中尉のダンジョン攻略! (中尉好き)
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プロローグ

アニメ放送楽しみですね。


 少年はその路地に一人で座っていた。顔は殴られたからか裂傷が一部あり、口からは血液が垂れ、少年の服――と呼んでいいのかわからない体に巻いた布を濡らしていた。形だけなら確かに少年は座っているように見える。しかし、こうしてみると死にかけているようにも見える様相であった。

 今の少年の心中を渦巻くのは、果てしない虚脱感であった。

 少年は気が付いたら一人で生きていた。親はおらず、仲間もおらず、一人で食べ物を奪い、目障りに感じた者と喧嘩に明け暮れていた日々だった。

 そんな暮らしをしていたからなのかそうでないのか、少年にはわからなかったが、何かが足りない感覚が少年にはついて回った。

 実際何が足りないのか少年にはわからなかった。それが少年にとっては一番目障りで、それを忘れようと荒れるたび、少年の暮らしは日に日に悪くなっていった。

 そんな中で生まれたのが今の状況だ。

 今日も普段通りに喧嘩を売った。いけ好かないへらへらとした顔。ここらの住民をあからさまに見下したその視線。いつもと同じ目障りな感じだ。

 そう思って喧嘩を売ったのだ。

 しかし、相手が悪かった。

 この街には信じられないことに《神》という存在が暇つぶしに降臨している。そしてこの暇つぶしに降りてきたらしいこの神々が人に力を与え、ダンジョンを攻略させているのが今現在のこの街の特殊なとこなのだ。そしてこの力を与えられた者は、その後、その姿からは想像できないほどの能力を得るのだ。少年が喧嘩を売ったのは正にこの力を得た側の者だった。

 少年は確かにそこいらの人間よりもはるかに強い。喧嘩慣れした体は大抵の攻撃には反応できたし、攻め方も数をこなした経験から多くのバリエーションを誇る。少年はまだ子どもだったが、普通の人間なら大人にすら勝利することができただろう。実際、これまで何度も勝っていたのだ。

 だが、この力を得た者、『冒険者』と呼ばれる人物は、その常識の範疇には収まっていなかった。

 速さが違う。膂力が違う。耐久力も違った。

 何一つ勝てない。それどころか、追いすがれもしない。

 正に桁違いの実力だったのだ。

 少年はそれはもうボコボコにされた。殴られ蹴られ殴られ蹴られ、時には投げ飛ばされ。少年はプライドが高いという性格もしていた故に、かなりの回数甚振られてもそのたびに向かっていくことをやめなかった。

 そして冒頭の現在へと至る。

 何度も殴られた身体はボロボロで服は服と判別できないほど傷んでいる。死にかけという表現はなんら間違ってはいない状態だ。

 死ぬのか、と少年は考えた。少年としては生きようが死のうが今は特にこだわりはないが、この死に方ダサいなと思う。これじゃそこいらのつまらねぇ連中より無様じゃねぇかと。

 少年は空虚な心の中に微かに夢を持っていた。それは、少年の夢にたびたび出てくる男に出会うことだ。その男は自分じゃ絶対に勝てないと思わされるような覇気を常に放っており、この人になら一生ついていけると思わされるような人物であった。しかし、面識のある男ではない。顔も夢でしか見たこともなければ、名前に至っては全く分からなかった。それでも、これだけ印象に残る夢もそうない。きっとあの人は俺をどこかで待っているんだと、勝手にそう決めつけていた。そんなとても小さい夢だ。叶うことなら会ってみたかったが、もう無理か、と少年は諦めていた。

 これまで持っていた意識が段々と薄れていく。今の今までしっかしと持ち上げられていた瞼も今では鉛のように重たい。これは本格的にだめか、と少年は悟った。これは死が自分まで辿り着いてしまったんだと理解した。こうなればもう、どうしようもないだろう。せめて死んだのならば、あの人のもとにでも行こうと少年は薄れる意識の中で考える。

 そこで少年の意識は完全になくなった―――と思われたその時、少年に何かしらの液体がかけられた。

 

「ッ⁉」

 

 途端少年は驚いて飛び上がった(・・・・・・)。液体を掛けられたことよりもそのことにまず少年は驚愕する。自分の体のことは自分が一番よくわかる。これまでいろいろと経験してきたおかげでどんな状態なのかも感じ取ることができていたのだ。それによると先ほどまでの自分は間違いなく満身創痍だったはずだ。それが今は全快状態である。少年は直接体に触って確認してみるが間違いなく回復している。

 そこまでしてようやくこの現象を起こしたであろう液体をかけた人物を見るために振り返った。そこにいたのは―――女神だった。いや女神のように美しい女性だった。少年は警戒し、姿勢を低くしながら注意深くその人物を眺める。そして問いかける。

 

「誰だ、お前は」

「―――私はイシュタル。女神イシュタルである。小僧、お前は見所がある。私のファミリア(うち)に来い」

 

 それが少年とイシュタルとの出会いであった。

 少年はこの日、イシュタル・ファミリアの一員となった。何がイシュタルを動かしたのかは分からない。しかし、少年は死ななかった。まだ夢を諦めないでいられる。ならその恩ぐらい返してやろうと思った。

 

「小僧、お前の名は?」

「…ヴィルヘルムだ」

 

 少年―――ヴィルヘルムの物語の幕が、上がった瞬間だった。

 



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冒険者登録

早めにできたので投稿しました。
普段は1週間に500文字程度しか書けないのでもっと遅いです。
中尉感難しい…


ヴィルヘルム

Lv.1

力:I 0

耐久:I 0

敏捷:I 0

器用:I 0

魔力:I 0

《魔法》

■■■■(クリフォト・バチカル)

詠唱式[■■(イェツラー)]

 ・基本アビリティに上昇補正。

 ・攻撃した対象からあらゆるエネルギー、基本アビリティを吸収する。

 ・一度の精神力消費で発動を停止するまで効果永続。

■■■■■■■(ローゼンカヴァリエ・シュヴァルツヴァルト)

詠唱式[■■■■■(かつて何処かで )■■■■■■( そしてこれほど幸福)■■■■■■■■(だったことがあるだろうか)

    ■■■■■(あなたは素晴らしい)■■■■■( 掛け値なしに素晴らしい)■■■■■( しかしそれは誰も知らず)■■■■■■■( また誰も気付かない )

   ■■(幼い私は)■■■■■■■■( まだあなたを知らなかった)

    ■■■■■■■■■(いったい私は誰なのだろう)■■■■■(いったいどうして)■■■■■■(私はあなたの許に来たのだろう )

    ■■■(もし私が騎士に)■■■■■■(あるまじき者ならば、)■■■■■■■(このまま死んでしまいたい )

   ■■■■■(何よりも幸福なこの瞬間)■■■■■(――私は死しても決して)■■■■■(忘れはしないだろうから )

    ■■■(ゆえに恋人よ )■■(枯れ落ちろ )

   ■■■(死骸を晒せ)]

 ・ 自身を展開し周囲からあらゆるエネルギーを吸収、自身の基本アビリティを強化する。

 ・ 渇望の丈により効果上昇。

 ・【■■■■(クリフォト・バチカル)】の使用中のみ使用可能。

《スキル》

■■■■(クリフォト・バチカル)

・ 基本アビリティ上方補正。

・ 攻撃時、攻撃対象から微量に基本アビリティ、体内エネルギーを吸収する。

・ 特殊状況下により効果上昇。

 

 イシュタルはヴィルヘルムのステータスを見て驚愕し、興奮した。

 

(すごいじゃない‼)

 

 基本アビリティはおなじみのオール0。しかし目を見張るべきはスキルの欄と魔法の欄に既に記載があったことだ。魔法の欄には二つ、スキルの欄は一つ。これはなかなかレアなことなのだ。

 基本的は冒険者となったばかりのもののステータスは真っ白なものになる。基本アビリティは0で、スキル魔法もなし。中には既に発現するものもいるにはいるが人間には滅多なことではありえない。あるのはもともとの種族としての能力のようなものばかりだ。ヒューマンは基本、これから冒険することによって初めて獲得できるものなのだ。

 しかし、ヴィルヘルムは最初から獲得している。これは才能がある方として問題ないレベルだ。

 

(読めない文字があるのは少し疑問だけれど、それぐらいなら大丈夫でしょ)

「おい、俺にも見せろよ」

「…はいはい、ちょっと待ちなさいよ」

 

 イシュタルはヴィルヘルムにも見えるように書いて渡した。

 

「なるほど大体は事前に聞いてた通りだが、魔法やらスキルやらは最初は基本ねぇんじゃなかったのか?」

「あなたに才能があったってだけよ。よかったじゃない」

「…そうかよ。ただこの力とかが0ってのはどうにも気に入らねぇな」

 

 ヴィルヘルムはまずスキルの欄に注目し、そこに書かれている内容を確認した。イシュタルには読むことはできなかったようだが、ヴィルヘルムは効果ともどもしっかりとそのスキルと魔法を認識できていた。【クリフォト・バチカル】。全く聞いたことのない単語ではあったが、この名前を聞くとなぜか安心できたような気がした。不思議な感じではあったが、ヴィルヘルムはこの感覚が嫌いではないと思った。そして魔法。大層な詠唱が付いているこの魔法はヴィルヘルムになんの感情も齎すことがなかった。まるで、今はその時じゃない(・・・・・・・・・)と自分自身が既に理解しているように。

 そして、次にステータスの一部を見ながら不満を漏らした。

 

「そこは最初はみんなそうなるって言ったじゃない。これから上げていけばいいのよ」

「ふん」

 

 ヴィルヘルムはイシュタルの励ましに、不満げに鼻を鳴らした。そして次には自身のステータスが書かれている紙をおもむろに投げ捨てた。そうしてそのままイシュタルの部屋から出ていこうとする。

 

「ちょっと、ステータスが書いてあるんだから乱暴に扱わないで。外に出ていったら大変じゃない」

「はっ、そんな弱っちいステータスなんざ誰が見たがるかよ」

「バカ言わないで。スキルはレアだって言ったでしょう?ほかの神に見つかると面倒だから気をつけなさい。他の眷属たちにも決して見せないで」

「…あーはいはい、わかりましたよっと」

 

 適当に話を流しながら歩を進め、丁度最後の言葉で部屋から出る。ステータスが気に入らないと言っていたことから、きっとこれからダンジョンにでも早速向かったのだろう。

 いい拾い者であったと思いながらも微妙に扱いにくいヴィルヘルムにイシュタルはそっとため息を漏らした。

 

 

 イシュタルの部屋を出たヴィルヘルムはその後イシュタルファミリアの(ホーム)、いや、土地(ホーム)から家族(けんぞくたち)と出会わず抜け出すことに成功していた。ヴィルヘルムは彼女たちのことをあまり好いてはいなかったから、この結果は彼にとってみればなかなか良かった。好きじゃない理由はいろいろあるが、主なものは年中発情していることだろう。強い者に惹かれるのは別に何とも思わないが、そこですぐ性交に走るのはいただけなかった。見ず知らずの奴がやる分にはこれも構わないが、身内がやっていると知ると萎える。そんなところだ。

 (ホーム)から出たヴィルヘルムはとりあえず言われた通り、ギルド本部へと向かっていた。

 イシュタルによれば、神から恩恵を与えられただけでは好きにダンジョンには潜れないらしいのだ。ギルドに行き、どこの所属か、出自はどこか、名前は、今まで何してきたの?ということにこたえることで冒険者登録をし、ギルドの職員に担当としてアドバイスをもらったり、ダンジョン内の詳細な情報を聞いてやっと潜れるようになる、とのことだ。恩恵()はもらったし早くダンジョンに行ってモンスターぶっ殺して強くなろう、と考えていたヴィルヘルムはこれを聞いてひどくうんざりした。だが決まりなので、大人しく守りさっさと潜ろうとヴィルヘルムはその話を聞いてすぐに気を切り替えた。

 言われたギルド本部のある地点に近づくにつれて塔が徐々に大きく見えだすことから、ヴィルヘルムはギルドがあのでかい塔の真下にあるということをしっかりと認識した。一応最初に聞いていたことであるのだが、聞いただけなのと実際見るのとでは印象が違うものだ。塔も遠くから見るときは特に何も思わなかったが、近くで見るとその大きさについ感心してしまう。

 あの上に神が住んでいるというのも最初はおかしな奴らだ、と思っていたが確かにこの光景を見てみた後だと、それも悪くないと考えてしまう。

 

「―――」

 

 感心しながらもしっかりと歩き続けていたヴィルヘルムの足が止まった。そして彼はふと塔を、塔の最上階へと目を向ける。

 何かに見られた。何に、というのが全く分からなかったが、ヴィルヘルムの鋭利な本能は何かからの視線を確実に感じ取っていた。しかも、その視線の元はきっとこの塔の最上階あたりだ。

 

「…ちっ」

 

 イシュタルによればこの塔に住んでいるのは商店が設置されている低層以外、神たちだけらしい。そこから視線を感じたということはそういうことなのだろう。イシュタルは魔法やらスキルやらがバレるのはまずいとも言っていた。さすがにバレていて見られたということはないだろうが、警戒しておこうとヴィルヘルムは塔へ注意深く視線を送り続けた。

 

 

 到着したギルド本部は、思った通りの賑わいぶりだった。どこを見渡しても冒険者だらけ。複数人で訪れれば迷子になってしまいそうな、そのぐらいの賑わいだった。

 目的のギルドカウンターを見てみるとやはり大きな人だかり。これは時間がかかるなと思いながらも、ヴィルヘルムは列に大人しく並んだ。

 列はしばらくの間一向に進まなかったが、辛抱してかなりの時間を待つと、やっと受付嬢が見え始めてくる。かなりの人数の冒険者を捌いてきたはずだが、その顔に疲れは見えない。大した根性だとヴィルヘルムは彼女たちに少しだけ尊敬を向けた。

 前の冒険者の番がやっと終わり、ヴィルヘルムの順番がやって来た。受付嬢は狼人(ウェアウルフ)と呼ばれる人種の女性だった。青っぽい白髪を長く伸ばした姿は美しく、顔もかなり整ってた。先ほどから見ていて気付いたが、他の受付嬢の誰もがこのレベルで美しい者たちばかりだ。やはり人が集まるところの受付という仕事柄、こういうとこにも気を配らなければならないということだろう。

 

「いらっしゃいませ、冒険者様。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 おそらくは訪ねてきたもの来たものすべてにこう返しているだろう、定型文のようなしっかりとした言葉と表情で受付嬢が話しかけてきてくれる。美しい顔に美しい笑顔が携えられているこの光景に多くの男性が勘違いしていることだろう。

 

「いや、俺はまだ冒険者じゃねぇ。冒険者登録をしに来たとこだ」

「了解しました。冒険者登録ですね。手続きを行いますのでこちらに来てください」

 

 少し移動した場所で紙とペンを渡される。

 

「悪ぃが俺は字が書けねぇんだが」

「かしこまりました。では、こちらで書きますので、こちらの言うことに答えてください」

 

 字が書けないということは珍しいことではないのだろう、受付嬢はすぐさま対応に移った。

 そこから名前、所属ファミリアなどが聞かれ、答えると受付嬢が用紙に記入していく。ステータスを聞かれた際、答えるのに一瞬迷うが、必要なことだとわかるとしっかりと伝えた。オールゼロのステータスを伝えるのは少しプライドにストレスをかけたが、何とか持ちこたえる。

 

「はい、ではこれで冒険者登録をするので少しお待ちください」

 

 すべての要項を書き終え、受付嬢はギルド本部の奥の方へ一旦下がっていく。ここで少し暇になったことで、ヴィルヘルムはもう一度ギルド内部を見渡した。活気のあるここでは多くの人が自身に満ちた表情をしており、深刻そうな顔をしているものは少ない。生きるか死ぬかもわからないところへ毎日のように向かうというのに、そんな表情ができている者たちがたくさんいることに、ヴィルヘルムは自然と、気分が高揚したのを感じた。

 

「おまたせしました。冒険者登録終了です」

 

 受付嬢が戻ってきてそう言った。

 ヴィルヘルムはこれでやっとダンジョンに行けると思った。思えばここまでの道のりも長く面倒なものだった。ヴィルヘルムはもともと辛抱することが得意ではなく、ここまで回りくどいことをしているうちにストレスが溜まっていた。早くモンスターどもをぶっ殺しに行こう。そう思って席を立とうとする。そこへまだ話は終わってないとばかりに受付嬢が言葉を発する。

 

「ヴィルヘルム様は今回が初の冒険者登録のようですね。ですのでこれからダンジョンについての講習を行いますので、これからまたお時間をいただきます」

「あ?」

 

 ヴィルヘルムは半分腰を浮かしかけた状態で動きを止める。今こいつは講習といったか?講習ということは勉強をするということ。勉強。座学。ダンジョンには潜れない。ここまで考えてヴィルヘルムは表情を大きく歪ませた。

 

「いやそんな面倒なことしなくて…」

「講習を受けられないようでしたら、ダンジョンへの侵入は認められませんね」

「―――」

 

 ヴィルヘルムの発言を遮るように発せれた言葉は、ヴィルヘルムの心に大きく突き刺さる。先ほど言ったように、ヴィルヘルムはあまり気が長いほうではない。ここでヴィルヘルムはいったん心を無にすることに決めたのだった。

 

「あっ、申し遅れました。私はミルフと申します。これからヴィルヘルム様の担当をさせていただきますので、よろしくお願いします」

 

 受付嬢、ミルフは笑顔でそう告げた。



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初成果

アニメ化前にやり直そうとiOS版のコンプリート版を購入しましたがあれってルート選択したらどうなるんでしょう?選択肢の意味がなくなるのかな?これから早くやりたいです。
とりあえずシュピーネさんの形成を聞けて、モチベーションが上がったので投稿します。
次話は遅れると思います。


 初の講習はかなり長い時間行われた。ダンジョンとはどういったものか、という話から始まりレベルが1ということで第5層までの説明、そこに発生するモンスターの詳細、魔石やドロップアイテムについての情報や換金の仕方など説明するべきことが多かった故の長時間の講習だった。

 講習の間ヴィルヘルムは半ば放心状態だったが、一度聞けば大体覚え、難しい話も感覚で理解できていたのでこれでも講習はかなり短くなった方だ。もし、ヴィルヘルムがこれらのことを理解したり、記憶したりするのに時間がかかっていれば、この日はもうダンジョンに向かえていなかっただろう。

 

「危ないと思ったらすぐに引き返すんですよ?」

 

 ミルフは最後にそう言ってヴィルヘルムを解放した。

 

「ああクソ。時間かけやがって」

 

 不満を漏らしながらヴィルヘルムはダンジョンへと足を延ばした。

 

 

 到着したダンジョンは思ったよりはきれいな場所だった。流れる風は雰囲気こそ暗いものの、通路のそこらに死骸が転がっているわけでもなく、血の匂いもほとんどしない。予想では、もっと生臭く、それこそ死骸だらけの腐臭まみれ。それでいて血の匂いがひっきりなしな場所だった。この予想が外れてくれたことは活動のしやすさにおいて、うれしい誤算だった。

 思ったより綺麗といっても、ここは既にモンスターたちの巣だ。ヴィルヘルムは一切気を緩めることなく、ダンジョンの中を進んでいった。

 しばらくダンジョンを進むと道端に人が装備するような道具が落ちていた。道具には血痕があり、きっとこれを装備していたものはダンジョンに敗れ、この世を去ってしまったのだろう。

 常人がみればダンジョンの孕む恐ろしさに顔を引きつらせ、警戒心を上げてしまうだろう場面。しかし、ヴィルヘルムは口を歪め笑っていた。

 

「なんだ期待させるじゃねぇか」

 

 装備は所謂名品と呼ばれるようなものではないが、それでも堅実な仕事が窺えるしっかりとした造りのものだ。こういう代物を扱う人物は大抵の場合、そこそこできる奴だとヴィルヘルムは知っている。そんな輩でも、こんな入りかけのとこであろうと気を抜けば死んでしまうというこの環境に、本来のヴィルヘルムの闘争心が刺激された。

 

「お?」

 

 さらにもうしばらくダンジョンを進む中、ヴィルヘルムは何か生物の動くのを感じた。大きなものではないし、複数の気配でもない。ちょっと物足りないなと感じながらも、初の獲物に笑みを浮かべながら、ヴィルヘルムは気配のもとへと移動した。

 

 

 移動した先にいたのは一般にゴブリンと呼ばれるものだった。醜悪な顔に小さな体躯。その手にはその小さな身相応の小ぶりな棍棒を携えている。このダンジョン内で最弱とされているそのモンスターはヴィルヘルムが近くに来たということすら知覚できず、ゆっくりとダンジョン内を歩いていた。

 その光景を見てヴィルヘルムは一人小さくため息を吐く。初めてのモンスターとの邂逅はヴィルヘルムにとっては不作に終わったからだ。冒険者になりたての人物でもゴブリンは大した敵ではない。数がいれば脅威足りえる彼らだが、一体しかいないのでは話にならない。一般人にとっては脅威になる膂力も、冒険者では容易くいなせるレベルのものでしかない。危険な戦闘というのを期待していたヴィルヘルムはそれ故にいかにもがっかりしたという態度だった。

 ヴィルヘルムは警戒をゴブリンからその周りへと移し、悠然とした足取りでゴブリンの前へとその姿をさらけ出した。

 それを見たゴブリンはすぐさま戦闘態勢に移行する。突如敵が現れた側であるゴブリンからすればそれは当然の態度であった。しかし、ヴィルヘルムはその態度には少し感心する。

 

「へぇ、いいな。面倒なく戦闘に移れるってのはいい。だが―――」

 

 突然の襲来に驚くことなく戦闘を準備を済ませたことには良い評価をするヴィルヘルム。しかし、それだけだ。

 

「―――その程度じゃ俺のは止めれねぇぞ?」

 

 一瞬のうちに腰を深く落とし、突撃するヴィルヘルム。ゴブリンはそれに驚きながらも迎撃しようと棍棒を振り下ろす。しかし、ただ振り下ろされただけの棍棒では当然ヴィルヘルムを捉えることはできない。無情にも振り下ろされた棍棒は空を切り、ゴブリンはヴィルヘルムを前にその顔をそのままにさらしてしまった。

 焦って棍棒を戻そうとするゴブリン。しかし、既に突撃からゴブリンのすぐそばまで来ているヴィルヘルムにとってそれはひどく緩慢な動きだった。

 

「遅ぇよ」

 

 突き出されたのは拳。未だステータスで強化されていないはずのその拳は、それでもかなりの威力を持っていた。鋭く、速さを携えたその拳にゴブリンは反応できない。無情にもその拳は無防備なゴブリンの顔に突き刺さった。

 拳をまともに食らったゴブリンは、そのままダンジョンの壁まで吹っ飛び沈黙する。その顔は拳の大きさ分陥没しており、それが致命傷でゴブリンの命を奪い去られた。

 

「弱すぎるな」

 

 ヴィルヘルムは当然不満を漏らす。

 

「つってもまだ導入部分だしよ、期待を捨てるのはもったいねぇ。…ハハハ、そうか下まで来いってことか。いいぜ誘ってやがるなら行ってやるよ」

 

 既にこの辺の階層には興味を失ったヴィルヘルムは、もっと深く潜るために足を動かした。

 ヴィルヘルムが次にファミリアの(ホーム)に帰ったのは、それから五日が経過した頃だった。

 

 

ヴィルヘルム

Lv.1

力:I 0→F 317

耐久:I 0→G 201

敏捷:I 0→F 339

器用:I 0→F 350

魔力:I 0→H 105

《魔法》

■■■■(クリフォト・バチカル)

詠唱式[■■(イェツラー)]

 ・基本アビリティに上昇補正。

 ・攻撃した対象からあらゆるエネルギー、基本アビリティを吸収する。

 ・一度の精神力消費で発動を停止するまで効果永続。

■■■■■■■(ローゼンカヴァリエ・シュヴァルツヴァルト)

詠唱式[■■■■■(かつて何処かで )■■■■■■( そしてこれほど幸福)■■■■■■■■(だったことがあるだろうか)

    ■■■■■(あなたは素晴らしい)■■■■■( 掛け値なしに素晴らしい)■■■■■( しかしそれは誰も知らず)■■■■■■■( また誰も気付かない )

   ■■(幼い私は)■■■■■■■■( まだあなたを知らなかった)

    ■■■■■■■■■(いったい私は誰なのだろう)■■■■■(いったいどうして)■■■■■■(私はあなたの許に来たのだろう )

    ■■■(もし私が騎士に)■■■■■■(あるまじき者ならば、)■■■■■■■(このまま死んでしまいたい )

   ■■■■■(何よりも幸福なこの瞬間)■■■■■(――私は死しても決して)■■■■■(忘れはしないだろうから )

    ■■■(ゆえに恋人よ )■■(枯れ落ちろ )

   ■■■(死骸を晒せ)]

 ・ 自身を展開し周囲からあらゆるエネルギーを吸収、自身の基本アビリティを強化する。

 ・ 渇望の丈により効果上昇。

 ・【■■■■(クリフォト・バチカル)】の使用中のみ使用可能。

《スキル》

■■■■(クリフォト・バチカル)

・ 基本アビリティ上方補正。

・ 攻撃時、攻撃対象から微量に基本アビリティ、体内エネルギーを吸収する。

・ 特殊状況下により効果上昇。

 

 

「上昇値トータル1300⁉」

 

 イシュタルはそのありえない数値に、最初からスキルと魔法があったこと以上に驚愕した。確かに冒険者になりたての頃、ステータスは上がりやすい傾向にある。しかし、これほどの上昇値は、今までたくさんの子の話を聞いた中にはないものだった。

 しかも、これだけの成長に必要とした期間はたったの五日だ。

 

「…あなた、一体何してきたの?」

 

 イシュタルはたまらず聞いてしまう。いったいこれだけのことをやってのけれたのはなぜなのかと。

 

「あん?そんなこと俺が知るかよ。俺はただ殴って嬲ってぶっ殺しただけだ」

 

 ヴィルヘルムは簡潔にそう答えた。実際、ヴィルヘルムがやったことは彼が言ったこと、それだけだ。

 

(つまり、やっぱスキルの力ってことね…。)

 

 ヴィルヘルムが本当のことを言っているとわかるイシュタルは、スキルが関係しているとあたりをつけた。

 イシュタルにはスキルの名称が何なのか、ついでに言えば魔法の名称と詠唱式すら読むことができなかった。しかし、その効果だけは読むことができていた。『基本アビリティの吸収』。それこそがこのアホみたいな上昇値の、からくりの正体だろう。

 基本アビリティとは本来、他者から譲渡することなどできない。基本アビリティとはそのものの実力、言わば身体能力だ。人から人へ身体能力は渡せるか?否だ。吸収(ドレイン)というものがあるが、それは体力(ヒットポイント)精神力(マインド)などのエネルギーの強奪までだ。基本的に不変、もしくは上昇しか起こらない基本アビリティの強奪など聞いたことがない。

 

(だとしたら、何という強力なスキル‼)

 

 イシュタルはこのスキルの強力な特性に早くも気が付いた。恩恵の渡した時はスキルと魔法が最初からあることばかりに目を取られ、その内容にまでは意識を向けていなかったが、その効果を直に確認したことでこの能力の強さにまたもや驚愕する。

 そして、イシュタルは考えをさらに巡らせる。

 今回ヴィルヘルムは、ダンジョンにてこの能力を無意識の内に使っていたのだろう。スキルなのだからそれは当然だ。そして相手はモンスター。彼らモンスターからは基本アビリティを吸収することができるということは今回で分かったのだ。ならば人からは、同じ冒険者から(・・・・・・・)はどうだろう?

 スキルの内容には、吸収の対象は攻撃対象となっている。ということは冒険者からでも吸収は可能ではないだろうか。そしてそれができるのなら、ほかの冒険者を弱体化(・・・・・・・・・・)させることができるのではないだろうか。

 基本アビリティを吸収(・・)するのだ。つまり、基本アビリティを奪うということ。奪われたのなら、その分弱くなるのは当然の理だといえる。

 

(つまり、あのフレイヤの奴に一泡吹かせてやれるかもってことか⁉)

 

 イシュタルの顔に悪い笑みが浮かぶ。憎きフレイヤにやっと一矢報えるチャンスかもしれないのだ。これは仕方のないことなのかもしれない。

 

「…おい悪いこと考えるのは別に止めやしねぇが、てめぇが見終わったんならさっさと俺にも見せやがれ」

「あらやだ、…はいどうぞ」

 

 ヴィルヘルムは自分の今のステータスを確認した。

 

「ちっとはましになったが、まだまだだな」

 

 未だ納得するには至らないヴィルヘルム。イシュタルからはこれだけでもすごいと言われたが、数値を見る限りではまだ低いと言わざるを得ない。それにステータスが低いのも勿論気に障るが、そこが上がってくれば、次はレベルの欄が気になってくる。レベル1というのは最低のレベル。つまりそこらの有象無象と変わらない弱者ということだ。それがヴィルヘルムは気に入らなかった。

 

「おいイシュタル。俺はまた潜ってくるが、問題ねぇよなぁ」

「…ええ、ええ問題ないわ。あなたはもっと強くならないと、ね?」

 

 ニコニコと笑顔でヴィルヘルムを見やるイシュタル。その目に邪な感情が含まれていることを理解してヴィルヘルムは気分を悪くしたが、ダンジョンへの許可は取った。多少の不快さはダンジョンで晴らせばいいと、ヴィルヘルムは足早にダンジョンへと向かった。

 

 

 イシュタルの部屋を出たヴィルヘルム。とりあえずダンジョンへと向かうことは確定しているが、まずは腹ごしらえだと、どこかで食える場所はないかと動き出した。五日間飲まず食わずで戦い続けられたのはスキルのおかげで養分すら吸収できていたからだ。しかし、腹に何か入れておきたいという気持ちが強くなりつつあるのをヴィルヘルム自身感じていた。我慢できないこともないが、せっかく戻ってきているのだし、食うのも悪くはないだろうと、ホームに帰ってきてからヴィルヘルムはずっと考えていた。

 

「さてどこで食うか」

 

 ホームにももちろん飲食できるところはある。しかし、ヴィルヘルムは甘ったるい匂いが常に漂うこのホームが嫌いだった。故に外で食べようと思うには思っていたのだが、あいにくヴィルヘルムは外の街を探索したことはない。貧民街での生活では食べ物は盗むのが当たり前で店なんかに行くことは全くなかった。それ故、ヴィルヘルムは飲食店というものを全く知らなかったのだ。

 

「まぁ適当に見つかんだろ」

 

 時間はたっぷりある。急ぐこともないのでのんびり探すか、とヴィルヘルムは街へと繰り出そうとしていた。そこへ、丁度ファミリアの仲間が現れ、ヴィルヘルムに声を掛けてきた。

 

「おっ、最近入った白髪君じゃないか」

 

 それは肌の多くを露出した女だった。その肌の色は特徴的な褐色で、アマゾネスなんだと一目見ただけで分かる。

 

「なんだ女?用もねぇならとっとと失せろ」

 

 ヴィルヘルムはアマゾネスの女に対して拒絶するような態度で接する。

 

「あらあら冷たいねぇ。あたしはアイシャ、飯屋を探してるんなら一緒にどうだい?」

「…ヴィルヘルムだ。あいにくとここの奴らとなれ合う気はねぇな」

「やだねぇ、ただ入団祝いしようってだけさ、ほら来な」

 

 そう言ってアイシャは一人進み始めた。ヴィルヘルムが付いて来ないとは微塵も思ってないような歩き方だ。ヴィルヘルムは着いていくか迷う。普段なら確実に無視していただろうこの提案だが、状況が状況だ(今は腹が減っている)

 

「はぁ…」

 

 仕方なく、本当に仕方なく、ヴィルヘルムはアイシャの後を歩き始めた。

 



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散歩

お気に入りが100件超えました。
ありがとうございます。作者のやる気が上がります。
中尉の人気にも感謝です。
急いで書いたので日本語ができてない可能性もありますので見つけたら指摘してください。



「へぇ~!で、そのまま十階層まで下りたってのかい!」

「うるせぇな。もっと静かにしてろ」

 

 ヴィルヘルムとアイシャはそこそこ賑わう飲食店にいた。ヴィルヘルムはダンジョンに移行していたが今は夜の時間で、普通の冒険者ならばダンジョンから帰る時間である。どこの飲食店も客は多くなる時間帯であろうから、そこそこの賑わいしかないこの店は、普段は閑散としていることだろう。

 通な奴しか来ないんだよ、とはアイシャの言だ。

 ヴィルヘルムはここで注文したトマト料理を一人楽しんでいた。料理を食えば、確かにここはいいところだとわかる。店の場所も、見た目も悪いが、出てくる料理は一級品だ。きっと素材もいいモノを使っているのだろう。ここでは野菜などを直接買うこともできるらしいから、あとで買って帰ることも視野に入れる。金は前回のダンジョン探索で割と余っている。ヴィルヘルムは徒手で戦うので武器を購入する必要がなく、また、傷なども相手からエネルギーを吸収すればいいので、他の人よりは溜まり易いといえるだろうから今後も減ることは少ないだろう。

 

「で、初めてのダンジョンはどうだった?楽しく遊べたかい?」

 

 アイシャは先ほどと同じように、ヴィルヘルムに笑いながらそう尋ねてくる。

 

「ああ、なかなかいいな、あそこは。最初は期待外れかと思ったが、下りれば降りるほど楽しい場所だった。これからもっと降りるのが楽しみだぜ」

 

 アイシャの質問にヴィルヘルムは素直に答える。うまい飯を食えば、ヴィルヘルムだって機嫌がよくなる。話をするぐらいいいだろうと思えるようになるのだ。

 ダンジョンについても、楽しくなっていったのは事実だ。最初はゴブリンやコボルトなど最弱モンスターだらけで満足いく相手はいなかったが、それでも集団でこられればそこそこ遊ぶことができた。それに階層を進むごとに相手の強さも上がっていった。五階層からは新しいモンスターも現れ、十階層からはまた雰囲気が変わる。なかなか退屈させられることはなさそうだった。

 今までダンジョンで遭遇したモンスターの中で、ヴィルヘルムが特に気にいているのがキラーアントだ。

 彼らは固い外骨格を持ち、ヴィルヘルムが殴っても一発程度では死ななかった。他のモンスターたちでは一、二発殴ってしまえば終わるレベルのモンスターが多かった故に、手ごたえを感じるという点で、ヴィルヘルムは気に入っていた。

 そして、もう一つ気に入っている点がある。それはキラーアントの性質の一つである、瀕死状態に陥ると仲間を呼ぶフェロモンを放出するという点だ。

 ヴィルヘルムは最初のダンジョン進出ということで、まず、戦いの数をこなすことを第一目標としていた。戦いにおいて最も重要なことは己を、そして相手を知ることである、というのがヴィルヘルムの心得だ。

 ダンジョンとは己にとっての未知。そして神の恩恵というよくわからないものを受け取った自分自身もまた未知であった。だからこその戦闘数を増やすという目的ができたわけだ。

 しかし、ダンジョンをひたすら歩き相手を見つけることのなんと非効率なことか。ヴィルヘルムは序盤、それを実行し、その面倒くささに発狂寸前であった。そこで出会ったのがキラーアントである。

 初邂逅時は普通に戦闘をした。確かにキラーアントは固かったが、倒せないほどではなかった。ステータスは、スキルによりこれまでの戦闘で強化されていたし、スキルそのもののステータス上昇効果で上がっていたため、外骨格を攻略することができたのだ。

 そして、戦闘は瞬く間に終了。二体ほどで現れたキラーアントはすぐに屍となった。

 そして、そこでヴィルヘルムはキラーアントのすぐ傍で(・・・・)休憩兼モンスターと出会うための対策案を練り出そうと奮闘を開始した。

 するとそう時間もたたないうちに、先ほどと同じように、数匹のキラーアントが現れる。そこでヴィルヘルムは即座にそのキラーアントたちを処理したのだが、一匹を誤って殺し損ねたまま放置してしまったのだ。普段ならありえないが、今のヴィルヘルムは、どうすればもっと戦えるか考えることに必死だった。そして、そこから始まったのが、アリ祭りだ。

 詳細は省略するが、その時の光景を他の低レベルの冒険者が目撃した際、あまりの壮絶さに気絶してしまうほどだったという。この時にヴィルヘルムはアリの有用性に気が付いた。

 

「…んで、結局のところ俺に何か用があるわけじゃねえのかよ?」

 

 ヴィルヘルムは食事が丁度終わったあたりでアイシャに問いかけた。ヴィルヘルムからすると正直なところアイシャは少し怪しかった。

 部屋の前で丁度団員と出会うというのならよく合うシチュエーションだが、今は夜中である。他の団員はそれぞれの部屋で人を(・・)待つか、それぞれで食事に向っているなりしているはずだ。事実、一部を除いて、他の団員がイシュタルの近くに居ないのを見計らって、ヴィルヘルムはイシュタルの部屋に赴いたのだ。

 なのに特にイシュタルに用事があるわけでもなく、イシュタルの部屋の前をうろちょろしている。そして、ヴィルヘルムが出てきた途端、急に話しかける。ヴィルヘルムが不審に思うのも自然な流れである。むしろ、警戒心が高いヴィルヘルムだからこそ不審に思っただけかもしれないが。

 

「いっただろ?新人の入団祝いだって」

 

 アイシャは最初と変わらずそう言って飲み物を気前よく飲み干した。

 

「……」

 

 それにヴィルヘルムが返すのは沈黙だ。本当にそれだけか?と再度促すように、ヴィルヘルムはじっとアイシャの目を眺めた。

 

「…わかったわかった!言うよ!」

 

 ずっと見つめ続けるヴィルヘルムに対し、遂にアイシャは白状することにした。

 

「別にそんな大層なことじゃないんだけど…一緒にダンジョンに行かないか?」

「なぜ?」

「気になるんだ、あんたのことが。…あ、別に男としてっとかじゃなくて冒険者として、だけどね?」

 

 勘違いするなよ?と笑いながらアイシャはそう言いくくる。

 一応これまでの疑問は解けたが、今度は、冒険者として気になる、とはどういうことだろうかとヴィルヘルムには新しい疑問が湧いてしまった。

 確かにいきなりスキルや魔法があるのは珍しいことらしいが、それはほかの冒険者にも違和感として残ってしまうほどのことなのかというと、そうではないはずだ。もしそうなら、イシュタルはもっと注意するよう言ってくるはずだろう。

 

「気になる、ねぇ」

 

 ヴィルヘルムとしては周りがどう感じようが特に気にはしない。しかし、他の多くの冒険者が何かを感じてしまっていることで、面倒なことに巻き込まれるのは御免だ。個人同士の喧嘩程度で済めばいいが、ファミリア同士の喧嘩となればただ事では済まないはずだから。

 そのあたりのことも考えヴィルヘルムはアイシャに尋ねる。

 

「それはどんな感覚だ?お前以外の冒険者も感じてるのか?それはどの程度まで感じることができる?その感覚はど―――」

「待った待った。もっとちゃんと話すからもっと落ち着けって」

 

 ヴィルヘルムの怒涛の質問攻めに、アイシャは若干面倒臭そうに待ったをかける。

 

「ダンジョンでも潜りながら話そう」

 

 立ち上がったアイシャはそう言った。

 ヴィルヘルムもおって立ち上がる。先にアイシャが会計を済ませた後に律儀に会計をすまし、しっかりと弁当用にトマトを買うヴィルヘルムであった。

 

 

 ダンジョンにはモンスターの断末魔が響いていた。

 切り裂かれ絶命するモンスターの最後の叫び声。殴打による痛みによって上がるモンスターの悲鳴。新米冒険者なら思わず失禁してしまいそうな光景がそこにはあった。

 

「はああああああああ‼」

「オラァァァ―――!」

 

 振り下ろされるのは大朴刀。大きな刀身は華麗に宙を舞い、迫りくるモンスターを片っ端から切り裂いていく。その光景を生み出すアイシャは美しく、そこらの男なら思わず見とれてしまうだろう。近くでそれを視界に入れるヴィルヘルムも、これがダンジョンでの戦闘最中でなく、見世物としての剣舞であるなら、大人しく楽しんでいただろう。それほどまでにその剣捌きは洗練されていた。

 その隣で振るわれる拳も見事なものだった。決まった型のない、ヴィルヘルムの我流の武法。微妙に緩められた体制から突き出される高速の拳は、的確にモンスターを屠っていた。中には防御姿勢をとる者もいたが、ステータスの上がったヴィルヘルムには到底追いつけない。

 二人の猛攻の前に、十を超える数のモンスターたちは瞬く間に殲滅されていった。

 

「お疲れさん、ヴィルヘルム」

「やっぱこの辺のじゃもうつまんねえな」

 

 ヴィルヘルムはアイシャの労いの言葉も意に介さず、何度目かわからない不満そうな声をため息とともに漏らした。

 

「やっぱあんた変わってるね。雰囲気がほかの奴らとは違うよ。それに戦闘中はなかなかテンション上げちゃってさ、目がやばいんだよ」

 

 前半は笑いながら、後半は呆れながらアイシャはそう言った。

 

「…とりあえず気になることってのが大したことじゃねえってことはわかったがよ、その変わってるっていうのを連呼するのはよせよ。変わってるやつなんざどこにでもいんだろ?」

 

 そう、ヴィルヘルムは既にアイシャのいう気になることについて聞き終えていた。ちなみに何がアイシャを気にならせていたかというと、それはスキルであった。

 ヴィルヘルムのスキル、【■■■■(クリフォト・バチカル)】は他者から様々な《力》を吸収するスキルである。吸収の仕方は攻撃をすることだが、それをする際にヴィルヘルムの体からは目に見えない何かが出てきていたのだ。その何かがダンジョンから帰還した際のヴィルヘルムから、本人の意思とは関係なく漏れだしていた。それをホームでたまたまアイシャが感じてしまったというだけの話だったのだ。

 なにかとんでもないミスをしてしまっていたかと少しだけ考えていたヴィルヘルムは、その事実に少し機嫌を悪くしてしまった。正に「あほくさ」である。

 

「おいアイシャ、今回はどこまで潜るつもりだったんだ?」

 

 ヴィルヘルムは今回潜ろうと誘ってきた側であるアイシャに問いを投げた。

 ヴィルヘルムは本来なら今回も自分一人で潜るつもりだった。その場合なら、前回が十階層まで潜ったこともあり、もう三階層ほど行こうと思っていた。しかし、今回は同行者付きである。ペースなんてものはもともとヴィルヘルムにはないが、あまり深く潜ろうという意思も今はなかった。

 したがって今回の探索の期間はアイシャに委ねられる。

 

「う~ん、そうさねえ…」

 

 問われた側のアイシャはこれからやることがまだあるか考える。

 はっきり言って、今回ヴィルヘルムを誘ったのは、少し感じた違和感を確かめることだ。確かにヴィルヘルムとダンジョンに潜ったことでそれは解消できたし、ヴィルヘルムがどんな男であるのか、今日付きまとったおかげである程度は知れた。目的は果たせたといっても過言ではない。ならばこれからまだダンジョンに行くことで何かメリットがあるか。アイシャは考える。そして―――

 

「帰ろうか」

 

 なかった。人まずの疑問が解消されたので問題はない。ヴィルヘルムの魔法にももちろん興味はあったが、それはまた今度でも問題はない。根を詰めるのは非常時では有効だが、こんな余裕のある日にはあまり褒められたものでもないし。

 

「おう」

 

 ヴィルヘルムは先ほどアイシャに合わせると決めていた。故に、その決定にも異議を挟まない。暴れたりないというのは勿論あったが、別にダンジョンは逃げない。それに今思えば睡眠をとっていなかった。気分転換としても一度戻ってしっかりとした休息をとることも必要なはずだと、ヴィルヘルムは考えた。

 そして二人は帰り道で会話ついでにモンスターを屠りながらダンジョンの入り口にまでたどり着いていた。

 

「じゃあね」

「はいよ」

 

 ヴィルヘルムの方を見ながら手を振るアイシャ。そちらには一瞥もくれずに、ヴィルヘルムは去っていった。



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時期

RozenVampを聞きながら作業をするとなかなか捗ります。


 ヘルハウンドの炎を突っ切って懐まで潜る。ヘルハウンドが吐き出す炎は厄介だが、近くによってさえしまえばその効果はなくなる。懐に入られることを許してしまったヘルハウンドに何度目かの容赦ない拳骨が突き刺さる。

 そのまま数M(メドル)吹き飛びヘルハウンドはぐったりとしたまま動かない。先ほどの一撃はヘルハウンドを絶命させるに足る威力を持っていたようだ。

 

「ちっ、数が多いな」

 

 ヘルハウンドを沈めた男、ヴィルヘルムは悪態をついた。

 ヴィルヘルムの体には多くの傷がついていた。左腕は服と、その下の皮膚が丸々焼かれ、胴体には大きな切り傷、打撃によって内臓にダメージも食らっているのか、口からも血液が流れだしていた。

 現在ヴィルヘルムがいるのは『中層』と呼ばれる地点、15階層だった。

 

「そろそろ潮時かねぇ」

 

 ヴィルヘルムは口の端を吊り上げる。一見第三者から見れば、生存を諦めたかのような表情だ。体は脱力し、戦闘態勢を解く。その姿さえ、死を悟りすべて投げ出しているかのように見える。

 しかし、実際は違う。

 ヴィルヘルムは、ダンジョンに潜る際、自分に縛りを設けていた。それは、『極力魔法に頼らない』ことだ。

 以前ヴィルヘルム自分は魔法を持っているのに使っていないことに気が付いた。そして、次のダンジョン探索の時に試しに使ってみたのだ。そのとき魔法の凄まじさを知ると同時に『これはいけない』とヴィルヘルムは思った。なぜなら、魔法は強すぎる(・・・・)のだ。いつもなら少々手間取る相手すら、片手間に倒してしまえる。それが魔法だった。ヴィルヘルムは、戦いを、そして、自身の戦に関する成長を求めていた。それが魔法を使えばほとんど手に入らない。これに気づいてから、ヴィルヘルムは魔法を使うことを減らすようにしたのだ。

 しかし、危険な場面では違う。戦いは命を失えば終わりだ。正当な戦いなら命を失うこともまた必要なことかもしれないが、こんなダンジョン風情でヴィルヘルムは死ぬ気はなかった。だから死ぬくらいなら魔法を使う。魔法の使い方を学ぶこともまた必要なこととして。

 

「―――形成(イェツラー)

 

 そしてヴィルヘルムは自身の魔法を発動させる。

 

「【■■■■(クリフォト・バチカル)】」

 

 途端、ヴィルヘルムの体が変貌する。

 肩から、腕から、腰から、足から、茨が伸びる。いや、生えてくる。強烈な瘴気を放っているかのような茨が、ヴィルヘルムの体のいたるところから生えてきていた。体の変化だけではない。ヴィルヘルムの目もまた変化していた。普段でもその赤い瞳は目立っていたが、今はその比ではない。虹彩は赤く、その周りは黒く染まっている。化物のような眼だ。

 

「さあ、続きと行こうぜ」

 

 変貌を遂げたヴィルヘルムは先ほどよりさらに口端を歪ませ、モンスターににじり寄る。普段冒険者には強烈な敵意を向けるモンスターだが、一瞬ひるんだように後退する。しかし、その動揺もすぐ収まり、ヴィルヘルムに飛び掛かる個体が出てくる。

 

「そうだ。もっと来い」

 

 ヴィルヘルムは多数のモンスターに覆われながら、笑顔で戦いを続けるのだった。

 

 

 換金所の前でヴィルヘルムは差し出された14000ヴァリスに眉を顰めた。ヴィルヘルムは普通の冒険者ではありえないほどのモンスターを倒してきたはずだ。それなのにこれだけしか報酬を受け取れないのにはわけがある。それは、ヴィルヘルムの【■■■■(クリフォト・バチカル)】がモンスターの魔石を吸収してしまうことにある。

 この魔法はヴィルヘルムに強大な身体能力向上効果と、さらにスキルより強力な吸収能力をもたらすのだが、その制御が未だヴィルヘルムはできていなかった。そのせいで、相手の魔石付近を攻撃するだけで魔石を吸収してしまうのだ。幸いなことに、ドロップアイテムは残るのだが、このせいで金策には苦労していた。武器を買う必要がなく、他の冒険者より溜まり易いが、あるに越したことはない。

 これは自分に責任があると理解しつつも、ヴィルヘルムは少々の不満を感じてしまっていた。

 換金が終わり、ヴァリスを受け取ったヴィルヘルムはギルドから去ろうとする。しかし、ギルドを去る瞬間、その背中に声を掛けるものがいた。

 

「ちょっと待ちなさい!ヴィルヘルムさん!」

 

 ミルフだった。狼人(ウェアウルフ)の彼女は手を振りながらヴィルヘルムを引き留める。整った顔は今回は怒りを携え、わずかに歪んでいる。

 

「勝手に『中層』まで行ったって本当ですか⁉」

「ああ行ったぜ」

 

 ヴィルヘルムはけろっとそう答えた。事実怒られていると気づきながらもヴィルヘルムに反省の色は見えない。

 

「分かってますか⁉『中層』っていうのは初心者冒険者が行くようなところじゃないんです‼もっと経験を積んで、ステータスを伸ばして、仲間を集めてですね…」

「そりゃあつまり、俺が弱いって言いたいのか?」

 

 ミルフの発言に僅かにヴィルヘルムは怒気を漏らす。誰しも自分の行動に文句をつけられれば反感を覚える。あとはそれをどう処理するかは個人差が出るが、ヴィルヘルムはその場で発散する人物だった。

 ヴィルヘルムに凄まれ、ミルフは一度言葉を詰まらせる。しかし、受付嬢の矜持かヴィルヘルムの目を見てしっかりと言い返した。

 

「そうです‼まだレベル1のヴィルヘルムさんはもっと経験を積むべきなんです‼」

 

 ヴィルヘルムは自分に言い返してきたミルフに僅かに感心した。ヴィルヘルムは見た目が怖い。故に、大体の人は、この姿を見ただけでも少しばかり委縮するものだ。しかし、彼女はしっかりと発言ができていた。

 

「大丈夫だよ。俺は死なねえ」

 

 まだ何か言っているミルフを背にヴィルヘルムはそう言い残してギルドを去った。その背に浴びせられる言葉は少しだけ心地よかった。

 

 

 場所は変わりイシュタル・ファミリアのホーム。ヴィルヘルムは久方ぶりのステータス更新を行いに、イシュタルの私室へと向かっていた。

 

「止まれ」

 

 イシュタルの部屋の前までたどり着いたとき、部屋の前に構えていた男に呼び止められる。

 

「おいヴィルヘルム、イシュタル様に会うときぐらい服装を整えられないのか?」

 

 男――タンムズ・べリリはヴィルヘルムにそう言った。タンムズはイシュタル・ファミリアの副団長を務めるレベル4の冒険者だ。イシュタルに心酔する彼はこのファミリアで最もイシュタルに忠誠を誓っている。そんな彼にはヴィルヘルムの主神への適当な態度が目についていた。

 

「そんな小せえこと気にすんなって。同じとこの仲間だろ?」

 

 へらへらと笑いながら、ヴィルヘルムはタンムズに答えた。仲間といった部分に心がこもっていないのはタンムズにはわかったがあえて触れない。ふん、と鼻を鳴らし、イシュタルの私室へと通じる扉の前から体をずらす。

 タンムズが空けた扉までの道を通りヴィルヘルムはイシュタルの私室に入った。

 

「俺だ。邪魔すんぞ」

「…おお、お前か。ステータス更新か?」

 

 ベッドから起き上がったイシュタルは、ヴィルヘルムを目にするとすぐにステータス更新の準備とりかかった。寝起きの女神は肌に何も纏っておらず、年頃の青年であれば、つい反応してしまいそうであるが、ヴィルヘルムは不思議と今までも含めそんなことはなかった。

 

「ふぁ~あ…」

「…眠そうだな。昨晩はお盛んで?」

「まあな」

 

 イシュタルの眠そうな理由にすぐに感ずいたヴィルヘルム。深くは聞くまいとすぐにイシュタルから視線を逸らし、ステータス更新のため上半身裸になる。そして、先ほどまでイシュタルが寝転んでいたベッドへうつ伏せになり、イシュタルが来るのを待つ。

 

「じゃあやるわよー」

 

 気の抜けたような声をイシュタルが発し、神血(イコル)がヴィルヘルムの背中へと流される。そして神血(イコル)がヴィルヘルムの背中へと到達っした瞬間、ヴィルヘルムの背中に書かれている神聖文字(ヒエログリフ)が光り、変化していった。

 

ヴィルヘルム

Lv.1

力:A 855→S 932

耐久:A 812→A 854

敏捷:A 874→S 904

器用:B 765→A 802

魔力:A 809→A 849

《魔法》

■■■■(クリフォト・バチカル)

詠唱式[■■(イェツラー)]

 ・基本アビリティに上昇補正。

 ・攻撃した対象からあらゆるエネルギー、基本アビリティを吸収する。

 ・一度の精神力消費で発動を停止するまで効果永続。

■■■■■■■(ローゼンカヴァリエ・シュヴァルツヴァルト)

詠唱式[■■■■■(かつて何処かで )■■■■■■( そしてこれほど幸福)■■■■■■■■(だったことがあるだろうか)

    ■■■■■(あなたは素晴らしい)■■■■■( 掛け値なしに素晴らしい)■■■■■( しかしそれは誰も知らず)■■■■■■■( また誰も気付かない )

   ■■(幼い私は)■■■■■■■■( まだあなたを知らなかった)

    ■■■■■■■■■(いったい私は誰なのだろう)■■■■■(いったいどうして)■■■■■■(私はあなたの許に来たのだろう )

    ■■■(もし私が騎士に)■■■■■■(あるまじき者ならば、)■■■■■■■(このまま死んでしまいたい )

   ■■■■■(何よりも幸福なこの瞬間)■■■■■(――私は死しても決して)■■■■■(忘れはしないだろうから )

    ■■■(ゆえに恋人よ )■■(枯れ落ちろ )

   ■■■(死骸を晒せ)]

 ・ 自身を展開し周囲からあらゆるエネルギーを吸収、自身の基本アビリティを強化する。

 ・ 渇望の丈により効果上昇。

 ・【■■■■(クリフォト・バチカル)】の使用中のみ使用可能。

《スキル》

■■■■(クリフォト・バチカル)

・ 基本アビリティ上方補正。

・ 攻撃時、攻撃対象から微量に基本アビリティ、体内エネルギーを吸収する。

・ 特殊状況下により効果上昇。

 

 ヴィルヘルムが冒険者となってからこれまで二か月がたっていた。ステータスは順調に―――いや順調すぎるほどに伸び、今では同じレベルの冒険者の中では最高位にまで上り詰めている。

 

「さすがの成長率だね。そろそろレベルも上がるんじゃないか?」

 

 イシュタルはヴィルヘルムの上昇したステータスを見て素直にそう考えた。これまでずっとこの成長を見続けてきた故、成長率に驚くことはもうないが、いまだに感心する。そして、ここまで成長してきたのだからレベルアップの機も近いと考えていた。

 足りないとすれば何か。きっと最後の試練―――自身を超える強敵との戦闘だろう。

 ヴィルヘルムはおよそ常識の範疇で言えば分不相応の階層で戦闘を行っている。しかし、ヴィルヘルムは常識の範疇に留まっている男ではなかった。異常なステータスだけならまだしも、それ以上に異常な魔法まで所持しているのだ。常識に収まりきるはずがない。したがって今まで強敵といえるような輩と戦闘する機会がなかったのだ。

 

「…ゴライアスとでもぶつけてみるか?」

 

 ゴライアス。それは迷宮の孤王(モンスターレックス)と呼ばれる、一種のボスモンスターだ。その能力はどれも強力で、単独撃破を狙えるものは少ない。ゴライアスは最も上層に現れる迷宮の孤王(モンスターレックス)で、17階層に生まれるモンスターだ。ギルドによる指定レベルは4。常識的に考えればとてもレベル1の冒険者にぶつけるべきではない。

 

迷宮の孤王(モンスターレックス)っつー奴か」

「なに、大丈夫さ。フリュネと…あと何人かつけてあげるよ」

 

 イシュタルはヴィルヘルムを単独でゴライアスに挑ませようとは思っていなかった。イシュタルからすればヴィルヘルムは未だ光る原石の段階だ。将来的にフレイヤを驚かせる駒にしようとしているからには、今無理をさせるべきではないという考えからのこの提案だ。

 フリュネという冒険者は現在のイシュタルファミリアの団長にして最強の存在だ。蛙を想像させるような醜い相貌に大きく肥えた体からはとても想像できないが、能力はある。性格に大きな問題はあるが、基本イシュタルの言うことは聞くので、イシュタルはその点に関してはフリュネを信用はしていた。

 普通の冒険者からしてみれば、格上の冒険者と一緒にダンジョンに潜るということはありがたい話だ。経験を積んだ冒険者の行動、戦い方は、その域に達していないものからすれば教科書のようなものだからだ。それを見ればダンジョンでのやるべきことがわかり、生きるための術を身に着けることができる。しかも格上の冒険者がいることで、その時点での生存確率も大幅に上昇する。これで喜ばないものはごく少数派だろう。

 そして、ヴィルヘルムはその少数派に分類される。

 

「いらねぇよ。迷宮の孤王(モンスターレックス)だろうが俺一人で十分だ」

 

 ヴィルヘルムはイシュタルの提案を切り捨てる。その顔に浮かぶ表情は断じて強がりなどではない。自分なら勝てるという確信がその男にはあった。

 

「どっからそんな自信がでるんだか…。まったく、調子に乗った子どもたち(あんたら)ほど厄介なもんもないよ」

 

 イシュタルはあきれ顔でやれやれと首を横に振る。

 

「そういう輩こそ冒険者って職で命を落とすんだ。こう言うときはいうこと聞いときな」

 

 イシュタルファミリアは、言わずとも知れた、大勢力である。主な活動は、自身のホームで行われる商売だが、当然ダンジョン探索を行い、レベルを上げている人物も多いのだ。そしてそこで死んだ団員が多くいることもイシュタルは知っている。そして、そんなものたちは大体が不注意で死ぬか、自己過信で死ぬかだ。イシュタルから見るヴィルヘルムは若干だがその気配が見え隠れしていた。もともと一般人であったころから実力が伴っていただけに、ステータスというさらなる力を得て、増長しているのではないかというのがイシュタルの考えだ。

 だからこそ、仲間を着ける。そうすることで万が一何かあったとしても命だけは落とさなくて済むように。

 

(この()に死んでもらっては困るからな)

 

 イシュタルはヴィルヘルムを育てることには真剣だった。

 

「…じゃあ一人だ。それ以上は認めれないな」

 

 そして、ヴィルヘルムとしての妥協点はそこまでだった。

 数がいては自分に回る敵が減る。それを避けるのがまず一点。

 

「そんでついてくる奴も俺が決める。…そうだなアイシャにしよう」

 

 強力な仲間がいれば、その場合でも自分に回る敵の数が減る。それも避けるための条件だった。アイシャは現段階でレベル2。ヴィルヘルムよりは上位だが、一人で、しかも一つしかレベルが違わないなら問題はないだろうとヴィルヘルムは考えた。

 

「……」

 

 手を口元に寄せ、イシュタルはその条件について思考を巡らしていた。

 正直なところ、この条件を飲むのは難しい。ゴライアスは最も弱い迷宮の孤王(モンスターレックス)だとは言ってもレベルは4相当。断じてレベル1とレベル2の二人パーティで挑める相手ではない。イシュタルは最低でもフリュネは付けたいところだった。しかし、あのヴィルヘルムがそれを素直に聞き入れるかというと、まず、ない。最悪の場合だと、条件をイシュタルが飲まなかった時点で単独でゴライアスに挑む可能性まである。

 イシュタルは歯がゆく思いながらも、その条件を飲むほかなかった。

 

「いいだろう。ただし、危険だとアイシャが感じた時点で戻ってこい。いいな?」

「了解」

 

 ヴィルヘルムはイシュタルの話を聞いて悪っぽい笑顔を見せた。

 

「アイシャには私から伝えておく。呼びに行かせるから適当にホーム内で待機していろ」

「出ちゃいけねえのか?」

「ダメだ」

「…はいはいそういうことね」

 

 これがイシュタルからのちょっとした意趣返しだと理解したヴィルヘルムは心底ダルそうにゆっくりと部屋か出ていった。



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