非戦闘職業で世界最強 (むらやん)
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プロローグ

初投稿です。
ハジメのあったかもしれない可能性っていうのを題材にして書いていきたいと思ってます。最初の方は殆どありふれと同じですがどうぞ見てって下さい。


「初めましてだな、イレギュラー。」

 

光溢れる空間の中、眼前に立つ者。その神々しさに無意識に顔を顰めるも、その輝きは収まってくれそうにもない。激しくなった動悸を落ち着かせようとしながら、木下カイトはこれまでの人生で見たこと無いほどの美貌を備えたソレを睨みつけた。

カイトは現在、この世のものとは思えないような場所にいるのである。目の前の存在が放つ圧倒的なプレッシャーに鼓動を早くしながら走馬灯を見た。

日本人である自分が、ファンタジーという夢と希望の詰まった言葉で表すには些かハード過ぎるこの世界にやって来て味わった無力感と、現在進行形で味わってる未知との遭遇までの経緯を。

 

 

月曜日。それは一週間の内で最も憂鬱な始まりの日。きっと大多数の人が、これからの一週間に溜息をはき、前日までの天国を思ってしまう。

そして、それは木下カイトも例外ではなかった。

カイトは自分の席に座り、ライトノベルを読みながら登校してきたクラスメイトを見た。

 

「よぉ。キモオタ!また、徹夜でゲームか?どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ〜。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん」

 

始業チャイムが鳴るギリギリに登校してきた少年、南雲ハジメは何時ものように教室の男子生徒の大半から舌打ちやら睨みやらを頂戴していた。女子生徒も友好的な表情をする者はいない。

無関心の者もいるが、それは少人数であり、さっきのようにあからさまに侮蔑の表情を向け罵倒するような者もいる。

一体何が面白いのなゲラゲラと笑い出す男子生徒生徒達。声を掛けたのは檜山大介といい、毎日飽きもせず日課のようにハジメに絡む生徒の筆頭だ。近くでバカ笑いしているのは斎藤良樹、近藤礼一、中野信治の三人で、大体この四人が頻繁にハジメに絡む。

ハジメの隣の席のカイトとしては近くでゲラゲラとバカ笑いされれば迷惑だし、落ち着いて本も読めない。何より美少女達が「うふふふふ」と可憐に笑ってくれるのならまだしも、所謂DQNが見せる表情は汚い。得にもならず、ヘイトが溜まっていくだけなのだ。

まぁ、鬱陶しいからといってそれに対して何か言えるほどの度胸はない。

檜山の言う通り、ハジメはオタクだ。と言ってもキモオタと罵られるほど「デュフフwwwコポォwww」みたいな言動をする訳でも無いし、身だしなみも整っている。コミュ障という訳でもないから積極性こそないものの受け答えは明瞭だ。

カイトはそれほどハジメを嫌っている訳ではない。カイトもハジメと同じく創作物──漫画や小説、ゲームや映画といったものが好きだ。カイト自身態度が悪いといったようなことは無いし、見た目もそれなりに良いと自負している。……但し、隠してはいるがムッツリなので女子との会話となると途端にキョドるのがカイトだ。

そんなカイトより真面目……?いや、人付き合いの良い?……そんなカイトより会話ができるハジメが何故ここまでの敵愾心を持たれるのか。

その答えが彼女だ。

 

「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。 もっと早く来ようよ」

 

ニコニコと微笑みながら一人の女子生徒がハジメのもとへ歩み寄った。このクラスで、いや学校でもハジメにフレンドリーに接してくれる数少ない例外であり、この事態の原因でもある。

名を白崎香織という。学校で二代女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る美少女だ。腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。

微笑の絶えない彼女は、非常に面倒見がよく責任感も強いため学年を問わずよく頼られる。それを嫌な顔一つせずに真摯に受け止めるのだから高校生とは思えない懐の広さだ。

そんな香織は何故かよくハジメを構うのだ。徹夜のせいで居眠りの多いハジメは不真面目な生徒と思われており、生来の面倒見のよさから香織が気に掛けていると思われている。

一度カイトは香織に気にかけて貰いたいからという理由で定期テストの点を平均以下にしたのだが香織に構われる以前に「どうしたんですか木下くん!?今まで教科平均80点を下回らなかったのに!?」なんて事を学年の教師殆どに言われ、その目論見は失敗した。それからは真面目にテストを受けている。

話がズレたがこれでハジメの授業態度が改善したり、あるいはイケメンなら香織が構うのも許容できるのかもしれないが、生憎、ハジメの容姿は極々平凡であり、態度改善も見られない。そんなハジメが香織と親しくできることが、同じく平凡な男子生徒達には我慢ならないのだ。何故、あいつだけ! と。女子生徒は単純に、香織に面倒を掛けていることと、なお改善しようとしないことに不快さを感じているようだ。

 

「あ、ああ、おはよう白崎さん」

 

ハジメが挨拶を返した瞬間すわっ、これが殺気か!? と言いたくなるような眼光に晒される。香織がハジメとカイトの席の間に立ったためにそれはカイトにも向けられているような気もしてカイトとしては非常に居心地が悪い。移動しようにも一人じゃあまり目立ちたくないという生来の気性から動こうにも動けない。ひたすらに活字を見つめるしかないのだ。

そうやっていると三人の男女が近寄って来た。

 

「南雲君。おはよう。毎日大変ね」

「香織、また彼の世話を焼いているのか?全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気のないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

三人の中で唯一朝の挨拶をした女子生徒の名前は八重樫雫。香織の親友だ。ポニーテールにした長い黒髪がトレードマークである。切れ長の目は鋭く、しかしその奥には柔らかさも感じられるため、冷たいというよりカッコイイという印象を与える。

百七十二センチという女子にしては高い身長と引き締まったからだ、凛とした雰囲気は侍を彷彿とさせる。事実、彼女の実家は八重樫琉という剣術道場を営んでおり、雫自身、小学生の頃から剣道の大会で負けなしという猛者である。現代に現れた美少女剣士として雑誌の取材を受けることもしばしばあり、熱狂的なファンがいるらしい。後輩の女子生徒からは熱を孕んだ目で"お姉さま"と慕われて頬を引き攣らせている光景はよく目撃されている。

次に、些か臭いセリフで香織に声を掛けたのが天之河光輝。如何にも勇者っぽいキラキラネームの彼は、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。

これは余談だがカイトは『劣化版天之河』と言われている。成績こそ光輝よりも優秀であり運動神経も容姿も良いのだが、体育の授業では壊滅的にチームプレイが出来ず、女子と話せばすぐキョドるので『残念くん』や『劣化版天之河』と裏で呼ばれている。因みに本人はこの事を知らない。

最後に投げやり気味な発言をきた男子生徒は坂上龍太郎といい、光輝の親友だ。短く刈り上げた髪に鋭さと陽気さを合わせたような瞳、百九十センチの身長に熊の如き大柄な体格、見た目に反さず細かいことは気にしない脳筋タイプである。

龍太郎は努力とか熱血とか根性とかそういうのが大好きな人間なので、ハジメのように学校に来ても寝てばかりのやる気がなさそうな人間は嫌いなタイプらしい。現に今もハジメを一瞥した後フンッと鼻で笑い興味ないとばかりに無視している。

ちなみにこの話はカイトの席を挟んで行われている。(毎回毎回挟むように立ってくるのは嫌がらせかなにかか!?ああんもうやああああだあああああ!!!)なんて事を考えながらさらにカイトは活字の世界へと没頭していく。

 

「おはよう、八重樫さん、天之河くん、坂上くん。はは、まぁ、自業自得とも言えるから仕方ないよ」

 

雫達に挨拶を返し、苦笑いするハジメ。「てめぇ、なに勝手に八重樫さんと話してんだ?アァ!?」という言葉より明瞭な視線がグサグサ刺さる。雫も、香織に負けないくらい人気が高い。

 

「それが分かっているなら直すべきじゃないか? 何時までも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。 香織だって君に構ってばかりはいられないんだから」

「いや〜、あはは……」

 

ハジメが笑ってやり過ごそうとする。が、今日も我等が女神は無自覚に爆弾を落とす。

 

「? 光輝くん、なに言ってるの? 私は、私が南雲くんと話したいから話してるのだけだよ?」

 

ざわっと教室が騒がしくなる。男子達はギリッと歯を鳴らし呪い殺さんばかりにハジメをにらみ、檜山達四人組に至っては昼休みにハジメを連れて行く場所の検討をはじめている。

 

「え? ……ああ、ほんと、香織は優しいよな」

 

どうやら光輝の中で香織の発言はハジメに気を遣ったと解釈されたようだ。完璧超人なのだが、そのせいか少々自分の正しさを疑わなさすぎるという欠点が彼にはある。

 

「……ごめんなさいね? 二人共悪気はないのだけど……」

 

この場で最も人間関係や各人の心情を把握している雫が、こっそりハジメに謝罪する。ハジメはやはり「仕方ない」と肩を竦めて苦笑いするのだった。

そうこうしている内に始業のチャイムが鳴り教師が教室に入ってきた。

席に戻る時、雫に「貴方も、ごめんなさいね。毎日大変でしょ?私もどうにかするように言っておくから」と耳打ちされ「えっ、いやっ、そのっ、」と、またちゃんとした返事を返せずいた自分にカイトは嫌気がさしたのであった。

 

 

四時限目が終わり、にわかに教室がざわめき始める。カイトは惣菜パンを幾つか取り出すともしゃもしゃと食べ始めた。

 

(そういえば今日は南雲がいるな。 ……あれ?じゃあ俺ここにいたらやばいんじゃ……)

「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当? 良かったら一緒にどうかな?」

(ああああああああああああああああくぁw背drftgyふじこlp;@:「」)

 

危惧していた事が起こって思わず心の中で叫ぶカイト。どうにかしてくれ!と隣の南雲を見る。

 

「あ〜、誘ってくれてありがとう、白崎さん。でも、もう食べ終わったから天之河くん達と食べたらどうかな?」

 

そういってハジメはミイラのように中身を吸い取られたお昼のパッケージをヒラヒラと見せる。

しかし、その程度の抵抗など意味をなさないと言わんばかりに女神は追撃をかける。

 

「えっ! お昼それだけなの? ダメだよ、ちゃんと食べないと! 私のお弁当、分けてあげるね!」

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理をねぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

「え? 何で、光輝くんの許しがいるの?」

 

素で聞き返す香織に思わず雫が「ブフッ」と吹き出した。光輝は困ったように笑いながらあれこれ話しているが、結局、ハジメの席に学校一有名な四人組が集まっている事実に変わりはなく視線の圧力は弱まらない。

そしてカイトは死んだ目をして虚空を見つめることにした。

 

すると

足元、教室の地面に白銀に光り輝く円環と幾何学模様が現れたのだ。

その異常事態には直ぐに周りの生徒達も気がついた。全員が金縛りにでもあったかのように輝く紋様、俗に言う魔法陣らしきものを注視する。

その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。自分の足元まで異常が迫ってきたことでようやく硬直が解け悲鳴を上げる生徒達。未だ教室にいた愛子先生が咄嗟に「皆! 教室から出て!」と叫んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。

数秒か、数分か、光によって真っ白に塗りつぶされた教室が再び色を取り戻す頃、そこには既に誰もいなかった。蹴倒された椅子に、食べかけのまま開かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、教室の備品はそのままにそこにいた人間だけが姿を消していた。

この事件は、白昼の高校で起きた集団神隠しとして大いに世間を騒がせるのだが、それはまた別の話。



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ようこそ異世界
さよなら地球、ようこそトータス


感想や誤字報告お待ちしております!


瞼の上からでも分かるほどの光が収まったのを感じ、カイトはゆっくりと目を開いた。そして、呆然と辺りを見渡す。

まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせてうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。素晴らしい絵なのだろう。だが、絵画や芸術品などの所謂「オター」な物が混じっていないものには一切興味のないカイトが見ても「あー、金掛かってるんだろうなー」くらいしか思うことがなく、直ぐに興味を失くした。

よくよく周囲を見てみると、どうやら自分たちは巨大な広間にいるらしいということが分かった。素材は大理石だろうか?美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のようなもので、これまた美しい直刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間である。

カイト達はその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。周囲より位置が高い。周りにはカイトと同じように呆然と周囲を見渡すクラスメイト達がいた。どうやら、あのとき、教室にいた生徒は全員この状況に巻き込まれてしまったようである。

カイトは事を整理しようと思考する。

どうやら自分達は良くある"召喚"をされてしまったらしい。こんな豪華な場所はそうそう無いと仮定すると多分ここは王宮や教会、またはそれに準ずる場所だろう。心做しか頭の回転が早くなっている。まずは────この状況を説明できるであろう台座の周囲を取り囲む者達がアクションを起こすのを待つのがいいだろう。

まるで祈りを捧げるかのように跪き、両手を胸の前で組んだ格好をした者達は、一様に白地に金の刺繍がなされた法衣のようなものを纏い、傍らに錫杖のような物を置いている。その錫杖は先端が扇状に広がっており、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられていた。

その内の一人、法衣集団の中でも特に豪奢で煌びやかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた烏帽子のような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。もっとも、老人と表現するには纏う覇気が強すぎる。顔に刻まれた皺や老塾した目がなければ五十代と言っても通るかもしれない。

そんな彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音でカイト達に話しかけた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

(なるほど、こいつが俺達を呼び寄せた奴か。まさか教会系の転移だとはなぁ。王宮の方だと思ってたんだけど)

 

そんな事を考えていると、イシュタルと名乗った老人は、こんな場所では落ち着く事も出来ないだろうと、混乱覚めやらぬ生徒達を促し、落ち着ける場所───いくつもの長テーブルと椅子が置かれた別の広間へと誘った。

案内されたその広間も例に漏れず煌びやかな作りだ。素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうと分かる。おそらく、晩餐会などをする場所なのではないだろうか。上座に近い方に畑山愛子先生と光輝達四人組が座り、後はその取り巻きが適当に座っている。カイトは最後方にハジメと座っていた。

全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。そう、生メイドである!地球産の某聖地にいるようなエセメイドや外国にいるデップリしたおばさんメイドではない。正真正銘、男子の夢を具現化したような美女、美少女メイドである!

こんな状況でも思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在でクラス男子の大半がメイドさん達を凝視している。もっとも、それを見た女子達の視線は、氷河期もかくやという冷たさを宿していたのだが……

因みに変に捻くれているカイトはこのメイドさん達を疑ってかかり、給仕してくれた飲み物に所謂"奴属の魔法"や謎の異世界産の薬や毒が入っているのでは無いかと思い、グラスを睨みつけていた。

 

「さて、あなた方におかれましてはさぞ混乱されていることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

そう言って始めたイシュタルの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい勝手なものだった。

要約するとこうだ。

まず、この世界はトータスと呼ばれている。そして、トータスには大きくわけて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族である。人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。

この話を聞いたカイトは心の中でじゃあ西はどうなっとんねーん、とツッコミを入れた。

この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に対して人間族は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。それが、魔人族による魔物の使役だ。

魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々にも正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく厄介で凶悪な害獣とのことだ。

今まで本能のままに活動する彼らを使役できる者はほとんど居なかった。使役出来てもせいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆されたのである。これの意味するところは、人間族側の"数"というアドバンテージが崩れたということ。つまり、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。

 

「あなた方を召喚したのは"エヒト様"です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。この世界よりも上位の世界の人間であるあなた方は、この世界の人間よりも優れた力を有しているのです」

 

そこで一度言葉を切ったイシュタルは、「神託で伝えられた受け売りですがな」と表情を崩しながら言葉を続けた。

 

「あなた方には是非その力を発揮し、"エヒト様"の御意思の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

(いや、なんで神とやらが直接人間を救わないんだよ、そもそもこの世界を創った神なら同時に魔人族も作ったって事だろ?なんでそこを疑わないんだ、どう考えてもおかしいだろ)

 

カイトがイシュタルの言葉の滅裂さに嫌悪感を覚えていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。

愛子先生だ。

 

「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしている事はただの誘拐ですよ!」

 

ぷりぷりと怒る愛子先生。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百四十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪をはねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿は何とも微笑ましく、その何時でも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。

"愛ちゃん"と愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ばれると直ぐに怒る。何でも威厳ある教師を目指しているのだとか。そしてカイトが唯一話すとキョドる教師である。どうにもその見た目と言動から大人、というより同年代、いや、下手すると年下とまで感じてしまうのである。因みにこの事については愛子先生はとてもショックを受けているようだ。

今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーの立ち上がったのだ。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身にのしかかっているようだ。誰も何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!?喚べたなら帰せるでしょう!?」

 

愛子先生が叫ぶ。

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々があの場にいたのは、単に勇者様方を出迎える為と、エヒト様への祈りを捧げるため。人間に異世界へ干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

 

「嘘だろ?帰れないってなんだよ!」

「いやよ!何でもいいから帰してよ!」

「戦争なんで冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

パニックになる生徒達。しかし、こういう展開の創作物は読み尽くしている。それ故、他の生徒よりは平静を保てていた。それは隣のハジメも同じようだ。

 

「……なぁ、南雲。お前、随分冷静だな」

「え?……あぁ、こういう展開の物は何度も読んでるからね。そういう木下くんだって冷静じゃないか」

「そりゃ、奴隷にされたりはしてないし、今も、騒いだからといって兵士が出てきて俺達を取り押さえる、なんて事にもなってない。そうだろ?」

「ははは……なんだ、木下くんもそういうのに理解があるんじゃないか」

「いや、お前が敵愾心を持たれている大体の理由は白崎の仕業だろうが。オタク文化は悪くない。それに南雲、お前はもう試したか?この世界は良くある便利な鑑定スキルが無い。『ステータス』やら『メニュー』やら『オープン』やら思いつく言葉を片っ端からブツブツ唱えてみたけどそれっぽい事は何も起こらなかった」

「……それ専用の道具があるのかもしれないね。よく有るその人の魔力量で光る強さが変わる水晶玉だとか」

「そうだな。それが一番有り得る。テンプレだったら天之河あたりがそれをアホみたいな量の魔力でぶっ壊すんだけどな」

「やられた側としたら大変だろうけどね……」

 

未だパニックが収まらない中、カイトとハジメはそんな話をしていた。

その時、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話をし始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん?どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね?ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

ギュッと握り拳を作り、そう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。

同時に、彼のカリスマは遺憾無く効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

(えぇ……?この人ら言ってる意味が分かってるのか?戦争だぞ?殺し合いだぞ? 殺し合い。そんなのただの高校生に出来るわけないだろ……)

 

結局、全員で戦争に参加する事になってしまった。おそらく、クラスメイト達は本当の意味で戦争をするということがとういうことか理解してはいないだろう。崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避とも言えるかもしれない。

カイトはハジメがイシュタルを観察している事が分かっていた。

多分、ハジメは気がついていたのだろう。イシュタルが事情説明をする間、それとなく光輝を観察し、どの言葉、どんな話に反応するのかを確かめていたことを。正義感の強い光輝が人間族の悲劇を聞かされた時の反応は実に分かりやすかった。その後は、ことさら魔人族の冷酷非情さ、残酷さ。強調するように話していた。おそらく、イシュタルは見抜いていたのだろう。この集団の中で誰が一番影響力を持っているのか。

カイトは南雲が一番現実を理解しているのかもしれないな、と思い、後々話をしようと決めた。

 

 

戦争参加の決意をした以上、カイト達は戦いの術を学ばなければならない。いくら規格外の力を潜在的に持っていると言っても、元は平和主義にどっぷり浸かりきった日本の高校生だ。いきなり魔物や魔人と戦うなど不可能である。

しかし、その辺の事情は当然予想していたらしく、イシュタル曰く、この聖教教会本山がある 【神山】の麓の 【ハイリヒ王国】にて受け入れ態勢が整っているらしい。

王国は聖教教会と密接な関係があり、聖教教会の崇める神───創世神エヒトの眷属であるシャルム・バーンなる人物が建国した最も伝統ある国ということだ。国の背後に教会があるのだからその繋がりの強さが分かるだろう。

カイト達は聖教教会の正面門にやって来た。下山しハイリヒ王国に行くためだ。聖教教会は 【神山】の頂上にあるらしく、凱旋門もかくやという荘厳門を潜るとそこには雲海が広がっていた。高山特有の息苦しさなど感じていなかったので、高山にあるとは気が付かなかったのだ。おそらく魔法で生活環境を整えているのだろう。カイト達は、太陽の光を反射してキラキラと煌めく雲海と透き通るような青空という雄大な景色に呆然と見蕩れた。

どこか自慢気なイシュタルに促されて先へ進むと、柵に囲まれた円形の大きな白い台座が見えてきた。大聖堂で見たのと同じ素材で出来た美しい回廊を進みながら促されるままその台座に乗る。

台座には巨大な魔法陣が刻まれていた。柵の向こう側は雲海なので大多数の生徒が中央に身を寄せる。それでも興味が湧くのは止められないようでキョロキョロと周りを見渡していると、イシュタルが何やら唱え出した。

 

「彼の者へと至る道の、信仰と共に開かれん、"天道"」

 

その途端、足元の魔法陣が燦然と輝き出した。そして、まるでロープウェイのように滑らかに台座が動き出し、地上へ向けて斜めに下っていく。どうやら、先ほどの"詠唱"で台座に刻まれた魔法陣を起動したようだ。この台座は正しくロープウェイなのだろう。ある意味、初めて見る"魔法"に生徒達がキャッキャッと騒ぎ出す。雲海に突入する頃には大騒ぎだ。

やがて、雲海を抜け地上が見えてきた。眼下には大きな町、いや国が見える。山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射状に広がる城下町。ハイリヒ王国の王都だ。台座のロープウェイは、王宮と空中回廊で繋がっている高い塔の屋上に繋がっているようだ。

カイトはハジメが難しい顔をしている事を気にかけていた。ハジメは多分唯一この世界についてまともな話が出来る相手だ。話しかけようとも思ったが、香織がハジメの方を見ているのに気づき、景色に視線を戻した。

 

 

王宮に着くと、カイト達は真っ直ぐに玉座の間に案内された。教会に負けないくらい煌びやかな内装の廊下を歩く。道中、騎士っぽい装備を身につけた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けてくる。自分達が何者か、ある程度知っているようだ。

美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着すると、その両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人がイシュタルと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たずに扉を開け放った。

イシュタルは、それが当然というように悠々と扉を通る。光輝等一部の者を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。

扉を潜った先には、真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢な椅子───玉座があった。玉座の前で覇気と威厳を纏った初老の男が()()()()()()待っている。

その隣には王妃と思われる女性、その更に隣には十歳前後の金髪碧眼の美少年、十四、十五歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えていた。更に、レッドカーペットの両サイドには左側に甲冑や軍服らしき衣装を纏った者達が、右側には文官らしき者達かわざっと三十人以上並んで佇んでいる。

玉座の手前に着くと、イシュタルら生徒達をそこに留まらせ、自分は国王の隣へと進んだ。

そこで、おもむろに手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度のキスをした。どうやら、教皇の方が立場は上のようだ。

そこからはただの自己紹介だ。国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃の名をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、美少女の方はリリアーナ王女という。

後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。

その後、晩餐会が開かれ異世界料理を堪能することになった。見た目は地球の洋食とほとんど変わらなかった。たまに桃色のソースや虹色に輝く飲み物が出てきたりしたが非常に美味だった。

王宮では、ハジメ達の衣食住が保障されている旨と訓練における教官達の紹介もなされた。教官達は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれたようだ。いずれ来る戦争に備え親睦を深めておけということだろう。

晩餐が終わり解散になると、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。天蓋付きのベッドに愕然としたのはカイトだけではないはずだ。小市民なカイトは天蓋付きベッドに落ち着かずにいたが、それでも体は疲れていたらしく、ベッドに入った途端その意識を落とした。




カイトは大人の女性となら話せる設定です。


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ステータスが見れないといったな、あれは嘘だ。

多分この調子でいくと5話6話7話辺りでオリジナルの話になってくると思います。


翌日から早速訓練と座学が始まった。

まず、集まった生徒達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロンギスが直々に説明を始めた。

カイトはこの人の事を初めて知った時、何故ヌを入れなかった!と激しく思った。

騎士団長が訓練に付きっきりでいいのかとも思ったが、対外的にも対内的にも"勇者様一行"を半端な者に預けるわけにはいかないということらしい。ハジメもその事を聞いておりメルド団長本人が「むしろ面倒な雑事を副長(副団長のこと)に押し付ける理由が出来て良かった!」と豪快に笑っていたくらいだから大丈夫なのだろう。もっとも、副長さんは大丈夫ではないかもしれないが……

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと、呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼ある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

これを聞いたカイトは顔が赤くなるのを感じた。ハジメに対して「便利な鑑定スキルがない」なんてドヤ顔で言っていた為だ。水晶玉なんかじゃなく普通にステータスを見れるなんて予想していなかった。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所有者が登録される。 "ステータスオープン"と言えば表に自分のステータスかわ表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ?そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

 

アーティファクトという聞き慣れない単語に光輝が質問をする。

 

「アーティファクトってのはな、現代じゃ再現できない強力な能力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証明に便利だからな。」

 

ちなみに、このステータスプレートを作成するアーティファクトも存在しており、毎年、教会の厳重な管理のもと必要に応じて作成、配布されている。

それ等の説明に「なるほど」と頷きつつ、生徒達は顔を顰めさせながら指先に針チョンと刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦り付けた。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。カイトも同じように血を擦り付ける。

すると、カイトのステータスプレートも一瞬淡く輝きステータスを表していく。

すると突然、メルド団長が説明を始めた。

 

「そのステータスプレートの色の変化については心配しなくていい。魔力ってのはな人それぞれ違う色を持ってて、プレートに自分の情報を登録するとその所持者の魔力色に合わせて染まるんだ。で、そのプレートの色と本人の魔力色の一致を以て身分証明とするんだよ」

「えぇ……(困惑)」

 

思わずカイトは声を出した。自分のステータスプレートの色が全く変わらないのである。

 

「珍しいのは分かるが、しっかり内容も確認してくれよ」

 

自分の魔力色は銀色だと考えることにして、カイトは改めてステータスプレート見た。そこには……

 

=================

 

木下カイト

17歳

レベル : 1

天職 : 操縦師

筋力 : 15

体力 : 15

耐性 : 15

敏捷 : 125

魔力 : 15

魔耐 : 15

技能 : 廻操・加速・限界突破・言語理解

 

=================

 

と、表示されていた。

まるでゲームのキャラにでもなったようだと感じながら、カイトはステータスを眺める。他の生徒もマジマジと自分のステータスに注目している。

だが、早さに振り過ぎではないだろうか。どこの兄貴なんだろう、「また世界を縮めてしまった……!」とでも言えばいいのだろうか?

すると、メルド団長からステータスの説明がなされた。

 

「全員見られたか? 説明するぞ? まず、最初に"レベル"があるだろう?それは各ステータスの上昇と共に上がる。 上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルとは、その人間が到達できる領域の現在地を示しているというわけだ。レベル100ということは、自分の潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

どうやらゲームのようにレベルが上がるからステータスが上がる訳ではないらしい。

 

「ステータスは日々の訓練で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることも出来る。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しい事はわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。何せ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大解放だぞ!次に、"天職"ってのがあるだろう? それは言うなれば"才能"だ。末尾にある"技能"と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

カイトは自分のステータスを見る。確かに職業欄に"操縦師"とある。だが、"操縦師"とあるのに"廻操"とやらに才能があるとはこれ如何に。そもそも異世界に馬車以外の乗り物があるのだろうか。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな!全く羨ましい限りだ!あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

メルド団長は数倍から数十倍なんて言っていたがカイトのステータスは俊敏を除くと全て倍もない。内心不安になりながらカイトはステータスを見せに行こうとしたがそれより先に、光輝がステータスの報告をしに前へ出た。そのステータスは……

 

=================

 

天之河光輝

17歳

レベル : 1

天職 : 勇者

筋力 : 100

体力 : 100

耐性 : 100

敏捷 : 100

魔力 : 100

魔耐 : 100

技能 : 全属性適正・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

=================

 

まさにチートの権化だった。

 

「ほお〜、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め!頼もしい限りだ!」

「いや〜、あはは……」

 

メルド団長の称賛に照れたように頭を搔く光輝。ちなみにメルド団長のレベルは62。ステータス平均は300前後、この世界でもトップレベルの強さだ。しかし、光輝はレベル1で既に三分の一に迫っている。成長率次第では、あっさり追い抜きそうだ。

ちなみに、技能=才能である以上、先天的なものなので増えたりはしないらしい。唯一の例外が"派生技能"だ。

これは一つの技能を長年磨き続けた末に、いわゆる"壁を超える"に至った者が取得する後天的技能である。簡単に言えば今まで出来なかったことが、ある日突然、コツを掴んで猛烈な勢いで熟練度を増すということだ。

光輝のステータスをみたカイトは、気後れたが、このままではどうもならないと意を決してメルド団長にステータスを見せにいった。

すると、今までホクホク顔のメルド団長の表情が引き攣った。

 

「あー……操縦師ってのはな、今まで一度しか確認されていなかった職業なんだがな」

(え?まじで!?俺チート出来ちゃうの!?)

「その天職を持ってたのは商人でな、いや、その商人は大成功したんだが……その商人は馬車を動力無しで馬の何倍ものスピードで動かせた、って言われているんだ」

 

カイトは自分の職業のあまりのしょぼさに何も言えないでいた。言うなれば、エコに馬車を乗り回すだけの職業なのだ。

 

「い、いや!お前は何故か俊敏だけは勇者も超えてるし、限界突破も加速もある!だからそんな顔すんなって、な?」

 

カイトは真顔で頷くと順番を回した。

後ろで「やっぱり残念くん」だとか「文武両道でイケメンでもコミュ力が無ければああなるのか……」だとか言われているが気にしない。

カイトの後はハジメだった。

ハジメはメルド団長にステータスプレートを見せる、するとメルド団長の表情が「うん?」と笑顔のまま固まり、次いで「見間違いか?」とプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。そして、ジッと凝視した後、もの凄く微妙な表情でプレートをハジメに返した。

 

「ああ、その、何だ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

 

カイトのときのように歯切れ悪くハジメの天職を説明するメルド団長。

その様子にハジメを目の敵にしている男子達が食いつかないはずがない。鍛治職のいうことは明らかに非戦系天職だ。カイト以外のクラスメイト全員が戦闘系天職を持ち、これから戦いが待っている状況では役立たずの可能性が大きい。

檜山大介が、ニヤニヤとしながら声を張り上げる。

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か?鍛冶職でどうやって戦うんだよ?メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

「いや……鍛冶職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

「おいおい、南雲〜。木下と違ってレア度もゴミじゃねぇかよ。お前、そんなんで戦えるわけ?」

 

檜山が、実にウザイ感じでハジメと肩を組む。見渡せば、周りの生徒達───特に男子がニヤニヤと嗤っている。

「さぁ、やってみないと分からないかな」

「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ〜?」

 

ハジメのプレートの内容を見て、檜山は爆笑した。そして、斎藤達取り巻きに投げ渡し内容を見た他の連中も爆笑なり嘲笑なりをしていく。

 

「ぶっははは〜、何だこれ!完全に一般人じゃねぇか!」

「むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供よりも弱いかもな〜」

「ヒァハハハ〜、無理無理!直ぐ死ぬってコイツ!肉壁にもならねぇよ!」

 

次々と笑い出す生徒に香織が憤然と動き出す。しかし、その前にウガーと怒りの声を発する人がいた。愛子先生だ

 

「こらー!何を笑っているんですか!仲間を笑うやんて先生許しませんよ!ええ、先生は絶対許しません!早くプレートを返しなさい!」

 

ちっこい体で精一杯怒りを表現する愛子先生。その姿に毒気を抜かれたのかプレートがハジメに返される。

 

「南雲君、気にすることはありませんよ!先生だって非戦系?とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね!」

 

そう言って「ほらっ」と、愛子先生はハジメに桜色に染まった自分のステータスプレートを見せた。

 

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畑山愛子

25歳

レベル : 1

天職 : 作農師

筋力 : 5

体力 : 10

耐性 : 10

敏捷 : 5

魔力 : 100

魔耐 : 10

技能 : 土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

 

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ハジメは死んだ魚のような目をして遠くを見だした。

「あれっ、どうしたんですか!南雲君!」とハジメをガクガク揺さぶる愛子先生。確かに全体のステータスは低いし、非戦系天職だろうことは一目でわかるのだが……魔力だけなら勇者に匹敵しており、技能数なら超えている。食料問題は戦争にら付きものだ。ハジメのようにいくらでも優秀な代わりのいる職業ではないのだ。つまり、愛子先生も十二分にチートだった。

カイトはハジメよりステータスが高く、俊敏に至っては勇者を凌駕している。しかも話だけ聞けば非戦系天職の癖に勇者の持つ、限界突破も手にしているのだ。そう考えるとハジメはカイトの事を自分と同類とは考えられなかった。

それ故に、ちょっと、一人じゃないかもと期待したハジメのダメージは深い。

 

「あらあら、愛ちゃんったら止め刺しちゃったわね……」

「な、南雲くん!大丈夫!?」

 

反応がなくなったハジメを見て雫が苦笑いし、香織が心配そうに駆け寄る。愛子先生は「あれぇ〜?」と首を傾げている。相変わらず一生懸命だが空回る愛子先生にほっこりするクラスメイト達。ハジメ乾いた笑みを浮かべ、カイトはこの世界で生き残っていけるか、結構ガチめに考えるのであった。




誤字脱字報告、感想お待ちしております!


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なぜなに技能

ちゃうねん、今まで主人公が何もし過ぎて無かっただけやねん


カイト達がステータスを確認した日から二週間が経った。

現在、カイトは訓練場で寝転がり休憩中である。休憩時間だというのに、光輝や雫、香織、龍太郎の四人組の他に、意識高めの奴らは自主練をしている。カイト自身としては、こいつら休憩っていう意味を分かってないのか?なんて辛辣な事を考えたりしていた。

つい二週間前までは自分のステータスの歪さに未来への恐怖を抱いたものだが、自分が思っていた以上に弱くなかったのである。

それは技能の"廻操"と"加速"に基づいていた。"廻操"の詳細としては、自分が持って移動させる事の出来る物を自由に操作出来るというものだった。但し、乗り物に関しては体積、質量を無視して自由に操作可能という、そんな技能だった。聞くだけではショボく思えるかもしれないが小石一つとっても超高速で敵にぶつければそれだけで致命傷になり得るし、何より曲がり角の先なんかにいても、操作すれば当てれるし、相手が回避しても上に同じという回避不可の魔弾(誇張)を触れるだけで自由に打ち出せるのだ。考えの上では、音速で飛ばしたり、微振動させ熱を持たせて石を溶かして溶岩なんかも出来るんじゃないか!?と思ったのだが自分が明確に想像出来ない事は不可能らしい。確かにカイトは音速で石を飛ばしたら周囲にどんな影響があるかなど知らないし、溶岩の動く法則など知らない。仕方ないかー、と思う反面、少しショックだった。

そしてもう一つ試したのは操る物の数に限界があるのか、という事だ。だが、これについては何とも言えなかった。小石を大量に操作してみようとしたが、細かい動きをさせるとしたら四個が限界だった。それ以上を操作しようとすると頭痛が出るのである。同じ方向に飛ばすだけだったら三十個ほどまではいけた。次に自分が持てるギリギリの人の頭ほどの大きさである岩を操作したのだが、特に小石を操作したときと変わらなかった。持てさえすれば全て同じ括りに入るらしい。

次に"加速"だが、これは文字通りに加速させる技能だった。まず最初に試した事は"廻操"で動かした物を加速させる事だが、自分以外の物を加速させようとすると必要になる魔力が、桁違いに多くなるのである。一度操作した石を全力で加速させてみたのだが、あまりもの自分が知覚出来ない速さに達した瞬間"廻操"が効かなくなり、変な所へ飛んでいってしまった。その後魔力枯渇による倦怠感の中、メルド団長にしこたま怒られた。いくら小石でも、十分な速さを持っていればそれは凶器となりえるんだ!気を付けろ!と。速さ×重さ=威力 の法則は異世界でも健在らしい。これをやってからは自分の加速だけに魔力を使うようになった。そして自分の加速はどこまでいけるのだろうか、という事だがこれまた全力で自分を加速させてみたのだが、まず体の操作が出来ない。気がついたら壁に激突する寸前であり、そのときはちょうど近くにいたメルド団長に助けて貰ったのだが、そのまま行ったとしたらと考えると血の気が引いた。それから、カイトはメルド団長から問題児と認定されたようだ。ちなみに"加速"は全身のみならず体の部位に分けて発動する事も出来るらしく、腕だけに発動して某光の太刀のような事も出来た。……本家に及ぶとは分からないが。そして調子に乗って連発していると直ぐに魔力枯渇となった。尚、後々腕が有り得ないほどの激痛に見舞われた模様。

 

「こうして思い返すと、禄な事してねぇなぁ……」

 

カイトは溜息を吐くとおもむろにステータスプレートを取り出し、眺め始めた。

 

=================

 

木下カイト

17歳

レベル : 7

天職 : 操縦師

筋力 : 20

体力 : 20

耐性 : 20

敏捷 : 350

魔力 : 20

魔耐 : 50

技能 : 廻操・加速・限界突破・言語理解

 

=================

 

これが、二週間みっちり訓練したカイトの成果である。「極振り過ぎだろ!」と、内心ツッコミをいれたのは言うまでもない。ひたすら速さを追い求めた為か、敏捷が面白い事になっている。ちなみに光輝はというと、

 

=================

 

天之河光輝

17歳

レベル : 10

天職 : 勇者

筋力 : 200

体力 : 200

耐性 : 200

敏捷 : 200

魔力 : 200

魔耐 : 200

技能 : 全属性適正・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

=================

 

やはりチートの権化だ。

しかも光輝は技能にある通り、魔法の全属性適正があるのだ。カイトも一応適正があったが、光輝のように高火力な魔法がバカスカ撃てる魔力がある訳でもないし、発動までの時間もかかる。これならひたすら"廻操"と"加速"をした方がいい。

トータスにおける魔法は、体内の魔力を詠唱により魔法陣に注ぎ込み、魔法陣に組み込まれた式通りの魔法が発動するというプロセスを経る。魔力を直接操作することは出来ず、どのような効果の魔法を使うかによって正しく魔法陣を構築しなければならない。

そして詠唱の長さに比例して流し込める魔力は多くなり、魔力量に比例して威力や効果も上がっていく。また、効果の複雑さや規模に比例して魔法陣に書き込む式も多くなる。それは必然的に魔法陣自体も大きくなるということに繋がる。

例えば、RPG等で定番の"火球"を直進で放つだけでも、一般に直径十センチほどの魔法陣が必要になる。基本は、属性、威力、射程、範囲、魔力吸収(体内から魔力を吸い取る)の式が必要で、後は誘導性や持続時間等付加要素が付く度に式を加えていき魔法陣が大きくなるということだ。

しかし、この原則にも例外がある。それが適正だ。

適正とは、言ってみれば体質によりどれくらい式を省略できるかという問題である。例えば、火属性の適正があれば、式に属性を書き込む必要はなく、その分式を小さくできるといった具合だ。この省略はイメージによって補完される。式を書き込む必要がない代わりに、詠唱時に火をイメージすることで魔法に火属性が付加されるのである。

ちなみに魔法陣は、一般には特殊な紙を使った使い捨てタイプか、鉱物に刻むタイプの二つがある。前者は、バリエーションは豊かになるが一回の使い捨てで威力も落ちる。後者は嵩張るので種類は持てないが何度でも使えて威力も十全というメリット、デメリットがある。イシュタル達神官が持っていた錫杖は後者だ。

談笑する相手なんかいないのでゴロゴロと転がりながらなんて事を考えているとハジメが訓練場に来た。

それを見た檜山大介率いる小悪党四人組がハジメにちょっかいを出し始めた。

 

「よぉ、南雲。何してんの?お前剣持っても意味を無いだろうが。マジ無能なんだしよ〜」

「ちょっ、檜山言い過ぎ!いくら本当だからってさ〜、ギャハハハ」

「なんで毎回訓練に出てくるわけ?俺なら恥ずかしくて無理だわ!」

「なぁ、大介。こいつさぁ、何かもう哀れだから、俺等で稽古つけてやんね?」

「あぁ?おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね?まぁ、俺も優しいし?稽古つけてやってもいいけどさぁ〜」

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ〜。南雲〜感謝しろよ?」

 

そんなことを言いながら馴れ馴れしく肩を組み、ハジメを人目のつかない方へ連行していく檜山達。それにクラスメイト達は気がついたようだが見て見ぬふりをする。

 

「いや、一人でするから大丈夫だって。僕のことは放っておいてくれていいからさ」

「はぁ?俺らがわざわざ無能のお前を鍛えてやろうってのに何いってんの?マジ有り得ないんだけど。お前はただ、ありがとうございますって言ってればいいんだよ!」

 

そう言って、脇腹を殴る檜山、ハジメは「ぐっ」と痛みに顔を顰めながら呻く。檜山達は段々暴力に躊躇いを覚えなくなってきているようだ。思春期男子がいきなり大きな力を得れば溺れるのは仕方ないこととはいえ、その矛先を向けられるハジメとしては、堪ったものではないだろう。

そのまま、檜山達は訓練施設からは死角になっている人気のない場所へハジメを連れていった。

 

「……さて、俺は自分が出来ることをしますか」

 

今更ながらカイトは友達がいない。

だが、この世界に来てから一番話した人間といえばハジメだし、カイト自身クラスメイトの中で一番信頼を寄せているのはハジメである。力を手にいてれウホウホしている奴らに比べれば、ハジメは力が無いなりに自分の出来る事をしようとしているし、何より力が無い分、一番本気で生きている。

カイトはその在り方に憧れた。頼りないかもしれないが、あんな優しくて強いのが一番友達として欲しかったのかもな、と思った。

だから、カイトはハジメを助ける。……ここまで引っ張っておいてなんだが、カイトがする事は檜山達に「おい、やめろよ!」と言うのとなんら変わりない。だが、常に小説を読んでいる陰キャとしては、DQNに意見する事だけでボーナスを全て宝くじにつぎ込むような決心が必要なのだ。だからカイトは"自分に出来るようなことをする"のだ。

 

「"加速"」

 

速度を上げ走る。勇者パーティ───光輝、香織、雫、龍太郎の四人組の所へ。……まぁ、せいぜい数百メートルの距離なので、十秒も掛からないのだが。

そこへ着くと、四人は目をぱちくりとさせていた。当然である。今まで殆ど喋った事のないような奴が突然現れたのだから。

 

「し、しら、白崎さん、天之河、坂上、や、や、や、八重樫さ、さん、────南雲が檜山達に連れてかれた。多分リンチ紛いの事をされると思う。場所は西側の花壇、その奥の角を曲がったところだ」

 

強く意気込んだカイトだったが、それで生来の気性が消える訳でもなく、女子の名前を呼ぶ時は盛大に吃ってしまった。その恥ずかしさに言い終えたあと、カイトは居ても立ってもいられなくなり、返事を聞く前に超スピードで駆け出してしまった。

 

「あ……」

「言うだけ言って行っちゃったわね、彼。で?香織はどうするの?」

「────助けなきゃ。南雲くんが酷い事をされてるなら……私は……」

「はいはい、そういうのは香織には似合わないから、行くわよ?ほら、二人も!」

「あ、あぁ」

「……木下って、あんな胆力あったんだな。誤解してたぜ。……それと、喋れたんだな、あいつ」

 

そう言って四人は走り出した。

その頃カイトは……

 

(ああああああ!!恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!!なんで吃っちまうんだよ!どう考えてもあそこはバシッと決めてキャーカッコイーってなる所だろ!いや、解決を他人任せにしてる時点でかっこよく無いんですけどね!!!)

 

そうやって木に頭を打ち付けていた。

周りのクラスメイトからしてみれば、突然走りだして一分もしないうちに帰ってきたと思えば木に頭を打ち付けるのだ。イカれているとしか思えない。

「やっぱり残念くん……」だとか「文武両道でイケメンでもコミュ力がなければああなるのか……」と何処かで聞いたようなセリフが聞こえてきた。

 

「ぐぁ!?」

 

そんな巫山戯た真似をしているとハジメの悲鳴が聞こえた。なかなかに切羽詰まっているようだ。四人が来るまでの時間稼ぎ、と思いそこを覗く。そこで見たのは……

 

「ほら、なに寝てんだよ?焦げるぞ〜。ここに焼撃を望む、"火球"」

 

中野が火属性魔法"火球"を放つところだった。ハジメはゴロゴロと必死に転がりなんとか避ける。だがそれを見計らっていたように、今度は斉藤が魔法を放った。

 

「ここに風撃を望む、"風球"」

「"廻操"」

 

風の塊が、立ち上がりかけたハジメの腹部に直撃────しなかった。

高速で飛んできた石が魔法ぶつかったからだ。「いやそんなんで防げる訳ねぇじゃん!」と、思う人も多いだろう。だが、ここはファンタジーの世界だ。現実世界で先ほどのような赤い火の玉を飛ばしても、相手に当たった途端爆発などしないのだ。現実なら火の中でも走り抜ければ火傷を負うだけで済む。当たった途端爆発して吹っ飛ぶ火など、物理法則に喧嘩を売ってるとしか思えない。そもそも火と風は現象なのに水と地は物質なのかとかツッコミたいところは沢山あるがそこは置いておく。つまりカイトは、異世界の謎法則を逆手に取ったという訳だ。サスガオニイサマ!

 

「おいおい斉藤、魔法失敗してんじゃねぇよ。あ〜萎えるなぁ……」

「ちっ、違えって!ちゃんと魔法は発動したし打ち出されたろ!?偶然なんか当たっただけだって!」

(ついやってしまったけど……俺とバレなくてよかった……)

「はぁ?ったく、次はちゃんとやれよ?」

「あぁ、分かってるよ!ここに風撃を望む、"風球"!」

(ちょ、また撃つのかよ!)「"廻操"」

 

小声で唱え、足元の石を蹴って操作する。またもや斉藤の魔法はハジメに当たる前に霧散する。

 

「おい斉藤ォ!またしくってんじゃねぇぞ!」

「ち、違えって!誰かなんかしてんだって!そ、そうだよ!チート持ちの俺が失敗する訳ないって!」

「あぁ?ちっ、誰かいんのかゴラァ!」

 

近藤がそう言って辺りを見渡すが、誰の姿も見えない。

 

「くそっ、おい南雲ォ!てめえがやったのか!?」

「し、知らないよ!僕はこんな事が出来る天職じゃないしやろうともしてない!」

「あぁ?使えねぇ奴だなオイ!」

 

そう言って檜山はハジメの胸ぐらを掴んで殴り飛ばす。そのまま二発目をしようと手を振りかぶった時、突然、怒りに満ちた女の子の声が響いた。

 

「何やってるの!?」

 

その声に「やべっ」という顔をする檜山達。それはそうだろう。その女の子は檜山達が惚れている香織だったのだから。香織だけでなく雫や光輝、龍太郎もいる。

 

「いや、誤解しないで欲しいんだけど俺達、南雲の特訓に付き合ってただけで……」

「南雲くん!」

 

檜山の弁明を無視して、香織は、頬を抑えて蹲るハジメに駆け寄る。ハジメの様子を見た瞬間、檜山達のことは頭から消えたようである。

 

「特訓ね。それにしては随分と一方的みたいだけど?」

「いや、それは……」

「言い訳はいい。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない。」

「くっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろっての」

 

三者三様に言い募られ、檜山達は誤魔化し笑いをしながらそそくさと立ち去った。香織の治癒魔法によりハジメが徐々に癒されていく。

 

「あ、ありがとう。白崎さん。助かったよ」

 

苦笑いするハジメに香織はブンブンと首を振る。

 

「いつもあんなことされてたの?それなら、私が……」

 

何やら怒りの形相で檜山達かわ去った方を睨む香織を、ハジメは慌てて止める。

 

「いや、そんないつもってわけじゃないから!大丈夫たから、ホント気にしないで!」

「でも……」

 

それでも納得できそうな香織に再度「大丈夫」と笑顔を見せるハジメ。渋々ながら、ようやく香織も引き下がる。

 

「南雲君、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。香織もその方が納得するわ」

 

渋い表情をしている香織を横目に、苦笑いしながら雫が言う。それにも礼を言うハジメ。しかし、そこで水を差すのが勇者クオリティー。

 

「だが、南雲自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう?聞けば、訓練のないときは図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬に充てるよ。南雲も、もう少し真面目になった方がいい。檜山達も、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?」

 

何をどう解釈すればそうなるのか。ハジメは半ば呆然としながら、ああ確かに天之河くんは基本的に性善説で人の行動を解釈する奴だったと苦笑いする。

光輝の思考パターンは、「基本的に人間はそう悪いことはしない。そう見える何かをしたのなら相応の理由があるはず。もしかしたら相手の方に原因があるのかもしれない!」という過程を経るのである。

しかも、光輝の言葉には本気で悪意がない。真剣にハジメを思って忠告しているのだ。ハジメは既に誤解を解く気力が萎えている。ここまで自分の思考というか正義感に疑問を抱かない人間には何を言っても無駄だろうと

それが分かっているのか雫が手で顔を覆いながら溜息を吐き、ハジメに小さく謝罪する。

「ごめんなさいね?光輝も悪気があるわけじゃないのよ」

「アハハ、うん、分かってるから大丈夫」

 

やはり笑顔で大丈夫と返事をするハジメ。汚れた服を叩きながら起き上がる。雫が遠くを見つめて何かをしていたのが気になったが無視した。

 

「ほら、もう訓練が始まるよ。行こう?」

 

ハジメに促され一行は訓練施設に戻る。一方カイトは……

 

(あっぶねぇ〜。よかった見つからなくて。それにしてもあいつらは凄ぇな。ただ出てくるだけで檜山達を止めるなんて。俺には真似出来そうにないな……)

 

見つかりそうになったカイトは異世界に来てから上がったステータスを駆使して王城の窓枠にぶら下がっていた。咄嗟に逃げれた場所がそこしか無かったのだ。カイト自身一か八かの賭けだったのだが、手が届き掴めて、さらに見つからなかったのは奇跡に近い。しかも数歩だけだが壁を走れたのだ。これには引くのと同時に着々と強くなっていけている事に喜びを感じた。

去り際に雫がこっちを見て何か言っていたような気がしたが、見つかった事への恐怖に何を言っていたのか全く分からなかった。聞きに行けば早いのだろうが、そんな勇気今日で使い果たした。やはり根本はチキンでコミュ障なのだ。

 

「ありがとう、って言った事、分かったかしら?」

「え?なんか言った雫ちゃん?」

「ふふっ、何でも無いわよ」

「え〜?」

 

 

訓練が終了した後、いつもなら夕食の時間まで自由時間となるのだが、今回はメルド団長から伝えることがあると引き止められた。何事かと注目する生徒達に、メルド団長は野太い声で告げる。

 

「明日から、実践訓練の一環として 【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実践訓練とは一線を画すと思ってくれ!まぁ、要するに気合い入れろってことだ!今日はゆっくり休めよ!では、解散!」

 

そう言って伝えることだけ伝えるとさっさと行ってしまった。ざわざわと喧騒に包まれる生徒達の最後尾でハジメと同時にカイトは天を仰ぐ。

 

(迷宮とか絶対狭いじゃん。俺の唯一の速さが……)

 

 

【オルクス大迷宮】

それは、前百階層からなると言われている大迷宮である。七代迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石。体内に抱えているからだ。

魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな魔石。備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると効果は三分の一程度まで減退する。要するに魔石を使う方が魔力の通りが良く効率的だということだ。その他にも、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

ちなみに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。固有魔法とは、魔力はあっても詠唱や魔法陣が使えないため多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法のなしに放つ事ができる。魔物が油断ならない最大の理由だ。

カイト達は、メルド団長率いる騎士団員複数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者のための宿場町 【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。

カイトは、久しぶりに普通の部屋を見た気がする……と、小市民としてはとても落ち着く素朴な灰色をしたベット飛び込んだ。

 

「あぁ〜……癒される〜」

 

全員が最低でも二人部屋なのにカイトとハジメだけは、何故か一人部屋なのだ。まぁ、誰かと同じ部屋でも喋るようなネタなんて持って無いのだが。

 

「あ〜……そうだ……南雲に話をしにいかねぇと……明日の事について〜……」

 

だがしかし如何せん眠い。三十分だけ、と思い、カイトは寝息をたて始めた。

 

落下する感覚と同時に、カイトは目を覚ます。「ビクッ」として起きるあれだ。

 

「あー……いま何時だ……?って異世界に時計なんかないか……あー……」

 

グーっと伸びをしてベットから起き上がる。そのままハジメの部屋へ向かう。寝ていなければ良いが……。

 

ハジメの部屋の前に着くとコンコンコンと、三回ノックして返事を待つ。

だが、待てども返事はない。バタバタとした音は聞こえるのだが。

 

「あー……俺だ、木下だ。南雲、起きてるかー?」

「ちょ、ちょっと待って!すぐ開けるから!」

 

どうやら寝てはいなかったらしい。声が寝ぼけてない。

 

「ご、ごめんね、すぐ開けれなくて。それで?どうしたの?」

「いや、俺も夜分遅くにごめんな、それで用事だが……中で話せないか?頼みがあるんだ」

「あ、あぁ……た、頼み……ね?分かったよ、入って」

 

随分と歯切れが悪いがどうかしたのだろうか?まさか自分はハジメのオナ(ryの真っ最中に来てしまったのではないかと申し訳なくなる。

 

「ってあれ?し、し、白崎……さん?何故ここに?」

「えっと……私も……南雲くんと話がしたくて」

「い、いや木下くん!別に変な事をしてたとかじゃないからね!?そこは勘違いしないでね!?」

「あー……おーけーおーけー」

「だ、大丈夫だよ南雲くん!木下くんは他の人に話したりしないって!南雲くんが檜山くん達に連れ去られたときに私たちを呼びに来てくれたのは木下くんだから!」

「あっ、おい待てぃ、そんな事実は一切ないのでございまする候」

 

思わず謎言語になってしまったが香織が突然言った事にマジかよこいつ、と、驚愕する。

 

「え?じゃあ斉藤くんの魔法を打ち消してたのも木下くん?」

「黙秘権を行使します」

「ちゃんと言ったほうがいいよ?他の人達も気づいてたのに言いに来てくれたのは木下くんだけだから……ありがとうね?」

「えっ、いや、白崎さんがなん、え?」

「ありがとう、木下くん。あのままだったら相当酷いことになってたと思う。本当に、ありがとう……」

「いや、あー……うん、じゃあ貸し一つということで俺の頼みを聞いてくれ」

「僕に出来ることならなんでも」

「木下くん、変な事は駄目なんだからね?」

「いやっ、そそそそそんなことするはずないじゃないですか」

「で、僕に頼みって何かな」

 

このままじゃ話が進まないと感じたのかハジメが話を切り出す。

 

「あぁ、頼みってのは迷宮で石を、出来れば人の頭くらいの大きさのやつを作って欲しい、って事なんだが……おっと南雲、そんな目をしないでくれ。ふざけてるわけなんかじゃなくてだな、俺の技能は少しでも触れれば自分の力で物理的に動かせるものを自由に操作出来るってものなんだ。あ、知ってる?そう。……で、そのくらいの大きな石なら生身の俺でも持てるんだよ。やっぱり質量のデカいほうが威力が上がるからさ、でもそんな都合のいい岩なんて早々ない。だから作ってくれ、そんな感じだよ」

「うん、話は分かった。任せてよ」

「あぁ、ありがとう」

「木下くんってそんな事考える人だったんだね。意外!」

「えっ、」

 

それから暫く雑談した後(カイトと香織との話は殆ど出来てない)、カイトは自分の部屋に帰った。

ボフリとベットに飛び込んで考える。

 

(そういえば、こんなに長く同年代のやつと話したのって……いつぶりだろ……)

 

そしてカイトは目を瞑り意識を闇に落とした。




ちなみに"廻操"の乗り物ならどんなものでも操れる、というところですが、自分が乗り物だと感じていれば何でもいけます。ですが元々乗り物だった物が欠損などでその形をなくした場合は操作不可になります。
誤字脱字報告、感想待ってます!


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ターニングポイント

10000文字超えました!


翌朝、まだ日が昇って間もない頃、ハジメ達は【オルクス大迷宮】の正面入口がある広場に集まっていた。

誰もが少しばかりの緊張と未知への好奇心を表情に浮かべている。カイトとしては、少し興を削がれてしまった。【オルクス大迷宮】の入口がまるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口であり、どこぞの役所のような受付窓口まであったのである。制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控えた現状、多大な死者を出さない為の措置なのだろう。イメージしていたような仄暗く不気味な洞窟の入口では無かったので「なんだかなー」と小声で呟くのだった。

入口付近の広場には露天なども所狭しと並び建っており、それぞれの店主がしのぎを削っている。まるでお祭り騒ぎだ。

浅い階層の迷宮はいい稼ぎ場所として人気があるようで人も自然に集まる。馬鹿騒ぎした者が勢いで迷宮に挑み命を散らしたり、裏路地宜しく迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたようで、戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないと冒険者ギルドと協力して王国が設立したのだとか。入場ゲートの脇の窓口でも素材の売買はしてくれるので、迷宮に潜る者は重宝しているらしい。

迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度は視認が可能だ。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、【オルクス大迷宮】は、この巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。

一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位ありそうだ。

と、その時、物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前にも出てもらうからな、準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

その言葉通り、ラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。

灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンという名称に相応しく外見はねずみっぽいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れ上がった胸筋の部分だけ毛がない。まるで見せびらかすように。

正面に立つ光輝達──特に前衛である雫の頬が引き攣っている。やはり、気持ち悪いらしい。

間合いに入ったラットマンを光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃する。その間に、香織と特に親しい女子二人、メガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る。訓練通りの堅実なフォーメーションだ。

光輝は純白に輝くバスターソードを視認も難しい程の(カイトからすればslowly)速度で振るって数体まとめて葬っている。彼の持つその剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、お約束に漏れず名称は"聖剣"である。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力。自動で強化してくれるという"聖なる"というには実に嫌らしい性能を誇っている。カイトからすれば、これまでに一度しか確認されてないからお前の技能を補助出来るアーティファクトなんかないわー、なんて理由で何の変哲もないちょっと丈夫なだけの鉄剣を渡された。それじゃ心もとないからと魔力回復薬は少し多めに貰ったが……あんなピカピカと光るのはいらないがやはり羨ましいな、と思う。

龍太郎は、空手部らしく天職が"拳士"であることから篭手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだという。龍太郎どっしりと構え、見事な拳撃と脚撃で敵を後ろにとおさない。無手でありながら、その姿はタンク役の重戦士のようだ。

雫は、サムライガールらしく、"剣士"の天職持ちで刀とシャムシールの中間のような剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。その動きは洗練されていて、騎士団員をして感嘆させる程である。

そんな感じで光輝達の戦いぶりに見蕩れていると、詠唱が響き渡った。

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地に帰れ、"螺炎"」」」

三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。「キッ────」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰色へと変わり果て絶滅する。

気がつけば、広間のラットマンは全滅していた。他の生徒の出番はなしである。どうやら、光輝達召喚組の戦力では一階層の敵は弱すぎるらしい。

 

「ああ〜、うん、よくやったぞ!次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないように注意するメルド団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

メルド団長の言葉に香織達魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。

そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下げていった。

そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を超えれば十分に一流扱いだという。

光輝を筆頭に生徒達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割とあっさり降りることができた。

もっとも、迷宮で一番恐いのはトラップである。場合によっては致死性ほトラップも数多くあるのだ。たしかに激流葬一枚でソリティアして固めた盤面がいっきに覆されるのかもしれないのだから、トラップは本当に恐ろしい。

この点、トラップ対策として、フェアスコープというものがある。これは魔力の流れを感知してトラップを発見することが出来るという優れものだ。迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるから八割以上はフェアスコープで発見できる。ただし、索敵範囲がかなり狭いのでスムーズに進もうと思えば使用者の経験による索敵範囲の選別が必要だ。

従って、カイト達が素早く階層を下げられたのは、ひとえに騎士団員達の誘導があったからだと言える。メルド団長からも、トラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に行ってはいけないと強く言われているのだ。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連係を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからといってくれぐれも油断するなよ!今日はこの二十階層で訓練して終了だ!気合を入れろ!」

 

メルド団長のかけ声がよく響く。

カイトは、何か得体の知れない寒気に襲われた。メルド団長が言っていたように、確かにここまでは楽勝だった。足元の石を爪先で触れればそれで勝負は終わる。ちょっと操作して魔物の頭部に当てれば全ての魔物が脳漿を飛び散らせて絶滅するのだ。周りからはグロいグロいと不評だったが。これしか出来ないのだから仕方ないだろう、とカイトは内心愚痴を零した。昨日言ってたようにハジメに頼んで丁度いい大きさの石を作ってもらうまでも無かった。だが、ここが何かを決定的に変えるターニングポイントになる、そんな気がしてやまないのだ。

小休止に入り、魔力回復薬を飲んでおく。目を瞑り、何が起こるかもシミュレーションするが、まるで何が起こるか検討もつかない。これが杞憂になればいいが、全身に走る悪寒がその考えを許してはくれないのだ。カイトは深々と溜息を吐き、なにが起こっても良いように身構えた。

一行は二十階層を探索する。

迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。

もっとも、現在では四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことは無い。トラップに引っかかる心配もないはずだった。

二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。

そこまで行けば今日の実践訓練は終わりだ。神代の魔法の一つである転移魔法のような便利なものは現代にはないので、また地道に帰らなければならない一行は、若干、弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。

すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。

 

「擬態しているぞ!周りをよ〜く注意しておけ!」

 

メルド団長の忠告が飛ぶ。

その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ!二本の腕に注意しろ!豪腕だぞ!」

 

メルド団長の声が響く。光輝達が相手をするようだ。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

龍太郎の人壁を抜けれないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

直後、

 

「グゥガガァァァアアアア───!!」

 

部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 

体にビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまうロックマウントの固有魔法"威圧の咆哮"だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

まんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。

ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。咄嗟に動けない前衛組の頭上を超えて、岩が香織達へと迫る。

香織達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないからだ。

しかし、発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的光景に思わず硬直してしまう。

なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。その姿は、さながらルパンダイブだ。「か、お、り、ちゃ〜ん!」という声が聞こえてきそうである。しかも妙に目が血走り鼻息が荒い。香織も恵里も鈴も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。

それを見たカイトは慌てて地面に足を叩きつけ、いくつかの石を操作してロックマウントへ飛ばした。

石がロックマウントとぶつかり、グチャンと気持ち悪い音を立ててロックマウントが肉塊となった。

 

「カイト!今のはいい判断だ!お前達は戦闘中に何やってる!」

 

メルド団長がロックマウントを切り捨てようと剣を振り上げていたが、それ以前にカイトが出番を奪ってしまったようだ。

香織達は、「す、すいません!」と謝るものの相当気持ち悪い悪かったらしく、まだ、顔が青褪めていた。そんな様子を見てキレる若者が一人。正義感と思い込みの塊、我らが勇者天之河光輝である。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて!と何とも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。純白の魔力が噴き上がり、それに呼応するように聖剣が輝き出す。

 

「万象羽ばたき、天へと至れ、"天翔閃"!」

「あ、こら、馬鹿者!」

 

メルド団長の声を無視して、光輝が大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。

その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。

パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ〜」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返った光輝。香織達を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だと声を掛けようとして、青筋の浮かんだ笑顔で迫っていたメルド団長の拳骨を食らった。

 

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が。気持ちは分かるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが!崩落でもしたらどうするんだ!やるならやるでカイトを見習え!」

「えっ、」

 

突然話を振られて驚くカイト。メルド団長のお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。香織達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。ついでにとカイトにも礼が言われたがまた禄な反応ができなかった。

その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな?キラキラしてる……」

 

その言葉に全員が香織の指差す方へ目を向けた。

そこには青白く発光する鉱物が花咲くように生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ〜、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石のようなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップスリーに入るとか。

 

「素敵……」

 

香織が、メルド団長の簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、雫ともう一人だけは気がついていたが……

 

「だった、俺らで回収しようぜ!」

 

そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルド団長だ。

 

「こら!勝手なことするな!安全確認もまだなんだぞ!」

 

しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所にたどり着いてしまった。

メルド団長は止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長!トラップです!」

「ッ!?」

 

しかし、メルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。

檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常である。

魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」

 

メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。

部屋の中に光が満ち、一行の視界を白一色に染める。と同時に、一瞬の浮遊感が襲った。

カイト達は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられた。

カイトはすぐさま立ち上がり周囲を警戒する。あの嫌な予感はこれだったのか、と。

どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能なことを平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。

一行が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。長さはざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下には川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底のいった様子だ。

橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか緑石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。一行はその巨大な橋の中程にいた。橋の両サイドにはそれぞれ奥へ続く通路と上階への階段が見える。

それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

しかし、迷宮のトラップがこの程度で済ませるわけもなく、撤退は適わなかった。

橋の両サイドに突如、赤黒い魔力の奔流と共に魔法陣が現れたからだ。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣ら一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。

赤黒い、血色にも見える不気味な魔法陣は、一度ドクンッと脈打つと、一拍後、大量の魔物を吐き出した。

階段側の小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物トラウムソルジャーが溢れるように出現する。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き、目玉のようにギョロギョロと辺りを見回している。その数は、ほんの数秒の間に百体近くになっており、尚、増え続けているようだ。

しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対側の方がヤバイとカイトは感じていた。

十メートル級の魔法陣からは、明らかに他の魔物とは一線を画している体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したのだ。

もっとも近い周知の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。但し、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜に生えている角から炎を放っているという付加要素が付くが……

誰もが足を止め呆然としている中、メルド団長の呻くような呟きがやけに明瞭に響いた。

 

「まさか……ヘビモス……なのか……」

 

いつだって余裕があり、生徒達に大樹の如き安心感を与えていたメルド団長が冷や汗を掻きながら焦燥を顕にしている。

そのことに、やはりヤバイ奴なのかと、光輝がメルド団長に訪ねようとした。

だが、王国最高の騎士をして戦慄させる魔物───ヘビモスは、そんな悠長な時間を与えてはくれないようだった。おもむろに大きく息を吸うと、それが開戦の合図だとでもいうかのように凄まじい咆哮を上げたのだ。

 

「グルァァァァアアアアアッ!!」

「ッ!?」

 

その咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイルは全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう!俺達も……」

「馬鹿野郎!あれが本当にヘビモスなら、今のお前達では無理だ!ヤツは六十五階層の魔物。かつて、"最強"と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏みとどまる光輝。なんとか撤退させようと再度、メルド団長が光輝に話そうとした瞬間、ヘビモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員、その巨体と突進力で圧殺してしまうだろう。

そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず、"聖絶"!!」」」

 

二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。たった一回、一分だけの防御であるが、何者にも破らせない絶対の守りが顕現する。燦然と輝く半球状の障壁がヘビモスの突進を防ぐ!

衝撃の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ヘビモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにも関わらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒するものが相次ぐ。

そこでカイトはクラスメイトが死ぬ、という最悪の未来を防ぐために声を張り上げる。

 

「南雲ォ!なんでもいいから寄越せ!」

「う、うんっ!"錬成"!」

 

ハジメが"錬成"をして人の頭程の石を幾つも作る。大声を出したため一瞬注目されたが、すぐに生徒達は隊列など無視して我先にと階段目指してがむしゃらに進んでいく。

カイトは生徒達に近づいていくトラウムソルジャーに向かって、四つ、自分が操作出来るギリギリいっぱいの数を撃ち込んだ。

 

「"加速"」

 

カイト自身も剣を抜いて敵に切りかかる。

 

階段を目指していたその内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あ」

 

そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。

死ぬ────女子生徒がそう感じた次の瞬間、一瞬で現れた人影に吹っ飛ばされた。ガチャン!とプラスチックのブロックを壊したような音がして何体ものトラウムソルジャーが巻き込まれ粉々になった。

カイトはその女子生徒に近づくと、手を掴み立ち上がらせる。呆然としながら、為されるがままの彼女に、カイトはしっかりと目を合わせて言った。

 

「大丈夫か?走れるなら早く前へ。無理なら言ってくれ、俺が連れてく。安心しろ、俺達は皆チートを持ってる。落ち着けばあんなカルシウム楽勝だ。見ろ、南雲でさえ戦えてる。いけるか?」

 

いつものような気配はなく、真剣な顔をして話掛けてくるカイトをマジマジと見る女子生徒は、次の瞬間には「うん!ありがとう!」と元気に返事をして駆け出した。

カイトは一番冷静にトラウムソルジャーを対処しているハジメに近づき、声を掛ける。

 

「南雲、どうすればいいと思う?」

「……皆が纏まっていつもの力を発揮出来たのなら大丈夫の筈なんだ。何とかしないと……必要なのはリーダー……道を切り開く火力…そうだ、天之河くん!ごめん、木下くん、僕は行くよ。大丈夫、幾つか作っておくから」

 

錬成を始めようと地面に手を着いたハジメを、カイトは軽く笑って呼び止める。

 

「いや、大丈夫だ。やるよ、お前はこの事態を何とかしてくれたらいい、使ってくれ」

 

そう言ってカイトはハジメに幾つか魔力回復薬を渡す。

 

「! ありがとう、木下くん!」

 

ハジメは走り出した。光輝達のいるヘビモスに向かって。

 

「頼んだぞ、ハジメ!」

 

聞こえたかは分からない。だが、ハジメ(原作主人公)に任せればなんとかなると信じて、カイトは振り返りトラウムソルジャーを倒しにかかる。

 

一体何体のトラウムソルジャーを屠っただろうか。"加速"の弊害で全身が軋む程の痛さに見舞われ、"廻操"のし過ぎで頭痛が酷い。何本もあった筈の魔力回復薬は残り二本しかない。だが、ここまで疲弊するまで戦っているというのにトラウムソルジャーの波は一向に減る兆しを見せない。パニックを起こしているクラスメイトの危うい所をカバーするように戦っているが、そのため全力の攻撃に移れず、トラウムソルジャーは増える一方だ。だからと全力で突破しようとしても、自分じゃ火力が足りず、騎士団員のいなくなった今、クラスメイトは放っておくとすぐに死にそうな危うさがある。呼び掛けみてもまるで連携がとれない。

不味い魔力回復薬をまた飲み干し、最後の一本になった所で、それは来た。

 

「"天翔閃"!」

 

純白の斬撃がトラウムソルジャー達のド真ん中。切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。橋の両側にいたトラウムソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。斬撃の後は、直ぐに雪崩込むように集まったトラウムソルジャー達で埋まってしまったが、生徒達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。今まで渇望し、どれだけ剣を振るっても見えなかった希望が見えたのだ。

 

「皆!諦めるな!道は俺が切り開く!」

 

そんなセリフと共に、再び"天翔閃"が敵を切り裂いていく。光輝が発するカリスマり生徒達が活気づく。

 

「お前達!今まで何をやってきた!訓練を思い出せ!さっさと連係をとらんか!」

 

皆の頼れるメルド団長が"天翔閃"に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒す。いつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活する。手足に力が漲り、頭がクリアになっていく。実は、香織の魔法の効果も加わっている。精神を沈める魔法だ。リラックスできる程度の魔法だが、光輝達の活躍と相まって効果は抜群だ。

治癒魔法に適正のある者がこぞって負傷者を癒す。

 

「木下くん、大丈夫?」

 

自分の担当はどうやら香織らしい。

 

「あぁ、ちょっと全身が千切れそうだが大丈夫だ」

「それって大丈夫って言わないよね!?」

「そんな事よりもハジメは何してる?」

「……南雲くんは、一人であれと戦ってるよ。たった一人でヘビモスを食い止めてる」

「そうか。……なら、頑張らないとな」

「そうだね。絶対に皆で戻るんだから」

 

癒えた体を軽く動かし、調子を確かめる。手をグーパーと開閉したりするのに、支障はない。

 

「よし、やろう」

 

声に出して決意を深くする。

治癒が終わり復活した騎士団員も加わり、反撃の狼煙が上がった。チートどもの強力な魔法と武技の波状攻撃が、怒涛の如く敵目掛けて襲いかかる。凄まじい速度で殲滅していき、その速度は、遂に魔法陣による魔物の召喚速度を超えた。

 

「皆!続け!階段前を確保するぞ!」

 

光輝が掛け声と同時に走り出す。

ある程度回復した龍太郎と雫がそれに続き、バターを切り取るようにトラウムソルジャーの包囲網を切り裂いていく。

そうして、遂に全員が包囲網を突破した。背後で再び橋との通路が肉壁ならぬ骨壁により閉じようとするが、そうはさせじと光輝が魔法を放ち蹴散らす。

クラスメイト達が訝しそうな表情をする。それもそうだろう。目の前に階段かわあるのだ。さっさと安全地帯に行きたいと思うのは当然である。

 

「皆、待って!南雲くんを助けなきゃ!南雲くんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」

 

香織のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。そう思うのも仕方ない。何せ、ハジメは"無能"で通っているのだから。

だが、困惑するクラスメイト達が、数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の方を見ると、そこには確かにハジメの姿があった。

 

「何だよあれ、何してんだ?」

「あの魔物、上半身が埋まってる?」

 

次々と疑問の声を漏らす生徒達にメルド団長が指示を飛ばす。

 

「そうだ!坊主がたった一人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ!前衛組!ソルジャーどもを寄せ付けるな!後衛組は遠距離魔法準備!もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」

 

ハジメが猛然と逃げ出した五秒後、地面が破裂するように粉砕されヘビモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し……ハジメを捉えた。再度、怒りの咆哮を上げるヘビモス。ハジメを追いかけようと四肢に力を込めた。

だが、次の瞬間、あらゆる属性魔法が殺到した。夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がヘビモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

よし、行ける。俺達は全員で帰れる!そうカイトが思った瞬間だった。

軌道を変えた火球がハジメの眼前に突き刺さり、その衝撃波でハジメが吹き飛ぶ。フラフラしながら少しでも前に進もうと立ち上がるハジメだったが……

ヘビモスも何時までも一方的にやられっぱなしではなかった。

ヘビモスは、頭部を赤熱化させ、ハジメを攻撃した。

ハジメは何とか回避したようだが、ヘビモスの攻撃で橋全体が振動し、着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

そして遂に……橋が崩壊を始めた。

 

「"加速"!!」

 

奈落へ落ちそうになっているハジメを助けるため、カイトが全力で駆け出そうとする。

だが、駆け出そうと足に力を込めたほんの一瞬にメルド団長に首を掴まれた。

 

「ッ!?何するんですか!いまなら間に合います!俺なら届きます!」

「駄目だ、お前まで危険に晒すことは出来ない」

「クソッ、"限界突破"!!!」

 

無理やりメルド団長の手を振りほどき、全力で駆ける。そして、崩壊しかけの橋で、ハジメを掴もうと手を伸ばす。

────だが、その手は届かなかった。

あと十センチ、その距離さえあれば届いた筈なのに。

その瞬間、元々疲弊していた為か"限界突破"の効果が切れる。全身の力が消え、動けなくなる。

 

(あ……やば……俺も死────)

「馬鹿者!だから言っただろう!」

 

メルド団長の怒号と同時に橋が崩落する。だが、落ちることはなかった。

首元を掴まれ、ブラブラと揺れている。そのままズルズルと引き摺られるように運ばれる

 

「こうなるかもしれなかったから許可しなかったんだ!」

「……でも、あの時間が無ければ届いてました」

「それでお前が小僧を引き上げられたのか!?直ぐに"限界突破"の効果も切れただろうが!」

 

皆の所へ戻ると、香織が何か喚いていた。

 

「離して!南雲くんの所に行かないと!約束したのに!私がぁ、私が守るって!離してぇ!」

「香織っ、ダメよ!香織!」

「香織!君まで死ぬ気か!南雲はもう無理だ!落ち着くんだ!このままじゃ、体が壊れてしまう!」

「無理って何!?南雲くんは死んでない!行かないと、きっと助けを求めてる!」

 

その悲壮な声に、心が締め付けられる。

その時、メルド団長がツカツカと歩み寄り、問答無用で香織の首筋に手刀を落とした。ビクッと一瞬痙攣し、そのまま意識を落とす香織。ぐったりする香織を抱き抱え、光輝がキッとメルド団長を睨む。文句を言おうとした矢先、雫が遮るように機先を制し、メルド団長に頭を下げた。

 

「すいません。ありがとうございます」

「礼など……止めてくれ。さらに一人も死なせるわけにはいかない。全力で迷宮を離脱する。……彼女を頼む」

「言われるまでもなく」

 

「…………やっぱ、俺のせいだ。俺があと少し、早かったら」

 

カイトが放ったその声は、思いのほか響いた。

 

「そうだ木下!お前がちゃんと南雲を助けれて────」

「メルド団長、俺の意識も落として下さい。今は、何も考えたくないので」

「……あぁ、わかった。」

 

メルド団長に手刀を落とされると同時に意識が落ちた。

 

 

 




このままだと後々にヒロインが一人もいなくなりそうだったのでハジメの見せ場をいただきました。
カイトは一体一なら強いんですよ。多対一には弱いだけで。
あとなんであそこまでハジメを助けようと躍起になっているのかというと、ぼっちだからです。理由としてはまどマギのほむらがまどかの為に何度もやり直すみたいな感じです。あんな重く無いですが。たった一人の友達(になれそうなやつ)だからみたいな感じです。ちなみに、メルド団長がカイトを止めてなかったら二人とも奈落に落ちてました。ハジメの手を掴んでも引っ張りあげられず落ちます。そして一緒にカイトが落ちたせいでハジメのラッキーが打ち消され普通に地面と激突して二人とも死にます。


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夢と希望

短めです。


夢を見ていた。

夢の中では、ハジメは金髪の美少女と、うさ耳を生やした水色がかった白髪の美少女、そして黒い髪の妙齢の美女を侍らせていた。俺の傍には誰もいない。

そのハジメは、白い髪に眼帯、左手には義手を付けて巨大な銃を握っている。

 

そんなハジメと、俺は殺し合いをしていた。

 

 

 

目を開けた途端、

白い、輝いた空間に俺はいた。

何も無い空間だ。

夢から覚めた筈なのに、まだ夢の中にいるような、気持ち悪い気分がある。

その時だった。

 

「おはよう、木下カイト」

「……は?」

 

これまでに見たことがないほどの美貌を備えた"ソレ"が突然現れ話掛けてきた。

 

「おっと、未だ事態が理解出来ないか。それも仕方ない、まだ頭がこんがらがっているだろうしな」

 

何だこの前の存在は、こんなものこの世界にいていいのか?

 

"ソレ"は中性的な見た目だった。

"ソレ"はこの世を全て等しく無価値だと考えているような気持ち悪い気配を纏っていた。

"ソレ"はまさに超越者だった。

 

他人事のような考えが浮かぶ程に"ソレ"が纏うものは人間離れしていた。

まるで神のように。

そう、神。

 

「……エヒト……?」

「やっと理解したか」

「な……なんで……そんな存在が俺に……行くのなら天之河……勇者のところじゃねぇのかよ……」

「ふむ、確かにそう思うのは当然かもしれない。だが生憎我はあんな下らない者に興味は無くてな。だが、お前の異常性には興味が湧いた。……お前は誰だ?」

「は?」

 

突然お前は誰だと言われても困る。

俺は俺だし、名は木下カイトだ。

一般的な父と母に育てられ、二歳下の妹がいる。それだけだ。

なのにお前は誰だとは一体どういう事なのか。

 

「あぁ、説明が足りなかったか。そうだな、そもそも、私はお前を召喚していないのだ。」

「────」

 

突然の事にカイトは声もでない。

 

「一人多いんだよ、我が召喚したはずの人数より。まぁ、それはそんなこともあるかと放っておいたのだ。だが、お前の天職の"操縦師"、あれはそもそもお前のような使い方が出来る職業ではない。言外に言われただろう?馬車を乗り回すだけの職業だと」

「じゃあ……俺は一体なんなんだ」

「それが分からないからお前と接触したのだ」

「じゃあっ!なんで────」

 

突如、空間がグラグラと揺れ、ヒビが入る。

 

「おっと、もう時間が来てしまったか。この空間はお前の意識が浮上してくる一瞬の間に創ったものでな、そう耐久があるわけじゃないんだ。お前がもし先を知りたいのなら教会の大聖堂に来い。もしかすれば、南雲ハジメといったか、あの少年を救う手立てが見つかるかもしれない」

「ッ!?ハジメは、ハジメは生きてるのか!?」

「それは────」

 

ビシンッ!!と一際大きな音を立ててヒビが広がる。ガラガラと空間が崩れていく。

 

「時間だ。全てを知りたければ大聖堂まで来い」

 

エヒトがそう言い終えた途端、空間が完全に崩壊した。

 

 

 

「……知らない天井だ」

 

王城の自室なので、本当は知ってるのだが、天井をマジマジ見たのは初めてである。やはり、言っておかないといけない気がした。

 

「おう、起きたか」

 

扉の所に立っていたメルド団長がカイトに話かける。

 

「……俺、どんくらい寝てましたか?」

「そうだな、……まだひと月は経ってない筈だ」

「えっ」

(嘘だろ、長くても三日とかだと思ったのに。一ヶ月はやばい、ろくに運動出来る気がしないぞ)

「あー……ちなみに今のは嘘だ。二日も経ってないぞ。そんなに百面相されると申し訳なくなる」

「なんだ……良かった。そういえばメルド団長はずっと居てくれてたんですか?」

「いや、様子を見に来た時にちょうどお前が目を覚ましてな。……それで、気持ちは落ち着いたか?」

「……はい。大分すっきりしました。……それで、一つお願いがあるんですが」

「なんだ?言ってみろ」

 

ここで選択を間違えれば多分大聖堂には行けない。行かなければ何も始まらないんだ。カイトは頭をフル回転させそれっぽい理由を並べる。

 

「南雲を、ハジメを弔いたいんです。無能無能と蔑まれながらもあいつは最後には俺達全員を救ってくれた。……それに、あいつの最後の顔を見たのは俺なんです。あいつは色んな感情がグチャグチャに混じった顔をしてました。でも、決していい感情は汲み取れなかった。だからせめて……せめて、祈りを捧げたいんです。俺を教会に連れて行って下さい」

「……お前は、罪悪感なんか感じなくていいんだぞ。坊主を無為に死なせてしまったのは俺の責任だ。だから、お前はそんな顔をしなくていい」

「いえ、これは俺の自己満足です。前に進んで、残りの皆で絶対に帰る為の儀式みたいなものです。だから、どうかお願いします……!」

 

ダメ押しに、ベッドの上だが擦り付けるように頭を下げる。

 

「おいおい待て待て!別に俺は無理なんて言ってない。だから顔を上げろ」

「じゃあ……?」

「あぁ、話をつけてやる」

「あっ、ありがとうございます!」

 

そうしてやって来たのは召喚された日にも来た玉座の間である。

普通こういうのは何らかの儀式の時のみに使われるものだと思うのだが、いつも王様はここにいるのだろうか?異世界だからそこら辺の機能も付いてたりするのかもしれないな。なんてカイト考えた。

 

「陛下、この者がとある事をしたいと申しまして、教会に行きたいのですが、連絡をとってはくれませんか?」

「何故だ」

「カイト、理由を言ってみろ」

 

連絡用の何かがあるのかと関心していたら、突然話しかけられ体が跳ねる。

 

「は、はいっ。えっと……陛下も俺、じゃなくて、私達のクラスメイト……仲間が奈落に落ちたことを知っていますよね?」

「それでどうした」

「はい、それで落ちた奴は俺が一番仲のいいと思って奴なんです。それで、せめてエヒト様への祈りでアイツを弔ってやりたいと思いまして……」

「そうか」

(そうか?そうかってなんだよ、それだけかよ。ハジメがいなかったら俺達もここにはいなかったのに)

 

認めてもらう為に、カイトはさらに言葉を続ける。

 

「あのっ!ハジメがいたから俺達は無事帰ってこれたわけでして────」

「もうよい、お前の言い分は分かった。教会の方には話を付けてやる。行け」

「えっと……?」

(なんだそれは?いいのか?許可されたって事なのか?)

 

すると膝を付いていたメルド団長が立ち上がり、カイトに言う。

 

「おいカイト、行くんだろ?直ぐに行かねぇと日が暮れるぞ」

「それって……あ、ありがとうございます!」

 

王様に礼をしてから外へ向かう。

 

「善はなんとやらだ。急いで行くぞ」

「はいっ!」

 

 

外に出ると、カイト達がここに来る時に乗った魔法陣が描かれた台座があった。隣には召喚されたときにカイト達を取り囲んでいた内の一人がいた。

 

「話は聞いております。どうぞお乗り下さい」

 

カイトとメルド団長が台座に乗ると法衣を着たその人が詠唱を始める。

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん、"天道"」

 

ガコン、と音を立てて台座……リフトが動き出す。ここからは神山の頂までは少し時間がある。カイトは深く息を吐いた。

 

「そういえば、メルド団長は俺なんかに付いてきて良かったんですか?」

 

カイトがそんな事を聞くとメルド団長は微妙な表情を浮かべた。

 

「……いや、どうだろうな。お前の様子を見てくるだけの筈だったからな、今頃すごい探されてるかもな!」

 

ハッハッハと笑うメルド団長の顔は微妙に引き攣っていた。どうやら、完全に何も考えずにここまで来たらしい。

 

「……大丈夫なんですか?」

「どうだろうな?だが、お小言無しってことにはならんだろうな」

「えぇ……」

 

そこから神山山頂まで、言葉はなかった。

 

 

「ようこそいらっしゃいました。いやはや、お仲間の為に祈りを捧げたいなど、素晴らしい事です。どうぞ、案内致します」

 

教会に着くと、イシュタルがニコニコと笑いながら出てきた。聖職者的に、この行動は良くとられたようだ。

 

「こちらです」

 

案内された先は、カイト達が召喚された場所、大聖堂である。他の場所ならどうしようと思ったが祈りを捧げる間は大聖堂だと考えて間違いでは無かったようだ。

 

「では、我々は外に出ていますので、気の済むまで、エヒト様に祈りを捧げて下さい。ご満足なさったらここから出てきて下されば王城までお帰し致します」

「はい、ありがとうございます」

 

カイトは、まじまじと大聖堂を見渡す。繊細な彫刻が施された柱、エヒトの姿が描かれた壁画、今見ればその壁画からは、得体のしれない気持ち悪さが漂っている。

大聖堂に来たというのに、エヒトからのコンタクトはない。取り敢えずカイトは、台座に向かい、膝を付き、やるはずのなかった祈りを始める。

すると……

 

(来たか)

 

突然頭に響いた声にカイトは体を跳ねさせる。何をすればいいのか分からず取り敢えず頭の中で返事を返す。

 

(エヒトか?)

(ふふ、我を呼び捨てにするとは……頭が高いぞ、少年)

(そんなことはどうでもいい。お前は何を話かけてたんだ)

(これを知れば、もう後には戻られんぞ?)

(それでもだ)

(お前が危険に晒されることにもなる)

(それでもだ)

 

エヒトは、随分と勿体ぶってくる。カイトは少々イラつき始めた。

 

(そう怒るな。つまり、お前は何があっても知りたいというのだな?)

(ああ)

(ならば、至って来い)

(は?)

 

エヒトが訳の分からない事を言ったと思えば、カイトの足元が燦然に輝き出す。召喚されたときの、世界を超えるようなものでは無い。もっと違う、引き摺り込まれるような────

カッと光が強まり、何も見えなくなる。

 

瞼の上からでも分かる程の強烈な光が収まると、カイトは目を開けた。

 

そこは、極彩色に彩られた世界だった。

 

 

 

 

「さぁ、勝手に死んでくれるなよ? 【神域】を制覇して、我の所に辿り着いてこい。楽しませてくれよ?イレギュラー」




エヒトはとあるのエイワスみたいなイメージです。
一章最終話です。二章は少し書き溜めてから投稿するので時間が開くかもです。


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Re:Birthday
神域にて


神域でちゃんと描写された魔物ってリヴァイアサンくらいしかいないんですね。


極彩色に彩られた世界。

 

奇妙な浮遊感に包まれ、目を開けた先は、そう形容するしかない場所だった。

 

果てというものが認識できない、様々な色が入り乱れた空間。まるでシャボン玉の中の世界に迷い込みでもしたかのようだ。

そんな不思議な色彩の空間には、白亜の通路が一本、真っ直ぐに先へと伸びていた。否、通路というよりは、ダム壁の天辺のように、“巨大な直線状の壁の上”と表現するのが正しいだろう。

 

「何処だよ……ここは」

 

カイトは、震えた声でそう言った。それもその筈。来いと言われて行ったら訳の分からない事を言われて気がついたらこんなヘンテコな場所にいたのだ。困惑しないはずが無い。

バッと後ろを振り向いてみるも、帰れそうなものは見当たらない。ただただ極彩色が広がっているだけだ。

 

「試す……確かにそう言ってた筈だ」

 

頭の中を整理しようとエヒトの言葉を思い出す。

試す、その言葉の意味は実際にやってみて、力の程度、真偽などを確かめること。実際に使ってみて、刀剣など武具の強さを調べること。この二つの筈だ。エヒトの言っていた"試す"の意味は多分前者だろう。エヒトに会いに行きでもすれば良いのだろうか。

 

「チッ、ここに居ても変わんないな。取り敢えず前に進もう」

 

そう言ってカイトは通路に沿って歩き出す。

 

 

 

 

 

カイトが祈りを捧げ始めて半日が過ぎた。太陽は隠れ、月が顔を出している。これにメルドは流石におかしいと思い、扉に向かって話す。

 

「おいカイト、まだ続けるのか?もう夜だ。そろそろ帰らないと皆が心配するぞ」

 

だが、返事は返って来ない。

 

「カイト?」

「凄いですね、彼は。仲間の死を悲しみ、ここまで長く仲間の冥福を祈れるとは」

 

メルドが痺れを切らしたと思ったのか、それまで傍観を保っていたイシュタルがメルドに話しかける。

 

「なぁ、イシュタル様、こんな長く祈りを捧げることってあるのか?」

「一年に一度、私達聖教徒が総出で三日三晩飲まず食わずに祈りを捧げることはありますが、毎日の祈りでここまで長くすることはまずないです」

「そうか……」

 

メルドは沈黙し、何か考える仕草をする。

 

「そんなに心配ならば、少し様子を除いて見てはどうでしょうか?もしかすると、ただ眠ってしまったなんてことかも知れませんしね」

「あぁ、そうさせてもらうよ」

 

メルドは巨大な両開きの扉を少し開けて、中を覗く。だが、何処を見てもカイトの姿は無い。

顔だけを出して覗いていたメルドだが、とある可能性に至って扉を開け放つ。

 

「何処だ!カイト!」

 

声を張り上げながら辺りを見渡す。

香織が言っていたようにハジメを探しに行ったのではないか!?と思ったメルド団だが、窓のないこの部屋では、壁を壊すか床を外すか天井を撃ち抜くか、メルドに見つからずに外に出るにはそのくらいしか出来ない。しかし、そのような事をした痕跡は見つからない。

 

「くそっ、何処に行ったんだよ……」

 

ハジメに続いて二人目の仲間の失踪。この事は勇者達に響くとメルドは歯噛みした。

 

「あ、ぁぁぁああああ……!この神聖な魔力の残照は……!」

 

なんだなんだと部屋に入ってきたイシュタルは突然自分自身の肩を抱いて震えだした。

 

「エヒト様……エヒト様が降臨なさられたのです……!!」

「エヒト様が降臨しただと……?」

 

メルドは信じられないとばかりに目を見開きイシュタルの言葉を反復する。

 

「はい。この魔力の残照は、エヒト様が私達に神託を授けた時のものと同じ……カイト様はなんて幸運な事なのでしょう!エヒト様の【神域】に入る事を認められたなんて!ああ!聖職者ですが、敬虔な神の僕として嫉妬を禁じ得ません!それでもエヒト様に認められたカイト様に祝福を!!」

 

そう言ってイシュタルは膝を付き手を組んで祈りを始めた。

 

「お、おい、イシュタル様……」

 

突如大声を出したと思えば祈りを始めたことに困惑しながらメルドが話しかけるも、イシュタルはそれに反応を返さない。

 

「はぁ、これじゃ帰るに帰れないじゃあないか」

 

溜息を吐いて、メルドは上を向く。

 

室内なので空を見上げることすら出来ないが、メルドは消えたカイトの事をどう説明するかと頭を悩ませるのであった。

 

 

 

 

「やっと変化が現れたよ……」

 

歩き続けて数十分。カイトは極彩色の壁に突き当たった。

 

世界の色がおかしく、距離感が掴めないこの空間では、ちゃんと自分が前に進んでいるのかさえ分からず精神的疲労が大きかったのだが、やっと目に見える変化が起きて、カイトは深い溜息をついた。

 

その壁に触れると、ズブリと指が沈み込み波紋が広がる。カイトは呼吸を整え、その波紋の向こう側へと飛び込んだ。

 

 

 極彩色の空間から出た先は、整備された道路に高層建築が乱立する地球の近代都市のような場所だった。ただし、映画や洋ゲーのように、もう人が住まなくなって何百年も、あるいは何千年も経ったかのように、どこもかしこも朽ち果てて荒廃しきっていたが。

 

 今にも崩れ落ちそうなビルもあれば、隣の建物に寄りかかって辛うじて立っているものもある。窓ガラスがはまっていたと思われる場所は全て破損し、その残骸が散らばっていた。地面は、アスファルトのようにざらついた硬質な物質が敷き詰められているのだが、無数に亀裂が入り、隆起している場所や逆に陥没してしまっている場所もある。

 

建物壁や地面に散乱する看板などに薄らと残る文字が地球のものでないことや道路につきものの信号が一切見当たらないこと、更にビルの材質が鉄筋コンクリートでないことから、辛うじて地球の都市ではないことが分かる。

 

また歩き続けていたらさっきのような極彩色の壁……ゲートのようなものが見つかる、カイトはそう思って歩き出した。

 

幾らか歩いた頃、カイトはキョロキョロと周りを見渡し始めた。ここは安心出来ると思ったのだろう。創作の世界でしか見られなかった世紀末の風景、それを真近で見れるとなってはカイトの男心が擽られない筈が無かった。

 

だが、ここは【神域】。神の住まう場所でありラストダンジョンだ。カイトは最初の通路で魔物が出て来なかったこともあり、舐めてかかっていた。しかし次の瞬間、そんな気持ちは粉微塵に粉砕された。

 

『『『グルルァアアアアッ!!』』』

 

数十匹、いや下手をすると数百匹もいるだろうか。黒い四つ目の狼型の魔物、二つに分かれた尾を持った狼型の魔物、馬のような面をした筋骨隆々の二足歩行する魔物、巨大な昆虫のような見た目をした魔物、そんな魔物達の集団がカイトに向かって来ていたのだ。魔物共の群れは、廃ビルの上からだろうが建物の影からだろうが道路の向こう側だろうが所構わず湧いてくる。

 

「おわぁぁあああっ!?」

 

カイトは情けなくも叫び声をあげ、一目散に逃げ出した。

 

(なんで、なんで、なんで!?なんで今頃現れ出したんだよ!?あんな数の魔物倒せる訳が無いだろう!?バカなのかあの神は!?試す云々言わずに俺達を日本へ返せよ!大体俺は一対多ならクソザコなんだよ!)

 

カイトは内心でエヒトに文句を付けながら全力で走る。

 

「グルルァアアアアアッ!」

「ヴォォォオオオオオッ!! 」

「おわああああっ!"廻操"!"加速"っ!」

 

砕けた地面を操作して魔物に飛ばすも、一番先頭を走ってきている四つ目狼と二尾狼にはスルリと寄せられてしまう。しかも技能を発動する為に少し動きが緩慢になっただけで距離を詰められる。

 

速さだけ見れば人類最高峰のカイトにこの二種の魔物は着いてこれているのだ。それだけでここの魔物達の異常さが分かる。

 

(やばい……もう残りの魔力も少ないしスタミナももう持たないぞ……)

 

骨が折れて飛び出してきそうな程の痛みが足にかかっている。視界が狭く、暗くなって吐き気が酷い。口を開けて走っている為、喉が乾いて仕方がない。

 

カイトは自分が追い詰められていることに気がついていた。いや、寧ろこの空間に着いてしまったときから詰んでいたのかも知れない。

 

だが、運はカイトを見放してはいなかった。三百メートル程先に、極彩色の壁……この荒廃した世界に来た時のゲートのようなものが存在していたのだ。

 

(よしっ!取り敢えずあそこに入れれば!)

 

あの極彩色の通路には、魔物が一匹も見えなかった。だからカイトはあの場所には魔物は存在出来ないのではないか、という仮説を立てた。

 

その一片の可能性の為にカイトは全力で走る。

 

残り二百メートル、百メートル、十メートル、

 

「おおおおおおおっ!」

 

カイトは、大声を上げてその極彩色の壁に飛び込んだ。

 

───その選択が駄目だった。

 

なまじ安心していたせいで、足の回転が遅くなってしまっていたのか、両足が地面から離れた瞬間、四つ目狼に脇腹を噛み付かれた。

 

そのまま波紋が立っているの壁に突っ込み、周りの景色が極彩色の空間へと変化する。

 

飛び込んだときの運動エネルギーはそのままに、地面を転がる。

 

「グルルァアアアアアッ!」

 

立ち上がり体勢を整えた瞬間、四つ目狼がもう一度飛びかかってきた。

 

カイトは腕を交差させ、顔を守るも、それなりの速さで飛びかかってきた狼を受け止めることが出来るはずもなく通路の外側、景色を呑んでいる極彩色の空間へと放り出された。

 

途轍もない浮遊感に襲われ、腹が擽ったいような感覚と、漠然とした恐怖に股間がキュッとする。痛覚が麻痺してきているのか、脇腹の痛みも消えている。

 

落ちれば落ちるほど周りの景色が暗くなっていく。カイトは日本にいた頃に見た、ブラックホールに落ちればどうなるかという3D動画の内容を思い出していた。光が急速に小さくなっていって、最終的には全てが黒一色に染まる。カイトは今そんな状態にいる。

 

「はは……奈落に落ちるハジメを助けようとした俺もこんなヘンテコな場所で紐なしバンジーを体験するなんて……笑えねぇな。あー、くそっ、死にたくねぇなぁ……」

 

体に衝撃が走り、カイトの意識はそこで切れた。

 

 

 

 

「深淵に堕ちたか。彼処は我でさえ把握しきれていないブラックボックスだからな、もう奴は終わったと思った方が良いか。……まさかこんなに早いとはな。イレギュラーと言っても、所詮は人の子か」

 

つまらなさそうにエヒトはそう呟いた。




次回豹変します。


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絶望

リアルが忙しかった……なんて言わない。
遊んでましたすいません!!!
あと今回少ないし全く進展もしません


ゆっくりと目を開ける。

 

「生き……てる?」

 

意識を失う前に感じていた浮遊感と滞空時間から考えて、とんでもない高さから落ちたはず、だが体に目を向ければ五体満足で存在している。手を開閉してみるが、特に異常は見られない。その事にカイトは周りを見る余裕が出来たのか、辺りを見渡した。

そこはひたすらに平坦な地面が続いていた。色は黒。黒一色。どれだけ遠くを見ても色は無い。そもそも遠くと言っても距離を測ることが出来ない。空を見上げるも、それは真っ黒な天蓋に覆われていて、星や雲だけでなく、太陽や月さえ姿を見せていない。空も地面も、見るもの全てが黒。空や地面なんていう表現をしたが何処からが地面で何処からが空なのかの区別もつけられない。

 

「……」

 

意識が落ちる前に見た景色は極彩色の空間だったはず。なら何でこんな場所に、という考えが頭を回るも、それに対する答えは出てきやしない。

ぐるりと一周、三百六十度辺りを見回しても、景色に変化はない。

 

「……何処だここ」

 

地面は1ミリの起伏も無く、果てがあるようには思えない。

 

「なんだよここは……」

 

カイトは考える。

 

(あの極彩色の空間は?)

(俺はどうしてこんな所にいる?)

(魔物共はどうなった?)

 

そこまで考えて、カイトは思考を放棄した。余りにも分からないことが多すぎる。

 

「まぁいいや、どうにかなるだろ。」

 

そういってカイトは出口を探して黒一色に染め上げられた世界を歩き出した。

 

 

 

 

山も谷もない。川も海もない。月も太陽もない。

「はぁっ、はぁっ、」

 

いつまで歩いてもどこまでも同じ世界。

 

「はぁっ、はぁっ、」

 

きっと、脳はもう理解しているのだろう。こんな行動に意味は無いと。

 

「はぁっ、はぁっ、」

 

それでもカイトは動く。

きっとどこかで変化が起こる。起こって貰わなければ困る。

 

ただ光を求めて、つまらなくとも、平穏だった生活を思い出し縋りながらカイトは歩き続ける。

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ歩いただろうか。時間や日にちなど数えてないが、相当な時間なのは分かる。だが、その疲労に対価は比例しなかった。

無い。何もない。人はいない。動物はいない。植物はない。そもそも地球やトータスで見た全てがそこには存在していなかった。

 

 

 

「あああああああああ…………」

 

意味が、

分からなかった。

 

「ああああああああああああああああああ…………!」

 

自身の呼吸音しか聞こえなくなる。

ガラガラと足元が崩れていくような感覚に陥る。

自分が立っているのか寝ているのかの判断さえ着かない。

こんなワケの分からない場所に来るくらいなら、あの魔物共に突っ込んでいた方が良かった、なんていう気持ちさえ湧いてくる。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………!!!」

 

四つん這いになり頭を抱えてか細い声を漏らす。

呼吸が荒くなり聞こえる音にノイズが混じりだす。

それに合わせて足元から得体のしれない物が体内を這い上がってくるような感覚が襲いかかる。

さっきまでの、起きた途端はまだ夢の中にいるような感覚、とは違う。

取り返しがつかなくなって、自分の人生のビジョンが見えなくなるような感覚。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

自分の目で確かめた。確かめてしまった。

終わりがないことなんてない。そう思って。

得られた物は何もない。

今まではこの余りにも奇怪で絶望的な状況に理解が追いつかなかった。

現実感、それがどんどんと身体を蝕んでゆく。

幾ら拒絶し、敵意を抱いてもそれはゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。

誰もが一度は感じた事のある漠然とした死への恐怖。そんなものとは比べ物にならない別方向からの恐怖。

創作物の世界には案外『絶望的な状況』というものはありふれている。

世界の果てに行き着いたり何も無い空間で五億年過ごさせられたりなどザラである。しかし、その全てに救いがあった。明確な目標があった。

だが、ここはそんなご都合主義の空間ではない。

 

実際、カイトは足の骨が折れているのではと思うほどの痛みと疲労を感じている。それはこれが現実だと物語っているし、多分ここで死ねば死ぬだろう。

さらに、現代人として、味わった事の程の飢餓感と渇きがある。今にも倒れてしまいそうな程のものが。

枯渇死や餓死なんてものをここまで意識したのは初めてだ。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

カイトは自分がどれだけそこにいたのか、どれだけ意識を失っていたのか分からなかった。地球なら、いや、トータスでさえ太陽や月である程度の時間は図れた。だが、ここにはそんなものは一切ない。あるはずの空は見えず、ただ真っ黒な空間が広がっているだけ。数秒かもしれないないし、もしくは幾日もそこに立ち尽くしていたかもしれない。

いや、まだどこかに出口のような物がある可能性も存在している。だが、それを確かめようとする気力は今のカイトにはなかった。

 

一旦意識を失った事により考える余裕が出てきた。

そもそも、一体ここはどこなのか。

【神域】はこんなバクったゲームのような世界ではなかった。

確か、極彩色の空間、あの通路から転げ落ちてここに辿り着いた筈だ。

それなら、上に行けば帰れるのかも知れない。だが、カイトには空を飛ぶ技能も無いし、そもそも戻ったところで、そこは【神域】なのだ。そこには自分を助けてくれる人間も居ないし、どのみち大量の魔物に押しつぶされて死ぬ。

 

「なんだ。詰んでいるんじゃないか」

 

カイトは理解してしまった。

現状を打破出来るものは何一つない。このどうしようもないほどに混沌とした世界で、自分は終わるのだと。

 

「ははっ、────」

 

笑っていた。カイトは思わず笑っていた。自分の感情が分からなくなる。心の中で諦めが希望をグジュグジュと腐らせていく。

ボロボロと涙を零しながらカイトは笑う。

この笑みは絶対に喜色の笑みではない。普段何も写しているようには見えない無表情でももっと美麗に見えるのではないかと言える程の表情だった。

 




もうちょっと絶望した感じとか救いのない感じとかを描写したかったんだけど難しい……

最近ありふれの作品増え始めて嬉しい……嬉しくない?


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変貌

今回はスーパーガバガバ理論で進行していきます。
「おかしいじゃねぇかオォン?」なんて思っても心に秘めておいて貰えると幸いです。


(ここまで死を身近に感じたのは初めてだ)

 

 カイトは膝を抱え胎児のように丸まって地面に転がっていた。

 状況は一変せず、寧ろ体に保有する水分の関係で刻一刻と追い詰められ、常に襲いかかってくる渇きと飢餓感に苦しんでいる。

 

(暗い(寒い))

 

 目が覚めてからはイカレそうになるほどの苦痛によって眠れなく、漠然とした死への恐怖に震えることしか出来ない。肌は自分の体じゃないかのように乾き、全身には常に痛みが走っていた。

 

(怖い(痛い))

 

 なんでこんな目にあっているのだろうか。何故こんな目に遭わなければいけないのだろうか。つい一ヶ月程前までは家族と笑い合い、暖かい飯にあり付けていたのに。

 

(一体、俺が何したっていうんだ)

 

 世界を呪う。

 自分は独りだ。助けてくれる人間はなく、どれだけ希望を探しても見つからない。何をすれば良いのか分からない。生きる為の指標が見つからない。

 

(こんな目に遭うくらいなら、死んでおけば良かった)(死にたくない)

 

 相反する気持ちがぶつかり合う。

 

(なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんで)

 

 なんでこんな目に。

 

(死にたい(死にたくない)死にたい(死にたくない)死にたくない(死にたい)死にたくない(死にたい)死にたくない)

 

(嫌だ、死にたくない)

 

 カチャカチャと、犬がフローリングを爪で叩くような音が聞こえる。

 

(そうだよ。なんでこんな所で俺が終わらなきゃならないんだ。こんな所で死ぬなんて嫌だ。生きる。生きるんだ)

 

 その音は段々と近づいてくる。

 

(なんで俺がこんな目に遭ってるんだ?誰のせいだ?何がダメだった?)

 

 そういえば、此処に堕ちる前、一匹の魔物が着いてきてはいなかったか。

 

(そうだ。エヒトのせいだ。じゃあ、俺は何が出来る?俺は何をすればこの理不尽に対して満足出来る?)

 

 「────ルルル」

 

 復讐。

 その二文字しかカイトの頭に浮かばなかった。

 

(エヒトは殺す。いつか、絶対に。どんな事をしてでも殺してやる)

 

 いや、そもそもの話、ハジメが墜ちなければ、檜山が白崎にいい格好を魅せようとしなければ、オルクス大迷宮に行かなければ、教会の奴らがいなければ、召喚さえされなければ。

 

 「──ルルルルル」

 

 全てはIFの話であって今から取り返しの着くような物事ではない。だがしかし、カイトはそれでもと思ってしまう。死にたくない故にこの世界で生きる為の指標を、目標を求める。自分が今ここにいる原因を全て壊す事を本懐に据える。カイトが人として、生きながら死んでいるような生への亡者にならない為に。

 だから

 

(教会の奴らも殺そう。それがいい)

(王国の奴らも。いや、トータスにいる目に付いた人間全てだ)

 

 カイトは誓う。

 皆、ひたすらに絶望させた後で

 

( 殺してやる )

 

 「グルルァアアアアアッ!」

 

 先程から聞こえていた奇妙な音の源、飛びかかって来た四つ目狼をゴロゴロと転がって回避する。そのまま立ち上がり四つ目狼を睨む。

 そういえば、こいつも要因の一つではないか。

 ガチン、と何かが組み合わさった様な感覚。体内に燻っていた黒い何かと一つになったような。

 カイトは、目の前の()()に向けて、殺意と生への執着を高める。

 殺せ!殺せ!殺せ!とカイトの中の何かが叫ぶ。

 

 「殺して喰ってやる」

 

 "加速"と小さく呟いて一歩を踏み出す。ゼロから一気にトップスピードへ。

 これを逃せばもう先はない。カイトはそれを確信していた。逃げられでもすればあとは惨めに野垂れ死ぬしか未来はない。今こうやって立ってマトモな思考を巡らせる事が出来るのは大量分泌された脳内麻薬が働き、限界を超えているからだ。故にカイトは目の前の生物を狩る事に全てを掛ける。

 空気を裂き、"加速"により一つの砲弾となったカイトは四つ目狼に突撃する。しかし、幾ら四つ目狼が一匹だけで直接戦闘系固有魔法を保持していないとはいえ、その本質は奈落級の魔物。単調な攻撃など避けられてしまうことが道理。

 

 「グルラァァァァッ!!」

 「犬っころが、大人しく死んでおけよ!」

 

 物凄い速度で突進してきた四つ目狼に、カイトは再度攻撃を仕掛ける。クルリと回るようにしてカイトは蹴りを放つ。"加速"により、視認するのさえ困難な速度の蹴りが四つ目狼目掛けて飛び込むが、それを四つ目狼はまるで()()()()()()()()()()()回避する。

 

 「ッチ、」

 

 カイトは舌打ちを一つ零し、ダンッと脚を地面に叩きつけ"廻操"を発動する。

 だが、

 

(操れるものが……ない?)

 

 カイトは予想だにしていなかった事に一瞬硬直する。少し考えれば分かりそうな事であったが、勿論世界の墓場とも言える此処、深淵に人工物らしい人工物はなく、自然物らしい自然物は存在し得ぬ。人間、予想外の事に直面すれば冷静ではいられなくなるというもの。しかし、今は戦闘中。雑魚でもヘビモスもかくやという強さの奈落級の魔物と対面しているのだ。その隙を逃すような甘い真似はしてくれなかった。

 ドスン、という衝撃が体に走り、カイトはノーバウンドで三、四メートルの距離を飛んだ。

 ドシャァアア!と地面を擦れる程に吹っ飛ばされる。

 

 「ごっ、ごぼっ……」

 

 カイトは粘ついた血を吐き出し、嗚咽する。だが、すぐさま立ち上がり、四つ目狼を見る。もしかすると、肋骨が折れているかも知れない、内臓が損傷したのかもしれない。だが、そんな事は全く気にならなかった。少年漫画やライトノベルには、肺に肋骨が突き刺さっていたり体に風穴が空いていても立ち上がり右の拳を握り締めるような主人公(ヒーロー)がいる。カイトはいままで何故そうしてまで戦えるのか疑問でならなかった。しかし、今なら分かる。それは意志の力だ。目標に向けて全てを掛けれるような気概があれば怪我などなんてことではない。安っぽい主人公補正かもしれない。三流のストーリーかもしれない。だが、カイトは今を生きているのだ。神の視点からの考えなんて養豚場の豚にでも喰わせれば良い。

 

 「絶対に殺してやる」

 「グルルァァァン!」

 

 四つ目狼は笑っていた。口を裂けたように開き、涎を垂れ流してカイトを見ている。

 ゾクンッ、と背中に氷柱を突っ込まれた様な悪寒が走ったと同時に、殺意が増幅する。

 

 「犬が、粋がるなよ」

 「グルルァアアアアアッ!」

 

 挑発を理解出来ていたのかは分からない。だが、それに反応するかのようにして四つ目狼はカイト目掛けて飛びかかって来た。

 

 「それしか脳がねぇのか!」

 

 型も法則も技術もない攻撃。その全てはスルリと躱される。

 

(まただ。またこんな風に避けられる)

 

 どう考えてもおかしい。カイトが攻撃を始める前から四つ目狼は回避行動を始めている。見てから回避しているとは思えない。

 

(クソッ、このままじゃジリ貧だ。少なくとも魔物が人間より耐久がないとは思えない。俺が先に限界が来るのは目に見えてる)

 

 そもそもの所、今のカイトは既に幾つかリミッターがトんでいるのだ。カイトが動けなくなるまでもう時間があるとは思えない。

 

(一か八か……)

 

 瞬間、カイトは全身の力を抜いた。フッと体を弛緩させ、まるで四つ目狼を受け入れるかのようなポーズをとる。

 

 「グルラァァァァッ!!」

 

 好機とばかりに四つ目狼が大口を開けて飛びかかって来る。そこにカイトは自分から四つ目狼の口に腕を突っ込む。四つ目狼はそのまま食いちぎろうと牙を食い込ませる。ギチギチとした音と共に激痛が走る。

 

 「くは、予想通りの行動ありがとう。捕まえたぞ」

 

 突き入れた腕で四つ目狼の体内を引っ掴む。そしてそのままカイトは口が裂けたような笑みを浮かべ、四つ目狼の目に指を刺し入れる。

 

 「グルァアアー!?」

 

 四つ目狼が絶叫する。残り二つの目はしっかりと恐怖の感情を写していた。

 

 「くっは、はははははっ!痛てぇよなぁ?大丈夫だ。すぐ楽にしてやるよ」

 

 カイトはそのままグチュグチュと指を掻き回す。四つ目狼が必死に踠き、腕を噛みちぎって逃げ出そうとする。が、もう遅い。

 

 「ここら辺か?」

 

 眼球の若干下の方、ほんの少しの凹みにカイトは全力で指を押し付ける。そしてそのまま"廻操"を発動させる。指を押し付けた場所は視神経乳頭。細かい制御なんて要らない。ただ神経をズタズタにすること。それを脳まですればいいだけなのだから。

 断末魔の絶叫を上げる四つ目狼。しばらく叫んでいたが、突然、ビクッと痙攣したかと思うとパタリと動かなくなった。

 

 「ははっ、よし、よし!やっとだ!やっと口にモノを入れられる!」

 

 カイトは四つ目狼の目から指を抜き、そこに口付ける。

 純粋な水じゃないとはいえ、水分は水分。それはカイトの体に染み渡り、極上の法悦を与えた。

 

 「あ、はぁぁぁ………」

 

 味は最悪。だが、空腹は最高のスパイスとはよく言ったもので、砂漠の中でキンキンの水を飲んだかのようなシチュエーションの今、細かい事はどうでもよかった。そしてカイトは目蓋から口を離し、そのまま四つ目狼の首筋に噛み付いた。

 

 「あ?硬ぇな」

 

 犬歯を使って皮を引きちぎり、筋肉を傷つける。ゴクリゴクリと大量に溢れてきた血を嚥下する。喉が潤った後は食欲だ。皮の剥ぎ方なんざ適当。とにかく今はなんでもいいから喰いたいと、飢餓感に突き動かされるように喰らい始めた。

 

 「がぁっ、ぐぅあ、肉の方はくそまじぃなおい!」

 

 悪態をつき、何度も吐き戻しながら一心不乱に喰らいつく。強烈な獣臭に硬い筋ばかりの肉を必死に飲み込んでいく。食事というよりは摂取。歯で小さくしてから飲み込む事を繰り返す。

 

(マトモな人間のする食事じゃねぇな。でも、メシが喰えるという事がこんなにも幸せ────)

 

 瞬間。

 

 「がっ、あ?────があ"ア"ア"あ"っ!!」

(身体が砕けるようなコレは……)

 

  突如、全身を激しい痛みが襲った。まるで身体の内側から何かに侵食されているようなおぞましい感覚。その痛みは、時間が経てば経つほど激しくなる。

 

 「ぎ、ィ…あぐァ"ァ"ァ"あ"あ"あ"っ!!」

 

 耐え難い痛み。自分を侵食していく何か。カイトは地面をのたうち回る。四つ目狼に噛まれた腕の痛みなど吹き飛ぶような遥かに激しい痛みだ。

 

 カイトは確信していた。このままじゃ絶対に死ぬと。

 

(どうすれば、どうすればこれから逃れられる!?あ"あ"痛ェ"っ!)

 

 カイトの身体が痛みに合わせて脈動を始めた。ドクンッ、ドクンッと身体全体が脈打つ。至るところからミシッ、メキッという音さえ聞こえてきた。

 たった一つの可能性に掛けてカイトは"廻操"を発動させる。

 "廻操"は、自分が持てるだけの重量の物体を操作する技能だ。そこに、これといった制限はなく、一つの物体として認識していなければ総重量が何トンになろうと操ることが出来る。勿論、その全てに意識を向けて動きをイメージすることが出来れば、の話だが。次に"加速"だが、これは単純な技能だ。ありとあらゆるモノの加速。それだけである。強力な技能に思えるがその分消費魔力が馬鹿にならない。自分の身体を加速させるだけで結構な魔力を喰うのだ。これが概念的なものとなると、ありえないレベルの魔力が必要なる事だろう。

 

(嫌だ。ここまでやってダメだったなんて絶対に嫌だ。生き残ってあのクソ野郎(エヒト)をぶっ殺すんだから)

 

 カイトがしようとしている事は単純だった。"加速"により自分の体内時間を加速し、"廻操"で異常が出た身体の部位を治癒。それだけである。言うのは簡単だがやるとなると異常な精神が必要になる。

 少しでも反応が遅れれば死ぬ。生きたければ痛みに耐えこの地獄を乗り切るしかないのだ。絶叫しながらもカイトは頭を回す。

 血管が破裂する。近くに存在する血小板をかき集め血を止める。肉芽組織を動かし、無理矢理に修復を始めさせる。

 爪が剥がれる。剥がれた爪を皮膚に押し付けこれまた無理矢理に再生させる。

 骨が折れる、皮膚が千切れる、筋肉が断裂する。

 これが同時に何十、何百も発生するのだ。

 壊して、治して、壊して、治す。

 

 それを続けていくと、カイトの身体に変化が現れ始めた。

 まず髪から色が抜け落ちてゆく。許容量を超えた痛みのせいか、莫大な演算のせいか、それとも別の原因か、日本人らしい黒髪がどんどん白くなってゆく。次いで、筋肉や骨格が徐々に太くなり、身体の内側に薄らと赤黒い線が幾本か浮かび始める。

 魔物の肉は人にとって猛毒であり、魔石という特殊な体内器官を持ち、魔力を直接身体に巡らせ驚異的な身体能力を発揮する。体内を巡り変質した魔力は肉や骨にも浸透して頑丈にする。

 この変質した魔力が詠唱も魔法陣も必要としない固有魔法を生み出しているとも考えられているが詳しくは分かっていない。とにかく、この変質した魔力が人間にとって猛毒なのだ。人間の体内を侵食し、内側から細胞を破壊していくのである。

 過去、魔物の肉を喰った者は例外なく身体がボロボロに砕けて死亡したとのことだ。

 カイトもただ魔物の肉を喰っただけなら身体が崩壊して死ぬだけだっただろう。しかし、異常な程の生への執着がそれを許さなかった。壊れた端からすぐに修復していく。その結果、身体が凄まじい速度で強靭になっていく。

 破壊と再生の繰り返し。脈打ちながら肉体が変化していく。その様は、あたかも転生のようだ。

 やがて、脈動が収まり、カイトは倒れ込んだ。その頭髪は真っ白に染まっており、服の下には今は見えないが黒い線が数本程走っている。そして極め付きは全身に刻まれた傷の跡である。魔法的な回復ではなく、あくまで自然治癒の力を底上げしていた為、傷跡が残ったのだった。

 カイトは、薄らと目を開け、めいっぱいに息を吸い込む。

 

 「……生きてる」

 

 手をグーパーと開閉し、自分の意思で身体が動くか確かめる。大丈夫と分かった瞬間、腹の底から歓喜の感情が溢れだした。

 

 「生きてる、俺は、生きてるんだ……ははっ、」

 

 疲れ果てた表情で、自嘲気味に笑うカイト。

 乾きと飢餓感が無くなり、傷も治ったようで久しぶりに何の苦痛も感じない。それどころか妙に身体が軽く、力が全身に漲っている気がする。

 途方もない痛みと莫大な演算の仕業で精神は疲れ果てているものの、ベストコンディションと言ってもいいのではないのだろうか。腕や腹を見ると明らかに筋肉が発達している。身長も、百七十前半だったものが、夢の百八十代にのったのであった。

 

 「……俺の身体はどっなっちまったんだ?それにこの身体に見えるこの黒い線。まるで魔物みてぇじゃねぇか……っとそうだ。こんな時にこそステータスプレートだよな」

 

 =================

 

 木下カイト

 17歳

 男

 レベル : 12

 天職 : 操縦師

 筋力 : 150

 体力 : 300

 耐性 : 150

 敏捷 : 800

 魔力 : 400

 魔耐 : 400

 技能 : 廻操[+現象操作]・魔力操作・胃酸強化・加速・限界突破・結応・言語理解

 

 =================

 

 「……あかんやろ」

 

 驚愕のあまり思わず関西弁でツッコミを入れるカイト。ステータスが総じて急増しており、技能も三つ、派生技能を入れると四つ増えている。しかもステータスプレートの色が真っ黒になっている。文字は白で浮かび上がり、目が痛くてしょうがない。

 

 「魔力操作?」

 

 文字通りなら魔力が操作出来るということだろうか。

 カイトは集中し"魔力操作"とやらを試みる。

 カイトが右手に意識を集中させると、黒い線が再び薄らと浮かび上がった。すると、ゆっくりとぎこちないながらも奇妙な感覚、もとい魔力が移動を始めた。

 

 「おっ、んん?おーん?」

 

 変な声を上げながら試していると、集まってきた魔力が身体を巡り始めた。驚きながら"加速"を試してみるカイト。するとフッと意識が変わる。いつも自分に"加速"を発動したときの感覚だ。

 

 「マジか。詠唱無しでいけるようになっちゃったのか。確か魔力を直接操作出来るのは魔物だけだとか座学の時間に聞いたような……」

 

 なんとカイトは魔物の特性を取得してしまった。カイトは次に"結応"を試す。

 

 「えっと……どうすればいいんだ?これあれだろ?四つ目狼のヤツだろ?四つ目狼ってなんかそれっぽい事してたっけな……結ぶに反応だろ?うーん……」

 

 カイトが思う四つ目狼の特徴はなんか目が多いことと攻撃をひたすら回避してくることだけである。

 

 「もしかして相手の心と繋がるてきなやつか?俺ボッチじゃん。無理じゃん……」

 

 膝と手を地面に付いてカイトは項垂れる。

 

 「おー……地面よ、今はお前だけが心の拠り所だよ……」

 

 カイトはスリスリと地面に顔を擦り付ける。どうやら極限状態から余裕が出来た反動で些か頭がおかしくなっているらしい。

 

 「せめて……こう、無機物と意識を同期させれるみたいな……」

 

 試しにカイトは地面を強く意識する。すると、半径三メートル程の範囲がまるで手に取るかのように理解出来るようになった。

 

 「なんだこれ?」

 

 この場には風も物も何も無いため分かりにくいが、確かに今カイトの意識は半径三メートルの範囲まで巨大化している。

 

 「ふーん、中々面白い技能だな」

 

 次は"胃酸強化"。魔物の肉を喰っても身体が痛くならなかった。以上。

 その次は"廻操"の派生技能[+現象操作]だ。

 字面だけ見ればこれだけで俺TUEEEE出来そうなものだが実態はいかに。

 

 「現象……現象だろ?こう……そうだな」

 

 カイトは手を軽く扇いで弱い風を吹かせる。そこに"現象操作"を発動し、風が台風クラスの暴風になる事をイメージする。

 途端、ゴオオォォォッ!!と風が唸りを上げて渦を巻いた。身体にかかる風圧は相当なもの。思わずカイトは笑っていた。軽く扇いだだけでこれだ。全力全開で使えば一体どんな破壊を齎すのか。

 

 「はははははっ!すげぇ、とんだチートじゃねぇか!これならあの魔物共も殺せるぞ!」

 

 しかし、忘れてはならないのがここはまだスタートラインでもないという事だ。まずこの深淵を抜けてから全ての話が始まる。

 

 「さぁ、あのクソゴミの面をぶん殴ってやる」

 

 意識を高める。ゴゥッ!とカイトを中心に黒い竜巻が巻き起こる。そのすべてが一ミクロンの起伏もない地面へ吸い込まれてゆく。四つ目狼から手に入れた技能"結応"を発動させ、この世界の構造を掴みにかかる。先程の傷を修復させた時以上の演算量。しかしカイトはそんな事はお構い無しとばかりに力を注いでいく。

 

 「俺がここに行き着いたってことは必ず何処かに穴がある筈だ」

 

 意識を広げ、頭を回す。

 

(何処だ、何処にある。俺はこんな所じゃいられねぇ。あのクソゴミを殺す為にも、俺に答えを寄越せ)

 

 

 いつまでそうしていたのか。カイトは突然に目を見開く。

 

 「()()()()

 

 ビシン、パキ、バギン

 

 ガラスが割れるような音と共に真っ黒の空間から光が漏れ出す。カイトはそこに向かって足を進める。

 

 「じゃあな、もう絶対にこんな場所にゃこねぇよ」

 

 人の大きさ程のなった光にカイトは足を踏み入れた。

 

 

 

 

 カイトは、眩しさに目を痛めながらゆっくりと目を開ける。

 

 そこは極彩色に彩られた空間だった。




気がついたら主人公が一般人に対しても手をかけるような奴になってしまった。
プロットって大事なんだね(白目)


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暴走?

ミレディの絵が公開されましたけどちょっと可愛すぎやしませんかねぇ


 極彩色の空間。

 カイトが【神域】で初めて見た景色。暗闇の世界で求めて止まなかった景色。時間で考えれば、二日というそれ程長い期間では無いが、カイトはトータスに召喚された事を遠い昔に感じていた。

 

 「おぉ……明るい!あっはははは!抜け出したぞー!俺は帰って来たんだー!バンザーイ!」

 

 年甲斐もなく、カイトは諸手を挙げて喜んだ。何しろ、思わず人類全てを滅ぼしてやろうかと決意する程だったのだ。このくらいはしゃいでもバチは当たらないだろう。……カイトの場合これからバチを与える側の存在を殺しに行こうとしているのだが。

 勿論、先程までカイトがいた深淵が完全に光が存在していなかったわけでは無い。そうだったのなら、カイトは訳の分からないままあの四つ目狼にモグモグされていた事だろう。光量的に言えば、カーテンを完全に閉めた夜中の部屋の中といったところだろう。だがしかし、暗闇とは人間の原初の恐怖である。それは本能にまで刻まれたものだ。わーいボク暗闇大好きー!いつまでもいれるー!なんてほざく者がいたのならば、一週回っちゃったか、ちょっと世間一般の人間と変わっているのだろう。

 

 「っと、そうだよ。ずっとこんな所に居れる程の余裕はねぇんだ。早く先に進まないと」

 

 そう言ってカイトは十数メートル程前に在る極彩色の壁を見る。そして大きく深呼吸をした。何しろ、逃げる事しか出来なかった世界だ。緊張もする。落ち着いた後、そのまま一歩、二歩と歩を進める。

 

(俺は強くなった。今ならあの天之河だって容易く屠れる。大丈夫だ。心配する事なんて何も無い。魔物の百匹や二百匹くらい楽勝だ。だから大丈夫。俺は行ける)

 

 もう壁は目前に迫っている。あと三歩も踏み出せば景色は変わることだろう。

 一歩。

 心臓はバクバクと煩いくらいに高鳴っている。

 二歩。

 道の先へ。自分が満足する結末のために。

 三歩。

 カイトは極彩色の壁の中へ飛び込んだ。

 

 

 目を開けると、そこは荒廃した世界であった。さながらバイオ○ザードやサイ○ントヒルかのような。

 

 「おー……すげぇ、空だ。それに物もある。うっわー感動するー」

 

 そうは言っているが、どうやら二度目の景色にはついさっきのように叫ぶ程心動かなかったようだ。寧ろ足が砂利を擦る感触の方が気になるらしく、ザリザリと靴の裏に着いたガムを剥がさんかの如く足を動かす。

 そんな呑気な事をしていると……

 

 『ガァアアアアアアッ!』『オォオオオオ!』『ルゥアアアア!』『グルルァァアアアアア!』『グァァアアアアアッ!!』

 「……うるせぇな、人が折角いい気になってんのによォ」

 

 一キロ程離れた地点から、黒い四つ目の狼型の魔物、二つに分かれた尾を持った狼型の魔物、馬のような面をした筋骨隆々の二足歩行する魔物、巨大な昆虫のような見た目をした魔物、兎、そんな魔物達の集団がカイトに向かって来る。魔物共の群れは、廃ビルの上からだろうが建物の影からだろうが道路の向こう側だろうが所構わず湧いて出てくる。その数は前回見た時よりも多くなっているように見受けられる。

 カイトは舌打ちを一つ零し、爪先で軽く地面を叩いた。するとカイトを中心とした地面が黒く染まってゆく。"結応"だ。効果としては、カイトが"結応"を発動した範囲の分だけ、干渉を行えるというもの。

 

 「ムカついた。殺して剥いで喰ってやる」

 

 勿論、気分が良くても殺すのだが。

 魔力を巡らせ"現象操作"を並列して発動。カイトから伸びた黒い影が触れると同時に近くに建っていたビルが一棟、地面から引き抜かれた。

 ちょっとしたマンション程の大きさの建物。カイトはそれを一瞥し、右の掌を空に掲げる。それは一見意味のない行動に見えるが、トータスでの魔法は、大体が詠唱と魔法陣によって発動する。しかし、魔力を直接操作出来る者に関してはそれに縛られない。その代わりに、イメージが重要なファクターとなる。つまり、先程の行動はイメージを固める為に必要なのだ。決してカイトが厨二病な訳では無い。

 その建物は遥か空へ上昇していき、やがて魔物共に屋上を向けた。

 そして、カイトは手を振り下ろした。

 

 ゴッッッ!っと、重量6000トンオーバーの鉄槌が【神域】の上空を薙ぎ払い、魔物が密集している地帯へ正確に落着する。全てを巻き込んで。

 それは着弾と同時に当たった魔物共の肉を潰し、引き裂いて巨大なクレーターを発生させる。飛び散った破片さえ凶器となり、逃げ出していた魔物共の身体に突き刺さる。たった一発で全ての魔物を屠り、それでもなお余りある衝撃がカイトの頬を撫でた。全ての魔物は、断末魔を上げる暇さえ無かった。

 

 「うそん……」

 

 カイトは思わず頬を引き攣らせた。『ビル投げ』という技は中々男のロマンが詰まっている。自分はふんぞり返ってながらも圧倒的な破壊をもたらすのだ。カッコよくない訳がない。しかしカイトは流石に一撃であれだけいた魔物が吹き飛ぶとは思っていなかった。しかもカッコつける余り、魔力の殆どが無くなってしまった。

 

 「うっわー……やっちまったー……冷静に考えてみればこれすっごい無駄じゃん……魔物共に突っ込んで一匹一匹潰した方が魔力効率いいじゃん……ワルプルさん流石っすわー……」

 

 ガリガリと頭を搔き、ブツブツと小言を漏らしつつ大きな溜息を吐いた。

 

 「まぁいいや。まずは魔物だ」

 

 声に出してカイトは意識を切り替える。状況がどうであれここは【神域】なのだ。一秒後に死ぬ可能性だって大いにある。カイトは着弾地点まで赴き、比較的綺麗な魔物の死体をかき集める。数分後、魔物を集めきったカイトは、ニヤリと笑って食事の挨拶のように手を合わせた。

 

 「さて、一体どんな固有魔法がとれるのかなーっと」

 

 

 

 =================

 

 木下カイト

 17歳

 男

 レベル : 49

 天職 : 操縦師

 筋力 : 1260

 体力 : 1860

 耐性 : 1260

 敏捷 : 3380

 魔力 : 1830

 魔耐 : 1830

 技能 : 廻操[+現象操作]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・威圧・衝撃変換・迷彩・剛腕・天歩[+空力][+縮地]・加速・限界突破・結応[+侵食]・言語理解

 

 =================

 

 

 「あー……やっと見つけた……」

 

 カイトの探索は続く。

【神域】に巨大なクレーターをブチ開けてからカイトはひたすらに進み続けていた。何度極彩色の壁を見つけて進んでもその先は少し景色が変わるだけで魔物の襲撃の勢いは収まることは無かった。しかも魔物を殺すだけでなくそれに並列して何処にあるかも分からない次の空間へのワープゲートを見つけなければいけないのだ。

 森の中で大量の羽虫に集られた時は本気で世界を滅ぼそうかと考えた程今のカイトはイラついてる。

 カイトの怒りの原因をいくつか紹介すると、先程も言った羽虫の集団、と言っても蚊柱のようなものではなく、六十センチ程度の大きさのまるでブナ○ブラのような虫がブンブンブンブンと百匹以上集まって来たのだ。刺されれば全身に痺れが走り身動きが取れなくなりぶっ倒れた。カイトの"現象操作"がアクション要らずの技能じゃなければ死んでいた事だろう。勿論、全て殺したあと喰った。黄緑とも黄色ともとれない体液がとてつもなく甘かった事に毒かと焦りはしたが、唯の蜜だった事にちょっとイラついたカイトなのであった。その後、その森に火を放って焼却し尽くしたのは余談だ。

 さらには尾が三つに分かれた黒猫モドキなんかもいた。魔物らしくないキュートな見た目に反して幻覚に見せてきたり、カイトがそれを鍛えられた精神力と気合いで打ち消した後には、突然背中が割れて何本もの触手を生やして飛びついて来たりと。そのときは思わず女子のような悲鳴を上げたりした。それも喰ったが虫より不味いことに二倍でイラついた。

 他にもショッキングピンクのワニモドキや超巨大なダチョウモドキ、空飛ぶスパゲッティ・モンスターモドキ(一瞬で逃げた)なんかもいた。

 

 「絶対に殺す……エヒトは俺の思いつく限りの残虐な方法をもってぶち殺す……生まれた事を後悔させてやる……」

 

 そんな今のカイトのステータスはこうだ。

 

 =================

 

 木下カイト

 17歳

 男

 レベル : 73

 天職 : 操縦師

 筋力 : 1960

 体力 : 2360

 耐性 : 1960

 敏捷 : 4980

 魔力 : 2730

 魔耐 : 2730

 技能 : 廻操[+現象操作]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・威圧・衝撃変換・迷彩・先読・威圧・遠見・気配感知・魔力感知・剛力・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・剛腕・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・加速・限界突破・結応[+侵食]・言語理解

 

 =================

 

 まさにチート。しかし、喰ってきた魔物の種類はもっと多いのだ。一概に喰えば固有魔法が手に入るというものではないらしい。ステータスは上がるが、固有魔法はそれなりの強さをもった魔物でなければ発現しなくなった。身体の質が変化しているのか、それとも魔物の不思議パワーが打ち消し合いでもするのか、そもそもそういうものなのか、それは分からないが少なくとも世界線を超えて干渉出来る力をもった者を目標としているカイトにとっては芳しい事ではなかった。

 

 話は戻るが、今カイトはゲートの前にいる。超えたゲートも数知れず。少なくとも両手の指で数える事は出来ない。魔物の肉が少量でも魔力を回復する力を持ってなければすぐさま魔力枯渇となっていただろう。まぁ、今のカイトならば徒手空拳で硬い魔物以外は狩れるのだが。

 幾つもの空間を超えてきて疲労は溜まっている。だがそんな事で止まるなんて甘い考えは深淵に捨ててきた。何度見たか分からないゲートにカイトは飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 「……は?」

 

 光が収まった先は、大海の上、地面なんて無く、カイトは真っ逆さまに海へと落ちて行く。

 

 




ビル投げをさせたかっただけの話。次話は明日か明後日にでも投稿する思います
ところで大迷宮の攻略の証って無限湧きするんですかね


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神獣

あああああああああああああ一分足りなかったああああああああああ
遅れてすいませんでしたあああああああ



 ゴッッッ! と風が舞う。

 "現象操作"で風を増幅させカイトは浮き上がる。一瞬の浮遊のうち、体勢を整えると"天歩"で空中に降り立った。

 

 「はぁぁぁぁぁ……ウゼェ。つくづく思うがエヒトってクソ性格悪ぃよな……」

 

 カイトは深い溜息を吐く。一瞬焦りはしたが何度も生命の危機には遭ってきた。これしきのことはさらにイラつきが増すだけだ。

 

 「あぁ、めんどくせぇなぁ。こんな辺鄙な場所で魔力使いたくないんだけどな。立地悪すぎだろ。エヒトはどんな場所に住んでんだ、頭悪ぃのかよ」

 

 ウダウダと文句を言いながらカイトは"天歩"で文字通り空を駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 「クゥエエエエエエ!」

 「ハイ邪魔」

 

 風弾が飛来してきた鮮やかな色をした巨大なインコのような見た目をした鳥型の魔物を撃ち落とす。

 

 「キィィィイイイイ!」

 「鬱陶しい」

 

 海中から顔を出して口から何かを吐き出そうとしていたトビウオのような見た目をした魔物をあらかじめ拾っておいた石ころで撃ち抜く。

 

 「────────!!」

 「死ね」

 

 触手を叩きつけてきたイカともタコともクラゲともとれない軟体動物を掴んで引き裂く。

 一度、鳥型の魔物に襲われ、それを対処しているうちに次の魔物が接近する。集まった魔物にさらに魔物が群がり、ねずみ算方式で増えていった結果、カイトは現在、大量の魔物に辺りを包囲されていた。

 

 「ああ、クソ、ウザってぇな。纏めて殺すか」

 

 カイトが魔物をまるごと消し飛ばそうと圧縮した黒い魔力がスパークした瞬間、突如暗雲が覆った。

 カイトを囲っていた魔物共も、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

 「なんだ?」

 

 映る影を見れば、全長は三百メートル以上あるのではないだろうか。胴回り一つとっても簡単には目測できないほどの太さがある。全身を金属質の鱗で覆われていて、背中にも硬質な輝きを持つ背びれが付いており、まるで刃のようにギラついている。

 

 海中より、悪夢が顕現する。

 

 その姿は、まるで蛇ような。海面から五十メートル以上も飛び出し鎌首をもたげる竜のような頭部。大きさは、鱗の一枚一枚が人間の子供ほどもあると言えば、その巨大さが伝わるだろう。そこに、赤黒い光を放つ一対の眼と、ズラリと並んだ二重の鋭い牙、両サイドにヒレのようなものが付いている。ヒレは、胴体と同じく金属質の輝きと刃の鋭さを持っていて、触れるだけでスッパリと両断されてしまいそうだ。

 

 尋常でないプレッシャー。そこに存在するだけで空が暗雲に包まれ、海は世界の終わりでも訪れたように大きく荒れる。鋼鉄よりも尚硬そうな無数の鱗に包まれた大蛇、否、海龍の姿は、さながら地球の伝承にあるリヴァイアサンのよう。その威厳と圧倒的なプレッシャーに満ち溢れたその姿はカイトの頭に『神獣』という単語を叩きつけてくる。

 

 キシャァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

 神獣が、吠える。

 凄まじい咆哮が轟き、空間をビリビリと震わせた。体を叩き、更には精神に得体の知れない波を伝播させる。おそらく、恐慌を引き起こさせるような効果が含まれた咆哮だったのだろう。

 

 咆哮の音圧が衝撃となってカイトに直接襲い掛かる。カイトは右手を翳し、魔力を"衝撃変換"して相殺する。

 

 「ハッ!ウミヘビ如きが。人間様に楯突いてんじゃねぇよ!」

 

 カイトは傲岸不遜な態度をとって自分自身を鼓舞する。幾ら強いプレッシャーを放っているとはいえカイトはもっと強い存在を知っている。言ってしまえば、神獣はただの通過点でしかないのだ。神殺しの悲願を達成するにはこの程度の障害は意に介していられない。空気の振動程度に揺れるとうなヤワな精神構造は深淵の奥に捨ててきた。

 

 「邪魔するってンなら、ぶち殺す」

 

 突如カイトの姿が掻き消える。

 "加速"だ。引き伸ばされた時間の中、カイトは何度も宙を蹴って神獣に肉薄する。

 

 「吹っ飛べ」

 

 神獣がカイトの接近に気付いた時にはもう遅い。"加速"により、音の壁を幾つも超えた拳は"衝撃変換"と"剛腕"によって更に威力が底上げされている。

 

 ドゴンッッッ!!

 

 鈍い音を立てて神獣の眉間に拳が叩き込まれた。

 神獣は顔を仰け反らせ、その紅眼でカイトを睨みつける。そして大きく息を吸い込むと

 

 ガァアアアアアアアアッ!!!

 

 二度目の咆哮。それを至近距離で食らったカイトは動きを硬直させ致命的な隙を晒す。

 それを見逃すような神獣では無い。

 神獣はその巨体に見合わない俊敏な動きで海中から尾を大きく振ってカイトに叩きつける。

 

 「あっ、が」

 

 カイトはとんでもない勢いで海中まで吹き飛ぶ。すぐさま体勢を立て直し、海中から空に上がろうとしてカイトの視界を真っ赤な炎が覆った。

 "現象操作"で逸らすも、熱をも遮断するには演算の時間が足りなかった。

 

 「ぐぁぁぁぁあああああ!!」

 

 海水が蒸発し、熱でカイトは蒸し焼きにされる。高速で回復を図るも、ダメージが早いか回復が早いか、イタチごっこになる。

 

(クソが!ここから出ないと話になんねぇ!)

 

 "衝撃変換"で炎と水を吹き飛ばし、間いた一瞬の隙にカイトは空へ駆け上がる。

 

 グォォォオオオオオ!

 

 その咆哮は挑発か。口角を上げ嗤うように神獣は吠える。

 

 今、自分は生存を否定されている。捕食の対象と見られている。敵が己の行く道に立ち塞がっている!怒りが一線を超え、カイトの頭がクリアになる。

 神獣を殺す。その事に思考の全てを回す。

 

 「……舐めやがって。"限界突破"」

 

 暗黒の魔力がカイトを包み、全てのステータスを三倍にに上昇させる。

 

 カイトの姿が掻き消え、神獣が辺りを見渡す。

 

 「──────ァァァアア……ッ!」

 

 握り拳を振りかぶり、神獣の眉間に叩きつける。先程の再演のような事だがそもそもの威力が違う。単純に三倍なのだ。神獣の顔が吹き飛び、海に叩きつけられる。

 

 「求めるは火、其れは力にして光、顕現せよ、"火種"」

 

 詠唱にてイメージを省略し、カイトは小さな火種を生み出す。しかし、突如十センチ程度だった火種が百メートルを超える火球に変貌する。

 

 「死ね」

 

 神獣が顔を上げた瞬間、超巨大な火球が直撃する。

 

 ァアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

 それは紛れもなく悲鳴。火球が海に入った瞬間、身体をのたうち回らせていた神獣に爆発の追撃が入る。

 

 「ハッ!ざまぁみやがれ」

 

 しかし、

 

 グァアアン!!

 

 神獣は死なず、少し甲高い声を上げたかと思うと、海水がその体を這うようにせり上がってきた。そして、破壊された場所を覆うと、まるで浸透するように海水が傷口に呑み込まれ、直後、傷口が盛り上がってビデオの逆再生のように修復し始めた。

 

 「なんだありゃ、殺すには全身を隈無く崩壊させないといけませんってか?上等だ」

 

 カイトは神獣が傷を修復している間に海に手を沈め"纏雷"を発動する。

 "纏雷"は文字通り(カミナリ)を纏う固有魔法だ。そして雷は最大十億ボルトにも及ぶ。そして触媒は海水。たっぷりと電気を通してくれるだろう。

 

ガァアアアアアアアアッ!!!

 

神獣は悲痛な叫びを上げる。

しかしカイトは追撃の手を弱めない。もう一度火種を発生させる。瞬間、またもや大爆発が起こった。

原理は簡単。中学生でもやる水素と酸素の燃焼である。

カイトは強者を甚振る事の官能に身を震わす。

この感情はなんだ?この身を擽るような快感と大笑いしたくなる昂りは……────そう、この感情は愉悦!

 

「ははははははははははははっ!!愉悦、そうか!愉悦だ!くははははっ────?」

 

神獣が今まで以上の速度で尾を叩きつけてくる。カイトはそれを紙一重で躱し、神獣を睨みつける。

 

キシャァァアアアアアアアアアアアアアッ!!

「嘘だろお前、本気じゃなかったとか言わないよなぁ?」

 

ゴウッッッ!!

 

海水が渦巻き、水の竜巻がとなってカイトに襲いかかる。

幾つにも枝分かれしたそれはカイトの回避路を尽く潰し確実に攻撃を当ててくる。

 

ガァアアアアアアアアッ!!!

 

炎のブレスがカイト目掛けて飛ぶ。カイトは一か八か"現象操作"でそれを弾き返し神獣の口内に侵入する。

 

(そうだよ、なに勘違いしてたんだ。こいつを殺すのに派手さはいらない。必要なのは、隙と殺す意志だけだ)

 

グチュン、とカイトは手を上顎に突き入れる。

やる事はいつかの模範。神経を伝って脳を破壊するだけだ。

 

ァアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

ブレスは止み、のたうち回るだけ。そして突如ビクリと大きく身体を震わすと、神獣は海の中に倒れ込んだ。

 

カイトは神獣の口内から飛び出すと、大きく伸びをした。

 

「なんだ、こんな簡単に殺せたんじゃないか。変に爆発とか起こさなくても最初からこうしていれば勝て────」

 

水流がカイトの腹を突き破っていた。

 

「────は?」

 

キシャァァアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

「ごぶっ、」

 

口から大量の血を溢れさせ、カイトはフラリと揺れる。

神獣は全身に水を纏い傷を修復させながらカイトを水で撃ち抜いていたのだ。

やがて"天歩"を保つ力も無くなり、カイトは海に落ちる。

 

ドポン、とした音がやけに大きく聞こえた気がした。

今は修復に手間取っている為か神獣はカイトを積極的に攻撃しないが、どのみち失血で死ぬか溺れて死ぬかする。

苦しみが増えるだけ、こっちの方が損とも言えるかもしれない。

水の音が頭の中に強く響く。

 

カイトの胸中に激烈な闇が灯る。

俺は何している? エヒトを殺すんじゃなかったのか? いつまでこんな不甲斐ない姿を晒せばいい? 身勝手に自分の命を刈り取る事を許容するのか? あんな爬虫類如きに屈するのか? ふざけるな、ふざけるなよ木下カイト。 何の為に俺はあの地獄を乗り越えて来たんだ? 殺す為だ。 あらゆる理不尽を潰し、引き裂き、抉って自分の身を満たす為だ。 ならばこんな場所で終わっていいのか? 世界を呪え。 力を求めろ。 猛り狂う程の激情を全て力に。 全ては復讐の為。 周りなど気にするな。 世界は己のみだ。 鎖を引きちぎれ。 縛るものなんて壊せばいい。 無限の可能性の全てを網羅しろ。

そしてカイトは、幾つもの壁を超えた。

"廻操"の派生技能[+法則操作]、"天歩"の最終派生技能[+瞬光]、"限界突破"の派生技能[+覇潰]。まずは"廻操"で傷を塞ぐ。ここで綺麗に治す必要はない。あと数分の戦闘、それを耐えれれば上々だ。

 

「殺す」

 

短く呟き、"覇潰"と"瞬光"を発動する。全ステータスが五倍となり、体感時間が圧縮され身体に活力が漲る。

 

────ドシュンッ!

 

カイトは一瞬で音速を超えた。

神獣の目の前に移動すると、脳天に踵を落とす。

轟音が響き、神獣の金属製の鱗が砕け内側から鮮やかな色をした肉が見える。

 

ガァアアアアアアアアッ!!!

 

神獣は吠えて炎を吐く。しかしもうそこにカイトはいない。神獣は顎を蹴り上げられ口を自らの炎で焼く。

次の瞬間にはカイトは消滅しており、横顔を雷で焼かれる。

神獣が無差別に水流を操っても、カイトはそれを"侵食"で塗りつぶし操作権を奪取する。カイトは神獣を蹂躙する。しかし、

 

「────致命的に決定打が足りねぇな」

 

ァアアアアアアアアアアアアアアッ!

 

丁度神獣が吠え、海水で回復を始める。神獣が傷を修復するときは大きな隙が出来る。そこでカイトは目を瞑り意識を高めた。

 

(考えろ、演算するんだ。思考の海に沈め)

 

カイトの周囲の空気がバチバチと悲鳴を上げ、海面がカイトを避けるように蠢き、蒸発していく。

カイトの身体に黒い旋風が巻き起こり、衣服がはためく。瞬間、黒と黄金のエネルギーがカイトの周りで交わり、収縮して右手に収まる。

混沌としたその光は、存在するだけで辺りに影響を及ぼす。その正体は、【神域】を形作るエネルギーの集合体。カイトは一度、深淵にて世界の構造を解き明かしている。ならば技能が法則まで操作出来るようになり、巡回するエネルギーの全てを収縮、圧縮したもの。【神域】という特殊なフィールドのみで使える、カイトの今のところ最強の攻撃手段だ。

 

ピィィイイイ〜!

 

神獣がその攻撃の危険性に気づき、逃走を図るも一手遅れた。

 

「ォォォォォォォオオアアアアッ!!」

 

ゴッッッ!!!!

 

右の拳を振りかぶる。

それだけの行動でエネルギーの奔流が荒れ狂い、神獣の身体を肉片一つ残して消し飛ばした。更に海の殆どの水を蒸発させ、神獣が消えた後に現れた島も衝撃で地表を薙ぎ払った。

 

「あぐ、ァ……、ぎ、ィ……」

 

カイトはこれ以上に無いくらいの頭痛に苛まれつつも、先を目指そうと踏み出す。しかし、その瞬間、カイトの身体を覆っていた黒い魔力が霧散した。"覇潰"のタイムリミットが来たのだ。

 

(あ、死────)

 

最後、銀色の羽が見えたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「ノイントを向かわせたならば、死にはしないだろう。及第点、としておいてやろうか。深淵より帰還した事は褒めてやるぞ、木下カイト」




もっと長くなると思ってたのに……
もしかするとバトル描写苦手かもしれない……
あと途中出てきた愉悦は後々に続く(気がする)


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這い寄る悪神エヒトさま

アニメ化イエーイ!!なんとか年内更新出来た……
あと一万文字超えました


 ゆったりと、丁度いい温度の湯の中を漂う。全身が包まれ、心地の良い感覚に身を委ねたい衝動に駆られる。

 

 「……。あぁ、」

 

 意図せず、呻き声とも喘ぎ声ともとれない声を漏らす。

 

(なんだこれ……俺はどうなった?神獣は?倒せたのか?それとも俺は殺されちまったのか?……いや、もうそんな事はどうでもいいか。ここにいれば何もしなくていいんだから……)

 

 突如、沼に沈んでいくような、足元から何かが絡みついてくるような感覚が走る。暖かい筈なのに、強い嫌悪感を覚える。

 

(くそ、やめろよ。俺はもっとここに浸っていたいんだ……邪魔をするな)

 

 しかし、カイトの考えなど知らないとばかりにその感覚は身体を這い上がり、縛り付けるようなものへと変化する。

 

(やめろ、俺に入ってくるな、俺を縛るな、俺の自由を奪うな!)

 

 

 ふわりと浮上するような気分と共に、意識が明瞭となってカイトは目を覚ました。

 

 「ほう、流石にそう柔い精神はしていないか」

 

 カイトの眼前には黄金が佇んでいた。

 中性的な見た目をしたヒトガタ。眼球はどんな宝石よりも美しい黄金に彩られいるというのに、無感情な、まるで陶器を見ているような気分を沸き立たせる。

 その身から放たれる圧は"神獣"の比では無く、超越者としての貫禄を身にまとっていた。

 故にカイトは瞬時に理解した。

 "ソレ"はカイト自身を深淵に引きずり込んだ張本人にしてカイトの憎むべき相手。カイトにとっては絶対悪とも言える程の存在。

 

 「エヒトォッッ!!」

 

 瞬間、カイトの右の拳に光が収縮する。"限界突破"と同時に真白の世界がカイトの"侵食"によって黒く染められ、空間そのものがエヒトを拘束するべく襲い掛かる。カイトは魔力の消費など顧みず、一撃に全てを掛けた。

 

 轟ッッッ!!!

 

 カイトの腕が振るわれ、神獣を一撃で消滅させてなお余りある極光がエヒトに襲いかかる。

 

 しかし、

 

 「温いな」

 

 極光はエヒトが手を翳しただけで消失し、"侵食"した世界はとっくに塗り替えられていた。

 

 「ふふ、随分な御挨拶では無いか。なぁ?イレギュラー」

 「クソがッ!!」

 

 魔力を全て消費したが、そんな事は関係ない。カイトは流れるようにしてエヒトに肉薄し、勇者の数十倍の速度で拳を振るう。

 

 「無駄な行動は慎むべきだぞ?」

 

 シャランと、刃と刃を軽く剃り合わせたような音が耳に届いた瞬間、カイトは両の手足を細身の剣で刺し貫かれ地面に縫い付けた。

 

 「ッガァァァァアアアアアア!!!」

 

 痛みなんてもはやどうでも良い事。カイトは雄叫びをあげ、気力を振り絞って剣を引き抜く。しかし拘束を解いた瞬間に黄金の鎖がカイトの身体を雁字搦めに縛り付ける。

 

 たおやかな笑みを浮かべ、嗤うようにしてエヒトは話しかける。

 

 「まるで狂犬だな。そう興奮するなよ、躾をしたくなってしまうだろう?」

 「……巫山戯るなよドブゲロ。死んどけば良かったのに」

 

 純然な殺意を以てカイトはそう吐き捨てた。しかしエヒトはそれに気を悪くするどころか、まるで愉快だと言わんばかりに笑みを深めた。

 

 「やはりお前は面白いな。我に対面してそんな事を言った奴は初めてだ」

 「ゴミボケが。気持ち悪ぃ面を晒すな」

 「くくく、そのような態度はお前達の言葉でいう"嫌よ嫌よも好きのうち"というものか?フハハハッ!お前のような者が我に媚びてくるとなれば相当に面白いのであろうな!」

 「クソカスが……」

 

 カイトはエヒトの訳の分からない思考にイラつきを募らせる。

 

 「フハハハハハハっ!そう怖い顔をするでない、可愛らしい顔が台無しだぞ?」

 「はぁ?何だテメェ、ホモかよ気色悪ぃ」

 「我に性別など関係ないのだがな。お前が好みであっただけだ。まぁ、世間一般に見てもお前の顔は中性的なものとして捉えられるだろうがな」

 「世間一般をテメェが語ってんじゃねぇよ。それよりさっき、テメェは何をやったんだ」

 「答える必要は無い、という事も面白いが特別だ。答えてやろう。此処を何処だと思っているのだ?お前が神獣を斃した先の力だが、あれは元々我のモノだぞ?」

 「っ、あーそうかよ、確かにアレは【神域】を構成するエネルギーを圧縮して出来たやつだったな。クソ、全く頭が回らなかった」

 「まぁそう悲観するな。アレがお前自身の純粋なエネルギーであればこの我でも傷を負っていたかもしれんぞ?」

 「うるせぇよ、テメェをぶち殺せなきゃ意味がないんだ」

 「叶えられないものは目標とも夢とも言わずに願望というのだよ」

 「ドカスが……!」

 

 こうしている間も、カイトの手足からはダクダクと血が溢れ死へと歩を進めて行っている。未だ魔力は回復せず、カイトは危機に陥っていた。

 

 「そうだな、ここでお前を殺す事も訳無いが、それでは面白くない。ここは一つゲームをしようではないか」

 

 大仰に両腕を広げ「いい提案をした!」というような表情を浮かべ、エヒトは歌うように言い放った。

 

 「生死を賭けたサバイバルだ。時間は三日。我に触れるか三日間生き残るかでお前の勝利だ。ルールはない。好き放題にしろ」

 「は?」

(突然なんなんだ。全く意図が読めない。いや、もしかすると何も考えていやしないのかもしれないな。コイツは多分自分の利益と愉悦だけで動くタイプだ。ただ単に暇つぶし程度としか思ってないのかもしれない。いや、だがそれは僥倖だ。コイツが俺の事を舐め腐っていてくれるのなら何時でも殺すチャンスがある)

 

 カイトが思考を纏め終わった途端、エヒトは一つ指を鳴らした。するとカイトの全身を縛っていた鎖が解かれると共に身体が時を巻き戻したかのように再生し、魔力が回復した。

 

 「さぁ、スタートだ。我は逃げも隠れもせず此処にいるぞ?」

 「そうかよ」

 

 言い終わるが早いか、カイトは先程のようにエヒトに肉薄し拳を振るう。しかしそれはまたエヒトに届くことはなく、分厚い鋼の板に阻まれ、少しその板を陥没させただけの結果に終わった。

 

 「主に危害を加えようとしましたね?」

 「テメェは……」

 

 否。カイトの剛拳を防いだものは板なぞではなく、巨大な剣であった。

 それを扱うは全身に銀色を纏い、双翼を担った女。

 

 「貴方は未来で主の危機に値すると判断しました。これより排除します」

 

 "神の使徒"ノイントがゆっくりと双大剣を構える。それに相対するカイトは頭を掻き毟って言葉を漏らす。

 カイトはエヒトの方を睨みつけたが、エヒトはまるで「お前程度我が動く必要さえない」とでも言いたげに嘲りの表情を浮かべる。

 

 「これも分かってたってか、下衆。あぁクソッ、気に入らねぇ。全部手のひらで踊らされてるように思えてきちまう。……いいや、まぁ、後で存在している事を苦痛に思うくらいに潰すとして、だ────」

 

 そこで初めてカイトはノイントを目を合わせ、バキリと指を鳴らして口を開いた。

 

 「────かかって来いよ、泥人形」

 「ここで散りなさい。不敬者」

 

 たった一歩。カイトとノイントの距離はそれだけだ。

 ダンッ と、カイトは地面を陥没させるつもりなのかと思うほど強く踏み込んだ。ノイントの懐へと飛び込み、双大剣を封じるべくインファイトに持ち込む。それはまさに神速。トータスに存在する殆どの生物は反応出来ないだろう。

 しかしそれで黙ってやられる程"神の使徒"は弱くない。

 ノイントは焦らず冷静に大剣を横薙ぎにカイトの足に向かって振るう。

 

 「身体能力と状況把握、身体の運用は優秀ですがそれに見合った技が無い。力任せでは脅威になり得ません」

 「クソがっ」

 

 カイトは後ろに飛び退きノイントの斬撃を回避する。しかしすぐさま弐ノ太刀が襲い掛かり、カイトに攻撃のタイミングを掴ませない。

 カイトは左腕で刃を撫でるように触れて、軌道をずらす。

 しかし、刃に触れる直前。

 

 「かかりましたね、イレギュラー」

 

 ノイントがそう言葉を発した瞬間、大剣に淡い白銀の輝きが灯る。

 ヤバい、とカイトが思ってももう遅い。既にカイトは大剣に触れてしまっていた。

 大剣と接触している部分から、カイトの指が少しずつ消滅してゆく。サラサラと砂が流れるように。

 

 「な、ぁっ!?」

 「少々甘く見ていましたね?幾ら主が傍に置いているとはいえ、かの"神獣"程ではないだろう、と」

 

 図星であった。カイトは所詮人間だと高を括っていた。だがその認識は間違っていたのだ。ノイント、"神の使徒"は元々のステータスが四桁を超え、無限の魔力を保有したバケモノだ。さらに全ての個体が固有魔法として"分解"を取得している。そんな相手に舐めプが出来るカイトも相当だが、それよりもノイントは洗練されていた。

 カイトは一つ溜息を吐き、"加速"と"現象操作"の応用で消え去った指先の傷を埋める。

 

 「はぁ、クソが。今のはなんだ、消去?いや、そんな強力な固有魔法があればいちいち俺に近づく必要もねぇか。そうだな……テメェの固有魔法は"分解"ってところか?」

 「ご名答です、イレギュラー。たかだか一撃……いえ、先程のものは攻撃とも言えませんね。少々干渉されただけでそこまで理解出来るとはやはり貴方は危険です。時期が時期なら主の存在をも脅かすものとなっていた事でしょう」

 

 惜しみない賞賛。なにか裏があるのではと考えてしまう程、ノイントはカイトの事を強く評価した。しかし、今は悪い方向にそれが向いてしまっている。

 

 「ハッ、随分と高い評価を付けてくれるんだな。死ぬ程気に入らねぇが、俺は愉快な気狂い(エヒト)に歯牙も掛けられず伸されたんだが?」

 「はい、なので『時期が時期なら』と言ったのです。もし貴方が神代魔法でも手に入れた時には相当に厄介、いえ、そんな甘い存在ではありませんね。確実に危険な存在になることでしょう」

 「あん?今お前面白い事を言ったな。なんだ、神代魔法は手に入れれるものなのか?」

 「……失言でしたね。聞き出したいのなら一度私を服従させてみては如何でしょうか。もしかすると何かが分かるかも知れませんよ」

 「テメェも面倒臭い奴だな。テメェに構ってる時間は結構惜しいんだ。本当なら今すぐにでもゴミボケをぶち殺してぇんだよ。相手して欲しいのならもっと俺好みの女になることだな」

 「……生憎ですが、私に感情というものは存在しませんので」

 「そうかよ」

 

 会話が途切れる。カイトもノイントも、示し合わせたように構えた。カイトは全身に魔力を回し、足に力を込める。もう治癒の為に魔力は使ってしまった。カイトは手を抜くのを辞めて、ノイントを無力化することに決める。ノイントは双大剣をしっかりと握り込み、何が起こっても対応出来るようにと意識を鋭くさせる。

 

 「らァっ!」

 「ッ!?」

 

 ノイントが認識した時には、既にカイトは眼前までに迫っていた。先程のように何の変哲もない陳腐な攻撃ではない。"加速"と"衝撃変換"の乗った凄まじい一撃である。

 ノイントは咄嗟に双大剣をクロスさせ盾にした。体と着弾寸前の拳との間に大剣を割り込ませる。その試みはギリギリのところで間に合い、カイトの剛拳をせき止めた。

 しかし、その威力までは止められず、ガァアアン! という鋼をぶつけ合ったような凄まじい音を轟かせながら、ノイントは猛烈な勢いで吹き飛ばされた。

 そしてカイトはそれに追随する。

 ノイントが体勢を立て直し顔をあげるが既にカイトはノイントに追いついており、固く拳を握りこんでいた。

 

 「ぶっ飛べ」

 

 ゴドンッ!! と、凡そ人間が起こした物理攻撃とは思えない轟音が鳴り響く。

 ノイントの腹には深々とカイトの剛拳が突き刺さり、少しの猶予を以てノイントを吹き飛ばした。

 

 「ふぅ、死んだか?」

 

 プラプラと手首を振りながらカイトは軽く息を吐く。あくまでカイトの目的はエヒトを殺す事で、決してノイントに長い時間を掛ける程の余裕は持ってないのだ。

 確実にする為に追い打ちをかけて殺す事も可能だったが、カイトはそれを選ばなかった。

 利己的な考えだったが、カイトは初めて敵対した生物を殺さなかったのだ。

 しかし、それは今は"甘さ"となる。

 倒れ、微動だにしていたかったノイントが突如銀の双翼を振るう。そこから放たれるは銀の弾丸。固有魔法"分解"が付与されている殺意をたっぷりと乗せた銀羽が飛来する。

 

 「まぁ、そんな訳無いよな」

 

 カイトは焦らず思考速度を加速。コンマ数秒の内に回避可能なルートを導く。

 カイトは地面を強く踏みしめ自ら突撃した。

 ノイントは腹部を抑え大剣を支えにしながらも立ち上がるも、も既に目の前にはカイトが迫っていた。

 ノイントがカイトを認識する。だかそれはもう遅く、カイトはノイントの顔を掴み地面に叩きつけた。

 

 「がっ、は……!」

 「さっきので分かった事がある。生殖器官は見つかんなかったがそれ以外は結構人間の身体と変わんねぇ」

 「っ!」

 

 ノイントは力任せに大剣を振るう。技術はなくとも触れれば必ず分解されるということは強い凶悪さを持つ。

 カイトはノイントから手を離し後退した。

 

 「それが……どうしたというのです……!」

 「話す義理はねぇが、こうして相手をネチネチと潰すことは好きなのでね、話してやるよ」

 

 カイトは効率よりも愉悦をとった。

 ノイントが全身に銀の光を灯し、身体を回復させる。しかしカイトはそれを無視して言葉を続ける。両腕を広げ、ミュージカルの登場人物のように。

 

 「元々俺のいた世界にはあらゆる情報が手に入れられてな、中学生の時……と言っても分かんねぇか。ほんの二、三年前の話だ。格闘漫画にハマってね、よくあるように武術を模範的に練習してみた。普通は憧れは憧れで終わるんだろうが、何故か俺は才能があったみたいでね、素で出来ちまったんだよな。よくある死角を縫っての意識外からの攻撃とか、縮地だとか、弾道予測線を予測するだとか。いや、最後のは流石に嘘だが。どうやら俺は人と関わるのは苦手だが人を観察するのは得意だったらしくてね。とまぁそんな感じで人間の急所的なのは記憶してるんだよ。まぁ、終ぞ使うことはなかったがな」

 

 因みにその時は非攻撃的技術の練習となってくれた友人が存在していて、高校が分かれて会うことが無くなったという裏話もある。

 

 「能力だけではなく思想も危険と来ましたか。ここで確実に貴方を排除しなくてはいけない理由が増えました」

 「そう褒めるな」

 

 次に先に動くはノイント。双大剣を以てカイトに肉薄する。

 

 「はぁぁぁあああっ!」

 

 ノイントが同時に両の大剣を振るう。しかし刃が当たると思われたその瞬間、カイトが消滅する。

 その後突如ノイントの全身に衝撃が走り、ノーバウンドで十メートル以上吹き飛んだ。

 

 「こんな感じだ。意識外からの攻撃ってのは」

 

 ノイントが目を向けるとカイトが足を振り上げて立っていた。カイトは軽く身体を動かしながら何かを確かめるように呟く。

 

 「そうだよ、これだ。今まで戦ってきたのは物理的に人外なバケモノばっかだっただけなんだ。同じ人体という既知なら何の恐怖も抱く必要もない」

 

 カイトは犬歯を剥き出しにするように凶悪に笑う。

 

 「感謝するぜ。やっと自分を思い出した」

 「っ、何をっ!"劫火浪"!」

 

 ノイントが銀翼をはばたかせ、銀羽を宙にばら撒く。その銀羽はノイントの前方に一瞬で集まると魔法陣となりて強大な魔法を顕現させる。

 発動された魔法は天空を焦がす津波の如き大火。

 カイトに向かい、うねりを上げて頭上より覆い尽くすように熱量・展開規模共に桁外れの大火が迫る。

 

 「駄目だな。遅いし何より既存の法則に頼っているってのがダメだ」

 

 襲い来る大火に向かってカイトは右手を翳す。ニヒルな笑みを浮かべてカイトは棒立ちでいる。

 それがカイトを呑み込む寸前、翳されたカイトの手の平に触れた瞬間、炎の津波は元々存在していなかったかのように霧散した。

 

 「……これも凌ぐのですか」

 「炎ってのはただの燃焼っていう現象だ。俺は技能としてその現象を自由に操れてね、もっと理解不可で説明不能な謎攻撃じゃねぇと俺には通用しねぇよ」

 「吠えますね、イレギュラー!」

 「事実だからな」

 

 ノイントは銀の光を身体に纏う。さらに大量の、凡そ百を超える数の魔法陣を展開し、銀羽をカイトに打ち込みながら双大剣を構えてカイトに飛翔する。

 魔法陣から幾条もの雷撃が放たれる。その一つ一つは限りなく最上級魔法に近いレベルであり、放たれた銀羽は全てが地球のアンチマテリアルライフルを越えようかという威力である。

 

 「おいおい、まだ本気を出してなかったとかマジかよ」

 

 カイトは気を引き締め直し、"加速"を全身に付与させて応戦する。振るわれたカイトの腕から自然では起こり得ない暴風が唸り、銀羽を散らしてノイントに襲いかかる。既にカイトに魔法は通用しない。カイトの魔力が切れるまで、全ての魔法は打ち消されるか跳ね返されるかの結果に終わる。よってカイトは雷撃を取るに足らないモノだと判断した。

 しかし銀の光を纏ったノイントの動きは、先程までとは比べ物にならなかった。

 お互い、残像を残し、身体を何重にもブレさせながら戦う。その速度は音速に迫ろうかという程で、周囲にばら撒かれる衝撃だけで並の人間なら死に至る。

 

 

 「はぁぁあああっ!」

 

 ノイントは手に持つ双大剣を振り上げ、十字に斬撃を放つ。

 神速で振り抜かれた大剣は、空気を裂きながらカイトに迫る。"分解"の付与された触れれば必ず切り裂かれる攻撃。幾らカイトといえども、理解しきれていない固有魔法を使った攻撃には手を焼く。流石に危険と感じたのか最小限の動きで斬撃を躱し、"衝撃変換"の込められた拳を打つ。

 

 「っ!」

 

 ノイントはそれを翼で身体を覆うようにして防ぐ。しかし、幾ら"分解"が付与されていようと衝撃までは殺しきれず、ノイントは少し弾き飛ばされる。その隙を逃すカイトではない。その間にカイトは"限界突破"を発動した。

 

 「らぁああああっ!」

 「はぁああっ!」

 

 お互いに一歩踏み込み、殆ど距離ゼロの状態となる。

 超接近戦の幕が上がった。

 

 カイトは何度も拳撃を放ち、ラッシュをかける。

 それに対するノイントは一之大剣による幹竹割りの斬撃を放つ。カイトはそれを半身になってかわすが、直後、弐之大剣が逆袈裟に振るわれる。

 カイトは、"侵食"により空間を固め弐之大剣の動きを止める。バカみたいな量の魔力を食うためカイトとしてはとりたくなかった手段だが防御は出来ず回避も間に合わないとなれば使うしかなかった。

 一瞬大剣の動きが止まった瞬間、カイトはノイントの腕を折ろうと手を振り下ろす。ノイントは武器に拘っていては不味いと判断したしたのか手を離しカイトの剛拳を回避する。

 互いに至近距離で、相手の攻撃の為にあらゆる算段を演算し、動きを潰し、攻撃をかわし、弾きながら致命の一撃を与えんと全身全霊の武技を振るう。

 生命活動に必要な最低限の行動も今は捨て、互いを殺すべく行動する。

 黒と銀の魔力が混ざり合い、美しい輝きを辺りに放つ。

 

(……ヤベェな。このままじゃジリ貧だ。)

 

 "限界突破"には膨大な魔力を必要とする。幾らカイトの魔力が大量にあるとはいえ、無限に発動させれる訳では無いのだ。魔力が尽きれば自動的に強化は解除され、その後幾分か弱体化してしまう。それに対してノイントには無限の魔力炉が存在している。その事をカイトは先程ノイントを殴り飛ばした時に理解していた。故に、カイトは出し惜しみをすることを辞める決意をする。

 

 「握りつぶせ!」

 「ッ!?」

 

 空間を"侵食"。先程エヒトにしたように空間を固定し動きをとめさせる。止めていられる間はせいぜい数十秒だろう。しかし、その数十秒は今のカイトにとって十分過ぎる時間だ。

 

(必要最小限に、狙いを定めて)

 

 カイトは右拳を握り込み、混沌とした光を灯す。

 威力を調節した神獣殺し。最小の魔力であってもその威力は絶大だ。

 

 「ぉぉぁぁあああっ!」

 

 腕を振りかぶり極光を放つ、その瞬間。極光が突如爆発を起こした。

 

 「それをやられては面白くないのでな、勝手に止めさせて貰ったぞ」

 

 エヒトがそう口に出す。モロに爆発を喰らったカイトは少なくない怪我を負い、吹き飛ぶ。

 

 「やっぱテメェはとんでもねぇカスだな。あぁ、読んでたさ」

 

 カイトが吹き飛ばされた方向にはエヒトが佇んでいる。

 

 「ほう?そうやってノイントから逃げ、我に触れようというのか。だが、それは随分と甘い考えだぞ」

 「俺でもまどろっこしい方法だとは思うがな────」

 

 カイトは空中で体勢を整え、"加速"を発動して音速を超えてエヒトに向かう。

 

 「これは評価に下方修正が必要かもしれんな。そんな単純な方法しか思い浮かばんとはな」

 

 エヒトが指を鳴らす。すると空間に裂け、ギャリィィ! と黄金の鎖が飛び出してくる。それはカイトを補足し、先程のようにカイトを縛りつけんと一直線に進む。しかし着弾する寸前、突如カイトの姿が掻き消える。

 

 「何ッ!?」

 「────"幻影"」

 

 カイトはエヒトの背後に姿を現す。カイトの拳はしっかりと握りこまれ、拳撃を放っていた。

 

 「らぁああああっ!」

 「おのれぇぇぇえええ!」

 

 カイトの身体の真下から黄金の鎖が幾条も飛び出し、カイトの全身を縛る。

 しかし────

 

 「くははっ、ほら、触れたぞ。ゴミボケ」

 「……、」

 

 カイトの拳は確かにエヒトに届いていた。威力も何も無い一撃、いや、攻撃とも言えない代物であったが、確かに『触れる』ということには成功していた。

 

 「主よっ!」

 

 丁度そこにノイントが到着する。その状態を見てノイントは激昂し、カイトに大剣を突きつけた。

 

 「やはり貴方は危険だイレギュラー!絶対に始末を付けなければいけない!主よ、ご命令を!」

 「……フ、フハハハハ……フハハハハハハハハ!!面白ぞイレギュラー!まさかお前がそんな小細工を練ってくるとはな!今のはお前を理解していなかった我の落ち度だな!フハハハハハハ!よい、ノイント。お前は勇者の方にでも出向くが良い」

 「ですが主よ……」

 「命令だ。行け」

 「……承知しました」

 

 そう言って空間の波紋に飛び込んでいった。

 

 「さて、では話をしようかイレギュラー」

 

 エヒトは指を鳴らし、カイトを縛り付けていた黄金の鎖を消滅させる。

 

 「……おいおいエヒトさんよぉ、何勝手にアイツをどっかにやってんだ。『あっれー???貴方感情無いんですよねー???なんで怒っちゃってるんですかー???』っておちょくるの忘れたじゃねぇか」

 「我という至高の存在と共に時を過ごしているのだぞ?それが最上の悦びであろう?」

 「は?死ねよ」

 

 そんなカイトの言葉にもエヒトは笑みを深める。その事にカイトは「エヒトって実はドMなんじゃね……?」と疑問を持ち始めた。

 

 「まぁそう怒るな。それにしてもお前がここまで早く条件を達成するとは思わなかったぞ」

 「そうかよ。で?それがどうした」

 「会話とはもっと楽しむものだぞ?」

 「うるせぇテメェが一般論を語んな死ね」

 「ふむ、では結論を言おう。欲しいものを言ってみろ」

 「は?」

 「願うものだ。思っていたよりお前は面白かったのでな、我が特別に施しを与えてやろうというわけだ」

 「何だテメェ……怪し過ぎんだろ」

(また訳の分からねぇ事を言い始めたぞこいつは。何が目的なんだ?全く思考が読めない)

 

 「人の親切は大人しく受け取る事が吉だ」

 「非人間がほざくな」

 「成程。お前は我が信用出来ないと」

 「何言ってんだ。当たり前だろ?」

 「仕方ない……これはサービスだ」

 

 そう言ってエヒトは指を鳴らす。またあの鎖が飛び出してくるのではないかとカイトは身を強ばらせる。だがそんなことは起きず。

 

 「何だこれ……」

 

 カイトの全身を淡い黄金の光が覆う。すると深淵で負った傷跡が綺麗に無くなり、カイトのボロボロだった服が地球にいた頃着ていた制服へと変貌していた。

 

 「何だ……テメェ、何をしやがった?」

 「おや、気に入らなかったのか?一応貴様の心に一番強く残っていた服装であったのだがな」

 「そういうことじゃねぇ!こんな事をしてテメェは何を求めてやがるんだ?」

 「……面白さ、だな。我は退屈なのだよ。今回お前達を召喚したのも暇潰しの為だ。その中でもお前は我の気に止まったからな、こうやって施しを与えてやろうというわけだ。それで?何か求めるモノは決まったか?」

 「ッチ、気に入らねぇな……何よりその透かしたような目が気に入らねぇ。そうだ、テメェの目を寄越せ。それが俺の願う事だ」

 「やはり、面白い事を願うな」

 

 エヒトはカイトに手を翳す。するとエヒトの手に光が灯り、段々と輝いていく。それは爛々と輝きを増し、光の爆発を起こした。

 

 「ッ!?テメェッ!」

 

 カイトがエヒトの居る方法へ踏み込もうとした瞬間、光が収まった。

 

 「それ、終わったぞ」

 「はぁ?何も変わってねぇじゃねぇか」

 「それはお前がまだ"神眼"の扱い方を理解してないからだ。その内に分かる」

 「胡散臭ぇ……」

 

 カイトは自身を見る事が出来ないから分かっていないが、カイトのその両目は元々黒目だった部分が黄金色に染まっていた。

 

 「あぁ、忘れるところであったな。これもプレゼントだ」

 

 エヒトは空間から何かを取り出し、カイトに放り投げる。

 それは神獣の肉であった。

 

 「あぁ?」

 「神獣の肉だ。魔物を喰えば強くなれるのであろう?喰え」

 「なんで持ってる……はどうでもいいな。テメェの言いなりになるのは癪だがこいつは純粋に欲しかったんだ。殺すのは変わりねぇがほんの少しだけ評価をあげといてやる」

 「フハハハッ!それはそれは有難い。フハハハハハハッ!」

 

 ガブリ、と一口。既に魔物の肉の味なぞ()()()()()()()()()()()()

 

 「ガッ……!?」

(痛てぇ、なんだこれエヒトの仕業か……?いや、この感じは……最初に四つ目狼を喰ったのと同じ……魔力の侵食か!)

 

 そう結論づけたカイトは逆に"侵食"を発動し、自らの糧としていく。身体の痛みが引いていくと同時に力が滾る。数分後には完全に神獣の力を己のモノにしていた。

 

 「……はぁ、痛ってぇな」

 「ふむ、魔物を捕食することで固有魔法を手に入れられるのか。興味深いな」

 「テメェの意見なんざ誰も聞いちゃいねぇよ」

 

 そう言いながらカイトはステータスプレートを取り出し、ステータスを確認する────

 

 「無防備過ぎるぞ」

 

 ────瞬間、カイトの胸をエヒトの腕が貫いた。

 

 「……は?」

 「安心しろ。起きた時には我の傀儡となっているだけだ。それ程自由をする奪う気もない。普段は自由にしておいてやる」

 「テメェ!ッ、ガハッ…ゴボッ…」

 

 カイトは口から大量の血を吐き出した。意識か霞み、視界が揺らいでいく。

 

 「まぁ、我に目をつけられた事が運の尽きだと思え」

 「絶対に……殺してやるからな……!」

 「楽しみにしておこう」

 

 そうしてカイトの意識は途切れた。

 

 

 

 

 




いままで辛勝しか無かったから少しは強いぜって所を見させたかっただけなんだ……決してノイントが嫌いとかそんなんじゃないんだ……相性って思って下さい……


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『神の使徒』

今回は繋ぎ回です
アニメ延期の期間で絵が修正されればいいんですが


 「起きなさい、イレギュ……木下カイト」

 

 ノイントがカイトの肩を掴み揺すりながら話しかける。

 だが、カイトは目を覚まさない。

 

 「木下カイト、起きなさい。……全く。主もこの者を連れ去ったと思えば長い間帰還されなかったですし……帰還なされたと思えばまたどこかへ行ってしまいますし……」

 

 ノイントは再度カイトの肩を揺すり語りかける。

 

 「……木下カイト、起きなさい。目を覚まさない場合こちらも手があります。」

 

 しかし起きない。

 

 「……成程。ならば仕方ないですね。ふんっ!」

 

 そう言ってノイントはカイトの鳩尾に踵を落とす。結構な威力だ。もしかすると、案外カイトとの戦いでエヒトにいい格好を見せられなかった事を気にしていたのかもしれない。

 

 「っ、げっほ、ぇほっけほっ! んっ……はぁ、あー……おはようございます、ノイント。 えっと……」

 「質問です。意識は明瞭ですか?」

 「はい?まぁ、一応。ぼやける様な気分ではありませんよ」

 「なら良いです。第二の質問です。意識を失う前の事を思い出せますか?」

 「勿論。エヒトルジュエ様が……」

 「(自らの真名まで教えてるとは。余程、主はこの者がお気に入りなのですね)」

 

 ノイントが思考を回していると、言葉に詰まったカイトが頭を抱え何かを呟き始めた。それを不審に思ったノイントは直ぐにカイトを始末出来るように意識を鋭くさせる。

 

 「どうかしましたか?まさか記憶が無いということはありませんね?」

 「いえ、エヒトルジュエ様に()()()()()が『神の使徒』となる事を認めて下さり、特別にと"神眼"を授けて下さった事はきちんと覚えています。ですが────」

 「(成程。木下カイトは自ら神の使徒となった、そういう事に書き変わっているのですね。それにしては身体は目が黄金に変わっている事以外全くと言っていいほど変化していませんが……)」

 「────ノイント、質問です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「……え?」

 「いえ、ですから────」

 「二度も言わなくて大丈夫です。えっと、それは僕、や私、などの一人称の事ですか?」

 「はい」

 「……、(自己のアイデンティティの消失、ですか? 随分と厄介な。下手したらエピソード記憶そのものが消えている可能性もありますね)」

 「あの、ノイント? もしかして木下カイトは某、とか珍、とか 〜ってカイトはカイトは思ってみたり! とか言う感じの人間だったのですか……!?」

 

 恐る恐る、といった様でカイトはノイントに少し怯えたような目線を送る。ノイントからすれば(誰だコイツ)と思わず思ってしまうような【神域】を攻略している時のカイトからは考えられない姿である。

 

 「い、いえ、貴方はいたって一般的な一人称でしたよ。俺、と自分の事を呼んでましたね」

 

 態度は俺様系だった、という事は、ノイントは胸の内に閉まっておいた。

 

 「そうですか。……それは良かった」

 

 心底ほっとした様子でカイトは深く息を吐いた。

 

 「(なんだか違和感がとてつもないですね。このようなしおらしい態度なら好感が持て────)っと、忘れるところでした。そうですね……昨日食べたモノは言えますか?」

 「ここ一週間程は魔物の肉しか食べていなかったのですが」

 「あぁ、すみません。それは考慮していませんでした。えーっと、勇者の仲間達の顔と名前は思い出せますか?」

 「え? はぁ、今から全員の名前を述べることくらいは容易ですが……それが何か?」

 「いえ、もう大丈夫です。(記憶は問題ないようですね。つまりおかしくなっている原因は木下カイトを無理矢理性格を変化させて神の使徒という器に押し込めた弊害ですか。イレギュラーの元の精神と主の駒としての『こうあれ』という制約が擦れ合った部分が異常をきたしているようですね)」

 

 そこで、話す事も無くなり、暫し静寂が訪れる。

 カイトもノイントも、独りを特に忌むものだとは考えて無い為、双方口を開くことは無い。ノイントはカイトが"神の使徒"となった事で少しは見る目が変化しているが、完全な安全性を確認した訳では無い為、そうフレンドリーに接する気が無いという理由だ。それに対し、カイトは『特に必要が無いから』という考えの元である。深淵に堕ちた時から生来の女と話す時は極端に挙動不審となる、という性質は、周りのありとあらゆる存在は己を害する存在という環境の仕業で粉微塵に粉砕されたが、代わりに極端な程の効率主義となってしまった。自らの愉悦の為にはあらゆる消費を惜しまない、という快楽主義者となる歪んだ性質も追加されて。

 

 それから幾分が経ったところでどこからかエヒトが現れた。

 

 「……ふむ、その様子だと現状の把握程度は終わったところか?」

 「主!」

 「エヒトルジュエ様!」

 

 二人はエヒトに膝をつき、恭しく頭を垂れる。

 

 「ク、フハハッ!フハハハハハハハハハハ!!」

 「どうかいたしましたか?エヒトルジュエ様()

 

 突然高笑いをあげたエヒトに対して、二人は疑問の表情を浮かべる。

 

 「いや、なに、ここまで悦を感じたのは"解放者"の思惑を尽く叩き潰した以来だと思ってな。態々()()()()()甲斐があったというものよ」

 「???」

 

 理解できない、とばかりにカイトは疑問の表情をさらに深める。それに対してノイントはエヒトの言葉に少しであるが苦悶の表情を浮かべた。

 

 「あぁ、無駄な話であったな。ところでカイト、既にステータスプレートは確認したか?」

 「いえ、先程エヒトルジュエ様が仰っていたように俺の現状までをノイントと確認していただけなのでステータスプレートは確認しておりません」

 「そうか。なら今見ろ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 「是」

 

 

 =================

 

 木下カイト

 17歳

 男

 レベル : ???

 天職 : 操縦師

 筋力 : 16320

 体力 : 19300

 耐性 : 16320

 敏捷 : 23650

 魔力 : 19920

 魔耐 : 19920

 技能 : 廻操[+現象操作][+法則操作]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化][+部分強化][+集中強化]・胃酸強化・纏雷[+雷耐性][+出力増大]・威圧・迷彩・先読[+投影]・威圧・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・咆哮[+恐慌付与]・風纏・水流操作・自動再生[+水贄]・火炎放射・全属性耐性・分解能力・複合魔法・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・神眼[+千里眼][+遠見][+看破][+追憶][+透視][+魔力視][+赤外線視][+魅了]・剛力・毒耐性・麻痺耐性・剛腕・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・高速魔力回復[+魔素集束]・魔力変換[+体力変換][+治癒力変換][+衝撃変換]・加速[+効率上昇Ⅱ]・限界突破[+覇潰]・結応[+侵食]・言語理解

 

 =================

 

 

 「これは……」

 「ふむ、思っていたより化け物じみているな」

 「主よ!これはどういう事でしょうか」

 

ノイントは理解出来ないのだろう。何故ここまで爆発的にステータスが上がっているのか。何故ここまでの量の技能を手に入れているのか。

 

 「なに、此奴が意識を失っている内に神獣の肉を食わせ、双大剣術以外の使徒としての力を付与しただけだ。何故か身体の変容は不可能であったがな」

 

そこで、エヒトは言葉を区切りカイトの方へ向き直る。

 

「だからカイトには魔力炉が無い。持ち前の魔力だけでなんとかするんだな」

「"神眼"を与えて下さっただけで充分です。"解放者"達の迷宮を全て制覇してみせましょう」

「理解しているな。フリードとやらが先に迷宮攻略に乗り出している。お前も奴のように我の箱庭を守る為尽力するのだぞ?」

「この身は既にエヒトルジュエ様のモノです」

 

その解答に満足したのか、エヒトは愉悦の笑みを浮かべ、ゲートを開く。地上───本来のカイトが渇望して止まなかった通常世界への扉である。

 

「頭に知識は入っているだろう」

「是。全ての迷宮の位置は把握してます」

「なら良い。多少の自由は認める。()()()()()

「仰せのままに」

 

そう言って、カイトはゲートに飛び……こもうとしたが、それをエヒトが呼び止めた。

 

「御用でしょうか?」

「あぁ、餞別だ」

 

そう言ってエヒトは小さな何かを投げ渡す。

 

「……指輪? でしょうか」

「そうだ。空間魔法が付与されている特別製のな。奴らはそれを"宝物庫"と呼んでいた」

「"宝物庫"……。"解放者"のものですね? 」

「その通りだ。中身も一応入っているから自由に使うといい。魔力を込めれば物体の出し入れが出来るだろう」

「感謝しかありません。では、行ってまいります」

「励めよ」

「御心のままに」

 

そう言って今度こそカイトはゲートに飛び込んだ。

 

残ったのはエヒトとノイント。

ノイントは、恐る恐るといった様子でエヒトに話しかける。

 

「主よ、木下カイトにあそこまでの力を与えるのは不味かったのでは無いでしょうか。それに、主が仰っていた『態々我が動いた』という言葉の真意は……」

「あぁ、洗脳が解ける、という意味ならば不味かったであろうな。奴は精神のみを見ればとんでもない化け物だ。何せ、我の干渉を何度も弾くような奴なのだからな。矛盾も何もかも一切合切を無視して己の為に全てを使い切るような奴だ。今も、一見お前達"神の使徒"のような感じだが、本質は欠片も変わってないだろう」

「ならば!」

()()()()()、だ。奴ら"解放者"の残集を潰す事にももう飽いた。楽しみの為なら、少しの火遊びは許容せねばな」

「……主がそう仰るのであれば」

 

 




ありふれ零でミレディが本気での戦闘は残り一回しか出来ないとか言ってたんですけど……これはゴーレムの強化度合いをとんでもないことにしなければいけないのかな?あとありふれ零読んでると全ての敵に対して「ハジメなら二秒で殺せる」って考えてしまう……これは完全に毒されてますね
加筆しましたー
"宝物庫"無いと色々困るので追加しました。


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七大迷宮攻略RTA
帰宅(大嘘)


鈴は好きです。
なお今回の話は九割勢いで出来ています


 視界を埋めつくしていた光が収まり、直後に浮遊感が訪れる。しかしそれもすぐさま地に足が着いたことで収まった。景色にピントが合わさり、カイトは自らが何処にいるかを理解する。

 

 「……なるほど。流石に大聖堂の中、とはいかないようですね」

 

 背後を振り返れば豪奢な建物が。時刻は昼。どうやらカイトは【神山】の頂点、協会の前に降り立ったようである。

 

 「……人の気配は感じられませんね。王国の方にいるのでしょうか」

 

 協会の中に人の気配は感じられずカイトは怪訝な表情を浮かべる。そこでカイトは試すように"千里眼"を発動した。これは離れている場所に対してイメージさえすればその場の景色を視界に写すという技能である。深淵の景色ばかりが頭に残り、少々朧気なイメージであったが、それでもきちんと効果を発動した。

 見ているのに見ていないという矛盾により、頭に直接叩き込まれるようにして景色が写し出される。

 

 「イシュタルはいるようですね。勇者や主要な騎士達は……あぁ、居るみたいですね」

 

 どうやら今の時間はオルクス大迷宮に潜らず、城内で特訓をしているようだ。真の神の使徒としてエヒトから知識と力を貰った今、汗水垂らして"魔王"を妥当せんと修行を積む光輝らの行動のなんと無駄な事か、とカイトは鼻で笑った。

 

 「……いえ、彼等もエヒトルジュエ様の駒としての役目は果たしているのです。笑ってはいけませんね」

 

 自分を戒めるように軽く頬を叩き、意識を切り替える。

 

 「さて、久方振りの『ただいま』としましょうか」

 

 そう言ってカイトは、"天道"のロープウェイをガン無視し、助走をつけて【神山】の頂点から身を投げた。

 

 「よっと────っ!」

 

 空を飛ぶ(跳ぶ?)事は出来たがここまで重力に任せた安全なフライウェイは初めてだった為、カイトは笑みを浮かべ言葉になってない声を漏らす。

 何度か空を蹴り方向転換をしながらカイトは狙いを定め、王城の広場、つまり、光輝達がいる場所へと、ジェット機もかくやというスピードで突っ込んだ。勿論、"現象操作"や"法則操作"を使ってある程度の衝撃は殺してある。精々とんでもない量の粉塵が舞い上がるほどだ。

 

 「うぉぉぉおおおお!?」

 「なんだなんだ!?敵襲か!?」

 「皆、構えろ!直ぐに迎え撃つぞ!」

 

 上から龍太郎、浩介、光輝である。その声を聞いたカイトは、勇者パーティがどれだけ成長したかを確かめる為に動かなかった。しかし、三秒程度経っても"神威"どころか"天翔閃"すら飛んでこない。疑問に思ったカイトは、セルフで粉塵を吹き飛ばし、まるで「Hey、you何やってんの?」とでも言いたげに肩を竦め目を瞑りアメリカン系のwhyなポーズをとりながら光輝らに声をかける。

 

 「何故、敵襲だと思われる事態で攻撃を放たないのです? 相手の正体も分からないうちに近づいてバカ正直に斬り掛かるような真似をしなかったのは評価しますが、さっきのように詠唱時間があったのならば幾らでも魔法を打ち込めたのでは?」

 

 そう言い放ち、どんな反応をしているかと目を開ける。

 

 「ぁ、え? 木、下……?」

 「えぇ、『ただいま』と言っておきましょうか。お久しぶりですね、皆さん」

 

 

 光輝の危険への甘い考えは置いておいて、そう言ってからカイトは柔らかい笑みを浮かべた。

 突然過ぎることに、誰も口を開けない中、一人

 

 「凄い、凄いよシズシズ! カオリン! 木下くんがなんだか凄くエロくなってるよ!」

 

 などと鈴は言い放った。

 

 「……は?」

 

 これには温和な笑みを称えていたカイトもピクリ。カイト自身もクラスメイトとの再会に軽く感動していたというのに、イイ感じの雰囲気をぶち壊され少々眉根を寄せた。

 先に反応したのは香織。

 

 「な、何言ってるの鈴ちゃん!?」

 「だって、だってだよ香織ちゃん! 久しぶりにあったら髪色が変わってて、ましてや他人と喋れなかった(誇張)木下くんが私達に挨拶したんだよ!? 多分これはアレだよ! 真の愛に目覚めてその人以外はどうでもいいっていう気持ちの現れだよ! 多分その人は白色の髪が好きなんだろうね!」

 「あの……」

 

 色々訂正しようにも鈴のあまりもの勢いにたじろぐカイト。ましてや敬愛するエヒトが白系統の色が好きなことはなまじ否定する事が出来ない。カイトが若干の冷や汗をかいていると鈴は続けて

 

 「それに木下くんの顔をよく見てみてよ! 鈴には分かる。アレは完全にメスの顔だね!!!」

 「いや、ちょっ」

 「そ、そう……なのかしら? いやでも、愛の形は人それぞれだって言うし……」

 「そっ、か。なら仕方ないね。おめでとう木下くん! 私たちは木下君を祝福するよ!」

 

 髪の色素が抜けたことにより、ただ女顔に見えるだけなのにメス顔などと言われさらにカイトは顔を引き攣らせる。

 雫は迷った挙句、カイトにとって一番損な考えに落ち着き、香織に至っては祝福の言葉を送ってくる始末。騎士団の団員は腕を組んで感動したように頷き、いつの間にか集まっていたリリアーナなど女子共は顔を赤らめてキャーキャー言いながらチラチラとカイトを見ていた。

 

 「まぁ、なんだ、鈴が暴走するのは今に始まった事じゃない。諦めるんだ」

 「強く生きろよ」

 

 龍太郎と光輝がカイトの肩を軽く叩き、慰めの言葉をかける。

 カイトは全員ぶち殺した方が身のためになるのでは? と真面目に思考したりするのであった。

 

 

 

 十数分後、カイトが誤解を解き終わり、皆が落ち着いたた頃に光輝が口を開いた。

 

 「それで……なんで木下は突然姿を消したんだ?」

 

 それを待っていた! とばかりにクラスメイトと騎士団のメンバー達が集まってくる。それに対し、カイトは至極真面目な顔をして言った。

 

 「王の話をするとしよう。星の内海、物見の台。楽園の端から君に聞かせよう……君達の物語は祝福に満ちていると────罪無き者のみ通るがいい────」

 「そんな無駄な話は求めてない。巫山戯ずに話してくれ」

 

 ネタにマジレスされた為、カイトは少し不機嫌な表情を浮かべるが、深く息を吐いて気持ちを切り替える。

 

 「……まぁ、いいでしょう。長くなるので先に用を済ましておくことをオススメしますよ」

 「構わない。今すぐ聞かせてくれ」

 「えぇ、ならオルクス大迷宮から帰ってきた次の日、俺が見た夢の話から始めましょう────」

 

 そうしてカイトは小一時間程現在に至るまでの経緯を話した。所々にエヒトを讃頌する言葉を入れていくことにより長くなったが、光輝達にはきちんと伝わったようである。

 

 「なるほど……じゃあ木下はこれから迷宮攻略に混ざるんだな」

 「いえ、そのつもりはありません」

 「……なんでだ?」

 

 カイトの返事が光輝は気に入らなかったらしく、二人の間に剣呑な雰囲気が立ち込める。

 

 「そうですね。まず理由の一つとして、俺と貴方達の技量に隔絶とした差があること。二つ、俺は大人数で戦うことに向いていないこと。三つ、効率が悪いこと。まぁ、後ろ二つは一つ目に纏められんでもないですが、きちんと言った方がわかりやすいでしょう?」

 「それなら心配しないでくれ。俺達は木下が弱くたってフォロー出来るだけの余裕はあるから」

 

 光輝は、カイトが勇者パーティのメンバーよりも弱いことを気にしていると思ったのだろう。しかしそれはとんだ思い違いである。

 

 「逆です。貴方達が弱すぎるんですよ。俺がここから居なくなってから二三ヶ月程度は経過してますが、それだけの時間があっても真のオルクス大迷宮にすら到達していないなんて言語道断です。エヒト様に選ばれ力を与えられているというのに……それでも勇者なんですか?」

 「なっ……!!」

 「落ち着いて下さい。木下様はエヒト様に認められた真なる"神の使徒"なのです。未だ成長中である勇者様が敵わないことは仕方がないことなのです」

 「それでも、もっと言い方があるんじゃ……」

 「オイオイ木下ァ! お前が何してきたのかは知らねぇが、ちょっと強くなったからって調子のってンじゃねェよ!」

 「「「「えっ」」」」

 

 突然話に割り込んできたのは檜山。オラオラと両のポケットに手を突っ込みながらカイトにガニ股で距離を詰めてくる。『神の決定』というこの世界で最も重要視される事実に「知らない」などとほざき、真の"神の使徒"に「調子に乗るな」などという世迷いごとを言い放ってみせた。「話聞いてたのかコイツ?」とばかりに皆が疑問の声をハモらせる。

 

 「あくまで天之河光輝の召喚に巻き込まれただけの没個性の勇者風情が……」

 「ぁあ゛!? イキってんじゃねぇぞ! 俺ぁ元々テメェのの事が嫌いだったんだよ! それがなんだ!? スカしたツラしやがって、なんだァその口調は! キャラ付けのつもりかァ!?」

 「よろしい。俺も同郷の人間を殺すのは余りしたくなかったのですが貴方が望むなら仕方ありません」

 

 一触即発。その言葉がピッタリな雰囲気となり、カイトは軽〜く、本当に軽〜く"威圧"を発動した。その結果、檜山はガタガタと震え出す。周りから見れば、自ら挑発した挙句、勝手に恐れているように見えるだろう。

 

 「お、おいなんだよ、そんな怖ぇ目をするんじゃねェよ、俺達クラスメイトだろ?」

 「クラスメイトだとしても俺の史上の存在はエヒトルジュエ様なので」

 

 カイトが檜山を殺すことで生まれるメリットとデメリットを演算しているとそこに光輝が割って入った。

 

 「まぁまぁ二人とも。俺たちはクラスメイトなんだ。普通は助け合うモノだろう? 檜山も、怖がるくらいなら木下を挑発しなければいいのに。木下も。冗談でも人を殺すなんて言っちゃ駄目だ」

 「チッ、分かったよ」

 

 檜山が渋々と言ったように光輝の言葉を了承する。

 

 「ところでさ、木下はエヒト様に選ばれた?認められた?とか言ってたけど、実際どのくらい強くなったんだ?」

 「そうですね、じっさいに目で見てもらった方が早いでしょう」

 

 そうしてカイトはステータスプレートを光輝に手渡した。

 クラスメイト達がわらわらと集まり、思い思いの反応をみせる。

 その反応の大体は恐れを抱いたものだったが。

 

 「木下。何処でこんな力を手に入れたんだ?」

 「魔物の肉を喰って運良く死ななければ貴方もこうなれますよ。勿論、ここまでのステータスにするにはヘビモスの数百倍は強い魔物を狩らなければいけませんが」

 「魔物は食べたら死ぬんじゃないのか?」

 「だから言ったでしょう。"運良く"死ななければ、と」

 「そうか……。でもさ、ここまで強いのならやっぱり攻略パーティに混ざったほうが」

 

 カイトがクラスの為に協力しないのが不満なのか、それでも後期は食い下がってくる。

 

 「貴方は目的と手段を履き違えてはいませんか? あくまで目標は魔王討伐でしょう」

 「でも! こんなに強いのなら木下は今すぐにでも世界を救えるだろう!」

 「(一応魔王とされているアルヴヘイト様は普通に俺より強いのですが……まぁ、知らぬが仏ということもありましょう)いえ、やはり俺も死にたくないので全ての大迷宮を攻略した後に挑む事にします」

 「ならっ!」

 「効率が悪い、そう言ったでしょう?俺の戦い方は中々荒いのでね、狭い場所なら巻き込んでしまうのです。なら先に他の大迷宮を攻略しに行く方が得でしょう」

 「………………そうか、ちゃんとした理由があるのなら俺には止めれないよ。俺たちで世界を救って、皆で日本に帰ろう」

 「そうですね」

 

 そう言ってもう用事は済ましたとばかりにカイトは背を向ける。

 

 「またな!俺達も絶対追いついてみせるから!」

 「えぇ、期待して待っておきますよ」

 

 そう言い残してカイトは地を離れた。

 

 もし、勇者達が"神水"も使わずにステータス五桁に至ったとしたならば、天変地異どころの騒ぎではないのだが。

 

 カイトは空を漂いながら口を零す。

 

 「あぁ、そういえば愛子先生や優花達が何故いないのか聞き忘れましたね。まぁいいでしょう。今更帰るのはカッコ悪いですしね」

 

 そしてカイトは、光輝が言った一言について考えていた。

 

 「(日本に帰る、ですか。考えてもいませんでしたね。そもそも、【神域】を攻略していたとき、俺は何を信念に突き進んでいたのでしょうか)」

 

 その時、カイトの頭に軽く頭痛が走った。

 

 「痛ッ。いえ、考えるのは止しておきましょう。沼に嵌りそうですしね」

 

 次に向かうはグリューエン火山。忌まわしき解放者達の遺産、その一つである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そういえば木下くんさぁ、ずっと敬語で話してたけどどうしたのかな?」

 「さぁ、イメチェンじゃないかしら?」

 「そっかー」

 




(ホモでは)ないです。
因みに勢いだけで書いた檜山がうんたら言うところですが、もし檜山がエヒトを罵倒していればハイリヒ王国は滅んでいたことでしょう。


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