

 

「まあ――――……」

 

「??」

 

 突然伸びた声が聞こえてきて、きょとんとする纏。 

 

 

「なんとかなるんじゃない?」

 

 

 次いで放たれた言葉は、衝撃的なものだった。それを聞いた纏の目が、思わず点になる。

 

「へ?」

 

 彼女がそんな反応と同時に間が抜けた声を発するのも、無理ないか、と凛は思った。

 何せ、言った本人ですら、胸中でビックリしていたぐらいだから。

 

「…………いやいやっ!!」

 

 しばし呆然としたままの纏だったが、突然かぶりを大きく振った。

 そして、我に帰ると、テーブルに身を乗り出して驚愕と焦躁が混じった表情で、叫ぶ。

 

「凛ちゃんっ! そんな無責任なこと」

 

「無責任じゃないよ」

 

 ――――言わないでよ!! と言おうとしたが、凛の言葉に遮られた。

 

「そいつらだって、もう15か6なんでしょ?」

 

「うん……それはまあ、高校生だしね」

 

「今、カヤの事、思い出したんだよ」

 

「優ちゃんを?」

 

 纏は怪訝な顔で表情を浮かべる。当然だ。どうして今、優子の事を思い出す必要があるのか。

 凛が考えていることが全く読めない。だが、彼女はいつもの『にへら』笑いを浮かべている。自身満々である証拠だ。何か明確な答えを持っているに違い無い、と思った。

 纏は、口を閉じて身体を戻すと、じっと待つことにする。

 

「あいつって、15の時からさ……自分が良いと思ったことをバンバンやってたよね」

 

 かつての優子を思い出しているのだろうか、にへら、と笑っている凛の顔は不敵なものではなく、慈愛が満ちている様に感じられた。

 

「でさ……不思議と、それが何でも上手く言ってたんだよね」

 

「そうだね……」

 

 纏もまた、静かに目を閉じて、出会った頃の優子を思い返す。

 

 ――――大きな背中が、浮かんできた。あの背中に引かれる様に、自分は追いかけてきたのだ。自分だけじゃなく、凛と、茜も。

 

「で、思ったんだけどさー……それってカヤだけじゃなかったんだよ」

 

「どういうこと?」

 

 だが、凛の言葉が、その情景を掻き消した。目をパッと開いて問いかける。

 

「あたしも、纏も、あの頃はもう何が良くって何が悪いのか、判断できてた」

 

「!!」

 

 凛の言葉に、纏は驚愕した。まるで胸の中を矢で射抜かれたような衝撃が、全身を走った。

 確かにあの頃、自分には様々な選択肢が降り注いできた。中には考える間もなく我武者羅に選んだものもある。

 だが、凛の言葉は、その全てが『正しかった』のだと、暗に伝えているようだった。

 結果――――今に繋がっている。

 過酷な魔法少女の世界で2年以上生き延びて、幸福を掴んでいる。

 

「凛ちゃん……!」

 

 感極まって、両眼を震わす纏。

 

「だからさ、そいつらはもう、自分でちゃんと決められると思うんだよ。

 つまり、あたしが、なんとかなるって言ったのは……その、纏があんまり心配しなくたっていいってことだよ……うん」

 

 良い終えてから柄にも無いことを言ってしまっている事に気づいたのか、若干頬を紅潮させると、プイと顔を逸らす凛。

 その仕草に、纏はクスリと笑みを浮かべる。

 一瞬、和やかな空気が二人の間に訪れる。

 

「……でも……私達の所へ入っちゃったら……」

 

 ……しかし、不安はそう簡単に消えてはくれない。

 再び心の中で湧いてきて、顔を曇らせてしまう。

 凛はそういってくれたが、縁と葵が正しいと思って選択した行動が、自分に取って最悪になる可能性も有る。

 

 ――――もし、縁が憧れのまま自分達の後を追いかけ始めたら。

 

 ――――葵が、魔法少女になってしまったら。

 

 進学や就職とは訳が違って、決して簡単な事じゃない。やり直しなんて効かない。これからの人生と、命が、掛かっているのだ。容認できる筈が無い。

 それに、両者の面倒を見なきゃいけないのは、間違いなく同じ地域に住む自分だ。

 だが、自分だって魔法少女と日常生活を難なくこなせるようになったのは、ごく最近になってからだ。それなのに、二人の少女の面倒を見る事になったら、プレッシャーで潰されるんじゃないか。

 不安が次第に重みを増していき、纏の首が重たそうに下がる。

 

「そうなったら……守ってやんなきゃ、死なせないように」

 

 先程とは一片して、凛の言葉は冷ややかだった。

 

「それがあたしらの義務だって、カヤがいつも言ってる」

 

 続けて放つ言葉が矢となって纏の心に突き刺さっていく。

 だが、纏は凛の顔を見ず、ただ暗い表情で水の入ったグラスとテーブルの表面を見つめていた。

 彼女の顔を見たら更に何か言われそうな気がして、怖くなってしまったからだ。

 

「でも、私には……自信が無いよ」

 

 俯いたまま、ぽつりと呟く纏。こんなことを言ってはいけないと思いつつも、溢してしまった。

 凛に怒られるかもしれない――――そう思い、肩を震わす。

 

 

「だったらさ――――あたしが変わってあげる」

 

 

「えっ?」

 

 だが、彼女から放たれた言葉は、思っても無いものだった。驚いて顔を上げてしまう。

 

「二人の面倒、見てもいいよ」

 

 見えた表情も思っていたのと違っていた。

 魔法少女の時の獲物を狙う様な冷たい表情では無く――――いつもの『にへら』笑い。

 

「縄張りの取り替えっこだ。あんたはあたしの家に住んで紅山(ここ)を守る。あたしはあんたの家に住んで市街とそいつらを守るってのはどう? 合理的でいいと思うけど」

 

 凛は自信に満ち満ちている表情。

 

(ああ、そうだ――――)

 

 それを見て纏は、忘れかかっていた事を、思い出した。

 

 

 ――――あの時確か、凛ちゃんも選択したんだった。

 どこまでも優ちゃんに付いていくって。この街を守っていくんだって。

 

 

 人生が掛かったその選択を、凛はあっさりと決めていた。悩む素振りなど一切見せずに。

 

 その結果――――()の凛がある。

 自分が焦がれたもうひとりの存在が、目の前に居る。

 自分が抱えるべき重責を、快く引き受けると言った。それもあっさりと、簡単に、笑って。

 『凛だから』できる芸当と言えば、それまでだろう。だが、凛はとっくに覚悟を決めていたのだと、今更ながらに気づいた。

 

 ……先程『自信が無い』と漏らし、選択すらせずに逃げだそうとしていた自分を急激に恥じたくなった。

 寧ろ自分だけ(・・・・)大変な思いしているのに、他のメンバーはいい気なもんだ、とさえ思っていた。

 

「……ごめん」

 

 纏が小さな声で謝る。だが、顔はしっかりと上げて、凛の顔を見ていた。

 

「……何が?」

 

 凛は何で謝られたのか分かってない。きょとんとして首を傾げている。

 その仕草に、ふふ、と纏は微笑を浮かべると、

 

「ありがとうね。凛ちゃん。でも安心して」

 

「纏?」

 

 そう言うと纏は、表情をグッと厳しくした。それは決意を固めたかのように、凛には見えた。

 

 

「私、頑張ってみるよ。二人の事、絶対に守っていく」

 

 

 凛の放った矢が心の中の暗雲を吹き飛ばしてくれた。

 彼女が支えてくれるのならば、不安は、無い。

 頑強な意志と共に放たれた言葉に凛は、ゆっくりと、目を閉じて、僅かに微笑んだ。

 

「そっか」

 

 その顔の意図を、纏は知っていた。凛が纏の表情から気持ちを察する事ができるように。

 心から、安心している時の顔だった。

 

「でも、もし辛くなったら、言ってよ」

 

「大丈夫だよ……って言いたいけど、分かったよ。でも、凛ちゃんも、私が辛そうに見えたら、教えてね」

 

「分かってるって」

 

 和やかに笑い合う二人の少女。

 

 今、桜見丘市には何らかの脅威が迫っていることは知っていた。

 次々と思春期の少女たちが行方不明になる。犯人は一向に足取りが掴めない。宗教団体の仕業と一部の世間では騒がれているが、それは決して無いと二人は感づいていた。

 

 いずれ、自分達は立ち向かっていかなければならないだろう。

 そうなったら――――今まで以上に、過酷な戦いを強いられる事になるかもしれない。

 

 ――――そう考えてはいるものの、今は、この和やかな時がいつまでも続いていって欲しいと、二人は願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、月の綺麗な夜だった。

 だが、夜道の端をトコトコと歩く生物が、そんなロマンチックな感傷に浸る事は無かった。『感動』という情念が無いのだから当然とも言える。

 だが、それ以上に――――

 

「…………」

 

 余裕が無かった(・・・・・・・)

 何でそう思うのか、彼自身分からなかったが――――とにかく余裕が無かった。まるで思考の隙間に余計なものをぎゅうぎゅうに詰め込まれた様な感覚だった。

 

 ――――これは、いったい、なんだ。

 

 昨日の正午あたりからだ。素質のあるものを探している最中だった。

 ――――突然何かが、意識の中に潜り込んできた。

 それがなんなのか、全く分からない。

 だが、これは人間の言う『違和感』というものなのだろうか、というのは推測できた。

 

 ――――何故、違和感なんて、抱くのだろう?

 

 我々にとって『感情』というものは、極めて重篤な精神疾患(・・・・・・・)

 それは全インキュベーターの共通認識である。

 故に、こんなもの(・・・・・)は早急に除去するに限る。

 統合意識にアクセスすると、今まで自分達が得た情報から対策を検索する。

 

 

 《 結果 → 除去不可能 》

 

 

 ならば、全インキュベーターに問いかける。世界中に散らばった仲間が個別に所持している情報から対策を得る。

 

 

 《 結果 → 原因は不明 》

 

 

 《 全インキュベーター・協議の結果 → 当個体は具体的な対策を得るまで放置とする 》

 

 

 その時からだった。

 

 ――――僕の目は、僕の身体は、本当に然るべき情報を外部から取り入れているのだろうか。

 

 ――――僕の目が、僕の身体が得た情報は、統合意識へと正しく送られているのだろうか。

 

 気になって仕方が無い。だが、問いかけても答えは出ない。誰も答えなど持ち合わせていなかった。

 不思議だ。どうして僕は違和感を覚えることができた?

 それは、もしかしたら僕の中にある誰かの意志がそうさせているのか?

 

 だが、その可能性は否だ。僕“達”の意識が、誰かに左右される事なんて、100%無い筈だった。

 以前、『僕を支配したい』と願う子が居た。

 願いを叶えてもらった彼女は、当然僕達の『全て』を手に入れることになった。しかし、僕達が抱える膨大な情報量を頭の中で処理しきれず、結果的に精神的崩壊を起こして、生命を絶った。

 だから、『君たち』が僕らを支配できるなんて有り得ない。支配されるなんて有り得ないんだ。

 

 

 ――――だが、これは、なんだ。

 

 ――――なにが、ぼくの中に、いる?

 

 

『原因が分からない。除去法を探ってみるが、もし分かったとしても僕達の力は非常に非力だ。取り除くことができないかもしれない』

 

 

 仲間達はそう言って、ぼくを放置すると判断した。

 結果、ぼくは、そのままでいる。

 合理的な判断など全くできない。いっそのこと『排除』してもらった方が有り難い(・・・・・)

 

 

 ――――ありがたい? 何で有り難いと思うんだ。

 それは合理的な思考の結果なのか――――植え付けられた何かがそうさせているのか??

 

 

 

 

 

 

 わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない

 

 

 

 

 

 

 統合意識や別個体から送られてくる情報は、全く入ってこない。

 ただ、その言葉だけが、まるでパンパンに張ったタイヤの空気の様に、思考を埋め尽くしている。

 ――――最早何も判断はできない。

 少女を契約に導くことも、少女に素質があるかどうか見分けることすらも、ままならない。

 ただ歩くことしか、できない。人形にでもなった気分だ。

 

 だがそこで、何者かの影と遭遇した。それは、同類だった。

 

「やあ、調子はどうだい? アクセスが全くできないから、様子を見にきたよ」

 

 同類は何かを言っている。ぼくはその言葉に全く反応ができない。何を言っているのか、分からないからだ。

 ――――すると、ある文字列が、思考に創り上げられた。それを、同類に伝えろ、と何かが告げている。

 

 僕は、懸命に(・・・)、それを伝える。

 

 

 

 

 

 

  【このよをば  わがよとぞおもふ  もちづきの  かけたることも  なしとおもへば】

 

 

 

 

 

 

 その言葉を最期に、その個体の目は輝きを失い、真っ黒に変色していく。

 力尽きる様に、地面にぺたりと倒れ込んだ。

 直後――――全身がドロドロに溶け始める。

 

「やはり、彼女か……」

 

 自分達が認識していない、契約した記録の無い魔法少女の一人――――彼女の姿を思い描くと、ドロドロに溶けてすっかり原型を留めなくなった、地面にへばり付いた同類をむしゃむしゃと貪り始める。

 

 

「『魔眼』……」

 

 

 跡形も無く貪り尽くすと、すくっと顔を上げて、誰にでも無く、呟いた。

 

 

 

 

 

 

「その持ち主を始末しない限り、君たち(・・・)にも、僕達にも――――未来は無い」

 

 

 

 

 

 

 

 




 ぶっちゃけ、ラーメン屋の話は、ワンシーンで終わらす予定でした。

「あ、でも、ラーメン屋に行く動機が欲しいな」
「あ、凛の日常と交友関係も書きたいな」
「あ、纏が以前縁と話したことを凛に打ち明けるのはどうだろう?」

 あれもこれも思いついて、継ぎ足していった結果―――― そのまま全体を埋め尽くす結果になりました。orz
 そして最後もまた、やらかしてしまいました……。

 彼女については、次回で、優子をメインに描く予定です。


 主人公と茜が行方不明ですが……彼女達の出番もすぐに書く予定です……。


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     ▲ B番外  『センリツまといさん』

本編に加えようとしたら、話の流れが本筋とは全く関係なくなってしまったのでこちらに回しました。


 

 

 ラーメン屋にて――――

 

 

「お待たせしましたー!」

 

 和やかに談笑している二人だったが、そこで店員が明朗な声を挙げて割って入ってきた。

 上下共に黒い制服に身を包んでいて、赤い長髪を後ろでお団子縛りにしていた、少し目がきつい印象の少女だった。恐らくアルバイトだろう。

 

「あれ……?」

 

「ん……?」

 

 凛がその少女の顔を見て反応。店員の少女の方も凛の顔を見て、反応を示した様子。

 

「知り合いなの?」

 

 顔を見合わせる二人にもしや、と思った纏は、問いかけてみる。

 

「うん。こいつ、智美。友達。なんだ、此処でバイトしてたんだ」

 

 凛は纏に答えると、赤髪で吊り目の少女、日坂智美に声を掛ける。

 

「凛も、こんな夜にどうしたの?」

 

「……まあ、色々あってね~」

 

 智美が怪訝な表情を浮かべて問いかけるが、凛はひらひらと手を振って気怠げに返した。だが、智美は次に凛と相向かいに座る絶世の美女を見て、ドキリとする。

 

「え? 何、凛? この人誰!? もしかしてモデルさん? っていうか撮影? マジで!? どこでやってんの!? っていうかどうやってこんな綺麗な人と知り合いになったのっ!? ウッソマジビックリなんだけど!! ああ、わたし日坂智美っていいます!! 凛と同じ紅山高校通ってます! 趣味は運動とカラオケです! 突然ですけど不躾ですけどお姉さん事務所どこなんですか教えてくださいお願いしますー!!」

 

「あっ、え、えっと~……」

 

 急に大騒ぎで捲し立てた後、顔をズイイッと近づけて訴えてくる智美に、纏は困った様に苦笑いを浮かべてしまう。

 

「落ち着けって、こいつはそんなんじゃなくって、ただの友達」

 

「ああなんだ。それは失礼致しました」

 

 智美は頭をペコリと下げて謝る。

 

「っていうか、さっさとラーメンよこしてほしいんだけど……」

 

「ああっゴメンゴメン! はいどーぞ!!」

 

 凛が言うと、智美は満面の営業スマイルを浮かべて、お膳を凛の前に置く。

 

「お待たせしました。担々麺・激辛です!」

 

(……ひえ~!)

 

 その上に置いてあるラーメンを見て、纏が心の中で悲鳴を上げる。

 まるでマグマの様に真っ赤に煮え滾ったスープの中で赤唐辛子が至る所に浮いている。中心に浮かぶひき肉の小山も、香辛料を加えて炒めたのか、鼻腔を刺激する臭いが湯気と一緒に漂っている。

 見てるだけで、目が痛くなりそうだ。

 

「おお、きたきた。これだよこれ」

 

 だが、凛は魔物の如きそれを目の前にして、涼しい表情を浮かべていた。

 そして、次の瞬間、纏の目に凛の正気を疑ってしまう様な出来事が発生する。

 

「さて、これに……まず、これを掛ける」

 

 凛は、テーブルの端置いてあるテーブルスパイス群から、黒胡椒を持つとパラパラと掛け始めた。

 掛ける回数が、異常に多い……。

 やがて、スープの表面は真っ黒に覆われた。

 

(な、ナニコレ……)

 

 纏は呆然とそれを見つめている。最早、ラーメンというよりは、地獄に堕ちた者が鬼に差し出されそうな一品である。

 ブラックホールと例えた方が、まだ綺麗に聞こえた。

 だが、凛の狂気はこれに留まらなかった。

 

「あとこれを」

 

(ま、まさか……)

 

 凛は端から、小さな匙が入った瓶を取り出す。それは、豆板醤であった。纏の顔が青褪める。

 凛は匙を遣わずに、箸でそれを山盛りいっぱいに掴むと……

 

「投入」

 

(ぎゃあああああああやっぱり~~!?)

 

 じゃぽん、と音を立てて、豆板醤の塊がブラックホールに吸い込まれていった。

 纏が恐怖でガタガタと震え出すが、凛は全く意に介さず、涼しい顔を浮かべている。

 

「あと最後はこれだよね」

 

「ま、まだあるの……?」

 

 凛は豆板醤を元に戻すと、また別の瓶を取り出す。纏が戦慄の表情で見ている。

 またもやそれを匙でなく、箸で掬う。一見、大根の摩り下ろしにも見えた。だが、よく見ると、若干黄色が掛かっている。

 

「――――?」

 

 刹那、鼻腔に刺激。

 それは、凛の目下にあるブラックホールでは無く、箸で摘んだ黄色い小山からだ。

 嗅ぎ覚えのある臭いだ、というよりコレって――――

 

「ニンニク!?」

 

「正解」

 

 凛はそう言うと、再び生ニンニクの小山を投下した。ブラックホールに吸い込まれていく。

 

「よし、じゃあいただきます」

 

「食べるの!?」

 

「食べるよ」

 

 纏がビックリ仰天。驚愕の表情で叫ぶが、凛は至って平静とした表情で、ブラックホールに端を突っ込んで掻き回し始める。

 やがて、唐辛子と黒胡椒と豆板醤とニンニクが混じった異臭が湯気と共に漂い始める。

 ……胸焼けどころが頭が痛くなってきた。

 纏が頭を抱えるのを他所に、凛が麺を掬い始めた。口を開けてズルズルと音を立てて流し込む。

 

「どう?」

 

「…………」

 

 纏が尋ねるが、凛は無言。

 

「…………ちょっと豆板醤が足りない」

 

「え?」

 

 一瞬、耳を疑った。

 呆然とする纏を他所に、凛は、再び豆板醤の瓶を取り出すと、今度は匙で山盛りに積んでから、投入した。

 そしてスープをニ、三回掻き回すと、再び麺を箸で掬って口に運ぶ。

 

「……………」

 

「……………」

 

 しばらく沈黙――――纏も絶句したまま口をあんぐりと開いて様子を見ている。

 

「……………うん、丁度いいね」

 

(あ、味わってるぅ~~~!!?)

 

 ようやく何が起きているのか理解した纏は、胸中で悲鳴を挙げた。

 

 

 

 

 

 

 宮古 凛、彼女は大の激辛好きだった。

 しかし、ただ辛ければいいという訳ではない。ちゃんと味にも拘りを持っていた。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、纏だが――――全く人の事は言えなかった。

 彼女は『野菜マシマシ、チャーシューマシマシ、アブラカラメ』という謎の呪文によって召喚された別の魔物を、満面の笑みで貪り尽くしていたのだった。ちなみに量は特盛りである。

 そのチョモランマの如き雄々と聳え立つ嶺峰を目の当たりにした凛が、顔を青褪めてゲップを漏らしたのは言うまでも無い……。

 

 

 

 

 

 




全国のラーメンファン・並びに辛いもの好きの皆様……本当に申し訳ありませんでした……。


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     常闇を照らす妖精 C

一週間以上も間が空いてしまいました。


 

 

 

 

 

 

 白妙町は桜見丘市内屈指の田舎町なのだが、萱野優子の生家である定食屋『優』の裏を五分ぐらい歩くと、工業団地が広がっていた。名うての大手企業の工場が所狭しと並んでいる。

 無論、各工場にも食堂は設置されているらしいのだが、昼飯時には、現場の職人がこぞって店に足を運んできてくれる為、店は火の様な忙しさになる。

 次いで夕飯時になると、仕事終わりの職人達がまた、食事やら飲み会やらでぞろぞろやってくるので、更に倍は忙しくなる。

 従業員は家族しかいないので、毎日が暇無しな萱野気であるが、彼らがいるお陰で経営が潤っている為、心の底から有り難いと思っていた。

 

 だが、当然ライバル店も存在していた。

 優子の家から公立白妙高校に向かって3分ぐらい歩いていくと、その店はあった。

 田舎町には不釣り合いな、アジア風の一軒家がある。看板には陽気なインド人を模したターバンを巻いた色黒のおじさんのキャラクターが描かれていた。眩しい笑顔が印象に残る。

 店の前を通ると、スパイスの香りが、鼻腔と唾液腺を刺激する。工業地帯の職人達や近隣住民からの評判も良い、人気店であった。

 

 

「……」

 

 本日――――優子の姿は、その店の中にあった。

 彼女の正面にはインド人が踊っている様が映し出されているTVが有り、陽気なダンスミュージックをBGMに食事を取っていた。

 優子が座るテーブルには、象だか見たことも無い仏様の様な人物が描かれた――これまたインド色を全面に押し出したテーブルクロスが敷かれている。

 その上には、円形の銀盤があり、二種類のカレールーが盛られた底の深い小皿と、スパイスを塗りたくった様な真っ赤な色合いのタンドリーチキン、そして何よりアメリカ人も初見はびっくりするであろう巨大なナンが、プレートからはみ出しており、存在感をこれでもかというぐらいアピールしていた。

 

「……インドカレーねえ」

 

 腕を組んで銀盤の上にある食事様々を睨みつけながら、口を開く優子。どこか苛立ちすら感じられる声色だった。

 

「もともとカレーってのは、イギリスから日本に伝わってきたんだ」

 

 ランチタイムを過ぎていたせいか、彼女以外の客の姿は無い。よって完全な独り言である。

 優子は不満気な表情でブツブツ言いながらも、ナンを手に取る。

 

「つまり、アタシが言いたいのはな……日本人にとって(・・・・・・・)カレーの本場はインドじゃないってことだ」

 

 右手で持ったパンを、左手でひねってペリペリと千切っていく。ナンは焼き立てで油っぽくはあったが、温かくてもっちりとした感触だ。

 

「『カレーにナン』ってのも、日本人にとっちゃ邪道だな」

 

 次いで、手の平大に千切ったナンを、カレールーの入った小皿へと持っていく。濃厚なスパイスの香りが、鼻腔をくすぐって、食欲を促した。

 だが、その気持とは対照的に優子は不満気な顔でブツブツ喋っている。

 

「手で千切って食べるなんてそれ自体がマナー違反だよ。……それに、このルー、なんなのこれ」

 

 日本人がよく知るカレールーとは程遠い、一見スープと見紛う程のサラサラとした薄茶色の液体――――それにナンを浸すと、優子はぼやく。

 

「そもそも日本でカレーってのは、小麦粉でトロミを付けたのを言うんだよ」

 

 液体にナンをたっぷりと付けると、大きな口へと運んだ。

 舌触りの良いバターと、鳥肉の風味が口中に広がっていく。うん、バターチキンカレーにして正解だったな、と優子は胸中で断言した。

 

「香辛料も色んなモン入れてると思うんだけどさあ……正直いっぱい入れたら味がこんがらがるだけだと思うんだよね。やっぱりカレーはシンプルがいいんだよ。……最高なのは煮干し昆布がベースの和風出汁で作るライスカレーだな」

 

 結構美味かったらしい。優子のナンをちぎるスピードが上がった。小皿のルーがどんどん嵩を減らしていく。

 ……最早、説得力は全く無いに等しいが、愚痴は止まらない。

 

「始めたのは死んだ爺ちゃんで、父さんの代になってからは流石に洋風ベースの出汁の……要は『カレーライス』を出したらしいけどさ……未だにライスカレーの方を食べに来てくれるお客さんがいるんだよなあ。あれこそ本当に日本のカレーだと思うよ。うん」

 

 うだうだ溢して食べている内に、バターチキンカレーが無くなった。

 小皿の中には、鳥肉がゴロリと転がっているだけである。それをスプーンで掬って口に運ぶ。脂身の無いあっさりとした食感からすぐ分かった――――これは胸肉だ。普通この肉は煮込むとかなり固くなるのだが、歯で噛むと繊維が解れていく。

 

「なのにライスカレーは絶滅状態で、逆にインドカレー屋はバンバン増えてるって状況……アタシは極めて遺憾だな。絶対無いと思うけどインドに旅行に行ったら絶対抗議してやるっ」

 

 柔らかく煮込まれた胸肉をじっくり味わってから、ゴクリと飲み込んだ。

 まだナンは半量残っている。だがもうバターチキンカレーは無い。

 ならば、手付かずにいた、もう一方のルーしかないのだが――――食欲を唆る香辛料の匂いとは対照的に、色合いがグロテスクだった。なんというか……濡れた苔を彷彿とさせる。

 優子は恐る恐るおぞましい色合いのそれにナンを浸すと、ゆっくりと口に運んだ。

 

 ――――むむ、これは!!

 

 大量のスパイスとほうれん草を中心とした青野菜の風味が口から鼻へと抜けていき爽快感!

 これは、間違いなく――――美味い!!

 

「う~ん……悔しいのが、美味いってことなんだよなぁ~。いや……確かに美味いんだけどさぁ~、これで日本人を満足させられると思ったら大間違いだよ。若い客にはウケてるんだろうけど、日本はいま高齢化社会って奴なんだ。つまり、ジジババの舌を納得させなきゃ、『カレーの本場はインドだよ!』って認められないと思うんだよな。そーいう意味じゃ、このカレーはライスカレーより全然劣ってるって訳だ」

 

 もはや論理性の欠片もないチンプンカンプンな理屈を長々と述べながらも、グリーンカレーを付けたナンを次々と口に運ぶ優子。

 ――――お気に召したらしい。表情は恍惚そのものだった。

 

「……あのさー、ゆうー」

 

 最後の一口を放り込もうとした刹那、頭上から間延びした声を掛けられる。

 

「あん?」

 

 見上げると、一人の女性が居た。

 ギャルっぽい印象だった。幼さが感じられる小顔だが、少々濃い目な化粧を施している。一言で言えばケバい。

 鋭利なつけまつ毛の下にある瞳の中で星々がキラキラと輝いている。恐らくお洒落用のカラーコンタクトでもしているのだろう。両耳にはピアスを付けているが、何故か牛が象られていた。

 背丈は優子よりも小さいが160cm以上はあろうか、インドの女性専用の民族衣装・『サリー』に華奢な身を包んでいるので、この店の店員であるのは明らかだった。

 普段は腰まである長いコバルトブルーの髪を後ろでお団子結びにしている。

 

「なんだよ、トオコ。お客様に文句でもあるのかなぁ~?」

 

 優子がにへらへらと邪な笑みを浮かべながら、目の前に立つ少女に言い放つ。ちなみにこの挑発の仕方は凛譲りだ。

 トオコと呼ばれた少女は眉を八の字にしていて困り顔。

 

「トオコじゃなくってミチコー。間弓 通子(まゆみ みちこ)ー。ってそんなのはどうでもいいんだけどさー……」

 

 少女――――『間弓(まゆみ) 通子(みちこ)』は見た目通りのギャルっぽい間延びした気怠げな口調で優子にツッコミを入れる。

 

「文句ばっか言ってんならさー、うざったいからとっとと帰って欲しいんですけどー。つーかー、マジ帰れってカンジ―」

 

「なんだよ。ちゃんと完食したじゃんか」

 

「ソレとコレとは別だっつのー。食べながらアレコレ評論すんのがマジうざいっつってんのー」

 

「なんだよ。あたしはライバル店の人間として、この店を正当に評価してるだけだぜ。いいじゃん、今の時間は他に客いないんだから」

 

わたしたち(店員)が聞いてるんですけどぉ~。マジギレ寸前なんですけどぉ~」

 

 全く悪びれる様子もない優子に、通子は眉間をピクピクさせる。

 おおっと、流石に言い過ぎたか――――と思った優子は、誤魔化す様に顔を反らしてわざとらしく咳払いした。

 

「っつかウチふつーにジジババ常連で来てるしぃ、美味いっつってるよー!」

 

「そりゃあれだ。そのジジババはインドのハーブだかクレーターかなんかなんだろ」

 

「ハーフとクォーターでしょ……。っていうかもう何が言いたいのかサッパリなんだけどぉ、マジでー」

 

 優子の言葉に逐一ツッコミを入れる通子。ギャルっぽい見た目と喋り方に反して性格は常識人であった。

 

 

 彼女――――間弓通子は、幼馴染だ。

 とは言っても、親友と呼べる程、距離が近すぎる訳でもなく、激しい喧嘩をしても絶対に仲違いする事は無い―――所謂腐れ縁というもので二人は繋がっていた。

 通子の性格は、猛々しく男勝りな優子と比べると、(ギャル要素を抜けば)物静かで真面目、加えて勤勉であった。

 母親は日本人だが、父親はインド人で、彼女自身は店の看板娘として働いている。次期店長として将来を期待されており、経営術を独自で学んでいるらしい。

 優子は勉強が出来ない(バカ)。よって、自分には無い勤勉さを持つ通子が、羨ましいと思っていた。

 いつしか、自分が暇な時になると、こうして足を運んで、ちょっとした意趣返しのつもりでブツブツ評論するようになっていた。

 最も通子自身、それを分かっていたので、大して気にはしなかったが……

 

「でもゆうー、ウチに来たのは別に文句だけ言いに来たんじゃないんでしょ~?」

 

 通子が優子の相向かいの席に座ると、頬杖を付きながら問いかけてくる。

 優子がコクンと大きく頷いた。店に来たのは、別の理由があるのだ。

 

「分かってるな、『お使い』だ」

 

 そう言った瞬間――――通子の目がスッと細められる。口の端が吊り上がり、不敵な笑みを見せた。

 

「OK。ナニ聞きたいのー?」

 

 雰囲気が変わった様子の通子が、声をやや低めにして問いかけてきた。

 通子には別の顔が有った。

 

 『魔法少女』――――優子と同じ。何らかの願いをキュゥべえに叶えてもらったのだ。

 経験は二年。魔法少女の中ではベテランに当たるも、彼女は優子のチームには所属していなかった。

 ――――それは彼女が『情報屋』だからだ。

 彼女の能力は、魔女やシマアラシの魔法少女との戦闘よりも、情報収集に特化している。

 通子自身、争い事は嫌いな性格の為、命懸けで街を守っていくよりは、安全圏から情報を売って、報酬としてグリーフシードを得るこの仕事の方が割に有っていた。

 

「……そうだな、ここ最近、『特にヤバイ』って事があったら、教えてくれ」

 

 優子は首をキョロキョロ動かして、周りに人がいないのを確認してから小声でそう問いかけた。

 通子が魔法少女だと知ってからというもの、優子は何度かチームに引き入れようと試みたが、尽く断られた。

 今ではすっかり諦めている。

 だが、近所に情報屋が居るのなら、これを使わない手は無かった。優子はグリーフシードが貯まる毎に、通子の店へと趣き、食事と意趣返しのついでに情報を手に入れている。

 

「う~~ん……」

 

 通子は頭を捻って考え込む。

 流石に質問がアバウト過ぎたかな――――と優子は一瞬思って苦笑いを浮かべる。魔法少女の世界では『ヤバイ事』なんて日常茶飯事なのだ。

 だが……

 

「とっておきのチョーヤバイってのがあるんだけどー……ゆうに話していいのかなー」

 

「なんだ、もったいぶらずに話せよ。……グリーフシードは何個だ?」

 

「二個で」

 

「オッケー」

 

 優子はポケットから、上下に突起の付いた黒い球体――――グリーフシードを二つ取り出すと、テーブルの上に転がした。

 通子は「あんがと~☆」と満面の笑みでそれを受け取る。

 

 

「……ねえゆうさぁ。ハリー(・・・)ポッター(・・・・)って観たことなーい?」

 

 

「はっ?」

 

 その直後、突拍子も無いことを尋ねられて、優子の目が点になる。

 

「映画はあんまり観ないけど……それは知ってるぜ。魔法使いの超有名な奴だろ。の○太みたいな奴が主人公の」

 

「その二作目って知ってるー?」

 

「……ああ、『ゴボウのタブレット』って奴か」

 

「それ言うなら『炎のゴブレット』ー。しかも4作目ー。どっちにしろ違うしぃー」

 

 堂々と天然ボケをかます優子に、通子がジト目で突っ込むと、苦笑いを返される。

 

「まあたぶん観てないと思うけどー、二作目の『秘密の部屋』のボスキャラでさー……『バジリスク』っていうのがいんのー」

 

「バジル好きー? そんな奴がボスだなんて変わった映画だな」

 

「ゆうと喋ってると真面目に話すのが段々ヤになってくるよねー……。バジリスクってゆーのはー、蛇の怪物ー。あとでレンタルで借りて観てみなよー。チョーデカくてマジヤバイんだからー」

 

「……そいつが、なんなんだよ」

 

 通子の話の意図が見えてこない。

 まさか、そんな怪物が街の何処かに現れたとでも言うのだろうか――――そう思うと、緊張感が身体に齎されて、僅かに強張った。

 

「……そのバジリスクなんだけどー……特殊な能力(・・・・・)があんのー……」

 

 通子が若干顔を俯かせる。表情は暗い。何か自分には言いたくない事なのか、歯切れが悪い口調だ。

 

「……それって?」

 

 優子が息を飲みながらも問いかける。

 通子が重たそうに口を開いた。静かに声が発せられる。

 

 

 

「見ただけで、殺せるの」

 

 

 

 それは耳を研ぎ澄まさなければ、聞こえないぐらいの小さな声であったが、優子には強く突き刺さった。

 

「……!?」

 

 優子は絶句。額に冷や汗が一筋、流れ出した。

 

「そんな魔女(・・)が、現れたってのか……?」

 

 ――――この街の何処かに。

 

 優子がそう付け加えて問いかけると、通子は暗い表情のまま「ううん」と首をふるふる振って否定した。

 

魔女じゃない(・・・・・・)

 

「!?」

 

 再び通子の口から消え去りそうな声が吐息と共に舞い上がると、一瞬で優子の耳に吸い込まれた。衝撃が優子の頭を揺さぶる。

 『魔女じゃない』――――その言葉を聞いて頭を過ったのは、一ヶ月前の篝あかりの言葉。

 

 

 

    『みんな死ぬ。あんたたちだけじゃない……!』

 

 

    『家族も……友達も……! みんな、滅ぼされる……! 【奴ら】に……!!』

 

 

 

 優子はずっと気になっていた。

 全てを滅ぼすという『奴ら』が何なのか。

 心のどこかで魔女であって欲しいと願っていた。だが、通子の言葉が事実だとしたら――――残る可能性は只一つだ。

 

桜見丘(ここ)じゃなくって、隣の青葉市なんだけどさー……現れたっぽいよ」

 

 その一角が、青葉市(となり)にまで迫ってきている。

 

「どんな奴だ、そいつは……」

 

 その事実が、優子の身体を震わせた。

 

「ゆう。これ、マジでチョーヤバイから……覚悟して、聞いてね」

 

 通子は静かに語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青葉市にはねー、6人の魔法少女がチームで活動してるのー。

 

 え? 知ってるってー? あ、そーかー、この前教えたよねー?

 

 でさー、わたしって情報屋じゃーん。そのチームとわたしって交流があるワケよー。

 

 え? これも前に言ったってー? ごめんごめ~ん。

 

 でねー、リーダーの子ー。すっごい目が良いんだよー。元々は弱視だったんだけどね、キュゥべえに『目を良くしてください』って願ったんだってー。

 そしたら、固有魔法で10km先まで見える様になったんだってーっ! マジすごくな~い?!

 

 ……え? そんなことはどうでもいいんだって?

 あのね、ゆう。これマジ大事だから、良く頭に入れといてね。

 

 半月ぐらい前だったかなー、その子達が夜に活動してた時なんだけどね。

 リーダーの子が、たまたま他のチームメンバーと離れて移動していた時に、知らない魔力反応があったんだってー。

 魔女か魔法少女かなーって……すぐに、その子は、固有魔法を使って魔力を感じる方向を見てみたの。

 そしたら、いたんだー。

 

 

 何がって? アレだよー。『妖精』。

 

 

 あ、ゆう、大丈夫? なんかビックリして心ここにあらずって顔だけど?

 まー、ゆうが不思議な顔しちゃうのも無理ないかー。バジリスク(蛇の怪物)からいきなり妖精だもんねー。

 でもねー、その子は確かに見たって言ったんだー。

 

 

 

 

『【妖精】が、そこに居たんです』

 

 

 ――――その子が、突然ブツブツ喋りだしたんだ。

 

 

『魔女とか、魔法少女とか……そういう次元はとっくに超えていたんだと思います。その時だけ、夢の中っていうか……自分がお伽噺の登場人物にでもなったみたいな気分でした。

 なんていいますか……ピーターパンが最初にティンカーベルを見たとき、こういう気分だったのかなって、思ったんです』

 

 

 ――――すごくちっちゃな声だった。自分の記憶を辿って本当に(・・・)見たのか確かめてるみたいだった。

 

 

『そうです、【妖精】でした。とても小さな後ろ姿だったんですけど――――存在感は凄くはっきりとしてました。周りの暗闇をオレンジ色に照らしていて……まるで、そこに太陽があるかのような暖かさを感じてました。

一本編みの銀色の髪が、風にゆらゆらと揺れてて……光を反射しているみたいに、眩しかった。でも、衣装はティンカーベルとは違ってました。私達、魔法少女に近かったんです』

 

 

 ――――なんか、誰かに打ち明けたくって仕方なかったってカンジでさー。めっちゃ早口で捲し立てるみたいに喋るワケ。何か息づかいも荒かった。

 わたし、興味持っちゃってさー、じっくり聞くことにしたんだよねー。

 

 

『イギリス軍の制服って見たことあります? 見たことないなら、サイボーグ009って知ってます?

 どっちかっていうとアレに近い感じでした。

 真っ赤な衣装でマントが有って……でも違うのは、真っ赤な羽根つき帽子みたいなの被ってて、スボンも光沢のある真っ赤なショートパンツでした。でも魔法少女じゃなくって妖精なんです。

 でも全体が真っ赤っ赤で……血の様に不気味っていうか、炎のように激しいっていうか……』

 

 

 ――――その子が何を喋ってるのか、分からないってー?

 うん、ゆう。わたしもその子から聞いたとき、マジ分かんなかったよ。多分、おんなじ顔してたと思う。

 でもねー、その子、冗談言ってるカンジじゃなかったのー。すっごいマジ顔で喋ってたんだー。

 

 ……でね、わたしがマジヤバイって思ったのは、次の話なんだー……。

 

 

『確かその時、私、5kmぐらい離れて【妖精】を見ていたと思います。

 ……もう見とれてしまってました。いつまでも見つめていたいって思ってました。

 でも……私、驚いたんです』

 

 

 ――――ゆう、覚悟して聞いてね。マジでびっくりしたから。

 

 

『振り向いたんです』

 

 

 ――――どう、びっくりしたでしょ? わたしもビックリした。

 

 

『妖精が、私の方を(・・・・)見たんです。もしかして、他に誰かいたんじゃ、と思って、辺りを見回しましたけど、妖精の近くに気を引くようなモノは見えませんでした。だから、妖精は私を(・・)見たんだ、ってはっきり分かったんです。あんなに遠くから……私だけを……』

 

 

 ――――わたし、聞いてて頭がおかしくなるんじゃないかって思ったの。だからなのかなー、頭が話を受け付けてくんないってゆーか……。

 でもね、その子の方がもっとおかしくなってたんだと思う。

 

 

『あの目だけが……はっきりと鮮明に思い出せるんです。全部絵空事の様な世界の中で、私に向けられた【あの目】だけが、異常でした。キュゥべえなんて比較にならない。マグマみたいに煮え滾ってて、誰かを殺した血で塗れている様に冷たい、真っ赤な瞳でした』

 

 

 ――――言葉、おかしいよね。グチャグチャの頭ン中、一生懸命整理してなんとか言葉にしているってカンジで。

 もう話を打ち切ろうかなって思ったんだけど……その子、頑張って続けたの。

 

 

『私は……っ、あの目を見た途端……何かよくわからないけど、直感的に、こう思ったんです……!!』

 

 

 

 

           『【殺される(・・・・・)】って――――』

 

 

 

 ――――その時ね、フッて、頭に、【バジリスクの目】が浮かんだんだ。

 

 

 

『すぐに、逃げました。仲間にも何も言わずに、すぐに家に駆け込んで……。部屋に入って、布団にくるまって……眠ろうって思いました……。でも……あの目が……ずっと……出てくるんです……』

 

 

 ――――その子、頭を抱えてブンブン振り回して……ハァハァ過呼吸みたいになっててさ……ああ、もうマジでヤバイんだって思ったよ。

 

 

『妖精の目が、マグマの様に熱苦しい目が、太陽の様に眩しい眼差しが、血塗れの冷たい瞳が……私を見ているんです』

 

 

 ――――わたしも、たぶん、もうおかしくなっちゃってたんだと思う。

 話を止めようって気が、全く起きなかったんだ……。

 

 

『妖精は、私達の街にはもう現れませんでした。でも、私……感じるんです。妖精は近くに(・・・)居るんです。今も、ほら……』

 

 

 ――――その子、何も無い天井を指差して、言ったの。

 

 

私を見つめているんです(・・・・・・・・・・・)。私を捉えて離してくれないんです。獲物に狙いを定めた猛獣みたいに……私を殺せる時がくるのを、じっくりと待っているんです』

 

 

 ――――ゆう。息が荒くなってるよ。ちょっと深呼吸しよ。

 

 

『恐い……恐いよ。あの目がっ……あんなのが、この世にいるって思うと……っわたし、生きることすら自信が無くなっていって……っ!!』

 

 

 ――――その子、喋りながらガタガタ震えてた。今も、その妖精の目が見えてるみたいに、何も無い天井をずっと見上げて、ガタガタ震えてた。

 それでもわたし、何も言わずに話を聞いてたんだけど、

 

 

『ご飯も食べたくないっ。何もしたくないっ。ただ家で、引きこもってた方がマシだって、思えてくるんです……っ!!』

 

 

 ――――それだけは、否定しなきゃって思って、言ったの。

 「ダメだよ」って。ちゃんと食べないとお父さんとお母さん心配するよって。グリーフシード手に入れないと魔力だって切れるよって。

 

 

『分かってます』

 

 

 ――――でもね、氷みたいな目で睨みつけられて、言い返されちゃったんだ。

 

 

『でも、殺されるぐらいだったら……このまま餓死した方が、マシです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で……そいつは、どうなったんだ?」

 

 話を聞いていた優子だったが、その表情は複雑だ。やり場の無い怒りか、悲しみの様なものが混じっているように見えた。

 

「その子ねー……自殺しちゃったんだー」

 

 通子は首を落とすと、ポツリと呟いた。

 

「ッ!! なにやってんだ馬鹿野郎……っ!」

 

 優子は一瞬驚く様に目を大きく見開いたかと思うと、片手で顔を覆って、ガックリと肩を落として嘆いた。

 その落胆と同時に放たれた言葉は間違いなく、その子に向けられたものだろう。既に届くはずは無いと分かっても、言わずにはいられなかった様だ。

 どこまでも優しい優子の言葉に、うんうんと頷いて同調する通子。

 

「首吊り自殺……遺書があってね。『もう楽になりたい。さようなら』って……」

 

「…………」

 

 顔を覆ったままの優子から言葉は返ってこない。

 もしかしたら、頭の中で一生懸命言葉を探しているのだろうが、返す言葉も見つからないといった方が正しいのだろう。

 

「ねえ、ゆう」

 

 通子は顔を上げる。

 

信じられる(・・・・・)? こんな話。私はまだ信じられない」

 

 ――――聞いた張本人だけどね。

 

 そう付け加えるが、優子から返答は来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、あの後、優子は代金だけを払って「またな」とだけ告げて帰っていった。

 玄関で彼女を見送る通子。近くで見ると大きな背中が、今はもう小さくなっている。

 夏特有のジリジリとした外気が、優子を掻き消そうと激しく揺らいでいる様に見えた。

 

「ゆう、負けるな」

 

 通子はポツリと呟いた。

 

「頑張れ。戦え。みんなの為に(・・・・・・)

 

 それが純粋な応援のつもりで発した言葉だったら、どれだけ良かっただろう、と通子は心で嘆いた。

 今の言葉は酷薄だ。残酷で、無情で――――優子の心など全く汲み取っていない。

 小さな姿の優子を、押し潰してしまいそうだった。

 

 

「だって、ゆうが戦ってくれないと、誰もこの街を守ってくれなくなっちゃう」

 

 

 常闇に降臨した妖精。それは神の使いか、悪魔の手先か、通子には判断できない。だが、脅威であるのには違いなかった。

 いずれ、この街に現れたら――――戦うのは優子だ。彼女が立ち向かわなければならない。彼女でなければ止められない。

 

 だって、彼女は決めたのだから――――『この街を守っていく(・・・・・・)』と。

 

 それは、言ってしまえば身を犠牲にして人々に貢献する道であり、自分が絶対に足を踏み入れたくない(・・・・・・・・・・・)領域であった。

 優子はその道を歩んでしまった。自分は別の道を行った。重なる事の無い道を、並行に歩いて行く。

 

 6月の太陽は日を重ねるごとにその熱気を増していく。

 今日は特に外に数分もいれば吐き気を催す様な猛暑であったが――――通子はいつまでも、独り寂しく歩き去る優子を見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 




 まず最初に、インド料理好きの皆様、ハリー・ポッターファンの皆様、本当にごめんなさい。
 和風出汁のライスカレーに関しては、ある食べ物漫画で初めて目にしましたが、実在するようです。


 ここ最近続いた新キャララッシュは今回を機に一先ずおやすみとなります。
 登場人物は出揃ったところで、いよいよ歯車は周り始めるかと思います。


 余談ですが、今回投稿が遅れたのは、文章に自信が持てなくなった、というのもあります。

 次回も、間が空く事と思いますが……お楽しみ頂ければ嬉しい限りです。


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     常闇を照らす妖精 D

 

 

 

 

 

 

「……というワケで、緑萼市(コッチ)はブラックフォックスが相変わらず売名行為やってる以外は、何もナシ。至って平和。別にコレといった情報があるって訳じゃないからタダで良いわよ」

 

「ありがとう(ふみ)ちゃん」

 

 緑萼市――――郊外の寂れたBARの地下室には二人の少女の姿があった。

 豪猪な革製の回転椅子に腰掛けて、足を組みながら微笑を浮かべているのは、両サイドに三つ編みをぶら下げた茶髪の少女――――美咲文乃。大人びた容姿を持ち、顔に掛けた眼鏡が天井のライトを反射して光っている。

 もう一方は、一見小学生と見紛う様な小柄で愛らしい容姿の少女――――日向 茜。黒いリボンでお嬢様結び(ハーフアップ)にした純白の髪の毛とクリクリとした大きな丸い瞳が、童顔の中で映える。

 

 桜見丘市で発生している連続少女失踪事件に、犯人が居ると睨んだ優子達は、探るべく独自に調査を行っていた。

 優子が通子のところへ足を運んでいる時に、茜もまた、文乃のところへ『お使い』に向かっていたが……収穫は無しだった。

 

「でも、まだいるんだね……」

 

 ブラックフォックスこと、篝あかりの動向が気になった茜は、ふと口に出してみる。

 

「……竜子に黙って捕まえようと思ったんだけど、ダメだったわ。とりあえず放置してる……ただ、最近メンバーの内でファンクラブが作られてね……」

 

「ファンクラブっ?」

 

 茜が目を大きくして驚く。

 

「まあ、悪いことはしてないし……寧ろピンチの時に助けてくれるから、しょうが無いと思うけど……どうも、奴の狙い通りに動かされてる感じはあるのよね~……」

 

 腕を組みつつ、ふーっと、長い溜息を吐く文乃。面白く無さそうな表情だ。

 だが、そこで彼女は何かを思い出したらしい。ハッとした様な顔を一瞬浮かべたかと思うと、椅子を回して茜の方へ身体を向けた。

 

「ところであっちゃん……」

 

「なに、文ちゃん?」

 

 文乃と茜、二人はお互いに「あっちゃん」「文ちゃん」と渾名で呼び合う間柄である。

 とはいえ、同じ学校の先輩後輩の関係ならまだ分かる。

 文乃は20歳の大学生、茜は15歳の中学生。年齢が掛け離れているのに加えて、住む地域も、属する学校も違う者同士が懇意にしているのは傍から見れば奇妙だ。

 だが、二人の間には強い絆が有った。

 その理由を、誰も知らない。二人も、別に話す様な内容では無いから、周囲に打ち明けようとはしなかった。

 

「青葉市の事件は知ってる?」

 

「事件?」

 

 茜がきょとんとした顔で首を傾げる。彼女の頭上に?マークが浮かんでいる様に見えた文乃は「ああ、まだ知らないんだ」と言うと、目を細める。

 

「そこで、ちょっと不可解な事があってね」

 

「情報源は?」

 

「萱野のとこの間弓からよ」

 

 文乃曰く、情報屋同士でネットワークが存在しているのだという。差し支え無い範囲で無ければ情報を共有しているケースが多いのだ。文乃と通子もまた然り。

 

「……何があったの?」

 

 刹那、何か嫌な予感が電流の様に身体を走った。茜が顔を強張らせて問いかけるが、文乃は首を横に振った。

 

「知らないんだったら、別に私から言う必要は無いわね。いずれ、萱野からあっちゃん達に伝わると思うから……それでも聞きたいなら、グリーフシード二個で」

 

 眼鏡を妖しく光らせてニヤリと悪い笑みを浮かべる文乃。だが、茜は気圧されることなく、ジト目で返す。

 

「……後でリーダーに聞きます」

 

 即答。文乃は「あら、残念」と口を尖らせる。

 

「他に何か知りたいことがあったら、教えてあげるけど?」

 

 だが、直ぐに人当たりの良い笑みを浮かべると茜に尋ねた。

 

「……あの人って、何者なの?」

 

 茜は顎に手を当てて、疑惑の目線を文乃に向ける。

 

「誰のこと?」

 

「政宗って人。優子リーダーから聞いたけど……ブラックフォックスの保護者みたいな人なんだって? 確か、その人が所属している会社が……アワライスっていう……」

 

「アバライスね。AVARICE株式会社」

 

 文乃が答えてくれた事で茜がハッと顔を上げる。

 ――――優子は聞き間違えていた。どうりで検索しても出ないはずである。

 

「何なの? その会社って」

 

 茜が疑問に思うのも無理は無い。

 優子の話によれば、黒岩政宗は一般人だそうだが、魔法少女の事を詳しく知っている風だったという。

 ドラグーン総長である三間竜子に対しても、対等に会話をしていた、という話から只者では無いことが伺えた。

 そんな人間を抱えている企業――――AVARICE社とは一体どんな組織なのか?

 

「教えて、その会社の事」

 

 茜はバッグからグリーフシードを取り出すと、掌の上に乗せて、文乃に差し出す。

 個数は二個――――『ここまで(・・・・)出すから答えて』という意図だろう。

 そこまで気にすることは無いのに――――そう思いながら、文乃は肩を竦める。

 

「一個でいいわよ。重要って程でも無いから」

 

 文乃はそう言うと、茜の掌から一個、摘み上げる。

 

「あっちゃん、ソーシャル・フェザー・グループは知ってる?」

 

「う、うん。輸送会社だよね?」

 

「AVARICE社は、そこから生まれたのよ」

 

 困惑する茜に、文乃は説明を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソーシャル・フェザー・グループ―――――全従業員30万人以上。世界に市場を持ち、物流業界のトップを独走するグループ企業である。

 元々は一運送会社に過ぎなかったが、30年前、現会長の3代目が就任した時、社内改革が行われた。造船会社と提携して、船舶を運用して大規模な物流を行う輸送会社へと変貌を遂げた。

 

「それと同時に新規事業として、開拓されたのが、魔法少女の支援よ」

 

 その事業を行う為に、新たに設立された子会社が――――AVARICE株式会社。

 

「従業員は、魔法少女の事を深く理解している人達で構成されているわ。女性社員も魔法少女が多いって聞いてる」 

 

「ドラグーンも、そこの支援を?」

 

 茜は目を丸くして驚きながらも、問いかける。

 

「まあ、ね」

 

 文乃はそこで顔を渋くして頷くと、経緯を語り始めた。

 

「……桐野卓美がいなくなって、必然的にNO.2の竜子がドラグーンのトップに立った。汚染されきった組織の大掛かりな『浄化』が開始されたけれど……一つだけ解決できない問題があったの。それがグリーフシード」

 

 茜は黙って聞いている。文乃は続ける。

 

 ――――当時、ドラグーンには53人もの魔法少女が所属していた。

 全員を養っていくには、魔女退治だけで得られるグリーフシードでは到底不可能だ。かといって、使い魔を放置して魔女を量産させる訳にも行かない。

 一般人を犠牲にするやり方を、竜子は是としなかったからである。

 しかし、そんなことを言ってたら組織は将来的に、右も左も向けなくなるのは目に見えている。

 

 他の方法としては、販売されているグリーフシードを購入する手があったが……これもすぐに×が付けられた。

 グリーフシードは高価だ。ネットオークションでは10万円もの値段――――それは魔法少女にとってそれだけ需要がある事を意味しているのだが……他にも理由があった。

 特殊な形状や、この世の物ではない物質で構成されているグリーフシードは、宝石マニアの間で高い人気があったのだ。

 裏市場で売買されているケースもあったが――――実際赴いて現場を見た時、唖然とするしかなかった。ネットオークションの値が安く感じるぐらい、高額で売られていた。

 

「だから……どこか、遠くの山中の集落を使って……養殖場を開拓しようって案がでたの」

 

「文ちゃんは……認めたの?」

 

 目を細めながら、問いかける茜。

 

「認めたもなにも、案を出したのは私だから」

 

「……!」

 

 茜の視線が鋭くなる。睨みつけられているのだと実感した文乃は、ふーっと、長い溜息を吐いた。

 

「ごめん」

 

 謝ると、顔を俯かせる文乃。その表情に影が掛かる。

 

「あっちゃんは絶対に怒ると思ったから、今まで黙ってたんだけど……仕方なかったのよ。でもね、すぐにその必要は無くなったわ」

 

 文乃が顔を上げると、茜が今にも「まさか」と言いそうな顔を浮かべていた。

 

「あの人――――『黒岩政宗』が、竜子に近づいてきたからね」

 

 懐から端末を取り出して操作を始める文乃。茜が覗き込む。

 画面に表示されたのは、白髪をオールバックにした、強面にサングラスを掛けた男。

 その顔を初めて見た茜が、青褪める。どうみても会社員というよりは、ヤクザといった風貌だ。思わず息を飲む。

 

「その人が……支援するって言ってくれたんだ……!」

 

 自分は魔法少女なので、この男性よりも遥かに強い筈だが……彼の顔から放たれる威圧感は画面越しからも凄まじく、圧倒されてしまう。

 だが、その顔に反して、菩薩の様な精神の持ち主なのかもしれないと、茜は思った。

 何せ、彼がそこで手を差し伸べなければ、ドラグーンの今は無かったのだから。

 

「ええ。いきなり竜子の家に押しかけてきて、『格安でグリーフシードを提供する』って話を、アイツだけに持ちかけてきたそうよ」

 

 ――――黒岩政宗は、グリーフシードを一つ1000円で売ると言ってきた。

 アタッシュケースに格納された大量のグリーフシードを見た時、竜子は思わず呆然としたという。

 だが、彼の提案は合理的だと、思ったらしい。

 当然だ。53人分のグリーフシードを購入したとしても、世間で販売されているグリーフシード一つの価格を遥かに下回っている。

 桐野卓美が残した莫大な私産を使えば、配下の少女達を長期間に渡って養うことができるし、使い魔を放置する必要がなくなれば、一般人の犠牲を最小限にすることができる。

 正に天の恵みが降り注いだ様だ、と竜子は嬉しそうに話していた。

 

「今思えば、AVARICE社に都合よく動かされたんだろうけど……、当時のアイツはそんなことを疑う余裕すらなかったわ」

 

 政宗の提案を受け入れるしか、ドラグーンが生き延びる道は無いと思ったのだろう。必死だったそうだ。

 だが、彼と契約を交わした事で、組織の破滅は回避できた。

 結果よければそれで良しね、と文乃は微笑を浮かべて言う。

 

「……」

 

 先程からじっと話を聞いていた茜だが、一つ疑問が湧いてきた。それが、口を付いて出て来る。

 

「でも……何で、一般の大企業が、私達の事を知ってたの……?」

 

 そもそも、ソーシャル・フェザー・グループは如何にして魔法少女の存在を知ったのか――――茜の疑問はそこだった。

 

「簡単よ。会長の奥さんが『魔法少女』だったのよ」

 

「!!」

 

 茜が目を見開く。

 

「それだけじゃなく、孫娘の一人も現役の魔法少女だって聞いてるわ。……これで知らない方がおかしいわよ」

 

「奥さんは……?」

 

「行方不明よ」

 

 冷たく言い放つ文乃。

 

「そんな……」

 

「世間じゃそう言われてるけど、大方、魔女に殺されたんでしょうね」

 

 絶句する茜に憮然とした態度で続ける文乃。

 

「話が逸れたけど……魔法少女に対して、何らかの情を抱いているのは間違い無いわね」

 

「つまり、奥さんとお孫さんの苦労を真近で見てきたから……その会長さんは魔法少女達を助けたいと思って」

 

 その事業を始めたんだ――――と感心を込めて言おうとしたが、文乃が途中で首を横に振った。

 

「あっちゃん。情はあっても、所詮企業家よ。利益を最優先に考えてるに決まってるじゃない」

 

 文乃はきっぱりと言う。

 そこまで言うこと無いじゃない――――そう思った茜が、ムスッと顔を顰めて、頬を膨らました。

 

「AVARICE社の支援は様々よ。グリーフシードの格安販売だけじゃない。ベテランの魔法少女を派遣して新興魔法少女チームに指導を施したり、魔法少女専門のメンタルケアを行っているケースもあるわ」

 

「そこまでしてくれるのは……」

 

 やっぱり会長が、助けたいと思ってるからなんじゃ――――と茜は思ったが、文乃はその思いをあざ笑うかのようにニヤリと笑った。

 

「尽くした分だけ見返りが無いと意味が無いわよ」

 

 文乃の笑みが強まり、口の両端を吊り上げた。茜はその表情の意味が分からなかったが、文乃が会長の目的を薄々感じ取っている事は理解できた。

 なので、反論せずに、黙って聞くことにした。

 ――――すると、文乃がゆっくりと、口を開いた。

 

 

「魔法少女を支援する本当の狙いは……『魔法少女を受け入れてくれる(・・・・・・・・・)企業』だと“魔法少女に”思わせることよ」

 

 

「!?」

 

 笑みと共に放たれた言葉が、茜の耳朶を強く叩いた。衝撃と同時に脳に生じた驚愕が、目を見開かせる。

 

「……各地の縄張りに自社社員やベテランの魔法少女を派遣して、支援させているのは、信頼関係を構築して、将来的にAVARICE社に就職させようって魂胆でしょうね」

 

 その為には、支援先の魔法少女に、長く生きて(・・・)貰わなければ叶わない。

 捲し立てて話す文乃の表情は楽しそうだ。 

 

「私達を受け入れる事が……その会社にとって何の利益に繋がるっていうのっ?」

 

 大企業と、文乃の笑み、二つの意図が全く読めず、茜の頭に混乱が生じる。焦った声で問いかける。

 

「まだ分からないのね、あっちゃん……」

 

 文乃は少し呆れた様に、ふーっと、長い溜息を吐いた。

 まあ、その純粋無垢さが、最高に良い所なんだけどね――――そう思いながらも文乃は続ける。

 

 

「“魔法”の力を独占すれば、業界トップを維持できる――――」

 

 

「!!」

 

 刹那、雷が降り注いだ様な衝撃が、茜に襲いかかった。

 

「そんなところでしょうね。それで……あっちゃんは、どう思ったの?」

 

「え……?」

 

「AVARICE社の事よ。会長の思惑はさておくとしても……一般企業なのに、魔法少女を受けいれてくれるなんて、嬉しいじゃない?」

 

 AVARICE社の魔法少女は、会社に支障の出ない範囲でなら、能力の最大限の使用が許可されているそうだ。

 つまり、何も気兼ねすること無く、社会や人々に思いっきり貢献することができる――――文乃の甘美な言葉が茜の耳朶に入り込んで、脳を揺さぶってきた。

 

「…………」

 

 だが、この複雑な感情をどう表現していいのか分からなかった。

 文乃の言葉は正論だ。自分達は正しい方向に魔法を使い、多くの人々を救ってきた。

 だが、それでも……一般社会が『魔法』を肯定的に受け入れてくれるかは別問題だ。

 家族や友人、そして学校や会社など、属する組織に隠し通したまま生きていく――――誰にも悟られず、理解を求められることはない。

 今は愉しいが、やがて苦しい人生が待ち受けていることを、茜は薄々感じていた。

 だが、AVARICE社だけは全面的に受け入れてくれるのだと言う。

 それは魔法少女の(・・・・・)自分にとっては、この上無く嬉しい話だ。しかも業務内容は同じ魔法少女達の支援。将来の就職先として定めるには、正にうってつけだと思った。

 だが――――

 

「……ちょっと待って!」

 

「っ!!」

 

 人間の(・・・)自分にとっては、唯一、承服出来ない部分があった。

 それを確認するべく声を張り上げる茜。急に聞こえた大音声に、文乃は驚いて目を丸くした。

 

「……そのグリーフシードって、どこから入手してるの?」

 

「やっぱりそこよねえ……」

 

 茜が目を震わせながら問いかけてくる。文乃は笑みを消すと、ふーっと、再び長い溜息を付いた。

 

「これは私の憶測だけど…………養殖場からだと思う」

 

「……!」

 

 茜がぞっとした様に怯えた。文乃は両腕を組んで憮然とした表情で話し出す。

 

「AVARICE社の母体は世界を相手にしてる大企業だからね。海外のどこかに養殖場を開拓して、採集してる可能性が無いとは言い切れないわ」

 

「…………」

 

 茜が表情をきつく固めながら、上下の顎をぐっと噛みしめる。

 降って湧いてきた怒りの感情を寸手で堪えている様子だった。

 ドラグーンが組織を存続させていくには、彼らの手を取るしかなかった――――それは仕方の無い事だと分かる。

 しかし、その裏で犠牲になっている人々がいるという事実を、茜は心のどこかで容認しきれなかった。

 

 

 ~~♪~~♪

 

 

 そこで、音楽がなった。同時に、文乃の端末の画面が切り替わる。

 

「ちょっとゴメンね」

 

 文乃はそう言って、端末を手に取ると、通話のアイコンをタップして、耳に当てた。

 

「もしもし……ヒビキね、何の用?」

 

 電話の相手は、文乃と同じくドラグーンの最高幹部の狩奈 響の様だ。

 文乃は背中を向けて電話越しの彼女と通話を始める。

 

 

 ――――しばらく話し込む文乃。ただじっと後ろ姿を見つめる茜。

 

 

「ふう~」

 

 やがて、話し終えたらしい文乃が通話を切った。直後、本日四度目となる長い溜息が聞こえてくる。

 

「どうしたの?」

 

 茜が問いかけると、文乃は振り向く。どこか焦躁が感じられる表情だ。何かあったのは間違いない。

 

「……緊急事態って訳でもないわ。予測してたことだから」

 

「??」

 

 とは言うものの、文乃の表情は晴れない。茜が困惑の表情を浮かべていると、ゆっくりと口が開いた。

 

 

 

 

 

「ブラックフォックスを、最高幹部に迎え入れたいって」

 

 

 ――――竜子が提案したわ。

 

 

 

 

 

「っ!!!」

 

 文乃がそう付け加えて言うと、茜が目を大きく開かせた。

 

 魔法少女を支援するAVARICE社と、何らかの目的を持って独自に活動しているブラックフォックス。

 両者の目的は違うが、魔法少女の信頼を得る為に接触しているという点は同じ。

 そして、桜見丘市と青葉市で起こっている事件――――彼らとブラックフォックスが何らかの形でその裏に潜む存在を察知しているのだとしたら――――!

 

 脳に浮かび上がった考えに、茜の身体がワナワナと震える。

 何か大きな意志が自分達の周りを徐々に取り巻きつつあるのだと悟った。

 頭と心に不安の重りがズッシリと伸し掛かって来て、足元が覚束なくなる感覚が襲ってくる。

 

「……」

 

 文乃は、そんな茜の気持ちを察してはいたものの、特に声を掛けてあげるような真似はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 だって、最終的に物事の『善悪』を判断できるのは、茜しかいないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




 いでよ神龍!! ギャルのpじゃなかった文章纏める能力おくれ―――――ッ!!!

 と、心の中で叫びながら書いた今回でした。
 今回の話は……とにかく、文乃の台詞が説明的すぎないようにしなければ、と意識して、何度か書き直し、ようやく形にした話でした。


 次回はドラグーンと茜の動向をメインに据えてから、いよいよ状況を動かそうと思います。
 あと一話だけ(という名の役9000文字×4)、グダグダした展開が続くんじゃ……っっ!!(震え


 余談ですが、二章が完結したら、自分の中で現状を纏めるという意味も込めて、キャラクター図鑑や、用語集とか……要は設定資料的なものを作ろーかなーって思います。



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 #09__その先が“魔境”と知りながら A

新年、あけましておめでとうございます!
 
 
 




 数日前――――

 

 

 

 

「ヒャッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」

 

 狂った笑い声はさしずめ激昂した際に発せられる怒号の様に響き渡った。発生源たる少女は震撼する空気を意に介さず、暴力的な視線を標的に向けていた。

 

「オラ死ねッ!」

 

 罵声と共に放たれたのは雷の様な爆音。

 少女が構えている銃の口が、火を噴くと瞬く間に、標的の頭蓋を穿ち肉塊へと変貌させた。

 銃はAK47――――世界一有名な銃と言われるそれは、安価で購入でき、歴史上最も人類を殺害した銃、とさえ呼ばれているものだ。

 

「死ねッくたばれッ! 脳みそブチ撒けろッ!! 臓物(なかみ)を散らせろッ!!!」

 

 血走った眼光は狂喜のあまり震えていたが、標的の急所を捉えて放さなかった。爆声に伴い弾丸が4発、発射!!

 屍が4つ完成した。標的の心臓、首元、額、下腹部が貫かれた。血漿が噴水となって周辺を赤く染めるが、灰色の殺戮者が一切浴びることは無い(・・・・・・・・・)

 ――――次の標的たる生命がぞろぞろと視界に登場した。彼らもまた、殺戮者を抹殺するべく獲物を携え、明確な殺意を向けていた。

 だが、それでも、彼女にとっては、ただの的に等しい。

 

「私の足元に跪けえええええええええええええええッッ!!!」

 

 乱射される銃撃音さえも掻き消す様な声量が響き渡る。

 視界が凄惨さを増して朱と硝煙しか残らない。だが、殺戮者は嗤っていた。罪悪感など微塵も感じていない。ただ、対象の殲滅から生じる無限の愉悦が心を満たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲームやる時ぐらい、おとなしいままでいられないの……?」

 

 

 

 背後から溜息が聞こえてきた。銃型コントローラーの底にあるスタートボタンを押す。視界の状況が制止された。

 

Shut up(うるせぇ)!」

 

 (ゲームの中じゃ)殺戮者の少女、狩奈は椅子ごと振り向きながら、両耳に指を突っ込んでウンザリした顔のそれに向かって毒を吐く。

 折角いい気分だったのに水を刺されたせいで台無しだ。

 

「…………」

 

 いや、どー聞いてもうるさかったのはそっちだろう。そして、何故自分が逆ギレされなければならないのか……。

 指摘した本人・三間竜子は目の前のコイツの頭を一回はたいてやろうかと思ったが、後々面倒くさい未来になるのは確実なので辞めた。

 

 今、竜子が居るのは狩奈の家だ。彼女の部屋で寛いでいる。

 一人の少女の部屋とは思えないぐらいの、広々としたワンルームに、55インチのTVが設置されており、その前で狩奈はゲームを楽しんでいた。襲いかかる反政府軍を銃火器や爆弾を駆使して殲滅し、国軍を勝利に導くという異常にスプラッター溢れる内容だ。

 中心にあるテーブルには狩奈が先程頼んだ宅配ピザが一枚有り、竜子は手をギトギトの油塗れにしながら、8枚切りにしたそれの一枚を掴んで頬張っていた。

 部屋の隅にある本棚にチラリと目を向けると、女子向けファッション誌や週間情報誌の他にも、ミリタリーマニア向けの硝煙臭そうな雑誌や、戦争体験者の告白本――いかにも狩奈らしい――、外国語学本が並べられている。

 先程の姿を見ると忘れてしまいそうになるが、狩奈は英語が得意なのである。学力も高く、側近の未緒愛華、八奈美命と一緒に国際大学に通っている。

 

「ハッ、悪かったなァ!」

 

 そう思ってると、狩奈が謝ってきた。性根が素直なのは彼女の良いところである。笑いながらなのは腹立つが。

 

「だがなァ、これも私なんだ。イイ加減受け入れてもらわなきゃあ困るなァ!」

 

 そう言って、パッとコントローラーを手放す。途端に、顔から感情が消えた。

 

「……だって、子供の頃、に……お爺ちゃん、に……養われた、もの、だから……」

 

 猛獣が一瞬で、人形へと変身を遂げた。

 ギラギラと血走った目は半分閉じて眠たげだ。狂気を照らしだす眼光はすっかり消え失せて、静かなさざ波を彷彿とさせる色に変わる。

 喋り方も、ぽつぽつとしたもので、空気にまぎれて消えてしまいそうなぐらい小さくなった。

 

「…………」

 

 いつまでも、この状態のままでいればいいのに――――と竜子は思うのも無理は無い。

 ちなみに、狩奈はクォーターだ。

 父方の祖父はアメリカ人であり、幼少期は長らくアメリカで過ごしていたこともあった。英語が堪能なのはそれが理由である。

 ちなみに、銃の腕前もその頃に培われたらしく、何故かトリガーハッピーの気性もその時に生じたそうだ。

 狩奈は竜子の相向かいの椅子に座ると、のっそりと手を伸ばしてピザを一枚手にとり、ゆっくりと口に運んだ。

 

「……今日、うちに来たのは、なに……?」

 

 チーズが伸びた口をもそもそと動かしながら、ボソボソと問いかけてくる狩奈。

 竜子は他の最高幹部と古き仲ではあるが、彼女達の家に赴くことは殆ど無かった。竜子自身、実生活が忙しい人間だから暇が作れないからだ。

 

「…………」

 

 竜子は黙っているが、顔が困っている様に狩奈には見えた。

 久方ぶりに、友人の家に遊びに来た彼女の服装はラフなものだった。普段の優雅且つ美麗さは微塵も感じられない、どこら辺にでもいる女子大生そのものだった。

 近所のし○むらだか、ユ○クロだかで購入した様な安い横縞柄のTシャツに、動きやすさ重視の紺色のショートパンツを履いている。後ろで縛った長い深緑色の髪も龍をイメージさせる強くウネリを巻いた荘厳なものではなく、ストレートに伸びていた。

 

「竜子が……最後に……うちに来た、のは……1年ぐらいも、前に、なる……」

 

「そうね」

 

「…………大体、うちに来るとき、は……決まってる……何か悩みが、ある、とき……」

 

「……」

 

 竜子は黙したまま、コクリと頷く。狩奈の勘は鋭い。長い付き合いから竜子が胸中で何かを抱えている事はすぐに察することができた。

 

「……家のこと……?」

 

 とりあえず、竜子にその念を抱かせる要因を思いつく限り聞いてみる

 

「違うわ」

 

「じゃあ……巽(たつみ)……?」

 

 巽とは竜子の妹のことだが、竜子は首を振った。

 

「やっぱり……ブラックフォックス、か……!」

 

 ならば、最後の可能性であるコレしかない。

 

「ええ」

 

 竜子が首を縦に振った。

 瞬間、狩奈の目つきが鋭くなる。

 現状、ブラックフォックスは、黒岩政宗と竜子の協議のもと、緑萼市内で自由行動が認められている。

 しかし、最高幹部達にとって、自分達の縄張りでいつまでも好き勝手されるのは気に食わない話だ。

 悪い事をしてる訳ではない。寧ろ彼女の行動は正義の味方そのものだ。だが、そのせいで、配下の魔法少女たちの間ではブラックフォックスを支持する空気が強く渦巻いていた。

 ファンクラブが作られたり、彼女をチームメンバーに迎え入れて欲しいと最高幹部会に訴えかける声が後を絶たない。

 

(実際、最高幹部候補であった愛華と命が、ファンクラブの一員と知った時の狩奈の激昂ぶりは、それはもう火山の噴火を凌駕する勢いであったと……竜子は語る)

 

 無論、ブラックフォックスがその空気を作るのには何らかの意図があっての事だろうが、自分達の組織が利用されている現状を、いつまでも容認できる筈が無い。

 事態が只ならない常態にあると悟った狩奈は、文乃と同じ様に、追跡部隊を再編成して捕まえようと目論んだ。

 尋問に掛けて、その目的を吐かせようと考えたが……無理だった。

 ブラックフォックスは痕跡一つ残さず、追跡は困難。

 この前、配下が見つけたと情報を送ってきたので、意気揚々と現場に駆けつけたが……そこにあったのは、物言わぬ状態となって倒れ伏す部下の姿だった。外傷を作らずに、一瞬で気絶させる術を奴は持っているらしい。

 ルパンに寸手のところで逃げられた銭形幸一の無念さというものを、初めて知った気がする。

 

(文乃は、もう、諦めたと、言って……追跡部隊を解散した……けれど……)

 

 狩奈は諦めきれなかった。

 桐野卓美が居なく成ってようやく解放されたこのチームが、また新しい意志の下に操られる……ブラックフォックスには間違い無くその狙いがあると確信した。

 何せ、奴の背後には黒岩政宗が――――要は、AVARICE社が存在しているからだ。

 竜子から聞いたところ政宗は『個人的に』ブラックフォックスに協力しているらしいが、真偽が確認できない以上、疑って掛かるに越したことはない。

 

「狩奈……ブラックフォックスのことだけれど……」

 

 目の前の竜子も狩奈と同じ考えだった。なので、現在も追跡は続けている。

 

「分かってる……ブラックフォックスの、目的は、近いうちに……必ず、突き止める……! 竜子の手を……煩わせる訳には、いかないし……竜子に、危害を加えるようだったら、直ぐに……!!」

 

 狩奈の語気が強まる。

 

 

 

「ころ」

 

「仲間に迎え入れようと思うの」

 

 

 

 その後の言葉を続けようとした狩奈だったが、竜子の言葉に機先を制された。

 

 

「?!?!」

 

 

 刹那――――狩奈の頭は、右ストレートを顎に喰らったかの様な衝撃を受けた。脳が大きく回転して、弾んで揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は戻る――――

 

 

 

「葵ー! こんなのどうかなー!」

 

 緑萼市駅前のショッピングモール内、その2階のレディスファッション売り場の一角にて縁の元気いっぱいはつらつな声が響く。

 

「そうね」

 

 だが、返されてきたのはたった3文字。

 縁は表情は崩さずも、心の中で「むう……」と唸った。さっきからずっとこの調子だ。

 

 縁は親友の葵を連れて、ショッピングモールへ遊びに来ていた。 

 桜見丘市にて少女失踪事件が多発している状況下で、少女二人で出かけるのは危険極まりない。

 事実、縁とて今回の外出は勇気のいることであった。それに、魔女の襲撃に巻き込まれるかもしれない不安を葵に抱かせる可能性もあった。

 だが、それでも――――縁は、元気を失いつつある葵を放っておくことはできなかった。

 余計なお世話と思われるかもしれないが、自分と一緒にいることが、彼女にとってせめてもの気分転換にでもなれば――――

 

「葵ー! この服なんか似合うねー!」

 

 そう思って、元気いっぱいに振る舞う縁。手に取った夏服はファッション誌でも紹介されていたものだ。それを葵の身体に当て嵌める。

 露出は少ないが、彼女のスタイルの良さを際立たせる服だと思った。

 

「そうね」

 

 だが、返ってきたのは、またも3文字。会話が繋がらない。微笑を浮かべているが、その目は渇ききってる。

 

「…………」

 

 縁は笑顔のまま沈黙。眉が八の字になった。それじゃあ困る。

 でも、話し掛けないと駄目だ。

 自分が話しかけないと、葵はいつまでも下を向いて、ブツブツブツブツと何かを呟いている。

 魔法少女関連の事で何か思い詰めているのは明白だった。だからこそ、どうにか気を引こうと、縁は一生懸命だった。

 

「あ、葵さーん……」

 

 耳元に口を近づけて、囁く縁。

 

「そうね」

 

「…………ッ!」

 

 同じ答え。笑みを貼り付けたままの顔面の眉間に、皺が寄った。こうなったら意地だ。

 

「葵ー!」

 

「そうね」

 

「あおいッッ!!!」

 

「ひゃうっ!!?」

 

 大声!! ようやく反応があった。葵は素っ頓狂に喚くと、横に吹っ飛ぶ!

 

「な、なにするのよっ!」

 

 ジンジン痛む耳を抑えて、目を大きく見開いた驚愕の表情を向けてくる葵。

 だが、縁は返ってきた言葉にムスッとなる。両腰に手を当てて、葵を睨みつける。

 

「なにするの、じゃないよ!」

 

「っ!」

 

 葵が息を飲んだ。

 縁は珍しく、怒っている。あの時の凍りつく様な眼差し……では無く至って普通にだが。

 周りの客が何事かと二人に集中し始めた。

 

「縁、場所を……!」

 

 視線が突き刺さって痛い。恥ずかしい。そう思うと顔が紅潮してきた。縁に声を掛けて、場所を変えてもらおうとするが、

 

「さっきから『そうねそうね』って!」

 

「えっ?」

 

 縁は止まらず更なる怒声を浴びせる。だが、その内容にハッとなった。

 

「私、そんなこと言ってた?」

 

「言ってたよ」

 

「全然わからなかった」

 

「は~~……」

 

 まさかの自覚無し。縁の顔が青褪めると、ガックシと上半身が崩れ落ちた。どれだけ深刻に悩んでいたのか。

 

「ごめん……」

 

 葵が申し訳なさそうに謝る。その表情は影が差して暗い。だが、縁は頭をブンブンと振った。

 

「違う……」

 

「えっ?」

 

 きょとんとなる葵。縁の上半身が勢い良くバッと上がる。

 

「そんな顔、させたくなかったのに……」 

 

「…………」

 

 顰め面と同時に放たれた一言に、葵は何も返さず、目を反らしてしまった。

 

「ねえ、何があったの?」

 

「それは……っ」

 

 問いかける縁に、咄嗟に答えようとしたが――――寸手で口をつぐんでしまった。

 今、打ち明けられることができたら、どれだけ楽になっただろう。だが、これは彼女にだけは言ってはならない。

 普通の人生を歩める、縁には――――

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

【魔眼……。青葉市で魔法少女を見ただけで自殺に追い込んだ彼女を、僕達はそう名付けることにしたよ】

 

『もしかして、ここで起きてる事件と関係があるの?』

 

【無いとは言い切れない。偶然にしては出来すぎている】

 

『正体は……分からないの?』

 

【大体目星は付いている。恐らく、彼女達は魔法少女だ】

 

『恐らく……?』

 

【君は今、こう疑問に思ったね。『全ての魔法少女を管理する僕達に、知らない魔法少女がいるのか』、と。

 正解だ。僕達が認識していない、契約した覚えのない魔法少女は数名いる】

 

『その人達が事件を起こしたのだったら……私じゃなくって、纏さん達に……』

 

【君は、彼女達が死んでもいい、とでもいうつもりかい】

 

『……!! そういう訳じゃ』

 

【それほどの相手、ということさ。纏達のチームは全員が、正義感と、他者への貢献心が強い傾向にある。今の話をすれば、激情に駆られて戦いを挑む可能性がある】

 

『じゃあ、隣町の魔法少女チームとか……あの、篝あかりさんとか……には?』

 

【わざわざ他所の縄張りの事情に介入してくるとでも? ドラグーンとて切羽詰まってる状況だ。そんな余裕など無いさ。

 それに……篝あかりに関しては、僕達は避けているよ】

 

『どういう意味?』

 

【彼女自身が僕が管理していない魔法少女、というのがまず一つだ。事件を起こしている魔法少女と繋がりが無いとは言い難い】

 

『そんな……!!』

 

【もう一つは、彼女の背後にある組織――――AVARICE社、これが厄介だ】

 

『厄介って、どういうこと?』

 

【魔法少女を全面的に支援する為の企業だそうだけどね。社員には一般人も多い。人間を彼女達の事情に巻き込むのは、僕達のルールでは禁止とされているんだ。つまり、篝あかりが動けば、必然的に多くの一般人も動く事になる。彼らが犠牲になる可能性が高まる】

 

『そしたら、どうしたら……』

 

【その為の君だ】

 

『えっ?』

 

【君は状況を的確に判断する能力を持っている。僕は情報を与えた。彼女達をこれからどう動かすかは、君に掛かっている】

 

『……!!』

 

【一般人のままでは彼女達に相手にはされない。だからまず、僕と契約する必要がある。

 

 魔法少女になるといい、葵。

 

 彼女達の誰かと対話を行い、今後をどうするべきか、対策を立てるんだ。『魔眼』が迫れば、君は必要に駆られて魔法少女になってしまう。それでは遅すぎるんだ。今の内に魔法少女になっておけば、リスクは少なくて済む】

 

『……!!』

 

 

 

 

【家族も、友人も……縁も、危険な目に合わせなくて済むかもしれない】

 

 

 

 

―――――――

 

 

「縁には……言えない……!」

 

 顔を逸して呟く様に言う葵。消え去りそうな声だったが、縁の耳にはしっかり届いていた。

 彼女の顔が唖然となる。

 

「で、でも……!」

 

 咄嗟に、縁は葵の両肩を掴んだ。

 

「いつまでもそんな顔してたら、心配になっちゃうじゃん!!」

 

「ッ!!!」

 

 ――――何も知らない癖に!

 

 慌てて放った言葉は、地雷になった。

 

「言ったって!」

 

 葵の顔が、キッと歪む。

 

 

「縁に分かる訳ないでしょうっ! もう私とは違う(・・)んだからっ!!」

 

 

 顔を逸したまま怒鳴ってしまった。

 その直後だった――――自分の両肩を掴む手が震えていることに気づいたのは。

 ハッとなって顔を戻す葵の目に映ったのは……辛そうで、苦しそうな縁の顔。

 

「……」

 

 縁は、何も返さない。口を閉じたまま、じっと自分を見ている。

 いつもは明るい光を灯している桃色の瞳が、いつになく淀んだ色に見えた。

 言ってしまった――――後悔の念が、瞬時に心を満たした。

 

「……!!」

 

 その同時だった。何を思ったのか、縁は葵の両肩から手を離すと、彼女の片腕を掴んだ。

 

「いっ!」

 

 突然ぎゅっと腕をかなり強く掴まれて、痛みと同時に、呻き声が絞られる様にして口から出た。

 だが、縁は全く聞こえていないかのように、踵を返すと、腕を引っ張りながら、ズンズンと早足で何処かへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縁に引っ張られながら辿り着いた先は最上階の映画館であった。

 エレベーターを出て、通路を少し歩いていくと、縁が足を止める。そこで漸く葵の腕は解放された。

 ここまで来るのに、縁は一言も話さない。故に何の意図があってここまで連れてきたのか、分からない。

 

(もしかして……)

 

 周りを見回すが、人の気配は無い。奥のロビーに見える券売機の近くで、黒い制服を来た女性職員が休めの姿勢を取って突っ立っているだけだ。

 このショッピングモールは都会の駅前というのもあって、かなりの人が出入りする場所なのだが、映画館に訪れる人は――余程の話題作が上映されてない限りは――案外少なかった。

 話をするにはうってつけと考えたのかもしれない。

 

「葵……!」

 

 そう思っていると、縁が振り向いた。

 辛苦は微塵も浮かんでいない。何かを決意した様な、精悍さが感じられる表情だった。

 発せられた声が、薄暗い映画館の通路内で木霊する。耳に入ってくるそれには、熱が篭っていた。

 

「あ、ごめん。縁……」

 

 すると、さっき彼女にぶつけた発言が唐突に頭に蘇り、咄嗟に謝る葵。

 

「私の事を心配してくれてるって、気づいてたのに、私……」

 

 縁は真剣な顔を向けてくるが、それを直視する自信が無かった。再び、顔を逸らしてしまう自分が情けなくなる。

 

「いいんだよ……」

 

「え?」

 

 だが、優しい声が耳朶を叩いてきて、葵が目を見開いた。すると、彼女は葵の手を掴み上げて、両手で包み込んだ。

 

「大丈夫大丈夫っていう葵のこと、ずっと心配だった…………でも!」

 

 縁は力強い眼差しで葵を釘付けしたまま、顔を近づけた。

 

「今日、そこまで悩んでるって……分かって良かったよ!」

 

「!!」

 

 葵はハッと驚いて、縁の顔を見る。

 笑顔だった――――朝の陽が、寝ぼけ眼を差すかの様に、目を強く刺激した。

 同時に力強く放たれた声の熱が、耳にしっかりと焼き付いた。

 二つの熱が苦悩に冷やされていた意識を覚醒させていく。

 途端、彼女の両手に包み込まれた掌が、じんわりと温かくなっていくのを感じる。安心感が心に湧いてくる。

 

「縁……!」

 

 映画館には窓が無い。通路は灯りが少なくて、これまでの階層とは別世界の様に薄暗く、静寂に満ちていた。

 だが、縁の笑顔と明朗な声が、その空間を温かく照らした様に、葵には見えた。

 目が震える。渇ききった筈の瞳に潤いが蘇っていった。

 

「気づけ無くって、ごめんね……」  

 

 謝る縁だが、彼女の顔は笑顔のままだ。

 縁もまた、安心していた。

 彼女の目に映っているのは、自分の顔をちゃんと見てくれてる葵の顔。生気を取り戻した青い瞳。自分がよく知っている、葵の顔だった。

 

「縁……私は……」

 

「そうだ、映画観ようよ!」

 

 話を切り替える縁。

 

「え?」

 

「暫く二人で見る機会無かったしさ! ……ん?」

 

 映画館に葵を連れてきたのは、話をするだけじゃない。映画を見て暗くなった気分を晴らそうという魂胆だった。

 それでは何を観ようか――――と思い、キョロキョロと通路の壁を見回す縁。

 下部に『NOW SHOWING』と大きく表示された上映中の映画のポスターが縁に入れられた状態で、通路の壁に飾られている。

 

「……ん?」

 

 すると、ある作品のポスターが縁の目に付いた。

 鉄臭さが漂うイラストだった。重武装の兵士が上半分を支配して、精悍な顔で虚空を見上げていて、圧迫感が強かった。

 下半分で横並びになったタイトルも、異彩を放っていた。

 

「虐殺器官……?」

 

 隣に立つ葵が、不思議なものを見るような眼差しでそのタイトルを呟いた。

 次いで、キャッチコピーに目を配る二人。それもまた個性的且つ強烈だった。

 

 

 

 ――――『地獄は この頭の中にある』

 

 

 

 

(どういう意味なんだろう……?)

 

 縁の目がそのフレーズに釘付けになる。

 恐らく、イラスト上の兵士が主人公だろうから、彼の言葉なのかもしれない。

 だが、『地獄』とは? それが『頭の中にある』とは? 一体どういう意味なのだろうか?

 もしかしたら――――と、縁は思考を巡らせる。

 主人公の兵士は、色んな戦争に参加してて、その時の惨状が『地獄』として頭の中に残っている、とか……?

 そこまで考えたが、一般人の縁にはそれがどんな光景なのかが全く想像出来ない。戦争映画なんて観たことないから尚更だ。

 

(う~~ん……)

 

 コレにしようか、別の作品にしようか、迷ってしまう縁。

 恐いもの見たさ、という奴だろうか。観ればキャッチフレーズの意味が分かるが、同時にトラウマを刻まれるかもしれない。

 隣を見ると、葵もまじまじとポスターを眺めている。彼女も同じ気持ちかどうかまでは分からないが、興味津々の様子だった。

 

 

「お困りのようですねぇ……」

 

 

「えっ?!」

 

 急に背後から黄色い声が聞こえて、縁がぎょっとしながら振り向く。

 そこには――――

 

「きひひひ……」

 

 女性の霊を彷彿とさせる真っ黒い長い髪に、死人の様な真っ白な相貌と冷え切った笑み、生気の全てを失ったハイライトが一切無い漆黒の瞳が自分を捉えていた!

 

「ぎゃああああああお化けッ!?」

 

「ひいっ!!」

 

 縁が絶叫! 葵も驚愕の余り青褪めた顔になり、悲鳴を挙げながら縁の後ろに隠れる。しがみついてガタガタと震えた。

 

「きひひひ……私はここの店員ですよぉ」

 

 不気味に嗤う女性のお化け――――よく見ると映画館の従業員用の黒い制服を身に纏っている。

 腰まであるウェーブの掛かった黒髪を、大きなブラッドカラーのリボンで縛っているのが印象的だった。

 

「あっ! な、な~んだ……」

 

「そ、そうよね、今11時ぐらいだから、お化けなんて出る筈無いわね、うん」

 

 生きた人であった事に気づいて、ほっと胸を撫で下ろす縁。

 葵は、スマホの画面に表示されている時間が午前中である事を確認して、意識を強引に現実へと戻した。

 相手の女性は、相変わらず、きひひひ……と色白の顔面に、ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべている。

 

「んん……?」

 

 お化けみたいなその人物の顔が、ふと気になった縁は、目を凝らして顔を見つめる。

 相手の女性は、そんなに見つめないでくださいよぉ~、と言いながら頬を紅潮させて照れ笑い。ちょっと可愛く見えた。

 だが、間違い無い。彼女の顔は見覚えがあると縁は確信した。

 

「もしかして、あの時、狩奈さんの近くに居た……」

 

 一ヶ月前、優子達とドラグーンと篝あかりの三つ巴の戦いが勃発した時、狩奈の脇に居た魔法少女――――当時の衣装はお伽噺の魔女の様な黒いローブ姿だったが、ハイライトの無い瞳に色白の顔が、目の前の女性にピッタリと当てはまった。

 

「きひ……そういう貴女は、確か、あの時巻き込まれてた……」

 

 向こうも縁の顔を見て思い出したらしい。

 

「魔女さんっ!」

 

「普通の女の子!」

 

 二人がお互いを指差し、当時抱いた印象で呼び合う。

 

「知り合いなの……?」

 

 置いてけぼり状態の葵が、そう尋ねるのも無理は無い。彼女は当時の事情そのものは知ってたが、現場には来なかった。

 故に、目の前のお化け女の事を知ってる筈が無い。

 

「確か、ドラグーンの魔法少女でしたよね?」

 

「どーも。あの時はカーリー……じゃなかった、ウチの副総長殿が飛んだご無礼を」

 

「いえいえ」

 

 縁と、お化け女――――もとい八奈美 命(はなみ みこと)はペコリと頭を下げ合う。

 

(本当に、魔法少女って……変わってる人が多いわね……)

 

 二人から少し距離を置いて眺めていた葵の額に、冷や汗が浮かぶ。

 刹那、今まで出会った魔法少女達が脳裏を過ぎった。

 菖蒲 纏は(縁から聞いた話では)超大食い、宮古 凛は超好戦的、篝 あかりはストーカー、そして目の前の命はお化け――――うん、まともだったのは日向 茜ぐらいだが……彼女ももしかしたら、変態かもしれないと、疑念を抱かずにはいられなかった。

 そんな人達と、波長を合わせられる縁も相当なものだが。

 

「そうだ!」

 

 そこで、命は何かを思いついたらしい。ポンッと手をたたく。

 

「お二方。観たい映画がまだ決まってませんね?」

 

「はあ、実は……そーなんです」

 

 てへへ、と苦笑いを浮かべて頭を掻く縁。

 

「……思いつきでここまで来たのね。逆に感心する」

 

 葵がジト目で縁を睨む。普通、映画館に足を運ぶ場合、観たい映画が有るのが前提である。

 

「でしたら! この前のお詫びも兼ねて、私が本日のオススメの作品を紹介してあげましょう!」

 

「え! いいんですか?」

 

「いーんですっ! これもお仕事ですから!」

 

「じゃあ、お願いします! 葵もそれでいい?」

 

「うん」

 

 縁の質問に、命はエッヘンと胸を張って答える。

 映画館勤務の人が、直接勧めてくれるなら面白い作品に当たる筈だ、と思いとりあえず縁と葵は、彼女に任せてみる事に決めた。

 すると、早速、自分達が今しがた眺めていた『虐殺器官』のポスターを、ビシッ! と指差す。

 

「これとか、オススメですよ!」

 

 勢いのまま命は説明を始める。

 

「2009年に34歳の若さで亡くなられた作家のデヴュー作である近未来SF長編小説をアニメ化したものです」

 

「どんな内容なんですか?」 

 

「ある共和制国家で原爆テロが発生してから、世界中でテロが横行したんです。テロと抗い続けた先進国――――アメリカとか日本とかは脅威を退けることに成功しましたが、後進国――――中東諸国とか、アフリカ諸国とかは民族紛争と内乱で虐殺が頻発してました。そんなんで主人公の所属する国家がその原因と要因を探してぶっ潰すぞーってところから始まります」

 

「へえ~!」

 

「なんか冒頭だけでも、とんでもなくスケールがデカいですね……!」

 

 感心する縁と、呆然となる葵。命はキヒ、と一声笑うと続ける。

 

「まあ、その後の内容は観てからのお楽しみです、ただ……」

 

「ただ?」

 

「これを御覧ください」

 

 命がポスターの右下を指差す。スタッフ欄の一番下に『R-15』と表記されていた。

 

「15歳未満は視聴禁止です」

 

「ああ、それなら私達高校生ですから……」

 

 縁がそう応えた途端、命は目を細める。

 

「残酷なシーンも多いですよ?」

 

「それって……どんな……??」

 

 葵が恐恐とした表情で尋ねると、命のハイライトの無い瞳が、キラリと光った。

 

 

 

「主人公が子供を殺します」

 

 

 

「葵、別のにしよう」

 

「うん、そうね」

 

 縁と葵はお互いを見合い即答。

 命は「折角紹介したのにぃ~」とガックシ肩を落とすも、更なる上映作品を紹介し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、月の綺麗な夜だった。

 だが、夜道の端を悠々と歩く少女が、そんなロマンチックな感傷に浸る事は無かった。彼女が『感動』という情念を抱く時は、決まって人とは別の方向に居る(・・・・・・・・・・)のだから、当然とも言えた。

 だが、それ以上に――――

 

 

「『このよをば  わがよとぞおもふ  もちづきの  かけたることも  なしとおもへば』」

 

 

 詩を口ずさんでいた。

 一語一語、丁寧に。音を、リズムを強烈に意識しながら、まるで唄を歌うかのように。

 平安中期――寛仁2年(1018)、かの藤原道長が自邸で開催された華やかな祝いの宴で、即興で詠んだといわれる有名な『望月の歌』だ。

 

「『この世は自分のためにあるようなものだ 満月が欠ける事がないように 何も足りないものはない』――――なんとまあ矛盾に満ちた詩なのかしらね。月は必然的に欠けるし、朝を迎えれば沈む。ましてや世界に暗黒しか齎さない月を自らの栄華と例えるなんて滑稽極まる。とても権謀術数渦巻く宮廷社会で君臨した覇者の言葉とは思えないわね」

 

 それでも、藤原道長は言わずにはいられなかったのだろう――――そう思うと、自然と微笑が少女の顔に、クスリと浮かんだ。

 そして、後ろを振り向く。月光を浴びて神々しく輝いている金髪がふわりと揺れた。

 一匹の白い猫の様な動物が足元で鎮座している。命を持たないそれの両眼は――――意思がある事を象徴するかの様に赤く輝いている。

 彼は、微動だにしないまま、路面に座り込んで少女と正対する。まるで、イエスの教えを受ける使徒のように。

 

「自惚れは愚かよ。自惚れはあらゆる事柄から目を覆い、真実から遠ざける。自惚れを自覚できずに、口ずさんだ時、人は崩壊する」

 

 藤原道長は正にそうであった。

 事実、彼はその詩を詠んだ10年後に病に悶え苦しんだ末、没した。以降、栄華を手にした筈の藤原氏は、衰退の一途を辿り、天皇家や武家に支配権を奪われたのだ。

 白い動物は何も答えない。赤く光る目をただ彼女に向けているだけだ。彼の顔には月明かりが当って、少女から見ると白く輝いていた。

 それを見てると笑みが強まった。彼は自分の言葉に何も感じていないのかもしれない。だが、少女は確信していた。

 

 

 藤原道長は――――()だ。

 

 

「インキュベーター……人類を『管理』しようと考えた貴方達は正しい。その意味では魔法少女システムはよくできているわ」

 

 でもね、と少女は付け加えた。同時に、碧眼の奥の感情が稲光の様に力強く輝き始めた。青い光を伴った眼差しがインキュベーターを貫く。

 

 

「貴方達は、甘く見すぎてしまった。人類に『魔法()』を与えた時点で、この未来を予測すべきだった。貴方達の言葉を借りるなら、確かに人間は生物学的に最上の頭脳をもっていながらも愚か極まりない。同種族で歪み、憎しみ、争い、殺し合い、自ら命を絶ちさえもする」

 

 少女は自らの頭のこめかみにあたる部位を、とんとんと指差した。 

 

「でも、貴方達が着目した、私達が個々に抱く『感情』とは無限の可能性を秘めているものよ。豚や鶏とはそこが違う。だから、同じ管理方法が永久的に持続できるとは思えない…………。現に今、貴方自身は思い知っている筈よ」

 

 

 ――――貴方達が敷いた『管理社会』は、太古の昔に覆されている(・・・・・・・・・・・)、ということに。

 

 

 彼はそこまで言われても何も言わず、不動のままだ。

 

 

「『このよをば  わがよとぞおもふ  もちづきの  かけたることも  なしとおもへば』」

 

 

 再びはっきりと、歌う様に。少女の口から詩が飛び出した。

 瞬間、インキュベーターと呼ばれた白い生物の両眼の光が点滅する。それは、彼の中に入り込んだものが、その意識を内側から喰らっているのを意味していた。

 彼女が一呼吸置いた後には――――支えを失った柱の様に路面に崩れ落ち、溶けた。

 自分達より遥かに超越した存在を、あっさりと物言わぬ状態に仕立てた少女の脳裏に、ある小説の文章が過る。

 

「『言葉にとって意味が全てではない、というより、意味などその一部にすぎない。音楽としての言葉、リズムとしての言葉、そこでやり取りされる。僕らには明確に意識も把握もしようがない、呪いのような層の存在を語っているのだ』」

 

 それを理解していたからこそ、その小説の中で、諸悪の根源であり、同時に救世主でもあった彼は、こう囁いたのだ。

 

 

 

 

「『耳にはまぶたがない、と誰かが言っていた。私の言葉を阻むことは、だれにもできない(・・・・・・・・)』」

 

 

 

 

 高熱に晒された蝋燭の様に溶けていく生物は、最期に少女の瞳を見ようとした。背後の満月(ルナ)は白く輝いていたが、その瞳に狂ったところ(ルナティック)は少しもなかった。

 

 

 

 

 少女――――イナの生物的地位は、インキュベーターよりも上にあった。

 

 

 

 

 




 まず最初に、今回引用させて頂いた小説のファン、並びに同作者様のファンの皆様、大変申し訳ありませんでした。

 メモ帳で書いている最中にキーボードが全く効かなくなりました。
 あぁ、折角書いたのに勿体無い……保存できなくてもメモ帳は画面に残しておきたい、と思いスリープしたら、今度はフリーズしました。
(コンセントを全部抜いて、充電切れを待ってから、再び電源を入れたら、無事起動しました。メモ帳は消えましたけどねorz)

 よって投稿まで時間が掛かってしまいました。

 あ、1万字超え……(遠い目)


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     その先が“魔境”と知りながら B

 

 

 

 

 

 

 子供達の前で純白の少女は語りだす――――

 

 

 

 

『――――ノアの方舟の話をしましょう。

 

 神様がいました。

 神様は自分をかたどって人をたくさん創りました。

 ところが神様は、人が悪い事ばかり考えて、悪さをいっぱいするようになったので、心を痛めてしまいます。

 

 

 「わたしは人を創造したが、これを地上から拭い去ろう」

 

 

 やがて、神様は、人を創ったことすらも後悔するようになってしまうのでした。

 ですが、『ノア』という人だけは違った(・・・)のです。

 神様はノアにこう告げました。

 

 

 「全てのいのちを洗い流す時が私の前に来ている。悪が大地に満ちている。

  洪水を齎し、全てのいのちを天の下から滅ぼしてみせよう。

  だが、ノア、あなたは方舟を造りなさい」

 

 

 ノアは言われた通りに方舟を造りました。

 ……遥かむかしの話なので、鉄でも機械でもありません。木で組み立てたものに、タールを塗っただけの舟でした。

 なんとか造り終えると、次に神様はこう告げました。

 

 

 「あなたは、あなたの家族と、それぞれの鳥、それぞれの家畜、それぞれの地を這う動物の雄と雌のつがいを選び、方舟の中に入りなさい。それらが生き延びられる様にありったけの食料を積みなさい」

 

 

 ――――やがて、神様は遂に洪水を起こしました。

 ノアと、家族と、選ばれた動物達は方舟の中に入りました。

 洪水は四十日間も続いて地上に漲り、高い山さえも全て覆いました。

 地上に有る人や動物のいのちは、全て息絶えてしまいました。

 

 

 果たして、ノアは、ノアが積んだ方舟の中の生命は、無事だったのでしょうか?

 

 

 

 ……気になるよね?

 

 

 

 150日経つと、神様は地上に風を吹かし始めました。

 水はどんどん干上がっていき――――やがて、地上は完全に乾きました。

 神様はまた告げてきました。

 

 

 「さあ、ノア。あなたもあなたの家族も、鳥も家畜も地を這う動物も一緒に方舟から出なさい」

 

 

 なんと、ノアは無事だったのです。一緒に乗せた家族も、動物達も、みんな生きていました。

 山々を越える様な洪水の中で、ただの木造りのタールを塗っただけの舟は、長い月日を乗り越えたのでした。

 

 ノアは神様に問いかけます。

 

 

 「何故、主は自分だけに『方舟を造れ』と仰ったのでしょうか?」

 

 

 ノアが尋ねると神様は、答えます。

 

 

 「あなただけは私に従う人(・・・・・)だと、私は認めているからだ」

 

 

 「主を信じている人はたくさんいた筈です。なのにどうして、私だけが認められたのでしょうか?」

 

 

 ノアが再び尋ねると、神様はまた答えます。

 

 

 

 「あなたは無垢(・・)だからだ」

 

 

 

 だから、神様はノアを祝福(・・)したのでした』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

 子供達への話を終えた日向 茜は、休憩室にある木造りの椅子にその小さな身体を預けていた。

 ココアを啜りながら、一息付いている。ほのかなカカオの香りと甘い味が、張り詰めた神経を優しく撫でていく。

 

 茜が現在、居る場所は、児童養護施設だ。

 彼女の自宅の裏にある教会と隣接している。

 休憩室は、先程まで白一色の空間であったが、今は窓から差し込む夕陽によって暖かな橙に染め上げられている。外の景色を眺めていると、庭で遊んでいる子供達が、女性職員達の呼びかけで施設内に戻っていった。

 これから、夕飯の時間なのかな――――あかねはそう思い、ふふっと小さな笑みを溢した。

 やがて、子供達が庭からいなくなったのを確認すると、室内へと目を向けた。

 湯気立つココアの入ったティーカップが置かれている、木彫りのテーブルが眼下にある。

 他には、隅っこの方に彼女の背丈と同じぐらいの高さの本棚が置かれていた。外国語で書かれた教本や聖書が隙間無く並べられている。

 

 

 ……『お金がうまく貯まる方法』、『ズル賢い処世術』、『自分を立派に見せる裏ワザ』という本も有った――――が、これは見なかったことにしよう。

 此処の施設長兼、教会の神父はこういうのに騙されやすいのだ。

 

 

「お~う、茜ぇ~!!」

 

 思っていれば、なんとやらだ。

 茜の背後にある白い壁の中央に有るドアが、バタンッと勢い良く開かれると、そこから岩山の様にゴツゴツとした体格の――――まるで大物プロレスラーか、オリンピック出場経験の有るラグビー選手の如き巨人が現れた。

 

「神父様っ!」

 

 その姿を見た途端、嬉しそうに顔をパアッと輝かせる茜。同時に、椅子から立ち上がって礼儀正しくお辞儀をする。

 

「受験生なんに、毎度毎度ご苦労さんやなあ!!」

 

 神父と呼ばれた巨人は、ゴツい見た目に似合わぬ軽快な関西弁を響かせて、ムサ苦しい笑顔を向けながらズンズンと歩み寄ってくる。

 茜の目前で立ち止まると、全身が影で黒尽くめにされた。

 ――――それもその筈で、茜の身長は145cmしか無いのに対して、彼の身長は2m近くも有る。

 角刈りにした髪は黄金に輝き、透き通る様な青い瞳、肌は漂白されたかの様に真っ白で、上述した体格と相俟って、容姿全体は明らかに日本人離れしていた。

 ……というより、最早外国人であった。

 だが、茜は一切物怖じすること無く、花が開いた様な笑顔で彼を見上げている。

 

 彼の名は、セバスチャン=バルザックという。

 怪物の如き体躯と、関西弁、安物のTシャツとGパン姿、そして――先程の胡散臭い本に感化されやすい事から、凄く分かりにくいが……彼こそ、茜の自宅の裏に建つ教会の神父であり、同時に、この児童保護施設の経営者であった。

 茜とは――というより故人である茜の祖母とだが――旧知の中で有り、彼女にしてみれば叔父の様な存在である。

 

「大丈夫ですよ。私は好きでやってますから」

 

 屈託ない笑顔で応える茜。

 彼女は、祖母と縁深い此処に時間さえあれば訪れて、子供達への朗読会や乳児の世話、施設内の清掃などのボランティアを行っている。

 

「なんてええ子や! 聖子さんが聞いたら嬉しさの余り昇天するで!」

 

 ――――あ、もう昇天しとったか、とセバスチャンは付け加えると、子供の様に笑った。

 急に褒められた茜の顔に恥ずかしさと嬉しさが混じって、ちょっとだけ、頬が朱く染まった。

 

「あ、そうや。これ、お礼に作っといたさかい。家族みんなで食うたってや」

 

 照れ笑いを浮かべて縮こまっている茜に、手提げ袋を差し出すセバスチャン。

 

「……っ!」

 

 途端、ソースの甘く香ばしい匂いが鼻腔に突き刺さった。茜はもしや、と思い袋を受け取って中身を確認。

 

「これは……」

 

「おっちゃん特製のたこ焼きや!」

 

 セバスチャンはニカッと歯を輝かせて熱苦しい笑みを向けてくる。

 だが、袋から離した茜の顔は、一変して、冷え切っていた。

 

「ありがとうございます」

 

 何の起伏もない淡々とした声色で、社交辞令だけを述べる茜。

 

「……何や、嬉しく無さそうやな。もしかしておっちゃんのたこ焼き、嫌いなったんか?」

 

 急に態度が裏返ったのを不審に思ったセバスチャンが、目を細めて疑わしそうに問いかける。

 

「いえ、神父様のたこ焼きは美味しいですし、貰えるのはとっても嬉しいんですけど……」

 

 茜はそこで言葉を切るも、ジト目で、手提げ袋の中身と、セバスチャンの顔を交互に見遣る。

 彼女が人の顔に目配せをする時は決まっている。何かを訴えたい合図だ――――そう思ったセバスチャンは、何を言われるのか不安でちょっぴりドキドキしながらも、続く言葉を待つことにした。

 

 

「……いっつも(・・・・)、粉モノですよね……」

 

 

 静かに言われた、その言葉の意味を、セバスチャンは直ぐに理解した。

 

「アッ!!」

 

 セバスチャンは大きく目を見開くと、「しまった!!」と口から出そうなぐらいに、愕然とした表情となる。

 『いっつも』――――特に強調されたその部分が、ザックリと胸に突き刺さった。

 

「あっちゃ~……。飽きてもうたんか……」

 

 至極残念そうに、そう呻いて頭を掻くと、苦笑いを浮かべた。

 

「堪忍な。おっちゃん、神父になる前は、大阪で“テキヤ”やってん。10年間たこ焼きやらお好み焼きやら作ってたもんやから、すっかり癖が手に染み付いてしもうたわっ」

 

「その話、聞く度に思いますけど、神父様の経歴ってもの凄いですよね……」

 

 日本へ移住してから20年も経つ(らしい)彼だが、神父を志す前は、色んな職業を点々としていたらしい。その中でも、テキヤが一番長く続いたそうな。

 ちなみに“テキヤ”とは所謂“的屋”の事であり、露店行商のことを差す。お祭りでよく見る出店のことと言われれば分かり易い。

 ただ、茜が調べたところ、的屋は暴力団の起源と謂われており、平成以降も暴力団の経済活動の一つとして警察に定義されているらしいが……詳しく調べるのは、恐いから止めた。

 何より目の前の陽気で温厚なセバスチャンが、そんな人達と繋がりが有ったなんて、信じたく無かった。

 

「あの、神父様……」

 

 だが、そんなことよりも聞きたいことがあるのだ。

 

「……何や?」

 

 急に真剣な目を向けてくる茜。

 何やら只ならぬ様子の視線を受けて、セバスチャンの心が僅かにざわめく。

 彼は、茜とテーブルを挟んで相向かいに座ると、目線を合わせてじっと見つめ返す。

 

「あの、もし、の話ですけど……」 

 

「急に歯切れ悪うなったな。らしくないで、いつもみたいにハッキリ言うてみい」

 

 そう言われて、決心が付いた。

 一息付くと、大きく口を開いて、言われた通りハッキリと言葉を発した。

 

「もし……」

 

 

 ――――『悪魔』が襲ってきたら、どうしますか。

 

 

 茜が放ったその一言で、和やかな空気が、一瞬で死んだ。

 静寂が空間を包み込む。

 セバスチャンは目を点にして、口をあんぐり開けている。

 

「……なんやイキナリ突拍子も無い話すんなぁ。おっちゃん、今ポカ~ンとしてもうたわ」

 

 呆然としたままのセバスチャンが静寂を破った。

 

「ごめんなさい。でも、マジなんです」

 

 茜は謝りつつも、眼差しを向けてくる。その力強さに気圧されるセバスチャン。

 

「マジかいな……!」

 

「神父様も知ってますよね。ニュースの事……」

 

「少女が毎週同じ曜日の夜中に失踪するっちゅうアレか」

 

「私、犯人が居ると思ってるんです」

 

「ファウスト伝説のメフィストフェレスみたいな奴が女の子誑かしとると言いたいんか?」

 

 その問いに、茜は「はい」と小さく答えて、コクリと顔を頷かせた。

 

 ――――メフィストフェレスとは世界的に有名な『悪魔』の一種だ。

 16世紀ドイツのファウスト伝説やそれに材を取った文学作品に登場する悪魔で、錬金術師であり降霊術師でもあったゲオルク・ファウストが、己の魂と引き換えにメフィストフィェレスを召喚し、自己の尽きせぬ欲望を満たそうとしたとされる事に由来する。

 メフィストフェレスは、ファウストとの契約に忠実な一方で、巧みな弁舌でファウストを誘惑し、堕落か破滅に導いたと謂われている。

 

「もし……此処にそいつが襲ってきたら、神父様はどうします?」

 

「おっちゃんが?」

 

 セバスチャンは、しばらく「う~~~む」と腕を組んで唸りだす。

 

 

「逃げるわ」

 

 

 だが、一分間熟考した末に出た答えは、異様に素っ気ないモノであった。

 

「え?」

 

 今度は茜の目が点になった。

 

「だっておっちゃん、神父やもん。悪魔祓い(エクソシスト)ちゃうし」

 

「ええっ!? でも、奥様とお子さんは? 孤児院のみんなは!?」

 

 ヘラヘラと笑いながら、一切の責任感が欠落した事を言うセバスチャンに、茜は慌てて問い詰める。

 だが、セバスチャンは手をひらひらと振って答えた。

 

「そら家族は守るわ。施設の子達もなんとか逃がせなとその時は思うかもしれんけど……全員は無理やで」

 

「でも」

 

「でももヘチマもあるかいな。おっちゃんは神父の前に一人の人やで。たった一人で守れるもんなんて家族だけが関の山や。子供達は……職員に託すかもなあ」

 

「ええ~……?」

 

 茜は青褪めた顔になると、ガックリと肩を落とした。

 自分が最も尊敬している大人が、ましてや親のいない子供達を保護している立場の彼が、まさかこんな無責任な事を言うなんて――――そう思うと、結構ショックだった。

 心が、彼の言葉を素直に受け入れることができない。

 

(もし、優子リーダーだったら――――)

 

「茜は? その……メフィストみたいな悪魔が襲ってきたら、どないすんねん」

 

「っ!」

 

 優子の事を考えようとした矢先、セバスチャンから唐突に質問を投げられて、ハッと我に帰る茜。

 

「私は……」

 

 茜はそこで言葉に詰まった。顔を俯かせて考え込む。

 ――――自分の答えは最初から決まっている。ただ……セバスチャンは受け入れてくれるのだろうか。

 彼が自分の事を大事にしてくれているのは知っている。故に、自分の考えはもしかしたら否定されるかもしれない。

 だが、それは自分が気にしなければいいだけのことだ。

 もっと辛いのは、彼に悩みを与えるかもしれない、と言うことだ。

 

(でも……それでも……!!)

 

 譲りたくないものがある――――茜は膝の上に置く両手をギュッと握りしめる。見下ろした視界には、自分の両肩に下げられているネックレスの飾りが映っていた。 

 それを見ていると――――決心が決まった。

 

 

「戦います」

 

 

 顔を上げて、力強く答える茜。

 

「ほう」

 

 精悍な顔つきと、大きな瞳から発せられる鋭い眼差しは、さながら戦士の形相であった。

 迷い無い発言をする茜に、セバスチャンは感嘆の表情と声を送る。

 ――――だが、すぐに影が差し込んだ。

 

「これはおっちゃんの推測やけどな……多分、人が立ち向かってええもんちゃうと思うわ」

 

 大人しく、エクソシストだか警察だかに任せといた方がええで、とセバスチャンは付け加える。

 先程の豪放な笑顔が一変して、悩ましい顔になった。それを見た茜が、思わずうっと息を飲む。

 言うべきでは無かった――――そう思うと、一瞬の内に、後悔の念が激流となって脳に押し寄せてくる。 

 

「っ! それでも、何の関係の無い人達が犠牲になるのを、見過ごせる訳がありません」

 

 だが、茜はその気持ちを強引に頭の奥へと跳ね除けて、更に続けた。

 

「どっからそないな自信湧いてくんねんな……?」

 

 セバスチャンは、大きく溜息を吐いてそう呟く。それは年頃の少女が抱いていい決意では無いのだ。

 だが、茜の口は止まらず、更なる意志を吐き出し続ける。

 

「だって神父様、悪魔は人とは価値判断が全部逆で、自分たちの姿を隠すことを好んで、波長が合えば、地上に出てきて、その人間に取り憑いて……堕落させるんですよ。狂わせたり迷わせたりして、人を殺させるんです。多くの人を不幸にするんです」

 

 ――――だから、祓わなきゃいけない。

 

 茜がそう付け加えると、僅かに目線を落とした。

 肩に掛けられたネックレスの飾り――――十字架を、ぎゅうと握りしめた。

 

「ホンマ立派な子になったなぁ茜は……。亡くなった聖子さんが今の話聞いたら、ビックリ仰天したと思うわ」

 

 茜が握りしめたそれが、彼女の祖母の形見であることを、セバスチャンは知っていた。

 ――――茜が決意を抱く時、それを強く握りしめる癖がある。こうなると誰にも止められない。彼女の家族も、友人も、自分も。

 その様子を見たセバスチャンは、諦念と感心が混じった、複雑そうな顔を見せた後――――でもな、と小さく呟く。

 

「死ぬかもしれへんで」

 

「死にませんよ」

 

 茜が笑顔を向ける。

 

「みんながいますから」

 

 その言葉を受けたセバスチャンの顔に、困惑が強まった。

 

「みんながみんな、茜みたいな子ちゃうと思うで……」

 

「?」

 

 セバスチャンは頭に手を当てて、溜息混じりに弱々しくそう吐いた。

 深い意味が有る言葉だと思った。だが、自分にはどういうことなのかさっぱりだ――――そう思った茜は首を傾げて、セバスチャンを見つめる。

 

「茜、人ってのはな。みんな悪魔の面を持っとるんや」

 

 人間は、狂気と暴力性を内に秘めている。それらを誰もが自覚して、隠しているからこそ、社会はバランスを保っているのだ、とセバスチャンは続ける。

 

「……何が言いたいんですか?」

 

 その言葉が、彼女の頑強な意志の砦に僅かながらの衝撃を与えた様だ。

 一瞬、ぞっとするような、奇妙な感覚を背筋に覚えながらも、セバスチャンを強く見つめたまま問いかける茜。

 

「……そのメフィストフェレスが襲ういう前提で話すけども……茜の仲間がその部分を刺激されるかもしれへんぞ」

 

「……!」

 

 続けられた言葉に、茜が顔がぎょっとなる。目を大きく開かせて、顔を強張らせた。

 それは、全く予想だにしていなかった。

 

 十字架を握りしめる手の力が――――抜けていく。

 

「悪魔に魂を売ったり、家族を連れて逃げ出したり、恐ろしくなって自殺する可能性だって有るで……。それで、独りぼっちになったら、茜は戦えるんか?」

 

「…………」

 

 茜は何も答えを返すことができなかった。

 セバスチャンから逃げるように目線を逸す。十字架から離れた手が、ブラブラと力無く宙を漂い始めた。

 彼の言葉は、彼女の意志の砦をいとも簡単にバラバラに崩してしまった。

 

「……スマンなあ、茜」

 

 項垂れる茜の姿がセバスチャンに突き刺さる。

 今の言葉が茜を傷つけてしまったと思うと、申し訳の無い気持ちでいっぱいになった。咄嗟に謝るセバスチャン。

 だが、それでも――――彼女には確実に生きる道を見出して貰いたいのだ。

 

「でもな、今の内に、自分の力の量を把握しといた方がええ。できることからコツコツやるんや」

 

 

 ――――どないに、立派で純粋な人間でも、全部は救えへん。

 

 

 その言葉が茜の耳に入り込んだ途端、暗く沈んだ顔の中にある瞳が、僅かに震えだした。

 

 

「守りたい人は、今の内に絞っとくんや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある小説に、こう書かれていた――――

 “魔境”とは修行僧が体験する偽り(・・)の悟りのことだ、と。

 

 

 『かつて伊吹山に三修禅師という聖があった。ひたすら念仏を唱えて極楽往生を願っていた。

  ある日、空から【極楽浄土に導きつかわす】という声が聞こえてきた。

  ありがたやと喜んで念仏を唱えて待っていると、西の空から光り輝く観音菩薩が現れ、禅師の手を取って、空に誘った。

  かくして彼は極楽へと旅立ったのであるが、

 

  その七日後、大杉のてっぺんに縛り付けられて念仏を唱えているのが見つかった。

 

  弟子達が助け下ろそうとしても、「どうして私の往生の邪魔するのか」と喚く。

  連れ帰って手当をしたが正気に戻らず、三日後には息を引き取ってしまったという』

 

 

 観音菩薩の正体は“天狗”だった。禅師は天狗に誑かされていた。

 

 

(もしかしたら――――此処に導かれた私達も、同じなのかもしれない……)

 

 三坂沙都子はふと、そんな思いに至った。

 みんなが先生と呼び慕う“あの少女”に誘われた直後は、そんな疑いを持つ事は一切、なかった。 

 ――――だが、今は違う。

 この部屋に足を踏み入れた瞬間、先の“魔境”の話が頭に噴き上がってきた。

 心の奥底が、冷たい風に吹かれて、騒々と波立っている。

 腹の中で胃液が煮え滾って、内側からジクジクと熱してくる。

 それは後悔の念が、早くここを去った方が良い、と告げているのか……それとも興奮で気持ちが昂ぶっているのか……自分には分からない。ただ、生まれて初めて抱く感覚だとは思った。

 

 視界に映るその部屋は、至ってシンプルだった。

 自分が以前、家族と泊まったビジネスホテルの一室に近かった。

 真っ白に包まれた空間で、床にはダークブラウンの絨毯が敷かれている。右側を見ると、横長の机が壁にくっついていた。上には鏡と傘付きの白いスタンドライトがある。その前にある椅子には、部屋の持ち主のものであろう、藍色のジャケットが背もたれに引っ掛けられていた。

 

「~♪~♪」

 

 鼻歌が左耳に聞こえてきた。左側に目を向ける。

 シングルベッドの上に、一人の女性が仰向けに寝ている。顔を覆う様にして本を読んでいた。

 

 

 彼女の存在を視界に入れた瞬間――――普通の部屋が一瞬で、異常で異質な魔窟へと変貌した様な錯覚を覚えた。

 沙都子は自分の認識能力が狂ったのでは、と思えるぐらいの強い違和に襲われた。

 それは、嘔気の様な気持ち悪さとなって、喉元を刺激してくる。自然と口を手で塞いだ。気を抜くと嗚咽を吐き出してしまいそうだ。彼女に聞かれるのは、とても拙い。

 

 違和感の正体を沙都子は理解していた。

 何故、彼女みたいな存在(・・・・・・・・)がこの世界に居るのだろうか。ましてや、平和な日本に。

 この世に“天狗”というものは存在しない。伝説上の妖怪だ。だが、沙都子にとって、彼女は今昔物語の中の“天狗”そのものにしか見えなかった。

 彼女から放つ雰囲気が、近くではっきりと感じられる魔力が――――この室内全体を覆う禍々しい妖気となって、沙都子の全身を握り締めてくる。

 

 そこで、鼻歌が止んだ。次いで女性は顔から本を離して、沙都子の方へと、ゆっくり顔を向けた。

 刹那、沙都子の心臓が猫科の猛獣に狙われた小兎の様に、ドキリと飛び跳ねた。何か彼女の気に障る態度を取っていたかもしれないと思い、慌てて姿勢を正す。 

 

「突っ立って無いで、そこに座れば」

 

 だが、女性はそんな沙都子の慌て振りなど一切意に介さず、うっすらと微笑を浮かべると、机の前に有る椅子に座るように促した。

 

「……失礼します」

 

 機嫌を損ねた訳では無いらしい。

 沙都子は内心ホッと息を付きながらも、恭しくお辞儀をすると、椅子に引っ掛けてあるジャケットを外してから、座り込んだ。

 

「イナに言われて来たんでしょ。何か聞きたいことがあったら、何でも教えてあげるけど?」

 

 女性はニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべている。だが、沙都子の身体は凍りついていた。

 何故ならこの空間を覆う妖気は、相変わらず自分を捉えて放してくれないのだから――――

 

「……じゃあ、いいですか」

 

 とにかく、何か質問しなければ、この場から離れられそうにない。

 沙都子は焼け付く様な痛みを下腹部に覚えながらも、手を上げてみる。

 

「どうぞ」

 

「貴方は、イナ先生(・・)から『オバサン』とよく呼ばれてますけど……本当は何て名前なんですか?」

 

 恐る恐る問いかけると、女性は口の端がクイ、と伸びた。

 

「ああ……君たちにはまだ教えてなかったっけかぁ。そっちの方が印象に残っちゃった訳ね。ごめんごめん」

 

 ニタニタ笑いながらも謝る女性。意図が全く読めない不可解極まりないその笑みは沙都子の身体に更なる氷結を齎す。

 

「私は、『レイ』っていうのよ」

 

「……一体、何者なんですか?」

 

「それはもう、イナから聞いてるでしょ? その通り(・・・・)の人間よ」

 

 レイと名乗った女性は爽やかな声色でそう伝えた。

 

 

「…………ッ!!」

 

 

 

 その通り――――

 

     その通り――――

 

         その通り――――

 

             その通り――――

 

                 その通り――――

 

 

 

 レイの言葉の一部が頭の中で反響する。

 

 

 

 その通り(・・・・)――――

 

『私は、人を殺す快楽のためだけに人を殺そうとするような極悪非道の魂の持主がいたことを、それをこの目で見るまではとても信じることができなかった』

 

 

 その通り(・・・・)――――

 

『敵意もなく、特にもならないのに、他人の手足を切り刻んだり切断したり、精神を研ぎ澄ませて異様な拷問や新しい殺し方を考え出そうとしたりする人間、しかもそれが苦悶のなかで死にかけている人間の見るも哀れな身振りや動作、悲痛な呻き声といった、おかしな光景を愉しもうという、ただそれだけのために考え出そうとする人間がいたということが、私には容易に信じられなかった』

 

 

 

その通り(・・・・)――――

 

 

 

『なぜなら、これこそは残酷さが達しうる極致だからである』

 

 

 

 

 

 

「…………っ!!」

 

 今にも涙が溢れんばかりの震える瞳で、レイの顔を見つめる沙都子。

 その顔は――――とても愉快で、満足そうだった。

 

 

 

 

 

 開かれた両眼が底のない藍色の光を瞬かせていた。

 

 

 

 

 

 

 




 もうやめて、作者のライフ(まとめる力)は0よ!!




 ようやっと書けた茜の日常。
 何かと年頃の少女達を大人と絡ませたい小生ですが、本編を見てもメイン5人の少女の人格の形成には大人が大きく関わっている気がします。

 まどかは言わずもがな、両親の影響を諸に受けてますし、母親が目標ですし、
 ほむらは、両親の事を一切口に出さず、一人暮らしをしていたことからそれらに救いを求めてはいませんでした。寧ろ、異様なまでの『愛』への執着性と歪な解釈から見て両親からネグレクト的な仕打ちを受けていた可能性が有ると見てます。(小説版は違うみたいですが)
 さやかは、親の描写はありませんでしたが、壊れるきっかけを作ったのはホスト二人組でしたし、
 マミさんは、両親の死が、その後の人生に深く関わってますし、
 杏子も、焦がれていた父親から否定された事によって大きく歪んでしまいました。

 以下、訂正

 投稿時に「本編では大人は重要な存在なのに、外伝では大人たちは魔法少女に導く舞台装置としてしか機能してない」とこの場で、偉そうな事をのたまってしまいましたが、椿さん、立花さん、たるマギの軍人達とペレネルさんとか、いっぱいいましたね……。頼れる大人……。
 申し訳ありません。自分の確認不足でした……。


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     その先が“魔境”と知りながら C

 

 

 時は一時間ほど、遡る――――

 

 

 

 

 礼拝堂の一角にある懺悔室では二人の少女が居た。

 一人はそこの窓際にある机の上で一冊の本を開いて、書かれている文字一つ一つをはっきりとした声で朗読している。

 端に置かれたソウルジェムの明かりが端正な顔を照らしている。

 沙都子は部屋の隅でボンヤリと朗読者の少女を見つめていた。背筋が凍りつく話ではあるが、偉人らしい文章の綺麗な並びと彼女の艶やかな声色が重なり、どこか違う世界へと、脳が引き寄せられていくような感覚を覚えた。

 

「イナ先生……」

 

「何かしら?」

 

「それ、何なんですか?」

 

 顔を上げて問いかける沙都子。

 イナ先生と呼ばれた少女の後ろのスタンドグラスの端に自分の顔が映り込む。

 それを見て――――内心ギョッとした。うっとりを通り越して恍惚に道た表情を、知らない間に浮かべていたようだ。

 

「モンテーニュの『エセー』よ」

 

 イナは柔らかい笑みを浮かべながらその詳細を語りだした。

 

 ――――ミシェル=ド=モンテーニュは1533年に、フランスのベリゴール州、モンテーニュという地で貴族の子として生を受けた。

 貴族とは言っても当時は軍人としての意味合いの方が強く、国王軍に従軍してイタリア戦役に加わっている者が大半であった。父が死んで35歳で家督を継いだモンテーニュも、当然の如く、その道を歩むことになる。

 だが、1571年――38歳の時、彼は既に宮廷への隷属と公務の重荷で苦しんでいた。なので、まだ心身が潑剌(はつらつ)としている内に隠居し、残りの人生を、自分の自由と平穏と閑暇に捧げることを考えた。

 

「エセーの1巻には、こんな事が書き綴られていたわ。

『精神をまったく無為の状態に置いて、自分自身と語り合い、自分のなかにとどまらせ、そこに坐らせておくこと以上に大きな恵を精神に与えることはできないように思われたのだ。今後は精神が時間とともに重みと円熟を増せば、そういうことももっと容易にできるだろうと期待していたのである』、とね」

 

 当時の彼のその考えに同意するかの如く、彼女は首を大きくうんうんと頷かせると、話を再開する。

 

 ――――1572年、公務を全て引退した彼は、祖父伝来の土地で待ち望んでいた自由な隠居生活を送り始めた。

 だが、彼の平穏と安らぎは直ぐに崩壊する。誤算(・・)が生じたからだ。

 「引きこもって、できるかぎり決意を固くして残されたわずかな余生を、平穏に、ひとり離れて過ごすことにして、それ以外のことには首を突っ込まないように」したモンテーニュであったが、無為であるゆえに、精神の調子が狂っていく。孤独の苦しみと憂鬱な気分に取り憑かれる羽目になった。

 

「その本を書いたのは……?」

 

 沙都子が尋ねると、イナの口の両端が釣り上がった。

 

「【閑暇はつねにあらゆる方向に精神の気を散らす】というルカネスの言葉を引用して彼は続けた。

『精神は手の付けられない放れ駒になって、他人のためにした苦労の百倍もの苦労を背負い込み、奇怪な妄想や怪物めいた想念を、次から次へと、脈絡も、目的もなくいやというほど生み出すのである。そこでその愚かで、奇妙なふるまいを心ゆくまで眺めるために、私はあとで精神自身に赤恥をかかせてやるのを楽しみにしながら、それを記録に取り始めたのである』…………エセーが誕生した瞬間よ」

 

 嬉しそうな表情だが、その瞳には強い感情が渦巻いているように見えた。奥の碧が暗闇の中で、さながら稲光の様に瞬く。

 

「最初の文章は……?」

 

「『残酷さの極致』の事ね」

 

 イナの目が細められた。

 

「モンテーニュが生きた時代は、宗教戦争に翻弄された乱世だった。フランス国内ではキリスト教徒が、改革と称して殺戮と破壊を繰り返す新教徒と、同じ暴力で立ち向かう旧教徒に別れて内乱が紛糾していたの。戦争が引き起こす害悪と破滅、何より人間が戦争の中で見せる目を覆いたくなるような行動に彼は嫌悪したのよ」

 

 モンテーニュ自身は旧教徒であったが、旧派の支持をすることは無かった。戦争の不条理の中にある人間の行動だけ(・・)を「エセー」に書き綴った。

 

「三坂沙都子。貴方は私がよく『オバサン』と呼んでるあの女の事を、どう思う?」

 

 唐突に話が切り替えられた。

 沙都子は思わず「え?」と漏らして、驚いた顔をする。

 

「えっと……、なんていうか、凄く不気味で、怖いんです。いつもニヤニヤ笑ってて……何を考えているか、分からないし……」

 

「その捉え方は人として(・・・・)、正しいわ」

 

 フッ、と笑うイナの顔は、その『オバサン』に対する嘲りが多分に含まれていた。

 

「それって、どういう……」

 

 

「『サイコパス(精神病質)』よ」 

 

 

 その単語を聞いた瞬間――――沙都子の呼吸が、止まった。

 

「……え?」

 

 時間にして二分ぐらいか、沙都子は、呆然としたままイナを見つめていた。

 

「『残酷さの極致』にピタリと当て嵌まる人間性の事を指すの。他人の不幸、精神的支配と束縛、絶望、破滅、そして死に様に悦楽を感じる異常性癖の持ち主。……ハッキリいえば、クズね」

 

「……っ!!」

 

 沙都子の目が驚愕に見開かれる。

 

「~~っ……なんでそんな人が、イナ先生や私達の所に?」

 

 息苦しさが猛烈に襲ってきた。そこで、ようやく息をしていないのに気がつく。大きく空気を吸い込んで、肺に酸素を取り込むと、おそるおそる質問する。

 青褪めた彼女の顔を見つめながらイナは、笑っていた。滑稽に見えたからなのか。

 

 

「彼女の生き方は魔法少女にとって正解(・・)の一つだからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【ズブロッカ】、【ブラックブッシュ】、【ジャックダニエル】、【ジョニーウォーカーブラック】……」

 

 再び本に目を通したレイの口から不思議な単語が4つ放たれた。響きからして外国人の名前のようにも聞こえる。濁音が多いことや『ブラック』の単語から厳つい黒人を沙都子の頭に彷彿とさせた。

 

「これ、知ってる?」

 

「いえ……」

 

 レイが質問してくるが、自分に分かる訳が無い。まして、彼女が知ってるような事柄なら尚更だ。

 

「本、読まれるんですね……?」

 

「そういうこと聞くのは貴女だけよ。……意外だった?」

 

「はい。もしかして、イナ先生の影響ですか?」

 

 話してる内に分かったが、目の前のレイから敵意や殺意の類は感じられなかった。緊張感が僅かにほぐれて、徐々にだが、会話が弾みだしていく。

 …………何か異様なものが全身を締め付けている感覚は、相変わらずだが。

 

「アレから影響を受けるようになったら私は終わりよ」

 

 微笑を浮かべたままのレイだが、その言葉尻には微かな剣呑さが混じっていた。

 沙都子は咄嗟に、しまった! と思う。今、質問したことが彼女の感情の琴線に触れてしまったらしい。後悔が押し寄せるが、ここで質問する口を止めたり、下手に話題を変えたら、不審に思われるかもしれない。

 そう思うと、続けるしかなかった。

 

「仲、良くないんですか? いつも一緒にいますけど……」

 

「そりゃ一緒にいるとも。でも……アレと仲良い奴がいたら見てみたいものね」

 

 笑いながら見せるレイの瞳は、言葉と同時に細められていき、鋭さを強める。 

 

「…………」

 

 沙都子の口は、そこで、止まってしまった。

 なにか続けようとは思うのだが、頭に言葉が浮かんでこない。本能が注意換気を促して、彼女と会話するのを避けたのだ。

 

 ――――しばらく沈黙が続いた。

 何も言わずに読書に嗜む彼女を眺めていたが……その口許が唐突に、ニタリ、と歪むのを見て――――ゾッとした。

 直後、ふふ、と愉快そうな笑い声が、響いてくる。

 自分には到底理解できない得たいの知れない何かが、彼女の目の前で記述されているのだと、沙都子は確信した。

 口元が、裂けそうなぐらいに引き攣っていく。普通に(・・・)生きてきた人間からは決して見れる事のない、残忍に溢れた笑みだ。

 まるで、生きる為では無く、殺す快楽を得る為に草食動物を喰らう血に飢えた狼が、同等の獰猛性を持つ獣と鉢合わせたかの様に――――明らかに興奮していた。

 

 

 

「『棚には殺し屋(・・・)みたいな名前の酒が並んでいた』」

 

 

 

 愉悦を見せびらかしつつ、静かに朗読が開始される。

 聞いた瞬間、その本の著者は、彼女と同類だと思った。

 

「『【ズブロッカ】は汚い服に身を包んだひどい猫背で、何度も頭を下げ謝りながらナイフでブスブス肉を刺し、独り言をつぶやきながら地下鉄に乗って帰っていきそうだし』」

 

 声がところどころで震えている。悦楽を、含み笑いにして話に織り交ぜているのは明らかだった。

 沙都子は、身の毛がよだつ様な感覚を覚え、耳を塞ぎたい衝動に駆られるが――――それ以上に、

 

「『【ブラックブッシュ】は相手の身体を持ち上げコンクリートの壁にぶつけ骨を砕き死体の匂いがするまで繰り返しそうな名だ』」

 

 どうして彼女が、こんなにも楽しそうなのか、気になってしまった。確認したいという気持ちが、衝動を抑えた。

 レイの顔は、今にも吹き出しそうだ。

 

「『【ジャックダニエル】は相手の口に靴下を詰め込み、着ているタートルネックをひっぱり上げて頭上で掴み、笑いながら殴り、血を吸い込ませて窒息死させる』……っ!」

 

「……ッ!!」

 

 狂人の発想だ。あまりにも凄惨かつ悍ましい内容に恐怖が心から溢れて全身を浸していくようだった。

 下半身が末端から一気に冷却されていく。やがて顔にまで到達したそれが、無数の冷や汗が流させるのと同時に、眼振を発生させた。

 

「『【ジョニーウォーカーブラック】は内ポケットに針のようなものを隠し持っているけれど殺害される人間だ』……っ!!」

 

 最後に、そう言い切ると、レイの口が漸く止まった。

 直後、決壊――――アハハハハハ、と快笑が耳障りなぐらい聞こえてくる。

 狂喜は静寂に満ちた室内でよく木霊した。それは沙都子の脳を勢い良く揺さぶり、感情を掻き乱す。

 目頭が再び急激に熱くなった。次いで頬に何かが垂れていく感覚。下を見ると、膝の上にポタポタと雫が落ちていた。

 

「……っ!?」

 

「私が編集者だったら、この作者に遠慮なくぶちまけてやりたいねっ」

 

 自分が涙を流していたことを理解した時には、既にレイは笑い終えて、次の一言を放っていた。

 沙都子が顔を戻すと、彼女は既に本から顔を離していた。どこまでも深く底の見えない藍色の瞳と残忍な笑みが、意識を、思いっきり椅子に縛り付けてくる。

 

 

「『あなた、それでも【人】ですか?』って」

 

 

 沙都子は、動けない。

 涙をポロポロ溢しながら恐怖の様な、呆然としたような表情でレイを見つめることしかできなかった。

 口を開いて何かを返さなければかと思ったが、上下の唇が縫い付けられた様に留められていて、それも不可能だった。

 目の前で猟奇的な話を心の底から面白そうに語る彼女に圧倒された――――それは勿論ある。だが、彼女と同じ神経を持つ人間が、一般社会に居るという事実が彼女の頭を凍らせた。

 物書きとは――――文筆を生業にする人、というのは、誰もが知的で、崇高な理念を持ってるんじゃなかったのか。だが、あんなおぞましい発想をして、且つ一般社会にそれを公表できるような人間性の持ち主がいるなんて、信じられない。

 レイは愉快気な表情のまま、怯える沙都子を少し眺めたかと思うと、

 

「実を言うとね……ちょっと安心したんだ」

 

 ふう、と一息付いて、目を細めた。慈しむ様な感情が映り込んでいる。

 

「え?」

 

「私みたいな奴ってこの世に一人しかいないって、ずっと思ってたからさ、似た考えの人がいるって知って、嬉しかった」

 

 言葉だけ切り取れば、寂しさから抜け出せて安心した様に聞こえる。

 だが、沙都子はすぐに嘘だと見破れた。

 

「くっく……っ!」

 

 彼女の顔は微塵も寂しさなんて含んじゃいない。相変わらず溢れ出そうな狂気をギリギリで押さえ込んでるような、極悪な喜色が満面に張り付いていた。

 

(…………)

 

 涙を腕で拭う沙都子の脳裏に、再びイナとの会話が思い返される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『強い人が武装して自分の財産を所有しているときは、その所有している物は安全である』」

 

 雄弁に語られたその言葉は、パスカル著――『パンセ』の第五篇・【法律】から引用された一節だった。

 

「『人は正義にしたがうことを力であるとすることができなかったので、力に従う事を正しいとしたのである。正義を強くすることができずに力を正しいとしたのである。それは正しいものとを結びつけ、それによって至上善である平和を得るためであった』」

 

 続けられた言葉もまた、同様にパンセから引用されたものだ。

 イナの意図を直感で理解した沙都子が目を細めて、問いかける。

 

「そのオバサンって人に、その“力”があるっていうんですか?」

 

「“有る”」

 

 イナは確信を持っているかのように自信に満ちた笑みで、強くはっきりと答えた。

 

「あのオバサンは確かに異常者だけど、今の私達に正義を齎すには必要な“力”と成り得る。何故なら、彼女は魔法少女になってから……」

 

 

 ――――一度も、ソウルジェムを濁らせたことがない(・・)

 

 

「……え?」

 

 沙都子は耳を疑った。

 

「感情の強さをある境地(・・)まで辿り着かせた魔法少女はソウルジェムに変質を齎すことが可能だと、私達の実験で証明が成されているわ。インキュベーターは頑なに否定しているけどね」

 

 ボンヤリと聞いていた沙都子だったが“私達の“と、“実験”の部分が気になった。

 

「イナ先生、貴女は、貴女達は……一体、何者なんですか?」

 

 沸々と湧いてきた興味は、沙都子の足を魔境へと踏み込ませた。

 

「……三坂沙都子、私は貴方のその探究心を、誰よりも評価しているわ」

 

 イナはフッと笑うと、その細くたおやかな白い両腕が、ゆっくりと沙都子の手に伸ばされていく。

 彼女の左手を顔まで引き上げると、そっと包み込んだ。

 

「他の子は、私の言葉に耳を傾けはするけども、都合の良い部分しか受け取ろうとしない。だから、個々の私達に興味を抱かない。私達が何者であるかを知ることによって都合が悪くなる可能性があるからね。でも、貴女だけは違う。こうして私の下へ訪れて会話をしたいと懇願し、オバサンにも関心を抱き始めている」

 

 慈しむ様に、包み込んだ沙都子の左手を見下げながら、イナは捲し立てる。

 

「そのオバサンって人と話す前に、貴方の事を知りたいんです」

 

 力強い眼差しを向けるとアハハ、と楽しそうに笑う。感情を思いっきり表現してる様を初めて見た。

 

「そうね。貴女にだけは特別に教えて差し上げましょうか。でもね……私なんて実のところ、只の一職員よ」

 

 ――――偉そうに講釈を垂れてる癖にね、と自嘲するが、沙都子はそれよりも“職員”の部分の方が印象に残った。

 ということは何らかの組織に所属しているのだろうか、と考えたが、直ぐにイナの口から答えが出た。

 

「……貴女は、この大地の下に、無限の生命を持つ龍の如き魔物が息を潜めているとしたら――――どう思う?」

 

「……?」

 

「そして私が、オバサンが、その超大な怪物の細胞の一つに過ぎないのだとしたら……?」

 

 イナの質問が沙都子の脳を掻き乱してくる。混乱でグチャグチャになっていく頭でなんとか考えようとする。

 目の前の彼女も、そのオバサンとやらも……自分には遥か彼方の境地に立つ存在にしか見えなかった。

 そんな彼女達さえも身体の中で隷属させるような存在は――――もはや、こう表現する以外に無い。

 

 

 『神』と――――。

 

 

 

「570年前……、魔法少女の実像を知り、酷く憂いていらっしゃった御方がいた」

 

 

 沙都子の手を両手で柔らかく包み込んだまま、イナは顔をスタンドグラスに向けて説明を始めた。

 赤子をあやす母親の様な――――柔らかく、温かみのある声色が、耳に入り込んで、胸の中でスゥっと溶けていく様だ。

 

 

「当時、一宗教学者に過ぎなかった彼女(・・)はこう思ったの。なぜ希望を願った魔法少女が、あんな結末を迎えなければならないのか、と。全ての魔法少女は等しく救われるべきであり、世界に認可され、讃えられるべき存在でなければならない。

 ――――そう考えた瞬間に、全ては始まった」

 

 

 どこか遠くを眺める様に、目を細める。見上げたスタンドグラスには、イエス・キリストの母、マリアの姿が神々しく描かれていた。

 

 

「アンナ=アルボガストは種族、国家、文化、宗教、思想問わず世界中から協力者を募り、その機関を創設した」

 

 

 イナの手が沙都子の手から離れる。そして、マリアの手に向かってゆっくりと伸ばされていく。

 

 

 

「その名は――――『ウロボロス』」

 

 

 

 そして、マリアの右手に自分の左手を重ね合わせると、小指からそっと握り締めていく。

 

 

「どの国家にも属していない、魔法少女の平和目的あるいは、軍事目的における理想的運用を掲げる、最高機密研究局よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セバスチャンや子供達に別れの挨拶を告げると、施設の玄関から外へ出る茜だったが、その表情は暗い。

 

(神父様は、自分の力を把握しろって仰ったけど……)

 

 そんなものをどうやって推し量ればいいのだろうか。それ以上に、

 

(守る人は絞っとけって……それって、私が守ろうと決めた人達以外はどうなっても構わないってこと?)

 

 そう考えて、いやいや! と否定的にブンブン首を振る茜。

 セバスチャンがそんな意図を持って言うとは思えない。だが、どうやって解釈したらいいのか分からない。

 

 ――――茜が悩んでしまうのも無理はない。何せ15歳なのだ。

 セバスチャンの言葉を肯定的に受け止めるには圧倒的に人生経験が足りなかった。

 それは、魔法少女歴4年という人より特異な点が有っても、到底埋め合わせられるものではなかった。

 

(やっぱり、もっとよく聞いといた方が良かったかな?)

 

 自分に課題を与えた張本人であるセバスチャンは、間違い無く答えを知っている筈だ。

 

(でも……)

 

 顔を俯かせる茜。

 それは浅はかかもしれない。自分で答えを見出さなければ意味が無い様な気もした。恐らく、セバスチャンもそれを望んでいる。

 

「はぁ~……」

 

 とはいえ、一体どうしたらいいのか分からない。そう思うと、自然と溜息が口から溢れ出した。

 俯かせた顔のまま、出入り口のすぐ先にある、駐車場へと続く石段を降り始める茜。

 それと同時だった。

 駐車されている数多の車の内の一台――――茜の視界から外れた位置にある黒塗りのそれが、突然エンジン音を起てて、走り始めた。

 

「っ!!」

 

 黒塗りの車は豪速で茜に近づくと――――勢い良く滑り込むようにして、茜の前で急停車する。

 突然目の前が、車の横腹に遮られて驚愕する茜。悩んでたせいで、完全に周囲の状況に無頓着になっていた。

 もう少し自分が歩を進めていたら引かれていたかもしれない――――混乱する頭で、そう思っていると、運転席にあたるウィンドウが、ウィーンと、音を立てて下降した。

 

 

「日向 茜さんですね?」

 

 

 そこから顔を覗かせるのは、サングラスを掛けた若い男性だった。短く切りそろえた茶髪で、黒いスーツを身に纏っている。顔つきの印象からして、文乃と歳はそんなに離れていない様に感じた。

 茜は、どうして目の前の男性が自分の名前を知っているのか気になったが、それ以上に……

 

「危ないじゃないですかっ!」

 

 顔をムスッと顰めると、運転手の青年に向かって怒声を叩きつける。

 

「あと少し遅れてたら引かれる所でした!! まず、謝ってください!!」

 

 そう訴えると青年は――――

 

「アッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」

 

 突然、大笑いした。

 

「どうして笑うんですか!?」

 

「ああ……いやいや、随分おかしな事を仰るな~、と思いまして」

 

 この青年は倫理観が欠落してるんじゃないか、と茜は思った。人を引きそうになったのに、全く悪びれずにヘラヘラ笑う姿が神経を逆撫でする。

 

「おかしな事って……!!」

 

 キッと睨みつける茜。次いで怒りを喰らわせてやろうと思った矢先だった。

 

 

「だって、貴女……魔法少女でしょう?」

 

 

 青年の口から何気なく出た言葉に――――ゾクリとなる。

 

「……えっ?」

 

 突然背筋に冷たい物が這う感覚がした。茜の顔から怒りの熱が消失する。

 

「引いたところで怪我なんてしないでしょう。……まあ、引きそうになってしまったのは謝りますが」

 

 青年は茶一色の後頭部を掻くと、ペコリと頭を下げる。

 

「あなたは……もしかして……」

 

 茜は、青褪めた顔で目先の青年の容姿をまじまじと見つめる。

 黒いサングラスに、黒いスーツ姿、そして――――左肩にある円形の紋章に刻まれているものを見て、確信した。

 

 

 七つの大罪の内、『強欲』を司る魔王――――ふたつの鳥顔と黒色の人体を持つ魔物・マンモン。

 

 

「既に美咲嬢から聞いていると思われますが……自分はAVARICE社の者です」

 

 胸ポケットから名刺を取り出すと、茜に差し出す青年。

 そこには『AVARICE株式会社 緑萼市支店 営業課所属 荒巻 慎吾』と表記されていた。

 

「うちのお嬢――――篝 あかりから貴女の事は聞き及んでおります」

 

「!!」

 

 篝 あかりの名前が彼の口から出て来て、茜はぎょっと目を見開く。

 

「貴女とは是非とも友好的な話がしたいと思いまして。もし受け入れて頂けるのであれば……乗って頂けませんか?」

 

「そう言って、私を何処かに連れ去るおつもりなんでしょう……?!」

 

 警戒心を最大限に高めた茜が、顔をきつく顰めながら疑わしく問いかけるが、慎吾は首を振った。

 

「いえいえ、ここで話すのもなんですから、場所を変えようと思いまして」

 

 慎吾は人の良い笑みを向けてくる。

 幾多の魔法少女を見てきた茜の眼には、その顔に一切の悪意と邪気は孕んでいないように見えた。

 

(……)

 

 一度、深呼吸して、昂ぶった気持ちと頭を冷却させる茜。

 そして、冷静になったところで、頭に手を当てて、考えてみる。

 政宗や目の前の青年の容姿は怪しいが……AVARICE社が魔法少女を全面的に支援する組織で有ることは、先の文乃の話を聞いて確認済みである。

 ここで彼らと関係を持てば、ブラックフォックスの目的が探れるかもしれない。

 

(それに……)

 

 この街を取り巻きつつある悪魔から、人々を守れる術と力を、分け与えてくれるかもしれない。

 

「……わかりました」

 

 その希望が、茜を新たな境地へと誘った。

 コクリと頭を頷かせる。その言葉と仕草が自分の申し出を承諾したのだと受け取った慎吾は、フッと笑みを作った。

 

「ただし、条件付きです。 同行中は私に一切触れないでくださいね!」

 

「おお怖い怖い。でも、そんなことはとっくに肝に命じてますよ」

 

 慎吾はせせら笑うと、後部座席のドアに乗るよう促した。

 茜は「失礼します」とお辞儀してから、ドアを開けて中に入った途端――――車は発進する。

 

 

 

 

 ――――現在、時刻は17:30。

 太陽は、未だに沈む素振りすら見せず、遥か天空の彼方で、轟々と灼熱を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 映画を見てると、TV放送のドラマでは見られないような、叛逆の物語ラストにも匹敵する衝撃がいっぱいあるのですが……元を辿ると全部小説だったりしますので、こういうのを書ける人の頭の中身ってどうなっているんだろうか、と常々考えることがあります。

(少し前に観たのは『光』(大森立嗣監督作品)でしたが……初見で最後まで見終えた時、呆然となりました)

 今回レイが引用したのは、又吉直樹氏著作―『劇場』(※恋愛小説です)の冒頭の一部ですが……初めて読んだ時、衝撃でした。
 なんというか……人の想像力って、どこまでも残酷に働かせられるんだなあ、と感心しました。
(作者さま、並びにファンの皆様、本当に申し訳ありません)


 あ、あとチラシ裏に別の試験的な二次創作作品を一話だけ掲載致しました(詳しくは活動報告で)ので、そちらの方もご覧頂ければ、と思います。

 →https://syosetu.org/novel/145606/


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     その先が“魔境”と知りながら D

間を置きすぎました。


 

 

 

 

 

 

 深山町は市街地に比べると田舎ではあったが、戦国時代の頃に、かの武田信玄相手に勝利を収め、代々領民を厚遇したと謂われる名家――小山氏が居を構えていたとされる深山城や、宣教師が布教で訪れた際に建てたと謂われる教会といった歴史建造物が多く、観光地として人気が有った。

 桜見丘市が緑萼市に対抗する最後の砦、とも謂われているらしい。

 最も、今の茜にとってはどれも関係無い話だ。

 不意に隣に目を遣ると、AVARICE社の営業マンを名乗る、少し年上のサングラスを掛けた青年が、口笛を拭きつつハンドルを握っていた。

 

「荒巻さん」

 

「なにか?」

 

 話がある、と言って車に乗るように指示したのは彼だが――――最初に会話を切り出したのは茜だった。

 なるべく自分から質問攻めして、会話の主導権を握ろうと考えた。

 

「人と話すのなら、サングラスは取って頂けませんか?」

 

 語気を強めにしてはっきりと指摘する茜。

 相手は得体の知れない男だが気負されてはならない。会話中は強気で望む。

 

「ああ、コレですが。でも、生憎、これは取れないんですよ」

 

 慎吾は苦笑いを浮かべると、ハンドルから片手を放し頭を掻いた。

 

「……確か、聞いたことが有ります。魔力を遮断する装置が付いてるって」

 

「ええ。貴女達魔法少女や魔女が日常的に使用できる『魔力』――――うちの会社でも研究しておりましてね」

 

 慎吾は笑みを浮かべながらも、目を細めた。

 

「魔法を使用すると空気中に有る物質が散布する事が明らかになりました」

 

「それが『魔力』の正体……?」

 

「ええ。科学研究チームは『マギアニウム』と名付けました。自分が付けてるこのサングラスは、魔女の口づけによって生じる意識障害だったり、洗脳や幻覚魔法から身を守ることができるんですよ」

 

 ――――まあ、開発に10年以上は費やしましたけどね、と慎吾は付け加える。

 AVARICE社が創設された当初、魔法少女社員は全くおらず、魔法少女をよく知る一般人のみで構成されていた。支援するには、彼らを上述の『マギアニウム』が飛び交う現場に送り込まなければならないが、そんな戦場に向かう兵士の様な勇気を携えている者はそうそう居はしない。

 よって、『マギアニアウム』による意識汚染から身を守る為の方法を知る必要が有った。

 幸い、社員の大半は魔法少女と懇意にしている者が多かった為、彼女達の協力を取り付けることで、『魔力』の研究を進めることができた、という話だ。

 

「そのお嬢って人(ブラックフォックス)がどこまで知っているのかわかりませんけど……私は幻覚魔法は使えませんよ」

 

「知ってますよ。でも、万が一もあるでしょう?」

 

 慎吾は微笑を浮かべてそう言う。飄々としている様に見えて、強い警戒心を抱いているのは向こうも同じらしい。

 

「まあ、雑談はここまでにして……本題に入りますかね」

 

「……っ!」

 

 慎吾の顔から笑みが消える。ややドスを利かせた低い声が発せられ、茜の身体に緊張感が齎された。ピンッと背筋を張る茜。

 

「日向茜さん。我々は貴女に協力したいと思ってます」

 

 願っても無い申し出が慎吾の口から放たれた。

 茜が目を見開く。頭の中が一瞬、真っ白になった。

 

「ッ!! …………どうして、私なんですか?」

 

 少し間を置いて、我に返った茜が疑心暗鬼にそう問いかけるのは至極当然の事だった。

 桜見丘市を縄張りとする魔法少女の中では一番経験が長いが、リーダーは萱野優子だ。そういった話は自分では無く、彼女に持ちかけるのが筋では無いのか。

 

「決まってますよ」

 

 慎吾は柔らかい笑みを向けてくる。

 

「貴女は“正義”を愛している」

 

「答えになってませんけど……」

 

 答えはひどく曖昧としたもので、茜の疑念の雲を晴らすには至らなかった。

 正義を愛しているのなら、優子も、凛も、纏も同じ筈だ。自分だけが選ばれたのは腑に落ちないと言っているのに。

 

「4月30日――――秋田県、大仙市大曲(おおまがり)通町で起きた事件をご存知ですか?」

 

 そう思っている矢先、突然話を切り替える慎吾。

 一瞬何事かと思ったが、地名を聞いてピンとなった。

 

「確か、行方不明と、自殺が一緒に起きたって、ニュースでいってましたね」

 

 即座に答える茜に、慎吾は嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「ええ」

 

「行方不明になったのは確か……女子学生5名。蜂花揚羽さん15歳、吉本ミズノさん16歳、西条真央さん18歳、鶴場 樹さん17歳。そして、自殺したのが……吉江美結さん14歳」

 

 その事件は当時のニュースの中で、特に茜の印象に残っていた。思い出しながら詳細を口にする。

 ――――その女子学生5名は、SNSで知り合った仲らしく、学年も通う学校も住む地域も違うが、関係は良好だったらしい。大曲駅前をよく溜まり場にしていたらしく、頻繁に集まっては5人で町へ遊びに行っていたそうだ。

 だがその日、内4名が「いつもの場所(大曲駅)に行ってくる」という言葉を最後に、行方が分からなくなった。

 唯一、吉江美結だけは、自宅の自室で、事切れているのを家族に発見された。

 

「お詳しいですね」

 

 感心する慎吾に笑顔を向ける茜だが、その目つきは冷ややかだった。

 

「新聞も毎日読んでますし、事件があったら必ずチェックするようにしているんです」

 

「ふ~ん」

 

 慎吾は不敵な笑みを浮かべて感嘆の声を挙げてくる。

 

「? ……でも、それって、もう犯人が捕まったんですよね?」

 

 慎吾の反応に何か変な事を言ったかな、と思いつつも、確認せずに話を続ける茜。

 

「ええ。犯人は自殺請負を副業にしている男でした」

 

 慎吾の説明を聞きながら、茜は自分が目にしたニュースの詳細を思い出していく。

 

 ――――確か……犯人の名前は牧原航一郎、年齢は47歳。

 一見、痩せ型の頼り無さそうな男といった風貌だが、その瞳は充血したかの様に朱くギラついており、胸に刺さる様な鋭さを携えていた。

 かつて、暴力団組員だった牧原は、婦女暴行事件を起こし、警察に逮捕された事があった。

 長い拘留期間の末に釈放された後、組を抜けた彼は、カタギとして工場で働く傍ら、『自殺請負人』を自称し、SNSで自殺志願者を募集していた。

 

「そいつは暴力団組員だった頃は、麻薬や毒物を専門に取り扱っていたそうです」

 

 牧原は組を抜けた後も、製造者とは太いパイプで繋がっていた。そして依頼者に、検死でも発見されないような毒薬を売り渡していた。

 牧原の供述によれば、件の5名の女子学生は彼の顧客であったそうだ。外で集団自殺を図ろうとしたが、吉江美結だけが自宅で死ぬ事を選んだらしい。

 牧原は美結を除く4人の遺体をいつもの溜まり場にて発見。それらを回収して、山奥に運ぶと、バラバラに解体して遺棄した、と述べている。 

 

「具体的な証拠はありません。ですが、その話は真実だと思われています」

 

 それは何故か? と、暗に問いかけてくる慎吾に、茜は答える。

 

「その彼が自首して、罪を告白したからですよね? その時、その女の子達の名前が挙がったって」

 

「ええ、彼が提出したスマホやパソコンには『顧客データ』が有りまして、その中にその子達の名前が記載されていましたから……警察も事実と受取り、直ぐに逮捕したそうです。彼が殺した(・・・・・)っていう決定的な証拠は何も掴んで無いのにも関わらずね」

 

 実際、警察の捜査は難行しており、牧原が出頭してくるまでは何も手掛かりを掴んでいなかったらしい。

 長引けば少女達の各家族やマスコミからの非難が強まっていくのは明白だ。

 よって、牧原を一連の黒幕として扱うことで、それらを納得させて自分達の立場と面子を守ろうとしたのだろう、と慎吾は憶測を語る。

 

「我が社でも独自に調査してみましたが……不可解な点が多いんです」

 

「! それは私も思いました」

 

 慎吾の言葉に茜はハッと顔を上げた。幾つかの不審点を口にする。

 ――――まず、5人の少女の内、事件前に引きこもっていた吉江美結を除く4名は、日常生活は順風満帆そのものであった。人間関係や学業に悩んでいる様子は見当たらなかったらしい。よって、集団自殺に走る可能性は限りなく低かった。

 第二に、犯人の牧原の事だ。

 彼はSNSで自殺者志願者を年齢問わず募集していたが、顧客として迎える人間は限られていた。独居老人、親族が不在の独り者――――所謂裕福な人間や死なせても周囲から恨まれ無さそうな人間を選んで、毒物を高額で売りつけていた。よって、彼が女子学生を相手にするなど有り得なかった。

 

「そして、三つ目は……」

 

「牧原は何で自首したのか、ですね?」

 

 茜より先に慎吾が答えると、彼女はコクリと頷いた。

 事件の詳細を聞くと、牧原は人の死をなんとも思わない異常者であることが分かる。だが、上記の事件がメディアで報道されるようになると、すぐに警察に出頭して自白したのだ。

 

「少女を殺したら罪悪感が芽生えた? 馬鹿馬鹿しい。日向さん、これはね、“誰か”がそいつを糸で操ってるんですよ」

 

 話している内に苛立ってきたのか、慎吾は眉間に皺を寄せてムスッとした顔を浮かべる。

 

「どうして分かるんですか?」

 

 茜が尋ねると、慎吾は「これ、見てください」と言って、ポケットから写真を一枚取り出して渡してきた。

 

「これは……!」

 

 写真に映り込んでいたいたものを眼に入れた瞬間、茜の頭に衝撃が走る。

 そこは、道路脇の原っぱのようだが、カメラのフラッシュに反射して何かが色とりどりの光を放っていた。

 

「5人がよく溜まり場にしている大曲駅西口階段前に、落ちていたものです。魔法少女の貴女ならこれらが何か、分かるでしょう?」

 

 ――――間違いない。これは、『ソウルジェム』だ。

 それに気づいた茜の目が大きく見開く。

 

「魔法少女の魔力の源。それが粉砕されてそこにバラ撒かれていました。自分の部屋で亡くなってた吉江美結の勉強机の上にも、同じ様な破片が散らばっていました。これが意味するのはつまり――――」

 

 ――――自殺した5名は魔法少女だったってことです。

 

「……っ」

 

 ヒンヤリと、薄ら寒い感覚が茜の全身を襲ってきた。

 冷房が強すぎるんじゃないか、と思い目先にあるエアコンを確認するが、温度は26℃、風量は1に設定されていた。

 

「ねえ、日向さん、ここで一つ疑問が湧いたんですが……」

 

 呆然としていると、慎吾が切り出してきた。振り向く茜。

 

「……何でしょう?」

 

 恐る恐る問いかける。慎吾がゆっくりと口を開いた。

 

 

「魔法少女って、毒飲んだら、死ぬんですかね?」

 

 

「……!!」

 

 真剣な表情で問いかけてくる慎吾。その質問に、ギクリとなる茜。心臓が口から飛び出そうになる。

 

「多分……死なないと思います」 

 

「へえ、それはどうしてだと思いますか?」

 

「…………」

 

 茜は慎吾から顔を逸し、口を噤んでしまう。

 そこで、車が赤信号で止められた。チラリと横目で見る慎吾だが、彼女の顔がすっかり青褪めているのを見て、ふぅ、と溜息を一回吐いた。

 

「行方不明者はもう一人いました」

 

 意地悪な質問をしたかな、と思った慎吾は頭を掻くと、再び事件の話を進める。

 

「『宮本 伶美(みやもと れいみ)』……彼女だけは、事件が起きた日の3日後に行方不明になっています」

 

「それ、初めて聞く名前です」

 

 ニュースで報道されていない名前に茜は興味を抱いた。再び慎吾の方へと顔を向ける。

 

「彼女も魔法少女でした。件の5名と一緒のチームに加わっていたそうです」

 

 そこまで話すと、青信号になった。車を発進させる慎吾。

 

「が……彼女だけは、不審な点が多すぎるんですよ」

 

 運転しながら、話し続ける慎吾。茜は耳に神経を集中させた。

 

 ――――大仙市には情報屋の魔法少女が居り、調査に協力してくれたそうだ。

 彼女によれば、宮原 伶美は突然街に現れたらしいが……明らかに普通では無かったらしい。

 まず、キュゥべえが全く認知していなかった。契約した記録は無く、それどころか魔力の反応も感じられなかった。

 次に、彼女は大学生を自称していたそうだが、大仙市にある大学を片っ端に調べたところ、彼女が入学試験を受けたという事実も存在しなかった。

 何より、宮本がチームに加わってから一週間後に、件の5名は集団自殺を図った。その3日後に宮本は失踪。犯人とされた牧原が彼女の名前を明言しなかったことや、顧客データにその名前が無かったことから、宮本は牧原とは関わりが無い事が伺えた。

 

「彼女は一人暮らしでしたし、親しい者も特にいませんでした」

 

 よって、いなくなっても特に気にする者は誰一人いなかったらしい。

 

「周囲には、実家に帰省したぐらいに思われたそうです。なモンで、特に報道もされなかったんですよ」

 

 慎吾は、ですがね、と付け加えると、少し顔を顰める。

 

「そいつが、黒幕だと私達は考えています。5人を殺害した後、牧原を犯人に仕立て上げたんだ」

 

「でも、犯人は自白したって……」

 

「マインドコントロールなんて、魔法少女ならお茶の子さいさいでしょう?」

 

 慎吾は不敵な笑みを見せて続ける。

 彼は同業者の魔法少女を何度か、牧原が居る拘置所に忍ばせた。彼は自分の武勇伝(という名の犯罪歴)を看守や拘置所仲間に雄弁に語っている傍ら、時折、奇妙な事を呟くのだ。

 

 

 『俺は、どうして捕まっているんだ?』

 

 

 その言葉が口から放たれると決まって錯乱する。

 『俺は何をしたんだ』『俺は何もしていない』『誰かがやったんだ』――――怯えきった顔で、身体を震わせながら、その言葉群をブツブツと呟き始めるらしい。

 

「……その話を私だけにして、どうしようと考えてるんですか?」

 

 ニュースで報道されている事は全くの嘘偽りだと言うことが分かった。とは言え、遠く離れた土地で起きた事件だ。自分に何か出来るとは思えない。

 

「日向さん、さっき仰いましたよね? 事件を必ずチェックしてるって」

 

「はい……」

 

「貴女が目を通した事件の中には、犯人が浮上していないものが幾つもあるはずだ。この件と同じ様にあからさまに犯人が仕立て上げられたケースもある」

 

 そこでまた赤信号に引っかかり、車が止められた。慎吾が茜の方へ顔を向ける。

 真剣な顔つきだが、それよりも、サングラスに覆われた瞳の奥に、烈火の様な熱が滾っているのが印象的だった。

 

「……つまり、そういった事件は悪意を持った魔法少女が関わっている、と?」

 

「ええ。私達の会社では、それを“悪魔”と呼称して調査しています」

 

「……っ」

 

 『悪魔』という単語が耳に響いた。刹那、茜の脳裏にセバスチャンが先の会話で見せた辛そうな表情が浮かんできた。

 胸元の十字架をぎゅっと握りしめる。

 

「悪魔はこの桜見丘市を囲み始めています。次々と行方不明になっていく少女達、隣の青葉市で起きた奇怪な事件……貴女はなんとかしたいと考えているはずだ」

 

 青葉市で起きた事件はまだ、確認していないが、慎吾の言い方から相当に悍ましい事が起きたらしい。

 

「つまり、AVARICE社なら、力を授けてくれると?」

 

 ――――悪魔に立ち向かえる力を。

 

 それは、願っても無いことだった。

 茜は表情には出さなかったが、胸中では、喜びの感情が沸々と泡の様に浮かび上がってきていた。これで街や大切な人達を守れるかもしれないと思うと、自然と拳をグッと握りしめる。

 

「はい。ただし、条件がありまして……貴女方のチーム全員に飲んで頂く必要があります」

 

「……それは?」

 

 条件――――その単語が彼の口から出た途端、目の奥の熱がさらに強まった様に見えた。

 気圧されながらも、尋ねる茜。

 

 

「魔法少女の真実(・・)を、伝えさせてください」

 

 

「!!!」

 

 喜びで温まり始めていた心に、液体窒素が齎されて、一気に凍りつかされた。

 顔が驚愕に染まる。全身がピシリと固まった。

 

「……真実(・・)って、なんですか?」

 

 咄嗟に顔を逸し、小さな声で尋ねる茜。

 

はぐらかさないでくださいよ(・・・・・・・・・・・・・)」 

 

 慎吾は冷ややかに告げてくる。茜の額に冷や汗がじっとりと浮かぶ。

 

「貴女はさっき、毒物じゃ魔法少女は死なない(・・・・)と仰ったじゃないですか」

 

「…………」

 

 茜は答えない。慎吾は無視して続ける。

 

「更に、貴女はドラグーン最高幹部(・・・・・・・・・)の美咲嬢と旧知で有り、懇意の仲でもありますね。もしかして、彼女から、それを聞かされてるんじゃないか? と思って今回、接触を図ろうと考えたんですよ」

 

 慎吾は顔を向けずに、運転に集中していたが、バックミラーで茜の様子を逐一確認していた。

 表情を隠す様に俯いていた。口を閉ざして、沈黙。だが、全身は小刻みに震えていた。 

 それは、暗に肯定と告げている様に慎吾には見えた。

 

「人は正義に生きようとすると、必ず無情な『真実』の壁が立ちはだかります。どうです? 我々と一緒に、その壁を乗り越えてみては?」

 

 言い切った途端、三度目の赤信号にぶつかる。慎吾が不敵な笑みを向けてくる。 

 だが、茜は口を開かない。

 一分ぐらい黙っている内に青信号になった。

 

「……断ります」

 

 だが、車が動き出すのと同時に、茜が静かに呟いた。

 

「……おや、それは、どうして?」

 

 慎吾は意外に思ったらしい。茜が僅かに顔を上げる。バックミラーに映る彼の表情はきょとんとしていた。

 

「まだ、みんなに伝える時じゃ、ないんです……」

 

 最初の頃の強気はどこにいったのだろう、と自分でも不思議に思う茜。

 枯れた花の様にしおらしくなった彼女は、消え入りそうな声で呟いた。

 

「伝えられない、の間違いでは?」

 

 対して、慎吾は一片も容赦も無く、冷淡に告げてきた。茜がビクリと肩を震わす。

 

「日向さん、綺麗に振る舞うのはやめた方がいいですよ。貴女だって悪魔を心に抱えてます」

 

「……!!」

 

 そんな筈無い!! と咄嗟に否定したくなったが、その言葉が喉元に上がったところで強引に飲み込んだ。

 自分があの悪魔的な、身の毛もよだつ様な真実をみんなに話してないのは――――事実なのだから。

 

「いずれ皆さんも知ることになりますよ。話すのは今の内の方が良い」

 

 ――――本当に正義を成す事ができるのは、自分の悪を自覚できた者のみですから。

 

 氷柱の様な冷たさと鋭どさが混じった言葉が、茜の全身に悪寒を走らせる。

 

「この街に迫る悪魔達が、魔法少女の事実を知らないとは限りません。もし、知っていたら……」

 

 

 ――――『堕落』させるために最大限利用する筈だ。

 

 

 慎吾のその言葉を、茜はただ、黙って聞く事しかできなかった。

 彼の口はそこで閉ざされる。途端に静寂が伸し掛かってきた。

 

(どのくらい経ったんだろう……?)

 

 大分時間が経った気がした。タイマーを確認しようと目を向けると――――

 

(え……?)

 

 頭の中が真っ白になった。まだ、自分が車に乗ってから10分しか経っていないのだ。ハッとなって、顔を見上げて、窓に映る空を見遣る。

 

 

 ――――太陽は未だ、上空に忌々しく君臨し、目を貫かんばかりの光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ヘルプミ―――――――――ッッ!!!(血涙)


 今回は約7500字。比較的短い文量での投稿となりますが、非常に悩み苦しんだ話でした。
 というのも、いつもは勝手に喋ってストーリーを進めてくれるキャラクター達が今回に限って全く喋ってくれない、という事態に陥りまして……辛かったです。
 しばらく映画鑑賞と酒場めぐりに逃げてましたが、気がつけば2週間経ちそうだったので、これ以上間を置くと書く意欲が完全に失せるな、と思い、ほぼ強引に書き上げて投稿致しました。

 次回は、縁、葵、命をメインにした少々明るいノリの話を書こうかな、と考えてます。
 (本当は今回書くつもりだったのですが、もう、心が折れそうなので止めました……)

 それにしても、二章から群像劇スタイルになっていってますが、一応主人公は縁なんですよね……魔法少女じゃ無いから一向に影が薄(殴


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 #10__空虚と多様に変動を A

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は17:30。

 ようやっと陽が傾き始めた頃――――

 

 

 

 

「いや~!! 映画おもしろかったね!!」

 

 冷房が良く効いた狭い空間で、黒い背もたれに身を預けた縁が桃色の髪を揺らしながら元気な声を響かせる。

 

「ええ……っ!」

 

 まるで、曇り一つ無い明るい声に、力強く頷くのは縁と同じく背もたれに身を預けている葵。クライマックスを思い出したのか、目尻に涙が浮かぶ。同時に言葉尻も僅かに震えていた。

 結局、【虐殺器官】の観賞を諦めた二人は、従業員の八奈美 命によって、違う映画を勧められた。

 

 内容は――――現代日本を舞台にした作品で、結婚したばかりの若い男女二人が主人公。

 ヒロインである女性のお腹には既に子供が宿っており、生まれる日を心待ちにしていたが…………誕生予定の一日前に陣痛が発生。慌てて病院に駆け込む夫婦だが、子供は流産してしまう。

 ――――物語は、そこから始まる。

 病室で悲嘆にくれる夫婦だったが、その時、二人の前に黒い外苑姿の初老の男が現れて、こう告げてきた。 

 

 ――――『子供を救いたいか?』

 

 夫婦は迷わず承諾。黒い男は、バッグから【時が戻せる懐中時計】を二つ取り出すと、それぞれ夫婦に手渡した。一ヶ月前まで時間を戻せる、とだけ説明するとその場から去っていってしまう。

 不審に思う夫婦だが、二人は言われたとおりに、それぞれの一月前の時間まで朔行する。

 今度は、お互いの体調をより気遣いながら生活する二人だったが――――一ヶ月後にまた、流産してしまう。

 

 夫婦はそこであることに、気づいた。『これは何か別の要因が関わっているのではないか』、と。

 

 夫婦は二度目の時間朔行を行う。

 お互いの体調面を気遣うだけでなく、人間関係を探ってみる。すると――――意外な事実が明らかになった。

 

 二人の間に子供が生まれないのは……二人の周囲の人間が持つ奇妙な『因果』が関わっていたのだった。

 

 

 ――――という概要の、ヒューマンサスペンスストーリーだ。二転三転するストーリー展開に終始肝を冷やしていた二人だったが、最後は感動のハッピーエンドで幕を下ろした。

 ただラストの展開だけは……ハッキリ言ってしまえば、ベタだった。

 しかし、それを補う様に主役の夫婦を始めとする各俳優陣の熱が籠められた演技が、二人の感情を強く揺さぶってきたのだった。

 

「お気に入り頂けたようで何よりです~」

 

 満足気な声が二人の耳に届く。縁と葵は顔を前方に向けると一斉に口を開いた。

 

「ありがとうございますっ、八奈美さんっ!」

 

「まさか、送って頂けるなんて……」

 

 ――――そう、現在二人が居る場所は、八奈美 命が運転する軽自動車の後部座席である。

 さて、どうして二人が乗っているのか?

 命に勧められた映画はPM12:30に始まり、鑑賞後はPM15:00を回っていた。

 昼食を取らずに観賞したせいも有り、すっかりお腹を空かせた二人はそのままフードコートへ直行。遅めの昼食をそこで取りつつ、映画の感想を交えた談笑を交わしていると、次第に葵が笑顔を見せるようになってきた。

 葵の気分転換も済んだところで、改めて葵を伴い店内を散策する縁。

 

 ――――だが、ふとスマホを確認すると、すっかり夕方になっていた。帰りの電車の時刻を確認すると、店から出ようとする縁達であったが、そこでバイトを終えた命とバッタリ遭遇。「私の車で家まで送ってあげますよっ!」と声を掛けてくれた。

 そして、今に至る、という訳だ。

 

「いえいえ、夏場とはいってもそろそろ暗くなりますしぃ? 女の子二人だけじゃ危ないですからぁ♪」

 

 どこか愉しげな様子の命は、きひひひ、と奇妙な笑い声を漏らした。最初は不気味に感じたこの声も何度か聞くと慣れてくる。

 

「すみません、本当はここまで遅くなる予定は無かったんですけど……この子が……!」

 

 葵は命にペコリと謝ると、隣に座る縁をジト目で睨む。

 

「アハハ……いや~、面目ない……」

 

 縁は、眉を八の字にした苦笑いを浮かべて、頭をポリポリと掻いた。

 フードコードでの食事を終えた後、葵の気持ちはすっかり回復していた。縁の目的はそこで完了したといっても良かったのだが、彼女はそこで調子づいてしまった。

 

「私は帰ろうって言ったのに、ゲーセン行くなんて言うから……!」

 

「ゴメンゴメン、葵が笑ったのを見たらコッチも嬉しくなっちゃって。もうちょっと遊びたくなっちゃってさ」

 

 縁のその言葉に、葵は「まったく……」と呟きつつも、微笑を浮かべていた。

 

「フフ……」

 

「葵?」

 

 僅かに釣り上がった葵の口から、笑い声が漏れてくる。

 不思議に思った縁が問いかけると、葵はハッ!と驚いた顔をしてバッと両手で口を塞いだ。

 

「あっ! もしかして私……笑ってた?」

 

「うん。どうしたの?」

 

「あのね……」

 

 口を両手から解放すると、にこやかな笑顔を向ける葵。

 

「本当に縁ってさ、小さい頃から変わらないなって」

 

「えっ!?」

 

 それって、私が子供っぽいってこと!? と思った縁は一瞬慌てふためくが、葵はその考えを即座に察したらしい。首を振って否定する。

 

「自分の事よりも、人の事に一生懸命でさ。私が大丈夫だって言うと、余計に心配になって世話焼いて、気が済むまで離してくれないよね」

 

「え、そ、そうかなあ……?」

 

 屈託無い笑顔を向けて賞賛する葵。だが、縁本人に自覚は無かったらしい。顔を紅潮させて照れ笑いを浮かべている。

 

「でも、そんな縁の事が好きだったんだよね、私。その気持ち……すっかり忘れてた」

 

 葵の瞳の紺色が寂しそうに揺らめきだした。座席に置かれた縁の右手の上に、自分の左手を重ねる。

 

「葵……」

 

 その瞳を見て、咄嗟にその手をグッと握りしめる縁。

 

「魔法少女の素質があるって言われてから、もう縁と私は違うんだって思っちゃって……。本当は、縁に早く相談すれば良かったのにね」

 

 小さな声でそう呟きながら顔を僅かに俯かせる葵。笑みを浮かばせたままの顔に薄っすらと影が掛かる。

 

「ねえ、何があったの?」

 

 その表情が、縁の意識に「嫌な予感」を齎した。耳元に唇を近づけて小声で尋ねるが……葵は何も言わずに、ただ小さく首を振るだけだ。

 

「……! まさか、もう魔法少女になっちゃったの……!?」

 

 その仕草に、先の「嫌な予感」が的中した気がした。恐る恐る問いかける縁。

 葵は一瞬ぎょっとしたように両眼を大きく見開かせたかと思うと――――今度はブンブンと大きく首を振ってから、

 

「な、なってないわよ!」

 

 と声を張り上げて答えた。……慌てたせいで声量を測る余裕が無かったらしい。

 運転席の命の耳にまで届いてしまい、彼女が「んん~? どうしましたぁ?」と尋ねてくる。

 

「あっ、えっと……!」

 

「な、なんでもないですよっ」

 

「そ、そうなんです。なんでもないんです……!」

 

「「あははは……っ!」」

 

 二人は苦笑いを浮かべながら、仲良くひらひらと空いている方の手を振って否定する。

 

「ふ~ん?」

 

 バックミラーに映る命の顔は納得が行ってなさそうに見えたが……すぐに、「仲が良くって羨ましいですねえ♪」と言って笑顔に変わった。

 それを見て内心ホッとする二人は、もう一度お互いの顔を見つめると、小声で話し合う。

 

「…………ねえ、本当に何も無かったの」

 

「本当よ」

 

「でも、キュゥべえにしつこくされたんでしょ」

 

 縁の言葉に、表情を俯かせる葵。

 

「…………うん。契約しろって言われた。でも、断ったの」

 

 葵は意を決した。全てを打ち明けよう、と。

 先のキュゥべえと交わした会話の内容を伝えよう。

 どこまでも縁は優しい。だから、この言葉が彼女を人の及ばぬ境地へ導く可能性があるかもしれない。そう思うと胸が苦しくなる。

 だが、それでも――――自分の気持ちを彼女にはハッキリ伝えなければならない。

 それは正しいか悪いかではなく、ごく単純で、純粋な話。

 

 

 親友としての、義務だから――――

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

『私は、ならない……』

 

【おや、それはどうしてだい】

 

『なりたくないの。まだ、そこに足を踏み込める決心が、付かない……!』

 

【言った筈だ。その決心が付く頃にはもう遅くなっているかもしれない】

 

『………………』

 

【まあいい。君にとってその判断が"正しい選択”であるのなら、僕も無理強いはしない。今回は迷惑を掛けたようだし、潔く去るとしよう。ただ……】

 

 

 ――――その時が来ても、後悔しないことを祈っているよ。

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

「キュゥべえは、この街に魔法少女の脅威が迫ってるって言ってたの……」

 

 時間にして8分くらいで葵の話に終止符は付いた。

 先程まで華やかだった少女二人の間の空気は、すっかり冷え付いていた。その証拠の一つとして、縁の顔は呆然となっている。

 与えられた事実は、ニュースを観た時点で予想できた事だったが……それが現実となって現れると、飲み込むのは容易な事ではなかった。

 

「……失踪事件と、その自殺の件が?」

 

「うん。多分、同一犯か。あるいは複数犯かもしれないって……」

 

 長時間の咀嚼が必要とされるその内容に、冷蔵庫に押し込められた様な悪寒と、圧迫感を全身に感じる縁だったが、一方で頭の中は奇妙な夢心地にあった。

 自分は親友と何を(・・)話しているんだろう、と思う。

 只の高校生である筈の自分たちが、まるで刑事ドラマの主人公のように、事件について真剣に話し会うなんて……違和感しか無い。

 

 ――――それも当然の事であった。

 最初の少女が失踪してから既に一ヶ月経つが、未だに警察は手掛かりの一つすら掴んでいない。つまり――――完全に蚊帳の外であった。

 そして、本来何も知る必要が無い筈の、縁と葵の一般人の方が、手掛かりを掴んでいる。

 実に奇妙な話だが、これが意味することは一つしかない。二人は完全に事件に巻き込まれた当事者(・・・)の立場に成りつつあるのだが、この世に生を受けてから長らく平穏な世界に身を置いてきた彼女たちがそれを自覚することは、無かった。

 自覚に導ける者も、まだ傍に居なかった。

 

「そんな魔法少女がいるなんて……」

 

 そう呟く縁の脳裏にふと、よぎったのは、以前会食を交わした纏の言葉。

 

 

『だからね……これからどんなに大変な事があっても、頑張れる気がするんだ!』

 

 

 強い意志が感じられた言葉だった。

 嘘偽りの無いその言葉が頭に焼き付いてから、縁はずっと思っていた。

 魔法少女は過酷だ。しかし、人々を守る為に、自分の為に、前向きに生きている。纏の様に――――勉強とスポーツを一生懸命打ち込み、優しい姉が居て、彼氏もいる。

 きっと誰もがそうだと……自分達の『普通』を守るのに必死なんだと……そうであって欲しいと、信じ続けていた。

 

「キュゥべえが言ってたけど……この事件は『魔眼』の少女を中心に動いているかもって」

 

「まがん……?」

 

「『悪魔の眼』を持つ魔法少女だって……そう言ってた」

 

 だが、その期待は、葵の言葉の中に現れた存在によって、木っ端微塵に粉砕されてしまった。

 

「なに、それ……?」

 

 縁の目が大きく見開かれる。葵との間に漂う空気が更に凍りついてきた。見えない冷気は身体を内側から冷却し、目玉をゾクゾクと震わせた。

 ――――悪魔の眼を持つ、魔法少女。自分たちの周辺で起きている不可解な事件の、犯人。

 同じ魔法少女を何処かへ連れ去り、祓えない呪いを掛けて自殺に導く。

 一体、そんな事を起こし続ける動機は何なのか。目的があったとしても、一般人の縁からしてみれば明らかに『異常』としか言いようが無い。寧ろ、それしか形容しようがない。

 

(一体、どんな願いがあって……)

 

 魔法少女になったのだろうか――――と、縁は不意にそれが知りたくなった。

 ……が、すぐに頭を振って、その興味を頭の隅に追いやった。自分には、そんな人間の『願い』など想像できない。したところで、自分には何もできないのだから、馬鹿らしくなった。

 

(人がダメなら、やっぱり魔法少女じゃないと立ち向かえないってことなのかな……?)

 

 件の犯人が標的にしているのは、10代の少女のみ――――つまり、何れも魔法少女である可能性が高い。いずれ、纏達にも、その牙が迫ってくるのは明白だが……逆に言えば、自分の様な一般人は相手にされてない、と見て良かった。

 しかし、だからといって安心はできない。寧ろ、不安と恐怖の方が強かった。

 なぜなら、魔法少女をいつでも自由に誘拐できる立場の存在が、一般人を標的にしないとは限らないからだ。

 いつか、襲ってくるかもしれない。

 

 ――――では、その時(・・・)が来たら『戦え』というのだろうか? 自分たちを守ってくれと、彼女達に縋るのか?

 

 そんな事、絶対にしたくない。

 彼女達は、警察や自衛隊の様に、大人でも戦士でもない。魔女との戦いさえ無ければ自分と同じ、学校に通う『少女』なのだ。

 彼女達が争い、傷つくのを強いる事は、縁の良心が許さなかった。

 

(できるなら……)

 

 今、葵から聞いたことを纏達に伝えて、逃げるように伝えたい。

 

 では……彼女達を逃したら、自分達はどうなるのだろう?

 

 悩み始めた縁だったが、答えはすぐに出た。

 ――――丸裸になった弱者は、狩られるのみ。

 

(やっぱり、魔法少女じゃない私には、なにも――――)

 

 できない――――縁の気持ちが、諦念に包まれかけた瞬間だった。

 葵の左手を握っている自分の右手が、小刻みに振動した。

 

「えっ……?」

 

 一瞬、何事かと思った。段々募ってくる恐怖の感情が、震わせたのだろうかと思った。

 縁は、目線を下に向けて、自分の右手を見ると――――要因はすぐに判明した。

 

(!!)

 

 震えていたのは、葵の方だ。自分よりも色白で、細い腕。その末端にある左手が、自分の右手の中で、小刻みに震えていた。

 

「葵……」

 

 呆気に取られる縁だったが、すぐに顔を上げて、葵の顔を見つめる。

 唇をキュッと噛み締めて、何かに怯える様な表情。

 それを見た瞬間――――反射的に、縁の身体が動いた。

 

「!?」

 

 途端、葵は眼を見開いた。

 視界に映る縁の顔が突然アップになったかと思ったら、ガバリと、身体を強く抱きしめられた。

 突然の行動に眼を丸くして、「えっ? えっ?」と混乱を隠しきれずに動揺する葵。

 すると、耳元に縁の唇が近づけられて、静かに、

 

「辛かったんだね」

 

 ――――と、囁かれた。

 

「……っ!!」

 

 葵の両眼が、震え出す。どこまでも深い慈愛が込められた、そんな声色だった。

 何も返さず、葵も直ぐさま、縁の身体を抱き締め返した。自分よりも細身で頼りなく見える体は、密着させると案外、温かかった。

 

「でも、ちゃんと話してくれた……!」

 

 葵の身体はまだ震えている。縁は早く収まって欲しい、と願いながら、その背中を撫でた。

 

(そうだよ。私が弱気になってどうするんだよ、縁……)

 

 先の葵の表情を思い返しながら、縁は頭の中で自分に発破を掛ける。

 自分には、何もできない――――そう思って諦めようとしていた、さっきの自分を引っぱたいてやりたくなった。

 

(葵は、ずっと苦しかったんだ……)

 

 ――――葵は、とても責任感が強い子だった。

 長所に感じられるその性質は、時に鋭い刃となって、彼女を傷つけ、苦しめることを、縁は知っていた。

 そんな性格だから、キュゥべえの言葉に惑わされたのだろう。

 そして、魔法少女に成ることを諦めた今も、その時の選択が本当に正しかったのか悩んで…………いや、寧ろ、逆だ。彼女の持つ責任感はその選択を、悪いことだと、決めつけようとしている。

 『どうして、みんなを助ける術がありながら、それを選ばなかったのか』――――そう後悔させている筈だ。

 

(葵を、ひとりぼっちにさせない。一人でどっかに行っちゃうなんてこと、絶対に認めないし、許せない……!)

 

 葵の気持ちにそこまで思いを馳せると、自然と胸が熱くなっていた。

 そこで、ある事に気付く。

 何もできないなんてことはない。自分は自分にしか、できないことがある。

 それは、辛い立場に居る親友を、守っていくことだ。

 

「葵、伝えたいことがあるの」

 

 縁の決心は、そこで点火した。

 まず、葵には、よく理解してもらいたいことがある。

 その思いが、先程まで心身の内側で冷却装置として働いていた不安と恐怖を強引に押しのけて、全身を火照らし、奮起させた。

 葵の両肩を掴んで上体を離すと、

 

「よく聞いてね」

 

 ――――と、満面の笑顔を見せる。

 対する葵の顔は未だに暗く沈み、辛そうで、苦しそうに歪められていた。

 そんな顔を、すぐに吹き飛ばしてやる――――と、縁は絶対の自信を胸に抱き、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「もう大丈夫。葵は大丈夫だから」

 

 

 紡がれたその言葉に、葵の顔が浮上した。

 ――――きょとん、となる。一瞬で、歪みが消えて、元通りの綺麗な顔になった。

 

「えっ? えっ!?」

 

 何の根拠も無いその言葉に、葵が呆気にとられるのも無理は無い。だが、縁は彼女の顔から影が消えたのを確認すると、安堵した様な声色で更に続けた。

 

「ひとりぼっちじゃない。私が傍にいるから」

 

 ――――ね? と同意を求めてくる縁。対して葵はふるふると首を振った。

 

「……でも、私、魔法少女になれば、みんなを守れるって言われたのに、自分の身を危険に晒すかもって思ったら……」

 

 そこで言葉を詰まらす葵。

 どこまでも眩しい笑顔が、自分の心の中にある暗闇を照らしてくるかのようだ。直視できなくなって葵は眼を泳がせる。 

 

「怖くなっちゃって……逃げたのよ」

 

「知ってるよ。葵はそんなに強い子じゃないもん」

 

「だけど……!」

 

 反射的に顔を戻して縁を見つめ返す葵だったが、縁の表情は笑顔のままだ。

 

「弱かったら、弱いままでいいんだよ。他の強い人に頼ればいいと思うの。だって、私達の街には…………纏さんがいるじゃない」

 

 纏の名を口から紡ぐのに、少々間が置かれた。

 何故なら、縁の中で躊躇いが有ったからだ。自分達は弱いと決めつけて、魔法少女に縋るのが、本当に良い事なのか。

 だが、今は、葵を安心させることが最優先――――そう考えると、止むを得ないし、一度開いた口は止められなかった。

 

「でも、いつまでも纏さんに助けてもらうってのいうのは……」

 

 幸い、葵には気付かれずに済んだ様だ。内心ホッとしつつ、縁は更に続けた。

 

「纏さんだけじゃないよ。優子さんだって、凛さんだって、茜さんだっているよ」

 

 ――――最後の子は、まだ会ったこと無いけどね、と縁は苦笑いを浮かべながら、ペロリと舌を出した。

 

「あかりちゃんや、黒岩さんだって助けてくれるかもしれない」

 

「! その人のことなんだけど……」

 

 あかり、の名が縁の口から紡がれた瞬間、ハッとなる葵。

 

「どうしたの?」

 

「篝さんもキュゥべえが認識してない魔法少女なんだって……もしかしたら、犯人の一人なのかも……」

 

 ――――それでも、縁は信じるの? と葵は縁の顔をしかと見つめながら問いかける。

 

「信じるよ」

 

 だが、縁は笑顔を崩さず、即座にはっきりとそう答えた。

 

「あかりちゃん。犯人のこと、知ってるみたい」

 

「えっ!?」

 

 葵が眼を丸くする。

 

「最初に私や優子さん達に伝えた時、とても苦しそうな顔してたの。泣きそうだった。だから……多分、悪い人じゃない。事情を言えば、協力してくれると思う」

 

 ――――根拠は無いけどね、と言う縁は再び苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

 

「それに……ドラグーンだって、力を貸してくれるかも」

 

「ええっ!? でも確か……ドラグーンって……」

 

 縁のまさかの発言に、葵はビックリ仰天!! 思わず上体が飛び跳ねた。

 驚くのも無理は無い。何せこの街を縄張りにしている魔法少女チームは、優子達のチームと敵対関係にあるのだという。縁の話からしたら、優子は、『狩奈』と名乗る魔法少女と相当激しい戦いを繰り広げたそうだ。

 事件は桜見丘だけで発生しているのだし、協力してくれるとは思えない。だが、縁の顔は自信に満ち満ちていた。

 

「だってさ」

 

 縁には確信できる何かがあったらしい。そう言いながら、運転席の方へ顔を向ける。葵はその視線の先にあるものを見た瞬間――――アッ! と思わず声を出した。

 

「八奈美さん、すっごい良い人なんだもん。こんなに良い人が居るチームが、見捨てる訳無いよ」

 

 ねー? と同意を命に求める縁。

 バックミラーに映る曇り一片も無い笑顔に、命は、すこし困った様な顔を浮かべた。

 

「いや~、あはは……それ程でもぉ……」

 

 恥ずかしいのか、運転する身体を縮こませて、謙遜する様に呟く命の言葉尻は、消え入りそうに小さかった。

 

「でも、八奈美さん、出会った時に行ってましたよね。狩奈さんのことを、カーリー(・・・・)って」

 

「あっ!」

 

 葵は再び驚きの声を挙げる。確か狩奈は、この街の魔法少女チームのリーダーの一人だと縁から聞いていた。その人物を命は渾名で読んで、直ぐに訂正していた。ということは……つまり、

 

「相当付き合いが長い。或いは、同じくらいの実力者ってこと……?」

 

 縁が何を言いたいのか、即座に理解した。葵は、バックミラー越しに縮こまる命をじっと見つめて、そう告げる。

 

「そう、それ!」

 

 名推理をした探偵を賞賛するかの如く、縁は手を叩いて、葵に人差し指を向けながら歓喜まじりに言った。

 盛り上がる二人の声を背に、命は冷や汗を浮かべながらタジタジと余計に身を縮めてしまう。

 

「たはは……。いや~、お二方には本当に参りました。まさかうっかり言ったことでそこまで推理されちゃうなんて……」

 

 命は片手でポケットからハンカチを取り出すと、額に流れた汗を拭きつつ、小さく言った。

 ふぅー、と一息付くと、

 

「確かに、私はドラグーンの幹部の一員です」

 

 苦笑いを浮かべながらも、はっきりとそう告げた。

 

「魔法少女は、長いんですか?」

 

 縁が尋ねると、命はう~ん、と首を傾けてから、「もう6年にはなるかなぁ……」と答えた。

 

「6年!? そんなに!?」

 

 ――――大ベテランですよね!? と縁は眼を輝かせて捲し立てる。命は恥ずかしさのあまり、顔が紅潮してきた。溢れ出る汗をハンカチで拭く。

 

「いやぁ~、まぁ、腕には自信がありましたからねぇ……それなりに」

 

「では聞きますけど、桜見丘の事件を、ドラグーンはどう捉えてますか?」

 

 縁をなんとか躱したかと思ったら、今度は葵が真剣な表情で問いかけてきた。命は、恥ずかしさを堪えつつ、なんとか言葉を紡ぎ出す。

 

「いやぁ~、それをお二人に言うのは、ちょっとぉ~~……」

 

「隣街で起きてる事件が、この街の魔法少女達にとって無関係だとは思えません」

 

 ――――対策を立てている筈だ、と暗に言外に込めたその言葉を、命の喉元に突きつける葵。

 根拠は有った。

 桜見丘市街には名門の『桜見丘美術大学』が有り、高校と中学校が付属しているのだ。緑萼市から通っている学生は多いと聞いている。

 もしかしたらドラグーンの魔法少女も何人か通っているんじゃないか、と葵は考えた。

 命は何も答えず、「あはは……」と内心の焦りを誤魔化す様に笑い続けていたが、暫くすると、「分かりました。答えますよ」と観念して、説明を始めた。

 

「これは内緒にしてて貰いたいんですけど……、幹部全員が危惧(・・)しています」

 

 その言葉の意味を縁と葵はすぐに察した。桜見丘で事件を起こしている犯人に対してだ。

 

「調査はしているんですが……、この前ね。総長から『あまり深入りするな』って怒られちゃいまして……」

 

「じゃあ、もし、また事件が起きても、積極的に協力はできないってことですか……」

 

「管轄外ですからねぇ……」

 

 基本的に縄張りで起きた事は、縄張りの持ち主が責任持って対処するのが魔法少女のルールですから、と命は淡々と告げると、葵と縁の顔が暗くなった。

 

「でもね……」

 

 だが、命は縮こませた背中を、急にピンと張りだす。

 

「もし、犯人が、貴方達一般人に危害を加えたら、そのときは……」

 

 

 ――――チームの意向がどうあれ、私は助けに行くつもりです。

 

 

 先程の焦躁が嘘の様に、強い決意が込められた命の言葉が、二人の耳に突き刺さった。

 バックミラーに映る彼女の顔を見て、縁と葵は一斉に眼を見開いて、凝視する。

 頼り無さそうな苦笑いは既に消滅していた。自分たちがよく知る纏が、魔法少女の時と同じ様に――――精悍で強い意志に満ちていた。

 国道は帰宅する車で混み合い始めており、桜見丘市街へ辿り着くのにまだまだ時間はかかりそうだ。

 現在、時刻は18:00を回ろうとしている。太陽はもうあと少しで完全にその姿を消して、月に役割を交代しようとしていた。

 

 

 ハイライトの無い命の瞳に、キラキラと煌く月の金色が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 よっしゃ! 今回はキャラクターが動いてくれたぜベイビー! でも後半部分の話の流れが構想と変わっちまったぜベイビー!

 orz

 ……まあ、でも、一応予定どおりの結末にはたどり着けました。


 という訳で、この#10ですが、もしかしたらEパートまで作ることになりそうです……。
 ラストで、本当に話を大きく動かす予定ですので、どうかご容赦の程を……。

 次回は、久々にアレを書いてみようと思います。原作がまどマギであることを実感するための、アレを。


 ○余談ですが、『不能犯』を観てきました。
 以前観た実写版『亜人』の綾野剛氏も、かなりハチャメチャなクレイジーサイコパス振りを魅せてくれましたが、この作品の松坂桃李氏も、ゾッとするような悍ましさを常に身に纏っている様な感じで、終始恐怖心を煽られました。
 純粋悪やサイコパスのキャラクターは、やはり生の人間が演じてこそインパクトがあるのだと思います。


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     空虚と多様に変動を B

間を開けすぎた上に、16000字(二話分)という、めっちゃくちゃ長い文章ですが、お読み頂ければ幸いです。


 

 

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 ――――命が急ブレーキを掛けたのは、その瞬間だった。

 

「「!!?」」

 

 車内に走る衝撃に、縁と葵の身体が飛び跳ねる。シートベルトをしていたため、身が投げ出されずに済んだ。

 何事かと思って、直ぐさま前方を確認すると――――ヒヤリとなる。

 自分達と同じぐらいの少女が道路に飛び出していた!

 間近で車が急停止したのにも関わらず、駆ける足を止めずに、対向車線へと踏み込んでいく!

 

「!!」

 

 対向車線の奥に目を向けると、猛スピードで迫ってくる車が見えた

 それを確認した命の目つきが、キッと鋭くなる。彼女は右手をハンドルから離して、グッと水平に伸ばすと、少女に重ね合わせる。

 直後――――縁と葵が思わず目を剥いてしまう程の光景が映った。

 対向車線へと飛び出した少女が、車に直撃する寸前に、フッと掻き消える!

 

「今のは!?」

 

「私の固有魔法です!」

 

「それって!?」

 

「説明は後っ! 多分、まだ……」

 

 縁と葵の質問を跳ね除けると命は鬼気迫る形相で視線をキョロキョロ動かす。恐らく、今の少女以外にも居るはずだ(・・・・・)

 

「命さんっ!! アレは!?」

 

 背後から縁の叫ぶ様な声。左手の窓から何かを見たらしい。即座に命は――背後に座る葵に「ちょっと失礼!」と言うと――背もたれを少し倒して、後部座席の左窓を見る。

 

「…………ッ!?」

 

 そこに映ったものを見た瞬間――――背筋が凍りついた。

 ガードレール越しの歩道には、奇妙な老若男女の集団が有った。よく目を凝らして見ると、誰もが顔が虚ろで生気の無い。次いで首元を見ると、何かの刻印の様なマークが印されていた。

 すると、最前列の男女達は何を思ったのか、ガードレールを乗り越え始める!

 

「まずい…………!!」

 

 あのままだと、先の少女と同じく道路に飛び出してしまう!

 確信した命は、今度は左手を水平に伸ばすと、ガードレール越しの集団に重ねる。

 彼らの足元から黒い霧の様な物が瞬時に吹き上がってきたかと思うと、全身を包み込んで――――フッと掻き消した。

 命は、ふぅ、と一息付くと、背もたれを元に戻す。

 

「何なの、アレ……?」

 

「まさか……!」

 

 縁は立て続けに見えた奇妙な光景に呆然となり、葵は何かを確信したのか、顔に冷や汗を浮かべながら、口元を手で覆う。

 

「……美月さん、柳さん、今から車を降ります」

 

「「!!」」

 

 直後、聞こえてきた声色に、縁と葵はギョッと肩を固くする。

 先程の呑気で間延びした口調からは一変――――トーンを低めた、冷徹さすら感じられる声が、命の口から発せられた。

 丁度、左手には大型パチンコホールが見えており、ガードレールの隙間から車を侵入させると、一番近くに有る駐車スペースに車を停めた。

 

「……いいですか? これから絶対に、私の傍を離れないでください。離れたら……死にます」

 

「「ッ!!」」

 

 後ろを振り向きながら、凍てついた声で静かに告げてくる命。真っ白に近い相貌と、ハイライトの無い暗黒の瞳が相乗効果となって、まるでゾンビの様だ。

 ゾッとするような悪寒を全身に覚えた二人は、ガタガタ震えながらコクコクと頷く。

 了解を得た命は「よし」と独り言の様に呟くと、ポケットからスマホを取り出して、LINEを起動した。ある連絡先を見つけると、通話ボタンをタップして、耳に当てる。

 

「もしもし……、Kチームリーダー・花見区担当の金田さんですね? 幹部の八奈美です。ただ今、魔女の口づけを受けた集団に…………ええ、気付いてましたか……。場所は、大型パチンコホール【ケイネス】前です。まだ口づけを受けた人達がいるかもしれませんので、至急メンバーを集めて対処してください。…………魔女ですか? 私一人で片付けます」

 

 一通り指示を出し終えた命は通話を切ると、スマホをポケットにしまった。

 そして、ゆっくりとドアを開けて、外に出る。

 

「葵、出よう!」

 

「ええ……」

 

 縁もドアを開けると、未だ怯えている葵の右手を引っ張って車外へと出る。

 

「八奈美さん、今の人達って!?」

 

 すぐに命に駆け寄り、鬼気迫る表情で問いかける縁。

 

「あれは……」

 

「【魔女の口づけ】……」

 

 命が答えるより早く、縁に引っ張られたままの葵が、顔を俯かせながら呟いた。

 

「!」

 

「知ってたの葵!?」

 

 命が目を見開き、縁が驚くように葵を見る。

 

「ええ……。纏さんが言ってたんだけど、魔女が一般人を殺すのは結界に取り込むだけじゃない。今の人達みたいに、呪いを掛けて集団自殺に見せかけて殺すこともあるんだって……」

 

「そんな……!」

 

「ごめんなさい、縁」

 

 愕然とする縁へ唐突に謝ってくる葵。

 

「な、何で……?」

 

「私に素質があったから、あなたまでこんな目に」

 

「葵っ!」

 

 また自分を攻めようとしている――――!

 葵の震えた目を見た瞬間、そう思った縁は彼女の左手を、ギュッ! と、強く握り締めた。

 

「今は、そんなこと言ってる場合じゃないよ!」

 

「柳さん、ご安心くださいっ! 貴女と美月さんは、この私が必ずお守り致します!」

 

「縁、八奈美さん……!」

 

 命も胸元で両手をグッと握り締めて、力強く宣言する。

 二人の言葉に、勇気付けられる葵。

 

「それに、美月さんの言うとおり、今は一刻の猶予も有りません! 早く魔女を見つけないと、犠牲者が増える一方です!」

 

「でも、魔女はどこに……!?」

 

 葵が俯かせた顔を上げると、命の顔をしかと見つめながら問いかける。

 

「う~~む、近くに反応はあるんですがねぇ……」

 

 命は唸りながら、キョロキョロ見回す。彼女の身体は先程から強烈な魔力を感じていた。つまり、魔女は絶対に近くに居るのだ。だが、四方八方見渡しても、結界の出入り口が見当たらない。

 

 

「あ」

 

 

 いきなり飛び出す『あ』ほど怖い物は無い。縁の言葉にギョッとなる葵と命。

 

「えっ!」

 

「どうしました!? 美月さん!」

 

「命さん。下、下」

 

 縁の目線は足元に向いており、指先でチョンチョンと二人に下を見るように促してきた。

 

「「あ」」

 

 下を見た二人の目が、点になる。

 地面には、謎の円形が有った。淡い桃色の光を放つそれの中心には、先程の人達の首元に印されていた魔女の口づけと同じマークが有った。

 

「間違いありません。コレですよ!」

 

 それが『魔女の結界』の入り口だと、命は瞬時に確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結界に入り込んだ三人に見えたのは、相変わらずの二次元的な平面絵だったが、これまでとは明らかに違っていた。

 

「……キレイな空」

 

 まず、雲一つない青い空。

 

「……この野原、どこまで続いてるんだろう?」

 

 次に、地平線の彼方まで無限に続く緑の原。

 

「こういう結界は珍しいですねぇ」

 

 命は自然と、そう口にした。

 何せ魔女の結界と言えば、一切目に優しく無い。サイケデリックの様な極彩色が渦巻く、奇妙奇天烈七変化の空間であることが常だ。故に、青と緑の二色だけで統一されたこの世界は、違和感を覚える。

 加えて、子供の落書きの様な異形が意思を持ってハシャイでいる姿も無い。というか寧ろ、住民は誰一人も居ない。

 とっても、静かで、のどかで――――ゆっくり一休みしたくなるような世界が広がっていた。

 

「……お二方、私の影の上に立って下さい」

 

 だが、異様に平穏に満ち溢れたこの結界は、明らかに普通の魔女の結界とは違う。明らかに異質であった。

 自分達を油断させる為に魔女が仕組んだものかもしれない――――と命の勘が警鐘を鳴らす。警戒心を強めた彼女は、縁と葵にそう告げる。

 

「え? あ、はい」

 

「こう……ですか?」

 

 縁と葵は言われるまま、命の背後にある影の上に立つ。

 すると――――

 

「「!!」」

 

 一瞬何が起きたのかわからなかった。

 足元に浮遊感が発生したかと思ったら、一瞬で身体が地面に落っこちて――――視界が暗黒で覆われた。

 

(えええええええええ!!?)

 

(縁!? 一体何が起きたの!?)

 

(わ、わかんないよ!)

 

 暗闇の中で二人は慌てる。お互いの声が聴こえるのだけは唯一の救いだった。

 

 

<きひひひひ………>

 

 

「「!?」」

 

 すると、命の奇妙な笑い声が響いてきて、二人はビクンッと身を強張らせる。

 

<もう安全ですよぉ>

 

(八奈美さん!?)

 

(どういうこと!?)

 

<私は『影を自由自在に操る事』ができるんです。たった今、お二人は私の影に飲み込まれました。そこに居れば、魔女から攻撃を受けることは有りません>

 

(へえ~!)

 

(す、凄い魔法ですね……!)

 

 縁は目を輝かせて、葵は呆然としながら感嘆な声を挙げた。

 

<あ、でも、私が死んじゃったら一生そのままですけど>

 

(えええええええええええええええ!!??)

 

(さ、さらっと、怖いこと言わないでください!!)

 

 何気ない様子でとんでもないことを言う命に、縁は涙目で絶叫! 葵も恐怖で身体を震わせながら怒鳴る!

 

<あはは~。ジョーダンですよぉ。大丈夫です。必ず貴方達をそこから出してあげますよぉ。だって私は――――>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最強(・・)の魔法少女ですからッ!!!」

 

 威勢良く宣言しながら、お伽噺に登場する黒いローブとトンガリ帽子の魔女姿へと変身する命。

 刹那、上空に二つの魔力を感知。顔を上に向けると――――『使い魔』が浮遊していた。

 

(見て葵、象が飛んでるよ!?)

 

(ダ○ボ……?)

 

 命の背後の影から、二人の少女の声が響く。声色と口調からして縁と葵の様だ。

 後で二人は知ることになるが、命の影に飲み込まれた者は、彼女と視覚と聴覚を共有することになるそうだ。よって、命が見た使い魔の姿を知ることができる。

 なお、宙を舞う二体の使い魔の姿だが、こちらは平穏な風景に相応しくない異形の容姿で有った。全身をピンク一色に染めて、両眼をモザイク柄のアイマスクで覆った象の化物は、両耳をパタパタとはためかせて、のんきに空を飛んでいた。

 

「キタキタ……!」

 

 命がニタニタと不気味に微笑む。

 すると、彼女は両手を足元に野原に付いた。魔法陣が一瞬でバアッ!と彼女を中心に、周囲に広がり、光芒を放つ。

 

「先制攻撃です!!」

 

 命が力強く言うと、両手に念を込める。

 使い魔の真下にある影から、黒い粒子が霧状に発生した――――瞬間!!

 

((!!))

 

 命と視覚を共有していた縁と葵は、視界の光景に目を見開く。

 黒い粒子は収束すると、巨大な黒い手となって、上空の使い魔に向かって一直線に伸びた。身体を鷲掴みすると、そのまま握り締める。

 グシャッ! と気色悪い音が響いて、おどろおどろしい色の体液が手の隙間から流れてくる。

 使い魔が絶命したことによって、その影によって形成された黒い手も、自然と霧消した。

 残ったもう一体の使い魔はそこで、命に気付いたらしい。

 急降下を仕掛けてくるが、それもまた、自身の影から伸びた黒い手によってグシャリと握り潰された。

 

「!!」

 

 そこで、命はハイライトの無い漆黒の目をギランッと瞬きながら、バッと上を向いた。

 見えたのは、先程抹殺した使い魔。だが、一体や二体ではない。30匹はいるであろう『群れ』だ。

 

(大変! ダ○ボがいっぱいだよ!!)

 

「きひひ……。象が空を飛ぶなんて気味悪いですねぇ~!」

 

(八奈美さん! それダ○ボの作者に失礼ですよっ!!)

 

(どうでもいいわよ! ……っていうか八奈美さんの笑い方も十分気味悪いですけど……)

 

 漫才染みたやりとりをする3人だが、それだけ余裕があるということだ。

 30体もの使い魔を前にしても、命の自信は、全く揺らいではいない。愉快気な笑みを浮かべる彼女の両眼は、闘志に満ち溢れていた。

 

「一気に片付けてやりますっ!」

 

 ズビシィッ! と擬音が付きそうなぐらい勢い良く、上空の群れに向かって人差し指を突き伸ばす命。

 直後、全身が漆黒のアトモスフィアに覆われた。同時に、地面に映る使い魔の群れの影から、一斉に粒子が舞い始める。

 

「いっせーの……」

 

 魔法陣からバリバリと電撃の様な波動が発生する。

 

「せっ!!!」

 

 裂帛の気合と共に、魔力を解放!!

 ――――一瞬で、黒い剣山が目の前に出現した!

 それぞれの使い魔の影が、鋭利な槍状に変化して、身体を下からザックリと突き刺したのだ。 

 

「どうですかぁっ!?」

 

 ――――これが私の実力ですよぉっ! と上空でパラパラと舞い落ちる使い魔の死骸を見ながら、命は高らかに宣言する。

 

(八奈美さんすっご~い!!)

 

(八奈美さん、調子に乗ってる場合じゃないですよ! 何か(・・)が来ます!)

 

 歓声を挙げる縁とは対象的に必死な葵のツッコミ。

 直後、強烈な魔力が近づいてくるのを察した。

 

「魔女のお出ましですか!」

 

 その方向へ勢い良く顔を向ける命。

 首を仰け反らして遥か彼方の上空を見上げると、黒い点の様なものが見えた。

 それはどんどん大きくなっていき、命の頭上へと迫ってくる。

 

「!!」

 

 咄嗟に飛び退く命。ドスンッ!! と音と砂埃を立てて、魔女と思しきそれは地面に降り立つ。

 

 

「これは……ガネーシャ!?」

 

 

 魔女と思しき巨大な怪物から、少し離れたところに着地した命は、その姿を視認した瞬間、目を丸くする。

 それは先程の使い魔と同じく、全身がピンク色で、モザイク柄のアイマスクを掛けていたが――――容姿は違っていた。

 顔は象であったが、金色の王冠のような被り物をしており、身体も四足歩行動物のそれではなく、人間と同じ身体をしており、裸の上半身に、白いズボンと、金色の靴を履いた下半身という出で立ちだった。

 

(が、ガネーシャって……何?)

 

 魔女の奇妙な容姿と、始めて聞く単語に呆然となった様子の縁は、二人に問いかける。

 

(イ、インドで有名な神様の事よ……!)

 

 葵も目の前の魔女に戦々恐々としながらも質問に答える。

 

「『夢をかなえるゾウ』で初めて知りましたけど……象の神様に会って喜ぶのなんてお隣の間弓さんぐらいなものですよ!」

 

(まゆみって誰!?)

 

 また知らない名前が出て来て、縁の混乱は増す一方だ。だが、命は無視して、攻撃を仕掛けようとする。

 両手をガネーシャの魔女に向けて、突き伸ばすと、念を込めた。瞬時に、魔女の足元の影に魔力が帯び始めて黒い粒子が発生する。

 しかし、

 

「~~~~~~っ!!」

 

 魔女が、象の鳴き声の様なけたたましい叫びを挙げた瞬間だった。モザイク柄のアイマスクが、ポロリと落ちて金色の一つ目が顕わになる。

 刹那――――閃光!

 雷が降った瞬間に発生する様な激しい光が世界を一瞬だけ真っ白に染めた。

 

「!?」

 

 命が攻撃を中断して、咄嗟に腕で両眼を覆う。一瞬だが、命、魔女双方の影が掻き消された。

 ――――それが、大きな仇となる。

 

「葵!?」

 

「縁? な、何で!?」

 

「……!」

 

 光が収まった直後、背後から聞こえてきた声に、苦々しさを覚えながら振り向く命。

 そこに居たのは、自身の影に隠れた筈の縁と葵だ。彼女たちは何故元に戻れたのか分からず、混乱した表情で周囲をキョロキョロ見回している。

 

「……すみません。今の光で影が掻き消されてしまいました」

 

 命は顔を戻し、魔女をキッと睨みつけながら二人にそう謝罪する。

 二人は後で知ったが、命の固有魔法は【影を操る】ことで有り、対象に影が無ければ(・・・・・・)、その魔法は成り立たない。

 つまり、光などで影が消されてしまうと、その影に纏わせた魔力も同時に解除されてしまうそうだ。

 

「二人とも、私の傍から離れないでください……」

 

「「……!」」

 

 縁達を再び自身の影に隠そうと思ったが、魔女が再び光を放つ可能性が有る。魔力の無駄遣いは極力避けたいと考えた命は、そう提案した。

 安全圏から一気に窮地へと立たされた気がして、縁と葵の全身が強張る。睨み合う魔女と命の姿を固唾を呑んで、見守る。

 ――――先に仕掛けたのは、魔女の方だった。

 金色の一つ目から、光弾が連射される。サッカーボール大のそれは、強い魔力を纏いながら勢い良く命へ直進する。

 

「命さん!」

 

 光弾が間近に迫り、縁が悲鳴の様な呼び声を挙げた瞬間だった。

 

「影がダメならねぇ」

 

 命は両手に棒状の獲物(・・)を召喚。下から上へ一気に振り払うと――――光弾が掻き消された!

 

「「!!」」

 

 その神速の如き動作には勿論だが、それ以上に命の獲物を見た縁と葵の顔が、呆気に取られる。

 それはなんと、【竹箒】。

 

「他の手段で……」

 

 いいながら命は、竹箒を棒術の達人の様に、器用な指捌きでヒュンヒュンと風を切る音を立てながら、高速で旋回させる。

 毛先に当たった光弾は消滅し、逆に持ち手に当った光弾は、弾け飛んで草原に直撃。軽い穴ぼこを形成した。

 

「対抗するまでですよっ!!」

 

 光弾を全ていなした命は、まるで薙刀の様に竹箒を構えると、毛先を魔女に向けて、堂々と宣言する。

 ――――その、直後であった。

 

「「「!?」」」

 

 命達三人は、一斉に目を見開く。

 何かがヒュルルルル、と風を切って飛んでくる音がした。その方向へ思わず振り向こうとした三人。

 瞬間――――ドオオオオン!! と耳を劈くような爆発音。

 

「~~~~~~~!!」

 

 直後に、魔女は悲鳴の様な叫びを挙げて、よろめいていた。顔の左半分は吹き飛んでおり、傷口からもうもうと煙が巻き上がっている。

 だが、魔女はそこで両足を踏ん張ると、左側へと身体を向ける。

 命達も、左に誰か居るのか、と思って顔を向けると――――目を疑った。よく目を凝らさないと見えないが、草原から何か黒く細長いものが頭を出している。

 

「まさか……!」

 

 それがロケットランチャーの砲口だと命が気づいた瞬間、

 

 

「掛かってきやがれッ!! 腐れ外道がッ!!」

 

 

 怒号が響いてきた。この汚い言葉遣い、耳を劈くような大声――――間違い無い。【彼女】だ。

 

「カーリー!?」

 

(今は狩奈“さん”だクソ野郎ッ!!)

 

 ギョッとなってその名を挙げると、即座にテレパシーでピシャリと訂正された。反射的に「ハイィッ!」とビシッと気を付けの姿勢を取りながら返事をする命。

 一方の魔女も、狩奈の姿を視認したらしい。両足を屈めると――――地を強く踏み込んで、突進。その脚力は凄まじく、一歩一歩踏み込む度に、足元の草原はひっくり返り無残な土気色へと変わっていく。 

 

「…………」

 

 だが、疾走してくる魔女の巨躯を前にしても、狩奈は慌てない。

 ハッ、と鼻で笑い、冷静に照準を合わせると――――砲口が火を噴いた。ズドン! と、地を響かせる程の低音が鳴るのと同時に、砲弾は魔女の右足の付根に命中して、吹き飛ばす。

 魔女は片足のみでどうにか立っていたが、よろめいていた。すかさず狩奈は叫ぶ。

 

「今だッ!! ブチ噛ませッ!! 命ォッ!!」

 

「!!!」

 

 命はハッとなると、両手を魔女に向かって突き出し魔力を集中。

 魔女の影から黒い粒子が霧状に発生すると、たちまち収束して一本の巨大槍の様な形状に変化する。

 それが、ザクッ! と音を立てて魔女の胴体を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 命、縁、葵、狩奈の4人が、結界に入る前の場所に戻されたのは、その直後だった。

 

「いや~、なんとかなりましたぁ~」

 

 命は腰が抜けた様にペタッと尻もちを付くと、心底安堵した様な緩みきった顔で、そう言った。

 普通の少女二人の生命を背負った命のプレッシャーは尋常なものでは無かったらしい。解放された事で、一気に力が抜けた様子だ。

 

「今……金田達から、連絡が、有った……」

 

 そこで、声が聞こえてくる。命が向くと、レースのフェミニンにシンプルなネイビーのミニスカートを纏った小柄の少女が居た。灰色のボブカットの髪に、眠た気な半開きの両眼の彼女は、スマホを手にしながら、ポツポツと口を小さく開いて呟く。

 

「そちらは?」

 

「……なんとか、なった、みたい……」

 

 それを聞いた命は「良かったぁ~」と心底安堵した様子で漏らす。これで犠牲者は0人で済んだのだ。

 

「八奈美さん! 狩奈さん!」

 

 そこで声が掛けられた。二人が同時に声の方向へ向くと、両眼を輝かせた縁が居た。

 

「本当にありがとうございますっ!」

 

「お陰で助かりました」

 

 縁と葵は同時にペコリと頭を下げた。謝礼を真面に受けた命は「いやぁ~」、と頬を紅潮させながら照れ笑いを浮かべるが、狩奈はフッと微笑を浮かべる。

 

「良かった……」

 

「え?」

 

 二人に歩み寄り、そう呟く狩奈。縁はぽかんとなる。

 

「貴女には……出会った頃から、迷惑を、掛けてた、から……、いつか、お詫びがしたい、と……思っていた……」

 

「あ、あぁ~……」

 

 言われた縁の顔が青褪めていく。

 出会った頃、彼女には、そりゃもう筆舌に尽くしがたいぐらいの恐ろしい思いをさせられたのだ。未だに当時を思い出すと身体が末端から震え上がってくる。

 

(縁、まさか、さっき大声を出したのって、この子?)

 

 そこで隣の葵が顔を近づけて耳元で囁く。

 

(うん)

 

 狩奈に悟られない様に、小声で返す縁。

 

(全然イメージが湧かないんだけど……)

 

(魔法少女になると変わっちゃうみたい)

 

(……まさか! 二重人格っ!?)

 

(そうじゃないと思うけど……)

 

 ギョッと目を見開く葵だが、縁はわずかにふるふると顔を振って否定。

 

「どうしたの……?」

 

「「な、何でもないで~す!」」

 

 狩奈がきょとんと首をかしげて尋ねると、縁と葵は仲良くそんな声を挙げた。

 どこか狩奈に対する怯えが混じった声色だ。命はそれに気づいたのか、狩奈の背後で、愉快気にきひきひ笑っていた。

 

 

 

 ――――勿論、その後、彼女が狩奈から笑っていた理由を問い質されたのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美咲文乃のアジトがある郊外――――寂れた高層物に囲まれた人気のない路地裏には、三人の少女の姿居た。

 

「二人はさぁ、『魔眼』ってのが来たら、どうすんの?」

 

 全身を銀色のフードで身を包んだ魔道士風の少女の名は、須澤みこ。他の二人からミッコと呼ばれている彼女は、壁に背中を預けながら、やや低い声色でそう問いかける。

 

「はぁ~、まがん?」

 

 問い返してきたのは、緑色の民族衣装に身を包み、斧を背負った木こり風の少女、山里ユカ。しゃがみこんだ姿勢の彼女は、至極興味無さげに問い返すと、ふぁ~、とあくびをする。

 

「いやほらさぁ、美咲さんが言ってたじゃん。青葉市に悪魔みたいな魔法少女が現れたってさぁ~」

 

「あぁ、んなこと言ってたっけ?」

 

「っていうかミッコさぁ~、そんなの信じてる訳?」

 

 ミッコとユカが話していると、時代劇で見る武士に似た、刀を脇に差した剣士風の衣装の少女が割り込んでくる。

 路面で無造作な胡座を掻いて座っている彼女の名前は東方(ひがしかた)いより。幼少から剣道に打ち込んでいた彼女は、三人の中でも一番体格が大きく、威勢も強い。

 

「だって、最高幹部の文乃さんが言ってたんだよ?」

 

 小馬鹿にする口調のいよりに、ミッコはムッと顔を顰めて言い放つ。

 

「ばっかじゃないの? その青葉市で死んだやつが、ただのビビリだっただけでしょ?」

 

 だが、いよりはその筋肉質な豪腕をひらひらさせると、ピシャリと言い放つ。

 彼女は三人の中ではリーダー的存在なので、そう言われてしまうと、ミッコは何も言い返せない。

 

「まぁもし出たとしてもさぁ……私がたたっ斬ってやるけどね♪」

 

 いよりはニヤリと不敵に笑うと、立ち上がって、腰に刺さっていた鞘から刀を抜いた。鈍色の刀身が月光を反射して、一瞬光り輝く。

 

「ハァ! あぁくぅまぁめぇ~~!」

 

 剣道で云う“中段の構え”を取るいより。

 

「この東方いよりが成敗してくれよぉぞぉ~っ!」

 

 歌舞伎の様な芝居がかった口調で威勢良く刀を横薙ぎに一閃するいより。彼女の目の前にはたまたまゴミ箱があり、餌食となったそれが、横一文字の切れ目を作って寸断される。

 

「いよ! 現役剣道部主将っ! さっすが!」

 

「…………」

 

 その勇ましい様を手を叩いて捲し立てるユカであったが、対象的にミッコは顔を俯かせる。表情にも元気が無い。

 

「ミッコさぁ、そんな暗い顔しなくていいじゃん」

 

 ユカが立ち上がって、ミッコの傍に寄ると、肩に手をポンと置いてそう囁く。

 

「そうそ、そんな奴いつもみたいに、囲って脅してやりゃあ、泣いてグリーフシード差し出すって」

 

「……!」

 

 そして、刀を腰の柄に戻したいよりが、そんな事を軽々しく言い放つ。一瞬、薄ら寒い感覚が走って、ビクッと肩を震わすミッコ。

 

「次いでに住所も聞き出して、家族も脅してやれば?」

 

「言うねぇ、そいつらから金毟り取ってやろうか。どうせそいつ人殺しなんだからさぁ、何されたって文句は無いよね」

 

 禄でも無い犯罪を企画しながら、いよりとユカは、ギャハハハハ、と品の無い快笑を響かせる。

 実は、ミッコを含めたこの三人は、ドラグーンの中でも性根が腐りきっていた。金の持ってそうな一般人や、魔法少女の襲撃、リンチ、恐喝を日常的に犯していた。

 彼女たちは、一ヶ月前に、他所から迷い込んできた新人魔法少女を脅している最中に、宮古 凛によって痛い目に遭わされた。 更にその後、最高幹部の狩奈 響から4時間に渡る尋問の末、二週間は魔法少女活動を禁止にされ、加えて罰金やグリーフード全部没収というキツイお灸を据えられたのだが――――全く懲りてはいなかった。

 

「いつまでそんなこと続けられるのかなぁ……」

 

 唯一、ミッコを除いては。

 

「ミッコ、何いってんの」

 

「いや、だって……」

 

 僅かに目を細めたいよりが語気を強めにして、刺さるように言う。一瞬、たじろくミッコだったが、一拍間を置くと、顔を上げた。

 

「あたしらのやってることもさぁ、人から見りゃ悪いことじゃん」

 

 意を決してそう言い放つミッコ。

 いよりとユカは、彼女が何を言ってるのか分からず、きょとんとなる。

 しかし、直ぐにお互いの顔を見合って、キャハハハ、と愉快気に笑い始めた。

 

「でもバレないし。あんただってそうしてきたじゃん」

 

「まあ、最近あんまヤル気無いってカンジはしたけどね~」

 

 どこか嘲りを含んだ笑みを浮かべて、いよりとユカが言い放つ。

 

「でもさぁ、時々思うんだよねぇ……。いつか、誰かがさぁ、あたしを裁き(・・)にくるんじゃないかなぁって……」

 

 弱々しく呟くミッコ。

 魔法少女活動を再開してから、いよりとユカは嬉々として犯罪に手を染めていたが、ミッコは消極的な姿勢を見せることが増えていた。一週間前から、ミッコは何かに怯えている様な表情を見せ始めて、別行動を取るようになっていった。

 

「……ミッコさぁ、頭でも打ったの?」

 

 流石に心配になったユカが問いかけるが、ミッコはふるふると首を振った。

 

「そんなの、絶対に無いって。だから胸張りなよ、ほら!」

 

 そこで、いよりが近寄ると、ミッコの胸に拳をトントンと当ててくる。だが、ミッコの表情は晴れない。

 

「……お!」

 

 そこで何かの気配を察したいより。路地裏に奥に広がる暗闇から、何かが近づいてくる。

 彼女達がいるこの路地裏は左右が、アパートの裏側の壁で塞がれていたので、物音が鳴ると良く反響した。

 カツン……カツン……と、聞こえてくる音は次第に大きくなっていく。

 

「……カモだ」

 

 対象からは魔力反応が感じられない。一般人だ、と思ったいよりの口の両端が、大きく釣り上がる。

 

「ミッコさあ、私達が裁かれるのって絶対無いと思うよ」

 

 ユカはミッコにそう告げると、いよりと同じく足音のする方向を見遣る。

 

「悪いこといっぱいしたけどさあ、私達『幸せ』じゃん。ほら……」

 

 ユカが奥の暗闇を指刺す。足音は大きく反響している。姿は見えないが、かなり近づいてきている様だ。

 

「いつだって幸福は、向こうから寄って来るんだから……♪」

 

 不敵な笑みを浮かべたユカといよりはミッコから距離を置くと、暗闇の中にいる何者かを待ち構える様に仁王立ちする。

 ――――直後、薄っすらとそれ(・・)は姿を現した。

 まだよく目を凝らさないと見えない位置にいるが、その人物は、少女の様に見えた。白いベンハーサンダルの靴に、ノースリーブの白いワンピースを着ている。

 

「ガキじゃん……」

 

 少女の全身を視覚に捉えた瞬間、いよりは至極残念そうに呟く。

 カツン、カツン……と、ベンハーサンダルの靴音を響かせながら、いより達に近寄ってくる少女。暗い場所でも光沢を放っている銀髪はよく見ると、後ろで一本に三つ編みされていて、彼女が一歩足を踏み出す毎、頭の後ろでゆらりと揺れている。

 表情は……俯いていて前髪に隠れてしまっていた。全く伺えない。

 体つきは、かなり小柄だ。見たところ小学生と言ってもいいだろう。ノースリーブから顕わになっている両腕は人形の様に、色白に細っこくて頼りない。いよりが力を込めて握ったら、ポキっと折れてしまいそうだ。

 

「ちょっとアンタさぁ~、ここはあたしらの縄張りなんですけどぉ~?」

 

 声に明らかな威圧と不快を含ませたいよりが、ずんずんと大股で歩み寄ってくる。

 いよりが対面すると、少女の小ささはより極まって見えた。まるで大人と子供ぐらいの差がある。

 

「…………」

 

 だが、少女から返答は無し。顔を前髪で隠したまま、黙している。

 

「シカト? アイツいい度胸じゃん」

 

 いよりの後ろで、ユカのせせら笑う声が聞こえてくる。彼女の脳裏には、いよりに脅されて跪き、泣き喚く姿が浮かんでいることだろう。

 

「…………!」

 

 だが、対象的にミッコは気が気で無かった。

 

 

 ――――唐突に現れたこの少女が、不気味に見えた。

 

 

 小学生ぐらいの女の子が、何故、夜に一人で、こんな所に迷い込んできたのだろうか――――?

 胸騒ぎがするが、少女からは魔力反応が感じられない。一般人の子供に、魔法少女のいよりをどうすることもできないだろう。

 そう分かっているものの、早まってくる胸の鼓動が抑えられない。

 

「黙ってないでなんか喋ったらぁ?」

 

「…………」

 

 いよりが、睨みつけるような鋭い目で見下ろすが、少女は無反応だ。まるで、いよりに一切の関心も抱いていないかのように。

 

「下向いてるとさぁ、幸せが逃げちゃうよぉ? だぁかぁらぁ……」

 

 その態度がいよりの神経を逆撫でした。

 眉間を皺を寄せた彼女は、そう言って少女の後頭部の銀髪をグッと掴む。そして、 

 

「上向きなってっ!!」

 

 力任せに引き上げる。

 鷲掴みにされた髪を強引に引っ張り上げたことで、少女の首が後ろに仰け反り、隠れていた両眼が顕わになる。

 

 

 

 

 

 ――――“それ”を見た瞬間だった。

 

 いよりの精神が、地獄の底へと、叩きつけられた。

 今の行いが、人生最大の失敗(・・・・・・・)だと気付かされた。

 

 

 

 

 

「…………ヒッ」

 

 いよりの顔から、自信が取り外された。怯懦一色に(まみ)れる。

 

「なによ……その眼(・・・)は……」

 

 恐怖が、生命の危機の警鐘を、心の中で騒がしいぐらいに鳴らしてくる。早く逃げろ、と何度も訴えてくる。

 だが、いよりの足は動かなかった。少女の瞳を見た時、地面に釘付けされた様に、留められた。

 

「喧嘩売ってんの!? えぇ!?」

 

 いよりの口と行動は、内の感情とは裏腹に好戦的な姿勢を示した。

 彼女は少女の頭から手を離すと、後方に飛び退いて間合いを取った。腰の鞘から刀を抜くと、切っ先を少女に構えて、吠える。

 

「…………」

 

 刃物を向けられて、脅されているというのに少女は何も反応を示さない。感情が無い顔をいよりに向け続けているだけだ。

 だが――――両眼の『赤』は、不気味に瞬いていた。

 

「ッ!」

 

 いよりが、息を飲む。

 あんな赤色は、見たことが無い。次元が違う。明らかに人間が持って良いもの(・・・・・・・・・・)ではないと――――瞬時に理解した。

 

 

――――その“赤”は、誰かの血で濡れた様に、冷たかった。

 

――――その“赤”は、マグマの様に、熱く煮え滾っていた。

 

――――その“赤“は、太陽の様に、眩しく光輝いて、見ていると眼が焼き付く様だった。

 

――――キュゥべえの両眼が宿す“赤”よりも、異質(・・)に見えた

 

 

 

「あぁ…………っ!」

 

 いよりは確信した。これが『魔眼』なのだと。

 ――――多分、悪魔だけだ。この世の倫理を超越した、その目を持つ事を許されるのは。

 

死ぬ(・・)……?)

 

 蛇に睨まれた蛙と化したいよりの頭にふと、そんな二文字が湧き上がった。

 

(死ぬの……私?)

 

 少女の眼に見つめられると、全身がガタガタと震えてくる。

 ――――何をビビってるんだ、いより。相手に魔力は無い。ただのガキだ。お前なら倒せる。お前なら――――

 

(殺せる……? そうだ! 死ぬ前に殺せば良いんだ(・・・・・・・)……!)

 

 その思いは、悪事三昧を繰り広げてきたいよりが唯一タブーとしていたことであったが、そんな正常な思考を今の彼女ができる訳が無かった。

 剣を構える両手に、力が込められる。

 

 

「いいぞ~っ! やっちゃえ剣道部主将! 全国大会出場おめでとう~!」

 

 一方、いよりが正気を失ってる事に気づかず、愉快気に捲し立てるユカ。

 

「ちょっとユカ! 何言ってんのよ!?」

 

 ミッコが堪らず、ユカに食って掛かる。

 いよりの様子が異常だと気付いていない事に愕然となった。

 彼女が少女の顔を見てからだ。何かに怯える様な、絞り出す声色に変化したのを、ハッキリと耳で感じ取った。

 そして、魔法少女でも無い相手に武器を向けるというのも、三人の中では絶対にタブーとしていた行為だ。

 

「大丈夫だって~、アイツが殺す訳ないでしょ。あのガキ脅すだけだって~」

 

 だが、ユカは、未だに異常だと気付いていないようで、ケラケラ笑っていた。

 一片も危機感を抱いてない彼女の態度に、ミッコの感情が、一気に爆発する!

 

「じゃあユカはそこで見てなよッ!!」

 

「ミッコっ?」

 

「いより!! やめてっ!!」

 

 ミッコはユカをキッと一睨みして怒鳴ると、いよりを止めるべく、弾けだす様に飛び出した。

 その第一歩を踏み込んだ瞬間――――

 

「「!?」」

 

 ミッコとユカの視界に、有り得ないものが映る。

 

 

 ――――いよりが、獲物の刀を少女に向けて、横薙ぎに振るった。

 

 

 楽観的に考えていたユカの瞳が、驚愕に彩られる。

 ミッコが、悔やむ様に、両手の拳を握り締めて掌に爪を食い込ませる。

 いよりの振るいきった剣先が、空中で弧を描き、月光を反射して鋭い光を放つ。

 一瞬、三人の時間は、カチリと止まった。

 

 

(あれ……?)

 

 最初に時が動いたのは、いよりだった。

 

(今、私……何を……?)

 

 ふと、手元を見る。気がついたら、自分は刀を紅い眼の少女に向けて、力いっぱい振っていた。

 

(あ、でも……)

 

 人を殺してしまったか――――と、悪寒が走るが、すぐに安心した。

 剣先には、血が付いてない。目線を少女に戻すが、身体には傷一つ付いてはいない。

 

(間合いを開けすぎたか……。良かった……)

 

 自分が人殺しになることはかろうじて免れた。いよりは心の底から安堵する。

 ――――だが、これで終わる筈が無かった。

 

(…………?)

 

 刹那、いよりは奇妙な物を見た。

 先程から、無表情のまま突っ立っている少女の白い細腕は、力無くダラリと下がっている。

 それより下にある、右手――――その人差し指から、何か、不思議な紅い雫(・・・)がポタポタと、音を立てて地面に一滴ずつ落ちていた。

 

(あれ……?)

 

 次に奇妙に感じたのは、自分のお腹。下腹部に当たる位置が、熱い。

 視線を下に向けると――――

 

(何……コレ……!?)

 

 ゾッとした。横一文字の亀裂が走っている。

 

「ぐぅ……!」

 

 途端、違和感が痛みに変貌した。亀裂の走る下腹部から鮮血がポタポタと滴り落ちる。

 呻き声を当てて、下腹部に手を当てるいよりだが、痛みは和らぐ事無く、瞬時に激痛となって襲いかかってきた。

 鮮血が勢いを増す。ダラダラと溢れ流れる様に下半身を伝って、地面を赤く染め上げていく。

 思ったより、傷は深い。

 

(もしかして……)

 

 

 

 

 ――――やられたのは、私の方?

 

 

 

 

 少女の指に付いていたのは、自分の血だったのか――――いよりが思い至ったその答えの、正否を知ることは決して無かった。

 意識がそこで暗転する。

 同時に――――上半身が切り離された。支えを失ったそれが、後ろに倒れていく。ドチャッと、生々しい音を立てて地面に横たわった。

 刹那、残った直立状態の下半身の切れ目から、鮮血が噴水の様に迸っていく。

 

 

「え…………?」

 

「あ…………?」

 

 ユカとミッコの時間は、そこで、漸く動き出した。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 目の前の信じられない光景に、自然と腹の底から絶叫が挙がる。

 即座に二人は、踵を返した。魔力を解放した全速力でその場から逃げ出す。

 

 

「…………」

 

 少女は、ワンピースを真っ赤に染めながら、紅蓮が渦巻く魔眼を二人の背に向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……はあ……」

 

「あぁ……はあ……」

 

 魔力を纏い路地裏から、街灯が差す歩道へと飛び出したユカとミッコ。

 廃業した店や廃ビル、住人が居ない古いアパートが居並ぶそこは、まだ19:00だと言うのに、全く人気が無い静寂に満ちた世界であった。

 

「追ってこないね……」

 

「うん……」

 

 後ろを振り向いて今しがた脱出した路地裏を見る二人。奥には暗闇が広がっているが、物音一つしない。

 

「あ、でも……!」

 

「どうしたの?!」

 

 ユカは突如、右手で後頭部を撫でる。怯えた表情をする彼女にミッコがギョッとしつつも声を掛けた。

 

 

「多分、頭…………触られた」

 

 

 それは、少女に背を向けて逃げる瞬間だった。

 後頭部を、手の様な何かに、すぅっと撫でられたのだと、ユカは言う。

 

「!! き、気のせいだよ……」

 

 悍ましい感覚がミッコの全身を這う様に走るが、堪えながらそう囁く。

 ――――そうだ、気のせいだ。

 何せ、逃げ出す時、自分とユカと少女の間にはそれなりの距離があった。あそこから一瞬で間合いを詰めてくるなんて考えられない。仮にあの子が魔法少女だったとしても、そんな瞬発力を持った者がいる筈が無い。

 そう、思い込むしか無かった。

 

「とにかく、今は逃げよう――――」

 

 そう言って、足を一歩踏み出すミッコ。しかし――――ユカがその後に続くことは、永遠に無かった。

 

 

「がぅげぇっ!!」

 

 

 突然、絞り上げる様な声が、盛大に響いた。

 一瞬、誰の声かわからなかった。

 ミッコが咄嗟に声の方向に振り向くと――――真っ赤に濡れたユカの顔があった。

 

「……!? ユカ! ユカ!!」

 

 前のめりに、倒れるユカ。ミッコは咄嗟に駆け寄り、身体を揺すって声を掛けるが、全く反応が無い。

 横向きになった彼女の顔を見て、ユカは心臓が止まりそうになった。

 目、鼻、耳、口……顔中のあらゆる穴から、血がドクドクと湧き出ている。

 

「……!」

 

 怯えを堪えながらも、希望を信じて口元に耳を当てるミッコだったが――――その思いは粉々に打ち砕かれた。

 

「そんな……ユカ……」

 

 彼女の呼吸は既に止まっていた。

 逃げ出す事を忘れて、呆然と彼女に寄り添うミッコ。

 

 

「そいつは……」

 

 

「!!」   

 

 それは、老婆が発した様な低く掠れた声だった。だが、ねっとりと絡みつくようで、耳に突き刺さる様に強く、鋭い。

 ミッコが、咄嗟に振り向く。

 

 

脳みそが(・・・・)木っ端微塵に炸裂して(・・・・・・・・・・)死んだ(・・・)

 

 

 銀髪の少女が、路地裏の闇からゆっくりと、姿を現した。

 白いワンピースをいよりの血で真紅に染め上げた彼女は、何の感慨も抱いていない無の表情で、そう呟いた。

 

「ヒッ……!」

 

 少女の目が映すを見た瞬間、ミッコは恐怖のうめき声を挙げると、路面に尻もちを付いた。

 少女は見下ろしながら、ゆっくりと近づいてくる。

 両腕を後ろに着いて、後ずさるミッコだったが、背中に硬いものが当たった。愕然と目を見開きながら振り向くと――――ガードレールが有った。

 もう逃げられない。

 

「……やめて、ください……」

 

 顔を戻して、少女の顔を見ると、自然に口が開いた。

 

「許して、下さい……っ!」

 

 最後の望みを掛けて、命乞いをするミッコ。身体がガタガタと震え、両眼から涙が溢れ出していく。

 

「あたし、もうすぐ、高校卒業するんです……っ、そしたら、働いて、家族を支えなきゃいけないんです……っ」

 

 言いながら、ミッコは内心で自分の愚かしさを嘆いていた。

 自分には、いつか裁き(・・)が来るのだと、いよりとユカに伝えていながら――――いざその時が来たら、助かろうとしている。

 

「あたしは……っ、まだ生きてたい! 死にたくないよぉ!!」

 

 震えながら嗚咽混じりの叫びを轟かせる。両眼から大粒の涙を流しながら、必死に乞う。

 いよりとユカは死んだ。なのにお前は何て浅ましい奴だと、心の中で、自分に対する侮蔑を浴びせながらも――――命は惜しかった。

 

 

「だめだ」

 

 

 そんな思いを、目の前の少女が許してくれる筈が無い。

 彼女はバッサリと切り捨てると、右手をすうっと伸ばしてくる。人差し指を伸ばし、ミッコの額に当てて、呟いた。

 

 

「わたしには、関係ない」

 

 

 少女が指先に力を込める。瞬間、魔眼が一層強く瞬き出した。

 

「……!」

 

 光が、目を奪い去った。

 ――――太陽の様に刺激的な光を齎し、夜闇を照らし出す。ミッコの視界が真っ白に染まった。

 それが、彼女が最期に見た世界の光景だった。

 

 

 

 

 夜空に浮かぶ月が、一瞬だけ、宙に巻き上がった血で――――真っ赤に染め上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山里ユカと須澤みこが無残な姿となった瞬間を、監視カメラ越しに見ていた少女が居た。

 薄暗い室内にいる彼女は、スマホを起動すると、ある人物へと連絡する。

 

「……もしもし、竜子? 幹部達を招集して緊急会議を開いて頂戴。今すぐに……!」

 

 少女――――美咲文乃の瞳は、強い怒りに満ちていた。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前回のアレとは魔女戦のことです。


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     空虚と多様に変動を C

また、間を置きすぎました。


 

 

 

 

 

「三坂沙都子、貴女は“ピジン言語”を知っているかしら?」

 

 あの礼拝堂の懺悔室で――――気が遠くなりそうな話の最後に、彼女はこう問いかけてきた。

 私は意識がボンヤリとしながらも「知りません」と答えると、フッと笑みを零して、

 

「じゃあ、教えてあげましょうか」

 

 と言った。部屋の隅にある本棚には、聞いたことのない著者の本が並べられている。

 そこから、一冊の本を取り出して、朗読を始めた。

 

「【かつて、奴隷労働が合法だった時代、アフリカの様々な部落から誘拐されてきた黒人は、同じ農園主の下で、奴隷労働者として働かされるハメになった。

 黒人同士といっても、元々生まれ育った土地も部族も習慣も違うから、会話が通じ合う筈が無い。でも、コミュニケーションが成り立たなければ、「仕事」は全うできない】

 

 ――――さて、八方塞がりの状況を、彼らはどう対処したと思う?」

 

 そんな質問をされたところで、日本人である私には、全く検討も付かない。とはいえ、いつまでもボーッとしてるのは失礼だと思ったので、とりあえず首を俯かせて、「う~~ん」と唸って、考えるフリだけはして見せた。

 答えられずにいると、彼女が口を開く。

 

「 答えは“真似”よ。

 

 【主人の言語、つまり英語を聞き取って片言で話すようになった。あとから手探りで学んだ言語だから、オリジナルに比べて文法的にはめちゃくちゃだし、規則性も固定していて、語順を入れ替えたりといった文学的技巧を凝らして自由に話すことはできない。その第一世代の言語は、“ピジン英語”と呼ばれる】

 

 ――――やがて奴隷たちは子供を作り、そのピジンは第ニ世代へと引き継がれていく訳だけど……そこで“奇跡”が起きたの」

 

 『奇跡』――――という単語が、刺激になった。微睡んでいた意識が覚醒していく。

 顔を上げて真剣に見つめると、彼女は私に「期待通りの反応ね」とでも言いたげに、満足そうに笑って見せた。

 

「【奴隷たちの子供が、そのピジンを母語として育ち、同じくピジンを母語として育った他の子供と接したとき、硬直した第一世代のピジンにはない、より生き生きとした(・・・・・・・・・)自然な言語(・・・・・)らしい“文法”が生まれた。親が用いていなかったはずの“文法”を、子供たちが発明した。

 親が見様見真似で喋っていたぎこちない英語の会話を聴きながら育った世代が、新しく生み出した言葉、それは混成語――――“クレオール”と呼ばれる。

 クレオールはピジンと違い完成された言語であり、他の言語に引けをとらない。文法・発音・語彙の要素が発達・統一され、複雑な意思疎通が可能になった】

 

 ――――何故、第ニ世代の子供達は、そんな大それたものを極自然に生み出せたと思う?」

 

 再び質問をされるが、彼女の話す内容に、驚愕と困惑が同時に齎されてしまって、すぐには答えられなかった。

 そんな『奇跡』が起きた理由を私が理解できる筈が無い。

 

「……分かりません」

 

 だから、再び悩むフリをした後に、こう答えるしか無かった。

 

 

「【それは脳がその内部にあらかじめ、手持ちの要素を組み合わせて文を生成するしくみを持っていたからに他ならない】」

 

 

 即座に、彼女の口から答えが返ってきた。

 

「つまり、人間の脳は、『奴隷』という絶望的状況下でも、生き抜く為の最適解を導き出すことができる、ということよ。“魔法”に頼ることなく、ね」

 

 その衝撃的な内容に呆然となる。彼女は、本をパタン、と閉じると、私の前に跪いた。耳元に口を近づけて、囁く。

 

「……三坂沙都子、あのオバサンが気になるのなら、しばらく付いてみるといい」

 

「!?」

 

 母親の様な包容力に満ちた声色だったが、紡ぎ出された言葉に――――背中が氷水を一滴垂らされたみたいに、ヒヤリとなった。

 

「ふふ、そんなに怖がらなくて大丈夫よ」

 

 びくりと震える私に優しく笑って言う。

 何が“大丈夫”なのか――――全く根拠が無かったが、「彼女がそう言うのなら、多分、大丈夫なんだろう」、と……何故かその時は、そう確信を持ってしまった。

 

「確かに、あのオバサンは、人間の視点から見れば、“悪”でしかない」

 

「…………」

 

「そう断じて、目を背けるのは容易い。では、魔法少女の視点から見てみるとどうかしら?」

 

「…………」

 

「彼女が特異な性質の持ち主であるが故に、魔法少女に成ってからソウルジェムを一度も濁らせたことが無いのは事実よ。つまり……未だインキュベーターに隷属を強いられている魔法少女(私達)に取っては、『“善”であり、“希望”にも成り得る』」

 

「…………」

 

「黒人奴隷が、真似事からピジンを作り、やがてクレオールを生み出した様に……魔法少女(私達)が生き抜く為の『解答』が既に彼女の頭の中に有る。三坂沙都子、貴女が生きたいと、救われたいと思っているのなら……戦いの最中では無く、寿命で老い果てたいと願っているのなら……彼女を只管模倣するといい。思考、行動、言動、生活、態度、性質、嗜好から学べるものは、貴女に取って救いになると信じているわ」

 

 

 ――――そして、私は“魔境”に送り込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――さん」

 

「…………」

 

「三坂さん」

 

「…………!」

 

 何者かの声が、沙都子の意識を現実へと連れ戻した。はっ、と目を見開く。自分は窓の外の流れる夜景を眺めている。

 顔を戻すと自分が車の助手席に座っていた事を思い出した。目線を少し上げて、時刻を確認すると、『19:00』と表示されていた。

 ――――場所は桜美丘市街のバイパス道路。普段だったら退勤中の車で込み入っている筈なのに、今日はいやに少ない。

 いや、寧ろ――――と、窓越しに周囲を見遣ると、自分達が乗るもの以外の車の姿が見当たらない。まるで、今日だけ、どこかへと消え去ってしまったかのようだ。

 静けさが、逆に不気味に感じられた。

 ふと、運転席の方を見ると、『レイ』と名乗った、私服姿の女性が、ハンドルを握って運転していた。

 そうだ、と沙都子は更に思い出す。彼女としばらく談笑――というより向こうが一方的に喋って勝手に笑っているだけだったが――を交わした後、「イナに言われた事があるから」と言われて、礼拝堂の外に停めてある車に乗る様に誘われた。

 

 ある積荷を乗せて――――

 

「……」

 

 沙都子は後ろを振り向く。折り畳まれてトランクと一体化した後部座席の上には、買い物かご大のバスケットが所狭しと置かれている。

 その一つ一つの中には、ルービックキューブぐらいの小さな箱がギッシリと積み込まれていた。

 レイ曰く、これからの仕事に必要なものだから、とのことだが、手の平サイズの小さな箱に何かが仕組まれているなんて到底思えない。

 

 だが、箱に書かれている、名称が、気になった。

 

「どうしたの、ボーっとして」

 

 考えていると、レイが運転に集中したまま声を掛けてくる。額を抑え、はあ、と息を付く沙都子。

 

「いえ、イナ先生の言葉が気になって……」

 

「ああ、あいつの言葉なんて8割方嘘っぱちだよ。気にしなくて平気平気」

 

 詐欺師の戯言だから――――最後に付け加えられたその言葉には棘が含まれているように感じた。

 

「……で、何言われたの?」

 

「……気になるんですか?」

 

「折角仲良くなった子が、あいつのペテンに惑わされてるからね。こういうのは見過ごせない」

 

 仲良くなった気は全く無いのだが――――なぜか自分は、彼女に気に入られてしまったらしい。

 沙都子は、下腹部が圧迫されるようなプレッシャーに、忌々しい思いを抱きつつも、口を開いた。

 

「ピジン言語って、聞いたこと有ります?」

 

「ああ、黒人奴隷がそれからクレオールを話すってやつでしょ? 聞いた聞いた。まあ信じて無いけどね」

 

 あんまり真剣に聞いてもいなかったし、とレイは付け加える。

 直後、赤信号にぶつかり、車を停止させた。

 

「ああ、でも……、最後に……面白い事を言ってたっけなぁ……確か……」

 

 そこで、レイの口の両端が、にんまりと吊り上がっていく。

 何か彼女にとって(・・・・・・)愉しい事を思い出したに違いない。屈託無い、まるで少女の様な笑顔は、底知れない残忍性を孕んでいる様に沙都子には見えた。

 息を飲む。彼女がそういう顔で話す言葉は決まって――――

 

「『私の知っていることを話そう』」

 

 考えている内に、レイは喋りだした。誰かの言葉の引用だ。

 

「『黒人を働くように説得しようとすることは「豚に真珠を投げること」に似ている』」

 

 酷く愉しげな口調が、嫌なぐらい耳に張り付いた。

 

「『奴隷は働くように仕向けなければならないし、その義務を果たさなかったらそのために“罰”を受けることを常に理解させて置くべきである』」

 

「……!」

 

 最後の言葉に、沙都子の背中が、ビクリと震えた。まるで、刃の切っ先を喉元に突きつけられたような感覚だ。

 涙目になりながら、思う。

 そうだ、彼女が愉しげに話す言葉は、決まって――――悍ましくて、残酷で、狂気に満ちていて……内容を想像すると、血生臭さすら感じられた。

 邂逅を果たしてから、2時間と僅か数分しか経っていないが、沙都子は、『レイ』という人間を凡そ理解出来た気がした。

 彼女は、とても単純だ――――

 

 普通じゃない(・・・・・・)、狂っている――――!

 

 強まっていくプレッシャーが下腹部が更に圧迫して、胃酸を急上昇させる。胸を通過し、喉元で張り付いた。

 嘔気が襲いかかってきて、咄嗟に口元を手で塞いだ。

 

「ああ、ビビらせちゃった。ごめんごめん。別に貴女をその奴隷みたいにしようってワケじゃないから、安心して」

 

 青信号になって車が発進。レイの目線は既に前方を向いていた。言葉とは対照的にその態度は、嘔気付く沙都子を全く気にも留めてなかった。

 

「そんなことしたって、別に面白くないしね~」

 

「レイさん……貴女は……」

 

「んー??」

 

 嘔気を強引に飲み込んで、沙都子が何かを訴えようとする。レイは横目で沙都子の方を見た。鋭い眼光が、突き刺さる。だが、沙都子は、

 

「……人が脅されて、怖がって、苦しんでいるのを見て、どう思うんですか?」

 

 必死に堪えて、問いかける。今の私を見て、なんとも思わないのか、と暗にぶつけてみる。

 しかし――――

 

「愉しいよ」

 

「……!」

 

「溺れるみたいにもがいて、苦しんで、何もできないまま死んでいくザマを見てるのがさ……、結構好きなんだ」

 

 イナは、至極平然と答えた。まるで趣味を打ち明ける様なその口ぶりが、恐怖で覆われた沙都子の心に僅かながらの義憤を齎す。

 

「それは……間違ってます……!」

 

 できるだけ、はっきりと、語気を強めにして指摘する沙都子。

 

「見解の相違だよ」

 

 だが、レイには全く通用しない。嘲笑う様な笑みで、ひらりと受け流した。

 

「魔法少女ってのはさ……自由なんだよ。そのときにできることをやらないで、後になって後悔したら嫌じゃない? 私は幸せになりたいの。その過程に“欲望”があるから、それを満たす為の努力だったらなんだってする。 これって、酷いことでもなんでもないんじゃない?」

 

「……っ!」

 

 胃が焼き付くように熱い。

 だが、魔法少女を『自由』だと言ったのは、印象的だった。

 確かに、魔法少女の世界では具体的な法律(ルール)は無い。定めようとする者も、これまで現れなかったらしい。

 だから、何をしたって罰がくだされることは無い。それがどれだけ残忍で、夥しくて、異常に極まるものであろうとも、絶望しなければ(・・・・・・・)……許される。

 

 故に、彼女(レイ)は――――世界から、許されている。存在を、容認されている。

 

「むしろ……幸せを求めないで、人に尽くそうって考えてる奴ほど、異常だって私は思うんだよ。そういう魔法少女は、絶対生き延びれない。三坂さんがそういう小粒な子が好きだっていうのなら何も言わないけど……私の“幸せ”をつまらない視点から否定しないで欲しいよ」

 

 レイは笑顔のままだが、細められた目から僅かに発せられる藍色の眼光は、冷え付いていた。

 煮え滾った胃酸が沸騰と同時に胸を焼き尽くしていく。

 

「……もし私にむかって、人の命をただ慰めと暇潰しでもするように弄ぶのはいけない事だって訴える奴がいるとしたら……そいつは、私のように、愉しみと、慰めと、暇つぶしがどんなに値打ちがあるかということを知らないんだ。『正しさ』なんか全て、糞食らえと言ってやりたいぐらいだね」

 

 低めた声が、怪物の唸りの様に、車中に重く響き渡った。

 無駄な抵抗はやめろ、と暗に込められている気がして、沙都子はレイから目を逸らす。冷房は一切入れていないのに、凍りつく様な寒さが全身に纏わりついた感覚がして、ガタガタと震え上がった。

 そこで、再び赤信号に差し掛かり、車を停める。レイは沙都子を全く意にも介さずに、後ろを確認する。

 

「三坂さんは、“パンドラの箱”って知ってる?」

 

「……! はい、まあ……」

 

 先程、沙都子が気になっていた積荷――――正確には、バスケットに詰め込まれたルービックキューブ大の箱を見て、問いかける。

 ……確か、ギリシャ神話に登場するものだったっけ。その神話自体は読んだことが無いから詳しくは知らないけど、“パンドラの箱”だけなら色んなゲームや著作物に登場するから、知っていた。

 沙都子はレイに釣られる様に後ろを向いて、箱の表面に記載されている名称を確認。

 目を凝らさないと見えないぐらいの小さな文字だが……そこには、“Pandoraーtype β”と表記されていた。

 

「これは……一体、何なんですか?」

 

「『人間にとっての絶望、魔法少女にとっての希望』」

 

「……!?」

 

 沙都子が愕然と目を見開いてレイを見る。彼女はくつくつと、残忍に吊り上がった口元から、笑みを漏らしていた。

 

 

「こいつが、威力(・・)を発揮する時が、愉しみね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 礼拝堂の懺悔室――――薄暗い室内に、ステンドグラスから斜め下に向かって虹色の光が差し込んでいた。幻想的な色合いに満ちた室内の中央には、木製のテーブルが置かれている。

 その前の座椅子に腰掛けながら、イナは、一冊の本を眺めていた。

 

 

 

【さて、貴女ならどうする? 滅びゆく魔法少女(彼女達)を切り捨てるのか、導くのか……? 貴女は、私達が現代のホモ・サピエンスに成り得る為には、ネアンデルタール人たる魔法少女(彼女達)に何を齎す事が重要だと思ってる?】

 

 

 

 高嶺絢子、金田莉佳子、東上綾乃、津嘉山晶、鈴木美菜、三坂沙都子……彼女達を誘うずっと、ずっと前。

 イナは、彼女に全く同じ質問をしたことを、思い出していた。

 

 

――――『どちらでもない』

 

 

 即座に彼女は、こう言った。

 

 

――――『慣らせろ』

 

 

 彼女の言った言葉を最初は理解できなかった。呆気に取られて、「慣れ?」と鸚鵡返ししてしまった。

 

 

――――『わたしは、この身体になって、一週間しか経っていない。使い方を把握できていない。だから、わたしは、ネアンデルタール人だ』

 

 

 つまり……魔法少女と同じだ、と彼女達は言いたかったのだろう。

 インキュベーターに搾取され、虚構に覆われた人間社会で喘ぐ彼女達と同類だと。

 彼女が放つ言葉はいつも語彙に乏しく、解釈が必要になった。だが、その煉獄の業火を彷彿とさせる禍々しき瞳から発せられるが、強靭な意志を灯していた。

 

 

 

――――『わたしは、この力を理解したい。だから使う機会を、もっと増やせろ』

 

 

――――『極限に到達した時が、“ホモ・サピエンス”への、第一歩になる』

 

 

――――『魔法少女をどうするかは、それからだ』

 

 

――――『まずは、おまえの手で、“舞台”を整えろ』――――

 

 

 

 彼女はそう言っていた。

 本は、開かれた状態で置かれている。偶然にも、そのページに書かれている文章が、今の自分の想いと合致していた。

 

 

「光あれ」

 

 

 旧約聖書・創世記の冒頭――――天地創造の物語はその一文から、始まりを告げた。

 

 

「混沌の地を照らし、深淵の闇を切り拓きなさい」

 

 

 顔をぐっと、見上げる。そこにあるのは天窓。何色にも染まっていない純白の光が、目に突き刺さっていく。

 

 

ルミ

 

 

 降り注ぐ陽の光を全身に浴びると、身体に喜びが齎されて、小刻みに震えた、くぐもった笑い声が、自然と口から漏れていた。

 

 その愉悦の原因を知る者は――――彼女以外に誰も存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、沙都子の胃痛タイムでした。

序盤は手元の小説と、ネットからの引用のラッシュなのですが、いつかは、参考文献という形で、引用元の書物を各話ごとに紹介できれば、と思ってます。


以下、余談

 「ブラックパンサー」観てきました。映像・アクション共に控えめに言って超最高でした。あと、いろいろとチートスペックながらも、終始悩み苦しみ、自分なりの正しさを必死に模索していく主人公の人間臭さがドツボに嵌りました。
 個人的に「デトロイト」とセットで観ると、作中で抱える問題が理解できて、より愉しめるかなあ、なんて思います。


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     空虚と多様に変動を D

 

 

 

 

 

 

 そこは、まるで国会議事堂の議場の様に広大な空間であった。

 中心に演壇があり、その上の議長席と思しき席に、悠然と座っているのは、まるで龍の様な威圧と迫力を感じさせる女性。真紅の肩アーマーと同色のサニードレスといった魔法少女衣装に身を包んだ美女――――三間竜子。

 彼女の目下には、横長の座椅子が扇状に広がっており、その最前列には、ドラグーンが誇る精強たる幹部たちが規則正しく座っていた。

 右端から確認すると、副総長・狩奈 響、幹部・八奈美 命、美緒愛華、実里麻琴、玉垂(たまれ) 桜。

 そして、参謀・美咲文乃が左端に座っていた。

 

「みんな、揃ったわね」

 

「「「「「「ハイッ!!」」」」」」

 

 三間竜子は、最前列の席に座り並んでいる少女達を鋭く見据えながら、力強く発言する。幹部一同もそれに傚うかのように、威勢良く返事をした。

 

「では、副長、号令を」

 

「ハッ!」

 

 竜子が指示を出すと、右端に座る私服姿の狩奈が、バッと立ち上がり、サッと敬礼。

 

「幹部一同、起立ッ!!」

 

 腹の奥底から出したのであろう、爆雷と等しき威力を持つ声量が、議場を震撼させる。幹部一同が、一斉にサッと立ち上がる。

 

「気を付け―――――いッ!!!」

 

 狩奈の口から第二波。

 普段『会議』そのものに消極的な姿勢を持つ一部の幹部ですらも、その爆発力の前には慄いて、姿勢を正さざるを得なかった。

 

「礼ッ!!!」

 

「「「「「「よろしくお願い致します!!!」」」」」」

 

 第三波となる衝撃が口から放たれると、幹部一同は斜傾45℃のお辞儀を竜子に向けて行う。

 

「着席ッ!!!」

 

 そして、最後の号令が終わると、一斉に腰を下ろした。まるで軍隊や自衛隊の訓練前の風景さながらだ。教官と化した狩奈の号令による一連の動作を一片の迷いも狂いも無く行う幹部達の姿に、竜子は満足気に頷いた。

 

「総長、始めて下さいッ!!」

 

「わかりました。では、只今より、第12回、ドラグーン幹部一同による緊急会議を始めます!」

 

 狩奈から促され、竜子が凛とした声でそう発言する。

 ドラグーンでは、上記を終えることで会議はスタートされるのだ。

 

「では早速、参謀・美咲文乃」

 

「はい」

 

 竜子が一番左端に座る、眼鏡を掛けた少女、美咲文乃に目を向ける。

 彼女は軽く返事をすると、立ち上がって、竜子が立つ壇上前まで歩を進めた。

 そして、振り向く。居並ぶ幹部達が緊張の面持ちで自分に視線を注いでいた。特に狩奈は、ギロリと真紅に滾った目を剥いている。

 だが、文乃は怖気づくことなく、しかと彼女達の顔を見据えて、言った。

 

「みんな、まずは、これを見て頂戴」

 

 いつもの余裕と不敵な笑みは、浮かんでいなかった。

 眉間に皺を寄せて、きつく顔を歪めている。下唇にもキツく噛み締めたのであろうか、うっすらと紫色に変化している。まるで、『憎悪』に等しい怒りの感情が色濃く張り付いている様に、幹部達には見えた。

 彼女らしからぬ形相を目の当たりにして、一層緊張を強める。中でも命は肩肘をピンと張っており、額に脂汗がじわりと浮いていた。余程の事が起きたと、即座に感じとったらしい。

 文乃は発言するのと同時に、魔法少女に変身。同時に眼鏡が虹色に発光した。

 そして、一つの映像が宙空に大きく映し出される。

 

 

「「「「「…………ッ!」」」」」

 

 幹部達は、戦慄。

 震えた目で、見つめている。

 嘔気が喉元を殴り掛かってきたのか、口元を抑えたり、目を背けたりする者も、中には居た。

 

「…………!!」

 

 そして、竜子も、口をきつく結んで、じっと凝視している。

 

 

 百戦錬磨の彼女達を、一斉に恐怖のドン底に叩き落とす光景が目の前で展開されていた。

 つい先程の19:30頃に、ドラグーンのチームメンバーである山里ユカと須澤ミコが、銀髪の小さな女の子に何かをされて(・・・・・・)、無残な肉塊と化した。

 ユカは顔中から夥しい量の血を噴出して倒れ、ミコは女の子が指で額を付いた瞬間――――風船の様に、頭が破裂した。肉片と脳が周囲に弾け飛ぶ。

 映像はそこで一時停止された。

 

「…………!」 

 

 狩奈は、何も言わずに見つめていたが、その顔は凄まじい怒りに満ちていた。

 その証拠に、キツく合わさった上下歯からギリギリと音を立てている。ほんの少し、刺激を加えたら、怒りをその場でブチ撒けそうだ。

 

「とんでもないね、コレは……」

 

 その隣で座るのは、狩奈よりも、頭一つ分は背丈が高い少女――――美緒愛華だった。

 毛先が僅かに跳ねた金髪で、黒いパンクファッションを身に纏っている。ボーイッシュな雰囲気で、美少女というよりはイケメンに近い整った顔立ちの彼女は、映像をポーカーフェイスで見つめていたが――――その瞳は、鋭く細められていて、刃の切っ先のように鈍い光を放っていた。

 

「……!」

 

 更にその隣に座っているのは八奈美命だ。

 嘔気が襲っているせいで、涙目になりつつ口元を抑えているが、映像はしっかりと見据えていた。

 

「酷い……」

 

 幹部席の中央に座す実里麻琴は、美緒愛華に似たボーイッシュな雰囲気の少女だった。しかし、髪色は黒で、服装も愛華よりは素朴な印象を受ける。

 彼女は、両手をグッと握り締めて、怒りを抑えている様だった。

 

「こんなのが、市内に……?」

 

 玉垂 桜は、幹部達も中でも一番年上の女性だが、戦いがあまり得意で無いが故に精神性は常人に等しかった。

 ただただ呆然と、全てを見つめて、怯えていた。

 

「総長、これは……一体、どういうこと、です……?」

 

 狩奈が挙手と同時に、壇上の竜子にそう尋ねる。

 

「見ての通りよ」

 

 竜子はそういって、僅かに文乃を見てアイコンタクトを送る。

 文乃もまた僅かに竜子と視線を合わせて、コクリと頷いた。

 

「今さっき、緑萼市で私達のチームの魔法少女が二人、殺されたのよ。……噂の『魔眼』にね」

 

 そして、狩奈に目を向けると、声を低くしてそう告げた。

 途端にざわつく幹部達だったが――――狩奈と愛華だけは疑わしそうに目を細めていた。

 

「魔眼って、青葉市に出現した、ヤバイ奴ですよね?」

 

「文乃……憶測で、ものを語る、のは……良くない……」

 

「証拠は、あるんですか?」

 

 愛華が尋ねると、文乃はコクリと頷いた。彼女は再び幹部たちに映像を見るように促すと、山里ユカが倒れる場面まで巻き戻した。

 

「これを見なさい」

 

 ユカが倒れた直後――――銀髪の少女はミコへと顔を向けた。途端、彼女は尻もちを付いて悲鳴を挙げた。ガードレールに背中が当るまで勢い良く両手で後ずさった。

 

「顔に何か恐ろしいもの(・・・・・・)が有ったとしか考えられないわ」

 

 映像には、自分より背丈の小さい女の子に怖気づき、『やめてください』『許してください』と命を乞うミコが映し出されていた。

 

「……こいつは、まだ、いる?」

 

「多分、いないわ」

 

「どうして……そう、思う?」

 

「事件が起きて直ぐに、現場周辺に住む魔法少女達に注意換気を促したし……私も、会議に行く前に、現場に寄ったけど……魔力反応は無かった(・・・・・・・・・)

 

「参謀・意見具申失礼致します!」

 

 狩奈の疑問にそう答える文乃だが、中央席の麻琴が挙手と同時に割り込んできた。

 

「彼女達のリーダーは、東方いよりの筈ですが……仲間の非常事態に何をしていたのでしょうか?」

 

「死んでた」

 

「!!」

 

 即座に返ってきた答えに、麻琴は愕然となる。

 

「犠牲者は三人よ。東方いよりは、山里ユカが死ぬ前に、殺されてた。……身体を真っ二つにされてね」

 

 よって、魔眼の少女の固有武器は、刃物かもしれない――――と推測する文乃。

 

「!! ソウルジェムは……?」

 

「後で流すけど、そいつが、懐から取り出して、握りつぶしたわ……。こう……グシャッとね……っ!」

 

 パーにした手の平を真琴に見せると、ギュウッと握りしめる。

 

「奴は魔法少女の殺し方を知ってるわ」

 

 衝撃的な事実を至極淡々と告げる文乃に、麻琴はぞっとするような戦慄を覚える。

 

「それで……えっと、その魔眼の少女は、三人を殺した後、どこかへ去っていったということでしょうか?」

 

「まあ、そんなところでしょうね」

 

 困惑しつつも、質問を続ける麻琴に、文乃はそう答えた。

 

「……まだ、近くに、いるかも……しれない」

 

「「……!!」」

 

 狩奈はそう言い切ると、左に座る二人の腹心に眼を向ける。怒りの血眼が何を語っているのか、即座に感じ取った愛華と命は、力強く頷く。

 

「……放っておいたら、他の仲間や、普通に暮らす人達にも犠牲がでるかも知れません!」

 

 5人の中でも一番恐怖心に捕らわれていた様子の命だったが、人々を守りたいという意志がその束縛を破った。魔眼の少女によって齎されるであろう更なる悲劇の可能性を、大声で訴える。

 

「総長!! 私達三人は、その殺人鬼たる少女の捜索、及び、討伐を進言致します!!」

 

 魂の叫びを愛華が受け取った。立ち上がると、竜子に向けて、進言する!

 ――――だが、竜子の表情は変わらない。冷徹な表情のまま、黙している。

 

「部隊の招集の許可をくださいっ!」

 

「竜子……!!」

 

 命、狩奈も、愛華に傚った。同時に立ち上がると、壇上の竜子へと眼差しを向ける。

 ――――しかし、

 

 

「三人とも、座りなさい」

 

 

 期待は、竜子にバッサリと切り捨てられた。一切の感情も伺えない、しかし、はっきりとした声量が、耳に突き刺さる。

 

「何故……!?」

 

「はいはい。ちょっと、タンマ」

 

 狩奈が不快感を隠さず竜子をギンッと睨みつける。今にも飛び掛かりそうな状態を、文乃が制した。

 

「正義の赴くまま行動するのは大変結構だけど……今は、動いたら負けよ」

 

「でも待ってたら、誰かが、死ぬ……!!」

 

「これ以上犠牲者が出るのは、見過ごせませんっ!」

 

「一刻も早い対処が必要だと思います!」

 

 務めて冷静に宥めようとする文乃だが、一度熱を帯びた三人は収まりそうにない。口から火の如き激情を竜子達に浴びせる。

 

 

「静まりなさい!!」

 

 

 竜子が激昂。その凄まじい覇気が、圧力となって三つの火を上から押し潰した。

 進言しても、通らない――――これ以上は無駄と悟った三人は、忌々しそうに顔を歪めながらも、黙って着席する。

 

「竜子……承服が、できない……!」

 

「響、命、愛華……貴女達の気持ちはよく分かる。だけど、相手は魔法少女を指一本で殺せる『化物』よ? 部隊を結成して立ち向かったところで、返り討ちに会うのは眼に見えているわ。それに……」

 

 竜子がチラリと文乃にアイコンタクトを送る。文乃は了承。

 再び、眼鏡を虹色に発光させると、最初の映像は脇に追いやられて、様々な映像が浮かび上がってきた。何れも、街中に置かれた監視カメラで撮られているものだ。

 

「私の視覚と共有させた監視カメラは、幻覚やカモフラージュ、透明を使う魔法少女すら可視化できるって、皆は知ってるわよね? これは街中の映像だけど……ご覧の通り……ヤツの姿は見当たらない」

 

 文乃はスカートのポケットから、スマホを取り出す。

 

「そして、指示した魔法少女達からも、未だに何の報告も無い。つまり、奴はもう、この街にはいない」

 

 指示した魔法少女達には、30秒起きにLINEでメッセージを送れ、と伝えていた。

 生存確認をするためだ。誰か一人でも、LINEが途絶えた場合、そいつは、魔眼の少女に出くわした事を意味する。しかし、30分経った今もLINEが途絶えてはいない。

 

「ど……どういうことですか?」

 

 未だ状況を飲み込めていない玉垂 桜が、おそるおそる尋ねると、文乃はフッと笑って肩を竦める。

 

「あんた、長年魔法少女やってるのに、そんなことも分からないのね。竜子、教えてあげなさいよ」

 

 そして、振り向いて壇上の竜子に促す。竜子はコクリと頷くと、幹部たちを見据えて、こう発言した。

 

 

「恐らく、あの少女は、『餌』よ」

 

 

「「「「「!!?」」」」」

 

 幹部全員の目が驚愕に見開かれる。ゴクリと息を飲む音が、一斉に聞こえた。

 

「え、『餌』って、どういう意味ですか……?」

 

 桜が、全員の困惑を代弁するように尋ねる。その質問を待っていたと言わんばかりに、文乃がニヤリと笑みを浮かべた。丸メガネが照明を反射して白く光出す。

 

「餌っていうよりは罠かしら。大方、あの少女を適当に暴れさせて、私達に混乱を起こすのが目的でしょうね」

 

「そして、響達の様に、危機感を募らせ感情的になった幹部達を、誘き寄せて一網打尽にする。組織の混乱は一層強まり、指揮系統に麻痺が起きる」

 

 文乃の言葉に、竜子が、鉄仮面のまま付け加える。

 

「つまり……冷静に……様子を見てろって……意味?」

 

「無駄に、犠牲者を作らないために……?」

 

「納得できませんが……それがチームを守るためなら、仕方ありません」

 

 そこで漸く狩奈、命、愛華の三人は、緊急事態にも関わらず冷静を保っていた竜子の意図を悟った。

 無論、知らない所で新たな犠牲者が生まれるかもしれないので、納得はいかないが、真正面から立ち向かえば奴の思う壺だ。 

 

「……? 総長、参謀。質問してもよろしいでしょうか?」

 

「どうぞ」

 

 そこで何か不審な点に気付いた麻琴が挙手する。文乃が促す。

 

「まるで、魔眼の少女の他に共犯者がいるような話し方でしたが……」

 

「ええ、いるわ。それは確信を以て言える」

 

 竜子が答える。

 

「?? それは、どうしてですか?」

 

「それは……」

 

 困惑する麻琴に、竜子が答えようした――――

 

 

あたし達(・・・・)が教えてあげましょうか」

 

 

 瞬間、幹部たちにとって、全く聞き覚えのない声が、議場に響いた。

 一斉の声のする方向に目を向ける。

 広大な議場の中で照明が当たっているのは幹部が集結する中心部のみ。よって端の方は、暗闇に覆われている。

 カツン、カツンと、靴音が響いてきたと思うと、声の主と思われる者の足が、スゥッと闇から伸びてきた。

 竜子と文乃を除く幹部達の顔が強張る。彼女は、自分達が議論に熱中している間に、いつの間にか近くまで近づいてきていた。

 

 魔力の反応を、全く感じさせないまま――――

 

「お前は……っ!」

 

 やがて、声の主は、光の世界へと身を乗り出した。全体像が顕になると、魔力の反応も確かに感知できた。

 その姿を視認した瞬間、狩奈が目を丸くする。

 

「ブラック、フォックス……っ!?」

 

 そして、心底忌々しそうな感情を込めた声色で、その名を告げた。

 一切陽の当ることのない場所に身を潜めていた筈の陰の住人は、にんまりと愛想よく笑うと――――

 

「どーも、ドラグーンの皆さん。ブラックフォックスこと、篝あかりです」

 

 恭しく、お辞儀するのと同時に挨拶。そして、軽快な足取りで議場の中心へと身を躍らせた。

 

「一人で、来たの……?」

 

「まさか」

 

 狩奈が尋ねると、あかりは鼻を鳴らして、ヘラヘラと笑う。どこか小馬鹿にしたような表情に狩奈は、ギリリと歯を食いしばった。

 

最強(・・)の魔法少女達が集うこの場所に、わざわざ一人で足を運ぶなんて無謀な真似を……あたしがするとでも?」

 

 謙遜する言葉とは対象的に、顔には嘲りが貼り付けられたままだ。鋭く細められた目からは、爛々と菫色の光が瞬いている。

 ――――明らかに挑発していたが、あかりの実力を未だに把握できていないのは事実。苦々しく思いながらも、易々と乗る者は誰一人としていなかった。

 

「でも、現に君一人しかいないじゃないか?」

 

「ところがどっこい。もう一人いるんです」

 

 麻琴が尋ねると、あかりはそう言って顔を上に向ける。

 

 

「おいで、香撫姉!!」

 

 

 凛とした、大きな明るい声が、照明群によって白く輝く天井に突き刺さる。

 刹那――――一つの陰が、宙域にフッと、出現した。

 人の姿をしたそれは、真っ直ぐあかりの横に向かって落下してくる。床に着地する寸前で、ひらりと身を翻して姿勢を直すと、両足を着いた。

 

「皆様、はじめまして。わたくし、三納香撫と申します」

 

 黒いドレスを纏った、思わず溜息が付いてしまうぐらいに美しい女性だった。彼女もまた、あかりと同じく挨拶と同時に恭しくお辞儀をする。

 

「不束者ですが、皆様のお力に成れるよう尽力する所存ですので、何卒宜しくお願い致します」

 

 『不束者』――――彼女はその単語を謙遜では無く、本来の意味(・・・・・)で用いたのだと、確信した。

 彼女の身体から発せられる魔力は、真冬の寒波の様に、居並ぶ魔法少女達の全身に突き刺さっていく。

 ドラグーンが誇る精強な幹部たちを一瞬で震え上がらせる威圧感。並び立つ篝あかりに匹敵するであろう相当な実力者であることが、伺えた。

 

「……あなたは……?」

 

 初めて知る魔法少女だった。姿も、感知できる魔力も、今まで出会ったことが無い――――一体何者だろうか?

 そう思って、狩奈が尋ねる。香撫はニッコリと満面の笑みを浮かべると、

 

「AVARICE社の社員です」

 

 素性を明かした。

 

「なに……?!」

 

 狩奈達の五人の顔が、ギョッとなる。

 竜子と文乃の話から社員には魔法少女もいると聞き及んでいたが、とんでもない逸材が隠れ潜んでいたとは。

 

「でも今は……この子に個人的な理由で協力している者です」

 

 そう言って、隣のあかりに猫の様な横目を向ける香撫。あかりも僅かに視線を返して、フッと笑う。

 

「ブラックフォックス……。何の冗談かは、わからない……だけど、組織の問題は……組織の人間だけで、対処するのが……鉄則」

 

「はいはい、そんな御託はいいから」

 

 狩奈が意見するも、あかりは手をパンパンっと叩いて一蹴する。

 

「みんな、聞いて頂戴。私は、彼女を最高幹部の一人として迎え入れる事に決めたわ」

 

「「「「「!!!」」」」」

 

 竜子が高らかに宣言。幹部一同が驚愕を顕に一斉にざわめき出す。

 

「つまり、あたしはもうドラグーンの一員って訳だから、あんたらの事情に遠慮なく(・・・・)口を出すことができるって訳」

 

「竜子……私は……認めないって……言った、はず……!」

 

 狩奈は壇上の竜子をキッと睨みつける。

 数日前――――竜子が自宅に訪れたあの日。ブラックフォックスを最高幹部に迎え入れたいと、彼女は提案したが、直ぐに反論した。

 高い実力を持っているとはいえ、所詮は余所者。いきなり最高幹部に登用しようなどとは……正気の沙汰とは思えない。

 そんなことをすれば、組織の統制が危ぶまれる上に、下手をすれば乗っ取られる可能性だってある。下っ端達が竜子に疑念の目を向けるのは、必定。

 

 そこまで指摘すると、黙って帰っていったので、てっきり諦めてくれたのだとばかり、思っていたが――――完全に鷹を括っていた。

 竜子は考えを変えていなかった。その事実を目の当たりにして、愕然となる。

 

「彼女を迎え入れる事は、チームを永く存続させる為の最善策と考えたのよ」

 

 文乃は了承してくれたわ――――と付け加える竜子の顔は冷静そのものだ。狩奈は文乃を睨みつけるが、彼女は不敵な笑みを返すだけだ。

 

「現実を見なさい、ヒビキ。もう組織の理念とか掟がどうとか言ってられる状況じゃないのよ」

 

「くっ……だ、だけど、他のみんなが、承諾する筈が―――」

 

 無い――――と言おうとして、左隣に並ぶ幹部達に目を向ける。

 彼女達も自分と同じ気持ちだろう。困惑に顔を顰めているに違いない。

 

「ブラックフォックスが仲間に……なんて心強いんですかぁ!!」

 

「君が来るのを待ち望んでいたよ!!」

 

「こちらからも、よろしくお願いします!!」

 

「ドラグーンと、この街を守る為に!!」

 

 が――――そんな事は全く無かった。

 命、愛華、麻琴、桜、全員が歓喜の表情を浮かべて、ブラックフォックスを快く受け入れている。

 

 

「…………」

 

 呆然自失となる狩奈。刹那――――全身の力が抜けた気がして、机の上にだら~んと、突っ伏した。

 

 

「では早速だけど、篝あかり。最高幹部の条件を果たして貰うわよ」

 

「承知しました、総長」

 

 壇上の竜子が指示すると、恭しくお辞儀をするあかり。

 

「香撫姉、お願い」

 

「ハ~~イ♪」

 

 あかりが指示すると、香撫の顔が、パアッと笑顔の花を咲かせた。

 少女の様な屈託のない、眩しい笑顔を魅せたまま、彼女は虚空へと右手を伸ばすと――――指先から徐々に、手首までが、吸い込まれる様にして消えていく。

 幹部達が驚くのを全く意に介さず、香撫は虚空に消えた右手で、何かを弄っている様子だった。

 

「…………っ!」

 

 やがて、何かを掴んだらしい。右腕をぐっと引く。すると――――空中で消えたはずの右手が出現した。

 タブレットの形をした端末を携えながら。

 

「どうぞ」

 

「どうも」

 

 タブレット端末をあかりに手渡す香撫。

 幹部一同は目を丸くしたままだ。恐らく、今の手品の様な芸当は彼女の固有魔法の一種なのだろうが――――どういうものか、さっぱり検討も付かなかった。

 

「ここには、あたしが今まで調べてきた、奴らに対するデータが記されているわ」

 

「「「「「「!!!!!」」」」」」

 

 香撫の魔法について、各々が思考を張り巡らせている矢先に、あかりの口からとんでもない言葉が飛んてきた。

 意表を付かれた幹部たちは、一斉に目を向く。

 

 

 

 

「まずは、こいつを確認して欲しい。連中が何者で、どんな事をしでかしてきたのかを、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 会議だけで8000文字になってしまったので、やむをえず投稿。
今回は、色んなキャラが思い思いに発言するので、特に大変でした。




 以下余談、いつもの映画の話。

 機動戦士ガンダム00の劇場版(4DX版)、未鑑賞だったので、観賞しました。
 常人と戦士、日常と戦場、平穏と混乱、同じ世界で生きているのに歩む道を違え、すれ違い続けて、それでもお互いを救いたい、分かり合いたいと願うマリナと刹那の姿が、感慨深かったです。
 なんとなく、まどかとほむらの関係にも似通っているような気がして……なりませんでした。


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 #11__滾れ獣の血、叛逆の牙 A

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒然――――

 議会の空気を一言で示すなら、その二文字しかないだろう。

 

 

 篝あかりが掲示した『情報』は、ドラグーン上層部に君臨する名だたる魔法少女達の脳に想像を絶する一撃を与えた。

 全員が浮かべる驚愕の感情の中には、先程の様に強い激情を顕わにしたり、怒りを噴気しているものは誰一人としていない。寧ろ、困惑と混乱が支配しているかの様で、一切の口を閉ざしていた。

 端末の内容は、美咲文乃の魔法によって巨大なスクリーンとなり、議場の中心で映し出されていた。

 それを見て、誰もが思う。

 

 こんな現実が、あるのかと――――

 

 こんな未来が、起こり得るのかと――――

 

 目の前の現実を一生懸命咀嚼するも、含んでしまった量が多すぎる事と、噛みしめる度に苦味が溢れてくるせいで、飲み込むことができなかった。

 

「これは……事実なの?」

 

 驚愕に彩られた彼女達の中で、最初に沈黙を破ったのは竜子だ。

 流石は総長、とあかりは思う。幹部たちの中で誰よりも早く冷静さを取り戻していた。

 

「逆に問いますけど……嘘をつくメリットがあるんですか?」

 

 フッと口元で弧を描いて、竜子に問いかけるも、「いえ、無いわ」と即答。

 

「篝、あなたは……」

 

「んー?」

 

 次に、ボソッと消え入りそうな声が、あかりの耳に届いた。

 やはり、次に沈黙を破ったのは、彼女だったか――――そう思って、声の主の方へと振り向く。

 

「どれだけ……見てきた、の……? こいつらの、描く、血生臭い……惨劇、を……?」

 

 当たり。

 未だ強い困惑で支配され、目を剥いたままの狩奈が、声を震わせながら問いかけてきた。

 あかりはニッコリ笑うと、

 

「もう数えてないわ」

 

 と返して、

 

「ただ、ここにはくっきりと残ってる」

 

 と、自身の米神に当る部位をちょんちょんと人差し指で突っついた。

 

「『地獄は、この頭の中にある』――――伊藤計劃が書いた『虐殺器官』って小説で、そんな台詞があったけど……まさにソレよ。あたしの脳には、あんたたちが桐野卓美に見せられた現実よりも、遥かに超える異常がある」

 

「……!」

 

 貼り付けられた様な笑顔の中で、菫色の眼光が瞬いた。同時に叩きつける魔力があかりの身体から放たれ、狩奈を圧倒する。

 

「三人……。奴らはたった三人でその異業を成し遂げる。それだけの実行力が有る」

 

 あかりの目線が、スクリーンに向けられる。そこに映されていたのは、三人の魔法少女。

 黄、赤、青――――その色を見つめるあかりの瞳に宿るのは、憎しみ。

 

「一年か……或いは半年も経たずに……奴らは、この日本を『地獄』に変える……!」

 

 顔から笑みを消して、呻りの様な低い声を響かせる。幹部達の視線が一斉に注がれた。 

 

「想像してみなさい。全てが焦土と化した大地。八百万(やおよろず)の神は逃げ去り、勇者が絶えた世界を。人は死滅し、腐臭が舞い、酸鼻を極める中で……鬼と悪魔が跋扈する、狂った風景を」

 

「そんな世界が……!!」

 

 想像した途端、堪えられなくなったのだろう。命が声を震わせながら立ち上がった。

 

「本当に……できあがっちゃうんですか!?」

 

「たった三人の、魔法少女によって……? おかしいよ、そんなの……!」

 

 涙目で、あかりに訴える。隣の愛華も憮然とした表情を崩さなかったが、肩が小刻みに震えていた。

 

「ちょっと良いかな?」

 

 現実逃避しそうな二人の横で、麻琴が挙手する。あかりは「どうぞ」と促した。

 

「連中が最初に事を起こすのは、桜見丘市からって言ってたよね。それは確定事項かい?」

 

 なるほど。竜子が直接指導を施しているだけあって、この少女は他の幹部よりも優秀だ。恐怖はあるだろうが、自我をしっかり維持出来ている。

 

「ええ、あたしの『経験』からすれば、連中は今回も(・・・)桜見丘からおっ始めるわ」

 

 あかりは感心するように笑みを作ると、麻琴に見せた。

 

「人員を確保しているかもね……」

 

 すると、目を細めて静かに言い放つ。あかりはその言葉に怪訝な表情を浮かべて、首を傾げる。

 

「?? それは、さっき伝えた通りよ。奴らは、使い易そうな魔法少女(コマ)を適当に集めて」

 

「そうじゃないよ」

 

 麻琴の水色の瞳が、研ぎ澄まされた刃の様に煌めいた。

 

「その三人と同じ実力を持つ魔法少女……つまり、『4人目』が控えているって可能性は?」

 

「「「「!!」」」」

 

 狩奈、命、愛華、桜の顔が一斉に麻琴へと向けられた。

 

「良い質問ね」

 

 なるほど、冷静だけでなく、頭の回転も早いのか――――あかりは彼女の今後の活躍に期待を感じつつ、質問に答えた。

 

「その可能性はあるわ。奴らは、毎回作戦を変えているから、もしかしたら……」

 

「考慮済みのようね」

 

 不敵に口端が吊り上がったのを、竜子は見逃さなかった。彼女もまた、鋭い眼差しを向けてくる。

 

「ええ、今回はあたし個人でもかなりの人員補強を図りまして……連中が5人~10人に増えても対応できるようにはなっております」

 

「流石だね」

 

 あかりの用意周到さに麻琴も安心した様だ。笑顔を表す。

 

「ただ……連中も多人数では来ないでしょう」

 

「確かにね。三人だけの方が望ましいわ」

 

 あかりの一言に、文乃がそう言って同意。竜子も理解できたのか、首を縦に振った。

 

「どういう、意味……?」

 

 唯一理解できなかった最高幹部の一人が三人の様子を、怪訝に感じて質問。

 文乃はハア、と溜息。

 

「……ヒビキ、あんたも最高幹部なら、言わなくっても分かるでしょう?」

 

「??………… っ!」

 

 少し首を俯かせて考える狩奈だったが……答えはすぐに出た。

 バッと顔を上げる。

 

「わかってくれたみたいね」

 

 あかりが輝かしい笑顔を見せる。そして、文乃にアイコンタクト。映像が金髪の魔法少女へとズームアップされる。

 

「……この三人の中心に立っているのが『イナ』。コイツが指示を出して、他の二人、『ルミ』と『レイ』が実行役」

 

「つまり、彼女で無ければこの二人は纏められない、という事ね」

 

 あかりの説明を受けながら、竜子はそう推測。

 先程、彼女の端末の情報から、ルミとレイは人の命を簡単に蹂躙できる異常者であることが分かった。

 イナだけが、この二人を上手に動かせる。そしてルミとレイもまた、彼女の指示でなければ動こうとしないだろう。

 

「この三人はとても上手く纏まっている。長い間魔法少女をやってきたけど、ここまで統制が取れたチームは初めてね。でも、だからこそ、人員補強を測る可能性は低い。寧ろリスクに繋がるわ」

 

 ドラグーンとて幹部に任命された魔法少女は数居れど、要となる『最高幹部』はたった三人だ。

 同等の実力を持つ魔法少女が、更にもう一人か二人加われば均整が取れたチームに歪みが生じる。その危険性は長きに渡って組織の上に立っていた竜子だからこそ、考えることができた。

 

「……駒となった魔法少女達も大勢いるんでしょう?」

 

 そこで、愛華が挙手してそう尋ねると、あかりが首を横に振る。

 

「この時点では6人よ。ニュースで報道された子だけ」

 

「総勢9……随分小規模だね……?」

 

「小規模だからこそ、でっかいヤマを当てた時の感動は一入(ひとしお)よ。でも、だからこそ……こちらには勝機がある」

 

 『勝機』――――あかりが放ったその単語が、幹部達の心に熱を灯す。

 

「連中はまだ本腰を入れていない。事態が起きれば、必然的に萱野グループは動く。そしてあたしは集めた精鋭達と一気にぶつかる。そこへドラグーンが総出で加われば、勝てる」

 

 断言するあかりに幹部達の目に光が宿る。

 

「今回は好条件が揃いに揃っている。これを活かさない手は無い」

 

 あかりの目をギンッと光らせると、竜子の方へと向いた。

 そこで奴らを倒せば、これ以上の惨劇を防げるのだ。

 ドラグーンはこれまで通りの活動を続けられるし……何より緑萼市内で一切の犠牲者を生み出さなくて済む。

 恐怖に混乱していた幹部たちの頭が、冷えていく。その瞳に期待が宿り、竜子へと一斉に注がれた。

 

「総長、ご決断を。この機を逃せば、ドラグーンは繰り返す(・・・・)ことになる。それは貴女の望む未来ではない筈ですが」

 

 あかりに促されて、何処か神妙な面持ちの竜子が――――ゆっくりと、重たそうに口を開いた。

 

「私は――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あかりと香撫がドラグーンの幹部達と邂逅を果たした直後のこと――――

 

 

 

 夜空に浮かぶは満月。じっとりとした暑さと共に闇夜が一帯を喰らい始めていた。

 時刻は20時――――レイと沙都子もまた、目的地に到着していた。

 

「着いた」

 

「ここって、桜見丘警察署ですよね?」

 

「うん」

 

 車は近くのパーキングエリアに停めてきた。

 歩いて5分ぐらいの場所に、そこはあった。

 目の前に雄雄と聳え立つ法の番人達の砦を、裏側の塀越しに見上げる二人。

 

「じゃあ、早速始めるとしましょうか」

 

 レイは沙都子の方を向いて、何処かリズミカルに弾んだ口調で言う。

 桜見丘警察署(ここ)で、何か悍ましい事を起こすつもりなのは明白だ。愉悦が抑えきれていない。満面の笑みを魅せる口元の奥で、犬歯が残忍に光っていた。

 

「始めるって…………まさか、襲撃を?」

 

 ぞっとする様な怯えが一瞬だけ沙都子に齎された。彼女(・・)なら、やりかねない。

 だが、レイはフッと笑うと、首を横に振った。

 

「こんな夜にしたって詰まらないよ」

 

「じゃあ、何を……?」

 

 実のところ、車中では、レイから目的を聞かされてはいなかった。

 彼女の楽しそうな笑みを見ていると――――自然に、聞く気が失せた。内容を知れば、間違いなく吐くかもしれない、という確信があった。

 

「……とりあえず」

 

 レイはふと、顔を見上げる。彼女の目線の先にあるのは屋上。そこで何かに気付いたらしい、目を細めた。

 

「教えてあげるから、付いてきて」

 

 そして、魔法少女に変身すると、飛び立ってしまう。

 

「あ、待ってください!」

 

 沙都子もまた、慌てて変身すると、飛翔。高速で夜空へと向かうレイの後ろを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スタッ、スタッ、と二人の魔法少女が足を付く音が、かすかに響いた。

 レイと沙都子は、桜見丘警察署の屋上に着地した。

 

「ここから、侵入するんですか?」

 

 恐らく、内部に降りる階段があるのだろう、眼前の小さな小屋ぐらいの建物を見据えて沙都子が言う。

 よもや警察もこんな場所から侵入する奴がいるなんて想定もしないだろう。

 改めて魔法少女というのは、自由な存在なんだと、沙都子は心の中で感嘆を漏らした。

 

「その前に……」

 

 問いかける沙都子だが、レイは振り向かない。そればかりか、僅かに下を向いていた。

 足元に何かあるのか――――と思い、傚う様に沙都子も目線を足元へと向ける。

 

「ひっ!」

 

 刹那、驚いて肩をビクリと震わす沙都子。小さな黒い生命体が、自身とレイの周りを高速で旋回していた。

 蜘蛛だ――――!!

 目を凝らして見ると、自身が最も苦手とする虫であることに気づき、沙都子は一歩後ずさる。退治して欲しいと助けを乞うべく、自然と顔がレイの方へと向いた。

 

「ネズミ退治よ」

 

 蜘蛛は気色悪い八本足をカサカサと動かしながらレイの足元へ移動。

 ――――瞬間、彼女の目が鋭く光った!

 いつの間にか右手は、左腰に差した刀の柄に握られており――――抜刀!

 ガツンッと、硬物同士の衝突音が静寂を揺るがす。

 光の如き素早さで居合抜きされると同時に振り下ろされた獲物の切っ先は、蜘蛛の胴体を縦に裂いてコンクリート製の屋上を貫通した!

 

「!! …………?」

 

 まさに剣術の達人の如き鮮やかな芸当に、沙都子は目を奪われてしまったが――――それも一瞬の事、感動は即座に困惑へと変貌する。

 蜘蛛は、絶命した……筈だった。

 

「えっ」

 

「おっ」

 

 ――――沙都子は瞠目し、レイが若干呆気に取られる光景が目に映る。

 2つに割かれた蜘蛛が熱した蝋燭の様に、ドロドロに溶けだした。

 そして、ビチャビチャと嫌らしい水音を立てながら高速で動き始める(・・・・・)。二人から距離を置くと、黒い液体は、こぽこぽと沸騰した様に泡立ちながら、大きく広がり始めていった。

 手の平大しか無かったそれは、大の大人がすっぽり入り込める様な、水たまりになると――――泡だちが収まった。

 平になった水面から、ぬるりと、人の形をした何かが、浮上してくる。

 

「情報どおりの魔力感知能力ね……」

 

 声が聞こえてきて、沙都子とレイは人型を凝視すると、容姿がはっきりと確認できた。

 黒いドレスを身に纏い、バイオレットカラーのショートヘアを生やした女性が、居る。

 直後、突き刺さる様な魔力を全身に感じて、間違いない、と即座に確信した。

 

「魔法少女……!」

 

 沙都子が目を見開いて、彼女の正体を口にする。

 女性は、コクリと頷いて肯定。

 年齢は20代半ばぐらいか――――隣に立つレイと然程変わらなそうだが、端正な顔に浮かんでいる微笑みは蠱惑的で、熟女の様な艶やかさが感じられた。

 

「やっぱり、AVARICE社の人間か……」

 

 レイは挨拶代わりなのか、微笑みを返していたが、その瞳は、玩具を期待する子供の様に爛々と瞬いていた。

 刀を携えた右腕は、力が抜けて、ぶらりと下がっている。

 

「洞察力も情報どおりね。でも……貴女の蛮行もここまでよ」

 

 それが絶対の自信の表れだと即座に感じた女性が、身構える。

 

「二人相手に勝てるとでも?」

 

「ええ」

 

 ――――此処に足を着いた時点で、貴方達の敗けは確定しているのだから。

 

 女性はそう付け加えて断言。

 刹那、レイが獲物を捉えた猛獣と化す。柄を強く握り直すと、全身全霊の力で床を踏み込んで、飛び出――――

 

「……!!」

 

 ――――す事は叶わなかった。レイの顔から笑みが消える。全身が何かに縛り付けられている様な、圧迫感。

 

「か、身体が……!!」

 

 隣で沙都子の悲鳴の様な声が耳を突いた。

 バッと振り向くと、彼女の身体には無数の白い糸が全身に纏わりついていた。もしや、と思い顔を下に向けると、自分の身体中も同じ様に白い糸が巻き付いている。

 

「へえ……!」

 

 一切の自由が奪われたにも関わらず、レイは感嘆の声を漏らすと、顔に再び微笑を浮かべていた。

 相当の手練と出会えた事に高揚感を感じているのか、先程よりも愉悦が更に強まっている。

 

「…………」

 

 女性はレイの狂喜には一切意に介さず、まずは沙都子を仕留める事にした。ゆったりと歩を進めて、彼女へと近づいていく。

 

「な、何を」

 

 するんですか? と問わせはしなかった。彼女の口よりも早く、女性の右手の平が沙都子の額に翳される。固有魔法の発動を示す魔法陣を展開。

 

「っ!! …………」

 

 沙都子の身体がビクリと跳ねる。

 直後に彼女の瞳からハイライトが消えた。力が抜けた様に、だらりと四肢が垂れる。そして、頭部もガクリと項垂れた。

 

「ちょっと頭の中をいじらせてもらったわ」

 

 沙都子が意識を失った事を確認すると、女性はレイの方へと向いた。

 

「記憶操作かな?」

 

「強制命令よ。脳に直接干渉して、彼女の精神を脅したの。『抵抗するな』ってね」

 

 次の標的はレイだ。女性は自身の固有魔法の説明をしながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「あなたの事はボスから聞いてる。好きに暴れまわっているそうね?」

 

「暴れ回ってるなんて人聞きが悪いなぁ。隠れてコソコソ殺してるだけよ?」

 

 女性は顔を僅かに顰める。レイの発言に忌々しさを感じたのは勿論だが……それ以上に、貼り付けた笑みから発せられる自信が一辺も揺らいでいないのが、不可解だった。

 レイは好戦的な笑みを崩さずに、女性を見据えて、舌なめずりする。

 

「同じことよ。人々を恐怖を与えているのには変わりない」

 

「でも、私がやったって世間の人は思ってないし、その指摘は見当違いじゃないの?」

 

 減らず口もそこまでだ。女性はレイの言葉には返答せず、キッと目の端を吊り上げると、彼女の額に手を翳す。

 

 

 

 

 ――――勝敗は、そこで決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「静観よ」

 

 

 何の感情も籠っていない声色は氷の様だったが、紡がれた5文字の音は稲妻の如き激裂を纏っていた。

 耳にスルリと侵入すると、鼓膜を突き抜けて、心の底で灯した情熱の炎を縦に裂くようにして掻き消した。

 ――――程なくして、全員が、愕然。

 期待が呆気なく裏切られた、という事実を頭が認識するまで、少なくとも30秒は要した。

 

「竜子……どういう……こと……」

 

 再び静寂に支配された議会で、最初に抗ってみせたのは、演壇に立つ裏切り者の第一の腹心を自負する少女だった。

 狩奈はそっと手を挙げて、尋ねる。

 

「余計な手を出せばドラグーンが標的にされるわ」

 

 萱野グループ、篝あかりが集めた――恐らくAVARICE社絡みの――精鋭達、そしてドラグーン。

 3つのチームの中で最大戦力となるのは間違いなく現在61人の魔法少女が在籍する自分たちのチームである。あの三人のいずれかに手を出せば、真っ先に狙われるのは必定、と語る竜子。

 

「総長、あたしはその可能性を防ぐ為に……」

 

「篝あかり、貴女は私たちに隠していることがあるわね」

 

 愛想の良い笑みを浮かべて弁明しようとするあかりの言葉を遮り、彼女に投げかける竜子。

 

 

「貴女が提案するその作戦に私たちが参加した場合――――何人が死ぬのかしら?」

 

 

 ――――やはりそうきたか。

 竜子はやはり別格だった。分かってはいるものの、頑強に過ぎる姿勢には胸中でチッ、と舌打ちせざるを得ない。

 他の幹部全員は落とせても、総長たる彼女個人を落とせなければどうにもならないのだ。

 あかりは、心の中で深い溜息を吐くと、竜子の目をしかと見つめて答える。

 

「そうですね。最低でも……30人は死ぬと思います」

 

 約半数だ。憮然とした表情で呟かれた一言に、幹部全員は騒然となる。

 竜子も一見、平静を保っているように見えたが、

 

「やはり、ね」

 

 じっとよく見ると、僅かに顔を顰めていた。込められている感情は、紛れも無い怒り――――その証拠に、言葉尻が熱を帯びていた。

 

「それは、この場に居る幹部も含めてかしら?」

 

「幹部であろうとなかろうと、出方を見誤れば即座に取って喰われるでしょうね」

 

 内心の忌々しさを一辺も見せずにあかりは淡々と語る。

 だが、そこで――――

 

「決めたわ」

 

 と、議長席から座椅子がガタッと動くのと同時に、竜子が立ち上がる。どうやら、腹が決まったらしい。

 だが、恐らく、その内容は――――

 

「…………ッ!」

 

 自分の気を更に苛立たせると、予測できた。あかりは、竜子をじとりと睨みつけるが、竜子の姿勢は崩れない。

 

「篝あかり、端末の情報によれば、萱野グループは連中が起こす大事件の後も、かなりの期間持ちこたえてくれるみたいね」

 

「ええ」

 

 あかりはこくりと頷く。

 

「彼女達はやはり強い。状況によっては奴らをあと一歩の所まで追い詰めた事も有りました」

 

「何が言いたいのよ、竜子?」

 

 説明するあかりの横で、文乃が割り込んできた。その顔には疑念が孕んでいる。

 二人の刺す様な眼差しを受けながらも、竜子は迷わず答えた。

 

 

「萱野グループを餌にするわ」

 

 

 たかが会議、されど会議だ。

 誰かの鶴の一声は、一体何度巨大な雷撃となって自分たちの下に降り注ぐのだろうか――――

 

「竜子、あんた……!!」

 

 先ほどまで、傍観を決め込み、冷笑を浮かべていた少女は何処へ行ったのか。

 文乃の顔が、みるみる内に憤怒の朱に染まっていく。

 

「自覚しなさい。一人の友達よりも、一つの組織よ」

 

 彼女の顔を冷ややかに見降ろし、言葉の冷水を浴びせる竜子。文乃の顔がクッ、と般若の様に、歪む。

 

「そんな……嘘ですよね……?」

 

 命の悲痛に震えた声が、届いた。

 異常と化した議場の空気に、完全に精神を飲み込まれそうになりつつも、彼女は懸命に訴える。

 

「大勢の人が死ぬかもしれないんですよぉ……。助ける力があるのに、なんで……!?」

 

 恐怖と困惑が混じり合った漆黒の瞳からポロポロと流す。

 その嘆きが、隣の少女の頭上に火を付けた。

 

「総長っ!!」

 

 ガタンッと椅子を大きく動かして、バッと立ち上がる愛華。

 綺麗な相貌の中にある小さな口を精一杯開いて、烈火の如き激情を吐き出す!!

 

「貴女に取って静観とは何か意味があるのだと思います! ですが、ブラックフォックスの情報が確かなら……静観した後で、私たちが辿る末路はただ一つしかない!!」

 

「ブラックフォックスの言葉を借りる……、『今回こそ』……やり方を……変える、べき……!! 」

 

 愛華に続き、狩奈が立ち上がり激情を向けるも、竜子は黙って聞くだけだ。

 言い終えると――――しばし、静寂が訪れた。

 

「私の判断を狂っているとも異常とも受け取って貰って構わない……」

 

 時間にして5分が経った。

 竜子が沈黙を破り、口を重たそうに開ける。

 

「でも、そうしなければ意味が無いわ」

 

「意味の有る理由をお聞かせ願えますか……?」

 

 幹部の中でいち早く平静を取り戻していた麻琴が、竜子の顔をしかと見据えながら問いかける。

 

「萱野グループが耐えれば耐えるほど、私たちは戦力増強に費やす時間が増えるわ」

 

 その為には、連中の組織構成や戦力を把握することが、必要不可欠だ。

 故に、萱野グループには当て馬になってもらい、自分たちは脇から観察して、敵の情報を得る。

 中心となる三人の魔法少女、彼女達の駒となった魔法少女、各々の実力、固有魔法、思惑、行動範囲、グリーフシードの補給方、バックボーンの存在……それらが把握できれば、対策は可能。

 

「体制を万全に整えて、疲弊した連中を迎え撃つ」

 

 それが、竜子の考えだった。

 

「桜見丘が地獄になっても、ですか? それに、万全を期したとしても……緑萼市に三人の内の一人を踏み込ませた時点で、誰かが犠牲になりますが」

 

 彼女は以前も(・・・)そう言って、静観を決め込んだ結果――――失敗した(・・・・)

 それを繰り返すつもりか、と暗に込めて、あかりが問い掛ける。

 

「今、急いで立ち向かえば、私達のチームから大勢の犠牲者が生まれる。幹部が一人でも欠ければ、その時点で組織に亀裂が発生するわ。それに、貴女の情報からすれば、恐らく連中の方も大勢で来ることは想定している」

 

「裏をかかれる前に裏をかくって訳ね……」

 

 文乃は竜子の考えに納得した様に呟いたが、表情は眉間に皺を寄せて複雑に歪ませたままだ。

 無理もない。大事な親友を見殺しにする未来が存在するのだ。頭では理解できても、心では納得いく筈がない。

 

「総長!」

 

 そこで割り込まれた。見ると、恐怖で震えたまま黙っていた筈の桜が、ピシッと手を伸ばして声を張り上げていた。

 

「桜美丘市内の学校に通っている魔法少女達も沢山いますし、親戚が住んでいる子もいますっ! その子達の感情を刺激してしまうのではっ!?」

 

「その心配は、無用よ」

 

「!?」

 

 冷淡に突き刺す言葉を返す竜子の意図が全く読めず、桜は呆気に取られる。

 

「文乃」

 

「はいはい」

 

 文乃の固有魔法を発動。眼鏡が光り、宙空にスクリーンが表示された。

 映っているのは、緑萼市が誇る煌びやかな夜景だ。その中心で大型の高層マンションが聳え立っている。

 

「このマンションを見て頂戴」

 

「これは?」

 

 訳が分からず呆然と見つめる桜に、竜子は答える。

 

「私たちの本部の近くに造った避難所よ。市外に住むメンバーのご家族や親戚は此処に移り住んで貰っているわ。洗脳や幻覚魔法を使ってね」

 

「そんな、騙してまで……」

 

「もう……仕方ありませんね」

 

 命は未だ沈痛な面持ちで俯き、愛華はこれ以上何を言っても無駄だと痛感した。

 そして竜子の考えも一理あるのだと、無理やり自分を納得させて、そう呟くしか無かった。

 

「そこまでしないと守れないって事だろうね」

 

 複雑そうな二人を、麻琴がそう言って宥める。

 

「…………」

 

 狩奈は未だ承服できない様子で竜子を睨みつけていた。

 竜子は、一度嘆息すると、あかりと香撫へと目を向けて、伝える。

 

「篝あかり、三納さん。貴女達が集めた精鋭や黒岩さんに伝えておいて欲しい。私達は、桜見丘で発生する事件には今後一切手を出さない。だから、貴方達も」

 

「手を出して、余計な戦略低下を招くな……と、承知致しました。総長」

 

 恭しくお辞儀するあかり。

 香撫の視線が背中に突き刺さるが、今は気にしないことにした。

 

「それでは、私達はこれで」

 

 あかりが頭を上げると同時に、香撫はその手を握り締め――――次の瞬間には、二人揃ってフッと消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動した先は、竜子が避難先と定めた高層マンションの屋上。

 吹き付ける風を諸共せず、あかりと香撫の二人は、せめて複雑に荒んだ心を癒せたら、と思い、キラキラと瞬く地上の星を眺めていた。

 

「あれで、良かったの?」

 

 心配そうな表情を浮かばせた香撫が、風圧で乱れる髪の毛を抑えながら、尋ねる。

 

「仕方ないわよ」

 

 あかりはそう答えるが、顔面は不快を張り付けたままだ。

 

「とはいえ……保守的な思考も、あそこまで行くと病的ね」

 

 あかりはふう、と溜息を吐くと、その場に座り込んだ。品性も欠片も無く両膝を開いた、所謂ヤンキー座りだ。

 刹那――――音楽が夜空に鳴り響く。

 あかりはハッと顔を上げると、自身のスカートのポケットに手を突っ込んで、スマホを取り出した。

 相手の名前が仲間である事を確認すると、通話音をタップして、耳に当てる。

 

「もしもし、慎吾ちゃん? どうしたの?」

 

『お嬢、大変です!』

 

 電話越しに聞こえる青年の声は混乱に満ち溢れていた。

 感情が抑えきれていないせいか声量が大きく、香撫の耳まで届く。

 

「――――!」

 

 ドキリと、胸が高鳴った。何事か、と香撫が緊張の面持ちで聞き耳を立てる。

 

「…………」

 

 あかりも、目を細めて、慎吾の言葉を待つ。

 そして――――声が紡がれた。

 

 

 

『かなみさんが、やられました……!!』

 

 

 

 言い終わるよりも早く、あかりと香撫はその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回書いてて思ったのが、多人数はやはり書きにくいです。
 それに、キャラクター一人ひとりが複雑な思いを抱えている筈なのに、満足に心理を表現できないのが、苦々しいです。





☆『亜人』・実写版がレンタル開始されたので早速再視聴。
 アニメ版・実写版共に佐藤さんの暴れっぷりと、中の人の怪演が凄まじいこと凄まじいこと。飛行機に乗ってあんなことしたり……日本最強のSAT隊にこんなことしたり……(不死身であること以外は)生身の人間なのに、ここまでやれるのか、と感動を覚えました。


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     滾れ獣の血、叛逆の牙 B

※後半部分は、外伝のネタバレが多少?含まれています。


 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 桜美丘警察署の屋上。

 そこの隅で魔法少女――――水曽野(みその)かなみは、膝を抱えてうずくまっていた。

 捕らえていた筈の二人の魔法少女の姿は、どこにも無い。逃げ出したか、或いは、警察署に侵入したのか、確認できなかった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 

 苦しい――――頭の中を支配しているのはその三文字。

 心臓がバクバクと鼓動して、肺活量が自然と倍加した。口から怒涛の勢いで酸素が溢れて呼吸する間を与えない。このままでは窒息死……いや、それよりも脳が壊死するのが先か。

 無論、AVARICE社の社員であるかなみは、魔法少女の『真実』を知っている。酸素不足で死ぬ筈が無い(・・・・・・)と自覚はしているが、与えられた苦しみから解放されるには、『死』を連想するしか無かった。

 

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

 

 酸素の排気量が、更に加速する。

 頭を抱えるべく、髪の中に突っ込んで地肌に触れている指の腹から、じっとりとした(ぬめ)りを感じていた。

 一瞬酸素不足で死んだ脳の一部が破裂して出血したのだと、有り得ない錯覚を起こしそうになった。

 

「あああっ……! ああっ」

 

 咄嗟に手を頭から放して確認。指が血に塗れて――――無かった。

 脂汗(・・)だと、すぐに気が付く。

 かなみはどうして一瞬だけとは言え、そんな錯覚をしたのか、不思議でならなかった。

 

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

 

 ――――不思議? 不思議といえば……!

 

 頭にいよいよ酸素が行き渡らなくなり、思考が微睡んでいく。アルコールを直接吸引したのに等しいぐらいの吐き気を催し、視界がぐにゃりと捻れていく。

 それでも、かなみは考えようとしていた。あの魔法少女に『強制命令』を施そうとした時、頭の中(・・・)を垣間見た。

 想像を絶する悍ましい情景が、鮮明に浮かんでくる。

 そこから導き出せる彼女の正体は――――

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

『ああ、嬉しいなあ』

 

 ――――仕留められる事が、かしら?

 

『ううん、違うよ』

 

 ――――じゃあ、何が?

 

『だって、貴女、頭の中が見れるんでしょ』

 

 ――――それが、何?

 

『隅々まで覗いてみて。理解してほしいの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が、“何者(・・)”であるかをね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 空は夕陽が沈みかけて、月が君臨しようと瞬き始めていた。

 かなみは、住宅街の道路を歩いていた。陽の光は未だ衰えを知らず、オレンジ色に照らされた路面をてくてくと歩いていく。歩けども歩けども、目につくのは家ばかりだ。

 視界に捉える風景は、紛れも無く日本だが、果たして何処――正確には、何県何市何町何区何番地――なのか、かなみは知らない。にも関わらず、彼女の足はある目的地(・・・・・)に向かって進んでいるかの様な軽快さが有った。

 そこでかなみは、ある『答え』に行き着く。

 

 ――――この身体は自分のものではない。今現在、頭を読んでいる“彼女”のものだ!

 

 間違い無い、“彼女”の過去を、自分は追体験しているのだと、かなみは確信した。

 今まで沢山の魔法少女の頭の中身を見たが、これは初めての経験だった。

 

 当時の“彼女”の感情と五感を、自分は共有している様だった。

 酷くお腹が空いていた――――なんでもいいからお腹に突っ込みたい気持ちでいっぱいだ。

 もしかしたら、空の風景から考えるに、“彼女”が足を運ぼうとしているのは、『店』かもしれない。

 コンビニか、それともレストランか――――迷っていると、足が停まった。何かにハッとしたらしい。肩に掛けたバッグを外して、ジッパーを開けて中身に手を突っ込んで弄ると――――唖然とした。

 財布を家に忘れていることに気付く。

 

 ――――かなみの脳に、“彼女”の思考が過っていく。

 

 参ったなあ、と。ここで家に戻ったら20分は掛かる。確か今日は世間で人気の焼き鳥屋のチェーン店がオープンするのだ。当然行列ができるだろうから、早めに行きたかったのに。これじゃあ間に合わない。

 そこで、ジッパーを締めて、顔を戻した。真正面のT字路の右側から、二人の人影が姿を表し、こちらに向かってくる。

 親子連れだ。母親と、その手を握り締めた小さな男の子。

 

 

 

 ――――しょうた、今日の夕飯は何にする。

 

 ――――おれ、ハンバーグがいいなっ!

 

 ――――じゃあお母さん、しょうたの為に、頑張っておいしいハンバーグ作ってあげるっ!

 

 ――――よっしゃ――――っ!!

 

 

 

 幼稚園児ぐらいの彼は、母親と今晩の夕食について楽しく談笑しながら、“彼女”の方へと歩み寄っていく。

 

 ――――そこで、“彼女”は、【おっ!】と、ある事を閃いた。

 

 例えるなら、頭の中で切れていた電球が、急にピカッと光った様な、軽い発想だった。

 “彼女”はよっしっ!と頭の中で意気込むと、親子連れ――正確には、母親の方――に標的を定めて、ズンズンと早足で近づいている。

 途中で自身の視界が、青で染められた。“彼女”が『変身』した時に生じた魔力の光だとすぐに気付く。

 母親は突然の出来事が眼前で展開されて、呆気に取られた様子だ。男の子も指を加えてボンヤリと眺めている。

 “彼女”は構わず近づく。その顔が何を浮かべているのか、彼女と視覚を共有しているかなみには伺う事ができなかった。

 

 ――――何故か、とてもうれしそうに笑っているであろうことは、容易に想像できた。

 

 母親の顔に、恐怖が浮かぶ。彼女は眼前まで迫りくる“彼女”に対してギョッと目を見開くと、子供の手を引いて逃げ――――

 

 

 「やめて」と、叫びたかった。

 “彼女”の右手が腰に回される。

 視界の中心で銀色の閃光が走った。

 スパンッと、切れた(・・・)音がして、何か(・・)が弾け飛んだ。

 

 

 叶わなかった。

 空を見上げると、夕陽に照らされて漆黒に染められた黒い球体が宙を舞う光景が目に写った。切れ端から、赤い液体が噴射されて顔面に降り注ぐ。

 ぼとりと音を立てて落ちると、それが何かはっきりと確認できた。

 

 母親の、生首。

 

 かなみの目に異常が映る。幻だと、思いたかった。だが、顔に張り付いた液の生臭さが鼻腔を通して脳を刺激したせいで、否応にも現実に引き戻された。

 “彼女”には、普通が映っている。

 だからなのか、興味関心はすぐに失せた。視界を戻すと、母親だった(・・・)ものが有った。

 頭部を失い直立不動状態の身体に肉薄すると、押し倒して馬乗りになる。

 首の切れ端から、血液が流水の如くゴボゴボと溢れるが、“彼女”は別に気にしない。母親だったもののジャケットのポケットに手を突っ込む。

 あっ、あった! と笑った。

 取り出したのは黒い財布だ。血まみれの手でパカっと開くと中身を確認する。

 途端に、顔に影が差した。

 

 

【あれ? なんだ、これっぽっちしか持ってないんだ。子供連れてるからもっと持ってると思ったのに】

 

 

 “彼女”は残念そうに独りごちると、千円札を一枚引っこ抜いて、ポイッと投げ捨てた。亡骸の周囲に形成された水溜まりの上に落っこちて、ピチャンと、体液が音を立てて飛沫する。

 それだけの理由で――――と、かなみは憎悪の限りを感情の赴くままにぶつけてやりたかった。

 しかし、ぶつけた所で、彼女の心には何の痛痒も感じないだろう。

 “彼女”の中に、いるからよくわかるのだ。

 

 

 『罪悪』なんてものは、これの中身に一欠片も無い事に。

 ただ、お金が欲しくって、相手が持ってそうだから、殺した。

 

 

 わんわんと、甲高い泣き声が耳を貫いた。

 かなみは、それが聞こえた瞬間、ドキリと心臓が飛び上がった。

 “彼女”の視界が、その方へと向けられる。

 

 ――――男の子だった。幼いながらに母親の身に何が起きたのかを理解していた様だった。顔をぐしゃぐしゃに皺まみれに歪めて、涙と鼻水を滝の様に流している。

 かわいそうだ。こんな幼い内に、なんて辛い思いをしてしまったのか。男の子の姿は、あまりに悲痛で、見ていられなくなる。

 しかし――――

 

 

【かわいいなあ】

 

 

 “彼女”は、男の子の姿をまじまじと見つめて、そんなことを呟いた。

 ありえない発想だった。

 

 

【オバサンは、子供が大好き(・・・)なんだ】

 

 

 耳を疑った。今コイツは何て言った。じゃあなんで母親を殺した!?

 

 ――――わーんわーんわーんわーんわーーん!!!

 

 子供の泣き声が激しくなる。一声叫ぶ度に、かなみの心にナイフの様な鋭利がザクリと突き刺さる。

 

 ――――うええええええええええええええええええええん!!!! ええええええええええええええええええん!!!

 

 子供が母親だったものに縋り付いて、胸に顔を(うず)めて狂った様に泣き叫ぶ。

 ――――ごめんなさいと、かなみは咄嗟に男の子に声にならない声で謝った。

 ごめんなさい。助けて上げられなくって、ごめんなさい。ただ見ているだけで、ごめんなさい。止められなくって、ごめんなさい。

 

 刹那、“女性”の中で、苛立ちがフッと湧き上がってきて、かなみは愕然とした。

 

 

【ああ、うるさいなあ】

 

 

 その一言で、“女性”の標的は男の子に向けられたのだと、瞬時に理解した。

 やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて……。

 何度も何度も、懇願する。それだけは、やってはならない。私にこれ以上、見せないで。見たくないから(・・・・・・・)

 だが、かなみの必死な思いとは裏腹に、“女性”は男の子の後頭部に獲物の刃先を合わせると、スゥーっと、持ち上げた。

 

 

【オバサン、うるさい子は嫌いなんだ】

 

 

 やめてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!

 

 

 

 

 ――――刀が、ヒュン、と振り下ろされた。

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

 

 過呼吸が治まらない。視界が定まらず、白くボヤけ始めた。

 

「あれは――――」

 

 だが、かなみは意識を失う寸前で、“彼女”――――『レイ』と名乗る魔法少女の正体に辿り着いた。 

 

 

「人間じゃ、無い……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は夕方。

 縁は、自室のベッドでうつ伏せに寝転んでいた。顔に浮かんでいるのは、苦悩の二文字。

 

 

 ――――前日は日曜日。

 連続少女失踪事件は今週も発生するとばかり思われていたが、結局音沙汰無く日付が変わった。

 ほっと安堵はしたものの、嵐の前の静けさの様な――――ざわざわとした不快が胸にペタリと張り付く。

 そして、今日は月曜日。これといった出来事も無く、学校で至極安頓とした一日を過ごした。だが、気持ちは一向に優れない。

 放課後のHRを終えると葵を誘いもせず、足早に家に帰った。二階に駆け上がり、自室に突撃してベッドへダイブ。

 ――――窓から射し込む夕陽が、じっとりと熱い。背中どころか心まで焼き尽くされる様な気がして、早急にブラインドを締めた。一瞬で部屋の中が鬱屈としたほら穴みたいな空間に早変わりだ。

 

「大丈夫って言っといて、なにしてんだろ、私……」

 

 『私がそばにいるから』――――あの言葉は口からの出任せだったのか。一人ぼっちにしないんじゃなかったのか。

 縁が失意の底にいるのは、前日の別れ際に狩奈に言われた言葉が、胸に突き刺さっていたからだ。

 それが、何度も頭をよぎってきて、苦しい。

 魔法少女の世界に、自分が入り込む余地は無いと分かってたし、幾度となく思いしらされたが……掲げた理想が押し潰されたショックは思いの他大きくて、葵のことを考える余裕を頭に残さなかった。

 

 

『本当に縁ってさ、小さい頃から変わらないなって』

 

 

『でも、そんな縁の事が好きだったんだよね、私』

 

 

 そして今更になって、葵の事を考え始めた自分が、心底馬鹿馬鹿しい。

 唐突に脳を掠めたのは、彼女が昨日伝えてくれた自分への思い。それを思うと、自然と口から言葉が零れた。

 

 

「もう、戻れないのかなあ……」

 

 

 ――――壊れていく。

 

 それは“誰か”によるものではない。

 『運命』だとか、『因果』だとか、そんな見えない何らかの強制力が、自分の周囲で働いているのだと縁には感じられた。

 それは、自分の親友を夜闇のトンネルの様な、漆黒よりも深い暗闇へと引き摺り込んでいく。

 親しくなった魔法少女達を、日の当たる世界から、追い出そうとしている。

 必死に何かしたいと思って、みんなの後を全力で追いかけているのに、何もできない、という現実が、何度も何度も足を釘付けて、止める。

 

 ――――壊れていく。

 

 自分の日常が。幸せが。葵との日々が。魔法少女達との絆が。

 今まで、自分がこの街で生まれてから、15年間に渡り積み上げてきたものが、崩されていく。まるでそれは、支えを失ったジェンガの様にバラバラと零れ落ちていく。

 

(それでも――――)

 

 もう一度手にとって、組み立て直せるのなら――――

 

 

 ~~~♪~~~♪~~~

 

 

 そう思って顔を上げた瞬間、唐突に音楽が響いた。思考が一気に現実へと戻される。スカートのポケットに手を突っ込んで、スマートフォンを取り出した。

 

「もしもし……」

 

 表示された名前が「matoi」と確認した縁は、通話ボタンを押して、耳に当てた。

 

『縁ちゃん?』

 

「纏さん? どうしたんですか?」

 

 纏の声に普段の無邪気な明るさは無く、心配そうな色が強く混じって聞こえた。縁は目を細めて問いかける。

 

『うん、大丈夫かなあって思って……』

 

「えっ?」

 

『なんかすっごく落ち込んでるみたいだったからさ……』

 

 その言葉に縁は目を丸くして、ポカンと口を開ける。確かに学校中は、ずっと思いつめてたが、態度に顕していたつもりは毛頭無かった。

 

『葵ちゃんも、心配してたよ?』

 

「……」

 

 周りを心配していた筈が、いつの間にか、みんなに心配を掛けていた。その事実を耳にした途端、申し訳無い気持ちでいっぱいになる。

 

『ねえ、何かあったの?』

 

「えっと……」

 

 だから――――

 

「あっははははは!」

 

『ゆ、縁ちゃん?』

 

 極力明るく振る舞う事に決めた。とはいえ、何の前触れも無く唐突に笑うなんて不気味である。イカレタ奴(アホ)としか思われない。 纏の困惑に満ちた声が即座に飛んできたのは、至極当然と言えた。

 

「いやぁ~、なんていうか、その……この一ヶ月、色んな事がありすぎちゃって……」

 

『うん、本当に色々あったよね……』

 

 纏と出会い、初めて魔法少女を知ったあの日から、今日に至るまで、衝撃が何度続いたことか。

 何れの出来事も頭の中にくっきりと残っている。思い出す度に、自分の今までの15年の人生は何だったのか、と問い詰めたくなる。

 纏も口調からして、恐らく同じ想いに浸っている筈だ。

 

「なんかもう、考えるのが嫌になっちゃうぐらいです」

 

『それでも、一生懸命考えてるんだね、縁ちゃんは』

 

「はい。……えっ?」

 

 纏の言葉を軽く受け流そうとした縁だったが、引っ掛かるものを感じて、素っ頓狂な声を挙げてしまう。

 

『偉いよ。魔法少女じゃないのに、素質が無いって言われたのに、みんなの為になんとかしようって頑張ってるんだね』

 

 ――――本当に偉いよ。と、付け加えられた言葉には、慈しむ様な感情が存分に篭っていた。

 

「あはは、なんて言ったらいいのかなあ……考えるのを止めたら、何もかも停まっちゃう気がして……」

 

『うん』

 

「そうなったら、私って本当に何もできないんだ、って気持ちを抱えたまま、残りの人生を過ごす事になっちゃうじゃないですか。なんだか、それってすっごい嫌で……」

 

『うん』

 

「どうせだったら、みんなの為に何かできることを一つぐらいは見つけなきゃって思ってて……でも、私、みんなからアホって言われるし、自分でもアホだって思ってるくらいだから、そう簡単には見つからなくって」

 

『うん』

 

「だから今、すっごく悔しいし、辛いし……なんか知らない内に自分の大切なものが壊されてくから、苦しいんですけど……」

 

『うん』

 

 

「諦めたくないんです、すっごく……!」

 

 

 声が自然と震えていた。

 話していく内に、自分が抱え込んでいた想いが口から溢れてきた。心がカーッと熱くなったせいで、温められた身体の水が、目元に浮かんでいた。

 

『そっか』

 

 纏は静かに聞いてくれていた。ポツリと聞こえた3文字は、縁の気持ちを知る事ができて心の底から安心できた様に聞こえた。

 

『……縁ちゃんが、羨ましいなあ』

 

「纏さん?」

 

『私ね、難しい事考えるのって、嫌いなんだ』

 

 涙を拭った途端、纏がそんな事を呟く。予想外の発言に、縁は呆気に取られた。

 

『縁ちゃんと葵ちゃんのことも……街の人たちの事も一生懸命守らなきゃって思ってるんだけどね……。学校生活との両立ってホンットに忙しくって……、ほんとだったら、この街で起きてる事件も、真剣に調べなきゃって思ってはいるんだけど……そういう難しい事は、他のみんなに押し付けちゃってるんだ……』

 

「そんなことは……」

 

 ない、と言おうとした。縁から見て纏は凄いと思う。学業も魔女退治も見事にこなしている。葵だって何度も助けて貰ってる。彼女からそんな言葉を聞きたく無かった。

 

『縁ちゃんは、似てるよね』

 

 だが、その言葉に遮られる。「誰に?」と訪ねようとする前に、電話口から答えが出た。

 

『茜ちゃんに』

 

 目を細める縁。そういえば優子のチームの中で、彼女とだけは出会った事が無い。葵が二度目の魔女に襲われた時、凛と一緒に助けてくれた魔法少女、と言っていた。

 

「その子と、まだ会った事ないです」

 

『そうだったね。茜ちゃんはね、一番年下で、うんとちっちゃくて可愛いんだけど、いっつも周りの事を真剣に考えてる子なんだ。真面目ではきはきしてるから葵ちゃんとも合うかもね』

 

 本人が聞けば「ちっちゃいは余計だよ!!」と怒声をぶつけられそうな事を言う纏。

 

「へえ~~!」 

 

『今度合わせてあげるね! 多分仲良くなれると思うんだ!』

 

「ありがとうございます!」

 

 新しい出会いとはウキウキするものだ。纏の提案に、暗雲に包まれた心に、微かな陽が差し込んだ。

 顔がパアッと明るくなる縁は、電話越しで、ペコリとお辞儀する。

 ――――だが、そこで「あっ!」と声を挙げる。気がかりな事を思い出した。

 

『どうしたの?』

 

「あの、纏さんに聞きたい事があったんです!」

 

 真剣な表情を浮かべて、問いかける縁。言葉に強い熱が籠り始める。

 

『それは?』

 

 

「三年前に、何があったんですか?」

 

 

『っ!!』

 

 その一言で――――電話越しの纏が、ゴクリと唾液を飲み込む音が聞こえた。何かがあったのだと確信した縁は、更に問い詰める。

 

「優子さん達と、狩奈さん達の間に、一体何が……?」

 

 縁はそこで、思い返す。

 狩奈が自分に突き刺した、無慈悲な言葉の数々を――――

 

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 

『優子さん達と、どうして争ってるんですか……?』

 

 魔女との戦いの後、命が車で自宅まで送ってくれた。

 車を下りて、別れ際に自分が二人にそう尋ねた事で――――始まった。

 

【縄張りが、違う、から……】

 

『でも、人々を守りたいって気持ちは、みんないっしょですよね?』

 

 だから、手を取り合うことだって出きる筈だと――――万感の思いを込めて、言った。

 

【確かに……。全ての、魔法少女が、手を、取り合えば……どんな事も、怖く、無い……。桜美丘で、起きてる事件、だって……対処、できる……かも、しれない……】

 

『だったら……!』

 

【でも……そう簡単には……できない】

 

『それは、どうしてですか?』

 

 

【3年前、あいつらは、やりすぎた】

 

 

『え?』

 

【特に……萱野と、宮古……】

 

『二人と、何があったんですか……?!』

 

【詳しくは、言えない……】

 

『なんでですか?』

 

【貴女は、魔法少女じゃ、ない……。だから、あまり、深い事情は、話せない……】

 

『…………』

 

【……あの時の、事を……恨んでいる、奴が……いっぱい、いる。私だって、そう……】

 

 

 その言葉を最後に狩奈が沈黙。

 凍り付いた冷たい瞳からは、もうこれ以上話す事は何も無い、と暗に告げている様だった。

 ――――そこで、音楽が鳴る。狩奈がスマホを取り出して、耳に当てた。

 何か小声でボソボソ話していたかと思うと、電話を切って、意を決した表情で運転席の方を向いて、言った。

 

【竜子から……緊急、会議……。命】

 

 その一言を合図に、車は動き出してしまった。

 

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 

『ごめんね……三年前の事はちょっと……』

 

 前日の狩奈との会話を説明した後、即座に纏から申し訳なさそうな声が飛んできた。

 

「そうですかぁ~」

 

 ガッカリと溜息混じりに返す縁だが、納得はしていた。

 確か、纏の魔法少女経験年数は2年。当時の状況を知る由も無い。ただ、優子か凛から何か聞いているかも、と期待はしていただけに、残念でもあった。

 

『あ、でも、優ちゃんからちょっと聞いたよ。確か、ドラグーンの事なんだけど……当時は桐野卓美って人が支配してたらしくって、相当酷い事をしてたみたいなの』

 

「それって、どんな……?」

 

 恐るおそる問いかける縁。纏は困った様に『う~~ん』と唸る。

 

『はっきりとは言ってなかったなあ……』

 

 纏はそう言って暫し間を開けるが――――『あ、でも』と、唐突に思い出した様な声を挙げる。

 

『中学の頃に塾で友達になった子が、ドラグーンに所属してる魔法少女でね。私が魔法少女になってから、ちょっと聞いた事があるの。「毎日が辛かった」って言ってたよ……』

 

 怖いから、深い所は聞かなかったけどね――――と、付け加える纏の声は僅かに沈んで聞こえた。

 縁もそれは聞かなくて正解だ、と思った。内容を知ったら、纏は今も辛い思いをしてたかもしれない。魔法少女じゃない自分だって、それを聞いたら怖くて眠れなくなると思う。

 

『優ちゃんと凛ちゃんは、桐野卓美の横暴を止める為に、立ち向かったんだって』

 

 纏は訥々と語る。

 ――――当時、ドラグーンは、表面化はしてなかったものの、桐野卓美指示派と反対派で別れており、後者がクーデターの機会を伺っていたらしい。

 優子と凛は、たまたま緑萼市に足を踏み込んだら、その事情に巻き込まれたそうな。

 だが、二人は当時から強かった。絶対の意志を以て困難を切り開いてきたことに感心する。

 

『優ちゃん達は反対派に付いたみたい。それで、「なんかとにかくいろいろあった」みたいだけど……なんとか桐野卓美のところへ辿り着いたんだって』

 

「「なんかとにかくいろいろ」って……」

 

 あんまりな省略の仕方に、縁は苦笑い。

 

『あっ、そう言ったのは凛ちゃんね。ほんっと二人って凄いよね。よっぽど大変な思いをした筈なのに、そんな言葉で済ませちゃうんだから。……あ、話が逸れちゃった、ごめんね』

 

 嬉しそうに捲し立てた後に、謝る纏だが、ゆかりは「いいですよ」と返した。

 

「それで、戦ったんですか?」

 

『うん』

 

「勝ったんですか……?」

 

 問いかけると、纏が沈黙。

 

『……それが、分からないの』

 

「へ?」

 

 数秒間を置かれて呟かれた言葉に、縁は目を丸くした。

 

『その戦いの後に、桐野卓美がいなくなって……変わりに三間さんが総長になったから、多分勝ったんだと思うけど……二人に何回聞いても、同じ答えしか返ってこないんだよ』

 

 優子に聞くと、「いや~、あの戦いはしんどかったあ~。今までの人生で一番大変だったなあ~」と独り言をボヤくばかり。

 凛に聞くと、「いなくなったんだから、別に良いじゃん」軽く流されてしまう。

 二人共、肝心な戦いの結果がどうなったのか、一切口にしようとはしなかった。

 

「う~ん、言い方は二人らしいとは思いますけど、そこを濁してるのだけはなんからしくないですね……」

 

『でしょう? そこだけがどうも気がかりなんだよね……』

 

「でも、結果的に桐野卓美って人がいなくなったんなら、優子さんと凛さんはドラグーンにとってのヒーローな筈じゃ……?」

 

 大体の事情はアホな縁でも理解できた。

 ――――ドラグーンは前リーダーが根っからの悪人で、所属する魔法少女達がみんな、酷い目に遭って苦しめられていたと。

 勝ったか敗けたかは定かではないが、優子と凛のコンビと戦った後に、彼女はいなくなった。

 結果的にドラグーンは、三間竜子が新たなリーダーとして治める形になり、魔法少女達は平穏を取り戻した。

 凛と優子はその立役者であるのに――――未だ啀み合っているのはおかしいと

 

『それが、そうでもないの。桐野卓美に行き着くまで、「指示派」の魔法少女達と散々喧嘩したんだって』

 

「あー……」

 

 ――――思ったが、纏の言葉に瞬時に納得。 

 

『優ちゃんは女の子の癖に勇敢過ぎるし、凛ちゃんは火遊び大好き(デンジャラス)だから……想像できちゃうよね? すっごく暴れたらしいよ』

 

 うん、確かに。簡単に想像できちゃうのが怖い。凛の魔法少女姿は知らないが、自分の家で、あかりと抗戦しようとしたぐらいなのだから。

 

『数えきれないぐらいの魔法少女が二人にメッタメタにされて、更に幹部クラスの魔法少女達とも激しくやり合ったって……だから、狩奈さんみたいに当時の事を恨んでる子がいっぱいいるって話だよ』

 

 昔、友達の男の子から借りて読んだ漫画を思い出した。

 主人公の不良が率いる暴走族が、ライバルが率いる暴走族と高速道路で抗争している場面。血を撒き散らし、骨を砕きながら、殴る蹴るの応酬。あれに匹敵する絵面を二人は生み出したのだろう。

 そう思った縁は、何も言えずに苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 ――――でも、それじゃあ仕方ないのか。

 

 縁の顔が、しゅんと曇り、俯く。

 

「……纏さんは、隣町の魔法少女達と、どうしたいって思ってますか?」

 

『私? 私はね、争い事とか喧嘩とか嫌いだから、みんなが手を取り合えば、それが一番良いって思ってるよ。魔法少女がいっぱいいてくれれば、狩奈さんの言う通り、どんなことも怖くないって思う。だけど……』

 

 陽の様に明るい纏の声色がそこで、沈んだ様に聞こえた。

 

『優ちゃんと三間さんからしたら、やっぱり難しいことなんじゃないかな……? 二人共、多分リーダーとしてのプライドは強いから、一緒になるのは難しいと思うし……現実的に考えたら、グリーフシードの問題だってあるから……』

 

「そういうの聞くと、魔法少女って結構……っ!」

 

 ある単語を言いそうになってしまい、咄嗟に口を噤む縁。

 

『あはは、「窮屈」だよね。言っても大丈夫だよ、縁ちゃん』

 

 気にしないと言いたげに笑い声を聞かせる纏だったが、何処か寂しそうにも聞こえて、縁は申し訳なさそうに顔を歪ませる。

 

『本当にさ、時々すっごく嫌になっちゃうよ……』

 

「……あの、ごめ」

 

 んなさい――――と言おうとしたが、纏の言葉が遮る。

 

『でもね、暗い顔してると、茜ちゃんが怒ってくれるんだ』

 

「え?」

 

『「ダメだよ纏ちゃん、ちゃんと上を向いて歩かなきゃ!」って。「真っ暗な夜でも空を見たら『月がキレイ』だって思えるんだから!」って』

 

 纏の言葉に、縁は「へえ~!」と感嘆を漏らす。

 

「強い子なんですね」

 

『うん、三人姉妹のお姉ちゃん(長女)っていうのもあるからだと思う。私、正反対の末っ子だから、ほっとけないって思われてるのかも……年上だからしっかりしなきゃって思ってはいるんだけど、ついつい、甘えちゃって』

 

 そういう纏は、電話越しで笑っているのだろう。

 

「そうですかー」

 

 纏の気の抜けた声色に、縁も顔を綻ばせる。

 日向茜ってどんな子なんだろう――――葵と纏の話から想像してみる。

 

 ちまっとしてて、可愛らしくて、でも真面目で芯は強くって、優しい。

 会ってみたい、と思う。その子がどんな子なのか、知りたい。

 

 縁は、いつか、彼女と会える日を待ち望んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前日の日曜日、事件は起きなかった。

 その事実は、桜美丘市の住民に偽り(・・)の安心感を齎した。

 

 

 

 脅威はもう、すぐ傍まで、迫っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 16時から書いてたら、あっという間に23時半だと……!?

 最近は一万字越えで投稿するのが気にならなくなってきている小生です……。

 異常な状況だからこそ、異常な人達は書き易いし、動かせやすい。でも逆に普通の子は、大変動かしにくい事に気が付きました。



☆余談

 『いぬやしき』を見ましたが……同作品の獅子神(演:佐藤健)と、亜人の佐藤(演:綾野 剛)と、不能犯の宇相吹(演:松坂桃李)が手を組んだら、たった三人で、それも一ヶ月足らずで日本壊滅できそうな……。


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     ▲ B番外  『獣になる覚悟さえあれば』

 

 

 

 

 

 

「助けて……助けて……っ!」

 

「あ~……完っ全に頭ヤラれてるわね、コレ」

 

 桜見丘市警察署の屋上――――そこで篝あかりは、目の前の女性を半ばうんざりした様子で見下げながら、ボソッと呟いた。

 

「……どうしてかなみさんが此処に?」

 

 隣には三納香撫が立っている。彼女も目の前の女性の有様に、困惑した様子でそう零した。

 同業者の荒巻慎吾から連絡を受け取った二人の行動は早かった。

 水曽野かなみ――――AVARICE社の社員にして、あかりが集めた精鋭の一人。経験10年以上の大ベテランであり、その実力は、香撫に引けを取らない。

 慎吾の話では、この場所で罠を張り敵の待ち伏せをしていたそうだが、1時間前から一向に連絡が付かなくなったのだという。

 もしや、敵に返り討ちにあったのではないか――――そう判断した慎吾は、あかりと香撫に様子を見るように向かわせたのだが……案の定だ。

 かなみは、屋上の端っこで、ダンゴムシの様に這いつくばって丸まりながら、ガタガタと震えている。

 

「かなみさん、かなみさん」

 

「こわい……いや……助けて……っ!」

 

 そして、あかりが何度声掛けしても、同じ反応しか返ってこない。

 あかりは憮然としたまま。

 一方の香撫はというと、常に自信に溢れていた筈のかなみがこんな状態にされるなんて、思いもよらなかった様子だ。驚愕に目を大きく見開きながら、見つめている。

 

(相手は一体、どんな魔法を?)

 

「とりあえず、応急処置」

 

 かなみを打ちのめした魔法少女の事を考えると、ゾッと背筋が震えそうだ。

 だが、考えている間に、あかりが、かなみの間近へと歩み寄っていた。屈むと同時に手刀を首筋にトンッと当てた。

 

「助けて……たす」

 

 かなみは気絶。魔法少女の変身が解かれて、スーツ姿になった彼女はうつ伏せに倒れ込む。

 同時にソウルジェムも元の形に戻り、脇にポロリと転がった。目を見張るあかり。元の色が分からないぐらい、ドス黒い色に染まっている。

 

「香撫姉」

 

「了解」

 

 あかりが指示を出すと、香撫は虚空に向けて手を伸ばす。手首から先が消失した――――というよりは、空間の裂け目を作り、手を突っ込んでいた。何かを弄る仕草をしてると、

 

「はい」

 

 何かが手に入ったらしい。空間から引っこ抜いて、取り出したものをあかりに手渡す。

 グリーフシードだ。数は3つ。あかりは、それをかなみの穢れきったソウルジェムに翳す。徐々に輝きを取り戻し、元の鮮やかなアメジストが映る。

 浄化を終えたソウルジェムは脇に置いた。今度は香撫がかなみの傍に寄る。屈み込んで背中に掌を置くと――――かなみの全身がソウルジェムごとフッと消えた。

 

「後は、お願いします。美冴(みさえ)さん」

 

 どうやら香撫の能力で、信頼できる同業者の元へと転送したらしい。

 あかりがそう呟いていると、香撫は立ち上がって後ろを向いた。対面する二人。

 

「おかしい。作戦じゃかなみさんの出番はまだだったんじゃ……」

 

「動かした奴がいんのよ」

 

 作戦とは、あかりが立てた作戦のことだが、かなみが此処で敵を待ち伏せするという指示は一切無かった。

 憮然としたままだったあかりの表情に初めて、感情が表現された。眉間に皺を寄せて、苛立たしさを隠さないドスを利かせた声色で吐き捨てる。

 彼女はスマホを胸元から取り出し、いじりだすと、ある人物の元に連絡を入れた。

 

『あかりか』

 

 耳にバリトンボイスが聞こえてきた瞬間だった。あかりの形相がキッと怒りに歪む。

 

「おいコラ政宗ぇ~? こいつぁ一体どういう事だぁ~?」

 

 脅す様な声を早速叩き付けてやると、相手は即座に全てを察したらしい。

 なんで自分の作戦に無い行動をかなみがしているのか――――それを理解した彼は、『すまん』と一言だけ、謝ってきた。

 

『連中があらかじめ行きそうな所で待ち伏せさせて、各個撃破を計ろうと思ったんだが……』

 

 政宗曰く、勃発したらその時点で、どれだけの人間が犠牲になるかも分からない。

 よって、あかりが提示したデータを参照し、こちらから仕掛けることで、そのリスクを少なくしようとしたのだが――――結果は失敗。

 あかりは、貴重な戦力を一人、失うハメになった。

 

「言ったでしょ一切合切あたしに任せなって!! あんたの余計なお節介のお陰で作戦が一から練り直しよ!!」

 

『お前の負担を軽くしようと思ってな……』

 

 怒鳴り散るあかり。電話の向こうの相手の声にいつもの傲岸不遜さは感じられない。

 

「親になったことも無い癖に親心発揮してんじゃないわよ!」

 

 あかりは、もうお前なんか知るか、と吐き捨てると、通話を切った。

 

「チッ」

 

「どうするの?」

 

 忌々しく舌打ちをするあかり。一方、香撫の目は、内部に続く階段が有るであろう、小屋らしき建物に向いていた。

 

「いや、此処はもう駄目よ」

 

 “駄目”――――つまり、『パンドラの箱』はもう仕掛けられてる、ということだ。

 

「じゃあ、急いで取り除いた方がいいんじゃ」

 

 瞬間移動が可能な自分の能力なら、例え内部にまだ敵が待ち伏せしていたとしても、逃げることが可能だ。

 暗にそう込めて伝えるが、あかりは首を横に振った。

 

「感じるのよ……!」

 

 あかりの表情が険しくなる。

 

「え?」

 

「奴ら、『ネズミ花火』もいっぱい仕組んでる」

 

「ッ!!」

 

 あかりの言葉に香撫はギョッと目を見開くと、即座に屈み込んで、床に手を置いた。

 目を閉じて、神経を研ぎ澄ませる。

 警察署の内部から感じられるのは――――

 

(無数の魔力反応!? それにこれは……)

 

 暗闇に覆われた視界の隅っこで、真っ赤な二つの光が小さく瞬く。

 瞬間だった――――視界の至るところに、ポツポツポツポツ……と、真っ赤な両目の様な光が次々と灯されていく!

 魔法少女なら誰もが見たことがあるであろうその光に、香撫は愕然となった。

 

(キュゥべえ!?)

 

 

 あかりが先程伝えた『ネズミ花火』とは――――体内に爆弾を仕込んだキュゥべえのことだ!!

 

 

 香撫はあかりからの情報でそれを知っていたが、正直半信半疑だった。

 あのインキュベーターを完全に操る事ができる魔法少女いるなんて、信じられなかった。

 だが、自分の瞼の裏で、無数に瞬くこれらは、正にそれが真実であることを証明していた!

 

「恐らく、あたしたちが内部に足を踏み入れた時点で、ドカンッ! よ」

 

「……!!」

 

 つまり、警察署内で働く職員を一斉に人質に取ったのと同義。

 既に悍ましい状況下にあるが、あかりは表情を変えない。至って冷徹に放つ一言に、香撫が息を飲む。

 

「こいつらと、かなみさんを殺さずに放置していたことから察するに……『事を起こすまで大人しくしてろ』って意味でしょうね」

 

「両足に釘を刺された気分ね」

 

 香撫は端正な顔を僅かに顰めると、悔しそうにそう零した。

 あかりはコクリと頷きながらも、今後の事を考えていた。

 残されたAVARICE社の精鋭は、隣の香撫を含めて、あと三人――――吉野見晴と、寿徳(しのり)良樹の二人がいる。後者のメンツは恐らく、先輩であるかなみがやられたことでイキリ立つだろう。

 

(政宗、慎吾ちゃん。二人をしっかり抑えときなさいよ……)

 

 これ以上の戦力低下は避けられない。あかりは野郎二人にその願いを託していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、ボス……」

 

 緑萼市にある政宗の自宅兼オフィスにて――――あかりとの電話を終えた直後の政宗に、慎吾が声を掛けた。

 

「何だ?」

 

「いいんスか? 本当のこと、伝えなくって」

 

 慎吾はやや困惑した様子で問いかける。政宗は、フン、と鼻一回鳴らすと、

 

「伝えたら、あいつらの士気が削がれるだろう……」

 

 とだけ呟く。慎吾は、はあ、と溜息。

 

「そりゃそうッスけど……ボスが全部抱えることは無いんじゃないですか?」

 

「…………」

 

 政宗は沈黙。

 

「だって、かなみさんの意志だったんでしょ」

 

 慎吾の一言に、政宗のサングラスの奥の瞳が僅かに泳いだ。

 

 

 かなみが作戦外の行動を取ったのは、詰まる所、自分の意志だ。

 政宗の指示では無い。

 

 ――――何故こんなことになったのだろうか?

 

 かなみが作戦の全容をあかりから聞いたのは、二週間前の事だが、5日前に内容に不服があるとして、政宗に申し出てきた。

 直接あかりに訴え無かったのは、はぐらかされると思ったのかもしれない。

 不服とは、先程、政宗があかりにさりげなく伝えた懸念と同じ、『人命』についてだった。

 魔法少女の界隈では大ベテランにあたるかなみはプライドは高いものの傲慢では無かった。正義を愛し、手に入れた力を人の為に尽くしたいと考える人柄だ。

 そんな彼女が、あかりの作戦を素直に承諾するのか?

 

 答えは、否。

 

 『敵が蜂起したら、こちらも作戦開始。それまでは爪を研げ』なんて指示を受け入れられる筈が無かった。

 前述したが連中が蜂起した時点で多数の人間が犠牲になる可能性が高いのだ。あかりの作戦とは、とどのつまり、成功率は高いが、犠牲は黙認する、ということだ。

 それを、かなみは許せなかった。

 

 彼女は政宗に、精鋭が個々に、連中が仕掛けそうな場所に出向いて、各個撃破すべき、と提案。

 政宗は、「あかりから作戦を聞いただろう、連中は単騎でも恐ろしい化物だ、チームプレーで対処するに越したことはない」と、説得した。

 だが、その言葉が、かなみのプライドに触れてしまった。

 AVARICE社の精鋭が負けるはずが無い、とかなみは豪語する。

 流石の政宗とて、個々人の誇りや、正義感を自由に操作できる程の話術は持ち合わせていない。

 あかりには申し訳無いと思いながらも、渋々、かなみの提案を受け入れるしか無かった。

 

 

「ただ、怪我の巧妙だった……」

 

「そうっスね」

 

 意味深な諺を持ち出す政宗に、慎吾は同意する。

 かなみが倒れたという報告は、見晴と良樹も聞いていたが、あかりが心配してた状態には成らなかった。

 寧ろ逆、二人共々連中の恐ろしさを悟り、『作戦開始まで待機する』と言ってくれた。

 

「あとは、此処の高みの見物客共をどう動かすかだが……。慎吾、お前の方は?」

 

「こっちはOKですよ。俺の見立てだとあの子は必ず『YES』って言うでしょうから」

 

 慎吾は脳裏にある少女の姿を思い描き、クスクスと愉快気に笑い出す。

 政宗もフッと微笑を浮かべた。

 

「なら、大丈夫だな」

 

 そう言って、後ろを振り向いた。

 夜空には綺麗な満月が浮かんでいたが、心が休まる気は無い。

 連中はこの間にも桜見丘で、次々と『パンドラの箱』を仕掛けていることだろう――――全てが起きたら、連中はどこまでやるのか。

 桜見丘市の住民、全てが死ぬまでか。

 全ての家屋、公共機関、施設が破壊し尽くすまでか。

 まるで、想像できなかった。

 

 

 

 

 やがて、この冷たい満月もあと10時間後には消え去り、熱いだけの太陽に変わるのか――――そう思うと、能天気な空が妙に忌々しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  




 約4300字と短編なのかよく分からない文量でした。
 一応、説明回のつもり……です。あとはここんとこ行方不明気味な野郎二人の今後の動向を書いておきたいと思いまして……。



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     滾れ獣の血、叛逆の牙 C

間を置きすぎてしまいまして、本当に申し訳ありません……!


 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る――――

 

 

 

 

「とゆーわけでーっ!!」

 

 昨日――――日曜日の午前、桜見丘市を縄張りとする魔法少女チーム、「萱野グループ」こと『桜見丘魔法少女組』――あんまり呼ばれないが――は、定食屋『優』の2階にある優子の部屋で定例会議を開いていた。

 全員が近況を一通り報告をし終えた後、リーダー兼議長の優子が、両手をパンッと叩いて、声を張り上げる。

 

「これで今日の会議は終了!! でも最後に、アタシから一つ、みんなに伝えたいことがある」

 

 彼女の眼差しはいつになく真剣そのものだ。

 纏と茜は、背筋をピンと張って緊張の面持ちで見つめる。凛だけは、気怠そうにテーブルに肘を置いて頬杖を付き、眠た気な目を向けていた。

 

「『お使い』の報告だ!」

 

「みっちゃんから?」

 

 お使い、という名詞に纏いが小首を傾げる。

 余談だが、美味しいものに目が無い纏は、通子のインド料理屋にも頻繁に足を運んでいた。彼女との仲も良好で、「みっちゃん」、「まーちゃん」と渾名で呼び合うぐらいの間柄である。

 

「青葉市にとんでもなくヤバイ魔法少女が現れたらしい!!」

 

(きた……!)

 

 茜が身体が、強ばる。顔を固くして、両膝に置いた両手をギュウッと握り締めた。

 文乃が一週間前に話してくれた「青葉市の事件」……一昨日、荒巻 慎吾が言っていた「桜見丘を取り囲む悪魔」の存在……その二つがずっと頭に張り付いて離れなかった。

 実は、あの後、慎吾にはどこにも連れて行かれる事無く、自宅前で下ろされたのだ。

 帰宅した彼女は早速、自室のPCでニュースサイトを開き、青葉市で起きた事件を調べた。

 一番新しいものは、『一人の女子中学生が首吊り自殺をした』という件だった。

 

 名前を確認して、背筋が凍り付いた。

 

 それは青葉市を縄張りにしている魔法少女チームのリーダーの名前だった。死因は学校生活によるストレスからだと、表記されていたが……多分、いや、間違いなく違うと思った。

 誰か(・・)が、明確な悪意を持って殺害したのだ。

 そう、確信した。その人物は、桜見丘で発生している事件にも結びついているかもしれない。

 昨日、優子には電話でその推測を伝えた。そして、情報屋の通子から何かを知らされてはいないかと問いかけた所、難しそうに「ムムムム……!!」と唸られた後、「日曜日に話すよ」と流されてしまった。

 彼女ですら、大分躊躇う程のことなのだ。

 

(それがようやく――――)

 

 今日、告げられるのだと、思うと、汗がじんわりと背中に湧いて衣服が張り付いていくのを感じる。

 硬直していた身体が、急に震えだした。

 背中が全体が、冷たい。それは、発汗によって背筋が冷たくなったせいか、或るいは恐怖による寒気なのかは判別が付かなかった。

 

「みんな、真剣に聞いてくれよ!」

 

「!!」

 

 声が耳朶を叩いて、茜がバッと顔を上げる。凛と纏も、じっと見つめる。

 数拍間を置かれてから、優子は大きく口を開いた!

 

 

「青葉市にはしばらくいかない事!! 以上! 解散!!」

 

 

「~~~~っ!?!?」

 

 が――――期待していた話を優子はしてくれなかった。

 真剣な表情のまま、大口から放たれたのは、その『とんでもない魔法少女』の詳細ではなく……只の注意喚起。

 一気に全身の緊張感を抜かされた茜は、座位のバランスを失ってコテッと横に倒れた。

 

「……それだけ……ですか?」

 

 両手を付いて上体を起こすと、唖然とした表情で問いかける茜。

 

「ああ、それだけ!」

 

 だが、優子は真剣な表情のまま即答。茜の頭はガックリと倒れる。

 

「あの……その……普通だったら、しません……? 対策会議とか……」

 

「う~~~む……」

 

 意気消沈した茜が消え入りそうな声で訴えると、優子は困った様に茜から目を逸して頭をポリポリと掻き始めた。

 

「……優ちゃん、その子ってどこがとんでもないの?」

 

 何処か決意を固めた様に、顔を厳しく顰める纏が優子をじっと見つめながら問い質す。

 だが、優子はギョッと一瞬驚いた表情をしたかと思うと、顔を明後日の方に向けてしまう。

 

「とにかく、とんでもなくとんでもねえんだっ!!」

 

「?? ……意味が分からないよ優ちゃん……」

 

「つまり……言えないぐらい怖いってことですよね……?」

 

 全く説明をしない癖に威張りながら言い放つ優子に、纏は目を点にして呆気に取られる。向かい側に座る茜も溜息を吐いて呆れる。

 

「ねーカヤ」

 

 そこで黙して様子を眺めていただけの凛が、漸く会話に加わってきた。三人が一斉に彼女の方へと顔を向ける。気怠そうな態度に加えて、眠そうな目つきだが、放たれた声は低められており、僅かながら鋭さが感じられた。

 

「そいつ、どんだけ強いの?」

 

「強いとかそういう問題じゃ……」

 

 答えるべきか迷っている様子の優子に、凛は「にへら」と口の両端を釣り上げた。

 

「じゃあ、イカレ脳みそで例えてよ。あいつ何人分」

 

 なるほど、それなら分かりやすい。纏と茜は凛の意見に胸中で「おおっ」と感心すると、優子に視線を戻した。

 優子はウッと息を飲みながらも、まぁ大丈夫だろうと思って、答え始める。

 

「3狩奈……いや、もっとだな。10狩奈……もしかしたら20狩奈ぐらいか……」

 

「!!」

 

 纏が驚愕の表情を浮かべると、ある光景が頭の中を過った!

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

『 かりな ひびきたちが あらわれた! 』

 

 

 某有名RPGの先頭BGMを背景に、デフォルメされた魔法少女姿の狩奈が3匹現れた。

 ちなみにパーティメンバー上部に表示されており、左から「ゆうこ」「りん」「まとい」「あかね」である。

 

 

『 △かりなAが なかまをよんだ!

 

    ▲かりなDが あらわれた!

 

  △かりなBが なかまをよんだ!

 

    ▲かりなEが あらわれた!

 

  △かりなCが なかまをよんだ!

 

    ▲かりなFが あらわれた!

 

  △かりなDが なかまをよんだ!

 

    ▲かりなGが あらわれた!

 

  △かりなEが なかまをよんだ!

 

    ▲かりなHが あらわれた!

 

  △かりなFが なかまをよんだ!

 

    ▲かりなIが(ry

 

  △かりなGが(ry

 

 

  …………な なんと かりなたちが……!?

  かりなたちが どんどん がったいしていく!

 

 

 

  なんと キング(?)かりなに なってしまった!  』

 

 

 

 ちなみにそれは……ドイツ製の重戦車『マウス』に、狩奈の手足と顔が生えているというエ○タークやデ○タ○ーア最終形態もびっくりな恐るべき姿だった。

 

 

 

『 ズドン!! かりなの しゅほうが ひをふいた!

 

 

  まといは 3864の ダメージをうけた!

 

      まといは しんでしまった!   』

 

 

GAME OVER

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

「優ちゃん、それものすっごくヤバイってことだよね……っ?」

 

 妄想を終了した纏が、顔を真っ青に染めて、ガクガクブルブルと全身を震わせてそう訴える。同意する様に他の面々を見ると、茜は完全に凍り付いており、

 

「…………だね、一人で戦争起こせそうだ……!」

 

 問いかけた張本人である凛もしばらく絶句していたが、なんとか口を開いて冗談とも真面とも付かない台詞を吐き捨てた。

 

(戦争……)

 

 一方、固まり付いていた茜だったが、凛の言葉に紛れていたある単語が、頭にしがみ付いてきた。

 

 もし、青葉市と桜見丘市で事件を起こした魔法少女の目的がそれ(・・)なら――――!!

 

 不意にそんな考えが、頭をもたげてきた。

 無論、現代人である茜にとって『戦争』なんて昔話に過ぎない。ただ、正義に準ずるが故に、それがどういうものかはよく調べていた。

 『戦争』は、力に絶対の自信を持つ集団が仕掛けるケースも、歴史上数多く存在しているのだ。日本国内でも、その類の内戦は枚挙にいとまが無い。

 

「――っ!」

 

 茜がクッと歯を噛みしめる。そんなこと、させてたまるか――――『悪魔』達に対する感情が、急激に沸き上がって、沸点を超えてきた。

 

「優子リーダー!!」

 

 茜がテーブルをバンッ!! と勢い良く叩く。全員が一斉にギョッと驚いた顔をして茜に注目した。

  

「その悪魔……みたいな魔法少女が、こっちに来る可能性が有ります!」

 

「……っ!」

 

 茜の訴えは怒声に近く、部屋中に響き渡るぐらいの音量だったが、恐怖と不安が入り混じっているせいか、震えていた。

 それを敏感に感じ取ったのだろうか、優子の片眉がピクリと動くと、目を細める。

 茜は口から火の粉を吐き続けた。

 

「もしであったら、戦うべきですよね?」

 

 ひとしきり訴えると、優子と強く向き合った。震えた言葉とは対照的に、その瞳に迷いは一片も映っておらず、戦前の兵士の如き情熱が込められていた。

 しばらくそんな茜と睨み合っていた優子だったが――――突然、顔から力が抜けたかと思うと、ハア~、と深い溜息を付いた。

 

「それがなぁ~、どうしたらいいかわからないんだよぉ」

 

 カクッと頭が項垂れる優子。

 

「へっ?!」

 

 彼女らしからぬ責任感の無い発言に、意表を疲れた茜は、素っ頓狂な声を挙げてしまう。

 

「わからないって……だって……!」

 

 魔法少女が一人、殺されてるかもしれないんですよ――――と出そうになったが、寸手で口を噤めたのは僥倖だった。

 凛と纏に余計な心配を与える訳にはいかない。

 

「逃げるか、戦うかは、わからねえんだよ。だって、今までに無い奴だし」

 

「でも、桐野卓美の時は……」

 

 茜の頭にフッと過ったのは、3年前の事だ。

 かつて緑萼市の魔法少女達を支配下に置き、悪逆非道の限りを尽くした支配者。あの時の優子は、凛と共にその巨悪を倒す決意を硬めた。そして、全力で戦い抜いたのだ。

 今回もてっきり、優子の中では対策まで考えているだろうと思ってただけに、拍子抜けだった。

 できれば優子からは、そんな腑抜けた発言は聞きたくなかったが、実際に彼女は言っているのだからどうしようも無い。

 

「あん時はまぁ……色々勢いでやってたし、なぁ」

 

 茜の視線から逃げるように、凛に黒目を泳がす優子。

 

「ボス猿ぐらいだったら、あたしらで叩きのめせるって自信は有ったよね」

 

 凛はコクコクと首を縦に振って答えた後、「でも……」と呟いてから、目を光らせた。

 

「でも……青葉に出たそいつは明らかに違う。イカレマシマシのキ●ガイってことでしょ? カヤ」

 

 凛の声色が鋭さを増した。優子は図星を突かれたのか、ウッと息を飲むと、罰の悪い顔を浮かべて答える。

 

「そうだよ……」

 

 そして、彼女はもう一度、大きく溜息を付くと、顔を上げる。再び真剣な表情を全員に見せて言い放った。

 

「だから、みんなも見かけたら全力で逃げろ。間違っても戦うなんて思うな。死ぬから。顔を合わせるのも駄目っ! 死ぬからっ!」

 

 優子はそこまで言うと、『じゃ、解散!!』と言って、半ば強引に会議を終了させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議が終了し、優子の家から出た三人は、どこか浮かない顔をしながら帰路に立った。

 当然だろう。

 今まで、この桜見丘()を脅威から守ってきた。彼女達がそうできたのは、誰あろう萱野優子の存在があってこそだ。彼女が類まれなる度胸と腕力を以て、魔女や縄張り拡大を目論むドラグーンの強力なライバル達と――一切の策謀を用いることなく――真正面から立ち向かってきたから、彼女達はその勇者の如き威勢に惹かれて、付いてきた。

 チームを結成してからは、彼女の発言に間違いは無いと信じてきた。

 だが、優子は「戦うな」、「逃げろ」と言った。これは初めての事だった。

 

「ねえ……」

 

 凛と纏に挟まれる形で歩いていた茜が、突如、立ち止まって声を挙げる。

 

「ん?」

 

「どうしたの?」

 

 二人は少し歩いてから、茜が付いてこない事に気が付き、振り向いた。

 茜の眉間には皺が寄っているが、口元はギュッと結ばれており、怒りとも困惑とも付かない感情が顔に浮かんでいた。

 

 

「二人は……悪魔が襲ってきたら、どうするの?」

 

 

 ポツリと呟く茜の瞳は、意を決した様に強く瞬いていた。

 

「っ!?」

 

「……!」

 

 纏は肩をビクリと震わすと、息を飲んだ。凛は憮然とした表情だが、目を鋭く細めている。

 

「私は、逃げちゃう、かな……」

 

 最初に発言したのは、纏だった。彼女は困惑した表情で、オドオドと怖気づく様に身を縮こませた。茜の視線から目を逸しながら、そう伝えてくる。

 

「だって、私達魔法少女の敵って『魔女』だよ……。『悪魔』なんて、よく分からないし、敵いっこ無いと思う……」

 

「そう……」

 

 纏はそこで罰が悪そうに顔を俯かせた。怒られると思ったのかもしれない。

 だが、茜はその言葉を否定もせず、頷いて聞き入れた。

 

「あたしは、状況によるかな……」

 

 次いで発言したのは、凛だ。纏とは対照的に、普段どおりの飄々とした声色で続ける。

 

「そいつが、ここに踏み込んできても、何もしなかったら放っとく」

 

「放っとくって……!」

 

 にへら、と口の両端を吊り上げて笑みを浮かべてとんでもない事を言い放つ凛に、隣立つ纏がギョッと目を見開く。相対する茜も、咄嗟に噛みつきそうになった。

 

「けどね……」

 

 凛はそう呟くと、目を閉じてしばし沈黙。

 纏と茜が怪訝な表情を浮かべて、彼女が次に出す言葉をじっと待ち構える。

 

「もし、あたしが大事にしてる物を傷つけたら、容赦無くブッ潰す……ッ!」

 

 獰猛な狩人が本性を顕した。

 開かれた瞳が、鋭利な光をギラリと放ち、ドスを利かせた低い声が茜と纏の心に突き刺さった。

 

「「…………ッ!!」」

 

 ゾ~~ッと全身を震わす二人は、思う。

 一番怖いのは、青葉市に出没した魔法少女では無く、コイツ()じゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後――――二人と別れて深山町へ戻った茜は、自宅へ戻らず、裏に建つ教会へと立ち寄った。子どもたちの世話をしてあげたい気持ちも勿論有ったが、それ以上にセバスチャンと話したいことがあったのだ。

 彼を捕まえると、休憩室へと誘い込んだ。木彫りのテーブルを挟んで向い会う。

 

「せやったんか……みんなはそう答えたんか」

 

 茜が一部始終――流石に魔法少女や魔女の事、それに、青葉の事件は話さなかったが――を伝えると、セバスチャンはどこか重たそうに口を開いた。

 

「ええ」

 

「茜は、どうしたいんや?」

 

 静かに問いかけると、茜は、未だ怒りが拭い去れていない表情をキッと向けて、答えた。

 

「私は……やっぱり、戦うべきだと思います!」

 

 沈痛そうに顔を浮かべるセバスチャン。やはり茜の意志は巖の様に頑強であった。

 一昨日の会話で、その堅牢な城を傾けることができたかな、と思っていたが――――結局ビクリともしなかったことに愕然となる。

 額に汗を浮かべて、後頭部をポリポリと掻くと、困った顔を浮かべて茜に話しかける。

 

「おっちゃんは、みんなが言った事の方が正しいと思うわ」

 

「……」

 

 茜は反論せず、顔を俯かせた。

 

「茜、人ってのは、自分の命だったり家族だったり、護りたいって思うモンがあるからこそ、初めて立ち向かえるんや。船坂弘もルーデルもヘイヘも……イラク戦争時のクリス・カイルも、ごまんと迫る敵と勇敢に戦ったやろ。それが胸に有ったからや。ただ相手が『悪い奴』だからってだけで戦うんは、只の自殺行為やで」

 

「…………」

 

 茜は顔を俯かせたままだが、セバスチャンの言葉は耳に突き刺さっていた。

 

「茜、お前はまず大事に思うモンを探った方がええ」

 

 ――――おっちゃんは茜に死んでほしくないんや、と付け加えて喋るセバスチャンの声色はとても穏やかではあった。

 しかし、茜にとっては、頭ごなしに叱りつけられている等しい。

 彼女は顔を歪ませる。

 一体、それを何に見い出せばいいのだろう。桜見丘の全ての人々では、駄目なんだろうか。いや、それはセバスチャンに――遠回しではあるが――駄目と言われたばかりだ。どんなに自分の意志が強くても、全ての命は助けられないと言われた。

 じゃあ、家族? お父さんとお母さん? 妹の亜励沙と亜由美? それは本当に一番大事なものだ。でも、それを守ろうと考えるのは、人として当然の『義務感』から来るものであって、自分の本心から守りたいって思うものとは、ちょっとだけ、違う気がする。

 

(じゃあ、私は、何を本当に守りたいの?)

 

 思考がぐるぐると渦巻き始める。

 迷宮に迷っている最中に、洪水が流れ込んできて、自分を何処かに押し流してしまった。悲鳴を挙げても誰も助けてはくれないし、流された先が光溢れる出口だとは限らない。更に複雑な迷路に辿り着いてしまう。

 

「あーせやせや、茜」

 

 そんな考えに耽っていると、セバスチャンが急に明朗な声を挙げた。

 

「今月も送られとったで」

 

 どうやら茜の気を紛らわす為に、話題を変えてくれたらしい。

 笑顔で差し出されたのは、一枚の封筒だ。手に取ると、僅かな厚みと重みを感じられる。

 

「今月も……ですか」

 

 まじまじと見つめる茜。確認するまでも無く中身が何か、彼女には分かっていた。

 学問のススメを書いた人物が、集団でガン首揃えていることだろう。

 

「10万も入っとった」

 

 当たり。茜の勘は見事的中。

 実は、二年ぐらい前から、セバスチャンが経営する児童養護施設に、毎月、送られてくる様になった。金額は大体10~15万円と相当だ。

 送り主は不明だが、毎回、決まって手紙も添えられていた。柔らかな筆跡で「少ないですが、これでこどもたちに、○○(時期によって異なるが、前々月は“ランドセル”だった)を買ってあげてください」と書かれていた。

 

「このご時勢、老後に備えて貯金をするンも大変なんに、随分酔狂な真似をする人やと思うで。でも、ありがたいわ」

 

「まだ、誰か分からないんですね」

 

「そや。直接会ってお礼を言わにゃ神様からバチが貰う思うて、使わずに溜めとった。けどなぁ」

 

 セバスチャンはそこでふう、と溜め息を吐く。茜は小首を傾げる。

 

「玄関入ってすぐ右側に有る女子トイレの水道が一個、駄目になっとったやろ? 流石にその人が善意でくれたモンをいつまでも放置しとくんは、悪いかもって思うて、修理費に使わせてもろたんや」

 

「そうですか……」

 

 話を聞いてて茜は思っていた。

 現金を送る無名のその人――――意図は分からないが、恐らく慈母の様に優しく、神様の様に懐の広い人だと推測できた。

 

(なんか、素敵だなぁ……)

 

 その人が魔法少女か普通の人かどうかは茜には分からない。しかし、どちらにしても、尊敬できる精神だ、と思う。魔法少女の自分よりも、遥かに。

 無名のその人物は、戦っていた。自らの生活を削ってまで、子供達の未来を守ろうと。

 自分は戦う覚悟はあっても、継続させることは、とても、できない。

 

(そういえば……)

 

 そこで茜は、少し思考を整理してみることにした。

 自分が人々の為に「戦いたい」と願っているのは、魔法少女の力があってこそだろう。でも、それは優子、凛、纏も同じの筈だ。自分だけの考え方じゃない。

 

(それに……)

 

 先の会話を思うと、彼女達には明確に守りたいものがあると考えられた。 

 優子は家族と、自分を含めた仲間達。凛は――それが何なのかは不明だが――大事にしてるものがあると言った。纏は二人に比べると背負うものは余り無い様子だが、自分の命が大事だということは推測できた。

 

(私には……)

 

 何も、無い。改めてそう自覚させられた。

 魔法少女だから戦える、というだけで、何の為に? と問われると、答えが浮かばない。

 強いて挙げられるとすれば、正義を愛しているから悪が憎いんです、という事ぐらいか。

 

(何もないんだなぁ、私って……)

 

 他の三人と比べても。お金を送ってくれる無名のその人に至っては比較になりそうも無い。

 茜はへにゃりと上体の力が一切抜けた様に、テーブルの上に突っ伏した。

 

「おっ、またやっとるで」

 

 そこで聞こえてきたセバスチャンの声が耳朶を叩いた。同時に聞こえてきたのは、休憩室の隅に置かれたテレビから。

 ニュース番組を映しているのだろう。男性キャスターの義務的な声が聞こえてくる。

 

『東京都・新宿区アパートの駐車場で男性が倒れているのが見つかり、病院に運ばれましたが、その後死亡が確認されました。現場の状況から、男性は10階の自宅のベランダから自ら飛び降りたと見られています。男性の部屋には自殺をほのめかす遺書の様な書き置きが残され、内容から入社1年目にして残業100時間を強いられた事への過労によるストレスが原因と考えられています』

 

 それを見つめるセバスチャン。画面の右上部には、男性の名前と年齢が表示されていた。

 『18』の数字を見た途端、瞳が哀れみに満ちる。

 

「まぁったく……悪魔なんぞ来んでも、社会が地獄やったらホンマどうにもならんわ……。子どもたちの未来を大人達が守れんでどないすんねん……」

 

 沈痛そうな顔を俯かせて静かに訴えるセバスチャン。茜も僅かに伏せていた顔を上げた。彼と同調するように複雑な面持ちでニュースを見つめている。

 

(“今”の子供達を守れたとしても……かあ)

 

 大人になった後は、保証できない。社会に飛び込んでしまえば、その時点で彼らは戦士となり、戦わなければならないのだ。

 しかし、覚悟も背負うものも無ければ、ニュースで報道された男性の様に何もかも食い尽くされて、殺されてしまうのだろう。

 

(そうならない為にも……)

 

 先人達は、あらかじめ教えるべきなんじゃないか、と茜は思う。

 社会の無情さ残酷さを。戦い抜く為の方法を。その為の一つとして背負うものを作らねばいけないのだということを。

 

 

(!!!)

 

 

 刹那――――茜の頭に電流が走った!

 

 無名のお金の送り主、優子を始めとする魔法少女の仲間達との会話、そして、自分が今見ているニュースの内容――――それぞれ全く関わりの無い出来事の部分部分が、茜の頭で一つに固まって『解答』の固体を形成した。

 それはまるで、天啓の様な閃きだった。

 

「神父様、ちょっと用事を思い出したので、帰ってもいいですか」

 

 何かの決意を固めた表情で、スッと立ち上がる茜。

 

「? お、おお、そうか。話が長引いて悪かったな」

 

 その相貌の力強さに気圧されながらも、セバスチャンは笑顔を向けた。テレビを切ると、彼も立ち上がる。

 

「じゃあ、またな」

 

「さようなら」

 

 扉を開けて出ていく茜を手を振って見送るセバスチャン。

 彼が最後に見た茜の背中は――――小さな身体には相応しくないほど、頼もしく見えた。自然と顔が綻ぶ。

 

(なんやようわからんけど……なんか掴んだみたいやな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅に戻った茜は、早速スマホでLINEを起動していた。

 ある連絡先を発見すると、通話ボタンをタップして耳に当てる。

 

『もしもし……』

 

 すこし細めな少女の声が聞こえてきた。茜は、意を決して口を開く。

 

「葵ちゃんね、今度の休日、私の家に来ない?」

 

『えっ?』

 

 いきなりな申し出に、相手は素っ頓狂な声を挙げてしまう。

 

 電話の相手は、柳 葵――――魔法少女では無いが、素質は有る。

 できれば、キュゥべえと契約してほしくはない。それは、茜のみならず他の仲間達も同じ願いを抱いていた。

 しかし、現実的に考えれば、彼女が魔法少女になるのは、時間の問題だと茜は考えた。纏の話では、キュゥべえが常時彼女に付き纏っているのだと聞いていた。

 それに――――『悪魔』達が、桜見丘で何かを仕掛け始めたら……可能性はグンッと高まる。

 

 最終的に、魔法少女に成るか否か、選択するのは葵だ。

 

 だからこそ、もし成ってしまった場合、如何なる苦難が待ち構えているのかを教えなければならない。

 

 

 いずれ、戦地に放り込まれるであろう者の未来を、護る――――!!

 

 

 茜は自身が戦う理由として、それを定めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『そっと開いたドアの向こうに、壊れそうな世界はある』」

 

 幻想的な空間だった。

 端的に表すなら『異界』の様な世界で、少女の謳う様な声が静かに反響した。

 

「イナ先生、それは……?」

 

 川のせせらぎにも等しいその旋律は、自分達が立つ異界には対極的とさえ言える程に酷く不釣合いに聞こえた。

 少女の隣に立つのは、ツインテールの黒髪にゴシックロリータの衣装を纏った魔法少女――――高嶺絢子は、強い違和を覚えて思わず問いかける。

 

「アンナ=アルボガストが、『ウロボロス』を創設して間もなく発表した随筆集の一節よ。誰も知らないけどね」

 

 そう語るイナの眼前に、異界は無い。広大なパノラマヴューの様な画面には、現実世界が映し出されていた。

 どこまでも澄みきった青い空に、高速で流れる白い雲の群れ。

 イナと一緒にその景観を見ていると、自分がここに行き着くまで抱えて込んでいたものがちっぽけに思えてくる。

 

「彼女が生きた時代、フランス国内では100年戦争の真っ只中だったの。いつ終わるかも分からない、血漿と腐臭が常に舞広がる世界の中で、『戦略兵器』として扱われた少女達を幾人も見てきた」

 

 その景色をうっとりとした表情で眺めるイナだったが、満足はしていなかった。あるもの(・・・・)が欠けている。

 

「彼女達を使役するのは、何れも権力欲や闘争心に取り憑かれ、真っ当な理性などとうに捨て去った無力な人間達。1431年5月、彼らが救世主と讃えたジャンヌ・ダルクが捕虜として処刑された」

 

「処刑って……」

 

「火炙りよ」

 

 息を飲む絢子に背を向けたまま放たれた言葉は、冷え付いていた。 

 

「資料によっては、その前に兵士達によって輪姦されたともいわれている。それを知った時、アンナの中で例えようも無い怒りの感情が業火となって渦を巻いたの。なぜ、力と知性を兼ね揃え、誰よりも気高き誇りを携えた勇者で有る筈の彼女が、あんな残酷な末路を迎えなければならなかったのか、と。この世界に蔓延る如何にもし難い矛盾に気付いた時、彼女は世界を憎んだ(・・・)

 

「憎しみ……」

 

 滑々(つらつら)と語るイナの言葉の最後に、刺さるものを感じた。絢子は、じっと目を細めて、イナの言葉に神経を集中させる。

 

「矛盾を正し、真に能力のある人間が讃えられる様な社会を築かなければならない。変革(それ)が可能なのは、自分しかいないのだと、彼女は気付いた。……ウロボロス(超大な龍)が息吹を挙げた瞬間よ」

 

 この一節には、その“決意”の意図が込められている――――イナはそう告げると、フッと笑みを作り上げた。

 彼女が見つめる世界の中心に、「太陽」が君臨する。目を焼き尽くさんばかりの光量を眼前にした途端、彼女の瞳が恍惚の色を強く映し出した。

 

 

「『間違えでも信じた道は、新しい景色を照らすだろう』」

 

 

 口の両端が歪むぐらいに強く吊り上がった。

 

「アンナは無力な人間だったけど、そう信じる事で“意志”を貫けた。一生を捧げて、組織の基盤を絶対に揺るぎないものへと固める事ができた。今、ウロボロスは世界規模にまで発展し、年間万単位の魔法少女が救われている」

 

 イナはそこで後ろを振り向く。

 

「でも、まだ足りない。彼女が望んだ“変革”は、まだ達成されていないから……」

 

 太陽の光を背中に浴びて、逆光で全身をどす黒く染めた彼女は、まるで焼け焦げた人形の様に絢子には見えた。

 

 

「火蓋を切るのは、貴女達よ」

 

 

「っ!!」

 

 唐突に告げられた言葉は暗に、世界を直すのも、壊すのも、変えるのも、自由(・・)だと教えられた様だった。

 絢子の全身が、震えた。燃える様な興奮が、滾る。

 少し前まで無力な自分に、そんな“采配”が委ねられるなんて思ってもみなかった。

 ふと、後ろに気配がして、振り向く。

 いつの間にか、魔法少女姿の金田莉佳子、東上綾乃、津嘉山晶、鈴木美菜が横並びになって立っていた。彼女達も、期待に満ち溢れた瞳から爛々とした光を瞬かせている。

 

「みんな……」

 

「ただいまー」

 

 絢子が目を見開いていると、空間の隅の方から軽い返事が聞こえてきた。

 

「レイさん、三坂さん」

 

「やあ!」

 

「…………」

 

 怪物の大口の様な出入り口からのこのこと歩み寄ってくるのはレイと、沙都子だった。

 レイはパアッと表情を明るくして軽快に挨拶してくるが、沙都子は対照的に、疲れ切った様子だった。光の無い瞳で顔を俯かせている。

 

「ルミは?」

 

 

「ここだ」

 

 

 周りをキョロキョロと見回した後、レイがイナに顔を向けて問いかける。

 すると、掠れた低い声が地鳴りの様に響いてきた。

 同時に、天井から、何かが降ってくる。着地した瞬間、床がぬちゃりと生肉を掴んだ様な気色悪い音を立てて、雫を跳ねた。

 

 

「わたしは、ここにいる」

 

 

 彼女の瞳が映す『赤』が、薄暗い異界の中心で陽の様に光り輝いていた。『魔眼』と呼ばれしそれを眺めていると、自分達の意識すら飲み込まれてしまいそうだ。

 恐怖が絢子達の心に湧いた。僅かに顔を逸したり俯いたりして、視界に入れないようにする。

 唯一レイだけが、一切何も感じていないようで、ニコニコと笑顔を向けている。

 

 

「始めろ、イナ」

 

 

 絢子達の願いが届いたのか、ルミは背を向けると、指示を出した。

 焼け焦げた人形の瞳が強く見開かれ、金色に瞬く。

 

 

「『このただならぬ社会は無思慮である』」

 

 

 そして、ゆっくりと口が開かれる。

 先程、アンナ=アルボガストについて語っていた人間と同一人物とは思えない程に、声色が凶変していた。

 

 

「『このただならぬ社会は軽率に物事を投げやりにしているのである。彼らは感受性が鈍いので、もしも人々が今のうちに運命と和解しないならば、早晩仕返しの運命が近寄るに違いないということを予期していないのである』」

 

 

 引用されたのは、アドルフ・ヒトラー唯一の著作・『わが闘争』の一文であった。

 言い終えた後、イナは嗤いながら全員に告げる。

 

 

「さあ、存分に思い知らせてあげましょうか。魔法少女(わたしたち)の“力”というものを」

 

 

 インキュベーター(支配者)に。

 そして、支配者(人間)に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった一夜

 

この夜が明けるまでに日本の首都を壊滅させる。

 

私にはその自信がある。

 

侵略とは何か。

 

祖国なるものは自らの血で守るもの。

 

その覚悟がお前たちにあるか楽しみだ。

 

思い知るがよい。

 

お前たちの防衛的拒否力など、張り子の虎だ。

 

神が消え、勇者が絶えた夜。七月十一日の夜を彼らはそう呼ぶだろう。

 

 

 

                            ――――安生 正『ゼロの迎撃』より、序文

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、勃発。


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     滾れ獣の血、叛逆の牙 D

 長らくお待たせいたしました。

※一万4千字越えの長編となります。
 また、場面転換多数ですので、お疲れの方は注意してくださいませ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「葵ちゃんね。こんどの休日、私の家に来ない?」

 

 全ては、その一言から始めった。

 

 

 

 

 

「はっ?」

 

 ポカン、と、頭を小槌で叩かれた様な音とともに目を丸くする葵。

 いつものアホ(ゆかり)ならともかく、特に付き合いも無い相手から、いきなりそんなお誘いを受ければ誰だってこんな反応を示すというものだ。

 ましてや、魔法少女相手から。

 

『ごめん、いきなり誘ったら驚いちゃうよね?』

 

 相手は見当違いの事で謝ってきたので、葵は直ぐに「いえいえ」と否定。

 

「いきなり誘われるのは、あのアホ(ゆかり)にいつもやられてるから別にいいんですけど……え? 茜さん? 一体何でそういうことになったのか、説明してください」

 

 そう訴える葵の顔の全面には混乱と、ちょっぴりの疑惑が張り付いていた。

 何度も言うが相手は、魔法少女である。

 いきなり一般人である自分にそんな電話を寄越すということは、間違いなく「何かあった」に違いない。

 電話越しで不審な感情を向けるのも当然と言えた。

 

『実は、魔法少女のレクチャーをしたいなって思って……』

 

 ??????

 

 意を決した様にそう伝えてくる茜の真意が伺えず、葵の頭のてっぺんから疑問符がポコポコと吹き出してくる。

 何せ、初めて出会い、別れた時に「魔法少女になっちゃダメだよ!!」なんて強く訴えてきたのは彼女なのだ。

 それがいきなり、魔法少女の事を教えたい…………?

 確かに、魔法少女の界隈は自分のとは比べ物にならないほど、色んな出来事に溢れてる様なので、一ヶ月の内に心変わりするような出来事が茜にあったのかもしれないが――――

 

『葵ちゃん、魔法少女にはどうすればなれると思う?』

 

 思ってると、向こうから質問が飛んできた。葵は思わず「えっ?」と声を挙げてしまう。

 

「……自分の願いを、キュゥべえに伝えるんですよね」

 

 一瞬、話ながらもキュゥべえが部屋にいないか、確認してしまった。

 机の下、ベッドの下、窓のブラインドの内側と外、クローゼットの中、ゴミ箱……よし、いない。

 

『そうだけど、どうすればそうなると思う?』

 

「どうすればも何も、自分の意志で決めるんじゃないんですか?」

 

 だから、否定し続けている自分は魔法少女にはなっていない、そう付け加えて茜に伝えると、

 

『違うよ』

 

 即答で、そんな一言が飛んできた。葵の不審感が増した。目をじっと細める。

 

「じゃあ、何が……?」

 

 訴えるように問いかけると、一呼吸置いてから、茜はポツリと呟いた。   

 

 

『運命』

 

 

 

「えっ……」

 

 予想だにしていなかった答えに、葵は一瞬、呆気に取られる。

 まるで、意味が分からない。

 

『もっと分かりやすく言うと、“状況”。魔法少女になるかどうか決めるのは、自分の意志じゃない。“状況”が決めるの』

 

「ちょっと待ってください!」

 

 茜の声量は耳を研ぎ澄まさないととても聞こえない程ボソボソとしたものだったが、強固な決意を纏っている様な声色に聞こえた。

 葵は咄嗟に声を張り上げて抗議する。

 

「だったら……私が魔法少女になっていないのは、その状況にぶつかっていないからって事ですかっ!?」

 

『うん』

 

 茜の即答を聞いて、クラリと――――一瞬だけ、目眩がした。

 茜の言葉が本当なら……今まで出会った魔法少女は皆そうだったというのか!?

 電話越しの茜も、纏も、凛も、あかりも、命も……今まで出会ってきた彼女たちは皆「魔法少女にならざるを得ない」状況に遭ったからだというのか。

 なりたい、なりたくないに関わらず……!

 でも……それは一体、何だ? “状況”ってどんな状況? どうしても、気になる。

 

『……葵ちゃん、一つ例を出すね』

 

 茜に問いかけようとしたものの、その“状況”を聞くのが怖かった。

 躊躇っていると、茜が話し始める。

 

『貴女の大事な人を想像してほしい』

 

 言われて、目を瞑る葵。

 大事な人と言われてまず想像するのは、家族。次いで浮かんでくるのは、無邪気にハシャグ縁の姿だ。

 

『その人が、目の前で、命が危ないぐらいの大変な目に遭ってたら……?』

 

 問いかけに、ハッとなる。。

 家族は、全員が落ち着いた性格だし、危険な場所には無闇矢鱈に飛び込まない。身体も健康体だ。だから、外した。

 残ったのは縁。

 何にでも興味津々で、感情任せに火事場にすら向かう彼女には、常に危険(トラブル)が付き纏って離れることはなかった。

 だからなのか――――縁に対して、フッと、頭の中でよからぬ場面が思い浮かんだのは。

 

 

 ――――二度目に出会った魔女、タランチュラの様な容姿の巨大な怪物。無数に生えた毛むくじゃらの足が一本、鎌を振り下ろす様な勢いで縁に襲いかかる。

 捕らえられてしまい、泣き喚きながら、自分に向かって必死に助けを求める縁。

 

 

 その“状況”を目の当たりにした葵に、選択肢は無かった。

 

 

『どうする……?』

 

 問いかける茜。

 葵は身体を震わせていた。額から汗がポタポタと滴り落ちてくる。

 全身から溢れ出す感情は、悔しさ――――自分が魔法少女になる可能性は限りなく100%に近いと確信した。

 

「多分……」

 

 消え入りそうな程、小さな声を震わせながら、茜に伝える葵。

 

「その人の無事を願うと思います。魔法少女になって、助けると思います」

 

『……そうだよね』

 

「でも、そうなっちゃったら、私のそれからの人生は……どう変わっちゃうんですか……?」

 

 顔からベッドのシーツへと落ちる雫の中は、生暖かい物も混じり始めていた。

 それは目尻から流れ、頬を伝っている。

 その時の状況が来たら、覚悟も何も無いまま、大切な人を救う為に『契約』してしまうのだろう。

 もしそこで救えたとしても――――それからの自分は最早一人の『戦士』だ。常に死と隣り合わせの日常。生きていく為に魔女と戦っていかなければならない。

 凛の様に無邪気に生きれるか、茜の様に正しくいられるか、あかりの様に飄々とできるか、命のように逞しくあれるか……何れも自信が無かった。

 怖くて怖くてしかたがなくなって、涙がどんどん溢れだしてくる。

 

 

『なにも、変わらないよ』

 

 

 だが、茜は凛とした声で言い放った。

 

「……え?」

 

 その頼もしさすら感じられる一言に、葵の涙が止まる。

 

『そんな事は絶対に無いし、誰にも葵ちゃんの人生を変えられ無いと思う』

 

 ハキハキとした力強い言葉が、冷え付いた心を暖める様だった。

 

「茜さん……」

 

『安心して、葵ちゃんは葵ちゃんのままだから! 私が、そうあれるように教えるから!』

 

「でも……」

 

『私ね、こう見えても魔法少女歴、4年なの。チームじゃ一番長いんだよ? そんな私の言葉が、信じられない?』

 

「えっ……?」

 

 再び呆気に取られる葵。4年……ということは纏の2倍である。

 そう思い至った途端――――ギョッと目を見開いた!

 

 ――――4年!?

 

 あの身体が小さくて顔つきも幼くて、小学生にしか見えない様な子が、魔法少女歴4年!?

 道理で一つひとつの言葉に重みが有るわけだ。

 

「日向さんっておいくつなんですか……?」

 

 直ぐ様疑問をぶつけると、茜はふふ、と笑ってから答える。 

 

『15歳だから、小学生の頃には魔法少女をやってたよ』

 

「小学生の内に、二年間も……」

 

 葵が呆然としてるのを、悟ったのか――――あはは、と愉快気に笑う声が通話口から響く。

 

『その頃は確かに大変だったし、葵ちゃんと同じ悩みを抱えてた。でもね、私には友達も、尊敬できる人も、仲間もいっぱいいたの』

 

 だから、乗り越えられた。

 だから、今が有る。何も変わっていない自分自身が此処にいるのだと――――茜がそう教えてくれた。

 

『もし、いつかその“状況”が来て、魔法少女になっちゃったとしても、独りだなんて思わなくていいと思う。悩んだら、相談すればいいだけだから。家族とか友達とか……美月さんは分かってくれるし、私や纏ちゃん達だって、支えになってあげられる』

 

「でも……」

 

『分かってる。死と隣り合わせで生きていく事に自信が無いなら、私が生き延びる為の方法を教えてあげる』

 

 “生き延びる為の方法”――――果たして本当にそんなものがあるのだろうか、と疑いたくなる。

 だが、電話越しの相手の声は、はっきりと、自信に満ち溢れていた。微塵も嘘を言ってないだろうし、恐らく薄い胸も張っているに違いない。

 

 ――――信じていいのかもしれない。

 

 不意に、そう思った。

 まるで慈母の様な優しさが葵の心を優しく覆っていた。故に、彼女の言葉なら聞く価値があるかもしれないと思えた。

 

 

「お願い、します……!」

 

 

 葵の迷いは止まった。

 電話越しの少女、日向茜もまた、“状況”に出くわして魔法少女になったのには違いない。だが、何も変える事も、変わることもなく今を生きているのだとしたら――――!!

 

 自分もそうありたい。自分らしさを失いたく無い。故に、万感の期待を込めて、彼女にそう返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四方八方に汚泥が流れていた。

 

 

 異界――――イナ達が根城にしているこの空間は、壁も床も一見した限りでは焦茶色の流砂物が延々と流れ続けているようにしか見えない。

 だが、じっと見つめていると、模様が見えてくる。同時に、生物らしき存在もそこかしこに散見できた。

 床下は、流砂物が川の様に流れて、埴輪や土偶の顔をした見たことも無い魚が、ゆらゆらと自由に泳ぎ回っている。

 壁は、林や森の様に木々が溢れる模様となり、蜥蜴や蛇の様な爬虫類がキリキリキリ……と耳障りな金切り音を立てながら、壁の全体を這いずり回っていた。

 此処に足を運んだ者は、誰もがその様相に、心を奪われて見つめてしまうだろう。

 だが、異界の中心に立つ彼女は主であるにも関わらず、一切の興味関心も抱いていなかった。

 

 何故なら、意味が無いからだ。

 

 訪れた者の精神を、幻想的な気分に浸し正気を失わせる(・・・・・・・・・・・・・・・・)という催眠効果以外に、この異界は価値を持たない。

 自分が関心を抱くのは、いつも、目の前に映る蒼天――――そして中心で瞬く真円の光。

 紅く光るその姿は、自分にいつまでも、『あの子』を感じさせてくれる。

 心に巣食った混沌を照らし、深淵の闇を切り開き、希望で満たしてくれる――――それを幸福と呼ばずして、何と呼ぶのだろうか。

 

「作戦は順調のようね、イナ参謀(オフィサー)

 

 背後から女性の声が聞こえた。イナはゆっくりと振り向くと、一人の女性が佇んでいた。

 腰まで伸ばした黄金色の髪、色白のきめ細かに整った相貌、透き通る程澄んだ碧眼を持つ、日本人離れした風貌だった。

 モデルの様な長身を、真っ青なロシアの衛兵のコートで包んでいる彼女は、右手に携えた杖で床をカン、カンと叩きながら、ゆらりと近づいてくる。

 

「これはこれは、アドミニストレーター」

 

 イナは人の好さそうな愛想笑いを浮かべると恭しくお辞儀をした。

 Administrator……つまり、『管理者』と呼ばれた女性は、フッと笑みを浮かべながら、流暢な日本語で話し出す。

 

「PANDORA type_βも、配置は終わっているのかしら?」

 

「そちらもご心配なく」

 

 言いながら、イナは顔を上げると、僅かに口の端を吊り上げた。

 

「オバサンが一人のプシュケを連れて、余る事無く処理して下さったので」

 

「流石はレイね。あの手際の良い業務処理能力は尊敬に値するわ」

 

 人間性さえ考慮しなければね――――と、アドミニストレーターは胸中でそう零すと、じっと目を細めた。

 

 レイ――――診断名“サイコパス”、心に怪物を抱えた人間――というよりは――人の姿をした魔物。

 

 集団カウンセリングを実施した時の事を、ふと、思い出した。

 カウンセラーには自分も含まれていたが、思わず震え上がった程だ。

 残忍極まる猟奇的な内容を無邪気な子供の様に喜々として語る姿勢。人の命を“自分が愉しむ”為の玩具か道具の様にしか考えていない思考回路。“異常”なまでの快楽主義者――――正義、道徳、倫理、信念を微塵も持たず、ただ純粋に、破滅と絶望、そして“死”に悦楽を感じる――――アドミニストレーターには、一切の理解ができようも無い存在。

 

 イナが、彼女を作戦実行の中心人物として招き入れようと申し出た時は、思わず正気を疑った程だ。

 抗議をしたが、イナは一言目には「大丈夫」、二言目には「問題無い」と言い放った。

 恐らく、目の前の少女は、人を【正気】か【異常】の物差しで判断してはいないのだろう、と思った。

 やれるかやらないか(・・・・・・・・・)――――多分、それだけだ。彼女が見ているのは。

 如何なる残虐な汚れ仕事だろうと、迷いも躊躇いも無く、遂行できる能力を持っているか――――その部分しか彼女は興味を抱いていないのだろう。

 

 だが、そんなイナが作戦参謀として君臨し、全ての指揮権を握っているからこそ――――今が有る。

 

 レイとルミは反抗も文句も言わずに指示を遂行し、作戦は驚く程順調に進んでいる。

 異常者すらも家畜の様に手懐けるイナの手腕もまた、「異常」であった。隣り立つアドミニストレーターだが、本当に彼女と同じ場所に立っているのか、疑問が湧く程だ。

 

「アドミニストレーター」

 

 思っていると、イナが微笑みを浮かべて呼んできた。

 笑みの意図は読めないが、良からぬ事を考えているのだろう――――そう察したアドミニストレーターの眉間に僅かに皺が寄った。

 

「叛逆の狼煙は上がりました。後は仕掛けるだけです」

 

 そういうイナの顔は至極愉快そうだ。アドミニストレーターは睨みつける。

 

「わかっているでしょうけど、その代わり……」

 

「やりすぎないようにと、それは重々承知の上です」

 

 脅す様に声を鋭くして言いつけたが、イナは気にする素振りも見せず、せせら笑いで受け流した。

 その小馬鹿にした様な態度が、アドミニストレーターの癪に障る。

 

「あの二人を抑えつけられると、絶対の自信を持っているようね……」

 

「彼女達もまた、理性を持って生まれた生物である以上、引き際は弁えていますよ」

 

「でも、もし、ボーダーラインを超えてしまったら……」

 

「その辺りも含めて『重々承知』と申し上げたのです。アドミニストレーター。貴女が心配なさる必要は微塵も有りません」

 

 それでも、懸念は拭えないのだ。

 あの二人が万が一暴走した場合、ストッパーとなれるのはイナしかいない。

 脅す様にじっと睨みつけるが、イナの自信は揺るがない。余裕綽々の笑みを浮かべたままだ。

 

「ご安心を。私が計画したこの作戦は、確実に成功します(・・・)

 

 そこで、イナは顔を晴天が広がる現実世界に戻すと、静かにそう宣言した。

 

致します(・・・・)か、させてみせる(・・・・・・)の間違いでは無くって?」

 

この車輪(・・・・)が動き始めた時点で、全ては決するのです」

 

 イナは流す様な横目でアドミニストレーターを見た。

 

「如何なるイレギュラーが発生し、前方に立ち塞がったとしても、我々が廻した車輪は決して止まることは有りません。『極地』に辿り着くまで……あらゆる生命(いのち)を轢き殺し、踏み潰して走り続ける。例え……」

 

 刹那――――イナの目が、黄金色に瞬いた。

 

 

「内部の歯車が狂ったとしてもね」

 

 

 ニタリと、口元が歪んだ。

 猟奇性すら感じられる笑みに、アドミニストレーターがうっと息を飲む。

 

「それは……裏切り者が居たとしても、ということかしら?」

 

 気圧されて、一歩、後退りながらも、そう問いかけると、イナは迷わずコクリと頷いた。

 

「人は必ず思い知る。自分達が今まで構築してきた防衛力が無力で矮小なものでしか無かったという事実を。自由と思われた社会は、我々の掌の上でしかないという絶望を」

 

 イナがそこで、アドミニストレーターに顔を向ける。

 以前、レイをカウンセリングした時に彼女が垣間見せた、残忍極まる恐悦が張り付いていた。

 

 

『猛獣が森に住む習慣を失い、檻の中に閉じ込められて飼い慣らされ、

威嚇するような表情を忘れ去って、人間に従うことを学んだとしても、

ひとたびほんの僅かな血がその渇く口に流れ込むと、狂乱、狂暴の状態がたち戻る。

咽喉はかつて血を味わったことを思いだし大きく膨らむ。

怒りは湧きたち、震え慄く主人に向かって危うく襲い掛かろうとする程だ』

 

 

 猛虎の如き両目の輝きの強さに、アドミニストレーターは目が眩む様な錯覚を覚えた。

 

「モンテーニュがエセーに書き綴った、ルカネスの言葉の引用です。我らは怒り狂った獣。鎖は既に解き放たれた。もう誰にも、止めることはできません」

 

 アドミニストレーターの顔を捉えて、しかと言い放つ。

 

「さあ、貴女にも存分に働いて頂きますよ、アドミニストレーター。魔法少女(わたしたち)の明日に、あの神々しき太陽を齎す為に」

 

 その言葉は、暗にアドミニストレーターを手駒の一つにしか見ていないと告げていた。

 ――――アドミニストレーターには、まるで意味が分からない言葉だった。

 困惑のあまり、息が止まりそうになる。

 何せ、自分の立場は、彼女たちよりも遥かに上。そして“管理”を任されている自分は、彼女たちの命の灯し火を一息で消せる程の権限を持っているのだ。イナがその事を理解していない筈が無い。

 だが、イナはそんなことなどお構いなしに、破格の覇気を込めて言い放った。まるで、全ての主は自分である、と宣言するような言い様だった。

 

「わかったわ……」

 

 アドミニストレーターは、百獣の王に首元を咥えられた様な錯覚に陥った。

 生命の危機に近い恐怖を強引に抑えつつ、ポツリと、そう返すしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、週末の土曜日。

 桜見丘市、深山町に彼女はやってきた。

 

「――――で、どういう訳か、縁も付いてきた訳だけど……」

 

 二人で(・・・)

 隣に立つ親友を、ジト目で睨みつけながら、若干うんざりそうにボヤく葵。

 

「ごめんね、葵ー!」

 

 そんな縁は眉を八の字にしながらも、にゃはは、と愉快そうに笑っていた。

 現在、葵たちが居るのは、深山駅の東口だ。

 桜見丘市街から深山町までは紅山、白妙町を通過しなければならない。つまり、結構遠いので、電車を使っていくことに決めた。

 改札を抜け、階段を下りた所に二人は居た。茜に指示された待ち合わせ場所だ。

 

「私も、日向さんには、どうしても会いたいって思ってさー!」

 

 もうすぐ会えるのが嬉しいらしい。縁は一切悪びれる素振りはなく笑いながらそう言った。

 葵はハア、と溜息。

 ――――はてさて、どうして縁がいるのかと言うと、茜との電話をした直後まで遡る。

 縁に話を伝えた所、「私も行きたいっ!」と食いついて来たのだ。

 理由は、優子達、桜見丘市の魔法少女チームの中で、唯一、茜とは会っていないから、らしい。

 一応、茜に相談したが……少し思いつめた様に沈黙された後、「……縁ちゃんも少しは知っておいた方がいいかもしれないね」といって渋々ながらも承諾してくれた。

 

(それを言ったら私だって優子さんって人と会ってないんだけどね……)

 

 思わず愚痴りそうになるが、言った所で野暮にしかならないので止めた。

 土曜日というだけあって、駅前は人で溢れていた。

 大抵、桜美丘市の若者は、休日になると都会の緑萼市まで出かけていってしまうそうだが、深山町だけは別であった。

 というのも、この町は、観光名所で溢れている――それは以前説明したが――のもあるが、駅前東口前に、ショッピングモールがあるのだ。

 緑萼駅前のものほど大きく無いが、若い女性向けの店を始め、一通りの人気アパレルチェーン店は揃っているし、フードコートも映画館も有る。

 よって、ここを目当てに訪れる老若男女は少なく無い。

 待ち合わせ時間まであと15分。二人揃って気が急いていたのか、早めに付いてしまった。

 

「中でちょっと涼んでこうか~……」

 

「そうね……」

 

 外はじっとりとした熱さで、立っているだけでも汗がダラダラ流れて頭が朦朧となる。途中で買ってきたスポーツ飲料もすっかり空だ。

 ショッピングモールで涼むついでに飲み物を買っていこう――――そう思った二人は、目と鼻の先に有るショッピングモールの入り口に向かい始めるが、

 

「葵ちゃんね!」

 

 前方の人混みからひょこっと、小さな影が、縁達の前に飛び出してきた。

 薄いピンク色のタンクトップに、スポーツキャップ、ショートパンツという快活そうな出で立ちの少女は葵の姿を見つけるとパアッと顔を輝かせた。

 

「日向さん!」

 

 小学生の様に小さい体躯に、真っ白な長髪――――すぐに茜だと見分けられた。

 葵が声を挙げると、茜は「お待たせ!」と手を振って近づいてくる。

 縁はというと、初めて見る魔法少女に興味津々の目を向けていた。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくおねがいします」

 

 葵がペコリとお辞儀すると、茜は気を付けしてから上体を綺麗な傾斜45度に倒して、恭しくお辞儀をする。

 育ちの良さが伺える佇まいだ。

 

「あと、こちらが……」

 

「始めまして、貴女が美月さんね!」

 

 葵が紹介するよりも早く茜は縁の方を向いて丁寧にお辞儀すると、握手を求めてくる。

 

(――――!!)

 

 その際、にっこりとした茜の笑顔に心奪われる縁。

 まるで、朝日を浴びたアサガオの様に、可愛らしい笑みが――――眩しい。

 

(うっ! この笑顔の神々しさ……纏さんと同レベル!!)

 

 眩しすぎるっ!! 目が眩む様な錯覚を覚えて、腕で両目を覆い隠す縁。

 

「……何してるの?」

 

 握手を返されず、奇妙な反応を返されて、茜は笑みを浮かべながらも首を傾げた。

 

「何してんのよ?」

 

 葵はというと、案の定というか出会い頭に早速アホな真似を仕出かす縁をジト目で睨みながらツッコむ。

 縁は「ハッ!」と我に返ると、両目から腕をバッと離した。

 

「あはは……。茜さんの笑顔があんまりにも素敵なんで、目が眩んじゃいました……」

 

 照れ笑いを浮かべながら、そう褒め称える縁。

 茜は、ふふ、と可笑しそうに笑うと、

 

「美月さんの笑顔も、素敵だよ」

 

 屈託無い様子でそんなことを平然と伝えてくるので、「えっ!」と驚く。

 

「そ、そんな……!」

 

 顔が真っ赤になる縁。

 

「そんなこと言われたの初めてぇ~……っ! あ、もしかして葵もそう思ってた!?」

 

 ボンッ!と顔から湯気が出た。顔に両手を翳してデレデレしながらも、もしや、と思い葵に問いかける。

 

「笑顔10%、アホ90%」

 

 だが、葵は冷ややかにそう告げた。

 

「えぇぇ~~……」

 

 顔の熱が瞬時に冷える。

 あんまりな親友の物言いにガックリと肩を落とす縁。

 その漫才を後ろから見つめていた茜が、あはは、と楽しそうな笑い声を聞かせてくる。

 

「やっぱり、纏ちゃんの言ってた通り、美月さんって面白いね」

 

「面白いってぇ~~……」

 

 結局『アホ』キャラですかぁ、と目尻に涙を浮かべて茜に訴える縁だったが、茜はふるふると首を横に振った。

 

「あ、ごめんね。変な意味で言ったつもりじゃないんだよ?」

 

「へ?」

 

 キョトンと首を傾げる縁。茜は笑顔を見せながら言う。

 

「あのね、自覚は無いかもしれないけど、美月さんってみんなから好かれてると思うの」

 

「?? それは、どーしてですか?」

 

 茜がどうしてそんなことを言うのか分からず、縁は頭頂部に?を幾つも吹き出しながら問いかける。

 

「だって、アホって事はそれだけ面白くて楽しい人だって思われてるんだよ。そういう人はね、頼られるの。だって、皆を笑顔にできる才能を持ってるんだから!」

 

「…………っ!!」

 

 その一言に、縁は目を見開いた。

 

「自信を持って!」

 

 茜は少し背伸びして縁の両肩をポンポンッと叩くと、しかと言い放った。

 関心した。

 『アホ』なんて馬鹿にされる材料でしかないし、ちょっぴりコンプレックスに抱いていたから――――まさか褒め称えて貰えるなんて夢にも思っていなかった。

 

「ありがとうございます! なんか、日向さん、お姉ちゃんみたいですね!」

 

「お姉ちゃんだからね!」

 

 茜のお陰で元気が戻った。縁が精一杯の笑顔でお礼を述べてからそう言うと、茜はエヘンッと薄い胸を張る。

 

(なんか、纏さんが言ってたこと、分かる気がするなぁ)

 

 魔法少女歴4年――――自分よりも年下の女の子だが、それが見せる貫禄は伊達ではなかった。

 

(この子の言葉って、普通の子と違う。なんていうか、重みがある……胸の中にスゥ、と入っていく感じ)

 

 縁は目を閉じて、今しがたの茜の言葉を、咀嚼する。

 今なら、「アホ」が許せそうだ――――そんな気持ちにさえなってきた。

  

「どうしたの?」

 

 葵が不思議そうに目を向けながら声を掛けてくる。縁はゆっくりと目を開けると、小声で言った。

 

「纏さんが日向さんの事を話してたけど、やっぱり凄い子なんだね」

 

「4年――――一体、どんな経験を積んできたんでしょうね?」

 

 葵もまた、茜に感づかれないようにボソリと返す。

 

「わからないけど……多分、私達が想像できないぐらい辛い事もいっぱいあったと思……」

 

 う、という前にチラリと前方を確認すると、茜が顔を顰めながらジト目で睨みつけていた。

 ギョッとする縁。

 

「私が目の前にいるのに、二人でコソコソ話なんて、仲が良いんだね……?」

 

 皮肉を言われて、二人は慌てて手を振る。

 

「い、いやその……!」

 

「大した話じゃないですよ、ねえ!?」

 

 何か申し訳ないことをしたとアタフタするが、茜はその反応を見て、クスリと微笑んだ。 

 

「ふふ、冗談だよ」

 

「な、な~んだ……」

 

「よかった…‥。…………あっ」

 

 上機嫌そうな笑顔を見てホッとする。

 と、そこで、葵は思い出したようにスマホで時刻を確認した。既に待ち合わせ時間を過ぎている。

 

「日向さん、そろそろ……」

 

「そうだね。じゃあ葵ちゃんに美月さん、私の家まで案内してあげるね」

 

「場所はどこなんですか?」

 

「あの教会の裏だよ」

 

 縁が尋ねるとそう言って、駅とショッピングモールが挟む国道の左側を指さす茜。

 二人がよく目を凝らして見ると、二百メートルぐらい先に、教会と思しき、屋根に十字架を付けた白い建物が見える。

 あれがそうなのか――――

 

「じゃあ付いてきて」

 

 どうやら当たりらしい。

 茜はそう言って、縁達を促しながら、前を歩きだす。

 

 

 

 刹那――――

 

 

 

「!!!っ」

 

 頭に、電流の様な閃光が、バチリと走った。

 それは、神経を研ぎ澄まさなければ感知できない程、微弱な反応だったが、茜の4年もの長期によって培われた感覚が、唐突に“それ”をキャッチすることができた。

 

「……美月さん、葵ちゃん。ごめんね」

 

 ゆっくりと、茜が振り向く。

 瞬間、縁と葵は息を飲んだ。

 先ほどの穏やかさ愛らしさを微塵も感じさせない程の、真剣にきつく固めた茜の表情が目の前に現れた。

 同時に、纏う雰囲気も一変――――戦士の様な気迫が全身から放たれている様で、二人はプレッシャーを感じて一歩、後退(あとずさ)ってしまう。

 

「急な用事ができたの……」

 

 魔法少女にとって、急な用事(・・・・)とは、一つしかない! そう思った葵の言葉は早かった。

 

「もしかして、『魔女』ですか……!?」

 

「ううん」

 

 即座に問いかけるも、茜はフルフルと首を左右に振って否定。

 

「じゃあ、魔法少女ですか!?」

 

 縁が尋ねると、茜は暫し沈黙するが――――

 

「多分、ね……」

 

 二分ぐらい経ってから、意を決したようにこくりと頷いた。

 知らない魔力の反応だった。

 相手は、ドラグーンか。或いは、行方不明になった少女か。

 それとも――――市内で立て続けに奇妙な事件を起こしている犯人か。まさかとは思うが――――青葉市で現れたという危険人物か……いずれかは流石の茜とて検討も付かない。

 だが、反応を察知した瞬間、いつにもまして、胸騒ぎが激しい。良からぬ兆候の現れだ。 

 故に、これは絶対に見逃してはならないと、確信した。

 

「葵ちゃん、縁ちゃん。先に行っててくれる?」

 

 私も後で行くから、と付け加えると、茜は二人に背中を向けた。

 

「大丈夫、なんですか……?」

 

 胸騒ぎをしているのは、縁も同じだった。心配に満ちた様子で尋ねてくる。

 

「多分、今見逃したら大変なことになりそうな気がするの。安心して、なんとかしてみせるから」

 

 他のチームメンバーを呼ぶと時間が掛かる。反応の微弱さからして相手は近からず、遠からず―――-自身から半径100m付近の所にいるのだろう。

 何かを企んでいるのなら、絶対に実行に移させない。

 茜の正義の炎が勢いよく燃えた。顔にキッと怒りを灯すと、どこかへ向かって走り去ってしまう。

 

 

 

 

 茜の背中を見送ることしか出来なかった。

 残された二人は、ただ呆然とお互いの顔を見合わせる。

 

「……どうしよう?」

 

「どうしようって……」

 

 縁が葵に声を掛ける。その顔には茜に対する心配がありありと浮かんでいた。

 懇願するように問いかけられる葵だったが、彼女もまた、縁と同じく心配と困惑が入り混じった表情を浮かべていた。

 

「とにかく、私達じゃどうにもできないし……先に行ってた方がいいの、かも……」

 

 一般人である葵に明確な答えが掲示できる筈も無い。茜のことは気がかりだが、魔法少女同士の事情に首を突っ込む訳にもいかない。

 故に、言われた通りに行動するしか選択肢が無かった。

 

「でも、なんか……!」

 

 途端、縁が表情を強張らせた。

 

「嫌な予感、するよ……!」

 

 悔しそうに歯噛みしながらも、声色を強めにそう訴えてくる縁。

 両腕で身体を抱きかかえるようにして擦り始めていた。

 その仕草に、葵は目を見開く。

 まるで、縁にだけ(・・)寒気が襲いかかっているかのようだ。彼女が凝視する先には、茜が走り去っていった道――――!!

 

「縁…………!」

 

 今にも追いかけんばかりの形相を浮かべる縁を見て、葵は背筋がゾッとした。

 このままでは、一ヶ月前と同じく、また魔法少女の喧騒に飛び込んでいってしまう。彼女の命が危うくなれば、自分は魔法少女にならざるを得なくなる。

 葵は咄嗟に思い留まらせるべく、飛び出すようにしてその肩を掴んだ。

 

 

 

 

“●●●”

 

 

 

 

「っ!?」

 

 刹那、耳元で、誰かに囁かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縁は、混乱していた。

 

「…………っ!?」

 

 突然自分を呼ぶ葵の声、同時に両肩をギュウッと強く掴まれた。痛みで顔が歪み、どうしたのか、と咄嗟に振り向いて尋ねようとしたら――――愕然とした。

 葵の姿は、何処にもない(・・・・・・)

 

「葵……! 葵っ!!」

 

 大声で呼びかけるが葵の返事は無い。

 周囲を見渡すと更に驚愕した。ショッピングモールと駅を挟んだこの道には今しがた人混みで溢れていた筈なのに、今は、誰一人としていない。

 まるで、自分ひとりだけ残して消え去ってしまったかのような状況に、目が震える。

 

(一体、何が……!?)

 

 胸騒ぎは的中した。今まで経験した事態は比較にならないほど恐ろしいものを感じ取って、縁の顔から一気に血の気が引く。

 青褪めた相貌で、周囲をキョロキョロと必死に見回すと――――

 

 

 

 

 

“●●●”

 

“●●●●”

 

 

 

 

「っ!!」

 

 ゾクリと、背筋が凍りつく様な感覚!

 耳元で誰かに、何かを囁かれた。咄嗟に振り向くが、やはり、誰もいない。

 

(今のは……何……?)

 

 魔女の仕業か、魔法少女の仕業か――――それとも、ただの超常現象か…………分からない。

 ただ、想像を絶する悍ましい何かが、近くで動いている。何かをしようと自分たちに働き掛けているようだ。

 耳元で呟かれたのは、3文字と、4文字。縁にはその内容が明確に聞き取れた。

 

 

 

 

“おいで”

 

“あそぼう”

 

 

 

 

「葵……!!」

 

 親友の身が危ないと、思い至ったときには、もう両足が走り出していた。

 向かった先は、深山駅――――改札を電子切符で通過すると、顔を上げる。天井から下がった電光掲示板には『桜見丘駅行き』の電車が今にも走り出す頃合いだった。

 縁は一心不乱に、全速力でそこまで向かうと、閉じる直前のドアに飛び掛かる様にして滑り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茜の思惑通り、自身の100m程離れた市営住宅マンションの屋上に、その人物はいた。

 魔法少女だった。若草色のローブで全身を覆っている。

 年齢は見たところ自分と同じくらいであったが、見た目に既視感を覚えた。

 前分けにした茶色掛かった黒いショートヘアで、頭頂部に一本、アホ毛の様な毛の束がピンと跳ねている。

 クリクリとした大きな丸い瞳に、高い鼻と、小さな口――――間違いない。

 

「三坂沙都子さんね」

 

 一番最後に行方不明になった少女。毎日ニュースで報道されていたので、顔を自然と覚えていた。

 

「…………」

 

 三坂沙都子と思われし魔法少女は、茜の質問に答えることもせず、黙りこくったままだ。

 顔を俯かせて、両唇をムッと結んでいる。

 

「何かあったの?」

 

「…………」

 

 続けて質問するも、答えない。

 難しいままの顔を見せたく無いかの様に、横に逸らしてしまう。

 何かあったのには違いない――――そう感じとった茜は、

 

「大丈夫……私は貴女の敵じゃないよ」

 

「…………」

 

「心配してるだけだから」

 

 満面の笑顔でそう伝えた。

 子供がイタズラをした時、問い詰めるような真似は得策ではない、と神父様がよく言っていたのを思い出していた。

 警戒されないように、ニッコリ笑顔を見せて、相手の心に寄り添う姿勢を見せる。

 

「……っ!」

 

 そうすることで、相手は抵抗することに罪悪感を覚えて洗いざらい白状するのだと、教わった。

 案の定、沙都子の顔付きが変わった。

 ハッと驚いた様に顔が上がる。茜を見る目が、大きく開きながらも、震えていた。

 

「もし、誰かに、何も言うなって脅されてるんだったら……」

 

 沙都子の顔が悲しそうにクッと歪んだ。

 図星であると確信した。ならば、あと一押しだ。

 

「無理に話さなくっていいよ。言えることだけ、私に話してもらえないかな?」

 

 

 ――――貴女のことを、助けたいから。 

 

 

 最後にそう付け加えると、沙都子は再び顔を上げて、今にも雫が零れそうな瞳で茜を見つめた。

 何かを訴えるような目付きだ――――そう思っていると沙都子が初めて口を開く。

 

「日向さん……」

 

「っ!」

 

 ドキリと、茜の心臓が一瞬だけ、大きく弾んだ。目が自然と、大きく見開かれる。

 会話の中で、自分は名乗っていない筈だ。

 なのにどうして彼女は、知っている?

 

 

「…………………………ごめんなさい(・・・・・・)

 

 

 暫しの沈黙の後に紡がれたのは、疑問の答えでは無く、予想だにしない言葉――――謝罪だった。

 まるで意味がわからなかった。

 

 

 刹那――――

 

 

 背中全体が焼けつくような熱気(・・・・・・・・・)を感じた。

 

「っ!?」

 

 魔力反応は無し。故に魔女でも魔法少女でもない。

 なら、一体何が――――!?

 慌ててバッと勢い良く振り向いた。

 自分の背後で何が起きているのか、確認しようと思った矢先だった――――

 

 

 ――――顔を誰か(・・)に、ガッと鷲掴みにされた。

 

 

 何が起きたのかは、結局分からなかった。

 只一つ、分かったのは――――顔中が火を噴くように熱い、ということだけだ。

 

 

「爆ぜろ」

 

 

 困惑の最中に耳に叩きつけられた言葉は、燃えるような悪手とは対極的に絶対零度にまで冷え付いていた。

 指の隙間から、垣間見たのは――――ギラギラと、太陽の如き灼熱を纏い、かっと見開かれた、紅蓮の目。

 

 

 悪魔の瞳――――

 

 

 初めて見る"それ”を、そう判断した直後に、茜の全てが終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが、彼女が最後に見た光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  



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 #12 A

いよいよ今話から第二章も終盤にさしあたります。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――命は、こんなにも呆気ないものだったのか。

 

 

 三坂沙都子は生まれて始めてそう実感した。

 まさに一瞬の出来事だった。止めようと思考することすら許されなかった。

 

「……っ!」

 

 口の中が、苦い。

 猛烈な罪悪感が、胃の底を強く叩き付けている。鈍痛に顔が歪み、足元がもたついた。その場で跪く。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息苦しい。吐き気がする。頭がぐわんぐわんと大きく揺れて視界が定まらない。

 

 ――――日向 茜が、死んでしまった。

 

 殺された、眼の前のに。

 そして自分は一端を担った。茜を誘き寄せて、奴に襲わせたのだ。

 

「…………!!」

 

 顔を振って、その思考を否定した。

 違う、自分は殺していない。そもそも殺す気さえ無かった。

 全ては、あいつが言ったから――――『わたしに任せろ』って。

 だから、思考を放棄した。

 ルミがどんな人間性なのかは知らない。でも、イナ先生の仲間だからなんとかしてくれるって思っていた。例えば……殺さずに、仲間に引き入れてくれるとか……そう、楽観していた。

 

「ひどい……酷いよ……」

 

 後悔の念が、何度も頭を叩き付けてくる。

 結果は、凄惨な結末に終わった。

 日向茜は、全身がまるで風船の様に膨張して、破裂。周囲に臓物、肉片、鮮血を撒き散らし、生命を終えた。

 は、身震いする程、涼しい顔でそれを執行した。

 

「こんなにあっさり、殺すなんて……!」

 

 自分の頭が、沙都子の姿無き死骸に向けて懺悔するように、深く倒れる。

 全ては、間違いだった。

 

「この子は、私を助けようってしてくれたのに…………悪いことなんて、一つもしてないのに……!!」

 

 茜とは先程初めてあったばかりだった。ほんの僅かしか会話していない。

 でも、『いい人』だとはっきり分かった。

 優しくて温厚で、何より善良。それは、レイや眼の前のルミからは一切感じられない。久しぶりの温もりに胸がぽっと暖まるようだった。それなのに――――!!

 

「鬼……っ!! 悪魔……っ!!」

 

 憎悪が沸騰するように頭に湧いてきて、顔を上げた。

 殺害した張本人を、ギッと睨みつける。

 は、問答無用で殺した。

 呟かれた声色には、怨嗟の感情が乗っていた。瞳からは涙が溢れている。

 

「人殺しいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

 痛いくらい大きな口を開けて、悲鳴の様に叫ぶ。

 ルミはそこで、初めて沙都子の方へと目を向けた。太陽をまるで後光の様に背負いながら、真っ赤に滾る目で沙都子を見つめて、ゆっくりと口を開く。

 

「いや……」

 

「っ!?」

 

 喉が焼け付いた様な声で、ポツリと呟かれたのは、まさかの否定だった。

 何に対しての否定なのか、さっぱり分からなかった。

 沙都子は震える目を見開きながら、ルミの次の言葉を待つ。

 

 

「死んでない」

 

 

「!!」

 

 次に呟かれた一言で、愕然となった。

 同時に心に灯ったのは、かすかな安心感。

 

「潰した時、魂を砕く感触が、無かった」

 

 ルミは変わらず冷然とした表情のままだったが、自分の手を見つめる目は不思議そうな色を含んでいるように見えた。

 血塗れの掌からは、鉄臭い臭いが鼻腔をきつく刺すが、彼女は一切気にはしていない。

 ぐっ、ぱっ、と握る、開くの動作を繰り返すと――――

 

「こいつは、まだ、生きている。どこかで……」

 

 再び沙都子の方へ顔を向けて、そう呟いた。

 沙都子の表情が緩んだ。良かった――――生きていてくれたんだ。

 心の底からそう思い、ホッとしたかった。

 

 

興味深いな(・・・・・)……」

 

  だが、それはまだ早計でしか無かった。

 

 

「え……?」

 

実に(・・)興味深いぞ(・・・・・)……」

 

 囁くように独りごちる奴の魔眼が、瞬きを増していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凍える様に、冷たかった。

 おかしい、今は6月で真夏なのに――――そう頭の中でボヤきながら、縁は全身に染みる様な寒さを感じて、自分の身体を抱きしめた。

 ゆっくり、目を開ける。視界が全面に捉えたのは、車両の内部だった。電気は一切消されて、薄暗い。

 次いで後方を見ると、途端に違和を感じた。最前列に乗った筈なのに、どういう訳か、最後尾の(・・・・)車両に自分は乗っている。

 顔を左右に動かして、身の置かれた状況を確認。

 自分の他に乗客もいるが、立っている客は一人もいなくて、皆、椅子に座り込んだままだ。顔を俯かせて眠っている。いや……よく確認すると、自分と同じ様に目を覚まして、困惑気に周りを確認する人が幾人か居た。

 窓の外を見ると、深山町の歴史を感じる街並みがゆっくりと流れ出していた。

 

「…………!」

 

 電車は既に動き始めている。

 もう後戻りは出来ない。縁は息を飲んだ。

 だが、それでも、自分は連れ戻さないといけないのだ。葵を、此処から――――

 

「っ!!」

 

 縁はハッとなる。そもそも彼女が心配で此処に飛び込んだのだ。

 葵は何処だ、何処に居る――――焦りが急激に募ってくる。せめて彼女だけは近くに居て欲しかった。

 そこで、不意に隣に気配を感じた。

 咄嗟に首を右に動かすと、眼鏡を掛けた少女が長い紺色の髪を垂れ下げながら、こっくり、こっくりと舟を漕いでいた。

 

「葵!」

 

 服装を見て、間違い無いと判断した。

 両肩を掴んで、呼びかけると、彼女はパッと目を開いて顔を上げた。

 

「縁……?」

 

 まどろむ視界の中で、桃色の髪の少女を確認する。

 彼女から、自分の名前が呟かれた事に、心の底から安心した。

 

「葵、良かった……!」

 

「えっ? えっ?」

 

 思わず親友を抱き締める縁。葵は置かれた状況に頭が追いつかず、困惑のあまり素っ頓狂な声を挙げ続けていた。

 当然だ。電車に飛び乗った縁とは違って、彼女は道端で意識を失い、気がつけば車両に居たのだから。

 縁は、離れると、一息付きながら額にじっとりと浮かんだ冷や汗を腕で拭う。

 その間に、葵は顔を動かして状況を確認する。自分達以外にも乗客は椅子に座っているが、皆覚醒して、ざわざわと混乱し始めている。中には立ち上がって呆然とした顔でうろつく人も居た。

 

「縁、これは……?」

 

「わからない……」

 

 明らかに異常な光景に、葵も息を飲んだ。今すぐ親友の手を引いて、此処から飛び出したい気持ちが湧いたが――――もう逃げられない。

 ぞっとするような恐怖に目を震わせながら、明確な答えなど返ってこないと分かりつつも縁に問いかける。

 彼女は首を一回横に振ってそう答えた。

 

「なんか、すごく、寒いよね……?」

 

「うん……」

 

 冷房が強すぎるのかと思ったが、冷気は四方八方から全身を刺していた。

 二人ができることは、せめて寒さを凌ぐことだけ。お互いの身体を密着させて、ぎゅうっと抱きしめ合う。

 

「…………」

 

 葵の体温を全身に感じながらも、縁は少し、思案に耽った。

 怖くて仕方がなかったが、諦めるつもりは無かった。思考を捨てたら、なにもかも終わりだ。絶望するだけだ。まだ自分の身体は元気で、生きている。そうなるのは早い。

 それにしても、意識を失う直前に聞こえた、あの声は誰のものだったのだろう――――?

 

「……!!」

 

 ある答えにたどり着き、僅かに目を見開く縁。

 一見、車両内に見える此処は、魔女の結界の中かもしれない。皆、意識が飛んでいる間に、そこに引きづりこまれてしまったのなら、想像付く。

 乗客の首元には、『魔女の口づけ』がある筈だ――――と、縁は首を見回して、近くに座り込む乗客を確認する。

 しかし……

 

無い(・・)……」

 

「縁……?」

 

 抱きしめている縁が突然首をキョロキョロと動かして妙な事を呟いたので、葵は呆然と見つめる。

 すぐに、葵と向き合った。

 

「魔女の口づけが、無い(・・)よ……!」

 

「っ!?」

 

 その一言に、葵のビクリと心臓が飛び跳ねた。不意に、ある可能性が、頭の中を過る。

 

「じゃあ、まさか……!?」

 

「多分……これって……!」

 

 日向 茜が追いかけた、魔法少女の仕業ではないか――――

 

 

 

 

「はいっ!! 皆さん、ちゅうも~~っく!!!」

 

 

 

 

 真冬の闇夜の如き車両に、極端なぐらい正反対な、素っ頓狂に明るい声が響き渡った。

 だが、その声は、聞いたことのある声だった。

 自分達が意識を失う前に、呼びかけられた声と、よく似ていた。

 縁と葵はハッと、声が聞こえた後方に目を向ける。瞬間、自分たちの辿り着いた考えが、正解だったのだと悟った。

 

「皆さん、はじめまして~」

 

 いつの間にか、彼女はそこにいた。

 ついさっきまで存在すら認識しなかった。

 真っ青な外套に全身を包んだ、同色の三角帽子を被った女性が一人、新しい玩具を貰った子供の様に無邪気な笑みを携えながら佇んでいた。

 

「オバサンは……おっと、歳がばれちゃうかな? 私は、『宮本伶美』と申します。とある秘密結社で魔法少女やってまーす。お気軽に『レイ』って呼んでくださいねー」

 

 魔法少女――――自分の素性を平然と明かす、青い外套の女性を縁と葵は見つめた。

 優子達の様な魔法少女とは全く違うと思った。自分たちを救いに来てくれたのでは無い。

 人々を自分の陣地に誘き寄せて、恐怖のどん底に陥れる――――これは"魔女”のやり方と酷似していた。異常な空間に正反対な屈託無い笑みは、此処に集められてしまった人々の気持ちなど微塵も掬い取っては居ないことが感じ取れた。

 

「おい、ふざけんなよ!」

 

 乗客の全てが、怯えと困惑の混ざり込んだ表情で伶美と名乗った女性を見つめている中で、一人のスーツを纏った恰幅の中年男性が勇敢にも立ち上がった。

 

「何の撮影かは知らんが!!」

 

 男性は白い息を荒く吐き出しながら、怒りを顕にした形相で、真正面から女性に向かって大股で歩み寄る。

 

「俺は今日、深山町(ここ)で大事な商談があったんだよっ!」

 

 やがて、眼前まで迫ると、女性の頭上から叩きつける様に怒声を吐き出した。

 女性は、微動だにしない。にんまりと吊り上がった口元が、男性の神経を更に逆撫でした。

 

「ッ!! おい、聞いてるのか!? 今すぐ電車を停める様に言え!!」

 

 理性が切れた男性は、女性の胸ぐらを掴み上げて、大喝する。

 乗客の誰もが、その様子を眺めていた。

 大半は期待に胸を膨らませていた。彼の勇気ある行いが、この異常を止めてくれるのではないか、と。

 だが、縁と葵だけは、恐怖で目を震わせていた。

 あの魔法少女は、普通じゃない(・・・・・・)

 

「1たす1は?」

 

「はっ!?」

 

 女性の唐突な問題。呆気に取られる男性。

 嫌な予感がした。

 だから、すぐ彼に声を掛けたかった。

 「危ない」「逃げて」と――――だが、それよりも早く青い外套の中で、女性の右手は動いていた。

 

「はい残念」

 

 ズブリと、肉を断ち切る様な、生々しい音が鳴った。

 遅かった――――縁と葵の目に浮かんだのは、失意。

 乗客達の顔に映し出されたのは、絶望。

 

「答えは『に』です」

 

「…………」

 

 男性は、下っ腹に違和感を覚えていた。焼ける様に、熱い。

 自分の身体に何が起きたのか――――

 確認してはならない様な気がしたが、その意思とは正反対に、首はゆっくりと下を向いた。

 

「ッ!!」

 

 驚愕のあまり、目が震えた。

 刃物が、刺さっている。

 刀の切っ先は、彼の柔らかな腹肉にいとも容易く入り込んで、背中まで貫通していた。

 

「っっ!!」

 

 根本まで突き刺さったそれを見た途端、男性の喉元から急激に鉄臭い物が湧き上がった。

 がふっ――――と絞り出す様な声を挙げて、彼は盛大に吐血。溢れ出す鮮血がビチャビチャと音を立てて、女性の外套と足元を真紅に染め上げていくが、彼女は一切気にはしていない。寧ろ、口元の愉悦を更に強めていた。

 その表情が男性に、自らの行いを後悔させた。異常者を相手にしてしまったのだと思わせた。

 女性が刀を引き抜いた。途端、全身に脱力感が襲いかかり、男性は膝から崩れ落ちた。どちゃっと音を立てて、自らの体液で作り上げた水溜まりの上に身を預ける。

 

「え~~っと、ちょっと邪魔入っちゃいましたけど……まあ、皆さんこれでご自身が置かれている状況をご理解頂けたかなって思いますっ!」

 

 女性はもう男性に対する興味関心一切を失っていた。

 心の底から愉しそうな笑みを再び作り上げて、乗客達に向けると、明朗快活な声でそう言い放った。

 殺人鬼の、人質にされた。蜘蛛の巣に捕らわれた蝶か蝉の気持ちを、初めて思い知った。

 もう、反抗する者はいなかった。

 誰もが、じっと座って恐怖と寒さでガタガタと凍える身体を抑えるのに必死だった。逃げたい気持ちでいっぱいだったが、もし動き出そうものなら、立ち向かった男性の様にされるかもしれない。

 その恐怖心が彼らを椅子の上に釘付けた。

 

「ひっ……………………!」

 

 異常な状況に悲鳴が口から溢れそうになるのを懸命に我慢しながら怯える葵。

 まるで、無力だ。何も出来ない。今ほど、魔法少女にならなかった事を後悔した日は無かった。

 縁の身体を抱きしめながら頭の中で神様が幸運を降って齎すのを待ち望むしかない自分が、心底情けない。

 でも、縁もきっと同じかもしれない――――助けが来るまでは、自分たちでこのまま震えていよう。

 そう思って、頭を上げた。

 

「……!」

 

 縁の顔を確認した瞬間、呆気に取られた。 

 彼女は真剣な眼差しでスマホを操作していた。

 額にはじっとりと汗が浮かんでいる。恐怖でいっぱいなのは確かなのに、脅えることもせず強い意思で画面を睨んでいた。

 

「させない……!」

 

 ボソリと、静かに呟かれた言葉。しかし、強固な意志を感じて葵はハッと目を見開く。

 

「葵を、なんとしても助ける……! 乗客のみんなも、助けてみせる……!」

 

 目先に映っていたのは、『萱野優子』の名前。

 彼女に連絡さえすれば――――!! 縁は意を決して通話ボタンをタップする。

 

 

 

 

 ――――瞬間、画面が切り替わった。

  

 

 

 

 見た事も無い少女が、澄み切った碧眼で自分を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ショッピングモールの1階には、計5店舗程の小規模なフードコートがある。近くには男女トイレがあり、合い向かいには、授乳室が設けられていた。

 授乳室のベッドの下で、不思議なものが転がっていた。ソフトボール大の水晶玉だ。中に少し黒ずんだ、灰色に近い色合いの菱形の宝石が有り、天井の明りを反射して、鈍い輝きを放っている。

 水晶玉が、急に浮き上がった。シャボン玉の様にふわふわと上昇したかと思うと、浮力を失って落っこちた。ベッドの中央に着地する。

 突然、水晶がグンッと大きくなった。同時に中の菱形の宝石がパリパリと電撃を張り始める。

 一瞬で人型大のプラズマボールと化した水晶玉の中心部で、菱形の宝石が何かを形成し始める。徐々に形作られるそれは、よく見ると、小柄な少女のようだった。全身を白い導師の様なローブで包み、純白の長髪を生やした頭部に花かんむりを被った、天使の様な格好の人型が、子宮の退治の様な態勢で、姿を現した。

 やがて、電撃は収まると、水晶玉が突然シャボン玉の様にパチンッと弾けた。

 

「!!」

 

 瞬間、ベッドで目を覚ます、少女。

 

「すー……、はー……」

 

 先ず、自分が生きている(・・・・・)事を確認するために、深呼吸。

 次いで感覚の確認。全身を預けているベッドはやや硬め。手をぐっ、ぱっ、と動かすと、指先まで動いた。足も同じく動かす。つま先は動くし感覚もある。

 

「はあ~」

 

 生きている(・・・・・)事を実感した途端、緊張感が抜けた。

 ごろんっと仰向けの態勢になると、腹の底から大きな溜息を付く。

 

 

「肉体の遠隔操作は、なんとか成功したみたいだね……」

 

 

 そう呟く少女は、紛れもなく魔法少女姿の日向 茜であった。

 彼女は、死んではいなかった。

 そもそも、魔法少女経験年数4年だ。易々と殺されるようなタマではない。奇襲なんて死ぬほど味わっている。

 知らない魔法少女の存在を感知した時、嫌な予感(・・・・)を強く感じていた。相手が、ショッピングモールの屋上にいると分かった時、念の為、保険を掛けたのだ。

 魔力の塊――――ソウルジェム。それを人気の無い所へ隠した(・・・)。授乳室のベッドの下はうってつけだった。滅多に人が出入りしないし、入ってくる人がいても大抵泣き喚く我が子に夢中で、足元に転がっているそれに気づきもしない。

 肉体の再生に大分魔力を使ってしまったらしい。ソウルジェムはかなり濁っている。すぐに茜は袖口からグリーフシードを取り出して、浄化した。

 

「…………」

 

 元の純白な色合いに戻った、綺羅びやかな輝きを放つソウルジェムをじいっと見つめる茜。

 魔法少女は、ソウルジェムが命そのものだ。

 ソウルジェムが割れない限り、生きていける。

 つまり、肉体はいくら深い傷を負っても、再生が可能ということだ。

 例え、銃弾で心臓に風穴を開けられようが、爆弾で頭を半分吹き飛ばされようが――――

 

「…………っ!」

 

 そこまで考えると、改めて自分が人とは違った存在であるのを自覚して、怖くなった。

 膝を抱えて、身体を縮こませる。

 

 怖いと言えば――――!

 

 不意に、茜の脳内に二つの光がちらついた。真紅の双球。深淵の様な暗闇の奥底で、ぎらぎらと焼き尽くす様な光熱を放ち、茜を見下ろしていた。

 

「あれは、何……!?」

 

 自分の身体が失われる直前に見た、何者かの目。あの瞬きが頭に張り付いて離れない。

 あれは魔法少女だったのか――――いや、と茜は即座にかぶりを振って否定する。

 魔法少女は人間だ。あれは違う。

 

「悪魔……!!」

 

 まるで聖書か神話に書かれた伝説上の怪物を目の当たりにした様な感覚だった。あれが現実にいるのかと思うと、身体の震えが収まらない。

 

「っ!!」

 

 だが、茜はそこで、バッと上体を起こした。あること(・・・・)が閃光の様に頭を過った。

 

「美月さんと、葵ちゃんが、危ない」

 

 自分をいとも容易く殺した(・・・)異常な存在が、まだ近くを徘徊しているかもしれない。

 茜は変身を解くと、必死の形相で、ポケットからスマホを取り出した。

 急いで二人に連絡をしなくては――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまして。日本全国民の皆様。私達は『魔法少女』です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、それは叶わなかった。

 画面いっぱいに映っていたのは、見知らぬ金髪の少女。碧眼がまるで、自分を捉える様に見据えながら、穏やかな笑みを浮かべて第一声を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、日本の全てが騒然に包まれた。

 テレビ、スマートフォン、ラジオ、インターネット、町内放送……ありとあらゆる公共の電波とメディアが一人の少女に支配された。

 

「はじめまして。日本全国民の皆様。私達は『魔法少女』です」

 

 全てのメディアには、全く同じ顔が映り込み、全く同じ声が一斉に聞こえてきた。

 

「皆様は私達のことを御存知でしょうか? サブカルチャーでは既に代表的な存在として認識されていますし、『魔法少女』と聞いて、漫画やアニメを想像された方もいらっしゃる事でしょう。ですが……それらは空想の産物に過ぎません。現に我々は実在しています。『種族』として、西暦が始まった2018年以上も前から」

 

 少女は穏やかな笑みを携えていたが、瞳は遥か上空から地表の獲物を狙う禽類の様に鋭い。

 

「私達は、人と同等の知性を持ち、人より優れた能力を持ち得ながらも、決して表舞台に立つことはありませんでした」

 

 少女の口元が吊り上がる。

 

「貴方達が、楽園に身を浸らせているその裏で、この世の地獄と向き合い続けてきたからです」

 

 映像が切り替わる。深海生物の様な、絵の具を殴りつけた様な、見たことも無い異形な様相の怪物に、少女が立ち向かっている。

 不思議な格好をしていた。あれが『魔法少女』だというのだろうか。実写映画のPVにしか見えない。

 しかし、異形の生物が伸ばした触手が、少女の前腕が切り落とす場面が、不快になるぐらいリアルに映っていた。

 少女は声に成らない雄叫びを上げて、突進。携えていたロングソードが怪物の胴体にズブリと突き刺さる。

 

「御覧ください。彼女が戦っているのは『魔女』……人々の持つ負の瘴気が一つに集った事で誕生する異形の怪物です。魔女は人を誘惑し、結界に閉じ込めて喰らい殺します。魔法少女は『魔女』と戦う使命を持ち、貴方達の生活を陰から支えてきました」

 

 勝利の余韻を味わう間も無かった。

 前腕部を失った少女は、傷口から溢れ出る鮮血を抑えながら、慟哭。人々の目にはその様子が酷く悲痛に映っていた。

 彼女は一人だった。誰も駆けつけてくれる者はいない。賛辞を述べる者も、労ってくれる者は一人もいなかった。

 

「人知れず、孤独に、無援に。過酷で、命懸けで――――しかし、その苦労は人類が文明を確立した古代から今日(こんにち)に至るまで誰にも理解して頂けませんでした……。考えてみれば当然のことです。魔法少女は自分の姿を秘匿しなければならない。その『義務』が私達に無数の苦痛と絶望を齎しました」

 

 泣き叫ぶ少女を全面に映しながら、淡々と声が語られる。

 

「……もし、皆様が私達の存在を知っていたのなら、手を差し伸べてくれたのでしょうか?」

 

 問いかける。

 人々の反応は様々だ。大々的な映画のPVと勘違いしてボンヤリしたままの人もいれば、食い入る様に見つめて息を飲む人がいた。

 

「答えはNO。貴方達は代わりに戦いもしなければ傷つく訳でもない。別の人種の事だから、自分たち(人間)には関係無い。幾万もの命を散らそうが、他人事でしかない…………現に世界のどこかでは、戦争、紛争、内乱が発生していますが、貴方達は見向きもしない。それと同じことです」

 

 負傷した兵士を助ける為に、わざわざ地雷が埋め込まれているかもしれない戦場に赴く様な者は、勇敢とは言わない。寧ろ、命知らずと蔑まれる。彼らが居座る世界とはそういうものだ。

 画面が戻った。金髪碧眼の少女は穏やかな笑みを浮かべていたが、瞳は絶対零度に冷え切っていた。

 

「私達は悩みました。【どうすれば皆様に私達の苦労をご理解して頂けるのか】、と」

 

 フッと笑って、目を細める。

 

「同じ魔法少女の同志、そして、魔法少女に深いご理解を示して下さっている方々を集めて、長きに渡り協議し合いました」

 

 そこで、一呼吸する音が聞こえた。少女の目がゆっくりと開かれる。

 

「やがて……結論が出ました」

 

 しばし間を置かれて放たれたその言葉は、先程の柔らかい話し口調から一転して、鋼の様な意志が込められていた。

 

 

 

「皆様には只今から、私達と同じ苦労(・・・・)を体験していただきたく思います」

 

 

 

 瞬間、深山町で爆発が発生した。

 爆心地は深山駅だ。全てが炎に包まれた。電車を待つ人々、構内で切符を買おうとする人、待ち合わせをする人、駅員――――その全てが、爆発に飲み込まれて木っ端微塵に吹き飛んだ。

 ショッピングモールを挟む道路にもその余波は行き渡り、悠々と歩いていた人々に暴虐を齎した。飛んできた破片は脳天を砕き、入り口から吐きだされた爆炎が全身を丸焦げにした。

 

 

「思い知るといい」

 

 イナはニッコリと笑みを浮かべた。

 

「命が丸裸にされて脅威に晒され続ける恐怖を。本当に世界を支えているのは自分達(人間)ではなく、私達――――『魔法少女』だという事実を」

 

 状況は、動き出した。狂気と理想を乗せた車両はゆっくりと前に進んでいる。

 

 ――――止められるものなら、止めてみるといい。

 

 イナの目が強く瞬いた。

 たった40分だ――――一時間も経たぬ内に桜美丘市の全ての機能を壊滅させる。自分達にはその自信がある。

 自分を人間だと信じている同類達よ。総力を上げて立ち向かってくるといい。真正面から相手をしてあげよう。

 私の元に辿り着いた時、君たちは必ずこう思う事だろう。

 

 

悪いお夢(・・・・)は、これっきり」

 

 

 何故なら、本当の『希望』を学ぶのだから。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   



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魔法少女共は異常(日常短編)
その1 ポカポカミヤコさん


ご無沙汰しております。


 ――白妙町。優子の家。

 

 

「ふ~~、あっちいなあも~~っ」

 

 忙しいランチタイムを終えて、自室に休憩中の優子は扇風機で涼を取りながら、そうボヤいた。

 萱野家は基本倹約であり、お客様が来た時以外はエアコンは使用禁止である。

 優子も体力には自信はあるが、この暑さには参っていた。

 

「こんなにあちいと体の養分抜けちゃうっての……。いや、待てよ。いっそ、全部抜いて茜みたいにちっちゃくなれれば、アタシの可愛さマシマシでモテモテじゃない?」

 

 最初に頭の養分が奪われたようだ。

 優子は、茜が聞いたらぶん殴られそうなことをボヤくと、

 

「あ~~~、なんか涼しいのが向こうから来ないかな~~~~~~っ!!?」

 

 と、大声で愚痴った。次の瞬間、

 

「ようカヤ」

 

「あ、来た」

 

 二階の窓から呼び声。

 振り向くと、海のように爽やかな青い髪の少女が網戸の向こうからやってきた。

 

「いきなりなんなのお前……」

 

「お邪魔しまーす」

 

 網戸をガラッと開けると、靴を脱いで侵入する凛。お邪魔する気満々である。

 

「カヤ麦茶出してくんないの?」

 

「張っ倒すぞお前」

 

 お座敷に座るなり図々しさ満点の凛だが、お客様が来たらおもてなししたくなるのが定食屋の看板娘のサガである。

 優子は毒づきながらも、足は既に一階に向かっていた。

 

 

 

――――

 

 

 

「……で、何の様な訳?」

 

 凛は差し出されたせんべいをパリパリと齧りながら答える。

 

「今友達とこっちに遊び来てんだけど、お腹空いたから、カヤに弁当作ってもらおーかなって」

 

 凛は優子の店の常連であり、テイクアウトを行っていることも知っていた。

 

「だったらそいつらとウチ来いよ」

 

「……いや、無理だから。釣りやってるから、今」

 

「……お前もうちょっと女子高生みたいな遊びしないの?」

 

 それは一番JK離れした奴に言われたくない。

 

「いやー、でもアタシ休憩中だからなあ~」

 

 激動のランチタイムを終えたばかりである。

 夕方になるとまた戦いが始まるので静養を取っておきたかった。

 

「じゃあ、コバルトに頼もう」

 

「いやいや待て待て! 折角来てくれたんだ! アタシが人数分作ってやるよ!」

 

 網戸を開けて出ようとする凛。慌てて服の袖を引っ張り部屋に戻す優子。

 コバルトとは、近所のインドカレー屋の看板娘・真弓通子のことである。常連をライバル店に取られるのだけは避けたかった。

 

「で、何人だ?」

 

「あたし含めて3人」

 

「えー三人もー??」

 

「駄目ならコバルトんちいっちゃおーっと」

 

 再び網戸に向かう凛だが、優子に腕を思いっきり引っ張られた。畳の上を転がる凛。

 

「分かった待て待て待ってくれっ! 作るからトオコのところにだけは行くな!!」

 

「そうこなくっちゃ」

 

 いつも“にへら”笑いが、心底腹立たしかった。

 

「ただし、条件がある!!」

 

「え?」

 

 優子は凛の頭――正確には被ってる麦わら帽子をむんずっと掴むと、バッと外した。

 

「お前、30分ぐらいアタシの目の前で座ってろ!」

 

「はい?」 

 

 顔から“にへら”が消滅。目が点になる凛だが、優子はマジである。

 

「どうかしたの?」

 

 前々からどうかしてる奴だと思っていたが、この暑さで残り少ない脳細胞が死滅したらしい。

 凛は哀れみの目で優子を見つめる。

 

「いや、お前の髪、なんか涼しそうだなーって思って」

 

「はあ」

 

「見てると5度ぐらい下がった気分っ」

 

 ねーよ、とツッコミたくなったが、優子は自分を見て快適そうな顔になったのでマジらしい。

 ちなみに自分は、暑苦しくて仕方ない。だって、メスゴリラにガン見されてるんですよ?

 

「おっ、なんか冷えてきたよーな気がするっ!」

 

「……そりゃどうも」

 

 クソッ!、と凛は頭の中で吐き捨てる。

 優子(バカ)をからかうつもりで来たのに、逆に利用されてしまうとは!

 

「流石、超ショック凍るアクティビティだな!」

 

「超絶クールビューティだっつの」

 

 優子がバカを言う度に、突っ込む凛。

 メスゴリラが上機嫌になる度に、体力が奪われていく気がした。

 

 結局、キッチリ30分間、解放してくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――次の日、日曜日。緑咢市。

 

 

 市内の中心部にある大きな公園の木陰の下ベンチで二人の女性が、ぐでーっと湯だっていた。

 一人は銀髪に近い灰色の髪で、小学生の様に小柄な少女。

 もう一人は、金髪のオッドアイに、動きやすそうな服装で、整った顔立ちの女性。

 

「……暑い……」

 

 小さい少女が、犬のように舌を出しながらポツリと呟く。

 

「そうだね……」

 

 金髪の女性は同調しつつ、隣の少女に今しがた買ってきた清涼飲料水を差し出す。

 最大級の魔法少女チーム・ドラグーン。狩奈 響と美緒愛華はその中でも最強を自負する実力者だが、この暑さだけには敵わなかった。

 

「みっこちゃんいないと涼しくなんないねー……」

 

 愛華が小型扇風機を狩奈に向けながらボヤく。

 みっことは、八奈美(はなみ) (みこと)のことである。

 愛華、狩奈と同じく最高幹部の一人であり、二人と同じ大学に通っている。

 

「あいつ……一人、夏の風物詩……必要……」

 

 命は見た目からして、リアル肝試しである。生きてるけど。

 おまけに血が通ってない(生きてるけど)のか、身体が四六時中ヒンヤリしてるので、夏場はいつも連れて歩きたかったが、今日に限って来れなかった。

 

「理由が、バイト押し付けられたって、ねえ……」

 

 命は大学が休みの日は、ショッピングモールの映画館でバイトしている。

 今日は狩奈、愛華と用事があったため、休みを入れていたのだが、前日に頼まれたらしい。

 

「命……あいつも、人が、良すぎる……。頼まれたら、断れない……損な、性格……。でも、押し付けたそいつ……酷い……彼氏と、デートするから……って……!!!」

 

 狩奈の体がワナワナと震えた。

 愛華が「あ、ヤバイ」と思った瞬間、

 

「ファッキンリア充ッッ!! そのポカポカ沸いた頭カチ割って脳みそ便器に流してやろうかァッ!! いーや違うなァッッ!! 二度と男とヤレなくしてやるまずは使い古しの磯くせえ××コに鉛玉ブチ込んで」

 

「ストップストップ。落ち着いてって」

 

 いつのまにか、モデルガンを構えて放送禁止用語をピーピー喚き散らす狩奈だが、愛華に取り上げられた。

 ただでさえ暑いんだから、これ以上熱気を上げないで欲しい。

 

「ごめん……暑くて……つい……」

 

 瞬間クールダウンし、シュンとなって謝る。

 愛華は溜息。暑いなら黙っててくれ。

 

「まあ、暑いし沸点下がっちゃうのもしょうがないかな? でも……う~~ん、なんか涼しいものが向こうから来ないかなー??」

 

「そんな、都合の良いもの……」

 

「お、イカレ脳みそだ」

 

「「あ、居た」」

 

 二人は声の方向を一斉に見る。海のような青が目の前にあった。

 

「宮古……丁度、良い……」

 

 ニタリと嗤う狩奈に凛は身構える。

 

「お、真昼間からやんの?」

 

「違う……こっち、来て……」

 

 ベンチの二人が、それはもう真夏の太陽の様な笑顔で凛を手招きする。

 ぞわっと血の気が引いた。

 

「(いつものイカレ脳みそじゃない……!) 何か嫌な予感がする……!」

 

 凛はくるっと反転。

 三十六計逃げるに如かず。ダッシュで走り去ろうと――――

 

「いいからいいから~♪」

 

「ぐえー」

 

 ――――できなかった。即座に飛び掛かってきた金髪のイケメンに首根っこをアームロックされた後、ベンチまでズルズル引き摺られた。

 強制的にベンチに座らされる凛。

 右に綾波系美少女(だが頭がイカレてる!)と、左に金髪のイケメン(だが女だ!)というちっともうれしくない両手に花ができあがる。

 

「いや、それを言うなら挟み撃ちか……」

 

「何を、言ってるの……?」

 

 襲うんならいっそ襲え。

 だが、狩奈と愛華もじーーっと自分を見つめるだけ。怖い。

 

「はい……宮古……」

 

 と、思ってるとなんか狩奈が清涼飲料水をくれた。

 あまりの暑さでイカレた頭が一周まわって常識人になったらしい。良かったね――――といつもの調子なら皮肉を言えるのだが、

 

「はい、宮古さん。あーん」

 

「……あーん」

 

 前門に狩奈なら校門に愛華である。

 なんかアイスをスプーンでくれたので口を開けて頂く。気色悪いのでさっさと離れたかったが、相手はドラグーン最強を誇る最高幹部の二人である。

 背中を見せようものなら、即座に銃で撃ち殺されるだろう。

 

「ってかあんたら何、キモいんですけど……」

 

 二人に挟まれて暑苦しくて仕方ない凛。だが、二人は逆にさっきよりも快適そうな表情だ。

 

「いやー宮古さんの髪ってほんっと涼しいよね~!」

 

「っ!!」

 

 イケメンはそれはもう光輝く笑顔で言い放つ。狩奈もコクコクと頷いた。

 

「ええ……?」

 

 超絶クールビューティここにあり!

 ……いや、こんなモテ方は望んでませんので勘弁してください。

 

「宮古さんアイスもっとあーんする? 保冷剤もあるけど、首に巻くかい?」

 

 流石イケメン、気遣いができる。カヤに見習わせたいね。

 でもあたしのことを気遣うんなら解放してくれ頼むから。あと笑顔が眩しいので二度とこっち見ないでください。

 

 

「お待たせしましたぁ~」

 

 

 ――――と、どこからかその声が聞こえた瞬間!

 三人の身体がぞわり、と粟立った。

 炎天下なのに、一気に気温が氷点下まで落ちた様な――――いや、氷がギンギンに張った水風呂に全裸で飛び込んだような感覚!

 声の方向を振り向くと――――ぎょえーっ!! な、なんと……お化けがいた!

 照りつける太陽の真下に居るにも関わらず汗一つ掻いてない。さすがお化け。

 

「やっぱり押し付けちゃうの悪いからって、デート断ってくれたんですよぉ~~」

 

 流石お化け。屈託無く笑ってるのに禍々しい。

 

「あ、みっこちゃ~ん!」

 

 愛華が手を振ると、お化けこと、命はゆらり、ゆらりと寄ってきた。

 

「……よし。宮古、帰れ……!」

 

 命がベンチに座るなり、シッシッ、と凛を手で払う狩奈。

 

 ――――こンのイカレ脳みそ……ッ! 頭叩き割ってやろうか……ッッ!!

 

 いくら超絶クールビューティでも、扇風機扱いされた後にハエ扱いされたらカッと来る。

 とはいえ、ドラグーン最強を自負する三人が相手となると、凛もキツい。

 言われた通り、すたこらさっさと退散するに限るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆おまけ

 

 

 

 

「凛ちゃん、駅前においしそうなラーメン屋さんできたんだけど、来ない? 激辛タンタンメンもあるよっ!」

 

「えー? なんでクソ暑いのにそっちまで行かなきゃいけないのー? 学校の友達誘っていきゃいいじゃん」

 

 凛と纏は同じ桜見丘市内だが、住んでる町は違う。歩きだと桜見丘駅まで30分以上かかる。

 

「だって、凛ちゃん見てると涼しいから……」

 

 通話を切る凛。いっそ一人で行け。

 そんなやりとりをした後――――

 

 

 

 

「凛ちゃん、今日バイトで来れる?」

 

 相手は茜。バイトとは近所の児童養護施設の手伝いだろう。凛は小遣い稼ぎでたまに働いていた。

 

「どったの? 人辞めた?」

 

「いや、クーラー壊れたからその代わりに……」

 

「却下」

 

 通話を切る凛。

 どうやらこいつらにとって、あたしは風鈴かすだれみたいなものらしい。

 

 

 

 

 

 結局、宮古 凛は、夏休み中、孤独を選んだのだった――――

 

 

 

 

 

 

☆おまけその2

 

 

夏服の魔法少女共:(カスタムキャスト)

【挿絵表示】

 

(←左から 宮古 凛 ・ 萱野優子 ・ 狩奈 響 ・ 美緒愛華 ・ 八奈美 命)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こちらではご無沙汰しております。

ゆかり☆マギカ、とりあえず短編ですが投稿させていただきました。

やっぱりオリジナルキャラは自由が効くので書きやすいですね。

今回の内容はさやかちゃんの髪を見て思いつきました。


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設定資料集(ネタバレ有)
キャラクターデザイン集(カスタムキャスト)(2019/12/03 修正)


※2019/12/03
 カスタムキャストの素材増加により、一部のキャラクターのデザインを修正しました。
 


 はじめに

 

 

※ こちらでは、作者がスマートフォンアプリ・「カスタムキャスト」で作成した『魔法少女ゆかり☆マギカ』のキャラクターイメージ(と、簡単なプロフィール)を公開させて頂きます。

 

※ キャラクターの容姿に対して「こうだ!」という強いイメージをお持ちの方は、イメージを損なってしまう危険性が高いので、閲覧なさる際はご注意くださいませ。

 

※ 第二章までのネタバレ含みます。

 

※ 残りのキャラクターは、作成次第、更新予定。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メインキャラクター

 

 

 

 

○  主人公

 

 

美月 縁:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・ピンク

        年齢・15歳(高1)

        身長・156cm

       血液型・O型

 

柳 葵:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・青

        年齢・15歳(高1)

        身長・160cm

       血液型・A型

 

 

篝 あかり:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・黒

        年齢・17歳

        身長・158cm

       血液型・AB型

 

 

 

 

 

○  萱野グループ

 

 

萱野優子:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・銀

        年齢・17歳(高3)

        身長・175cm

       血液型・A型

 

 

宮古 凛:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・青

        年齢・17歳(高2)

        身長・153cm

       血液型・B型

 

 

菖蒲 纏:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・薄紫

        年齢・16歳(高2)

        身長・167cm

       血液型・O型

 

日向 茜:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・白

        年齢・15歳(中3)

        身長・147cm

       血液型・A型

 

 

 

ライバルチーム

 

 

○  ドラグーン

 

三間竜子:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・緑

        年齢・21歳(大学4)

        身長・178cm

       血液型・O型

 

 

美咲文乃:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・黄色

        年齢・19歳(大学2)

        身長・157cm

       血液型・B型

 

 

狩奈 響:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・グレー

        年齢・19歳(大学1)

        身長・152cm

       血液型・A型

 

 

八奈美 命:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・黒

        年齢・18歳(大学1)

        身長・165cm

       血液型・O型

 

美緒愛華:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・オレンジ

        年齢・18歳(大学1)

        身長・162cm

       血液型・AB型

 

 

実里麻琴:

 

   イメージカラー・深緑

        年齢・20歳(大学3)

        身長・166cm

       血液型・A型

 

 

玉垂 桜

 

   イメージカラー・薄ピンク

        年齢・24歳

        身長・157cm

       血液型・O型

 

 

 

その他

 

 

○  AVARICE社

 

三納香撫:

【挿絵表示】

 

 

  イメージカラー・ライトグリーン

       年齢・26歳

       身長・164cm

      血液型・O型

 

 

 

 

○  ???

 

 

三坂沙都子:

【挿絵表示】

 

 

  イメージカラー:ライトイエロー

       年齢:15歳

       身長:153cm

      血液型:B型

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※     以下、第二章のネタバレ有り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ENEMY

 

 

レイ:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・?????

        年齢・?????

        身長・?????

       血液型・?????

 

イナ:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・?????

        年齢・?????

        身長・?????

       血液型・?????

 

ルミ:

【挿絵表示】

 

 

   イメージカラー・?????

        年齢・?????

        身長・?????

       血液型・?????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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