もう一つのネフィリムーエルバハー (赤い変態)
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0章 始まり
極彩色の死、黒き異形、始りの日 


シンフォギアの1期から3期を見返していたら、ふとネフィリムでなんかやってみたいなぁと思い付いた末出来た感じの作品デス

まあ今回プロローグだけではありますが、気になっていただけるようでありましたら、幸いです

※土曜から日曜に修正


理不尽というものは、いつだって此方の事なんか考えず唐突に訪れる。

 

例えば、急なシフト変更によって潰れる休日。

 

例えば、理想嫁をリアルでゲットした親友。

 

例えば、人間だけを襲い、触れた者全てを炭素へと変えてしまう神出鬼没な人の理の効かぬ存在、特異災害『ノイズ』。

 

一番目は給料を貰って働いている以上文句は言えないが、よりにもよって一番楽しみにしていた展覧会が開催されている日を潰された以上、一言ぐらい言いたい。

二番目は普通なら祝ってやるべきなのだろうが、態々こちらがシフト変更により働いている最中に顔を出して、最近ゲットしたばかりの彼女を紹介しながら今日行われるという人気ボーカルユニット『ツヴァイウィング』のライブに行ってくると自慢して来たのが無性に腹が立った。

三番目に至っては、遭遇する機会自体そうそう無いが、この世界に生きている以上いつかは襲ってくるかもしれない対処不可能な理不尽の塊だ。

 

出会ってしまえばもう死を覚悟するか、それか自然消滅するまで無謀な逃亡を続けるか。それが当たり前である存在、ノイズ。

 

―――少なくとも、今日までは其の筈だった……

 

 

 

 

「よぉし國次君、今日はもう結構捌けたからもうクローズにしてくれー」

 

急なシフト変更によって、本来休日だったはずの日曜の朝から勤め先兼居候先のパン屋『秋都』で働く羽目になったその日、新たに焼き上がったのパンを棚に並べていると、ちょうど奥の厨房から出てきた店長から声を掛けられる。

あ、はい。と返事を返し國次と呼ばれた青年―――国津國次は店先のプレートを『CLOSE』に裏返すと、徐に右腕に巻いた腕時計に眼をやり現在の時間を確認する。

時間は既に二時過ぎ。本来なら今日の午前中に行く予定だった博物館で開催中の化石展覧会が終わるのは午後四時。急なシフト変更とはいえ、それでも午前中で終わると事前に店長から言われていたが何故か今日は朝から大入りで、厨房と店内を行ったり来たりを繰り返し、気が付けば昼過ぎまで働いてしまっていた。

 

 

(今から行っても、移動時間考えたら一時間程度しか見て回れないなぁ、これだと……)

 

ボイコットでもすれば良かったか、と思う反面、店の二階にある一室に居候させて貰っている以上そんな事は出来る筈もない。

仕方無い。全部は無理だろうが、せめて可能な限り見て回って楽しまなければ折角手に入れたチケットが無駄になってしまう。

 

「はいお疲れさん。ごめんねぇ、せっかくの休日に。お詫びといっちゃなんだがこれでも受け取ってくれるかい?」

 

溜息一つ、國次が店内に戻ると店長がやたらカラフルなチケットを手渡してきた。

なんだろうか、と見ながら受け取ったソレをよく見ると、今日の夕方から行われる予定のツヴァイウィングのライブチケットの、それも最前列を示す文字が記載されている。

 

「うわ、これ最前列のプレミアムチケットじゃないですかっ。どうしたんです、コレ?」

「いやねぇ? この前商店街の福引で偶然当てちゃってねぇ、鏡花はツヴァイウィングのファンだから行かせてあげようかなあと考えてたけど、これ一枚につき御一人様用だしあの子もまだ小学生だから。一人で行かせるには流石に心配でね」

 

と、店長は今年小学六年になったばかりの一人娘の名前を出しながら、心配故に行かせてあげられない事を残念そうに漏らす。よく見るとチケットには小学生が観に行くには少々キツイ時間帯まで公演する事が記載されていた。

それに、店長の自宅でもあるここ『秋都』からライブ会場まではそれなりの距離があるので、それを考慮しても難しいものがある。

 

「あー、そういやこのライブ結構遅くまでやるから鏡花ちゃんを一人で行かせる訳にもいきませんからねぇ」

「そ。でもだからって折角当てたプレミアムチケットを腐らすのは勿体無いし、こっちの都合で休みを潰しちゃって國次君も楽しみにしていた博物館のイベントももうそんなに時間が無いじゃない? せめてものお詫びに如何かと思ったんだけど……どうだい?」

 

申し訳なさそうな表情を浮かべながら訊いてくる店長に、國次は「あー……それじゃ、御厚意に甘えて」と頷く。

実のところ、國次もツヴァイウィングには少々興味を持っており、仕事中に訪れた親友の言葉から、化石展覧会程では無いもののちょくちょくライブの方も気になっていた。

公演開始時間が丁度、展覧会の終了間際なのが少々気にはなるが、ライブ会場は博物館のすぐ目の前にある様な距離な上にライブ途中でも会場に入ること自体は出来る様なのでさほど問題でも無い。

 

「それじゃ、展覧会が終わった後に速攻で行ってみます」

「あぁ、いってらっしゃい。あ、それと申し訳ないけど会場でグッズやCDが売られていると思うからちょっと買って来てくれないかい? 今日行かせられない事で拗ねちゃって友達の家に行くって出て行ったのは今朝國次君も見てたろ? 今日はあの子の誕生日でもあるし、機嫌取らなきゃいけないんだ。あ、代金は明日渡すから」

 

了解です、と返事をしながら手早く着替えを済ませると、國次は外に停めてあったバイクに跨りパン屋『秋都』と後にした。

 

「それにしても、鏡花め……拗ねすぎて勝手にライブ会場にでも行って無ければいいんだけどなぁ」

 

 

 

 

 

 

「よっし到着―――って、うわっ! もうあと三十分しかない……っ!?」

 

日が西に傾き空が徐々に色を変え始めている頃に漸く目的地である博物館に到着したが、時間を確認すると展覧が終了するまでもう三十分弱しか残されていなかった。結構急いで来た心算だったが、思いの外時間を食ってしまっていた事に気付き凹みそうになる……が、そんな事を考え立ち竦むのは今の國次にとってはもはや無駄な時間の消費でしかない。

急いで可能な限り見て回らなければ! それだけを考えながら博物館の入り口を潜り目当ての化石展覧会が開かれているホールへと足を進めた。

 

物心ついた頃から化石好きだった國次にとって、今日の展覧会は絶対に外せない要素があった。新たに発見された新種の生物の化石という、この展覧会一番の目玉が今日この日に限り此処でお披露目されるからだ。

事前にネットで告知されていた内容では、どの様なモノがどのくらいの量展示されるかは当日のお楽しみとしか掲載されておらず、今日この日が来る事をこれでもかと待ち望んでいた事か。

展示ホールに足を踏み入れた途端、あぁもうめっちゃ興奮して堪らん! と鼻息荒く目当ての展示物が何処にあるか目をキョロキョロさせると、ちょうどホールのど真ん中に展示されている展示台の上にあるソレの存在に気付き、目が釘付けになった。

 

「―――お、おぉ……お?」

 

遠目から見ても存在感を強く発している―――いや、むしろこちらを呼んでいる(・・・・・)ように思えるソレに、近づいてみると明らかにその異様さから目が離せなかった。

その姿は強いて言うなら蛹、それも角が二本生えておりクワガタに近く、だが足の数が四本しかない虫らしきモノだった。サイズも掌より少し大きめのサイズだが、古生代辺りの虫の化石ならばまあこのくらいの大きさは在っても可笑しくはないだろう。

しかし、

 

「でもこれ……化石っていうにはあまりにも……」

 

化石とは云えど、虫の場合は風化、分解され易い為か完璧な形で保存されている琥珀の中にあるモノをを除けば精々表面に薄く残っている程度が普通だ。

しかし目の前にあるソレは、半分石に埋もれているとはいえ恐竜の骨の様に立体的且つ表面に欠損が見当たらない、完璧過ぎる形で残っていた。

罅すら入っていない、まるで彫刻にすら思えるそれは、長年様々な化石を見て来た國次にとっては化石というには少々無理があるように思えた。

 

(けど、人工物っていうには生物的過ぎるというか……これが本当に本物なら確かに新発見なんだろうけど……何だろ、違和感があり過ぎるし、それになんだか……)

 

それに、なんだろうか。目の前にあるソレの洞のような、眼があったであろう穴から何かが此方を見ているような、もしくは訴えかけている様にも感じられる。

 

―――急に、寒気がしてきた。

 

何故だかここにはもう長居したくない、本能的にそう感じられるほどに眼の前の異物から発せられるナニカ(・・・)から早く離れたくなってきていた。恐怖から、というより、そのまま此処に居続けると、後戻りが出来なくなるような気がして、だ。

しかし、一歩下がると、より一層強く此方に呼びかけて来ている気配がしてきた。

 

(これは本当に、生物の化石なのか――――――ッ!?)

 

異様な気配を発していたソレから目が離せなくなって、どのくらい時間が経っていたのか……不意に鳴り響いた外からの、大勢の人の声とそれよりも大きく聞こえる歌声が聞こえてきた事で國次は漸くソレから意識を引き離す事が出来た。

 

『本日は御来館ありがとうございました。まだ館内にいるお客様は―――』

 

それと同時に、閉館を告げる放送が始まっていた事からもうそんな時間である事に気付く。

―――今のうちに、早く此処から去ろう。

すぐに異物(ソレ)から背を向け、来た道を戻ろうと足を進める。早くこんな場所から出てしまって、さっさとライブ会場にでも行って今さっきまで感じていたモノを忘れてしまいたい、その一心で外を目指した。

 

未だ、背後から感じるナニカから早く逃れたいが為に―――

 

 

 

 

 

「―――ふぅ」

 

来た時に比べ異様なほど長く感じられた通路を抜け、漸く出口付近にまで来たところで安堵の溜息をついた。未だに背中にはあの異様な化石のような何かから発せられた気配がこびり付いているような気もしたが、出入り口の窓の向こうに見えるライブ会場から聞こえてくる歌声から多少は緩和されているような気もした。既に一曲目も終わりを迎えるのか、此処からでも会場の熱狂具合が伝わってくる。

あぁ、早く行って今さっきの事は忘れよう。そう考えながら出口の扉を潜ろうとした時――――

 

 

ライブ会場から爆発音と、大勢の悲鳴が聞こえてきた。

 

 

「ッ!?」

 

そして間を置かずに会場の上空やその付近を極彩色の、この世において理不尽そのものである存在『ノイズ』が唐突に現れ、瞬く間に視界を埋め尽くしていった。

 

「う、うあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

「ノ、ノイ……ノイズだぁぁぁぁぁ!!!」

 

雑音、怒号、悲鳴。博物館の出入り口付近に集まっていた来館者や通行人がせめて屋内に逃げようと一緒くたになって押し寄せ、その人波に巻き込まれる形で國次も館内の奥へ再び流されはじめる。

ノイズの多くは、会場の方へと集中しているのは此処からでも見えたが、それでも大量の数が会場の外に溢れており、手当たり次第に人々へと襲い掛かっていた。

そして当然、会場に近く、次に人が多く逃げ込んでくる此方(博物館)に目を付けたのか極彩色の悪魔の波が近づいて来る。

此処に留まると不味い、そう思いどうにか外へ出て無ければともがくも人の波に押されて奥へ奥へと流されてしまう。いっそ裏口から、と考えが浮かぶもこの状況では裏口に向かう事すら無理に等しい。

やがて出入り口に辿り着いたのか、極彩色は壁をすり抜けたりしながら館内へと逃げ込んできた人々を押し潰し、炭素へと変える作業を始めていた。それを見て更なる悲鳴を上げ逃げ場を探す者もいれば、もう諦めてしまったのか立ち竦む者すら現われ始めている。

 

人が潰される音が、炭素の塊にされる直前の断末魔が、人が人を押し退け蹴落とし、我先にこの悪夢から逃れようと幼子すら捨て置いていく光景が、嫌なほど耳に入り、視界全てに広がっている。

 

代わりに死んでくれよ、と男が先程まで腕を引っ張っていた女を極彩色へ向けて突き飛ばすのが見えた。

まだ死にたくないと泣き叫ぶ少年の悲鳴が、お腹の中に赤ちゃんが居るのと懇願しながら極彩色の波に飲み込まれる妊婦の断末魔が聞こえた。

既に諦めてしまったのか、その場に立ち尽くし極彩色が目の前に来ても逃げようとしない老人が、我が身大事な親からも見捨てられた赤子が炭素に変わり果てる瞬間を見てしまった。

 

怒号、悲鳴、叫び、懇願、諦め、奇声。

 

全てが、極彩色(ノイズ)に飲まれ炭素へと消え、無かった事になってゆく。

 

(僕も、ここまで、なのか? これで、たった二十一年で人生が炭素に変わるのか……? 金髪巨乳のお姉さんとキャッキャウフフすら出来ずに……? ―――――それはそれでなんか嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)

 

あ、やべぇこんな状況下なのに死への恐怖よりも理想(金髪巨乳嫁)をゲット出来なくなる事への未練の方が大きいってどうなのよ、等と考えられる余裕がある自分自身に内心ツッコミを入れる。

―――まぁ、

 

(おかげで返って冷静になれたのは幸いか……)

 

押し寄せてくる恐怖に取り乱してしまうよりはマシだ。

それに、冷静になった事で現在自分が博物館のかなり奥にまで押し流されてしまった事に気付く。幸いにも、と云うのは流石に酷いかもしれないが、奥へ奥へと逃げ込んでくる人の数が減ってきたおかげか人の波の間がかなり動き易くなってきた。

よし、と頷きながら非常口があったと記憶している方向へと人波の間を縫いながら体を押し進め、どうにか通路の曲がり角へと抜け波から抜け出す事に成功する。

―――直後、先程自分が居たであろう場所の天井が崩れ、逃げ惑う人々が、落下してくる瓦礫や極彩色により肉塊や炭素へと変わり果てながら押し潰されていくのが見えたが、体は早く逃げろと振り返させる事すら許さずに奥へと進んでいく。

 

「って、嘘でしょ……ここまで来たのに、こんなのって……」

 

辿り着いた先の、非常口があったと記憶していた通路への道は、瓦礫の山により閉ざされていた。

(今日が仮に厄日だとしてもやり過ぎだ……!?)

別の道を探すか、と来た道を戻ろうとするもすぐに思い留まる。

先程人波を抜けた際に天井が崩れた事により、あの道へ戻る事はもはや不可能。もはや残された道は、この通路に繋がっている展示ホールにでも身を隠してノイズが自然消滅するまでやり過ごすぐらいしかない。

だが、この通路と繋がっていて、現状行ける展示ホールとなると……

 

「……あの化石があるところ、しかないよね」

 

視線を巡らせると、つい十数分ほど前まで自身が居た、あの異様か化石が存在するホールへの入り口が、すぐそこにあった。

舌打ち一つ、滑り込むようにその展示ホールへと駆け込むと、既にノイズに襲われていたのか天井は崩れ周囲には人間だった物が舞っており、化石標本に至ってはその大半が粉々に散っていた。

 

ただ一つ、中央に展示されているあの異様な化石を除いて。

 

心なしか、十数分ほど前よりもその異様な雰囲気は更に増しており、見ているだけで頭にガンガンと響く此方を呼ぶような錯覚に陥る。

 

「ぐ、ぬぅ……な、なんだ、これ……!?」

 

思わず頭を抱え、呻きながらその場に膝を着いてしまいそうになるがどうにか堪えて視線をその化石から外し、隠れられる場所が無いか辺りを見渡す。

既に後方からは何かが蠢きながら進んで来る物音が聞こえ初め、頭上にぽっかりと空いた天井の大穴からは茜色に染まり出している空を飛ぶ極彩色が見え隠れしていた。

急がなければ、と視線を巡らせていると瓦礫が積み重なった結果丁度入り口や崩れた天井からも死角になっている場所を見つけ、そこへ急いで隠れるがそこには思いもよらない先客がいた。

 

「ぁ、く、國次おにいちゃん……?」

「……な、んで、此処に居るんだ、『鏡花』ちゃん……!?」

 

怯えた表情半分、知り合いに会えたことで安堵の表情半分に瞳には大粒の涙を湛えた小柄な少女……自身の居候先兼職場の『秋都』の一人娘である『秋宮鏡花』が、其処に居た。

確か今日は、友達の家に遊びに行っていたのでは、との予定を思い出す。それなのにこんな場所に来ていたというのはつまり、

 

「もしかして、ライブ会場から……?」

「うぅん、チケットないからせめて音だけでも聞こうと会場の外にいたの……でも、ノイズが」

 

涙を袖口で拭きながら、かすれた声で呟く。

あぁ、そういうことかと彼女が此処に居る事の大体の経緯をその言葉から察した國次はその隣に腰を下ろすと、瓦礫の山に背を預け漸く一息ついた。

 

「とりあえず、もう暫くは此処でじっと隠れていよう。そうすれば、ノイズも勝手に消えているだろうさ」

「う、ん……」

 

安心させるように怯える鏡花の頭にポンポンと手を置く。それでも此方の服の端をぎゅっと掴んでくるあたり、迫りくる脅威がまだ去っていない事を直感的に感じているのだろう。

子供の直感や感性は、時に侮れないものがある。

 

(それにしても……遮蔽物越しとはいえめっちゃ呼んでるように感じるあの化石は一体何なんだ……? どんどん呼びかけられてるような錯覚が、強く……なってきてるみたいだ……っ)

 

そして未だ、國次は背に受ける化石からの呼びかけのようなナニカを感じ続けていた。もはやそれは圧力と化しており、錯覚とは思えない程に頭に強く響き、痛みや吐き気が襲い掛かってきていた。

僅かに呻き声を漏らしてしまった事や目に見える程に顔色が悪くなっていたのか、鏡花が心配そうな表情を向けて来たのに気付き、無理やり笑顔を浮かべながら「大丈夫」と声を掛ける。

が、ちょうどその時。ホール外の通路から何かが入り込んでくる音と、頭上の大穴から何かが降りてくる音が同時に聞こえてきた事により、二人は反射的に身を固くさせ僅かでも音を漏らさないように口元に手を当てた。

そしてゆっくりと瓦礫の影から少しだけ頭を出して周囲を窺うと、十数対近い極彩色(ノイズ)がすぐそこまで迫っていた。得物がまだ近くに潜んでいるのではないかと周囲をキョロキョロするその姿はいっそマスコットの如く可愛らしい仕草だが、二人からすれば理不尽な死を与える死神にしか見えなかった。

あぁもう、背後の化石のようなナニカや今日の出来事の所為で当分は化石どころか博物館に近寄る事すら嫌になってしまいそうだ! と内心叫ぶ。

そして早くノイズが自然消滅してくれる事を切に祈りながら身体を縮こまらせて息を殺していると、隣に座っていた、今にも泣き出しそうなくらいに顔を真っ青にしていた鏡花が急に立ち上がり出入り口に向かって駆け出した。

 

(まっず……!!)

 

極限状態の恐怖に耐えられなかったのか、鏡花は鳴き声を上げながらホールの出入り口を目指し、その姿を察知した極彩色共は、当然逃がすものかと鏡花に向かって一斉に動き始める。

急いで助けないと、と立ち上がろうとするが不意に浮かんだ考えから國次の足が一瞬動きを止めてしまう。

―――ここであの子を囮にすれば、自分が助かるのではないか、等と言うクソッタレな囁きが頭の奥で響いた。

確かにそうすれば自分が生き残る可能性は上がるだろうし、此処に辿り着くまでの間他の逃げ惑う人々すら押し退け見捨て、自分が助かる道を選んできた。ならば同じ事だろうと囁きが強く響き始め――――――

 

「――――ぁぁぁあクソ!!! だからってなんだ! さっきと違って今なら手は届くんだろ!!!!」

 

引っ込んでやがれと、足元の大理石の床に散らばっていたガラスの破片を掴み太腿に刺し無理やり足を動かしノイズが迫りつつある鏡花へ向かって駆け出した。

止まっていたのは僅か一瞬、それでも確実に迫りつつある死の極彩色が触れる前に鏡花を抱き寄せ真横へと飛ぶと、間一髪で飛び込んでくるノイズを避ける事は出来たが背中に衝撃と熱が走り思わず呻いてしまう。どうやら展示台か何かの残骸にでもぶつかってしまったみたいだ。

ふと先程まで鏡花を捉まえた自分が居た所に目を向けるとノイズたちが次々其処へ飛び込んでは先に飛び込んでいたノイズを押し潰していくのが見えた。

どうやら自滅してくれてるようでもう安心だな、と思えたのも一瞬だった。

 

 

正直なところ、ノイズについて一般人が知り得ている事は触れれば人を即座に炭素へと変え共に消えるか、時間経過による自然消滅程度だ。

 

故に。

 

そんな当たり前の知識しか持ち合わせて無かった國次と鏡花にとって、目の前で起き始めた事はもはや理不尽を通り越し、絶望しか感じれらなかった。

 

「ノイズが、合体、して……?」

「……おいおいおいおい、冗談は夢だけにしてくれ……」

 

一カ所に飛び込んでいくノイズは次々に一体化していき、やがて大きな一塊の、まるで両生類のような姿へと変貌していた。

もはや乾いた笑い声しか出て来ない。こんなものから、どうやって逃げればいいんだ?

ズシン、ズシンとゆっくり此方へ進んでくるその極彩色の巨体を前に國次の胸にはもう諦めしか浮かばず、伽藍とした穴が胸に広がっていく気がした。せめて少しでも生きる時間を伸ばしたいと移動する為に僅かに身を捩らせるも、体の奥深くまで響く激痛と熱した鉄でも押しつけられているような熱さが背中と腹を中心に身体全体を駆け巡り、思わず悲鳴にも似た呻きを上げてしまいそうになるが、口から出たのは声では無く、真っ赤な液体だった。

胸元に強く抱き抱えた鏡花にもその赤が掛かってしまうが、何故か先程に比べ急に意識が朦朧とし始め、何が起きたのか理解が追い付かなくなっていた。

 

「お、おにいちゃん……お、お腹が、真っ赤……」

「え――――うわぁ、なんだよこれぇ……」

 

迫りくる巨体ノイズを尻目に鏡花が國次の腹を指差し、それを視線で追った國次はようやく自分の身に何が起きているのか理解出来た。

血だ。

真っ赤な、自分の血。それを被ったナニカが、腹から突き出ていた。

よく見るとそれは、あの異様な気配を放ちずっと自分に呼びかけているような錯覚を起こさせていた、あの蛹のような化石の角に酷似していた。

首を如何にか後ろへと向け、自身が背中を預けているモノを見ると、それはあの異様な化石があった展示台だった。

もう一度視線を、腹を突き破っている物体に戻し、どこか上の空な表情で納得した。

 

(あぁくそ、あのわけのわからない化石か、こレ……本当、コれを見てカらというもの‥…今日、はトコ、トン、ツイてな、いヨうな気ガ……)

 

次第に目を開け続ける事も辛くなり、チグハグになっている意識すら急速に遠ざかり始める。視界もモノクロに映り始め、すぐそこにまで迫っている巨体ノイズすらどうでもいいような気がしてきた。

 

(あぁモう此処デ本当に終ワリなんダ……どウにカシて、鏡花チャんだけデも逃がセれば……アァくそウ、腕が鉛みタいにオモいや……モウ、ホント駄目なんだナ……)

 

耳元で叫び呼びかけ続ける鏡花も、もう触れるまであと少しという所まで迫っているノイズですら、もう遠くにいる存在に思えてきた。

 

ただ、國次が残念に思うのは。

 

鏡花を逃がせられなかった事への後悔と、どうせなら金髪巨乳の腕の中で息絶えたかったなぁという最後の瞬間に思い浮かべるには下らな過ぎる未練程度だった。

 

 

 

 

その声が、聞こえるまでは

 

 

 

 

――――生きるのを諦めるなッ!!――――

 

 

 

 

死に間際というのは、何かと不思議な事が起こるモノだと誰かに教えられた気がするのを國次はなんとなく思い出した。

ふと耳に入った、ここよりかなり離れているであろう場所からの声が聞こえてきたのも、たぶんそうなんじゃないのかなぁと考えながら、不思議と穏やかな気分に包まれながら思った。

 

―――あァ、ソレにシてモ、ソうか、そノ通りだナ

―――生きルのを諦メるには、マだ早すギるカ

―――何ヨリ此処にハ、マだ生きたいと、イきテ欲しイと思ッていル……

―――イノチガ、まダ、此処ニ――――コノ腕ノ中ニ、在ルノダカラ……ッッ!!!!

 

もはや死に体であるその躰に、僅かながら力が戻る。

先程まで重かった瞼は驚くほどに軽く感じられ、目を開けるともう鏡花に触れる直前まで極彩色の巨体が迫っていた。

 

もう無理? 

あぁ、さっきはまではそうだった。

もう動けない?

寧ろ今にも動けそうなくらい軽い。

では、諦めない?

 

「――――うん、諦めないさ」

 

自然と自身の口から出た言葉に、國次は頬を緩ませる。

なんだ、意外とまだ元気じゃないか自分。そう思いながら蛹のような化石が突き破っている腹を片手で押え、もう片方の腕で泣きじゃくる鏡花をあやすようにその背を撫でつつ眼前の死神(ノイズ)を見据えつつ、國次は口を開いた。

 

「―――どけよ、まだ生きたいと思ってる命が、此処にあるんだ」

 

痛みすら消え去った、自分のモノとは思えないほど軽くなった躰を奮い立たせ、腹を押えていた手を握り作ったソレを國次は、極彩色の死に向けて突き出した。

 

《その意志を、是とする》

 

《ネフィリム・エルバハ、融合開始》

 

ふと、胸の内から聞こえてきた声のようなモノが何かを告げた気がする。

しかし、そんな事を気にするよりも前に、彼の視界は光に包まれていき、

 

そして……

 

 

 

■■■■

 

 

 

迫る極彩色の死が己が身に触れる寸前、極彩色に向かって拳をぶつけるという、自殺行為ともとれる行動を取った國次を間近で見ていた鏡花は彼の腹を突き破っていた岩塊のようなモノが一瞬だけ強く光り輝き辺り一面を白へと染めたのを見た。

 

そして目を焼き焦がすくらいに眩しい光が収まった途端、何時まで経っても自身が終り()を迎えていない事に気付くと恐る恐る目を開け、眼前の光景を見て唖然とした。

極彩色の死は自分達を炭素へと変えるどころか十数メートル前方に吹き飛ばされて塵となって消え、その死に対し死に体だった筈の躰を立ち上がらせ拳をぶつけていた國次はというと、全身は黒と銀の二色構成で胸元には赤い発光器官を中心に左右へ広がるように連なっている黄色の大きい発光器官、額にも同様な菱形の黄色い発光器官と銀の二本角に加え、青い目を持つ異形へと姿を変えていた。

 

『……アァァァ』

 

ゆっくりと息を吐き出す國次だった異形は、抱き上げていた鏡花をゆっくりと地に降ろす。

そして空を見上げ、まだ極彩色の死が去っていない事を確認すると一度だけ鏡花の方へ振り返り、いつもの軽く優しい口調をした國次の声で喋った。

 

『待ってて、すぐ終わらせてくるから』

「―――國次、おにいちゃん……なの?」

 

そう訊き返すと、異形(國次)はどこか優しく笑ったような目を浮かべ、空へと向かって音も無く跳び上がった。

その素早さから、止める暇もなく極彩色に向かって行った異形の後姿を、鏡花はそれまでの緊張感が切れた事でその場にへたり込んでしまいただ見送ることしか出来なかった。

 

 

 




なんか思い浮かんだ瞬間筆を進めていたら突貫で出来てしまっていた(汗


とりあえず、次回については気長にゆっくりと待っていただけると幸いですm(_ _)m


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異形の力、歌声、変態

突貫工事のプロローグ中編、うん意外と早くに出来てビックリですハイ


では、続き、始まります


『つい勢いで飛び出しちゃったけど……どうなってるんだろ、僕の躰』

 

一跳びで展示ホールから天井の大穴を抜け、そのまま博物館の屋根に着地出来てしまった事に、そして自分の身に起きている異変に対し驚きと困惑を異形(國次)は隠せないでいた。

先程の巨体ノイズの時も、ただ拳を前に突き出しただけで吹き飛ばせた事に驚きはあったが何故かそれ以上に、「それが可能」と、何処か確信めいたものが自分の中を渦巻いていている事に気付き、恐怖を感じていた。

これも、あの時腹部を突き破っていた謎の化石が光った事による影響か何かなのだろうか。そっと、今はもう塞がっている腹部に手を添えると何かが胎動しているかのように熱く、強い鼓動を感じる。そして其処を中心に、全身に力が行き渡っているという事も。

 

何故、ノイズを素手で吹き飛ばせたのか。

何故、こんな異形の姿になれたのか。

何故、こんなにも身体能力が向上しているのか。

 

『正直、疑問だらけでわけわかんないけど……ッ』

 

ノイズの発生を知らせる警報が鳴り響く夕焼け空を見上げると、それなりの数の極彩色がまだ飛んでいる。その上空の極彩色が、槍のような形に身を変えて降り注いでくるのを見た異形は、反射的に拳を極彩色に向けて強く突き出す。その拳に触れた極彩色達はあの巨体と違い、触れた傍から飛んで来た方向へとその身を塵に変えながら消し去られていった。

そして、ゆっくりと付き出した拳を胸元まで運び見つめる。

 

『――-難しい事は全部後にして、今は自分に出来る事を』

 

やるんだと、上空に残ったノイズに向かって先程よりも大きく跳び上がった。

しかし、思いの外力んだのが不味かったのか、加減を間違ってしまった異形はその極彩色を通り過ぎてしまう。

 

『ちょ、行き過ぎ! ストップ!』

 

その際通り過ぎた時に発生した衝撃で飛行型の極彩色達は塵と化す事は無かったものの四方八方へと吹き飛ばされていく。そのまま其処から十数メートル上にまで昇った事で漸く異形の方も加速は止まり、今度は落下し始めるがそこを極彩色達は狙わない訳がない。

吹き飛ばされはしたものの、大きく旋回しながらその身を槍に変えて落下してくる異形を狙う。流石に空中では思うように身動きが取りない所為か自由落下するしかない異形は、しかし自身でも驚く程に落ち着き払ったまま一回転し、自身へ向かって上昇してくる極彩色()へ向けて右足をピンと伸ばし、飛び蹴りの様な体制を取ったまま落下速度を速める。

 

『あぁもう、こうなりゃこれで……ッ!』

 

自由落下による加速を乗せた蹴りが、向かい討つ様に迫りくる極彩色の槍と衝突する。瞬間、グゥオンと鈍い音と共に衝撃波が周囲に広がり足先の極彩色はおろかまだ此方へ向かって来る途中だったモノまでもが、その衝撃波によって塵となり無へ還っていった。

異形はそれを見届ける事も無く発生した衝撃波を利用して速度を緩めながら博物館の、自身が出てきた展示ホールと繋がっている大穴に向かって落下してゆく。

ふと、落下する中で思い出したかのように顔を上げ、ライブ会場の方を見やった。

随分と開放的になってしまっているライブ会場は、離れている此処からでも十分過ぎるほど悲惨な有様になっているのが見て取れた。観客席は瓦礫と化し、人間だった物が一塊になって山になっているかもしくは風に乗って舞い空へと消えるかで、博物館に押し寄せたのとは比べ物にならない程の極彩色の群で溢れていた。

だが、異形が気になったのはそれでは無く、

 

『―――歌、なのか?』

 

異形化に伴い身体能力の上昇以外にも聴力まで変異したのか、ライブ会場より女性の歌声が聞こえてきた。その歌声は、死に体だった際に聞こえてきた「諦めるな」という声に似ている事に気付き、何処にいるのだろうかとライブ会場全体に視線を巡らせる。

しかし落下によりどんどん高度が下がっていき、やがてライブ会場の中を覗けない高さにまで落ちてしまう。

着地後、すぐにもう一度跳び上がりライブ会場に行って確かめるべきか。そう考えながら博物館に開いた穴がもう目の前にまで迫っている最中、歌が止んだ事に気付く。再度ライブ会場の方へと視線を向けるも、博物館の屋根に開いた大穴に落ちていく異形()がその一瞬で確認出来たのは、眩い光と空へと昇る極彩色(ノイズ共)の成れの果てであろう大量の塵だけだった。

 

 

 

 

『よっ、と―――って、あらぁ!?』

 

落下する中、ホールの天井からぶら下がる横断幕や鉄筋の一部を見て、どうにか落下速度を緩めようと手を伸ばした先にあった鉄筋を握った瞬間、まるで棒状に丸めた紙を握り潰したかのように鉄筋はふにゃりと柔らかな感触と共に捻じ切れてしまう。

 

(うそん)

 

仮面のように変異してしまった顔に僅かばかりの焦りの色を浮かべながら、落下の速度を緩められないまま異形(國次)は腰から展示ホールの床へ轟音と土煙を上げながら落ちてしまった。

 

「く、國次おにい、ちゃん……?」

 

事前にこうなるかもと予想していたのか、瓦礫の影に退避していた鏡花はひょっこりと顔だけを覗かせ、異形が落ち土煙が巻き上がっている方へと声を掛ける。

土煙が濛々と立ち込める中、異形(國次)はそれなりの速度で落下したにも係わらず痛みどころか怪我すらしていない変貌した躰の頑丈さ加減に驚きながら、鏡花へ返事を返した。

 

『―――だ、大丈夫……というか、鏡花ちゃんも怪我無かった?』

「ぅ、うん」

『そう――――あぁぁぁ、良かったああああ……』

 

自分が空の極彩色を相手にしている間や、今の落下による衝撃に対して鏡花が無事だった事で一気に気が抜けたのか、異形(國次)は情けない声を上げながらゴロンと仰向けになろうとする。

が、まだ館内に極彩色(ノイズ)が居るかもしれない事や博物館の崩れ具合から何時崩壊しても可笑しくはない可能性が脳裏に浮かんだことで、鏡花に早く此処から避難しようと促そうと立ち上がる為に若干床にめり込んだ腰を浮かせた。

 

が、瞬間。

緊張が抜けた事による反動か、それとも短時間とはいえ加減など特に考えずに発揮した変異した躰を行使した事によるモノなのか、全身に激痛が走り異形(國次)は呻きと悲鳴が混ざり合った声を上げてしまう。

 

『あ、グ―――ガァAァあああァAaァあぁaAAァアaァ!?!?』

 

全身を引き裂かれるような、手足の先から捻じらていくような激痛が異形(國次)を襲い、上半身や頭部にある発光器官が激しく明滅を繰り返し始めた。その異様な光景に鏡花は「ヒッ!?」と小さな悲鳴を上げ尋常ではない苦しみ方をしている異形(國次)から一歩下がる。やがて発光器官の明滅が止まり光が消えると、それに伴い異形(國次)の絶叫も治まり荒々しい息を繰り返しながら脱力する。そして間髪入れずにその身が眩い光に包まれたかと思うと、光が収まった其処には異形の姿ではない、元の人間の姿に戻った國次が横たわっていた。

 

「はぁ、はぁ……ぁぁっ、……ふ、ふぅ……っ」

「―――戻っ、た……って、だ、大丈夫?」

 

玉の様な汗を額に浮かべて、荒い息を整え起き上がろうとする國次に、その姿が戻った事に呆然としていた鏡花は我に返るとすぐさま駆け寄り小柄なその身で彼の上半身を支える。

「ありが、とう」と荒い息で答えた國次は、どうにか息を整えながら己が躰を見て、無事に元の姿に戻れたことに僅かながら安堵していたがそれと同時に、今の激痛について何故起こったのか考えを巡らせた。

 

(慣れない力を加減するのも忘れて、それで躰が付いていかなかった、って感じ、か? でも、なん……それとはもっと別の―――何かが躰を内側から蝕んでいるような……!?)

 

そこまで考えて、己が躰の、正確には腹部辺りに視線を向けた。変異した際のあの異形の姿では背中から腹部を貫通していた穴は塞がっていて、同時に何かが胎動しているかのような感覚があったのを思い出す。

―――では、今元に戻っている己の腹はどうなっている? 

と、向けた視線の先……血に濡れた服に開いた穴から見えるのは、傷や腹を突き破っていた謎の化石ではなく、浅黒いハンドボールほどの大きさの痣があるだけで他には特に何も無かった。

その痣の上に手を置くと、あの鼓動は流石に無かったが、微弱ながらじんわりと拡がってゆく熱を感じた。

「まさか」と思った國次は鏡花に、周囲に蛹みたいな形の血が付いた化石か何かが落ちてないかと訊くが、そんなものは見当たらないと答えた。それを聞いた彼は、己が躰の変貌とあの化石がやはり無関係ではないのだと悟る。

一体あの化石は何だったのか、謎だらけで疑問が尽きないが異常な疲労感からそれ以上考える事を放棄した。

 

(早く『秋都』の自室に帰って、横になって休みたい……)

 

そう思っていると外からノイズが全て消えた事を報じる放送が聞こえてきた。どうやら危機は無事去ったらしい。

安堵の吐息を鏡花と共に吐くと不意に携帯の着信音が、鏡花が肩から提げているポーチから発せられる。

「あ、お父さんからだ……」と、設定している着信音から相手を特定した鏡花はすぐにポーチから携帯を取り出し電話に出る。直後、怒気混じりの涙声で分かり辛いが確かに店長らしき声が、鏡花の携帯のスピーカーから漏れて聞こえてきた。聞き取れた内容は、何処に行っていたんだとか、無事なのかとか、子を心配する親らしい内容の質問だった。

それに対し、鏡花はごめんなさいと謝りながら今居る場所や自身の無事と、國次に守られた事、國次が今動けなくなっている事を伝えると通話を終えた。

 

「お父さん、迎えに来るって」

「あー、うん、正直いやかなり助かるよ……コホッ、起き上がるのはともかく、全身筋肉痛みたい……いや、それ以上に痛い所為で動きたくても動けない」

 

漸く整いながらも時折咳き込む國次はぐったりとしながら鏡花に礼を言う。

しかし、

 

「ねぇ、鏡花ちゃん」

「?」

「僕があんな姿になったの、怖くなかった?」

 

ふと、気になっていた事を告げた。

異形と化した際の姿を、國次は手足程度しか確認出来なかったが、鏡花は全身を見れている。もし悍ましい姿をしていたら、嫌われてしまったら等と二十を超える大の男が考える割には少々軟弱過ぎる考えが過ぎっていた。

もしノイズと変わらない、バケモノのような存在に見えてしまっていたら鏡花や店長達の前から姿を消した方が良いかもしれないなどと、國次はノイズ相手にパンチや蹴りを放っていた時に比べかなり弱気になりつつあった。

 

「怖かった……」

 

その問いに、鏡花は小さく俯きがちに頷いた。

あぁやっぱり、と小さく苦笑する。あのような人の身を越えた身体能力に異形の姿など、もはやヒトでは無くノイズ同様のバケモノに過ぎない。怖がらせて当然だと自嘲気味に笑う。

だが、鏡花は「でも、」と再び口を開き、続きを述べた。

 

「國次お兄ちゃん、助けてくれたし、それに日曜のヒーローみたいでかっこよかった」

「―――そっか」

「だから、心配しないで良いよ?」

 

どうやら弱気な考えを見抜かれていたらしいのを、その一言で察した。

子供特有の勘の良さか、それとも女性ならではの男の考えなぞお見通しな鋭さか。自分より十近くも年下の女の子の方が、自分よりもしっかりしている事に参ったなぁと呟きながら國次は気を取り直して店長が来るまでの間、変異した自分がどの様な姿だったかを鏡花からの証言で彼女から借りたペンと紙で大体のイメージ図を描くことにした。

 

 

 

――――出来上がったのが、カミキリムシっぽい黒光りする上半身電飾お化けの絵だった事に、現実逃避しそうになったが。

 

 

 

■■■■

 

《融合措置、中断》

 

《現融合率、3割》

 

《宿主/使い手、適合率5割、消耗率7割》

 

《融合率2割に下方修正、修復措置開始》

 

■■■■

 

 

 

あの後迎えに到着した店長に支えられ、如何にか『秋都』の借りている自室に辿り着きベッドに倒れ込んだ國次が目覚めたのは、翌日の早朝三時半。通常ならば、朝八時から開店のパン屋『秋都』にとって三十分後には仕込みをし始めなければいけない時間となる。

未だ全身に痛みと疲労感が残っているうえ、昨日のシフト変更による振り替えやノイズ騒ぎで全身ボロボロなのに自然とこの時間で起きてしまえる辺り、この三年で身に付いた習慣が今だけは疎ましく思える。

とりあえずさっさと着替えて、仕込みの手伝いしないと。と考えながら身を起こすと、枕元に置いていた携帯にメールの着信を伝える通知が付いている事に気付き、一応確認しておくか携帯を開き、送信相手を確認する。

 

「……あー、あの女装馬鹿からだ」

 

メールの送り主は、昨日彼女紹介&自慢をウザい程した後、その彼女に無表情でヘッドロックを掛けられながらツヴァイウィングのライブへ行くと言っていた女装趣味の親友からだった

それを思い出して、「あ゛」とまぬけな声を上げた。

―――あの馬鹿も、昨日あの現場(ノイズまみれの会場)に行っていたんだった。

まさか、と顔を青くしながら急いでメールが送られた日時を確認するが、僅かに安堵した。

メールが送られたのは日付が変わった直後で、内容も確認してみるとライブ会場で起きた出来事と自身や彼女も無事というものであった。

 

「心配掛けさせて……ん?」

 

ただ、メールの一番最後の一行に気になる事が記載されているに気付く。

『追伸:逃げてる途中、なんか黒タイツが飛んでた気がする。あと犬臭そうに見えた』

 

「……大丈夫、見られたとしても僕である事を知る訳もない、大丈夫。あの馬鹿の場合、いや、たぶん、きっと、うん―――――あと犬臭そうに見えたってどういう事だよオイ一言余計だっての」

 

思わずツッコミを入れてしまったが、とりあえず心配する必要はもう無いだろうと携帯を閉じ―――

 

ビキッ

 

別に馬鹿力で閉じようとした訳でもないのに、軽く折り畳もうとした携帯のヒンジ部分に罅が入り、ヒンジ付近のガワの一部が欠けてしまった。

 

「あっれ、おかしいな。そんなに強く閉じた訳じゃないんだけど……」

 

落ちた欠片を抓まみあげ、携帯のヒンジ部分を見る。見たところ、使うこと自体には問題無さそうだが、これでは見かけも悪いし、下手に使い続けて上下分離させるのもよくない。

 

(うーん、仕方ない。ちょっと早いけど、これを機に機種変でもするかなぁ……)

 

と、携帯を一旦机の上に置き、部屋の明かりをつけ仕事着へと着替えを始める事にした。

 

 

 

 

一階に降り、厨房へ行く前に國次はバックヤードで朝刊を広げている店長の姿を見つける。何やら気になる内容でも載っているのか、眉根を寄せて滅多に見せない渋い表情をしているのが気に掛かり、声を掛ける事にした。

 

「おはようございます店長」

「……ん? あぁ、おはよう國次君。体は大丈夫かい?」

「ちょっとまだ痛みますが、まあ支障はありません。ところで、さっきから難しい顔してたみたいですけど、どうしたんです?」

「いやぁそれがねぇ……うーん、話すより見て貰った方が早いかな」

 

そういうと、店長は自身が見ていた場所を開いたまま、此方に朝刊を手渡す。それを受け取った國次は、店長が見ていたであろう記事の内容見て、僅かに固まり、まだ眠気が抜けてないのかと目を擦ってもう一度その記事に視線を落とす。

そして、それが見間違いでもないことを知ってしまう。

 

「さっきテレビを付けたらニュース番組でも報道されててね、どうも本当らしいよ。まいったなぁ、鏡花悲しむだろうなぁ……」

「……えぇ」

 

そこには、《人気ボーカルユニット『ツヴァイウィング』の天羽奏、ライブ中に現れた特異災害ノイズによって死亡》と大々的に取り上げられた記事とその天羽奏なる人物のモノクロ写真、そして惨劇による死者、行方不明者の総数が載せられていた。

 

 

 

 

 

開店間近の時間。ニュースや新聞で取り上げられている内容を知ってしまったのか、予想通り鏡花は暗い表情のまま、「行ってきます」とだけ言って朝食も取らずに『秋都』の裏口から出て行った。

大丈夫だろうか、と心配そうに店先で見送った國次に店長は、

 

「やっぱり今から病院行ってきなよ。ついでに、鏡花を途中で拾って朝食代わりのコレ、渡して来て」

「え、あの」

 

朝の仕込みの段階で不調を見抜いていたのか、それとも適当な理由を付けて鏡花を元気付けて来て欲しいのか、店長は惣菜パンが入ったビニール袋を押し付け今日一日休みで良いからと國次に告げてから厨房へと引っ込んでしまった。

 

「……うっし」

 

それを受け素早く私服へと着替えた國次は、パンの入った袋片手に店先に出るとバイクに跨り、鏡花の通る通学路へ急いだ。

 

 

 

バイクを走らせ数分、通学路の辺りまで来たは良いものの鏡花の姿はどこにも見当たらなかった。もしや途中の何処かで知らぬ間に追い抜いてしまったか、などと来た道を戻ろうとするが、ふと視界に入った公園のベンチに目当ての姿がある事に気付く。國次はバイクを公園の入り口付近に停めゆっくりと俯いた姿勢の彼女に近づき、声を掛けた。

 

「鏡花ちゃん、こんな所でどうしたの」

「あ。國次おにい、ちゃん……うぅん、ちょっと疲れたから休憩してるだけ」

 

鏡花は國次の声に反応し振り返るが、すぐにソレらしい理由を言ってから再び俯いてしまった。こりゃ、思ったより重症かなと頬をポリポリと指で掻きながら、國次は鏡花の右隣に開いているスペースに座り、店長から渡されていたパン入りのビニール袋を鏡花に手渡し、「まあ、とりあえず朝飯食ってないみたいだから。これ食いながらでもいいから僕と話をしないか」と切り出して、彼女が顔を上げゆっくりと頷くのを見てから國次は慎重に言葉を選びながら口を開いた。

 

「ニュースか新聞のどちらかを、見たんだよね」

「……うん」

「まあ、仕方無かったんじゃないかな。会場に来ていた観客の避難を優先しなきゃいけないし、なにより会場の中央にステージがある構造じゃ、」

「仕方ないって、なに」

「―――ん?」

「國次お兄ちゃんが言っている事は私だってわかるよ。でもね、そうじゃないの、ツヴァイウイングの奏ちゃんの事じゃないの。もちろん、悲しいけど、そっちじゃない」

 

鏡花は、制服の袖口で目元を拭うと、再び俯き、そして語り出した。

 

「―――被害者の、重症者の名前の中にね、あったんだ。学校の友達の」

「……そうなんだ」

「分かってる、ノイズがあんな、人が密集している場所に現れたら、逃げるのが難しいなんていうのは。でも! あの時もしお兄ちゃんに頼んで会場に行ってもらえれば、友達のその子だって―――」

 

鏡花ちゃん。

それだけ言うと、鏡花は言い過ぎたと口を噤み、バツが悪そうに黙り込んでしまう。

それを見て國次は、とりあえず今から言おうとする事を実行した場合、店長に如何言い訳するかの算段を考えながら喋った。

 

「あのさ、今日は学校休もうか?」

 

 

 

 

 

「やれやれ、人が彼女に会えないのと体が痛くて仕方ないのと女装出来ないのを我慢して仕事してるってのに、オメェは仕事サボって朝っぱらから幼女連れて病院に来るだなんて何やってんだヨォ!」

「うん、やっぱこの変態に朝から会うのはつらいな。鏡花ちゃん一人で病室に行かせて正解だったか」

 

昨日のノイズ発生による重症者を含むけが人が搬送されているこの地区で一番規模のある病院に鏡花を伴い訪れた國次は院内のとある一室にて、車椅子に座り両足にギプスを付けた、やたらテンションの高い人物に会っていた。

なお子供には精神衛生上大変よろしくない事この上ない存在なので、鏡花にはこの病院に入院しているであろう友達の居る病室とへ行かせてある。

 

「けど、その様子なら心配する必要なかったかな。いや、メールの時点で必要なかったのは認めるよ、うん」

「うんオメェってさ、俺相手には妙に厳しいところあるよな、なんか。犬臭いくせに」

「おうもがれたいのかな女装馬鹿、いや馬鹿ジュン君」

「あらやだこの子マジ切れよ……ッ」

 

恐ろしいわこの子ッ! とでも言いそうな表情をしている目の前の人物は馬鹿ジュンこと、蒼井純。國次にとっては少し歳の離れた親友にして、悪友でもある彼は今はこうして車椅子に座ってはいるものの、この病院に置いて若き天才として名を馳せてもいる人物だった。

もっとも、女装好きというのが天才の前に来るのだが。

 

「で、馬鹿ジュン二十六歳童貞君は何で車椅子に座ってるんだよ。メール見た限り彼女さんと共に怪我無く無事だったとあったはずなんだけど?」

「ばっかオメェ童貞の事は言うなっての―――とまぁ、馬鹿発言はやめにするとして、だ。ちょっと馬鹿騒ぎする連中が今朝早々に押しかけてなぁ、噂を馬鹿正直に信じて被害者(患者)さん目当てに煩いのが何人かが。で、その際ちょ――――っと揉め事に巻き込まれてこの有様だぜ」

 

と、馬鹿な部分の鳴りを潜ませ、医者として接する時の真面目な雰囲気になった純は、詞の端こそ軽くはあるもののその経緯を語った。

そしてその言葉から、國次は苦い顔をして「ノイズ被害者に対するアレかい」と小さく漏らす。

ニュースや新聞でも多少語られてはいたが、あの惨劇の中心地であるライブ会場にて発生した被害者の総数のうち、ノイズによって失われた命は実は約三分の一程でしかなく、残りの殆どは逃走中の将棋倒しによる圧死や、避難路の確保を争った末の暴行による傷害致死なのではないのか? という内容の意見があったのだ。

無論、ありえないわけでは無い。あの手の出口が限られた構造物から、パニックに陥った人々が逃げる際、案内に従わず我先にへと逃げようと邪魔な障害(自分以外の誰か)を犠牲にしてでも生き残ろうと何かしらの行動を取るだろう。

事実、國次も当日博物館で同じような光景を目にしたし、別の通路へ出ようとした際にもしかしたら気付かないうちに同じような事をしてしまっているのではないかと自分を疑っている。

 

そしてそういう行動に対し、当然バッシングをする者が現われるのも無理はない。

 

「あの会場にいたのは観客や関係者含めてざっと十万人で、その内の被害者は一万と二千ちょいだ。死んだ命の多さに対して生き残った連中の多さ……そらそこから邪推する奴も現れるだろうよ。オマケに今回の一件は災害として成立するから、国から被災者や遺族に補償金という名のバッシングするには格好の餌も出てくる。オレの予想じゃあ一週間以内に、生き残ったからって理由だけで被害者(患者)さんらの大半が批判中傷の対象として吊り上げられ晒し者にされまくるだろうな、間違いなく」

「……まるで魔女狩りか何かだな」

「まったくだ―――さて、暗い話はこれくらいにして、と。で、朝っぱらから『秋都』の鏡花ちゃんを学校サボらせてまで、ここに入院してる友達を見舞いに来させたお前は一体何がしたいのよ」

 

まあ大体は予想できるがYO! と再び馬鹿っぽさが出てきた親友(女装の変態)の態度に辟易しながら國次は切り出した。

 

「別に。ただ友達が巻き込まれて入院してるのを知って落ち込んでたみたいだからさ、元気付けるのは得意じゃないからと」

「うわぁ、彼女居ない歴=年齢の犬臭い童貞君らしい方法だなぁ!」

「―――-ここが病院じゃ無けりゃ今すぐにでもぶん殴りたいよ、本当」

「まあそんな理由は当然予想済みとして、だ。―――本題、入らね?」

 

そう言って純は笑みを消すと、先程より低いトーンで問いかけて来た。

―――どうにも彼は人を見抜くことが得意だな、と苦笑交じりの溜息を一つ零し、此処に来た本題を口に出した。

 

「ちょっと僕の躰、診て欲しいんだけど」

「――-誰かぁあああ! 医者相手にセクハラなんてする新手の犬臭い変態がああああ!!!」

 

よし、診て貰う前にコイツの口塞がなきゃ。

 




ちょっと今回は雑に仕上がったかもしれません(汗)

ちなみに國次と純が5歳も年が離れているのに親友同士なのは、過去にふとした切っ掛けで出会った際にした自己紹介で語った互いの趣味(女性)によるところが大きいです。

あと、あともう少しは話が本編へと進みませんのであしからず(汗)

それでは次回、亀更新かもしれませんが、気長に待っていただけると幸いです


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その力は何の為に使うべきか

大変お待たせしました、難産であったのとPC側のトラブルなどが重なりましたが、どうにか出来上がりました。
これにてプロローグの2年前編は終わります。

それでは、続きをどうぞ



「……腹のど真ン中、丸っこいブツを中心に細い糸みたいなモンが全身に広がってやがる。流石に脳にまでは届いてねェみたいだが……何をどうすればこんな状態になるんだっての」

 

摘出するにしてもお手上げだ。そう言いたげな表情で純はモニターに表示されていMRI撮影による画像を横目で見ながら、対面に座る國次に問うた。

 

「オメェ検査前にさ、博物館でノイズに襲われた際に展示物の化石が背中から刺さって腹ン中に入ったって言ってたよな? だとしても辻褄が合わねェ……なーんでそんな状態の怪我が丸一日も経たずに塞がって、こんな状態になってやがるよ?」

 

云いながら、國次の腹部……ちょうど痣が出来ている辺りの指差し、正面の彼を見据える。

それに対し國次は「それは……」と言い淀み、どう答えたものかと悩む。

普通ならば正直に答えた所で、異形の姿に変身した辺りの件は流石に信じて貰えないだろうというのは目に見えている。が、この目の前にいる親友(変態)ならば信じてくれるのでは、という可能性もありそうな気がしてならない。

 

(けど、だからってどう説明すればいいんだ……)

 

いっそ目の前で異形に変身するか、等と言う考えが浮かぶもそもそもどうすればまた変身出来るのか、というか今も変身出来るのかすらわからないのだ。

もし、仮に変身出来て、それを証拠として信じて貰うとしても目の前の彼は、どう反応するのだろうか……。

そんな彼の心情を悟ったのか、それともだんまりを続けるその姿が見ていられなくなったのか。純は一度息を吐いて頭を掻きながら、「まぁ、そうさなぁ」と前置きを置いてから言葉を紡いだ。

 

「オメェが言いたくねぇのなら無理には訊かねぇさ、親しき仲にも礼儀ありっていうしな。けどよ、」

 

そこで一旦言葉を切り、國次を鋭い瞳で見据えた。釣られる様に國次も見つめ返す。時間にすれば僅か一瞬の事だったが、國次にはやけに長く感じられた。

 

「―――中二的な理由だったら今度の合コンでオメェの性癖ばらすからな」

「おい、今人が正直に打ち明けようかどうかと必死に迷っていたのに、おい」

 

本当に実行しそうで怖い。

 

「冗談だ―――半分はな」

「おい」

「とりあえず、この件に関しちゃオメェの方から言いたくなるまで待つさ。ま、それでも定期的には顔見せに来いよ。今は平気そうに見えっけど、体ン中に異物が広がってんだ……いつ異常が起きても可笑しかねぇ」 

 

そう云い再びモニターに視線を戻しキーボードに指を走らせる純を見ながら、國次は腹部の痣に手を当てる。

そこに埋まっているであろう例の化石のような物体に、それを中心として全身に根を張るように広がっている糸。後者が異形への変身によって生じたものなら、今後また変身してしまうようなことがあれば、その度にこの身は蝕まれていくのだろうか。

國次は視線をモニターに映る画像に移す。

今はまだ、根を張っているソレは十数本程度。そのうちの数本は首の途中あたりで進行を止めてはいるが、もしこれが脳にまで至ってしまったら……

 

自分は、()のままで居られるのだろうか?

 

 

■■■■

 

 

結局、正直に告白する事は叶わなかったが、純は何処か悟ったような表情と共に「ま、何かあったらすぐ駆け込んで来いよ、最優先で診てやる」と言いながら、國次を診察室から送り出した。気を遣わせてしまったか、と考えながら受付で会計を済まし外へ出ると駐輪スペースに停めてあるバイクの前に鏡花が待ち構えていた。

國次の姿を認めると手を振ってきた彼女の表情には、公園のベンチに座っていた時に比べ幾分か明るさが戻っている様に見える。

 

「その様子だと、大丈夫だったみたいかな」

「うん、一応」

 

シートの上に置いてあった二つあるメットの片方を鏡花に手渡し、何気なく聞いてみると「しばらく入院する必要はあるみたいだけれど、思ってたより元気そうで安心した」と云いながら頷いた。

どうやら学校をサボらせてまでここ(病院)に連れて来た甲斐はあったようだ、と考えたながらバイクに跨ろうとしたところで不意に着信音が響いた。自分のモノは『秋都』の自室に置いたままだった筈。となると……、と國次は後ろのタンデムシートに跨ろうとしていた鏡花の方へと振り返る。

ちょっと待ってと手で制すと、鏡花は徐に携帯を取り出す。画面を覗き見ると、そこに表示されていた着信番号は鏡花の父親である店長のモノだった。

 

「お父さんからだ」

 

(……そういや、検査とかで連絡するのすっかり忘れてたな)

たらりと、頬に汗が伝う。公園で鏡花を拾ってから、ざっと一時間弱は経過している。流石に学校側から『秋都』へ連絡が行っててもおかしくはないだろう。

とりあえず、事前に考えてあった数通りの言い訳を脳裏に浮かべながら國次は、鏡花が電話に出るのを見守った。

 

「もしもし―――うん、一緒だよ。今病院で、お見舞いに……」

 

そう言いながら1分程度だろうか、いくらか言葉を交わしたのちスッと手に持っていた携帯を國次に差し出す。

 

「お父さんが話あるって」

「……まあ、娘を無断で学校サボらせて連れ回したわけだから、お叱りはあるよなあ当然」

 

差し出されたソレを受け取りながら國次は、恐る恐る電話に出た。

 

「……代わりました、國次です」

『國次君、とりあえずボクの言いたいことはわかるよね』

「あー、はい……」

 

聞こえてくるのはいつも通りの穏やかな声音。しかし、そこに込められている小さくとも確かな怒りの色を感じ、國次は、目の前にいる訳でもないのに姿勢を正し、僅かに頭を垂れる。

これは、言い訳できる感じじゃないなと考えながら耳を傾ける。

 

『まあ今回はね、焚きつけたボクにも非はある訳だけど、でもせめてサボらせるなら事前に連絡して欲しかったと思うんだ、うん』

「えぇ、まったくもってその通りですハイ」

『学校側から連絡がきた時点で、なんとなく察せたけど……まああの子を想ってのことってのはわかるけどね』

 

鏡花から大体のことは先に聞いたし、と言いながら店長はさらに言葉を続ける。

 

『とりあえず、言いたいことはそれだけ。学校の方には鏡花は体調不良で休ませたと連絡しておいたから、あと寄り道は……まああまり遅くならない程度にはしていいけど一緒に帰ってくること。いいね』

 

まるで出来の悪い生徒に対し言い聞かせる教師のようなやんわりとした口調で、けれど有無を言わせぬ雰囲気を僅かに滲ませた声音で返事を求める。

それに対し、國次が了承の言葉を返すと「じゃ、そういうことで」とだけ告げられ通話が切れた。

 

「怒られちゃった?」

「怒られちゃったねぇ、やっぱり……はぁ」

 

携帯を鏡花に返しながら、溜息交じりにそう云う。

その時ふと、手の甲に水滴が落ちてきたことに気付き空を見上げると、『秋都』を出た時と違って空はどんよりとした色に変わっていた。

 

(これは寄り道する暇もなく、一雨来るな)

 

「さて、それじゃあ急いで帰りますかね」

 

本格的に降り出す前に、そう考えると鏡花にヘルメットを被る事を促しながらシートに腰を下ろし、ハンドルを握った。

 

 

 

 

小雨が降りだし始めた中、軽快にバイクを街中で走らせて約二十数分。

『秋都』まであと残り数キロ程ときたところで視界の先にソレ(・・)が入り、思わずブレーキをかけてしまう。後ろの鏡花が首を傾げ、メットのバイザー越しに「どうしたの」と言いたげな視線を向けてくるが、彼女も國次が視線を向けている先にあるソレに気付く。

 

「―――博物館?」

 

ソレは、昨日二人がノイズに襲われ、そして國次が黒き異形へとその身を変え触れれば灰にされてしまうノイズを倒してしまった場所だった。

数年前に改修されたばかりだったその博物館は、昨日のノイズ発生による二次被害によって壁には穴が、窓は全て割れ、今にも崩れてしまいそうな無惨な有様。ここまで廃墟同然の形になってしまっては、元に戻すのも当分先になるのは簡単に見て取れる。

さらに目を凝らすと周囲には立ち入り禁止を告げるテープが張り巡らされ、そのテープの内側の領域でノイズ被害の事後処理のためか特異災害対策機動部、通称「特機部」の一課と思われる人物たちが何人かいるのが確認できた。

大方、今回の被害調査の一環で訪れているのだろう。

 

「結局、あそこにはたったの六回くらいしか足を運べなかったなぁ……」

 

小声で残念そうに呟き國次は昨日のことを改めて思い出す。

 

ライブ会場の周辺で大量のノイズが突如発生し、その極彩色の死の波から逃れようと博物館の近くにいた人々が雪崩れ込み、自身も館内へと入り込んできたノイズから逃げようと奥へ奥へと進み、逃げ込んだ先で鏡花を見つけて……

 

(鏡花ちゃんを抱えてノイズを避けようとしたら、妙な化石が腹に刺さって、そして……)

 

……真っ黒な異形になって、ノイズをこの手で倒せてしまった(・・・・・・・)

結局あの姿は、なんだったのだろうか。少なくともあの日起きたことの大半は、夢でも幻でもないのは、視界の先にある崩れそうな博物館だったモノと、腹部にある痣が十分に物語っている。

 

「あれ?」

「……ん? どうしたの、鏡花ちゃん」

 

ふと、後ろに座っていた鏡花が忙しなく周囲を見回し、首を傾げているのに気付いた國次は振り向き尋ねる。「あのね」と前置きしてから、鏡花は不思議そうに、そして不安そうな表情をしながら続ける。

 

「この時間って、こんなに静かだったかなって……」

「――――――」

 

言われてみれば、と考えるや先ほどの鏡花と同じように周囲を見回すと、確かに周囲からはまるで人気が感じられない。雨が降っているから外に出ている人は少ないと思えば、等という考えも浮かんだがあまりにもこの場は静か過ぎ、視界の中にあるコンビニやファミレスなどを店内に目を向けるも人影が一つも見当たらなかった。

 

だが、代わりにソレらを見つけてしまう。

 

店員や客の代わりに店内を存在する、大小複数の黒い塊を。

歩道に目を向ければ不透明な、どす黒い水溜まりや泥が雨に流されていくのを。

 

まだ処理されていない、昨日の被害の一部だろうか? 等という考えが一瞬過るも、テーブルに置かれている料理からまだ湯気が立っていることから、炭素の塊になってからまだそんなに時間が経っていないのだろう。

 

(ということはまだこの辺りに―――ッ)

 

と、嫌な考えが浮かんだ時だった。

不穏な気配が背筋を撫でる。ちょうど視界に入っていたファミレスとコンビニの間の路地からずるりと、人型やカエルのような形をした極彩色(ノイズ)が這い出てくる。それも一つや二つではなく、七つ八つ……次第に十数体近くへと数を増やしていく。國次達の存在に気付いたそれらは、ゆっくりと近づき始める。

背後で鏡花が小さく「ひっ」と悲鳴を上げたのを聴きながら、國次は咄嗟にアクセルを吹かす。

急発進により前輪が浮き上がりそうになるが体重をかけてねじ伏せ、博物館が見える方向へと走りだした。

獲物が逃げ出そうとするを見てか、カエル型の極彩色は二人めがけて一斉に跳躍し飛び掛かってくるが、ギリギリ届かず後部のナンバープレートを掠め地面へとぶつかっていくだけに終わり、やがてバイクの速度についていけず、ノイズ達は急速に遠ざかっていく。

 

「どうするの!?」

「博物館の方にいた特機部の人達に、この事(ノイズがまた出た)を知らせて被害が増える前に避難誘導してもらう……ッ! あぁそれにしても、昨日といい今日といいッ、連日ノイズに出くわすなんて本当ツイてないなッ!」

 

もはや呪われているのかと疑いたくなる。

振り落とされまいと必死にしがみつく鏡花の問いに答えながら、尚も追跡を止めようとしない極彩色()から更に離れようとギアを上げグリップを捻る。その際に発したブォン、という低い唸りに気付いたのか、もう百数十メートルくらい先の博物館前に集まっていた特機部の面々は即座に行動を起こそうとして、

 

背後に音も無く現れた、芋虫とも怪獣とも取れるような見た目の極彩色(ノイズ)二体に気付く間もなく、その片方に押し潰されながら黒い粉塵へとその身を変えていった。

 

その光景を見て思わず「タイミングでも狙ってんのか連中は?!」と悪態を吐きそうになるが、残されたもう一体の芋虫のような大型は國次達に脇目も振らず、國次達のいる方向とは真反対の方向へと向かって真っすぐ移動し始める。もう目と鼻の先だというのに、なぜこちらに向かってこない? と一瞬疑問が浮かぶが、その進行方向に視線を向けたことでその疑問が解ける。

大型の進行方向の先に、鏡花と同い年くらいの男児と女児二人を抱えながら走る特機部の生き残りと思しき男性の後姿が見えたからだ。

 

(狙ってるのはあっちかッ)

 

此方に向かって来ないことに思わず安堵し博物館だった廃墟の手前で一時停止してしまうが、同時にまだ自分達の後方に迫りつつある極彩色が健在なのを振り返り確認する。

人型の方は十分に距離を開けてはいるが、カエル型の方はというと跳躍しながらどんどん距離を詰めてきていた。このままではすぐに追いつかれるが、だからといってこのまま道を進んで行けばあの大型の標的にされかねない。

後方と前方との間を保ちつつ逃げるか、それとも大型が彼らに夢中になっている間に脇をすり抜け一気に離脱するか。

前者は大型に追われている三人が無事な限り、後者は危険過ぎるがまだ生還する確率は多少上がるだろう。

だがそれはどちらも、必死に逃げ生き延びようとしている彼らを見捨てる事を前提としている。

 

その時、ふいに特機部の男性に抱えられていた子供達と一瞬、視線が合った気がした。

距離は離れているとはいえ、その四つの瞳には生きたいと、死にたくないという意思が確かに見えた。

その瞳に、思わず國次は昨日の博物館での惨劇を思い出す。

―――あの日自分は、同じ様に生きたいと願う人々の怒号、悲鳴、叫び、懇願などを耳にしながら自分より若い命が、か弱い者が塵へと消えていくのを見ていながら、生き延びようと逃げた。

鏡花を見つけ一緒に隠れた際も、忍び寄る(ノイズ)への恐怖に耐えられず飛び出した彼女を見捨てて生き延びようという考えすら思い浮かんだ事もあった。

 

(……けれど、)

 

ふと、腹部に手を当てる。

其処に宿る遺物によって得られたであろう異形の姿とノイズすら斃せる力で、あの時自分は、鏡花を守れたと。あの瞬間この()の届く場所にあった、生きたいと願う命を確かに救えた事を思い出す。

ならば、と腹部に当てた手を握り、強く願った。

 

―――もし、あの姿を……もう一度あの力を使えるというのなら、

 

病院でのことを思い出す。

もし今後変身を続けていくようなことになって、その結果人でなくなるかもしれないのでは? という漠然とした不安感。

確かに怖い。けれど、もしそれで誰かを、手を伸ばせる範囲だけでも後悔せずに済むのなら。

 

 

だから、まだこの手が届くであろうあの命たちを、せめて……

 

「助けさせてくれッ!!」

 

腹部を中心に全身へ熱い何かが駆け巡っていく感覚が走ると同時に、初めて異形へとその姿を変えた時と同じく視界が光に包まれていく。

 

《その願いを、是とする》

 

そしてまた、胸の内からあの声が聞こえた気がした。

後ろで鏡花が「この光って、國次お兄ちゃんまさか……ッ」と叫んだような気がしたが、その声を気にせず、國次は意識を集中させた。

あの時、自分が異形化した際の感覚と、その時抱いた想いを思い出すように。

 

 

■■■■

 

 

「おじさんが絶対助っからなッ、だから諦めんなよッ!」

 

芋虫のような大型ノイズがゆったりと、しかし確実に距離を詰めながら迫る中、小学生の男女を抱え逃げる特機部所属の彼は、今にも泣きだしそうな二人を励ましながら別の班が待機しているであろう方面へと必死に逃げ続けていた。

 

(迷子の相手をさせられていたと思ったら、ノイズの群れを引き攣れたバイクが出てくるわ、それに気付いた同じ班の連中は突然後ろに現れたデカブツに押しつぶされ全滅、おまけに残ったもう一体のデカブツと追いかけっこなんて、なんつう日だ全くッ)

 

昨日起きた惨事の事後処理と被害調査として今日駆り出されていた彼は、今日己が身に降りかかっている不幸を呪いながらも、三十代半ばに差し掛かり体力の衰えが見え始めている足腰を懸命に動かす。

学生の頃は長距離走で常にトップだったのに三十半ばでこれとか、年取りたくねえなぁと本気で思う中、ふいに雨に濡れたマンホールの上で足を滑らせてしまう。

 

(やばッ)

 

思わずバランスを崩し転びそうになるが即座に反対側の足を前に出すことで持ち直し、どうにかスピードをほぼ落とさずに済む。

しかし、そんな一瞬を見せたのが不味かったのか。背後に迫りつつあった大型ノイズは、芋虫のようなその身を震わせるやいなや、口から小型のノイズを彼らの前方に向かって吐き出していく。

数体などと甘い数ではなく、十数、いや三十近い数の小型のノイズ達が道を塞ぎ行く手を阻んでしまったのを見て、流石の彼も足を止めてしまう。

そりゃ反則だろノイズさんよと零しそうになるのを抑え、即座に逃げ道を探すため周囲を見渡すが、ご丁寧な事に、僅かな路地にすら大型ノイズは次々に小型ノイズを吐き出し退路を塞いでいく。

 

「おいおい、職務に忠実なのは結構な事だが、やりすぎだろ……」

 

あまりにも笑えない状況に、もはや呆れた声しか出ない。

抱きかかえた子供二人の頬に涙が伝うのを見て、強く抱きしめ小さくスマンと謝りながら周囲を取り囲む極彩色の群れから後退り、建物の壁に背を押し付けた。

もはや逃げ場を無くした彼らに、覆い被さる様に大型ノイズがその身を傾け始め、同様に小型ノイズも一目散に三人へ向かってトコトコと駆け出す。

その光景を見た子供達は顔を伏せ、男ももはやここまでかと瞼をきつく閉じ、二人を抱きしめる腕に力を込めた。

 

(あぁくそ、せめて二課の装者(・・・・・)が、この場に来てくれたら……ッ)

 

せめてこの腕の中で震える子供達だけでも救える方法が今この瞬間、ヒーローのように颯爽と現れてくれればいいのに。

そんな切なる願いを胸に抱きながらも、もうすぐ訪れる死の瞬間に彼はその身を一層固くするしかなかった。

 

 

 

 

「……あぇ?」

 

しかし、その瞬間()はいくら待っても来なかった。

不審に思い薄く目を開けると、先ほどまで自分達に覆い被さろうとしていた大型を含めノイズ達は皆、自分達ではなく別の、今まで走ってきた道の方へと体を向けていた。

一体何が、と戸惑っていると、ノイズ達が向いている方からブゥオンという音が聞こえ、釣られる様に顔をそちらへと向けた。

そこには、

 

『――――』

 

黒い、ノイズとはまた別の異様な存在感を放つ異形(ヒーロー)が、バイクに跨りながら青い目を光らせていた。

 

 

■■■■

 

 

どうにか、間に合った。

大量のノイズの隙間から三人の姿が見え、まだ無事であることを確認した國次(異形)は安堵の息を零し変身直後(数分前)のこと思い出した。

 

 

光が収まると同時に再び異形に変身出来た國次は、早速三人を追いかける大型ノイズを追いかけようとしたが、もう数m後ろにまで迫っていたノイズを先に対処した。

鏡花が後ろに居たから、というのもあるが、ここでほったらかしたらまだ近くに居るかもしれない誰かが危険に晒されるかもしれないと考えたからだ。

初めての時と同様、力加減が出来すアスファルトごとノイズ達を吹き飛ばしてしまったが返ってそれが幸いしたのか、その際の衝撃波で粗方一掃出来てしまった。

殆ど時間を掛けずに済んだのは良かった事だが、これではある意味ノイズより被害を出してしまったような気がしてならない。

 

(流石にもうちょっと加減出来ないと、下手すりゃノイズの二次被害より惨状生み出してるよねコレ……)

 

今後また変身するかもしれない場合を考えながら、次からちゃんと力をセーブするよう心掛けた國次は、自身に釘付けとなって動ない目の前の大型ノイズや小型の群れを睨んだまま、タンデムシートに跨り僅かに震えている鏡花にそっと話しかけた。

 

『鏡花ちゃん、無理に着いて来なくてもよかったんだよ?』

 

國次の心配そうな声に鏡花はきゅっと口元を引き締め、フルフルと首を振った。

 

「あそこに残されるより、國次お兄ちゃんの近くに居た方がまだ安全……だから、心配しなくて大丈夫だよ」

 

そういいながらも、震える手でぎゅっと國次を背中から抱きしめるその健気な姿に硬質な殻の内側にある頬を緩ませながら「そっか」と呟く。

 

『……なら、絶対に守らないとね』

 

この手の届く範囲内なんだから。

そう心の中で付け加え、グリップを捻り威嚇代わりにエンジンを吹かす。

 

遠目にとはいえ、芋虫のような大型ノイズが小型を吐き出していたのは既に確認済みだった。今この場において最優先で倒さないといけないのは、あの芋虫型の大物一体のみ。あとの小型は、数が多い事だけが面倒ではあるが、増やされる前に大型を倒してしまえば後はもう纏めて一掃していくだけでいいだろう。

けれど、鏡花とノイズに取り囲まれている三人を守りながらそれが出来るかと問われれば、

 

(流石に無理があるよね……悔しいけど)

 

戦闘技術を持っている訳でもなく、武術を嗜んだ事すらない國次にとってそこまで上手く立ち回るのは到底無理だ。

だから今出来る範囲で、三人を救い出し、鏡花も無事に連れ帰るには……

 

(一点突破あるのみ……ッ!)

 

『鏡花ちゃん、今からかなり荒いことするから、目、瞑っててね』

「大丈夫、怖くないもん」

『……お強いことで』

 

歳の割に肝の据わった発言に苦笑しながら國次はアクセルを一気に吹かし、前輪を浮かせながらバイクを急発進させた。

それを見て、今まで動かなかったノイズ達は大型を先頭にして特機部の男と子供二人を尻目に、一斉に異形(國次)が駆るバイクへ向かって動き始めた。

 

うわモテモテだなこりゃ、とのんきな考えが浮かぶも國次はさらにギアを上げ加速を続けさせる。そして先頭の大型とぶつかる一歩手前の距離まで走らせたところで、ハンドルから手を放し、一瞬のうちに後ろに座らせていた鏡花を抱きかかえバイクから飛び上がると、異形化により強化された脚力に物言わせ大型の頭上にまで跳んだ。そして始まる落下の中、見上げてくる大型が口を大きく広げ待ち構えるているのを見て、國次は鏡花を抱えたままごく自然な動きで飛び蹴りの体制に移る。

その光景を見ていた特機部の男が「喰われるぞ……ッ」と叫ぶが、気にせず國次(異形)は落下の勢いを乗せたキックを大口広げて待ち構える大型のノイズに向けて突き刺すようにぶつけた。

衝突の瞬間、大気を震わせるほどの振動が周囲に広がり大型ノイズは動きをぴたりと止めて、そのまま動きを止めた大型を足場にしてくるりと一回転しながら鏡花を抱きしめたまま大型の周囲に群がっていた小型を踏みつけながら無事に三人の目の前に辿り着いた。

そして即座に、唖然としている特機部の男の襟元を掴むと國次は三人纏めて片手でぶら下げたまま一気に男が背を預けていたビルの屋上へと跳躍し着地した。

そしてその数秒遅れで鈍い音を響かせながら衝撃波が大型ノイズを中心として周囲へと広がり、大型のノイズは破裂した風船のように破裂し、その身を黒い粉塵へと変えながら掻き消えてしまった。そして以前と同様、周囲の小型ノイズもその衝撃波に巻き込まれ半分は大型と同様に黒い塵となり消え、残りの半分は周囲の建物の壁に無惨にも叩き付けられていった。

それを屋上から見下ろし確認した異形は『いやいやいやいや』と引き気味な声をあげる。

『……加減したつもりなのにむしろ範囲と威力に時間差と、なんかとんでもないことに……』

「……連鎖?」

『んなパズルゲーじゃないんだから……飛び上がってのキックはもうやらないでおこうっと……』

 

そんないきなりの出来事に、襟元を解放された男は目を瞬かせ、思わず自分の頬をつねり目の前の出来事が現実であると認識するが、それ以上に今自分たちを救った黒い異形が少女を担いだままゆっくりと動き出したところで我に返り、子供を抱えたままとはいえ咄嗟に身構えようとする。が、ノイズに囲まれ絶対絶命という極度の緊張状態から解放されたせいか、身構えようとするも腰が抜け、「あ、あれ?」と力のない声を上げながらその場に力なく座り込んでしまった。

それを見た異形は、手を伸ばそうとするが誤解を招くかもしれないと考え寸でで引っ込め『えっと……』と口籠りながら、

 

『と、とりあえず残りはこっちで片しておくんで、今の内にその子達の救護の為に応援でも呼んでてください……っと、これでいいのかな』

「……え、しゃべッ」

『あ、それでは……よっと』

 

唖然としたままの子供二人を抱きしめ、異形が普通に喋ったことやなんで助けてくれたのか理解が追い付かないまま特機部の男は、少女を担いだまま一礼して屋上から飛び降りていった黒い異形を、ただ見送る事しかできなかった。

 

「なんなんだよ、一体……」

 

直後、何かが破裂するような音が何回か響き、完全に静かになったところで男は異形によって全てが片付けられたことを察し、とりあえず、どう報告したものかと放心気味に無線を取り出した。

 

 

■■■■

 

 

今度こそはと加減しながらノイズを倒し切った異形(國次)は、鏡花を担いだまま人目につかないよう急いで『秋都』からある程度近所にあるデパートの屋上に着地した。

本当ならバイクで帰るつもりだったが、先ほどの戦闘の際に発生させてしまった衝撃波によって無惨にも大破していたのと、また変身解除後にあの激痛に見舞われたらどうしようという不安に駆られた結果、こうして多少大声上げても平気そうな場所且つ『秋都』に近い人気のない場所を探すことになった。

 

途中から抱きかかえてた状態から肩に担ぐ形となっていた鏡花を下ろすと、また全身を引き裂かれ捻じ切られる様なあの激痛を味わなければならないかもしれないという事に、國次は若干ナーバスになりながら少し気持ちが落ち着く――というより覚悟決まるまで――までベンチに座ることにした。

気のせいか、胸の発光器官も弱々しく光るに留まっているように見える。

ふぅ、と疲れ気味の溜息を吐いていると、鏡花がちょこんとその隣に腰を下ろし心配げにヒーローというよりむしろ強敵系怪人にありがちなイイ部類の顔を覗いた。

 

「えっと、大丈夫?」

『この後の痛みを考えると、ちょっと心折れそうです』

「そ、そう……」

『……まあ、でも』

 

両膝をパンッと叩き立ち上がると、既に雨が止んで空にうっすらと虹が掛かっているその方面へと体を向ける。その方向にはちょうど、今日ノイズに出くわした付近と崩れかけの博物館が遠目にとはいえ確認出来た。

表情の見えない硬質な顔面に、僅かながら達成感を浮かべながら國次(異形)は苦笑気味に頬を指先で掻き、視線をまっすぐ向けたまま言葉を続けた。

 

『病院で悩んじゃってたけど、ちょっとはこの体にも、力にも向き合えるかもって。もうちょっと手を伸ばすことが出来そうかなって、思えたからさ……少しは我慢できるかなーって』

 

いやなに言ってるんだろうね、僕。と恥ずかし気に俯き、再びストンとベンチに座り込んだ。

しかし鏡花はそれを笑わず、そっか、とだけ呟くとポンと彼の背中をその小さな手で叩いた。

その行為に、頑張れってことかなと、年下なのに敵わないなあ等と考えながら國次は仮面の下の顔をくしゃりとさせた。

 

 

 

 

 




これにて漸くプロローグは終了、次回から2年後の本編が始まります。
ただまあ、主人公の戦う理由がこれでいいのか、という感じが拭えない(汗)

一応、今後のストーリーを経て戦う理由をもうちょっとキチンとしたものに整えていくようにしたいけれど……温かい目で見守っていただければ幸いです(汗)


さて次回更新予定についてですが、暫し忙しくなりそうなのでまた期間が空きそうです。それまで気長に待っていただければ……(汗)

では、また次回でお会いしましょう


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1章 だから僕らはこの手を繋ぐ
そして二年、変化、異形と蒼き剣


前回より大変間を空けてしまい申し訳ありませぬ(汗

とりあえず今後も不定期更新となりますが、どうかご容赦を(汗

さて、今回から無印編となりますが一応プロローグ(またです)なので量も少ないですが、次回以降からはまた増やしてく来ますので(汗

それでは、無印編プロローグ、開演です


二年も経てば何かと変化はあるものだ。

 

例えば、普段の日常。

例えば、ノイズの出現率。

例えば、自身以外にもノイズに対抗出来る存在。

 

一番目は、鏡花が中学生になったということもあってか店長の「さすがにこれから思春期の女の子と同じ屋根の下というのも不味いから」という一言で居候の身ではなくなったり、それに合わせるようにこちらの高校に通うとのことで妹が上京してきたのでマンションの一室を借りて久々に一緒に暮らすことになったり。

 

二番目は、ライブ会場の惨劇以降月に三、四回くらいの間隔で出現するようになった。特に出現率が高いとされている地区においては多いときは月五回以上も出現すると聞く。その近隣にある國次の新居や『秋都』がある地区もそれなりの頻度で現れるようになってきてはいるが、大抵は数が少ないうえに出現する時間帯も夜間である場合が多く、仕事中に現れないでくれているだけ幸いか。

 

そして三番目は―――

 

 

 

『さて……と、これで全部かな?』

 

夜間の山中。極彩色(ノイズ)の残骸であろう塵と、先ほどまでこの場でノイズを引き止めていた自衛隊特異災害機動部(特機部)による攻撃の余波で火の手が回り始めた木々や家屋の残骸に囲まれる中。闇に紛れてもなお黒く、そして黄色く発光する器官と輝く青い眼を持った異形(國次)は、先程までノイズを殴りつけていた拳を揉むように(ほぐ)しながら視線の先で、最後の一体と思われる巨体の人型が蒼い軌跡と共に真っ二つに裂け、塵へと返っていくのを見てそう呟く。

そして塵と炎をバックに、蒼い軌跡を走らせた張本人がゆっくりと、太刀らしき獲物を片手に近づいてくるのを見ながら、さて今日も上手く逃げれる(・・・・)かなと考えを巡らせ始めた。

 

 

◆■◆■

 

 

それは、妹がこの春から通うようになった学園、私立リディアン音楽院へ向かう途中の事だった。

海を臨む高台に位置するリディアン、そこへ通う生徒の大半は近隣の学生寮から通うことが多いが、寮暮らしでない者の自宅、特に國次の妹と國次が暮らすマンションまでは結構な距離がある。

一応、学園付近で停まるバスもあるにはある。が、生憎そのバスは國次達の自宅のある方向とは真逆の方向を走るので、実質使えない。なので、あとは自転車か國次がバイクに乗せて送り迎えするかの二択。しかし早朝から『秋都』へ行かなければならない國次に毎朝学院まで送る事は出来ない、故に自転車を買わせ通学するようにさせたのだが。

 

(しかし入学して早々に、パンクかぁ……)

 

どうやら帰宅しようと学園を出てすぐのところで前輪後輪、共にパンクしてしまったらしい。その連絡が入った時は運の無さに呆れたが、流石にそのまま自転車を押しながら徒歩で帰らせるわけにもいかないので、迎えに行くことにしたのだ。

もっとも、その日は『秋都』で翌日の仕込みの準備もあった為迎えに行く頃には十九時過ぎになっており、学園の近くまで来た時にはすっかり日も落ち空には星が見え始めていた。

 

そして学院までもう目と鼻の先という所でだ。リディアンからそう遠く離れていない山間部から燃える赤が見えたのと、ノイズ発生を知らせる警戒警報が聞こえたのは。

その場でバイクを止め、火の手が上がっている方を見据えると、僅かにだが極彩色のような輝きが見えた気がした。距離があるとはいえ木々や炎に紛れても見えるという事は、それなりの巨体を誇るノイズが居ると分かる。

何故あんな山間部で、という疑問が浮かぶがあの周辺には確か民家が幾つもあったのを思い出す。恐らく、既に特機部によって避難誘導は始まっているだろうが、障害物をすり抜けるノイズ相手に足場の悪い山中で避難を促したところで、時間は稼ぐには少々無理がある。

 

(ここからじゃまだ規模はわからないけど、仮に突破されたら近場のこっちに来る可能性もあるか……どちらにせよ、被害が広がらない内に行った方がいいかな。何より……)

 

この手が届く範囲内で今救えるのなら、行かない手はない。

そう思うや否や、素早く携帯を取り出し妹にもう少し遅れることと、ノイズが現れたので近場のシェルターに避難するようにと内容を纏めたメールを送る。

無事送信が完了したのを確認した國次はバイクから降り、全身に力が巡るのをイメージしながら極彩色が見え隠れした火の手が上がる方へと一直線に走り出す。視界が眩い光に包まれ手足から異形へと変わっていくのを実感しながら、ガードレールを飛び越えた。

 

 

現場に着いた時には、特機部に誘導されるように歩を進めるノイズの群れがもうかなり集まっていた。そしてその後方には更に大きな、十数メートル程の巨体を持つのが一体。注意を引き付ける為とはいえ、浴びせられる通常兵器をすり抜けさせながら迫る姿は正に、悪夢以外の何物でもないだろう。特機部の攻撃の余波により火が移った民家を押し潰しながら進む巨体は、まるで嘲笑うかのような唸り声を上げながら取り巻きのように足元に居るヒト型やカエル型と共にじりじりと特機部を追い詰め始めていた。

『こりゃ、デカブツより先に数の多い小型を先に潰さないと特機部の人達も不味いかな』

 

そう考えるや否や、黒い異形(國次)は軽く跳躍し特機部と小型ノイズ達の前に躍り出る。

その姿を見て、「イルミネイザー! 来たか!」等と、いつの間にか彼らの間で勝手に命名、定着していた異形(國次)の名称を口々にしだす特機部の隊員の声を背に受けながら、何とも言えない雰囲気を出しながら硬質な殻となった頬を指先で掻く。

この二年の間、特機部以外にも偶然異形の姿を捉えたものはそれなりに居り、その見た目から様々な名称をつける者はそれなりに居たが、この半年でその名称も完全に固定された。

以前、上半身の発光器官の多さから異形(國次)本人は「上半身電飾お化け」等と比喩した事はあったが、どうやら他人から見てもその印象は強いらしく、電飾愛好家を意味するイルミネーターをもじり、「イルミネイザー」という呼称で決めたそうだ。

 

(でも、だからとはいえそんな、電飾愛好家(イルミネーター)みたいな名前はなぁ……)

 

せめてもう少しいい名称はなかったのだろうかと小さく溜息を吐きながら振り返り、すぐ近くに居た隊員に尋ねる。

 

『あの、避難の方は?』

「え、あ…あぁ、既に完了している。もうこの場に残っているのは我々だけだ」

 

話し掛けられた隊員は、一瞬話し掛けられたこと自体に困惑の色を露わにしたが、すぐに答えを返す。それを聴いて國次は小さくうなずくと、ダッとノイズ目掛けて駆け出し一番手前に居たヒト型目掛けて拳を炸裂させ、他の個体を巻き込みながら巨体ノイズの少し後方まで吹き飛ばした。

少し遅れて塵と化し消えていくのを見届けずにそのまま次々と押し寄せてくる極彩色達に拳を浴びせ続けていると、ふと頭上からこの二年で既に聴き慣れた歌声が聞こえてきた。

 

《―――Imyuteus amenohabakiri tron》

 

群がるノイズ達をいなしながら聞こえてきた方へと視線を向けると、太刀のような獲物を持った風変わりな出で立ちをした蒼い少女が、巨体ノイズの少し手前へと降り立つ。

そして僅かに異形へと振り向くも、特に何も言わず、すぐに目の前のノイズへ向かって駆け出していった。

 

(話はいつも通り、後ってわけか……)

 

そして、『歌』を歌いながら目の前に塞がる小型ノイズ達を次々と塵にと返していくという、既に(・・)見慣れてしまった光景を目の当たりにしながら、遅れまいと異形も極彩色の波へと突入していった。

 

これが三番目。己以外にノイズに対抗出来る存在……それがこの、ノイズとの戦闘中や終了後等に現れる、刀剣持ったコスプレチックな出で立ちの、有名歌手(風鳴翼)にそっくりなというかご本人が、ノイズと戦っているというものだ。

 

 

 

 

出会いの始まりは異形の力を得てから二ヶ月後の事だったか。「手の届く範囲だけでも」という考えのもと、自身の生活圏内で出現したノイズの対処をし終えたとある休日の夕方、『秋都』に戻るかと新たに購入し直した大型自動二輪を駐輪している場所にまで戻ろうとした時だった。

不意に前方へ、太刀とも取れる妙な剣を持った蒼い壁―――もとい、少女が立ち塞がる形で現れこう告げた、「漸く出会えましたね、アンノウン。いえ、イルミネイザーとでも呼びましょうか。とりあえず、大人しく投降して下さい」、と。

いきなりの事に國次は困惑したが、明日の仕込みがある事や今日の夕飯当番が自分だったことを思い出し、その場では丁重にお断りすると伝えた。

……伝えたのだが、

 

―――そうですか、では仕方ありませんが少々実力行使と行きましょうか―――

 

まるで聞く耳無しとでもいうかのように、無表情で太刀を振りかざしながらそう告げたのだ。

 

 

 

 

(まあ最近になっては斬りかかって来るような事は無くなってきたし、多少は態度も軟化してきたのかなぁ―――って、やっぱりこっちに来た……)

 

ノイズの殲滅が終わり、異形の数メートル手前辺りで立ち止まった太刀を持った蒼い少女―――ツヴァイウイングの『元』片割れにして現在国内で最も売れている若手歌手、風鳴翼はその手に握っていた太刀の切っ先を異形に突きつけ、僅かながらの苛立ちを宿した瞳を向ける。

 

「さて、今日こそ答えて貰います、イルミネイザー。いい加減此方に来ていただきたい」

 

この二年で繰り返し続け、おおよそ十数回以上に到達しているであろう問いかけに、後頭部を掻きながら答える。

 

『……いやだから、今まで何度もお答えしたように何も説明されずについていくのは嫌ですって。あと今日はちょっと急ぎの用もあるから、その……また別の機会にでも、ね?』

「そう言って、その別の機会でもいつものように断るのはどこの誰かしら」

 

はぁ、と小さく呆れ交じりの溜息をつきながら翼は太刀の切っ先を下ろす。ただそれでも、仮に異形が動き出しても即座に対応出来るよう態勢を崩さないでいるのは、二年近く経った今も警戒されている証拠か。

そんな、苛立ちと警戒の色はそのままに呆れの混じった視線を送り続けている翼に対し異形は『まあとりあえず』と切り出した。

 

『ノイズは全部倒せたわけだし、今日はもう解散ってことで……ダメかな?』

「……はぁ。勝手になさい……」

 

溜め息一つ。今度こそ本当に呆れた表情を浮かべそう云いながら剣を収めると、翼は背を向け歩き出した。

あれ? いつもならここで『では実力行使に』って言いながら斬りかかってくるのに……。

いつもとは違う反応と意外な返答に異形は困惑していると、その様子を察したのか数歩進んだ所で翼は足を止め振り返った。

 

「二年近く交渉し続けても首を縦に振らない相手に、これ以上続けても無意味でしょうし」

 

果たして断る度に斬りかかってきたのを交渉と呼んでいいのだろうか、などと零しそうになるのを堪えながら異形は申し訳なさそうに手を合わせる。

 

『いやまあ、ごめんね?』

「……謝るくらいなら、せめて拒み続ける本当の理由を教えて欲しいのだけれど」

 

遠くからヘリコプターのローター音が聞こえてきた。鼻が利くマスコミが飛ばしたのか、それとも翼のお迎えなのか。恐らくは後者だろう。

気付くと翼の姿は既に見えなくなっており、一課の隊員たちも既に事後処理に動き出している。

ノイズを倒し太刀を持った有名歌手とのやり取りまではいつも通りだったのに、何とも締まらない終わり方になってしまった。いつもなら交渉決裂後、即実力行使に移り異形を連行しようとする筈の相手がすんなり帰ってしまった事に安堵半分、疑問半分。

少なくとも漸く放置していい程度には大丈夫な存在と認められたと、前向きに考えるべきか。

ただ、とりあえず――――今日も無事帰れるという事には変わりなかった。

 

 



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理由と、感情と、矜持と

結局年明けになってようやく投稿できた次第です(汗)
誠に申し訳ありませんでした(汗)
今後もかなりゆっくり不定期な感じの投稿になると思いますが、何卒よろしくお願いします


國次が目覚めたのは自宅のリビングにあるソファーの上だった。

この数週間で着実に寝床となりかけているソファーから身を起こし、軽く伸びをすると壁に掛けられている時計に目を向けると針はまだ夜明け前の午前四時を指していた。

 

「弁当作らなきゃ……って、今日は用意しなくてもいいんだったか……」

 

寝癖だらけの頭を掻きながら起き上がるも、弁当を用意するべき相手が今家に居ないことを思い出し呟く。

 

昨夜のノイズ対処後、誰にも見つからない様に森の中で一旦変身を解いた國次は、反動から全身に走る痛みに耐えて息を潜め、反動が治まると急いでバイクの元まで戻った。

ふと携帯を確認すると、メールが一通届いていることに気付く。

送り主はこれから迎えに行く妹であり、内容は「クラスの子の部屋に泊めて貰う事になった」と一言だけ。部屋、という表現からおそらく寮に住んでいる子だろうと予想をつけながら一応念のためにと妹に電話。

泊めてくれる子に迷惑をかけないようにと注意してから、そのまま自宅に戻ったのだった。

 

(で、そのあとは特にやることもなかったから飯食って借りた映画見てそのままソファーで寝たんだったか……)

 

とりあえずシャワーでも浴びて、さっさと『秋都』に行って店長たちの朝食の用意と開店の準備をしなければ。

今日の予定を確認しながら國次は寝起き直後の覚束無い、ふらふらとした足取りでバスルームへと足を運んだ。

さっと寝汗を洗い流し終え私服に着替えると、冷蔵庫から食パンを取り出し特売で買ったチーズをのせオーブントースターで二分半ほど焼く。

パンが焼けるまでの間にインスタントコーヒーをお湯で溶き、砂糖を大匙八杯入れてかき混ぜる。

『秋都』で居候していた時や実家で妹と一緒の時ではまずやらないような内容の朝食だが、自分一人だけの時はこういった手抜きで済ませるようになった。

昨夜なんてトマトジュースベースの簡易的なスープだけだが、一人だけの食事なら腹に詰め込む量もその程度で問題はない。

 

「でも、あんまり手抜きしていると習慣になりそうだし、一人の時でも凝った食事を用意するようにしないとなぁ」

 

一人、カリカリに焼けたトーストを齧りながら呟きテレビのリモコンに手を伸ばす。

この時間帯でニュースを放送しているチャンネルに合わせると、ちょうど昨日のノイズ出現についての報道が流れていた。

 

『昨夜、私立リディアン音楽院周辺の山岳地帯にてノイズが出現しましたが、自衛隊特異災害対策機動部による避難誘導は完了しており、被害は最小限に抑えられたとのことです。また、現場に噂の都市伝説「電飾怪人(イルミネイザー)」が現れていたという情報も入り―――』

 

「なんかいつの間にか都市伝説化しちゃったなぁ、僕。てか電飾怪人って……そんな変な名前で有名になるってのは複雑だなぁ」

 

というか別に有名になんかなりたくもないのになぁ、と愚痴りながら朝食を終え支度を調えねばと立ち上がった。

 

 

◆■◆■

 

 

ここ最近、『秋都』の開店直後の数時間はとにかく忙しい。

常連も多く評判が良かったのもあるが、三ヶ月前に雑誌の取材を受けたことで知名度もアップ。開店前から客が並ぶようになり、開店後も昼過ぎまで客足がまるで途切れない日々が続いていた。

幸い今はまだ店長と國次、それと他のバイト二人で現状どうにか上手く捌けているが、この状況がまだまだ続くのであれば新たにバイトを募集した方が良いかもしれない。

そしてこの日も開店前から並ぶ客や常連が多く訪れた『秋都』だったが、昼直前辺りで漸く客足も途絶え始め、交代で一息入れられるくらいには落ち着いていた。

 

「そういえば、今朝のニュース見ました?」

「あぁアレだねー、噂の電飾怪人がまた現れてノイズを倒したってやつ。でも本当なのかなー? なぁんか嘘っぽいんだよねぇ、化け物(ノイズ)を倒す怪人とか、特撮染みてさぁ」

「まあ実物見た人ってあんまりいないみたいですし、今出回っている写真とかも捏造っぽいのが多いですからねぇ」

 

丁度、店内に客が一人も居なくなったタイミングで、フロアを担当しているバイトの女子二人の声が厨房まで届いてきた。オーブンの前で午後用のパンが焼き上がるのを待っていた店長は、「すっかり人気の話題だねぇ、例の怪人くん」と呟く。

 

「最初の内はノイズの亜種だバケモノだ、UMAだ変態だなんて騒がれたけど、今じゃ闇夜に紛れて戦う正義の怪人って扱いだね。もし本当に存在するならぜひとも一度は見てみたいもんだ」

 

「ね? 國次君もそう思わない?」と目線だけをよこしてくる店長に、コロネの中心にチョコクリームを詰めていく作業をしていた國次は、それを聞いてぎこちなく「そ、そうですねー」と頷き返す。

 

(すんません、ここにそのモノホンいます)

 

内心そう返しながら、作業を終えるとエピやバタール、今しがた完成したチョココロネを載せた天板をもって厨房から出て陳列棚に並べていく。

 

(それにしても、なーんで(イルミネイザー)ばかりが話題に上がってコスプレチックな格好で戦う歌手(風鳴翼)の方が一切話題に上がらないんだろ)

 

パンを並べながら、割と疑問に思っていたことを考える。

思い返せば、初めて会ったときや昨夜の時も周りには特機部の面々が居たにもかかわらず、彼らは自分を見た時より、まったくという訳ではないが驚きがなかった。

 

(時折ヘリから降りてくることもあったし、やっぱり特機部の関係者なんだろうなぁ……)

 

彼女の事が一切表に出ないのも特機部辺りが手を回しているからだと考えれば、合点も行く。が、そうなるとまた別の疑問が浮かぶ。

何故、歌手である風鳴翼がノイズと戦う立場にいて、倒せる力を持つのか?

知りたければ、彼女の誘いに乗り連れて行かれるであろう場所で行けば分かるのだろう。そして恐らく、この体に起きている変化についても色々と分かるかもしれない。しかし、怪人に変身する人間なんて下手すりゃ解剖か研究の対象されそうな気がしそうで。

……体内にある謎の異物、異形化、ノイズに触れても炭化せず且つ倒すことが出来る力。

マッドな方々に見つかれば、モルモットコース直行が確実になるくらい十分材料が揃っている。悲しい事に。

故に彼女が特機部かそれに近しい組織に属するとしても、非人道的な事をされる可能性がないとは現状では断定出来ないので、

 

(気が乗らない……)

 

しかしいつまでも現状維持というわけにもいかないだろうという事は、十分分かっている。変身解除後の激痛を除けば害のある様な副作用は今の所無いから良いものの、少なくともこの身に宿る異物と異形の能力はこのまま放置で良いという訳にもいくまい。

一応定期的に医療機関で、というより個人的に知人(蒼井純)に診て貰っているがそれでも、それが限界だ。

その知人、というか主治医である純に先月一度診て貰っているのだが、「二年前から変化が全く起きていない」という事以外、全く分からないという結果が教えられている。

腹部に埋まっている遺物も、そしてソレから体中隅々へ蔦のように延ばされ複雑に絡み合っている紐状の物体も、一切の変化を見せず何の支障も見せていないというのが不気味過ぎて、摘出するのもお手上げのまま。

天板に乗せてあった数種のパンを半分ほど並び終え、ふいに天井を見やり一つ息を吐く。

 

(―――気は進まない、進まないけど……このままという訳にもいかないし、やっぱり一度きちんと彼女の所属するトコと接触するべきなのかなぁ?)

 

等と自問するが、これまでの投降という名のお誘い(実力行使五秒前)に対し全て断り続けてきた奴がいきなり素直について行くと答えたところで、返って怪しまれるのは想像に難くない。

 

……少し考え方を変えよう。まず彼女の所属する組織に行ったと仮定して、こちらにどれくらいメリットとデメリットがあるかどうか……。

現状考えられるメリットは精々、この身に宿る異物と異形か、力の正体を知ることくらいだろう。だがこれは相手に優秀な研究者が居たらの場合で、確実性は薄いが。

そしてデメリットについてだが……まず行動の制限と研究対象になるのは確実、解剖まで行くとは考えたくないが無いとは断言出来ないし、モルモットコースは十分あり得る。あと、行動の制限をされた場合今後『秋都』で働き続けるのは無理、退職を迫られるだろう。

他に考えられるとしたら、一緒に生活している妹や自身の身近な人々の事もある。もし非協力的な態度をとれば、彼ら彼女らに何をされるかわかったものじゃない。

 

次に視点を変えて、彼女(風鳴翼)側の組織のメリットとデメリットを考えてみよう。

まずあちらのメリットとして、彼女側の目的は今までの観察からしてノイズの処理がメインであるのは明白なので、自分(イルミネイザー)を手の内に置けば対ノイズの戦力として大変魅力的だろう。それに研究対象にすれば、対ノイズの札を増やせるかもしれない。

それに対しデメリットは、ほぼ無いといってもいい。デメリットになるような事をされる前に『首輪』を付けて抑えれば良いだけなのだから。

 

(向こうのがメリットだらけで、此方はほぼデメリット。ついて行ったところで損しかしない、か……)

 

かなり悪い方向寄りに考えてしまったが、それでもあり得ない話ではない。今の生活を続けたいのなら、せめて此方のデメリットを減らし且つメリットを最大限引き出し向こうと交渉し、此方の要求を通らせるでもしない限り無理だろう。

今のまま交渉しても、あちらの手札は豊富で此方の札は、正直言ってこの身一つだけ。交渉どころか話にすらならない。

相手と同じ土俵にすら立てない……これでどうすればよいというのだろうか?

 

「あのー、国津さん? 急にボーっとしてどうしたんですか?」

 

ふとレジで待機していた眼鏡をかけた小柄なバイトの女子が、心配そうな顔をして國次に声をかけてきた。

それに続くように、先程まで彼女と電飾怪人について会話していたもう一人バイト、髪を金髪に染めた胸の平らな、國次的には惜しいと言わざるを得ない糸目の女子が「どったのクニちん、お疲れモード?」と珍しげに見てきていた。

どうやら思いの外長考していたらしい。

「いや、なんでもないよ」といって誤魔化そう、と考えるがふとある考えが過った。

ゲームか漫画などに例える形で、他の人の意見を聞いてみるのはどうか、と。

まああまり期待出来るわけではないが、試さないよりはマシだろうと思い、口を開いた。

 

「あぁうん、ちょっと考え事をね。最近買った小説で主人公が重要な場面をどう切り抜けるかってなるところまで読んでさ、もし自分ならどう切り抜けるか、なんて考えてね」

「ふーん、あたしはあんまり小説読まないからわからないけど……その主人公はどんな状況なの?」

 

と、切り出した途端糸目の子が食い付く。

意外だなと思いつつも國次は異形(自身)や翼等を主人公と敵ではないが重要な組織等に例え、関わる事によるデメリットやメリット、交渉するための手札をどうするかなどと語っていった。

そして主人公が考えた範囲で考えられる札が身一つしかなく、自分だったらこの場面をどう切り抜けるかといった所まで語るとずっと黙って聞いてた眼鏡の子が口を開いた。

 

「ちょっと思ったんですけど、別に同じ土俵に立って交渉する必要はないと思いますよ、その主人公さん」

「どうして?」

「ワザワザ不利な土俵で交渉するよりも、有利になる土俵に引き摺り落して主人公さんのペースになるように巻き込んでしまえばいいんですよ。その組織さんは政府関係で、情報統制もある程度出来るという事は、情報こそが価値の高い札です。ならその札の意味が、価値が無くなればいいんです」

 

例えば、と言いながら指を立てる。

 

「話を聞く限り、その組織さんによって主人公さんの存在は公にされる事も無く噂程度の存在にされている可能性があるんですよね。 これ、結構重要です」

「ん? どの辺が重要なの?」

 

糸目の子が合の手を入れると「いいですか?」と続ける。

 

「つまりコレ、主人公さんの存在が公になると困ると組織さんが自ら宣言しているようなものなんです。もし主人公さんの存在が民衆に知られて有名になってしまえば手が出しづらくなって、放置した方が都合良いんですよ、この場合」

「え、それだけで?」

「それだけでいいんです、国に属する情報機関にとって民衆や世論の反応ほど怖いものってありませんからねー。で、あとは主人公さんに公の場で活躍することに対して吹っ切れてヒーローっぽく活躍して貰えばOKです。それとその後の事も考えるならその組織さんの戦士のピンチを助けるなり共闘するなりしていけば、まあいい関係性に持っていけるでしょうね」

 

まあ私が考えるならこんなもんですかね、と言いながら眼鏡をクイッと上げる。

……なんとなくで相談してみたら、あっという間に片付いてしまったことに國次は少々驚きながら「おー」と言いながら糸目の子と共に拍手を送っていた。

 

「アっちゃん頭良いー」

「あとは主人公さんが吹っ切れるかどうかですね。というか気になったんですけど、国津さん。なんでその主人公さんはあまり人目につかないように戦ったんです?」

 

それを聞かれ、國次は思わず息を詰まらせた。今までノイズと戦ったのはいつも人気が少ない時間や場所が多かったが、この二年で一般人が全くいない場所で戦ったという事は一度も無いわけではなかった。ただ、出来るだけ人目に付かないよう隠れるように戦っていたが……。

今でこそ人気な噂の怪人(イルミネイザー)だが、噂が流れ始めた最初の頃は不気味だのなんだのとニュースやネットなどで言われていた。当時はそこまで気にしないようにしてたが、やはり無意識にそれを重く考えていたのだろう。

思った以上に自分は精神的にヘタレなのかもしれないと、少々落ち込み半分呆れ半分でアっちゃんと呼ばれた眼鏡の子の問いに苦笑しながら答える。

 

「怪人みたいな見た目ってのもあったけど、最初の頃の噂で不気味だとか言われたの原因だって書いてあったね」

「ヘタレですね」

 

……もう少しオブラートに包んで欲しいと思うのは、贅沢だろうか?

 

「いっそ戦うと決めた理由や感情……譲れない矜持なんかの原点に当たる思いを刺激して吹っ切れさせればもうちょっとヒーローらしくなると思うんですけどね」

「感情や理由、矜持の原点となる思い……」

「案外馬鹿にできませんよ、そういうのって。物語の人物じゃなくても、現実でも十分そういうのは重要な要素ですから。どんな状況下でも、前向きでいられたり、立ち上がる原動力になるもんですから」

 

◆■◆■

 

その後、適当に話を切上げ厨房に引っ込んだ國次はシフト終了の一六時まで、メガネの子が言った言葉を脳内で反芻しながら今までの事を振り返っていた。

最初に異形になりノイズと戦ったあの日の理由(意思)は、目の前にある生きて欲しいと願う命を救いたいと。その次に戦った時の感情(願い)は手の届く範囲だけでも誰かを助けたいと。

では、矜持は? その譲れない原点は?

 

―――自分の戦う理由や感情、矜持の始まりである原点(ルーツ)は、どこで始まったのだろうか?

 



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イルミネイザー

とりあえず、大変お待たせしました(汗)
切の良いとこで切ったら前回と同じくらいの量に(汗)

とりあえず、今後の分量はこのぐらいが通常となるかもしれませんので、ご容赦を(汗)




「あぁ~、もう駄目だぁ~……翼さんに完璧おかしな子だと思われたぁ……」

 

國次の妹が通っている私立リディアン音楽院高等科。

……のとある一年の教室にて、一人の少女「立花響」が机の上に突っ伏して溜め息交じりに、隣の席で勉強をしている親友でルームメイトでもある「小日向未来」にそう零していた。

それに対し未来は、「間違ってないんだから、いいんじゃない?」と返しながら目の前の課題を進めていく。

あんまりな発言だが、それでも遠慮なくスッパリ言い切れるのも二人が長年の親友だからこそだ。

なお、既に立花響の立場はリディアンの友人間では「変な子」として認識されていたりする。

 

課題を黙々と進めていく親友を突っ伏した状態のまま見ながら響は、先ほど言われたことを特に気にしないまま、まだその課題は終わらないかと尋ねようとした時。

 

「お二人ともー、この後暇ー?」

 

と、前方から声が聞こえてきたが、しかし前に視線を向けても誰もいない。

おや、と思いながらあたりを見渡すもまだ学生寮や自宅に戻っていない生徒が数人、離れたところで談笑しているだけで此方に話しかけてきた生徒は見当たらない。

未来も課題を進める手をいったん止め、キョロキョロとしているが声の主を見つけられずにいた。二人は顔を向い合せ、気のせいだろうかと首を傾げる。

 

「いやここだって! 目の前、ってか机の陰になってたり床が傾斜なせいで余計低くなって見えてないだけだから!」

 

もう一度前方から声が聞こえてきた。よく見ると先程からピコピコと茶色の毛玉のような何かが、主張するように机の陰から跳ねるように顔を覗かせているではないか。何がいるのか確認しようと響が身を乗り出すと、そこには丁度机の陰に隠れるぐらい小柄な、リディアンの制服を着ていなければ小学生に間違えかねないくらい小柄な生徒がいた。

その小柄な体より大きく見えるポニーテールを尻尾の如く揺らす少女に、響は思わず謝罪した。

 

「ぁあー……ゴメンね奏音ちゃん、さすがにその位置だと奏音ちゃんの場合流石に見えないというか……」

「このクラス、というか一年の中では奏音って最小どころかハイパーミニマムサイズだもんねぇ……」

「泣くよ、ボク」

 

奏音と呼ばれた小柄な少女「国津奏音」は、クラスメートの二人の発言に僅かながら涙目になり、プルプルと全身を震わせながら天井を仰ぐ。

 

「えぇわかってます、わかってますとも。入学式では迷子扱いにされ、教室に移動したら中等科の子と間違われ、最前列の席に座っても先生の視界に入る事すら稀で、挙手しても気付いてすら貰えないくらい自分が小さい豆粒ドチビであることくらい……って誰がドチビだ!」

 

いや今のは奏音ちゃん自身が言ったことじゃ、と溢しそうになった言葉を響は慌てて飲み込み、「それで、暇かどうか訊いてたけど、どうしたの?」と切り出す。

いくら友人たちから自分が「変な子」認定を受けているとは言えど、私だってさすがに空気くらいは読める。……ところで未来、なんでそんな温かい眼で見ているの? まるで我が子の成長見ているような眼をしているのかね?

 

「―――っと、そうだった危うく忘れるところだった。いやなに、昨日二人の部屋に泊めてもらったお礼をしようと思ってね? 都合が良ければこの後ちょっと奢ろうかなーと」

「御飯が美味しい所ですか奏音ちゃん!」

 

がっつり食える場所ですか奏音ちゃん!

 

「響、涎。で、この後かぁ……課題終わらせるのが先かな」

「んー、もう少しかかりそう?」

 

涎を拭きながら訊いてくる響に、奏音に視線を合わせるために乗り出していた身を戻し、課題の残りを確認しながら頷く。

残りはテキスト二ページ分、今のペースで進めていってもあと二十分程度はかかるだろう。

 

「うん……出来れば早めに終わらせておきたいから、今日は遠慮しておこうかなぁ」

「ありゃりゃー、じゃあ未来ちゃんは次の機会にでも。んで、響ちゃんはどうよ?」

「美味しい所なら是非に! ……と、言いたいんだけど私も今日はその……」

 

問われた矢先、勢いよく拳を突き上げながら席を立つ響だが、すぐさまだらりと腕を下す。

 

「あー、もしかして先約あり?」

「あ、そういえば今日は翼さんのCD発売日だったっけ?」

 

奏音の問いに、思い出したように未来が答えた。

思い返せば午後の授業が始まった辺りから、響がソワソワし始めていたのを思い出す。

しかし音楽も映像作品もネットですぐダウンロード出来る今のご時世に、何故CDなのだろうか。

 

「でも、今更CD? ダウンロード版とかじゃなくて?」

 

疑問に思ったことをそのまま訊き返すが、よじ登る形で机に身を乗り出しチッチと指を振る奏音と、響の「わかってないなぁ」という顔が視界に入った。

 

「わかってない、わかってないねぇ未来ちゃん!」

「初回特典の充実度が違うのだよ、CDは!」

「ダウンロード版でも初回特典はつくことがあるにはあるけども、一度データが壊れればその時点で駄目だし、メインの曲自体も所詮は何度もダウンロードしなおせるデータの塊! それに比べてCDは実際に手に取る感触と充実感、コツコツ貯めた資金で買った時の達成感が段違いなのだよ!」

「カウンターで会計を済ませて手渡されたときに感じるあの重み、そして無事買えたという歓喜! データとは違いCDだからこそ味わえるというもの!」

「故にボク等はCDに拘る!」

「「ねー!」」

 

CDである事に強く拘る理由全てに、熱く燃え滾る情熱的な口調で語る奏音と響。そしてその熱弁から一気に意気投合しハイタッチする二人を前に、苦笑を浮かべるが、未来はふと思った。

 

CDを買う理由は分かったが、超人気アーティストである風鳴翼の初回特典付CDなのだから、早く買いに行かないと、

 

「なら、すぐ売り切れちゃうんじゃない?」

「あ」

「へひょ!?」

 

当たり前の事を言われ、響は素っ頓狂な声をあげて教室の時計に目を向けた。

まあ今気付いたところで目当ての品は超人気なアーティストの初回特典付CD、開店前から朝から並んでいる強者(ファン)達や転売目的で買う不届き者によって全滅していそうなものであるが。予約注文でもしていれば別だろうが、この慌て様ではしてないのだろう。

だがそれでも一縷の望みに懸けたいのか、「ちょ、行ってくる! 奏音ちゃん、美味しい所についてはまた今度! ゴメン未来、先に帰ってて!」とだけ残し、凄まじい勢いで教室を出ていった。

 

「わぁ、早いねぇ」

「無事に手に入るといいんだけど……大丈夫かなぁ響」

「まあ手に入らなかった時は僕の方でなんとかしようか? 一応近場の店で予約してるんだー、翼さんの初回特典付きCD~」

「え、でも、いいの?」

 

いいのいいの、と手を振りながら無邪気に笑いながら奏音はレシートのような紙切れを二枚取り出す。

 

「兄さんの分とボクの分で二つ予約してるんだー。でもまあ、CD聞くだけなら一つで良いし、兄さんも初回特典のあるなしはそこまで拘らないから、だから全ッ然ッ問題無し!」

「うーん……なんか申し訳ないけど、じゃあもしもの場合は、いいかな?」

「おまかせ~。さて、んじゃ早速響ちゃん追いかけるとするかな」

 

ぴょん、と身を乗り出していた机から離れ、大きなポニーテールを尻尾のように揺らし教室から走り出ていく奏音の後姿を見て、歩幅小さいけど追いつけるかなぁと不安になる未来だった。

 

 

◆■◆■

 

 

「矜持、原点……か」

 

その日の仕事を終え夕陽を背に帰路を辿る中、國次は昼間から考え続けていた言葉を口に出しながら今まで自分が抱いた戦う際の理由や状況を振り返っていた。

 

「思い返せば……その場の勢いと状況に流されているのが殆どなんだよね」

 

初めて異形になったあの日、あの瞬間。裡に生まれた仄暗い誘惑を振り切って、目の前の生きて欲しいと願った相手(鏡花)を助けたいという、その場での衝動的な理由(始まりの意志)

 

そして始まり日の翌日に変身した際に得た、今現在自分の、異形としての行動理由となっている「手の届く範囲だけでも助けを求める誰かを救いたい」という、ただ少しでも後悔したくないが故の身勝手な感情(傲慢な願い)

 

どちらも勢いと状況に流され、その場で得た理由と感情だけを頼りにして今日に至るまでを過ごしてきた。ただそれでも、「手の届く範囲だけでも」と自分の中でラインを引いても、当然この手から零したものは無くは無い。

人命救助のプロでもなければ、特機部や蒼い刀剣の少女(風鳴 翼)のようにノイズが発生した際に即駆け付けられるのが出来る程フットワークが軽いわけでもない。

 

コスプレチックな姿をしてまでノイズと戦うあの風鳴翼には、その目から義務感や使命感等の確固たる意志を感じ取れた。

だが自分のは何だ、ヒーロー『ごっこ』、としか言えない中途半端なものではないか。

 

でも、それでも。

それでもただ、今日まで得て来た理由と感情だけを頼りに続けてきたのは……。

 

「……『後悔したくないから』、本当にそれだけ?」

 

立ち止まり、夕陽に染められた橙色の空を見上げながら口に出した自問自答。

しかし答えが返ってくるわけでもなく、空へ吸い込まれるように消えていく。

……このまま、確固たる思いを持たないまま異形の力を使い続けるのは、正しいのだろうか? そんな後ろ向きな考えが頭に浮かぶ中、ふと見えた。

 

―――見えてしまった。

視界の隅で黒い塵が風に運ばれ、宙を舞っているのを。

塵が舞う向こうに、毒々しい極彩色(ノイズ)二十数体ほどの群れが、今にも赤子を抱える女性に襲い掛かろうとする光景が。

―――聞こえてしまった。

甲高く響く悲鳴が。助けてと呼ぶその人の声が。

 

「―――ッ」

 

聞こえた時には既に、足は走り出していた。

走らなければと、衝動的に感じた。でなければ間に合わない、と。

 

 

確かに自分には、彼ら(特機部と風鳴翼)のような義務や使命感は無い。

自分がノイズに立ち向かう理由に足る、決意、あるいは証といったそういうものが。

『後悔したくないから』、それは確かに身勝手な理由なのだろう。だが、今ここでグダグダ悩んだところで事が良い方向に進む訳でもない。ただその間に知らない誰かの命が、誰かの日常が、誰かの笑顔が理不尽な暴力(ノイズ)によって失われる、ただそれだけ。

 

(僕の胸の内にある『コレ』は、あの場の勢いと理由だけの、にわか仕立て……それも自分勝手なソレだ)

 

戦う力を得たと思うのは自分の勝手だ、でも自分には特機部のようなノイズから人を救う義務があるわけでも、風鳴翼の瞳に見えた確固たる意志があるわけでもない。

 

(――それでも、それでもだ)

 

何もせずに、理不尽な暴力(ノイズ)によって、誰かの当たり前(日々の日常)が失われてしまうのを看過するのは。

例えその人が自分とは一切関係のない、見ず知らずの他人だとしても、失われて誰かが悲しむ、それだけは、

 

「それだけは、納得出来(認められ)るか……ッ!」

 

今はまだ、義務も使命感も無い。確固たる意志があるわけでもない。

けれど胸の奥から湧き上がる、衝動にも似た何かがこの体を突き動かす。

例え今は未熟で中途半端な理由でも、この身を突き動かす感情が未熟なにわか仕立てな正義感でも、納得出来ない(認められない)という我儘にも近い『それ』だけは、

 

―――譲れない!

 

そう思った瞬間。

走り続ける体に熱い奔流が巡り、視界に光が溢れ始めた。

そして踏み出した足が、黒く硬質な異形へと変わる。振った腕が、鋭利な爪をもつ黒へと変異する。

 

異形の身体に力が漲る。

戸惑う心はただ一つに焦点を定める。

今は迷わない。戸惑っていられない。

 

あと10メートル程まで迫ったところで、極彩色(ノイズ)の群れが今まさに襲おうとした母子を無視して、一斉に振り返る。

―――だからッ、絶対にッ、

 

『―――伏せて!』

「ッ!」

 

言われ、母親が咄嗟に赤子を守るように身を丸めたのを確認すると同時に、引いた拳をそのまま眼前にいるノイズへ向けアッパー気味に打ちつける。

途端、周囲のノイズ数体を巻き込みながら浮き上がったところに、追い打ちの回し蹴りを浴びせる。また、回し蹴りの際に発生した衝撃波によって、周囲のノイズも巻き込まれるように薙ぎ払われてそのまま塵と化していく。

一連の動作を終え小さく息をつく頃には、母子に周りにいたノイズ約二十体はほぼ塵となって消え、残りは少し離れたところで運良く回し蹴りの衝撃波に巻き込まれずに済んだカエル型が三体。

その三体も跳躍して飛び掛かって来るが、異形が反射的に振るった左腕で薙ぎ払らわれ空へと舞いあがり塵と化した。

 

視界に移っていたノイズはすべて排除したが、まだ他にいないか辺りに視線を巡らせる。

……が、それらしき気配が無いことに気付くと握っていた拳を解き、赤子を抱えていた母親に振り返る。

あと少しでも遅れていれば周囲にある炭素の塊(犠牲者達)のように死んでいたかもしれないという恐怖が未だ抜けていないのか、顔色は紙のように真っ白であった。

ガチガチと歯を鳴らし路上にへたり込んでいた母親に、異形(國次)は歩み寄りながら言う。

 

『もう大丈夫です、落ち着いてください。幸い今ので周囲のノイズはもういないみたいですので、近場のシェルターまで……』

「い、いや! 来ないでバケモノ……ッ!」

『―――』

 

叫ばれて、異形(國次)は硬直した。

助けられたというのに、母親はノイズに襲われていた時以上に怯えていた。恐怖に顔を引きつらせ、赤子を異形に触られないように抱えながら、へたり込んだままじりじりと後ろへ後退る。

違う、自分は―――。

咄嗟に手を伸ばしそうになるが、今の自分の姿と、先程ノイズ達を吹き飛ばしたところを見られている事を思い出す。

 

……彼女から見れば、自分は理不尽の塊であるノイズと変わらないバケモノ(理不尽)なのだろう……でも、

 

ズキリと胸を刺すような痛みが広がっていくのを自覚しつつ、異形(國次)はこれ以上母親をパニックに陥らせないように、伸ばしそうになった手を下す。

代わりに、その場でしゃがみ込み目線の高さを母親に合わせて、怯えさせないよう努めてゆっくりと穏やかな声で告げた。

 

『―――あの、一番近いシェルターがここから西に100m先の商店街付近にあります。あそこのシェルターなら、赤ちゃん連れ向けの専用スペースもあるので』

「……ぇ」

『一応此処でこのまま特機部を待つのが良いんでしょうけど、赤ちゃんの安全のためにも今はシェルターへ行くことを、お勧めします』

 

それじゃ、と告げて立ち上がり、異形は背を向けて去ろうとするが、「ま、待って」と声をかけられた。

振り返ると、フラフラながらも立ち上がった母親が赤子を抱きしめたまま、困惑の表情を浮かべていた。

 

『……え、っと。なんでしょう』

「あなたは、いったい……何者なの」

 

何者なのか。そう問われ僅かに逡巡するも、答えた。

 

『―――イルミネイザー。世間では、そう呼ばれてます』

 




初登場の妹ちゃん、国津奏音(15)について少々補足
身長は120cm程度、ツルペタです。

そろそろ主人公含めキャラ紹介とか出すべきかなぁ


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そして少女はその日歌を詠った

何とか5月中に更新は出来た模様……(汗)

とりあえずいろいろと見直しながら書きあげましたが、大丈夫だろうか……(汗)





特異災害対策機動部―――通称、特機部。

その主な任務はノイズの出現に対し、民間人の避難誘導やノイズの進路変更遠、そして被害状況の処理・把握を行う……というのが、表向きに一課と呼ばれ、一般人や報道関係に知られている特機部のイメージである。

 

―――そしてもう一つ、二課と呼ばれる部署が特機部には存在する。

その役割自体は一課同様にノイズによる被害への対策を主としているが、決定的に異なる点が、二課だからこその役割がある。

 

「市街地東部にあったノイズの群体反応が新たに一つ消失、同時にイルミネイザーと思われる高エネルギー反応、移動を再開しました」

「すでに出動している一課隊員に現場への派遣要請、同時に到着後生存者の保護を依頼します」

 

その二課の本部、オペレーターやスタッフの声や現場からの通信などが飛び交う司令部に、リディアンの学生服姿の風鳴翼が駆け込んできた。

昨夜異形と共にノイズと戦っていたように、彼女も特機部の、二課の一員である。

 

「―――状況を教えてください!」

「現在、市街地各所にノイズが出現。群体一つ一つの数は少ないですが、同時多発的且つ広範囲に出現しているので、位置の特定及び反応の絞り込みを優先中です。また、既にイルミネイザーと思われる反応が出現、移動先でノイズ反応が減少しているので、既に対処に動いていると思われます」

 

男性オペレーター、藤尭朔也の声を聞きながら視線を上げた先、司令部の大型3Dモニターに映る市街地のマップに、赤い円と点が多数且つ広範囲に広がっているのが表示されていた。

そのマップの右側、市街地東部辺りから、今また、新たに赤い光点と円が一つ消失しオペレーターの一人、友里あおいが報告する。

 

「ノイズ反応、再び消失。現場付近の監視カメラより映像、来ます!」

 

マップ画面の上に、新たに映像用のモニターが映し出されると、画面には黒い塵が風にあおられ宙を舞う中、少年を抱えている黒き異形の姿があった。

少年を下すと、異形はしゃがみ込んで視線の高さを合わせながら、何かを言い聞かせるように人差し指を立て、少年が頷くのと見ると彼の頭を撫でた。そして、画面端に映った特機部のモノと思われる車両が近づいて来ているのに気付いたのか、少年の背を押し、車両の手前まで行くのを見届けると同時に跳躍し、画面から消えた。

 

「現場より少年の保護をしたと入電、またイルミネイザーはそのまま現場から離脱、ノイズの反応が近い南東へと移動した模様」

「イルミネイザー、流石に街中ともなれば動くのが早くて助かるな」

 

藤尭からの報告に、筋骨隆々で長身の赤いカッターシャツを身につけた男、二課の司令である風鳴弦十郎は異形の働きに頷きながら指示を出す。

 

「確かイルミネイザーが向かった方面に慎次が出ていたな? ならイルミネイザーに接触、協力の要請をするように連絡してくれ。勧誘ならともかく、協力の申し出なら即決してくれる筈だ」

「おじさ―――いえ、司令。私も出ます」

 

自身の叔父であり、二課の司令である弦十郎に向き直り出動しようと伝える翼だが、「今は待て」と制止される。

 

「今は抑えてくれ、翼。今回のこの広範囲での出現、おまけに群体一つ一つの総数が少ないのもあって反応の特定がし辛い。現場に出ているイルミネイザーとお前が合流して対処しても、事を収めるには無理がある。それに一課による避難誘導もまだ始まったばかり……被害を最小限に留めるにも、確実にノイズの位置を特定してからでないと投入出来ん」

「わかっていますが……でも……ッ」

 

唇を噛み、今は見ているだけしか、待つだけしか出来ないという事を悔しく感じながら翼は思う。

こういう時、自由に動けるあの黒い異形(イルミネイザー)が羨ましい、と。

 

約二年間、現場では互いにノイズを倒し時に協力をしながら、という関係を続けてきたが、あの異形の事は正直、信用出来ていない。

同行を拒否された時等は実力行使を取るようなことはしたものの、何度も相手をし、戦闘時に接した事もあって一応どういう人物かの把握は出来ている。

表情は判らないものの、言動や声音、行動からして悪い人物ではないのだろう。

ただ、それでも信用は出来ない。

そもそもその力と姿については一切語らず、そして何より……。

 

何より、歌い手として、そしてノイズを倒す者としても最高の相棒であった少女、天羽奏が失われたあの日、あの時に、ライブ会場のすぐ近くにあった博物館にてノイズの群れと共に現れていたというのだから。

 

 

◆■◆■

 

 

茜色の空の下。赤子連れの女性が近場のシェルターにたどり着くのを確認した後、異形(國次)は変身を解除するのに人気の無い場所を探す為、街中を移動していた。

 

道中、何度か小規模のノイズの群れを排除しながら。

 

『―――これでもう五回、いや六回目か』

 

オフィスビルや商業施設が建ち並ぶ大通り、今し方倒し終わった本日遭遇六回目となるノイズの小規模な群れ”だった”塵が舞う中で國次は、鳴り響く緊急警報以外に発せられる音が一切存在しない周囲を見渡す。

路上に転がる自転車を覆う様に、直前まで建物の壁際に寄りかかっていたような形に、倒れこんだところを其の侭押し潰された様にと、少し前まで人が()()に居たという痕跡が辺り一面に広がっていた。

 

どうしてたった一日の内に何度もノイズが出現しているのか。否、何故今日に限って広域に亘って小規模の群れが至る所に出現しているのかという疑問が浮かぶ。

だがそれ以上に、助けられなかった後悔の念や、間に合わなかった自分自身に対する憤りが胸の内を締め付ける。

全く被害を出さずに終わらせるのは到底無理な事だと、この二年で既に分かり切っていることだ。

しかし、それでも思わずにはいられない。

もしもっと早くに駆けつける事が出来れば。

もし早期にノイズの出現場所が判れば。

幾つもの『もし(IF)』を思い浮かべるだけなら幾らでも出来る、でも。

 

―――思い浮かべたところで、既に失われた人々()は戻ってこない、助ける事も出来ない。

そんな(IFを考える)のは、目の前の理不尽を、誰かの当たり前が失われる事から目を逸らしているようなものだ。

 

『だからって、割り切りたくもない……』

 

呟き、拳を握り締める。

硬質化した爪が掌に食い込もうとも、痛みは無く血も流れず、ただギチギチと硬い音が鳴るのみ。往々として、ノイズを相手にするというのはこういう事を直視せざるを得ないという事だ。

どれだけ手を伸ばそうと、届く範囲であろうと、足掻こうと。目の前の惨状(結果)が現実を突き付け、「いくら頑張ろうと救い切れない」という無力感が心を蝕む。

 

―――でも、それでもだ。

 

それ以上に、納得したくない、認めたくない。

こんな理不尽な現実を、受け入れてたまるか、打ちひしがれて折れてたまるものか。

 

『……そうだ、ここで立ち止まっている暇なんて、無い』

 

後悔と憤りと、無力感で冷えかけていた胸に再び熱が生まれる。

ここで悲嘆に暮れている間に、もしまだ他にも小規模の群れが発生していたら、また同じ事の繰り返しが起きてしまう。

また誰かの日常(当たり前)が、笑顔が失われてしまう。

 

『とにかく今は、見つけ次第片っ端から潰していかなきゃ……』

 

自身に言い聞かせるように呟きながら、國次は眼前に建つビルの屋上へ向かって跳躍する。

瞬き程の一瞬で屋上に降り立つと、街の数か所から煙が昇り、炭のような臭いのする塵が風に運ばれ空を舞う光景が視界に入ってきた。

 

『……煙が上がっているところは交通量の多い大通り付近か。他に目ぼしい場所は……ここからじゃちょっとわからないな……ん?』

 

ふと、車がブレーキを掛けたような音が下の方から聞こえたのに気付き、先程自分が立っていた場所へ目を向けると、黒塗りの乗用車一台と特機部のジープが二台止まっているのが見えた。

特機部のはともかく、黒い乗用車はいったい……? 訝しみながらもせめて現状ノイズの出現場所について何か情報が得られないかと思い、國次は屋上から飛び降り乗用車の前に着地した。

着地と同時にジープ二台からは特機部の隊員が六人、乗用車から茶髪で温和そうな顔つきの、恐らく國次と同年代か少し上と思われる黒服の青年が降りてきた。

特機部の隊員はこちらを見て僅かに驚きの表情を浮かべるも、すぐに周囲の確認を始め、青年はというと降りてきた異形に声をかけてきた。

 

「イルミネイザーさん、ですね?」

『いつの間にかそう呼ばれているのは知ってますが、まあそうです。で、貴方は?』

「特異災害対策機動部の者とだけ、としか今は……すみませんが、協力を願いたいのですがいいでしょうか?」

 

特機部の人間であることに、隊員を連れて来ていたことから恐らくは嘘はないのだろう。

僅かに安心すると同時に、その申し出に対し、特機部も今回の広域に亘りノイズの小規模な群れが各所に出現している現状にかなり手を焼いていると察する。

 

『わかりました、それで状況は?』

 

とにかく今は積極的に特機部と協力して事態を収束させねばと思い、現在の状況の確認を急いだ。

 

 

◆■◆■

 

 

「奏音ちゃぁん! まだ来てるぅ!?」

「絶賛付いて来てるよ、山盛り沢山! いやぁもう、モテモテだねぇボク等!?」

「ノイズにモテても嬉しくなぁあい!?」

 

幼い少女を背負いながら自分の前を走る響の嘆きを聞きながら、ふと思った。

今日はおそらく厄日だ、そうに違いない。

距離がある程度取れているとはいえ、背後から追いかけて来ている極彩色(ノイズ)の波を時折振り返りながら、奏音は今の自分の状況に困惑していた。

 

―――おっかしいなぁ……響ちゃん追っかけていた筈が、一緒にノイズに追われるって……今日の運勢大吉だった筈なんだけどなぁ……!? 

 

全力疾走を続け、途中水路に飛び込み泳いだり、その後濡れて重量が増した制服を着たまま再び全力疾走で走り続けてきた事でふらついてきている足を、ひぃひぃ息を吐きながら前に動かしながら、奏音は事の発端である数十分前を振り返る。

 

―――確か、響ちゃんを追いかけようと学園を出て、自転車壊れたままだったから走って追いかけて、コンビニ辺りで何とか追いついたんだったかな、うん。

 

 

■◆■◆

 

 

コンビニ付近で追いついて、肩で息をしながら響に話し掛けようとした時だった。

周囲の異様な静けさと、炭のような臭い、そして風に運ばれて宙を舞う黒い塵に気付いて、周囲を見た。

 

辺りには。

 

()()()ものが、人ひとりくらいの量がありそうな炭の臭いがする塵の山が、辺りにあった。

 

少し前まで人であったであろう黒い塵の塊が路上や、路地の壁に寄りかかる形や、窓の割れたコンビニの中など幾つもあった。

 

身を庇おうとしていただろう人だった物があった。

 

逃げ出そうと背を向けていただろう人だった物があった。

 

親子連れだったのだろうか、大きな人だった物と小さな人だった物があった。

 

……日常だった筈のそこは、すでに地獄だった。

悲鳴を上げそうになるのを押さえ、無理矢理にも湧き上がる恐怖感を捻じ伏せながらまだ周囲にノイズがいるかどうかを確認しようと周囲を見回す。

もしまだノイズが居たら、次は自分達がこうなる。早急に逃げなければ、足掻く間もなく、其処らの炭の山のように。

だから、周囲に居ない事が分かってすぐにその場から離れようと足を踏み出した時だった。

 

―――助けを求める悲鳴が聞こえた。自分達より幼い、女の子のものらしき悲鳴が。

 

聞こえた、聞こえてしまった。

恐らく、まだ残っていたノイズに遭遇でもして、襲われているのだろう。

助けなければ、と思ったと同時に嫌な考えが浮かんでしまった。

 

ここで見捨てれば、時間稼ぎ程度には使える、と。

甘ったるく、仄暗い悪魔のような囁き(誘惑)だった。

 

ちらりと視線だけ動かして隣を見ると、一瞬だけ呆然とし、しかしすぐに声が聞こえた方へと走りだそうとした響の横顔が見えた。

……死にたくはない。今声の元へと走りだそうとしている友人も死なせたくない。

でも死にたくないのは、悲鳴を上げた少女も同じだ。

 

再度、仄暗い誘惑が見捨てて逃げてしまえと囁いてくる。

……あぁ、確かに、そうすれば自分は助かるだろう。

でも、でもだ。

それをすれば一生自分を許せない。

誰かを見捨てて生き残った自分を、一生許せない。

そして、すぐ近くで、今にも理不尽な暴力によって失われそうな誰かを、見捨てたくない!

 

「―――っ」

 

それは時間にしては一秒にも満たない逡巡、僅かな誤差。

響の背を追う形で、奏音も声が聞こえた方へと、走り出した。

 

 

■◆■◆

 

 

―――で、女の子拾って逃げ回って、水路にダイブして、またこうやって走って……今に至るわけだけど……。

 

後ろを振り返り、未だに追ってくるノイズを見て嘆息する。

此方はもう体力の限界が近いというのに、向こうは疲れ知らずとでもいうかのようにずっとペースを崩さず追いかけてくる。というか、最初より増えているように思うのは気のせいだろうか?

 

というか、このままノイズが自然消滅するまで逃げ続けるとしても、あとどの位逃げればいいのだろう? コンビニ周辺で遭遇したノイズに加え、途中で合流してきた追加のノイズがあとどの位で自然消滅するのか……。

もうすぐか、それともまだまだ当分先か。

それさえ判れば、このいつ終わるかすら分からぬデス・マラソンをもうちょっと頑張る事が出来そうなものだが。

 

……それと、シェルターからだいぶ離れてしまっているのも問題なんだけどね。

 

一応、少女を拾った付近にはシェルターが幾つかあった筈なのだが、ノイズから逃げ回ることを優先していたせいか既に街中を抜け、周囲の景色はいつの間にかコンビナート等の工場群ばかりに。

日が沈みかけ茜色から藍色へと変わりつつある空と、フェンス越しに見えるポツポツと明かりが灯り始めていく工場群溢れる地上という組み合わせに、マニアでもないが見惚れながらも周囲を確認しながら走る。

此方へ越して来た時、兄と共にどこにシェルターがあるか地図で確認したことがあるが、確か工場区域付近にはシェルターを設けている場所は無かった筈だ。覚えている限りで、一番近場にあるシェルターに行くとなると、今まで走ってきた道を逆走する必要がある。しかし、後方にはもはや数えるのも億劫な数のノイズが、自分達を追いかけて来ているのだ。それを突っ切って、シェルターのある場所まで行くほどの体力や気力、度胸もないのだ。

 

ではこのまま道なりに進めばいいのかと問われても、ここは工業区域。闇雲に進んでも行き止まり、入り組んだ場所に迷い込めば足も遅くなり追いつかれてしまう可能性大だ。

 

あぁ、本当に厄日か何か今日は。

 

「きゃっ!」

「うわぁ!」

 

と、前方からの悲鳴に気付き視線を向けると、少女を背負い走っていた響が転んでいた。

「―――って、大丈夫!?」

「ッはぁ、……ッはぁ、へいき、へっちゃらぁっ!」

 

過呼吸気味になりながら平気と答え、しかしヨロヨロと立ち上がりながら響は、転んだ拍子に背から落としてしまった少女に駆け寄り、手を引いて再び走り出す。

しかしその足は、先程よりも遅くなっていた。

 

「はっ、……というか、はっ、このまま、どこに逃げる!?」

 

スピードダウンした響に合わせ横に並び走りながら、後ろから追ってくるノイズに注意を向けている奏音の質問に、「とりあえず、今はちょっとでも遠くに!」と返してくる。

結局は今のまま走り続ける事に変わりないのでは、と突っ込みたくなるのを押さえ空を見上げ、そして気付く。

……そういや、空を飛ぶタイプもいるとは聞いたことがあるけど、今の所追いかけて来ているのは地上を移動するのばかりだよね……?

後方を振り返り、そしてもう一度空に視線を向ける。

茜色から藍色へと変わりつつはあるものの、ノイズらしき極彩色の姿はその空には今の所見受けられなかった。

ということは、だ。

 

「そうだ、高い場所なら!」

 

 

 

 

「……だ、らっしゃあああッ! 疲れ、たぁぁぁ……ッ!」

 

既に茜色から完全に藍色へと変わった空の下、響と奏音、そして幼い少女はコンビナート施設のタンク付近にある建物の屋上に辿り着くと同時に倒れ込み、仰向けになっていた。

ここに登り切った時に、一応下を覗き見たが流石に登るのは無理なのか、群がったまま動こうとしないノイズを見て、一応高所が安全というのは間違いではなかったようだ。

 

「あー、もう足が、棒切れみたいで……ボクもう走りたくなーい……」

「私お腹すいたよぉ……」

「ブレないねぇ、響ちゃん……!」

 

疲労困憊、全身擦り傷だらけ。肩で息をするのもやっとな状態で、とりあえず一時的にとはいえ安全な場に着いたことによる安堵からか、軽口を叩ける程度には響も奏音も余裕を取り戻していた。

 

「……ねぇ、死んじゃうのかなぁこのまま」

 

そんな中、響の横で同じく仰向けに横たわる少女の、今にも泣きそうな声が聞こえた。

それを聞いて、響は上半身を起こし、柔らかな表情を浮かべ首を横に振る。

 

「大丈夫、お姉ちゃんが守るから」

 

出来るだけ安心させるように笑みを浮かべながら、少女の頭を撫でる響を見て奏音も上半身を起こしながら周囲を見回す。

 

「まあもう特機部の人らも動いてるだろうし、とにかく今はこの状況が、すぐに終わるのを待つ……だけ、だね……」

「……? 奏音、ちゃん?」

 

奏音の声がゆっくりと、そしてぎこちなく途絶えたのを不審に思いながら、奏音がいる方へと視線を向けると。

 

其処にいる()()()を認識して、体が恐怖で強張った。

 

「……そうだった、こいつら(ノイズ)、どこにだって突然現れるんだったね……」

「うわぁあああああ!?」

 

ちくしょう、しくったなぁ。

そんな奏音の悔しそうな声を聞き流しながら、響は叫ぶ少女をすぐさま抱き寄せる。

―――いくらなんでも、そううまく事が進むとは思ってなかったけど、そりゃないよ!?

 

先程自分達を追いかけてきたノイズに劣らない量の極彩色(ノイズ)が、すぐ目の前に広がっていた。まるで自分たちが無事逃げ切ったと信じ切っていたのを、あざ笑うかのように。

 

『――――――』

 

後退ろうとしても、後ろにあるのは数十メートル下にアスファルトの地面が広がっているのみ。いや、アスファルトとキスをする前に今も下で蠢くノイズ達とキスして灰と化すのが先か。

 

―――何か、何か私に出来る事は?

 

「……あぁもう、厄日だ厄日だなんて思ってたのが失敗だったかな? 本当に厄日、というか命日になっちゃうなぁこれ……!」

 

奏音が響と少女の前に立ち、震えながら軽口を飛ばすのを見ながら。

少女が強くしがみつき、抱きしめてくるのを感じながら、響は考える。

この状況を抜け出す何かを、自分に出来る事を。

 

―――出来ること……きっと何かあるはずだ。

 

「でもさ、こういう時、諦めたら負けだって、教えられてるんだよね、こっちはさぁ……!」

「――――――」

 

虚勢にも聞こえるそれは、だが確かに奮い立たせるには上等な言葉だった。

ジリジリとにじり寄ってくる極彩色の群れを前にしながらも、二人を護るように立つ奏音の言葉に、響の胸のうちにある言葉が浮かんだ。

 

――――生きるのを諦めるなッ!!――――

 

それは二年前、ツヴァイウィングのライブ会場で起きた惨劇の際に掛けられた言葉。

瀕死の自分を助けてくれた、()()()から貰った言葉を思い出しながら、それでも諦めてたまるかと思いながら、私は叫び、

 

「―――生きるのを、諦めないでぇ!」

 

―――()()()受けた胸元の傷が疼くのを感じながら、そしてこの状況に対し私が出来る何かを強く求めながら、()()を無意識ながら詠った。

 

《―――Balwisyall Nescell gungnir tron……》

 

 




とりあえず奏音ちゃんは下手したら國次より主人公出来るかもしれないメンタルはあります。
まあシンフォギア纏わせる予定もないし、聖遺物とも関わらせるようなことは……

ウェル博士(にやっ)

…いや、大丈夫なはず(汗)


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その正体は

お待たせしました(汗)
何とか今月中に出せた(汗)

とりあえず、予定変更してこんな形となりました(汗)


―――Balwisyall Nescell gungnir tron……

 

『―――ん? 今のは……歌、か?』

 

特機部隊員から得た情報を元にノイズの群体反応が比較的集中している場所に赴いていた國次は、特機部のフォローを受けつつその場にいたノイズを倒し終えていた。

だが倒し終え次の場所へ移動しようとした矢先に何処からか、風鳴翼が所謂『変身』する度に口にしていた歌のような言葉が、そう遠くない場所から聞こえてきたのを感じた。

 

だがその声は、風鳴翼のモノではなく、この二年で初めて聞くモノだった。

では一体誰が? 疑問を抱きながら声が聞こえて来たであろう方角、コンビナートや工場等の工業区画が広がる臨海部方面へ視線を向けると、すっかり藍色へと移り変わっている空へ向かってオレンジ色の光柱が、まっすぐと昇っていた。

 

『爆発……いや、炎じゃあないな。ならあれは……』

 

言って、すぐにそうではないと否定した。

爆発による炎柱にしては一定の太さで、際限なく空へと伸びているその光は、明らかに爆発によるものではないと悟る。

 

何よりあの光を見ていると、無性に胸がざわつき、異物が収まっている腹部が熱を持ち脈動しているのを感じた。

あの光に対し惹かれているのか、強く求めているかのような衝動の如き熱が、体の奥から湧き上がってくる。例えるならば、空腹時に目の前でご馳走をチラつかされたかのような、飢えにも似た感覚。

しかしそれは光が収まると同時に静まり、まるで何事もなかったかのように熱が引いていくのを感じ、國次は首を傾げた。

 

『今のは……一体……』

「イルミネイザーさん、ちょっとよろしいでしょうか!」

 

数舜の間、自身に生じた僅かな異変に困惑していると、先程自分に協力の要請をしてきた特機部所属の優男が何やら血相を変えて走ってきた。

 

『どうしました?』

「先程光の柱が見えていた工業地帯に残り全てのノイズ反応が確認されたので、急ぎ其方に向かってください。それと、現場には逃げ遅れた一般人の姿もあると情報が」

「―――ッ」

 

逃げ遅れた一般人。そこまで聞いた時点で國次は青年の言葉を最後まで聞くこともなく、ノイズとの連戦による疲れすら感じさせない速さで地を蹴り、建物の屋上へと昇るとそのまま工業地帯が広がる湾岸部へ向かって跳躍を繰り返しながら、青年の前から去った。

 

 

 

 

「直に合うのは初めてだけど、本当に彼は人命の為に動いてくれているんですね……」

 

その姿を見送った青年、二課所属のエージェントである緒川慎次は異形が自分の報告で、「まだ助けられるかもしれない存在」がいると分かった途端動き出した事に、ほんの少し頬を緩めながら呟いた。

これまで彼の行動理由や人柄は、現場で接触する回数の多い翼や一課の隊員達を介してある程度把握してきたつもりだ。

昼間は僅かに遅れる事はあるが、こと夜間や街中での対処に関しては自分達特機部よりも早い事が多く、ノイズの相手をしつつも人命救助を優先しているのは、彼に助けられた一般人や隊員達の誰もが知っている。

 

……それに、彼のおかげで翼さんの負担も減っている。

 

二年前の出来事によりパートナーを失った翼は、自責の念から感情を捨て「剣」としてあろうとしている。だがそれは無理な立ち直りであるのは明白で、たった独りで戦い続けた先に何時か折れてしまうのではと周囲は心配した。

それでも今も折れずに戦い続けていられるのは、あの異形が共に戦ってくれたからだと慎次は思う

会うのも対ノイズの時だけ、連携だとか言葉の応酬だとかそういうものは一切ない。それでも、その場では共に戦って来た。完全に独りではなかったはずだ。

多分だが、そんなことを翼に面と向かって言えば、まあ否定されるだろう。それも強めに。

 

……二年前のことで翼は異形に対し未だ信用しきってはいないのは承知だ。二課の一部も、まだ彼を不審に思うものは少なくない。

初めてその存在を二課が知ったのは、ライブ会場の悲劇の翌日にあったノイズ発生の際。

だが最初の目撃情報自体は、あの悲劇の日。

出現場所も、ライブ会場の目と鼻の先の場所にある博物館で、ノイズと共にその姿を見たという一般人や、二課と関わりのある人物からの情報がいくつかもたらされた。

何故あの日、あの場所にいたのか? ライブ会場のノイズにも関係があるのではと疑惑を向けたこともあった。

だが、彼の行動を見る度に、人柄を知る度に「本当に彼がライブ会場の一件に関わっているのだろうか?」という疑問が浮かぶ。

 

……個人的には、多分彼は関係ないと思いますが。

 

詳しい事は彼に訊く以外分からないのだろうが、これだけはわかる。

たぶん彼は、悪いヒトではないだろうと。

 

 

◆■◆■

 

 

これは一体どういう状況なのだろう。

此方を振り返っている奏音や抱きかかえていた少女、そして自分たちの周囲を囲むノイズが動きを止めて視線を送ってくる中、響は自らの身に起きた異変に困惑していた。

 

かつて自分に掛けられた言葉を自分も口にして叫んだ途端、胸の奥から湧き上がった歌のような言葉を無意識に紡ぎだした。

かと思えば、今度は視界いっぱいにオレンジ色の光が広がり、全身に思わず絶叫してしまう激痛が襲い始めたところまではハッキリ覚えている。

後はもう、胸の奥から全身に渡って広がっていく熱と共に体中を、ナニカが全く別のモノに書き換えていくような感覚と、金属で出来た物を組み上げていくような音が聞こえる中、叫び続けていたぐらいしか知覚出来なかった。

 

そして耐え難い激痛に叫びながら、自分の中と外をナニカが熱と共に何度も出たり入ったりするのを、何度か繰り返し終えた辺りだろうか。

気が付けば自分は、某日曜朝の戦う女の子のアニメ張りの変貌―――デザイン的にはプリティでキュアキュアというよりも、男の子心をくすぐるバトルスーツ感が強いが―――を遂げていた。

 

「―――え? えぇ!? わ、私、いったいどうなっちゃってるのぉ!?」

「あー……うん、変身ヒーロー的な姿になっちゃった、って感じかな?」

「お姉ちゃん、カッコイイ!」

 

白とオレンジと黒の三色で纏められたボディースーツと、四肢と頭にメカニカルなアーマーを身に着けた自分の姿に驚きと困惑の声を上げる中、ポケットからスマホを取り出し構え始めた奏音が思った事をそのまま口にする。

というか目の前で良い歳したお姉さんがいきなり変身したのに、特に動じずカッコいいと言えた幼女。周囲に夥しい数のノイズがいるというのに君、案外余裕なのかね?

お姉さん、君の順応性が羨ましい。あと奏音ちゃん、どさくさに紛れて写メらないでくださいお願いします。

 

―――って、そうじゃない。

 

正直、なんでこんな姿になってしまったのか。

何故アーマーからメロディが流れ始めているのか。

何故合わせるように自分が歌を歌い始めているのか。

どうして胸の内から言葉が、歌詞が流れるように浮かび上がってくるのだろうとか、そういった疑問でもう色々と頭の中は容量限界だった。

 

……でも。

でも、全く頭の理解が追い付かず混乱しそうな状況とはいえ、コレだけはわかった。

少女の手を取り、奏音にもう片方の手を伸ばし彼女の手と繋ぎながら、今自分に出来る事を全力で為そうと響は一歩動いた。

 

―――絶対に、離さない……この手を。

 

胸の奥から湧き上がる歌詞とこの身を突き動かす想いがシンクロするのを感じながら、その温もりを、手放してなるものかと……喪わせてたまるものかと。

自分に起きた変化……理解は追いつかないがそんな難しい事なんて今はどうでもいい、考える暇すら今は惜しい。

……ただ確かなのは、今、この手を繋いだ二人を絶対守らなきゃいけない、それだけだ。

 

そう思いながら二人を抱き寄せ一歩目を踏み出したその脚は、どういう訳か……二歩目、三歩目を踏まずにこの身を空中へと運んでいた。

 

「「……え、ちょ、ま!?」」

 

あまりの跳躍力と、急に空中に飛び出したことで、抱えていた奏音と共に素っ頓狂な声を上げてしまう。自分たちが先程までいた場所は地上からおおよそ四十mか、それより少し上くらいの場所にあった。……が、今自分たちがいる空中と高さはほぼ変わらないが横方向へざっと十数m程跳んだ辺り。

明らかに普通の女子高生では出し得ない跳躍力に驚くも、落下し始めている体を捻り、どうにか着地を済ませる。不思議な事に、かなりの高さから落ちてきたというのに脚には一切の痛みも、抱えていた二人分の重さによる衝撃もまるで無かった。

まるでヒーロー染みたパワフル。恐らくこのバトルスーツ染みた衣装とアーマーが、この体を強化しているからだろうが……どうしてこんなものを自分が纏ったのか、増々謎が深まるばかりだ。

 

そんなことを考えながら、先程まで自分たちが居た建物の屋上を見上げると、当然ノイズも追いかけてくるように頭上へ降り注いできた。

 

当たれば死あるのみ。そんな言葉と共に恐怖感が胸の内に押し寄せてくるが、強化された脚力に物言わせ、ギリギリまで引き付けた所で横へ飛んで、降り注いでくる極彩色の死を避けた。

しかし今度は其処へ、元々地上に集まっていたノイズが殺到してくるのを見て、咄嗟に先程と同じように力任せに跳び上がるも、

 

「ちょ、響ちゃん跳びすぎ!?」

「うわわ、か、加減が……!?」

 

しかし普段とはあまりにも違い過ぎる強化された身体の感覚に、どう加減すれば良いかもわからず跳んだ為か、タンクか何かの壁面に勢いよく激突してしまう。激突の直前、辛うじて自身の背中を盾にして二人を守るも、壁が凹むほどの勢いで激突していた事に驚きつつも、再び地面に着地するが僅かにバランスを崩してしまう。

しかし当然ノイズがその瞬間を見逃すわけがない。

着地時に出来た僅かな隙を狙って、一体のノイズが響達に目掛けて突進してくる。

 

「っ」

 

思わず目を瞑りながらとはいえ響は、反射的にノイズに向けてハイキックを放ってしまった。触れた者全てを炭素の塵へと変えるノイズに対してそれは、普通であるならば自殺行為にも等しい。

「ば、ばか!?」と耳元で奏音が叫んだのを聞きながら響も、自分は何て馬鹿な事をしているんだと己の行為に後悔するも、その瞬間(絶対的な死)は訪れなかった。

 

素人が放つような、目を瞑りながらも放ったその蹴りは、どういう訳かノイズに当たるも塵に変わる事は無く、逆にノイズを塵へと変え粒子状に散らせた。

本来起こる筈の現象とは全く真逆の出来事に、響は呆然となる。

 

―――私が、やったの?

 

あり得ない出来事が目の前で発生した事に呆けるも、すぐに気を引き締めなおした響は周囲を見渡す。

辺りはヒト型やオタマジャクシ、カエルのような形のノイズで溢れ、更にもはや怪獣といっていいような数十mサイズのノイズが建造物の陰から姿を見せていた。

 

―――いくら何でもこの数、二人を守りながらじゃ……

 

今ので自分にノイズを倒せる力があると分かっても、この数相手に二人を守り続けるのも、抱えて逃げ続けるというのもかなり厳しい。

どうすれば、何か出来る事は……。

 

焦りながらも考えを巡らせていると、眼前に広がるノイズの群れの後方で変化が起きた。

まるで何かが掻き分けながらこちらに向かっているかのように、ノイズが宙を舞う。

 

「……バイクのエンジン音?」

 

不意に、抱えられていた奏音が呟く。

直後にブゥオンと唸るような音と排気音が聞こえ、ノイズを掻き分けて光が進んでくるのが見えた。恐らく、奏音の呟き通りバイクなのだろう。だがしかし、一体誰がそんな自殺行為のような真似を?

そしてノイズの群れを突っ切って表れたバイクと、それに跨る存在を見て、響は本日何度目になるかわからない驚きを得た。

 

(つ、翼さん!?)

 

現れたのは、リディアンに通う先輩にして元ツヴァイウィングの片割れ。いまや日本のトップアーティストとして名を馳せている風鳴翼であった。

なぜこんなところにその風鳴翼本人が? と疑問を抱くも、翼が操るバイクはそのまま響達の横を素通りし、響達の背後に迫っていた巨大ノイズにそのままぶつかった。

だがぶつかる直前に翼はバイクから跳び上がって離脱、常人離れしたその跳躍力で巨大ノイズの頭上を越え宙を舞いながら、彼女は歌を口にした。

 

《―――Imyuteus amenohabakiri tron》

 

それは響自身がこの姿になる直前に、無意識に口にした言葉によく似ていた。

だが、奏音だけはその歌を聞いて僅かに顔を顰めた。

例えるならば抜身の刃、とまで言うのは失礼かもしれないが、鋭過ぎるように感じたのだ。

まるでたった一人で何かを背負い、覚悟を決め過ぎている、と。

 

歌が途切れると、空中を舞っていた翼に身に変化が起きた。

色合いは全く別だが、響が纏うアーマーのついたバトルスーツによく似たものがその身体に装着されていく。

そして、アーマーからメロディのような音を響かせ、合わせるように翼も歌い始める。

その手には何時の間にか、刀のような刀身を持つ剣が握られており、翼が振り上げると同時に肥大化。

明らかに女性が持つには無理があるであろう大きさの大剣へと姿を変えた瞬間、巨大ノイズに向けて横薙ぎに一閃。その蒼い一筋の軌跡は、華奢な女性が振るうにはあまりにも速く、鋭く、瞬く間に巨大ノイズを塵に還してしまった。

 

「あれだけ大きいのを、一瞬で……」

 

たった数舜の間に空中で行われた出来事に呆気に取られる中、眼前で片膝をついて着地を決めた翼は三人を、より正確には響だけを一瞥すると「呆けない、死ぬわよ」とだけ言って立ち上がり、前方に広がるノイズの群れを睨みつけた。

 

「貴女は此処でその子達を守っていなさいッ!」

 

そう言いつける様に叫んだ翼は、得物を達から細身の刀剣に戻すと、ノイズに向かって走りだそうとする。

 

だが、

 

『―――はぁッ!』

 

声と共に、夜のように黒く、だがそれ以上に全身の各所を光らせているナニカが、ノイズ達の頭上から降ってきた。

その『黒』が、跳び蹴りを放つような体勢で眼下のノイズ達へと突っ込むと、激突と同時に群れの内半数のノイズが砕けたアスファルトと共に空中へと巻き上げられ、散っていく。

そして一拍遅れて、跳び蹴りを食らわせ着地した『黒』を中心に衝撃波が周囲へと広がり、激突の際に砕けた地面の一部と共に、『黒』の周囲に居た残り全てのノイズも吹き飛び、塵となって砕け、消えていく。

 

―――すごい……

 

凡そ百以上は居たであろうノイズ達を、たった一撃で葬った『黒』を見て響は息を呑んだ。

アーティストであるはずの翼が先程巨大ノイズを一閃しただけで倒した時のインパクトも凄かったが、此方もかなりのモノであった。

 

「……ちょっと遅かったわね、イルミネイザー」

こっち(湾岸部)の方はちょっと地理に疎くてね、まあここらに集まってたのや、残りの奴全部倒した事で良しとしてくれないかな?』

「報告より一帯での数が少ないと感じたのはそれでか……」

 

立ち上がり、四人の方へと歩いてくる『黒』の異形に翼が話し掛けるのを見ながら、響に抱えられてた奏音は、会話の中にあったワードに気付き、ハッとなる。

 

「イルミネイザーって、あの都市伝説の……?」

「えぇっと、夜にノイズを倒している電飾怪人、だったっけ? なんか、ゴキっぽく見えたりもするけど……」

「うん、それだね。……でもなんだろ、なーんか聞き覚えのある声なんだけど……」

 

世間に広まっているイメージをそのまま口にする響に、その会話の内容に気付いた異形『イルミネイザー』が待ったを掛けた。

 

『こらこらこら、誰がゴキだい。そこはせめてホタルとか、カミキリムシとか―――――は? カノ?! 何でここに!?』

「え、なんで兄さんがボクを呼ぶときの愛称を……って、まさか」

 

抗議の声を上げ、訂正を求めながら詰め寄ってきた異形だが、響の抱えている少女の片方。

奏音を見て困惑気味に声を張り上げた。だが奏音の一言で直後に、『あ、やべ』と口元に両手を当て、慌てて黙り込む。

一方の奏音も、異形が兄しか呼ぶことのない「カノ」という愛称で呼ばれた事、そして聞き覚えのある声をしているという事から、「いやいや、そんなまさか……でもどう考えても」と呟きながら脂汗を流す。

 

「え、えっと……もしかして、怪人さんって奏音ちゃんの……?」

 

二人の様子から、なんとなく察した響が躊躇いがちに尋ねるが、二人とも「ちょっと待って」と待ったを掛ける。

そして響から解放された奏音は異形の前に立ち、頬をポリポリと掻きながら、言い辛そうに言葉を発した。

 

「……確認。金なら」

『……巨』

「大きい事は?」

『……大正義』

「理想は金髪巨乳の」

『……嫁さん』

「ゴールデンメロン大きめリターンズ、30ページ目」

『……アメリカンサイズ特集』

「……、実家の本棚2段目の裏に隠してたスケベDVDのタイトルは『ブロンド女神』の?」

『……それはさすがに勘弁、してくれないかな』

「言わなきゃ残りの性癖も」

『……『ブロンド女神の谷間にダイブ』』

「押しキャラは天使学院2の、隠し攻略キャラで図書委員の?」

『……ラドゥエリエル』

「……」

『……』

 

いきなり始まった言葉の応酬に、響や抱えられていた少女、そして響に対し何処か険しい視線を送りながらも静観していた翼すら、内容がよくわからない言葉のやり取りに困惑の表情を浮かべていた。

ただ途中から可哀そうに思えるくらい項垂れ始めた異形の背を見て、確かに未だ信用しきれていないとはいえ翼も内心、「そろそろ勘弁してやっては……」と思わざるを得なかった。

そしてある程度の応答を繰り返したあたりで奏音の方はほぼ確信したのか、何とも言えない表情のまま振り返り、重々しく口を開いた

 

「…………兄でした」

「「……」」

 

約二年、都市伝説の正体としてマスコミが、過去の一件やその姿と力について問いただそうと特機部が追いかけていた異形の正体がバレた原因は、まさかの身内バレであった。

 

 




多分一番ひどい正体のバレ方。

さて、以前活動報告あたりで原作1期の流れでどうするかとかありましたが、予定を変更しました(汗)


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同行し、同行され

ちょっと早めにできたので、そのまま投稿します
なお翼さんのところ辺りで、「こんなのちがう」と思われたら、すみません(汗)

…しかし、前回の投稿でバーが真っ赤に&お気に入り数の上がり方が……ありがたいし嬉けど、ちょっと怖い(汗)


 

ノイズの掃討も無事終わり、戦場となっていたコンビナート周辺は特機部によりバリケードで塞がれ、完全封鎖されていた。

外部には機関銃を装備した隊員が、空を見上げれば数機のヘリコプターが飛び回り周囲の警戒を続ける中、バリケードの内側では特機部所属の隊員達によって事後処理が始まっていた。

倒され、炭化し散ったノイズの残骸に、ノイズによって炭素分解され同じく塵と化した嘗て『人だった』ものを含めての回収。生存者や負傷者の対応に追われる隊員達の姿を横目にしながら、響は、目の前で体育座りをして俯いている異形を慰めていた。

 

『…………もうお婿に行けない』

「え、っと……ご、ご愁傷さまです……」

 

妹によって正体がバラされるどころか、その場にいた響と幼女、そして翼に(翼と通信回線を開いたままだった二課にも)性癖を大公開された異形(國次)

なお事の元凶である奏音は、黒服を着た特機部の者に「機密事項ですので」と情報規制及び口止めとしての誓約書にサインをするため、席を外している。

幼女の方はというと、少し離れた場所で特機部の隊員から暖かい飲み物と毛布を提供され、一息ついていた。

ただ、時折、「キンパツキョニューって、なぁに?」と子供特有の知的好奇心から来る疑問を、男性隊員達にぶつけている。幸いな事に、隊員達は上手いこと「美人で素敵な大人の女性の事だよ?」と誤魔化してくれてはいるが、大丈夫だろうか。

 

……もしあの子が、さっき聞いた事を周囲の人間に喋っちゃったら、イルミネイザーさん(奏音ちゃんのお兄さん)、社会的に死ぬよね……。

 

一応窮地を救ってくれた一人で、友人の兄でもある人だ。心配や同情もする。

……まあ性癖はともかく、流石にスケベ本やDVDのタイトルと思わしきモノに対しては、ちょっと引いてしまったが。

 

……それはそれとして、これ、どうやったら元に戻るんだろう……?

 

身に着けているバトルスーツの解除方法がわからず、どうしたものかと考えあぐねていると、紺色の制服を着た女性(友里)が湯気の立つ紙コップを手に、響と異形の傍に歩み寄ってきた。

 

「あったかいもの、どうぞ」

「あ、あったかいもの、どうも……」

 

受け取り、少し冷ましてから一口飲む。

碌に休憩もせずに走り回ったり、珍妙な姿になって動き回っていた故に疲労気味だった身体に、その温かさが染み渡る。

やっと一息付けたと思い肩の力を抜くと、纏っていたスーツから発生した淡い光が全身を包み、一瞬で元のリディアンの制服姿に戻っていた。

 

「わ、ととっ……!?」

 

いきなりの事に気が動転し、バランスを崩した響はたたらを踏み、倒れそうになったところを後ろから支えられ事なきを得る。

振り向くと、どうにか立ち直ったのか、背中に黒く硬い手を当て、異形が支えてくれていた。

 

『……あー、大丈夫かい?』

 

戦いで見せた圧倒的な力や、人間離れしたその異形の姿からは想像も出来ない程に優しげな声で、此方を気遣う様に語り掛けてくる黒きヒトガタの怪物。

 

……失礼だけど、間近で見ると、どうにも……。

 

先程の一件で友人の兄である事と、諸々暴露されたことで落ち込んでいる姿から中身は普通の人なのだと判ってはいるものの、初見ではバケモノと口に出しかねない程に恐ろしい―――というのは流石に過ぎた表現かもしれないが、少々気味の悪い姿をしている彼に、礼を告げる。

 

「あ、ありがとうございます……」

『まあとりあえず今は、ゆっくり飲んで、落ち着―――――ん?』

 

不意に異形が言葉を切り、視線を響の後方に向ける。

響も振り返ると、其処には先程のバトルスーツのような姿ではなく、リディアンの制服を着た翼が、睨むように立っていた。

 

 

◆■◆■

 

 

翼の瞳に宿る不信感や敵意にも似たそれが、響に向けられていることに気付いた國次は、翼の視線を遮るように前に出て、響を背に隠す。

 

……いや、敵意というより今はまだ苛立ち、かな? あまりよろしくない眼付きには変わりないけど。

 

何処か不満げで、まるで認めたくないような表情を浮かべながら、苛立ちを込めた視線を向けてくることに、何故なのかと思案する。

普段翼が身に着けているバトルスーツと、妹の友人と思わしきこの少女が先程まで纏っていたモノが似通っていた事から関係者かと思ったが、違うのだろうか。

それか、全く関係が無い他人で、それであのスーツを身につけていたことが原因なのか。

 

詳しい事は当人たちに訊くしかないのだろうが、あの様子では質問すら受け付けないであろうことは明白だ。

ならば今は、この場をどうにかするのが先決だろう。

 

『さて、さっきから気になってはいたんだけど……やけに怖い眼して、どうしたの?』

「別に、なんでもありません」

 

異形の言葉をバッサリ切り捨てた翼は、視線を外し、それでも体は響の方へと向けたまま事務的な言動で言葉を続ける。

 

「貴方達を、このまま帰すわけにはいきません」

「へ?」

「特異災害対策機動部『二課』まで、同行をしていただきます」

『……二課?』

 

感情を伺わせない声音で発せられた翼の言葉と共に、サングラスを掛けた黒服達十数人がズラリと、響と異形の周囲を囲う。

何のことか訳が分からない、と言いたげな表情の響の前に、周囲の黒服達と同じ服装で、だがサングラスが無いおかげで顔が見える優男風の青年が立ち、「すみません、貴方の身柄を拘束させてもらいます」と言いながら、もはや鉄塊と言った方がいいような手錠を彼女の腕にかけてしまう。

 

「え、あ、あのぅ……?」

「申し訳ありませんが、規則ですので」

 

そのあまりの手際の良さと素早さに、異形は思わず『おぉー』と声を上げてしまうが、その優男の顔が見覚えのあるものと気付き、声を掛けた。

 

『おや、あの時の方ですか』

「あぁ、イルミネイザーさん。先程ぶりですね。今回はご協力していただき、ありがとうございます」

『いえ、其方のおかげで僕もノイズのいる地点まで素早く行動出来ましたし、礼を言うなら此方の方です』

 

いえいえ。

謙遜せずとも。

まあまあそう言わず。

そうは言っても。

 

「あのぉ、お二人とも……何か忘れていませんでしょうか?」

「―――コホッ」

 

そんなやり取りを繰り返していると、気まずそうな響の声と共にワザとらしく翼が咳を一つ。そして「さっさと進めてください」と言いたげな視線を受け、男二人は共に苦笑いをしながら向き直る。

 

「話が脱線しましたね。それで、イルミネイザーさん。出来ればこのまま一緒に同行していただきたいのですが」

『あー、まあそうなりますよねぇ……「達」って言っていましたし。了解、付いて行こうじゃありませんか』

「っ、……意外ね。何時ものように断るものだと思ったのだけれど?」

 

思いの外あっさりと、異形が承諾したことが予想外だったのか、翼は思わず視線を彼に向けた。この二年間、何度も要請しては拒否され続け、逃げられてしまう等といった事が当たり前だったのに、こうもあっさりと同意されては、今までの苦労は何だったのかと頭が痛くなる翼だった。

一方、異形はというと肩を竦め、『仕方ないでしょ、今回は流石に』と言いながら続ける。

 

『どうせさっきの暴露と妹経由で正体がバレるのも時間の問題だろうし、それで自宅にまで押し掛けられちゃ堪ったもんじゃないからね。ちなみに、実はもう特定されてたりしてます?』

 

言って、優男―――緒川に訊くが「えぇ、もちろん」と頷かれる。

 

「先程妹さんの、国津奏音さんから少々伺ってきました。国津國次さん、確かベーカリー『秋都』の店員だと」

『……うちの妹正直過ぎだなぁ……そこが良いんだけど』

 

さらっとシスコン発言をかます異形に苦笑しながら、「それじゃ、失礼します」と言いつつ先程響に掛けた物より一回り大きめの手錠を用意する緒川やそれを見つめる翼に、異形が待ったを掛けた。

 

『その前に一つ、いいかな』

「……何でしょう」

 

いい加減にして欲しそうな、翼の苛立ちが含まれた声に、苦笑しつつ応える。

 

『ちょっと確認しておきたくてね』

 

言葉を切って、少し離れた場所で口止めとして特機部の職員から説明を受けているであろう奏音を一瞥してから、翼や緒川、そして周囲を囲む黒服達全員に向けて言う様に、訊ねた。

 

『うちの妹を、奏音を巻き込むようなことは、しないと言えますか?』

 

 

◆■◆■

 

 

ただ一人の兄として、妹の身を案じる言葉に、その場にいたものは皆、一瞬呆ける。

人間離れした異形の姿からは考えられない程の穏やかな、しかし拒否させないような力強さを持った声に、翼はとっさに答える事は出来なかった。

 

――――すぐに応える事自体は、出来た筈だ……。

 

それが出来なかったのは、己が身よりも誰かを案ずるその精神に対して、嫉妬と、彼に対し今まで不信感を持って接してきた自分が、馬鹿らしく思えて。

そして異形の後ろにいる、今はもういない相棒が嘗て身に纏っていたノイズを打ち倒すための力(シンフォギア)を何故か持っている少女に対する苛立ちと、憤りを抱いている事が、醜いと突き付けられているようで。

 

そんな自分自身に苛立ち、翼は歯を食い縛る。

この異形が、そういうヒトなのかという事は、この二年でとっくに判っていた事だ。

自身の内側で渦巻く感情が、掻き乱されるのを感じながらも翼は、平静を装いつつどうにか言葉を絞り出した。

 

「―――元より、一般人である彼女を巻き込むつもりはありません」

『……うん、ありがとう』

 

頭を下げ、そう呟く異形を見て余計に自分が惨めに思え、翼は顔を逸らした。

だが直後、異形の方から光が発せられたのに気付き、視線だけ向けると、其処には緒川と同年代と思わしき、柔和な顔付きの青年が立っていた。

周囲から動揺の声が、そして「あ、結構普通の顔なんだ」と既に拘束された少女が何か失礼な事を言っているのを聞き流しながら、翼は問うた。

 

「それが、貴方の……?」

「うん、僕本来の姿……なんだけ、ど……ぅぐっ」

「な、」

 

にへら、と笑い正体を晒した異形の青年は、急に苦悶の表情を浮かべ前のめりに倒れていく。慌てて彼の後ろにいた少女が受け止めようとするが、それよりも早く、手錠を掛けようと彼の傍で待機していた緒川が咄嗟に受け止めた。

それを見て、一瞬焦った翼もほっと息をつく。

 

「わわ……!? 奏音ちゃんのお兄さん!?」

「大丈夫ですか、国津さん!」

「だ、だいじょうぶ……これ、いつもの事なんで……がっ、五分くらい休めば―――げほっ。……ちょっと、待ってね……ぬぁっ」

 

大きく肩で息をし苦痛の声をあげながらも、安心させようとするその姿に、ついさっきまであれこれ考え、苛立ったり自身が醜いと思ったりした自分が余計馬鹿らしくなった翼は、もはや呆れてしまい、このままじゃ全然進まないなと黒服の一人に、担架を持ってくるように伝えた。

 

 

◆■◆■

 

 

既に時間帯は夜の九時半となる頃。

手錠を掛けられたままの響を特機部所有の黒塗りの車で、そして変身解除の反動で暫く動けなくなった國次を救急車で運んで数十分。

辿り着いたのは、片方にとっては自身が通う学び舎であり、もう片方にとっては最愛の妹が通う場所でもある、私立リディアン音楽院であった。

 

その中央棟の前で停車すると、促されるように降り立った響は「なんで学院?」と疑問を口にする。そこへ、救急車から降ろされ、担架ではなく車椅子で運ばれてくる國次が近づいて来るのに気付き、声を掛ける。

 

「あ、奏音ちゃんのお兄さん! もう大丈夫なんですか?」

「平気だよ、と言いたいんだけどまだちょっと足がふらついてね。この通りちょっとご厚意に甘えさせてもらってるよ」

 

まあ流石に手錠はつけさせられたけどね、と言いながら響とお揃いの手錠(鉄塊)を見せる。その様子を、車椅子を押す緒川は申し訳なさそうに苦笑を浮かべる。

 

「すみません。一応車内で国津さんから、変身解除後の不調に関することは伺いましたが、流石に着けて貰わないと示しがつかないものですから」

「まあお役所勤めならその辺はしっかりしておかないと後が怖いですもんね、仕方ないですよ」

「大人の世界も大変なんですねぇ……」

 

そんな風に会話をしつつ、國次と響は導かれるまま中央棟の廊下を進んでいく。

誰もいない校舎の廊下を進み続けて数分、今度はエレベーターに乗せられる。響からすれば何の変哲もない、学院内各所に設けられているものだ。

「学校の中にエレベーターって、ずいぶんとまた豪華な……」と言いながら緒川に押される形で乗り込む國次の言葉に、まあ確かに普通の学校に比べたらブルジョワだよねぇと、思わざるを得ない。

 

翼と響、そして國次が乗り込み終えたのを確認すると、緒川が端末のようなものを取り出し、隅に設置されてあるパネルに近づける。

小さな電子音が鳴ったかと思えば、直後にエレベーターの入り口を本来のドアよりも更に頑丈そうなドアで封鎖され、エレベーター内の両側から折り畳み式の手摺りが展開される。

その手摺りの一つを翼は無言で握り、響はというと緒川に促され、反対側の手摺りに掴まるよう指示されていた。

 

……ちょっと待って、これ嫌な予感するんだけど。

 

ジワリと脂汗が頬を伝い、滴り落ちる。

足の悪い人向けに、エレベーター内で手摺りを配置することはそんなに珍しい事じゃないが、態々こんな、ロック解除するような感じでせり上がるようなものを何故仕込む?

 

まさか。

まさかとは思うが、絶叫系?

 

そんな嫌な予感がする中、緒川が近づき車椅子を手摺りの方へと進ませる。

 

「あの、ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょう」

 

手錠を掛けられたままの腕をしっかり手摺りに掴まされ、そして車椅子に元々備え付けてあったのか、車に乗せる時等に使う固定用バンドを着々と装着していく緒川に、國次は「否定して欲しい」と思いながらも訊ねた。

 

「まさかこれエレベーターで急降下だとか」

「あ、絶叫系はもしかして苦手でしたか」

「え、待っ」

 

だとしたらすみません、と緒川が告げた瞬間。

 

身体が急激に上方向へと引っ張られるのを感じながら、もはや出しちゃいけない速度で落下し始めたエレベーター内部で、國次と響の悲鳴が響いた。

 

 

 

 

しばらくして、落下の速度にも慣れ始めたところで國次は鼻水を啜りながら、「これどんだけ落ちるんですか」と緒川に質問するが、「すみません、機密ですので」とやんわり断られる。いやまあ、部外者故に答えるわけにもいかないのはわかるんだけども、と頬をポリポリ掻き、視線を響の方へと向ける。

 

彼女も慣れたのか、何とか捻り出した苦笑気味とはいえ愛想のよい顔を浮かべる事で、先程乙女として上げちゃいけないレベルの奇声を上げていた事実を忘れて貰おうとするが、 

 

「愛想は無用よ」

 

丁度顔を向けた先の翼に、一刀両断されてしまった。

慈悲も無いとはこの事か、とその様子を眺めていると、今まで暗かったエレベーターの外の様子が変わる。

目に入ったのは、様々な色彩で描かれた、壁画のような模様が広がる巨大な空間。

趣味で博物館等によく足を運んでいた國次からすれば、その壁面に描かれたそれは古代文字やその手の模様に見えない事も無く、「ほぉ」と感嘆する。

同様に、響もまた興味深く外の光景を見て息を吐いていた。

 

だがそんな二人に対し、翼は先程の言葉に続けるように口を開いた。

 

「―――これから向かう所に、微笑みなど必要ないのだから」

「……微笑みあってこそ、誰かの笑顔を守れるもんだと思うけどね、僕は」

 

自身にも言い聞かせるように聞こえた、その言葉に國次は、思わず反論する様な形で返してしまう。

一瞬、棘のある視線が向けられたのを感じるも、特に何か言い返される事も無くそれは消え、あとはエレベーターが止まるまで沈黙が続くだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

―――しかし、そんな重々しい空気は、エレベーターのドアが開かれると同時に、呆気も無く粉々になって吹き飛ばされた。

 

「ようこそ! 人類最後の砦、特異災害対策機動部二課へ!」

 

赤いシャツにシルクハットを頭に乗せた、ガタイのいい男性が満面の笑みで出迎え。

その脇には目が描かれてないダルマが置かれ、男の背後では十人そこらの制服姿の男女がクラッカーを鳴らし、または拍手をしつつ笑顔を浮かべ。

 

後ろの壁には「ようこそ二課へ」というパネルが。

視線を上げれば、折り紙で作った輪を繋げて作った飾りと共に、「熱烈歓迎!立花響さん!&イルミネイザー!」と仰々しく書かれたパネルが。

 

他にもお菓子やご馳走の類を並べたテーブルがいくつも用意されており……。

國次は翼の方に首を振り向かせ、思った事をそのまま、無情に告げた。

 

「微笑みどころか、満面の笑みだけど、何か言うことは」

「……」

 

何も言うなと言いたげに頭を抱え、溜息を吐くだけだった。

 

 




次も早めに、と行きたいですが基本不定期更新になりやすいので、申し訳ありませんが気長に待っていただけると幸いです(汗)


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過去と、理由と、これからと

お待たせしてしまい大変申し訳ございません(汗)
取りあえず、前回の反省として翼さんの態度もうちょいマシにしようと思ったのですが……ちょっと丸くなりすぎたかもしれない(汗)

それにしても全く進まない…(汗)

8/22:一部変更しました


ノイズの残骸や、ノイズによって炭素分解された人々の成れの果てである塵が、風に運ばれ舞う。

特機部による事後処理の為、各所に敷かれた封鎖が未だ解かれず、そして避難した人達もまだ帰れない為に、一時的に無人と化している街。

 

街灯以外に明りが灯されていないその街の中でも、一際高い雑居ビルの屋上――そこにはローブを纏う人影があった。

夜闇の紛れてもなお白いローブを、顔を隠すように被りローブの隙間から覗く金糸の髪は風によって波の様に靡き、月光の輝きを受け煌めく。

 

「―――ん」

 

不意に吹いた風が、白に輝く誰かのフードを剥がす。端正な顔立ちに、紅玉の如き紅く輝く瞳を持つ貌が露わになる。そのことに気づいた『白』は、フードを無造作に顔まで被りながら、ある場所――工業地帯を観測するように見つめていた。

 

「―――観測。優先記録及び最大警戒対象、ネフィリム上位種、個体名エルバハの反応。及び、ルル・アメル負の遺産、呼称名ノイズの異常発生。並びにアヌンナキが残せし遺物と思わしき欠片反応、複数確認」

 

ローブの奥、意思の光を感じさせない紅玉の瞳を細め、記録を目的とした感傷など一切感じられない声で、淡々と言葉を紡ぎ続ける。

 

「推測。ノイズの発生に関し、巫女フィーネの関与または()が使用された可能性大。フィーネの関与を仮定、演算開始……」

 

白磁のような指を顎に当てて、瞑目する。

 

「――推定結果。記録及びこの地の放置は不適切、危険を検出。しかし……」

 

一度言葉を切り、僅かな沈黙の後、『白』は顎に当てていた指を放し、掌を見つめる。

刺青の様な模様が施された掌を、確認事項のように握り、開く動作を数回繰り返した。

 

「……躯体確認。四百年の休眠期間を経ても、本体(コア)に受けたフィーネ及び出来損ない(アダム)による過去の損傷は癒えず。素体及び本体の同調は極めて不安定と断定。……記憶確認。全体の六割欠落を確認、統一言語喪失の前後及びそれ以降の記録、数百年分相当の喪失を確認。……機能確認。子機端末製造、本体の損傷により動作不良を検知、使用は現時点では困難と判断。……通信確認。マルドゥーク応答無し、アクセス失敗……休眠中の記録、および欠落した記録の修復、現状不可と判断。総評―――現段階において直接介入、排除実行は困難と判断」

 

確認を終えたのか、工業地帯から眼下の街へと視線を移す。

 

「……結論。現時点において、暫くは様子見と判断。その間、当世におけるルル・アメル達の文化指標の調査を検討、実行に移す事とする」

 

ローブ越しの背より、()()()()()を広げながら、屋上から飛び降りた。

 

 

◆■◆■

 

 

―――特機部の二課とやらに連行された筈が、なんで歓迎会に参加してるんだろう。

 

特異災害対策機動部『二課』。風鳴翼が所属している組織、というより特機部内の部署であり、現在パーティー会場と化している其処で、國次は目を遠くさせながら紙コップに注がれたウーロン茶を飲んでいた。

 

性癖と共に正体まで暴露されたことによって、抵抗するより大人しく従った方がいいと半ば自棄気味に判断してついて来たはいいが、待ち構えていたのはなんとびっくりアットホームな雰囲気。

今日まで、「もし捕まったりして、解剖とかされたりしたら嫌だなぁ」とまで悩んでいた自分が、なんだか馬鹿馬鹿しく思えてしまう。

 

「まあでも、この様子だと解剖ルートは無いとみて良さ―――」

「―――取りあえず、脱いでもらいましょうか?」

「なぁあああんでぇえええええええ!?!?」

 

―――撤回、やっぱり僕解剖されるかもしれない。

 

視界の端、涙目の少女の腰に手を回し抱き寄せ、耳元に向かって危ない発言をしている白衣の女性から目を逸らしながら、自分の判断が間違っていたかもと後悔する國次だった。

 

 

 

 

結果的に、妹の学友である少女(立花 響)と國次に行われたのは単なるメディカルチェックだった。

少女の方は主に、風鳴翼のモノと似通った珍妙なスーツを纏っていた事や、肉体への影響などについて調べるとのこと。

それを済ませれば、今日の所は返して貰えるらしい。

 

()()()、だが。

 

検査終了後に白衣の女性、「デキる女と評判の櫻井了子」と自己紹介してきたその人曰く、國次の方には帰す前にいくつか訊かなければならない事等があるという。

 

菓子類や軽食を撤去し、代わりに飲み物をいくつか用意したテーブルを中心に、この二年で何度も共闘した風鳴翼と、彼女の叔父であり二課のトップである風鳴弦十郎。翼のマネージャーにして二課のエージェントである緒川慎次、そして既に車椅子は不要と立ち上がっていた國次が集まっていた。

他にも、少し離れた位置で様子を伺う二課の職員も多数居る。

 

彼らが國次に訊きたい事というのは、主に二つ。

異形の力と姿はどういう経緯で得たのか。

そして、二年前の惨劇があったあの日、何故ライブ会場近くの博物館で現れていた事についてだ。

 

―――まず、異形の力と姿を得た経緯として博物館に居た理由を話さなければ、なんだけども……。

 

さて問題だ。

只でさえ信用されているか微妙で、金髪巨乳好きの変な奴として既に認知されてしまった状態であるところに、「博物館巡りが趣味で、其処に赴いていました」と答えて、果たして信じて貰えるだろうか?

 

―――信じて貰えるか微妙な気がしてきた……けれど。

 

だが、ここまで来た以上話さなければ状況は変わらないし、帰れるものも帰れない。

少しでも信用を得る為にも、余計な隠し立てはせずに、自分で解っている範囲だけでも話すしかないだろう。

 

―――まあ流石に、呼び寄せられたとかの辺りは信憑性に欠けるから省いておくかな。それ以外はまあ、自身が理解している範囲で話せば大丈夫でしょ。

 

そう結論し國次は、手元の紙コップに注がれたウーロン茶で唇を湿らせ、「それじゃあまず、あの日、博物館に居たことですけど」と切り出す。

今もなお鮮明に記憶へ焼き付いている、異形と化したあの日の惨劇を思い返しながら。

 

 

 

 

「―――以上が、二年前僕が経験したことです。信じて頂けるかどうかは、お任せします」

 

当時、ライブ会場近くの博物館に居たのは趣味で訪れていた事。

 

其処でノイズの被害に巻き込まれ、外に逃げられず館内を逃げ回っていた事。

 

逃げ込んだ先の広間で知人をノイズから助けようとして、その際に展示物の化石のようなものが腹を突き破った事。

 

その化石が光ったかと思ったら自らの体が異形と化し、同時に胸の内から「ネフィリム・エルバハ」といった言葉が聞こえた事。

 

後日、知り合いの医者に診て貰ったら腹部内に異物が確認され、それを中心に体中へ紐状の物体が根を張るように広がっていた事。

 

それら一通りの説明が終わり、國次へ返ってきた反応は様々だった。

変わらず疑惑の目を向け続ける者、異形化の下りで何かを察したのか考え込むように瞑目する者、困惑の表情を浮かべる者、どこか納得したような表情を浮かべる者等々。

 

そして國次が説明している間ずっと沈黙を続け、難しい顔をしたまま耳を傾けていた翼が顔を上げ、鋭い双眸が射貫くように國次を見る。迫力はあるが、まともに受け止めたくない眼差しだと、國次は感じた。

 

「正直、まだ問い詰めたい事はありますが……貴方の事情、取りあえず今は一旦信じておきます」

 

表情とは裏腹に、告げられた言葉の内容に思わず國次は、手の中にある紙コップを落としかける。

一番、自身に対し疑心を抱いていたであろう人物からの意外な言葉に動揺を露わにしつつ、國次は自分が予想していた言葉と共に反応を返した。

 

「えー、えっと、もっとこう、『嘘を吐くな、あの日、お前が何かしてあんな事が起きたんだろう!』とか疑われるかと思ったんだけど……」

「……確かに、あの日起きた事について貴方を疑う余地はまだあります。ですが―――」

 

一旦言葉を切り、翼は一つ息を吐く。疑うだけなら幾らでも追及のネタはある。

だが、今日まで接してきて分かった彼の人柄や、何度も見てきたその行動から、先程の告白に嘘は無いように思えてしまう。

それでもまだ胸の内から過去の件での疑いが完全に消えたわけではないし、今日起きた理解し難い出来事などでまだ多少荒れているが、少なくとも間違いなくこれだけは言える。

 

「この二年間、私達(特機部)が知り得る限りノイズが現れた時、貴方は何も言わず常に人命を優先していた……ただ只管に。少なくともそこには偽りや打算的な思惑など、一切見受けられなかった」

 

だから。

だからこそ。そういう行いをするヒトが、あのライブ会場での惨劇に関わっているのではと疑うのは、今は一旦置いておこうと。

信用するかはともかく、その言葉を少しだけ信じてみようと、思った。

 

……まあ正直な処、先程あった暴露の一件含め疑うのがもはや馬鹿馬鹿しくなったというのもあるが。

 

 

◆■◆■

 

 

翼の言葉を聞いて、國次は思わず拍子抜けした。

もう少し、疑われるものと思っていたのに、だ。

 

「……そこは普通、点数取りだとか機嫌取りだとか、思ったりはしないの?」

「少なくともそう訊いてくる時点で、そんな風に思ったりするのは無理があるな」

 

怪訝そうに、そうじゃないだろう普通こうだろうと問うてくる國次に、二人のやり取りを静観していた弦十郎が苦笑しながら会話に加わる。

 

「ま、取りあえず過去の追及はこの辺で切上げるとして、だ。国津國次君、君の事情はわかったがまだ疑問が残る。異形の姿と力を得て、何故戦おうと思い、今日まで続けてきたのか。そして、なぜ今まで此方への同行を避け逃げていたのか……教えてはくれないだろうか?」

 

弦十郎からの問いに、國次はゆっくりと息を吐き、自身の掌を見つめた。

これまでの事を振り返り思い出すように、目を細め、未だ自分の中に存在する中途半端なソレを語り出す。

 

「……初めの頃は、ただ『手の届く範囲だけでも後悔したくないから』という思いだけで突っ走っていました。その場の状況や感情に流されるままに、衝動的ともいえるそれを頼りにして……それこそ、未熟で中途半端と言われても仕方ないようなやつです」

 

けれど。

それでも。

 

「それでも続けてきたのは、『仕方ない』と納得したくなかったんです。理不尽(ノイズ)によって誰かの当たり前が、笑顔が失われるのが。例え自分と一切関係のない誰かでも、悲しむ結果を認めたくないから」

 

未熟で青臭く、子供の我儘にも等しい、傲慢で身勝手な思い。

義務や使命も無い、矜持や確固たる覚悟があるわけでもない。

けれど。

それでも……これだけは、誰に何と言われようと譲れない自信があった。

だから、走れた。走り続ける事が出来た。

 

「……それが、君の戦い続けてきた理由か?」

「ガキの考えだとか、綺麗事だと一笑に付されるかもしれませんけどね」

 

苦笑しながら応える國次を見て、弦十郎はいいやと首を振る。

 

「確かに、何も知らない奴からすれば君の考えや理由は、笑い物にされるだろうな。だが、俺は笑わんよ。愚直にソレを正しいと、後悔せずに進んできた君を、笑えるものかよ」

「―――」

 

まっすぐな、あまりにもまっすぐ過ぎる言葉に、國次は思わず閉口する。

なんで訳の分からない異形の力と姿を持つ相手を、今まで同行を拒否してきた相手を、過去の事で疑いがある相手の言葉を信じられるのか。

そんな國次の内心を見透かしたかのように、フッと笑い彼は言葉を紡いだ。

 

「なんでって顔をしているが、何、これでも人を見る目には自信があってな。それに君が嘘を付けない正直者であるのは、先程の暴露の一件で知っているつもりだ。そしてこれまでの君の行動含め、信じるには十分だ」

「は、はぁ…………ん?」

 

笑みを浮かべ、自信満々に答えた弦十郎。

しかし、その言葉の中にあった國次にとって爆弾にも等しい一言を、彼が聞き逃す事は無く、軽くフリーズしかけていた。

そして、出来れば嘘であって欲しいと考えながら、震える声で國次は胸の内に沸いた疑問をぶつけた。

 

「あの、なんで暴露の件を……? まさか、通信とかで駄々洩れとか、そいうやつですか?」

「え、あ、あぁー……それはだな……」

 

問われ、弦十郎はようやく己が失言に気付いた。

そして助け舟を求めようと周囲に視線を巡らせるが、オペレーター職員一同は顔を背け片付けに入り、翼も気不味そうに顔を背け「こちらに振らないでください」と言わんばかりに数歩下がっていた。

では慎次はというと、「正直に告げる他ないのでは?」と言わんばかりに苦笑し、翼の隣に避難していた。

 

悲しいかな、その瞬間だけ二課のトップは孤軍と化していた。

 

「あー……その、だな。実は翼の持っていた通信機のスイッチが入ったままで、君の妹さんによる暴露の流れはすべて、此方にも中継されていてだな……」

 

普段掻かない脂汗を流しながら応える、二課のトップ。

なお地味に巻き込まれている翼だったが、國次に恨みがましい視線を向けられたと同時にゆっくりと顔を逸らしていた。

 

「……つまり、ここにいる皆さん、僕の性癖全部知っちゃっていると?」

「まあ、そいうことに……なるな」

「――――いっそ殺してください、本当」

 

自身の性癖が、凡そ数十人規模に知れ渡っているという現実に、國次は年甲斐もなく泣きそうになった。

 

なお落ち着きを取り戻すのにそれ程時間はかからず、國次はもう一つの疑問に応える事となった。

 

「さ、さて。それじゃあ気を取り直して……國次君、何故君が此方の同行を拒否し続けていたのかを教えて貰ってもいいだろうか」

「あ、はい……その前に一つ、笑いません? どんな理由でも笑いません?」

 

無残な現実を突き付けられた先程の一件を踏まえ、軽く疑心暗鬼になりかけながら國次は確認を取る。

仕方あるまい、何せ彼が今まで二課の勧誘を拒否し続けていた理由は、正直、戦い続けてきた理由に比べ大変ヘタレすぎるモノだからだ。

 

「あ、あぁ。笑わないとも。なぁお前ら」

「司令、さっき丸投げした事は謝りますから、しれっと巻き込むのやめてください」

 

片付けをしていた職員の一名からブーイングが上がるが、それに構わず会話は続けられた。

 

「じゃあ話しますけど……ノイズを倒せる力を持つ異形とか下手すりゃ捕獲でもされて、解剖されるんじゃないかなぁと思ってたので……それだけは嫌だなぁ、と」

「それだけ……?」

「はい、それだけです。あ、でも一応予定が立て込んでいる時もあったのでその時は普通に用事があるからと断らせて貰いましたけど」

「……変身後の姿はかなり厳つい見た目なのに、割とヘタレだなおい」

 

オペレーターの一人、藤尭が思わず小声で呟くも、聞こえていたのか國次は口を「へ」の字にしながら、心外そうに口を開く。

 

「いやだって、いくら国の設立した組織とはいえ、異形がの化け物がホイホイついて行って何もされないとかありえないと考えるのが普通でしょう?」

「あー……まあ、そういった話(解剖)がお上の方で一切上がらなかった訳ではないのは確かだが」

 

弦十郎が溢した一言に、國次の不安を案じて慎次が言葉を付け加える。

 

「でも現場の一課や自衛隊の声、それに既に都市伝説として無視できないくらいに影響を与えているイルミネイザーを捕え、解剖するよりは『自主的に此方と協力関係を結んでくれるようにした方が良い』という声があったおかげで、そういった方針は執らずに済んでいるのでご安心を」

「はぁ……でもそれ、まだ『解剖するべきだ』という声が無くなっていないわけではないですよね?」

「國次さん、今は前向きに考えましょう」

「笑って誤魔化さないで、こっち向いて答えてください」

 

僅かに顔を背けつつ答える慎次の言葉に國次が食い付くも、どこ吹く風と躱される。

そんな様子を眺めながら、弦十郎は今日この場で國次から聞いた話や、翼達を通し知った彼の今までの行動等を振り返った。

恐らくまだ隠し事をしてはいるのだろうが、それを抜きにしても今まで彼が人命を助ける為に動いていたのは紛れもない事実。その戦う理由にも嘘は一切感じられず、どこまでもまっすぐな彼は、十分信じるに足り得ると。

直感も混じっているが、少なくとも彼は我々と共に歩んでくれるであろうと。

そう決心し、彼は國次へ言葉を投げかけた。

 

「さて。他にもまだ話したい事は山程あるが、国津國次君。君に頼みたい事があるが、いいだろうか」

「え、えーと、なんでしょう?」

 

語りかけられ、緊張気味に背筋を伸ばし向き直る青年の様子に、少し笑みを零し、けれど力強く言葉を紡ぐ。

 

「我々に、君の力を貸してくれないか?」

 



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日常か、それとも非日常をか

はい、またもや時間かかってしまいました(汗)
せめてXV最終回までには投稿したかったけども……(汗)

まあとにかく。短いかもですが、今回の、どうぞ。



そうして翌日。東の空が明け始めた午前四時過ぎ。

シフトも入っていない休日に、國次はのんびりと街中を歩いていた。そんな時間帯に出歩いているのは、別にジョギングという訳ではなく、先日『秋都』に置き忘れたバイクを回収する為だ。

 

……しかし、昨夜は家に帰った後が大変だったなぁ。

 

異形の姿に変身していた事や、ノイズを倒せていた事、そして有名アーティストである風鳴翼が同様に何故ノイズを相手に戦ってたのだとか、マシンガンの如く飛び出してくる質問を妹の奏音からぶつけられたことを思い出す。

 

流石に全て話す訳にもいかないし、二課側からは色々と口外しないで欲しいと事前に言われていたので、「今は言えないけれど、いつか絶対話せるように努力するから、待って欲しい」と説得し続け一時間、どうにか宥め渋々矛を収めて貰うに至った。

ただ代わりに色々と、一緒に買い物だとか、買って欲しいものがあるとかそういった約束事を取り付けられてしまったが、まあそのぐらいならお安い御用だと了承し、どうにかその場は丸く治まった。

 

……まあ買いたいモノの一覧を見せられて、僅かに今後趣味関係(金髪巨乳)に使う資金を減らさねばと決意する羽目になったが、仕方あるまい。

 

「まあそれはそれとして───あっち(二課)の方は了承したはいいけど、どうしたもんかな……」

 

薄暗い舗道を街灯が疎らに照らしている中を歩きながら、昨夜の事を振り返るついでに二課でのことを思い出して呟き、息を吐く。

 

二課の司令である風鳴弦十郎から持ち掛けられた、二課への協力要請。相手の正体や目的、そして懸念していた解剖コースは無いと判ったのもあり、断る必要もないので了承の意は伝えてある。

ただ、問題が一つ。

自身の職場であるパン屋『秋都』での労働と、二課での活動がきちんと両立できるかどうか、だ。

 

『秋都』において製パン担当は自身を含め三人で、そのうちデザートなどの担当は自分と店長の二人だけ。接客などのフロア担当はアルバイト数名に任せているのが現状だ。

三ヵ月前までの『秋都』ならこれで一週間のシフトを、余裕をもって回していたが、最近は以前雑誌に載った影響で朝から長蛇の列が出来ることも珍しくない。

人気店となって嬉しい反面、カツカツの人手で辛うじて回している状況に悲鳴が出そうだ。

 

勿論、そんな日々の中でも、ノイズが出現する度に異形の姿となって夜の街(もちろん昼間も)を奔走し、解決してきた。そうやって日常と非日常の境界を飛び越える中、更に二課への協力、もとい所属する形になれば今後は必然的に、いつでも二課へ出向けるような状況や余裕を作っておかなければならない。

だが其方を優先し過ぎても、只でさえ現状人手がギリギリな『秋都』の営業に支障をきたしてしまうので……。

 

「『秋都』に迷惑掛けず、且つ二課への合流やノイズ出現時にある程度自由に行動できる方法、これがなぁ……」

 

これまでは何かと理由を付けて、営業中でも現場に向かう事は出来ていたが、さて今後はどういう方法を用意するべきかと腕を組み考える。

まず最低条件として業務をしつつ、ある程度自由に店外に出られるようにする必要があるのだが……。

はじめに思い浮かんだのは、現在『秋都』で行っている配達サービス。

 

「配達サービス……は、あまり長く出ているとかえって不自然になるかな。ノイズ出現時に限り注文するという形で呼び出して貰えるなら、まあ何とかなるかもしれない……。配達の時は基本車だけど。急ぎの時はバイク持っている僕が対応予定だから、現場に出るだけなら遅れる事は無い、か」

 

問題点はいくつか出るも、上手い事立ち回ればノイズ出現時に限り確実に『秋都』から離れる事が出来るという利点もある。

ただそれでも、『秋都』から長時間離れるのは店の盛況具合によっては難しいので、この案を採用する場合は二課側と話し合って妥協点を見つけるしかないだろう。

 

―――とりあえずこれを採用するのなら二課との話し合い次第、かな。

 

午後から二課に集まり、昨日の検査結果の報告があるとのことだから、その後にでも相談しておくとする。

 

次に思い浮かんだ案は移動販売。

例を挙げるなら、広場や公園でクレープやホットドッグなどの片手で食べられるものを売っている、車を利用した移動店舗。

配達サービスよりも長時間『秋都』から離れる事も出来、必要とあらばいつでも移動出来る点では有力候補。

 

「確か、店長が近々やってみたいとは言ってたなぁ……」

 

人材に関しても一人で済むし、『秋都』に来る客を分散する事も出来るから、『秋都』本店側の負担も多少減って、新作開発に必要な時間的余裕も捻出できる。

ただ、これも問題点が多く……。

 

「行政や保健所への申請や、必要となる資格と移動販売に使う車両に設備を整える費用と、検査とか……その他諸々必要な事をどうにかしないといけないらしいから、すぐには出来ないのがね……」

 

また、公園と道路上の両方で営業するにしても、申請する先が別々だったりその場所で営業する為の必須条件等もあるので、実をいうと自由に移動してどこでも売れるという訳でもなかったりする。

只移動するだけなら問題ないが、許可を得た場所以外での販売は出来ないので、正直微妙なところだ。

……まあ最悪、商品を二課にノルマ分全部買い取って貰えれば、その日の殆どはもう自由に出来るだろうから、実現出来れば候補としては配達よりマシだろう。

 

「実現するには時間は掛かるだろうけど、その分二課側に費やす時間は増やせる。……でも、これは当分保留かな」

 

すぐ実行出来る訳でもないし、新たに車両を用意し改造費用なども必要となるので、それならまだ配達サービスの方で上手く遣り繰りしていった方がいい。

 

結構難しいものだと頭を掻きながら、次の案は無いかと考えるが、パン屋として出来る事の範囲では意外と良い方法は思いつかない。

 

「リディアンの地下にあるんだから、リディアンの学食向けにパンの配送……いや、そもそも向こうの厨房スタッフが全部作ってるって、パンフレットにあったな確か……」

 

政財界からの寄付金もあるそうで、私立高の割に学費が安く抑えられているどころか学食もプロを雇っている程だというのだから、かなりの額を寄付しているのだろう。

……まあ、地下にあれだけの規模の施設があるのだから、それを維持する資金も含めての寄付額なのだと容易に想像がつく。

 

「しっかし、パン屋をしながらじゃ色々と無理があるとなると―――」

 

言葉を切り、立ち止まる。

思いついたもう一つの案、それを口にするのを躊躇う。

しかし、ノイズを相手にいつでも駆け付けられる万全の状態で、且つ長時間二課本部に待機していられるようにする案は、それくらいしか思いつかない。

 

……『秋都』を辞め、二課への協力を優先する。

 

ノイズへの対応を最優先とするなら、確かにそれは『正解』だ。

人類にとって絶対的天敵であるノイズを相手にする機関に所属するのであれば、当然それ相応の給金も出るだろうし、万一死んでしまったとしても、遺族への補償もあるだろう。

 

しかし、『秋都』での労働を含めた今の生活を、日常を捨て、本来非日常であるノイズへの対応に徹し切れるかと問われれば……。

 

「出来ない、かなぁ、ちょっと……」

 

『秋都』には、学生時代から世話になっている。

此方の高校に通う為に下宿先として居候させて貰いながら、家賃代わりに店の手伝いや家事を担当し、卒業後はそのまま就職させて貰った恩もある。

もう八年もの付き合いになり、もはや家族同然の中である『秋都』の秋宮親子。そして何かと相談に乗ってくれたアルバイトの子達。

最も忙しく、稼ぎ時である今、自分の都合で恩ある彼らから勝手に離れるのは一番やってはいけない事だ。

 

……だからって、二課やノイズに、このまま中途半端に関わる訳にもいかない。

 

国の特殊機関、それもノイズに対処出来るほどの装備を持つ部署。そんなところへ、ずっと中途半端な距離感で関わり続けるのは、土台無理な話だ。

それに何より、ノイズという、理不尽そのものである存在によって誰かの当たり前が失われるのを、無視する事は出来ない。

関わってしまった以上、いつかは選択を迫られるだろう。

 

覚悟も決めず、今まで通りこのまま中途半端に関わり続けるか。

『秋都』を始めとした日常から離れ、二課と共に非日常であるノイズとの戦いに身を投じるか。

 

……でも、今すぐには決められないよ……。

 

けれど。

けれど、もし叶うならば。

我儘が、許されるならば。

 

「今の日常を、当たり前の日々を、手放したくはないなぁ……」

 

だがそれを実現させるには、やはりどこかで妥協点を見つけるか、もしくは先に挙げた案のうちの一つ。一番自由に行動しやすい、車両を利用した移動店舗の案をどうにか実現させるかだ。

それまではシフト調整や、配達サービスで上手くやっていくしかないだろう。

また幸いな事に店長は、シフトの変更希望は割と簡単に承諾してくれるので、当分は午前中のみのシフトにして貰うなりで調整していけばいい。

後は、二課側とも要相談していくしかないだろう。

 

「……とりあえず、これ以上悩んだ所で良い案は出ないだろうし、今出来る範囲でやっていくならそれが無難かな」

 

正直、問題の先延ばし同然だが、当面の間はこれでやっていくしかないし、長々と悩んだって一人で思いつく事にも限界がある。

……非日常関係で相談出来そうな身近な人物として鏡花の顔がチラつくが、彼女は守るべき日常側の人間だ。偶に愚痴る事はあれど、今後は二課含めガッツリ関わっていく事を考えると、そう簡単に相談出来はしない。何より二課側からは情報規制や『万が一』の時を考え、無暗に厄介事へ巻き込まない為にも、口外しないようにと昨夜の内に釘を刺されている。

 

……ただまあ、女の勘というのか、それとも察しがいいのか。この二年間の間、非日常側で何かあった時は何も聞かずに気遣ってくれることが何度もあったので、多分今回も何かあったんだろうと察するかもしれない。

まあ、それか自分が気付かずに顔に色々出しているから、バレているのかもしれないという疑念もあるのだが……。

 

まあバレたらバレたで、その時は二課関係に触れない程度で相談してみるとしようと、國次は再び歩き出した。

ただ少し、悩みながら歩いていた時よりは、僅かに軽くなった足取りで。

 

 

 



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ガングニール

大変お待たせしました(汗)
今回も、あまり進みません(汗)

それでは、どうぞ


学友と共にノイズに襲われたと思いきや、なんかノイズに触れても大丈夫な姿に変身しちゃったり、トップアーティストの風鳴翼がいきなり現れては変身してノイズを撃退したりとか、噂のゴキ―――電飾怪人の正体が一緒に逃げていた学友(奏音)の兄だった等々、立て続けに発生&発覚した事などで軽く脳内がパンクしかけた夜を超え、翌日。

 

立花響は何事もなく、親友の未来と共に授業を受け、学園での一日を過ごしていた。

特に周囲に怪しい人影があっただとか、誰かに後をつけられていただとかそういう怪しい事はまったく無く。

 

まあ気になる事があったとするなら精々、教えた覚えもないのに二課の司令だと言ってた人から「放課後迎えを寄越すので二課まで来てくれ」だとかいう内容のメールが、昼休み辺りに送られてきたことぐらいだろうか。

 

……たぶん、昨夜の検査結果や、私が変身した姿とかについての話とかなんだろうけど……。

 

「……ふぅ」

 

正直言って、後の事を考えると気が重い。

事前に昨日あった事は誰にも口外してはならないと釘を刺されていることから、親友の未来にも昨夜は何があったか等一切話せず只々心配させたというのに、今日も帰りが遅くなるとなれば、なんと説明すればよいのだろうか。

 

職員室への呼び出し……いや、今日は既に呼び出される程のやらかしは全部怒られ済みだし、却下。

 

他校の男子生徒に手紙で呼び出されて……何故だろう、未来が荒れる姿が目に浮かぶというか、架空の男子君が悲惨な事になりそうという想像が……。というかまず、高校生になってまだ一月も経ってないのに、他校の生徒と知り合ってそんな展開になるのは無理があるだろう、私よ。

 

では、補修があってとか……あぁうん、すっごく納得されそうで、返って一緒に居残って手伝うとか言われそうな予感が。

 

ノート等を鞄に詰め帰り支度を進める中、未来に一緒に帰ろうと言われた際どう乗り切ろうかと頭を悩ませていると、不意に視界の端で茶色い毛玉か何かが跳ねているのが見え、其方に目を向ける。

 

「随分と、わかりやすく、悩んで、ますなぁ、響ちゃんっ」

 

机の影になっていてわかり辛いが、幸いにもその光景は昨日もあったと覚えていたのですぐに相手はわかった。

その茶色の正体は、色々あり過ぎた昨夜を共に過ごした、奏音である。

しかしまあ、そうやって跳ねて真正面から話し掛けるよりも横に来て話せばいいのにと思うのは野暮だろうか?

そんな事を考えながら、響は身を乗り出してその跳ねながら声を掛けてきた存在(奏音ヘッド)に声をかけた。

 

「奏音ちゃん奏音ちゃん。取りあえず跳ねても頭頂部しか見えないから、まずはこっちに来よう?」

「うーん、逆に気遣われて辛い」

 

そう言いつつも跳ねるのを止めた奏音は、長いポニーテールを揺らしトコトコ歩きながら響の座る席の隣まで来ると、「それで? どうしたの」と改めて尋ねきた。

 

それがねー、と釣られるように口から出そうになった言葉を慌てて飲み込む。

二課の事は、もちろん昨夜逃亡劇を共にした仲である相手であっても言える訳がない。

結局何も言えないことに変わりないという事実に、どうすればいいのかと頭を抱えたくなった。

 

「いやー、その……昨日の夜の事関係でちょっと……」

 

せめて当たり障りのない程度にと手探りしながら言葉を紡ぐが、夜の、と呟いたところで奏音が「あー……昨日の夜の事で」と何かを察した表情で頷いた。

その様子を見て、響は少しほっとした。これなら詳しく話さなくても、この後の呼び出されている事について多少は相談しても大丈夫そうだ、と感じながら。

 

「まぁ、確かにあれはちょっとねー……」

「うん……それでちょっと、この後……」

「流石に兄さんの性癖暴露はやり過ぎたからねぇ……うん、変なものを聞かせちゃってごめんね? 一応尻とかスパッツだとか、変態的なのは避けてたつもりだけど、そこまで悩ませちゃうとは想像して無かったよ……」

 

……訂正、察していないどころか酷い方へ解釈してしまっている。いや確かにあれは衝撃的ではあったけれども、そっち方面ではなく……ッ。

あとさらっと言っているけど、お尻やスパッツも好きだとか言う新たな性癖情報は聞きたくなかったのですが、奏音ちゃん。

 

昨夜出会った噂の都市伝説『電飾怪人(イルミネイザー)』の正体である國次の性癖暴露が、本人の知らぬ処で更に進んでしまっている事に心の中で合掌しながらも響は、今度会った時はちょっと距離を置こうかなと考えた。

 

「ま、冗談はこの辺でやめとくとして」

「……冗談にしちゃ、奏音ちゃんのお兄さんの被害が増えているような気がするんだけど……?」

 

特に昨夜に続いての性癖暴露辺りが。

 

しかし響の意見など気にせず、一旦周囲を見渡し、まだ教室内に残っているクラスメイト達が此方に意識を向けてないことを確認しながら、奏音は顔を近付け小声で話しを続けた。

 

「気にしない気にしない。……で、悩んでたのは、大方昨日変身しちゃってたあの姿や、翼さんやあの黒服の人達関係なんでしょ?」

「あー……うん、詳しくは話せないけど、まあ合ってる、かな」

「で、多分だけどそのことでこの後呼び出しがあって、未来ちゃん辺りに先に帰って貰う為の良い言い訳が思い浮かばず、困り果てていたってところかな?」

「奏音ちゃんはテレパシーでも持ってるの……?」

 

どうしてそんなに言い当てられるのか、等と思ってると奏音が「似たような状況になってるであろう人が今朝ブツブツと台所で呟いていたからねぇ」と苦笑しながら肩を竦めていた。

 

似たような状況、と言われ先程性癖の追加暴露をされてしまった奏音の兄を思い浮かべ納得した。

昨夜あの場に居合わせたもので、自身と同じように特機部の二課に呼び出されているとされるであろう人物は彼位なものだろう。

 

「ま、これ以上詮索もしないし詳しく訊きもしないけど、昨日助けて貰ったことだし僕も一緒に考えるよ。さぁて、無難な居残りの理由を考えるとすれば……今日も授業中に何度も怒られていたから、その事での反省文書き終えるまで帰れない的なのはどう?」

「奏音ちゃん、一緒に考えてくれるのは嬉しいけど……私ってそんなに怒られてるイメージ?」

 

多分それ、未来も確実に信じてはくれそうだけど、それ以上に可哀そうなものを見るような目を向けられそうなんですが。

え? 日頃の行いを振り返れ? ……返す言葉もありません。

 

閑話休題(それはさておき)

 

 

 

「実際、どうしよう……」

「別の用事があるって伝えるにしてもねぇ……あ、そうだアレがあったな……」

 

ふと、何かを思い出したのか奏音は一旦自身の席に戻っていく。そして机の上に置いてあった鞄の中から紙切れらしきものを二枚取り出し、再び響の隣に戻って来るなり響の見せつける様にひらひらとそれを振る。

 

「なにそれ」

「ふふーふ、風鳴翼さんの初回特典付きCDの注文票だよ~、それもなんと二枚っ。これ持って受け取りに行くとか言えば誤魔化せるっしょ、昨日買えなかったことを考慮すれば未来ちゃんも納得するはず!」

 

あ、ちなみにだけど証拠品として片方はもちろん響ちゃんに譲るよー。と言いながらドヤ顔を決める奏音に、流石にそこまでして貰うのは気が引けるのか響は遠慮しようと両手を振った。

確かに無難ではあるが、流石に譲って貰うほどの事を自分はしていない。

 

「いやいやいや、さすがにそこまでして貰うのはちょっと……というかいいの? 初回特典だよ? ダブルだよ?」

「いいのいいの! それに昨日は助けて貰っちゃったし、お礼ってことでさ」

「……でも、殆どはつば―――あの二人がやった事だし、私はまぐれ当りでやったのは」

 

一体だけだし礼を貰うほどじゃ、そう言おうとしたところで唇に人差し指を押し付けられ、黙らされる。思わず抗議の視線を向けるも、その様子を見て奏音はやれやれと肩を揺らし、苦笑しながら口を開いた。

 

「それでもあの時、響ちゃんが居たから僕とあの女の子は助かった。助けて貰った。ならせめてこの位はお礼として渡しとかないと、バチ当たっちゃうよ」

 

だから卑下する事じゃないし、遠慮する必要もない。そんな言葉を感じさせる瞳を向けながら押し付けていた指を離し、ぴんっ、と響の鼻を軽く突く。

釈然としないものの、奏音の気がそれで済むならば、と響は了承するように頷いた。

それを見て奏音も満足そうに口元を緩め、目を細めるが……

 

「―――ほいっと、ノン捕獲~」

「ひょ!?」

 

するとそこへ、タイミングを見計らったかのように二人の元へ小日向未来を含んだ四人の生徒が近づいて来て、その内で一番長身の「安藤 創世」が奏音の背後から脇へ手を通し、軽々と持ち上げ(捕獲し)た。

 

ちなみに、創世はよく人の事を個性的なあだ名で呼び、響の場合はビッキー、未来の事をヒナ、奏音はノンと呼んでいたりする。

もっともその呼び方は、あまり周囲には広まってはいないようだが。

 

その様子を見て一緒に来た未来と、よく創世と行動を共にしている事が多い二人―――奏音ほどでは無いが小柄でツインテールがトレードマークな「板場 弓美」と長い金髪に白いカチューシャを付けた「寺島 詩織」が待て待てとストップをかける。

 

「いくらアニメみたいなロリっ子といえど、流石にその扱いはまたキレちゃうわよ」

「ぅ」

 

アニメみたい、と普段からよくする例えをした弓美の一言に、抱えられた奏音の頬が僅かに引き攣る。

 

「でもここまで容易に、女子の腕力でも持ち上がるほどだと、小さ過ぎるのが心配にもなりますね」

「……ぅぅ」

 

更に詩織からの一言(追撃)で、プルプルと震えはじめる。

確かにここまで軽く、小さいと色々と心配になってしまうのは確かだ、と響やその様子を見ていた未来はウンウンと頷いてしまった。 

 

一見すれば小学生高学年が中学年くらいにしか見えないその容姿。そのことを誰よりも気にしている奏音にとって彼女らの言葉は、悪気は無いとわかってはいてもスルー出来るものではない。

いつもならここで、「誰が豆だあぁ!」等と叫びながら速攻でキレるところをそれでも奏音は全身を震わせるだけに留め、湧き上がる感情を押さえつけながら「で、一体何さ急に」と自身を抱えている創世に笑みを浮かべながら訊ねた。

目は笑ってはいなかったが。

 

「うん、ノンとビッキー、ちょっとこの後暇なら『ふらわー』行ってみない?」

「ふらわー?」

「あー……秋都から近いとこにある駅前のお好み焼き屋だったかな、確か」

 

しかしそんな奏音の様子に対し、特に動ずる素振りも見せずに創世は奏音と響へ、一緒に「ふらわー」というお好み焼き屋へ行かないかと誘ってきた。

美味しい所だろうか、と響が想像している一方奏音は覚えがあるのか、店の場所を思い出していた。

 

「私は行く事にしたけど、二人も一緒に行かない?」と未来が告げてくるが、奏音が目配せを響に送ると、困ったような笑みを装いながら「ちょっとどうしても外せない用事があってさぁ……」と響が返事をする。

 

「ん、昨日ちょっと色々あって受け取りに行けなかった予約済みの初回特典付きCDを、ね。ふらわーとは真逆の方向にあるから、流石に途中で寄る事も出来ないし……また今度誘ってくれると嬉しいかな」

 

奏音の言い訳に、それじゃ仕方ないかぁと呟きながら四人は離れていった。

ただ、その際未来が浮かべていた寂しげな表情に気付いた響は罪悪感から俯き、未来が教室から出て行った直後に小さくゴメンと呟いた。

 

 

 

 

そして、未来達が去った後。

教室から他の生徒の姿が無くなった頃合で奏音が証拠品としてCDを受け取りに行くと言い、教室から姿を消し十数分ほど経ったくらいだろうか。

 

独り、夕日が差し込む教室で二課からの迎えが来るのを待っていた響が「ここ最近の私、ついてないなぁ……呪われてるのかなぁ……」と呟き、溜息と共に立ち上がると、ふいに後方のドアが開く音が聞こえ、振り返った。

 

「あ」

 

そこには、先日の夜に見た時の様に、愛想を感じさせない表情を張り付けた翼が、佇んでいた。

見たくもない、と言いたげな雰囲気を出している翼は、響へ視線を向ける事も無く、定例文のような内容の言葉を口にする。

 

「―――重要参考人として、再度本部へと同行して貰います」

 

 

◆■◆■

 

 

二課本部の一室へ案内され手錠を外された響は、しばらく待つように言われた。

部屋の中には翼と自分以外に、二課司令である弦十郎とオペレーター代表として藤尭朔也、友里あおいの二名の姿があり、昨日見たやたらテンションの高いイメージが強く残っている女性、櫻井了子やおそらくここへ呼ばれているであろうと思っていた國次(イルミネイザーの人)の姿は無かった。

 

ただ待つのも暇なのでオペレーター二人からの自己紹介を受けていると、スライド式のドアが開き、少しぐったりとした様子の國次を乗せた車椅子と、それを押す了子が室内に入ってきた。

 

「変身だけとはいえ……意外と、きついなぁ……」

「ハァイお待たせ~。ちょっと國次君の追加検査で手間取っちゃって遅れたけど、昨日のメディカルチェックの結果発表といきましょうかー!」

 

そして國次を乗せた車椅子を響の傍へ停めるや否や、指示棒を取り出し宙に浮かぶ画面を展開させる。そこには、響と國次の検査結果らしきものが映し出されていた。

 

「まずは響ちゃんの方ね。まず体の方にはハジメテによる負荷以外にこれといった異常はほぼ無し、健康そのものねー。で、次に國次君の方だけど……こちらもちょっと気になる点を除けば、体の大半は元気過ぎるくらいね」

「ほぼ……」

「大半……ですか」

 

何か引っかかる言い方に、眉を顰める二人。

その様子を見て了子は、「まあ二人が聞きたいのはそんな事じゃなくて、あの姿の事とかよね」と言いながら、部屋の隅にいた翼にアイコンタクトを送る。

それを受けて翼は、首にぶら下げていた赤いペンダントを二人へ見せつける様に掲げた。

 

「まず響君の方から説明する事になるが……今翼が手にしているのは第一号聖遺物『天羽々斬』。そして、響君。君が昨夜纏っていたモノは『ガングニール』、第三号聖遺物とされるものだ」

 

聖遺物と聞いて、所謂聖人などの遺品等が思い浮かぶが、天羽々斬やガングニールといったモノと結びつくようなものだったか? と首を傾げるが、とりあえず大体の概要を知る為にもとスルーする。

 

そして、後に控えている國次の事の説明なども考慮し、ある程度掻い摘んで説明されてゆく。

翼や響が纏っていたソレは、所謂聖人などが残したものを意味する聖遺物の事ではなく、世界各地の伝承や神話などに出てくる武具を始めとした道具などを指すモノ。

物の考えようによっては伝説の生物などもこれらに分類されるかもしれないらしい。

 

だがそれらが運用されていたのは遥か昔で、当然現代に残っている者の大半は経年劣化や破損などが多く、当時程の力を持っているものはごく僅か……完全聖遺物と呼ばれるものぐらいらしい。

自分や翼の纏っていたモノも、欠片程のモノだと言う。

 

だが、そんな欠片程のモノでもわずかに残っている力を増幅させる方法が、特定振幅の波動……つまり、『歌』だ。

 

 

そして歌により起動した聖遺物を、一度エネルギーに還元した後鎧の形に再構成したのモノをアンチノイズプロテクター……『シンフォギア』と呼ばれる翼や響が纏う鎧へとなるとのこと。

 

しかし、そこまで説明されたことで部屋の隅にいた翼が声を荒げる。

 

「だからとて、誰の歌、どんな歌にも……聖遺物を起動出来る力が備わっているわけではないッ!」

 

苛立つように口にした言葉に、室内が静まり返る。

國次は周囲を見て、響と自分以外が浮かべている表情等を見比べ、前に『それで(歌で)』何かがあったのだろうと察した。

 

()で、翼が声を荒げてしまい、他の皆の瞳に悲しみの色が浮かび上がってしまう、何かが。

 

そして、時間にしては数秒であるその静けさを最初に破ったのは、弦十郎だった。

 

「……聖遺物を起動させ、シンフォギアを起動させられる歌を歌える僅かな者の事を、我々は『適合者』と呼んでいる。それが翼と、そして君というわけだ」

 

出来るだけ明るめに、姪が言った事へフォローを入れた弦十郎に続くように、了子もあとに続こうと、表示されている画像をレントゲン写真へ切り替える。

 

「で、一番気になっている、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……その理由が、この影ね」

 

響の上半身のレントゲン写真、それは普通の人間と比べ、明らかにある筈のない影が、心臓付近に映っていた。

 

小さくて判り辛いが、何かの破片らしきものの影が幾つか、心臓辺りに存在するのが見て取れ、それを目にした國次は既視感を感じ、徐に自分の腹部に手を当てた。

 

そして響もそれを見て、驚きの表情を浮かべ胸に手を置く。

それは、二年前のライブ会場で起きた惨劇の際に、胸へ複雑に食い込み手術でも摘出不可能且つ一応残っていても問題は無いだろうという事で放置されていた、破片だった。

その時に負った胸の、音楽記号の『f(フォルテ)』にも似た傷跡がある辺りを制服の上から撫で、その時の事を弦十郎たちに説明していく。

 

―――ガングニール、聖遺物、シンフォギア、歌による起動、声を荒げる翼、二年前のライブ会場での出来事。まさか……。

 

それらを聞いて、点だったものが繋がっていき、國次の中である予想が浮かび上がってくる。

 

「二年前……ライブ会場……歌……ツヴァイウィング。……あの、まさかとは思うんですが……もしかして、立花さんが身に纏っていたガングニールの、前の持ち主って天羽奏さんだったりします?」

 

恐る恐る、確認を取るように呟いたそれを聞いて、弦十郎は頷き、翼は顔を俯かせた。

 

「―――あぁ。二年前、あのライブ会場でのノイズの大発生時……翼と共にシンフォギアを纏い、戦っていたものがもう一人いた。……君の言うとおり、ガングニールのシンフォギアを纏っていたのは、奏君だ」

「そして今回の調査の結果、この無数の破片の正体は……奏ちゃんが纏っていたガングニールの破片そのものと判明。あの時のノイズとの乱戦の際に、破片が飛び散ったか何かで食い込んだであろうそれを、今回響ちゃんが起動させ、再びシンフォギアの形を成した、ってことになるわね……」

 

憂いの表情を浮かべながらも、事実を認め、そして結果を伝える二人。

誰もが押し黙る中、戦慄とも、茫然ともとれる表情を翼は浮かべ、転びそうとまではいかないものの、体をふらつかせ、手をついた椅子を支えに倒れまいとする。

だが……今にも感情が爆発してしまいかねないのを抑えるように顔に手を当てる彼女へ、追い打ちをかけるように了子の口から、彼女の心を裂いてしまいかねない言葉が呟かれた。

 

「……奏ちゃんの、置き土産ね」

「―――っ」

 

悪気は無いであろうその言葉は、しかし確かに翼へ深く突き刺さってしまった。

大切な存在だった、片翼たる存在(天羽 奏)が残したそれを、今になって纏う者が目の前に現れた。

胸の奥底からこみ上げる、どうしようもない程に堪え切れそうにない感情の塊を、翼は吐き出すまいと口に手を当て、ふらつく体で部屋から出ていく。

 

その悲しみに暮れた後姿を見て、せめて今は一人にしておいてやるべきだろうと、見送る事しか國次達は出来なかった。

 




國次の検査結果は次回へ。

ただ、2年の間ほぼ毎回ノイズと戦い、そのたびに激痛に苛まれていた体はさて、無事と言えるのでしょうか


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蝕み、恐れ、けれどそれよりもっと大事な

お待たせしました(汗)

前回更新から、まぁた間が空きまして、申し訳ない(汗)
今回もあまり進まないけど、次回以降は割りとシーン飛ばしていくかもしれない…(汗)


「―――さて、それじゃ次は國次君の詳しい検査結果の説明と行きましょうか♪」

 

翼が退室し、僅かな沈黙が広がる室内の空気を変えようと、了子は少し明るめに声を上げる。

そして画像を響のレントゲン写真から國次の検査結果へと切り替えられ、―――國次と了子以外が息を呑む。

 

腹部にある丸い影を中心として、複雑に絡まり全身へ根の様に伸びていく糸状の物体を映した画像。

この二年間、純に何度も検査して貰いもはや見慣れたものとなっていたソレを眺め、國次はちょうど丸い影が収まっている腹部に手を当てる。

 

「複雑に絡まり過ぎ、手術での摘出は不可能。まるで寄生されているかのような状態に見えるでしょうけど、メディカルチェックの結果としては全く異常無し。むしろ同年代の男性の平均データと比べると元気過ぎる結果が出たわ。で、この影の正体なのだけど……確認の為に変身して貰って観測出来たデータからして……」

「やはり聖遺物で間違いない、か」

 

弦十郎の言葉を肯定する様に、頷き返し了子は続ける。

 

「それも、おそらく完全聖遺物。國次君の話からして、取り込む前の状態は全く欠損の無い状態だったそうだから。で、この聖遺物、國次君の証言によると『ネフィリム・エルバハ』だったしかしら? 見ての通り寄生……いえ、糸の末端部分ではほとんど神経系や骨と一体化しているようだから、実質融合している状態なの」

 

で、ここからが本題なんだけど、と前置きをして再び画像は切り替えられる。

映し出されたのは異形の姿と、その際のレントゲン写真。

だが、異形の姿の時に取ったレントゲン写真は、先程のモノと違い、人の骨格と明確に違う部分が散見していた。

 

例えば、頭蓋からは顎は消え、初めから口や歯など存在しないような一体成形になり、触角か、あるいは鉤爪の様な形状をした角の部位が増えていた。

肘や膝より先の骨は多少長くなり、クリーチャー感漂う体格となっていた。

そして何より目を引くのは腹部にある丸い遺物の影を除き、人の姿の時には体中に蔓延っていた糸状の影は一切消えていたという点だ。

 

「異形の姿の時には、それまで全身に伸びていた糸状の物質が消えて、こうして外見はおろか中身すら変質していることから、アレは聖遺物の力を引き出す為に肉体を適した形に造りかえる為の器官と思われるわ」

「うわぁ、異形の時僕の体、中はこうなってるんだ」

「……いや呑気に言ってる場合じゃないだろ。外殻みたいなものを纏っているだけと思ってたけど、中身から造り替えるって……これじゃあまるで……」

 

自分の体とはいえ、ちょっと引き気味に感想を述べる國次に、藤尭がツッコみつつも思った事を言いながらも、しかし同じく聖遺物と融合しているに等しい響に配慮し最後の言葉だけは口にしなかった。

 

まるで、人間から外れて行っている。

そうとしか言いようのない、中身すら『ヒト』の形から外れつつある異形の姿。では、いま目の前にいる國次は、果たして『ヒト』と呼べる存在なのだろうか?

 

「藤尭君の言わんとしている事は解っているわ。一応念の為にと、変身解除直後にもう一度念入りに検査し直したけど、國次君の体は殆ど人間のままだったわよ。ただ……」

 

一旦黙り込み、ちらりと検査データ群を一瞥し僅かに考える素振りをしてから了子は言葉を紡いだ。

 

「変身を解除する度に激痛が走って動けなくなるのは、ちょっと問題。推測だけど、『ネフィリム・エルバハ』との適合率が低いが為の代償だろうから、あまり無茶させられないわね。それにその代償を二年間、ずっと負い続けてきたんだから何時何かしらの形で深刻な異常が起きても可笑しくはないし……。今まで通り積極的にノイズと戦うってのは、止めておくべきでしょうね」

 

そう言い終わると同時に画面を閉じ、「さて、何か質問ある?」と周囲に声を投げかけると、

説明の間、ずっと腕を組みながら聞き続けていた國次が手を挙げる。

 

「はい國次君、何かしら」

「えーと、もし今後融合、というか侵蝕具合が進んだら、人間辞める事になるんですかね?」

「んー……何とも言えないわね。何によって融合率が上がるのかまだ見当もつかないし、これ以上悪化するのか、しないのかすら分からないんだもの。今後の検査次第でその辺が分かればいいんだけど……でも、君が今宿しているものが本当にネフィリムの名を冠するモノだというのなら、ちょっと危ないわね」

 

天から堕ちし巨人、あるいは堕天使と人の間に生まれた巨人。共食いを行い、本能の赴くまま暴れ、暴食の限りを尽くす超人、ネフィリム。

加えて、旧約聖書外典のヨベル書に名前ぐらいしか出て来ない三種の巨人の一つ、エルバハ。

後者は情報が無さすぎるので何とも言えないが、前者のネフィリムは創世記等での記述などから鑑みるに、かなりの劇物ともいえる。

 

今はまだ何とも無い様ではあるが、もし國次の中に眠るネフィリム・エルバハの本能を呼び覚ますような状況にでもなったとしたら、確実に不味い事になるだろう。

 

本能のままに暴れる怪物となるか、全てを食らう獣となるのか。それとも、本能に抗い人の心だけは失わずに済むのか。

融合が進んだら、身体は完全にイルミネイザーとしての、異形の姿に固定となるのか。

もしそうなった場合、人間の姿に戻る事は可能なのか。

 

了子の言葉を聞いた後、車椅子の背もたれに身を預け、それらを考えながら國次は目を閉じる。

―――でも、それ以上にどうしても気になる事がある……っ。

ほんの僅かな間の瞑目の後、どうしても()()だけは確認しておきたいと思った國次は、姿勢を正しながら了子に再度問いかけた。

 

「あの、もう一つだけ。これは個人的に、割と重要な疑問なんですけど……」

「……何かしら?」

『……』

 

重々しく、慎重に口を開く國次の様子に、了子は気を引き締めて言葉を返し、一同は固唾を飲んで見守る。

 

「その……」

 

平時であれば、口にするのは正直躊躇う。

だが、國次にとってそれは、たとえ人間を辞める事になろうとしても、とても重要な事で。

―――人間を止めるかもしれないのは怖い、でもそれ以上に、気掛かりな事がある……それは。

それは……他の人にとってはどうでも良い事かもしれない。

 

 

「人間を辞める事になったとしても……」

 

それは。

 

「なったとしても?」

「―――エッチ、出来るんですかね? その、いつか金髪巨乳の嫁さんゲット出来たとしてもその辺出来なかったら困るし……」

『エッ……はあああああああ!?』

 

それは、異性と性交出来るか否かという、若い男によくある煩悩塗れの願望。

金髪巨乳の嫁をゲットしたいという夢を持つ國次にとって、死活問題でもあった。

 

 

◆■◆■

 

 

「―――今の悲鳴は一体何事でッ……いや本当に何があった……?!」

 

室内に響き渡る困惑の悲鳴。そこへ、それを聞いて先程暗い顔をして通路に出て行った翼が血相を変え飛び込んでくるが、各々が浮かべている表情を見て更に困惑する。

ガングニールを宿した少女は赤面してアワアワしており、オペレーターの友里は赤面しつつも引き気味の視線を國次に向け、もう一人のオペレーターである藤尭は呆けた表情を。

自身の叔父であり二課の司令である弦十郎は額に手を当て、盛大に溜息を吐き……國次の対面に立つ了子に至っては引き攣った笑みを浮かべつつ、「ま、まあそこまではちょっと解らないかなー……というか、それ本当に大事な事……なの?」と声を絞り出していた。

 

そして、この状況を生み出したであろう國次はというと。

 

「はい、かなり。真面目に大事です、人間辞めちゃっても金髪巨乳女性とエッチ出来るか否かは、ハイ」

「なっ―――ほ、本当に何を言っているんです貴方は!」

 

やたら真剣な表情で、女性も一緒の空間にいるというのにセクハラ発言をした國次に、翼は柄にもなく頬を赤く染めながら叫んだ。

 

「……いやいやいやいや! 普通、このままじゃ人間辞めるかもしれないってのにそんな質問する!? もっとこう……怖いとかそういうのじゃないか!?」

 

そして、そんなふざけた発言に藤尭が物申す。

彼の反応は当たり前だ。

もし人間を辞めてしまい、完全に怪物になるかもしれないなどと言われれば、恐怖などを感じるのが普通だろう。

だがこの青年(國次)は、あろうことかそんな感情を一つも見せず、それどころかうら若き女子が隣にいるにもかかわらず平然としつつ実質セクハラな発言をかましやがった。どういうメンタルしてるんだ、鋼かそれともオリハルコンか。

隣の少女を見ろ、赤い顔しながら「すけべなのはダメだと思います……っ」と言ってるぞ。

 

國次はというと、藤尭のもっともな言葉を受けて、僅かに困ったような顔をしながら笑った。

 

「いやまあ、確かにそれは怖いとは思ってます」

「なら……」

「でも」

 

ひとつ息を吐き。

 

「でも、ノイズが出たら自分よりも怖い思いをしている人達が居るんです。なら、怪物になろうと、怪物扱いされてしまおうと……そんな事(化物になる事)になんて怖がってなんかいられませんよ。異形の力と姿が、誰かを助ける事に使えるなら尚更に」

 

そんな、自身に満ちたような笑顔で言われて、誰も言い返す事が出来なくなった。

そして納得してしまう。彼はどこまでも馬鹿正直にまっすぐな、お人好しなのだと。

 

「まあそれはそれとして、完全に怪物になった後もエッチ出来るかどうかは割と本気で重要な疑問ですけどね!」

「だから、そういうスケベな発言はダメだと思います……!」

 

……ただ、割と良いこと言った後にすぐ台無し(セクハラ)発言するのはどうかと思うが。

 

 

 

 

 

そして、途中から戻ってきた翼に対しても國次が抱えている代償や危険性、出撃に関してある程度制限を掛ける事等を説明し、響や國次にはシンフォギアや聖遺物を宿したことによる姿等に関し決して口外しないようにと言いつけられた。

 

現状唯一ノイズに対抗出来るシンフォギアの力と、それと同等の事が出来ている完全聖遺物を宿した存在。

そんな、強力無比且つ所有していれば他国に対し多大なるアドバンテージを持ち得る武力(兵器)が明るみとなれば、米国をはじめ中国やロシアを筆頭にノイズ災害に悩まされる国々が黙ってはいないだろう。

大国であれば内政干渉はもちろん、その力を手に入れる為に強引な方法……それこそ秘密裏に拉致や、関係者を人質に交渉などといった方法をとってくる可能性が高い。

 

更に問題として、國次や響は聖遺物を取り込んでその力を行使しているという点。

これが露見すれば、年若き少年少女が無理矢理戦場に立たされてしまうという事すら起こりかねないのだ。

 

強すぎる力の露見、その代償にもし大事な人が巻き込まれたりしたら……。

 

機密より、人命を守りたい。故にその力を誰にも口にはしないで欲しいと告げる弦十郎達の言葉に、響は俯きながらも頷いた。

だが、國次の方はというと、既に職場の店長の娘である鏡花に変身の一部始終や力についてもある程度バレている。

一応、口止めはして貰ってはいるものの、確実性に欠ける為彼女の事も二課に説明をしておく。

 

そして、必要なやり取りなどを終え、改めて弦十郎から告げられる。

 

「立花響君、国津國次君。君達の力を、対ノイズ戦に役立ててはくれないだろうか?」

 

國次としては、ここまで来ればもはや問われるまでも無い。

だが、と隣の響を見やる。

妹と同じ学年で、まだまだ青春真っ盛りな年頃である彼女に、無情に、無惨に、無慈悲に命が奪われ苦しみと悲しむ、無力感を味わうあの場へ立てと言うのは、國次的には気が引ける。

 

「私の力で、誰かを………助けられるんですよね?」

 

その言葉を聞いて弦十郎と了子が頷く姿が見える中、翼の表情が険しくなっていくのを國次は捉えた。

かつて共に戦った人物の置き土産、それを戦いも知らない少女が纏い、共に戦うかもしれないとなれば、心穏やかにいられないのは無理もない。

 

―――下手すると、あとで大荒れしそうだ……。

 

嫌悪感はともかく、拒絶反応は確実に出るだろう。あの様子からして、前ガングニール所持者の天羽奏との関係は並々ならぬものであることは容易に想像がつく。

故に、良からぬ事になりそうな気がしてならない。

 

國次としては、出来れば自分の様に非日常の世界に飛び込み、戦うのが当たり前になるよりは普通の学生として過ごして欲しいと思う。

……しかしその思いは通じる筈もなく、只の少女だった筈の彼女は。

 

「―――わかりましたッ!」

 

躊躇いを見せる事なく、真っすぐな瞳を向け承諾の言葉を告げ、翼の方へ向き直ると「私、戦います!」と言いながら手を差し出していた。

 

「慣れない身ではありますが、頑張ります! 一緒に戦えればと思います!」

 

よく言えば元気よく、はきはきと。

しかし、あまりにも積極的に命の危険があるかもしれない場へ加わろうという事に対し、前向き過ぎる様の響に、國次は妙な不安を覚えた。

 

―――もし、この後すぐノイズが出たりしたら今にも飛び込んでいきそうな調子だ……出来れば、そうなって欲しくはないけど……。

 

差し出された手から顔を逸らす翼と、口籠りながらももう一度「一緒に戦えれば、と……」呟く響の姿を見ながらそう思うも―――

 

國次の思いを嘲笑うかのように、警報が鳴り響いた。

 

 




なおスケベ発言に関しては國次的には場を和ませることも考えてのモノ。

なので、今後頑なな態度とる方が、優先的に被害を食らいます()


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出来てしまった溝と、相談と、思わぬ来店者

8月に更新できず、お待たせしてしまい申し訳ない(汗)

とりあえず、原作2話ラストから3話のOP明け最初辺りの夜間戦闘のやり取り(ビッキーの発言からの翼さんビンタ)は、あえてカットしました。

作者の腕では、多分あまり変化出せないと思いましたので(汗)



人間関係というものは、ちょっとした発言一つで拗れたりするし面倒にもなる。

 

例えば、本人的には善意で言った言葉が、ビンタを貰う位には相手にとって地雷発言であったりだとか。

その後、碌に会話が成立しないくらいに亀裂が入ったりだとか。

 

 

―――端的に言うと、あの検査結果報告の夜。ノイズ出現を知らせる警報を聞いて翼が出撃し、その後に続く形で響も飛び出したのだが、殲滅後に翼が響にアームドギアを、胸の覚悟を示せと刃を向けるというひと悶着が起きた。

一応、なんとかその後仲裁に駆けつけた弦十郎によって止められた事で双方怪我せずに済んだのだが、その後が問題だった

 

その時國次は変身解除後の反動が残っている為に安静を言い渡され、本部で待機となっていたが、その様子はモニター越しにとはいえ確かに見て、はっきりと聞いていた。

 

弦十郎に泣いているのかと指摘され、この身は剣と鍛えたが故に涙は流していないという翼。

そこへ、自身はまだ未熟で、だからこれから一緒に頑張っていきたいと。

奏さんの代わりになってみせると、響が翼に駆け寄りながらそう言った。

言ってしまったのだ。

 

響本人としては、己の決意を告げたかったのだろう。

しかしそれを聞いた翼の返答は、瞳を潤ませ、怒りや悲しみが混ざった表情と共に放たれた平手だった。

 

無理もない、とその時國次は思った。

それまでの翼の反応からして、天羽奏という存在はツヴァイウィングの相方としてや、シンフォギア装者としての相棒だけじゃない位に大事な存在というのはなんとなく察していた。

特に、響が纏っているガングニールが奏のガングニールと同一と判明した時の反応や、その後ふらつきながら退室した様子から、相当思い入れがあると感じられるくらいに。

 

翼からすれば響は亡き相棒の形見を、命を賭す覚悟も何も持たないまま纏って戦場に現れた、他人だ。

相棒の事を何も知らない他人が、相棒の物だったガングニールを勝手に纏い、それどころか()()()()()()()()()()などと宣ったのだ。

 

……人が誰かの代わりになるなんていうのは、土台無理な話。

響自身はただ役に立ちたいと、思った事をまっすぐ伝えただけなのだろうが、普通その人にとって大切な人の代わりになる等と言われてしまえば、気が立っていた翼の行動も仕方はない。

 

 

 

 

―――そうして、そんな出来事があった夜から既に二週間と少しが経とうとしている頃。

午前中のピークを過ぎた『秋都』にて、目元に薄く隈を、眉間には僅かな皺を作りながらも新たに焼き上がったパンの陳列を行う國次の姿があった。

 

そんな、肉体的、そして精神的にも疲弊が溜まりつつある様な表情を浮かべている原因は、あの夜の響の発言を発端とする現在の翼と響の状況だ。

 

あのビンタの一件以来、完全に二人の間に亀裂が入ってしまったばかりか、どういうわけか國次すらその亀裂に巻き込まれていた。

まず、平時というか二課で顔を合わせた時だが、響が翼に挨拶しても目は合わせないし話し掛けても口を開かない。

國次に対しても、二課合流以前では割と言葉を交わす事もあったが、響の発言があったあの夜以降、必要最低限のやり取りでの会話はともかく、響絡みの会話となると全く相手にされなくなっていた。

 

そしてその弊害は、もちろんノイズとの戦闘でも影響を及ぼしている。

会話も碌にない状態では連携が出来る訳が無く、結果的に翼は一人で戦い、少し前まで戦いとは無縁の生活を送っていた響のフォローは全て國次の担当となり、その分肉体的負担が増えていく。

加えて響が、翼の言うアームドギア……シンフォギアの主武装であり元となった聖遺物の形態や、装者の心象で形成される代物を未だに発現させられていないのが不味いのか、翼の響に対する印象はさらに悪化。

そんな状態が続いて二週間強、亀裂は埋まるどころか深くなっていく一方だ。

 

こんな調子では例え一ヶ月経とうと状況が良くなるという事は、絶対に無いだろうというのは容易に想像がつく。

せめて間に立って仲を取り持ってやらねばと、考えを巡らせるも特に良さげな案は碌に思い浮かばず、じゃあ二課の誰かに協力してもらおうと考えもしたが、翼と付き合いが長い彼らでは翼側に寄った考えで発言してしまいそうな気がするので保留。

 

結果として、翼と響の関係は改善されず、その日数が伸びていくのに比例して國次のメンタルと肉体が只々疲弊していく状況が出来上がっていた。

 

(……どうしたもんかしら)

 

このままでは絶対に碌な事が起きかねない、というか先に此方がストレスで爆発してしまいそうな気がしてならない。

大きく溜息を吐きたい気持ちを抑えながらパンの陳列を終わらせ、厨房に戻ろうとしたところで急に後ろから肩を叩かれた。

思わず振り返ると以前相談に乗ってくれたバイト二人の、金髪貧乳娘の方が普段開いてるかすら怪しい糸目を僅かに開かせて國次を見ていた。

 

「クニちん、なんかヘビーな事でもあったの? 前よりお疲れモードっぽく見えるんだけど」

 

訊かれ、先に周囲に客の影が無いか確かめてから返答する。

 

「あー……ナッちゃんからもそんなに酷く見える?」

「うん、コミケ近いのにネタが全く思い浮かばない時のマルちゃんみたいな顔してたよ?」

 

マルちゃん、あぁ確かこの子の()()さんだったか、などと思い出しながら「そんなに?」と、ナッちゃんと呼んだ糸目のバイトに聞き返す。

 

「そだねー。まあ今度は何で悩んでるか知らないけどさ、相談してくれてもいんだよー?」

「おや、国津さんまた何か悩み事ですか?」

 

そこへ、以前も相談に乗ってくれたもう一人のバイトの眼鏡っ娘が、ラッピングされたラスクをレジ横のスペースに陳列させながら訊いてくる。

國次は腕を組み、唸りながらも「ここはいっちょ、前みたいに甘えさせてもらおうかな?」と考え、思い切って再び相談することにした。

翼や響の事を知らない者だからこそ出せる答えもあるだろうと思って。

 

 

 

 

「ふむぅ……大事な人の形見を偶然手にした女の子が、その大事な人の代わりになって頑張ってみせると言っちゃった、と」

「で、会話や部活での連携も出来ないくらいにその女の子を嫌っちゃってる関係が出来てしまったからそれをどうにかしたい、と。国津さんも大変ですねぇ、知り合いの面倒事に巻き込まれて」

 

以前小説などに例えたように、翼と響の名前、そして二課やシンフォギア関係は『部活』など別の形に例えるなどして「最近出来た知人二人の関係をマシにしたい」と説明。

そして返ってきた二人の感想に苦笑を浮かべた。

 

「んー……あたしからすれば、ビンタしちゃった子の気持ちはわかるし、ビンタされちゃった子の気持ちも分からないでもないかなぁ。ただ、誰が悪いかって話になると、両方かな。人が誰かの大事な人の代わりになれるわけ無いのに、その形見を持っててそう言っちゃったビンタされた子も、意固地になって話し合って分かり合おうともしないビンタしちゃった子も、双方が悪いね」

 

と、ナッちゃん(糸目のバイト)が腕を組んでそう言い放つ。

 

「んー……この場合、時間が解決してくれるっていうのは使え無いし、むしろ悪化させるだけだねぇ……。じゃあ腹割って話すか、ってなるとビンタしちゃってる子がまず話し合いの場に応じないのは目に見えてるし……」

「まあこの場合、まずビンタしちゃった子とコミュニケーション取れる様にならないとどうしようもありませんからね。せめてこう、向こうが会話に参加せざるを得ない状況にでも追い込めれば、いいんですけど」

「会話に参加せざるを得ない状況、かぁ」

 

眼鏡っ子の言葉を反芻するように國次が呟くと、不意に糸目の子が「いっそ弱点でも見つかれば、良いんだけどねぇ。こう、人に言うのも恥ずかしいような……」と言い出した。

 

「いや、そんな都合よく恥ずかしい弱点とかありますかね?」

「わからないよー? 周囲から見て真面目で完璧と思われてそうな人に限って、人に言えない秘密かあったりするもんだし」

 

例えば、掃除が壊滅レベルで出来ないだとか。

料理も碌に出来ないだとか。

絵を描かせたら所謂画伯だったり、とか。

 

そんなありがちな例が挙げられていく中、不意に客の来店を知らせるドアベルが鳴り響き、反射的に三人は音の方がした方へと振り返り来客の対応をしようとして。

 

「いらっしゃ―――」

 

その来店客の姿を見て、國次はフリーズした。

 

(―――天使だ)

 

比喩とはいえ、その姿を見て國次の脳裏に浮かんだのはそれだけだった。

簡単に言えば、金髪の美人で長身且つバランスを損なわないレベルでの圧倒的巨乳。

 

(―――天使だ)

 

そしてその比喩表現が冗談ではない程に、その客は美しかった。

 

腰どころか、下手すると太腿辺りまで伸ばしてありそうな金色のストレートヘアーは、さらさらとしていて光沢が見え、白磁のような肌は肌荒れを知らない滑らかさを保っている。

整った鼻梁や長い睫毛に、縁取られた紅玉の如き赤く輝く瞳、艶を帯びた形のいい薄ピンク色の唇に、彫刻のような完成された形状でありながら圧倒的すぎる巨乳と、全ての要素がまるで芸術品の如く造り物めいた美しさを誇っていた。

 

それでいて、服装は白を主体としたもので構成され、神秘的な雰囲気すら漂わせている。

 

(―――天使だ)

 

もう先程まで悩んでいたこと全てが頭の中から吹っ飛んでしまう位に、目の前の女性客は國次のドストライクであった。

 

「おっと、ラドちゃん今日もようこそウェルカムいらっしゃーい! 今日はいつもより早いね?」

「情報。宣伝片に今日は新規推薦品があると」

「今日のおすすめ…あぁ、アスパラベーコンのエピとお好み焼き風米粉パンですね」

「肯定。双方六個ずつ、飲食は此処で」

「はーい、まいどあり~。イートインで待っててね~」

 

そして國次がフリーズしている一方で、バイトの二人は来店客へ気さくに話しかけ、相手の女性も応じながら目的の品を口にするとナッちゃんに言われるがまま、イートインスペースへ向かい席に着く。

 

―――あれ、二人ともやけに当たり前みたいな感じで接してる……?

 

と、三人のやり取りがまるで、常連とそれへ慣れた様な対応をするやり取りに見えたことに、フリーズから戻った國次は疑問に思った。

割と常連の顔を覚えている方だという自負はあるが、少なくともあんな好みのド真ん中ストライクな美女が常連となっていたのなら、気付かない筈がない。

流石に自分のシフト時間外に訪れていたのなら、把握のしようは無いが……。

 

そこまで考えて、よもやと思い、レジに戻ったバイトの眼鏡女子に音も立てずに近寄り、そっと耳打ちをした。

 

「ねぇアっちゃん、なんかめっちゃ気さくに、まるで常連相手みたいに話してたけどあの美人さんはどういう……」

「―――うひゃぁ!? ちょ、国津さん急に耳元でガチトーンで喋らないでください、っというか息が当たってます顔が近いです気色悪いです一旦離れてください!」

「あぁうんごめんそれであの常連みたいな雰囲気出してた金髪巨乳の美人についてなんだけども」

「だめだこの人話聞いてないし早口になった……。あぁもう、話しますから一旦落ち着いてください離れてくださいっ」

 

言われ、大人しく距離を置いたところでアッちゃんと呼ばれたバイト女子は、金髪巨乳美人の頼んだ品の会計を行いながら、彼女と知り合った経緯を話し始めた。

 

「大体、二週間くらい前のノイズ出現……そうですね、臨海部の工業区画辺り等で出た日がありましたよね? その翌日、国津さんがお休みの日の閉店間近にですね、あの外人さん……ラドさんが店先で行き倒れているのを、学校から帰ってきた鏡花ちゃんが見つけまして」

「チクショウなんでその日シフト入って無かったんだ僕」

「話続けていいですか? ……それでまあ、廃棄予定のパンあげて空腹満たして貰いながら事情を訊いたんですがね? 結構大変だったみたいで」

 

レジ打ちを終え、出てきたレシートを手に取りながら続ける。

 

「どうも探し物の為に来日したそうなんですが、その日出たノイズから逃げる際に財布やら大事な物の殆どを紛失しちゃったそうなんですよ。探しても全然見当たらず、食事や寝泊まりをする為の資金も無いまま一日中街中を彷徨っているうちに、空腹が限界になって店先で倒れちゃったそうです」

「で、他にもなんか訳アリらしく行く当てがないそうでねー? あ、アッちゃんこれお代ー」

 

と、そこでナッちゃんが戻ってきて会話に加わる。

アッちゃんにラドと呼ばれた金髪巨乳の美人から受け取ったであろう代金を渡しながら、イートインスペースで黙々とパンを食べている件の人物に目を向けた。

 

「とりあえず、そのまま放っておくのも可哀想だしあたしの人脈使ってね、話を聞いた『ふらわー』のおばちゃんが当面の間バイト兼居候ってことで、面倒見てくれることになったんだ」

 

曰く、「行く当ても無い上、日本語も不慣れなんだろう? そのぐらいウチで面倒見てあげるよ」と言いながら快く引き受けたらしい。

そして居候兼バイトの生活を始めた翌日に、給料とは別に貰ったお駄賃で『秋都』に通い、連日パンを食べに来るようになったという。

どうやら『秋都』で介抱された際に提供された、廃棄予定のパンの味が大層気に入ったとのこと。

 

「あ、ちなみにクニちんのシフト外時間以外にも、厨房に籠りっきりの時もラドちゃん来てたりするよ?」

「どうしてそれを教えてくれなかったの……?」

「いや教えたら国津さん仕事にならないでしょう?」

「あぁちなみに、同じ理由で『秋都』に居候させる案も速攻で無しになったね。鏡花ちゃんと店長が揃ってクニちんが仕事疎かにしかねないし、って言ってたもん」

「皆僕の事どういう目で見てるの……」

「「金髪巨乳狂い」」

 

チクショウ言い返せない! と思わず叫びそうになったのを堪えながらゆっくりと息を吐く。

確かに、彼女(ラド)を見た瞬間フリーズしてしまう程で、今もこうやって仕事そっちのけで話をしてしまっている以上、反論のしようが無い。

 

(……まあとりあえず、次回からは気を付けないと)

 

自制、大事。そう考えながら、「返す言葉もございません」と言いながらイートインの方へと視線を戻す。

かなりパンが好きなのか、『秋都』の味が気に入ったのか、それとも健啖家なのか。計十二個もあったパンは既に残り四つとなっていた。

……ナッちゃんがパンを提供し、こちらで会話をしだしてまだ二分もたってない筈なのに残り少ないパンの数を見て、その勢いとスラリとしたその体のどこに収まっているのかと軽く驚く。

 

「あはは、驚いた? ―――廃棄パンあげた時は二十個近いパンがあっという間に消えてって、店長やあたしら軽く恐怖したよ」

「……いやぁ、うらやましいですよねぇ。なんであんなに食べて体型が微塵も崩れないんですかね」

「―――いっぱい食べる子は好きだよ、僕」

 

ぶれないなぁ……と、二人から呆れ気味に言われながら見続けていると、不意に金髪巨乳、もといラドと呼ばれていた女性が同じように此方へ視線を向けていた。

もしや今の会話を聞いて気分を害したのでは、という考えが一瞬浮かんだが、女性はイートイン用のトレイ上にある残りのパンを指さして口を開いた。

 

「要望。残りはテイクアウト」

「あ、お持ち帰り……少々お待ちを!」

 

そう言うと國次はレジ下のスペースから持ち帰り用の紙袋を取り出し、ついでとばかりにレジ横に配置してある袋詰めのラスクを手にして、バイト二人を押しのけるように早足で客の元へ行く。

お包みしますね、と一言断ってからまだ包装されたままのパンを紙袋に入れて、ラスクと共に渡すと、女性は表情を一切変えないままパチクリと瞬きをしてラスクの袋と國次の顔を交互に見て、首を傾げた。

 

「困惑。これは頼んでいない」

 

まるで感情を感じさせない、淡々とした声音で発せられた言葉に「これもこれでありだな」と考えながらも返答する。

 

「お客様は二週間前からほぼ毎日、ウチ(秋都)をご利用されているとバイトの子達から伺いましたので。これはその感謝と、今後も御贔屓にして貰いたい故のサービスです」

 

半分は本当、もう半分は好印象を残しておきたいという思いもある。そしてこのまま常連として通い続けて貰い、いずれはお近付きになれる機会を……! 

と、そんな思いを出来るだけ表情に出さないようにしながら、女性の反応を待つ。

 

「…………。感謝、礼を言う」

 

わずかな間の後、表情を変えないまま一礼すると、ラドと呼ばれていた女性は紙袋とラスクの袋を両手で大事そうに抱え、腰下まで伸ばしてある金糸の髪を揺らしながらドアへと歩き。

 

ドアを開けようとする直前で國次の方へと振り返り、ほんの少しだけ口の端をあげた小さな笑みを浮かべ、

 

「感想。美味かった。要望。次も良いパンを焼いてくれ」

「―――は、ハイもちろん喜んで!」

 

あまり変化が無いとはいえ、その確かな笑みに一瞬だけ惚けそうになったのを堪え、頭を下げた。それでも湧き上がる感情を抑えきれず、自身の顔が緩んでいくのを自覚する。

もし今鏡を見たら、気持ち悪いくらい緩んだ顔をしているだろうなと思いながら、女性が出ていくまで國次は頭を下げたままでいた。

 

「……それっぽい理由つけてサービスしているけどさ、確実にお近づきになりたいが故の行動だよね、アレ。鼻の下めっちゃ伸びてるもん」

「まぁあれで好印象稼ごうというつもりなら、笑っちゃいますけど。あ、国津さん、あとでラスク分の金額徴収しますからそのつもりで」

「はーい、おしゃべりする暇あったら仕事に戻ろうねー二人とも!」

 

やべぇ、全然意に介してないこの金髪巨乳好き……! そう呟く二人を尻目に満面の笑みで厨房に戻っていく國次だったが、再び鳴ったドアベルに反応し、反射的に振り返り入口の方へ向いて、挨拶をする。

 

「「いらっしゃいませ!」」

「いらっしゃいませ! ようこ……」

 

バイト二人と僅かにずれるタイミングで挨拶をして、続く言葉を口にしようとした所で、言葉が止まった。

来客の姿に見覚えがあったからだ。

 

「おぉー、記事で見たのよりパンの数もかなりあるなぁ」

 

ここ二週間の間でよく目にするようになった、二課の制服。きれいにセットされた茶髪に、夜間の出撃の際、オペレーション最中に時たまボヤキが入ることがある声。

 

「藤尭、さん?」

「よっ、国津君。出勤前に通り掛かってね、調子はどうかと思って」

 

そう気さくに声をかけてきた新たな来店者は、二課の男性オペレーターである藤尭朔也だった。

 




多分わかると思いますが、金髪巨乳さん、前に出たフード被った「白」の方です。

……ヒロイン、かどうかはまだ未定です(汗)


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