旅の御伴は虎猫がいい (小竜)
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プロローグ
緋の眼と私の狂奏曲


 

 私の右手には、身長と近いサイズの大筆がある。

 私は念能力――虹色芸術(ナナイロアート)現実を侵食する妄想(ファンタジア)を発動。

 何も無い空中へ向かって、大筆を踊らせていく。

 具現化するのは、大切なあの人が使っていた銃を模したもの。

 

 リボルバー式の銃。

 

 目を閉じれば瞼の裏に浮かぶあの人の銃。描くのに要する時間は、1秒すら長すぎる。私は一気に描きあげた。

 空中の絵から、それは浮かび上がる。

 

 左手には念銃を、右手には大筆を。

 

  月の映えた夜空が見守る中、私は緋の目の男へと身を躍らせた。相手もまた動き始める。

 距離にして30mを保ったまま、円を描くように左右に凄まじい勢いで駆け始める。足元から細かな土煙がふわっと舞い上がった。

 

 初めに仕掛けてきたのは緋の目の男だった。中指だけを突き立てて腕を振るってくる。

 一見、その手には何も見えない。だが、私は凝を決して怠らない。故に見えている。

 それは捕らえられれば即詰みとなる一撃。

 

 ――束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)っ!

 

 私は咄嗟にその場を飛び退いた。半瞬前に私が居た場所を、鎖が抉り砂埃を上げていく。

 

 回避と同時に私は仕掛けた。

 

 念銃のトリガーを連続で引く。乾いた炸裂音が3発立て続けに鳴り響いた。

 弾丸は大気を切り裂く流星となって、緋の目の男へと飛翔する。

 

 ただの念弾ではない。一発一発にオーラを凝縮してあり、制約と契約により硬をまとった拳に匹敵する威力がある。当たれば堅での防御といえどダメージは通るし、おそらく緋の目の男の導く薬指の鎖(ダウジングチェーン)でも止められはしない。

 

 一方的な回避を強制されるはず。

 

 だが、さすが緋の目の男だ。避けながらも身体は前へ、前へ、前へっ!

 薄皮一枚の回避をしながら、攻撃のために間合いを詰めてきたのである。

 

 私は連続して残りの念弾3発を撃った。大気を震わせる炸裂音。だが緋の目の男にはあたらず、念弾は背後の大地へと吸い込まれていく。

 念銃の装弾数は6発。オートリロードにはたった5秒、されど5秒が掛かる。緋の目の男との戦闘で、5秒はとてつもなく長い。

 緋の目の男が間合いを詰めてくる。その距離はあと10mか。

 

 私は大筆を振るう。

 

 戦闘中において、筆を振るって描くなど命を捨てる無駄な振る舞いかもしれない。だが、それは一般的な話である。

 私はずっとずっと、大好きな絵を描き続けてきた。ゆえに筆で描くという所作のみ、たやすく秒針を置き去りにする。

 

 私がまず描くのは大きな石板。

 具現化して私の姿を緋の目の男から隠すと、さらに私自身を2人描く。

 私のコピーらは、私に向かって力強くうなづいた。私は念銃をコピーの一人に託す。

 

 その場に一人のコピーを残して、石板を緋の目の男へと蹴っ飛ばしてもらい、私らは緋の目の男へと姿をさらす。

 左から私が、右から念銃をもったコピーが、緋の目の男へ突っ込んだ。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 

 ――なんで、私らが戦わなきゃいけないのか。

 

 

 

 

 

 緋の目の男と私は、お互いが弾け飛ぶように後方へと距離をとった。

 私の左腕は折れ、奥歯は砕け、身体は自分のものじゃないみたいに重い。大筆を支えにして、私はかろうじて立っている。

 

 緋の目の男――クラピカも同様に満身創痍だった。

 

 お互いに肩で息をしている。喋るだけで喉が裂けて、血が出そうなほどに乾いていた。それでも私は言わずにいられなかった。

 

「ねえ」私の言葉にクラピカの身体がこわばった。「どうして、こうなるのよ……」

 

 私は搾り出すように言った。

 

「私はゴンと会えて良かった。

 キルアとレオリオと喧嘩できて面白かった。

 クラピカが少しずつ心を開いてくれるのがわかって、嬉しかった」

 

 クラピカが私を見つめてくる。そこにあるのは憎悪だけなのだろうか?

 少しだけ悲しみが帯びているように見えるのは、私のただの願望だろうか?

 

「ハンター試験の後にさ、あの娘を護るために、短い間だったけど5人で過ごしたじゃない? あの時は大変なこともあったけど、本当に楽しかったわ」

 

 それを楽しい思い出として、夢に見れなくなったのは……。

 

「世界にはたくさん人がいてさ……」

 歯車が狂い始めたのはいつからなのか。

「私に絶望を与える人がいた。生きるのが苦しくて、死んでもいいやって思った時があった。でも、手を差し伸べてくれる人も確かにいた」

 決して善人じゃなかったけど、仲間想いの素敵な人だった。

「私はあの人の生き方から、血の繋りだけが絆じゃないって、教えてもらったわ」

 私があの人の手をとった時から、こうなる運命だったというのか?

 

 

 私の右手の甲に彫られたクモの刺青を見つめる。「9」という文字が、滲んで見えた。

 気づけば私の身体は微かに震え、冷たい涙が溢れ出していた。

 

 

「パクノダさんを、あなたは殺した」

 

 

 涙を拭ってから、クラピカへと視線をぶつける。

 この世で一番、殺したい相手。憎くて仕方ない相手。パクノダを殺したクラピカを、私は絶対に許してはいけない。

 そのために受け継いだ「9」の数字。

 

 でも同時に思い出すのは、クラピカとの思い出だ。

 共に闘い、共に笑い、共にご飯を食べた日々だった。

 

「私は仇をとる……、あなたを殺さなきゃいけない」

「私にもキミにも、果たさねばならない誓いがある……。私は幻影旅団を全員狩らねばならない」

 クラピカが右手を構え直し、淡々と言葉を紡いでいく。

 

「それがリンであろうと、立ちふさがるならば排除するのみ、だ」

 やはり戦って相手を排除する以外に、己の正義を貫く方法はないのだ。

 

 

 

 

 いつから、

       歯車は、

             狂ってたんだろう。

 

 

 私がパクノダさんと出会った時?

 私が天空闘技場で真実を知った時?

 私がゴンたちと5人で生活していた時?

 私がハンター試験を受けようと決めた時?

 

 

 

 

 

 

 それとも……。

 

 



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旅は道連れ編
旅の始まり


 ゴンを殺せば、ジンはもっと私のことをみてくれるかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電車内から伺える景色。

 水平線まで続く大海原が、太陽の輝きできらめいていた。

 

 少々問題が起きて、ドーレ駅まであと少しというところで電車は停車している。

 もしも電車が動いており、規則正しい揺れがあったら、心地よい温かさのおかげでぐっすりと眠れたかもしれない。

 

 電車の座席は4人掛けのボックス席となっており、私は窓際に陣取っていた。

 わずかに開いた窓から入ってくる風は、爽やかさをもって私の頬を撫でていった。

 

 肩にかかるぐらいの長さの黒髪。

 少しばかりくせっ毛のある髪が、ゆらゆらと風に揺れた。

 飛ばされないとはわかりつつ、グレーのキャスケット帽を手で押さえる。

 

 それはジンから貰った大切なプレゼントだ。

 

 私は長袖の白い Tシャツに、ジーンズをあわせ、袖なしのロングジャケットを羽織っている。

 そんなすっきりとしたスタイルにも、キャスケット帽はちょっとだけ可愛さを加えてくれる。

 

 リン=フリークスは車窓越しに景色をぼんやりと眺めながら、ジンと一緒だったらなあと想像してみた。

 

 素敵な景色だねえと話せば、なんと返してくれるだろうか。

 世界をまたにかけて、あれこれ好きなことをしてる彼のことだ。

 こんな景色は見飽きてるだろう。

 それでもちょっと意地悪に笑って「いい景色だな」と返してくれる。そんな気がした。

 

 ついでに頭をポンポンと撫でてくれる。

 何回も想像もとい、妄想してみる。

 ……ふわっ、こりゃたまらないっ!

 

 ほとんどの人から、適当に生きてると思われているジン。

 そんな彼が、私には優しくしてくれる。

 そんな光景は、妄想するだけで身体が芯から熱くなる。

 そう。ジンの娘である私と、世間の彼に対する評価には、天地ほどに差がある。

 

 

 ジンは実のところ家族思いなのだ。

 

 

 放置しているようで、ゴンの動向だってよく知っている。

 ジンの元へは定期的にゴンに関する手紙が送られてきて、それをみて嬉しそうにするジンは、なんとも可愛らしい。

 

 私の記憶に一番残っているエピソードとしては、三年前のキツネグマ事件のことだろう。

 

 私はいつもみたいにジンの膝上にちょこんと収まり、一緒に手紙を読んでいた。

 内容は、何も知らないゴンがヘビブナの群生地に入り、キツネグマに襲われたというものだった。

 カイトという人に助けられたが、キツネグマの親は死に子供だけが残ってしまった。

 キツネグマは人に懐かない。

 だが、そのキツネグマの子供はゴンに心を許したという。

 

 「さすが俺の息子だろ?」

 

 そう言いながら、二カッと笑うジンの顔が、私は昨日のことのように忘れられない。

 他にもゴンに関するたくさんの手紙を、ジンと見てきたけど、手紙を見ている時はいつも子を思う親の顔だった。

 ハンター試験をゴンが受けるという手紙が来た時も「ゴン、やっぱり来るか」と嬉しそうに呟いていた。

 嬉しそうなジンの顔は私にとって喜ばしくあり、

 

 ……同時に悲しくもあった。

 

 だってそうだろう。

 ジンを笑顔にしているのは私じゃない。

 ゴンに関する手紙を読んで、ゴンを想って笑っている。

 

 

 私じゃ……ないのだ……。

 

 

 ダメだダメだ!

 ジンの側にいて、ジンを笑わせるのは、私じゃないといけない。

 もっとジンには私だけを見て欲しいのに。

 

 

 

 

 

 

 ゴンを殺せば、ジンはもっと私のことをみてくれるかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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リン=フリークス

 

「オマエは相変わらず、アホウだなあ……。この状況でよくもまあ、ろくでもない妄想ができるもんだ」

 

 このボックス席に私以外の人間は誰もいない。

 

 私の膝上から、呆れを通り越して、むしろ褒めているかのような声が投げかけられる。

 見下ろせば、そこにいる一人……、

 もとい一匹と視線がぶつかった。

 

 虎柄の猫のような、しっぽ付きの二足歩行の生物が、私の膝上で仁王立ちしている。

 キリっとした表情だが、さわればモコモコフワフワで、ギュッと抱きしめたくなる感触だ。

 

「なによ、マイコー。私が何を想像してたか知らないくせに、勝手にケチをつけないでよ」

「どうせまた、ゴンを殺すだとか、ジンに頭を撫でられるだとか考えてたんだろ」

「な、なんでわかるのよ」

「顔が百面相してたぞ。デレデレだったり、眉間にシワを寄せてたり。せっかく綺麗な顔してるのに、台無しだっての」

「う、うっさいなあ。別に私がどんな顔しようが勝手でしょっ!」

「ほんと、残念美人だよな」

 にゃふー、と独特なため息をつく1匹である。

 

「人の妄想ぶち壊しておいて、その態度……。マイコー、あんたゴンと一緒に3回ぐらい殺してあげようか?」

「つーか、殺そうとするなっての。『ゴンを頼むなっ!』ってジンに言われてるんだろー」

「う……」

 

 数日前、ハンター試験に出発する際にジンが「リン姉ちゃん、弟をよろしく頼むな」と言ってきたのだ。

 普段、姉ちゃんなんて呼ばないのに、こんな時ばっかり……。

 ジンにそう言われては、断るなんて出来るわけがない。

 

 そうやってまたジンに大切にされて……、憎たらしく思う。私のことは心配してくれないし。

 

「まあその話は置いといて、だ。あれをどうにかした方がいいんじゃないのか?」

 

 虎猫のマイコーは顎で、あっちを見ろと促してくる。

 

 電車の通路の先。

 隣の車両に向かう連結部には、アサルトライフルを構えた男がいる。

 周囲を見回せば、他の乗客は一様に皆が顔を青白くして、

 

「これからどうなるの?」「静かにするのよっ、騒いで撃たれたら大変なんだから」「まだ、死にたくないよ」「俺たち、どうなるんだ……」

 

 小さなざわめきと絶望があちこちで生まれていた。

 

 銃ってやっぱり怖いんだなあ、と再認識しする。そんな時、ふと目が合う男がいた。

 2つほど離れたボックス席、その通路側に座った男である。

 

 私はまず目を疑った。

 

 トランプのマークの入ったデザインの服に、頬に刺青なのかシールなのか、星と雫のようなマークがある男。

 総じてハイセンスすぎるコーディネートだ。

 視線がぶつかって目をそらすかと思えば、口角をニンマリと持ち上げる。

 

 

 なんだあれは。気色悪い。

 

 

 あそこまで堂々と見つめてくるなんて、もしかしたら知り合いだっけか?

 だが、あんな奇術師みたいな奴は一度あったら忘れないだろう。

 つまりただの危ない奴ということだ。目を合わせないに限る。

 

 奇術師を思考の外に追いやるために、アサルトライフルをもつ男を眺めて、三十分前のことを思い出してみた。

 

 車内は皆の楽しそうな喧騒に満ち溢れてたのに、前触れもなく電車が急停車した。

 最初は故障か、と思ったが違うのだった。

 客席から急に立ち上がった男の手に、アサルトライフルがあったものだから、大混乱が生まれた。

 そして一発の銃声によって静寂が訪れたのである。

 他の車両からも悲鳴が聞こえてきたので、この車両というより電車そのものが襲われたのだろう。

 直後の車内アナウンスでは、「ハンター協会と交渉するまでの人質」「大人しくしていれば、危害は加えない」「仲間の釈放を確認すれば解放する」とかなんとか。

 つまりはテロリストが、囚われの仲間のために起こした感動秘話といったところか。

 

「早く終わらせてくれないかなあ」

 私は口を尖らせて抗議する。

「ハンター協会に交渉するって言うけど、何もしないで待ってるだけじゃダメよね。全然、相手にされないもの」

 

 協会からブラックリストハンターでも送りまれてきて、鎮圧されるまで電車は動かないんじゃないだろうか。

 テロリストの皆さんは本気で仲間を取り返す気があるのかと、小一時間ぐらい説教したい。

 大事な人のために全力を尽くす。その熱さが足りないっ!

 

「リンだったらどうするんだ?」

 マイコーが腕を組んだまま、首を可愛らしく傾ける。

 

 もしも私なら。

 自分の大切な人、ジンを助けるためだったら。

 

「私ならさっさと解放してくれるまで、一分に一人ずつ殺しちゃうかな」

「ちょ、オマエはどうしたら一分一殺の境地にいたるのさ。不殺の信念はないのかっ!」

 

 顔を引きつらせているマイコーのことが、私は不思議でしょうがない。

 人質がいるのに利用しないなんて、むしろ交渉の足枷以外の何者でもない。

 

「助けたい人がいて、相手を交渉の土俵にあげるのには効果的でしょ」

「殺される奴らの立場になってみなさいな!」

「うーん、でも囚われのジンを助けるためなら、犠牲もいとわないし」

 

 ジンを助けてその感謝の証として、たくさん撫でてもらえるならば、犠牲も仕方ない。

 

「ものすっっっごい、話がすり変わってるんだがっ!? オマエはマジで人としての思いやりのネジが五本ぐらい足んないと思うよっ!?」

 

 人外に人道を説かれるとはこれ如何に。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「それで、どうするんだよ?」

「どうするって?」

「このままでいいのか? オイラたちは行く所があるだろ?」

「うーん、そうよねえ……」

 

 私らはハンター試験を受けに行く途中だ。

 試験会場は自分で見つけろという、いかにもハンターらしいやり口だ。

 通知書には試験開始の日時と大雑把な場所しか書いてない。

 きっとこれも試験の一環なのだろう。

 試験会場はザバン市のどこからしい。

 だから私らはまず、その手前にあるドーレ港を目指している。

 

「面倒事は嫌だし……、まだ時間もあるからほっときましょ」

「それでハンター試験に遅刻したら笑えるなあ」

 やれやれといった様子で、マイコーはため息をつく。

 

 なんとなく気分が乗らないので、一眠りぐらいしようか。

 その間に誰かが解決してくれると嬉しい。そんなことをぼんやり考えていると、

 

「おかあさん、おしっこ」

 

 通路を挟んだボックス席、そこにいた女の子が立ち上がった。

 5歳ぐらいだろうか?

 恐怖の涙をこぼしながらも、トイレも我慢できないといった様子である。

 

 母親がなだめているが、女の子が落ち着く様子はない。やがて耳をつんざく泣き声を発した。

 

「なにしてやがるっ! さっさと黙らせろっ!」

 

 銃を抱えた男が前から近づいてくる。女の子のそばに立つと怒声を浴びせ始めた。

 母親が女の子をかばうように抱えて、少しでも泣き声を抑えようとするが、逆効果だった。

 

 濁流のように泣き続けた。

 

 銃を持った男は母親から、女の子を引き剥がした。

 男が右手を高々と振り上げて――。

 

 瞬間、私の身体は考えるより早く、動いていた。

 

「な、なにすんだ――いてててててっ!」

 私は男の右手首を掴んで捻り上げ、

 

 

「小さい子を泣かすんじゃないわよっ、3回死んどけっ!」

 

 

 思いっきり足を払って、派手に転倒させてやった。

 さらに後頭部を思いっきり踏んづけるオマケ付きだ。

 驚きのあまり女の子は目を丸くして、泣くのを忘れてしまったようだった。

 

「おい、結局、メンドーごとに首突っ込んでるじゃないか……」

 

 マイコーの呆れた声が聞こえる。

 そんなこと言われても、どうにも小さい子供の泣き声を聞くと黙ってられないのだ。

 泣かしてる奴がいると殴りたくなる。

 

「うっさいわよ。気づいたらやってたんだから、仕方ないじゃないっ! こうなったら……、逃げるわよっ!」

「荷物棚のあれ、忘れんなよ」

「はあっ? 忘れるわけないでしょ」

 

 マイコーに言われ、 1.3mサイズの縦長の黒いケースを右肩にかけ、マイコーを左腕で抱える。

 だが、気絶してなかった男が立ち上がり、憤怒あらわにした。引き金へと掛けられた指が、わずかに力むのを私は見逃さない。

 

 叩き込まれた反射的な防衛反応は、

 思考速度を軽く凌駕する。

 

 音もなく跳ね上がった左足。

 その爪先は風を切り裂きながら、眼前の敵の右頬を打ち抜いた。

 頚椎が捻じ曲がる感触が足に残る。

 

 男の身体はぐるりと一回転し、不器用なダンスを踊った。

 直後、天井に向けての発砲。

 一瞬の間に繰り返される銃声と共に、

 電車の天井に無数の穴が開いていく。

 

 私は銃身を掴みとり、男の身体を思いっきり蹴飛ばした。

 死体が連結口へと吹っ飛んでく。

 私は銃を無造作に放り捨てる。

 

 失敗しちゃったと、私は小さく舌打ちをする。

 確かに男は死んだ。

 しかし、死の際に起こった筋収縮が引き金を引かせてしまったのだ。

 こういうところは、まだまだ実戦不足だなあと反省。

 

「にゃんだよ。ここにテロリストたちを集めたいのか?」

「そんなわけあるかっ!」

 

 隣の車両に目を向ければ、案の定、銃をもった輩がこちらの車両に向かって来る。

「リン、あっちからも来るぞ」

 逆方向の車両扉が開き、数人の男がなだれ込んで来た。ご丁寧に銃でコーディネートしている輩ばかりである。

 

「ああもう、そんな格好じゃ異性にモテないんだからねっ」

 

 突入してきた男らとは距離がある。

 しかも左右に避けるには狭すぎる電車内。

 他の車両からも増援が来そうな始末だ。

 さて、ちょっとばかり面倒な展開。

 とりあえず、足元の死体を思いっきり投げつけて足並みを乱すか――。

 

 ふいに身体の芯を凍りつかせる、

 おぞましい何かがまとわりついてきた。

 

 呼吸することすら許されず、自身の身体から意識が引っこ抜かれたように動けなくなる。

 男らと私の間にいた奇術師が、席から立ち上がった。

「リンっ!」マイコーの叫びで我に帰る。

 

 奇術師は軽やかに腕を振るう。

 一振りにみせかけて……、腕を三回は振るったか。

 

 ただのトランプのはずなのに、テロリスト三人は見事に切り裂かれて、床へと崩れた。

 あれはまずい、ただのトランプではない。

 凄絶な殺意が込められ、触れるもの全てを容易く切り裂く刃そのものだ。

 

「いやあ、キミの動きが面白かったから、ついつい見ちゃってたんだけどね ♠」

 奇術師はトランプを両手で弄び、静かに笑みを浮かべている。

「なんかねえ、ボクも楽しくなってきて……、我慢できなくなっちゃった ♦」

 

「リン、たぶんだが……、あれを投げてくるぞ」

 私は縦長のケースを床へ下ろした。

 マイコーを右手に持つ。

「ちょっと、リンさん? お尻を持たれたら動けないんですけど」

「やるわよ、あわせなさい」

「にゃんですとー!? 絶対、逃げるのに専念した方がいいと思うぞっ」

 

 回避に専念するのが正しいと理解はしている。

 だが、感情は抑えられない。

 

 あいつは私に何をしようとしている?

 上から目線で、値踏みして、殺そうとしている?

 なんでも思い通りになると考えている輩。

 世界の全てを支配しているかのような勘違い野郎。

 私はそういうのが大嫌いなのだ。

 

 

 そういう相手は、1に殴って、2に殴って、3・4も殴って、5も殴る!

 

 

 奇術師はスペードの4を見せつけ、下段に構えて。

 私はマイコーを持つ右手を大きく振りかぶって、地面を蹴破る程の力で左足を踏み込む。

 

 その刹那。

 

 疾っ、奇術師の腕は目に止まらぬ速度で振るわれた。

 トランプが死の気配をたずさえて迫ってくる。

 かろうじて目で追えるトランプ。

 その軌道を予測。狙いはどうやら顔。

 

 私の下半身は大地に根の貼った巨木のごとく揺るがず、上半身は柳のごとく左へとしならせる。

 投擲の流れは美しいままに。

 トランプが私の頬を浅く切り裂くのとほぼ同時。

 私は腕の勢いを殺さず、奇術師の顔面めがけ……。

 

 発射っ!

 

 マイコーは私の腕の振り抜きにあわせ、体勢を整えて全身全霊をもって跳躍する。

 奇術師の間合いにマイコーが入っていた。

 入る寸前には、奇術師はもう動いていた。

 右片手でのガード。

 こんな小さな生物、受け止めれば良いという気の緩み。

 

「わおっ ♥」

 

 弾丸のごとく特攻させられたマイコーの一撃は、奇術師の右手を容易く押し込み、頬への痛烈な一撃を与える。

 油断に突き刺さる会心の一撃。

 

 

 だが、しかし。

 

 

 マイコーは着地と同時に後方へステップし、私の腕の中へと戻ってくる。

 

「やるじゃないか ♣」

「あんた……もね」

 

 私とマイコーの連携技。

 鉄をひしゃげる程度の威力はあるはずだ。

 顎が砕けて喋れなくなっても、おかしくないというのに。

 奇術師は少しよろめくも膝は屈せず、唇の端から流れる鮮血を拭っただけだった。

 

「でも、まだまだ青い ♠ もっと成長しないとね ♣」

「随分とおしゃべり好きなのね」

 

 私は揺らいだ心を押さえ込み、構え直す。

 こんなところで立ち止まっている場合じゃない。

 ジンは世界でも最高のハンターだ。

 そんなジンに私はあちこちに連れて行ってもらった。

 遺跡の修復や未開の地の探索、海の財宝の発掘。どれもがワクワクの連続だった。

 

 

 憧れのジンに少しでも近づきたい。

 

 

 そのためにもハンターになるのだ。こんな変人に負けてられない。

 私は構えを崩さず、奇術師の一挙一動に目を向ける。

 隙あらば、マイコーとの連携でもう一発叩き込む。

 しかし奇術師は、口元に手を沿え何かを考える素振りをするのみ。

 

 

「少し話そうか ♠ とりあえず煩いのを排除してからね ♦」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 電車内のテロリストたちが排除されるまでは、あっという間だった。

 仲間思いのテロリストたちは、本当にご愁傷様である。

 

 ちなみに私は何もしていない。

 奇術師が別の車両に行ったかと思うと、悲鳴が数回こだました。

 しばらく静寂が続いた後、笑顔の奇術師が戻ってきたのである。

 

 結局、電車は降りて、線路沿いの道をなぜか二人と一匹は並んで歩いている。

 あのまま電車に乗っていたら、周りの人間に視線を向けられる続けることになる。

 そんな居心地の悪い空間は嫌だ。

 

 しかし、この奇術師は何を考えているのか。

 

「キミ、名前は?」

「リン=フリークス」

「素直に教えてくれるなんてね ♦ くくく、キミは可愛いなあ。いいのかい? 知らない人間に簡単に名前を教えちゃって ♥」

「そうだぞ。世の中には悪い奴がたくさんいるんだ。簡単になんでも答えちゃダメだって」

 

 奇術師とマイコーにたしなめられる。

 

「う、うるさいわねえ、二人とも地獄をみたいの? ……それよりあんたはなんて名前なのよ」

「ボクはヒソカ=モロウだ ♣」

 

 あんなことを言っておいて随分と素直に教えてくれるものだ。

 いや、もしかしたら偽名なのかもしれないが。

 

「それにしてもキミは魔獣を飼っているんだね ♣ 面白いじゃないか♥」

 ヒソカはマイコーを舐めるように見つめる。

「魔獣? マイコー、あんた魔獣なの?」

「魔獣じゃないのかい?」

「うーん、オイラはオイラじゃないか?」

「それもそうね」

 マイコーが魔獣なのかは、よく知らないが、私にとっては昔から一緒にいる相棒だ。

 誰よりもすごく頼りになる。

 

「なんだか面白いコンビだね ♣」

 クックックとヒソカが笑う。

「それで、ヒソカ? 話ってなによ?」

「たぶんだけど、キミもハンター試験受けに行くんだろ?」

 

 げげげっと内心で悲鳴を上げる。

 まさかヒソカもハンターになろうとしてるの?

 

「ハンター試験会場まで一緒に行こうよ ♥」

「はんたー試験ってなによ? 美味しいの?」

「くくく、キミは嘘が下手だなあ ♣」ヒソカは意地の悪い笑みを浮かべ「というわけで、ボクはキミについていくことにしたよ ♦ キミと……、いや、キミらといると面白そうだ ♥」

 

 足元のマイコーを一瞥し、「キミも美味しそうだ」とか呟いている。

 ついてくるなと言ったら今すぐ殺すよ、とヒソカの瞳が語っている気がする。

 

 にゃふーというため息が、私の気持ちを代弁していた。

 

 

 

 




何話か書き溜めしつつ、マイペースに投稿させていただきます。
週1回ペースで更新できたらいいなあ。


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魔獣の住む森

 

 これは、いつかどこかであった光景。

 これは、真実の記憶。

 

 

 

 枝葉の隙間から穏やかな陽光が差し込んでくる。

 切り株に腰をかけて、本を読む男がいた。森の動物にとって人間は外敵だというのに、動物たちが男を警戒する様子はない。小鳥は男の帽子で羽を休め、うさぎは自由気ままに草を食べていた。

 おとぎ話の一幕のような、穏やかな空気だった。

 そんな世界で、女の子は元気いっぱいに駆けてくる。

 女の子に驚いた小鳥は、慌てて空に舞うのだが、遠くへ離れることなく近くの枝へとまる。

 

「ねえ、ジン。いっしょうけんめいに、かいたんだよ~、みて~みて~」

 

 右手に小さな筆を持ち、左手に紙を持った女の子。まだ幼さを残した顔立ちの女の子は、ニコッと満面の笑みを浮かべていた。

 

「おーう、リン。……って、どうしたんだよその顔はっ」

「えー? なんかへん?」

「なかなかいい感じのアートになってんだよ。笑えるなっ」

 

 男は足元へ駆け寄ってきた女の子を抱え上げ、鼻を人差し指で軽く撫でた。女の子の鼻には黄色の絵の具がちょこんと付いている。服も腕も、赤い点々であったり緑の曲線であったり、様々な模様があった。

「えいっ」

 少女は筆で男の頬を撫でた。頬に黄色の絵の具がぺったりと塗られる。

 

「あははははっ、ジンもいっしょー!」

「オメエはなにすんだよっ」

 

 男は苦笑しながら、女の子の額をトンっと突ついた。

 少女はにこにこと笑顔のままだ。

 

「今日もたくさん絵を描いてたのか?」

「うんっ! たくさんかけたよっ! たのしかったっ!」

「そりゃいいことだ」

 

 男は女の子の頭をわしゃわしゃと撫でる。少し力強いが、女の子は心地よさそうに目を細めた。

 

「今日は何を描いて見せてくれんだ?」

「これっ」

 女の子は描いた絵の一枚を男へと渡した。

「オメーは相変わらず絵がうめえなあ」

 

 女の子が描いた絵。それはただの絵という表現には収めきれない。

 男の全体像が紙に描かれているが、服の質感から肌の張り、髪の繊細さまでがリアルなのだ。

 小さな世界に複写された現実と言っても過言ではない。

 紙に描かれた世界。男と女の子が手をつないでいる。女の子のもう片方の腕には、彼女がどうにか抱えられるぐらいの虎柄の猫が収まっていた。

 

「これがジンで~、これがわたし~、これがマイコー」

「マイコー? こいつに名前をつけたのか」

「そうなのっ。マイコーはとってもつよくて、わたしのそばにいてくれるのっ」

「そうか。マイコーをたくさん大事にして、たくさん描いてやれよ」

「うんっ!」

「いい返事だ」

 男は爽やかな風のような笑みを浮かべた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 ドーレ港よりザバン直行便のバスはあったのだが、どうやら初心者トラップらしいと噂を耳にした。ヒソカは「どんな罠なんだろうねえ ♣」と興味を惹かれていたが、とりあえず行きたいなら勝手にすればいい。ついでにトラップで殺られてしまえばいい。もっともヒソカなら、トラップそのものを破壊しつくすだろうけど。

 

 情報不足で手詰まりになってたのだが、そこでふと思い出したことがあった。

 ジンの昔話。ハンター試験会場に行くために、山頂の一本杉を目指したことがある、と。

 ドーレ港から見える遠方の山々。その一つの山頂に、明らかに目立つ一本杉があった。

 

 あれがジンの目指した杉なのか? 確証はないけど、本当にジンが目指した一本杉と同じだとしたら?

 ジンが冒険したとの同じ場所を味わえる。これ以上の至福があるだろうか? いや、ないよっ!

 

 そんな軽いノリで目指した先には、町……らしき場所があった。

 かなり寂れており、あたりには人影もなく、割れた酒瓶が無造作に転がっている。なにより空気が埃っぽい。パッと見では人がいない。だが実際は、息遣いや小さな衣擦れの音がする。これで隠れているつもりなら、へそが茶を沸かすレベルだ。

 やがて老婆を先頭に、変なマスクをかぶった連中が姿を見せる。そして老婆が前触れもなく喋り始めるのだった。

 

 「ドキドキ二択ク~~~イズ! まずは小娘に出題じゃ。お前の父親と恋人が悪党につかまり一人しか助けられない。父親と――」「父親っ!」「恋人のどち――」「だから父親っ」「最後まで質問を――」「ジン以外は考えられないってばっ!」「……通りな」

 

「ドキドキ二択クイズ……。今度は男に出題じゃ。お前の母親と恋人が悪党につかまり一人しか助けられ――」「どっちもいらないよ ♥」「母親と恋人のどち――」「皆殺しに決まってるじゃないか ♣」「最後まで質問を――」「じゃあ通るね ♦」「……」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「おい、オマエら……。あの婆さん、あまりにも可哀想だったぞ。人の話は最後まで聞けって習わなかったのか」

 私の肩に腰掛けたマイコーが呆れ口調で話しかけてくる。

「最後まで聞いたって、答えは一緒なんだから、いつ答えたっていいじゃない」

「どのタイミングで答えるかは、ボクが決めることだ ♠」

「婆さんは通してくれたけど、この道は絶対正解じゃないと思うぞ。婆さん、最後にボソッと『魔獣に食われちまえ』って捨て台詞を吐いてたしなあ」

 

 マイコーの言葉に、改めて「この道」を眺めてみる。

 魔獣注意と設置された看板。生い茂った木々はどれもが、光を拒絶している雰囲気がある。

 湿った空気が身体にまとわりついてくる。こんな場所にいたら、身体にカビでも生えてきそうだ。

 

「この臭い…… ♠」

 

 さすがのヒソカも長居したくないはず。

「とっても心地よいねえ ♣ 勃っちゃいそうだよ♥」

「あんた、脳みそが腐ってるんじゃないの?」

 

 私はヒソカに向かって、あっちに離れろと身振りで示す。もちろん言うことを聞くヒソカではない。

 なんだか風が血生臭い。どうやらヒソカはこの臭いに欲情している様子。変態の感性は一生理解できないだろう。

 はてさてこの血の主は、魔獣に殺された人間か、魔獣自身か、両者なのか。

 右背後の草むらがガサリと揺れた。

 私はさすがに焦った。ちょっと、嘘でしょ? こんな近くまで接近していたのに気付かなかったなんて。

 私は突っ込んできた「それ」の一撃を辛うじて躱す。

 私の隣にいた、警戒を疎かにしたヒソカ。「それ」は目標を変え、愉悦に浸っていた彼の脇腹を鋭い爪で薙いだ。

 二足歩行を獲得し、容易く人を噛み殺す獣――ライオウガである。オスは立派なタテガミを持ち、鋼すら噛み砕く牙を持つ。一匹のオスを頂点として、多数のメスが狩りを担当する。鋼こそ砕く牙はないが、メスは集団で連携をとり、獲物を追い詰める知能を持ち合わせる。村一つがライオウガの群れに滅ぼされることもあるという。やっかいな相手だ。

 

「ヒソカ、生きてるっ?」

「心配してくれるんだね? 大丈夫 ♣」

「こらライオウガ! 生きてるじゃないっ。ちゃんと急所を狙いなさいよっ!」

 

 見ればヒソカの身体どころか、服にも傷一つない。あの状況できちんと避けていたようだ。

「うにゃ~、そんな冗談言ってる場合じゃないぞ。オイラたち、いつのまにか……」

 周囲から多数の殺気が沸き上がってくる。これは、囲まれているようだ。

 いつもならば、殺気を放つ獣をこれほどまでに近づけることはない。この森が持つあらゆる要素が、五感を狂わせているのだろう。

 しかし、これはある意味、チャンスとも言える。ライオウガの群れに襲われれば、ヒソカもひとたまりもないだろう。

 

「ギャオオオウ!」ライオウガの頭が宙を舞う。

「グギョアウア!」ライオウガの胴体が縦真っ二つに割かれる。

「ガウワギャウ!」うわっ、タテガミ付きのライオウガが牙ごと真っ二つにされたっ!? そのトランプはどんな強度なのよっ!

 

 ふっ、どうやら短い夢だったらしい――って、きゃああ! トランプ片手に暴走しているヒソカが、こっちに迫ってくるっ。獣の血の匂いに酔って暴走しているのか――ひょええ! 髪が数本切り裂かれたっ。このままだとライオウガ共々、森の栄養にされてしまうっ。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 割れた窓を木の板で補強している、そんな荒廃した一室にて。

「お前たち、なんちゅうことをしてくれたんじゃぁぁぁ!」

「いや、むしろ私も被害者なんだけど……」

 ナゾナゾを出題してきた老婆は、細かったはずの目を見開き、血走らせながら怒鳴りつけてくる。あんまり怒ると血圧上がって死んじゃうから、落ち着け婆さん。

 暴走するヒソカを森に残して、荒廃した町まで、命からがら逃げることには成功した。

 血に酔ったヒソカは、向かってくる相手なら誰でもいいらしく、私だけにこだわらずライオウガを含めた獣を殺しまくっていた。

 

 もしかするとヒソカから逃れられる? ラッキー! と思っている時間もあったのだが。

「魔獣が森から逃げ出して来たではないかぁぁ。町はめちゃくちゃじゃ! 責任をとらんかぁぁぁ!」

「元からめちゃくちゃに近い状態だったでしょ……」

「なんか言ったか、小娘ぇ」

「な、なんにも言ってないわよ?」

 妙に迫力のある老婆に気圧されてしまう。

 

「このままじゃ、この町は全滅しちまうわいっ」

 名だたる獣らをごぼう抜きにして、森の強者ランキング一位になったヒソカ。

 はじめこそヒソカに襲いかかっていた獣たち。

 だが、どうやら獣とて命は惜しいらしい。今となっては、森は地獄と化し、生態系は崩壊。命からがら逃げ惑う獣が続出しているのだ。森が危険となれば、町の方へと流れてくるやつもいるわけで。

 

「ともかく、あの馬鹿者をどうにかせんかっ。お前の連れじゃろ!」

「ええっ、連れじゃないってばっ! 私にとっても悪質で変態なストーカーなんだけど。っていうか、ハンター試験受けに行くのに忙しいんだけど」

「ハンター試験? そんなものお前は失格じゃっ」

「ど、どうしてそうなるのよっ」

 

 無関係の老婆に、そんなことを言われるのは納得いかない。

「にゃるほど」頭をポリポリとかくマイコーが言う。「この婆さんがした質問。あれもハンター試験の一種だったってことだな」

「そっちの小さいのはよくわかっておるの。ワシが今すぐにでも連絡すれば、今年の受験資格は失われる」

 

「ということは、まだリンの受験資格は失われてないんだな」

「ということは、この婆さんを排除すれば全部なかったことにできる?」

 

「どうしてそうなる、このアホウっ」ゲシっとマイコーに足を蹴っ飛ばされる。「ちょっと静かにしてろ」

 マイコーはトテトテと老婆に歩み寄る。

「じゃあ、あの暴走したヒソカをとめたら、ここでの試験は合格にしてくれよ」

「ダメじゃ。もとから自分らで蒔いた種じゃろ。自業自得じゃ」

「なら、リンはヒソカを絶対に止めにいかないぞ。コイツは慈善事業するような奴じゃないからな」

「むぅぅ……」

 老婆が顎に手を添えて悩み始める。

 

「リンもヒソカをとめるしかないぞ。ハンターになりたいんだろ?」

「ううぅぅ……」

 ヒソカと戦うのは、とても面倒で嫌なのだが。

「倒せっていうわけじゃない。我に返せばいいんだ。数発叩き込めばいいんじゃないか?」

「殴っても止まらなかったらどうするのよ。殴られたことでキレたら?」

「たぶんだが、それはないと思うぞ。アイツが殴られたぐらいでリンを殺すつもりなら、電車の時にやってるだろうし。ヒソカは容赦なく皆殺しにするわけじゃない。なんというか、気に入った相手は、とりあえず殺さないみたいだ。まあ我に返るまでは、油断できないけどな。それに電車の中じゃ使えなかった、アレもあるだろ?」

 

 

 マイコーの『アレ』という言葉に、私は右肩にかけた縦長の黒いケースに手を伸ばす。

 ジッパーを降ろして、私の愛用の武器を右手で持てば、その重みがズシリと心地よい。

 長さ1.1メートル、総重量50キロ。筆には伯銀狼と呼ばれる魔獣の体毛を使っている、

 持ち手部分の軸は片手で掴めるが、穂先に向かうにつれて少し太く、また重量が増えていく。

 穂先は尖ってまとまりがあり、流線型の円錐形もたもたれ、弾力も程よくコシを維持し、穂全体としての美しさも兼ね備える。

 破壊的なものを内に秘めながら、良質な筆の形とされる四徳も損なわない。

 その筆の名前は、雪月花(せつげっか)という。

 

 

 




文章の見やすい構成に悩みますね……
他の作者さまを参考に、所々で一行の空白とか少し空けてみましたが……

とりあえずおためしで他の話も修正してみます。


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雪月花

 「これでどんな絵も描けるようになればすげえな」とジンから雪月花(せつげっか)を貰ってから五年が経つか。

 

 当時、 9歳の小娘である。50kgなど持てるはずもなく、それでも無理をしたら、雪月花に潰されかけたのも1度や2度ではない。近くにジンがいてくれなかったら、人生終了のお知らせだったろう。

 重くて持てない。だが、「雪月花を使いこなせればすごい」というジンがいる。

 

 答えはシンプルだ。

 ならば持てるようになるために、身体を鍛えればいい。

 

 時には食事をするのを忘れるくらい没頭した。キツくないのか? 答えは NOである。

 身体を鍛えるのは楽しかった。少しずつ雪月花を持てるようになる自分がいたから。

 だが、ようやく雪月花を持てるようになっても、持てることと絵を描けることは別である。

 

 雪月花で絵を描こうとすると、絵にすらならなかった。

 

 描くということは、時に穂先を繊細に扱い、時に穂全体を力強く大胆に扱うことだ。

 50kgの雪月花をそのように扱うには、ただの持ち上げる以上の腕力と精密な操作性が必要なのである。

 身体を鍛えつつも、絵を描き続ける。時には1日、2日、3日……と休むことも忘れ、狂気に近い時間を楽しんで、力尽きて泥の様に眠る。それの繰り返しだ。

 確か夢の中でも描き続けていたように思う。

 絵が上手くなるたびにジンが褒めてくれた。

 いつ思い出しても、褒められた瞬間は言いようのない喜びに満たされていく。

 

 そんな日々を過ごし、いつしか雪月花をどちらの片手でも描けるようになっていた。

 ただし、様々な色の塗料を使用して、紙の上に描くという条件付きで。

 私は思う。なぜ紙がなければ描けないのか。塗料がなければ描けないのか。

 ジンは不思議な力を持っている。それは念というらしいが……。

 たぶん、念という力があれば、どこにでも絵が描けるようになるはずだった。

 だけどジンは念を教えてくれなかった。

 それじゃあ仕方ないや、どこにでも絵を描くのはあきらめよう……、なんて思うはずがない。

 

 私は描きたいっ!

 ジンが喜んでくれる絵をいつでもどこでも描きたいっ!

 描きたい描きたい描きたい描きたい描きたい描きたい描きたい描きたい描きたいっ!

 

 私は塗料を何もつけず、ただひたすらに地面に雪月花を走らせ続ける。

 思い続けるのは穂先から色が生まれてくるイメージ。

 ジンはそんな私のことを見て、止めもしなければ、助言もくれなかった。

 そして私が初めて雪月花から様々な色を生み出せるようになった時。

 あのジンが珍しくきょとんとしてから、「マジか! 予想以上なところまでいきやがったなっ」と腹を抱えて笑った。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ヒソカを止めて、森の平和を取り戻す。

 そんな強制イベントに巻き込まれたが、こうなっては全力を尽くすしかない。

 

 ヒソカの強さと変態性、実戦経験については疑うところもなく、私よりは上だ。これが断言できる情報。格上の相手で、他者を殺すことに慣れすぎている。

 興味を持った相手に対しては、即殺すこともないようだが、興味を持たれた私だから安全という考えは捨てなければならない。

 

 甘えは瞬時の反応を鈍らせる。

 

 よって最悪を想定して動くならば、命のやり取りを想定すべきだ。

 正直、殺し合いなら勝ち目は薄いが……、こちらの勝利条件は殺すことではない。

 もちろんあの変態ピエロをこの世から抹殺できれば、平穏になるのは間違いないが……。

 

 勝利条件は、再びヒソカに私は生かす価値があると思わせること。

 

 そのためにはこの前、一撃を叩き込んだ以上のインパクトを与えなければならない。

 幸いなことに今回は雪月花を使用することができるし、あれこれと仕掛けを作る時間もある。

 あの変態ピエロを罠にはめて、一泡吹かせてやるのだ。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 <ヒソカ side>

 

 月は雲に隠れ、空は黒幕が張ったかのように暗く、星屑のかけらもない。

 

 血の匂いは好きだけど、やっぱり獣相手じゃイマイチ興奮しないなあ。達成感がないから、ボクのあれも全然勃たないし、そろそろ飽きてきたなあ。そんなことを思って、トランプに付いた血を舌で舐めていた時である。

 

 挑発的な殺気が背後で生まれた。身体を捻ると同時に、迫る物体を確認。暴力を凝縮した勢いで迫るのは拳大の石。ボクはひょいと右に首を傾けて躱す。木に石がめり込む鈍重な音が響いた。

 直撃していれば顔面を粉砕されたかもしれない威力音。

 

「やあ、リンじゃないか ♥」

 30m離れたところに少女がいた。

 

 美しい、とボクは思った。その美しさは宝石なんていう煌きとは違う。

 少女は女性としてのしなやかさと膨らみを持ち合わせ、肌は清流のような美しさを持っていた。かといって決して印象は脆弱ではない。美の内側には、野生のような力強さを秘める肢体がある。感情が透けて見える素直な瞳には、強い意思を秘めており陽光のような輝きが宿っていて、どこまでも真っ直ぐに、ボクのことを射抜いてきた。

 

「そんな目で見つめるなよ ♠ 興奮しちゃうじゃないか ♥」

 

 ボクは舌なめずりをした。

 あれは最近手に入れた青い果実だ。大事にしなきゃならない、壊したい、大事にしなきゃ、壊したい……。ああ、ボクはどうすればいいんだっ!

 リンの姿がすっと木に隠れていく。木々に乗じてくるつもりかと思えば、気配は離れていく。だが、戦闘の意思は保ったままに。

 

 誘っている? ああ、そうか。

 リンもボクとやりたいんだねっ!

 

 そうして始まった楽しい鬼ごっこ。

 木々の合間を縫うように駆け、時に枝の反動を利用し身体を宙へ跳ね上げ、木の上に登る。

 すぐさまに枝の上を、跳躍、跳躍、跳躍。

 今度は地面へと飛び降りる。

 着地の勢いすらバネとして、弾けるように駆ける。

 地面から枝へ、枝から地面へ。

 リンは勢いを削ぐことなく、迷いもなく闇夜の森を疾駆する。

 

 ああ、とってもいいよ、リンっ。こんな慣れない状況下で、そんな動きを見せてくれるなんて。ボクの目に狂いはなかったっ! さあ、まだまだ楽しませてくれるんだろう?

 感情がどこまでも高まって、体内で幸福を感じさせる物質が広がっていく。

 ボクはひたすらにリンだけを思い、彼女が通った足場を全てトレースしていく。

 追いついてリンを殺りたいっ!

 気づけば芽生えた殺意がすくすくと成長していた。

 リンとの距離が2mまで縮まり――。

 

 刹那、リンがわずかに身体を沈み込ませ、長い跳躍の体勢に入る。瞬時にその理由を、前方にある大きな穴のせいだと把握。

 ボクも跳躍体制に入る。

 このままの勢いならジャンプしたところで、ちょうどリンに追いつけるなあ。そのまま抱きついてトランプで頚動脈を切る。

 ああ、それは素敵なアイデアだ。

 短い間だったけど、楽しかったよリン。そしてさよならだね。

 ボクは秘めた殺意と共に、宙へと跳ねた。

 だが、しかし。

 リンがいないっ!?

 いや、正確には予測していた空中にいなかった。リンは地上に居る。

 

 ぽっかりと空いた穴の上に立っていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ボクが跳躍した分だけ彼女との距離が生まれていく。

 なぜ彼女は穴の上に立っていられる? そんな疑問にわずかな時間をとられる。

 リンは顔に意地の悪い笑みを貼り付けた。ボクの全身が総毛立つ。

 彼女はいつのまにか右手に拳大の石を持っていて、宙にいるボクへ照準を合わせ――。

 

 力任せに石を投げつけてきた。

 木にめり込むほどの一投。さすがのボクもあれをまともに食らうのはゴメンだった。

 

 ボクは左足を鋭く振り抜く。

 足の勢いに身体が連動し、空中で身体を半回転させる。石が胴を掠めていった。

 向き直った方向で、視界には肉薄した影が映った。

「うぐっ!」

 魔性の速さで腹部へと突きが繰り出される。辛うじて腕でガードをするも、身体の芯まで衝撃が貫く。

 視認したものが小さな虎柄の生物――マイコーと認識した頃には、身体が自由落下し始めていた。

 下で待ち受けるのは、相変わらずぽっかりとした穴で立ち続けるリンだ。

 

 ボクの落下を待つリンは、拳を強く握り締め、そこから解き放たれるのは。

 銃よりも凶悪な破壊の拳だ。

 リンの拳はボクの横っ面を殴打する。

 身体が弾け飛ぶように投げ出された。追撃を試みるリンとマイコーが視界の隅にうつる。

 ボクは思わず回避行動に移っていた。

 

 伸縮自在の愛(バンジーガム)発動。

 ゴムとした念能力を木へと飛ばして、即座にボクの身体を引き寄せる!

 

「なあっ!」

 信じられないという表情で、動きを止めるリンがいる。

 

 ボクの身体は彼女から離れる方向へ瞬時に移動し、そして伸縮自在の愛(バンジーガム)を解除した。

 地面へと着地をして、思わず膝をついてしまう。どうやら想像以上にダメージとして残っているらしい。

 

「ちょっと、どうなってるのよっ! 吹っ飛びながらあんな動きができるなんて、あいつ人間じゃないわよ?」

「あれは、たぶん念能力ってやつだ。それよりもヒソカ、まだやるか?」

 

 リンの前に舞い降りたマイコーが、腕を組みながら尋ねてくる。

「はっきり言おう。どうにか罠にはめたから、ここまでやれたが、リンにこれ以上の隠し玉はない。オマエを楽しませることは出来ない。今は、まだな。だが、リンはこれから伸び代がある。オマエなら、わかるだろう?」

「くっくっく、それはおあずけってことかな? あと、その言い方だと、キミにはまだ何かあるってことじゃないかな?」

「……かいかぶるな、オイラはただの虎猫だ」

「ただの虎猫……ねえ ♦ なかなか素敵な一撃だったよ ♥」

 ヒソカは膝についた砂埃を払い除ける。

 楽しい追いかけっこに予想外の連続。今日は十分満足できたから、もういいかな。

 

☆ ☆ ☆

 

「なんだいこれ、面白いじゃないか ♥ まんまと騙されたよ♣」

 ヒソカが穴の上――正確には穴に見せかけた場所――までやってきた。

 

 私が描いたのは、だまし絵というものである。

 だまし絵、トリックアート、様々な表現がある。

 たとえ平面でも、そこに本物の穴があるかのような構図で描写をする事で、

 

 本物の穴があるように錯覚(・・・・・・・・・・・・)を起こさせたのだ。

 

 人間の眼というのはしっかりしているようで、意外に騙されやすい。もちろん修練や技法を学ぶ必要はあるが、一流の絵かきならば実際に物があるように絵を描くことは可能だ。

 もっともヒソカ並みの実力者を騙すには、条件が重なる必要はある。

 

 暗闇で見えにくかったこと。だまし絵を描く技術を私が持っており、雪月花でどこにでも描写ができること。事前に描きやすい場所を探し、描く時間があったこと。最大限に穴と誤認させやすい角度から、近づくようにすること。

 これらの優位な積み重ねをへて、どうにかヒソカを騙したのである。

 

「ちなみに穴の直前で追いつかれそうになったのは?」

「あれが一番難しかったわよ」私は思い出しながら冷や汗をかく。「離れすぎちゃダメだから少しずつ速度落としたら、あんたがさらに速度上げてきたんだもの」

「いやあ、それにしてもすごいね ♣」

 

 ヒソカは興味深そうに描かれた絵を指でなぞっている。

 だが、ヒソカには手の内を知られてしまった。私が雪月花でどこにでも絵を描けることがバレた以上、今後は絵だけで思考を乱すことは難しいかもしれない。

 似たような手では、大きな隙は生まれないだろう。

 

「それにしても、キミ、念能力が使えたんだね ♠」

 

 関心がうつろいやすいヒソカが、笑みを浮かべながら話しかけてくる。

「電車の中であった時、微量なオーラが垂れ流しになっていたし、纏も練も凝も全然使ってないから、知らないんだなあって思ったんだけど ♦」

「う、それは……」

「あの状況で実力も隠しきるなんて、なかなかの策士じゃないか ♠」

 ヒソカが珍しく褒めてくれる。だが、私は素直に喜べなくて……。

 

「あー、その件についてはだな」マイコーがこほんと咳払いを一つ。「リンは発しか使えないんだ」

 

「……は?」

 やはりというべきか、私の成長の仕方はかなりいびつらしい。

「普通は四大行を学ぶ中でたどり着くはずなんだけどよー」

 絵をどこにでも描きたいと願った過程で得てしまった能力。

 基礎ってなんですか? といった感じの念能力の状態である。

 

 四大行なんて知らない私が使える念能力は、どんな壁にも物にも自由自在に雪月花で描写できるという虹色芸術(ナナイロ・アート)だ。テンもゼツもレンも知ったこっちゃない。

 

「っていうか、マイコー! あんただって念のこと知らないでしょ?」

「いや、リンがあれこれすっとばして発を使えるようになったあとに、オイラだけでも知っておいた方がいいって、ジンから知識だけは教えてもらったんだ」

「ジンに? 教えてもらった?」

 ジンから教えてもらえるなんて、随分といい思いをしてるじゃない?

 マイコーを殺せば、ジンは私に念能力についての知識を教えてくれるかな?

 ごごごごご、と嫉妬と怒りが沸き上がってくる。

 私は雪月花を強く握り締めて、

「あ、あれ? リンってばどうしたんだよ? にゃー! ちょ、やめてっー。雪月花が当たったら身体潰れちゃうからっ! そんな物騒なもの振り回しちゃダメっー!」

 

 




今回は早めの更新です。

展開がゆっくりなので、読んでいる方からは退屈かなと思ったり。
申し訳ないです。
次回はようやくゴンが出てきます。

それではまた次回、お会いできたら嬉しく思います。


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ハンター試験編
試験会場


 

 

<ジン side>

 

 ピリリリリッ。

 携帯電話・ビートル07型から着信音が鳴る。

 オレが携帯電話を取り出すと液晶には「ドブネズミ」という名前が浮かび上がっていた。

 

「随分と珍しい野郎から電話だな」

 

 電話に出れば、めんどくさい絡みがあるのは明らかだ。シカトが一番だなぁとわかりつつも、無視した後の方が面倒だと思い至る。

 

「……なんだ?」

「もしもーし、ジンさんですかぁ?」

 

 人をおちょくるかのような、パリストンの明るい声が耳障りだ。

 パリストン。ハンター協会の副会長であり、会長直々に指名された十二支んという集団の「子」でもある男だ。

 

「お前からオレあてにかけてきたんだろうが」

「いやあ、もしかしたら間違いってこともあるじゃないですか。一応の確認ですよ。そういえば例の遺跡の修復の件を聞きましたよ。あそこまで完璧に修復するなんて、流石ですねえ。今度、ボクにもやり方教えてくださいよ」

「さっさと要件をいえや。じゃねえと切るぞ」

 

 予測内の無駄話なのだが、放っておくといつまでも本題にたどり着かない。

 

「やだなぁ。まだ全然話してないじゃないですか」

「どうでもいい話をオメーとするほど、暇じゃねえんだよ」

「いやあ、冷たいなあ。久しぶりに大好きなジンさんと喋れるんだし、あれこれ話しましょうよ」

 

 電話越しでも、いけ好かない笑み浮かべるパリストンが容易に想像できる。

 全部の会話に突っ込んでいると、会話が荒れるだけで進まないので、こういう時は返事をしないに限る。

 

「そういえば」パリストンの声がわずかに冷たくなる。「娘さんと息子さんが、ハンター試験受けるらしいですね」

「そうだな」

「偶然にもボクの知り合いも受けることになってましてねぇ。せっかくだから耳に入れておこうかなと。まあまあ血の気の多い子達ですから、ちょっと心配でもあるんですが」

「んで?」

「もし良かったら、お子さんたちに手を出さないよう言っておきましょうか?」パリストンがふふふと笑い、「もしかしたら、ジンさんのお子さんたちを殺しちゃうかもしれませんし」

 

 まあどうせ、パリストンからの連絡なんて、その程度の話だとは思っていたが。

「試してみろよ。ただ、そいつらに言っとけ。やるからには本気で挑めってな。チャンスは何回もねえ。いつでも殺れると思ってるとな、すぐに抜かれるぜ?」

 俺はリンとゴンのことを脳裏に浮かべ、

 

「うちの2人は、伸びしろがデケーからな」

 

 それから数秒間の沈黙が続き、

「そうですか。お互い受かるといいですね」

 パリストンはそう言い残し、電話を一方的に切った。

 わざわざこのタイミングで電話をしてくるあたり、宣戦布告をして楽しんでいるといったところか。パリストンの野郎め。相変わらず、いい性格をしてやがる。

 

 数日前まで一緒にいたリンのことを思い出す。

 いつだって子供みたいに心を弾ませながら、雪月花を振り回して絵を描くリン。

 目を閉じれば、アイツの笑い声が聞こえてくる気がする。

 天を仰ぎ、ただ一つの思いを口にする。雲一つない清涼感あふれる空がある。

 

 

「どんな寄り道したっていいからよ、お前の人生を楽しめよ」

 俺の願いは、広がる大空へと吸い込まれていく。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 魔獣の森に住んでいる凶狸狐に連れられて、私らはザバン市の定食屋前にたどり着いていた。

「ずいぶんと普通な定食屋みたいだけど ♥ ここが試験会場なのかい?」

「あ、ああ、そうさ。間違いない」

 

 凶狸狐は魔獣だが、便利な変身能力を持っているらしく、今は男に化けている。

 ヒソカとの戦いが終わったあと、どういうわけか凶狸狐が現れて、土下座された。そして懇願するのである。試験会場まで案内するから、もうこれ以上は勘弁してくれとかなんとか。

 最初は魔獣が私らを騙そうとしてるのかと思ったが、小鹿が肉食獣を前に絶望したかのような瞳が、嘘じゃないと物語っていた。

 

 しかし、そんなに怖いことしたかなあ?

 

「まあ、ここまできて嘘ってことはないだろうしねえ ♣」

 トランプを人差し指に乗せて遊んでいるヒソカが一瞥すると、凶狸狐は身体をぶるっと震わせた。

「なんだか美味しそうな匂い。私、お腹減っちゃったなあ。ここで何か食べられたりもする?」

 私が凶狸狐へと向き直ると、手で顔を隠して身体をガタガタと震わせた。小さな声で「お、俺は食べないで。美味しくないから」とか言っている。

 いやいや、さすがに魔獣は食べないでしょ。こいつは私をなんだと思ってるんだ?

 

 凶狸狐に連れられ、店の中に入ると注文を聞かれる。

「ステーキ定食を、弱火でじっくり」

 そう店主に伝えると、店の奥へと通された。

 

 私は椅子へとダッシュして、メニューを高速で手にとった。

 部屋の中には鉄板があって、肉を焼くことができる。そしてメニューには、なんと白い米まである。思えば、ここ数日間はろくなものを食べてなかった。久しぶりのまともなご飯に、涙が出るほど感動した。

 仕事は終えたと言わんばかりに、そそくさと凶狸狐は部屋を出ていく。そして最後に、

 

「お願いだから今回で合格して、魔獣の森には二度と来ないでくれ。もうお前らのことは案内したくないからな」

 

 なんて捨て台詞を残して凶狸狐はいなくなった。

「なんなのかしら、そんなに怯えなくてもいいじゃないねえ」

「本当だよねえ ♠」

 ヒソカと私が珍しく同調する横で、マイコーが「あんだけ森を荒らされれば、勘弁してくれって思うよそりゃ」と呟いていた。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 先の見えない半円形の地下道に到着して、受験番号「45」のナンバープレートを貰ってから1日ぐらいが経過した。

 到着した頃には40人くらいしか受験生がいなかったが、徐々に増えていき、今では当初の10倍ぐらいの人数に膨れ上がっている。

 

「随分と埃っぽいし、男臭くなってきたわねえ」

 私は黒いケースを床に置き、壁に背をあずけて休憩していた。

 

 人間観察をしてみる。受験生は男がほとんどだった。

 ハンターは先行きの見えない仕事だ。そんな不安定な職業を目指すのは、男の方が多いのかもしれない。もっとも、女性もちらほらは見かけるのだが。

 

「ねえ、マイコー。試験はまだ始まらないのかしらね?」

 

 私の腕の中にいるマイコーに話しかけるが、反応がなかった。見ればスヤスヤと気持ちよさそうに寝ているではないか。

 私はマイコーをジッと眺めてみる。

 ふかふかの手触り、柔らかそうな肉球。

 人差し指で肉球をそっと触れてみる。プニプニプニ。おおおっ、これはとろけそうな柔らかさ。いつも触る機会はあるけれど、改めて集中してプニる時はまた別格だ。ああっ、いつまでもプニりたい。プニプニプニプニ……。

 寝始めると、私がどんなに触っても起きないマイコーは、今日も私に弄ばれるのであった。

 

「それは、あんたの飼い猫かい?」

 

 急に声をかけられ、私はハッとする。

 プニるのに夢中で、まったく気付かなかったが、気の良さそうな笑顔の男が側に立っていた。

「よっ、オレはトンパ」小太りの男は気安く手を伸ばしてくる。「よろしくなっ」

 あまりの馴れ馴れしさに毒気を抜かれて、思わず握手で返してしまう。

「その猫、随分と大人しいね。可愛いなあ」

 気安くマイコーに手を伸ばしてくるトンパだが。

「あ、それはやめた方がいいわ」

 

 私の制止の声よりも速く、腕の中から重みが消えた。トンパの手は空を切る。私ですら目で追えず、掻き消えたように思えた。

「なんだオマエは? オイラに気安く触れるな。引っ掻くぞ?」

 マイコーはトンパの肩に立ち、右手から爪を向き出しにして首筋へと当てていた。トンパの顔色が、可哀想なぐらい青白くなっていく。

「マイコー、ほらおいで」

 私が腕を開くと、トンパを一瞥して「ふんっ」と呟いてから、マイコーは飛びついてきた。

 

「リン、オイラまだ眠いから……」

「はいはい。寝てていいわよ」

「おやすみ……」

 

 マイコーは何事もなかったかのように、スヤスヤと眠り始めるのだった。

「ごめんね……、トンパさん、だっけ? マイコーってば寝てる時に私以外が触ろうとすると、機嫌が悪くなるのよ」

「あ、ああ、こっちこそ悪かったよ」

 トンパは首筋を何度か触っている。繋がっているのを確認しているのだろう。やがて安堵のため息を漏らしていた。

 

「それで、私に何か用事でもあるの?」

「いやあ、新顔が来たらオレは挨拶するようにしてるんだよ」

「ハンター試験が初めてだって、わかるの?」

「まーね。何しろオレは十歳の頃から三十五回もテストを受けてるからさ。試験のベテランってわけさ。わからないことがあれば、なんでも教えてあげるよ」

 

 胸を張ってトンパは言う。

 というと、つまりは四十五歳なのか。そんだけ受験を繰り返しても受からないのは、ある意味才能なのか、試験が難しいということなのか。

 おしゃべりおじさんを前にして、ヒマつぶしにはなるかなあ、と質問を投げかけてみる。

 

「せっかくだから、どんな人がいるか教えてよ」

「じゃあ色々と紹介してやるよ。まずはアイツだな」

 トンパの示した先に、ターバンを頭に巻きつけた男が居る。

「103番。蛇使いバーボン。あいつは執念深いから敵に回すと色々厄介だぜ」

 いかつい顔立ちに、後ろで髪をまとめた男を示して、

「76番。武闘家チェリー。体術において右に出るものはなし」

 そこからも255番、384番と続けて、次々に個人情報を提供してくれるトンパの声に、私は耳を傾ける。なるほど、どいつもこいつも一癖ありそうな奴ばっかりだ。

 

 周囲を見回していると、ふと目を引く人物がいた。

 狐のお面をかぶった受験生。

 ゆとりのある服を着ており、体型がはっきりとはわからない。背は小さくて、なんとなく私よりも年下かな?

 狐面は、こちらを見ていた。いや、正確にはお面で視線はわからないのだが……。

 

 私が視線を送ると、狐面の人は顔を背けたのである。だから見られていたと、解釈した。

 狐面は人混みの中へと姿を消してしまう。

 

「と、常連はそんなとこだな。だけど、今年は新人にも活きのいいのがいるぜ。まずは197番リズっていう女だな」

 トンパの視線に連れられて見た先には、フリルのついたドレスを来た少女がいた。色合いは見るものを吸い込みそうな暗闇そのもの。なぜか這いつくばった男を椅子にして、優雅に腰をかけている。

 その側に大の字になって寝ている人がいた。薔薇が咲き誇るような赤々とした髪。短いズボンをはいた女性が、猛獣のようなイビキを放っていた。寝ながらもその右手には、大きなツボを持っている。

 

「あの酒を飲んで潰れているのが198番レノン。そして……199番サクラ」

 

 穏やかでありながら、雅な雰囲気を併せ持つ女性がいた。ジャポンという島国の民族衣装 ――着物を身にまとっている。腰元まで届く流麗な髪はどこか透明感があり、同性である私ですらも目が離せなかった。

 眺めていると、視線に気づいたらしいサクラと目が合う。

 そして微笑みかけてきた。

 

 私は不意に心が波立った。

 

 細い目尻には優しさが溢れているように思える。しかし、その瞳の奥底には危険なものが秘められている。そんな気がした。

「やつらはトリニティ3姉妹というらしい。さっき少し話してきたが……、あのサクラって女……」

 トンパが喉をゴクリと鳴らした。

「ええ、そうね。トンパさんの言うとおり、あれは危険――」

 

「めちゃくちゃ綺麗なんだ」

 

 私は思わず、ずっこけそうになる。

 夢見心地のトンパを前にして、やっぱり男って奴はほんわかした雰囲気がいいのね、と内心で呟く。

 ジンもやっぱり、サクラみたいな女が好みだったりするのかな。そういえば、絵を描くのはよく褒められたけど、容姿については一回もない。別に世の中の男にどう思われようと構わない。でも、ジンには褒めてもらいたい。

 もしかして私ってば女子力が足りない? サクラみたいな女が世間受けする?

 ジンも誉めるなら、サクラみたいな女?

 あれ、なんかちょっとイライラしてきたわね?

 

「まあ、こんなところかな」

 イライラした私に、トンパが気づく素振りもない。

「おっと、そうだ。お近づきの印だ。これでも飲みな――」

 トンパが缶ジュースを取り出した直後である。

 

「ぎゃあああぁぁぁ!」

 

 野太い悲鳴が私の耳に刺さった。ざわざわと人の群れが揺れて、誰もが巻き込まれたくないと距離を置く。おかげで見えやすくなった先には、両腕を切り取られた男が地べたで転がりまわっていた。

 そして人の腕をあっさりと切り裂く問題児がいた。

 騒ぎの元凶。まさかとは思ったが案の定だった。

 

「あーら不思議、腕が消えちゃった ♠」

 

 変態奇術師のヒソカである。

 っていうか、あいつは何しているんだ? 人がイライラしている時に、問題を起こしてっ!

 ただでさえ、男クサイ空間なのに、血の匂いまで混じったら、どうなるかわかるでしょうがっ!

 なんだか感情がごちゃごちゃだ。でもとりあえずこの矛先は、発散せねばどうにもならない。

「ちっ、危ない奴が今年も来やがった。あいつとは関わらないほうが――」

 トンパをその場に置き去りにして、私は一直線にヒソカへと駆ける。

 

「いけないねえ ♦ 人にぶつかったら謝らなく――」「ぶつかったぐらいで血を撒き散らすなっ!」「げふっ!?」

 

 私はヒソカの後頭部にドロップキックを叩き込む。ヒソカは吹っ飛んで、数回地べたを転げた。

 ゆっくりと立ち上がったヒソカへ、私は怒りの足音と共に歩み寄る。周囲の野次馬どもが後ずさって、道を開けてくれた。

「あんた、バカなのよね? そうなのよね?」

 ヒソカの胸倉を掴んで、ガクガクと頭を前後に揺さぶってやった。

「リンってば容赦ないなあ ♥」

「っていうか、少しは避けようとしなさいよっ! 私が突っ込んできたの、わかってたでしょ?」

「いやあ、この前リンに殴られてからねえ、その時のことを思い出すとゾクゾクとしちゃうんだよ ♥ だから思い切って食らってみたんだ ♣ やっぱりいいねえ♥」

 

 なんという理由で攻撃を食らうのか。真性の変態である、変態そのものである。だが、イライラを受け止めてくれて、少しスッキリしたのも事実なわけで。

 

「ああもうっ、鼻血が出てきたじゃないっ! ちょっとやりすぎたわよ、悪かったわよっ」

 ティッシュで拭ってあげようとして、持ち合わせがないことに気づく。

「ちょっと、誰かティッシュ持ってない?」

 周囲の人垣はといえば、関わり合いたくないと、距離を置くばかり。

 チキンな男たちめっ、と内心で舌打ち一つ。

 

 そんな時、一人の少年が人垣をかきわけて進み出てきた。

 

 硬そうな黒髪は少しはねていて、どことなく野生の香りを匂わす少年。

 その背後では、彼の仲間だろうか、サングラスをかけた男と金髪の美男子が「おい、やめとけゴンっ」と騒いでいる。

 

 この少年は……、もしかして……。

 

 私の全ての意識が少年へと奪われる。他の音は聞こえず、目に入らない。

「お姉さん、これ使ってよ」

 少年は瞳にどこまでも純粋な輝きを宿していた。

 私はこの眼を見たことがある。私が大好きなあの人と一緒だから。

 きっとこの子が、ジンの手紙に書かれていた少年。

「あなた、名前は?」

 咄嗟に言葉に出来たのは、感謝じゃなくて、名前を聞くということ。

 

 

「オレはゴン。ゴン=フリークスだよっ!」

 

 

 ついに私がゴンと出会ったことを、腕の中で眠るマイコーはまだ知らない。

 

 

 

 

 




読んでくれた皆様、今日もありがとうございます。
今日はお休みゆえ更新出来ました。


ゴンよりもトンパさんが目立つ話になりました。
まあ、試験会場でのトンパさんの説明は御約束ということで。

次回はゴンとキルアとの絡みですね。レオリオ兄貴とクラピカは、まだモブキャラ扱い。残念です……。

それではまた次回、お会いできたら嬉しく思います。


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未知なる弟との遭遇

 

 受験生の参加受付が終了するベルの音が鳴り、一人の試験官があらわれた。物腰が丁寧で、お嬢様とかの背後で常に控える、一流の執事みたいな風格が漂っている。

 

「二次試験会場まで私についてくること。これが一次試験です」

 

 意義を唱える者もがいるわけもなく、受験生らは列をなして走り始めた。

 走るのは汗をかくのであんまり好きじゃないけど、大人しくついていくことにする。

 

 未だに寝ているマイコーを頭に乗せると、器用にキャスケット帽にしがみついてきた。ちょっと頭が重いが、雪月花のケースも担いでいることだし、手は空けたほうが走りやすい。

 ヒソカはいつの間にか姿が見えなかった。どこかで他の受験生に当たり屋でもやっているのだろうか。まあそのうちひょっこり姿を見せるだろう。

 

 さてと、ゴンはどこかな?

 

 ボサボサっとしたトンガリヘアーは、すんなり見つかった。隣には少年が並んで走っている。金色の猫毛みたいな髪が特徴的だ。見た感じではゴンと同年代ぐらいだろうか。

 

 私はゴンから後ろへと5m離れたところへ、ゆるゆると位置を変えた。

 ジロリと彼の背中を睨めつけてみる。

 

 こいつが私の弟。私がジンを独り占めするのに邪魔な奴。

 

 人混みに紛れて、うまーく背中からざっくりと殺れないかな。倒れればこの群衆に埋もれ、踏みつけられ、遥か後方へと置き去りに出来る。

 

 おお、これは完全犯罪じゃなかろうか!

 

「さっきから何見てんだよ、オバサン」

 

 オバサン? 誰に向かって喋ってるんだ?

 

「あんただよ。その耳の遠さだと、オバサンってよりババアって感じか?」

 猫毛の少年が走りながら後ろを振り向き、毒のこもった言葉を吐き捨ててきた。

「ちょっとやめなよ、キルア」

「だってよー。こいつ俺らのことを見てくんだぜ? ウザいじゃんか」

 いかんいかん、いつのまにか視線を悟られていたようだ。

 

「ああ、ごめんね。私と同じくらいの子がいるんだなあって思って眺めてたんだけど、というかピチピチの14歳をつかまえて誰がババアなんじゃワレしばくぞコラぁぁぁ!?」

「なんだよ。俺よりも2歳もババアだったか」

「ババアなんて言っちゃだめだよ。お姉さん、本当にごめんなさいっ」

 

 心の底から申し訳なさそうな声で、ゴンが謝ってくる。

 ゴンが悪いわけではないのだが。さすがジンの息子。とっても優しい子である。

 ……って、いやいや和んでいる場合じゃないだろう。

 

「謝る必要なんてないって。こいつヒソカとかいうヤバイのと一緒にいた奴だぜ。ロクでもねえ奴だって」

 

 悪びれもなくシレっと言う少年……、キルアとかいったか? ゴンよりも先にこいつから殺してくれようか。

 私は少し走るスピードを速めて、キルアに顔を近づけて獰猛な視線を叩きつけた。

 

「このクソガキ、死にたいの? 五回ぐらい地獄みせてあげようか?」

「あんだよババア。今すぐ殺してやろうか?」

 視線がぶつかり火花が散る。

「ああもう、二人共っ! ダメだよっ!」

 

 キルアと私の間に、ゴンは身体をすべり込ませてきた。

 

「もうハンター試験は始まってるんだし、喧嘩してる場合じゃないよっ」

 

 ゴンの言うことはもっともだった。とりあえず今は放っておいて、いつか地獄に叩き落とそう。

 内心で舌打ちをして、キルアも私も弾けるように視線を逸らした。そんな二人をみて、安堵の表情をゴンは見せる。

 

「お姉さん、さっきも会ったよね」

 さっきというと、ティッシュをくれた時か。

「名前、聞いてもいいかな?」

 

 ゴンの問いかけを、無視しようかと考えた。

 だけど、さっきティッシュを貰った恩もあるのに、仇で返すのはいかがなものか?

 ジンを連想させる苗字を伝えて、必要以上に興味を持たれるのは嫌だった。まあ伝えるなら名前だけだろう。

 

「私はリンよ。さっきはありがとうね」

「オレはゴン、よろしくっ! こっちはキルア」

「あ、おい、ゴンっ! 勝手に名前教えんなよ」

 

 キルアがぶつぶつと文句を言っている。

 

「あんたたち、知り合いなの?」

「うん、さっき友達になったんだっ」

 

 ニコニコと笑いながら教えてくれる。

 

「友達……ねえ」私は眉根を寄せた。「ハンター試験って遊びじゃないでしょ。馴れ合ってて大丈夫なのかしらね?」

 

 それは素直な忠告だった。ハンター試験は過酷なものと聞く。状況によっては、知り合いでも戦わざるを得ない状況があるかもしれない。

 随分と甘い性格をしているのね、と私は鼻で笑う。

 案外、私が手をくださなくても、ゴンは試験中に死ぬかもしれない。そんな気がした。

 まあ、それならばとっても楽なのだが……。

 

「さてと、私は先に行くから。ゴンは、『御友達』とゆっくり後から来るのね」

「あ、リンお姉さん……」

 

 ゴンが何か言いかけてたが、構わず私はスピードを速めた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 およそ80kmぐらいを過ぎたところで、ようやく見飽きた景色に変化が見られる。

 

「いやはや、これはまたかったるそうだわねえ」

 

 平地が終わりを告げたら、今度は終わりの見えない階段が口を開けて私らを待ち構えていた。

 平地で脱落したのは、たぶん一人か二人ぐらいか。だが、この階段でかなりが振るいにかけられそうである。ここまでくると、なりふり構ってられない輩も多い。

 

「フリチンになっても俺は走るぜぇ! 他人のふりをするなら今のうちだぞ!」

 

 そんなことを叫んでいる男もいる。いやまあ、女性もいるんだからフリチンはやめようね?

 

 限界を迎えて座り込んだ男を避け、気持ち悪いと四つ這いで吐く男を横目で眺める。

 ここでリタイアしたら帰りはどうするんだろうか? そんな疑問を思いながら、私は2段飛ばしで階段を昇っていく。

 

「うにゃあ、リンってばまだ走ってるのか?」

 

 目を覚ましたマイコーが、寝ぼけた発言をする。

 

「あんたね、人の頭で楽してたくせに、随分な言いようね?」

「すふぁんすふぁん」

 

 私の右手で顔をむぎゅうと潰されたマイコーが、身振りですまんすまんと謝ってくる。

 

「まったくもう……。ああ、これが終わったらシャワー浴びたいわ」

「オイラもなんだか埃っぽいや」

「ちゃんとあとで私が洗ってあげるからね」

「おう、頼むぞ」

 

 マイコーは私の頭から、右肩へひょいと移動する。

 私がマイコーをじっと眺めていると、不思議そうに小首をかしげた。

 言うべきか逡巡していると、

 

「話したいことありゃ、喋ったほうが楽になるかもな?」

 

 マイコーが優しく背中を押してくれる。

 

「ゴンと話したのよ」

「そうなのか? それでどうだったんだ?」

「なんだかねえ」私は眉間にシワを寄せる。「雰囲気がジンに似てた」

「へえ~、それはいいことじゃないのか?」

「良かないわよっ! ジンの雰囲気はジンだけが持ってればいいんだからっ」

 

 純粋なところとか、優しい目の感じとか、髪質の感じとか。ゴンを見ていると、ジンの姿が重なる。違うところを見つける方が難しい。

 

 見れば見るほど、ゴンは本当にジンの息子なのだ。

 

 私が物心ついた時は、弟の存在なんて知らなかった。どういう経緯で私はジンの側にいて、ゴンは離れ離れになったのか、私は知らない。

 

 ジンに息子が居る、私に弟が居る。

 

 初めてそう教えてもらった時の、言いようのない感覚を思い出す。

 

 私に弟がいるというワクワク感。

 

 その一方で、弟と同じように、いつか私が取り残されるかもしれない。彼の側にいられる権利を、ゴンに奪われてしまうんじゃないか。

 そんな不安が鎌首をもたげることがある。

 ジンと離れ離れになる。想像しただけで悲しくなる。

 気づけば私の目尻に涙が浮かんでいた。

 

「大丈夫だ」マイコーが肉球で、涙をそっと拭き取ってくれた。「ジンはオマエを誰より大切に思ってるぞ」

 

「ジンじゃないくせに、なんでわかるのよ」

「ジンとリンを見てりゃあ、なんとなくなあ」

 

 にゃははっと笑うマイコーがいて、私の心にあった暗いものが少し薄れた。

 私は小さな声で「ありがとう」と呟いた。

 

 それからしばらくは階段を淡々と登る作業が続いたが、ついに誰かが「出口だ」と歓声をあげた。

 自然の光で溢れた世界に、私は身を投げ出した。

 息の詰まる空間からの脱出。さぞ開放的な気分になるかと思いきや。

 

 高台からの景色は、木々と湿地帯が部分的に見えている。それ以外のところはモヤのようなもので覆われていた。

 身体にまとわりつく湿気が不快だった。

 

 執事みたいな試験管が、食後の紅茶を手際よく用意するみたいに、さらっと話し始める。

 

「ここはヌメーレ湿原です。ここにいるあらゆる生物は、獲物を欺き捕食しようとします。騙されると死にますよ」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 湿原に入ると同時に、濃い霧に身体が包まれていく。

 受験生が慌てるのを楽しむがごとく、わずかな先も見えない濃さだ。視界の悪い空間では、右でも左でも悲鳴が飛び交い始める。さすがに私でも、迷子になれば二次試験会場へたどり着けないかもしれない。

 

「あ、リンお姉さん」

 

 聞き覚えのある声に振り向き、私は顔をしかめた。

 霧の中で気付かなかったが、いつのまにかゴンが並走していたらしい。近くにあの生意気なクソガキもいるかと思えば、姿は見当たらず。

 

「キルアなら今はいないよ。霧の中ではぐれちゃったんだ」

 

 視線の動きで言いたいことを悟ったらしいゴンが教えてくれる。

 

「ふーん、大事な御友達なんでしょ? この霧の中で騙されてないといいわね」

「心配だけど、キルアはきっと大丈夫な気がするんだ」

 

 御友達あたりを強調したのだが、皮肉は通じず。

 

「せいぜいキルアの悲鳴が聞こえないように祈ってるわ」

「さっきキルアはあんなに酷いこと言ったのに、リンお姉さんは優しいね。ありがとう」

「ふ、ふんっ」

 

 むむむっ、なんだか調子が狂うなあ。そんな純粋な瞳で、そう返されると、私自身の腹黒さが目立って仕方ない。

 そんな気持ちを知ってか、マイコーが忍び笑いを漏らしていた。

 

 あっちでキルアの悲鳴が聞こえなかった? と騙せばすぐにでも飛んで行っちゃいそうだけど……。ゴンの無邪気さに毒気が抜かれてしまい、言う気にはなれなかった。

 

「ねえねえ、さっきから気になってたんだけど、その動物はリンお姉さんの友達なの?」

 

 ゴンの興味深そうな視線が、マイコーに注がれる。

 

「オイラはマイコーだ。よろしくなー」

「えええ! 喋ったっ!? そういえばここに来るときに、凶狸狐っていう魔獣にあったけど、キミも魔獣なの?」

「まあ、そんな感じの生き物だな」

 

 マイコーはのほほんと自己紹介をしている。

 

「リン……でいいわよ」

「えっ?」

 

 物珍しいものを前にしてきょとんとしたワンコみたいな瞳で、ゴンは聞き返してくる。

 

「姉さんってつけたら、長いでしょ? 私もゴンって呼ぶから」

「うん、わかった! リン、よろしくね」

 

 ああ、笑顔が眩しすぎて、陽光で干からびる吸血鬼の気分だ。

 ゴンから離れてもいいんだけど、この霧の中で迂闊に動くのは危険かな。まあ、とりあえずこのままでいいか。

 そんな思考を吹き飛ばす、霧の中から底冷えのする殺意が近づいてきた。

 

「なんかが、こっちに来るっ!?」

 

 身体の警戒域が最大まで引き上げられる。

 

「よっしゃあ、見つけたぜっ」

 

 霧を割く突風となり、赤々と燃える髪の少女が現れた。

 

「何だおまえら、一緒にいたのか? まあいいや、一人ずつ、な」

「え……、うわぁぁぁ!」

 

 咄嗟のできごとに反応の遅れたゴン。彼の襟筋を掴み、赤髪の少女は大地を蹴る。

 

 ゴンが霧の海に引きずり込まれていく。

 

 赤髪の少女がいなくなった。ゴンもいなくなった。

 一人ずつとは、なんのことだ?

 一緒にいたのかという表現からするに、赤髪の少女は私らを探していた、ということか。

 彼女の言動を思い返すと、胸の奥底で虫が這いずり回るみたいに嫌な感じがした。

 

 

 おそらく、ゴンのことを殺すつもりで連れて行った。

 

 

 だが、ちょうど良いのかもしれない。

 だって、私はゴンに死んで欲しかったのだから。これでジンのことをゴンに取られる心配もなくなる。手間が省けたじゃないか。

 だから放っておけばいい。

 そのはずなのに。

 

「うわぁぁぁ!」

 

 ゴンの悲鳴を手がかりに、私の足は霧の奥深くへと動いていた。

 私はどうしてゴンの元へ向かうのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでくれている方々、ありがとうございます。

ゴンと出会い、リンは何を思い関わっていくのか。
二人の関係がどうなるか、あたたかく見守っていただければと思います。


次回予告「トリニティ3姉妹」
ぼちぼち念能力使い始めます(主に敵が)


またお会いできたら嬉しく思います。
それでは(^^)/


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トリニティ3姉妹(前編)

 

 

 ジンと共に山の中を走り回り、動物をハントすることがあった。

 急ぎながらも気配と足音は極限までに押さえ込み、しかし速度は落とさない。

 その経験が、今は最大限に活かされている。

 

 私は霧の中を駆け抜ける。

 赤髪女が消えたあとに聞こえたゴンの声。

 それを頼りに定めた方向は、幸いなことに正解だったようだ。

 声が徐々に大きくなっていく。

 

「きゃははははっ! 何この子すごーいっ」

「おい、リズっ! なに遊んでやがるっ」

「だって、こんなに動けるオモチャなのよっ。簡単に壊すなんてもったいなくてっ」

「ちっ、相変わらず趣味が悪い野郎だぜ」

「うわあっ! あっ……、ぐっ……」

 

 私は聴くことに集中する。

 

 誰かのうめき声。

 甘ったるくて虫歯になりそうな声。

 荒削りな岩を思わせる粗雑な口調。

 濃霧で姿が見えずとも、位置関係を大まかに補足する。

 左前方へ20mいったところに一人、右前方30mいったところに一人。その間に挟まれる形で、おそらくゴンがいる。

 

 三姉妹だったはずなのだが、もう一人は声が聞こえないので捉えられない。

 

 人を飲みこんだら離さない霧が、湿原全域を覆っているかと私は思っていた。

 予想に反して徐々に霧が薄れていく。この先は霧が薄まる空間があると、視界が物語っていた。

 ゴンへと注意が向いている隙を利用して、霧に乗じて一人でも仕留めるべきだ。

 

 迷う時間はない、相談する時間もない。

 リンはマイコーと目配せ一つして、うなずいた。狙うは左前方の敵。

 

 7m先に敵の背が薄らと見える。赤髪のレノンだった。敵まで3m。私は速攻には向かない雪月花(せつげっか)の入ったケースを、肩からするりと落とす。相手がわずかな違和感に気づいたときには、すでに遅い。

 

 

 もうっ、私の間合いだっ!

 

 

 しなやかな跳躍。

 体重と勢いを乗せた飛び蹴り。

 レノンと目があう。

 彼女の脇腹へと、私は右足を突きだす。

 

 だが、赤髪女は半歩下がって軌道上から逸れる、と同時に私の右足首を両手で掴んできた。

 

 レノンは歯をむきだし、笑みを浮かべる。

 次いで地面へと視線を滑らせる。

 

 ああ、これは力任せに叩きつけるつもりか。力自慢のようだなこの女は。じゃあ、しっかりと持っているといい。

 

 掴まれた右足を支点にして、私は左足を強引に彼女の顔へと振り抜く。

 素早い抵抗に、彼女の身体は仰け反り、手から力が抜ける。

 

 私が着地の態勢に入る瞬間、肩から凶暴なものが跳ねた。

 マイコーが旋風となって、レノンの顎に蹴りを放つ。脳を揺らされたレノンに生まれる大きな隙を、私は見逃さない。

 

「くらえっ!」

 

 着地と同時に私は身を捻り、その回転の勢いを乗せたまま、レノンの腹部を薙ぎ払った。

 レノンの身体は爆発に巻き込まれたように吹っ飛び、地面を転げていった。導線上にいたリズは受け止めずに、ひらりと避けてしまう。

 

「マイコー、ゴンをここへ連れてきて」

「おうよっ」

 

 私は周囲への警戒を怠らない。

 

 レノンは地べたに伏したまま動かない。

 願わくばそのままでいて欲しい。

 リズはナイフを持っている。

 あれが彼女の武器なのだろうか?

 その形状は前にジンが教えてくれた、ベンズナイフに近い気がする。

 サクラの姿がない。

 どこかに潜んでいるのか。

 

 少し離れたところで倒れていたゴンを、マイコーがにゃっこらせと担ぐ。

 サイズが小さいからゴンの足とかは引きずっちゃうけど、運んできてくれた。

 

「あ、リン?」

 

 疲弊しきったゴンの身体に触れる。浅い傷はあるが、致命傷をもらうのだけは、避けていた様子だ。

 

「来てくれたの?」

「た、たまたまよっ。二次試験会場に行く途中で、たまたま着いたのよっ」

「たぶん、オイラ達が来た道は、試験会場に行くのと真逆な気がするぞ」

「黙れマイコー潰すわよ……」

 

 私はマイコーを睨みつけておいた。

 

「マジでいってぇぇぇじゃねえかぁぁぁ! クソアマがぁぁぁ!」

 溶岩のごとき怒りが、レノンから溢れ出していた。

「レノンちゃんったら、弱いんだ~」

「うるっせえ!」

「きゃははははっ、いくよ~」

 

 レノンとリズが一直線に突っ込んでくる。

 

 レノンの動きはわずかに鈍くなっているようだった。攻撃を繰り返すことで、ダメージは与えられるかもしれない。

 だが、先ほどと違うのは、レノンの影へと隠れるようにして、小柄なリズがついてきていること。

 

 私はゴンをマイコーに任せて応戦する。

 

 動きも拳も愚直なまでに真っすぐな軌道である。

 そんなレノンの拳を払い流し、私は一撃を叩き込もうと狙いを定めた。

 しかし、反射的に身をかがめる。

 殺意をまとった風が頭上を通り抜けた。

 リズがナイフを持つ手を振るったのだ。

 私が回避した直後を狙い、レノンの足による追撃が待っている。

 

「くたばりやがれっ!」

 レノンの怒声が、私の耳をつんざく。

 

 下段から胴を薙ぐように放たれた蹴りを、バックステップして距離を取る。だが、レノンは躊躇なく身体ごと飛び込んできた。

 レノンは振り下ろし気味の右拳を突きだす。

 

「ぶっ飛べクソアマがぁぁぁぁぁ!」

 

 レノンがシャウトする。声だけで鼓膜が痛いほどだ。

 両腕を交差させ、私はガードを試みる。だが、受けてはならないと身体の内で警笛が鳴った。気づけば私は不格好ながらも、後方へ跳んでいた。

 

 

 レノンの右拳は大地へと吸い込まれ――。

 

 

 大地が爆ぜた。土が、小石が、周囲に撒き散らされる。

 半径2mほどの小さなクレーターが出来上がっていた。

 もしも直撃をもらっていたら……。

 そう思うと身体が冷たくなった。

 

 レノンをまじまじと見つめる。

 

 さっきまでと気配が違っていた。

 なんだろう、レノンの両手が強い力で覆われている気がする。

 あれはまともに受けてはいけない。

 

 レノンの勝手な突出があり、降り注ぐ石の雨を嫌ったリズがいて、二人の距離はわずかにあいていた。

 

 レノンの隙をリズが埋めるならば、防御役から潰せばいい。

 私はリズへと間合いを詰める。

 その時に、ふと不思議な香りが鼻を掠めた気がした。

 気を抜いていたら見逃してしまうだろう、微弱な甘い香り。

 これはリズから流れてきているのか?

 だが、今は匂いなどに気を取られている場合ではない。

 

 右の正拳を突きだした。リズの腹部を見事に捉える。

 

 

 

 捉えた、……はずだった。

 

 

 

 私の拳はリズに触れる直前で、止まっていた。

 認められない現実に、連続で突きを繰り出すも、リズは(わら)っていた。

 

 やはりどの拳も、触れる直前で強制的に止まってしまう。

 リズがナイフで突いてきた。私は半身をずらして避け、伸びきった腕を絡め取る。

 

 掴むことはできた。

 打撃が当たらないならば、投げはどうだっ!

 

 相手の懐に潜り込み、背負い投げで攻撃しようとして――。

 なぜか、私の意思に反して、リズの手を離してしまった。

 

 不可解の連続だ。何がどうなっているのか。

 

 リズが私の無防備な背中を蹴っ飛ばしてきた。

 私は前につんのめりそうになるのを、くるりと一回転して綺麗に着地。

 

 ナイフを突き出せば致命傷を与えられただろうに、この女は獲物をなぶるために、それをしなかった。

 なんという傲慢。なんというムカつく女だ。

 

 体勢を立て直したレノンが鬼気として追ってくる。

 リズがそれについてくる。

 暴風のような2人の攻めだ。

 レノンは殺気をのせた拳を連続で放ってくる。

 私は避けながら隙をつこうとするも、その機会はことごとくリズの攻撃に潰される。

 

 磨き上げられた宝石のように美しい連携に、私は内心で舌打ちをした。

 

 その直後、左背後で殺気が生まれる。

 サクラが来たのかっ!?

 私は咄嗟に振り向いた。

 だが、なぜだろうか? そこには誰の姿もない。

 

「おい、リンっ! 何やってるんだ、右だっ!」

 マイコーが叫び、ゴンを置いて疾走してくる。

 

 油断はなかった。

 右側に気配なんて微塵もなかった。

 だが、サクラは確かにそこにいた。

 姿を見せた今もなお気配がない。

 

 私は脊髄を氷に突っ込まれたみたいに総毛立った。

 

 

 避けなければっ!

 

 

 決して速くはない。

 勢いもない。

 優雅な蝶のように、サクラが私の腹部に手を添える。

 

「美しく散りなさい」

 

 血なまぐさい空間に似つかわしくない、暖かい日差しを思わせるサクラの優しい声だった。

 

 直感でわかる。

 

 この攻撃は受けてはいけない。

 私を破壊しつくすエネルギーが、サクラの掌にある。

 受けちゃいけない、

 受けちゃいけない、

 受けちゃいけない。

 

 それでも避けることができない。

 どうすれば致命傷を負わずにすむ……。

 

 直後、身体で爆発物が暴れたかのような激しい感触が残る。

 身体は容易く宙を舞い、受身も取れず地面に打ち付けられた。

 

「リーーーンっ!」

 

 遠くからマイコーの焦燥に満ちた声が聴こえた。

 

 

 




読んでくれた皆様、今日もありがとうございます。

今回はまるまる戦闘場面でしたが、なかなか書くのが難しいですね……
スピード感やら臨場感やら、少しでも表現出来てればいいのですが。


さてトリニティ3姉妹の念能力がリンに襲いかかりますが、いいようにやられてますねー。作者としても苛めすぎかな?という気がしないでもありません。



次回「トリニティ3姉妹(後編)」
ピンチ脱出……予定?

それではまた次回、お会いできたら嬉しく思います。









ちなみに、ですが。
お時間のある方は、どんな能力か予想してみてくださいませ。能力名だけのせておきます。まあなんとなく予想はつきそうですが。
見なくていいよーという人は引き返してくださいませ。
能力名は下の方にあります。


















 名前 サクラ
能力名 殺意の幻想(ミラージュスピリット)
 系統 ???
 内容 ???


 名前 レノン
能力名 声高らかな戦乙女(ジャンヌ・ダルク)
 系統 ???
 内容 ???


 名前 リズ
能力名 鉄壁の護り香(パルファム)
 系統 ???
 内容 ???























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トリニティ3姉妹(後編)

 

<マイコー side>

 

 どうして、こんなことにっ!

 

 リンを失うという恐れが、オイラの身を焦がしていく。

 相手が念能力者だと、途中からわかっていた。本来ならば、助けにいくのにゴンを護るために動けなかった。

 

 おそらくオーラから生み出される一撃を、リンはまともに食らったのである。無事で済むはずがなかった。

 

 考えが甘かったのだ。

 

 リンは確かに強い。そこいらの達人と戦っても、五分に渡り合えるぐらいには鍛えられている。

 個人としての身体スペックの優劣はリンかもしれない。

 

 だが、この3姉妹は、連携することでリンを上回る攻防力がある。

 そして念能力を3姉妹は使えるのだ。

 オイラとリンが2人で掛かっても、3姉妹に勝てないんじゃないか?

 それほどの実力差があるように思える。

 

 オイラが倒れているリンへと駆け寄る最中、レノンが動くのが見えた。

「クソ猫ぉぉぉ! さっきはよくも蹴りやがったなぁぁぁ!」

 レノンのみが猪突猛進してくる。他の2人はレノンの暴走を前にして、今度は傍観を決め込んでいる。

 怒りを漲らせて攻めてくるレノンには、オイラしか目に入っていなかった。

 こいつの攻撃力は、あきらかに一般の人間のそれとは異なる。まともに受けちゃいけない。

 

 だけどレノン1人なら、3対1よりは可能性があるか?

 オイラは迎え撃つ構えをとった。

 

「レノン! ちょっと待ってー! ほら、あれっ!」

「なんだよ、リズ! 今、からいいところ……、おっと、マジかよ?」

 何かに気づいたレノンが意外そうに足を止めた。

「サクラっ、手を抜いていたぶろうとするなんざ、リズに毒されてるんじゃねえかっ?」

 レノンの視線の先には、ゆっくりと立ち上がるリンがいた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「サクラっ、手を抜いていたぶろうとするなんざ、リズに毒されてるんじゃねえかっ?」

 

 誰かが大声を出すも、私はとびかけた意識をどうにか掴まえるので精一杯だった。

 なにを……、されたんだ?

 私は膝に手を付き、おぼつかない足腰を叱咤した。かろうじて立ち上がることが出来た。

 

「きゃははっ、お姉さまったら、いたぶるために手を抜くなんて、お優しいのね!」

 

 小さな女が、愉快そうな笑い声をあげる。あれは確か、リズ……だったか。

 霞ががった思考がクリアになっていく。

 そうか、私は攻撃を受けて吹き飛ばされたのだ。

 

 サクラへと焦点があった。

 彼女は姿を見せたまま、自らの手をぼんやりと眺めていた。

 なにか違和感を覚えるような表情をしている。

 

「サクラ姉さまっ。そういうことなら、私に任せておいでっ。いいこと思いついちゃったっ!」

 わずかな逡巡があって、

「……いいでしょう。好きになさい」

 サクラは冷たく言い放った。

 

 私とリズの目があう。

「ふふふっ、あなた、死にたくないわよねー? だったら、生きるチャンスをあげる」

 リズは何を思ったか、口元に指を当てて禍々しく口角をあげた。

「私たちは、あなたたち2人を殺しに来たのよ。でもね、あなたがゴンを殺してくれたら、あなただけは助けてあげてもいーわよ」

「おい、てめえっ! 何勝手なこと言ってんだ?」

「だってー、そういうのも楽しいじゃない?」

 

 レノンの文句に意を介さず、リズはニタリと悪意の笑みを浮かべていた。

 ゴンを殺せば、私だけは助かるかもしれない。

 私はゴンを眺めた。

 弱りきっている彼ならば、わずかに手を加えるだけで、あっさりと殺せるだろう。

 

 そういえば、私だってゴンを殺しに来たんじゃなかったっけ?

 

「さあ、3秒だけ待ってあげるわよ。3……」

 

 悪魔的な誘惑だなと思った。

 

「2……」

 

 誰かを犠牲にして、自分は助かる。そんなことは世界にたくさん溢れているわけで。

 

「1……」

 

 私はゴンを見た。身体は弱っているけれど、どこまでも真っ直ぐな瞳に、ジンと同じ光を見た。

 

 

 

 ――弟をよろしく頼むな。

 

 

 

 ああ、そうだった。

 

 

 

 ゴンは私の弟なんだ。

 

 

 

 私の答えは1つじゃないか。

 

 

 

「ごちゃごちゃうっさいのよ……」

 私は軋む身体に鞭を打ち、気力を滾らせて構える。

 

 

 

 

 

「あんたらがっ、地獄に落ちなさいっ!」

 

 

 

 

 

 言ってやった、言ってしまった。あとはもう前に進しかなかった。

「はぁぁぁぁ!? あなた、自分の立場がわかっているのっ!?」

 リズが眼を剥いて不快な甘い声を出す。

「ははははっ、バーカっ! 断られてんじゃねえか」

「つまらないオモチャね。もういいわ。今すぐ殺す」

 爆笑するレノンを無視して、リズはベンズナイフを構えた。

 

 三姉妹は少し離れたところで、縦に並んでいく。レノンを前にして、リズが影に潜み、そしてサクラがさらに背後へ……、そしてサクラが消えた。

 いや、実際にはいる……か? そこにいるのに極限までに気配が薄くなったといおうか。

 霧と姉妹の二人が邪魔をして、存在が確認できない。

 

 レノンの攻撃。

 リズの防御。

 サクラの不可解な一撃。

 

 3人が繰り出す、熟練された連携攻撃を崩す手立てがあるのか?

 

 

 ゴンも戦う気なのか、ふらつきながら立ち上がり、武器である釣竿を構える。マイコーはゆるりと息を吐き精神統一をはかる。

 

 露骨に不機嫌になったリズが、敵意のみなぎった視線を向けてきた。レノンは関節を小気味よく鳴らす。

 一触即発の状況。一人が動けば、どちらかが全滅するまで戦い続けるだろう。

 

 

 

 

 

「おやあ ♥」

 

 

 

 

 

 そんな世界は、一人の来訪者によって凍りつく。

「……ヒソカ」

 私は思わず呟いた。霧の中から浮かび上がってきたのは、ヒソカだった。彼は誰かを右肩に担いでいる。

 

「ずいぶんと楽そうな気配がするから、来てみれば ♣ リンってばずるいなあ、ボクも誘ってよ ♠」

 

 くっくっくと笑うヒソカは、右肩に担いだ男を放り捨てた。あれはどこかでみたサングラスの男。なぜか頬を腫らしているが、殴られでもしたのか?

 

「どれも美味しそうだけど……、特にその岩影に隠れているキミが一番かな ♦」

「さすがヒソカさん、と申しておきましょうか」

 

 いつの間に移動していたのか、岩陰から着物姿のサクラが、静々と姿を見せる。

 

「キミらは使えるみたいだね ♥ いやあ、使えないコたちばっかりだから、手応えなくてねえ。せっかくだからボクと殺らないかい?」

「なんだてめえ? ぶっ殺されてえのか?」

「邪魔するな、キモいピエロっ」

「レノン、リズ、おやめなさい」

 

 サクラの一言に、レノンとリズが食って掛かる。

「お姉さま、あの者も一緒に殺せばいいじゃないっ!」

「あんな変な野郎、どうってことねえだろ?」

「レノン……、リズ……。もう一度だけ言います。おやめなさい」

 サクラの柔和な微笑みを前にして、二人はビクリと身体を震わせる。

 

「申し訳ありませんが、あなたと戦うつもりはありません。二人とも、行きますよ」

 レノンとリズは渋々と頷き、

 

「ゴン、リン、あとクソ猫。てめえら今度は逃がさねえ。首洗って待ってろよ」

 

 レノンの言葉を残し、霧の中へと三姉妹は消えていった。気配も遠ざかっていく。

 

 

 

 ……とりあえず、助かったのかな?

 

 

 

 緊張が氷解していき、私は思わず後ろへ倒れ込みそうになる。

「おっと、大丈夫かい? ん~、リンってば随分と手酷くやられたみたいだね ♥」

 いつの間にか側に来ていたヒソカが、後ろから支えてくれた。

「あんがとね。正直なとこ、助かったわよ」

「おや、キミ……」

 

 わずかに首を傾げたヒソカが、何かを確認するように身体をペタペタと触ってくるので、

「気安く触るんじゃないわよっ! ぶっ飛べっ!」

 ヒソカのボディへ、アッパーカットをお見舞いしておく。

 

「いいパンチだね ♥ 嬉しくて臓物が踊っちゃうよ♣」

「怪我は大丈夫だから、触んないでよねっ!」

「んー、そっちじゃないんだけど…… ♠ なんかオーラの流れが少し綺麗になったような……、まあいいや。とりあえず身体は大事にするんだよ ♥ キミを壊すのはボクなんだからさ ♠ 」

 

 ヒソカがにこにこと笑いながら物騒な発言をする。

 

「優しいと一瞬でも思った私が馬鹿だったわ……」

 私はゆっくりとその場に座り込んだ。マイコーが膝の上に乗ってきて、私の服へとしがみついてきた。

 

「ホントに怪我はないのか?」

「ちょっと身体の芯に響く攻撃だったけど」私は身体を捻ったり、アバラに触れてみる。「ホントのホントに大丈夫よ」

「そ、そうか」

 にゃふーと、マイコーが安堵のため息をもらす。

 

「心配してくれてありがとね」

 私はマイコーの頭をもふもふと撫でた。

 

 マイコーがこれほど取り乱すとは、よほど酷い吹っ飛ばされ方をしたのだろう。

 だが、どういうことだ?

 死なずとも立てないほどのダメージになると、私も思ったのだが。

 もしかすると反射的に後ろに跳んで、打撃を軽減できていたのだろうか? そんな余裕あったっけ?

 

「……って、ヒソカ!?」

 

 見ればヒソカがゴンと息のかかるほど近くに寄っていた。まじか、チューでもするつもりか?

 確かに男でも女でもいけそうな変態ピエロだけども。

 

 ゴンは後退りをしながらも、ヒソカから目を離さない。

「ん~、キミも素敵な眼をしてるね ♥ 良いハンターになりなよ ♣」

「あんた、ホントに何やってんのよ……」

「試験官ごっこだね ♠ 美味しく実りそうな果実を選別しているところさ ♦」

「あんたはどこの果樹園農家なのよ……。っていうか、ヒソカ! くさいわよっ」

 

 今更ながら気づいたのだが、ヒソカはかなりの人数を殺してきたようだ。

 血の匂いがプンプンと臭う。

 

 機械音が鳴って、ヒソカがポケットから何か取り出した。通信機だろうか。そこから聞こえる声に「わかったよ ♦」とだけ返していた。

 

「さて、ボクは2次試験会場に行くけど ♥ 歩けないなら、せっかくだから担いであげようか?」

「あんた、クサイじゃない。死んでもイヤよ」

「残念 ♦」

 私は鼻をつまんで拒絶した。ヒソカは「また後でね ♥」と言い残して、サングラスの男を担ぎ霧の中へと姿を消した。

 

 この霧の中を適当に歩くのは自殺行為だけど。

 ヒソカはどうやら2次試験会場がどこか分かるのだろう。

 ならば血の臭いを追えばよさそうだ。

 

 私は立ち上がってから屈伸運動を数回した。うん、かなりダメージが抜けてきたから、これならある程度動けそうだ。

 

「ゴン、そろそろ行ける?」

「あ、うん……」

 

 うなずいてから、しかしゴンは膝をついた。ゴンの身体を触って状態を確認してみる。あの姉妹らは、おそらくゴンをいたぶっていたのだろう。大怪我はないようで、少し休めば身体はある程度動かせるようになるはずだ。

 だが、それを待ってたら1次試験が終わってしまうかもしれない。

 やれやれ世話のかかる弟だと内心で思いながら、

 

「しゃーないから、おぶったげるわよ」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 うっすらと血の匂いが続く森の中を、私はゴンを背負い、頭にマイコーを乗っけて進んでいく。むき出した木の幹をひょいと乗り越え、雑草の生えた傾斜を駆け上る。

 さて、この先はどっちかな?

 臭いをたどると、どうやら少し右斜めの方向か。

 

「血の匂いが道しるべになってるわね」

 

 マイコーに話しかけたつもりなのだが、返事がなかった。

 

「ちょっと、マイコー。聞いてるの?」

「……」

「マイコーっ!」

「ん、ああ……。呼んだか?」

 

 随分とすっとぼけたことを言う。

 

「ヒソカを狙ってやられた生物とか、ヒソカに殺された奴とか、これだけゴロゴロ転がってれば道にも迷わないわよねえ」

 

 もしかして私たちに道を教えるために、やってくれたのか? いやいや、あいつがそんな気の利いたことするわけないか。

 

 それにしても、ゴンは随分と大人しいな。

 

 私は背後をちらりと盗み見る。息はしているようだし、寝ている様子でもない。

 そこでふと気づく。

 ゴンの手はわずかに震えていた。

 

「ゴン、大丈夫なの? どっか傷んだりする?」

「大丈夫……」

 

 全然、大丈夫そうじゃないんですけど?

 でも無理に聞き出してもしかたないかなーと思うわけで。

 しばらくの沈黙。どこかで鳥が羽ばたき、枝葉を揺らす音が聞こえた。

 

「リン……」

「どーしたのよ」

「オレ、あの女の人に連れてかれてさ、一生懸命に戦ったんだけど……。ぶっとばされて……、やり返すこともできなくて……、リンが戦っている時も見ていることしか出来なくて……。ごめん……」

 

 ゴンの声は少し震えているようだった。

 

「そんな自分自身が、すごく悔しくてさ……」

 

 私の背後で鼻をすする音が、小さいけど確かに聞こえた。

 ああ、この子も泣くんだな。

 漠然とそんなことを思った。

 ゴンだって12歳の子供なのだ。そう考えれば、泣くのも自然なことなのだろう。

 何か言葉をかけてあげたいと、そんな思いが心の奥底で生まれる。

 

「あんたはさ、なんでハンターになりたいの?」

「オレが……、ハンターになりたい理由……」

「なんとなくで、ハンターなんか目指さないでしょ」

「オレの親父がハンターやってるんだ。親父みたいなハンターになるのが、オレの夢なんだ」

 

 ジンについて知っている話を、ゴンは話し始める。

 三ツ星ハンターになれるほどの実績をもつのに、申請せずに活動を続けるジン。それを聞いて改めて思い出す。ジンは名声など欲しがらずに自分の好きなことだから、色んな活動をしているのだ。

 私もそんなジンに憧れている。

 

「すごい親父さんなのね。でも、その人だって悔しい思いをしないで、そこにたどり着いたと思う?」

 ゴンは首を横に振った。

「あんたは負けて悔しい。でも、次は勝てるように努力する。それが親父さんに近づく……、ハンターになるってことじゃない?」

「そう、だね」

 

 ゴンの瞳の中に力強い光が帯び始める。

 

「あんなやつら、私とゴンで一緒にぶっ飛ばしてやるのよっ!」

「うんっ!」

 私は腕を高々と掲げて、ゴンもそれに倣ってマネをする。

 

 

 

 そんな素直なゴンを見て、私はちょっとだけ……、ほんとーにちょっとだけ、可愛いなあと思ってしまうのだった。

 

 

 

 

 




読んでくれた皆様、今日もありがとうございます。

ようやくゴンとリンが、姉弟っぽく書ける日がやってきました。まだまだぎこちない二人ですが、あたたかく見守っていただければと思います。


次回「おじいちゃん登場」
伝説のおじいちゃんがやってきます。


また次回、お会いできたら嬉しく思います。
それでは(^^)/


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おじいちゃん登場

 

 森の中に少し開けた空間があって、そこにある建物が二次試験会場だった。150人ぐらいの受験生が建物に入れず、途方にくれていた。

 ゴンを背中から下ろす。

 

「リン、本当にありがとうね」

「身体は大丈夫なの?」

「かなり動けるようになったみたい」

 

 ゴンが走ったり跳んだり、竿を振ってみたりして、身体の調子を確かめている。

 

「そういえば気になってたんだけど、それって本物の釣り竿? 魚を釣るのに使ったりしてるの?」

 ゴンの持ってる釣り竿は、リールとウキがない。糸と錘と針だけのシンプルな形式。川底に近いところにいる魚を狙うタイプのものだ。

 

「ちゃんと魚釣り用だよ。オニオウヤマメって知ってる? 大きいと50kgぐらいになるんだけど、この釣具はそのオニオウヤマメ用だね」

「50kgって、とんでもないサイズね……。それにしたって、その錘は目立ちすぎない? 魚に逃げられちゃいそうだけど」

 

 この錘は果たして錘と呼べるのだろうか? むしろただの鉄球だろう。

 

「これは、オレが考えて付けてみたんだ。ハンター試験で釣り竿をなんかに使えないかなって思って」

 

 50kgを相手にする竿と糸だとすれば、重量感のありそうな鉄球でも耐えられだろうし、自在に飛ばせるのだろう。しなやかな竿の動きから放たれた鉄球を想像してみる。

 

 人に直撃したら大惨事になりそうだ。

 間違っても当たらないようにしよう。

 

 

 

 周囲を見回すと、トリニティ三姉妹がいた。明らかな敵意をレノンが見せてくるが、とりあえず無視を決め込んでおく。あいつらから攻撃してくることは、今のところないだろう。理由はヒソカがいるから。殺し合いが始まれば、ヒソカが喜々として参加するだろう。それは避けたいはず。

 ヒソカが殺し合いの抑止力になるとは、なんとも皮肉な話だ。

 やがて2次試験が始まって、料理を作ることになったのだが。

 

 

 結果だけ言うならば、全員不合格!

 

 

 えええっ! 嘘でしょ! こんなところでゲームオーバーなのっ!? ああもう、スシをネタバレしたあのハゲのせいだっ!

 とりあえずヒソカに頼んで、あのハゲを三枚におろしてもらおう。それで米の上に乗っけて、ハゲズシの出来上がりだっ!

 受験生たちの怒りも尋常じゃない。軽い暴動が起きている。

 そんな暴動を最終的に沈めたのは、ハンター協会のマークがかかれている飛行船だった。

 

「合格者0は、ちと厳しすぎやせんか?」

 

 飛行船からしわがれた、でもよく透る声が降ってきた。

 空から人が落下してくる。

 地上まで50mぐらいはあるのに、着地したその人は、何事もなかったように歩き始める。

 髪を後ろに束ね、思わず触ってみたくなる長いヒゲを顎に蓄えている。一見するとただの老人だが、樹齢何百年の大木のエネルギーを凝縮したような人だと、私は知っていた。

 

「おじいちゃん?」

 

 私が思わず放った言葉に、周囲の人間がざわついた。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 おじいちゃんが提案した追加の二次試験を終えて、合格者は42人まで減っていた。

 もちろん私も合格者の一人である。

 展望室から見える景色。飛行船が星屑の海を優雅に進んでいく。

 飛行船には、本当は最終試験で姿を見せる予定だったおじいちゃんも同行していた。次の目的地は、明日の朝8時に到着らしく、それまでは自由時間とのこと。

 

 

 雫のような汗を、額にびっしりと浮かべる私。

 涼しい顔をしているおじいちゃん。

 私は裸足になり、おじいちゃんとのゲームに興じていた。

 

「それっ」

「ほいっとな」

 

 私は獣みたく、おじいちゃんの持つボールへと全身で飛びかかった。おじいちゃんは私の頭に手を添え、容易に飛び越えてくる。

 勢いのまま私は左手をついて、くるりと身体を前回りで半回転。体勢を立て直す。背後におじいちゃんの気配。私は振り向く勢いにのせて左の回し蹴りを放つ。おじいちゃんは上半身のバックスウェーだけで避けようとする。ボールはおじいちゃんの頭の上にある。

 

 おじいちゃんはニヤリと笑った。余裕をかましているその顔を、驚きにかえてくれるっ!

 

 回し蹴りは囮だ。動きのリズムをかえて、回し蹴りを途中でピタリと止める。そして立派なヒゲを、私は瞬時に左足の五指でぐわしと掴まえた。

 目を丸くするおじいちゃん。私は掴んだヒゲごと左足を床に叩きつける。ヒゲに頭は引きずられ、頭に身体がついてくる。おじいちゃんの全身が前につんのめった。

 

 ボールが宙へ浮いた。私の足はヒゲを決して離さない。

 

 私は左手を獲物を狙う蛇のようにニョキッと伸ばす。これは取れるはずっ!

 だが、おじいちゃんは右足裏にボールを器用に乗せた。顔を地面に這わせながら。

 

 顔を軸にして海老反りの姿勢……、人間ってそんな格好で動けるんだっけ?

 

 私の左手は空を切る。

 私はリズムを早くして交互に、右手を、左手を、素早くボールへと伸ばす。だが、おじいちゃんは海老反り状態のまま、両足の裏でボールを行き来させて弄ぶ。

 私の両手からボールは逃げ続けた。触れられない。ボール自体が生きているみたいだった。

 

「ほっほっほっ。髭を引っ張るとは随分と足ぐせが悪くなったのう」

「足ぐせがっ! 悪いのはっ! そっちの方でしょっ!」

 

 しばらくゲームは続けられたが、結局のところまったくボールに触れられず。

 私は息を切らして座り込んだ。

 

「銅賞、といったところかの」

「いやいや、全然ダメでしょ。相変わらず、おじいちゃんってば上手すぎるのよっ」

 文句を言いながらも、ついつい笑みがこぼれてしまう。

 

 ジンと一緒にあちこちを回っている時、稀にハンター協会へ寄ることがあった。そうすると近くの森まで連れていってくれて、遊び相手になってくれるおじいちゃん。ジンとおじいちゃんは一緒になって色んな遊び――ボールとり、木登り、おにごっこ、隠れんぼ、その他あれやこれや――を教えてくれたのだ。どれも一筋縄じゃいかなくて、夢中になるものばっかりだ。

 勝ったり、負けたりと楽しい日々。もっとも、どの遊びもハンデはもらっていたけれど。

 

「今日は両手両足を使っとるからな。それだけでも大したものじゃよ」

「そうは言うけど、全然本気じゃないでしょ?」

「それがわかるのも、また成長じゃよ」

 

 ボールを人差し指に乗せたおじいちゃんが、快活な笑みを浮かべた。

 

「ホント、先が長いわー」

 

 私は床に身体を投げ出して、大の字になった。床がヒンヤリして心地よかった。

 ああでも、こんなに遊んだのは久しぶりかもしれない。本気で挑んでも勝てないおじいちゃんという存在。ジンに次いで、やっぱりすごいと思える人である。

 

「っていうか、おじいちゃんってハンター協会の会長だったのね。すごい人だと思ってはいたけど?」

「お主もワシを会長と呼ぶか?」

 

 うーん、と私が首を捻る。心の中で呼び方を反芻してみる。会長……? ネテロさん? なんだかシックリとこないなあ。

 

「おじいちゃんは、おじいちゃんってとこかしらね」

「ほっほっほ、それで良い良い」おじいちゃんが蓄えたヒゲを撫でている。「それじゃあ今日はこのぐらいにしとくかの?」

「えええっ! もう終わりなのっ?」

 

 思わぬ一言に、私はがばっと起き上がる。

 

「ちょっと会わねばならん奴がおってな」

「そっかー、会長ともなると忙しいのね」

 

 私は汗でびっしょりだった。そういえばマイコーも埃っぽいって言ってたし。

 

 あれ? そういえばマイコーはどこいった?

 

 袖なしのロングジャケットを手に取り、キャスケット帽を浅くかぶる。雪月花のケースを右肩に担いだ。

「マイコーっ! シャワー浴びに行くわよっ!」

 

 返事は……、どこからも返ってこない。飛行船を見に行ったのか、どこかの隅で寝入っているのか。仕方ないから探しにいくとしよう。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 <マイコー side>

 

「リンは少し前に向こうに行っちまったぞい。追いかけんでええのか?」

「何言ってやがる。オイラがじいちゃんに用事があるってわかってたんだろ?」

 

 壁の影からオイラは姿を現して、ネテロの前に立った。

 オイラはリンが歩いて行った方を眺める。飛行船の中には、ネテロがいる。あの3姉妹も軽々に行動には移れないだろう。

 

「リンが参加してることは知ってたんだろ?」

「まあ、ワシってば一応会長やってるからのう。参加名簿を見て、気づいとったわい」

 

 ネテロは左指から右指へ、ボールを放物線の軌道で移動させる。

 

「ジンに聞いてたんじゃないのか?」

「あやつがいちいち言ってくる男か? ワシ相談もせずに、ぶち込んできおったよ。いやあ、リンめ、だいぶ育っておったな。あれは良いハンターになるぞ」

 

 ネテロの目尻のシワが深くなっていく。孫の成長を喜ぶ爺さんのような笑みだった。

 

「本当に、いいのか?」

 

 オイラはうつむき、ポツリと言葉を漏らす。

 

「ほっ? なにがじゃ?」

「リンは……」ネテロの顔を真っ向から見つめる。「ハンターを目指していいのか?」

 

 三姉妹と出会い、改めてわかったこと。この世界の生と死は紙一重なのだ。

 今回はどうにか生き延びたが、一歩間違えていれば……。そう思うと背筋が寒くなる。

 

「今までと同じように、ジンの側で生きたほうがええかのう?」

「だってよ、あいつはジンと一緒にいて楽しそうだった。一番安全で、幸せいっぱいなのがジンの側だ。今までそれで上手くいったじゃないかっ! それを変える必要はないだろっ」

 

 オイラは声を荒らげていた。行きどころがない感情を、じいちゃんにぶつけていた。

 

 

 

 

「今まではそれで良かったが……、あやつは、少しずつ心を育てねばならん」

 

 ネテロは片膝をついてしゃがみこむ。穏やかに言葉を紡いでいく。

 

「身体能力に関してリンは育っておった。身体を鍛えるのに場所は選ばぬ。じゃが、心はそうはいかん」

 

 オイラは唇を噛み締め、言葉の一つ一つを受け止めていく。

 

「物事が起きた時に、どう感じて、どう動くのか。反省して次回に活かしていく。そんな小さな積み重ねでしか、心は育たぬのよ」

 

 ネテロは一度、目を閉じる。

 

「ジンに憧れるのはよい。じゃが偏りすぎると、リンの心は歪んでしまう。そんなリンが、ジンを失ったらどうなると思う?」

 

 

 

 

 オイラは心をぶん殴られたような衝撃を覚えた。

 いや、わかってはいた。でも、どこかでその事実を改めて突きつけられると、ショックも大きい。

 リンはどこかまだ精神的に幼く、ジンに依存しかけている。

 ジンが自ら念能力を教えない要因は、そこにあるのではないか。

 念というやつは、心に影響する力だ。まだ安定しない精神のリンでは、心の成長の妨げになる可能性がある。それに強くなりすぎることで、理解できなくなる想いもある。

 

 心を伴わない暴力。

 レノンやリズは、心に釣り合わない力を、先に手に入れてしまったのではないか。

 リンがそうなってはいけない。

 なぜならばリンが暴走することは、世界を揺るがす事態になるからだ。

 

 

 リンには奥深くに沈められ、本人すら触れられない、忘却させられた『記憶』がある。

 だが、リンが生きてきた道を形成する上で、なかったことには出来ない記憶だ。その過程を排除すればリンは、いまのリンじゃなくなってしまう。

 

 

 リンの中に、自分で認知できない傷跡があるのだ。

 

 

 オイラは、そんなリンを護るためだけに生きている。

 優しい世界で、リンが何一つ困らずに過ごせればいい。そう思っていた。

 だが、不変などありえない。立ち止まっていても、時は流れ続けていく。

 もしも、リンが今のままで、ジンが死んでしまったら?

 開いてはならないパンドラの箱。その中身が最悪の形で放たれる。

 そうなればオイラたちは選ばなきゃいけない。

 

 

 

 

 

 リンを殺して世界を生かすか。

 世界を殺してリンを生かすか。

 

 

 

 

 

 だが、リンの心が成長することで、箱の中に希望が見えるようになれば……。

「危険だから、誰にも触れられないところに隠すという方法もあったが、ジンはそうしなかった。なぜなら奴はリンとお主を信じてるからじゃ。心が成長して、いつか直面する未来を乗り越えてくれるとな」

「オイラのことも?」

 

 オイラは耳をぴくりと動かす。

「色んな人々に触れ、悩むといい。間違ったこと道をゆけば、目を覚まさせてやれ。楽しいことがあれば一緒に喜ぶがいい。それはお主にしか出来ぬことよ」

 

 ネテロがオイラの頭に優しく手をおいた。

 オイラは知っている。あいつが小さな頃に、毎日のように心を涙で濡らしていたことを。

 だが、知りすぎてオイラは臆病になっていたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでくれた皆様、ありがとうございます。

釣り竿設定については完全オリジナルです。
今後、うまくできたら原作でいつの間にか消えていた釣り竿を使えたらなあと思ったり。
私の方でも、気づいたら釣り竿ないやん!ってことのないようにしたいと思います。


次回 受験生たちの娯楽


また次回、お会いできたら嬉しく思います。
それでは(^^)/


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受験生たちの娯楽

 

 

 この飛行船は大きな作りのようだった。

 三次試験会場までの移動について説明を受けた部屋、食堂やシャワー室といった具合に、私は見て回る。

 

 仮眠室もあった。一部屋にベッドがいくつも並んでおり、カーテンで仕切る程度の簡易なものだ。そこでトリニティ三姉妹をみかけた。というか、その3人しか仮眠室にいなかった。

 レノンとリズはベッドで寝ており、サクラはベッドに腰をかけていた。サクラの優しげな双眸が私を捉える。

 

 私の全身が総毛立つ。いつ仕掛けられてもいいように臨戦態勢をとる。

 

「そんなに慌てずとも良いではありませんか」涼やかな風のような声。「他にも寝具はたくさん用意されていますし、休んでいかれてはいかがです?」

「あんた、笑えない冗談はやめなさいよ」

 

 柔和な笑み浮かべたサクラは、雪のような白い肌に手を添えた。

 

「あら、わたくしは本気で申してますのに」

「命を狙ってくる相手と、同室なんてありえない。地面で寝たほうがマシよ」

 

 サクラの申し出を拒絶する。

 

「その点はご心配なさらずに。少なくとも飛行船の中では、敵対するつもりはありませんので」

「はあっ? あんた、私を殺しに来たんでしょ?」

「試験中以外で、リン様とゴン様を殺すことは、あの御方に禁じられていますので」

 

 笑み以外の表情を見せず、常に小奇麗な話し方をするサクラ。そんな彼女がわずかに言葉を弾ませている。

 

「あの御方?」私は眉根を寄せて尋ねる。「そいつに言われたら、なんでも従うっていうの?」

「ええ、もちろんですわ。わたくしにとって、あの御方の命令は絶対ですから」

「もしかして、あんたがいつも笑ってるのも命令とか言わないわよね?」

「あの御方がわたくしの笑顔を褒めてくださったのは事実です。喜んでいただけることを、命令でなくとも率先して行うのは、当然のことではありませんか?」

「じゃあ死ねって言われたら――」

「喜んで命を捧げましょう。この身も心も全てあの御方のものなのです」

 

 サクラは少し顔を上気させて、恍惚とした焦点が定まらない表情を浮かべていた。

 

 サクラは「あの御方」とやらに心酔しきってるようだ。これも愛の形の一つなのかな? レノンとリズも一緒にいるのは遠慮したい奴らだが、さすがその姉といったところか。

 

「なんにせよ、ここで寝るのはありえないから」

「そうですか。それではまたお会いしましょう」

 

 サクラがしずしずと頭を下げてくる。本当に攻撃してくる素振りもない。私は部屋を出た。

 

 

 

 しばらく歩いて、広いロビーのような空間に戻ってきた。受験生がちらほら見えるが、皆は静かなものである。

 受験生たちは、壁に背を預けて身体を休めていた。疲弊しているが眠れない者も多いようで。

 ぐっすり熟睡してるのは、サングラスの男と金髪の美少年ぐらいか。二人は毛布を身体にかけて寝入っていた。なんだか大物の予感がする二人だ。

 

 しかし、マイコーは本当にどこいったんだ?

 

 見つからない相棒に探して、廊下を曲がったところで、出くわしてしまう。

 地べたに座り込んだ変態(ヒソカ)の後ろ姿っ! まわれー右っ。気づかれる前に離れよう。抜き足、差し足、忍び足……。

 

「リンってば、つれないなあ ♥ ちょっとは相手してよ ♣」

 

 私は反射的に振り返った。相変わらずヒソカは背を向けている。

 

「うっ、なんで私だってわかったのよっ。背中に目でもついてんの?」

「リンの汗の匂いがしたもの ♦」

 

 獲物に大量にむらがるアリをみた時と似た気分になる。

 

「とりあえず飛行船の窓を突き破って、今すぐに飛び降りてこい」

 

 サクラといいヒソカといい、どうして今日は変態ばっかりと出会うんだろう。

 ヒソカは座り込んで何をやっているのか。

 横から覗いてみれば、ヒソカがトランプを組み合わせてタワーを作っていた。

 

 

 こんな隅っこで、座り込んで、孤独にトランプタワー。

 

 

「あんたってば遊んでくれる友達がいないのね……」

 

 私は思わず目元を抑えてしまった。お姉さんってば、なんだか泣けてきちゃったよ。

 ヒソカを見て、ふと思い出す。こいつ、念能力が使えたんだっけ。

 念能力。トリニティ3姉妹も使っていたが……。

 

「そういえば、念能力が使えるでしょ? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「念能力に興味があるのかい?」

「私が倒したい相手が、たぶん念能力者なのよ。対策をたてなきゃいけないんだけど、そもそも私ってば念能力のことあんまり知らないのよね」

「教えて欲しいのかい?」

 

 こくこく、と私は首を縦に振る。

 

「くっくっく、素直なキミは可愛いなあ ♥」ヒソカが口に手を添えて笑う。「でも、タダじゃつまらない ♣ ボクを楽しませてくれたら教えよう ♦」

「あんたを、楽しませる?」

 

 むむむっ、と考えに詰まってしまう。ヒソカと戦うのは死んでも嫌だし、下手したら殺されちゃうし。それ以外となると……。

 ヒソカのトランプが目に入った。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「むうう……」私はトランプを3枚手に取った。「こうやって、ゆっくりと、やれば……」

 

 私が一心に見つめるのは、そろそろ5段目が完成予定のトランプタワーだ。ぷるぷると震える私の腕。絶対に壊してなるものか……。全神経を集中し、トランプ3枚をうまーく乗せて、

 

「よし、5段目が完成ねっ」

 

 私はトランプから離れるように座り込んで、吐息と共に緊張を投げ捨てた。

 

「今度こそ完成できるかもねえ ♦ でも、そうしたらキミは相手にしてくれないからなあ ♥」

「わざと壊したら……、奥歯ガタガタいわせて泣かすわよ? ここまできたら、なにがなんでも完成させるんだからっ」

 

 鋭い眼光で牽制するも、ヒソカは涼やかな顔をして5枚のトランプを持ち、タワー6段目に着手していた。小憎たらしいことに、楽々とトランプを積み上げていく。

 

 ヒソカが楽しませろっていうから、文字通り遊んでいるのだ。

 まさかヒソカがこんな遊びで許してくれるとは、驚きである。でもトランプタワーを提案したところ、「じゃあ、それにしようか ♥」と即答だった。

 

「しっかし、こんなに難しいとは思わなかったわ……」

 

 最初は鼻で笑ったものだ。トランプを積み上げるだけなんて、楽勝だと。でも、意外に難しくて、私が何回か崩してしまった。

 ヒソカがトランプを数枚投げた。トランプタワーに向かって飛んでいき、6段目のところで綺麗にそろって積み上がる。しかもタワーは揺れもしない。

 

「えええっ、なにそれ、ずっるくない!? どうやってんのよ、私にも教えなさいよっ!」

「それは難しいねえ ♥ この方法は念によるものだよ。ボクにしか出来ないからさ ♣」

「反則っ! 反則っ!」

 

 私は両手をあげて、ぶーぶー文句を言う。

 

「ほらほら、キミの番だよ?」

 ヒソカが意地悪に急かしてくる。

「ああ、リンの真剣な表情……、勃っちゃうよ ♥」

「黙れ地獄の業火で焼かれろ」

 

 私は口で罵りながらも、念に関してこいつは凄いんだと、内心で感心していた。

 

 

 

 そしてようやく――。

 

 

 

「やったっ! できたっ!」

 自分でも驚くぐらいに声が弾んでいた。

 トランプタワーは、ついに最後の8段目まで完成したのである。

 

 思い返せばここまで来るのに、随分と長かった気がする。汗まみれの身体に鞭打って、ヒソカの相手をした私自身を褒めてあげたいっ! さあ、完成したトランプタワーを心に刻んで――「えいっ ♥」

 

 トランプタワーは悲しい音をたてて崩れ去った。私は冷水をぶっかけられたみたいに驚いて、徐々に身体の内に溶岩のような怒りがわき上がってきて、

 

「くくくっ、くくくくくっ! リンと一緒に作ったものを壊すこの快感……、たまらな――」「なにしとんじゃワレぇ!」

 

 私はヒソカへと飛びかかって、思いっきり殴っておいた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「いやはや、うっかり殺しちゃうところだったわ」

 

 私は誰もいない廊下を一人歩いていた。頭をぽりぽりと掻きながら反省をした。

 マウントポジションでヒソカを20発も殴るのは、さすがにやりすぎだった。ヒソカじゃなきゃ、完全にあの世行きであろう。

 

 だが、殴り疲れて肩で息をする私に向かって、ヒソカは「いい気持ちだったから、このままボクは寝ちゃうね ♥」とかいう始末である。あのまま永眠してしまえばいいのに。

 

 

 まあ、寝る前にちゃんと念能力の話は聞き出したけどね。

 四大行である「纏」「絶」「練」「発」について。

 「発」は6つのタイプに大別されること。

 なるほど、話を聞いてから最近の過去を振り返ると、思い当たることがちらほらある。

 

 レノンの攻撃力、リズに触れられない状況、サクラの気配断ち。

 全て四大行によるものなのか? たとえばリズは「纏」、サクラは「絶」を使っているとか?

 いや……、それだけじゃない。「絶」「纏」だけでは説明がつかないことがある。

 つまりやつらは「発」――必殺技を使っているのだ。

 3姉妹がそれぞれ、能力は何なのか? 勝率を上げるためには考える必要がある。

 

 私はふわ~と大きなあくびをした。

 ……今日はもうダメだ。頭が回らない。

 

 そんな時、聞き覚えのある声が飛んできた。展望室あたりからだろうか?

 私の足は再び展望室へ向かう。

 そこにいたのはゴンとキルア、そしておじいちゃんだった。

 

「これではらちがあかんのー。2人いっぺんにかかってきても良いぞ」

 

 ほくそ笑むおじいちゃんを前に、キルアのこめかみは怒りで震えていた。

 おじいちゃんの足元にあるボール。

 キルアが上から飛びかかり、ゴンは足元へと突っ込んでいく。おじいちゃんはカメレオンみたく、両眼をギョロリと独立して左右に動かし、二人を視界に捉えた。キルアを左手であしらいながら、右足で跳躍してゴンをかわしている。

 

 滝のような汗を流すゴンとキルアだが、あれでは一年中追っかけても取れなさそうだ。もっとも、私も偉そうなことは言えないが。

 

「やーめた! ギブっ! オレの負けっ!」

 キルアが冷めた表情で敗北宣言をしていた。床に投げ捨てられた上着を持って、立ち去ろうとする。

 

「なんで? まだ時間はあるよ? 今のだってもう少しで取れそうだったしさ」

 ゴンはおじいちゃんを指差して、まだやろうよとキルアを誘う。

 

「ったく、何もわかってねーなお前は……。あのジイさんは左手と右足しか――」

「ゴン、誘ったって無駄よ」

 

 私はいち早くキルアの言葉を遮った。キルアはバツの悪そうな顔をして、頭を掻いた。

 意地の悪い笑みを浮かべて、キルアに歩み寄る。

 

 

 私は忘れていない。ババアと連呼されたあの日のことを……。

 

 

「こいつ、絶対に勝てないってわかったから、やる気がなくなったのよ」

 私はキルアの胸板を人差し指で二度つついてやる。

「うっせえなあ。やってもない奴が舐めたこと言ってんじゃねえぞ?」

「ふふん、私はさっきやったもの。どっかのキルアと違って、両手両足まではクリアしたからね」

「なっ! このババアが、そこまでっ?」

 

 私は胸を反らして鼻高々に自慢してみた。今はババアと言われても、子犬がきゃんきゃん吠えているようにしか聞こえない。

 キルアはネテロへと振り返り、真偽を確かめる視線を送る。ボールを床へ弾ませているネテロは、一度だけうなずいた。

 キルアは唖然として、その場に立ち尽くしていた。

 

「へ~、リンってばすごいんだねっ」

「す、すごくなんかないわよっ。普通よ、フツー」

 顔を輝かせたゴンの素直さに当てられて、私はそっぽを向いた。

 

「よーし、オレもどうにかして右手までは使わせてみせるぞっ。ネテロさん、早く続きやろうよっ!」

「ほっほっほ、若さゆえの勢いは、嫌いではないぞ」

「キルアっ! やっぱりもう少し一緒にやろうよー」

 

 ゴンがキルアにおいでおいでと手招きしている。

 キルアが私のいる方へバッと振り返ってきた。『ドヤァ』と自慢げな顔で私は応じる。

 

「ああ、やっぱ俺もやるわ。ギブは撤回な」

 キルアが上着を投げ捨てて、臨戦態勢に入った。

 

「ババア、見てろよ。オレも絶対に両手両足を使わせてやるからなっ」

「はいはい、せいぜい頑張んなさいよー」

 キルアにおざなりに手を振ってから、私はキルアとゴンのことを眺めていた。

 これは2人にとって、いい修行になりそうだと内心で思った。

 

 修行……、そういえば……。

 ハンター試験が始まってから、ゆっくりと絵を描く暇もなかった。

 好きな絵を描く。それは虹色芸術(ナナイロアート)を身につけてからも、継続していること。

 雪月花を両手で持って、目を閉じてゆるりと立つ。

 力を入れすぎてもいけない、気が抜きすぎてもいけない。

 雪月花を身体の一部として受け入れたままで、自然体となる。

 己の体内の感覚を研ぎ澄ます。身体全体に広がった光を、みぞおち辺りに集約するイメージ。

 やがて輝くものが点へと集約されていく。

 

 今日は何を描こうか?

 

 ふとよぎったのは、森や小鳥である。

 私は描きたい、私は描きたい、私は描きたい……

 そう思うだけで身体の内にある点が、形は変えずに力強さを増していく。

 やがて太陽を凝縮したような輝きとなっていく。

 点の位置を徐々に変えて、雪月花の先端へ。

 私は目を見開き、雪月花を大きく振るった。飛行船の壁に木と枝にとまる鳥を描きあげる。

 

「ふーむ、なかなかじゃ」

「うわっ! ビックリしたっ! おじいちゃんやめてよっ、寿命が縮まるじゃない!」

 

 ゴンとキルアを相手にしながら、おじいちゃんが私の絵を覗き見てくる。なんちゅう器用なボール遊びしてるんだ。っていうか、背後でキルアとゴンがめっちゃ攻めてるのに、全部見ないで避けてるぞ。

 

「これは良い修行じゃのう」

「あ、そう? でもまあ、そこそこって感じの絵だけど、ちょっと集中力がたらないかな。このあたりの線とか少し弱いし」

「いや、絵という意味では……」おじいちゃんが頭をぽりぽりと描く。「まあええわ。これはジンがやれと言ったのか?」

「私がやりたいから、描いてるだけよ」

「なるほどのう。独学でたとりつくのか。いやはや、赤ん坊は教えずとも身体の使い方を覚えていくが、まさにそれと同じじゃのう。お主を見てると、血が沸くわい」

 

 ひょっひょっひょと、老練な笑みを浮かべるおじいちゃん。

 

「どういうこと?」

「若者の成長を喜ぶジジイの独り言よ。気にするでないわ――、よっと!」

 

 おじいちゃんは旋風となって私から離れていく。汗まみれのゴンとキルアが必死の形相で後を追っていった。

 なんか良くわからなかったが、とりあえず私は絵を描き続けるとしよう。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

「おっ、リン。こんなところにいたのか」

 

 30分ぐらい経った頃、マイコーがトコトコ歩いて近寄ってきた。

 

「そりゃ私の台詞よ」膝上に乗ってくるマイコーに向かって話す。「っていうか、ちょっとは元気になったの?」

「ああ、そうだなー。心配かけて悪かったなー」

「そっか。ならいいけど」

 

 私は雪月花を床へと置いた。マイコーの顎を優しく撫ぜる。マイコーが喉の奥でゴロゴロと気持ちよさそうな声を鳴らす。

 ゴンとキルアは、まだボール取りをしていた。

 ゴンがボールにいくと見せかけて、おじいちゃんのお腹へ頭から突っ込んだ! よほど硬かったのか、ゴンは頭を押さえている。だが、それも一瞬のこと。

 

「もういっちょ!」

 

 目尻にうっすら涙を浮かべたゴンは、それでも頭から突っ込んだ。おじいちゃんはわずかな逡巡のあと、ゴンの頭に右手を添えて飛び越えた。ゴンは勢い余って壁まで突進して、頭から激突する。

 

 空中を舞うおじいちゃんへ、キルアが肉薄する。狙いはおじいちゃんが左手で持つボールだ。だが、おじいちゃんは左足裏でキルアの肩を受け止めた。相手の勢いを利用して、おじいちゃんの身体は一回転。キレイに着地する。

 

 ゴンがくるりと身体を振り向かせた。キルアは小さくガッツポーズをとる。

 

「今、右手を使ったよね」

「あと、左足もだぜ」

「やったー!」

「オレたちも両手両足使わせてやったぜ! どうだ、みたかババアっ!」

 

 キルアの表情は疲労もあるが、それ以上の達成感で占められていた。

 

「なに言ってんのよ! 私だって2人なら、もっとおじいちゃんの本気を引き出せるわよっ」

 

 私は口を尖らせ、憮然とした声で抗議する。

 

「じゃあ、リン。オレと組んでやってみようよ!」

「おい、ゴンっ! お前は俺と組んでるんだからダメだろっ!」

 

 キルアが焦った様子でゴンの肩を掴んだ。お前はゴンのなんなのさ、と思っていると胸の内側から、だんだん笑いがせり上がってくる。

 私は不覚にも笑いがこぼれ落ちた。

 

 

「リン」マイコーの声が羽毛みたいに柔らかかった。「楽しそうでいいな」

「いやあ、本当にあの2人ってば楽しそうよね」

「そっちじゃなくて、オマエのことだよ」

 

 マイコーが見上げてくる。キリっとした瞳に、どこか温かい光があった。

 

「よしっ、じゃあオイラたちもやるとすっかっ!」

「やるって……、何をすんの?」

「リンの相棒といったらオイラだろ?」膝から飛び降りたマイコーが堂々と腕を組む。「一緒にじいちゃんから、ボールとってやろうじゃないか」

 

 予想外の申し出に私は耳を疑った。マイコーは普段、こういう遊びは乗ってこないのに。

 

「本気なの?」

「にゃんだよ、オイラじゃ不服っていうのか?」

「そんなわけないわよ! それじゃ、2人でおじいちゃんをビックリさせるわよっ!」

 

 

 私たちの夜はまだまだ長そうだった。

 

 

 

 

 




読んでくれた皆様、今日もありがとうございます。

それぞれのキャラとだいぶ絡みが増えてきた今日この頃。やはり原作キャラをオリキャラとどうやって触れ合うか考えるのは、二次創作の醍醐味なのでしょう。僕もワクワクします。

次回「ソルディック家の人々(仮題)」
キルア個人と二人での絡みですね。

また次回、お会いできたら嬉しく思います。
それでは(^^)/


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ゾルディック家の人々

 

 

 

 飛行船がたどり着いたのは、入口すら見当たらない建物のてっぺんだった。

 受験生たちがざわつく中で、豆みたいな頭をした人が話し始める。

 

「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです」

 

 私はまぶたをこすりながら、話を聞こうと努力をしていた。マイコーに至っては、人の頭で寝ている始末だ。

 

 私の隣にはゴンとキルアがいる。キルアはしゃんと立っているが、ゴンはうつらうつらしており、――危ないっ! 倒れるっ!

 膝からかくんと崩れそうになるのを、私は掴んで支える。

 

「ったく、しっかりしなさいよ」

「ああ、リン。ごめんね……」

「ちょっとだけでも床で寝てたら? あとで内容も教えたげるし、起こしてあげるから」

「いや、でも、それは悪いよ……」

 

 そう言って横にならないゴンは、相変わらず今にも寝そうで……。

 仕方ないので私に体重を預けさせつつ、支えてやることにする。

 

 ゴンが嫌がる様子はない……、っていうか寝息が聞こえるし、今度は完全に寝てるよね? 私に寄りかかって寝るのは悪くないってか?

 

 私はゴンを横目で見る。まったくもって、困った弟だ。こんな調子で3次試験を突破できるのだろうか。

 

 

 

 ゴンの寝顔を私はじ~~~~~~っと眺める。

 

 

 

 子犬が眠っているような、あどけない寝顔がある。

 

 

 

 ……なんだか心が落ち着くなあ。

 

 

 

 はっ! いかんいかん、つい和んでしまった。

 

 

 

 ゴンがここまで眠いのも頷ける話だった。

 おじいちゃんとのボール取り。最初こそゴンチームと、私らチームにわかれてゲームに興じていた。だが、そのうちおじいちゃんに挑発され、4人掛りで勝負する羽目になったのである。

 

 どうにかおじいちゃんを追い込む場面もあったが、結局ボールはとれなかった。あの人のことだ。少しずつギアを変えて楽しんでいたに違いない。

 

「さて試験内容ですが、試験官からの伝言です。生きて下まで降りてくること。制限時間は72時間です」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「なんで、あんたがついてくるのよ」

「そりゃババアがゴンをおぶってるからだろ? ほら、オレにゴンを渡せよ」

 

 三次試験が開始され、私は眠っているゴンを背負って歩いている。塔の屋上のどこかに、出入り口があるはずだが見つからない。

 そんな私にキルアがついてくるのだった。

 

「ゴンが起きちゃうでしょ。静かにしなさいよ」

「なんで渡さないんだよ。テメー、ゴンをどうにかするつもりだな?」

「そんなつもりがあったら、とっくに塔の端から捨ててるわよ……」

 

 キルアの疑いの眼差しを流しつつ、私は屋上を捜索する。キルアがあーだこーだと噛み付いてくるが、私は眠いので相手をする元気がなかった。

 

 そんな時、しゃがみこんで床に手を触れる受験生がいた。やがて受験生は床を開けて、姿を消した。

 

 キルアが機敏な動きで、その床まで駆け寄る。あまりにも動きが滑らかで、水面に波紋すら広げないと思える足音だった。

 受験生が集団で走っているときは気付かなかったが、彼の足音は静かすぎた。

 

 私はキルアの後を追う。

 

 受験生が消えた床に触れてみる。だが、ピクリとも動かない。

 どうやら下に降りるための隠し扉があるが、通れるのは一度のみらしい。

 キルアが舌打ちをして立ち上がる。そこで私はふと気になったことを尋ねてみる。

 

「キルア。あんたすごいわね。眠くないの?」

「数日なら寝なくても動ける訓練してっから平気なんだよ」

「うっわ、なにその変な訓練は?」

「うっせえよ。オレだってやりたかない訓練だったよ」

「足音もすごく静かだけど、それも訓練のおかげ?」

 

 寝ぼけた脳に一つの記憶が蘇る。ジンとあちこち回っている時にも、似たような足音をした人と出会ったことがある。

 その人の仕事は……、名前は……、ええと……。

 

「キルアって、殺しを請け負う仕事とかしてるの?」

「なんだよ、テメー」キルアが少しだけ動揺を見せた。「なんでわかったんだよ?」

「昔、ジンが戦った人で同じような足音の人がいてね。確かシロ……、シル……」

 キルアは一度だけ深い溜息をついて、

「シルバ、だろ?」

「そうそうっ! シルバさんだ!」

「それ、うちの親父だぜ。なんだよ、親父の知り合いかよ……」

「いや、知り合いってほどでもないけど。私の父親とシルバって人が戦ってるのを見たことがあってね。いやあ、あれはすごかったわ」

 

 ジンとシルバの闘い。今、思い出しても興奮するほど激しかった。お互いの目的を果たすためには相手が邪魔で、始まった戦いは3時間経っても決着がつかなかった。結局、時間が掛かりすぎてジンの方が目的を失ったので、おひらきとなったのだが。

 

「キルアのお父さんて、めちゃくちゃ強いのね」

「うちの親父と対等に戦えるなんて、そっちの親父もすげえじゃん」

「まあね、なんて言ってもジンは世界最高のハンターだからね」

「……は? ジン? どっかで聞いたな?」

 

 キルアが首を傾げる。そんな姿を見て、自分の発言のまずさに気づいた。

 

 しまったー! 私ってば、間違いなくジンって言葉にしたよね? ゴンを背負っていることをすっかり忘れてたっ! もしかして、聞かれた? 聞かれちゃった?

 

「ゴンの親父がジン……だろ? その人も確かすげえハンターで……。そんでもってリンの親父の名前は――」

「ちょっとキルアっ! そそそそそ、それ以上は待って! 今は言わないでっ!」

 

 悪気のないキルアの言葉を、私はあたふたしながら遮った。

 内心で汗をだらだらと掻きながら、私は背中にいるゴンの様子を確認する。

 すやすやすや。……どうやら寝ているようだ。

 キルアが説明しろと視線で訴えてくる。

 これは流石に話さないと納得しないかも。いや、そもそもゴンにだって、隠す理由もないのだけど。

 どうしても言い出せなかったのだ。

 

「あんたの想像の通りよ」私はゴンの寝ている気配を伺いつつ、キルアの耳元へと顔を寄せる。「ゴンには隠してるんだけど、私はこの子の姉なの」

「やっぱりそうか……。なんで、隠してるんだよ。言ってやればいいじゃんか」

 

 キルアの厳しい口調が突き刺さる。

 

「色々あって、ゴンとは昨日初めて会ったのよ。どんな顔して『あんたの姉だ』って言えばいいのか、わからなくて……」

 

 私は空を仰ぎ、素直な気持ちを口にする。

 つい少し前までは殺しちゃおうかとか考えてたけど、ゴンはとっても純粋で良い奴だった。

 ゴンが私の弟という事実を改めて噛み締める。ジンをゴンに取られるかもしれない不安は、今となっては微塵も感じない。ただなんとなく、ジンとゴンと私とで仲良く過ごせればと、そんな風に思える。

 だが、一方で不安もあった。

 私が姉と言うことで、変わってしまうことがあるとするなら?

 ゴンを放っておいて、私だけが父親と暮らしていたのだ。自分はどうして一緒にいられなかったのか。ゴンがそう思ってもおかしくない。

 その思考にたどり着いて、初めて気づく。

 私はゴンに嫌われる未来を想像して、おびえているのだ。

 何回も殺そうかと考えていた相手を想い、嫌われたくないと考えるなんて。

 なんと自分勝手なんだよ、私ってやつは……。

 

「だからさ、とりあえず内緒にしといてくんない?」

「ちっ、わかったよ。その話は俺と、……お前だけの秘密にしといてやるよ」

 

 相変わらず目つきは鋭いキルアだが、敵意の色うかがえない。

 

「そのかわり約束しろ。言えるようになったら、いつか必ずリンの口からゴンに話してやれよ。あと、ゴンの前でも今までどおりにしとけ。姉ちゃんが、情けない顔を見せんな」

 

 予想外のキルアの申し出だった。弱味を握ったことを、チラつかせてくると思ったのだが。

「ありがと」私はキルアを前にして顔をほころばせた。「あんたって、いい奴なのね」

「はんっ! 別にいい奴じゃねーし!」

 キルアのふわっとした髪を、私は思わず撫でてしまった。

「おい、気安くさわんな」

 キルアはムッとしながらも、私の手をやんわりとよけるだけだった。

「ああ、ごめんごめん」

 私は苦笑しながら謝る。

 

「そういうあんたは、兄弟とかいるの?」

「オレのことはどーでもいいだろ?」

「なんとなくだけど、妹か弟がいそうな気がするけど」

「ついにボケの始まりか? オレの話を無視すんなっての」

 

 話を強引に続ける私を前にして、キルアはやれやれと頭を掻いた。

 

「クソ兄貴が2人、あとは妹が2人いる」

「そりゃ大所帯ね。あ、でもやっぱり妹とかはいるんだ」

「なんでわかった?」

「あんた、寝てるゴンを心配したり、なんだかんだで面倒見がいいんだもの。頼りになるお兄ちゃんって感じ」

「んだよそれ……。つーか、オレの話はどうでもいいだろ? ほら、さっさと入口を探すぞっ!」

 

 ぷいっとそっぽを向くキルアがいる。

 一瞬だけ、キルアの頬がうっすら赤く見えたけど、気のせいかな?

 

「おーい、ゴン、キルア……。ちょっと来てくれよ」

 

 一次試験でヒソカに担がれていたサングラスの男が、声を掛けてくる。金髪の美男子も一緒に近寄ってきた。

 サングラスの男は、私に気づくと言葉を続けるのを躊躇する。

 

「そいつは大丈夫だよ。オレの知り合いだから。リンって言うんだ」

 

 キルアが、そう言ってくれる。

 

「それではちょうどいいな」金髪の美男子が言う。「私とレオリオは5つの隠し扉を見つけた」

 

 

 

 

 




読んでくれた皆様、今日もありがとうございます。
タイトルに悩みつつ、やっぱりこれしか思い付きませんでした。ちょっとしっくりこないけど。

次回「クラピカとエロリオさん」
スケベなあの人が、光臨いたします(ぇ)

また次回、お会いできたら嬉しく思います。
それでは(^^)/


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クラピカとエロリオ

 

 

 タイマーの液晶が71:19:10と数字を刻んでいる。時間経過とともに数が減っていくところを見ると、これが三次試験のリミットなのだろう。

 液晶画面の下には『○』『×』というボタンもある。これも試験に関係あるのかな。

 

 私は部屋の中を見回した。

 

 小部屋にいるのは私を含めて5人と1匹。マイコー、キルアとゴンと、その他の2人である。

 マイコーは私のかぶるキャスケット帽の上で、ぐーすかにゃーすか寝ていた。完全徹夜をしたので、しばらくは目を覚まさないだろう。

 

 ヒソカに担がれてた男――自己紹介でレオリオと名乗った――はタイマーを眺め、ボタンを押して反応をみている。金髪の美少年はクラピカというらしい。彼は部屋の壁を丹念に触って調べていた。

 ゴンはといえば、隠し扉でここに降りる前に、さすがに起こさざるを得なかった。隠し扉の先が、罠かもしれないし。扉は一人しか通れないし。方法が他になかったのだ。

 

「リン、寝ちゃってごめんね。運んでくれて、ありがとうっ」

 ゴンもそこそこは元気になったようだ。

「リンが疲れたら、今度はオレがおぶるから言ってね」

 気遣いもバッチリなゴンの言葉に、思わず顔がほころんでしまう。

 

 姉と名乗れないことに後ろめたさはあるが、キルアのおかげで気持ちの整理がついたみたい。とりあえず普通にゴンと話せてホッとする。

 ゴンがタイマーを装着する。全員がタイマーをつけたせいか、壁の一部がせり上がって扉が現れた。

 

「ほら、行くぞ。クラピカとレオリオが待ってるぜ」

 

 キルアがゴンと私の背中を、軽く叩いてくる。

 私は黒いケースを背負い直して、キルアの後に続いた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 扉の開閉、左右どちらの道を行く。そんな些細な内容でも質問を投げかけられ、『○』『 ×』で多数決をとって進む方向を決めるのは本当に面倒だった。

 でも、試験の内容だから従うしかないわけで。

 

 幸いだったのは私を除く四人が、すでに顔見知りだったということ。しかも、割と仲が良さそうである。これだったら、私はついていくだけで大丈夫かな?

 そんな風に思っていた時期もあったんだけど。

 

 

 

 

「レオリオのスケベ……、変質者……」

 

 

 

 

 ちょっとした出来事があって、私らは小部屋で50時間の滞在を強いられている最中だ。

 私は壊れたソファーに腰をかけ、頬杖をついて淡々と言葉を並べていく。キルアもソファーに座っているが、私の呟きに文句を言う様子はない。

 ゴンはここぞとばかりに睡眠の続きをとっていた。クラピカは壁に背をあずけている。

 

 レオリオは壁向きに身体を床に横たえていた。規則的な呼吸を演出して、狸寝入りを決め込んでいた。

 私は目を細めて、レオリオへと蔑んだ視線を送り続ける。

 

「歩く性犯罪者……、エロリオ……」

「だあぁ~、うっせえよ!」

 

 耐え切れなくなったレオリオが、立ち上がって表情を険しくした。

 

「さっきから悪口ばっかり並べやがって……、だいたいエロリオってなんじゃそりゃ!」

「あ・ん・た・の・自業自得でしょうっ! 女の身体に目がくらんで50時間も差し出したスケベに、ふさわしい名前じゃないのっ、エ・ロ・リ・オっ!」

 

 私の剣幕に押されて、レオリオが後ずさる。

 

「おい、キルアっ! こいつお前の知り合いなんだろ? いい加減とめてくれっ」

 レオリオは助けを求めるが、

「んなこと言ったて、ありゃエロリオが悪いだろ? クラピカもそう思うよな?」

「絶対的にエ……、レオリオが悪い」

 

 キルアが馬鹿にしたように言い、クラピカも憮然とした声で答えた。

 

「ちっくしょー! 仲間を見捨てるなんざ、お前ら男じゃねえっ!」

「ある意味で、あんたが一番男らしいわ……」

「そうだろっ? 俺ってば男らしいだろ?」

「いや、褒めてはいないからね」

「世間知らずな嬢ちゃんに1つ教えといてやらあ。男はいくつになったって、夢を持つ生き物なんだぞ! 誰よりも強くなりたいって、考えたり――」

 

 ここに誰よりも性欲の強い男がいる。

 

「伝説の秘宝を追い求めたり、未開の地を探検したいと思ったり、いやし系より、いやらし系の姉ちゃんと一夜のアバンチュールを願ってみたりなっ」

「裸のお姉さん追い求めて、一生さまよってるといいわ……」

 

 握りこぶしを掲げて熱弁をするエロリオがいる。

 

「キルア……、こいつなんなの? 頭の中がピンク色なんだけど」

「桃色の血でも流れてるんじゃね?」

 答えるキルアも呆れているようだった。

 

「あー、どいつもこいつもっ男のロマンがわかってねえなっ。マジでやってらんねー! 寝るっ!」

 拗ねたレオリオが、再び身体を横にして目を閉じた。

 まあ、そろそろ責めるのは勘弁しといてあげよう。

 

 

 全ては少し前の5対5の戦いに遡る。お互いが代表を決めて戦い、先に3勝すれば通れるという試験課題があった。

 こちらの一番手はキルア。スキンヘッドなマッチョマンと闘い、心臓をあっさりと抜き取って圧勝した。さすが暗殺一家の出身である。

 

 問題は2番手だ。

 向こうが提示した勝負内容は、お互いの時間をチップがわりに賭けをするというもの。こちらはレオリオが代表で、相手はくせっ毛のある髪を左右で束ねている女性だった。ナイスなバディーで、バストからヒップのラインが美しく、魅力的な容姿だった。

 交互に賭け内容を決めていき、チップが増減していく。途中までは、まあいい勝負だった。しかし、ある一つの賭けをしてから、一気に運は相手に傾き始める。

 

「あたしが女かどうか、賭けてもらうわ」

 

 その真偽を確かめるのに、好きなまで身体を調べていいという条件付きで。その結果、50時間をこの小部屋で過ごすことになり、エロリオという有様である。そうして流れが一気に持って行かれ、レオリオの敗北というわけだ。

 戻ってきた時点で、私はレオリオの股間を盛大に蹴り上げた。その行為を、他の男性陣は決して責めなかった。

 

 3番手は細身の男で、ロウソクの炎が先に消えたほうが負け、という内容だった。こちらはゴンである。ロウソクに細工がされており、ゴンのロウソクは早く燃え尽きようとしていた。だが、容易には消えない利点を制し、一気に近づいて相手のロウソクを息で消すという戦法をとった。さすがゴンというべきか、惚れ惚れするようなバネだった。

 

 4番手は幻影旅団メンバーを語る男だった。これはクラピカが瞬殺した。

 この時は、さすがの私も驚いた。出会って間もないが、氷のように冷たいイメージをクラピカに持っていた。だが、瞳を緋色に染め上げて全力で殴る彼は、炎そのものだった。

 

 そういえば、あの瞳はなんだったのだろうか? 本当に燃えるような色の瞳だったけども。

 

 私はクラピカを横目で盗み見た。彼は心がここにない抜け殻みたいに、ぼんやりと虚空を眺めている。

 私はタイマーを見る。まだまだ時間が長いわねえと嘆息。まだ49時間ぐらいあることだし、黙ってるのも退屈なので話しかけてみようかな。

 私はマイコーをソファに残して、立ち上がった。彼の前に立ち、「クラピカ」と名前を呼んでみる。彼は私を見つめてきた。

 

「大丈夫なの? さっき目が真っ赤になってたけど」

 

 クラピカがなにか言い返してくるのを待つが、なかなか言葉が出てこない。彼はどことなく落ち込んだ表情のままだ。

 もしかしたら、興味本位で踏み込んじゃいけない領域だったかな?

 

「ああ、ごめんね。さっき知り合ったばかりじゃ、話しにくいこともあるわよね」

「いや、構わない。さっきは取り乱してすまなかった」クラピカは申し訳なさそうに言う。「クモをみると、どうにも理性の抑えがきかなくてな」

「え……、そんなにクモが嫌いなの? 逆上するくらいに?」

 

 それってかなりヤバイ奴じゃなかろうか。クモをみるたびにキレてたら、身が持たない気がするが。

 

「そんなにクモ嫌いなら、とりあえずクラピカにクモは見せないようにするわ、うん」

 

 私はクラピカの隣に腰を下ろした。

 

「正しくは普通のクモが嫌い、というわけではない。幻影旅団という名を知ってるか?」

「さっきの男がそうなんだっけ?」

「いや、先程の男は幻影旅団を語る偽物だ。本物は殺した人数なんか、いちいち数えない。唯一あっているのは、クモの刺青をしていることだけだ」

 

 幻影旅団。世界の様々な宝を盗むためならば、手段を選ばない盗賊だったか。そんな噂を聞いたことがある。

 

「幻影旅団は私の大切なものを壊し、盗んでいった。その時から私は決めている。どんな手段を使っても幻影旅団は、私の手で必ず捕えて見せると。だが、その思いが強すぎるためだろうか。クモをみると感情が高ぶって我を見失ってしまうんだ。まったくもって不甲斐ない」

 

 クラピカの声音には、自分を責める色がにじみでていた。

 怒りで我を見失うというのは、それほど悪いことだろうか? 大切なものに対する思いが、今でも色褪せない証明なんじゃないだろうか? ある意味でとても人間らしいんじゃないかなあと思ったり。

 

「でもまあ、私もあるよ。怒りでわけがわかんなくなることがね」

「キミもあるのか?」

「あるある。思い返せばあれこれやらかしてるけど……」私はこくこくと頷いた。「一番はね、子供の泣き声を聞いたとき」

「子供の泣き声?」

「いや、子供の泣き声がうるさーいとか、そういうことじゃなくて。子供が誰かに泣かされてると、泣かしてる奴が心の底から許せなくなるの」

 

 私は目を閉じて思い出してみる。電車の中の時も、気づいたらぶん殴ってたしなあ。

 そうじゃなくても、泣いている子供がいると放っておけなくなる。子供もいないのに母性にでも目覚めてるだろうか?

 泣き声を聞くたびに、ふと脳裏によぎるのは、泣いている子供の姿だった。誰が泣いているかは、顔がぼやけてわからない。

 

「あはは、ごめんね。変な話しちゃったわ。会って間もないのに、馴れ馴れしかったわね」

 私は何やってんだか、と肩をすくめる。

 

「いや、貴重な意見をありがとう」クラピカは穏やかな口調で言った。「少し気が楽になった」

 

☆ ☆ ☆

 

 扉を通り抜けると、そこには他の受験生たちがいた。私ら5人と1匹は、部屋の中央へと進んだ。雰囲気からすると、無事にゴール出来たようである。

 

「こうして5人で無事にゴールで来て良かったな」

 

 やれやれと溜息を吐きながら、レオリオが言う。

 電流クイズ、地雷付き双六、エロリオ事件。色んな事があったが、それもまあ良い思い出ということにしておこう。

 私がタイマーを見ると残りは3時間程度となっていた。私らの後にも、別のルートでたどり着いた受験生が続々と現れる。トリニティ3姉妹も、あと残り1時間というところで現れた。

 

「タイムアップっ!」

 

 試験官より3次試験終了が告げられる。最終的な合格者はどうやら25人。

 

「諸君、タワー脱出おめでとう。残る試験は 4次試験と最終試験のみ。 4次試験はゼビル島で行われる」

 

 リッポーというパイナップルみたいな髪型の試験官に連れられて、タワーの外へと出る。

 視界に広がるのは穏やかな海だった。少し離れたところにいくつかの孤島が見える。ゼビル島というのは、あのどれかなのだろうか?

 

「いやあ、ついに 4次試験だなあ」のんきな様子のマイコーが、私の頭の上で言った。「ここまで随分と長かったなあ」

「なーに、やりきった感だしてんのよ。あんた3次試験の半分ぐらい寝てなかったっけ?」

「う……、それを言われると辛い。すまんかった」

「まあ、そのぶん 4次試験では手伝いなさいよ」

 

 しょんぼりマイコーの頭をぽふぽふと撫でておいた。

 さて、と私は気を取り直す。周囲を見回して身体が引き締まるのを感じた。受験生の人数も減ってきて、見知った顔もちらほらある。

 

 ヒソカと視線がぶつかった。手をひらひらと振ってくる。私は舌を、んべーと出して拒絶しておいた。

 トリニティ3姉妹もいる。3人はいつも通り揃っており、レノンが殺気を向けてくるので場所がわかりやすい。リズとサクラもこちらへと視線を送ってくる。こちらは表情こそ穏やかだが、蛇が絡みつくような嫌らしい視線だ。

 狐のお面を被った人物も、勝ち残っていた。こいつはなんとなく気になる存在だ。見た目の問題だろうか?

 

「これからクジを引いてもらう。狩るものと狩られるものを決めるためにね。じゃあ、タワーを脱出した順にお願いしようか」

 続々と受験生たちがクジを引いていく。そしてやがて私の番になり、箱の中へ手を突っ込む。手に触れた紙を、さっと手に取った。

 

 

 紙には199の数字があった。

 

 

「それぞれのカードに示された番号の受験生が、それぞれの獲物だ」

 

 

 

 それはサクラ=トリニティの数字だった。

 

 

 

 

 




読んでくれた皆様、今日もありがとうございます。

レオリオさんとリンのやりとりが書いていて楽しかったです。まあ男子なら、行かねばならぬときもある、ということもあるでしょう。チームに女子がいても、きっとレオリオさんなら、漢を見せてくれると信じています(笑)

ちなみに今後、レオリオさんをただのスケベ要因にするつもりはありません。普段はスケベでも、いざというときには頼りになるお兄さんになってもらいます(予定は未定)

ついにクラピカさんとも出会うことができました。ここからどんな関係に作り上げて、プロローグ場面に向かうのか。自分でも楽しんでいきたいと思います。


次回「誰がために戦うか(前編)」
ここからはトリニティ姉妹戦で、3話ぐらいにわかれる予定です。


また次回、お会いできたら嬉しく思います。
それでは(^^)/


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