転生!アテナの大冒険 (塚原玖美)
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【1】転生

ある日曜日の事だった。臨時でパートに出る事になり、歩いてパート先のコンビニに向かう途中だった。

トラックが物凄い勢いで突っ込んで来た。

トラックの勢いを見た以降の事は、何も覚えていなかった……

 

どれだけの時間が経っただろう。

真っ暗な空間をただプカプカと浮いていた。

 

どれだけもがいても、歩いたり走ったりしたつもりでも、光は何一つ見つからなかった。

自分の身体すら見当たらなかった。魂だけの存在になったと解った。

 

私はあの時死んだ。

そのことが頭を埋め尽くした。

私がいなくなって、紘一郎はどうするのだろう?千夏はどうなるのだろう?今日のコンビニの仕事はどうなる?

そんな事ばかりグルグルと頭を巡っている。

 

私には鬱病があった。死にたいと思った事なら何度でもある。実際に死のうとしたこともある。

それでも、投薬治療をうけながら必死に心を整理し、ようやく一歩踏み出したところだった。

それが、トラックの衝撃であっという間に死んでしまった。痛みすら感じないまま。

 

やっと、家族3人の生活を大切に出来るようになってきたところだったのに。社会復帰の足がかりにコンビニのパートを始め、幸せに生きようと決めたところだったのに。悩みぬいて過ごした時間は結局何だったのか…

 

当然だが答えには辿りつけなかった。

時間だけが過ぎて行った。

 

どんなにあがいてもこの状況が変わる訳ではなかった。

紘一郎や千夏がどうなったかすら知る術も無かった。

肉体が無い以上、気を紛らわせる手段すら無かった。

途方に暮れるしかなかった。

 

心の中で、ため息を一つ。

そして思いついたのは…”葬式”をすることであった。”自分の”葬式を。

このまま考え続けても生き返るわけでもないだろう。

ならば、心に区切りを着けなければ、精神は消耗するばかりだと悟った。

 

だが、葬式と言っても肉体は既に無い。

祈るしかなかった。

 

”主よ、あわれみ給え”

 

そして、いつしか”眠って”いた。

 

目が覚めては眠った。眠っては目覚めるのを繰り返しているうちに、周囲が暖かい事に気付いた。

その暖かさは心地よく、いつまでも眠っていたい位だった。

私はその心地よさに心を預け、思いの丈眠った。

 

どれだけ眠ったのか、時間の感覚がないので分からなかったが、ある時、目が覚めると魂の形が揺らいだ事に気付いた。

ドクン、ドクン…。心臓の鼓動のようなものを感じていた。暗闇の世界に来てから、このような事は初めてだった。

ドクン、ドクン…。同じリズムの鼓動がもうひとつあった。

そのリズムに合わせて、ちょっと鼻歌でも歌ってみたかったが、どうやって声を出せばいいか分からなかった。だから、心の中で歌ってみた。

ドクン、ドクン…。その音をメトロノーム代わりに、思い出せる限りの歌を歌った。

 

そうして暫く歌った後、満足して、再び眠り続ける時間を過ごした。

 

そうしてグダグダと眠り続けて…。

気付けば、身体があった。手足もまるっきり思い通りとはいかないが動いた。

何とかして身体中を触ってみた。

 

まず、自分は裸であった。そして、水の中にいるような揺らぎを感じた。臍から何か太い紐のようなものが出ていて、どこかに繋がっているようであった。

 

思い当たる事は、ひとつしかなかった。

自分の置かれている環境、そして状態…。それは胎児の姿だった。

 

生まれ変わっていたとでも言うのか?転生って、そんなにサッサとする物なのか?

しかも、私は死ぬ前の…つまり、”前世”の記憶を持っている。

噺にしか聞かないような状況だ。

だからこそ、生まれ変わったとして、再び中途半端な人生を送るのが関の山なのではないか…

混乱していた。考えれば考えるほど、パニックになって手足を思い切り動かした。

 

その時だった。

 

「あっ、動いたわ!」

 

女性の声が聞こえた。聞き覚えのない、けれども何故かあたたかい声。

 

「どれ、俺も触ってみよう」

 

明るい男性の声もした。

 

やっぱり私は今、胎児なのだ。確信した。

暗闇の中にあって、問いかける相手すら存在しない状況に辟易し始めていた事に気付いた時、悪戯心がムクムクと湧いてきた。

今もう一度動いたらまた声がするのだろうか?

もう一度暴れてみた。

 

「おっ、動いたぞ!」

 

男性と女性の声が響き渡る。嬉しそうで、そして楽しそうな声。

彼らの声を聞いているうちに、少々申し訳ない気分になってくる。

こんなウジウジした性格の子供が産まれてくるなんて、きっと考えていないだろう。

子供の声が聞こえて来ない事を考えれば、きっと初産なのだろうし、明るく楽しい家族になりたいと、思っているに違いないのに…

 

すぐにマイナス思考になる自分に、またしても辟易する。

どうせ産まれたって、すぐに身体を自由に動かせるわけではない事くらいは分かっている。

産まれてみて、周囲の環境を見て、それに沿って先を考えていくしかないのだ。

少しプラス思考になった気がして、心が明るくなる。

 

それからは、努めて身体を動かすようにした。

そうすることで、”あの声”を聞くことで、暗闇に堕ちるかのようなマイナス思考から目を逸らせる事が出来るような気がして…

 

ある日の事だった。パチン!という音で目が覚めた。

自分を覆っていた水が頭の周りを通り過ぎる様に急激に流れるのを感じた。

じたばたした所で、蹴っていた壁が近づいているのを感じた。

まさか…いや、間違いない、破水した!

 

「あなた!破水したみたい…!」

 

女性の声がした。狼狽えているような声だった。

 

私は千夏が産まれた時もまず破水した事を私は忘れていなかった。

そして、やはり破水した事への確信とともに、動揺して狼狽えた事を覚えている。

千夏はまだ5歳だったのに…思い出に耽りそうになった。

 

いや、思い出に耽っていたら、死んでしまう!

 

ここで初めて、自分が生きようと思っている事に気づいた。

しょうがない、もう一度位、生きてみるか

 

諦めたような、しかし気軽な気持ちで、誕生に臨んだ。

 



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【2】誕生

「ふぎゃ〜っ」

 

それは自分でも思ってみないほど、小さな声であった。

身体中の力を振り絞ったつもりであったのに対して。

 

眩しくて目を開けていられなかった。

ただギュッと目を瞑って、叫んだ結果が、その小さな声だった。

 

「女の子でございます!」

「お姫様でございます!」

「おめでとうございます!」

 

何人もの声が響く。

 

ちょっと待て、お姫様って…どこのお姫様よ?

男の子に生まれても困るが…あっ、困らないか。

っじゃなくて、どこの国よ?

 

気軽に誕生に臨んだが、その結果、大いに狼狽える事になった。

一般市民で良かったのに、お姫様なんて責任重大じゃないか…。むしろ一般市民が良かった…。

 

そんなことを考えている内に、眩しさに慣れてきたので目を開けてみる。

30歳前後と思しき女性2人の顔が目に飛び込んでくる。

産湯に浸けられて頭の先から足の先まで洗われながら、狼狽えるままに手足をバタつかせ、声を上げる。

が、どんなに混乱していようが、困った顔は見ることが出来なかった。

 

当たり前である。産まれたばかりの赤ん坊が手足をバタつかせながら声を上げているのである。微笑ましい以外の言葉が見当たるはずはない。

 

産湯に浸かった時、私を抱いていた女性が声を上げる。

 

「あら、姫さま、左手の薬指に指輪が…」

 

女性は指輪をはずそうとしてみるが、はずれない。

指に対して小さいわけではない、その指輪がはずれない。

女性は仕方なく、そのまま私のからだを綺麗に洗った。

 

綺麗に洗われて丁寧に拭かれた後、若い女性に抱かれた。そして、自分の意志とは関係なく、乳房に吸い付いていた。

…これが吸啜反射か…

しかし、出産直後では母乳が出る訳はなかった。

お腹は空いてないんだけどなぁ…。そんな事を考えながら、いつの間にか眠っていた。

 

 

「ふぎゃ〜」

 

「はいはい、アテナ、おっぱいの時間ね」

 

私はアテナと名付けられた。

アテナ…

ここは日本ではないな、じゃあ何処なんだろう…。(でも喋ってる言葉は日本語みたいだけど)

 

出産から数日経って、母乳は少しずつ出るようになっていた。

岩のようにガチガチになった乳房を貪った。

まだ記憶に残っている、紘一郎と千夏の姿を思い浮かべながら。

 

げっぷをさせられて、ベッドに横たえられた。

 

ふと思い出して、手足を何とか動かし、顔を横に向けて左手を見る。

薬指にはまっている指輪を観察した。

小さな指にはまっている小さな指輪だが、それは紘一郎と揃いで買った結婚指輪だった。

もう10年選手の結婚指輪、それが生まれた時から指にはまっている事の意味は…?

と、考え始めた、その時…

 

ブリブリブリブリッ!

 

大きな音が鳴った。

 

「あらぁ、アテナ、今度はオムツね」

 

女性…いや、母は不慣れな手付きでこそあれ、嫌な顔一つ見せずにオムツを換える。

うん、まぁ、母親ってそういうものだけど…

精神年齢一応36歳の身としては、オムツを換えられるなんて恥ずかしい事この上なかった。

 

早く大きくなりたいな…

 

この人生では何を経験するだろうか、とか、そんな事はどうでもよかった。

ただ、下の面倒を人に見られない年齢に、一刻も早く到達する事だけが願いであった。

 

 

コンコン…

「入るぞ」

 

明るい男性の声。以前にも聞いた声だ。

父親かな…?

顔をまじまじと見てみる。

若い。下手をすれば20歳にもなっていない、あどけない顔だ。

母の顔も見てみた。

何処をどう見ても女子高生位にしか見えない。

 

そう言えば自分が産まれた時「お姫様でございます!」と、女官らしい女性が言っていた。

父は王なのか王子なのか…

 

などと考えていた時にその答えが聞こえてきた。

 

「父王の決定だ。2週間後に誕生祝いのパーティーを開くぞ」

 

…父はまだ王子か。若いもんな。

 

「私も参加してよろしいの?」

 

「当たり前だ。アテナにも少しだけ出席してもらうからな。」

 

…私も出るのか。まぁ、誕生祝いだからな。主役ってことか。

どうも気乗りしなかったが、どうせ自分で逃げたり隠れたり出来ない事はわかりきっていたので、しぶしぶ諦めた。

 

赤ん坊ってのも難儀なものだな…

 

そう思いながら眠りについた。

 



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【3】満月の夜のパーティー

2週間が過ぎた。

誕生祝いパーティーの日がやってきた。

 

ドレス然とした服装をさせられて、パーティー会場のベッドに横たえられた。

 

「これより、我がパプニカに生まれし姫君の誕生祝いパーティーを始めさせて頂きます。」

 

始まりの言葉が、大臣らしい壮年の男性の口から発せられた。

 

パプニカ?パプニカって言った?

ってことは、ここはダイの大冒険の世界なのか?時間軸は?

ダイの大冒険はかなり読み込んでいたので、”パプニカ”のキーワードで思い浮かぶのはそれしかなかった。

まるで二次創作のようだ、と呆れつつ、呪文の一つでも唱えられるようになるのかと、少し期待が交じる。

 

各国の要人達もパーティーに参加していた。

その中でも特に目をひいたのは、幼稚園児位と思われる2人組の女の子達だった。

 

「かわいいねー」

「うん、かわいいねー」

 

「フローラもこんなにちっちゃかったのかなぁ?ねぇ、ソアラちゃん」

「フローラちゃんもちっちゃかったよ〜」

 

子供たちはきゃあきゃあと話しているが、赤ん坊の頭の中は忙しかった。

 

ん?フローラ?ソアラ?

!!!!!

その2人がまだこんなに小さいとなると…

これから生きる世界は…平和どころじゃないじゃん!

でも、ダイの大冒険にはアテナなんてキャラクター出てきてないし…死ぬの?それとも行方をくらます?

レオナは生まれるんだよね?

私のこの人生は一体どういう人生にすれば良いんだ?

 

狼狽えていると、男性の声が聞こえてきた。

 

「これ、ソアラ、フローラ姫も。あまり大きな声を出すとアテナ姫が泣いてしまうぞ?」

「あっおとうさま〜」

 

あれがアルキードの王か。…もしかしてまだ王子?考えていても答えは出ないが、子供たちは言い訳を始める。

 

「だってかわいいんだもの〜」

「ソアラもお世話した〜い」

「お前たちとの話は後でな。私はアテナ姫のお母様と話がしたい」

 

アルキード王(王子?)がつかつかと母に近づく。

 

「まぁ、なんて他人行儀な言い方をするのです、お兄様?」

「子供にはお前の名は分かるまい、サラ」

「ああ、そういうことですのね。」

 

え???お兄様?じゃあ、ソアラ姫と私は従姉妹にあたるのか?

現状を把握すればする程、整理しきれずに混乱した。

 

考えるのをやめた時、ふと窓から月明かりが見えるのに気が付いた。

 

「あっ、おつきさま!ちーちゃんを守ってくれてるのかなぁ?」

 

ふと千夏の言葉を思い出した。

だが同時に、とんでもない事に気付いた。

 

私は千夏の声をもう覚えていない…

 

あまりの忘却の早さに呆然とした。

気づくと涙を流していた。その涙は止まる事を知らない。

 

誰もが会話に夢中で、主役の筈の、産まれたばかりの姫には見向きもしなかった。

月を眺めながら呆然と涙を流していた赤ん坊に気付いたのは、子供たちだった。

 

「ね〜、赤ちゃん泣いてる〜」

「赤ちゃんて、”おぎゃー”って泣くんじゃないの〜?」

 

ハッと大人たちは振り返る。

 

赤ん坊は、ただ涙を流していた。声もたてず。

その不自然さに、誰もが混乱した。

 

側に控えていた女官が沈黙を破った。

 

「アテナ姫さまはお疲れでしょうか…サラ姫さまも休まれては」

「そ、そうね、そうさせてもらうわ。」

「私めも側に控えさせて頂きますから」

「ええ、お願いするわ、ダマラ」

 

困惑しながら、母は娘を抱きかかえた。

 

「アテナ、おっぱい?おむつ?」

 

母は常に話しかけながら部屋に下がったが、私は1時間以上涙を流し続けた。

心の中で、何かに救いを求める以外、なす術は無かった。

 

繰り返し、繰り返し唱えた。

”主よ、あわれみ給え”

 

そうしていつしか、深い眠りに落ちた…

 



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【4】初誕生

その日は家族がそろっていた。

王も王妃も王子もその妃も、食事以外では滅多に集まりに参加しなくなった王太后(曾祖母)と、アテナの世話役に任命された女官も。

パーティーこそ開かないものの、ご馳走が用意され、1歳になったばかりの私は動きやすいミニドレスを着せられた。

 

生まれた時からはめている(抜けない)左手薬指の指輪は、指に食い込んで来る事がない。私の成長に合わせて大きくなっていっているようだった。

その事には、両親も祖父母も気付いていたようで、食事中にも話題にのぼっていた。

 

アテナは、食事を終えるとその日与えられた積み木に夢中になっていた。

千夏と一緒に積み木遊びをするのは好きだった。だから、つい興奮して、手指を動かす事に没頭していた。

積み木を高く積み上げる。

 

最初は座って積んでいたのだが、次の積み木を積むには自分の高さが足りなくなった。

もっと高く積みたかったアテナは、1歳になったし、そろそろ立てないかな…と考えた。

近くにある台に掴まって立ち上がる。そして、手を離してみる。

 

立てることは立てる。

だが、足がプルプルして立っているのがやっとだった。

思い切って、恐る恐る1歩踏み出してみる。

1歩は出たが、それはよちよち歩きですらなく、転んでしまった。

そして、積み上げた積み木を倒してしまった。

 

(思ったより…痛い)

 

アテナと積み木が倒れる音に、すっかり盛り上がっていた大人たちが振り向いた。

 

「何があったか誰か見てたか?」

「俺は見てなかった」

 

結局誰も見ていなかったという結論に至った。

 

アテナは、前世の記憶や知識を思えば、努力によってもっと色々出来るんじゃないか、なんて事も考えていたが、何かに遮られているかのように、上手くいかなかった。

まぁ、”前世の記憶”やら”遮二無二努力する赤ん坊の姿”など持ち出したら、どんな奇しい目で見られるか判ったものではない。急成長は諦めるしかなかった。

それでも、喋れないだけで疎外感が否めなかったので、寂しい気持ちにもなっていた。

 

ただ、生まれ変わってから、鬱病の症状と思われるような事象はなかった。

やはり脳の病気なのだ、と妙に納得していた。

 

アテナは起き上がり、「あー、あー」などと言いながら家族を呼ぶ。

すると母に抱きかかえられた。

 

「泣かなかったわね、偉い偉い」

 

ニッコリ笑顔に、ニッコリ笑顔で答える。

そして、一緒に遊んでくれとばかりに、積み木に手を伸ばしながら声を出す。

 

母は、ニコニコしながら降ろしてくれた。

そして一緒に積み木を積み始める。

それを家族は微笑ましく見つめる。

 

高くなってきたら、やはりもっと積みたくなる…。

台のある所まで這って行く。そしてつかまり立ち。手を離す。

そこで、暫くバランスを取ってみる事にしようと考えた。

そして手を離した途端…

 

「アテナ、すごいじゃないか!」

 

父が、勢い良く抱き上げた。

あまりにブンブン振り回されて、揺さぶりっこ症候群にでもなりそうな勢いだった。

 

思わず叫んだ。

 

「イヤーーーーーーーーーッ!!!」

 

誰もがその動きを止めた。

そして、次の瞬間、歓喜の声が上がった。

 

「アテナが喋った!」

 

そこにいる全ての大人が喜びの声を上げ、父の手は更に速度を増す。

 

(マズイ!非常にマズイ!揺さぶられすぎてどうにかなりそうだ!)

 

「イヤ!イヤ!イヤ!イヤ!」

 

力の限り叫んだ。

母がハッとしてとっさに叫ぶ。

 

「あなた!アテナを降ろして!」

 

悲鳴にも似たその声に、父の手が止まり、そして降ろされた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」

 

あまりの事に息が切れ、呼吸が整うまでに時間がかかった。

 

「ロイ!子供を強く揺さぶるなんて、いけません!」

「面目ない」

 

王妃…祖母の厳しい声が父を諌め、父は素直に謝る。

素直で真っ直ぐなのは良いことなのだけれど…この父は豪快過ぎるのが玉にキズ。

 

結局、母に抱きかかえられたアテナは体を預けて目眩が治まるのを待つしかなく、それを見た祖母の判断で、祝の席はここでお開きとなった。

 

この祝いの席の終了とともに、母は公務に戻る事になった。

かわって、女官のダマラがアテナの世話役を正式に任命された。

 

ダマラはきちんと世話をし、遊びにもとことん付き合ってくれたが、アテナには目立って早い成長もなく、日々が過ぎていった。

 



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【5】転機:3歳の祝い

ある夜…

 

アテナが夕食を済ませて部屋に戻ると、ダマラが口を開いた。

 

「明日は朝早いですからね、今日は早く寝てくださいね」

「3歳のお祝いの”儀式”をする日だよね!」

「お祝いだけではありません。健康に育つように、祈る儀式でもあります。これが明日の儀式で身につける衣装です」

 

その衣装はパーティーなどで着るような華やかなものとは違う、落ち着いた色の薄手のローブだった。

 

「今日も練習しましたけど、お父様と手を繋いで神前に立つ事になります」

 

まるでヴァージンロードだな、と思った事は秘密だ。

 

3歳のお祝いと健康を祈る…なんて、七五三みたいだな、と思いながら一息ついた。

そして寝支度を整えると、ベッドに潜り込んだ。

 

「おやすみなさーい」

「はい、アテナさま、おやすみなさい」

 

 

次の朝は本当に早かった。

アテナは、朝から風呂で頭の先から足の先まで磨き上げられ、儀式用のローブを着せられた。

 

大神殿までの道のりは、野次馬の民でいっぱいだった。

皆、めったに見られない幼い姫君をひと目見ようと朝早くから集まっていたのだった。

 

「姫君は落ち着いているなぁ」

「うちの子も3歳だけど、こんな”儀式”なんてとても出来るような子じゃないわ」

「やっぱり姫君というのは特別なんだな」

 

噂する声が聞こえてくる。

アテナの場合は姫君だからとか言うのとは違うのだが、そんな事を話せるような相手はいない。

両親もダマラも兵士たちも優しいが、アテナは…前世の事をぶちまけられない以上、自分は孤独なのだ、と思った。

 

だから、他の皆とは違うことを祈ろうと、気持ちを新たにした。

この孤独な気持ちを抱えながら、強く生きていけますように…

 

「大丈夫だよ…」

 

不意に紘一郎の声が聞こえた気がした。

驚いて、ついキョロキョロしてしまった。

 

「アテナ」

 

父の声がして現実に引き戻される。

 

「どうした?心配ないぞ。父さんがついている」

 

そういって父は豪快にニカッと笑った。

 

気を取り直して大神殿を進むと、神官が祈りの言葉を読み上げた。

そしてひざまずいた私に聖水を振りまく。

アテナは祈る。

 

”主よあわれみ給え”

 

すると、床に光の魔法陣が現れた。

 

少々驚いたが、その光はとても気持ちの良いものだった。

とてもあたたかく、心が安らぐのがわかった。

そして、どこからともなく声が聞こえてきた。

 

「私の名はルビス…。あなたが生まれた時に加護を与えた者です…。賢者とバトルマスターの素質、強靭な肉体、強い光の闘気と膨大な魔法力をあなたに授けました…それらの力は…いずれ起こる大きな闘いの役に立つでしょう…自らの力を鍛え…蓄えて下さい…神のご加護が…あなたに与えられんことを祈ります…強く生きて下さい…」

 

光がスーッと引いていった。

 

「何だ、今の光は?」

 

父が動揺した声を上げる。

 

「賢者の洗礼は7歳の儀式の時に行うものの筈だ。神官、どうなっているのか説明してくれ」

 

神官も動揺していた。

 

「わ、私にもサッパリ…。今回は魔法陣を用意していませんでしたので…」

「な、なんだと?」

 

「それよりも、儀式は終わったのですからお城にお戻り下さい」

 

神官に言われて一瞬凍りついた父であったが、落ち着きを取り戻し、神殿を後にした。

 

(あれは儀式とは関係ない光だったのか…

それにしても、ルビスか…

精霊ルビスはダイの大冒険には出てこなかったけど…

ん…でも精霊は出てきたか。

確かヴェルザーを封印するのに精霊が手を貸すはず…

賢者とバトルマスターの素質って…どういうことだろう?)

 

アテナが考え込んでいるうちに城に着いた。

 

「アテナ、大神殿でお前のまわりがピカーッと光っただろう、何があった?」

 

父母に詰め寄られるアテナ。

別の席で見ていた祖父母も駆け込んできた。

 

「光った時、何かあった?」

「えーと…」

 

あまりの剣幕に萎縮する。

 

「なんか声聞こえた…女の人の声みたいだった…なんか難しい事言っていなくなっちゃった…。なんだったのかなぁ?」

 

それを聞いて皆、顔を合わせる。

 

「女性の声か…」

「何て言っていたのか、言える?」

 

大人たちはまた詰め寄る。しかし現状、アテナはあの言葉の意味が今一歩理解出来ていない。それに、全てぶちまけてしまったら、迫害されかねない。そんな恐怖から、話すことは出来なかった。

 

だから、「わからない」という他なかった。

 

ひとしきり議論した後、3歳のお祝いにと父が部屋において行ったのは、山のような数の絵本だった。

 

「ダマラに読んでもらいなさい」

 

そう言うと父母も祖父母も自室に戻っていった。

 

その日はつい色々考えて、アテナはボーッとしていた。普段なら自分でやる事も、全てダマラ任せだった。

誕生日祝いのパーティーも開かれたが、心ここに有らず…だった。

 

「強く生きて下さい…」

 

その言葉が、こだまするように心に響いていた。

 

その日から、今まで成長の努力を妨げていた力が消えたように、アテナは急に体が軽くなり、遠目が聞き、耳も良くなった。アテナはかなりおてんばになった。

登れるところはどこでも登る。走るのも速くなり、4歳になる頃には、ダマラ一人では面倒見切れない程であった。

 

そこで城仕えであった兵士も一人、警護役を兼ねて世話役に任命された。

 

「新たに世話役に任命されました、バダックでございます。」

「バダック、よろしくね」

 

しっかりと手を握り、笑顔で互いを見つめ合った。

そして、その日から、バダックがアテナの遊び相手を務める事となった。

 

が…。バダックは小さな姫の遊び相手に四苦八苦していた。

なぜならその姫は…目を盗んでは脱走して木登りなどをしていたからである。

 

「姫〜!下りてきてくだされ〜」

「バダックも登っておいでよ〜」

 

バダックの心労をよそに、アテナは生きることを楽しむようになっていた。

 

 



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【6】子供たちの休日

昨日から、アルキード王国のソアラ姫とカール王国のフローラ姫がパプニカに遊びに来ている。

 

「私たちの事は、”お姉さま”って呼んでね」

 

”お姉さま方”はニッコリ笑顔でそう言った。

 

こうして見ると、ソアラは千夏に似ているような…

じっと見ていると、ソアラが不思議そうな顔をして聞いてきた。

 

「どうしたの?遊びたくない?」

「ソアラちゃんの顔に何か付いてる?」

 

フローラも不思議そうな顔をしている。

 

「なんでもない…遊ぼ。」

 

そう言って中庭に案内した。

 

「追いかけっこしたい!」

「じゃあ、鬼ごっこね」

 

すっかりお姉さん気取りの二人だが(実際お姉さんだけど)、実質アテナがが子守役だ。

ひとしきり鬼ごっこをしたところで、”お姉さま方”は疲れたようだったので、遊びの内容を変えることにした。

 

「絵本読んで」

 

幸い、3歳の誕生日祝いに山ほど絵本を貰ったので、時間を潰すには調度良かった。

 

「良いわよ」

「じゃあ、アテナのお部屋に行こうね」

 

そうして”お姉さま方”に延々と絵本を読んでもらったのだが、全てが英雄の武勇伝もしくはお姫様が王子様の波乱万丈な恋物語だった。

そして絵本に書いてある文字は日本語だった。

 

(どうして名前だけカタカナの横文字なんだろう…?)

 

そんな事は、まだ子供である”お姉さま方”に聞いても分かる筈もなく、むしろ3歳で文字がバッチリ読める事を隠さないといけなかったので、アテナは大人しくしているしかなかった。

本当はもっと難しい本とか、先日の儀式の時の”ルビス”の声の事もあるから魔道書とか、そういう本を読みたいのに…なんて事は尚更口に出せなかった。

 

一通り読んだ頃には夕方になっていた。

 

「アテナさま、ソアラ姫さま、フローラ姫さま。お食事の時間です」

 

ダマラが入ってきたので少しホッとした。

 

「今日はソアラ姫さまとフローラ姫さまもいらっしゃってますから、ご馳走ですよ」

「ご馳走だって」

「行こ行こ」

 

ダマラの言葉に2人のお姫様はニコニコしながら立ち上がる。

アテナも立ち上がって、黙って付いて行く。

 

食堂にはいつもより豪華な、しかしパーティーの時よりは質素な、そんな食事が並んでいた。

 

「私にんじん嫌いー」

「私ピーマン嫌いー」

 

お姫様達は好き嫌いも多いらしい。

なんとなく、2人がすっかり意気投合してしまっているので、間に入りづらいアテナは黙々と食事をしていた。

 

「絵本いっぱい読んだから疲れたんじゃないのー?」

 

なんて言われても…これは体が疲れたと言うのではなく、気疲れだ。

出来るだけ、常に口の中に食べ物を入れて、喋れないようにする。

 

「アテナさま、慌てて食べない方が…」

 

ダマラに言われてしまったので、仕方なく一息つく。

実際、黙々と食べていたのでもうすぐ食べ終わってしまう。

 

「ソアラお姉さま、フローラお姉さま、絵本を読んでくれて、ありがとう」

 

お礼だけは言って置かなければいけない。

これも、”お姉さま方”を立てるためだ。

 

「ちゃんと”ありがとう”が言えるなんて、いい子ねー」

「えらいえらい」

 

誉められたので、一応ニッコリ笑顔を返す。

さすがに子供2人の相手は疲れる。

 

が…

自分が生きていれば、この年頃の千夏も見れたはずだった、と思うと、アテナは複雑だった。

 

(自分は彼女たちの成長を見ているわけではない。

育てているのはそれぞれの両親やお付きの者達であって自分ではない…)

 

アテナは、なんとなく寂しくなって、俯きながら残りの食事を平らげた。

 

「アテナさま、疲れましたか?」

 

ダマラに聞かれて、正直に答えるが吉と直感的に思ったが、強がっていた方が良かったかも知れない。

 

「うん…」

「では、少し休んだら、お風呂に入って寝ましょうか」

「うん…」

 

(いつまで”前世”の事を引きずっているのか…)

 

情けなくなってくると同時に、千夏に逢いたい気持ちがつのってくる。

だめだ、なんとかして浮上しなくては…と、そう思ったが、思いは止められなかった。

 

ポロポロと涙が落ちる。

拭っても、拭っても、止まることなく…

 

(2人のお姫様達には泣いている所ばかり見せている…)

 

そんな事を考えながら、暫く泣き続けた。

 

その後…2人のお姫様、特にソアラ姫は従姉妹という事もあって良く行き来する間柄となった。

 



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【7】欲望は叶えられず

窓から陽の光が差し込んで、アテナは目が覚めた。

ベッドから起き上がり、今日も座ったまま手を合わせ、目を閉じる。

 

”主よあわれみ給え”

 

紘一郎と千夏の姿を思い浮かべる。

思い出せる紘一郎と千夏は歳もとらなければ成長もしない。

それでも、この”祈り”の時間はアテナの大切な時間だった。

 

目を開いて笑顔を一つ作る。

 

今日は起きるのが少し早かったらしい。ダマラはまだ来ない。

まあいいか、とベッドから下り、顔を洗って着替える。

脱いだものを綺麗にたたんで、籠に入れる。

お手洗いを済ませ、部屋に戻って一息つく。

 

椅子に腰掛けた時、ダマラがやって来た。

 

「アテナさま、おはようございます。」

「おはよう、ダマラ」

「あら、もうお支度が終わっているのですね」

「うん」

「お食事の時間まで少しありますから、のんびりしましょうか」

「うん…」

 

窓の方へ行って外を眺めるアテナ。

 

「どうしましたか?絵本、読みませんか?」

「ん〜、街に出てみたいな、と思って」

 

城から脱走して木登りなどを楽しんではいたが、街には出たことがなかった。

 

「王様やロイさまに聞いてみないと…私が勝手に良いですよ、とは言えないのですが…」

「そうだね、お父さまに聞いてみる」

 

そう言って、また窓の外を眺める。

 

「アテナさま」

「そろそろ時間だね。食堂に行こうか。」

「はい」

 

食堂にはまだ誰も来ていなかった。

仕方ないのでいつもの席に座ると、父と母がやって来た。

 

「お父さま!お母さま!おはようございます!」

「おはよう、アテナ」

「おう、おはよう、アテナ。今日も元気いっぱいだな」

「お父さま、お母さま、お願いがあるんだけど…」

「お願い?なぁに?」

 

「街に出てみたいの!」

「!!!!!」

「窓から見える街が、いつも賑やかで、楽しそうで…。行ってみても良い?」

 

両親がビックリしていると、祖父母がやって来た。

 

「聞こえていたぞ。アテナ、街に行きたいのか?」

「うん、おじいさま」

「うむ…」

 

祖父は暫く考えてから言葉を発しようとした。

その次の瞬間、兵士が駆け込んできた。

 

「王様!コロネの町がモンスターの軍団に襲撃されました!」

 

その表情はとてつもなく固い。

 

「またか…」

「トルガ村、カナンの街に続いて襲撃に遭うのはこれで3度目でございます」

「うむ…」

 

王は再び考えて言った。

 

「第5軍隊をコロネの町に送れ。生き残りの町人を保護し、食料も充分に与えるように取り計らえ」

「かしこまりました!それでは失礼致します」

 

兵士は一礼して退室した。

 

「アテナ」

「はい」

 

一呼吸おいてから、王は申し訳なさそうに言った。

 

「町は危ない。城の中であればお前を守れるが、街に出て何かあっても守ってやれない。悪いが諦めてくれ」

 

モンスターが城下町を襲ったことはないが、それでも万が一の事は考えなければならない。

王の判断は間違っていないだろう。

 

悔しい気持ちを抑えるのに一苦労したが、それでも諦めるしかなかった。

 



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【8】5歳の祝い

今日は5歳の誕生日。

ということで、今回も大神殿で儀式を行った。

 

今回の儀式でも魔法陣などは用意されておらず、件の”ルビス”も現れなかった。

 

5歳の祝いの品として、可愛らしい髪飾りを父から贈られた。

 

そして、5歳になったので勉強を開始するとのことである。

かな文字の練習用及び計算の勉強用の本とノート、ペンも与えられた。

 

それからもうひとつ。

3歳の時の、光の魔法陣の事もあってか、これは特例らしいのだが、回復系の呪文の教師も付けてもらえる事になった。

5歳でいきなり攻撃呪文は確かに危ないが、回復系なら害はない、という判断らしい。

簡単に読める入門書も与えられた。

 

誕生日当日はパーティーも開かれて忙しいので、勉強は翌日からとなる。

 

パーティーには仲良しの姫君2人も参加してくれた。

国同士の交流の場を兼ねている事もあり、諸国の王や貴族達も招かれていた。

各国モンスターに襲撃された村や街はあったが、この頃は小競り合いで済んでいた。

それでも各国の要人達は警護の兵を連れて来ていた。

 

「アテナ、5歳のお誕生日おめでとう」

「これ、プレゼント」

 

ソアラからはブレスレット、フローラからは白い貝殻のイヤリングをもらった。

 

「ありがとう、ソア姉、フローラお姉さま」

「あっ、ソアラちゃんだけ愛称みたいになってる!ずるい!」

「ずるい?でも従姉妹だし…」

 

ちょっとした言い争いに発展する子供たち。

ここで大喧嘩になっても困るので、提案する。

 

「フローラお姉さまも、何か愛称みたいなの考えて良い?」

「考えてくれるの?嬉しい」

 

さて、ここで何と呼ぶ事にするか、色々考える。

フローラと言う名前はとても綺麗な名前だが、”ソア姉”に倣って”フロ姉”にするのは、ちょっとピンとこない。

また、”フローラちゃん”にしてしまうと、”姉”が入っていない事でこれまたソアラとの扱いの違いが出てくるようで…

 

うーん、と考えた時にピコーンとひらめいた。

 

「ロラ姉、でいい?」

「あっ、それかわいい!」

 

「じゃあ、ロラ姉、に決まりね」

 

何とか喧嘩にならずに済んで安心したところに、タイミングを見計らっていたダマラが声をかけてくる。

 

「姫さま方、お料理を召し上がられてはいかがでしょうか?」

「あっ、そうだね、今日はパーティーだからご馳走だもんね。」

 

子供3人顔を見合わせたところで…

 

「じゃあ、行こ、ソア姉、ロラ姉」

「行きましょ」

「うん、行こ行こ」

 

そうして食事の席に着く。

パーティーと言っても会議のような立ち位置ではなく、お祝いなので立食パーティー。

ワイン片手に語らいあう者達、踊る者達…

 

子供たちは、アテナがまだ5歳という事で、隅の方に場所を用意してもらい、テーブルについて食事をした。

食べながら、子供たちとは言え姫君の集まりなので、会話はこれから始まる勉強の話題で盛り上がった。

一番年上のソアラが話し始める。

 

「絵本、自分で読めるようになったかしら?」

「うん、読めるようになったよ」

「じゃあ書く練習からお勉強ね。明日からでしょう?」

「うん」

「頑張ってね」

「はい!」

 

呼び方がフランクになったせいか、以前より2人の間に入りやすくなっていた。

フローラも、加わる。

 

「呪文の勉強もするんでしょ?私は5歳の時はまだ教えてもらえなかったから、ちょっと羨ましい気も…」

「回復系だけだけどね。攻撃呪文は危ないからまだ駄目って、お父さまに言われた」

「それでも、嬉しいでしょ?」

「もちろん嬉しい」

「じゃあ良いじゃない。転んでも自分で治せるようになるわけだし」

「うんうん」

 

(フローラは「ずるい」と「羨ましい」ばかり言っている気が…)

 

なんてソアラとアテナがヒソヒソしていたら、カール王アランが声をかけてきた。

ずいぶん年老いた王様だ。

 

「これ、フローラ」

「はい?お父さま?」

「ずるい、うらやましい…ばかりではお前の将来は不安だ」

「あ…ごめんなさい」

 

ひとときの沈黙が訪れる。

 

「国に帰ったら、言葉の使い方をしっかり叩き込んでやるからな」

 

そう言い残して、カール王はパーティーの雑談に戻っていった。

 

「お父さま、最近厳しいのよね…」

 

とフローラがぼやけば、

 

「あなたも来年には10歳でしょ、厳しくなるのは当たり前よ」

 

とソアラが言う。

ソアラの話によると、10歳になると国政についての勉強が始まり、公務にも少しずつ参加しなくてはならないらしい。

当然、公の場では言葉遣いにも気を配らなければならない。

だから、口調だけではなく、あまり良くない言葉は使ってはいけない、癖になるから、とのことだった。

 

もちろん、アテナはそのようなことは分かっていて、でもまだ5歳だから丁寧にしていないだけだ。

 

そんな事を話していると、今度はアルキード王カインがやってくる。

アルキードの王は2年前に代替わりしていた。

 

「ソアラ、お前も子供たちばかりで集まっていないで、きちんと挨拶回りしなさい」

「はい、父上」

 

ソアラは立ち上がり、じゃあね、と目配せして行ってしまった。

残ったのはフローラとアテナの2人。

と、側で話を聞いているだけのダマラ。

 

「そっかー、ソアラちゃんは、私より2つ上なんだよね。10歳過ぎるとああなるのか…」

 

フローラは、なんとなく気になったのか、しばらく人々の様子を眺めていた。

 

アテナも同じように人々を眺めながら、おそらくフローラとは違う事を考えていた。

カール王は、痩せ気味のように見えた。あまり酔っ払っているようにも見えなかったので、酒もほとんど飲んでいないように感じた。

体調が少し悪いのかもしれない。

フローラは病弱な父に代わって若くして国を治める立場になる…というのが、これ言っちゃなんだが”原作”の流れだ。

 

私はどうすれば良いのか…私の計算では、10年ほど経てばレオナ姫が生まれる…はずなんだけど、まだ生まれていない姫をアテにするのも何か違う。

かといって、もし彼女が生まれれば、国政に向いているのは彼女の方だろう。

 

「…」

 

考えても答えは出ない。

変な言い方だが、私は一度死んでいる。

ならば、自分の意志に忠実に生きるのも手だ。

 

パーティーは盛り上がっていたが、テーブルに残された二人の姫は、それぞれの事情でなんとなく心がモヤモヤして、そしてお開きとなった。

 



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【9】呪文のトレーニング:やり過ぎた結果

パーティーの翌日から、”姫君のお勉強”が始まった。

が、正直言って、かなの書き取りと計算は出来るか出来ないかの確認だけとなってしまった。

 

教師は感心しているようで、次の教材を用意するのに本を見繕う事となった。

城の図書室の本を利用させてもらい、簡単な小説と、少々複雑な計算問題集を使わせてもらう事になった。

 

アテナは呪文の授業が一番楽しみだった。

先生は子供にもわかりやすいように説明しようとして、まわりくどい表現になっていたが、一通り文字が読める事は確認済みだったので、その本をよく読んでおく事を条件に、早速いくつかの呪文を契約した。

 

と言っても、1日目なので、契約したのは、ホイミとキアリーだけだった。

 

そして2日め、先生を伴ってベルナの森へ出かける事となった。

森には傷ついた動物達がいくらでもいるので、ホイミとキアリーの実践にはちょうど良かった。

 

先生は出来るまでトコトン!という位のマイペースさを期待していたようだったが、あっという間に使えるようになった。

じつは、1日目に本をしっかり読んだので、自分で基礎の瞑想の仕方をマスターしていた。

昼寝したと見せかけ、また、もう眠ったと見せかけ、ダマラが部屋に居ない時を見計らってトレーニングしていたのだ。

ついでに言うと、簡単な本にはほんのいくつかの呪文の契約法しか載っていないのだが、図書室を自由に使っていい、と王が優しい気持ちで許してくれたので、難し目の魔道書を拝借しておいた。

 

だから、夜明けに合わせて窓から木を伝って脱出し、人の居ない場所を見つけて勝手に契約した。

 

自分で契約したのは…

 

ベホイミ、ベホマ、キアリク、リレミト、ルーラ、トベルーラ、ラリホー、レムオル、トラマナ、インパス

 

魔法力足りなくて使えない呪文もあるけど、ホイミとキアリーが出来るようになっても、しばらくは座学と瞑想だけの授業を行うと先生から釘を刺されていたので、まあバレないだろう、と踏んだ。

 

実際、呪文の授業は週に2回と少ないので、授業で瞑想するようになってからは、とにかく暇を見つけては瞑想した。

もちろん体力づくりもしたいので、バダックを捕まえては追いかけっこ、木登り、ボール遊びと、許されている外遊びは一通りやっている。

ちなみに、木登りは最初は怒られていたが、もう諦めたようで何も言われない。

 

とにかく、ベルナの森での実践訓練で魔法力の動かし方がわかってきたので、瞑想しながらとにかく魔法力を体の中で動かし続ける事で、魔法力は1ヶ月もした頃にはだいぶ上がっていた。

 

そこで、明け方にこっそり追加でレミーラを契約しておき、夜中に部屋から抜けだした。

 

ベルナの森の真ん中に1箇所だけ平地があるので、そこに体を下ろした。

モンスターが暴れている今、迂闊に森に入るのは危ない事くらいは分かっているが、1度”死んでいる”身としては、死ぬことなど怖くなかった。

 

その平地に腰を落ち着け、呪文の契約をしまくった。

 

メラ、メラミ、メラゾーマ、ヒャド、ヒャダルコ、ヒャダイン、マヒャド、バギ、バギマ、バギクロス、ギラ、ベギラマ、ベギラゴン、イオ、イオラ、イオナズン

 

全て契約出来た。

 

調子に乗って、ザオラル、ザオリク、ザメハ、マホトーン、フバーハも契約を済ませた。

 

こんなに色々契約出来るなんて…”神のご加護”なのかな?

 

と考えていたら潜んでいたモンスターの群れに襲われた。

 

なんとか契約した呪文を駆使してモンスターを撃退したその時、朝日が顔を出していた事に気付いた。

 

マズイ…抜けだしたのがバレる…そう思いながら、レムオルで姿を消し、トベルーラで城まで戻り…自分の部屋を窓から覗き込んだ。

 

ルーラじゃなくてトベルーラで帰ったのは、ルーラだと着地音でバレるから。

 

何とか間に合ったようで、急いで着替える。寝間着のまま出かけたのは正解だった。幸い、雨も降っていなかったので靴も汚れていない。

 

着替え終わったところにダマラが入ってきた。

 

「アテナさま、おはようございます」

「おはよう、ダマラ」

「お食事の支度出来ていますよ。」

 

はーい…と返事をしようと振り返ったところで、私は強い睡魔に襲われて倒れてしまった。

 

「アテナさま!?」

「アテナさま、アテナさま…」

 

薄らいでいく意識の中で、ダマラの声がこだました。

 

目が覚めた時、既に夕暮れになっていた。

眠っている間、医師も来たらしい。疲労が溜まったのであろう、との診断から、呪文のトレーニングは瞑想も含めてしばらく禁止、座学のみ、と決定されていた。

 

王も様子を見に来ていた。

そこへ兵士が申し訳無さそうにしながらやって来た。

 

「なんだ」

「はっ、ベルナの森の窪地に盗賊がアジトを構えようとした所にモンスターの群れが大群で襲いかかったようでして…」

「ベルナの森の窪地?確かにあそこはアジトを構えるには丁度良い場所ではあるが…なぜ大群で襲われたのか…」

 

思わず目をそむけるアテナに気付かない王ではなかった。

 

「アテナ、おまえ、何かやったか?」

「…」

 

そんな質問に答えられる訳がない。

 

「いえ、何も…」

「そうか」

 

そう言って王は対策を立てるために兵士とともに去っていった。

 

結局アテナには、無茶をしないようにと、見張りとして女官2人を新たに付けられてしまった。

そんな事だから、当然外遊びも規制。

 

しかし、その後体調を崩す事はなく、1ヶ月程で外遊びは解禁となった。

案外甘い…と思ったが、呪文のトレーニングを再開したのは半年ほど後の事だった。

 

せいては事を仕損じる…そんな言葉が身にしみた期間であったのは言うまでもない。

 

時々見張りの女官が居眠りしているのを見た時に、こっそり瞑想をしていたのは秘密だ。

 

 

 

 



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【10】左手薬指の指輪の正体

実は、アテナは、インパスが使えるようになったら調べて見たいものがあった。

それは、生まれたときからつけていて、外れることのない、左手薬指の指輪。

 

見た目は明らかに紘一郎とお揃いであつらえた結婚指輪だが、なぜ生まれたときからはまっていて、なぜ外れないのか、何か特殊な力が備わっているのかどうか…

それが気になって仕方なかった。

 

たまたま1人きりになった時、試してみることにした。

 

指輪に右手をかざして唱える。

 

「インパス」

 

青い光とともに、情報が流れ込んでくる。

 

”守りの指輪

前世の記憶のある程度の保持、ステータス異常をはねのける(毒・麻痺・瘴気・眠り・幻惑・混乱・即死)、魔力と闘気を増幅する、と言う力を持っている。また、祈りが直接神に届く、契の証でもある。

リングの裏側に群青色の小さな宝玉がひとつはまっている。”

 

(え…なにこれ、超チートなアイテムじゃん)

 

アテナは混乱したが、リングの裏側にはまっている群青色の石には覚えがあった。

それは、まさしく結婚指輪の裏側にはまっていた、9月の誕生石、サファイアだった。

紘一郎と自分の誕生日が、ともに9月だったのでサファイアにしたのだ。

 

実は、希望に沿う結婚指輪を探していた時に、結婚したら常につけるという事を前提に、石のついていない指輪を探していた。

男性の指輪には石がついていなくても、女性用には(お揃いでも)何かしら石(たいていはダイヤモンド)が表側についていて、破損することを恐れていたため、石のついていないものを探すのは苦労した。

 

たまたま町田のマルイにある指輪の店を見ていた時に見つけたもので、石は要らなかったのだが、裏側に無償で付けますよ、と店の人が言うので、ほぼ渋々付けたのが、そのサファイアだった。

 

結婚式の翌朝に指輪が外れていて、ベッドの上をひたすら探しまくった事などを思い出しながら、暖かい気持ちになりつつ、祈った。

 

(紘一郎と千夏が、幸せに暮らしていますように…。主よ、あわれみ給え)

 

その瞬間、50を目前にした頃らしい男性と、小学校高学年頃らしい女の子の姿が心の中に映し出された。

男性は、少し老けているが、間違いなく紘一郎だった。

 

(…じゃあ、あの女の子は…)

 

見ると、2人は杉並木の参道を仲良く歩いている。

 

「お父さん、待ってー!」

「千夏、大丈夫か?少し休もうか。ほら、お茶でも飲みなさい」

「ありがと」

 

その様子を見ていたアテナは、涙がこぼれ落ちるのもそのままに、あたりを見回した。

 

(この参道は…戸隠神社の奥社…?)

 

まだ千夏が小さい頃、参道の奥が険しいことを考慮して、千夏を保育園に預けて夫婦でよく参拝していた。

千夏は疲れるとすぐ抱っこをせがむ子だったので、連れて行くことは体力的に無理だった。

10歳くらいになったら連れて来たいね、なんて話していた事はよく覚えている。

 

(ああ、2人は私のことを覚えてくれている…)

 

そう思っただけで心が暖かくなるのを感じた。

 

2人には自分の姿など見えていないのを承知で、2人の後をついて行った。

 

登りきった時、空に彩雲が見えた。

初めて登った時に見た彩雲と同じで、眩しくて目を開いて居られなくなった。

思わず目を閉じた。

 

その瞬間、急に暗くなったと思ったら、女性の声が聞こえてきた。

 

「アテナさま、アテナさま…」

 

目を開くと、そこは自室のベッドの上だった。

 

「アテナさま、そろそろ夕食の時間ですよ」

 

アテナはボーッとしていた。

 

(夢…だったのか…)

 

やけにリアルな感覚が残っていた。

あの彩雲の、目に滲みるほどの眩しさ…

まだ目がチカチカしていた。

 

「アテナさま、大丈夫ですか?」

 

ハッとして女性の方を向くと、心配そうにダマラが覗き込んでいた。

 

「大丈夫。夢見てたみたい…」

 

アテナは起き上がり、サイドボードに置いてあった水を1杯、ゆっくり飲んだ。

 

「夕食に行きましょうか」

 

笑顔でそう言ってベッドから下りた。

 

紘一郎と千夏は元気でいる…。

そう思うだけで、心から安心した。

きっと大丈夫…。そんな、根拠のない幸福感に満たされていた。

 



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【11】兵士たちに混じって

城の訓練場では、毎日朝早くから兵士達が訓練を行っている。

走りこみ、剣の素振り、木刀を持っての練習試合…

外遊び出来ない間、見学だけという条件で父が良く連れて行ってくれていた。

 

外遊びが解禁になってからは、自ら足を運び、剣や木刀は重いので木の枝を使って勝手に真似ていた。

 

「誰に似たのか、こんなにおてんばになって。」

 

そう言って、父はニカッと笑った。

 

そして、ナイフ程度の小さい木刀を、わざわざ用意してきた時は、祖母に呆れられていた。

 

「まったく、女の子に木刀なんて…」

「大人しくしているのは性に合わんのでしょう、木刀じゃ切れないから大丈夫ですよ」

 

父は反省する気配はないらしい。

まったく、この豪快な父にはいつも驚かされる。まさかわざわざ木刀を用意してくれるとは…

 

もっとも、父も子供のうちから木刀を何本も折ったと、武勇伝のように語っていたので、この親にしてこの子あり、と言ったところか。

 

兵士たちに混じって素振りをしていたら、見ていられなかったらしい少々神経質な兵士が、素振りの指導をしてくれた。

 

3ヶ月程でほとんどの訓練についていけるようになっていた。

父が新たに用意してくれた、少し長くなった木刀を振っていた。

 

すると、父がとんでもない事を言い出した。

 

「アテナ、父さんが稽古つけてやろうか?」

 

ええええええーーーーーーー???

と、兵士たちがざわつく。

それもそうだ、姫君に剣術の稽古をつけるなど、聞いた事がない者達ばかりだった。

しかもまだ6歳の姫君である。

またたく間に、好奇の眼差しに囲まれた。

 

「まあ、初めてだしな、手加減してやるから。どうだ?」

 

父は本気のようだ。

 

「わかりました、よろしくお願いします」

 

そう言ってアテナは木刀を構えた。

 

「やーっ!」

 

打ち込むが木刀で払われる。

打ち込んでも打ち込んでも払われる。

向こうのほうが木刀も長いのでなかなか懐に入り込めない。

 

打っては弾かれ、打っては弾かれる。

 

もちろん、6歳の女の子が力で父親に勝てるはずがない。

結局、一度も隙を突く攻撃は出来なかった。

 

それでも父は、娘が剣を振る姿を気に入ったらしい。

それから毎日のように稽古をつけてくれるようになった。

 

1ヶ月後には、新米の兵士と練習試合をさせられるようになった。

 

新米といっても15〜20歳の青年を相手に、6歳の少女が敵うはずがない、と兵士達は思っていたようだが、アテナを相手に勝てる者はほとんどいなかった。

 

それからは、毎日誰かしらに頼まれて練習試合をした。

まるで道場破りのようであり、勝ったものは喜びを顕にし、負けたものは大いに悔しがった。

 

そんな練習試合も訓練になり、アテナは更に強くなり、兵士たちの士気も上がっていた。

 

そのうち、誰かが

 

「アテナ姫さまを寄せ付けないロイ王子はかなり強いのでは…」

 

と言ったのを皮切りに、父にも次々と兵士が挑んだ。

結果、父に勝ったのはバダックだけだった。

 

誰かがバダックを”パプニカ一の剣豪”と言ったのを耳にした。

そして、誰かが”まぐれだろ”と言ったのも耳にした。

 

訓練の様子を観察していた父は、言った。

 

「呪文のトレーニングもそろそろ本格的にやってもらうか。もう大丈夫だろう」

 

アテナはウンウンと頷きたかったが、一晩で契約しまくった無謀を告白せねばならないと気づいてバツの悪い顔になる。

だが、こっそりトレーニングしていた事はすっかりバレていたらしい。

 

もっとも、ある程度の能力のある賢者が指導してくれていたのだから、魔法力が上がっている事に気付かないわけがなかった。

 

こってり叱られたが、その後はトレーニングに熱が入っていった。



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【12】7歳の祝い

夜明けと時を同じくし、身支度を整える。

今日はアテナの7歳の誕生日。

 

大神殿での儀式と、パーティーが行われるため、城中の者たちが朝から慌ただしく準備していた。

 

大神殿での儀式では、今回は”賢者の儀式”として魔法陣も用意されていた。

この魔法陣は慣例によって行われていたもので、賢者の素質があってもなくても7歳の祝の儀式として行われるものだった。

 

いつもの事だが、城下町の者たちもお祭りのように集まっていた。

今回は7歳という事もあり、装飾品も着けられていたので、民衆たちはその美しさにため息を…ついたらしかった。

儀式の時にしか見る事の出来ない姫君を、こぞって見に来るので衛兵達は大変である。

 

大神殿に入場、儀式が始まる。

 

神官が祈りの言葉を捧げ、魔法陣に向かって唱える。

 

「この幼き王女に神の御心を与え給わん」

 

魔法陣が光り輝く…

この光によって神の祝福を受け、賢者として認められる…

という建前になっているが、アテナはすでに神の加護(?)を得ている。

 

魔法陣は大きな光を発し、そして消えた。

 

儀式は今回もつつがなく終わった。

 

自室でパーティー用のドレスに着替え終わったところに、父がやって来た。

 

「アテナ、これは父さんからの特別なプレゼントだ」

 

そう言って渡されたのは、鍔に黄色と橙の宝石があしらわれた、美しい剣であった。

よくよく見れば、訓練で使っている木刀と同じくらいの長さであった。

 

「ベンガーナで一番と噂の鍛冶屋に造ってもらった剣だぞ。パプニカの金属を持ち込んで特注であつらえたんだ。感謝しろ!」

 

柄の部分に何やら書いてある。

 

”この剣をアテナ姫に献上仕る ジャンク”

 

なるほど、特注だ。

あれ?ジャンクってどこかで聞いた名前だな…なんでだろう、思い出せない…

まあ、それを考えるのは後にしよう。

 

「お父さま、ありがとうございます」

 

そう言って剣を壁際に立てかけた。

 

「さあ、パーティーが始まるぞ。今回はお前も壇上で一言挨拶の言葉を述べるのだから、気を引き締めろよ」

 

パーティーが始まる。

 

大臣が壇上で高らかと宣言する。

 

「これより、我がパプニカの王女アテナ姫の誕生祝いパーティーを始めさせて頂きます。」

 

続いて王が一声。

 

「アテナも7歳となった。どうか皆様のお力添えを」

 

そして、アテナの挨拶。

 

「皆様、本日は私の誕生祝いにお集まり頂き、心よりお礼申し上げますとともに、よろしくご指導ご鞭撻のほどお願い致します。」

 

朗々と挨拶をすると、歓声があがる。

大臣が進み出て乾杯の音頭を取る。

 

「乾杯!」

 

壇から下りると、いつも通り、2人の姫君がやってくる。

 

「アテナ、お誕生日おめでとう。はい、これ、ブレスレット」

「私からは首飾りをプレゼントするわ」

 

「ソア姉、ロラ姉、ありがとう…じゃなかった。」

 

コホン、と咳払いをして言い改める。

 

「ソアラ姫さま、フローラ姫さま、贈り物感謝致します」

 

ソアラとフローラは顔を見合わせる。

そして2人ともこの上ない笑顔を見せ、

 

「よく出来ました」

 

と言った。

 

そこへベンガーナ王クルテマッカ6世とシーザー王子が挨拶に来た。

 

「アテナ姫、お誕生日おめでとう御座います」

「ベンガーナ王、本日はお越し頂きありがとうございます」

「うむ、ずいぶんしっかりされたな。」

 

側で見ていた父がやって来て会話に加わる。

 

「ベンガーナ王、ようこそおいで下さいました。楽しんでいって下さい」

「おお、ロイ殿、あなたも逞しくなられたな」

「あなたにそう言って頂けるとは、光栄に存じます」

 

ここでシーザーが口を開いた。

 

「ロイ殿、アテナ姫、私もお招き頂き、ありがとうございます」

「おお、シーザー殿、貴殿も壮健そうだ」

「このシーザー、半年後に結婚する事となった。ついては結婚式と披露宴にご招待させて頂きたいのだが…」

 

おお、何とめでたい。

 

「おめでとうございます。ぜひ列席させて頂きます」

 

ニッコリと返事をした父ロイは、シーザー王子を引き寄せ、

 

「お前も結婚か、頑張れよ」

 

と笑った。

 

パーティーはアテナ姫の誕生日にシーザー王子の婚約の話題が加わった事で更に盛り上がったのは言うまでもない。




ソア姉はブレスレット大好きです(笑)
5歳のお祝いの時もプレゼントはブレスレットでしたね。
多分、このブレスレットは手作りしているんだと思います。多分。


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【13】王子の結婚式

やって来ました、ベンガーナ王国。

明日、シーザー王子の結婚式が行われる事になっている。

国の防衛は、期間限定ではあるが隊長たちに権限を委譲して来たので問題はない。

船着場から大きな馬車に乗って移動、もちろん贈り物はどっさり。

 

贈り物のほとんどが、パプニカの技術で作られた、法衣用の織物だ。

 

途中デパートも見学し、夕方には宿屋に着いた。

王様御用達の宿なだけあり、内装も美しく、もてなしも良かった。

 

翌日の花嫁を楽しみに、皆ベッドに入った。

 

翌朝…ベンガーナ城に入り、挨拶を済ませ、女性と男性に別れ控室に通される。

王族のパーティードレスへの着替えはここで行われる。

 

まずは結婚式用の法衣に着替える。

 

そして、結婚式場である教会に通された。

 

教会の飾り付けは見事であった。

祭壇にはこれでもかと言うほどの供物が捧げられている。

 

オルガンの音が鳴り響き、教会の扉が開く。

盛装したシーザー王子が深々と頭を下げた後入場。

神父の元に立ち、祝福を受けると、再びオルガンの音が鳴り響き、教会の扉が開く。

美しいドレスを着た花嫁が、父親にエスコートされて入場する。

 

王子と花嫁は祭壇の前で出会い、そして神父へと向き直る。

 

「シーザー。汝は、アイリーンを妻とし、健やかなる時もやめる時も愛し続ける事を誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

「アイリーン。汝は、シーザーを夫とし、健やかなる時もやめる時も愛し続ける事を誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

結婚誓約書に互いの名前をサインする。

列席者は、指輪の交換を見守り、誓いのくちづけにため息が漏れる。

 

改めて祭壇に一礼した新郎新婦が、扉に向き直り、揃って退場する。

 

新郎新婦は城のバルコニーに出て、国民たちに姿を見せる。

それから披露宴が始まるまでの間は、列席者は控室で着替えて待つ事となる。

 

「花嫁のアイリーン姫は美しい方ですわね…」

「シーザー王子も素敵でしたね…」

 

列席者たちは、口を揃えて新郎新婦を誉め称え、それぞれ自分の結婚式を思い出したり夢見たりしている。

 

「結婚式かぁ…」

 

アテナは紘一郎との結婚式を思い出していた。

にわかにラメの光るベージュのタキシードを着た紘一郎と、セミオーダーのドレスを身に纏う自分。

 

しかし、以前の自分の姿も、すでにおぼろげだった。

 

(生まれ変わってから7年以上経ってるんだから、当たり前か…)

 

一人しんみりしていると、ソアラとフローラが声をかけてきた。

 

「アテナ姫、どうしたの?具合悪い?」

 

フローラに問われて振り返り、首を横に振る。

 

「いいえ、花嫁さまがあまりにも綺麗だったので、思い出していました」

 

取り繕った言葉に2人が納得した様子を見せたのでホッとする。

 

「そう言えば、フローラ姫さま、お父様のお体はいかがですか?」

 

体調の優れない父王に代わって民を取りまとめる事が増えてきて、最近は会う機会の無かったフローラに問う。

 

「ええ、休んでいれば、問題がない程度には、落ち着いているわ」

 

フローラはそう言ってため息をつく。なれない公務に少し気後れしているようであった。

 

「相談になら乗るわよ」

「ええ、ありがとう」

 

ソアラの言葉に、フローラは笑顔を作って答える。

 

しばらくすると、城の女官が控室にやって来て、披露宴の会場に案内された。

美しく飾られたテーブルの数々。

 

流石に王家の結婚式、会場の大きさたるや…

 

披露宴が始まってからはベンガーナ王と王妃、アイリーン姫のご両親が忙しそうに挨拶回りをしていた。

オルガンの音が鳴り響き、聖歌隊が歌い、踊り子達が踊っている。

そして新郎新婦の席を見れば、脇で画家たちが肖像画を描いている。

 

(そうか、写真はないのか…画家も大変だなあ…)

 

と、せっせと書き続ける画家をみていると、次々とご馳走が運ばれてくる。

 

「ご馳走の食べ方の練習をして来て良かったわね」

 

母の言葉に

 

(そこかよ…)

 

とツッコミながら、次々と運ばれてくるご馳走を平らげた。

 

披露宴が続く間に、王族の集まっているベンガーナにモンスターの群衆が襲撃したようだったが、ベンガーナの兵隊と、戦士の旅団が活躍したようで宴会場には何の被害もなかった。

 

花嫁のお色直しは2回あり、宴は夜遅くまで続いた。

 

 



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【14】女子会

シーザー王子の結婚式以来、何度かアイリーン姫と会ううちに意気投合し、度々女子会を開いた。

 

主な出席者は、アイリーン姫の他にソアラ姫と、母サラ、アテナ、祖母と、時々曾祖母、そして側にダマラ…と言った顔ぶれ。

フローラ姫は王様代理としてだいぶ働く様になっていたため、滅多に参加出来なくなった。

 

魔王軍との攻防も激しくなって来ているので、もしかしたら今後しばらくは集えないかもしれないが…。

 

「フローラ姫は大丈夫かしら…」

 

全員の心配事はフローラの事であったが、だからと言って手伝えるわけでもない。

心配する以外何も出来ない事に、皆心を痛めていた。

 

「まだ幼い姫君が国を治めるとは大変な事じゃろうなあ」

 

ひいおばあさまが口を開けば、おばあさまも答える。

 

「ええ、モンスター達も襲撃の範囲を広げているようですし、カールは騎士が大勢いるからか、王子たちは王位を争って無謀なやり口で魔王軍と戦って亡くなってしまって…、フローラ姫が1人になったところを逆に狙われているみたいですし。幼い姫の肩に国を背負うのは大変でしょうね…」

「我が国は恵まれておる。王がいて、王子がいて、その下に姫もおる。無謀な事をする者もおらん。安心じゃな」

 

その一言を聞くや、ソアラが苦笑いしながら言う。

 

「アテナ、期待されているみたいよ。大丈夫?」

 

アイリーンも明日は我が身とばかりに頷く。

 

「だ、大丈夫なように、今の内に遊んでおこうかな…」

 

こちらも苦笑いで返す。

 

「アテナは本当に遊ぶのが好きよね。それでいて勉強もきちんとするなんて、偉いわ」

「本当に、難しい本を読んでいるみたいだし…」

 

姫君2人に寄ってたかってからかわれるのも困り物。

 

(ほとんど、呪文か剣術の本なんだけど…)

 

と心の中でつぶやきながら、あはは…と笑う。

実際は、図書室の本はパプニカの国史を中心に片っ端から読み終えていて、しっかり頭には入っているが、やはり一番興味があるのは呪法と剣術だった。

 

そして、お茶菓子とお茶を持った女官達が入れ替わり立ち代わり出入りしているのを見やり、話を逸らす。

 

「こんなに食べたら、夕飯入らないわよね…」

「あら、別腹よ、べ・つ・ば・ら♪」

 

意にも介さない口ぶりで、母サラがパクパクとケーキを頬張る。が、

 

「最近少し太ったんじゃないかい」

 

と言う、ひいおばあさまの一言に撃沈。

一瞬ヒヤリとした空気が流れた後、おばあさまが笑い始める。

 

(よ、嫁姑バトル…どこでも同じなんだなあ…)

 

と思いながら苦笑いしていると、ソアラとアイリーンが引きつった様に笑う。

そして話は振り出しに…

 

「アテナのおすすめの本はなあに?」

 

(え、だから、呪文か剣術の本…)

 

などと答えるのもはばかられ、しばらく考えこむ。

 

「歴代の王様や王妃様の伝記が好きです。色々な国の王様の伝記を読んでいると、どの王様も王妃様も国の者たちを大切にしているのが、よく分かります。それでいて謀反を画策する者が現れると、きちんと罰を与える知恵にも心奪われます」

 

(自分がなりたいとは思わないけれど…)

 

と答えれば、

 

「アテナは良い女王様になりそうね」

 

とアイリーンがほほえむ。

 

(いや、出来ればなりたくない…)

 

とも言えず、必死に取り繕う。

 

「いや、まだ国政の事は何も勉強していませんし…」

 

「そうね、これからよ」

「頑張りましょう」

「あら、一番頑張らないといけないの、私かしら」

 

ソアラとアイリーン、そして母サラの順に口を開き、皆笑う。

 

「大丈夫じゃ、皆若い、これからじゃ」

 

ひいおばあさまがニコニコと言えば、

 

「この本、おすすめよ」

 

と、おばあさまが読んでいる本を見せる。

 

”国王の心のあり方とは”

 

と書かれている本をみるや、

 

「拝見させて下さい」

 

とソアラが受け取り、読み始める。

 

「王の勤めとは、国民が心安らかに暮らせるよう、心を砕き、力を尽くす事」

 

なるほど、知識ではなく心か、と皆納得している。

 

(どこかで聞いたような節だな…)

 

少し考えたら、答えはすぐに出た。

 

(ああ、幻水5のリムだ…やっぱり本物の女王から学ぶことは多いのか…)

 

一人別のところに納得し、顔を上げれば、後は全員がその本に夢中になっていた。

 

 




ここでしか出て来ない予定の、リムは、クロスオーバーになるんでしょうか?


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【15】パプニカ城にモンスター現る

それはある夜、月が雲に隠れた時の事だった。

ベッドで眠っていたが、兵士たちが駆けまわる声で目が覚めた。

 

「モンスターだ!モンスターが攻めてきた!」

「王様達はご無事か!?」

「お守りしろ!」

「急げ!」

 

!!!!!

 

ベッドから起き上がり、慌てて身支度をしていると、ダマラとバダックが駆け込んできた。

 

「アテナさま!!ご無事ですか!?」

「ええ、私は大丈夫よ!」

 

返事をしながら、剣を腰に下げる。

 

「とりあえず謁見の間に行ってみましょう、きっと皆集まるわ!」

 

3人が皆頷き、謁見の間へと急ぐ。

城の者達が全員謁見の間に集まるのに、そう時間はかからなかった。

 

城の者全員が集まったのを確認すると、王が朗々と命じる。

 

「第1軍隊は北、第2軍隊は東、第3軍隊は港、第4軍隊は西に配置!親衛隊は城の警備を!」

 

「「「 承知しました 」」」

 

隊長達は一礼し、隊を引き連れてすぐに任地へと向かった。

 

「ロイ、サラ、アテナ、お前たちはバラバラにならないように気をつけろ。バダック、ついていてやってくれ」

 

「了解した」

「心得ました」

 

王の言葉に、父とバダックが返事をする。

と、その時、窓からモンスターの大群が押し寄せてきた。

 

「やっちまえーーー」

「キィーーー」

「カカカカカ」

 

謁見の間が一瞬にして戦場になる。

きちんと身支度しておいて良かったとばかりに、父と娘が身を構える。

 

「バダック!皆を頼む!」

「お願いね!ヒャダルコ!!」

 

アテナが呪文でモンスターを凍らせ、ロイが粉々に砕いていく。

連携の取れた攻撃で、モンスターを一掃する。

 

モンスターは次々とやってくる。夜が明けるまで、その戦いは続いた。

夜明けとともに、モンスター達は散り散りに帰っていった。

 

傷ついた兵たちの手当をし、倒れたモンスターの亡骸を片付けるのに苦労している間に、悲劇が起こった。

 

「「きゃーーーーーーっ!!!!!!!???」」

 

女官の声のした部屋に向かって全員が駆け出す。

 

「王太后さまが!!」

「母上!?」

「おばあさま!?」

 

駆けつけた時には遅かった。ガーゴイルが1体、窓から逃げていった。

ひいおばあさまの体には、たった一つ、刺し傷が…

 

「母上!母上!」

「おばあさま!」

 

傷ついた母を抱きかかえる王、歩み寄って触れる王子。

そして隙間から手を伸ばして回復呪文をかける姫。

 

「ベホイミ!」

 

光は弱々しく消えていく。

もともと衰弱し始めていた王太后の傷が塞がる事はなかった。

 

「ベホイミ!」

 

繰り返し唱えるが効果はなかった。

 

「ひいおばあさま…」

 

現実に起きた戦いの残酷さに、アテナはへたり込む。

どんなに剣術や呪文の訓練をしても、平和に生きてきた者が、ましてや年寄りが、突然の襲撃に耐える力など持っているわけないのだ、と悟った。

 

ひいおばあさまの葬儀は慎ましく執り行われた。

 

1度魔王軍が退いてからは、兵隊によって国は守られたが、皆自分の事に精一杯で、国と国との交流は無くなっていった。

 

それから1月後、幼き姫に呪文の指導をしていた賢者の死が伝えられた。

兵たちの回復に力を注ぎ、魔法力が尽きたところを狙われたらしい。

 

曾祖母と師の犠牲に心を砕かれたアテナは、密かに決意した。

 

(ひいおばあさまと、先生の敵は絶対取る!)

 

こっそり城から抜け出し、髪を切った。

 

髪を売って資金を作り、装備を整えた頃には、誰にも王女と気付かれなかった。

この時に城下町を歩きまわって知ったが、パプニカには”アテナ”という名の娘が沢山居た。

8年ほど前に産まれた王女の名前にあやかった、と誰もが疑わなかった。

 

アテナはモンスターに襲われる事の多い地区に腰を落ち着けた。

訓練して来た事を実践で確認するには丁度良いと考えた。

だが、襲ってくるモンスターの数は想定していたより多く、苦戦を強いられた。

 



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【16】転機となった出会い

とある村に腰を落ち着けてから、3日に1度はモンスターの群衆と戦っていた。

実際に命をかけて戦う生活を続けているうちに、剣の腕も魔法力も、急激に上がっていった。

大抵は、配置されている兵達も共に戦っていたが、それでも毎回苦戦を強いられていた。

 

とても良く晴れた日の昼過ぎの事。その日も、村をモンスターが襲った。

空から現れたモンスターの軍勢に、人々は逃げ惑った。

この日に限って、兵士は、誰1人駆け付けなかった。

 

(呼びに行っていたら間に合わない…!)

 

アテナはとにかく村人を避難させ、追ってくるモンスターたちの進路を塞いだ。

 

「とう!」

「ベギラマ!」

 

建物を崩さないように気を付けながら剣を振るい、呪文を放つが、なかなか追い払う事が出来ない。

人々を逃がし、彼らを追いかけるようにしながら戦い続けた。

 

リーダー格らしきモンスターを倒した時、民衆たちに襲いかかっていたモンスターたちは散り散りに去って行った。皆が腰を落ち着けたところに、青い髪の少年と黒髪の若い女性が歩いてきた。

 

「落ち着いているようですね」

「ええ、大きな怪我をした人はいないようですが…」

 

と言って立ち止まった2人の目が、こちらを見る。

 

「あなた!大丈夫ですか!?」

 

(え?私?)

 

アテナは、夢中になって戦っていて、自分が傷だらけになっていた事に気付いていなかった。

 

「ベホマ」

 

駆け寄ってきた若い女性が回復呪文をかけてくれた。

 

「ありがとう、大丈夫です」

 

と言うと、回りを観察していた少年が声をかけてきた。

 

「武器を持っている人を他に見かけませんが…まさか、あなた1人でモンスターを追い払ったのですか?」

「え?武器を持っている人がいない?」

 

じっとこちらを見る2人に、ため息とともに答える。

 

「戦える人たちは皆、兵として取り立てられているので、女子供ばかりなんですよ。その兵たちは、この町にも駐在しているんですけど、なんでか助けに来なかったので仕方なく…」

 

というと、少年は呆れた様に呟く。

 

「確かに他に戦えそうな人はいませんけど…」

 

そこへ、豪快そうな青年と偏屈そうな老人がやって来た。

 

「おーい、アバン、レイラ、いたいた」

「ロカ、マトリフ、兵隊さんたちの詰め所の様子はどうでしたか?」

「どうもこうもねえよ、みんな呪文で眠らされてやんの」

「俺たちが叩き起こしてやったから、後は何とかなるだろうさ」

「そうですか、こちらは大した怪我人はいませんでした、彼女以外」

 

4人がこちらを見つめる。

 

「え、おまえ、家族は?」

 

と豪快そうな青年が問う。

 

「…」

 

返事が出来ないでいると、青い髪の少年が困惑した顔で問う。

 

「まさか、あなた、1人ですか?」

 

黙っていると、少年はハッと気付いたように話し始めた

 

「あ、あなたの事ばかり質問するなんて、し、失礼でしたね。私の名前はアバン。各地のモンスターと闘いながら旅をしています。こちらがレイラ、あちらがロカとマトリフです」

「あ、私はアテナです」

 

名前を紹介されたので、アテナも名前を答える。

 

「アテナ、ですか。お姫様と同じ名前ですね。この国にはアテナさんが大勢いるようですね。いま見て回ってきた中でも、何人かいましたよ」

「そうですね、アテナは大勢います。私もその1人です」

 

みなし子(?)に話しかけてしまった4人は困った顔をするが、ロカがふと気付く。

 

「おまえ、剣なんて使えるのか?」

「そうそう、武器を持っていたのも、大きな傷を負っていたのも、彼女だけなんです」

「そうか」

 

ロカは一息ため息をつくと、アテナの顔をまじまじと見ながら言った。

 

「おまえ、どこかで会わなかったか?」

「え?」

「どこだっけな〜、どこかで見た顔なんだが…思い出せない…」

 

ロカはアテナを睨むように見つめていたが、やはり思い出せなかったのか、諦めたようだった。

しかし、次の瞬間には何かひらめいたようで、名案とばかりに言った。

 

「おまえ、稽古つけてやろうか?」

 

皆、え…という顔でロカを見やるが、ロカは気に入ったらしい。

 

「こいつ、連れて行ったら役にたつんじゃねえか?」

「はあ?こんな小さな女の子を、魔王との戦いに連れて行こうって言うの?信じられない」

 

レイラが呆れた様につっこむ。

 

「でも、このままここに置いて行ったら、こいつ死ぬんじゃないか?1人で戦ってたんだろう?」

 

ロカの言葉に、レイラは一瞬戸惑うも、確かに1人では分が悪い・・・と考えていると

 

「確かに、置いて行って死なれちゃ夢見が悪いよなぁ。魔法も使えそうだし、連れて行ってみるか。俺もしごいてやるよ」

 

マトリフもノリ気の様子を見せる。

 

「マトリフまで!」

 

悲鳴に近い、レイラの叫びがあがる。

そして、大きなため息をついて、アバンが言う。

 

「2人とも、彼女の事が気に入ってしまったみたいですね」

 

こちらへ向き直って問う。

 

「アテナ、どうしますか?私たちについて来たら、魔王と戦う羽目になりそうなんですが…」

 

”魔王と戦う”

昔なら、ただ面白そうだと思っただろう。

だが、魔王が現れて実際に戦うと、旅の面白さだけでは語れない痛みを感じる。

ひいおばあさまも、先生も、モンスターに殺された。

どこかに尻込みする気持ちもあったが、それでも戦わなければ城から抜け出してきた意味がない。

敵を取るために、城を抜け出してきたのだから。

 

「わかりました。連れて行って下さい」

 

こうして、勇者アバンの元に集った仲間たちと戦う事になった。



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【17】力試し

「一丁練習試合でもしてみるか」

 

街のはずれに着いた時、ロカがそう言ってひのきの棒を2本用意してきた。

 

「相手してやるよ、かかってこい」

 

ひのきの棒を1本受け取り、打ってかかる。

 

「やーっ!!」

 

ぐっと足を踏み込んで出た一撃に、意表をつかれたのか、ロカは吹っ飛んだ。

 

「思ったより強いな、本気で行くか」

 

打ち合い、払い合い、そして…数時間が過ぎた。

 

「はあ、はあ、な、なんとか勝った。おまえ、強いな」

「いやー、ロカとこれだけ戦えるとは…感心ですねえ」

「アバン、お前もやってみろよ、こいつ、ほんと強いぜ」

「いえ、打ち合いはロカとの”試合”で充分でしょう。これから一緒に戦うなら、技術は教えますが…まあ、今日はもう夕暮れですから明日にしましょう」

 

アバンはロカの持つ棒を取り上げ、宣言した。

 

「今夜は適当な宿を探して、休む事にしましょう。」

 

宿屋で食事をし、シャワーを浴びて部屋に戻る。

部屋は自然に男3人と女2人に分かれた。

 

「アテナ、あなた強いのね。ロカといい勝負だったわよ」

 

レイラはベッドに腰掛けながら話しかけてきた。

 

「明日はモンスターが襲ってこなくても、マトリフの力試しとアバン様の特訓が待っているわよ、早く寝ないと」

「そうですね、そうしましょうか」

「ねえ、アテナ…」

「はい?」

「あなた、お姫様じゃないわよね?」

「え?」

 

出来るだけ平静を装って聞き返す。

 

「いえね、パプニカのお姫様、行方不明なんですって。あなた、年頃も近いから…」

「え?お姫様が行方不明?」

「ええ、王太后さまが亡くなって、塞ぎこんでいたお姫様がいなくなったんですって」

「…」

 

レイラは一息ついてから諦めたように言った。

「さ、寝ましょ。明日は朝早いわよ」

 

そしてその日は就寝した…

 

次の朝。

朝食を食べ終わって身支度を済ませ、宿屋を後にする。

 

街のはずれで、まずはマトリフによる力試しが始まった。

 

「よし、ここでやるか、いくぞ」

 

大きく息を吸って、マトリフが先手を打つ。

 

「メラ!」

「ヒャド!」

「ほー、そいじゃ、イオラ」

 

ドドーン!!

 

「おい、マトリフ、いきなりそれは、やりすぎじゃねえか?」

 

とロカがニヤニヤとつっこむが、マトリフは上を見やる。

 

「おめえ、空も翔べるのかよ」

 

空中での戦いが繰り広げられる。

 

「ベギラマ!」

「ベギラマ!」

「へっ、そうかい、じゃ、もいっちょ、イオラ!」

「イオラ!」

「バギマ!」

「バギマ!」

「なかなかやるじゃねえか、おめえ…メラミ!」

「ヒャダルコ!」

 

「おめえ、やるな」

 

マトリフも感心していた。

 

「剣も呪文も使えるなんて…っ…」

 

マトリフの体のあちこちに切り傷が出来ていて、そこから血が流れる。

 

「ちょっと手加減すりゃあ、これだもんよ」

 

アテナはさっと歩み寄って手を当てる。

 

「ベホマ」

 

傷が塞がるのを見るや、レイラまでも声をあげた。

 

「あなた、回復呪文も使えるのね。私より強いかも…」

「へっ、頑張んねえと俺も追い越されるかもな」

 

マトリフまでこの調子だ。それを見ていたアバンが口を開く。

 

「アテナ、まだ余裕ありそうですねえ?」

 

1人納得したように話し続けるアバン。

 

「そうですか、ロカともマトリフともそれだけ戦えるのでしたら、モンスターと闘いながら特訓するのが手っ取り早いでしょうね。次にモンスターに襲われた時に、ちゃちゃっとやっちゃいましょう」

 

簡単に言うアバンに、またそれを簡単に言わせたアテナに、3人は呆れた…らしい。

 



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【18】魔王現る

モンスターの襲撃に遭ったのは、その日の夕方。

 

アバンが第一声を発する。

 

「魔王は居ないようですね。アテナの特訓に利用させてもらいましょう。

アテナは剣だけで戦って下さい。まずはゴーレムを、続いてガーゴイルを攻めて下さい。

残りの余計なモンスター達は、ロカ、レイラ、マトリフの3人で片付けて下さい。」

 

「「「了解」」」

 

まずはゴーレムに向かっていくが、ゴーレムの体は固くてなかなか切れない。

 

「余計な力を抜いて、難しい技を使おうとしない事。」

 

アバンのアドバイスを元に、じっくりとやりあう。

ひたすら攻撃し尽くした所で面倒くさくなり(これは前世からの考え方のクセ)、力任せに剣を振り下ろした。

 

「ウオオオオ!!」

 

ゴーレムが倒れた。

 

「飲み込みが早いですねぇ。見事です」

 

そう言ってアバンが回復呪文をかけてくれた。

 

「さて、次はガーゴイル…と言いたいところですが、3人が倒してしまったようですね」

「結構余裕あったからなぁ」

 

ロカが会話に割って入る。

 

「力の技、これを大地斬と名付けたのですが、コツは掴めたようですね。今日はもう遅いので、続きは明日にしましょう。明日は海に行きますよ」

 

そう言ってアバンはサッサと街の方へ向かっていく。

4人が慌ててついて行く。

 

「アバンは存外せっかちだよなぁ」

 

マトリフがぼやく。

 

翌朝は本当に海に来た。

 

「さて、今度は、この波を斬ってもらいます」

 

(海波斬か…)

 

兵士に混じっての特訓で、スピードには自信があった。

 

「ハッ」

 

一瞬で波を切り裂いた。

 

「スピードはロカとの試合でも充分でしたからね。海波斬はすぐに出来ると思っていました」

 

アバンも何でもない事のように言ってのける。

だが、細かい説明は忘れない。

 

「この海波斬を使えば、炎のブレスなども斬る事が出来ますよ」

 

しかし、アバンの笑顔はすぐに消えた。

 

「私の必殺技の完成には何が足りないんでしょうか…」

 

そう言って、大きなため息をつく。

 

「力とスピード…後はなんだろうなぁ?」

 

ロカもため息をつく。

 

「答えが出ると良いのですがね。さて、山の方に行って訓練の仕上げをしましょうか?」

 

アバンの提案に3人が頷く。

 

滝のある岩場にやって来た5人。

 

「こっちは魔法力の訓練を勝手にやってるぜ」

 

マトリフはそう言ってレイラを連れて行ってしまった。

 

岩場の岩をひたすら斬る訓練、滝の流れをひたすら斬る訓練、アバンとロカと3人でひたすら続けた結果、3人揃ってクタクタになった。

 

一休みしているとモンスターの軍団に襲われた。

モンスターの群れの向こうにはマントを被った魔族が1人。

 

「魔王!!」

 

アバンの叫びとともに身構える。

アバンとアテナの魔法力は残っているが、体力は大分消耗している。

待ったなしで襲い掛かってくるモンスターたちを相手にしながらでは回復まで手が回らず、苦戦していた。

そこへ、1人の武闘家が乱入して来た。

 

軽々とモンスターを倒していく。

マトリフとレイラが異変に気付いて戻ってきた頃には、おおかたのモンスターは倒されていた。

 

「フフフ、手の内は出揃ったようだな。明後日の夜、カールの西のマリスの森の窪地で待っているぞ。」

 

そう言って”魔王”ハドラーは去って行った。

 

さっそうと現れた武闘家に、アバンが声を掛けようとすると、すかさずマトリフが声をあげる。

 

「よお、大将じゃねーか」

「お知り合いですか?」

「ああ、こいつ、ロモスで有名な武闘家のブロキーナだよ。街で噂にも聞いただろ?」

「ええっ?この爺さん…いや、この人が有名なブロキーナ老師かよ?」

「そういうこった。若けぇ頃、時々一緒に暴れまわってたのさ」

「今はすっかり年寄りじゃよ、ふくらはぎチクチク病に冒されておってな、ゴホゴホッ」

 

(やっぱり咳をするのか…)

 

アバンの必死の説得に、武闘家の”老師”ブロキーナは渋々と言った様子を見せながらも、仲間になると約束してくれた。

ブロキーナは世界でも有数の有名な武闘家で、年老いている割には体力は衰えていないようであった。

 

仲間が6人になり、大パーティーになったところでいよいよ総力戦…かと思ったところで、アバンが提案した作戦は”凍れる時間の秘法”による”封印”であった。

 



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【19】凍れる時間の秘法

「魔王が指定して来た明日の夜は、数百年に一度と言われる皆既月食が見られるんですよ」

 

心踊りそうな内容だが、アバンは深刻な顔で言った。

 

「それをゆっくり見れないから深刻な顔してんのか?」

 

ロカが問う。

 

「いいえ、その数百年に一度の皆既月食を利用して魔王を”封印”しようという作戦です。”凍れる時間の秘法”という呪法です」

「凍れる時間の秘法?」

 

なおもアバンは続ける。

 

「時が凍る…すなわち、相手の時間そのものを停止させ、永続的に動けなくしてしまう呪法です。

凍らされた相手はアストロンをかけられた時のように身動きが取れなくなり、いかなる衝撃も受けつけなくなります。

アストロンと違うのは、相手の生命活動そのものを停止してしまう点です」

 

淡々と説明するアバンに、レイラが問う。

 

「その呪法で魔王を倒そうというのですか?」

「倒すと言っても殺すことは出来ません。それでも魔王は封じ込められるのですから、地上の平和は戻ります」

 

ここで、アテナはつい聞いてしまった。

 

「アバンも凍る…なんて事はないよね?」

 

全員がハッとなる。

 

「それは自信がありませんね」

 

アバンはきっぱりと答える。そして続ける。

 

「そこでなんですが、ロカ、レイラ、あなた方は連れていけません。このパーティは一時解散です」

「なんだとぉ?」

 

怒りだしたのはロカだった。

 

「気合入れてるところに何言い出しやがる!!1人だけカッコ付ける気か!?」

「まぁまぁ、平和を勝ち取っても、それを味わう者がいなければ意味がありません。」

「何言ってんだよ!!今まで通りおれたち全員で力を合わせて戦えば良いじゃねえか!!何言ってやがる!!」

 

胸ぐらを掴みかかられたアバンが呆れたような顔をしながら冷静に言い放つ。

 

「それが出来ないんですよ…ロカ」

「だから、なんでだよ!?」

 

ロカはなおも掴みかかる。

 

「自分の愛する女性の事くらい気付いてあげなくてはいけませんよ」

 

そう言われてロカとレイラは顔を見合わせ、ロカは急に慌てる。レイラは顔が真っ赤だ。

 

「しっ知ってたのか、おれたちの事…」

 

急に指先をこねくり回し始めるロカ。相当パニクっているようだ。

 

「違うんだっ!こんなやつ、本気で好きになったわけじゃ…」

「”こんな”?」

「ああ!!」

 

言ってしまった言葉の意味にハッとして、ロカは更に慌てる。

 

「いや、いや!そうじゃなくて…」

「ふうん、じゃあ遊びだったんですか?」

 

アバンが呆れた顔でつっこむ。

 

「そっ、それはだなぁ…」

 

ロカはなおも言い訳を繰り返す。

そこにアバンがピシャリとクギをさす。

 

「いけませんねえ。責任取らなきゃ。…パパになるんだし」

「え?えっえっ?」

 

更にパニックになるロカ。

 

「まあ、しばらくパニックしていて下さい。もうひとつ話があります。」

 

アバンはアテナに向き直る。

 

「アテナ、あなたもお城に戻ったほうが良いんじゃないですか?」

 

アバンの言葉にロカが振り返る。

 

「城?どこの城だ?」

「ロカ、彼女にどこで会ったか、まだ思い出せないんですか?パプニカ城ですよ。彼女はお姫様なんですから」

「あーーーっっ!そうだ、パプニカの姫さま…。髪が短くなってたんで気付かなかった…」

 

ロカは、顔が蒼白になっていった。

そして、まったく普通の子供の扱いを受けていたアテナは驚いて言う。

 

「え?…いつから気付いてたの?」

「最初からですよ。あなたの剣に刻まれている刻印をレイラが見たんです。私も確認しました」

「…み〜た〜な〜?」

 

アテナが睨んで見せるとアバンは少々慌てたような、困ったような顔をした。

 

「パプニカの王様が大怪我をされたと言う噂はあなたも聞いていますよね?」

「うん…」

 

アテナはうつむく。

 

「体が悪い時に家族がいるといないとじゃ、大違いです。帰ってあげて下さい」

 

前世から培われた優柔不断な性格が災いして、どっちとも決められない自分が憎い。

 

「分かった。帰るよ。でも、最後の特訓くらいするでしょう?そのお手伝いだけでもさせて」

「わかりました。ちゃんと帰るんですよ?」

「じゃあ、おれも特訓には付き合うぜ」

 

最後の特訓と聞いて、ロカが意気揚々と声をあげる。

 

「残念ながら、剣の訓練はしません。私は呪法の総ざらいをしますから」

 

アバンにあっさりフラレたロカは、意気消沈していた。




誤字報告頂きましたので修正致しました。ありがとうございます。


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【20】最後(?)の戦いに向けて

「じゃあ、今日は一日トレーニングするか」

 

マトリフが意を決したように言った。

 

「そうですね、そちらは魔法力の強化などを行っていて下さい。」

 

アバンはそう言って分厚い本を出した。

ブロキーナは特訓と言って山にこもった。

マトリフとアテナは魔法力を上げるべく、対戦形式のトレーニングをする事になった。

 

「よし、このあたりで良いか」

 

マトリフがニヤリと笑ってから魔法力を開放する。

アテナも負けじと魔法力を開放する。

 

しばらく睨み合った後、呪文の応酬となる。

魔法力の限界を超えて戦い続けた後、アテナが先にギブアップしたところで休憩をした。

 

休憩をしながらマトリフが言い出したのは、呪文の契約だった。

 

「おめえ、この4つの呪文を契約しておけ」

 

そう言って提示された呪文は、スカラ、スクルト、ルカニ、ルカナンだった。

 

「自分1人と敵1匹に使うならスカラとルカニだけで良いが、家族や国民を守る必要があんだろうし、敵も群衆だからな、覚えて置くに越したことはない。茶ぁ飲み終わったら始めるぞ」

「了解」

 

残ったお茶を飲み干し、一息ついて立ち上がる。

 

「さあ、はじめようか」

 

契約が終わって一息ついたら、ない魔法力を振り絞って睨み合い。

少し休んでは睨み合い。

最終決戦に向けての特訓だけあって、本当に手加減なしの呪文の打ち合いを繰り広げる内に、アテナは極大呪文まで使いこなせるようになっていた。

そうして、倒れるまで続けた。

 

気付いた時にはアバンが覗き込んでいた。

 

「まったく、マトリフ、お姫様相手に無茶しすぎですよ」

「最後の戦いに備えるからには、これくらい当然だ」

「パプニカ王に見つかったら、姫さまの立場がなくなりますよ、まったくもう」

 

最後の一言に、ちょっと引っかかるものを感じたアテナは素直に聞き返す。

 

「え?ロラ姉の立場がなくなる?」

 

”姫さま”と言っただけで”ロラ姉”と言い放つ少女に、男2人は驚く。

 

「私はカールから来たとは言った覚えがないのですが…なぜ知っているのですか?」

「アバンとロカの着けている鎧が、カールの騎士が着けている物と同じだったから…。それに、ロカは私の誕生日祝にロラ姉の護衛でついて来てたの、覚えてたし」

「やっぱり姫君なんだなぁ。人の顔覚えるのは俺は苦手でねぇ。女の顔だけはすぐ覚えられるんだがな」

 

マトリフの最後の一言にアバンが呆れている。

しかし、マトリフは何か気になっているようだった。

 

「アテナ、おめぇ、何か隠してねぇか?」

「え?」

 

アテナは驚いて聞き返す。

 

「敵を取りたいのは解るけどよ、どうもそれだけには見えないぜ。なんか隠してるだろ?」

 

アバンもその言葉には何か感じたようで、考えこむ。

マトリフとアバンの妙な勘の良さにアテナが頭を抱えていると、そこにブロキーナが戻ってきた。

 

「どうしたんじゃ?深刻そうな顔をして。戦いの事だけには見えんがの?」

「老師…」

 

マトリフが意を決したようにアテナに詰め寄る。

 

「おめぇ、何を隠してる?何を知ってやがる?まさか、今夜の戦いの結末は知らんだろうな?」

「…」

「知ってんのか?ええ?アバンはどうなる?魔王の封印は成功するか?」

 

ここまで問いつめられて、まるっきり答えないのも失礼か…

流されやすい性格に、とことん嫌気がさすが、答えることにした。多少誤魔化すけど。

 

「封印は成功するよ。ただし、永久に封印する事は出来ない。凍れる時間の秘法はいつか解ける。また戦わなくてはならない。ただし、レイラの出産は平和に済む…と思う」

「そうか…アバンは封印に巻き込まれる事はないのか?」

「それは…」

 

言葉を濁すと、マトリフは一瞬険しい顔をした後、諦めたように言った。

 

「わかった。もういい。だが、なぜそんな未来の事を知っているかのように言えるんだ?」

 

(そっちが聞いてきたくせに…)

 

「説明しても、多分納得出来ないと思うよ。それに、私の存在は既に未来を変えている。私の知っている事が100%そのまま起こるかどうかも、わからない」

「おめぇの存在が未来を変える?おめぇは本来この世にはいねぇはずだったみたいな言い方じゃねぇか?」

「そういうこと。…これ以上は今は言えない。マトリフ、あなたが生きてる間には全部話せる事を祈ってるよ」

「そうか…その話を聞くのを楽しみにしてるぜ」

 

全員が一息ついたところで、ブロキーナが口を開く。

 

「ところで、特訓はうまくいったかの?」

「まあ、上々だな。アバンはどうだ?」

「こちらもバッチリです」

「じゃあ、明日の夜に向けてしっかり休んでおかないとね」

「もう、今日の夜ですよ」

 

え?え?となっているアテナに、アバンがクギをさすように言う。

 

「あなた、一晩中眠っていたんですから。ちゃんと食べないと駄目ですよ?」

 

気がつけば太陽はかなり高いところにあった。

 

「もしかして、もうお昼近い?」

「もしかしなくても、もうすぐお昼ですよ」

「しっかり食べとかねぇとな」

 

昼食を4人で取ったあと、アテナは3人に別れを告げた。

そして城に戻っていった。

 

その晩、魔王ハドラーに挑んでいったアバンは、魔王とともに凍れる時に封印された。

 



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【21】パプニカ王家の代替わり

パプニカ城の門を警備していたのは、新人の兵士だった。

髪を短く切った少女に、自国の姫と気付くわけもなく、なかなか城に入れてもらえなかった。

 

「アテナです。城の中に入れて下さい」

「ならん、ならん。この国には”アテナ”などいくらでもいる。姫だという証拠がなければ入ることまかりならん!」

 

言い争っていると、思いつめた様子のバダックが城門に向かってやって来た。

 

「バダック!」

 

アテナが叫ぶと、バダックはこちらを見て不思議そうな顔をする。

 

「どこかで会ったかな?お嬢さん」

「バダック!この剣を見てちょうだい」

 

困惑しつつも剣をまじまじと見たバダックは、驚いたように目を見開いて叫んだ。

 

「アテナ姫さま!?」

 

それを聞いて城門警備の兵達はヒソヒソ始める。

 

「アテナ姫だってよ?」

「本物か?髪、短いし。儀式の時に見た姫様と大分雰囲気違うぜ」

 

そんな声を無視して、バダックは続ける。

 

「アテナさま、王さまが危篤なんです!すぐにお部屋へ言って差し上げて下さい!」

 

城の廊下をひた走る。

大怪我をしたとは聞いていたが、まさか危篤とは…

どうしてそこまで深い傷を負ったのか?危篤の原因は本当に怪我なのか?

しかし、そんな事を話している場合ではない。一刻も早くと、父の寝室に向かった。

 

「王様、ロイさま、失礼致します!」

 

バダックの声がけとともに2人で部屋に入る。

 

「ば、だっく…どう、した、あわてて…」

 

祖父…王の様子は本当に死の間際のようであった。

 

「おじいさま!ごめんなさい!おじいさま…」

 

アテナは思わず駆け寄った。

 

「あ、て…な?」

「そうです、おじいさま!城を留守にして、本当にごめんなさい!」

 

アテナはこの上ないくらい、必死に謝った。そして、最後の望みをかけて呪文を唱えた。

 

「ベホマ!」

 

淡く光る癒やしの魔法。しかし、王の体はベホマに反応しなかった。

その時…左手の薬指の指輪が群青色の光を放った。

 

全員が驚いて無言になる中、アテナは何故か悟った。

 

(白血病…傷口からの感染で肺炎を起こして、もう随分こじらせてる…これは…もう助からない…)

群青色の光を受けても容態の変わらない王を見て、皆が動揺する中、死期を悟った王が最期の力を振り絞って声を出した。

 

「あて、な…すま、ない…よく、帰っ、て、きた、な…。」

「おじいさま、無理に喋らないで下さい!」

 

アテナの悲鳴を遮って、王はなおも続ける。

 

「もう、手遅れ、なのは…わかって、いる…。あてな…おまえが、戻って、きてくれて…本当に嬉しい…」

 

息を切らしながらも、王は言葉を続ける。

 

「最期に、おまえに、会えて…よかった…」

「おじいさま…」

 

「ロイ」

「はい、父上」

 

ロイ王子が王の手を握る。

 

「国の…パプニカの事…頼むぞ、しっかり…やれ」

「心得た!だから、死ぬな!親父…」

 

家族の懇願むなしく、王は息を引き取った。

 

「ご臨終です」

 

神父が告げた時、あたりにはすすり泣く声が響いていた。

ただひとり、アテナだけは何故か泣けなかった。

結局自分は大切な者を守れなかった…その事が悔しくて、己に対して感じる怒りを抑えるのに必死だった。

 

翌日、厳粛に葬式が執り行われた。

モンスターが襲ってくる事はなく、国の誰もが不思議に思うくらい、平穏に式はすすんだ。

 

最後の別れの時、棺に花を添えながら、アテナは胸の痛みを抑えて祈った。

 

”主よ、あわれみ給え”

 

そうして、王は王家の墓に埋葬された。

1月は喪に服す事となるが、ロイ王子の戴冠式の準備も進めなければならない。

王が代替わりすれば、王宮内の人選も改める必要がある。

”喪に服す”などと言うのは言葉のみで、否が応でも忙しく動きまわらなければならない。

王家の代替わりは一大事業だった。

 

ある夜、寝支度を済ませたアテナの部屋に、父ロイが訪れた。

 

「アテナ、入って良いか?」

「はい、どうぞ」

 

ロイは部屋に入ると、アテナに促されて椅子に座る。

 

「もう寝るところだっただろうに、悪いな」

「いいえ、大丈夫です。どうしましたか?」

 

ロイは小さく深呼吸してから口を開いた。

 

「モンスターが襲って来なくなった理由を知っているか?」

「…」

 

ここ数日の忙しさに、その話をするのを忘れていた事に、アテナはこの時気付いた。

 

アテナは、アバンたちの作戦の事を話した。

 

「そうか…魔王は封印されたのだな?そして、その封印は、いつか解けるかも知れないのだな?」

 

アテナが頷くと、ロイは言った。

 

「そうか…束の間の平和かも知れんという事だな。しかし…」

 

少々険しい顔をしたロイは、拳を握りしめてアテナの頭の上に落とした。

 

「今回はきちんと帰ってきたから良いとするが、お前、自分のやった事解ってるか?場合によっては、勇者一行を、王女誘拐の罪に問わねばならぬところだぞ!!!」

 

”ロラ姉の立場が悪くなる”の意味に、今気付いたアテナは呆然とした。

敵を取りたい一心で城を抜け出したが、それが周囲に与える影響までは考えていなかった。

完全に暴走していた。

 

「申し訳ないです…」

 

蚊の鳴くような、小さな声を絞り出して謝罪するアテナの姿に、ロイは満足気な表情を見せ、再び話し始めた。

 

「分かれば良い。それでだな、折角だから、平和な間、もう少し市井に混じって国の様子をじっくり見てこないか。国務の勉強はまだ先でも構わないが、街の姿を観察するなら平和な内の方が都合が良いだろうしな」

「わかりました。では、お父さまの戴冠式が終わったら、またあちこちまわってみる事にします」

 

父親は釘を刺す事を忘れなかった。

 

「ただし、ダマラを同行させろ。王女が行方不明だとか、誘拐だとか言われてみろ。面倒臭いことこの上ないわ」

「わかりました。お父さまに従います」

 

アテナの返事を聞いて頷いたロイは、立ち上がり、部屋を立ち去った。

 

側で控えていたダマラが、満足気に声をあげた。

 

「今度は私もお供出来ますね。安心致しました」

「そうね。まあ、お父さまのあの言い方からすると、ダマラを連れて行けっていうのは、便宜上の都合みたいだから、側にさえ居れば良いって事でしょ。ある程度は好きにさせてもらうからね、そのつもりで居て頂戴」

「まったく、仕方のない姫さまです事」

 

ダマラは思わず笑みをこぼした。

 

「わかりました。では、アテナさま、おやすみなさいませ」

 

ダマラは深々と頭を下げてから部屋を後にした。

 

 

王の葬儀から1か月が経ち、ロイ王子改めロイ王の戴冠式が執り行われた。

若い王の姿をひと目見ようと民衆が集い、また各国の要人を招いてパーティーも開かれ、戴冠式は盛大に執り行われた。

 

そこにはソアラやフローラも参加していたが、フローラは浮かない顔をしていた。

 

(きっとアバンの事、気にしてるんだろうな…)

 

アテナは、敢えて何も言わず、父の戴冠式を笑顔で祝った。

 

そして、戴冠式から1週間経った日の朝…

王に一言断って、アテナは再び旅に出る事にした。

王は、時々は顔を見せろ、とだけ告げた。

 

こうして、アテナはダマラと共に旅立つ事となった。

 

城門を出てから、最初に向かったのは、祖父の墓であった。

 

(おじいさま…行ってきます)

 

花を手向けて祈った後、アテナは旅立った。




ご意見は色々あるかと思いますが、病死には蘇生呪文は効かない、と言う設定になってます。
蘇生出来てしまったら、”不死”が成り立ってしまう気がして…。
病死及び老衰による死には、効かない、という事でご了承ください。
おじいさま、今までありがとう。


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【22】マトリフの優しさ

まず探しだして会いに行ったのは、マトリフのところであった。

決戦の結果がどうなったのか、ロカとレイラはどこでどうしているか、それを確かめるにはマトリフに会うのが手っ取り早かった。

 

だが、マトリフの居場所はなかなか分からなかった。

町や村を視察しつつ、あちこちを訪ねまわって情報を集め、4ヶ月かかってようやく突き止めた居場所はバルジ島の近くにある洞窟だった。

 

「マトリフ、見つけた」

「よお、アテナじゃねえか。っと、なんだ、コブ付きか?どうせ親父さんにどやされたんだろ?全くお転婆な姫さんだぜ」

 

そう言ったマトリフが広げていたのは、沢山の魔道書だった。

 

「アバンがどうなったか知っている?」

 

アテナの問に、マトリフは疲れたようなため息を吐いてから答えた。

 

「アバンの奴、ハドラーと一緒に凍っちまった。あの封印されたハドラーの方だけでも吹き飛ばせる方法がねぇか、考えてるんだが…そう簡単にはな…」

「そう…」

 

しばしの沈黙があった後、もうひとつ聞きたい事を率直に聞いた。

 

「ロカとレイラがどこにいるか、知っている?ブロキーナはどこに行ったの?」

 

マトリフは、今度は手を休めてアテナの方に向き直って言った。

 

「ブロキーナはロモスの山奥に帰っていった。ロカとレイラは…ロモスの南にある、ネイル村って村に住んでる。まだ赤ん坊は産まれてないみたいだぜ」

「そう…」

「まあ、ブロキーナはあんまり人に会いたくねぇみたいだから、放っとくのが一番だと思うが…。もし行けるんなら、ロカとレイラには会いに行ってやれ」

「行けるよ。しばらく外遊しろって、父のお達しだしね」

 

マトリフが驚いた顔をする。

 

「へぇ?こんな小せえガキが女官1人だけ供に連れて外遊ねぇ」

「…」

 

”ガキ”と言われて良い気分はしないが、マトリフからすれば10歳にも満たない子供は”ガキ”であろう事位は重々承知している。なので、敢えて反論はしない。

ダマラはムッとした顔をしたが、アテナが何も言わないので敢えて口には出さなかった。

 

市井に混じって生活する事で学ばせる道を、父王が選んだ事、多少の資金は持たされた事。

だから、とりあえず縁のある人物を訪ねてまわろうと思っている事。

 

一通り話すと、マトリフはまた、大きなため息を吐いた。

 

「そうか、王族ってのも苦労すんだな」

「それはしょうがないよ。国背負ってんだから…」

 

そこまで言って、アテナの目から大粒の涙がこぼれた。

今になって、祖父を亡くした悲しみ、大切な者を守れなかった、という罪の意識に潰されそうになる胸の内に気付いてしまったのだ。

 

「あ、アテナさま?どうされたのですか?」

 

オロオロしながらアテナを抱きしめるダマラ。それを一瞥して、マトリフが言った。

 

「泣きたいだけ泣け。おめぇはまだ子供だ。泣きたい時は泣いとかねぇと、先に進めねぇぞ」

 

その言葉に感極まって、アテナはしばらく泣いた。

マトリフは、特にうるさいと嘆くわけでもなく、広げた魔道書に目を通しながら、泣き止むまで待ってくれていた。

 

泣き止んだアテナに、マトリフは、コップに入った水とともに、魔導書を1冊差し出した。

 

「まあ、水飲んで落ち着け。気を逸らす事も大事だぜ。気になる呪文があれば、契約していけ」

 

そう言って、また広げた魔道書を睨んだ。

 

「ありがとう」

 

アテナは、マトリフの言葉に甘える事にした。

 

ピオラ、ピオリム、ボミエ、ボミオス、マヌーサ、メダパニ、モシャス

 

7つの呪文を契約して、一休みしたあとで、マトリフの所に戻った。

 

「お昼ごはん、どうするの?」

「昼飯?ああ、そんな時間か。材料は適当に用意してあるんだが…作るの面倒くせぇなぁ…」

「何でも良ければ作ろうか?」

「おめぇ、姫さんのくせに料理作れんのかよ?」

「作れるよ?城で作った事はないけど」

「なんだよそれ、怖え事言いやがる。…しょうがねえ、作ってみろ」

「よしきた」

 

その会話を聞いて、ダマラが慌てる。

 

「アテナさま、お料理なんて、私がやりますよ!?」

「良いの良いの、腕がなるわ」

 

ダマラの困惑をよそに、アテナは材料を適当に見繕って、パンを焼き、魚(鮎?)の塩焼きと野菜のスープ、デザートにプリンを作った。

 

「へぇ〜、旨そうじゃねえか」

 

そう言って、マトリフは料理を平らげた。ダマラも感嘆していた。

アテナはと言えば、料理の腕を振るったのは前世以来なので、腕が落ちているかも知れないという事が気になったが、まあ食べられない味ではなかった。

 

「旨かったぞ。片付けも頼むな」

 

そう言ってマトリフは、今度は魔導書を持って外に出て行った。

アテナはささっと片付けて、マトリフの様子を見に行った。

そこには、大きな地面の凹みが出来上がっていた。

 

「なんか出来たの?」

「ああ、これは大地の精霊に力を借りる呪文で、敵を地面に潰すんだ。その名もベタンと言う。おめぇもやってみるか?」

「いいの?」

「ああ、いいぜ。だが、結構魔法力使うから、乱発は考えない方がいいぜ」

「ありがとう。どうすればいい?」

「とりあえず、魔法陣の上に立ってみろ」

 

マトリフに促されて魔法陣の上に立つ。

 

「これを覚えてそのまま唱えろ」

 

1枚の紙を手渡される。充分に読んだ後、深呼吸して心落ち着かせ、唱えた。

 

「大地に眠る力強き精霊たちよ…我に力を与え給え…ベタン!」

 

魔法陣がカーッと光り、契約は完了する。

マトリフの許しを得て、その場で唱えてみる。

 

「ベタン!」

 

見事に大地は凹んだ。

 

「おめぇ、やっぱりセンスあるな。また呪文の契約や特訓したくなったら来て良いぜ」

「ありがとう、マトリフ」

 

その晩はマトリフとともに明かした。

内心、マトリフを胡散臭いと思ったダマラは、眠れぬ夜を過ごした。

 



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【23】平和な一時に上がる産声

マトリフの洞窟を去ったアテナは、ネイル村に向かっていた。

パプニカの城下町で土産物を色々買った後、まずはルーラでロモスまで飛んだ。

魔の森の道はわからないので、トベルーラで南へ向かった。

 

森のすぐ側に村が1つあったので、降り立ってみた。

すると、十代半ばかと思われる、1人の少年に声をかけられた。

 

「なんだお前ら、空なんて飛んで来やがって。…一応人間みたいだな」

 

少年は少々怯えているようだった。

 

「…レイラという人を探しているのだけど」

 

アテナがそう言うと、少年は驚いたように言った。

 

「まさか、殺しに来たんじゃないだろうな?」

「女2人しか居ないのに、そんなわけないでしょ!お子さんが生まれると聞いているから、お祝いを持ってきたの!」

「証拠あるのかよ!?」

 

少年とアテナの声は、小さな村に響き渡っていた。

ロカがすっ飛んできた。

 

「アテナ!アテナじゃないか!」

「ロカ!お土産持ってきたよ!」

「そうか、どれどれ…なんだ、赤ん坊の服まで入ってるじゃねえか、ありがてぇ」

 

盛り上がるロカとアテナを見て、少年が声を荒げてロカに問う。

 

「戦士さま、知り合いかよ?」

「まあな」

 

ロカはニカッと笑って答える。

 

「アテナ、女官連れてどうしたよ?まあ良いや、レイラにも会っていくだろう?」

「もちろん!」

「こっちだ。荷物、持つよ」

「ありがとう」

 

案内された先には、真新しい家があった。

 

「レイラ、アテナが来てくれたぜ」

「アテナ?まぁまぁ、いらっしゃい。今回はお供の方もご一緒ね。よく来てくれたわね。ゆっくりしていってちょうだいな」

 

随分お腹の大きくなったレイラが、笑顔で出迎えてくれた。

 

「おなか、大きくなったねぇ」

「そうなのよ。けっこうよく動くわよ。触ってみる?」

「いいの?触ってみたい!」

 

お言葉に甘えて触ってみる。

うにっ、ポコッと動くのがわかる。

 

「赤ちゃんも元気そうだね!」

 

ロカもレイラも、そしてお腹の赤ん坊も元気そうなのをみて、アテナは一安心する。

ダイニングに案内され、お茶とお菓子を振る舞われる。

 

「そうそうレイラ、アテナが土産を持ってきてくれたぜ」

「お土産?アテナ、ありがとう。開けてみて良い?」

 

アテナが頷くと、レイラは土産を見て大喜びしていた。

 

「あら、音が鳴るおもちゃに、服まで!それに、日持ちしそうな食べ物も入ってるわ!」

「しばらく困らないぜ。どうやって調達したんだよ?」

「ああ、ある程度の資金は父から貰ってるから…」

 

ロカとレイラは顔を見合わせる。

 

「それ、パプニカ王家の資金じゃねえか!使っちまって大丈夫なのかよ?」

「そうよ、私たちへの差し入れなんかに使っちゃって大丈夫?」

 

夫婦揃って慌てふためいている様子は滑稽である。(失礼)

 

「大丈夫、その資金は私の生活費から工面してるから。資金は持たせるから、ちょっと外遊して来いって、父のお達しなの」

 

マトリフに話したのと同じ説明をここでもした。

レイラは驚いたような顔をしつつも、良ければしばらくここにいても良いとまで言ってくれた。

お言葉に甘えて、しばらく身を寄せる事にした。

 

その代わり、薪割りから料理、掃除まで、出来ることは何でも手伝った。

進んで手伝うアテナを放って置くわけにも行かないダマラも、家の中の事を中心に手伝った。

そうして2ヶ月程経ったある日の午後、レイラが突然座り込んだ。

 

「お腹…痛い」

「なに?」

「午前中から、時々痛いような気はしてたんだけど…もう痛くて立てないわ」

「なっ!?なんで早く言わねぇんだよ!?っ…シスター呼んでくる!」

 

ロカが慌ててシスターを呼びに行く。

アテナはレイラをベッドに寝かせる。ダマラは大きな鍋でお湯を沸かし始める。

 

「レイラ、大丈夫、ロカがシスター呼んで、すぐ帰ってくるから!」

 

冷たいタオルでレイラの額を拭っていると、ロカがシスターを連れて駆け込んできた。

 

「シスター、妻を、おねがいします!」

「わかりました。男性は部屋から出ていて下さい。ダマラさん、でしたわね、お湯を沸かしていただけますか?」

「そろそろ沸きますよ」

「ありがとうございます。では、アテナさんは、こちらに来て、レイラさんの腰をマッサージしてあげて下さい」

「わかりました」

 

出産の準備は急ピッチで進む。

 

そして、その夜…

 

「ふぎゃー」

 

元気な女の子が産まれた。

アテナはそっと抱き、ダマラに手伝われながら、産湯につけて服を着せる。

その間に、レイラとシスターは後産を進める。

 

落ち着いた頃、ロカが部屋に入って来た。

 

「あなた…女の子よ…」

「かわいいなぁ」

 

親子3人のふれあいの時間をたっぷり設けた後、アテナは声をかけた。

 

「食事、出来ているから、持ってくるね。食べて、ゆっくり休んでね。」

「アテナ、本当にありがとな」

「アテナたちも一緒に食べましょうよ」

「え〜?水入らずなのに悪いじゃん。今日はシスターの所に泊まるから。朝になったら来るから、洗い物は台所に置いておいてね」

 

そう言って、アテナは食事を持ってくると、あっという間に支度をして、ダマラを連れて出て行った。

 

「ありがとう、アテナ…」

 

シスターの家に行くと、シスターが迎えてくれた。

 

「あら、いらっしゃい。今日はお疲れさま。助かりましたよ」

「食事は取ってきました。今夜はそちらに泊めて頂けませんか?親子水入らずの所に居座るのも申し訳ないので…」

「どうぞ」

 

シスターは、清潔なベッドを用意してくれた。

しばらく同じベッドで眠っていたので、久しぶりの違うベッドは何となく落ち着かなかったが、それでも赤ん坊が無事に生まれた事の喜びで、心はあたたかかった。

 

翌日は村中がお祭り騒ぎだった。

生まれた女の子は”マァム”と名付けられた。

村の女達が代わる代わるマァムの世話をし、料理を運び、男たちは酒を飲んで盛り上がった。

 

「目元が僧侶さまそっくりだ」

「こりゃあ美人に育つわい」

 

お祭り騒ぎを嗅ぎつけたらしく、ブロキーナまで酒を飲みにやって来ていた。

 

「マァムとは良い名前じゃの」

「ブロキーナ!」

「老師さま!」

 

ブロキーナ老師の登場で、その場はさらに盛り上がった。

調子に乗ってアテナがマトリフを連れてきたことで、特に男たちと年寄りが大盛り上がりを見せた。

 

料理が無くなった頃、盛り上がっていた男たちはすっかり酔いつぶれていて、引きずられるように各々の家へ帰っていった。

 

祝宴が終わると、マトリフはさっさと帰って行ったが、ブロキーナはマァムをかわいがってしばらく居座ったので、アテナは暇を見つけては半ば強引に 稽古をつけてもらった。

 

レイラの出産から2か月経った頃、アテナは再び旅立つ事に決めた。

産後の肥立ちも良く、床上げの時期を過ぎ、ブロキーナによる特訓も成果を得たので、そろそろ大丈夫だと判断した。

 

ロカとレイラからは嫌と言うほどお礼を述べられ、村中の人々からは作物を無理矢理たんまり持たされた。

 

その足でパプニカ城に帰る事にした。



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【24】一時帰城

パプニカ城に戻ると、父王がカンカンに怒っていた。

 

「度々顔を見せろと言ったのに、半年以上も留守にしよって…」

「申し訳ございません」

 

ひとしきり怒った後、王は深呼吸して向き直った。

 

「それで?どのようにして過ごしていたのだ?」

「以前城を留守にした時に出逢った者達に会ってきました。そのうちの1人がちょうど出産したので、手伝いをして

おりました」

「そうか、それで、無事に生まれたんだろうな?」

「はい、元気な女の子が誕生致しました」

「そうか、よくやったぞ。ダマラもご苦労だったな」

「それで…」

 

アテナは荷物を差し出す。

 

「村の者たちからお礼に、と作物を押し付けられまして…国内の困窮者に配って頂けませんか?」

「うむ…」

 

王は荷物を受け取ると、それを広げて唸る。

 

「ずいぶん沢山あるな。よし、これは困窮した者達に配るとしよう。お前には褒美として追加の資金を提供する」

「ありがとうございます」

 

物資と資金のやり取りを終えた後、王は言った。

 

「そうだ、サラにも会って行け。おまえがなかなか帰って来ないんで心配していたからな」

「はい、わかりました」

「1週間はゆっくりしていけ。俺もお前の旅の話をもっとじっくり聞きたいしな。もちろん、私的にだぞ」

「はい」

 

王との話を終えたアテナに、ダマラが声をかけた。

 

「アテナさま、サラさまの部屋へ参りましょうか」

「ええ」

 

廊下をゆっくりと歩く。何となく気分が落ち着かず、そわそわしていると、ダマラが口を開いた。

 

「アテナさま、サラさまにお会いするのもお久しぶりですね。」

「ええ、ほんと久しぶり」

「王様でさえずいぶん心配されていたようですから…カンカンに怒られるかも知れませんね」

「そうかもね」

 

母の部屋の前に着くと、ダマラがドアを叩いた。

 

「サラさま、ダマラでございます。アテナさまも一緒です。入ってもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 

部屋に入ると、母サラが一目散に駆け寄った。

 

「アテナ!ずいぶん長く留守にしてくれちゃって!心配したじゃない!」

 

そう言って抱きついて来た母を、抱きしめる。

 

「なかなか帰って来れなくてごめんなさい…」

 

手を握って見つめ合っている間に、ダマラがお茶とお菓子を用意していてくれたので、テーブルについて話をした。

 

「背が伸びたんじゃない?」

「少し伸びたかも」

「髪もずいぶん、伸びたわね」

「うん、伸ばしっぱなしだからお手入れしたいけど」

 

お茶を飲みながら、アテナは母に、色々な話をした。

この半年ちょっとで友人に子供が生まれた事や、その時の村人たちの話。そして、1週間程ゆっくりしたら、また旅立つ事も。

サラはサラで、王妃の忙しさなどを思いの丈話した。ほぼ愚痴であった事は、その場に居た者だけの秘密だ。

 

昼食の時間にも話し込んでいたので、サラの部屋で昼食を取った。

 

そして、翌日にまた話をする約束をして、アテナは自分の部屋に戻った。

 

「アテナさま、お疲れじゃありませんか?」

「そうね、お母様とゆっくり話せたのは嬉しかったけど、一気に喋ったから疲れたかも」

「少し横になられたらいかがですか?夕食の時は、またお声がけ致しますよ。」

「ありがとう。お願いね」

 

そしてベッドに横になると、久しぶりにぐっすりと眠った。

気付くと日は沈みかけていた。

 

「アテナさま、夕食のお時間ですよ…まだ寝てらっしゃったのですか?やはりお疲れになりましたか?」

「そーねー、この4ヶ月、妊産婦と赤ちゃんのお世話で、割とギチギチな生活だったしねぇ…。ブロキーナにも稽古つけてもらったしね」

「っていうか、アテナさま、お料理やお掃除、どこで覚えたんですか?」

「…」

 

ちょっと痛いところを突かれたアテナは、一瞬無言になる。

 

「ダマラは口固い?」

「え?ええ、話すな、と言われれば、他では絶対に話しません」

 

じっと見つめ合う…が、あまりの気迫にダマラはついに目を逸らした。

 

「やっぱりだめ。話せない」

 

ツーンと突き放されたダマラは、苦笑しながらもアテナを食堂へ連れて行った。

 

パプニカ城では他にも祖母やバダックともゆっくり話をした。

図書室の魔導書も片っ端から読みふけったが、特にこれと言って今から契約したい呪文は見つからなかった。

久しぶりだからと、兵士たちの剣の相手もした。すっかり強くなったアテナに、敵う者はいなかった。

実はこの時兵士たちの訓練を見学しながら、そういえば闘気とは自分にも見える物なのだろうか…と、目を閉じて良く観察もしていた。

 

結局、1週間の予定が1か月を超える事になり、城の生活を満喫したアテナは、また旅に出た。

 



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【25】マトリフの成果と森の異変

「おーい、マトリフ〜!」

 

洞窟に着くなり、そう叫びながら入って行ったが、洞窟の中にはマトリフはいなかった。

 

「おっかしいなぁ、どこに行ったんだろう?」

 

ドーーーーーン!!!

 

「外だ!ダマラ、ちょっとそこで待ってて!」

 

音のした方向を確認しながら、アテナは洞窟の外へ駆け出した。

洞窟の南で、マトリフが呪文の実験をしていた。

 

「マトリフ!」

 

駆け寄った時、振り向いたマトリフがアテナに向かって呪文を放ってしまった。

 

「アテナ!よけろ!」

 

マトリフは叫んだが、よける暇はなかった。

アテナは驚いて叫んだ。

 

「主よ!」

 

その瞬間、指輪が群青色の光を放ち、呪文の内容を読んだアテナは、夢中で相殺した。

 

加減が分からず、魔法力を使い果たしたアテナはへたり込んだ。

そこへ、マトリフが慌てて飛んできた。

 

「危ねぇじゃねえか!ってか、なんで相殺出来てんだよおめぇ?」

「びっくりした〜」

 

2人して息を切らせていて、落ち着いて話をするのにしばらくかかった。

 

「まあ、茶でも飲めや」

 

洞窟に戻った2人は、まずお茶を飲んで一息ついた。ダマラは隅で居心地悪そうに見ていた。

2人は、先ほどの呪文について議論する。

 

「おめえ、さっきの呪文、なんで相殺出来たんだ?」

 

バンとテーブルを叩いて立ち上がるマトリフ。

 

「なんでって…。わっかんないけど、夢中で…」

「夢中ったって、あれ、何やってっかわかんねぇと相殺出来ねぇぜ」

「…いや、何となく、としか言えないんだけど…自分でも驚いてはいるよ。でも、なんでメラとヒャドなの?」

 

あっさりとした顔で問うアテナに、マトリフは腰を抜かす。

へなへなと椅子に座り込んだ。

 

「だから、どういうセンスしてたら、あれをメラとヒャドってすぐに見抜けんだよ。おれが必死に考えたのによ。悔しいったらありゃしねえや」

 

再びお茶をすする2人。

マトリフが仕方なしに呪文の講釈を始める。

 

「メラ系とヒャド系の呪文、全部言えるか?」

「メラ、メラミ、メラゾーマ。ヒャド、ヒャダルコ、ヒャダイン、マヒャド」

 

淡々と答えるアテナに、マトリフは更に問う。

 

「じゃあ、メラゾーマやマヒャドを、”極大呪文”って言うか?」

「言わないね」

 

しばらく考えて(というか、考えたふりをして)、アテナはしたり顔で言う。

 

「なるほど、だからメラとヒャドで”消滅呪文”か」

「そういうこった。”極大消滅呪文メドローア”だ」

「メドローア、ね。上手いこと名前つけたね」

「おめぇの物わかりの良さには感心するぜ。反射攻撃には注意しろよ」

「もちろん」

 

そこまで話してお茶がなくなった時、異変は起きた。

 

洞窟の外がざわざわと殺気立っている。

一瞬で察したマトリフとアテナは身支度を整える。

 

「俺はアバンのとこに行くぜ!」

「私はネイル村!アバン捕まえたらネイル村に集合ね!」

「了解」

 

ドーン、とアテナがルーラでネイル村に着いた時、目の前にいたのは、前回アテナたちがネイル村に初めて来た時に最初に会ったあの少年、ライだった。よく見ると震えている。

 

「ライ、こんなところで何やってんの?一人じゃ危ないよ」

 

そう言って先を促し、ロカたちの家へ向かった。

 

「アテナ!無事だったか?マトリフは?」

「マトリフは真っ先にアバンのところに飛んでった。ここに集合と約束してある」

 

マァムの顔を見ながら、夕食を食べている時に、ライが駆け込んできた。

 

「モンスターが襲ってきた!」

「なんだって?」

 

レイラはマァムを抱えて身構える。

ロカとアテナは武器を取って家を出る。ダマラは困惑して動けずにいた。

 

ロカとアテナが村の男たちとともにモンスターたちを追い払った直後、マトリフがやってきた。

青い髪の少年を連れて…




お久しぶりの更新です。
色々と不自然だと思うところが有ったので編集し直しました。

また更新していければと思います。


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【26】戦闘再開

「いやぁ、凍れる時間の秘法、解けちゃいましたね…あれからどれくらい経っているんですか?」

「…1年も経ってねぇよ」

 

アバンの問に、マトリフが答える。

 

「そうですか…また戦わなければなりませんね…」

 

アバンは申し訳なさそうに言う。

 

「今度は私もついて行くからね」

「アテナ!?あなた、お城に戻らなくて良いんですか?」

 

アテナの発言にアバンが驚く。

 

「戻ったけど…おじいさま亡くなったし…」

「…敵をとりたい、という事ですか?」

「…うん。でも一度城に戻ってお父さまの許しは得てこないと…。命の危険を伴うとなれば、ダマラは連れて行けないしね」

「そうですね。そうした方が良いでしょうね。」

 

アテナは、もう退く気はなかった。王に止められても、アバンたちに父を訪問させてでも、戦いに赴く決心をしていた。

もう優柔不断はやめだ。

大切な者を、これ以上失いたくない。その気持ちがアテナを頑なに決心させていた。

 

「どちらにしろ、装備を整え直さないとならないでしょう?ロカやレイラも行くの?マァムはどうするの?」

 

一瞬で決められる問題ではなかった。

いち早く行動を決めたのは、アテナだった。

 

「私は父に話をつけて来るから、ここに集合ね。勝手に行かないでよ」

 

そう言ってアテナは、ダマラを連れて、ルーラでパプニカ城に戻った。

 

王は早速とばかりに話を始めた。

 

「アテナ、よく戻ってきた。またモンスターが暴れているようだが、どういう事だ?」

「凍れる時間の秘法による魔王の封印が解けたようです」

「そうか…」

 

考えこむ王に、アテナは意を決して言う。

 

「お父さま、私、今度こそ勇者たちとともに戦いたいんです」

「なんだって?」

 

驚いて、しばし沈黙した王だったが、諦めたように言った。

 

「決心の強い目をしているな。どうせ止めても行くのだろうな。仕方あるまい」

「お父さま…!」

「ダマラはどうする?」

「お父さま。その事なのですが、正直連れて行きたくはないのです。命を賭けた戦いになるのは間違いありません。ダマラを守りながら戦うのは却って危険だと思うのです」

 

「そうか…それも仕方ないな。…そうだ」

 

思いついたように、父王はアテナを連れて宝物庫へ赴いた。

 

「何か気になるものがあれば持っていけ」

 

父の言葉に頷き、宝物庫を一通り眺めるアテナ。

数分眺めていると、奥の方から呼ばれているような気がした。

 

「えーと…これだ!」

 

アテナが見つけたのは、宝物庫の一番奥にあった宝箱だった。

開けてみると、そこには錆びついた剣が一振り入っていた。

 

「こんな錆びた剣が欲しいのか?」

「なんか、この剣に呼ばれた気がして…」

 

アテナは錆びた剣を手に取った。

その途端、剣に据えられていた宝玉が光輝き、錆びついていた剣はすっかり美しい剣に変化した。

 

「これは…おどろいたな」

 

父はしばらく絶句していた。

 

「この剣…すごく良い剣。お父さま、この剣、もらって行って良いですか?」

「あ、ああ…大事に使えよ」

 

アテナはこの剣が”すいせいのつるぎ”であると、何故かわかった。

すいせいのつるぎには、意志があるようだった。

言葉になるわけではないが、その意志を感じ取ったアテナは、よほどの時に限り使うと決め、剣を鞘に納め、腰に下げた。

 

「魔王を倒したら、必ず帰って来なさい」

「分かりました、お父さま」

 

その話を通りかかった母サラが聞いて、混乱したような声を上げて入ってきた。

 

「モンスターが歩きまわるのに1人で城の外に出るなんて!アテナが死んでしまったら、私は…!」

 

荒れ狂うサラを、ダマラがなだめる。

 

「大丈夫ですよ、王妃さま。アテナさまは必ず帰ってきます。信じましょう」

「ダマラ…」

 

お茶を飲む時間を設けて、サラが落ち着いたところで、話をつけた。

 

「必ず帰ってきてね」

「もちろんです、お母さま。ダマラ、お母さまの事、お願いね」

「かしこまりました。アテナさま、気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

そしてアテナがネイル村に戻ると、ロカとレイラは既にマァムをシスターに預ける決断をしていて、アバン、マトリフとともに装備品の調達について話し合っているところだった。

 

「アテナ、お帰りなさい。どうでしたか?」

「うん、一応、許してもらったよ。必ず帰ってくるようにってクギさされた」

 

アテナの旅立ちが許された事に、皆驚きを隠せない。

 

「王様、よく許したなぁ。…?それに、随分良い剣持ってるじゃねぇか?」

「これも父からもらった」

 

目を見開いて感嘆するロカを気にせず、アテナは続ける。

 

「装備品を調達する資金まで出してくれたよ。3万ゴールド」

「「「「3万………!!!!???」」」」

 

資金の豊富さに、またもや驚く4人。でも、これで装備品の調達ルートは決まった。

 

「ベンガーナのデパートに行くか」

「そうですね、1ヶ所で全て揃いますから、都合が良いでしょう」

「じゃあ、出発は明日だ。ロカ、レイラ。マァムとしっかり向き合っておけよ」

「ああ」

 

頷くロカとレイラ。

 

その晩はシスターも含めて7人で過ごした。

翌日、朝食を食べて片付けた後、パーティは出発した。

 

デパートで、主にアバン、ロカ、レイラの装備品を調達した。

マトリフの強い勧めで、アテナも鎖かたびらを下着と服の間に着込んだ。

 

装備を整えた後、カール城に行って、アテナ以外の面々はフローラに挨拶を済ませた。

パプニカ城にも立ち寄り、王との謁見を済ませ、正式に王の許可を取り付けた。

 

そして、まずは体慣らしも兼ねて、町々のモンスターを退治していくところから始めた。

 




大変久しぶりの続話投稿です。

ダイの大冒険ファンの方々には、「勇者アバンと炎獄の魔王」も読んでいらっしゃる方が多数いらっしゃると思いますが、この物語を書き始めた時にはまだ無かった作品であり、更にまだ完結していませんので、独自の展開を繰り広げて行きますが、アテナ視点での物語ということで、ご容赦いただければ幸いに思います。

…読んで下さる方がいらっしゃればの話ですが(汗)


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【27】見えないものを斬る…?

ある日の夕暮れ、ある森の近くで戦っていた時のこと。魔王ハドラーが手下のモンスターたちを連れて現れた。

そのハドラーの手下のモンスターの中には、見たことのないモンスターがいくらかいた。

 

「スモーク!ガスト!行け!」

「「「「「「ジョワワワワ!!」」」」」」

 

スモーク、ガストと呼ばれたそのモンスターたちは、襲いかかってくるや、とある呪文を唱えた。

 

「「「マホトーン」」」

 

アバンとアテナが見事にマホトーンの罠にかかり、呪文を使えなくなってしまった。

 

アバンはそれでもと剣で応戦したが、捉えられない。とにかく剣で振り払いながら後ずさる。

アバンの元にすかさず駆け寄り、モンスターたちを一掃するマトリフ。

 

「メラゾーマ!」

「「ギョエーーー!!」」

 

燃え残ったガストがアテナに襲いかかった、まさにその時。

 

「やぁっ!」

 

アテナはガストを剣で斬って退治した。

 

「剣で…!?」

 

アバンとロカが驚いていると、まだ残っていたスモークがアバンに襲いかかった。

 

「アバン、危ない!!」

 

駆け寄ったアテナによって次々と斬られるスモークたち。

我に返ったアバンとロカは、とりあえず敵を倒すべく、自分の倒せるモンスターを退治していった。

残る敵がハドラーだけになった時は、ハドラーとレイラは魔法力を使いきっていた。

 

「必ずまた会おう」

 

そう言ってハドラーはキメラの翼を使って去って行った。

 

全員がその場にへたり込み、特にマホトーンで呪文を封じられてしまったアバンとアテナは深く反省した。

その時、アテナに掴みかかった者がいた。

ロカだ。

 

「アテナ、さっきのスモークやガスト、どうやって斬ったんだ!?」

 

あまりの剣幕に、レイラが割って入る。

 

「ロカ!女の子に掴みかかるなんて!」

「ああ、すまん。つい…」

 

アバンも思うところがあったらしい。

 

「あれはどういう理屈なんですか?ぜひ教えていただきたいのですが…」

「…わかった。でも、このまま続行するのは無茶だよ。一晩休んでからにしよう」

 

誰もが納得したところで、町に戻り宿を取った。

 

「説明だけでも先に聞いておきたいのですが…」

 

アバンは珍しく焦っているようだった。

食事中にもかかわらず、説明を求めてきたのだから。

 

「夜中に無茶しないでよ!?」

「もちろんです」

 

しばらくにらめっこした上で、アバンが目を逸らさなかったので、アテナは話すことにした。

 

「闘気だよ」

「闘気!?」

「うん、闘気ってね、誰でも持ってるものなんだ。城の兵士たちが訓練していた時に、目を閉じて観察してみたんだけど、ちゃんと感じるものなんだ。」

「目を閉じて感じる…」

「うん、だから、その闘気をめがけて、自分の闘気を込めた剣をぶつければ、倒せるんだよ」

「なるほど」

 

しばらく考えたアバンは、ロカに向かって提案した。

 

「ロカ、明日から、しばらく特訓に付き合って下さい。」

「あん?かまわねぇが…どうやって特訓するんだ?」

「目隠しをして戦うんですよ」

「目隠しぃ?…なるほどな、目に頼らないで敵を見るって事か。よし、付き合うぜ」

 

話は決まった。

アテナは、瞑想しながらアバンとロカの訓練を監督する役割を、マトリフとレイラは魔法力の強化を、という予定が組まれた。

 

翌日は早朝から訓練が始まった。何しろアバンとロカのやる気がすごかった。

朝食を食べる前から訓練を開始した。

アテナは眠い目をこすって、それを眺めていた。

 

「こんなに朝早くから…やる気があるのは良いことだぜ」

 

とマトリフが言えば、

 

「でも、ちょっと朝早すぎない?アテナが可哀想だわ」

 

とレイラがぼやく。

それでもマトリフは意見を変えない。

 

「何言ってんだ。朝早かろうが夜遅かろうが、敵が来たら戦わなきゃなんねぇぜ」

「だからこそ、休める時は休んでおかないと…成長を妨げるわ!」

 

意地になって言い返すレイラに、マトリフはニヤニヤしながら言った。

 

「成長ねぇ。しっかり母親になってんじゃねぇか、レイラ」

 

話を逸らされたレイラは憤慨した様子を見せたが、2人もトレーニングを開始した。

 




どうでも良い余談ですが、物語の初め、転生する前、コンビニにパートに通っていたという記述がありますが、実際に私は当時コンビニに勤務していまして、その店は昨年閉店致しました。


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【28】空裂斬とアバンストラッシュ

目隠しをして戦うトレーニングを始めて、ほぼ一週間。

モンスターが現れない限り、アバンとロカはトレーニングを続けた。

 

先に闘気を掴み始めたのはロカの方だった。

 

「せやぁ」

「うお!?」

 

打ち込まれて、アバンは尻もちをつく。

 

「一休みしようぜ」

 

自分が出来ているから、きっとアバンも…などと楽観的に考えていたロカとは対象的に、いつまでも自分だけ出来ないアバンは更に焦りを募らせていた。

 

「どうして私だけ出来ないんだ…!!」

 

見かねたアテナがアバンとロカに近づき、声をかける。

 

「ロカ。目隠ししなくて良いから、午後は私と打ち合いしない?」

「ああん?アバンさえ良ければかまわねぇが…どうだ、アバン?」

 

アバンはアテナに何か意図がある事に気付いたらしい。

 

「その間、私は何をすれば良いですか?」

 

問うアバンに、アテナは答える。

 

「闇雲に打つから掴めないのかも知れないと思ってね。ロカと私が打ち合っている間、アバンには目を閉じて観察していて欲しい。なんなら目隠ししててもかまわない。慣れてくれば、どっちがロカでどっちが私かまでわかるはず。1ぺんやってみて損はないと思うけど…どうかな?」

「…。分かりました。そうしましょう」

 

昼食を取った後、ロカとアテナは打ち合いを始めた。

目隠しをしない真剣勝負。

目を閉じているアバンには、最初は打ち合う音だけが響いた。

しかし、日が暮れ始めた頃…

 

「ロカ、もう一度相手をしてくれませんか?」

 

目隠しをしながらアバンが言った。

 

「おう、いいぜ」

 

ロカも目隠しをする。

午前中までの、アバンの焦った表情がなくなった事に気付いたアテナは観察する事にした。

 

「さあ、いつでもかかってこい!」

 

そうして、アバンとロカの打ち合いが始まった。

 

午前中までとは打って変わって白熱した打ち合いになった。

目隠ししているとは思えないほど正確に打ち合う2人。

すっかり日が沈んだ所で、アテナが号令をかける。

 

「そこまで!!」

 

白熱した打ち合いを終えた2人は、この上ない程息を切らせている。

 

「アバン、掴めたみたいだね?」

「ええ、闘気が光って見えました」

「じゃあ、またスモークやガストに会えるといいね」

「何ですって?」

 

アバンはアテナの発言に困惑する。

会わなければ会わないに越した事はないのに、と…。

 

「あいつらの闘気は、ものすごく禍々しいよ。見ればわかる」

 

アテナの言葉に、真意を感じ取ったアバンが独り言のように言う。

 

「なるほど…私たちの闘気は光っている、対して敵のスモークやガストの闘気は禍々しい…という事は…禍々しい闘気は、光る闘気をぶつけることで消滅する…」

 

意を決したように、立ち上がるアバン。

 

「それでは、禍々しい、悪の闘気を、光る正義の闘気で斬る…この技を”空裂斬”と名付けましょう」

 

そう言い放ったアバンは、ここ最近では見なかったほど清々しい顔をしている。

 

「”空裂斬”ね…良いと思うよ」

 

アテナはそう言いながら、心の中ではガッツポーズをしていた。

 

翌日の夜、タイミング良く、再び魔王が現れた。

スモークとガストを含む、モンスターの軍勢を連れて…。

 

アバンもロカも、”禍々しい”の意味を痛感した。

スモークやガストだけではない。他のモンスターたちも、魔王ハドラーも、禍々しい闘気を放っていた。

 

スモークを”空裂斬”で仕留めたアバンは、何かを感じたようで、魔王に近づいたチャンスを逃さず、必殺の一撃を放った。

ハドラーが慌てて距離を取り身構えたので、倒す事こそ出来なかったが、今までのそれとは比べ物にならない破壊力にアバンは必殺技の完成を確信した。

 

見事モンスターたちを退けた勇者一行は、魔王を追い詰めたが、魔王は再び逃げていった。

 

「大地を斬る大地斬、海を斬る海波斬、空を斬る空裂斬…そして全てを斬る必殺の一撃…」

 

アバンは己の手を見つめながら感じ入っていた。

 

「私のアバンストラッシュの完成です」

 

そして、いよいよ魔王の根城を突き止めたいと考え始めたアバンは、世界地図を持って朝食に現れた。

 



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