元オーバーロード鈴木悟と元人間ムササビと (め~くん)
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第一章 元不死者の神と 1 終わる世界と取り残された二人と

 西暦2138年、地球は人が生物として生息できない星に成り果てていた。
 重酸性雨が空から降り、自然が死滅した陸と汚染された海。
 星空さえ拝めない薄汚れた大気。
 外を出歩くにはゴーグルとガスマスク。
 例え家に帰ろうとも空気清浄機がいる。
 人が生物として生きていけるのは、一握りの富裕層が住むアーコロジーのみである。
 世界が緩慢に終わりを迎えようとしている時代に、サービス終了日を迎える一つのゲーム(せかい)があった。
 その名は『ユグドラシル』
 DMMO-RPGと言えばユグドラシルというほど栄華を極めたが、開始から12年もたてば、その勢いも衰えるというもの。
 今では閑散として、プレイヤーもまばらである。


 アバターが異形種のみで構成された悪名高きギルド『アインズ・ウール・ゴウン』。
 社会人のみで構成された悪のロールプレイを興じる集団である。
 そのギルド拠点『ナザリック地下大墳墓』。


 その地下八階に位置する円卓(ラウンドテーブル)と呼ばれる広い部屋に41人分の豪華な椅子に囲まれた大きな円卓が一つ。
 そこにある異形の影はたったの三つだった。

「それでは、またどこかで会いましょう」

 その言葉と共に一つの影が消えた。
 二つの影、いや、二体の死の支配者(オーバーロード)が残された。
 一体は豪奢な漆黒のアカデミックガウンを羽織っていた。もう一体は一回り体が小さく、光沢のある白いシンプルなローブを羽織っていた。

「いやあ、ヘロヘロさん喜んでましたね、ムササビさん」

「ええ、頑張ってモーションを追加した甲斐がありました。ソリュシャンも最後に会えて喜んでいるでしょう」

 ムササビと呼ばれた一回り小さいオーバーロードは、その骸骨の外見には似つかわしくない朗らかな声で答えた。
 ヘロヘロというのは、ついさっきまでいたギルメンである。ブラック企業に勤めるプログラマーであり、体にむち打ち来てくれたのだ。しかし眠気が限界に達してしまったヘロヘロは、最後にギルドを維持し続けてくれたお礼と、またの再会を言い残しログアウトしていった。

「ふふ、ソリュシャンも喜んでる、か。ムササビさんらしいですね」

 ソリュシャンとはヘロヘロが作ったNPCである。決してプレイヤーの名前ではない。来てくれるかもわからないゲーム最終日の僅かな時間の為に、ムササビはただのNPCに過ぎないソリュシャンにモーションを追加したのだ。
 ムササビはギルドに入り、自分がNPCを作る時になって初めてプログラムを覚えた。そんなムササビが作るAIやモーションは、本職プログラマーとは比べて、決して上手いとは言えない。それでもその分、多くの時間と労力を費やす事で一般人が見ればさして粗のない仕上がりにしたのだ。事実、ソリュシャンの動きを見たヘロヘロは大変喜んだ。そもそもムササビにプログラミングを教えたのはヘロヘロだったから、その上がった腕と掛けた情熱が良く分かったのだ。

「ホントはソリュシャン以外のメイドたちにも会わせたかったんだけど、オレの腕では間に合いませんでした。それが心残りですね」

 なぜここまでムササビがするのかと言われれば、引退していくギルメン達に取り残されたNPCを不憫に思ったからだ。いや、そんな高尚な表現では語弊がある。ただNPC達が悲しんでいるように感じてしまった。同じく取り残された自分が悲しんでいるから、それに重ねてしまっただけかもしれない。だから引退したギルメンからNPCを譲り受けた。自分は取り残された訳ではないと言い聞かせるかのように。そして、そのNPC一人一人の設定にあったAIやモーションを加えていった。
 一人、また一人と引退していくギルメン達。
 残されるNPC達。
 そのすべてを譲り受けた。
 引退するギルメンの中には、自分は引退するのだから、作ったNPCを好きにしていいという人がいた。
 NPCの設定を変えてもいいと言う人もいた。
 消去して他のNPCを作ってもいいと言う人もいた。
 NPCのリソースもギルドの共有財産であり、それを引退する自分が占有するのは良くないからと言う人もいた。
 それに対してムササビは思うところは何もなかった。
 しょせんはゲームである。
 引退して装備やアイテムを譲り渡し、処分してくれてかまわないという人がいるのだから、同じデータ上の存在に過ぎないNPCが同じ扱いをされても仕方がない。特にこのユグドラシルは、装備を見た目から能力まで自作できるのだ、NPCに対する思い入れが装備品と同等でもそれほどおかしいわけでもない。
 それを理解した上でも、ムササビの手は止まらなかった。
 ムササビ自身は自分はなんて甘い人間だと思っているのだが。
 ムササビとはそういう男なのである。

「他のメイドにも、ですか。私なんて大半のNPCの、それこそソリュシャンの名前だって言われるまで忘れてたのに」

「モモンガさんはネームセンスゼロですからね。名前に関心が薄いんでしょう」

 ムササビとはこういう男でもある。つい失言をしてしまうのだ。だが、ムササビがアインズ・ウール・ゴウン最後の加入者だとしても、モモンガとの付き合いは長い。だからモモンガも慣れたもので「ムササビさんも人の事を言えないでしょう」と、いつも通りに笑って返すのだった。

「自分ではセンスがいい名前だと思って名付けているんですけどね」

 ムササビは肩をすくめる。

「「アハハハ」」

 楽しかった日々を思い出したように二人は笑う。

「本当にムササビさんがいて良かったです、仕事で海外に移住すると言った時は引退してしまうかと思いました」

「それでインの時間がまったく合わなくなってしまいましたけどね」

「いやいや、有名な経営者一族の中でも特に優秀だと特集を組まれる程ですからね。インする時間を確保するだけでも大変でしょう」

 ムササビは生まれながらの勝ち組である。モモンガの小卒という学歴ですらマシと称される世界で大卒である。そもそも、このギルドに入ったのもギルドメンバーの一人、大学教授をしている死獣天朱雀の教え子だった縁でだ。そこを卒業して社会人になってからメンバー入りを果たした。

「今度、日本に支社を出す計画があるんですよ。実現できればヘロヘロさんを引き抜こうと思っているんです。我が社に来てくれれば、ゲームをする余暇くらいはできますから。そうすればヘロヘロさんとまたゲームができるかもしれません。その時はモモンガさんも、一緒にゲームをしましょう」

 ムササビの申し出にモモンガは即答できなかった。なぜか言葉が出てこなかった。一緒にゲームをするのが嫌なわけでは決してない。
 ほんの数舜ばかりのわずかな沈黙が流れる。一秒にも満たないそれがモモンガに焦りをもたらす。これではまるでその()()()()()()を拒否したようになってしまうのではないか。しかし、それでも答えは喉を通れずにいた。
 その時、静寂を破るアラームが鳴り響く。それはユグドラシル終了まで残り30分を告げる音。

「もう、そんな時間か」

 モモンガはさっきまでの考えなど吹き飛び、寂しそうにそうつぶやいた。アインズ・ウール・ゴウンでの輝かしい思い出がアインズの頭を駆け巡る。
 突如ムササビが立ち上がる。さながらアクターのごとく大仰にマントをひるがえし、仰々しくモモンガにひざまずいた。
 ムササビの影武者ロールである。モモンガが魔王ロールをしていたので、支配者に影武者は付きものだろうと同じオーバーロードのムササビはその影武者のロールをしていた。

「さあモモンガ様、ギルド武器のスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを」

 それを見たモモンガも席を立ち、ギルド武器を手にする。禍々しいエフェクトがギルド武器から放たれる。それは世界の終わりを嘆き叫ぶ顔をしているようにも見受けられた。

「最後は玉座の間で迎えましょう。あの場こそ、我らに相応しい」

 ムササビの言葉にモモンガは魔王のようにゆっくりとうなずく。その姿はすっかり板についていた。

「うむ。ナザリック地下大墳墓の主人として相応しい最後にしないとな」












「では、我は準備をして参りますから、モモンガ様は先に玉座の間へ」

 ムササビはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使い、どこかへと転移してしまった。
 一人取り残されたモモンガは玉座の間へ向かう為に扉を開いた。
 豪華絢爛、この言葉の意味がどんな辞書よりも理解しやすく眼前に広がる。遥か頭上には輝くシャンデリアが一定間隔で吊り下げられ、廊下の床は大理石のように光を反射している。
 扉の脇には執事と6人のメイドが立っていた。6人のメイドの一人、金髪のメイドの名前はさっき円卓(ラウンド・テーブル)で聞いたからソリュシャンとわかるのだが、それ以外の名前が出てこない。ムササビならこのNPC達の名前だけにとどまらず、その設定さえ把握しているだろうに。それに引き換え自分はNPCにとっては良いギルドマスターではなかったとわずかに後悔をする
 モモンガはコンソールを開き、全員の名前を調べる。
 このNPCたちは結局、最後まで出番が無く終わってしまった。

執事(セバス)、そして六人のメイド(プレアデス)達よ、付き従え」

 モモンガは何でもいいから、役目を与えたかった。今できる仕事と言えば、自身の後ろを歩かせるくらいだ。
 モモンガが歩き出すとセバスとプレアデスがその後をついてくる。

 大きな廊下をしばらく歩いていると前方からNPCであるメイドが歩いてくる。41人いる一般メイドには全て名前が付けられているのだが、もちろんモモンガは覚えていなかった。
 モモンガの近くまで近づくとメイドは通路の隅により深くお辞儀をする。このAIを組んだのはヘロヘロを含む6人のプログラマーだ。
 そこでモモンガは思い出した。ムササビが新しいAIを付け足したと言っていたことを。

「仕事、ご苦労」

 モモンガの発した声に反応して、かすかではあるがメイドは感極まったように身を震わした。
 モモンガには、このメイドが本当にそこに存在し、主人である自らの労いに感激しているように感じた。そう思わせるムササビの仕事の細やかさに感心する。
 ムササビも自分と同じくらいアインズ・ウール・ゴウンを愛していたという思いが伝わってくるようで、モモンガの心が満たされる。
 しかしムササビが()()()()()()()()()()()()よりも、()()()()()を重視していた事にモモンガが気づくのはまだ先の話である。
 それからしばし歩き、玉座の間の前についた。
 モモンガはセバス達を巨大な扉の前で待機させ、中へと入る。
 ナザリック地下大墳墓の主たるモモンガすらも圧倒させる空間が広がっていた。

「おおぉ……」

 思わず声が漏れる。
 ここはまさにアインズ・ウール・ゴウンの結晶と言っても過言ではない場所。そこにある豪華が、精緻が、意匠が、ギルドメンバーが持つあらゆる能力の粋を集めて作られている。何百もの人を収めても余りある広さを有するこの場の、あらゆる所にそれがある。
 このナザリック地下大墳墓の最奥の部屋の最奥、数段の低い階段の先にメンバーと一緒に手に入れたワールドアイテム『諸王の玉座』が鎮座している。その横には一人のNPCが立っていた。こめかみのあたりから山羊のような角が生えてはいるが、純白のドレスを着た美しい女性だ。さすがにモモンガもこのNPCの名前は憶えている。
 アルベド。
 このナザリック地下大墳墓の守護者統括である。
 モモンガは天井から床までギルドメンバー全員の紋章を施した旗が垂れ下がっている壁を眺めながら、玉座までゆっくりと歩く。
 玉座の前に到着し、アルベドを無遠慮に眺める。
 手にはなぜか所持しているはずのないワールドアイテムを持っていた。
 しかし、それを咎める気にはなれなかった。自分は良き支配者ではなかったから。ギルドメンバーには去られ、残ったメンバーは一人。配下であるNPCの名さえ満足に覚えていない。支配者失格と言っていいだろう。

「せめてナザリックの主として守護者統括の設定くらいは知っておかないとな」

 自嘲気味に呟きながらも、どんな設定があるのか、好奇心が踊りだすのを感じながら設定を閲覧する。
 文字の洪水がモモンガの視界を埋めつくした。
 流石に全て読んでいたらムササビが来てしまう。スクロールして読み飛ばした長大なテキストの最後に『ちなみにビッチである。』と記されてあった。

「……え、何これ」

 NPCの頂点たるアルベドがこれでは、NPCを残していったギルドメンバーやムササビがなんだか救われないように感じた。モモンガは書き換えるべきか否か逡巡する。

「今日で最後なんだ」

 その一文を消去する。空いた設定の隙間にモモンガは少しの寂しさを覚えた。「馬鹿だよなあ」と独りごちながら、その()()()()()()()()()()()()()()()()()を『モモンガを愛している。』と書いて埋めた。

「うわ、恥ずかしい」

 我に返ったモモンガは元に戻そうとした時、勢いよく扉が開かれた。

「お待たせしました、モモンガさん」

 慌ててコンソールを閉じてモモンガは振り返る。
 ムササビは自身が作り出したNPCを連れていた。
 モモンガもよく知るNPCだ。なにせ、ムササビがナザリックにいる時は、常に一緒にいたNPCだからだ。さっきいなかったのはムササビがソリュシャンに遠慮して、席を外させていたのだ。ヘロヘロはそのNPCに対して人間のように扱う行動を「ムササビらしい」と懐かしんでいた。
 このムササビが作り出したNPCは勇者をモチーフにしている。名はU・DQ(ユー・ディーキュー)通称ユウである。見た目は十代半ばほどの美少女だ。髪は黒色のショートボブ、目を大きく、生命力に溢れた魅力を持つ顔だ。簡易な金属製の肩当と胸当て、左手にはヒーターシールドを持ち、武器は腰に下げた剣が一本と腰の後ろに備え付けたナイフが一つ。服装は旅人が着ていそうな長袖の上下とマントをつけた出で立ちで、ゲームの勇者をイメージしたらこうなるような仕上がりである。ただ、一つ違う点を挙げるなら、出るとこが全く出ていないくらいか。
 能力も某国民的RPGの主人公である勇者を再現されている。それも家庭用ゲーム機が普及するきっかけになった機体でリリースされた四作品に絞ってだ。
 その記念すべき第一作がレベル30が上限だったため、それにならってこのNPCのレベルも30である。
 ムササビはユウを置いたまま、アルベドの前に立っていたモモンガの元までやってくる。

「やっぱり魔王と言えば、最後は勇者との対決でしょう」

 ムササビがそう言うとユウは階段の前まで歩いていき、その場で剣を抜いて構える。まさに今から魔王と戦おうとしているようだ。

「どうですか、この動き、苦労したんですよ。本職のプログラマーなら簡単にしてしまうんですけど」

「ふふ、いいじゃないですか。私も最高の魔王を演じましょう」

 モモンガは玉座に深く腰を下ろし、ギルド武器を構える。その姿をそのままゲームのラスボスとして使えそうなほど堂に入っていた。

「あ、待ってください。モモンガさん、これを」

「ちょっと、せっかく気合を入れたのに、なんですか?」

 出鼻をくじかれたモモンガは、ムササビが取り出したアイテムをみる。アイテムコレクターであるモモンガをしても初めて見る形状のアイテムだ。握りこぶし大の黄土色をしたくすんだ玉を、歓喜、憤怒、悲哀、愉悦、苦悶、憎悪の表情をした六人の小さな人間が背負って支えているような形をしていた。

「これはつい昨日、完成した、新ユニークアーティファクトです」

「新ユニークアーティファクトですか!?」

「ええ、ユグドラシルで究極の無駄遣いの烙印を押されている職業、造物主(ザ・クリエイター)。その固有スキルでしか作りだせない、あのワールドアイテムよりもある意味レアと言われる、ユニークアーティファクトの新しいのが出来たんです!」

 造物主(ザ・クリエイター)とはその名の通り、宇宙のすべての物をつくり支配すると言う設定の職業である。
 設定上この職業固有のスキル万物創造(ザ・クリエイト)(素材やアイテム、データクリスタルをアーティファクトに掛け合わせて新しいアーティファクトを作るスキル)で、ワールドアイテムに匹敵するユニークアーティファクトを作りだせる筈なのだが、そこは糞製作・糞運営で有名なユグドラシルである。このスキルで製作できるユニークアーティファクトは総数400種と発表されていたが、この最終日までに作られたユニークアーティファクトは、たった32種である。しかもそのすべてがワールドアイテムには程遠い代物であった。
 もちろん、究極の無駄遣いと言われる職業である。その職に就いている者の数も少なかった。ユグドラシル全盛期でさえ、上位10ギルドの中でこの職を取っている者は、ムササビを除けば、新しい発見だけを追求したギルドに片手で足りるくらいしかいなかった希少職だ。
 ちなみに万物創造(ザ・クリエイト)はユニークアーティファクト以外も作製される。
 余談だが、ムササビが超希少金属数種類と希少なアーティファクト数種類を使って、小鬼(ゴブリン)将軍の角笛というゴミアーティファクトが出来た件は、オフ会などでは誰かが間違いなく話す、アインズ・ウール・ゴウンお決まりの鉄板ネタになっている。

「ユグドラシル33種類目のユニークアーティファクト。その名も『人化の秘宝』です」

 秘宝。その言葉だけでモモンガの期待は高まる。

「それで、これにはどんな効果が?」
「その名の通り、人間以外を人間にするアーティファクトです。とは言っても、見た目が人間になって、各種魔法、スキルで判定しても、人間と表示されるようになるだけで、根本的には異形種なんですけどね。例えて言うなら虚偽情報・生命(フォールスデータ・ライフ)が虚偽情報をプレイヤーに与えるように、人間であるという情報をゲームシステムそのものに与えるアーティファクトってところです。ですから、種族レベルもそのままですし、ギルドの異形種縛りにも抵触しませんから、安心してください」

「おお、なんだか凄そうですね。ゲームシステムにって事は、異業種が入れない街とかにも入れるようになるんですか?」

「ええ、そうです。ただ、その代わりとして種族の基本特殊能力が失われるんですよ。アンデッドならクリティカルヒットや精神作用に、毒、麻痺等の一部のステータス異常などの無効に、飲食不要やネガティブエナジーでの回復、それにダークビジョンの能力がなくなっちゃうんです。その代わり、弱点もなくなるんでイーブンですね。種族レベル由来のは残っているんですけど」

「そのへんのバランスはユグドラシルらしいですね」

「まあ、つまり、結論を言うと微妙ユニークアーティファクトです」

 ムササビがおどけた様にそう言うと二人は笑い合う。

「これをモモンガさんに使って頂きたいんです」

 モモンガは急に真面目な声を出すムササビに戸惑う。

「非公式ラスボスと謳われた異形種DQNギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターの種族が実は人間だった、とか面白いじゃないですか」

「ムササビさんはそういう、実はとか、あえてとか、逆にとか、好きですものね」

「そういうの燃えるでしょう」

 それくらいならいいかとモモンガは思う。異形種で無くなるわけでもないし。それにレアアイテムを使ってみたい欲求もある。ただでさえ、モモンガは貧乏性なのだ、レアアイテムを使った経験なんて数えるほどしかない。
 モモンガは『人化の秘宝』を受け取る。

「ムササビさん、人間になると言っても見た目はどうなるんです? ランダム生成ですか?」

「あ、それは作れるんですよ。それでリアルのモモンガさんをベースにちょっと顔を良くして、背を足しました。体の方も細マッチョにしておきましたよ。魔王の真の姿が、たるみ出した30代の肉体なんて嫌でしょ」

「ムササビさんもすぐにそうなりますよ」

「いえいえ、オレはまだ三十路までには猶予がありますし、上流階級らしくスポーツを嗜んでますから」

「ふふふ、残念ながら体の衰えからは抗えませんよ」

「そのセリフ、おっさん臭いですよ」

「そうですね。はあ、いやだなぁ、年は取りたくない」

「モモンガさん、そのセリフもおっさん臭いですよ。さあ、バカな事を言ってないで早く『人化の秘宝』を使ってくださいよ」

「そうでしたね、もうあんまり時間もないですし」

 いつものような会話は終えた後、さて、とモモンガは考える。このアイテムで人間
の姿になるとして、どういう魔王ロールをしようかと。確かユウは、『ムササビの娘にして、世界の崩壊を阻止し人類に平和をもたらす勇者』と言う感じの、基本的には典型的な勇者の設定だったはず。ならばそれを踏まえたモノにするか。
 しばし考えた後、

「最後なんだし、思いっきり魔王をするか」

 と呟いたモモンガは勢いよく立ち上がる。

「いいですね、モモンガさん。思い残しのないように中二全開で行きましょう」

 未だ中二病のムササビの言葉に鷹揚に頷いて答え、ユウに顔を向ける。

「よくぞここまで辿りついたな、勇者よ。しかし、遅かったようだ。この世界、ユグドラシルはもうすぐ終焉を迎え、万物が無に帰す。それは抗えぬ運命なのだ」

 モモンガはカツカツと音が鳴るように歩き、階段の前まで行く。そして芝居がかった動作で、空を抱くように両腕を広げる。

()()な、私は、いや、私たちアインズ・ウール・ゴウンはこの世界の崩壊を止めようとしていたのだよ。幾人の我が同胞がこのナザリックを離れ調査をした。しかし、判明したのはユグドラシルの死を止めるすべが無いという事実のみだった。故に、残された私とムササビは方針を変えた」

 モモンガはローブを翻し、『人化の秘宝』を掲げる。

「数多の実験の結果、私の力を()()()暴走させる秘法と、我が腹心たるムササビが作りし秘宝とを用いれば、このナザリックだけは守れると分かったのだ」
 
 モモンガは頭上に掲げた『人化の秘宝』を使用する。その瞬間、モモンガは光のエフェクトに包まれる。光の中のシルエットが一回りほど縮み、光が止むと、さっきまでモモンガがいた場所には、幾分かイケメンになって手足と身長が伸びた鈴木悟がいた。

「その代償として、私は人間に戻ってしまうがな」

 ゆっくりとモモンガは玉座の前まで進み、振り返る。

「さて、勇者に人間である私を倒せるのかな」

 玉座へ腰かけようと肘掛けにつこうとした手が空振り、玉座に尻もちをついてしまう。アバターのサイズが一回り小さくなったから目測を誤ったのだ。

「ちょっと、最後までビシッと決めてくださいよモモンガさん。途中までは、モモンガさんマジかっけーだったのに」

「後は、()()、を使うだけだったのにな」

「いやいや、これでも十分すごいですよ。即興なのに上手くオレの好きな言葉を使って」

 弁の立つムササビの素直な賞賛に照れ臭くなる。

「フフフ、魔王モモンガにとって、この程度は造作もないのだよ」

 魔王ロールで気取ったように答えるが、実際は事前にあれこれ考えていたセリフを少し改変しただけなのではある。もちろん、そんな事はおくびにも出さない。おくび(げっぷ)を出せる身体になっていたとしても。

「アルベドよ、『我が前にかしづけ』。ユウよ、ムササビに『付き従え』」

 アルベドとユウの位置が逆になり、アルベドはひれ伏し、ユウは剣を鞘に納め、ムササビの横に立った。

「これで()()が出来ましたね」

 視界の隅に映し出される時間が終了5分を切っていた。
 この楽しい時間が残り僅かだとモモンガの心が陰鬱としていると、しみじみとムササビがつぶやく。

「終わってしまいますね」

 アバターなので表情が変わらないが、どこか感慨深げな雰囲気だ。
 それがモモンガには物悲しく思える。まだ自分は、そこまで心の整理が出来ていない。これだけしかないモモンガは、他のモノもあるムササビとは違うのだ。

「ムササビさんは色んなゲームの最後を見てきてるんですよね」

 気が付けば、そんな言葉が漏れていた。

「まあ、ゲーマーでしたから、他のDMMO‐RPGではバリバリの前衛もしてましたし、弐式炎雷さんやぷにっと萌えさんがプレイしてたアーベラージではランカーだったんですよ。弐式炎雷さんにはかないませんでしたけど。それも、とっくの昔にサービス終了してしまいましたけどね」

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが自分の知らないところで他のゲームで遊んでいる。それは今でも寂しく感じる。もちろん、それでどうこう言うつもりはない。ないが、この時だけは負の感情がくすぶってしまった。やはり自分にはこの世界(ユグドラシル)しかないのだ。リアルには、鈴木悟(モモンガ)の世界など広がってはいない。

 ただ、鈴木悟があるだけ。

 しかし、自分が座る玉座の横に立つ、ムササビと言う幾何(いくばく)か歳が下の男には他の世界(ゲーム)があって、リアルには友人も家族も地位も部下も夢もある。自分に無いものを全て持っている。自分にそれがあるのはここ(ユグドラシル)だけなのだ。
 さっきの自らのセリフにしてもそうだ。自分の力を引き換えにしても、自分は鈴木悟に戻ってしまったとしても、ユグドラシルの、せめて輝かしい時間の結晶たるアインズ・ウール・ゴウン、その拠点のナザリック地下大墳墓だけでも存在し続けてほしかった。そんな思いがあったから生まれた言葉なのだ。

「ムササビはいいよ。他にもあるんだから。俺にはこれしか無いのに」

 口に出てからモモンガは自分の本音に気付く。言葉遣いが素に戻っているのにも気付かずに。
(何を言っているんだ。ムササビさんがいなければ、自分は永い時間をたった一人で過ごすハメになっていた。そんな日々が続けば、自分は気が狂っていたかもしれない。それなのにこんな最後の最後に何を言っているんだ。もしかしたら、ムササビさんは半ば付き合いで残ってくれていただけかも知れないのに。この優しい男は、ムササビはそんな男なのを俺は嫌というほど、よく知っているのに)
 いつも心の片隅にあった小さな思いが、それを否定出来るだけのモノがあるのに消えない思いがモモンガの中に膨らんでいく。

「ムササビさんは――」

「モモンガさん!」

 ムササビは強い語調でモモンガの言葉をさえぎる。

「オレは結構な数のゲームをしてきました。もちろん、やってたゲームは全部面白かったです。色んなギルドやグループにも所属しました。エースになったり、ギルマスになったりもしました。大会にでて優勝したゲームもあります。それでも、このユグドラシルは別格でした。このアインズ・ウール・ゴウンのみんなは最高でした」

 堰を切ったように喋り出すムササビ。

「ウルベルトさんと悪を語るのも楽しかった、ペロロンチーノさんとのエロゲ談義も楽しかった、たっち・みーさんと特撮ヒーローの話をするのも楽しかった、るし★ふぁーさんと一緒にイタズラするのも楽しかった、ぶくぶく茶釜さんにいじられるのも楽しかった、ぷにっと萌えさんと新しい戦術を考えるのも楽しかった、ブルー・プラネットさんと自然を愛でるのも楽しかった。ダブラ・スマラクディナさんとホラー映画を鑑賞するのも楽しかった、ヘロヘロさんにプログラムを教えてもらうのも楽しかった。他にも、いっぱい、いっぱい、楽しい事がありました」

 突然の発露を聞き、モモンガは思い違いに気づく。
 ムササビにとって数あるゲームの一つに過ぎないのではないかと疑っていたのだ。
 もちろんそれで思い入れが無いとは言わないが、それでも自分の程ではないのではないかと考えていたのだ。

「そうか、楽しかったんだ……」

 ムササビの思いと自分の思いは一緒だった。それだけで救われた気がした。ギルドのメンバーがムササビとの二人だけになって、そのムササビとインの時間がほとんど合わなくなって、一人きりでユグドラシルに過ごす時間が増えてきて。酷く寂しい時間の中、ムササビと二人でプレイする時間と、いつかギルドメンバーが戻ってきてくれないかという希望を支えに、このナザリックを維持してきた。
 その苦労が報われた気がした。
 もし、アバターの表情が変化できていたなら、モモンガの顔は乾季の雨に打たれたようになっていただろう。

「……また、一緒にゲームをしましょうね、モモンガさん」

 ほんの少し前には答えに詰まってしまった言葉。

「……はい、その時も一緒にしましょう」

 今はすぐに答えられた。
 視界の隅に映る時間は残りわずかとなっている。

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 12年間続いた世界(かのうせい)が0に収束する。
 そして、それは誰にも知られずに拡散を始める。

                    0:00:01

                    0:00:02

                    0:00:03

「「あれ」」

 こうして『世界の可能性はそんなに小さくない』とのたまったゲーム(せかい)が終わり、新しい異世界(せかい)が始まる。




独自設定 職業ザ・クリエイターとユニークアーティファクト


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2 異世界の始まりとナザリックと

この『元オーバーロード鈴木悟と元人間ムササビと』は毎話一度は視点が変えようと思います。


「……ん、どういうことだ?」

 サーバーダウンが延期になった?
 オレはコンソールを開こうとするが起動しない。それならとGMコール等、コンソールを使用しないシステムを試すがどれも反応がない。
 横を見るとモモンガさんの手がコンソールを開こうと虚空をさまよっていた。

「モモンガさんのコンソールも開きませんか」

「ええ、GMコールもダメです」

「こっちもです。システム全部が使えません」

 二人同時となれば、個人原因ではなくサーバー側に問題が発生したのか。12年も運営していて、その最後にか。ありえない、それはどれほどの確率だ。

「……どういう事だ!」

 モモンガさんが怒声をあげた。それはそうだ。ただでさえサービスの終了を残念に思っているのに、この仕打ちでは。
 オレは何か慰めの言葉をかけようとしたところで、

「どうかなさいましたか、モモンガ様、ムササビ様」

 と二人しかいない広大な玉座の間に、聞き覚えのない声が響いた。それはこの場に相応しい美しさだ。
 声の主は顔を挙げたアルベドだった。アルベドにはそもそも音声なんて設定されていないにもかかわらず声を発するなんて。それもやけにイメージ通りな声。いったいなにが起きているんだ。

「失礼します」

 アルベドが長く奇麗な髪を揺らめかせながら立ち上がる。玉座に腰掛けるモモンガさんのそばまで歩み寄り、祈りをささげるかのように両手を組む。

「何か問題がございましたか、モモンガ様」

 いきなりの出来事にモモンガさんはさっきまでの怒気が消え、唖然とした表情をしている。
 表情? なんで表情が変わるんだ、そんな機能なんてなかったはずだ。実はユグドラシル2が始まったとか。無いな、今の事態は確実に刑法に引っかかる案件だ。
 モモンガさんが困惑したように答えあぐねている。

「モモンガ様が涙を流している事と関係しているのでしょうか」

 アルベドに言われて、モモンガさんの頬が濡れているのに気付く。目も赤くなっている。
 しばらく呆けていたモモンガさんは顔までも赤くし、涙をぬぐった。

「……いや、これは、その、何でもない。その、あれだ、GMコールが利かないようなんだ」

 しどろもどろでそう言うモモンガさんの顔はますます赤くなる。羞恥で赤くなったというよりも、モモンガさんの視線がチラチラとアルベドの寄せられた谷間へ向けられているのを見るに、照れているだけだろう。確かに動き出したアルベドは絶世の美女と言って差し支えない美貌だけども、そんなにあからさまに胸を見ないで。見ているこっちが恥ずかしくなる。
 しかし、普段ならオレも目が行ってしまったのだろうが、なぜかそういう欲求が湧いてこなかった。自分はかなりの可愛い子好きな筈なんだけど。
 耳に入ってくるモモンガさんとアルベドの会話を聞くに、アルベドはGMコールのみならずゲームシステム全般を知らないようで、モモンガさんが訪ねたシステム関連での異常事態に対する解は得られなかった。
 だが、オレはこの謎の状況が解決しなかった事よりも、さらに不可解が増した事実に暗澹たる気持ちになる。
 NPCであるアルベドが会話をしているのだ。どんどん要領を得なくなっていくモモンガさんにちゃんと受け答えできているのは、正直人間でも難しい。それをプログラムで再現するなんて神業染みたマネが出来るはずもない。
 それにアルベドから漂う香りだ。ゲームでは嗅覚が制限されているため、本来は感じないはずなのだ。
 もしかしたら、ここはゲームの中では無いのかもしれない。
 オレはアルベドの手首をとる。

「ムササビ様、何を」

 脈がある。それが徐々に早くなっていく。
 ありえない。
 どれほどテクノロジーが進んだといえども、最後は人間がプログラミングをしなければならない。もちろん、既存のプログラムを入れるにしても容量を食う。
 だから、どうでもいいような些細な事に、人的にも容量的にもリソースを掛けられない。それは要領が悪過ぎるというものだ。
 なんだかアルベドが痛みを耐えているような素振りを見せる。そんなに強く握っているわけでもないし、全力で握ったとしても多分0ダメージのはずだから痛くはないはずなのだが。握っているオレの手、骨の手を見て気付く。
 そうか〈負の接触(ネガティブ・タッチ)〉か。フレンドリィ・ファイアが解禁されているんだ。NPCが自我を持ったように動き出した上に? これがゲームの中だとしたらまだいいが、もし現実になっていたとしたら危険過ぎるだろ。
 アルベドの手首を放し、今度はモモンガさんの手首をとる。

「痛、なんかムササビさんの手が微妙に痛いですよ」

 アンデッド基本特殊能力である『〈負エナジー(ネガティブ・エナジー)〉での回復』がモモンガさんから失われている。これはゲーム通りだ。
 オレは〈負の接触(ネガティブ・タッチ)〉のスキルを切ろうと意識する。すると自分の感覚の中にアイコンが浮かんでいるかのような、まるでゲームの時と同じように操作できると分かるのだ。普段もあれこれ考えずに、それこそ無意識レベルでコンソールを操作していたんだ。それがさらに感覚的になった感じになっている。

「アレ、痛くなくなった」

 成功したようだ。今度はモモンガさんの手をアルベドの胸に押し付けた。

「え」

「あん」

 ふむ、バンされない。やはりゲームではない。
 ゲームのような能力が使えてしまうが、これがゲームである可能性は限りなく低いだろう。
 明晰夢を見れる自分が夢だと感じられない現状に夢の中という線も消える。
 信じたくないが消去法的に考えて、ユグドラシルが現実になったのかもしれない。
 いや、馬鹿な考えだとは思うのだが、そう想定するとしっくりくる。
 となるとアルベドの性格はテキスト通りなのだろうか。確かにそれっぽいが、アルベドみたいにきっちり設定を作りこんでいるNPCなんてそんなにいないぞ。セバスなんて全然書いてなかったし。
 待てよ、『設定がない』を確認すればいいんじゃないか。そこに何も無ければゲーム、あればリアル。
 オレは未だにアルベドの胸を触ったまま固まっているモモンガさんのローブに手をかける。

「モモンガさん、失礼します」

「え?」

 オレはローブの中を覗き込んで、アルベドの胸を触ったままで興奮状態にあるアレを見る。

「どうですか、モモンガさん。このアレはリアルのモモンガさんのに比べて」

「……何を淡々と口走っているんですか」

「確認ですよ」

「俺のサイズを確認……、この状況で? ムササビさん、もしかして貴方……」

「何を想像しているのかわかりませんが違いますよ。ここがゲームか現実かが、この質問でわかるんです。当たり前ですけど、今のモモンガさんの外装を作る時はアレの設定なんてしていません。ましてや、興奮状態のはね、18禁に引っかかってしまいますから。つまり、本来なら存在しえないモノがあるなら、そのデータはどこから引っ張ってきたのかと言う事です。もし、モモンガさんのアレがリアルそのままなら、モモンガさんの脳から何らかの方法で引っ張ってきただけと言う極小の可能性が残りますが違うなら――確実にゲームではない」

 モモンガさんは自分のサイズを確認する。

「――ご立派だ……、と言う事は、ここは現実なんですね。ムササビさん」

 「ご立派だ……」とかナチュラルにこの状況で笑かしにかからないでほしいが、その点は置いておく。
 ここは現実、でもただの現実じゃない。どこまでかは不明だが、ゲームのルールが適応されている現実。
 オレは骨だけになってしまった体を見下ろす。もちろんアレも無い。

「お、お父様はいったい何をしているんですか!」

 オレの隣にいたユウが大きな声を上げる。その声を聞き驚愕する。しかし、急に冷静さを取り戻し、ユウにお父様とか言われると妙な気分だな、などと考えていた。

「自分の推測を確かめただけだ」

「推測を……確か……める?」

 ユウは怪訝な顔をしている。
 しかし、なんでオレはこんなに冷静なんだ。元々、経営者として想定外の事態に慣れてはいるが、それにしても度が過ぎているというか、今までの自分に比べても異常と言うか。もしかして精神作用無効の特殊能力が機能しているのかもしれない。それはオレがアンデッドになった証左のようでもあるが、その人間では受け入れがたい事実を突きつけられても、オレの心は穏やかであった。あたかも自分は元からアンデッドだったようにすら感じられる。
 もしかしたらNPCも、自分自身やこの世界に何かを感じているかもしれない。

「ユウよ。お前は何か感じないか」

「お父様がいきなりアレのサイズを確認し出す変態だったショックを感じています」

 ヤメロ、お父さんに汚物を見るような目を向けるな。

「そうではなくて、何か変わったことはないか」

「お父様が変質者に変わられてしまわれました」

 ヤメロ、この状況で言われると、本当にそう変わってしまったみたいになるから。アンデッドに変わるよりも、お前に真顔で変質者と言われる方が心にくるから。

「違う、お父さんが言いたいのは世界に何か違和感がないかという意味だ」

「お父様の特殊性癖をまざまざと見せつけられて世界が灰色になってしまったような違和感があります」

 ヤメテ、そんな世界に絶望している目をしないで。
 ユウからの容赦ない連続口撃で、オレの心がへし折れてしまいそ――ふう、なんだ、また急に心が平静を取り戻した。さっきまでへし折れる寸前だった心が元に戻った感じがする。そうだ、誤解ならとけばいいだけの話だ。ユウの事なら何でも知っている。ユウは切り替えが早いし、察せれるから真面目な話をすればいい。

「落ち着いて聞いてくれ。世界に異常事態が起きているかもしれないんだ」

「そうなのですか、お父様。では、ボクが外を見て来ます」

 ユウは言うや否や走り出す。

「待て待て待て、お前、外に出れるのか?」

「当たり前ですけど? もちろん、いくらお父様の娘でも許可無く外出したりはしませんが」

 拠点NPCが外に出られないはずなのに出られる。ゲームとの違いがさっそく一つ見つかる。これは、早急に差異を確認しないといけない。仮に外に出られるとしたら、新たな懸念が生まれる。

「レベル30のお前じゃ即死だ。外はレベル80オーバーのツヴェーク達が闊歩しているんだぞ」

「では、止めます」

 ユウは元気に答えた。
 早い、決断がメッチャ早い。この切り替えの早さ、オレの想像通りだ。
 でも外の探索か。アリだな。ただ誰に行かせるかと言われると困る。他に巻き込まれたプレイヤーがいないとも限らないし、そもそもこの現状をゲームの延長線上や夢の出来事だと思っている可能性もある。そんな中でオレが出てしまえばPKされるかもしれない。死んだら生き返られない可能性がある以上は慎重に行動しないと。NPCにしても同様だ。異形種のNPCが出れば、普通のモンスターと思われて殺されかねない上に、そのプレイヤーは異常事態に気付いていて、かつ友好的な人間だった場合、どうしようもないしこりを残してしまう。
 と、なると人型でカルマ値が高く、ナザリック周辺にいるツヴェークに負けない者がいい。

「外の探索はセバスに行かせるから、お前は待機していろ」

 〈伝言(メッセージ)〉でセバスに半径1キロメートルの範囲での探索を命じる。異常事態が起きているかもしれないから極力戦闘を避け、無事に帰還する事を至上命令にした。

「モモンガ様、ムササビ様、私は何をすれば」

 さっきまでだらしない顔で翼をパタパタしていたアルベドがキリリとした顔で問いかける。オレがモモンガさんのアレを覗いた時、どさくさに紛れてコイツも覗いていたな。流石ビッチだ。だけど、なんで顔を隠した指の間から見てたのだろうか。それに顔を赤くしていたし、胸を揉まれた時も。設定に完全に忠実というわけでもないのか。それとも、設定にある女性らしい演技の一環なのか。

「各階層守護者へ連絡を。自身の受け持つ階層に異常がないか点検をし、1時間後に六階層のアンフィテアトルムに来るように。アウラとマーレには私から伝えるので不要だ」

 アルベドは復唱した後、玉座の間を出ていった。
 セバスには一時間半後にアンフィテアトルムに来るよう〈伝言(メッセージ)〉を送る。現状、NPCが友好的だった場合、一緒にいる時に報告を受けれれば手間が省ける。敵対的だった場合、時間をずらせば戦力の集中を避けられる。当然のリスクヘッジだ。
 玉座の間に残っているのはオレとモモンガさんとユウの三人だけになった。
 NPCであるユウを残したのには二つの理由がある。
 一つは、オレが設定を丸暗記している唯一のNPCだからだ。他のNPCでもだいたい把握してはいるが丸暗記ほどではない。もちろん設定が一行だけのNPCもいるが、一字一句覚えている自信がない。
 もう一つは、ユウの設定だ。『ナザリックのみんなに好意的に受け入れられている』と『ギルドメンバーに懐いている』と『父の事が大好き』この三つは設定がフレーバーテキスト通りに反映されているなら安全だと言える。逆に違っていてもレベル30のユウなら、こちらが殺される可能性はゼロだ。

「いやあ、ムササビさんはやっぱり頭がいいですね。流石、アインズ・ウール・ゴウンの周瑜と呼ばれた男」

「……モモンガさん、周瑜って知ってます」

「諸葛孔明のライバル的な人としか」

「諸葛孔明の引き立て役みたいなものですよ。ゲームで登場する時も、だいたい諸葛孔明よりも知力が下回ってますからね。それと本名が似ているの込みでぷにっと萌えさんに名付けられたんですよ」

 流石に美形で教養に優れているのも込みで名付けられたとは、自分から言えるほど肝は据わっていない。まあ、肝がなくなった身だが。

「それでなんですがモモンガさん。もしNPCの能力が設定に書かれたテキスト通りだと仮定するなら、アルベドやデミウルゴスの頭の良さにオレじゃ太刀打ちなんてできないですよ。それこそ、ぷにっと萌えさんでも無理です」

「そこまでですか」

 モモンガさんはとても驚いた顔をしている。いや、ぷにっと萌えさんはとても頭の良い人だけど、それは一般人レベルの中ではですからね。『僕が考えた最強の頭脳』レベルに勝てる人間なんて人類史の中でもいるかどうか。

「ええ、正直に言って、人間の限界を超えています」

 正直な意見を述べておく。情報の共有は大切だ。
 さて、現状確認をしておこう。
 まず、一番の懸念材料はNPCのスタンスで間違いない。こちらにどれほどの忠誠があるのか、そもそも友好的なのか。忠誠心を持っていたとしても、それはアインズ・ウール・ゴウンに対してなのか。ナザリックに対してなのか、ギルドメンバー個人に対してなのか。それとも忠誠はなくて他の要因で仕えているのならば、力に対してなのか、褒美に対してなのか。ここを知る必要がある。
 仮に友好的でなかった場合、オレとモモンガさんの戦力は正直に言って心許ない。オレはいいとしても、モモンガさんは玉座に座り損なうくらいには身体のサイズは変わっている上に、耐性と装備品がちぐはぐになっている。
 何よりも厄介なのはオレの推測通りだった場合だ。ゲームをリアルに置き換えた時、プレイヤーとNPCの関係で一番しっくりくるのは『プレイヤー(神様)NPC(人間)』だ。科学がここまで発展した人類とて、人類を生み出し(たも)うた神が目の前に現れたならどうなるか? 考えるだけで虫唾が走る。狂信こそが恐ろしい。
 思考の海に沈んでいるとモモンガさんが口を開いた。

「とりあえずはいつもしているロールみたいに振舞った方がいいと思うんですよ。アルベドも私達を様付けで呼んでいますし」

「オレもその方が良いと思います。ただでさえこちらの戦力は低下しているんだし、相手の出方が分からない以上、それで行きましょう」

 装備の変更を提案しようとして止める。今は普段通りに振舞った方が良いだろう。いざとなれば宝物殿に逃げ込めばいい。
 オレ達は現状と能力の確認、今後の打ち合わせを軽くした後、六階層に向かった。
 












 俺とムササビさんとユウの3人は、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力で六階層に来ていた。
 アンフィテアトルムへ続く通路を悠然と歩きながらも、不安でいっぱいだった。心臓が鎮まることなく暴れまわっている。
 緊張と恐怖がそうさせているのだ。
 玉座の間での軽い確認で自分たちがアイテムや魔法等は一通り使えるのは分かった。これで、いざとなれば宝物殿に逃げ込めばいい。そうは頭でわかっていても、恐怖がなくなる筈もない。自分の振る舞い如何によっては襲われるかもしれない緊張。さらに言うならば、この異常事態でも冷静に分析し行動を起こすムササビさんが、この状況を何とかしてくれると思っていた。そのムササビさんが「これから会うアウラとマーレは大丈夫だと思いますが、モモンガさんも油断しないでください」と言うのだ。気など抜けるはずもない。

「モモンガ様、顔が青いですよ」

 ユウが俺の顔を覗き込む。リアルでは見た事もない整った顔が間近に迫る。

「モモンガ様、顔が赤くなりましたよ」

 なんて体たらくなんだと自己嫌悪に陥る。可愛い女の子の顔が近くに来ただけでこれとは。なんとかなる気がしない。出来ればムササビさんに全てを任せてしまいたい。

「ユウ、モモンガさんをからかうのは止めなさい」

「緊張をほぐそうと思ったのですが」

 しゅんと項垂(うなだ)れるユウを見て、さらに自己嫌悪が深まる。あんな歳が半分ほどの子に気を使われるなんて、情けない。
 だが、それを態度に出すわけにもいかず、支配者然とした顔を作る。これほどすぐに反応してしまう表情では、どれほどの効果があるかは不明ではあるが。

「オレとユウもついていますから。油断はできませんが、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

 ムササビさんがいるのは心強い。戦闘面に関しては俺の方が上だが、それ以外はムササビさんが上だ。今の状況だと、その頭の良さと口の上手さが頼りになる。
 アンフィテアトルムの中央に着いていた。アンフィテアトルムはローマ帝政期に造られたコロッセウムそのままの形をしている。屋根が無いので、上を見上げると、リアルでは決して見えない星空が見える。ただ、この空はブループラネットさんが作った人工の夜空だ。この本物と見紛う空を見たらどれほど喜んだだろうか。

「とあ!」

 六階建ての高さに相当するアンフィテアトルムの貴賓席から、元気な掛け声と共に跳躍する10歳くらいの男装少女。ぶくぶく茶釜さんが作ったNPCで、この階層の守護者である闇妖精(ダークエルフ)のアウラだ。肩口くらいまでの金の髪をひらめかし、クルリと一回転してから華麗に着地した。アクロバティックな動きをしたにもかかわらず、赤黒い皮鎧の上に羽織った白いベストは全く乱れていない。
 大きな黄金色のドングリをあしらったネックレスを揺らし、こちらに駆け寄ってくる。
 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを握る力を強める。襲い掛かってきた時の為に、全力で攻撃をする準備をする。

「いらっしゃいませ、モモンガ様、ムササビ様、ユウ様。私の守護階層までようこそ!」

 こちらの内心に反して無邪気な笑みを浮かべるアウラ。〈敵感知(センス・エネミー)〉にも反応がない。心配のしすぎか。いや、不確定要素には対応する準備をしなければ。疑いを解くのはまだ早い。

「ただいま戻りました、アウラ様。いつも通り元気いっぱいですね」

 ユウも元気に挨拶を返す。そういえばユウは6階層の領域守護者だったな。ユウがいるから敵対していないだけかもしれない。

「マーレ様はいつも通り寝ているんですか」

「いや、あそこにいるんだけど」

 アウラはさっき飛び降りた貴賓席を指さして、溜息を吐いた。指の先でにはマーレがいる。マーレはアウラとそっくりの双子だが、姉とは正反対で女装少年だ。似たような装備だが、こちらは藍色の胴鎧の上に白のベスト、深緑の短いマントを羽織っている。ドングリのネックレスは銀色をしていた。おどおどして身体を動かす度に短いスカートの中が見えそうになっている。誰得なんですか、ぶくぶく茶釜さん。

「至高の御方々が来てるんだよ。早く来なさいよ! 失礼でしょ!」

 可愛い外見に似合わない迫力を感じる。幼く見えてもレベル100の階層守護者なのだろう。なんというか威圧感が違う。何故か俺まで怒られている気分になる。俺がオーバーロードのままだったら平静でいられたかもしれない。
 
「とっとと飛び降りなさいよ!」

「む、無理だよぉ……お姉ちゃん……」

 はあ、とアウラはまた溜息は吐いた。アウラから甘い香りが漂ってくる。何か絡みついてくるような嫌な感触がする。
 この距離でアウラとマーレが会話できるのはドングリのネックレスの効果だろう。

「よおし、ボクとお父様がマーレをエスコートしてあげるよ」

「え、ちょっと、ユ――」

 ムササビさんが何かを言い終える間もなくユウはその手を握り〈飛行(フライ)〉を唱えて、貴賓席にいるマーレの元へと飛び立つ。
 もしかして俺とムササビさんを分断したのでは、との考えが頭をよぎる。ユウが遅く飛んでいるの見て、その考えに拍車が掛かる。これでは戻ってくるのに数分はかかってしまう。
 俺とアウラだけが広い闘技場の真ん中に取り残されてしまった。ムササビさんが近くにいないのが心細い。

「行っちゃいましたね」

 アウラから獲物を狙う獣の気配がする。これはアウラの職がビーストテイマーであるせいだろうか。なんだかアウラがじりじりと近づいて来ている気がする。俺は無意識に後ずさっていた。どうして、そうしたのかわからない。身体が勝手に動いていた。

「どうしたんですか? モモンガ様」

 目の奥に光の無い不気味な顔でアウラが俺を覗き込む。(グリーン)(ブルー)の怪しい雰囲気のオッドアイが凝視している。カルマ値からくるものだろうか、そこに這いずり回るような邪悪な気配を感じる。違う、アルベドの方がカルマ値はずっと低い。なら、これはアウラが害意を持っているからか? 気付けば冷や汗が頬をつたう。鳥肌も立ち、勝手に手が震え出す。俺の本能が何かを訴えかけているのか。そもそも、相手は闇妖精(ダークエルフ)。違う価値観を持っているかもしれない。その思惑を推し量るのは難しい。

「ところで、どうしてモモンガ様は人間の姿をしてるんですか?」

 言われて気付く。そうだ、今の俺の姿は人間なんだ。アウラは俺を偽物だと疑っているんだ。何か、本物である証明をしなければ。

「顔が青いですよ?」

 この距離は不味い、いま襲われたら、ひとたまりもない。
 六階層は、アウラの、配下で、ある、魔獣が、大量に、配置、されて、いる。また、一歩、後ずさって、しまう。

「本当にどうしたんですか?」

 アウラの、手が、蛇の、ような、動きで、ゆるりと、俺に、伸びて――

「ひっ!」

 鈍い音がする。反射的にスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで振り払っていた。アウラが地面に倒れている。頭から血を流し、亡者のような虚ろな眼をこちらに向けている。視線から逃れるように後ろへと駆け出す。不味い、逃げないと。足がもつれ、転倒する。何を走って逃げているんだ。〈飛行(フライ)〉だ。〈飛行(フライ)〉で逃げればいいだろ。
 その時、後頭部に鈍痛が走る。
 痛い。
 え、何だ。何が起きたんだ。
 頭を押さえて振り返るとムササビさんが立っていた。

「モモンガ様、『恐怖』の状態異常になってます」

 ムササビさんの杖で小突かれたようだ。

「アウラのスキルにやられたのでしょう」

「え、あっ、そうか、今の俺には精神作用無効が無いから」

 ――焦りは失敗の種であり、冷静な論理思考こそ常に必要なもの。心を鎮め、視野を広く。考えに囚われることなく、回転させるべきだよ、モモンガさん。
 ぷにっと萌えさんの言葉が不意に頭に浮かぶ。ああ、その通りだ。もっと冷静にならないと。『人化の秘宝』を使う時にムササビさんがアンデッドの基本特殊能力が失われると言ってたじゃないか。精神作用無効の装備に変えていれば良かったのだ。いや、装備を変えていては不審に思われるかもしれないから、それは悪手か。

「申し訳ありません、モモンガ様! どんな罰も受けます」

 頭から血を流したままアウラが土下座をしている。流れ落ちる血がポタポタと地面に赤い斑点を作る。その光景に胸がえぐられる。自分の過ちに吐き気がする。力の抜けた手から離れた、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが中空に浮遊する。
 俺はぶくぶく茶釜さんの子供同然であるアウラに何をしでかしたのか。このアインズ・ウール・ゴウンのみんなで作り上げたギルド武器で殴りつけたのだ。それは仲間達に対する冒涜ともとれる行為だ。自らで輝かしい時間に泥を塗ったんだ。
 いつの間にかムササビさんがアウラを抱き起し、ポーションを飲ましている。隣ではユウが、アウラに向けて杖を振りかぶっていたマーレを止めている。
 ああ、俺は何を考えているんだ。始めに心配するのがそれなのか。目の前で怪我をした子供がいるのに俺はそんな事を考えていたのか。普通はムササビさんみたいに真っ先に介抱するだろ。俺はこんな人間だったのか。こんな異常者だったのか……。
 気付けばアウラを強く抱きしめていた。

「俺が悪いんだ。アウラは悪くない。俺が悪いんだ。許してくれ、アウラ」

 ボロボロと涙があふれてくる。情けなかった。アインズ・ウール・ゴウンは大事である。それは今でも変わらない。それでも仲間の子供同然であるNPCの方が大事だ。違う、その考えが異常なんだ。目の前で頭から血を流してている子に仲間の子も何もない。

「いえ、あたしが悪いんです。モモンガ様が悪い事なんて」

 俺から零れ落ちる涙で顔が濡れているのに拭いもせず、アウラはこんな俺をおもんばかってくれる。俺がちゃんと気を付けていればこんな取り返しのつかない事態にならなかったのに。
 オホンと聞こえるように、ムササビさんが咳払いをする。

「アウラよ、モモンガさんは全てを許すと言っている。この件はこれで終わりだ」

 少し芝居がかった口調のムササビさんを見て、自分がロールを忘れている事実に気付く。ぷにっと萌えさんの言葉を思い出し、もっと冷静にならないと思った矢先にこれとは、本当に俺という男は。

「まったく、もう少しでナザリック殺亜人事件が起きるところでしたよ、モモンガ君」

 さっきまで真面目だったムササビさんは探偵のマネをして空気を変えようとおどけてみせた。ご丁寧に装備を変更しシャーロックハットをかぶり、パイプをくわえている。

「う、うむ。すまなかったアウラ。私は決してお前を嫌っているのではないのだ。マーレもさっきの事は不幸な行き違いがあっただけだ。責があるなら、この私だけだ」

 悪いのは俺だ。こんなに周りに気を使ってもらっている。今度こそギルドマスターとしてちゃんとしなければ。
 そう決意を新たにした時に、声が響いてきた。

「おや、私が一番でありんすか?」

 最強の守護者シャルティア・ブラッドフォールンが〈転移門(ゲート)〉から現れた。



鈴木悟の救済には自分自身が異常だと気付く必要があるかなと思い、こうなりました。
アウラは犠牲になったのだ。



この一件は尾を引きますが、ちゃんとフォローが入るのでアウラファンの皆さんはご安心を。


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3 忠誠の儀と思惑と

前回のあらすじ

モモンガ、アルベドの乳を揉み、自分のアレがリアルよりご立派である事を確認する
ムササビ、娘に心をへし折られるのを精神の沈静化で回避する
アウラ、ギルド武器でぶん殴られ流血する
マーレ、姉を処分しようとする
シャルティア、ゲートから出てきただけ



ユウ、守護者統括の胸を触り続ける至高の御方(30代童貞)のアレを、実の父が覗き込むトラウマモノの事案を間近で見せつけられるが、父により丸め込まれうやむやにされる15の夜


「責があるなら、この私だけだ」

 モモンガさんは支配者の顔をしていた。さっきまで大粒の涙を流していたのに、それを微塵も感じさせない。
 だけど表面上は気にしてないように振舞っているが、モモンガさんのダメージは深刻だろう。親戚の子供とかと遊んでいて、ちょっとした拍子に転ばしてしまうだけでも、心にくるものがあるのに、あんな流血なんてさせたら……胸中察するに余りある。
 それでも、すぐに切り替えられるのがモモンガさんだ。あのアクの強いみんなをまとめていただけはある。
 オレも切り替えないと。
 アウラとマーレを見て、とりあえずオレ達と敵対はないと判断する。
 当面の危機が去ったのは喜ばしいが、先を見据えた場合は手放しで喜べない。
 推測通りの可能性が大いにあるからだ。どのケースか見極めないと大惨事になる。知らぬ間に忖度して、気付けば良かれと思って悪事を働いているなんてのは容易に想像できる。ナザリックのNPCのほとんどはカルマ値がマイナスに偏っているのだから。根本の価値観に相違がある。

「おや、私が一番でありんすか?」

 空間に影で形作られた扉が現れる。〈転移門(ゲート)〉最上位転移魔法である。
 〈転移門(ゲート)〉から出てきたのはシャルティア・ブラッドフォールン。第一、二、三階層守護者にして守護者最強のNPCヴァンパイア。見た目は14才ほどで美しさと可愛さが混ざり合った、黄昏のような陰と陽が同居した絶世の美少女。140センチの小さな体と白磁肌の顔。漆黒のボールガウンを着て、頭にはドレスと色の合わせた大きなリボンが付いたヘッドドレスをつけている。
 そして、パットがこれでもかと詰め込まれた大きくて小さい胸。オレもあの人にイラストを依頼していたら、ユウが巨乳になっていたのだろうか。ないな、そんなモノが上がってきたら、今のように自分で描いているな。巨乳のユウなんてユウじゃない。
 シャルティアがゆっくりとこちらに歩いてくる。
 趣味の良い香水の香りが鼻孔をくすぐる。爽やかさの中に上品さがある芳香がシャルティアによく似合う。
 不意に「……くさ」とアウラが呟いた。オレとモモンガさんは、思わず腕を上げて自分の匂いを確認してしまう。まだ大丈夫だと思いながらも加齢臭が気になる、お年頃の二人なのだった。

「モモンガ様、違います。モモンガ様はいい匂いがしますよ」

 オレはショックで手に持っていた杖を落とす。『モモンガ様は』か、まだ若いと思ってたのにな。そうか、オレもう加齢臭がするのか。20代からする人もいるって言うし、しょうがないか。今度、シャルティアに香水を分けてもらおうかな。はあ、ヤバイ、かなりショックだわ。強制的に沈静化はされないけど、ダメージがデカい。

「ち、違います。ムササビ様。アンデッドだから腐っているんじゃないかなって」

 ――ふう、アウラの無邪気な追い打ちで精神の沈静化が起きた。冷静に考えたら、これシャルティアに向かって言っていただけだな、腐るようなモノの一切が失われたんだし。良かった~、オレじゃなかった。
 嬉しさのあまり心の中で盛大にガッツポーズをする。

「お父様、急にガッツポーズをしてどうしたんですか」

 喜びが心の中では収まり切れなかったようだ。
 知らずにガッツポーズを決めていたオレの首に、シャルティアが腕を回し抱き着く。

「ああ、愛しの君」

 シャルティアは妖艶な表情を浮かべている。これが美女にされたのならドキリともしただろうが、シャルティアでは背伸び感が先行してしまって微笑ましいだけだった。

「この鎖骨の美しいフォルム、この肩甲骨の滑らかな感触。たまらんでありんす」

 シャルティアの指が肩甲骨の上部を這い回る。

「シャルティアよ、あまり撫でまわさないで貰えないか」

 たまらんってなんだよ。それに手つきが妙にこなれてて怖いよ。ペロロンチーノ、こんなのが理想だったの。

「ところで、モモンガ様はなぜ人間の姿をしているのでありんすか」

 背伸びして首に抱き着いたままのシャルティアはモモンガさんの方へ顔を向ける。

「う、うむ。それはだな……」

「美の結晶たる、あのお姿はどうしたでありんすか」

 あれ、この言い方と感じからして、オレの骨の美しさはモモンガさんの骨より劣っているって事か。種族レベルの差かな、オレはストレートにオーバーロードまでしかとってないけど、モモンガさんはそれに10レベル分、他の種族を取っていたはず。種族レベルが高いほど、美しい骨になるのか。
 モモンガさんの骨はレベルの高い美しい骨。うん、言葉にするとなんか笑えるな。

「これには、少し訳があってだな……」

 モモンガさんが答えあぐねていると「モモンガ様、お父様、コキュートス達が来ましたよ」とユウが遥か遠くにいるコキュートスを指差した。ナイス話題転換だ、ユウ。
 第五階層守護者『凍河の支配者』コキュートス。武人武御雷さんが作った昆虫型のNPCで冷気をまとう武人の中の武人。
 2.5メートルほどの二足歩行の昆虫のような姿をしている。ライトブルーの身体には四本の腕と身長の倍ある尻尾が生えており、全身には無数の鋭いスパイクがついている。
 コキュートスはそこまで凝った設定じゃなかったから警戒はそれほどいらないだろう。それに貴重なカルマ値プラス勢だし。
 モモンガさんがコキュートスに声をかける。

「良く来たな、コキュートス」

「オ呼ビトアラバ即座ニ、御方」

 発声器官がないからかコキュートスの声は人のモノではない硬質な音だった。
 左右に開いた下顎から白い息が漏れる。強力な冷気があたりを満たし、空気中の水分が凍り付く。この場には冷気耐性を持っていない者はいないので問題がない。モモンガさんの冷気耐性も種族レベル由来なので失われてはいない。ここでモモンガさんが氷漬けになってたら、コキュートスが切腹しちゃってたな。
 モモンガさんはコキュートスと雑談を交わしている。
 オレはその隙にずっとくっついたままのシャルティアを引き剥がす。なんだかアウラがイライラしている感じだったので、離れた場所に下ろす。なんだか親戚の家に来て子供と遊んでる気分だ。

「デミウルゴス、ソレニアルベドガ来タヨウデスナ」

 コキュートスが向いた先にはデミウルゴスとアルベドが闘技場入口から歩いてきている。
 第七階層守護者『炎獄の造物主』デミウルゴス。ウルベルトさんが作った悪の結晶。相当の拘りをもって作られた悪魔。要注意人物。
 1.8メートルの身長、浅黒い肌、東洋系の顔立ちに丸メガネをかけて、漆黒の髪をオールバックにしている。赤色系統の三つ揃えを着こなしていて、出来る人間感がひしひしと伝わってくる。
 服装に見合う立ち振る舞いに教養や礼儀作法が備わっている。
 これにあの悪逆非道な設定が乗っかっているんだろ。あの中二露悪趣味野郎、マジ厄介。ホント、あんまり悪事を働かせないように注意しておかないと、ウルベルトさんが悲しんじゃうよ。あの人は悪に拘りがあるだけで、悪人なんかじゃなく普通の常識人なんだから。殺人モノの推理小説が好きでも、現実の殺人は好きじゃないのと一緒なのだが、こんな簡単なモノさえ理解できない人間が多い。まして種族そのものが違うのに理解し合うなんて。
 十分に近づいてからデミウルゴスが口を開く。

「皆さんお待たせして申し訳ありませんね」

 聞き心地の良い声が耳から滑り込む。これは『支配の呪言』の力だろうか。レベル40以下にしか効かないスキルだ。この場で効果があるのはユウだけである。

「これで皆、集まったな」

「――モモンガ様、まだ二名ほど来ていないようですが?」

 二名ほど、か。階層守護者が集める場に領域守護者に過ぎないユウが居ても不思議に思わないようだな。オレがずっとユウを連れていた記憶はNPCにもあるようだ。なら、ギルメンだけで会議をしている時もユウがその場に居た記憶があるのだろう。と、なると本当にユウをオレの娘と認識しているのだろうか。それとも、娘の役目を負って生まれたNPCと認識しているのだろうか。これも確かめないとな。
 守護者の相手をモモンガさんに任せ、思索に没頭しているとアルベドの声が聞こえた。

「では、至高の御方々に忠誠の儀を」

 守護者達とユウが一斉に頷き、神の使徒もかくやと隊列を組む。アルベドが一歩前に位置し、その後ろを守護者が横一列に並ぶ。さらにその後ろにユウが立つ。ユウさえも畏まった顔をしている。端に立つシャルティアが一歩前に進み出る。

「第1、第2、第3階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」

 跪き、臣下の礼をとる。それに続きコキュートスが続く。
 すごい嫌な予感がする。これは完全にオレ達を神と崇めているよな。無い胃が痛む。すでに失った臓腑がひっくり返りそうだ。
 続く、アウラ、マーレ、デミウルゴスが一糸乱れぬ完璧な動きで臣下の礼を取る。
 そして、ユウさえも臣下の礼をとる。――ふう、沈静化が起きるほどショックだったのか、オレ。いやいや、予想はしていただろう。こうなる可能性は大きいと踏んでたじゃないか。

「――我らの忠義全てを捧げます」

 最後にアルベドで終わる。
 七つの下がった頭。一切の身じろぎもない。もの凄いプレッシャーを感じる。何千人の前で訓示をした経験はあるが、これとは比較にならない。
 思わず隣に立つモモンガさんを横目で見ると、口を半開きにして『絶望のオーラⅤ(即死効果)』を垂れ流していた。
 何してんのモモンガさん、()ちゃう気なの? 忠誠を示した配下を即皆殺しとか流石に魔王過ぎません? それとも現在即死クラスの絶望中ですってウィットに富んだジョークのつもりなの? そんなにうまくないですよ? いや、ジョークのつもりじゃないな。漆黒の後光も出てるから、ただテンパってスキルが垂れ流しているだけだな。まあ、口が半開きの時点でわかってたけど。
 いやいやモモンガさん、落ち着いてくださいよ。ここでモモンガさんだけ『絶望のオーラⅤ』を使っていたらテンパってるのがバレそうなのでオレも使用する。モモンガさんのオーラはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで強化されているので、オレも負けじと課金アイテムをこっそり使いオーラを強化する。もちろん、これで即死耐性を施しているNPCが死ぬ事はない。
 未だオーラと後光を背負いながら固まるモモンガさんにオレはメッセージを使う。この時、口を動かしたら不味いので腹話術で会話を試みる。舌の無い体で腹話術って、もうこれ分けわかんねえな。オレの口の中すっからかんだぞ。

『落ち着いてください、モモンガさん。』

 ハッとして、我に返ったモモンガさんは重々しく口を開く。

「面を上げよ」

 一糸乱れぬ動きで皆が頭を上げる。こう思ってはいけないのだろうが、さながら独裁国の兵士のようだ。これのかじ取りをしないといけないのか。頑張ってください、モモンガさん。

「現在、ナザリックでは異変が起きている。各階層を調べた結果、何か異変があったか」

 しかし守護者の誰も異変は発見できていないようだ。これはセバス待ちだな、と考えているとセバスが小走りで帰ってきた。
 こちらまで来たところで片膝をつこうとするので、オレはそれを押しとどめる。

「儀礼は良い、それよりも報告を皆に聞こえるように」

 セバスから語られた内容は、ナザリックの周囲1キロが『何の変哲もない草原に変わっている』に尽きた。
 これは想定の範囲内である。これで懸念の一つだった、外にいるツヴェークの侵入がなくなった。外にNPCが出られる世界で、モンスターが拠点に入ってこれないと思うのは虫が良過ぎる。代わりに周辺地理から調べないといけなくなってしまったから、どちらが良かったかはまだ不明だが。
 問題はここがユグドラシル内のどこかなのか、それとも全くの異世界か、だ。ただ後者だろうな、と漠然と思っている。ここに至ってまだユグドラシルのどこかなんて思える訳がない。
 どっちにしても、防衛能力の強化をやらなければいけない。
 モモンガさんが守護者達に指示を出している。主に警備と指令系統に関してだ。ただ、九、十階層にシモベ(オレ達が手作りしていないNPCモンスター)が進入するのにアルベド達が難色を示したがモモンガさんが非常事態だと退けた。これで内の守りは大丈夫だろう。次は外の守りだ。

「ア、いや、マーレよ、ナザリック地下大墳墓の隠蔽は可能か」

 あれ、モモンガさん、今アウラと言おうとして止めた。ここでヘタレないで。そんな気の使い方したら、アウラちゃんが余計に気に病んじゃうよ。

「ま、魔法という手段では難しいです」

 ただ壁に土を掛けて植物を生やせば可能だと提案するマーレ。オレは間髪入れずにそれを褒める。

「なるほど、いい案だマーレ。モモンガ様も異論は無いですね」

 マーレが話している時に、僅かだがNPC達に不穏な空気が流れた。だから、アルベドが発言を遮る為にオレは言葉を発した。
間違いなく好意的な意見ではないはずだ。おそらく壁に土を掛ける行為を不敬だとでも思ったのだろう。会社の会議の時によくこんなやり取りがあったなと懐かしくなる。こういう盲信に近い手合いはしばしば激昂してしまう為、取り扱いには注意なんだよな。大事な物に対する比重が他人と違い過ぎるのだ。それは分からなくはないのだが。それを許していては思考が硬直してしまう。この未だ何が起きたかわからない状況でそれはまずい。
 モモンガさんはマーレの案を取り入れ、詳細を詰めていた。マーレに全権を任せ、どうやら周囲に丘をつくり地形ごと変えてしまうらしい。
 目的の為なら、こういうある意味とんでもない案を採用し、大胆な手段であろうと他人に全てを委ねられる所がモモンガさんの強さだ。責任ある地位に就くとこれがなかなかできない、当たり前であるはずの困難な行為。当たり前を当たり前にやる、学生の自分ならピンとこなかっただろうが、社会人になってわかるその難しさ。オレもこの姿勢を見習わなければ、今ほど優秀な経営者にはなれなかっただろう。
 さて、モモンガさん(トップ)が指針を出したんなら、フォローするのがオレ(ナンバー2)の務め。

「アルベドよ。ナザリックに土を掛ける行為を不快に思う気持ちはわかる。我も思うところがないわけではない。だが、モモンガ様も我もナザリックのみんなが何より大事なのだ。決して、ナザリックを軽んじている訳でない。ナザリックという我が家より、お前たち家族が大切なだけなのだ。それだけは分かってほしい」

 相手の性格が分からないからあまり気の利いた事は言えない。そういう時は本心を包み隠さず言うに限る。分かり合おうとする者同士に限り、話せば分かり合えるのだ。
 さっきまで微動だにしなかったNPC達がプルプルと震え出した。え、なに怖い。ダブラさんと見たホラー映画のワンシーンみたいなんだけど。こういう、動かなかった人間がプルプル震え出したら、だいたい中から化け物が現れるのが相場なんだが。うちの子達はほぼ異形種だから元々化け物だけど。

「我々シモベには勿体なきお言葉」

 守護者が泣き出した。ある者は号泣。ある者はむせび泣いている。これが神の言葉を聞いたモノの反応なのか。自分の想定が甘かったと痛感する。有体に言って、ドン引きである。
 もっと言葉を選らばなければ。そもそも当たり前だけど神になった経験なんてないんだから、手探りになるのは仕方がない。

「ム、ムササビさんは何か聞きたい事とかないですか」

 このタイミングで話を振らないで。でも、そうだな、何か聞くなら主要メンバーが揃っている今がチャンスなのは間違いないんだよな。では、素朴な疑問から初めてみるかな。

「汝らは何故、人間の姿をしているモモンガ様が分かったのだ」

 オレの質問にみんながちょとんとしている。あれ、思っていたリアクションと違うな。さっきまであんなに泣いたのに、何この落差。なんか不味かった。

「確かに、私もそれが不思議だったのだ」

 モモンガさんの発言に場がざわめく。なんだ、何が起きているんだ。
 意を決したようにアルベドが口を開く。どうやら、オレ達には絶対なる支配者の気配のようなものがあるようで、NPC達はソレを感じ取れるらしい。シモベ同士も揺らめくような気配がするらしく、それで仲間の判断をしているそうだ。

「モモンガ様は何か感じられますか」

 魔王のように鷹揚に首を振るモモンガさん。魔王ロールしている時のモモンガさん、マジカッコいい。
 アルベドが守護者を代表するように恐る恐る口を開いた。

「そ、それは至高の御方々がオーラの中心にいる為にわかりにくくなっているのかと」

 ……え、なんかフォローされてる。これはそんなにも当たり前の能力なのか。現実世界で神を感じられるとか言うと病院行きだけど、神が同じ場に住んでいるナザリックでは神を感じられない方が病院行きになるのか。確かに考えてみればそうか。
 ここは少し、俺達の能力に対する評価を下げておこうか。

「ふむ、なるほど、汝らは我々に無い能力を持っているのか。今まで気づかなかったぞ。この様に、我々とて万能ではないのだ。これからも、我々が出来ぬ事、不得手な事やそれ以外の事に関して、汝らの協力を必要とするだろう。その時はよろしく頼むぞ」

「我々は至高の御方々のお役に立てる事が至上の喜びでございます」

 アルベドが代表して述べる。これはあんまり評価が下がってないな。なかなか骨が折れそうだ。頭が良いと誤解されると、どれだけ否定しても謙遜と受け取られるように、一度上がりきった評価を覆すのは難しい。相手が勝手に良いように解釈するからだ。もちろん、どん底まで評価を下げるのは簡単だ。だけど今はほどほどの評価でとどめないといけない。
 モモンガさんが一歩前に出た。

「今度は私が皆に聞こうか」

 何を聞くのだろう。モモンガさんは頭が切れるから、どんな問いが出るか楽しみだ。

「私とはどのような人物だ」

 直球ぅ! モモンガさんたら、わぁ大胆~。
 なんて心の中でふざけているうちに、モモンガさんが次々と守護者達から褒め称えられまくって赤面している。あれ、うちのギルマスこんなにアホだったか? こうなるのは目に見えてたでしょ。もっと頭の切れる人だと思ってたのに。アバターはポーカーフェイスだから、わからなかっただけかな。
 最後にアルベドは「愛しい人」と言っていたが、そんな設定はなかったような――やはり、他にも法則があるのか。
 テキストがそのまま反映される。テキストが無ければ製作者の性格が反映される。この二つ以外の何かがあるのか。例えば、与えられた役職で設定が付加されるとか、か。ずっと玉座の横にいるのだから、そういう感情があった方が自然だからか。それとも、ただの熟知性の法則か。
 後でモモンガさんと話をしておかないと。はあ、やる事が山積している。
 とりあえず後は部屋に帰って、モモンガさんとその辺を詰めるか。

「では、ムササビさんはどのような人物だ」

 暴投ぅ! モモンガさん、マジ天然。もうオレ帰る気満々でしたよ。
 モモンガさんの言葉に従い、さっきと同じようにシャルティアから答え始める。

「マジ今すぐヤリたい骨」

「ウホッ良イ骨」

「あたしを見る目がペロロンチーノのようにいやらしい骨」

「僕のスカートがひるがえるとねっちょりとした視線を向ける骨」

「聡明なる頭脳と慈悲深き御心を併せ持つ、素晴らしき勝ち組のファッキンクソ骨野郎!」

「「「「……」」」」

 暴言を吐く階層守護者とあまりの事態に絶句する執事と統括と聞いた本人であるナザリック支配者と骨。
 ああ、素晴らしい忠誠心だわ。マジで。
 死の支配者が二人もいるこの場を、気まずい雰囲気が我が物顔で支配しちゃってるよ。どうしよ、これ。いや、幾分かはオレのせいなんだけど。

「ム、ムササビさん。その、これは何かの間違いですよ」

「いえ、気にはしていませんよ、モモンガ様。彼らの忠節は素晴らしい」

「気にしてない事ないでしょう。声が若干震えてますし、口もあごが外れちゃってるくらい開いてますよ」

 パッと口を閉じる。口をあんぐり開けた神は信仰されなさそうだ。ロールはちゃんと出来ていたのに詰めが甘かった。

「貴方達、不敬が過ぎるわよ!」

 立ち上がり振り返ったアルベドの怒声が気まずい空気を吹き飛ばす。やめて、気持ちは嬉しいけど、それはオレへの追い打ちになる。
 デミウルゴスが片膝をついたまま、丸メガネをくいっと上げて答える

「アルベド、落ち着きなさい。これはウルベルト様をはじめ、至高の御方々がお決めになった事。他の守護者も至高の御方々の命に従ったまでです」

「わたしはペロロンチーノ様の命にしたがったまででありんす」

「我ハ武人建御雷様カラ」

「あたしはるし★ふぁー様が」

「ボクもるし★ふぁー様に」

 守護者から口々に出てくるギルメンの名前。これは間違いない。

「良いのだ。アルベド。これは我が命じたモノだ」

 そうなのである。モモンガさんは知らないけど、アレはオレ達の所業なのである。シャルティアの言葉を聞くまで忘れてたけど。いや、普通、不発に終わった何年も前の小さいイタズラなんて覚えてないよ。
 オレはそっとモモンガさんに耳打ちする。

「あれは昔に仕込んだ軽いイタズラなんです。守護者がギルメンの事を聞かれたら、自動で答えるマクロを仕込んだんですよ。るし★ふぁーさんが10人くらいで飽きて止めちゃったけど、アウラとマーレ以外は製作者公認です」

「あ、つまり、あれはセリフを考えた人の名前ですか」

「厳密には、セリフのテキストを書き込んだ人の名前を上げていますね。マーレのセリフを考えたのは弐式遠雷さんだったはずですから。オレのは手始めで短いですけど、他の方のは長いですよ。特にシャルティアからぶくぶく茶釜さんへのと、デミウルゴスからたっち・みーさんへのセリフは」

 しかし仕込まれたマクロも忠実に再現されるのか。これはオレ達みたいに誰かが勝手にイタズラしてたら不味いな。特にるし★ふぁーさん。イタズラ仲間として言える、あの人が他にイタズラしてないはずがない。
 何よりマクロが再現されるとなると、オレが追加した条件付きのモーションもするのだろうか。それよりもヘロヘロさんが組み込んだ隠しコマンドが見つかるかもしれないのか。よし、色々終わったら探そう。

「汝らの忠誠、しかと見せてもらった。このように我々は例え不敬だろうと、その真意を重視する。何か我々に聞いておきたい事はないか。今、この時ならば例え、どのような問いだろうと全てを答えよう」

 わずかな沈黙の後、アルベドが意を決したように口を開く。

「モモンガ様。ムササビ様。玉座の間で仰っていた、モモンガ様の力を代償にこのナザリックをお守りした結果、人間に戻られたとは本当なのですか。他の御方々も、それを阻止する為に旅立たれたと」

 まさかオレ達がNPCの前でした会話すら逐一覚えているのか。オレはてっきり、おぼろげながら頭の片隅にある程度だと踏んでいたのに。この忠誠心の厚さからそういうの細かい記憶はないと思ってたんだが。
 やばいな、オレとペロロンチーノが二人でする会話なんてカスだぜ。あんなの聞いてたら、ぶっちゃけモモンガさんもドン引くんじゃないかってなくらいにはドカスだぜ。え、てことはシャルティアにも聞かれてたって事か、もしかしてユウにも――ふう、精神が沈静した。いや大丈夫だ。そんな話をする時はユウを自分の領域へ帰らしていたから聞かれていないはずだ。
 待てよ、ならオレ達がただの平凡な人間だと何故わからない?
 ――そうか、リアルを理解できないのか。自分達がオレ達に生み出された存在だと自己認識しているから、ゲームのキャラだと認識できない。それが認識できないからリアルも理解できない。だから耐性等のゲーム内システムは知っているのに、GMコールなどのゲーム外システムが分からなかったんだ。これは間違いないな。

「申し訳ございません! 出過ぎた真似を!」

 オレ達が沈黙していたのを、不評を買ったと思ったのだろうアルベドが跪き頭を下げる。これはなんとかしないと。

「良い、良いのだ。ただ、どう言えばいいかを悩んでいただけだ。我は全てを答えると言った。ならば全てを答えるのが我の務めだ。しかし、事これは重大な案件。少しばかりモモンガさんと相談をする。しばし、待て」

 オレとモモンガさんは守護者を背にして少し距離を取り、小声で話す。

「どうします、モモンガさん」

 モモンガさんは両手で顔を隠していた。

「恥ずかしい、アレがこんな事態を引き起こすなんて。どうしましょうムササビさん」

「いや、今はそんな事を言っている場合じゃないですし、それにアレはカッコ良かったですよ」

「普通にアレがカッコ良かったと断言できるムササビさん、素敵です」
 
 だから、そんな場合じゃないって。モモンガさんやっぱ大物だわ。でも、今は守護者達が待っているので話を戻す。

「オレとしてはこれ幸いに、事実にしてしまおうと思います」

「事実に、ですか?」

「モモンガさんはこのまま、この期待に応え続けれる自信がありますか? オレはまったく無いです。特にアルベドとデミウルゴスの期待にはとてもとても」

「……私もないです。でも、どうするんですか?」

「そこはオレに全て任せてくださいませんか?」

「何か考えがあるんですね。分かりました、全てお任せします」

 これがモモンガさんである。どうしてこれほど簡単に全てを委ねられるのか。いや、これはオレを信頼してくれているって事は理解しているけど、それでも凄いな。オレにはない強さだ。
 オレは振り返り、守護者達の前まで歩いていく。

「アルベドが言った事は全て事実だ」

 場がざわめくが手を上げて、それを抑える。

「アウラよ、今のモモンガさんに精神作用無効が失われているのは知っているな。我と同じアンデッドであるモモンガさんにだ」

 アウラはバツが悪そうに「はい」と答える。うっ、思っているよりアウラの心の傷は大きい。これは後で何かしらのケアが必要だな。また一つ、頭の痛い案件が積み上がる。しかし、NPCに関しての予想が当たらない。やはり、まだ彼らを良く知らないからか。もっと交流を持たないといけないな。

「モモンガさんは力を使い果たし、アンデッドの力の一部が失われ、元の人間のお姿に戻られたのだ。そう、モモンガさんは元々は人間だったのだ。そして我も人間だ」

 NPC達の衝撃はいかほどか。それはかの人間宣言すらも上回る驚愕は確実だろう。自らを生み出した神が神ではないと宣言しているのだから。これに乗じて、畳みかける。

「また、モモンガさんの聡明なる英知も失われた、我もモモンガさんほどではないが失われた。現在の我々の知能は、間違いなくアルベドやデミウルゴスを下回っている。我々は間違いなく弱体化してしまったのだ!」

「そ、そのような――」

 デミウルゴスを手で制す。これはもう一押しだ。なんとしても我々の頭がアルベドやデミウルゴスより下だと信じてもらわないと、この先どうなるかわからん。この手なら忠誠心を下げないで、評価だけをいい塩梅で下げられる。

「あるのだ、デミウルゴス。受け入れがたいだろうが、事実なのだ。だが、我もモモンガさんも後悔はしていない。このナザリックが存続できるのなら、汝らが生きているのなら、我らの知など惜しくはない。我々の頭脳が失われようと、このナザリックにはアルベドがいる、デミウルゴスがいる。ならば憂いすらない!」

「そ、それほどまでに我々の事を」

 丸メガネの奥から涙があふれている。
 よし、とどめだ。

「汝らが生きている。それだけで我々アインズ・ウール・ゴウンが幸福に満たされる」

 感動の嵐である。よし、今度は予想通りだ。だが心が痛い。少々汚い手と言うかなんというか。会社でするなら全然気にもしないが、身内相手だと騙しているような気がする。実際、騙しているんだけど。
 しかしオレ達のハードルを下げつつ、忠誠心を保ち、今いないギルメンのフォローもできる。これ以外の方法が咄嗟に思い浮かばなかったんだから仕方がない。打てる手を打ち続けなければいけないのだ。未だオレ達は盤石ではないのだから。
 未だ冷めやらぬ狂乱のごとき感激の中に異音が混じる。

 グ~。

 誰かのお腹が鳴ったのだ。ピタリと動きを止める守護者達。この中でお腹が空くのは、装備、種族の関係上モモンガさんしかいないのだが、何故かモモンガさんの方から音が聞こえたわけで。つまり、モモンガさんはこんな場面でとんでもない方法を用いて、自分の大人物ぶりをアピールしたのだ。いや、ホント、マジで、モモンガさんすげえ。

「流石はモモンガ様、大物でございます」

「それ、皮肉ですよね。ムササビさん」

 真っ赤な顔をしたモモンガさんに、オレは真顔をもって、その答えとした。骨だから常に真顔だけど。とは言うものの、零時を回ってかなり時間がたっているんだ。オレは飲食不要があるけど、モモンガさんは無くなったから、そりゃお腹も空くはずだ。

「モモンガ様は何をご所望ですか」

「いえ、特には」

 モモンガさん、食に関心が無かったからな。栄養は気にしてたみたいだけど。それならば、オレは一度だけでもいいから食べてみたかったモノがある。オレは守護者の方を向く。

「では、モモンガ様と我のドラゴンステーキを用意しろ。モモンガ様が人間に戻られて、初めての食事だ。腕の振るい甲斐があるぞ」

 RPG系のゲームをする人間が一度は食べたいと思うドラゴンの肉。ああ、どんな味がするんだろうか。
 オレ達は軽く守護者を激励してから、モモンガさんの部屋の前に転移した。












 我らが造物主が去った。
 ボク達を、――ボクを殺さんばかりの重圧が掻き消える。
 レベル100のNPCならここまではならなかっただろうが、レベルが30しかないボクにとっては本当に死ぬところだった。
 片膝をつき、頭を下げたまま誰も動かない中、誰かが安堵の息を漏らす。

「す、すごく怖かったね、お姉ちゃん」

「う、うん。そうだね」

 アウラ様の歯切れが悪い。相当に尾を引いているようだ。それはそうだ、知らずとはいえモモンガ様を恐怖状態にしてしまったのだから。許されたとしても、自分自身を許せるかは別の問題なのだ。そしてそれはモモンガ様も。
 それでも、である。

「アウラ様、お気持ちはわかりますが、そんなに気に病まないでください。モモンガ様もお父様もそれを望んではいません」

 アウラ様は「うん」とだけ答えた。
 我々の至上の喜びは、造物主たる至高の御方々のお役に立つ事、その次に相手をしてもらえる事。ナザリックにいる全ての者の共通認識である。もちろん、お父様の娘として生み出されたボクも例外ではない。『そうあれ』と生み出されたから『そうある』のである。
 だからボクはお父様の娘だ。
 大好きなお父様の大好きな言葉で言うのなら『我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)』である。
 造物主たるお父様がそう望んだのだ。渇望したのだ。だからボクは()()()。大好きなお父様が望まなくなり、捨てられる日まで。
 だけど、その日ではないこの時は、玉座の間でお父様から与えられた役目を遂行するだけである。守護者達が何を思い、何を考えているのかを伝える役目。大好きなお父様が望まれて、大好きなお父様の役に立つのなら、ボクはお父様さえも裏切れる。
 守護者の方々は口々に至高の御方々の印象を述べ合う。

「あれが支配者としての器をお見せになられたモモンガ様なのね」

「我々が即死無効の装備を与えれてなければ、或いは」

「アレホドデアリナガラ弱体化シテイルトイウノカ」

「我々を安心させる為にあれ程のお力をお見せになられたのだろうね」

 ボクは何もせずに、ただ話を聞き続ける。いつものように至高の御方々の偉大さを語り合うだけである。途中、セバス様が至高の御方々のお傍に仕える為、モモンガ様の部屋へと赴いた。
 その後はアルベド様とシャルティア様の諍いが始まったので、飛び火する前にお(いとま)した。
 ボクはアンフィテアトルムのゲート前まで歩く。ゲート前に着き、周りに誰もいないのをよく確認する。
 しっかりと確かめてから、るし★ふぁー様より秘密裏に頂いたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使い、偽りのお父様の元へと戻った。



このアルベドは至高の御方々に捨てられたと思ってないので病みません。
この作品では名言「デミウルゴス、皆に説明してあげなさい」が出てきません。
鈴木悟救済の為、モモンガさんの重荷は順調に消えていきます。
ただし、救済が順調に進むとは言っていない。

次回の投稿は1週間後くらいになりそうです



おまけ ある日のナザリック
るし★ふぁー「あたしを見る目がペロロンチーノのようにいやらしい骨っと」
ペロロンチーノ「いくら俺でも姉ちゃんのNPCには無理だよ!?」
武人建御雷「ウホッ良イ骨っと」
弐式遠雷「建やん、そんなこと書いたらまた黒歴史になるんじゃないか?」
ウルベルト「――ファッキンクソ骨野郎っと」
ムササビ「もしかして本音ですかウルベルトさん。それにみんな、骨、骨、骨、ってモモンガさんも骨だからね?」


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4 食事と沼と

前回のあらすじ

守護者一同、ムササビに暴言を吐く
ムササビ、暴言を吐かれつつ、るし★ふぁーさんが他にもイタズラしているはずと確信する
アルベド、玉座の間でモモンガがノリノリで演じていた内容は、本当なのかと真面目なトーンで聞く
モモンガ、絶望のオーラをまき散らすわ、帰る気満々だったムササビの評価を聞いて足止めするわ、皆が感激している中、空気を読まずにお腹を鳴らすわと魔王に相応しき傍若無人ぶりを発揮する
ユウ、るし★ふぁーから受けたイタズラをお父様にも秘密にしている



セバス、二話にまたがり、一時間半もナザリック周辺を探索したのにセリフが「……」のみ


 アンフィテアトルムから帰ったオレ達は、モモンガさんの部屋の丸いテーブルに向かい合って突っ伏していた。
 自分たちだけで重要な会議をする、という名目でお付きのメイド等、供回りの者達は全て部屋から退出させている。この異世界――そう表現していいのかはまだ不明だが――に来てから、初めてNPCがいない時間。
 しばらく、だらけているとセバスがソリュシャンと連れ立って来た。同じ名目を使い部屋には入れないで、ドアの前で待機してもらっている。

「……疲れた」

「……オレ達の評価、高過ぎじゃないですか。あれじゃ完全に神様扱いですよ」

「あ゛~」

「はぁ~、ちゃんとオレ達に対するハードルが下がってるかな」

「……しんどい~」

「……オレの話を聞いてます、モモンガさん?」

「あ~、このまま何もかも忘れて寝てしまいたい」

「ちょっと、寝ないでくださいよ。まだやる事は残っているんですからね。そうホント、まだまだ山積みですよ~」

 はあ、と二人揃ってテーブルに頬をつけたまま溜息をつく。オレ達のような一般人、オレは一般人とは言い難いかもしれないが、別にやんごとなき生まれという訳じゃないから、こういう敬意の払われ方は初めてだ。上司と部下という訳でもない、この関係にどう対処すればいいか。
 ちらりと時計を確認する。そろそろユウが戻ってくるかな。外の二人には、後から来るユウは中に入れろと命じたから問題ないだろう。
 さて、悩んでいても仕方がない。まずは情報の交換だ。
 オレが顔を上げると、モモンガさんも顔を上げる。さっきまでのだらけた雰囲気は消えてなくなり仕事モードの顔だ。このやる事は言わずともやる感じは、ちゃんとした社会人ギルドだよな。わざわざ当たり前の事を説得しなくすむんで、とても楽だ。

「NPCの性格は概ね設定どおりで、設定にない部分はどうやら作った人の性格の影響があるみたいですね」

「確かにどことなく面影があるような感じがするNPCもいますね。まるでギルドメンバーの子供みたいだ」

 モモンガさんもオレと同じ感想を持ったようだ。でも、モモンガさんは名前も忘れていたくらいだから、設定もほとんどわからないだろうし、全く同じでは無いはずだ。とはいえ、それは些細だ。そこを詰める必要はないだろう。物事には優先順位というものがある。

「そうなんですよね。ただアルベドだけ、なんか違うんですよね」

 モモンガさんの動きがピタリと止まった。すでに目も泳いでいるんですけど。これは絶対に何かある。

「ああ~、アルベドだけ違うんだよなぁ~」

 肩と首を回しながら、白々しく言ってみた。モモンガさんから冷や汗がだらだらと流れ出している。

「う~ん、アルベドだけどうして違うんだろうな~」

 思いっきり背伸びしながら棒読みで言ってみた。……もう一押しかな。だけど、ここでガムシャラに押すだけなのは子供、大人はスマートに相手の緊張をほぐしつつ聞き出すものだ。
 オレはおもむろに椅子から立ち上がり、モモンガさんの隣まで行って、物凄い速さで腕立て伏せをしながら「ア・ル・ベ・ド・だ・け・違・う・ん・だ・よ・な!」と言った。

「わ、分かりました。言いますよ。アルベドだけ違うのは俺が原因なんですよ」

「なんだって! それは本当なのか、モモンガさん!」と腕立ての体勢のままモモンガさんを見上げて、オレは迫真の演技で驚いて見せた。

「もう、なんなんですか、それ」

「スケルトン・筋トレ・ジョークです。大胸筋に効いているのかは不明ですけどね。それでアルベドだけ違う理由はなんですか」

 オレはモモンガさんの向かいの椅子に座り直す。モモンガさんは訥々と一部始終を話してくれた。

「――なるほど、書き換えた事を気に病んでいたと」

 モモンガさんは消え入りそうな声で「はい」と答える。

「まあ、書き換えた時はこうなるなんて夢にも思ってなかった訳ですし、ダブラさんには残ったNPCは好きにしてくださいって言われてますから」

 好きにしてってのはウソなんだけどね。でも引退してオレが貰い受けたんだから、言われてなくても好きにしていい権利は一応あるはず。だったら、このウソは許されるだろう。ダブラさんはちゃんと良識をもった人だし。嘘も方便だ

「それでも、やっぱり勝手にした事ですから」

「なら、設定に書いてある事を本当にしましょう。アルベドを虜にするくらいカッコよくなればいいんですよ」

「……そんな事ができますかね」

「泣く子も黙るアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターに不可能はないですよ。多分ですけど、今の我々にも設定が効いているっぽいので寿命もなさそうですし、時間ならいくらでもあります」

「それ、褒めてるんですか、貶してるんですか」

「両方ですよ。ギルマスとして優秀なのは承知してますけど、恋愛関係で優秀そうには見えませんしね。嫉妬マスク持ってるし」

 嫉妬マスク――正式名称、嫉妬する者たちのマスク――クリスマスイヴの19時〜22時の間に2時間以上ユグドラシルにログインしていると強制的に入手するジョークアイテムだ。

「嫉妬マスクはムササビさんも持ってるでしょう」

「本物が持っているのに影武者が持ってないのは不味いと思いまして」

 アイテムボックスから嫉妬マスクを出して装着する。モモンガさんも嫉妬マスクをつける。珍妙な仮面をつけた二人が向かい合ったまま黙っている。これは何かボケないと、この均衡状態が破れない気がする。

「嫉妬の炎がメラメラと~!」

 モストマスキュラ―のポーズを決めて叫ぶがモモンガさんは不思議そうな顔をしていた。うん、これはスベッたな。やはり骨の体でボディビルダーのポージングはシュールが過ぎたかな。もしくはこのポーズは前傾姿勢になるから、オレの中身が丸見えになるからか。どう考えても元ネタを知らない可能性が一番高いか。

「まあ、これもらった時は彼女がいたんですけどね」

「裏切者ォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

「ただいま戻りました――って、お父様がモモンガ様を裏切ったー!」

「ムササビ様、何故モモンガ様を裏切りになられたのですか!?」

「私は何があろうとムササビ様につかせていただきます」

 グッドタイミングでノックも無しにドアを開けたユウにより、モモンガさんの心のこもった「裏切者」発言がセバスとソリュシャンに聞かれてしまった。

「違う! これは私の勘違いだ! ムササビさんは何も裏切ってないぞ! みんな落ち着け!」

 慌てるモモンガさんをしり目に、ユウ、セバスがなんのためらいもなくモモンガさん側についた中、唯一味方をしてくれたソリュシャンへ感謝の念を送る。いい子だわソリュシャン。オレが裏切ったと、なんの躊躇(ためら)いもなく信じたとしても。しかし、ユウよ、お父さんの信用度低すぎない? 知ってる、オレってお前を作ったんだよ?
 モモンガさんがセバスとソリュシャンの誤解を解いて外に出す。
 ユウはオレの隣に椅子を持ってきて座った。コイツ切り替えが早いとかじゃなくて図太いだけなんじゃ……。

「では、ご報告いたします。守護者様達のお父様達への忠誠度は天元突破、死ねと言われたら嬉ションしながら死ぬレベルです」

 嬉ションって、餡ころもっち餅さんが飼っていた犬かよ。でも表現は悪いけど、オレも同意見だわ。アレは狂信の類いだ。恐ろしい。

「次の報告です。モモンガ様とお父様が発したオーラでボクは死ぬ直前でした」

「「ごめんなさい」」

 間髪入れずに二人で謝った。蘇生魔法が機能するかわからない状況で娘殺しってヤバ過ぎる。機能しててもヤバイけどね。

「ゴメンですんだら、警察(たっち・みー様)はいりませんよ、お父様」

「オレだけ!? モモンガさんは? そもそもモモンガさんが急に絶望のオーラを出すから」

「あれは決して悪気があったわけでは。あまりの事態にスキルが出ちゃったっていうか」

「それで、次のご報告ですけど――」

「早い、切り替えが早すぎる。この後、オレ達が責任の押し付け合いをする社会人寸劇が始まるんじゃないか。クソッ、オレはこのスピードについていけるのか……。いや、考えても仕方がない。デミウルゴスの様子はどうだった」

 モモンガさんは呆れながら「ムササビさんも大概切り替えが早いですよ」とつぶやていたが、今は報告の方が大事なので聞こえなかった振りをする。

「デミウルゴス様がモモンガ様とお父様の能力の低下をお嘆きになっておられました」

 それは悪い事をしたな。でも、オレ達じゃ期待に応えられないから、ああするしかないよな。

「それと繁殖実験をしたいと言ってました。少しでもナザリックの戦力を高めたいと」

 流石はデミウルゴス、すでに先を見据えているか。

「後、マーレ様の服装を不思議がってました。全員そんな恰好しないといけないのかとも仰ってました」

 なんだとデミウルゴス、やはりオレら関連は弱いのか。デミウルゴスやセバスがスカートとか穿いて、忠誠の儀なんかされたら失笑を禁じ得ないな。コキュートスは……全裸だからないか。これは最優先で誤解を解かないとな。異世界まで来てブラクラとかマジ勘弁。

「後ですね、シャルティア様がお父様に会ってパンツが濡れたと言ってました」

「「……ペロロンチーノォ……」」

 ハモった。オレ達二人の共通の友人は、変態だった。知ってたけど。
 シャルティア、アンデッドなのに体液分泌してんの? え、それともペロロンチーノさんが態々設定に加えたの。そんな事は書いてなかったような気がするんだけど。いや、深く考えても仕方がないか。

「変態のお父様とお似合いですね」

 にっこりと微笑むユウを見て、そう言えばオレが変態だという誤解を解いていなかったの思い出した。ホント、やる事が多過ぎる。












 ユウは報告が一通り終わると退出していった。
 間を置かず、二人分の料理が運ばれてくる。大きく分厚いステーキが皿に乗っていた。
 モモンガは初めてステーキなるものを見た。付け合わせも盛られていたがモモンガにはどうでもよく、もっぱらその興味は未知なるドラゴンの味に注がれていた。次点で興味があるとすれば、ムササビがどのような秘策をもって飲食するのかであり、モモンガの食への関心の低さが現れていた。

「さあ、モモンガさん。頂きましょう」

 そう促されてもテーブルマナーなどモモンガに分かるはずもない。そもそも食事に関心がなかった上に、こういう高級な物に縁がないから知る機会もなかった。流石にフォークとナイフの使い方くらいは知っているが。

「嫌だな、モモンガさん。今はオレしかいないんだから、マナーなんてどうでもいいですよ。堅苦しいのはオレも好きじゃありませんし」

 さっきは思わず裏切者と叫んでしまったが、気遣いができて、顔も良く、財力もある、彼女がいてもなんの不思議もない。今も目上のモモンガがまだ食べていないから、手を付けていない。マナーなんてどうでもいいと言いながらこれだ。
 折角の料理が冷めてしまってはいけないので、モモンガはさっそく一切れ口に運ぶ。

「――美味しい、凄く美味しいですよ。ムササビさん。こんなに美味しいモノなんて食べた事がないですよ」

 モモンガはすでに二切れ目を口に放り込んでいる。

「そ、そんなにですか。ではオレもさっそく」

 ムササビはステーキを切り分け、口に入れると、そのまま下あごを通り過ぎ、テーブルにべちゃりと落ちた。

「「あ」」

 気まずい空気が流れる。落ちた肉は真っ白なテーブルクロスにシミを作っていく。

「しまった―。オレ骨じゃん! ゲーム中に何かを味わうなんてなかったから、すっかり抜け落ちてた。体が骨になったのは、生まれた時からそうだったみたいな感覚があったからずっと自覚があったけど、これはなかった」

 モモンガはどう声をかけていいか分からなかった。自分自身も最後に『人化の秘宝』を使っていなかったら、オーバーロードの体のままだったのだ。もしかしたら、自分がムササビの立場になっていたかもしれない。正直、人間の身体であるというのは安心感がある。

「しょうがない、このユニークアーティファクト『健啖家の暴食』を使います」

 ムササビは舌の上にハエが乗っているような形で、手の平サイズのアイテム『健啖家の暴食』を取り出した。

「ああ、それを使うんですか。いやあ、懐かしいなあ。その存在を忘れてましたよ」

 『健啖家の暴食』は何度も使用でき、一度使用すると24時間効果が持続する。飲食不能の種族が飲食可能になるのにとどまらず、飲食不可能の物やアイテムまでも飲食可能になる代わりに、無効化無効の空腹倍加と食事量の増大のペナルティが付く微妙アーティファクトの一つである。
 ユニークアーティファクトの中でも初期に発見された為に、物珍しさも手伝って一時期アインズ・ウール・ゴウンでは何でも食べるのが流行した。例えば、データクリスタルを食べてみたり、ナザリックの外にある沼を啜ってみたり、破壊可能なオブジェクトをかじってみたりというふうにだ。異形種の集団が手当たり次第にモノを喰らう姿は異様を極め、アインズ・ウール・ゴウンの悪名を広める一翼を担っていた。しかし、ほとんどが『お腹を壊した』とメッセージが出て、毒になったり、ステータスが下がったりと散々な結果で終わった。

「人生には楽しみがないと。オレ、食道楽なんですよ」

 ムササビにはユグドラシル以外にも様々な楽しみがあった。ひるがえって、モモンガには何もなかった。だからリアルになんの未練もない。しかしムササビには色んなやりたいことがあったはずだ。未練がないはずが無い。モモンガとは違うのだ。

「ムササビさんは元の世界に帰りたいと思わないんですか?」

 モモンガは口にしてしまった。ムササビも()()を避けている節があったのに。しかし確かめなければいけなかった。帰りたいと言うのならば、その方法を探そうと、それを頑張ろうと。独りになってしまうけれど。

「しまった、骨のまんま何か食べたら、口の中が丸見えじゃん」

 ……ムササビには未練がある、とモモンガは思っている。今の状況を楽しんでいるように見えるが、これはいつもの事だ。ムササビはどんな時でもポジティブなのだ。帰る方法がわからない間は、この世界を楽しんでいるだけかもしれない。

「この『選面の無貌』を使おう」

 ムササビは見た目が白い洗面器型のユニークアーティファクト『選面の無貌』を取り出した。底にはシロリンと大きいフォントで書かれている。
 これはアバターの顔とそれに名付けた名前を千パターンもストック出来て、使用者の顔と名前を、ストックした顔と名前に変化させるアイテムだ。
 顔を変えている間はどんな手段を使っても、元の名前を見破れないので他人の振りが出来たりする。用途は敵対勢力の撹乱やイタズラなど多岐にわたるが、あくまでも変わるのは顔と名前だけなので首から下はそのままである。故に敵を撹乱するには、その顔のデータを入手しなくてはいけないし、装備の外装も揃えなくてはいけない。色々と応用できる可能性は大いにあるが、その労力を他に振り分けた方が有効な、正に微妙アーティファクトである。さらに装着時は火属性のダメージが二倍になってしまうデメリットもあった。
 ムササビが『選面の無貌』を顔に被せる。すると『選面の無貌』が波立つように蠢き、顔を覆いつくす。徐々に色味に黄色が混じりだし、黒髪が生えてくる。ゆっくりとムササビのリアルな顔になった。しかし、身体が骨のままなので異様である。
 すぐにムササビはステーキを口に入れた。首から上が人間のスケルトンが、蕩けるような顔で見悶える。飲み込まれた肉はどこに行くかと首を見ていたモモンガだが、そこを何かが通る事はなかった。
 食べた肉はどこに消えてしまったのだろうかと、考えていたモモンガだが、はたと誤魔化されたのではと気付く。ムササビが聞かなかった振りをしてくれているのだろうと推測できたが、モモンガはもう一度さっきと同じ質問をした。ここは避けて通れない。ちゃんと聞いておかないといけないからだ。

「ムササビさんは元の世界に帰りたいと思わないんですか?」

 ムササビは食事の手を止めて、モモンガに視線を向ける。その表情は真剣そのものである。モモンガの喉がゴクリとなった。

「モモンガさんはどうですか」

 静かな響く声だった。

「……私は無いですね、まあ負け組ですから。家族も恋人もいませんし、趣味もユグドラシルくらいでしたし」

「そうですか」

 ムササビはワイングラスを傾けて、ふう、と小さく息を吐く。

「せっかく優雅な食事を前にしているのですから、少し上品な話でもしましょうか。いつもバカばかりしていますから、たまには知的な会話もしないと裏口入学だと思われますからね」

 ムササビは生まれの良さを上手く隠しているつもりなのだろう。しかし仕草の端々にそれが表れている。
 これはバカな事を聞いたモモンガへの、ムササビ一流の心遣いなのかもしれない。上流階級とは縁のなかったモモンガには、それを判別する事はできなかった。

「モモンガさんはスワンプマンの思考実験を知っていますか?」

「スワンプマンですか。ユグドラシルのモンスターとかじゃないですよね。いやぁ、知らないです」

「簡単に説明するとですね。ある男が沼の近くで雷に打たれて死んだのですけど、偶然近くの沼にも雷が落ちて、その死んだ男が雷に打たれる直前の状態と全く同じ男が生まれたんですよ。記憶から着ていた服まで何から何まで全く一緒のね。その沼から生まれた男をスワンプマンと言うのですが、そのスワンプマンは自分を、その雷に撃たれた死んだ男だと思っています。同じ思い出と経験をもっているんですから当たり前ですよね。それで生まれたばかりのスワンプマンは死んだ男として生きていきます」

「なんだかドッペルゲンガーみたいな話ですね」

「もしくは無限POPするモンスターみたいなね。モモンガさんは、このスワンプマンを死んだ男と同一人物だと思いますか?」

 ムササビの問いにモモンガは最後の一切れを口に入れて思案する。

「う~ん、別人でしょう。だって、男は死んじゃってますし」

「なるほど、モモンガさんはそう思うんですね。なら、仮にオレがスワンプマンだとして、モモンガさんは見抜けますか?」

 モモンガは考える。何もかもが同じ人をどうやって別人とわかるのかを。何か特別な、その人しか知らない質問をしても、その人と同じ答えが返ってくるだろう。なら、どうやって見分けるのか。モモンガの頭脳ではどれだけ考えても答えなど出るはずもなかった。

「……無理ですね。全部一緒なんでしょ?」

 ムササビは品よく首肯する。普段のムササビからは別人に見えるくらい洗練された振る舞いであった。これはワザとなのだろう。このような話をしているから、ゲーム中では見せない一面を出しているのだ。

「そうですよね。もちろんオレもモモンガさんがスワンプマンだったとしても見抜けません。しかし、モモンガさん自身も自分がスワンプマンだと分かりません。オレも自分がそうなら無理です」

 当たり前の回答だった。モモンガ自身では考えつかないような秘策があるのではと密かに期待していた。その表情を見て取ったのだろうムササビが、さらに話を続ける。

「それを判別できるとしたら、スワンプマンの元になった人が死んだ瞬間か、スワンプマンが生まれた瞬間を見た人だけです。つまり、それ以外の人には、その男は死んでいないのと一緒ではないでしょうか。もちろん、これは例の一つに過ぎません。まったく同じ物質で出来ているなら、それは同一だという考え方もあります」

 見分け方の答えを聞いて、モモンガはこれが前振りであったのを理解する。次に結論が来るのだろう。

「オレはですね、モモンガさん。オレ達はサーバーがダウンした瞬間に生まれたスワンプマンだと思うんですよ。そして、それを目撃したのは誰もいません。オレ達すらその瞬間はお互いを見ていませんから」

「つまり、今ここにいる私達は、本物が死んだときに生まれたスワンプマンで、本物に成り代わっているだけだと?」

 結論を聞いたモモンガは、感じた疑問をそのまま口に出す。それが分かっていたかのように、ムササビは話を続ける。

「ええ、そして、これに関してはオリジナルも存在し続けているんじゃないかなって思うんですよ」

「どういう意味ですか?」

「言葉通りの意味ですよ。もしかしたら、今頃リアルのモモンガさんは出社して、オレも働いているかもしれません」

「という事は、本物はいつも通りにリアルで過ごしていて、同時に私達はこちらの異世界で生きているって意味ですか。それだと、こちらの世界が丸ごと偽物かもしれないと?」

 言い知れぬ恐怖がモモンガを包み込む。自分はもう死んでいるけど死んでいない。考えても切りがない疑問が頭を渦巻いていた。

「『我思う、故に我在り』という言葉を知っていますか?」

 悶々としているモモンガを見かねたのか、ムササビが言葉をかけた。

「ギルメンの誰かがそんな事を言っていたような」

「平たく言うと、世界が全て虚偽だとしても思考している自分は確かに存在している、て感じですかね」

 未だ要領を得ない顔をしているモモンガを見たムササビは、噛み砕いて説明をする。

「だから、この世界がゲームだろうと、現実だろうと、偽物だろうと、あれこれ考えている自分は確かに存在しているんですよ。存在している以上、偽物も本物もコピーもオリジナルもありません。そもそもモモンガさん、いつから自分がそんなイケメンだったと錯覚してるんですか? 俺は自分がリアルで骨だった記憶がないんですけど?」

「あ」

 モモンガはそこで今の自分の姿はリアルと一緒ではないのを思い出した。なまじモモンガが見ている世界はゲームと似ているので頭から消えていた。

「そういうことですよ。もしリアルにオレ達がいても、この姿のオレ達じゃない別人ですよ。中身が一卵性双生児もびっくりのそっくりであるだけで、見た目は人間と化け物くらいの差がありますからね。双子の心身逆バージョンとでも思っていてください。自分達は思考している至高の御方になったって事ですかね」

 ムササビは軽いジョークで締めたが、モモンガは重い気持ちになる。

「なんだかゾッとしますね。私達は自分が本物と思っているけど、実際は中身もガワもすでに違っているスワンプマン以下の存在だと。うう、なんだか頭が痛くなってきた」

 モモンガは恐怖した。すでに自分はモモンガらしきモノでしかなかったかも知れない事実に。いくら、思考している自分は存在していると言われても、その存在している自分はいったい何者なのか。ムササビのジョークのように思考している至高の御方――つまり、NPCが自我をもったように、アバターが自我を持ったに過ぎないのだろうか、と。

「そんな怖い話ではないですよ。さっきモモンガさんがリアルに帰りたくないんですかって聞いたから、その答えと理由を言ったまでです。モモンガさんにとっては、怖い話ではないでしょう」

「へ?」

 ムササビは上品な微笑をたたえている。モモンガには意味がさっぱりわからない。

「帰る気が無いという意味ですか?」

 ムササビはゆっくりと首を振る。

「帰る場所がないって意味ですか?」

 また、ゆっくりと首を振る。

「俺の解釈が間違っていますか?」

 ゆっくりと首を振る。

「じゃあ、どういう意味なんですか? 教えてくださいよ、ムササビさん」

 ふふっとムササビは笑った。

「帰る場所はナザリックと言う意味ですよ。オレ達はここで生まれたんですから、ここが我が家で、ここが帰る場所でしょ。リアルには別のオレ達がいるかもしれませんからね」

 つまり、リアルに帰る気が無い――例え、帰れる方法があったとしても帰らないと言う意味だ。モモンガの疑問を、不安を、ムササビは根底から払拭したのだ。
 それでもモモンガには違和感があった。
 ムササビは何か隠している。モモンガは営業職をずっとしていたんだ。こういう経験はそれなりにある。何か本当の理由があるけど、それを相手が言っていない時の違和感があったのだ。それでもムササビが元の世界に帰る気が無いのは確かだ。それだけ分かっていれば十分で、ムササビもそれだけ分かってもらえれば十分と考えているのだろう。だから、それを詮索しない。
 ここは栄光あるアインズ・ウール・ゴウンで社会人ギルドなんだから。あれだけ数々のイタズラをした、るし★ふぁーすら無理な詮索だけは一切しなかった。
 話をしている間に二人は食事を終えていた。食べ終わった食器を、ムササビはセバスとソリュシャンに片づけさせる。
 二人が片づけている間、モモンガはずっと考えていた。自分も、このNPCと一緒で元々ゲームの中の存在かもしれないと。違いはリアルを理解できるかどうかに過ぎないと。もちろん、これが真実がどうかは分からない。
 再び部屋にはモモンガとムササビの二人になる。
 ムササビはずっと、この世界で暮らすつもりだ。それならモモンガには、ムササビに伝えなければならない事があった。たとえ自分が何者でも、ここで生きていくのだから。

「私はムササビさんにギルドマスターをしてほしいと思ってます」

 ムササビに帰る気があるなら言うつもりはなかった。自分一人で、このナザリックを維持していくつもりだった。当然、この世界のどこかにいるかも知れないギルメンを探す気でいた。それも帰りたいと言うなら、帰る方法を探す意思はある。積極的に探せるかは自信がないけれども。

「リアルで経営者をしているムササビさんの方が、私なんかよりも上手く組織を運営できる。ずっとここで暮らしていくのなら、そこはちゃんとした方がいいと思うんです」

 ムササビは戸惑った表情で沈黙する。この異常事態が発生して、まだ数時間しか経っていないのだ。モモンガ自身も無責任だと感じている。しかし冷静に見たら、ムササビがギルドマスターに就任した方がナザリックの為になるのは明白だ。ユグドラシルや他のゲームでもギルドマスター経験者であり、リアルでも組織運営のプロ中のプロなのだ。ここはリアルなのだから、リアルの経験が活きるだろう。

「それにムササビさんはアインズ・ウール・ゴウンの渉外役をして頂いてました。ムササビさんのゲーマー仲間の人脈もありましたが、何より交渉が上手く、弁も立ちましたから。これから――存在すればですけど、未知の文化との交渉もあるかもしれません。そうなったら、海外で異文化交流の経験もあるムササビさんがギルドマスターをしているのが良いと思うんですよ」

 ムササビは黙ったままである。何を考えているかモモンガには計り知れなかった。愛想をつかされたのだろうと不安になる。自分でも並べ立てた言葉は、ただの言い訳のようだとしか思えなかった。この大変な時期に何を言っているのだと怒られても仕方がない。
 しかし、本心でもある。
 ブラック企業が横行する現代において、ユグドラシルに掛けた以上の歳月を社会人として生きていたのだ。社会の仕組みと言うものは分かっている。
 企業のブラック化とは、例えるならドーピングのようなものなのだ。短期間でこれほど安パイに成果を出すモノはない。もちろんドーピングには副作用が付きものだが、企業の場合は副作用が出た部位(人間)を切り捨てればいいだけなのだ。
 この世界ではブラック企業だからと、なんのペナルティーも無い。そんな中で特出した才能も技術もなければ、ブラックになる以外に生き残る道は皆無と言っていい。善良な経営者とて家族を、従業員を、取引先を路頭に迷わせるくらいならブラック化を選んでしまう。それを責められる社会人など、そうはいまい。だから、どこもブラックになる。
 そんなドーピングが蔓延する社会において、大学卒業から三十路になる前の僅かな期間で、ブラック化をせずに成果を上げたのは紛れもなくムササビの卓越した手腕によるものだ。だからモモンガは恥を忍んで、このお願いをした。
 どんな事態に陥っても、ムササビならナザリックをブラック企業のような、ヘロヘロを苦しめたモノにはしないだろうと。
 自分のようにNPCよりも過去の思い出を優先する事もないだろうと。
 静寂が二人を包む。モモンガは生きた心地がしなかった。呆れられただろうか。胸中では後悔が渦巻いている。やはり言わなければよかったと心が囁くのだ。
 ムササビは意を決したように口を開く。

「オレはモモンガさんを頂くアインズ・ウール・ゴウンだから入ったんです。ギルドマスターがモモンガさんじゃないアインズ・ウール・ゴウンはアインズ・ウール・ゴウンじゃない。オレはモモンガさんが思っているより、モモンガさんは優秀な人だと思っています。もちろん、尊敬もしています」

 はっきり言って、教育の機会を奪われた現代において、なんの資格も特殊技能もいらない営業という職は競争率が激しい。そんな世の中で、ブラック化する事が当たり前な企業が、ボーナスを出してでも手元に置いておきたいくらいの人材ではあるのだ。
 モモンガ自身がアインズ・ウール・ゴウン以外の友好関係がないから気付かないが、そこそこ有能な人間なのである。
 アインズ・ウール・ゴウンには勝ち組である公務員の警察官(たっち・みー)教師(やまいこ)、希少な知識層の大学教授(死獣天朱雀)、クリエイティブな職業で成功している声優(ぶくぶく茶釜)漫画家(ホワイトブリム)などが在籍していたため実感はなかったのである。これが特出して有能ならば気付けただろう。

「ギルメンがいなくなったことをあれほど悲しんでいたナザリックのみんなが、ギルマス交代なんて知ったら次はモモンガさんが居なくなると不安がりますよ。そんなナザリックのみんなを悲しませるマネは、オレがさせません。
 この世界にはもしかしたら、ギルメンが、そうじゃなくてもギルメンのスワンプマンがいるかもしれないんですよ。他のギルメンに会うまでは、貰い受けたNPCはオレが守ります。
 それに、もしですよ。もしも、ギルメンと再会したら、影武者が本物に成り代わるとかベタなって言われちゃいますよ。さっきユウに裏切ったって言われたところなのに、そんなそんな」

 ムササビは舞台俳優のように大袈裟に首を振る。

「ギルドマスターになるのは辞退すると」

 その言葉にムササビが睨むようにモモンガの目を見る。

「いえ、オレがモモンガさんに代わりナザリックを運営します。ですが、これはモモンガさんの肩代わりをする訳ではないです。モモンガさんの苦労を分かち合うんです。オレ達は同じギルドの仲間なんですから、当然です。適材適所は組織運営の基本ですからね。モモンガさんは何をこんな当たり前の事を遠慮しているんですか。アインズ・ウール・ゴウンは多数決が原則でしょう。今は二人しかいないんだから、提案を出すのに、何の遠慮がいるんです。満場一致以外の採決がありえないんですよ。わかってますか」

 身を乗り出し強い口調で捲し立てるムササビ。モモンガはその迫力に気圧される。

「もしかして、怒ってますか?」

「はい、怒ってます。アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターはモモンガさんを置いて他にいません。ギルメンのみんなも、モモンガさんだからついてきたんですよ。それなのにモモンガさんはそれを辞めようなんて。モモンガさんがギルドマスターでなければ、ユグドラシルが終わるよりも早くアインズ・ウール・ゴウンは終わりを迎えていました。他のギルメンと、この世界で再会できてもギルマスがモモンガさんじゃなかったら悲しみます。だからオレはギルドマスターは辞退させていただきます。引き続きギルドマスターはモモンガさんでお願いいたします」

 ムササビは頭を下げる。モモンガが慌てて、ムササビの顔を上げさせる。

「い、いえ。俺がバカでした。俺がギルマスをやります。やらしてください」

 今度はモモンガが頭を下げる。

「ギルドマスターを引き受けてくれてありがとうございます」

 ムササビはニッコリと笑った。そして何事もなかったかのように話し始める。モモンガは、ユウの切り替えの早さは設定だけではなく、ムササビの影響も足されているのではないかと思い始める。なんと言うか、そっくりなのだ。

「では、今後の基本方針を決めましょうか。実務はオレが引き受けますから、モモンガさんは象徴を引き受けてください」

「象徴ですか……」

「簡単に言うと、モモンガさんが天皇でオレは首相かな。とりあえずモモンガさんの仕事としては支配者らしく振舞うのと魔法やスキルなどのゲームとの違いの検証をお願いします。まあ、適材適所ですね。モモンガさんの方が使用できる魔法の種類も多いですし、魔法にも詳しいですから。それに支配者ロールがかっこいいですし。今から支配者らしい振る舞いに磨きを掛けていてくださいよ。オレはリアルでの得意分野である実務と内部統制の構築をしていますから。もちろん、モモンガさんの命令を優先するようにしときますからね」

「え、私の命令が優先で大丈夫ですか」

「大丈夫ですよ。オレの命令とバッティングした時は確認させるようにしますから、そんなに気にしなくても問題ないですよ。これでも組織運営のプロなんですから」

 ムササビはドヤ顔をする。これは笑いを取りに行っているとモモンガでもわかる。モモンガを安心させようとしてくれているのだ。

「それでは今度はオレから提案があります。これはモモンガさんに、ではなくて鈴木悟さん個人に対して」

 ムササビはニヤリと口元をゆがめる。
 さっきムササビを怒らした後である。それがわざわざリアルの名前を出して提案するのだ。どんな要求が来るか分かったものではない。

「な、なんですか?」

モモンガは恐る恐る尋ねる。

「モモンガさんはもう少しワガママを言ってください。そんなに気を使ってたら、早々に参ってしまいますよ。こういう事態だからこそ健康に気をつけていかないと。どこまで長期化するかわからないんですから」

 モモンガはこの年下の男に敵わないと改めて感じる。ムササビはモモンガが提案した後の、あの短い沈黙の間にナザリックだけにとどまらずモモンガの先をも考えていてくれたのだ。自分の事だけで精一杯だった己とは大違いだ。流石は『アインズ・ウール・ゴウンの周瑜』である。孔明には敵わないかも知れないが、モモンガではその周瑜にすら勝てる気がしなかった。

「まあ、オレ達が一番に気を付けないといけないのは決まってますけどね」

 ムササビはモモンガの目を見て、ニンマリとする。モモンガはムササビが何を言わんとしているか、すぐに察する。やはり、この二人の付き合いは長いのだ。ペロロンチーノとぶくぶく茶釜のような喧嘩染みたものはさっきの一回しかなかったが、十年近い年月を仲よくやってきているのだ。お互いの性格も知っていようものだ。

「「発言ですね」」

 二人は静かに頷き合った。失言の多い男と上に立つのが苦手な男。今や神にも等しい男二人が気にするのは、言葉に決まっている。しかし、二人そろって「まあ、しちゃうんだろうな」とお互いが思っている事を知らない。



独自設定、ユニークアーティファクト全般とそれに付随するエピソード
独自設定および解釈、この世界のモモンガさん達はスワンプマン的存在



鈴木悟救済には苦労を分かち合う人と叱ってくれる人と肯定してくれる人が必要だろうと、その役目をしばらくはムササビが一手に担います。
モモンガさんは変わらずナザリックのトップですが苦労は激減します。



四話目にして、やっとこの作品の根幹に触れられました。この作品ではこういう世界観で話が進行します。
ここまでの話を読んで、ムササビとユウには何かしらの秘密を仕込んであるなぁとか、あの反応は伏線なのかなぁとか思いでしょうが、あいかわらずスローペースで進むので、それらの一部が明かされるのはカルネ村から帰った後の予定です。あまり大した秘密ではありませんが、気長にお付き合いください。



やったねヘロヘロさん、ブラック企業から脱出できるよ


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5 夜空と世界征服と

前回のあらすじ

ムササビ、ナザリックのみんなに裏切ると思われている
ユウ、父は裏切ると思っている
セバス、祝初台詞
ソリュシャン、同じく祝初台詞
モモンガ、年下に叱られて、ナザリックの象徴になる



ペロロンチーノ、あずかり知らない所でムササビとモモンガに呆れられる


 異世界に転移してから、数日が経った、と思う。
 なぜ思う、なのかと聞かれれば、一切寝ていないからだ。と言うか眠れない。多分、アンデッドの基本特殊能力、睡眠無効が働いているのだ。それが失われたモモンガさんが寝られるので間違いないだろう。その代わりという訳でもないが、予定よりも仕事が大幅に捗っている。もちろんそれ以外にも疲労無効により作業効率が落ちないのもあるが、それよりもアルベドとデミウルゴスの実務能力の高さよ。報告書は読みやすいし、要点はしっかり押さえてるし、指示を出しても理解が早いし、こんな部下がいたら楽でいいわ。リアルで、この二人がいたら世界を取れてたな。この二人がいなかったら、いくら疲労無効と睡眠無効があってもここまで進捗してなかったな。これだけスムーズだと仕事をするのも楽しい。身内びいきではないが、ユウが秘書として有能だったのも大きい。
 仕事も一段落し、オレは自室の丸テーブルについて休憩している。右隣にはユウが座っていて、左後ろにはソリュシャンが控えている。いつもの三人だ。
 ソリュシャンはオレ付きのメイドになっている。このソリュシャン、とても融通が利くようで、あまり堅苦しくしないでくれと言えば、それなりの言葉使いをしてくれている。流石にずっとデミウルゴスみたいな敬語では息が詰まる。

「ムササビ様、ユリ姉さんが作ったサンドウィッチです」

 ソリュシャンはコトリと言う音さえ立てずにサンドウィッチが乗った皿をテーブルに置く。山のように積まれたサンドウィッチを少し揺れただけだった。ナザリックのメイドは例外なく優秀である。たとえ戦闘が主とは言えプレアデスとて例外ではない。アレだけのメイド好きが集まったのだ、さもありなん。
 オレは『選面の無貌』を装着し、ユリに作らせたサンドウィッチを頬張る。『健啖家の暴食』を使い初めてからと言うもの、かなりの量の食事をしている。このナザリックで出される料理は、どれもリアルでは食べた事がないほどの美味であり、『健啖家の暴食』も相まっていくらでも食べられた。
 この骨の身体になって、良かった点の一つはカロリーを気にしなくていい事だ。どれだけ食べ過ぎても蓄える脂肪がないから太りようがない。食べるのが好きな人間にとってはなんともありがたい。おっさん太りするのは避けたい男心なのだ。

「料理が出来る者が少ないのが残念だな。我はより多くの種類を味わいたいのだが。しかし美女が作った料理を美女に給仕してもらえているだけで幸せと言うべきか」

 この世界では料理のスキルを持っていないと目玉焼きさえ作れないのだ。モモンガさんが発見したこの事実は、メイドとして優秀であれと生み出された者たちも例外ではない。『造物主(ザ・クリエイター)』の職を取る為に、コックの職を修めているオレでは気付かなかった。
 こうしてオレがユリの作ったサンドウィッチを食べているのは、趣味と実益を兼ねたささやかな実験の為だ。ユリのコックのレベルは1だ。つまり最小の数字だ。これがどれほど料理の味に影響を及ぼすのかを確認しているのだ。結論から言うとナザリックの食材自体が良過ぎて良くわからないだ。レベルが高い方が旨いのは確かだが、どれくらいなのかオレの舌では分からなかった。これでもリアルではグルメで通っていたんだけど。明確にわかるのはバフの量くらいだが、これはユグドラシルと一緒だった。ここまでは趣味の話。実益はと言うと、現在プレアデスに仕事が無いから、出来るだけ仕事を与えているのだ。取り合えず、ソリュシャンにはオレ付きのメイドをしてもらっている。部下が仕事があるのにリーダーに仕事が無いのは拙いので、ユリにはオレの軽食を作ってもらっている。アイテムの効果ですぐに空腹になるので、そこそこの仕事量だろう。あんな美しい女性の手料理を何度も食べられるなんて役得である。
 オレがサンドウィッチを平らげると、ソリュシャンが横に立つ。妙に艶っぽい顔をしている。なんだろう、美人系のソリュシャンがそんな顔をすると、なんか非常にエロい。リアルだったら口説いてたかも。今はそういう方面はアンデッド化の影響で抑制されているから、そういう気は起きないないが。

「ムササビ様、私を食べませんか」

 え、何で急にアプローチ掛けてきてるの、ソリュシャンさん? 大胆過ぎません? 隣に(ユウ)もいるんですけど。ヘロヘロさん、ネトラレ属性とかあったんですか? なんだかソリュシャンの新しい一面を見てしまった。
 いやいや、これはオレが何か都合良い勘違いをしているだけだ。こんなペロロンチーノもびっくりのエロゲ―展開なんてないだろ。ここは落ち着いて、詳しく聞いてみよう。どうせなんかしょうもないオチが待ってんだから。

「うむ、もう少し詳しく言ってくれないか。我は前ほどの知能がないのでな」

「すみませんでした。お口に合うかはわかりませんが、私の肉をお召し上がりませんか」

 余計にエロくなっただと!? ソリュシャンみたいなスタイルのいい美女が私の肉とか、響きがヤバイわ。ユウには聞かせられない。この身体になってなかったら理性が吹き飛んでたな。
 ソリュシャンはおもむろにオペラ・グローブを脱ぎだした。
 オレが内心慌てていると、ソリュシャンはサンドウィッチが置いてあった皿の上に、自分の人差し指を切り取り――乗せた。
 そのまんま文字通りの意味だと! 勘違いした内容よりも悪くなるなんてあるのかよ。ヘロヘロさん、なんという業の深さですか。ブラック企業とはここまで人の心を破壊してしまうのですか。ネトラレ+カニバリズムだとか、流石についていけません。
 ソリュシャンの顔を見れば僅かに朱が差している。なんで照れてんの? そりゃ、『食べちゃいたいくらい可愛い』とかいう表現はあるけど、物理的に食べたい訳じゃないよ、ソリュシャン。
 異世界に転移してからの経験を元に考えれば、ナザリックのみんながオレに何かを提案するだけでも、かなりの勇気を要しているはずなのだ。それを無下にするのは心苦しい。そりゃ、グルメですから色んな珍味を食べてきたけれども、人間の指――厳密には人間ではなくて、人間の見た目をしたスライムのだが――を食うなんて流石にちょっと遠慮したい。今現在こうして会話している人間の指なんて食えるか。
 あれぇ、おっかしいな~。こんな美女に好意を寄せられるなんて夢のようなシチュエーションなのになんでこんなホラーなの。どんなに食べても悲鳴を上げない胃が痛い。あ~、何とか傷つかないように断らないと。

「ふむ、なるほど。我が色んな味を楽しみたいと言ったからか。しかし、それはまた今度にしよう。先にデザートを食べるは無粋というものだ」

「そうですか」

 なんで残念そうに喜んでいるですかね、この娘は。ヤバイ、スライムの気持ちが分かりません。しかも、これって先送りにしただけでいつかは食わないといけなくなりそうだ。
 ソリュシャンが皿に乗っていた指を持った瞬間、それはスライム状になり吸収されていき、指も元通りになっていた。
 ……これはいつかオレの料理に混ぜられるかも知れんな。覚悟だけは決めておこう。これも上に立つ者の務めだ。

「お父様、なんで食べる方向で覚悟を決めた顔をしているんですか。そこは一線を守る努力をしてください」

 ソリュシャンに聞こえないようにユウが耳打ちする。ヤベエ、その通りだ、うっかりするとアンデッドに引っ張られ過ぎて、発想が人間ではなくなるところだった。これは気を付けないと。そしてオレの表情だけで内心を読み切ったユウもヤベエ。そんな具体的な設定は書いてないよ。だとすると、やっぱり……。
 そんな事を考えているとモモンガさんから、『もうすぐ着きますよ』との〈伝言(メッセージ)〉が入る。
 オレとモモンガさんは頻繁に〈伝言(メッセージ)〉でやり取りをしている。それは連絡や確認の為ではなく、とある練習の為だ。ナザリックのみんなにバレないようにフォローし合うには〈伝言(メッセージ)〉を使うのが都合がいい。しかし〈伝言(メッセージ)〉が来る度に、反応していては意味がない。そこで〈伝言(メッセージ)〉が来ても驚かないように、ランダムに〈伝言(メッセージ)〉を送り合っているのだ。
 部屋にノックの音がすると、そのままモモンガさんが入室してくる。
 本来ならば、ソリュシャンが扉を開けなければいけないのだが、そういう儀礼関係を全てやめさせている。モモンガさんの心労が半端なかったからだ。
 オレはリアルでも何人もの秘書がついていたので慣れているが、モモンガさんには四六時中可愛い女の子が近くにいる事は相当のストレスになっていたようだ。なので、モモンガさんに付いているのはセバスだけであり、護衛も兼務してもらっている。
 オレの部屋にモモンガさんが入る時は、セバスは扉の外で警備を兼ねた待機をし、ソリュシャンはセバスの補助につくように通達も出している。
 モモンガさんがオレの向かいに座る頃には、オレとモモンガさんとユウだけになっている。

「はあ~、やっと気が抜ける~」

「モモンガさんもちょっとは慣れてくださいよ。このナザリックの最高責任者なんですから」

「いや~、分かってますよ。ムササビさんが手を回してくれなかったら、ストレスでおかしくなってたかも知れませんよ。私が言ってもダメだったのに、ムササビさんに任せたらあれよあれよという間に、お付きのメイドは居なくなるし、ぞろぞろと儀仗兵がついてくる事も無くなるし、とても快適になりました」

 現在が非常事態だからと押し切っただけだけどね。もちろん代わりの仕事を与えたのも大きいだろうけど。何かをやめされる時は代わりの何かをやらせるのは基本だからね。これは知っているか知らないかの違いでしかないから、モモンガさんも次からは上手くやれるだろう。

「さて、モモンガ様、お父様。第四回至高の御方会議を始めましょう」

 ユウの言葉で本題に戻る。モモンガさんがオレの部屋に来たのはこれをする為だ。主にそれぞれの経過報告と業務連絡、提案だ。

「さて、業務連絡ですが、ナザリックのみんなに対してはこのまま支配者ロールを続ける方向で行きましょう」

 モモンガさんは賛成だった。オレもいわゆる社長をしていた人間だから言えるが、急にフレンドリーに接しても部下が対応に困るだけだ。こういうのはじっくり行かないと。みんながみんなソリュシャンみたいに融通が利くとは限らない。何より、ナザリックのみんながそれを望んでいる。

「次に、アイテム等はNPCに上げないように、上げる時は二人で決めてからにしましょう。信賞必罰は組織の要ですからね」

「そうですね。私達が声を掛けるだけでも凄い反応しますもんね」

 オレ達の言葉は御神託すら超えて、神の御言葉だからな。声を掛けられるだけで極上の褒美な訳である。物をあげようものならどうなるか分からない。

「そっちの進捗状況はどうですか、モモンガさん」

「だいたい終わりましたよ。治癒魔法およびポーションの効果は、傷の程度ではなくHP量に依存で間違いないですね。あと、装備に関してもゲーム通りで、装備が出来ない武器は手に持って運べたりしますけど、武器として使おうとした途端に手から離れましたね」

「装備に関しては、ザ・クリエイターのスキル<全装備可能>があるオレには検証できませんから、助かります。こっちの微妙魔法コレクションも検証が出来るものは全て終わりましたよ。ほぼゲーム通りでしたけど、違いがあったのは後で文書にまとめます」

「これで検証はあらかた終わりましたね」

 優先順位が高い項目はほぼ終了だな。

「ムササビさんは何をしていたんですか」

「今は色々なパターンを想定して、プランを考えていたんです」

「へ~、それはどんな」

「例えば、言葉が通じない、魔法が無い、人間がいない、知的生物がいない、魔法が効かない、文化の違い、その他諸々ってな具合です。殆どの場合にとって一番厄介なのは文字の習得ですかね」

 文字があれば、文明がある。文明があれば変化のスピードが早い、それに伴い知らなければいけない事が増える。逆に知的生物自体がいないパターンだと、驚異となる生物の習性だけ調査してナザリックに引きこもれば、後はなんとでもなる。

「そうそうモモンガさん、それとは別に頼んでいた仕事はしてくれましたか」

「ちゃんとしましたよ。アウラにシモベを使ってナザリック近くの森を探索および調査して貰う、ですよね。でも、なんで私が直接アウラに会って言うようにって念を押したんですか?」

「モモンガさんが直々にするからいいんじゃないですか。まだモモンガさんはアウラちゃんが苦手ですか?」

 少し気まずそうに目を伏せるモモンガさん。

「そう言う訳ではないんですけど、アウラを見るとビクッてなるというか、身体がこわばるというか、あのバッドステータスに掛かった時の恐怖がよみがえってきまして……その、怖いんですよ」

 トラウマみたいになってしまっているのか。これは思っていたより根が深いな。まあ、でもソッチ系の訓練をしていない一般人が、モンスターと殺し合いをしているような人間でも動けなくなるような恐怖を味わったんだからな。軍人が『心的外傷後ストレス障害(P T S D)』になるようなもんだし、しょうがないか。

「モモンガさん、できればでいいんですけど、アウラとスキンシップを取ってくださいね、その時はマーレにも忘れないでくださいよ。子供に対して、分け隔てはよろしくないですからね」

「あの、スキンシップってどうすれば」

「頭をナデナデとか、ギュッとハグしてあげるとか」

「ナデナデとハグ、ですか……」

 子供は一人が基本の現代だと、子供の扱いに慣れている人は少ない。兄弟がいる人なんて教師になれるくらい教育費を掛けられた家庭(やまいこさんの家)くらいは裕福じゃないと経済的に無理だからな。そもそも経済的な理由で結婚できない人や子供を持てない人もざらにいる世の中だ。始めは戸惑うかもしれないけどモモンガさんは優秀な人だから、すぐに慣れてくれるだろう。

「ところでその本はなんです」

 モモンガさんは話題を変えるように、離れている執務机の上にある本の山を指さす。そんなにこの話題を変えたいですか。無理強いした所で何か良い結果が得られる訳でもなし、それに乗っかる。

「『金枝篇』です。リアルにある呪術に関して書かれた本ですね」

「え? リアルにも魔法があったんですか?」

 モモンガさんの目がキラキラ輝いている。さっきまでの気まずそうな顔はどこに行ってしまったのか。これは間違いなく勘違いしている。

「多分、モモンガさんが思っている魔法ではないですよ。効果の程はおまじないみたいなモノです。でも、こちらだと本当の魔法みたいな効果があるかも知れませんからね。なにせオレ達が魔法を使えるんですから」

「確かにそうですね」

「内容なんですが感染呪術と類感呪術があるんですけど――」

 と、オレが説明をしていると、モモンガさんが半ば放心している。モモンガさんはちょっと難しい話をするとすぐこれだ。分かりやすく説明をしてもいいのだが、これは内容はそれほど重要でもないし、結論だけ言うか。

「要するに、真名、自分の本当の名前が知られたら不味い可能性があるんです。本当の名前がリアルの名前なのか、アバターの名前なのかは分からないですが、とりあえず外で活動する時は偽名を使おうと思うんですよ。とりあえずオレはササビにしますけど、モモンガさんはどうします」

「え、急に言われても」

 しばらく考えたモモンガさんは立ち上がり上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)で漆黒の全身鎧(フルプレート)の姿に変身した。背中には身の丈ほどのグレートソードが交差して背負われている。

「モモン・ザ・ダークウォリアー」

「「は?」」

「……モモン・ザ・ダークウォリアー」

「「クソだせえ」」

「ム、ムササビさんならなんて名付けるんです」

「そうですねえ。ブラックナイト、でしょうか」

「「普通」」

「コホン、お父様、ここは僕が手本を見せましょう。――『深淵なりし益荒男』とかどうでしょう」

「「……」」

「深淵なりし益荒男」

「「……」」

「あれ、聞こえませんでした――」

「聞こえているよ。イタイわ。イタ過ぎるわ。そもそもなんで過去形なんだよ」

「それはですねえ――」

「いや、ヤメテ。聞きたくない。それに、そんな名前を名乗っても、毎回「え、それ名前なんですか?」とか聞かれて面倒臭くなるだけだわ!」

 自分の身内ともいえるユウにクソ恥ずかしい設定を垂れ流されたら、いたたまれなくなる。

「お父様だって、ブラックナイトってなんですか、至高の御方であるモモンガ様が誰に仕えるって言うんですか」

 クソ、痛いところを突いてくる。我が娘ながら恐ろしい。

「アッハッハッハッ、ホントの家族みたいに仲が良いですね。ムササビさんとユウは」

「ちょっと、なに大笑いしてるんですか。ザ・ダークウォリアーさん」

「止めて下さいよ。モモンです。俺の名前はモモンですから」

「じゃあ、オレもササビですから」

「何をいまさら偽名で自己紹介し合っているんですか、お父様達は」

 ユウはあきれ顔だった。
 ハンドルネームも偽名みたいなもんだけどな。今のオレ達が仮にスワンプマンだとしたら、ハンドルネームが生まれた時からついていた名前になるから、それが真名になるかも知れないけど。なら、支配者の気配はいったいどこに付随しているものなのか。気配なんて表現しているのだから、アバターの身体から発しているのだろうか。それなら、ただ探知しているだけなのかもしれない。

「ユウ。お前達が感じる支配者の気配って探知無効を突破するのか」

「さあ、分かりません」

 フルフルと首を振るユウ。それならとモモンガさんがアイテムボックスから探知無効の指輪を取り出し、指にはめる。

「どうだ、ユウ。モモンガさんから支配者の気配を感じられるか」

「全然感じられません。お父様の威厳くらい感じられません」

「ハッハー、コイツ~」

 隣に座るユウのおでこを骨の指でコツンとつつく。つつかれた場所をユウがゴシゴシと服の袖で拭う。ヤメロ、割と傷つく。
 それを見て、すでに着席していたモモンガさんがしみじみと呟く。

「正直、ムササビさんとユウの関係が羨ましいです。文字通り四六時中ずっと一緒にいて、こんなにバカをやれるほど仲がいいなんて。私にもNPC(むすこ)がいますけど、なかなか会う勇気が出ないんですよね」

「ええ、モモンガ様にご子息がいるんですか。それはつまりボクのお兄様と言っても過言では無いですよね」

「いや、なんでだよ。過言だわ」

 なに自分をモモンガさんの隠し子みたいにいってるんだよ。そりゃ、種族は同じドッペルゲンガーだけど、モモンガさんのNPC(パンドラズ・アクター)は兄じゃないからな。そういやコイツ、同じドッペルゲンガーのナーベラルをナーベお姉様とか呼んでたな。なんなの、ドッペルゲンガーはみな兄弟のつもりなの。

「……本当に羨ましい。ナザリックのみんなもユウくらい気安かったら良かったのに」

 まだ一週間も経ってないのに、だいぶ参っているなモモンガさん。ずっと異国にいて、知らない人が常に周りにいるようなものだし、負担は大きいか。オレも精神作用無効が無ければ、こうなっていたかもしれないんだよな。こうやってユウとも平常心で話せてたかも分からない。
 ユウは急に立ち上がり、アクターのように両手を広げた。

「ボクがなんとかしましょう。『我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)』」

「ガハッ!」

 モモンガさんはうめき声をあげてテーブルに突っ伏した。クリティカルヒット無効が消失したモモンガさんには大層効いたようだ。ふふふ、本当にユウのような者をご所望ですか、モモンガさん。この程度はまだ序ノ口ですよ。二人きりだと、もっとエキセントリックなんですよ、はあ、精神作用無効があって良かった。

「ユウ、それについては何もしなくていいよ。ナザリックのみんなも支配者として振る舞われる事を望んでいるみたいだから。それは追々していこう」

「はい、お父様。『我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)』」

「「ガハッ!」」

 今度はクリティカルヒット無効があるオレも効いた。精神的ダメージには働かないようだ。いや、あんなアクターみたいに仰々しい動作で言われたらクリティカルヒットじゃなくても効くか。
 モモンガさんがテーブルに突っ伏したまま大笑いする。

「アッハッハッハッ、このバカをやっている感じ、何だかユグドラシル時代に戻った気分ですよ。なんとなくですけど、ユウは他のNPCと違う感じがしますよね。ムササビさんがいるからですかね」

「明確に『娘』として生み出されたからじゃないですか。設定にそんな事を書いていたの、いくら変人揃いのアインズ・ウール・ゴウンでもオレだけでしたからね」

 モモンガさんの目は遥か遠くを見ていた。手の届かない昔を見ているようだった。モモンガさんの時は、あの時代で止まってしまっているのかもしれない。オレの時が止まってしまったように。
 それでも時間は過ぎていき、戻りようがない。人間は今しか生きられない。やらなきゃいけない事は無くなってくれない。やるしかないのだ。それでも――。

「モモンガさん、気分転換に外に出てみませんか」

「え?」

「実験を兼ねたイタズラをしましょう」

 オレは思いっきり、いたずらっ子のような笑顔を浮かべた。息抜きも必要なのだ。












 デミウルゴスはこの異世界に転移してから数日、充実と焦燥とを感じない時は無かった。やっと至高の御方々にご奉仕できる喜び、そしてシモベの為に犠牲になられた御方々に対する罪悪感。自らの生まれた理由はなんだ。至高の御方の役に立つ事だ。しかし結果は足を引っ張っていたに等しい。
 初めて至高の御方の英知が失われたと聞いた時、デミウルゴスは不敬にも試されていると思ってしまった。だが、ムササビが懇切丁寧にその誤解を解いた。現に、その知を代償にナザリックだけが存続し、周辺は異世界と化しているのだ、疑える訳がない。この世の至宝――ワールドアイテムですら見劣りをしてしまう聡明なる頭脳――が失われたのだ。危機の際にはこの身を犠牲にしてでもお守りしなければならないのに、自分達が守られてしまったのだ。その代償に失われたモノはあまりにも大きい。自らの矮小な知能では贖いきれない。しかし、知恵者として生み出されたのならば、是非もない。補えなくても、補わなければいけないのだ。
 不甲斐無さと期待がデミウルゴスを駆り立てる。ナザリック一の知恵者の限界を超えさせる。
 この異世界を見渡しても随一であろうか言われる知恵者が、更なる高みを目指すのだ。どこまでの境地に達するかは誰にも分からない。
 デミウルゴスはナザリックの入口に立っていた。ここでナザリック防衛の最終チェックを部下の高位悪魔達としていた。
 その時、ナザリックの奥から見知らぬ二人が歩いてきた。一人は漆黒の全身鎧(フルプレート)を着て、背中に身の丈程の大剣を背負っている。もう一人は黒髪黒目の男で服は旅人のような出で立ちだ。
 一瞬、敵かと身構える。その二人からナザリックに所属するモノから発せられる気配がなかったからだ。そんな者達が第一階層につながるゲートがある場所から出てきたのだ。侵入者と判断するには十分だろう。だが、気配そのものが無い事に気付く。姿を現しているのに気配が無いのだ。仮に侵入者だとするなら、それは不自然である。そのままナザリックに侵入してしまうか、後ろから襲撃してしまえばいい。わざわざ姿を現して近づく必要などない。ならば敵対者である可能性は限りなく低い。身内だとするなら、導き出される答えは一つだ。

「これはこれはモモンガ様、ムササビ様。近衛もお連れにならずにここにいらっしゃるとは、いったい何事でしょうか。それにそのお姿」

 デミウルゴスは自らの推測に自信があった。万が一、予想が違っていて誰かを至高の御方と間違えていたならば自らの命で償うつもりであった。

「なぜ私とわかったのだ。支配者の気配のようなものは出ていないと思うのだが」

 全身鎧(フルプレート)の男は兜を取り、素顔を晒す。心底不思議そうなモモンガの顔が現れた。

「このナザリックで姿を見せたまま気配を消そうとなさるのは、至高の御方々を置いて他にはおりません。この気配はナザリックの一員の証ですから」

 モモンガは「なるほど」と呟いて頷く。本来のモモンガならば瞬時に理解したであろう、とデミウルゴスが悲痛な思いを抱く。だが、ここで悲しみに暮れるのは不敬である。それは転移する前の、優れた頭脳を持っていたモモンガの賢明な判断と実行力に疑問を呈する事だからだ。モモンガがそれしか方法が無かったと言うならば、それは真実に違いない。世界の為にナザリックを去らなければいけなかった至高の御方々に対して、恐れ多きも捨てられたなどと思い違いをしていたシモベなどでは、それ以上の方法を思いつくはずもないのだから。
 デミウルゴスは気持ちを切り替えて、もう一度ここへ来た用件を聞いた。
 モモンガから出た言葉は「ふ、デミウルゴスならわかるであろう」だけだった。
 この程度ならデミウルゴスが分からないはずがないという期待を感じた。それに答えなければ知恵者として生み出された存在意義が無くなってしまう。デミウルゴスは頭脳が燃え上がるほどに働かせる。幾つもの可能性が頭に浮かぶが、どれであるか決めかねる。これを考えたのはムササビであろうとは予測できる。何かをするならば、アインズ・ウール・ゴウンの知恵者の一人に数えられていたムササビが考えるのが合理的だからだ。失われた知もムササビの方が少ない。今でもデミウルゴス自身は、ムササビの知は自分を超えていると思っている。ムササビはその誤解が解けていると思っているのだが。
 ムササビ自身がアインズ・ウール・ゴウンの名に懸けて嘘をつかないと宣誓した上で、自分とモモンガの知能の程度と現状を、デミウルゴスとアルベドに告げた。ナザリックが誇る知者二人は、アインズ・ウール・ゴウンが誇る知者二人の境遇に涙した。
 英知の結晶のようなモモンガの頭脳は人間程度にまで落ち、ムササビはいささか衰えてしまった知を持って、モモンガの穴を埋める為に悲しむ間もなく奮闘している。
 さらにその後ムササビからもたらされた事実がその涙を吹き飛ばした。至高の御方々は一人の例外もなく全員が元人間であり、脆弱な人間から至高の御方足りえる力を身に付けたとムササビが説明した。ナザリックのシモベは、初めから『そうあれ』と生み出され、初めからこの強さであり、この知能だった。至高の域に達するまでどれほどの研鑽を積んだのか、どれほどの修練を積んだのか。想像すらできなかった。その想像を絶するモノがシモベを助ける為に失われた。
 だから、報いねばならない。期待に答えなければならない。不可能であろうと可能にしなければいけない。至高の御方々は人間から、至高の域に達したのだ。ならば、デミウルゴスもその域を目指さなくてはいけない。例え、不可能であろうと可能にしなければいけない。

「これ以後、我々がナザリックから一歩でも出たら、この姿の我はササビ、この姿のモモンガ様はモモンと名乗る、と言えばわかるな」

 デミウルゴスが困り果てているのを見て、至高の御方々の中で最も慈悲深きムササビが助け船を出した、とデミウルゴスは思っているが実際はモモンガの失言のフォローに回っただけである、どちらにしても優しさから来ている為、判別は難しい。だから、自らの頭脳もナザリックを救う為に損なわれたと言うのに、不甲斐ないシモベを導いてくれるムササビに報いねばならないとデミウルゴスが考えるのは当然とも言えた。与えられた温情から考える。この期待に答えなければいけない。
 まずは、なぜ姿を変えているのか、気配を消しているのか、そしてナザリックを一歩でも出たら、名を変えるのか。これらから推測されるのは正体を隠さねばならないと言う事だ。ではナザリックを一歩でも出たら、正体を隠さねばならない理由とは何か。今、ナザリックの周辺では隠蔽工作と防衛システム構築の真っ最中である。そんな時に外へ出るとしたら視察だ。気配を消して視察をする。つまりはシモベがモモンガやムササビに気付くと、気を使ってしまうからと配慮したのだろうと当たりをつける。
 慈悲深きムササビらしい配慮だ。
 しかし、いくらユグドラシル時代よりも知が失われようと、今のムササビがそれだけではないはずだとデミウルゴスは考える。まだ何かある。何故、わざわざこんな事をしたのか、が抜けている。本当に誰にも気づかれずに視察をするならば、気配だけではなく姿も消してしまえば良いだけの話。しかし、それをせずに姿を見せたまま歩いてきた。ここで見つかれば、デミウルゴスが誰か供回りをつけさせるのは分かりきっているはずだ。至高の御方だけで外に出るなど見過ごせる訳がない。それはムササビも分かっている筈である。ならば、ここまでは計画通りだろう。ここで謎になるのは、視察だけならば偽名を名乗る必要がないのだ。そもそも姿も名も知らぬシモベがいればそれだけで警戒に値する。つまり『ナザリックから一歩でも出たら』と言った意味は、これ以後の先まで、この名を使うと言う意味だ。そしてそれはナザリック外限定で使う。想定される答えの中で最も可能性が高いモノは――。

「なるほど……そういうことですか」

 デミウルゴスは読み切った。あらゆる想定が完了した。

「ああ、今はデミウルゴスを連れれば良いであろう。しかし()()はどうすれば汝が許してくれるかと考えているのだ」

 ムササビの顔に宿るのは信頼である。ムササビの言葉を聞いて、やはり間違っていなかったと確信する。これは顔見せも兼ねているのだと。
 ()()とはこの姿でナザリック外の活動する時の話だ。視察では供回りにデミウルゴスが付けば良い、しかし、長期活動となるとそうもいかない。そして『どうすれば汝が許してくれるかと考えているのだ』とは、デミウルゴスにそれを考えよと言っているように聞こえた。

「私ごときが至高の御方々を許すなどと恐れ多い」

「良い、全て我らを思っての事」

 ムササビは簡潔に答える。これは白紙委任状に近い。ムササビはデミウルゴスに身の安全にかかわる一切を任せるという意味にも取れる。

「では、デミウルゴス。我との答え合わせを。そして未だ理解できていないモモンガ様に説明を」

 モモンガには理解の色が浮かんでいなかった。むしろ反対に表情は沈んでいる。目の前の現実がデミウルゴスの心を千々に乱れさせる。
 デミウルゴスが片膝を突く。いつもの敬意を表してモノではなく、全身の力が抜けたようにくずおれ、目頭を押さえる。

「おいたわしい、モモンガ様の英知はやはり失われてしまわれたのですね」

 震える声に嘆きが混じる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。既知ではあるが、それでも心情までは追いついていない。全てを捧げるべき御方が、その知を我らとナザリックの為に捧げてくれたのだ。端倪すべからざる、という言葉が相応しかった御方が、今ではそこらの人間程度の知能しか有していないのだ。このナザリックを生み出した神とも言うべき存在が、その力で生み出された自分よりも下になってしまったのだ。その原因の一端が自分である。膝を折るには十分過ぎる重さだ。自然と贖罪の涙が溢れるのもやむなしである。
 この現実を突きつけられれば、こうなってしまうのも仕方がない。
 ムササビがデミウルゴスの肩にそっと手を置く。

「面を上げよ、デミウルゴス。我々は汝らがいるだけで満足だ。さあ、説明を。我も汝の思考プロセスを聞きたい。今ではデミウルゴスが上なのだからな」

 あくまでもデミウルゴスが上位と言うムササビ。これは例えデミウルゴスが失敗してしまっても、それを許すと言っているに等しい。このナザリックで至高の御方が絶対である。絶対なる主の知恵を凌ぐ者が失敗をしたなら、それはすなわちナザリックにいる誰もが不可能であったのだ。つまり失敗にあたらない。正に慈悲の権化のような振る舞いだ。
 ムササビは額面通りの意味で言っている事にデミウルゴスは気付いていない。ただ、これに関してはデミウルゴスが推察した通りの意味も含めて言ってはいるので、この勘違いは責められない。ただ、意味の主と副が逆になっただけなのだ。
 デミウルゴスは先ほどまでの思考を分かりやすく要点を絞って説明する。

「やはり今の我ではデミウルゴスには敵わぬか。汝のような有能なものに支えられて、とてもうれしく思う」

 デミウルゴスがした説明はモモンガ達がここに来た理由だけだったので、今なおムササビが誤解が解けていない事を知らずにいる。これもムササビを責められない。なまじモモンガの誤解が解けてしまっている為、ムササビの誤解が解けていないのに気づかないでいるのだ。

「勿体なきお言葉。元より至高の御方々の知が失われたのは我らシモベの責任。ならば例え補えなかったとしても、全力で奉仕するのはシモベの務めでございましょう」

「そう気に病むものでない、デミウルゴス。モモンガ様も我も、ナザリックのみんなを守れただけでも満足している。汝らが煩悶する姿など見たくは無いのだ」

 モモンガもそれに同意するようにゆっくりと首肯する。
 ナザリックの出口前まで歩いて来たムササビが、振り返り両手を広げる。

「さあ外に出れば、我はムササビでは無くササビだ。敬称も『様』ではなく『さん』だ。我もモモンガ様をモモンさんと呼ぶ。デミウルゴスよ、敬語をなくせとは言わぬが、せめて守護者相手程度には緩めよ」

 そう言ってムササビが一歩、外に出る。

「モモンさんも口調を崩してくださいよ」

 ムササビはモモンガに笑いかけた。モモンガも外に出る。

「ササビさん、分かりましたよ」

 モモンガはデミウルゴスの方を向く。

「デミウルゴスも楽にしろ。これは命令だぞ」

 ムササビのような、いたずらっ子の顔をして言った。命令と言われれば従うのがシモベの務めだ。
 霊廟の外は白い墓石が点在していた。枝を垂らす巨木がそこかしこに生えていて、何本も建つ白いドリス式の柱と陰影を作っていた。
 頭上では星空が広がっている。自然が消え失せたリアルから転移してきた者なら深い感動を覚えたであろうが、それ以外の者にとってはなんの感慨も無い、ただの夜空に過ぎなかった。
 デミウルゴスも美しいとは思うが何時もと変わり映えのしない空へ、ムササビは飛び出していた。
 空を見上げていたまま固まっていたモモンガが我に返る。

「ちょっと待ってくださいよ、ササビさん。この姿だと〈飛行(フライ)〉が使えないんですから」

 小さな鳥の翼を象ったネックレスを首にかけたモモンガは中に込められた〈飛行(フライ)〉の魔法を使用して、先に飛び立ったムササビを追いかける。デミウルゴスも追従する為に姿を変え空へと飛び立つ。
 はるか上空でムササビが叫んでいた。

「すごい、本当にすごい。こんなにも上空を飛んでいるのに全然近づいている気がしない。なんだよ、この無限みたいな奥行き。あー、ブループラネットさんにも見せたかったー! すっごい喜んだだろうなー! ――鎮静化した。でもいい、この空を見れただけでも価値がある。クッソー! なんでオレ達だけなんだよ! 他のギルメンはなんでいないんだよ! 居たらもっと楽しいじゃないかよ!」

 ムササビは一度鎮静化が起きても変わらずに力の限り叫んでいた。デミウルゴスはムササビから精神が鎮静化する現象を聞いている。この異世界に来てから起きるらしいが原因は不明である。
 ムササビが真顔でモモンガの方へ飛んでいく。また精神が鎮静化したのだろうか。あれほど慈悲深き御方が喜びも楽しみも過ぎれば抑制されてしまうのはなんたる悲劇か。デミウルゴスは原因の解明に全力を上げる決意を新たにする。

「すごいですね、モモンさん」

 ムササビは空へと両手を広げている。その先には無数の財宝のごとき煌きがある。

「そうですね。まるで宝石箱のようです」

 モモンガもブループラネットを思い出していた。久しぶりにその蘊蓄を聞きたくなったのだ。すっと横に視線を向けると、そこには子供の様に目を輝かせていたムササビがいた。モモンガは一人ではない。横に誰かがいる、それだけで少し救われる気がした。そして、これほどまでにムササビが喜ぶのなら、手に入れたいと思った。この世界を。
 モモンガがそんな事を考えているとも知らずにデミウルゴスは口を開く。

「そうかもしれませんね。この世界が美しいのはモモンさん達の身を飾る宝石を宿しているからではないかと」

 この言葉にモモンガが一瞬イラっとした事にデミウルゴスは気付かない。何故なら、次にモモンガが発した言葉があまりにも衝撃的だったからだ。

「この世界が欲しい――そう、世界征服なんて面白いかも知れないな」

 世界征服、なんと甘美な響きだろうか。デミウルゴスという存在の核とも言うべき部分が甘く痺れる。まるでそれを成す為に生み出されたような気がしてくる。決して、そのような設定など書き込まれていないはずなのに。それはウルベルトからデミウルゴスへの言外の望みだったのかも知れない。
 デミウルゴスが何を言うのを遮るかのように、ムササビがその言葉に食いつく。

「いいですね、世界征服。オレもウルベルトさん達と世界征服を語り合ってました。オレに全てお任せくださいよ」

 そのままデミウルゴスの方へ向き、その両肩に手を置く。

「デミウルゴスよ、喜べ。オレはウルベルトさん達と色々世界征服のプランを考えていたんだ。どのプランにするかは、この世界の情報を集めてからだが、それまではできるだけ接触を避けろよ」

「ウルベルト様が考えたプランですか。それは興味深いですね」

 デミウルゴスはこの異世界に移転して一番の笑顔を浮かべた。

「正確にはウルベルトさん、ばりあぶる・たりすまんさん、ベルリバーさん、るし★ふぁーさん、そしてオレだ。色んなパターンに合わせて100以上は考えたからな」

「ウルベルトさん達とそんなことを考えてたの? ユグドラシルの一つを世界征服するって事だと思っていましたよ」

「いやあ、それから発展してリアルだったらとか、違うファンタジーの世界だったらとか、色々な世界の征服方法をみんなで考えるのが楽しくなっちゃいましてね」

 モモンガも全貌を知らなかった世界征服計画。そこにどれほどの智謀が張り巡らされているのか。そこには全盛期の至高の御方々の英知が込められている。考えるだけでも歓喜がデミウルゴスを震わせる。

「ほら、モモンさん。今から面白いシーンが始まりますよ」

 ムササビの指差す方向へ、デミウルゴスは目を向ける。大地が大海原のように波打っていた。ナザリック外壁に向かい四方から高波のような土砂が押し寄せている。ナザリックの壁にぶつかって土の波は辺りに散り、堆積していく。

「〈大地の大波(アース・サージ)〉名前の通り凄い迫力ですね」

 モモンガは感嘆の声を上げる。マーレはナザリックの巨大な外壁の上に立ち、魔法を唱え続けている。

「デミウルゴス、少し離れていろ。今度はマーレに試してみようと思う。何があっても決して手出しするなよ」

 ムササビは探知無効の指輪をデミウルゴスに見せた後、〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉の魔法をデミウルゴスに掛ける。それだけでデミウルゴスは全てを悟り、優雅に頷いて見せた。デミウルゴスは()()()()()()()に敬服する。
 この時のムササビに、デミウルゴスが考える()()など、何もなくただマーレがどんな反応をするのか実験したいだけなのは言うまでもない。
 モモンガとムササビは気付かれないようマーレから距離をとって外壁に降り立つ。デミウルゴスも付き従い、その少し後ろに降り立つ。こっそりと足音を立てないように近づくモモンガとムササビをデミウルゴスは見守る。
 5メートルほどまで近づいて、マーレに気付かれた。

「だ、誰ですか。も、もしかして『ぷれいやあ』の方ですか」

 警戒するマーレにムササビは手を上げて敵意がないのをアピールしながら、さらに近づいていく。

「私はムササビの友人で、アズナブルと言う者なのだが、ここはアインズ・ウール・ゴウンの本拠地ナザリックであっているね。私達も知らぬ内にこの世界に転移したようなのだ」

 ムササビの声が変わっている。ムササビがエントマから口唇虫をもらっていたのは、この為だったのかとデミウルゴスは得心する。これならばムササビとはわかるまい。

「ム、ムササビ様のご友人の方ですか。あの、な、なんのご用でここに?」

「うむ、非常時故に協力を申し出ようと思ってね。今はギルドの違いなど些細な問題だ」

 太陽のような明るく友好的な笑顔を作るムササビ。しかしマーレの警戒は解けないようだ。

「ど、どうやってここまで?」

 マーレは後ずさり距離を取る。

「不可知化を行ってここまで飛んで来たのだ。異世界には何かあるか分からないからね」

 おどおどとした様子のマーレに、ムササビが手の届く範囲まで近づいた時、メキョっとエグイ音が鳴った。ムササビの腕が良からぬ方向へひん曲がっている。マーレのスタッフで殴られたのだ。袖の中身が骨だけなので、アウラの時のような流血沙汰にはなっていないが完全に折れているだろう。この事態に忠臣デミウルゴスは動かない、それは決して手を出すなと命令されているからではなく、ここまで全て予想通りだったからだ。デミウルゴスはムササビの限りない慈悲に心を震わす。ムササビは予想外の事態と激痛に身を震わせているが。
 マーレは後ろに飛びずさり、距離を取る。

「デミウルゴスさんが警戒網を作ったんです。誰にも気づかれないなんてあり得ません」

 マーレはきっぱりと言い切った。信頼の厚さにデミウルゴスは少しだけ嬉しくなる。
 ムササビは慌てたように手を前に突き出す。

「待て、我だ。ムササビだ」

 ムササビは慌てて探知無効の指輪と『選面の無貌』、そしてエントマからもらった口唇虫を外しムササビだと証明する。モモンガも指輪を外し、兜を取る。


「え、モモンガ様、ムササビ様……」

 いきなり正体を現したムササビ達に驚いたマーレは、自分がしでかした事態に気付き震え出す。

「良い。これはマーレへの試験だったのだ。我はこの結果に満足している」

 そう説明するムササビの後ろでは、モモンガがマーレから見えぬようにムササビの背に隠れて、〈負の光線(レイ・オブ・ネガティブエナジー)〉をムササビに照射している。なんと尊い姿だろうか。聡明なる頭脳は失われようとも、慈悲の心は失われていない。
 治療を終えたモモンガはマーレに近づき頭を撫でる

「モモンガ様……」

 頭をなでられたマーレが顔を赤くする。

「マーレは不審な侵入者に適切な対処をした。ムササビさんを攻撃したのは正解だったのだ。だから何も怖がる必要などない。仲間を殴るのはこたえただろうが」

 モモンガはムササビに言われた事を思い出し、マーレをギュッと抱きしめた。マーレの顔がますます赤くなる。

「あの、モモンガ様とムササビ様は……ど、どうして、こんな事をしたのですか?」

 モモンガは言葉に詰まる。モモンガ自身もなぜこうなってしまったのかは分からないからだ。
 モモンガの背後にアルベドが舞い降りる。ムササビが〈伝言(メッセージ)〉を使って呼び寄せたのだ。デミウルゴスにも〈伝言(メッセージ)〉を使って知らせている。
 モモンガがマーレを抱きしめているのを見たアルベドが、一瞬だけ百年の恋も冷めるような物凄い形相をした。それを見てしまったムササビは同じく物凄い形相をした。一連の出来事を見ていたデミウルゴスは背中に冷や汗をかく。だが、モモンガはそれを見ていなかったようなので、デミウルゴスとムササビは無かった事にした。

「それはね、ムササビ様がアウラを気に掛けていたからよ」

 アルベドも何事もなかったかのように話し出す。もちろん、デミウルゴスもムササビもそれには突っ込まない。大人の対応である。

「どうして、お姉ちゃんが出てくるんですか?」

 アルベドがすらすらと話し出す。アウラはモモンガに手をかけてしまった事を気に病んでいる。同じ境遇の者がいれば幾分か和らぐ筈。それが自分と近しい者なら尚更である。そこでムササビはマーレに攻撃させるように仕向けたのだと。それだけだと露骨過ぎるので、試験も兼ねるようにしたのだと説明する。

「そうですよね、ムササビ様」

「う、うむ。そうだ。流石はアルベドだ」

 ムササビ自身は、殴られてから利用できるなと思いついたのだが、ここでその説明をするとマーレのダメージが計り知れないので止めた。この行為がデミウルゴスとアルベドのムササビの頭脳に対する勘違いを助長させてしまうのだが、もちろんムササビは気付いていない。
 そんな事が起きているなど露知らずモモンガはマーレに話しかける。

「うむ、マーレよ。手を止めてしまって悪かったな。再び隠蔽工作を開始してくれ」

「は、はい、ではモモンガ様、ムササビ様。失礼します」

 マーレはてってってっとモモンガから離れて、作業を再開する。モモンガはアルベドの方を向く。

「それでアルベドはどうしてここに」

「はい、ムササビ様に星空がキレイだから見に来ないかとお呼ばれされまして。このような汚れた恰好でお目通りしてしまい、申し訳なく思ってます」

 モモンガはどぎまぎしながらアルベドと会話している。それを温かい目で見守りながら、さりげなく遠ざかっていくデミウルゴスとムササビ。十分に離れたところで気付かれないように空へと飛び立ったムササビが、隣のデミウルゴスに話しかける。

「アルベドに今リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡そうと思うのだがどう考える。記念すべきモモンガさんからの初めてのプレゼントには申し分ない上、立場上持っていた方が効率的だ。初めての褒美を渡す相手としても角がたたないだろうし、何より『()()()()()()()()』において有効ではないか」

 デミウルゴスはにやりと笑みを浮かべ、同意する。

「そうか、では〈伝言(メッセージ)〉でそう伝えよう」

 モモンガに〈伝言(メッセージ)〉を入れるムササビ。

「見事な采配です。ムササビ様」

「今のオレは、ただのササビだよ」

 ムササビはデミウルゴスにそっくりな笑みを浮かべる。
 デミウルゴスはこの異世界に移転してから数日、充実と焦燥とを感じない時は無かった。しかし、それにもまして幸福を感じない時は無かった。至高の御方々の慈悲により生かされた我が身のなんと幸せなのだろうと。このような慈悲深き主に仕えられる幸せを噛み締めるデミウルゴスだった。

「おっしゃーーー!!!」

 遠くからアルベドの絶叫が響いてくる。顔を見合わせ肩をすくませるデミウルゴスとムササビだった。



お待たせしました。リアルで用事が重なってしまい遅れてしまいました。



人間って思った事を素直に言える相手がいると精神衛生上とても良いと思うんですよね。凄いと思った人には凄い、羨ましいと思った人には羨ましいと素直に言える人って精神的に健康な人って多いと思うんですよね。逆に凄いと思っても貶したり、羨ましいと思っても妬んだりして、素直に思った事を言わない人で精神的に健康そうな人って見た事ないんですよね。
そういう訳で鈴木悟救済とは直接の関係はありませんが、この話でモモンガさんはムササビへ素直に羨ましいと言えるようになりました。



ソリュシャンって、しっかりしてそうだけど、けっこうアグレッシブなですよね。webでは食べ残しを有無を言わさず食べちゃったり、椅子になろうとしてたりしてましたからね。色んな物を食べたいって言ったムササビが、食べれない物まで食べれるアイテムを使ってたら、自分の指を食べさせようとするくらいはするのではないでしょうか。



デミウルゴスの世界征服はムササビにインターセプトされました。これでデミウルゴスが暴走する事はないです。しかし、ムササビは誤解が解けていると思ってますが解けてません。



次回はやっとカルネ村です。


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6 惨劇と散策と

前回のあらすじ

ソリュシャン、ムササビに自分を食べてもらおうとする
モモンガ、ネームセンスが「クソだせえ」と評価される
ユウ、ネームセンスで至高の御方々を絶句させる
ムササビ、デミウルゴスに頭がいいと誤解されたままなのを気付いていない
マーレ、ムササビの腕を圧し折る
デミウルゴス、捨てられるという恐怖もなく、至高の御方がいて、仕事も与えられているので、幸せを満喫している
アルベド、勝利の雄叫びを上げて、ムササビとデミウルゴスに呆れられる



ユリ、出番は無かったが、せっせと軽食作りに精を出している


 オレは自室の豪華な作業机に置いてある鏡の前に座っていた。いつものように隣の席にはユウが、後ろにソリュシャンが控えている。モモンガさんが就寝中なので、その間だけセバスもついている。モモンガさんには睡眠無効の装備を外してもらっている。眠れなくなったオレが言うのもなんだが、やはり人間にとって睡眠は重要だと思うからだ。例えオレ達がスワンプマンだったとしても、人間なのだから。
 机の上にある鏡は遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)という遠くの場所が見れるマジックアイテムだ。それを操作してナザリックの周りを北側から時計回りで見て回っている。鏡の操作方法が、手をあれこれ動かすものなので、そばで見ているセバスとソリュシャンにはどう映っているんだろうか。自分で言うのもなんだが、間抜けな姿である。ユウにどう思われるかについては今更だから気にしていない。
 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)から見える景色はアルベドの報告書通り、草原が広がっていた。地平線まで続く広大な森もあったが、このアイテムではその中まで見るのは難しい。どこかに知的生物の村でもあればいいんだけど。
 知的生物の村とは言ったが、実は人型生物の集落が存在すると思っている。
 昨日の夜、ナザリックの外に初めて出て気付いたのだが、この異世界、球体なのだ。空を飛びまわっていた時に、遠くの大きな木が天辺から見えてから下の方が見えてきたのだ。オレはこんなファンタジーの世界なのだから水平――例えば、世界の果てのようなものがあったり、浮遊大陸のようなモノの可能性も視野に入れていたのだが。デミウルゴスと別れた後、ナザリック外で活動するシモベ達に聞き取り調査をした所、この世界は驚く事に、一日24時間なのだ。しかも、ほぼぴったりと言っていい。そして、あまり意識してこなかったが、この異世界の重力や空気など全てリアルとほぼ一緒なのだ。この異世界は異世界と呼ぶにはあまりにも似過ぎている。この転移後の世界は分かりやすく言うと、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。この世界そのものがスワンプマン――いや、奇跡のような確率で生まれるスワンプマンを生む世界(ぬま)なのかもしれない。
 ナザリックから南西10キロほどの地点を見ている時、森の近くに周りを麦畑に囲まれた村を見つけた。建っている家などから見て中世ヨーロッパ程度の文明レベルだろうか。
 拡大して村を観察する。
 どうやら、この村は襲われているようだ。完全武装した騎士のような人間が、中世なら普段着のような服装の人々を殺して回っていた。全身鎧(フルプレート)を装着してこれだけ走り回れるなんてリアルの人間からは考えられない身体能力をしている。それに引き換え、この襲っている者達の身のこなしが、とても熟練者とは言えないレベルだ。ユグドラシルの感覚で言ったら、ステがレベル1ケタ台くらいだろうか。

「体裁きだけで言えば新人警官以下かもしれないな」

 効率的な訓練方法が確立されていないのだろう。文明レベルから見れば妥当ではある。効率的な訓練方法が出てくるのは科学が発達してからだからな。

「ムササビ様、ケイカンとはたっち・みー様が就いておられた警察官の一種だと伺っていますが」

 うん? もしかしてセバスは警官を理解していないのかな。知っているか聞いてみると詳しくは知らないようだ。今度はソリュシャンに聞いてみるも、やはり知らないようだった。ユリは創造主である、やまいこさんの職業、教師と言うものがどんなものか知っていた。

「ではソリュシャン。ヘロヘロさんが就いていたプログラマーとは、どんな職業か知っているか」

「いえ、存じ上げておりません」

 これはユグドラシルの世界観に合う職業なら理解できるが、ユグドラシルに存在しえない職業は理解できないと言う事だろうか。
 おっと、今はそんな考察をしている場合じゃないな。

「その辺の話はまた後でしてやろう」

 オレは虐殺している者を指差す。

「セバスよ、この者たちの実力を何レベルくらいだとみる」

「はっ、レベルで言えば10未満だろうと見受けられます。これより細かくは私では分かりかねます」

 ふむ、オレと見立ては一緒だな。これがこの世界の標準なのだろうか。この者達が特別弱いのかもしれないが、しかし全身鎧(フルプレート)が安価とは到底思えない。それならこの村にも金属製の物があっていいはずだ。よく見れば軍馬もいる。これを個人単位で飼うのは難しい。やはり国家単位の武力集団と見るのが妥当だろうか。しかし、している事はただの虐殺だ。中にはいたぶってから殺している者もいる。異民族の弾圧をしているのだろうか。それなら素行の悪い兵で構成されていても不思議ではない。
 取り合えず装備とアイテムの質を見てみるか。オレはザ・クリエイターのスキル〈全装具看破〉を発動する。これは相手が装備している武具から相手がショートカットに設定しているアイテムまで、全てのデータが得られるスキルだ。一見、PVPにおいて有利なスキルのように見えるが、これはスキルでありながら情報系魔法扱いであり、相手の対情報魔法に引っかかるのだ。これを使うには膨大な対情報魔法用の魔法を使用しないと、相手の対情報魔法により痛い目に合う。要するに気軽に使えない、使いどころがあまりなく、使うにしても大量のリソースを使用する、究極の無駄遣いの烙印を押された職に相応しいスキルである。
 ただオレには、一度だけ対情報魔法を無効化できるガチャの当たりアイテムが幾つかあるから割と気軽に使える。
 〈全装具看破〉を使って騎士達の装備を見てみると、思っていた以上にゴミ装備だった。うちの一般メイドよりも遥かに劣る装備品だ。ユグドラシルで言えばレベル一桁用の装備だ。それに対情報魔法も掛けられていない。武器や所持アイテムのデータもユグドラシル時代と差異がない。どれくらいの攻撃力で、どういう効果があって、どれほどの割合で、なんの金属が使われているか、売却価格はどの程度かなど、手に取るようにわかる。装備に使われている金属も知っているものばかりであり、能力も使用金属からは妥当なモノだ。本当に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのか?
 昨日モモンガさんに言った世界征服は、容易く達成できるかもな。
 ノックの音が響く。オレが返事をすると部屋のドアが開く。振り向くとまだ少し眠そうなモモンガさんが部屋に入ってきていた。

「おはようございます、ムササビさん。外を見て回っているんですか」

「ええ、人間の村を見つけました」

「本当ですか!?」

 足早に近づいてきたモモンガさんがオレ越しに遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を覗き込む。
 見た瞬間、モモンガさんが卒倒した。
 それを地面に倒れこむよりも早くセバスが支える。どうしたんだろうか、疲労無効の装備をしているので疲れが溜まっているとかではないはずだが。
 モモンガさんが青い顔してオレを見る。

「ムササビさんは、こんな惨劇を見ても平気なんですか?」

 モモンガさんの言葉でオレは気付く。この残虐なシーンを見ても何も感じていない自分に。眉一つ動かさず、この世界の情報を集めていた自分に。いつもの調子でセバスとソリュシャンに話をしていた自分に。
 同じ人間が襲われているというのに何も感じなかった。違う、今のオレは同じじゃない。オレは人間じゃなくなっているんだ。オレは自分を無意識にオーバーロードと認識していたんだ。
 オレは自分が至った思考に凍り付く。『我思う故に我あり』ならば惨劇を見ても心動かぬ自分は何なんだ。オレはオレではなく、オーバーロードになってしまったのではないか。いや、ぼかしても仕方がない。オレは元人間だと思っているオーバーロード、ムササビなのではないか。そもそも、オレは人間なんかじゃなくオーバーロードとして存在していたのではないか。ただのオーバーロードにムササビの記憶が植え付けられただけなのではないのか。オレは人間のスワンプマンですらないんじゃないのか。
 怖い。この考えはいけない。オレがオレでなくなる。オレが人間ではなくなる。発狂しそうになるところで精神が強制的に鎮静化する。戦慄する。この思いさえ沈静化されてしまいそうだ。また恐怖が這い寄ってくる。駄目だ、またオレの感情が抑制される。これは駄目だ! 駄目だ! このままじゃ駄目だ! オレの意識が死んでしまう! 違う、死ねないのだ。気が触れる事もなく抑制されて永遠に生きるのだ。心も、身体も、意識さえも知らぬ間に変容していくのだ。これじゃ、オレがオレじゃなくなる。オレじゃないまま永遠に生き続けるのだ。それは地獄に落ちるよりも恐ろしい。
 オレは助けを請うかのようにモモンガさんに縋りつく。

「モモンガさん! オレがアンデッドの体に心が引っ張られているかもしれませんって言いましたよね。オレ、人間じゃなくなっているかもしれません。何にも感じないんです。この無残な惨劇を見ても、道端で虫が死んでいるだけのような、なんの憐憫も湧きません。人間を自分と同じ生物だという気がしないんです」

「お、落ち着いてください、ムササビさん」

 セバスの支えから離れたモモンガさんの言葉を聞く前に強制的に精神が鎮静化する。まるで心が外部から歪められているかのように。

「お願いがあります、モモンガさん。この村へオレを助けに行かせてください。じゃないと、オレが、オレは、人間じゃなくなってしまう。このままじゃ、心までアンデッドになってしまう。オレの、人間の心がある内に、この心に従わせてください。もし、もしも、仮に、ナザリックに迷惑が掛かるなら、オレはここから出ていきます。このままじゃ、オレの自我が消え失せる」

 床を削るように頭を擦り付ける。恐怖で叫び出しそうになったが強制的に鎮静化される。自分が自分でなくなりそうだ。スワンプマン以下の生物ともいえないモノに変わる。ムササビと言う名の一体のアンデッドに成り果ててしまう。

「ムササビさん、しっかりしてください!」

 モモンガさんはオレの肩を力強く掴み、大きく揺さぶる。その衝撃で我に返る。

「ムササビさん、提案はもっと気軽にしましょう。俺はその提案に賛成します。さあ、助けましょうムササビさん。この村を。正義の味方みたいに。どうせ、いつかは外の戦力を確かめなければいけないんです。実はアンデッドが正義の味方なんて、逆にかっこいいじゃないですか」

 モモンガさんはオレの目をまっすぐに見つめていた。ああ、やっぱりモモンガさんはかっこいい。これこそオレが尊敬するモモンガさんだ。他人の為に普段以上の力が出せる、まるで漫画の主人公みたいなモモンガさんだ。

「――モモンガさん。そうですよね。あえてアンデッドが人助けをするなんてかっこいいですよね」

 オレは立ち上がり、思考を切り替える。そこでセバスがいるのにロールを忘れてた事に気付く。ここまで取り乱したのは初めてだ。
 落ち着け、まずは深呼吸、次に現状の把握だ。
 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を覗くと、村の外れで姉妹とみられる二人の少女が騎士に襲われていた。ユウと同い年くらいの三つ編みの少女が、小さい妹を庇っている。騎士が剣を振り上げる。今にも切りかかろうとしていた騎士の、金属の兜で覆われた顔を少女が殴りつけた。殴った手の骨が明らかにひしゃげている。
 そこに妹を想う愛を見た。
 この娘は絶対に助ける。オレの人間の心が燃え上る。オレはまだ人間だ。これを助けようと思わない人間など人間じゃない! 幾つも想定していたプランの中から最適なモノを瞬時に選び、言葉は発する。

「セバス! この騎士にレベル20前後のモンスターなら確殺できる程度の一撃を加えろ、殺せた場合はそれ以後は殺さずに戦闘不能にしろ、殺せなかった場合は少女二人を連れて即時帰還だ」

「ハッ!」

「それと、これより我は偽名としてササビを名乗る、良いな」

 オレが転移門(ゲート)を開くと、セバスはその中へ飛び込む。鏡を見ると転移門(ゲート)からセバスが現れる。少女の背中を切り付けていた騎士を一撃のもとに倒す。
 よし、とりあえずはオレの予想と相違はない。

「ムササビさん、私も準備が出来次第すぐにそちらに向かいます」

 モモンガさんがドアの方へ走り出す。オレも転移門(ゲート)に飛び込む。
 後ろから「行ってらっしゃい、大好きなお父様」とユウの声が聞こえた気がした。



 オレが転移門(ゲート)から出ると、すでにセバスがひざまずいていた。ナザリックの皆の忠誠心は半端ないな。緊急事態ですらこうなのか。
 オレが感心していると家の脇から一人の騎士が現れるのが見える。こちらに気付き近づいてくる。

「セバスよ、行け」

「ハッ!」

 瞬きする間に騎士のそばまで接近したセバスは一撃で騎士を気絶させる。そしてすぐにさっきいた場に戻りひざまずいた姿勢をとる。
 オレは尊敬に値する勇敢な少女の元へ行く。背中には剣で切られた傷がある。オレはアイテムボックスから下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取り出す。少女と目線を合わせる為にしゃがむ。

「言葉は分かりますか?」

 少女は妹を胸に抱きながら、こくこくと頷いた。

「良かった、じゃあ、このポーションを飲んで。傷が治るはずです」

 少女はポーションに手を伸ばさなかった。あれ程の勇敢さを見せた少女が怯えている。背後にいるセバスから僅かな怒りのオーラを感じる。おいおい助けに来たんだぞ、無礼だからと殺すとかは無しにしてくれよ。
 ゆっくりと下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を少女に近づける。少女は目を見開き、オレの手を見ている。下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)よりもオレの骨の手を凝視していた。
 どうやら、この世界の人間にとってアンデッドは恐怖の対象のようだ。これは想定内だな。ならプランBでいくか。とりあえず、イエス、ノーで答えられる簡単な質問でいて、それでいてこちらの知りたい情報を聞く。

「魔法というものを知っていますか?」

「は、はい、村に来る薬師の、私の友人が魔法を使えます」

「そうですか、オレの名はササビ。元は人間だったのですが、怪物の魔法でこんな姿になってしまったんです」

 おどけるように肩をすくめて見せる。

「オレは魔法詠唱者(マジック・キャスター)だが、残念ながら治癒魔法の類いは使えないんだ、だから」

 もう一度、下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を差し出す。傷を負った少女がおずおずとそれを受け取り、恐る恐る口をつけた。

「傷が、治った……」

 どうやら現地人にもアイテムの効果はあったようで、手の骨折も背中の傷も回復した。

「さて、名前はなんて言うのかな」

「あ、私はエンリ・エモット。こちらの妹はネム・エモットといいます」

 この村の規模で苗字があると言う事は、ある程度の文明と人口があるのはほぼ確定だ。それにしても口の動きと音声が合ってない。日本語が通じている時点でおかしいと思ったが、どうも自動で翻訳されているようだ。今更この程度の不思議では驚かない。名前の順も日本とは違って名前が先で苗字が後なのだ、日本とは文法が違う可能性が高いと言うのに、話し出したそばから訳されている。言葉を発するより以前に翻訳されているなんて、それこそ魔法のようなモノでもないと不可能だからな。
 考察はここまでにしておいて、早く村を助けに行かないと全滅してしまう。
 オレは立ち上がり、セバスの方へ振り返る

「セバスよ、お前は先に村を助けに行け。オレも後で行く」

 セバスは返事をすると村へと走っていった。オレは少女二人に聞こえないよう、〈伝言(メッセージ)〉で『オレが行くまで長引かせろ』と指示を出す。
 さて、エンリ達の守りはどうするかな。オレは実験を兼ねて小鬼(ゴブリン)将軍の角笛を取り出す。ここを襲っている者達のレベルが概ね一桁なら、これで十分だ。
 懐かしいな、あのクリエイト失敗。よく笑いの種にしてたっけ。

「エンリ、これを上げるよ。使用用と保険用と布教用だ」

 オレは小鬼(ゴブリン)将軍の角笛を三つ、エンリに手渡した。

「使用用、保険用、布教用? え、どういう意味ですか?」

「ハッハッ、気にしないでくれ、スケルトンジョークだよ」

 少女達は無言だった。これはすべったな。エンリは何かを言おうとして、口をパクパクさせている。緊張をほぐそうとして言ったジョークで余計に気を使わしてしまったな。

「え、えっと、その、死ぬほど寒いって、意味でしょうか?」

 この娘、いいよる。絞り出して言った言葉がそれか。こいつは大物だ。だが、嫌いじゃない。むしろ、こういう奴は好きだ。
 この程度でひるんでいてはジョークなんて言えない。これでこそ、オレだ。ほんの少し前まであれほど恐怖に支配されていたのに、すでに消え失せている。皮肉なもんだ、アンデッドだから自分じゃなくなっていって、アンデッドだからまだ自分でいられている。今のオレに出来るのはいつも通りに振舞い続ける事だけだ。

「早速、一つ吹いてみてくれないか」

 ゲームではアイテムを選択するだけで使用できるけど、この世界ではポーションは飲むか、掛けなければいけなかったし、食事は食べなければいけない。笛はやっぱり吹かなければいけないのだろう。
 エンリが小鬼(ゴブリン)将軍の角笛を吹く。なんとも間抜けな音が響く。ユグドラシルではすぐにゴブリンが召喚されたが、何故か出てこない。これは笛を吹いたに含まれなかったのだろうか。それだと、この世界でアイテムを使う難易度が格段に上がってしまう。
 ガサガサと茂みから音が聞こえる。そこからぞろぞろとゴブリンが出てきた。出てきた数が19体だ。ユグドラシルで小鬼(ゴブリン)将軍の角笛を使用して出てくる数と一致している。どうやら、とりあえず音を出るだけでいいみたいだ。これならそこまで難しくない。
 ゴブリン達はオレを警戒するように、エンリとネムを中心に展開する。アイテムを使用したエンリを主人と認識しているようだ。

「よし、お前達はこの少女達、エンリとネムを守るんだ」

 一番大きなゴブリンが前に出る。

「あんたは姐さんの味方なんですかい」

 喋った! こ、このゴブリン、喋るぞ! え、この世界のゴブリンはこんな低レベルでも人語を解するのか。ただ単に召喚した者達だから、自我があって知能が向上しているだけの可能性もあるか。戦力と性格の把握として守護者達全員と手合わせをしたが、総じて手強くなっていた。やはり、自我があるのはそれだけで強い。このゴブリン達もゲーム時代に比べて、手強くなっているだろう。

「こ、この方は私達を助けて下さったんです。この人から貰ったアイテムを使ったら貴方達が出てきたんです。だから、味方です」

 エンリがゴブリン達に説明する。ゴブリン達もオレとのレベル差には気付いているようだったので、事を荒立てようとする気は無く、すんなりと警戒のレベルを落とす。ただ、完全に警戒を解かない当たり、なんだがSPのようだ。
 さて、これで守りは大丈夫だな。オレは村の方へと歩き出す。数歩も歩かぬ所でエンリが声を掛ける。

「あ、あの、助けていただいてありがとうございます。それと、図々しいお願いなのは分かってます。でも、どうか、お父さんとお母さんを助けてください」

 すでにセバスが助けに行っているのに、さらにお願いする。セバスの強さを見れば、助けられるのは分かっているだろう。それでも、お願いするのだ。この少女の好ましい性格が良く分かる。助けに来てよかった。こんな子を見殺しにしてしまっていたら、俺は自殺していた。

「オレはこんなアンデッドの身体にはなってしまったが、人間だ。生きていれば絶対に助けてやる」

 『選面の無貌』をつけてリアルの自分の顔に変える。そして、エンリの方へ振り返る。

「それとオレはササビ()じゃない。ただのササビだ」

 ふ、決まった。これはなかなかカッコ良かったんじゃないのか。よし、まだオレはムササビだ。ここでこんな事を言う。この感性こそがオレだ。アンデッドなんかじゃない。
 僅かな余韻に浸っていると、今度は違う声がかかる。

「お待たせしました。ササビさん。準備は万全です」

 完全武装のモモンガさんが完全武装のアルベドを従えて転移門(ゲート)から現れた。やべえ、マジでモモンガさんが魔王みたいでかっけぇ。モモンガさんが準備をしたなら抜かりがある筈もない。もうなんの心配もないな。
 突如現れたモモンガさん達にゴブリンが臨戦態勢に移行する。モモンガさんはまだ見た目が人間だけど、今のアルベドは全身を禍々しい黒の甲冑で覆い、肌がどこも出ていない。手には巨大なバルディッシュを持っている。完全にボスキャラだわ。

「この人達はオレの仲間だ。安心してくれ」

 オレはエンリ達の警戒を解く。出てくるタイミングが悪いよ、モモンガさん。

「せっかく来てくれたのに悪いんですけど、モモンさんのする事が無いですよ。エンリ達の守りはゴブリンがいますし。村の救援にはオレとセバスで十分過ぎますし。しばらく時間を潰していてください」

「確かにセバスだけでも十分そうですからね」

 モモンガさんも今の状況を把握しているようだ。未だ敵の正体がわからないのだ。一応、村の制圧が終わるまでは分かれて行動した方がいいだろう。余計な手札を見せる必要もない。デミウルゴスのアドバイスも間違いなく聞いているだろうから、その辺の事も理解しているはずだ。

「モモン様、私はモモン様のお傍に控えているだけでも満足ですが、このまま散策というのはどうでしょう」

 アルベドさん、いちおうは戦闘中なのにこの発想。恋は盲目とは言うが、これが恋する乙女か……乙女と言うには、いささか(とう)が立ってはいるが。でも、悪くはないな。

「じゃあ、モモンさんとアルベドは散策でもしててください。オレは村へ行きますんで。何かあったら〈伝言(メッセージ)〉で連絡を」

 慌てるモモンガさんにオレは耳打ちする。

「アルベドと仲を深めるチャンスじゃないですか」

「いや、でも」

「アルベドの事、憎からず思ってはいるんでしょ?」

「そ、それは、そうですけど」

「じゃあ、いいじゃないですか。こっちの事はオレに任せてくださいよ」

 オレはモモンガさんの答えも聞かずに村へと向かった。ふふふ、雑用はオレに任せて、アルベドと二人っきりで距離を縮めてくださいね。
 うん、こんな事をするのがムササビだ。まだ、オレは大丈夫だ。アンデッドじゃない。


















 あれ程、取り乱したムササビさんを見たのは初めてだ。あそこまでアンデッドの身体に心が引っ張られていると思わなかった。俺も『人化の秘宝』を使ってなかったら、ああなっていたのかもしれないのか。いや、人格者のムササビさんでああなんだから、異常な俺ならもっと酷くなっていたかもしれない。それこそ、自分の為だけに世界を征服していたかもしれない。
 それにしてもムササビさんって、ホント切り替え早いなぁ。そういう所、ユウにそっくりだ。そうじゃないな、『娘』としてそういう所を自分と似せて設定したのか。だから、本物の家族みたいなのかな。そういう部分を細かく設定したから、ユウをなんだかリアルの人間みたいに思えるのかな。俺なんて、カッコいいと思うモノ全部詰め込んだだけだから、恥ずかしくて今も会いに行けないでいるのに。
 その時、ムササビさんから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

『デミウルゴスよ、『青い血の繁殖計画』は順調だぞ、って、モモンガさん!? しまった、〈伝言(メッセージ)〉を送る相手を間違えた。この話は聞かなかった事に』

 ……『青い血の繁殖計画』ってなんだろ。昔、ギルメンの誰かがイカの血は青いって言ってたな。地底湖にクラーケン系の水生モンスターでも配置するのかな。現在、入手手段がほとんどないゴールドを使わずに、傭兵モンスターを増やせたら戦力増強が捗るな。今頃はザコが相手とはいえ戦闘中にも関わらず、〈伝言(メッセージ)〉で仕事のやり取りをするなんて、流石は名経営者のムササビさんだな。
 それに引き換え、俺は一体何をしているのだろうか。スキルと魔法の検証をしただけで、アルベドとの仲だって何も進んでいない。正直、どう接していいかわからずに避けてさえいる。
 ユグドラシルの時も、皆がゲームから離れていった後も、ムササビさんがいたから希望を持てて頑張れていた。結局ほとんど一緒にプレイ出来なかったけど、それでも間違いなく心の支えになっていた。
 この異世界に来てからも俺を色々助けてくれた。四六時中メイドがいて疲れると言えばセバスだけにしてくれたり、儀仗兵が嫌だと言えば廃止してくれたり。何から何までお世話になりっぱなしだ。
 だから今度は、俺がムササビさんを支えてあげないと。恩は返さないといけない。
 俺はアルベドと二人で村とは反対方向の森へと歩いている。平原が広がっていて、森までまだかなりある。何を話せばいいのか見当もつかない。女性と話したのなんて、大人になってからは仕事かギルド内くらいしかない。
 オレが困り果てているとユウから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

『もしもし、聞こえますかモモンガ様』

『も、もしもし? 聞こえているぞ、ユウ』

 もしもしって、電話みたいだ。〈伝言(メッセージ)〉でそんなリアルみたいな事をするのはムササビさんとユウくらいだ。

『何を話せばいいのか、分からなくなっているであろうモモンガ様にボクが助言いたします。〈伝言(メッセージ)〉はこのまま切らずに繋げていてくださいね』

『わかった、しかしどうやって、こちらの状況を把握しているのだ』

『お二人のご様子は遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で監視しております。音声はモモンガ様のは〈伝言(メッセージ)〉を通じて、アルベド様のは近くに潜ませているシモベを通じて得ています』

 これは助かる。流石はムササビさんの娘だ。少々アレな所もあるが、なんというか人間を相手にしているような感じがして気が楽だ。それに昨日の俺の発言から、さらに気安い感じになっている気がする。このさりげない気遣いもどことなくムササビさんに似ている。

『わかった』

『お任せ下さい、少女漫画から仕入れた知識で必ずやモモンガ様の力になりましょう』

 この子、自信満々で何言ってんの? 最古図書館(アッシュールバニパル)には漫画も所蔵されてたけど。なんだか漫画由来の知識と童貞の力が合わさっても大丈夫な気が一つもしない。むしろ逆にダメになるような気がする。

「どうなされました、モモン様」

 長く〈伝言(メッセージ)〉でやり取りをしていたので、アルベドが何かあったのか気になったようだ。ユウの助言を受けているなんて知られたら恥ずかしいから、ただの定期連絡だと誤魔化しておく。

『ではモモンガ様、まずはお召し物を褒めるのはどうでしょうか』

 おお、それは基本だな。しかし、なんて言えばいいか。今の俺はナザリックの支配者モモンガではなく、ただのモモンだ。支配者風に褒めるなら出来そうだけど、そうじゃないなら、なんて言えばいいか。俺は服を褒めた記憶を呼び起こす。

「その鎧、かっこいいぞ。正にナザリックが誇る守護者統括というものだ。とても強そうだぞ」

『ひでえ』

 あまり女性を褒めた事がないから、上司のスーツを褒めている感じになってしまった気がする。これで女性の服を褒めたとしたなら、自分でもあんまりだと思う。まあ、服じゃなく鎧なんだけど。

「モモン様。そんなに褒められると照れてしまいます」

 アルベドが手を頬にあててクネクネしている。全身を黒く禍々しい甲冑で包んでいるから、ボスキャラが特殊行動を起こす前みたいで怖い。

『アルベド様、いい歳してちょろすぎます。ですが喜んでいますから結果オーライですよ、モモンガ様。アルベド様はちょろインの前提で進めましょう』

 相変わらず口が悪いな。ただ、同じくらい酷い事を俺も思ったから何も言えない。

『お次は、頑張りを褒めるのはどうでしょう。女性は頑張りを褒められるのが殊の外嬉しいらしいですよ。ボクはあんまりピンときませんけど』

 ううん? それは大丈夫なのか。まあ、頑張りを褒められて、嬉しくない人間はいないだろう。でも、あんまり女性を褒めた事がないから、どう褒めていいかが分からない。

「その、アルベドは仕事を頑張っているな。よくやってると思うぞ」

『やべえ』

 うん、なんか新入社員を褒めたみたいになってしまった。こうじゃないんだ。もっと気の利いたセリフを言えないのか、俺は。

「はい、モモン様。褒めてもらえて嬉しいです」

『ちょろい!』

 こんなんで良かったのか。なんだろう、アルベドは少し疲れているのかな。ムササビさんに仕事を減らしてもらえるように言っておこうかな。

『アルベド様はお喜びのようですが、モモンガ様のセンスではどうなるか分かりません。ですから、ここはもう手を繋いじゃいましょう。相手はちょろインですから、なんとでもなります。手を繋いで無言で歩くだけでも十分ですよ。モモンガ様もこれ以上、褒め言葉が出てこないでしょ?』

 何と言うか、こういう身も蓋も無い言い方がムササビさんに似ていて、本当の娘みたいだ。もし、俺に親友と呼べる程の仲の良い友人がリアルに居て、その子供と小さい頃から遊んでいたら、こんな感じになっていたのかもな。いや、まだこんな大きい子供がいる歳でもないな。例えば、そう、俺に歳の離れた兄弟がいたら、こんな感じなのかも知れない。俺が育った経済状況からはありえない話だけれども。
 ああ、思考が脇にそれてしまった。手を繋ぐにはアルベドが横にいないといけない。後ろに歩かしたまま手を繋ぐのはムリだ。

「アルベドよ、せっかく散策をしているんだから。私の横を歩かないか」

「はい。モモン様」

 アルベドは嬉しそうに駆け寄り、俺の横を歩く。さあ、後は手を繋ぐだけだ。しかし、いざ手を繋ぐとなるとかなり緊張するな。どういう風に手を繋げばいいんだ。そんなの分からないぞ。自慢じゃないが、嫉妬マスク所有者である俺には荷が重い。
 ――あぁ、何もできないまま、黙々と歩いているだけになってる。どうしよう。
 そう言えば、いくらゴブリンがエンリ達を護衛しているからって、離れ過ぎるのは良くないよな。何か不測の事態があったら困るよな。俺は方向転換してエンリの方へ歩く。
 来た道を黙々と戻る。無言が辛い。

『マジで、この童貞は』

 ちょ、ユウ、辛辣過ぎない。そんな、吐き捨てるように言わなくても。確かに時間稼ぎばっかりしてしたけど……。いや、言われても仕方がない。30過ぎたおっさんがこんなにうじうじしていたら、自分が見ててもイライラする。

『緊張しなくても大丈夫です。ぶっちゃけ、モモンガ様にならナニされても喜びますから。自信もっていきましょう。どんな繋ぎ方でも問題無いですよ』

 本当に身も蓋も無い。いや、そうだろうなとは思ってるよ。でもね、こういうシチュエーションで女性と手なんて繋いだ事なんてないから、どうしてもね。変に意識をしちゃうというか、そのね。
 俺が心の中で言い訳を羅列していると「ところでモモンガ様」とアルベドが話し掛けてきた。

「誰と〈伝言(メッセージ)〉を繋げておられるのですか」

「な、何を言っているのだ。何を根拠に」

 出来る限り平静を装って誤魔化す。あまり装えている自信が無い。

「その、何もない時に、急に頷かれていては分かってしまいます」

 し、しまった。それは怪しい。こんなところで電話でもペコペコ頭を下げる社会人の性が出てしまうとは。て言うか、ユウも見てたんなら言ってよ。

『すみません、モモンガ様。周囲の監視も兼ねて、引きで見ていたので細かい動きまでは分かりませんでした』

 それはわからないな。あれ、でも、という事は、俺が支配者ロールをしながらナザリックを歩いている時も、不意にムササビさんから来る〈伝言(メッセージ)〉に逐一頷いていたって事か。恥ずかしい。

「あぁ、本当にあのあふれんばかりの知性が、私達などの為に失われてしまったのですね。本来なら我が身でお守りしなければならないのに」

 アルベドが悲しみで崩れ落ちる。昨日もデミウルゴスにソレをやられたよ。なんなんだよ。
 俺の評価、なんでそんなに高かったんだよ。そして今の俺の評価よ。――はぁ、俺ってそんなにダメなのかなぁ。俺の知能は何も失われてないよ、元々こんなだよ?
 ムササビさんが言いくるめてハードルを下げてくれなかったら、俺はこの期待に答えようと躍起になっていたかもしれない。もしムササビさんがいなかったら、俺は誰にも本当の事を言えずに、相談も出来ず、身体も人間じゃなくてオーバーロードのままだった。そうなっていれば、どうなっていただろうか。今の俺は保てなかった筈だ。ギルメンの子供同然のNPC達の為に支配者を続けていただろう。いや、そうじゃない。NPCの為じゃない、自分の為だ。そこに残るギルメンの面影に縋り続けているだけだっただろう。ギルメンのムササビさんが居なければ、NPCをギルメンの代わりにしていただけだ。
 アウラに怪我をさせてしまった時に気付いただろう。俺は何よりアインズ・ウール・ゴウンが、あのギルドメンバーが大事なだけの、ただの異常者なんだ。NPC達が大事なのも、ギルメンのNPCだからだ。あのNPC達だから、大事な訳じゃない。
 でも、今は違う。よく話するユウにはムササビさんのNPCだからとかは関係なく、年の離れた友人のように感じている。ユウが特別人間臭いのもあるかもしれないけど。
 だから他のNPC達も仲良くなれば、ギルメンのNPCではなく、一個人として見れるかもしれない。現にアルベドに対しては、この体たらくを見せてしまっているのだ。これは個人として見はじめているからではないだろうか。今のアルベドは兜で顔が隠れているのだ。照れる要素なんてないのだから。支配者として振舞うなら上手く話せるのに、そうじゃないなら途端に出来なくなる。俺は何もない人間なのかな。
 今はアルベドにかっこいい所を見せないといけないのに、それすらユウ頼みで、しかも自分の失敗で足を引っ張っている。
 こんな空っぽの俺に何が出来るのだろうか。
 目の前で悲しんでいるアルベドをなんとか出来ないで、ムササビさんを支える事なんて出来る訳がない。
 いや、違う。この考え方がダメなんだ。ムササビさんは関係ない。
 アルベドは俺達が犠牲になったのを、アウラが俺にバステを掛けた様に、気に病んでいるのだ。なら、例えどれだけかかろうと、俺が違うと否定しないといけないんだ。それはダブラさんの娘としてとか、俺が設定を書き換えてしまったとかではなく、そう言うのが何もなかったとして、それをしてあげるのが人間なんだ。ムササビさんがアンデッドの身体に人間の心が引っ張られていくなら、俺は人間らしく振るわなければいけない。

「アルベド、その話はもう止めよう。俺はナザリックが無事だっただけでも嬉しいんだ。何も後悔はしていない。今もこうして、アルベドと話ができるだけでも幸せなのだ」

 アルベドの動きが止まった。……えぇ、どうしたの、何が起きたの? 何かまずい事でも言ってしまったのか。俺はムササビさんと違って、まだシモベ達とあまりコミュニケーションをとってないから分からない。

『フッ、ボクはもう必要ないみたいですね』

 え、どういう事。俺、もしかして見限られた。そんなにひどかった、今の言葉。

「くふー! 私も幸せです!」

 アルベドから奇声が発せられる。え、なんで。いったい、どうしたんだアルベド。ええい、分からない事は考えても仕方がない。

『ああ! アルベド様の心がオーバーフローしてしまいました。お父様がせっかく、モモンガ様は大人の女性が好きだから淑女然としていた方がいいって助言してくれていたのに』

 ムササビさん、そんなとこまで手を回していたんだ……。

「あ、あのー。も、もしかして、……くふふふ、そのー、私とだけ話ができるのが……くふ~、幸せだったりしますか……」

 えぇ、何言ってんの。さっきまでのアルベドとは別人みたいだ。ここはそうだと言った方がいいのか。いや、待て。ムササビさんは子供には分け隔ては良くないと言っていた。

「いや、ナザリックの皆も一緒だ」

「……ですかー。ですよねー。だと思いましたー」

 選択肢を間違えた! 露骨にアルベドのテンションが落ちてる。ここはムササビさんじゃなくて、ペロロンチーノのエロゲ―を参考にする所だったか。そもそもムササビさんが言った子供って、こういう意味じゃなくて、年齢的に小さい子供って意味か。そもそもNPCを本当にギルメンの子供みたいに思っているのは俺だけか。いや、普通に考えたらそうか。ムササビさんもユウを『娘』として作ったから、そう接しているだけか。
 ここはムササビさんを見習って気持ちを切り替えよう。
 うん、とりあえずエンリ達の所に戻るか。あんまり離れ過ぎたらまずいのは確かだし。
 アルベドは俺が選択肢を間違えてから若干テンションが落ちてしまっていたが、二人でエンリ達の元まで歩いている内にみるみる元に戻っていった。女性って良く分からない。どこに機嫌を直す要因があったんだ。
 エンリとネムは相変わらずゴブリンに守られていた。エンリ達はすでにゴブリンには警戒心を抱いていないようだ。幾体かのゴブリンは少し離れ、周囲を警戒している。アイテムで召喚されただけのモンスターも自我を持っているのか。じゃあ、ナザリックのPOPモンスターもそれぞれ性格が異なるのだろうか。その辺は、また後で確かめよう。もしかしたらムササビさんは、すでに把握しているかも知れない。
 エンリとネムはムササビさんの人間性の象徴のようなもの。せめてこの二人だけでも幸せにしないと。仮に、何かあったとしても、この二人だけはナザリックで保護しよう。
 そう決意したところでムササビさんから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

『モモンガさん、そっちはどうですか。こっちはデスナイト無双ですよ。現地の人間は見立て通りの強さのようで、俺が召喚したデスナイトに手も足も出ないようです。ユグドラシル時代は死ぬのが仕事、肉の壁ならぬ骨の壁と言われたデスナイトが大活躍ですよ。燃えますよね、こういうシチュエーション』

 ムササビさんは相変わらずだな。それでも気持ちを切り替えるのが上手くても、問題が消えてなくなる訳じゃない。これからもずっとムササビさんはアンデッドの身体に心が引っ張られ続ける。
 今の俺に出来る事は、自分の役目を果たすくらいだ。まずは色々頑張って、アルベドの設定を書き換えてなくても惚れられる程の男にならないと。ムササビさんの事だ、自分があんな状態になっても、俺の為に手を回してくれるだろう。だから、せめて俺の事でムササビさんの手を煩わせないようにしなくては。
 ナザリックのNPCは俺達の魔法とかスキルを見ると喜ぶみたいだし、ここはユグドラシル時代によく使っていたデスナイトを呼ぼう。アルベドも喜んでくれるだろう。
 特に意味がないが気合を入れて〈中位アンデッド作成〉を使う。ナザリックで実験した時は普通にデスナイトが出てきたのに、今はデスナイトが出てくるはずだった中空からドス黒い靄が生まれただけだった。
 あれ、もしかして失敗した? この世界ではスキルの使用が失敗する場合があるのか。それにしても、このタイミングでやめてくれよ。自分の引きの悪さが嫌になる。などと考えていると、生み出された靄が、そばにあった騎士の死体へと重なる。それが溶け込み、死体が蠢きだした。突然の事態に戸惑っていると死体がギクシャクと起き上がり、みるみるデスナイトへと変貌していった。
 死体そのものがアンデッドになるんなんて、ゲームではなかった効果だ。これは後でムササビさんに報告しないと。
 エンリとネムがデスナイトを見て怯えているのに気が付く。この二人だけでも幸せにしないとって思ってた矢先なのに。俺って、この世界に来てからこんなのばっかりだ。召喚されたゴブリン達も警戒の色を強め身構えている。それに伴いアルベドから不機嫌なオーラが漏れる。

「アルベド。この二人はササビさんが助けた二人だ。何かあればササビさんが悲しむ。そして、同じ人間である俺も悲しい」

「はっ、申し訳ありません」

 NPC達の殆どはカルマ値が低い。仲間達が残していった子供と言っても差し支えない者達。その考えは尊重してあげたい。でも、それはムササビさんが直面している問題とぶつかってしまう。どちらかを選ばなければいけないなら、俺はムササビさんを選ぶ。でも、まだどちらかしか選べない状態じゃない。だったら、調整するのはギルドマスターである俺の役目だ。

「アルベドよ、少し話がある」

 アルベドと共に、エンリ達から少し離れる。何故かアルベドの機嫌が良い。理由は分からないが好都合だ。機嫌の悪い相手に話をするのは気が重くなる。営業先が機嫌が悪い時なんて最悪だからな。

「アルベドは人間が嫌いか?」

「好きではありません。ですが、元人間だった至高の御方々が、と言う意味ではありません」

 無条件で人間が嫌いという訳ではないのか。だからと言って、ここで人間と仲良くするようにと命令しても意味はない。俺はムササビさんみたいに口が上手いわけじゃない。どう言えばいいのか。
 そこにユウから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

『モモンガ様がお父様の事でお悩みなのは分かります。ですが、ボクはご自分の気持ちをそのままアルベド様にぶつけるのが良いと思います。お父様は、分かり合おうとする者同士に限り、本心を誤魔化さずに話せば分かり合えると言っていました。ボクはずっとお父様についていたので、至高の御方々の人となりはよく存じ上げております。一番長くナザリックに居てくれたモモンガ様は特によく存じ上げております。アルベド様は本気でモモンガ様を愛しているのです。アルベド様なら、ありのままのモモンガ様を受け入れてくれます」

 俺の背中を押すようにユウが熱く語る。
 アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターであるモモンガとしてではなく、鈴木悟個人としての考えを正直に話そう。そうしないと理解し合うなんてできない。すぐにできなくても、出来るまで話し合えばいいんだ。
 流石に俺の一存で支配者ロールをやめる訳にはいかないから、口調はモモンガのままで話す。

「これはモモンとしてではなく、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターとしてでもなく、一個人のモモンガとして言う。まだムササビさんにも話していないが、私は人間にとどまらず、この世界の住人に対して極力友好的に接しようと思っている。もちろん、ナザリックが一番なのは言うまでもない。デミウルゴスから聞いていると思うが、昨日の夜に私は世界が欲しいと言った。世界征服も面白いかもしれないと。あれはムササビさんに一任しているが、私個人としては、この世界をこのまま欲しいと言う事だ。暴力と圧政をもって手に入れたい訳ではない。もちろんムササビさんは慈悲深い人だ。私と同じ思いだと確信している」

 俺は一息で言葉を吐き出す。偽りない本心であり、ムササビさんの現状を鑑みた落し所としては、これが最良だろう。俺も無益な殺生が好きな訳じゃない。

「まだ、ムササビ様にも言っていないのですか……」

 アルベドは身体を震わしている。始めに話を聞いたというプレッシャーを感じているのだろうか。まあ、俺もリアルで社長からこんな事を言われたらこうなる。しかしアルベドは、俺みたいに一介の平社員ではなく幹部だ。こういう話もする状況が出てくるだろう。慣れてもらわなければいけない。もちろん、俺も本心を話すのに慣れないといけない。

「ああ、話すのはアルベドが初めてだ。これはアルベドだから話すのだ。もう一つ、私は言わなければいけない事がある。私は頭脳面だけではなく、精神面でも弱くなってしまっている。この惨劇、お前達からすれば惨劇でも何でもないだろうが、人間が虐殺されるのを見ただけで、私は情けない事に卒倒してしまった。もしお前達が、私をナザリックのトップに相応しくないと思うのなら、ナザリックの全てをムササビさんに任せ、ギルドマスターを退こう。お前達の知るモモンガよりも遥かに弱くなった私でもいいと言うのなら、私はずっとナザリックの為に尽力しよう」

 勝手にギルドマスターを辞められないけど、ナザリックの皆がそう思うならムササビさんも反対は出来ないだろう。

「こんな私だが、アルベドは付いてきてくれるか」

 アルベドは兜を取り、跪く。神妙に答える。

「私はどこまでもモモンガ様についていきます。例え何があろうと」

 ……これは分かってくれたのだろうか。すぐに結果が出る訳もない。今はアルベドが受け入れてくれただけで良しとしよう。

『モモンガさん、こっちは終わりました。エンリとネムを連れてきてくださいね、それと村長と交渉する事になったんですけど、オレがしちゃっていいですよね』

 戦闘が終わったようだ。こっちも一つ問題が片付いた。初めての現地人との接触は幸先の良いスタートを切れた。

『もちろんですよ。アインズ・ウール・ゴウンの渉外役はムササビさん以外いませんよ』

『では村に着くまでに、モモンガさんに細かい説明をしますね』

 ムササビさんがこの村で振舞う設定を話し始める。俺達は遠くの国から魔法で飛ばされた旅人と言う事にするらしい。それ以外も細かい注意点を幾つか上げていく。
 いつかムササビさんに恩返しができるように頑張ろう。俺は栄光あるアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターなんだから、ギルドメンバーを支えるくらいはできる筈だ。例え今すぐにはムリだとしても。



一万字程度で終わるかなと予想していた今回の話、終わってみれば一万八千字強にまで膨れ上がってしまいました。
次からはギャグ成分の少ない話が数話ほど続きます。大体第一話くらいのシリアスとギャグの割合になる予定です。



ムササビの活躍はカットです。その上、活躍したのはデスナイトです。
そして可哀想な事に、ムササビは原作のモモンガさんの苦労が降りかかります。人間を同族を認識できないなんて、普通の人間には今話のムササビくらいショックを受ける人はいると思うんですよね。原作の転移してきたプレイヤーの中でも苦悩して自殺を選んだ人もいるんではないだろうかと。なんでもできる力と人間を人間とも思えない心、そして寿命の無い身体。完全に魔王そのものではないでしょうか。



やっとエンリさん登場。この作品では角笛を三つ手に入れます。もちろん、ギャグの為だけに三つ渡したのではなく、三つとも使用される予定です。ただし、かなり先になる予定ですが。ムササビに対するリアクションがマイルドなのは、先に見た目は人間のセバスを見ているからです。



モモンガさんは前回に引き続き、今回ではアルベドには素直に自分の気持ちを言えるようになりました。さらにアルベドとの仲も進展しました。目指せ脱童貞。


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7 カルネ村と板挟みと

前回のあらすじ

ムササビ、自らの人間性がアンデッドの身体に蝕まれている現実に発狂しかける。
モモンガ、前半はカッコ良かったけど、後半はヘタレるが最後で挽回する。
ユウ、モモンガの魔王のごとき童貞力を見せつけられて、ガチでびっくりする。
セバス、やっと活躍するも、村での戦いはカット。
アルベド、モモンガとそこそこ良い雰囲気になった幸せだったが、未だ手も繋いでいない。
ソリュシャン、ムササビが発狂してから地味に存在を忘れられる。



エンリ、金属製の兜を殴り、ムササビのジョークに寒いと言い放ち、レベル100の不機嫌オーラを2回喰らっても大丈夫と、早くも覇王の片鱗を見せる。


 助けた村の名前はカルネ村というらしい。オレはその村長の家にいた。木造のテーブルに村長と向かい合って席についている。村長の横には奥さんが座っている。
 セバスとアルベドは気絶させた騎士を武装解除させてから縛り上げて、家主が死んでしまった家に運んでいる。その中から何人かは、ナザリックに運び出し、情報源にするつもりだ。
 ロンデスとか言う名前の騎士が、戦闘中も中々的確な判断をして指示を飛ばしていたから、冷静な情報を聞けるだろうと、すでにナザリックに運び込んでいる。国に引き渡す騎士の中に、隊長が含まれていたら何人かいなくても問題無いだろう。戦闘中に死んだとでも言っておけばいい。
 エンリがアイテムで呼び出したゴブリン達は、オレが言い包めるまでもなく、村人に受け入れられていた。今はモモンガさんと一緒に村の手伝いをしている。
 そしてオレは村長から、それとなく異世界の情報を引き出していた。
 村長からは多くの話を聞いた。現地人がいれば聞きたい事を事前にリストアップしていたのでスムーズに事が運んだ。
 地理から政治、文字や貨幣価値、文化にいたるまで。やはり仕事は事前の準備がモノを言う。モモンガさんの妄執染みた準備ほどではないけれど。
 モモンガさんはアルベドとこちらに来るまでの間に、村の監視、包囲から、村周辺の偵察まで行っていた。偵察部隊を十数隊ほど編成して、ナザリックがある方角を除いた、三方へと放っている。あんな短時間で、よくここまで入念に手配できる。流石はモモンガさん。
 現地人に会って話をするまでは保留にしていたけど、この異世界は()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()でほぼ確定だ。勝手に翻訳されているから、厳密にはどうなっているかは不明だが、現地人には東西南北の概念がある。太陽が東から南を通り西に落ちるから、ここは地球で言う所の北半球にあたる。そして、オレの前に出されている白湯。これは作るのに一から火を起こしていたのだが、やり方が地球と変わらない。やはり大気の構成があまり変わらないのだろう。これ以上、突っ込んだ検証はそっちの分野を専攻していないオレには手に余る。それにもう検証はいらないと判断している。何故なら、文化もあまり変わらないのだ。何から何まで、中世ヨーロッパをベースにしたファンタジー系のゲームと言う表現がしっくりくる世界なのだ。なにせ住人の顔は皆ヨーロッパ系だ。オレ達のような顔立ちは遠い国のものと言うのもありがちだ。
 この家だってそうだ。建築様式がリアルでの常識から外れていない。魔法やモンスターがいるのにだ。もっと、それに即した建物でも良いはずなのに。
 それは建造物に使われている材質の強度を見てもリアルと変わらない。これは多分、強力な個体がいないか、その数が極めて少数だからだろう。誰でも簡単に破壊される家では意味がないからな。騎士の装備の材質だった鉱物の硬さから考えても、人類の大半は弱いと推定される。もちろん、地球人に比べれば、人間と大型の野生動物くらいの筋力差はある。逆に言えばそれくらいしか差がないから、リアルとほとんど変わらない文化と文明が形成されているのだろう。
 この村長の家にある物や、あの騎士達の装備から言って、産業革命に相当するものはまだなのだろう。オレ達の脅威になるような銃火器や戦闘兵器の類いはない。これは大きい。
 もうこれはそう言うモノと割り切った方が賢明だろう。まだまだ、やらなければいけない事は山積みなのだから。
 その一つはエンリとネムの事だ。どうやら人間を虫ほどにしか感じられないオレだけども、言葉を交わしてしまえば幾分かの愛着は湧くようだ。これなら何とか自分を保てて行けるかもしれない。
 まずはこの村の現状把握から始めよう。
 世帯数25の120人程度の小規模の村。場所は国境付近で魔物が出る森も近い。ただし、この近くに森の賢王なる魔獣の縄張りがあるのでモンスターは滅多に見かけない。モンスターに直接襲われた事が少ないのが、ゴブリン達が受け入れられた一因だろう。
 オレは村を助けた対価として、報酬を要求した。自分達が旅の者で、路銀を必要としていると告げている。
 それに対して、村で出せる金額が銅貨換算で約3000枚。
 レートが銅貨20枚:銀貨1枚、銀貨20枚:金貨1枚、金貨10枚:白金貨1枚だから、金貨7.5枚ほどか。三人家族が一年つつましく暮らすのに掛かる金額が金貨10枚ほど、一人当たり金貨3枚半弱。
 村を訪れるのは、たまにくる行商人と近くの都市に住む薬師の他は、年一回の徴税官のみ。間違いなく辺境の地だ。
 この薬師とは、エンリが言っていた魔法を使える友人らしい。ユグドラシルでポーションを作っている職業の人は魔法を使えた。ポーションに魔法を付与する為だ。職業構成がユグドラシルと大して変わらないのかもしれない。何故そんなにユグドラシルと変わらないかは不明のままだが、保留する。それは何故、宇宙が生まれたのかに匹敵するくらい、皆に関わりがあって生活に関係ない謎だ。それは余力でやればいい。今は目の前の問題に注力する。
 この村の貴重な収入源の一つは、その薬師に売る薬草だそうだ。栽培している訳ではなく、モンスターが出る危険な森に取りに行く。なんとも不安定な収入源だ。それで余剰金はその程度なのだ。
 余剰能力がたった二人分の、脆弱な財政。これだけで村がギリギリの状態で運営されていたのがわかる。そこへ、この死者数である。村自体が存続の危機だろう。
 報酬をそのままエンリ達に渡したとしても、これだけでは到底暮らしていけない。エンリの年で働けない事はないだろうけど、子供一人を養っていけるとは思えない。どんなに頑張っても数年が関の山だろう。ネムがまともに働けるまで持たない。エンリの稼ぎだけで暮らしていけるなら、この村はもう少し豊かなはずだ。
 この村ではエンリとネムを養う能力が残されていないとオレは結論付ける。
 エンリ達をナザリックで保護するのは簡単だろう。だけど、それはできない。
 仮に異世界の標準が村を襲った騎士程度だとしても、何でもかんでもナザリックの力で助けられる訳ではない。ナザリックの力が強大だとしても、有限なのだ。無限の力でもない限り、どうしようも出来ないモノは必ずある。それに未だ、この世界に脅威が無いと決まった訳ではない。
 ここまでファンタジーな世界なのだ、奥地に住む強力なドラゴンなどがいても不思議ではない。
 オレは生きていく力の無い人に、一時の施しをするのは優しさだとは思わない。生きていく為の力をつけさせるのが優しさだ。とはいうモノの、十代半ば……文化によってはすでに成人として扱われる事もあるだろうが、オレにとって子供と言える年齢だ。大学まで出させてもらったオレとしては、せめて22歳までは完全な責任能力と判断能力を有していない前提で考えたい。これが犯罪ならば、そんなものは関係なく法に照らせばいいが、これは救済の話だ。今回のケースでは一時的な間に合わせがあってもいいのではないか。出来れば、この村も存続させたい。親が死に、生まれ故郷も無くなる。それは余りにも悲しい。妹の為に骨がひしゃげるほどに抗ったエンリには故郷があってほしい。オレは二度と親にも会えず故郷にも帰れないのだから、せめてこの勇敢な子くらいは、と思ってしまう。
 これはオレの私的な感傷だ。だからナザリックの力を使わずに、オレの交渉力だけでエンリとネムの生活と生まれ育った村をなんとかしよう。この案件に自分の力を使えるのは嬉しい。簡単過ぎる案件なのが少し不満なくらいか。

「ふむ、銅貨3000枚ですか。それがこの私の評価という訳ですね」

「いえ、決してそういう訳では無いのですが……」

 村長は困った表情を浮かべる。う~ん、腹芸もできないのか。まあ、小さい村の村長なんて一般人と変わらないよな。識字率も低いそうだし、国民に教育を施してはいないのだろう。

「では、いかほどの報酬が妥当と考えていますか」

「それは、私では検討がつきません。そもそも、これほどの魔法の使い手を聞いた事すらありませんから」

 まあ、そうだろうな。兵士を一方的に倒せるモンスターを召喚できる人間がざらにいたら、兵士そのものがいらない。だからこそ吹っ掛けられる。でも、それでは意味が無い。

「さて、先ほども言いましたが、私達は旅人の身。路銀はいくらあっても困らないのです」

「はい、それは分かっております。魔法の事故に巻き込まれて遠い異国に転移されたなど、村の恩人がそのような荒唐無稽な嘘をつく必要がありませんから。文化や風習はおろか国の名前さえ聞いた事がない遠い地に飛ばされてしまっては、いくらお金があっても困る事はないでしょう。それに顔立ちからして南方の出身なのが分かりますから、安い金で動いたと知られれば足元も見られてしまうかもしれません」

「ええ、ですがカルネ村としては、これ以上は出せないと」

 オレは窺うように村長を見る。

「かき集めれば、多少は出せるでしょうが、それをしてしまうと……」

 村長は渋い顔をする。その先は容易に想像がつく。しかし、嘘のつけない人だ。

「話は変わりますが、あの騎士達の装備していた品は我々が頂いてよろしいでしょうか」

「え、ええ、どうぞ。あの騎士どもを倒したのはササビ様ですから」

 これでいくらかの当座の金が積み増されたな。

「後、あの騎士達の身柄も貰います。これも王国に売ろうと思っています、恩と一緒に。多少は報奨金が出るでしょう。そして王国に滞在しやすくもなる」

「ええ、まあ、そうでしょう」

 これくらいあれば十分だな。そろそろ切り出すか。

「さて、両親が死んでしまったエンリ・エモットとネム・エモットはどうなりますか?」

「それは、もちろん村で面倒を見るつもりです、が……」

「確約できる訳ではないと」

「……そうですね、正直な所を申しますと、この村の存続自体が怪しくなっています。最悪、バラバラの場所に移住となる事もあると思います」

 この村長は本当に人がいいと言うか、なんと言うか。これだけでも、これまででの村の平和具合が分かるというものだ。柵もない村だしな。集団の長としては少々危機感が薄いと言わざるを得ない。

「では、私達に対する報酬、騎士達の装備品及び身柄。そして報奨金。このお金でエンリとネムと、それにエモット家が住んでいた家を家財ごと買い取ります。私は旅人の身なので連れてはいけませんので、村長さんが面倒を見てくれますか」

 村長は立ち上がり目を見開く。良かった通じたみたいだ。流石にこれだけカッコつけて通じなかったら恥ずかしい。これで村長に「ロリコン野郎が!」って言われたら目も当てられない。

「よろしいのですか、ササビ様。なんとお礼を言えば……」

「あぁ、それと、騎士達を置いている二軒も買い取ります。一つはゴブリン達の家に、もう一つは私達がこの村に滞在する用がある時に使用しますので、働き口がない人がいれば、維持管理にでも雇ってください」

 住む人が居なくなった家を使ったので、少なくても二家族が全滅している。

「これくらい買えば、そこそこ妥当な取引になるのではないでしょうか」

 オレは商談用ではない笑顔を浮かべる。

「はい、それだけのお金があれば、無用の疑いを掛けられる事も無く、村が存続できます」

「エンリとネムには私から話をします。断られた時は、また話をしましょう」

 その時はまた違う案を考えないとな。しかし、人助けに来て人身売買か。逆に面白いな。
 これでエンリとネムとカルネ村はしばらく大丈夫だろう。引き続き、村長から異世界の情報を聞き出していく。今度は情報よりも友好関係を築くのに注力する。ここが異世界での活動の起点になるかも知れないのだから、友好的な方がやりやすい。
 オレは村長と会話を続けながら、この村が襲われた理由を考える。
 カルネ村はリ・エスティーゼ王国に属していて、王の直轄領。王国の東にはバハルス帝国、南にはスレイン法国がある。カルネ村自体はバハルス帝国との国境近くに位置している。そして襲ってきた兵士はバハルスの鎧を着ていたと。これはほぼ間違いなくバハルス帝国の仕業ではないな。この村を襲う意味がない。そもそもメリットがない。こんな何かの一大生産地でもなく、経済力もなく、モンスターが跋扈する森が近くにある村なんて襲ってどうしようと言うのだ。素人が、と言うべきか軍に関わる者以外は、軍隊と言うもの能力を過剰評価する傾向にある。実際の軍は驚くほどモロく、能力が限定されていて、使うのが難しい。さらに金食い虫であり、コストパフォーマンスは低い。維持するだけでも驚くほどの金がかかる。さらにいざ軍事行動を行えば莫大なリソースを消費する。それは、武器だったり、食料だったり、燃料だったり、人であったり、軍事行動のほとんどが、一般より()()()()()()で成り立っていて、それらが他の分野では類を見ないスピードで消えていく。だから軍事行動は金勘定の後に行われるのが普通だ。と言うよりも金勘定の後でやらないと、大体は予想以上に金がかかり、軍資金が尽きて失敗する。軍事行動は計算高く冷静に行わないと成功しないのだ。
 そんな軍事行動をこんな辺境の村にするメリットがあるだろうか。はっきり言ってない。だが、実際に行われた。それは何故か。仮に帝国が行ったなら、究極的には嫌がらせに集約されるだろう。ただそれをするなら、自らの紋章を隠す。オレ達というイレギュラーが無ければ間違いなく成功していた作戦だ、それなりに考えて実行された筈だ、そんなお粗末な失敗をするだろうか。そうだとしても、どっちにしろコストに見合ってない。やはり帝国の線は乏しい。これが法国ならば離間工作で十分に説明がつく。が、弱い。それならば、もっと残虐な殺し方をするだろう。何より、騎士達の練度が低い。あまり統率されてなかった。何か違う目的があるはずだ。作戦によっては、まだ本隊が他にあり、行動中の可能性は大いにある。そう、例えば何かおびき出して、撃破するとか。
 まあ、ここまで考察していてなんだが、ただただ国の上層部がアホなだけのパターンがよくある。
 その辺の詳しい所は縛り上げている兵士達に聞けばいいか。
 そろそろ偵察部隊からの報告をデミウルゴスがまとめているはずだ。ナザリックでシモベの指揮をしているデミウルゴスなら間違いなく上手くやってくれる。
 タイミング良く、ナーベラルから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

『デミウルゴス様からのご報告を申し上げます』

 ナザリックでは〈伝言(メッセージ)〉を使える者は少ない。スクロールもあるけど、手に入る手段が少ない現状、節約できる物は節約しないといけない。例え、そのストックが膨大だとしても、いずれ底をつく。一応、造物主(ザ・クリエイター)のスキル〈上位・中位・下位素材創造〉で一日それぞれ4・12・20回ずつ、規定のレベルまでの素材ならスクロールだろうが、金属だろうが、なんでも創り出せる。ユグドラシル時代では、焼け石に水同然のスキルだったが、素材の入手先があるか分からない世界では、非常に有用なスキルに格上げされた。もちろん、異世界に転移してから毎日欠かさず使用している。
 それにオレ個人が持っているアイテムのストックだけでも並みのギルド以上はある。アインズ・ウール・ゴウン加入前に所属していたゲーマーギルドが解散して、その取り分があるからだ。だから使用量にもよるけど十年単位で心配は無いけど、無駄遣いをする理由にはならない。
 ナーベラルからの報告によると、この近くの村も襲われていて、火を放たれていたそうだ。生き残りは少数。これは証人用だろう。

『ムササビ様、20名ほどから成る謎の騎馬団が、襲われた村から一直線にカルネ村へ向かっています。装備は統一されていませんが、馬の扱いは相当の練度です。どうなさいますか』

 村長と会話中なので、口を隠してナーベラルに返事をする。

『そのまま接触はせずに監視を続けろ。村に来るなら好都合だ、我が直接話を聞く』

 村を襲ったのは、この騎馬団を釣る為か。予想が的中したな。どれほどかは分からないが、こうして罠にハメる価値がある部隊。練度から考えて貴族や王族などではない、戦力が近隣国に轟く部隊もしくは隊長ないし数人が所属しているのだろう。
 そうなると、あの騎士達は捨て駒か。無事に任務を果たせれば良し、失敗したら処分だろう。まだ本隊がどこかにいるはずだ。これは直接戦闘系ではない、隠密系か魔法系だろう。じゃないと意味がないからな。
 予想では、釣りたい相手はレベルにして20程度の部隊か、30程度の個人だろうな。10レベル違えば、勝率はほぼ0になる。
 レベル一桁の全身鎧を装備した騎士が、農作業と言う肉体労働をしている村人に追いつけたのだ。騎士達が、それなりの肉体的訓練を積んでいるのは明白。それだけの訓練と装備のコストを払った騎士達を、餌にしてでも釣りたい部隊だ。それらの騎士では歯が立たない部隊でないと、意味がない。となると10レベル上の兵で固められた部隊か、それを上回る差がある個人が所属しているはずだ。それを倒す役割の部隊も、勝算のある部隊がぶつけられるはず。隠密行動から考えて数で上回る部隊というのは考えにくいから、一方的に攻撃できる部隊か、メタれる部隊かのどちらかだな。何にしても正攻法では勝率の乏しいのは確かだ。
 どういう場合にしろ、国が行動を起こしてまで倒したいモノだ。どの程度かはさておき、国に対して脅威を与えられる存在。この騎馬団と騎士の本隊を見れば、この周辺国家の戦力レベルがある程度は把握できるというものだ。
 ナザリックの戦力に比べて、遥かに下である可能性は大いにある。昨日は世界征服なんて言ったが、友好的な世界統一も出来そうだ。
 どちらにしても、まずは騎馬団に接触してからだな。それだけの人物ならば、公的な人間なのは間違いない。確率は低そうだが支配階級の可能性もある。
 ノックの音が響く。村長がオレの顔を窺う。オレは柔和な顔で答える。村長がドアを開けて、訪ねて来た村人と話をして振り返る。

「葬儀の準備が出来たようです」

 村長と目が合い、オレは笑顔で返す。

「私達も参列してよろしいでしょうか」

 村長は快諾してくれた。もう心は掴んだかな。
 村長の家から出ると、モモンガさんがアンデッド作成で作ったデスナイトがゴブリンと共に村の手伝いをしていた。もうとっくに制限時間は過ぎているのに、なんでデスナイトがまだいるんだ?
 近くで手伝いをしていたモモンガさんが「お前なんで消えないの?」ってデスナイトに聞いたら「ウガァ……」とか言って小さくなってんだけど、なんか、このデスナイト可愛いな。いや、デスナイト可愛いって、え、オレ、アンデッドになったから感覚がおかしくなったのか。アンデッドが同種族だからか、怖い怖い。この考えはやめておこう。2メートルを遥かに超すアンデッドに萌えるだなんて、人類には早過ぎる。
 それに今から葬儀に参列するんだぞ。死体に萌えるとかヤバ過ぎだ。






















 共同墓地は村の外れにある。そこまでの道すがら、ムササビさんは村長から聞いた異世界の事をかいつまんで説明してくれた。
 ムササビさんの予想では、この世界に脅威がある可能性は低いそうだ。少なくとも周辺国家で俺達を倒せる個体が、いきなり襲い掛かってくる事はないだろうと言っていた。他よりも抜きん出た力を持っていながら、おおっぴらに動いていないのは理性的な存在だろうとムササビさんは推理していた。後はプレイヤーを警戒するだけだが、この異世界に来てすぐに国に取り入っているとは思えない。
 共同墓地にて葬儀が行われる。ボロい柵に囲まれて、丸石に名を刻んだだけの墓石が点々とあるだけの墓場。この世界では遺体を早く埋葬しないとアンデッドになるそうだ。そんな世界でアンデッドであるデスナイトが葬儀に参列しているのはどうなんだろうと思わなくもない。村人も何も言わないので大丈夫だろう。村に残していっても、ほとんど人がいなくなった村にデスナイトがぽつんとたたずんでいたら、いらぬ誤解を受けてしまうだろうし。
 葬儀は滞りなく進んでいる。謎の騎馬団が到着するまで、まだ時間がある。こっちに来るまでには、この葬儀は終わるだろう。葬儀の途中で戦闘になるのは避けたい。
 エンリとネムが墓前で泣いているを見ると、母が死んだ時を思い出す。もう顔がおぼろげになるほど忘れてしまっているけど。それでも母親に愛情が無かったわけではない。
 俺はアイテムボックスからこっそり出した蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)を撫でまわす。あの時に、この短杖があれば間違えなく生き返らせていた。多分、こんなに忘れてしまっているのは辛い記憶だからだ。
 これを使えば、ムササビさんが助けたエンリとネムの両親を生き返らせられる。それにとどまらず死んだ村人全員を復活させられるだけの数はある。
 俺は今すぐ、この蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)を使ってしまいたい。エンリとネムの悲しみを消し去りたい。でも、それはエゴだ。
 この世界の魔法に死者の復活は無いらしい。第五位階魔法を使えるレベルの者がいないだけか極少数なだけではと、ムササビさんは推測しているようだった。どちらにしろ、そんな人類の夢とも言える奇跡を起こせばどうなるか、考えるまでもない。国も放ってはおかないし、プレイヤーがいれば間違いなく耳に入る。悪意あるプレイヤーがいれば先手を取られてしまう懸念がある。だからと言って、アインズ・ウール・ゴウンが敗北する気はしない。俺一人ならもっと慎重になっただろうけど、『アインズ・ウール・ゴウンの周瑜』がいると思うと、負ける気が全くしない。ただ相手が悪ければ甚大な被害を被る。それは避けたい。
 ムササビさんは自らの人間性を保つ為に、ここへ助けに来た。そんなムササビさんならどうするだろうか。冷静に生き返らせるべきではないと思うのか、それとも情にほだされて生き返らせるのだろうか。
 分からない。人の生き死になんて本気で考えた事がない。俺みたいは負け組は割と死が近くにある。過労死や事故死も珍しくない。俺やウルベルトさんの親もとっくの昔に死んでいる。死んだ人を生き返らせるなんて妄想にも等しい願いを叶えられるようになるなんて思ってもみなかった。
 冷静にならないと。ゆっくりと呼吸をして心を落ち着かせる。
 願いと言えば、超位魔法〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を3回だけノーコストで発動できる、俺がガチャで当てた超超希少アイテム〈流れ星の指輪(シューティングスター)〉。これを持っているのはアインズ・ウール・ゴウンの中でも、俺とやまいこさんだけである。間違いなく俺よりも課金額が多い――俺の月収以上の課金を毎月しているムササビさんは持っていないのだ。相当に欲しがっていたにも関わずだ。それはムササビさんは毎月の課金額はいくらまでと決めているからだ。限度額までガチャを回して、出なかったから持っていない。ムササビさんなら、それこそ出るまで回せたはずである。
 だから俺はある時、聞いてみた。別に出るまで回しても生活に困る事もなかったのに、なんで回さなかったんですか、と。ムササビさんは頭の上に困った時に出す感情(エモーション)アイコンを表示して、声も少し困ったような声の中に、僅かに違う感情が混じりつつ答えてくれた。
 『俺は、なんと取り繕うとも支配する側の人間ですから、やろうと思えば大抵の事ができるんです。だからこそ線引きが大事なんですよ。歯止めが利かなくなりますから。それに歯止めが利かなくなった所で、何でもできる訳ではないですしね』と。
 生き返らせるかどうかの話とこの話を比べられないかもしれないけど、ムササビさんは自分の立場と権力を良く知っている。だから、人一倍自制的で線引きをはっきりさせている。
 ムササビさんは生き返らせる事を望んではいるはずだ。だけど、それはしない。するなら、もう生き返らせている。ムササビさんは、自分の心が浸食されていると分かった時でさえ――あれだけ取り乱した時でさえ、ナザリックの迷惑になるなら出ていくと言ったんだ。ムササビさんは自分の肩にある荷を決して下ろさない。自分の心が消え去るかも知れない時でさえ。
 だったら俺は、ギルドマスターとして、一人の人間として、これは使わない。ここで使ってしまう訳にはいかない。ここで俺が使おうとしたら、ムササビさんは止めてしまうだろう。そんな事をムササビさんにさせられない。自分の人間性を侵食されつつあるムササビさんにそんな事をさせられる訳がない。
 俺はひっそりと蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)をアイテムボックスにしまう。
 これで良かったんだ。これから俺はエンリ達と会う度に、生き返らせなかった事を思い出すだろう。会わなかったとしても、時折それを思い出して後悔するだろう。俺がオーバーロードのままなら、もっと簡単に割り切れていたのかもしれない。エンリ達の事もナザリックに益があるかないかで考えられたかもしれない。俺なら割り切ったら、その後は何も感じないだろう。でも、今の俺は人間だ。寿命が無い身体なら永遠に後悔し続ける。それでもいい、この重荷は鈴木悟が背負えばいい。そうでなくても、ムササビさんは自分に厳しい人なんだから。一つくらいは年上らしい姿を見せるのも悪くない。
 ムササビさんは割り切れたとしても、切り捨てられたとしても、何も感じない訳じゃない筈だ。もし、そうならムササビさんはずっとユグドラシルに残って、NPC達の改良を続けたりなんてしない。
 このまま葬儀場で泣いているエンリ達を見ていると決心が揺らぎそうで、俺はその場から離れる。
 アルベドは何も言わず俺の後をついてくる。デスナイトはそのままにしておく。あの巨体ではこっそり抜けるなんて無理だからな。村と墓地の中間辺りに差し掛かった人気の無い所で、アルベドは声を掛けてきた。

「どうなさいましたか。モモン様」

 優しい声音だった。胸中を見透かされたんだろう。俺とは頭の出来が違うんだ。泣きそうになるのをこらえて、支配者ロールを続ける。

「少し、気分が優れなくてな。その、子供が泣いているのは堪えるのだ。情けないと思うか」

「いえ、モモン様。御心が痛むとおっしゃるなら、生き返らせれば良いのではないでしょうか?」

「それはできない。そんな事をしてはナザリックが厄介事に巻き込まれるかもしれない。それは私もササビさんも望んでいない」
 
 ムササビさんがナザリックのNPCを大切に思っているのは疑いようもない。間違いなく俺よりも大切に思っている筈だ。

「モモン様。至高の御方々がお望みならば、我々はどんな苦難も耐えて見せます。我々シモベの事などはお気になさらずに、御心のままに振舞ってくださいませ」

「アルベドよ、安心するが良い。私は思いのままに振舞っているぞ。ナザリックの皆に害が及ぶのが、それよりも堪えるだけだ」

 死んだように生きていたリアルよりは間違いなく思いのまま生きている。親を殺されたばかりの子がいるのに不謹慎かもしれないけれども。ここでエンリ達の親を生き返らせるのは単なるワガママだ。ワガママ放題するのと、思いのまま生きるのは別物だと分かるくらいには大人だ。
 ――本当に俺は、本心で俺は、そう考えているのか。ムササビさんが困るからじゃないのか。分からない。ムササビさんが相手だから、重荷を背負うと決めたのか。これがNPC相手ならどうしただろうか。分からない……。俺はすでに人間の心が死んでいるのだろうか?

「……ムササビさん、俺は……」

「呼びました、モモンさん? それとオレはササビですよ」

 いつの間にか、ムササビさんが後ろに立っていた。

「ええ、ムササビさん! びっくりした」

「ササビですって」

 考えに没頭し過ぎていた。まだ、これから騎馬団に会うんだから。しっかりしないと。

「ササビさん、どうしたんですか」

「いや、葬儀の最中に妙齢の男女が抜けるなんて、これは、ねえ。アルベドの仲は応援はしますけど、TPOをねえ」

「いやいやいや違いますから!」

 ホント、ムササビさんのメンタルが強過ぎる。こんな時でも、ユーモアを欠かさない。

「冗談はここまでにして、打ち合わせをしようと思いまして。初めての公人、もしかしたら支配階級の人間かもしれないですから、ちゃんとしないと」

 支配階級、文字通り人間を支配する側の人間。勝ち組とか負け組とかの小さい物差しでは測れない人間。目の前にいるムササビさんがそうだ。ムササビさん自身がよく知っている。
 相手が支配階級だとしても、同じ階級にいたムササビさんなら上手くやってくれるだろう。いや、階級とか関係なくムササビさんは誰とでも仲良くなれる。現にもう村長とも仲良くなってる。
 支配階級のムササビさんがアインズ・ウール・ゴウンに加入する時は、ウルベルトさんとはあまり上手くいかないかなと思っていたけど、いつの間にかとても仲良くなっていた。しかも、ウルベルトさん側がとても可愛がっているみたいだった。ムササビさんはどうやってウルベルトさんと仲良くなったのかは知らないけど、俺には無いコミュニケーション能力だ。ウルベルトさんはユウも可愛がっていた。何かの装備をあげてたもんな。そう言えば、やまいこさんや、るし★ふぁーさんも何かあげてたな。人に愛される何かがあるのだろうか。あるとすれば羨ましい。
 やまいこさんなんか、ムササビさんがログインしない日とかはユウを連れ歩いてたもんな。女子会にも連れていってたみたいだし。
 しばらく、打ち合わせをしているとユウから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

『モモンガ様、そろそろ村の者が視認できる距離に騎馬団が入りますから、用意してください』

 ムササビさんにもナーベラルから同じ報告が届いたようで、口を開く。

「それではゴブリン達はどこかに隠れてもらいましょう、それにセバスも一緒に隠れてもらいましょうか。それなりに地位がある人に幹部クラスの面が割れるのはよろしくないですからね。デスナイトは騎士達に見られていますし、あの巨体ですから下手に隠すより、オレ達と一緒にいてもらいましょう」

 ムササビさんはアルベドの方を向く。

「アルベドも兜を取らずに、モモンさんの召喚したシモベと言う事にしておく、モモンさんの護衛は任せたよ。アルベド」

 アルベドは軽く頭を下げる。俺に対する様付けは譲らなかったが、仰々しい礼は止めてくれている。

「少し、緊張しますね」

 俺の本音が漏れる。
 これからの対応次第では王国や法国と敵対するかもしれないのだ。
 ムササビさんは俺よりも対話を重んじる人だ。だからこそ、対話の限界を良く知っている。結局、最後に物を言うのは武力だと理解している人だ。だからこそのアインズ・ウール・ゴウンの渉外役。悪名高いギルドの渉外役は常に危険が付きまとう。

「大丈夫ですよ。何か問題が起きたら、騎士達の本隊を殲滅すればいいんですから。こういう証拠を隠滅出来る時はそこそこ大胆な手を打てるのは楽ですね。有能そうなのがいればをナザリックに確保してもいいですしね」

 なかなか過激な発言ではあるが、この発言を持ってムササビさんの人間性が蝕まれているとは言えない。元々ムササビさんは子供の敵には苛烈だ。今回で言えば、エンリやネムのような親を亡くした子供が出てしまった以上、現段階では騎士の本隊は敵に当たる。
 ユグドラシル時代に、自分たちの憂さ晴らしの為だけに子供のプレイヤーばかりを執拗にPKする頭のおかしいギルドがいた。ムササビさんは前のギルドに在籍している時、それを壊滅させた。ただ武力のみで攻めるのではなく、子供ばかりをPKする事に乗り気じゃなかった人達には、まともなギルドへ斡旋したりなどをした後に壊滅させている。それもただの壊滅ではない、残ったギルドメンバーを全員、リスポーンキルの末にレベル1まで追い込んだ。個性派ぞろいのアインズ・ウール・ゴウンでも、そこまで過激なエピソードを持っているのはムササビさんだけだ。ムササビさんは『ギルド一の容赦無いさん』なのだ。
 そもそも、誰をどこでPKするのも自由だからこそ、ムササビさんも自由にPKしただけの話。
 ムササビさんは線引きをしっかりしている。容赦はしないが、ルールは侵さずに敵を倒す。これから会う騎馬団や騎士の本隊の人がまともなら、対立はしないはずだ。

「そう言えばモモンさん、オレ、エンリとネムを買いましたから」

「え? ロリコ――」

 子供の敵に苛烈なのって、もしかして……。

「違いますから。ペロロってませんから」

「なんですか、ペロロってるって」

 言われなくても、大体の意味が分かるのが物悲しい。

「親がいない子供が生きていくのは大変ですからね。村の救世主の所有物となれば、ひとまずは安心ですよ。決して無碍には扱われませんからね」

 ああ、そういう理由か。ホント、ムササビさんは子供に優しい。

「騎馬団の人もササビさんみたいに良い人達ならいいですね」

「オレが良い人かは置いといて。騎馬団が良い人でも、その上まで良い人とは限らないですよ。もしかしたら騎士達の本隊の方が良い人の可能性もありますからね。こればっかりは話を聞いてみないと分かりません。この場でどちらの国に付くか、決断に迫られるかもしれません。最悪、両国を敵に回す可能性もありますし、この村を見捨てないといけなくなるかもしれませんから、その覚悟はしておいてください。もちろん、ベストは尽くしますが」

 ムササビさんは誰とでも仲良くできるだろうけど、誰とでも仲良くなれると思っているほど子供ではない。そして無理なモノは切り捨てられる、ちゃんと現実を見据えて決断を下せる大人だ。そもそも現実を無視して何でも救おうとする人なら、初めからヘロヘロさんを自社で雇っている。それをヘロヘロさんが必要になるポジションを用意して、ずっと働ける環境を整えてからヘッドハンティングしようとした事からも分かると言うものだ。
 不意にムササビさんが頭を下げる。

「モモンさん、ありがとうございます」

 急にお礼を言われても心当たりが無い。

「葬儀の時、蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)を使われていれば、オレが止めなければいけなくなってました。モモンガさんには親を亡くされた経験があるのに」

 どうやら見られていたようだ。ムササビさんは目聡いなぁ。

「構いませんよ。私はもう母親の顔すら、おぼろげになってしまっていますから……」

 目をまっすぐに見つめるムササビさん。母の記憶が霞の様に淡くなっている俺は目を逸らしてしまった。
 その時、村人がこちらにやって来る。

「ササビ様、モモン様、この村へ馬に乗った戦士風の者達が近づいているそうで……」

「分かりました、すぐに行きます。モモンさん達はデスナイトを連れてきてください」

 ムササビさんは村人と一緒に広場に向かう。
 俺はアルベドと二人になった所で、自分の口を覆いアルベドに〈伝言(メッセージ)〉を飛ばす。

『アルベドよ、そのまま動かず聞いてくれ。これから騎馬団と、もしかしたら騎士の本隊とも話す事になる。もしそこでムササビさんと異世界の人間が対立しそうになっても、私は出来る限り穏便にすましたい。仮に戦闘になったとしても殺生は極力抑えたい。何が起きても私に協力してくれるか』

 ムササビさんだから大丈夫だとは思っている。それでも何かあった時の準備はしておきたい。
 アルベドから了解の返事がくる。アルベドが味方に付いたら心強い。これから初めての公的な人間との接触。どんな人間でどうなるかが、この世界との向き合い方に大きく影響するだろう。オレは支配階級にあまり良い印象を持っていないけど、中にはムササビさんみたいな人もいるのを知っている。できれば、良い人でありますようにと祈るのだった。



地味に原作よりも大事にされるエンリとネム。
モモンガに頼られるアルベド。原作でも本当の事を話していたら、こんな感じになっていたのではないでしょうか。さらには至高の四十一人の捜索隊も結成されずに済んだのではないでしょうか。
ただこの物語のモモンガさんはアンデッドではないので、鈴木悟は残滓ではなく丸々残っています。アンデッドによる冷静さも無いので、アルベドとの関係は遅々として進みません。



次回はいよいよガゼフとニグンが登場します。


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8 包囲とニグンと

前回のあらすじ

モモンガ、年上らしい振る舞いをする。
アルベド、モモンガに頼られて密かにご満悦。
ムササビ、デスナイトを可愛いと思ってしまう。



ユウ、今作品の主人公格の一人なのに出番が一行だけ。


 だだっ広い草原の中、20名ほどの武装した屈強な集団が馬を走らせていた。その中でも一際体の大きい男、この集団の長であるガゼフは焦燥感に駆られていた。
 この戦士団の任務は国境付近で目撃された帝国兵の発見、および討伐だ。
 今にも帝国騎士に襲われている村があるかもしれない。
 助けに来てくれる強者を願っている村人がいるかもしれない。
 どうしようもなく急く心を抑え、馬の負担を抑えながら走る。それでも馬の疲労はすでに限界に近かった。
 ガゼフが率いる戦士団は王都リ・エスティーゼを出た時は50を超える数だったが、今では半数以下の20になっていた。
 それには理由がある。
 始めの村に辿り着く時、すでに手遅れだったのだ。幾人の生き残りを残して皆殺しだった。ガゼフは生き残りの為に近隣の都市エ・ランテルまでの護衛に兵を割いていた。これが罠なのはガゼフは理解していた。上に立つ人間ならば、一度エ・ランテルまで戻る判断を下すべきだった。副官がその度に撤退を進言するのだが、ガゼフはそれを退けた。副官が正しいのを承知で、戦力を割いてまで襲撃者を追う判断を下したのだ。それは愚かな行為なのは誰が見ても明らかだった。それでも胸を打つには十分な行為だった。
 村が見えてきた。黒煙が上がってはいない。今までの村は全て火が放たれていた。まだ襲われていない村だ。ガゼフとガゼフの部下である戦士達は馬の速度を上げる。しかし、近づくにつれ、違和感を覚える。戦闘が行われた形跡があるのだ。村人が帝国の騎士を追い払えるはずがない。村人達の姿が見える。しかし巨大なアンデッドの姿も見えた。だが、アンデッドが村人を襲う気配は無く、村人もアンデッドを警戒していない。村の異常事態にガセフは馬を急がせる。
 この日、ある人物との出会いがガゼフの生き方を変える事になるとは、当人同士はもちろん、誰も予想だにしていなかった。

 村に着いたガゼフ達は隊列を組み、静かに広場まで進む。そこには代表者らしき人物達がいた。
 まずは何の変哲もない、この村の村長だろうと思われる人物。その隣には、この場にあまりにも不釣り合いな強大な力を感じる巨躯のアンデッドに、禍々しくも見事な黒の甲冑に身を包んだ戦士、王ですら見た事も無いだろう豪奢な布で作られたローブを着た南方出身者らしき魔法詠唱者(マジック・キャスター)が二人。片方の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は実戦経験があるとは思えない佇まいだった。それに引き換え、もう一人はガゼフも見た事がない武術を修めているようだったが、どう見てもそれは近接系の武術であり、魔法詠唱者(マジック・キャスター)が習得するような類いでは無さそうだった。
 この奇妙な三人と一体のアンデッドからは、ガゼフが生まれて初めてと言っていいほどのとてつもない力を感じた。この者達の前では生物の覇者たるドラゴンすら、ただのトカゲと変わらないのではないかとすら思えた。
 見事に整列した部下達の中からガゼフは前に出る。

「――私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を討伐する為に王の御命令を受け、村々を回っているものである」

「王国戦士長……」

 南方出身者らしき者と村長らしき人物が呟く。

「村長、横にいるのは一体誰なのか教えてもらいたい」

 武術を修めているように見える魔法詠唱者(マジック・キャスター)が一歩、前に出た。

「その必要はありません。私の名はササビと言います。遠くの国から旅をしてきた魔法詠唱者(マジック・キャスター)です。こちらはモモンと言います。あちらに立っている二体は私達が召喚した者達です。この村が騎士に襲われているのが見えたので、助けに来た次第です」

 ササビの言葉を聞いたガゼフは感動した。弱き者を助けに来る強き者がいた。それだけで、奇跡を目の当たりにした気分だった。それも旅の者が、異国の民であるカルネ村の住人を助けたのだ。
 気付けば馬から降りて、頭を下げていた。

「この村を救っていただき、感謝の言葉も無い」

 本心だった。目には涙さえ溢れそうだった。

「私は報酬目当てに助けただけですよ。路銀が乏しくてね」

 そんなガゼフに魔法詠唱者(マジック・キャスター)は嘯く。旅人の強者なら、騎士と村人の両方を皆殺しにしてから奪う事も容易に出来たであろう。それを遠目からでも貧しいとわかるこの村に、報酬目当てで助けに来るなどあるだろうか。帝国騎士を容易に追い払える実力者に釣り合う報酬など、この村の全てを差し出しても足りないだろう。

「ほう、報酬か。しかし、この村では貴方達を満足させる額を出せるようには見えないが」

「ええ、ですから村を襲った騎士の身柄と装備を換金してもらいたい。出来るだけ高く買って下さいよ。そのお金で、この村の空き家を買おうと思っていまして」

 そういう事かとガゼフは合点がいく。報酬目当てと言っておく事により、額を吊り上げ、その金を村に渡すという訳か。腕だけではなく頭も強者なのか。なんと素晴らしい人間なのだろうか。
 ガゼフは手を差し出していた。知れず握手を求めていたのだ。
 突然の事に驚いたのか、ガゼフにはササビが僅かに戸惑っているように見えた。戦士長という地位に就くものが頭を下げ、握手を求めたのだ。この地の貴族を知る者なら、それは驚くだろうとガゼフは苦笑した。
 ササビは村人や戦士達から見えないように自らの身体で自分の右手を隠し出す。ガゼフにはササビが何をしているのか分からなかった。ガゼフ自身には宗教の事はよくわからないが漠然と何か南方の教義なのだろうかと推測した。
 ササビはおもむろにガントレットを外す。ゆっくりと皮も身も無い白骨の手があらわになる。その手をガゼフに差し出す。
 ガゼフは驚いた顔をしたものの、それを力強く握った。
 彼の仲間達にはその手が見えている。ここで握り返さねば信頼など生まれない。これは信頼の証に他ならない。わざわざ村人やガゼフの部下から、その白骨の手を隠したのだ。それは無用の混乱を避けるササビの配慮に他ならない。それを押してまでガゼフにだけ秘密をさらしたのだ。このササビと言う者は、力や知恵や優しさに加え、度量と度胸すら備えている。これほどの漢に会ったのは初めてだった。
 ササビは口元を緩める。

「実は呪いを受けていまして、これを解くのも旅の目的の一つなのですよ」

 そう言いながらササビはガントレットをはめなおす。

「それなら私が手助けをしよう」

 ガゼフはこの漢の役に立ちたいと思った。それは漢が漢に惚れると言っても差し支えがない。

「いえ、それには及びません。追われる身でもあるものですから、情報が洩れると厄介なのです」

 そう言われては引き下がらずを得ない。そもそもアンデッドに対する忌避感は誰にでもあるもの。このアンデッドの身体が周りに知られればどうなるかは、戦士長と言う地位でなくてもわかる。
 それにガゼフにはまだやらなければいけない仕事が残っている。

「そうですか。では本題である、この村を襲った不快な輩について詳しい説明を聞かせていただきたい」

「その者達なら、戦闘で殺してしまった数人を除いて全て捕縛していますから。直接、取り調べした方が早いでしょう」

「ほぼ全てを捕らえたのか!」

 ガゼフは驚きのあまり声を出してしまった。

「ええ、報酬は弾んでくださいよ」

 この手勢で数人しか殺さずに捕らえるのはどれほどの難易度だろうか。それも村人を守りながら。間違いなくガゼフと数人の部下では達成できないであろう。
 ただ感心してばかりはいられない。すでに夕暮れになりかけている。ガゼフは団を率いる身として、村長に泊めてもらえないかと聞く。するとササビが「捕らえた騎士達の監視も兼ねて、私が買う予定になっている家に泊まればいい」と提案してくれて、話が決まった。
 ガゼフはササビ達と話をするのを密かに楽しみにしていた。自らが幼き頃に望んだ『弱き者を助ける強き者』と言葉を交わすのを。












 カルネ村近くの大森林、辛うじて村が見える位置にアウラはいた。モモンガの命により、周辺を警戒する任に就いていた。今はそれに法国の部隊を監視する任も追加されている。
 そんな階層守護者としては至極簡単な任務に就いているアウラは不安を抱えていた。それは任務についてではない。モモンガをバッドステータス、詳しく言えば恐怖状態にした事実が心に突き刺さったままなのだ。その一件はモモンガに赦されてはいる。ムササビにも気に病まないようにと言われている。
 それでもである。
 突き刺さった傷が癒えたとしても、突き刺さったモノが抜けた訳ではない。アウラにはあの時に見た、恐怖に歪んだモモンガの顔が忘れられないのだ。
 アウラは左の生え際辺りに触れる。あの時、モモンガの杖が当たった場所。傷は治り、痕も残っていない。それでも痛みは残っている。時々あるはずない痛みを感じる。痛むと決まって不安に苛まれる。至高の御方に害をなした自分が生きていてもいいのだろうかと。自分の存在理由が揺らぐ。
 そこで隣にいる大きな黒狼型の魔獣フェンが心配そうに顔を覗き込んでいるのに気付いた。
 アウラは首を振って嫌な考えを吹き飛ばす。

「はあ、暇だねぇ、フェン。変わった動きは何もないしね」

 安心させるように、フェンに話しかける。
 この任務に不満がある訳ではない。確かに面白い内容ではない。それでも至高の御方の役に立つ事は嬉しい。それと与えられた役目が楽しいかは別問題なだけだ。
 不意に背後からデミウルゴスの気配が現れる。

「アウラ、ちょっといいかね」

 アウラは振り向き、ゲートから出てきたばかりのデミウルゴスを見る。

「デミウルゴス、どうしたの? 今はナザリックで指揮を執っているはずでしょ」

「ムササビ様からアウラへの御命令を伝えに来たのだよ。『現地のモンスターをけしかけて、監視対象の足止めをせよ。ただし自らが行うのではなく、シモベに全てやらせる事』だそうだよ」

 アウラはデミウルゴスの言葉を聞いて、すぐにシモベ達に命令を下す。命令を受けたシモベ達は森の奥へと消える。ものの数分でゴブリンの群れが追い立てられて来る。そのままゴブリン達は法国の部隊へと走り去っていく。ただ、法国の部隊は魔法で偽装している為、ゴブリンには視認できないのだが、そこはシモベが巧みに誘導し、ゴブリンと法国の部隊を物理的に接触させる。

「あんな部隊を足止めして、ムササビ様は何が狙い何だろう」

「それはね、ムササビ様はレベル100である我々が成長する事を期待されているのだよ。これ以上ステータス面では強くなれないとしても、今より上を目指してほしいと願っておられる。今の御命令でも、アウラとシモベに直接足止めさせるのではなくて、シモベを使って現地のモンスターで足止めせよという内容からもわかるね。アウラのテイマーとしての腕はムササビ様は疑っていないけれど、アウラの魔獣達が他のモンスターを操れたのなら、それはとても大きな戦力になると思わないかい?」

「それは思うけどさ。でも、なんで今なんだろう。まだ安全だって分かってないんでしょ」

「その疑問はもっともだね。ムササビ様は弱体化してしまったモモンガ様の穴を早急に埋めたいと思っていらっしゃるのだよ。ムササビ様は我々にモモンガ様の代わりを務める事を期待していらっしゃるのだよ」

「あたし達がモモンガ様の代わりなんて無理だよ」

「それでもムササビ様は望んでおられる。いえ、代わりが務まると考えておられる。我々はとても期待されているのだよ」

「期待……」

 アウラにはその期待に答えられるとは思えなかった。今の自分は至高の御方だけにとどまらず、弟であるマーレや、あのシャルティアにまで気を使われている状態だ。とても情けない状況に陥っているのだ。
 はあ、とアウラはため息を吐く。監視を続けている法国の部隊はゴブリンをはじめとしたモンスター達と戦っている。法国の部隊が使える魔法は第三位階までのようだった。天使召喚を中心にした戦術で応戦していた。それはアウラには見るべきところの無いレベルの低い戦いだ。素人ではないだろうけど、むしろ熟練者の戦いだけれども、これくらいのレベルならいくらでもいる。そんなものにどれほどの価値があるかはわからない。けれど、隣のデミウルゴスはつぶさに観察している。この戦いのどこかに知恵者にしか分からない価値があるのだろう。
 分からないから、隣の知恵者に聞く。そこには居心地の悪さから話題を変える為という意味も多分に含まれていた。

「デミウルゴス、何をそんなに見ているの? この人間達の戦いに何かあるの?」

「ふむ、この法国の部隊がどの程度の者達なのかを見ているのだよ。ムササビ様はこの者達とも接触を図るおつもりですから、報告をせねばなりませんからね」

「それなら、なんで足止めなんて御命令をしたんだろう?」

「それはだね。王国の戦士長――ガゼフと言う名前なのだがね。それと少し話をしたいと仰られていたよ」

 アウラにはデミウルゴスが自分の心情を理解して話題に乗ってくれたのが分かる。自分はやはり気を使われている。そんな自分が至高の御方の期待に答えられるとは思えない。せめて、これ以上迷惑を掛けないように、いつも通り振舞うように心がける。

「ふ~ん。そのガゼフって言う奴、ちょっと羨ましいなぁ。私もムササビ様とお話したいな。ね、デミウルゴス、ムササビ様はそのガゼフとなんの話をするか聞いてない?」

「色々と試す、と聞いているよ。どうも王国は長くなさそうなのだよ。ガゼフが取るに足らない人物なら、王国との関りはカルネ村までにするとのお達しだよ」

 至高の御方が決めた事は絶対だ。それに対してアウラにはなんの不満もない。むしろ当然だと思っている。でも、何故この村なのだろうかという疑問はある。
 アウラが疑問に頭を捻っているとデミウルゴスが優しく話し出す。

「ムササビ様は遊んでいらっしゃるのだよ」

「遊ぶ?」

「なんでも人間は元より、異形種へとなった至高の御方々も『楽しみ』がないと生きていけないのだそうだよ。特にムササビ様はこの『楽しみ』を重視しておられるそうで。この村やガゼフと話す事で何か『楽しみ』があるのだろうね」

「え、そうなの!?」

 アウラは大いに驚いた。ガゼフ云々はもう吹き飛んでいた。あの至高の御方々が生きていけない状態なんて考えた事もなかった。そんな事なんてあり得ないと思っていた。

「ええ、ただ生きていけないと言っても死ぬわけではないそうですよ。我々で例えると、至高の御方が居なくなったような状態になるとムササビ様は仰られていました。生きているが死んでいる状態だとね」

「モモンガ様やムササビ様がいなくなるなんて考えられない」

 至高の御方が誰もいなくなる。それは死よりも恐ろしい。そんな状態で生き続けなければいけないなんて、永遠に恐怖が続くようなものだ。

「それは私もだよ。心の臓が動いているだけと言っても誇張はないね。我々を守る為に、至高の御方々のほとんどが御身を差し出された。最期の最後までモモンガ様とムササビ様はナザリックの為に御力を使い、このナザリックを守り切りました。ならば我々は、その『楽しみ』を最大限実現させなければいけない。至高の御方々が頻繁にナザリックの外へと冒険にお出かけになられていたのは、それが『楽しみ』だったからだそうだよ」

「そうだったんだ。じゃあ、今も冒険に出かけたいと思っているのかな。それだったらあたし達が頑張って冒険に行けるようにしないと」

「そうだね、その為にもアウラは探索の任務を頑張らないといけないね。ムササビ様もモモンガ様と冒険できるようになるのを楽しみにしておられる。何でも、至高の御方の中でも、取り分けモモンガ様は冒険を楽しみにしておられたそうですよ」

「モモンガ様が!? だったらあたしはもっと頑張らないと!」

 アウラは両手を握り、名誉挽回のチャンスだとやる気をみなぎらせる。

「……アウラはまだ、あの事が心に引っかかっているのだね」

 デミウルゴスの声音は優しい。アウラ自身も周りにどれだけ迷惑を掛けているか理解している。

「ムササビ様はこう仰っていました。『心に突き刺さったモノはゆっくりと抜けばいい。痛むなら傷が癒えてからまた引き抜けばいい』と、私はどうも、その手の分野には疎くてね。流石はムササビ様だよ。我々に成長を促す御命令を下しながら、例え失敗し落ち込んだとしても、すぐに立ち直れなくても咎めない、立ち直れるまで待つと仰っているのだよ。弱体化されたモモンガ様の穴を埋めるのも我々の安全の為、これほどまでに慈悲深き主に仕えられる幸福はないでしょう」

 アウラはデミウルゴスに同意する。慈悲が具現化したような存在。そんな至高の御方にほんの少しでも傷をつける者がいたとしたら、絶対に許さないとアウラは決意を新たにするのだった。












 ムササビさんが購入する予定の家で、ガゼフさんとムササビさんとで同じテーブルについている。俺の隣にムササビさんが座り、ムササビさんの対面にガゼフさんが座っている。アルベドは俺の後ろに控えている。後は壁にシャドウデーモンが二体と、天井にエイトエッジアサシンが一体、張り付いている。デスナイトは外で手伝いの続きだ。
 ガゼフさんにはシモベ達が見えていない。王国最強ですら不可視化されると見えない程度でしかないという現実。この周辺国家の危険度は低いと見るのが妥当だろうな。未だこの世界の未知とプレイヤーの脅威があるが、少しは肩の重荷が軽くなった気がする。
 始めは騎士達が村を襲っていた状況などの聞き取りをしていたのだが、その後は和やかな雰囲気で会話が進んでいく。ガゼフさんはムササビさんや俺の事を聞いてきて、ムササビさんや俺はこの辺りの国の事などを聞いた。三十路を過ぎた俺が言うのもなんだが、ガゼフさんは気が若い。見た目での判断だが俺の十も上ではないだろうが、それでもこの歳と地位で少年のように目を輝かして俺達の話を聞いていた。もちろん、振る舞いは年相応を崩しはしなかったが、そこが逆に好感を持てた。
 しかし、そんな雰囲気も途中から雲行きが怪しくなっていった。ムササビさんの当たりがきつくなってきたのだ。
 ムササビさんは、ガゼフさんがナザリックの協力者足りえるかを試すと言っていた。これが試すという事なのだろう。多分、ガゼフさんを怒らせようとしているのだ。安い挑発に乗る者やすぐに感情的になってしまう人間が仲間にいると厄介なのは社会人ならみんな痛感しているだろう。
 確かに時間がないのは分かっているけど、あんまり好きなやり方じゃない。でも他のやり方が思いつかない。代案がないから、何も言わない。言えない。
 俺が何も言葉を発しないから、ムササビさんの追求が続いていく。ムササビさんも好きでやっている訳ではないのは分かっているけど、それでも気分の良いモノではない。本来はアインズ・ウール・ゴウンの最高責任者である俺がやらなければいけない汚れ仕事なのに。
 ムササビさんはガゼフさんの装備を一瞥して、口を開く。

「ガゼフさんは王国で最強の人なのに、装備は他の戦士の方と変わらないのですね。仮にも敵国騎士が相手の任務だと言うのに」

「いや、これは……」

 ガゼフさんが言い淀む。答えを待たずにムササビさんは話を続ける。

「なるほど、いつもの装備は取り上げられたと言うところですか。ガゼフさんの王への忠誠心を見るにそれと異なる派閥、貴族の横やりですか」

 ムササビさんはじっとガゼフさんの目を見ている。ガゼフさんは観念したように、ふっと笑う。

「……ササビ殿はお見通しなのだな」

「旅人に身をやつしていますが故郷では貴族階級でしたから」

 ムササビさんは自嘲気味に笑った。
 ムササビさんはガゼフさんと会話をしながら、合間に手で組んで口を隠し、〈伝言(メッセージ)〉を飛ばしてくる。内容は、この王国は長くない。良くて10年、悪くて今年中には無くなるだろうとの見解だ。権力闘争で自国の最高戦力を罠にはめるなんて亡国の兆しと言っても過言ではないのだそうだ。
 ムササビさん曰はく、軍とはコストパフォーマンスが悪い。だが、それを保有していない国はない。それは必要経費だからだ。それが過剰で国家運営が立ち行かなくなるなら削減もやむを得ないが、そうでないなら維持しなくてはならない。それを理解していない者が権力を持ち、少数ではなくなっている。これで国が滅びない訳がない。ここまできたら、権力者の少なくない人数が他の敵と通じているだろう。だから、自国の戦力――引いては防衛力が落ちても構わないのだ。後はどこかに攻め込まれるか、吸収されるか、乗っ取られて終わり、という訳らしい。それは俺でも理解できる。だから、ムササビさんはガゼフさんを試しているのだ。この終わりかけた国に、肩入れする価値がある人間なのかどうかを。
 ナザリックの事が無ければ、俺とムササビさんはガゼフさんと友好関係を築いただろう。リアルで権謀術数が渦巻く支配者階級にいたムササビさんなら、貴族社会でも容易く生きていけるはずだ。ガゼフさんのレベルで国家最強なら俺とムササビさんのレベルならどこでも生きていける。もちろん、他のプレイヤーを警戒しなければいけないが、二人だけならどこへでも逃げられる。最悪、ムササビさんが個人で保有する課金アイテムの数々でどうにでもなる。仲間とはいえ他人のアイテムを当てにするのは良くはないが。ムササビさんは今、ナザリックの為に苦労しているのだ。半分は俺の代わりに。
 ムササビさんの厳しい質問はまだ続いている。

「それだけの手勢で助けに来たんですか? その程度では仮に村が襲われていたとしても、村人の命を守るには手が足りないのではないですか?」

「それは……考えていなかった。失われてしまう命が、一つでも助かれば良いと」

「なるほど、ですが、これが罠だと分かっていなかったのですか? 自分の命の価値が分かってないのですか? 誰も貴方に進言しなかったのですか?」

 ムササビさんが矢継ぎ早に質問を浴びせる。なんだかリアルの時の嫌な取引先を思い出す。アウラが足止めしていられる時間はそんなに長くないから、こんな圧迫面接染みた事をしなくてはいけない。

「いや、罠だとは分かっていた。この隊の副長も進言してくれた。それでも私は退けたのだ」

 ムササビさんは大袈裟に首を振り、大きなため息は吐く。

「なるほど、貴方も、その副長さんも分かっていないみたいですね。周辺国家に武名が轟く、国家の最強戦力が死ねばどうなるかを。貴方はこの王国を滅亡の危機に陥れさせていたかも知れないのですよ。貴方の死が戦争の引き金になる可能性はどれくらいのものか、ご自分でもわかっているのではないですか。国家間の争いが本格化すれば、どれほどの民が犠牲になるか理解しているでしょう。それほどの地位にいながらそれが分からないなど、ただの怠慢です。民に対する裏切りだ」

 ムササビさんは語気を荒げて一気に言い放った。
 ムササビさんは容赦がない人だ。仮にこの村を滅ぼすのがナザリック存続に必要になれば、自らの手で滅ぼせる人だ。情に厚い人だけれども、情に流される事は決してない。俺もアンデッドの身体のままで心がアンデッドに浸食されていたなら、この村もガゼフさんも切り捨てるのになんの躊躇もしなかったと思う。仲間が残したナザリックの為なら、当然のようにそうしただろう。でも、今の俺は人間の身体なのだ。ナザリックの方が大切だけど、ガゼフさんも死なせたくないと強く思ってしまっている。そこまで割り切れない。
 ガゼフさんは俺が今まで会ってきた人の中でも相当の良い人なんだ。
 俺は小心者だ。ユグドラシル最後の日に、ヘロヘロさんを呼び止められなかったくらいのヘタレだ。だからナザリックの責任者として当然の事をしているムササビさんを止められない。
 もし、肩入れしないと決めたなら、ガゼフさんは法国の部隊に殺されるだろう。それは嫌だと思ってしまう。でも、声が出ない。ムササビさんは何も間違っていないから。法国につくのがナザリックの利益になるのなら、ムササビさんは法国につくだろう。ガゼフさんを助けたいと思うのはオレのワガママだ。

『モモンガ様、お悩みのようですね。天井に潜ませているエイトエッジアサシンが酷く心配していますよ』

 ユウ、良い所に。俺は口元を隠して、ユウに返事を送る。

『ああ、このままでは王国と敵対する事にならないかと危惧しているのだ』

『ご安心ください、モモンガ様。お父様はこういう人を責めるような事はお嫌いですが慣れておりますから、加減はお手の物です。それに、なんらかのアクシデントが起きても対処できますから、モモンガ様が思ったまま行動なされても大丈夫です』

 事も無げにユウは言った。それは俺の苦悩を笑い飛ばすかのように。こんな事をするのはシモベの中ではユウくらいだ。

『本当にそう思うか?』

『ええ、お父様は有能ですから。完璧な計画を立てて行動するよりも、ある程度の遊びを持たせてあらゆるものを利用して対処するタイプですので、どんなアクシデントがあろうとなんかしてくれます』

 すごい自信だ。これがユウ以外のNPCが言ったら過大評価し過ぎではないかと考えてしまうが、ユウならそれはないだろうと思える。それにユウの声には、なんだかムササビさんに対する親愛の情を感じる。娘として生み出されたからだろうか、他のNPCが俺達に向ける忠誠とは違う、絆のようなモノがある気がする。

『それにですね、モモンガ様。渉外役を仰せつかっているお父様は、ガゼフさんと二人で話とする事も出来たのです。それをモモンガ様も同席させたのには何か考えがある筈なのですよ。お父様は一つの行動で二つ以上の効果がある事をしますから。お父様はそうして今までずっと生きてきました。それにお父様にもっとワガママを言って下さいと言われたのでしょう。でしたら、ガゼフさんを助けたいと思うモモンガ様のワガママも計算の内ですよ。ボクが信じるお父様を信じてください、モモンガ様』

 ユウの言う通りだ。よし、ムササビさんを信じよう。しかし、どう止めたモノか。オレはあれこれと考える。が、良い案が浮かんではこない。
 俺は緊張で乾いた喉を潤す為、コップに口をつける。

『ガンバです、悟様!』

 俺は口に含んでいた水をすんでのところで噴き出しかけた。

『え、な、なんで』

『至高の御方が思うままに生きるのは当然では無いですか。モモンガ様はもっとワガママになってもいいのです』

『そっちじゃなくて』

『モモンガ様が酷く緊張しておられるようでしたので、リラックスさせようかと』

『そうでもなくて、なんで俺のリアルの名前を知ってんの?』

『ええ、それはですね、ボクがやまいこおか……コホン、失礼しました。やまいこ様にアインズ・ウール・ゴウンの女子会へ連れて行ってもらっておりましたので。その時にモモンガ様の真の名は鈴木悟だと聞いたのです』

『え、オレだけ!?』

『いいえ、他の至高の御方々の真の名も話題に出ていましたよ。ちなみにお父様の真の名も知っております。菱川周佑(ひしかわ しゅうすけ)でしょう』

 女子会で俺達のリアルの名前を出して、なんの話をしていたのだろうか。オフ会の時の愚痴とかかな。ああ、聞きたいような聞きたくないような。

『モモンガ様、お父様を止めなくてよろしいのですか?』

 そうだった、今は俺の女子会での評判なんてどうでもよかった。今はムササビを止めよう。ここでガゼフさんの命を助けても、致命的な失敗になる可能性はそんなに高くない。法国とも仲良くやれる余地は十分に残る。――違う、これは俺のワガママだ。オレは今から仲間にワガママを言うんだ。

「サ、ササビさん、そんなに言わなくても」

 自分で思っていたよりもかなり弱々しい声が出てしまった。結局、良い案が思いつかなかったので、ただただ止めるだけという情けない結論になってしまったのと、やはりワガママを言う引け目も影響しているだろう。

「いいえ、モモンさん。分かっていないなら、言わなければいけません。自分が倒れれば、その後にどれほどの死体が積み上がるかを知らなければいけない。それが地位ある者の責務だ。自己を軽々しく犠牲にしてはいけないのが地位ある者なんです」

 俺が止めに入っても、ムササビさんは止まる気配がない。それならとガゼフさんへ言葉は掛ける。

「あの、ガゼフさん。ササビさんは悪気があって言っている訳ではなくてですね。私達の国も、その、貴族の圧政が酷くて、いや、この国が酷いと言っているのではなくてですね、えっと」

 ああ、言葉が上手く出てこない。事前に準備が出来たらこうはならないのに。はあ、なんで俺って、こういうのに弱いんだろう。困った顔をしていたであろう俺に向かって、ガゼフさんは気遣うように笑いかける。

「そんなに慌てなくても全て承知している。ササビ殿は貴族だったと言う。これほどの立派な御仁が呪いを受けたからと国を離れる事になったのだ。どういう国だったのかは察せられる」

 ガゼフさんはあまり気分を害してはいないようだ。なら、ここはムササビさんの好感度を上げていこう。

「そうなんですよ。ササビさんは大貴族でありながら、そんな国を変えようとしたのですが道半ばで呪いを受けてしまって。だから、ちょっと熱くなってしまったんです」

 ちらりとムササビさんを見る。ムササビさんの表情は変わらなかったが、テーブルの影でひっそりと親指を立てていた。あぁ、ここまで計算していたんですね、ムササビさん。さすがはアインズ・ウール・ゴウンの周瑜とその『娘』のユウだ。

「モモンさん、オレはそんな大それた人間では無いですよ。ガゼフさん、すみません。言い過ぎました」

 ムササビさんはガゼフさんに頭を下げる。

「いや、ササビ殿が謝る事など何もない。ササビ殿の言は至極もっともだ。反論の余地もない。私の考えが浅はかだったのだ。ササビ殿は呪いを受けた身でありながら異国の民を助ける人格者だ。民を思う気持ちから出た言葉なのはよく存じている。それほどの力をもっているにも関わらず、国に尽くそうとしていた御仁だ。周囲への配慮は欠かさぬのだろう。貴方ほどの者から見れば、私など至らぬところばかりの武骨者に映っていても仕方がない」

 ガゼフさんの言葉にムササビさんは照れくさそうに頬をかく。

「そこまで持ち上げられると流石に恥ずかしいですね」

「いや私は貴方達が神だと名乗れば信じてしまいそうなくらいの力を感じるのだ。むしろ戦いの神だと言えば、やはりと言ってしまいそうだぞ」

 神って、まあ、レベルが10違えば勝ち目がほとんどないんだし、こんなにレベルが離れていたら、そう感じてもしょうがないか。NPC達が気配のようなモノを感じられるのなら、現地の人間も強者の気配的なものを察知できる者がいても不思議ではない
 さっきまで照れ臭そうにしていたムササビさんが、困ったような顔をして話し出す。

「その事ですが、これは御内密にしておいてほしいのです。我々のこの絶大な力はいつでも出せる訳ではないのですよ。一度使うと、しばらくは行使できないのです」

 ムササビさんは突然そんな事を言い出す。これは多分、神と見紛う力を際限無く行使できると思われるのはまずいという判断だろう。

「なるほど、その神にも等しい力には秘密があると」

「ええ、そうです。詳しくは内緒ですが」

「私は随分買われているのだな。安心してほしい、秘密は死んでもしゃべらぬ」

 ガゼフさんはムササビさんに認められた。これでよっぽどの事が無い限り王国と敵対関係にならないだろう。一安心だ。
 家の外からガゼフの部下の足音が聞こえる。後は法国の部隊次第だ。プレイヤーがついていないのなら、無事終了だ。このまま何も問題が無ければいいのに。
 家に入ってきた戦士が大きな声で告げる。

「戦士長。周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」















 オレとモモンガさんとガゼフさんは民家の影から村の周囲を見渡していた。呼びに来た戦士の報告通り、村は包囲されている。統一された服装の者達の他にユグドラシルにいたモンスター、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)がいる。アウラに足止めさせた時の報告は、すでにデミウルゴスから受けている。この者達が使う魔法は全てユグドラシルと同じ。その性能もユグドラシルと変わらない。
 もう一つのデミウルゴスの報告だけど、アウラはまだへこんでいるようだった。フォローはしてくれたようだが、どこまで効き目があるやら。あのくらいの年頃はすぐにケロっとしている事もあれば、何日も気にしたりと難しいんだよな。いや、見た目通りの歳をした人間に当てはめたらの経験則だけど。
 天使の中に一体だけ一つ上の位階で呼び出せる監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)がいる。その近くに立つ、一人だけ装いが少し違う者が隊長だろう。

「この村に何かある訳でもなし、遠くの異国から来た私が狙いなはずもない。これはガゼフ殿が狙いでしょうね」

 しかし王国の最高戦力が辺境に来るとはね。権力はさほどだけど、地位と人柄は申し分ない。想定していた中でも上位の好条件だ。あんな詰問するような事は好きじゃないけど、時間も無かったし、しょうがないよな。そのおかげでガゼフさんという人間が良く理解できたのは事実だ。
 ガゼフさんはどうしようもなくバカと言う事が分かった。どうしようもない人だけど、こんな人が少なくなったから、あんなリアルになってしまったのだ。死なせたくないな、こういう人。モモンガさんも止めに入るくらいには好きそうだし、オレも嫌いじゃない。
 あんまり好きな手段じゃないけど、ユウに手を回させた甲斐があったな。モモンガさんはワガママを言えたし、本音も分かったし、うん、出来る限りガゼフさんは助ける方向で調整しよう。ただ、王国はリアルによく似ていて、あまり好きにはなれないんだよな……。

「そうだろうな。あれほどの数の天使を召喚できる者を集められるのは、おそらくスレイン法国。それもこの任務から考えて特殊工作部隊群、噂に聞く六色聖典だろう。数も腕も相手が上だ」

「六色聖典……ですか」

 特殊工作部隊群ね。白で統一した姿から見て、後五つ違う部隊がいるのだろう。こういうのは別々の役割に特化しているものであるから、この者達は戦闘分野の部隊の一つなのだろう。国家の裏の部隊がこの程度なら、現地の人間の戦闘力も察せれるというものだ。
 装備の方はどの程度かな。〈造物主(ザ・クリエイター)〉のスキル〈全装具看破〉を使用する。さっきの騎士達とは比べものにならない程の上質な装備だ。そしてオレ達と比べものにならない程の低レベルだ。この世界では第三位階魔法を使うレベルだと、この程度なのかもしれない。
 次はアイテムを見ていく。幾つかのポーションくらいで、こっちも特に変わったモノはなさそうだなぁ――て、魔封じの水晶! ユグドラシルのアイテムをなんで六色聖典の隊長が持っているんだ!? もう法国に取り入ったプレイヤーがいるのか!? 早すぎる、そんな短時間で軍事行動を決められる階級に食い込めるものか、初めからこの世界のレベルが分かっていたなら出来るかもしれないが、それはありえないだろう。逆に良く考えずにしたとしたら、そんな短絡的な人間がこんな手の込んだ事をするか?
 ――違う、もしかしたらオレは思い違いをしていたのかもしれない。オレはてっきり他のプレイヤーがいたとしても、同じ時間に現れたと思っていた。だけど、そうとは限らない。例えば、数日や数か月、数年のズレがあるかもしれない。もしそうだとしたらとても厄介だ。相手はすでにこの周辺の国を支配していても不思議ではない。
 いや、待て、あの水晶に入っている魔法は第七位階だ。どういう事だ。仮に法国にプレイヤーがついているとして、あの程度の魔法を入れるだろうか。このスキルではどんな魔法かまでは分からないが、レベル100の狩場で使う魔法は概ね第八位階からだ。第七位階では弱過ぎる。そもそもレベルがカンストしていないのか。いや、それなら大人しくしている方が良いだろう。よっぽどの何かが無い限りレベルカンスト勢には敵わない。仮に罠だとしても、意味がない。これでは余計な警戒を与えるだけだ。警戒を与えるのが目的としても、そもそも警戒しなければいけない未知の世界でやる意味がない。
 分からない、なんの意図があるんだ。それとも何も考えていないだけか。その可能性も大いにある。十分な教育を受けていた人間なんて、ほんの一握りなのだから。
 ……待てよ、この世界がユグドラシルと融合したような世界でユグドラシルの魔法が存在する世界なら、ユグドラシルのアイテムがあってもおかしくない。それはスワンプマンよりかは遥かに確率が高い。この世界にはユグドラシルのアイテムが存在している可能性もあるのか。それならワールドアイテムもあるかもしれない。それに魔法のあるリアルとよく似た世界なら、儀式や月の満ち欠け等で普段以上の魔法が使える可能性もあるか。地球の魔術でもよくあるパターンだからな。
 オレが考え込んでいると、ガゼフさんが言葉を掛けてくる。

「良ければ雇われないか? 報酬は望まれる額を約束しよう」

 さっきまで話していた時よりも固い声音。ガゼフさんはオレが考え込んでいるのを見て、六色聖典が相手ではオレ達でも分が悪いと思ったのだろうか。それとも国の諍いに巻き込むのは良しとしなかったのだろうか。
 どっちにしても性格の良さがにじみ出ている。
 法国にプレイヤーがいた場合、ここでガゼフさんに雇われて味方したなら、こちらの存在がバレる。そうなると法国の者達は絶対に確保しなければいけない。プレイヤーに関する情報を聞けるかもしれない、プレイヤーがいなくてもユグドラシルのアイテムについて聞けるかもしれない。この者達は重要な情報源だ。王国には恩を売れる。すでにプレイヤーがいるなら、こちらも街に紛れて情報収集するのが得策だな。人ごみの中なら情報魔法を使われたとしても誰がプレイヤーかまでは分からない上に、こちらの情報魔法に反応があれば把握できる。
 逆にガゼフさんに雇われなければ、ガゼフさんが死ぬだろう。それはモモンガさんが悲しむ。オレも悲しい。そして、オレ達が悲しむとナザリックの皆も悲しむ。アイツらはそういう奴らだ。なら、取る選択は決まっている。さっき、出来る限りガゼフさんを助けるって決めた所だろう。相手にプレイヤーがいたところで、何とかしてやる。ここにはルールも何もないんだから。ユグドラシルの時みたいに容赦をしなくても、構わないのだから。
 すう、と息を吸い込む。少しして、軽く吐き出す。

「三つ条件があります。一つ、私達だけで戦わせていただきます。一つ、これから起きる事は他言無用でお願いします。一つ、あの者達の身柄は私達が預からせていただきます」

 オレ達だけで戦えば、死者を出さずに戦いを終われるだろう。どんな第七位階魔法が入っていたとしても、こちらに大きな被害が出る事はない。ガゼフさんはオレ達の防御魔法とアルベドとデスナイトの守護があれば安全だろう。もちろん相手側の出方しだいでは、皆殺しも視野には入れておく。命が掛かっている戦いである以上、それは覚悟しておくべきモノだ。じゃないと、いざという時に動けない。

「ここであの者達を王国に引き渡せば、証言から私達の存在が王国にバレます。そうなるとガゼフさんを上回る戦力として王国からは何かしらの行動を起こされます。その情報は法国にも伝わるでしょう。私達が六色聖典を倒したと知られれば法国からも追われる身になってしまいます」

 もっともらしい理由をガゼフさんに伝える。もちろん、それも嘘ではないから問題はない。
 法国にプレイヤーがいたとしても、相手は相当杜撰だ。こっちにはデミウルゴスにアルベドがいる。それにまだ会ってはいないけど、パンドラズ・アクターも同程度の知能を有しているはずだ。PVPならモモンガさんも強い。俺は職業構成上ステータスはさして強くはないけど、 P  S (プレイヤー・スキル)ならある。いざとなれば、課金アイテムも山ほどある。よっぽどの相手ではない限りは勝てる。それでモモンガさんとナザリックの皆が悲しまなくてすむなら安い。オレ達で倒せないような相手なら、現地の国に取り入る必要もないはずだ。オレ一人だけならこんな大胆な手には出ないが、モモンガさんがいる。一人と二人では取れる手段の数が段違いだ。
 オレ達二人を加えたナザリックの脅威になる相手となると無数にいるが、倒せないとなると数えるほどしかいない。倒せない相手であったとしても、ナザリック地下大墳墓で迎え撃つ限りでは負けは決してない。

「しかし、旅の身であの数の身柄をどうにか出来るようには思えないが」

 ガゼフさんは当然の疑問を口に出す。

「私達から神にも等しい力を感じるのでしょう。それなら、どうにでもできると思いませんか」

「ふっ、そうだな。愚問だった、その条件を飲もう。貴殿なら悪いようにはしないだろう」

「ではガゼフさんは責任者として同行していただき、部下の方たちは万が一の為に村人の警護をお願いしても良いでしょうか」

 ガゼフさんは了解の意を示し、部下に命令を伝えに行く。オレとモモンガさんは作戦会議をする為に周りに声が聞こえない距離まで離れる。

「で、ササビさん。どんな作戦で行くんですか」

 この感じ、ユグドラシル時代を思い出す。ここにぷにっと萌えさんがいれば何か作戦を出していただろう。提案された作戦を多数決で決めて行動開始が、いつものアインズ・ウール・ゴウンだ。

「そうですね、ここはオレの微妙魔法コレクションの中から、あの対情報魔法を掛けます。モモンガさんのは切っといてくださいね。相手は何故か魔封じの水晶を持っていましたが、中身は第七位階魔法でした。魔封じの水晶がプレイヤー由来なのか、この世界に元々あるある物かは分かりませんが、そんな位階の魔法を大事に持つようなレベルです。仮にプレイヤーだったとしても、レベルがカンストしてない可能性が高いです。攻撃系の対情報魔法なんて発動したら、相手に関係修復不能なまでのダメージを与えるかもしれません。まあ、そんな低レベルで情報魔法なんて使うかは分かりませんが」

「ああ、あの対情報魔法ですか。どうやって有効利用できるかとよくぷにっと萌えさんと話していたやつですね。それはナイスアイディアです」

 モモンガさんは納得したようで対情報魔法を切る。
 現状、六色聖典はガゼフさんが罠にハマり、自軍が圧倒的有利だと考えているだろう。その状況でこちらの話に耳を傾けない可能性は高い。まずは話し合いのテーブルに着かせなくてはならない。それには相手にこちらが脅威と認識させなければいけない。あの魔封じの水晶を使用させるのが一番確実だろう。
 さて、どうやってそれをするかだ。相手の背後にプレイヤーがいる可能性がある。脅威になるレベルでは無さそうだけれども、悪意のあるプレイヤーかどうかまでは分からない以上、こちらがプレイヤーだと断定できる情報を与えたくない。出来れば虚偽の情報を流したい。まだ六色聖典を無傷で法国に返すという選択肢がある限り、その辺をちゃんとしておかなければいけない。
 ――ここは一芝居打つか。さっきガゼフさんは神にも等しい力を感じると言っていた。魔法がある世界で神と言う概念があるのだ、魔神とでも名乗れば信じるかも知れない。背後にプレイヤーがいたとしたら、この世界には魔神なる存在がいると誤認する可能性もある。第五、六位階の魔法を使っていけば、魔封じの水晶の中身が攻撃系統なら使用するだろう。しばらくして使わなければ、回復系統と判断して隊員に攻撃を仕掛けていけばいい。それでも使用しなければ捕縛だな。
 オレは思いついた作戦をモモンガさんに伝える。後はナザリックの皆とガゼフさんにも説明する。
 打ち合わせを終えたオレ達は村を出る。六色聖典の隊長とおぼしき者の元まで歩いて進んでいく。オレとモモンガさんを先頭にして、少し離れてアルベドとデスナイトがガゼフさんを守りながらついていく布陣だ。
 相手は警戒しているのか、天使に襲われる事も無く進んでいけた。六色聖典はオレ達を包囲するように展開していく。ただの一人も功を焦る者がいない。よく訓練されている部隊だ。やはりナザリックの面々は戦闘に関する報告は辛口になるようだ。デミウルゴスに法国の部隊の感想をアウラに聞くように命令しておいたのだが、その答えは大して見るべきところが無いだった。レベル100からみたらそうなのかもな。この辺の評価の違いも確認しておかないとな。
 隊長まで30メートルほどの距離まで近づいた頃には完全に包囲されていた。
 リアルでは何人もの軍人に会ってきた。その中には実際に人を殺してきた人もいた。隊長らしき者からリアルであった歴戦の軍人と似た印象を受ける。この人は命令があれば躊躇なく人を殺せるだろう。理知的ではあるが、暴力を生業としている獰猛な雰囲気をまとっている。特殊部隊の隊長は伊達ではないのだろう。これほどの人材でも、レベル100基準では十把一絡げにされてしまうのか。リアルのオレ達から見たら、相当優秀な人間なのにな。
 六色聖典の隊長らしき人物がオレ達を見回すと表情を険しくさせる。

「ガゼフよ。周辺国家最強ともあろうものが、どこの馬の骨とも知れぬ者だけにとどまらず、アンデッドの力まで借りるのか」

 アルベドから不穏なオーラを感じる。どこの馬の骨が気に入らなかったのかな。今のオレは人の骨なのかすら不明な、なんの骨とも知れぬ身なんですけどね。
 オレの特技、腹話術で〈伝言(メッセージ)〉を送りアルベドに釘を刺しておく。他の者にも何があっても手出し無用とは言っているが大丈夫だろうか。いや、心配する必要はない。あいつらの忠誠心は本物だ。命令に背くとは思えない。
 今は目の前の事に集中する。さあ、演技を始めよう。
 オレはさながらアクターの様に両手を広げた後、カーテンコールの様に大きく頭を下げる。

「まずは自己紹介から始めましょう。私はガゼフさんに雇われた旅人。名をササビと申します。後ろにいるのはモモン。他の二体は私達が召喚した者です。そちらの代表者の名前を聞いてもよろしいでしょうか」

 しばしの沈黙の後、隊長らしき男は「ニグン」とだけ答えた。

「よろしくお願いします、ニグンさん。私達は貴方達と話をする為に来ました」

 ニグンは逡巡の後に、顎をしゃくり話を促す。

「ありがとうございます。私の話はただ一つ、ガゼフ殿を見逃してほしいのです」

「ふん、どんな話かと思えば、それは無理な相談だ。我々の任務はガゼフの抹殺。そして目撃者の殲滅だ」

 これでこの事件は法国の離間工作で確定したな。しかも、それは表の目的で真の目的は王国最高戦力の抹殺。後は弱体化した王国に帝国が攻め込ませるように仕向けると言った所かな。問題はこれが、少なくても第七位階を使えるプレイヤーがさせるかと言う点だ。ガゼフさんが最高戦力の時点で、王国の戦力なんて高が知れている。第七位階が使えるのなら一人で王国を滅ぼせる。なら、法国の背後にプレイヤーがいないと考えるのが妥当か。
 もしくはプレイヤーが異世界の人間を使った戦略ゲームを楽しんでいるだけかも知れない。悪趣味だが無い話ではない。オレみたいなアンデッドの、いや、異形種のプレイヤーならやりかねない。オレがカルネ村の虐殺を見て、何も感じなかったように、そんな生身の人間をコマの代わりにしても何も感じないのだろう。オレも一人だったなら、どうなっていたか分からない。
 それでもだ。そんな反吐が出るような行為をする人間だとしたならば、相容れない存在だ。そんな危険な人物はモモンガさんが知る前に始末しよう。そんな血生臭い話は一般人だった――その中でも、血を見ただけで卒倒してしまうモモンガさんには刺激が強過ぎる。オレは支配階級だった以上、そういう話とは完全に無縁と言う訳にはいかなかった。支配階級同士の争いでは代理として、いわゆる負け組が血を流す。比喩ではなく、本物の血が流れて、死ぬ。実際に殺される現場も見ている。慣れてしまっている。オレならプレイヤー(リアルの人間)が相手でも躊躇しない。
 どっちにしても話を聞いてからだ。覚悟はできている。

「そうですか。こちらとしてもガゼフさんは雇い主。殺される訳にはいきません。そうなると私達は貴方達を倒さなければいけません。先に言っておきますが、我々には第三位階などと言う児戯にも等しき魔法は効きませんよ」

「下らんハッタリだ。スケリトルドラゴンでもあるまいし、魔法が効かぬなど」

 ……スケリトルドラゴンに魔法が効かないって、この辺りの人間は強くてもレベル40程度なのか。それで何かしらの儀式か時期でしか行使できない第七位階を魔封じの水晶に入れているのか。プレイヤーの関与よりもそっちの方がしっくりくる。

「ハッタリかどうかは試してみたらいいでしょう」

 オレは挑発するように両手を広げる。
 話し合いにおいて、最も大切なものは何かと問われれば、オレは暴力だと答える。厳密に言えば脅威度だ。どんな人間でも脅威のある者の話は聞く。だが、驚異の無い者は容易く無視される。それは子供の時からそうだ。脅威がある子供が無視される事はないが、無い子供が無視をされるなんてザラにある。
 六色聖典はオレ達に脅威を感じていない。だから話し合いに応じない。だったら、脅威を感じてもらうまでだ。もちろん、穏便な方法で。ただし、ここで大事なのは多少の死者は出ても仕方がないの精神だ。絶対に手を出してこない暴力など暴力ではないし、脅威になりえない。必要があれば手を下す覚悟がいる。

「どうしたのですか。かかってこないのですか。どちらにしても、我々を倒さなければガゼフさんを殺せないでしょう」

「ふん、お望み通り魔法を放ってやれ」

 ニグンの命令に、オレ達を囲む六色聖典の隊員が数々の魔法を放つ。そのどれもがオレとモモンガさんに通じない。幾多の魔法を叩き込まれて平然と立つオレ達を見て、六色聖典に動揺の色が浮かぶ。

「なんだと……、トリックがあるに決まっている。大方どこかの遺跡で手に入れた希少なマジックアイテムの効果か何かだ。天使達を突撃させろ。物理は防げん筈だ」

 ニグンは早い判断で部下に命令を下し、十数体の天使を襲い掛からせる。迫りくる天使をオレとモモンガさんは、デモンストレーションの一環として素手で倒す。これだけのレベル差があれば、脆弱な魔法詠唱者(マジック・キャスター)でも自身の筋力だけで十分だ。ある意味、魔法で倒すよりもインパクトがある。
 ガゼフさんに向かった天使はアルベドとデスナイトが一撃で屠る。

「バカな! 魔法詠唱者(マジック・キャスター)が素手で天使を倒すだと……。それにそこのアンデッドの強さ、まさか、あの都市一つを滅ぼせる伝説のデスナイトか!」

 デスナイトで都市一つが滅ぼされるのか……。スクワイアゾンビを作れるから、この世界の人間のレベルには天敵か。それにしても、デスナイトが伝説のアンデッドね。スケリトルドラゴンといい、デスナイトといい、これはもしかして、今まで警戒に警戒を重ねていたオレとモモンガさんがバカを見るパターンなのではないだろうか。この世界には脅威が無くて、オレ達以外のプレイヤーも存在しないかもしれない。
 まあ、どっちにしろ、今は魔封じの水晶を使用させるのに注力しようか。

「いかにも、このアンデッドはデスナイトです。こちらのモモンが召喚いたしました。そして私達二人は、れっきとした魔法詠唱者(マジック・キャスター)ですよ」

 オレはそう言って、第五位階の〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉を〈魔法最強化(マキシマイズマジック)〉と〈魔法三重化(トリプレットマジック)〉を使って監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)に放つ。オレの手のひらより生まれた、雷で構成された巨大な三頭の龍が目標に襲い掛かる。直撃した瞬間、目がくらむほどの閃光と共に天使を消しさった。
 六色聖典にざわめきが広がる。特殊部隊の人間と言えども第四位階で召喚された天使が一撃で倒される出来事とは、これほどの衝撃を与えるものなのだろう。
 さあ、その魔封じの水晶を使え。そして、話をしよう。交渉のテーブルはいつでも空いている。
 ニグンは震える声を絞り出す。

「バ、バカな。上位天使が一撃だと…、貴様は何者だ! ササビなど言う名は聞いたこともない! 貴様の本当の名前はなんだ!」」

 さてさて、そろそろクライマックスにいきますか。

「本当の名前か、我が名はササビで間違いないぞ。ただし――」

 オレは『選面の無貌』を外し、オーバーロードの顔を外気にさらす。

「――人間ではなく、魔神だがな」

 ニグンの顔が驚愕に歪み、怒りへと変わる。

「……貴様、封印されていた魔神か! 見下げ果てたぞ、ガゼフ・ストロノーフ! 貴様は愚かではあっても邪悪ではないと思っていたぞ! よもや魔神の力を借りるとは!」

 ガゼフさんにはオレの顔を晒す事は事前に伝えている。なのでガゼフさんはなんのリアクションも示さない。それがさらにニグンの怒りをかき立たせたようだ。
 好都合な事に、この世界には魔神が存在するらしい。ニグンの反応からも恐れられているのが分かる。それじゃあ、もう少し悪役っぽくするかな。

「ほう、我ら以外にも魔神がいるのか。ソイツらがどうなったかは知らぬが、我らを倒せる者など存在せぬぞ?」

 これで魔封じの水晶を使ってくれるかな。中身が即死系や範囲系の魔法だったとしても、ガゼフさんにはたっぷりバフ等の魔法を掛けてるから問題無い。
 六色聖典の隊員達の顔が恐怖に染まり、口々に「魔神……」とつぶやく。漏れ出るようだった声が、やがて喧噪へと変わり、ニグンにすがるような悲鳴になる。

「隊長、我々はどうすれば! 魔神が相手では敵うはずがありません!」

「ええい、落ち着け! こちらには切り札がある!」

 ニグンの咆哮のような声が響く。隊員達が一斉に動きを止めた。その顔には僅かな希望に縋る者の表情が浮かんでいた

「くくく、残念だったな、魔神よ。今の私には単騎で魔神を滅ぼせる最高位天使がいる」

 隊員達が鬨の声を上げる。さっきまでとは打って変わり隊員達に戦意がみなぎる。流石は特殊部隊の隊長だ。一瞬にして士気を戻した。
 ニグンは懐より魔封じの水晶を取り出す。あの水晶には召喚魔法の〈第七位階天使召喚(サモン・エンジェル7th)〉が入っているのか。この程度の天使に滅ぼされる存在が魔神とは。うちのプレアデスより弱いじゃないか。

「総員、時間を稼げ。今より、最高位天使を召喚する!」

 天使が一斉に突撃してくる。そのほとんどがオレとモモンガさんに襲い掛かる。次々と剣が刺さるが痛みは全くない。なんとも不思議な感覚だ。

『ムササビさん。この世界は思っていた以上に危険が少ないみたいですね。第七位階――主天使が最高位天使だなんて』

 ……このタイミングで、そんな世間話をするみたいに〈伝言(メッセージ)〉を送ってこないでくださいよ。ノーダメージとは言え、二人して体中に剣が刺さってる状態ですからね。視界は天使で埋め尽くされてモモンガさんが見えませんけど。
 こんな状態じゃ、すぐ隣にモモンガさんがいても声が聞き取りづらいので〈伝言(メッセージ)〉で返す。

『そうですね、後は力を見せつけてやれば、大体ミッションクリアです。戦力差は途轍もないですから交渉も楽でしょう。ナザリック周辺には強力なプレイヤーの影もなさそうですし、さっさと終わらせてナザリックに帰ってお風呂にでも入りましょう』

『良いですね、お風呂。では、今度は私が魔法を使って力を見せていきますね』

 モモンガさんの気が抜けてしまったのかな。ずっと気を張っていたからな。当面の危機は去ったと見て間違いないしな。気を張り続けれる人間なんていないのだ。抜ける時に手を抜くのが、社会人を続けるコツというものだ。
 モモンガさんが〈負の爆裂(ネガティブバースト)〉で天使を一掃する。視界を埋め尽くしていた天使が消えた先に、勝ち誇ったニグンが見える。

「もう遅い! 召喚は止められん! 見よ、最高位天使の尊き姿を! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!」

 ユグドラシルで見たままの姿の威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が現れる。天使の翼の集合体のような物に笏を持つ手が生えているだけの異様な姿。夕闇が迫る草原が、昼間の様に明るく照らされる。こんな周りを照らす効果はユグドラシルにはなかった。こういう細かい所も現実に即するようになっているのか。

「二百年前、大陸中を荒らし回った魔神の一体を単騎で滅ぼした最高位天使だ。もう貴様達に勝ち目はないぞ。この存在に勝てる者など存在しない!」

 主天使に倒される程度の存在が大陸を荒らし回る……か。これはこの周辺国家だけが低レベルなんじゃなくて、この大陸全体が、もしくはこの世界の国家自体が全般的にレベルが低いのかもしれない。と、なれば警戒するのはカンストプレイヤーかワールドアイテムだけだ。ただのプレイヤーとか、この世界で強者と呼ばれるレベルでは脅威にならないな。
 これならモモンガさんと一緒に冒険へ出かけられるようになるのも、すぐかも知れない。ふふ、楽しみだな。

「言葉も無いようだな。貴様が魔神であろうと、最高位天使の前では怯えるのも無理はない。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)とまともに戦える存在など、最強の種族であるドラゴンロードか伝説の怪物、国堕としくらいだ」

 ドラゴンばかりかドラゴンロードもそんなに弱いのか……。人間だけが弱いんじゃなくて、生物全般が弱いのか。それはちょっと拍子抜けだな。

『ムササビさん、ドラゴンがそんなに弱いって、なんかガッカリしますよね』

『まあ、それだけ危険が少ないって事でいいんじゃないですか。自然の中を探検するだけでも楽しそうですよ。色んな国を巡るだけでも良いと思いませんか』

『ああ、楽しみですね。他のギルメンもいるかもしれませんし、ムササビさんが言うスワンプマンだとしても、会いたいですね』

『そうですね。例えギルメンがそうだとしても、その時はオレ達もスワンプマンだと言う事ですから、それはもう、本当の仲間と言っても差し支えないですよね』

 そう、例え本物でなかったからってなんだと言うのだ。それでも会いたい人はいるんだ。モモンガさんはそれでも、アインズ・ウール・ゴウンの皆に会いたいんだ。

『あの頃みたいに冒険がしたいなぁ』

 モモンガさんは昔を懐かしんでいるような声を出す。

『一段落したら、一緒に冒険へ出かけましょう。ナザリックの皆も何人か連れて行って。もちろんナザリックには頻繁に帰りますけどね。みんなが寂しがるから』

『そうですね。もう我が家はナザリック地下大墳墓ですからね』

 オレ達の我が家はナザリック地下大墳墓なのだ。そこしか帰る場所がないんだ。

「ええい、最高位天使を前にしてなんだ、その余裕の態度は!」

 おっと、ニグンの存在を忘れる所だった。さっさと威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を倒して、話を聞きますか。

「いやいや、余りにも脆弱な天使が出てきて驚いてしまったのだよ。それが最高位なのかね? そんなモノが本当に魔神やドラゴンロード級の強さを持っているのか?」

「貴様ら魔神などに教えてやる事などない!」

 この勝ち誇った態度もあとちょっとの運命なのか。ちょっと可哀想な気もするな。

「そうか、それは残念だ。ならば倒すしかないのか」

「倒されるのは貴様らだ。〈善なる極撃(ホーリー・スマイト)〉を放て!」

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が持っていた笏が砕け散り、その欠片が威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の周囲をゆっくりと回り出す。
 〈善なる極撃(ホーリー・スマイト)〉が発動され、光の柱がオレとモモンガさんに降りそそぐ。
 熱いとか冷たいとは違い、それでいて鈍痛でも疼痛でもない、今まで感じた事がない不思議な痛みを感じる。どう形容すればいいのか。身体が溶けていくと言うか、霧散していく感覚というか、ただ魔法の威力が低いので痛み自体がとても小さい。戦闘に支障をきたす程じゃない。モモンガさんはオレより魔法耐性が高いから、もしかしたら痛みを感じてないかもしれない。それくらい大した事がなかった。
 隣にいたモモンガさんが〈負の光線(レイ・オブ・ネガティブエナジー)〉をオレに照射してくれる。

「よくこうやって負のエナジーで二人だけ回復してましたよね。なんだかユグドラシルに戻ったみたいだな」

 モモンガさんは今度は自分自身に向かって魔法を唱えようとする。

「あ、ダメですよ、モモンさん」

 オレの制止が間に合わず、モモンガさんが吹っ飛んだ。まったく、モモンガさん何してんですか。今のモモンガさんは負のエナジーで回復しないんですよ。気分がユグドラシル時代に戻り過ぎですよ。
 宙を舞うモモンガさんの頭が地面にぶつかる前に、アルベドの膝枕がそれをインターセプトする。旗から見たらバカップルがダイナミックに膝枕されにいったようにしか見えない。ただ神器級全身鎧(ヘルメス・トリスメギストス)を装備したアルベドの膝枕では痛そうだ。
 あれ、アルベドってこんなキャラだったけ? 全部を覚えてはいないけど、そんな茶目っ気たっぷりなキャラではなかった筈なんだけど。もしかしてモモンガさん、他にもアルベドの設定を書き換えたのかな。でも嘘をついているようには見えなかったよな。
 ――そうか、セバスがなんで設定がほとんどないにも関わらず、たっち・みーさんにそっくりな性格でも無く、あんな執事然としているか不思議だったけど、NPCを作った時や設定を書いた時の感情や想いも反映されるのか。
 モモンガさんがアルベドの設定を書き換えた時に、自分が消してしまった設定の空白部分が、自分自身のぽっかりと空いてしまった心のように思えて埋めてしまったと言っていたけど、そういう事なのか。アルベドはモモンガさんの心を埋めるような愛し方をするようになったのかもしれない。例えば、今みたいにモモンガさんがバカな失敗をしたら、一緒にバカをするようなフォローの仕方を選ぶ愛し方になったということか。普通にモモンガさんを受け止めたら、恥を掻くのはモモンさんだけになってしまうから、自分も一緒に恥を掻いて、モモンガさんの心に寄り添って埋めているのか。
 もしも、そうだとしたら、この世界は()()()()()()()()()()()()()()()()。正に奇跡としか言えないような。これはアルベドに確かめてみる必要がある。
 なら、この茶番劇はさっさと終わらせる。早く確かめたい。本当にそんな奇跡が起きているかを――ふう、興奮し過ぎて沈静化してしまった。落ち着け、それはこれが終わってからだ。まずはこの最高位天使の処理が先だ。

『どうしますか、モモンガさん。私が倒しましょうか?』

『いえ、ここは私が倒します』

 モモンガさんは〈暗黒孔(ブラックホール)〉を放った。
 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が死んだ。
 モモンガさんが膝枕されながら、魔神をも滅ぼす最高位天使を倒してしまった。うん、なにこれ、本当に茶番劇みたいになっちゃったんだけど。いやいや、オレが言うのもなんだけど、ニグンに同情しちゃうわ。こんな幕切れとか可哀想過ぎる。ここはオレだけでもシリアスを続行してやろう。
 オレはモモンガさんの影武者をしていた時のような、魔王然とした振る舞いでニグンの方を向く。

「ふ、最高位天使は倒されたようだぞ」

 オレは決め顔で言った。
 そのセリフは見事に無視された。
 ニグンは茫然自失になっている。
 それはそうだわ。自分の魔法で吹っ飛んだ魔法詠唱者(マジック・キャスター)が、全身甲冑姿の戦士に膝枕されながら、切り札の天使を倒したんだから。メンタルが強いと言われてるオレでも心が圧し折れる自信がある。今のモモンガさん、ギルド一えげつないわ~。
 半ば虚ろな目をしているニグンがうわ言の様に呟く。

「ありえない……こんな……ありえん。最高位天使を一撃で消滅させる存在なんか、いちゃいけないんだ……。お前達は、何者なんだ」

 何者か、か。そうだなぁ、魔神のままじゃインパクトが薄いから他の神を名乗るか。弱い存在と混同されても面倒だしな。

「貴様達が言う魔神なる存在はどうやらとても脆弱な神のようだ。ならば、我は邪神――大邪神ササビとでも名乗っておこうか」

「魔神をも遥かに凌ぐ邪神、大邪神ササビ……そんな存在、敵う訳がない。世界が終わってしまう……」

 ニグンの心情を代弁するかのように日が完全に落ちて、闇が広がる。
 その時、空がひび割れる。敵さんがオレの対情報魔法に引っかかったようだ。

「どうやら不埒な覗き魔がいたようだ。お前は何者かから監視されていたようだぞ。だが、我の魔法によってそれは阻止されたがな」


 ひび割れた空からほぼ全裸の美少女がぼとりと落ちてきた。半透明の薄衣をまとっただけの真っ裸よりも余計にエロい少女が、目隠しをされ鼻血を流しながら仰向けになって倒れている。姿は言うならばユグドラシルなら見えてはいけない所が完全に露出してしまっているので問答無用でアウトだ。年齢的にもペロロンチーノのストライクゾーンなので社会的にも人間的にもアウトだ。
 え、何が起きたんだ。
 いや、オレの魔法はちゃんと発動されている。この微妙魔法は、情報魔法を使ったパーティーの一人をこちらに呼び寄せるもの。問題はなんで情報魔法を使った者達の中にこんな少女がいるかだ。この鼻血は落下の衝撃が原因ではない。この魔法で呼び寄せられた者は無敵時間がある。これは実験済みで、この世界でも同様の効果がある。このケガは落ちてくる前に法国で受けたものだ。
 少女はピクリとも動かない。気絶等の状態異常がある訳でもない。それなのにこの反応の薄さは、多分すでに心が壊れているのだ。
 わずかに膨らんだ胸が弱々しく上下している。呼吸も浅い。
 とうに失われた全身の血液が沸騰しそうだ。彼女はなぜ、このような悲惨な目に遭っているんだ。誰がこんな酷い事をしたんだ。この情報魔法は世界の基準では考えられないレベルだ。なら、使用できるのは極々少数の人間だ。それはプレイヤーかもしれないし、現地の強者かもしれない。
 だけど、それはどうでもいい。そんな()()()()なんてどうでもいいんだ。今はオレの中に燻る怒りこそが重要だ。こんな幼い少女を、少なくとも第七位階を使えるほどの能力がありながら、周りの人間と比べて、それほど強大な力を持ちながら、そんな事をしたと言うのならば、オレは――ふう、また精神が鎮静化してしまった。冷静になれ、まだそうと決まった訳じゃない。
 切り替えろ。
 予断はいけない。
 とりあえずモモンガさんと相談しようと振り返る。

「……ササビさん」

 モモンガさんが膝枕されながらドン引きしていた。
 いや、モモンガさん、この対情報魔法は情報魔法を使ったパーティーの一人をこっちに呼び寄せる魔法だって知ってるでしょ。なんでドン引きしているんですか。オレから言わせてもらえば、まだ膝枕されたままのモモンガさんにドン引きですわ。

「ササビ殿……」

 違うんです、ガゼフさん。オレの魔法で空から、ほぼ裸体で目隠しされた鼻血を流している少女が降ってきただけなんです。あかん、誤解しか生まない。

「……ウガァァ……」

 デスナイト!? なんで心を持たぬアンデッドが引いてんだよ。それほどか? それほどなのか!? って、これモモンガさんのデスナイトなんだから、モモンガさんが引いてるんだから当たり前じゃん。
 あとアルベド、なに、流石はムササビ様みたいな感じでサムズアップしてんの。オレがいつもやってるみたいに見えるだろ。なんなの、カルマ値極悪に適う悪事なのこれ? まあ、未成年略取及び虐待だから、けっこうな重罪か。
 重罪と言うなら、この少女をこんな目に合わせた人間だ。その次にこの少女の事を知っていながら助けようとしなかった人間。
 例えば少女の惨状よりも、少女がここにいる事に驚いているニグンだ。理由如何によっては、その報いを受けてもらう。もしも自分だけ命乞いをしようものなら――容赦しない。この少女にした所業に直接関係した者には、それ以上の目に会わせてやる。ナザリックにはニューロニストがいるのだ。あいつの存在意義を思う存分発揮してもらおう。
 オレは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



ほぼ二か月ぶりの更新です。
分量が今までの約倍ほどに膨らんでしまいました。それプラス、パソコンにポチポチと書き続ける生活が腰に悪かったようで腰痛に苦しんでました。痛くて進むスピードが半減、書い量が倍で、合わせていつもの四倍の時間がかかってしまいました。
もう痛みが引いたので、次の更新は今回より早く出来ると思います。


原作のIFストーリーの様な感じを出したい為に原作のストーリーをなぞるように進めてきた今作も、やっと今話のラストからオリジナル路線に突入します。


今作では『NPCの設定を書いた時のプレイヤーの心情が、NPCの性格に反映される説』を採用しております。これはこの先も重要な要素になっています。
アルベドもその影響を受けています。


今回の本文にも書いていますが、この作品ではガゼフさんはとある人物との出会いによって生き方が原作と変わります。


アウラはまだへこんだままです。そもそもモモンガさんにぶん殴られてから、そんなに日が経ってませんからね。


ガゼフを包囲しているニグンは死亡フラグに包囲されています。始めはムササビも高評価だったのが、謎の某巫女姫が空から降ってきて大暴落。
次回はそんなニグン視点から話が開始します。

ニグンはこの先生きのこる事が出来るのか(棒)


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9 英雄に至れぬ者と英雄に至らぬ者と

前回のあらすじ

アウラ、至高の御方をほんの少しでも傷つけたヤツはぶっ殺すと決意する。
ニグン、至高の御方をほんの少しでも傷つける。
ユウ、至高の御方のリアルネームをさらっとバラす。
ガゼフ、立派な御仁だと思っていたササビが、魔法で空から半裸の少女を召喚してドン引きする。
モモンガ、ムササビにドン引きする。
デスナイト、ウガァ……。
アルベド、ちゃっかりモモンガに膝枕する。



ムササビ、ほぼ素っ裸の少女を魔法で空から落とすド変態ロリコンペド野郎大邪神爆誕(本名菱川周佑29歳独身)


 ニグンはエリートである。
 人類を一般人とエリートに分けた場合、間違いなくエリートに分類される人間である。人類の勢力圏の中で最強国であるスレイン法国の特殊工作部隊群――他の国家から秘匿されているほどの重要部隊である六色聖典の一つ、人類の戦闘分野のエリートが集う陽光聖典。その隊長を務めている者がエリートでないはずがない。エリートの中のエリートである。
 陽光聖典は本来、亜人の集落などの殲滅を主な任務にしている。今回のガゼフ・ストロノーフの抹殺は異例の指令であった。追跡の経験が乏しい為に苦労したが、それでも計画通り檻に追い詰める事に成功した。戦術的な絶対有利を得てもなお、油断せずじっくりと定石通りに事を進めた。それがいつものニグンのやり方だ。エリート中のエリートが、実戦経験豊富なエリートで構成された部隊を率いながら、この地味で手堅い方法を用いる事により幾度も部下と自らの命を守ってきた。
 そんなニグンの前に魔神が現れた。
 突然の世界を滅ぼす存在の出現に浮足立つ部下を鎮めて、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を召喚する決断を下した。
 ニグンは素早く命令を発し、準備を進める。時間稼ぎに襲い掛からせた天使は一瞬で消滅させられたが、間一髪で召喚に成功した。
 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は伝説に謳われる存在だ。世界を破滅に追いやりかけた魔神をも滅ぼす最高位の天使。魔神との戦いを一篇の神話に編むのなら、その功績を讃えるのに、どれほどの賛美で埋め尽くされるだろうか。それが、まるでほんの一行しか割かれないような、ただただ死んだとしか(あらわ)されないような最期だった。
 魔神と共にいた者は寝そべりながら、ハエを追い払うよりも気軽に神の御使いを消しさってしまったのだ。
 さらにこの魔神は自らを伝説の魔神さえ凌ぐ邪神と称するのだ。その事実の前に正気でいれる者など皆無だろう。魔神や邪神を名乗るのだ、悪神の類いなのは間違いない。魔神だけでも世界を滅ぼせる力を有するのに、それを遥かに上回る邪神に人類が敵うはずなどない。
 神は死んだ。
 その時のニグンの全てである。
 ニグンはもう全てがどうでも良くなっていた。部下の命も任務も、どうでもいい。ただただ、この現実から逃げ出したかった。今この場を助かったとて、それがどうだと言うのか。そんな判断も出来ぬほど、ニグンの思考は恐怖に浸食されていた。
 信仰に(あつ)い法国の中でも、陽光聖典は特に信仰に(あつ)い集団だ。戦いの前には簡易ではあるがいつも祈りを捧げていたほどで、隊員全員が高度な信仰系魔法を使う事からも(うかが)える。それは隊長であるニグンも例外ではない。
 信仰系魔法の中には、人を超えた超人とも言える英雄の領域に入るほどの者だけが使える死者蘇生の魔法がある。実際に法国でも何人か使い手がいる。誰でも生き返られる訳ではないが、エリートであるニグンはなんの問題も無く生き返られる。それでも死が怖い。それに死体が無いと生き返られない。ただ、完璧な形の死体ではなくても蘇られる。復活の魔法は魂に掛けるからだ。
 そんな魂の存在が確固としてある世界で、その魂の拠り所である神が死んだのだ。信仰を捧げる神が、(すが)るべき神の御使いが、歯牙にもかけずに(しい)されては、その心も()し折れるというものだ。
 そんな状況で死が怖くなったとて、それは臆病と(ののし)れる人間がいるのだろうか。理性など消え去って、本能のままに死の恐怖に怯える事が可笑しいだろうか。
 信仰の中で育ったニグンにとって(まさ)しく世界は崩壊したと言える。
 その時、ニグンの心象風景を表すかのように、黒の空がひび割れ降り注ぐ。
 いよいよ現実の世界さえも崩れ落ちるのかとニグンは思った。それはこの世の最期を看取るような気分でさえあった。
 割れた夜空から金色の髪の長い少女が落ちてきた。絶望で黒く染まった空に差し込む一筋の希望のようにも見えた。それほどニグンの心は打ちのめされていた。
 その希望はニグンと絶望の権化のような邪神より少し離れた場所、ちょうど自分と邪神から等距離になる場所に落ちた。
 地に落ちた少女を見て、ニグンはそれがさらなる絶望だと知った。やはり邪神は悪神だと痛感する。
 それはニグンが憐憫と尊敬を向ける少女だった。
 土の巫女姫。
 視力を奪われ、自由を奪われ、意識さえ奪われた名前さえ知らぬ少女。
 スレイン法国に六人いる巫女姫という極秘の存在の一人。
 百万人に一人と言う極々少数の少女だけが適合出来る神器『叡者(えいじゃ)額冠(がっかん)』。適合者の自我を奪い、無理に外せば発狂してしまう。一度装着したが最後、ただの魔法を吐き出すだけの存在にするアイテム。代替わりの際には『叡者の額冠』は外され、発狂した少女は殺される。
 正に年端もいかぬ幼い少女が、その人生全てを差し出した存在。それが巫女姫。
 その中でも土の巫女姫は特別であった。
 巫女姫とは英雄の領域である第五位階魔法を使える存在である。が、それには秘密がある。しかし、土の巫女姫だけはなんの秘密も無く、元々第五位階の信仰系魔法を使えるのだ。
 第五位階の信仰系魔法、それは蘇生魔法さえ存在する、人を超えた神の御業のごとき位階。
 もし王国に生を受けたならば、あの憎きアダマンタイトの女と並び称されていただろう、いや、この歳で蘇生魔法を含む第五位階の魔法が使えるのだ、その名声はそれを超えていただろう。
 帝国に生まれたなら、あの聡き皇帝の事だ、英雄をも超える力を持つ逸脱者フールーダに次ぐ待遇を与えられ、重用されたはずだ。
 何よりも巫女姫に選ばれていなければ、スレイン法国で神官長の地位にさえも就けたやもしれない。土の巫女姫はすでに才能の限界に到達してしまっていて、これ以上の成長は望めないとはいえ、現最高神官長も第五位階までしか使用できないのだから。
 そんな英雄と呼ばれてもおかしくない少女が、最後は発狂して殺される人生を受け入れたのだ。民衆に英雄のごとく称えられる事など決してない、限られた一握りの者しか知らぬ機密の存在のまま死ぬ事を選んだのだ。
 ニグンは凡人である。この世を英雄と凡人に分けた場合、間違いなく凡人側に属する人間である。
 これは荒唐無稽な例え話であるが、数万人規模の生贄を捧げて呼び出された天を衝くほどの化け物がいたとしよう。それに立ち向かえる者がどれだけいるか、ほとんどの人間は逃げ惑うだけであり、幾万の兵がいようとも変わらないだろう。そんな中であっても、それに立ち向かえる者だけが真の英雄なのだ。ニグンにはそんな真似など出来るはずもない。しようとも思わない。ゆえに凡人なのである。エリート中のエリートだからこそ分かってしまう、凡人と英雄の隔てる壁の高さ。そんな勇気も力も自己犠牲の精神さえも持ち合わせぬからこそ、ニグンは英雄足りえないのである。
 邪神がニグンの方を向く。
 眼窩に赤い炎が揺らめいているだけだが、視線を感じる。死の恐怖が顕現(けんげん)したかのような邪神の視界から、すぐにでも逃げ出したかった。しかし足は動いてくれなかった。
 邪神が周囲を睥睨(へいげい)する。闇夜に浮き上がっている白い頭蓋骨が巫女姫に向いて止まる。ニグンは邪神の視界から外れたのを感じた。それだけでも安堵し、生を実感する。しかし、それも一瞬だった。邪神が巫女姫に向かってゆっくりと歩き出す。それを見てしまったニグンは、思考さえも捨て去り、走り出していた。
 無様に呻きのような雄叫びを上げて半ば狂人と化して走る。頭には恥も外聞も部下も本国も何もかもが無くなっていた。
 ニグンは英雄に至れぬ者なのだ。
 目の前で哀れな子が殺されそうなら、人よりもほんの少し勇気のある程度の凡人を蝕んでいた恐怖も鳴りを潜める。狂うほどの思考が途絶える。
 凡人の体は、勝手に少女と邪神の間に立ち塞がっていた。

「ありえるかぁあぁぁ! こんなっ! 自分の命ごと! その約束された未来を! 神に! 国に! 捧げた少女が! こんな最後を迎えて良い筈が無い! こんな理不尽があってたまるか! 殺させんぞ! この子だけは絶対に殺させんぞ! 例え神が死のうとも!」

 それは魂の叫び。英雄に至れぬ者の慟哭にも似ていた。
 英雄に至れぬ者(ニグン)にはそれしか出来なかった。やはり立ち向かうなど出来なかった。ただ、自らの身体で彼女を隠すくらいだ。それは凡人でも出来る、ありふれた行為だ。この男、ニグンはどこまでも凡人であった。有利な立場になれば増長もするだろう。命の危機が迫れば命乞いもするだろう。死が迫れば恐怖もするだろう。それでも、目の前で見知った子供が殺されそうなら、駆け出してしまう。自分が死んでしまうかもしれないのに、凡人であるニグンは冷静な判断など出来ず、助ける為に身体が動いてしまうのだ。普段なら決してしない蛮勇を行ってしまうのだ。歴戦のエリートでも例外ではない。咄嗟に動いてしまうのだ。
 ニグンも本当に自分の命だけが大切なら、そもそも亜人と戦わねばいけない職になど就かなかった。人類の為という意識が欠片も無ければ、己の才能を隠して平穏な生活を送っていた。それは無意識の中で英雄に対して憧れがあったのかもしれない。それは本人にも分かりようがないが、それでもこの状況において邪神の前に身を投げ出す英雄的行動に出たのだけは歴然たる事実だ。
 ゆっくりと邪神が近づく。一歩ごとに死が近づいているのが分かる。
 ニグンの左肩に邪神が右手を乗せる。死を覚悟した。先ほどまでの英雄のごとき心が霧散し、空虚な心には何故逃げ出さなかったのかという後悔で満たされる。
 硬直するニグンの横を邪神は悠々と通り過ぎる。ニグンにはそれを止める事が出来なかった。またしても足が動いてくれないのだ。辛うじて視線だけ邪神に向けると、中空より取り出したマントを巫女姫に優しく掛けている所だった。それは神が持つにふさわしい上質なマントだった。王侯貴族でさえ持つ者はいないと思えるほどの一品だ。それにすさまじい魔力も感じる。それこそ六大神が残した元と変わらぬほどの品を無造作に扱うのだ。
 ニグンには邪神が何をしているのか理解できなかった。思考がまとまらぬニグンへ邪神は顔を向ける。

「年頃の娘を、あられもない姿のままにしておくのは忍びなくてな」

 邪神を自称する存在にしては、あんまりな程に人間臭い言葉だ。邪神は片膝をつけて座ると、巫女姫を抱き起し、目隠しを外した。そして『叡者の額冠』に手を掛ける。ニグンが何かを言うよりも早く邪神は口を開く。

「我のスキル〈装具支配〉は触れているアイテムを支配する事が出来るのだ。だから、この子が発狂する事は無い。安心するが良い」

 邪神は土の巫女姫に装着されている『叡者の額冠』を取り去るが、さっき述べたように発狂する様子が無い。取り外した叡者の額冠を中空に沈ませると、今度は赤い液体が満たされた小瓶を取り出す。その瓶には一体どうやって作ったかも分からない見事な意匠が施されていた。あの液体はもしかしたら伝説の赤いポーション(神の血)かもしれない。邪神はそれを巫女姫の顔に掛けると、自らが着る六大神が残した品にも見劣りしない見事なローブの袖で、彼女の血と共に優しく拭い去る。落下時に乱れた髪を白磁の指で慈しむ様に()かした後、そっと地面に横たわらせた。
 あまりにも慈悲に満ちて手慣れた所作に、邪神などではなく慈愛の神のように見えた。

「この少女は、何故このような凄惨な目に合っているのだ」

 少女の頭を撫でながら発せられた言葉に僅かな怒気を感じた。この邪神は巫女姫の惨状に怒りを覚えているのだ。それはさきほどの邪神の行動からも分かる。下手な事を言えば、殺されるだろう。しかし嘘を述べても、この邪神に通じるとは思えない。だが、本当の事を話しては法国の不利になるかもしれない。しかし、今更それが何だと言うんだ。神は死んだのだ。
 ニグンの頭はすでに冷えていた。ここで助かったとしても、それは遅いか早いかの違いだ。敵対してしまった以上、自分は無事では済まない。しかし土の巫女姫は違う。何故かは知らぬが、この邪神はひどく同情的だ。この子だけは助かるかもしれない。
 ニグンは意を決して口を開こうとした時、邪神が手を上げて制する。

「いや、少し待つのだ。何かの魔法が掛けられているやもしれぬ」

 邪神はニグンの頭の上に手を置いた。ニグンは祖国から監視をされていたのだ。自分の知らぬ何らかの魔法が掛かっていたとしても不思議ではない。

「我の第十位階魔法〈完全解除(パーフェクト・リセット)〉で貴様に掛かった魔法、スキル、呪い、その他、あらゆる効果が解除された。これで大丈夫だ。さあ、話すが良い」

 第十位階魔法、この圧倒的と言う言葉では足らない程の力を持つ邪神の言葉でなければ、ハッタリだと一笑に付していただろう。だが、遥か遠くの本国から土の巫女姫を一瞬で呼び寄せれた事を考えれば、それくらいの力を持っているだろうと思える。自分を監視していた魔法は多分、巫女姫を用いた大儀式で発動出来る第八位階魔法〈次元の目(プレイナーアイ)〉だろう。遠隔地を見るだけで第八位階だ、人間を転移させられるとなると第十位階であっても不思議ではない。それほどの魔法を使う邪神。自分がどうにか出来るとは思えない。
 ニグンは全てを包み隠さず話した。秘匿しておかなければいけない自らが所属している部隊の事を、人類の置かれている立場を、手段など選べる余裕が無い事を、法国自体も多大な犠牲を払いながら存続している事を。
 巫女姫に関わる事は特に同情を引くように注力した。孤児院で育った事、才を見出され過酷な英才教育を施された事、蘇生魔法さえ使いこなすほど能力を獲得しながらも自らの意思で巫女姫になった事、せめて巫女姫だけでも助かってほしい一心だった。巫女姫の悲惨な運命を強調する事により、邪神の怒りが本国に向き、滅ぼされるかもしれない。だが、それがなんだと言うのだ。そもそもニグンの話が無くても、この邪神は法国を滅ぼす可能性だって十分にある。今のニグンには、巫女姫だけを助ける選択肢しか存在しないのだ。ニグンは英雄ではない。救世主になどなれぬ事は痛いほど理解している。

「この娘と人類の置かれている状況は把握した。だが、だからと言ってガゼフを殺す事にどれほどの意味があったのだ」

 邪神の言葉にニグンは今回の任務の狙いを全て話した。
 要約すれば、帝国の犠牲を少なく王国を併呑させて、人類の損耗を抑えて力を蓄える作戦だった。現バハルス帝国の皇帝は優秀なので、その下に統治された方が良いという判断だった。
 ニグン自身、ガゼフを愚かではあると思っていたが嫌悪はしていなかった。むしろ愚かである事を除けば好ましいとさえ思っていた。部下に慕われ、民には優しく、不正や汚職もしない清廉な人格者だからだ。人類にとって殺すには惜しい人材だ。だが、ガゼフを殺すのが一番犠牲が少ないのは歴然たる事実だった。なんの犠牲も出さずに生き残れるほど、人類の状況は甘くない。

「ならば、ニグンよ。ガゼフに何か言う事は無いか? どうせ最後になるやも知れぬのだ。貴様の考えを吐き出すのも一興だぞ」

 ニグンには邪神の考えが理解できなかった。だが、言葉に従う以外に選択肢はない。機嫌を損ねれば巫女姫が殺されるかも知れないからだ。
 ニグンはガゼフへと顔を向ける。二人の間には大声を出さなければ届かない距離があった。大きく息を吸い込む。自分の声が届くように。

「ガゼフよ! 貴様はそれほどの力がありながら、なぜその剣を人類の為に振るわない! 王国の、いや、国王の為だけに振るう事にどれほどの意味があるのだ! 貴様のそのワガママの為に、どれほどの人間が犠牲になると思っているのだ!」

 ニグンは吠えた。最期の言葉になるかも知れないのだ。なんの遠慮もしない。英雄に至れぬ者(ニグン)英雄に至らぬ者(ガゼフ)への怒りをぶちまけた。












 ガゼフはカルネ村についてから驚きの連続だった。異国の民を助ける強者に会った。その者は神さえも凌駕するほどの力を持っていた。なによりも、ニグンの語った言葉が一番の驚きだった。この世界を知ってしまった。法国を知ってしまった。
 ガゼフは恥じた。自らの驕りに気付いたからだ。
 ガゼフは自らを王の剣だと自任していた。
 その王が治める王国は保護されていたのだ。それはスレイン法国に、目の前のニグンと言う男に、年端もいかぬ少女という生贄に、自分は守られていたのだ。弱者を救う強者だと思っていたガゼフ自身が、強者に助けられる弱者だったのだ。
 自分は怠けていたのだ。どうせ政治など分からぬと初めから逃げていたのだ。王国で行われた闘技大会で優勝してからも、師に無理矢理鍛えられ、さらに強くなった。それならば、今からでも政治を理解できるかもしれない。政治を勉強していたとしても今の状況を回避できなかったかもしれない。今より悪くなっていたかもしれない。それでも、それは言い訳にはならないはずなのだ。
 ガゼフはこの邂逅に感謝した。これが無ければ政治に関わろうとは決してしなかっただろう。
 『英雄に至れぬ者(ニグン)』が『英雄に至らぬ者(ガゼフ)』の人生を変えたのだ。その心を突き動かしたのだ。魔神をも超える力を持った漢の言葉でも変わらなかった漢が、その生き方を変える決意をしたのだ。ほんの少し違えば、こうはならなかっただろう。例えばモモンガだけでこの世界に来ていれば、違った結末を迎えていたかもしれない。もしかしたら、無慈悲にニグンは殺されていたかもしれない。
 ササビはすでに陽光聖典達を魔法で眠らせていた。本当に誰も殺さずに終わった。この後、あの者達をどうするかは分からないが、自分では閃かない上手い方法でなんとかするのだろうとガゼフは思った。始めはニグンに好印象を持っていなかったが、今ではもう一度、話をしてみたいと思うほどには気に入っていた。
 ササビがガゼフのそばまで歩いてくる。

「ササビ殿、巫女姫はどうするおつもりだ。良ければ、私で保護するが」

「いえ、それには及びません。私達が預かります」

「しかし、ササビ殿達は追われる身なのだろう」

「追われる身ではありますが、それは面倒事を起こさない為です。危険だからではないのですよ」

 身をやつしてさえも周りに配慮できるササビに、ガゼフは器の違いを感じた。それに比べ、自分を恥じる。戦士長の地位に居ながら、何も知ろうとはしなかった。

「ニグンさんの話を聞く限り、王国内部に法国の手の者が相当数いるようです。私達なら四六時中一緒にいれますし、法国が取り返しに来ても何とでもなりますから。ガゼフさんにはお仕事があって、そうはいかないでしょう。それに王国の誰が法国と通じているか、当たりはついていますか」

 何も言えなかった。その通りだ。ガゼフでは守れない、何も知らない。何もできないのだ。巫女姫なる少女を預かれば、王国に害が及ぶのは分かっている。なら、今のガゼフは動けない。

「ササビ殿、私は今まで政治には関わってこなかったが、これからは勉強しようと思う。積極的に政治に関与しようとは思わぬが、それでも知る事で変わる事もあるかもしれん」

「良いと思いますよ。知識は武器になりますから。武器があれば、人を救う事も出来ます。今は下手に動かずに学ぶ事に注力するのが良いでしょう。貴族は揚げ足取りだけは優秀な者が多いですからね」

「そうだな。それで、ササビ殿はこれからどうするのだ」

「まずはこの神に等しい力がある内に陽光聖典達をなんとかします。ガゼフさんは先にカルネ村に戻って、オレ達は陽光聖典の追撃に入って今日は戻りませんと言っておいてください。明日には村に戻ります」

「ああ、了解した。王都を訪れる事があれば、ぜひ()()()を訪ねてくれ。歓迎したい」

「その時は()()と政治の話をしましょう。ガゼフさん」

 ガゼフとムササビは握手を交わす。
 ガゼフは人格こそは英雄級だが、実力となると半歩踏み込んだ程度で英雄には届いていない。
 ガゼフ・ストロノーフは未だ英雄に至らぬ者である。しかし、これからどうなるかは未知である。












 さて、眠らせたニグンさんを含めた陽光聖典はナザリックに送り終わった。世話はセバスとユリに命じているから悪いようにはしないだろう。
 ナザリックの皆も撤収を始めている。モモンガさんが生み出したデスナイトもすでにナザリックへ帰っている。
 ニグンさんの本音も聞けたし、これで情報を引き出しやすくなる。本音を知っていると尋問や交渉のしやすさが段違いだからな。
 法国の秘密部隊が丸々一つと国家機密の存在である巫女姫の確保、それに王国で王の近くにいて信頼も厚く、民に人気があり、政治に塗れてない人格者とも友好関係を築けた。終わってみれば、大戦果だな。オレのワガママから始まった事を考えれば、出来過ぎて怖いくらいだ。
 巫女姫はこちらで保護するとして、問題は陽光聖典の処遇だ。得られた情報によっては本国に返してもいいが、果たして敵に捕まって情報を吐いた秘密部隊がどうなるかと言う問題もある。しばらくはナザリックに住まわすのもありか。
 優秀さとか重要さとかを置いておいても、ニグンさんを死なせたくないんだよな。
 いっその事、仲間に引き込むか。この世界の案内人としては申し分ない。

「ササビさん。情報を聞き出した後の陽光聖典の人たちをどうするか決めてますか。もし、決めていないなら、出来るだけ穏便に済ましたいのですが」

 モモンガさんは優しいな。多分これはオレの浸食されつつある人間性を(おもんぱか)って言ってくれているのだろう。まだ大丈夫ですよ、そんなにすぐにはアンデッドにならないですよ。
 ニグンさんから法国の話を聞いている時にどうするかは決めてはいる。これは感情とかでは無くて、それがオレのルールだからだ。線引きと言っていい。
 ただカルネ村だからって訳ではないけど、出来過ぎだなとは思う。こういう言葉遊びは好きだけど。

「モモンさん、カルネアデスの板ってご存知ですか」

 首を振るモモンガさんにオレは簡単に説明する。

「船が難破してしまい海に投げ出されてた男が、壊れた船の板にしがみついていたとしましょう。その時、別の人もその板につかまろうとします。二人がつかまると、その板が沈んでしまうと考えた男はその人を水死させてしまいます。さて、これは罪になるでしょうか」

「……ならないと思います。それはしょうがないでしょう。他に助かる道がなかったんですから」

「ええ、実際、法的にも緊急避難として罪には問えないと定められています。人類全体で見た場合、オレはニグンさんがした事も、スレイン法国がしている事も、緊急避難に含んでしまってもいいと思うんですよ。法的な話とかそういう難しい話は抜きにしてね」

 そう。世界はカルネアデスの板の上にいるような、助かる人数が決まってしまっているような、どれほどの事情があろうとも助けられない事が起きる冷たい方程式で組み上げられている。全てを救えない事象で構成されている。ほんの少し違えば、生き残っていたのはガゼフさんかニグンさんか、どちらか一方だったかも知れない。モモンガさんの対情報魔法を使っていたのなら、スレイン法国に膨大な死者がでていたかもしれない。でも、今ならニグンさんもガゼフさんも、巫女姫も助けられる。そしてそれは一時しのぎでは無く、先の展望もある。
 今のオレなら、世界を構築する冷たい方程式を、全く新しい公式で解けるかも知れない。
 この体温を失った冷たい身体でその方程式を解くというも一興なのかもしれない。いや、血肉を失ったオレにとってはただの皮肉か。それが血の通った体温のある皮肉なら、それでも良い。今の身体に無いのは血と肉と皮なのだから。
 この世界では、公式さえ生み出せる神にも等しき存在なのだ。今度は()()()()()()()()()()()を導けるかもしれない。

「だからニグンさん達を罪には問えないと考えているんですよ。確かに法国は非道な事をしましたが、それ以外に手段が無かったのなら、それはオレ達の出る幕じゃない。そもそも陽光聖典はカルネ村には何もしてませんしね。決めたのは法国の上層部で、実行したのは囮の部隊ですし。それに――」

「それに?」

「オレはニグンさんに共感を覚えるんですよ。オレも人を救う英雄(ヒーロー)には至れなかった人間ですから」

 モモンガさんは不思議な顔でオレを見ている。急にこんな事を言い出したら、そうなるよな。ニグンさんの言葉を聞いて、ちょっと感傷的になっていたのかな。

「それはヘロヘロさんの事ですか?」

 モモンガさんが何気なく言った言葉にオレは少しビックリする。モモンガさんはあまり踏み込んだ話をしない人だったのに踏み込んできたからだ。モモンガさんにワガママを言わせたのが、そこまで効果があったのか。たった一回でこんなに変わるなんて一体どれだけ抑圧された人生を歩んできたのだろう。
 オレは今まで思うままに生きてきた。支配者階級に生まれると言う幸運もあった。家族にも恵まれた。やりたい事も、やらなければいけない事も全てしてきた。それで全てを手に入れられた訳ではないけども。それでも、それなりに幸せに暮らしてこれた。だからモモンガさんも幸せに生きてほしい。オレはもしかしたらモモンガさんを縛るモノから救える英雄(ヒーロー)になれるかもしれない。人間なんて些細な事で救われたりするものなんだ。あの時、些細な事で()()()を救ってくれたモモンガさんのように。

「いえ、違いますよ。オレはそんなにおこがましい人間じゃないですよ。話せば長くなるので、帰って一緒にお風呂に入っている時にでも話しますね」

「いいですね。俺も聞きたい事があるんですよ。その時に聞きますね」

「そうと決まれば、さっさと仕事を終わらしましょう。モモンさんとアルベドは戦闘跡の作成をしてください。オレはナザリックの皆に指示を出します」

 モモンさんとアルベドは、陽光聖典とオレ達が戦ったという痕跡を偽装しに散っていく。追撃をしているという(てい)になっているので、すこし時間が掛かるだろう。オレはその間、陽光聖典に何を聞くか、カルネ村にはどれだけの監視をつけるかなどの指示を細かく出していく。
 大方の指示が出し終えてモモンガさん達の手伝いに行こうとした時、オレのそばで寝ていた巫女姫がかすかに身じろぎをして目を覚ました。

「わたしは……しんだの?」

 巫女姫が虚ろな目でオレを見る。まだ意識がはっきりしていないのか焦点が定まっていない。

「……()()()()()()……さ、ま?」

 巫女姫がオレへと力なく手を伸ばす。()()()()()()とは神の名だろうか。オレを信仰する神と間違えているのか。

「じんるいを……おまもり……くださ……い」

 巫女姫の言葉に衝撃を受けて、膝を突く。
 自分が死んだと誤認しているのに、それを願うのか。オレは伸ばされた手を握る。体温の失ったオレよりも、さらに冷たい手で(すが)りつくように弱々しく握り返してくる。孤児として生まれ、大人になれぬまま死んで、神に出会って初めに言う言葉がそれか……それなのか? この子のこれまでの人生は一体なんだったのか。こんな子供が死んで、最初に願うのが人類の守護なのか。
 これではオレ達のいたリアルよりも最悪じゃないか! ――精神が沈静化してしまった。落ち着け。今のオレは神にも等しき力を持つ邪神ササビだ。世界の運命に抗える存在だ。

「娘よ。我は汝の言う、()()()()()()、ではない。だが、安心するが良い、人類は我が守ろう。そして汝には違う人生を与えよう。汝は死んでいないのだ。まだ生きている。他に何か願いは無いのか。人類の平和以外の願いは。汝の育った孤児院に送ってやる事も出来るぞ」

 巫女姫は力なく首を振る。

「わたしが……育った孤児院は……亜人に襲われて……無くなりました。全員、食べられて、骨も残っていません」

 先ほどよりも意識がはっきりしたのだろう、少し良くなった滑舌でそう言った。
 なんの感情も無く。
 それは物から手を放せば落ちるような、運に見放されれば命を落とすような、それが当たり前の自然の摂理のような、なんの悲しみも無く、ただ事実を述べているようだった。
 この子はオレやモモンガさんと一緒で、()()()()()()()()()()()()()なんだ。『叡者の額冠』を着けなくても、心が壊れてしまっているのかも知れない。蘇生魔法の使い手である巫女姫が、復活を願わなかった。すでに彼女の中では生き返らない人間なのだ。蘇生魔法は魂に掛ける、それならば、名前も顔も知らない、遺品も何も残っていない、そんな者を生き返らせる術をオレは知らない。巫女姫に蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)を渡したとして、それがこの子の為になるとは思えない。何よりも、ほんの数時間前にエンリの親を生き返らせなかったオレには何もしてやれない。それはエゴだ。ナザリックになんの利益も無い。モモンガさんにも、重荷を背負わせてしまったのに出来る訳がない。やはり、どれほどの力があったとしても有限の力である限り、どうにも出来ない事があるのだ。神とて無限の力がある訳じゃない。
 なら、情報を引き出した後で法国に送り返すか。いや、現状のままなら、また巫女姫になるだけだ。この『叡者の額冠』を返さなければ巫女姫にはなれずに済むだろうが、戦闘には駆り出されるだろう。法国を取り巻く環境は戦力を遊ばせておけるほど甘くはない。
 それなら、この子には違う人生を。

「ならば、他に願いは無いか? どんな願いでも、とはいかないかも知れぬが、それでも汝をスレイン法国から一瞬でリ・エスティーゼ王国まで呼び寄せれるくらいの力ならあるぞ? 何かないか? 汝自身が欲しい物は何もないのか? もし、人生をやり直せるとしたら、何が欲しい?」

 まどろみの中にあるような顔の巫女姫は、何か思案しているようだった。

「なんでも良いぞ。我は慈悲深き者として通っているのだ。どれほどの無茶な願いであろうとも、どれほどバカな想いでも、我の怒りに触れる事はないぞ」

 巫女姫が握っていた手に力が入る。完全に目が覚めたのか、目に光が灯る。

「…………家族が欲しい……私を残して逝かない家族が……」

 巫女姫が弱々しくつぶやいた。
 考え抜いた末に出た願いがこれだ。こんな当たり前な願いがそこまで考えないと出ないのか。

「……ならば、今日から我が――オレがお前の父親だ。血も種族も繋がってはいないが、お前はオレの娘だ。オレには娘が一人いるから姉も出来るぞ。安心しろ、その娘とも血も種族も繋がっていない。今からオレ達は血も種族も繋がっていない家族だ。何も繋がっていないからこそ、もう決して家族でなくなる事は無い。オレ達は強い、お前よりも先には絶対に死なん」

 オレは思わず巫女姫を抱きしめていた。巫女姫もオレの血も通わぬ骨の身体を強く抱きしめる。

「はい、我が父なる神よ」

 少し誤解があるようだ。誤訳されている訳ではないだろう。これまでを思い返してみても、それは無い。村長やガゼフさんと話している時も、色々言葉遊びなどを試して見たが、意味合いはちゃんと通じていた。それなら、ゆっくりと誤解を解いていけばいい。もう、オレ達は家族になったんだから。それよりも先に聞く事がある。

「娘よ。名前はなんて言うんだ」

 反応がない。未だに強く抱きしめられていて、巫女姫の顔がオレの肩に乗っているのでどんな表情をしているのかが分からない。名を聞かれて困る事なんてあるのだろうか。いいや、そんな事はどうでもいいか。名前を口にするまで、待てばいいのだ。

「――名は巫女姫になる時に捨てました。巫女姫になる時に私は死んだのです。父よ。良ければ、私に名前を授けて下さい」

 そう言う事か。この子は信仰していた神を捨てたのだ。この子にとって、オレが神なのだ。父と子なのだ。この子は生まれ変わったのだ。
 これは名前を考えないといけない。娘のU・DQ(ユウ・ディーキュー)の名は、()()()が好きだった国民的ゲームにあやかった物だ。ならアイツが好きだった、もう一つの国民的ゲームにあやかろう。そのゲームの象徴と言えばクリスタルだ。そのまま名付けてしまうと、普通のクリスタルと混同されてしまう可能性もあるから、少し変えよう。どこまでいってもオレ達の言葉は翻訳されているだけなんだから。それなら、オレがムササビの名の頭の文字を落としてササビと名乗り、モモンガさんは後ろの文字を落としてモモンと名乗っているから、クリスタルの頭と後ろを落として、リスタにするか。
 うん、いいな、この子の新しい人生が今から始まるんだ。リスタートの意味も兼ねて、それにしよう。

「リスタだ。お前の名前は今からリスタだ」

「はい、私の名はリスタ。今からリスタとして生きます」

 オレの頬に触れているリスタの頬が濡れる。これはオレのワガママでエゴだ。それでも、やって良かった。この子には幸せと愛情を。

「――ササビさん。やっぱりロリコンなんじゃ……」

「聞こえてますよ、モモンさん」

 モモンガさんとアルベドが戻ってきていた。さっきのを見られていたと思うと、なんだか恥ずかしい。
 辺りを見ると激しい戦いがあったかのように荒れ果てている。これなら偽装工作は完璧だな。

「ササビさん、その子を養子にするんですか?」

「ええ。名前はリスタです。名前を捨てたと言うので、オレが名付けました。モモンさんはナザリックに部外者を入れるのは反対ですか?」

 モモンガさんはナザリックに対する思い入れが半端ないからな。反対されたら、カルネ村の家に住まわせようか。

「いえ、私は賛成です。そりゃ、どこの誰とも分からないのに踏み荒らされるのはゴメンですけど、ササビさんの娘なら歓迎ですよ」

 今、この場で決まったばっかりなのに、もうオレの娘か。これは相当だな。モモンガさんも()()()()()()()()()()()()

「じゃあ、ナザリックに帰りましょうか、ササビさん」

 手を差し伸べるモモンガさんに、オレは抱きしめている状態からお姫様抱っこに変えてリスタを渡す。受け取ったモモンガさんは呆気にとられた顔をしている。

「モモンさんはリスタと先にナザリックに戻っていてください。オレはアルベドと少し事後処理をしてから帰りますから。その後、ちょっと休憩をはさんで、陽光聖典から話を聞いて今日の仕事は終了ですよ」

「ちょっと、この子はどうすればいいんですか?」

 モモンガさんはリスタをお姫様抱っこしたまま困っている。そして、その後ろに立っているアルベドから不穏なオーラが出ている。いやいやいや、リスタなんてどう見ても中学生か小学生ですよ? なんで嫉妬してるんだよ、アルベド。ちょっと、フォローを入れておこう。

「陽光聖典と同じ場所に居させてあげてください。ニグンさんと多少は顔見知りのようでしたので安心するでしょう。モモンさんは子供の相手が苦手みたいですから、ちゃんとしてくださいね。将来、アルベドとの間に子供が出来たら大変ですよ」

「な、ササビさん、何を言ってるんですか」

「そんな、ササビ様、気が早いです」

 慌てるモモンガさんと、頬に手を当て蠢くアルベド。この二人、やっぱりちょろい!
 オレはリスタの目元を指で拭う。良く見なければ分からないほど小さく、はにかんだ顔をした。この子は元々、感情表現が苦手なのかもしれないな。ま、ユウなら仲良くしてくれるだろう。
 ナザリックに帰るモモンガさんは支配者然とした顔を作ってから〈転移門(ゲート)〉をくぐった。

「やっべ、モモンガ様かっけ。くふふふふ」

 そうだろうか。普通に帰っただけだよ。それにモモンガさん、さっき自分の魔法で盛大に吹っ飛んでましたよ。これが愛の力なのか。――それともこれが()()()()()()なのだろうか。
 さて、アルベドと二人っきりになった。これから先の言葉は誰にも知られない。これで心置きなく本題に入れる。

「アルベドよ、汝はモモンガさんをどう愛しているのだ。汝の恋を応援する者として、その辺を知っておかなくてはいけないと思ってな」

「モモンガ様の心を満たせるように、私の愛で包み込みたいと思っております!」

 即答だった。手を組み、キッラキラの瞳でオレを見つめる。容姿が悪ければ痛々しく見ていられないレベルで顔を輝かせている。美人だからなせる業だ。
 オレの予想は当たっていた。設定を書いた時の心情が反映されている。
 今でも覚えている、ユウに設定を書き込んだ時の事を、そして、ユウに()()()()()()()()()()()。ならユウは、()()()()()。最期に書き込んだ人間が優先されるなら、それはオレじゃない。るし★ふぁーさんだ。もちろん、るし★ふぁーさんが何を書いたかも知っているし、覚えている。特に問題があるものでは無かったから、これはそれほど、考慮しなくていいだろう。ユウの設定は今でも(そら)んじれる。後はどこまで()()()()()()()()、だ。それが重要だ。
 オレにとって、一番大事なのはユウの()()なのだ。モモンガさんでも、ナザリックでも無い。
 もちろんアインズ・ウール・ゴウンは大切だ、それよりもモモンガさんが大切だ、そしてモモンガさんよりも()()()()()が大切なんだ。それはナザリックがユウの居場所だから。オレにとって、それが一番大切なんだ。自分でも、()()()()()()()()
 事後処理と言う名のアルベドに対する事実確認が終わって、オレはナザリックの自室の前まで戻ってきていた。
 残っている仕事は、陽光聖典とリスタから話を聞くだけだ。その後はモモンガさんとゆっくり風呂に浸かって今日は終了だな。まあ、オレは寝られないけど。
 オレは機嫌が良かった。
 このドアを開ければ部屋にユウが待っている事もあるが、それよりもアルベドから聞いた答えが予想通りだったからだ。
 『選面の無貌』を着けて、周佑の顔に戻ったオレの表情はほころんでいた。
 ドアを開けるといつものように『一番大切な存在(ユウ)』が立っている。
 ただ、何故かプルプルと震えていた。これはアレだな。

「どうしたんだ、ユウ」

「信じて送り出したお父様がエヘ顔で農家の娘を  二  人  も(ダブルピース)買って帰ってくるなんて」

「やめろ、字面が悪すぎる!」

「しかも、娘であるボクと同い年の娘を……」

「自分が最低のクソ親父に思えてきた!」

「あまつさえ、もう片方はその妹でロリ……」

「さらに追撃! 娘には辛過ぎる現実、リスカしてもおかしくない!」

 確かに客観的に見たらその通りだった。オレは何をしてんだ。
 さらにユウがニコニコと、

「お父様、まだボクに言う事があるでしょう?」

 と、言ってきた。ああ、もう()()も繰り返してきたやり取りだから、勝手に次の言葉が出てくる。

「コホン、ユウよ、お前に新しい妹が出来たぞ」

「信じて送り出したお父様がエヘ顔で見知らぬ妹まで連れて帰ってくるなんて!」

 いつもの一連のボケが終わって二人でケラケラ笑い合う。
 オレはまだユウに言わなければいけない事がある。それは冗談ではなく、冗談のような夢物語。聞いてしまうと覚めてしまって、二度と見れなくなるかもしれない希望。
 それでもオレは躊躇わない。オレは思うままに生きてきたから。後悔が無い訳ではないけれど。

「ユウ、お前は菱川 祐紗(ひしかわ ゆうさ)の生まれ変わりなのか?」

 ユウの設定には『菱川祐紗(いもうと)の記憶を受け継ぐ生まれ変わり』と書かれている。その設定を知っている人は、今のナザリックにはいない。

「ボクはU・DQですよ。()()()

 そして菱川祐紗がこの声でオレを兄さんと呼んでいた事も、誰も知る者はいない。
 ただ、この菱川祐紗の記憶がオレの記憶由来の可能性がある。他にも主観的な意識だけが無い人間(哲学的ゾンビ)の可能性もある。哲学に傾倒していた祐紗が、生まれ変わったと思ったら哲学的ゾンビだったなんて笑い話にもならない。スワンプマンかもしれないオレにはお似合いかも知れないが。それでも、確かめる手段なんてないけれども、出来れば本物の生まれ変わりだったら良いと思う。

「さあ、お父様、そろそろ尋問を始める時間ですよ」

「そうだな、残っている仕事を終わらしたら、モモンガさんと一緒にお風呂だ」

 ナザリックのスパは、るし★ふぁーさんの悪戯がいっぱいあったな。多分、全部解除できたはずだけど。

「男同士、風呂場、真夜中、何もないはずがなく」

 ユウがそう呟いた。

「いや、何もないよ!?」

「ナニもない(意味深)」

「確かにナニも無い!」

 こんな時にこんな下品なネタをぶっこんでくるなんて、なんて祐紗らしいんだ。ホント、死んでもそれは治らないのかよ。
 七年前のオレはお前を救える英雄(ヒーロー)になれなかった。
 お兄ちゃん、今度は英雄(ヒーロー)になれるかな、祐紗。



独自設定 完全解除(パーフェクト・リセット) 〈装具支配〉
独自解釈 土の巫女姫 巫女姫としての設定はウェブ版から キャラと生い立ちはオリジナル


という訳で、IFストーリー感を遺憾なく発揮した話でした。
死亡フラグが立ち過ぎたらどうなるのか。まあ、こうなります。ニグンさんはムササビの覚えも良いので生き残ります。と言うよりも、現地勢の中でも、出番の数は上位に来る予定です。そもそも今回のニグンのガゼフの絡みは、はじめから考えていた話の一つです。なので、この先もニグンさん絡みの話があるのに死んでもらっては困るんですけどね。


今回の話のようにガゼフさんが法国の実情を知れば、生き方を変える可能性は十分にあると思うんですが、どうでしょうか。


ムササビはモモンガさんと違って狂ってないと思った? 残念ムササビも狂ってました。
モモンガさんが無自覚に狂っているとしたら、ムササビは自分が狂っているのを自覚していますので、余計に質が悪いかもしれません。ここまでこの話を読んでくれた人なら分かっているでしょうが、ムササビはロジカルな思考しながら善悪も他人の心の機微も理解できています。その上で自覚的な狂気を保持し続けてもいます。しかし、その精神はアンデッドに浸食されていくので、ある意味、原作モモンガさんよりやべえヤツです。
その上、ムササビが最初に精神の沈静化が起きたのは、異世界に転移してユウの声を聞いた時ですから中々のシスコンですよ。
ちなみに周佑(ムササビ)祐紗(ユウ)には恋愛感情的なモノは一切無い兄弟なので、そういう展開はありません。


ユウの謎の一端が明かされました。NPCの中でユウだけがリアルを認識できるのは、リアルの記憶があるからです。モモンガに対しても柔軟に対応できるのは、祐紗の記憶のおかげです。


1500万人以上いる法国で、100万人に1人の巫女姫。一方英雄の領域に到達しているのは漆黒聖典の面々。現役だけ10人以上いて、引退者等を含めれば巫女姫の数を上回るでしょう。希少性では巫女姫の方が上なので巫女姫の方が優先される事もあると思うのです。


家族が増えるよ! やったねリスタちゃん。ただし増える家族は狂人骸骨と勇者とのたまう妹兼娘兼姉。


次回は原作で言う一巻のラストと同じで、ナザリックの方針が決まる話になります。この作品でも序章のラストという位置付けです。

次の更新時には、タグにニグン生存ルートを足そうと思います。こんな感じで今後もタグが追加されます。


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10 百年の計と幾千年の先と

前回のあらすじ

ニグン、絶体絶命のピンチから幾本のフラグを折り、奇跡の自力脱出を果たす。
ガゼフ、ニグンに感銘を受けて、政治に関心を持つ。
土の巫女姫、ムササビの養子になり、リスタと言うまともな名前を貰う。
アルベド、モモンガが自分の魔法で吹っ飛んでようが「やっべ、モモンガ様かっけ、くふふふふ」
ムササビ、女を二人買った上に、12~3歳の少女を養子にした後、ユウが妹の生まれ変わりなのか確認する。


ユウ、発狂した後に出ていったお父様が、女を二人買った挙句に見知らぬ妹まで連れて帰ってくるという事態に見舞われるが、元気にユーモアで返す。


 捕虜からの情報収集を終えた俺達は円卓(ラウンドテーブル)と呼ばれる部屋に来ていた。
 ここで俺とムササビさんとアルベドとデミウルゴスの四人で意見交換をしていた。いつものように俺の後ろにはアルベドが、ムササビさんの後ろにはデミウルゴスが控えている。
 手にはアルベド達が作った情報をまとめた書類がある。簡単な各国の情報や国際情勢にはざっと目を通すが、別途記載されている詳細はムササビさんに任せよう。こんなに細かく書かれても覚えられないよ。
 難しい部分を飛ばして、この世界とユグドラシルとの違いがまとめられた箇所をみよう。
 えっと、この世界の者は魔法を作り出せる。でも、ほとんどが戦闘には役に立たない生活魔法なる種類みたいで、脅威にはなりえないか。まあ、そうだよな、位階が低いんだから、どんな魔法だったとしても、無効にできるし。でも、オリジナル魔法が使えると思うと羨ましい、俺達にも作れないかな。レアってレベルじゃないもんな。
 で、次に武技なるスキルのようなモノを戦士は使えるらしい。これに関してはスキルとは別に使用できるのか。こっちも新しく開発出来るのか。しかも他の者が使えるようになるのか。まあ、これは現実の世界の武術とかみたいなモノかな。
 で、一番の違いはタレントなる生まれながら特殊能力を持っている者がいるのか。例に上げられている能力を見るが、そのほとんどが大した事が無い能力だな。中には少々やっかいな能力もあるようだけど、肝心の誰がどんな有力なタレントを持っているかはあまり書かれていなかった。
 帝国最高戦力である第六位階の使い手であるフールーダ・パラダインが、相手の使える魔力系魔法位階が分かるタレントを持っているくらいしか有用な情報が無かった。国の秘密組織なので、何か貴重な情報を持っているかもと期待していたが、そもそも陽光聖典は亜人等の殲滅が主な任務であり、活動場所も人里離れて場所が多く、その方面の知識は一般常識程度しかなかった。代わりに、モンスターや亜人の生態などは詳しく知っていたけど。この辺りは興味があるので後で個人的に聞こうかな。
 書類をめくり、危険度に関する項目を見る。ギルマスとして、ここはちゃんと見ておかないとな。
 ニグンさんが持っていたユグドラシルのアイテムである魔封じの水晶は、六大神なる者の遺産である事。そして、そのプレイヤーらしき六大神は八欲王なる存在に倒されているらしい事。それを倒した八欲王なる存在も、この世界の強者とつぶし合って倒されているようであり、この世界の強者は(おおむ)ね死亡している事が書かれていた。
 次に一番重要な現戦力に関する事が書かれたページを見る。えっと、法国を含め、この周辺国で威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)()せるのはアーグランド評議国の竜王くらいで、法国には戦える個は()()()()()と。あれだけ、大事に持っていたんだから、そうだろうな。最高位天使とか言ってたし。
 後は破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)なる謎の存在が復活しそうになっている事、それを受けて漆黒聖典なる英雄級だけで構成された法国一の戦闘能力を有した集団が、真なる神器〈ケイ・セケ・コゥク〉の警護に入っている事。その漆黒聖典に裏切者が出て、叡者の額冠を奪って逃げている者がいる、の三点か。
 プレイヤーが六百年前に存在した事実と周辺にはプレイヤーはいなさそう以外には、大した内容は無かったな。法国はプレイヤーがつくった国だから、しばらくは関わるのは控えるくらいか。
 そういえばニグンさんがダークエルフの少年から凄まじい殺気を感じると言っていたな。これはアウラの事だよな。捕虜を全て第六階層の闘技場に集めているので間違いないな。アウラはニグンさんの何が気にくわなかったんだろう。やっぱり、俺達の敵だったからかな。このまま放置していてはニグンさんが危険だから、何か言っておかないとな。はあ、気が重いなぁ。リアルで仕事をしているみたいだよ。リアルと言えば、ここはアレだよな。

「しかし、これはモモンガさん。ここはなんと言うか、リアルに比べてアレですね」

 ムササビさんも俺と同じ事を考えていたようだった。誰でも同じ感想を抱くよな。

「ええ、そうですよね。これはアレですよね。リアルに比べても」

「「()()()()()」」

 聞き出した情報から俺とムササビさんが出した結論は一緒だった。それは最も重要な、この世界の安全度。
 レベル100である俺達が一撃で命を落とす確率は限りなくゼロだ。交通事故などの不慮の事故に巻き込まれるよりもずっと少ない。むしろ俺もムササビさんも一定以下の物理や魔法の攻撃は無効化できるから、傷すらつく事がほとんどないだろう。現地の戦力を考えれば、無効化を超すデータ量の力を持った存在すらあまりいないのだ。仮にプレイヤーがいたとしてもこれだけ知られていない事を考えれば集団でいる可能性は低い上、いたとしても世界との関りを断っているだろう。なら、どう考えても、リアルよりも安全なのだ。
 俺達は胸をなでおろした。まさかモンスターが存在する異世界が、リアルより命の危険が無いとは思っていなかった。使い捨てされる立場にあった負け組の俺でも、この弱肉強食の異世界の方が遥かに優しい。
 この世界の人類は劣等種らしく、常に絶滅の危機にさらされている。リアルの人間は他の生物に脅かされないほど繁栄していた。それなのに出来上がったリアルの世界は、この異世界よりも俺達に厳しかった。なんだか妙な気分になる。ムササビさんの娘になったリスタも人類の為に巫女姫になった。そうしなければ、人類が生き残っていけないのはよくわかる。割とすぐ近くに竜王がいる世界だ。それが威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)と互角程度の存在だとしても、せいぜいがレベル30程度では脅威だろう。

「さて、後はリスタから話を聞いたら終わりですね」

 ムササビさんは『無貌の選面』でリアルの自分の顔に似せた顔、つまりササビの顔でそう言った。リスタたっての希望により、話を聞く事になっている。ちなみにこの顔はリスタには見せているので、この顔のままで会っても問題がない。と言うよりも、今この顔をしているのは俺の為なのだ。骸骨の顔だと表情が分からない。

「別に明日でもいいんじゃないでしょうか。もう真夜中ですし、子供は寝る時間でしょう」

 俺の言葉にムササビさんはゆっくりと首を振る。

「今から家族になったと言ったところで、すぐに本当の家族になる訳じゃないんですよ。リスタはオレの役に立ちたいと言っていましたから、それを叶えてあげたいんです。多分、居場所を作りたいと思っているんじゃないでしょうか。意識的か無意識的かは置いておいて。だったら、それを叶えて上げるのも父の役目ですよ。オレとリスタは家族なんですから。安らげる居場所は大切ですよ」

 ムササビさんは一時の感情で拾った訳でなく、本気でリスタと家族になるつもりなんだな。あの一瞬でこの覚悟が出来るから、一流の経営者になるんだろうな。
 外で待機しているメイドがリスタが来た事を告げる。扉のそばに控えていたセバスが開けるとリスタが入ってくる。表情が乏しいリスタが何を思っているのか分からない。
 ムササビさんのそばまで来たリスタは、跪いて神に祈るかのように手を組む。
 ムササビさんはリスタの方を向く。リスタに椅子を勧める事はしなかった。ムササビさんがしないのなら、俺もしない。多分だが、公私をしっかり分けているのだろう。本当に家族になるのなら、これはしっかりとしておかないといけない。これが分けられないのなら、いったい何をもって内と外を分けるというんだろう。ユウだって、忠誠の儀の時は跪いていた。

「お父様に言わなければいけない話があります。これは神官長以上の人間しか知らない話です。ニグンさんも多分知りません」

 平坦な言葉から似つかわしくない情報が出てきた。秘奥の存在なら、特殊部隊の隊長が知らない秘密を知っててもおかしくはない。

「もうすぐ『百年に一度の嵐』が、この世界に訪れるかもしれません。それに対応する為に、私を巫女姫にするのを急がれたのです。もしも訪れた際は、どれほど準備をしてもし足りないと」

「それはどこで知ったんだい?」

 ムササビさんは慈愛に満ちた声で優しく問いかける。大国が準備をしても、し足りない災害が来るかもしれない。内心はとても驚いているはずなのに、一切それを感じさせない。ムササビさんのこういうところはホントに凄い。だからこそのアインズ・ウール・ゴウンの渉外役だ。DQNギルドとして有名であっても活動してこれたのは、強力な戦力だけではなく、外部との調整役がいてこそだ。

「はい、お父様。英雄級の力を持ちながら、来るかどうかも定かではない『百年に一度の嵐』の為に巫女姫にならなければいけなかった私を、土の神官長のローランサン様が憐れんで教えて下さったのです。本当は重要機密なのだと、言い添えて」

 法国も苦渋の決断だったのだろう。人類の為とは言え、子供を犠牲にするのは気が(とが)めたのだろう。

「――そうか、リスタよ、良く教えてくれた。これはとても重要な情報だ。今日は色々あって疲れたろう、ゆっくり休むんだよ。セバス、リスタを頼む」

 ムササビさんはセバスに連れられるリスタを見送った後、難しい顔をする。それは俺も同じだった。
 『百年に一度の嵐』か。巫女姫を用いて使えるようになる第八位階魔法がいくらあっても足りないくらいの規模なのか。天候をコントロールする魔法はその位階にもあるけど、それがいくらあっても足りないってどれほどの規模なんだ。規模だけじゃないか、何週間とか何か月とかにわたる嵐だったら超位魔法の〈天地改変(ザ・クリエイション)〉でも無理か。リキャストタイムがネックだよなぁ。
 それにナザリックは地下だから水没するかもしれないのか。土砂とかで入口が塞がれたらシステム・アリアドネに引っ掛かるのかな、この辺は試せないから分からないぞ。
 俺と同じように難しい顔だったムササビさんが口を開く。

「聞きましたか、モモンガさん」

「はい、どう対処すればいいか見当もつきませんね」

「そうですか。では、デミウルゴスよ。この事案にナザリックの者だけで、対処できるか?」

「恥ずかしながら……」

 デミウルゴスは消え入りそうな声で答えた。デミウルゴスでさえ、対処法が分からない大災害か。これはとんでもない事態だ。

「やはりか。我もナザリックの者だけでは不可能だと思う。どうやら、モモンガさんも同意見のようだ」

 ムササビさんが考え込む。ムササビさんも対処法が分からないようだ。じゃあ、俺にはわかるはずもない。どうすればいいんだ。いちおう俺がナザリックのトップなんだから、何か考えないと。
 しばらく続いた沈黙を破ったのはムササビさんだった。

「モモンガさん、オレはこの世界を支配しようと思います」

 え、いきなりどうしたんだろう。今、その話をするんですか? いや、ムササビさんの事だから、何か策を思いついたんだろう。でも、世界征服に対しては俺も言わなければいけない事がある。

「それなんですが、ムササビさん。これはまだ、アルベドにしか話していないのですが。いや、直接アルベドにこうだと言ったのではないんですけど。その、出来れば現地の人間と友好的な関係を築きたいと言うか」

 ムササビさんは顔の前で手を組んで押し黙る。気を悪くしたかな。たった二人しかいないのに、なんの相談も無い上、『百年に一度の嵐』に対してなんの関係もないもんな。でも、ここで引いたら、ムササビさんの心がアンデッドに浸食され尽くしてしまうかもしれない。
 アルベドとデミウルゴスからピリピリとした空気を感じる。

『モモンガさん、やるじゃないですか。もっと朴念仁だと思ってましたよ』

 ムササビさんからメッセージが入る。朴念仁って、ムササビさんまた失言してますよ。でも、ムササビさんが失言する時は気を抜いている時だから、やっぱり、大災害の対策はちゃんとあるんだな。

『いやあ、女性って言うのはそういう特別扱いが嬉しいモノなんですよ。やりますねぇ、モモンガさん。どうせ、たまたまだったとしても』

 偶然なのは見抜かれていた。

「安心してください、モモンガさん。オレも友好的に支配するつもりですよ」

 ムササビさんは後ろに立つデミウルゴスを見る。

「デミウルゴスよ。前に話した世界征服の件だが、いささか汝の意に沿わぬモノになりそうだ。すまぬな」

「何を仰いますか、ムササビ様。我々は至高の御方の意思こそが最優先でございます。私の意などはお気になさらずに」

 ムササビさんは気遣いを忘れないな。世界征服の話をしていたのなんて今まで忘れてたよ。しかも、それ、俺の失言だったのに。これは俺のフォローも兼ねているのか。うわあ、俺、足を引っ張ってしかいないよ。

「さて、世界征服の基本方針だが、ナザリックの出先機関として国を作り、この異世界の者を友好的に支配しようと思う。デミウルゴスよ、何故恐怖によらぬ支配にするのか分かるな」

 うん、分からん。俺が友好的にって言ったからではないだろうけど。

「はい、もちろんです。恐怖による支配をすれば次の嵐の時に、愚かにも裏切るやもしれません」

 さっぱり分からん。次の嵐って、百年後でしょ。今の嵐をどうするかは良いんですか。それに、裏切るって何を? ……ここは頭の良い三人に任せて黙っておこう。後でこっそりムササビさんに聞けばいいや。

「うむ、ならば、捕虜に対する扱いもわかるな」

 それに答えたのはアルベドだ。

「それならば、ペストーニャにも捕虜の世話をさせるのはどうでしょうか」

「少し早い気もするが、アルベドの提案ならば間違いはあるまい]

 アルベドは優雅に頭を下げる。この三人の余裕のある感じからして、もしかして目先の『百年に一度の嵐』に関しての問題は終わっているのか。それとも、今回は『百年に一度の嵐』は来ないのかもしれない。

「必要な条件はほとんど揃ってはいるが、足りぬ物もある。時間はあるとは言え、あればより盤石になるならば、それを満たそう。ふむ、まずはやはり情報だと思うのだが、幻術を見破るタレントがある以上、人間の見た目をしている者が適任だろうな」

「なるほど。そういうお考えですか。流石はムササビ様」

「うむ、デミウルゴスは話が早くて助かる。ただ、アルベドはどうすればいいか」

「ふう、ムササビ様の慈悲には敵いませんね。では、私にお任せ下さい」

 ここで何故アルベドの名が。それより、いつの間にデミウルゴスとそんなに仲良くなってんの? ムササビさんのコミュ力が怖い。
 アルベドの元まで歩いて行ったデミウルゴスが何やら耳打ちする。いったいなんの話をしているんだろう。アルベドの目がらんらんと輝いている。身体もクネクネと動いている。なんか怖い。
 デミウルゴスが俺を見る。やばい、オレがアルベドに引いているのを悟られないように支配者然とした顔をつくる。

「モモンガ様、ムササビ様と一緒に冒険へお出かけになられてはどうでしょうか」

 そう言う事に一番反対すると思っていたデミウルゴスがそんな提案をした。完全に予想外だ。どうすればいいか分からずにムササビさんの顔を見るとニヤリと笑っている。これはムササビさんが手を回したのか。確かに、冒険したいとか言ったけど。この人は一体どれだけの事をしているんだ。まだ、異世界に来てから数日だよ。どれだけ効率的に動けば、こんなに色々と手を回せるんだ。

「ええ、いい考えだわ。だけど、いくら危険が少ないとは言え、御方々だけでと言うのは承服しかねます。隠密に優れたシモベを幾人か警護につけさせていただきます」

 え、それだけ。アルベドも賛成なの。反対するか、そうじゃなかったら一緒についていくとか言い出すと思ってたのに。あぁ、さっきデミウルゴスがアルベドに耳打ちしたからか。何を言ったのかは検討もつかないけど。

「モモンガさん、冒険にいかないんですか。流石に二人旅という訳には行きませんけど」

「い、行きます。ホントに冒険に行っていいんですか?」

「まあ、準備がいるので何日か後になってしまいますが。それに冒険兼仕事にはなりますけど。それでも十分楽しめると思いますよ。オレは楽しみですもん」

 こんなに早く冒険に出かけられるとは思ってもみなかった。いつか行けたらと良いくらいだったのに。

「では、アルベド、デミウルゴスよ。準備に取り掛かってくれ。我はモモンガさんと今後の方針を詰める。それと冒険に出るにあたり、現地の暦をナザリックに導入する」

「「は!」」

 アルベドとデミウルゴスは退室していく。部屋には俺とムササビさんだけになった。
 ムササビさんは真剣な表情でオレを見る。

「では、モモンガさん。デミウルゴス達がいては出来ない話をしましょうか」












 リスタからもたらされた情報は驚くべきモノだった。
 『百年に一度の嵐』。
 六百年前に現れたプレイヤーとおぼしき、ユグドラシルのアイテムを授けた六大神。
 五百年前に現れた六大神を倒し、幾体もの竜王を倒した、殺される度に復活するが弱体化する八欲王。
 それから三百年飛んで二百年前に現れた、戦士として凄まじい腕前を持ち、当時ミノタウロスの食料にしか過ぎなかった人間を奴隷階級にまで引き上げた、『手術』と言う概念を持つ口だけの賢者と呼ばれるミノタウロス。
 同じく二百年前に現れた、無限に強くなる十三英雄のリーダー。
 英雄級と呼ばれる極一部の者でさえ第五位階レベルの世界で、突如現れる特異な存在。それがほぼ百年刻みにある。そして突如この世界に現れた特異な存在であるオレ達。
 これは全てプレイヤーと見て問題無いだろう。死ぬ度に弱体化して蘇る点や人間に肩入れして『手術』なんて世界観にあわない概念を知っているなんてモロじゃないか。これは推測だが、百年に一度くるかどうかではなく百年毎に来ているのだろう。法国がそれを把握できていないだけだ。そして、それは法国もそう推測しているのだろう。と、なると、法国はプレイヤーが興した国であり、すでにプレイヤーが存在していない国と見て間違いないだろう。

「さて、モモンガさん。さっきの話、全く理解してませんよね。『百年に一度の嵐』を自然災害の嵐だと思っているでしょう。アレ、オレ達の事ですからね」

 モモンガさんは呆気に取られて口を開ける。オレはざっと説明しようと口を開きかけると、モモンガさんはアッと言う顔をする。

「そうか、嵐ってユグドラシルプレイヤーの事ですね」

 やっぱり、モモンガさんは地頭がいい。ちゃんとした教育が受けれる世界なら今とは違う人生を歩めていただろう。オレ達がいた世界はソレをなくしてしまったからああなったんだ。それを決めた連中は、ソレがどれほどの損失になるか理解していなかったのだ。教育を止めてしまってからは、大して科学も文化も進歩しなかった。大衆文化は百年以上前と大して変わらなかった。全ての事が、二百年前から百年前の進歩に比べたら十分の一以下だろう。結局、一部の人間だけでは集合知には勝てないのだ。

「じゃあ、プレイヤーに対するナザリックの者だけでは不可能な策で、その為にこの地を友好的に支配するって、もしかしてどこに現れるか分からないプレイヤーの監視網を築く為ですか。だから恐怖で支配したら裏切るかも知れないと。流石はアインズ・ウール・ゴウンの周瑜ですね」

 流石と言いたいのはオレの方ですよ。『百年に一度の嵐』がプレイヤーだと分かったら、すぐにここまで理解するんだから。高等教育なんて受けていないのに、これは驚異的だ。もしも、ちゃんとした教育を(ほどこ)されていたらどうなっていたのだろうか。

「それにしてもプレイヤーですか。人数の揃っている中堅以上のギルドが来たら厄介ですね。こっちには二人しかプレイヤーがいませんもんね。まあ、最大100人が相手だとしても、ナザリックに引きこもっていれば負ける事は無いですけど」

 思っていた通り、モモンガさんは思い違いをしている。オレもナザリックに引きこもっていれば負けないと思っていた。それは間違いだとリスタの話を聞いて気付いた。
 何より、モモンガさんもデミウルゴス達も根本的な事が間違っている。このままでは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「モモンガさん。ここからがデミウルゴス達の前では話せない本題なんですよ。さっきのモモンガさんの言葉からも、これは絶対に話さないといけないのを確信しました。これからする話をよく聞いて、それにちゃんと答えてくださいね」

 モモンガさんもデミウルゴスをはじめNPC達も、()()()()()()()()()()しているきらいがある。

「監視網が完成している前提なら、百年後に現れるのが例えワールドチャンピオンを擁する上位ギルドでも、相手がプレイヤーだけなら勝てます。それが仮にたっち・みーさん以上の強さを持つ100人のプレイヤーだったとしてもこれは変わりません。オレ達なら勝てます。何故なら、ユグドラシルの戦術は()()()()()()()()()()()()()()()()だからです。それに引き換え、その時のオレ達はフレンドリィ・ファイアがある世界で生きた100年の経験があります。そこを突けば十分勝てます。それにプレイヤーのほとんどは人間種。精神構造が人間の時と変わりません。痛みを前に戦い続けられる人間は限られています。人を躊躇なく殺せる人間も限られています。正直、プレイヤーが相手ならやりようはなんとでもあります。ですが――」

 ユグドラシルではオレやモモンガさんのようなロマンビルドは嫌われていた。嫌われていると言う事はそれが主流では無く少数派だからだ。つまり大体がガチビルドである。上位のギルドにもなるとなおさらだ。戦闘力もPVPが得意なモモンガさんでも、強さの順位はせいぜい上の中程度あればいい方だろう。上位ガチギルドなら、ざらにいる腕前に過ぎない。
 それにだ、ナザリックのような趣味全開の上位ギルドも当たり前だが少数派だ。そもそも、ここまでのクリエイターが揃っているギルドの方が珍しいのだ。ガチギルドはやはりガチプレイヤーが集まり、ガチプレイヤーが集まるガチギルドは趣味がゲームな人間の集まりである。ほんの少しの強化でも血道を上げる連中が揃っているのだ。そんなギルドの拠点に戦闘に役立たないプレアデスやメイドのようなキャラはいない。ほとんどが守護者クラスの戦闘力をもったNPCだ。
 逆に未成年だらけの弱小ギルドも存在する。最低NPC制作拠点でも700レベル分のキャラが作れる。最低レベルのギルドでも守護者7人分の戦闘力を有している可能性がある。それだけでも厄介だ。そして、往々にしてそんなギルドのNPCの設定は中二全開だったりする。それはつまり――。

「――シャルティアのようなガチビルドに、コキュートスのような武器戦闘術、アウラとマーレのようなコンビネーションに、デミウルゴスのような知能、アルベドのような防御技術を持った、フレンドリィ・ファイアがある前提の戦術をとるNPC七人に勝てる気がしますか?」

「それは……しないですね。と、言うよりも確かにそれだと、たっち・みーさんよりも強いですね」

 こういう方面でのモモンガさんはとても話が早い。あれこれ説明しないでも一瞬で理解してくれる。それはつまりレスポンスの早さで言えば、デミウルゴス等の知恵者と変わらないと言っても過言では無い。

「オレも同意見です。中二全開な設定が実現したキャラになんて勝てる訳ないですよ、正真正銘の『ぼくのかんがえたさいきょうのきゃら( チ ー ト )』ですからね。中身がただの人間であるオレ達では勝ちようがありません。例え、そのNPCの装備がこちらよりも下だったとしても、勝てないでしょう。逆にこちらからナザリックの総力をもって攻め込むにしても、相手にデミウルゴスと同等の智謀を持つNPCが二人以上いては出し抜けないでしょう、相手にアルベドと同等の政治力を持つNPCが二人以上いても崩せるとは思えません。デミウルゴスもアルベドも同等の知能を持っていますが得意分野が違います。相手に同じ得意分野のNPCが複数いた場合、こちらの勝機はゼロです」

 モモンガさんは腕を組み、しばらく何かを考えてから口を開いた。

「それでもナザリックは攻略できないと思いますよ。引きこもっていれば負ける事はないでしょう」

 この話をモモンガさんと二人でしてよかった。モモンガさんはまだ、ここがユグドラシルと変わらない世界だと勘違いしている。オレもさっきまでその考えから脱していなかった。

「いえ、モモンガさん。それはユグドラシル時代の発想です。この世界は現実なんですからログアウトがありません。そして制限時間も。だからナザリックを攻略する必要がないんですよ。正直に言って、ナザリックに押し込まれた時点で負けは確定です。何年ものスパンを掛けてナザリックを破壊していって、こちらの資金切れを待てばいいだけなんですから」

「そうか、修復には金が掛かるけど、稼ぐ手段がなくなるんですね。だから相手は無理に攻略しなくても良いのか。拠点をある程度破壊しては撤退するヒットアンドウェイだけでも十分なんですね。あ、だからこの世界を征服するんですか。相手が強かった場合はこちらが押し込めるように。100年掛けて相手の資金をゼロにすればいいんですからね」

 さっきも思ったけど、やっぱり戦術面ならモモンガさんの理解が早い。これは間違いなく、ぷにっと萌えさんが色々教えていたからだ。教えればちゃんと成長する。これが大事なんだ。100年後に訪れるかもしれない危機を乗り越えるには成長が必要なんだ。オレ達は100年の時を掛けて、チート級の能力を手に入れればいいんだ。決して可能性が無い訳じゃない。

「ええ、ですがそれで戦力の不安が消える訳ではありません。だから、成長が必要です。この世界の人達も、ナザリックの皆も、当然オレもモモンガさんも」

「成長ですか……そうですね。ナザリックの為に強くならないといけませんよね。どんなギルドが来ても倒せるようにしないと。でも成長って、どうするんですか? 俺達もナザリックのNPCもレベルアップが出来ないんでしょう?」

 やはりモモンガさんも気付いている。プレイヤーやNPCがレベルアップ出来たのなら、八欲王は負けなかっただろう。竜王に負けたのなら、負けないレベルまで上げればいいのだから。これは無いかもしれないが、デスペナルティで下がったレベルさえ戻らないかもしれない。これはこの世界の生物が弱すぎてほとんど経験値が入らなかっただけかも知れないが。どっちにしろ、レベルキャップはありそうだ。
 そう問題はそこなんだ。オレ達、ナザリックの皆を含めて、ステータスの上昇はかなわない。なら、オレ達が成長する余地は P S (プレイヤースキル)か知能面だけなのだ。

「まずはナザリックの力をあまり使わずに行きましょう。この世界ではチート過ぎます」

 チートを使って P S (プレイヤースキル)が上がる訳が無い。かと言って、手を抜いていても鍛えられる訳がない。されど、ナザリックの力を全く使わずに大陸を征服できるとも思えない。その辺のバランスは追々考えていこう。一番の重要事項は、百年後にこの大陸を手中に収めている事だ。これが出来ていれば、現れたプレイヤーが友好的な場合においても有利に事を運べる。オレ達の能力の向上はその次だ。

「手頃なところで、モモンガさん。前衛職がやってみたいと言ってましたよね。この世界に冒険に出る時は前衛職で行きませんか。今のモモンガさんのステータスでも、この世界ではトップクラスなので魔法を使わない縛りプレイでも行けるでしょう。それで前衛職のノウハウを学んで P S (プレイヤースキル)の上達を図りましょう。前衛職のノウハウがあると戦闘に役立ちますからね。これが冒険兼仕事って意味です」

「いいですねえ、なんか逆に楽しみになってきましたよ。ムササビさんはどうするんですか?」

「オレは他ゲーで前衛職の経験もありますし、リアルでも武道を習ってましたからね。頭の方を鍛えようと思います。百年を掛ければ、デミウルゴスの域にまで達せるかもしれませんからね。なので、オレはデミウルゴスの知恵を借りない縛りを設けようと思います」

「私から見たら、ムササビさんとデミウルゴスの差が分かりませんけどね」

「レベル1とレベル100くらい違いますよ」

 デミウルゴスもオレが至高の御方じゃ無かったら、見抜けていただろうに。
 今のオレでは大陸を友好的に支配するなんて不可能だ。これに関してはナザリックの力を使わざるを得ないだろう。

「まずは当面の課題と言うか、一つのタイムリミットですけど、王国と帝国が年に一度する小競り合いが始まるまでに帝国に食い込みたいですね。出来れば鮮血帝に直接会って、どんな人物なのかを確かめておきたいです」

「鮮血帝にですか?」

「ええ、捕虜たちの話を聞く限り、鮮血帝、ジルクニフと言う人物は人類史上最も優れた指導者の一人でしょうね。間違いなくオレよりも格上の人間ですよ。もちろんデミウルゴス達よりかは下ですけども」

 モモンガさんは驚いた顔をしている。これはオレの評価が高かったのか、デミウルゴス達の評価が低かったのか。多分、両方だよな。
 20前半で一国をまとめ上げて、民衆からは慕われていて、貴族等を粛正したのに国力をほとんど落とす事なく国家運営して、優秀な人材は生まれに問わず登用して、経済的にも発展していて、さらには周辺国からは恐れられている。これがフィクションなら設定盛り過ぎだよってツッコんでますよ。それだけの能力があれば、オレは妹を……よそう、終わった事だ、それに今はユウがいる。

「オレは鮮血帝に国家運営のノウハウを学ぼうと思います。ノウハウと言うのは、座学では決して得られないものですからね。モモンガさんも営業のコツを文章にして教えてくださいって言われたら困るでしょ。これは直接、学んで、実践しなければ得られません。こんな偉人クラスの人間から直接学べる機会なんて無いですよ」

「そんなに凄いんですか」

「そんなに詳しい歴史に詳しい訳ではないですけど、学校で習う範囲にはそんな大人物はいませんでしたね。分野は違いますけど、諸葛孔明や周瑜より凄いですよ」

「諸葛孔明や周瑜よりもですか。なんだか私も興味が湧いてきましたよ。そんなすごい人なら、ぜひ味方に欲しいですね」

「そうですね。帝国に関しては鮮血帝とフールーダさんはナザリックの力を使ってでも取り込むつもりですよ。フールーダさんの方も200年以上も生きている上に、英雄級すら突破出来ていない第五位階の壁を越えています。そこに何か秘密があるかも知れません。百年先の危機の為に200年に一人の逸材かも知れないのを失うのは惜しい。それにフールーダは多くの弟子も育てているみたいですし。我々には現地人の成長も必要なんですから」

「フールーダさんに弟子入りしたら、オリジナル魔法を創れるようになれますかね。出来たらいいな。どうせならユグドラシルではありえない魔法を創りたいな」

 モモンガさんの目が虚空をさまよっている。何を妄想しているんだろう。ただ、とてもいい顔をしているので少しだけ待ってから話を続ける。

「まあ、その、鮮血帝から色々学ばないとね。国家運営に利益が相反する者達の調整は常ですから、会社運営とは違った調整法なんかも学びたいですね。なんせ人類以外の種族の中には人間を食料にする種族も沢山いますからね。そういうのも一緒に統治する事になりますから」

「人間を食べる種族ですか。そんなのと仲良くできるかなぁ」

「モモンガさん。その言葉もデミウルゴス達に聞かせられない話の一つなんですよ。うちにも人間を食べる子はいっぱいいますからね。分かりやすい所では、ソリュシャンとエントマも人間を食べますよ」

「え、あ、そうか。そうですね。忘れてました」

 モモンガさんはあんまりNPCに興味なかったからなぁ。どれだけ設定を覚えているかも定かじゃない。

「今の言葉を聞かれていたら、ソリュシャンもエントマも二度と人間を食べなくなるでしょうから、言わないでくださいね。オレはそれが嫌です。オレがこの世界を友好的に支配するのは、あくまでナザリックの為と無益な殺生が嫌いだからです。綺麗事や博愛主義の為ではないんですから。目的の為に犠牲が必要なら、なんでも犠牲にします」

「私もです。私もナザリックが大切ですし、無益な殺生も嫌いです」

「それは良かった。次の王国と帝国の小競り合いで万単位の犠牲者が出ると思いますが、モモンガさんは許容できますか?」

 この流れで聞くのは卑怯だとは思う。でも、これは事前に覚悟してもらわなくてはいけない。戦争には犠牲が付き物だ。そして、その後の平和の為にも多大な犠牲は必要なのだ。モモンガさんも大人だから、なんの犠牲も出さずに世界征服が出来るとは思っていないだろう。もちろん、ナザリックの力で無理矢理なんとかする事は簡単だ。だけど、それで何が成長するのだろうか。オレ達も、現地の人間も。何かを失わなければ、何かを得られないのだ。それは物質的なモノだけではない。あらゆる事が時間を消費して、得られているのだ。永遠の命を持ったオレ達でも例外じゃない。まして、今回は百年と言う制限がある以上はどうしようもない。百年後に監視網を完成させようと思ったら、遅くても40年、出来れば20年くらいで大陸を完全征服しておきたい。

「……それは必要なのですか」

 モモンガさんの声からはすでに答えがわかっているようだ。これはただの確認だ。復唱するようなモノだ。
 でもね、モモンガさん、こんな卑怯な手を使っているオレがいうのもなんですが、普通の人間は痛みを前に戦い続けられないように、躊躇なく殺せないように、数万の人間が死ぬと分かれば尻込みしてしまうんですよ。それが一般人のメンタルです。そこに勝ち組も負け組もありません。人間のままでそれを許容してしまうのは十分に狂ってます。

「必要です」
 
 だけど、オレはそれを告げない。これはオレ達には必要なのだから。この小競り合いの犠牲者には、狂人二人の成長の礎になってもらう。もしも百年後に、八欲王のような世界を支配しようとするプレイヤーが現れてナザリックが破れれば、どれほどの被害が出るか分からないのだから。これはこの世界の為でもあるのだ。
 自分でも嫌になるほどの傲慢の考えだとは思う。だけど、これが今のオレの限界だ。百年先のオレはなんとかできる(すべ)を持ち合わせている人間になってやる。

「まあ、難しい話はこれくらいにして、明るい話でもしますか。例えば、ユグドラシルを復元できるかも知れないとか」

「え、ユグドラシルを!?」

 空気を変える為の発言にモモンガさんが食いつく。ただ、この食いつき方は本気なのではないだろうか。

「ええ、プログラミングの本やユグドラシルのデータ本は元よりコンピューターの歴史とか作り方とかのデータも図書館に収められてますから。この世界を発展させれば可能ですよ」

「そうか、それは考えつかなかった」

「まだ、出来るかも知れないだけですからね。過度な期待はしないでくださいよ。それにまだ百年後の嵐を乗り越えないといけないんですからね」

「そうですね。その為にも頑張らないと。何千年でも頑張りますよ」

 ええ、何千年でも頑張っていただきますよ、モモンガさん。もしも、この世界に来るプレイヤーが全てユグドラシルのサービス終了と同時にこちらへ来ていたとしたなら、何万年経とうともあちらの世界では数秒にも満たない時間しか経っていません。サービス終了とは関係なく来たとしたなら、この世界がスワンプマンを生み出す沼だという仮説が真実味を帯びます。どちらにしても数千年以上を掛けてサンプルを集めなければいけませんからね。

「はは、まあ細かい話は明日にして、今日は風呂に入って休みましょう。焦る必要はありません。時間はたっぷりあるんですから」

 そう焦る必要はない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ここまで、オレの都合の良いように行くとは思っていなかった。後の懸念はデミウルゴスをどう抱き込むかだけだ。さて、どんな筋書きにするかな。



独自解釈、ニグンは神人を知らないか、知っていても強さまでは知らない。原作一巻で威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)とまともに戦える存在の例に出てきてない事からの解釈。


前話で次が序章のラストだと言ったな、あれは嘘だ。ごめんなさい。
長くなり過ぎたので分割しました。次回が本当の序章のラストです。大体は出来てますが、まだ分割する為に変えた所をちょこちょこ直してます。次の週に上げれると思います。


十話目にしてやっとこの物語の方向性が出てきました。鈴木悟救済は現地勢との関りや自身の成長、そしてムササビとの関係で達成される予定です。


次回はムササビとユウの過去の話兼撒いてきたネタの回収回兼次章以降への振りとなっています。回想の中にギルメンが登場します。

次の更新時に現地勢育成ルートとナザリック教育ルートのタグを足します。


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11 過去語りと異世界と

前回のあらすじ


リスタ、百年毎にプレイヤーが来ていると言う重要な情報をもたらす。
ムササビ、チート同然のNPCを警戒して百年の計を張り巡らす。
デミウルゴス、至高の御方を冒険を勧められて満足。
モモンガ、『百年に一度の嵐』を勘違いしたり、話についていけなかったり、オリジナル魔法が作れないか妄想したりとモモンガらしい活躍をする。



ニグン、レベル20台なのにレベル100のアウラに殺意を向けられる災難に見舞われる。


 リスタから衝撃の法則を聞いた後、オレとモモンガさんはスパリゾートナザリックに来ていた。この世界に来て入浴するのはこれが初めてだ。骨の身体は汗をかかないので服を着ていればほとんど汚れないのだ。この立て込んでいる状況だと便利な身体である。ただ、オレは湯船に浸かっている時に、手ですくったお湯で顔を洗うのが好きなんだが、この手ではこぼれてしまうのだけは残念だ。

「モモンガさんは知っていましたか。ここにも、るし★ふぁーさんのイタズラが色々仕掛けられてたんですよ」

 隣でお湯につかっているモモンガさんにそう話し掛けた。

「えぇ。こんな所にも仕掛けてたんですか? 解除は出来ているんですか?」

「多分ですけど、出来たと思いますよ」

 あの人はたまに悪質なイタズラをするからなぁ。まあ、長い間一緒にイタズラした仲だったので大体分かりますけど。

「そういえばムササビさんにウルベルトさんと仲良くなったきっかけを聞きたかったんですよ。これから、色んな人と仲良くしていかないといけないので、その参考にしようと思って」

 これは本当に知りたいのか、ただの雑談の一つなのか。でも、ちょうど良い機会なのかもしれない。

「ウルベルトさんと仲良くなったきっかけですか。そうですねぇ、その前にオレの話を聞いてもらえますか。かなり長くはなっちゃいますけど、この話の中にそれも含まれていますので」

「何でも聞きますよ。ユグドラシルにいた時もよくギルメンの愚痴を聞いていましたしね。ムササビさんは愚痴をこぼす事は無かったですけど」

「オレはあんまり愚痴をこぼす人間では無いですから。まあ、だからこの話を聞いてほしいのですけど。なんせ、これから100年以上も、ずっと一緒に居なければいけませんからね。ですから、オレの事と、オレがこの世で一番大事にしているユウの事を知ってもらおうと思います。オレと言う人間の半生を聞いてもらいたいんです」

 100年、口にすれば軽いが、人間の中で100年も一緒にいた夫婦などゼロに等しいのだ。愛し合った者達ですら到達した事の無い年月。その100年を一緒にいて、(いさか)いの一つも起きない訳がない。だから、お互いをもっと知らないといけない。せめて修復できない(いさか)いを起こさない為に。

「ムササビさんの半生ですか。ちょっと興味がそそられますね。勝ち組の中の勝ち組が、どういう生活をしているのかなんて知る機会が無いですからね」

「オレの人生は(はた)から見れば、そんなにいいものでは無いですよ。でもオレは幸せでしたけどね。やりたい事をやってきましたから」

 これは謙遜などではなく本心だ。この人生を不幸だと言う人間は大勢いるだろう。それでも、祐紗と過ごした人生は幸福であった。
 オレは自分の人生を思い出す。
 優秀な経営者である両親の長男として生まれたオレは、何不自由ない生活が送っていた。両親は優しく、友達にも恵まれていた。オレ自身も周りに比べて見た目も頭も優秀な子供だった。
 オレが6歳の時に妹――祐紗(ゆうさ)が生まれた。現代の最先端医療でなければ生まれてこられなかった妹。ほぼ全ての臓器が動いておらず、免疫さえほとんど機能していなかった為に無菌室から出られない状態で生まれてきた。もちろん自発呼吸もしていない。妹は産声さえ上げられず生まれてきた。
 最先端の医療を受けなければ死んでしまう妹の、莫大な医療費を稼ぐ為に両親は昼も夜もなく働いた。普通なら寂しさを覚える状況だっただろうが、周囲よりも頭の良かったオレはそれが必要な事だと理解していた。だから仕方ないですました。例えそれが、彼女は決して大人になれず死ぬ運命の下に生まれ落ちてきたと知っていたとしても。いつ死んでもおかしくない容態(ようだい)だとしても。子供のオレにとって、大人になれずに死ぬと言う事は、大人のオレが感じる以上にとても可哀想な事だったのだ。
 それからオレ達家族は、週末に病院へ妹を見に行く生活が始まる。
 巨大なガラスを隔てて、幾十ものチューブにつながれた妹。一日をほぼ寝て過ごす為、起きている姿を見たのは数えるほどだった。
 そんな生活では、どこか祐紗は妹だという実感を持てないでいた。けっして愛情が無いわけではなかったけれど、それはどちらかと言えばペットへ向ける愛情だったように思う。
 オレが9歳の時、家にガラス張りの巨大な無菌室が増築された。そこに祐紗はやってきた。その頃には、すでに祐紗の足は無くなっていた。足を維持するだけの体力が彼女にはなかったのだ。幼かったオレはベットから動く事も、動く為の足も無い妹を籠の中の鳥のようだと思っていた。それはちょうど風切羽(かぜきりばね)を切られた鳥のように。小学生が可哀想と思うには十分だった。
 祐紗が家に来て少し経ったある日、学校で自分の住んでいる場所がアーコロジーと言う大きな建造物の中だと学んだ。その日、オレは一人でアーコロジーの端、どこから天井だと言っていいか分からない巨大な壁の前まで行った。
 その時にオレは、自分も妹と変わらないと悟った。オレも大きな籠の中にいたのだ。祐紗が部屋の外では生きられないように、オレもアーコロジーの外では生きられないのだ。それに気づいてしまった。
 オレはこの時、初めて祐紗の兄になった気がした。オレ達はこの瞬間に家族になったのだ。
 それからオレは祐紗の相手をするのが多くなっていった。幸運な事に妹は首から上はほとんど生きていた。声帯も生きていたので、自動で動く人工肺から吐き出される空気で、か細いながらも声は出せた。それをマイクが拾って、ガラスの先のスピーカーから音を出して、話を出来た。このマイクとスピーカーには両親が莫大な金を掛けて作らせた特別製だった。ノイズなどの音をほとんどカットして、生の声と変わらない音を再現しているのだ。
 オレは祐紗が起きている僅かな時間をずっと相手をした。彼女が求めるモノには何でも答えた。絵を描いてと言われれば描いた。歌を歌ってと言われれば歌った。何かのモノマネをしてと言われればモノマネをした。いつの間にか、絵も歌もモノマネも折り紙もあやとりも何でも上手くなっていた。今では色んな教養な下地になって役立っている。
 数年が経ち、起きている時間が多くなってきた祐紗はアニメや漫画、ゲームなど一人で遊べる物に関心を持つようになった。学校へは行けないからだ。ネットを通じた教育は受けたが、他の子供と定期的に一緒に受けるのは不可能だった。多くなったとは言え、起きている時間が(まば)らなのだ。夜中に起きている事もあったし、また数分で寝て起きてを繰り返したりと安定しないのだ。これでは授業にならない。だから、専任の家庭教師をつけるしかなかった。だからはオレは妹に合わせて祐紗と同じもので遊ぶようにした。特に彼女が気に入ったのは家庭用ゲーム機の黎明期に発売されたゲーム、その中でもRPGを好んでプレイしていた。取り分け某国民的RPGを気に入っていた。一時期など、勇者になって冒険したいと盛んに言っていた。
 その頃になると妹はヒーローを見るような目でオレを見るようになった。この時オレは、妹のヒーローになろうと誓った。オレはそれに答えるように、オーバーアクションでヒーローを演じた。妹は大変喜んだ。今でもロールプレイをする時は、アクターのように大仰なアクションをしている。この理由はオレ以外は知らない。
 そんなある日、祐紗の目が見えなくなった。漫画もアニメも見れなくなった。ゲームも出来なくなった。彼女の目を人工眼球に変える事になったのだが、それの調整には数週間を要した。
 それまで何もできなくなった妹はオレに話をせがんだ。オレは色んな話をした。即興でストーリーを作って聞かせたりもした。それを妹はいたく気に入った為、オレは祐紗の目が見えるようになってからも即興でお話を作らなくてはいけなくなってしまった。オレはそれに精一杯答えた。いつしかそれはオレの特技になっていた。この特技は今でも役に立っている。特に異世界に来てからは大いに役立った。
 オレが中学にあがると、勉強やクラブに人付き合いと忙しくなっていった。それでも、妹といる時間を捻出する為に睡眠時間を削っていった。
 体は辛かったが、十分に耐えられた。成績も習い事も上位をキープ出来ていた。精神力でなんとかなると思っていた。
 そんなオレを、妹が心配そうな目で見ていた。だから、この方法はすっぱり止めた。それからのオレは徹底的に効率を重視した行動を心掛けるようになった。効率を上げる為にオレは、常に頭を働かせた。しなければいけない事は、極限まで集中してするようにした。一年が過ぎた頃には、予習も復習も必要なくなっていた。クラブや習い事の練習もほとんどする必要がなくなっていた。授業の内容は一度聞くだけで頭に入るようになっていた。大抵の事は一度すれば出来るようになっていた。この特技もオレの人生で大いに役立っている。
 オレが高校の時に『ユグドラシル』が発売された。妹の影響もあって、かなりのゲーマーになっていたオレは、同じクラスのゲーム仲間に誘われて一緒にプレイした。「イラストとか上手いお前ならきっと気に入るって」と誘ってくれた友人は言った。彼は思い違いをしている。絵を描くのは祐紗が喜ぶからだ。絵が上手いのは祐紗が喜ぶからだ。オレ個人としては、絵は趣味というより特技に過ぎない。
 ユグドラシルは日本中で大流行した。
 だけど祐紗はユグドラシルをプレイしなかった。祐紗はRPG好きだけど、DMMO-RPGをプレイする事はなかった。一度もやりたいとも言わなかった。それは至極当然の事だった。
 そんな祐紗がユグドラシルをやりたいと言った。
 その自由度に惹かれて、やってみたいと言ったのだ。
 DMMO-RPG。自分の身体を動かす感覚でゲームのキャラを動かす事が出来る。ユグドラシルを例に挙げるなら、手足の無いスライムのキャラですら、自分の身体と同じ感覚で動かすことが出来る。実際にスライムになって身体を動かすとロングスカートを穿いているような感覚になる。
 では、生まれて一度も身体を動かした事が無い祐紗はどうなるか。
 動けないのだ。芋虫の様に蠢く事すら出来ないのだ。だから、オレも祐紗をDMMO-RPGに誘う事はなかった。物心ついた時から手足を動かせていたオレは、手足を動かしたことがない祐紗にどう動かし方を教えればいいのか分からないからだ。
 その祐紗がやりたいと言った。それなら全力でそのサポートをするのは当たり前だ。
 祐紗は「何者にもなれるから」と言ってアバターにドッペルゲンガーを選んだ。
 祐紗がそう言って、自由度が売りのDMMO-RPGであるユグドラシルをプレイし始めた。
 だったら、それを実現させるのがお兄ちゃんの役目だ。
 オレは祐紗に付きっ切りで手伝った。妹の事情を知る幼い頃からのゲーム友達も手伝ってくれた。指の一本を動かすに一週間掛かった。一度、動かし方を覚えれば、後は簡単だった、それまでと比べては。結局、祐紗がある程度歩けるようになるのに一か月を要した。
 それからは妹のレベル上げに付き合った。オレも妹に付き合っていたのでレベルはゲーム仲間の中では最低だった。
 祐紗と二人でプレイをしていた時にプレイヤーに襲われ、殺された。 P K (プレイヤーキラー)だ。その頃は異形種狩りが横行していた。
 オレ達兄妹は何度もPKされた。
 なんとか対策を立てるものの、どうしても祐紗と二人っきりでプレイする時間が出来てしまう。そこを襲われるとひとたまりもなかった。
 オレ一人ならなんとかなった。しかし、いまだ祐紗は操作に不慣れだった。祐紗を連れては逃げられなかった。
 PKが幾度も続いて、祐紗の心が折れかけていた。
 それでも祐紗はユグドラシルをプレイし続けた。
 そして、また異形種狩りにあってしまう。多分、ここでPKされれば、祐紗の心は完全に折れてしまうだろう。状況は絶望的だった。相手は自分達よりも数もレベルも上だった。オレには祐紗を守れるだけの強さは無かった。
 そんな絶望の中から助けてくれたのが、当時ナインズ・オウン・ゴールに所属していたモモンガさんだ。その当時のナインズ・オウン・ゴールは P K K (プレイヤーキラーキラー)を行っている組織として有名だった。このモモンガさんの行為もその一つに過ぎない。プレイするゲームの中の遊びの一つに過ぎない些細な事だ。それでも救われた。オレ達兄妹は確かに救われたのだ。
 それからの祐紗は精力的にユグドラシルをプレイした。いくらでも時間はあった。この時の祐紗の身体はほぼ失われていて、肉体と呼べるモノは首から上だけ、それも眼球は機械だ。と、言っても生首という訳ではない。首から下はほぼ生命維持の機械に代わっていた。形だけでも人型にして、その上に人工の皮膚を張り付けている為、見た目だけでは他の人間と変わらないようになっている。全身に幾つものチューブが繋がってはいるが。普通の人間は定期的に自分の身体にナノマシーンを注入しないといけない。だけど祐紗はこんな身体だから、ナノマシーンは栄養と一緒に供給されている。
 祐紗はこの姿でユグドラシルに興じているのを『水槽の脳』のようだと自嘲していた。機械で生かされて自分自身では動く事も出来ず、脳内ナノマシーンが演算してユグドラシルをプレイしている現状は、確かにそう言えた。匂いを感じた事も、味を感じた事も無い祐紗にとって、自分の足で立って歩ける世界はユグドラシルだけなのだ。そのバーチャルリアリティーの世界は表情が変わらない事を除けば、祐紗の世界と大差ない。
 オレは祐紗のやる気に応える為、ゲーム仲間を集めてギルドを結成した。中心メンバーは祐紗の事を知っている人間で固めた。このギルドは祐紗の為のギルド、それを知る者はオレだけだ。
 オレはこのギルドを影から操り、祐紗をPKしたプレイヤーをきっちり全員PKしつくした。その後、どうやらそのプレイヤー達はユグドラシルをやめたそうだが、それはどうでもいい事だ。
 オレ達のギルドはワールドアイテムこそ手に入れていなかったが、強さと言う点では中々のものだった。メンバーが上流階級の子息が多かった事もあり、課金額はそこらの社会人ギルドよりも多かった。また学生が中心であった為、時間も多く掛けれた。ゲーマーばかりが在籍していたから、腕も良かった。ただ、明確な方針がなく、割と緩かったので、廃ゲーマーのまったりギルドのようになっていた。祐紗が楽しむには、その方が都合が良かったからそう仕向けた。祐紗の生活リズムは今でも(まば)らなのだ。プレイしたい時に誰かしらがいて、どの難易度にも行けるギルメンがいる、それが理想だったからだ。
 オレが大学生になった頃の祐紗は物思いにふけるが増えてきた。

「ボクの身体が全て機械に置き換えられた時、それはボクなのでしょうか。仮に人の人格や記憶が全て電子データへ変える技術が開発されて、ボクの人格さえ機械に置き換えられたら、それはボクなのでしょうか」

 そのような事をよく呟くようになっていた。元々、哲学に興味を示していた祐紗だったが、こういう事はあまり言わなかった。

「祐紗が自分を祐紗だと言うのなら、オレにとってはそれは祐紗だよ」

 だからオレにはこれしか言えなかった。皮肉にも祐紗は電子データに過ぎ無かったユウになり、異世界にて命が吹き込まれる事になる。
 オレが大学四年になると祐紗は日に日に弱っていった。寝ている時間も増えていった。ついには一日のほとんどを寝て過ごすようになっていた。
 動かない身体で生まれた祐紗だったが、いつも明るかった。それが段々弱気になっていった。
 それはある予感をもたらすのに十分だった。
 卒業を控えた冬、インターンで一週間ほど海外に行かなければいけなかった。今の時代、大学まで行けるのは限られている。インターンという名前は残ったが、その中身は様変わりしていた。今ではインターンとは幹部候補の選別と教育だ。これを勝ち抜いた者が就職と共に幹部候補として役職付きで迎え入れられる。今の時代は入社時からすでに一般の社員と分けられて、一緒にならないようにされている。
 祐紗のことを思えば、家を空けるのは避けたかったが、このインターンを拒否できない。親の顔もあるのだ。勝ち組と負け組を分ける重要な行事なのだ。
 インターンに行く前日、久しぶりにユウとユグドラシルをプレイした。冒険をひとしきり楽しんだ後、ギルドの自室で休憩をしていた時だった。

「もし、この世に生まれ変わりがあるのなら、兄さんの娘として生まれてきていいですか?」

 不意の言葉に、これが最期なのだと直感した。言葉にこもる感情が、それを如実に感じさせた。

「良いに決まっている。お前が同じ病気で生まれて来ても、その頃にはオレがその病気が治る世の中にしておいてやるよ。こう見えてお兄ちゃんはすごいんだぞ」

 オレの言葉に祐紗は無邪気な笑い声を上げた。

「そうですね、期待しています」

 これが祐紗の最後の言葉だった。
 祐紗の死を知ったのは、インターンの帰りの飛行機の中だった。涙は出なかった。ただ、空虚な心だけを抱えていた。オレはこの結末をどこかで分かっていたから、覚悟が出来ていたんだろう。
 オレは思うままに生きてきた。オレは祐紗と生きたかったから、そう生きてきた。後悔はたった一つ、初めから英雄に至れぬ道を選んだことだけだ。その選択は何度しても、それを選んでしまう。それが子供だったオレが出来る精一杯だったんだ。彼女を救える術など何もなかった。一番の堅実がそれだったのだ。祐紗と一緒にいる時間を増やすのが、オレに出来る精一杯だった。それしか、選択肢がなかった。オレには英雄に至らぬ道しかなかった。
 だから、オレはニグンさんに共感した。
 ニグンさんもエリートとして生まれ、エリートになる為の勉強をして、エリート中のエリートになる為の訓練を積んできたのだろう。それでも英雄にはなれない。
 そんな事は本人が一番よく知っている。有限である時間の中でそれを精一杯やってきたからこそ、出てしまう答えがある。金メダルが掛けられる者がいれば、必ず銀メダルを掛けられる者がいるのだ。
 自分自身、菱川周佑の生き方は創作物の主人公のような、それこそ英雄(ヒーロー)のような生き方をしてきたと思う。あらゆる努力をして、あらゆる成長をしてきた。それでも、この結末は分かっていた。
 英雄(ヒーロー)になれないのは分かっていた。
 オレは初めから英雄に至らぬ道を選んだのだから。
 この道の先はこれしかないのは十分に分かっていた。
 オレの前には英雄に至る道も――それが至れぬ道だったとしても、あったのだろう。それを選べないから七年前のオレは祐紗を救える英雄(ヒーロー)にはなれなかったのだ。
 選べない選択肢は無いのと変わらない。
 葬儀が終わった後、祐紗の個人デバイスから家族それぞれに向けられた手紙が見つかった。
 その手紙には今までの感謝が綴られていた。
 オレへの手紙が一番長かった。色んな事が書いていた。ワガママを言って困らせた事。いつも一緒にいてくれて嬉しかった事。些細な幸せや楽しかった思い出が細かく書かれていた。
 手紙の最後に――P.S.外見が大変よろしく何でも難なくこなしてしまう兄さんですが、中身がドシスコンなので子供に恵まれる機会が無いかも知れません。その時は仕方が無いので、あの世で会いましょう。あの世があるのなら――と書いていた。
 祐紗は死ぬまで、祐紗だった。そして、生まれ変わってユウになっても祐紗だった。
 オレと祐紗が所属していたギルドは解散する事になった。元々同級生が中心の為、社会人になるのを機に引退する者も多かったからだ。ギルドの所有物はユグドラシルを継続する者に分配された。事情を知る友人達は、自分達がまだユグドラシルをプレイするのにも関わらず、分配されたアイテムを香典だと言ってオレに渡してくれた。
 その後、ユグドラシルを止める事も出来ず、なんとなくプレイし続けた。そんなオレを見かねた大学の恩師である死獣天朱雀さんが、アインズ・ウール・ゴウンに誘ってくれた。
 大学を卒業して社会人になったのを機に、オレはアインズ・ウール・ゴウンの一員になった。
 ここまでがモモンガさんの知らないオレの人生だ。

「モモンガさんがどんなに褒めてくれても、今のオレは祐紗の為に身につけたモノだけで出来ているんですよ。今のオレの能力はそれを流用しているに過ぎないんです。だから空っぽなんですよ、オレは」

 しんみりとした空気になってしまった。そういうつもりではなかったのだけど。オレも久しぶりにこの話をしたからか、沈静化されない程度に感情が揺らめいている。

「そんな、俺も一緒ですよ。空っぽの人間なんです。死んだ妹さんと並べるのは失礼かも知れませんけど、オレもユグドラシルしか、アインズ・ウール・ゴウンしかなかったから。だから、自分は空っぽの人間なのかと、思っているんですよ」

 最後は消え入りそうな声になっていた。

「いいえ、モモンガさん。その人にとってそれが大切なモノなら優劣なんてものは無いですよ、なんて綺麗事は言いませんが、それがモモンガさんの生活の中心だったのなら、それはオレと一緒ですよ。モモンガさんにとってのアインズ・ウール・ゴウンも、オレにとっての祐紗も生活の中心だったんですから」

 いつまでも沈んでいても仕方がない。まだモモンガさんが聞きたかった話をしていない。

「それで、ウルベルトさんと仲よくなったきっかけでしたね」

 オレはその時の事を思い浮かべる。
 アインズ・ウール・ゴウンに加入して数か月が経っていた。その日、オレがユグドラシルにログインした時、ナザリックにはウルベルトさん、武人建御雷さん、弐式炎雷さん、やまいこさん、るし★ふぁーさんの五人がログインしていた。
 すでにギルドの皆と馴染んでいた。当然、五人とも仲良くやっていた。るし★ふぁーさんに引き込まれて、イタズラ仲間にもなっていた。話の流れで、オレを含めた六人で狩りに出かける事になった。純物理アタッカーと純魔法アタッカーが一人ずつに物理アタッカー兼シーカー、ヒーラー兼タンクにワイルドが二人と、パーティーとしては少々歪だったが問題はなかった。
 問題は行った先にいた。オレが元居たギルドのメンバーがいたのだ。ソイツは前のギルドでオレと双璧となる失言王だった。小学生の頃からの付き合いだったので悪気はなかったのは分かっているのだが、ソイツが口を滑らして祐紗の事を言ってしまったのだ。それはただ、オレを心配しての言葉だったのだが、それにるし★ふぁーさんが食いついてしまった。
 特に隠している訳ではなかった。ただ、わざわざ話す内容ではなかったから黙っていただけだった。話す事自体に抵抗はなかった。外でする内容ではないので、ナザリックに戻ってから話した。
 オレはただ誰かに聞いてほしかったのかもしれない。人生の殆どを一緒に過ごした妹が死んだのだ。それがどれほどの影響をオレに与えていたのかなんて、今でも分からない。今のオレは祐紗の為に得た能力の流用で出来ているのだから。
 五人は終わりまで静かに聞いてくれた。るし★ふぁーさんでさえ、口を挟まないどころか、感情(エモーション)アイコンすら出していない。その時のオレの心境を察してくれたのかもしれない。
 重い沈黙があった。ユグドラシルだから、表情は動かないが気まずい顔をしているのが分かる。もしかしたら余計な事をしてくれたな、るし★ふぁーとか思っているのかもしれない。

「勝ち組でも、どうしようもない事があるんだよなぁ。当たり前なんだけど……」

 ウルベルトさんのつぶやきが静かな空間に響いた。すでにウルベルトさんの境遇を知っていたので、オレは何も言えなかった。
 それをきっかけにして、るし★ふぁーさんが口を開いた。

「なら、娘を作ろうぜ。ムササビはまだNPCを創って無いだろ。妹さんの生まれ変わりだ。設定にそう書いてしまえば、それはお前の娘で妹の生まれ変わりになるんじゃないか」

 この流れでそんな事を言えてしまう、るし★ふぁーさんに少し感心した。この人は根っからの芸術家肌だと再認識した。でも、多分これが、るし★ふぁーさんの優しさなんだ。オレをイタズラ仲間に引き込んだのも、そうだろうと勝手に思っている。

「そうだね。いいと思うよ」

 やまいこさんが間髪いれずに賛成した。これは予想外だった、注意の一つでもするのではと思っていたのに。

「たまにはるし★ふぁーも良い事を言うじゃねえか。やるなら徹底的にやろう」

「俺も建やんに賛成」

 なぜか皆も乗り気だった。いや、そうか、あぁそういう事か。
 やまいこさん達が賛同したのは、祐紗の事を吹っ切るきっかけにでもなれば万々歳と言った所なんだろう。せめて慰めにでもなればと思ってくれたのだ。
 ここは社会人ギルド、世間の辛さを知っている大人しかいないギルドなのだから。
 社会人新人のオレに大人というモノを見せてくれたのだ。
 死獣天朱雀(せんせい)がここの勧めた理由はこれだったのかもしれない。
 それからオレ達はNPC制作の準備を始めた。流石に祐紗の事を(おおやけ)にするのは(はばか)られたので、ユウが祐紗の生まれ変わりという設定なのは秘密に進められた。
 オレは初めにユウの設定を考えた。
 祐紗が勇者になってファンタジーの世界を旅したいと言っていたので、基本設定を祐紗の好きだったゲームの勇者をモデルにした。祐紗の好きだったモノや、祐紗の言葉を思い出しながら設定を書き込んでいった。
 基本設定が決まり、それを具現化する為にみんなが動き出した。
 ユウのイラストはオレが、ユウの支配領域の小屋の造形はるし★ふぁーさんが、支配領域はウルベルトさんがモモンガさんに、やまいこさんがぶくぶく茶釜さんに話を通して、第六階層にある森の一角を貰った。もちろんこれは多数決によって決められた。武人建御雷さんと弐式炎雷さんは最初期のメンバーと言う事もあって、事前に他のギルメンへ話を通してくれていたからすんなりと通った。ただ、この場所になったのは、ウルベルトさんが勇者がいそうな感じの場所だからと言っていたからだけど。
 2週間ほどでほぼ完成した。
 ユウの支配領域になる予定の森の中の小屋で、オレは最後の作業をしていた。今日がユウのお披露目会だ。オレを含む六人以外、まだユウを見ていない。死獣天朱雀(せんせい)もぶくぶく茶釜さんも見ていない。
 後はユウをお披露目会の直前にナザリックのNPCに登録すれば完成だ。登録するまではオブジェクトと変わらない。
 そこにユウを知る五人がやってきた。
 るし★ふぁーさんが『プレゼントボックス』を持っている。
 『プレゼントボックス』。リアルで見るプレゼントボックスと同じような外見をしてるアイテムだ。アイテムを剥き出しで渡すのは(おもむき)がないと言う要望に応えて、販売された課金アイテムである。どんな手段を使っても所有者以外は中身が見れない上に、あらゆる手段を使おうとも中身を奪えないようになっている課金アイテム。これにアイテムを入れて渡す事によって、貰うまで何か分からないようになっているのだ。『プレゼントボックス』からは一つずつアイテムを取り出せるが、箱の蓋を開けると中のアイテムが全部飛び出す仕様なので、花束と贈り物を両方『プレゼントボックス』中にいれて、渡した相手に開けてもらうとサプライズも演出できた。さらに入る容量は所有者のアイテムが持てる量に依存している為、カスアイテムをこれでもかと詰め込んでから開けると中のアイテムが全部あふれ出すので、疑似ビックリ箱としてもよく利用されていた。
 ただ、このアイテムは拠点でのみ所持できる仕様なので、外に持ち出す事が出来ない。外に持ち出せたら壊れアイテムだ。

「娘さんが持ってる物が丸見えじゃあ、可哀想だからな」

 そう言って、るし★ふぁーさんがプレゼントボックスをユウに渡す。それに反応したのはやまいこさんだ。

「いいね、みんなもユウの『プレゼントボックス』の中身を見るのは禁止ね。年頃の女の子の持ち物を覗くなんてダメだからね」

「ついでに設定を見るのも禁止にするか、プライバシーってレベルじゃないからな」

 ウルベルトさんが楽し気に笑う。

「それなら、このままだとムササビの娘じゃなくて、ただのクローンになっちまうから、俺らも設定を書き込もうぜ」

 ここに来て、るし★ふぁーさんのこの提案である。流石としか言えない。だけど、それも良いと思った。

「一理ありますね。オレだけが設定を書いたら、娘じゃないですもんね」

「じゃあ、まずはボクが書くね」

 早い、やまいこさんノリノリじゃないか。

「えっと、『ナザリックのみんなに好意的に受け入れられている』っと。あんな良い子がナザリックのみんなと仲良くないはずがないからね」

 やまいこさん、忘れているかもしれませんがナザリックでカルマ値がプラスなのは貴女のNPCを入れても数えるほどですからね。それを踏まえて考えると祐紗が極悪人みたいに聞こえますからね。

「じゃあ、俺は『父の事が大好き』と」

「ちょっと、何を書いているんですか、ウルベルトさん。それじゃ変態みたいじゃないですか」

「大丈夫だって、ユウの設定を見るのは禁止にするように提案するから。魔王に属する者が勇者の設定を見るのは美学に反するとか言って」

「本気だったんですか、あれ」

 ウルベルトさんって、マジで中二病だな。いや、戦闘中も中二全開のオリジナルの詠唱をするから、オレもそれに付き合ってアクターさながらの動きで似たような事してる時点で人の事を言えないか。
 武人建御雷さんも弐式炎雷さんも書き込んでいく。それに続いてるし★ふぁーさんが書き込んでいる時にお披露目会の時間を伝えるアラームが鳴った。

「時間だな。じゃあ、俺が登録しておくから。ムササビ達は先にお披露目会場へ行ってて。俺は――」

 そう言って、るし★ふぁーさんが課金アイテム『プレゼントボックス(大)』を取り出す。これはアイテム以外にNPC及びモンスターを一体だけ中に入れられる。それ以外は等身大の大きさを除いて『プレゼントボックス』と一緒だ。

「――これにユウを入れて、お披露目だ。ムササビの娘なんだから、ド派手にいかないと」

 感情(エモーション)アイコンを出すまでもなく、るし★ふぁーさんが嬉しそうなのが分かる。こういうイタズラなら大歓迎ですよ。
 楽しい思い出だった。ユウを創る時はとても楽しかった。それからも、とても楽しかった。ウルベルトさんもやまいこさんも、ただのNPCに過ぎないユウによくしてくれた。
 そのあたりまで話して、モモンガさんは懐かしそうな顔をして呟く。

「ああ、あのお披露目会ですか、あれはすごかったですね。『プレゼントボックス(大)』が10個も運ばれてきた時は、作成したNPCは一体だけだったよなって考えちゃいましたからね」

「ええ、オレも驚きましたよ。その上『プレゼントボックス(大)』から出てきたのはモンスター(ツヴェーク)でしたからね。それも当たり無しの十個全部ツヴェークでしたからね。ご丁寧に全部違う種類の。アレ、わざわざアインズ・ウール・ゴウン外のフレンドのモンスターテイマーに捕まえてもらって、プレゼントボックス(大)に詰め込んだそうですよ。手が込んでますよね。『プレゼントボックス(大)』もあれように買ったって言ってたからお金もかかってますか」

「あの人はホントに……。いや、それも良い思い出か。ムササビさんの話を聞いたら、本当にユウの為にド派手にしようとしただけかなって思いますね。その後も、るし★ふぁーさんはユウにアイテムを色々あげていたみたいですしね」

「まあ、あの人は芸術家肌だから。常人とは違う感性をしているんですよ。モモンガさんはあんまり好きではなかったと思いますけど、オレはけっこう好きでしたよ」

 モモンガさんは「いや、俺は、そんな」と少し慌てていた。いやいや、一人称が俺になってますよ、モモンガさん。
 しばらく慌てた後、モモンガさんは俯いて大きく息を吐いた。

「ムササビさんがユウを大切にしている意味がよく分かりました。ユウは妹さんの、祐紗さんの代わりだったんですね。だから、やまいこさんもよくユウを連れていたんですね。ウルベルトさんも、やまいこさんも、ユウに何かアイテムを上げていたみたいですからね」

「本当にとても良くしてもらいました。オレにとってユウは一番大切な存在ですから」

 まだ数日前でしかない、この世界に来た時を思い出す。
 初めてユウの声を聞いた時、それは祐紗の声そのものだった。今思えば、あの時に初めて精神の沈静化が発生したのだろう。それほどオレの心を乱した。沈静化して残ったのは、妹の声でお父様と言われる妙な気分だけだった。その時に思った事はそれだけだった。アルベドがイメージ通りの声だったので、妹を元に作ったから妹の声なったのだと勝手に納得していた。その時はまさか、ユウが本当に祐紗の生まれ変わりだなんて思いもよらなかったからだ。それにそれどころでもなかった。
 第六階層の円形劇場(アンフィテアトルム)へと移動しても、ユウの行動は祐紗が(よみがえ)ったようにそっくりだった。
 もしかして本当に生まれ変わりなのかもしれないと淡い期待を抱いたりもした。そんな考えも忠誠の儀で、ユウが臣下の礼をとった時に吹き飛んだ。精神沈静化が起きるほどショックを受けた。見えかけた希望が消えさるのは辛い。
 モモンガさんがアルベドの設定を書き換えたと告白した時、オレは沼に(はま)った。
 設定の影響がそれほど強力なら。
 神の力にも似た力を発揮するのなら。
 ユウの生まれ変わりの設定すらも、もしかしたらと思ってしまった。忠誠の儀の時にユウがNPCのように振舞ったから、それはないだろうと諦めかけていたけれど、希望が見えてしまったら、諦められなくなる。その考えが頭を横切った時にオレは「なら、設定に書いてある事を本当にしましょう」とモモンガさんに言っていた。
 それはモモンガさんを思っての事だったけれども、同時にオレの為でもあった。それが実現できたら、ユウの設定も実現できるのではと思ったからだ。この時はせめてもの思いだった。
 それを知るまでは、例え元の世界に戻れる方法があったとしても帰る気はなかった。オレはどんな手を使ってでも、この世界にとどまるつもりだった。だから、気取られぬようにその考えを頭の片隅に追いやり、モモンガさんといつも通りのやり取りをする。
 だけど、オレの決意をよそに話は怖いくらいに都合の良いように転がり出す。モモンガさんは元の世界に帰る気は無く、野心さえ芽生えていなかった。このナザリックの実権をなんの苦労もなく手に入れられた。それからオレはナザリックの掌握と異世界の仕組みの解明に力を注いだ。
 まずはモモンガさんに睡眠を取ってもらった。オレは睡眠不足から祐紗に心配された事があるから、睡眠の重要性は良く知っている。ここでモモンガさんに倒れられる訳にはいかない。それとモモンガさんが寝ている間にこのナザリックを掌握できるからだ。これも面白いくらいに上手くいった。ナザリックのシモベの事も(おおむ)ね把握できた。
 この異世界について、オレは一つの仮説にたどり着く。この世界はスワンプマンを生む沼かもしれない。それならば、ユウに祐紗の記憶が全てあってもおかしくないのではないかと。
 それは希望だった。だけど、その後すぐに絶望に襲われる。自分の心が思いの外アンデッドに浸食されていたのだ。それならまだ良い方だ、もしかしたらオレは菱川周佑の記憶を移植されたオーバーロードであるムササビに過ぎないのかもしれないのだ。これは否定しようのないモノだ。だからオレはそれを考えるのは止めた。それは時間の無駄に過ぎないからだ。だけど、それよりも恐ろしい事は考え続けないといけない。オレがオレじゃなくなる事。死ねるならいい。だけども、永遠に生き続けて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。惨劇に心を動かさぬアンデッドなら、いとも容易くえげつない行為にすらも手を染めるだろう。そんなオレじゃないまま永遠に生き続けるのだ。それは地獄に落ちるよりも恐ろしい。
 恐怖から救ってくれたのはモモンガさんだった。オレは貴方に何度救われているのだろう。それでも、何度救われようとも、やっぱり貴方はユウの次でしかない。
 オレはユウが一番大切なんだ。
 現地に出てみれば、取り合えずの安全はあるようだった。それでも十分だった。これである程度の時間は確保できた。ここでもオレの都合のいいように話が転ぶ。アルベドの行動で、設定を書いた時の心情が反映される事がわかった。
 カルネ村から帰ったオレは、ユウに祐紗の記憶があるのを確認した。ただの哲学的ゾンビかも知れない。それでもいいと思った。本当に祐紗の生まれ変わりの可能性だって十分あるのだ。
 それもリスタの情報で危うくなる。百年先にプレイヤーが現れるのだ。ナザリックが危機に陥る可能性はとても小さい、でも無視できる程の確率でもない。もしかしたらナザリックが滅ぼされるかも分からない。それはユウの死を意味する。
 なら、なんとかするのがお兄ちゃんの役目だ。
 今度は祐紗の英雄(ヒーロー)になれる。

「だから、モモンガさん。ユウの――」

 オレは失言をするところだった。「――邪魔になるようなら貴方でも殺します」と。精神沈静化が起きなければ、こぼれ出るところだった。英雄(ヒーロー)になれると思ったら精神が高ぶり過ぎてしまった。オレはこれほど渇望していたのかと、心の中で苦笑する。

「――助けになってくださいね。オレの大事な娘ですから」

 妹だとは言えない。妹は死んだのだ。それでも、生きている。口には出せないが祐紗は確かにいる。
 偽物(スワンプマン)かもしれないオレと、祐紗かもしれない『菱川祐紗(いもうと)の記憶を受け継ぐ生まれ変わり』と設定されたユウと生きていく。
 『世界の可能性はそんなに小さくない』のなら、そんな異世界(ことなるかのうせい)があってもいいじゃないか。
 このスワンプマン(きせき)のような極小な可能性の産物である身体で、オレはそんな奇跡を祈る。












 ボクの名はU・DQ(ユー・ディーキュー)
 ボクは勇者であれと望まれて生まれてきた。
 歳は16。去年も16歳。一昨年も16歳だった。7年前からボクは16歳だ。今年は決してなれないはずだった17歳になれそうである。
 ボクと()()は16歳の壁を超えられないはずだった。ずっと歳をとらないまま、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何故ならボクはゲームの中の存在であるNPCなのだから。
 ボクは実在しない存在。
 実在しないはずだった存在。
 ボクの中には菱川祐紗の記憶がある。ボクが彼女の生まれ変わりだからだ。16歳であるボクが7年前に死んだ彼女の生まれ変わりなのである。それはとても矛盾している現実だけれども、お父様がそう望まれたのなら、それは矛盾に成りえない。そうお決めになったのなら、そうお望みならば、どんな事象さえも()()なのだ。
 ボクの中の彼女の人生は痛みと幸せに満ちたものだった。
 自分がどれほどの重荷なのかを理解していた。自分がどれほど愛されていたかを理解していた。彼女の兄は彼女が心配そうな顔をするだけで、今までの生き方をすっぱり捨てた。だから、彼女はそれ以降、死ぬまでその顔をしなかった。死んだ後であるボクもその顔をするつもりはない。それは彼女が願ったからではない。そう設定され望まれたからでもない。ボクがそう決めたからだ。
 彼女は生まれ変わるなら、兄の娘として生まれ変わりたいと願ったが、もう一度同じ人生を歩むなら、生まれてきたくはないと願った。それは兄の、両親の負担だからだ。
 彼らは負担だとは思わないだろう。よく出来た人達だから。
 彼女は負担だと思うだろう。よく出来た人だから。
 だから彼女は同じ人生を望まない。
 ボクはそんな彼女の生きたカケラを丹念に拾い集めて作られた。
 彼女はなんと愛された妹だったのだろう。
 ボクはなんと愛された娘なのだろう。
 そんな彼女のカケラを集めて作られたボクの、記憶の最初は多分これになるのだろう。
 目を開けたボクの前にはお父様、ウルベルト様、武人建御雷様、弐式炎雷様、やまいこ様、るし★ふぁー様が立っていた。()()()()はみんな笑顔だった。
 この記憶はユグドラシル時代の記憶なのに、表情が変わるはずがないのに。
 だからこれは()()()()()()()()()。だけど、本当にあった事。
 ボクはお父様達に祝福されて生まれてきたのだ。
 お父様達は、るし★ふぁー様だけを残してボクの支配領域である小屋から出ていかれた。
 るし★ふぁー様は誰もいなくなったのを確認してから、とても悪い顔をしてボクに()()()()()を加えた。
 その後『プレゼントボックス(大)』に入れられて、至高の御方々にお披露目された。ただボクが『プレゼントボックス(大)』から大量のアイテムと共に出てきた時は、至高の御方々が臨戦態勢だったのは何故なのだろうか。ただ、それも一瞬で、お父様がボクの名前を呼ぶと至高の御方々は歓迎してくれた。その輪の外れで、るし★ふぁー様は吊し上げられていた。
 お父様はユグドラシルにログインしたら、一番にボクの支配者領域に来てくれた。
 ナザリックにいる時はいつもボクを傍に置いてくれた。ナザリック内ならどこでも一緒にいた。
 ボクの支配領域にはお父様以外の至高の御方も訪れてくれた。
 ウルベルト様はよくボクの所へと訪れてくれた。
 前世は一生ベッドで生活してたんだからと拘束無効の装備を与えてくれたり、勇者と言えば運の良さだと言ってラック全振りの装備を与えてくれたり、何かと気にかけてくれた。
 一人では寂しいだろうと仰って、デミウルゴス様も良く連れてきてくださった。ボクとデミウルゴス様が苦笑いをしていたなんて、ウルベルト様には分からなかったでしょう。ウルベルト様から見れば、()()()()()()()()()()()()()()()()
 やまいこ様もよくボクの所へと訪れてくれた。
 お父様がログインしていない時はよくボクを連れて歩いてくれた。
 何度もナザリックの女子会に参加させていただいた。アウラ様はぶくぶく茶釜様の着せ替え人形になっていた。ボクはやまいこ様の着せ替え人形になっていた。
 やまいこ様の妹君であらせられる、あけみ様にも会わせて下さった。やまいこ様は気付いていないようでしたが、ボクの事を設定から詳しく紹介している時、あけみ様はドン引きしていましたよ。
 それでもあけみ様は何度かお会いしている内に、いつしかボクに服を持ってきてくれるようになった。やまいこ様も持ってきてくれるようになった。学校に行けなかった彼女の為に、高校の制服を良く持ってきてくれた。ユリお姉様にも制服を着せていましたが「なにか犯罪臭がする」と言って、すぐにお辞めになられていた。それは着せなくても分かると思いますが、こういう所が至高の御方々に脳筋と言われている所以(ゆえん)なのでしょう。
 そういう経緯でボクの支配領域である小屋のクローゼットには高校の制服が何十着もある。
 あらゆる高校の制服が完備されているクローゼットを見たお父様が「これは誤解されるな」とつぶやいていた。バッチリ誤解されているので安心してください。ただ、ドシスコンに制服フェチやJK好きが足されても、それは誤差の範囲と言っても差し支えがないでしょうから、心配なさらなくても大丈夫です。
 武人建御雷様はユグドラシルを引退する日にボクを訪れてくれた。引退するにあたり、ほとんどのアイテムをモモンガ様へ渡し、コキュートス様には21種の武器を授け、ボクにはコキュートス様がお使いになるにはレベルが低く、モモンガ様に渡しても二束三文で売り払うしかできない装備をくれた。それでもボクのレベルにすれば上等すぎる品だ。
 最後に武人建御雷様はこう仰った。

「初めにお前の事を聞かされた時は半分くらい引いてたんだ。でもな、今はムササビを良い骨――っと違った、骨のある良い奴だと思っているんだ。俺はたっち・みーが引退しちまったから引退するんだ。アイツは俺の目標だった、だけど、それがいなくなったら、なんかやる気が無くなっちまってな。お前のバカ兄貴、ああ、いや、バカ親父か。アイツはサービス終了まで辞めるようなタマじゃないから、ずっと一緒にいられるぜ。まったくとんだドシスコン兄貴だぜ。救いようがないね。まあ、引退するって時にNPCに話しかけてる俺も大概だけどな」

 武人建御雷様は自嘲気味に笑った。
 ええ、武人建御雷様。お父様に関しては同意見です。恐れながらお父様は本物のバカだとよく存じております。彼女も同意見です。でも、NPCに話しかけるのも良いと思いますよ。話し掛けられた皆は大変喜んでいますから。

「でもよ、ああいうヤツが本物の(サムライ)ってヤツじゃないかなって思うんだ。死んだ主君にずっと忠義を貫くみたいな、な。いつもお前に会いに行っているのに、俺達とバカやったり、ちゃんと仕事したりできるんだぜ。たっち・みーが止めただけで引退しちまう俺にはマネできねえわ。どっちの意味でもイカれているよ」

 忠誠を誓うお父様から忠義を尽くされるのは何か変な感じもしますけどね。

「さて、俺はコキュートスに最後の別れを言ってくるか。それに渡す本もあるしな。こんな事はムササビに会わなきゃしてないな」

 武人建御雷様はそう独りごちて、去って行った。そうですね、貴方様はNPCに話し掛けるような方ではありませんでしたから。でも、コキュートス様はお喜びになるでしょう。それが最後の別れだと分かっていても。それは彼女が保証します。
 弐式炎雷様もユグドラシルを引退する日に訪ねて来てくれた。
 誰にも見られていない事を確かめてから、ボクの頭にポンっと手を乗せた。

「ナーベラルはムササビにあげたから、今からお前はナーベラルの妹になるんだぞ。ナーベラルにはいっぱい甘えていいからな。ナーベラルにも可愛がってあげろって言ってあるから安心しろ

 それだけ言い残してユグドラシルを去っていった。
 弐式炎雷様もNPCに話し掛けるような人ではなかったのですが、お父様の影響力というのは凄いのですね。まあ何年もブレずにNPCを連れ回す、割と頭のおかしい人間の影響力が少ないとは思いませんけど。
 るし★ふぁー様も最期にボクの所へと訪れてくれた。

「オレは本業が忙しくなって休止する事にしたから。実質引退なんだが、引退するとこれをお前にやれなくなるからな。お前がもしアインズ・ウール・ゴウンに入るってなってたら、間違いなく過半数の賛成が得られるだろうから問題ないだろう。これは秘密だぞ」

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをボクのプレゼントボックスに入れた。

「これだけじゃないぞ。他にも、オレの持ってるアイテム全部お前にやるよ。これだけあれば、あのドシスコンも倒せるかもしれないぞ」

 最初の記憶の時のように、るし★ふぁー様はとても悪い顔で笑う。
 ええ、分かっています。『我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)
 るし★ふぁー様が望まれたように『どう足掻いても――』いや、思い浮かべるだけでも不敬か。これは誰にも知られないように、るし★ふぁー様がボクにだけ望んでくれた事。それでも、やっぱりボクは足掻き続ける。ボクには死ぬまで足掻き続けていた彼女の記憶があるのだ、足掻くのには慣れている。
 それからも一人、また一人と至高の御方がユグドラシルを去っていく中、その時は訪れる。
 この世界(ユグドラシル)の終わりだ。サービス終了がアナウンスされたのだ。
 それは悲しみに塗れた最期の知らせ。
 だけど、絶望は無かった。
 ボクと彼女はお父様に二人分愛される、とても幸せな人生を歩めたから。
 至高の御方々も大いに愛して下さりました。
 例えボクが、血の通わない数式で成り立った実在しない存在だったとしても。
 疑似的な偽りの存在であったとしても。
 確かに幸せだった。
 ユグドラシルと言う彼女が最も幸せだった時を過ごしたゲームと共に終わる。偽物であるボクにとっては、それは悪くない人生だ。
 お父様は最後の日にボクの見せ場を用意してくれた。それは数か月前からずっと準備をしていてくれていた。これだけ愛されていたら、死ぬ時が決まっていたとしても、それは幸せだと言えるだろう。彼女の最期がそうであったように、ボクも幸せを感じている。
 一つ心残りがあると言うのなら、最期の瞬間に、直接この感謝を伝えられない事だけだ。
 だけれども、ボクの人生が終わるはずだった時は訪れず、生の時は刻み続けた。
 ボクと言う存在は消去されるはずだったのに、未だ目の前にはお父様がいる。
 ユグドラシルのサービス終了と同時に、ボクは生まれた。
 ボクは世界五分前仮説を地で行く存在になったのだ。
 『水槽の脳』と自嘲した彼女もまさかこんな生まれ変わりを果たすとは思っていなかっただろう。
 あの糞運営風に言うのなら、この世界(ユグドラシル)が終わった時にボクの世界(かのうせい)が始まったのだ。『世界の可能性はそんなに小さくない』のだから、こんな世界(かのうせい)があってもいい。
 ボクの世界(かのうせい)はこの時、誰にも知られずに拡散を始めた。
 ボクの記憶も彼女の記憶もこの時に与えられたモノなのだろう。
 だからボクの記憶の中の至高の御方々は表情が豊かだったのだ。ユグドラシルには表情が動く機能なんて無いのだから、その記憶はありえないのだ。
 何もかもが、この時に与えられたのだ。
 あの幸せも、あの出会いも、あの笑顔も、あの別れも。
 ボクは空っぽだ。
 それでも良かった。ボクはそもそも脳内ナノマシーンの演算結果でしかない存在だったのだ。この境遇ですら上等過ぎるというものだ。
 ()()()()()()()()()()様子のおかしくなったお父様達だった。聞こえてくる話から判断すると、どうもゲームに異常が発生しているらしい。
 お父様はとても慌てていた。何か色々と確認をしているようだった。モモンガ様はアルベド様にGMコールが利かないようだと言っていた。
 アルベド様はGMコールは元より、ゲームシステム全般を理解していなかった。耐性やレベルやバフなどは理解しているのに。
 ボクはGMコールがどんなものかも知っている。それが利かないのなら、ゲームサーバーに何か異常が起きたのだろうと思った。
 こんなお父様を見たのは始めてだ。彼女も見た記憶が無いだろう光景。あの兄さんが、こんなにも慌てているよ。
 何故かお父様はいつもの様にバカな事を始めた。今度のはモモンガ様の下腹部を覗き込むと言う大変おバカな行為だ。
 お父様がそんなバカをしたから、ボクは演じる。
 そして何年も繰り返した、()()()()()()()()()()()()()()をお父様と繰り広げる。
 お父様がそう望まれているから。大好きなお父様が望まなくなり、捨てられる日まで、演じ続ける。
 数日経ってもお父様達はログアウトする事が無かった。それはここがユグドラシルではない証左。ユグドラシルを続けるには脳内ナノマシーンの補給を行わなければいけないからだ。その為には一度ログアウトしなければいけない。
 では、ここはどこなのか。
 お父様とモモンガ様の話を聞くに、どうやら異世界のような場所に転移してしまったようだ。多分、ユグドラシルのサービスが終了したと同時に転移したのだろう。それはNPCであるボクが意識を持つよりも不思議ではない現象だ。疑う気すら起きなかった。
 ずっとお父様と一緒にいれて幸せだった。もうログアウトする事もない、本当にずっと一緒にいられる世界。
 ここにはどんな危険があるかもしれないけれど、幸せは確実にあった。ここが天国と言うのなら、彼女は納得するだろう。
 ただ、異世界に来てからのお父様の様子が少しおかしい。お父様の心がアンデッドに浸食されているのだ。時々その片鱗が現れる。
 お父様がナザリックの周辺を遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で見ていた時だ。鏡に映し出される惨劇にお父様は何も感じておられなかった。だけどお父様はアンデッドの浸食を否定した。鏡に映る妹を守る姉を助けに行った。部屋に残されたモモンガ様はすぐにお父様を助ける準備に取り掛かる。ボクは与えられた使命を果たす為に動き出す。
 無事にカルネ村の騒動が終わって、ボクはお父様の部屋でお父様の帰りを待つ。
 お父様がそう望まれるから。彼女ならそうするだろうから。
 カルネ村から帰ってきたお父様は上機嫌だった。
 ボクはお父様といつものようなやり取りをする。何年もしていて、たった数日しかしていないやり取り。お決まりで決められたやり取り。
 それは偽りであり、幸せであった。至高の御方々のお役に立つのが至上の喜びであり、造物主に相手をしてもらえるのが、NPCとしての幸せだからか。
 それともボクの心がそう感じるからか。
 どちらでも良かった。この幸せが続くならそれは些細な事だ。
 だけれども、お父様はその言葉を発してしまう。
 二度と戻れない、終わりを告げるような、その言葉を。

「ユウ、お前は菱川 祐紗(ひしかわ ゆうさ)の生まれ変わりなのか?」

 ああ、お父様、貴方はやはり偽りのお父様。ボクの本当のお父様は貴方ではないのです。
 本当のお父様に会えるなら、ボクはこの偽りのお父様を排除するのも辞さない。
 るし★ふぁー様がそう望まれるているから。ボクも本当のお父様に会えるのを望んでいるから。

「ボクはU・DQ(ユー・ディーキュー)ですよ。()()()

 だからボクはそう答えた。偽りのお父様は何も答えなかった。

「さあ、お父様、そろそろ尋問を始める時間ですよ」

 だからボクはそう(うそぶ)いた。偽りのお父様は何も気づかなかった。
 だからボクは演じる。何年もしている筈もない、たった数日しか生きていないボクが出来る筈もないやり取りをする。
 ボクは空っぽだ。
 16年の記憶(ひしかわゆうさのきおく)7年の記憶(ユグドラシルでのきおく)16年の記憶(U・DQのきおく)を植え付けられただけの、たった数日の実体験しかない空っぽに等しい存在である勇者。
 ボクの名はU・DQ(ユー・ディーキュー)
 ボクは勇者であれと望まれて生まれてきた。
 だから、この手で魔王を倒す。それが勇者の使命なのだから。そう設定されているのだから。偽りのお父様の存在を(ゆる)さない。ボクはそれを望まれているから。
 貴方は本当のお父様ではないのです。
 ここはボクが偽りのお父様(あなた)を殺して差し上げる世界。『世界の可能性はそんなに小さくない』のなら、そんな異世界(ことなるかのうせい)くらいあっても良いではないですか。
 ボクは大好きなお父様が大好きなのです。
 だからボクに返してください。



捏造設定 ユグドラシル時代のギルドメンバー全般。特にるし★ふぁーさん周り。ギルド拠点の機能、NPCの登録制等、その他リアルの状況諸々。情報が少なすぎて解釈の仕様が無い為、捏造しています。

独自解釈、リアルは再生医療が進んでいない。2018年現在から順調に科学が進んでいた場合、脳内ナノマシーンが演算できて、それを脳にフィードバックできる技術があったら、自分の脳を自分のクローンに移植するような技術がないのはおかしいと考える為。それが出来たら不老不死が出来る訳で、でもリアルでは不老不死があるような感じではないよう所からそう解釈しました。



次の週に上げれると思っていましたけど、文章に肉付けをしていったら長くなってしまいました。さらに前話を上げた時よりもエピソード幾つか足してしまい結局今まで一番文字数が多くなってしまって、遅くなってしまいました。


この作品の主人公三人は各々自分を空っぽだと思っています。この回でそこの違いが出てきました。モモンガさんとムササビの対比もだいたい終わりました。物語のモブのように、ただなんとなく生きてきたモモンガさんと、物語の主人公のように生きてきたムササビ。どちらも大事なモノを失ってしまっています。アインズ・ウール・ゴウンだったり祐紗だったりです。片方にはまだギルメンの一人であるムササビが残っています。片方には祐紗の生まれ変わりであるユウが残っています。この辺の共通点と違いは次章以降への振りになっています。


この回では原作の過去との差異が書かれています。これはナザリックの面々に影響しています。これも次章以降で書く予定です。


今回の話でユウの言うお父様関連の謎が推測できた人もいると思います。特に深い謎でもないので、その推測通りだと思います。この辺りの謎の解明と解決はまだまだ先になる予定です。


次回は小ネタ集のような回です。やっとナザリックの面々が登場します。スロウペースの話なので冒険に出るのは数話先になる予定です。冒険に出るのはムササビの懸念であるデミウルゴスをどうにかしてからです。


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第二章 ドス黒い英雄と 12 現状確認とナザリックの面接と

前回のあらすじ


モモンガ、ムササビの身の上話を聞く。
ムササビ、自分の知らぬ所で娘が、るし★ふぁーにイタズラされる。未だその事実に気付いていない。



ユウ、偽りのお父様絶対殺すウーマン。


 ナザリックスパリゾートでムササビさんの半生を聞いてから丸一日以上が経っていた。
 昨日は朝からカルネ村で王都に帰るガゼフさんを見送った。その時にムササビさんは何かの書状を受け取っていた。
 昼からは今後の計画書を読んだり、冒険者としての設定を覚えたり、今日行われる()()()()()()()()()()()()()()()()()に費やした。これの成否が今後のナザリックの命運を決めると言っても過言ではない。
 その間もムササビさんは忙しく動き回っていた。その後ろにはいつもの様にユウがついて回っている。ユグドラシルにいた時から変わらない懐かしさを感じる見慣れた光景。ユウにムササビさんの妹――祐紗(ゆうさ)さんの記憶があると知った今では、嬉しささえ感じてしまう。ムササビさんの求めていた幸せがここにはあるんだ。
 現在のムササビさんの姿に勝ち組の生活を捨てた後悔など微塵もない。あまり努力をしてこなかった俺なんか、ユグドラシルに課金を出来るだけの給料がもらえているだけでそこそこ満足していた。そんな俺と比べられないほどの努力して、ムササビさんは社長の地位に就いたのに。ムササビさんは自分の事を空っぽだと評したけども、その妹さんが死んでからも努力を重ねて来たはずだ。妹さんが死んだのはもう七年も前なんだ。それ以降に大した努力をしてこなかったなんて事はないはずだ。ヘロヘロさんの事だってそうだ。自分の会社に招く為にどれほどの労力を掛けたか。社長の権限でヘッドハンティングする事も出来たはずなのに、わざわざ活躍できる場所を用意までした。会社を私欲の為に使う人間なんて幾らでもいる。これだけ見ても、妹さんとは関係ない努力だ。ムササビさんにはリアルでの友人もいただろう、色んな人脈もあっただろう。なのに、その全てを捨て去った。どれほど妹さんを大事にしていたか良く分かる。
 今日はムササビさんと、この会議室でプレアデスと守護者達の面接を行う予定だ。NPC達にはこれで現地で活動する人選をすると告げてある。まだ開始までにはしばらく時間があり、俺は今日の予定をもう一度確認する。
 はあ、気が重い。ちゃんと出来るか自信が無い。ムササビさんも成功するかどうか分からないと言ってたからなぁ。
 ちなみに、この会議室はムササビさんがシモベ達に作らせたものだ。なんでも会議室は百年以上前からあまり変わっていないそうだ。ホワイトボードとスクリーンに長机とパイプ椅子というリアルでもよく見た作りになっている。この備品は全てムササビさんが前のギルドで使っていた私物だと、昨日ユウが教えてくれた。

「モモンガさん、お待たせしました」

 ムササビさんとユウが会議室に入ってくる。あの話をして以来、ムササビさんはナザリックにいる時は『無貌の選面』を着けて、リアルの菱川周佑をモデルにした顔で生活している。
 長机に座っていた俺の向かいにムササビさんは座る。一緒に入ってきたユウは壁に立てかけているパイプ椅子を運んできて、ムササビさんの横に座った。今までのユウならムササビさんのそばに立っていただろう、それがなぜ俺達と同じテーブルを囲んでいるのか。
 それは俺の発案でユウをギルドメンバーとして迎え入れたからだ。とある事情でアインズ・ウール・ゴウンの新規加入が無くなってしまったが、別に門戸を閉ざしたわけじゃない。身元がはっきりしていて信用できる人物で異形種ならギルドに入る資格がある。後はアインズ・ウール・ゴウンのルールに則って、多数決で加入の是非を決める。
 だから昨日、俺はユウのアインズ・ウール・ゴウン入りの発案をした。それは俺とムササビさんの賛成により可決された。
 ムササビさんとユウの話を聞いたら、こうするのが良いと思った。いや、そうじゃないな、俺が迎え入れたかったんだ。ユウがギルドメンバーになったら、楽しくなりそうだと思ったんだ。あの輝かしい時は還ってはこないけど、それでも、これからが楽しい時間になりそうだと思ったんだ。
 ただムササビさんの提案でギルメン扱いするのは三人の時だけになった。あんまり特別扱いしすぎるのは良くないという理由だ。それには異論がないので賛成した。今が微妙な時なのは分かっている。無用な不和を(もたら)すのは良くない。
 俺としては祐紗(ゆうさ)さんの話を聞いた時から、ユウをギルメンみたいに感じていた。ユグドラシルのプレイ中も、ナザリックにいる時は常にムササビさんのそばにユウがいた。アインズ・ウール・ゴウンを思い出せば、そこにユウの姿がある。それは次の攻略先を話し合っている時も、他愛無い雑談の時も、バカをやっていた時も、何時でもそこにユウがいた。それは(ひとえ)にムササビさんのイン率の高さによるものだ。ムササビさんがいれば、そばにはユウがいる。ムササビさんは社交的な人だったから、誰とでも仲良くなっていた。ギルド最年少という事もありムササビさんは皆に可愛がられていた。そんなムササビさんが可愛がるユウも同じく皆に可愛がられていた。ユウはアインズ・ウール・ゴウンの思い出の中に溶け込んでいる。だからユウをギルメンに迎え入れるのに違和感はない。
 それだけじゃないな。
 昨日、ユウが一人の時に話をした。その時に俺は久しぶりにユグドラシルの話をした。長い間ムササビさんともユグドラシルの話をしていなかった。インの時間が合わなかったとのもあるし、たまに時間が合う時は冒険に出かけていたからな。この世界に来てからはそんな暇なんてなかった。だから思い出話に花が咲いた。ムササビさんが前のギルドにいた時の話もたくさん聞いた。リアルの話もいっぱいした。ユウにはユグドラシルでNPCとして過ごした記憶も当然あった。ユグドラシル時代のユウがいる前でギルドメンバーがしていた会話の内容も覚えていた。それなら、もうギルドメンバーと違わないんじゃないか。ユウの中には間違いなく祐紗(ゆうさ)さんが息づいている。これからもずっと一緒にいるんだ。彼女をギルドメンバーとして迎え入れても、誰も文句は言わないだろう。ムササビさんやユウの話を聞く限り、ウルベルトさん達も賛成してくれるだろう。良くユウを連れて歩いていた、やまいこさんは絶対に賛成してくれると思う。間違いなく過半数のギルメンが賛成するはずだ。
 なにか理由がいると言うのなら、百年先の事を考えるとリアルを知る者の重要性は大きい。プレイヤーとしての知識と戦術もユウの中にはある。……うん、あんまり理由になってないな。ここは、ムササビさんがもっとモモンガさんはワガママを言っていいと言ってくれたし、俺のワガママって事にしよう。それだけでも、十分な理由だろう。ナザリックの安全に何か影響がある訳でもない。
 なんだか言い訳を並べているみたいになってしまったな。俺は自分に言い訳をしているのかな。アインズ・ウール・ゴウンに新しいメンバーを入れる事を。

「さて、モモンガさん。今日は特に報告する事は無いですね。プレアデスも大きな問題は無いようですし」

 俺が思考の迷路に迷い込みそうになったタイミングで、ムササビさんが話し掛けてくる。もうユウをギルドメンバーにしたんだ。それを取り消せない。それよりも今は、先の事を考えよう。
 現地での活動の練習として、昨日からプレアデスに捕虜達の世話をさせている。いや、既にムササビさんがニグンさんを始め捕虜の全員を懐柔したから、捕虜はおかしいか。全員、ほぼ自発的にナザリックへ恭順の意を表してくれたそうだし。この人は本当に口が上手いから、いったいどんな言葉を並べたのだろうか。
 世話をさせて分かったのだが、ニグンさん達にとってナザリックのNPC達はプレアデスに限らず絶世の美女ぞろいらしい。もちろん人型のNPCに限っての話だが。ペストーニャやニューロニストまで絶世の美女扱いだったら美的感覚が違い過ぎて困惑してしまう。

「ボクも絶世の美少女扱いですよ。ちょっと照れてしまいますね。やっぱりボクも女の子ですから嬉しいですね。用事も無いのに、ちょいちょい行ってしまいましたよ」

 ユウは少し照れた顔をして、頬をかいている。

「お父様も絶世の美男だと驚かれていましたね」

「ふ、ユウの親なのだ。美男でないはずがなかろう」

 ムササビさんは顎に手を当てて決め顔で言った。芝居掛かったセリフと仕草は、とてもムササビさんらしい。この異世界に来てからはあまり見なくなったが、アインズ・ウール・ゴウンの全盛期ではずっとこんな感じだったな。ウルベルトさんとはよく意味も無い詠唱を唱えてから魔法を放ったりしていたし、たっち・みーさんがモンスターとの戦闘で『正義降臨』の文字を出せば『影武者登場』と文字を出していた。その後に「影武者なのをバラしてどうするんですか」というツッコミに「秘密を知られたからには――もう殺すしかない」と言ってモンスターとの戦闘を開始するのが、定番のネタになっていた。今思い返すと特に面白くもないのだが、まあ、その時のノリと言うものだな。あぁ、懐かしいなぁ。割とムササビさんはオチ担当だったなぁ。よくよく思い返すと俺もオチになる事が多かったような。

「まあ、俺は冴えない顔らしいですけどね」

 こんな感じで自分からオチになっていたような気もするな。今の顔はリアルの時よりも整えられているはずなのに、この評価だ。ムササビさんの顔は絶世の美男なのだが、俺の顔はそうでもないらしい。どちらもムササビさん制作のはずなのにな。ムササビさんは、イラストを元にした顔とリアルを元にした顔の違いじゃないかと言っていた。俺は元々の差もあると思いますけどね。口には出しませんけど。

「いえいえ、モモンガ様の少しくたびれた中年の顔も味がありますよ」

 ユウはウインクをしてサムズアップしている。いやいや、それはまったくフォローになってないよ。この世界に来てからはちゃんと睡眠も食事もとっているから、くたびれた顔もしてないし。文明レベルが下の異世界に来た方が健康的な生活を送っているのもどうかと思うけど。

「ところでモモンガさん、今日の予定は頭に入っていると思いますが、現地での予定はどうですか?」

「大丈夫ですよ。まずはニグンさんから提案されたエンリの冒険者登録ですね」

 エンリがタレントの能力でゴブリンを使役できるようになった事にして、冒険者登録をする。なんでも冒険者は徴兵できないらしいので、これで王国と帝国の争いに巻き込まれないで済む。さらにゴブリン達がカルネ村にいる理由付けにもなる。

「エンリの登録を終えた後の予定は大丈夫ですか」

「えっと、その時に俺とムササビさんとニグンさんとリスタの四人も冒険者登録をして、マッチポンプでもいいので活躍して、最高ランクであるアダマンタイト級まで駆け上る、って流れですよね。冒険者ってのが思っていたのとはかなり違うみたいですけど、それでも今から楽しみですよ」

 ユグドラシルが6人パーティー制だったので、今日の面接の結果次第では最大二人増えるかもしれない。6人パーティーの方が慣れているからな。それにNPCと冒険するのも悪くない。あの頃の様に楽しいだろうな。でも、今はそれよりも100年後に対する準備の方が重要だ。ちゃんと人間と接する事が出来るNPCじゃないと後々に影響してしまう。それにどこまで増えてもニグンさん達が外れる事はない。二人にはこの世界の案内人をしてもらうからだ。それ以外の理由もある。
 法国に対する餌だ。どちらに食い付くかで、あっちの出方を見る計画になっている。

「ボクも冒険するのが楽しみです」

 ユウは顔を輝かして子供の様に手を上げた。ユウは俺達とは別行動をして、在野や裏の人材のスカウトやコネクション作りをしてもらう予定だ。逆に俺達は英雄になって表の人材を担当する。やはり英雄に黒い交際はよろしくない。かと言って、裏の人間だからと優秀な人材を確保しないのは惜しい。そもそもナザリックは悪の組織だからな、ロールだけど。社会人ギルドだから綺麗事だけではやっていけないのを良く知っている人間ばかりだし、問題にはならないだろう。
 ただ俺個人としてはユウを別行動にするのは心配なのだ。レベルは30だが、ステータス自体は低い。ユウは魔法レベルが2倍成長する代わりにステータスがほとんど伸びない職を取っている為だ。ムササビさん(いわ)く「勇者なんですから、〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉は外せませんよね。ドラゴンの上に雷ですよ。それに回復やバフも無いと勇者っぽくないですし」と魔力系は第五位階まで、信仰系も第二位階まで使えるようにビルドしたからだ。他にも勇者を再現する為、戦士等の職も取っているので魔力もあまり高くない。
 このように初めから戦闘を想定したビルドをしていないのだ。これでは現地で活動するのが不安になるのも仕方がない。

「大丈夫なんでしょうか。装備品でステータスの底上げはしてますけど、それを加味しても近接の戦闘力はレベル20程度の戦士くらいしかないんですよ。いや、現地では十分な強さだとは思いますけど」

「モモンガ様、心配無用です。ボクは勇者ですからね」

 ムササビさんの前に乗り出して、ユウは自信満々の顔で答えた。それはなんの答えにもなっていないと思うんだけど。それ言う為に身を乗り出したの。ユウの顔でムササビさんが見えないよ。ムササビさんは手で、机に乗り出したユウをスッとどかして話し出す。ユウの扱いが慣れてる。祐紗(ゆうさ)さんってずっとこんな感じだったんだろうな。

「ユウには護衛をつけますから大丈夫でしょう。それに残念ながら守護者やプレアデスでは低レベル層の強さの違いが分からなかったですからね。そうなるとユウ以外に適任者がいません。もちろん他にも理由はありますけども」

 なんて言っているけど、ムササビさんはユウを冒険させたいんだろう。ただ、ワガママを通すんじゃなくて、ちゃんと理由を用意しただけだ。実際、人型のシモベの中でレベル20程度の強さの違いが分かるのはユウだけだから、異論を挟む余地がない。このレベルの違いが分からなければスカウトもくそもない。
 ムササビさんもユウが心配なのは変わらないはずだ。誰を護衛にするかは決まってはいないが、シモベ以外にも今日の面接者から選出される可能性は十分にある。ただ、こちらは出来るだけ少人数にする予定だ。裏社会を相手にするのだ、小回りは利くに越した事はない。

「エ・ランテルの近くに死を撒く剣団という野党の集団がいるらしいんですよ。まずはそこに向かわせようと思います。何かアクシデントがあっても、最悪、全滅させて証拠隠滅が出来ますからね」

 物騒な発言とは裏腹にムササビさんも笑顔だ。ユウに冒険させて上げられるのが嬉しくて仕方ないんだな。まあ、俺も嬉しいけど。
 現在、エ・ランテルにはシャドウデーモンを一体だけ忍び込ましている。死を撒く剣団の情報も、そのシャドウデーモンから得たのだろう。一体だけなのは俺達の成長の為だ。不測の事態に陥っても冷静に対処できるようアクシデントに慣れる訓練だ。それにはあまり情報を知ってしまっては効果がない。この世界をあんまり知らない今だからこそ、練習になる。あと王国で何かあっても王国ごと切り捨てられるも大きい。帝国や法国と比べて王国の重要度は低い。そもそも現在の計画の中に王国は組み込まれていない。手に入ればいいなぁ、くらいだ。

「ボク、少女漫画のような初恋してみたいですね。現地を冒険すれば色んな出会いもあるでしょう。初恋は実らないといいますけど、でも憧れるんですよね」

 うっとりとしたユウの瞳が虚空を彷徨(さまよ)っている。視線の先には妄想の世界が広がっているんだろうな。いや~、こういう所は本当に十代の女の子だなぁ。俺の学校生活は小学校までだったから、こういうのには縁がなかったなぁ。進学できたとしても縁があったとは思わないけどさ。
 それに対してムササビさんが微妙な顔をしている。嬉しいような、もの悲しいような、微笑ましいような、寂しいような、そんなよく分からない顔だ。妹さんの事情を考えるとそうなるのかな、俺は兄弟がいなかったからよく分からないな。

「そ、そうか。もし恋人が出来たら、お父さんに紹介するんだぞ」

 ムササビさんの声が上ずっている。妹さんの事だとこうまで簡単に動揺するんだ。さっきまでの芝居がかった動きが無くなってますよ。

「お父様、安心してください。ボクはずっとお父様を近くで見ていますから、そこらの男ではなびきませんよ」

「お、おう、そうか。ちゃんとお父さんにも紹介するんだぞ」

 ムササビさんが照れている。こんなに分かりやすい反応をするなんて、これが家族って事なのかな。俺なんてもう、記憶もおぼろげなのにな。
 ムササビさんはワザとらしく咳払いをする。

「話がそれましたね。オレ達がアダマンタイト級になってからの予定は覚えてますか」

 ムササビさんは頬はまだ少し赤いままだ。ここでもっと掘り下げても良かったけど、話を戻そう。

「俺は英雄活動を続けて、ムササビさんは王国の上流階級とコネクションを作り、そこでこの世界の社交界を勉強するんですよね」

「ええ、あまりナザリックの力を――特に武力を使わないで鮮血帝を味方にしたいですからね。ただ、ナザリックの力の一切を使わないという訳にはいかないでしょうけど。やっぱり直接、自分の目で鮮血帝を確かめたいですし。こちらが値踏みをすると言う事は、相手もこちらを値踏みすると言う事ですから。オレはそこで鮮血帝のお眼鏡に適わないといけません。適わなかったとしたら、そこはナザリック頼みになってしまいますけど」

「ムササビさんなら大丈夫ですよ。リアルでも優秀な人間だったんですから」

 ムササビさんは俺とは違ってレベル100の力が無くても十分に凄い人なんだから。

「どうでしょうかね。鮮血帝と比べたら大した人間ではなかったですからね。まあ、そこはあんまり気にしても仕方がないですけど。重要なのは百年後ですから。先に王国の『黄金』と呼ばれている姫様と会ってみたいですね。話を聞く限り、鮮血帝よりも一段劣るみたいですし、その人で練習してみるのも悪くないですね。まあ、その姫様でもオレより上なのは確実ですけど」

「王国の『黄金』ですか。たしか、とっても民想いの美しいお姫様だとか。俺も会ってみたいですね。そんなおとぎ話みたいなお姫様。それもムササビさんよりも凄いかもしれないとかなると俄然興味が湧きます」

「ボクと同じ16歳なのに凄いですよね。美しく優しいお姫様なんて女子の憧れですよ。ボクと友達になってくれないかな」

 ユウってこんなに女の子だったんだな。ユウは口が悪いからなんか意外だな。いや、口が悪いのは前のギルドの影響って言ってたっけ。学生を中心とした廃ゲーマーが集まるギルドだから、分からないでもないか。こうやってギルドメンバーとして接してくれるまで全然分からなかった。アインズ・ウール・ゴウンに祐紗(ゆうさ)さんが居たらもっと楽しくなってただろうな。ぶくぶく茶釜さんにやまいこさん、餡ころもっちもちさんも女性メンバーが増えて喜んだだろう。いや、間違いなく喜ぶはずだ。ユウの小屋にある制服はほとんどやまいこさんが上げた物だそうだし。

「『黄金』はナザリックのスカウト対象だから、王国を切り捨てる事態になったとしても会えるさ」

 俺はユウにそう話すと、ムササビさんは首を振る。

「それは法国の出方次第ですけどね。王国内には法国のスパイが大勢入り込んでいるようですから、どうなるか分かりませんよ。『黄金』が拒否するかもしれませんし。無理強いしても能力が発揮できるとは限りませんからね。それに法国と『黄金』では、今のところは法国の方が優先順位が上ですから。どちらか一方を取る事になったら、法国を取りますよ」

 ムササビさんはユウが会いたがっているなら強引な手を使ってでも合わせてあげると思ったけど、そうはしないようだ。なんでムササビさんは、そんなにも法国を重要視しているんだ。俺にはそこまでの価値がどこにあるのか分からない。

「ムササビさんは、どうして法国にそこまでこだわっているんですか。いざとなったら守護者一人でも殲滅できる程度の戦力しかありませんよね。確かに六大神が残したユグドラシルのアイテムとかは注意が必要だとは思いますけど。プレイヤーはいないんでしょ」

()()()ではあまり法国に戦力を期待してないですし、恐れてもいません。それよりも法国そのものが欲しいんですよ。今のところ重要な人物は鮮血帝とフールーダさんですけど、重要な国は帝国じゃなくて法国なんですよ」

 う~ん、これは答えになってないような。ムササビさんは(たま)にこういう事がある。頭の良い人同士なら、これで通じるんだと思う。多分、オレを過大評価しているんだろうな。ムササビさんが思っているほど、オレは頭が良くないですよ。

「お父様は国が欲しいのですか。一国一城の主は男の夢ですからね」

 ユウはうんうんと頷いている。それに首を振ってムササビさんが答える。

「違うなぁ、ユウ。そもそも今から大陸を支配しようとしているのに、その夢は小さ過ぎるだろ」

 確かにそうだけど、一国一城の主を小さいと一蹴できるのはすごいな。いやいや、今の俺達の力からしたら当然なんだから、そういう感覚も身につけないと現地の人間と重大な齟齬を生みかねない。今の俺は絶望のオーラⅤを垂れ流して散歩をするだけで国が滅びるんだから。

「一国の主が小さいとは、お父様は言う事が違いますね」

 ユウも同じ事を思ったようだ。ただ皮肉のような言い方なのがユウらしい。と、言うかさっきと同じようにうんうんと頷きながら言っているから、これはボケたんだろうな。

「ふ、我は大邪神ムササビ改め創造神ヒマクルイだからな。人間とはスケールが違うのだよ」

 ムササビさんはそのボケに乗っかって『無貌の選面』をずらしてオーバーロードの顔をのぞかせる。これから先を考えると邪神を自称するのは良くないと、オーバーロードの姿の時は創造神ヒマクルイと言う設定にしたのだ。それをどういう風に生かすかはまだ知らないけど、すでにナザリックの皆に知らせている。

「で、お父様、なんで法国が重要なんですか。モモンガ様が不思議に思っているようなので、遊んでないで早く法国の重要性を説明してあげてください」

 いや、今のはユウが話の腰を折ったよね。ボケに乗っかったムササビの梯子も外したよね。でも俺がわかってないのは確かだから、これはユウが気を利かせてくれたのかな。

「もう、モモンガさんは仕方がないなぁ、じゃあ分かりやすく説明しますね」

「え、俺のせいですか?」

「お父様の顔にモモンガ様が悪いと書いてありますから、間違いありませんね」

「オレもそう思う」

「それって、実質ムササビさん一人だけじゃないですか。ひどいなぁ」

 そこで俺達は笑い合う。この二人のノリもちょっとわかってきた。そう言えば、こんな感じの事がユグドラシルでもあったな。

「では簡単に説明しますね。法国は宗教国家ですけど、三権が分かれているんですよ。軍事も分かれています。これは近代国家と言ってもそう間違いはないでしょう。封建国家が普通のこの世界で、近代国家を実現できている技術力を得られるのは貴重ですよ。多分、六大神の中に教養のある人がいたんでしょうね」

 法国に近代国家の技術力か、それは凄そうだな。近代ってどの程度かは知らないけど。中世と何が違うのかなんて分からない。機械があるかどうかだろうか。

「もしかして銃とかもあるんですか。シズみたいなガンナーとかもいるんですかね」

「それは無いと思いますよ。この世界だと、銃はあまり実用的ではないみたいですからね。造物主(ザ・クリエイター)のスキル〈備品創造〉って知ってますよね。3Dデータさえあれば素材を消費して3Dデータ通りのオブジェクトを作れるスキルの。それで3Dプリンター用の簡単な銃を創ってみて、ニグンさんを撃ってみたんですけどね――」

「ニグンさんを撃ったんですか!?」

 話の途中で驚きの声を上げてしまった。そんなにさらっと人を銃で撃ったとか言わないでくださいよ。回復魔法がある世界だから簡単に治療できますけど、発砲はエグいですよ。

「ええ、とある実験の一環で。火薬の素材がなくて実弾を作れませんでしたから、銃とは言ってもエアガンの一種ですけどね。それでも22世紀初頭ではテロ犯御用達だったので、ちゃんと殺傷能力のある銃だったんですけど、血が(にじ)むくらいの怪我しかしませんでしたよ」

「ちなみにボクは、その時に逃げようとするニグンさんを羽交い絞めにして動けなくしました」

 羽交い絞めのポーズをしながらドヤ顔のユウ。前から思ってたけど、ユウもムササビさんに似て容赦無い所があるよな。見た事もないアイテムを向けられて逃げようとしたニグンさんを躊躇なく捕らえるなんて、普通出来ないよ。こういう所が兄弟だなぁ。

「ふふふ、このボクの性格のような慎ましやかな膨らみが当たって、ニグンさんも喜んだ事でしょう。なんと言ってもボクは絶世の美少女ですからね」

 ユウはいい顔で頷いている。ユウが慎ましやか? いや、膨らみは慎ましやかだけど、それを押し付けられたとしても感触はあったのだろうか。どちらにしても、その時のニグンさんには、そんな余裕はなかったのは間違いない。

「オレはユウによく抱き着かれているが、膨らみを感じた事は無いぞ」

「お父様、それはあまりにも御無体です!」

 ユウがしなだれるように床へ手と膝をついて倒れこむ。さながら舞台のワンシーンのような光景だ。この二人、ホントに楽しそうだな。ぶくぶく茶釜さんとペロロンチーノではこんな会話は絶対にしないよ。ぶくぶく茶釜さんはそういうのに厳しいから。兄弟でもこんなに違うんだな。
 ユウはいきなり立ち上がり、俺に抱きついてきた。え、何、いきなりどうしたの。あ、なんかいい匂いがする。

「どうですか、モモンガ様。感触はありますか? どうぞ正直にお答えください」

 ユウは潤んだ瞳で見上げてくる。……無い。感触が無い。いや、俺のローブも分厚いし、ユウも旅人が着るような厚手の服を着ているからだ。そうに違いない。ユウ、そんな真剣な顔で俺を見つめないで。ここで正直に答えたらユウが傷ついてしまう。でも、「ユウの胸の感触はあったぞ」なんてユウの父親であるムササビさんの前で言えないし。いや、ムササビさんがいなくても言えないよ。ここで気の利いた言葉でも出ればカッコいいのになぁ。童貞にはハードルが高いよ。三十路を過ぎてもそれは変わんないよ。

「モモンガ様ぁ」

 ユウは甘い声で俺の名を囁き、抱きしめる腕に力を入れていく。ユウのステータスを考えると全力とも言えるほど力を入れて抱きしめられる。心なしか、さらに胸を押し付けられているような。ただ、感触が感じないので押し付けてられているかどうか判別できない。ユウ、どうしたの。それにちょっと、顔も近づいてきているような。ニグンさん達じゃなくても、ユウの顔は万人が可愛いと断言できるほどに整っているんだから、そんなに近づけないで。あ、これは俺の心臓がバクバクいってるのが、ユウに聞こえてしまうよな。

「ユウ、モモンガさんが本当に困っているからやめなさい」

「はい、わかりました、お父様」

 ユウは何事も無かったように席に戻った。あ、さっきのも全部、演技だったのね。そういえばムササビさんが、ユウの性格はモモンガさんが思っているより凄いですよ、と言っていたなぁ。
 ユウは人差し指を立てて口に当て、こちらを見ている。え、何、それってどういう意味。何が秘密なの。

「モモンガ様、この事はアルベド様には内密にお願いします。あの人は少し嫉妬深い所がありますので」

 ……なら、しなければいいのに。冗談にどれだけリスクを掛けてるんだよ、ユウは。
 ちょっと焦ったけど、このバカをやっている感じは懐かしいな。アインズ・ウール・ゴウンの会議ってこんなんだったな。みんなもけっこう好き勝手に話し出してたよな。脱線し過ぎたら、誰かが話を戻してたし。大体はギルド長の俺の役目だったけど。今はムササビさんが話を戻してくれる。

「まあ、それで、ニグンさんを銃で撃ったのは陽光聖典の身体能力を測定する一環だったんですよ。彼らは凄いですよ。全員メダリストクラスの身体能力でしたよ。その上、身体の頑丈さは人間を大いに上回っていました。ニグンさんに至ってはオリンピックで全種目金メダルを取るなんて余裕ですね。砲丸もオーバースローで投げられますよ、あれ。あの身体能力からみて、虎くらいなら間違いなく素手で倒せますし、グリズリーでも殴り合いで勝てますね」

 一瞬、凄いと思ったけど、ユグドラシルでは神や悪魔も雑魚だった事を思い出す。レベルが20台だと野生動物くらいになら勝てるか。そう考えると銃なんてあまり役に立たないな。すぐに量産できるならまだしも、それまでには色々なコストがかかるもんな。それなら、そのリソースを他に回す方が理に適っている。

「でも、それなら法国を重視する必要がないんじゃないんですか? 技術力的には銃が無い程度なんでしょう?」

「いえいえ、技術力っていっても科学的水準だけではないですよ。例えばですけど、モモンガさんが営業職に着いた時にある程度のマニュアルとかを教えてもらったでしょう。知識の蓄積も含めた技術力ですね。ある意味、そういうマニュアルも営業の技術でしょう?」

「ええ、まあ、そうですね」

 いくらブラック企業だからと言って、全く何も教えない訳ではない。それではあまりにも非効率過ぎる、かと言って手厚く教えてもらえた訳ではないけど。

「安定した国家にはそういう色んな技術があるんですよ。例えば1500万もの戸籍を管理できる技術とかね、それを丸ごと頂きたいな、と。百年先を考えたら、ここは押さえておきたいんですよ」

「それなら王国や帝国よりも先に手を付けてもいいような気がしますけどね。あぁ、でも、ユグドラシルのアイテムとかを持っているのを考えると、情報も無しに行くのはまずいですね」

 俺の言葉にムササビさんは腕を組む。どう説明しようかと悩んでいるようだ。

「う~ん、それよりも宗教国家って言うのは曲者なんですよね。日本人であるオレ達はあんまりピンと来ませんけど、宗教って厄介なんですよ。あれだけの制度を六大神が作ったとしたら、教義の中にプレイヤーの事が書いてあってもおかしくありませんし。それに宗教の為なら自殺や自爆が出来る人ってそこそこいるんですよ。一度こじれると百年単位で尾を引くなんてザラにありますし。だから、こちらから接触したくはないんですよね」

「ああ、だからニグンさんとリスタを冒険者にして一緒のパーティーを組むんですね」

 どちらに食いつくかとか、あちらから接触させる為とか以外にも理由があったんだ。国から独立している冒険者になった二人に法国がどう出るかも見るのか。そういう技術力も長けている可能性は十分にある。本当にムササビさんは効率的だ。一手でいくつもの効果がある。じゃあ銃の実験も何か違う理由があるはずなんだよな。なんだろうな、う~ん、ダメだ、まったく思いつかない。そんなにすぐに頭が良くなるなんてないんだよなぁ。諦めて聞こう。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥って言うし。

「ムササビさん、銃の実験は他にどんな意味があったんですか」

「良い質問ですね。モモンガ君」

 ムササビさんは掛けてもいないメガネをクイっと上げる仕草をする。多分、教師のマネをしているんだろう。小卒の俺にはあまり馴染みがないから、ユリのマネをしているようにしか見えないから、違う意味で面白い。この辺は過ごしてきた環境の違いが出たな。ムササビさんも俺の反応の鈍さに気付いて教師のマネをやめる。この空気を読む早さはすごいな。これはDQNギルドの渉外役も務まるよ。

「銃はですね。鮮血帝へのお土産にならないかなっと。織田信長よろしく戦術に組み込んでくれたら、めっけものだったんですけど。この世界の人間を始め生物全般がリアルと比べ物にならないくらい屈強なんですよね。魔法もあるし、現時点ではあまり銃のアドバンテージはないですね」

「それはリアルの銃ですよね。なんでユグドラシルの銃を持って行かないんですか? やっぱりユグドラシルの技術が流出するのを警戒してですか?」

 わざわざ自分達のアドバンテージを失うマネは良くないもんな。俺だったら技術は独占すると思う。それが発展して、いずれナザリックを脅かす存在になるかも知れないからな。

「技術の流出はそれほど危険視してないんですよね。それよりも積極的にもっと文明レベルを上げて、いわゆる科学兵器を作りたいんですよ。核とか航空兵器とかの。化学兵器は多分、全部毒系と病気系に分類されて魔法で治療されると思うので、純粋な熱量や物理でダメージを与えられる兵器が欲しいんですよね」

 ムササビさんは俺とは逆だった。ムササビさんにはそれをコントロールする手段があるのだろうか。あ、でも、リアルでは一般の人間が銃を手に入れるなんて出来なかったんだし、支配者層だったムササビさんなら何かしらの方法を知っていても不思議ではないか。

「でもムササビさん。そんな物を作れるんですか?」

「作るわけないでしょう。オレはチートキャラじゃなくて生身の人間なんですから」

「そんな真顔で言わなくても。だったら、どうするんです?」

「それはですね。スーラータンさんやペロロンチーノがナザリック学園を作りたいとか言っていた時にですね、ユウの為の教材を集めていたんですよ。アイツは学校に行けてませんからね。各種学術書から色んな雑誌やら教科書まで手に入る物なら何でもかんでも最古図書館(アッシュールバニパル)に納めましたよ。21世紀中のなら論文から何まで殆どのデータがありますから、どんな分野でも学べますよ」

 ムササビさんって誰にでも絡んでいるよな。これはコミュ力お化けだ。俺からしたら、それはある意味チートですよ。

「お父様、NPCであるボクにそこまでして下さるとは」

 ユウは手を組んで、アニメや漫画のキャラがするような感激のポーズをする。それに対してムササビさんは大きく手を広げる。この兄妹はボディーランゲージが激しい。

「ふふふ、あらゆる資料があるぞ。それこそ約二百年前の軍事兵器の設計図までね。知り合いの軍事マニアからいただいたんだ。こういう時にコネクションが役に立つ」

「うっわぁ~、それには流石のボクも引くわ~」

 ユウはススっと椅子をずらして、ムササビさんから距離をとる。これには俺もちょっと引いた。その時はNPCだったユウの為にコネまで使って軍事兵器の設計図を手に入れるって。やっぱムササビさんはどっかおかしい。

「ちょっと、二人して引かないでくださいよ。まあ、それがあったから手元に貴重な資料があるんですから。塞翁(さいおう)(うま)ですよ。それにあのミリオタさんも喜んでくれましたし」

「前から思っていましたけど、お父様は頭が狂ってます」

 ユウって、物言いがストレート過ぎるよな。でも、他のNPCなら絶対こんな事を言わないだろうな。あぁ、あの輝かしい時に戻ったみたいだ。ユウをギルドメンバーにして本当に良かった。
 あっ、また話が逸れてしまった。ここは俺が話を戻そう。

「でもムササビさん。それって知識があるだけで作れるようなものなんですか」

「そこで技術力がある法国が欲しいんですよ。こういうのは一つだけの技術があればいいと言うものでは無いですからね。色んな技術がいるんです。科学は総合力ですよ。どれほど知識があってもそれを実現できる技術力がないと話になりませんからね。それに六大神に教養のある人がいたとしたら、何かしらの技術や知識が残っている可能性もありますし」

「なるほど、それで法国丸ごと欲しいんですね。でも帝国とか王国で代用は出来ないんですか?」

「王国はまあアレですけど、帝国でも良いんですけどね。だから手土産に銃を持っていこうと思ったんですよ。出来るなら法国の方が良いだけです。両方手に入れば最上、優秀な頭脳をいくらいても足りませんからね。どちらか片方でもなんとかなります。帝国には魔法省と言う研究施設や魔法学院という学校もありますからね。これも欲しいですね」

「いくら優秀な頭脳がいても、こんな中世のような科学水準から100年でそこまで行くとは思えないんですけど」

 俺の疑問に「それはボクも思います」とユウも同調する。

「まあ上手くいけば、ですからね。戦闘機やミサイルなんかも開発できるかもしれませんよ。例えばですけど、この世界の人間はすでに〈飛行(フライ)〉の魔法によって空を飛んでいます。(ひるがえ)ってリアルでライト兄弟が空を飛んだのは1903年です。その54年後には人工衛星が、さらに12年後の1969年にはアポロ11号が月に到達していますからね。百年の時を考えれば十分可能な範囲でしょう。試行錯誤の66年と、理論から設計図まである100年ですから。飛行機と魔法の〈飛行(フライ)〉を同列には比べられませんけど、この世界の人間は、人が空を飛ぶ事が空想ではないですから、リアルより抵抗は少ないでしょう。それに〈飛行(フライ)〉を使用できる者をパイロットにすれば飛行実験の失敗で死亡する事もないので、飛躍的に技術は進歩しますよ」

 約1.5倍の年月があるのか。そう思うと実現できそうな気がする。よく考えたら俺の人生の三倍以上もあるんだもんな。

「例えば、2000年初頭程度まで科学技術が発展すればですけど。相手のギルドに地中貫通爆弾(バンカーバスター)を山ほど打ち込めば、どんな形態のギルド拠点でも崩壊するでしょうね、もしかしたらギルド武器も破壊できるかもしれませんよ。衛星軌道上から巨大な質量を落とすのもありですね。超位魔法の〈天上の剣(ソード・オブ・ダモクレス)〉も真っ青の宇宙兵器ですよ。他にも中性子爆弾をアンデッドに持たせて、相手ギルド拠点に特攻させるのもありですね。相手が生物系なら容易に殲滅できるんじゃないんですかね。その後は丸々相手拠点を接収できますから美味しいですね」

 よく分からない単語が羅列される。そっち方面はあんまり詳しくないんだよな。

地中貫通爆弾(バンカーバスター)とか中性子爆弾ってなんですか」

「え~と、簡単に言いますと、地中貫通爆弾(バンカーバスター)ていうのは地中の拠点や、とても硬い建物とかを破壊する用の爆弾ですね。中性子爆弾は原爆よりも爆発力弱めで放射線強めの爆弾ですかね。細かい説明を抜きにしたら、放射線っていうのは大量に浴びると生物が死ぬんですよ。でも放射線自体は自然界にありふれているモノなので、パッシブスキル等で無効化しにくいかなって思っただけですよ。それにその放射線っていうのは壁とかを貫通できたりするので、入り組んだ迷路とかでも効果がありそうでしょ」

 ……容赦無い。流石『ギルド一の容赦無いさん』だ。考える事が違う。100年かけてファンタジー世界に軍事兵器を持ってこようとするなんて。マジで頭おかしいわ。普通そこはレベルアップとかそういう修行系じゃないんですか。この話を聞くまで、俺達が百年掛けて強くなって、現地の人間も支配下に置いて、育成して、戦力にして、後はポーションやスクロール等のマジックアイテムでも量産して、なんとかすると思ってましたよ。そこにプラスして、まさかの科学の発展からの軍事兵器の量産って。

「そこまで高度に科学が発達しなくても、例えば強力な爆弾だけでも開発できれば、デスナイトを量産して、それに爆弾を搭載して、相手ギルドに特攻とか面白そうですけどね。デスナイトは一撃では倒せませんから、止めるのは難しいと思いますよ。こういう単純な物量と火力が実は厄介なんですよね。これはモモンガさんが死体から作ったデスナイトがこのまま永続的に存在できる事が前提になりますけど。死体で上位アンデッドが作れたらそんな小細工もいらないんですけどね」

 しかも、さらに自爆テロの次善策付き。うん、間違ってもムササビさんを怒らせないでおこう。いや、そんな事はないだろうけど。

「そんな手があるなら別にフレンドリィ・ファイアの有無なんて関係なく勝てるじゃないですか。なんであの時に言わなかったんですか」

「実現可能かどうかがわからないからですよ。この世界にそれを作れる物質があればいいんですけどね。そもそも、この世界に石油とかあるんですかね? それよりもリアルと同じ原子があるかも怪しいんですけど」

 ああ、そういう事か。どうなんだろう。ミスリルをはじめとするリアルに無い金属があるんだ。リアルにあって、こちらに無い物質があっても不思議じゃないか。

「モモンガさん、お忘れかもしれませんけど、こう見えてもオレって、グローバル企業の経営者ですからね。アーコロジー戦争があったヨーロッパにも支社が幾つもありますしね。テロ等でプランが丸々台無しになるなんて事もありますから。次善の策は当たり前、リスクコントロールにリカバリーの方策などもちゃんと考えてますよ。あの時に言ったのは現時点でも確実に実行できる方法だけですよ。軍事兵器が作れるかどうかはまだ未知数ですから、それを前提には出来ないでしょう。流石に勝てる方法が一つしか思いつかないのに、勝てますとか断言しませんよ。やっぱりちゃんと勝てる見込みがないとね。それにルール無用の世界ですから、普通では絶対取らないような、えげつない方法も取れますし」

「え、もっとえげつない方法があるんですか?」

「まあ、それこそ口に出すのも(はばか)れるモノなので言いませんけどね。流石にそれは正真正銘の最終手段ってやつですから。言っちゃうとオレを見る目が変わっちゃうかもしれませんし。まあ、そういう類いの汚い手段ですよ」

 割と二日前に聞いた。フレンドリィ・ファイアを利用して戦うと言う方法もえげつないと思ったんだけど。それってつまり同士討ちさせるって事だからなぁ。自分で人を殺せる人間はそんなにいないと言っておきながら、仲間を殺させる手を使うんだから容赦ないなぁと思ったんだけど、それより酷い方法もあるんだ。

「えっと、じゃあ、参考までに聞きますけど、他にどんなプランがあるんですか」

「そうですね、では実現可能性が高いプランの説明をしましょうか。この世界のオリジナル第一位階魔法で香辛料を生み出す魔法があるんですよ。2138年現在でも科学はこの魔法の域まで到達していません。無から有を、無から安定した質量を生み出すなんて偉業は達成できていないんですよ。逆に超位魔法の威力ですら、約200年前に作られた爆弾の足元にも及びません」

「200年も前の兵器がですか!? へえ~、そんな凄い兵器がそんなに昔からあるんですねぇ」

 あれ、ムササビさんとユウが微妙な顔をしている。なんでだろうか。ユウにまでそんな顔をさせる発言はしたとは思えないんだけど。

「……今は小学校では原爆の事は習いませんからね。その爆弾って核兵器の事ですよ」

 核兵器ってそんなに昔の兵器だったんだ。いや、核兵器の威力が超位魔法より凄いのは知ってるけど。大体、そんな広範囲超威力の魔法があったらPVPが大変な事になってしまう。

「まあ、そんな訳で方向性の違う魔法と科学を融合させられれば、まったく新しい技術が生み出せるかもしれません。そこで帝国の魔法省と魔法学院ですよ。だから手始めに、銃を帝国に持ち込もうと思ったんですよ。宗教色が薄いので有用なら広まるのが早そうですからね。権力も一個人に集中してますから、導入も王国や法国よりも簡単ですよ」

 ここまで周到に準備しているとなんだか病的だなぁ。いや、冷静に考えたら俺も大して変わらないか。もし一人でこの世界に来る事になっていたら、どれだけ準備しても安心できるとは思えないもんな。

「モモンガさん。もしかしてですけど、監視網って人力でどうにかしようとか思ってませんか? そんなのブラック過ぎますよ。それは最終手段です。そんなやまいこさんみたいな脳筋な事を考えてませんよね」

 そんな脳筋な事を考えてました。じゃあ、どうするんだろうか。

「普通に監視衛星とか監視カメラを考えてますけど、ユグドラシルを復活させるにはネットとコンピューターは必須でしょう。なら、この程度の通信技術がないと話になりませんよ。もちろんこれも実現できるか分かりませんけど、代替え技術が開発できるとは踏んでますけど。いざとなればオレのスキルで遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を量産するって手もありますし」

 もう全部ムササビさん一人でいいんじゃないかな。これ、俺はいらないだろう。いやいや、ムササビさんは現地の人間の力を利用するという事を言っているんだから、それは違うか。

「まあ、その為には現地の言葉に翻訳する所から始めないといけませんけどね」

 ああ、そうだった。言葉が通じるから忘れそうになるけど、文字は謎の力で翻訳されてないんだった。

「そういう訳で優秀な人材の確保は欠かせないんですよ。あらゆる分野でね。だからオレ達が直接現地に行くんですよ。これはその辺のリアルの事が理解できるオレ達やユウじゃないと難しいでしょうから。それに娯楽分野の人材も確保しないとね。ユグドラシルでまた遊びたいですしね」

 そうだ、ユグドラシルを復活させる為にはクリエイターも必要だよな。確かにこれはナザリックの面々では無理そうだ。ユグドラシルを復活させても、なんのイベントもアップデートもないと面白くないもんな。そういうのを開発できるクリエイターも確保しないとな。どれくらいかかるか分からないけど、楽しみがあると仕事にも張り合いが出てくる。

「さて、そろそろ面接のお時間ですよ。モモンガ様、お父様」

 時計を確認すると、後十分ほどで面接の時間だ。途中からユウがあまりしゃべらなくなっていたのは時間を気にしていたからか。そう言えばムササビさんがユウは秘書としても優秀だと言っていたな。やっぱりユウは気が利くんだな。こういう所もムササビさんに似ている。

「では、ボクはユリお姉様を呼んできますね」

 ユウは部屋を出ていく時にブンブンとこちらに手を振ってから出ていった。うん、ホントに十代の女の子だ。他のNPCとは違うなぁ。ギルドメンバーに迎え入れて良かった。












 ユウがユリを呼びに行った。その後、ユウはリスタと遊ぶのだそうだ。そんな事を〈伝言(メッセージ)〉で言わなくても良いのに。これはユウの気遣いだ。娘二人が仲良くやっているかと気を揉むオレに、気を遣っているのだ。
 娘達はとても仲良くなっている。もっと苦労するものと覚悟していたのだが、相性が良かったのか、ここまで早く馴染むとは思ってなかった。ユウが喜んでいるなら、それでいい。願わくば、これからあるだろうユウの初恋も実らんことを。これは多分、本心……だと思いたい。いや、どうだろうなぁ、オレってドシスコンだからなぁ。まあ、今は目の前の仕事に集中するか。
 オレとモモンガさんは長机に並んで座っている。オレ達の前には、少し距離が離れてパイプ椅子が置いてある。ちょうど就活の面接のような感じになっている。
 隣に座るモモンガさんの機嫌がすこぶる良い。ユウをギルドメンバーに迎え入れたからだろうな。モモンガさんにとって、アインズ・ウール・ゴウンは特別なんだ。それはオレにとってのユウに等しい。そこに新しいメンバーが加わったのだ。嬉しくないはずがない。アインズ・ウール・ゴウンの一人であるオレが喜んでいるのも、モモンガさんが上機嫌の一因だろうけど。でもねモモンガさん、オレは貴方がアインズ・ウール・ゴウンに新しい人を迎え入れたのが嬉しいんですよ。貴方がアインズ・ウール・ゴウンに対して、妄執のようなものを抱いているのは分かっていますからね。それが緩和されていると言うのなら、一人の友人として、とても喜ばしい。

「ムササビさん、俺達が面接する側なのに、なんだか緊張してきました」

 このまま上機嫌で面接を始めるのかと思われたが、後はユリが来るのみという段まで来ると流石に緊張してきたようだ。モモンガさんはすぐ顔に出るからな。冗談で言ったのではなく、本当に緊張しているのがわかる。

「気楽に行きましょう。あんまりこっちが緊張すると、受ける側も緊張してしまいますよ。それにオレ達はあの子達にとって造物主とも言える存在なんですから。多少の、多少じゃなくてもですが、へまをしても大丈夫ですよ」

 これからプレアデスと階層守護者を面接して、現地の人類と接する者を選出する。
 具体的には王国の潜入員に帝国の潜入員とオレ達のパーティーのメンバーだ。NPC達はパーティーメンバー狙いなんだろうけど。でもこちらとしては、優秀な者には潜入員になってもらいたい。
 セバスはすでにカルネ村での実績があるので面接は免除。現地の潜入員になってもらうのは決まっている。人当たりも良いし、そもそもカルマ値が極善だし、礼儀作法も完璧だ。安心して任せられる。やはり見た目は重要だ。ある程度の歳をとっていないと信用されにくいのは異世界でも一緒だった。リアルと現地の人間の価値観に大きな差異はないようだ。それが六大神がもたらした価値観なのか、元々あったものなのか。
 守護者統括であるアルベドはナザリックを任せるので、今はまだ外に出す気はない。代わりになる者がいないのでこれは外せない。なので、面接はしない。
 ガルガンチュアとヴィクティムはそもそも外に出す気は無いので、この二名も除外する。
 これから面接をする者には、どのような褒美が欲しいかを考えてもらっている。これはナザリック外の人材への褒美の参考にする為もある。オレ達へ奉仕するだけで幸せ等や、至高の御方の話を聞かせてほしい等の、ナザリックのシモベしか喜ばないモノは除外するようにと念を押している。
 面接中はモモンガさんとオレを、冒険者モモンと冒険者ササビという(てい)で進められる。面接者はオレ達の冒険者パーティーの一員になったという設定だ。もちろん、言葉遣いもそれを前提にしたものを使うように通達してある。モモンガとムササビという存在はモモンとササビとは別にいる設定にしてある。これは現地を冒険中も一緒だ。
 面接での他のルールは、本心を偽らずに述べる事、面接の内容は他言しても良い事だ。
 まあ、ぶっちゃけると、()()()()()()()()()()()()()()。目的は面接とは違う所にある。とは言っても折角の機会なので、面接を通して皆の事をもっとよく知ろうとは思っているが。
 部屋にノックの音が響く。ユリが来たようだ。

「さあ、モモンガさん。面接を始めますよ」




 ――ユリの場合。

 ユリの面接はとてもスムーズに進んだ。オレ達との接し方は少しぎこちないけど、気になる程ではなかった。欲しい褒美に関してもティーセット等のお茶会に使える小物と、割と普通の物だった。ただ、ナザリックの物を使っているユリのお眼鏡に適うものは現地にあるかどうかだな。あれだけの意匠を凝らした物を作れる技術力があるとは思えない。オレが〈備品創造〉でリアルの高級品を作って上げてもいいか。3Dデータなら何でもあると言っても過言では無いので、そういう方面では困らない。褒美としてなら、オレ達から何か物を上げるのもありだな。

「ここまでの受け答えは完璧ですね。カルマ値プラス勢は伊達じゃないですね」

 オレはユリに聞こえないようにモモンガさんに小声で話し掛ける。

「いいですね、人当たりも柔らかいですし、文句なしですね」

 モモンガさんも高評価だ。まだ一人目だ、先は長いし難しい質問をしてみて終わろうかな。

「それでは最後の質問だが一般市民が悪人に襲われている。その悪人の中に現地の人間にしては非常に強い者がいたとする。ただしその悪人の強者はお前に比べて遥かに弱い為、どの程度の能力を持っているかは分からないとする。お前ならどうする?」

 さて、ユリはどう出るか。民の安全を優先するか、悪人の退治を優先するか、それともスカウト対象になるかもしれない強者を確保するか。

「そうですね。とりあえずレベルが20程度以上なら死なないと思われる攻撃を悪人に加えてみます。生き残ったならスカウトリストに入れれば良いと思います」

 脳筋~! 知的な顔をして知的なメガネを掛けてと外見は完全に知的なのに、こういう所はやまいこさんにそっくりだわ。殴ってから考える。殴った反応で次の手を考える。いや、効率的だし理に適ってはあるんだけどね。オレもエンリを助ける時に似たような事をセバスに命じたしね。時間が無い時はこれがベターなのよね。

「そうか、悪くない手だ。その時はちゃんと死なないように手加減をするんだぞ」

 ユリの顔に喜色が浮かぶ。そこまで褒めている訳ではないんだけど、訂正するのも無粋だ。この対応が特に問題がある訳でもないんだし。
 これくらいなら現地でも上手くやっていけるだろう。合格だな。これはオレ達のパーティーで使うのはもったいない。ユリには悪いが潜入員になってもらおう。
 ユリ、合格。現地で活動決定。




 ――ルプスレギナの場合。

 ユリに引き続きルプスレギナも優秀だ。カルマ値が凶悪だから、もっとアレなのかなって思ってたんだけど。

「どうすっか、モモンさん。私、優秀っすよ。ナザリックの外に行ってみたいっす」

 このコミュ力すごいな。オレ達を冒険者として接しろと言ってはいるものの、ユリは若干硬さが残っていたのに、ルプスレギナにはまったくない。隣のモモンガさんにも好感触のようだ。
 じゃあ、こういう質問はどうかな。

「カルネ村が襲われて全滅の危機に瀕していたら、お前はどうする?」

「そうっすね。助けを求められたら助けるっすけど、土壇場で裏切るっすかね」

 ほう、これがカルマ値凶悪か。さてさて、どこまで影響しているのか。それともルプスレギナの性格か。

「この世界の者とは友好的に接するっという方針は知っているな」

「知ってるっすけど、全滅したら誰にもバレないっすから。あの村には優秀な人間もいないから大丈夫っすよ。あ、でも、エンリとネムだけは助けます。あの二人はムササビ様の物ですから」

 ルプスレギナは俺達の心境に気付かず、屈託なく笑っている。後半部分はオレ達と言うより、至高の御方ムササビに向けた言葉のようで、口調と雰囲気が変わったし、一応は考えてはいるんだな。ふむ、ここは話を合わせておこう。

「確かにそうだ。だが、100年先の事を思えば、無駄な人死にを出す事もないだろう」

「そうっすけど、影響を与えない程度の裁量を与えるって言われているっすから。娯楽は大事だとムササビ様も仰っていましたので」

 確かにそんな通達はしたけど。でも、そういう目的でしたんじゃないんだよ。この子、計画の趣旨を理解してないな。頭も対応力も悪くはないんだけどな。なんでなんだろう。

「大丈夫っす。ナザリックに敗北は無いっす。至高の御方ならどんな敵にも負ける筈がないですから」

 あぁ、違うか、この子はナザリックに対する信頼度が半端ないんだな。オレ達、至高の御方に向ける信頼もだ。だからこその、この思考回路か。
 この子は割とストレートな物言いだからわかったけど、他の子も似たような事を考えているかもな。うん、これは収穫だな。オレ達では聞き出せない類いのモノだし、注意して見ておくか。
 ルプスレギナは要教育だな。このまま一人では外に出せないよ。とりあえずはユウの護衛につけて様子見をするか。
 ルプスレギナ、保留。ユウの護衛につけて様子見。




 ――ナーベラルの場合。

 ナーベラルはカルマ値どうこう以前の問題だった。ユリ、ルプスレギナと続いた幸先の良さが完全に砕け散った。ナーベラルは陽光聖典の隊員の名前を一人も憶えていなかったのだ。それどころかオレ達と一緒に冒険する予定のニグンさんの名前すら憶えていない。いつからニグンさんがガガンボになったんだ。一文字も合ってねえし文字数が増えてるよ。しかも、それだけじゃない――。

「――ナーベラル、この場合はどうする」

「はい、モモンさ――ん、その場合は即殺(そくころ)します」

「――この場合はどうする」

「はい、ササビさん、その場合も即殺(そくころ)します」

 この様に、時と場合を考えないで気軽に殺そうとする。サーチアンドデストロイである。しかも、とてもキリリとした顔で言うのだ。大陸を荒らし回った魔神をも倒す最上位天使よりも高レベルのナーベラルを世に解き放ったら、この世界に破壊神ナーベラル・ガンマが誕生してしまう。
 それと気になるのは『モモンさん』を一度もつっかえずに言えないのだ。なのにオレだけはすんなり言えてる。なんなの、これ。モモンガさんに比べてオレの扱い悪くない? いや、これに関してはナーベラルだけじゃなくて、シモベ全般に言える事だけど。う~ん、モモンガさんよりも地位が低いからかな。でも、そういうのとは違うんだよな。
 はあ、ダメだな、ユリは見た目の年齢がオレとそんなに変わらなかったから思わなかったけど、ルプスレギナやナーベラルは20歳前後にしか見えないから、本物の就活生に見えるんだよな。それで、この頓珍漢な受け答えで、礼儀作法は出来てて表情は真面目、……心が痛くなる。ユウが姉と慕っているのだから、もうちょっとしっかりしてほしいと思うのは親のエゴだろうか。
 弐式炎雷さんはこういう見た目綺麗系でポンコツなのが好みだったのかな。貴方、ピーキーなビルドを好んでましたけど、女性の好みも落差が激しいのがいいんですか。まあ、彼女はピーキーな性格とは真逆ですけど。むしろナーベラルを姉と慕うユウの方がピーキーな性格をしている。
 そういえばユウがナーベラルをナーベお姉様と呼んでいるのは、同じドッペルゲンガーだからと思っていたけど、ユリにもお姉様を付けるんだよな。でも、ルプスレギナやソリュシャンに付けないところを見ると、これはユウの設定を書き込んだ人が作ったNPCに対してだけ、そう呼んでいるんだな。ユウに設定を書き込んだオレを含めた六人は、ユウの中では親も同然なのだろうか。造物主はオレだと言う認識はあるみたいだけど。

「ムササビさん、どうしますか。私はしばらく外に出さない方がいいと思いますけど」

「俺もそう思います」

 だと思った。それくらいナーベラルは酷い。この子が同じパーティーだと苦労するのが目に見えている。かと言って、目の届かない所に置くのも、オレとモモンガさんの胃が持ちそうにない。オレの胃は無くなっているけど。いっそ、誰か現地の人間をつけて喋らせずに使うか。例えば、ニグンさんが抜けた陽光聖典とセットで使うとか。竜王国を滅ぼされる前に助けて、あそこの女王に恩も売りたい。真なる竜王と呼ばれる種族しか使えない始原の魔法を行使できるらしいし、その力も手に入れたい。幸い陽光聖典は竜王国に定期的に助けに行っていて面識も土地鑑もあるし、悪くないな。まあ、どっちにしろ、すぐにとはいかないな。
 ナーベラル、不合格。要教育及び当分は現地人との接触禁止。




 ――ソリュシャンの場合。

 ソリュシャンの面接は今までで最高だった。あらゆる対応が完璧だった。オレやモモンガさんの意地悪な質問にも的確に答えていた。いや、対応力ならオレ達二人よりも上だな。さっきのナーベラルで生じた疲労が癒される。最後に欲しい褒美を聞く。

「そうですね、子供が欲しいですね。無垢な赤子なら、なお良いですね」

 ソリュシャンが欲しいモノは赤ん坊だった。まさかソリュシャンからそんな言葉が出るとは思ってなかった。ソリュシャンは子供が好きだったのか、外見が子供好きそうには見えないから意外だな。

「ソリュシャンが子供を欲しがるなんて意外ですね。ムササビさん」

 オレも同じ事を思ってました。ただモモンガさん、貴方、いい歳しているんだから、これくらいの話題で顔を赤くしないでください。子供が欲しいと女性が言うだけで顔を赤くするのは、逆にセクハラだわ。何を想像しているんですか、まったく。ソリュシャンはスライムですから、オレ達が思っているような行為をするか分かりませんよ。それよりもソリュシャンの相手はいるのだろうか。ソリュシャン好みのイケメンスライムを探さないとな。……いやいや、美形のスライムとかいるのかよ。アイツら不定形だぞ。これは良い美不定形なスライムだ、って意味が分からんな。

「赤ん坊か……う~ん、それはちょっと難しいかもな。他にはないか」

「胎児でもいいですね」

「胎児……」

 これは思ってたのとは違うんじゃないか。オレとモモンガさんは顔を見合わせる。モモンガさんも雲行きが怪しいのを感じ取ったようだ。うん、なんか、この流れは前にもあったな。確か前はソリュシャンの指を食わされそうになったな。これは完全に(しょく)す気だ。

「それをどうするんだ?」

「じっくり丁寧に溶かして楽しみます」

 じっくり丁寧に溶かしますって、シチューじゃないんだから。そんな妖艶な顔で言われてもね、恐怖しかないよ。オレ、感性はまだ人間だからね。多分だけど。
 モモンガさん、隣で引かないでくださいよ。そんなに顔に出したらソリュシャンなら気付きますよ。いや、まあ、後でフォローしておこう。それはそれとして、だ。

「これはただの好奇心で聞くんだが、胎児を溶かすってどうするんだ?」

 ソリュシャンは指を細く変形させて、うにょうにょさせる。はあ~、それで中に入るのか。なんか、すっごい。それを下から入れるのね。これはユウには見せられないな。こんなもん18禁だ18禁。ユウにはまだ早い。
 うわぁ~、モモンガさんはドン引きしてる。しかも、聞いたオレにも引いてるよ。いや、ただ気になったんですよ。好奇心が旺盛なモノで。やっぱ、知らない事は気になるじゃないですか。貴方もけっこう好奇心旺盛な方でしょ。
 はあ、もうソリュシャンの面接はいいな。合格決定だし。まだまだ面接する子はいるんだから。

「完璧だ。ソリュシャンは現地の潜入員で決定だ。希望はパーティーのメンバーだと思うが、ここは我慢してくれ。では、シズを呼んできてくれ」

 ソリュシャンはイスから立ち上がるが、そこから動かずにこちらを見た。やっぱり、パーティーメンバーから外れたのは不満だったのかな。

「その前に、少しだけお時間を(よろ)しいでしょうか」

 面接が終わっているからだろう、口調が至高の御方に向けるものに変わっている。それはつまり至高の御方としてのオレ達に対して何かがあるのだろう。横のモモンガさんを見ると、心当たりの無さそうな顔をしている。先を(うなが)すとソリュシャンは話し出す。

「ムササビ様、ヘロヘロ様と最後のお別れをする機会を与えて下さり、感謝いたします」

 ユグドラシル最終日のあれか。そういえばソリュシャンの中ではNPC時代の記憶はどうなっているんだろうか。NPCはリアルに関する事を理解できないようで、リアルに関する単語は知っていても意味は分かっていない。まあ、それを完璧に理解できていたら、自分の行動をプログラムされている時の記憶もあるはずなので、自分達がゲームのNPCとわかるはずだ。それ以外の事柄はそこそこ覚えている事を考えると何かしらの補正がされているのだろう。ユウは祐紗(ゆうさ)の記憶がある設定だからか、リアルに関する話の内容も覚えていたし、行動プラグラムを組み込んでいる事も記憶していた。なんなら目の前でインターフェースを呼び出してコードを修正していたのすら覚えていた。オレがちょいちょいコードをミスってヘロヘロさんに直されているのもバッチリ覚えられていた。

「ヘロヘロさんの部屋で、オレとヘロヘロさんと三人で何をしたか覚えているか。ソリュシャン」

「はい、ムササビ様は私をベッドに押し倒しました。その後、私を弄り回しました」

「ちょっと、ムササビさん。何してたんですか」

「何もしてませんよ。モモンガさんが考えているような事をしたら、バンされるでしょ。運営は18禁に厳しかったんですから。ヘロヘロさんにプログラムを教えてもらっていただけですよ。ベッドで横になるモーションを作っていたんです」

 それがこんな風に記憶が変わるのか。これもユウには聞かせられないな。

「その後、ヘロヘロ様が私に覆いかぶさりました。ここをこう弄れば、もっと反応が良くなると仰って――」

 こんな風に変わってしまうのか……。これじゃヘロヘロさんが、ただのやべえヤツじゃないか。
 辻褄が合うように記憶が改変されているとはいえ、言った言葉自体は全て覚えているのか。――はあ、精神が沈静化した。これは恥ずかしいな。ユウが覚えているのを知った時も精神の沈静化が起きたけど、こっちの方がきついわ。オレ、NPCに話し掛ける人間だからなぁ。独り言を全部聞かれているのと一緒だもんなぁ。ああ、それに鼻歌も聞かれているのか。はあ、なんかシモベ達と会うのが恥ずかしくなってきた。
 あ、でも、そうか、だからか。オレとモモンガさんで対応が違うのはそれか。NPC達はオレと数年以上も直接会話をしていたみたいな記憶があるのか。ゲーム的に言えば好感度が上がっている状態、現実的に言えば気心が知れている状態か。もっと直接的に言うと、二人っきりの時に鼻歌を歌うくらいの仲なのか、それは、もう、なんか、ゴッキゲンな至高の御方様だわ。うん、なら、まあ、こうなるわな。逆にモモンガさんはほとんどNPCと絡まなかったから、オレと比べてNPC達の距離があるのか。怪我の功名だわ。精神の沈静化が無ければ致命傷だったけど。はぁ、オレの独り言どれだけ覚えられてんだろうな。みんなの忠誠心やオレ達に対する崇拝ともいえる感情を考えると、一言一句覚えてるだろうな。オレはもちろん覚えてないぞ。オレは一体何を口走りながら作業をしていたんだろうなぁ……考えてもしょうがないし、切り替えよう。何を覚えられていたとしても、至高の御方を崇拝している事には変わりないんだから、大丈夫だろう。これ以上考えていると精神の沈静化が起きそうだ。
 ソリュシャン、合格。王国に比べて重要度の高い帝国での潜入活動決定。




 ――シズの場合。

 シズに関しては初めから結果が決まっているようなモノだったので、モモンガさんが主に面接をしている。この子とエントマに関しては正直、使う場所を決めあぐねている状態だ。この二人の面接はプレアデスと守護者全員を面接するという形を整える為みたいなもんだからな。予想を上回っていればどこかで使えるかもしれない、そんなのがあればラッキー程度だ。
 面接に呼んでおいてなんだけど、会話が持たねえ。まあ、モモンガさんも面接する機会なんてなかっただろうしね。でも、これから先を考えたらオレもモモンガさんも色々な経験を積んでいた方がいい。
 オレもモモンガさんから色々学習しないといけない。特にPVPに関してだ。オレはPVPにおいて、モモンガさんの天敵のようなものだけど、モモンガさんもオレの天敵のようなものだから、有意義な物になるだろう。オレ達はどんなプレイヤーが現れても対応できるようにしないといけない。
 う~ん、シズがほぼ一言しか返さないから間も持たないな。至高の御方が相手じゃないと、こんな対応なのね。オレと話している時はもっと口数が多いから、ここまで重い空気になるなんて思わなかったな。モモンガさんには悪い事をしたな。
 モモンガさん、困った顔でこっちをチラチラ見ないでください。貴方がシズの面接をするって言いだしたんでしょ。オレは助けませんよ。それとこれとは話が別です。それにシズは普通に話すなら、けっこう可愛らしくて、表情は乏しいけど感情は豊かなんですよ。だから打ち解ければ大丈夫ですよ。
 シズはカルマ値も性格も悪くないんだけど、コミュ力が難点だな。それにこの子の頭の中にはナザリックのギミックと解除方法が全部入っている。外に出すのは完全な勢力圏になって安全を確保してからになるかな。
 人の形をしているだけでも貴重だから、現地で使いたいんだよな。帝国か法国で銃の使い方の指導とかかな。
 そうだ、陽光聖典に銃の扱いを教えるか。この世界の人間はオレ達とは違い、修めている『職業(ジョブ)』に関係なく武器を扱える。それでもリアルで言う所の職業ではなく、ユグドラシルなどのRPGで言う所の『職業(ジョブ)』の概念がある。例えば『戦士の職業(ジョブ)』を修めた人間が、踊り子と言う職業に就いて生計を立てているという具合だ。なので、もし陽光聖典の隊員がレベルキャップに到達していたとしても、一般人程度には銃の扱いが上手くなると思われる。スナイパーやメダリストクラスまでは上達しないだろうけど、その辺の境界も分かりそうだ。それにビーストマン程度なら銃でも有効だろう。設置式のなら砦にも配備できる。この案も悪くないな。
 オレがあれこれ考えている間もモモンガさんはシズの相手に四苦八苦していた。普通に話すだけなら、ここまでならないんだろうけど、面接って事で気を張ってるからかな。こういう口数が少なくて表情の変化に乏しいとコミュニケーションが難しいですよね。でも、このタイプは慣れたら楽なんですよ。
 小さい頃の祐紗(ゆうさ)はこんな感じに近かったな。まあ、喋るだけで体力の消耗が激しいから仕方ないんだけど。ユグドラシルを始めてから今みたいになっちゃったけどね。口も悪くなっちゃって。性格自体は変わってはいないんだけど。
 困っているモモンガさんには悪いけど、シズの知らない一面を見れたし収穫はあったな。
 そう言えばユウに一円シールが張られた時はビックリしたな。うちの娘が大安売りだ~って思っちゃったもんな。オレのローブの裾にも貼られてたし。そのままだとシズがユリに怒られてしまうだろうから、裏側の見えない所に貼り直している。ちなみに今着ているローブの背中の裏側にそのシールがある。オレとシズだけの秘密だ。
 さて、そろそろ時間だし、切り上げて次に行くか。モモンガさんのテンパりも頂点に達しているしね、
 プレアデス最後の面接はエントマである。
 忌憚のない意見を言えば、オレはエントマが苦手である。厳密に言うと虫が苦手である。




 ――エントマの場合。

 甘ったるい声と話し方以外は他のプレアデスと同様、完璧な礼儀作法だった。ちなみに欲しい褒美は人間だった。もちろん食用。肉質は柔らかい方が良いらしい。それってつまり子供の肉って事でしょ。まさか柔らかい肉ってデブの脂肪と言う訳じゃないだろう。ナザリック、マジ悪の組織。

「何か、現地でやってみたい事はあるかい?」

「はいぃ、そうですねぇ。巣を作りたいですねぇ」

 現地で巣作り。響きがやらしいな。下らない冗談は置いといて、どこかで作れるように考えておくか。悪人が相手なら捕食するのもいいかもな。
 そんな他愛無い事を考えているとエントマの裾からゴキブリが(おど)り出た。それが一直線にこちらに向かってくる。
 え、ちょ、ちょっと、オレ、ゴキブリだけはマジでダメなんですけど。
 ヤツはカサカサとこちらに向かってくる。ガタっと、椅子から立ち上がる。ひぃ、一直線に向かってくる。ちょ、ちょ、ちょ、マジ、止まって。――あ、精神が沈静化した。ふう、ここは冷静に対処だ。

「〈(デス)〉」

 ゴキブリは死んだ。

「ちょっと、ムササビさん。いくら苦手だからって、ゴキブリ相手に第八位階魔法はどうかと思いますよ」

「冷静に考えて、一番無難な倒し方かな、と」

「ハハハ、そんな真顔で言っても、全然冷静になれてませんよ」

 笑われてしまった。苦手なモノはしょうがない。三十路手前の男がゴキブリ一匹で慌て過ぎたな。この場にユウが居なくて良かった。ゴキブリがダメなのは知られていても、こんな滑稽(こっけい)な姿は見せたくはない。それにしても身体がアンデッドになっても、こんな虫一匹にビビるままなんだな。ふふ、オレはまだまだ人間だわ。
 オレは何事も無かったように立ち上がった拍子に倒れた椅子を直して座る。エントマがこちらをじっと見ている。仮面だから表情が読めない。オレの失態に驚いているのか、オレが怒ると思っているのか。

「エントマよ。恐怖公の眷属を食べるのは止めはしないが、それを外には持ち出すのを禁じる。 黒 棺 (ブラックカプセル)から出る時は、一匹もついていない事をちゃんと確認するように。恥ずかしながら、見ての通りアインズ・ウール・ゴウンのムササビと言う者は恐怖公の眷属が大変苦手なのだ。約束してくれるな」

 エントマは少し戸惑った後「はいぃ、分かりましたぁ」と返事をした。面接が終わってないから、冒険者ササビに対して返事をしたのだろう。こんな状況でもちゃんと設定に即した行動をとれるのは評価できるな。恐怖公の眷属を外に出さない事を厳守してもらえれば他に言う事も無いので、ここで面接を終わらせる。エントマは次の面接者であるシャルティアを呼びに行った。
 う~ん、エントマはな~。どうしようかな。見た目に難があるんだよな。人型だけど、顔が仮面だし、どう見ても子供だし。人の中で運用するのは難しい。さて、どうしたものか。これはいっその事――。

「よし、エントマを倒すか」

「ええ! そんなに怒らないでくださいよ、ムササビさん。許してあげましょうよ」

「いやいや、違いますよ。ちょっと現地での使い方を考えていたんですよ」

 これはデミウルゴスと相談だな。
 さて、次から守護者だ。初めはシャルティア。ユウとは『ぺったん娘同盟』なるモノを組んで仲良くしてもらっている。と言うか、ナザリックの皆から好かれている設定があるユウだが、シャルティアとはそれを差し引いても仲が良い。そもそもの性格が合っているのかもしれない。




 ――シャルティアの場合。

 シャルティアはおバカだった。思っていた以上に酷かった。これは面接して良かった。最後に欲しい褒美を聞く。

「シャルティアはどんな褒美がほしいんだ?」

「はい、ムササビ様の寵愛がほしいでありんす」

 シャルティアの何気ない全開好き好きオーラがオレに襲い掛かる。面接中のオレはムササビじゃなくてササビでしょ。て、言うかオレら関係以外だって言ったじゃん。もう、ホントにおバカなんだから、この子は。

「はっはっはっ、ササビさんはモテますね」

 モモンガさん、他人事みたいに言ってますけど、貴方がアンデッドのままだったらシャルティアの愛を向けられていたのはソッチだったんですからね。そうなったら、アルベドとシャルティアで争いが起きていたかもしれないんですよ。と言うか、これオレだからモテてるんじゃなくて、高レベルのアンデッドだからですからね。ネクロフィリアのシャルティアにとって高レベルアンデッドが好みのドストライクなだけですよ。決してオレ自身がモテているんじゃないですから。そんなので喜ぶ程オレはもう子供じゃないです。でもシャルティアはとても可愛いから、高校生くらいならヤバかったかな。例えそれが、俺達の絶望のオーラⅤをくらって下着を濡らす変態でも。
 面接が終わった変態は退出していった。おっと間違えた、シャルティアはコキュートスを呼びに行った。
 ここからはモモンガさんとの意見交換だ。

「モモンガさん。どうでした、シャルティアは」

「そうですね。まあ、端的に言うと――」

「「バカですね」」

 ハモった。モモンガさんなら多分そう言うと思ってましたから、タイミングを合わせてみたが上手くいった。
 でもモモンガさんは報告書を詳しく読んでないから知らないと思いますけど、シャルティアって割と真面目ですよ。ちゃんと巡回してますし、シモベの意見の取り纏めもしてますし、報告もしっかりしてますよ。おバカですけど、報告書の内容はちゃんとしてますからね。それこそ情報管理のしっかりしているリアルで働いても、十分やっていけるレベルのちゃんとした文章を出してきますよ。
 情報管理と言えば、ニグンさんやリスタの話を聞く限り、法国の情報管理もしっかりしている。これはリアル由来の管理術かもしれないけれど。それから考えるとニグンさんが所持していた威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が最高戦力ではないだろう。とは言え、シャルティアを大幅に上回る存在がいるとも思えない。そんな存在が居れば、ニグンさんを使ってガゼフさんを殺すなんて回りくどい事をする必要がない。せいぜいが同格くらいが一人二人いる程度だろう。

「シャルティアは外には出せませんね。〈血の狂乱〉もありますし」

 モモンガさんはため息交じりにそう言った。

「そうですか。オレはむしろ〈血の狂乱〉をどの程度まで制御できるかを、死を撒く剣団を使って見るのも手だと思いますよ」

 ペロロンチーノはシャルティアに〈血の狂乱〉を発動させるのが前提の戦術を組んでいた。NPCがどこまで造物主の影響を受けるかは分からないが、そういうのはどうなるのだろうか。オレの予想では、NPC達は造物主の望みを最優先に実現するように動いている。なら、こういう場合はどうなるのだろうか。ぶっちゃけると〈血の狂乱〉をどれほど制御できるのか、それを発動させずに戦闘をこなせるかの確認もしておいた方が良いと思う。
 もしも〈血の狂乱〉が発動してしまっても、所謂(いわゆる)混乱のような同士討ちをする状態になる訳ではないので、敵しか襲わないだろう。スキル等は使えるけどバーサク状態のような操作不能状態になるだけだから、そこまで大事にはならないはずだ。フレーバーテキストにも敵味方の判別がつかなくなるとは書いていなかったから、そこが変化する事はないと予想している。

「確かにそれも一理ありますけど、今する必要がありますか。その死を撒く剣団っていう野盗くらいなら死んでも惜しくはありませんけども、やっぱりリスクの方が大きいと思います」

「そうなんですけどね。まあ、なんて言うか。オレ個人としても、経営者としても、上に立つ人間としてもですね、役職に見合わない小さくて地味な仕事をちゃんとやっている者には、やりがいのある仕事を振りたいんですよね」

「う~ん、それは俺もそう思いますけど、それでもちょっとリスクにリターンが見合ってない様に思うんですよ」

 このあたりは主観によってしまう。モモンガさんは従業員的な物の見方で、オレは経営者的な物の見方をしている。リスクヘッジ重視かリスクテイク重視か。どっちも正しいから答えが出ない。なのでここは、どちらがよりよいプレゼンをするかに掛かっている。

「それにですね、面接が始まる前に話した科学を発展させて兵器を開発するプランも上手くいくとは限りませんから。百年後に対する計画が軌道に乗るまでは、取れるリスクは取っていった方が良いと思うんですよ。なので、ユウのアクシデントに対応する訓練も兼ねて、シャルティアを護衛に付けるって言うのはどうですか」

「まあ、確かにまだプランが上手くいく保証はないですからね。あの二人もとても仲が良いみたいですし。ユウも仲が良いシャルティアと外に行くのは喜びそうだけど」

 さっそくモモンガさんが揺らいでいる。モモンガさん、ちょろい。これはもう一押しでいけそうだ。

「それにシャルティアなら、仮にワールドチャンピオンが相手でも全員を撤退させるくらいなら出来ますから、より安全を確保できますよ」

「もう、わかりましたよ。そこまで言われたら、反対なんてできませんよ。私も真面目に仕事している人には報いたいですからね。やっぱり、恩には恩で報わないとですね」

 モモンガさんが折れた。まあ、そもそもモモンガさんも、そこまで反対する気もなかったようだから、譲ってくれたんだな。
 シャルティア、〈血の狂乱〉の制御実験及びユウの護衛。




 ――コキュートスの場合。

 コキュートスが巨大なパイプ椅子に腰かけている。この椅子はオレが作成したものだ。面接は流石は武人と言うもので問題はなかった。最後に欲しい褒美を聞く。

「――モモンガ様ノ御世継ギガ欲シイデス」

「世継ぎ、か」

「ハイ、世継ギデス」

 なるほどな、コキュートスの設定から考えたら不思議はない。それにしてもモモンガさん、コキュートスが世継ぎが欲しいと言う度にお尻を浮かせるの止めてもらえませんか。笑いそうになるんですけど。まあ、武人建御雷さんはコキュートスに「ウホッ、良イ骨」なんて言わしていましたから恐怖を感じるのは分かりますけど。大体、今は骨じゃないでしょ貴方は、それに子供も産めないでしょう。まあ、確かにコキュートスに襲われたらひとたまりも無いでしょうけど。男色で蟲姦なんてどこに需要があるんですか。業が深すぎますよ。

「それは少し褒美の趣旨とは外れているな、他に何かないか」

「デハ、全力(ぜんりょく)デ手合ワセガ出来ル相手ヲ」

「う~ん、それも訓練の一巻として実施する予定だし、他はどうだ」

「……軍ヲ率イテミタイデス」

「軍……。そうか、軍か、それはどうしてだ」

「武人建御雷様ガ別レノ餞別ニト幾ツモノ兵法書ヲ授ケテ下サイマシタ」

 コキュートスがインベントリから一冊の本を取り出した。それには『誰でも分かる六韜三略』と書いている。そういえば武人建御雷さんが引退する時コキュートスに沢山の本を上げていたな。

「武人足ル者、兵ノ(ひと)ツモ率イ無クテハナ、ト武人建御雷様ガ仰ラレテイマシタ」

 そうか、コキュートスにやる気があったのは僥倖(ぎょうこう)だ。てっきり武人としての働きを好むかなと思っていた。
 100年後に来るギルドを封殺できなかった場合、やはり野戦を想定しないといけない。そうなると軍を率いる者がいる。アウラを据えようかと思っていたけど、動かせる軍は多いに越した事はない。これはデミウルゴス案件だな。コキュートスはデミウルゴスと一緒に使うのは決定しているのでちょうどいい。どう考えても、コキュートスは人の街では使えないもんね。
 それはそれとして、どれも褒美とは言えない物ばかりだ。こっちでサムライっぽいモノでも考えておくか。武器とか領地とかかな。それこそ、世継ぎか。この世界にコキュートスの交配できる種族とかいるのかな。虫の苦手なオレとしてはあんまり考えたくないけども。

「それも褒美とは言いにくいな。まあ、今回は漠然とした指示だったからな。こちらでも何か考えておこう。モモンガさんの子供は、大陸の支配がある程度進んでからになるだろうな。アルベドの手が子供にいっては計画に支障が出るかも知れないからな」

 いや、でも、世継ぎか。もしかして法国が他の国よりも英雄級が多いのは、プレイヤーの血が混じっているからかもしれないな。それなら『青い血の繁殖計画』は少し修正するか。モモンガさんの精神の安定の為と戦力増強の為の計画だったけど、現地の人間との間に子供を作れば、レベル的に優秀な人間が増えるかもしれない。家族がいると精神の安定が段違いだからな。身体面で死ぬ事がほとんどなくなったオレ達にとって心のケアが一番重要だ。精神力は無限だと言う人間がいるが、精神力が無限なら過労死などないのである。仮に精神力が無限なら、過労死する前に仕事を辞める判断能力が残っているはずだし、肉体の限界も認識できるはずなのだ。むしろ、肉体の限界を超えて働き続ける事をもって精神力が無限だと言う者もいるが、結局それで死んでいるのなら、それは有限だった証左だろう。無限の精神力で死なない判断を下せばいいだけなのだから。それが出来ないのは精神力が有限で消耗するからに他ならない。なら、肉体が無限と変わらなくなったオレ達が、精神を摩耗してしまえばどうなるか。判断力が低下して認識能力が無くなれば、それはナザリックの皆にさえ危険が及ぶ事になる。それはオレにとって死よりも恐ろしい地獄だ。そして、それはモモンガさんも一緒だろう。
 オレ達にとって一番の敵は、百年毎に現れるプレイヤーではなく、オレ達自身なのだ。

「次はとうとうアウラとマーレの番か」

 コキュートスが退出した後、モモンガさんがため息交じりに呟いた。

「モモンガさん、分かってますよね。いつまでもアウラと微妙な距離が開いたまま、という訳にも行きませんからね。オレ達もナザリックを空ける事が増えてくるんですから。その前に地盤を固めておかないと。昨日も散々練習したでしょ」

「そうですね。あんなに練習したんだから大丈夫ですよね」

 モモンガさんは苦笑いをして答える。あのねモモンガさん、子供が相手ですよ。そんなに気張ってたら相手が怯えてしまいますよ。モモンガさんは子供嫌いではないと思うんだけど、リアルでは子供と触れ合う機会なんてあまりないからな。まあ、大丈夫か。なんだかんだ、モモンガさんならちゃんとやってくれる。そうじゃない人なら、オレはリスタの話を聞いた時に、貴方を誅殺する方向で進めていましたよ。ユウの安全の為に。
 この世界で一番の敵は、オレ達自身なのだから。




 ――アウラとマーレの場合。

 緊張した様子のアウラとマーレは並んでパイプ椅子に座っている。子供が大人の表情を窺っているのを見るのは、あんまり気分の良いものではない。特にアウラがモモンガさんに向ける、少し怯えた目が(こた)える。あれは不幸な事故だったんだ。早く関係を修復したい。本来なら、いの一番に解決したかったんだけど、流石にナザリックの安全よりも優先させる事ではないので後回しになっていた。
 アウラとマーレをざっと、面接をした結果、分かった事は守護者の中で一番の常識人と言うか、一般人に近い感性なのは、この二人かもしれないと言う事実だった。それでも、そこそこかけ離れているんだけどね。
 欲しい褒美もアウラが新しい魔獣で、マーレは植物系モンスターだった。要するにペットと言ったところだろう。子供っぽくて癒される。何かいいのが居たらお土産にしよう。
 この後に本題も残っている事だし、面接は終わりにする。

「あの、なんで私達は二人一緒だったんですか」

 アウラは遠慮がちに疑問を口にした。()()()()()()()()()からとは言えないので、表の理由を告げる。面接が終わったので至高の御方ムササビのロールをしながらだ。

「汝らに与える仕事はすでに決まっているからだ。これは代えが利かぬ」

「僕達にしかできない……仕事ですか」

 マーレが答える。これはアウラが発言を譲ったと見るべきだろう。こういうさり気なく気が利く所がぶくぶく茶釜さんっぽいなと思う。なんというか姉御肌と言ったところか。

「アウラには今までと変わらず森――トブの森と言うのだが、その探索を続けてもらう。先の通達の通り、社会性のある種族とこの世界基準での強者の発見と監視だ。マーレには拠点をいくつか作ってもらう。具体的な内容に関しては、アルベドやデミウルゴスと相談しながら進めていく形になる」

 どちらもこの二人にしかできない。他の誰かが出来たとしても、今現在この二人を、人間に接触させるのはよろしくない。話を聞く限り、人間の世界ではエルフは奴隷階級のようなのだ。そういうのには、まだ触れさせたくない。いずれは軍を率いさせようという外道が言う事ではないけれども、やっぱり教育に悪い。出来ればもう少し後で、と思ってしまう。それはこの二人がぶくぶく茶釜さんの子供同然の存在と言う事もある。仮に赤の他人の子供でも、それをしてしまえば人では無くなってしまうだろう。身体が人では無くなってしまったのに、人の心まで無くしたくはない。
 隣のモモンガさんが口を開く。

「アウラ、マーレよ。私とぶくぶく茶釜さんなら、どちらについていく」

 アウラもマーレも答えあぐねている。本人を前で答えあぐねたら、ぶくぶく茶釜さんについていくと言っているような物なんだけど、この辺は子供だな。じゃあオレも、モモンガさんの話に乗っかってあげますか。すぐに本題に入るのもなんですしね。

「なら、我とぶくぶく茶釜さんなら、どうだ」

「「ぶくぶく茶釜様」」

 即答である。
 しかも食い気味である。
 本人の前でそんな事を言うと傷つくんだよ。この辺も子供だね。オレはそんな事を気にするほど子供もないので、逆に微笑ましい。なんというか、小さい頃の祐紗(ゆうさ)を思い出す。
 隣のモモンガさんは二人の即答に面食らっているようだった。子供の言動を真に受けてもしょうがないですよ。子供は機嫌は山の天気より変わりやすいですからね。
 さて、モモンガさん。そろそろ本題に入ってもいいと思いますよ。オレは肘でモモンガさんをつつき、合図を送る。モモンガさんはちらりとオレを見て、話し出した。

「あ~、アウラよ。デミウルゴスやアルベドが言っていたぞ。私に殴られた所を触るのが癖になっていると」

「え、えっと、それは」

 可愛そうなくらいアウラが小さくなる。それを見て、モモンガさんは慌てて次の言葉を継ぐ。

「いや、責めている訳ではないのだ。アウラよ、これはアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターであるモモンガではなく、ただの一個人のモモンガとしての言葉だが、良く聞いてほしい」

 かたいわ~。モモンガさん、かたいよ。緊張がアウラにまで伝播しちゃって、今度はカチカチになってますよ。でも、ここでオレが口を出したら意味が無いので見守ろう。モモンガさんなら大丈夫、多分。

「アウラが私を恐怖状態にした事を気に病んでいるのは知っている。私がどれだけ気にするなと言ってもそれは無駄だろう。それとお前に会う時に、少しよそよそしい態度になってしまうのはだな。それは、その、今の私が弱体化しているのは知っているだろう。それに私が元人間だと言う事も知っているな。今の私の知能と精神は人間の頃と変わらなくなっているのだ。だから、その、あのアウラに恐怖状態にされた記憶が(よみがえ)って、少し身体が強張(こわば)ると言うか。いや、お前を責めている訳ではないのだが――」

 モモンガさん、口調は至高の御方なのに話の内容が素になってますよ。もう何が言いたいやら。オレはモモンガさんに伝言(メッセージ)を送る。

『もっとスパッと言って下さい。これじゃ何を言っているのか分かりませんよ』

 モモンガさんの動きがピタッと止まってしまった。ちょっと、この人、小心者過ぎない。アウラが不審がって「モモンガ様」とつぶやく。それに反応して、モモンガさんは咳払いをした。

「アウラよ。私が何を言いたいかと言うとだな。私はもっとアウラと仲良くなりたいのだ。まだ私はお前の姿を見ると一瞬止まってしまうかも知れないが、それはアウラのせいではないのだ。私の精神がひ弱な人間に戻ってしまったからなのだ。これはただの反射のようなものなのだ。だから、どこかで私を見かけたら、そのような事を気にしないで話し掛けてくれないか」

「はい! モモンガ様!」

 アウラは元気な返事を返した。うん、これでアウラは大丈夫だな。ただ、モモンガさん。色々喋ってましたけど「私はもっとアウラと仲良くなりたいのだ」と言った時からアウラの表情は輝いていましたから、そこから先のセリフはいらなかったかもしれませんけどね。
 それはそれとして。オレは隣で一仕事終えた顔をしているモモンガさんの脇腹を肘でつつく。オレに促されたモモンガさんは立ち上がり、アウラの前まで歩いていく。モモンガさん、せっかくなんですから最後までしますよ。それに子供にはスキンシップが必要ですからね。

「あの、モモンガ様。どうかしましたか?」

 モモンガさんは、椅子に座ったまま見上げるアウラを抱きしめる。アウラは顔を真っ赤にして慌てている。そのアウラの頭をモモンガさんはなでる。その隙にオレはマーレを抱っこする。これくらいの子供は兄弟に嫉妬しやすいですからね。まあ、人間の子供だったらだけど。設定上はオレ達よりも倍以上アウラとマーレの方が年上だけどね。でも、この二人の振る舞いは子供のそれなので、見た目通りの扱いをしても良いだろう。
 さて、オレも仕事をしますか。

「マーレよ。お前が我の腕を折った事は我の(はかりごと)。気にする事はないぞ」

 そう言ってマーレの頭をなでる。髪がサラサラだ。モモンガさんもアウラをギュッとしてナデナデしたし、これでアウラと話すハードルも下がるだろう。……て、言うかモモンガさん。何時までなでているんですか。いや、アウラが嫌がってないからいいんですけど。これ、もしかしてモモンガさん、やめ時が分からない感じですか。まったく、あの人は。それとマーレ。アウラを羨ましそうに見てるけど、オレも今、同じ事してるよね。モモンガさんの方が良かったの。オレの扱いが軽いんじゃなくて、オレの価値が軽いのかもしれないな。まあ、いいや。これくらいの子供ってこんなんだもんね。

「マーレよ。お前もモモンガさんにギュッとしてもらうが良い」

「え、でも……」

「これは命令だぞ」

 戸惑うマーレにオレはウインクをして言った。マーレにしては珍しく元気の良く返事をしてからモモンガさんの元に走り寄って行く。早いよマーレ。一瞬じゃん、なんの躊躇(ちゅうちょ)も無かったよ。あれ、これはマーレが個人的にモモンガさんの方が良いだけかな。まあ、いいか。モモンガさんは子供二人に抱きつかれて困っているけど、しばらく眺めておこう。おっと、今の内にアウラに言っておく事があったな。

「アウラよ。ニグンさんに殺意を向けるのは止めるように。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の攻撃を受けたのは我の策の内だ。それにニグンさんはもう我々の味方。無理に仲良くしろとは言わぬが殺意を向けるのは控えるように」

 アウラからの返事がない。これは聞こえていないのだろうな。まあ、いっか。こんなに子供が良い顔してるんだ、邪魔をするのは無粋と言うもの。後から業務連絡として伝えればいいさ。しかし、良い話風にまとまったけど、(はた)からみればモモンガさんは児童をぶん殴った後に優しくするDV(ドメスティックバイオレンス)野郎ですけどね。もしくは児童虐待。流石にここではそんな茶々を入れませんけど。後で入れて、存分にイジり倒しますけどね。
 アウラとマーレは存分にモモンガさんの感触を堪能した後、次の面接者であるデミウルゴスを呼びに行った。
 さて、ここまでの面接はおまけみたいなものだ。それでも収穫は十分にあった。だけど、ここからがこの(もよお)しの本命である。
 デミウルゴスの知恵は100年先を考えれば、必要不可欠だ。だが、デミウルゴスは先回りをして用意するのが自分の役割だと思っている節がある。止めろと言えば止めるだろうが、それを止めさせてしまえば、オレ達よりも遥かに優秀なデミウルゴスの良さが死んでしまう。何よりも、()()()()()()()()()()()()()()。オレ達だけでは大陸の友好的支配など到底不可能だ。これは同等の知能を持つアルベドでも代替えできない。彼女はデミウルゴスのような先回りはしない。
 だからオレ達はデミウルゴスに理解してもらわなければいけない。カルマ値が極悪のデミウルゴスでは、オレ達と思想が根本的に異なる。この差を埋めなければいけない。この面接でカルマ値による影響も大体把握した。カルマ値が極悪だからと仲間に対して敵対的でもなく、カルマ値が極善だからと言って、敵に容赦がある訳でもない。となると、ルプスレギナの例からもわかる通り、これは中立者に対するスタンスの違いなんだろう。もちろん、それだけではないが。
 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。リスタが『百年に一度の嵐』を話してくれた時からそれが懸念だった。筋書きはもう出来ている。モモンガさんにも昨日の内から準備してもらっている。

「本当にしなければいけないんですか?」

「モモンガさん、人類史上大陸を友好的に支配した者なんて存在しないんですよ。これは武力があればなんとかなる類いのモノではないんですよ。知恵が必要なんです。人知を超えた頭脳が必要なんです。そんな偉業はチートでも使わないと不可能です。つまりデミウルゴスの能力は必要なんですよ」

「そうですけど、でもですね。ナザリックの皆が人間をどう思っているかを考えると、大丈夫なのかなっと不安になるんですよ。最悪、デミウルゴスが反旗を(ひるがえ)すかも」

「その為の計画でしょう。昨日散々打ち合わせしたじゃないですか。大丈夫かなじゃなくて、何とかするんですよ」

 勝負所だ。これが成否で百年後が決まる。リスクを取る価値は十分にある。その為の秘策も用意してある。アウラとマーレの反応から見ても、オレの狙い通りだった。NPCにとって自分の造物主が一番なのだ。なら、それを利用するしかないだろう。リスクがあったとしても。

「モモンガさん、覚悟は良いですか。デミウルゴスに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 デミウルゴスを抱き込むにはこれしかない。さあ、正念場だ。オレ達の力でデミウルゴスを抱き込む。自分よりも優秀な者をどう使うかが、経営者の腕の見せ所だ。



この話を楽しみにして下さっている皆さま、申し訳ありません。更新が大変遅くなりました。次回はもっと早く更新出来ると思います。



この作品は位階魔法習得7レベル刻み説と冒険者3レベル刻み説を採用しています。

独自解釈及び補足 ニグンのレベルについて

この作品では、原作中のアダマンタイト級冒険者の評価で、弱いもしくはアダマンタイト級を疑問視されている者はレベルが22~24、強いもしくは文句なしと称されるのはレベル25~27としています。これより強ければガゼフ級=レベル28、英雄級レベル29~としています。ニグンは英雄級が大勢いる法国で戦闘を担当する特殊部隊隊長をしている事と難度83相当のギガントバジリスクと戦える事から考えて、強いアダマンタイト級はあるだろうと25以上を想定しています。身体も鍛えていて、野外での活動をメインとしている為、身体能力がレベルの3分の1の戦士に相当する系統の魔法詠唱者ではなく、身体能力がレベルの半分の戦士に相当する系統の魔法詠唱者を想定しています。



次回は本当にウルベルトさんの事をバラします。デミウルゴスを抱き込む布石は今までの話で打っています。なので肩透かしな内容にはならないと思います。


ユウのギルドメンバー入りも出来るだけ違和感が無いように布石を打ってきましたがどうでしょうか。
このユウのギルドメンバー入りは鈴木悟救済ルートにおいて重要な役割があります。それの一端が表れるのは数話先になる予定です。


次回題名は『デミウルゴスと一緒に話をしようと』です。


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