ハルケギニア黄金譚 (てんぞー)
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発端

水面は風の影響も受けずに静まっていた。その様子を膝をつきながら確認し、左手で確認するメモ帳を覗き込んでから正面へと視線を受ける。5メイル程先の距離には水の上に浮かぶ足場が見え、その先には巨大な瓶を担いだ女人の石像が見える。そこから視線を外して遠くへと向ければ、室内に広がる底なしの湖の向こう側には扉が見える。壁は湿っていて良く滑り、そして水の中に片手を入れればそれに引き込まれる様な強さを感じる。やはり正攻法以外での攻略を阻もうと錬金術の力が働いているのを感じる。ものは試し、にと杖を取って錬金の魔法を唱えてみる。だがその魔法は完全にかき消された。やはり、この場ではエナジー以外の力をかき消す力が働いている。

 

「ビンゴ、かな?」

 

 メモ帳の中身を確認し、そこに記した内容をチェックする。

 

「マーキュリー一族は水のエナジスト。その力は水の生成、氷結、そして癒しに通じる。特に水のエナジーであるプライの系統は強い癒しの力を発揮するも、マーキュリー一族専用のエナジーである事から使用者は少なく、マーキュリー関連の遺跡の探索を阻んでいる―――古代、錬金術時代の技術ってのは本当に面白いもんだ」

 

「で、どうするんだアレン。飛び越えるかのか?」

 

「それとも出番か? 余の出番かここは!」

 

 メモ帳を閉ざしながら懐の中へと戻し、呆れた表情を浮かべながら振り返る。そこに立っているのは共にマーキュリー一族の遺跡を探索している仲間だ。一人目は男だ。どことなく気品を感じる絹の服装にマーキュリー一族、そして水のエナジスト特有の明るい色の青髪、中年に入った男だった。どことなくくたびれた服装をしてその正体を隠しているように思えるが、貴族特有の品の良さがその所作からにじみ出ている為、隠しきれてはいないのが解る。ただ今回の探検、その協力に名を上げてくれた水のエナジストである為に、余計な詮索はよしている。そもそも、一人称が余という時点で隠しきれていないとツッコミを入れるのは野暮なのだろう。

 

 その男と比べ、もう一人は女、流れる様な長い白髪を先端で軽く縛って装飾している。鋭い眼つきが特徴的な彼女はガリアの草原の民が纏う特有の民族衣装を着ており、袖の部分が非常にゆったりと伸びており、スカートも長く深いスリットが太ももをあらわにしている。腰部には髪と同じ白いふさふさ、尻尾を模して装飾をぶら下げており、その全体的な雰囲気から狼を連想させる、青の服装を纏った女だった。

 

 自分を含めた、この三人がマーキュリー遺跡を探索するメンバーだった。約一名に対して不安は残るが、それでもほかに頼れる水のエナジストがいないという事実に嘆くべきだろうか。ともあれ、水のエナジストのヨーゼフに頼む事にする。

 

「あの石像があるだろ? アレの前でプライを頼む」

 

「余の目が正しければあの足場の上からではないと届かないようだが」

 

「たったの5メイル距離だろ? 飛べよ」

 

 振り返りながらヨーゼフ、おそらくは偽名なのだろうが飛ぶように指示を出すと、真顔で顔を見返された。おそらく冗談のつもりだと思っているらしいが、そんなことはない。本気も本気である。5メイル程度の距離、跳躍できなくて何が探検家なのだろうか。今回は自分から志願してきたのだから、この程度できなくては困る。一応保険にベルトポーチから植物の種を取り出しつつ準備をしておく。そして再び、

 

「余裕だろ? これぐらい」

 

「……うむ、そうであるな! 余に任せよ」

 

 ヨーゼフが一瞬だけ迷ったような表情を浮かべたが、それを振り切った。身のこなしから割とぼんぼんであるのは発覚しているので、才能だけはあって腐らせていたぼんぼんの貴族が冒険に憧れて、という感じのイメージを勝手にヨーゼフには抱いている。まぁ、このマーキュリー遺跡を調べる上では必要な人材なので、多少アレなところは目をつむっている。そうやってヨーゼフを眺めていると、ヨーゼフが助走を得るために6メイル程後ろへと下がった。そこで足や体を軽く解す様に動き―――一気に走り出した。

 

「……」

 

 その姿を彼女―――シノは冷やかに眺めて、此方へと視線を向けると、目線だけでアレ、無理だぞ、と伝えてくる。やっぱりだよな、と嘆息しつつヨーゼフが飛んだのと同じタイミングで此方も手の中に転がした植物の種をヨーゼフへとひっかけるように投げた。

 

 5メイル。その距離をヨーゼフは跳んだ。それ自体は難しくはない。エナジストは体を鍛え、そして精神を鍛える。そうする事でエナジーが磨かれ、そしてその余剰分で肉体が強化される体。故にエナジストは総じて高い身体能力を発揮できる。古代錬金術の恩恵の一つになってくるのだが―――根本的に、ヨーゼフは体を動かすセンスや慣れというものがなかった。彼は跳躍し、5メイルの距離を超えて見事に水に浮かぶ足場に着地した。それはまるで水面に固定されているかのように不動で、男の体重が乗った程度では沈みも揺れもしなかった、不思議な足場だった。だがそれは()()()()()のだ。おそらくヨーゼフはそれを失念していたのかもしれない。

 

「ん? おぉぉぉ!?」

 

 着地するのと同時に足を滑らせていた。足が宙を舞い、そしてそのまま後ろへと、頭から水面に叩きつけられそうになる。このまま放置すれば強い引力が発生している水面に飲み込まれて、底の見えない遺跡の闇へと引きずりこまれるだろう。それを回避するためにもヨーゼフに引っ掛けた種へと向かって地のエナジーを送りこむ。

 

 グロウ。心の中でそう呟くのと同時に種が割れ、植物が超高速で育つ。一瞬で育った種がツタへと育ち、ヨーゼフの体と足場を固定するように身を絡ませて育った。倒れそうだったヨーゼフの姿をそのまま掴んで不動のものとし、落下する姿を水面に触れる前に救った。ヨーゼフ自身も何度か目を瞬きさせながら軽く冷や汗を流しており、動きを停止させていた。そこからゆっくりと両足を足場の上に下ろし、枯れ始めていたツタを体から引き剥がし始める。そして此方へと振り返り、

 

「うむ……今度からはしっかりと体を鍛えようかと思う」

 

「そうしろそうしろ。魔法もエナジーもできなくても蓄えた知識と鍛えられた肉体だけはどんな状況でも絶対に裏切らないからな」

 

「逆に言えば才能は裏切る」

 

「おい」

 

 シノの無情な言葉に個人的に思い至る事があるので、頭を悩ませているとヨーゼフの方もヨーゼフの方で死にそうな目をしていた。とりあえず空気を換える為にヨーゼフの方に指示を出すと、ヨーゼフが指示の通りに石像へと向かって右手を伸ばした。ヨーゼフの体の周りのエナジーが高まり、そしてそれが腕から放たれる。放たれた水のエナジーは癒しの力へと変わり、キューピッドの様なアイコンを生み出して、力を石像へと降り注いだ。ヨーゼフが最後まで癒しのエナジーを注ぎ込むと、石像の目がいきなり光った。その様子に一瞬だけヨーゼフが驚くが、次の瞬間には石像の抱える瓶から光る水が溢れだした。それが室内の水へと合流すると、水量が上昇したのでもないのに、水面が不思議な輝きに包まれた。端へと移動し、ゆっくりと水面を片手で叩いてみれば、そこには硬質な感触が返ってくる。光でコーティングされた水面は普通に足場として歩けるようになっていた。

 

 立ち上がり、メモ帳を取り出してそこにペンで素早くこのギミックの事を追記する。一族、血族専用のエナジーが仕掛けを突破するのに必要というギミックは割かし多い。特に大型の遺跡ともなってくると最終的には他の属性のエナジーも要求してくるところがある。メモを終えたところで迷う事無く水の上に立った―――立てた。

 

 問題なく立てて、そして歩けるのを確認してからヨーゼフとシノへと視線を向け、頷いた。

 

「それじゃあ奥へと行こうか。この遺跡もだいぶ深いところへと来た。おそらく深層が見えて来たはずだ」

 

 クロークを後ろへと軽く流しながら腰の剣の柄に片手をかけつつ、もう片手でメモ帳を握った。これまでの調査結果と、そしてこの遺跡のギミック。だとすればその奥で待ち受けているものは間違いなくマーキュリーの一族に関連する品であり、そしてそれは待ち望んでいたものだろう。これを持ち帰れば大きな名誉と、そして金が得られる。その未来を思い浮かべながらにやり、と笑みを零して水の上を歩き始める。

 

 

 

 

―――かつて、一人の天才が存在した。

 

 男は才能溢れるメイジだった。古代、はるか古代と呼ばれる時代のハルケギニアに男はいた。男は四系統属性魔法の全てを使えた。故に男は天賦を授かりし者として多くの待望を浴びていた―――しかし、男はその頂点に立ったからこその疑問を抱いた。

 

『何故みんなは魔法を疑問にも思わず使えるのだろうか―――?』

 

 男は天才だった。男は魔法の錬金を使って金属を生み出した時に思った―――これは明らかに法則を無視していると。風は空気の運動。炎は摩擦から熱を生み出せばよい。水は大気に溢れている―――だが、金属はおかしい。明らかにそれは法則が壊れている。油、黄金、白金、銀、鋼鉄、錬金の魔法は様々な金属を鉱山へと向かわずに生み出す事の出来る夢の様な魔法だ。それでいて簡単に使える。だけどそれはあまりにもおかしいではないか。男はそう思った。そして同時に恐れた。

 

 私達は一切理解できないものを当然のように触れている。

 

 男はそれが怖かった。そしてだからこそ、最も簡単な道を選んだ。

 

『そう、解らないなら簡単だ。解き明かせばいいんだ』

 

 疑問に思った男は法則を解き明かす事を決めた。魔法が神聖視されていた時代である為、男の行動は問題視された。魔法とは奇跡であったからだ。貴き血に宿った奇跡の力であり、奇跡の象徴。力があるからこそ貴いのであると、そういう理解さえあった。また同時に、貴き血のみが魔法を操るメイジである、という認識が平民に対する弾圧ともなっていた。それが宗教となり、権威を握るという意味でもそれは恐ろしい事であったのだ。

 

 男は天才だった。故にきっと、できるだろう、という事が想像された。故に男の命は狙われた―――無論、人間からだけではない。当時から不倶戴天の敵であるとされていた異種族・エルフからでもあった。男は研究に対して一切の容赦をしなかった。彼はメイジの使う四系統魔法を見て、これを解き明かすにはメイジの力だけではなく、エルフの使う精霊魔法を見る必要もあると理解したのだ。

 

 故に彼は異端の才人となった。メイジの力を自分自身で、そして同じように興味を持ったエルフの仲間を引き入れた実験に実験を繰り返した。一体どうやって魔法は発動するのか? 何故魔法は発動するのか? これが自然の現象を超越するのは何故だ? 我々が理解できるのはどの部分だ? 我々が理解する事から繋がるのはどこだ? 精神力とはなんだ? 何故回復する? 何故それが魔法となる?

 

魔法とはなんだ。

 

 男とその仲間は異端の悪魔としてやがて恐れられた。だがその中で、男はついに成し遂げたのだ。精霊魔法、そして四系統魔法。その謎を解き明かした。精神力が何を生み、どういう法則で世界に対して影響を与えていたのか。なぜ物質が変化するのか。

 

それは全知に()()()()近く

 

それは全能に()()()()近い

 

 彼が仲間たちと共に見出した知恵はそう言われた。無際限に生み出せる黄金。寿命の意味を覆して普通の人を数百年も生き永らえさせる力。不治の病を嘲笑うかのように治療するありえない程の医術。男たちは異端の魔法によってそれを成し遂げた。それはただ一つ、錬金というとてもシンプルな魔法から見出された疑問だった。そこから彼はエナジーと呼べる力と、世界に対する法則を見出した。

 

 故に彼は錬金から始めた研究の成果を呼ぶことにした。

 

―――錬金術、と。

 

 

 

 

「―――うーん、見事な古代錬金術最盛期時代の建築様式。既に数千年経過しているのにまるで劣化を感じさせない。そもそも数千年経過しているのにその時代からの遺物が問題なく稼働し続けていること自体がおかしいんだけどな……」

 

「なに、固定化ではないのか?」

 

「固定化なんてそんな長く持たないだろ? それにほら、シノ。ちょっと壁を本気頼む」

 

 マーキュリー遺跡の深層へと続いて行く長い、翠色の通路の中で、足を止めて横の壁を破壊するように頼む。それを受けたシノが面倒そうにしつつも壁へと体を向けてから片手を出した。爪を立てるように構え、横一線に腕を振るった。風と雷撃の入り混じった風のエナジーがそのまま爪撃となって壁へと叩きつけられた。それだけで生物のみならず固定化のかかったゴーレムさえも破壊できてしまう爪はしかし、まるで傷跡すら壁には残していなかった。

 

 なおエナジーとメイジの魔法は()()()()()である。それは精霊魔法にも言える事である。故にエナジーを使った攻撃であれば普通に固定化を削る事は出来る。そして今の一撃は一般的な固定化を消し飛ばすか、上等なものでもその部分だけ貫通するレベルの破壊力はあった。だが傷一つないという事は、

 

「見ての通り、材質というか性質というか、そのものがまるで違うんだよ。おかげで削り取って研究する事さえできないし、利用する事も壊せないから非常に難しい! まぁ、時代と共に失われた遺失技術(ブラックアート)とでも呼ぶべきもんだな。ロマリアが錬金術研究の弾圧を続けている限りはめったなことじゃ調査する事さえできないだろうし……ブリミル教がその権威を失墜させるまでは次時代が続くかなぁ……」

 

 奥へと続く通路を歩き、流れる水路を横にしながら進んで行く。此方の最後の呟きに反応したヨーゼフが確か、と言葉を放つ。

 

「ブリミル教の五代目教皇により錬金術の異端宣告が成されたのであったな?」

 

「お、詳しいなヨーゼフ。その通りだ。精霊魔法と系統魔法を解き明かして作った錬金術は本当に魔法とでも呼ぶべき奇跡の数々を生み出した。だけど怨敵エルフの使う魔法を先住魔法と蔑むブリミル教はそれを許容できない。貴き奇跡と野蛮な術の合わせ技が自分たちを超えるなんて事実を到底認める事が出来なかった。故に錬金術は異端の認定を受け、ハルケギニアから駆逐すべし、と言われた」

 

 その結果、錬金術は戦争で敗北して数々の文化や文明が滅ぼされた。錬金術が叡智の頂点として輝いた時代は本当に短かった。だけどそれは濃密な時間でもあった。一つの文明としては明らかに短すぎる数百年という時間の間に錬金術による文明―――ウェイアードは今現在でさえ超える事の出来ない超高度文明を構築する事に成功した。その遺産の数々は伝説とも呼べるものとなっている。

 

「そして現代へ、と続くか」

 

「ガリアは大国らしく比較的穏健というか使える奴は何を使えるから使えるんじゃなくて、有能だから使えるんだよぉ! って理論はしっくりくるし嫌いじゃないから住みやすいわ。ただロマリアの弾圧はいまだに酷いし、トリスタ二アはロマリアの影響をやや受けててエナジストへの風当たりが強いから隠れ里以外では見ないんだよなぁ……かくいう俺も隠れ里出身なんだが」

 

「ほうほう」

 

 ヨーゼフが話を聞いて露骨にテンションを上げている。やはりほかの国の話とかは好きなんだろうか? そんなことを考えつつ自分の金髪を軽く手櫛で後ろへと流して整え直す。そう、錬金術は衰退した。森羅万象に宿る力を解読して生み出したエナジーという概念を遺して。

 

 錬金術の技術の大半はその知識と共にロマリアによる宗教活動によって弾圧され滅んだ―――だが古代ウェイアード人の血筋はばらまかれ、その全てを殺しつくすのは不可能だった。故にエナジーの概念は残り、その子孫たちは時折、或いは訓練されてエナジーに目覚めるようになった。その数はメイジと比べれば少ないが、それでも平民、貴族、王族と関係なく広がっている為、才能と資質さえ合えばだれであろうとエナジーに覚醒する可能性が存在していた。

 

 故に現代、エナジーを操る人間―――エナジストは存在する。

 

 こればかりはどれだけ弾圧をしても無駄なことだ。血脈は広く分かれてしまったのだから。そして今でも続く弾圧を避ける様に多くのエナジスト、その子孫たちは隠れ里を形成するか、或いはメイジのフリをして生きている。エナジーはその性質上、とある手段を使わない限りはほかの属性のエナジーが使用できない為、単一属性のメイジであると偽れば、使用するエナジーを厳選すればある程度周囲を騙す事が出来るのだ。

 

 たまに異端審問に見つかるエナジストも存在するが、基本的に平民のふりをするか、熱狂的な信徒にさえ気を付けていればそこまで悪くはない。

 

 特にガリアはエナジストだと公表していても普通に生活も仕事もできる、良い国だと思う。

 

 とはいえ、トリスタ二アの隠れ里出身である以上、ガリアに長く居るという事も出来ないのだが。故にこれが終わったら数日ガリアで過ごしてから再びトリスタ二アに直行だろう。そう思うと少しだけ憂鬱だが、こればかりは仕方のない話でもある。今回の冒険に関してはスポンサーの意向もあるし、既にこの遺跡を探し、見つけ出して攻略するのに7年が経過している。向こうもそろそろ限界と言えるだろうし、タイミングとしては悪くなかったのかもしれない。

 

 そんな事を考えている間に通路の終わりへと到着した。

 

―――しかしそこは壁が存在し、その向こう側へ続く道が存在しなかった。近づき、壁に触れてから軽く拳で叩く。これが通常の建築物であればこれで向こう側に空間があるのかどうかを調べられるのだが、生憎と錬金術によって作られたこの地下遺跡にそんな常識は通用せず、音が壁に吸収されて消えた。だが明らかな終わり、そして壁に掘られた装飾を確認し、数歩後ろへと下がる。

 

「シノー、頼むわ」

 

「む、私の出番か、任せろ」

 

 そういうと入れ替わる様に前に出て来たシノが目を閉じ、エナジーを解き放った。エナジーを認識できる者たちの世界がモノクロームに染まったのが見えた。そしてわずかに光が照らすシノの周囲だけ、モノクロながら先ほどの空間には存在しなかったものが見える。

 

 それは穴だった。通路の終わり、壁があったところの壁が消え、そこにはさらに奥へと通じる穴がある。

 

「やっぱり隠してあったか」

 

「隠されしものを見つけ出すエナジーか……エナジーもそうだが、どうやって隠蔽しているのかが気になる所ではあるな」

 

「いくらでも悪用が効きそうだからある意味滅んで良かったというか……」

 

 苦笑しながらシノのイマジンが効果を発揮している間に、三人で一気に穴を抜けて通路の向こう側へと出た。その先には短い通路と扉が見え、いよいよ深層の終わりが見えて来た。いい加減太陽の光が恋しくなってきたのも事実だったので、終わりが見えて来た事に息を吐いた。イマジンが解除され、背後の穴が消えて世界が元の色を取り戻す中で、前へと向かって進んで行く。

 

 自然とここまでくると口数が減る。或いは目的地が見えていることが影響しているのかもしれない。

 

 追い求めた遺跡の奥、そこが果たしてまだちゃんと存在しているのか―――それを祈りながら短い通路を抜け、その先に広がっている空間に到達した。

 

 建築様式はウェイアード式のマーキュリー調、青に近い翡翠色の天井と床がわずかに明るく光りを放っており、それがこの地下という空間であろうと関係なく明るく照らしている。その奥に存在するのは泉であり、その中央には瓶を担ぎ、岩の上に休み女神の像があった。幾世経ても変わらぬ美貌を維持し続ける古代文明の彫刻の美しさは一切陰る事もなく存在し続けていた。

 

 瓶から水は流れておらず、立っている場所から泉の中は良く見えなかった。ただ水位は減っているのを確認できた。それを目撃した瞬間、焦りながら前に出て、走って近寄りながら泉を見て、そして安堵の息を吐いた。メモ帳を取り出し、そこに書き記した記述通りの姿、女神像の姿を確認し、そして泉の底に僅かに残った美しい色の水を見る。

 

「―――ヘルメスの泉だ。僅かにだが残っている! 残っているぞ! やった! 見つけたんだ! ついに!!」

 

 ははは、と笑いながら振り返る。走り寄ってきたヨーゼフとシノがまだ泉に残るヘルメスの水を見て、喜びながら笑い声を零し、三人で抱き合いながら喜びを確かめ合った。そのまま体を投げ出すように床に座り込んだ。ここに来るまで前回の休みから数時間が経過している。良いところだからここで休憩する事にする。

 

 持ち込んできたポーチから携帯食料を取り出して、それを泉から少し離れてかじり出す。

 

「あぁ。ここまで7年かかった……本当に長かった……」

 

「話を聞くに尋常ではない時間をかけているようだな?」

 

「そりゃあそうだ。とある不治の病のご令嬢を治療するためにこれを探し求めていたんだからな。これを献上したら大量の金、発見し持ち帰り救ったという名誉、そして彼の領内ではエナジストを庇護して貰えるって約束を取り付けているんだ。そりゃあ喜びもするわ。大手を振るって暮らすことが出来るんだよ」

 

 ふぅ、と息を吐く。

 

「ヘルメスの泉に集う水は()()()()()()なんだ。不治の病、死病の淵で死にかけている爺だってこれを飲めばたちまち癒える。……まぁ、寿命は延びないらしいけどな。それにしたって規格外のもんだ。こいつがウェイアード文明では半永久的に稼働し続けていた上に無料開放されていたんだぜ?」

 

「改めて聞くその時代は神話の様だな」

 

「神話か……確かにそうとも呼べるな」

 

 来る前に持ち込んできた少しだけ味の良い携帯食料、奮発して購入したそれはいつも食べている栄養重視の奴と比べ、少しだけ美味しく、腹を満たして活力を満たしてくれる。ヘルメスの泉を発見したら祝いにこれを食べよう、と決めていたのだ。ヨーゼフやシノの表情を見ればこの歴史的発見にやや興奮、或いは満足感を感じているようにさえ思える。

 

 これでどうにか、ラ・ヴァリエール公爵家との約束は守れそうだった。

 

「ふぅー……人生、もうちょい楽になればいいんだけどなぁ」

 

「ならばガリアへと来ると良いのではないか? それほど優秀であれば引く手数多だろうに。特にガリアでは出自など気にせず、能力のみで判断するからな。どうだ、余が一筆添えても良いぞ?」

 

 その言葉にすまん、と答える。

 

「やっぱ故郷が恋しいわ」

 

「トリスタ二アか……あちらはエナジストにあまり優しくはないと聞くぞ?」

 

「そうなんだよなぁ……」

 

 その言葉に溜息を吐いた。自分が生まれ育ったトリスタ二アは数年前から王家が少しずつ力を失いつつあり、そのせいで貴族や教会が力をつけてきている。貴族や

教会が力をつければどうなるのか? どちらも基本的にエナジストが嫌いなので、そちらへの風当たりが強くなるのだ。異端狩りとかロマリアでやっている様な事ではないが、それでも露骨に唾を吐いたり、仕事を回さなかったり、とかなり扱いは酷くなる。まぁ、権威を揺るがしかねない出来事があったからしょうがないかもしれないが、それを現代まで引きずっては欲しくない。

 

「うちの隠れ里はちょっと大きな貴族のところの領地にあってな―――」

 

 ラ・ヴァリエール領に隠れ里のハイディア村は存在する。そしてこの隠れ里は現状、ラ・ヴァリエール公爵に黙認されている状態だ。だが、ラ・ヴァリエール公爵の娘の一人が不治の病にかかった事が原因でこの関係はやや変化した。

 

 水のメイジをどれだけ呼んでも治療できないのであれば錬金術に頼るしかない。故にラ・ヴァリエール公爵は幾つかの条件と引き換えに、錬金術による治療を頼んだ―――その結果がこの7年間、そして漸く発見したヘルメスの泉である。楽しいには楽しかったが、漸く重荷を下ろせたという気分でもあった。

 

と、いつの間にか食べ終わってしまった。休憩はこれで終わりである。何とも侘しい食事ではあったが、トリスタ二アに凱旋すれば金は一気に増える。そうすればしばらくは好きに生活もできるだろう。

 

「うっし、ヘルメスの水がまだ使えるかどうかを確認しつつ採取しちまうか。んじゃ、真面目な作業をするから邪魔するなよ?」

 

「誰がするか」

 

「流石にな」

 

 苦笑するヨーゼフとジト目で睨んでくるシノの視線を受け流しつつ、ベルトポーチから三本のガラス瓶を抜いた。スターダストと呼ばれる希少な素材を使って生み出した、品質劣化を防ぐ力を持った不思議なガラス瓶になる。衝撃に対しても非常に強く、力いっぱい石畳に叩きつけたところで傷一つつかないという面白い強度を誇っている。そのため、今回のヘルメスの水を保存するための容器としてわざわざ用意してきたのだ。素材そのものがミスリル並みに希少である為、だいぶ血反吐を吐き出す思いだったが、それでもこの瞬間の為なのだから、ある意味報われたともいえる。

 

 ともあれ、泉の淵へと移動すれば、ヘルメスの泉内部の水量がかなり減っているのが見える。おそらくは相当昔から泉が機能停止していたのだろうと思う。軽く計算し、大きなバケツ一つ分程度しか残されていなかった。これなら少し無駄に使っても問題はないだろう、と指で触れないようにガラス瓶をエナジーを使って操作する。まず一つ目のガラス瓶をたっぷりと満たしてから再びキャッチのエナジーで手元へと引き寄せると、一旦他の瓶を泉の淵へと置き、手袋に包まれた手を露出させた。

 

 何度も冒険で酷使してきた手はボロボロになっている。爪は数え切れない回数剥がれて、この手も何度も切られた。決して消えない傷跡が何個もこの手には存在している。それらの思い出を感じながら手を口元へと寄せて、

 

 半分、噛み千切る勢いで指に噛みついた。

 

 根元から千切れかける指はぶらり、と皮一枚で手につながっており、今にも切れ落ちそうな様子だった。血液の溢れだす手をさらに泉から遠ざけ、血が泉に混ざらないように注意しながら傷跡にヘルメスの水をかけた。直後、まるで時間を巻き戻すかのように指がつながり、そして傷跡が消えて行く。そればかりか手についていた古い傷跡なども消え去って行き、肌の色が綺麗になって行く。

 

 そして完全に綺麗に、傷一つもないまるで新品の様な自分の手を持ち上げ、そして眺めた。

 

「……本物だ」

 

「余、最近腰痛を感じ始めているんだがこれもしかして腰に掛けたら治らない?」

 

「古傷の類まで消して……これが奇跡というものか」

 

 綺麗になった自分の手を掲げる様に眺めながら、溜息を吐いた。これで漸く長く続けて来た自分の冒険も今、一つの終わりを迎えるのを感じた。だがそれと同時に、また新たな冒険が待っている様な、厄介ごとが待ち受けている様な、そんなどうしようもない予感も感じていた。

 




 という訳でなんか某所で呟いてたゼロ魔x黄金の太陽をサラっと。裏ではデータ再作成作業で忙殺されている人だよ。そういやぁゼロ魔でキチンと続いたのを書いた事ねぇなぁ、と思いつつメインシナリオはファック&ファック、アポカリプスで破壊してやるぜといういつものスタイル。

 ヨーゼフ……いったい何者なんだ……。

 みんなも黄金の太陽遊ぼう。


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発端 - 1

「乾杯―――!」

 

 酒場の席で握ったジョッキを叩きつけると少しだけこぼれるが、そんなことを気にせずに引き寄せ、それを一気に呷る。喉を通る冷えて苦い液体が体の奥底にアルコールという概念を叩きつけてくれて、ここまでの苦労が一気に浮かばれる様な思いだった。一気にジョッキの中身を飲み干したらそれをテーブルの端へと置いてからお代わりをフロアのウェイトレスに頼む。そのまま深く椅子に座り込みながらはぁ、と息を吐いた。

 

「氷室か水風メイジのいるところは割高になっちまうのが欠点だけど、やっぱりこのキンキンに冷えたエールの味にはどう足掻いても勝てそうにねぇよなぁ……」

 

「私はどちらかというと馬乳酒のほうが好きなんだが……まぁ、こういうのも悪くはないか」

 

「余は好きだぞ酒は! ワインの様な上品なものよりはこういう方を余は好むんだがどうも出されるのはワインばかりでな……で、馬乳酒とはどういう酒なんだ? ん? 無論、余にもその魅力を語ってくれるのだろう?」

 

「む、そうか。ここらでは見る事がないからな。いいだろう、その魅力は私が語らせてもらおうか」

 

 シノの顔に色の変化がないが、既に酔っているというのが言動の端から見える。あんまりアルコールに強くないからなぁ、我が相棒は。そんなことを思いながら新たなジョッキを受け取りつつ、テーブルの上に置いてあるソーセージに手を伸ばし、素手でつかんで口の中へと運んだ。焼きたてのソーセージの肉汁を口内で溢れさせながら、エールをお供にそれを喉に流し込む―――あまり栄養のある食事ではないが、これは自分への労いなのだから、こんなものでいいのだ。今度はチーズをナイフで切り取りながら口の中へと放り込む。中にはフルーツが混じっているフルーツチーズだった。これも良いなぁ、と思いつつ土産に少し買って帰る事を考えた。

 

「うーむ、それにしても世界は広いな。まさか乳の酒があるとはな……馬の乳か……うむ、これならばこちらでも試せるな!」

 

「それ以外にも米から作る酒もあるが、そっちもいいぞ」

 

「む、ライスか? 基本的にパンが主食だから余はあまりアレを口にはせんぞ」

 

「そりゃあもったいねぇよヨーゼフ」

 

 二人の会話に割り込む。こと、ライスの魅力に関しては既にシノから布教済みであるこの俺がライスの魅力に関して語ろうと思う。いいか、と言葉を置きながらエールで喉を潤した。

 

「確かにここらではあんまりライスを見かけない、ってか土地の問題でサハラのほうへと行かなきゃ見つからないってのが現状だ。だけどな、それでもな、ライスはいいぞ! パンとはまた違う魅力がある! 暖かく、ふわふわで、そして基本的に何を載せても一緒に食えるって魅力に、それにだな―――あ、ウェイトレス! 肉とチーズと酒追加で!」

 

「野生スティックを持ってこい」

 

「余にも追加でエールを……ほうほう、それで?」

 

「えーと……なんだっけ? あぁ、そうだった。ライスだライス。アレは汁気を良く吸い込むからソースを絡めた料理なんかと一緒に食べる時それを良く吸い込んでだなぁ……」

 

 ライスという食材の持つ魅力をたっぷりとヨーゼフへと洗脳するように布教する。ハンバーグはパンとの組み合わせが最高だと昔は思っていた。だがライスとの出会いによってその印象は大いに変わった。ハルケギニアの人間の多くはあの魅惑の食材を食べずに過ごしているのだ。それは何という勿体なさなのだろうか……。ライスの上に乗せ、ソースに絡めたあの味を食べる至福の瞬間をどうにかヨーゼフへと伝えたい……。

 

 などと思っていると、注文したものが運ばれてくる。ついでにミートソーススパゲティーも注文してしまう。食べても食べても足りないとはまさにこのことだ―――いや、確かにエナジーを使用するには集中力が必要だし、精神力の他にも大量に体力を冒険で消耗している。結局のところ、それはカロリーへと直結するのだ。体と心を動かしたのならその分補充しなくてはならない。必然的に飯は良く食うようになる。自分もシノも体型的には標準体型だが、エナジストとしては一流の領域に入る他、戦士としても一流の領域に入ると思っている。そのため、人の数倍は普通に飯を食う。

 

 まぁ、体を動かしている人間であれば基本的に大量に食うだろうな、とは思う。

 

 運ばれてきたスパゲティを軽く二本のフォークでぐるぐる巻きにまとめて口の中へと流し込みながら味わい、ミートボールの塊を口の中で転がしてから一気に噛み砕いて食べた。ふぅ、と一息つきながら再度呟いた。

 

「やっぱガリアから去りたくねぇわ……」

 

「そんなにか?」

 

「ぶっちゃけトリステインって今世代から次世代でゲルマニアかガリアに吸収されるだろアレ」

 

「あー……」

 

 それ、言っちゃうかぁ、とシノが表情を変え、ほかのテーブルに座っていた客もまぁ、そうだよなぁ、という感じで表情を浮かべていた。まぁ、このハルケギニアにおける国家間の関係などは非常に解りやすいし、大体誰もが思って居ることだろうとは思う。これぐらいは。死んでもトリステインでこんな話が出来ないから今、ここで吐き出してしまうが。

 

「いや、だってさ。ゲルマニアとガリアを見ろよ。見て解る国土の広さと大国特有の国力の高さ。特にゲルマニアなんて政治形態を大きく変える他、血筋等ではなく貨幣を通して判断とか始めているし。ガリアも伝統や血筋ではなく能力が国家を成長させるって解ってるし。それが理解できてねぇのトリステインぐらいだろ……」

 

 トリステインは正直詰んでいる。まず王が死んで政治を引き継ぐはずだった王妃が立場を引き継ぐの拒否して政治に関わらなくなり、その王妃の影響を受けて王女の教育が腐った。もうこの時点で色々とやばい、としか表現できないくせにトリステインでは何よりも伝統、そして血筋が重視されるこの大陸でも指折りの貴族社会だ。つまり平民は平民、貴族は貴族という形態に囚われて抜け出せていない。ゲルマニアやガリアという大国がそのシステムから抜け出しているのを見て何も思わないのだろうか? そう思っているとゲルマニアを成金で野蛮、ガリアを無能の統治と言っているから根本的に終わっている。

 

「しかもこれで国家の中心で一番頑張っている忠臣がロマリアから送られてきた人物で、しかも鳥の骨とか呼んでるからほんと救いがない。他国の人間が必死に国家運営している忠臣ってどういうことだよ!! ちょっと面白すぎるだろ」

 

 ちなみにアルビオンとかいう内乱中の国は論外である。せめて国家として扱ってほしいのなら内乱をどうにかしろという話である。

 

「まぁ、確かに笑いどころではあるな。トリステインの民もガリアやゲルマニアに飲まれた方がまだ幸福か」

 

「民にとって重要なのは有能な奴が生活を楽にしてくれる事で、極論、生活が良くなるなら国の名前が変わろうが特に気にする話でもないからな……」

 

 エールを口に含みながら呟いた。それを聞いたヨーゼフはそうであるな、と呟いた。

 

「真に勝手なことだ、民とは。だがそれが人間という生物の本質でもあるか。どこまでも勝手で、醜く、そして何よりも楽を求める。だからこそ正義や悪を言葉にしても、大衆は常に語られるものに流される。トリステインが占領され、属国となって支配を受ける様になってもおそらくであるが、反発があるのは最初だけであろう。忠誠を誓った貴族も時間をかければ調略が可能であろう」

 

「今の王家に忠誠を誓うだけの価値があるとは思えないしな……いや、この先は話すのはやめておくか。そろそろ怖くなってきたわ。そこまで言うのなら政治の話をしろよおらぁ!! って言われても俺にはできないしな。究極的に言うと超困る」

 

「まぁ、貴様は本質的に戦士だからな。人の為とは思えても国の為とは思考できんよ」

 

 シノの言葉にガクリ、と言葉を落としているとヨーゼフは此方を見て惜しい、実に惜しい、と呟いていた。ヨーゼフは握っていたジョッキを下ろすと、視線を此方へと向けてきていた。

 

「……ここだけの話、本当にガリアへと仕える事を考えぬか? 有能な者をみすみすあの泥船の国へと帰すのは実に惜しい。その才能、そして躊躇のない物良い、ガリアに来た方が間違いなく活躍できるだろうに……」

 

「だけど俺は別に活躍する事を求めちゃあいないのさ。俺の原動力は冒険! 金! 美味い飯! そしてそれで得た栄誉! 貴族も軍も、法律もごめんだ。ちょっとアングラなところで遺跡を漁って錬金術のロマンを追っかけてる方が気楽なんだよ。今でも十分に良い生活が出来ているしな」

 

 ま、それだけだ、と告げる。ヨーゼフは少しだけ寂しそうな表情をしていたので、拳を突き出す。

 

「なぁに、俺達探検家、冒険家にとって国境ってのはあってないようなもんだ。民族、種族、主義主張、そんなもん地に出て自分の足で歩いてみて、感じられる世界と比べりゃあみみっちぃもんよ。俺はトリステイン。シノはロバ・アル・カリイエ。そしてお前はガリア。俺達三人は違う国家、背景からやってきたがそれでもこうやって一つの大きな冒険を果たした―――なら一時の離別なんて軽いもんだろ? また会えるもんさ。俺達は一緒に冒険した仲間だろ?」

 

「そう、か。うむ、そうだな。確かにな! ははは!」

 

 ヨーゼフが正面から拳を叩きつけ、その勢いのまま一気に酒を呷った。その勢いに声を漏らしながら、ようし、と呟きながら財布の中を確認した。中にはまだそれなりに金が残っている。ガリアからトリステインまでの馬車の値段を考え、あと他にも必要な金額を考え、今夜使っても良い、遊べるだけの金額を計算してから20エキュー程財布から抜いて、それを別の財布に入れておくのカウンターの方へと投げた。

 

「マスター! 今日は無礼講だ、その20エキューで皆に酒や飯を振る舞ってくれ! 俺達の冒険の成功と、そしていつかある再会を祝う為にな!」

 

「やるじゃねぇかにーさん!」

 

「よ、ガリアの男よ!」

 

「はっはっはっは! 褒めろ! 崇めろ! ブリミルじゃねぇ、俺がお前らの神だ……!」

 

「ヒュー! 最高にロックだぜこいつは!」

 

 酒場に笑い声と歓声が絶えなくなる。酒が入ってさらに陽気になった酒場に男たちの歌声が響く。食べ物の匂いで溢れ、そして満たされるこの酒場の中では誰もが国家や人種なんていうくだらない枠組みにとらわれず、今、この瞬間を笑って過ごしていた。この景色がまたほかの国でも見られれば良いのに―――果たして、何時になったらエナジストが自由に顔を上げて歩ける日が来るのか。そんなことを考えつつも、ガリアで最後の夜が更けて行く。

 

 

 

 

「あー、クソ。頭が痛ぇ」

 

「飲み過ぎるからだ、阿呆め」

 

 お前、そんなことを言うのなら人の膝を枕代わりに座るのをやめろよ、と言いたいところだがそれを口にすれば不機嫌になるのは目に見えている。個人用に採取したヘルメスの水、その水滴を一滴だけ口の中へと放り込めば、最悪だった脳の活性具合が一瞬で良好な状態へと回復した。不治の病でさえ治療する万能の薬を二日酔い対策に利用するとは何とも冒涜的で背徳的な感覚ではあったが、俺の発見物なので誰にも文句は言わせない。

 

 それで軽く頭の中のもやを晴らしてからふぅ、と息を吐く。現在、トリステインへと向かうこの辻馬車の中にいる客は自分たちだけだ。あまり大きな声では言えないが、ガリアと諸国の関係はそこまで良くはない。ガリアと対等に付き合っているのはゲルマニアだけで、それ以外の国家は《無能王》ジョゼフが治めるガリアを下にして見下しているのが実情だ。このハルケギニアの大陸では、何よりも伝統と血筋、そして伝えられてきたブリミルの業が大切なのだ。それを脱却しつつあるガリアとゲルマニアはできていない国家からは白い目で見られている―――いや、睨まれている。

 

 だからガリアからトリステインへと向かう人も馬車も少ない。商売で向かう荷馬車はそこそこ見るが、人の動きはそうでもないのだ。まぁ、ガリア現王ジョゼフはメイジの血筋でありながら魔法を使えないという致命的な欠陥を現政治形態で覆ってしまっているのだが、それを覆すだけの政治の才とセンスを持っている。あの無能王と呼ばれる男が本当に無能なら他の国家は超無能と言えるレベルだ。

 

 それが解ってないから未来がないんだよなぁ、と思いながらもトリステインは祖国だ。なんだかんだで離れることが出来ないのが口惜しい。

 

 だからと言って改善する気など一切ない。

 

 なぜなら自分はエナジストにして生粋の探検家(トレジャーハンター)。西へ東へ北から南へ、古代ウェイアード文明の遺産を求めて日夜情報収集と勉強で忙しいのだから。まぁ、トレジャーハンターというよりはもはや考古学の領域に近い事をやっている様な気もする。ちょくちょく自分の発見や考察をまとめて論文として固めているし。それが日の目を見る事はおそらく一生ないのだろうが。

 

「ラ・ヴァリエール領に戻ったらこの旅も終わりか……そのあとはどうするんだ?」

 

「そうだな……正直、何も考えてないんだよな」

 

 この数年間、ヘルメスの泉を探す事に躍起になっていた。それが終わったら少なくともトリステインでも泥船からは片足を出してバランスを整えているラ・ヴァリエール領では同胞たちがガリアでいる様に、安心して生きることが出来る。身分を隠さないで良くなる、という事はそれだけで生きやすくなる事でもあるのだ。それが叶うだけで自分は義理や義務、そして育てて貰った恩義には報いただろうとは思う。だからそれが終わったら、

 

「……ロバ・アル・カリイエへ行くか? 俺とお前で」

 

「……私の故郷へか」

 

 その言葉でお互いに動きと続きが止まる。そのまま、無言で流れて行く青空を眺める。あまり上等ではない辻馬車は道路によってそれなりに揺れているが、それに身を任せる様に、流れに乗って揺れながら空を見上げ続けていた。そのまま、下へ、顔を向けるのが少し恥ずかしかった、というのもあるらしい。我ながら、こういう雰囲気は苦手である。だけどそうだ、ロバ・アル・カリイエがあったのだ。

 

「ロバ・アル・カリイエの方はそういやぁ行ったことがないんだよなぁ、サハラを超えなきゃいけないし」

 

「ロバ・アル・カリイエか……私の故郷も良いところだぞ。此方とはまるで文化が違う。此方程栄えているわけではない。だが私たちは自然と共に生きている。馬に乗り、草原を旅し、そして―――」

 

 目を瞑ってシノの言葉に聞き入る。シノは東方、サハラの向こう側の世界、此方の言葉で言うロバ・アル・カリイエから来た女だった。彼女との出会いは10年以上も前の話になり、また長く、面倒な物語になる。だが彼女はまだ、此方へと来てからは一度も故郷への帰還を果たしていない。当然ながら、彼女が砂漠を超えたのは魔法と、それに発生する事故が起因となる。ロマリア、ほんと余計なことしかしないよな、としかそこらへんは感想が出てこない。ロマリア、ほんと滅べ。

 

 だがそれはそれとして、こうやって一緒にいる責任というものも一応あるんじゃないかなぁ、とは思わなくもない。それはそれとしてロバ・アル・カリイエの料理、遺跡、あちらにも錬金術の遺産はあるのか、そういうのが色々と楽しみであるというのも事実だ。

 

「ま、しばらくはトリステインで休暇だな」

 

「そうだな。お前がそうしたいなら私はそれでいい……」

 

 そう言うとシノは黙り込んだ。視線を彼女の方へと向ければ、目をつむって眠り出した様子だった。こりゃあ起こしちゃ悪いな、と思いながら再び馬車の外の空を見上げ始めた。この広い空の下で続く世界のすべてをまだ見て回ったわけじゃない。おそらく一生かかってもその全てを見る事は叶わないだろう、という事は理解している。一生は短く、そしてもったいない。だからこそなるべく好きなことをして生きていたいと思う。なるべく立場や土地に縛られず、生きたい。

 

「みーんなは何をしてるかなぁー……」

 

 昔一緒に旅をした仲間、一緒に冒険した仲間。今では世界のどっかで自由にやっている他の連中の姿を思い浮かべてから、まだまだトリステインまでの道のりは長いのだと思いだし、目を閉じて眠ることにした。ガリアからトリステインまでは一日で到着するような距離ではないのだ―――ゆっくり風景を眺める時間なんて、飽きる程ある。

 

 

 

 

―――トリステインの中でも比較的にマシと呼べるのがラ・ヴァリエール公爵家とその領地だと思っている。血筋と家の格が全てのようにふるまっているあの国の中で、公爵という家柄ながらそこまで威張る事をせず、平民への態度は基本的なライン、個人的に良く出来た貴族、と評価できるのがラ・ヴァリエールだと思っている。おそらくその原因はラ・ヴァリエール家が国政にかかわっていないものであり、ゲルマニアとの国境を前に領地を持っていることからトリステインで一番早くからゲルマニアの変化と文化、そして思想に触れてきている事にあると思う。あまりラ・ヴァリエール公爵と話した事がある訳ではないが、理性的な人物であり、常識的な人物でもあった。

 

 果たして、今のトリステインを見てどう思っているのかは、正直気になる所ではある。とはいえ、政治とはそれそのものが怪物であり、あれがどうこうと改善できるような案を出せるわけでもないのに考えるのは無駄なだけだ。……多少考えはするが、一生口に出す事はない分野だ。

 

 ともあれ、そんなラ・ヴァリエール領の一角に隠れ里であるハイディア村が存在し、そこが故郷となっている。この村はエナジストの村であり、自分のように生まれからエナジーを使える人間ばかりが暮らしている。ラ・ヴァリエール公爵も当然ながら、この里を把握している。お互いに必要な時は助け合う事でこっそりとズルをしているようなものだ。そういう関係である。

 

 これはトリステインという国を見ると結構珍しい、或いは他に見ない事である。そしてどれだけ他の領と比べ、ラ・ヴァリエールが柔軟であるか、というのを示しているのでもある。

 

 つまり何度も言っていることだが、トリステインという国は終わりに近い。

 

 王妃か王女が覚醒して政治を形見を売ってでも立て直して、それでもまだトリステインが現在の国力を維持できるイメージがない。正直、ゲルマニアかガリアが戦争で敗北して、トリステインにかかわる暇がなくなって、そしてそこで覚醒入った王家が国家の立て直しを行い、ある程度領土の拡大を行えて、それで漸く未来に目が見えるってレベルだろうか。正直な話、奇跡の上に奇跡を重ねない限りはここから国を維持するのは難しいと思っている。

 

 国内の貴族も噂では()をどうするか、という事を静かに考えているだろう。

 

 伝統だけで国家を維持できる時代は終わった。近隣諸国が富めば富む程、富まない自分の国を見てトリステイン人は何故我々の生活は豊かにならない? と考えるだろう。それが国としての終わりの始まりだろう。

 

―――まぁ、そんなことは此方には関係ない。

 

 ガリアから数日間馬車に乗ってゆられ、時折足を止めて休息を挟みながら漸く国境を越えてトリステインへと戻ってくる。とはいえ、ラ・ヴァリエール領はゲルマニアの国境沿いなので、ガリアからトリステインへと入ったところで即座に到着する訳ではない。

 

 ゲルマニアからのトリステインへの侵入ルートであれば比較的に楽にラ・ヴァリエール領へと入れるのだが、その場合は国境を超える回数が二回になり、余計な金と手間がかかる。それゆえに多少面倒ではあるものの、国内を通るルートを選んでいる。なので国境を越えてトリステインに入り、そこからトリステインの中央に存在する王都、トリスタ二アへと向かう。

 

 トリステインそのものは大きくない国で、ガリアと比べるとその国土は半分以下になる。そのため、基本的にトリスタ二アで馬車を拾えばどこへでもいける程度の距離でもある。ガリアをしらみ潰しに遺跡探しをしていた時と比べればだいぶ移動が楽な国である。

 

 王都トリスタ二アから馬車を拾い、ラ・ヴァリエール領へとここからまた数日かけて移動する事になる。小さい国ではあるが、それでも国と名乗れるだけの広さはある。それに焦る必要はなく、既に成果に関しては伝書鳩を使って連絡を入れている。故にあとは此方が到着する事待ちだけの状態となっている。平民が貴族を待たせている、という不思議な優越感を感じる数日間を過ごしつつ、トリステイン帰還の旅路は特に問題もなく進んでいた。

 

 そしてそれは、ラ・ヴァリエール領へと到着しても変わりはなかった。何年間も身分を隠して過ごした故郷のある領地へと、そうやって俺は数年来の旅を終えて漸く帰ってきたのだった。

 




 さりげない黄金の太陽のステマのつもりで交信。世界観クロスの練習用にも、と。やっぱりクロスやるなら世界観を完全に融合させる感じが一番なじんで楽しいんじゃないですかねぇ、というお話。技だけとか人だけとかは一生無理ッスねー……違和感多すぎて……。


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発端 - 2

 貴族の家が大きい事に理由はあるのか? と言われたら、あるのだ、としか答えることが出来ない。

 

 なぜなら家格を示すのなら財力でそれを見せるのが一番対外的に解りやすいからだ。これだけ大きな家と領地を持っている我が家はこれだけ強いのだ! 凄いのだ! と証明する事が出来るのだ。基本的に権威や権限、家柄なんてものは目に見えないものである為、どれだけ領地が発展しているのか、そしてどれだけ富んでいるのか、その財力という基準を使う事で家の凄さを外に対して見せることが出来るのだ。なぜなら家とは安い買い物ではないからだ。貴族なら豪邸の一つ、魔法を使って建築する事も簡単だろう。固定化すればそれを維持することだってできる。

 

 だがその維持はただではない。掃除しなければ汚れるのは固定化があっても変わらない。そしてそれには人が必要で、それ以外にも飾ったり等の事で維持費が常に発生し続ける。そう、形のあるものには常に維持費が発生するのだ。その例外はウェイアード文明による錬金術を使用した建築ぐらいだろうが、それに関しては例外すぎるので考慮には値しない。そして維持費はどこから来るのか? となると領地からの税収になってくる。そして領地からの税収を徴収し過ぎれば、それだけ領地は荒廃し、税が満足に取れなくなってくる。

 

 故に、その貴族の強さは領地と家、その両方を見れば良い。力のある貴族はそのバランスが上手く出来ている。中までが綺麗な大きな家を持ちながら、ちゃんと領地を肥えさせている。収支のバランスをうまく管理し、そのうえで成功しているという事を示している証だ。税収は非常に面倒なところだ。税収を緩めすぎると最初の方は民が満足しても、あとから税を上げるとそれで慣れた民が反発を起こしてしまう。税を下げた時の感謝の気持ちなんてものを長く覚えている程、人間は優しい生き物ではない。じゃあ逆に税を上げれば、となると人が領地から離れるだけの話だ。

 

 堕落させず、そして逃がさず。そのバランスが難しい。領地や政治などの知識が自分には備わっていないが、それでもラ・ヴァリエール領はそういう意味では大きく成功している領地であり、貴族であると自分は記憶している。ラ・ヴァリエール領にはある程度のまとまった私兵を持つことを許可されている。それは隣接しているのがゲルマニアという大国の国境であり、そこからの侵入や侵略に対して睨みを利かせるという意味も存在するからだ。その維持費の一部は国家によって補填されるも、私兵を維持しながら領地を腐らせず、そして豪邸を持っているラ・ヴァリエールは間違いなく貴族としては成功者だと言える。

 

 なぜなら世の中には領地を持たず、平民以下の生活を送る貴族だって普通に存在するのだから。それは現代では決して珍しい話ではない。血筋は確かに尊ぶ要素となっているが、その前に必要なのは金だ。これがないとどうにもならない。

 

 そういう訳でガリアからの旅を終え、漸くラ・ヴァリエール邸へと長旅から帰還する事が出来た。直接貴族の家へと平民が馬車で乗り込むのは非常にマナーとして不味いので、最寄りの街で馬車を降りたらいったん宿をとる。

 

 貴族社会とは実に面倒なもので、謁見する際には多少のマナーや準備が求められる。特に平民、エナジストだと相手は解っているのだ、さらに慎重になる必要がある。相手がこちらに対して理解があって、同情的であるのも事実だが、それはそれ、ビジネスパートナーである以上、相手の流儀に従う必要はある。これは最低限の事だ

 

 まず移動している間はまともに体を洗えていないので、金を多少出して湯船で体を綺麗にする。そのうえでいつも来ている服装を多少綺麗にし、清潔であることを確認する。清潔であるか否か。それがまず最初に相手がこちらを見て判断する事になる。清潔感はどんな人間であれ、一番最初に判断するための材料になる。そしてその次に来るのが会話などから通じる品格だ。此方の場合はそこまで気にしなくては良い。服装まで着替える必要はないが、ある程度のおしゃれをアピールするために香水程度は使っていても悪くはない。

 

 ただ必要以上に入念に準備した、というのを見せてしまうとこいつ、こんな時に無駄に準備を……なんて変な逆恨みを買う時もある。そのため、あくまでも見た目が清潔であるように整えて、不快感を与えないように見た目を整える。これで漸くラ・ヴァリエール邸へと向かう準備が完了する。

 

 装備の類はそのまま、宿を出てラ・ヴァリエール邸へと続く道を歩いて行けば、空をフクロウが飛行し、それがラ・ヴァリエール邸へと向かって帰って行くのが見える。使い魔による視覚共有で此方が来たのを察知したのだろう、おそらくは受け入れの準備をしてくれる筈だ。

 

 シノと肩を並べて歩いていると、やがて豪邸へと続く大きな門の姿が見え、その前に立つ門番の姿も確認できる。歩いて近寄ってくる此方の姿に、門番が二人とも背筋を伸ばす姿が見える。近づき、門番の前で足を止めてこほん、と軽く咳払いをする。

 

「―――アレン・グリムウッド、秘宝ヘルメスの水をついに見つけ出した。ラ・ヴァリエール公爵との契約に従いその納品に参った。開門を願う」

 

 その言葉にフルフェイスヘルムで顔を隠した兵士は頷いた。なんとなくだが、その下には笑顔を浮かべている様な気がした。

 

「話は聞いている、良く戻ってきてくれた。……手遅れになる前に戻ってきてくれて良かった―――客人であることの確認は終わった! 開門!」

 

 仰々しい言葉と共に巨大な門が開いた。横へと退き、道を開けてくれる門番に従い屋敷の敷地内へと進んだ。ちらり、と横目にシノを見ればずっと無言を保っているのが見える。この女、貴族に対する口の利き方が全くなってないのを本人自身が理解しているので、こういう場合は全く喋ろうとしない。彼女もこちらの視線に気づいたのか、此方へとちらり、と視線を向けてから正面へと視線を向け直した。これ、改善する気がないな? と解る態度だった。

 

「面倒だからな」

 

「リードするなよ……」

 

「お前が解りやすいだけだ」

 

 そうかなぁ? と軽く首を傾げながら自分の顔に触れる。そこまで解りやすく表情に出るかなぁ? と何度か首を傾げているうちに前庭を抜けた。屋敷の前では執事が立って待っていた。此方を確認すると軽く一礼を取る。

 

「お待ちしておりました。おあがりになる前に、武器の類を預からせていただきます。必要はないと思うのですが―――」

 

「いえ、まぁ、一応そういうもんですからね」

 

 腰のベルトから鞘ごと剣を抜き、それ以外にもいくつかのナイフなどの武器をポケットなどから抜いて、それを執事へと渡した。一応、これは外に対して私は害意がありませんよ、というアピールでもある。身内扱いされていない以上は必要な事でもあるのでしょうがない。何より、ここはラ・ヴァリエール公爵家、つまりトップクラスの地位を持つ人物の家なのだから当然といえば当然だ。

 

 こうやって武装を完全に解除したところで、漸く本邸へと入ることが出来る。長い道のりだったなぁ、と少しだけ、感慨に耽っていれば、入り口を抜けた向こう側、ホールに長い間見ていなかった男の姿を見た。前へと数歩出たところで礼を取った。

 

「これはラ・ヴァリエール公爵、お久しぶりです。こうやって直接会うのは果たして何年振りでしょうか」

 

「そうだな……まさか治せる水メイジを見つけ出すよりも早く、伝説とも言われる古代の秘宝を見つけ出す方が遥かに早くなるとは思いつきもしなかった。果たして水メイジの無能っぷりを嘆くべきなのか、それとも伝説を見つけ出すお前の有能さを褒めるべきなのか、それとも伝説に縋らないとどうにもならない我が身の無能っぷりを笑うべきなのか……」

 

「公爵……今はそのことよりも本当にヘルメスの水がお嬢さんに効くのかどうか、それを調べるべきではないのでしょうか」

 

「……それもそうだな。こっちへ来い。カトレアは今離れの部屋にいる。お前との契約は……」

 

「いえ、実際の効能を確かめてからその話はしましょう。すべては結果で示す。それが探検家という生き物です」

 

「成程、一理ある。……こっちだ」

 

 ラ・ヴァリエール公爵との会話をそこそこで切り上げて、屋敷を公爵の先導で進んで行く。ここに来たのは初めてではない。とはいえ、そう回数が多い訳でもなく、現世代でのハイディア村一のエナジスト、という事でちょくちょく仕事に呼ばれる関係だったのが昔の話だ。そのため、屋敷で働いている人間とは数人ほど顔見知りである。ここ数年はガリアで活動していただけに、ここへとやってくるのもだいぶ久しぶりで、やや恐れ多い感覚は強い。

 

 故にシノの様に、黙ってついて行く。

 

 屋敷の中を抜けて裏庭へと出ると、その向こう側に離れが見える。その周囲には熊を初めとする自然動物が休んでいるのが見える。そういえばラ・ヴァリエール公爵の息女、カトレアは動物に好かれる体質の人物だったな、という事を思い出す。基本的にそちら方面の才能はメイジではなくエナジスト側の才能になるので、メイジとしてその才能を持つのは少しだけ、驚きでもあった。動物たちも大人しい物で、屋敷の敷地内にいる間は暴れようとする意思を一切見せずに、大人しくカトレアのそばに控え、見守る様な姿が目立つ。今も離れに入りきらない大型動物が扉の外で控えているが、此方へと視線を軽く向けても威嚇する事はせず、道を開けてくれている。

 

 それは少しだけ、不思議な光景でもあった。そんな動物たちを避けて扉の前に立つと、公爵が扉を軽く叩いた。

 

「カトレア、良いか?」

 

「えぇ、待っていましたから」

 

 その言葉と共に公爵が扉を開けて、その向こう側に広がるそう大きくはない離れへと進んだ。それに続くように入って見えるのは大量の動物によって占拠された、しかし風通しの良い部屋だった。病床にあるカトレアの事を考慮してか常に室内の空気が入れ替わる様に設計されているのはやはり、彼女の為だけにここを作ったからだろうか。なにせ、普通の屋敷の一室とかだと空気が籠りやすい。病気の時はそうやって空気が淀んで体調を悪化させる。

 

 カトレアの視線が公爵から此方へと向けられる。ベッドの中でパジャマ姿、上半身だけを持ち上げていた彼女は此方へと気づき、軽く頭を下げた。

 

「お父様、其方の方々は」

 

「うむ。お前の体を治療する為の秘薬を持ってきてくれた方々だ。万病にも通じる秘薬らしく、これでついにお前の病を倒せると豪語している」

 

 そんな事一言も言っていない。とはいえ、藁にも縋る思いで薬を探している公爵と、実際に病に侵されているカトレアの前では何も言えなかった。静かに背に冷や汗を流しつつある状況で、公爵が此方へと視線を向けて来た。これは出せ、という事なのだろう。失敗しなければ良いなぁ、と思いながらベルトポーチの中からヘルメスの水を収めた瓶を取り出した。それを持ち上げながら、

 

「一応、自分の体で何度かこれを使って検証した結果だけ、いいですか?」

 

 その言葉に公爵が頷いた。

 

「自分の指を千切って使ったら繋がりましたし、猛毒を飲んでから使ったら即座に毒が消えました。一応風邪の類にも軽く試した結果成功しましたが。ただ、飲んだところで目に見える変化は外傷がある時しか解りませんので……」

 

「あぁ、安心してください。体の中に巣食う病魔の気配でしたらずっと感じています。これが体の中から消え去る瞬間を絶対に見逃しません」

 

 言い方がかなりマジっぽい。どうやら本気で病魔の気配を感じているらしい。なら偽る様な事はないだろうし、解るだろう、と公爵にヘルメスの水の入った瓶を渡した―――一応、これが全てではなく、もちろん自分やシノ用に別に瓶を用意してある。これだけの効能のある万能薬を全部渡すわけがない。

 

 怪我をしたときに使えばいいし、金に困ったら売ればよい。今回の様に病で苦しんでいる所があれば使って恩を売るのも悪くはない。やや、邪な考えであるのは否定できないが、今、人の命を救っている所なのだから問題はなかろう。そう自分に言い聞かせている間に公爵がカトレアの背中を抑え、口元にヘルメスの水を寄せていた。室内にいる動物たちもその様子を固唾を飲んで見守っているように見えた。

 

 そこから数秒間、たっぷりとヘルメスの水が入った瓶を半分ほど飲むと、カトレアが片手で瓶を抑え、動きを止めた。それに公爵が語り掛ける。

 

「どうしたカトレア、不味かったか? それとも―――」

 

「いえ、もう充分です」

 

 その先を聞くのが恐ろしいような言葉をカトレアは一旦置いた。静寂が完全に支配する離れの中で数秒間、緊張感と共にカトレアが言葉を目を閉じて飲んでいた。公爵の視線が此方へとちらちらと向けられてくるのがめちゃくちゃ怖い。此方もチラリ、とシノへと視線を向けるが、シノは目を閉じてエナジーを使っていた―――こいつ、リードを使って先に結果だけ把握してやがるな? それを理解した直後、カトレアの言葉が室内に響いた。

 

「―――まるで嘘のように病魔が消え去りました」

 

「真か、それは真かカトレア!」

 

 詰め寄る公爵の姿にカトレアは微笑みながらはい、と答えた。

 

「体が軽い……臓腑を蝕む病の痛みがない……視界がはっきりして、食欲まで感じます。あぁ、健康な体で吸う空気とはこんなにも美味しかったんだと、今心の底から感じています」

 

「おぉ、おぉ……カトレア、カトレア……!」

 

「もう、泣かないでくださいよお父様……あっ」

 

「あっ」

 

 感極まった公爵が両手を広げてカトレアへと抱きつこうとした瞬間、その手からヘルメスの水が入った瓶が勢いよく投げ飛ばされた。宙を舞う奇跡の秘宝が放物線を描きながら壁へと向かって高速で飛んで行くのを、素早くキャッチのエナジーを使って叩きつけられる前に回収し、床に落ちた栓を拾って、それでしっかりと口を閉ざした。それを近くのテーブルの上に置きつつ、軽く頭を下げる。

 

「では、親子の時間が必要そうですし、私たちは外の方でお待ちしています」

 

 そう告げて、離れを出て行く。

 

―――長年の苦労、それが漸く終わった瞬間でもあった。

 

 

 

 

 数時間が経過した。それは本当に目に見えない病魔という存在がカトレアの中から消えたのかを確かめる為の時間だった。そのあとで水メイジを呼び出してカトレアの検査を行い、彼女がまるで新品の体を得たかのような健康さに度肝を抜かれたことによって、本当に彼女が原因、そして治療法も不明であった病から解放されたという事が証明された。

 

 そして子煩悩である事で有名なラ・ヴァリエール公爵がこれを祝わない理由がなかった。その日はささやかながら祝宴を開く事となった。無論、ゲストとしてヘルメスの水を持ってきた自分たちも参加する事になった。大急ぎで帰ってきて参加する事になった長女エレオノール、回復した次女カトレア、そして近いうちにトリステインの学園へと入学する事が決まっている三女のルイズ、と三姉妹全員が揃っている他、ラ・ヴァリエール公爵夫人と公爵本人、ラ・ヴァリエール家全員が揃った祝宴であった。

 

 それは外部から人間を呼ぶ事のない、身内のみによって開催された祝宴であり、カトレアたっての希望で中庭に、動物たちを交えるように開かれた立食形式の祝宴だった。病から解放され、寝たまま、或いは座ったまま食べる必要がなくなった今、足を思いっきり延ばしたまま立って食べたい、というちょっとお嬢様らしからぬ願いではあったが、それを二言で公爵が快諾した結果実現した。

 

 そして祝宴開幕直後、

 

 リードで動物たちの心の言葉が理解できるシノがこっちを捨てて動物達に混ざって逃げた。

 

生物の心を読み取ることが出来るリードという風のエナジーを使えるシノが早々に逃げ出した事に軽い絶望感を感じつつも、祝宴は始まった。立食というスタイルである為、中庭にはいくつかテーブルが広げられており、今日ばかりはある程度の無礼は許す、という公爵の言葉によって使用人たちもこの日を喜びながらローテーションで立食を楽しんでいた。

 

軽い絶望感に打ちひしがれつつ、此方へと誰も来ませんように、とテーブルの一つから適当につまめるものを選んで食べていた。

 

「んー、流石に公爵家。いいもん食ってるなぁ……」

 

 基本的にこのハルケギニアは肉文化をメインにしているが、トリステインは海に隣接しているという事もあって漁業も盛んだ。ラ・ヴァリエール領はトリステインの中でもとりわけ内陸に位置する場所だが、平民落ちしている水メイジを使った運送によって魚の鮮度を保てるようになっている。

 

 こればかりは内陸部に領土を保有しているガリアではできない事だ。

 

 そう、トリステインでは魚を食べられるのだ。内陸部では鮮度の問題では高級品であるこれも、ここでならそこまで高くはない―――だが美味しい物を食べようとすれば、必然的に高級品のラインへと戻るだろう。その中で、ちゃんと美味しい魚を引っ張ってきているラ・ヴァリエール家は中々やる、と評価できる。

 

 マリネにカルパッチョを始め、ほかにも見たことのない魚料理がテーブルの一つを支配していた。長い間ガリアで活動していただけに、こうやって魚を食べるのは久しぶりだった。肉とは違った冷えた触感が口の中を支配する。食べごたえは肉程ないが、それでもするりと飲み込めてしまうその感触と味に関しては、肉に負けない部分があると思っている。

 

 ただ、やはりライスが欲しくなってくる。魚とパンの組み合わせは悪くはないが、調理の仕方が違う。パンと魚の組み合わせをするならもっと塩辛い魚で焼くべきであると考える。或いはサンドイッチ風にした方がいいかもしれないなぁ、とマリネを口の中へと運んでいると、

 

「失礼、良いでしょうか」

 

「ん、これはラ・ヴァリエール公爵夫人。私の様なものに対してなんでしょうか」

 

「カリーヌで結構です。それよりも貴方には感謝を伝えたくて。夫共々方々に手を伸ばし治療法を長年求めて来ましたが、それでもこうやって実際に治療できたのは貴方のおかげです。娘の命を救ってもらい感謝しています」

 

「いえ、此方こそ良い仕事でした。当初は霧を掴むような話でしたが、ラ・ヴァリエール家が提供してくれた資金のおかげでこうやって見つけ出す事が出来ました……失礼かもしれませんが、あまり情とかで動いたとは思わないでください。腹芸は出来ないので率直に言いますが、私は故郷への恩義、そして同胞であるエナジスト達の待遇が少しでも改善するように、と考えて探しましたから」

 

 まぁ、多少同情しなかったと言えばウソになる。だが、同情した程度で瀕死になるの理由にはならない。そこにちゃんとしたメリットがなければ、動くに足る理由にはならないのだから。正直な話、あまり自分に対して幻想を抱いてほしくないというのが今、カリーヌに正面から誤解しないように言った理由だった。

 

 勝手にこっちが便利に使える手駒だと思われては困る。

 

 言外に報酬が出るからこそこっちは働いているのだ、と伝える。多少下品な物言いかもしれないが、正直ラ・ヴァリエールとはここらへんで個人としては縁を切りたい。大きな貴族がスポンサーとして存在していると非常に活動しやすいのは事実だが、スポンサーがいるという事はその意向に従う必要が出てくるという事でもある。個人的に、そこは遠慮しておきたい。

 

 俺は自由に探検するのが好きであって、誰かに従って探検している訳ではない。

 

 これはライフワークで、趣味なのだ。その意図を悟ってか、少しだけカリーヌは表情を曇らせた。

 

「そうでしたか……出来る事ならば取り立てようと思っていたのですが」

 

「正直恐れ多いですし、身が重くなるので遠慮させていただきます。個人的に探検家として世の遺跡を探検、発掘しているだけで十分楽しいですし。……まぁ、エナジストという身分が引っ張って論文を書いても発表できないってのが心苦しい事ですが」

 

 名誉欲はそこそこある。だが一番重要ではない。自分にとって一番重要なのはこの自由な生活を守る事にあるのだから。

 

「成程、一般的な報酬は貴方には通じそうにはありませんね」

 

「まぁ、基本的には世俗と無縁な生活を送っていますからね。ただ、まぁ、魔法学院にあるフェニアのライブラリには少し興味がある、って事でしょうか。王立図書館は錬金術関連の書物を処分しましたが、あっちの方は保存しているようですし」

 

「成程、考えておきます」

 

「いえいえ、此方こそ」

 

 貴族との会話は疲れるな、と愛想笑いを浮かべながらそのまま、カリーヌとの会話を終わらせる。その次にやってくるのは長女のエレオノールであり、どうやって、どこで、などと学術的な話を仕掛けてくる。今夜はこのペースでまだまだ大変そうだ、と、溜息を気づかせる事無く吐き出しながら、祝宴という拷問の夜が更けて行く。

 




 貴族は面倒本当に面倒超なりたくない。お金だけもらって庶民の生活する方が遥かに楽です。という訳でコネと顔つなぎゲットだけするというお話。なんだか夫人バーサーカー説あるけど恩義のある人に勝負を挑むような人間が公爵夫人になれるとは思わないので狂犬はしないよ!

 アポさんとカロンさんがうずうずしながらハルケギニアを眺めてる。


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発端 - 3

「―――ふぅ、こうやってハイディア村に帰ってくるのも偉い久しぶりだな」

 

「ほぼ7、8年ぶりになるからな」

 

 歩きながらラ・ヴァリエール領内にある隠れ里、ハイディア村へと向かって道を進んでいた。ゲルマニアとの国境付近の山脈に存在するこの隠れ里は岩場を正しい順番で抜けた上で、エナジーを使わないと同じ場所をグルグルと回り続けるハメになるトラップが錬金術によって仕掛けられている。無論、これに関してはハイディア村出身の自分が良く知っているし、その維持とメンテナンスに関しても一枚噛んでいる。その為、思い出さなくてもほぼ反射的に体が村へと通じる迷路を抜けさせ、あっさりとハイディア村が見えるところまで出てくる。

 

 岩場を抜けた先は山脈の膝元とは思えない程緑で溢れた豊穣の大地へと変わり、山脈を削る様に上へと向かって伸びて行く山の斜面に張り付くようなハイディア村の姿が見える。地の錬金術エネルギー、つまりは地のエナジーによって大地は枯れることなく豊穣をサイクルで維持し、風のエナジーによって気持ちの良い風が吹き、水のエナジーによって水源は常に清潔に保たれ、そして火のエナジーによって生活に必要な命が支えられていた。ここ、ハイディア村は正しく錬金術の隠れ里だった。今使っている技術でさえ遺失技術の一部であり、かつての栄華の欠片ですらない。だがそれでさえここまで生活を豊かにしている。

 

 錬金術は本当に凄まじい技術だった。

 

「あぁ、まるで何も変わってないな」

 

「安心するか?」

 

「まぁ、な」

 

 貴族との会話や食事は本当に疲れた。その疲れが懐かしいハイディア村の姿を見ただけでだいぶ癒された気分だった。村の前の歓迎する大きなアーチ、そしてその奥に見える巨大な結晶化されたエナジーの塊であるエナジーロック。それはこの大地が潤沢なエナジーを保有しているという事であり、自然が生きているという証でもあった。自然の、錬金術のエナジーが集合し、そして結晶化したエナジーロックは触れるだけで疲弊したエナジストを一瞬で回復させる力を持っている。村の象徴の様なものだ。その光景を見ると頬が緩んでしまう。

 

 そんな事を考えながら歩いていると、アーチの向こう側から此方を待つ一人の姿が見えた。背を丸め、杖を片手についてひげを生やした老人は両目が閉じているように見えるが、此方をしっかりと認識して笑みを浮かべながら軽く杖を振った。それに応えるように此方からも手を振って返答を返した。そのまま焦ることなく歩いて近づき、アーチを抜けたところで待っていた老人と抱擁を交わした。

 

「爺さん! まさか待っていてくれたなんて」

 

「ほっほっほ、孫の帰郷なんじゃ、そりゃあ儂も見に来るわい。事前に連絡を入れておいてくれたおかげで大体何時頃か解っておったしのぉ。それよりも元気そうで安心したわい。シノも久しぶりじゃのぉ……年を経てますます綺麗になって。少々面倒な孫じゃが、しっかりと手綱を頼んだぞ」

 

「任せてください」

 

「おいおい、爺さんってばそんなに俺は信用がないのかよ……」

 

「ワシは未だにお前がグランドガイアで農場を吹き飛ばした事を忘れておらんからな」

 

「つ、使わないとどれだけの範囲に効果があるエナジーか解らないから……」

 

 地のエナジーの中でも最上位に属する範囲を持つガイア系のエナジー、グランドガイア。エナジストの中でも特に強かった自分はそれを覚えた頃、テンションに任せてぶっ放したという黒歴史が存在する。その結果、農場を丸々一つ吹き飛ばすという結果を生み出してしこたま怒られた話だった。言い訳させてもらうなら、この大地はエナジーが―――つまりそれはそれぞれのエレメンタルパワーと呼べるもので満ちている。特に錬金術に関連する土地であるせいか、この土地はそれが非常に強く、エナジーの後押しになっている。外の世界であればワンランク下のエナジーまでしか使えないだろうが、この土地に満ちるエレメンタルパワーの力を借りれば、ワンランク上の力を発揮できるだろう。

 

 そして発揮した結果がそれだった。非常に懐かしい思い出だった。

 

「ま、そんな事より爺さん」

 

「うむ、解っておる。細かい話は家に帰ってからにするとしようかの」

 

 外で話し続ける内容でもない。祖父―――このハイディア村の村長である彼をエスコートするようにハイディア村の奥へ、つまりは上へと向かって行く。エナジーを使って生きているという事は自然と心身共に鍛えられるという事であり、祖父である村長は見た目は老人なものの、普通に元気に足を止めずにハイディア村の階段を上り下りしている。そしてそんな村長と共にハイディア村を進んでいると、続々と村の中から懐かしい顔が見えてくる。

 

「お、アレンじゃねーか! まさかまだ生きていやがったのかお前! 後で酒場に来いよ! たくさん外の話をお前に話して貰わないと困るんだからな!」

 

「お帰りアレン、お前の家はそのまま、中は定期的に掃除してあるから好きに使えるようにしてあるぞ……ところで結婚はしたのか?」

 

「おー! アレン兄ちゃん帰ってきたのかよ! で、今回はどんな冒険をしてきたんだよ! というかついに俺もムーブのエナジーが出来るようになったんだよ! 後で見てくれよ!」

 

 ハイディア村はそう広いコミュニティではない。だから村の人たち全員が家族の様なもので、みんなが顔見知りだ。一人、また一人と村長宅へと向かう途中で顔を出しては言いたいことを言ってくる。相変わらずハイディア村は平和らしく、変化という変化がないらしい。時間がゆっくりと流れ、俗世からほぼ切り離されているこの場所は世間からは取り残されてすらいた。ただ、ここの人の良さは中々外の世界では感じられない事だった。苦笑しながら先へと進んで行く。

 

 やっぱり、故郷は良い場所だ。

 

 

 

 

 自然とシノと肩を並べるように座ると、村長が軽く微笑ましそうに笑うのがイラっと来るが、テーブルを挟んで座ったところで、漸くハイディアに帰郷した本題へと入ることが出来た。一番最初に出す話題は当然ながら、

 

「ラ・ヴァリエール公爵との契約は無事に完了した。一週間や二週間でどうにかなるわけじゃないけど、ゆっくりとラ・ヴァリエール領内でもエナジストが異端ではなく通常の扱いを受けられる様になる筈だ」

 

「うむ、此方でも手紙で確認させてもらった。良くぞ成し遂げた。三世代、四世代先の事が不安じゃったが、これでこの村の未来も明るいじゃろう」

 

「人口低下による隠れ里の過疎化問題か……どこへ行こうとも同じような問題はあるのだな」

 

 まぁな、とシノの言葉に答える。隠れ里である以上、出入りする人間は制限されているのが当然だ。しかしそうなってくると()()()()()()()()()()()()のだ。そうすると自然と血縁関係が多くなってきて、それで人口が徐々に減って行く事になる。それを解消するためには外から嫁を連れてくる必要があるが、エナジストという身分と異端認定、偏見がそれを阻害する。

 

 だが今回、領主であるラ・ヴァリエール公爵がエナジストに関しての扱いの向上を約束してくれたおかげで、それが領内で認識されるようになれば普通に外に出て嫁を作ることもできるようになるだろう。或いは里が潰れても外の世界で普通に生活する事もできる。ハイディア村の未来が繋がったという事だ。これが本題その一である。この話が終わったところで村長は愛用のパイプを取り出し、それを咥えながらそれで、と言葉を置いた。

 

「……どうじゃったか?」

 

 真剣に聞いてくる言葉に軽い頷きを返した。

 

()()()()()()()()()と断定できる。たぶんウェイアードも狙って滅ぼされたんだと思う。いくつかの遺跡を見て回ったけどありゃあ滅んで残されたような形じゃなくて、証拠を隠滅するように入念に破壊されたような形跡が見られた」

 

「そうか……」

 

 パイプを吹かしながら考え込む村長の姿を眺めて、此方も息を吐く。それにシノが疑問を浮かべた。

 

「アレン、確かお前の言葉では6000年も発展も衰退もなく文明が同じレベルで維持されているのはあり得ない、だったな」

 

 シノの言葉に頷いた。そう、それが自分が探検をしている間に一番驚き、そして困惑している事実なのだ。遺跡を探り、証拠を集め、そしてそれをまとめながら調査をしているとどうしても考えてしまう。この文明は非常に歪であるのだ、と。なのでいいか、と言葉を置く。それにシノが頷いた。

 

「文明ってのはな、発明と文化を重ねる事によって前へと進むもんなんだ。どっかの誰かが一つの動きを作って、それが浸透した。その結果それを見て覚えた人たちがそれを生活の一部とした。そしてそれをベースに構築されるライフスタイルってのがつまり文化だ。そして文化が生まれると人は知性を経て、さらなる進歩を生み出そうとする」

 

「もっと楽に、もっと自由に、であろう?」

 

 そうだ、と言葉を挟んだ。

 

「人間とは堕落する生き物だ。働かないで済むのなら働かずに済ませる。だから基本的に楽に、楽になると選択肢を選ぼうとする。そしてそのための努力を欠かさないのが人類って生き物だ。だからこそ人間は発明という形で常に生活を楽にしようとしてきた。俺たちが飯を作るのに使う竈一つだっていったい何十、何百と試行錯誤を重ねた? もっと美味しい飯を作るその為だけに数え切れないほどの失敗と、発展を繰り返してきた筈だ。そしてそうやって今、美味い飯を作れる竈が出来ている訳だ」

 

 つまり元ある姿からの発展、そして無からのアイデアの創造。これが人間に根本にある考えでありムーヴメントだと思っている。楽をするための努力。これは人間という種全体にある考えだ。

 

「で、だ。俺たちは日常的に研究し、そして新しい物を生み出す人類の姿を見ている。そうやって生活も楽になっている。トリスタ二アから来る時に乗った馬車、覚えているか?」

 

「あぁ。確かサスペンション、だったか? そんな技術のおかげでまるで揺れなかった覚えがあるな」

 

「そう、つまり既存の技術の発展が正しくなされている、という訳だ……だけどこれ、おかしいとは思わないか?」

 

 シノはその言葉に首を傾げ、村長は煙を吐き出しながらまぁ、そうじゃろうな、と呟く。

 

「シノちゃんや。その技術は数百年前には存在したんじゃよ」

 

「……ん? 前からあった技術なのか?」

 

「あぁ、あった()なんだ。だけどまるで新発見の様に今、馬車に組み込まれている……これ、すごくおかしい事だと思わないか?」

 

 その言葉にシノは頷いた。彼女もこちらの言葉を理解した様だ。

 

「それではまるで発展ではなく一度退化しているようではないか」

 

 そうなのだ。明らかにそうなのだ。だからこそハルケギニアの歴史はおかしいのだと断言しているのだ。

 

「俺は4000年前、2000年前、そして1000年前の本を調べたことがある。というかほとんど生活に関する日記で、ほとんど重要だと思われていない内容の本だ。だけどこいつを確認して読める日常生活は()()()()()()()()()()()()だったんだよ。そうだ、確認できる4000年も前からまるで文明に対する成長や発展が見れないんだ。それどころか一定のラインまで文明が成長したらストップがかかったかのように退化している」

 

「明らかに文明の成長と発展の法則に逆らっているのじゃ、これが」

 

「成程、だから今の文明はおかしいと言っているのか」

 

 確認できる4000年は確実として、政治や経済、科学や学術のレベルがまるで発展していないのが明らかに発展の理に反しているようで違和感しかない。それにそれだけの時間があれば大陸の外側へともっと人々が進出していてもいいはずだ。飛行船なんてものもあるのだから、この狭い大地を捨てて更なる発展を望むはずが、それすらない。

 

 まるで思考そのものにロックがかかったかのような違和感だった。

 

 これ以上人類が発展しないように、無意識レベルで抑え込まれている様な、そんな違和感だった。そしてこの文明成長の唯一の例外というのが歴史に存在する。それが、

 

「ウェイアード文明、という事か……」

 

「我々の起源となる文明ウェイアードは錬金術という今までにはなかった技術を使って一気に文明レベルを引き上げた。自然への理解。法則への理解。技術の発展。様々な恩恵によって人類に黄金期をもたらした。だがそれもたった数百年。たった数百年でウェイアードは滅んでしまったんじゃよ……まるで狙って滅ぼしたかのように」

 

「ウェイアードが滅んだ時期、ウェイアード以外に滅んだ文明が存在しないってのが臭すぎるんだよなぁ……」

 

 ふぅ、と一息を付きながら椅子の背もたれに寄り掛かった。ウェイアード関連の遺跡や探検を駆け巡るのは自分とこの祖父の中にある、文明や現在のハルケギニアに対する違和感を解消する為のものでもあった。何故ハルケギニアはこの6000年間まるで成長していないのだ? 何故大きな発展を行わずに唐突な衰退が発生するのだろうか? 何故頑なにエルフという別種族とにらみ合いを続けている?

 

 ハルケギニアの謎は深い。既にこの謎に挑戦しだしてから10年が経過している。ガリアでヘルメスの水を追いかけている時だって遺跡の調査で忘れる事はなかった。だが残された情報は多くはなく、伝手もある訳ではない。一度、許可をもらってトリスタ二アにある王立図書館を確かめた事がある。だが錬金術はタブーとされており、関連する書物は全て昔に念入りに燃やされて処分されていたらしい。

 

「まぁ、今回の報酬にトリステイン魔法学院にあるフェニアのライブラリにアクセスする権利を一筆してもらったからな。運営の為に寄付している公爵からの一筆ともなれば学院側でも到底無視はできないだろうし、フェニアの方はまだ錬金術関連の書物も残っていると聞く」

 

「探るんじゃな?」

 

「まぁ、程々にな。正直な話、この内容に関しては底知れないものを感じるからな。泥沼にはまらない程度に探って、それが終わったら秘宝の一つ、テレポートのラピスを探しつつロバ・アル・カリイエへと向かうよ。あっちはまだ探検したことがないからなぁ……」

 

「そうか、そうか……東に行くのか……また何年もあえなくなると思うと寂しいのぉ……」

 

「まぁ、ラピスを見つければ解決する問題だけどまるで見つからんしなぁ……」

 

 エナジー、とは時に訓練して体得するものではなく一部の宝石や道具に年月を重ねる事で宿り、それを装着する事によって新たなエナジーを使う事が可能となる。これはエレメンタルパワーが媒体に対して力を与える為に発生する現象なのだが―――その中でもラピスという石は非常に貴重で、テレポートというエナジーを発現させる。これは大陸の反対側であろうが、使用者を一瞬で転移して運ぶことが出来るという恐ろしいエナジーになる。

 

 故にテレポートを習得させるラピスであるテレポートのラピスは秘宝とさえ呼ばれている。必死にガリアの中を探してなかったという事はおそらくガリアにはないのだろう。そうなると宝石の産出量的に考えてゲルマニアが濃厚だろうか? まぁ、トレジャーハンターとして、探検家として、狙っている獲物の一つだ。

 

 それ以外にも秘宝は存在する。

 

 錬金術の叡智、その結晶とも呼ばれるスター。触れたものに全知と不死を与える黄金。海を進み、空を飛び、そしてあらゆる環境でも問題なく航行できる船。

 

 伝説の金属オリハルコンは回収して剣に加工して貰ったり、なんか暗黒っぽい物質で武器を作ってもらったりしているから、もっぱら、狙っているものは実用品ばかりである。なにせ、錬金術によって生み出された道具には経年劣化とかいう概念が全く通じないのだから。

 

「ふぅ、それにしても実家は落ち着くな」

 

「やはり故郷は忘れられないか」

 

「まぁな」

 

「ほっほっほっほ、ここに骨を埋めても良いんじゃぞ?」

 

「やめてくれよ、確かに故郷は恋しいけど俺が定住するような人間じゃないってことは爺さんが一番知っているだろう?」

 

「まぁ、それもそうじゃのう。お前と来たら昔から飛び出しては冒険家の話を聞いて外の世界を知りたがっておったからのぉ……まぁ、何時かは確実に飛び出してゆくとは思ってたわい。だがここまでやってくれるとはな」

 

「ま、才能があったのだろう、こいつには」

 

「単純にこの生活が合っているって話だろ」

 

 自分は鳥の様なものだと思っている。一か所でとどまる事の出来る性質の人間ではない。旅をして、いろんなものに触れて、そして未知を知りたい。そういう人間だ。だから一か所にとどまるという事が出来るとは思えない人間なのだ。だけどまぁ、フェニアのライブラリへのアクセス権をもらったし、一年ぐらいはトリステインでゆっくりするか、というのがこれからの計画だった。

 

 

 

 

「自分の家も久しぶりだな。お、マジで掃除してある」

 

「変わらんな、お前の家も」

 

 村長宅、つまりは元実家で話を終えてから合鍵を使って家に帰ってきた。二階建ての家はかつて、父と母と三人で使っていたものだが、今では自分一人が使うものとなっていた。あとで裏の墓で報告しなきゃいけないなぁ、と思いつつ家の中を見渡せば、綺麗に保たれているのが解る。俺がいない間も定期的に掃除してくれていたらしいし、感謝の言葉しかない。そんなことを考えながら壁の方へと視線を向けた。

 

 そこには昔の冒険で入手する事に成功した数本の剣が飾られている。長旅から帰ってきたのが解っているのか、歓喜か、或いは自己主張でエナジーを鞘の中から溢れさせているのを感じられる。落ち着け落ち着け、と片手を振る。

 

「お前ら余計な欲を見せるようだったらインゴットに逆戻りだからな?」

 

 その言葉を聞いた二本の剣が揺れを抑え、三本目がほれみろ、と薄く光っている。魔剣や聖剣の類は強力な能力を秘めているが、存在自体がジンに近いから自己主張激しいんだよなぁ、と溜息を吐く。武器に宿る奥義とも呼べる必殺技、通常であれば使い込んで使えるようなものだが、魔剣クラスともなると鞘から抜かなくても勝手に発動するもんだから困る。まぁ、それとは別に強力すぎるから持ち歩けないという理由もあるのだが。

 

「ふむ……棚の中には新しい茶葉が入っているな。どうやら取り替えてくれたらしい」

 

「マジか。本格的にあとで感謝しに行くか」

 

 流石にもうハイディア村へと戻ってこない可能性も高いし、しばらくは魔法学院で調べ物をする手前、貴重品を家に置いておくのも流石にもったいないだろう―――集めて来た道具のほとんどが実用に耐える錬金術由来の品だし。一度に持てる数には限りがあるのは事実だが、それにしたって持っていかないのはもったいない。

 

「まぁ、今度の冒険にはお前らも連れて行くから―――暴れるな、暴れるなよ」

 

 今更ながらコレクションの剣を持ち歩く事に不安を覚えて来た。鞘から引き抜くと美しい刀身を見せたり、どこからどう見ても呪われていたり、隕石を落としたりで持ち歩く事には躊躇していたのだが、ロバ・アル・カリイエへと向かう予定がある以上、エルフの領域を超えないといけない。

 

 エルフに対してはコネを一応一つは持っているのだが、それでどうにかなるわけでもない。場合によっては正面衝突する可能性もある。その時はやはり抜くんだろうなぁ、これ、と壁にかかっている剣を見ながら呟いた。なるべくなら一生封印しておきたい代物だった。

 

 ……まぁ、偶には使ってやらないと拗ねるからしょうがない、と言い訳しておく。

 

 それはジンの方にも通じる言葉だが、連中に関しては常に冒険に引き連れているから、不満のコールを体内から向けてくることがないのが安心できる要素か。

 

「アレン、茶が入ったぞ」

 

「ん? あぁ、今行く。とりあえずしばらくは骨休みをするか」

 

 シノに促されるようにテーブルへとつきながら、久方ぶりの帰郷を楽しむ事とする。

 




 風のエナジーにはリードとかいう他人の心を読める超高性能エナジーがあってじゃな……まぁ、その代わり戦闘系列はサポ周りばかりなんじゃが。てんぞーは風のエナジストを賢者で固定してたなぁ、クラス……。

 殺意高い必殺武器3人衆
 毎回奥義ブッパエクスカリバー。
 うるせぇ、死ね! ダークサイドソード。
 召喚じゃなくても隕石は落とせるソルブレード。

 エクスカリバーとダークサイドソードはそろえるのに何百回もゲームリセットしながら鍛冶頼んだなぁ、という思いで。セレスレジェンドだけはほんと威力の次元違う。


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