ニンジャスレイヤー・バーサス・マジカルガールハンター (ヘッズ)
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第一話 ウェルカム・トゥ・マッポーシティ

プロローグ的な話です。オリジナル魔法少女が出てきます。
そしてニンジャスレイヤーの出番はほんの少ししかありません。



 とあるアパートの一室、TVからは明るい曲調の楽しげな 歌とともにスタッフロールが流れていた。

 女性は座布団に座りゲーム機のコントローラーを持ちながら感慨深げに画面を眺めている。外見は十代後半から二十代前半、顔は整っており一般的には美人と言われる部類だ。

 髪は金色で一部はみつあみで編み込まれ、それでも腰もとまで届くほどの長髪だった。目は釣り目でそのエメラルドのような碧色の瞳には涙を少し貯め込んでいる。

 スタッフロールが終わり画面は暗転する、すると女性は深く息を吐きフローリングの床に大の字になった。

 

長かった。

 

 フィールドにいる雑魚一匹の攻撃を受けただけでゲームオーバーになる理不尽ともいえる難易度。あまりの難易度に何度コントローラーをフローリングの床に叩きつけそうになったことか。

 そして今しがた倒したラスボス、あれにもかなり苦労させられた、試行錯誤の繰り返しで何回コンティニューしたかすら覚えていない。

 その苦労の末に感動的な物語の結末を見られたことも相まって女性の胸中には得も言えぬ充実感と達成感が満ちていた。達成感を噛みしめるように横になった後、女性は体を起こしノートPCを立ち上げる。

 他の人はどう感じたのだろうか、それが気になりネットの掲示板でそのゲームについてのスレッドにアクセスした。

 自分の感想を書き込み、ストーリーが良かったなどラスボスにはマジ苦戦したなどの書き込みに同意しつつスレッドを読み、一通り読み終わり時計を確認すると時刻は深夜の三時を回っていた。

 

 頃合いか、それにこのゲームをクリアしたらやると決めていたのだ、行くなら今だ。女性は部屋着のTシャツとジャージを脱ぎ捨て、黒一色のフラメンコを躍る際に着るようなドレスを身に纏い、童話に出てくる魔女のようなつばが異様に大きい黒の三角帽子を被る。

 まるで仮装パーティーにでも行くのかと思われる、異様な格好だがこれはある意味女性の仕事着だった。

 

 彼女の名前はフォーリナーX。職業は強いて言うならば魔法少女だ。

 

 

 魔法少女とは魔法少女として才能がある生物が、魔法の国の特別な技術によって魔法の力が増幅されて変化した生物である。

 魔法少女になると超人的な身体能力と五感。そして魔法と呼ばれる特殊な力を一つ使うことができる。

 そして魔法少女になったものは魔法の国から無償の人助けを推奨され、自己の利益のために魔法少女の力を使うことは推奨されておらず、大半の魔法少女はその言いつけに従っている。

 

 魔法少女の力で金銭を得ることができないのであれば、魔法少女は職業とは呼べない。だが一部の魔法少女は魔法少女統括機関と呼ばれる組織に雇われている職業魔法少女も存在する。

 芽田(めた)利香(りか)改めフォーリナーXも職業魔法少女だった。だがフォーリナーXは魔法少女統括機関には属してはいない。ある個人から仕事を依頼しそれを達成し金銭を貰う。個人事業主である。

 魔法少女フォーリナーXの魔法は『異世界に行けるよ』文字通りフォーリナーXが住む世界とは異なる世界に行ける魔法である。

 しかしこの魔法は魔法の国にとって有用なものではなかった。

 様々な異世界に行き来し統括管理している魔法の国にとっては異世界に行ける程度の魔法は必要無かった。

 だがフォーリナーXの魔法は魔法の国が統括管理していない異世界にも行くことが可能だった。その事実を知った魔法の国のある人物はフォーリナーXに接触しある依頼をする。

―――異世界に行き、実験に使える珍しい物や技術などを持ってきてほしい

 そこからフォーリナーXの職業は魔法少女。正確に言えば魔法少女の力を持ったトレジャーハンターになった。

 フォーリナーXの魔法少女としての才能なのか、収集した物の大半は依頼主にとって有用なものだった。

 その結果、報酬は高給取りまではいかないまでも普通に生活できて、ちょっぴり贅沢ができるほどの金額をもらえていた。

 

 魔法少女は変身すると独自のコスチュームに身に纏う。フォーリナーXは人間に戻ることはなく常に魔法少女の姿でいるが、部屋の中では極力別の服に着替えている。

 魔法少女のコスチュームは体にフィットし着心地も最適である。だが仕事のオンオフははっきりしていたい。そういった理由からコスチュームから別の服に着替えていた。

 

 フォーリナーXは仕事に行くと決め、気持ちを切り替えるためにコスチュームに着替え、

身だしなみをざっと確認し玄関を出て住宅地の屋根を飛び跳ねながら目的地に向かう。

 一般人が歩けば20分程度かかるが、魔法少女の身体能力で障害物をショートカットすれば数分でつく距離だ。

 フォーリナーXはゲームをクリアした達成感が残っているのか、夜の街を鼻歌交じりで上機嫌に移動する。

 

 

 街中を抜け河川敷のサイクリングロードを駆け抜け、目的地である陸橋下にたどり着く。深夜であるせいか人の気配はまるでなく、河川独特の臭いが充満し川のせせらぎが静かに響き渡る。

 初めて魔法を使い異世界に旅立つ際にできるだけ目立たない場所がよいと探し、見つけたのがこの陸橋下だった。そして異世界から自分の世界に帰った場所もここだった。

 今まで十数回ほど異世界に向かったが、魔法を使える場所も帰ってくる場所もこの陸橋下のみだった。

 

 フォーリナーXは深呼吸を一回して目をつぶり意識を集中させる。この魔法はすぐさま使えるものではなくある程度の時間が必要である。そしてそれは覚悟を決める時間でもあった。

 異世界に飛ぶ際に視界はグニャグニャと歪み、内臓を手づかみでシェイクされるような不快感が襲ってくる。最初のころは異世界に着いた際にいつも盛大に吐いていた。

 今では吐くことは無くなったが何回やってもなれるものではない。そして覚悟を決めると同時に次に向かう異世界に思いを馳せると同時に祈った。

 

 この魔法には複数の制約があった。

 行く異世界は指定できない。

 一度行った異世界はもう一度行く事が出来ない。

 行った異世界で最低でも半年はいなければならない。

 

 これで居心地の悪い世界に飛ばされた日には目も当てられないことになる。

 戦闘には使えない、利便性が乏しい、日常では役に立たない。一般的にはハズレの部類の魔法と言えるだろう。それでもフォーリナーXはこの魔法が好きだった。異世界に行けば、他の魔法少女では体験できないことを体験できる。

 そしてこの魔法を使えば自由でいられる。自分の魔法を使っている限り、どの魔法少女よりも自由だという自負があった。

 

 突如フォーリナーXは何かを察知したのか集中を解き後ろを振り返る。十メートル先に少女といえる女性が立っていた。髪はピンク色のショートカット。服装は学校のセーラー服のような白い服に、そこかしこに白い花飾りが散りばめられている。

 そんなかわいらしい外見とは裏腹に無表情で無機質な印象を受ける。この雰囲気この身なり、これは魔法少女だ。フォーリナーXは自身の警戒レベルを一気に上げる。

 自慢ではないが魔法少女との交友関係は狭く知人でも数える程度にしかいない、そして自分に接触する魔法少女はほぼいない。そんな自分に魔法少女が接触してくることは異様であるといっても過言ではない。

 

 

「私は監査部の者ですが、何か心当たりはありますか?」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間その少女の元に全速力で詰め寄る。魔法少女の身体能力で踏みしめた土は抉られ砂煙が舞い上がった。

 思い出した!あれはスノーホワイト。魔法少女狩りのスノーホワイト!

 

 

♢ファル

 

「いたぽん?」

 まんじゅうを半分から白と黒に塗り分けて目をつけたようなマスコットの映像が浮かび上がり、黄金の鱗粉をふりまきながら尋ねる。

 このマスコットはファルと呼ばれ、魔法少女をサポートするために作られた電子妖精である。ファルの問いに少女は無言で首を振った。

 少女の名前はスノーホワイト。魔法少女であり悪しき行いをする魔法少女を独自で調査逮捕するその姿は巷では魔法少女狩りと恐れられている。

 スノーホワイトはとあるアパートに出向き、一室の扉の前で聞き耳を立てた。魔法少女の聴覚であれば、外からでも中の住人の息遣いは聞こえてくる。居留守は通用しない。その結果息遣いすら聞こえず室内に誰も居ないことを確認した。このアパートの一室に来たのにはわけが有る。

 スノーホワイトが悪事を働く魔法少女を摘発し続けいつしか魔法少女狩りと呼ばれるようになっていた。

  魔法少女狩りの活動をするにつれ知名度は上がり、様々な悪事を告発するメールをスノーホワイトが持つ携帯端末、つまりファルに送られてくる。そしてある一通のメールにはこう書かれていた。

―――とある研究者が怪しげで非人道的研究をおこない、ある魔法少女がそれに加担している。名前はフォーリナーX。魔法は『異世界に行けるよ』 真実を確かめてほしい。

 添付ファイルにフォーリナーXの魔法についての詳細、現住所まで書かれていた。ファルはこの情報の真偽の確認作業を始めた。

 まずフォーリナーXと呼ばれる魔法少女は自らが記憶するデーターベースに登録されている。だがこの魔法少女が実在するとはいえ、このメールの内容が真実とは限らない。それにメールの発信元がまるで探知できなかった。

 ファルならばメールの発信元を特定するのはたやすいことである。だがこのメールはプロテクトが固い。それほどまでに身元を隠すと言うことは何かやましいことがあるのか?もしかすると罠では?

 

 ファルは様々な可能性を検討し、一旦考えを保留した。自分はスノーホワイトのマスコット。決定はスノーホワイトに任せるべきだ。

 スノーホワイトに判断を仰ぐとメールに書かれている案件を調査することに決めた。別件の案件を片付け、メールに書かれている住所に向かったのは夜中の三時を回った頃だった。

 

「ただ単純に出かけているか、それともスノーホワイトの動きに気付いて逃げたかぽん?もしくは情報自体がガセネタだったぽん?」

「メールに書かれていた場所にいく。ナビゲートして」

「了解だぽん」

 ファルは一瞬沈黙した後、現在地とその場所を示した地図を携帯端末の液晶に表示する。情報によるとフォーリナーXが使う魔法は特定の場所でしか使えなく、その場所も記されていた。

 もし異世界に逃げ込まれたらこちらからは手出しできない。その可能性を考え異世界に行かれる前に接触する狙いだろう。

 現在地から目的地まで人の徒歩で20分。魔法少女なら数分でつける距離。スノーホワイトは軽くジャンプしアパートの屋根に着地、そこから屋根伝いに移動し目的地に向かう。

 移動してから数分、スノーホワイトは目的地にそれらしい人物の姿を捉えた。

 

 あれがフォーリナーX。

 

 スノーホワイトが近づくとフォーリナーXは振り向く。その様子は明らかに警戒している。魔法を使用する場所に別の魔法少女が現れたのであれば当然の反応と言える。

 スノーホワイトは相手の緊張を解こうと笑顔を作ること無く、無愛想ともいえる無表情で端的に質問する。

 

 

「私は監査部の者ですが、何か心当たりはありますか?」

 

 スノーホワイトの魔法は『困った人の声が聞こえるよ』それは深層心理や反射すら声として聴くことができ、心に疚しいことが有れば心の声として聞くことが出来る。

 フォーリナーXと面向かった時には悪事についての心の声は聞こえなかった。だが心当たりという単語を盛り込んだ質問をすることでやましいことがあれば心の声が出てくる。

 

 するとはっきりと聞こえてきた。

 

 

『自分がやっていたことがバレていたら困る』

『スノーホワイトをここで倒せないと困る』

 

 その心の声が聞こえてきた刹那、フォーリナーXが猛烈な勢いで襲い掛かってきた。

 

 

♢フォーリナーX

 

 

 自分の仕事の依頼主がどんな実験をしているかは知らない。だが依頼をこなしていくうちに詳細は分からなくとも断片的なことは分かってくる。

 依頼主がおこなっている実験は少なくとも胸を張って正しいと言えることではないということを。

 

 何回目かの依頼の際にあるオプションが追加された。特殊な能力を持っている生物を生け捕りにしてくれたらボーナスを出すと。フォーリナーXは特に訳を詮索することもなく、考えることもなかった。

 ボーナス狙いである世界である程度の怪我で有れば瞬時に再生する犬のような生物を捕獲し依頼主に献上する。

 すると賃金がいつもより少しばかりほど増えていた。

 

 次の世界でも特殊な能力を持っていた生物を捕獲し献上した。だがその生物はこちらでいう人間と同じような生物だった。さすがに人を献上するのには忌避感はあった。

 だがその世界の人型生物はこちらでいう死刑を待つばかりの罪人だった。どうせ死ぬなら有効活用した方が得であり、相手も生きることが出来るかもしれない。

 所謂win-winというやつだ。そんな気軽な気持ちでフォーリナーXはその人型生物を捕獲した。すると賃金がいつもよりさらに増えており、積極的に人と類似した生物を捕獲してくれと頼まれる。

 

 人型の生物を捕獲して来いと頼む時点で碌でもないことをしているのはすぐに分かった。

 人体実験かそれに類似するものでもしているのだろう。だがそのことは頭に置きながらもフォーリナーXは人型の生物の捕獲に勤しんだ。

 

 誰かが幸せになる分誰かが不幸になる。それがフォーリナーX長くは無い人生で悟った摂理だった。

 幸福の量は一定量であり、誰かが幸福になればバランスを取るように誰かが不幸になる。ならば自分の幸福のために誰かに不幸になってもらおう。

 今まで散々不幸な目にあってきたのだ。自分には幸福になる権利がある。

 

 しかしこの行為は誘拐である。一般的には重罪であり、発覚すれば重い刑が科せられるだろう。だがフォーリナーXは逮捕されることについては全く心配していなかった。それは自分の行いを咎める制約は無いからである。

 魔法少女にも人間での法律のようにルールが有り、それを破れば監査部と呼ばれる部門に所属している魔法少女が処罰を下す。

 魔法少女としての資格はく奪、刑務所での拘留。最悪死刑なども有りうる。

 だが魔法少女のルールに異世界での行動については何一つ記されていない。つまり異世界でどのようなことをしてもルールには違反しない。極端な事を言えば異世界で大量殺人をおこなっても何一つ問題は無いのだ。行為をやめるとするならば、それは個人の倫理観によるものだろう。

 フォーリナーXは自分の身勝手な幸福の追及のために倫理観は捨てていた。監査部が調査しても逮捕することはできない。何の憂いもなく仕事を行った。

 

 そしてスノーホワイトがやってきた。他の監査部なら問題は無い。だがスノーホワイトは問題だ。

 魔法少女狩りと呼ばれるこの魔法少女は相当強引な手口で悪事を働く魔法少女を捕まえていると聞いている。それがフォーリナーXの元に来た。

 魔法少女のルールに違反しなくとも、スノーホワイトのルールに違反したということだろうか。口で言いくるめようとも問答無用で逮捕するだろう。そうなれば最低でも魔法少女の資格はく奪は免れない。

 

 

 嫌だ!もうあの不自由な生活に戻りたくはない!

 

 

 フォーリナーXは電撃的な速度で決断を下し行動に移る。この場でスノーホワイトを無力化し、魔法を使い別の異世界に逃げ込む。

 監査部の人間に暴行を働けば正式に罪人になるだろう。そうなれば安息の地は無く、あるとするならば別の世界だ。

 自分の生まれ育った世界に二度と居られなくなることは辛く、後ろ髪引かれる思いも有る。だがフォーリナーXにとって最重要事項は魔法少女でいることであった。

 

 フォーリナーXは機先を制するように姿勢を低くしながら飛び込み間合いに入る。スノーホワイトにタックルをしかけ組み敷き、そこから打撃か締め技で動かなくさせる。それがプランだった。

 不意打ち気味に仕掛けたのが功を奏したのか、両の手がスノーホワイトの腿裏にあと数十センチで届くこの瞬間でも反応はない。

 タックルは決まる。そう確信した瞬間顎に伝わる衝撃とともにフォーリナーXの視界に星一つもない夜空が映る。そして一瞬意識は途絶える。

 

 顔面に伝わる鈍い痛みとともにフォーリナーXの意識は覚醒する。目に映ったのは夜空ではなく無表情で淡々と拳を振りおろすスノーホワイトの姿だった。

 フォーリナーXのタックルは決まらず、逆にカウンターの形で膝を合せられ顎を打ち抜かれていた。さらにフォーリナーXの上に馬乗りになり、拳を振りおろす。

 

 フォーリナーXはスノーホワイトの打撃で失いかける意識を懸命に繋ぎとめていた。ここで意識を失えば、スノーホワイトに逮捕され何かしらの罪に課せられるだろう。

 そうなると魔法少女でいられなくなる。魔法少女でいられなくなることはフォーリナーXにとって死ぬことと同じことだった。

 だがこの状況を脱出することは困難だった。相手に馬乗りにされ両腕はスノーホワイトの膝で拘束されている。動かそうにも全く動かない。

 魔法を使ってこの状況を切り抜けようにもフォーリナーXの魔法は瞬時に使えるものではなく、発動するのにも有る程度時間がかかる。スノーホワイトの打撃を受けながら使えるものではない。それでも抗い続ける。

 何秒か?それとも何分間殴られ続けただろうか?

 視界は混濁しスノーホワイトの姿はコーヒーにミルクを一滴こぼした時にできる波紋のようにグニャグニャと歪んでいる。それに吐き気までこみ上げ今にも吐いてしまいそうだ。

 脳へのダメージによるものだろう?いやこの感覚は知っている。

 すると薄れゆく混濁する視界に驚愕と苦悶の表情を見せるスノーホワイトの姿が映る。慣れていないとこれはキツイぞ、フォーリナーXはスノーホワイトに見せつける様に犬歯を見せニィッと笑う。

 

 二人の周辺は色が溶け合ったように歪み、数秒後には二人の姿は跡かたもなく無くなっていた。

 

 人は窮地に立つと潜在能力が引き出され通常以上の力を出すと言われ、それらは覚醒、火事場のくそ力など様々な呼ばれ方をされている。それらは魔法少女にも存在する。

 生命の危機に反応したのか、それともフォーリナーXの魔法少女で有り続けたいと言う執念がそれを引き起こしたのだろうか?

 通常ではできるはずのない、殴打されながらという状況で自らの魔法を発動させていたのだった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

「安い、安い、実際安い!バリキドリンクでセンタ試験を乗り切ろう!」重金属酸性雨が降りしきる鈍色のネオサイタマの空を遊泳するかのようにマグロ型の飛空艇マグロツェッペリンが飛び交い、非人間的な音声で極彩色のネオンに彩られた町並みを多くの人たちが行きかう人々に呼びかける。

 

行きかう人々は一瞬音声につられて上を見上げるが、すぐに視線を戻し黙々と歩き続ける。

その様子をとあるビルの屋上から腕を組みながら見つめる人物がいた。その人物は赤黒のシノビ装束を身に纏っており、口元には忍殺と刻まれたメンポを身につけていた。そのメンポからジゴクめいた蒸気が規則正しく噴き出る。

 

シノビ装束の人物はふと雲に覆われてうっすら浮かび上がる髑髏めいた模様の月を見上げた。インセクトオーメンツと言うべきだろうか、唐突にニューロンをちりつかせる何かを感じ取った。吉兆か凶兆かは分からない。だが何かが起こるという漠然とした予感を感じていた。

 

 

「WASSHOI!」赤黒のシノビ装束の人物はその予感を心の奥底にしまいこみ極彩色のネオンの街並みに飛び込んだ。

 



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第二話 ニンポショウジョ・パワー♯1

「安い実際安いよ!」「今日限定でケモビールは80%オフ!」「カワイイ女の子と一緒にどうですか」店の前で呼子たちの声がBGMめいてストリートを騒がせ煌々と光るネオン看板が目を奪う。ここはアケボノストリート。チェーン店個人経営、合法非合法問わず多くのバーや飲食店が立ち並ぶ飲み屋街である。

 

「イラッシャセー!安いですよ」居酒屋チェーン店電車道、その店先で店員が周囲の声にかき消されながらも必死に声を張り上げるが人々はまるで反応見せない、「ウッセエゾコラ!」それどころかその声が目障りだったのかチョンマゲ頭の男に唾を吐きかけられる。しかし店員は何事もなかったように声を張り上げ続ける。

 

この呼びかけはニュービーアルバイトに任される仕事である。呼びかけはある程度の人数を誘い店に入れなければ終わらず、この間には給料は発生しない。そして客を店に入れなければ永遠に呼びかけをしなければならない。このニュービーアルバイトは数時間ずっと呼びかけをしておりそれが五日間続いていた。

 

あと一人、あと一人誘えればこの呼びかけの仕事が終わり給料の出る仕事ができる!誰か店に入ってくれ!ニュービーアルバイトはブッタに祈るように声を出す。その祈りが通じたのか声に反応したのか一人の男が足を止める。その男はレーザージャケットを身に纏いその体は大きかった。そして何よりもX型のモヒカンが特徴的だった。

 

男の名はスギタと言う。「イラッシャセー……安いですよ……」ニュービーバイトはスギタの威圧的なアトモスフィアに気圧されたのかミニバイオ水牛めいた弱弱しい声で呼びかける。スギタはX型のモヒカンを手で撫で懐にあるトークンを確認し声をかける。「席は空いているか」「ハイ!空いています」ニュービーアルバイトは目を輝かせながらスギタを店の中に案内する。

 

スギタは今日の仕事の成功を祝して祝杯でもあげようと考えていたがアケボノストリートをぶらついていた。だが今の手持ちが少なく格安居酒屋チェーンの安酒で妥協する、スギタはため息を混じらせながら襖を開けノーレンを潜り店内に入った。

 

まず目に入ったのが数々のショドーだった。「お客様の笑顔が私達のマネー」「為せばなる」「できないは嘘つきの言葉」オスモウフォントで書かれたそれらは従業員を奮い立たせる。「ラッシャセー!!」すると不自然なほど明るい声がスギタを出迎え、店の従業員が駆け寄ってきた。「一名様でしょうか?どうぞこちらに」

 

従業員はマネキンめいた笑顔を見せ出迎える。目はツキジのマグロめいてどす黒く目元には深い隈ができておりゾンビめいたアトモスフィアを醸し出している。他の従業員に目を向けてみると似たようなものだった。この様子を見ただけでこの店の勤務の過酷さを感じ取れる。どの職種でも末端は同じ扱いか、スギタは自嘲的に笑う。

 

従業員の案内に従いスギタは8畳ほどの広さの部屋に案内された。テーブルには一人分スペースが空いており相席だ。すでに座っているのは30代らしきサラリマンが二人。アトモスフィアから察するに二人は同じ会社のようだ。スギタは構わず空いている席に座り電子端末で酒を注文した。

 

電車道では少しでも集客率を上げる為席が空いていれば問答無用に案内する。例えば10人座れる席があるとして9人のグループの席に座っている場合でも席を埋める為に見ず知らずの他人に相席を強制させる。もう少しグレードが高い店なら従業員が奥ゆかしくカウンター席にでも案内するのだが、電車道にはカウンター席は存在しない

 

「今日もオツカレサマでした。まさかウマバ=サンがパワハラでケジメするとは思いませんでしたよ。そして私がウマバ=サンの代わりに係長だなんて、務まるか不安です」スーツを着た七三分けヘアーのサラリマンが弱弱しく声を出す。「大丈夫ですよセセラギ=サン、困っている人を助けないのは腰抜け。困っていることがあれば言ってください。サポートしますよ」

 

恰幅の良いサラリマンが七三分けの男の手を握り励ます。「おお、ミヤモトマサシですね。その時はお言葉に甘えて助けてもらいますよ、シャダイ=サン」「任せてください、ユウジョウ!」「ユウジョウ!」「ふん」スギタはサラリマンたちの会話を聞き思わず毒づいた。

 

欺瞞で塗り固められた会話、シャダイという奴はセセラギという奴を助けるつもりなど微塵もないだろう、逆に蹴落とすつもりでいる。そしてセセラギもそれを重々承知しており気を許すことは無いだろう。真のユウジョウは存在しない建て前と欺瞞で塗り固められた世界、少し前まであの世界に居たと思うと吐き気がする。

 

着いて早々だがサラリマンの欺瞞的な会話を聞かされてスギタの気分は最悪だった。さらにケジメという言葉を聞いて気分の悪さは拍車がかかる。スギタは無意識に左手でグローブをはめている右手を触っていた。

 

スギタはサラリマンだった。以前は愛社精神にあふれ、すべてを会社に捧げ電車道の従業員のようにゾンビめいた状態になりながらも働いた。だが派閥争いに巻き込まれ右手の指をすべてケジメさせられた。何気なくグローブを嵌めている右手を見つめる。失った指はサイバネ手術で補ったが、あの日の屈辱と痛みは忘れることは無い。

 

スギタは無意識にテーブルを人差し指で叩く。早く酒を浴びるほど飲みこの不快な気持ちを解消したかった。『ブルシット!あんな捻くれた作品なんてファックだ!』『イディオットめ!先が読めない展開が良いんじゃないか。いつも予定調和の展開の作品だなんてファックだ!』すると後ろの席で大学生らしき青年達が言い争いをしている声が聞こえてくる。

 

言い争いはエスカレートし声のボリュームは上がっていく。電車道では申し訳程度に部屋を区画する壁はあるが、遮音性能に乏しく声は筒抜けである。普段のスギタならこの程度の雑音ならクラブハウスのBGMめいて聞き流せたが、虫の居所が悪い今の状態ではそれは不可能だった。注文の品を待つことなく席を立ちあがり後ろの区画に向かった。

 

ターン!ショウジを勢いよく開けるとそこには大学生らしき四人の青年がいた。四人とも貧相な体で顔色もどこか不健康そうであった。スギタの突然のエントリーに青年達の言い争いは止まる。その隙にスギタは青年たちの襟をつかみ引きずるようにして運ぶ。「何するんですか?離してください!」「アイエエエ!」

 

四人は食品加工されるバイオスズメめいて悲鳴をあげながら運ばれていく。悲鳴は店内に響き渡るが客はおろか店員すらその様子を傍観していた!電車道では客同士の争いには店側に被害が出ない限り干渉することは無い。つまり被害が出なければ店の中で殴り合いが始まろうが知ったことではないのだ!なんたる冷酷で無機質な対応マニュアルなのだろうか!

 

 

 

▼▼▼

「オキオツケテドスエ」ゲイシャに見送られながらスギタは店を後にする。その顔は赤く紅潮し足元はふらついていた。電車道を出た直後スギタは大学生達を路地裏に連れ込み迷惑料という名の元で有り金を根こそぎ奪った。殺すことも可能だったが怒りに任せるのは三流のやることであり今後のリスクを考え殺しは避けるべきだ。

 

スギタは殺すのではなく痛めつける程度で済ませておいた。そして大学生からカツアゲした金額を確認すると予想以上に金を持っていたので奮発し高級ゲイシャバーに足を運ぶ。あのサラリマンの不快な会話と過去の苦い記憶のせいによる不快感はとうに消え失せていた。

 

アルコールによる高揚感でスギタの脳内では今日の仕事の成功をきっかけにステップアップする明るい未来が描かれている。スギタは何気なく今日の仕事で得た物を確かめるべくコートの外ポケットに手を入れた。だがあるはずの感触が無かった。別のところに入れたかコートの内ポケット、ジーンズのポケットなど物が入ってそうな場所を探すが一向に見つからなかった。

 

(((ブッタファック!ウソだろおい!無くしたなんてシャレにならないぞ!)))その瞬間スギタの高揚感は一気に醒め、不安と恐怖が胸中を満たしていく。手は震え、心臓は万力めいた力で締め付けられたように痛みだす。スギタが手に入れたものは他人の手に渡り公になると即セプクしなければならないほどの物だった。

 

 

▼▼▼

 

重金属の成分を多く含んだ雲が月を覆い隠すネオサイタマの夜空。だが闇に覆われることはなく、数々のマグロツェッペリンが夜空を照らし欺瞞的な宣伝広告を垂れ流しながら飛行する。宣伝効果は多少ありベンテン・ストリートを行きかう人々も何人かは立ち止り空を見上げる。そんな人の中に忌々しくマグロツェッペリンを見上げる者がいた。

 

『クライムジャスティス絶賛放送中!ヤバイ級のオモシロさ!みんな見ているよ!』「ファック!」女性は感情の赴くままに叫ぶ。髪型はロングヘアーで後ろ髪をゴムで大雑把にまとめている。体は貧相だが顔には痣が有りシャツの第一ボタンから第三ボタンまで取れている。その胸は平坦であった。

 

するとストリートを行きかう人々は注意を向ける。人々の視線と自分の乱れた服装を恥ずかしく思ったのかコバヤシはリュックサックからレインコートを取り出しフードを深々と被った。重金属酸性雨が降ってきたのでちょうどよい。顔を伏せ足早にストリートを歩き帰路に着く。だが歩いて行くうちに羞恥の心は薄れ怒りが胸中を満たしていた。

 

クライムジャスティス。アニメ番組の一つでありその人気はアニメマニアだけに留まらず一般大衆にも及んでいる。コバヤシはアニメマニアだがクライムジャスティスは好きではなかった。主人公が反体制側の人間でダークヒーロー的な行動が魅力の一つだが、どことなく善性を否定し正直者がバカを見るような展開が多くそれが癪に障る。

 

そのことを言ったら同じアニメマニアにキッズアニメでも見ていろとバカにされ、その一言でコバヤシの堪忍袋は一気に温まり言い争いになる。一般的にキッズアニメは勧善懲悪であり、お約束と言うべき展開で物語が形成されている。コバヤシはそれらを好み、特にニンポ少女ものと呼ばれるジャンルが好きであった。

 

特に初めて見たニンポ少女シノビはコバヤシの聖典と言っていいものだった。少女が強大なニンポを持ちながらも力に溺れることなく、その力を善行の為に行使する姿は大いに共感し、コバヤシの人格形成に多大なる影響を及ぼした。その影響でごみ拾いなどの善行を常日頃行っている。

 

口論が言い争いになり言い争いは罵倒のしあいになる。すると見知らぬ男が乱入し店の外に叩きだされて迷惑料の名のもとに金を奪い取られた。少しばかり抵抗を試みたが貧弱なカラテではどうすることもできず相手のカラテにねじ伏せられてしまう。

 

今日は何と言う日だ!不運のきっかけになったクライムジャスティス!そして金を奪っていったあの男!コバヤシは内心で様々な罵倒の言葉を吐きだしながら自宅に向かう。そしてふと懐から記憶端子を取り出した。この記憶端子はコバヤシから金を奪った男が去っていった後にその場に落ちていたものだ。

 

状況から察するに男が落としたものだろう。普段であればマッポにでも届けるところだが、金を奪われた相手にそこまでのことをするほどブッタではなくコバヤシは記憶端子を懐にしまい込んだ。粉々に破壊してやろうか、それともデータをIRCネット上にばらまいてやろうか。いやそれよりこれをうまく使ってカツアゲされた金を補填するか。

 

記憶端子をどう扱おうかと思案しながら家路を辿るコバヤシだったが、ふとある物に目を移す。ストリートを照らすボンボリライトの淡い光を無視するように煌煌と光る物体、その眩しさに思わず目を細める。一体何なのか?その物体に近づくと正体はすぐに分かった。自動販売機だ。

 

このストリートはいつも通っているが煌煌と光る自動販売機の存在は記憶になかった。訝しみながらどのような商品があるかとディスプレイを見るとバリキドリンクやザゼンなどが見えた。コバヤシは自動販売機の前に立つと靴を脱ぎ中敷きを外す。するとどうだろうか!なんと紙幣が現れた!

 

これはコバヤシが財布を無くした、もしくはカツアゲされた時に備えて仕込んでいたものだった。まさか役に立つ日がこようとはとコバヤシは自虐的に笑う。トークンを入れて人差し指を自動販売機に指した状態で数秒悩んだ末ボタンを押す。ギャバーン!

けたたましい音ともに落ちてきたバリキドリンクを取り口から取り出した。

 

コバヤシは今までバリキドリンクは飲んだことが無かった。親からはバリキドリンクは飲むなと幼少期のころから教え込まれており、バリキドリンクが人体に及ぼす悪影響について洗脳めいて頭に刷り込まされ精神を落ち着かせるザゼンを飲むことを推奨されていた。親の教育の成果か、コバヤシはその教えを忠実に守り続ける。

 

だがコバヤシはバリキを飲むことを決断した。自分の好きなものをバカにされ見知らぬ男にカツアゲされた。コバヤシの精神は怒りや失意でどす黒く黒ずんでいた。この気分を少しでも早く解消したい!そのためにはザゼンの精神を落ち着かせるヒーリング効果ではダメだ!気分を高揚させるバリキドリンクの圧倒的パワーが必要だ。

 

そして鎮痛効果。コバヤシはカツアゲの際にカラテを受けダメージを負った。口を切り腹には打撲跡がある。正直無視できない痛みではあり、バリキに鎮痛作用があることを知っていた。(((痛みで眠れなかったら明日は寝不足だ。それに鬱屈とした気持ちのままじゃ講義に身が入らない。これはしょうがない、しょうがないこと。緊急避難重点)))

 

コバヤシは罪悪感を抱きながらも自分の行為を自己正当しバリキを飲み干す。それは今までに味わった事がないものだった。体の内からエネルギーがマグマの噴火めいて溢れるような感覚。するとどうだろうか。感じていた痛みは和らぎ鬱屈とした気持ちが晴れたような気がした。

 

パワリオワー!『オメデトウドスエ、もう一本お好きなものをどうぞ』突如電子ファンファーレと電子マイコのアナウンスが流れ、自動販売機のボタンが点滅し始めた!何が起こったと言うのか!?この光景を見た瞬間コバヤシのニューロンはある噂話を思い出す。

 

ネオサイタマのごく一部の自動販売機にはある一定の確率でもう一本タダで提供される。

その話を聞いた時にはコバヤシは与太話と断定した。仮にそうだとしたら企業に何の得が有るのだろうか?ただ損しているだけにしか思えない。だが現実にはそれは存在していた。コバヤシは迷うことなくバリキドリンクのボタンを押す。

 

けたたましい音ともに落ちてきたバリキドリンクを取り口から取り出し飲み干す。パワリオワー!『オメデトウドスエ、もう一本お好きなものをどうぞ』突如電子ファンファーレと電子マイコのアナウンスが流れ、自動販売機のボタンが点滅し始めた!コバヤシは迷うことなくバリキドリンクのボタンを押した、

 

けたたましい音ともに落ちてきたバリキドリンクを取り口から取り出し三本目のバリキを飲み干した。パワリオワー!『オメデトウドスエ、もう一本お好きなものをどうぞ』突如電子ファンファーレと電子マイコのアナウンスが流れ、自動販売機のボタンが点滅し始めた!コバヤシは迷うことなくバリキドリンクのボタンを押した、

 

けたたましい音ともに落ちてきたバリキドリンクを取り口から取り出し四本目のバリキを飲み干した。(((なんてラッキーなんだ。ブッタがアタシを憐れんで慈悲を与えたに違いない!まだまだ当たる気がするぞ!)))コバヤシは自分に降りかかる幸運とバリキの成分による高揚感により今日起こった不幸はニューロンからは忘却されていた。

 

次!次のバリキドリンクを!コバヤシは目を血走らせながら電子ファンファーレと電子マイコのアナウンスがながれるのをまった。しかし先程違い30秒ほど待ってもアナウンスはながれない。どうやら当たりをひかなかったようだ。コバヤシは自動販売機から離れようとニューロン内で命令を下した。だが気づけばスリットにトークンを入れバリキドリンクを購入していた。

 

それをきっかけにコバヤシはコケシ工場のマシーンめいて狂ったようにバリキドリンクを購入し続ける。ナムサン!コバヤシの身に何が起こったというのか!?読者の中にネオサイタマの裏事情に詳しい方がいればご存知であろう。バリキドリンクには麻薬成分が含まれており、3本も経て続けに飲めば軽い中毒症状になってしまう。

 

そしてコバヤシは中毒症状に陥っていた。もしコバヤシが自動販売機で当たりをひき無料でバリキドリンクが提供されなければこうはならなかっただろう。無料で提供されれば誰もが手を取ってしまう。そして中毒症状になり必要以上に購入してしまう。そしてこの惨状をバリキドリンクの製造元であるヨロシサン製薬は意図的に仕組んでいたのだ!

なんたるアドバンス将棋の名人めいた策略か!もしここに平安時代に活躍した稀代の哲学剣士ミヤモトマサシの『損した方が案外得』という言葉を想起せずにはいられない。

 

▼▼▼

 

「やっぱりシノビのほうが良いに決まってる!」コバヤシは鼻歌まじりを口ずさみながら足取りで薄暗いストリートを歩く。体には多幸感に満ちており。視界は歪むがそれすらも心地よい。ヨロシサン製薬の狙いどおりなけなしの金をバリキに費やし、その結果コバヤシは軽いトリップ状態に陥っていた。

 

しばらく歩き自宅のアパートにたどり着く。重金属酸性雨で錆びついた屋根や階段の手すり、文字が削られアパートの名前が判別できない古ぼけた看板。いずれはもっとグレードが高いところに引っ越したいと思っていた。だがトリップした今のコバヤシの目にはカスミガセキの高層住居エリアにも劣らないほどの豪邸に見えていた。

 

鼻歌交じりで階段を上り家のドアノブに手をかける。「……ん」重金属酸性雨がアスファルトに落ちる音の他にコバヤシの耳に高音の何かが届く。普段なら気にも留めない音だが今日に限ってはニューロンに引っかかる。鼻歌をやめて聴覚に全神経を集中させるとどこからか僅かに音が聞こえてきた。ドアノブから手を離し音源を探索する。

 

「……ぽん」耳を頼りに探索すると自然とアパートの裏手にある駐車場に足を運んでいた。アパートの大家が所持しているものだが、年々と利用客が減り今では廃車などの物置スペースと化し碌に整備もされていない。アスファルトからはところかしこに雑草が生えている。

 

そんな駐車場に近づくにつれ音が鮮明になっていく。どうやら音ではなく声のようだ。喋っているのは誰かわからないがこの高い声は女性か子供だろう。しかしこの声はどこかで聞いたことがある。友人か親か?いや違う。ある意味親の声よりも聞き馴染みがある声。数秒ほど考えニューロンは答えを導き出した。

 

「マメタロウ=サン!マメタロウ=サンだろ!本当にいたんだ!どこにいる!」突如コバヤシは目を血走らせ嬉々としながら叫び走り出した。数メートル走った後に転倒する。バリキのせいで碌に受け身も取れず肘をアスファルトで擦りむき出血するがその痛みを気にすることなく走り出しマメタロウの名を呼んだ。

 

コバヤシに何が起こったというのか?バリキの麻薬成分の大量摂取で発狂してしまったと言うのか!?もしこの場にネオサイタマのカトゥーンアニメに造詣の深い方がいればマメタロウという名にピンとくるかもしれない。カトゥーンアニメの一つであるニンポ少女シノビ。あらすじとしてはニンポの国の少女シノビが修行の一環としてネオサイタマに出向き人々と交流するというものだ。

 

そしてシノビにはサイドキックめいた存在がおり、それがニンポの国のフェアリーであるマメタロウ。コバヤシの耳に届いた声がそのマメタロウにそっくりだったのだ。しかしこれはフィクションである。ニンポ少女シノビもマメタロウも存在せず声もボイスアクターが演じていることはコバヤシも無論知っている。

 

平常時なら子供用の玩具が音声を出しているか、声が似ている人が喋っていると判断するだろう。だが麻薬成分により混乱したニューロンは思考を一気に飛躍させマメタロウが現実に存在していると断定した。コバヤシのニューロンでは現実とフィクションを混同しているのだ!

 

コバヤシは数十メートル走り、マメタロウの声がする発信源を見つけたその瞬間考えは確信に変わる。声が聞こえる場所には少女が居た。廃車にもたれ掛り顔色も悪そうにしている。制服を着ていることからジュニアハイスクールかハイスクールの生徒だろう。通常状態なら家出少女か何かと考えるが今は違った。

 

マメタロウがいる近くに居る少女、つまりこの少女はニンポ少女だ!ニンポ少女は実在したのだ!「マメタロウ=サン!その娘はニンポ少女だね!?」「マメタロウ?ニンポ少女?それは何だぽん?とりあえず助けてほしいぽん」「ニンポ少女なんだね!」「そこの人ちょっと話聞けぽん!」

 

コバヤシは声の主の疑問に応えることなく一人で嬉しさのあまり目を輝かせ小躍りするが声の主の甲高い怒声にコバヤシは思わず小躍りをやめ姿勢を正した。その様子を感じ取った声の主は話を聞く気になったと判断した。

 

「マメタロウとかニンポ少女はとりあえずいいぽん。ちょっと助けてほしいぽん」「何をすればいいのマメタロウ=サン」「今ここでぐったりしている娘は調子が悪いぽん。どこか屋内で落ち着ける場所があれば案内してほしいぽん」調子悪そうにしている少女を見てコバヤシは見当をつける。

 

ニンポの国のニンポ少女ならネオサイタマの重金属酸性雨をいくら浴びても問題ないが、変身を解けてしまった状態ではそうはいかない。ニンポ少女シノビ第20話で登場したレッサーニュービーニンポ少女ウメコはシノビを心配してニンポの国から駆け付けたが未熟さ故に変身が解け重金属酸性雨を浴びて体調を崩した。つまりそういうことだ。

 

屋内で落ち着ける場所と言われて自宅を思い浮かべた。だが碌に片づけていない部屋にあげるのは何より知らない人間の部屋に運ばれたらこのニンポ少女にシツレイだ。頭を悩ませているとふと頭から水気を感じる。見上げてみると顔に大粒の水滴が当たる。雨の強さが増してきた。その瞬間ニューロン内で警鐘が鳴った。

 

「マメタロウ=サン!とりあえずアタシの家にこの娘をあげるよ!いいね!」先程の雨程度で体調を崩すのであれば今の強雨を浴びれば最悪命を落とす!シツレイなど言っている場合ではない命を優先しなければ!コバヤシは急いで駆け付ける。廃車にもたれ掛っている少女の腿に左手を差し込み頭に右手を添えて持ちあげる!だが持ちあがらない!

 

少女の体は華奢であるがジョックではなく身体を鍛えていないコバヤシにはあまりにも重かった。二回三回と試みるがオブツダンめいて動かない。このままではこのニンポ少女は死んでしまう!コバヤシは一度深呼吸をつき歯を食いしばった。

 

「イヤーッ!」おお見よ!コバヤシは少女の体を見事に持ち上げた。少女を助けたいという気持ちとバリキに含まれる麻薬成分が肉体のリミッターを外し限界まで筋力を引き出したのだ!コバヤシは足元をふらつかせながら自宅に向かう。少しでも速く、そして少女を落とさないようにゆっくりと言い聞かせながら。

 




最新話のオムラの描写が出るたびにニューロンが焼かれる日々。
一部二部のオムラよりさらに尖ってるよこのオムラエンパイア!


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第二話 ニンポショウジョ・パワー♯2

 ♢姫川小雪

 

 意識が覚醒して感じたのは眩暈と気だるさだった。それは風邪をひいて寝て起きた時の感覚に似ている。頭が重く視界は地震がおきているようにグラグラと歪む感覚はまさにそれだ。

 体にかけられていた布団を退かし気だるさを感じながらも何とか体を起こし辺りを見渡すとそこは見知らぬ場所だった。

 パッと見るかぎりそこまで広くは無い部屋で八畳から十畳ぐらいだろう。部屋にはちゃぶ台や箪笥が置いてありその上にある福助人形とこけしに目がいく。

 写真では見たことがあるが実物で見るのは初めてだ。それに写真で見たものと微妙にデザインが違う。

 

 そして手のひらで触れた感覚に覚えがあり、ふと視線を向けると一面に畳が敷かれていた。自室にも畳が敷かれているせいか触っていると少しだけ心が安らぐ、だがどこが違うとは言えないが自室にある畳とは何かが違う。

 

「目を覚ましたぽん!体は大丈夫かぽん!」

 

 甲高い声がする方向に視線を向けるとそこにはいつも以上に燐分を振りまいているファルがいた。ファルの声で思い出したのか小雪は自らの身体の様子を確認する。 

 まず驚いたのが魔法少女の姿がいつの間にか解かれ制服姿の元の姿に戻っていたことだった。自分で元の姿に戻った記憶は無い。では何が起こったのか?クラクラする頭で起こった出来事を思い出す。

 

 ある情報からフォーリナーXと呼ばれる魔法少女が悪事を働いていると知り調査した。そして調査の結果かぎりなく黒であり、襲いかかるフォーリナーXを返り討ちにして検挙しようとした。

 そこまでは覚えている、だがそこから猛烈な眩暈と吐き気に襲われ意識を失い気づけばここにいた。

 

「少し気分が悪い。ここはどこ?」

「スノーホワイト、落ち着いて聞いてほしいだぽん。分かりやすく言えば、ここはファル達がいた世界とは違う世界だぽん」

「どういうこと?」

「検索しても住所どころかどこの国にいるかすら分からないぽん。それに電話も一切繋がらない、こんなこと普通じゃありえないぽん。そう考えるとキークの魔法のような電脳世界に隔離されたか別の世界にいるとしか考えられないぽん。そして後者と踏んだぽん」

 

 聞いた瞬間は冗談かと思ったがフォーリナーXの魔法を思い出せば納得できる。

 フォーリナーXの魔法は「異世界に自由に行けるよ」だとすればあの強烈な眩暈と吐き気はフォーリナーXが魔法を使った時に生じたものかもしれない。そう考えれば異世界にいることも不思議ではない。 

 そしてファルから異世界に飛ばされた直後の様子を聞くと、どうやら裏手の駐車場で意識を失い、この家の住人に介護されたそうだ。小雪はその家の住人に感謝の念を抱いた。

 

 すると後ろからこちらに駆け寄ってくる音が聞こえてくる。どのような人物だろうと想像しているとファルが「相当にトンキチなことを言うと思うけど話を合せてほしいだぽん」と一言告げた。どういう意味だろう?だがファルの言葉の意味を考える間もなくフスマから家の住人が現れる。

 見た目からして大学生ぐらいであろう女性だった。トンチキなことを言うと伝えられていただけに警戒していたが顔立ちなどからしてごく普通の大学生という印象だった。

 

 だが身につけているものは普通ではなかった。上下ともに白の柔道着である。パジャマやTシャツなどのラフな格好だったら分かるが何故に柔道着を着ているのか?彼女が柔道を嗜んでいるからか?

 それでも部屋着で柔道着は着ないだろう。これがファルの言うトンチキという部分なのだろう。

 

「あっ!起きましたか!大丈夫ですか?どこか具合が悪い所ありませんか?何か欲しいものがあったら遠慮なく言ってくださいね!」

 

 女性は正座で小雪に正対し勢いよく言葉を投げかける。その勢いに気圧されそうになるが冷静に相手を分析する。

 相手は自分のことを気遣ってくれ悪意を感じない、女性であることから猥褻行為などの目的で家に運んできたようではなさそうだ。 

 ただ妙に高揚しており多少目も血走っているのが気にはなった。例えるなら憧れのアイドルを目の前にしたファンのようだ。

 

「スノー……じゃなくてユキコは今起きたばかりだぽん。そんなにワッと話さないでほしいぽん」

「マメタロウじゃなくてファル=サンすみません。ドーモ、初めましてコバヤシ・チャコです」

 

 コバヤシはファルに謝った後スノーホワイトに三つ指をゆかにつけ奥ゆかしくあいさつをおこなった。その所作につられてスノーホワイトも通常以上に深々と頭を下げる。

 

「ネオサイタマの重金属酸性雨はニンポ少女状態でない状態では体に毒ですよね。これからはニンポ力が高まるまでは重金属酸性雨用のレインコートを身につけたほうがいいですよ。よければ余ったやつをあげましょうか?」

 

 コバヤシは顔をあげて話しかける。だがスノーホワイトの頭にコバヤシの言葉は入ってこなかった。

 ニンポ少女とは自分のことか?そしてどういう意味だ?それにニンポ力とは?それにファルはスノーホワイトではなくユキコと呼んだのは何故だ?

 様々な疑問が浮かび問いかけようとするが、ファルがバチンバチンと音がしそうなほどのウィンクを見せる。その様子はスノーホワイトの魔法を使わなくても「話を合せてくれなくては困る」と聞こえそうなほどだった。

 

「あの……お手洗いに行きたいのですが」

「あっスミマセン。部屋を出てすぐのところにあります」

 

 ファルを手に取ると少しふらついた足取りで向かう。小雪は用をたすために手洗いに向かったわけではなかった。 

 状況を理解する為にもファルと話をする必要がある。そのための空間にはトイレがちょうどよかった。

 向かった先の手洗いは元の世界とほぼ同じと言っていいほど作りが似ていた。洋式のトイレで材質なども同じであり、おそらく使い方も変わりないだろう。

 部屋の畳といい内装といい、ファルの言う異世界ながらも自分が居た世界と似ているものが多く、それには安心感を抱く。

 だが今はそのことについては後回しだ。小雪は便座に座りファルに問いかける。

 

◆ファル

 

 

「説明して」

 

 スノーホワイトはいつもより少し戸惑いながら問いかける。無理もない、意識が戻ったら見知らぬ場所に居て見知らぬ人間にニンポ少女やニンポ力などという見知らぬ単語を聞かされたのだから。

 

「う~ん何と説明したものかぽん、とりあえず一から説明するぽん」

 

 ファルは困惑を帯びた音声でゆっくりと喋りはじめる。その様子は今起こっている出来事を喋りながら整理しているようだった。

 

「まず気がついたらスノーホワイトと一緒にそこの駐車場にいたぽん。何故か変身が解かれた状態で意識を失っていて、起こそうと声をかけてもウンともスンとも言わなかったぽん。そしてしばらく経ってからある異変が生じたぽん。スノーホワイトの体調がどんどん悪くなっていったぽん」

 

 ファルにはスノーホワイトの脈拍など体調の変化をすぐに察知できる機能が備わっており、すぐさま異変を察知していた。症状から察するにそこまで深刻なものではなかった。だが時が経つにつれ症状は重くなっていく。

 

「コバヤシから聞いてわかったことで、どうやらこの世界の雨は重金属酸性雨で体に浴びると毒らしいぽん。たぶんそれが原因だぽん。そこに偶然コバヤシが通りかかって雨が当たらない自分の部屋に運んでくれたぽん。コバヤシが通りかからず雨を浴び続けたら死んでいたかもしれなかったぽん、マジで危なかったぽん」

「そうだったんだ……」

 

 スノーホワイトはファルから目線を外し顎に手を当て何かを考える仕草を見せる。

 ファルには電子妖精であるが故に感情の機微に疎いがスノーホワイトが考えていることが何となく察していた。 

 見知らぬ土地で家族や友人に何も伝えることができずに朽ち果てていた可能性があった。それはとても恐ろしいことなのだろう。数秒ほど物思いにふけった後スノーホワイトは質問する。

 

「それでニンポ少女とかユキコとかは何なの?」

「え~っとそれはあれだぽん」

 

 スノーホワイトにファルは鱗粉を振りまき困惑の色をさらに強めた声を発しながら説明する。

 

「まずニンポ少女というのは、スノーホワイトの世界で言う魔法少女もののアニメとか漫画と考えてくれていいぽん。そして何故かニンポ少女が現実にいると思い込んでいて、スノーホワイトを本物のニンポ少女だと思っているぽん。あとユキコというのはスノーホワイトの名前を聞かれてファルが咄嗟に答えた偽名だぽん。ちなみにファルがマメタロウと呼ばれていたのは作中にファルに似ているキャラがいたからだぽん」

 

 スノーホワイトは胡散臭い人を見るように訝しんだ。その反応は至極当然だと思う。起きるまで軽く話をした際に助けてくれた理由を聞くとコバヤシはこう答えた

 

―――ニンポ少女好きならニンポ少女が倒れているなら助けるなんて当然のことですよ

 

 何言っているんだこいつ。

 

 ファルには表情で感情を表すことができないが、もし表情を作れるなら今さっき自分に向けた表情と同じ顔をしていただろう。そこからニンポ少女ものについて短いながら濃密な情報を一方的に叩き込まれる。

 

「とりあえずニンポ少女については置いておくぽん、それよりこれからどうするか考えるぽん?」

「フォーリナーXを探す。元の世界に帰るにもフォーリナーXしか当てがないから」

「そのフォーリナーXはこの世界にいるぽん?」

 

 ファルは不安げな声で問うがスノーホワイトはきっぱりと大丈夫と答えた。

 元の世界に帰るにはフォーリナーXの存在が必要不可欠である。だが接触しようにもこの世界にいなければこちらとしては手の打ちようがない。ファルはこの事態を恐れていた。

 だがスノーホワイトは感覚的にフォーリナーXがこの世界に居て、遥か遠くにいないのは分かっていた。何故わかるかと言われると説明はできない。一緒に異世界に転移したことで何かしらがリンクしたのかもしれない。

 

「そうかぽん、フォーリナーXを探す当てはあるかぽん?」

 

 スノーホワイトはファルの質問に首を横に振った。フォーリナーXはこの世界に居るが場所は分からない。感覚的には日本の東京のどこかに居ると分かる程度のものだった。ファルは残念そうにした後何かを思い出したように問いかける。

 

「ところでスノーホワイト、今魔法少女に変身できるぽん?もしかして何かしら不備で変身できない可能性が有るぽん、確認しておくべきだぽん」

 

 スノーホワイトはファルの言葉に従い変身を試みた。魔法少女に変身して握りこぶしを作るなど体の調子を確認しているが、その表情は渋い。

 

「どうだぽん?」

「調子が悪い、風邪をひいたような感じでこんなのは初めて。フォーリナーXの魔法でこの世界に移動した影響かも」

 

 スノーホワイトの言葉にファルの立体映像は目をつぶり考え込む仕草を見せる。魔法少女は怪我を負うが、病気にかかることもないし毒も効かない。

 だがスノーホワイトは風邪をひいた感じと言っているが、魔法少女が風邪をひくというのは聞いた事が無かった。

 

「なるほどぽん……、ところで一つ提案が有るぽん」

「何?」

「今日はここで泊っていくべきだぽん」

 

 ファルの提案を聞いたスノーホワイトは僅かばかり目の瞳孔が開く。人の家に泊まるという発想はまるで無かったのだろう。そんな様子をしり目にファルは話を続ける。

 

「ファル達はこの見知らぬ世界で文字通り右も左も分からない状態だぽん。そんな状態でフォーリナーXを探せるとは思えないぽん、情報が圧倒的に不足しているぽん。他の人物からこの世界について聞こうにも親切に教えてくれるとは限らないぽん。けどコバヤシは違うぽん、スノーホワイトをニンポ少女と信じ切っているコバヤシはある意味この世界で一番スノーホワイトに親切にしてくれる人間だぽん。スノーホワイトがこの世界での『こいつこんな事も知らないの』レベルのことを聞いても、勝手に好意的に解釈してくれて親切に答えてくれるぽん」

 

 ファルは言葉を区切りスノーホワイトの様子を見る。一理はあると思ってくれたのか、特に意見を挟むことはない。その様子を見て言葉を続けた。

 

「それにスノーホワイトの原因不明の体調不良、正直ファルには対処法がわからないぽん。人間が風邪をひいたときみたいに寝て自然回復を期待したいところだぽん、それならば落ち着けるところで休みたいけど、この世界で落ち着いて休めるところなんて知らないぽん。でもコバヤシの家なら最低限環境は整っているし泊りたいと言えば泊らせてくれるぽん」

「泊まる許可は取ったの?」

「とっては無いけど恐らく許可してくれるぽん」

 

 ハッキリ言うとコバヤシはまともな人物と断言はできない。容姿からして10代後半から20代前半ぐらいだろう。

 そんなコバヤシはニンポ少女というのはこちらで言う魔法少女の存在を信じている。これは人間の常識では異常に分類される。

 だがニンポ少女に対する想いは本物だ、短い時間だがスノーホワイトの身を本当に案じていたのは感じ取れた。そんなコバヤシなら親身にしてくれるだろう。

 それに今自分達がいる場所は魔法の国ともスノーホワイトがいた世界とも違う世界。何が起こるかはわからないのであればできるだけ万全な状態にするべきである。

 

 

「……今日だけご厚意に甘えよう。明日は体調が戻っても戻らなくてもこの場所を発つ」

 

 スノーホワイトは10数秒熟考したのちファルの提案を承諾した。便座から立ち上がりコバヤシのいる居間に向おうとするがファルの声で足が止まる。

 

「ニンポ少女の設定はどうするぽん?」

 



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第二話 ニンポショウジョ・パワー♯3

これまでのあらすじ
スノーホワイトは悪しき魔法少女フォーリナーXを追っていたが相手の魔法によって異世界に飛ばされてしまった。
飛ばされた先で介抱してくれた女性コバヤシ・チャコの意味不明な言葉や自らの体調不良戸惑うスノーホワイト。
ファルは体調不良を治し今の状況を整理するためにコバヤシの家に泊まることを提案しスノーホワイトもそれを了承する……


♢姫川小雪

 

「大丈夫ですか?長かったようだったのでもしかして倒れていると思っていましたよ」

「大丈夫です。問題ありません」

 

 小雪がフスマを開けると目に飛び込んできたのはコバヤシの安堵の表情だった。

 今にも泣きそうな顔を見れば心の声を聞かなくても身を案じてくれたのが分かり、それだけで信用できる人物であると判断できる。

 意識を取り戻すまで寝ていた布団ではなくコバヤシの5メートル前で正座し、お辞儀をしてから話をきりだした。

 

「コバヤシさんが助けてくれなければ死んでいたかもしれません。本当にありがとうございます」

「いや、そんな!ニンポ少女が倒れているなら助けるのは当然です!」

 

 小雪の礼に対してコバヤシは深々と頭を下げるその様子に恐縮しながらも頭が上がるのを待ってから話を続けた。

 

「それで実は……魔法…ニンポの国から修業でここに来たのですが、身一つで送り出されて右も左もわからない状態で泊まるところも無くて……もしよければ一晩だけ泊めてくれないでしょうか?」

 

 ファルからコバヤシの家に泊まらないかと提案され即答することができなかった。

 健全な体に健全な精神が宿る。身体と心の相互関係は強く体が弱れば心も弱まり、その逆のパターンも有る。

 小雪は見知らぬ世界に飛ばされたと聞かされて少なからず動揺していた。元の世界に帰れるだろうか?このままこの世界に取り残されるかもしれない。様々なネガティブな感情が心を満たしていく。

 しかし姫川小雪、魔法少女スノーホワイトは不安に押しつぶされるような弱者ではない。元の世界に帰るために唯一の手がかかりであるフォーリナーXを探すためにすぐに行動をおこしていただろう。通常の状態であれば。

 しかしフォーリナーXの魔法により異世界に移動した影響か、原因不明の体調不良に陥っていた。

 身体が弱れば心も弱まる。今すぐ行動に移す気力は小雪にはなく休息のために無意識にコバヤシの家に泊まることを選ぶ。

 どう提案しようと考えながらコバヤシの元へ向かおうと先にファルの一言で足が止まった。

 

「ニンポ少女の設定はどうするかぽん」

 

 ファル曰くニンポ少女と信じきっているからこそ、ニンポ少女の設定のディティールを細かくしなければ逆に怪しまれるとのことだった。

 話を聞く限りでは慣れ親しんだ魔法少女ものと類似点が多いらしく、古今東西の魔法少女もの設定を参考にしてそれっぽい設定をでっち上げ二人で共有する。

 設定では気弱で臆病なニンポ少女が一人前のニンポ少女になるために半ば強引にこの世界に送り込まれたというものである。

 小雪も魔法少女もの愛好家であり、ファルも元の主であるキークから魔法少女もの知識を叩き込まれている。

 よりそれっぽいニンポ少女の設定を考えどんどん細かく膨大になっていき、設定は資料集に記載されるレベルに付け加えさらに増えていったが、これでは埒があかないと思った二人は大筋だけを決め、あとはアドリブで済ますことにしていた。

 

 小雪は気弱そうな少女を演じながらコバヤシの様子を確認する。これでダメと言われれば潔く諦め雨風が凌げるところでも探そうと考えた始めた刹那に答えが返ってくる。

 

「ヨ……ヨロコンデー!気が済むまで泊まってかまいません!」

 

 嬉しそうに目を輝かせながら即答する。見知らぬ他人を泊めることにもう少し警戒心をもったほうがいいのではとお人よしに分類される小雪ですら心配になるほどの無警戒ぶりだった。

 だが気持ちは分かる。仮に幼い頃の自分がキューティーヒーラーに自分の家に泊まりたいと言われたら嬉しさで狂喜乱舞するだろう。

 そしてコバヤシの取る次の行動もわかる。恐らくニンポの国やニンポ少女について質問してくるだろう、一応設定は考えているがいつボロが出るか分からない。

 ならばこちらから質問しコバヤシに話させこちらは極力話さない。ファルの言う通りこの世界についての情報を聞いておく必要があり丁度良い。設定どおりオドオドとした仕草でコバヤシに話しかけた。

 

「あと自分で調べるのも修業の一環だと言ってここについて何も教えてくれなかったのです……よかったらここについて色々と教えてくれませんか?」

「ユキコの上司は身を持って体験しろと言うけど、失礼なことをして恥をかくなんてユキコが可哀そうだぽん。そうならないために必要最低限の常識を教えて欲しいだぽん」

「恥ですか……そうですね恥をかくのは辛いことです……わかりました!私が知る限りのことを教えましょう。ユキコ=サンには恥はかかせません!」

 

 コバヤシは小雪の手を両手でギュッと握り少し涙を浮かべながら見つめる。この世界において礼儀は小雪が住む世界より重要視され、シツレイな行為を行えば最悪ケジメという罰則で指を斬り落とさなければならないこともある。

 ニンポ少女シリーズでもシツレイを働き危うくケジメされる場面があった。それだけはさせてはならない。コバヤシは小雪の手をさらに強く握った。

 

▼▼▼

 

「後何か聞きたいことがありますか?」

「特にはないです」

「特にはないぽん」

 

 小雪は深く息を吐いた後コバヤシから聞いた情報を整理する。この世界は小雪達が居た世界との類似点が多くあることが分かった。

 まず今いる場所はニホンという国のネオサイタマと呼ばれる都市である。他にもオキナワやキョートなど同じような名前の都市が存在し、人類の歴史も細部は違うが、ある時点までは大まかな部分では同じであった。

 さらに食事でも豆腐や寿司など馴染みのある食べ物も存在していた。異世界というからにはもっとファンタジーめいたものでカルチャーギャップがあるものかと予想していたが、ここまで似ているとなるとそこまで無さそうだ。

 長くいるつもりはないが長期間の滞在を余儀ならざるえない可能性を考えると、その点については安堵していた。

 

「あの、ユキコ=サンはシノビに会ったことがありますか?」

 

 するとコバヤシが小雪の様子を見計らい質問を投げかける。シノビとはコバヤシが一番好きなニンポ少女である。

 ネオサイタマについてのレクチャーの合間にニンポ少女シノビについての良さを講釈するので頭に刻まれている。

 アニメのニンポ少女に会ったことがあるという質問は奇妙だったが、自分をニンポ少女だと仮定すればアニメに登場していたニンポ少女が実在していると思うのは不思議ではない。

 

「えっと……シノビさんは色々と忙しいみたいで会ったことはないです」

「そうですか……」

 

 小雪の答えにコバヤシは残念そうに肩を落とす。だがすぐさま顔を上げた。

 

「もし……もしシノビに会うことがあれば伝えてもらいますか。ありがとうございます。貴女のおかげで一人の人間は救われましたと」

「どういうことですか?」

 

 小雪は思わず聞き返す。コバヤシの言葉には感謝の他に様々な想いが込められているのを感じ取れた。

 何があったのか気になる、小雪の言葉を聞きコバヤシは思い出すように語り始める。

 

「私がスクール通っている時なのですが、同級生にツバキ=サンという女の子が居たんです。カワイイなんですが性格は奥ゆかしくてそんなに目立つ娘じゃありませんでした。ある時転校生が現われて瞬く間にジョック……えっと何と言えばいいかな……男で運動ができて、そう、クラスの中心的存在です。わかりますか?」

「何となく」

 

 小雪は今までの学校生活を思い出し置き換える。今までのクラスでも男子でクラスの中心的存在は必ずいた。ジョッグと言うのはそのような生徒のことだろう。

 

「それでそのジョックがツバキ=サンに言い寄ってきたんです。普通ならジョックはジョックやクイーンビー……ジョックの女性版と考えてください。普通ならそのクイーンビーとつるむんですよ。でもその人はナードやゴスの下層階級にも声をかけたりするんですよ。普通ならムラハチですがその人自身のカリスマ性や親がメガコーポの重役なこともあってそんなことは起きずジョックの頂点でした」

 

 ムラハチは確かいじめのようなものだったか。小雪は言葉を自分の知る言葉に変換しながら話を聞く。

 

「そしてそのジョックはツバキ=サンに言い寄りました。普通だとジョックはクイーンビーと付き合ったりするんだけど見向きもしなかった。それがクイーンビーの堪忍袋を温めてツバキ=サンはムラハチされました。私も何度も助けようと思いました。でもそれをすれば自分もムラハチです。そう考えると怖くて何もできませんでした」

 

 当時の事を思い出したのかコバヤシの表情は青ざめ僅かに震えている。ムラハチの当事者ではなかったが思い出しただけでもツバキに対する行為は壮絶なものだった。

 学生にとってムラハチにあうことは社会的な死と同意義である。平穏な日常が地獄に変わり精神を削り身体を蝕んでいく。

 正しいおこないではないことは分かっていたが動けなかった。例え自分がかばってもムラハチは終わらない。助けるだけ無駄だ。ネガティブな感情がコバヤシの胸中に駆け巡る。

 

「でもシノビが……シノビが力をくれました」

 

 コバヤシはふとニンポ少女のシノビについて思いをはせる。もしシノビが自分の立場だったらならば迷わずツバキを庇いクイーンビーに立ち向かうだろう。

 人の痛みを自分の痛みのように悲しみ助けようとする慈愛の心、正しいことのためにどんな障害にも立ち向かう勇敢さ、その姿の感銘を受け憧れていた。そしてシノビのこと思い出すと力と勇気が湧いてきた。

 

「私はツバキ=サンを庇いクイーンビーに反抗した結果ムラハチにされました。辛かったですが後悔はないです」

 

 結局はムラハチを止めるどころかムラハチに巻き込まれてしまった。自分がしたことは何も意味が無かったのかもしれない。

 だが庇わなければ見てみぬふりをしたという事実が一生後悔し心に重くのしかかるだろう。シノビがコバヤシを後悔と言う呪いから救い出したのだ。

 

 一方小雪も後悔はないという言葉を聞き昔のことを思い出していた。

 N市で行われた魔法少女選抜試験において自分は何もせず何も選ばず見ているだけだった。その結果多くの魔法少女が死んだ。

 ラ・ピュセル、ウインタープリズン、シスターナナ、ハードゴア・アリス。もう選ばないで後悔したくない。それがスノーホワイトの行動の原動力となる。

 あの時自分は選べなかったが、コバヤシはニンポ少女の影響で選ぶことができた。魔法少女とニンポ少女、世界は違えども自分が愛したものと似たような存在が人に力を与えたことが少しだけ嬉しくもあり誇らしかった。

 そして立場は違えども自ら選択し困難に立ち向かったコバヤシに敬意のような感情が芽生えていた。

 

「わかりました。もしシノビさんに会ったら伝えておきます。シノビさんもこのことを伝えたら喜んでくれると思いますよ」

 

 小雪の言葉にコバヤシは照れ臭そうに、そして嬉しそうに微笑んだ。

 

 

▼▼▼

 

「フゥー」コバヤシはタタミに大の字になり息を吐く。その顔は薬物中毒者めいて緩み切った笑顔だった。ニンポ少女が実在しそしてニンポ少女と会話し役に立てた。幸せだ!今幸せの絶頂にいる。実際バリキの成分とそれをきっかけに出される脳内麻薬物質によりコバヤシは薬物中毒者と同じような多幸感を感じていた。

 

その緩みきった笑顔は他人に見られれば訝しまれるものだが、今はコバヤシただ一人であり小雪は今シャワー室に居る。コバヤシは小雪にシャワーを使う様に勧めた。最初は丁重に断っていたが重金属酸性雨は早めに洗わないと健康に悪いと強く言われ、それに折れたのか申し訳なさそうにシャワー室に向かって行った。

 

一しきり幸福を噛みしめた後、何かを思いついたようにおもむろに立ち上がりリュックサックに手に取り様々な物を入れていく。レインコート、タオル、地図。とりあえず今後生活に必要そうなものはあらかた入れていった。

 

コバヤシは生活が安定するまで好きなだけ泊っていいと小雪に勧めた。これは小雪の今後を心配、もっとニンポ少女の役に立ちたい、ニンポ少女と一緒に生活したい。様々な想いが入り混じった提案だった。これも丁重に断られシャワーの時と同じように強く勧めたが小雪は決して首を縦に振らなかった。結果今度は小雪が自分の意見を押し通した。

 

コバヤシは食い下がろうとしたが自分の願望を優先しすぎるのは奥ゆかしくない行為だ。自分の想いをグッと飲み込んだ。明日にはここを出発する、残された少ない時間でニンポ少女に何が出来るだろうか?考えた末の行動がこの荷づくりだった。コバヤシは荷造りを終えるとフートンが入っている押入れに向かい奥底にある物品を取り出す。

 

それはバイオ笹に密封された長方形の形をしていた。これはモコテック・オタミで販売されている高級アンコヨーカンである。コバヤシはこれが好物であり、値段が高く誕生日など特別な行事にしか食べられなかった。そしてこのヨーカンはセンタ試験を突破し大学の合格祝いにくれた最高級の一品であり、祖母がくれたもので何か特別な日に食べようと保管していたが、特別な日は来なく一年が過ぎていた。

 

そしてニンポ少女が現れた今日こそがコバヤシにとって特別な日だった。好みに合うかはわからないが自分もそうだが女性は甘いモノが基本的に好きだし何より美味しいから大丈夫だろう。小雪が喜ぶ顔を想像しながらヨーカンと一緒に出すチャを用意し始めた。

 

ターン!ショウジ戸が勢いよく開く音がコバヤシの耳に届く。シャワーからあがったのか、早く用意しなければ。後ろを振りむくとそれはあまりにも予想外の光景があった。目の前にいたのは可憐なニンポ少女ではなく、大柄な男だった。レザージャケットを身に纏い髪型はX型のモヒカン。そして口元は髑髏のイラストが描かれているスカーフで覆い隠されていた。

 

男はコバヤシの足元に何かを投げてアイサツをする。「ドーモ、はじめましてコールドスカルです」コバヤシは緩慢な動きで目線を足元に移す。そこにはドアノブとチェーンがあった。何故こんなものがここに?確かに施錠したはずだが?男のことは何も知らない。だが気づけば本能に従って叫んでいた。

 

「アイエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」コバヤシ・チャコにとって今日は特別な一日となった。

 



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第二話 ニンポショウジョ・パワー♯4

これまでのあらすじ

コバヤシ・チャコはスノーホワイトをフィクション上の存在であるニンポ少女と勘違いしていた。そのニンポ少女に会い会話することができ幸せの絶頂にいた。だが突然の来訪者によって幸福は恐怖に変わる。


「アイエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」コバヤシの突如の絶叫!彼女に何が起こったというのか!?発狂してしまったのか!?読者の中にニンジャについて詳しい方ならこの一連のコバヤシの反応を見て何が起こったかお分かりだろう。これはNRS(ニンジャ・リアリティ・ショック)である。

 

ニンジャとは太古よりカラテで世界を支配してきた半神的存在である。長い年月の間ニンジャは社会の陰に潜み人類を支配し搾取してきた。その恐怖は人の遺伝子レベルに刻み込まれていった。現在ではニンジャはフィクションであり架空の存在とされている。だがもしニンジャが実在し目の前にいたら?

 

その事実を認識した瞬間遺伝子に刻まれた恐怖が蘇る。これがNRSである。症状としては失禁、一次的な記憶の欠如。重篤なものではショックによる死亡すら有りうる!ショック死はまぬがれたがしめやかに失禁していた。コールドスカルはコバヤシ侮蔑的な目線を向けた後チャブ台の上にあるUNIX機に近づき、付近にあった記憶端子を手に取る。

 

「有ったか」その瞬間傍目で分かるほど安堵のため息をついた。スギタ改めコールドスカルはゲイシャバーで記憶端子を紛失したと知った瞬間にすぐさまジツを行使する。ジツとはニンジャ固有の特殊能力である。あるニンジャは火を放出し、あるニンジャは体を鋼のように固くするなど様々なものがある。

 

そしてコールドスカルが使えるジツはシルシ・ジツ。これは触ったものにシルシをつけ遠距離からでも位置を判別できるジツである。コールドスカルは念のために記憶端子にシルシをつけておいたのだ。かつてのカンシ・ニンジャはドサンコからオキナワの距離でも対象の正確な位置を判別できたと言われている。

 

だがコールドスカルはそこまでのタツジンではなく、精々半径十キロメートルにいれば位置がわかる程度のものだった。しかし幸運なことに探知範囲に記憶端子はありそれを追跡、コバヤシの家にたどり着いたコールドスカルは物理鍵とチェーンロックを破壊しエントリーしたのだった。

 

記憶端子を懐に仕舞い込んだコールドスカルは放心状態で座り込んでいるコバヤシの前に腰をおろし問いかける。「この記憶端子の中身を見たか?」「……」コバヤシの返答はない。「この記憶端子の中身を見たか?もしくは見た奴はいるか?」コバヤシの肩に手を置き語気を強めながらもう一度問いただす。

 

 

肩に置いた手に少しばかり力が入るとコバヤシの肩に激痛が走った「アイエエエ!見てないです!アタシも誰も見てないです!ブッタに誓います!」恐怖と痛みで涙ながら訴える様子をコールドスカルは冷ややかな目で観察する。眼球の動き、呼吸の仕方、匂い、様々な仕草をニンジャ観察力で見極めコバヤシは嘘をついていないと判断した。

 

「バリキを大量に飲んでいるな、そんなに好きならわけてやる」コールドスカルは懐からバリキを取り出しコバヤシの口に強引に流し込む。半分ほど飲ませ残りが入った空き瓶と封を開けていないバリキをコバヤシの近くに置きコバヤシに拳を向けて構えをとる。

 

「残りはサンズリバーで飲んでくれ。お前の死因はバリキの飲みすぎによる心臓発作だ」コールドスカルは心臓めがけて電撃的な速度でパンチを放った。これは暗黒カラテ技の一つHBS!(ハート・ブレイク・ショット)相手の心臓に強い衝撃を与え心停止させる恐ろしい技である。

 

バリキを大量に飲むと心臓発作で死亡する事例がある。だが実際に心臓発作で死亡する事例はそう多くは無い。しかしコールドスカルはこの事例を利用し、ターゲットにバリキを飲ませた後にHBSを打ち込みバリキの大量摂取による心臓発作と偽装し、何人もの人間を殺害してきたのだ!

 

 

コバヤシが記憶端子の中身を見ていないのも誰も見ていないのも本当だろう。だがこの記憶端子の存在を知ってしまったことで巡り巡って不都合なことが起きる可能性が僅かながら存在する。コールドスカルはコバヤシを殺すことを選んだ。ナムサン!何たる人の命を何とも思わない残忍かつ冷酷なリスク管理だろうか!

 

だがニンジャにとってモータルを殺すことなど人がモスキートを殺す程度の罪悪感と労力なのだ!コバヤシはこの冷酷かつ残忍なリスク管理のもとで処理されてしまうのか!?しかしコールスカルの拳は心臓の前で静止する。いや背後から伸びる何ものかの手がパンチを止めたのだ。

 

後ろを振り向くとそこにはセーラー服のような白い服を着たピンク髪の少女がいた。

 

♢スノーホワイト

 

 小雪は真っ赤に彩られた容器を手に取りラベルに書かれている文字を読み込む「スゴイ!ヤバイ!洗浄力はヨコヅナ級!コンゴウ」詳しいことは分からないが相撲中継で見かけたような書体で書かれている文字には効き目をアピールする力強い言葉が並んでいる。

 一応洗髪剤と書かれているがまるでペンキでも落とせるような強力な洗剤のような文言だ。確かにこれなら髪に付着した重金属酸性雨の成分も落とせそうだが髪にも悪そうである。

 容器の腹を押し液体を出すとこれまた見事な赤色で髪に悪そうという印象をさらに引き立てる。思わず洗髪剤は使わず水洗いで済まそうと考えるがコバヤシの言葉が頭を過る。

 

―――体と頭はしっかり洗った方がいいですよ。特に髪は重点です。洗剤を使わないでそのままにして変色した子もいますから

 

 年頃の女性としては髪を傷めるのは避けたい。小雪は意を決して赤色の洗髪剤を水に溶かして髪を洗いはじめる。

 

 一通り話を聞いた後コバヤシからお風呂に入るように勧められたが丁重に断った。一泊させてもらいさらにお風呂まで入らせてもらうわけにはいかない。何より初対面の人の浴場を使うことに抵抗感はある。

 だがコバヤシは重金属酸性雨に濡れた体をそのままにしておくと健康に非常に悪いと強く主張し、それに押し切られる形で浴室を借りることになった。

 小雪はいつも以上に時間をかけて髪と体を洗い浴室を出て使用許可をもらったタオルで拭く。このタオルは家に有るものより作りが荒いなと取りとめもないことを考えている時だった。

 

―――アイエエエ!

 

 コバヤシが居る方向から大声が聞こえてきた。悲鳴だろうか?それにしては気が抜けるというか間が抜ける声だな。それが最初に思い浮かんだことだった。

 だが通常ではない何かが起こったことは確かだ。小雪は急いで制服に着替えてコバヤシのいる居間に向かおうとする時にそれを見た。

 そこには男がいた。大柄で黒のレザージャケットを身に纏いX型のモヒカンが特徴的な男だった。

 まず思い浮かんだのが親類か彼氏が訪れた可能性だったがすぐにその可能性は打ち消した。男の影から見えるコバヤシの怯えた表情は尋常ではない。

 その怯えた表情を見た瞬間に小雪はすぐさま浴室に戻り魔法少女スノーホワイトに変身した。これならばコバヤシの身に何かが起ころうとすぐに対処できる。

 スノーホワイトは状況を把握する為に魔法『困った人の声が聞こえるよ』を使い男の声を聞く。

 

―――この女が生きていたら困るな

 

 その声を聞いた瞬間に男は腰を捻り肘を後ろに下げる動作の予兆を見せる。その刹那スノーホワイトは飛び出した。

 あの困った声にこれからされる行為を予測すれば、コバヤシに危害を加えられるのは目に見えていた。

 魔法少女の常人離れした身体能力で距離を詰め、コバヤシに突きが放たれる直前に右手首を後ろから掴んだ。

 

 

◆◆◆

 

コールドスカルは後ろを振り向きスノーホワイトの姿を確認し驚きの表情を見せる。記憶端子を奪還することに集中し過ぎて周りの警戒を怠り接近を許した。何たるウカツ!そして少女の体に見合っていないこの強力な握力。少女でありながらまるでリキシリーグのスモトリのようだ。

 

だが振りほどけないほどではない。コールドスカルは握りこぶしを開き手首を回し下斜めにチョップで繰り出す動作をしてスノーホワイトの拘束から逃れる。一方スノーホワイトも驚きの表情を見せた。魔法少女が本気で握りしめれば人間の手首の骨など簡単に折れてしまう。ゆえにコールドスカルの手首を加減して握った。

 

それでもプロレスラーでも簡単に振りほどけない力で握りしめていた。それをいとも簡単にふりほどくとは。この一連の動作でコールドスカルとスノーホワイトはお互いが警戒すべき相手と認識し正対しながら見つめ合う。その間は一秒にも満たない時間だったが両者のニューロンでは目の前の相手への対応パターンが思い浮かび消えていった

 

「ドーモ、はじめまして。コールドスカルで…グワーッ!」「逃げて!」先に動いたのはコールドスカルだった、アイサツをするためにスノーホワイトに向けて手の平を合わせ頭を下げる最中に腹部に衝撃がはしり気づけば部屋から飛び出していた。正確にいえば腹部に抱きつくスノーホワイトとともに部屋の窓を突き破り外に飛び出ていた。

 

「イヤーッ!」無様にも地面に叩きつけられる直前にスノーホワイトの拘束を強引に振りほどき駐車場にある廃車の上に受け着地する。「貴様……アイサツも碌にできないのか!」コールドスカルは車の上からスノーホワイトに向け侮蔑と怒りの視線を向けた。

 

ニンジャのイクサにおいては幾つかのルールがある。その一つがアイサツである。ニンジャ同士が戦う前に名を名乗りアイサツをおこなうことは神聖な儀式で絶対であり、古事記にもそう記されている。コールドスカルはその身体能力からスノーホワイトをニンジャと判断した。だがスノーホワイトはアイサツの途中に攻撃をしかけてきた。

 

なんたるシツレイ!アイサツ最中での攻撃はニンジャの世界ではシツレイの極致である!だがスノーホワイトはニンジャではなく魔法少女。コールドスカルが勘違いしただけでありニンジャの礼儀作法に従う道理はない。一方スノーホワイトはその侮蔑と怒りの視線を受け止めながら目の前の相手に集中する。だが思考の片隅で部屋にいるコバヤシを心配していた。

 

(((この女も記憶端子のことを知っていたら困るな。生きていたら困るな)))聞こえてくる声でスノーホワイトには相手が自分に対して敵意があるのは分かっている。ここで応戦してもいいがコバヤシを巻き込んでしまう。

 

上手くコバヤシと分離する方法がないものか。そう思案している最中だった。コールドスカルが突如頭を下げ『アイサツ中に攻撃されたら困るな』という声が聞こえてきたその瞬間スノーホワイトは行動に移った。

 

相手にタックルをしかけ一緒に部屋から飛び出てコバヤシと距離を取り、相手を無力化またはコバヤシに遠くに逃げてもらう。それがスノーホワイトのプランだった。飛び出る直前に逃げろと言ったがあの虚ろな目に自分の言葉が届いているか一抹の不安を覚えていた。

 

今日の夜から降っていた重金属酸性雨は勢いを増し鈍色の雲に雷光が走る、駐車場の近くにあるボンボリライトがバチバチと明滅し二人をおぼろげに照らす。CABOOOM!一筋の雷光がはしるとともに轟音が鳴り響きそれが戦いの合図となる。「イヤーッ!」コールドスカルはスノーホワイトとの間にあった五メートルの距離を一瞬で詰め顔面に向けて突きを繰り出す。

 

あと数コンマで直撃するタイミングでスノーホワイトは首を動かし突きを躱す。突きは髪を掠り焦げ臭い匂いが嗅覚を刺激した。スノーホワイトの眼は驚愕と困惑で見開く。コールドスカルの実力を過小評価していた。高い身体能力を有しているが人の域は脱していないと思っていたが、その戦闘能力は完全に人の域を脱し魔法少女と変わりないものだった。

 

そして自分の体の変調具合。フォーリナーXの魔法の影響で体の状態が万全ではないことは確認していたがそれは予想以上だった。『顔面への突きが避けられたら困るな』という心の困った声を聞き攻撃が来るのは分かっていたのに体が反応できなかった。万全なら突きに対してカウンターを合わせられるのだが躱すのがやっとである。

 

 

「イヤッ!イヤッ!イヤッ!」コールドスカルは勢いそのままにワンインチの距離に潜り込みショートフック、ショートアッパーなどの細かい連打を繰り出す。戦闘時には得物である薙刀めいたルーラを使用することが多く、この距離は得意な距離ではない。スノーホワイトは攻撃を防ぎながら何とか距離をとり魔法の袋からルーラを取り出そうと試みる。

 

だがコールドスカルがそれを察知し距離を詰める、二人の間合いは一向に離れない。「イヤッ!」首元へのチョップ!「イヤッ!」側頭部へのエルボー!「イヤッ!」肝臓へのボディーブロー!マシンガンめいた連続打撃を防ぎ続ける!スノーホワイトはこのワンインチの攻防で己のさらなる異変に気付く。

 

ワンインチの距離になれば手数が多くなる。手数が多いということはその手数分だけ困った声が生じる。魔法少女クラスの能力でワンインチの距離で攻撃すれば、その手数に伴う困った声は膨大である。普段のスノーホワイトならばその膨大な心の声も聞き分け対処できるだろう。

 

だが今は違っていた。これまたフォーリナーXの魔法による影響か魔法の精度も落ち手数の多さも相まって処理できず所々声にノイズが混じっている。そのせいで相手の攻撃を読めないのであった。戦いのフーリンカザンは完全にコールドスカルのものである!

 

 

「イヤッ!」コールドスカルはトラの爪めいた手の形をつくり掌打を顔面に打ち込む。スノーホワイトは回避動作を始めるが圧倒的な光量が視界を覆い反射的に目をつぶった!何が起こったというのか!?コールドスカルの右手をよく見ていただきたい。右手の指先から光線が出ているではないか!

 

これはケジメした指をサイバネ手術する際に備え付けた高出力レーザーポインターである!この光を受ければ一時的に視界は奪われ最悪失明してしまうほど強力な光線だ。コールドスカルはそのまま突き立てた指でスノーホワイトの眼球を摘出するつもりである!レーザー光線を浴びた動揺で心の困った声は聞こえていない!

 

 

しかし右手をかざし目への致命的な打撃を防いだ!魔法少女狩りと恐れられた歴戦の魔法少女スノーホワイト、相手の声が聞こえずとも歴戦の戦いで鍛えられた勘が反射的に身を守る。ワザマエ!「イヤーッ!」だがコールドスカルはセットプレーめいたコンビネーションで空いた左わき腹にリバーブロー!

 

拳は深々と突き刺さりスノーホワイトの表情が苦痛に歪む!体が下がったところをすかさず首を抱え首相撲の態勢を作り膝蹴りを繰り出した。「イヤーッ!」スノーホワイトの顔に膝が直撃!「イヤーッ!」二撃目の膝!スノーホワイトは顔の間に手を差し込み直撃を回避!

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」首相撲の状態でスノーホワイトを左右に振り回しての膝の連打!ガードするがコールドスカルはコケシ製造マシーンめいて膝を繰り出し続ける。直撃はしないものもガード越しに衝撃が伝わり鼻から出血。ダメージは確実にスノーホワイトに蓄積されている。

 

「イヤッー!」コールドスカルは膝蹴りを頭部ではなくリバーに繰り出す!頭部に意識を向かしてのリバーへの急所攻撃だ!だが辛うじて心の困った声を聞きとったスノーホワイトは右肘でブロックし、空いた左手の掌打が股間を突き上げる。ナムサン!これは暗黒武術コッポ・ドーの奥義ボールブレイカ―だ!

 

この攻撃は選択肢になかったが股間に攻撃を喰らいたくないという声が聞こえてきたので即座に繰り出した攻撃である。魔法少女の膂力でボールブレイカ―を喰らえば痛みで絶命するだろう。それほどまでに恐ろしい技なのである。

 

だが左わき腹の痛みで数コンマほどボールブレイカ―を繰り出すのが遅れ、その数コンマがニンジャとの戦闘においては戦局を左右する。コールドスカルは危険を察知し、首相撲を解き残った右足に力を込め後ろに飛び退く。ボールブレイカ―不発!その隙にスノーホワイトもバックステップで距離を取り魔法の袋からルーラを取り出し構え息を深く吐いた。

 

その瞬間腹部に痛みが走る。左脇腹のダメージは軽くはない、それにレーザー光線のせいで視界がぼやける。厳しい状況に置かれている。一瞬逃げるという考えが思い浮かぶがすぐさま打ち消した。自分が逃げればコバヤシが殺される。何より罪のない人間が殺されるのを見過ごすのは魔法少女としてはありえない!何としても目の前の敵をここで無力化する!

 

スノーホワイトはまた一つ深呼吸を行いぼやける視界でコールドスカルを見据えた。

 



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第二話 ニンポショウジョ・パワー♯5

これまでのあらすじ
コバヤシの家に突如ニンジャのコールドスカルがエントリーする。
目的はコバヤシが偶然手に入れた記憶端子だった。
記憶端子を手に入れたコールドスカルは無慈悲なリスク管理によりコバヤシの殺害を試みる。
だがそれを止めたのは魔法少女狩りスノーホワイト!
そしてニンジャと魔法少女戦いが繰り広げらる


◆◆◆コバヤシ・チャコ

 

「アイエエエ……ニンジャ……ニンジャナンデ?……」

 

 雷鳴が轟き突き破られた窓から勢いよく重金属酸性雨が入りコバヤシの体を濡らす。しかしコバヤシはまるで意にかえさず膝を抱え座り込みながらブツブツと呟いていた。

 何でこんなことが起こった?ニンポ少女のユキコ=サンに出会って話をして、それだけで今までで一番幸せな一日になるはずだった。

 だがニンジャが現れて今まで一番不幸な一日になった。ニンポ少女と同様、いやそれ以上に空想上の産物だと思っていた存在は実在していた。その存在は恐怖が人の形をしたものだった。

 人をゴミ虫のように見るあの目とそのアトモスフィア、対面した瞬間全細胞が恐怖で震えあがり今思い出すだけで心臓が止まりそうだ。

 コバヤシはニンジャの圧倒的な存在感と恐怖の前にただ震えることしかできずにいた。

 

 恐怖に震えているコバヤシだが足元からヒンヤリとした何かを感じる。足元に目線を向けると倒れている空き瓶と橙色に染め上るタタミ、そしてケミカル臭が一面に充満していた。   

 確かあれはコールドスカルが置いていったバリキだ。NRSによって機能が鈍る脳で何とか思い出し、未開封のバリキに手を伸ばす。

 バリキならニンジャに対する恐怖を取り除いてくれるかもしれない。藁にもすがる思いで一気に飲み干した。

 瞬間視界が歪み心臓が痛む。バリキ一気飲みによる悪影響か?それにかまわずもう一本バリキを一気に飲み干した。

 そのせいでさらに視界が歪み心臓が痛む。このまま死んでしまうのか、だがそうなったらニンジャへの恐怖を思い出すこともなく良いのかもしれない。

(((……シ=サン、……ヤシ=サン)))

 

 ふとコバヤシの耳に誰かの声が聞こえてくる。誰の声だろうか確認しようと顔をあげるとそこには少女が居た。

 その漆黒に染まった長い髪の毛は紫のリボンで束ねられ、フィクションに出てくる女性のニンジャが着るような丈の短いシノビ装束を身に纏った少女はブッタめいた優しげな声でコバヤシの名を呼び掛ける。

 

(((シノビ…シノビナンデ!?)))

 

 コバヤシの虚ろな目は大きく見開かれる。目の前に居るのは憧れの存在であるシノビが何故ここにいる?

 だがこれは実際に居るわけではなくコバヤシが生み出した幻だった。自らを極限まで追い詰めることで生まれる境地がある。

 それは変性意識状態トランスと呼ばれ、NRSで極限まで呼び覚まされた恐怖とバリキの過剰摂取により中毒死一歩手前まで追い詰められたコバヤシはトランス状態になりニンポ少女シノビの姿を生み出した。

 

(((シノビ!どうしてこんなところに?)))

(((コバヤシ=サンはこれからどうするの?)))

 

 幻覚のシノビはコバヤシの問いに答えることなく、逆に問いただす。

 コバヤシはNRSで鈍化したニューロンで思考を始める。何をすべきなのか?その時ふとコールドスカルと一緒に外に出て行った少女の言葉を思い出した。

 逃げなければ。あのニンジャは自分を殺しにやってくる。その魔の手から逃れるために少しでも離れなければ。

 それを言うとシノビは悲しそうに眼を伏せ窓のほうに指し示した。

 

(((窓の外を見てみて)))

 

 コバヤシは緩慢な動作でゆっくりと窓から顔をのぞかせる。目に映ったのは超高速で戦闘をしているニンジャの姿だった。

 足を止めて打ち合っているが攻撃のスピードが速すぎて手と足の残像が何十本にも見える。

 普段の状態なら目に映る事すらない戦いだが、トランス状態によりオーバークロックした脳は辛うじてその姿が見えていた。これがニンジャの戦い、だがコバヤシの視線はピンク髪の少女に移っていた。

 ニンジャと同等に闘っている少女は何ものだ?まさかニンジャか?だが見ていても不思議と恐怖が込みあがることがない。

 

(((あのニンジャと戦っている娘、あれはニンポ少女に変身したユキコ=サンだよ)))

(((え!?ユキコ=サン?)))

(((あの状況でコバヤシ=サンを助けられるのはユキコ=サンしかいないよ)))

 

 ニンポ少女はニンポを使えるが身体能力も凄まじい。トラックに轢かれそうな子供を瞬時に助け、落ちてくる瓦礫を受け止めることもできる。そうなるとニンジャと対等に戦えても不思議ではない。

 それにいくらニンポ少女といえどあの一瞬でコールドスカルを止めることは近距離に居ない限りできないはず。それらの事を考えると辻褄があう。

 

(((何でユキコ=サンがニンジャと戦っているかわかる?)))

(((何で?)))

(((それはコバヤシ=サンの為だよ)))

(((私のため?)))

(((逃げることもできるけどそうするとコバヤシ=サンが殺されちゃう。だから戦ってるの)))

 

 コバヤシの胸中に罪悪感と後悔が押し寄せる。ユキコに対する印象は優しく気弱で臆病な娘だった。たぶん争いごと自体が苦手な気質なのだろう。

 だがその少女が自分のためにあの恐ろしいニンジャと戦い傷ついている。自分さえいなければユキコは戦いとは無縁でいられたのに争いの場に巻き込んでしまった。

 

(((どうすればいいの?教えてシノビ?)))

(((戦うんだよ。ユキコ=サンを助ける為にあのニンジャと戦うの)))

(((アイエエ!?何言っているのシノビ?)))

(((このままだとユキコ=サンはやられちゃうよ。そんなユキコ=サンを見捨てて逃げる?それが正しいことなの?)))

 

 コールドスカルの攻撃で吹き飛ばされる姿を見てコバヤシは言葉を詰まらせる。もしかするとやられてしまうかもしれない。そんな漠然とした予感があった。

 ユキコがやられればニンジャに対抗する手段は無く、為すすべもなく殺されるだろう。

 ならばユキコが戦っている間に逃げるか、だがシノビの言うとおりその選択肢は正しい行為ではない。

 シノビに憧れシノビのようになりたいと思い自分が信じる正しい行為をしてきた。その当人の前でユキコを犠牲にして逃げるとは口が裂けても言えない。しかし……

 

(((無理だよ……シノビ……)))

(((ツバキ=サンの時もムラハチを止めるために立ち向かえたじゃない。だからできるよ)))

(((ニンジャとクイーンビーは違う!ユキコ=サンを助けたいと思ってる。でもそれ以上にニンジャが怖い……)))

 

 あの時はクイーンビーとても恐ろしい存在に思えたがニンジャと比べれば愛玩用のバイオミニ牛に思えてくる。

 格が違う、種族が違う。あの時と同じようにシノビのことを思い出し勇気を振りしぼろうとしてもニンジャの圧倒的なアトモスフィアが勇気をかき消す。

 するとシノビはコバヤシを優しく抱きしめ呟いた。

 

(((そうだよね、ニンジャは怖いよね。私だってコバヤシ=サンと同じ状況だったら同じ気持ちになっていたと思う。むしろ逃げていたかも)))

(((違うよ!シノビはアタシみたいにコシヌケじゃない!)))

(((コバヤシ=サンには優しさも勇気もあるのも分かっている、足りないのは力だけ。だから私の力をあげるね)))

 

 シノビは自分の額をコバヤシの額に合せてチャントを唱える。その直後コバヤシは自分の内側から圧倒的な力が湧いてくるのを感じた。

 

(((今のは?)))

(((私の力を少し分けた、これでコバヤシ=サンもニンポが使えるよ。この力でユキコ=サンを助けてあげてね。コバヤシ=サンならできるよ)))

 

 するとコバヤシの視界からシノビの姿を薄れていき、その姿は霧散した。

 

「わかったよシノビ……やってみる」

 

 コバヤシは自分に言い聞かせるように呟き立ち上がる。ニューロン内でのシノビとの対話で自分がやるべきことがわかった。

 ユキコは必死に勇気を振り絞り恐ろしいニンジャと戦っている。シノビはニンジャの恐怖を理解しながらもそれでもやれると言ってくれた。

 憧れのニンポ少女達が戦い思いを託してくれた。ここで逃げたらあの時と同じように。いやそれ以上に後悔する!

 

 コバヤシはタンスに向かい奥底にしまってある物を取り出す。それはプラスチック製の玩具のシノビソードと薄汚れた紫のリボンだった。

 薄汚れた紫のリボンで髪をまとめ、ニンジャソードをオビとジューウェアの間に差し込む。これは親に買ってもらったシノビのファングッズである。

 幼き頃はこれを使いシノビの真似をよくしていて、一人暮らしの際にもオマモリとして持って来たのだった。これを身に着けていればシノビが力をくれる。そんな予感が有った。

 

「イヤーッ!」

 

 コバヤシはシャウトを叫ぶとともにコールドスカルによって無残にも壊された扉に走り出す。コバヤシの目には力が漲っている。薬物とニンポ少女に対する想いがNRSを克服させたのだ。

 

◆◆◆

 

 

「イヤーッ!」CRUSHHH!コールドスカルのパンチがスノーホワイトに当たりその体はピンポンボールめいて飛び廃車に突っ込む。「多少はできるようだが、所詮はアイサツもできないサンシタのカラテだな」ルーラを杖代わりにふらつきながら立ちあがるスノーホワイトに向かって吐き捨てながらコールドスカルはツカツカと歩み寄る。

 

最初のディスアドバンテージが響いた。スノーホワイトは体の不調と最初の打ち合いでのダメージの不利を覆すことができずにいた。だがこれは本来の実力差ではない。もしフォーリナーXの魔法による影響がなかったら、アイサツ中のアンブッシュでダメージを与えていれば立場は逆転していたのかもしれない。しかし今の状態がまぎれもない現実である。ニンジャとのイクサにおいて仮定の話は何の意味もないのである!

 

コールドスカルがタタミ2枚分までの距離に近づいた瞬間、スノーホワイトの刺突が襲う。産まれたてのシカめいた姿が嘘のように素早い動きだ!だがコールドスカルは槍の穂先が体を貫く寸前で両手を使い薙刀の柄を掴む。ニンジャのイクサの死因の4割はトドメのタイミングのミスである。コールドスカルが焦ってカイシャクに向かえば手痛い逆襲を食らっていただろう。

 

その姿とは裏腹に目が死んでいないことを見抜きいつでも攻撃が来てもいいように構えていた。武器を通してのスノーホワイトとコールドスカルの綱引きが始まる。この武器の奪い合いが勝敗を分けることを感じた両者の手に力がこもる。「イヤーッ!」綱引きを制したのはコールドスカル!

 

だが勢いよく引っ張ったせいか態勢を崩す。スノーホワイトはすかさず間合いを詰め、魔法の袋から消火器を取り出し、ノズルを構えコールドスカルに標準を合わせる。スノーホワイトはあえてルーラを手放したのはワザとだ。引っ張る力を緩め全力で引っ張っていたコールドスカルはルーラを手にする代わりに後ろに荷重が移りバランスを崩す。

 

その隙に消化液で目を潰し殴打する、それがスノーホワイトのプランだった。レバーを強く握り消火液が噴出される。だがコールドスカルの顔面に当たらない!何が起こったというのか?コールドスカルの足元をよく見ていただきたい。

 

この豪雨により地面は酷くぬかるんでいる。それに足をとられたコールドスカルは後ろに転倒。その結果消火液を浴びずにすんでいた。

 

何という幸運!フーリンカザンはコールドスカルに有利に働いた。スノーホワイトはすかさずノズルを下に向ける。「グワーッ!」コールドスカルは悶絶!だが消火剤を浴びながらもワーム・ムーブメント!服と体は泥まみれになりながらもなり構わずゴロゴロと転がり距離を取る。一方スノーホワイトは距離を詰められない!ワーム・ムーブメントの予想以上の速さとダメージにより全力で走れなかったことによるものだ。

 

スノーホワイトは遠のくコールドスカルを見て歯を噛みしめる。これで勝つ確率が大幅に下がったことを感じ取った。自分と相手の状態の差を考えてあそこで決めておきたかった。プランは上手くいっていた。ただあそこでコールドスカルがぬかるみで転んでいなければ。ぬかるんだ跡を忌々しく見つめる

 

コールドスカルはタタミ10枚分の距離で奪い取った薙刀を構えザンシンを取る。薙刀は囮で本命は消火器での目つぶしからの殴打。もし足元を取られ転倒して居なければ消火剤を浴び死ぬまで消火器で殴打されていただろう。コールドスカルは生まれて初めてブッタに感謝した。

 

だが武器は奪いこれで自分が絶対的に有利になった。あとはどうトドメをさすか。コールドスカルは奪った薙刀を構えながら思案するその時だった。「ドーモ、コールドスカル=サン!コバヤシ・チャコです!私が相手だ!」耳を塞ぎたくなるような大声に思わず振り向く。そこにはNRSになり行動不能になったはずのコバヤシが自分を睨んでいた。

 

◆コバヤシ・チャコ

 

「ドーモ、コールドスカル=サン!コバヤシ・チャコです!私が相手だ!」

 

 コバヤシはこの豪雨で相手に声が聞こえる様に、ニンジャへの恐怖に負けない様に、己を奮い立たせるように全力で声を出してアイサツをした。

 するとコールドスカルが振り向き目線が合う、目線が有ったそれだけで恐怖が蘇り、心が挫けそうになる。

 コバヤシは縋るように無意識にオビの間に挟んだシノビソード触れた。そして視線をコールドスカルからユキコに移す。ボロボロに傷つき口元や鼻からも出血しているその姿は可憐なニンポ少女とはほど遠かった。

 何故あんな優しいニンポ少女がこんな目にあわなければならない!彼女は何もしていないのに理不尽すぎる!

 胸中に自分のために巻き込んでしまったことへの後悔とともに怒りの感情が湧きあがる。コバヤシは敵意をむき出しにコールドスカルを睨みつけた。

 

「ブッセツマカハンニャハラミッタシンギョウ」

 

 コバヤシは睨みつけながら印を結びチャントを唱える。人間がニンジャに勝つことは天地がひっくり返ってもありえない。だがニンポ少女ならそれはできる。これはシノビがニンポを使う際におこなうチャントと印だった。

 シノビは力をくれた。つまり自分はニンポが使える!トランス状態になっているコバヤシはニンポが使えると完全に信じ込んでいた。

 

「何だニンポでも使うつもりか?そうだな俺に勝つにはニンポしかないよな」

 

 一方コールドスカルは下手なコメディを見るかのようにニヤニヤと嘲笑を浮かべていた。

 大概の人間はNRSになれば行動不能になるがコバヤシは目の前に立っている。そのことには少しばかり驚いていた。

 だが自分と戦うと声を荒げ相手に突如意味不明なチャントを唱え始めた。スノーホワイトと戦っていなければ腹を抱え大笑いしていただろう。

 この瞬間コールドスカルの意識の大半はスノーホワイトではなくコバヤシに向けられていた。

 

「ブッセツマカハンニャハラミッタシンギョウ……ブッセツマカハンニャハラミッタシンギョウ!」

 

 コバヤシはチャントを唱えるがニンポは発動する気配はない、しかし一心不乱に唱え続けるその姿は滑稽を通り越して哀れですらあった。だがコバヤシの表情は真剣そのものだった。

 ニンポを出すには想いの強さが重要であるとテレビの中のシノビの師匠がそう言っていた。ならば今出ないのは想いの強さが足りないからだ。

 もっと強く想え!生きたいと!ユキコ=サンを助けたいと!シノビの期待に応えたいと!

 コバヤシの意識と思考はニンポを使う為に集中され、コールドスカルの存在すら意識から消えていた

 

CABOOM!

 

「グワーッ!」

 

 突如コバヤシの耳に轟音が響き渡り圧倒的な光が視界を奪う。その音と光がニューロンに刻み込まれそして意識を失う瞬間何が起こったのか理解した。

 これはニンポだ。シノビの力でカミナリニンポを使うことができたのだ。

 

 

♢♢♢スノーホワイト

 

 何が起こった? 突然と閃光と轟音が鳴り響いた後焼けるような痛みと痺れが体中を駆け巡る。そして肉が焼け焦げるような匂いが辺りに充満しコールドスカルが倒れ伏せていた。

 スノーホワイトは動きが鈍い脳を最大限働かせ答えを探し答えを導き出す。

 あの強烈な光と轟音、体の痺れに倒れ伏せているコールドスカル。これは落雷か?

 落雷が人に落ちる確率は相当低いと聞いたことがある。雷鳴は聞こえていたがまさかピンポイントに落ちてくるとは全く予想していなかった。

 するとよろめきながらルーラを杖代わりに立ち上がるコールドスカルが目に映る。その瞬間スノーホワイトは動き出した。

 魔法少女でも落雷が直撃すれば相当のダメージを負っている筈、勝機があるとすればここだ。コールドスカルはスノーホワイトを迎撃しようとルーラを構える。

 

「イヤーッ!」

 

 刺突を放つが落雷によるダメージのせいかそれはあまりにも遅かった。 

 スノーホワイトは易々と刺突を躱し顎先めがけてパンチを打つ。パンチはコールドスカルの顎に当たり糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 そしてスノーホワイトは魔法の袋から縄を取り出してコールドスカルを縛った後コバヤシに目を向けた。何故あの場に居たと様々な疑問が思い浮かぶがとりあえず胸に押し込む。

 コールドスカルは無力化したが何がおこるか分からない、少しでも早くこの場から離れるべきだ。

 するとそこには倒れ伏せているコバヤシの姿があった。落雷には直撃雷と誘導雷があり、直撃雷ではもちろん誘導雷でも死亡することがある。そんなことを中学の理科の教師が雑談で話していたことを思い出す。

 あの痺れはおそらく誘導雷が伝わったのだろう。魔法少女の状態だったので痺れ程度で済んでいたが普通の人間だったらならば?スノーホワイトはコバヤシの元に駆け寄った。

 魔法少女の聴覚で呼吸が止まり、心臓の鼓動が止まっているのを聞こえていた。雷が落ちてから一分もまだ経っていない。今すぐ心肺蘇生をおこなえればまだ間に合う。

 スノーホワイトはおぼろげな記憶を呼び起こしながら心臓マッサージを開始した。

 



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第二話 ニンポショウジョ・パワー♯6

これまでのあらすじ

落雷によりコールドスカルを撃退したスノーホワイト。
だが落雷によりコバヤシの心肺は停止してしまった





 部屋の内装は剥がれ鉄骨とコンクリートとむき出しになっていた。窓もなく張られていたであろうガラスはそこらに散らばっている。窓が機能をなしていないことで重金属酸性雨が入り、それによって床は劣化しボロボロになっている。

 ここはネオサイタマにある廃ビルの一つ。スノーホワイトは雨宿りがてら廃ビルの一室を利用し壁に寄りかかり休息を取っていた。

 

「なかなか見つからないぽん」

 

 携帯端末から電子妖精のファルの姿が浮かび上がりスノーホワイトに声をかける。

 スノーホワイトはファルの声に反応すること無く、豪雨によって極彩色の色が滲むネオサイタマの街並みと、その街を遊泳するかのように飛行するマグロツェッペリンを眺めている。 

 するとゴロゴロと低く鈍い音が鳴り響くとともに高層ビルに雷が一つ落ちた。それを見て何かを思い出したかのように心配そうに呟いた。

 

「コバヤシさんはどうしているだろう」

 

◆◆◆

 

 時間は過去にさかのぼる。

 

 ニンジャであるコールドスカルを無力化し、コバヤシの元へ駆け寄るスノーホワイトの表情は険しくなった。呼吸音がなく心臓の鼓動の音も聞こえない。スノーホワイトはすぐさま心肺蘇生活動を開始した。

 コバヤシの心臓に右手を乗せ左手は右手の上に重ね心臓を押す。 

 魔法少女の力で心臓マッサージをすれば肋骨はクッキーのように簡単にヒビが入る。だが弱過ぎても意味がない、強すぎず弱すぎず丁度よい塩梅でおこなわなければならない。

 スノーホワイトは全神経を集中させる。雷によって心肺停止したのならばそう時間は経っていない、息を吹き返すはずだ。ただ祈るように心臓マッサージをした。

 

「カハッ」

 

 コバヤシの口から呼吸音が漏れる。スノーホワイトは心臓マッサージの手を止め安堵の表情を浮かべた。息は吹き返した。あとは救急車を呼ぶだけだ。

 詳しいことは分からないがネオサイタマと自分のいた世界の文明発達具合は近い。ならば自分の世界のように119のような救急システムがあるはずだ。あとはそこらにいる人を捕まえて救急車を呼んでもらう。

 スノーホワイトはコバヤシから背を向け人を探そうとした瞬間、顔は驚愕の色で染まる。

 そこにいたはずのコールドスカルの姿が忽然と消えていた。自力で逃げたのか?しかしあの状態で拘束を解くのは不可能である。

 仲間が居て回収したのか?心臓マッサージに集中していたので周りを警戒していなかったが数十秒から一分程度の間でそれをおこなったのか?様々な想定が思い浮かぶが強制的に打ち消す。 

 今考えることはコバヤシを助けることだ。スノーホワイトはよろめく体に喝を入れてアパートの屋根の上に昇り目を凝らしながら辺りを見渡す。そして偶然人を発見し、その人に救急車を呼ばせその場を逃げる様に後にしたのだった。

 

「スノーホワイトはやるべきことはやったぽん。きっと大丈夫だぽん」

「そうだといいけど」

 

 スノーホワイトはファルの言葉に生返事を返す。コバヤシの安否は気になるところでもある。

 だがあの日の晩コバヤシがどこに搬送されたかも知らない。家の近くまで行き様子を見ようにも、家がどこにあるかまるで覚えていなかった。元気でいればいいのだが。

 

 突如スノーホワイトは立ち上がる。外から困っている人の声が聞こえてきた。どうやら命に関わることのようだ、早く助けなければ。窓から隣のビルの屋上に飛び移り、また隣のビルの屋上にと移動を始めた。

 

 

◆◆◆

 

「9時ドスエ!キョウモイチニチガンバロ!」電子マイコの非人間的な声が部屋に響き渡る。それを切っ掛けにコバヤシは気怠そうにフートンから起き上がり目覚まし時計の時刻を見て目を見開いた。「ヤバイヤバイ遅刻する!」コバヤシはチャブ台にあった昨日の食事の残りのバイオシャケを手で掴み口に入れ家を出た。バイオシャケは焼きすぎており身が固く不味かった。

 

あの夜の後コバヤシは目覚めた時は病院のベッドの上だった。医者から雷に打たれたことによる外傷と急性バリキ中毒で病院に運ばれたことを聞かされる。見舞いに来ていた両親からは雷に当たったことについては労われたが、バリキ中毒になるまでバリキを飲んだことをひどく怒られた。

 

幸いにもバリキ中毒はすぐに治り雷による外傷も軽い火傷程度で済んでいた。検査のために一日だけ入院し退院した。それから数日が過ぎたが普段と変わらない生活が続きコバヤシの元にニンジャも魔法少女も現れない。コバヤシのニューロンにふとある考えが日に日に大きくなっていた。

 

あの日の出来事はバリキの飲み過ぎで見た幻覚だったのでは?退院した当初コバヤシはそんな考えはなかった。ニンジャもいるしニンポ少女も現実に居る。誰かに話せば自我科に連れ込まれ矯正カリキュラムを受けさせられるのは目に見えているので口には出さないが、そう信じていた。

 

だがIRCネットでいくら調べてもニンジャやニンポ少女に関する情報は何一つ手に入れることはできなかった。人は映像なり音声なり形が残るものを持っていないと確信が持てなくなる。次第にコバヤシの確信は次第に揺らぎ始めていく。あれはバリキの飲み過ぎによる幻覚だった、ニンポ少女もニンジャも居ないのだ。

 

そう考え始めるとコールドスカルのこともスノーホワイトのこともニューロンから消え始め、代わり映えのない日常の中で今ではあの日のことを思い出すことは無くなっていく。これはコバヤシのニューロンがニンジャのことを思い出さないように防衛本能を働かせた結果でもあった。

 

 

「インプラント無料」「ネオサイタマカットチャンピオン」「マイニチやっている」ネオン看板に書かれているミンチョ体の文字は目から高速に流れながれる。コバヤシはザマ・ステーションを目指していた。カレッジの講義に間に合う為には9時20分の電車に乗らなければならない。家を出たのは9時5分で駅からは徒歩で30分はかかる。歩いては間に合わないと判断し家から全力疾走をおこなう。

 

「ゼェーゼェー」コバヤシは乱れた呼吸を整えながら時計の時刻を確認する。9時15分、ギリギリ間に合った。息を乱しながら改札を目指すとあるニュービーサラリマンの姿が目に入った。駅前の広場を視線を落としながら見ながらズンビーめいて歩き回っていた。コバヤシには何をしているかすぐに理解した。

 

あれは何か重要なものを落として懸命に探しているのだろう。ニンポ少女シノビに憧れ人助けを日課にしているコバヤシはこういった落し物探しを手伝ったことが何回かある。その姿を一瞥して改札に向かう。今日の講義は休めるのはあと1回、遅刻は2回まで。これでサラリマンを手伝ったら遅刻は確定、下手したら授業を休むことになる。

 

そうなったら後はもうない。サラリマンに心の中で謝罪し数歩ほど改札に向かう。だがその足取りは数歩で止まる。「あー、もう!」数秒間停止したのち、頭をガシガシと掻き毟りサラリマンに向って歩きはじめた。本来ならそのままカレッジに行くつもりだった。だがもしかすると探している物は人生を左右するほどの重要な物かもしれない。

 

それならば自分の講義の出席より優先すべきだ。何よりシノビだったら見て見ぬふりはしない。そしてあのニンポ少女の……コバヤシのニューロンに磁気嵐めいたノイズが発生し思い出すことができない。「ドーモ、どうかしましたか?よろしければ探すのを手伝いましょうか」「ありがとうございます!これを会社に届けないとケジメなんです!」

 

コバヤシが声をかけるとニュービーサラリマンは頭を90度に下げて礼を述べた。「それで何を無くしたのですか?」「重要な書類が入った封筒です」「どこで落としたか分かりますか?」「いや、気がついたら無くなっていて……」コバヤシは顎に手を当てて考え込む。これは探すのには相当苦労しそうだ、むしろ見つかる可能性はかなり低いだろう。

 

「あの、これを落としましたか」すると少女に背後から声をかけられ二人は同じように振り向き同じように目を見開いた。ニュービーサラリマンは無くしたはずの書類を手に取り振り涙を流しながら相手に感謝の言葉を述べ一秒でも早く書類を届けようと駅に向かって走るサラリマン、そしてその様子を見送る少女をコバヤシはコケシめいて固まって見ていた。

 

ニューロンで大量の情報が洪水のように押し寄せる。豪雨、雷、ニンジャ、コールドスカル。ニンポ少女、シノビ、ユキコ=サン。コバヤシはあの日起こった出来事を完全に思い出していた。ニンジャは実在し、そしてニンポ少女も実在した!コバヤシは堰を切ったように大声で問いかけた「ユキコ=サン。ユキコ=サンですよね!ドーモ、コバヤシ・チャコです!覚えていますか」

 

 

♢♢♢スノーホワイト

 

 スノーホワイトは文字通り体が固まった。

 その要因としてはまずコバヤシと出会ったこと。封筒を無くして困ったという声を聞き、それらしきものを見つけた。声の主に届けようとしたところにコバヤシも一緒にいた。

 このような場所でコバヤシと会ったのには驚いたがそれは些細な事だった。そして何より驚いたのがスノーホワイトである自分をユキコと呼んだことだった。

 

 この世界でユキコと名乗ったのはコバヤシにだけである。そしてコバヤシの目の前でスノーホワイトに変身したことはない。

 だが今はスノーホワイトの姿をしているのにユキコと呼んだ。つまりユキコ=スノーホワイトであるとコバヤシは認知しているのである。

 魔法少女は正体を知られてはならない。知られた瞬間に魔法少女としての資格がはく奪される。スノーホワイトの脳内に魔法少女としての記憶と思い出が走馬灯ように駆け巡る。

 コバヤシがコールドスカルに襲われている時、あのまま魔法少女に変身せずに誰かに助けを求めるべきだったのかもしれない。 

 しかし放置していればコバヤシは殺されていた。魔法少女でいたいからと他人を見殺しにすることは正しい魔法少女のすることではない。

 これは必然、これはなるべくしてなる運命だったのかもしれない。

 スノーホワイトは目を瞑り魔法少女資格をはく奪される覚悟を決める。だがスノーホワイトから姫川小雪に戻る気配は一向にない。

 

「ファル、何で変身が解除されないの?」

 

 スノーホワイトはコバヤシに聞こえない様な小声でファルに問いかける。するとファルも困惑しながら答えた。

 

「わからないぽん。変身の瞬間が見られていないからOKなのかもしれないぽん」

 

 魔法の国のルールは相当緩いのかもしれない。スノーホワイトはそう結論付け、今起こっていることを強引に納得する。

 

 スノーホワイトの魔法少女としての資格がはく奪されない理由、それは場所によるものだった。

 資格のはく奪は魔法少女を統括している魔法の国が正体の発覚を知ることで初めておこなわれる。

 だが今いるこのネオサイタマ、正確に言えばネオサイタマがあるこの世界は魔法の国の管轄外の世界である。管理が届いていないこの場所で正体がバレても魔法の国に知られることは一切ない。

 

「はい…久しぶりです。コバヤシさん」

 

 普段の隙の無い対応をするスノーホワイトとはかけ離れたぎこちない表情を浮かべながらコバヤシの方へ振り向く。

 魔法少女の資格がはく奪されるのを待つ瞬間、それは絞首刑の実行を待つ死刑囚のような心境だった。

 歯を食いしばり体を強張らせるがはく奪されることなかった。それを知った瞬間緊張した心は安堵し、体は一気に弛緩する。

 そんな状態で話しかけられキチンとした対応するのは難しい。

 

「あの……怪我は大丈夫ですか?……」

 

 コバヤシは弱弱しい声で心配そうに尋ねる。その際に『傷が残っていたら困る』『荒事に巻き込んだことを怒っていたら困る』など大量の声が聞こえてきたので笑顔で大丈夫と答えておく。するとあからさまにほっとしたような顔をうかべていた。

 

「コバヤシさんこそ怪我は大丈夫ですか?」

「いやいや!アタシの方こそ問題ないです。検査も問題なかったし健康そのものですよ」

「よかったです」

 

 コバヤシもスノーホワイトが見せたように笑顔を向けて健康さをアピールし、その様子と『不安がらせたら困るな』という心の声を聞き胸をなでおろす。

 短時間とはいえ心肺停止したので後遺症が残らないか、心臓マッサージで肋骨を折っていないかなど気がかりではあった。

 それに雷に打たれ皮膚に酷い火傷を出来て、精神に変調をきたすことがあると聞いていたのだがそれもなさそうである。

 

「ところでコバヤシに聞きたい事があるのですが?」

「何ですか」

「あの時何であの男性のところに向かったのですか?」

 

 スノーホワイトはあることが気になっていた。 コバヤシはコールドスカルを明らかに恐れていた。それならば逃げればよかったのにあえて相手になってやると叫んで対峙した。

 そして目には強固な意志が宿っているふうに見えた。あの虚ろな目をしていたコバヤシに短時間で何が起こったのか?

 

 スノーホワイトの問いにコバヤシはすぐには答えられなかった。目線は右上に向け話す内容を整理している仕草を見せ、スノーホワイトはその仕草を見ながら待ち続ける。

 しばらくして内容が整理できたのか一呼吸ついたのち話し始めた。

 

「……直感であのニンジャと戦っているのはユキコ=サンでアタシを守るために戦ってくれていると。そしてこのままではやられてしまうと分かりました。ユキコ=サンが傷つくのも嫌だし助けたかった……何より理不尽に暴力を振るうあの悪いニンジャが許せませんでした……それが理由です」

 

 コバヤシの声は何か後ろめたいことを抱えているような陰気で小さな声だった。そして喋り終るとスノーホワイトから視線を逸らすように俯く。

 

「スノーホワイトそろそろ切り上げるぽん。魔法少女が一般人と関わるのはあまりよくないぽん」

 ファルが魔法少女の聴覚なら聞き取れる声でしゃべりかける。スノーホワイトは内心で頷いた。

 

「すみません……ニンポ少女見習いはあまり現地の人と関わるなと言われていまして。そろそろ失礼させてもらいます」

「そうですか……残念です」

 

 スノーホワイトは申し訳なさそうにコバヤシに告げる。コバヤシも言葉では名残惜しそうだが、態度は嫌なことが終わりそうだと安堵しているようだった。

 

「ユキコ=サン……あの時は見ず知らずのアタシをボロボロになるまで戦って助けてくれてありがとうございます……ユキコ=サンならきっと清く正しいニンポ少女になれます……」

 

 コバヤシは居た堪れないというように目線を伏せながら告げ、逃げ去るようにスノーホワイトの元から離れていった。

 

◆◆◆

 

コバヤシはスノーホワイトと別れた後カレッジには行かず家に引き返し、そのままフートンの中に飛び込んだ。スノーホワイトの問いに答えるためにあの時の状況を思い出し理解してしまった。あの時はバリキの過剰摂取でラリッていた。だから状況判断もできずニンジャに挑みに行った。

 

あれはただのジャンキーの狂った行動にすぎない。それなのにスノーホワイトに嫌われたくないと、あのニンジャが許せない。スノーホワイトを助けたいと、さもニンポ少女のような心境で動きましたと嘘をついたのだ。何て卑しい人間なのだろう、今すぐにでもセプクしたい気分だ。

 

それにあの雷もそうだ。意識を失う直前にはシノビから授かったニンポ力で発生させてスノーホワイトを助けたと思っていた。しかしあれは只の偶然にすぎない。それにバリキでラリった奴にニンポ少女が力を授けるはずがない。「私は卑怯者だ……」コバヤシは自己嫌悪に陥っていた。

 

コンコン、コバヤシの耳に窓を叩く音が届く。その音に警戒したのかコバヤシはフートンから飛び出し辺りを確認する。するとチャブ台の上に鶴の折り紙が置かれていた。これはオリガミメールだ。誰が置いたという不安より何が書いてあるかという興味が勝ったのか鶴の折り紙を正方形の形に戻す。

 

 

拝啓

 ユキコです。コバヤシさんのおかげで私は何回も救われました。ありがとうございます。コバヤシさんが立ち向かったのは正常な判断力を失っていたからではありません。心にある芯の部分の正義感が私を助けてくれたのだと思います。

 自分を卑下しないでください。コバヤシさんの精神は私が知る誰よりも清く正しいニンポ少女です。

 私もコバヤシさんのように他人を守るためにどんな強大な敵にも立ち向かえる心が強いニンポ少女になってみせます。

 

コバヤシは書かれている文章を見た瞬間に涙を流した。私はセプクしたいと思うほど否定した。でもスノーホワイトは肯定してくれた。ならばあの時にとった行動はラリッタのではない。自分の中にあったものが突き動かした故の行動だ。自分を卑下するのはやめよう。

 

「カレッジに行くか!」コバヤシは声を張り上げると荷物を持ち家を出る。その表情は晴れやかだった。

 

♢♢♢

 

「魔法少女が不法侵入だなんて、どこかの魔法少女狩りに聞かれたら捕まっちゃいそうだぽん」

 

 もしファルに表情が備わっていたら厭味ったらしい顔をしているだろうな。スノーホワイトはファルの言葉を無視しながらストリートを歩いていた。

 

 コバヤシが逃げ去るように走り去った直後、スノーホワイトは後をつけていた。

 そして家に着くと窓の鍵が開いていないことを確認し中に侵入。そしてチャブ台の上にオリガミメールを置き出て行った。魔法少女の身体能力であれば気づかずに侵入して物を置くことなど容易いことである。

 本当なら置手紙でも良かったのだがネオサイタマの文化であるオリガミメールを使うことにした。

 

「しかし、あのコバヤシという人間はいったい何だったぽん、魔法少女並みの戦闘力を持つ人間に立ち向かうなんて正気じゃないぽん。それに意味不明な呪文を唱えたらピンポイントに雷が落ちてくるなんて、まるで魔法だぽん」

「念のために聞くけど、コバヤシさんが魔法少女だったということはないよね」

「それは無いと言いきれるぽん。でもあの男みたいに魔法少女とは別種の超人という可能性は否定できないぽん」

「それはないと思う」

 

 スノーホワイトはコバヤシがコールドスカルに立ち向かえた本当の理由を知っていた。

 それは薬物摂取に錯乱し正常な判断を失っていたからだ。

 コバヤシはスノーホワイトと話している最中無意識にあの日の心境を分析し、ただハイになってシノビの幻覚に後押しされ破れかぶれで立ち向かったことを理解し、心の声で『真相を知ったら困る』と聞こえていた。

 

 ファルに話せばただの狂人の行動と悪態をつくだろう。だがスノーホワイトはそうは思わなかった。

 確かに薬物が引き出した行動かも知れない、だが根底に助けたいという気持ちがあったからこそシノビの幻覚が後押ししたのだ。でなければ幻覚が見捨ててさっさと逃げろと言うだろう。

 そしてコバヤシの行動の結果がスノーホワイトの命を救った。本来なら賞賛されるべきであり誇るべきことなのだが、薬物によって生み出された偽りの精神と思い込み自己嫌悪に陥っている。

 スノーホワイトはそれを否定したかったが咄嗟のことで上手く言葉にできずにいた。だから気持ちを整理し文字にしてコバヤシに伝えようと思った。そして面と向かって言葉で伝えるのは少しだけ恥ずかしかった。

 最初は余計なお世話かもしれないと考えた。だが落し物を拾い、チンピラから絡まれている人を助けるのが魔法少女のすべき人助けなら、人を励ましてあげるのもまた魔法少女の人助けだ。

 

 想いで人は救えない、気持ちだけでは人は救えない。スノーホワイトは痛いぐらいよく知っている。だからこそ誰かを救うための力を得る為に鍛えてきた。

 だがコバヤシは違っていた。コバヤシは魔法少女でも何でもない正真正銘の一般人だった。

 その一般人が魔法少女と同等の力を持つコールドスカルを撃退するということは、万に一つも有り得ないことのはずだった。

 コバヤシはそれをやってのけた。ただ偶然雷が相手に落ちただけかもしれない。しかしコバヤシがあそこで相手の目の前に立ち引きつけなければ起きなかったことであり、これはコバヤシが引き起こしたことだ。

 傷ついている人の為に強大な敵に立ち向かい想いの力で奇跡を起こすその姿は憧れていた魔法少女そのものだった。憧れが自己嫌悪で落ち込む姿は見たくない。

 

 

ニンポショウジョ・パワー終り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

#AMBSDR

@ycnan @njslyr

 

#AMBSDR: njslyr:例の物は手に入れた、だが問題発生。

#AMBSDR: ycnan:何?

#AMBSDR: njslyr:奴に雷が直撃、記憶端子のデータ破損可能性有り

#AMBSDR: ycnan:アンラッキーね。とりあえずこちらに持ってきて復元できるかも

#AMBSDR: njslyr:了解

 

ニンジャスレイヤーはIRC通信機の画面から壁にこびり付いた焦げ跡に目を移した。それはコールドスカルが爆発四散した際に生じた焦げ跡だった。ニンジャスレイヤーはコールドスカルが持っている記憶端子の奪取のために行動していた。居場所を突き止めロープで縛られているコールドスカルを確保したまではよかった。

 

だが雷に当たりデータが破損しているだろうとコールドスカルは言った。ならばデータの中身を吐かせようとインタビューを試みたが最後まで知らないの一点張りを通して爆発四散した。これでアマクダリの計画を知る足取りが途絶えるかもしれない。ここはナンシーの復元に期待するか。

 

ニンジャスレイヤーは部屋を後にし、ネオサイタマの街に消えていった。

 




実験的にニンジャスレイヤーの文体と魔法少女育成計画の文体を分けてみました。
見ずらいからもしれませんがこんな感じで書いていきます


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第三話 ニンジャ少年と魔法少女♯1

これからが第三話になります。
あとこの作品はニンジャスレイヤー×魔法少女育成計画のクロスSSですが、出番の比率としてはスノーホワイトが多くなります。
毎話ニンジャスレイヤーがニンジャをスレイするところが見たいという方は申し訳なありません


ブブブーンズズンブンブン―ン。サイバーテクノの重低音が部屋中に鳴り響く。部屋の中央に大きなテーブルがあり、床には酒瓶や注射器やバリキなどの興奮剤などが散乱している。その四方をソファーが囲みそれぞれに男たちが座っている。ある者はサケを飲み、ある者はヘンタイポルノを黙々と読むなどして好きに過ごしている。

 

するとガタガタと音を立てながら扉を開け首を下げながら部屋に男二名がエントリーする。彼はスモトリくずれで二メートルを超える巨漢だ。「どうよ何点?」「ニチレンカンパニーのカチョウ級のサラリマンで500点だ」「マジかよやるな、こっちはサンシタ企業ばっかりで100点ぽっちだ」「じゃあ今日の賞金は俺たちのものだな。ゴッチャンです」

 

スモトリは笑った。「残念だが賞金は俺のものだ。ヨロシサンのカカリチョウ級を狩って1000点だ」さらに部屋の中にもう一人右目に眼帯をつけた男がエントリーし勝ち誇るように言い放つ。彼らはヨタモノと呼ばれるはぐれ者の集団、サークル・サドガシマと名乗るグループである。

 

様々な犯罪行為をおこなってきたサークル・サドガシマの間で今一番ホットな犯罪行為がサラリマン狩りだ。過酷な労働時間を課せられ精根尽き果てたサラリマンを襲い金品を強奪するのがサラリマン狩りだが、それだけではつまらないとある要素を付け加える。それがポイント制である。

 

その日にポイントを一番多くとったものが賞金をもらい、強奪した金品と一緒に収入として得ることができる。メガコーポの社員は下級でも武装が充実しており、それと同様に役職が上がるごとに難易度が高くなり返り討ちにあうことが多い。それゆえにポイントは高く設定され高ポイントサラリマンを狩った者は自然とサークル内でのソンケイが高まってくる。

 

そしてシノノメは多くの高ポイントサラリマンを狩りサークル内でのソンケイはトップでリーダー的存在だ。「スゴイ!どうやったんですか?」「それは臨機応変にだな」シノノメは笑みを浮かべながら右目の眼帯を撫でた。右目はオムラのカチョウ級を狩った時の負傷で眼球を失っていた。

 

「おい、さっきから何を見てるんだ?」メンバーの一人がシノノメの武勇談を聞かずに写真をマジマジと見ている。「いやこの女。いいなと思って」ヨタモノの一人が写真を見ながら呟く。それは狩ったサラリマンの財布の中に入っていた写真だった。その写真には男性が一人にその両脇に二人の女性が写っていた。

 

男性の左にいる女性は30代半ばだろう。優しげに微笑んでおりその胸は豊満だった。そして男性の右には十代半ばの少女が朗らかに笑っている、その胸は平坦だった。「どっち?」「嫁のほう」「オイオイただのオバサンじゃねえか、断然娘のほうだろ」「まだロウティーンだろ。断然嫁の方だ」「わかってねえな。若さこそ重要なんだよ!」

 

「お前こそ分かんねえのかよ!人妻のヘンタイさが!」「テメエスッゾコラ!」「ヤッテミロコラ!」二人の口論はエキサイトし、お互いの襟首をつかみ今にも殴り合いをしそうなアトモスフィアだ。しかしシノノメがそれを制した。

 

「オイオイ、落ちつけよ。ところで奪った財布に住所が載っているものあるか?」「はい、あります」シノノメは住所を確認するとニヤついた笑みを浮かべた。「お互い言い分が有るのはわかった。だったら両方試してみればいいんだよ」「どういうことっすか?」「今から家に行ってファックしようぜ。ついでに家で金品をゲットだ」

 

ナムサン!なんと倫理観を無視した邪悪な提案だろうか!なんたるハック&スラッシュとファック&サヨナラを組み合わせたハイブリット非道行為!「いいっすね!」「さすがシノノメ=サン!カシコイ!」意見に賛同するかのように歓声が上がる。「さっそく行きましょうシノノメ=サン!」

 

「まあ待て、アベ=サンとトベ=サンが帰ってきてない。楽しいことは全員でだ」いきり立つメンバーをシノノメが制す。すると扉からガチャガチャと音が聞こえてきた。「噂をすればトベ=サン達が帰ってきたぞ?」扉の前に立っていたのはトベの姿ではなかった。背格好からしてロウティーンだろう、耐重金属酸性雨パーカーを身に纏い口元はマスクで隠している。

 

「ドーモ、サークル・サドガシマの皆さん、ドラゴンナイトです。捕まえに来ました」その言葉にサークルのメンバー全員が訝しんだ。マッポの手先か?だがそれにしては幼すぎる。「テメエ、ラリってんのかコラ!」思わぬ闖入者のエントリーで数秒間の空白ののちスモトリくずれが向い拳を振り上げる。

 

アジトの場所を誰かに密告される可能性がある以上生かしてはおけない。あの小僧はスモトリくずれによって撲殺されるだろう。ニューロンでツキジめいた光景が描かれる。「グワーッ!」するとスモトリの体は糸が切れたジョルリ人形めいて崩れ落ちた。何がおこったのか?この中にニンジャ動体視力の持ち主がいたなら視えただろう。

 

 

パーカーの少年は高速で拳を振りぬきスモトリ崩れの顎に掠らせスモトリの脳は揺らし失神させたのだ。このような芸当はニンジャにしかできない!つまりこの少年はニンジャだ!「お前らアイツを撃ち殺せ!」BLAM!BLAM!シノノメはサラリマン狩りで用いた銃を発砲しながらメンバー五人に対して声を荒げる。

 

メンバーもその声に反応するようにドラゴンナイトに発砲した。シノノメが多くの武装したメガコーポサラリマンを狩って生きていられたのは卓越した危機察知能力によるものだった。その第6感めいた判断力で数々の修羅場を潜りぬけてきた。その第6感が告げている。こいつを生かしてはおけないと。

 

「イヤーッ!」ドラゴンナイトは部屋の中でトライアングルリープを繰り返し銃弾を避けていきメンバーを倒していく。それはシノノメにとって信じられない光景だった。なぜこの銃弾を避けられる?まさか奴はニンジャなのか?裏社会の噂でニンジャがいるというのは聞いたことがあるが与太話ではなかったのか?その瞬間シノノメの意識は途絶えた。

 

ドラゴンナイトは倒れているシノノメを侮蔑的な目線で見下し足を振り上げる。「イヤーッ!」振り下ろされた足はシノノメの頭部の数センチに踏み込まれ、床には蜘蛛の巣状のヒビが広がった。「フゥー」深く息を吸い込むと懐からIRC電話を取り出した。

 

「ドーモ、マッポですか。ナオタカストリートのサスケという潰れたクラブにヨタモノがいるみたいです。何か盗みをやったみたいで早く捕まえてください」一方的に告げるとIRC電話を懐にしまい込みこの場を去っていった。

 

◆◆◆

 

シャッシャッシャッ。硯に墨汁を入れ墨でする音がBGMめいて教室に響き渡る。全員が同じ行動をとりコケシファクトリーの工場員のようだ。そんな感想を抱きながらカワベ・ソウスケも同じように墨をする。ここはネオサイタマにある私立ジュニアハイスクール。アカツキ・ジュニアハイスクール。

 

カチグミの息子たちが通う私立中学校であり、一般の公立中学校では受けられないような高度な教育を受けられる。ヤブサメ、ハイク、オリガミ、ショウギ。それぞれに専門の教師がいる。そしてソウスケがおこなっているショドーでもそうである。ショドーはカチグミにとって重要な教養である。

 

ショドーが上手ければそれだけで出世するものも居れば、逆に降格もしくは下手であるというだけでケジメに追い込まれる事さえありえる。ソウスケは墨をすりながら息を深く吐きコンセクトレーションを高める。今日のショドーは各々が好きな言葉をショドーするカリキュラムだ。そして息を吸い込み紙に己が書きたい言葉をショドーした。

 

「ではヨモダ=サンは何を書きましたか」ショドーの教師がヨモダに壇上に上がるように促し己が書いたショドーを黒板に貼りつけた。皆に己のショドーを発表し意見や感想を述べてもらうのである。「はい、『成せば成る』です」「ワオ、ゼン!」「決断的だ!」「パワーを感じる!まるでヨモダ=サンのようだ」生徒達が次々と賞賛の声をあげる。

 

賞賛の声をあげているのはヨモダの取り巻きである。ヨモダはアメフト部に所属しているジョックだ。そして次々と生徒達が壇上に上がりショドーを発表しソウスケの番がやってくる。「ではカワベ=サンは何を書きましたか」「ニンジャです」ソウスケは己のショドーを張り付けた。

 

「もやしめいて弱弱しい!」「字が曲がっている。性格を表しているようだ!」「心に響かない!」ヨモダの取り巻きが嘲笑と罵声をソウスケに浴びせさせる。「チョットヤメナイカ」「ハイ、スミマセン」教師が形式的に注意し取り巻きが形式的に謝罪した。

 

少し前までは賞賛を浴びる立場だったのにずいぶんと変わったものだ。ソウスケは皮肉めいた笑みを見せる。かつて野球部に所属しておりジョックだった。だがある時に野球部をやめてスクールカーストの最下層に落ちたのだった。

 

「カワベ=サン。好きな言葉を書いてよいと言いましたが、もっと別の言葉を書いてもらいたかったです」教師が冷ややかな目線で注意する。ショドーの授業では漢字やひらがなを使いコトワザなどを書くことが推奨されていた「ゴメンナサイ」ソウスケは謝罪するが謝罪の気持ちはない。

 

この行為は重要な事だった。自分が発した言葉や自分が書いた言葉自分に大きく影響を与える。ニンジャとショドーすることは己を認識するために必要だった。カワベ・ソウスケ改めドラゴンナイト。彼はニンジャだった。

 




もうアニメの魔法少女育成計画放送から一年ですね。
続きが気になって朝起きてすぐに録画を見た日々が懐かしい。


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第三話 ニンジャ少年と魔法少女♯2

これまでのあらすじ

邪悪なヨタモノ集団をサークル・サドガシマを倒したニンジャ。その名はドラゴンナイト
その正体はアカツキ・ジュニアハイスクールに通う生徒、カワベ・ソウスケだった



◆ドラゴンナイト――カワベ・ソウスケ

 アカツキ・ジュニアハイスクール二年、カワベ・ソウスケ。カワベ建設取締役カワベ・ソウジュウロウの次男である。長男のソウイチロウは親の跡を継ぐためにカレッジで勉学に励んでおり、ソウスケは比較的に自由に育てられた。

 ソウスケはカトゥーンが好きだった。ゲンキジャスティス、サムライ探偵サイゴ、カラテ戦士マモル。彼らの活躍に興奮し正義を愛し己の意志を貫く彼らの信念に感動し共感した。

 いつか彼らのようになれればいいなと漠然と夢描いていたこともあった。だがその思いはもちろん、カトゥーンの話すらすることができなかった。それはソウスケがジョックだからである。

 

 カチグミの息子である以上それ相応の振る舞いや付き合いや活動が求められる、その一環が野球だった。

 幸か不幸かソウスケには野球の才能があり野球もカトゥーンと同じぐらいに好きだった、それ相応に練習に励んだソウタはメキメキと実力をつける。

 結果野球で華々しい活躍し学校生活では常にスクールカーストの上位であるジョックの地位だった。

 

 だがカトゥーンはジョックの趣味ではなくナードの趣味だ。それが発覚した瞬間ジョックからムラハチされスクールカーストの下位に堕ちる。

 スクールカーストから堕ちることは当人の問題ではなくカチグミの親への評判にも影響する。ソウスケのどちらかと言えば内気で奥ゆかしい性格でありその気質はジョックではないが、親に迷惑をかけたくないと必死にジョックを演じる。

 したくもないムラハチをおこない心を痛め。カトゥーンについて語りたくともナードとは会話ができず、逆に言いたくもないカトゥーンの悪口を言った。ジョックの日々はソウスケにとって苦痛だった。

 

 そんなある日カワベ・ソウスケは目が覚めたらニンジャになっていた。

 時々自分がある日サイキックや超能力者になることを夢想することはあったが、まさか本当に起こるとは。どうせならもっと劇的なイベントを経てなりたかったものだ。

 だがこれで漠然と夢描いていたフィクションのようなヒーローになれた。その日から生活は一変した。

 

 まずニンジャになってから暫くして野球を辞めた。表向きには野球が嫌になったということにしているが本当の理由は違う。苦渋の決断だったが理由を言ったとしても誰も理解してくれないことは目に見えているので今後言うことは恐らくない。

 その結果ジョックから転落した。元々ジョックの気質ではなく野球が上手いというだけでジョックになっていただけであり、野球をしないソウスケが堕ちるのは当然の事だった。

 だがソウスケは気落ちすることもなくむしろ良かったとすら思っていた。これで好きなだけカトゥーンについて語り合うことができ、やりたくもないムラハチもやらずにすむ。

 そしてジョックの時には建て前を気にしてできなかったが、堕ちたことで表立って理不尽なムラハチにあうクラスメイトを庇いジョックに反抗する。その結果ムラハチもされた。

 

 しかしそれについて問題はない。ニンジャがモータルのムラハチを意に介することはない、直接暴行を受けることもあるがそんなもの蚊に刺される以下だ。

 スクールの授業が終わりソウスケはスクールバスに揺られながら家路に向かう。

 車窓から空を見上げると雲に覆われながらも太陽が辺りを照らしている。野球を辞める前までは車窓から見えるのは暗闇を照らすネオンライトの光りだった。

 野球を止め日が落ちる前に帰ることに慣れてしまったことに少しだけ感傷的になっていた。

 

 バスはコガネモチ・ディストリクトエリアに着き、ソウスケを含む数名がバスを降りる。

 コガネモチ・ディストリクトはネオサイタマにある富裕層居住地域の一つである。

 ネオサイタマ有数の富裕層地域のカネモチ・ディストリクトとはいかないまでもカチグミと属される者たちが住む地域であり、特に護身用具を携帯せずとも自由に地域を移動できるほど安全である。

 ソウスケの家は二階建てに庭つきである、コガネモチ・ディスクリクトエリアでも平均ぐらいだ。

 家に帰りただいまと声をかけるが返事は帰ってこない。家には母親がいるはずなのだが返事は無い。両親はジョックから堕ちたことが分かると露骨に態度を変えた。

 ジョックの中に取引会社の親でもいて取引に影響がでたのだろう。また母も近所付き合いと呼ばれる親の年収や子供の功績を競い合うヒラルキーで肩身の狭い思いをしているのだろう。

 それについては少しばかり申し訳ない気持は有った。だが今のスタンスを止めることはない。

 ニンジャではない自分は弱かった。世間体を気にして己の意志を貫けなかった。だが今は違う。今の自分はニンジャだ、己の意志を貫きやりたいことができる力が有る。

 

 ソウスケは荷物を自室に置き着替え終わると台所に向かい炊飯器から炊きあがったライスをしゃもじでよそう。

 中国地方でとれたバイオ米「ミョウオウ」。そしてオキナワ産の海苔でご飯をつつみライスボールを三つほど作る。三つとも具は入れず塩をまぶし味付けしたものだ。

 一般的にはライスボールには梅干しやバイオシャケを入れるがソウスケにとってそれは邪道だった。塩こそがライスと海苔の味を引き立たせる最高の調味料、それがソウスケの持論だ。

 ライスボールをタッパーに詰めリュックに入れるとソウスケは足早に家を出ていく。玄関を出ると灰色のパーカーのフードを深くかぶった。この瞬間カワベ・ソウスケはニンジャであるドラゴンナイトになる。

 ニンジャになる前までは何もしようと思わなかった。だがニンジャになったからにはやらなければならない。「力を持つ者はそれを正しく使う責務がある」サムライ探偵サイゴの言葉である。

 ニンジャになってからのドラゴンナイトは自警団めいてネオサイタマをパトロールしていた。ヨタモノに襲われているものを助けたり、泥酔しているサラリマンを家まで送り届けたりしていた。

 ニンジャは常人より遥かに強い、どんな相手にでも勝てるだろう。ならばその力を何に使う?それは平和のためである。ニンジャの力で弱きを助け、人々を悪から守る。

 弱かった自分がやろうとしなかった分ニンジャの自分がやらなければならない。それが責務だ。そしてこの行動はフィクションの登場人物のように行動したいという願望でも有った。

 

 

◆◆◆

 

 

「97…98…99…」ドラゴンナイトは歯を食いしばりながらカウントを重ねていく、滴り落ちる汗が床を濡らす。今行っているプラクティスは片手逆立ち腕立て伏せか、いやよく目を凝らしていただきたい。地面についているのは親指のみ、これは片手親指逆立ち腕立て伏せだ!なんたるモータルでは実現不可能な強力な筋力とバランス感覚!

 

「100!」ドラゴンナイトは片手の力だけで跳躍しバックフリップを決める。そして乱れる息を整えずオブジェの前に立つ、それは物体に角材やバットを突き立てたサボテンめいたものだった。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」それに向かってチョップや掌打を一心不乱に打ち続ける。

 

「フゥー」30分後、トレーニングを止め家から拝借したミネラルウォーター清水のキャップを開け飲む。ここはとある廃ビルの最上階のフロア。辺りを見渡すとDIYされた木人やベンチプレス器具などがある。さらに壁には拡大コピーされた地域一帯の地図が張られ赤字での書き込みが多く見られる。

 

別の壁には的が描かれており、的の周辺には何かが刺さったような傷ができている。「イヤーッ!」ドラゴンナイトはミネラルウォーターのペットボトルを的めがけて投げる。ペットボトルはアメリカンフットボールの一流QBが投げるボールめいて綺麗なスパイラル回転しながら的に向かう。

 

そして左手でスリケンを精製しペットボトルに向かって投げ、スリケンはペットボトルを両断し的の中心に当たった。ここはニンジャドラゴンナイトの活動拠点である。廃ビルの一室にトレーニング器具を持ち込みトレーニングルーム兼基地代わりにしていた。

 

 

パトロール後のトレーニング、ドラゴンナイトがニンジャ活動を始めてから一度も欠かしたことがないものだった。自分がニンジャであるということは他にもニンジャがいる、そしてその力を使い悪事を働く人間は必ずいる。そういった輩と対決し勝つためには力が必要だ。

 

その考えのもとにトレーニングをしていた。トレーニング内容はウェイトトレーニング、投てき練習、木人人形への打ち込み、そしてシャドーカラテ、四股等だ。これらは数々の格闘技やゲンキジャスティスやカラテ戦士マモル等のフィクション作品で描写されたトレーニングを参考に作られたメニューだった。

 

そしてトレーニングの最後は瞑想代わりに家から運んできたカトゥーンを読み始める。読むときは正座をして背筋を伸ばす。それがルールだ。登場人物たちの力に溺れずに正しき事を為す姿を見ると胸の奥から湧き上がる黒い衝動が抑え込まれる感覚が有った。そして登場人物を通して己の行動を省みる。

 

サークル・サドガシマの一件。結果的には重傷を負わせることはなかった。だが非道な行いをする者を見て暴力衝動と殺意が湧きあがり殺しそうになってしまった。それではそこら辺のヨタモノと変わらない。己を強く律しなければ。

 

ニンジャになったものは衝動的に暴れ犯罪行為に及ぶ事が多い、ニンジャという圧倒的な力を得て倫理観の枷が外れ助長させるからだ。だがドラゴンナイトはそれをしなかった。生来の善良な気質もそうだが、カトゥーンを通して己を強く戒めていたからでもある。ある意味カトゥーンの登場人物たちがドラゴンナイトのメンターであった。

 

カトゥーンを読み終わりドラゴンナイトは時計を確認する。時刻は23時30分、そろそろ帰る時間か。垂直飛びで空いた穴から屋上に上がり家路に向かおうとした瞬間ある光景が飛び込む。500メートル先ぐらいにある小さなビルが赤く染まりその屋上から黒煙がどこまでも昇っていた。火事か、何気なく辺りを見渡し消防車を探す。

 

ドラゴンナイトのニンジャ視力は3キロ先にある消防車を発見する。「うん?」ドラゴンナイトは訝しむように声を発した。十秒たっても二十秒たっても消防車が動く気配がなかった。

 

 

「すみません、道を開けてください」スクランブル交差点内、消防員が懸命に声を張り上げるが群衆は一向に動こうとしない。今日はサッカーネオサイタマ代表とキョート共和国代表の親善試合が行われていた。

 

だが親善試合というのは形だけであり一種の代理戦争とかしていた。キョートは長い歴史と伝統ゆえ、プライドが高くネオサイタマをはじめとした日本人を見下す傾向があり。また、ネオサイタマの人々もキョートに対しては憧れと同時に日本の中心都市でありネオサイタマが国のトップであるという自負があった。

 

試合は2-1でネオサイタマ代表が勝利した。その結果にネオサイタマの人々は喜んだ。純粋なサッカーネオサイタマ代表ファン、ただ騒ぎたい無軌道大学生。多くの人々がスクランブル交差点に集まり喜びを分かち合う。さらに騒ぎに便乗しようとヨロシサン製薬がバリキドリンクを周りの人々に売り始め場は一気にヒートアップし人々は暴徒と化した。

 

「おいあの車赤いぞ!キョートファンだな!ザマアミロ!」バリキの飲み過ぎにより興奮状態のファンが消防車に詰め寄る。キョート代表のユニフォームが赤色なのでキョートファンと勘違いしたのだ。それに便乗するように次々に詰め寄る。「公務員が何だコラー!」一人の暴徒が日々の鬱憤を晴らすように消防車を蹴りつけた!

 

「お前が退けコラー!」「邪魔だコラー!」暴徒達が一斉に消防車に襲い掛かる!「お前らの方が邪魔だコラー!」「こっちは人命が掛かってるんだよ!」消防車の中で耐え忍んできた消防員の堪忍袋が温まった!車から出て暴徒を殴り倒す!

 

そこから消防員と暴徒の乱闘に発展しスクランブル交差点はケオスの坩堝と化していた!何という惨状! これがマッポーの一側面なのか!

 

これは来るのに相当時間がかかる。仮にスクランブル交差点に向かったとしてもあの人数相手にとり騒動を収め消防車を現場に向かわせるのは難しいだろう。惨状をみたドラゴンナイトの足は自宅ではなく火災現場に向かっていた。

 

拠点からパルクールめいて移動し火災現場付近の屋上にたどり着いたドラゴンナイトは辺りを見渡す。火災の見た時より勢いは増しており、ビル全部が緋色に染まっている。視線を下げるとビル付近には避難したテナント従業員と野次馬が燃えているビルを眺めている。

 

すると何かを叫びビルに侵入しようとする女性と、それを必死に羽交い絞めにして止める男性の姿が目に映った。ドラゴンナイトは聴覚に神経を集中させ会話を拾う。「行かせて!まだササメケ=サンが残ってるんです!」「ダメだ!消防隊を待つんだ!それに4階に行く前に死ぬぞ」

 

ドラゴンナイトは腕を組み考え込む。このままでは消防隊が来る前に4階に取り残された人は焼け死ぬだろう。ならば自分が助けに行くべきか?ビルの屋上から火災現場の4階の距離はニンジャの身体能力ならば現場に直接飛び込むことはできる。だが燃え盛る現場で防火服も無しで活動できるものか?

 

数秒間考え込んだ後可能な限り息を吸い込み魚雷めいた勢いで4階にエントリーした。『後悔はやってからしろ』ニューロン内にミヤモトマサシの言葉が響き渡る。その通りである、何もせずに見殺しにすれば後悔する。それに救出できなさそうであれば脱出すればいいだけの話だ。

 

何より自分はニンジャだ。ニンジャならば救出できる!ドラゴンナイトには確固たる自信が有った。

 

CRUSHH!窓を突き破り現場にエントリーする。現場に到着して感じたのは熱気だった。肌全体を焼き焦がすような圧倒的な熱気、熱のせいで視界が歪んでいる。これほどまでの火の勢いでは焼け死んでいるかもしれない。ドラゴンナイトはニューロンに浮かび上がったネガティブな考えを打ち消し五感を総動員し取り残された人を探索する。

 

ニンジャの感覚はモータルに比べ遥かに鋭い僅かな痕跡でも察知できる。黒煙と緋色で染まるビル内をニンジャ感覚を信じて進んでいく。

 

すると壁際にぐったりと倒れているバーテンダーと扇情的な格好をした女性が複数人いた。あまりにも露出が多い女性の姿にドラゴンナイトは反射的に目を背けてしまう。まるで以前見たポルノスナップの女性のようだ。ここはバーを隠れ蓑にした非合法ヘンタイパブ「イケナイミセ」である。

 

ドラゴンナイトすぐさま我に返り、安全な場所に運ぶためにバーテンダーや女性を掴みあげようとするが問題が発生した。ドラゴンナイトのプランは救助者を脇に抱えてそのまま飛び降り障害物を使いながら減速して地面に着地するものだった。ニンジャならば4階から無傷で降りるなどベイビーサブミッションだ。

 

だが人数は五人。これだと両脇で二人、肩に担いで二人、さらに両肩で担いで二人、口で一人咥えながら移動しなければならない。

 

 

移動するだけなら問題ないが、このまま四階から飛び降りて体を上手く制御し無傷で降りれる自信はなかった。どうする?一か八かで五人抱えて飛び降りるか?それとも安全策で二人抱えて飛び降りるのを二回するか?だがそれで現場に向かう間に火の手が強まり救助者がテリヤキになってしまうかもしれない。

 

安全策か強硬策かドラゴンナイトのニューロンで二つの案がせめぎ合う。数秒間考えるが答えが決まらずそれがさらなる焦りを呼んだ。(((どうする?どるする?どうする?どっちが正しいんだ?)))

 

「貴方はそっちの二人を抱えて。私が三人持つ」すると後ろから声が聞こえてきた。ドラゴンナイトは声の主は誰なのかと考える暇もなく言われた通り救助者二人を抱えあげる。その人物も両脇に二人抱え口に一人咥えるとドラゴンナイトが窓を突き破りエントリーした方向に決断的に走っていき躊躇なく飛んだ。

 

ナムサン!なんというスーサイド行為!だがその人物は落下しながら障害物で減速し片膝をつき救助者と自分自身を無傷のままで着地を成功させた。ドラゴンナイトも一瞬動揺しながらも現場から飛び降り同じルートで障害物を使い減速させ着地した。

 

CABOOOOM!ドラゴンナイトが地面に着地した一秒後爆発音!振り向くと4階のフロアが爆発していた。もしあの時答えを決めかねていたままだったら爆発に巻き込まれ救助者は死亡、自分も大怪我、下手したら死亡していただろう。ドラゴンナイトの背筋に冷たい汗が流れた。

 

そしてドラゴンナイトは火災現場にエントリーした者に改めて視線を向ける。自分と同等の身体能力を有しているということは相手はニンジャ!?しかも女性である。髪形や服装、体のラインが女性のものだ。初めてあったニンジャが女性だった。無意識にニンジャは男性のみと思っていただけに二重の意味で驚いていた。

 

目の前に居る相手がニンジャと認識した瞬間本能のままに行動する。「ド…ドーモ、はじめまして、ドラゴンナイトです」ドラゴンナイトは背中に向かってアイサツするが緊張で声を上ずっていた。ドラゴンナイトは同じ力を持つ仲間や友達のような存在が欲しがっていた。

 

目の前にいるニンジャは人を助けた良いニンジャである。そんなニンジャと友人になりたい、だが拒絶されたらどうしようという不安、そして相手が女性である。ドラゴンナイトは元ジョックであるが、女性との接し方などの経験が不足していた。この二つの要素が緊張を増大させていた。

 

女性はドラゴンナイトのアイサツに応じるように振り向く。その瞬間心臓はバッファロー轢殺列車のピストンめいて鼓動する。カワイイ!ヤバイ級にカワイイぞ!ジュニアハイスクールにも男子生徒に何人も告白されている美人と呼ばれる女性生徒はいたがときめくことは無かった。だが今は人生最大にときめいている。心臓が破裂しそうだ!

 

一方女性はドラゴンナイトを見るとオバケでも見たように目を見開いている。「そうちゃん?……」女性、スノーホワイトは震えるような声で呟いた。

 



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第三話 ニンジャ少年と魔法少女♯3

これまでのあらすじ

ドラゴンナイトは今夜も人助けのパトロールをおこなっていた。
そこで火災現場に出くわし救助者を助ける為に現場にエントリーする。
そこには多くの救助者がいた、どう対処するか悩んでいると謎の人物がエントリーする
その人物と協力し救助者を火災現場から避難させた。

そしてエントリーした人物にアイサツしようとした瞬間胸が高鳴る!
同じぐらいの少女!しかもヤバイ級にカワイイ!カワイヤッター!
一方少女、スノーホワイトはドラゴンナイトの姿を呆然と見ていた


◆ファル

 

「そうちゃん?……」

 

 スノーホワイトはそう呟くと心拍数が一気に上がった。表情も何事にも動じず鉄仮面と言っていいほどの無表情はまるでない、誰が見ても動揺しているのがわかるほどの表情だ。

 これ程まで動揺している姿は初めてみた。だが今目の前にいるドラゴンナイトと名乗る少年を見ればこれほどまでに動揺するのも無理はない。

 魔法少女ラ・ピュセル、岸部颯太。それはスノーホワイトにとって特別な人物だ。

 スノーホワイトと同じく森の音楽家クラムベリーのN市で開催された魔法少女選抜試験の参加者の一人であり、そしてスノーホワイトとラ・ピュセル、岸部颯太は幼なじみだった。短い間だがラ・ピュセルとともに人助けをしていた。

 その時間は二人にとって至福の時だったのだろう。N市の試験で使われた電子妖精ファヴのデータから二人が楽しそうにしている様子が記録の一部として保存されていた。

 そしてラ・ピュセルは魔法少女選抜試験において参加者の一人である森の音楽家クラムベリーに殺された。

 その岸部颯太と目の前にいる少年はまさに瓜二つだった。顔の造形、声質、N市の試験で使われていたファヴから吸い取ったデータと少年を比べて99.996%の照合率。これは誤差であり照合率100%と言っていい。これならば声紋認証でも顔認証のセキュリティでもパスできるレベルだ。

 岸部颯太が死んだという事実を知らなければ、今いる少年を岸部颯太と認識していただろう。

 そしてドラゴンナイトという名前。ラ・ピュセルの姿は龍と騎士のイメージを取り込んだ姿だった。まさに龍の騎士ドラゴンナイト。岸部颯太と酷似した少年が名乗るのだからなんという皮肉だろうか。

 

「そうちゃん……」

 

 スノーホワイトはもう一度岸部颯太の愛称を涙声で呟くと掌で顔を覆う。ドラゴンナイトはその様子に困惑しているのか、どうしたらいいかとアタフタとしている。

◆ドラゴンナイト

 

 

「ドーゾ、落ち着くよ」

 

 ドラゴンナイトはスノーホワイトにザゼンドリンクを手渡した。 

 スノーホワイトは無言で頭を下げるとザゼンドリンクのキャップを開け飲み始める。その姿を見ない様に意図的に目線を逸らし、廃ビルの屋上から火災現場を眺め買ってきたザゼンドリンクに口をつける。

 さきほどの駆けつけた火災現場には消防車が到着していた。どうやら暴徒によって立ち往生していた消防車とは別の車が来たようだ。

 消防員が懸命に放水しているが鎮火することなく、炎上したビルはネオサイタマの夜を緋色で染めている。もう少し救助活動を続けるべきだったのかもしれない。だがあの状況でそのことを考える余裕はまるでなかった。

 ドラゴンナイトの頭の中は混乱の極みだった。何がいけなかったのだろうか?アイサツしたのがそんなに悪かったのか?掌で顔を覆うスノーホワイトの姿を見て浮ついた気持ちは跡形なく消え去った。

 

「修羅場インシデントか?」

「女を泣かせるんじゃねえぞガキ」

「火事が起こっているのに悠長だな!」

 

 すると自分達の様子を通行人たちが囃し立ててくる。この時間帯にティーンエイジャーが居るのが珍しいのか二人に注目が集まっていた。

 ドラゴンナイトは視線が集まるのを嫌がり、瞬間的にスノーホワイトの手を取り、路地裏に逃げ込み壁を駆け上がりビルの屋上を移動してその場を離れた。

 そしてテキトウなビルの屋上に移動し、お互いを落ち着くためにザゼンドリンクを買ってきたのが顛末である。

 手を引いたのは少し強引だっただろうか?ザゼンドリンクを飲みながら己の行動を省みる。

 ザゼンドリンクのヒーリング成分のせいか精神が落ち着いてきた。一つ深呼吸をつき当初の目的、自分以外のニンジャと交流を図るためにスノーホワイトに向かい再びアイサツする。

 

「ドーモ、改めましてドラゴンナイトです」

「……スノーホワイトです……」

 

 するとスノーホワイトもドラゴンナイトのほうを向きアイサツをおこなった。

 とりあえずアイサツする意思はあるようだ。これでもアイサツをしなかったら、いくらヤバイ級にカワイイ同年代の女性ニンジャといえど交流を図る気にはなれない。

 

「えっとスノーホワイト=サンもニンジャだよね?ニンジャに会ったのは初めてで、直感的にはそう思うけど確証がなくて」

 

 

 ドラゴンナイトは恐る恐る確認するように問う。結果的にはその直感は間違っていた。

 ニンジャは宿ったソウルから相手がニンジャかそうでないかが分かる。

 だが特殊な状況下において判断を見誤る場合はある。スノーホワイトが初めて戦ったニンジャのコールドスカルがそうである。動揺からニンジャ判断能力が低くなりニンジャではない相手にアイサツをしてアンブッシュをくらった。

 

 ドラゴンナイトのソウルと自身の資質、そしてニンジャになりたてのニュービーであることからニンジャソウルを判断する力が低かった。さらに魔法少女の雰囲気はニンジャと似ている部分があることも原因の一つだった。

 スノーホワイトは問いに無言で首を振り、ドラゴンナイトその動作を見て胸をなで下ろす。

 

「えっとニンジャになったのはいつぐらい?僕は一週間ぐらい前のニュービーだけど」

「私もそれぐらいです」

 

 

 スノーホワイトは目線を合わさずそっけなく答えた。

 それから数秒の間会話がなくなる。会話する際にはよくあることだが、そこまでコミュニケーション能力が高いというわけでは無く、同年代の女性ニンジャということもあってドラゴンナイトのニューロンは必要以上に焦燥感にかられていた。

 

(((どうする?次は何を話せばいい?というより会話の手ごたえがない。それに目を合わせてくれないし僕に興味がないのか?)))

「何であの火災現場にいたのですか?」

 

 沈黙をやぶったのはスノーホワイトだった。予想外の質問による動揺と自分に興味が向いたことへの嬉しさで反応が遅れながらも答える。

 

「えっと……いつも通りパトロールしていたらビルが燃えているのを見えて、現場に行ったら4階に人が残っているって聞こえて助けようと思ってあそこに飛び込んだからかな」

「パトロールとは?」

「それはあれだよ。地域を見回りして泥酔したサラリマンを家まで運んだり、ヤンクやヨタモノに絡まれた人を助けたり。昨日はサラリマン狩りをしていたサークル・サドガシマっていうヨタモノ集団を捕まえたかな」

 

 ドラゴンナイトは少しまくし立てる様に喋りサークル・サドガシマを捕まえたことを強調するかのようにアクセントをつけた。

 するとスノーホワイトはそれに反応するかのように目線をドラゴンナイトのほうに向ける。ドラゴンナイトは目線があった恥ずかしさからか目線を逸らしながら質問する。

 

「それでスノーホワイト=サンは何で火災現場に居たの?」

「私も同じような理由です」

 

 スノーホワイトの答えに平静を装いながら相槌をうつが内心ではガッツポーズする。

 同じ理由と言うことは善良な心の持ち主ということである。それならば誘いに応じてくれるかもしれない。デートに誘う時の心境はこんな感じなのかも。ドラゴンナイトは心を奮い立たせ提案する。

 

「あの……もしよかったら僕がやっているパトロール一緒にやらない?二人だったら色々と捗るし、それに悪いニンジャに襲われても一人より二人のほうが安全だし、何かあったら守れるし……」

 

 恥ずかしいので最後の方は相手にも聞こえないように呟く。スノーホワイトに視線を向け何か嫌な記憶を思い出したかのように苦々しい表情を浮かべていていた。その反応を見て察する。

 これは嫌われた。それはそうだ、いきなり誘っても応じるはずがない。まずは段階を踏むべきだった。まあ善良なニンジャがいると分かっただけで励みになると己を慰める。

 

「……いいですよ」

「ワッザ!?」

「ただ条件と言うより手伝ってもらいたいことがあるのですが」

 

 だが返ってきたのは意外な答えだった。拒否されると思っていたが了承してくれるとは。ただ条件を付けてくるということはあの態度からして無理難題だろう。

 

「ある人物を探しています。フォーリナーXと名乗っている女性です。活動のついでに探すのを手伝ってもらえますか」

「ヨロコンデ―!」

 

 その人はどんな関係ですか?と聞こうとしたがその言葉を飲み込んだ。

 恐らく深い事情があるのだろう。それを聞くことは奥ゆかしくない行為だ。何よりそれに尋ねて機嫌を損ねることがあれば困る。

 スノーホワイトはドラゴンナイトにフォーリナーXの特徴を伝え、集合場所を決めるとドラゴンナイトの元から去っていく。その後ろ姿を眺め視界から完全に消えたのを確認してから叫んだ。

 

「ヤッター!」

 

 

 初めて会ったニンジャが自分と同じ志を持つ善良なニンジャでしかもヤバイ級にカワイイ!そんなスノーホワイトと一緒に活動ができる。まるでカトゥーンの中の出来事だ。

 一緒にパトロールすることで仲良くなって色々と間違いがおきてネンゴロに……

 

「イヤーッ!」

 

 ドラゴンナイトは己を戒めるように右手で力一杯顔を殴りつける。口の中に血独特の鉄臭い匂いが広がる。邪念は捨てろ。

 スノーホワイトを誘ったのは同じ志を持つ同士として誘ったのだ。それに万が一そういう関係になったとしても目指すのは善行を通じての清い関係だ。

 口の中の血を吐きだすと自宅に向かってパルクール移動を開始する。その動きからは嬉しさを全身に漲らせていた。

 

♢スノーホワイト

 

「何で一緒に行動する約束をしたぽん?」

 

 スノーホワイトは重金属酸性雨にうたれながらビルの屋上伝いで移動する。その最中にファルが問いかける。

 

「このまま一人で探してもフォーリナーXは見つからない。ならこのネオサイタマに詳しい人に協力を仰ぐべきだと思うけどこの世界での知り合いも居ない。そんななか相手から接触してくれたならこの機会を生かすべきだと思う。ファルがこの世界のネットに繋がれるのなら話は別だけど」

 

 スノーホワイトはネオサイタマに来てから人助けをしながらフォーリナーXを探していたが、何一つ手掛かりを見つけることができなかった。

 そんなネオサイタマで生活するなかで元の世界のインターネットのようなものがあるのが分かった。ネットを使えれば捜索が捗ると、ファルを通じてネットを活用できないかと提案があり試したが結果は失敗だった。

 

 ファル曰く自分が知るネットとはまるで違い接続できないそうだ。UNIXと呼ばれるPCのようなものならネットを使うことができるが買うための金銭をまるで持っていない。

 ファルはスノーホワイトの答えを聞き黙りこくる。それからお互い言葉を交わすこと無く無言で移動した。

 

 移動を続けるなかスノーホワイトはあるビルの屋上にある給水塔を見つける。

 その屋上に着地すると雨が当たらない給水塔の下のスペースに座り込みファルがいる携帯端末の電源をきった。

 この後の様子は誰にも見られたくはない。そしてスノーホワイトは変身を解き姫川小雪になった。

 

 

 魔法少女になると健康な体と強い精神が宿る。強い精神とは怪我をして痛くても動ける。気分が落ち込んでいても頑張れる。そして悲しくても泣けないということでもある。

 ドラゴンナイトの姿をみて岸辺颯太との様々な思い出、そして岸辺颯太はもうこの世にはいないという悲しみが押し寄せてきた。スノーホワイトは泣きたかった、だが魔法少女では涙を流すことができない。故に魔法少女の変身を解いた。

 

 

 最初にドラゴンナイトの姿を見た時は心臓が止まりそうだった。

 

 その姿は幼馴染の岸辺颯太にあまりにも似ていた。その姿を見て一瞬だけそうちゃんは生きていたと妄想すら抱いてしまうほどにだ。

 そして動揺し何の抵抗もなくドラゴンナイトに手を取られどこかのビルの屋上に連れてかれ話を聞くことになった。

 

 ドラゴンナイトは自分のことを話し、自分がしている行動について語った。

 その声は全く同じでまるでそうちゃんと話しているようだった。そして善行をおこなう精神は清く正しい魔法少女が好きでともに人助けをしたそうちゃんと同じだった。

 ドラゴンナイトは一緒に人助けをしないかと誘って来る。その瞬間脳内で映像が思い浮かぶ。N市で二人で人助けをしてマジカルキャンディーを集め鉄塔の上で語り合った夜を。

 

 あれは夢のような日々だった、今までの人生で一番幸せだったのかもしれない。だが夢はN市で開催された魔法少女選抜試験の開始と岸辺颯太の死で幕を閉じる。

 スノーホワイトの脳裏にふと過る、誘いに応じればあの幸せだった日々の続きが見れるかもしれない。

 

 ドラゴンナイトはそうちゃんではない、それは重々理解している。それでも追い求めたいほど輝かしい思い出だった。

 フォーリナーXを探すために必要なことだ。魔法少女として人助けすることは正しい、人助けを二人でおこなうことは問題ない。

 様々な理由でドラゴンナイトの誘いの応じることを正当化させていく。

 

 

 そしてある懸念があった。ドラゴンナイトはニンジャであると言っていた。そしてネオサイタマにきた夜に戦ったコールドスカルもまたニンジャであると予測できる。

 力を持つ者は力に溺れ悪事を働く、魔法少女狩りの日々で悪事に手を染める魔法少女を何人と見てきた。

 

 ニンジャもまた同じだろう。人助けをするということは厄介事に首を突っ込むことである。もしニンジャが悪事を働いていている姿を目撃したら?

 

 岸辺颯太、魔法少女ラ・ピュセルであれば悪事をやめるようにと説得し、実力行使できたら毅然と立ち向かうだろう。

 そしてドラゴンナイトも恐らくそうだ。だが悪いニンジャの力が強大で返り討ちにあってしまったら。その時自分は立ち直れるだろうか?

 

 

「そうちゃん……そうちゃん……」

 

 

 小雪は膝を抱えすすり泣くその声は重金属酸性雨が建物にあたる音とマグロツェッペリンから流れる企業広告の音でかき消される。

 その様子を髑髏めいて模様をうかべる月はただ見下ろしていた。

 

ニンジャ少年と魔法少女 終り




中学生のニンジャ!そういえば中学生ぐらいのニンジャはアズールぐらいしかいないのか。

そうちゃんにそっくりのドラゴンナイト。彼がスノーホワイトにどのような影響を与えるのか?それは私にも未知数です(笑)

あと今のネオサイタマは3部という設定で書いています


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第四話 ニンジャにご注意を♯1

ドーモお久しぶりです。
前回の投稿から三カ月以上経ってしまいました。
次回から投稿スピードを速められるように頑張ります


♢ドラゴンナイト

 

 ネオサイタマの夜空をマグロツェッペリンが泳ぎながらいつも通りメガコーポの商品のCMを流し、いつも通り重金属酸性雨が降り注ぎ、いつも通りネオン看板が夜を照らす。

 大半の人間にとってはいつも通りの日でありドラゴンナイトにとってもいつも通りの自主的なパトロールをするはずだった。だがそれは昨日までのことである。

 時計をしきりに確認しビルの屋上から辺りをキョロキョロと見渡す。その様子はひどく落ち着きがなかった。

 昨晩出会った少女スノーホワイト、あれはまさに一目惚れだった。

 容姿、醸し出されるアトモスフィア、すべてが自分の好みである。そんな彼女と一緒にパトロールをする約束をし、今居るビルの屋上で集合するはずだった。だが指定された時刻に迫っていると言うのにまだ姿を現さない。

 もしかして来ないかもしれない、むしろあの出来事自体幻だったのかもしれない。仮に来たとしても上手く会話できるだろうか?

 胸中に様々な不安が押し寄せてくる。ドラゴンナイトはその不安を振り払うかの如く深く息を吸い吐く。二回三回と繰り返し深呼吸を繰り返す。

 中学での学力テスト、野球の試合前、大きな出来事の前には常に不安が押し寄せてきた。そのたびに深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせその度に何とかなった。だから今日も大丈夫だ。

 己の頭のなかでスノーホワイトが来て良い雰囲気でいられるイメージを思い描く。スノーホワイトがすぐに到着する、和やかな雰囲気弾む会話。パトロールの最中に出くわした悪いニンジャ、スノーホワイトのピンチ、それをカラテで撃退する自分……

 

 

「お待たせしました」

「アイエ!?スノーホワイト=サン!?」

 

 すると突如後ろから声をかけられ振り返ってみるとそこにはスノーホワイトがいた。ドラゴンナイトは不意の出来事に素っ頓狂な声をあげてしまう。

 ニンジャは常人より感覚が鋭く、見なくとも後ろから来る人物の気配は察知できる。だがまるで気づかず、それだけポジティブなイメージを思い描くことに没頭していたのだった。

 

「ドドドーモ、僕も今来たばかりだから大丈夫」

 

 ドラゴンナイトは平静を装うが声色から十人中十人が動揺しているのと察することができるほどだった。

 その様子が可笑しかったのか見てスノーホワイトは僅かばかり笑みを浮かべている。

 出会ってから初めて見せた笑み。出会った時から表情を崩すことなく冷ややかな印象を持っており、それだけに今見せている笑顔とのギャップが産まれドラゴンナイトをときめかせていた。

 

 

「これからどうしますか?」

「……あっ、えっと。とりあえず僕のあとについてきてもらえる」

 

 スノーホワイトの笑顔に見惚れていたせいか数秒ほど間をおいてから問いに答えた。

 パトロールをしていれば自然ともめ事が多い箇所や見回るべき場所がわかってくる。すると自然と最適化されたルートが出来あがる。

 普段ならそこを回るのだがそのルートはヨタモノやヤンクなどが多く治安が悪い。ニンジャであればそのような者に後れを取ることはないと思うが、スノーホワイトは女の子であり万が一の可能性がある。今日は比較的安全なルートを巡回しよう。

 ドラゴンナイトはビルの屋上の淵に立ちパルクール移動しようと脚に力を込める瞬間、ふとあることが気になりスノーホワイトの方へ振り向き問いかけた。

 

 

「あとスノーホワイト=サンは何歳ですか?僕は14歳です」

 

 ネオサイタマは完全な縦社会である。下位の者が上位の者にシツレイを働ければ恐ろしい制裁が待ち受けている。ムラハチ、ケジメ、セプクどれだけ上位の者にシツレイしたか、犯したシツレイによって度合いが決まる。

 上の者が下の者のブレイコウを許すという稀なことはあるが、世間の風潮がそれを許さないので結局は制裁を受ける。

 そして何が上位と下位を分けるかは様々な要素で決まる。家柄、役職、そしてネンコである。

 ネンコとは年齢や組織に属している年数などであり、会社などで役職が同じ場合は組織属している年月が長いほうが上となるケースもあれば、年齢が高いほうが上となるケースも状況に応じて変わる。

 そしてスノーホワイトとドラゴンナイトの間にある上下関係を決めるのは年齢である。

 ここで上下関係は明確にしておいたほうがよい。

 知らないまま自分が下なのにスノーホワイトに上のような態度を取ればそれはスゴイ級のシツレイに値する。

 

 

「16歳です」

「シツレイシマシター!スノーホワイト=サン!」

 

 

 ドラゴンナイトはスノーホワイトの答えを聞いた刹那、90°のお辞儀し顔を青くする。

 相手は年上だった。今思い返せばタメ口をきいていたことが多々あった。相当堪忍袋を温めているに違いない。

 すべてが終わってしまった、焼いたスシに水をかけても戻らない……仲良くなることは不可能だ、きっとオーガのような顔で怒っているだろう、恐ろしくて顔をあげることができない。

 それから十数秒ドラゴンナイトは90°のお辞儀の姿勢を維持をし続ける。するとスノーホワイトはゆっくりとした足取りで近づき告げる。

 

「顔をあげてください。私は全然気にしていませんから」

 

 声に怒気が籠っていない。それに安堵したのか恐る恐る顔をあげるとスノーホワイトはやわらかな笑みを浮かべていた。

 一瞬安堵したが、今まで体験してきた縦社会の習性が何か裏が有るのではと疑いの心を抱かせる。

 

「本当ですか?本当に怒っていませんか?」

「はい。あと私達はこれから一緒に行動する仲間だから丁寧語じゃなくて同級生や友達に話すような言葉づかいでいいよ。私も同じように喋るから。それでいい?」

「ハイヨロコンデー!じゃあ……えっとスノーホワイト=サン……、改めてよろしく」

 

 ドラゴンナイトは右手を差し出し、スノーホワイトはその手を握る。その手はとても柔らかかった。

 

 

♢ファル

 

 表通りかの喧騒や明るさとは一転し薄暗く静かで不気味だった。ビルの壁面には「お礼参り」「明日がこない」「金を返せ」などの文言が白や赤色のスプレーで書かれており、それだけでこの場所の治安の悪さを物語っていた。

 

「ここらへんはヤンクが多いから気をつけたほうがいいよ」

「アリガトウゴザイマス!」

 

 高校生ぐらいの少女はスノーホワイトとドラゴンナイトに頭を下げながら礼を述べる。

 少女はストリートの裏路地の方に迷い込んでしまったようで案の定ガラが悪い連中に絡まれていた。そこにスノーホワイトとドラゴンナイトがやってきて連中を追い払っていた。

 

「あとこの人を見たこと無い?」

 

 少女は画像に顔を近づけ凝視した後首を横に振る。スノーホワイトは予想通りといわんばかりに表情を崩さず少女に礼を述べ、少女は期待にこたえられなかったことを申し訳そうにしながら人通りの多い路地に向かっていく。

 

「ごめんね。私があっちこっち向かうせいでドラゴンナイトさんのルートから外れてばっかりで」

「気にしなくていいよ。それで困っている人を助けられるなら問題ない」

 

 ドラゴンナイトはスノーホワイトを気遣うように笑顔を見せた。

 パトロールの方法は決められたルートを廻り困っている人を助けもめ事を対処していくものだった。

 経験から最適なルートを選び巡回する方法は一般的な魔法少女のパトロールの方法と似ていた。普通ならばこの方法が一番効率的なのだが『困った声が聞こえるよ』の魔法を使えるスノーホワイトにとっては非効率的だった。

 開始当初はルート通りパトロールしていたが、しばらくするとスノーホワイトがルートから外れ、あちらこちらに向かってもめ事に対処していく。向かう先々でもめ事や困っている人に遭遇する様子を見たドラゴンナイトは次第にパトロールの主導権をスノーホワイトに預けていく。

 ドラゴンナイトとスノーホワイトのパトロールをしながらお互いのことを話していた。自身のことや学校での生活や趣味について。スノーホワイトは必要最低限のことをしゃべり聞き手に徹し、ドラゴンナイトが多くの事を語っていた。

 そして会話している表情はいつもより少しだけ明るい気がした。その明るさは魔法少女の友人であるリップルと行動を伴にしている時とはまた別のものだった。ドラゴンナイトの存在がそうさせているのか?感情の機微に疎い電子妖精であるファルにはスノーホワイトの心中は図れない。

 

 

「画像の人の手掛かりはなかなか見つからないね」

 

 ドラゴンナイトは路地裏のビルを駆けあがり屋上から辺りを見渡しながら呟く。スノーホワイトがさきほど少女に見せたのはフォーリナーXが写っている画像を撮ったものだった。

 最初は自分の端末で画像を見せ尋ねようとしていたが、この世界にないものを見せられたら怪しまれる可能性があることを危惧していたがそれは杞憂で有った。

 この世界では3Dホロで画像を映せるような高性能端末が存在するらしく、ちょっとデザインが変わった携帯端末程度の認識だった。

 

「うん、でもこれしか方法がないし地道にやっていくしかないと思う」

 

 スノーホワイトは現状を再確認するように返事をする。そしてファル自身もこの現状が歯がゆかった。

 元の世界ならネットに繋がりそこから画像を検索し所在を発見できるのだが、この世界のネットに繋がれない現状ではこのようにローテクな聞き込みでしか探す方法がなかった。

 

「ところで画像の人とはどういう関係?姉妹というには顔は似てないし」

「どうしても会わないといけない人」

 

 スノーホワイトは感情を込めず質問に答えるその表情が少しだけ険しい。この異世界に自らを送りこんだ人間だ、良い感情を持つわけがない。

 ドラゴンナイトはスノーホワイトから漂う雰囲気からこの話題に踏み込まない方がいいと察したのか露骨に話題を変え、行く先々で何故困っている人を見つけられるのか?それはジツなのかと問いかける。

 ジツとは魔法少女でいう固有の魔法だろう。だがこの話題も魔法少女としては触れられたくない問題だった。魔法少女にとって自分の魔法を知られているか否かは生死にかかわる問題である。

 戦闘において実力差が有っても魔法によって実力差を覆らせるケースは多い。それだけに魔法については極力話さない魔法少女が殆どである。

 

「私にもよくわからないけど、勘に従ってそこに行くと困っている人やもめ事に遭遇するの。ドラゴンナイトさんもジツを持っている?」

 

 スノーホワイトは淀みなく自分の魔法についてごまかす。よくわからないと枕詞にし感覚的なことと言われれば深くは追及できない。さらに質問をすることで追及の矛先を逃した。

 

「まあ持っているけど……そんな使えるものではないし見せられる機会があれば見せるよ」

「うん」

 

 それ以上スノーホワイトは追及しなかった。それから数秒ほど沈黙が訪れそれを破るようにドラゴンナイトが話をきりだす。

 

「そういえばスノーホワイト=サンは門限とか大丈夫?」

 

 ドラゴンナイトはふと時計を見た後尋ね、スノーホワイトも端末を見て時刻を確認する。時刻は22時30分をまわっている。

 話の流れでスノーホワイトはネオサイタマの女子高生ということになっている。魔法少女は睡眠も食事も必要もなく現時点で無職と言う何にも社会的にしがらみがないスノーホワイトならば24時間無休で人助け及びフォーリナーXの捜索はできる。

 だがニンジャがそうとは限らない、何より自分に付き合わせてドラゴンナイトの学校生活に悪影響を与えるのは望まないだろう。

 

「じゃあ……今近くで困っている人がいるみたいだから、その人を助けたら帰る」

「わかった。僕もそれが終わったら帰るよ」

 

 スノーホワイトはビル伝いに地上に降りドラゴンナイトもその後についていった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

室内はボンボリライトにうっすらと照らされ全体的に薄暗い。床も天井も木張りでどこかサルーンめいたアトモスフィアを醸し出している。ここはバー「アラバマ」キノコストリートにあるバーだ。「イッキ、イッキ、イッキ」扇情的な衣装の女性達が囃し立てるようにコールする。するとそれに応える様に若者二人はケモビールを飲みほしジョッキを机に叩きつけた。

 

ボウズ頭にスカジャンを着ているのがイシイ、ドレッドヘアーにジャージ姿のがタダノである。店内ではイシイとタダノと女性達、他に10人ほどの客が居た。「ワースゴイ!アタシいま体温何度あるのかなーッ!?」マイコ店員は服をはだけ豊満な胸を押し付ける。だがイシイとタダノの表情は厳しい。

 

一時間後。「そろそろ出るかイシイ=サン」「そうだな」二人は徐に腰を上げそれに反応するように店員が伝票を持って二人の前に立った。「こちらがお会計になります」店員は笑顔を見せながら物腰柔らかく対応する。店員の肉体は服越しでもわかるほど鍛えられ屈強だった。

 

「ケモビールジョッキ5杯にオーガスレイのショットグラス5杯で1、10、100、49000円か、けっこう飲んだな」「お客様申し訳ございません。もう一度ご確認ください」イシイとタダノは伝票をもう一度確認する。490000円!桁が一つ多い!「エッ?ケモビールなんてそんなにしないですよ。店員=サンの間違いじゃないですか」

 

タダノが訝しむように視線を向ける。ケモビールは一般層でも気軽に買えるものであり、瓶100本買ったとしても10万円を超えることはない、オーガスレイも同様に高額なものである。どう考えても計算は合わないのである。「テメエ!イチャモンつけてんのかコラーッ!」すると笑顔だった店員が顔を強張らせイシイの服の襟を掴んだ!

 

すると奥から店員が出てき二人を囲むように取り囲む。皆屈強な体の持ち主だった。「金払えコラーッ!」「借金センター行くぞコラーッ!」店員たちが次々と恐喝めいた言葉をなげつける。コワイ!気弱な方なら失禁してしまうだろう。

 

察しのいい方ならお気づきだろう。このバー「アラバマ」は典型的なぼったくりバーである!二人はぼったくりに引っかかってしまったのだ!「テメエドッスンダコ……」「イヤーッ!」イシイは襟を掴まれた手を強引に振りほどきイポン背負いでテーブルに叩きつける。CRASSH!グラスとテーブルは砕けた。

 

なんという切れ味鋭いイポン背負い!イシイはジュドーのブラックベルトだ。「ナニシテクレ……「シューッ!」「グワーッ!」店員がイシイに襲い掛かるがそれをインターラプトするようにタダノがストレートパンチを顔面に叩き込み店員は後方に吹き飛んだ。何というパンチ!それもそのはず。イシイとタダノはジュドーとボクシングにおいてカレッジの全国大会でベスト8に入った猛者である!

 

「テメエらこそよくもコウハイ達からボッタくってくれたなコラーッ!金は返してもらうぞコラーッ!」タダノは威嚇するようにシャドーボクシングを見せつける。イシイとタダノはぼったくりに引っかかったのではない。すべて承知の上でこの店に入ったのだ。二人はコウハイがぼったくりに引っかかったと聞き金を取り返すべくヤクザのカチコミめいて乗り込んで来たのだ。

 

 

「「「「ナメッジャネッゾコラー!」」」」残りの店員が二人に襲い掛かる。店員は全員185センチ以上に対してイシイとタダノは175センチ程度の体格。それに数の差、この乱闘は店員達が二人を袋叩きにするものかと思われた。だが結果は違っていた。

 

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」タダノのパンチが相手を打倒し、イシイの投げで店員は叩きつけられ悶絶する。二人のワザマエは体格差と人数差を覆すほどのものだった。「俺たちが飲んだ酒はコウハイが飲んだのと同じものなんだよ。相場としてはよくて5万円ぐらいだから残りの44万円返してくれませんかねえ!」

 

 

イシイは倒れている店員の一人の襟首を掴み吊るしあげながらインタビューする。何と言う筋力!店員は苦しそうにしながら答える「わ……わかりました……金を……」「ずいぶんと騒がしいな」イシイとタダノは反射的に声がする方向に向く、声の主の年齢は30代ほどの白いスーツに身をまとった男だった。

 

 

「アンタは?」「この店のオーナーです」「じゃあ、オーナー=サン。コウハイと俺たちがボッタくりにあった分を返してくれるかな。あと慰謝料も」「ボッタくり?何のことですか?」オーナーは首を傾げながら聞き返す。「ケモビールジョッキ5杯にオーガスレイのショットグラス5杯で49万なんてどう考えてもボッタくりだろう!」タダノは声を荒げるがオーナーは臆することなく平然としていた。

 

「サービス料も含めれば適正な価格だと思われますが?」「イヤーッ!」タダノはスッテプインからのストレートを繰り出す。オーナーがみせた嘲笑、それをみた瞬間に身体が動いていた。人を完全に見下しぼったくり分の金を返す気はサラサラないということは分かった。ならば払いたくなるまでパンチを見舞うだけだ

 

「グワーッ!」ストレートがさく裂…していない!オーナーは微動だにしておらず逆にタダノが吹き飛びダウンしていた。「ウォー!」イシイは叫び声をあげながらオーナーに向っていく。襟を掴みイポン背負いの態勢に入る。「グワーッ!」だが気づけばイシイは強烈な衝撃とともに地面に伏していた。

 

何をされた?技が決まったと思ったら自分が倒れていた。長い間武術をしているが初めての感覚にイシイとタダノは頭の中は混乱している。その二人にオーナーはツカツカと近づき嘲笑を浮かべながら見下ろす「今のイポンですか?カラテマン=サンにボクシングマン=サン?」「「テメエ!ナメンナコラーッ!」」二人は起き上がりオーナーに飛びかかった。

 

―――――

 

 

「テメエ……まだ……」タダノとイシイはふらついた足取りで近づく、その顔は血だらけで顔半分は腫れで変形している。オーナーのカラテは二人のカラテを遥かに凌駕していた。イシイは組んだ瞬間投げ飛ばされ、タダノは技を繰り出した瞬間に攻撃を喰らってしまう。実力差は明らかだった。

 

だが二人は常に嘲笑を浮かべ完全に見下している目の前の男が気にくわない、ただその反骨心で何度も立ち上がり立ち向かう。だがその反骨心もロウソク・ビフォア・ザ・ウィンドだった。「イヤーッ!」「グワーッ!」オーナーは心を挫くようにタダノにはボクシングの技、イシイにはジュドーの技を喰らわせた。

 

「「スミマセンデシタ」」そして二人の反骨心は完全に挫かれた。ほぼ同時にオーナーに赦しを乞うた。反骨心より生命への危機に対する回避を優先させたのだ。「そうですか。とりあえずドゲザしてください」二人は歯を食いしばり屈辱で体を震わせながらドゲザの姿勢を作る。

 

ドゲザとは母親とのファックを強いられ記憶素子に保存されるのと同程度の凄まじい屈辱である!「「スミマセンデシタ」」二人の声は恥辱で震えていた。オーナーは薄ら笑いを浮かべながら言った。「それでは誠意が足りません。全裸でドゲザしてください」。オオ!何と言う非情なる提案!彼は血の通った人間なのだろうか?

 

「……ふざげるな」イシイとタダノに完全に消えたはずの反骨心が僅かに蘇る。全裸でドゲザをしてしまったらそれこそセプクしなければならない。それほどまでの恥辱なのである!二人は頭を上げ憤怒の目をオーナーに向ける。そこには二人の頭を掴むオーナーの姿があった。「なんですかその目は」「グワーッ!」頭部が床に叩きつけられる!

 

「なんですかその目は」「グワーッ!」「なんですかその目は」「グワーッ!」貝を石で割るラッコめいた規則性で二人の頭部を床に叩きつける。「アバッ……ふざけるな……」十数回ほど叩きつけられるが二人の目から反骨心はきえていない。「やりたくないというなら手伝ってあげましょう」オーナーは二人に近づき衣服を切り裂いていた。

 

「アイエエエ!」必死に抵抗するが怪我とオーナーの圧倒的な力により衣服はワラバン紙めいて切り裂かれていく(((チクショウ……助けてくれよブッタ、誰でもいいから助けてくれよ)))イシイとタダノは衣服を剥がれながらブッタや周りにいる客に声なき助けを求めた。だが客たちは目を逸らし、あるいは全裸ドゲザという珍しいものが見られると好奇の目を向け助けることはなかった。

 

チリーン!すると鈴の音とともに少年と少女が店内にエントリーする。その容姿は高校生、いや中学生に見える幼さであり明らかに場違いである。少年はオーナーを見た途端に目を見開き手を合わせた「ドーモ、初めまして。ドラゴンナイトです」「どーも、初めまして。スノーホワイトです」少女も少年にならいアイサツする。

 

「ドーモ、ドラゴンナイト=サン。スノーホワイト=サン。スコッチです」オーナー改めスコッチは顔を顰めながらアイサツした。ニンジャが関わると碌なことがおこらない。過去数度ニンジャと遭遇したがすべて不利益を被ることばかりおこっていた。スコッチは耳打ちで話をする二人を注意深く観察する。

 

すると二人は近づきドラゴンナイトが言った「裸ドゲザはやめない。もうドゲザしたし充分じゃない?」スコッチは眉がわずかに動く。「あとぼったくり営業はもう辞めてください」スノーホワイトが無表情のまま言う。スコッチの眉が再び僅かに動いた。「この店は健全な経営をモットーにしていますが」スコッチは笑顔を作る。

 

何故あの二人がドゲザしていたことを知っている?ぼったくりをしているのを知っている?笑顔の裏では猜疑心と警戒心が渦巻いていた。「それに二人は未成年でしょう。今日のところはお引き取り……アバッ」スコッチの口から血が吹きでる。胸元に視線を移すと胸から手が生えていた。

 

視線を後ろに向けるとメンポと黒色の道着と赤色のベルトを纏った者がいた。ニンジャ?だがニンジャは自分含めて三人なはず?すると赤と白の斑模様のシノビ装束の者が手刀でスコッチの首を切り落とした。「サヨナラ!」胴体は爆発四散し、首は壁に叩きつけられシミとなった。

 

黒色の道着がアイサツする。「ドーモ、ドラゴンナイト=サン、スノーホワイト=サン。マウンテンストームです」赤白の斑模様がアイサツする。「ドーモ、ドラゴンナイト=サン、スノーホワイト=サン。ヘッドハンターです」

 



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第四話 ニンジャにご注意を♯2

これまでのあらすじ

スノーホワイトは先日会った岸辺颯太によく似たニンジャのドラゴンナイト。そのドラゴンナイト共にラ・ピュセルとしたようにネオサイタマの街をパトロールしていた。その最中にニンジャの虐げれている若者二人を助けるために酒場にエントリーする。
エントリーした二人だがそのニンジャは若者二人の手によって爆発四散!若者二人はニンジャになったのだ


「ドーモ、ヘッドハンター=サン、マウンテンストーム=サン。ドラゴンナイトです」「どーも、スノーホワイトです」スノーホワイトは困惑しながらもアイサツをおこなう。何気なくドラゴンナイトに視線を向けると同じように困惑していた。完全に予想外なことだったのだろう。

 

若者二人が過剰請求された金を取り返そうと乗り込みスコッチに返り討ちにされた。そしてドゲザさせられ、それでも飽き足らず全裸ドゲザさせようとしている。それが店に入った時の状況だった。「全裸でのドゲザは困る」「これ以上の恥辱は困る」という声も外から聞こえてきたものと変わらなかった。

 

そしてスコッチと会話している瞬間突然二人の困った声が消えた。その直後あの二人がニンジャ装束とメンポを生成し身に纏いスコッチの後ろから攻撃して殺害しスノーホワイト達にアイサツをした。ドラゴンナイトに向ってアイサツしたということはニンジャだろう。しかしいつニンジャになった?

 

スノーホワイトが状況の変化に困惑しているのも無理は無かった。ニンジャには大きく分けて二つの種類がある。リアルニンジャとディセイションニンジャである。リアルニンジャは厳しい修行を経て体を人間からニンジャへと変化させた者である。

 

そしてディセイションニンジャ。リアルニンジャが死亡する際にニンジャソウルと言われる魂のようなものが、キンカクテンプルと呼ばれる場所に保管される。そしてそのニンジャソウルが人間に憑依しニンジャになったものをディセイションニンジャと呼ぶ。

 

ソウルが憑依する例としては瀕死の状態のものにニンジャソウルが憑依することが多いと言われているが基本的にはランダムである。タダノとイシイはスコッチに嬲られ衣服をはぎ取られるまでは人間だった。だがスコッチとスノーホワイト達が会話している最中にニンジャソウルが憑依。ニンジャとなったそして衝動に従ってスコッチを爆発四散させたのだ。

 

「アイエエエ!!」客の一人が叫び声をあげる。スコッチの壮絶な死、圧倒的な暴力にNRSを起こしたのだ。それを切っ掛けに客たちは失禁や嘔吐などのNRSの症状を引き起こしバタバタと倒れていく。その光景は悲惨そのものだった。「ドラゴンナイトさん。あの二人から目を逸らさないで」

 

ドラゴンナイトはスコッチがグロテスクに死に客が次々と倒れていく異様な光景を目の当たりにし目が泳いでいる。一方スノーホワイトは二人から目線を外さない。ニンジャにはついては何も分からないが二人のような雰囲気を纏っている魔法少女は見てきた。あれは暴力を行使し我を何としても通そうとする人種だ。

 

腕が僅かばかり動く、それに呼応するようにスノーホワイトも動いた。「イヤーッ!」マウンテンストームはスリケンを生成し投擲動作に入る、目標はNRSで倒れている客たちの頭だ。その瞬間スノーホワイトは魔法の袋からルーラを取り出し二人に向かって弾丸めいて突進した。

 

不意を突かれ反射的にスノーホワイトにスリケンを投げるがスリケンはルーラによってすべて叩き落とされる。ワザマエ!間合いに入ったスノーホワイトは突進の勢いを乗せた突きをマウンテンストームに繰り出す「グワーッ!」マウンテンストームは避けきれず腹部を裂傷!

 

「イヤーッ!」ヘッドハンターは攻撃の隙を狙ってストレートを打ち込む。スノーホワイトはルーラから片手を離し頭部に向かってくるパンチをサークルガードで受け流し腹部にヤリめいたサイドキックを蹴り込む。「グワーッ!」ヘッドハンターはワイヤーアクションめいて後方に吹き飛び壁に叩きつけられる!

 

スノーホワイトはルーラを両手で持ち再びマウンテンストームに攻撃を仕掛ける。「グワッ!グワッ!グワッ!」ルーラによる突き、薙ぎが身体を切り裂いていく。傷は比較的に浅いが攻撃に対応できていない。攻撃を阻止しようとルーラを掴もうとするがまるで見透かされたように避けられ逆に掴みに行った手が切り裂かれる。

 

戦況は圧倒的にスノーホワイトが有利だ。するとマウンテンストームは突如両手を高く掲げた!これはバンザイの姿勢、降伏のサインか?スノーホワイトは一瞬躊躇するが戦意が衰えた声は聞こえてこない。

 

「サップーケイ!」スノーホワイトは真白い閃光が目を覆い一瞬ひるむ。おお!見よ!スノーホワイトとマウンテンストームの姿が忽然と消えているではないか!?何が起こったというのか!?

 

 

 

♢スノーホワイト

 

 ここはどこだ?先ほどまではバーに居たはずだったが今は全く別の場所にいた。

 床一面には畳が敷かれており所々色が変色し年季を感じさせる。壁には「克己」「忍耐」「不如帰」等の文言が書かれた掛け軸が飾られていた。ここは柔道場?何故バーから柔道場に移動した。これもニンジャのジツの一種なのか?

 スノーホワイトは困惑しながらも警戒心を強める。すると窓もなく完全な密室である空間に風が吹き胸を吹き抜けていく。その瞬間スノーホワイトの胸がざらついた。まるで魂を爪で引っ掻かれたような感覚だった。

 そしてマウンテンストームはこの異常な状況に身を置きながらもどこか懐かしそうに笑みを浮かべていた。

 

「ずいぶんと懐かしいな、畳や壁の傷み具合なんかあの時のままだ」

「ここがどこか知っているの?」

「幼少期にジュドーを習ったドウジョーだ」

「貴方が私をこの道場に移動させたの?」

「いや違う。このドウジョーはすでに潰れてオイランショップだ。このドウジョーは俺のジツが作ったようだな」

 

 スノーホワイトはマウンテンストームの答えを聞き相手のジツを推理する。

 この場所は作り上げられた場所で自分たちが実在の場所に移動したわけではない、以前検挙した魔法少女キークの魔法のように別の空間を作り引きずり込んだのか、状況把握に努めているとある違和感に気付く。

 自分の魔法「困った声が聞こえるよ」が上手く作動しない。声を聞こうにもチューニングが合わないラジオのようにノイズが酷い。ネオサイタマに来て体調不良になった際にも同じようなことが起こった。だが今回は体の不調はない、魔法だけが変調をきたしている。

 

 マウンテンストームに宿ったソウルはコロス・ニンジャクラン、その代表的なジツがキリングフィール・ドジツである。相手をジツが使えない特殊な空間に引きずり込みカラテで殺す。それがキリングフィールド・ジツである。その効果は魔法少女のスノーホワイトにも及んだ。

 するとマウンテンストームはしゃがみ込み畳の感触を確かめるように手のひらで撫でる。

 

「あの時はシンプルな考えだったよ、強さがすべて、強ければ思い通りになる。ドウジョーでもそうだった。だが現実はネンコや金や地位などが優先される。そしてジュドーですらそうだ」

 

 マウンテンストームは憤怒の表情を浮かべる。全国選手権の準決勝、試合には完全なイッポンで勝ったはずだった。だが試合後の礼節が欠けているとモノイイがあり反則負けとなった。

 その相手は大会に優勝し、世界選手権でも好成績を収めた。それを看板にTVショーに出演し今では完全なカチグミだ。後で知ったことだがその相手はメガコーポの息子だった。最初から結果は決まっていたのだ。

 

「だがニンジャになって元に戻った。すべて思い通りだ!お前を殺し、ドゲザさせられているのを黙って見ていた客たちを全員殺し、ジュドー協会の奴も殺す!」

 

 マウンテンストームを自分が抱えていた想いを吐露しながら殺気をみなぎらせてスノーホワイトに近づいてくる。スノーホワイトは構え戦闘態勢をとると同時に自分の魔法を解除した。

 ノイズが酷くなり耳障りで戦いに集中できない、これならば使わないほうがマシだ。相手の様子を観察しながら1つ深呼吸をする。

 

『困った声が聞こえるよ』

 

 戦闘力が超一流ではないスノーホワイトにとってこの魔法こそが最大の長所であり、この魔法を使う事で相手の弱点を突き攻撃を予測し不意打ちに対処する。

 この魔法があったからこそ魔法少女狩りと呼ばれるほどに活躍できた。これが無ければ魔法少女狩りと呼ばれる事もなく何かしらの戦いに敗れて死んでいただろう。

 コールドスカルの時も魔法の調子は悪かったがそれでも最低限は機能した。

 だが今はその最低限すら機能していない。今まで魔法が有る事を前提に戦っていたがそれが無くなってしまった。

 まるでライトの光を頼りに暗闇の道を歩いている最中にライトが切れ何も見えない状況になってしまったような心境だ。不安と恐怖からかルーラを握る力が無意識に強まる。

 

 マウンテンストームはスノーホワイトまで10Mというところで足を止めた。それを見越していたかのようにスノーホワイトは攻撃を仕掛ける。

 刺突の連撃、鍛えられた魔法少女の攻撃はニンジャになりたてのマウンテンストームが対応できるものではなく、致命傷は負わないものも防御に徹してなお攻撃を回避することはできず体を傷つける。

 ジリジリと後退するマウンテンストームを追撃する、先程と同様魔法が封じられていても戦闘能力の差でスノーホワイトの有利は変わらない。だがその表情は険しい。

 ドラゴンナイトの近くにいるであろうヘッドハンターというニンジャ、ここに連れて込まれる前の様子からして攻撃的で力に酔っており、店に居た客に危害を加える可能性が高い。

 そうなるとドラゴンナイトの性格からして必然的に衝突するだろう。

 人間相手なら何の問題もないが相手は魔法少女に匹敵する戦闘力を持つニンジャだ。ドラゴンナイトとヘッドハンターの力量差がどれほどまでか分からず、もしかするとドラゴンナイトが殺されていてもおかしくはない。事態は予想以上に切迫している。

 そしてこの空間、風が吹き抜けるたびに虚無感や喪失感などのネガティブな感情が膨れ上がり精神を蝕み荒廃されていくようだ。それは魔法少女になり強靭となった精神でさえ非常に不快なものだった。

 

 魔法が使えない恐怖、ドラゴンナイトの身の安全への不安。焦燥、虚無感がスノーホワイトの心を乱し、その乱れた心は技と体を乱す。

 マウンテンストームの態勢が崩れたのを見るやいなや力を込めて勝負を決める一撃を放つ。だがその一撃はいつもの攻撃と比べると粗雑で鈍重で隙があった。

 マウンテンストームは穂先に手を添えて軌道を反らし回避すると一気に間合いを詰め、スノーホワイトの懐に潜り込んだ。

 隙が有ったと判断したスノーホワイトだが実のところマウンテンストームは勝負の一撃が決まるほど隙があったわけでもなく、ダメージも負ってはいなかった。これはスノーホワイトの完全な判断ミスである。

 

 懐に入ったマウンテンストームは迷いなく動作に移る。マウンテンストームはスノーホワイトが戦った相手の中で最強でもなかった。

 もっと力がある相手もいれば、もっと打撃が強い相手もいた。だが投げ技に関しては最高の使い手であった。 

 人間の時に鍛えた技術とニンジャの身体能力が合わさり爆発的な化学反応を起こし、その技は魔法を使えず相手の行動を読めない今のスノーホワイトでは防げるものではなかった。

 一瞬でスノーホワイトの右袖を掴み態勢を崩しスノーホワイトの腹を腰に載せた。ジュドー技イポン背負い、マウンテンストームの得意技である。

 

「イヤーッ!」

 

 マウンテンストームはイポン背負いの態勢のまま跳躍し二人の体は空中で二回転する。

 通常のイポン背負いは地面に相手の背中を叩きつける技である。だがマウンテンストームは投げのタイミングをずらしスノーホワイトの頭に叩きつけるつもりだった。

 もしこの技が決まれば魔法少女の耐久力といえど頭蓋骨はひび割れたクッキーのように簡単に砕け絶命するだろう。

 スノーホワイトの体は叩きつけられ、爆撃のような衝撃音と共に白黒の畳に蜘蛛の巣状のひびが入った。畳が破壊されその残骸が二人の姿の姿を覆い隠す。

 数秒後空中に俟っていた畳の残骸が地面に落ちると視界が晴れる。すると重々しい動作でスノーホワイトは立ち上がり起き上る。

 

「アバ……バカな……」

 

 一方マウンテンストームの驚きで目を見開き大の字になりながらスノーホワイトを見上げていた。

 スノーホワイトは超高速回転するなか、視界に映る映像と回転数から相手の狙いを悟る。

 その瞬間反射的に掴まれていない左腕を使い無防備な頸椎に全力でヒジを叩き込んだ。

 ダメージを受け掴む手が緩み拘束から逃れたスノーホワイトは自ら体を回転させ、頭ではなく背中から受ける事に成功する。

 

「俺の投げが破れただと……」

 

 

 頸椎に重度なダメージを受けて体が全く動かないマウンテンストームは恨めしく見上げ続ける。

 イポン背負いの最中で頸椎への攻撃をまるで予想していなかった。頸椎への攻撃を禁止というジュドーのルールで戦い続けた癖がルール無用の戦いでも出てしまった。

 そして二回転してのイポン背負い。あの技を出す必要はなかった。

 通常のイポン背負いで頭を叩きつければ即死はしないが反撃する暇を与えずかつ十分にダメージを与られ、そこから寝技に移行するなどしていれば十分に勝機は有った。

 だが状況判断を誤り勢い余って二回転のイポン背負いをしてしまう。その回転分のわずかな時間がスノーホワイトに反撃のアイディアを浮かび実行に移す時間を与えてしまったのだ。

 一瞬の隙を作ってしまったマウンテンストームと一瞬の隙をついたスノーホワイト。この一瞬の差が二人の実力差であり、その一瞬はあまりにも大きかった。

 

「ゴホッ……早くこれを解いて元の場所に戻して」

 

 スノーホワイトは咳き込みよろめきながらルーラを拾い上げ喉元に突き立てる。ジツを解かなければ殺すという無言のメッセージだ。

 

「俺の負け……ジュドーの負けであらず……覚えておけ」

「早く元の場所に戻して!」

「サヨナラ!」

 

 スノーホワイトの焦りに対しマウンテンストームはヤバレカバレな笑みを見せてハイクを読み爆発四散、スノーホワイトは爆発のダメージを受けないように後ろに跳んだ。

 いきなり爆発した?自爆か?自爆しなければならない理由があったのか?

 ニンジャは死亡するとその内なるニンジャソウルが暴走し爆発する。だがスノーホワイトはそれを知る由もなく畳に残る爆発跡を茫然と見つめていた。

 スノーホワイトの頸椎の一撃はマウンテンストームにとって致命傷であったのだ。

 するとジュドー場はボールが当たった鏡のようにひび割れていく。ジツが解けた事を悟った。これで元の場所に戻れるだろう。

 

(ドラゴンナイトさん)

 

 スノーホワイトはドラゴンナイトの無事を祈りながら崩壊する白黒の空間を眺める。

 



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第四話 ニンジャにご注意を♯3

これまでのあらすじ

スノーホワイトは先日会った岸辺颯太によく似たニンジャのドラゴンナイト。そのドラゴンナイト共にラ・ピュセルとしたようにネオサイタマの街をパトロールしていた。その最中にニンジャの虐げれている若者二人を助けるために酒場にエントリーする。
エントリーした二人だがそのニンジャは若者二人の手によって爆発四散!若者二人はニンジャになったのだ。

スノーホワイトはキリングフィールドに引きづり込まれ、マウンテンストームとの一対一を強いられるがカラテの差でマウンテンストームを撃破した


「スノーホワイト=サン!どこにいるのスノーホワイト=サン!」ドラゴンナイトは大声で呼びかけるがスノーホワイトからの返事は無く、声が響き渡るのみだった。何が起こった?白いもやがかかったと思ったらスノーホワイトとマウンテンストームの姿がカミカクシめいて消えていた。辺りを見渡すがやはり二人の姿はない。あの一瞬でどこに消えた?むしろどうやって消えた?

 

あの白い靄で視界が遮られた瞬間目にも止まらぬ速さで移動したか?ニンジャの動体視力で捕らえられないスピードで動けるなど考えられない。仮にそうだとしても移動した際に生じる音など何かしら痕跡があるはずだ。だがそれらは全く関知できなかった。床がドンデンガエシになっており地下に移動したか?だが二人が争っていた場所の床を触るがそのような仕掛けはない。

 

ドラゴンナイトはあまりにも不可解な出来事に対しての恐怖、スノーホワイトが居なくなった不安からか二人がいなくなった原因を解明し、スノーホワイトの居場所を見つける方法を模索することにすべての気を注いでいた。だがその思案は中断される。

 

「アバーッ!」叫び声がする方向に目を向けると、スノーホワイトの蹴りを喰らい壁に叩きつけられたヘッドハンターがいつの間に回復し、NRSで気絶している客を襲っていた。その右手は客の身体に深々と刺さっている。

 

「イヤーッ!」シャウトとともにヘッドハンターは右手を身体から引き抜き、ブチブチと肉が潰れバキバキと骨が砕ける不快な音が聞こえる。そして手には血にまみれた骨のようなものが手に収まっている。そしてその骨はいつの間にナイフのような形に変わっていた。

 

ボトク・ジツ。人体を素材にした武器ボトク・ウェポンを作り出す人の尊厳を冒涜する邪悪なジツ、ヘッドハンターに宿ったニンジャソウルはボトク・ジツの使い手だった。「おお!良く斬れる」自らのジツに驚きながらも生成したナイフで死体となった客の身体を魚を捌くイタマエシェフめいた手つきで解体していく!

 

「何している!」ドラゴンナイトの敵意は膨れ上がり即座にヘッドハンターの元へ駆けだす。スノーホワイトがいない不安、消えた謎、それらは客を殺害し死体を弄ぶという非道な行いに対する怒りで頭から消え去った。

 

ネオサイタマにおいて死者を汚すことは非常にシツレイな行為である。例えば死者の生前の行いに対して罵詈雑言を吐こうものなら即ケジメ案件である。そして死者の身体を切り刻むという行為は最上級のシツレイであり、その体の一部を武器にするという行為はもはや言葉にならないほどのシツレイなのである!

 

「イヤーッ!」ドラゴンナイトはダッシュの勢いと怒りを乗せたパンチを放つ!「グワーッ!」しかしヘッドハンターは難なくいなしカウンターの一撃を加えた。「イヤッ!」「グワッ!」「イヤッ!」「グワッ!」ヘッドハンターは手持ちのナイフで斬りつける。ドラゴンナイトは致命傷を避けるがナイフで腕や胴体が切り裂かれ血で身体を赤く染め上げていく。

 

「イヤーッ!」ヘッドハンターのケリキック!「グワーッ!」CRUSHH!ドラゴンナイトの身体はワイヤーアクションめいて吹き飛ばされ後方にあったテーブルとイスを破壊!衝撃によりドラゴンナイトは数コンマ何秒か目線を外した後目線を定めた。

 

そこには腕を左右に交差し力をみなぎらせるヘッドハンターの姿があった。両の手の指の間には薄汚れた白のスリケンが挟まっている。その瞬間にニューロンに警鐘が鳴った。「イヤーッ!」左右の手を振りぬいてスリケンを投擲!「「「「アバーッ!」」」」スリケンは寸分も違わずNRSで気絶失神している客の頭部や喉に突き刺さっている!

 

「グワーッ!」ドラゴンナイトの背中に複数のスリケンが突き刺さる!ヘッドハンターの動作を見てスリケンを投擲すると直感で察知する。そして自分の近くに気絶している客が居るのを視界にとらえていた。瞬間ドラゴンナイトは気絶している客をスリケン庇うように立ちふさがったのだ。

 

痛みに耐え涙を浮かべながら振り向く、そして目の前に広がる光景に絶句した。ナムアミダブツ!投擲されたスリケンは寸分も違わずNRSで気絶失神している客の頭部や喉に一つ残らず突き刺さり全員死亡!頭部から血がドクドクと流れ床一面を赤く汚す。スリケンの勢いで首が半切断されそこからスプリンクラーめいて血が噴き出し天井や壁を赤く染める。バー「アラバマ」は惨劇空間と化してしまった!

 

「何で客を殺した!」ドラゴンナイトはヘッドハンターに向かって叫ぶ。拳を力いっぱい握りしめこめかみの血管が浮きあがる。「俺たちがドザゲさせられているのに見て見ぬふりをした。それにニンジャがモータルを殺すのに理由がいるか?」「いるに決まっているだろう!」ドラゴンナイトは声を荒げ激昂!何故そんなに簡単にモータルを殺せる。心の中にヘッドハンターに対して憎悪が芽生える。

 

このニンジャを野放しにすればもっと多くの人が不幸な目にあう。今この場で倒さなければならない!するとその姿は異形に変わっていく。全身の皮膚は緑色の鱗に変化し頭には二本の角が生え尾てい骨からは大きな尻尾が生えている。顔も僅かばかり残る幼さは完全に消え瞳は爬虫類のように細長く口は裂け歯はすべて犬歯のように鋭利にそして大きなものに変化している。その姿はまるでドラゴンが人の形をしているようだ!コワイ!

 

このジツは身体を異形化させるヘンゲヨーカイジツの亜種であるリュウジンジツ!このジツを使うことでドラゴンナイトのカラテは格段に上がる!ドラゴンナイトは一度だけこのジツを使いそれ以降は自主的に使用を禁じていた。過剰な力は災いをもたらす。カートゥーンのサムライ探偵サイゴの作中であったセリフだ。

 

普段のニンジャ活動において武装したヨタモノと戦う時もあるがジツを使わなくとも普段のニンジャの力で充分であり、それどころかジツを使えば相手を必要以上に傷つける恐れがある。だがヘッドハンターは強い。相手とのカラテの差を痛感しジツを使わなければ勝てないと悟りの使用に踏み切った。

 

一方ヘッドハンターはドラゴンナイトの変化を見てニンジャシックスセンスが働き即座に死体の骨から棘のついたナックルダスターを作り出した。ナイフやソードなどのウェポンを作り出せるなかナックルダスターを選んだ。先程はナイフを使ったが目の前の相手は不慣れな武器を使い勝てる相手ではない。

 

 

「シュッ、シュッ、シュッ」ヘッドハンターはドラゴンナイトから一切視線を外す事なくその場でシャドーボクシングを始める。これをすることによりコンセクトレーションが高まり戦闘力は飛躍的に向上する。

 

「イヤーッ!」ドラゴンナイトがタタミ10枚分の間合いを一気に詰め攻撃を仕掛ける!ハヤイ!そのスピードは変身前よりも遥かに違う!「シューッ!」「グワーッ!」攻撃を紙一重で回避してのカウンターパンチ!突進の勢いも加わり通常の攻撃の数倍の威力だ!

 

ドラゴンナイトはよろめくがヘッドハンターの顔が渋る。硬い。ナックルダスターから伝わる感触は以前グローブで鉄を殴った時と同じ感触と手ごたえだ、ダメージもそこまでないだろう。実際ドラゴンナイトのニンジャ耐久力は上がっており全身を覆う鱗は鉄めいて硬く生半可の攻撃では破れない

 

「イヤーッ!」すぐにドラゴンナイトは右手で反撃の断頭チョップ!「シュッシュッー!」「グワーッ!」ダッキングで避けてボディに左のダブル!「イヤーッ!」反撃のボディーブロー!だがヘッドハンターはフットワークを駆使し攻撃範囲外に回避。

 

「シューッ!」「グワーッ!」ステップインしてのパンチ!「イヤーッ!」「シューッ!」「グワーッ!」反撃するがフットワークを使い左に回り込み回避しパンチを繰り出す。「イヤーッ!」「シューッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「シューッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「シューッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「シューッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「シューッ!」「グワーッ!」

 

おお!なんと一方的なイクサであろうか!ヘッドハンターの流麗かつ幻惑的なフットワークに翻弄されドラゴンナイトの攻撃は当たらずスコーピオンの針めいた鋭いパンチを貰い続けた。その結果ナックルダスターの刺により顔や上半身は血だらけになっていた

 

致命的なダメージは負ってはいないものも数多くのパンチを貰いドラゴンナイトの体にはダメージが蓄積し体を蝕む。このままではいずれ倒されてしまうだろう。一方有利に戦いを進めているヘッドハンターだがその様子を見ていただきたい。

 

息は切れ顔には大粒の汗が浮かんでおりまるで余裕が無い。とても一方的に相手を殴っている者の様子ではなかった。ドラゴンナイトが変身したことでニンジャ筋力が増し攻撃力も向上しており、それはヘッドハンターのニンジャ耐久力を優っておりクリーンヒットを貰えば形勢は一気に傾くほど差があった。

 

その攻撃をフットワークを使い回避していたがその実は残り数秒で爆発する爆弾を処理する特殊部隊めいた多大なストレスに感じていたのだ。その結果精神は削られ体力を消費していたのだ。このまま続ければフットワークが鈍りドラゴンナイトの攻撃を喰らい倒されるであろう。お互いは自分の体が限界に近い事を察していた。「イヤーッ!」仕掛けたのはドラゴンナイト!体を両断する勢いで右手袈裟切りチョップを繰り出す!

 

 

ヘッドハンターは流麗かつ素早いフットワークで回避し懐に飛び込み拳に力を最大限込める。今までは回避に比重を置き攻撃にすべての力を使っていなかった。しかしこの攻撃は回避を無視し攻撃にすべてを掛ける!「イヤーッ!」空いているボディに向けて左のリバーブロー!そして次は右のフック、このコンビネーションで幾多の相手を仕留めてきた。ニューロンでは倒れ込むドラゴンナイトの姿が鮮明に描かれる。ヘッドハンターは勝利を確信し笑った。

 

「グワーッ!」苦悶の表情を浮かべるのは…ヘッドハンター!その左わき腹に深々と何かがめり込んでいる!それはドラゴンナイトの尻尾だ!何たる予想不可能な非人間的攻撃か!ドラゴンナイトの攻撃は手足だけであり尻尾のことはニューロンの片隅にも残っておらず、その結果無防備に攻撃を受けてしまった!

 

「イヤーッ!」ドラゴンナイトの左袈裟胴体両断チョップ!その瞬間ヘッドハンターの時間感覚は泥めいて鈍化する。なんてのろまな攻撃だ、そのチョップは映像のスロー再生めいて遅い、これなら避けられる。だが足が一向に動かない。ならば防御と手を動かそうとするがまるで動かない。ヘッドハンターのニューロンは過去のことを思い出していた。

 

ボクシングの試合でハードパンチャーの一撃をボディに貰い、フットワークが潰され腕も動かせずKOされた苦い記憶。ニューロンは足に命令を送るが一向に反応はない。できることは緩慢なチョップが体に当たる事を見ている事だけだった。

 

「グワーッ!」チョップは首元に当たり骨を砕き十数センチほど胴体に沈み込む。ドラゴンナイトは左手を抜き取り両手でヘッドハンターの両肩を掴み相手を固定し首噛みつく!発達した牙は首の骨をバキバキと噛み砕き首は胴体から切断された!「サヨナラ!」首からニンジャソウルの最後の断末魔が上がり胴体は爆発四散!

 

ドラゴンナイトは爆風により力なく吹き飛びの床に大の字に倒れ込む。「ハァーッ!ハーッ!ハァーッ!」ジツは解け体は元の人間の体に戻っており、荒く浅い呼吸音がツキジと化したバー「アラバマ」に響いていた。

 

 



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第四話 ニンジャにご注意を♯4

これまでのあらすじ

ドラゴンナイトは突如ニンジャになったヘッドハンターとの戦闘が始まる。
ヘッドハンターのボックス・カラテに苦戦するが辛くも倒した


「トロがうまい」と書かれている紫色のネオン看板が重金属酸性雨のせいで劣化し明滅する。それに反応するように看板の上にいたバイオカラスがゲェーゲェーと鳴き声をあげながら飛び立つがストリートの人間は誰ひとり気付かない。

 

キョウエイストリートはネオサイタマのメインストリートから少し外れた場所にあり、並ぶ店も非合法なものも多く、行きかう人もアウトローなアトモスフィアを醸し出している。そんなキョウエイストリートを男が歩いている。男の歳は10代後半から20代前半ぐらいでアフロヘアーにオールドファッション・サングラスを身に纏っている。

 

他の場所ならそのアフロヘアーは珍しさから目がとまるだろうがトリプルモヒカンなどのヘアースタイルの者もいるのでそこまで目立たない。男はそばで起こっているストリートファイトや裏ヘンタイポルノの路上販売に目もくれず黙々と歩き続ける。しばらくすると男はある建物の前に足を止めポケットにある紙の文字と看板の文字を見比べる。

 

「ここだな」文字が合致していることを確認し店の入り口に向かっていく。この店で待っている依頼人から話を聞き依頼をこなすのが今日のビズである。のり気ではないが仲間とのくじ引きでやることになった。なにより金は必要だ。「めんどくせえ」アフロヘアーをガシガシと掻き悪態をつきながら店内に入り顔をしかめた。

 

中には血だらけの死体が転がり壁や天井には返り血によりロールシャッハテストの模様めいたものが描かれていた。ナムサン!なんとツキジめいた光景か!ヤクザクランの抗争でもあったか?だがその考えはすぐに打ち消した。周りには弾丸がなく代わりに壁には薄汚れた白色のスリケンが刺さっていた。これはニンジャの仕業だ。

 

アフロの男はさらに顔を顰め、着ていた服が粒子状に消え上半身は裸になっていた。アフロの男もニンジャである。「めんどくせえ」アフロの男は舌打ちをした。この惨状では依頼者が生きている可能性はかなり低いだろう。そうなると依頼を受けられず金が得られない。懐事情が厳しいのでそれはそれで困る。

 

アフロの男は念のために依頼人捜索のために店の奥に向かった。するとニンジャ知覚力で店の中央に生存者がいるのを察知し向かう。そこには大の字になっているティーンエイジャーの男性が居た。「ドーモ、スーサイドです」「ドーモ、スーサイド=サン。ドラゴンナイトです……」ドラゴンナイトは重々しそうに体を起こしアイサツをおこなう。

 

「これはお前がやったのか?」「ヘッドハンター=サンというニンジャがやったことだよ。客を皆殺しにしようとして僕がそれを止めようと戦った」「そのヘッドハンター=サンはどこだ?」「爆発して跡方もなく無くなった」「そうか、それで生きている奴はいるか?」「あそこのテーブルの影に隠れている人は生きているはずだ……」

 

ドラゴンナイトは方角を指差す。「あの人しか守れなかった……クソッ!」ドラゴンナイト悔しさで歯を食いしばっているのをしり目にスーサイドは指し示された方向に向う。あのニンジャはニュービーだ。ニンジャになりたての奴が調子に乗って喧嘩を売って相手がニンジャだった。よくある話だ。死ななかっただけで充分に幸運だろう。

 

そこには黒シャツの中年の男性がいた。気絶しているが特に怪我はない。ニンジャの戦いを見てNRSで気絶したのだろう。するとスーサイドは徐にズボンのポケットから紙を取り出す。その紙には依頼人と落ち合う場所の他に依頼人の特徴が書かれている。年齢は40代で黒シャツ、左腕には「手加減を知らない」と刻み込まれたタトゥー。

 

左腕のシャツを引き裂き確認する。するとミンチョ体で「手加減を知らない」と書かれていた。スーサイドは依頼人を米俵めいて担ぎあげる。この惨状で依頼人が生きていたのはラッキーだ、マッポが来る前にさっさとズラかる。急ぎ足で出口に向かい中央にいるドラゴンナイトを数メートル追い越した後にふと足を停めた。だが数秒後に歩き出す。

 

ドラゴンナイトの言葉を察するに依頼人を守ったのだろう。食い扶持を守ってくれたことにはほんの僅かばかりの感謝はある。だができることは何もない。救急車を呼んでも何の意味もなく、闇医者を知っているがそこまで運んでやる義理は無い。入り口に着きドアノブに手をかけた瞬間スーサイドの手が止まった。

 

「ドラゴンナイトさん!しっかりして!」後ろを振り向くと少女がドラゴンナイトの抱き起し切羽詰まった様子で声をかけていた。いつの間に居た?自分のニンジャ知覚力では存在を感じ取れなかった。スーサイドは少女の野伏力を警戒、何より少女を見ていると心がひどくざわつく。スーサイドは少女から目を離せなかった。

 

「そうちゃん死なないで!」「落ち着けぽんスノーホワイト!」少女は誰と会話している?謎の声を訝しみスーサイドは引き続き注視する。「ドラゴンナイトはまだ生きているぽん。とりあえず医療機関に連絡するぽん」それは悪手だ。このようなニンジャ案件が起こった現場で生き残るモータルはほぼいない。そして生き残りが救急車が搬送されたならそれはニンジャしかありえない。

 

そしてアマクダリに捕捉される。そうなればドラゴンナイトの人生は恐らくオオテツミだ。だが少女は謎の声の助言に従う様に店の入り口に向かう。どこか違和感があるが彼女のアトモスフィアからしてたぶんニンジャだろう。スーサイドは少女に向かって引きとめるようにアイサツしていた。

 

「ドーモ、はじめまして。スーサイドです」「……どーも、スーサイドさん。スノーホワイトです」スノーホワイトは渋々とアイサツする。ニンジャではないのでアイサツをする必要はないがニンジャにアイサツを返さないことはとてもシツレイであり激昂する恐れがあることは体験から知っていた。

 

ここで激昂され襲われたら困る。スノーホワイトはそう判断した。「救急車を呼ぶのはやめとけ」「どうして?」「呼んだらドラゴンナイト=サンの人生はデッドエンドだ。システムに潰されるか、システムに使い潰されるか。自由は無い」スノーホワイトはスーサイドの言葉の真偽を確かめるように見定める。スーサイドは言葉を続ける。

 

「とりあえずこの場から離れてテキトウな場所でスシでも喰わせながら休ませろ。ニュービーは知らないだろうがスシはニンジャ回復力を高める。それでも怪我が治らなかったら、ここから離れた病院に行け。そのほうがまだマシだ。そしてアンタもそのガキもこれに懲りたら大人しくしておけ」

 

スーサイドは話を終わらすとスノーホワイトのアクションを見ること無く依頼人を担ぎながら店を出て行った。「少し痛いかもしれないけど、我慢してね」スノーホワイトはスーサイドに向けていた視線をドラゴンナイトに戻し優しく声をかけ、ドラゴンナイトは無言で頷く。首の後ろと両膝裏に手をかけドラゴンナイトを持ち上げ店を出た。

 

スノーホワイトはスーサイドの助言通りに行動することを選択する。格好は胡散臭かったが嘘をついていなければ罠もない。魔法でそう判断した。

 

―――――

 

「ウピピピー!連絡先ゲット!」「次はどいつをファックするかな!」人々が聞けば顔を顰める様な品性無き言葉を大声で喋りながら若者の三人がキョウエイストリートを我が物顔で歩いていく。身体を見ていくと体が大きく鍛えられているのが分かる。彼らは名門カレッジのアメフト部の部員でありジョックである。そして酒がまわり酩酊状態である。

 

彼らはゴウコンと呼ばれるネンゴロ関係を前提にした退廃的集まりに参加していた。ジョックということで多くの女性が言いより何人もの女性のIRC連絡先を聞いていたのだった。即座にファックしたかったのだがゴウコンにはいくつかのルールが存在し、ファックしていいのはゴウコンの後日と決められている。それを破ればムラハチは免れない。

 

「帰りはどうする」「この時間サッキョウラインは混んでるぜ」「テキトウな店で朝まで飲むか」「あれを見ろよ」若者の一人が指を指す、そこには黄緑色にカラーリングされた一台のバイクがあった。ライデン社製作のブシロードMK=2だ、安価で燃費が良く頑丈で中下層の人々に愛用されているロングセラーバイクである。

 

「あれに乗って帰ろうぜ」ブシロードMK-2は最大で二人乗りで三人で乗ること法律で禁止され、彼らは飲酒している。さらに他人のバイクである。何という法律順守の精神を無視した提案か!「いいね!」「乗ろうぜ」他の二人も止めること無く便乗した。ゴウコンの成功による高揚感とアルコールにより通常の判断が出来ていないのだ!

 

三人は駆け足でバイクに近づきシートに座る。ジョックの一人がアクセルを回すが鍵がかかってないので当然動かない。「おいイディオット!鍵がねえじゃねえか、でもどうやって乗るんだ?」「俺は詳しいんだ!任せとけ。まずエンジンに蹴りを入れ……アバババー!」

 

突如ジョックたちの頭部や鼻や口から白い光の筋が出て、その光はスーサイドの右手に集まり収束していく。「人のバイクに手出すな」スーサイドはハンドルにうつぶせになり痙攣失神しているジョックを投げ飛ばし、左で依頼人を米俵めいて担ぎながらシートに座りエンジンに入れる。

 

スーサイドは依頼人を起こして話を聞こうと思ったが止めた。NRSで気絶している人間を無理やり起こしてもショックから回復できずまた気絶するだけだ。それにマッポが来る近くのところで悠長に話を聞いている暇もない。拠点の近くまで運び起きるのを待って改めて依頼内容を聞くのが最善と判断した。

 

ドゥルルン!ドゥルルン!市販のブシロードMK-2のエンジン音とは明らかに異なる重低音が響く。このバイクの見た目はノーマルだが中身は改造を施した高スペックバイクで有る。とある依頼を達成した報酬として貰ったものであり、持ち回りで使用している。エンジンが入ると左手で依頼人を担ぎ右手でハンドルを握る。

 

「運転手=サン。俺も乗せてくれよ」突如聞こえてくる謎の男性の声。辺りにはスーサイドと依頼人とジョック達、そしてネオサイタマに不釣り合いなフクロウがホバリングしていた。スーサイドはフクロウを見た後めんどくさそうな表情をしながら喋りかける。「何でここに居るんだよフィルギア=サン」

 

「野暮用。飛んで帰るのも疲れるし乗せてくれよ」フクロウが目を細め笑顔のような表情を作りながら喋っている!コワイ!フクロウはアスファルトに降り立つと姿が歪み何と人の姿になった!トテモコワイ!その容姿は痩せて端正な顔だ、目の周りには薬物中毒者めいたイメージの薄赤紫の隈どりがある。

 

名はフィルギア。読者の方々の想像通りニンジャである。スーサイドはフィルギアの姿をウンザリした表情で告げる。「乗せてやるから依頼人担いでろ」「ヒヒッ。わかったよ」フィルギアは依頼人を担ぎスーサイドの後ろに座る。それを確認するとスーサイドはアクセルを回し車道に入っていった。

 

―――――

 

「しかし良かったな依頼人が生きていて。あの少年に感謝しなきゃな」車の間を法定速度オーバーですり抜けながら走るなかフィルギアは笑みを浮かべながら話しかける。「アアッ?何で知ってるんだよ?」「それは見てたから」「ならお前が依頼人に会いに行けばよかったじゃねえか!」「依頼を通しての社会勉強。重要」「チッ」

 

スーサイドは大きな舌打ちをする。しばらく付き合っているがフィルギアの考えていることは未だに分からない。「しかしあの女の子にアドバイスするとは思わなかった。ああいう女の子が好き?カワイイヤッター」「違えよ。あれは……あのガキが依頼人を守ったから借りを返しただけだ」「借りか、義理固い」

 

嘘だ、フィルギアは背中越しで話していたがスーサイドが本当のことを言っていないと感じ取っていた。「おいフィルギア=サン。スノーホワイト=サンはニンジャだよな。何かアトモスフィアに違和感があったというか」スーサイドは話題を変えるように質問した。あの場ではニンジャと判断したがよくよく考えるとニューロンをチリチリさせる言語化できない違和感があった。

 

「ヒヒ鋭い。あれはニンジャじゃない。魂の形が微妙に違う」「またテキトウなこと言ってやがる。じゃあ何なんだよ」「宇宙人、神秘的」「カートゥーンかよ」真面目に答える気が無いと判断しスーサイドは話題を打ち切る。それから口を閉じるがスーサイドはスノーホワイトに想いを馳せていた。

 

何故スノーホワイトの姿を見て心がざわめいた?何故助言をした?その答えを自問自答していく中ある人物を思い浮かべる。ヤモト・コキ。自分の自殺に巻き込まれて人生を狂わされたニンジャの少女。自分とは違い彼女には友人が居た。ニンジャではなくヤモトの人間性で得た友人なのだろう。

 

だがニンジャになったことによりニンジャ組織ソウカイヤに追われ、友人との穏やかな日々を送る可能性は断たれた。一方スノーホワイトとドラゴンナイト。友人か恋人かは知らないがあの様子から親しい間柄だったのだろう。

 

そして、あのまま救急車に運ばれ病院で治療を受ければシステム、アマクダリの情報網に引っかかりドラゴンナイトはアマクダリのニンジャとして働かされる。もしくはスカウトを拒否して殺される。かつての自分のような二択を強いられる。

 

そしてスノーホワイトも芋づる式に発見されスカウトされるだろう。そこは安寧とは程遠い世界、穏やかな日々は存在しない。ニンジャになれば出迎えるのは碌でもないことばかりだ。だがニンジャと知られず力を使わず奥ゆかしく生活すれば穏やかな日々が訪れるかもしれない。

 

スノーホワイトをトラブルから避けることで過去の罪、ヤモトに犯した罪を贖罪しようというのか。「ヘッ」スーサイドは自嘲した。

 

♢スノーホワイト

 

 街を照らすネオンライトの光が漏れ薄暗い室内を僅かばかり照らし出す。広さは学校の教室ぐらいでデスクや椅子などしかなく少し味気ない、どこかのオフィスであることが予想される、室内は散らかってはいないがデスクや椅子には埃が溜まっていた。

 このオフィスには数カ月は誰も人が入っていないのだろう。このオフィスには企業ヤクザのシシマイヤクザクランで非合法営利活動をしていたがマッポに嗅ぎつけられ夜逃げ同然に後を引き払ったのだった。そんな部屋にスノーホワイトとドラゴンナイトは立ち寄っていた。

 

「ウッ!」

 

 スノーホワイトはドラゴンナイトの背中に刺さっている手裏剣を丁寧に抜いていく。その度に歯を食いしばり苦痛に耐え時にはうめき声をあげる姿に悲痛な顔を浮かべる。

 手裏剣を抜き終えると魔法の袋から包帯を取り出し衣服の上から負傷個所に巻いていく。この包帯は市販の物ではなく、魔法の国で作られたマジックアイテムであり効果としては鎮痛と自己治癒力増幅である。負傷個所に包帯を巻き終えると床に置いてある袋からスシパックを取り出す。

 

「食べると怪我の治りが早くなるみたい」

 

 スノーホワイトはドラゴンナイトに寿司を手渡すがその顔は渋い。

 ネタは卵やイクラやネギトロだと思われるがどのスシネタも記憶している物とは違い色が青だったり紫だったりと毒々しいものだった。まるでフィクションで出てくる典型的な毒キノコみたいな色だ、こんなものを食べさせて大丈夫なのか?

 ドラゴンナイトは一瞬顔をしかめるが受け取りゆっくりと手に取り咀嚼する。

 

 スノーホワイトはスーサイドの言葉を通りにバーのアラバマからすぐに離れた。

 その道中に利用できそうな廃ビルを見つけそこにドラゴンナイトを置き、道中で目に着いた場所でスシを購入しまた戻ってきたのだった。

 スシの代金は自分で払いたかったが、未だにネオサイタマの金銭は持っていなかったので心の中で謝りながらドラゴンナイトが持っている財布から金を借りていた。

 ドラゴンナイトは顔を顰めながら寿司を食べ続ける。やはりあの色の想像通り味が悪いのだろう。

 それに口の内を切っており食べるのも苦痛なはずだ。それでも寿司を食べているということはスーサイドが言った通り怪我を治すためにニンジャの体は寿司を欲しているのだろう。

 体がスシの栄養を欲しているのか黙々と食べ続ける。思ったより元気そうだ。スノーホワイトはその様子を見て胸をなでおろす。

 

 マウンテンストームを倒し謎の空間から脱出して最初に見たのは血だらけで倒れるドラゴンナイトの姿だった。

 その瞬間ある光景を思い出していた。血だらけになりながら自分を魔法少女であると肯定して息を引き取ったハードゴアアリス、そして告別式に参加した際に見た岸辺颯太の遺影。二つのイメージが結びつき想起したのはドラゴンナイトの死だった。

 魔法少女になれば身体もそうだが精神も人間と比べ強靭になる。だがあの時は頭が真っ白になり魔法少女になる前の自分のように慌てふためき混乱していた。

 ファルが声をかけなければ行動を起こすこともしていなかっただろう。自分の弱さに自己嫌悪する。

 

 スノーホワイトが平常心を失っていたのはマウンテンストームのジツのせいだった。

 キリングフィールドジツ、マウンテンストームに宿ったソウルが持っているジツである。相手のジツが使用不可になるキリンフィールドに引きずり込みカラテで殺す恐るべきジツ。     

 そしてキリングフィールドは引きずり込んだ相手そして自分の精神をも鑢がけのように削り取り摩耗させる。

 スノーホワイトの精神はダメージを負ったことで傷ついたドラゴンナイトを見て通常時では考えなれないほど狼狽してしまったのだった。

 

 ドラゴンナイトはスシを食べ終えると自然と目をつぶり胡坐を汲み深くゆっくりと深呼吸をつく。

 スノーホワイトは声をかけることなく黙って様子を見続ける。それが一時間経過した。するとドラゴンナイトは目を開き立ち上がり傷の具合を確かめるように身体を動かす。

 

「大丈夫?」

「所々身体が痛いけど普通のモータルぐらいには動けるかな」

 

 ドラゴンナイトのニンジャ回復力では短時間でここまで回復することはないが、マジックアイテムとスシが相乗効果を生み出しチャドーの呼吸ほどの回復能力を発揮させていた。

 状況を確認するように辺りを見渡しその際にスノーホワイトと目線が合い申し訳そうに言葉を発した。

 

「ごめんスノーホワイト=サン。色々と迷惑をかけたみたいで、それにその服も血で汚しちゃったみたいだし」

 

 その言葉でスノーホワイトは自分の服に目線を移す、抱えていた時についたのだろう白を基調にした服は血の色でべったりと染まっていた。

 今の服装を見たら白を基調にしたものではなく赤を基調にしたデザインなのだろうと思うほどに赤の比率のほうが高くなっていた。

 あれだけ怪我をして痛い思いをしたのに服を汚したことを心配している。ドラゴンナイトの人柄を垣間見た気がした。

 

「いいよ気にしなくて。それより私のほうこそごめんなさい。あそこに行ったばかりにニンジャにあってドラゴンナイトさんが怪我して……」

 

 声のトーンが低くなる。あの時あそこに向かわず一緒に帰っていればこうはならなかった。

 スノーホワイトは言葉を発するたびに自責の念で心が鑢がけにされたように痛む。キリングフィールドの影響はまだ完全に抜けきってはおらず自責の念を増幅させていた。

 

「それこそ気にしなくていいよ。スノーホワイト=サンとあそこに行かなければ客の全員が死んでいた。サイオーホース……」

 

 ドラゴンナイトはスノーホワイトに心配させまいと痛みで顔を引き攣らせながら笑みを浮かべる。だがその笑みは悲しみに変わりポロポロと涙を流していた。そんな姿を見たスノーホワイトは自分の手をそっと添え言葉を告げる。

 

「ドラゴンナイト=サンは頑張ったよ。自分を責めないで」

 

 心の困った声で自分を責め立てる声が聞こえてくる。自分の弱さに対する怒り、自分の至らなさに対する無力感、それは痛いほどわかる。慰めても気休めかもしれない。だがそれでも慰めずにはいられなかった

 

 

――――――

 

「何だか恥ずかしいところを見せちゃったな」

 

 一しきり泣き終えた後ドラゴンナイトは誤魔化すように笑みを浮かべる。その顔は友達に向ける様な年相応の笑顔だった。

 そして一呼吸すると笑みは真剣味に帯びた表情に変わる。ドラゴンナイトはスノーホワイトの目を見据えて告げる。

 

「スノーホワイト=サン。一緒に行動しようと言ったけどあれは無しにしよう」

 

 

◆ドラゴンナイト

 

 

 暴力衝動に身を任せ身勝手な理由であそこに居た客を皆殺しにしようとしたヘッドハンター。あれは紛れもなく邪悪なニンジャだった。

 それを阻止するために使命感と正義感も持って戦った、だがその正義感とは裏腹にカラテで相手にダメージを与え、相手を倒した際にどす黒い快感のようなものを感じていた。

 そして他の人を守るためとはいえニンジャの命を奪った。モータルの時で有れば自責の念で苦しむはずなのに罪悪感がさほどなかった。

 

 ニンジャになるとモータルの時に比べ暴力衝動が増し命の扱いが軽くなってしまうと考える。

 そして欲望のために簡単に人を傷つけ虐げる。自分は何とか耐えられるがヘッドハンターは暴力衝動のままにモータルを虐げた。そしてそんなニンジャは少なからずいるはずだ。

 ドラゴンナイトは戦いを経てニンジャに虐げられる人を守りたいと一層思うようになった。だがスノーホワイトはどうする。

 

 ニンジャになり自分は何でもできると思っていた。カートゥーンの正義の味方のように、いや彼らも時々悪の脅威に人々を守れなかったことがあった。だが自分は違う、カートゥーンの登場人物以上に上手くやれると思っていた。

 だが現実は違った。ヘッドハンターとの戦いは辛くも勝ったが、バーの客はたった一人しか守れずあとはみんな死んでしまった。

 想像とはまるで違う結果。ニンジャになってもカートゥーンの登場人物のようになれなかった。いやそれ以下だ。

 

 ニンジャになってからは全能感に浸っていた。ニンジャならなんでもできると。だが実際は違った。

 調子に乗っていただけなのだ!何て自分は無力なのだろう!過信した実力に対する羞恥、守れなかったことに対する無力感、涙が止めようと必死に歯を食いしばるがそれでも涙は止まらなかった。

 

 そんな自分がスノーホワイトと一緒に行動して彼女を守れるだろうか?

 きっと無理だ。一緒に行動すればスノーホワイトを巻き込み怪我をさせてしまうかもしれない。初めて知り合ったニンジャであり、カワイイ少女と一緒に居たいという願望はある。だが自分の願望の為に傷つけるということはあってはならない。

 

「私もドラゴンナイトさんと一緒だよ。私も魔…ニンジャが悪いことをするのは許せないし、人々を悪行から守りたいと思っている。だから一緒にやっていこう」

 

 ドラゴンナイトの鼓動はスノーホワイトの言葉を聞き跳ね上がる。まるで自分の考えを聞いたかのような言葉だ。

 

「ダメだよ。僕は凄く弱い……ニンジャは邪悪で、これからはそんなニンジャからモータルを守るために行動しようと思う。でもそんなニンジャに出くわしたら僕の弱さじゃスノーホワイト=サンを守れな……」

「大丈夫、私がドラゴンナイトさんを守るから」

 

 スノーホワイトはドラゴンナイトが喋り終える前に自分の言葉を言った。女性に守られるのは恥ずかしい、スノーホワイトはそこまで強いのか?様々な考えが頭に過るがそれはすべて打ち消される。

 その言葉にはそれらを上回る決断的な力強さと悲壮感が秘められていた。

 

 

♢スノーホワイト

 

「じゃあ、体調が戻ったら連絡するよ。スノーホワイト=サン、カラダニキヲツケテネ」

「うん。お休みなさい」

 

 深夜を回ったゴガネモチ・ディスクリクトエリアに二人の声が響く。スノーホワイトは窓から自室に入るドラゴンナイトの姿を確認すると踵を返し歩きはじめる。オフィスを後にした二人はドラゴンナイトの自宅に向かう。

 ドラゴンナイトは一人で帰れると主張し、スノーホワイトは怪我もしており何かが起こると危険だから一緒に着いていくと主張する。結果スノーホワイトが押し切りついていくことになった。

 

 道中に今後のことを話し合い、今後も二人でパトロールをすることとなった。次の活動日はドラゴンナイトの怪我が治ったらということになり、それを知らせる為プラス今後も連絡が取れたら便利ということでIRC通信機、携帯電話のようなものを渡されていた。

 

「ファルはスノーホワイトにドラゴンナイトと関わってほしくないぽん」

 

 深夜に徘徊している不審人物と間違われない様に辺りを注意しながら歩いているとファルの甲高い声が辺りに響く。声色に不機嫌と不安の感情が含まれていた。

 

「ドラゴンナイトはこれからニンジャの争いごとに首を突っ込むということだぽん。それはある意味魔法少女狩りの活動より危険だぽん」

 

 ファルはニンジャとの戦いに巻き込まれることを危惧している。確かにニンジャにはファルが持つ魔法少女のデータベースは役に立たず、魔法少女の存在を感知するレーダーも機能しない。そして魔法少女と同等の強さだ。

 現にコールドスカルとマウンテンストームの二人のニンジャと戦った。コールドスカルは体調が悪いこともあり落雷が無ければ敗れていたかもしれない。

 マウンテンストームも不可解な技で魔法が使えず追い詰められた。あの頸椎への危険な一撃も本意ではなかったがあの攻撃を繰り出さなければこちらが死んでいた。

 ニンジャ全体がそうだか分からないが、二回の戦いでは魔法少女との戦いより苦戦したのは確かだ。ファルの心配もわかる。だがドラゴンナイトとの行動を止めるつもりはない。

 

 

「私は止めないよ」

「そう言うと思ったぽん」

 

 ファルが予想していた回答だがせめてもの反抗と露骨にため息をついた。

 正直に言えばドラゴンナイトには大人しくしてもらいたかった。

 スノーホワイトの世界とは違い今日のようにパトロールをしているだけでもニンジャに襲われるリスクを伴う。できることならドラゴンナイトにはパトロールすら控えてほしいとすら思っていた。

 だが心の声を聞くと想像以上にニンジャが無辜な人々を傷つけ虐げることを憎み、その人々を守りたいと思っていることを知った。

 あの意志は固い。そのような人間は他人が言っても梃子でも動かず勝手に行動するだろう。思えば自分もそうだった。リップルに何と言われようが悪い魔法少女と戦う道を譲ろうとしなかった。

 今この時リップルの気持ちを理解できた。自分の頑固さに相当難儀しただろう。

 ならばリップルと同じように意志を尊重しよう。ドラゴンナイトに危険が降り注ぐというのなら自分が払いのける。

 以前はできなかった。弱かったばかりに多くの人を失った。今度はそうちゃんやアリスのようにこれ以上失わない。そのために強くなったのだから。スノーホワイトは新たに決意を秘め歩みを進める。

 だがスノーホワイトの脳内である言葉が気にかかっていた。

 

「ファル、天下りって何か分かる?」

「天下り?あの官僚が退職して民間企業に再就職するやつぽん」

 

――――アマクダリ

 

 スーサイドの心の困った声でアマクダリに嗅ぎつけられると困るという声が聞こえた。

 スノーホワイトもファルが言った通りのことをイメージした。だが二人がイメージした意味とは違う気がする。

 本来ではいい意味では使われないせいもあるが、この言葉を聞いた時ひどく胸がざわついた。杞憂であればいいのだけれど。

 

ニンジャにご注意を 終

 

 

 



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第五話 キャット・リペイズ・ヒズ・カインドネス♯1

「今日一日中はとても雨が強いドスエ」テレビの液晶にはオイラン天気予報キャスターが扇情的な衣装で胸の谷間をアピールしている姿が映し出されていた。ネオサイタマのテレビ番組の天気予報はよく外れる。本来であれば高精度な天気予報が出来るのだがそれはしない。

 

精度を高める為に予算を使うのではなく、オイラン天気予報キャスターや演出に金を使ったほうが視聴率が上がる。視聴率至上主義のネオサイタマでは真実の情報など二の次なのだ。だが今日は珍しく予報が当たった。

 

「フェ〜フェ〜、コン…コン」辺りには電子シャクハチの音色とシシオドシの音がストリートを行きかう人の耳触りにならず、かつ耳に届きリラクゼーション効果をもたらす絶妙な音量で流れている。そして「品質が良い」「良心的」「買う、買わないはお客様の自由」購買欲を過剰に煽らない奥ゆかしい手作りのぼりが店先に並んでいる。

 

ここではネオサイタマの至る所にあるネオン看板の使用は禁止され、DIYのぼりしか使用することが出来ない。そしてストリートを行きかう人々は激しい雨が降っているはずなのに誰もレインコートや傘を差していなかった。上を見上げてみると全体がドーム状に覆われていた。ここはコバン・ストリート、カチグミのみが出入りできるストリートである。

 

そんなストリートに明らかに相応しくない者がいた。行きかう人々はそれを見ると顔を顰めあからさまに距離をとる。それは二匹のバイオ猫だった。一匹は黒猫でもう一匹は白猫だった。足取りは覚束なく精気がまるで感じられない。体全体も薄汚れており、白ネコは汚れのせいで白色が灰色にみえていた。

 

二匹はとあるカチグミ一家に飼われていた飼いバイオ猫だった。何の不自由もなく暮らしていたが父親のケジメ案件で家計は苦しくなり二匹のバイオ猫は捨てられた。家計に余裕があれば問題ないが苦しくなればバイオ猫など何も生み出せず金を消費するだけの不良債権である。

 

それからは苦しい日々だった。食料は自分達で見つけなければならず、カチグミの家で飼われていた猫達は餌を取る術もまるで知らない、そして食料を見つけられたとしても大概が残飯であり、高級猫缶を与えられていた猫達には耐えがたいものだった。それでも二匹は懸命に生き抜いた。

 

だが愛玩用に改良され野生の本能と闘争心を失ったバイオ猫にとって重金属酸性雨が降るネオサイタマをサバイブすることはあまりにも厳しかった。雨に打たれバイオドブネズミに襲われ餌を取れない日々が続いた。みるみるうちに衰弱していき死ぬ寸前だった。

 

そして二匹は最後の力を振り絞りコバン・ストリートに向かっていた。以前の家族とここに来た思い出が蘇る。マタタビの匂いが充満した空間でのブラッシング、麻薬めいたマグロのサシミの美味さ。それらの良い思い出がソーマトーリコールめいてニューロンに浮かんでいた。だがコバン・ストリートは本来なら薄汚れた野良猫が入れる場所ではない。

 

しかしセキュリティ機械の故障、警備員の馴れからくる怠慢、それらが重なり合って偶然にもエントリーできたのだ。「ニャーン……」白ネコが力無く鳴き声をあげて、黒ネコも返事をするように鳴き声をあげる。二匹は家族との幸せな記憶を思い出しながら寄り添う様にして道端に倒れた。

 

「……さん、ニャンコが……るよ、死……の?」「まだ……生……る……いだ、でも……死ぬ……」「かわいそ……よ。ニャンコ……病院に……行って!」「わかった、ちゃんと……世話……だぞ」

 

―――――

 

『お前達の合体ヒサツ技は見切った!』『何だと!』TVではアニメーションが流れている、サムライファイブ。一昔前にネオサイタマでヒットした映画五人のサムライを幼児少年向けのアニメーションに大胆にアレンジしたものだ。それをコケシカットの8歳児の少年、カツタロウはソファに座りながら食い入るように見つめていた。

 

『見切ったといったはずだ!』『グワーッ!』敵の攻撃を受けた赤、黄、緑、青、ピンク色のパワードスーツを装着したサムライファイブ達が吹き飛ばされる。「ガンバレー!サムライファイブ!」カツタロウは懸命にサムライファイブに向って声援を送る。『これで終わりだ、ハイクを詠め、サムライファイブ』悪役がサムライファイブにカイシャクせんと近づいてくる!ここまでか!?

 

『グワーッ!』だが弾丸めいた速さで悪役に激突する物体が一つ。サムライファイブのサポートアニマル、ドサンコ犬のポチだ!『グルルルー!』『イヌ風情が邪魔だ』ポチが纏わりつき妨害する。『今だ、サムライカラテボール!』五人のカラテエネルギーを合わせてぶつける合体技!ポチが隙を作っている間に技を出したのだ。

 

『グワーッ!ヤ・ラ・レ・ターッ!』悪役はサムライカラテボールが当たり空の遥か彼方まで飛んで行った。「ヤッター!」その様子を見てカツタロウも喝采を上げる。『ありがとうポチ、これで平和は守られた』『ワン!』リーダーのサムライレッドがポチの頭を撫でエンディングに入る。

 

「今日もサムライファイブが勝ったよ。タマ」太ももの上に乗っている白ネコの顎を撫でながら笑顔で話しかける。タマは気持ちよさそうに鳴き声をあげる。「サムライファイブは強いね、クロ」同じように太ももの上に乗っかっている黒ネコの顎を撫でる。クロもタマと同じように鳴き声をあげた。

 

「でもポチがいなかったら危なかったね。タマとクロも僕やパパやママが危なかったら助けてくれる?」カツタロウは不安げに問いかける。「「ニャン」」二匹は同時に鳴き声を出した。「ありがとうタマ、クロ!」カツタロウは二匹を嬉しそうに抱きかかえた。

 

「カツタロウ、御飯よ」するとカツタロウの母親の声が台所から聞こえてくる。「御飯だ。タマ、クロ行くよ」カツタロウはTVを消しイスから立ち上がり食卓に向かい、タマとクロも従う様に食卓に向かった。

 

「やったカレーだ!」カツタロウは食卓にあるカレーを見て喜びの声をあげる。「カツタロウは本当にカレーが好きだな」「うん!」喜ぶカツタロウの笑顔に父親も顔を綻ばせた。「いただきます!」「待ちなさいカツタロウ、タマとクロのご飯がまだよ」「あっ」喜びのあまり忘れていた。カツタロウはスプーンを置き台所に向う。

 

タマとクロのそれぞれの名前が書かれているトレーを取り出しキャットフード「ネコマッシグラ」を入れる。今日はカレーだし少しだけ豪勢にしよう。カツタロウはいつもよりキャットフードを多く入れ、学校で見つけ保管していたマタタビを混ぜた。マタタビはネオサイタマのネコにとって麻薬めいた多幸感を味わえるもので植物である。

 

「ごめんねタマ、クロ。ごはんだよ」小走りで戻り二匹の前にキャットフードを置く。マタタビが入っていることに気付いたのか興奮気味になっていた。二匹の猫はカツタロウとその両親を見つめる。自分達はなんて良い人達に拾われたのだろう。拾われた幸運と今の生活の豊かさを噛みしめた。

 

コバンストリートで行き倒れた白ネコと黒ネコ、それがタマとクロだった。その時訪れていたカツタロウは二匹を見つけ親に病院に連れていくように頼む。二人で寄り添うように倒れている姿はひどく訴えかけるものがあった。可哀想だ、助けてあげたいと思った。しかし親はそれを拒否した。

 

このストリートに薄汚れた野良猫がいるもの不自然だ、何より触ってカツタロウに病原菌が移るのは避けたかった。しかしカツタロウは何度も頼みこみ、ついに親は熱意に折れた。二匹の猫は病院に運ばれ一命を取り留める。そしてカツタロウはネコを飼いたいと頼み、しっかりと面倒をみることを条件に家で飼うことを認められる。

 

白ネコはタマ、黒猫はクロと名付けられた。カツタロウは甲斐甲斐しく世話をしていつも遊んでくれる。抜けているところがあり不注意で怪我をし、また餌に危険物を混入して体調を悪くすることが有った。だが憎むことは無い、カツタロウのほうが年は上だが、二匹にとっては愛すべき弟のようだった。

 

また両親もカツタロウと同じように愛情を持って接してくれた。母親は日当たりが良い場所でブラッシングをしてくれてそれはとても気持ち良かった。父親も二匹のためにオーガニックマグロの刺身を買って分け与えてくれた。タマとクロは幸せだった

 

「おいしい?」カレーを嬉しそうに頬張りながら足元にいるクロとタマに問いかける。「「ニャン!」」マタタビの成分で軽くトリップしている二匹はいつもより大きく鳴く。それを見て嬉しそうに笑いそれにつられて両親も笑う。和やかな雰囲気で囲まれる食卓はネオサイタマにいる家族が求める理想の幸せの形のようだった。

 

「「ニャバババー!!」」突如タマとクロが仰向けに倒れ込み身体を痙攣させた!「タマ!クロ!」カツタロウはその異変に気付き声をかける、突然の変化とその異様な状態に戸惑いと恐怖を感じたのか泣いていた。「パパ!ママ!タマとクロが!」泣きながら助けを乞い、両親はタマとクロの元に駆け寄る。

 

食当たりか?原因はわからないがマズイ状況であることは素人でも分かる。「母さん、獣医に連絡してくれ」「はい」母親は声を震わせながら返事し電話に向かう。「タマとクロは大丈夫だよね!」「ああ、大丈夫だ」父親は泣きじゃくるカツタロウをあやすように頭に手を添える。そして容体を心配そうに見下ろす。

 

「「ニャーッ!」」「グワーッ!」突如タマとクロがバネ仕掛けめいて跳ね上がる!その高さは父親の頭を通過し天井に足裏をつけていた。なんたるバイオ飼い猫には到底なし得ないバイオノミめいた跳躍力!父親は目を抑えて倒れ込み抑えた手から血が溢れ床を汚す。

 

「「ニャーッ!」」タマとクロは天井を踏みつけ急降下!その爪で首元を斬りつけた!「アバーッ!」頸動脈を斬られ首からスプリンクラーめいて血が噴き出す!即死!その血は食卓とカツタロウを赤く染め上げた。カツタロウはできのわるいオイランロイドめいて無反応だった。あまりの出来事にニューロンが反応しないのだ。

 

「アイエエエ!」母親は叫び声を聞き後ろを振り返るとそこにはアビ・インフェルノ・ジゴクめいた光景が飛び込んできた。「「ニャーッ!」」その声に反応するようにタマとクロは襲い掛かる!「アバーッ!」母親も首元を斬られスプリンクラーめいて血を噴き出す!即死!

 

タマとクロは血の雨を浴びながら口角を上げ妖しげに笑い、爪を舐めた。その様子は江戸時代に存在した辻斬りと呼ばれる人斬りフリークスのようだ!コワイ!そして妖しげな笑みをカツタロウに向けた。「「ニャーッ!」」「アイエエエー!」カツタロウは叫び失禁!タマとクロはカツタロウに跳びかかった。

 

――――――

 

 

 

タマが無造作にリモコンを踏むとテレビの電源がつく。『これで正解すればポイント5倍点!』『ちょっと聞いてないですよ!』司会者の突然の提案に回答者が抗議する。その様子に合わせるように観衆の笑い声が聞こえてくる。和やかなアトモスフィアだ。だがタマとクロがいる場所は三人が血まみれで倒れているツキジめいた光景だった。

 

タマとクロはお互い示し合わせるように向き合い、襲い掛かった。「「ニャーッ!」」お互いの体に爪をたて血が噴き出る!ナムサン!恩人であるカツタロウ一家を襲うのに飽き足らず兄弟同然に過ごした者をその手にかけようというのか!

 

お互い殺意を漲らせ自分が傷つくのを厭わず相手を攻撃する。そして決着はすぐについた。「ニャバーッ!」タマの一撃が急所に入りクロは断末魔をあげて絶命した。だがタマも致命傷を負いクロにもたれ掛るように倒れた。

 



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第五話 キャット・リペイズ・ヒズ・カインドネス♯2

対面にいるスノーホワイトの表情はいつもと違っていた。普段見せる優しげだが少しぎこちない笑顔ではなく、無表情で冷たい目で見つめていた。ドラゴンナイトはその普段と違う様子に戸惑うことなく戦闘態勢をとり、ジリジリと間合いを詰めていく。スノーホワイトも構えて迎撃体勢をとる。

 

距離をタタミ5枚分、3枚分、1枚分で足を止めた。両者の間にキリングオーラが立ちこみ膨れ上がる。感受性が高いモータルがいれば重篤NRSにかかってしまうだろう。「イヤーッ!」先に動いたのはドラゴンナイト!死神の鎌めいたバックスピンキックを頭部に繰り出す!スノーホワイトは数インチ単位の最小限の動きで攻撃を回避。

 

バックスピンキックという大技を繰り出したことでドラゴンナイトの隙は大きい、アブナイ!だが防御のために回転を止めるどころか、さらに加速させる。ドラゴンナイトの体は一回転してそのままボディーブローを打ち込んだ!初撃を避けられると見越しての二段構えの攻撃!大技を避けた直後のコンマ何秒の安堵感の隙を突くセットアップ攻撃!ワザマエ!

 

回転を利用していることで威力は二倍だ!「グワーッ!」攻撃を受けて吹き飛んだのは…ドラゴンナイト!何が起こったのか?この場にニンジャ動体視力の持ち主がいれば詳細を把握できただろう。スノーホワイトはバックスピンキックを避け、ドラゴンナイトの回転力が落ちないのを見てどのような攻撃が来るかすぐに察知できていた。

 

ボディーブローが来る前に半歩ほど下がり肘にオーガニックトーフ職人めいた繊細な手つきで手を添え力を加える。ドラゴンナイトの攻撃は外されさらにスノーホワイトが力を加えたことでさらに180°余分に回転、がら空きになった背中に攻撃を加えたのだ。タツジン!何たる流麗かつ繊細なカラテか!

 

ドラゴンナイトからすれば攻撃が当たったと確信した瞬間攻撃が回避され、次の瞬間自分の攻撃が背中に当たったと錯覚してしまうだろう。タタミ5枚分ほど吹き飛ばされたドラゴンナイトは咳き込みながら立ち上がりスノーホワイトのほうを向く、痛打を受けたがその目から戦意は衰えていない。

 

「リュウジン・ジツ!イヤーッ!」シャウトとともにドラゴンナイトの体が異形に変化していく。その体はドラゴンが人の形をしたようだ。リュウジン・ジツ。ドラゴンナイトに宿ったソウル、タツ・ニンジャがドラゴンの身体能力に人間の繊細なカラテが合わされば最強であるという考えから作り上げたヘンゲヨーカイ・ジツの亜種である。

 

ジツを使うことで攻撃力や耐久力は飛躍的に上がる。「イヤーッ!」弾丸めいたスピードでタタミ五枚分の距離を詰めスノーホワイトに突きを繰り出す。スノーホワイトはそれを回避、髪の毛に突きが掠り独特の臭いが鼻腔を刺激する。カミヒトエ!

 

だがこれはギリギリで回避した結果ではない。スノーホワイトは回避し次の動作に早く移れるよう必要最小限の動きで回避した結果なのである。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ドラゴンナイトは一心不乱に攻撃を繰り出す。その攻撃はジツを使う前と比べて手数スピード威力のすべてが上であり相手に与える重圧もまた格段に上がる。

 

だがスノーホワイトは顔色ひとつ変えず攻撃を回避し捌いていく。この様子をかつて平安時代に活躍した哲学剣士ミヤモト・マサシが眺めていたら、自身のコトワザ「テヌギーに牛車が突撃した」と呟いていただろう。

 

スノーホワイトの不動のアトモスフィアにドラゴンナイトの中で焦りが募る。「イヤーッ!」のど元への突きを放つ。暗黒ジュージツの技の一つジゴグヅキだ!スノーホワイトは左半身の体勢をとり突きをかわし巻きつくように腕を脇に抱えドラゴンナイトの体勢を崩した。ジュドーの禁止技の一つ脇固めである!

 

「グワーッ!」ドラゴンナイトの肩はスノーホワイトの全体重が乗っかった状態で地面に激突した。モータルなら肩の骨が粉々に砕けているが、耐久力が増したドラゴンナイトの肩は無事である。だがスノーホワイトの攻撃はこれで終わらない、空かさず肩の稼動域を超えた方向に曲げる。

 

「グワーッ!」肩関節破壊!さらにアームロックに移行し力をこめる!「グワーッ!」肘関節破壊!スノーホワイトが腕を開放するとドラゴンナイトは肘を手でさすりながら蹲る。スノーホワイトは無表情なままドラゴンナイトの無防備な頚椎を全力で踏み抜いた。

 

◆◆◆

 

 

「初代オーバーロードは誰ですか、ツルドメ=サン?」「はい、エド・トクガワです」「正解です」 カワベ・ソウタ、ドラゴンナイトは生徒の声で現実に引き戻される。周りを見渡すと自分と同じ学ランに身を包んだ生徒が教師の授業を真面目に聞いていた。ドラゴンナイトはスノーホワイトと現実で戦っていたのではない。

 

戦っていたのはニューロンで作り上げたスノーホワイトであり、そのスノーホワイトと自分のイメージが戦っていたのだ。これはニューロン内でカラテシュミレーションをするイマジナリー・カラテと呼ばれるトレーニングである。結果はベイビーサブミッションと言える内容だった。ドラゴンナイトはイマジナリースノーホワイトに踏み砕かれた頚椎を無意識に触れていた。

 

バー「アラバマ」で負った怪我が全快し、夜のニンジャパトロールが終えた直後のことだった。「私と組み手してくれない?」スノーホワイトからの突然の提案だった。ドラゴンナイトは家で怪我を癒している時から考えていた。ニンジャの暴威からモータルを守れるように強くなる為にはどうすればよいか?

 

肉体の鍛錬、技を磨く。それも大事であるが一番重要なのは実戦経験である。実戦でもヤンクのグループや武装したヤクザとの戦いではない、ニンジャとの戦いである。ニンジャのヘッドハンターと戦いニンジャとヤクザではプロ野球選手とリトルリーグ以上の差を感じた。ニンジャの戦いに慣れることが必要不可欠である。

 

真っ先に相手として思い浮かんだのがスノーホワイトだった。だがスノーホワイトは仲間であり女の子だ。トレーニングといえどカラテをみまうのは気が引ける、しかしトレーニングパートナーとして適任なのはスノーホワイトしかいない。誘うべきか否か、怪我が治りスノーホワイトとパトロールする当日まで答えが出ずにいた。

 

そんな矢先にスノーホワイトからの提案である。これはブッタが一緒にトレーニングしろと言っていると解釈しその提案を受け入れた。最初はスノーホワイトに怪我しないようにと恐る恐る手加減しながら組み手をしていた。だが速攻でイポンをとられ続け、スノーホワイトから本気でこいと言われ手加減をやめた。

 

ドラゴンナイトは全力でカラテをしたが実力差は想像以上に開いており毎日イポンをとられ続けた。男性は女性よりカラテが強い。親や先生からの教育と実体験から作り上げられた価値観だったがスノーホワイトとの組み手でそれは壊された。同年代で好意を抱いている相手にブザマをさらし続け、オナーは大いに傷ついた。そして自分にとっての禁じ手を打ってしまう。

 

リュウジン・ジツ。かつてはその過剰な力ゆえに禁じ手とし、ヘッドハンターを殺めたジツ。本来なら好意を向けている相手に向けるべきではない。だがドラゴンナイトの心はオナーの回復を求め気がつけばジツを使っていた。その過ちに気づいたのは気絶からさめた後だった。ドラゴンナイトはスノーホワイトに気絶させられたのだ。

 

リュウジン・ジツを使ってもスノーホワイトに勝てなかった。ドラゴンナイトのプライドは粉々に砕けた。ドラゴンナイトは組み手が終わり家に帰るがそのときの記憶に無く、家に帰っても放心状態でただ虚空を見つめ続けていた。何の言い訳のしようがない敗北。悔しすぎて惨め過ぎて涙すら出ない。

 

ジュニアハイスクールに入学して練習でおこなった上級生とのフリーバッティングで完膚なきまでに打ち込まれたことがあったが、悔しさはその比ではない。ドラゴンナイトは何時間もただ虚空を見つめ続けた。そして突如天啓めいた答えがニューロン内に浮かんだ。スノーホワイトはニンジャニュービーではない。

 

きっと数々のニンジャと戦ったベテランニンジャに違いない。訳あってニュービーと嘘をついていたのだ。まさしくリトルリーグの打者がプロ野球選手に挑んだようなものだ。勝ち目がないのは当然である。

 

ドラゴンナイトのニューロンはスノーホワイトが自分と同じニュービーだとすればあまりにも才能の差が有りすぎる。その事実を認めたくない故にニューロンの防衛機構が無意識にこの結論を導き出した。そして結果的にはその答えはニンジャではないということ以外は正解だった。

 

今の自分はプロ野球選手と練習しているようなものだ。プロの技術を体験できなおかつ色々と教えてもらえる。強くなるには最高の環境ではないか!答えにたどり着いたドラゴンナイトの体に活力が沸き、先ほどまでのジョルリめいた無気力さが吹き飛んでいた。そしてこの答えにたどり着いたことで無意識に考えていた疑問に対する答えを導き出した。

 

ドラゴンナイトは強くなると誓ったがある疑問があった。悪意あるニンジャを倒しモータルを守れるようになるにはどれほど強くなればいいのだろう?ドラゴンナイトはニンジャのなかでの強さがわからなかった。自分の立ち位置もわからず、強さの上限もわからない。漠然とした理想があるが明確な目標がない状態だった。そんな矢先にスノーホワイトのカラテを体験する。

 

その圧倒的なカラテはニューロンに深く刻み込まれた。この強さがあればどんなニンジャと対決しても倒すことができモータルを守ることができる!ドラゴンナイトは強くなりたいという熱意はあった。だがその熱量をどこに向ければよいかわからない状態だった。だが今はスノーホワイトという目標を見つけ熱量を向ける目標を見つけることができた。

 

 

それからのドラゴンナイトのエネルギーはスノーホワイトに追いつくことに注ぎ込まれた。スノーホワイトに薦められたイマジナリーカラテトレーニング、できる限りやったほうがよいと言われたので数多く行った。就寝前、登校時のバスの中、授業を受けている最中。特に授業中のすべてをイマジナリーカラテトレーニングに費やしたので授業内容が全く頭に入っていなかった。

 

そしてフィジカル強化としてエアーチェアーをおこなった。エアーチェアーとは椅子に座る際に尻を椅子につけるのではなく数センチばかり浮かす筋力トレーニングである。ドラゴンナイトはすべての授業でエアーチェアーを実践しており、今現在もエアーチェーをしながらイマジナリーカラテトレーニングをおこなっていた。

 

ドラゴンナイトは教室の壁にある時計を確認する。授業終了まで残り10分、あと一試合はできるな。ドラゴンナイトはイマジナリーカラテトレーニングを再開した。

 

◇スノーホワイト

 

「お邪魔します」

 

 誰もいない廃ビルの空間に声が響き渡る。いないことは分かっているが日頃身に着いた習慣がそうさせた。ここはドラゴンナイトが廃ビルの一室を拝借し作り上げた活動拠点である。パトロール前にここに集合するのが決まりになっていた。

 スノーホワイトは何となく木人人形前に近づき打ち込みを始める。普段は集合時間の10分前程度に来るのだが今日は一時間前に来ていたので手持ち無沙汰だった。

 

「使い方それで合っているぽん?というよりそれって意味あるぽん」

 

 スノーホワイトは何となく木人人形に近づき打ち込みを始める。普段は集合時間の10分前程度に来るのだが今日は一時間前に来ていたので手持ち無沙汰だった。

 

 ファルの問いに素っ気なく答えながら木人人形に軽く打ち込む。

 ドラゴンナイトが使っていたというので興味が湧いて試したがどのような意図で使えばいいかさっぱり分からない。

 この手づくりの粗末な木人人形なら魔法少女の力である程度の力で打ち込めば壊れてしまう、だが壊れない程度の手打ちで打ち込んでも実戦で使えるとは思えない、暫くして打ち込みを止めた。

 

「しかもこれもスノーホワイトと組手するようになって使わなくなったらしいぽん」

「そうらしいね」

「それでドラゴンナイトは強くなっているぽん」

「一週間で強くなったら苦労しないよ」

 

 怪我が治りドラゴンナイトとパトロールが終わった時明らかにソワソワとしていた。

 何かを言おうとしていることは魔法を使わなくても理解でき、魔法を使って何を言おうとしていることは分かった。スノーホワイトはドラゴンナイトが言う前に先に言葉に出す。

 

――――私と組手をしない?

 

 ドラゴンナイトは強さを求めていたがそれを得るには一人では限界がある。強さを得るには指導者と戦いの経験を積むことが必要だがその二つの要素を補うことは難しい。

 ニンジャとは二人しか出会っていないが二人とも好戦的で殺す気で戦いを挑んできた。それがニンジャにすべて当てはまるとは限らないがそうと仮定する。

 そんなニンジャの中で闘い方を教えてくれる友好的な者が都合よく現われるだろうか?そして相手を簡単に殺害できる攻撃力を持つニンジャ相手に死なずに何回も戦闘を行い経験を積めるだろうか?自分基準ではドラゴンナイトはまだまだ未熟だ。戦闘の際に生活に障害をきたす怪我、いや殺されてしまう可能性も充分に有る。

 だが自分なら戦い方はある程度教えられ、そして怪我をさせないように組手をして経験を積ませることもできる。その日からスノーホワイトの戦闘訓練が始まった。

 ドラゴンナイトは未熟だった。身体能力はそれなりだが技術がまるでない、ただ本能のままに蹴り殴りただ思うがまま行動していた。そんな戦いをしていれば必ず命を落とす。まずは正しい打撃と投げの仕方、そして人体に効果的な関節技を教えた。

 センスが抜群に良いのか、ニンジャが全員そうなのか分からないがドラゴンナイトの上達は早かった。

 リップルに教えられたことをそのままドラゴンナイトに伝え実際に見せるとすぐさま同じような動きを実践できていた。コツを感じ取り理解し自分の中に落とし込むことが上手いのだろう。

 スノーホワイトは一週間程度で強くはならないと言ったが、それは一週間程度で一線級になれないという意味であり最初と比べると見違えるように強くなっていた。

 

 スノーホワイトの指導方法は自分が受けたものを踏襲するものだった。リップルとの訓練のように間接技等で相手を制するか、致命的な打撃が当たる前に寸止めする。

 決着がつくごとにどの部分が悪かったのかを指摘し、また組み手を再開する。それの繰り返しである。そしてイメージトレーニングをすることを薦めた。これはあのフレデリカに薦められた鍛錬方法だ。

 

―――ピティ・フレデリカ。

 

 余罪だけで図書館が建てられると言われているほどの極悪人、魔法少女は清く正しくあるべきである。だがフレデリカのような女性でも魔法少女であり、その事実だけで虫唾が走る。そして遺憾ながらその極悪人から一時期指導を受けていた。

 言いたくは無いが魔法少女としては最低だが指導者としては優秀だった。フレデリカの教えがなければスノーホワイトは魔法少女狩りとしての強さを得ることはできなかっただろう。

 正直に言えば躊躇していた。この指導方法がニンジャに適切なのかは分からず、何よりフレデリカという穢れた存在の教えをドラゴンナイトに伝えることはその清廉さを汚してしまうように思えた。

 だがこれを教えなかったことで強くなれずドラゴンナイトが命を落とすかもしれない。そんなことはあってはならない。スノーホワイトはフレデリカに対する負の感情をグッと押し込んだ。

 

 スノーホワイトはドラゴンナイトとの訓練において自分が受けたものとは一つ違う要素を付け加えた。それは褒めることである。

 指導する上では褒めて伸ばすのが最良である。TVで知ったのか本で読んだのか誰かから聞いたのかはわからないがとりあえず実践してみた。スノーホワイトからしてみれば拙い攻撃でも昨日より進歩があればとりあえず褒めた。

 ドラゴンナイトとの組み手は楽しかった。日々成長する姿に喜びを感じ、褒められてはにかむドラゴンナイトの仕草にほほを緩ませた。だが一つの棘がスノーホワイトの心をちくりと刺す。

 ドラゴンナイトは全力で向かってきた。相手を倒すことにすべてを注ぎ急所にも躊躇無く攻撃してきた。実践を想定して戦わなければ意味は無く自分も全力で戦うように言っていた。

 今のドラゴンナイトなら全力で向かってきても難無くいなせるのでそれはかまわない。だが岸辺颯太と同じ顔をしたドラゴンナイトが向かってくる姿は自分を壊す為に攻撃してくるようだった。

 あの心優しかったそうちゃんが自分に暴力を振るう。ありえないことだが、もしそんなことが起こったらどうなっていただろう?

 ドラゴンナイトは全力でくるがそこに敵意はない。だがそうちゃんが敵意を自分に向けながら挑んできたら?敵意むき出しで向かってくる姿をイメージした瞬間胸が苦しくなり思わず手を当てた。

 

 スノーホワイトは手を当てながら視線を木人人形からコンクリートの壁からその近くにある座布団に目を向けた。

 嫌なイメージは別のイメージで塗り替える。イメージトレーニングをしようと考え壁に視線を向けた。

 立った状態で壁に寄りかかりながらでもイメージトレーニングはできるが、経験上瞑想を行う時は正座で座り姿勢を正した時が一番没頭できる。

 別にコンクリートの上で正座してもよいが痛いし不快であり、魔法少女は心も強くなるといえど不快感はある。その時座布団に目が向いた。ドラゴンナイトからはここにあるものは好きに使ってよいと言われていたのでお言葉に甘えることにした。

 スノーホワイトは座布団に正座し目を閉じようとする、だがある物が目に入り目を開けた。マンガ、こっちの世界ではカートゥーンと呼ばれている。確かドラゴンナイトの実家から運び出したものだ。

 マンガは好きでも嫌いでもないぐらいで魔法少女ものを読むぐらいである。

 ドラゴンナイトがどのようなものを好んで読んでいるかは興味がある。瞑想を中断し本棚にある1巻らしきマンガを手に取った。タイトルはカラテ戦士マモルと書かれ、絵柄は自分の世界のアメコミ的なものだった。

 一話の半分ぐらいまで読んだが正直オモシロくない、いや、自分の趣味にはあわない。コマ割りというものだろうが、それが自分の世界のマンガと違うせいか、読んでいてストレスが溜まる。

 ページを閉じようとしたが主人公の戦闘描写でその手を止めた。

 相手に右正拳突きを放ち当たる直前で手を引き、それと同時に右のハイキックを放つ。右手がブラインドになり右のハイキックが当たりやすくなると解説されている。

 これはドラゴンナイトが自分に使った技、このマンガから真似したのか。思い出してみると他の攻撃と比べて異質な行動や攻撃がありそれもマンガをマネしたのだろう。

 効果的な技も有りその点を褒めれば喜ぶかもしれない。スノーホワイトは今日の組み手のことを考えながら目を閉じイメージトレーニングを続けた。

 

 

 

◆ドラゴンナイト

 

「ワオ、ゼン」

 

 言葉が自然と漏れていた。

 

 目に入ったのはスノーホワイトが正座している姿だった、イメージトレーニングでもしているのだろう。

 その一分の緩みも感じさせない姿勢と醸し出す凛としたアトモスフィア、部屋はライトがついていなく外から漏れるネオン看板の弱い光がスノーホワイトを照らしだす。薄汚れたアジトという場所は神々しさすら感じるスノーホワイトの姿をさらに引き立たせる。まるで美術作品のようだ。

 ドラゴンナイトはスノーホワイトをカワイイと思ったことは数多くあるが、美しいと思ったのは初めてだった。

 この姿をいつまでも見ていたい。ドラゴンナイトは無意識にニンジャ野伏力を全力で発揮し存在感を消す。

 

「こんばんは、ドラゴンナイトさん」

 

 だがニンジャ野伏力を発揮してから一秒後、その姿はすぐに感知された。スノーホワイトは正座で自分のほうに向き直り笑顔を浮かべ挨拶する。その笑顔はカワイイだった。

 

「アイエエ!こんばんは、スノーホワイト=サン。イメージトレーニングしてたの?」

「うん」

「もしかして邪魔しちゃった?」

「大丈夫。ちょうど終わったところだったから」

「じじゃあ、そろそろ行こうか、今日はシラセ・ストリートの方を見回ろう」

 

 ドラゴンナイトは動揺で挙動不審にならないようにパトロールの前の準備運動をしている体でごまかしながら何とか会話をしていた。

 危なかった。少し前だったら動揺で挙動不審になっていただろう。イメージトレーニングに深く没入していると思ったが即座に感知した。自分なら気づかない。それに神々しいアトモスイフィアから年相応のカワイイの変化から生じるギャップは破壊力抜群だ。

 スノーホワイトが正座から立ち上がるのをチラリと確認する。まだ心臓の高鳴りが止まらない。きっと顔も赤くなっているのだろう。顔が見られないようにしばらくはスノーホワイトの姿を見ないようにしながら移動しよう。ドラゴンナイトはアジトの窓から屋上に飛び移りパトロールを開始した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「間に合わなければ0点」「連帯責任」劣化し塗料がはがれた壁には労働者に重圧を与えるような貼紙が貼られショドーは掠れている。ここはとある廃工場、廃棄されてから長時間経過しており辺り廃材や放置された機材は埃がかぶっている。その廃工場の壁に携帯式ボンボリライトの光が二人の人影を映し出しカラテシャウトが響き渡る。

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」カラテシャウトが廃工場内に響き渡る。ドラゴンナイトだ。リュウジン・ジツで体を変化させたドラゴンナイトが連続攻撃で攻め立てる。一方スノーホワイトは攻撃を難なく捌き隙を突いてドラゴンナイトを投げた。背中から強烈に打ち付けられたドラゴンナイトの意識はコンマ数秒スノーホワイトから外れる。

 

その間にスノーホワイトはカワラ割りパンチを振り下ろし顔面に当たる寸前で止めた。「今日はこれぐらいにしようか、お疲れ様」「ありがとうございました…スノーホワイト=サン…」ドラゴンナイトは緊張を解き大の字で寝そべる。ジツを解いており、その体は人間の状態に戻っていた。

 

パトロールが終了後、拠点から程よく近いこの廃工場で組み手をおこなうのが日々の日課になっていた。「最初に比べて大分良くなってきているよ」「そう…」スノーホワイトの言葉にドラゴンナイトは呼吸を激しく乱しながら答える。

 

ドラゴンナイトのリュウジン・ジツは体内の血中カラテを多大に消費するため体力の消費が激しく短時間しか使用できない。「特に、あのフッと力を抜いて地面に体がぶつかる直前に踏み込んで突進する攻撃は良かったよ」

 

ドラゴンナイトが使った技は恐らくカートゥーンに出てきたものだろう。スノーホワイトはそれを予想し褒める。「本当に」ドラゴンナイトはわずかばかり笑顔を見せる。自分の好きなキャラクターが使用していた技を真似したものであり、それがスノーホワイトに褒められることは嬉しかった。

 

「ところで、僕が拠点に来た時はイメージトレーニングしてたの?」ドラゴンナイトは息を整えながらゆっくりと立ち上がり問いかける。「うん」「スノーホワイト=サンはどんなイマジナリーカラテをしてるの?」「どんなって?」「えっと…どんな相手とか、どんな状況で戦っているかなって」

 

スノーホワイトは魔法でドラゴンナイトの質問の意味を理解した。イメージトレーニングの基本的なことは教えたが正しいやり方なのか不安なのだろう。「そうだね。状況は基本的に障害物もない物凄く大きい荒野みたいなところで一対一かな。相手は今まで戦った相手を想像したり、その相手を強くしたイメージとも戦ったりもするかな」

 

スノーホワイトはドラゴンナイトにニンジャになったばかりではなく、ある程度年月が経っており戦いも何度もしてきたと伝えていた。ドラゴンナイトとの実力差を考えると同じニンジャに成り立てだと不自然だからと考えたからだ。ドラゴンナイトは嘘をついたことを特に責めずスノーホワイトの言葉を信じてくれた。

 

「なるほど」「イメージトレーニングは体をイメージ通り動かせるようにするための練習だから場所とか状況はこだわらずに一対一でいいと思う」ドラゴンナイトは相槌をつくように頷く。「ドラゴンナイトさんはどんな風にやっているの?」「僕はえっと…スノーホワイト=サンと一対一でずっとイマジナリーカラテしてる」

 

(((イマジナリースノーホワイト=サンに頚椎踏み砕かれたりして何回も殺されていると言ったら気まずくなりそうで困る)))ドラゴンナイトの困った声が聞こえてくる。他人の想像でも自分がドラゴンナイトを何回も殺していることを知ったスノーホワイトは複雑そうな顔を浮かべる。

 

「えっと…そういえばスノーホワイト=サンはどんなトレーニングをしてきたの?やっぱりヒサツ技の習得とか?」ドラゴンナイトはスノーホワイトの表情を見て話題を変えた。「必殺技の練習はしていないかな。イメージトレーニングして組手をする。ドラゴンナイトさんと同じ」

 

スノーホワイトは必殺技という単語に思わず笑みをこぼす。何と言うか男の子の発想だ。「それだけ?」「それだけ」ドラゴンナイトは拍子抜けといった顔をしていた。想像ではスポ根マンガの養成ギブスをつけて壮絶な特訓をしているのだろう。だが今のトレーニングでそれ相応の強さを得られる。あとは実戦経験だがそれを強要することはできない。

 

「へ~。あと組手の相手は誰なの?メンター?」「メンター?師匠じゃなくて友達かな」「その友達はニンジャ!?近くにいるの!?会える!?」ドラゴンナイトは興味津々で見つめる。スノーホワイトの組手相手なら同等、いやそれ以上の実力の持ち主だろう。その相手から強くなる何かを得られるかもしれない。

 

「一応忍者かな…でも今は……遠い所に行っちゃったから会えないかな」スノーホワイトは想いを馳せる様に遠くを見つめる。同じ魔法少女であり大切な友人であるリップル。今何をしているのだろう?ネオサイタマに来てしまった自分はあちらでは行方不明扱いだろう。ファルを通して連絡を取れず心配してリップルは行方を捜しているかもしれない。

 

リップルを切掛けに元の世界の人々のことを思い出す。父親に母親、友人の芳子、スミレ、皆は元気だろうか?心配しているだろうか?だが魔法少女の活動で連絡もせずふらっと外国に行くことが有るので、いつものことだと思っているのかもしれない。これからは連絡の一つでもいれよう。

 

「どんな人?ジツは?」ドラゴンナイトは興味を持ったのか矢継ぎ早に質問する。スノーホワイトはそれを答えようとした時だった(((仇じゃなかったら困る)))突如頭の中に声が響き渡る。魔法で聞いた声は敵意に満ちていた。「スノーホワイト=サン?」ドラゴンナイトはスノーホワイトのアトモスフィアが変わったのを感じ取った。

 

スノーホワイトは声に意識を向ける、声の主は高速でこちらに近づいてくる。「ドラゴンナイトさん気をつけて」スノーホワイトは注意喚起して身を構えた。CRASHH!窓ガラスが砕けガラス片が勢いよく散乱する。スノーホワイトはエントリーしてきた謎の闖入者に目を凝らす。そこには一匹の薄汚れた猫がいた。

 

「ニャー」「ドーモ、マタタビ=サン、ドラゴンナイトです。ニンジャの……ネコ!?」

 

 



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第五話 キャット・リペイズ・ヒズ・カインドネス♯3

ご無沙汰しています。これからちょっとずつ更新していきます


◇ファル

 

 何だこの状況は?

 

 スノーホワイトとドラゴンナイトはパトロールの帰りに廃工場に寄り組手をして、そこに猫が入ってきた。そこまではいい。だがこの後が問題だった。

 

「ニャー!」

「人違いだ。僕じゃない」

「ニャー!」

「だから人違いだ!」

 

 ドラゴンナイトと侵入してきた猫が会話をしている。よくある人間が猫に一方的に喋りかけるというわけでは無く明らかに会話をしている。

 この世界では精神科みたいなもので自我科というものが有るらしい。ドラゴンナイトはそこに通院したほうがいいのかもしれない。

 

「あの二人の会話内容わかるぽん?」

「分からない」

 

 スノーホワイトも今の自分と同じように困惑しているようだった。どうやら言葉が分からないのは自分だけではないようだ。

 これはニンジャだから動物の言葉が分かるというのか?だが今までそんな様子を見せたことはない。

 

「ニャーッ!」

 

 突如猫がドラゴンナイトに襲い掛かった。そのスピードはどう考えても普通の猫が出せるスピードではない。組み手で体力を大きく消費したせいか反応が明らかに鈍い。爪がドラゴンナイトの首に突き立てられるという瞬間、猫の爪はドラゴンナイトの体をすり抜ける。

 スノーホワイトは魔法で攻撃を察知し、ドラゴンナイトの襟を掴み強引に引っ張り攻撃を回避させたのだ。

 

「ありがとうスノーホワイト=サン」

 

 ドラゴンナイトが首元を抑えながら礼を言う。首からは出血している、助けるのがコンマ数秒遅れていれば頸動脈が掻っ切られていただろう。

 スノーホワイトは庇うように猫とドラゴンナイトの間に立つ、僅かに芽生える怒りを押さえ込むように冷徹な目で相手を見据えた。その目は悪しき魔法少女と対峙している時の目だった。

 

「ニャーッ!」

 

 猫が不規則に飛び跳ねながら二人に近づいてくる。その俊敏性と敏俊性は凄まじく、猫が何体にも見えるほどだ。

 スノーホワイトは小さい相手の動きに対応できるように中腰で構える。

 猫がスノーホワイトまで三メートル近づいた瞬間右直角に曲がりさらに左直角に曲がる。2連続直角移動によりスノーホワイトの背後をとる。そのスピードは凄まじくスノーホワイトは辛うじて反応しているがドラゴンナイトは背後を向けたままだった。

 

「ニャーッ!」

 

 猫はドラゴンナイトの首元に向い跳びスノーホワイトも後ろを振り向く、その瞬間状況を瞬時に判断した。このタイミングでは襟を引っ張って回避する方法は間に合わない。

 スノーホワイトはドラゴンナイトの首元を守るように腕を伸ばした。猫の爪程度では腕が切断されることはないだろうが多少のダメージは免れない。

 だが背に腹は変わられない、歯を食いしばりダメージに耐えられる覚悟を作る。だが腕は切り裂かれることはなく、猫は前足で腕を地面代わりにしてバク宙しそのまま10メートルほど後方に跳ぶ。

 

 スノーホワイトは再びドラゴンナイトの間に入り猫を凝視する。猫の目には先ほどまでの敵意が少し薄れていた。

 

「さっきはあの猫と何を話したの?」

「聞いてなかったのスノーホワイト=サン?」

「うん。だから教えて」

「家族を殺したのはお前かって。誰だか知らないけど僕はやっていない!」

「わかった。今から私が言う言葉を伝えて」

 

 スノーホワイトは猫に警戒を向けながらドラゴンナイトに小声で伝える。ドラゴンナイトは無言で頷き両手を挙げながら言葉を続けた。

 

「マタタビ=サン!僕は君の家族を殺していない!その証しとして降伏の意を示す!もし降伏する者を攻撃するなら無関係なスノーホワイト=サンを傷つけないようにと思った誇り高き精神は傷つき、オナーは地に落ちるぞ!」

 

 その言葉を聞いた猫の警戒心は僅かに緩くなっていく。それを見てドラゴンナイトは言葉を重ねる。

 

「ニャニャニャミャーオ」

「本当に誤解だって。嘘だったらケジメする!」

「ニャー」

 

 すると猫はドラゴンナイトに近づき謝罪するように頭を垂れた。

 

「なんて言ったぽん」

「あの猫は無関係な私を傷つけないようにしたから理性があると思う、そのことを伝えて説得するように言った」

 

 スノーホワイトは自分の腕に前足が当たる瞬間『無関係なものを傷つけたら困る』という声を聞いた。だからこそ腕に爪をたてず足場代わりにして後ろに飛んだのだ。

 でなければ腕は斬りつけられていた。憎悪を無差別に向けない理性がある。それならばドラゴンナイトの誤解を解けると考え、それは成功した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 

 

「では改めてドーモ、マタタビ=サン。ドラゴンナイトです。こちらがスノーホワイト=サン」「どーも、スノーホワイトです」「ニャー」二人と一匹は床に座りアイサツをかわした。「今なんて言ったの?」スノーホワイトはドラゴンナイトの耳元で尋ねた。

 

「マタタビですってアイサツしたんだよ。本当に何言ってるかわからないの?」「うん」「ニンジャでも個人差があるのかな?」ドラゴンナイトは不思議そうに頭を捻った。何故ドラゴンナイトとマタタビと名乗る猫が会話をできるか疑問に思う読者の方もおられるだろう。この猫、マタタビはニンジャ!つまりニンジャアニマルなのである。

 

ニンジャは人間だけが成れるものではない。過酷なカラテトレーニングを積みカラテを高めればどんな生物でもなれるのだ。かつては犬、狼、鷲、イルカ、猫などがニンジャになったのだ。そして遥か昔のネコのリアルニンジャのソウルが時を越え憑依しマタタビはニンジャアニマルとなったのだ。

 

そしてニンジャとニンジャアニマルは会話が可能である。ニンジャアニマルはある種のジツのようなもので鳴き声に自分の意志を乗せる。それをニンジャは理解でき、またニンジャアニマルも人の言葉をその高い知性で理解することが可能なのである。だがニンジャに聞こえるマタタビの言葉は魔法少女であるスノーホワイトには翻訳することができなかった。

 

「ところで何でニンジャである僕を殺そうとしたの?」ドラゴンナイトはマタタビに尋ねる。マタタビは考え込むように沈黙し、暫くして口を開き今までの経緯を語った。

 

 

◆マタタビ

 

 マタタビはニンジャとなる前はタマと呼ばれていた。

 

 シロとしての生涯は今思い起こせば自分は恵まれていた。カチグミの飼い猫として生活し、一時は捨てられ野良猫としてネオサイタマを彷徨、またカチグミに拾われ飼い猫として生活することになった。

 本来なら野垂れ死んでいた運命を変えてくれた飼い主のカツタロウとその両親たちにはいくら返しきれない恩をもらった。

 この恩は生涯を通しても返しきれないができる限り返していこう。そのことをクロと名づけられた弟と話していた。だがその恩は何十倍の仇として返してしまうことになる。

 

「ニャババババー!」

 

 食事をしていると突如体中に痙攣が襲う。一緒に食事をしていたクロも同じように痙攣していた。カツタロウとその父親が心配そうに見つめていた。突如の痙攣に戸惑っているとニューロンに直接語りかけるに声が聞こえてきた。

 

(((殺せ、そこにいる人間を皆殺しにしろ!)))

 

 何を言っている。そんなことをするわけないだろう。それがニューロンへの呼びかけへの答えだった。だが肉体の答えは違っていた。

 その声をきっかけに体に異変が起こった。体の思い通りに動かせない。足先から徐々にニューロンからの命令信号が遮断されたように動かなかった。それどころか体は別の目的を実行しようと動き始める。

 自分の体が何をしようとしているのはすぐにわかった。ニューロンは必死に命令を送るがまるで意に返さず着々と別の実行を移そうとしている。タマは助けを請うようにクロを見た。だがクロの姿を見た瞬間自分と同じような状態になっていることを理解した。

 

「「ニャーッ!」」

 

 タマとクロは目にも止まらぬ速さで父親の目を爪で抉り、天井に足裏を着地する。感じたのは激痛だった。ジャンプして天井に足裏を着地させるなど自分の運動能力では不可能である。

 だが身体を壊さないよう制限をかけていたリミッターは解除され、運動能力と引き換えに筋肉繊維がいくつも断裂し激痛がおそった。

 激痛に意を介することなく肉体は次の行動に移る。ニューロンは必死に命令を送った。

 

――――やめろ!やめてくれ!

 

 だが一向にとまる気配はない。別の意思による命令は無慈悲に実行された。タマとクロは天井裏を蹴って父親に降下しその首元を爪で切り裂く。断末魔の叫び、肉を切り裂いた感触、振りそそぐ鮮血の温かさ。そのすべてがニューロンに強烈な衝撃を与える。

 

 カツタロウの父親をこの手で殺した。

 悲しみ、恐怖、驚愕、様々な感情がタマをかき乱す。だが別の意思はタマに心の整理をつけさせることもなく次なる命令を送る。今度は母親に飛び掛りそして首を切り裂き殺した。

 

―――――頼むからやめてくれ!

 

 タマのニューロンは何十回何百回止めるように命令を送った。だが身体は壊れた機械のように止まらない。身体は動かせないのに感触や視覚映像を見せられる今のこの状況はまさに地獄だった。

 次なる命令を実行する為に身体が動く。タマの視界には怯えきったカツタロウの姿が映った。声が出るなら喉が枯れるまで叫んだだろう。身体が動くなら自分の手足を切断してでも止めただろう。だがその願いをあざ笑うように身体は動いた。

 

 愛する飼い主たちを切り裂いたその身体は真っ赤に染まっていた。クロも同じようにその身体を血で染めている。

 謎の意思の命令をタマとクロは実行した。これでこの支配からこの地獄から開放される。

 

(((次はその猫を殺せ)))

 

 無情にも次の命令が下る。タマのニューロンは絶望に染まった。タマは何の反抗もせずにクロを殺す為に身体動く。数々の絶望の体験が命令を拒絶する意志を根こそぎ奪っていた。

 クロも同じようにタマを殺す為に身体を動かす。タマはクロの瞳を見てすべてを理解する。絶望に染まったその目は自分と同じように抗い、そして打ち砕かれた目だ。

 タマとクロはお互いの身体に爪を立てた。

 

 タマの激しい痛みは感じなくなり次第に意識が薄れていく、もうすぐ死ぬのか。

 死期を悟ったタマのニューロンはソーマトーリコールを呼び起こした。クロ、最初の飼い主家族、そしてカツタロウ一家。幸せだった日々が思い浮かぶ。タマの意識は途絶えた。

 

「ニャー…」

 

 鈍化した意識が徐々に覚醒し視界も明瞭になっていく。何故生きている?クロの攻撃で致命傷を負ったはず。しかし疑問の答えは即座に導き出された。ニンジャになった、だから生きているのだ。

 タマは死ぬ間際に突如ニンジャソウルが憑依していた。その結果こうして生きているのだ。ニンジャになったことを認識し、次に浮かび上がったのは憎悪だった。

 カツタロウとその父親と母親とそしてクロを殺させたのはあの謎の声の主。あれはニンジャだ!タマはニンジャについては全く無知である。だが自分を操り殺させたのはニンジャであることを感じ取っていた。タマの瞳に憎悪の炎が燃え上がる。

 

「マタタビ」

 

 無力で家族を殺してしまった弱い猫は死んだ。そして今からあのニンジャを殺すニンジャ。ニンジャアニマルのマタタビだ!

 マタタビは自らの誓いを明確にするように自ら新しい名前を呟く、そして弟と飼い主家族を一瞥し黙祷し、家を飛び出した。

 それから自分を操ったニンジャを探すべく当ても無くネオサイタマを探し回った。そしてマタタビの感知能力がニンジャの存在、ドラゴンナイトを感じ取った。ついに見つけた。あのニンジャを殺す!マタタビは一目散に向かっていく。ドラゴンナイトを敵のニンジャと勘違いしたままで。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ということがあったみたい……」ドラゴンナイトはマタタビの話をスノーホワイトに伝え、二人は険しい表情を浮かべていた。マタタビに起こったことはあまりに壮絶な出来事だった。自分の意志に反し弟と飼い主一家を殺してしまった。その悲しみと絶望は計り知れない。

 

『ドラゴンナイト=サンを敵のニンジャと思い込み襲ってしまった。この非礼は改めて謝罪させてもらう。申し訳ない』マタタビは人間めいた動きで奥ゆかしく深々と頭を下げた。「いや、そんなことが有ったなら仕方が無いよ。あと気にしてないし」ドラゴンナイトは怒ることなく頭を上げるように促した。

 

「マタタビ=サンちょっと待ってもらっていい?スノーホワイト=サンちょっと…」ドラゴンナイトはスノーホワイトの元に近づき小声で話しかけた。「僕はマタタビ=サンの仇討ちを協力したいんだけど、スノーホワイト=サンも手伝ってくれない?」

 

ドラゴンナイトはマタタビに話を聞き憤っていた。マタタビを操り大切な人を殺させたニンジャの所業はまさに悪そのものである。ドラゴンナイトの正義感はそのニンジャの存在を許せなかった。「いいよ、私も協力する」スノーホワイトも二つ返事で了承する。

 

スノーホワイトもマタタビの話を聞き憤っていた。特別な力を使い人々を傷つけ悲しませる。そんなことをしている魔法少女がいれば真っ先に捕まえる、それがニンジャであろうと変わりない。自身が持つ正しい魔法少女の理想像はそのニンジャの存在を許せなかった。

 

「マタタビ=サン。僕たちもそのニンジャを探すのを手伝うよ」『本当か!?』「僕もスノーホワイト=サンもあんな酷いことをするニンジャを許せない。だから手伝うよ」『ありがとう』襲い掛かられた相手を助けてくれるのか。マタタビはドラゴンナイトの度量の大きさに深く感謝した。

 

 

「それでどんなニンジャなの?」『……それがまるで分からない』「どういうこと?」『操ったのがニンジャであるということが分かるだけで、外見どころか性別すらわからない……』マタタビは申し訳なさそうに頭を下げた。二人の表情は険しくなる。ニンジャという情報だけでこの広いネオサイタマのなか見つけるのは相当厳しい。

 

『ドラゴンナイト=サンはこのジツを使うニンジャに心当たりは無いか』「僕もニュービーで知っているニンジャはスノーホワイト=サンしかいない。スノーホワイト=サンは心当たりある?」「ごめんなさい、私も心当たりが無い」『そうか』マタタビは手がかりを得られず一瞬気落ちするがすぐに顔を上げた。

 

『私はこれからもネオサイタマを探し回ってみる。もし見つけるようなことがあれば知らせてくれ』「わかった。でも当てはあるの?」『ない。だが見つけ出す。何ヶ月、何年、何十年かかっても』マタタビの言葉には絶対に見つけるという決断的な意志が篭っていた、その迫力にドラゴンナイトは僅かに気圧された。

 

『ドラゴンナイト=サン達は毎日この時間にここにいるのか?』「大体は」『では一週間を目処にここに足を運ぶのでその時に情報があれば教えてくれ』「分かった」マタタビは約束を交わし工場が出ようとする。だがその足はスノーホワイトの言葉で止まった。「待ってくださいマタタビさん。一つ聞きたいことがあります」

 

マタタビはスノーホワイトの方へ振り向き瞳をみて話すように促した。それを理解したスノーホワイトは質問を投げかけた。「私がドラゴンナイトさんを庇った時、マタタビさんはどうして腕を切りつけなかったのですか?そもそもどうして私を襲わなかったのですか?」スノーホワイトはマタタビの話を聞きある懸念を抱いていた。

 

『君がニンジャじゃないからだ。ニンジャじゃないものを襲うほど理性は失ってはいない』マタタビのソウル感知力は並のニンジャより鋭くスノーホワイトがニンジャではないことを見破っていた。その言葉を聴きドラゴンナイトは驚きの表情を作り、スノーホワイトに伝える。

 

やはりそうか。もし自分をニンジャと断定していたらドラゴンナイトをかばう為に腕を出したときに容赦なく斬りつけられただろう。そして『無関係なものを傷つけたら困る』という声。あれはニンジャではない無関係なものという意味であることを話を聞いて理解した。

 

「スノーホワイト=サンがニンジャじゃないって?ジョークが過ぎるよマタタビ=サン」『ニンジャ感覚でドラゴンナイト=サンのソウルは感じられたが、スノーホワイト=サンのソウルはまるで感じなかった』「じゃあ僕をベイビーサブミッションしているスノーホワイト=サンはニンジャじゃなければ何だって言うのさ!?カラテ星のカラテ星人なの!?」

 

ドラゴンナイトは無意識にまくし立てるように大声で喋っていた。『……すまない。私の勘違だったみたいだ。今はスノーホワイト=サンのソウルを感じられる……』突然態度が変化する。ここで本当のことを言って協力者の機嫌を損なうのは良くない。マタタビはスノーホワイトからニンジャソウルを感じることはできなかったが、嘘をついた。

 

『ではこれから探しにいく、よろしく頼む』「分かった。気をつけて」これ以上居るとアトモスフィアを悪くさせてしまう、マタタビはエントリーする際に破った窓から工場から出てネオサイタマの闇に溶け込んでいく。

 

「スノーホワイト=サンがニンジャじゃないって、ニンジャアニマルも冗談を言うんだね」ドラゴンナイトは明るい口調で話しかける。もしスノーホワイトがニンジャなければそれにベイビーサブミッションされている自分は何なのだ?マタタビの言葉を聞き自分のニンジャであるというプライドを守るために無意識に声を荒げていた。

 

だが声を荒げたのはプライドの為だけではない。スノーホワイトがニンジャでないことを恐れていたからである。自分とスノーホワイトを繋げている要素はニンジャであるということだ。いずれは一緒に行動をともにすることで価値観や嗜好などが一致することで繋がれるかもしれない。

 

だが今はニンジャであるということのみで繋がっている。もしニンジャでなければ出会うことも無かっただろう。そしてニンジャになったことで、ニンジャとそれ以外との違いをより理解した。ニンジャの気持ちを真に理解できるのはニンジャだけである。無論ニンジャとモータルでも友情や恋愛関係を形成することができる。

 

だが今のドラゴンナイトはそうとは思えなかった。スノーホワイトがニンジャでなければ一緒にいることができない、心を通わせることができない。その気持ちをごまかすように笑うドラゴンナイトをスノーホワイトもまた複雑な表情で見つめていた。

 

『スノーホワイト=サンがニンジャでなければ困る』ドラゴンナイトの声が聞こえてくるとともに嘘をついている後ろめたさが心を苛む。そしてニンジャじゃないとバレたらはドラゴンナイトが離れてしまうかもしれないということを恐れていた。いずれは元の世界に帰るので別れることになる。

 

そのことは分かっている。だが奇跡とも言える確率でそうちゃんの生まれ変わりといえるようなドラゴンナイトに出会えた。元の世界に返りたいけど少しでも長くドラゴンナイトと一緒に居たい。スノーホワイトは矛盾した思いを抱いていた。

 



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第五話キャット・リペイズ・ヒズ・カインドネス♯4

ドラゴンナイトが拠点としている廃ビルの一室にスノーホワイト、ドラゴンナイト、マタタビは集まっていた。三者は三角形を作るように座りその中央にはネオサイタマの全域が書かれている大きな地図が置いてあった。「マタタビ=サンはどうだった?」「残念ながら敵のニンジャはおろかニンジャとすら出会えなかった」

 

「どこらへんを探したの?」「ここからあちらの川のほうに移動しその周辺を捜索した」「というとこの辺りか」ドラゴンナイトはマタタビが指し示したほうを確認し、現在地から南にある川の周辺を赤ペンで書き込んだ。「僕とスノーホワイト=サンはここらへんを探したけど同じくダメだった」

 

ドラゴンナイトは現在地から東側の一帯を赤ペンで書き込んだ。「でも見つからなかったけど気になることはあった。これを見てくれる」ドラゴンナイトは持っていた新聞記事のコピーをスノーホワイトとマタタビに渡した。するとマタタビは首をかしげながら眉間にしわを寄せる。「すまない、書かれていることを読んでくれないか」

 

「文字読めないの?こんなに流暢に喋れるのに?」「人の言葉は分かるのだが文字は完全には読めない。もう少し学べば多少は読めるとは思うが」「分かった。じゃあ読むね『怪奇、相次ぐ猫による傷害事件!ミナト・ストリートに住む住人が飼い猫に重症を負わされている。これは政権の乱れによるせいであり、内閣は早急に総辞職すべきだ』

 

ドラゴンナイトは現在地から北側のミナト・ストリートを赤ペンで囲んだ。「ミナト・ストリートは富裕層の地域でここ最近飼い猫による飼い主への傷害事件が多数あって命に別状はないけど軽くは無い怪我みたい。今まで大人しかったのに急にやったみたい。スノーホワイト=サンはどう思う?」

 

意見を求められたスノーホワイトは数秒ほど間をおいて答える。「マタタビさんのことが無ければ奇妙な出来事で片付いたかもしれないけど、これは何か関係性があるかもしれない」スノーホワイトの意見にドラゴンナイトは無言で頷いた。

 

「僕もそう思う」「そこにあのニンジャがいるんだな」マタタビは爪を立てて床を引っかく。床は引っかきによって抉られている。マタタビから発せられるキリングオーラにスノーホワイトとドラゴンナイトは思わず目を向けた。オーラに気圧されたドラゴンナイトは無意識につばを飲み言葉が詰まり、ゆっくりと間を空けてから答えた。

 

「絶対とは言えないけど可能性はあると思う」「情報感謝する」そう言うとマタタビは即座に飛び出していく。「フゥー」ドラゴンナイトは深く息を吐いた。「マタタビ=サンのキリングオーラは凄い、というより怖いよ」スノーホワイトも内心で同意した。

 

今までの魔法少女の活動の中で人を傷つけることに躊躇が無く自分に殺気を向けるものもいた。だがマタタビが発する殺気は純度の高さのようなものを感じた。邪魔だから殺すとかではなく絶対に殺すという決断的な意志、それが純度の高さかもしれない。そしてその純度の高さは愛する者を殺されたことから発生したものだろう。

 

「そういえば、マタタビ=サン飼い主一家のことは書かれてなかったな、日刊コレワだったらこんな衝撃的な事件書かないわけないのに」ドラゴンナイトは疑問を口にする。「たぶん強盗殺人か何かと判別されたのだと思う。それにネコがやったという証拠があっても結論は出せないんじゃないかな」スノーホワイトの答えに合点がいったという納得の表情を見せる。

 

「そうだね。そんな結論を出せば発狂マニアック扱いでムラハチされて自我科送りされるに決まっている」確かにそうだ。自分たちはマタタビから話を聞いているからこの結論にたどりついているが、普通ならたどり着けない。万が一観察力と想像力豊かな人間がたどり着けたとしても常識がその結論を否定する。

 

「しかし犯人の狙いは何なんだろう?仮に猫による傷害事件がニンジャのジツによるものだったら、マタタビ=サンの飼い主家族は殺させてミナト・ストリートの一件は怪我だけで済ましているし」ドラゴンナイトは腕を組み考え込む。スノーホワイトもまた同じ疑問を抱いていた。

 

殺した理由と殺さない理由の違いは何か?怨恨の度合いによる差か?それとも全員殺そうとしたが何かしらの理由でマタタビの飼い主家族は殺すことに成功し、それ以外は失敗したのか?スノーホワイトはいくつかの推論をたてる。「まあ、考えてもしょうがないか、それより今日からは西地区のほうにパトロールと情報収集しようと思うけどそれでいい?」

 

「それでいいよ」スノーホワイトはドラゴンナイトの提案により思考を中断した。現時点では情報が少なすぎて推論は妄想の域を出ない。確かにあれこれ考えても意味が無いかもしれない。「じゃあ行こうか」二人は窓から出発した。

 

 

「今日はダメだったね」「そうだね」スノーホワイトとドラゴンナイトは『緩い審査』『フワフワローン』と表示されるネオン看板の上に立ちネオサイタマの夜の街並みを見下ろしていた。パトロールという意味では普段どおりの活動ができたが、マタタビを操ったニンジャの情報収集という意味では空振りに終わった。

 

「マタタビ=サンはどうしているのかな、実際犯人を見つけていたりして」「かもしれない。マタタビさんのニンジャ感知能力は私たちより敏感みたいだから」マタタビのニンジャ感知力は多少離れた場所にいるニンジャの存在を感じ取ることができるようで。その力はドラゴンナイトより遥かに優れていた。

 

ギャバーン!突如ストリートの大型液晶モニターから効果音が鳴り行きかう人は視線を向ける。『ネコを救え!ある男の活動の記録!』モニターには力強いフォントで表示されると色黒でスーツを着た司会者らしき男が現われた。「これ、『知りすぎた猫はヤバイけどそれでも知りたいだ』なんで流れるんだ?」ドラゴンナイトは不思議そうに呟く。

 

人気タレントのミノモシ・モンタロウが今話題のニュースを紹介するバライティ―番組でそれなりに人気がある。だがこのような番組は街頭のモニターで放送されることはない。「最近ネコが飼い主を傷つける事件が起こっているのを知っていますか?」司会者の言葉を聞き二人は耳を傾ける。

 

「ここ数日で立て続けに起こっていますが飼い主を傷つけた猫はどうなるでしょうか?恐らく殺処分でしょう。ですがそれに反発し猫を救う為に立ち上がった人物の行動を紹介したいと思います」すると壮大なBGMとともにドキュメンタリー風のVTRが流れ始めた。

 

内容としてはペットの生産、ペットフードやペット用品などの事業を一手に請け負っているマルノミ社CEOカキフラヤ・ジンスケがミナト・ストリートの飼い主を傷つけた猫を引き取り育てていく様子を記録したものだった。

 

引き取られた猫は凶暴でジンスケを傷つけるが根気よく世話をして猫たちが次第に懐いていく様子は演出も相まって感動的になっており、涙を流す共演者たちの姿を映したワイプ映像が過剰なまでに映し出されていた。

 

「人間の愛情は動物に伝わるのですね……」モンタロウはハンカチを取り出し涙を拭いた。「ネコと仲良くなれて良かったです」共演者の人気若手女優も涙声で同意した。「そして、今日は本人にお越しいただいています。どうぞ」モンタロウの呼びかけとともにスタジオにマルノミ社CEOカキフラヤ・ジンスケが登場した。

 

40代後半で小豆色のブランドスーツを身にまとい、スーツ越しでもわかる鍛えられた肉体と爽やかな笑顔が印象的だ。そして目元から頬まで伸びる三本線の傷が目を引かせる。「ドーモ、カキフラヤ・ジンスケです」「ドーモ、ミノモシ・モンタロウです。その傷はVTRでもあった」モンタロウは痛々しそうに自分の頬に指をさす。

 

「ハイ、引っかき傷です。他にも色々ありますよ」ジンスケが腕をまくると夥しいほどの傷が露になり共演者たちが思わず声を上げた。「痛そうですね。何でこんな思いをしてまで猫を引き取ったのですか?」モンタロウの質問にジンスケは即座に答えた。

 

「人は罪を犯しても刑務所に入ってもやり直せます。ですがネコは更生する機会もなくすぐに殺処分です。それではあまりにもカイワイソウすぎる。だから引き取りました」「ヤサシミ!」「ブッタのようだ!」スタジオの観覧者からアイノテ・コールが挟まると手を上げ笑顔で応えた。

 

「スミマセン、この場を借りて伝えたいことがあるのですがいいですか」モンタロウが了承するとジンスケは語り始める。「最近はこのペットによる傷害案件のせいかペットを捨てる。保健所に連絡して殺処分を依頼する方がいます。軽い怪我ですんだが今度は重度の怪我を負ってしまうかもしれない。処分しようとする気持ちはわかります」

 

「ですが待って下さい。その前に私たち、マルノミ社に連絡して下さい!連絡していただければ無償、いや有料でペットを引き取らせて頂きます!そしてご希望があれば人を傷つけないように再教育し、再び飼い主様に引き渡したいと思います!」

 

ジンスケの言葉にスタジオがどよめく。「いいんですか!?それじゃジンスケ=サン、いやマルノミ社は全く得していないですよ!」「それでかまいません。利益よりペット達、弱きものを守るのが高額収入者の使命、ノブレスオブリージュです!」

 

「本当かな?」ドラゴンナイトは番組を視聴しながら思わず呟いた。カチグミというのは利益第一主義で他のことを犠牲にしている。環境、低所得層、労働者。それはカワベ建設、カチグミである親もそうだった。どうせジンスケもパフォーマンスで言っているのだろう。だが本当にそう思っていて欲しいという気持ちも有った。

 

「スノーホワイト=サンはどう思う?」「何ともいえないかな。でもこの人の話が本当ならミナト・ストリートの件とマタタビさんが操られた件は関係ないかもしれない」「どういうこと?」ドラゴンナイトはスノーホワイトの言葉の意味を理解できず首をかしげた。

 

「マタタビさんは操られた後に暫くして正気を取り戻した。でもVTRの猫はある程度長い期間凶暴で人を傷つけていた。もしミナト・ストリートの猫が操られて傷つけていたら暫くしたら正気に戻ると思う」「なるほど」「ただ単純に慣れない環境でネコが怖がってあのCEOに攻撃的になっていただけかもしれない」

 

今まではミナト・ストリートの事件とマタタビの事件を関連付けていたがそうではない可能性も出来てきた。スノーホワイトは犯人のニンジャ探しが困難になったのを感じた。「では今日はここまでです。ではグッデイ、グッバイ」司会のモンタロウの恒例のアイサツで番組は終了し、街頭モニターはメガコーポの宣伝に切り替わった。

 

「あっ、もうこんな時間だ」ドラゴンナイトは時計を見る、時刻は22時30分を回っていた。いつもは廃工場での組み手は23時に終わる予定になっている。ここから廃工場に行って組み手をするとなると時間はほぼない。「スノーホワイト=サン、今日組み手やってもいい?もし時間がダメならいいけど」

 

ドラゴンナイトとしては組み手で試したいこともあり、なにより一度組み手をやらないと堕落してカラテが鈍るという気持ちがあったのでやっておきたかった。だがスノーホワイトの事情を無視するわけにはいかない。「私は大丈夫だよ。でもドラゴンナイトさんは大丈夫?遅くなると親が心配するんじゃ」「別に親は僕のことなんて心配してないよ」

 

ドラゴンナイトの表情に一瞬影が差す。だがすぐさま普段の表情に戻った。「じゃあ行こうか」ドラゴンナイトはパルクール移動を開始し、スノーホワイトは声をかけず黙って後ろをついていく

 

――――――――――――――――――――――

「またしてもミナト・ストリートで飼い猫による傷害事件発生!内閣は総辞職すべきである」「タダオ僧侶、マルノミ社CEOカキフラヤ・ジンスケ=サンを第三級聖人認定」「シシマイ社のバイオ猫に遺伝子欠陥!?」部屋の壁には新聞や雑誌などの記事を切り抜いたものが張られていた。他には不如帰のショドーにUNIXが置かれているデスクがある

 

男性はデスクに座りUNIXの電源ボタンを押しIRCクライアントを立ち上げた

 

#ns gokuhi :njslyr:ドーモ、調べてもらいたいことがある。ミナト・ストリートの事件、マルノミ社、ニンジャ案件の可能性あり

#ns gokuhi:ycnan: 奇遇ね。私もマルノミ社について調べていたの、少し手伝ってもらえる?

#ns gokuhi :njslyr:ヨロコンデー

 

 



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第五話キャット・リペイズ・ヒズ・カインドネス♯5

「生後半年経つとこのスペースで飼育されます」強化アクリル板によって囲われたスペースに多くのネコが走り回り遊具を使って遊んでいる。品種も様々で最近の流行のネコもいれば絶滅危惧種のような珍しい品種もいた。「そして照明により太陽と浴びるのと同じ効果を得られます。さらに太陽による有害な成分は含まれていません」「なるほど」

 

スーツを着た広報担当社員が饒舌に喋り、コーカソイドのレポーターが興味深そうに頷く。その胸は豊満だった。「そして我が社のブリーダーによって調教されます。どんな気性が荒いネコ、シシマイ社の遺伝子欠陥ネコでも従順に調教できますよ!と言っても我が社のネコに遺伝子欠陥はありませんがね」広報担当は高笑いし、レポーターもつられるように笑う。

 

その様子をハンチング帽を被ったカメラマンがベテランの職人めいた厳しい表情で撮影していた。「マルノミ社の業績向上の要因はCEOのジンスケ=サンの活動、それにこの育成環境の質の高さなのですね」「はい、そうです」レポーターは満面の笑みをカメラマンに向ける。数秒後カメラマンが合図を送るとレポーターは笑みを解いた。

 

「これで撮影は終了です。ありがとうございました」「すばらしい特集になっていることを期待しています」広報担当社員はレポーターのお辞儀に尊大な態度で応じる。「では私たちはもう少し取材させていただきます」「わかりました。こちらを出る際には映像データは確認させてもらいますよ」「もちろんです」

 

広報担当社員はIRC通信機で忙しそうに指示を送りながらレポーターとカメラマンの元から去っていく。「さて本当の仕事に取り掛かろうかしら。ニンジャスレイヤー=サン」視界から消えるのを確認するとレポーター、ナンシー・リーはカメラマンに向かって喋りかけた。カメラマン改めニンジャスレイヤーは無言で頷いた。

 

ニンジャスレイヤーは何気なく読んだ日刊コレワの記事の一つに目が留まった。飼い猫による連続傷害事件、普通の者が読めば日刊コレワの陰謀論めいた低俗な記事だと思うだろう。だがニンジャスレイヤーは違っていた。荒唐無稽な話にニンジャ案件は潜んでいる。それが今までの体験で得た教訓だった。

 

それから現地に赴くなどして独自に調査を行っていくうちに事は思わぬ方向に進んでいく。マルノミ社CEOカキフラヤ・ジンスケがTV出演し、ドキュメンタリー映像とネコを救う為に利益を度外視した博愛精神が話題を呼び、各業界の著名人がこぞって彼を賞賛し一躍時の人となった。

 

その直後にネオサイタマブッディスト界に多大な影響があるタダオ僧侶がジンスケの博愛精神に感銘を受け、彼を第三級聖人の称号を与える。ネコは高貴な生物であり保護し庇護することで現世のカルマが浄化されニルヴァーナに行く為の徳が高まる、逆にネコを飼わないものはカルマが高まると説法を説いた。

 

カチグミのペット購入が増えて売上が上がり、ペットによる傷害事件の影響で落ち込んだ株価は上昇した。さらに著名な脳科学者がペットを育てることによるヒーリング効果とメンタルヘルスの向上という論文を発表し、ネオサイタマ政府は国民の健康のためにとペットを買い育てる為の助成金を与えた。

 

一方同業種でマルノミ社に次ぐ売上を誇るシシマイ社であるが、その生産するバイオペットに重大な遺伝子的欠陥があることが判明し、一連の傷害事件はすべてシシマイ社が生産したペットによるものと分かり、シシマイ社の株価は暴落した。結果業界のシェアはマルノミ社が独占し、株価は一連の事件が起こる前の数十倍に跳ね上がっていた。

 

あまりにも出来すぎている。それがニンジャスレイヤーの抱いた印象だった。この一連の出来事には必ず裏がある、ニンジャスレイヤーは情報収集に長け相棒的な存在であるナンシー・リーに調査依頼を頼もうとするが、偶然にもナンシーも一連の事件を調べていた。ナンシーも作為の臭いを感じていたのだ。

 

ナンシーはハッキングにより脳科学者の論文は何の根拠も無く、シシマイ社のペットの遺伝子的欠陥は捏造であることを知る。ニンジャスレイヤーは聞き込みによりペットによる傷害事件はニンジャのジツによる仕業であることを調べ上げ、情報を交換した。

 

ナンシーはマルノミ社が詳細は分からないが何か怪しいプロジェクトを進めていることを知る。詳細な情報を知る為には遠隔ハッキングではなく、本社の物理サーバー室に乗り込み直接ハッキングしなければならない。だが守りが強固でニンジャの力が必要だった。そこでニンジャスレイヤーに協力を依頼した。

 

ニンジャスレイヤーはそれに応じ二人はTV取材班として身分を偽りマルノミ社に乗り込んだのだった。「この後は?」「サーバー室に乗り込むわ。ただ調べたところサーバー室は妙に広くそこには恐らく武装したクローンヤクザやモーターヤブが警備に当たっている。その時はよろしくお願いね」「了解した」

 

「ドーモ、ジャーナリストの方ですか」二人は振り向くとそこには白衣を身に着けた痩せこけた男性が立っていた。「私はカスミ・シンゾウと申します」「ドーモ、ヒガノボル社報道部カメラマン、モリタ・イチローです」ニンジャスレイヤーはカスミの前に立ち片手で名刺を受け取り、もう片方の手で自分の名刺を渡した。

 

ナンシーもニンジャスレイヤーに倣い名刺交換を行う。「あなた方に我が社の重大な秘密をお伝えしたいのです」カスミの放った言葉とその緊迫したアトモスフィアに二人の緊張感が増す。「重大な秘密とは?」ナンシーの言葉にカスミは静かに首を振った。「ここでは言えません。敷地内は誰に監視されているか分からない」

 

するとカスミは握手するようにナンシーの手をとりメモ紙のようなものを握らせる。「今夜そこで待っています」メモ紙を渡すと足早に去っていった。「何を渡された?」「メモ紙で住所が書かれている。場所はオオアライ・ベイエリア。結構遠いわね」オオアライ・ベイエリアはネオサイタマ北部の中国地方にある漁港都市だ。

 

「こんな僻地に呼び出すなんてIRC監視を恐れているのか、それとも囲んで棒で叩いた後の処分がやりやすいからか、どう思うニンジャスレイヤー=サン?」「そこに行ってみるべきだ」ニンジャスレイヤーはニンジャ観察力でカスミにこちらを騙す意図はないと判断した。

 

「そうね。襲われたとしてもそれが知られてはならない秘密があるという確固たる証拠になるわね。それに頼れるパートナーがいるから襲われても安心」「善処しよう」ナンシーはおどけた口調で言うがニンジャスレイヤーはそっけなく答える。「これからどうするのだナンシー=サン?調査は中止か」

 

「一旦中止でカスミ=サンの話を聞いてから再アタック。でも次のために色々と細工させてもらうけど」ナンシーはハッキングの準備を開始した。

 

 

ーーーー

アスファルトは長年雨風に晒され、長年補修されておらずひび割れが多数生じていた。そのせいでバイクは常に揺れ操縦者に不快な感覚をもたらす。ネオサイタマの公道ならばメガコーポを潤す為の不必要なまでの公共事業工事で快適な運転になるが、ネオサイタマから離れたこの道ではその恩恵に預かることはない。

 

「この先、オオアライ・ベイエリア」「行けばタノシイ」看板標識の文字は滲み掠れ、辛うじて読める程度だ。オオアライ・ベイエリアは中国地方の付近にある小さな街で、海で取れるバイオアンコウが主な産業であり、珍味としてカチグミに需要が有る。だがマグロと同程度の獰猛さでそのチョウチンで火炙りめいて漁師を殺害する危険な生物だ

 

 

空を見上げると重金属成分を含んだ雲が月を覆い隠し、唯でさえ薄暗い道をさらに暗くする。その大きな雲はネオサイタマの都市部でバベルの塔めいて建つ高層ビルがないせいでよく見えた。

 

「住所からしてここのようだけど」ナンシーとニンジャスレイヤーは目の前の住居を見つめる。木造建築の一軒家でカチグミの別荘めいており、道中で見た地域の寂れ具合からして異質だった。「別宅にしてはアクセスが悪いし、調べたパーソナリティからして個人的な研究所かもしれない」

 

ナンシーの言葉にニンジャスレイヤーも同意する。カスミ・シンゾウ。マルノミ社バイオペット研究科チーフ、素行など不振な点は無し。カスミはサブチーフだったが、チーフが死亡したことでチーフに昇格。チーフはツタヤ・カツベイ。ハックアンドスラッシュにあいカツベイと妻は死亡。一人息子は奇跡的に一命を取りとめ祖父母に引き取られた。

 

これらがナンシーの調べた情報だ。「そしてすでに来ているようだ」ニンジャスレイヤーは近くに止めてある乗用車に目を向ける。普通の乗用車だが比較的に新しく廃車ではない。こんな僻地に車があるということはカスミが来ていると判断するが妥当だろう。もしくは自分たちを始末しようとする人物か。

 

「オーガが出るか、スネークが出るか」ナンシーも緊張した面持ちで護身用ピストルを取り出しニンジャスレイヤーの後をついていく。「ドーモ、ヒガノボル社のモリタです」ニンジャスレイヤーは扉を二回ノックする。だが数十秒経っても返事は無い。そしてドアノブに回すと楽な手ごたえで回った。鍵はかかっていない。

 

ニンジャスレイヤーはニンジャ感覚を研ぎ澄まし中にエントリーする。室内は電気がついておらず暗闇に包まれていた。モータルなら中の様子を見ることは不可能だが、ニンジャ暗視力ならばある程度は見える。ニンジャスレイヤーは中に誰かが居るのを発見していた。

 

「ドーモ、ヒガノボル社のエレクトリア=サン、モリタ・イチロー=サン」声とともに室内に明かりが灯る。部屋の中心には男が立っていた。上下黒のジャージで襟を立て口元までジッパーを上げていた。「ドーモ、カスミ=サンはどちらに?」ナンシーは男が発するオーラに気圧されながらも不敵に喋る。

 

「カスミ=サン?それならここだ」男はナンシーの足元に何かを投げつける。ナムサン!これはカスミの頭部だ!ナンシーは悲鳴を出すまいと口に手を当て、ニンジャスレイヤーは目を細めた。「こいつは下らない正義感と博愛精神で我が社に不利益をもたらそうとした最低のクズだ!」

 

男はカスミの頭部に唾を吐きかけ侮蔑的に言い放つ。「お前らはカスミ=サンから何を聞いた。まあ聞いていようが聞いていまいがどのみち殺すがな」男から一気にキリングオーラが増す。そのオーラはモータルなら恐怖で失禁してしまうほどだ!だがナンシーは不敵に笑った。「それはどうかしら?」

 

「ドーモ、初めましてニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはアイサツする。トレンチコートを脱ぎ捨てると下には赤黒のシノビ装束を身にまとっていた「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。バランサーです。貴様ニンジャだったのか!?」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

バランサーのアイサツからコンマ三秒後、ニンジャスレイヤーは電撃的に間合いを詰めケリキックを放つ。それに反応できなかったバランサーはワイヤーアクションめいて後方に吹き飛び、窓ガラスを粉砕しながら野外に飛び出した。ニンジャスレイヤーはナンシーを一瞥するとバランサーを追い破壊された窓から室内から出て行く。

 

「カスミ=サンは下らない正義感で死んだか。ではオヌシは下らない愛社精神のせいで私に殺されるのだ」ニンジャスレイヤーは憤怒の意志を言葉に込めながらツカツカと間合いを詰める。「下らない愛社精神だと!?イヤーッ!」バランサーがその場で手を振り抜く。

 

シュリケン?いやそれはシュリケンとは異なる不規則な軌道を描きニンジャスレイヤーに襲いかかる!謎の攻撃に対し回避行動をとるが被弾し、太腿から何かで切り裂かれたような痛みが伝わってくる。ニンジャスレイヤーはバランサーの手元を凝視する。その右手には鞭のような物が三本ぶら下がっていた。

 

これはウルミと呼ばれる刀剣の一種であり、特殊な柔らかい鉄を用い、鞭のようにしなり剣のような刃を持つ。インドのカヤリパットカラテの使い手が使用する武器で、かつてイギリスの侵略に対しニンジャが使用するウルミで多くのイギリス兵士を惨殺し、ガンジス川を鮮血で染め上げたダークサイドヒストリーが存在する。

 

「これがカヤリパットカラテのウルミだ!長年の修練で会得したこの技を避け切れまい!イヤーッ!」バランサーの右手がしなり三本のウルミが襲いかかる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバク転回避!側転回避!次々に襲いかかるウルミに対し回避行動を強いられる。

 

ウルミの性質はかつて戦ったニーズヘグのヘビケンに似ていた。その不規則な曲線的軌道で相手を切り刻み回避は困難を極めた、そしてバランサーが使用するウルミは三本!三本になることで、指数関数的に回避の難易度が跳ね上がる!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」バランサーのウルミが縦横無尽駆け巡り、ニンジャスレイヤーの体を切りつける!ナムサン!このままカヤリパヤットカラテの絶技によりニンジャスレイヤーの体は削り取られてしまうのか!?

 

「これで死ねニンジャスレイヤー=サン!イヤーッ!」バランサーは渾身の力でウルミを振るう!刃は首元、腎臓、右足首に向かっていく!この三ヶ所同時攻撃を回避することは不可能!何たるニンジャ器用さか!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回避行動を取らずチョップを地面に振り下ろす!その振り下ろした手には三本のウルミが!「バカなーッ!」バランサーは驚愕の悲鳴をあげる。ニンジャスレイヤーは回避が困難と判断すると三本のウルミの軌道が重なる一瞬を察知し、チョップで叩き落としたのだ!ワザマエ!

 

バランサーはウルミを引き抜こうとするが、ニンジャスレイヤーの右足が踏みしめ引き抜けない!ニンジャスレイヤーは右足を離し、左足でウルミを踏みしめる。右足、左足、右足、左足、ウルミを踏みしめながら一歩ずつ確実に近づいてくる!

 

「来るな!ニンジャスエイヤー=サン!」バランサーは左手でチャカガンを引き抜き発砲!BLAM!BLAM!BLAM!ニンジャスレイヤーはスリケンで弾丸を叩き落とし、ワンインチの距離まで近づいた。

 

「モスキートを駆除するのに丁度良い玩具だったなバランサー=サン。イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのボトルネックカットチョップがバランサーの首を切断。「サヨナラ!」バランサーは爆発四散。ニンジャスレイヤーは爆発を確認するとナンシーの元へ踵を返した。

 

「こちらは片付いた」「こちらも収穫有り」別荘に戻るとナンシーはUNIXを操作していた。「UNIXは奇跡的に無事で、ロックのパスも住所が書かれていた紙に書かれていた」パスを書いていたということは、殺される事を予期していたのかもしれない。その覚悟で彼はパスワードを伝えた。ナンシーの心に義憤が宿る。

 

「ロックが解除できたわ。『ショウジに目有りカベに耳有り計画』これを伝えたかったのかしら?」画面にはミンチョウフォントで『ショウジに目有りカベに耳有り計画』というタイトルのフォルダをクリックする。そこには計画の詳細が書かれていた、

 

第一段階。ヨロシサンの協力の元に人に愛され、自制心を弱くさせるフェロモンを持てるようになる薬物を開発し、バイオネコに投与、そのネコにオナタカミが開発した特殊録画録音装置を搭載させると記されていた。「ヨロシサンにオナタカミ、アマクダリとの結びつきが強いメガコーポ。怪しいわ」ナンシーは第二段階と書かれているフォルダをクリックする

 

第二段階。アマクダリの協力の元、シシマイ社のペットをニンジャの力によって操り障害事件を発生させ、カチグミの全てが我が社の特殊バイオネコを飼うように世論操作。さらに回収したネコに薬物を投与し録画装置をつけて飼い主に返却バイオネコから送られる映像と音声でカチグミを監視し弱みを握ると書かれていた。

 

これがカベに耳有りショウジに目有り計画の全貌である。「恐ろしい計画ね」ナンシーは深く息を吐いた。「アマクダリのIRCチャット等の監視体制は強い。けどオフラインの監視体制は弱い。それをこのバイオネコで補う。そして秘密を持っている人間は常に話したい衝動かられている。そういう人間はペットのネコなら話しても大丈夫だろうと話してしまう。録音されていると知らずに」

 

「これで最近の世間の動きに納得がいく」ニンジャスレイヤーの言葉にナンシーは頷く。「アマクダリの世論操作にシシマイ社のバイオペットの遺伝子欠陥発覚。全てはこのバイオネコを飼わせる為、バイオネコを飼うように説法を説いたタダオ僧侶もアマクダリの可能性が高くなってきた」

 

そしてこの計画通りカチグミのバイオネコ所有率は高まってきている。それはアマクダリによる管理社会をさらに強固にする。「けれどメガコーポであるビッグヤード社のCEOナシタニ=サンは生粋のシシマイ社で作られたバイオネコの愛好家。ナシタニ=サンの影響は大きく親交のあるメガコーボCEOは買い替えを控えている」

 

「もしナシタニ=サンが飼うネコがニンジャのジツによって、ナシタニ=サンが重傷、もしくは死亡したら」ニンジャスレイヤーに一言でナンシーは目を見開く。そうすればナシタニはバイオネコを殺処分するだろう。そして他のCEOも世論に従いマルノミ社のバイオネコを飼い、アマクダリの計画は完成を早める。

 

「行くぞナンシー=サン。ナシタニ=サンを守り、ネコを操るジツを使うニンジャを探し出して殺す」「ええ、行きましょう」アマクダリの陰謀が発覚した、ならば防ぐのみ。ナンシーはデータのバックアップを取ろうと操作する際に残りのフォルダを見つける。それには「懺悔」と書かれていた。

 

 

この計画で多くのバイオペットが犠牲になった。私は心を痛めたが生活の為に黙っていた。だが前チーフのカツベイ=サンは上層部に非人道的行為とこの計画を糾弾した結果降級。そしてハックアンドスラッシュによって家族もろとも死んだ。だがあれはハックアンドスラッシュではなく、口封じとして殺されたはずだ。

 

恐らく計画にあったニンジャのジツで飼い猫が操られ、殺された。これを見た貴方に頼みがある。どうかこの計画の阻止とカツベイ=サンの無念を晴らしてくれ。メッセージを見たニンジャスレイヤーに憎悪の炎が宿った



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第五話キャット・リペイズ・ヒズ・カインドネス♯6

「若人よ目を覚ませ!この学校に通うことは資本主義の豚どもを肥え太らせるだけではなく、君たちを腐敗し堕落させるだけだ!今ならまだ間に合う!公立の中学校に転校すべきだ」アカツキ・ジュニアハイスクールの校門前の道路で男が拡声器を使い懸命に声を張り上げる。

 

だが防音窓ガラスで教室を閉め切り授業を受けている生徒達にその声は届くことはない。すると校門から二人の警備員がイライラした様子で出てくる「ちょっとやめないか!」「だまれ!私は前途ある若者を資本主義の魔の手から救おうとしているだけだ!」「それが営業妨害なんだよ!それに名誉棄損だ!」「黙れ!資本主義の豚に飼われた犬ども!」

 

「ウッセエゾ!」「グワーッ!」警備員が警棒で社会主義を殴打!「貴様!暴力に訴えるか!それに敷地外では警備員に何の権利もないはずだ!マッポに今の行動を通報する」「黙れ!」「グワーッ!」「今までこちらが下手に出ていれば調子に乗りやがって!」「グワーッ!」「こっちは60時間連続勤務中なんだよ!俺たちの仕事を増やすんじゃない!」「グワーッ!」

 

警備員達が男を囲んで棒が叩く!ナムサン!男の行動は学校に対する営業妨害だがここまでされる謂れは無い!警備員たちの行動は明らかに違法行為だ!だが仮に警備員達の行動を警察に訴えても警備員達は勝手に転んだだけと主張し、男の訴えは黙殺されるだろう。

 

社会主義かぶれの胡乱な男と社会的地位があるカチグミの学校の警備員。どちらの主張を信じるか、どちらに味方をすれば得であるかは明らかである。ネオサイタマの警察機構は決して弱者の味方ではないのだ!警備員達はそれを理解していた。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」社会的後ろ楯があることを理解している警備員達は暴行を止めない。男は日頃ストレスを溜めている警備員たちのガス抜きのためのサンドバックと化している!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」警備員たちが警棒を振り上げる。だがそれが振り下ろされることはなかった。

 

誰かが警棒を掴んでいる後ろから延びる手を確かめるべく振り向くとそこには少女が立っていた。「何だお前は!」警備員たちは警棒を動かそうとするが墓石めいて動かない。少女は警備員達をじっと見つめる。憐れみ、侮蔑、怒り。様々な感情が含まれている。すると少女の目線に耐えかねたのか警備員は目線を逸らす。それを見て少女は警棒から手を離した。

 

「……これぐらいで勘弁してやる。次やったらもっとヒドイことになるぞ!」警備員達はそそくさと敷地内に戻っていった。「大丈夫ですか?」少女は男のもとに座り込み声をかける。男は声を出さないが静かに頷いた。「今救急車を呼びました。あと申し訳ないですが私用があるので付き添いはできないです」「大丈夫だ。ありがとう」男は弱弱しい声で答える。

 

「すみません」少女は男に何かを耳打ちした後一礼し男のもとを離れていく。あの警備員の思ったことが正しければ男性が警察に訴えてもまともに取り扱ってくれないだろう。だが『会社に知らされたら困る』という困った声が聞こえてきた。制服に会社名が書かれており、社会主義者の男性には警備員の会社名を伝えた。

 

警察がダメでもマスコミ等に伝えればニュースとなり、あの警備員達は何かしら罰せられるだろう。しかしこの世界の警察は弱者を守ってくれないか。少女、スノーホワイトはこの世界の警察の腐敗を憂いた。

 

そしてスノーホワイトはアカツキ・ジュニアハイスクールを囲む壁際に歩きはじめ校門と真逆の壁で歩みを止めた。少女は壁に四回ほどノックする。コン、コン、コン、コン。壁の内側から同じようなノック音が聞こえてくる。すると壁の下側に一人通れそうなほどの空間ができていた。

 

少女は壁の下側を這うように移動し敷地内、アカツキ・ジュニアハイスクールに入り込む。敷地内を物陰に隠れながら進むとそこは陽の光が届かない校舎裏だった。すると一人の少年がスノーホワイトを出迎える。「ドラゴンナイト=サン。誰かに見られていない?」「ここは滅多に人が来ないし、居ないことも確認したから大丈夫」

 

「それでカキフラヤ・ジンスケさんの講演会はいつ?」「いま昼休みで休みが終わってからすぐ」

 

 

 

◆◆◆ドラゴンナイト

 

「クラスごとに一列に、左から出席番号が小さい順に並んでください」

 

 教師の一人がマイクで全生徒に呼びかける。しかし体育館には学校の生徒全員が集まり、それぞれがおもいおもいに喋っているせいか雑音が大きく教師の呼びかけはひどく聞こえづらい。

 そんな中カワベ・ソウスケ、ドラゴンナイトは先生の呼びかけとおりクラスの出席番号と同じ個所のパイプ椅子に座った。1週間前のホームルームでカイフラヤ・ジンスケはOBであり、授業の一環として講演会を行うことを発表した。

 

 胡散臭い偽善者、それがジンスケに対するドラゴンナイトが抱いた印象だった。ペットのために利益度外視で色々と活動しているようだが、どうせすぐ止めるだろうと思っていた。

 だがその活動はしばらく続き、その活動が評価されブディズム界のアークボンズであるタダオ僧侶から第三級聖人認定された。本音では利益度外視の行動は本心の善行であってほしいと思っていたが本当のようだ。そのジンスケがどのようなことを喋るのか少しばかり楽しみだ。

 そしてスノーホワイト、ジンスケが講演会をすると世間話で喋ると興味がわいたようで色々と聞いてきた。スノーホワイトも講演会を聞きに来ればよいのだが、生徒のために開催されるもので一般開放されておらず部外者は参加することはできない。ならばスノーホワイトが聞ける環境を整えればいい。

 ドラゴンナイトはそのために部外者でも学校敷地内に入れる秘密の抜け穴を見つけ、表立って参加できないが舞台裏で聞けるよう体育館準備室の施錠を解くなどして準備を進め、今スノーホワイトは舞台裏に潜み話を聞くだろう。

 

「では、これからカキフラヤ・ジンスケ=サンによる講演会が始まります。温かい拍手でお迎えください」

 

 生徒達は儀式的に拍手をおこない壇上にはジンスケが上がってきた。服装はジュニアハイスクールでの講演会という場に則してか、TVの時に着ていた派手なスーツではなく、地味なスーツを着ていた。

 

「ドーモ、マルノミ社CEOカキフラヤ・ジンスケです」

 

 ジンスケが挨拶すると生徒達は疎らな拍手を送る。それが気に入らなかったのかジンスケは挨拶を促す。

 

「挨拶が聞こえないぞ皆。それじゃノリモト校長に怒られるぞ。私がここに居た時はまだセンセイで、よくゲンコツフィストを受けたものだ。今だったらコンプライアンス違反でクビだ。おっと、これは他の人には言っちゃだめだ」

 

 ジンスケは人差し指を口に立てジェスチャーし、しまったと慌てながらノリモト校長に平謝りする。そのコミカルな様子に生徒達がクスクスと笑い声を出す。

 CEOという肩書きに相応しく厳格な人物だと思ったが、随分フランクで抜けている人だ。ドラゴンナイトが抱いていたCEO像は崩れていく。

 誠実で正義感を持っており、フランクな一面を持っている。カキフラヤ・ジンスケという人物への好感度はますます上がっていく。ジンスケが喋り始めると自然と視覚と聴覚に意識を集中させていた。

 話は生い立ちに始まり、学園でのエピソードや仕事で得た教訓など比較的に当たり障りのない話だった。だがテレビにも出演しているだけあって、トークが上手くついつい熱心に聞いてしまうものだった。

 

「では、質疑応答に入ります」

 

 話が終わると残りは質疑応答の時間になる。この時間になると大概誰も質問せず、沈黙し気まずくなる。それを防ぐために各クラスで質問内容を決め代表者が質問をする。

 内容は教師が添削したこともあり、実に当たり障りのないだった。中には予定外の質問もあり「秘書と上下関係なんですか?」と下品な質問をしてきた生徒もいた。あれは恐らく今年入学した生徒だろう、この年の男子はすぐに性的なことに結びつける

 あの質問をした生徒は学校に相応しくないと研修を受け、二度とこの手の質問をしなくなるほど別人のように性格を矯正されるだろう。研修を受けたクラスメイトを見てきたので知っている。一方その質問にもジンスケはウィットに富んだ回答で周囲を笑わせた。

 

「最後の質問になります。質問がある生徒はどうぞ」

 

 司会が促すと複数の生徒が手を挙げて、男子の生徒を指名しマイクを持って立ち上がる。席からして下級生のニュービーだろう、また変なことを言って研修されなければと憂いながら言葉を待った。

 

「ボクの家で飼っていたネコのブチはシシマイ社のペットで……マルノミ社のペット教育を受けました」

 

 ニュービーの言葉を聞き事情を察する。シシマイ社の猫の遺伝子的欠陥が発覚し、凶暴化の恐れがあるというニュースが発表され、それを知った人々が猫を捨て、それが野良猫となることが社会問題になっていた。

 その問題に対しマルノミ社は猫の保護や無償でペットを引き取り再教育して元の飼い主に返還するというサービスを行っている。遺伝子的欠陥による凶暴化はマルノミ社独自の教育により治すことができるらしく。多くの飼い主は喜びの声を上げていた。

 しかしこれは質問ではなく独白だった。教師達は質問をやめさせようとしたがジンスケが手で制し続行させる。

 

「ブチは帰ってきてから大人しくなり、両親は喜びました。でもあれはブチじゃない!ブチはやんちゃだけど、問題になるほど凶暴ではなかった。姿は一緒でも何かが違う!マルノミ社は何をした!?アンタは何をした!?戻せ!ブチを戻せ!」

 

 下級生はマイクを叩きつけると怒りの表情を浮かべながら壇上に向かって走っていく。だが下級生はジンスケの元にたどり着くことなく、ジンスケのSPのような人物に取り押さえられた。

 そこにジンスケが歩み寄り、90°に頭を下げる。この角度はネオサイタマに置いて最上級の謝罪の時に行う角度だ。

 

「シシマイ社のネコには遺伝子的欠陥による凶暴化があり、我が社の再教育で凶暴化を沈静化させることはできる。これは事実だ。だが!君のブチが再教育によってパーソナリティが変わってしまった可能性は否定できない。我が社を代表して謝罪する。そしてこのような事が起きないようにブラッシュアップし、二度とこのような事が起きないように誓おう!」

 

 ジンスケの言葉に『素晴らしい!』『心が広い!』「アタタカミ!」と周りが賞賛の声を上げ拍手を送り、ドラゴンナイトも拍手を送る。

 ニュービーの言い分はクレームのようなものだ。ネコの様子が気に入らず癇癪を起こしたのだろう、だがそのクレームに対し誠実に対応する。まさに理想のCEOだ。盛大な拍手が鳴り止まないまま、講演会は閉会していく。

 

◇スノーホワイト

 

 カキフラヤ・ジンスケは講演会が終わると校長室に向かっていく。

 部屋の中に入るのを確認し、隣にある職員用トイレに駆け込み聞き耳をたてる。

 声は聞こえるが詳細は分からない、以前所有していた透明になれる外套を持っていれば、部屋に侵入し会話を聞き取れたのに、便利なものを失ったことへの未練を抱きながら聴覚に神経を集中させる。

 

 胡散臭い。

 

 それがカキフラヤ・ジンスケに抱いた印象だった。以前ならTVで喋っていた善行を素直に信じていただろう。だが様々な体験を経て多少なり擦れてしまい、素直に信じきれなかった。そんな時にジンスケがドラゴンナイトの学校に来ることを知った。

 自分の魔法なら多くの事を知ることが出来る。それにマタタビの件とミナト・ストリートの件は関連性がないとドラゴンナイトに言ったが、やはり同時期にネコによる傷害事件が発生したことは偶然ではないと思えてきた。もしかすればネコの事なら関連会社のCEOとして情報が入っているかもしれない。

 スノーホワイトはドラゴンナイトに誘導され、舞台裏に潜み話を聞く。講演会の最中は特に有益な困った心の声は聞けずにいた、無駄足だったかと帰り支度を始めていると、ある困った心の声を聞き意識を向ける

 

(((ブチが変わってしまって困る!)))

 

 その声は今発言している男生徒からの声だろう。その真剣さと悲痛さだけでペットの変化に本当に困っている事が伝わってくる。

 するとキーンと耳障りな音が鳴ると男生徒の声が消え、生徒たちの困惑の声と先生の荒々しい声が聞こえる。そして暫くするとジンスケが喋り始めるとスノーホワイトの表情が厳しくなった。

 

(((遺伝子的欠陥による凶暴化が嘘だとバレたら困る)))

(((カベに耳有りショウジに目有り計画がバレたら困る)))

 

 ミナト・ストリートのネコ傷害事件は、ある会社で生産されたペットの欠陥により発生した事は知っている。それはデタラメだったという事か?

 それに壁に耳有り障子に目あり計画という謎の単語。どのような計画は判別できないが、明らかに怪しい。これはジンスケに尋問する必要が有る。

 スノーホワイトは講演会が終わるのを見計らって舞台裏から外に出て追跡を開始する。

 会話の中でこの後は校長室で話すことが分かり、落ち合う予定だったドラゴンナイトに校長室の場所を聞き出すと、様子を観察しようと先回りしトイレに忍び込んでいた。

 ただ其処が男性トイレだったので、僅かばかりの気恥ずかしさと罪悪感があった。

 

 30分経過するが話はまだ続いている。すると話し声が聞こえなくなり、扉が開く音が聞こえてきた。

 話が終わって学校を出るのか?スノーホワイトはトイレ出入り口から様子を見る為に個室から出ようとする。その瞬間に扉が開く音が聞こえ直様個室に戻る。

 瞬時に個室に戻ったことでトイレに入った者はスノーホワイトが居ることに気づいてはいない。安堵の息を漏らした刹那再び緊張が走る。トイレに入ってきた者はジンスケだった。

 姿は見ていないが聞こえてくる心の声は間違いない。足音からして立ち便器で用を足そうとしている。そこから瞬時にジンスケを個室に引きずり込んだ。

 

「声を出さないで」

 

 スノーホワイトは後ろからジンスケの口元を押さえ、魔法のカバンから取り出した刃物を首元に突きたてると精一杯の殺気を込める。

 すると殺気に臆したのかジンスケは力を緩める。その様子を確認するとスノーホワイトは尋問を始める。

 

「遺伝子的欠陥による凶暴化が嘘ですか?ならば何故ネコは凶暴化したのですか?」

 

 声は出さなくともジンスケは目を見開き驚愕しているのは分かる。それと同時に質問の答えも返ってくる。

 

(((嘘だとバレたら困る!ニンジャがやったとバレたら困る!)))

 

 ミナト・ストリートの事件とマタタビに起こった事は繋がる。一連の事件はニンジャの仕業だった。それを知っているということはマタタビを操ったニンジャを知っている可能性がある。直様次の質問に移る。

 

「猫を操るニンジャの所在を知っていますか?壁に耳有り障子に目有り計画とは何ですか?」

 

 ジンスケの目から血が出そうなほど目を見開く。トップシークレット中のトップシークレットを何故知っている!?スノーホワイトに抱いていた感情は驚愕から恐怖へと変わる。するとスノーホワイト数秒間沈黙した後呟く。

 

「このまま目をつぶって手を後頭部に付けて床に伏せてください。目を開けたり、体勢を崩したらどうなるか分かりますよね?」

 

 スノーホワイトの冷たい声に恐怖しながらジンスケは指示通り行動する。ジンスケが床に伏せたのを確認すると窓からトイレに脱出する。ジンスケはその事に気づかず床に伏せ続けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「それ本当?日刊コレワの記事の話じゃないよね」

「信じられないと思うけど、本当のこと」

 

 スノーホワイトの言葉を聞きドラゴンナイトとマタタビは沈黙する。アジトの中にはマグロツェッペリンの欺瞞的な電子マイコの宣伝音声が響き渡る。

 スノーホワイトは昨日の出来事とジンスケから聞いた事をすべて話した。一連の事件はニンジャの仕業ということ、ドラゴンナイトと一緒に見たTV内容はヤラセであったこと、壁に耳有り障子に目有り計画についても。

 

「ネオサイタマでそんな陰謀が計画されていたなんて……」

 

 ドラゴンナイトは「まさか…そんな……」と独り言を呟きながら手で口を覆いながら動揺していた。無理もない、自分自身もあまりの突拍子のなさに信じきれていない部分がある。それ程までにショッキングな話だ。

 一方マタタビは怒りで体を震わせている。壁に耳有り障子に目有り計画で多くの同胞が意思を捻じ曲げられ飼い主を傷つけ、再教育の名のもとに得体の知れない薬剤を投与され陰謀に加担させられている。ネコの尊厳を踏みにじるその所業に激怒していた。

 

「それで明日の夜に、ナシタニ=サンが陰謀の一環として殺されると」

「そう。ナシタニさんが殺されるとその計画がさらに進行するみたい」

 

 ドラゴンナイトの言葉にスノーホワイトは頷く。心の困った声から計画とナシタニの殺害計画を聞いていた。

 

「なら阻止しないと!でもナシタニ=サンが住んでいる地域は知っているけど、場所は分からないし……」

 

 ドラゴンナイトは思わず頭を抱える。住んでいる場所はカネモチ・ディストリクトであることは知っているが場所が分からない。

 カチグミの住居は秘匿され、調べようにもヤバイ級のハッカーならともかく、一般人程度の知識と技術しかないドラゴンナイトには調べることは不可能だ。

 

「そこはどこだドラゴンナイト=サン。私が探す」

「マタタビ=サンが?」

「この中で私が一番素早い。その地域を駆けずり回って見つけ出す。時間がない早く教えてくれ」

 

 ドラゴンナイトはマタタビのアトモスフィアに気圧されながらもカネモチ・ディストリクトの場所を教えた。

 

「では明日そこに来てくれ、見つけていたら案内する」

 

 マタタビは二人に言い残すと色つきの風めいたスピードでアジトを後にした。

 二人の間には沈黙が訪れる。ドラゴンナイトは沈黙に耐えかねたようにスリケンを生成すると的に向かって投げ込み始める。カッカッとスリケンが的に当たる音がアジトに響く。今日のスリケン投擲の威力は高いがいつもより精度は悪かった。

 

「カチグミでも良い人は居るって、結構リスペクトしていたんだけどな、やっぱりカチグミは悪い奴ばっかだ」

 

 ドラゴンナイトは独白しながらスリケンを投げ込み、スノーホワイトはその姿を黙って見つめる。ドラゴンナイトの心の声から落胆の感情が伝わってくる。

 彼はカチグミを軽蔑している。その中で尊敬できる人を見つけたが結局は悪人だった。それは裏切りであり心を深く傷つけた。

 

「僕はカチグミになっても、絶対に悪事はしない、正しいカチグミになってやる!」

 

 スリケンは的を突き抜けコンクリートにめり込んだ。ドラゴンナイトはスノーホワイトに顔を向ける。スリケン投擲で鬱憤が晴れたのかその表情はいつも通りの爽やかだった。

 

「そのために明日の計画を阻止して、ジンスケ=サンの余罪を暴いてマッポの臭い飯を食わしてやろう!スノーホワイト=サン」

「うん。そうだね」

「じゃあ明日ここで」

 

 スノーホワイトは手を振って別れの挨拶をするドラゴンナイトを見送る。

 ジンスケを逮捕する。それだけで全てが解決できるだろうか?その裏にさらに大きな力と悪意がある気がする。もしそれが見過ごせないものだったら、狩らなければならない。ラ・ピュセルが、そして自分が望む正しい魔法少女なのだから

 




イッキウチコワシ四部に出てこないかな


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第五話キャット・リペイズ・ヒズ・カインドネス♯7

ネオサイタマ有数の富裕層居住地域であるカネモチ・ディストリクト。地上百メートルの高さには広大な厚い強化樹脂製透明ルーフが築かれており、住民が重金属酸性雨に晒されることはない。スノーホワイトは興味深そうに空を見上げる。

 

自分の居た世界ではドーム球場はあるが、ここまで広範囲に雨を防ぐルーフは存在しない。もし作るならどれだけお金が必要なのだろうと、これからするのとは無関係なことを考えていた。ドラゴンナイトも同じように空を見つめる。

 

野球部に所属していた時にパーティーに呼ばれて一度だけ来たことがある。ニュービーの歓迎会という名目で行われたが、いかに自分の親がカチグミであるかを披露する場に過ぎず退屈だったのを覚えており、この場所に良い思い出がなかった。二人はディストリクトに入るとネコの鳴き声が聞こえてくる。そこには一匹の白猫が居た。

 

二人はネコの近くにしゃがみ戯れているように見せかけながら会話する。「ドーモ、ドラゴンナイト=サン、スノーホワイト=サン。ナシモト=サンの家を見つけた。案内する」「スゴイ、どうやって見つけたの?」「実際有名人で噂話などを聞いていれば、すぐに見つけられた」二人はマタタビの後を歩いていく。

 

スノーホワイト達は大通りを歩いていく。通りにはバイオ桜が植えつけられスポットライトの光が桜を照らし、幻想的なアトモスフィアを作り出す。桜は品種改良され一年中咲き、いつでもこの光景を見られる。スノーホワイトは目を向けながら歩く。

 

夜に見る桜はこんなにも綺麗なのか、花見は何度かしたことはあるが夜の時間にここまで大量の桜の花を見たことはなかった。次の春は友人を誘い夜にお花見をするのも良いのかもしれない。桜を通して遠い世界にいる友人に思いを馳せる。

 

「桜がキレイだね。スノーホワイト=サン」「うん」スノーホワイトは桜からドラゴンナイトに視線を向け相槌を打つ。その微笑みにドラゴンナイトの鼓動は激しく脈打つ。ライトアップされた夜の桜によってスノーホワイトがより魅力的に見えていた。ドラゴンナイトは心情を悟られないようにスノーホワイトから桜に目線を向ける。

 

しかし実際キレイだ。もしスノーホワイト=サンとデートするならこのストリートを歩くのも悪くはないかもしれない。ドラゴンナイトは手のひらで自分の顔を叩く。集中しろ、ここにはジンスケ=サンの陰謀を阻止するために来たのだ、浮ついた事を考えるな。ドラゴンナイトは二回三回と顔を叩き気合を入れた。

 

大通りを通り過ぎると豪邸と言えるような家が目立つようになる。不審者対策か路地はライトによってすべて照らされ、監視カメラの起動音が耳に届く。富裕層が住む家がある地域だけあって厳重である。ドラゴンナイトは左右に首を振りながら警戒心を強め歩く。

 

「ドラゴンナイトさん堂々と歩こう。警戒しながら歩いたら怪しまれる」「そうかな」ドラゴンナイトはスノーホワイトの指摘を受け、左右に首を振って周りを確認するのを止め、前方を真っ直ぐ見ながら歩く。「着いたぞ。ここはナシタニ=サンの家だ」二人は周りを見渡しある家に視線が定まる。

 

その家はネオンライトが装飾され極彩色に光り輝いていた。門から玄関に続く道にはエド・トクガワの銅像が設置され、それも蛍光塗料が塗られているのか極彩色に輝いていた。「何か奥ゆかしくないって言うか、趣味悪いな」ドラゴンナイトは思わず愚痴をこぼす。周りの家は奥ゆかしい設計なだけにナシタニの家は目立っていた。

 

「私は家に侵入しネコ達が操られた際にナシタニ=サンを守り、私を操ったニンジャが現れたら……対応する。二人はどうする?」「私達は一帯を監視しようと思う。ネコを操るニンジャは遠隔で操作するかもしれない。もし見つけたら叩く、それでいいよね?」「え…ああ、いいよ、それで」ドラゴンナイトは反射的に賛成する。

 

魔法少女の魔法はまさに何でも有りだ。理不尽と言えるような魔法を何のリスク無しに行使する者もいる。魔法とニンジャのジツが同程度と仮定すれば数十キロから操作している可能性も有る。そうなればお手上げだが長距離での遠隔操作は出来ず、この地域一帯でジツを使う可能性もある。今はその可能性に賭けるしかない。

 

「じゃあ見つけたら連絡して、見つけても一人で対応せずに私が来るのを待って」「分かった」ドラゴンナイトは出掛かった言葉を飲み込み頷く。見栄と自尊心から自分一人でやれると言おうとした。だが以前醜態を晒した自分が口を出す資格はなく、対面するニンジャはすべて格上だと思うべきであり、スノーホワイトが来るのを待ったほうが賢明だ。

 

「マタタビ=サン、スノーホワイト=サン、カラダニキヲツケテネ」ドラゴンナイトは言葉をかけ、スノーホワイトとマタタビはしめやかに頷く。マタタビはこの場に留まり、ドラゴンナイトとスノーホワイトは別々の方向に移動した。

 

 

◇マタタビ

 

 カチグミという種族の家に侵入するのは困難だそうだが、それは人間にとっての話だ。ネコならば人間では入れない小さな隙間も侵入できる。

 さらにニンジャであればニンジャ柔軟性を駆使すればより小さな隙間に入ることもできる。だがこの家ではそのような力を発揮しなくても侵入できる。

 門を一足で飛び越え素早く移動し目的の場所に向かう。ニンジャの身体能力ならば目的の場所に着くまでは一秒未満、コマ送りで映像を見ない限りマタタビの姿を捉えることはない。

 そこは一見変哲もない壁に見えるがネコ専用の出入り口になっており、壁を押せば中に入れる仕組みになっている。実際庭で遊んでいた飼い猫が使用しているのを目撃している。

 マタタビは壁を押して家に侵入すると畳の匂いが聴覚を刺激する。その部屋の床には畳が敷き詰められ、LEDライトと蛍光色に光った畳が部屋を照らしていた。

 その光に思わず目を細める。この光は目に優しくない、以前住んでいた家はボンボリが部屋を照らし奥ゆかしく温かみがある光だった。

 それに畳の匂いも気に入らない。恐らくこの畳を下から照らす装置のせいで嫌な匂いがこびり付いたのだろう。

 

 若干の嫌悪感を抱きながら辺りを見渡す。家に住む住人はいない、見つからないうちにナシタニ=サンを見つけ監視できる場所を確保する。行動を起こそうとした瞬間動きが止まる。

 光沢のある金色のネコがこちらを凝視し毛並みを逆立てている。騒がれると面倒なのでマタタビは軽く睨みつける。

 金色のネコは即座に仰向けになり自身の腹を見せる。これはネコの世界に置いて屈服の証であり、人間の世界ではドザゲに相当する屈辱的行為だ。それ程までにマタタビの圧倒的アトモスフィアに恐怖していたのだ。

 

 すると金色のネコに近づきナシタニの所在についてインタビューを試みる。するとか細い鳴き声を出しながら質問に答え、ナシタニがいる部屋に案内すると歩き始め後を付いていく。

 畳の部屋を抜けて階段を上がり部屋の前に着く、そこは家に侵入した場所と同じように扉を押せば部屋に入れる仕組みになっており、金色のネコと一緒に部屋に入った。

 

 部屋の中は大きなベッドがあり、庭にあったような銅像が着ていた鎧が三つ、何を描いているか分からない絵が十数個、床も光る畳が敷かれていた。

 ここにも光る畳があり不快感を示す、さらにこの絵はカツタロウが描いた絵に似ており、ネコの自分でも下手であることが分かった。そんな絵を飾る何て人間の嗜好はよく分からない。

 

「ん、どうしたキン?そのネコは?」

 

 部屋には4匹のネコと一人の人間がいた。禿げ上がった頭髪に肉がついた肉体、ドラゴンナイトに見せてもらったナシタニの姿と同じだ。

 ナシタニは回転椅子を回してマタタビに視線を向ける。一方ネコたちは低く唸りマタタビに警戒心と敵対心を募らせる。

 だがキンの鳴き声でネコ達の警戒態勢が解かれる。どうやらこのキンと呼ばれるネコがこのグループで最も強い個体のようだ。

 

「それは友達か?まあこれでも食べてゆっくりしていけ」

 

 ナシモトはマタタビに話しかけながら、トレーにキャットフードを入れ目の前に差し出した。マタタビは数秒ほど考え込みキャットフードを食べる。

 今は少しばかり空腹だ、エネルギーを蓄えニンジャに備えなければならない。キャットフードを食べた瞬間目を見開く。これはカツタロウの家に住んでいた時に食べた物と同じものだ。

 一口食べるごとに在りし日の思い出が蘇る。カツタロウ=サン、カツタロウのお父さん、お母さん、クロ。必ず敵を討ってやるからな。マタタビは思い出を噛み締めるようにキャットフードを夢中で食べた。

 

◇ファル

 

 廃墟と化した神社から音が漏れ出す。音楽については詳しくはないがクラブで流れるような音だった。中では何かしらのイベントが開催されているのだろう。その証拠に廃神社に相応しくない格好をした若者達が何人も鳥居を潜り入っていく。

 スノーホワイトはドラゴンナイト達と別れてから、カネモチ・ディストリクトを巡回するように歩いていた。だが夜が更けるにつれ人が減っていき、歩き回っているのが不自然になってくる。

 ファルとスノーホワイトは怪しまれるのはマズイと考え、この時間でも人がいる場所を探しここにたどり着いた。ここなら人の行きかいが多くスノーホワイト達が居ても不自然ではない、

 そして魔法を使う際に多くの人に紛れることで隠れようと考えているかもしれない。鳥居から離れた十数メートル離れたブロック塀にもたれ掛かり、誰かを待っている体を装う。

 

「これがパリピって奴かぽん?それにしては変なファッションだぽん」

「パリピなんて言葉よく知っているね」

「電子妖精だって魔法少女をサポートするために流行りの言葉や情報を入手しているぽん」

 

 人に紛れる為に神社に入ろうと考えたが鳥居の前には屈強な男性がSPのように立っており、特定の人物の侵入を拒み追い返している。条件としては服装だろう、中に入る人の服装には統一感があった。

 女性は花魁のような和服か、ゴシック調のドレスを着ている。そして特徴的なのが顔にオシロイを塗りたくり、死体のように目の周りを縁取りしている。紫や黒の口紅を塗っている。

 ファッションが全体に陰気で知っているパリピの情報とは全く違う。その陰気さから何か犯罪でも計画しているのではと思うほど不気味だった。だがスノーホワイトが特にアクションを起こしていないので特に悪事を計画している事はないだろう。

 スノーホワイトはSPの門前払いされた人への過剰な暴力を止め、暴力を受けた人の治療をしながら、時計を確認して人を待っているような演技をしながら聞こえる範囲の困った声に神経を傾けていた。

 

「それっぽい人は居たぽん?」

「今のところは居ない」

「ここは外れかもしれないぽん。別の場所を探したほうがいいかもしれないぽん」

 

 この場に来てから30分が経過するがそれらしき声は聞こえない。ここは多少怪しまれようが広範囲に捜索したほうがいいかもしれない。するとスノーホワイトの体が一瞬反応した。

 

「居た。東から500Mぐらい」

「ドラゴンナイトに連絡するぽん?」

「しない、私で対処する」

 

 スノーホワイトは寺の門に背を向け全速力で声が聞こえた地点に向かっていく。着いた先は富裕層が住むレベルでは平均的な家だった。だが明かりがついておらず人が住んでいる気配はない。

 

「相手は一人かぽん?」

「いや、三人」

「三人ならドラゴンナイトを呼んだほうがいいんじゃないかぽん」

 

 ファルは思わずスノーホワイトに進言する。魔法少女に匹敵する力を持つニンジャと三対一での戦闘、過去に複数の魔法少女と同時に戦闘する事があり、苦い記憶が蘇る。

 一人一人凡庸な戦闘力でも合わされば驚異となる。人数が増えたことで個々の実力を出しきれなくなり、一対一で戦ったほうがマシだったというケースがあるがそれは例外だ。

 合理的に考えればドラゴンナイトを呼んで数の差を埋めるべきだが、スノーホワイトは最悪の事態。三人全員がスノーホワイト達より強く殺されてしまう事態を想定している。

 それならばドラゴンナイトを遠ざけたほうがいいと考えているのだろう。先の戦いで傷だらけになった姿を見て狼狽した様子を思えば不思議ではない。

 スノーホワイトは心の声に耳を傾けながら極力気配を殺し辺りを周回する。

 ニンジャ達がいる場所の目星はついたがカーテンが閉められ、姿を目視できなかった。するとスノーホワイトは魔法の袋からルーラを取り出すと数メートル助走をとり全速力で空家に突入する。

 ガラスが割れた澄んだ音が空家に響き渡る。中は家具が一切撤去されたフローリングのリビングでその中央に赤いレインコートのようなものを着た人物、両腕に鉄の腕をつけた人物、青のストライプのスーツを着た人物が居た。 

 皆が突然の襲撃に驚愕の表情を浮かべている。スノーホワイトは直線上にいるレインコートの男に突進の勢いを乗せた石突きの一撃を繰り出す。

 

「グワーッ!」

 

 レインコートの男は血を吐きながら後方に吹き飛んでいく残りの二人はスノーホワイトの存在を確認すると向かっていく。

 

「イヤーッ!」

「イヤーッ!」

 

 鉄の腕の男が右から殴りつけ、レインコートの男から少し離れていたスーツの男が左から苦無を投げ込む。

 スノーホワイトはルーラの柄でパンチを防御、その場で踏ん張らずパンチの勢いそのままに後方に吹き飛び、その数コンマ後にスノーホワイトが居た場所に苦無が通過した。

 

「どーも、スノーホワイトです」

「ドーモ、アイアンフィストで……グワーッ!」

 

 スノーホワイトは突如お辞儀をするとアイアンフィストは返礼するようにお辞儀をする。頭を下げた瞬間に間合いを詰め斬りつけた。

 アイアンフィストの左鎖骨あたりから袈裟に切り裂かれ、致命傷では無いが軽くはないダメージを被う。スノーホワイトは返す刀で脛を切りつける。

 

「ドーモ、ストライプブルーです。何たるシツレイ!イヤーッ!」

「ドーモ、テイマーです。アイサツしろクズ!」

 

 青のスーツの男はストライプブルー、レインコートの男はテイマーと名乗りながら、お互いは苦無とピストルによる十字砲火で追撃を阻止する。

 その攻撃を予測し、脛斬りの後は追撃せずバックステップで後方に回避し、それでも防げない物はルーラによるパーリングで弾く。ルーラから火花が散り苦無と弾丸は明後日の方向に飛び天井や床に穴を開ける。

 

「テイマー=サン!ジツを使用しながらこの場から退避、ディスピアー=サンからターゲットの殺害報告を聞いた後俺たちの援護だ!」

 

 アイアンフィストは大声で指示を伝えテイマーは離脱の準備に掛かる。

 スノーホワイトはテイマーに向かって追撃を図る。恐らくあれがネコを操るニンジャだ。だがアイアンフィストが進路を塞ぎ、ストライプブルーの苦無による牽制で追撃を防がれる。

 

 逃げられたか。スノーホワイトは表情を崩さず袋から通信機を取り出しドラゴンナイトに連絡する。

 

「騒がしい廃寺から500Mぐらい離れた民家付近から赤いコートを着たニンジャが移動した。それを追って」

 

 スノーホワイトは端的に用件を伝える。本来なら自分で片付けたかったはずだ。だがドラゴンナイトに相手を追うように指示したということは十分に対応できると判断したのだろう。

 通信機を素早く袋にしまうとルーラを握り二人を見据える。一秒でも速く無力化してドラゴンナイトの元に向かう。その相手を見据える冷たい視線は魔法少女狩りと恐れられるいつものスノーホワイトだった。

 

ーーーーーー

 

「ニャバーッ!」静寂に包まれていたナシタニの部屋にネコの叫び声が響き渡る!その瞬間マタタビのニンジャアドレナリンが全開になる。この反応!あの時と同じだ!ニューロン内にあのツキジめいた光景が蘇る。「ニャーッ!」クロネコが弾丸めいた勢いでナシモトに襲いかかる!

 

「ニャーッ!」マタタビはクロネコの元に飛びつくと腹を足の裏につけ押し出すように蹴る。CLASHH!クロネコは砲弾めいた勢いで吹き飛び窓を突き破りながら庭に落ちていく。「ニャーッ!」茶色のネコがナシモトに襲いかかる!「ニャーッ!」マタタビはクロネコを蹴った勢いを利用し茶色のネコに飛びつき、腹を足の裏につけ押し出すように蹴る!

 

茶色のネコは扉に激突!「ニャーッ!」白色のネコがナシモトに襲いかかる!「ニャーッ!」マタタビは茶色のネコを蹴った勢いを利用し白色のネコに飛びつき、腹を足の裏につけ押し出すように蹴る!白ネコは外に飛び出し庭に落ちていく。

 

「ニャーッ!」キンがナシモトに襲いかかる!「ニャーッ!」マタタビは白ネコを蹴った勢いを利用しキンに飛びつき、背中を足の裏につけ押し出すように蹴る!キンは壁に激突。この一連の動きでマタタビは一回も地面に着地していない。何たる非凡なニンジャキャットによる俊敏性と身のこなしか!

 

「ニャーッ!」キンと茶色のネコは立ち上がり、白ネコと黒ネコは窓から部屋に上り唸り声を上げながらナシモトに敵意を向ける。マタタビが本気で蹴っていればネコ達の腹は蹴り破られ絶命していた。だが操られた同胞を殺すのはしのびなく手加減をしていた。だがそれでも無傷では済むことはなく、肋の一本や二本は折れている。

 

「アイエエエ!」ナシモトは飼い猫の突如の変化と凶行に腰を抜かし床に座り込む。マタタビは服の襟首を掴み部屋の隅に放り投げ防御しやすいような場所に置き、庇うように立ちふさがった。「ニャーッ!」「ニャーッ!」「アイエエエ!」四匹のネコが飼い主に猛攻を仕掛けマタタビが防御、ナシモトが悲鳴をあげる。

 

ナシモトを傷つけさせずネコ達にも可能な限りダメージを与えない。それは容易なことではなかった。マタタビは熟練のスシ職人めいた集中力で手加減しながら防御する。ネコ達の体から血が噴き出し体の筋繊維が切れる音が聞こえてくる。あのジツはモータルの全ての能力を引き出す。その先に待っているのは破滅であり、防御していてもネコ達は死亡する。

 

(((ドラゴンナイト=サン、スノーホワイト=サン、同胞を操っているニンジャを見つけてくれ)))マタタビは祈りながらナシモトを守り続ける。すると突如ネコ達の動きは止まり糸が切れたジョルリめいて倒れ込んだ。ニンジャを倒したのか?マタタビの目に希望が宿るが、だがネコ達は直様襲い掛かる。

 

ネコ達はナシモトに襲いかかるが以前とは変化が生じていた。動きが遅く力強さが無くなってきている、ジツの力が弱まっている。これはニンジャに何かが起こったのか?真相は分からないが、これでジツによる自己破滅への時間は伸びていることを実感する。

 

スノーホワイトかドラゴンナイトがジツを行使するニンジャと戦闘しているかもしれない。自分の手で殺したいのが本音だが、同胞達が命を落とさず憎き敵が死ねばそれでいい。マタタビは希望を抱きながらナシモトを守り続けた。

 

「イヤーッ!」突如聞こえるカラテシャウト!その瞬間にマタタビのニンジャシックセンスが最大限働き、ナシモトを守ることを放棄し前方に全力で跳ぶ!「ニャバーッ!」マタタビの腹から血を流しながらエスケープ!「俺のアンブッシュを避けるとは、獣故の勘が鋭さか」

 

マタタビがいた場所にはドスタガーを床に突き立てている迷彩服の男がいた。状況から察するに頭上からアンブッシュされ、数インチの差で致命傷を避けたが腹部を切り裂かれた事は分かる。だが何時からこの部屋に居た?この部屋には暫くいたが自身のニンジャ感覚には全く感じられなかった。何が起こっている?

 

「アイエエエ!アバババ!!」ナシモトは突如泡を吹き失禁!そして失神!これはNRSの典型的症状だ!この症状を発するということは即ち!「ドーモ、ディスピアーです」『ドーモ、マタタビです』両者はアイサツを交わす。ディスピアーはニンジャである!

 

「おお、鳴き声が人の言葉に聞こえる。獣のニンジャの特殊能力か?」ディスピアーは興味深そうにマタタビを見つめる。一方マタタビは警戒心を最大限に強めながら見据える。優秀なニンジャ感覚を持っているマタタビが何故ディスピアーの姿どころか存在を感知できなかったか疑問に思う読者もいるだろう。

 

ディスピアーは最新鋭の光学迷彩で姿を隠し、マタタビが来る前から潜んでいたからである。だが姿を消してもマタタビのニンジャ感知力なら発見できた。ディスピアーに宿ったソウルはシノビ・ニンジャクランのソウルである!テイマーが何かしらのアクシデントでナシモトを殺せなかった時の為に潜んでいたのだ!

 

シノビニンジャクランは姿を隠すことを得意とし、光学迷彩とシノビニンジャの力によるニンジャ野伏力がマタタビのニンジャ感知力を上回っていた。ディスピアーはIRC通信機を取り出す。マタタビは攻撃しようと考えるが、怪我の影響と存在を感知できなかった事への恐怖から躊躇した。

 

「もしもしテイマー=サンか、ジツが弱くなっていたぞ何があった?襲撃を受けた?そうか、こちらは予想外のトラブルだ。目の前のニンジャキャットのせいでターゲットをネコ共が殺せていない、プランを遂行するためにニンジャキャットを殺す。そいつにジツをかけてくれ」

 

通信が切れた瞬間四匹のネコは崩れ落ちマタタビの体が鉛めいて重くなる。この感覚には覚えがあった。これは!この感覚はあのジツだ!今ディスピアーが話していた相手はあのニンジャだ!テイマーという名前なのか!殺す!殺してやる!マタタビは憎悪の炎を燃やし、それを燃料に体を動かそうとする。だがその憎悪をねじ伏せるが如く体が重かった。

 

テイマーは四匹のネコに使っていたジツの力を全てマタタビに向ける。ニンジャキャットは普通のネコのように操られることはないが、能力は大きく制限されてしまう。「イヤーッ!」「ニャバーッ!」ディスピアーのキックでマタタビはサッカーボールめいて壁に叩きつけられる。相手の動きは見えていた。だが反応が追いつかず直撃を受けてしまった。

 

「来いニンジャキャット」ディスピアーは手招きし挑発する。その挑発に応じるようにマタタビは飛びかかる!「ニャーッ!」「イヤーッ!」ディスピアーは飛びついてきたマタタビを飛んでくるモスキートを叩くように叩き落す。

 

「ニャバーッ!」床に叩きつけられる瞬間に受身をとり着地!そのまま右足の腱を切断しにかかる!「イヤーッ!」「ニャバーッ!」ディスピアーの左の蹴りが脇腹に入り壁に叩きつけられる!「イヤーッ!」「ニャバーッ!」「イヤーッ!」「ニャバーッ!」

 

おお!ナムサン!それは目を覆いたくなるようなワンサイドゲームだ!ディスピアーは自分からマタタビに攻撃しなかった。マタタビが攻撃を仕掛けそれを迎撃する。それがリプレイ映像めいて繰り返されマタタビは瀕死の重傷を被っていた。

 

「ふう~よかったぞマタタビ=サン」ディスピアーは爽やかな表情を見せながらマタタビに近づく。ディスピアーはカラテでニンジャを殺したかった。だがカラテは弱くニュービーにも負けるレベルだった。だがジツにかかったマタタビはニュービー以下のカラテであり、ディスピアーのカラテでいたぶれるほど弱体化していた。

 

ニンジャキャットであるが夢が叶い大いに満足していた。「さてジョブをするか」ディスピアーはマタタビの襟首を掴み上げる。このままカイシャクすれば爆発四散し部屋に爆発跡が残る。そんな証拠を残すヘマはしない。マタタビを窓の外に放り投げスリケンを投げて爆発四散させる。そうすれば爆発四散跡は部屋に残さず殺せる。

 

そして改めてテイマーにジツを使わせネコの手によってナシモトを殺させる。これで計画は達成だ。テイマーは振りかぶり窓の外に標準を定める。マタタビは薄れゆく意識の中必死に反抗する。ここで死ねば同胞は死にかつタロウの敵も討てず死んでしまう!だがニューロンのリンクが切れたように体は動かない。

 

「アバーッ!」突如叫び声が部屋の中に響き渡る!何が起こった?マタタビは薄れゆく意識の中原因を探す。するとディスピアーの額には鋼鉄の何かが刺さっていた。この形状は見たことがある。カツタロウが見ていた番組で見た、確かスリケンという武器だ。

 

「サヨナラ!」ディスピアーは叫び声をあげながら爆発四散!爆発にマタタビは録に受身を取ることもできず床に落ちた。ディスピアーはスリケンによって死んだ。それが混濁するニューロンで出した結論だった。結論を出すと直ぐに別の思考に切り替える。

 

テイマーのジツを受けたことでニューロンが繋がり相手の位置が分かる。そこに移動し殺す!マタタビは憎悪を燃料にしてように移動する。それはナメクジの移動スピードめいて遅かった。それでもマタタビは血痕で畳を染め上げながら進んでいく。すると一陣の風が肌を刺激すると同時に部屋に謎の人物がエントリーしマタタビを見下ろす。

 

その者赤黒のニンジャ装束を着ていた。マタタビは本能的にニンジャと悟りアイサツした『ドーモ……、ハジメマシテ……、マタタビです……』赤黒のニンジャ装束を一瞬驚きの仕草を見せるとアイサツした「ドーモ、マタタビ=サン。ニンジャスレイヤーです」

 



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第五話キャット・リペイズ・ヒズ・カインドネス♯8

ニンジャスレイヤーはオオアライ・ベイエリアにて壁に耳有り障子に目有り計画を知り、即座にネオサイタマにとんぼ返りする。計画日時は明日のウシミツアワー、オオアライ・ベイエリアからではギリギリ間に合うかどうか微妙な時間だった。

 

ニンジャスレイヤーの愛機、インテリジェンスバイクのアイアンオトメのスペックとニンジャ器用さによる運転技術により計画時間前にカネモチ・ディストリクトに到着し、ナンシーに割り出してもらったナシモトの家に向かった。その道中にある光景を目撃した。ナシモトが居る部屋に男とネコが対峙している。

 

ニンジャスレイヤーは住宅の屋根に駆け上がりその様子を注視する。操られたネコから男はナシモトを守ろうとしているのか?するとネコが男に襲いかかった。そのスピードは明らかにモータルを逸脱し、それに対応する男もモータルを逸脱している。ニンジャスレイヤーは男がニンジャである事を瞬時に見破った。

 

ネコが襲い掛かりニンジャは迎撃する展開が続く。最初は男がナシモトを守るニンジャで、ネコはジツで操られ襲っていると考えていた。だが違う、ニンジャのカラテには余裕があった。操られたネコを直ぐに殺せるはずなのに敢えていたぶっていた。そしてネコのカラテにはジツに操られた者には繰り出せない動きと意志が篭っていた。

 

男がネコの襟首を掴んだ瞬間にニンジャスレイヤーは瞬時に状況判断した。ニンジャは敵だ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは瞬時にスリケンを生成し数百メートル先にいるニンジャに向かって投擲し爆発四散させ部屋にエントリーした。

 

「オヌシはジツに操られナシモト=サンを殺そうとしたのか?」『ネコを操るニンジャを知っているのか?』「そのニンジャがナシモト=サンを殺そうとしているのを知っている。それで操られているのか?」『違う……操られたのはそこに居るナシモト=サンの飼いネコだ……』ニンジャスレイヤーは部屋を見渡し四匹のネコを確認した。

 

「先ほど戦っていたニンジャは何者だ?あれがネコを操るジツの使い手か?」『違う……ナシモト=サンを殺そうとした別のニンジャだ……』「そうか」ニンジャスレイヤーは窓から部屋を出ようとするがマタタビが呼び止める。

 

『待ってくれ……ニンジャスレイヤー=サン、私はそのニンジャのジツを受けている。だがそのせいか相手の場所が分かる……頼む……テイマー=サンのところに私を連れて行ってくれ……あれは私の……家族の敵なんだ……』マタタビはジツを受け瀕死のダメージを受けながらも懇願するように語りかける。

 

ニンジャスレイヤーはその言葉に頷くと右手で熟練のトーフ職人めいて繊細な手つきでマタタビを抱き抱えた。「そのテイマー=サンはどこにいる?」『このエリアにいる……東に真っ直ぐだ……』その言葉を聞くとニンジャスレイヤーは色付きの風と化し部屋を出て行く。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

◆ドラゴンナイト

 

 ドラゴンナイトは首を高速で左右に振りながら住宅の屋根をパルクールめいて移動する。ニンジャの動体視力ならば素早く大量の視覚情報を捉えることが可能だ。当てもなくエリアを探索しているとスノーホワイトからIRC通信機から連絡が届く、一方的に用件を伝えると直ぐに通信は切られる。ドラゴンナイトは言葉の意味を読み解き行動に移した。

 スノーホワイトが捜索しているエリアは知っている。自分がやることはそこに向かい赤いコートを着たニンジャ、猫を操るジツのニンジャを見つけることだ。

 ドラゴンナイトはスノーホワイトが居るエリアを我武者羅に移動し捜索する。その結果ストリート等目に見える範囲には姿を確認できなかった。外に居なかったということは住宅に侵入したのか?だとしてもどう見つける?一つ一つの家の中に入って探索するか?それは非効率すぎる。このままではスノーホワイトから託されたミッションを遂行できない。どうしよう!どうしよう!

 ドラゴンナイトはパニック状態に陥り次の行動方針を考えあぐねていた。すると屋根から屋根を移動するスノーホワイトと目が合い、スノーホワイトはドラゴンナイトの元へ駆け寄った。

 

「ごめんスノーホワイト=サン、全然見つからない!それで何があったの!?大丈夫!?」

「私は大丈夫だから落ち着いて、まず深呼吸しよう」

 

 スノーホワイトは諭すようにゆっくりとしたペースで喋り、ドラゴンナイトは一つ深呼吸を行い終わるのを見計らい言葉を続ける。

 

「ネコを操る忍者を見つけて奇襲をかけたけど、相手は三人組でネコを操る忍者を逃した。それが赤いコートを着た忍者で私は残りの忍者と戦った」

「二人と!?大丈夫だったの!?」

「大した使い手ではなかったから問題ないよ。縄で縛って動けない状態にしているから」

「サスガ!それで赤いレインコートのニンジャは見当たらなかった。もしかして家に立て籠っているのかも」

「それも目星がついている。ついて来て」

 

 ドラゴンナイトはスノーホワイトの後に付いていく。その足取りには一切の迷いが無く、言葉通り目星がついているようだ。スノーホワイトが足を止めドラゴンナイトも足を止める。そこはエリアの住人が利用できる公園だった。

 入口前に立て看板には「譲り合って」「怪しければすぐ通報」「怪我は自己責任」と注意書きのような文言が書かれており、敷地には砂場や相撲の土俵や鉄棒、ゴリラと鷲と蛸と龍の形に作られた遊具が中央にある照明に照らされていた。

 

「ここにいるの?死角とか茂みとか結構重点で見たけど」

 

 ドラゴンナイトは辺りをキョロキョロと見渡しながら公園内に入る。スノーホワイトは一点を見つめながら迷いなく歩いていく。その視線の先にはすべり台があった。滑り台は上も裏も見たが人どころかバイオネズミすら居なかった。本当にそこにいるのか?僅かばかし疑いの目で見つめる。

 突如スノーホワイトの空気が張り詰め魔法の袋からルーラを出す。この表情とこのアトモスフィア、新手の敵でも来たのか?ドラゴンナイトはニンジャ5感を張り詰める。するとスノーホワイトが左を向きルーラを構え、ドラゴンナイトもそれに倣うように同じ方向を向き構えた。

 闇の中に何かが高速で動いている。それは徐々に近づいてきて詳細が分かってくる。色は赤黒で、そしてシノビ装束を着ているニンジャだ。

 そのニンジャは鋼鉄製のマスクのようなものを装着し、そこには「忍」「殺」と刻まれていた。忍殺、直訳すればシノビを殺すということだろうか、何て恐ろしい言葉だ。ドラゴンナイトは思わず身震いする。そのニンジャはドラゴンナイトの前にあるゴリラの遊具を踏み台にして跳躍した。

 

「イヤーッ!」

「グワーッ!」

 

 ニンジャは滑り台の頂上に向かってスリケンを投擲していたのを辛うじて目で捉える。誰も居ない場所に投擲すれば鉄製の滑り台にあたり金属同士が当たった音がするはずだ。だが音はせず男の悲鳴が聞こえた。

 

「ドーモ、テイマー=サン、ニンジャスレイヤーです」

 

 赤黒のニンジャは着地するとザンシンを決めながらアイサツする。その目にはドラゴンナイトには推し量れない憎悪が篭っていた。その直後に聞き覚えがある怨嗟の感情が篭った声が聞こえてきた。

 

『ドーモ、テイマー=サン、マタタビです』

「マタタビ=サン!どうしたのその怪我!」

 

 ドラゴンナイトはマタタビの姿を見て思わず声を出してしまう。白の毛並みは血で染まり、まるで生まれた時からピンク色の毛並みのように染め上がっていた。

 

『ドーモ、ドラゴンナイト=サン、スノーホワイト=サン。こちらに着ていたのか』

「それよりその怪我は!?」

「かすり傷……ではないが心配することはない。この二人は私の協力者だ。敵ではない」

 

 マタタビの言葉を聞いて赤黒のニンジャが二人向けていた鋭い目つきは弱まり、アイサツする。

 

「ドーモ、ドラゴンナイト=サン、ニンジャスレイヤーです」

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、ドラゴンナイトです」

 

 ニンジャスレイヤー、まさに「忍」「殺」恐ろしい名前だ。ドラゴンナイトは自身とスノーホワイトを守れるように最大限のカラテ警戒をする。

 

「ドーモ、……スノーホワイト=サン、……ニンジャスレイヤーです」

「どーも、ニンジャスレイヤーさん、スノーホワイトです」

 

 二人もアイサツをする。だがニンジャスレイヤーのアイサツに僅かな淀みがあり、スノーホワイトを訝しんでいるようだった。スノーホワイトはその態度に反応を示さずアイサツをした。

 

「それで何でテイマー=サンが急に現れたの?」

「姿を隠すステルスコートを着て身を隠していたから、だからドラゴンナイト=サンが見つけられなくても仕方がない」

 

 ステルスコート、そんなものカトゥーンのガジェットだけかと思っていたが実在していたのか。ドラゴンナイトはスノーホワイトの言葉を耳に向けながらテイマーに視線を向ける。するとテイマーはアイサツをおこなった。

 

○テイマー

 

「ドーモ、マタタビ=サン、ニンジャスレイヤー=サン、ドラゴンナイト=サン、スノーホワイト=サン。テイマーです」

 

 テイマーは滑り台の上に立ちながらアイサツする。ニンジャの本能で何とかアイサツを行えたが、ニューロン内は痛みや困惑や恐怖でグチャグチャになりながらも状況を整理した。

 

 あのネコが目の前に居るということはディスピアーが殺害に失敗した何よりの証だろう。ニンジャキャットだとしても自分のジツで大幅に力を弱めたはず。それで負けるとは何という脆弱なカラテか。内心で死んだであろうディスピアーに向けて罵倒する。

 そしてニンジャスレイヤー、ニンジャを殺し回る狂人がいるという与太話を聞いたことがあるが、まさか本当に実在し目の前に現れるとは!ブッダは居ないのか!内心で己の運命を呪った。

 

「スノーホワイト=サン、一つ聞きたい。アイアンフィスト=サンとブルーストライプ=サンはどうした?」

 

 そんな事は聞かずとも分かる。目の前にいるということは二人は死んだのだ。ディスピアーなら兎も角二人はそれなりのカラテ強者であったが、こんなティーンエイジャーの女に負けた事に驚きを隠せない。

 テイマーは感情を表に出さずにゆっくりとしたスピードでスノーホワイトに質問する。自分に四人の目をかいくぐり応援を呼ぶ為の時間を稼ぐ。それしか生きる道は存在しない

 

「あの二人なら生きていますよ。今頃拘束を解いてこちらに向かっています。ほらそこに」

 

 スノーホワイトはテイマーの後ろを指差し釣られるように後ろを振り向く。スノーホワイトが居る時点で二人がここに来るはずはない。状況判断する中で希望は消したはずだった。だが絶望的な状況に置かれているテイマーはあるはずのない希望に縋ってしまう。

 そこには二人はおらず落胆と嘘をついたスノーホワイトに怒りを抱きながら再び振り向く、目の前には怒りの対象であるスノーホワイトがいた。

 応戦する間もなく攻撃され腹部に激痛が走り、耳にガシャンという音が耳に届く。その音は懐に忍ばしておいた応援を呼ぶ為の通信機が壊された音だった。

 スノーホワイトは魔法によってテイマーの策を読んでおり、魔法で知った最も効果的な嘘で隙を作り、通信機を壊した。

 

「グワーッ!」

 

 テイマーは受身すら取れず滑り台から転がり落ちる。スノーホワイトは迅速に行動不能させようと駆け寄ろうとするがマタタビが立ちふさがった。

 

『ここは私にやらせてくれ、スノーホワイト=サン』

 

 スノーホワイトにはマタタビの言葉は分からない。だが魔法と発する雰囲気から意図を察することができた。

 

『テイマー=サン。お前のせいでカツタロウ=サンの両親は死んで、兄弟同然のクロも死んだ。その報いを受けろ!』

 

 マタタビは重傷の体から発せられるとは思えないような殺気を発しながらテイマーに近づいていく。テイマーも起き上がりマタタビを見据え戦闘態勢をとる。その目は生き残る手を失って絶望した者の目ではなかった。マタタビと同等の怒りを抱いた者の目だった。

 

 もう生き残れない、自分はここで死ぬ。テイマーの心が絶望に支配されかけていた。だがマタタビの憎悪の目を見てその想いは吹き飛ぶ。何でそんな目を向ける?気に入らない!すべてお前のせいだ!お前が死んでいればこの場を離脱していた!殺してやる!

 どうせ殺されるなら、せめてこのネコを殺してやる!テイマーは破れかぶれになりマタタビに殺意を向ける

 

「イヤーッ!死ねマタタビ=サン!死ね!」

「ニャバーッ!」

「アバババー!」

 

 マタタビは苦しみながら地面をのたうち回る。テイマーは最大出力でジツを行使し目や鼻から血が滴り落ちる。

 普段ではここまでの力は出せない、だが残りの命を全て捧げる気概でジツを行使することで威力を上げることに成功した。しかしテイマーへの体へのダメージは凄まじく、目や鼻から血が流し口から血を吐き出す。

 

「ニャバーッ!」

「アバババーッ!」

 

 両者の叫び声が夜の公園に木霊する。のたうち回り血反吐を吐く姿は目を覆いたくなるような凄惨な光景だった。のたうち回っていたマタタビは立ち上がりテイマーに向かって歩き始める。その足取りは牛歩のように重かったが、一歩ずつ着実に近づいていった。

 

「ニャーッ!」

 

 マタタビは首元に飛びつきテイマーの首を切り裂き、頚動脈から間欠泉のように血が噴き出す。

 

「サヨナラ!」

 

 テイマーは自身の体から生まれた血の雨を浴びながら爆発四散する。マタタビは爆発によって飛び散る血を見届け意識を途絶えた。

 




次で最後です
少し長くなりすぎました


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第五話キャット・リペイズ・ヒズ・カインドネス♯9

第五話はこの話で終わりです


「では、マタタビ=サンの退院と陰謀を防げた事を祝って、カンパイ!」ドラゴンナイトの声がアジトに響き、スノーホワイトはドラゴンナイトの紙コップに自分の紙コップを当て乾杯のアイサツを交わす。スノーホワイトとドラゴンナイトは床に座り、マタタビは敷かれている座布団に座り三角形を作る

 

三名の目の前にはスナック菓子や炭酸飲料のクラムボンやバイオサバ缶やキャットフードもあった。「他に欲しいものあれば買ってくるけど」ドラゴンナイトは上機嫌でマタタビに話しかける。『これは何をしているんだドラゴンナイト=サン?』「退院祝いと祝勝会を兼ねたパーティーかな、人間は退院するとそれを祝って美味しいものを食べるんだよ」

 

『そうか』「だから遠慮せずに食べていいよ」マタタビはバイオサバ缶を缶切りを使わずに開けてバイオサバを口にする。始めて食べたが味はまあまあだった。マタタビはアジトに向かう間に自分に起こった出来事を聞かされる。テイマーは爆発四散した後マタタビは気絶した。そして怪我の状態は重く直様動物病院に連れ込み治療を受けていた。

 

手術費などの治療費は親に出して貰えずドラゴンナイトが支払った。所有している全財産の半分を支払うことになり懐具合は厳しかった。だがニンジャで同じ目的の為に行動すれば最早仲間だ。金を惜しんで仲間を見捨てることは正しい事ではない。

 

ドラゴンナイトは納得した上での行動だが、無意識にお金が減って困るという声を出しており、スノーホワイトはその声を聞いていた。『それで祝勝会とは何だ?』「イクサに勝ったり目標を実現できた時に祝うパーティーだよ」『何を実現できたのだ?』「それはナシモト=サンの命を守り、マルノミ社の陰謀を防いだことだよ!」

 

ドラゴンナイトは興奮気味に顛末を語り始める。シシマイ社のペットの遺伝子的欠陥は無いことが発覚し、嘘情報を流したのはマルノミ社によって行われたことが判明、ジンスケを含む上位役職者はケジメし株価は暴落した。「ザマアミロ!薄汚いコーポは正義には勝てないんだ!」ドラゴンナイトは叫ぶ。「さあマタタビ=サン、イッパイ食べて」

 

三名の宴は盛り上がった。余興としてドラゴンナイトがボトルネックカットチョップを行い二名を楽しませ、成り行きでスノーホワイトもボトルネックカットチョップを行い、白熱した二人は多くのビンをチョップで切断する。スノーホワイトのチョップの方が精度は高く、ドラゴンナイトは僅かに落ち込んでいた。

 

「ところで、あのニンジャスレイヤー=サンはどういう経緯で一緒に行動していたの?」ボトルネックカット演舞が終わりドラゴンナイトはマタタビに尋ねる。ニンジャスレイヤーはあの日マタタビともに姿を現し、テイマーが爆発四散するともに姿を消した。ドラゴンナイトにとって謎の存在だった。

 

マタタビは知っている情報を二人に話す。「ニンジャスレイヤー=サンはあの計画を知って、それを阻止しに来たってことかな」「多分そうだね」「ボクたち以外にも正義のニンジャは居るのか」ドラゴンナイトは嬉しそうに呟く、計画を知り阻止するために行動した。それはまさに正義、いずれカトゥーンのように共闘できたらと胸に抱いていた。

 

『それでは私は去るとしよう。食事も美味しかったし楽しかった』「マタタビ=サン!」宴が終わりのアトモスフィアを見せ、マタタビが立ち上がりビルから去ろうとする。それをドラゴンナイトは声をかけて止める。その声量は何時もより大きかった。

 

「これからどうするの?」「まだやり残した事がある。それをやってくる」「手伝おうか?」「大丈夫だ。一人で出来る」「ボク達はもう仲間だ。力が必要になったら何時でも呼んで」ドラゴンナイトは力強く言い放つ。マタタビは言葉に微笑で応え、部屋から出て行く。ドラゴンナイトは無意識に手を伸ばしていた。

 

ドラゴンナイトのニューロンにマタタビはもう二度と姿を現さないのではと浮かび上がる。家族の敵を探していた時は怒りと同時にエネルギーも満ち溢れていた。だが今のマタタビにはエネルギーを一切感じられない。まるでゾンビのようだ。スノーホワイトもビン等のゴミを片付けながらマタタビの様子をじっと見つめていた。

 

 

◆◆◆

 

 

(((アイエエエー!)))(((グワーッ!)))(((アバーッ!))部屋には血飛沫と両親の悲鳴が木霊する。そしてニンジャのように飛び回る白ネコと黒ネコ。二匹は怪しげな笑みを浮かべ自分に飛び込んでくる。

 

「ヤメロー!ヤメテクレー!」カツタロウは自分の悲鳴で目を覚まし、存在を確かめるように体に触る。手に伝わるベタついた汗の感触、いつも通りの朝の目覚めだ。辺りを見渡すと天井には「落ち着こう」「両親が見ている」「大丈夫」のショドーが書かれ、畳にタンスの上に今の流行りとはかけ離れたオールドスクールのコケシが見下ろしている。

 

「イヤーッ!」カツタロウは枕をコケシに投げつける。コケシはタンスから畳に落ちると拾い上げた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」カツタロウは雄叫びを上げながら薬物中毒者めいた目つきでコケシを叩きつける。何という異常な攻撃性!まるで親の敵を目の前にしているようだ!

 

「やめなさいカツタロウ!」「やめるんだ!」すると声と物音を聞いた老人たちが駆けつけカツタロウを羽交い締めにする。「フゥー!フゥー!」カツタロウは暴れるが幼い体では老人の力にすら抗えなかった。

 

カツタロウは両親が死亡したことで祖父母達の家に引き取られていた。両親はハックアンドスラッシュで殺された。それが世間での真実になっているがカツタロウの真実は違っていた。両親を殺したのは飼いネコのタマとクロだ。タマとクロが突然暴れだし両親を殺し、自分を襲った。

 

両頬を触ると四本の線が刻まれていた。これはタマとクロの爪痕だ、タマとクロに襲われ重傷を負ったカツタロウは手術によって一命を取り留めた。だが傷跡は所々に残っており左右の頬もその一部だ。カツタロウはマッポや祖父母に事実を伝えた。だが事件によって錯乱したと決めつけ、それでも訴えるカツタロウを狂人扱いし、自我科に強制入院させた。

 

それがカツタロウの心を傷つけ異常な攻撃性を持たせた。カツタロウが落ち着くと祖父母達は部屋に朝食を持ってきて食べ始める。これはカツタロウが錯乱しないように監視するためだ。「大丈夫悪い人はマッポが捕まえてくれるから」祖母は諭すようにカツタロウに話しかける。だがカツタロウは話を聞かず窓から見える景色を眺める。

 

同じ年頃の少年達が楽しそうに笑いながら学校に向かっている。カツタロウは異常な攻撃性のせいで学校には行けなかった。その扱いは不満だった。自分は正常だ。世間が両親を殺した犯人がタマとクロと認めない怒りをぶつけているにすぎない。自分の人生を壊したタマとクロ、二匹を殺し両親の敵を討つことで人生が始まる!

 

窓の外を見ると少年たちが足を止めて何かに群がっている。円になって座り込みながら中心に向かって話しかけている。それは白ネコだった。その瞬間カツタロウのニューロンがスパークする。「タマーッ!!!」カツタロウは叫ぶ。あの毛並みあの姿見間違えるはずがない!あれはタマだ!両親を無残に殺したタマだ!

 

突然の豹変に祖父母は取り押さえようとするが、力を振り絞り拘束から逃れタンスに立てかけていた木刀を手に取り窓から外に出た。「タマーッ!」「アイエエエ!」「助けてママー!」鬼めいた表情を浮かべながら近づいてくるカツタロウを見て少年たちは悲鳴をあげながら散っていき、白ネコだけは残った。

 

白ネコはカツタロウに向けて悲哀が漂う視線を向けた後移動する。カツタロウは必死に追った。そのスピードは幼いカツタロウでも何とか追いつける程度だった。暫くチェイスすると白ネコは脚を止めた。そこはスクラップ工場のような場所で油の匂いが充満し、鉄パイプやドラム缶が散乱していた。

 

「イヤーッ!」カツタロウは走りながらゴルフスイングのように木刀を振り抜いた。白ネコは避けることなく木刀が腹部に突き刺さり数メートル転がった。「死ね!死ね!死ね!タマ!」カツタロウは木刀を容赦なく振り下ろしながら狂気の笑みを浮かべる。一方白ネコは痛みに耐えながら静かに笑った。

 

 

○マタタビ

 

 そうだこれでいい。これでいいんだ。

 

 起きていても、いや夢の中でもカツタロウの両親を切り裂いた時の肉の感触と血の暖かさがこびりついている。

 それは地獄のような責め苦であり、今すぐに死んで楽になりたかった。だがその誘惑に懸命に堪える。自分を操り両親を殺させたニンジャを殺すために、もう一つはカツタロウの手で殺されるために。

 

 マタタビはニンジャになった後、テイマーを探す傍らカツタロウが生きていたことを知る。操られ殺したと思い込んでいたが生きていた。マタタビは大粒の涙を流しながら喜んだ。会いたい。無事な様子を確認したい。カツタロウの行方は報道規制されて情報は出なかったが、ネオサイタマを駆けずり回り探した。

 捜索を続けるなかニューロン内である記憶が蘇る。家族と一緒に連れられ別の人間の家に行ったことがあり、それは両親の両親だった。

 もしかしてそこに居るかもしれない。一縷の望みを託して向かうとそこにはカツタロウが居た。だがそこにいるカツタロウは記憶とは別人だった。屈託のない笑顔は影を潜み、常にイラつき攻撃的で祖父母に暴れていた。そして叫んでいた。

 

―――パパとママを殺したのはタマとクロなんだ!

 

 カツタロウの言葉はマタタビの心を貫き粉々に砕いた。

 無意識で操られただけで、悪いのは操ったテイマーだと言い聞かせていた。だがカツタロウにはそんなのは関係ない。両親を殺したのは自分とクロであり、操られたという答えにたどり着くことは永遠にない。

 改めて自分がしでかした事に気づいてしまう。カツタロウの人生を狂わせてしまった。もはや生きていい存在ではない。

 出来る償いはテイマーを殺し、ケジメとしてカツタロウの手で殺され溜飲を下げさせる。その程度で心の傷が癒えはしない。だが少しでも前を向ける手助けになるかもしれない。それが贖罪だ。

 マタタビはカツタロウの攻撃を受ける。モータルの幼子の攻撃を避けるなどベイビーサブミッションどころの騒ぎではない、息をすることより簡単だ。

 だが無意識で避けようとするニンジャ反射神経を意思で押さえ込み、ニンジャ筋力で反射的にダメージを軽減させようとするのを意思で押さえ込みダメージを最大限に受ける。

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 

 カツタロウの一心不乱に攻撃する。幼きモータルの単発の攻撃では死にはしない。だが確実にダメージは蓄積し、この調子ならばいずれは死ぬ。

 不意に攻撃が止まる。攻撃疲れで手を止めたか?だが攻撃疲れではなく何者かの手によって攻撃が止められていた。マタタビは相手を見て戸惑い、そして怒りの表情を見せる。

 

『何故止めるスノーホワイト=サン!』

 

 

◇スノーホワイト

 

 マタタビが自分の行為でカツタロウの人生を無茶苦茶にしたのを苛んでいる事、そして自殺に近い形でカツタロウに殺される事で贖罪を果たそうとしているのは魔法によって知っていた。

 人として魔法少女としてはマタタビの行為を止めるべきだろう。だがマタタビの苦悩も痛いほど伝わり、罪悪感で一生苦しむぐらいなら止めるべきではないと思ってしまうほどだった。

 確かにマタタビの気持ちは分かる。だがカツタロウはどうだ?真実も知らぬままマタタビを自らの手で殺してしまって良いのだろうか。せめてカツタロウに真実を伝えて判断を任せるべきだ。

 スノーホワイトはドラゴンナイトとのパトロール以外はマタタビの尾行に時間を費やし、数日かけてカツタロウが住んでいる家を見つけ姿を確認する。姿を一目、いや心の困った声を聞いた瞬間理解できた。

 

(((お父さんとお母さんが居なくて困る)))

 

 カツタロウの心は未だ両親を失った悲しみを癒せていなかった。

 当然だ、あの様な惨劇に巻き込まれてしまったのだ。大の大人でも立ち直るのに時間がかかるものを小学校低学年の子供が立ち直るというのは無理な話だ。 

 どのようにコンタクトを取り真実を伝えるべきか、スノーホワイトは暫く熟考し方針を固め、窓をノックし声をかけた

 

「こんにちはカツタロウさん」

 

 スノーホワイトは最大限に優しげで好感が持てる声で話しかける。初対面の人物に話す声色、これで大半の人物は警戒心を多少は薄める。

 これは魔法少女としての生活で身につけた処世術であり多少なり自信がある。するとカツタロウが窓越しに誰と声をかける。心の声からしてまだ警戒心は高い。

 

「私はニンポ少女のユキコ、今日はカツタロウさんとお話に来たの」

 

 見知らぬ人物がニンポ少女と名乗れば、自分の世界なら変質者扱いで警察を呼ばれるだろう。

 だがこの年の子供はまだフィクションと現実の境界が曖昧な年頃だ。自分の世界でも幼子は大人と比べ、一般的な格好とは違う魔法少女を見ても特に動じることなく存在を受け入れる傾向がある。

 それにフィクション上の人物が会いに来たとしても興味を持ってコンタクトしてくるかもしれない。スノーホワイトはその可能性に賭けた。

 数秒後窓からカツタロウが部屋から顔を出し目線が合う。その瞬間わざとらしくない自然な笑顔を向けカツタロウは顔を紅潮させた。

 魔法少女の容姿は容姿端麗であり、街ゆく人々がすれ違えば大概の人は思わず振り向くほどだ。そして人は容姿が美しいものに対して好感を持ち、幼子のカツタロウも例外ではなかった。部屋に上がる許可を貰うとスノーホワイトは畳に正座し改めて挨拶をする。

 

「初めましてカツタロウさん。私はニンポ少女のユキコ。ニンポ少女は知っている?」

「知ってる。サムライファイブの後にやってるから」

 

 スノーホワイトは言葉の意味を推測する。サムライファイブとは恐らく自分たちの世界の戦隊もののような特撮だろう。カツタロウが右手に持っている人形や部屋にある銃の玩具は、小さい頃魔法少女のアニメの前に放送していた特撮もののヒーローの姿や武器に似ている。

 

「ニンポは!?ニンポは使えるの!?」

 

 するとカツタロウは目を輝かせながら近寄ってくる。ニンポ少女を信じているとすればニンポを見せてくれとお願いするのはある意味当然の反応であり、想定できることだ。

 スノーホワイトは魔法の袋から明らかに入らないだろうという大きな物体を袋から出し入れする。その物理法則を無視した現象は幼子のカツタロウでも理解できるものだった。

 

「それでどうしたの?」

 

 カツタロウは魔法の袋から取り出したお菓子を頬張りながら尋ねる。スノーホワイトのことをニンポが使えるニンポ少女だと完全に信じきっていた。スノーホワイトはお菓子を食べ終わるのを見計らって、目を見据えて語りかける。

 

「辛かったね。誰もカツタロウさんの言うことを信じなくて、でも私は知っている。カツタロウさんは嘘をついていないって」

 

 その言葉を聞いた瞬間カツタロウは堰を切ったように大声で泣き始める。スノーホワイトは涙と鼻水でグチョグチョになるのを気にすることなく胸を貸し、頭を優しく撫でた。

 自分の言うことを信じてもらえないということは辛いことだ、それは人の心に大きな影を落とす。

 そこに信じると言ってくれる人が現れれば忽ち信頼を寄せるだろう。これでカツタロウは自分に全幅の信頼を寄せる。詐欺師のような手口で心が痛む、だがこれでカツタロウの心は癒されるのは事実だ。

 暫くするとカツタロウは泣き止みスノーホワイトを見上げながら話しかける。

 

「クロとタマは!?クロとタマが居るところを教えて!ボクが!ボクがやっつけてやる!」

 

 人は殺意を持ったとしても殺意のままに人や動物を殺めることはない、リスクとリターン、共感性、倫理観といったものが抑止力となる。

 だが幼子にはそれらがなく、ちょっとした事でも殺意を抑止することなくぶつける。そしてカツタロウの目と声には殺意が宿っていた。

 

「お父さんとお母さんは飼い猫のタマとクロが…」

「うん!そう!だからタマとクロを!」

「本当は違うの、タマとクロは悪い人に操られたの。タマとクロはお母さんとお父さんが大好きだった。悪い人に傷つけたくないよって一杯泣いて頼んだけど、でも悪い人が止めてくれなかったの」

「嘘だ!嘘だ!嘘だ!ボクだってお父さんとお母さんは大好きだ!ボクだったらそんなことしないもん!」

 

 カツタロウはダダをこねながらスノーホワイトの言葉を全力で否定する。両親を殺された憎しみは信頼しているスノーホワイトの言葉すら拒んだ。

 

「そうだね。でも、タマとクロはカツタロウさんと同じぐらいお父さんとお母さんが好きだった。止めて止めてって心の声が私のニンポで聞こえてきた」

 

 スノーホワイトは目を伏せ悲しげに呟く。人を操り意思をねじ曲げ意図しない行動をさせる洗脳、この世で最も卑劣な能力だ。もし自分が洗脳されそうちゃんやリップルを殺してしまったら自責の念で自殺してしまうかもしれない。

 

「私はボロボロになったタマをニンポで治してあげた。そしてタマは操った悪い人を探してやっつけようとしている。もしタマがカツタロウさんに会いに来たら許してあげて」

 

 マタタビが真犯人を裁いた後贖罪のためにカツタロウの目の前に現れるだろう。その時赦されたらマタタビは生きるかも知れない。何の非もないマタタビが自殺するのはあまりにも悲しすぎる。

 スノーホワイトは気持ちの整理がつかず独り言を呟くカツタロウを一瞥した後部屋から立ち去った。

 

ーーーーーー

 

 

「落ち着いてカツタロウさん」

「ニンポ少女のおねえちゃん……」

 

 カツタロウが後ろを振り向くと木刀を握り締めるスノーホワイトの姿があった。その瞬間先日の出会いと言われた事を思い出す。すると僅かばかり殺意が薄まっていく。それでも惨劇の映像がニューロンに鮮明に映し出され、マタタビへの殺意が再び燃え上がる。

 

「離して!離して!タマがお母さんとお父さんを!」

 

 カツタロウはマタタビに憎悪の視線をぶつけ、マタタビは悲痛な顔を見せながら視線を逸らした。

 

「カツタロウさん、前にも行ったけどタマは悪い人に操られたの。タマは悪くない、けれど一杯ごめんなさいしたの。だから許してあげよう。サムライファイブだったら許してあげるんじゃないかな」

 

 スノーホワイトはカツタロウを振り向かせると、膝をつき目線を合わしながら言葉を紡ぐ。サムライファイブという言葉が出たせいか心は明らかに揺らぎ始めている。

 サムライファイブの事は全く知らず、そんなエピソードが有ったかも知らない。特撮のヒーローは幼い自分にとっての魔法少女のような存在なはずだ。清く正しい存在、そんなヒーローが非のないにも関わらず謝罪の心を持ち続ける者を許さないわけがない。

 

「ウ~~~!だったらケジメだ!ケジメしろタマ!悪いことをしたらケジメするんだぞ!」

 

 カツタロウはやり場のない怒りをぶつけるように地団駄を踏む。スノーホワイトはケジメについて思い出す。

 ケジメとはネオサイタマ特有の罰則であり、ミスに応じて指を切断し度合いに応じて切断する指の数が増えていく。それがケジメだ。

 

「ニャーッ!」

 

 マタタビのカラテシャウトがスクラップ工場に響き渡る。二人は反射的に振り向き絶句した。本来有るはずの左前足が消えていた。その左前足は落ち地面を赤色に染め上がっていた。

 

 マタタビは自ら左前足をケジメしたのだ。カツタロウはその壮絶な光景に呆然とし、スノーホワイトも思わず息を飲んだ。まず猫が何故ケジメなんて知っているのだろうという疑問が一瞬思い浮かんだ。だが直様その疑問は吹き飛んだ。

 ケジメというからには指の一本や二本ぐらい切断すると予想していたが、まさか腕ごと切断するとは、何より驚いたのが困った声が全く聞こえなかった事だ。

 普通ならば『痛いのは困る』『これからの生活が不便になって困る』と声が聞こえてくるはずだ。だが全く聞こえなかった。マタタビはケジメと聞いた瞬間に反射行動のような速さで自ら切断したのだ。

 マタタビは二足歩行で立ち上がると残った前足に口を持っていく、スノーホワイトはその行動の意味を察し目を見開く。

 自身のケジメは終わっておらず右前足を噛みちぎるつもりだ。このままだと全ての手足を切断する、スノーホワイトはマタタビのケジメを止めようと駆けつけようと脚に力を込めた瞬間にカツタロウの声が響く。

 

「タマやめて!ケジメしないで!タマは悪くない!タマは悪くないから!」

 

 カツタロウは泣きじゃくりながらマタタビに歩み寄る。いつか転んだ時に膝を擦き少しだけ血が出た。あまりの痛さに泣く以外しか考えらないほどの痛かった。そして目の間のマタタビは地面を染め上がるほど血が出ている。きっと考えらないほど痛いはずだ。

 

「ごめんね!ごめんねタマ!いっぱい殴ってごめんねタマ!」

 

 カツタロウはタマを抱え上げ力いっぱい抱きしめる。その衣服は血で染め上がるが全く意に介さなかった。悪いことをしてもゴメンなさいをしたら許してあげようって。これはサムライピンクの言葉だ。タマは両親を殺したのは事実だ、でもタマはケジメをしていっぱい痛い思いをした。だから許す。

 そして怒りのままにマタタビを殴打し傷つけた事への自責の念が心を苛む。マタタビはニャーニャーと高い声で鳴いた。

 

「気にしないで、カツタロウさんは悪くないし、ちっとも痛くないって」

「タマの言葉が分かるの」

「うん、ニンポ少女はネコさんの言葉が分かるの」

 

 カツタロウはマタタビに視線を送ると痛みを堪えながら精一杯の笑顔を向けた。スノーホワイトにはドラゴンナイトのように言葉を翻訳できない。だが言葉が分からなくても気持ちは手に取るようにわかる。

 

「カツタロウさん、ちょっとごめんね」

 

 スノーホワイトは右手でカツタロウを担ぎ、左でマタタビと切断された左前足を回収すると、高速パルクール移動でカツタロウの家に戻った。

 

「家の人にタマを助けてと言って、そうすれば何とかしてくれるから」

「うん」

 

 カツタロウはマタタビを抱えながら家に入り祖父母に声をかけ、祖父母が慌てながら動物病院の住所を調べる声を聞こえてくる。スノーホワイトはその声を確認すると足早に去っていく。

 マタタビから『死ねなくて困るという』困った声は聞こえてこない。これで自殺めいた行為はすることはないだろう。

 スノーホワイトはマタタビから『死ねなくて困る』という声と同時に『死にたくなくて困る』という声も聞こえていた。贖罪の為に死ぬことを考えていた。それと同時に無意識では贖罪として生き続け、残されたカツタロウの為に償う事を考えていたのだろう。

 ならば生きて償うべきだ。死んでしまえばカツタロウに大好きだったタマを殺してしまったという重い十字架を背負わせる事になり、さらに精神を病むだろう。

 初めて会った時からマタタビを憎んでいると同時に、マタタビを愛しており許したいという気持ちを抱いていたのは分かっていた。でなければ木刀の殴打でマタタビは死んでいた。恐らく無意識で加減していた。

 マタタビはこれから死ぬまでカツタロウに尽くすだろう。けれどその行為は贖罪ではない両親とカツタロウに注がれた愛情に報いる恩返しという前向きな理由の為に尽くすのだ。スノーホワイトは目を閉じてカツタロウとマタタビの今後の人生に祝福がある事祈った。

 

キャット・リペイズ・ヒズ・カインドネス 終




魔法少女育成計画の既刊が電子書籍で発売されます。
宝島社がとうとう重い腰を動かしてくれて嬉しい限りです。
私もこれを機に電子書籍デビューします


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第六話 ある日ある時ある場所で#1

◇カワベ・ソウスケ

 

「う~ん、どうするか」

 

 カワベ・ソウスケは自宅の洗面所の前で服を着ては何か違うと首を捻りながら、服を脱ぎ捨て新しい服を着るという行為を何度も繰り返す。結果洗面台の床は十数着の服で埋め尽くされていた。

 どれを着るのが正解なのか?普段なら全くと言っていいほど悩まない行為なのだが、ある状況が加わると人生でも十指に入るほど頭を悩ませる事態になる。

 

◇◇◇

 

「ねえ、スノーホワイト=サン、日曜日暇?」

「特に用事は無いけど」

「あの……えっと……ここの谷渋ってクレープショップに一緒に行くのに着いて来て欲しいんだ。ここのクレープを食べたいんだけど、客層があれというか……一人で行くのが恥ずかしいというか……」

 

 日課のパトロールと組み手を終えての休憩時間、ドラゴンナイト改めカワベ・ソウスケはソワソワさせながら言葉を紡ぐ。

 ソウスケはスノーホワイトと出会ってからパトロール等を通して、様々な体験を共有してきた。それに関しては初めて出会った時に想像した理想とほぼ同じ通りになり満足している。だがある一点で理想どおりではなかった。

 

 スノーホワイトはあまり自身のプライベートについては話さない。会話も自分が喋ることが多くそれに相槌を打つのが二人の会話の流れだ。ベラベラと喋らず奥ゆかしく相槌を打つ姿勢は好きではあるが、その結果スノーホワイトのプライベート情報はほぼ得られていない。同じ志を持ちネオサイタマをパトロールして二人で善行を成していく関係性も心地良いが、ソウスケとしてはもっと関係性を深め親密になりたかった。

 ミヤモト・マサシのコトワザに【座っているだけでは死んでいると同じ】というものがある。このままでは関係性の心地良さに浸ってしまう、自身から行動を起こさなければ望む関係になれない。その為の一歩としてソウスケはこの提案をする。

 

 まずはスノーホワイトとパトロール以外のプライベートな時間を共にする。パトロールとは違った時間を共にすれば、いつもと違った会話やプライベートな情報を得て関係が発展するかもしれない。だがこれは見方によっては男女のデートになってしまう、それは奥ゆかしくなく、スノーホワイトも警戒してしまうかもしれない。故に建前を作る。

 

 自分はただ単純にクレープを食べたい、だが一人で店に入るのは恥ずかしい、なので手助けとして一緒にクレープを食べて欲しい。スノーホワイトは心優しい人物だ。だから自分の心境を察してくれて手助けしてくれるはずだ。

 谷渋は日々の過剰なまでの宣伝により今ネオサイタマのティーンエイジの女性に人気で、食べていないものはムラハチされるまでになっている。実際にクラスの女子が食べないことで話題についていけずムラハチになりかけているのを目撃している。ソウスケはクレープが好きでも嫌いでもない程度で、態々休みの日に食べに行くような物ではないが、そういった背景を知るが故にクレープを食べに行こうと提案した。

 結果、スノーホワイトは誘いに快く応じる。ソウスケは喜びで踊りだしたい気分を抑えながら家路に着き日曜日に向けて計画を練り始める。

 

 第一目標はスノーホワイトとクレープを食べること、だがそれに満足せずもっと積極的に行動すべきだ。クレープショップの近くには映画館があり、そこでティーンエイジ女性に話題の恋愛映画【ワールドラブ】を上映している。第二目標がこれだ。

 ソウスケにとって好きな異性と映画を見るのはデートのようなものでハードルが高い行動であった。だが単純に誘ってはスノーホワイトに警戒され、今後気まずくなってしまうかもしれないので、これも建前を作っておく。

 

 親から偶然チケットをもらい期限が日曜日なので勿体無いから見に行こうというものだ。これなら下心を隠しながら自然に誘える。

 しかしチケットは親からもらっていないので予め購入しておく、当日の流れで第二目標に移行できない可能性もあり、カートゥーンコミック5冊分の金を無駄にするのは中学生にとって痛い出費だが必要経費として割り切る。

 そしてIRCチャット等で映画のストーリーやネタバレ感想を読み、内容について語れるようにしておく。ソウスケはスノーホワイトに恋心を抱いているが恋愛映画というエンターテイメントとして全く興味が無く、ジーザスシリーズ等のアクション映画が好きだった。

 

 当日は恐らく内容が入ってこないだろう。そんな状態で映画について聞かれテキトウに答えてしまっては幻滅される、そうならないよう全く内容を知らなくても自分の意見の如く言えるように頭に叩き込んでおく。これは苦手な数学を勉強するように苦痛だが、必要な事であると割り切り学力試験のように懸命に覚えていく。

 こうして日曜日に向けて着々と準備を進めていくが当日の朝になって重大な事に気付く。それは服装についてだった。

 

 人は見た目で8割決まると言われ、容姿はもちろん服装も重大な要素で容姿が悪くても服装でカバーできる。また逆に然りでもある。

 時々友人と遊びに行く際には服装は気にしなかった。ジョック時代もとりあえずブランド物を着ていけば何も言われることもなかったので問題なかった。だが今回は状況がまるで違う。

 普段のパトロールの時は動きやすさを重視した服装を着ており、仮にスノーホワイトにダサいと思われてもまだ言い訳が出来る。だが今回は完全にプライベートでありファッションセンスが試されてしまう。スノーホワイトが好むファッションを選ばなければならない。

 

 どれが!どれがスノーホワイトに好まれる服装なんだ!?

 

 こうしてソウスケは洗面所で延々と服のコーディネートを悩んでいた。腕時計に目を向けると出発まで残り10分に迫ると焦燥感が募り思考能力を削られていく。

 

「あ~もう!こうなればブッダ任せだ!」

 

 大声で叫びながら散乱していた衣服をシャツ、上着、パンツと分類し目を瞑りながらそれぞれをシャッフルするようにかき混ぜ無造作に手にとった。自分で決められないならブッダに決めてもらう、ソウスケは完全に運に任せた。

 

 その結果、赤色のTシャツに紺色のジーンズにドラゴンのイラストが入った黒のジャージになった。それを着て鏡に映った自分を見てみると予想以上にしっくりくる。

 運に任せたがこれがベストの組み合わせのように思えていた。特にジャージのドラゴンが良い、ドラゴンは自身のニンジャネームに入っている縁が深いホーリーアニマルだ。それを纏うことでパワーが漲る。スノーホワイトとプライベートで出かけるという事は非常に重要な事であり、ある意味イクサだ。ドラゴンという守り神が付いていればイクサを乗り切れそうに思えてくる。

 ソウスケは家を出て目的地に向かう。その足取りや動作からエネルギーが漲っていた。

 

◇◇◇

 

 サッキョー・ライン鉄道ヨノ駅前広場、ソウスケはベンチに座りながら辺りを見渡すと多くの若者やカップルで溢れていた。ヨノ駅には若者向けのショップ等が多く存在しており、「凄い売れている」「買わないとムラハチ」「流行っている」など店ごとに購買意欲を過剰に煽るサイン看板が立っている。ヨノはネオサイタマのティーンエイジカルチャーの発信地でもあった。

 腕時計で時間を確認すると10時を回るところで集合時間まで残り1時間、早く来すぎた。サッキョー・ライン鉄道は分刻みで運行しているが、出世に失敗したサラリマン達による人身事故で度々遅延が発生するのでそれを想定して出発したが、幸か不幸か特に遅延も無くスムーズに到着した。

 

 友人との約束なら辺りの店を回って時間を潰すのだが、今日はそうはいかない。いずれ到着するスノーホワイトを出迎えなければならない、それが出来る男であるとコミックの最新刊を買う金を犠牲にして勝った若者向け情報誌に書かれており、その教えを実行する。

 

 ソウスケはやることがないので周りの人々を観察する。やはりティーンエイジカルチャーの発信地だけあって、よくは分からないがオシャレそうな服装の若者が多かった。

 すると必要以上にキョロキョロと周りが見渡す。自分の服装はダサく悪目立ちしていないだろうか?ティーンエイジカルチャーに疎いソウスケにとってここはアウェーの地であり、家に出たときに溢れていたエネルギーは弱まり他人が嘲笑しているかもしれないと怯えていた。

 

 ソウスケは目を閉じてゆっくり深く息を吸って吐く。他人の視線を恐れたソウスケは目線が気にならない世界、イマジナリーカラテの世界に逃げ込んだ。こうなれば相手を想像しカラテすることにニューロンのリソースを費やされ、他人の目線を気にすることは無い。ひたすらイマジナリーカラテトレーニングに没頭する。

 

 

 

 イマジナリースノーホワイトのチョップが鎖骨に直撃する。だがおかしい、今の体勢ではボトルネックカットチョップで首を切断できたはずだ。何故鎖骨にチョップを打ち込む?そして肩に衝撃が伝わってくる。それに誰かの声が聞こえてくる。

 これはイメージで作り上げた声ではない、現実の声だ。ソウスケはイマジナリーカラテの世界から現実に帰還する。そこには見知った顔があった。

 

「スノーホワイト=サン?」

「ごめんね。凄く集中してイメージトレーニングしていたから暫く待っていたけど、クレープは人気みたいで売り切れても困るし声をかけちゃった」

「いつからそこに居たの?」

「30分ぐらい前かな」

 

 ソウスケは慌てて時計を見ると時刻は11時を回っていた。いつの間にそんなに経ったのか。イマジナリーカラテトレーニングに没頭するあまりスノーホワイトを出迎えるどころか気を使わせてしまった。

 何たる失態!今にでもケジメしたい気分だった。その感情を察知したのかスノーホワイトはドラゴンナイトをフォローする。

 

「待たせたと思っているなら気にしないで、丁度読みかけの本があって読んでいたから。電車で読んでいたら続きが気になるところで駅に着いちゃって、このままお店に行ったら続きが気になってソワソワするところだったから読み終えてよかった」

 失態を犯した事で混乱したソウスケだがスノーホワイトのいつも通りの対応で平静を取り戻し始めていた。しかし別の事で鼓動が再び跳ね上がり動揺してしまう。服装がいつものものとは違っていた。

「それにしてもこんな場所でもイメージトレーニングなんて凄いね。私も見習わないと」

「そ……そんなことないよ。予想外に早く着いてやることが無かったから……」

 

 失態を犯し混乱したソウスケだがスノーホワイトのいつも通りの対応で平静を取り戻し始めていたが、別の事で鼓動が再び跳ね上がり動揺してしまう。服装がいつものものとは違っていた。

 白のシャツに水色のカーディガンに花柄のロングスカート、これがスノーホワイトの私服なのだろう。

 ティーンエイジカルチャーの発信地にしては地味で目立たない服装で、流行りじゃないと周りの者は笑うかもしれない。

 だがこの服装のスノーホワイトは誰よりも綺麗で可愛かった。恐らく芸能界のスカウトが大量に声をかけてくるだろう。寧ろ声をかけなかったら目をくり抜いて指を全部ケジメすべきだ。それ程までにソウスケにとってスノーホワイトの姿は心をときめかせる。

 

「じゃあ……店はあっちだから行こうか」

 

 ソウスケは先導するように歩き始めスノーホワイトはその後ろをついていく。次第にスピードを緩めスノーホワイトの横に並ぶように歩き、スノーホワイトに勘付かれないように私服姿をニューロンに刻み付ける。するとスノーホワイトは突如立ち止まった。

 

「ソウスケさん、ちょっと寄り道してもいい?」

「いいよ。店もまだそんなに混まないと思うし」

 

 スノーホワイトは進行方向から反転し歩き始めソウスケも着いていく。どこか行きつけの店に連れてってくれるかと期待したが、すぐに自分の考えを否定する。

 あれはパトロールの時によく見せる表情だ。あの表情を見せた後のスノーホワイトが移動した先には酔い潰れているサラリマンやヤンクに絡まれている人等誰かしら困っている人がいる。

 今回もスノーホワイトも行く先には困っている人がいるだろう。プライベートでも善行を行う精神に改めて感心すると同時にスノーホワイトと出かけることに浮かれていた自分を叱咤した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「うわ~マジか!マジか!マジか!」黒革のテックジャケットを羽織ったショートボブのパンク風の女性が立ち止まるとしゃがみ込み声を上げる。その様子をヨノ駅前広場にいる人々は一瞥するが、すぐに足早に歩き始める。そして隣のいるコートとハンチング帽を被った男性はショートの女性を見下ろす。

 

「何があった?」「サイフを掏られた!チェーンでくっつけてたのに!マジかよ信じらんねえ!いつ!?どうやって!?」女性は混乱しながら上着やジーンズのポケットを探す。きっとサイフをチェーンから外してどこかのポケットに入れたんだ。そうであってくれ!だが女性の祈りは虚しく財布は見つからない。

 

「財布はいつまであった?」「電車に乗るまではあったのは覚えている。それでヨノ駅に着いて何か変だと思ったらチェーンが切れて財布が無くなっていた」「やられたな。電車内で掏られたのだろう」「あの満員電車で!?」女性は驚き声を荒らげる。あの人を圧殺しようとしか思えないほどの混み具合、身動き一つ取れなかった。あの状態で掏るのは不可能だ。

 

「何かしらの方法でチェーンを切ったのだろう。昔同僚がチェーンを切られ財布を擦られた」「マジかよ……そんなのありかよ……何なんだよネオサイタマ……」男性の言葉に女性は膝をつきがっくりと項垂れた。以前に居たキョートでは考えられないことだった。まさかチェーンを切断してくるとは。

 

だがネオサイタマにおいてこれはチャメシインシデントであり、通勤するサラリマン達はスリから財布を盗まれないように財布に触った瞬間電気ショックが流れるギミックをつけるなど何重にもプロテクトを施し、スリ達もそのプロテクトを突破する為に技術を磨きアイディアを考える。そんな攻防が常日頃行われている。

 

「財布には何が入っていた?」「金とかポイントカードとか。クソッ!金も下ろしたばっかで結構入っていたし、ポイントも結構溜まってたのに!」キャッシュカードが入っていなかったのが幸いだった。もし入っていればハッカーに預金残高を下ろされて、さらにヤクザクランから借金を背負わされていただろう。

 

しかしこの損失は厳しい。女性はタイルを踏みつけやり場のない怒りをぶつける。「今日は私が会計を持とう。このまま帰っても仕方がない」「悪いな次は必ず俺が奢るから。クレープじゃなくてスシでもいいぜ」「気長に待っておく」女性は空元気に男性は静かに頷く。

 

「すみません」すると二人の背後からティーンエイジャーの男女二人が声をかけてくる。二人は振り向き正対する。「えっと何の用?」「もしかしてこの財布を落としませんでしたか?」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

ソウスケはスノーホワイトの後に着いていく。駅前から離れていき道も徐々に細くなっていく。辺は駅前の表通りとは違いゴミが散乱しており、怪しげな店が並んでいる。壁には「少し悪い」「でもかっこいい」とスプレーで書かれている。駅前とは明らかにアトモスフィアが攻撃的で退廃的である

 

ここはウラヨノの通り、一般的なティーンエイジカルチャーの発信地がオモテヨノであり、アンダーグランドオインランロイドアイドルやパンクスやヒップホップのカルチャーが発信されるのがウラヨノである。スノーホワイトは迷いなく進んでいく。その姿をストリートの住人はニタニタと笑っている。二人はウラヨノでは明らかに異分子だった。

 

普通のティーンエイジャーならウラヨノのアトモスフィアを恐れバイオネズミのように引返すが二人は意に介することなく進んでいく。二人は普段のパトロールでもっと危険で治安が悪い場所にも訪れている、ウラヨノ程度では全く怖がることはない。

 

暫く早足で歩くとスキンヘッドに刺青を入れた黒人二人組が二人の視界に入る。スノーホワイトは黒人二人がライブハウスのような建物に入る前に声をかけた。「すみません、財布を拾いませんでしたか?」その言葉と黒人二人の眉が僅かにひめたのを見て、ソウスケはスノーホワイトの行動の意味を確信する。

 

「ナンガキコラ!」「イチャモンカコラ!」黒人たちは顔を近づけるとヤクザスラングのような言葉で威圧的に捲し立てる。スノーホワイトは動じることなく再び尋ねる。「友達が財布を落としたみたいですが、拾いませんで……」「シラネエ!」黒人はスノーホワイトが喋り終わる前に被せるように大声を出す。

 

「折角いい気分でライブに行こうと思ったのにイチャモンつけられて萎えたな」「ああ、これはそこの自動販売機でセルフバリキパーティーしてテンション上げねえとな」演劇めいたトーンで喋り始めて睨みを効かせる。これは明らかにスノーホワイトに迷惑料という名目で金をせびっているのだ!

 

「金がねえか?何なら前後させてくれるなら勘弁してやる」「体は平坦気味だが顔は良い」何という卑猥な言動!黒人達の下品な言葉にソウスケは目を開きキリングオーラが膨れ上がる。だがスノーホワイトは手で制して怒りを抑えるように促し、ソウスケはキリングオーラを押さえ込む。

 

「友人が財布を落として困っています。心当たりはありませんか?」スノーホワイトは深々と頭を下げる。何という奥ゆかしさ!下劣な言葉を投げかけられながらも頭を下げるその姿は聖母マリアのようだ!

 

「前後で済ませてやるって言うのにまだ疑うかコラー!ナメンテンカコラー!」「俺たちを舐めるっていうのはフレンドのキルモンキークランを舐めるってことだよ。とりあえず事務所行こうか」だが黒人二人にはスノーホワイトの奥ゆかしさは伝わらず、事務所に連れて行こうと肩に手を回す。

 

「イヤーッ!」突如響き渡るカラテシャウト!二人は声の方を振り向くとそこには左手にバリキドリンクの空き瓶を持ったソウスケ、瓶のボトルネックは切断されている!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ソウスケは片手で瓶を持ちながらボトルネックカットチョップを繰り返していく。

 

黒人二人の顔が一気に青ざめる。仲間内の余興でボトルネックカットチョップチャレンジを行ったが誰ひとり成功しなかった。成功できるのはカラテ10段以上のブラックベルトの持ち主である。だがソウスケはあっさりと成功させている。目の前の少年は何者なんだ?

 

「スノーホワイト=サンが嘘つくわけない、早く盗んだ財布を出して!それとも首をボトルネックカットされたいの?」ソウスケは語気を強めながら通告する。「アイエエエ……」黒人二人は声を震わせながら懐から財布を差し出す。その股間は僅かに湿っている。ソウスケのキリングオーラとカラテを目の当たりにして軽いNRSを起こしていた。

 

ソウスケはスノーホワイトに財布を渡す。「ありがとうございます」スノーホワイトは黒人二人に礼を奥ゆかしくオジギをして踵を返し歩いていく。ソウスケも黒人達を睨みつけ後を追う。「何てシツレイな奴らだ!もう少し痛めつけてやればよかった!」ソウスケは怒りを隠すことなく呟く。

 

スノーホワイトは卑猥な言葉を投げかけられながらも、怒ることなく財布を盗んだことを知りながらも財布を差し出す機会を与えた。それを全く理解しようとしなかった。骨の2本や3本でも折っておけばよかった。

 

 

「そんなのダメだよ。相手も痛いのは嫌だろうし」「でもスノーホワイト=サンだってあんな言葉言われてムカつくでしょ」「別に気にしてないよ。それより私のことに怒ってくれてありがとう」「いや……家族や知り合いが言われたら誰でもそうするというか……人として当然というか……」ソウスケは照れ臭そうにしながら視線を逸らす。

 

スノーホワイトはその姿を見て笑みをこぼす。もしラ・ピュセルが同じような場面に出くわしたらソウスケと同じように怒っていただろう。「それで財布は届けるの?何かネコババしそう」ソウスケは話題を変えるように言った。パトロール等でマッポが賄賂を受け取っている所を何回か目撃している。マッポは基本的に信用していない。

 

スノーホワイトは頷く、フォーリナーXを探す中で警察の腐敗を度々目撃しており、ソウスケと同じように警察を信頼していなかった。ならば自分で直接渡したほうが確実である。声を聴けば財布の落とし主がすぐ分かる。すると一人該当する声が聞こえてくる。二人はその声の元へ向かった

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

少女は懐から財布を出すとショートボブの女性は目を大きく見開いた。「俺の財布だ!どこに落ちてた!?」「駅の改札を出たすぐのところに」少女から財布を受け取ると中身を確認する。金の総額は記憶している額と誤差はない。それにカード類もすべて有った。「ありがとう!マジでありがとう!ネオサイタマにもブッダは居るんだな!」

 

ショートボブの女性は少女の手を取り90°の角度でお辞儀する。その姿を見て少女と少年は嬉しそうに笑った。「いや~本当に助かった!えっと……」「カワベ・ソウスケです」「ユキノ・ユキコです」「カワベ=サンにユキノ=サンありがとう!ところで二人は甘いものは好きか?」「好きでも嫌いでもないです」「私も同じです」

 

「そうか、じゃあ近くに有るクレープ谷渋は知っている?二人ぐらいの世代で人気の」「はい、丁度ボクとスノー……ユキノ=サンと一緒に行く予定です」「マジか!俺達も行くつもりだったんだ。礼として二人の分も奢らせてくれよ」「お気遣いありがとうございます」ショートボブの女性の提案をスノーホワイトは奥ゆかしく拒否する。

 

魔法少女として人助けを行い他人から報酬を貰うことはならない。それがスノーホワイトのポリシーだった。「まあ硬いこと言わずに」「いえ、当然の事をしたまでです」「ブッダも怒るぞ」「ではお言葉に甘えて」ソウスケがスノーホワイトの間に割って入り提案を承諾した。

 

「よし決まりだ。好きなだけ食べてくれ」ショートボブの女性は意気揚々と歩き始め、ハンチング帽の男性は二人を一瞥し後についていく。「ソウスケさん、どうして誘いに受けたの?」スノーホワイトは小声で問い詰める。

 

「二回断られて三回目でブッダも怒るって言うのは、キョートでは是が非でも誘いたい時に言う言葉で、それを断ると凄くシツレイって授業で習ったんだよ」ショートボブとスノーホワイトの間で行われたやり取り、これはエド様式の作法が時を経て変化したものがキョートで伝わったものである。

 

もしキョートでこのやり取りが行われスノーホワイトが断れば、相手側のオナーは大いに傷つけられただろう。「そうなんだ」スノーホワイトはシツレイという言葉を聞いて渋々納得する。己のポリシーよりこの世界の文化を尊重した。その行動は奇しくもミヤモトマサシの「他人の家に入ったら言うことを聞こう」に則していた。

 

「あ、そういえば」ショートボブの女性は振り返る。「俺はエーリアス・ディクタス。こっちがイチロー・モリタ=サンだ」「ドーモ、カワベ=サン、ユキノ=サン。イチロー・モリタです」エーリアスとモリタ改めフジキド・ケンジは二人にアイサツした。

 




◆忍殺◆
ニンジャ魔法少女名鑑#7
【コバヤシ・チャコ】
非ニンジャ。ネオサイタマに住む女性大学生、キッズアニメのニンポ少女シリーズのマニア、幼少期からシリーズは欠かさず見ており、一番好きなニンポ少女はシノビ、バリキでトリップし、ネオサイタマに来たスノーホワイトとファルをニンポ少女とそのマスコットと勘違いし、家に招き入れる
◆魔狩◆

◆忍殺◆
ニンジャ魔法少女名鑑#8
【コールドスカル】
元サラリマン。仕事のミスで右手の指をすべてケジメした時にニンジャソウルが憑依。アカシ・ニンジャクランのレッサー。アマクダリの傘下ではなく、フリーランスで活動している。アクシデントで重要な記憶端子をコバヤシに回収され、奪い返す為に家に乗り込む
◆魔狩◆


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第六話 あの日あの時あの場所で#2

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「ラッシャセ!四名様案内します!」ヨノ発信の流行りのファッションに身を包んだ女性店員が四人に声をかけた。クレープ谷渋では店員は制服ではなくそれぞれの私服を着て働いている。店員全員のルックスは良く服装もファッション雑誌の表紙を飾れるほど決まり、店員目当てで店に来る客も少なくない。

 

店員のクールさもクレープ谷渋が若者に人気である要素の一つだ、この店から芸能界デビューすることもあり、店員であることは一種のステータスと化している。そして客達はどの店員がクールだったかを店が設置した投票箱に投票し、投票数の有無で給与が変わっていく。

 

女性店員は四人に視線を向ける。一人はパンクス、一人は地味なトレンチコート、一人はガキ臭いファッション、一人はルックスは良いが無難な服装、自分のほうがクールだ。女性店員は勝ち誇った表情を一瞬見せ4人を国道が見える窓側の席に案内した。「注文が決まりましたらお声がけください」店員は接客用スマイルを見せ離れていく。

 

「あの店員俺のこと笑いやがった」エーリアスは不満そうに呟きながら配られた水を飲み干し、ソウスケは相槌を打つように愛想笑いを見せる。「美味いって評判だがハズレかも。こういう店は大概味が疎かだ」エーリアスの言葉に思わずソウスケも同意する。

 

店内ではネコネコカワイイの新曲ほとんど違法行為featヨノストリートが流れ、客はお気に入りの店員に目線を向け、料理を配膳しにきた店員と会話を楽しんでいる。店内に漂うアトモスフィアが軽い、依然家族で行ったスシ屋などは荘厳な尺八をBGMに客と料理人との間に良い意味で重い空気があった。

 

客は料理を堪能しようと真剣で、料理人もその客に応えようと真剣に料理を作っているから生まれたアトモスフィアだ。ここにいる客は料理なんて気にしていない。ただクールな店員を見て流行りの店で料理を食べた事実があればいいという者だ。テレビで芸能人が美味いと言っていたが、番組の製作者に言わされただけだろう。

 

4人はメニュー表を見てオーダーを決める。ここの店ではデザートのクレープだけではなく、主食のクレープもメニューもある。エーリアスは店で一番人気のネギトロクレープ、フジキドはツナクレープ、ソウスケはタマゴクレープを頼んだ。

 

本当は肉が入ったクレープを頼みたいところだが、値段が比較的に高く奢られる立場で値段が高いものを注文するのは奥ゆかしくないと思い、安価なタマゴクレープにする。スノーホワイトもソウスケと同じメニューを注文した。

 

「そういえばキョートでもそうだったんですか?こういう店はハズレだって」注文を終えるとソウスケが店員に聞かれないように小声でエーリアスに話しかける。「まあ結構な確率でそうだな。アトモスフィアで分かる。というより俺がキョート出身だって分かるのか?」

 

「ユキノ=サンとのやり取りで三回目のブッダも怒るという言葉、あれはキョートの人が是非とも受けて欲しいという時に言う言葉だと授業で教わりました」「へえ~」エーリアスは関心する素振りを見せる。「そうなのかモリタ=サン?」「記憶が曖昧だが授業では習った記憶はない。そういった事を習うのはカチグミが入学する学校だろう。カワベ=サンは私立の中学か?」

 

「はい、アカツキ・ジュニアハイスクールに通っています」「学年は?」「二年です」「二年か、受験前で一番楽しい時だな。ユキノ=サンも同じ学校?」「私はヒノ・ハイスクールに通っている一年です」スノーホワイトは淀みなく喋る。このハイスクールはネオサイタマに存在しており、身分を偽るときはヒノ・ハイスクールに通っていると語る。

 

同じ高校の出身者が居ない限りボロが出ない程度には調べていた。「エーリアス=サンは何を?」「俺は……色々だ。スシ握ったりして日銭を稼いで何とか生活しているさ」「スシ職人なんですか!?」「いや職人じゃない、握れることは握れるけどパートで手伝いしているだけだよ」「それでも握れるんですよね。凄いですよ」

 

ソウスケはスシ職人など修練を積んだエキスパートにはある程度のリスペクトを持ち、エーリアスにも同じような視線を向ける。エーリアスは恥ずかしそうに答えながら話題を逸らす。「じゃあ、モリタ=サンは何の仕事をしていると思う?」「う~ん、サラリマンですか?それか何かの職人か?」

 

ソウスケは思いついた答えを言う。寡黙だが実直で誠実そうというイメージからこの二つが思い浮かんだ。「違う。私立探偵だ」「私立探偵?」ソウスケは思わず訝しむ。私立探偵と言われて思い出すのはサムライ探偵サイゴだ。サイゴもそうだが私立探偵は裏の職種というか、真面目そうでやるとは思えなかった。

 

「名刺でも渡しておけよ。カワベ=サンの親から仕事を貰えるかもしれないぜ」フジキドはエーリアスの言葉に賛同するように席を立ち上がりソウスケに名刺を渡した。その動きは淀みなく手馴れたものだった。一方ソウスケはたどたどしく名刺を受け取りGパンの後ろポケットに入れる。

 

フジキドの眉が僅かに動く、この行為はもしビジネスの場であればシツレイでありケジメに値する行為だ。だが中学生にビジネスマナーを求めるのは酷である。フジキドはその行為を咎めることなく見過した。

 

「お待たせいたしました。こちらがご注文の品になります」店員が料理を四人の前に置いていく。皿の上にクレープが置かれている。皿もカラフルでポップな色使いでこれまた若者受けしそうなデザインだ。「この皿を見るとますます期待できないな、味に自信があればこんな皿で出さない」エーリアスは文句を言いながらクレープを口に運び表情が一変する。

 

「うん、不味くはない。むしろ美味い」エーリアスは二口三口と口を運ぶ。その様子を見てソウスケ達も頼んだクレープを食べる。「確かに美味い。これは予想以上に美味い」クレープに入っているタマゴ焼き、口に入れた瞬間のフワフワした食感、これは依然食べた高級スシ屋のタマゴ焼きと食感が似ている。

 

「こういう店は大概不味いんだけどな」「はい、ボクも店のアトモスフィアでダメかと思いましたけど実際美味いです」二人は期待していなかっただけに予想外の美味さに喜んでいた。「ユキノ=サン不味かった?」「ううん、美味しいよ」ソウスケはスノーホワイトに不安そうに尋ねる。スノーホワイトはすぐに笑みを作る。

 

確かに美味い。だが予想外ではなく、期待度を大幅に下げていたエーリアスやソウスケと比べて感動が少なかった。フジキドもスノーホワイトと同じ心境で表情を変えることなくクレープを食べる。「他も食べてみるか。この肉クレープとかも良さそうだな」エーリアスはメニューを見てオーダーを決めると店員を呼んで数品ほど頼んだ。

 

「それで俺の部屋に居るのに鉄球が突っ込んできて、危うく死にかけた」「それ本当ですか?」「本当だよ。カルチャーショックだった。ネオサイタマいい加減にしろよって思ったね」エーリアスの言葉にソウスケとスノーホワイトは乾いた笑いを浮かべた。4人はクレープを食べながら会話をする。主に喋るのがエーリアスとソウスケだった。

 

エーリアスはキョートに住んでいた時の事を喋り、キョートについて知らないソウスケとスノーホワイトは興味深そうに聞いていた。ソウスケは学校での出来事を喋り、エーリアスはカルチャーギャップと昔を懐かしみながら聞いていた。ソウスケはエーリアスが女性ということもあり、気後れしていたが不思議と喋りやすかった。

 

気が良く女性らしさが感じられず、まるで部活の仲の良いセンパイと話しているようで楽しかった。途中までは話に夢中になっていたが、本来の目的を思い出しスノーホワイトについて立ち入った質問をして、エーリアスも無意識にプライベートの事を聞いていたが当たり障りのない答えで上手くはぐらかされた。

 

「それでライブハウスのヨタモノで働いているんだけど……」ソウスケはエーリアスの話に聞いているふと横を向くとガラスから国道を走るウキヨエトレーラーが目に付く、その存在を誇示するようなウキヨエトレーラー、普段は産業道路を走るトレーラーが国道に居るのは珍しかった。ウキヨエトレーラーは信号が赤から青に変わると発進する。

 

ウキヨエトラックのスピードは法定速度を少しオーバーしていた。だが緩めるどころか加速していく。発進してから50メートル程で法定速度をゆうに40キロオーバーしていた。「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」トレーラーからヤクザクラクションが鳴り続ける。その様子を訝しみソウスケはニンジャ視力でトレーラーを注視する。

 

ナムサン!運転手は泡を吹いて気絶しハンドルにもたれ掛かっているではないか!運転手はノルマに追われ今月の規定残業時間を100時間超え、今も30時間不眠不休でトレーラーを運転していた、結果体に極度の負荷が掛かり心筋梗塞を発生し気絶。アクセルを踏んだ状態で気絶したのでアクセルは踏みっぱなしだ!トレーラーの加速度的に上昇する!

 

これに気づいているのは偶然外を見ていたソウスケだけだった。もしテロ行為であればスノーホワイトの魔法で気づけたが、意識を失っている状態では困った声は発生しないので気づけない。

 

ソウスケは瞬時に状況判断する。このままでは後数秒でこの店にトレーラーは激突する。トレーラーに可燃物が積んでいた、あるいは調理場に突っ込みガス爆発が起これば店内の客は大勢死ぬ。客を避難させるには間に合わない。

 

「イヤーッ!」ソウスケはノータイムでリュウジン・ジツを使う。この状態になればカラテは飛躍的に向上する。自分がトレーラーを止めて被害を防ぐ!「アイエエエ!ニンジャナンデ!?」ソウスケの姿を見て客達はNRSを発症!エーリアスは狼狽しフジキドはカラテを構える。ソウスケはガラスを突き破りトレーラーに向かっていく。その後ろにはスノーホワイト。

 

ソウスケの声に事態に気づく、ソウスケが行おうとすることを瞬時に察知しお互いアイコンタクトで意思疎通する。二人は色付きの風となってトレーラーの前にたどり着く。トレーラーが二人に激突するまで残り一秒!ソウスケは四肢に力を入れ激突に備える。

 

「イヤーッ!」二人の後方から黒い物体が飛んでくる。黒い物体は直線と曲線を描きトレーラーのタイヤにすべて命中!ワザマエ!何たるニンジャ器用さか!乾いた破裂音が響きトレーラーは減速!二人は後ろに一瞬目を向けるとフジキドが色付きの風になって近づいてくる。「受け止めるな、トレーラーを攻撃するのだ。一人は車内から運転手を出せ」

 

トレーラーのエネルギーと同等のエネルギーをぶつけて停止させるつもりだ。スノーホワイトはフジキドの意図を察しトレーラーのドアを力づくで剥がし運転手を抱き抱え車内から脱出する。「イヤーッ!」ソウスケはスノーホワイトが車外に出るのを確認すると言葉に従うように腰を落とし正拳突きを放つ!

 

「イヤーッ!」フジキドは勢いそのままに踏み込み肩から背中にかけてトレーラーに叩きつける!暗黒カラテ、ボディチェックだ!踏み込みによって地面はクモの巣状に罅割れる!2人がカラテを合わせたことでエネルギーは2倍、いや10倍だ!そのエネルギーは圧倒的な質量と速度で迫るトレーラーと同等であり、トレーラーはその場で停止する。

 

「止まった」ソウスケはカラテによって鉄の塊と化したトレーラーを見て安堵する。これで最悪の事態は回避できた。「ソウスケさん救急車呼んで!この人心肺停止してる!」スノーホワイトが運転手に心臓マッサージを行っている。ソウスケは慌ててジツを解き、公衆電話を探す。

 

ソウスケは救急車を呼んだ後辺りを見渡すとフジキドとエーリアスの姿が消えていた。だがすぐに2人のことは頭のニューロンの隅に置き、スノーホワイトの元へ向かった。

 

◆◆◆

 

「間もなくセンベイ駅行きのエクスプレスが参ります。イエローラインの内側までお下がりください」ホームに電車が停止する。本来のエクスプレス電車は赤と銀色を基調にした色だが、メガコーポの商品を宣伝するラッピングが隙間なく貼られ赤と銀は見る影もなくなっている。

 

扉が開くと乗客たちが一斉に降りていく。休日のヨノ駅はラッシュアワーには劣るが、それ相応に乗客の乗り降りが多い、その慌ただしい様子をエーリアスとフジキドはベンチに座りながら眺める。フジキドはソウスケとトレーラーを止めた後、すぐにエーリアスと一緒に会計を済ませその場から去っていた。

 

「帰りはローカルトレインでいいよな、急ぐわけじゃないし。あの混雑は実際ツライ」「それでかまわぬ」エーリアスはベンチの隣にある自動販売機でザゼンドリンクを二つ購入すると、一つは自分に、もう一つはフジキドの分だ。人は座りながらザゼンを飲む。

 

「よしストライク」エーリアスはザゼンを飲み干すと10メートル先のゴミ箱に空き瓶を投げる。空き瓶数個分の入れ口に投げた瓶は吸い込まれる。フジキドはザゼンを飲み干すとゴミ箱に近づき入れ口に直接入れた。

 

「やっぱりカワベ=サンはニンジャだったな、あんな怖いジツだとは思わなかった。目の前で変身されてビビった」エーリアスはソウスケの異形の姿を思い出して体を震わせる。エーリアスはニンジャソウル感知能力が鋭く、ニンジャであることに気づいていた。フジキドも無言で頷く。

 

ソウスケの姿を見た時に、カネモチディスクトリで遭遇した少年ニンジャのドラゴンナイトであるのを看破していた。フジキドは今まで会ったニンジャはすべて記憶しているのだ。「しかしトレーラーが店に突っ込むのを阻止したんだよな。状況判断してすぐに動いた」

 

エーリアスはソウスケの行動を振り返りながらかつてキョートでの些細な出来事を思い出す。駅でサラリマンが苦しみだし、助けようと思ったが遅れてしまった。後ろから一人、自分を追い越して駆けて来て、サラリマンのもとに屈み込んだ声をかけた。自分は唯見ているだけで少し遅れて「大丈夫ですか」と声をかけただけだった。

 

「でもユキノ=サンもニンジャだったのは意外だったな。ソウルが何か変だったし」エーリアスは話題を変えるように話しかける。「確かに」フジキドは相槌を打つ。あの動きはニンジャそのものだが、ニンジャソウルを感じられなかった。

 

すると階段からピンク髪の少女が階段を上がりエーリアスとフジキドの元に向かっていく。スノーホワイトだ。スノーホワイトは2人の前に立ちアイサツする。「どーも、エーリアスさん、ニンジャスレイヤーさん、スノーホワイトです。幾つか聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」

 

 

◇スノーホワイト

 

 イチロー・モリタがニンジャスレイヤーであることはすぐに分かった。「ニンジャスレイヤーだとバレたら困る」という声が聞こえてきた。しかし目の前の壮年の男性がニンジャスレイヤーだとは俄かに信じがたい。格好が全く違うのはそうだが「ニンジャを殺せなければ困る」と危険な声を発信しながら鬼か悪魔のように殺気を漲らせていた男性とは思えない。

 

「なんでそれを知っている?」

 

 エーリアスは明らかに動揺し、ニンジャスレイヤーも一見冷静のように見せているが眉が僅かに動くなど身体的サインを発している。何より「アマクダリにバレたら困る」という声が聞こえてくる。スノーホワイトは質問に答えず沈黙を貫く。

 

「ドラゴンナイト=サンは?」

「救急車隊の方に引き継ぎをして、その後は別れました。ここには来ません、私一人です」

「そうか、それで何を聞きたいのだ?」

「アマクダリについてです」

 

 アマクダリという単語を初めて聞いたのはスーサイドと名乗ったニンジャからだった。正確には「アマクダリに嗅ぎつけられたら困る」という心の声だった。

 そしてカネモチディスクトリでニンジャスレイヤーと初めて出会った時、「ニンジャを殺せなければ困る」という声と同時に、「アマクダリの計画を阻止できなければ困る」という声が聞こえてきた。

 ニンジャという魔法少女に匹敵する強さを持つ種族が警戒し、壁に耳有り障子に目有り計画という陰謀を企んでいたアマクダリという存在。これは悪なのか?自分の世界にいた中東のテロ組織のように人々に害をもたらすなら狩らなければならないのか?

 アマクダリという存在について情報を欲していたところにニンジャスレイヤーと偶然出会う。これは千載一遇の好機、スノーホワイトは「ニンジャを殺せなくて困る」という声を発していたニンジャスレイヤーからドラゴンナイトをいつでも守れるようにと警戒しながら食事をして、話を聞く機会を待った。

 だがトレーラー暴走への対処をしていたら、ニンジャスレイヤーはいつの間に姿を消していた。スノーホワイトは到着した救急隊に任せると、魔法の精度を最大限に高めてニンジャスレイヤーを捕捉しここまで追ってきたのだった。

 

 二人はアマクダリという言葉を聞き、驚きと警戒心を強める。この反応からアマクダリという単語は一介の女子高校生が知っているべきものではないことは分かる。エーリアスはニンジャスレイヤーに視線を向け、ニンジャスレイヤーは目を閉じ熟考する。話すべきか否か、話すとしてもどこまで話すべきかを吟味しているのだろう。数秒後重々しく口を開く。

 

「……アマクダリは組織だ、アマクダリには関わるな。関われば命を落とすことになる」

「ありがとうございます。ドラゴンナイトさんにも伝えておきます」

 

 スノーホワイトは深々と頭を下げると二人に背を向けると階段を下り反対側のホームに向かっていく。

 

「それでアマクダリという組織について何か聞こえたぽん?」

「まあ、色々と」

 

 ファルの言葉にスノーホワイトは聞こえてきた声について話す。

 ニンジャスレイヤーは最低限の言葉でアマクダリの驚異を伝えた。その心中では「若者が死ぬのは困る」という身を案じる言葉が聞こえた。それだけ優しい人間だと分かる。だがニンジャスレイヤーの気遣いとは裏腹にアマクダリについて多くのことを知ってしまった。

 

―――アマクダリがニンジャの力で人々を虐げ社会を支配するニンジャ組織と知られると困る。

―――アマクダリがネオサイタマの行政や司法に根付いていると知られると困る。

―――アマクダリが大きすぎて組織の全容を把握できないと知られると困る。

 

「それでどうするぽん?まさかそのアマクダリを解体するなんて言わないぽんね?」

 

 ファルの言葉にスノーホワイトは一瞬詰まるのを見てため息をつく。

 

 魔法少女が徒党を組むだけで脅威は跳ね上がる。例外を除いて個の力は数の力に駆逐される。それは歴史が証明している事実だ。スノーホワイトも数々の魔法少女を捕まえており、強い魔法少女と言えるが、仮に自らが所属している監査部がスノーホワイトを倒しに来たら間違いなく勝てないだろう。

 そして規模が把握できないほど大きいと言うからには、その人数はスノーホワイトが所属している監査部の人数を遥かに超え、魔法の国が把握している魔法少女すべての総数と同等かもしれない。

 さらにニンジャが大量にいるだけで厄介極まりないというのに社会に根付いている。敵と認定されれば真っ先に社会的に抹殺され、色々と不都合を強いられ疲弊させられていくだろう。

 スノーホワイトは以前中東のテロ組織を壊滅させた実績があるが、ファルが想定するアマクダリの力に比べれば、そこら辺のチンピラ組織と変わらないレベルだ。危険が大きすぎる。

 

「あのニンジャが言ったようにアマクダリには絶対に関わらないほうがいいぽん!例えどんな陰謀を企んでいようが、この世界の問題はこの世界の人間に任せるぽん!それにアマクダリにマークされたらフォーリナーXも探せなくなる可能性が有るぽん!」

 

 ファルは語気を荒くして矢継ぎ早に説得する。もしスノーホワイトがアマクダリに遭遇し、人々に害があるような行為や陰謀を企んでいると知ったら、きっと阻止しようとするだろう。そうなればもう止まらない。アマクダリと敵対し、社会が敵に回り、ニンジャの数の力で摺りつぶされる。

 

 スノーホワイトはファルの言葉に無言で頷くとファルは胸をなでおろした。すると電車が到着し、席に座り読みかけの本を取り出した。だが本の内容は頭に入ってこない。

 

 ファルの言う言葉は納得できる部分が有る。第一目的は元の世界に帰ることだ、それ以外は優先度を低くしなければならない。そしてアマクダリの最高戦力が仮に今まで戦ったニンジャ程度だとしても数百人単位で仕留めに来たらやられる可能性がある。何よりアマクダリと事を構えてしまったら、共に行動するドラゴンナイトもマークする可能性がある。それだけは絶対に避けなければならない。

 

 だがもし、アマクダリが人々を虐げ、人々を苦しめるような陰謀を企んでいると知ってしまったら、それを見過ごす事は魔法少女がすることだろうか?その時はどうすべきか?

スノーホワイトは訪れるかもしれない状況に対応する為に思案し続けた。

 




◆忍殺◆
ニンジャ魔法少女名鑑#8
【スコッチ】
ぼったくりバー「アラバマ」の店長、裏社会の力バランスを把握しておりニンジャの力で縄張りを広げようとはせず、弁えながら営業をしている。ストレス解消に自らヤクザなどの力自慢をキャッチし、自分に勝てたら無料にすると提案し痛めつけている。

◆魔狩◆

◆忍殺◆
ニンジャ魔法少女名鑑#9
【マウンテンストーム】
イシイがぼったくりバー「アラバマ」の店長スコッチに痛めつけられていた際にニンジャソウルが憑依、ジュドーのブラックベルトで世界大会に出場できる実力が有ったが、カチグミの陰謀により出場することはかなわなかった

◆魔狩◆

◆忍殺◆
ニンジャ魔法少女名鑑#10
【ヘッドハンター】
タダノがぼったくりバー「アラバマ」の店長スコッチに痛めつけられていた際にニンジャソウルが憑依、ボクシングの使い手でありモータル時代はフットワークとストレートに定評があった、イシイとは異種格闘技戦で戦い、お互いの実力を認め親友となった

◆魔狩◆


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第七話 ドラゴン・トレーニング♯1

ドラゴンナイトは思わず息を飲んだ。己の利益と欲望の為に自然を壊し、マッポー級の大気汚染雲によって重金属酸性雨が降り注ぐメガロシティネオサイタマ、その重金属酸性雨を生み出しているとも言えるメガロ工業地区にある自然公園。そこには普段では見られないような植物で溢れていた。

 

ある樹木はカスミガセキ・ジグラットのように天高くそびえ立ち、ある植物は外敵から身を守るようにウニめいた刺を生やし、ある植物は極彩色の果実を実らせていた。「ネオサイタマにこんなところがあるなんて」郊外のジャングルに行けば自然に溢れた場所はあるが、メガロ工業地区にこのような場所が有るとは全く知らなかった。

 

この自然公園の詳細について公的な記録は残されておらず、ドラゴンナイトが知らないのは当然のことだった。ドラゴンナイトは乗っていた自転車を置き、導かれるように自然公園に入っていく。生い茂る雑草や蔦をチョップで切り分けながら奥に進んでいく。雑草や蔦の一つ一つが街で純粋培養された植物と比べると固く切りにくく生命力に溢れている。

 

ドラゴンナイトは奥に進みながら深く息を吸い込んでいく。ここは空気が濃い、入口でもすでに濃かったが奥に進むにつれて益々濃くなっていく。息を吸い込むだけでカラテが漲る感覚、これはコンクリートに囲まれたネオサイタマの街中では味わえない感覚だった。

 

しばらく歩いていると辺りは未知の植物が群生していたが、次第にバンブーの割合が多くなり数十分歩くと全てバンブーになっていた。独自の進化を果たした未知の植物に対し僅かばかり薄気味悪さを覚える。見知った竹の存在はドラゴンナイトの心を僅かばかし落ち着かせる。すると足に伝わる糸の感触とカラカラと木製の打楽器のような音が響き渡る。

 

ドラゴンナイトは瞬時にカラテ警戒を高める。音が鳴ってから数秒立つが何も起こらない。カラテ警戒を維持しながら足に触れている糸の先を注意深く見ていく。そこには木製の何かがあった。さらに注意深く見ていくと周囲には糸のような物が張り巡らされていた。

 

これはナリコである。ナリコとは、ニンジャたちの間で伝承される危険なブービートラップだ。ドラゴンナイトは警戒を怠りトラップに引っかかってしまったのだ。これは奥に進まない方が良いのか?ドラゴンナイトは逡巡する。だがトラップがあるという事は奥には何かが有るということかもしれない。警戒心より好奇心が勝り奥に進んでいく。

 

ニンジャ視力を凝らし糸とナリコを確認し、マイめいた動きでナリコを回避する。ナリコを回避するために普段では取らない姿勢と筋肉を使う事を強要される。熟練のニンジャではないドラゴンナイトにとっては重度な負荷であり、その足取りはバイオ水牛めいて遅かった。

 

「なんだこれは?」ナリコトラップエリアを抜けると目の前にはあったのは灰色の焼け野原だった。ワビサビすら感じた竹林から一転して虚無の焼け野原、爆弾でも爆発したのか?ドラゴンナイトは駆け寄り周囲を調査する。するとあることに気づく。荒野は円形に広がっており、外側と内側で破壊の痕跡が異なっていた。ここで何か起こったのか?

 

幾つか推論を立てるが納得がいく答えは導き出せなかった。その時ニンジャ感覚が訴えかける。ここは全てが焼け果てた灰色の虚無の世界。だが今まで通ってきた森林以上にカラテが満ち溢れる感覚を感じていた。瞬間ニューロンにアイディアが浮かび上がる。

 

「よし!ここでカラテキャンプするぞ!」ドラゴンナイトは宣言するように高らかに声を上げた。

 

◆ドラゴンナイト

 

 ドラゴンナイトは学校の授業そっちのけで思考を巡らす。先日のトレンチコートの男性のカラテ、あれは明らかにニンジャのカラテだ。

 そしてトラックに放ったあの技、強力な踏み込みから肩と背中を相手にぶつける。威力は絶大であれが無ければトラックは止められなかっただろう。さらに自分の正拳突きにコンマ数秒も狂わせずタイミングを合わせたニンジャ器用さ、それによって威力は数倍に上がった。

 技とニンジャ器用さ。それだけで自分より遥かに格上で戦えばベイビーサブミッションで殺されると理解できた。もしかしてスノーホワイトより強いのかもしれない。

 ドラゴンナイトにとって絶対的強者であるスノーホワイトの勝利すら疑いたくなるほどニンジャスレイヤーのカラテは強力なインパクトを与えた。

 どうすればあの技を身に付ける。どうすればあのカラテに近づける。ドラゴンナイト日課である授業中のイマジナリーカラテをすることなく、ニンジャスレイヤーのカラテについて考え、気が付けば授業は終わり放課後になっており、いつも通り家路についた。

 

 

 カワベ家の夕食はドラゴンナイトと父親と母親の3人で食卓を囲む。リビングにはカチャカチャと食器が当たる音と咀嚼音が虚しく響く。ドラゴンナイトがニンジャになって野球部を辞める前までは空気は明るく会話もあった。だが今は空気が重く会話はほとんどない。

 

「父さんと母さんは仕事の関係でキョートに行く」

「ご飯は冷凍食品やデリバリーで食べて、お金置いておくから」

「うん、あと工事か何かで学校は一週間休校だって」

「そうか」

 

 お互いは言い終わるとミソスープを口に運ぶ。二人のやりとりは会話ではなく業務報告のように冷たく機械的だった。

 

「ソウスケ、最近勉強している?小テストの点数悪かったそうね」

 

 母親はドラゴンナイトを責めるような視線を送る。アカツキ・ジュニアハイスクールでは生徒達の学業成績はIRC連絡網で逐一報告される。

 野球部を辞めて地域でのイドバタヒーラルキーが落ちているのに、成績も落ちたとなれば他の親達からさらなるマウンティングを取られる。それは母親にとっては我慢ならなかった。

 一方ドラゴンナイトは親達に聞こえない程度に舌打ちをする。成績が落ちているのは授業中のイマジナリーカラテトレーニングによるものだった。

 だがこれはネオサイタマに蔓延る悪者やニンジャから人々を守れるほどの強さを手に入れるために必要なトレーニングだ。勉学なんて二の次でトレーニングをすることが正しいことだ。それがドラゴンナイトの考えであり、間違ったことを言う母親に苛立ちを募らせていた。

 

「勉強より正しい事をしているんだからほっておいてよ。期末で前と同じぐらいの成績取ればいいでしょ」

「前と同じじゃダメなの。前は野球で勉強する時間がないから許したけど、今は野球をしていないのだから、前以上に良い点数を取りなさい!」

 

 ドラゴンナイトは苛立ちをぶつけるように語気を強めて答え、母親もさらに語気を強め嫌味に告げる、二人の空気に剣呑な空気が流れる。それを断ち切るように父親が咳払いし、ドラゴンナイトに語りかけた。

 

「ソウスケ、お前もカワベ家の息子としてカワベ建設の役員になる者だ。勉強をしてカチグミにならねばならない。その為にはこの時期からの勉強は重要だ。それに学生である以上勉強をやること以外正しいことはない」

「父さんの口から正しいなんて言葉が出るんだ」

 

 ドラゴンナイトは侮蔑の視線と皮肉を込めて父親に呟く。その視線はニンジャがモータルを見るような目線だった。

 それはニンジャになって暫くの事だった。カワベ建設は仕事を受注する際に不正を働き、下請け業者に渡るはずの金を着服していることを知った。

 それまでは父親のことはある程度尊敬していた。兄は優秀であり自分が後を継ぐことはないが、将来はカワベ建設に入って少しでも役に立ちたいと思っていた。だが今は父親に対する尊敬の念もカワベ建設に対する想いも消え失せていた。

 その父親がネオサイタマの人々をニンジャの悪行から守るという正しい行為をしている自分に対して正しいという言葉を口にした。それはドラゴンナイトの神経を大いに逆撫でさせる。

 父親はドラゴンナイトの言葉と侮蔑的な視線を受けると目を見開き反射的に手を上げる。だがモータルの攻撃がニンジャに当たることはありえず、拳が頬に突き刺さる前に手首を握って止めた。父親は手首を万力のように締め上げられ苦痛の表情を浮かべ、それを見てドラゴンナイトは我に返り手首を離す。

 

「……私達がキョートに言っている間に頭を冷やしておけ」

 

 父親は食事が残っているにも関わらず席を立ち痛む手首を抑えながら自室に戻っていき、母親も父親を一瞥すると席を立ち離れていく、食卓にはドラゴンナイト一人だけになった。

 

――――――

 

「バカハドッチダー!」

 

 ドラゴンナイトは枕に向かって瓦割りパンチを打とうとするが寸前で止める。打ち抜いたら枕どころか下にあるベッドまで破壊してしまう。それは今後の生活において不便になる。理性が怒りを寸前のところで抑えていた。

 

「何だよ!ボクの事をまるで理解しようとしてくれない!バカ!バカ!バカ!」

 

 ドラゴンナイトは怒りを破壊行動ではなく、両親を罵倒することで発散させる。

 別に野球だって辞めたくて辞めたわけではない。理由は理解されないし言うつもりはないが、それで何か重大な事が有ったと察して気遣うものではないのか!?それなのに両親はまるで使えなくなった玩具を見るような目をしていた。

 それに勉強勉強と何かとうるさい。そんなにイドバタヒーラルキーで上位になることが重要なのか!?そんなにカチグミになる事が重要なのか!?カチグミになって父親みたいに悪いことをするより、マケグミでも正しい事をやることが大切に決まっている!

 

「バカ!バカ!スゴイバカ!」

 

 ドラゴンナイトは枕に顔をうずめて普段では言わない口を覆いたくなるような罵詈雑言を叫ぶ。

 暫くすると枕から顔を上げIRC通信機を取り出す。そしてスノーホワイトに「調子が悪いから今日のパトロールは休む」と一方的に告げ通信を切った。このまま顔を合わせれば怒りのせいで八つ当たりをして両親に対する愚痴を言ってしまうかもしれない。

 それはスノーホワイトに自身の弱いところやダメなところを見せることになり、見栄を張る意味では避けたかった。するとドラゴンナイトは徐にベッドから体を起こすと、自室の窓を開け二階の部屋から飛び降りた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ネオン広告が高速で流れ重金属酸性雨が体中を打ち付ける。普段では気にすることはないが、高速で移動する体に無視できない衝撃を与える。ドラゴンナイトは自転車に乗り行き先を決めず車道を只管走っていた。

 ドラゴンナイトはモータルの時からムシャクシャすると自転車に乗り只管走る癖があり、ニンジャになった今でもそれは健在だった。

 只管ペダルを漕ぎ車を追い越していく。車のドライバーは信じられないといった表情を見せるが、それに構わず走り続ける。ニンジャが走れば自転車も一般のバイクや車よりスピードを出すことが可能で、現時点の時速は100キロを越えていた。

 モータルの時なら1時間程度で体力の限界を迎え遠くまで行くことができなかった、ニンジャになった今はその強靭な脚力とスタミナで遥か遠くまで行くことが可能になっていた。

 そして3時間ほど車道を爆走した後着いたのがあの自然公園だった。好奇心が赴くままに奥に進んでいき灰色の荒野にたどり着いた時、この場所でカラテキャンプをすることを思いついた。

 あのトレンチコートのニンジャやスノーホワイトのカラテに追いつくためにはもっとカラテトレーニングをしなければならないと考えていた。

 そこでこの場所だ、ここにはカラテを漲らせるパワーのような何が溢れ、ここでトレーニングすればより強くなれるとニンジャシックスセンスが訴えていた。

 それにここは全てに隔離されている。コミック、テレビ、世間体、親の存在、ネオン広告、音声広告を流すマグロツェッペリン。普段の生活に溢れていた物は何もかもが無い、あるのは自然のみ。

 強くなる為には余計なものを隔離し唯カラテトレーニングに没頭する。これは野球部時代の合宿と似ており、その時は数日ながら確かな成長をしていた。その成功体験が後押しした。

 期限は学校が始まる一週間後まで、こうしてドラゴンナイトの一人カラテ合宿が始まった。

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ネオサイタマにあるまじき静謐の空間にカラテシャウトが響き渡る。一人の少年がマシーンめいてチョップを打ち続けコーン、コーンと木製打楽器を叩いたような音が規則的に響き渡る。彼の名はドラゴンナイト、ニンジャである。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ドラゴンナイトはバンブーにチョップを打ち込むが一向に切れない。ニンジャならばバンブー程度を切断するのはベイビーサブミッションと思われる読者の方もいるだろう。これはバンブーではなくバイオバンブーである。その強度は鋼の4倍を誇る。

 

切断するには正確な角度で刃を入れられる豊富なバイオバンブー知識が必要だ。しかし強力ニンジャであれば己のカラテのみで切断可能だ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」己のカラテで切断しようとチョップを打ち続ける。強靭なバンブーを叩き続けた事で手から出血していた。

 

「ケケーン!」突如上空から甲高い鳴き声とともに急降下してくる。バイオキジだ!獰猛なバイオキジは血の匂いに誘われてドラゴンナイトに襲いかかる!「ケケーン!」「イヤーッ!」嘴が脳をえぐる前にドラゴンナイトのチョップがバイオキジの首を切断!切断面からスプリンクラーめいて血が吹き出る!

 

「ケケーン!」突如上空から甲高い鳴き声とともに急降下してくる。バイオキジだ!獰猛なバイオキジは血の匂いに誘われてドラゴンナイトに襲いかかる!「ケケーン!」「イヤーッ!」嘴が脳をえぐる前にドラゴンナイトの正拳突きが頭部を破壊!頭部からスプリンクラーめいて血が吹き出る!

 

「ケケーン!」突如上空から甲高い鳴き声とともに急降下してくる。バイオキジだ!獰猛なバイオキジは血の匂いに誘われてドラゴンナイトに襲いかかる!「ケケーン!」バイオキジの嘴が脳を抉りにかかる!「イヤーッ!」ドラゴンナイトのハイキックが頭部を蹴り飛ばす!キックオフ!無くなった頭部からスプリンクラーめいて血が吹き出る!

 

「明日こそ切断してやる!」ドラゴンナイトはバイオキジの死骸を拾い上げると悔しそうにバイオバンブーを見つめながら立ち去っていく。バイオバンブー林を抜け、竹林のナリコトラップを抜けて灰色の荒野にたどり着く。そこは虚無の世界ではなく、強大な岩石、不格好な木人形、積み上げられた薪が有り生活感が漂っていた。

 

ドラゴンナイトは薪を数本取り組み立てると薪を擦るようにチョップを打つ。薪はチョップによる摩擦熱で着火し燃え上がる。火が起こるのを確認すると薪の近くにある木の棒をバイオキジの口から肛門へ串刺しにし焼き始める。

 

ドラゴンナイトは灰色の荒野を臨時のドージョーに定めた。だが幾つかの問題があった。先ずはトレーニング器具が無いことだ。荒野には何も一つなくトレーニング方法も限られていた。ならばトレーニング器具をDIYすればいい、巨大な岩石をカラテで削りウエイト器具にし、樹木を削り木人形を作るなどして器具の問題は解決した。

 

次は食糧問題だ、ドラゴンナイトにはサバイバル経験は無く一週間のカラテ合宿を行うことなく空腹により力尽きる可能性があった。だが探索していると偶然にも水場を発見でき、食料も襲ってきたバイオキジやバイオイノシシなどを返り討ちにして焼いて食べた。味は酷いものだが、食べることは出来た。

 

こうして幾つかの問題は解決し、ドラゴンナイトのカラテ合宿は始まった。岩石を使ったウエイトトレーニング、スリケン投擲、木人形への打ち込み、イマジナリーカラテトレーニング。日が上がってから日が落ち疲れて体が動かなくなるまでトレーニングする。まさにカラテ漬けの一日だった。

 

余計な事を考えず只管カラテに打ち込む。それは心地よいものであり充実感を覚えながら一日目を終了した。二日目は一日目に切断できなかったバイオバンブー切断チャレンジは失敗に終わり、灰色の荒野に帰還して現在に至る。

 

ドラゴンナイトはバイオキジを食べ終わる。相変わらず酷い味だ。もう少し何とかできないものか。口に残る不快な味を振り払うように一息つく間もなくカラテを構え相手をイメージする。相手はスノーホワイト、イメージで何千回戦った相手だ。「イヤーッ!」ドラゴンナイトはイメージのスノーホワイトに全力でチョップを打ち込む。

 

 

「ハアーハアーハアー……」ドラゴンナイトは大の字に倒れこみ呼吸を乱しながらピクリとも動かない。見上がる先には髑髏めいた月が見下ろしている。3時間ほど連続でイマジナリーカラテトレーニングを行い、日はいつの間に落ちていた。「クソ!」ドラゴンナイトは叫ぶ。相変わらず勝てない、それどころかクリーンヒットすら与えられない。

 

何時になったら強くなれる?スノーホワイトと肩を並べられる?あのトレンチコートの男のカラテに近づける?自分は強くなっているのか?いくらトレーニングをしても無駄ではないのか?一日目に感じた充実感から一転し虚無の暗黒がドラゴンナイトの心を蝕んでいく。「トレーニングをしても意味がないのか!?ボクは強くなれないのか!?」

 

ドラゴンナイトは虚無の暗黒を振り払うように叫ぶ。だが叫びに対する返答はなく声は闇に吸い込まれた。「そんな事はありません」突如の謎の声!ドラゴンナイトはバックフリップをして距離を取りカラテを構える。そこには一人の女性がいた。龍の模様が入った赤と金色のニンジャ装束を身に纏う、その胸は豊満だった。「ドーモ、はじめまして、ドラゴン・ユカノです」

 

◇ドラゴン・ユカノ

 

 自然公園の前に立つユカノに様々な思いが去来する。ここは師でもありクランの一員であったドラゴン・ゲンドーソーが命を落とした場所だ。ネオサイタマに帰還したユカノはある目的の為にこの場所に来た。それは墓を建てることだ。

 まだゲンドーソーの墓を建てていない。墓は本来死んだ魂が宿る場所であり、リアルニンジャであるゲンドーソーの魂はキンカクテンプルに導かれ保管され墓に宿ることはない。

 だが万が一ソウルがディセイションで降り立った時に留まるところが無ければ困るかもしれない。ソウルの安寧とセンチメンタルから墓を作ろうと思った。

 ユカノは自然公園の奥に進んでいく。進んだ先には場所にゲンドーソーが命を落としたドラゴンフォレストが存在する。

 森を抜け竹林に入るとナリコトラップが目に入る。ナリコトラップを掻い潜るフジキドに悪戯心で仕掛けたアンブッシュ。過去の出来事を思い出し感傷に浸る。

 ユカノは弟弟子がかつてしたようにマイめいた動きでナリコトラップを回避し庵が有った場所に向かう。すると耳にカラテシャウトが届く、その瞬間ユカノはニンジャ装束を生成する。

 このような場所にニンジャが?何故いるかは皆目見当つかないが戦闘でゲンドーソーが命を落とした場所を汚すようなら排除する。何時でもアンブッシュを行えるように気配を殺し近づいていく。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 

 そこには少年がいた年齢は10代前半か後半、少なくとも20歳になっていない。何故少年ニンジャがここにいる?ユカノは気配を殺しながら観察する。虚空に向かって突きを放つ。型のトレーニングと思ったが違う。あれは実践を想定したイマジナリーカラテトレーニングだ。

 

 相手は身長150cm後半から160cm前半程度、少年の突きと蹴りを最低限の動きで躱し態勢を崩し急所に一撃を放つ。中々のワザマエだ。相手のイメージが明確であれば、ユカノほどのカラテ強者であればイメージされた人物がどのような実力であれば判断できる。

 今度はイメージの相手が武器を持った。長物で槍、いや薙刀だろう。少年がスリケンを投擲するが難なく防御する。

 業を煮やした少年が突っ込みそれを迎撃、少年は刃のついていない部分をチョップで叩き弾こうとするが、まるで行動を予知していたように持ち手を変えて斬撃を変化させチョップを打った右手首を切り落とす。これもワザマエだ。

 

 武器を持ったイメージの相手に十数回殺されると少年の姿が変化する。体中に鱗が生えまるで龍が人の形を成したような異形の姿。その姿を見た瞬間過去の記憶がフラッシュバックする。

 タツ・ニンジャ、神話として描かれたドラゴンに憧れ、ドラゴンの力にニンジャの繊細なカラテが合わされば無双であるという信念を胸にジツを開発したニンジャ、クランの一員ではないがタツというドラゴンの別名を持つニンジャに対しシンパシーを感じていたことを思い出す。

 かつて対戦したがその信念に相応しく、龍の強靭さと力強さとニンジャの繊細さと精密さを併せ持ったカラテを駆使する強敵だった。

 だが少年のカラテはある日のタツ・ニンジャには遠く及ばず、貧弱で大雑把なカラテだった。

 さらに言えば少年のカラテには致命的な欠点がある。それを直さなければニンジャとの戦いで死ぬだろう。そんなカラテではイメージの相手には通じず、ジツを使っても勝てなかった。暫くすると少年はジツを解き大の字に倒れ叫ぶ。

 

「トレーニングをしても意味がないのか!?ボクは強くなれないのか!?」

 

 ユカノは少年の叫びには強さへの渇望と黄金の意思を感じ取る。ニンジャソウル憑依者は突然得た力に舞い上がり増長し慢心し謙虚さを失う。

 少年にはそれらを感じない。自分の弱さを知り目標に向かって精進しようとする高潔さがある。かつてゲンドーソーがフジキドに見たものなのかもしれない。

 そして少年の苛立ち、焦燥、迷いが手に取るように分かる。強くなりたいが指針が無く、強くなる方法も自分の実力も分からない。だから上達しているかも分からず虚無の暗黒に囚われ黄金の意思はくすんでいく。

 それは忍びない、ユカノは少年の前に出てアイサツをした。

 

「ドーモ、はじめまして、ドラゴン・ユカノです」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ドーモ、はじめまして、ドラゴン・ユカノです」「ドーモ、ドラゴン・ユカノ=サン、ドラゴンナイトです」ユカノはドラゴンナイトのアイサツを観察する。不安、恐怖、困惑、ユカノ程のニンジャであればアイサツで精神状態が分かる。

 

ドラゴンナイトは思わず唾を飲み込む。アイサツだけで分かる、あれは自分より強い。ベストコンディションでも勝てないのにこのコンディションでは勝ち目は0に等しい。どうやって逃げる。

 

「ドラゴンナイト=サン、私には敵意は有りません」ユカノは手を広げ敵意をないことを示す。ドラゴンナイトはカラテ警戒を解く、そのアトモスフィアはまるで慈母めいて安らぎを与える。「先ほどのイマジナリーカラテはよく練れていました。相手のカラテがはっきり分かりました」「ありがとうございます」

 

ドラゴンナイトはユカノの賛辞に礼を述べる。警戒しながら礼を言う初々しさと素直さに思わず破顔した。「何故この場に来たのですか?」「カラテトレーニングの為です。ここでトレーニングすればいつもの場所でするより強くなれると思ったからです」「ドラゴン・ユカノ=サンは何故来たのですか?」「かつて訪れた場所で懐かしくなって来ました」

 

「強くなって何をするつもりですか?」「強くなって、弱い人をヤクザや悪いニンジャから守るためです」「いつからこの場所に居たのですか?」「数時間ほど前です」「イメージした相手は誰ですか?」「スノーホワイト=サンです。女性の高校一年生でボクより遥かに強いです」

 

ドラゴンナイトは自身の言動を訝しんだ、何故スノーホワイトのことを喋っている。いくら友好的なニンジャと云えスノーホワイトのことを喋るのは無用心すぎる。だが質問に答えてもらったからには此方も質問に答えなければならない。それが当然の事だ。ドラゴンナイトはユカノの質問に正直に答えた。

 

読者の皆さまはお気づきだろうか?ユカノはドラゴンナイトのパーソナリティやバックボーンを的確に知る一方、ドラゴンナイトはユカノについて有益な情報を得ていない。これは問いを交互に応酬するいにしえのニンジャ作法「問い返し」この作法に則り本能レベルで正直に答えてしまう。

 

この作法を利用すれば必要最小限の情報を相手に与え、必要以上の情報を得ることが可能である。ドラゴンナイトはニュービー、ユカノは数千年生きているリアルニンジャ。経験値は天と地以上に差があり一方的に情報を搾取されていた!

 

ユカノはドラゴンナイトを見定める。力に飲み込まれず己の弱さを知り善行のために鍛錬する。第一印象通りの高潔なニンジャだ、もしディセイションせずドラゴンドージョーに入門していれば何れはリアルニンジャになれたかもしれない。

 

「いつまでトレーニングしますか?」「5日後までです」「宜しければそれまでインストラクションを授けましょうか?」ドラゴンナイトは思わぬ提案に驚く、ユカノはドラゴン・ニンジャクランの開祖であり、開祖からトレーニングを受けれるのはクランの一員だけだ。

 

だが正式に自らが興したドラゴン・ニンジャクランに入れるわけではない。クランの特有のインストラクションは教えず、基本的なカラテを教える。その様子を近くで見て見込みがあるようならクランに入門するように促す。それが狙いだった。

 

「ドラゴン・ユカノ=サンには何のメリットが有るのですか?」「ドラゴンナイト=サンの考え方とカラテではいずれ強力なニンジャに遭遇して殺されるでしょう。それが惜しいと思っただけです」ユカノは端的に言った。ドラゴンナイトはユカノの提案を吟味する。ネオサイタマでは一方的なリターンを得られる話は存在しない。

 

リターンとリスク、それを秤にかけて決める。甘い話に乗っかって破滅したという話は星の数ほど有る。だがユカノの言葉が銅鑼の音めいてニューロンに反響する。強力なニンジャに遭遇すれば殺される。イメージのスノーホワイトにクリーンヒットすら与えられないカラテだ。その可能性は十分にある。

 

自分は強くならなければならない。弱き者を守るために、スノーホワイトと肩を並べるために。その為には多くを学ばなければならない。格上であるユカノであれば何らかしら得るものは有るはずだ。ここはリスクを恐れてはならない。タイガークエストダンジョンだ!

 

「よろしくお願いします。ドラゴン・ユカノ=サン」ドラゴンナイトは45°の角度で頭を下げる。「ではインストラクションは明日からです。今日はもう寝なさい」ユカノはドラゴンナイトに告げると踵を返し竹林の方に向かっていく。ドラゴンナイトは明日への不安と期待を胸に抱きながら、地面に寝転がり眠りに落ちた。

 

ユカノは竹を加工しゲンドーソーの墓標を作りながら明日からの事を思案する。他のニンジャにインストラクションを授けるのはいつ以来だろう。かつてのドージョーの門下生との日々が薄らとニューロンに浮かび上がる。

 

ニンジャは本能として自身のミームを受け継がせようとする。だがニンジャは子を産むことが出来ず血を残すことができない。だからこそクランを興し弟子を取り己のインストラクションを授けミームを伝える。ユカノにとってドラゴンナイトに時間を割くリターンはない。唯ニンジャの本能に従っただけだった

 



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第七話 ドラゴン・トレーニング♯2

後書きでプラスのディスカバリー・オブ・ミスティック・ニンジャ・アーツを真似したものがあります。
ミスティック・ニンジャー・アーツはニンジャ真実を知ることができて好きですね。

それ以外にも本編の世界観を補足する情報などが記載されていますので、
興味がある方はニンジャスレイヤープラスに入ってみてはどうでしょうか?



◆ドラゴンナイト

 

 本来一人でするはずだったカラテ合宿だが、成り行き上残りの日数を二人ですることになった。ユカノの提案を承諾した当初は特に気にしていなかったが、事の重大さに気付く。

 改めて見るとユカノは美人だ。その容姿は人生の中で屈指の美人でテレビに映るモデルより美しかった。傾国の美女という言葉があるが、まさにユカノのような人を言うのだろう。 もし自分が王様だったらユカノのような美人に誘惑されたら国を滅ぼしているだろう。だがユカノが美人だからと言ってスノーホワイトから浮気したわけではない。

 

 スノーホワイトは美人でありカワイイでもある。イメージとしては美人半分カワイイ半分でありタイプが違う。例えるなら野球とサッカーどちらが強いと言っているものであり、二人の容姿に優劣はつけられない。むしろ好みはスノーホワイトだ。

 しかし、体の好みで言えばユカノだ。あの豊満なバストは無意識に目を奪われてしまう。煩悩で満たされている男子中学生にとってのあれ程の豊満なバストに心奪われない者は存在しない。

 

 そんな美人で豊満なユカノは思春期男子であるドラゴンナイトの煩悩を大いに刺激する。個人レッスン、手取り足取り、接近する肉体。魅惑的なワードが脳内を駆け巡る。そんな邪な事を考えてはダメだと一旦は払いのけるが、もしかしたらという期待を抱きながら眠りに落ちる。

 

 翌日その期待は木っ端微塵に砕かれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「このままコンバインを5分間、回転数は落とさないように」

 

 ドラゴンナイトはユカノが真剣に見つめる中あん馬上で器械運動を行う。コンバインとは一つ把手を使いながら体を回転させるG難易度の高難易度技だ。モータルならばオリンピック代表選手レベルでなければ出来ない技だが、ニンジャなら可能だ。

 さらにニンジャがすればその回転速度は凄まじく、バイオスズメが回転の中に入れば即座にミンチになるだろう。

 

「ニンジャの回避行動の基本はブリッジ、前転、側転、後転バク宙です。このトレーニングはそれらの精度を高めるものです」

「はい!」

 

 ドラゴンナイトは吐き気を堪えながら返事をする。高速回転運動はニンジャ三半規管を容赦なく揺すっていく、さらにユカノは指を一本立てる。

 すると回転運動中のドラゴンナイトが一本と叫んだ。ドラゴンナイトの目線が合うたびにユカノは指を立てる本数を変化させ、その度に立てた本数を答えていく。

 

「側転しながらのスリケン投擲、これもニンジャの基本ムーブです」

 

 荒野を側転で円や八の字を描きながらひたすら移動し、同じように側転移動するユカノにスリケンを投げ込む。側転をしながらのスリケン投擲は立った状態でのスリケン投擲と比べ難易度は飛躍的に上がる。

 ドラゴンナイトのスリケンは時々明後日の方向に外れていくが、ユカノはそれを一つ一つスリケンで打ち落としていく。その技量に舌を巻いていた。

 

「ブリッジで回避すれば敵はストンピングを狙ってきます。攻撃に耐えられる耐久力をつけるのです」

「はい……」

 

 ユカノはブリッジするドラゴンナイトの腹を使いトランポリンのように跳躍しながら、腹にストンピングを繰り出す。その攻撃にドラゴンナイトは歯を食いしばり痛みで気絶しないように意識を繋ぎ止める。

 ユカノはドラゴンナイトのニンジャ耐久力を見切り耐えられるギリギリの威力でストンピングをする。その絶妙な加減がドラゴンナイトに責め苦を味あわせた。

 

「この間合いでのイクサはしばし有ります。考えてからではなく反射で行動できるように」

 

 ユカノとドラゴンナイトはワンインチの間合いに詰めるとショートレンジ攻撃の応酬を続ける。肘、膝、ショートフック、ユカノの攻撃が絶えず襲い掛かり、それを防御し反撃する。

 回避、防御、攻撃、無酸素での連続運動であり、余計な思考で酸素を消費しないように思考をそぎ落とし機械のように没頭する。

 

「では暫し休憩をしましょう。食事の用意をしますのでそれまで休憩しておいてください」

「はい……」

 

 ユカノが竹林に入っていくのを確認するとドラゴンナイトは大の字に倒れ込んだ。見つめる先には髑髏模様の月が一つ、もう日が落ちたのか、トレーニングに没頭しすぎて時間感覚を完全に失っていた。

 指先一つ動かそうとすると筋肉痛と疲労感が襲い掛かる。ニンジャになってここまでの筋肉痛と疲労感は初めてだ。もう呼吸するのがやっとだ。吸って吐いて吸って吐いて、何も考えず酸素を吸い込み吐きエネルギーを溜め込む。

 去年の野球部の合宿は凄まじくあれ以上の地獄はないと思っていた。だがそれ以上の地獄は存在した。あん馬に、側転しながらスリケン投擲、ショートレンジカラテ、その他様々なトレーニング。昨日は自分でも追い込んでいたつもりだが、どこかに甘えが有ったらしい。

 今日のユカノのメニューに比べれば昨日のトレーニングなどウォーミングアップ程度だ。ドラゴンナイトはユカノが食事の準備が終わるまで只管体力回復に努めた。

 

 この日の食事は昨日と同じバイオキジの焼き鳥だった。だが味は比べ物にならないほど美味しかった。昨日は臭くて固くて人生で食べた食事で一番不味かったと断言できる料理だったが、肉は柔らかく素材の味を引き出しており飲食店のメニューとして通用する程の一品となっていた。

 

「美味しいです。これが同じ鳥とは思えない」

「食事は栄養を摂取すれば良いというものではありません。美味しい食事はメンタルを回復させ明日への活力に繋がります。これを機に学んでみるのも良いかと」

「はい」

 

 ユカノの言葉を話半分にしながらバイオキジを黙々と食べていく。欲を言えば完全栄養食のスシが欲しかったが、味もさる事ながら疲労した体にエネルギーを与えていく。ユカノはその様子に笑みを浮かべながら自らの分を分け与えた。

 

「では組み手で今日のトレーニングは終了です。立ち上がりなさい」

「はい」

 

 ドラゴンナイトは疲労困憊の体に活を入れながら立ち上がり構えを取る。美味しい料理を食べた効果で多少なり体力が回復していた。モータルであれば疲労困憊で動けないだろうが、ニンジャであれば少しの休憩と栄養を取れば体力はモータルの比ではないほど回復する。

 

「ドラゴンナイト=サンのカラテには致命的な欠点があります。これを直さない限りいずれニンジャとのイクサで命を落とすことになるでしょう」

「欠点とは?」

 

 ドラゴンナイトは聞き返す。自分のカラテはユカノから見たら欠点だらけだろう。だが致命的と言えるほどの欠点と言われるとなると気になってくる。何が致命的なのか皆目検討がつかなかった。

 

「言葉で説明するより実感してもらうほうが早いでしょう。構えなさい」

 

ユカノが立ち上がり構えを取り、ドラゴンナイトも倣うようにして構えを取る。

 

 

◆ユカノ

 

「これで今日のトレーニングは終了です ありがとうございます」

「……ありがとうございます」

 

 ユカノが奥ゆかしく頭を下げる。トレーニングの最後はお互い礼で終わる。それはメンターでもアプレンティスでも変わらない。ドラゴンナイトも痛みや疲労に耐えながら最低限のアイサツをした。

 

「ところで、カラテは誰に教わりましたか」

「スノーホワイト=サンにベーシックな事を教わりました」

「そうですか、メンターに恵まれたようですね」

 

 組手をして改めて分かったがドラゴンナイトのカラテは癖がなく基本に忠実だった。教え方が下手な者だとカラテに変な癖が付いてしまい、今後の成長を妨げることになる。だがドラゴンナイトならその心配は無い。しっかりとした基礎が出来上がっておりカラテの発展の手助けとなるだろう。

 スノーホワイトはドラゴンナイトと同世代と聞いている。ドラゴンナイトの欠点を修正しなかったのは仕方がないとはいえメンターとしての評価を下げていたが、カラテの基礎を築き上げた事は評価できる。その若さでこの指導力は優秀といえる。もし将来自身のクランを作ることになれば、強いクランになるかもしれない。

 

「本当ですか!?そっか、スノーホワイト=サンはメンターとしても優秀なのか」

 

 ドラゴンナイトはユカノの言葉を聞くと疲労と痛みを忘れたかのように嬉しそうに呟く。まるで自分が褒められたかのようだ。よほどスノーホワイトが好きなのだろう。それは人間的好きということもあるが、恋心を持っていると推測した。

 

「スノーホワイト=サンはどのような人物ですか」

「はい、強くて優しいです!ニンジャの力で弱きを守り強きを挫く、ボクの理想のニンジャです!」

「なるほど、ちなみに私とスノーホワイト=サンはどちらがカワイイですか?」

「え?……それは……その……」

「冗談です」

 

 ドラゴンナイトは赤面しながらユカノから視線を外し地面を見つめる。その様子を見て思わず微笑んだ。若者の恋心というものは久しく感じなかった感情だ。悠久の時を生きるリアルニンジャにとって新鮮な感情であり悪戯心でからかってしまった。ユカノは話題を変えるようにスノーホワイトについて話す。

 

「しかしスノーホワイト=サンはサトリニンジャ・クランのジツに加え、確かなカラテが備わっていそうです。もし対峙することになれば骨が折れそうです」

「サトリニンジャ・クラン?スノーホワイト=サンはサトリ・ニンジャクランなんですか?というよりサトリ・ニンジャクランって何ですか?」

「そうですね。サトリニンジャ・クランとはサトリ・ニンジャが興したクランで……」

 

 ユカノはサトリニンジャ・クランについて語り始め、ドラゴンナイトは真剣な眼差しで聞く。そうしていくうちに夜は更け、二人は就寝した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「これでトレーニングは終了です。ありがとうございます」「ありがとうございます」7日目の昼、ドラゴンナイトとユカノはお互い向き合ってアイサツを交わす。ドラゴンナイトは数々の傷と疲労感を見せながら体からエネルギーが満ちている。厳しいトレーニングを耐えたことへの確かな自信を感じていた。

 

「この六日間よくトレーニングをこなしました」「はい!ありがとうございます!」「今後も驕らず謙虚な心を持ちトレーニングに励みなさい」「はい!」「世の中には上には上がいます。スノーホワイト=サンを超える日が訪れても精進するように」「はい!」ドラゴンナイトは力強く答える。

 

ドラゴンナイトは今後も自己研鑽に励むだろう。だがスノーホワイトという目標を超えてしまい、目標を失ってしまったら?無気力に堕落してしまうかもしれない。そういったニンジャを残念ながら見てきた。そうならないように常に上が居ると自覚し精進して欲しいという願いが有った。

 

「ドラゴンナイト=サン、最後にこの技を授けます」「技ですか?」ドラゴンナイトは思わず姿勢を正す。この6日間ベーシックカラテのインストラクションを授かったが技は一切教わっていなかった。カラテ戦士マモルのイナヅマゲリ、ヘルインフェルノ、ニューロン内でカトゥーンめいたヒサツワザの映像が浮かんでくる。

 

ドラゴンナイトはドラゴンニンジャ・クランの門戸を叩いたわけではない。その者にクランの技を教えるわけにはいかない。故にこの6日間はベーシックカラテをインストラクションしたが技は教えなかった。だが気が変わった。手とり足とりは教えない。だが技を見せて自分のものにするならば問題ない。

 

ユカノは数メートルスプリント跳び込み前転からの空中前転踵落としを地面に打ち込む「キエーッ!」地面は抉られ土煙が舞う!ドラゴン!これはドラゴンニンジャ・クランに伝わる技の一つドラゴン・ヒノクルマ・アシだ!「スゴイ」ドラゴンナイトは思わず感嘆の声を上げる。

 

今の技の形だけなら真似はできるだろう、だが技の精度や威力何より込められたカラテが違う。ユカノは振り向き語り掛ける。「岡山県のドラゴンマウンテンにドラゴン・ドージョーというドージョーがあります。私はある目的を果たしたら、そこでドージョーを開きます。もしよければ入門しませんか」

 

ユカノは6日間を通してドラゴンナイトを見定めた。常に自己を研鑽し、怠けず、ニンジャとしての力に溺れない高潔な意志を持つ者がドラゴンロードに立てる。ドラゴンナイトの精神は充分な資格があり、その素直さと実直さは将来のドージョー門下生に良い影響を与えるだろう。

 

ソウル憑依者であり違うクランの者ではある。だがドラゴン・ドージョーのインストラクションを受け継ぎ、他の者に授けられるニンジャで有ると認めていた。「ドージョーに入門すれば今より強くなれますか?」「ええ、怠けず自己研鑽を続けていけば」ドラゴンナイトの心が一瞬揺らぐ。

 

6日間のトレーニングでユカノの指導力の高さは実感している。強さへの渇望は有り、ドージョーに入門すれば強くなれる確信めいたものがあった。ドラゴンナイトは顎に手を添え考え込む。

 

「ボクはドラゴン・ユカノ=サンから見たらニュービーで弱いです。それでもニンジャです。こんなボクでもネオサイタマで出来ることは多くあります。もし困難な事や勝てない敵が現れ、力が必要になれば教えてください」ドラゴンナイトは深々と頭を下げた。

 

ネオサイタマには助けを必要としている人が多くいる。その人を放っておいて修行する事はできない。それに繁栄しているネオサイタマから田舎の岡山県に行くのは抵抗が有る。何よりスノーホワイトと一緒に過ごせるこの時間を手放すことはありえない。

 

「そうですか」ユカノは僅かばかり残念そうに息を吐いた。「ではドラゴンナイト=サン、カラダニキヲツケテ」「はいドラゴン・ユカノ=サン!カラダニキヲツケテ」ユカノが手を差し出しドラゴンナイトも手を握り返す。そしてドラゴンナイトは頭を下げ勢いよく竹林に消えていく、ユカノはその姿を見送る。

 

基本的な事はインストラクションしたが、まだまだ手練れと戦えば負けるだろう。ドラゴン・ドージョーに入門したのなら、本格的なインストラクションを授け仕上げられる。だが自らの意志で入門を断り自らの道を定めた。クランの一員では無い者にこれ以上干渉する事はできない。出来ることはただドラゴンナイトの無事を願うのみだ。

 

 

 

◇ファル

 

 電子妖精は人の機微には疎く俗にいう空気を読むという機能は備わっていない。それでもこの状況を表す言葉は知っている。これは空気が重いと表現される場面だ。 外ではマグロの形をした悪趣味な飛行艇がギンギラに光りながら、けたたましく音声を流している。だがスノーホワイトとドラゴンナイトにはその光も声も届いていないだろう

 

「今まで何をしていたの?」

「トレーニングです」

「六日間もずっと?」

「はい」

「どこで?」

「メガロ工業地区にある自然公園の奥で」

 

 ドラゴンナイトのアジト内、スノーホワイトとドラゴンナイトは正座しながら向き合っている。スノーホワイトはドラゴンナイトを見据え淡々と質問をする。平静を装っているようだが言葉の節々に怒気が滲んでいた。

 一方ドラゴンナイトは床に視線を定めスノーホワイトに視線を合わせようとしない。怒気を感じているのか体は縮こまり、いつもより一回り体が小さく見える。

 

「トレーニングしていたとしても、何で連絡してくれなかったの?」

「わ……忘れてました」

 

 ドラゴンナイトは振り絞るように発音し、その姿がさらに縮こまる。

 

「連絡、報告、相談って知ってる?家に行っても誰もいないし、こんな長い期間居なくなるなら、せめて連絡しないと」

「はい、ゴメンナサイ」

 

 ファルはスノーホワイトの言葉に思わず驚く、所属している監査部に一切連絡せず悪い魔法少女を捕まえに行き、捕まえても報告せず次の魔法少女の元に向かい、相談せず独断で行動するという。連絡、報告、相談を一切せず、優秀だからという一点のみで監査部に所属できているスノーホワイトからそんな殊勝な言葉が出るとは。

 

「本当に心配したんだよ……」

 

 スノーホワイトは怒りを含んだ語気から憂慮が帯び始める。声は僅かに震え涙目にもなっていた。

 

 ドラゴンナイトからパトロールに参加できないと連絡が来た翌日、ドラゴンナイトはアジトに来なかった。スノーホワイトは病気に罹り来られないのかと思いIRC通信で連絡したが一切返信が返ってこなかった。

 それを不審に思いドラゴンナイトの家に向かうとドラゴンナイトの存在を確認できなかった。家にいる家族に聞こうにも誰もいなかった。翌日も、その翌日も家に訪れてもドラゴンナイトとその家族は家に居なかった。

 

―――もしかして、ニンジャに殺されたのでは

 

 スノーホワイトはその可能性に気づき、大いに動揺し混乱した。その動揺ぶりは今まで見たことないほどで、その姿を魔法少女が見たらあの魔法少女狩りのスノーホワイトとは誰もが思わないほどだった。

 それからスノーホワイトは24時間フル稼働でネオサイタマを駆けずり回った。一応はフォーリナーXを探すという体で動いていたが、頭の中にはフォリナーXのことなど全くなかっただろう。

 動揺の原因はラ・ピュセルだろう。ある日ラ・ピュセルはスノーホワイトの目の前から消えた。クラムベリーに殺されたのだ。親しい人が突然居なくなるという出来事はスノーホワイトの心に深い爪痕を残した。

 

 そして連絡を入れた六日後、スノーホワイトの通信機からドラゴンナイトから連絡が入った。それを見た瞬間安堵からかスノーホワイトは膝から崩れ落ちた。魔法少女は体は勿論、心も強くなる。その状態でこの動揺ぶりであれば、相当の精神的負荷が掛かっていたのが分かる。

 

「ごめん、次から連絡するから、絶対にするから」

「うん……そうして……」

 

 ドラゴンナイトは自分が想像を遥かに心配させた事に気づき、真剣みを帯びた声で誓い、スノーホワイトは安堵の笑顔を見せた。

 

◇スノーホワイト

 

「じゃあ、ヨロシクオネガイシマス」

「よろしくお願いします」

 

 廃工場に二人の声が響き渡り、お互いが構えをとる。パトロール終わりの組手稽古、6日間ずっとトレーニングしていたと聞き、その成果がどれだけ出ているのか少しだけ興味があった。そして予想以上に変化していた。

 スノーホワイトが右のローキックを繰り出すとドラゴンナイトは側転で回避する。右側面に回り込むがスノーホワイトは予想してように向き直り突きを繰り出す。 

 ドラゴンナイトは突きをブリッジで回避し、そこからブレイクダンスのウインドミルのような動きの足払いに移行する。それも察知し後ろに軽く飛び回避、追撃を図ろうとするが手裏剣が飛んでくる。四枚は正中線上にある額、喉、心臓、股間に正確に向かってくる。

 半身になり最小限のステップで回避、その間にドラゴンナイトはバックフリップで間合いを取る。

 

 動きが変わっている。回避動作ではブリッジ、側転、前転後転バク宙を多用するようになった。それは今まで相対した魔法少女の動きとは異なるもので僅かに違和感を覚えていた。

 それに回避動作から連動しての手裏剣投擲、これにより回避動作の隙を突かせず、かつ攻撃も行う。攻防一体とも言え中々いい動きだ。これは今までにない変化だった。そして変化といえばもう一つある。

 

「イヤーッ!」

 

 ドラゴンナイトは間合いを一気に詰めタックルを仕掛ける。だがそれはフェイントであり、足を手で掴む前に体を起こし勢いを利用して斜めに突き上げる。スノーホワイトは突きを回避し腕をとり、そのまま背負い投げに移行しドラゴンナイトを叩きつけた。

 

 ドラゴンナイトがフェイントをするようになった。以前は殆どしなかったが、今日はフェイントを入れ始める。

 だがスノーホワイトにとってフェイントは悪手だった。いくらフェイントを入れようが本物を見極め対処すればいいだけだ。スノーホワイトにとってフェイントは只の無駄な動作にすぎなかった。

 

「ありがとうございました……」

「ありがとうございました」

 

 二人は礼を行い組手は終了する。ドラゴンナイトが帰り支度をしているとスノーホワイトは問いかける。

 

「今日はフェイントをよく使っていたね。何かあった?」

 

 フェイントの比率が増えていた。何かに影響を受けたのだろうか?ドラゴンナイトの戦い方の変化は気になるところだった。

 

「うん。今までのカラテはサトリニンジャ・クラン用のカラテだから、そのカラテばかりやっていると他の相手に通用しないから、今後は組手でフェイントを使用しろってドラゴン・ユカノ=サンにインストラクションを受けたんだ」

 

 ドラゴンナイトはユカノの教えを思い出しながら答えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「言葉で説明するより実感してもらうほうが早いでしょう。構えなさい」

 

 ユカノが立ち上がり構えを取り、ドラゴンナイトも倣うようにして構えを取る。

 ユカノが数メートルの間合いを一気に詰める。右手を振り上げ手刀を作っている、恐らく鎖骨から首へのチョップ攻撃、ドラゴンナイトの予想は当たりユカノは袈裟斬りの手刀を振り下ろし。

 

 ドラゴンナイトは左上腕部を鎖骨から首への部分を覆い、防御姿勢をとり衝撃に備えて歯を食いしばる。だがチョップが腕に当たる数センチで攻撃を止め、手刀の形のまま肘を引き心臓部に貫手を放った。

 その急激な変化についていけず、腕での防御どころか筋肉を固める最低限の防御すらできない。ユカノの拳が心臓部に届く数センチで拳は止まった。

 

「理解できましたか?」

「えっと、フェイントですか?」

「正解です」

 

 ドラゴンナイトの回答に。ユカノは授業で正解を述べた学校の先生のような笑顔で答えた。

 

「カラテとは虚と実が巴のように交わってこそカラテです。ですが貴方のカラテは全て実、一直線です」

 

 視線、体重移動、足運び、様々な技術で攻撃の意図を悟らせず相手に偽りの意図を見せる。それがフェイントであり虚だ。 だがドラゴンナイトのイマジナリーカラテには虚が一切無かった。そうなってしまった原因はイマジナリーカラテの相手であるスノーホワイトだろう。

 彼女は恐らくサトリニンジャ・クランだ。ジツで相手の心を読んでいるかのように攻撃を回避し、先の先をとってくる。

 そのような相手には虚を駆使するのは無意味どころか逆効果だ。攻略法は心を読まれても防ぎきれない最高の攻撃を出し続ける。ドラゴンナイトは無意識にそれを行っていたのだろう。だが対サトリニンジャ・クラン用のカラテが染み込んでしまい、すべての相手にそのカラテをしてしまう。

 

 ドラゴンナイトは今までのカラテをニューロン内で振り返る。組み手を始めて最初のほうはフェイントを使っていた。ピッチングでも自分が得意なボールを投げてばかりではダメだ、相手の予想していない球を投げなければ打ち取る事はできない。だがスノーホワイトはまるで自分の投げる球を予め分かっているようにフェイントに対処し続ける。

 次第にドラゴンナイトはフェイントを使うのをやめた。球種が読まれているのなら不得意な球を投げても意味がない。それならば全球得意な球を投げて球威とキレで打ち損じを期待したほうがいい。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ごめんなさい。全然気づかなかった」

 

 スノーホワイトはドラゴンナイトに深々と頭を下げる。

 魔法少女は強者になればなるほど戦闘における読み合いが発生する。自分の意図を隠し相手を騙す。その読み合いを有利に進めるために使うのがフェイントだ。

 だが困った声が聞こえるスノーホワイトには逆効果だ。それを理解しているリップルはフェイントを使わず自身の身体能力でごり押しする戦い方で組手においてスノーホワイトから一本を取っていた。

 他の相手にその戦法を取れば手玉に取られてしまう。その事に気づかず、ドラゴンナイトのフェイントに反応せず、いつものように戦った事で悪癖を植え付けてしまった。   

 リップルなら、ピティ・フレデリカなら気づき修正していただろう。己の指導力の無さのせいでドラゴンナイトを死なせていたのかもしれないのだ。腹立たしい、何て腹立たしい!スノーホワイトは血が出んばかり右手を力いっぱい握りしめる。

 

「いや、スノーホワイト=サンは悪くないって!それにユカノ=サンもスノーホワイト=サンを褒めていたよ!メンターに恵まれたって!」

 

 ドラゴンナイトは慌ててフォローする。スノーホワイトが予想以上に落ち込んでいるのに動揺していた。

 

「それより、スノーホワイト=サンはサトリニンジャ・クランのジツを使うんだね!だからパトロールで困っている人をすぐに見つけられたんだね!サトリニンジャ・クランにつてもユカノ=サンから色々聞いたよ!例えば……」

 

 ドラゴンナイトはスノーホワイトの気を逸らすように一方的に喋り始める。そこからユカノとのトレーニングの出来事を一方的に喋り続けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「しかし、ニンジャにもスノーホワイトと似たような能力を持っている者がいるぽんね。他にも魔法少女と同じ能力を持っているニンジャもいるかもしれないぽん」

「そうかもね」

 

 スノーホワイトはファルと他愛のない会話を続けながら、ビルとビルの間を移動する。スノーホワイトの活動はまだまだ続く、深夜を回ったがネオサイタマはネオンの光で煌煌と光っている。この景色も見慣れたものだ。

 

「まあ、ドラゴンナイトじゃないけど人に教えるのも初めてだし、気づかなくても仕方がないぽん。フェイントと分かってて引っかかるバカはいないぽん」

 

 ファルはスノーホワイトを慰めるが、その言葉は頭に入らず別の事を考えていた。ドラゴンナイトはこれからフェイントを使うだろう。だがわざと引っかかっても実戦的な組手といえない。やはり別のニンジャを見つけ組手させるのが一番だが、しかし、そんな都合よく見つかるものだろうか?

 

「何か可笑しいことがあったかぽん?」

「別に、どうしたの?」

「スノーホワイト笑っていたぽん」

 

 笑っていた?無意識に笑っていたのか?先ほど考えていた事に笑うような要素は無かったが、スノーホワイトは自身の心境を振り返る。するとなぜ笑ったのか気づく。

 今日のパトロールは無事に終わった。ニンジャとも特に出会わず、いつも通り人助けをしていく。そして終わりの組手稽古。ネオサイタマでの日常となった行動、その日常がとても愛おしく、楽しかった。

 ドラゴンナイトとの日々が自分の心に大きくなっていることを改めて自覚する。フォーリナーXを見つけ自分の世界に帰り、いずれこの日は終わる。それは明日になるかもしれない。その日が訪れて良いように今この時間を堪能しよう。

 スノーホワイトは噛みしめるように再び笑顔を作った。

 

ドラゴン・トレーニング 終

 




●ディスカバリー・オブ・ミスティック・ニンジャ・アーツ:サトリニンジャ・クラン

 サトリニンジャ・クランは江戸時代に生まれたニンジャクランである。開祖はサトリ・ニンジャ、アカシニンジャ・クランの系統のセンセイからメンキョを授かり、アーチニンジャとなる。

●ツタワリ・ジツ

 サトリ・ニンジャは奥ゆかしく心優しいニンジャだった。か弱きモータルの為に力を使うべきであるという信念の元修行を繰り返し、座禅や瞑想の果てに生物の感情や心境を読み取る「ツタワリ・ジツ」を開発する。
 このジツで災害で苦しんでいる者、野伏せり(セキバハラの戦いで敗北した西軍につき、その結果社会的地位や富を失い、モータルから略奪行為を繰り返すニンジャ)の襲撃に遭っている者の苦しみを感知し、人命救助や野部伏せりを倒してきた。

 ツタワリ・ジツは生物用のジツであり、戦闘においても効果を発揮する。シノビニンジャ・クランのステルスジツやコブラニンジャ・クランのアンブッシュを感知し、アンブッシュにカウンターを見舞うなどしてそれらのクランの天敵といえる存在になった。
また通常のカラテでも相手のウィークポイントを見抜き、行動を先読しカウンターを見舞うなどの応用を可能にした。
 だがアカシニンジャ特有のニンジャ第六感は失い、ドージョー攻略時にもシークレットドアやトラップを感知などの能力は失ってしまった。
 サトリ・ニンジャはジツを開発の影響かで病に罹り、数名のクランの高弟ニンジャにインストラクションを授け命を落とす。他のリアルリンジャと比べ短命だった。

●クランの滅亡

 高潔で慈悲に満ちたサトリ・ニンジャだったが、その思いはクランのニンジャに伝わらなかった。
 クランの者はツタワリ・ジツを使い、モータルのトラウマを抉り自殺に追い込むなどして悪行の限りを尽くした。
 またツタワリ・ジツに胡坐をかきベーシックカラテの鍛錬を怠った。

 その結果、ツタワリ・ジツを脅威に感じクランの堕落を耳にしたシノビニンジャ・クランとコブラニンジャ・クランの同盟によるドージョー襲撃。そして当時のニンジャスレイヤーに遭遇しスレイされた。
 クランの者はツタワリ・ジツでニンジャスレイヤーの攻撃は読めたが、その圧倒的なカラテは次の手が読めても反応できるものではなく、成すすべもなく蹂躙された。

●後世への伝達

 サトリ・ニンジャの存在は天狗などの日本に古来から存在するフェアリー「覚」サトリとして伝わっていた。
覚は人に害をなすフェアリーとして伝えられ、それは堕落した高弟のサトリニンジャ・クランのニンジャと勘違いされて伝わっている



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ア・シーン・オブ・スノーホワイト:「パラディン・レイド」

スノーホワイトが出てニンジャを倒す短編シリーズです
時系列とかは特に考えていません。




ファ~、ファファファ~。タタミ50枚ほどの大部屋にエレクトリック尺八の音が流れる。その調べは聞いた者は思わず足を止め、チルアウトしてしまうだろう。だが部屋の様子はチルアウトには程遠く、殺伐としていた。敷かれている50枚のタタミは黒く焼け焦げ、マシンガンすら耐える剛性フスマは槍状のバイオバンブーが刺さり、キリタンポめいた状態だ。

 

「トラップは終了です。オツカレサマドスエ」尺八の音をBGMに電子マイコのアナウンスが流れる。その部屋の中央に1人の男性が座っている。男はタタミ色の装束を着てメンポを着けている。読者の方々ならお気づきだろう。この男はニンジャである!名前はエンプティーネスト、エンプティーネストは座り込み深く息を吐いた。

 

恐ろしいトラップの数々だった。尺八の音で心身を落ち着かせて、その直後に襲い掛かるトラップの数々、トラバサミ、火炎放射、スタンガン攻撃、スタングレネード、バイオバンブー、即死の毒を持つバイオ生物の数々、モータルなら数々のトラップで10回、サンシタニンジャでも数回死亡していた。だが即死級のトラップをすべて回避したのだった。

 

この部屋のトラップはすべて回避した。残る部屋はあと1つ、そこを突破すればきっと有るはずだ。エンプティーネストは興奮を抑え込むように深く息を吐く、この屋敷の持ち主はエンプティーネストの親戚のカチグミである。そのカチグミは突如この屋敷を作り始めた。親戚一同は別荘の一つと思っていたが、カチグミは別荘には全く訪れなかった。

 

暫くして親戚一同にある噂が流れた。この屋敷は何か高額な品を守るセキュリティハウスなのではないか?だが親戚はカチグミに真意を聞くことなく月日は流れ、カチグミは死んだ。そして親戚一同は噂の真意を確かめるべく屋敷に訪れ侵入を試みた。エンプティーネストもその中の一人だった。中に入ろうと玄関のドアノブに触れた瞬間意識を失った。

 

半年後、エンプティーネストは病室のベッドの上で意識を取り戻した。ドアノブに毒が仕込まれており、その毒で生死の境を彷徨っていた。そしてニンジャになった。エンプティーネストは退院後暫くして、その後に起こった出来事を知る。

 

親戚一同は二つの意見に割れ、一方は恐ろしいトラップに慄き屋敷に入る事を断念し、一方は危険なトラップを仕込んでいるという事は重要な物を隠し持っているはずと侵入を試みた。侵入派は非公式にハック&スラッシュのチームを雇い侵入を試みたが、雇ったチームは全て全滅し、最終的に侵入派も侵入を断念し屋敷には誰も訪れなかった。

 

そしてエンプティーネストは侵入するために屋敷に訪れる。侵入派と同じように屋敷には金目の物が何かあると考えていた。寧ろ信じるしか道は無かった。ニンジャになる前はサラリマンとして働いていたが半年の病院生活により会社をクビにされ、休んでいた間プロジェクトの進行を滞らせた責任として慰謝料を請求され、入院費も高額だった。

 

多額な借金を抱え、ヤクザクランが借金を取り立てに来るが、全く恐れていなかった。借金取りは全てカラテで撃退し黙らせた。さらに別の場所から金を借りて、取り立ててくるヤクザを撃退する。多重債務者になっているが生活には苦労せず、ニンジャとしての人生を謳歌していた。

 

だが相手側のヤクザもニンジャを雇い、そのニンジャによって完膚なきまでに叩きのめされ返済を催促された。金を返すか死ぬかの二択、だが金を返す当ては全くない。しかし金を返さなければ死ぬ。まさにオーテツミ。そんな時カチグミの屋敷の事を思い出し、何とか返済期限を延ばしてもらったのだった。

 

ここで金目の物を得られなければ死ぬ。エンプティーネストはネガティブマインドを打ち消すように頬を叩きキアイを入れ屋敷に侵入した。結果金目の物を得られず、右目と右腕を失い屋敷から脱出した。これで金を払えず死ぬ。だがエンプティーネストは諦めず近くにあったカチグミの家にハック&スラッシュを試み、金目の物を奪取し何とか生き延びた。

 

それからはハック&スラッシュで生計を立てるようになった。収入の大半は利息分で取られたが少しずつ元本を返済し、ハッカードージョーに通い生体LAN端子を植え付け、ハックとスラッシュの役割を一人で行えるパラディンとなり、ハック&スラッシュ界隈では有名な凄腕に成長した。

 

そして再びカチグミの屋敷に訪れた。金目の物を入手し借金を完済したいという目論見はある。だがこの屋敷をどうしても自らの手でハック&スラッシュしたかった。この屋敷に訪れた事で人生は大きく変わり転落した。そのケジメは自らつけなければならない!その為にスキルを身に着けパラディンになったのだ。

 

あと一息で最奥の部屋にたどり着き保管されている金目の物を奪う。その瞬間第二の人生が始まる。エンプティーネストは噛みしめるように一歩ずつ部屋の出口に向かっていく。出口までタタミ2枚分、その場所で足を止めた。「小癪な、イヤーッ!」腰に装着していた鞭をタタミに向けて振りぬいた。

 

鞭がタタミを薙ぎ払うと金属音が響く、ナムサン!辺り一面に敷かれていたのは非人道兵器マキビシだ!さらにタタミにカモフラージュするようにタタミを絞った着色料が塗られ、致死量の毒も塗られている。トラップを回避し電子マイコのアナウンスで油断させた上での非人道兵器マキビシ!何たる狡猾かつ卑劣なトラップだろうか!

 

だがエンプティーネストは油断せず見事に即死トラップを回避したのだ!ワザマエ!エンプティーネストはフスマを開ける。ターン!部屋を出るとコンクリートで作られた殺風景な一本道、そしてその先にはゴールと書かれた鋼鉄フスマがある。だがここで精神的疲労と緊張感から耐えかねて駆けつけるのは3流のスラッシャー。

 

最大限にニンジャ警戒を高め、すり足で牛歩めいた速度で移動する。その姿は匍匐前進で地雷除去をしながら進む兵士のようだ。50メートルの道を十数分かけて抜ける。トラップは何もなかった。何もない場所を警戒し疲弊させながら進ませ、徒労感を味あわせる。これもまた一つのトラップである。

 

扉につくとドアノブの横にはテンキーがついている。暗証番号式の電子ロックだ。エンプティーネストは首裏の生体LAN端子にケーブルをつけ、テンキーに備わっているLAN端子につけハッキングによるロック解除を試みる。失敗すればニューロンが焼かれ即死。ハッキングにニンジャの暴力は通用しない。必要なのはハッキングスキルのみだ。

 

暫くするとバチバチという音ともに鋼鉄フスマが開いていく。ハッキングは成功した。LANケーブルを仕舞い部屋に入る。そこは薄暗い和室だった。「風林火山」「不如帰」の力強いショドー掛け軸が飾られている、それ以外は高さタタミ5枚、横タタミ10枚分の普通の和室だった。ここに金目の物があるのかエンプティーネストは訝しむ。

 

ニンジャ暗視力で扉から入る僅かな光である程度見えるが見づらいことには変わらない。エンプティーネストは明かりをつけようとスイッチを探すと電子音が聞こえてきた。そこにはオイランドロイドがいた。高級品の着物を着て目を閉じながら正座をしている。

 

エンプティーネストは親戚達がこの屋敷の持ち主はオイランドロイドに傾倒し、身の回りの世話をオイランドロイドにさせていたと噂話をしていたのを思い出す。このオイランドロイドが金目の物なのか?質は高そうだが借金の元本を返済できるほどではない。それに苦労して侵入して、オイランドロイド一体では割に合わないし納得できない。肩透かしだ。

 

「侵入者認定、排除するドスエ」BLAMN!BLAMN!BLAMN!オイランドロイドの目が開き腕に内蔵されている35口径ピストルを発砲!「イヤーッ!」エンプティーネストはブリッジでアンブッシュ発砲を回避!「これが宝ではなく、ガーディアンか」エンプティーネストはカラテを構える。

 

BLAMN!BLAMN!オイランドロイドは両手を掲げ発砲!エンプティーネストは鞭を振りぬき弾丸を叩き落とす!ワザマエ!そのまま手首で鞭を操作しオイランドロイドに叩きつける。パン!パン!空気の破裂する音が響きオイランドロイドに命中!だがオイランドロイドは意に介さない!

 

エンプティーネストは舌打ちする。モータルなら痛みで気絶もしくは死亡。ニンジャでも怯み行動が遅れるが、痛覚が存在しないオイランドロイドには効果がない。生物には有効だが無機物には不利だ。状況判断し鞭から素手のカラテに切り替える。

 

BLAMN! BLAMN! オイランドロイドは発砲するがエンプティーネストは高速前転で回避し、素手の間合いに飛び込んだ。「カラテ!」オイランドロイドは上半身を180°に回転させ振りかぶりパンチを打つ。何たる人間の体では不可能な柔軟性!これがオイランドロイドのテクノカラテ!パンチが当たれば人間の頭部は潰れたトマトめいて破裂するだろう!

 

「イヤーッ!」「ピガーッ!」エンプティーネストは恐るべきテクノカラテを躱し、わき腹にボディーブローを叩きこむ!そしてすぐさま間合いを取る。「そのカラテ、予想以上に高性能だな。高値で売れるだろうがお前は俺が望む金目の物ではない」エンプティーネストは恐るべき速度で間合いを詰めカラテを見舞う。「イヤーッ!」「ピガーッ!」

 

戦いは一方的だった。いくら高性能のオイランドロイドといえどニンジャにカラテで勝つのは無謀だった。エンプティーネストはその気になれば数十秒でスクラップにできたが手加減し、素手のカラテのプラクティスと言わんばかりにカウンターや技の練習台にされていた。

 

人間やニンジャなら屈辱に打ち震えていただろう。だが機械のオイランドロイドは屈辱を感じることなく、命令を実行すべくひたすらカラテをふるった。「イヤーッ!」「ピガーッ!」「カラテ!」「イヤーッ!」「ピガーッ!」「カラテ!」「イヤーッ!」「ピガーッ!」「カラテ!」「イヤーッ!」「ピガーッ!」「イヤーッ!」「ピガーッ!」「イヤーッ!」「ピガーッ!」

 

 

「ピガガガ、排ピガガガ」オイランドロイドは糸が切れたジョルリめいて崩れ落ちる。五指、肘、肩、足首、膝関節は有らぬ方向に曲がり接合部から細かく放電を繰り返す。ボディは打撃によりクレーターめいた跡が出来き、体中から煙が噴き出る。目は目突きにより両目ともくり抜かれた。美しかったオイランドロイドは無残にもスクラップにされた。

 

「金目の物を探すとするか」エンプティーネストは崩れたオイランドロイドを一瞥すらせず、部屋を物色する。「ピガガガ、ピガガガ」オイランドロイドはエンプティーネストを見上げる、その姿はノイズまみれでぼやけていた。そして映像はエンプティーネストから老人の姿に変わる。

 

生前まで身の回りの世話をしていた老人だ。自分のメンテナンスを業者ではなく自分でやろうとして、もたついている映像が記憶装置から再生される。そして映像が変わる。「最後の頼みだ……これを奪いに家に来る者がいるはずだ……そいつらから守ってくれ……」

 

「ピガガガ、排除します……守ります……ピガガガ……」オイランドロイドは折れた手足をフル稼働させエンプティーネストに向かって移動する。そのスピードはバイオカタツムリより遅いが確実に近づいていた。「ピガピガうるさい!イヤーッ!」エンプティーネストは振り向くとオイランドロイドの頭を全力で蹴る!

 

頭部が首から離れ部屋を抜け一本道に向かっていく。そしてその頭部は一本道にいたピンク髪の少女にキャッチされた。

 

◇スノーホワイト

 

(((守れないと困るドスエ)))

 

 聞こえてきたのは奇妙な声だった。魔法で聞こえる困った声はどれも感情がこもっている、だが今聞こえてくる声は感情がなく平坦な非人間的な電子音で語尾も奇妙だ。人間ではない電子妖精のファルですら声にもう少し抑揚が有った。その奇妙な声に興味を持ったのか、スノーホワイトは声がする方向に向かっていく。

 そこに有ったのは大きな屋敷だった。ドアは開いており不用心と思いながら扉をノックするが反応ない、留守だろうか。家主から許可を得ずに家に入るのは気が引けるが、何かが起こっていては遅く、困った声の主のことも気になる。ドアノブに手をかけようとした瞬間スノーホワイトの手が止まる。

 

「どうしたぽん?」

「ドアノブに棘みたいなものがついている。それに変な匂いがする」

 

 顔をドアノブに近づけ匂いを嗅ぐ、するとドアノブからは僅かだが今まで嗅いだことのない刺激臭が嗅覚を刺激する。この匂いは毒物の匂いである。魔法少女の卓越した五感がドアノブに仕掛けられているトラップを感知した。

 只でさえ異様な声にドアノブの仕掛け、これは何かが起こっている。スノーホワイトは扉を観察しトラップが無いのを確認すると、ドアノブに触らず足で開けて屋敷に入っていく。

 

「凄いトラップの数だぽん。作った人は何考えているぽん?」

 

 ドアノブにトラップが仕掛けられていたからには中にもトラップが有るとは予想していたが、それはスノーホワイトの想定を超えていた。

 

 ピアノ線、鉄球、地雷、トラバサミ、動物の死骸、振り子の刃

 

 実際に有るものからアクション映画の遺跡探索で出てきそうなトラップの数々、どれもこれも子供の悪戯程度ではなく、引っかかれば死亡、良くて重体だろう。さらに屋敷の部屋は地下に作られており想像以上に広く、どこも意図的に似たような内装にされ、方向感覚を狂わし、帰還するのを妨害している。

 侵入を拒み生きて返さないという意志と殺意に満ち溢れたトラップの数々、よくこれだけのトラップを設置したものだ。少しばかり感心する。

 このトラップの数々は魔法少女でも苦労するだろう、スノーホワイトもトラップの攻撃を受けたが、ほんのわずかばかり肝を冷やした物もあった。困った声が聞こえない人の意志が入らない攻撃はスノーホワイト攻略法の一つであり、ある意味魔法少女の攻撃より厄介だった。

 幸いにも先に侵入したものがトラップを解除しており、対処したものは残り物のトラップだけであり、手間取ることなく奥に進んでいく。すると同じ内装の和室を抜けコンクリートで作られた殺風景な一本道に出る。

 何かがスノーホワイトの元に飛び込んできた。ボーリング球ぐらいの大きさで反射的にキャッチする。それはマネキン人形のような首だった。顔中に殴打による罅が入り両目はくり抜かれ、そこから黒いオイルのような液体が流れており涙のようだった。

 困っている声はもう聞こえない。ということはこのマネキンが困っていた声を出していたのか?声を出すということはこのマネキンには意思があったのか?物質に意志が宿るのか?

 疑問を抱くが物体である電子妖精のファルにはAIが有り困った声が聞こえる。ならば同じようにAIがあり意志が宿ったのかもしれない。その意思が宿ったマネキンは何かを守れず、スクラップにされた。

 

 スノーホワイトは手で瞳を閉じ頭部を静かに床に置き手を合わせた。そして魔法の袋からルーラを取り出し、エンプティーネストがいる和室に向かって歩を進めた。コツコツと床を叩く無機質な音が響き渡る。

 

「噂を聞いてここまで来た同業か?だが分け前は無い。トラップを突破し部屋に最初にたどり着いたのは俺だ。宝は俺の物だ。何しに来たハイエナ」

 

 エンプティーネストは歩く音でスノーホワイトに気づき部屋に入る瞬間鞭を振るった。碌にハック&スラッシュの技術を持たず、トラップを自分に解除させ美味しいところだけ頂こうとするカス、それがスノーホワイトへの印象だった。

 ハック&スラッシュに対するプロ意識を持っているエンプティーネストにとってスノーホワイトは万死に値する。目撃者は殺すつもりだがこいつは甚振って殺す。

 

「ここには何をしに?」

「ハック&スラッシュに決まっているだろう。お前もハック&スラッシュしに来たんじゃないのか?まあお前みたいなニュービーには無理な仕掛けだったがな。俺みたいなヤバイ級のパラディンじゃなきゃ攻略できなかった」

 

 エンプティーネストは攻略したトラップと今までのハック&スラッシュについて自慢げに語るなか、スノーホワイトは部屋の様子を確認する。

 今まで通ってきたような内装の和室に掛け軸と大きな金庫、そして着物を着た首のない人型の物体、あれが首だけのマネキンの体だろう。五指、肘、肩、足首、膝関節は有らぬ方向に曲がり接合部から細かく放電を繰り返す。ボディは打撃によりクレーターのような跡が出来き、体中から煙が噴き出て着物の所々は放電より焼けている。

 あれは甚振って破壊したものだ。エンプティーネストは即破壊し機能停止できるはずなのに無駄にダメージを与えた。

 弱者を甚振り犯罪行為を自慢げに語る。魔法少女なら即捕まえて監獄所に送り込むほどの悪者だ。

 

 エンプティーネストは自慢げに語っている最中に鞭を振るう。風切り音を鳴らしながら鞭がスノーホワイトに向かっていくがルーラの柄で難なく防ぎ、パンという破裂音が部屋に響く。

 この瞬間スノーホワイトはエンプティーネストをニンジャと、エンプティーネストはスノーホワイトをニンジャと勘違いし戦闘が始まった。

 

ヒュン、ヒュン、ヒュン。

 

 風切り音が鳴るともに鞭がスノーホワイトに向かっていく。そのスピードは音速に匹敵する。だがエンプティーネストは鞭を振るった様子はなく、直立不動のように見える。だがそのように見えるだけであってしっかりと鞭を振るっていた。

 鞭を振りかぶって振るうのでなく手首の返しの力のみで振るっていた。そんな振るい方では普通ならスピードも威力も出ない。特殊素材で作られた鞭とニンジャの非凡な手首の力が可能にさせる。

 鞭は予備動作なく右頬、左肩、右手首、左太もも、右足首と様々な部位に正確に向かっていく。だがスノーホワイトは頭を下げ、半身になり、ルーラから手を放し、柄を立て、足を上げて鞭を回避していく。

 エンプティーネストは驚きで目を見開く。この振り方は威力が少ないが動作の起こりが少なく躱しにくい。しかし目の前の少女は平然と対処していく。

 スノーホワイトとしても確かに避けにくかった。だが心の声で攻撃する部位を察知している状態であれば予備動作が無くとも避けるのは難しくはない。攻撃を捌きながら間合いを詰めていく。

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 

 エンプティーネストの叫び声をあげながら鞭を振るう。攻撃方法が変わり手首の力ではなく腕や肩の力を使い大振りで振るっていく。

 鞭という武器の特徴は痛みだ。鞭に当たったものは壮絶な痛みに襲われる。その痛みは攻撃する意思を根こそぎ削ぎ、痛みのあまり外聞を気にする余裕すらなく転んで膝を怪我した幼子のように泣き叫び地べたを転げまわる。

 それはいくら筋肉を鍛えていても防げるものではなく、防ぐとしたら鎧でも着るしかないだろう。スノーホワイトの服装は学校の制服のような素材、それでは鞭の痛みを防ぐことはできず手首のみで振るやり方で充分だった。

 だがスノーホワイトには通用しない。この振り方は手首のみで振るやり方より鞭のスピードは速く威力も大きく掠っただけで肉をそぎ落とす。攻撃のリズムを変えてスノーホワイトを惑わせる心算だった。

 

ゴオ、ゴオ、ゴオ。

 

 鞭の風切り音が変わり柄で防ぐ衝撃も打撃のように重く鞭のそれではない。さらに他の部位を使って鞭を振るい手首に余力があるせいか、手首の返しで鞭の軌道が変化していく。だがこの攻撃もスノーホワイトは表情を変えることなく事も無げに対処していく。

 鞭のスピードが上がろうが途中軌道が変化しようが、心の声が聞こえ狙いどころが分かるスノーホワイトには対処可能だった。スノーホワイトは無表情のまま鞭を捌き間合いを詰める、エンプティーネストは困惑と動揺の表情をさらに深める。

 

「ムチ・ウォール!イヤーッ!」

 

 エンプティーネストは一心不乱に鞭を振るう。鞭は壁やタタミをランダムに破壊し破片が周囲に散乱する。

 スノーホワイトは瞬間的に危険を察知し詰めていた間合いを外し後ろに飛んで距離を取る。

 目の前にあるのは壁だった。エンプティーネストが全力で鞭を振るうことで、残像を生み壁のようになっていた。

 スピード威力ともに今までの最大だ、この壁に振れれば魔法少女の強靭な体でも只では済まないだろう。そして今まで違い狙いを定めずやたらめったら振るっているため、心の声で狙っている場所を察知し回避するという方法はとれない。

 さらに鞭の壁はこの部屋の横と高さを覆いつくしており逃げ場はなく、鞭の壁は徐々に迫っている。このままでは攻撃を食らう、スノーホワイトは脳内で対処法を浮かべ消していく作業を繰り返し、思いついた案を実行する。

 

 スノーホワイトは構えていたルーラを左手で宙に放る、そのルーラの石突を右手の人差し指と中指の間に添えて左足を力いっぱい踏み込む。踏み込みによってタタミは数センチめり込み、踏み込みから腰、背中、肩、肘と連動させ動かし指先に力に集め解き放った。

 

「グワーッ!」

 

 エンプティーネストの悲鳴が部屋に木霊し、鞭の壁は消失する。鞭を持った義手の肩にルーラが突き刺さり義手は後ろの壁に縫い付けられていた。 鞭を避けられないのならば鞭自体を止めればいい、そう考えたスノーホワイトは鞭を振るう腕を破壊するためにルーラを投擲し、鞭の壁を突き抜けて腕を破壊することに成功した。

 

 義手を失った痛みと困惑で動きが停止する。その隙を突いてスノーホワイトは一気に間合いを詰めた。間合いを不意に詰められたエンプティーネストは痛みに堪えながら反射的に横殴りに左手を振る。 その攻撃を避け掌底で顎を打ち上げると同時に足を刈り一気に後頭部をタタミに叩きつけた。この瞬間エンプティーネストの意識は断たれた。

 

「投げ槍なんてファルには考えつかなかったぽん」

「強い人だったら鞭を素手で捕まえて止めただろうけど、私には無理だからあれしかなかった。リップルやドラゴンナイトさんが手裏剣投げているのをヒントにしてやったけど、初めてやったけど上手くいった」

「ぶっつけ本番かぽん!?よくやるぽん」

「肩は動かないし、動かない的なら十数メートルぐらいなら当てられるかなって」

「それでこの空き巣はどうするぽん?」

「警察に連絡して捕まえてもらう。色々喋っていた犯罪を調べれば逮捕されると思う」

 

 スノーホワイトはエンプティーネストを縄で捕縛した後、突き刺さったルーラを回収し、気絶したエンプティーネストを魔法の袋に回収した。その際に開錠された金庫が目に入る。スノーホワイトは一瞥すると部屋の出口に向かっていく。

 

「金庫の中身はどうするぽん?回収しろとは言わないけど一目ぐらい見ていかないぽん?」

「いいよ」

「そうかぽん」

 

 スノーホワイトは興味なさそうに告げると、ファルは残念そうにしながら引き下がった。

 あれだけのトラップに守られた物品、それだけで非常に高価で価値が有る物と予想できる。ああは言ったが興味は有る。

 だがそれはあの機械人形が意志を持って守ろうとした物だ。ボロボロになりスクラップになってでも守ろうとして、その結果自分がたどり着きあのニンジャを倒した。ならば機械人形が守ったと同じといっていいだろう。守った物を見ようとするのは違う気がする。

 

 スノーホワイトは部屋を出てコンクリートの通路に置いてあった首を拾い上げると、部屋にあった胴体にくっつけるように置き手を合わし、部屋を出て行った。

 




◆忍殺◆
ニンジャ魔法少女名鑑#11
【マタタビ】
ニンジャのジツを受け飼い主を殺してしまい、瀕死の重傷を受けたところでニンジャソウルが憑依しニンジャアニマルとなる。飼い主を殺させたニンジャを追っているなかドラゴンナイトとスノーホワイトと出会う
◆魔狩◆

◆忍殺◆
ニンジャ魔法少女名鑑#12
【アイアンフィスト】
壁に耳あり障子に目あり計画を成功させるために派遣されたアマクダリ・ニンジャ。両腕のサイバネアームのギミックを駆使し敵を倒す。だがスノーホワイトにはギミックは通用せず捕縛された後、ニンジャスレイヤーに見つかりインタビューを受ける
◆魔狩◆

◆忍殺◆
ニンジャ魔法少女名鑑#13
【ストライプブルー】
壁に耳あり障子に目あり計画を成功させるために派遣されたアマクダリ・ニンジャ。テレキネシス・ジツの使い手、クナイダードを操作して敵を倒す。だがスノーホワイトにはギミックは通用せず捕縛された後、ニンジャスレイヤーに見つかりインタビューを受ける

◆忍殺◆
ニンジャ魔法少女名鑑#14
【テイマー】
壁に耳あり障子に目あり計画を成功させるために派遣されたアマクダリ・ニンジャ。動物を操作し操るジツを使う。この計画の重要人物であり、アイアンフィストとストライプブルーから護衛を受けていた

◆忍殺◆
ニンジャ魔法少女名鑑#15
【ディスピアー】
壁に耳あり障子に目あり計画を成功させるために派遣されたアマクダリ・ニンジャ。テイマーによる計画が失敗した保険として計画に参加させられる。カラテは弱いがカラテで敵を倒したいという願望は強い


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ア・シーン・オブ・スノーホワイト:「スノーホワイト活動記録」

スノーホワイトが出てニンジャを倒す短編シリーズと書きましたが
すみません。この話にはニンジャは出ません
あと時系列はバラバラです


◇ファル

 

 スノーホワイトがネオサイタマに来てからそれなりの月日が経った。最初は戸惑っていたが次第に慣れていき、今では前の世界に居た時と同じように魔法少女としての活動を行っている。

 もし万が一、他の魔法少女がネオサイタマに来てしまった時に役立つようここにスノーホワイトの活動の一部を記録していく。

 

05:00

 

 この時間はまだ太陽は登っておらず、只でさえ雲で覆われて薄暗いネオサイタマの空はさらに薄暗い。人々もまだ起きていないのかアーケードには誰一人いない。その代わりとはいっては何だが、何者かによって破壊された看板や割れた空き瓶やら吐瀉物が散乱しており、とても客が寄り付かないような有様である。

 スノーホワイトはその惨状を見てやれやれと言ったようにため息を僅かに漏らしながら、魔法の袋から道具を取り出す。

 

 ここはオニタマゴ・スタジアムという野球場に程よく近い飲み屋街である。オフィス街からも近く、パブリックビューイングを見るような感覚で仕事が終わったサラリーマンが店に訪れ、球場で見終わったファンが試合内容を肴に一杯ひっかける為に店に訪れて、それなりに繁盛しているようだ。

 昨日はネオサイタマの野球リーグの首位攻防戦が行われたが大いに荒れた。

 首位のリキシーズの絶対的エースが頭へのデッドボールを受け退場に追い込まれ、現在も病院で生死を彷徨っている。

 二位のイーグルスに所属しているリーグ屈指のスラッガーは守備中に相手選手に危険なスパイクにより選手生命が危ぶまれる怪我を負った。

 それをきっかけに試合はラフプレイの応酬になり、空振りでキャッチャーの頭に打撃を加える、走塁で守備選手の足を踏み抜くなど宛らラフプレイの博覧会だったそうだ。

 さらに両チームのファンもヒートアップし、スノーホワイトの世界だったらコンプライアンスに引っかかるような罵詈雑言が飛び交い、両チームの応援席に発煙筒が投げ込まれる。

 極めつけには始球式と7回のインターバルでパフォーマンスを行う予定だったアイドルは顔面にファールボールが当たり顔はグシャグシャにされ、それに激怒したアイドルファン達がフィールドに雪崩れ込む。

 それからは選手、野球ファン、アイドルファン達が所かしこで殴り合いが始め試合は没収試合になる。

 そんな試合を見せられては飲み屋で試合を見ていたファンもたまったものではない。

 飲み屋でもフーリガンさながらに小競り合いが始まり、店から追い出されても乱闘騒ぎが起こり、ある者は選手がした怪我からヤケ酒しそこら辺に嘔吐するなどして結果現状のあり様になっている。

 

 スノーホワイトは魔法の袋から箒や塵取りやごみ袋を取り出し掃除を始める、吐瀉物は知り合いの魔法少女から分けてもらった凝固剤で固め、埃は箒で払い、ガラス片など危険なものは手で回収するし種別ごとに分類し捨てるなどして店先を一軒一軒丁寧に掃除していく。

 スノーホワイトは以前同じように店先を掃除したことがあり、掃除するほど汚れていない場所は掃除をしなかった。その結果汚れていない店先の店は商店街からムラハチされたそうだ。

 あとで知ったことだが、「向こう三軒両隣」と呼ばれる礼儀の作法があり。開店前に、自分の店の向かいの三軒と両隣の店先も清掃すべしというもので、掃除されていない店先の店主は商店街の権力者であり、その結果両隣の店はムラハチされた。そのことに心を痛め、それを教訓に見える全ての店先を掃除するようになった。

 

「これでいいかな?」

「大丈夫だと思うぽん」

 

 三十分後、スノーホワイトは綺麗なった飲み屋街を眺めファルに確認する。スノーホワイトが掃除したことで見間違えるように綺麗になった。これで掃除していないと判断されたら潔癖症の店主の隣になった不運を呪うしかない。

 

「昨日の試合見た?」

「見た見た。没収試合だろう」

「そのせいで店先が散らかっているからって、早朝出勤かよ」

「どうせ残業代も出ないし、ファッキンベースボール!って店先片付いてるぜ」

「オイオイ見間違えだろ、店長がスゲエ散らかっているって…本当だ」

 

 するとスノーホワイトの後ろから若者たちが近づいてきて飲み屋街の様子に驚いている。恐らくバイトか何かで昨日の件で店先が汚れているから早朝出勤して片付けろとでも言われたのだろう。若者たちに見つからないように足早に飲み屋街を後にした。

 

06:00

 

「チュチューン!チュチューン!」

「アイエエエ!」

 

 スノーホワイトが駆け付けた先、そこはアパートのような集合住宅でそのゴミ捨て場の近くで男性の老人が数羽の雀に襲われていた。老人は蹲り血を流している。

 雀と言えばこの世界に来る前は小柄で愛くるしさを覚えるような姿としてインプットされていた。だがネオサイタマに来てイメージはガラリと変わった。

 バイオスズメと呼ばれており姿は変わらないが、そのサイズは鷹や鷲などの猛禽類のように大きく、そのくせ鳴き声は小さい雀のように甲高く可愛らしい。

 その鳴き声と姿に一瞬騙されそうになるが複数の猛禽類サイズの鳥に襲われれば人であれば太刀打ちできない。

 

 スノーホワイトは老人の間に割って入り、老人を庇いながらバイオスズメを叩くなどして敵意と注意を向ける。すると雀たちはスノーホワイトを攻撃し始めた。

 

「隠れていてください」

「アイエエエ……」

 

 老人は悲鳴を上げながらアパートに駆け込みその様子を確認しながらバイオスズメの襲撃に対応していく。

 この世界のバイオスズメは獰猛だった。空から急降下し脳天や眼球を嘴で抉りにくる等その攻撃は殺意に満ちている。人間がこの攻撃を受ければ一たまりもないだろう。

 だがスノーホワイトは魔法少女、攻撃を難なくいなしバイオスズメが疲弊して立ち去るまで防御し続ける算段だった。

 するとバイオスズメから視線を外し建物にアパートに視線を向ける。そこには窓から猟銃を構えている先ほどの老人の姿がいた。

 

「死ね害鳥!イヤーッ!」

「チュチューン!」

 

 スノーホワイトはその反射的にその場から離れる。数発の銃声ともにスノーホワイトの数メートル前にバイオスズメがボトリと落ちる。頭部が半分無くなっておりヘッドショットされていた。

 

「ブルズアイ!まだ終わらんぞ害鳥!イヤーッ!」

 

 老人は続けさまに発砲する。バイオスズメ達は身の危険を感じたのかスノーホワイトから離れ一目散にゴミ置き場から逃げていく、その様子を満足げに眺めた後下に目線を向けるとスノーホワイトの姿は消えており、その事を訝しみながら窓を閉めた。

 

 

「スノーホワイトが近くにいるのに平気で猟銃をぶっ放してきたぽん。恐ろしいぽん」

「他の流れ弾は当たってないみたいでよかった」

 

 スノーホワイトとファルは先ほどのことを振り返りながら移動する。老人が猟銃で発砲した際に一発の弾丸がスノーホワイトに向かっていた。

 反射的に避けたがその動きは明らかに人間ができる動きではなかった。それを見た者にニンジャか何かと怪しまれるのは面倒なのでファルの指示で即座に離脱していた。

 

「あのバイオスズメは何であそこにいたんだぽん」

「あれはゴミを漁っていたみたい。『御飯がなくて困る』って声が聞こえたから」

 

 ゴミ捨て場の映像を振り返ると確かに青色のネットが破られていた。あれはゴミ荒らしようの対策用のネットだろう。それを破ってゴミを漁っていたところ男性が遭遇して追い払おうか何かしてバイオスズメに襲われたのだろう。

 

「適当にあしらって逃げてくれればよかったんだけど、あんなことになるなんて」

 

 スノーホワイトの声が僅かに沈んでいる。声が聞こえたからこそバイオスズメ達も生きるのに必死で餌を求めてゴミを漁っているのを知り、追い払うために傷つけるのは忍びないからと防御に徹していたのだろう。

 その結果が銃殺だ、今回は優しさが裏目に出てしまった。だが遅かれ早かれ駆除されていただろう。カラス等都市部で生きる鳥は害鳥として駆除される可能性はある。これも一種の弱肉強食だ。

 

「まあ、仕方がないぽん」

 

ファルは機械的にスノーホワイトを慰めた。

 

07:00

 

「そこを……右に曲がって……」

 

 灰色スーツの男性はスノーホワイトの肩を借りながら左わき腹を抑えて、脂汗を浮かべ苦虫を噛み潰したような険しい顔を浮かべながら歩く。そのスピードは遅く、通勤中のサラリーマン達はスノーホワイト達を次々と追い抜いていく。

 スノーホワイトは突如オフィス街近くにある駅に向かって行く。どうやら痛いなど苦しいなどの声が聞こえてきたそうだ。

 何か事故でも起こったのかと来てみるが駅前には救急車や消防車等は特に見当たらない。するとスノーホワイトは苦しそうに歩くサラリーマンの元に駆け寄り声をかけた。

 

「会社まで一緒に行きましょうか」

 

 その言葉にサラリーマンは首を縦に振って返事をした。

 スノーホワイトはサラリーマンの体揺らさないように注意を払いながら歩き、サラリーマンの会社の正門にたどり着く。

 目の前には回転式自動ドアがあった。これはスノーホワイトの世界でも見かけるものだが大きさはせいぜい三メートルぐらいだろう。だがこれは十メートル以上ある、さらに回転スピードも明らかに速い。これはタイミングを間違えると危険ではないかと思わず訝しんでしまう。

 だがファルの杞憂をよそにサラリーマン達はタイミング良く自動扉に入っていった。そしてスノーホワイトも倣うようにしてタイミングを計り入ろうとする。だがサラリーマンは痛みのせいでバランスを崩しスノーホワイトはその体を支える。その間に巨大自動ドアが迫っていた。このままでは二人はドアに挟まれてしまう。

 スノーホワイトは瞬時に移動して中に入り込む。そのスピードは人に肩を貸している人間に出せるスピードではなかった。その光景を見ていた者はいたが、特に気にすることなくIRC端末に視線を向けていた。騒がれないのはありがたい。しかしよく周りを見てみるとサラリーマン達の目には隈が出来ており目も死んでいた。

 スノーホワイトは男性をセキュリティゲートまで送るとその会社を出ると駅前に戻り、同じように痛がっている人に肩を貸し会社まで送るのを数回ほど続けた。

 

「しかしスノーホワイトが送った人達みんな痛そうだったぽん」

「うん、最初に送った人は電車に乗っていたらアバラが折れていたと思うし、2人目も内臓を痛めたのか血を吐いてた」

「重傷ぽん、というよりどうやって電車に乗ってそこまでダメージを受けるぽん」

「満員電車で他の人の肘が自分のアバラにめり込んで、圧力で折れたみたい」

「それで折れるってどんだけ人乗ってるぽん、というよりそんな怪我なら病院に行けぽん」

「休むとムラハチやクビになるから困るって声が、痛くて困るって声より大きかったから」

 

 スノーホワイトは歯切れ悪く答える。スノーホワイトも病院に連れていきたかったのだろう。だがサラリーマン達は会社に行くことを強く望んだのだから要望に応えないわけにはいかない。苦渋の決断だったのだろう。

 しかし骨折して休んだだけでムラハチにあい最悪クビになるとは何て酷い労働環境だ。まるで社畜ではないか。

 ファルも前の主人のキークにデスマーチと呼べるデバッグ作業を任され、あまりの仕事量にブラック企業に勤めていた人のブログを読み『下には下がいる』と自分を慰めていた地獄みたいな日々がフラッシュバックする。そしてそんな会社が複数有る。ネオサイタマという都市は大丈夫なのだろうか?

 

「頑張ってほしいぽん」

「ファル何か言った?」

「何でもないぽん」

 

 ファルはネオサイタマに働く人々にエールを送る。彼らは他人ではない、もはや仲間だ。過酷な労働環境に身を置いた立場として深く共感していた。

 しかしこれでもマシのようだ。以前ネオサイタマ市長選でラオモト・カンとかいう人物が労働者に権利が有るのがおかしいと労働基準法撤廃を政策に掲げたらしい。そんな悪法は通るわけがないが、ラオモトは大本命でその悪法が通りかけたらしい。だが選挙特番でスキャンダルが暴露され事故死したそうだ。

 やはり悪は滅びるのだ。そのスキャンダルを暴露した人には心から賞賛を送りたい。

 

12:00

 

 スノーホワイトの世界でもネオサイタマでも12時は昼食の時間のようで、サラリーマン達は外食店で食事し、学校に通う生徒たちは給食や家族に作ってもらった弁当で空腹を満たしていく。

 

「ウォー!ウォー!」

 

 道路脇の側溝にしゃがみながら大学生らしき青年が声を上げる。行きかう人々は青年に視線を向けながらクスクスと嘲笑を浮かべながら立ち去っていく。青年はそんな視線を意に介することなく歯を食いしばる。

 青年は側溝の蓋を持ち上げようとしていた。だが蓋は重く青年の力では持ち上げられるものではない。するとスノーホワイトは青年のとなりにしゃがみ、あっさりと蓋を持ち上げ側溝から何かを拾い上げ青年に渡した。青年は過剰なまでに頭を下げてスノーホワイトに感謝した。

 

「あの人は何を落としたぽん。よほど大切なものだったのかぽん?」

「お金だよ」

「きっと一万円ぐらいぽん」

「ううん、百円玉」

「百円!?そんなはした金であそこまで騒いでたぽん」

「百円玉が無いと『カルテットトーフが買えなくて困る』って言っていたから、重要だったんだよ。それで一日の食事が賄えるみたい」

「所謂苦学生って奴かぽん。しかし百円で一日分の食料ってどれだけの量だぽん、少し気になるぽん」

 

16:00

 

「今日はお使い?」

「今日は週刊フジサンの発売日だから。それで本屋に行ったんだけどパンクしちゃって」

「大変だったね」

 

 野球帽を被った少年が紙袋を大切に持ちながら歩く後ろを、スノーホワイトは自転車を担ぎながら歩いていく。

 スノーホワイトはパトロールをしている最中に自転車で蹲って泣いている少年を見つける。不運にも自転車の前輪と後輪のタイヤがパンクしたようだ。そんな少年に元に座り込み家まで運ぶのを手伝ってあげると言った。

 

「お姉さん力持ちだね。兄ちゃんでも持てないよ」

「女の子だって鍛えれば、これぐらい出来るよ」

 

 少年の言葉に淀みなく答える。実際魔法少女なら自転車と少年を担いで家まで運ぶどころかベンチプレスだって出来る。

 本当ならさっと運びたいところだろうが、それだと怪しまれるので少年の歩くスピードに合わせて自転車を持ち上げながら歩いていく。

 少年の家まではさほど距離は無く十五分ほどで到着した

 

「ありがとうお姉さん」

 少年はお礼の気持ちを伝えるように手を力強くブンブンと振る。それに返答するように小さく手を振り立ち去った。

 

20:00

 

「ザッケンナコラー!」

「スッゾコラー!」

 

 怒号と銃弾が飛び交い通行人の悲鳴が木霊する。どうやらヤクザ同士の抗争が始まったのか、お互い黒塗りの高級車を盾にしながら道路を挟んで銃撃戦を繰り広げている。すると二人がそれぞれ両陣営の元へ飛び込んでいく。スノーホワイトとドラゴンナイトだ。

 

 いつも通り二人はパトロールを開始した。今日は拾った財布を届けたり、脱走した飼い猫を捕まえたりと比較的穏やかな案件が続いた。だがスノーホワイトが突然移動し始めるとそこではヤクザ達が銃撃戦を繰り広げていた。

 二人はヤクザの抗争に介入し両陣営に向かって行く。ヤクザ同士で争うなら放置していたかもしれない。だが往来で銃撃戦を行えば流れ弾で一般市民が傷つく可能性が出る。

 二人によってヤクザは次々と倒されていく、相手は魔法少女とそれに匹敵する戦闘力を持つニンジャだ。重火器をいくら持っていようが人間で倒せるわけがない。

 ヤクザ達が残り数人ほど減った時スノーホワイトは対面のビルの屋上と背後にあるビルの屋上を見上げる。そこには潜んでいた両陣営のヤクザが大砲を構え、それぞれの陣営に向かって発砲しようとしていた。

 持っているのはRPG、対戦車グレネードランチャーだった。何故ヤクザの抗争でRPGなんて物騒な武器を使う。明らかに過剰火力だ。もし着弾すれば被害は甚大になってしまう。

 

「目の前のビルと背後のビルの屋上に手裏剣を投げて!」

 

 突如スノーホワイトは車線の反対側にいるドラゴンナイトに大声で指示を出す。ドラゴンナイトは指示に応えるように両陣営の中間地点に移動し、手裏剣を目の前のビルの屋上にいるヤクザと背後の屋上にいるヤクザに向けて投げ込む。

 するとヤクザの叫び声と爆発音が響き渡る。ドラゴンナイトの手裏剣が弾に当たり爆発したのだろう。戦闘能力という面ではスノーホワイトが上だが、遠距離攻撃に関しては手裏剣を生成できるドラゴンナイトのほうが上である。

 スノーホワイトがビルに駆け上がっても間に合わないと判断し、ドラゴンナイトの手裏剣で弾を迎撃させた。

 

 

「ドラゴンナイトさんありがとう。流石だね」

「いやスノーホワイト=サンが気づいたおかげだよ。でなければボクもロケットランチャーの弾を喰らって実際危険だった」

「そろそろ警察も来るだろうし離れようか」

「そうだね」

 

 二人は隠れているヤクザが居ないのを確認しその場を立ち去った。

 

22:00

 

「なにこれ!?」

 

 ドラゴンナイトは思わず困惑の声を上げ、スノーホワイトも声は出さないものの明らかに困惑の表情を浮かべていた。魔法少女は肉体と精神力も向上している。それによりどんな事態でも動じず冷静に行動できる。

 だがその魔法少女のスノーホワイトが動揺している。それは仕方がない、むしろ声を上げなかっただけ精神力が強いと言える。

 大通りから離れた空き地で恐ろしい出来事が起こっていた。

 目の前には自動販売機がある。だがその自動販売機の取り出し口から触手のようなものが伸びており、その触手が若者を締め上げている。それは悪夢のような光景だった。

 動揺で放心しているドラゴンナイトに先んじてスノーホワイトが若者の救出を試みる。手刀によって触手は簡単に切れ巻き付いていた触手の先は力を失いポトリと落ち若者は解放された。

 

「アイエエエエ!」

 

 若者は失禁し叫び声をあげ半狂乱になりながら逃げていく。その姿に一切目を向けることなく二人は自動販売機に全神経を向ける。スノーホワイトに切断された触手は徐々に再生していき元の姿に戻っていた。

 

「どうするスノーホワイト=サン?というより何なのこれ?」

 

 ドラゴンナイトは助けを求めるようにスノーホワイトに視線を送る。スノーホワイトはドラゴンナイトに目線を向けることなく自動販売機、正確には自動販売機にいる謎の生物を見続ける。

 

「駆除しよう」

「……本当にやるの?」

 

 ドラゴンナイトはマジでやるの?というように嫌々そうな表情を向ける。スノーホワイトの言う事や行動には基本的に同意するドラゴンナイトがこのような表情をするのは初めてだ。それ程までに薄気味悪い。

 

「あんなの放っておけばいいぽん」

「あれは空腹で人を捕食しようとしている。放っておいたら犠牲者が出るかもしれない」

 

 バイオスズメには何もしなかったが、この謎の生物は駆除するのか。まあ人を捕食するような生物は人間界には居てはならないということだろう。まあ妥当な判断と言えるし気持ち悪い生物を排除したいという心理も有るのだろう。

 しかしあの謎の生物は人を捕食するのか。そんな危険な生物が都市部の自動販売機に潜んでいる。ファルはネオサイタマの異常さに思わず眩暈のようなノイズが走る。

 

「シュシューッ!」

 

 すると謎の捕食生物は二人に向けて取り出し口から触手を伸ばす。二人はそれを避けると同じタイミングで飛び蹴りを自動販売機に叩き込む。自動販売機は吹き飛んでいきビルの壁に激突する。二人の蹴りの威力を物語るように足跡がくっきりと残っており、足跡からバチバチと火花を散らしていた。

 

「今ので死んだかな?」

 

 ドラゴンナイトはすり足で距離を詰めながら問う。スノーホワイトはその質問に答えるようにツカツカと自動販売機に近づき蹴りを叩き込んだ場所に手をねじ込みこじ開ける。

 そこにはオウムガイ状の軟体動物がいた。ドラゴンナイトはおっかなびっくりつま先で軟体動物に触れ生死を確認する。軟体動物はピクリとも動かないのを確認すると安堵の息を漏らしていた。

 

「これが自動販売機に潜んで人を襲ったの?」

「信じられないけど多分そう」

「自動販売機に謎の生物が潜んでいて人を襲う。こんなことを学校で行ったら即狂人マニアック認定されちゃうよ」

「そうだね」

 

 確かにそうだ。たとえ事実だとしても誰も信じないのは明らかだ。もしスノーホワイトがそんな事言ったら出来るだけ傷つけないように言葉を選びながら精神科への通院を勧めるだろう。

 喋ってしまえば社会的地位は一気に下がるのは必至だ。このことは二人の社会的地位の為に胸に収めておいた方がいい。

 

23:00

 

「じゃあお休みスノーホワイト=サン」

「うん、お休みドラゴンナイトさん」

 

 スノーホワイトとドラゴンナイトは廃工場で日課のトレーニングを済まし、ドラゴンナイトはスノーホワイトに手を振りながら廃工場を後にする。

 

「ファル…」

「もうやったぽん。スノーホワイトとドラゴンナイトの映像は消したぽん」

「ありがとう」

 

 スノーホワイトの要望は言わずとももう分かる。スノーホワイトはアマクダリに注目されるのを恐れていた。このまま従来通りに活動を繰り返せば遅かれ早かれアマクダリと衝突する。

 自分一人だったら振りかかる火の粉を振り払えばいい。だがその火の粉がドラゴンナイトに振りかかるのを恐れていた。そこでファルの出番だ、アマクダリに敵対する行動や捕捉される行動の痕跡は消す。

 飲み屋街の清掃なり、サラリーマンに肩を貸して通勤を手伝う姿は監視カメラに写り、その話題がIRCネット上にあがっても只のボランティアをする優しい少女ぐらいでとどまると予測されるので問題ない。

 だがヤクザ抗争に介入し止めたのはボランティアをする少女の域を明らかに超えている。なのでアマクダリに注目されないように痕跡は消さなければならない。

 

「ファル、フォーリナーXが居る確率が高そうな場所分かる?今日はそこに行こう」

「今日はこれで終わりだぽん。休むぽん」

 

 ファルの立体映像は鱗粉を振りまきながら体を左右に振り拒否の意志を示した。

 

「なんで?」

「働きすぎだぽん、魔法少女は疲れないと言っても限度があるぽん。この状態でニンジャに出会えば大変だぽん」

 

 スノーホワイトはフォーリナーXを探す為に以前体験したデスマーチ並みに活動を続けている。生物である以上魔法少女でも疲弊するし力も落ちる。

 その状態でニンジャと戦闘することになれば苦戦する確率は高くなる。スノーホワイトはこの世界に来て複数のニンジャと出会い戦っている。そのエンカウント率は元の世界で魔法少女と出会う確率より高い。リスクは抑えるべきだ。

 

「あとスノーホワイトが活動するとファルも働かなきゃならないぽん、正直ファルも働きすぎだぽん。ここで休憩しないとパフォーマンスが落ちて、証拠隠滅に不備が出るかもしれないぽん」

 

 これ以上活動するとドラゴンナイトに危険が及ぶぞ、ファルは暗に脅迫する。だがファルの言葉は事実だった。証拠隠滅作業を続けていくうちにスペックの低下を感じていた。どこかで休憩しなければスペックは低下し続ける。

 

「分かった。しばらく休む」

 

 スノーホワイトもファルの言葉に心当たりがあったのか、工場の壁に背中を預け座り込み目を閉じた。その様子を見てファルもスリープモードに移行した。

 



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第八話 電子妖精が見た新世界#1

◇ファル

 

 魔法少女をサポートするために作られた使い魔をマスコットキャラクターと呼ぶ。主に小動物タイプ、妖精タイプ、電子妖精タイプに分類され、ファルは電子妖精タイプに分類され、実体を持たず魔法の端末に住んでいる。

 マスコットキャラクターは特別な役割を持つ魔法少女のみに与えられ、それを持つことが一種のステータスとなっている。以前の主人のキークは魔法の国のIT部門のトップであり、ファルを与えられ改造を施し、普通のマスコットキャラクターには無い機能を備え付けた。そして紆余曲折があり今はスノーホワイトのマスコットキャラクターになっている。

 

 マスコットキャラクターのすることは異世界に行っても変わらない。スノーホワイトの最優先事項は元の世界に帰る為にこの世界に送り込んだフォーリナーXを探すことであり、それをサポートするのが最優先事項である。

 スノーホワイトが捜索兼人助けの為にネオサイタマの各地を移動しており、その情報をもとにファルはネオサイタマの地図を作成し、常にアップデートしながら次に向かうべき場所をナビゲーションする。また人の噂話なども重要な情報源であり、自主的に録音するなどして常に情報収集を行っている。

 またニンジャという存在、魔法少女と同等の戦闘能力を持つ危険な存在だ。スノーホワイトが行動する際には接触し戦闘になる可能性もあるので、今まで会ったニンジャを元にニンジャは何ができるのか、どのような特殊能力を持っているか等の考察も行っている。

 

 土地勘のないスノーホワイトにとってファルの作成した地図は非常に役立つものであり、ファルが情報収集で得たものはネオサイタマの文化や風土を理解するのに一役買っている。マスコットキャラクターとしては充分な働きだが、ファルは自身の働きに不満を持っていた。

 ファルはそれらの仕事を同時に行っている。人間であれば同時に進行させることは困難だが、圧倒的演算速度を持つ電子妖精のファルであれば片手間だった。元の世界であれば今の仕事に加え、ネットワークを使用した情報収集も同時にできるスペックを有している。

 だが元の世界とネオサイタマのネットワークの作りが違うせいか、ネットと繋がることは一切出来ていない。もしネットワークに繋がることができれば、スノーホワイトの捜索を元に地図を作るなどまどろっこしいことをせず、ネットワークから直接情報をダウンロードし今とは比べ物にならない詳細な地図を作成できる。

 それだけではない、フォーリナーX探しでも取り込んだ画像を元に街中の監視カメラ映像から探し出すことや、IRCログというものからワード検索などしてそこから探索することもできる。

 だが今は本来の力を十全に発揮できない状態であり、只の情報端末にすぎない。これだったら嗅覚などで探索できる小動物型マスコットのほうが遥かに役に立つだろう。

 もし以前出会った魔法少女シャドウゲールがいれば「機械を改造してパワーアップできるよ」の魔法で改造し、ネットワークに繋がることができたかもしれない。しかし所詮無いものねだりだ。可能性がゼロに等しいことを考えるより今できる事をやるべきだ。ファルは電子妖精的な合理的考えに切り替え、情報を収集すると同時に情報を整理する。

 

「ぽん?」

 

 ファルは端末内で思わず訝しみの声をあげてしまう。今は周りの声を聴くために録音機能を作動させていたはずだ。だが気づくと周囲の音声が一切聞こえなくなっていた。そして目の前に見えるのは奇妙な光景だった。

 無限の地平線に黒色に緑の格子模様が描かれた地面、周囲は遥か先まで暗黒に染まっており、その黒さは夜とは違う異様な黒さだった。暗黒には時々緑色の流星群のようなものが落ち、頭上には黄金色の立方体がゆっくりと回っている。

 何だこの奇妙な空間は?まず考えたのは夢の世界であるという仮説だった。だがコンマ数秒で否定する。人間や他のマスコットキャラクターならともかく電子妖精は夢を見ることはないし、そもそも眠る機能は備わってはいない。

 

 次に考えたのは魔法少女による仕業だった。以前のマスターである魔法少女のキークは自分が作った電脳空間に他者を引きずり込むことができる。似たような魔法で引きずり込んだのか?だが何のために?キークは作ったゲームをやらせるために引きずり込んだが、こんな異様な空間で何をさせようというのか。

 ファルは様々な憶測を導き出すがそれらを一旦保留する。答えを導き出そうにも情報が少なすぎる、今は相手の出方を待つしかない。取り敢えずスノーホワイトが巻き込まれなかっただけ良しとする。

 ファルは謎の空間を黄金の鱗粉を振りまきながら直進する。仮説にキークのような魔法と挙げたがこの仮説は合っているかもしれない。この空間はキークの魔法で作り上げた電脳空間と雰囲気が似ている。だがこの空間にはキークの電脳空間とは違う不気味さがあった。人間は恐怖を感じると鳥肌が立つと言うが、ファルも思考にノイズが走るのを感じた。

 直進する間に七つの鳥居の下を潜った。鳥居が有るという事は日本人がこの空間を作り上げたのか?だがこの空間は誰かが作ったものではない。ファルは考察を続けながら進んでいく。

 

「ファ~ファ~ファ~。なンだいあンたは?どうやって入ってきたンだい」

 

 ファルの目の前に突如人型の物体が音も無く出現した。高さは10メートル以上で浮浪者が切るような襤褸布を重ね、声や雰囲気からして老婆のような印象を受けた。この老婆に向けてwhoisコマンドを打ち込む。この空間は電脳空間のようなものでコマンドも使用できると予想し、実際コマンドを打ち込むことができた。

 

「ドーモ、アタシャ、バーバヤガっていうンだ」

 

 バーバヤガは名乗ると頭上にwhoisコマンドが見える。ファルはコマンドに従うように名乗る。

 

「ファルだぽん」

「ドーモ、ファル=サン、正規品のUNIXから繋いできたわけじゃないね。アドレスがデタラメすぎる。けどニンジャでもないね。ネコネコカワイイ?それとも違う。あンたは何者でどうやって入ってきたか教えてくれンかね」

「いいだぽん。けど交換条件だぽん。ファルの事を話すからこの空間が何だか教えてほしいだぽん」

「フェフェフェ、交換条件ときたかい。いいよ教えよう、そっちが先だ」

 

 ファルはコンマ数秒ほど思考をめぐらす。正直に自分のことを話すか?しかし正直に話せば荒唐無稽な作り話のようになってしまう。だが自分の存在についてある程度当りをつけ多少は合っている。ここはある程度正直に話したほうがいいのかもしれない。

 

「ファルは人では無いぽん。そっちの……まあAIみたいなもんだぽん。それで録音機能を起動していたらいつの間にかにこの空間に居て、七つの鳥居を潜ったらアンタが現れたぽん。次はそっちの番だぽん。ここは何だぽん」

 

 正確に言うならば違う世界の技術で作られたAI的なものだが、そんなことを言っても信じないのでそこは伏せる。バーバヤガは顎に手をやりじっと見つめ、ある程度納得した素振りを見せながら喋り始める。

 

「まあいいさね、信じるとしよう。ここはコトダマ空間と呼ばれているネットワーク空間さ、適性があるもンは只のデータを視覚イメージに置き換えることができるンだよ。今見ているのがまさにそれさ。イメージはそれぞれによって変わる。別の者には黒髪の美女に見えるらしいフェフェフェ」

「適性が無いものは入れないぽん?」

「適性が無いもンには只のデータの羅列にしか見えない。まあ、偶然入れたとしてもニューロンが耐え切れず死ぬだろうね」

 

 ファルは笑い話な口調で言う言葉を聞きながら考える。老婆に見えているのが自分の構築したイメージであり、別の者には違う姿で見えるという事か。元の世界でネットワークに入り調べる時は今のようにイメージ映像が描かれることはなかった。

 だがこの世界ではこのようにネットの世界をイメージ化して見え調べることができるらしい。何でそのようなことができるかは知らないが、異世界なのだからそういうものだろうと納得するしかなく、原理や理屈について左程興味はない。それより大切なことがあった。

 

「ここはネットワーク空間ということはファルはネットワークと繋がっているってことかぽん。ならファルはこれからネットワークに繋がれるのかぽん」

「おかしなことをいうンだね。繋がれるさ」

 

 ファルは思わず黄金の鱗粉がいつもより多く振りまく、これでローテクな探索ではなく、自分の本領を発揮してフォーリナーXを探すことができる。

 

「まあニュービーみたいだから、ほどほどにしときな。深入りしすぎるとアイツがくるよ」

「アイツ?誰だぽん」

「この世界の門番みたいなもン。今は大人しいみたいだから早く帰りな」

「よくわからないけど、そうさせてもらうぽん」

 

 ファルは言葉通りに帰ろうとすると背中に黒と白の羽のようなものが生えている。なるほど速くログアウトするための必要なコマンドが黒と白の羽のイメージになったのだろう。翼をはためかせ高速で地面すれすれを戦闘機のようなスピードで移動し鳥居を通過した。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「……ル……ァル……ファル、聞いてるファル」

 

 意識を取り戻すと目の前にはスノーホワイトの顔があった。どうやらコトダマ空間と呼ばれる場所から戻ってきたらしい。先ほど得た情報を整理しながらスノーホワイトの話を聞く。

 

「何だぽん?」

「ネオサイタマで治安が悪い場所分かる?」

「確かツチノコストリートって場所が治安悪いらしいぽん。それでスノーホワイトに報告しておくことがあるぽん」

 

 今起こった体験は奇妙なものだった。非日常に触れている魔法少女すら与太話として扱うかもしれない。それでポンコツになってしまったと憐みの目で見られてもかまわない。

 何か有れば主人に報告、連絡、相談をするのはマスコットキャラクターの務め、スノーホワイトのように怠るわけにはいかない。ファルはスノーホワイトに全てを報告した。

 

「という事が有ったぽん」

「そう、今はネットに繋がっているんだ」

「そうだぽん。これでスペックをフル活用できるぽん」

「そうなの?だったらあの電脳空間に引きずり込む機能は使える?」

 

 スノーホワイトは元の世界では魔法少女狩りとしての活動で恨みを買い、親しい人々が人質に取られ、危害が加えられることを危惧していた、その対策として其々の携帯端末に特殊なプログラムを仕込み、有事の際にはキークが使用していた電脳空間の空きスペースに引きずり込み、敵に手を出させないようにしていた。

 だがネオサイタマに来てからはその機能は使えない、しかしネットワークに繋がったことで電脳空間に干渉できると期待しているのだろう。

 

「使えると思うぽん、けど、止めておいた方がいいぽん」

「どうして?使えるんだよね」

「電脳空間に引きずり込んだ瞬間に死ぬ可能性が有るぽん」

 

 ファルは体を左右に振る。以前と同じように電脳空間に引きずり込む事は可能だという確信はあった。だがこの世界の電脳空間は恐らくコトダマ空間だろう。バーバヤガは適性の無い者はニューロンが焼き切れると言っていた。

 引きずり込む相手、恐らくドラゴンナイトだろう。そしてファルにはドラゴンナイトに適性が有るかは判断できない。適性があれば最高の避難シェルターだが、適性が無ければ電脳空間はニューロンを焼き切る断頭台となる。それはあまりにもリスクが高い。

 

「使うとしたら相手が何もしなければ死ぬという場面だぽん。これはあくまでもファルの仮説であって、案外何ともないかもしれないぽん」

「わかった。使えないと思っておく」

 

 スノーホワイトはファルの言葉を聞き、僅かに落胆の様子を見せる。方法を問わないのなら、誰かを電脳空間に引きずり込めば分かるのだが、その人物が死ぬ可能性が出てくる。そんな外道な方法は取らないだろうし、したとしても止める。

 

「それで、ちょっとコトダマ空間に入って何が出来るか試してくるぽん。もしかして応答できないかもしれないけどいいぽん?」

「いいよ」

「じゃあ、ちょっと行ってくるぽん」

 

ファルはスノーホワイトから許可を取るとコトダマ空間に意識を移動させた。

 



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第八話 電子妖精が見た新世界#2

ファルは意識を研ぎ澄ます。するとそこには広大な世界が広がっていた。山中にある小さな山小屋、今にも吹き飛んでしまいそうな藁の家、砦のように大きな洋風の城、上空にはドラゴンのような生物が飛んでいる。それらが所狭しと存在している。何という不規則で非現実的な光景か!耐性の無い者はこのデータ量に耐え切れず即座にログアウトしてしまうだろう。

 

だがファルは平然とこの世界を吟味する。キークによって改造を施され圧倒的な演算速度と容量でコトダマ空間に対応していた。とりあえずは手始めにネオサイタマ全体の地図の入手だ。有るとしたら市役所などの行政機関だろうか。ファルは市役所のネットワークIPアドレスを探知すると翼を生やし移動を開始した。

 

ファルの目の前には城門のような大きな鉄扉が有り鎖が何重にも巻かれていた。これは防衛プログラムをイメージ化したものである、行政機関のネットワークだけあってファイヤーフォールも強固そうである。だが自身の能力なら扉ごと破壊して侵入できる確信が有った。しかしそれは目立つ、ファルは浮遊しながら扉に進む。論理肉体が扉にめり込み通過する。

 

中に侵入するとそこには碁盤目状に規則正しく牢屋が設置されていた。格子は錆びており牢屋の中は黴臭くコンクリートもひび割れている。牢屋の中には「市民の為に」「不正はダメ」「品性方向」とショドーされている掛け軸が飾られている。

 

ファルはドローンのような飛行物体を作り出し散開させる。これはファルの探索コマンドをイメージ化したものだ。暫くするとドローンは全て帰還し消えた。そしてファルは移動を開始する。ドローンによって目的の場所の道のりまでは把握しており、迷いなくたどり着いた。

 

「GRRHHH!」石造りの部屋にたどり着くと7フィート以上のミノタウロスめいた異形のモンスターが2体居た。「防衛プログラムかぽん」ファルは即座にkickコマンドを打ち込む。ファルの背中から強大な腕が出現し殴りつける。「グワーッ!」ミノタウロスは即座にネギトロと化す!

 

これで防衛プログラムは排除した。ファルは南京錠が掛かっている箱を破壊し中に入っている物体を手に取る。これで地図データを手に入れた。目的を達成したのでここには用は無い。ファルは黒髪の少女に誘導させ市役所からログアウトした。

 

「ただいまぽん」スノーホワイトはファルの声を聴き懐から端末を取り出す。ファルは自身の動作確認を行う。特に異常は見当たらない、初めてコトダマ空間に入りハッキングを試みたが問題はなさそうだ。「成功ぽん。とりあえずネオサイタマの地図を入手したぽん。これで地図を描くなんてローテクな作業をしなくていいぽん」

 

ファルはコトダマ空間について整理していく。ハッキングしながら並列して別の作業をする処理速度が有ると自信が有ったが、コトダマ空間に入ってしまうと他の作業はできないようだ。「もう少し試したいことがあるぽん。その間他の事できないけど大丈夫かぽん」「いいよ」スノーホワイトの了承を得ると再びコトダマ空間に飛び込んだ。

 

◆◆◆

 

「ただいまぽん」「どうだった?」「楽勝ぽん、そこら辺のファイアーウォールや防衛プログラムなんてファルにとって紙切れ同然ぽん」ファルは意識を取り戻し上機嫌で答える。魔法の国で作られキークに弄られたファルのスペックと処理速度はネオサイタマの技術を遥かに上回っていた。

 

「あとちょっと金を稼いでおいたぽん。これでスノーホワイトも色々買えるぽん」「どうやって?」「それは株とかで稼いだぽん」ファルは淀みなく答える。実際株で稼いだ。だが企業機密級のインサイダー情報を得て、その情報を元に稼ぐ。魔法の国の技術の粋を集められたファルにとってその程度はベイビーサブミッションである!

 

だがある疑問は生じる。ファルは株で稼いだと言ったがその元手はどこから得たのか?答えは銀行から無断で金を借りていたのだ!だが元手はすでに銀行に返しているので問題ないとファルは判断し何一つ悪いと思っていないので、スノーホワイトの魔法に引っかかることはない。

 

「それで頼みたいことがあるんだけど?」「何だぽん、大概ならできるぽん、任せるぽん」「アマクダリについて調べて」スノーホワイトの言葉にファルの上機嫌さは影を潜め、二人の間に沈黙が訪れる。スノーホワイトはニンジャスレイヤーの心の声からアマクダリについての情報を知った。

 

アマクダリは行政に根付き規模が大きく全貌を把握できていない。そしてファルがアマクダリに関わるなと懸命に説得し、それに従うようにアマクダリについて調べないようにした。だが今はファルがネットワークに繋がりハッキングが出来るようになった。今ならアマクダリの全貌が分かるかもしれない。

 

もし調べた結果看過できない非道を行う組織なら壊滅させることも視野に入れる。「調べるって何をぽん?」「全部。組織の構成員とか組織体系とか弱みとか」「断るぽん」ファルは即答で拒否する。「どうして、何でも出来るんでしょ」「何でもじゃないぽん、大概だぽん」

 

ネットワーク上において圧倒的な能力を持つファルだが、ネオサイタマ警察や一部の暗黒メガコーポの防衛プログラムは強固であり、ハッキングするとなれば相当の準備をしなければ突破できない程だった。そしてファルが想定するアマクダリの防衛プログラムはそれである。

 

「前にも言ったけど、アマクダリはこの世界の住人の問題だぽん。それにニンジャスレイヤーの言葉を信じればアマクダリは強力な組織ぽん、ファルがハッキングすれば死ぬ可能性は有るぽん」ファルはコトダマ空間に入り実験を行っていた際に様々なことを知った。この世界のハッカーはカウンターハッキングを喰らって死ぬこともある。

 

ファルに肉体はない、だがAIプログラムが破壊される可能性はある。それは死と同じだ、スノーホワイトの為に必要なことならやるが、これはスノーホワイトがやる事ではない。そんなことの為に機能や自我を破壊されたくはなかった。

 

「ファルは犬死したくないぽん」ファルは鱗粉を振りまきながらスノーホワイトから目を背け反対の意思を示す。スノーホワイトは口に手を当て考え込む。そして数十秒後口を開く。「分かった」「分かってくれたぽん」「そこまでは要求しない。私とドラゴンナイトさんがアマクダリにチェックされてないか調べて、チェックされたらデータを削除して」

 

ファルの立体映像はUNIXのダウンロード画面のアニメーションめいて回転する。妥協したか、深くハッキングするのは危険だがそれぐらいならマシだ。スノーホワイトがチェックされればアマクダリに狙われる。早期に危険の芽を摘むのは必要かもしれない。「あとアマクダリがフォーリナーXについて知っているか調べて」スノーホワイトは続けざまに注文する。

 

ファルの立体映像の回転を止め喋る。「分かったぽん、第一目標はフォーリナーXについて調べる。それが終わり余裕があればスノーホワイトとドラゴンナイトがアマクダリにチェックされていないか調べる。それ以外はしない。それでOKぽん?」「それでお願い」

 

ファルは妥協した。アマクダリが強大な組織ならば持っている情報も多く、フォーリナーXについて知っている可能性も高い。スノーホワイトを可能な限り早く元の世界に返さなければならない。その為ならばマスコットキャラクターとしてリスクを負うのは当然だ。

 

「全くマスコット使いが荒いお姫様ぽん。キークと扱いが変わらないぽん」「危険だと思ったらすぐに逃げていいから」「勿論ぽん。でもファルのスペックが凄くてアマクダリを丸裸にできるかもしれないぽん」ファルは大量の鱗粉を振りまきながら胸を張る。「じゃあ、行ってくるぽん」ファルの立体映像は消え、液晶には大量の文字列が写っていた。

 

◆◆◆

 

「さて、ご主人様のためにやりますかぽん」ファルは呟きながら真上を見上げる。そこには相変わらず黄金の立方体がミラーボールめいて鎮座している。あの立方体を眺めていると吸い込まれそうだ。はるか遠くに見えるが、自分のスペックなら触る事すらできるかもしれない。だがそれは後だ。今はやるべきことがある。

 

ファルは市役所に侵入した時のようにドローンを出そうとするが止める。あの程度じゃアマクダリのネットワークを発見できず逆にこちらのアドレスが探知される。ファルは別のコマンドを打ち込む。

 

ファルの横にはエルフめいて長く尖った耳を持つ金髪の少女が現れる。おお!魔法少女犯罪学について詳しい方はご存じだろう!これは森の音楽家クラムベリーの姿だ!数多くの魔法少女同士を殺し合わせ、時には自らも殺し合いに参戦し多くの命を奪った最低の魔法少女である!

 

だがクラムベリーは死亡した、ならば何故存在するのか!?それはファルのコトダマイメージによるものである。ファルは全力でコマンドを実行する際はそのコマンドのイメージにあった魔法少女を作り出す。今回は索敵のコマンドであり、クラムベリーは潜水艦のソナーめいて音で敵の位置を判断する。

 

クラムベリーはにこやかに笑いながら足の裏で地面を叩く。コーン、コーンと澄んだ音が空間に響き渡りそれらの動作を何回も続けた。「慎重にぽん」「分かっています」ファルの言葉にそっけなく答える。ファルは隣の少女を見つめ複雑な感情が渦巻く。

 

クラムベリーは魔法少女同士で殺し合いをさせて多くの犠牲者を生んだ。その中にはスノーホワイトと親しい魔法少女もいた。そんな仇敵を再現していると言ったらスノーホワイトは何と言うだろう。「この強度でいいですか」「ああ、それでいいぽん」ファルはクラムベリーの声で思考を中断した

 

ファルはライスに般若心境を書くアークボンズめいた繊細さで少女に事細かく指示を送る。アマクダリが強大な組織ならば探索しようという者に対しての守りも強固だ。これで雑に探索を行えば見つからず、逆に探知されてカウンターハッキングでニューロンが焼かれる。ファルの論理肉体から汗が落ちる。汗は落ち続けその汗は水たまりになっていた。

 

「見つけました」クラムベリーが呟くとファルに位置情報が流れ込んでくる。クラムベリーの姿が消えると同時にファルは黒と白の翼を生やし高速で移動を開始した。そして発見した場所にたどり着く。

 

そこはカスミガセキ・ジグラットめいて複数の建築物が重なり合い頂上部は目で確認できないほど高い。建物外壁中央には「天下網」と書かれたネオン看板が設置されている。空には数えきれないマグロツェッペリンが遊泳し、「天下」と書かれた漢字サーチライトが周囲一帯を照らしていた。

 

「ここがアマクダリのネットワークかぽん」ファルの声にノイズが走る。自分のイメージがこの建物を作り出したとしたら、恐ろしいまでの防御プログラムだ。このネットワークを丸裸にすることは不可能である。「まあ、やれることだけはやってみるぽん」ファルはコマンドを打ち込む。

 

ファルの傍に二人の少女が現れる。一人は黒髪ショートカットで青い服にヒョウ柄のマントと尻尾をつけている。もう一人はエルフめいて耳が尖っており、クラムベリーと似たような姿と服装をした茶髪の少女だった。ショートカットの少女はラズリーヌ、茶髪の少女はメルヴィル。彼女らもファルが知る魔法少女だ。

 

「お願いぽん」「んだ」メルヴィルはファルとショートカットの少女に触ると体は透明になり、ファル達は建物に向かって歩き始める。漢字サーチライトの光が姿を照らすが影一つ写らない。透明になっている限り存在を感知されることはない、もし相手の感知能力が想像を遥かに超えていたら即座にカウンターハッキングを受けてニューロンが焼かれるだろう。

 

ファル達は発見されることなくそのまま建物の外壁に到着すると、ラズリーヌが壁に穴を開け中に侵入した。「これはやっかいだぽん」ファルは思わず言葉を漏らす。中は騙し絵めいて全方位に階段や通路が張り巡らされ入り組んでおり、どこが地面でどこが天井か分からない。さらに上下左右果てしなく空間が広がっている。

 

何という非現実的で異様な空間!現実にこの空間が存在したなら三半規管が狂わされ嘔吐しているだろう!「うわ~スゲエっす。眩暈がしそうっす」ラズリーヌは興味深げに見渡す。「早く案内してくれぽん」「了解っす」少女は無造作に歩き始め、ファル達は後をついていく。

 

「ファルっち、疲れたっす」「もう少し頑張ってくれぽん」「分かったっす」ラズリーヌは頬を膨らませながら道を進む。ファル達がアマクダリネットに侵入してから体感時間として数時間経っていた。その間迎撃プログラムから姿を隠し、騙し絵めいた空間を進みながらフォーリナーXとスノーホワイトとドラゴンナイトの情報を探していた。

 

「むむ、この部屋が怪しいっす」ラズリーヌは突如左折し部屋に入る。そこは蔵書室のような場所で天井が見えないほどの高さの本棚が聳え立ち、「取り扱い注意」「漏洩厳禁」「背後にキオツケテネ」とショドーされた掛け軸が飾られていた。「なんかそれっぽいぽん」「ファルっちが欲しいデータは……こっちっす」

 

ニンジャめいた身体能力で本棚を駆け上がり一冊の本を抜き取りファルの元に戻ってきた。「さあどうぞっす」ファルは本を受け取る。本の表紙にはアマクダリ要注意人物リストと書かれていた。「さあ、何が出てくるかぽん」

 

フォーリナーXが何かやっていれば載っており、スノーホワイト達の活動がアマクダリに目をつられていればスノーホワイト達の名前も載っているだろう。ファルは祈りながらデータを読み込む。その結果スノーホワイトとドラゴンナイトの名前は記載されてなかった。

 

これまでに複数のニンジャと戦闘していたので不安だったが、それらのニンジャはアマクダリに関係ないか、戦闘したこと自体アマクダリに感知されていなかったようだ。これでサブ目的は達成できた。あとはフォーリナーXの情報を探すだけだ。スパーン!蔵書室に乾いた音が響き渡る。突如ショウジ戸が出現し侵入者のエントリーだ!

 

「こんなところまで侵入するとは中々のワザマエだ。ドーモ、ヴィルスバスターです」紫のラバースーツの人物はゆったりとした動作でファル達に向けてオジギし目が合った。ファル達はメルヴィルによって透明になっている。だがヴィルスバスターは偽装を見破っているのだ!

 

「どうやってこのネットワークを知り探し当てた?まずは……」ヴィルスバスターが喋り終わる前にラズリーヌは間合いを詰める飛び蹴りを放つ!ファルによるkickコマンドだ!「グワーッ!」ヴィルスバスターの頭はトマトめいて破裂し、0と1のパルスとなり霧散する!

 

ターン!蔵書室に乾いた音が響き渡る、新しいショウジ戸からヴィルスバスターがエントリーする!「IPアドレスを辿り物理肉体を捕獲し……」ヴィルスバスターが喋り終わる前にメルヴィルは銛を生成し投擲!ファルによるkickコマンドだ!「グワーッ!」ヴィルスバスターはキリタンポめいた状態になり0と1のパルスとなり霧散する!

 

タタタタターン!蔵書室に乾いた音が響き渡る。新しいショウジ戸からヴィルスバスターがエントリーする!「「「「「ネットワーク部門で使役する。自我研修をしてからな」」」」ヴィルスバスターが5人同時にエントリーだ! ナムサン!これはハッキングテクニックの一つ多重ログインだ!

 

ショウジ戸からエントリーするヴィルスバスターは増殖し続け、その数100体!「帰り道は分かるっすか?」「印が消されてなければ帰れるぽん」「じゃあ、メルっちと引き付けている間に帰るっす!」ラズリーヌはヴィルスバスターに向かって球体の何かを投げつける。ヴィルスバスターは易々とブリッジ回避。

 

「グワーッ!」だが頭上にラズリーヌが突如現れて頭部を踏み抜いた!ラズリーヌは球体をキャッチしヴィルスバスターに投げつける!すると球体付近にラズリーヌが現れ回し蹴りでヴィルスバスターの首を蹴り飛ばす!「グワーッ!」キックオフ!

 

「グワーッ!」爆発めいた音が鳴りヴィルスバスターの体は四散する!メルヴィルによる銛の投擲だ!その威力はすさまじく爆撃めいたクレーターを作り出す。メルヴィルは透明になり、時にはヴィルスバスターの姿に変化し攪乱しながら攻撃を繰り返す。二人の攻撃によりヴィルスバスターの数は減っていく!

 

だがヴィルスバスターは数が減るたびに多重ログインしていき補充していく。「イヤーッ!」ヴィルスバスターの前に巨大な盾が出現し銛を防ぐ。ラズリーヌは瞬間移動攻撃を繰り出すが、ヴィルスバスターも瞬間移動し攻撃を避ける!二人の攻撃は学習され始めているではないか!

 

ラズリーヌとメルヴィルの表情に焦りの色が浮かぶ。このままではkickされ消されてしまう。その前にファルが脱出すれば良いのだが、無数のカラスの妨害により脱出できずにいた。「さっさと脱出しろっすファルっち!それか援軍プリーズっす!」「分かったぽん!」ラズリーヌの声にファルは大声で答えた。

 

「デイジービーム!」「グワーッ!」黄色い菊の花のコスチュームを着た少女が手をかざしビームを放つ!ビームはヴィルスバスターに当たりその体は分子分解!袴を着た少女がタタミ50枚分先から刀を振り下ろす。その瞬間ヴィルスバスターはまな板のマグロめいて切断されていく!

 

菊の花の少女はマジカルデイジー、袴の少女はアカネ。二人もファルが知る魔法少女で攻撃コマンドをイメージ化したものだ。「グワーッ!「グワーッ!」「グワーッ!」二人の出現により一気に盛り返しヴィルスバスターの数は半分の50体までに減っていた。「ふむ、そのkickコマンドの速さといい、ヤバイ級のハッカーか。だが!」

 

「他のネットワークなら実際危ないが、ここはアマクダリネットだ!フーリンカザンは我にあり!故に負けなし!イヤーッ!」ターン!ターン!ターン!ショウジ戸が無数に出現し次々とヴィルスバスターがエントリーしてくる!オオ!ナムサン!何というバイオ細胞めいた多重ログインか!

 

ヴィルスバスターはヤバイ級のハッカーである。さらにアマクダリの最新鋭の設備が有るからこそできる技だ!まさに海に飛び込んだ殺人マグロだ!ファルは海の中殺人マグロの群れと戦っているに等しい状況である!

 

蔵書が槍に変化し雨めいて降り注ぐ!魔法少女達は回避迎撃を試みるが数本被弾!太ももや肩に槍が突き刺さる!「イヤーッ!」ヴィルスバスターがラズリーヌにケリキックを繰り出す。避けようとするが足に蛇が絡みついて動きを止める!ケリキックが直撃しラズリーヌはワイヤーアクションめいて吹き飛んでいく。

 

「ファルっち!もっと援軍寄越すっす!」「無理ぽん!何とかするぽん!」ファルは叫びながら空間を飛翔し攻撃を避け続ける。魔法少女を通してkickコマンドを打ち続けながら、逃走を試みており、圧倒的な処理速度とタイピング速度を誇るファルでもヴィルスバスターのフーリンカザンを生かした多重ログインに対してはこれが限界だった。

 

ファルが敵の攻撃を回避し脱出を試みている間状況は悪化していた。マジカルデイジーはデイジービームを謎の鏡に反射され分子分解された。アカネは巨大な拳によって押しつぶされた。メルヴィルはドラゴンによって喰われた。あとはラズリーヌだがやられるだろう。すでに半分のヴィルスバスターがファルに向かっている。

 

ファルは逃げるように遥か上空に浮かぶ黄金立方体に向かって飛翔する。すると邪魔をしていたカラス達もヴィルスバスターも徐々に遠ざかっていた。捲けたのか?一瞬安堵するが気を引き締め黄金立方体に向かって飛翔し続けた。

 

ヴィルスバスターは黄金立方体に向かうファルを上から眺め続けた。以前相手のニューロンを焼こうとした際に相手は黄金立方体に向かって逃げるように上がっていた。ヴィルスバスターも追いかけようとしたがニューロンが警鐘を鳴らし留まった。あそこには向かってはならない、本能がそう告げていた。

 

未だに黄金立方体に向かった相手がどうなったかは知らないが恐らく生きてはいない。あの侵入者がアマクダリの最重要機密でも盗み取ったのならば追っていただろう。だが見たのは脅威度リストだ。あんなものは最悪見られても問題ない。そんなもの為に命を懸けるほどアマクダリに忠誠を誓っているわけではない。

 

上司には侵入者は始末したと報告しておこう。ヴィルスバスターは蔵書室から出るとネットワーク内の巡回を続けた。

 

 

 

◇ファル

 

 黄金立方体に近づくにつれ周りの景色の闇はどんどん深くなっていく。気づけば周りは虚無のような暗黒に包まれていた。夜の闇とも違う黒の世界、まるで宇宙空間に一人取り残されたような恐怖を感じさせる。

 するとノイズのような悪寒が体中に駆け巡った。その悪寒はどんどん強くなる。こんな体験は初めてだ。一体これから何が起こるというのか?暗黒空間に亀裂のようなものが生じ、そこから人型のノイズのようなものが這い出てきた

 

「ドーモーモーモーモーモ、インクィジターーターターターターターターターターター」

 

 大量の人影のノイズがファルに向かってオジギする。その声を聴いた瞬間ファルの悪寒は頂点に達した。これが悪寒の正体だ。ファルはすぐさま魔法少女を召喚し自身も謎の人型に攻撃を加えた。

 

「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」

 

 人型のノイズはファル達の攻撃を喰らい爆散していく。だが爆散するたびにノイズは増えていく。ファルはすでに5人の魔法少女を召喚していた。これはファルの限界を超え、今後何らかしらの障害が出る可能性が高い。それでも魔法少女たちにkickコマンドを命令させ続けた。

 これを相手にするのだったらヴィルスバスターを相手にしてどうにかして逃げ出す選択をしたほうがマシだった。ファルは絶望的な戦力差を感じながら己の判断ミスを呪った。

 人型のノイズは手のひらを合わせドリルのように回転しながら突っ込んでくる。その攻撃は熾烈を極め、魔法少女達は次々に削り取られ消えていき、ファルの体も一部切り取られた。

 ここまでか、ファルの頭の中に前の主人のキークと行動した日々とスノーホワイトとの日々の映像が浮かび上がる。これは走馬灯か?電子妖精でも走馬灯を見るようにプログラムするとは設計者は随分変わった趣味のようだ。

 

(こっちだ)

 

 ファルに聞いたことがある声が届く。声が聞こえた方向には一条の光が差し込んでいた思考をめぐらせる前に反射的に向かって行った。人型ノイズの攻撃でさらに体を削られたが、包囲から脱出する。すると人型ノイズはファルを追いかけ始めた。

 

(ドーモ、バーバヤガです。深入りしちまったかい。全く)

「あれは何だぽん!?」

(あれはインクィジター。コトダマ空間の門番で黄金立方体に近づく者を抹殺する)

「そういうのは早く言ってくれぽん!」

(大概の奴は無意識的に近寄らないンだけどね。けど説明不足だったこともあるし、サービスだ。逃してやるよ)

 

 バーバヤガは謎のチャントを唱えるとファルの体は光を帯び引力に引っ張られるように移動する。そのスピードは凄まじくインクィジター達を徐々に引き離し、鳥居ゲートを次々と潜っていく。そして7つ目のゲートを潜った瞬間意識が途絶えた。

 

 

スノーホワイトは路地裏の壁に背をもたれながら自身の携帯端末を見つめる。画面には意味不明の文字の羅列が高速で流れ、ポンポンポンポンと壊れたオモチャのようにファルの声が流れている。あまりにも声がうるさく活動に支障をきたすので、人通りが無い場所に移動しマイク部分にタオルを被せ音が漏れないようにして様子を見ていた。

 

こんな事態は初めてだった。機械には詳しくないがこれは明らかに異常なことが起こっているというのが分かる。コトダマ空間という場所でハッキングをしているのが関係しているのだろうか。今まで元の世界でネットを使って色々やっていたみたいだが、このようなことは起こらなかった。

 

「ぽん!」ひと際は大きい音が端末から流れる。スノーホワイトは一瞬体をビクッとさせた。すると液晶にはファルの立体映像が映っていた。「ファル何が有ったの?」「まあ色々ぽん。そっちで何かあったぽん?」「意味不明な文字の羅列が高速で流れて、ぽんぽんぽんってファルの声がリピートしていた」

 

「なるほどぽん。そんな影響が出ていたのかぽん」ファルは一人納得したように頷き独り言を呟く。そしてスノーホワイトの目線に気づき今までのことを報告する。「結果から言うとアマクダリのネットワークに侵入して、スノーホワイトとドラゴンナイトがマークされていないことが分かったぽん」

 

「そう」スノーホワイトに安堵の表情が僅かに浮かぶ。「それでフォーリナーXについては調べることはできなかったぽん、あとアマクダリのネットワークは予想通り強力だぽん、もうファルを頼ってハッキングするのは頼まないほうがいいぽん」ファルは淡々と告げる。

 

重要度が低い情報であの相手だ。もし首魁なり秘密を調べようとしたらさらに強固な守りによって撃退されるだろう。最悪ファルが破壊されスノーホワイトがマークされる可能性がある。「そして……ちょっと悪い知らせだぽん。色々あって魔法少女データベースが一部破損したぽん」

 

恐らくインクィジターによる攻撃か、バーバヤガによる強制ログアウトによって起こったのだろう。だがそれだけで済んでよかった。ファルの中でミヤモト・マサシの俳句「死んだら終わり」が思い浮かんでいた。

 

「報告は以上だぽん、ちょっと頑張りすぎたから休むぽん。2時間ぐらいで起きるからそれまで出来る限り呼んでほしくないぽん」「分かった」ファルは携帯端末をシャットダウンし、目を閉じる。今日はコトダマ空間に目覚め、ネットに繋がり、そして死にかけた。激動の一日だった。

 

今後は余程の事が無い限りアマクダリネットには侵入しないほうがいいだろう。だが余程の事が起きるかもしれない。そのためにコトダマ空間には慣れておく必要がある。自分はコトダマ空間に入ったばかりのニュービーだ。だが慣れればもっと力を発揮できるはずだ。その為にトレーニングをしておく必要がある。

 

しかしあの黄金立方体とインクィジターは何なのか?ファルは思考しようとしたが打ち切った。考える必要はない。黄金立方体に近づかなければ問題ない。それよりコトダマ空間を使ってどうスノーホワイトをサポートすべきか考えるほうが重要だ。ファルはサポートについて思案しながら意識を落とした。

 




◆忍殺◆
ニンジャ魔法少女名鑑#16
【ヴィルスバスター】
アマクダリネットセキュリティ部門所属ニンジャ。ヤバイ級のハッカーであり多くのハッカーのニューロンを焼いてきた。最近は仕事の量が増えて忙しいので、ハッカーのIPを調べ誘拐し無理やりセキュリティ部門で働かせている。



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第九話 だいすき ずっと またね#1

◇センジョウメ・フガシ

 

 新学期、それは多くの生徒に良いにしろ悪いにしろ変化を与える。

 歩くたびに手入れが行き届いた黒色の長髪がサラサラと揺れ、フレームが緩い眼鏡が僅かに上下し、上履きの底がリノリウムを叩く音が響き渡る。早歩きで歩いていたせいか、足音はいつもより大きくテンポも速い。

 フガシは2階に到着すると数秒立ち止まり思い出したように階段を上がっていく。今日からは2階ではなく3階で授業を受けるのだった。

 1つ上の階層に着くと体から薄っすらと汗が浮かび息も弾み心臓の鼓動が早まっているのを感じた。これは早歩きで歩いたのもそうだが、これから確認する事柄への期待と不安によるものだ。

 僅かに汗ばんだ体と脈打つ心臓を休ませるように今はゆっくり歩く。右手側にある廊下の窓からはバイオ桜が見えてくる。見事な満開で窓から見える景色は絶景だった、去年は例年より寒かったせいか8分咲きぐらいで、3階の景色とは違い2階の窓からバイオ桜を見上げるように見た記憶が蘇る。

 

 バイオ桜の景色を楽しみながらゆっくりと歩いていると体の熱は冷め、心臓の鼓動もいつも通りに戻っていた。すると10メートル先に生徒たちが集まり一喜一憂している姿が目に入る。ここに確認する事柄がある。果たして自分は喜ぶ側か悲しむ側か?フガシは気持ちを落ち着かせるように深呼吸をした。

 確認する事柄とはクラス替えの名簿だった。廊下の掲示板には巨大な和紙に毛筆で生徒の名前が記載され、それらが何枚も張られていた。

 アカツキ・ジュニアハイスクールでは学年が上がるごとにクラス分けをしていく、仲の良い友達と一緒のクラスになれるだろうか?気になる異性と一緒のクラスになれるだろうか?担任の先生は誰だろうか?

 張り出された紙に書かれている文字によって学校生活が大きく左右される。ある意味体育祭や修学旅行以上の重大イベントである。

 フガシは紙に書かれている文字を目で追う。クラスごとに50音順で表記されているので自分の名前が書かれている場所の大よその見等はつく、自分の名前はすぐに見つかった。Ⅾ組にクラス分けされたようだ。

 だが自分がどのクラスに入ったかはさしたる問題ではない。重要なのはⅮ組に誰がいるかである。フガシはクラスメイトの名前を1人ずつ確認していく。

 

 アンベ、イリ、ウラ、まだ居ない。ナラシノ、ヌツ、いるとしたらそろそろだ。

 

───マエダイラ・アラレ───

 

 その名前を見た瞬間、右手を力強く握り締め周囲に悟られないように小さくガッツポーズを作った。

 

 センジョウメ・フガシとマエダイラ・アラレは友人だった。小学校1年の頃アラレの家族がフガシの家の近くに引っ越してきて、そこから付き合いが始まった。

 フガシは比較的に大人しく内気な性格でアラレは活発で外交的な性格だった。本来なら接点を持つはずのない二人だったが、家が近く母親同士の気が合い自然と交流が多くなった。

 人はお互いの足りない部分を求め合うのか、母親同士の交流を切っ掛けで二人は段々と親密になっていく。 アラレがフガシをコケシモールに連れて行き流行の服を見繕い、フガシがお勧めの本をアラレに読ませるなどして、お互いの知らない分野に触れ合うことで2人にとって新鮮で楽しいことだった。こうして2人はお互いが一番の親友となり多くの時間行動を共にした。

 

 アラレと一緒に過ごした小学校の生活は人生で一番楽しい時間だった。そして中学も同じ学校に通うことになり、中学校生活も同じように楽しい未来が待っていると信じていた。

 中学校に入学してのクラス分け、そこで二人は初めて別々のクラスになった。クラスが一緒なら些細な話題でも気軽に話せ、放課後の予定もすぐに立てられる。

 だがクラスが違えば物理的な距離も離れ、今まで気軽に出来たことも難しくなってしまう。そのことにフガシは不安を募らせるが私たちの友情はその程度で揺るがないと杞憂を切り捨てた。

 

 入学してから1週間、授業が終わると2人は一緒に家に帰った。帰りの道中でお互いのクラスのこと、どのサークルに入るか、多くの話題について話しこれから訪れる幸せな学校生活を想像しながら家路についた

 

 入学してから1ヶ月、2人で一緒に帰る回数が減っていく。アラレがクラスの友人や同じサークルの仲間と帰っていく姿を度々見かけた。その姿を見てフガシは心を痛めたが、奥底に押し込め同じサークルやクラスで出来た友人と帰ったが、アラレと一緒に帰る時と比べると物足りなかった。

 その状況を危惧したフガシはアラレと同じサークルに入ることも検討するがすぐに止めた。アラレはバスケットボールサークルに入っているが、フガシは運動が得意ではなく好きでもなかった。何より運動が秀でた人間が運動を出来ない人間を見下す視線が嫌いだった。

 サークルに入ったらあの目線を向けられ続けるだろう、いくらアラレと一緒にいられる時間が増えても耐えられるものではない。今は待とう、いずれ小学校のようにアラレが一緒に帰ろうと誘ってくれると信じ待っていた

 

 入学してから3ヶ月、2人で家に帰ることは無くなった。その間フガシも何もしなかったわけではない。アラレのクラスに出向き一緒に帰ろうと誘おうと何回も考え実際にクラスに訪れたことがあった。だがその度に引き返し自分のクラスに帰っていく。

 アラレに声をかける方法は主に三つ、クラスにいる生徒に「マエダイラ=サン居ますかと」声をかけ呼んでもらう、教室の外から或いは教室に入り直接声をかける。教室の外にいるアラレに声を掛ける。

 どれもがフガシにとってハードルが高い行動だった。クラスの生徒に呼んでもらう方法だが、内気で人見知りのアラレが見知らぬ生徒に声を掛けることは恥ずかしくて出来なかった。教室の外から直接声を掛けるのも大声でアラレを呼ばなければならず、その際に声を掛けたフガシにクラスの生徒の視線が集まることが予想され、注目の視線に耐えれそうにはない、

 教室に入るのはもっと無理だ。他のクラスの教室に気軽に入れる生徒も居るがフガシはそのようなタイプではなく、「何で違うクラスの人間がいるのか?」という視線と空気に耐えられず、まるで結界が張られているようにフガシの足を止める。

 さらにアラレは休み時間はいつもクラスの仲の良い生徒とお喋りをして、その会話の中に割って入るなどもっと無理だ。そして教室外でもアラレは仲の良い生徒と行動を共にしており、同じ理由で無理だ。

 もし同じクラスだったらもう少し気軽に声を掛けられるのに、フガシはクラス分けをした学校側の人間を憎んだ。

 

 フガシとアラレの関係は常にアラレが主導権を握っていた。

 一緒に帰ろう、一緒に遊ぼう、何か面白い本有る?行動を起こすのはいつもアラレだった。フガシはその提案に乗っかり一緒に行動するだけだった。それ故にアラレがフガシを誘わなければ関係は絶たれてしまう。フガシはそのことに気付いていなかった。

 

 いつ声を掛けてくれるだろう?いつ小学校のような関係に戻れるだろう?フガシは待ち続けた。アラレが声を掛けてくれるのを待つ間、同じクラスやサークルで出来た友人と学校生活を過ごした。だがそれはアラレと過ごした時間に比べれば、物足りなく色あせたものだった。そんな日々が二年続いた。

 

 そして三学年に上がってのクラス替えでアラレと一緒のクラスになる。この時ばかりはいつもは祈る事すらないブッダに感謝の祈りをささげた。

 クラスに移動したフガシが真っ先にしたことはアラレの姿を探すことだった。教室を見渡すとすぐに確認できた。背はフガシより頭一つ分小さく、地毛の茶髪を真ん中分けに小さいおさげにした髪型、アラレは教室の隅で知り合いの生徒と話している。

 その喜怒哀楽がコロコロ変わる表情と天真爛漫な笑顔は以前向けてくれたものと何一つ変わっていなかった。いずれはあの笑顔を自分に、フガシは決意を胸に秘めながら指定された席に座った。

 

 暫くすると担任の教師が教室に現れホームルームが始まる。内容は三年になってからの気構えや行事についての説明だがフガシの頭には全く内容が入っていなく、アラレの後姿を見つめていた。

 ホームルームが終わり、生徒達は顔馴染みの人と談笑しながら帰宅やサークル活動に向かう為に教室を出て行く。その中でアラレは誰とも会話せず1人で忘れ物を捜しているのかカバンを漁っていた、ホームルーム前に喋っていた生徒達は急ぎの用があるのか、ホームルームが終わるとそそくさと教室から出て行く。

 

 1人でいる今が話しかけるチャンスだ。フガシは席を立ちアラレの元に歩み寄ろうとするが、足の裏が接着剤でくっ付いたように動かない。元々の人見知り気質と疎遠だった関係性が声を掛けさせることを躊躇させる。

 今までのフガシであればいくつもの言い訳を浮かべ声を掛けずにいただろう。だが今はアラレともう一度仲良くしたいという想いが恥ずかしさや気まずさを凌駕していた。

 

 フガシはアラレに悟られないようにゆっくりと近付いていく、ここで眼が合ったりすれば機を逸してしまう。自分から声を掛けるという精神的優位な立場でいたい。その想いが通じたのかフガシはアラレに気付かれず右斜め後ろの位置までたどり着く。息を深く吸い込み声を掛けた。

 

「同じクラスになるのは久しぶりだね。一年間よろしくね、アーちゃん」

 

 フガシは声が震えないように平静を装う、アーちゃんとは小学校時代のアラレの呼び方だった。関係が疎遠な状態でアーちゃんと呼ぶのは気恥ずかしいが、あえてその呼び方で呼んだ。今まではボタンの掛け違いで疎遠になってしまったが、これからは昔のように仲良くしようという意思を込めたものだった。

 アラレはカバンからフガシに視線を移す。その間の心臓の鼓動の速さは普段の倍だっただろう。小学校のようにあの笑顔を見せフーちゃんと昔のように呼んでくれることを密かに期待していた。

 

「よろしく、センジョウメ=サン」

 

 だがその希望は一瞬で砕かれる。アラレが向けた表情は天真爛漫な笑顔ではなく、ネオサイタマ市役所の受付が見せるような極めて事務的な無表情だった。

 アラレには以前のように接しようとする気持ちを毛頭無いと理解してしまう。だがフガシはアラレのこの対応を取ることを薄々想定していた。

 ネオサイタマの中学校生活にはスクールカーストというものが存在する、シノウコウショウと言われたエド時代の身分制度と同じような強固なもので、上層の者は上層の者でコミュニティを作り、違う層の者は話すことすら許されず話しただけでムラハチにされる可能性は十分にある。

 アラレは上層であり、フガシは下層、本来ならムラハチされる可能性があったが、クラス替えでスクールカーストが明確に定まっていないこの時期はアラレと関係を以前のようにする数少ないチャンスだった。

 だがアラレは関係を拒絶した。当然だ、上層の者が下層の者と交流を持てばそれもまたムラハチ対象だ。返事をしてくれるだけでまだマシだったかもしれない。

 

 その後の記憶は定かではなく、気付けば家に帰っていた。フガシは部屋に戻ると布団を敷き掛け布団に包まった。部屋の外からは両親の口論の声が聞こえてくる。最近の両親の関係は険悪でいつも言い争いをして、収入が少ないなど浮気をしているなどがきっかけの聞きたくない罵詈雑言で飛んでくる。

 フガシは布団の中で涙を流す。両親の険悪な関係はフガシに明確に悪影響を与えた。

 気弱で大人しい性格のフガシは親同士のネガティブな感情をぶつけられ情緒不安定になり始めていた。その中で幸せな記憶を思い出すようになり、それがアラレとの日々だった。あの頃を思い出す事で両親のイザコザを忘れ心が落ち着いた。

 クラス替えで一緒になったという好機を得て声を掛けた。だがそれは失敗に終わった。

 

 もうアラレとは仲良く出来ない。スクールカースト下層の者が上層に上がることは可能だ。だがそれには運動能力、容姿、コミュニケーション能力等が秀でていなければならず、それを上げるには並々ならぬ努力が必要だが、アラレに拒絶された事で努力する気力はとうに失せていた。

 フガシは自分が変わることを諦め、他人や世界が変わる事を望む。

 人は簡単に変われない、フガシは自分が変わることを辞め、フガシはいつものように相手の変化や行動を待つ受動的な対応に戻ってしまった。

 スクールカースト何て無くなってしまえばいい、アラレが変わって声を掛けてくれないか。他人や世界が変わる事を望みながら静かに眠りの世界に落ちていく。

 



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第九話 だいすき ずっと またね#2

アラレはフスマを開け教室に入った瞬間違和感を覚える。教室の空気が違う、何かが起こったのか?教室内におけるゴシップやクラスメイトの人間関係については常に気を張り巡らし把握を怠らいようにつとめ、クラス内の出来事については把握している自負がある。

 

その自分が知らない事が起こった。これをきっかけにクラス内の立場が危うくなる可能性がある、すぐに状況を把握しなければ。アラレは近くにいるクラスメイトに声をかける。相手は同じ上層グループにいる者だ、世間話から切り出し何が起こっているのかをさり気なく聞く。

 

「オハヨウ!今日は珍しく晴れて……」アラレは思わず言葉を詰まらし呆然と立ち尽くす。ALAS!何という事だ!アラレの机の上にはバイオ白菊が置かれている!読者の中にネオサイタマで学園生活を送った方がいるのであれば意味を理解し、恐怖で震えるだろう。これは符丁だ。白菊を置かれている者にムラハチを行う、という意味が込められているのだ!

 

アラレの呼吸は乱れ思わず膝を床につく。ムラハチとは社会的リンチであり、どのコミュニティーでも行われる。社会人でもムラハチされた者は大概の者は心が病み辞職していく。それを心身共に未熟なティーンエイジャーがムラハチされれば、さらなるダメージを負うのは必至である!

 

その様子を昨日まで談話などしていた同じスクールカースト階層の生徒達がクスクスと嘲笑を向け、下位の階層の生徒が哀れみと自分がターゲットにならなくて良かったという安堵の表情を向ける。アラレはフラフラとして足取りで机に向かう。さらに机には「淫乱」「売女」「ぶりっ娘」と油性のマジックで書きなぐられていた。

 

何たる思わず目を背けたくなるような侮辱的文言だろうか!これはネオサイタマにおける女性への罵倒の一つだ!ヒドイ!アラレはハンカチを取り出し机に書かれている文字を消そうとする。何故こうなってしまった?何をどこで間違えた?

 

立ち回りには十二分に気をつけていた。学園生活では一つのミスが自身の凋落を招く、そうならないように周囲の様子をつぶさに観察し最適な行動を取ってきた。その日々は神経をすり減らし苦痛だった。だがそれでもスクールカースト上位層に居続ける為には必要なことだった。

 

しかし努力は虚しく、ムラハチする立場に落ちてしまう。明確なミスをしたならまだ納得できる。しかしこれといったミスは何一つしていないのにムラハチにされる。あまりにも理不尽すぎる!せめて理由を知りたかったが聞いたとしても誰一人答えてくれないだろう。堕ちた者はムラハチを受けるしかない。アラレは悔しさと悲しさで涙を流すのを耐える。

 

アラレへのムラハチは粛々と進んでいった。だが自身が体験しているムラハチは知っているものとは異なっていた。ムラハチとは社会的リンチであり、無視陰口等で心を傷つけるような陰湿なリンチを行うと思っていた。だが今はそれらに加え身体的危害も及び、腹部など衣服で隠れている箇所に打撲や裂傷や火傷の傷跡が多く残っている。

 

普通のムラハチを受けるのなら納得できるが、暴行されるほどシツレイを働いた記憶は全く無い。理不尽さに怒りを燃やすが、怒りを燃やしたところで現状が変わることはない。ムラハチは巧妙に隠蔽され、もしムラハチが行われていることを周囲に告げ庇おうとすればムラハチの対象になってしまう。故に誰一人アラレに救いの手を差し伸べない。

 

教師ですらそうだ。ムラハチはその者が奥ゆかしくない行動を取った事で行われているという自己責任論が強く、仮にムラハチが行われている事が発覚すればムラハチを起こしてしまったという監督責任が問われ、教師の給与が下がってしまう。そして日々の過剰な労働とモンスターペアレントと呼ばれるクレーマーめいた保護者の対応で心は摩耗している。

 

そのメンタルは生徒の苦しみより自身の安寧を優先し、面倒ごとを起こすなとムラハチされた生徒をバイオネズミ駆除業者めいた冷酷な目で見つめ、救いを求める手を跳ねのける。ナムサン!何たる教育現場の腐敗!これもマッポーの一側面とでも言うのですか!?

 

ムラハチによってアラレの心と体は傷つき疲弊していく。学校での生活はまさに地獄だった。この地獄から逃げ出したいと何度も願ったがそれは不可能だった。学校を転校し環境をリセットしようとしても、転校先でムラハチされた過去が露見され同じくムラハチにあってしまう。

 

学校に行かず不登校になったとしても世間の目は厳しく、社会不適合者の烙印を押され親すら責められてしまう。それはアラレの本意ではない。どうすることも出来ない袋小路、それがムラハチだ。

 

アラレは学校の授業が終わると教室を逃げるように退出し学校から出ていく。以前はクラブ活動に勤しんでいたが、クラブでもムラハチされているので参加していない。幸いクラブ活動をしなくても社会的名誉はそこまで落ちないので問題ない。アラレは当てもなく歩き始める。

 

暫く歩くと前方に建設現場が見える。高さは4階から5階ぐらいだろうか、鉄骨がむき出しになっており、作業用の骨組みが組まれており落下防止用かネットも張られている。アラレは何気なく現場の周りを歩く。周囲には侵入防止用にバリケードが設けられ入れそうにない。するとダイヤル錠で鍵をかけられている扉を発見する。

 

アラレは何となく扉に向かい思いついた数字を回し開錠を試みる。だが何回やっても開錠できずこれを最後にとダイヤルを回す。4989、ネオサイタマにおいて最も不吉な数字列であり、アラレの心境も表現している数字でもあった。

 

するとガチャンという音ともに鍵は外れ扉が開く、「この数字で開いちゃうんだ」アラレは虚無的に呟きながら現場に入る。中には鉄骨が積み重なりそれを運ぶ重機も置かれていた。アラレは重機に向かい歩きはじると運転席に座りギアやアクセルを踏むなどしてやたらめったらと操縦し始める。だが重機はオブツダンめいて動かない。

 

「それはそうか」予想通りと言わんばかりに呟くと運転席から降り、骨組みに向かって行く。カンカンと鉄製の階段を叩く音が響き渡る。その音は虚しくまるで自分の心境を表しているようだ。「今日ぐらい晴れてればいいのに」屋上につくとアラレは太陽を覆う重金属酸性雨雲を見上げながら笑う。それは酷く虚無的だった。

 

アラレは淀みない足取りで歩き始める。目標は屋上の淵だ、4989という不吉な数字で鍵が開いたときは運命めいたものを感じた。最初に重機を見つけた時にニューロンに浮かんだのは重機に乗り込み校舎を破壊し、クラスメイトをネギトロにする映像だった。だが重機は動かないのでその計画は変更する。

 

ムラハチによって将来は閉ざされ地獄のような日々が訪れる毎日、その日々から開放される方法は現世から逃げることしか考えられなかった。アラレは数秒ほど立ち止まった後、屋上の淵に一歩ずつ歩みを進めていく。理不尽にムラハチされた怒りと反抗心は有ったが、ムラハチの日々でそれらの心は挫かれストレスへの許容量は限界を超えていた。

 

死ねば楽になれる。この地獄から抜け出される。自殺した者は地獄に行くと言われているが此処よりかはマシだろう。だが再び足が止まる。ニンポ少女シロコ、IRC上で噂になっている存在だ。困っている人の前にどこからとも無く現れて助けてくれるニンポ少女のような少女。

 

目撃証言が多数あるがどうせ面白半分でどこぞの誰かがでっち上げた与太話だろう。もしシロコが居れば助けてくれるかもしれない。アラレは妄想を打ち消すように頭を左右に振り歩みを進める。そんな者は存在しない、この苦しみを消せるのは自分しかいない。命を絶つ事で苦しみから解放される。

 

オオ!ブッダよ!ネオサイタマが生んだ悪しき風習により身も心も傷つけられた無辜な少女は命を捨ててしまうのですか!?貴方は寝ているのですか!!

 

だがその歩みは止まる。自分の意志で止めたのではない、誰かに止められたのだ。手首には別の体温が伝わってくる。誰かが握っているのだ。後ろを振り向くと白いセーラー服のような服を着たピンク色の髪の少女が立っていた。

 

 

◇スノーホワイト

 

 

 自分の世界でもこのような場面に遭遇した事は何度か有る。自殺を止めるのは人道的にも魔法少女的にも正しいだろう。だが自殺する人には当人しか分からない問題も有り、このまま責め苦が続くなら安楽死のように死なせるのが良い場合があるかも知れない。だが屋上に居る少女から【死にたくなくて困る】という声がはっきりと聞こえてきた。ならば止める。生きたいと願う少女を自殺させるのは人として魔法少女としてありえない。ビル付近に居たスノーホワイトは瞬く間にビルの屋上に駆け上がりアラレの手首を掴み動きを止めた。

 

 アラレは困惑の表情を浮かべた後、徐に呟いた。

 

「ニンポ少女のシロコ?」

 

 スノーホワイトは食事も睡眠も排泄も必要しないという魔法少女の特性を最大限使い、文字通り24時間不眠不休で行動していた。主にフォーリナーXの探索に時間を費やしていたが魔法少女の本分でもある人助けも平行して行っていた。

 落し物探しからヤクザ相手の大立ち回り、その活動はIRC上で噂になり拡散され、その中でスノーホワイトは人々を助けてくれるニンポ少女のシロコというキャラクター付けをされ都市伝説のキャラクターとして広まっていた。

 

 スノーホワイトは静かに頷く、するとアラレは関を切ったように泣き始めた。

 

「助けて!助けてよシロコ!」

 

 アラレの泣き声は周囲に響き渡る。スノーホワイトはその様子を黙って見つめた。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「それで急にムラハチされて……それだけじゃなくて……殴られたり叩かれたりして」

……」

 

 アラレは一頻り泣いた後徐に悩みを語り始めた。自殺を助けて、「はい、さようなら」とその場から立ち去るわけにはいかず、スノーホワイトはアラレの話を聞くこととなった。その中で色々な話を聞かされた。

 アラレはドラゴンナイトと同じ中学校だと言う事、そしてムラハチ、自分の世界で言うイジメにあっている。

 

 スノーホワイトは同世代の人間より様々な体験をしてきた。知人の死、生死をかけた魔法少女選抜試験、魔法少女になってからの暴力沙汰、普通の人間では経験できないような事を何度も経験してきた。そんなスノーホワイトでも言葉に詰まる。

 イジメの問題は自分の世界でも大きな問題になっている。イジメによって少なくない生徒の人生が狂わされ、命を絶ってしまうという悲しい現実が存在する。イジメを失くし、イジメにあった生徒の心を癒そうと教師やカウンセラーや教育機関の人間が日夜努力をし続けている。この難問はスノーホワイトには荷が重い。

 スノーホワイトは一般教養程度の助言と対策案を出したが、それはアラレには効果的ではなかった。困っている人を助けてくれるシロコでも自分は助けてくれないのか、アラレから落胆の感情が見て取れ二人の間に重い空気が立ち込める。

 

「クラスの中でマエダイラさんを助けたいと思っている人が居るかもしれない、友達とかに助けてと声をあげれば助けてくれるかもしれないよ」

 

 スノーホワイトは思ったことをそのまま口に出す。頭にあったのはネオサイタマで初めて出会ったコバヤシ・チャコだった。

 彼女は学生時代にムラハチされている現場を目撃し、一度は保身の為に見捨てたが、勇気を振り絞ってムラハチされている生徒を庇った。そういう善良な生徒もおり、アラレのSOSに立ち上がるかもしれない。むしろ立ち上がる生徒が居てほしいという願望もあった。

 その言葉に思い当たる節が有ったのかアラレはブツブツと独り言を呟き逡巡する様子を見せる。

 

「もう少しだけ頑張ってみる。話を聞いてくれてありがとうシロコ=サン」

 

 アラレは勢い良く立ち上がり一礼し足場の階段を下りていく、スノーホワイトはその様子をただ見送った。とりあえず思い留まってくれたことに胸をなでおろす。だが油断はできない、ドラゴンナイトと同じ学校なので調べてもらって、事と場合によっては介入し最悪暴力に訴えることも視野に入れなければならない。

 

 魔法少女は不眠不休で活動でき圧倒的な身体能力を持っている。その能力で多くの困っている人を助け、人々に害となる中東のテロ組織も壊滅に追い込んだ。だができない事も多くある。

 

 今のムラハチのように人の心に関わる問題、これは魔法少女の特性も身体能力も必要ない、必要なのは経験と知識である。できない事はできないと心の中で謝りながら割り切ってきた、だができることも増やさなければならない。

 スノーホワイトの耳に別の困った声が聞こえてくる。アラレを一瞥すると飛び上がり移動し始めた。

 

 

◇マエダイラ・アラレ

 

 今日もムラハチが始まる。アラレの教室に向かう足取りは枷を嵌められたように重い、だが行かないという選択肢は存在せず、それを選択したら社会不適合者の烙印が押され、ムラハチと同じように社会的名誉は失われる。

 昨日はファンタジーのような存在だと思っていたシロコに会い励まされ自殺を思いとどまった。だが状況は全く変わっていない。ムラハチされるという終わりのないディフェンスを強いられ続ける。まさに地獄だ。何でこんな目に合わなければならないと何百回とブッダに怨嗟の言葉と救いを求めたが、特に何も起こらない。

 

 教室の扉を開けると会話を楽しんでいた生徒達の視線がアラレに向けられまた其々の会話が始まる。あの視線はムラハチにあっている事に対する哀れみと自分では無かったという安堵の視線だ。そんな事で幸せを感じられるなんておめでたい人生だ。クラスメイト達への罵倒を浮かべながら席に向かっていく。その際にフガシと一瞬目が合い、瞬間昨日のシロコの言葉を思い出す。

 

―――友達とかに助けを呼べば助けてくれるかもしれない

 

 だが今更そんなことができようか、フガシとは友達だった。そう過去形の話だ。

 

 入学前に親から言われたことはスクールカーストの上位に居続けろという事だった。

 学校という環境は社会に出る前の予備演習場みたいなものであり、そこで力が上な者を見極めその傘下に入る。そうすれば教師の心証も良くなって進学も有利になり、コネクションを築けば今後の人生にプラスになると力説された。

 父親も学生時代は特にそういった事を気にせず、会社に入っても学生時代にその技術を養わなかったせいで、上司などに媚を売るのが上手くなく出世が大幅に遅れてしまい、今でもそれを悔やんでいる。母も同じように媚を売るのが苦手で結婚する前は会社の人間関係で苦労したらしい。娘にはそういった思いを味わってほしくないという親心だろう。

 何故小学校の時に言わなかっただろうと思ったが、今なら分かる。スクールカーストを気にしながら生活するのは精神を疲弊させる。小学校の時ぐらいは気にすることなく生活を送ってくれという親心だったのだろう。

 

 アラレは親の意見に反対した。もしそのような生活をすることになればフガシと疎遠になる。感覚的にフガシはスクールカーストの下層に属することを認識していた。アラレとフガシが仲良くできたのは小学校というコミュニティーがスクールカーストをそこまで意識しなくてもよい場所だからだ。

 フガシとは離れたくない仲良くしたい。アラレはアカツキ・ジュニアハイスクールに入学した当初、スクールカーストで上層に入ることを放棄しフガシと一緒に帰っていた。そのことを知った両親は烈火のごとく怒った。

 

 下層の者と付き合うな!上層の者に取り入り上層に入り込み維持し続けろ!

 

 アラレは当然のごとく反抗した。友達と一緒にいるのに理由はいらない、フガシと一緒に居て何が悪い。そう反論した後に待っていたのは恐ろしいまでの折檻だった。食事抜き、体罰、知られれば虐待と認定されるような行為だった。その折檻にアラレの心は屈する。

 

 それ以降はフガシとは距離を置きスクールカーストの上層に居続けることに全てを費やした。そして同じクラスになっても心の壁を作り関係を断ち切った。

 友達を捨ててスクールカーストに執着した結果がこれだ。とんだ笑い話である。

 

 アラレは自分のためにフガシを切り捨てた。そんなことをして今更友達面をして助けを求めるのか。それはあまりにも虫が良すぎる。何よりフガシは自分を恨んでいる。仮に助けを求めても手を差し伸べてくれるわけがない。フガシから視線を反らし自分の席に向かう。そこにはいつも通り罵詈雑言が書かれていた。

 

「すごいバカ」「アホ」「お前のかあちゃんでべそ」

 

 口を覆いたくなるような悪口に最初は深く心を傷つけられたが心を鈍化させ強引に慣れさせた。だがもうアラレの心の許容量は限界だった。

 

「ウッ……ウッ……ウッ」

 

 アラレは机に突っ伏す顔を隠すが嗚咽が漏れるのは止められなかった。理不尽なムラハチへの抵抗の意志としてクラスメイトの前では絶対に泣かないと誓い、昨日までは実践できていた。だがもう抵抗の意志は挫けていた。そんな姿にクラスメイト達は嘲笑の笑みを浮かべた。

 

―――イイカゲンニシロ!

 

 教室に耳を塞ぎたくなるような大声が響き渡る。クラスメイト達は驚きで体を硬直させ、声の発生源に向けて視線を向けた。

 その発生源はフガシだった。大人しいフガシが出したとは思えない大声にクラス内はざわついていた。するとフガシは教室を出て一分後に戻ってくる。その手には濡れた雑巾が握られ、アラレの机に近づくと書かれている罵詈雑言を消し始めた。その行動に対しクラスメイト達はさらに驚愕しざわつく。

 

「センジョウメ=サン!駄目だよそんなことしちゃ!」

 

 アラレはフガシの手首を握り清掃する手を止めようとする。ムラハチされている者に手を差し伸べる者はまたムラハチされる。それもムラハチの暗黙のルールだ。机の落書きを消すという明確な行為をしてしまった以上ムラハチは避けられない。それを分かっていながら反射的に止めようとした。

 

 フガシはアラレに向かって涙を浮かべながら優しく微笑みながら呟いた。

 

「ごめんねアーちゃん。今まで何もしなくて、もう一人にしないから」

「何で!何であたしを助けるの!?センジョウメ=サンを見捨てたんだよ!」

「だってアーちゃんが助けてって目で言っていたから、それに私は今でも友達だと思っているから」

 

 その言葉を聞きアラレの目からさらに涙が溢れ出す。自分の欲のために切り捨てたのにフガシは友達と言ってくれた。

 もう切り捨てない!もう手放さない!親の言うことなどファックオフだ!例え上流に一生上がれなくてもかまわない!フガシという友人と一生付き合っていく。教室にはアラレの嗚咽と机を磨く音が響き渡っていた

 



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第九話 だいすき ずっと またね#3

部屋の壁には「静かに」「他の人の気持ちを考えて」「先輩が見ている」と利用者への注意喚起を促すショドーが飾られている。利用者達はショドーに従うように静かに過ごす。本をめくる音、空調の音、ノートにペンを走らせる音、利用者の息遣い、普段ではかき消されてしまうような音がここではよく響き、音が合わされゼンめいた落ち着いた空間を作り出す。

 

ここはアカツキジュニアハイスクールの図書室である。受付では黒髪ロングの少女と茶髪の少年が座っている。黒髪の少女はセンジョウメ・フガシ、茶髪の少年はカワベ・ソウスケ、二人は図書委員である。

 

アカツキジュニアハイスクールでは委員会というものが存在する。委員会とは学校をより良くするために教師の仕事を手助けし労働する組織であり、生徒の服装が乱れていないかを確認する風紀委員、昼食の時間にラジオ番組めいた放送をして生徒を楽しませる放送委員、学校で飼っている動物を世話する飼育委員等がいる。

 

そして図書室の管理運営を手伝うのが図書委員であり、受付業務も委員活動の一環だった。二人は本を読みながら思い出したかのように図書室を見渡し利用者の様子を伺う。二人は今日の雑務をこなし残りは受付業務だけで、基本的に利用者が少ない図書室では暇を持て余す。

 

受付で本を読むことは黙認されている。ソウスケは著名なスポーツ選手の自伝を読み、フガシは古典文学を読んでいた。ソウスケは隣に座るフガシの横顔を覗く、フガシはソウスケにとって図書委員でのメンターだった。

 

野球部の時は練習が優先され委員会活動を行う時間が少なかった。その短い時間で図書委員の仕事を教えてくれ、時には仕事を代わりにやってくれた事も有った。ソウスケはフガシに感謝しており図書委員の中でも気にしている人物でもあった。

 

フガシの学年が上がった月の当初はかなり落ち込み、お通夜めいた様子だった。だが最近は表情が明るくニルヴァーナに居るように上機嫌だ。暫くすると扉が開く音が聞こえ二人は本から目を離し入り口に目を向ける。入ってきたのは茶髪でおさげの女子生徒だった。女子生徒は二人に向かって軽く手を振り、フガシはさらに笑顔を見せながら手を振った。

 

ソウスケは利用者に見覚えがあった。名前はマエダイラ・アラレ、フガシが委員会活動で図書室に居る時はいつも訪れていた。アラレは本棚から本を取り出すと受付にいる二人に本を渡す。ソウスケの眉がわずかに動く、本は「宮本武蔵伝」剣豪宮本武蔵の半生を描いたフィクション小説である。ソウスケも読んだが面白かったので印象に残っている。

 

「あっ、宮本武蔵伝。読んでるんだ」「うん、流石フーチャンお薦めだね。最初は乗り気じゃなかったけど気付けばページが止まらなくて、戦闘描写の緊張感がたまらない、特に武蔵とインジュンの戦いなんて…」「オホン、オホン」ソウスケはわざとらしく咳き込む。これは静かにしろというサインである、

 

図書室には暗号めいたサインが存在し、それらを知らない或いは意図的に無視すれば図書室の利用禁止、最悪セイトポイント、進級や受験を左右するポイントが大きく減点される仕打ちを受ける。図書室では小声での私語は許されているがアラレの声のボリュームは明らかに許容範囲を超えていた。図書委員としては看過するわけにはいかない。

 

アラレは周囲の非難の目を感じ、サラリマンめいて頭を下げながらそそくさと机に座り本を読み始めた。暫くの間他の利用者は訪れず図書室は静かだった。すると大人しく受付に座っていたフガシが立ち上がり、アラレが座っている席に向かい隣に座り密談めいて小声で話し始め、話が終わるとフガシは受付に戻りソウスケに話しかける。

 

「カワベ=サン、お願いがあるんだけど」「何ですか?」「弟が病気で世話しなくちゃいけないから後は任せてもいいかな?」フガシはソウスケの目を見据えながら頼み込む。それは明らかに欺瞞だった。世話をするのだったら図書委員の仕事を始める前に伝えるはずだ。ソウスケは数秒ほど間を置いて返答する。

 

「いいですよ、今日は利用者が少ないですしボク一人でも充分です」「ありがとう」フガシは礼を述べると急いで帰り支度をしてアラレと一緒に図書室を後にした。「ねえ大丈夫だったの仕事さぼって?セイトポイント下がらない」「大丈夫、何とかなるよ。それよりクレープ谷渋の新メニュー楽しみだね」

 

「うん、アンコは美味しい、バナナも美味しい、美味しいものに美味しいものを掛ければ美味しさは100倍だよ!何で今まで出さなかったんだろう!ホントバカ!」「本当にアンコとバナナが好きだねアーチャンは、昔とちっとも変わらない」「そういえばフーちゃん眼鏡は?」「最近コンタクトにしたんだ」二人は楽し気にお喋りしながら下駄箱に向かっていく。

 

 

やはりそういうことか。ソウスケはニンジャ聴力で二人の会話に聞き耳を立てていた。本来ならばフガシの行為は発覚すれば教師から叱責を受けセイトポイントが下がる行為だ。だがソウスケは特に教師に報告しようと思わなかった。野球部時代は認められているにせよ図書委員の仕事をフガシに任せ、好きなことをやっていたという負い目もあった。

 

それにアラレとフガシの今の状況を顧みればブッダも目をつぶるだろう。だが気がかりな点も有った。以前ならば同じような頼む時でも、もう少し申し訳なさそうに頼み込み、感謝の気持ちを見せたはずだ。先ほどのフガシにはそれらが感じず、承諾するのが当然であり断れば強引に押し通そうとするエゴのようなものを感じた。

 

ソウスケはフガシのアトモスフィアの変化に違和感を覚えつつ図書委員の仕事に戻った。

 

 

◇スノーホワイト

 

「それでアラレ=サンを庇ったフガシ=サンもムラハチにあっている。でもアラレ=サンの表情は明るいというかフガシ=サンがいればへっちゃらって感じかな」

 

 日課のパトロールが終わり、雑居ビルの屋上でネオサイタマの極彩色の夜景を眺めながらドラゴンナイトの報告を受け、安堵の息を漏らす。

 アラレを助けた際にドラゴンナイトと同じ学校だと知ったスノーホワイトはアラレの様子の調査を頼んでいた。残念ながらイジメは終わっていないが、アラレを庇ってくれる人物がいることが分かった。恐らくフガシという人物があの時言い淀んだ助けてくれる人物だったのだろう。

 

「フガシ=サンが庇ってくれて良かったよ。ムラハチは一人で受けるのは実際キツイ。ボクもニンジャじゃなきゃキツイ」

「え?ムラハチされているの?」

 

 スノーホワイトは思わず聞き返す。イジメられている様子が全く見えないだけに今の言葉は全く予想していなかった。ドラゴンナイトはスノーホワイトの様子を見て余計なことを漏らしてしまったとバツの悪そうな顔を浮かべながら補足していく。

 

「でも問題ないよ。非ニンジャがいくらムラハチしてもベイビー・サブミッションというか……あれだよ、幼稚園児にいくらイジメられても何とも思わないでしょ?あれと同じ感じ。それに多少はインガオホーな面も有るし」

 

 ドラゴンナイトの顔に一瞬影が差す。スノーホワイトは何かしら事情が有ることを察した。この話題はこれで終わらそうと別の話題に変えようとするがドラゴンナイトは気にすることなくアラレについて話を続ける。

 

「それでどうする?庇ってくれる人が居るのはいいけどムラハチを見過ごすわけにはいかないし、首謀者を棒で叩いておく?」

「そうだね。それは私がやるよ。ドラゴンナイトさんがすると何と言うか……」

「大丈夫だよ。棒で叩くって言っても実際やらないよ、ちょっと注意するだけ」

「でも首謀者は恐らく女の子だから、話をつけるなら同姓の方が良いと思うんだ」

 

 スノーホワイトの言葉に渋々という具合に納得する。ドラゴンナイトの言う通り実際に暴力は振るわないだろう。だが共に行動していくうちにドラゴンナイトが語気を強めたり、威圧感を強めると人々は過剰に委縮したり変調をきたすなど場面を度々見かける。

 ある時にその日は機嫌が悪かったのかカツアゲしている女性を見つけ必要以上に叱責を行い、結果女性はアイエエという悲鳴のような声をあげながら失禁してしまった。

 最初は穏便に説得するだろうが、話を聞いてくれず圧を掛けてしまい失禁させてしまうかもしれない。もし学校でそれが起こればその生徒の名誉は地に落ち学校生活は暗黒に染まるだろう。

 それはあまりにも可哀そうだ。それに圧を掛けてイジメを止めるのは一種の暴力のようなものだ、暴力で我を通している自分が言うのは烏滸がましいかもしれないが、そういった手段は最後にとっておき可能な限り穏便に解決したい。

 

――――――

 

「これを飲めば大丈夫!ヨロシサンのニューロンX!何でも覚えられる!テストも満点!これで試験を乗り切ろう!」

 

 スノーホワイトは屋上の手すりに肘をかけながら空を見上げる。重金属雲で覆われた鈍色の空に女性の電子音が辺りに響き、大型のコケシ型の飛行物体がアカツキジュニアハイスクール周辺の空を浮遊している。液晶パネルには『ヨロシサン』『バリキキッズも勉強に有効』と自社の宣伝広告が表示されている。

 ネオサイタマに来た当初はマグロ型の飛行物体が何艇も浮遊し、様々な商品アピールをする光景には面を喰らったが、今では慣れたものだ。だがコケシ型の飛行物体は見るのは初めてだった。コケシとスノーホワイトの目線があう。その無表情は人間味が無く、まるで監視されているようでいい気分ではない。

 

「コケシが浮遊しているなんて趣味悪いぽん。ネオサイタマの住民はあんなのが好きぽん?」

「どうだろう」

「しかし魔法少女は大変ぽん、イジメ問題まで解決しなきゃいけないなんてぽん」

「それで困っているならやれることはやらないと。あれみたい」

 

 スノーホワイトはファルと雑談を交わしながらアカツキジュニアハイスクールから数百メートル離れた場所から校門前を監視する。校舎の教室に目線を送ると窓際のドラゴンナイトと視線が合いハンドジェスチャーで前を指す。するとそこには5人ほどの女子生徒の集団が居た。前もって教えてくれた背格好に一致している。屋上から下りて女子生徒達が向かう場所に先回りする。

 

「どーも、雪野雪子です。少しお話よろしいですか?」

 

 スノーホワイトは外向き用の笑顔を作りながら柔和な声で問いかける。すると集団の中心的人物が訝しみながら答えた。

 

「ドーモ、カガ・スミノです。何の用ですか?」

 

 言葉遣いは丁寧だった。イジメをするような人物なのでもっと不遜な態度をとると思っていたが意外だった。一応は富裕層の子供が通う私立だけあって礼儀については教育されているということか。だが制服なども若干着崩し、マニキュアなどもしている。中学でもクラスで目立つグループはこんな感じだった。これはネコを被っている可能性が有る。

 そして言葉遣いとは裏腹に声には敵対心が籠っている。心の困った声を聞けば後ろめたいことをしている事が分かり、そのことを探られたくないと思っているのだろう。

 

「マエダイラ・アラレさんとセンジョウメ・フガシさんのことについてです。イジ……ムラハチは止めてくれませんか?二人が何かしら失礼を働いたかもしれませんが、ムラハチの度が過ぎていると聞きます。そこまでやる必要はないと」

 

 スノーホワイトは相手を刺激しないように落ち着いた声色で喋る。これでは止まらないだろう。白を切るようなら聞こえてくる声から弱みを握って黙らせるか、取る手段をしていると思わぬ声が聞こえてきた。

 

―――別にしたくないのにムラハチしていて困る。やりすぎたムラハチのせいでセイトポイントが下がったら困る。

 

 ムラハチをさせられていて困るなら分かる。だがしていて困るというのはどういう意味だ?まるで自分の意思とは無関係に行っているようだ。スノーホワイトは一礼しスミノ達の元から離れる。その様子をスミノ達は困惑しながら見送った。

 

「何か分かったぽん?」

「ニンジャが関わっているかも」

「どいうことだぽん?」

「困った声で意思とは関係なくムラハチしていて困るって聞こえてきた」

「精神操作系の魔法ぽん。ルーラとかのっこちゃんとか珍しくはないぽん」

 

「目の前の相手に命令できるよ」という魔法のルーラ、この魔法なら対象に行動を強制させられる。

「周りの人の気分を変えることができるよ」という魔法ののっこちゃん。この魔法なら行動を誘導させられる。人を操る魔法は決して珍しくない。

 

「それで首を突っ込むぽん?ファルとしてはニンジャには関わってほしくないぽん」

 

 これは判断に迷うところだ。元の世界ではイジメの問題に首を突っ込むことはなかった。正直に言えば自分ではどうしようもできない問題だった。

 だが今回はニンジャが絡んでいる可能性が有る。そうなればムラハチさせているニンジャを見つけ魔法を止めればいいという単純な問題に変わる。それにニンジャは基本的に邪悪だ。遊び感覚でさらにエスカレートして追い込む可能性は十分にある。

 

「突っ込む。アラレさんとフガシさんが死ぬ可能性もあるなら止めないと」

「そう言うと思ったぽん。それでどうやって見つけるぽん?」

「直接聞く、その魔法を使っているのは学校内にいると思う」

「まあそうだぽん。魔法少女の魔法だったら、射程距離とかはそこまで広範囲ではないはずだぽん」

 

 方針は決まった。あとは地道に聞きこむだけだ。スノーホワイトはIRC通信機を取り出しドラゴンナイトに連絡をとった。

 



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第九話 だいすき ずっと またね#4

静まり返っている室内に雨粒が屋根や地面を叩く音や風の音が響き渡る。今日はハリケーンが上陸していることもあり、降水量は通常の雨より多い。湿気のせいかタタミから発する独特の匂いが嗅覚を刺激する。中にいる人々は列を作ってタタミに正座している。その表情はオツヤめいて沈んでおり今にも泣きそうな者もいた。

 

部屋の前方には祭壇と二つのカンオケが設けられ周りには献花が飾られている。個人や企業など様々な者から送られた事が分かる。40代ほどの男性と女性の遺影が飾られている、その遺影を最前列に正座しているセンジョウメ・フガシはじっと見つめていた。今夜フガシの両親のオツヤが行われる。

 

1週間前フガシの両親は自宅のリビングで首を吊っていた。マッポによる現場検証の結果、ハック&スラッシュによる他殺ではなく自殺であると判明した。それからはあっという間だった。両親の親戚や友人や会社等に連絡し、それからは親戚達が葬儀の準備を行った。

 

喪主は娘であるフガシが行うべきだが、ティーンエージャーのフガシでは無理であると親戚達が判断した。親戚達が準備をしてくれたのでフガシは特に何もすることはなかった。暫くするとレッサーボンズが祭壇の前に正座し、木魚とIRCプレイヤーを置いた。「カージーボーサツ」プレイヤーの声に合わせるようにボンズは木魚を叩く。

 

プレイヤーから再生されているのはドッキョウである。ドッキョウによって得られた徳を故人へ回し向ける。本来なら厳しい修行を積んだマスターボンズやアークボンズが自ら読む事で意味があるものだった。だがそれに異議を唱えたのがアークボンズのタダオ僧侶だった。

 

録音したドッキョウでも故人が得られる徳は変らない、これでレッサーでもオツヤを行えると主張した。それに反対したのはブディズム界の伝統派だった。それでは徳は得られない。それに遺族達にあまりにシツレイでありボンズの堕落に繋がると主張した。だがタダオの裏工作により主張は却下され、伝統派は堕落ボンズの烙印を押されることになった。

 

そしてタダオ僧侶は自ら読んだドッキョウの音声データを各寺院に高額で売り付け、買わない者は葬儀を行えないとの命令を下した。おお……ナムサン!何たる拝金主義!この行為にブッダも思わず「ヤンナルネ」と嘆くだろう!

 

ドッキョウが30分ほど行われると焼香が行われる。「ゴシュウショウサマです」通夜の参加者がフガシの横に正座しオジギし、遺影に向かってオジギする。次にマッコウを摘みコウロに入れる行為を三回ほど行う。最後にフガシにオジギする。これがネオサイタマにおける一般的な焼香のプロトコルである。

 

通夜の参加者は緊張しながら焼香を行っていく。これらの一連の動作を間違えることは大変シツレイである。フガシの両親はカチグミに属し、葬儀の参加者もカチグミだ。もし間違えれば会社や属するコミュニティーで即座にムラハチにあってしまう。

 

「ゴシュウショウサマです」フガシはマシーンめいて対応していくなか次に現れたのは白い服を着た者だった。通夜で着る服は黒色が原則である。そのなかで白を着れば即座にムラハチ対象だ。だがセーラー服などの学校指定の制服においては許される。彼女はフガシのクラスメイトだ。

 

読者の皆様の中には焼香の動作を間違えムラハチされる可能性がある葬儀、しかも親しくもないどころかムラハチされているクラスメイトの両親のオツヤに何故行くのかと思う方も居るだろう。ネオサイタマではコミュニティーの中ムラハチされている者でも、その肉親のオツヤに行かなければ逆にムラハチにされてしまうのだ!

 

クラスメイト達は焼香を間違えることなく行っていく。アカツキ・ジュニアハイスクールはカチグミの子息達が通う学校ということもあるが、通夜の前に焼香のマナー講座を特別に行っておりマナーは完ぺきだった。それからはクラスメイト達が焼香を行っていく、中にはカワベ・ソウスケ等クラスメイトでは無い者もごく僅かにいた。

 

「ゴ……シュウショウサマ……です」その声を聞きフガシの感情が激しく動く。目の前にはアラレが居た。アラレは涙を堪えながら言葉を紡ぐ。フガシの家とアラレの家は最近までジュニアハイスクールに入ってから疎遠だったが、それ以前は近所で同じ学校に通っているということもあり交流が有った。

 

世間体も考えてオツヤに参加することは当たり前のことである。だがフガシにとって涙が出るほど嬉しかった。アラレは涙をハンカチで抑えながら焼香を行っていく。フガシはその姿をじっと見つめていた。アラレは焼香を終えてフガシに視線を向ける。笑っている?錯覚かと思いハンカチで眼を拭く。

 

するとフガシは悲しんでいる様子だった。さっきのは気のせいだ、アラレは元の席に座り、次の参加者が焼香する。参加者全員の焼香が終わりボンズによる法話が行われる。これもIRCプレイヤーによる録音音声だった。

 

 

「この後はどうする?」親戚達がフガシに尋ねる。オツヤが終わると故人をしのび参列者をもてなす為のツヤブルマイが行われる。それは主に大人が参加するものであり、遺族といえ未成年のフガシは強制的に参加しなくてもよい。

 

「家に……帰ります」親戚の言葉にフガシはボソリと答えた。故人をしのぶと言っても遺産の話やムラハチトラップの仕掛け合いになるのは目に見えている。そんな場には居たくはない。「わかった。じゃあ家まではタクシーで……」「アタシが送ります」親戚の言葉をアラレが遮る。

 

「ドーモ、フガシ=サンのクラスメイトのマエダイラ・アラレです。フガシ=サンとは近所ですので、家に帰るついでに送ることは可能です」親戚はフガシに視線を向けるとフガシは首を縦に振る。「分かりました。よろしくお願いします」親戚はアラレにオジギする。「帰ろう、フーちゃん」アラレはフガシの手を取り外に出ていった。

 

「大変だったね」「うん」「ご飯食べてる」「うん」フガシとアラレはアラレの父が運転する車の後部座席に座りながら会話をする。アラレは言葉を選びながら会話する。只でさえ両親が死んだことは大きなショックだというのに、しかも自殺だ。そのショックは途轍もなく大きいだろう。そんな人にどう言葉をかければいいのかまるで分らない。

 

「今日はありがとう、オツヤに来てくれて、焼香のプロトコルとかめんどくさかったでしょ」

「そんなことないよ!だって…あたし達……友達でしょ!来るのは当たり前!」アラレは声を張り上げる。中学から自分から離れたくせに友人面、ブルシットだ。だがムラハチされフガシが庇い共にムラハチされた日々。

 

その中でフガシの優しさや温かさ等良いところを多く知った。過去の自分は何とイデオットだったのだろう。だが今はフガシが認めてくれれば友人であると思いたい。そして友人が辛い体験をしているのなら支えてあげたい。それはアラレの本心だった。

 

「ありがとうアーちゃん……」フガシは声の大きさに思わず眉を上げ同時に涙を流した。「アーちゃんが来てくれて本当に嬉しかった。それだけで元気が出てやっていけそう」「うん!何でも相談して!ユウジョウ!」「ユウジョウ」アラレは手を強く握りしめ、フガシははにかみながら手を握る。バックミラーから眉を顰めるアラレの父親の姿が見えた。

 

「じゃあね、お休み」「お休み……」フガシの家の前に車が止まりアラレに別れの挨拶を告げようとするが、思わずセーラー服の袖を掴んだ。「どうしたの?」「その1人だと……あれと言うか……思い出しちゃうというか……」フガシは目線を逸らしながらしどろもどろに喋る要領の得ない言葉にアラレはニューロンを働かせ真意を測る。

 

「そうだ。今日は一緒に泊まろうか、明日も早いんでしょう?疲れているだろうし寝過ごしちゃうかも、寝過ごしたら大変だよ」アラレはおどけた口調で話す。その言葉にフガシは嬉しそうに首を振る。「アラレ、フガシ=サンに迷惑だ……」「いいよねフーちゃん!」アラレの父親は諫めるが言葉を無視して同意を求めた。

 

「うん」「決まり!じゃあ家から色々持ってくるから」了承を得るとアラレは駆け足で自宅に向かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「うわ~変わってないね」アラレはフガシの部屋に入ると思わず声を上げた。部屋の間取りやアトモスフィアも記憶のままだった。部屋の中を物色し、本棚にある本を何冊か手に取りしまっていく。「相変わらずムズカシイ本読んでいるね」「そんなことないよ。そういえば、その青のパジャマ昔と同じだね」「そうなの?買い換えたけど」「色が同じ」

 

「そういうフーちゃんだってピンクのパジャマ、変わってないよ」「そうなの、私も買い換えたんだけど」「二人ともあまり変わってないね」二人は同時に笑い合う。ムラハチの一件から二人で遊ぶことはあったが、昔のように互いの家に泊まるのは初めてだった。「あっ、これ!」アラレは青い花を挟んだ栞を手に取る。

 

「あの時の栞、持ってるんだ。あたしも家に置いてるよ!」二人はその当時の記憶をニューロンから再生させながら思い出を語り始める。

 

幼少期二人で遊んでいた時に見つけたのが栞に入っている青い花だった。それは百合の花で本来なら青色は存在しないが、重金属酸性雨によって変異したものだった。そんな事を二人は知ることは無く、その青い百合の花に心奪われた。

 

「キレイだね!」「うん!」「この花の花言葉は何かな?」アラレの問いにフガシは首を傾げる。当時の二人は花言葉に興味を持っていた。アラレが尋ねフガシが答える、それがいつもの流れだった。だが突然変異の花の花言葉は存在しなかった。「わからない、ごめんね……」フガシは泣きそうな声で謝った。

 

「じゃあ、今から考えよう!」アラレはフガシを元気づけるように大声を出す。「うん!」フガシは大きく首を縦に振った。「フーちゃん何かある?」「えっと、親愛、永遠、再会なんてどう?」「それどういう意味?難しくてわかんない」アラレは首をひねる。「え~っと」フガシはアラレにも分かるように再翻訳する。

 

「だいすき、ずっと、またねって意味」「それなら分かる。でも何でそれにしたの?」「アーちゃんがだいすきで、アーちゃんとはずっと一緒居たくて、何かあって分かれてもまた会いたいから!」フガシは恥ずかしさで赤面する。改めて好意を伝えることに気恥ずかしさがあった。

 

「アタシもフーちゃんが大好きだし、ずっと一緒にいたいし、何かあっても別れてもまた会いたい」アラレもフガシの言葉を受け止めるように言う。「ねえ、これ持って帰ろうよ、お守りタリスマンにしてさ、そうすれば花言葉通りにずっとなるよ!」「うん」そして二人は青い百合の花を摘み、栞に挟みお守りタリスマンとした。

 

「この栞効果あったね。色々あったけど、また仲良くなれた」「そしてずっと大好きだし、ずっと一緒だよ」アラレはフガシの手に触れた。「なんてね!それよりあのこと覚えている?あれは…」それから二人は昔話に花を咲かせる。二人にそれだけアラレとの日々は輝かしく鮮明にニューロンに刻み込まれていた。二人の思い出話は数時間に及んだ。

 

「そろそろ寝ようか」「そうだね」時刻はネハンアワーを迎えていた。大人にとってはまだまだ活動時間だが、成長期の二人にとっては就寝時間だった。「ねえ一緒に寝よう」「寝るって昔みたいに?」「うん」フガシは恥ずかしそうに体をソワソワさせる。「フーちゃんは甘えん坊だね。いいよ、おいで」アラレはわざとらしくため息をつき隣をポンポンと叩いた。

 

フガシはベッドから自分のフートンを持ち上げ隣に敷いた。肩と肩が今にも触れ合うほど近く、お互いが顔を向け合えば息が感じられるほどの至近距離だ。「オヤスミ」「オヤスミ」フガシはリモコンで部屋の電気を消した。

 

「アーちゃん起きてる?」雨や風がドラムめいて窓を叩く音を遮るようにフガシが独り言めいて話す。「起きてるよ」「家に泊まりに来てくれてありがとう。家に一人でいるとお父さんやお母さんの事を思い出しそうで……辛くて寂しくて」「うん、ワカル」「それにあれだから……」

 

「大丈夫。フーちゃんのおとうさんとおかあさんはオバケになってもフーちゃんを見守ってくれる。全然怖くない」アラレはフガシの心情を察し、言わんとしようとしたことを先に言う。フガシはオバケなどのオカルト話が嫌いだった。以前怖がらせようとカイダンを話したら恐怖のあまり失禁させたことがあった。

 

だから両親がオバケになって害を与えると思ったのだろう。今年ハイスクール受験をする生徒にしては幼い考えだがフガシらしい考えだ。フートンの中で思わずにやける。「それにフーちゃんの両親はフーちゃんを残して自殺する人じゃないよ。きっと誰かにやられたんだよ。犯人を捜すなら声をかけてね」アラレは体をフガシのほうに向ける。

 

「うん」フガシもアラレのほうに体を向ける。二人はお互いの顔を見つめ合う。いつもなら照れ臭くなるのだが、不思議と気恥ずかしさはなかった。アラレはフガシを見つめる。フガシの返事には確信めいたものがあった。フガシも自殺と考えていないのだろう。自殺と他殺なら他殺のほうが心の整理がつく。他殺なら感情を犯人にぶつけられる。自殺では感情をぶつける相手がいないからだ。

 

「それでフーちゃんはこれからどうするの?親戚の人のところに行くの?」アラレは世間話のように尋ねる。だがその声は僅かに震えていた。「とりあえずアカツキ・ジュニアハイスクールを卒業するまではここで暮らす。それ以降は決めてない」「そう」「それにアーちゃんと一緒に居たいから。アーちゃんが一緒に居ないと耐えられない……」「フーちゃん」

 

アラレはフガシが居なくなることでムラハチに耐える心の支えが居なくなり、対象が一人に絞られるのを恐れていた。フガシが大変な状態なのに自分の事を考えている。その自分本位さに自己嫌悪に陥りかける。だがフガシも自分の心の均衡を保つためにアラレと一緒に居ることを望んでいるのだろう。

 

お互いが自分のために相手を望む。それは共依存関係だった。だがアラレはそれでも良いと思っていた。アラレがフガシに依存する。フガシがアラレに依存する。それが歪な関係と言われても構わなかった。「フーちゃん、アタシ達友達だよね」「うん」「ならケジメをつけなきゃいけないことがある。聞いてくれる」アラレの声にシリアスになる。

 

「うん」フガシが返事をするとアラレは深呼吸し語り始めた。「アタシ達中学から疎遠になったよね」「違うクラブ活動だったり、違うクラスになったりしたからしょうがないよ。今は一緒になれたし、それで充分」「違うの!」アラレはヒステリックに叫ぶ。

 

「本当はフーちゃんと仲良くできたの!でもキリステした!両親にスクールカーストの上層に取り入れって!下層のフーちゃんとは付き合うなって!最初は拒んだ!でも両親がスゴク怒るし、上層に取り入れなかった末路をスゴク言い聞かせて!その将来が自分だと思うと怖くなった!だから……だから……」

 

フートンの中からアラレの嗚咽が漏れ部屋に響く。するとフガシはアラレの手を包み込むように両手で握りこむ。「辛かったねアーちゃん。気にしてないから。過去の事より未来のことを考えよう。二人で幸せな未来を送ろう」「フーちゃん」

 

フガシはアラレの後頭部に手を添える顔を胸に埋めさせた。アラレは胸の中でアカチャンめいて泣いた。「ゴメンね……ゴメンね……」「赦すよ。アーちゃんは赦すよ」アラレの背中に悪寒がよぎり吐き気がこみ上げる。思わず見上げるとマリアめいて微笑むフガシがいた。

 

 

 

◇マエダイラ・アラレ

 

 目の前には祭壇と二つのカンオケが設けられ周りには献花が飾られている。献花に飾られている名前には見知ったものが多くいた。あれは父親が勤めている会社の名前だ。その隣は母が参加しているサークルの名前だ。献花は十数にも及んでいる。

 それに参列者の数も多く、パッと見ても死を悼んでいることが分かる。父と母はそれなりに人望があったのだろう。そのことが少しでも父と母の魂を安らげてくれれば幸いだ。マエダイラ・アラレはそう考えながら笑顔を見せる両親の遺影を見つめた。

 

 フガシの両親のオツヤから一週間後、アラレの両親は死亡した。下校後家に帰ると目に飛び込んできたのはリビングで首を吊る両親の姿だった。

 アラレはすぐにマッポに連絡し、両親が持っているIRCに入っている連絡先に片っ端連絡した。その行動はマッポに不審がられるほど迅速で的確だった。不思議と動揺しなかった。ただフガシが行った行動を真似しただけにすぎなかった。フガシもこんな気持ちだったのか、そう思いながら行動していた。

 

 オツヤ会場にはボンズが現れ木魚を叩きドッキョウが録音されているIRCプレイヤーを再生する。その光景は一週間前に見た光景そのままだった。あまりにそっくりだったのでニヤけてしまう。それはそうだ。会場もボンズも一週間前とすべて同じなのだから。

 その顔を隣にいた親族はのぞき込む。オツヤで笑えばムラハチになるだろう。だが学校でムラハチされているので怖くはなかった。幸運にも周りには両親が自殺したことで気が触れてしまったと黙認された。

 ドッキョウが終わると参列者が焼香を始める。これも先週見た光景と同じだった。父と母の親族や友人の焼香が終わると、クラスメイト達が焼香を始める。

 プロトコルに沿った動作を行うが、明らかに不機嫌感を募らしていた。二週連続でムラハチされているクラスメイトのオツヤに駆り出されたとなれば嫌な顔の一つや二つもするだろう。クラスメイト達は粛々と焼香していく、すると参列者の中に見覚えのある顔が飛び込んでくる。

 黒髪のロングヘア―、丸みを帯びたほっぺた、きめの長いまつげは悲しみの表情で伏せられている。フーちゃんだ。

 

「フーちゃん!フーちゃん!」

 

 アラレは思わず泣き崩れる。正直両親が死んだことに実感がなかった。まるでドラマの登場人物が死んだような感じだった。それはオツヤを行っている今でもそうだった。

 だがそれは現実感がないのではなく、現実感がないように思いこんでいただけだった。両親の死、将来の不安など様々な現実の不安に押しつぶされてしまう。だから心を鈍化させ何も感じないようにしていた。だがフガシの姿を見て、鈍化させていた心は敏感になり、感じないようにしていた両親の死や不安が押し寄せてくる。

 

悲しい、苦しい、怖い

 

 寒気が襲い動悸が乱れる。感じている恐怖や不安、言語化できない漠然とした恐怖や不安、それらが具現化したように襲い掛かり、アラレの体に変調きたす。

 フガシは泣き崩れるアラレに寄り添い背中に手を回す。その手は温かく、動悸は落ち着き寒気もなくなってきた。

 アラレはフガシの肩を借りながら会場から出ていった。

 

 

「アーちゃんの部屋も変わってないね」

 

 フガシはアラレの部屋を懐かしむように見渡す。中学校に入ってから模様替えは特にしていない。机に本棚にクローゼットにベッド。家具類もあの時のままだ。変わっているとすれば本棚に入っている教科書が変わっているのとクローゼットの中の服が変わっているぐらいだろう。服もクラスの上層部に合わせるようにダサすぎず、オシャレじゃなさすぎない服を必死に選んだものばかりだ。プライマリースクールのように好きな服は殆どない。

 オツヤが終わった後ツヤブルマイからはほぼ強制的に締め出された。未成年ということもあるが、あれだけ泣き崩れて醜態を晒した親族とは一緒に居たくないというのが本音だろう。アラレもそれに関しては同意見だった。タクシーで家に帰ろうかと考えている時にフガシから声をかけられた。

 

「今日アーちゃんの家に泊まっていい?」

 

 つい一週間前アラレはフガシの家に泊まった。一人だと色々考え込んでしまうから一緒に過ごして励ましてあげようと思ったからだ。しかし自分が居ても役に立つのだろうと不安だった。だが今なら分かる。今の状況で親しい友人が居るというのがどれだけありがたいかということを。フガシは一週間前に両親を失い、今のアラレの心境を察し励まそうとしている。それは何よりも嬉しかった。

 

 二人は夕食を作ったり、TVショーを見ながら他愛もない時間を過ごす。フガシがいる間は両親の事を考えずに済み穏やかな時間を過ごせた。もし一人だったらネガティブな考えが頭を駆け巡り気がどうにかなっていただろう。一週間前と同じようにネハンアワーになると二人は部屋に戻り肩を並べて就寝する。

 

「フーちゃん起きてる?」

「起きてるよ」

「あたし達どうなるのかな?」

 

 部屋の中にアラレの声が響く。両親が居なくなったことで数々の苦境が訪れるだろう。まずこの家には居られず、親戚の家に引き取られるか、一人暮らしの二択だろう。

 親戚に引き取られるという選択肢だが可能性は低い。親戚にも親たちと同等のカチグミもいるので世間体を考えて引き取ってくれるだろう。だが自分はムラハチを受けている生徒だ、そんな子供が居ればカチグミとしての評価は下がるので、引き取ることはないだろう

 ならば一人暮らしだが、ジュニアハイスクールを卒業した少女が就ける仕事は少ない。特技でもあればマシだが、自分は平均的なカチグミの娘だ。あるとすれば若さだけ。そんな少女はオイランかマイコに就くしかない。そうなれば真っ当な人生を送れる可能性は低い。

 

「親が居ないし、学校ではムラハチされてる。お先真っ暗!ネオ・カブキチョでも行って二人でオイランかマイコになるしか無いね。フーちゃんはカワイイし、あたしもチビだしマニア受けするかも」

 

 アラレは自虐気味に語り始める。カチグミの家で生活していたアラレにとって性風俗関係の仕事は底辺の仕事だ。そんな仕事に就くことはあり得ないと考えていた。だがカチグミの娘という肩書を取れれば自分には何もない。それこそ唾棄していた性風俗関係の仕事に就くしか道はない。そんな自分があまりにも滑稽だった。

 

「ねえ、アーちゃん。二人でオキナワに行こう?」

「オキナワ?いいね。オイランになる前に記念に旅行して遊ぼう!」

 

 オキナワはネオサイタマの遥か南にあるカチグミが行くようなリゾート地だ。その陽気とネオサイタマでは見られない重金属で汚染されていない透明な海は人気を誇り、カチグミにも人気の観光スポットである。思い出作りには最適だ。その思い出があればオイラン生活も乗り切れるかもしれない

 

「海水浴して、マンゴープリン食べて……」

「旅行じゃない、オキナワで暮らすの」

「暮らす?どうやって?フーちゃんイデオット?」

 

 アラレは余りにも荒唐無稽な提案に思わず暴言を吐いてしまう。オキナワで暮らすとならば莫大な金がかかる。それこそ退職したメガコーポの重役などが余生を過ごす場所だ。アラレやフガシ等のカチグミの末端ではとても暮らせる場所ではない。

 

「実はお父さんがトミクジ当たったの」

「何円?」

「3億」

「3億!?」

 

 予想を遥か超えた額にアラレは思わずベッドから飛び起きる。3億円といえばトミクジの3等だ。そんな大金をまさかフガシの父親が当てたのか。

 

「3億もあればオキナワで長く暮らせる。お金がなくなってもその頃には大人になっているし働ける。オキナワに行けばムラハチされた過去何てバレやしないし、どんな仕事だって就ける。どうアーちゃん?」

 

 フガシは熱を帯びた視線をアラレに向ける。アラレは視線から逃げるように目を伏せる。フガシの提案には一理ある。だが本当に上手くいくだろうか?オキナワではネオサイタマより過酷な生活が待っているかもしれない。何より少女二人で新天地に向かうことが何よりも不安だった。その様子を察したフガシは肩に手を置き語気を強めさらに押していく。

 

「アーちゃんが言ったように、このままじゃジリープアー(徐々に不利の意)だよ!ダイジョウブダッテ!私たち二人なら何とかなる!こんなファックな場所からサヨナラしよ!」

 

 フガシの声が部屋に響き渡る。奥ゆかしく恥ずかしがり屋のフガシがここまで自己主張をするのは今までの付き合いで初めてだった。このまま行けばオイランに身を堕とし真っ当な人生を送れないと諦めていた。だが今フガシの救いの手が伸びている。確かにリスクは有るかもしれない。だがタイガー・クエスト・ダンジョンだ。

 フガシと一緒なら何だって出来る!何にだってなれる!何よりフガシと離れたくない!

 

「うん!一緒にオキナワに行こう!こんな場所サヨナラだ!」

 

ーーーーー

 

 

 

「オキナワ行ったら暫く遊んで、それから仕事しなきゃだね。何やろうか?」

「喫茶店でも二人でやろうか。二人で色々メニュー作ったりしてさ」

「それなら任せて!アンコとバナナ、それにオキナワのマンゴーを使った凄いの開発するから!」

「アンコとバナナとマンゴーか、合うかな?」

「美味しいものと美味しいものと美味しいものを合わせれば美味しさは1000倍だよ。フーちゃんにこの算数が分かる?」

「わっかんな~い」

「ええ~」

 

 二人はオキナワでの今後の生活について楽し気に語る。見切り発車で決まったオキナワ行き、住むところすら決まっていない杜撰な計画。大人が聞けば妄想のように甘く非現実的な計画だった。だがアラレには明るい未来しか見えていなかった。

 アラレの胸中には両親が死んだことはすっかり消えていた。今はフガシとのオキナワでの生活への希望と期待で一杯だった。

 これは両親が死んだことへのショックを紛らわすために現実逃避しているのかもしれない。それでもこの気持ちは偽りでないと信じたい。

 その後二人はウシミツアワーを過ぎてもオキナワでの生活について語り合う。部屋の中には常に笑い声が響いていた。

 



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第九話 だいすき ずっと またね#5

◇スノーホワイト

 

「スノーホワイト=サン。」

「モシモシ、スノーホワイト=サン、今大丈夫?」

「大丈夫、それでどうだった?」

「今日は学校休んでるって。だから今日は無しで」

「分かった。じゃあね」

「じゃあね」

 

 スノーホワイトは通話を切るとIRC通信機を魔法の袋にしまい込んだ。今日は夕方ごろにアカツキジュニアハイスクールに足を運び、マエダイラ・アラレへのイジメの調査としてセンジョウメ・フガシに話を聞くつもりだった。実際のところ昨日まではフガシは調査の対象ではなかった。だが昨晩のドラゴンナイトの提案で行うことになった。

 

「スノーホワイト=サン、明日学校でセンジョウメ=サンを調べてほしいんだけど」

「センジョウメさん?マエダイラさんの友達の?」

 

 スノーホワイトは思わず聞き返す。フガシはアラレと一緒にイジメを受けていると聞いている。そのフガシが友達をイジメさせ、さらに自身もイジメを受けているというのは不自然だ。それはドラゴンナイトも同意見でフガシは調査の対象から除外していた。

 

「何か理由は有るの?」

「一応有るけど、あくまでもボクの直感でロジカルな理由はないよ」

 

 ドラゴンナイトは前置きを置きながら理由を話し始めた。

 

「まずセンジョウメ=サンのアトモスフィアが変わっていた。前は大人しくて奥ゆかしい人だったけど、最近は押しが強いと言うか傲慢と言うか、エゴが強くなったような気がする。それと同じ時期にマエダイラ=サンへのムラハチが始まった。それにセンジョウメ=サンはマエダイラ=サンを庇ってムラハチを受けているけど、全く応えていない」

 

 アラレはフガシが庇ってくれたことでイジメに耐えているが、それはフガシが一緒にいるから耐えられている様子だが、イジメを苦にしていないように感じていた。

 

「一見辛そうにしているけど、あのアトモスフィアはムラハチを何とも思っていないって感じだった。まさにのれんをプッシュだよ」

 

 確かにドラゴンナイトの言葉は証拠も何もない直感による判断だ。だからこそ頼ったのだろう。ドラゴンナイトの認識ではスノーホワイトのジツは質問に対してyesかnoを判断できるものと思っており、それを使いフガシを調べようと思ったのだろう。

 

「分かった。明日学校に行って調べよう」

「でもあくまでもボクの直感だからね、無理しなくていいよ」

「直感も論理的思考と同じぐらい重要だから軽視できないよ。あと他に何か気づいたことあるの?」

 

 スノーホワイトはさり気なく発言を促す。ドラゴンナイトから『フガシについて他に気づいたことがあるけど、言ったら嫌われそうで困る』という声が聞こえていた。

 

「いや、これはさっきの以上に気のせいだから、きっと間違えている」

「でも、そういった気のせいから真実が見つかることもある。これは小説の受け売りだけど」

 

 母親が子供に言葉を促させるような柔和な笑みを浮かべる。その言葉と表情に安心したのか、先ほど以上に前置きを置きながら語り始めた。

 

「少し前にセンジョウメ=サンの両親のオツヤがあって、それに参加したんだよ。図書委員でお世話になって知らない仲ではないから、行った方がいいかなって。それでセンジョウメ=サンが居た。そこで一見悲しそうにしていたけど、一瞬笑ったんだ。親が死ねば誰だって悲しい。ボクだって最近は色々有るけど、親が死んだら悲しくて絶対に笑う事なんてない」

 

 ドラゴンナイトの話を聞き整理する。ドラゴンナイトが見た光景が事実だとしたら異様だ。肉親が死んで笑うなど、よほどの憎しみを持っていなければ起きない。それを見て両親を殺したのではという突拍子もない疑念を抱いたのだろう。だがその疑念を確かめようと当人に聞くことはできない。それを聞くのは明らかに非常識だ。聞いた瞬間人格を疑われ、この世界ではムラハチにあってしまう。

 何よりそんな考えを浮かんだ事に自己嫌悪し、その考えを言うことで嫌われるのを恐れ、気のせいであると言い聞かせ、今まで言わなかった。それでもドラゴンナイトは打ち明けてくれた。それは信頼の証でもあり、スノーホワイトは嬉しかった。

 

 当日フガシから聞こうと思ったら学校を休んだ。これは偶然と捉えるか何かが起こっていると考えるべきか。スノーホワイトはファルがいる端末を取り出した。

 

「ファル、センジョウメ・フガシの住所を調べて」

「直接家に行くぽん?そんなに急がなくても学校に来てから調べればいいぽん」

「もしドラゴンナイトさんが言う事が全部本当なら放っておけない」

「分かったぽん。暫く待ってぽん」

 

 先ほどまではファルの言う通り直接話を聞けばいいと思っていた。だが学校を休んでいることを聞き後手に回っているような気がする。ここで先手を打って行動しなければならないと感じていた。数分後、端末からファルの立体映像が浮かび上がる。

 

「遅れてごめんぽん。住所以外にも調べていたから時間を食ったぽん」

「住所以外?」

「学校からフガシのデータを見たり、親の勤め先での情報とか、金の流れとか色々だぽん」

「それで何か分かったの?」

「簡潔に言うとフガシは家に居ないぽん。恐らくネオサイタマ・ステイションに向かっているぽん。購入履歴で3時間後のキョート行きの新幹線のチケットとキョートからオキナワ行きのチケットを2つ買っているぽん」

「今から行く、案内して」

 

 端末には自身の位置と目的までの位置が描かれた地図が表示される。スノーホワイトはビルの屋上まで駆け上がるとビルの屋上、看板などを飛び石にして目的地までの文字通り直進で移動を開始した。

 

「2人分のチケットを買ったと言っていたけど、もう1人は誰か分かる」

「もう一人はマエダイラ・アラレの名前で席を取っているぽん。それに不自然な点があるぽん」

「何?」

「行きのチケットは取っているのに、帰りのチケットを購入した履歴が無いぽん」

 

 仮に旅行に行くのなら行きのチケットと帰りのチケットは同時に買う。そうすれば手間を省けるので大概の人間はそうするはずだ。買わない理由があるとすれば、長期滞在か、帰るつもりが無い場合だろう。学校がある時期にオキナワへの片道切符を購入、しかも中学生2人だけで。これは明らかに不自然だ。これは話を聞く必要がありそうだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「忘れ物はない」アラレは玄関前で荷物を確認する。キャリーケースに大きなボストンバック。荷物は極力持たず必要最低限にしたがそれでも嵩張ってしまった。靴を履き扉に手をかけようとするが動きを止め後ろを振り向く。15年間暮らした自宅、ここなら目をつぶっても自由に移動できるだろう。

 

楽しいことも辛いこともこの場所で体験してきた。そんな場所から今日立ち去る。もうこの場所には帰ってこない。帰ったとしても何年も経っているだろう。その頃には家は親戚たちの物になっているか、売り払われている。未練は有る、だがネオサイタマに居ては明るい未来はない。未来はフガシと一緒に行くオキナワにある。

 

アラレは財布に入れていた栞を取り出す。だいすき、ずっと、またね。青い百合を見ながら2人で決めた花言葉を思い出す。フガシは大好きだ、そしてずっと一緒で、何かあってもまた会える。栞を財布に再び入れた「行ってきます。おとうさん、おかあさん」アラレはポツリと呟いて扉を開けた。

 

「お待たせ」玄関を出るとフガシが出迎える。フガシはアラレ以上に荷物を持っていた。「フーちゃんは欲張りだな。そんな荷物持って、」「これでも切り詰めたんだよ」「しかし、大人びたねフーちゃん。さすが私コーディネート」

 

アラレはフガシの姿を見て満足げな表情を見せる。紫のトップスに7部丈のパンツ、化粧も入念に施した。171cmの身長もあり、中学生には見えないだろう。「アーちゃんもカワイイよ」「これは私の趣味じゃないからね!」ピンク色のワンピースを重ね着した姿は153cmの身長もあり年相応、もしくはそれ以下に見えた。

 

「これなら大学生とその親戚の中学生に見えるはず」アラレは自身とフガシの姿を見て頷く。アラレは中学生っぽい2人がキョートに行くのは怪しまれるから変装しようと提案する。結果身長が高いフガシを大学生風のコーディネートをすることになる。

 

「忘れ物はない、パスポートとチケット持った?」「さっき確認したから大丈夫。それよりちょっと子供扱いしてない?」「だって私は大学生のお姉さんでしょ。形から入らないと」「何~?本当はフーちゃんの方が忘れっぽいくせに。小6の遠足でもお弁当忘れて、あたしのお弁当半分こしたでしょ」

 

アラレはじゃれつくように飛びつくフガシの脇を擽る。フガシは防ぐように体をクネクネさせた。一頻りじゃれ合うと仕切りなおすようにフガシが呟く。「じゃあ、行こうかオキナワに」「うん」アラレは思い出をかみしめるように頷き、歩き始めた。

 

2人は電車に乗り継いでサイタマ・ステイションに向かう。向かう途中で駅員や鉄道警察に見つかることを危惧していたが、変装の効果もあったのか特に声を掛けられることなく、発車時刻1時間前にはサイタマ・ステイションに到着した。

 

2人は駅内のフードコートにあるタタミに座り込む。電光掲示板には「前もってチェックイン」「乗り遅れたのはお客様の責任」など前もっての行動を促すメッセージが流れていた「早く来すぎた。もう少し遅く出発すればよかったね」「遅延があって乗れないのが最悪、だから早く出発するのはリスク管理だよ」「それもそうだね」

 

2人は発車まで1時間あるので、このフードコードで時間を潰すことにした。辺りを見渡すと出張に行くであろうサラリマン達がペコペコと頭を下げながら電話している。アトモスフィアからして同じカチグミ・クラスに乗るのだろう。週末なら家族連れもいるが、今日は平日なせいかサラリマンが多い。

 

「そういえば昼ご飯どうする?」「ここで食べようか」「だったら駅弁のギュウメシ弁当食べよう!あれ一度食べてみたかったんだよね」「別にいいよ」「よし、ちょっと買ってくる」アラレは小走りで売店に向かって行きその姿を見送った。フガシは今後のことを考えながら辺りを見渡す。男性がこちらに向かってくる。

 

コートを着た30代ぐらいのドラマに出てくるデッカーのような男、男はフガシの対面に座った。「ドーモ、学校はどうしました?」「今日の講義はありません」「中学生だよね。化粧しているけどすぐに分かる。長年の勘ってやつかな」デッカー風の男はフレンドリーな笑みを浮かべながら問い詰める。

 

マッポにバレたのか?だとしたらマズい。これからどう対処する。フガシはニューロンを働かせながら会話する。「家出でキョートの親戚の家で向かいます。家出するのは罪ですか?捕まえる権利は有るのですか?」「これまた手厳しい」デッカー風の男はでこを叩き愛想笑いを浮かべる。「家出では捕まえられません。ただ」

 

デッカー風はフガシの肩を叩き耳元で囁く。「それ以外では捕まえられるのですよ。ねえ、親と友達の親を殺したセンジョウメ・フガシ=サン」フガシは目を見開きベンチから立ち上がった。「ドーモ、はじめまして、ファルコンクローです」ファルコンクローは満足げに笑う。

「ドーモ、ファルコンクロー=サン。ブルーリリィです」ブルーリリィは口元を覆う赤色の花柄のマフラーと、赤色のドレス風のシノビ装束を生成しており、本能的にアイサツした。

 

◇ブルーリリィ

 

 センジョウメ・フガシは願った。アラレと昔のように仲良くなるために何かが起こって欲しいと。自分ではなく周りの環境が変化することで事態が好転することを強く願った。他の者は願いの為に何故自分から行動を起こさないと言うかもしれない。環境が変わるのを待つ、誰かが助けてくれるのを待つ。他力本願。それがフガシの生来の気質だった。この気質は変えようと試みたが15年間変えることができなかった。

 そして願いが通じたのかフガシの環境に劇的な変化が起きた。フガシはブルーリリィに、つまりニンジャになったのだ。ブルーリリィは大いに喜んだ。これでアラレと昔のように仲良くなれる。そんな根拠のない自信を抱いていた。

 しばらく経ってニンジャについて色々なことが分かった。まずは超人的身体能力を持っていること、ジツと言われる特殊能力を持っていること。ブルーリリィのジツはヒュプノ・ジツの一種であり、ジツにかかった意識を与えることなく相手を意のままに操ることができる。ブルーリリィはこのジツを使いアラレと仲良くなるための計画を立てた。

 まずクラスのクイーンビーにジツをかけてアラレをムラハチさせるように仕向けた。アラレの心身を追い込み、限界寸前のところでアラレを庇う。そして2人でムラハチを受ける。ムラハチという辛い体験を共有することで連帯感が生まれ、そしてムラハチという地獄でブルーリリィの存在がどれだけ重要かを認識させ依存させる。

 そしてブルーリリィの目論見通りアラレは依存するように以前以上に好意を寄せていた。好きな人を傷つけ追い込み助けるというマッチポンプ。センジョウメ・フガシならできなかった。だがブルーリリィは躊躇なく実行した。

 

 中学でアラレと仲良くできなかったのは環境のせいであり、今までは間違いだった。ならばニンジャの力で環境を正しく変える。ブルーリリィにとってこれらの行為は当然だった。ニンジャとなったブルーリリィは自分の欲望の為に他者を傷つけることに一切の忌避感を持たなくなっていた。

 ムラハチされている時は幸せの絶頂だった。アラレが庇ってくれる、笑いかけてくれる、甘えてくれる。それらの感情を全て自分に見せてくれる。もっと独占したい、もっと依存させたい。アラレさえ居れば他の人間などいらない!ブルーリリィの行動はさらにエスカレートしていった。

 

 まず両親をジツで自殺させた。両親が唐突に死んだ可哀そうな少女。そんな少女をアラレは慰めて優しくしてくれるだろう。

 目論見通りアラレは自分の境遇を悲しみ背一杯慰め優しくしてくれた。あの表情を思い出すだけで今でもゾクゾクする。これだけの為に両親を殺す価値は十分にあった。最近は喧嘩ばかりで不快にさせられていた。存在自体が目障りであり始末するのに丁度良かった。両親も娘の幸福のために死ねたのだから喜ぶだろう。

 アラレの両親も同じように自殺させた。両親を自殺で失ったという悲しみが2人を強く結びつけ、さらにアラレを依存させられる。元は言えばアラレの両親の教育方針のせいで仲を引き裂かれたのだ、当然の報いである。そして絶望の淵にいるアラレにそっと呟く。

 

――――オキナワで暮らそうよ

 

 全てを失い未来が閉ざされたアラレにとって縋る相手はブルーリリィしかいない。アラレはあっさりと提案に乗った。だがこの計画自体は前もって計画したものではなく即興で思いついたものだった。ブルーリリィはすぐさま行動に移った。

 

 当面の問題は資金調達だ。アラレには親がトミクジを当て3億手に入れたと言ったが出まかせだった。アラレは3億有るからこそ計画に乗ったという面もある。早急に調達しなければならなかった。

 ブルーリリィはここでもジツを使って資金調達を行った。夜な夜な街を歩いてはサラリマンを見つけるとジツを使って限度額いっぱいまで預金口座から金を下ろさせ、さらに闇金などに限度額一杯まで金を借りさせ、その金を回収した後自殺させた。一応操られたという記憶はないみたいだが万が一ということで殺しておいた。

 それを数回繰り返し親の年収数年分の金を調達することに成功した。3億には程遠いがこれぐらいあれば暫くはオキナワで暮らせる。後はオキナワで同じように金を得れば問題ない。ブルーリリィにとって人は歩くATMだった。

 

 全ては順調に行き何の憂いも無いはずだった。だが目の前には真相を知るファルコンクローという男がアイサツする。その瞬間本能的にブルーリリィとアイサツしてしまった。何が起きている?ブルーリリィはファルコンクローの一挙手一投足を観察し様子を伺う。

 

「ニンジャに会うのは初めてかブルーリリィ=サン?」

 

 ファルコンクローはニタニタと笑いながらブルーリリィを見つめる。その瞳には妙な熱が帯びていた。

 

「親と友達の親を殺してオキナワにバカンスか、良い身分だ」

「私が殺した?両親は自殺です。マッポの検死結果でもそう判別されました。貴方もデッカーなのに知らないの?」

「そうだ殺したんだよ。ジツを使って自殺させた」

「自殺させた?何言っているの?デッカーを休職して自我科に行った方がいいと思います」

「自我科?オイオイ、本当は俺が正常だっていうのは分かってるんだろう?」

 

 ブルーリリィは思わず唾を飲み込む。どうやってかは知らないが完璧に手口を把握されている。だが証拠はない。証拠がなければ捕まえられない。まだ有利だ。動揺が体に出ないように抑え込もうと抵抗する。その様子が面白いのか饒舌になっていく。

 

「マツダ・ダイゴ、フワ・シンゾウ、ニシカワ・タゴサク。この名前に覚えは無いか?」

「知りません」

「自殺した。いやお前がジツで自殺させた人間の名だ。覚えていないのも無理はない。そこにアマクダリの構成員のモータルが居たわけだ。何であんな場所に居たのか知らないが運悪くお前に殺された。それで上から調査しろと言われて自殺現場を調査したり、金の流れを調べていくうちに辿り着いたというわけだブルーリリィ=サン」

 

 ファルコンクローはブルーリリィに顔を近づけて直視する。ブルーリリィはあくまでも平然を装う。だが鼓動は平常時より速く脈打っていた。口封じしたのが完全に裏目に出た。思わず内心で舌打ちする。

 

「面白いジョークです。マッポはこれを信じたんですか?」

「一つ勘違いしているが俺はマッポじゃない。アマクダリという組織の者だ。本当なら処分するところだが、俺の口利きで命を助けてやらないこともない。ここじゃ何だ、別のところで話し合おう。勿論ついてくるよなブルーリリィ=サン?」

 

ブルーリリィは無言で頷いた。

 

ーーーーーーー

 

「ここでいいか」ファルコンクローとブルーリリィは男性トイレに入っていく。その二人を見て用を足していた男性は思わず凝視する。女性が平然とエントリーしてきた?これから如何わしい行為でもするのか?男性は視線を逸らす。ファルコンクローは男性の後頭部を掴み立ち便器に叩きつけた。「アバーッ!」男性は額の骨が割れ即死!ナムサン!

 

ブルーリリィは死体となった血まみれの男性を冷ややかな目線で見下ろす。人が死んだというのに何一つ感じるものはなかった。ブルーリリィはトイレの奥に進みファルコンクローは入り口を背にするように立ち話を始める。

 

「それで話だが、二つの条件を飲めばアマクダリに殺されないようにしてやる。一つは俺の下でアマクダリの構成員として働くことだ。お前のジツは有用だ。俺がブレインとなれば色々とでき金も稼げる」ファルコンクローは人差し指を立てる。

 

「センジョウメ・フガシ。アカツキジュニアハイスクール三年、文芸部所属、以前はメガネをかけていたが、ニンジャになったことで視力が上がり、メガネを外す。これは俺と同じだ」ファルコンクローはブルーリリィについて話し始める。その声と見つめる目線には粘着質な情念を帯びており、ブルーリリィの体に寒気が駆け巡る。

 

「俺はナードっぽいメガネをかけた女が好みでな、今まで他の女と付き合っていたりしたが、どうもしっくりこなくてな。だがブルーリリィ=サンは実際マブで理想的なメガネナード女子だ。つまりファックフレンドになれってことだ。これがもう一つの条件だ!」

 

ALAS!特殊性癖!ファルコンクローは学生時代黒髪のメガネをつけた少女と付き合っていた経験があり、それが忘れられずメガネをつけた黒髪の少女しか欲情しないようになっていた!「まずは髪を三つ編みにしろ!そして図書室でファックだ!」ファルコンクローは目を血走らせ呼吸が荒い!ブルーリリィは好みに完全に合っていた!

 

「死ぬのはアンタだ!イヤーッ!」ブルーリリィはジツをファルコンクローに向ける。ブルーリリィはここに来たのは話を聞きに来たわけではない。始末しにきたのだ。真相を知っているファルコンクローを生かすつもりはない!「ここがオブツダンだ!死ね!ヘンタイ!死ね!」

 

ブルーリリィは親やアラレの両親にジツをかけた時は全力を出す必要がないと感じ手加減していた。だが今は違う。初めて出す全力だ。その結果何が起こるかブルーリリィも分からない。「グヌゥ……」ファルコンクローは思わず膝をつき自らの手を首にかける。

 

自殺しろと命令を送った。精々惨たらしく死ね。ブルーリリィは無意識に嗜虐的な笑みを浮かべていた。しかし数秒経っても自殺する気配はない。それどころか立ち上がりブルーリリィとの距離を詰めより首を掴み組み伏せた。「ンアーッ!そんな……」「モータルを殺せても……ニンジャをジツで殺せるわけないだろ……ニュービーが……」

 

ブルーリリィのジツ破れたり!?何故ジツが通用しなかったのか?それはカラテ差である!ニンジャのジツは無敵ではなく、相手にカラテがあれば通用しない。ブルーリリィが殺してきたモータルとニンジャとではカラテの差はムーンとトータス。ジツが利く道理はない!

 

ファルコンクローは目を見開き声を震わせながら首を絞める。一方ブルーリリィも動揺と驚愕で目を見開く。あり得ない。このジツを使えば全てが思い通りだった。何故従わない!?ブルーリリィの意識は徐々に薄れていく。「イヤーッ!」ブラックアウトする前に渾身の力で首を絞める手を振り解き距離を取る。

 

「ゲホ!ゲホ!ゲホ!」首に手を当て嘔吐きながらファルコンクローを睨みつける。ジツを使って殺せなかったのは初めだ。ブルーリリィに動揺が駆け巡る。だがすぐさまマインドセットする。ジツで殺せないなら、ジツとカラテで殺す!ブルーリリィは再びジツをかける。ファルコンクローは膝をつけ動きを止める。

 

ジツで動きを止めカラテで殺す。これがブルーリリィの導き出したプロセスである。目の前の相手を殺さなければアラレとのオキナワでの輝かしい未来は訪れない。決断的な殺意を秘めながら一歩一歩近づいていく。ブルーリリィは膝をつくファルコンクローの前でボトルネックカットチョップの構えをとる。

 

以前チョップの威力を試した時は学校の机が粉々に砕けた一撃だ。ニンジャといえど受ければ只で済まない。「イヤーッ!」ブルーリリィは渾身の力を込めてチョップを放つ。ファルコンクローの首が飛びシャンパンめいて血が噴き出るイメージがニューロンに浮かぶ。

 

「ダメだ。メガネナード女子はそんな野蛮なことはしない……」ファルコンクローの首は飛んで……いない!ブルーリリィのチョップは首に数センチ前で止まっている。ファルコンクローが手首を握り攻撃を防いでいた。「ピストルで腕を吹き飛ばしても良かったが、欠損は趣味じゃない」ファルコンクローはブルーリリィの二の腕と肩を指で突き手を離した。

 

ブルーリリィは反射的に後ろに下がり間合いを取った。「ジツで動きを止めたところでニュービーのカラテが当たるわけはないだろう」ファルコンクローはゆっくりと立ち上がる。ブルーリリィは再びチョップを繰り出そうとするが異変に気付く。右手が動かない!?右手はだらりと下がり墓石めいて動かない。

 

さらにジツも上手く使えていない。そのせいかファルコンクローは平然と立ち上がっている。ブルーリリィは不可解な現象に動揺する。その動揺をファルコンクローは見逃すことなく、間合いを一気に詰めブルーリリィの右脹脛と太もも、左脹脛と太もも、左肩と二の腕を指で突いた。その瞬間糸が切れたジョルリめいて崩れ落ちた。

 

「何をしたの?」「さあ?ただセクトにも申告していない特技と言っておこうか、俺の下につき、ファックフレンドになれば教えてやろう」「やだ、上にも下にもつかない、私はアーちゃんの隣につく」「そうか」ファルコンクローはブルーリリィを持ち上げると個室の便器に座らせて、自身も個室に入り鍵を閉めた。

 

「俺は強引にするのは趣味じゃない、自分の意志でファックフレンドになってもらいたい。なってくれるか?」「イヤだ、ヘンタイ!」ブルーリリィは明確に拒絶の意志を示す。手足は自由に動かせず、ジツも使えない。絶望的な状況であるがブルーリリィの意志は挫けていない。「これでも?」「ンアーッ!!!」ファルコンクローが体を軽く突いた瞬間激痛が走り悲鳴を上げる。

 

「おっと、周りに迷惑だ」ファルコンクローは喉元を軽く突く、ブルーリリィの悲鳴は止まる。叫ぼうにも声が全くでない。「本当はこんなインタビューはしたくない。ファックフレンドになれば痛みから解放してやる。さあ、首を縦に2回振れ」ブルーリリィは涙を浮かべながら首を横に振った。

 

この男に下につき汚されたらもう二度とアラレの傍に立てない。アラレとオキナワで暮らす明るい未来を想像しながら反抗の意志を繋ぎとめた。ファルコンクローはその様子に若干の苛立ちを見せながら体を軽く突く。ブルーリリィの体にさらなる激痛が走り、唯一自由に動く首をヘッドバンドめいて動かす。

 

「俺の下につき、ファックフレンドになれ」ブルーリリィは激痛に悶え苦しみながら首を横に振る。ファルコンクローは体を軽く突いた。「俺の下につき、ファックフレンドになれ」ブルーリリィは激痛に悶え苦しみながら首を横に振る。ファルコンクローは体を軽く突いた。「俺の下につき、ファックフレンドになれ」ブルーリリィは激痛に悶え苦しみながら首を横に振る。

 

「強情な女だ」ファルコンクローは見下ろしながらポツリと呟く。ブルーリリィはインタビューに耐え続け、気絶していた。メガネナード女子は奥ゆかしく大人しく従順でなければならない。インタビューに耐えて気絶するような意志の強さは必要ない。このままカイシャクしようと足を上げたがゆっくりと足を下ろす。

 

ブルーリリィは経歴といい容姿といい実際理想だ。性格はこれから矯正すればいい。「さてどうしようか」どのように自分好みにするか妄想する。「コンコン」だがその妄想はノック音で邪魔される。「すみません。漏れそうなんです。出来るだけ速く出てくれませんか?」

「うるせえ!他の場所を使え!もしくはそこで漏らせ!」ファルコンクローは声を荒げる。

 

良い気分だったのに邪魔された、今すぐ殺す。扉を開けようと振り返ろうとする、その時だった「違うな、これから失禁してオヌシが漏らすのだ」扉の向こうからジゴクめいた声が聞こえてきた。

 

CRASHH!突如扉に穴が開き穴から手が入る!その手は個室のスライド鍵に触れ扉の鍵を解錠したではないか!扉が開き犯人が現れる!ファルコンクローは驚愕で目を見開き思わず声を上げた。「お前は!?」「ドーモ、はじめましてファルコンクロー=サン。ニンジャスレイヤーです」

 



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第九話 だいすき ずっと またね#6

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ファルコンクローです」「イヤーッ!」ファルコンクローのアイサツからコンマ03秒、ニンジャスレイヤーはパンチを繰り出す。アイサツ終了後は隙が生じやすい、突然のエントリーで少なからず動揺しており、ニンジャスレイヤーはその隙を見逃さなかった。

 

ファルコンクローは辛うじて防御するが、態勢が不十分で思わず後ろに下がる。ニンジャスレイヤーは間合いを詰めるように個室に侵入し、個室の鍵を閉めた。「貴様!何故ここにいる!?」「何故ここにいる?アマクダリのニンジャで、女子中高校生の連続カラテ拉致監禁犯のオヌシを見逃すと思うか?オメデタイ頭だ」

 

ニンジャスレイヤーは侮蔑的に言う。ファルコンクローは女子中高校生をカラテ拉致監禁し、アジトで研修。そして気に入らない或いは飽きると拉致した女子中高校生を殺害、それか闇カチグミに売り飛ばし私腹を肥やしていた。何と言う邪悪行為!「そこの女性もオヌシの雛人形にするつもりだったろうが、それは出来ぬ。続きはジゴクでやれ」

 

ニンジャスレイヤーはブルーリリィを一瞥する。(((グググ。あの小娘にはバビロン・ニンジャのソウルが宿っておる。中々のキンボシ。速く殺せフジキド!)))ニンジャスレイヤーに宿るナラク・ニンジャが囃し立てる。当初はモータルの少女を攫ったと思ったがニンジャだったか。すぐさま状況判断し、ナラクの声を無視しファルコンクローに視線を向ける。

 

「ここでは得意の玩具は使えんだろう。ここがオヌシのオブツダンだ」ニンジャスレイヤーはファルコンクローを調べ上げ、改造デッカーガンを使用していることを知っていた。ピストルは遠距離では脅威だが、このようなショートレンジでは只の置物にすぎない。フーリンカザンはニンジャスレイヤーにある。

 

「フフフ、玩具か」ファルコンクローは不敵に笑う。「イヤーッ!」人差し指と中指を立てた突きを心臓に繰り出す。ニンジャスレイヤーは腕を掲げ防ぐ。指とブレーサーがぶつかり金属音が響く。「ブレーサーか、運がいいなニンジャスレイヤー=サン。それが無ければお前の腕は死んでいた」両手の人差し指と中指を針のように伸ばし構えを取る。

 

「組織に属しても奥の手は持っておくものだ。デッカーガンは謂わばデコイ!デッカーガンを使うカラテ弱者と見せかけ油断させ、カラテで殺す!これがセクトにも秘密にしている奥の手だ!」ファルコンクローは勝ち誇るように宣言する。「フーリンカザンを得たと思ったか?バカめ!ここは俺のフーリンカザンだ!」

 

(((愚かなりフジキド。奴はキンナ・ニンジャのグレーター、そしてあれはテンケツ・カラテ。テンケツと呼ばれる急所を突き相手を行動不能にさせ破壊する。非力なキンナ・ニンジャが戦えるように編み出したカラテ。所詮力なきものが編み出した児戯。儂ならば……)))(黙れナラク)(((あのサンシタが言うように実際不利だ。テンケツを突かれるな)))

 

「イヤヤヤヤヤヤッー!」ファルコンクローはニンジャスレイヤーに目掛けマシンガンめいた突きを繰り出す。ニンジャスレイヤーはその速さに攻勢に回れずブレーサーでの防御に専念させられる。ニンジャスレイヤーとファルコンクローが戦っている間合いは腕を満足に引き威力を出せないショートレンジ、この間合いではワンインチカラテを強いられる。

 

そしてテンケツ・カラテはテンケツを突けば僅かな力でも効果を発揮する。ワンインチカラテの打撃より力が要らず速く手数を増やせる。この間合いはテンケツ・カラテを最も生かせる間合いだった!「どうしたニンジャスレイヤー=サン!攻撃しないのか!イヤヤヤヤヤヤヤッー!」

 

テンケツは無数に存在し、そこを突けば激痛で動きが止まり、その隙で更なるテンケツを突き、動きを止められ、最後は破壊する致命的なテンケツを突く。一発でもテンケツを突かれればピタゴラスイッチめいて状況の隙が大きくなり死を迎える。何たるアドバンスド・ショーギ名人の詰めめいたカラテか!

 

ニンジャスレイヤーもそれを理解しており、細心の注意を払い攻撃を防御する。だが攻撃しなければ勝つことはできない、このままではジリープアー(徐々に不利)であり、いずれ集中力が切れ攻撃を受けてしまうのは必至だ!「イヤーッ!」ファルコンクローの突きがニンジャスレイヤーの両肩に刺さる!

 

ニンジャスレイヤーの腕がダラリと下がる。これはテンケツが利いた。これで防御不可能だ!「これで終わりだ!ニンジャスレイヤー=サン!イヤーッ!」右手は心臓に、左手を喉仏に向ける。ここは数あるテンケツ中でも最も殺傷能力が高い場所だ、この二つのテンケツを突かれれば死は確実である!

 

「グワーッ!」ファルコンクローの指はテンケツを突いて……はいない!人差し指と中指は割り箸めいてへし折れている!「バカな!何故動ける!」激痛に耐えながら壁に持たれこみ困惑の目でニンジャスレイヤーを見つめる。読者の皆様の中にニンジャ動体視力の持ち主が居られれば一部始終を目撃出来ていただろう!

 

ファルコンクローの指がテンケツに刺さるその瞬間!ニンジャスレイヤーは人差し指と中指で横から挟み込み、そのままニンジャてこの原理で指をへし折ったのだ!ゴウランガ!何というワザマエ!かつてミヤモト・マサシは箸で飛んでいるハエを掴んだという逸話があるが、それを遥かに凌ぐワザマエである!

 

「何故だ!両肩のテンケツに刺さったはず!?まさか貴様!?」ファルコンクローのニューロンは答えを導き出す。テンケツ・カラテは繊細な技であり、少しでもテンケツから外れると効果は劇的に薄れる。そして相手の筋肉が厚いとテンケツに届かず効果が薄れる。

 

ニンジャスレイヤーはテンケツを受ける瞬間に肩を数ミリほど動かし、瞬間的にパンプアップさせ敢えて攻撃を受けた。これによりテンケツは完全に突けずニンジャスレイヤーは腕を動かせる状態だった。だが相手の油断を誘うためにあえて動かせないふりをしていたのだ!

 

手ごたえに違和感はあった。だがニンジャスレイヤーの様子を見てテンケツを突けたと思い込んでしまった。「大した奥の手だ、ファルコンクロー=サン」「グヌーッ」ファルコンクローのニューロンは後悔で染まる。カラテ不足だ。普段からテンケツ・カラテを使用していればこんなミスは起こさなかった。インガオホー!

 

「モータルを己の欲のために一方的に踏みにじる卑怯者にふさわしいカラテだ。その自慢の技は随分とナマクラのようだな。腕はこのように動かせる」ニンジャスレイヤーはファルコンクローの右指を全て掴み一気にへし折る!「グワーッ!」「左手も動かせるぞ」「グワーッ!」左指を全て掴み一気にへし折る!

 

「インタビューの時間だ、ファルコンクロー=サン。アマクダリについて喋ってもらおう」ニンジャスレイヤーは首を掴み持ち上げると壁に押し付ける。「知らない!何も知らない!俺は只の下っ端だ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムサン!ニンジャスレイヤーの目突きでファルコンクローの右目を摘出!

 

「私もオヌシのカラテの真似事は出来る。もう片方の目を潰されたくなければ喋れ」「知らない!本当に知らない!」ニンジャスレイヤーは様子を観察する。目の前の相手は何も知らない。何人ものアマクダリニンジャも同じような反応をしていた。アマクダリは狡猾だ。下っ端からは組織を辿れないようになっている。

 

「ハイクを詠めファルコンクロー=サン」「俺の嗜好、生まれ変わっても、変わらない」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは首をへし折り、鍵を解錠しファルコンクローを個室の外に投げた。「サヨナラ!」ファルコンクローは爆発四散!ニンジャスレイヤーはファルコンクローの爆発四散跡を確認すると、便座に座る視線をブルーリリィに向けた。

 

だがその視線はすぐに別の場所に向けられる。背後を振り向くと十代のピンク髪の少女が立っていた。その人物は徐にアイサツする。「どーも、ニンジャスレイヤーさん、スノーホワイトです」

 

 

◇スノーホワイト

 

 スノーホワイトはネオサイタマ・ステイションの入り口を見上げる。この世界ではキョートは国内ではなく海外だ。自分の世界では成田空港のようなものだろう。中に入ってみるとそれに相応しく、豪華な内装と広大な広さであり人の数もネオサイタマで訪れた場所で一番多かった。残り1時間でフガシとアラレを探すのは魔法少女でも苦労するだろう。

 

「ファル、監視カメラの映像をハッキングして顔写真から判別できない?」

「やってみるけど、結構時間かかるぽん。スノーホワイトの方が早く見つける可能性が高いぽん」

 

 ファルのハッキング能力に期待したが、そこまで万能ではないか。ここは地道に足で探す。スノーホワイトは困った声が聞ける魔法が使えるので、他の魔法少女より人探しに向いている。

 気を取り直して魔法を使う。頭の中に大量の雑多な声が聞こえてくる。声を一つ一つ吟味していく。『早くトイレに行かないと漏れて困る」等普段で有れば手助けする声も聞こえてくるが、今はフガシの方を優先しなければならない。心の中で謝りトイレに間に合うことを祈りながらフガシの声を探索する。

 

(((オキナワに行けないと困る!アーちゃんとオキナワに行けないと困る!)))

 

 スノーホワイトの脳内に声が響く。オキナワ、そしてアーちゃん。ドラゴンナイトからフガシは友人のアラレをアーちゃんと呼んでいると聞いている。これは当たりだ。魔法の精度を高め場所を特定しようとするが声は途切れる。

 意識を失ったか、意識を失うなど普段ではそうそう無い。有るとしたら何かしらのトラブルに巻き込まれた場合だ。急がなければ、正確な場所は把握できなかったが大雑把な場所は把握できた。とりあえずそこに向かう。声が聞こえた場所に向かおうとするが思わず足を止める。

 

(((ニンジャを殺せないと困る!)))

(((ニンジャを殺せないと困る!)))

 

 この異常な困った声は間違いない。こんな物騒で殺意に満ちた声を発する人物は知る限りでは一人しかいない。ニンジャスレイヤーがここに来ている。何のために?まさかフガシはニンジャで、何かしらの理由で殺しに来たのか?

 そしてもう一人ニンジャスレイヤーのような異常者が居る。何者だ?スノーホワイトはニンジャスレイヤーと謎の異常者の声に耳を傾ける。その声はフガシの声が聞こえた場所に近づいていた。

 スノーホワイトはすぐに声が聞こえた場所に向かう。全力を出せば一分程度あればたどり着くが、こんな往来で全力を出して移動すれば確実に目立つ。目立たないように人間の走り程度の動きで移動する。

 その間にニンジャスレイヤーの声に耳を傾ける。相変わらず物騒な声を発しているがもう一人居るようで『ニンジャスレイヤーに遭遇して困る、殺されたら困る』という声が聞こえる。声からしてフガシではなく、別の人物だ。

 移動するにつれ声は大きくなり場所も正確に分かってくる。300メートル先のトイレだ。二人の声はまだ聞こえてくる。数秒後トイレに入ると思わず目を細める。男性が血まみれになっている。この様子だと既に死んでいる。

 その直後サヨナラという叫び声と爆発音が聞こえてくる。これはマウンテンストームが死んだ状況に似ている。ということはニンジャが一人死んだということだ。ニンジャスレイヤーか、別のニンジャか、それともフガシがニンジャだったのか?

 スノーホワイトは周囲を見渡す。一番奥のタイルと壁に爆発跡、そして個室の扉が破壊されている。破壊された扉の個室の中にはニンジャスレイヤーとフガシがいた。

 

「どーも、ニンジャスレイヤーさん、スノーホワイトです」

 

 とりあえずニンジャに会ったら挨拶をする。それがニンジャの常識であり敵意が無いことを示すことになる。

 

「ドーモ、スノーホワイト=サン、ニンジャスレイヤーです」

 

 ニンジャスレイヤーも返礼するように挨拶する。スノーホワイトはニンジャスレイヤーの様子を観察する。ここにはニンジャスレイヤーしか居ない。だが声は依然二人だ。誰かが潜んでいると考えたが、それも違う。謎の声はニンジャスレイヤーと同じ場所から聞こえていた。こんなケースは初めてだ。スノーホワイトは訝しみながら様子を観察する。

 ニンジャと勘違いされて攻撃される可能性があり、対応されるように全神経を集中させる。ニンジャスレイヤーは挨拶を終えるとスノーホワイトを見据える。相手も何故自分が居るのかと多少戸惑っているようだった。場の主導権を握ろうと問いかける。

 

「そこの男性は誰が?」

「私が入った時には死んでいた。ファルコンクロー=サンが殺したのだろう」

「そのファルコンクローさんは?」

「今しがた殺した」

 

 ニンジャスレイヤーは平然と答える。目の前の相手は謎が多い、ニンジャスレイヤーと物騒な名を名乗り、ニンジャに対して強迫観念のように殺せないと困ると声を発し、ニンジャを殺したと平然と言い放つ。何故ニンジャを殺すのだろうか?ニンジャに対して個人的恨みがあるのだろうか?

 

「オヌシは何故ここに居る?」

「ある人を探していて、その人がここに居ると分かったので、ここに来ました」

「それはファルコンクロー=サンか?」

「違います。そこにいるセンジョウメ・フガシさんを探していました」

「そのニンジャをか?」

 

 ニンジャスレイヤーはフガシを一瞥する。ニンジャスレイヤーの判断が正しいとすればフガシはニンジャか。だがフガシがニンジャだとしても、アラレのイジメや両親の死に対する関与しているかは分からない。改めて魔法で聞く必要がある。スノーホワイトは便器に座り気絶しているフガシを担ぎ上げた。

 

「その娘をどうする?」

「別の場所に移して、話を聞きます」

 

 ニンジャスレイヤーは特に邪魔することなくスノーホワイトの様子を見ている。一つの心の声で攻撃する意思は無いと分かっている。だがもう一つの声は『金星を殺せなくて困る』とけたたましく騒いでいる。ニンジャスレイヤーは行動する気はないようだが全神経を集中させながら移動する。すると肩にモゾモゾと動く感触が伝わってくる。スノーホワイトはフガシの体を壁に寄り掛からせ意識が覚醒するのを待った。するとフガシは目を開く。

 

「どーも、センジョウメ・フガシさん、スノーホワイトです」

「ドーモ、はじめまして、ニンジャスレイヤーです」

「……ドーモ、スノーホワイト=サン、ニンジャスレイヤー=サン、ブルーリリィです……あいつは!?」

 

 ブルーリリィは起き上がろうとするが上手く起き上がれず、横に倒れこむ。ファルコンクローにテンケツを突かれており、歩ける状態ではなかった。スノーホワイトは体を起こし元の状態に戻しながら答える。

 

「その人はもうここにはいません」

 

 あいつとはニンジャスレイヤーが殺したファルコンクローのだろう。死んだと言っても警戒されそうなので伏せておく。その答えを聞きブルーリリィは安堵の様子を見せる。その瞬間を見逃さずスノーホワイトは質問をした。

 

「マエダイラ・アラレ=サンがムラハチを受けている件で何か関与していますか?」

 

 単刀直入に聞く、この質問なら関与しているならば何かしらの困った声が聞こえてくる。スノーホワイトの魔法では虚偽は通用しない。次にフガシの両親の通夜で笑みを浮かべたことを聞く、悲しさのあまり動揺して笑ってしまったなら、それでいい。

 だが親が死んで嬉しいほど仲が悪かった。あるいは親を始末できて嬉しかったのから笑った。嫌な想像がスノーホワイトの脳裏に過る。

 

「アーちゃん……アーちゃん!アーちゃん!」

 

 フガシは錯乱したようにアラレの名前を大声で呼び、鬼のような形相を浮かべ目が発光する。その瞬間スノーホワイトは膝をついた。

 

◇ブルーリリィ

 

 気づけばブルーリリィの意識は宇宙空間のような場所に彷徨っていた。上も下も右も左も果てしない闇が続く、分かるのは現実の空間ではないということだ。

 そんなことより何とかしないと!ファルコンクローを殺さないと!

 意識は現状の分析からファルコンクロー打倒へ向ける。ジツも通用しない、体も満足に動かせない。だが殺さなければならない。すると下のほうに光が見える。ブルーリリィは吸い寄せられるように光源に向かって行く。そこは部屋だった。

 見た瞬間違和感を覚えた。この部屋に見覚えがあるとも言えるし、見覚えが無いとも言える。普通なら見たことあるか無いかの二択だが、どちらとも取れる間取りだった。しばらく考え込むと違和感の正体が分かった。

 この部屋は自分とアラレの部屋が混じったものだ。ベッドは自分の部屋の物で、カーテンはアラレの物だ。間取りも二人の部屋が混じったようなものになっている。二つの部屋は知っているが、それが混じると見たことないものになる。それが違和感の正体か。

 すると部屋の中央に人の形をした影が現れる。それは何故か女性であることは分かっていた。

 

「ドーモ、センジョウメ・フガシです。貴女が私の中に居るニンジャね?」

 

 フガシの答えに影はコクリと頷いた。

 

「単刀直入に言う、力をもっと頂戴!ファルコンクローを殺さないとアーちゃんとオキナワに行けない!私には分かる。貴女はもっと力を持っているって!この通り」

 

 フガシは土下座して頼み込む。土下座はネオサイタマに住む人間には最大限の屈辱で有り、胸中には恥辱で溢れているがアラレと過ごすために恥辱に耐えた。影はフガシに土下座をやめるように促し、首を横に振った。

 

「どうして!?宿主の私がピンチなんだよ!私があのヘンタイにファックされるってことは貴女もファックされるってことだよ。最悪死ぬかもしれない、死んでもいいの!?」

 

 フガシは影の肩を握りしめ頼み込むが、影は首を横に振るばかりだった。

 

「なら力づくだ!イヤーッ!」

 

 影を押し倒すと馬乗りになり顔を掻きむしる。影も反抗するようにフガシの顔をかきむしり、髪の毛を引っ張る。そこからは引っ掻き、噛みつきなど子供の喧嘩のような攻防が繰り広げられる。

 今までのフガシなら影の気が変わるという環境の変化を待ち行動を起こさなかった。だが今は暴力という行動を起こし、影の気を変えさせようとした。暫くすると影は勘弁してくれというように手を伸ばす。すると光の粒子のようなものがフガシの体に纏わりついた。

 

「最初からそうしてよ」

 

 フガシは満足げに呟く。力が奥底から湧いてくる感覚、これならファルコンクローをジツで殺せる!すると重力で落下するようにフガシの体が浮上していき、影とその部屋は瞬く間に視界から消えていった。

 

「どーも、センジョウメ・フガシさん、スノーホワイトです」

「ドーモ、はじめまして、ニンジャスレイヤーです」「……ドーモ、スノーホワイト=サン、ニンジャスレイヤー=サン、ブルーリリィです……あいつは!?」

 

 目を開くと同世代の少女と赤黒のシノビ装束を着た男がアイサツした。ブルーリリィは本能的にアイサツする。両方とも知らない人物だ。スノーホワイトは自分の名前を知っていたが、同じ学校の生徒か?だがこのパンクスのような派手な色の髪にこの端麗な容姿なら、学校中で噂になり顔ぐらい知っているだろう。そしてニンジャスレイヤーは値踏みするような目で見据えていた。

 ブルーリリィは瞬時に状況判断を始める。体は上手く動かない、そのようにした犯人のファルコンクローがいない。何故いない?何が起こった?

 

「その人はもうここにはいません」

 

 スノーホワイトは先回りするように答え、それを聞き安堵する。これで当面の危機は去った。あとはすぐにオキナワに向かうだけだ。とりあえず二人にジツをかけ新幹線まで運ばせるか、今後の算段を立てると思考に割って入るように質問された。

 

「マエダイラ・アラレ=サンがムラハチを受けている件で何か関与していますか?」

 

 その瞬間ブルーリリィの顔が強張る。スノーホワイトもジツについて知っている、ということはファルコンクローの仲間だ!ニンジャスレイヤーも仲間だ!私を殺しに来た!アーちゃんとオキナワに行けない!アーちゃんと二度と会えなくなる!イヤだ!ならば殺すしかない!二人を敵と瞬時に認定し、ジツを使った。人型の陰から与えられた力により威力はファルコンクローに使用したよ時より跳ね上がっていた。

 

 

◇スノーホワイト

 

 脳に別の命令が植え付けられ強制的に実行されそうになるような不自由感、これがフガシのジツか、そして全ての真相とフガシの胸中を知った。

 

(((ジツを使ってアーちゃんをムラハチさせていたと知られたら困る)))

(((両親とアーちゃんの両親をジツで殺したと知られたら困る)))

(((ジツでサラリマンを自殺させて金を得たと知られたら困る)))

 

 スノーホワイトはゾっとする。フガシがした行為は予想を遥かに邪悪だった。理由は知らないが両親と友達の両親をその手にかけ、さらに金のために他の人も殺した。その所業は今まで捕まえた悪人の中でも上位に入るほどの悪の所業だ。何故そんなことができる?ニンジャは皆そうなのか?

 

(((アーちゃんとオキナワに行けなければ困る!)))

 

 ひと際大きい声が脳内に響く、この声に比べれば他の声はひどく小さい、いかにジツでムラハチさせた等の行為を知られるのは些細な問題で、アラレとオキナワに行けないことが重大な問題であるかを表している。

 

(((この二人には死んで口封じしないと困る)))

 

 ふと気づくと右手でルーラを取り出し、刃を喉元に向けていた。スノーホワイトは自身の手元を見て驚愕する。魔法の袋からルーラを取り出し、刃を喉元に向ける。それらの一連の動作をとった記憶がまるでなかった。フガシにジツをかけられていたクラスメイト達の言葉の意味を理解できた。

 したくないのにムラハチしていて困る。それはこういう意味だったのか、スノーホワイトもいつの間に意図しない動作をさせられていた。そして気がつけば刃を喉元に近づいていた。このジツは危険だ。スノーホワイトは意識を強く持ちジツに抗う。

 

 スノーホワイトはニンジャスレイヤーをチラリと覗く。するとスノーホワイトと同じように膝をつき自身の首を両手で握っていた。これは自殺しろと命令されているのだろう。速く状況打開しないとマズい。

 

「一つ聞かせて……どうして……アラレさんをムラハチさせたの?アラレさんとは友達なのに何故傷つけるの?」

 

 時間を稼ぎジツを打開する方法を考えなければ、スノーホワイトは必死に言葉を紡ぎブルーリリィの気を逸らそうとする。この質問はあわよくばジツの威力が弱まればという僅かな期待があった。そして純粋に聞きたい疑問でもあった。

 

「アーちゃんと元のように仲良くなるためには必要だった」

「それならアラレさんにジツをかけて好意を持たせればいい……貴女のジツならそれができるはず……」

 

 その質問を聞くとフガシは鬼のように目を開いていた表情がさらに見開く。それは修羅のようだった。

 

「そんなことをしても意味がない!私はジツで歪められた意志ではなく、本心からアーちゃんに好かれたいの!」

 

 好きな相手を自分の意志で傷つけるのは許容して、ジツで自分に好意を抱かせるのは許容しない。スノーホワイトはフガシの主張に怒りを覚えた。

 ムラハチはとても辛いと聞いている。フガシも無論知っているだろう、それを大好きな人に好かれたいという個人的な理由で、アラレをムラハチにあわせた。アラレはムラハチで苦しんで、苦しみのあまり自ら命を投げ出そうとすらしていた。そんな苦しみを好きな友人に味あわせたのか。

 

「どうして…両親とアラレさんの両親を殺したの?」

 

 もう一つ質問を投げかける。その声には怒気が籠っているが、フガシは興奮状態なのかそれに気づかず声を張り上げ饒舌に語る。

 

「おとうさんもおかあさんも!アーちゃんのおじさんもおばさんも!私とアーちゃんの世界にいらない!世界は私とアーちゃんだけ!それ以外のモータルなんて私とアーちゃんの世界の餌だ!奪って当然だ!」

 

 自分勝手で我儘で思い通りにするために平気で暴力を行使し解決しようとする。目の前にいるニンジャはクラムベリーの子供達だ。このニンジャは止めなければならない。スノーホワイトは歯を食いしばりジツに対抗しようとする。

 

 スノーホワイトは何かを感じ取り反射的にニンジャスレイヤーがいる場所に視線を向ける、そこにはニンジャスレイヤーが立ち上がりフガシを見下ろしていた。その姿を見て体を震わせる。

 憎悪、ニンジャスレイヤーの体には憎悪が漲っていた。憎悪が可視化されたように辺りが陽炎のように歪んでおり、ニンジャスレイヤーと謎の声はシンクロし『悪しきニンジャを殺せないと困る』と言っている。人はここまで憎悪を漲らせることができるのか?ブルーリリィもスノーホワイトと同様に感じ取ったのか、体を強張らせた。

 

「私とアーちゃんの世界にそれ以外の人間は要らない。違うな。オヌシがこの世界に要らないのだ。オヌシは駄々をこね、周りの物を壊す幼稚園児だ。そんな者に好かれるアーちゃんが気の毒でならぬ。アーちゃんの為にジゴクに送ってやる」

 

 ニンジャスレイヤーはブルーリリィを罵倒しながら近づいていく。ブルーリリィの目がさらに発光し、スノーホワイトの目からみてもジツの威力が増しているのが分かる。そのせいかニンジャスレイヤーはすり足で数センチ距離を詰めるのがやっとだ。

 ニンジャスレイヤーに敵意を向けているということはスノーホワイトへの注意が疎かになり、ジツの威力が弱まるはず。だがその考えとは裏腹にジツの威力は増しており、スノーホワイトは喉にルーラを突きささないように抗うのがやっとだった。

 

 お互い動かないが二人の攻防は熾烈を極めた。ジツで殺そうとするブルーリリィとジツに抗い殺そうとするニンジャスレイヤー、お互い玉のような汗を浮かべる。二人の動きがコマ送りのように動かないが確実にニンジャスレイヤーが距離を縮めていた。そしてニンジャスレイヤーは貫手の形を作りゆっくりと腕を引いていく。

 

「私はアーちゃんとオキナワで!二人で幸せに暮らしたいだけ!小学校までは二人一緒だった!でも中学やアーちゃんのおじさんとおばさんが!世間が私たちを引き離した!だからニンジャの力で取り返した!それの何が悪いの!私たちの邪魔をしないで!殺したなかに知り合いでもいたの!?」

「おらぬ。だが殺す」

 

 ブルーリリィは恐怖と怒りが綯交ぜになった表情だった。自分のジツが利かず憎悪の化身が殺そうと迫りくる恐怖、それも敵でも何でもない人間がこれほどまでに憎悪を漲らせ殺そうとするのだ。その恐怖は筆舌に尽くしがたいもので、理不尽とすら思っているかもしれない

 

「ハイクを詠め」

 

 

◇ブルーリリィ

 

 

「ハイクを詠め」

 

 何故死なない!?迫りくる恐怖を排除しようとブルーリリィは人型の影から力を貰おうと必死に対話を試みる。だが影からの応答は全くない。

 力も増した。アーちゃんとオキナワに行き幸せな生活を送るという確固たる意志もある。私はアーちゃんが大好きだ、世界で一番好きだ。アーちゃんの為なら全てを犠牲にして投げ出せる気持ちもある。物語なら強い意志を持つ自分が勝つはずだ!それともニンジャスレイヤーの意志のほうが強いとでも言うのか!?敵でもないニンジャに何故それほどまでに憎悪を燃やせる!?

 

「アーちゃんとオキナワに行くんだ!」

 

 ブルーリリィは叫ぶ。これはハイクではない、二人を殺しアラレの元に行くという自分の意志を言葉にした決意表明である。

 ブルーリリィの目がさらに輝きを増す。それは残りの命を全て燃やし尽くすような輝きだった。だがその光は一瞬であり、光が消えると同時にニンジャスレイヤーの手がブルーリリィの胸に深々と刺さっていた。

 脳内に数々の映像が浮かび上がる。これがソーマト・リコールか、本当にあるのだな。どこか他人事のように映像を眺める。

 その映像には両親も友人も誰一人映っておらずアラレだけ映っていた。映像は過去の見覚え有るものから、見覚えのない映像に変わる。

 見たことのないような青い空、照り付ける太陽の熱、むせ返るような樹木の匂い、さざ波の音、そんな海辺で二人の女性が飲食店を切り盛りしている。見覚えのない姿がだがすぐに分かった。一人は自分、もう一人はアラレだった。

 肌は若干焼け、太陽のような笑顔は変らずエネルギーに満ち溢れている。やっぱり美人だな、本当にオキナワが似合う。

 

 たどり着いたはずの未来、だがニンジャスレイヤーに潰された。

 

「ごめんね、アーちゃん」

 

 勝てなくてごめんね。弱くてごめんね。一人にしてごめんね。一つの言葉に多くの意味が込められていた。ブルーリリィは体の奥からエネルギーが徐々に溢れ出るのを感じていた。これが溢れ出れば死ぬだろう。あと何秒持つだろう。せめて一目でもアーちゃんを見たかったな。

 

(((フーちゃん!)))

 

 アーちゃんの声が聞こえる。幻聴にしてはやけにハッキリしているな、すると今度はアーちゃんの姿が見える。幻覚かと思ったが目を凝らすと確かにアラレの姿があった。

 

───

 

 

「フーちゃん」フガシの帰りを待っていたアラレのニューロンにインセクト・オーメンが過る。少し前のアラレなら気にしなかった。だがムラハチされ、フガシの計画通り依存体質になりフガシが居なくなることを恐れているアラレには無視できないものだった。アラレはIRC通信機で通話を試みるが反応はない。

 

アラレは別のボタンを押す「この先前方500メートル、上に30メートルドスエ」通信機から電子マイコの声が聞こえてくる。これはアラレがフガシの通信機に密かに備え付けたオナタカミナ製の探知機である。アラレの両親はオナタカミナ系列に勤めており、親のコネで調達していた。

 

アラレは音声に従うように走り出す。インセクト・オーメンが気のせいで、フガシに笑われる。きっとそうに違いない。不安を払いのけるように全力で走り続ける。「イッテエナコラー!」アラレの肩がパンク風の男にぶつかる。「スミマセン」「スミマセンで済むかコラー!」パンクはアラレを恫喝!

 

「スミマセン、急いでいるので」「急いでるで済むならマッポはいらねえぞコラー!」パンクは執拗に絡む。このまま恫喝すれば金を巻き上げられると踏んだのだ、このまま金を取られてしまうのか!?「うるさい!邪魔しないで!」アラレはフロア中の人が聞こえるような大声で凄む!

 

その大声にパンクは思考停止、その間にアラレは走り始める。アラレにとって今は人生で屈指の緊急事態であり、ASAPで向かわなければならない。そのキアイは凄まじく、それをカツアゲで止めるならばソンケイが必要だ。一介のパンク程度には不可能!

 

「あと30メートルドスエ」アラレの目の前には男性トイレがある。女性が男性トイレに入るのは非常識で品がなくムラハチ対象である。だがそんな考えはアラレのニューロンの片隅にもない!決断的に男性トイレに入る。

 

「フーちゃん!フーちゃんニンジャナンデ!?ニンジャナンデ!?アババババー!」ナムサン!NRSだ!目の前に飛び込んできたのは血まみれでニンジャ装束を着たフガシ、そしてニンジャスレイヤー。この二人を見ればNRSを発症するのは必然である!

 

ニンジャスレイヤーとスノーホワイトは驚きの表情でアラレを見る。ブルーリリィのジツを受けたせいで周囲への注意が散漫になり、アラレの接近に気づかなかったのだ。「アーちゃん!」ブルーリリィはワームムーブメントで近づく。「アーちゃん!」「アバババー!あれ……フーちゃん?」「フガシだよ……本物のアーちゃんだ。会えないと思った……」

 

NRSで危険と察したブルーリリィはアラレにジツを使った。それにより意識をブルーリリィに集中させ、ブルーリリィもニンジャでないと思い込ませた。それによりNRSの症状を強引に治したのだ。「フーちゃん……その傷どうしたの!?早く医者に行かないと!」アラレはブルーリリィを抱きかかえ、血が零れないように手で抑える。

 

だが血はアラレをあざ笑うように零れ落ち床を赤く染め上げる。「最後に……アーちゃんに会えて……よかった……」「最後ってどういうこと!?」「私はもう死ぬ……オキナワには一緒に行けなさそう……ゴメンね……」「イヤだ!死んじゃヤダ!」アラレの顔は涙でグシャグシャに濡れ、ベイビーめいて泣き叫ぶ。

 

「それは無理……」「ならアタシも死ぬ!」ブルーリリィは僅かに目が開く。好きな人と心中か、それは最良の結末の一つかもしれない。だがすぐに考えを打ち消した。他の人間ならいくらでも踏みにじれる。心中するならいくらでも付き合わせる。だがアラレはダメだ。自分のエゴでアラレを殺せない。

 

「ダメだよ、生きていればいつか良いことあるよ……」「フーちゃんは私の太陽!私の全て!フーちゃんが居ない世界なんて意味ないし、生きられない!」ブルーリリィは唇を噛みしめる。自分だけに愛を向けさせようと依存させた。その結果元々持ち好きだったアラレの強さを消してしまった。

 

今のアラレはバイオミニ水牛めいて弱弱しい。依存体質にさせたのは悔やんでいない。だがブルーリリィが生きているのが前提だ。死んでしまえば依存体質は枷だ。そんな軟弱な精神ではどこにいっても生きられない。ならばその枷を外す。それがアラレに最後に出来ることだ。

 

「アーちゃん、今まで楽しかった……ありがとう」ブルーリリィはアラレの頭にそっと手を添える。(((フジキド!今すぐあのニンジャを殺せ!あれはイザナイ・ジツ!バビロン・ニンジャが死に際に最後に放ったジツ!周囲一帯の人間は操られて死んだ。あれを喰らえば儂ならともかく、お前の貧弱なカラテでは耐え切れん!)))

 

ニンジャスレイヤーは状況判断する。ブルーリリィは邪悪なニンジャだ、道連れでジツを使う可能性は有る。コンマ03秒でスリケンを生成し後頭部に投げ込む。だがスリケンは投げずブリッジ回避!スノーホワイトがルーラの石突でニンジャスレイヤーを攻撃!そのままニンジャスレイヤーを攻撃する。錯乱!何が起こった!?ジツに操られたのか!?

 

否!スノーホワイトは正常である!ナラクの助言を参考にニンジャスレイヤーはブルーリリィを危険と判断した。一方スノーホワイトは魔法で声を聞きブルーリリィが周囲に危害を加えるつもりはなく、アラレの為に何かをしようとしていると判断した。ブルーリリィは邪悪で歪んでいるが、アラレを思う気持ちは本物だ。決して害は加えない。

 

だがニンジャスレイヤーは攻撃態勢に入り、口で伝えても間に合わないと判断しインターラプトしたのだ!それは完全な敵対行動だった。ニンジャスレイヤーは敵意を向けるがスノーホワイトは構わず突く。ニンジャスレイヤーはジュージツでいなす。この間ニンジャスレイヤーが攻撃をブルーリリィに攻撃を加えるのは不可能である。

 

「だいすき……ずっと……またね」二人の攻防を尻目にブルーリリィはアラレの額に口づけしジツを使う。その瞬間アラレは糸が切れたジョルリ人形めいて崩れ落ちる。ブルーリリィは優しく受け止め横にさせ胸ポケットに何かを入れた後トイレの個室に入る。「サヨナラ!」ブルーリリィは爆散!個室に入ったのはアラレを巻き込まないためだった。

 

スノーホワイトは爆発四散を見届けるとルーラを離しハンズアップする。ニンジャスレイヤーは無防備な首元にチョップを放つが数センチ手前で止める。敵意が無いのを感じ取っていた。「どういうつもりだ?」「非礼をお詫びします。ただブルーリリィさんは私たちやアラレさんに害意はなく、アラレさんの為に何かをしようとしていると分かりました」

 

「だから、私が殺さないようにインターラプトしたと?」「はい、強引な手段をとってしまい申し訳ありません」「何故そんなことが分かった?」「私のジツで」ニンジャスレイヤーはニンジャセンスを駆使し真偽を確かめる。「本当のようだな」ニンジャスレイヤーは拳を収めた。

 

ニンジャスレイヤーはブルーリリィの爆発四散跡を確かめると、用が済んだとばかりに出口に向かう。「待ってください」スノーホワイトが声をかけニンジャスレイヤーを呼び止めた。

 

 

◇スノーホワイト

 

 スノーホワイトは駅構内の医務室前のベンチで黙って座り込む。あの後倒れこんだアラレを回収し駅の医務室に運んだ。そのまま立ち去ってもよかったが、容体も気になり、ブルーリリィが最後にした何かの影響が出る可能性もあるので去るわけにはいかなかった。

 

「フガシがニンジャで、ニンジャスレイヤーが居て、ニンジャスレイヤーがフガシを殺した。色々有りすぎぽん」

「うん」

「それで、ドラゴンナイトに報告するぽん?」

 

 ファルの問いにスノーホワイトは黙り込む。フガシはニンジャであり、アラレのムラハチに関与し、両親とアラレの両親を殺し、他者を踏みにじった。そしてニンジャスレイヤーに殺された。

 ドラゴンナイトの気質からしてフガシを許すことは無いだろう。だがニンジャになる前は世話になっており、それなりの好意を抱いているのは分かる。一方ニンジャスレイヤーに対してもクレープ屋の一件での騒動でその強さに尊敬の念を抱いているのも知っている。

 ある程度好意を抱いていたフガシをニンジャスレイヤーが殺した。果たして割り切ることができるのだろうか?どの程度話せばいいか決めかねていた。スノーホワイトはドラゴンナイトへの報告については一旦保留し、ニンジャスレイヤーについて思考を移し、先ほどの問答を思い出す。

 

「どうしてニンジャを殺すのですか?」

 

 ニンジャスレイヤーはニンジャと相対すると憎悪を漲らせていた。最初は因縁がある敵でもいるのかと思っていた。だがブルーリリィとは何の因縁もなかった。もしブルーリリィが魔法少女だったら、スノーホワイトはさきほど以上に怒りを募らせていただろう。

 だがニンジャスレイヤーほど憎悪を漲らせることはない。何故あれほどまで憎悪を漲らせニンジャを殺すのか、それがまるで理解できなかった。

 

「悪しきニンジャは殺す。それが私のエゴだ」

 

 端的に言い放つとトイレから去っていた。

 

 ニンジャスレイヤーを見ると心がざわつき、言いようのない嫌悪感を抱く、何故嫌悪する?ニンジャを平然と殺したから?ニンジャと云えど少女を躊躇なく殺したから?自問自答を繰り返し、答えを出す。

 

 スノーホワイトは自分の主義主張を通すために魔法少女狩りとしての活動をおこない、多くの悪い魔法少女を逮捕してきた。時には暴力を駆使し相手を傷つけて逮捕したこともある。世間では正しいというかもしれないが、自分のエゴを通しているだけだ。

 自分勝手で我儘で思い通りならないと暴力で解決する。結局は忌むべきクラムベリーの息子そのものだ。それでも理想のために活動している。

 

 一方ニンジャスレイヤーも悪しきニンジャを殺すというエゴで行動している。人を殺す権利は誰にもない。正当防衛以外はどんなに相手が悪かろうが人を殺せば罪になり罰せられる。それがスノーホワイトの住む世界のルールであり、殺人という行為に対して忌避感を持っている。

 だがそんなことはお構いなしにニンジャスレイヤーはニンジャを殺す。ブルーリリィが言う通り、敵でもないのに首を突っ込み、勝手に憎悪を募らせ殺した。その姿は過激で理不尽で有り、多少なりの嫌悪感を募らせる。だが結局は自分も同じだ。

 

 ルールを無視し、自分の価値観で行動し首を突っ込み、時には相手を傷つける。当初思い描いていた理想の魔法少女とはまるで違う。

 夢見る少女の時に描いていた理想の魔法少女とは遠く離れてしまったのは分かっている。それではダメだった。描いた理想の魔法少女のように選ばず何もしなければ誰も助けられず、後悔するばかりだ。だから後悔する前に選び行動する魔法少女になりたいと思った。

 ニンジャスレイヤーも後悔する前に選び行動しているのだろう。だがそのやり方は過激だ。それは自分の合わせ鏡のようであり、自分はあそこまで酷くないと思うと同時に、自分も人から見たらこう見えていると責められているようだ。

 すると医務室からアラレが出てきた。足取りは軽くはないが、特に異常はなさそうだ。スノーホワイトはアラレの元に歩み寄る。

 

「あれ?シロコ=サン?どうしたの?」

「トイレで気絶していたので、念のために医務室まで運びました」

「そうか、また迷惑かけちゃったね、あれ?最初は何で世話になったんだっけ?」

「学校近くの建築現場で」

「建築現場?あんな場所行ったことないよ」

 

 自殺しようとしたのを助けたことを覚えていない?普通なら覚えているはずだ。記憶の操作、これがブルーリリィのした何かだろうか?スノーホワイトはその事には触れず、記憶を確認するために探りを入れる。

 

「何でここに?」

「ちょっとオキナワに行こうと思ったんだよね。一人で」

「一人?」

 

 スノーホワイトは思わず聞き返す。ブルーリリィとアラレでオキナワに行くはずではなかったのか、それを一人でと言った。これは明らかに異常だった。

 

「センジョウメ・フガシさんは?」

「センジョウメ・フガシ?誰それ?」

 

 この答えでブルーリリィがアラレにした何かを理解した。ブルーリリィはジツで自身の存在を記憶から消したのだ。最後に『私のことを覚えていたら困る』という声が聞こえた。    

 スノーホワイトから見てもアラレは危うかった。ブルーリリィに完全に依存し、後追い自殺すると泣きじゃくった。あの状態では遅かれ早かれ自殺していただろう。

 だから存在を消した。依存する存在を忘れてしまえば、死んだことを知ってもショックを受けることは無い。

 ブルーリリィはアラレに本心で愛されたくて、ムラハチさせて愛を向けさせようと歪んだ行動をとった。それでも決して直接アラレにはジツを使い愛されようとしなかった。そして最後にポリシーを曲げてアラレにジツを使った。それは自分の為ではなく、アラレの為だった。ブルーリリィもアラレの記憶に永遠に残りたいと思ったはずだろう。それでもアラレのために最悪な結末を受け入れた。

 

 愛されるために行動した中で最後はアラレの中から自身の存在は消えた。結果からすればブルーリリィの行動は何一つ意味がなく、周囲に不幸をまき散らしただけで自身にとって最悪の結末を迎えただけだった。

 ブルーリリィの行為は決して許されない。ニンジャスレイヤーが現れなくても、いつもの魔法少女狩りの活動のように暴力を駆使しても止めた。だがアラレへの愛する気持ちは歪んでしまっても本物だった。元々歪んでいたのか、ニンジャになって歪んでいたのか分からない。だがニンジャにならなければ健全な関係を築けたかもしれない。

 

「あれ何か、入ってる?」

 

 アラレはポケットに手を入れる。そこには青い何かの花を閉じた栞が入っていた。それをまじまじと見つめる。

 

「ずっと、だいすき、またね。なんだろうこれ?でも暖かい気分になる。お守りタリスマンにしようかな」

 

 アラレは無意識に言葉を発し、栞を胸に当て大切そうに抱きかかえた。

 

 

だいすき ずっと またね 終



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ア・シーン・オブ・スノーホワイト:「マジカルガール・アンド・ニンジャガール」#1

このシリーズは短編と言いましたがこの話は前後編です。
申し訳ありません


◇ファル

 

 時刻は午前0時を過ぎていた。だがネオン看板はギンギンに光り輝き夜ということを感じさせない、呼び込みの声やスピーカーから流れてくる音で常に騒がしい。そしてキャバクラやホストクラブなどの風俗店がそこらに立ち並んでいる。

 行きかう人も異様に筋肉が発達した男性、顔中にピアスを刺している白塗りの女性、あきらかにヤクザな男性、一目で同性愛者とわかる男性同士のカップルや女性同士のカップルなど道端で歩いていたら振り返って二度見してしまうもしくは視線を意図的に逸らしてしまうような強烈な人物が多くいた。

 ネオサイタマという都市は猥雑という印象を持っていたが、この街はその猥雑さを濃縮したようだった。それがニチョーム。巨大繁華街ネオカブキチョの一角にあるストリートであり、スノーホワイトとファルは今そこにいた

 

 スノーホワイトがニチョームに足を運んだ理由、それはアンダーグランドな部分だろう。ニチョームは非合法な店が多くアンダーグラウンド的な側面があると聞いた、そういったところには一般的では流れない情報も集まってくるものである。これまでの聞き込みで情報が得られなかったということはフォーリナーXもアンダーグラウンドに潜んでいる可能性があると踏んだようだ。

 

 今はドラゴンナイトはおらずスノーホワイト単独で出向いている。その理由は街に着いてすぐに理解できた。これは刺激が強すぎる。コンビニにある18禁の本やアダルトビデオ的な商品を販売している店の看板には女性の裸体の写真が堂々と展示され、キャバクラの客引きはほぼ裸体のような格好で過剰な接触でおこなっている。さらに「SMマイコ」「ハードレズビアンプレイ」など倒錯的な需要を満たす店も建ち並んでいる。

 元の主人であり魔法少女に一家言あるキークがスノーホワイトがこの街に訪れていると知ったら、魔法少女がこんな場所に訪れるなんて穢らわしいと憤慨するだろう。

 ネオサイタマの中学生がどれくらい性的なことへの興味と理解があるかはわからないが、スノーホワイトが居た世界の中学生を想定するなら刺激が強すぎる。ちなみにスノーホワイトも今ではいつも通りの鉄仮面だがここに訪れた当初は扇情的な看板から露骨に目を逸らし挙動不審だった。

 

 スノーホワイトはこのニチョームに来てからも従来と変わらない行動をしていた。人助けをしながらフォーリナーXについて聞きまわっていた。だがそれがファルには気がかりだった。

 従来と変わらず人助けと善行をしており、例えヤクザのような反社会的組織だろうが困っている人がいれば乗り込んでいた。不当に搾取される人を助けるスノーホワイトの行動は社会的から見て正しいが反社会的組織からしてはたまったものではない。

 特にヤクザはメンツを気にするものであり、スノーホワイトの行動はヤクザ達に命を狙われても不思議ではない。ファル自身はヤクザに狙われることはさほど重要視していなかった。現地に乗り込みヤクザより危険なテロ組織を相手に紛争を止めたスノーホワイトにとってヤクザの組の一つや二つに狙われることは何の問題もない。

 だが問題はニンジャの存在だ。反社会的勢力には暴力のプロフェッショナル、つまりニンジャが居る可能性が高い、厳しいルールがある魔法少女でもカラミティメアリを筆頭に悪事に手を染める魔法少女もいる。ニンジャにも魔法少女のようにルールがあればいいが、恐らく無いだろう。

 それにニンジャが出てくるならまだマシなほうだ。最悪ニンジャスレイヤーから聞き出したアマクダリという組織の縄張りだったら事を構える事になるかもしれない。それだけは避けたい。スノーホワイトはファルの心配をよそにいつも通り、道端に落ちているゴミなど拾うなどしながらニチョームを散策していた。

 

「ドーモ、カワイイね。キャバ嬢やってみない?チヤホヤされるよ」

 

 安っぽいスーツを着た男性がスノーホワイトに声をかけてくる。キャバクラのスカウトか何かだろう。ホストクラブのキャッチ等から声はかけられていたが、キャバクラのスカウトは初めてだった。スノーホワイトの世界では未成年をキャバクラ嬢として就労させれば一発で摘発され閉店に追い込まれる。明らかな未成年をスカウトするという事はネオサイタマにはそんな法律が無いのか、法律を無視しなければならないほど切羽詰まっているのか。スノーホワイトは無表情を作り早歩きで移動するがスーツの男も小走りで着いてきた。

 

「キミなら直ぐにナンバーワンになれるよ!そしたらお金が貰える!」

 

 その言葉にスノーホワイトの移動速度が僅かに落ちる。スーツの男は脈有りと判断し捲し立てるように勧誘文句を並べる。

 

「ナンバーワンになってカチグミと結婚!タマノコシ!ニチョームドリーム!」

 

 だがスノーホワイトはそれらの言葉に靡くことなく結構ですと、キャッチセールを断るような表情を見せスピードを上げスーツの男性を捲いた。

 

「キャバ嬢ぽんね、どれくらい儲かるぽん?」

「分からないよ」

「スノーホワイトなら手術費ぐらいすぐに儲かるぽん」

 

 ファルの言葉にスノーホワイトは一瞬悩まし気な表情を見せた。

 

 ニンジャ猫のマタタビが重傷を負った為手術を行い数日ほど入院した。その手術費と入院費はドラゴンナイトが捻出した。言葉では仲間の為なら当たり前と強がっていたが、欲しい物を買うのを諦め全財産の半分を失った。その困った声はスノーホワイトに聞こえていた。

 本来なら年長者である自分が出すべきであるのに、年下に貯金を切り崩しさせた事をひどく責めていた。

 どうにかして金を稼げないかと考えていたが予想以上に困難だった。まずはバイトをすることを考えたが住所不定の女子高校生を雇う一般企業はネオサイタマにすら存在しなかった。

 次に困っている人を助けた時に心ばかりの金銭を援助してもらうように提案したが、スノーホワイトは断固拒否する。利益目的で魔法少女の力を使ってはならないというのがスノーホワイトのポリシーであり、監査部から支給される給金も一切手を出していない。

 

「ドラゴンナイトはいいって言っているから払わなくていいんじゃないかぽん?金を払う意志はあるけど金を得られないんだから仕方がないぽん。きっと分かってくれるぽん」

「ダメ、善意に甘えないでしっかり払わないと」

「じゃあ、魔法少女の力で稼ぐぽん。一回の人助けで500円徴収すれば結構稼げるぽん。500円なら良心的だと思うぽん」

「それはできない」

「わがままぽん」

 

 ファルはあからさまにため息をつく、高潔と言えば聞こえはいいがこれは融通が利かないというやつだ。多少自分を曲げればいいのに、本当に頑固だ。

 バイトはできない、魔法少女の力を使って金を稼ぎたくない。わがままな主人の要望に応えるアイディアはファルには思い浮かばなかった。

 

 ファルとスノーホワイトはどうやって金を稼ぐかという議題で議論を交わしながら、ニチョームを探索するなか、魔法で何かを感知したのか怪しまれない程度の早歩きでどこかに向かう。50メートル先を右に曲がり、次の角を左に曲がると店の裏口のような場所で酔っ払った女性がゴミ袋にもたれ掛かり、ここには相応しくない真面目そうなサラリーマン風の男性が心配そうに見つめながら介抱していた。

 あの酔っぱらった女性の声が聞こえたのか、だが男性が介抱してくれそうなのでスノーホワイトは用済みだろう。だがファルの予想とは裏腹にスノーホワイトは二人に近づく、男性と一言二言かわしていると男性が突然襲い掛かり、スノーホワイトは一瞬で男を気絶させた。

 

「何で攻撃したぽん」

「介抱する名目で家に上がって、金目の物を盗んで暴行しようと思っていた」

「酷い野郎だぽん」

 

 一見紳士風に見え親切心で介抱していると思っていたがそんなことを企んでいたのか。恐らく自分のする行為がバレたら困るという心の声が聞こえたのだろう。スノーホワイトの魔法の前では隠し事はできない。ファルはスノーホワイトの魔法の厄介さを改めて認識した。

 

「で、この酔っ払いと、この犯罪者はどうするぽん?」

「どうしようか、でもその前に」

 

 スノーホワイトが後ろを振り向く、そこには女性が立っていた。黒髪のショートヘア、年齢はスノーホワイトと同じぐらいだろうか恰好はジャージ姿でこの歓楽街にはそぐわない。すると女性はスノーホワイトに話しかけてきた。

 

「ドーモ、初めまして、ヤモト・コキです」

 

◆ヤモト・コキ

 

「どーも、ユキノ・ユキコです」

 

 ヤモトはユキノ・ユキコと名乗る少女を観察する。年齢は同じぐらいか少し下ぐらいか。容姿は整っておりニチョームのキャバクラスカウトなら誰しも声をかけるだろう。美人というよりカワイイという印象だ、そして体つきもそこらへんにいる高校生と変わらない。そんな年頃の女性がこの時間にこの場所に居る事は普通ではない、何か訳が有るのだろう。

 

 それだけだったら訳ありの少女で済み、危ないから家に帰るように言うだけでいい。だが一瞬で男性を気絶させたワザマエ、あれはニンジャである可能性が高い。そしてアトモスフィアも容姿の可愛らしさとは違い冷ややかである。

 ヤモトは敵意を見せないように僅かに口角をあげる。ニンジャといえど攻撃的で敵対するとは限らない。逆に警戒するあまり相手に悪い印象を持たれ敵対してしまう、それが最悪の状況だ。だが警戒心を解き過ぎるのもダメだ。口角をあげてリラックスしながらもいつでも相手に対応できるように緊張感も保っていた。

 

「その人達はどうしたの?」

「男の人が女の人を介抱すると言い家に押し入り犯罪行為をしようとしていて、それを告げたら襲い掛かってきたので気絶させました」

 

 現場に偶然居合わせて女性を守る為に男を気絶させたのだろう。随分と穏便な対応だ。ニンジャなら残虐性の赴くままに男を殺害し、序に女性も殺害して金品を強奪するという行為をしても不思議ではない。ニンジャは基本的に欲望に忠実で残虐だ。そういった意味では彼女は奥ゆかしいニンジャらしい。

 

「どこか安全な場所は無いですか?」

 

 ヤモトは言葉の意味を推理し察する。このまま放置していれば同じような目に合うかもしれない。そうならないように安全な場所に移動させ、意識が戻るまで安静にしてもらおうということだろう。そういった場所は有ることはある。酔っ払いの女性の肩や頬に触り呼びかけ反応が無いのを確認すると、体を揺らさないようにそっと担ぎ上げた。

 

「アタイが働いている場所に空きスペースがあるから、そこに運ぶ。あっ、安心して。店の人は良い人だから何もしないよ」

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 スノーホワイトは疑った非礼を詫びるように頭を下げ、ヤモト返礼するように頭を下げる。自分の事を信じて任せてくれたことは少しだけ嬉しかった。

 

「あと一つお聞きしたいのですが、フォーリナーXという名前かこの人物に心当たりはありませんか?」

 

 ヤモトは端末に写る画像を見る。そこには異様に大きい黒い三角帽子を被った金髪の女性が写っていた。自分と同世代ぐらいだろう、残念ながら画像の女性もフォーリナーXという名前も知らなかった。

 

「ごめん、見たことない」

「そうですか、ありがとうございます」

 

 礼を述べると踵を返し背中を向ける。その背中に向けてヤモトは声をかけた。

 

「アタイの働いている店の人なら知っているかも、その人顔が広いし、よかったら店についていく?」

 

 思わぬ提案に僅かにユキノの眉が上がる。フォーリナーXという女性について尋ねる際の仕草と雰囲気から絶対に会いたいという意志のようなものを感じた。ならばその思いに応える為に最大限の努力をするのが礼儀だ。それに女性を犯罪から守り結果的にニチョームの治安を守ったとも言える。その行為に対する礼でもあった。

 

「ありがとうございます」

「じゃあ、この人マッポのところに持っていくから、その後でいい?」

「はい」

 

 ヤモトは酔いつぶれた女性と気絶した男性を担ぎ上げてマッポの所に向かう。その際に手伝うと申し出たが丁重に断った。

 数歩ほど歩いたその時だった。瞬間背中に衝撃が走る。打撃というより足の裏で押し出されるような衝撃だった。ヤモトは突然の事で無様に転がり担ぎ上げていた二人を放り投げそうになる。だが瞬時に態勢を立て直し足の裏から着地した。ヤモトは瞬時に状況判断する。

 アスファルトには二つの焦げ跡があり、場所は自分が先ほどいた場所とそのすぐ近く、焦げ臭い匂いが立ち込めている。狙撃されたのか?でも銃弾ではアスファルトにこのような痕はつかないし、焦げたりもしない。だが当たれば致命的な怪我を負う攻撃だ。その攻撃を回避させてくれたのがユキノだ。

 そのユキノは?次にヤモトは姿を探すと視界の端にビルの壁を飛び石代わりに昇る姿を捉えた。ヤモトは担いでいた二人を地面に置くと同じように駆け上がり雑居ビル屋上に辿り着く。そこには肩に棘をつけたレザージャケットに顔を覆う大きなサングラスをつけた男がいた。サングラスとライダースーツには電飾がついており、数秒ごとに色が赤からオレンジと変わっていた。男は尊大に名乗る。

 

「ドーモ、はじめまして、ヘッドバンガです」

 



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  ア・シーン・オブ・スノーホワイト:「マジカルガール・アンド・ニンジャガール」#2

「ドーモ、はじめまして、ヘッドバンガです」謎の襲撃者はニンジャだった。ヤモトのニューロンは相手の素性や目的を推察しようとするが、その前にアイサツの動作に入る。アイサツをされたらアイサツを返さなければならない。それはニンジャの本能であり、古事記でも書かれている。

 

だがアイサツの動作に移る前に体が固まる。スノーホワイトはヘッドバンガが頭を上げ終わる前に攻撃をしかける!スノーホワイトはニンジャではなく魔法少女である。古事記にすら書かれているルールも通用しない!先ほどのアンブッシュは明らかに殺意が有った。そんな相手のアイサツを待つほど甘くはなかった。

 

「イヤーッ!」スノーホワイトの頭部へのパンチをブリッジで躱し、そのままバックフリップで距離を取る。「ニチョームに住むゴミニンジャの仲間らしいカスぶりだな。ヤモト・コキ=サン」「ドーモ、ヘッドバンガ=サン、ヤモト・コキです。その人はニチョームとは関係ない。何故アタイとユキノ=サンを狙う?」

 

「イディオットか?ターゲットを狙う理由を話すと思うか。貴様で考えろ」ヘッドバンガはクニャクニャと体を動かし舌を出しながら頭を震わせて挑発する。「ユキノ=サン、その傷」スノーホワイトの太腿から出血し血で靴を赤く染める。決して浅くはない傷だった。これはヘッドバンガの攻撃からヤモトを庇った際に負った怪我だった。

 

「かすり傷だから心配しないで」「ユキノ=サン逃げて、時間は稼ぐから」ヤモトは細長い袋からウバステを取り出し構える。名前を知っていたということはターゲットは自分、スノーホワイトは近くに居たので口封じで狙われたのだろう。ならば優先順位は低い。そして相手はニチョーム関連のニンジャを狙っているとしたら、ザクロが狙われる可能性がある。

 

そうはさせない、ここで食い止める。何より無関係なスノーホワイトにこれ以上怪我を負わせるわけにはいかない「何か狙われる理由は?」「アタイに思い当たるところはない、それより早く逃げて」「断ります」スノーホワイトはヤモトの申し出を拒否する。ヤモトは思わぬ答えに振り向く。

 

魔法でヘッドバンガがキルバッファロー・ヤクザクランから雇われて、ヤモトとザクロを殺害しようとしているのは分かった。詳しい事情は知らないが、ヤクザと名乗っているからには悪事を働いているのだろう。それにヤモトも殺されるような悪事を働いてないことも分かった。ならばここはヘッドバンガを撃退する。

 

「分かった。危なくなったらすぐに逃げて」ヤモトはスノーホワイトに向かって頷く、スノーホワイトの意志は固い、強固な意志を持つ相手の考えを変えられるような言葉は持っていなかった。それに相手は手練れだ、アイサツと先ほどの動きで分かる。ここは共闘して倒す方がお互いの為に良いかもしれない。

 

スノーホワイトもヤモトと同じようにヘッドバンガは手練れと感じていた。「作戦会議は終わったか?こっちとしては……」ZAAP!ZAAP!ヘッドバンガは手を掲げ指先から光線が発射される!話の途中で攻撃し相手の虚をついた!ヤモトはバックフリップ、スノーホワイトは半身、それぞれニンジャ反射神経と魔法による読心で足元への光線を回避!

 

スノーホワイトはそのままは間合いを詰めようとするが、動きを止める。「行け!」ヤモトの周りにはツルやイーグルや飛行機の形に折られた数十個のオリガミが桜色の光を帯びながら浮遊し、掛け声ともにヘッドバンガに向かって行く。「イヤーッ!」KABOOM!ヘッドバンガは手から発する光線でオリガミミサイルを撃墜、爆発音と桜色の煙がヘッドバンガの周りを包む。

 

その煙に乗じるようにスノーホワイトが間合いを詰める。魔法でヤモトの攻撃を読み取りフレンドリーファイヤーを防ぎ、遠距離と近距離の波状攻撃につなげる。スノーホワイトは魔法の袋からルーラを取り出し足を薙いだ、ヘッドバンガも察知し小ジャンプ、だがそれを読み手首を返し切り上げる。下段から上段への軌道変化だ!

 

「イヤーッ!」金属音の鈍い音が響く、ヘッドバンガは足裏の特殊合金で斬撃を防御、そして刃を足場代りして跳躍し「ドリームキャッチ!ナナコ・プロダクション」と書かれたネオン看板に飛び移る!ミガル!ヘッドバンガは挑発的に頭を揺らした。二人はすぐさま飛び移ろうと足に力が込める。

 

二人は異変に気付く、ヘッドバンガの足元にあった看板の文字が「ドリ ム・プダ」に変化していた。そのコンマ5秒後、文字は全て消え光輝いていたネオン看板は光を失った。ZAAP!ZAAP!ZAAP!指先から光線!先ほどより強力だ!二人はフリップジャンプや反復横跳びで回避する。数秒後光線攻撃は止む、

 

ヘッドバンガは二人を見下ろし、スノーホワイトとヤモトは見上げる。あの光線はモーションも小さく速度も速い、光線でヤモトのオリガミミサイルが撃墜された。スノーホワイトも遠距離の攻撃手段は無い、遠距離はヘッドバンガに分があると察した。ならば近距離だ。二人はアイコンタクトで意思疎通を図る。

 

「相変わらず汚い街だ。生産性のないマイノリティのクズが集まる巣窟、存在するだけで一般市民は恐れる。ネオサイタマの為に全員首を括ってもらいたいものだ。ヤモト=サンの口からそう言ってやれ」「皆をバカにするな!」桜色のマフラーと瞳は光が増しヤモトは飛び掛かる!スノーホワイトは一瞬間を置き追随する。

 

「イヤーッ!」ヤモトは首元にイアイを放つ、刀身は桜色に輝いていた。ヘッドバンガは手を掲げ、ウバステが腕に接触する。SWASH!金属音、レザージャケットの上に着けていたブレーサーが攻撃を防ぐ。「イヤーッ!」肩の電飾から顔に向かって光線が発射される!虚を突かれたヤモトは反射的に避けるが光線でこめかみが焼かれる!

 

「イヤーッ!」「ンアーッ!」体勢を崩したところにミドルキック!ヤモトはワイヤーアクションめいて吹き飛ぶ!直後スノーホワイトが間合いを詰める。ZAP!足の甲の電飾から光線!スノーホワイトは突きの攻撃モーションを解除し回避行動、無傷で光線を回避!ヘッドバンガはその隙を突いて素手のカラテの間合いに侵入!

 

ルーラは長物だが素手の間合いでも無力ではない、すぐにルーラを引き近距離の足薙ぎを仕掛ける!ZAP!ZAP!サングラスのフレームの電飾から顔面への光線!スノーホワイトは魔法で読み回避する。だが回避行動を強いられたことで攻撃は乱れている。

 

「イヤーッ!」ルーラの柄の部分をレガースで蹴り上げ攻撃を弾く、そのまま踏み込みボディーブロー!スノーホワイトもワイヤーアクションめいて吹き飛ぶ!ZAAP!ZAAP!指から追撃の光線を放つ、二人は何とか回避し、その様子を嗤いながらヘッドバンガは二人を手招きのジェスチャーで挑発する。

 

スノーホワイトは腹部の焼け焦げる匂いと痛みに耐えながら相手を見据える。ワザマエ!言葉でヤモトの心を乱し先走らせ、連携を分断。そして光線とカラテによるコンビネーション!そのコンビネーションは魔法による鉄壁の防御を誇るスノーホワイトを打ち破った!「そこで一休みか?俺は構わんが」舌を出して首を揺すり挑発行為!

 

スノーホワイトとヤモトは風景の変化に気づく、周りにあったネオン看板の光が徐々に弱くなっている。そしてヘッドバンガの服の電飾が光を増している。スノーホワイトは魔法と推察でジツを解析する。「ヤモトさん長期戦は不利、短期決戦で決めよう」「わかった」二人は同時に向かった。

 

ヘッドバンガに宿ったソウルはヒカリ・ニンジャクラン、ネオンの光と熱を吸収し光線に変換する。その最大出力はニンジャの体に穴を開けることすら可能である。夜のニチョームはネオン看板の巣窟、周りのネオンから光と熱を吸収していたのだ。フーリンカザンは圧倒的にヘッドバンガに有り!

 

ヤモトとスノーホワイトは左右に分かれ挟み撃ちを狙う。ヘッドバンガはヤモトの方に向かう。「イヤーッ!」ヤモトは自分の速度と相手の速度を計算し最高のタイミングでイアイを閃かせる。だがそのタイミングを見計らったように光線!ヤモトの体勢はまたしても崩され、ヘッドバンガは難なく弾き素手の間合いに侵入!

 

「イヤーッ!」ヘッドバンガは片手をスノーホワイトに向けて光線攻撃!だがスノーホワイトは光線を読み跳躍回避!そのまま上斜めから刺突する。「イヤーッ!」ヘッドバンガは後ろに振り向きヤモトにバックキックを見舞う。ヤモトは瞬時にクロスガードし、威力を殺しきれずタタミ2枚分吹き飛ばされた。

 

そしてスノーホワイトの攻撃はブレーサーで防御し、宙に浮いている一瞬を見計らって光線攻撃、スノーホワイトは回避。ヘッドバンガはルーラの柄を掴み奪い取りにかかるがスノーホワイトはルーラを勢いよく引き抜き指切断を図る。しかし狙いを察知し手を離す。スノーホワイトはその間に間合いを取って仕切りなおす。

 

「シ・ニンジャ!」ヤモトは手持ちのオリガミの大半を使いオリガミミサイルを放つ。前回と違い左右上下に大きな曲線を描く、「イヤーッ!」ヘッドバンガは光線を放ちイージスBMDめいてオリガミを落としていく。その間にスノーホワイトは背後をとりにかかるが、背中の電飾から光線攻撃、スノーホワイトは回避行動をせず突っ込む。無謀!

 

スノーホワイトの太腿や二の腕が焼ける。ヤバレカバレか!?スノーホワイトはヘッドバンガから『手のひらと指以外の光線の威力が強くないと知られたら困る』という声を聞いていた。最初のヤモトとスノーホワイトを狙撃した光線と指先からの光線で殺傷能力の高さを植え付けさせ、他の光線に過剰に反応させ疲弊させる。これもヘッドバンガのタクティクスの一つだった。

 

火傷は痛いが我慢できる程度だ。致命傷にはならない。「グワーッ!」ヘッドバンガが切りつけられる!「指から出る光線以外は弱い、目に当たらなきゃ大丈夫」スノーホワイトはヤモトにアドバイスしながら切りかかる。「何故分かった!?イヤーッ!」ヘッドバンガは振り向き攻撃をいなしながら声を荒げる。ヘッドバンガは初めて余裕の表情を崩していた。

 

ヘッドバンガは肩とサングラスのフレームの電飾から光線を放つ。スノーホワイトは目に当たらないように必要最小限の動きで回避、髪や顔が焼けるが意に介さず体勢を崩されることなく攻撃を繰り出す。充分な態勢での攻撃はルーラをいなし素手の間合いに入る隙を与えない。

 

「イヤーッ!」側面からヤモトが襲い掛かる。ヘッドバンガは攻撃のモーション中に肩から光線を放つ、ヤモトもスノーホワイトと同じように目に当たらないように回避し耳を焼かれながらも構わず攻撃する。この攻撃も態勢充分!「イヤーッ!」ヘッドバンガはブリッジで回避!だが首元を僅かに斬られる。

 

すかさずスノーホワイトがルーラを振り下ろす!「イヤーッ!」バックフリップで寸前回避!連続バク転でタタミ10枚分の間合いをとる。「弱い光線はサングラスのフレーム、肩、足の甲、背中の電飾から出る。出る直前に僅かに強く光る」「わかった」スノーホワイトは魔法で知った情報を端的に伝えた。「何故分かるビッチ!?」ヘッドバンガはスノーホワイトの言葉を聞き、さらに声を荒げる。

 

この短時間でジツと弱点を見破られたのは初めてだった。「イヤーッ!」ZAAP!ZAAP!ヘッドバンガは指先、フレーム、肩、足の甲から光線発射!四肢を巧みに操作し、指先以外は目を狙い、それ以外は体を狙う。この波状攻撃には二人も回避に専念する。

 

「イヤーッ!」二人も不規則に動き間合いを詰めようとするが、ヘッドバンガの光線が巧みに妨害しタタミ10枚分から詰めることができない!さらに気づけば二人の距離が徐々に離され、タタミ8枚分ほどになっていた。「イヤーッ!」ヘッドバンガはスプリントからヤモトに向かって前宙回転、これは暗黒カラテボディースピンキック!

 

遠心力で加速した踵がヤモトの脳天を狙う!ヤモトはウバステにエンハンスをさらに込めガードする!「グッ…」手が痺れ、足が床に数センチめり込む!何たる威力!ヤモトがウバステにエンハンスを込めなければウバステは砕かれ、頭は胴体にめりこみ死んでいただろう!

 

「イヤーッ!」ヘッドバンガはウバステを足場にして跳躍!そこから繰り出されるはダブルフットスタンプ!ゴウランガ!何たる身軽さ!かつてのリアル・ニンジャであるブル・ヘイケを思い出さずにはいられない!「シ・ニンジャ!」ヤモトはウバステに全力のエンハンスを込め頭上に掲げる!マフラーと目はこの日一番の桜色に輝く、

 

金属音がニチョームの夜空に響き渡る!ヤモトは無事だ!桜色のマフラーをはためかせながらウバステを頭上に掲げる。足は床にさらにめり込んでいる!ヘッドバンガはまたしても跳躍、またしてもダブルフットスタンプか!?ならば我慢比べだ!相手もエンハンスしているウバステで全力で技を出せばダメージが蓄積する。どちらがギブアップするかだ!

 

ヤモトは息を深く吸い込み足を広げエンハンスを込める。ヘッドバンガは足を曲げる、力を入れろ、ヤモトは衝撃に備える。足の裏がウバステに当たらない!?ヘッドバンガは足を曲げたままウバステを通過し、前宙し逆さ釣りの状態でヤモトの背後を取った。ダブルフットスタンプに備えていたヤモトは反応できない!

 

ヘッドバンガは両肘を引く、この構えはダブルダーカイ掌打!これをキドニーに打ち込むつもりだ!何たるアクロバティックカラテ!並みのニンジャであれば、この状態ではダメージは与えられない。だがヘッドバンガの卓越したニンジャバランス感覚と筋力が有れば殺人技に昇華する!

 

「イ」ヘッドバンガは両手を押し出す、その瞬間視界の端にスノーホワイトが映り、ルーラを突いてきた。この技を読んでいたのか、憎たらしいビッチめ!ヘッドバンガは右手を防御に使いルーラを防ぐ、「ヤーッ!」もう片方の腕はキドニーへダーカイ掌打を打ち込む!「ンアーッ!」

 

浅い!スノーホワイトの突きで態勢が崩されたせいで威力が弱まりキドニーを外した。ヘッドバンガは転がり、スノーホワイトが追撃を図る!だがブレイクダンスじみた動きから指先の光線を放ち牽制する!「邪魔しやがって!ビッチ!」残心を決めスノーホワイトを見据える。

 

不完全ながらダーカイ掌打は入った。ヤモトは暫く動けない。この間に厄介なスノーホワイトを仕留める!スノーホワイトに両指先を向ける。だがスノーホワイトはそれを察知し光線を放つ前に突きを放つ。「邪魔だ!」ヘッドバンガは攻撃をやめ防御する。スノーホワイトは蒸気ピストンめいた速度で突きを繰り出す!

 

眉間、首、腹部、股間、太腿、足、上下左右に突きを散らす。高速の突きでヘッドバンガの視界は濃霧めいてルーラが埋め尽くす。だがヘッドバンガはブレーサーとレガースで全て防ぐ!ゴウランガ!何たる防御!ヘッドバンガも指以外の場所から光線を放ち、隙を作ろうとするが、スノーホワイトは隙を見せず攻め続ける!ゴジュッポヒャッポ!

 

だが変化がおきる。ネオン看板のように輝いていたヘッドバンガのレザージャケットが光を失っていく!ヘッドバンガのジツは無尽蔵ではない、ヘッドバンガの光線攻撃に耐え、絶えず攻め続けたことでネオンの光と熱を吸収する時間を与えなかった。その結果光と熱の貯蓄が無くなったのだ!

 

「グワーッ!」ルーラがヘッドバンガの腹部に刺さる。だがルーラが抜けない!筋肉を固めたのだ、すかさず刃の空洞部分を万力めいた力で掴む。ここに刃はついておらず握りしめても問題ない!「綱引きだビッチ!」ヘッドバンガとスノーホワイトはルーラを引っ張り合う。

 

「イヤーッ!」突如サングラスの奥から光が溢れだし、光線がスノーホワイトの顔面に発射される!ナムサン!その威力は指先の光線以上だ!当たれば顔面は穴あきチーズめいた惨状になってしまう!スノーホワイトはヤモトに指先以外から強い光線は出ないと言った。だがヘッドバンガには奥の手があった!目からも高威力の光線を出せるのだ!

 

ヘッドバンガの光の貯蓄量は減り、レザージャケットの光も弱くなっていた。だがそれは減っていたのではなく、この一撃の為に溜め込んでいたのだ!だが高威力の光線にはタメの時間が必要である。ならいつ溜めたのか?それはスノーホワイトの連続突きの最中である!

 

スノーホワイトの攻撃に順応し、できた余裕で少しずつ溜めていた。そして腹部にワザと攻撃を受け、ルーラを奪い取る綱引きに持ち込み動きを止めて光線を発射した!まさに肉切り包丁で骨も切る!ゴウランガ!何たる古の伝説的軍師、コウメイ・ニンジャめいた作戦か!

 

光線はスノーホワイトの顔面に向かっていき通り過ぎる。通り過ぎた光線はニチョームの夜空を一条の光となって駆け抜けた。「は?」ヘッドバンガは思わず声を上げる。作戦は完ぺきだった。奥の手は絶対に決まる状況だった。何故避けられる?このビッチはデーモンか?ヘッドバンガはゼロコンマ数秒放心する。

 

ヘッドバンガのニンジャ感覚が強制的に振り向かせる。そこにはヤモトがいた。ヘッドバンガの感覚は沼めいて鈍化する。ヤモトはイアイの状態で突っ込んでくる。足を踏みしめた瞬間地面が爆ぜる。ロケットめいて加速する。さらに踏み込む。地面が爆ぜロケットめいて加速する。今までに無いスピードだ。だが対応範囲内だ。ルーラを離し防御姿勢をとる。

 

ヤモトが抜刀し爆発音が聞こえる。右腕を首元に掲げた。その瞬間ヘッドバンガの意識は途絶え首と右腕は宙に舞っていた。「サヨナラ!」ヘッドバンガは爆発四散!ヤモトは数メートルブレーキ跡をつけながら静止、その場でウバステを支えにしながら膝をついた。

 

ヤモトが何をしたかニンジャ観察力があれば理解できただろう。残りのオリガミミサイルを機雷めいて地面に置く、それを踏んで走ることで爆発的な加速を生む。ウバステの切っ先にオリガミをつけ爆発させることでイアイのスピードが上昇。突進スピードと抜刀スピードは上昇、エンハンスで強化したイアイはヘッドバンガのブレーサーごと首を切断!

 

「大丈夫?」「うん」スノーホワイトは手を差し伸べヤモトは素直に受け取る。「ゴメンね……。巻き込んじゃって……髪は焼け焦げて……顔は火傷してるし……ザクロ=サンに言ったらスゴイ怒られそう」ヤモトは奥ゆかしくオジギする「気にしないでください、私が勝手にやっただけですから、それよりヤモトさんこそ大丈夫ですか?」

 

「大丈夫、かすり傷、寝ていれば直ぐに治る」ヤモトはザクロのように強がりの笑顔を見せた。「実際……危なかった……動かない状態じゃなきゃ……決まらなかった……」「そうですね」ヤモトは息を乱しながら喋り、スノーホワイトは静かに頷いた。ヘッドバンガが動かなかったのは偶然か?否!偶然ではない!

 

スノーホワイトはヤモトがしようとしていた事を魔法で把握していた。そしてヘッドバンガの奥の手も作戦も把握していた。故にヘッドバンガを利用した。光を溜められるほどの手を抜いた攻撃で足を止めさせ、奥の手を避けることで隙を作り、ヤモトのイアイで仕留める。何たるフーリンカザン!何たるデーモンめいた策略!

 

「良ければ……アタイの働いているところに寄っていく……治療とかできるよ?」「はい、お言葉に甘えます」「わかった……その前にさっきの男の人をマッポに運んで……女の人も一緒に店に運んでもらっていい?」

 

◆◆◆

 

 

「ヤモト=サン、パトロールお疲れ様……ってその娘誰?それに二人とも怪我しているじゃない!?どうしたの!?」七フィートのボンズヘアの男は閉店作業を中断し駆け寄る。彼はヤモトが働いているニチョームのゲイ・バー「絵馴染」のオーナーであるザクロである。

 

「ニンジャに襲われた。アタイとザクロ=サンを殺そうとしたみたい」「そんなのどうでもいいわよ!それで怪我は?」「そんなに」「本当?」「大丈夫だって…ッ……」ヤモトは腕を回すが痛みが顔を顰める。「どこが大丈夫よ!アバラをやったわね。それでアータは……ニンジャ?」

 

ザクロは訝しむようにスノーホワイトを見つめる。「どーも、初めまして、スノーホワイトです」スノーホワイトは手を合わせて挨拶する。「ドーモ、スノーホワイト=サン、ネザークイーンです」「ドーモ、スノーホワイト=サン、ヤモト・コキです。そういうニンジャネームなんだ」「アータ、知らなかったの?」「アイサツするタイミングが無くて」

 

「それでスノーホワイト=サンも太腿を怪我してる。とりあえず応急処置しなきゃ……あっ…ゴメンね」ザクロは救急箱から包帯をとって応急処置しようかと思ったがスノーホワイトを見て手を止める。心は女だが相手にはそう見えていない。ゴツイ男に触られるのは不快だろう。

 

「とりあえず、医者呼んでくるわ。それまで我慢してね」ザクロは二人に告げると店から出ていった。「驚いた?」「いえ」ヤモトの問いにスノーホワイトは動揺を出さないように答える。ヤモトが働いている店がゲイバーだとは想像していなかった。さらに向かいの店はゲイマイコポルノショップという想像もできない店だ。

 

そういった人達が居るとは知識として知っていたが、実際に見ると少なからず動揺していた「それは驚くよね、でも皆良い人だから」ヤモトは感慨深げに喋る。ザクロの先ほどのやりとりで奥ゆかしい人物で、見ず知らずの人間を世話しようとする優しい人だと分かる。だからこそヤモトはヘッドバンガにニチョームの人を罵倒された時激昂したのだろう。

 

「医者連れてきたわよ!」ザクロは息を切らせながら扉を開け、医者の手首をつかみ店に入れた。

 

「まあ、多少怪我しているけど若いから直ぐに治る」「それより、顔の火傷とかはどうなの!?顔は女の命なの!何とかして治しなさい!皮膚移植ならいくらでも皮膚とっていいわよ!ほら!」ザクロは医者に腕を差し出す。医者はザクロの腕を押しのける。「これぐらいなら傷跡は残らん」医者は店を出た。

 

「あ~よかった」ザクロは大げさに胸をなでおろす。「とりあえず、暫く安静ね。当分は店の手伝いもパトロールも無し」「大丈夫だよ、ちょっと痛いだけだし」「ダメ!許さない!」ドスン!ザクロはバンブー製のカウンターを殴る。ヤモトはその勢いに体をビクンとさせる。「怪我を直ぐ治す!でないとクビにするわよ」「うん」ヤモトはシュンとなり頷いた。

 

落ち込むヤモトをザクロがそっと抱いた。「よく帰ってきた」「うん」ヤモトは抱擁に素直に応じた。「それでスノーホワイト=サンもゴメンなさい。アタシたちの問題に巻き込んで」「ヤモトさんにも言いましたが、気にしないでください。私が勝手に首を突っ込んだだけです。怪我も全て自己責任ですから」

 

申し訳なさそうに言うザクロの言葉にスノーホワイトはきっぱりと答える。「とりあえず二人とも大変だったわね。こういう時は甘い物、女の子は甘い物を食べれば元気になる」ザクロは二人の前に飲み物を出した。ヤモトが口につけて、スノーホワイトも倣うように口につける。二人の目が輝く。

 

「試作品のミカンのムース、どう?」「美味しい」「美味しいです」二人は満足げに飲んでいく。「スノーホワイト=サンはハイスクール?」「はい一年です」「若いわね。アタシもアータぐらいの年は恋に生きていたわ。一杯恋しなさい。恐れちゃダメよ。恋愛相談なら受けてあげる」ザクロはおどけるようにスノーホワイトに語り掛ける。

 

「ありがとうございます。でも今は恋より大切な事がありますので」スノーホワイトは愛想笑いを浮かべながら答える。「そうね、恋だけじゃない、スクール活動に打ち込むのも青春よね」ザクロは踏み込む話題ではないと判断し切り上げる「それでスノーホワイト=サンは何でここら辺に居たの?」

 

ザクロの目が鋭くなる。ニンジャといえど普通の高校生はニチョームには来ない、面白半分で来た可能性はあるが、そんなアトモスフィアではない。だからこそ理由が気になる。「人を探しています」「その人はここに来るような人なの?」「可能性の一つとして来ました」「その人の名前は?」「フォーリナーXです」

 

スノーホワイトはフォーリナーXの画像をザクロに見せる。ザクロは首を横に振った。「でも迷惑料として調べといてあげるわ。こう見えても顔が広いの」「ありがとうございます」ザクロは胸を叩きスノーホワイトは軽く会釈した。「あと、不躾ですが、一つ頼みたいことが有るのですが、よろしいですか?」

 

スノーホワイトは畏まって言う。「何?遠慮せず言いなさい。出来る範囲で手伝うわ」「実は姫川小雪という友達がいるのですが、色々と訳有って、履歴書とかを提出しないで現金即払いのバイトを探しているのですが、どこか心当たりが有りませんか?」スノーホワイトはネザークイーンの顔を伺う。

 

魔法少女の力を使って金を稼ぐのは主義に反する。だが姫川小雪として稼ぐのは問題ないと考えた。魔法少女の活動で得た恩を着せるのは若干心が痛むがグレーゾーンとして割り切ることにした。「……いくつか心当たりが有るから紹介できるわ」「ありがとうございます」スノーホワイトは深々と頭を下げた。

 

ニチョームには様々な人が流れ着き、様々なことが起こる。そんな場所で生活するネザークイーンには身分証明できない若者が働ける場所を紹介しろという依頼などチャメシインシデントだった。「ザクロ=サン…スノーホワイト=サン…実際限界…寝かしてもらう」ヤモトが眠そうに言う。

 

「運んであげようか?」「大丈夫、お休みなさい」ヤモトは二人にアイサツするとフラフラと2階に上がっていった。「アータは眠くない?終電も無いし、上には空き部屋が有るし泊っていく?」「ありがとうございます。ですが家まで走って帰れる距離ですので、お暇させていただきます」「そう、カラダニキヲツケテネ」「はい」

 

スノーホワイトは店を出ようとする「あっ、ちょっと待って」ネザークイーンは呼び止め、スノーホワイトは扉の前で振り向く。「そのフォーリナーX=サンを探す交換条件ってわけじゃないけど、お願いが一つあるの」「何ですか?」「時々でいいからニチョームに来てヤモト=サンと遊んでくれない」「遊びに?」

 

スノーホワイトは予想もしない依頼に思わずオウム返しする。ネザークイーンは予想通りの反応とばかりに言葉を続ける。「周りは大人ばかりで同世代が居なくてね。何も言わないけど、もしかして寂しいかもしれない。だからね、アータは同世代だしニンジャだから色々と合うかなって思ったわけ」

 

「はい、都合があえば」ニンジャは特殊な生き物だ。人より遥かに優れた力を持っている。そして心も違うかもしれない。そうだとしたらニンジャと人は心を通じ合わせることができないのだろうか?そうだとしたら、それは辛い事だ。だからこそネザークイーンは友人になってもらいたいとスノーホワイトは推察した。

 

「やっぱり今のは忘れて、あ~ヤダヤダ、年を取ると余計なお節介ばかりしちゃう!」ネザークイーンはスノーホワイトの前に手を出しブンブンと横に振る。「余計じゃないです。その気持ちは伝わっていると思います」「アリガトウ。じゃあお節介ついでに言うけど、もっと自分をさらけ出していいのよ、それこそ相談があれば乗るから」

 

「相談?」スノーホワイトの眉がピクリ動く、「アータ色々と溜め込むタイプでしょう。それにアトモスフィアが良い意味で大人びている。悪い意味で可愛げが無い。そういう人って結構気を張って疲れている事が多いの」「はい」動揺が出ないように返事をする。外面を良く猫を被っているところはある。だが初対面の人間に見破られるとは思っていなかった。

 

「では失礼します」スノーホワイトは頭を下げ退出しようとドアノブに手をかける。「あと、またお願いがあるのですが」スノーホワイトは恐縮そうに言った。

 

◆◆◆

 

「ドーモ、ネザークイーンです」「ドーモ、ヤモト・コキです」「ドーモ、スノーホワイトです」「ドーモ、ドラゴンナイトです」ニチョームにあるゲイバー絵馴染、その店内で三人のニンジャと一人の魔法少女がアイサツを交わす。ヤモトとネザークイーンとスノーホワイトはリラックスしていたが、ドラゴンナイトは緊張していた。

 

「中々のグッドルッキングね、ドラゴンナイト=サン。食べちゃいたい」ネザークイーンはドラゴンナイト投げキスをして、ドラゴンナイトは明らかに顔を引き攣らせる。「ザクロ=サン」「分かってる、ゲイジョークよ、アタシの想い人はあの人だけ、とりあえず座って、何飲む」「ミカンムースで」スノーホワイトはカウンターに座り注文する。

 

「アータは?」「えっと…コーヒーで」「コーヒーね、有ったかしら?」「ここらへんじゃない」ネザークイーンとヤモトはカウンター後ろの棚から探し始める。その間キョロキョロと辺りを見渡しながら今日の事を振り返る。

 

休日の昼過ぎにスノーホワイトに呼ばれアジトに向かった。「これ受け取って」スノーホワイトから有無を言わさず封筒を握らされた。中身は金で中学生が受け取るには大金だった。「遅くなったけど、マタタビさんの入院費と治療費、全額とはいかないけど」「いや、こんなに受け取れないよ」

 

ドラゴンナイトは返そうとするがスノーホワイトが手を握りこみ離させない。「ドラゴンナイトさんに払わせるわけにいかない」「でも……ボクの家はカチグミだしお金あるし、ボクが払うのが筋というか、それにマタタビ=サンは仲間だし」「私はマタタビさんの仲間じゃないの?」

 

「え?」「仲間が怪我すれば助け合うし、治療費が払えないなら仲間で払うでしょ。私は仲間じゃないのかな」スノーホワイトは悲しそうに呟く。ドラゴンナイトは言葉を詰まらせる。スノーホワイトの言う通り仲間は助け合うものだ、スノーホワイト仲間の為に金を捻出した。それを受け取らないのは仲間と認めないものだ。

 

「とりあえず受け取って、気に入らないなら寄付するなり燃やすなりしていいから」「じゃあ…」ドラゴンナイトは封筒から金を取り出し財布に入れた。「それでこの後どこ行くの?」ドラゴンナイトは問いかける。スノーホワイトからこの後会わせたい人がいるから、そこに向かうと言われていた。

 

そして来たのがニチョームのゲイバー絵馴染だった。セクシャルマイノリティーの聖地ニチョーム、セクシャルマイノリティーの人と接する機会が無かったドラゴンナイトは警戒し、恐怖を覚えていた。集合時間は昼過ぎで、ストリートの活動は大人しかった。もし夜に行けば、客引きとネオン看板の光の洪水で動揺し混乱しただろう。

 

そして店に入っていたのが、ネザークイーンとヤモトだった。一人は7フィートある巨漢のあからさまにゲイのニンジャ、一人はスノーホワイトより少し年上の若い女性のニンジャ、しかもカワイイだ。彼女もセクシャルマイノリティーなのだろうか?ドラゴンナイトは二人を観察する。

 

「はい、コーヒーにミカンムース、それにしても若いわね、スノーホワイト=サンより年下ね、何歳?」「14歳で中二です」「ヤング!肌もピチピチじゃない、肌のケアなんて全く気にしなくていいじゃない」ネザークイーンは羨望の眼差しでドラゴンナイトを見つめた。

 

ドラゴンナイトは目を伏せコーヒーを飲む。苦い、思わず顔を顰める。正直ミカンムースの方が良かったが見栄の為に頼んだだけで、好きでもなかった。その様子を三人は微笑ましく見ていた。

 

それから4人のお茶会めいた会合は始まった。最初はスノーホワイトとヤモトの出会いに始まり、様々な事を話した。主にネザークイーンが話題を振りまく、バーの店長だけあって話し上手であり聞き上手だった。ドラゴンナイトに影響が出ない程度のニチョームでの出来事を語り、時には巧みに話題を引き出し、話を広げた。

 

最初は緊張していたドラゴンナイトも会話を楽しみ、ネザークイーンの人間性に触れ、抱いていたセクシャルマイノリティーへの偏見は薄れていた。「二人はどんなジツを使えるんですか?」ドラゴンナイトが何気なくネザークイーンとヤモトに尋ねる。その瞬間アトモスフィアが若干変化する。

 

「それを聞いてどうするの?」「実際ニュービーですので、もしニンジャと戦った時に二人と似たようなジツを使うのだったら、対策が立てられると思って」「ニンジャと戦いたいの?」ヤモトが戒めるように聞き返す。戦うことを前提としており、ニンジャと戦う恐ろしさと危険性を感じていないようだった。

 

ヤモトのアトモスフィアを感じ取ったのか、ドラゴンナイトはシリアス気味に語り始める。「ボク達はネオサイタマをパトロールして、困っている人を助けています。そして、ニンジャが悪いことをしている場面にも遭遇しました」「遭遇した?それでどうしたの?」「人々を虐殺していたので、二人で戦いそのニンジャを倒しました」ドラゴンナイトは息を吸い込む。

 

「もし同じような事が有ったら、同じように立ち向かいます。それで相手のニンジャを倒し弱い人を守れるように、出来る限りの事はしておきたい」ドラゴンナイトは静かに息を吐き、ヤモトとネザークイーンはドラゴンナイトに視線を向ける。危機感もなく遊び半分で言っているわけではなくシリアスであることは伝わった。

 

「わかった。アタイのジツについては教える」「ありがとうございます」「でも」ヤモトはアクセントをつけ声を大きくした。「偶然会ったら仕方がない、でも自分からニンジャを探して倒そうとしちゃだめ」ヤモトはドラゴンナイトとスノーホワイトに視線を送る。「それじゃあ、自分から悪いニンジャを探す努力をしないで、見過ごせって言うんですか?」

 

ドラゴンナイトは反論する。「アタイもニンジャに追われた。あれは辛かった。そんな風にやっていたら、いずれ大きな力に飲み込まれ、家族や友達も危険な目にあう。それでいいの?」ヤモトのニューロンにニチョームに辿り着く前の日々が過る。ニンジャ組織ソウカイヤに命を狙われたことがあった。

 

その日々は辛く苦しかった。もしあの時に家族がいれば人質、最悪殺されていただろう。ドラゴンナイトのようにしていたら、いずれニンジャ組織アマクダリに捕捉され狙われる。「でも…困っている人を助けないのは腰抜けじゃないか!」ドラゴンナイトは感情的に反論する。正しい事を、自分の正義を否定されたようだった。

 

「それは分かる。でも死んだら終わりだよ。ドラゴンナイト=サンはニンジャの恐ろしさをまだ知らない」ヤモトは諭すように言う。ドラゴンナイトの行動は素晴らしい、だがいずれアマクダリと衝突し、ベイビーサブミッションで潰される。ドラゴンナイトは反論しようがヤモトの有無を言わせないアトモスフィアに言葉が詰まる。

 

「まあ、ヤモト=サンも見捨てろと言っているわけじゃなくて、悪いニンジャが居ても実力差を考えずヤバレカバレに戦うんじゃなくて、引くことも大切って言いたいのよね」「うん」ネザークイーンの捕捉にヤモトは頷く。「それにそういうニンジャは案外別のニンジャにやられるもんよ、インガオホーってね」ネザークイーンは意味ありげにウインクした。

 

「じゃあ、ヤモト=サン、ジツを見せてあげて」「うん」ヤモトはカウンターのペーパーナプキンをツルに折ると浮遊させる。「ワオ、キレイだ」ドラゴンナイトは桜色のツルに目を奪われる。「これをぶつけてミサイルにするのがアタイのジツ」ヤモトはイーグルやエイなどを折り浮遊させ旋回させた。

 

それからネザークイーンも自分のジツを教え、ドラゴンナイトとスノーホワイトも教えた。ドラゴンナイトは全てを教えたが、ネザークイーンとスノーホワイトは自分のジツと魔法を一部秘匿していた。

 

「そろそろ開店準備だから、オヒラキね」時間は16時を回り、絵馴染の営業時間が迫っていた。ネザークイーンの言葉を皮切りにドラゴンナイトとスノーホワイトは立ち上がる。「ありがとうございました。今日は楽しかったです」ドラゴンナイトはネザークイーンに頭を下げる。

 

「ヤモトさん、ネザークイーンさん、今日は付き合ってくださってありがとうございます」スノーホワイトは礼儀正しく頭を下げる。今日の会合はスノーホワイトが主催したものだった。目的はドラゴンナイトがニンジャとの知り合い、コネクションを作る事だった。人脈は力になる。それは友人のリップルのフォローで身に染みている。

 

「もしドラゴンナイトさんが助けを求めたら、手を差し伸べてくれれば幸いです」「アータが助けてあげればいいじゃない」ネザークイーンは意外そうに答える。スノーホワイトは神妙な顔で答える「私はいずれドラゴンナイトさんの元から去ります。それは何時になるかは分からないですが」

 

「実際辛くないの?」ヤモトは問う。「正直言えば後ろ髪を引かれる思いはあります。でも去らなければなりません」スノーホワイトは唇を噛みしめる。その顔を見てヤモトは何も言う事はできなかった。「困っている人を助けないのは腰抜けだしね、出来る限り助けるわ」ネザークイーンは胸を張る。

 

「ありがとうございます」「あと、さっきもヤモト=サンが言ってたけど、必要以上にクビを突っ込まないように」「はい、ドラゴンナイトさんに言っておきます」「アータもね」「私も?」スノーホワイトは思わず聞き返す。「何か切羽詰まったアトモスフィアなのよね。死んだら終わりよ、生き残り重点」

 

スノーホワイトは一瞬キョトンとした表情を見せ、すぐに笑顔を作った。「分かりました」頭を下げて店を出た。「大丈夫かな、あの二人」スノーホワイトが出た後ヤモトは心配そうに呟く、あの夜に共闘してスノーホワイトの強さは肌で感じた。実際強い、だがそれでもアマクダリと敵対したら生き残れる保証は全く無い。

 

「そうね、ドラゴンナイト=サンもそうだけど、スノーホワイト=サンも心配だわ」ネザークイーンはため息をつく。スノーホワイトは自分に厳しい理想を課し、その理想の為に無理をし、理想に殉じそうな危うさを感じていた。「もし二人がアマクダリに睨まれて、助けを求めたらどうするの?」ヤモトは扉からザクロに視線を向ける。

 

「勿論助ける。困っている人を助けないのは腰抜けだしね」「アタイも」ヤモトはネザークイーンの答えに満足げに頷いた。あの若い二人が助けを求めたら手を指し伸ばそう。かつて自分がされたように。だがそうなればアマクダリとの衝突はさけられない。そんな日々は来ては欲しくない。ヤモトは二人がアマクダリに見つからないように祈った。

 



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第十話 学生の本分とご褒美#1

◇スノーホワイト

 

「くそ、天気予報では実際強くないって言っていたのに」

 

 夜のネオサイタマに大粒の雨粒が降り注ぐ中ドラゴンナイトは慌てた様子で走り始め、スノーホワイトは後についていく。一分間ほど走ると目の前にネオン装飾で彩られた本屋があり。ドラゴンナイトは中に入らず軒先に止まると息を吐き、被っていた帽子を取り水滴を取り除く。

 

 ネオサイタマで生活する上で雨具は必要不可欠である。スノーホワイトの住む世界では雨に濡れても不快に感じるだけか、体が冷えて風邪をひくぐらいである。だがネオサイタマでは雨に濡れることは命に関わる。

 空から降るのは有害なガスを含んだ重金属酸性雨であり、雨を体に浴びて少量飲んだとしても死に至る毒性はないが、有害であることは変わりない。故にネオサイタマの住人は傘等を常に持っている。他にはサイバーレインコートで雨を防ぐ方法もあるが、ドラゴンナイトは動きの邪魔になるからという理由で基本的には着ていない。

 

「今日は雨が弱いからAAHMR++の帽子とジャージ着ちゃったよ、そういえばスノーホワイト=サンの服ってAAHMRどれくらい?」

「えっと、私のも++かな」

「そうなの?いつもその服だから++++ぐらいあると思ってた。でも++じゃあ実際危ないから、加工してもらうか他の服を着こんだほうがいいよ」

「わかった。そうする」

 

 スノーホワイトはドラゴンナイトの会話に適当に合わせる。AAHMRとは何だ?とりあえず野外で活動するには++++ぐらい必要のようだ。重金属酸性雨については知っていたが魔法少女は毒に強いので特に気にしていなかった。とりあえずファルに調べてもらおう。

 

「とりあえず、雨が弱まるまで中で暇潰す?」

 

ドラゴンナイトが店内を指さし、スノーホワイトは頷き店内に入っていく。

 

「イラッシャイマセドスエ」

 

 自動扉を通過すると女性の声を機械加工した音が聞こえる。すぐ振り向けば自分の世界のVRゴーグルのような物をつけた店員が座り、こちらを振り向くことなく前方を見続ける。

 ゴーグルから「万引きは許さない」「暴力行為合法」「店の中は私が法律」という文字が流れる。中々威圧的な文言だ。 自分の世界では万引き犯に対する暴力行為は違法である。だがネオサイタマであれば合法であっても何の不思議でもない、最初は軽いカルチャーショックを受けたが、もう馴れた。 店内の広さは大型書店というほどではなく、地元が営業している個人経営の店ぐらいの広さだった。客も夜間のせいか、自分たちを含め10人程度だ。

 

「私、あっちのほう見てるから」

「分かった。ボクはあっちにいるから」

 

 二人はそれぞれの方向に向かう。ドラゴンナイトは漫画コーナーに行ったのだろう。普段の行動と趣味嗜好を知っていれば予想できる。 こういうのは一人で物色したいものだ、気持ちは分かる。趣味を共有している者ならともかく、スノーホワイトはコミックにはそこまで興味がない、そういう人物が居るとかえって邪魔だ。自分も魔法少女ものの漫画や小説を物色しようと思う時に理解が無い人が居れば邪魔である。 スノーホワイトは店内を時計回りに回っていく。

 

 「マイナス思考がプラス化する」「そんな事だからお前はダメだ」「これで僕は間違いなく破産する……圧倒的勝利のシステム全開示」「父へ……365の有言実行」「ニュービーでも分かるデジネンブツ」「クッキングアイアンマンのバイオマグロ調理法」

 

 新聞、週刊誌、新書、実用書、小説等様々な書物が置いてあり、スノーホワイトは出来るだけ手に取る。本は立ち読みできないように細工されているが、表と裏の表紙を見るだけでも情報は得られる。ネオサイタマに来てそれなりの月日が経ち、生活に馴れたつもりだがまだ知らないことが多い。こうして情報を収集するのは無駄ではない。

 

「ファル、AAHMRって何?」

「それは衣服が重金属酸性雨に耐えられる数値だぽん、+++++が最高だぽん」

 

 小声で尋ねると端末から答えが返ってくる。知っていたのか会話を聞いて調べたのか、前までは書物で調べる手作業だった。ファルがネットワークに繋がってから、こういう質問をすればすぐに返ってくるのでデーターベースとしては頼りになる。

 店内を物色していると参考書コーナーに辿り着く。そこには中学生らしき少年達が参考書を物色している。その姿を見て自分の世界の学業について思考が移る。

 そういえば学校は期末試験だろうか、この世界に来てから勉強をする余裕もなく、教材もないので全く勉強していない。復習もせず授業を受けていない今の状態でテストを受ければ赤点は免れないだろう。

 姫川小雪が通っている高校は進学校であり、学業成績が落ちるとそれだけ今後の学校生活に影響が出る。この遅れを取り戻すのは大変そうだ。今後のことを考え少しだけ憂鬱になっていた。

 スノーホワイトは何となく数学の参考書を手に取る、ハイスクール1年と書かれているので習った問題もあるかもしれない。表紙には例題と答えが載っていた。

 

答えはルート虚無僧44

 

 √44なら分かる。だがルート虚無僧44とはどういう意味だ?自分が知っている平方根の計算とは根本的に違うのだろうか?スノーホワイトは深く考えず参考書を元の位置に戻した。

 

「期末テストだけど、どう?」

「ノースタディ重点」

「俺も!」

 

 スノーホワイトの近くにいた少年達もテストについて語っている。お互い勉強していないと主張する。だが実際はきっちりテスト勉強しており良い点数を取るというのがテストあるあるの一つだ。

 中学校でもよっちゃんとみっちゃんが勉強していないと言い、安心して手を抜いていたら実は二人は勉強して良い点数をとり、自分は散々だったということあった。今思えば他人を気にせず勉強していればいいのだが、当時は自分だけ良い点数を取って嫉まれるとでも思ったのだろうか。昔の事を思い出しながら参考書コーナーを後にして専門書コーナーに足を運んだ。

 

「そろそろ行こうか」

 

 コミックコーナーの物色を終えたドラゴンナイトと合流し、出口に向かう。外を見ると雨足はすっかり弱まっていた。

 

「そういえばドラゴンナイトさんの学校って期末テストいつ?」

 

 スノーホワイトは何気なく切り出す。先ほどの中学生らしき男の子が試験ならドラゴンナイトもテストがあると世間話のつもりで話す。

 

「1週間後」

「期末テストの勉強は大丈夫?」

「いいよ、あんなものブルシットだ。それよりパトロールや強くなることが大事だよ」

 

 ドラゴンナイトは吐き捨てるように言う、これは勉強が嫌い故の現実逃避か?だがその言葉には怒りや苛立ちの感情が含まれている。只の現実逃避ではなさそうだ。

 

「それじゃ、成績落ちちゃうよ」

「いいよ、良い点数とって、センタ試験に合格して、カチグミになってもあのファッキン父さんの会社に働かされるんだ。それだったらパトロールやトレーニングに時間を使って困っている人を助けるほうが有意義だよ」

 

 ドラゴンナイトは靴の底でアスファルトをジャリジャリと擦り苛立たしい様子を見せる。

 

「でも勉強はしたほうがいいよ。お父さんの会社を継ぐ継がないにしても、勉強して良い点数取っていれば、その分進路選択の幅が広がる。なりたい職業があっても学力が足りなくて後悔することになるかもしれないよ」

 

 スノーホワイトは自分の世界の一般論を諭すように言う。知る限りではこの世界のセンター試験に合格し大学を卒業しなければ一流企業に入れないそうだ。一流企業に入るのが幸せかは分からないが、せっかく私立で良い教育を受けているのだから、それを捨てるのはもったいない。

 

「いいよ、ベースボールプレイヤーにはもう成れないし、なりたい職業なんてもう無い。ボクはニンジャだ。いざとなればニンジャの力で稼げる。いっそ職業ニンジャになればいい」

 

 ドラゴンナイトは自身に言い聞かせるように呟く。一方スノーホワイトはその言葉に危機感を覚えていた。

 魔法少女は永久的になれるわけではない。魔法少女に推奨される人助けを行わなかった者、悪事を働いた者。そういった者は魔法の国から魔法少女の力を剥奪される。そうなれば魔法少女の力もその記憶も消され何も残らない。

 魔法少女は魔法少女であることに縋りつく、その異能の力を手放すのが惜しくなり、魔法の国が推奨する人助けを積極的に行う。自分の時間を削り、生きていくために必要な技術や知識を得る時間を削り、生きるために必要な労働する時間を削って。

 そうして人生は取り返しがつかないほど確実に追い詰められる。けれど魔法少女を手放せない、そして最後は金を得るために犯罪に手を染め、別の魔法少女に捕まる。スノーホワイトもそういった魔法少女を何人も捕まえてきた。

 ニンジャのことは詳しく知らないが、その能力が失われることはないだろう。だが異能の力に頼る生活は必ず落とし穴に嵌ってしまう。異能の力は使うにしても趣味に使う程度に留めておくべきであり、ニンジャの力に頼らず人間としての知識と技術で生きるべきだ。

 異能の力はきっと悪用される。別の誰かによって法を犯される事をさせられるか、自ら法を犯すかだ。そんな後ろ暗い事をすれば逮捕され、最悪死ぬ危険が高まる。

 ドラゴンナイトには、カワベ・ソウスケには岸辺颯太のように清く正しく末永く生きてほしい。それがスノーホワイトの願いだった。

 

「ドラゴンナイトさんの前回のテストの平均点は何点ぐらい?」

「そんなのいいよ」

「言って」

 

 スノーホワイトは冷淡に無感情に呟く、それは魔法少女狩りと恐れられたスノーホワイトだった。その迫力にドラゴンナイトは言うつもりが無かったが思わず平均点60点と口に出してしまう。

 

「平均点60点か、じゃあ1週間後のテストの結果が平均点60点以下だったら、もう一緒にパトロールしないから、私は勉強しないで頭が悪い人は嫌いなの」

「え?ジョーク?」

「本気だよ」

 

 ドラゴンナイトはスノーホワイトの変化についていけないのか呆けた顔をしながら聞き返す。だがスノーホワイトは言い放つと冷ややかな目で見つめる。その表情にドラゴンナイトは動揺し戸惑っていた。

 

「そして、平均点85点超えたら、私がデートに連れて行ってあげる……」

 

 ドラゴンナイトから視線を逸らし僅かに照れ臭そうに呟く、鉄仮面で冷徹な魔法少女狩りの顔ではなく。魔法少女になったばかりの感情を素直に顔に出してしまうスノーホワイトの顔だった。

 スノーホワイトはドラゴンナイトを置きざりにするように移動する。ドラゴンナイトは状況の変化についていけず、目を点にして後ろ姿を見ていた。

 

「スノーホワイトも悪い女ぽん、相手の好意を利用して一緒に行動しないという鞭、デートに連れていくという飴を与え、自分が望む方向に誘導しようとしているぽん。いつの間にそんなテクニックを覚えたぽん」

 

 ファルがスノーホワイトに話しかける。もし表情がついていたらニヤニヤと擬音がつくような笑みを浮かべていただろう。

 

「あのままじゃあダメだから」

「でも何でデートだぽん?飴を与えるにしてもスノーホワイトなら別の何かを言いそうだぽん」

「それしか思いつかなかった」

 

 正確に言えば一番効果が有る飴があれしか思いつかなった。ドラゴンナイトの恋心を利用した飴と鞭、ファルの言う通り悪い女だ。スノーホワイトは軽い自己嫌悪に陥っていた。だがドラゴンナイトの為なら自己嫌悪すらいくらでもなってやる。

 

「詳しくは分からないけど、ドラゴンナイトの為ぽん、よく世話を焼くぽん」

「ドラゴンナイトさんが理不尽に死なない為なら私は何だってする」

「でも、スノーホワイトの行動はその場凌ぎの付け焼刃ぽん、スノーホワイトが居なくなれば鞭も飴も意味がなくなるぽん。まさかずっとこの世界に留まるなんて言うつもりはないぽん?」

 

 ファルの指摘に黙り込む。まさにその通りだった。本人がニンジャの力を使わず真っ当に生きるつもりがなければ、いずれは日常から外れていく。だがこれを機会に思い直すかもしれない、その可能性が僅かでもあればそれに賭ける。ドラゴンナイトの為にやれる事は全てやる

 

───

 

 

ソウスケはチャブ台の前に正座する。上を見上げると「妥協しない」「最低でも六時間」「絶対に六十点以上」と力強くミンチョ体でショドーされた掛け軸が飾られている。これはソウスケがショドーしたものだ。そして深く息を吐くとハチマキを額につける。ハチマキは白色で額の中心の場所に赤色の丸、その等間隔の隣に「六」「十」とショドーされている。

 

ナムサン!これはセンタ試験に向けて勉強する受験戦士がする姿だ。これは普段はせずセンタ試験一週間前にするとされており、死ぬギリギリまで自分を追い込むという決意表明である。何たる覚悟か!それほどまでに学力試験に懸けているのだ!

 

ソウスケはテキストと白紙のノートを開く、本来ならノートには教師が黒板に書いた文字が書き写され、重要なポイントは赤色のペンでマーキングされている。だが授業中はイマジナリーカラテをやり続け、碌に教師の話を聞かずノートをとっていなかった。こんなことになるなら授業を真面目に受ければよかった。

 

だがそんな後悔はニューロンの片隅に追いやる。後悔はテストが終わってからすればいい!ソウスケはテキストを広げ凝視する。ニンジャセンスを全稼働させテストに出そうな単語を読み取りノートに書いていく。1時間後ノートに書く作業は終了する。するともう一つ白紙のノートを取り出し横に置いた。

 

「イヤーッ!」ソウスケは白紙のノートに先ほど書いた単語を全自動スシ握りマシーンめいて書いていく。ページは瞬く間に文字に埋まっていき、すぐさまページを開き文字を書いていく。「ウラガ、ペリー、クロフネ、チョウシュウ、サツマ」ソウスケはマントラめいて呟く。気が狂ったか!?否!これは暗記テクニックである。

 

文字を書き体で覚え、言葉にすることで聴覚を通してニューロンに刻み込み記憶として定着させる。ソウスケは一心不乱に書き言葉を発する。この暗記テクニックは膨大な体力を消費するので長期間はできない。だがソウスケはニンジャ体力を生かし実行する。何たるニンジャの体力を利用した物量作戦か!

 

もっと効率的な方法があるのでは?ソウスケのニューロンに誘惑が駆け巡る。だが己のニンジャ感覚で選んだ項目を覚えるこの方法を貫徹する!ソウスケは雑念を捨て暗記するという一点に全てを注ぎ込む。

 

かつてベーシックカラテを教えたドラゴン・ユカノが居れば、ドラゴンニンジャ・クランのインストラクションワン「百発のスリケンで倒せぬ相手だからといって、一発の力に頼ってはならぬ。一千発のスリケンを投げるべし」を思い出し、そのスピリットを褒めるだろう!

 

6時間後、ソウスケは腕を止め立ち上がる、流石に疲れた。体に取り巻く倦怠感を覚えながらフートンに敷き眠りにつく。暗記は睡眠をとることでニューロンに定着する。それには質の高い睡眠が必要である。フートンに入り深呼吸を繰り返し、精神をヘイキンテキにする。意識が失う間、あの日の夜の事を思い出していた。

 

スノーホワイトの顔は忘れられない。マシーンめいた冷たい表情、あんな顔は初めて見た。思い出しただけで体が竦む。そして60点取れなければ二度と一緒に行動しないと言った。スノーホワイトは初めて会った同志であり、恋焦がれる人だ。その人と二度と会えない、それは死に匹敵する恐怖だった。

 

前回と違い授業を全く真面目に受けていない。点数が取れない、スノーホワイトと二度と会えない。ニューロンにネガティブな感情が駆け巡り支配する。コワイ!ツライ!タエラレナイ!次々にネガティブな言葉が浮かびメンタルを蝕む。その時ニューロンのデーモンが囁く。カンニングしろ、教師から問題を奪え。

 

ニンジャならカンニングの方法はいくらでも有る。学校に侵入し問題用紙を盗む。教師を脅して問題を教えてもらう。どれもベイビー・サブミッションだ。ソウスケは実行に移そうとするが動きが止まる。ニューロンに浮かぶのはスノーホワイトの姿だった。

 

清く正しいスノーホワイト、ソウスケは容姿にも惚れていたがその精神にも惚れ憧れていた。まるで憧れたカートゥーンのヒーローのようだった。もし外道な方法で良い点数を取ったら、もう二度とスノーホワイトの隣に立つことはできない。それ以降ニューロンのデーモンは囁くことは無かった。

 

ソウスケは期末テストまで只管勉強した。スノーホワイトにはテストまでパトロールを休むと連絡し、トレーニングも必要最低限に抑えた。ベースボールのトレーニングもカラテのトレーニングも辛いけど楽しかった。だが勉強はただ辛かった。それでもスノーホワイトと離れたくないという一心で耐えきり、テスト当日を迎えた。

 

 

◇ファル

 

「今日はドラゴンナイトのテストが返ってくるらしいぽん」

「そうみたい、今日答案持ってくるって連絡があった」

 

 日が落ち始め夕日がネオサイタマの街並みを染め上げる。ドラゴンナイトのアジトも夕日が窓から入り中にいるスノーホワイトを茜色に照らす、夕日の光を気にすることなく魔法の国のアイテムや道具の数をチェックしながら相槌をうつ。

 

「もし60点以下だったら、どうするぽん?」

 

 スノーホワイトはファルの言葉に返事をすることなく、道具の整理を続ける。答えは分かっている。これはスノーホワイトが提示した条件だ。気分次第で幾らでも反故にできる。ドラゴンナイトの意志を尊重し、その身を守るのがスノーホワイトの目的だ。つまり自分から離れることはありえない。つまり茶番だ。

 茶番だと知らず点数に一喜一憂しているドラゴンナイトには少しだけ同情する。道具の整理が終わり日が沈んだ頃にドラゴンナイトはやってきた。

 

「ドーモ、スノーホワイト=サン」

「どーも、ドラゴンナイトさん」

 

 ドラゴンナイトの表情に安堵も落胆も見られない。見えるのは緊張だ。平均点60点を超えれば安堵し、以下だったら落胆しているはずだ。その訳はファルには分からなかった。

 

「じゃあ、答案を見せるね。ボクもまだ結果を見ていない」

 

 ドラゴンナイトは筒のようなものから答案を取り出す。その手は若干震えていた。なるほど表情の理由を理解できた。答案をスノーホワイトに見せるように広げた。

 

「ランゲージは……92点、サイエンスは85点、ソーシャルスタディは90点、フィジカルエディション89点、ジャーナリズム90点、」

 

 点数を読み上げていく、かなりの高得点だ、自身も想像以上だったのか声も嬉々としている。これはスノーホワイトの提示した平均点85点以上を上回るかもしれない。そして最後の答案を取り出す。先程までと比べるとゆっくりとしておっかなびっくりだ。このテストは点数が悪いのかもしれない。

 

「最後のマスは……70点」

 

 点数を読み上げ大きく安堵のため息をついた。ファルは瞬時に点数を計算する。平均60点は明らかに超えている。これで一つ目の条件をクリアした。そしてスノーホワイトが提示した条件は平均点85点以上だ。6科目の平均点は86点。スノーホワイトも暗算で計算し終わったのか、仕方がないといったような表情を見せた。

 

「平均点は86点、よくがんばったね。凄いよドラゴンナイトさん」

 

 スノーホワイトは笑顔を見せながら労い賞賛の言葉を贈る。これは社交辞令ではなく本心だろう。表情が自然で弟を褒める姉のようだった

 

「これで一緒に行動していいんだよね」

「うん、意地悪なこと言ってごめんね」

「平均点60点超えている手ごたえはあったけど、実際不安だったよ、テストも二択だった場合も多かったし、外れていたらもっと点数が低かった」

「一日何時間ぐらい勉強したの?」

「家に帰ってからはずっと勉強、息抜きでイマジナリーカラテやったりしたけど、7時間ぐらい」

「凄いね。どんな勉強方法したの?」

「ひたすら書いて喋って暗記、ニンジャじゃなきゃ出来なかった勉強方法だから、ちょっとズルかったかも」

「そんなことない、ニンジャでもずっと勉強を頑張ったのはドラゴンナイトさんの意志だよ。だからドラゴンナイトさんの力だよ」

「そうかな」

 

 ドラゴンナイトは不安から解放されたからか饒舌に喋る。それをスノーホワイトは相槌を打ちながら聞き肯定する。ドラゴンナイトは機嫌がよくなり、さらに喋った。

 

「じゃあ、パトロール行こうか、このワクワクする感覚懐かしいな。テスト空けにベースボールクラブの練習をする時みたいだ」

 

 嬉しさを隠すことなく言いながら窓のサッシに足をかける。外に出ようとした瞬間スノーホワイトが声をかける。

 

「行くのは今週の日曜でいい?」

「行く?どこに?」

「その、デート」

 

 スノーホワイトはデートという単語を言う際に僅かに言いよどむ。その単語を聞いたドラゴンナイトは無反応だった。おかしい、いつものドラゴンナイトなら顔を赤くし照れと恥ずかしさで挙動不審になるはずなのに、スノーホワイトもおかしいと思ったのか問いかける。

 

「平均点85点超えたら、デートに誘うって言ったよね」

 

 ドラゴンナイトは顎に手を置きながら首を右に傾け左に傾けさらに右に傾け、顎から手を放し、その手を叩き声を上げる。

 

「そうだ言ってた、言ってた」

 

 この反応、忘れていたな、スノーホワイトも同じような反応を見せており、言わなければ良かったと僅かばかり後悔の念を滲ませていた。

 

「平均点60点以上ばかり気にしていてすっかり忘れた……ということは、デート?スノーホワイト=サンと?ボクが?」

 

 自分とスノーホワイトを指さし、スノーホワイトは静かに頷く。ドラゴンナイトは顔を赤くさせ挙動不審の動きを見せた。

 

◇スノーホワイト

 

 スノーホワイトは廃ビルの一室の壁に背を預けながら、ため息をつく。ため息の原因はデートについてだった。

 ドラゴンナイトに真っ当な道に進んでもらいたいと飴のつもりで言ったが、今では後悔している。生まれてきてこの方デートなんてしたことがない。中学までは色恋沙汰は全く無く、魔法少女になってからは色恋沙汰をする余裕がなく、する気も無かった。

 まさか異世界に来て頭を悩ますことになるとは思わなかった。友達と行くのなら映画を見たり、ショッピングモールに行くだけで休日の遊びとしては充分だ。

 だが異性となると話は違う。女友達と一緒に遊ぶパターンで果たして満足するだろうか、今回は自分が主賓なのでドラゴンナイトが喜ぶプランを用意しなければならない。こういう時に経験者が居ればいいのだが、友人達に彼氏持ちは一人もいなかった。

 

「どうすればいいと思う?」

「焼きが回ったぽん、電子妖精に聞いて答えが返ってくると思うぽん?」

 

 ファルから辛辣な答えが返ってくる。感情の機微に疎い電子妖精型マスコットにデートの事を聞くのは確かに焼きが回っている。スノーホワイトは自嘲的な笑みを浮かべた。とりあえず相手が喜ぶプランを考えるには、相手の好き嫌いを把握しなければならない。

 

 ドラゴンナイトはマンガやアニメが好き、好きなジャンルはアクション系、野球部に所属しておりスポーツ系統は結構好き。こんなものか、そこから知っているデートスポットから当てはめていく。

 なら映画を見に行くならアクション系、または好きなアニメや漫画の映画だろう。カラオケは有るらしいが全く歌えないし、ドラゴンナイトも歌わないタイプかもしれない。それに一人だけに歌わせるのは気まずい。カラオケは却下。

 動物園、調べるとヨロシサンという会社が運営している動物園が有るらしい。動物が好きかは分からないので、さり気なく聞いてみよう。保留。

 遊園地、これは定番だろう、調べてみるとそれなりにアトラクションが有りそうだ。保留。

 野球観戦、興味はないが、ドラゴンナイトは野球部所属で辞めたのもやむを得ない事情が有ったようで、決して野球が嫌いになったわけではないそうだ。だが野球に対して複雑な気持ちを抱いているようなので、何らかしらの嫌な感情を思い出せてしまうかもしれない、却下。

 スノーホワイトの脳内でデート案を立案し却下するという工程が続き、試行錯誤はデート前日まで続けられた。

 



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第十話 学生の本分とご褒美#2

後書きにニンジャミスティックアーツを真似したものが有ります。
内容の一部にニンジャプラスの記事を引用したものがありますので、
ネタバレが嫌な方は注意してください


◇ファル

 

 タノシイ・エンタテイメント社が運営する複合スポーツエンターテイメント施設「ラウンド無限大」、ここでは卓球、ボーリング、ダーツ、ビリヤード、ヤブサメ、蹴鞠、野球、サッカー、アメフト等のスポーツを楽しめ、学生から親子連れも訪れる人気スポット、とホームページには書かれていた。

 スノーホワイトはそのラウンド無限大の入り口で待っていた。スノーホワイトは熟考の結果、このラウンド無限大でドラゴンナイトと休日を過ごす事にした。理由としてはドラゴンナイトがスポーツや体が動かすのが好きだという単純な理由だった。

 スノーホワイトは準備運動のように体を軽く動かしながら待つ、半袖白シャツにクロップ丈のデニムパンツにスニーカー。いつもの魔法少女の恰好ではない。これはこの日のために買った服装である。その際にスノーホワイトが以前のようにニチョームで姫川小雪として働いて購入しようとしたが、全力で止めファルが株で儲けた金で購入した。

 あの時は金を稼ぐ手段が無かった故の緊急措置だ、今は合法的に金を稼げるのでバイトをする暇が有ったら、フォーリナーXを探す時間にあてるべきと強く主張した。スノーホワイトもその主張に納得しすんなり引いた。

 

「ごめん、待った?」

 

 するとドラゴンナイトがやってくる。ポロシャツにジャージパンツといつもと大して変わらない服装だ、スノーホワイトが動きやすい服装でと連絡しておいたのでパトロールの時と変わらないのは当然とも言える。

 

「大丈夫、私も今来たとこ、じゃあ行こうか」

 

 スノーホワイトはデートの時の恋人同士の定型文を交わしながら、チケット売り場に向かう。

 

「すみません、ジュニアハイスクール1枚、ハイスクール1枚で」

「学生証をお見せください」

 

 ドラゴンナイトは財布から学生証を出し、スノーホワイトは財布から学生証を探すふりをする。異世界から着て住所不定職業不定のスノーホワイトが学生証を持っているわけがない、当然だ。

 

「学生証を忘れたみたいです」

「では、通常料金をお支払いください」

 

 スノーホワイトは若干残念そうにしながら金を払う。だがこれは演技で有り予定通りだった。この対応は予想済みだった。だがすんなり通常料金で払えば怪しまれるので、学生証を忘れたという小芝居を一つ入れたのだった。

 

「うっかりしてた」

 

 少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる。これで怪しまれないだろう、ドラゴンナイトのことだから怪しむどころか、普段はしっかりしているスノーホワイトだが抜けているところも有るのだと、所謂ギャップ萌えというものを感じているのかもしれない。

 中に入るとネオサイタマ特有のネオン装飾はなく、天井には青空の絵が描かれ壁面も暖色で彩られ外をイメージしたように解放感ある空間になっている。

 

「まず何で遊ぶ?」

「そうだな、ケマリとヤブサメはいいかな、授業で散々やっているし、特にケマリは好きじゃない」

 

 蹴鞠と流鏑馬は確かスノーホワイトの世界での日本の貴族や武士がやるものだ。普通ではやる機会はなく、授業でやるなんてまず無い。改めてネオサイタマは変だと思わされる。スノーホワイトも同じ事を考えているようだった。

 

「あ、でもあれは面白そう」

 

 ドラゴンナイトは興味深そうに視線を向ける。そこにはヤブサメエキスパートコースと書かれており、「治療費は払わない」「怪我は自己責任」と書かれている。様子を見ると利用者が機械の馬に乗って行うようだ。

 

「グワーッ!」

 

 馬は物凄いスピードで走り利用者はふるい落とされて、のたうち回っている。あのスピードで落ちれば無傷で済まないだろう。だから治療費を払わない、怪我は自己責任等と明記していたのか、しかしいくら明記していると云えど、あんな危険なものを設置していて営業停止にならないのか?

 

「学校では馬がポニーだからつまらないんだよね、ちょっとやってくる」

 

 そう言うとドラゴンナイトは楽し気にヤブサメコーナーに向かって行き、機械のウマに乗ってゲームを始める。

 

「イヤーッ!」

 

 矢は的のど真ん中を射抜く、するとその偉業を祝福するようにパワリオワーとけたたましい電子音が鳴り響いた。ドラゴンナイトは機械の馬から下りると係員から何かを受け取り、スノーホワイトの元へ戻ってくる。

 

「やっぱり馬が速いと楽しいね、ポニーとは全然違う難易度が実際高い。あとこれいる?」

 

 それは人形だった。球体にデフォルメされた表情をつけ手足をつけたデザインで、ラウンド無限大のマスコットキャラクターである。スノーホワイトは躊躇ったが折角だからと魔法の袋とは違うポーチに入れた。

 

「ソウスケさん、次からはああいうのは止めたほうがいいよ」

「どういうこと?」

「普通の人は多分あのスピードで矢を放ってど真ん中に当てられない、当てられたとしても何十年も練習した大人で、14歳には無理だと思う」

 

 スノーホワイトの言葉でドラゴンナイトは口を開け自身の迂闊さに気づく、流鏑馬については詳しくは知らないが、恐らくあのスピードでど真ん中に当てるのは不可能だ、ましては少年であの馬に振り落とされないのも異常である。実際利用者もドラゴンナイトに好奇の視線を向ける。

 

「ソウスケさん、まぐれだって喜んで」

「うん、ヤッター、まさかど真ん中に当たるなんて、ブッダもこんなところでラッキーを使わないで欲しいよ。きっと明日からアンラッキーばかりだ、ヤダなー」

 

 小声で耳打ちされ指示通り喜ぶ、まさに大根芝居にふさわしい拙さだったが、効果があるようで周囲もまぐれかという雰囲気に変わっていく。その間に二人はそそくさとその場を後にした。

 

「ごめん、ウカツだった」

「ニンジャだとバレると色々とマズいから気をつけよう」

「うん、でも色々と出来ないやつもありそうだな」

 

 ドラゴンナイトは残念そうに呟く、このまま手を抜かず遊び続ければ、驚異的なプレイを見せ不倒のレコードを残すだろう。そうなれば嫌でも注目を浴び、その記録からニンジャと感づかれる可能性がある。普段の学校では手を抜いてフラストレーションが溜まっているので、今日は全力で遊ぼうとしていたのだろう。

 それぐらい気づきそうだがそこら辺は中学生というところか、魔法少女でも同じようなことをして、指導官の魔法少女に注意されることは度々ある。

 

「ねえ、ソウスケさん、勝負しない?」

「勝負?」

「ここで色々な遊びで勝負して、勝った人が負けた人にそうだな…ご飯を奢るとか?」

「いいよ。やろう。負けないから、まず何から遊ぶ?」

 

 ドラゴンナイトは先程までの沈んだ表情から一転、すぐに表情を明るくさせ、足取り軽く歩き始める。

 

「これは予定通りぽん?」

「いや、こうすれば盛り上がるかなって、ソウスケさんは勝負事好きみたいだし、組手では私に負け続けているから、ここでは勝とうと張り切るかなって」

 

 確かにドラゴンナイトは勝負事が好きそうではある。漫然と遊ぶより勝敗を競えば熱中し楽しくなるので、スノーホワイトの提案は楽しませるという意味では正解かもしれない。しかし組手では負けているがここでは勝つという細やかなプライドと自尊心すら見透かされているとは思ってもいないだろう。

 

「それで負けるぽん?」

「そうするつもり、今日はソウスケさんに楽しんでもらいたいから」

「手を抜くにしても気を付けるぽん。手を抜かれたと気づいたらショックで寝込むぽん」

「ファルに男の子の気持ちが分かるの?」

「一般論だぽん」

 

 こうしてスノーホワイトの接待勝負が始まった。だが勝負は思わぬ方向に進んでいく。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ギャバーン!パワリオワー!

 

 隣では電子アナウンスと電子ファンファーレがけたたましく鳴り、大学生らしき若者たちがハイタッチをしながら喜び和やかな空気になっている。だが二人の周りはそれらの空気とは無縁でピリピリとひり付いていた。

 ドラゴンナイトがダーツを手に取り狙いを定め三本立て続けに投げる。

 

 ギャバーン!ブルズアイ!ギャバーン!ブルズアイ!ギャバーン!ブルズアイ!オメデトウドスエ!アナタの勝ちです。

 

 ダーツは吸い込まれるように的の中心点のダブルブルに吸い込まれた。ドラゴンナイトは憚れることなくガッツポーズを見せ、スノーホワイトは落胆と観念が混じったような息を吐いた後その様子をじっと見つめた。

 

「よし、これでイーブン!」

「最後はバスケの3Pと勝負だね」

「よしバスケエリアに行こう。絶対に勝つから」

「私も負けないよ」

 

 ドラゴンナイトは意気揚々とスノーホワイトも密かに気持ちを高ぶらせながら移動する。

 

 二人の勝負の種目はゴルフのパター勝負、サッカーでは的に当てる競技、ビリヤード、ダーツ、ボーリング、アーチェリー、バスケの7番勝負で行われることになった。

 ゴルフでの飛距離勝負やパンチングマシーン等のパワーを競う種目ではプロでも出せない距離を出し、マシーンを壊してしまうのは確実なので却下。バッティングセンターでも魔法少女にとっては剛速球も簡単に打ち返せるので却下、必然的に消去法で勝負は精密性を争うものになっていた。

 流石に魔法少女とニンジャでもずぶの素人だけあって、最初はそれなりの成績だった。だがすぐさま上達し2ゲーム3ゲームでは上級者並みの成績を出してしまうので、パターなら全部入れるのではなく、半分はカップから1メートルに近い方が勝ちというように周囲に怪しまれないように工夫した。

 

 ダーツとボーリング、アーチェリーはドラゴンナイトが勝利。

 サッカーとゴルフとビリヤードはスノーホワイトが勝利。

 勝負はバスケのスリーポイント対決で決まる。時間は10時から遊び今は18時を回っていた。昼食休憩が有ったがここまで長時間遊ぶと思っていなかった。何よりスノーホワイトがここまで熱中するとは思っていなかった。

 

「随分楽しんでいるぽん、スノーホワイト」

「楽しい勝負は接戦だから、これならソウスケさんも楽しんでくれるよ」

 

 勝負を楽しませる為に演技で悔しがり接戦を演出している。そう言っているがファルには分かっていた。スノーホワイトは本気であると。

 勝負を楽しませるために演出しているというのも本心だろう。だが結果的にそうなっているだけにすぎない。

 ファルも組手の結果からスノーホワイトが優勢で手を抜くと思っていた。だが戦闘能力とスポーツの実力は直結しないと思い知った。

 実力もそうだが、種目がスノーホワイトには不利なものだった。ボーリング、ダーツ、アーチェリー。これらは投擲系と分類され、手裏剣を投げるのが得意なドラゴンナイトには適性が有ったのか有利に働いた。

 さらに言えばアーチェリーは流鏑馬で弓を扱っているだけあって、さらに有利に働いたかもしれない。サッカーもボールの扱いがスノーホワイトと比べ明らかに馴れていた。

 結果ボーリング、ダーツ、アーチェリーでは負け、ゴルフのパターとビリヤードは勝ったが、サッカーはドラゴンナイトが自滅して勝ちを拾ったもので、全体的に苦戦している印象が目立つ。

 

「勝つぽんスノーホワイト、ドラゴンナイトに負けちゃダメぽん」

「どうしたのファル?そんなに熱くなって」

「いいから勝つぽん、次は、秘密を暴露してメンタル攻撃するぽん」

「そんなことしないから」

 

 スノーホワイトはファルの妙に熱が入った言葉を無視する。この勝負でどちらが勝っても何かが起こり何かが変わるわけではない。

 だが魔法少女に造られ、魔法少女に仕えるファルにとって魔法少女がそれ以外の存在に負けるのは許容できなかった。

 スノーホワイトの熱に当てられたのかこれは遊びではなく、魔法少女とニンジャの種族間闘争と考えていた。

 

「じゃあ最後の勝負だよ。ルールは……」

 

───

 

「今日は楽しかったよ、ありがとうスノーホワイト=サン」

「私も楽しかった。明日からパトロール頑張ろう」

「うん」

「じゃあ、晩御飯食べようか、どこか行きたいところある?」

 

 勝負はドラゴンナイトの勝ちで終わった。3P対決でスノーホワイトが最後の一投を外して勝負は決した。

 今日は負けたが決して魔法少女が劣っているわけではない、やはり種目が不利だった。これがテニスや卓球やバスケの1on1等の対人競技なら思考が読めるスノーホワイトが楽に勝てた。むしろこんな遊びで勝っても意味が無い。寧ろ有事の際の戦闘力こそ重要だ。つまり魔法少女のほうがニンジャより優れている。ファルは愚痴を呟きながら二人の様子を見る。ドラゴンナイトは勝ったせいか表情は晴れやかだ。スノーホワイトも目的が達成できたさいか表情が爽やかだ。

 常にパトロールとフォーリナーX探索で忙しかった。魔法少女でも肉体的にも精神的にも僅かでも疲労する。今日は息抜きになって良かったのかもしれない。そう考えるとファルの怒りは治まっていった。

 

「そうだな~、あっ、ちょっと移動するけど、行きたいところ有るけどいいかな」

 

◇スノーホワイト

 

「確か、ここらへんだって言っていたと思うけど」

 

 ドラゴンナイトは自信なさげにキョロキョロと辺りを見渡す。通りには居酒屋数多く有り活気にあふれていた。所謂飲み屋街というところだろう、行きかう人もサラリーマンがほとんどで二人は明らかに場違いでサラリーマン達は訝し気に見る。二人はサラリーマンの視線を浴びながら通りを進んでいく。

 

「あった!ここだよ、ここ」

 

 ドラゴンナイトは遭難した登山者が休憩所を見つけたように安堵の表情を見せながら店に向かって行く。店の看板には「ワザ・スシ」と書かれていた。

 中高生が遊んだ後の食事で寿司か、元の世界では友達と遊びに行ったときはファーストフードかチェーン店かちょっとお洒落なイタリアン等で寿司屋どころか回転スシ店にすら行った事はなかった。店構えからして高級店というわけではなさそうだが、中高生が行くには金銭的にも雰囲気的にも敷居が高そうだ。スノーホワイトは財布の残りをチラりと確認した。

 

「ここはボクが払うよ」

 

 その動作を目に捉えていたのか支払いを申し出る、だがスノーホワイトは毅然と断った。

 

「大丈夫、私が払う」

「でも、ボクが行きたいって言ったし、それにちょっと高そうだし」

「でも勝負に負けたのは私だから」

「けれど、スノーホワイト=サンもこんな店に行くのは想定していなかったでしょ」

 

 二人の押し問答は続く、確かにスノーホワイトはこのような店に行くことを想定していなかった。だからこその気遣いだろう、だがスノーホワイトにも面子がある。

 暫く口論が続き、結局ここはドラゴンナイトが支払いを持ち、次に2回ほどスノーホワイトが食事の代金を支払うということで落ち着いた。

 

 二人は戸を開け暖簾をくぐる。寿司はぼったりバーでドラゴンナイトが怪我をした際にアフロのニンジャに怪我の治りが速くなると勧められてパック寿司を買ったが、毒キノコのような色合いで見るからにマズそうだった。

 さすがにあんなものは出ないだろうが味は元の世界より見劣りするだろう。スノーホワイトは味のハードルを下げる。店に入ると手狭だが清潔感が保たれた空間で期待感を促される。

 

「イラッシャイマシ」

「イラッシャイマセ!」

 

 カウンターから老人の落ち着いた声と若い女性の力強い声が出迎える。女性のほうにはどこか見覚えがあった

 

「ドーモ、エーリアス=サン、お久しぶりです」

「ドーモ、カワベ=サン、ス…ユキノ=サン、あの時は世話になった」

「近くに寄ったので来ました。是非来たいと思っていたので」

 

 エーリアス、あのニンジャスレイヤーと一緒に居た女性だ。確か寿司屋でアルバイトしていると言っていたが、ここだったのか。二人はエーリアスにカウンター席に促され着席する。

 

「よく来たな、来る時は両親と来ると思ったが、まさか二人で来るとは思っていなかった」

「すれ違うサラリマンに見られました」

「それはそうだ」

 

 エーリアスは笑みをこぼしながらお茶を差し出し、二人は茶に口をつける。ドラゴンナイトは目を僅かに見開く。

 

「美味しいチャです」

「おっ、流石だな、スシ屋はスシだけじゃない、チャにも気を使わないとな。と言ってもアキモト=サンの受け売りだけどな」

 

 ドラゴンナイトの言葉にエーリアスは嬉しそうに笑い、アキモトと呼ばれた老人が静かに頭を下げた。

 

「それで二人は何の帰りだ?」

「ラウンド無限大で遊んできた帰りです。タマゴ一つ、ユキノ=サンは?」

「お任せで握ってもらうことってできますか?」

 

 ネオサイタマの寿司事情には疎いのでお任せで握ってもらおう。あの老年の寿司職人であれば客に合ったチョイスをしてくれ、大外れはないだろうと予想した。その言葉を聞き、三人の目が変わる。

 

「これはキアイ入れないとな、アキモト=サン」

「そうですね、満足させないといけませんね」

 

 アキモトは静かに答える。だが目には職人の矜持のようなものが漲っていた。雰囲気の変化を察知したのか、ドラゴンナイトに小声で尋ねる。

 

「何か、失礼した?」

「うん、まあ、それなりに、でも許してくれたよ」

 

 ドラゴンナイトの歯切れの悪い言葉に、スノーホワイトは僅かばかり不安そうな表情を見せる。どうやら何か失礼を働いたようだ。するとファルが液晶に文字を表示させ三人の目を盗み読む。

 お任せとは「店の実力をみてやる」という品定めを意味しており、挑戦的言動でもあると書かれていた。なるほど女子高校生がこんな事を言うのは生意気であり失礼だ。

 アキモトは滑らかな手つきでシャリを握り、包丁でタマゴを切りシャリに置き差し出す。

 

「エーリアス=サンは握らないの?」

「俺はサブだ、忙しくなれば握るけどメインはアキモト=サンだ、さあドーゾ」

「いただきます」

「いただきます」

 

 スノーホワイトは口に入れ表情が綻ぶ、シャリがふわっと解ける握りにタマゴの味わい。高級寿司店には行ったことは無いが、そこの店で出される寿司はこれぐらい美味しいのだろう。少なくともスーパーのパック寿司のタマゴより断然美味しい。

 

「美味しいです。こんなに美味しいお寿司は初めて食べました」

 

 スノーホワイトは賛辞を述べる。先程の失言をカバーするために話を盛っているが本心だった。ネオサイタマの寿司は下は元の世界の寿司より下かもしれないが上のレベルは変らないのかもしれない。

 

「初めてですか。ありがとうございます」

 

 アキモトは予想以上の誉め言葉に少しはにかみながら嬉しそうに礼を言う。

 

「でも実際美味しいです」

「そうだろ、オレも初めて食べた時は美味さで衝撃が走ったぜ」

 

 ドラゴンナイトも感想を述べるとエーリアスが自分のことのように嬉しそうに笑う。それからスノーホワイトはお任せで、ドラゴンナイトは注文しスシを食べる。どれも美味しかった。

 二人がスシを堪能している間に客が入り始め、ドラゴンナイトが十貫目のスシを食べたところで店はほぼ満席になっていた。するとエーリアスがアキモトに意味ありげに耳打ちし、アキモトは静かに頷いた。

 

「今から良い物見せてやるよ、運が良いぜお二人さん。オキャクサン!注目!」

 

 エーリアスが声を上げると客たちが一斉にカウンターに視線を集め店内は活気づく。

 

「イヤーッ!」

 

 すると奇妙な光景が目に飛び込んできた。左手でネタを切り余剰エネルギーでネタが横に跳ね飛ばされ、そのネタにいつの間に握ったシャリが合体する。そして合体したスシ十数個が浮遊しているのだ。

 

「ウオーッ!ワザマエ!」

「これを見に来たんだ!」

「タツジン!」

「ワザマエ!」

 

 客から次々と驚きと称賛の声が上がり、店内は興奮の坩堝と化した。これはネタとスシの衝突した運動エネルギーが完全に拮抗したことで宙に浮き滞空したのか?理屈は分からないが途轍もない技だということは分かる。これほどの繊細な技は魔法少女でも一朝一夕では無理だろう。

 

「スゴイです!スゴイですエーリアス=サン!」

 

 ドラゴンナイトは客と同じように興奮しながら声をかける。こんなものを見せられたら興奮するのも分かる。最高のパフォーマンスだ。しかも味も普通に握ったものと変わらない味でこれはパフォーマンスではなく、大量に握るための合理的な技だった。スノーホワイトも驚愕と称賛の目線を向ける

 

「ガンフィッシュって言うんだ。アキモト=サンはもっとすごいぞ」

「本当ですか!?」

 

 エーリアスは自慢げに答え、ドラゴンナイトとスノーホワイトは勢いよくアキモトに目線を向けるとアキモトは奥ゆかしくオジギした。

 

「ボクはお腹一杯だけど、スノーホワイト=サンは?」

「私も、とても美味しかったですエーリアスさん、アキモトさん。そして失礼を働いてしまい申し訳ございませんでした」

 

スノーホワイトは席を立ち深々と頭を下げた。

 

「気にしないでください、それどころか楽しかったです。お任せを握るのは職人と客の真剣勝負、久しぶりにお任せを握ったので、勝負を堪能させてもらいました」

「それで勝負はどうだった?」

「私の完敗です」

 

 スノーホワイトはおどけるように手を挙げて笑みを見せる。それを見て三人は朗らかに笑った。

 

「あとお聞きしたい事があるのですが、フォーリナーXと名乗る人物をご存じないですか?」

 

 フォーリナーXの姿が移る写真をエーリアスとアキモトに見せる。するとエーリアスが答えた。

 

「この女は見たことないが、似たような名前の奴は知っている」

 

 

 その瞬間スノーホワイトの空気が変わる。ガンフィッシュを見た興奮も、美味しい寿司を食べた幸福感も消えていた。

 全く手がかりがなかった相手の手がかかりがこんな場所で見つかるのか。ドラゴンナイトも思わずスノーホワイトに視線を向ける。スノーホワイトはエーリアスの言葉を固唾を飲んで待つ。

 

「名前はフォーリナーXX、でも金髪でこんな髪は長くなかった。黒髪でセミロングぐらいだ。でもアイサツした時に言ったんだ「フォーリナーX、いや今はフォーリナーXXか」って」

 

 エーリアスの情報ではフォーリナーXとはまるで別人だ。それでも一度はフォーリナーXと名乗って訂正した。ということはやはりフォーリナーXで、姿が違うのは整形手術したことを考えたが、普通の手術では魔法少女の顔を変えられない、それこそ魔法少女の魔法でなければ不可能だ。様々な可能性を瞬時に検討する。

 その間にエーリアスはスノーホワイトに耳打ちした。その瞬間スノーホワイトの表情は困惑の色を深めた。

 

―――フォーリナーXXはニンジャだ

 




ディスカバリー・オブ・ミスティック・ニンジャ・アーツ:タツ・ニンジャ

●ドラゴンへの憧れ

 タツ・ニンジャが幼きモータルだった頃、彼は一冊の絵巻に強い衝撃を受けた。
 天高く空を舞い、鱗で剣や弓を弾き、口から吐く炎で人々を焼き払い、その牙で人々を噛み砕く。その異形と力に恐れ慄いた。だがそれはニューロンに強烈なインパクトを残した。その絵巻に出てくるドラゴンはニンジャのメタファーであり、それを無意識に感じ取ったのかドラゴンへの憧れはニンジャへと変化していく、リアルニンジャを目指すようになった。


●リュウジン・ジツ

 時が経ちケモノ・ニンジャクラン系統のドージョーに入門し修行を積む。ある日幼き頃に見た絵巻を読む。だが当時のドラゴンへの憧れは薄れていた。絵巻のドラゴンの動きは鈍重でありドージョーのセンセイが戦えば簡単に倒せるだろう。その時ニューロンが閃く。
 もしドラゴンの特性をニンジャが持てば、ニンジャの素早さとカラテと判断力を持ち、硬い鱗による防御力、強大なカトンと牙と爪による攻撃力、翼による飛行能力と機動力を持つ強力なニンジャになれるのではないか?それがリュウジン・ジツの発想となり、ジツの実現の為に修行に励みセンセイのカイデンし独立した。

●試行錯誤

 独立しリュウジン・ジツの開発が始まった。鱗は様々な外皮が硬い生物を捕食し、それらの成分を合わせた物を生成できるように体を作り替え、それらにカラテを込めてさらに硬度を与えた。カトンは可燃性の液体を生成し口から吐けるようにした。
 体は理想に限りなく近づいたが長年の肉体改造により、リュウジン・ジツを使うとニンジャ器用さと判断力が大きく減退してしまう。それを解消するために数か月による瞑想修行を数十回行い、リュウジン・ジツを使っても判断力とニンジャ器用さはほぼ減退しなくなった。
 一番苦労したのは飛行能力だった。絵巻のように空を駆けるのが理想だったが、ニンジャと云えど超自然的な力が無ければ飛行は不可能であり、十数秒間のホバリングが限界だった。
 こうして妥協も有りながらもリュウジン・ジツは完成し、自らを故郷のドラゴンの呼び方であるタツ・ニンジャというガイデン・ネームを名乗った。ジツ完成には百年単位の年月が掛かった。

●苦悩
 さっそくジツを試したいと思ったが、世はソガ・ニンジャに支配され「カラテによる支配は野蛮の極み。高位のニンジャは奥ゆかしく闇に潜みジツによってモータルを操るべし」と述べた事もあり、戦いにおいてもリアル・ニンジャ同士のカラテは行われず、ジツを使う機会は訪れなかった。これを無視すればムラハチ、又はソガ・ニンジャやその一派に棒で叩かれ粛清されてしまう。タツ・ニンジャはそれほどまでのリスクを払ってまでもリュウジン・ジツを使う気はなかった。いつか考えが変わり、カラテによってイクサの雌雄を決する世に変わると楽観視していた。
 だがソガ・ニンジャによる支配は続いていく。リュウジン・ジツを使えないならばドージョーを開きミームを伝えようと考えた。しかしタツ・ニンジャの人付き合いが苦手で有り、権謀術数などの政治力や知力は無く知名度は極端に低かった。さらにカラテの戦闘でしか用途が無いリュウジン・ジツを学ぼうとするも者はいなかった。そんなタツ・ニンジャの居場所は無く逃げるように日本から出ていく。

●放浪
 タツ・ニンジャはシルクロードを辿るように西に向かう。各都市もソガ・ニンジャの影響は絶大で有り、リュウジン・ジツを振るう時も場所も無かった。そして流れ着いた先はウェールズ、ウェールズの国旗にはドラゴンが描かれており、それに縁を感じたタツ・ニンジャは当時フランスとの百年戦争の真っ最中であるウェールズに加担した。

●百年戦争

 しかし戦争と云えどリアル・ニンジャが力を発揮する舞台は無く、通常の状態のカラテで対応可能なミッションばかりおこなっていた。そんな日々にタツ・ニンジャは腐っていた。そしてある日ジャンヌ・ダルクを殺せというミッションを与えられた。
 ジャンルダルクが対峙する戦場でタツ・ニンジャはリュウジン・ジツを使った。
 モータル時代にドラゴンに心打たれ、それからニンジャになり自身の理想を体現したリュウジン・ジツ。それを使う機会は全く訪れずもはや我慢の限界だった。
 このまま敵味方関係なく暴れまわり始末しに来た敵味方のリアル・ニンジャと戦う。それは自殺行為だったが、ジツを使うために命をかけた。タツ・ニンジャのカラテが決まると思った瞬間、ジャンヌダルクはタツ・ニンジャのカラテを防いだ。

●ドラゴン・ニンジャとの戦い

 このジャンヌダルクは影武者であり、その正体はドラゴン・ユカノだった。タツ・ニンジャは驚きながらも構わず全力でドラゴン・ユカノに攻撃する。
 鱗による耐久力、全てを焼き尽くすカトン。翼での飛翔によるエアロカラテ。それを生かす繊細なカラテ。タツ・ニンジャは持てる全てを出した。
 そのカラテはユカノが失っていたドラゴン・ニンジャとしてのカラテを徐々に引き出していく。戦いは10分程度でリアル・ニンジャ同士のカラテとしては短い時間だった。だがそのカラテは熾烈を極めた。そしてドラゴン・ニンジャの不完全ながらソウル・ブロウナウトが決まり勝敗は決した。


「アバ……私の負けだ……ガイデンネームは何だ……」「ドーモ、タツ・ニンジャ=サン。ドラゴン・ニンジャです」タツ・ニンジャは衝撃を受ける。ドラゴ・ニンジャだと!?まさか空想上の生物ドラゴンはドラゴン・ニンジャのメタファーだったのか!タツ・ニンジャは死に際にニンジャ真実にたどり着く。

「偽物に憧れ、偽物の再現し超えようとジツを開発して、本物に敗れた。滑稽な人生だ。ハッハッハッ」タツ・ニンジャは笑いながら泣いた。ソガ・ニンジャに縛られ腐りきり、やっと決心をつけて使ってこの様だ。本物はこの偽物のブザマサを軽蔑しているのだろう。ドラゴン・ニンジャを見る。その視線は軽蔑ではなかった。

「空想上のドラゴンを再現したそのカラテ、ドラゴンの強靭さと力強さ、ニンジャの精密さと繊細さが兼ね備えた見事なカラテでした。貴方は偽物ではない。誇りをもってキンカクテンプルに向かいなさい」ドラゴン・ニンジャは厳かに敬意を持って告げた。

「本物のお墨付きか。光栄だ」タツ・ニンジャはニヤリと笑った。色々有ったがこうして本物と戦い認められた。この人生は無駄ではなかった。「ジツを継承するアプレンティスは?」「いない、私で終わりだ」「残念です」ドラゴン・ニンジャは介錯の構えをとる。「ハイクを詠みなさい」タツ・ニンジャは大きく息を吸い込み叫んだ。

「ドラゴンは!いずれの世に!必ず降り立つ!」「イヤーッ!」「サヨナラ!」タツ・ニンジャは爆発四散した。


こうしてタツ・ニンジャは死んだ。ユカノはタツ・ニンジャとの戦いでかつての力を取り戻したが、すぐに力を失ってしまった。


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第十一話 バース・オブ・ア・ニューエクステンス・バイ・マジカルヨクバリケイカク#1

この話にはニンジャスレイヤーもスノーホワイトも出てきません。



◇フォーリナーX

 

 芽田利香は我儘で強欲で自由が好きだった。自分が欲しい物は手に入り、自分がやりたいことを好きな時に好きなだけ自由にやる。それが当然だと思っていた。

 利香だけではなく、人は我儘で強欲であり産まれてから誰も利香のようにありたいと思っている。

 それらは社会のルールや親の躾により考えは強制され、社会や世間と折り合いながら、できるだけ欲しい物を手に入れようと努力し、やりたい事をやる時間を作る。そうやって自分の欲求を満たそうと努力する。

 しかし利香は社会や親から矯正されることなく我儘で傲慢だった。そう有り続けたのは利香が優秀だったからだ。

 

 容姿は100人に聞けば100人が美人と答えるほどの美貌だった。いずれは女優かモデルか、すでに芸能事務所からいくつものスカウトから誘いがかかっていた。

 運動能力も他の子供たちよりも遥かに優れており、徒競走でも県内で常に1位、サッカーや野球なども特に練習しなくても、地元のチームではエースストライカーやピッチャー四番を任せるほどの実力だった。

 記憶力も学習能力も知能も高く授業も一度聞けばすぐに覚えられ、テストも常に学年1位だった。またその知能の高さで人格者を演じ完璧な交友関係を築き外面は完璧だった。

 

パーフェクト超人、出木杉ちゃん、それが利香のあだ名だった。

 

 そんな利香を両親は甘やかし、好きなものを与え、好きなことをやらせた。本当なら親としてしっかり教育しなければならなかったが、そうはいかなかった。

 両親達はとある企業を経営しており何とか会社を大きくし地位を高めたい、そう思いながらも自分達にもその部下にも才覚がなく半ば諦めていた。そんな時に利香が産まれた。

 鳶が鷹を産むとはまさにこのことだった。神童と言われるほどの圧倒的な才覚、娘なら会社を大きくし地位を高めることができると確信した。それからは娘の機嫌を損ねないように我儘を許しつつ、さり気なく会社を継ぐにあたって必要な習い事をやらせ、会社を継ぐように誘導していく。利香は自分の意志か親によって誘導させられたのか分からないが、今のところは親の会社を継ぐつもりでいた。

 

 そして10歳になった頃に転機が訪れる。利香は国が指定する難病に罹ってしまい、入院生活を強いられる。

 病気に罹り入院生活を始めた当初は両親達も忙しい合間を縫ってお見舞いに来てくれた。食べ物、娯楽品、利香が欲しい物は可能な限り与えた。最初の頃は頻繁にお見舞いに訪れ、病気を治すために惜しみない金を投資した。この病気が治れば利香は元通りになる、そして会社を継ぎより大きく発展させ地位を高めてくれると信じていた。

 だが治療は長期間に及び症状は一向に治らないどころか、利香から次々に奪っていく。体も難病のせいで弱くなり、運動どころか外出するのも困難になっていった。食事も決められた物しか食べられず、好きなアイスも焼肉も天ぷらも寿司も全て食べられない。食べられるのは不味い病院食だけだ。

 そして利香を何とか宥めすかし、やらせていた勉強も病気に罹る前とは別人のように答えを間違えていく。難病により運動能力どころか、知能や記憶力すら並以下になってしまった。利香は神童ではなくなった。

 神童では無くなった利香を見て悟る。自分たちは利香の我儘を許し自由を与え、少なくない投資を行ってきた。だがそれは無駄になった。両親は絶望し利香を見限った。

 治療方針も積極的な根治から現状維持に変更した。治療方法を積極的に見つけようとすればそれだけで莫大な費用が掛かる。それだったら生命維持を重視したほうが金が掛からず、その金を会社の運営に回したほうが建設的だ。

 見舞いに行く回数もめっきり減り、月に一回くればマシぐらいだ。そして利香の欲しいは全く与えなくなった。

 その扱いに利香は憤慨した。どうしてもっと見舞いに来ない!どうしてもっと欲しい物を与えない!その言葉に両親は答える。

 

―――今までは優秀だったから我儘を許した。だが優秀で無くなったのだから我儘を許さない。

 

 利香は理解した。今までは優れていたからゲーム機もマンガも食べ物も与えられた。だが今は優秀じゃない、心の底でバカにしていたダメな奴以下だ。自由に好きな事をやるには能力が必要なのだ。能力がなければ何もできない。それが世界の真理だ。

 

 それ以降は全く印象に残っていない、ただ生きて時間が経過しただけ、起きて、不味い病院食を食べ、親からもらった何回もクリアしたゲームをやり、何回も読んだマンガや小説を読み返す。だがこれは能力が無い者の末路、

 

 節制、我慢。それは利香が一番嫌いな言葉だった。だが今は節制や我慢ばかりが常に付きまとっている。病気になった当初なら怒り悲しみ暴れていただろう。だが今は節制や我慢を許容し怒る気力すら無い。それほどまでに精神は摩耗していた。

 そして15歳になったある日、二度目の転機が訪れる。その日は10月15日の満月だった。昼間に寝すぎて夜は眠れないだろうと考えながら満月を眺めていたので、よく覚えている。

 

「こんにちは、良い夜ですね」

 

 その女性は上下ジャージの地味な格好だった。だが容姿は美しく、キレイと言うよりカッコイイ系の宝塚の主役といった感じだった。そして何よりも驚いたのがその登場の仕方だった。

 ジャージの女性は入り口からではなく窓から入ってきた。1階の場合ならそれは可能だろう。だが今利香がいる病室は4階だ。4階から上がってくるなど並の人間には不可能だ。

 以前の利香ならこの侵入者に脅威を感じ警戒しただろう。だが今の利香は深く考えることができず、それどころか退屈で代わり映えのない日々を送っていた中に現れたミステリアスで刺激的なイベントに少しだけワクワクしていた。

 

「誰?」

「私は魔法少女、そして君も魔法少女だ」

 

 自称魔法少女は朗らかにそう告げた。だがそれだけでは以前の利香でも理解できなく、今の利香なら猶更である。説明を求めるとあっさりと説明してくれた。

 要約すると魔法少女は超人的な力と魔法を使え、自分には魔法少女になる資質があり、魔法少女にならないかとスカウトにきたそうだ。利香は二つ返事で承諾した。ジャージの魔法少女は「思いきりが良いね」と笑いながら手を頭に当てた。その瞬間光に包まれる。

 

 まず服装が変わっていた。パジャマではなく、黒一色のフラメンコを躍る際に着るようなドレスを身に纏い、童話に出てくる魔女のようなつばが異様に大きい黒の三角帽子を被っていた。そして体も変わっており、カサカサだった肌は赤子のような瑞々しさで、髪もサラサラヘアーと形容できるほどになっていた。さらにショートヘアーだった髪はロングヘア―と呼べるほど伸びており、色も黒から金髪になっていた。

 プロポーションも変化しており、幼児体系だった体はグラビアモデルのように腹には括れができるほど引き締まり、胸もお尻も大きくなっていた。何より体中にエネルギーが溢れている。指を数センチ動かしただけで分かる。神経が何十本も通っているような感覚、これは病気に罹る前に感じていた以上だ。今ならあれ以上に体を自由に動かせるだろう。

 ジャージの魔法少女から鏡を受け取り姿を見ると顔も変わっており、瞳も黒から碧眼になっており、容姿もさらに美しくなっていた。

 

「じゃあ、夜のお散歩に行ってみよう」

 

 ジャージの魔法少女から差し伸べられた手を受け取ると夜の世界に駆け出した。この日は一生忘れないだろう。利香は夢中で街を駆け巡った。

 川の石を足場にするように屋根や電柱を足場にしながら移動し、100メートル世界記録を遥かに更新するスピードで走り、放置自転車をチリ紙を投げるようにポイポイと投げていく。利香は街を駆け巡る中ずっと笑っていた。それは入院生活で笑ってない分を取り戻すようだった。

 

「楽しかった?」

「うん!」

 

 利香とジャージの魔法少女は鉄塔の頂上に登り街を眺める。空が豆粒のように小さい、広く人がいつも見ていた病室の窓より遥かに高い景色、何より風が気持ちいい、いつもは空中で気温は管理され人工的な風しか感じられない、でも今は自然の風を一斉に浴びている。普通の人には何ともないことだが、利香には感動的ですらあった。

 

「じゃあ、名前をつけようか」

「名前?アタシは芽田利香」

「ちがうちがう。魔法少女としての名前、魔法少女には名前が必要なんだ」

「フォーリナーX!」

 

 利香は即答する。フォーリナーXは利香のマイベストゲームの主人公のデフォルトネームだ。頭の中にこの名前が思い浮かんでいた。

 

「フォーリナーXね、いい名前だ。それで魔法は『異世界に行けるよ』か」

 

 利香はジャージの魔法少女の言葉を聞いて思い出す。魔法少女は魔法を一つ使え、それが『異世界に行けるよ』ということか。異世界が有ることに驚いたが、魔法少女がこの世界に居るのだから異世界の一つや二つは有るだろう。それにしても異世界か、ファンタジーだろうか、それとも近未来だろうか。利香はゲームや漫画や小説で得た知識で異世界を思い描く。

 すると利香の体に魔力が高まっていた。それを察知したジャージの魔法少女は危険を感じたのかすぐに離脱する。塔から離れる最中に利香の姿が消えるのを確認した。

 

 そして行ったのはRPGゲームのような剣と魔法の異世界だった。利香が最初に想像したThe異世界といえるような世界、そこで利香は我儘に強欲に自由に過ごした。モンスターや魔王をぶちのめし、好きなだけ遊び好きなだけ食べた。

 登場人物が現世で死亡し、異世界に転生して強大な力をもって何の努力もせず、チヤホヤされ富や名声や恋人を手に入れるのを「なろう系」と言うが、利香はそれが好きだった。

 病気に罹る前は努力しなくても何でもでき容姿も良かったのでチヤホヤされており、なろう系の主人公のようだった。だが病気により全てを奪われた。だが今の自分はそれだった。この世界では魔法少女より強い生物は存在せず、何の努力もせず敵を倒しその強さに尊敬される。

 

 利香は人生の絶頂だった。だがそうは長くは続かなかった。体感時間として2年ぐらいだろうか、第六感的な何かがこの世界から出ろと告げる。最初は気のせいかと思ったが、次第にその何かが自身の中で真実味を増してきたので、元の世界に戻ったら使えるかなと貴重品を出来るだけ手に持ち、元の世界に帰った。

 

 気づけば鉄塔の頂上に戻っていた。太陽の位置からして昼ぐらいだろうか、大体2年過ぎているから、病室から突然抜け出して2年も経てば、病院や家族は大騒ぎしているだろう。いや家族は騒がないか、それに2年じゃあ事件になっても記憶から風化している。

 一応確認しておくか、鉄塔から下りて病院に向かおうとしたら、何かが猛スピードで迫ってくる。それはジャージの魔法少女だった。2年前ぐらいのことなので思い出すのに多少時間がかかった。

 

「戻ってきたか、急に魔法は使うなよ、色々と説明しなきゃいかないことがあるんだから」

「久しぶり、いや~楽しかった。まるでなろう系主人公だったよ。はい、お土産、エリクシール」

「エリクシール何それ?」

「RPGネタは分かんない?とりあえず行った世界の高級品」

 

 フォーリナーXは万病に効くといわれる薬をジャージの魔法少女に手渡した。本当ならあげたくは無かったが魔法少女にしてくれたお礼だ。それにもう一つあるので問題ない。

 

「その荷物は何だ?何が入っている?」

「異世界で貰ったもの、これは全部アタシの物だからな」

「ちょっと見せてくれないか?」

「いいよ、でも見るだけだからな」

 

 そう言い回収した残りの物を自慢げにジャージの魔法少女に見せる。雷の力を宿すといわれる剣に、精霊の加護を宿すと言われた手甲などあの世界のエピック級やレジェンダリー級の一品を譲り受ける、または強奪したものだ。それらを見ながらジャージの魔法少女はふむふむと言いながら見定めていく。

 

「これは使えるな」

「何か言った?」

「何でもない、それよりこれ全部売ってくれないか?」

「売るね。それより良い方法がある」

「どんな?」

「あんたから金を奪う」

 

 利香は挑発するように睨みつける。エリクシール的な物はあげたがそれ以外は与えるつもりはない、これは私のものだ、誰にも渡すつもりはない。拳を握り締め急所に打ち込もうする。するとジャージの魔法少女はそれを見透かしたように笑った。

 

「それは名案だ、だが止めておいたほうがいい」

「なんで?名案なんだろ」

「第一に買うのは私の上司で私じゃない、それに私は金を持っていない」

「ならアンタをボコボコにして上司の場所まで連れて行かせ、上司もボコボコにして金を奪えばいい」

「それも止めておいたほうがいい。魔法少女にも組織がある、私達をボコボコにする、または殺せば君を捕まえに追っ手が来るだろう。君がいくら強かろうが年中追っ手に追いかけられるのは疲れるぞ」

 

 その言葉に意志が揺らぎ握りこぶしを開く、確かにそれは面倒だ。その心を読むようにジャージの魔法少女は言葉を紡ぐ。

 

「別に全てを売れとはいわない、お気に入りがあれば持っていればいい。全部持っていても邪魔なだけだろう。それにここで暮らしていくなら金は必要だ。異世界生活で気づいたと思うが魔法少女には睡眠も食事も必要なく、ホームレス生活も楽勝だが、ちゃんとした家での生活と比べれば快適さは雲泥の差だ。それに君の好きな漫画やゲームも買える。盗むとか奪うとか考えたかもしれないが、そういうのは監査部に案外見つかり、魔法少女資格剥奪ということもある。ちゃんと金で買うほうが利口だ」

 

 ベラベラと喋るが言っていることが正しい部分もある。確かに異世界では最初はホームレス生活だったが、暮らしていけるが快適とは言えなかった。それに監査部と言われる組織がいると仮定して魔法少女剥奪は何としても避けたい。

 

「分かった。いくつか売ってやる」

「話が早くて助かる」

「あと今は西暦何年の何月何日?」

「今は〇〇年の10月18日だけど」

 

 まだこっちの世界では2日と半分程度しか経っていないのか、正直軽い浦島太郎状態は覚悟していたが、異世界とこっちでは流れる時間が違うらしい、ならばまだ失踪騒動は収まっていないだろう。

 

「ところで、これからどうするの?」

「どうするって?」

「あの病室に戻るの?病室に戻って不自由で退屈な入院生活に、それ以前に魔法少女の変身を解いて人間に戻るの?」

 

 フォーリナーXはその質問に答える事ができず言葉を詰まらす。異世界生活で魔法少女の体の素晴らしさを痛感した。それなのに難病に侵された貧弱な身体に戻ろうとは思わない、例えるなら魔法少女の体は最新の携帯ゲーム機のゲーム、人間の体は30年前の携帯機のゲームだ。最新のゲームになれた状態で30年前のゲームなどやろうとは到底思えないと同じことだ。

 だがそれは芽田利香の人生を捨てることになる。いくら魔法少女フォーリナーXの姿で自分は芽田利香であると主張しても誰も信じないだろう。それについては構わないが問題はフォーリナーXとしての生活だ。

 このまますぐに異世界に行くことを考えたが、魔法を使うにもどうやらインターバルが必要なようで体感的にそれは二三日では終わらない、最低でも一ヶ月は必要だ。そしてその間の生活はどうする?金は奪えないし労働で金を得ることもできない。ならホームレス生活か?せっかく魔法少女になれたのに何故そんな我慢をしなければならない。これでは人間の時と一緒だ。

 

「よかったら、私達のところで働かないか?今なら住むところも提供し給与も出す。それで自由気ままに生活できる」

 

 ジャージ姿の魔法少女から図ったような提案、一瞬怪しんだがすぐにやめた。家が手に入り金も手に入る。良い事尽くめだ。特に考えることなく二つ返事で承諾し、こうしてフォーリナーXは雇われ魔法少女となる。主な仕事は異世界の物品を収集し売買、その仕事で生計を立て魔法少女になってから10年間が経過した。

 

 



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第十一話 バース・オブ・ア・ニューエクステンス・バイ・マジカルヨクバリケイカク#2

 

ブブブーン、ブンブンブブブ、ギャバーン、ギャバーン、ボーナスチャンス!店内ではBGMとゲーム音声が混じり合い会話が困難なほどの爆音が響き渡り、サイケデリックな光が包み込む。ここはゲームセンター「ウチムソウ」、はぐれ若者や無軌道大学生がモラトリアムを消費するために訪れる遊戯施設だ。

 

ゲームセンター「ウチムソウ」のゲームの中で一際人が集まっているゲーム台がある。禅TANK、電子タンクを操作し敵を撃破する対人シューティングゲームで、ネオサイタマで一番ホットなゲームだ。自宅でもプレイ可能だが強固な回線が必要であり、電子インフラが整っていないプレイヤーは直接ゲームセンターにプレイしにくる。

 

10台の筐体にプレイ待ちの行列とプレイを見るギャラリーで人が溢れかえっている。プレイ待ちの人間は速くゲームオーバーになって代われとネガティブオーラと目線を向け、ミスを見つければ自分方が上手いと自尊心を保つ、「終了ドスエ」電子マイコの声が無感情に終了の合図を告げプレイヤーは悔しそうに見つめながら席を立つ。

 

このゲームセンターでは連続プレイは禁止されており、やるには行列の最後尾に並ばなければならない、そして列の一番前のメガネのプレイヤーはトークンを握りしめ席に向かう。歩きながらシミュレーションを行い深呼吸でヘイキンテキを保つ。今日こそ自己ベストの更新だ、だが席には別の人物がすでに座っていた。ナムサン!横入りだ!

 

横入りとは行列に並ばず一番前に入りプレイする行為だ。これはかなりシツレイであり、ムラハチは免れない!「横入りはダメ、マナー重点!」メガネのプレイヤーは甲高い声を張り上げ、他のプレイヤーも怒りと侮蔑の視線をぶつける。その人物はめんどくさそうに振り向く、

 

その人物は女性だった。金髪に碧眼で髪は三つ編みにしても腰元まで届く長髪で黒のショートパンツに黒のショートキャミソール、その上にレザージャケットを羽織っている。その胸は豊満だった。メガネのプレイヤーはその露出度の高さと官能的な体を見て生唾を飲み込む。だがゲーマーの良識と矜持が行動を促す。「最後尾に並んでください、それがマ…」メガネのゲーマーは全てを言う事ができなかった。

 

頬に伝わる痛み、殴られた?だが女は微動だにしていない、何で?「邪魔」女性は苛立たしいようにメガネゲーマーに呟く。「アッ、ハイ」メガネゲーマーは即座に返事し女性はトークンを入れてゲームを開始した。「レディ・トゥ・スタート」「アクション始点」無機質なマイコ音声が発せられる。

 

「何だあの女」「マブだからって調子に乗りやがって」「どうせ下手くそだぜ」「ファーレンハイトか、どうせデザインが良いからってだけで使っているんだろ」ゲーマー達はネガティブオーラを女性に一斉に向ける。並のゲーマーなら怯んで操作ミスをするだろうが、女性は全く気にしていなかった。

 

「ポイント点」「ポイント点」「ポイント倍点!」「ポイント倍点!」「セプク・ポイント点!」「セプク・ポイント点!」電子音声のアナウンスが次々と流れる。女性は巧みに電子タンクを動かし浮遊させ攻撃を躱し、電子弾丸を敵に命中させる。「あの女ワザマエじゃね?」「いやあれぐらいゴロゴロいるよ」ギャラリー達は精一杯の虚勢をはる。

 

画面では電子タンクが横転しながら弾丸を躱し、巨大な電子タンクを撃破する。ワザマエ!「おい六連続テック・ロールだと!?」「しかも巨大タンクをデス・オブ・アキレスで倒した!クール!」ギャラリー達からネガティブオーラは消え失せ、次々に繰り出される高等テクニックに賞賛の声を上げる。一帯には異様な熱気が漂っていた。

 

女性は熱気に当てられることなく、目視不能なスピードでレバーを動かし、高等テクニックをマシーンめいて繰り出していく。「終わりドスエ」「ウオオオーッ!」ギャラリーから歓声が上がる。画面には一位という文字が点滅する。これは獲得ポイントが歴代一位になった証である!

 

ギャラリー達は歴史的瞬間に立ち会って喜びを表現するようにさらなる歓声をあげる。「実際超絶!」「本当に人間か!?」ギャラリーは興奮を抑えきれないように喋り始める。ギャラリー達が言うのも無理ないほどのプレイだった。あれができるのは神話的プレイヤーのヤマダ・アトラス、そしてニンジャぐらいだろう。

 

そして最近になってもう一人実現可能な生物がネオサイタマに現れた。女性はプレイヤーネームを打ち込む。フォーリナーX、魔法少女である

 

♦♦♦

 

フォーリナーXは髑髏めいた月を見上げながらため息をもらす。禅TANK、自分の世界の数十年前レベルのグラフィックのゲーム、元の世界なら見向きもしないゲームだったが暇つぶしでやったら予想外に面白かった。だが歴代記録を抜いたことで興味と情熱が失せ、費やした時間に対する虚しさすら感じていた。

 

格闘ゲームやシューティングは魔法少女の能力ならあっと言う間に上達して、頂点に上り詰めてしまう。やはりゲームはRPGやシミュレーションやノベルゲームだ、そこには魔法少女の能力は関係ない、だがネオサイタマではそのジャンルのゲームは全く発展していなかった。そのことを思い出し再びため息をついた。

 

「ヒュー!禅TANKマブだったぜ!」フォーリナーXの後ろから声がかかる。顔に入れ墨を入れた屈強な男達が5人居た。「だが横入りはシツレイだぜ、プレイヤーの皆に迷惑料を払わねえとな。代表として徴収しに来ました!」この男性達は武装してゲーマー達に強盗を働くカツアゲマンだ!

 

だがカツアゲマン達は知らない、カツアゲ&ファックしようとした女性が魔法少女であることを!「ちょっと奥に行こうぜ」「は…はい」フォーリナーXは一瞬獰猛な笑みをこぼした後、バイオミニ水牛めいて声を震わせながら路地裏に向かう男達についていった。

 

「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」路地裏に悲鳴が響き渡る。悲鳴が聞こえなくなるとフォーリナーXが満足げな顔を見せながら出てきた。「結構持ってたな。今日はこいつらの家に泊るか」カツアゲマン達はフォーリナーXに返り討ちにあい逆にカツアゲされていた。

 

フォーリナーXの禅TANKを極めてしまった寂しさと虚しさがカツアゲマンに向けられて、いつも以上に痛めつけられていた。不運!少しばかりストレス解消できたフォーリナーXは禅TANKのBGMを口ずさみカツアゲマンの運転免許証に書かれている住所に向かった。

 

「次は何しようかな~」フォーリナーXはカツアゲマンの家にあったオスモウチョコを食べながら、テレビの電源を入れてザッピングを始める。するとネオサイタマ・シティ・ポリス24時間が放送されており、チャンネルを固定した。サイバーサングラスを装着し手慣れた手つきで操作しVRモードにして番組を見始めた

 

フォーリナーXの魔法の効果として、訪れた異世界の歴史や文化や知識が一部を除いて強制的にインプットされる。初めて見た機械でも一般人が使えるレベルなら難なく操作できる。この効果でカルチャーギャップに悩むことなく生活でき、ネオサイタマに来てから数カ月だが、まるで現地人のように順応している。

 

「キッヒヒヒ、見つかってるよ、バカだな」テレビではカツアゲ現場に出くわしたマッポとカツアゲマンの争いの様子が放送されている。フォーリナーXの主な収入源はカツアゲだった。先程のようにカツアゲマンを誘いカツアゲしたり、サラリマン達からカツアゲしていた。

 

その金でゲームセンターで遊んだり、暇つぶしにヤクザをぶん殴ったりと自由気ままに生活していた。一切の我慢をせず抑圧されず好き勝手行動する。それはどの異世界でも同じでいつも通りだった。

 

「ちっ!」フォーリナーXは突如舌打ちしながら癇癪を起したようにオスモウチョコを投げつけた。オスモウチョコは粉々に砕け窓を破壊した。イライラする、ニューロンがモヤモヤする。フォーリナーXもその原因は分かっていた。まずはスノーホワイトの存在だ。魔法少女はどの世界でも強者であり、食物連鎖の頂点だった。

 

だがスノーホワイトは魔法少女でありフォーリナーXより強い。元の世界でも魔法が使えなければあのまま行動不能にさせられ、監査部に連行されていた。そしてスノーホワイトはネオサイタマにまだ居る。ネオサイタマに来た際に事故で死んでいることを期待していたが甘くはなかった。

 

スノーホワイトのせいで見つからないようにと行動にブレーキが掛かっている事に気づいていた。それが腹立たしかった。そして魔法少女についてである。魔法少女は確かに凄い、圧倒的な身体能力に魔法に美貌、まさに生物として非常に優秀である。だが優秀故に完璧ではない。

 

魔法少女は食事も睡眠も必要としない、だが空腹時にとる食事の美味しさや睡眠の心地よさはニューロンに刻み込まれている。さらに魔法少女には性欲が無い、性行為の快感を味わいたく試しにやってみたが全く快感ではなかった。それに毒に耐性があるせいか酒を飲んでも酔えず、麻薬類も効果が無い

 

食欲、睡眠欲、性欲、それは不必要として魔法少女から取り除いたのだろう。それらの人間に必要な欲求は最大の娯楽であると気づいた。だがそれを味わうことはできない。芽田利香は難病に罹っており、医療体制が整っていない状態で行動すればそれだけで死亡する可能性がある。

 

故に魔法少女になってから殆ど人間に戻っていない。フォーリナーXは病気の根治を決意し、異世界で様々な薬や奪い医者を誘拐し、勤め先の協力を得て治療を試みた。だが今現在も病気は治っていない。その二つの要素がフォーリナーXを苛立たせた。

 

「ヤクザでも殴るか」こういう時はストレス解消に弱者をいたぶるに限る。魔法少女は食物連鎖の頂点、それにスノーホワイトはこの世界に完全に適応はできない、ヤクザが暴行されるというニュースにも載らないような事件からたどり着けるわけがない。さあ、どうやって痛めつけようか、フォーリナーXは胸躍らせながら割れた窓から出発した

 

 

 

ヘラクレスマンション、タヌキストリートにあるこのマンションは一見普通に見えるが、ヘンタイポルノ、違法麻薬、チャカガンショップ等多くの違法店舗が夜な夜な営業している闇社会のデパートである。その一室でまた一つの闇商売が行われていた。

 

タタミ20枚のスペースに六人ほどの人間が居た。性別年齢は様々だが絶望感と焦燥感が混ざったような感情が渦巻いていた。それを黒服達が監視するように囲む「ヨロシイデスカ!ヨウゴザンスネ!」サラシを巻いた男性が声を張り上げ腕を広げる。彼は壺振りと呼ばれるディーラーだ。右手にはダイスが二つ、左手にはツボと呼ばれる入れ物だ。

 

壺振りは客たち一人一人をじっくりと見る。「入ります!」手首のスナップでダイスをツボに入れ、そのままタタミにツボを叩きつける。「さあ、張った張った!」「ウオーッ!丁だ!「半!」「丁!」女性の掛け声を合図に参加者は丁半と叫びながら木札を出す。これは丁半と呼ばれるギャンブルだ。

 

サイコロの目が奇数か偶数か予想し当てるゲームで、江戸時代から存在するトラディショナルギャンブルである。壺振りはツボをゆっくりと上げる「四五の半!」サイコロは4と5の目が出ている。「チクショーッ!イカサマだ!」男性はタタミを叩き叫ぶ。

 

「俺の時だけ外れる!イカサマだ!」「そんなことはありません、うちのギャンブルは公平です。運は表裏一体です。今はダメでも必ず運が向きます」黒服が男性の肩に手を置き優し気に声をかける。「そんなことない!そのサイコロを……」「ダッテメコラー!イッチャモンコラー!」ヤクザスラング!コワイ!

 

「イカサマが見つからなかったらどうなるか分かるんかコラー!」「アイエ!スミマセン!」男性は即座に土下座!賭場においてイカサマを指摘し見つけられなければ指を一本二本ケジメ程度ではすまないペナルティが課せられるのだ!「分かってくれればいいんです」黒服はアルカイックスマイルを向ける。

 

「ところで資金が無くなったようですが、お貸しします。契約書にサインを」「アッハイ」男性は放心状態のまま金を借りた。だが法外な利息が発生することを男は知らない。この賭場を開いているのはデーモン・カミツキガメクランであり、客たちの半分はカミツキガメクランから金を借りている債務者だ。

 

借金を返す当てがなく返済のチャンスとして賭場に招待されたのだ、だがこれは完全な出来レース、債務者達は絶対に勝てず借金はさらに膨れ上がり、悲惨な未来を辿ることが運命づけられている!ナムサン!何たる非道行為!だがマッポはワイロによって摘発することは無い!

 

このような非道行為は珍しいことではなく、別の場所でも行われている。これが東のソドムと呼ばれるネオサイタマなのだ!ピンポーン!突如チャイムが鳴る。マッポのガサ入れか?部屋のアトモスフィアがピリつく。壺振りは手を止めサングラスをつけた男性、エリダを見る。エリダはこの賭場の責任者だ。

 

今日はこの6人の予定だ。エリダは顎で黒服を動かすように指示をする。黒服はドアの覗き穴から訪問者を確認する。金髪に碧眼で髪は三つ編みにしても腰元まで届く長髪、黒のショートパンツに黒のショートキャミソール、その上にレザージャケットを羽織っている。フォーリナーXだ!

 

「どちら様で」「ここでギャンブルができると聞きました。お金も持ってます」フォーリナーXはバッグを開ける、そこには札束が複数あった。「少々お待ちください」黒服は女性に告げるとエリダに様子を伝える。「どうします?紹介状はないです」この賭場は紹介状がないと原則的に参加することができない。「俺が確認する」エリダは覗き穴から見定める。

 

「どうぞお入りください」エリダは扉を開けフォーリナーXを招き入れた。エリダは自身の経験からこの女性はマッポや他のヤクザクランの手先ではないと判断した。ならば奪いつくす。一気に奪ってオイランに堕とす。金利でじっくりと毟り取る。借金を背負わせハニートラップ要員にする。ヤクザ的経済学が瞬時にいくつもの方法を出していた。

 

「すみません、身体検査とバッグの検査をしてよろしいですか?」「はい」サングラスの男は体とカバンを調べる。拳銃もないサイバネ武器も無い、エリダは殺気のようなものを感じ見上げる。だがそこには捕食されるとも知らない餌がいるだけだった。「ではお楽しみください」エリダは営業スマイルを見せた。

 

女性はエリダの思惑通り負け続け金を吐き出し続けた。だがエリダは訝しむ。一見悔しそうにしているが、他の6人と比べ焦りや絶望感のリアルさが無い。こんな金を吐き出しても問題がないのか、それとも金を取り戻せる手段があるのか、長年のヤクザ生活で培ったセンスがニューロンをチリチリさせる。

 

「おい!何で負け続ける!イカサマだろ!」暫くして負け続けて堪忍袋が温まったのかフォーリナーXが声を荒げる。「そんなことはありません、うちのギャンブルは公平です。運は表裏一体です。今はダメでも必ず運が向きます」黒服は男性と同じような対応を取ろうとフォーリナーXの肩に手を置いた。

 

「グワーッ!」フォーリナーXは男の手首を掴み握りつぶした。骨が砕けた音と悲鳴が部屋に響き渡る。「ザッケンナコラー!」エリダは懐から瞬時に懐から拳銃を抜き、黒服達も遅れるように拳銃を抜いてフォーリナーXに躊躇なく発砲した。「「「「「グワーッ!」」」」」エリダは右手を抑えて悲鳴をあげる。黒服達は…ナムアミダブツ!即死だ!

 

フォーリナーXは発砲される前に即座に立ち上がり跳躍し壁の上隅にへばりつく、その間に木の札を手に取り黒服と壺振りの頭部とエリダの拳銃を握っていた手に投げつけたのだ!魔法少女の攻撃にモータルが反応しろというは余りにも酷と言えよう!そしてエリダを殺さなかったのはワザとだ、魔法少女感覚はエリダが責任者であると見抜いていた。

 

イカサマはズルいよな、罰としてこの賭場の金全部くれよ。フォーリナーXはエリダにそう言おうとしていた。だがニューロンがそれを止めた。あり得ない光景だった。殺したはずの壺振りはブリッジをしており、起き上がる動作を利用して足の甲に乗せた木の札をフォーリナーXに蹴りつけた。その威力は頭をスイカ割りめいた惨状にするほどだ。

 

「ウワッ!」フォーリナーXは全力で回避し壺振りから距離を取った。その表情は先程までの捕食者の顔ではなく、驚愕と困惑で混乱するモータルのようだった。普通の人間なら確実に死ぬ。偶然か?フォーリナーXのニューロンに答えは浮かび上がらない。しかし読者の皆様は理解できるだろう!壺振りの男はニンジャである!

 

「やれ!ダイスマスター=サン!やれ!」エリダは殺意むき出しに叫ぶ。「ヨロコンデー」ダイスマスターは無感情に返事をすると親指にダイスを乗せてフォーリナーXに向けて弾いた。そのダイスは超常的軌道を描きながらフォーリナーXに向かって行く。フォーリナーXは動揺しながらも必死に回避する。だが数個のダイスが肉を抉り、残りは壁を貫通した。

 

(((ポンコツ魔法め!肝心のところを教えない!)))フォーリナーXは痛みに耐えながらニューロン内で己の魔法の役立たなさを呪った。訪れた異世界の歴史や文化や知識が一部を除いて強制的にインプットされる。だが今回はその一部にニンジャについての知識が入っていたのだ!

 

「イヤーッ!」マシンガンめいてダイスが発射される!「アバーッ!」フォーリナーXは参加者を肉の盾にして被弾回避!参加者は即死!フォーリナーXは肉の盾を投げつける!ダイスマスターは肉の盾を蹴り上げて回避、肉の盾はネギトロと化す!

 

フォーリナーXは死体や障害物を使って何とか致命傷を避ける。フォーリナーXはニンジャが魔法少女と同等の戦闘力を持っている事が分かった。異世界に訪れ続け初めて現れた自身の生命を脅かす生命体、その事実に動揺し普段の力が出せず、超常的な軌道を描くダイスを避けられず被弾し続けた。

 

「グッ……」フォーリナーXはダメージに耐え兼ね膝をつく、二の腕や脚部から血が流れ足元のタタミを赤く染め、部屋の床や壁はダイスによって抉られ穴だらけになっている。6人の参加者と黒服達の死体は肉の盾にされ全員ネギトロになっていた。「まだ殺すなよダイスマスター=サン!こいつはクランに歯向かった事をジゴグで後悔し続けさせる!」

 

エリダはサディスティックな笑みを浮かべながら指示を出す。「手足を切り取ってファックトイレとして闇金持ちに売り飛ばしてやる!やれ!」「ヨロコンデー」ダイスマスターは無感情に呟き手足を打ち抜こうとする。その瞬間大量の光と爆音に部屋が包まれた。

 

フォーリナーXは異世界アイテム収集のためにスノーホワイトと同じ何でも入る袋をもらっていた。そして使ったのはある異世界の住人の特殊能力で光と音を詰め込んだ玉、ネオサイタマで言えばスタングレネードだ。「グワーッ!」エリダは悲鳴を上げて床に伏せる。ダイスマスターは指示を無視して急所に向けてダイスを発射した。

 

だが光と音の影響かフォーリナーXの急所を外していた。さらにフォーリナーXは袋からアイテムを取り出す。巨大化した蚊のような風船がダイスマスターに向かっていき針を無慈悲に突き刺した。これも別の異世界で手に入れたアイテムの一つだ。「グワーッ!吸血グワーッ!」蚊の風船は血を吸い上げ、原型を留めないほどに膨れ上がる。

 

ダイスマスターは血を急激に吸われた影響か膝をつき倒れこむ。その瞬間全力でスプリントしたフォーリナーXが蹴りを顔面に叩き込んだ。「サヨナラ!」首は蹴り飛ばされ爆発四散!蚊の風船も許容量を超えて破裂四散!ダイスマスターの血が部屋中に飛び散る!「何なんだあれ!」フォーリナーXは返り血に塗れながら恐怖と怒りをぶつけるように叫んだ。

 

ここまで生命の危機を感じたのはスノーホワイトの時以来だ。スタングレネードと吸血装置、これは訪れた異世界で獲得して気まぐれで袋に入れておいたものだ、フォーリナーXは魔法少女の強さを絶対視しており、武器は先ほどの二つぐらいで残りは嗜好品がほとんどだった。そして吸血装置はもう無く、スタングレネードは残り一つ、まさに奥の手だった。咄嗟に思い出して引っ張り出せたのはラッキーと言うほかない。

 

「さてと……」フォーリナーXは老人めいてゆっくり立ち上がりエリダの元に歩み寄る。「何かめんどくさそうな事になりそうだから、早く済ますぞ。売上金全部寄越せ」「アイエエ……」「寄越せって言ってんだよ!殺すぞ!」「アイエエ!」エリダは悲鳴をあげ四つん這いになりながら金庫に向かう。

 

ダイスマスターが、ニンジャが殺された。それは余りにも衝撃的だった。クランの最大戦力が死んだ。それを殺した女が目の前にいる。売上を献上すれば上位ヤクザクランの上納金を収められず死の制裁が訪れる。だが今は当面の危機を凌ぐことでエリダのニューロンはいっぱいだった。

 

エリダは893893の順でダイヤルキーを回す、金庫の中には札束や貴金属やトロ粉末が保管されていた。フォーリナーXはそれらを無造作にバッグに入れる。「アバーッ!」フォーリナーXはエリダを殺害する。これは手間賃と迷惑料と怪我したことに対する復讐だった。

 

「何起こったんだコラー!」「カチコミかコラー!」外が騒がしくなってきた。全員を相手してもいいが怪我と疲労で面倒だ。フォーリナーXは歯を食いしばりながら、このツキジめいた部屋から脱出し夜のネオサイタマに消えていった。

 

 

◇フォーリナーX

 

 部屋の中ではパンキッシュなアップテンポの曲が流れる。部屋にはフォーリナーXがソファーに座りながら、琥珀色の液体を飲んでいた。ブランデーだがバーボンだが分からないが酒を飲みたい気分だったので飲んでみたが、相変わらず酔うことはできなかった。酒なんて酔えなければ、唯の変な臭いと変な味の液体にすぎない。残りをグラスごと壁に投げ捨て壁を汚した。だが他人の家なので気にすることはない。今日もカツアゲした人物の家に勝手に泊まっていた。

 流れているパンクバンドぼっけもんの曲「チェストネオサイタマ」ネオサイタマの音楽でお気に入りの曲だ。普段ならテンションを上げてくれるのだがフォーリナーXの気は全く晴れなかった。

 音楽だけではない、小説を読んでも、元の世界から持ってきた携帯ゲーム機で遊んでも、最高級のクラブで遊んでみても、今までならそれなりに楽しかった娯楽も今は楽しくなく、心に常に靄がかかっていた。

 その理由はわかりきっている。あのダイスマスターと呼ばれていた存在のせいだ。魔法少女以外で生命の危機を感じさせた初めての相手、彼奴が特別なのか、それとも彼奴以外に強い奴がネオサイタマにはゴロゴロいるのか、その実態はまるで分からなかった。そのせいでヤクザ虐めもダイスマスターのような奴が出てくるかと思い、ブレーキをかけてしまう。自分が我慢し節制させられている。その事実は非常に不愉快だった。

 ここでは自由気ままに生活できない、いつも通り派手に行動してヤブヘビしたら困る、ここは他の世界に移動できるまで大人しく過ごし、別の世界でいつも通り、強欲に我儘に自由気ままに生活しよう。フォーリナーXは自分に言い聞かせる。

 

「なんでそんな事しなきゃならない!アタシは魔法少女だ!優れているんだ!強いんだ!」

 

 ヒステリックに騒ぎながら暴れまわり、家具やテレビや壁など目に映る物は手当たり次第破壊する。

 魔法少女になってからはストレスを感じていなかった。元の世界でも雇用主にはそれなりに優遇してもらい、娯楽品なども自身の欲を満たせるほど購入できた。異世界でも魔法少女の力で好き勝手生きられた。だが今スノーホワイトとニンジャによってそれができなくなった。

 フォーリナーXは人間で言えば20代後半だが、ストレスフリーで生き続けたことで幼い頃から精神年齢は殆ど成長していない。そこに今まで体験したことのないストレスを与えられ魔法少女で強化された心の強さでも許容できなくなっていた。自分の思い通りにいかないから暴れる。それは幼子が玩具を買ってもらえないからと駄々をこねるのと何も変わらなかった。

 

「クソ!」

 

 息を乱しながら悪態をつき部屋を出て行く。魔法少女の力で無遠慮に荒らされた部屋はまるで室内に大型台風が通ったような荒れ果てた惨状だった。

 



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第十一話 バース・オブ・ア・ニューエクステンス・バイ・マジカルヨクバリケイカク#3

 

「ワースゴイ、ナンカスゴーイ、ケモビール、ダヨネー」

 

 上空を見上げると夜の海を泳ぐようにマグロ型の飛行船が浮遊し、液晶には猫に翼を生やして人を小馬鹿にしているような動物が映り、脱力させられるようなCM音声が流れている。確かケモビールだったか。

 人間と同じように酒に酔ってこのストレスを解消できたらどれだけ楽だろうか、だが魔法少女は毒に耐性を持っており、アルコールで酔えない。

 何が魔法少女は完璧な生き物だ!酒も楽しめないではないか、それに完璧な生物なら同じ魔法少女のスノーホワイトならともかく、ダイスマスターと呼ばれた奴ぐらいボコボコにできる力ぐらい授けろ。やり場のない怒りをぶつける様に転がっている空き瓶を蹴りつける。空き瓶は粉々に砕け飛散し前方にいたヤクザに命中した。

 

「ダッテメコラー!ファックスッゾコラー!」

「うるさい!」

「グワーッ!」

 

 ヤクザはフォーリナーXに詰め寄るが、右フックを喰らい10メートル横にあったゴミ捨て所まで吹き飛ばされた。ストリートを行き交う人々は一瞬フォーリナーXに視線を向けるが、因縁をつけられるとマズイと感じ、意図的に視線を外した。

 

 フォーリナーXは今モグサ・ストリートに足を運んでいた。モグサ・ストリートは比較的に治安が悪く、ヤクザやギャングなどアウトローな人物が多くいる。ストリートの両脇には明らかに違法な店が並んでおり、サイバネ武器や拳銃などが八百屋の商品のように当たり前のように陳列されている。

 魔法少女も秘匿されている存在であり、ダイスマスターもあの戦闘力ならば同じ種族も秘匿されているだろう。でなければスポーツ等で大手を振って活躍しているはずだ。もしその手の情報が有るなら裏社会だ。そう推理しモグサ・ストリートに来ていた。

 本当ならする必要のない行動だ、フォーリナーXは思わず怒りで癇癪を起こしそうになるが押さえ込む。勝手に侵入した家で一通り暴れたのでガス抜きが出来ていた。ただ怒りと不機嫌さの感情はダダ漏れであり、その美貌と豊満な体を持っていても声をかける男性は皆無だった。

 とりあえず適当にヤクザっぽい奴から話を聞いて、そこから情報を知っている奴を探すか、大まかな計画を立てアウトローな人間を探そうと周りをキョロキョロと見渡し、手頃な相手を見つけて声をかける。

 

「オイ、お前、何か化物みたいに強い奴を知らないか?」

 

 声をかけた瞬間六感のような何かが警鐘を鳴らす。フォーリナーXは異世界でも好き勝手生きて、その分敵も作り時には暗殺されそうになったの事態は数多くあった。無論すべて撃退したが、この感覚は襲われる瞬間に似ていた。フォーリナーXは全力で横に飛んだ、そのゼロコンマ数秒、目の前にいた人間の頭に何かが突き刺さった。これは手裏剣?

 

「ドーモ、ハジメマシテ、ブラッドイーターです」

 

 投擲物が来た方向に首を振るとビルの屋上の上から黒いマントを羽織った長髪の男が手を合わせてお辞儀をした。

 目の前から目を離すという行為、それは魔法少女を相手には致命的な隙であった。明確な殺意を持っていれば致命傷を与えられただろう。だがフォーリナーXは不意打ちによる動揺と目の前の相手がダイスマスターと同種の存在である恐怖で攻撃より観察を選んでしまった。

 

「アイエエー!ニンジャナンデ!?」

「アバババババーッ!」

 

 すると突如周りに居た人間が奇声をあげ失禁し、泡を吹いて気絶し始めた。何かの毒か?それにニンジャ?ニンジャなんてどこにもいない。人がバタバタ倒れ気絶するというその奇妙な現象にさらなる動揺を呼び起こす。フォーリナーXは動揺で声色が変わらないように尋ねる。

 

「今ワタシを狙ったか?」

「そうだ、最近の野良ニンジャはアイサツすらできないほどのクズなのか、こんなのにやられるとはたかが知れている」

 

 ブラッドイーターは侮蔑の目線を送りながら露骨にため息をついた。その動作一つ一つがフォーリナーXの癇に障る。

 

「お前はアマクダリというタイガーの尾を踏んだ。アマクダリフランチャイズのカミツキガメ・ヤクザクランの事務所と賭場を襲撃し金を強奪した。それはアマクダリの金を強奪したと同じだ。死ね」

 

 ブラッドイーターはビルから下りて近づいてくる。フォーリナーXは臨戦態勢をとる。直前までは逃走を考えていたが、今は戦闘しか選択肢はなかった。

 目の前の男は野良ニンジャがどうこうと意味不明なことを言いクズと明確に侮辱した。褒められることはあっても侮辱されたのは魔法少女になって以来初めてだった。

 フォーリナーXは病気による体験から優秀であることにこだわり続け、自分の世界では有用なアイテムを収集してくれて助かると褒められ、異世界生活では強さと能力に畏敬の念を抱かれ続けたことでプライドは肥大し続けた。そして無能と侮辱されるのが何よりも嫌いだった。感情は困惑から嫌悪そして殺意に変わる。

 殺す。侮辱したことを死ぬほど後悔させてやる。賭場では無様を晒したが今は違う、目の前の人間が魔法少女と同等と認識して戦う、そこに動揺も油断もない、ならば勝つのは自分だ。優秀な自分が魔法少女以外に負けるはずもない。自己肯定で闘志を漲らせ、相手への憎しみで殺意を燃やした。

 フォーリナーXはブラッドイーターに向かいながら魔法の袋に手を突っ込み武器を取り出す。それは全長120cm程の両刃の剣だった。異世界では徒手空拳でも十分に荒事には対応できた。だが出来るだけであって効率的ではなく、何か良い武器が無いかと思っていた時に見つけたのがこの剣だった。

 これはフォーリナーXのお気に入りの武器で切れ味は鋭く刃こぼれせず軽い、もし元の世界で作ろうとすれば軽く100kgを超える重量で、魔法少女の力でも振るのは多少苦労する品物だ。だがこの剣は精々10kg、魔法少女の腕力なら木の棒を振っているのと同じだ。何より刃に目玉の紋章が刻まれているデザインがRPGゲームの武器のようでフォーリナーXのセンスにドストライクだった。

 ダイスマスターの時は動揺に加え回避に専念せざる得ない状況に追い込まれたので使えなかった。だが今は違う、こちらから仕掛けることができる今なら使える。剣を居合切りの要領で横一文字に振りぬく、袋から大剣が出てくるという物理的には不可能な現象を伴った攻撃を予期するのはブラッドイーターには困難であった。

 

「グワーッ!」

 

 ブラッドイーターの胸は斬りつけられ鮮血が噴き出る。手ごたえは悪くない、そのまま返す刀で左袈裟に斬りつける。これも致命傷ではないがこれも手ごたえは悪くない。

 

「キヒヒヒ!どうしたどうした!クズにやられる気分はどうだ!?カス!?」

 

 フォーリナーXは大剣を振るい続ける。その剣捌きには武術的技量は伴っていないが、魔法少女の腕力で振るわれる大剣のスピードと圧力は凄まじく、また間合いの広さとダメージもあってかブラッドイーターは攻撃する暇もなく、回避に専念する。

 下段への攻撃が脚部を切り裂きブラッドイーターは体勢を崩す。それを見て勝負を決めようと力いっぱい横一文字に薙ぎ払う。脳内では上半身と下半身が真っ二つに別れる映像が浮かび上がる。

 だが手ごたえはまるで無くブラッドイーターはブリッジで致命的な一撃を回避した。すぐさま縦に真っ二つにしようと大剣を振り下ろすがブラッドイーターはフリップジャンプで回避、そのまま5連続バク転を決めフォーリナーXに背中を見せ逃走を開始した。

 他の魔法少女なら進路上の住人の身を案じてスピードを緩め回避するなどしていたかもしれないが、フォーリナーXは全く意を介すことなく、殴り飛ばし蹴り飛ばし大剣で切り払った。それでも僅かにタイムロスしてしまい、フォーリナーXとブラッドイーターとの距離は少しずつ離されていた。

 他の魔法少女なら進路上の住人の身を案じてスピードを緩め回避するなどしていたかもしれないが、フォーリナーXは全く意を介すことなく、殴り飛ばし蹴り飛ばし大剣で切り払った。それでも僅かにタイムロスしてしまいフォーリナーXとブラッドイーターとの距離は少しずつ離されていた。

 ブラッドイーターは屋上から地面に降りて再び店舗に入る。このままでは逃げ切られる。一か八かこの大剣でも投げるか、思案しながら店舗に入る。

 店は飲食店のようで厨房とカウンターにテーブルが五席ぐらいの普通の店だった。店内は普通ではなく客は全員死んでおり、返り血が壁や床に派手に飛散していた。そしてブラッドイーターがヴァンパイアのように従業員の首に噛みついていた。フォーリナーXは数コンマほどブラッドイーターの行為を逡巡したが、すぐさま従業員ごと斬りつけることを選択する。

 

「イヤーッ!」

 

 ブラッドイーターは従業員を投げつける。フォーリナーXは片手で従業員を払うと視界にはブラッドイーターが懐に潜り込む姿が映る。この間合いでは大剣は意味が無い、反射的に膝で迎撃を図るがそれより先に相手の拳が腹部を貫いた。鈍痛とともに衝撃で後方に吹き飛びストリートに叩き出される。ゴロゴロと転がりながら追撃に備えて立ち上がるが、予想に反してツカツカと余裕をもって近寄ってくる。

 

「さっきはジツに不覚をとったが、もう二度とない。これから本物のカラテを見せてやるクズ」

「マグレが出ただけだろ、ワタシが斬りつけた傷は浅くない、やせ我慢するなよ」

「やせ我慢?よく見てみろ、俺はもう全快だ」

 

 ブラッドイーターは見せびらかすように胸を張る。確かに衣服には斬りつけられた跡が残っている。だがその部分から血が一切出ていなかった。それに最初よりも生命力と呼べるエネルギーが増しているような気がした。何が起こっている?

 疑問を考える隙を与えないと言わんばかりにブラッドイーターは一気に間合いを詰め寄る。明らかにスピードが増している、だがまだ間合いの範囲内だ。

 フォーリナーXは先程のように掻い潜られないように右袈裟に切り上げる。ブラッドイーターは剣に手を添え力を僅かに加えて受け流し、いとも容易く素手の間合いに侵入する。その受け流しの技術は卓越しており、受け流された事に気づかないほどだった。

 隙だらけの肝臓に拳を打ち込まれる。アバラが折れる音が響き全身に痛みが駆け回り胃液がこみ上げる。さらに右フックのフックをもらい錐揉み回転しながら吹き飛ばされる。顎に的確に当たりバキバキという音が体の中から聞こえた。

 

「どうしたクズ?シマッテコーゼ」

 

 体を傷つけ心を完膚なきに叩きのめす。戦いにおいて慢心は命取りであり、その慢心で逆転され命を落としたニンジャは少なくない、だが慢心しても殺されることがない実力差で有ると感じ取っていた。

 クソ!クソ!見下すな!殺してやる!痛みと恐怖で挫けそうな心を怒りで塗りつぶし反撃を試みる。フォーリナーXは一心不乱に剣を振る。それは攻撃と言うより子供が癇癪を起して暴れているだけだった。

 ブラッドイーターは回避し続ける。ダメージを受け平常心を失った攻撃など簡単に掻い潜り数回は致命的な打撃を与えられるが、あえてしなかった。

 体を傷つけ心を完膚なきに叩きのめす。戦いにおいて慢心は命取りであり、その慢心で逆転され命を落としたニンジャは少なくない、だが慢心しても殺されることがない実力差で有る事を感じ取っていた。

 フォーリナーXの剣速が段々と落ち、それに比例するように目から闘志が消え絶望に染まっていく。そして完全に動きが止まり、剣を杖替わりにして膝をついた。その瞬間ブラッドイーターの攻勢が始まる。碌に防御できずサンドバックのように打たれ続けた。アバラは次々へし折られ顔面も誰もが振り向くような美貌は影も形もなくなっていた

 

「ワタシはつよいんだ……優秀なんだ」

 

 フォーリナーXはと呟く。自分を奮い立たせる呪文、だが今の言葉には力も意志も無く機械的に呟いているだけだった。その言葉を聞きブラッドイーターは腹を抱えて笑う。

 

「優秀?イデオットか?お前はニンジャになって勘違いしただけだ!お前はクズでカスなんだよ!」

 

 ブラッドイーターの罵倒が響き渡る。フォーリナーXのプライドと自尊心は粉々に砕けた。確かに優秀である素質は有ったかもしれない。だが病気に罹る前と魔法少女の時の全能感に酔いしれ、異世界の弱者に勝ち続け強くなる鍛錬を怠り、現実から目を背け続けた。

 魔法少女でもニンジャでも一部の例外を除いては鍛錬を積み強敵と戦い強くなっていた。フォーリナーXの敗北は当然であり、自分の力を過信した者が強者によって叩きのめされる。これは魔法少女でもニンジャでも人間の世界でもありふれた光景である。

 

「やはりニュービーを分からせるのは良い、ではカイシャクだ。ハイクをよめ」

 

 ブラッドイーターは満足げな表情を見せると貫手を作り構える。その瞬間光と爆音に包まれた。フォーリナーXが異世界のスタングレネードを使ったのだ。ブラッドイーターは心が砕け介錯を待つ負け犬と断定した。だがフォーリナーXは無意識にアイテムを使用し、慢心が油断を呼び、行動を見逃した。

 

「グワーッ!閃光グワーッ!」

 

 ブラッドイーターは目を抑えもだえ苦しむ。ブラッドイーターに宿ったソウルはブラド・ニンジャクランのソウルであり強烈な光に対して他のニンジャより弱かった。暫くすると視界もはっきりしていく、周辺にはフォーリナーXの姿は消えていた。

 

 

 

今はセクトの仕事を遂行する、反省はその後だ。ブラッドイーターは鼻をスンスンとしながら匂いを嗅ぐ、フォーリナーXの顎を砕き口の中には血で溢れており吐き出すはずだ。そこから追跡する。ブラッドイーターは血に対するニンジャ嗅覚が敏感だった。すると重金属酸性雨が強く降ってくる。匂いが消える早くしなければ。

 

嗅覚に意識を向けながらストリートを歩く、周りにはNRSで倒れているモータルが放置されており、身ぐるみが剥がされている。このストリートに救急車を呼ぼうという良心を持つ者はいない、さらにマッポを呼ぶものもいない。住人もニンジャについて知っている者もおり、ニンジャに関わる者はいない。

 

嗅覚に意識を向けながらストリートを歩く、周りにはNRSで倒れているモータルが放置されており、身ぐるみが剥がされている。このストリートに救急車を呼ぼうという良心を持つ者はいない、さらに警察を呼ぶものもいない。住人もニンジャについて知っている者もおり、ニンジャに関わる者はいない。

 

ストリートを100メートルほど歩く、「アイエエ!ニンジャナンデ!?」右向かいの店を縦断する。ニンジャ存在感を抑えていないのですれ違ったモータルは次々とNRSを発症させていく。店を突っ切り裏口に向かう。血の匂いが新しい、近くにいる。

 

裏口に出ると女が壁にもたれ掛かっていた。フォーリナーXかと思ったが違う。髪は黒色で服装も寝間着でゾンビーめいて生命力がない。ブラッドイーターはゾンビーめいた女を一瞥した後背を向け離れていく。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」背後からのアンブッシュ!ブラッドイーターのニンジャ六感が致命傷を回避!だが左わき腹を抉られる。「イヤーッ!」背後の襲撃者に反射的にハックハンドブローを繰り出す!襲撃者はガードし衝撃で数メールずれる。

 

ブラッドイーターは襲撃者の顔を見て驚く、あれは先程のゾンビーめいた女!ゾンビ―めいた女は寝間着の袖を千切り口元に巻きアイサツした。「ドーモ、ブラッドイーター=サン、フォーリナーXXです」

 



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第十一話 バース・オブ・ア・ニューエクステンス・バイ・マジカルヨクバリケイカク#4

◇芽田利香

 

―――─クズでカスなんだよ

 

 ブラッドイーターの言葉が脳内で何度も再生される。そうだクズでカスだ。戦いでは手も足も出ず、あしらわれ、自分の無能さをこれでもかと痛感させられた。

 途轍もなくショックだった。自分を支えていたプライドが粉々に砕かれ、病気の時のように無能であることに耐えられず死んでもいいとすら思った。だが体は無意識に動き逃走していた。そして今も痛みと無能である屈辱に耐えても逃げている。そこまでして生きたいのか?

 フォーリナーXは自問自答しながら逃げる。全力で走り店の中を突っ切り裏路地に出る。その時体が唐突に崩れ落ち壁にへたりこむ。フォーリナーXのダメージは重くいつ意識が途絶えてもおかしくない程だった。そして今限界を迎えた。変身は解かれ、芽田利香に戻る。

 手足は小枝のように細く、生気はまるで感じられない。随分とやせ細った体だ、思わず自嘲する。すぐに魔法少女に変身しようと試みるが全くできない。すると眩暈が起き体も寒い、きっとこの重金属酸性雨のせいだろう。

 元の世界でも外に出られず病室で生活しなければならないその体に有害な重金属酸性雨を浴びたらどうなるかは自明の理である。

 薄暗い路地裏で重金属酸性雨の有害物質によって野垂れ死ぬ、無能に相応しい末路だ。せめて無能な芽田利香ではなく、少しは優秀だったフォーリナーXとして死にたかった。芽田利香の意識は再び途絶えた。

 

――――

 

 お前は今からニンジャだ

 

 芽田利香は再び意識を取り戻す。何だ今の声は?幻聴か?もう一度聴覚に集中すると足音が聞こえる。その瞬間に誰が通り過ぎたのか分かった。ブラッドイーター、あいつが近くにいる、止めを刺しに来たのか?

 その時抱いた感情は恐怖ではなく怒りだった。実力の差をまざまざと見せつけられ、心をへし折られた。

 なのに闘争心と殺意が湧きそれに呼応するように力も湧いてくる。まるで生まれ変わったようだ。今ならやれる!立ち上がり無防備な背中に駆ける。貫手を作り心臓めがけて渾身の突きを叩き込む。

 

「イヤーッ!」

 

 無意識に叫んでいた。不意打ちする相手に自分の存在を知らせるような愚行、だがこれがしっくりきて最良のような気がした。

 

「グワーッ!」

 

 心臓への突きは寸前で躱され左わき腹を抉るにとどまった。すぐに次の攻撃をしなければ、脳の指令を出すが体は指令を無視して、服の袖を千切り口に巻き手を合わせて頭を下げる。悠長にしている暇はないと抗うが本能がそれを阻止した。

 

「ドーモ、ブラッドイーター=サン、フォーリナーXXです」

 

 

「ドーモ、ブラッドイーター=サン、フォーリナーXXです」ゴウランガ!何たる偶然か!芽田利香の体にニンジャソウルが憑依しニンジャとなったのだ!「ドーモ、フォーリナーXX=サン、ブラッドイーターです」「イヤーッ!」「イヤーッ!」アイサツからゼロコンマ5秒後、二人はお互いの顔面にパンチを打ち込み、お互い数インチで躱す。

 

「イヤーッ!」フォーリナーXXが躱された手で後頭部を掴み引き込んで膝蹴り!ブラッドイーターはブロック、「イヤーッ!」フォーリナーXXのエルボー!ブラッドイーターはこれもブロック。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ショートレンジの距離でフォーリナーXXはストームめいて攻める!

 

ニンジャ野伏力に感知してないアンブッシュへの動揺とダメージ、それはブラッドイーターを守勢に回らせた。だが歴戦の戦士であるブラッドイーターは防御しながらマインドセットし相手のカラテを分析する。「イヤッ!」攻撃の合間を縫ってショートアッパー、「イヤッ!」エルボー、「イヤーッ!」ヤリめいたサイドキックを叩き込む!

 

「ンアーッ!」CRUSHH!フォーリナーXXの体はゴミ置き場に叩き込まれる!青いポリバケツが粉砕されゴミが倒れこんだフォーリナーXXの頭上に降り注ぐ。フォーリナーXXはニュービーだ。ブラッドイーターは決断的にトドメを刺しにいく。こいつは分からせない、先ほどの失態をしないようにさっさと始末する。

 

ブラッドイーターは右手で貫手を作り力を込める、繰り出す技はインペイラー・ツキ、宿りしソウルの開祖ブラド・ニンジャの得意とする技である!タタミ2枚分まで間合いをつめるとフォーリナーXXは起き上がり反撃する。だがそれも予想しており、ブラッドイーターは全力でスプリントしスピードを上げる!

 

この急激な速度の変化に相手は対応できずヒサツワザが決まる。なんたるタクティクス!これがニュービーとの差なのか!?「イヤーッ!」ブラッドイーターの右手は心臓を……貫いてはいない!「グワーッ!」フォーリナーXXはコマめいて回転しインペイラー・ツキを回避し、回転を利用しバックスピンキックを叩き込む!

 

外した?ナンデ?ブラッドイーターのニューロンにクエスチョンが埋め尽くされる。これはフォーリナーXXのカジバ力であろうか?読者の方々にはブラッドイーターの脇腹をよく見ていただきたい!脇腹がくすんだ七色に染まっているではないか!フォーリナーXXに宿りしニンジャソウルはホロビ・ニンジャクランである。

 

ホロビ・ニンジャクランは生物に有害な毒を生成することができる。フォーリナーXXは最初のアンブッシュで無意識にジツを使っていた。そしてその毒がブラッドイーターを蝕みインペイラー・ツキを狂わせていた!

 

フォーリナーXXは振りかぶりボトルネックカットチョップの構えをとる。ここでトドメをさすつもりだ!「イヤーッ!」ブラッドイーターはインペイラー・ツキを心臓めがけて放つ!ニンジャの死因の四割はトドメのタイミングの読み違いである。故に慎重にしなければならないが、ニュービーほどトドメのタイミングを間違える。

 

「バカナーッ!」本日2度目のインペイラー・ツキは不発に終わる。フォーリナーXXはボトルネックカットチョップのモーションを止めインペイラー・ツキを掻い潜る!トドメのタイミングを間違えたのはブラッドイーターだ!攻撃を躱しそのまま片手タックルに移行する。

 

並のニンジャなら倒されないように踏ん張るだろう。だがブラッドイーターは攻撃を選んだ。狙うは無防備になった頸椎!ブラッドイーターは意識を繋ぎとめて頸椎にカワラ割りパンチを打ち込む!「グワーッ!」だがカワラ割りパンチが届く前にフォーリナーXXの突きが喉に刺さる!

 

ナムサン!暗黒カラテ技の一つヘル・ツキだ!だがフォーリナーXXはこの技を知らない。これは元の世界の格闘カートゥーンに登場した技だ、ニューロンに突如思い浮かび実践したのだった!ブラッドイーターは血を吐き崩れ落ちかける。フォーリナーXXはそのままテイクダウンしマウントポディションを取った。

 

「イヤーッ!」右パウンドパンチ!「グワーッ!」「イヤーッ!」左マウントパンチ!「グワーッ!」「イヤーッ!」右パウンドパンチ!「グワーッ!」「イヤーッ!」左マウントパンチ!「グワーッ!」「イヤーッ!」右パウンドパンチ!「グワーッ!」「イヤーッ!」左マウントパンチ!「グワーッ!」

 

 

「ワタシは!」「グワーッ!」「強いんだ!」「グワーッ!」「優秀!」「グワーッ!」「なんだ!」フォーリナーXXはオーガめいて叫びながらパウンドパンチを打ち込む。「サヨナラ!」ブラッドイーターは爆発四散!フォーリナーXXは爆発で吹き飛ばされ大の字になった。

 

アンブッシュが勝敗を分けた。あれを喰らわなければ、毒をもらうことなく最初のインペラー・ツキで勝負は決まっていた。地力で言えばブラッドイーターの方が圧倒的に上だった。だがニンジャのイクサはそんな単純な算数ではない!僅かなインシデントでピタゴラスイッチめいて変化する!それがニンジャのイクサである!

 

「キヒヒヒヒ!勝ったぞ!何がカスだ!何がクズだ!ワタシは無能じゃない!優秀なんだ!」フォーリナーXXは髑髏めいた月に向かって狂ったように笑い叫んだ。

 

 

◇フォーリナーXX

 

「やった!やったぞ!治ってる!キヒヒヒヒ!」

 

 ブラッドイーターとの戦いから翌日、フォーリナーXXは家主不在の部屋で狂喜乱舞した。人間の時に自分の人生を狂わせた国指定の難病、これによって自由も奪われ、我儘に生きるために必要な能力が根こそぎ奪われた。

 だが今はどうだ。重金属酸性雨をいくら浴びても体調は一向に悪化しない、完全に治っている。さらに身体能力は病気前どころか、魔法少女と変わらないほどだ。

 

 ニンジャソウルが憑依するリザレクション現象、それは様々なパターンがあるが憑依者が瀕死の重傷を負う等生命の危機に関わる場合が多いと言われている。そしてソウルが憑依した者は人間からニンジャの体に造り替わる。憑依者はその際に傷も治り、芽田利香も体が造り替わったことで病気も治っていた。

 

 やはり自分は強く優秀なのだ!フォーリナーXXは改めて自身の能力と才能を自画自賛する。そしてニンジャの体はフォーリナーXXにとって好ましいものだった。

 

 ニンジャは魔法少女と違って睡眠も食事も必要だった。ニンジャになる前は睡眠を必要せずその時間を趣味に使える魔法少女の体は便利だと思っていた。だが数年ぶりに睡眠をとって考えを改める。

 起きた時の爽やかさ、二度寝の際の微睡の心地よさ。それは魔法少女では決して味わえないものだった。そういえば病院生活では睡眠は数少ない娯楽であり快感だった事を思い出す。それに夢も時々見てそれも結構楽しかった。

 

 そして食事である。ニンジャは腹が減る。空腹は最大の調味料と言ったがまさにその通りだった。そこら辺の店で食べたおにぎりが体中に電撃が走るほど美味しかった。これに比べれば魔法少女の時に食べた高級料理など豚の餌である。ニンジャになってからは食事が楽しくてしょうがなかった。

 ニンジャは魔法少女と比べ分解能力が弱いせいで、酒に酔えることに気づいた。ほろ酔い状態の高揚感と心地よさは衝撃的だった。人は味を楽しむのではなく、酔うために酒を飲んでいるのだ。だが調子に乗って二日酔いになり、それを機に適量に飲むようになった。

 さらにニンジャには性欲がある。ネオカブキョウで性行為を行ったがこれも病みつきになりそうだ。魔法少女が不必要と切り捨てた三大欲求、これが人生を楽しませる最高のスパイスだ、欲求を取り戻せてよかった。フォーリナーXXは心底思っていた。

 

 だが不満な点もある。

 

 ニンジャは魔法少女と同等の戦闘力だ。決して上回っていない。ブラッドイーターの戦いも心底ムカつくが不覚を取る可能性はあった。魔法少女のスノーホワイトにやられそうになったように、未知のニンジャにやられる可能性は有る。

 魔法少女の時と今の姿は容姿が全く違う。これでスノーホワイトに捕まる可能性は無くなり、ブラッドイーターも始末したのでカミツキガメ・ヤクザクランの件で追われることはない。このまま大人しくしていれば問題ない。だがその考えを打ち消す。

 優秀で強い、だから我儘に自由に生きられるはずだ。しかしこれでは自分より優秀で強い者に怯えているではないか、これは本当の我儘と自由ではない!我儘を通せない今の現実、それはフォーリナーXXの精神をひどく苛立たせた。こういう時はやけ食いして酒飲んで風俗行くに限る。気持ちを切り替えて外に出ようとするが、ふと足が止まる。

 

「そういえば、今魔法少女になったらどうなるんだ?」

 

 ニンジャになってからは食事や睡眠や性行為を楽しむために一回も魔法少女に変身していなかった。今は変身する前はニンジャという全魔法少女の中でも特異な存在だ。噂では動物でも魔法少女になれるらしく、微妙に人間の魔法少女と違うらしい。ならニンジャが魔法少女になれば何かしらの変化が有るかもしれない。僅かばかしの期待を抱きながら魔法少女に変身した。

 

「何だこれは!?」

 

 魔法少女への変身は期待通りに、期待以上の変化が有った。ニンジャになる前は力の流れが一つとしたら、今は力の流れが二つでそれが混じり合っているようだった。しかも今のほうが力の流れが大きい。

 そしてリビングにあった姿見を見て驚く、服装は魔法少女の衣装だった。だが容姿が違っていた。右半分が金髪で碧眼、三つ編みにしても腰まで届くロングヘア―のフォーリナーX、左半分は黒髪黒目の芽田利香、フォーリナーXXの容姿だった。二つの容姿が正中線でくっきり別れている。幼少期に見たコントでセンターマンというキャラクターが居たがまさにそれだった。奇抜なファッションが目立つネオサイタマだが、その中でも浮きそうな珍妙ぶりだ。

 

「とりあえず、試すか」

 

 力の流れも違うから何かしら変化が有るはずだ。何より容姿が変わっただけとは思いたくない。まずは自身の魔法『色んな異世界に行けるよ』を試してみることにする。

 だがこの魔法には行く異世界は指定できない、一度行った異世界はもう一度行く事が出来ない、行った異世界で最低でも半年はいなければならないという三つの制約がある。まだネオサイタマに来て半年は経っていない。従来通りなら魔法を使えないはずだ。

 しかし力はどんどんと高まっていく。魔法を使用する時の感覚と同じだった。そして部屋から忽然と姿を消した。

 

 魔法が使えた!しかも使用時特有の吐き気も無い、自身の変化に少しばかり喜びを感じていた。そして辺りを見渡すと見事な青空と小麦色の草原が広がっていた。その光景に既視感を覚えた。どこかで見たことがある、脳内の記憶を掘り起こし検索すると答えが導き出された。

 ここは魔法少女になって初めて来た異世界だ!予想外の出来事に思わずノスタルジーを覚える。だがすぐに別の思考に移る。

 制約の一つである。行った異世界で最低でも半年はいなければならないは破られた。そして一度行った異世界はもう一度行く事が出来ないも破られた。ならば最後の制約、行く世界は指定できないも破れるかもしれない。

 脳内でネオサイタマと先ほどまで居た部屋をイメージする。すると先ほどのように力が高まっていく。そして視界には先ほどまで居た部屋に居た。

 

「ヒヒヒヒ!マジか!進化したぞ!やっぱりワタシは優秀なんだ!」

 

 先ほど以上の高笑いが響き渡る。この魔法はハズレではない!異世界の技術や能力を取り入れられる自分だけの特権!現にニンジャとなって病気を克服し、魔法少女としての力を高めた!この魔法こそ最高の魔法なのだ!

 

「これでこの世界からおさらば……」

 

 無意識に言おうとしたことを即座に抑え込む。ニンジャや魔法少女がいない世界で我儘に自由に暮らす。違う!自分は優秀なのだ、なぜニンジャや魔法少女を恐れ逃げなければならない。この変化にはまだまだ可能性がある、きっとニンジャと魔法少女を凌駕できる。

 

「次は戦闘力の確認だな」

 

そう奮い立たせるように呟くと部屋を出た。

 

◆◆◆

 

 

 タマリバーの水面には満月がハッキリと映っている。今日は珍しく晴れており月がハッキリと見えていた。オオヌギ地区のスクラップ置き場、そこでシャウトが響き渡る。

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 

 一心不乱に拳や蹴りを繰り出しスクラップを破壊しながら自身を観察する。スピード、パワーは以前より明らかに上がっている。そして耐久力や反射神経や動体視力などの他の身体能力も上がっているはずだ。今ならブラッドイーターを楽に倒せるだろう。そして攻撃する時は叫んだほうが攻撃力は上がるようだ。

 フォーリナーXは手を休め深呼吸をする。戦闘力も格段に上がっている、これならニンジャでも魔法少女でも怖くない。満足げな笑みを浮かべながらスクラップ置き場を去ろうとする。だがその足は止まった。

 この程度で満足か?自分はもっと優秀だ、そして自分の魔法はもっと可能性があるはずだ。もっと強欲に力を求めるべきだ。絶対的な自信を取り戻しと肥大したプライドが更なる力を求める。他の何か有るか?脳内で様々な可能性を思案する。

 暫くしてニンジャになった時のことを思い出す。ニンジャの力は別の場所から与えられたような気がする。それは自分の世界で例えるなら霊界とかあの世と呼ばれるような場所だ。その時ある仮説を思いつく。

 

 あの世も異世界なのではないのか?

 

 今までは異世界はネオサイタマのように生物が住んでいる場所を異世界と認識していた。だがあの世のように魂のような霊的存在が住む世界が存在すれば、それは異世界ではないのか、今まで全く考えなかった仮説だ。

 昔なら考えたとしても行く場所を指定できないので行くことは不可能だ。だが今は進化し行こうとする異世界を指定できるようになった。ならばできるかもしれない。ニンジャソウルが憑依した感覚を脳内から掘り起こしながら、自分を魔法少女にしたジャージの魔法少女の言葉を思い出す。

 

 魔法少女は可能性の塊だ、できると思えば何だってできる。

 

 それならばできる。この魔法は可能性の塊で有り自分は優秀だから。フォーリナーXは自身の内にあるニンジャソウルに問いかける、するとうっすらと通った痕跡のようなものが感じ取れ、それをトレースする。すると膝から崩れ落ち地面に倒れ伏した。

 

◆◆◆

 

「ここが、あの世か?」フォーリナーXは辺りを見渡す。辺りは無限の地平線に黒色に緑の格子模様が描かれた地面、周囲は遥か先まで暗黒に染まっており、その黒さは夜とは違う異様な黒さだった。暗黒には時々緑色の流星群のようなものが落ちている。ここはコトダマ空間またはオヒガンと呼ばれる場所だ。

 

今度は自身を見ると01の粒子が人型になったような姿だった。手のひらを握ったり閉じたりしながら調子を確認する。「キヒヒヒ、三途の川はないみたいだな」どうやら仮説は正しかったようだ。自分の魔法は物理世界だけではなく精神世界にも行けるようだ。「あっちの世界で霊能力者になれそうだ」

 

これなら元の世界でもあの世があって、そこに人を連れて行けるかもしれない。自分に会いたい死者は居ないが他の人間は違うだろう。これは良いビジネスになるかもしれない。未来への展望に思いを拭けるがすぐに切り替える。「さて力の源はどこかな」感覚を研ぎ澄まし探索する。

 

すると遥か前方に黄金の立方体が見える。「ヒヒヒ……何だこれ?」フォーリナーXは笑みを浮かべるが明らかに引き攣っていた。これは自分が怖がっているのではない、憑依したニンジャソウルが恐怖している、名状しがたい恐怖がフォーリナーXを襲う、コワイ!

 

これはアンタッチャブル案件か?未知の恐怖が撤退という言葉を強制的に植え付ける。だが力を得るという欲と優秀であるというプライドが踏みとどまらせた。「スゥーハァー」深く息を吸って吐いて、論理肉体で顔面を叩いた。「こっちの言葉じゃシマッテコーゼだっけか?」フォーリナーXは己を鼓舞し黄金立方体に向かった。

 

しばらく進むと鳥居ゲートと階段が現れた。階段の先には黄金立方体、それらは遥か高く先まで存在していた。「ヒヒヒ、高い場所にはご利益があるってか」フォーリナーXはため息をつき階段を上がっていく。体感時間で24時間は経っているだろうか、だが一向に距離は変らない。だがニンジャソウルの怯えは増していた。

 

さらに24時間が経過する。周りを見ると銀の竜が暗黒の海を泳ぎ、巨大なフクスケに銀色のイカが絡み「おまみ」「強力わかもと」「電話王子」の非現実的な大きさのネオン看板が煌煌と輝く。「スゲエ景色」フォーリナーXは思わず苦笑する。何たる非現実的な光景か!

 

そしてニンジャソウルの怯えはさらに増す、魔法少女でなければ精神に変調をきたしているだろう。すると銀色のイカに突如黒い亀裂が入る。その亀裂からアリめいて大量の砂嵐の人型の何かが這い出てくる。コワイ!「0101010101#$%0101、ドドドドーモ、インクィジターです」

 

「ドーモ、インクィジター=サン、フォーリナーXXです」最大限の悪寒が駆け巡り吐き気がこみ上げる。だが本能がアイサツを強制させる。アイサツからゼロコンマ一秒後、全力で階段を降りろとニューロンが命令を送る。あれに関わってはならない、この空間ではどんな優秀な魔法少女でもニンジャでも勝てない。

 

だが自身の強欲さと自尊心が足を止め魔法を使う。フォーリナーXXの魔法の本質は世界と世界を繋げ、道を作り呼びかける、まず自身に宿ったソウルがあった黄金立方体との道を繋げ広げる。そして黄金立方体に呼びかけた。本来ならばこの階段を上るのが正攻法だろうが時間がない。

 

繋がった道から呼びかける。呼びかけは一瞬と言える時間だった。だがキンカクテンプル内の莫大な情報量と思念を受け、「アバーッ!」論理肉体から崩れ銀色の液体が目や鼻や耳から噴き出る!その中で2つのソウルを見つけ呼びかけることに成功した。だがこの2つを入れれば体が耐え切れない、瞬時に1つを拒絶する。

 

(((ワタシの元へ来い!)))その代りに少し小さい4つのソウルに呼びかける。キンカクテンプルから大きいソウル1つと少し小さいソウル4つのソウルが飛び出し体に纏わりつく。それを確認すると全力で階段を駆け下りる!この間ゼロコンマ2秒!

 

「「「「イヤーッ!」」」」インクィジターの体が波打つ、するとドリルめいて体を回転させフォーリナーXXに向かって行く!「イヤーッ!」フォーリナーXXは前転回避!そのままホイールめいて階段を転げ落ちる!

 

「ノガ#$6587サナ0101010101010101001」インクィジターはバイオクジラを狩る殺人マグロめいて追跡し跳ね上がったところをドリル攻撃!「イヤーッ!」フォーリナーXXは体を捻り回避!論理肉体は僅かに削り取られる、紙一重!そのままインクィジターを足場にして跳躍!そのまま距離を稼ぐ。

 

(((ワタシなら逃げられる!ワタシは優秀な魔法少女でニンジャだ!)))出口の見えない逃走劇、己を自己肯定し精神を鼓舞し続ける。だがインクィジターは執拗に追いかけケバブめいて論理肉体を削りとっていく「ンアーッ!」インクィジターの攻撃で論理肉体は削られ残りは頭部と右腕のみ!もはやこれまでか!感覚が泥めいて鈍化する。これはソーマトーリコールか?だがフォーリナーXXの目には諦めの色無し!

 

「イヤーッ!」フォーリナーXXは魔法を使用する!論理肉体から再び銀色の液体が溢れ出る!ネットワークは帯域が広いと通信速度が速くなるらしい、ならばオヒガンと自分の肉体への道を広げれば加速するはず!フォーリナーXXはニューロンが破壊される限界まで魔法を使い繋がる道を広げる!

 

その瞬間体が急加速し前方に進む、ニンジャソウルもフォーリナーXXにくっついていく。周りの景色は流星のように流れインクィジターとの距離がタタミ1枚分2枚分と徐々に離れていき、完全に視界から消える。暫く高速移動していると鳥居ゲートが見えてくる。それを通り過ぎると意識が途絶えた。

 

 

「アバババババーッ!」フォーリナーXは打ち上げられたマグロめいて体を痙攣させバタバタと跳ねる。目や鼻からは出血していた。「ハァ…ハァ…帰ってこられたのか?」フォーリナーXは血を拭き、自分の体の存在を確かめるようにゆっくりと立ち上がる。姿に変化が生じていた。

 

体の右半分は魔法少女の姿とコスチューム、左半分はエメラルド色のニンジャ装束にメンポが着いていた。そして内に潜むニンジャソウルと魔法少女の力が相互作用して、オヒガンに潜る前よりさらなるパワーを生み出しているのを感じていた。

 

「ヒヒヒヒヒ!成功だ!やった!やったぞ!」高笑いがスクラップ置き場に響き渡る。かつてネオサイタマを裏から支配していたニンジャ組織の首領ラオモト・カンは恐ろしい計画を実行した。ヨクバリ計画、ニンジャに複数のニンジャソウルを憑依させるという恐ろしい計画だった。

 

ラオモト・カンは莫大な資金を投資し、何人ものニンジャを実験台にすることで技術を確立し己の体に行わせた。普通のニンジャならば複数のソウルを憑依させれば発狂死してしまう。だがラオモトの強大なエゴが耐え、7つのソウルを宿すという唯一無二の存在になった。

 

そして7つのニンジャソウルを手にしたラオモトは己に匹敵する強者が生まれる事を良しとせず、研究の全廃棄を命令し、人工的に複数のソウルを憑依させる技術はこの世から消滅した。だがフォーリナーXの「異世界に行けるよ」という魔法がキンカクテンプルと己の体を繋げ、道を作りソウルを憑依させた。それはヨクバリ計画そのものだった。

 

普通のニンジャなら発狂死してしまう複数のニンジャソウル憑依に何故耐えられたのか?それは彼女が魔法少女だったからだ!ニンジャが魔法少女に変身する。それは交わる事が無かった異なる世界の異能の存在の融合である、そして特異な化学反応を起こし混じり合った!結果、ニンジャの力に魔法少女の力が加わり複数のソウル憑依に耐えきったのだ!

 

ゴウランガ!何たる偶然!その偶然はネオサイタマで生まれた禁忌のロストテクノロジーを再現してしまったのだ!「ヒヒヒヒ!ワタシはもう魔法少女のフォーリナーXでも、ニンジャのフォーリナーXXでもない。それを超越した存在!ニンジャ魔法少女フォーリナーXXXだ!」

 

ゴウランガ!ゴウランガ!ゴウランガ!魔法少女とニンジャは本来なら交わることは無かった!だがフォーリナーXは何万とある異世界の中でネオサイタマに転移し、芽田利香が死にかけた際にニンジャソウルが憑依した結果ニンジャ魔法少女は誕生した!これはもはや天文学的確率!ブッダよ!これは貴方の意志なのですか!

 

「さあ!この力で何して遊ぼうか!」フォーリナーXXXは親に玩具を与えられた子供のように無邪気に楽し気に笑った。そしてあるアイディアを思いつく。自分に屈辱を与えたブラッドイーター、そしてアマクダリという組織に属している事を匂わせることを言った。ならば連帯責任だ!アマクダリを壊滅させる。

 

「キヒヒヒ、すぐに潰れるなよアマクダリ」フォーリナーXXXはニューロンでアマクダリ壊滅計画を立て始まる。その様子を髑髏めいた月は見下ろし「インガオホー」と呟いた。

 

 

◆◆◆

 

 

「どうなっている?」極秘会議スペース、そこで高級ソファーに尊大に座り葉巻をふかす紫色のスーツ上下ハーフの少年がいた。少年はヘイキンテキを保っているつもりだが青筋が立ち言葉にはキリングオーラが籠り、レッサーヤクザなら失禁してしまうほどの圧力があった。

 

彼の名はラオモト・チバ、ネコソギファンドCEOにしてネオサイタマを暗躍するニンジャ組織アマクダリセクトの首領である。「まだ」チバの問いに褐色の白乳色のスーツを着た容姿端麗の男は端的に答える。彼の名はアガメムノン、チバの執事でありアマクダリセクトの実質的支配者である。

 

「まだだと!」チバはガラスの灰皿をアガメムノンに投げつける。アガメムノンは顔を動かし灰皿を避けアルカイックスマイルを浮かべる。その笑顔はチバの怒りを増長させる。「もう10人は殺されたんだぞ!」チバはコマンドグンバイを操作しモニターに画像を映す。その画像にはニンジャの生首と「アマクダリ潰す」と赤色で荒々しく地面に書かれていた。

 

「関連企業やヤクザクランが次々と襲われ、現場に行ったアマクダリニンジャも殺された!こいつはアマクダリの敵だ!早くアクシズやスパルタカスを投入して殺せ!」チバは机を叩きつけ叫びアガメムノンを睨みつける。その暴君めいた形相を向けられながら平然と答える。

 

「アクシズやスパルタカスはニンジャスレイヤーに備えた戦力です。それに襲われた組織やニンジャは弱小衛星組織の者です。まだそこまで注力しなくても問題ございません」「カス札なんて問題ない!これは面子の問題なんだ!」アガメムノンは手で制す。

 

「チバ様、もっと大局を見ましょう。メンツという古い考えで時間を割く余裕はございません」アガメムノンの目に稲妻めいたパルスが走る。それを見てチバは言葉を飲み込む。「ふん!だがこれ以上被害が出たら殺せ!」「はい、手配いたします」アガメムノンは深々とオジギし会議室から退出する。

 

「クソ!」チバは一人だけの会議室で吐き捨てる。ニンジャスレイヤーに謎の敵対者、アマクダリに楯突くムシめ!ヤクザミームを受け継いだチバにとって二人は抹殺対象だった。だが組織を動かせない。その歯がゆさに机に拳を叩きつけた。

 

 

 

◇フォーリナーXX

 

 ここ最近は毎日が楽しい。

 

 ヤクザ事務所を襲って金品を強奪しアマクダリを引き釣り出し、襲い掛かるヤクザのニンジャやアマクダリのニンジャを殺す。その後にご飯を食べる。運動によって腹が減っているだけあって一段と美味しい。他にはゲーセンに行ったりマンガを読んだり、キャバクラに行ったり。これがリア充というものなのかもしれない。

 ゲームやマンガやアニメは好きだがそればかりだと飽きる。そんな時に食事と酒の楽しみを覚え、アマクダリを壊滅させるという明確な目標ができた。やはり目標が有ると人生に張りが出てくる。幸いにもアマクダリは強大で中々壊滅するにいたらない。楽しい事は長くしたい。

 

「さて何を食べるかな」

 

 フォーリナーXXはアマクダリニンジャを殺した後、ヤカタバンナ・ストリートを闊歩する。今はニンジャ魔法少女フォーリナーXXXではなく、変身を解いてニンジャのフォーリナーXXであり、程よく空腹であった。

 このストリートは飲み屋街だが昼は飲食店としており、学生やサラリマンが店に入っていく。営業しているので食事には困らない。カレー、テンプラ、スキヤキ、スシ等多くの店があり少しばかり目移りする。

 ここ最近は奪った金で高級店に行っていたが、ふと大衆向けの料理が食べたくなり足を運んでいた。伝説的な料理人が高級料理店を辞め、大衆料理店を開く。マンガやドラマではある展開だが、そんな感じの隠れた名店があるかもしれない。僅かばかり期待を抱いていた。

 フォーリナーXXはストリートを歩きながら店の一つ一つを吟味する。料理を食べる前に店の実力を判断することはニンジャ魔法少女になった今でもできない。

 だからギャンブル要素が発生し美味しい店だった時は嬉しさも大きい。左右をキョロキョロ見渡すフォーリナーXXの足が止まる。ワザ・ズシと店名が書かれている。店構えから何となく隠れた名店感を醸し出しており惹かれるものがあった。

 

「ここにするか」

 

 店内に入ると老人と若い女性がいらっしゃいませと声をかける。あの老人の職人はいかにも凄腕の寿司職人だった風のオーラがある。これは当たりかもしれない。少し胸を躍らせながらカウンターに座る。

 

「オーガニックのお任せで」

 

 フォーリナーXXは挑発的な目線を向ける。インプットされた知識でこれは店側にとって「店の実力をみてやる」という品定めを意味しており、挑戦的言動でもあるということは知っていた。その言葉を聞いた瞬間に老人の雰囲気が変わる。さあお手並み拝見だ。

 

「ヘイ、スズキです」

 

 早速一品目が出される。前に行った高級寿司屋ではいきなり大トロが出てきた。昔読んだ寿司マンガで最初はスズキなど味が薄いもの出すと書いてあったのを思い出す。食べてみるとシャリが口の中に絶妙にほどける。こんな体験初めてだ。

 それから老人の職人は寿司を握り続ける。どのネタもフォーリナーXXを満足させるもので特にマグロは絶品だった。さらに寿司を出すタイミングが絶妙だ。丁度食べたいなと思った時に出される。これが匠の技か。締めのカッパ巻きを食べ満足げに息を吐く。

 

「美味かった。やるなジジイ。お前もしっかりこのジジイの元で腕を磨けよ」

 

 フォーリナーXXは素直に賞賛の言葉を述べる。ジジイ呼ばわりはネオサイタマにおいてかなり失礼なのだが、老人の職人は咎めることなく嬉しそうに笑みを浮かべた。女性職人はぎこちない笑顔を浮かべた。

 

「ザッケンナコラー!ハエが入ってんぞコラー!」

 

 後方のテーブル席からヤクザスーツの二人組が怒声をあげる。ヤクザがいちゃもんをつけて金をせびりにきたか、フォーリナーXXは即座に判断した。

 このジジイがそんなミスをするわけがない。フォーリナーXXは人間時代では好きなものを食べられず、魔法少女時代では空腹にはならず食事本来の素晴らしさを味わえなかったので、食に携わる人間には好感を持っていた。

 そしてあのヤクザはジジイを侮辱し上手い食事を食べた幸福感を乱した。よし殺そう。フォーリナーXXから殺気が膨れ上がる。

 

「オイ!待ってくれ」

 

 行動に移そうとした瞬間、若い女性の職人に声を掛けられる。

 

「ドーモ、はじめまして、エーリアス・ディクタスです」

「ドーモ、エーリアス・ディクタス=サン、フォーリナーXXです」

 

 相手がアイサツしてきたので、本能的にアイサツをかわした。

 

「落ち着いてくれ、でないと周りの客がな」

 

 エーリアスは察しろとばかりに目線を送る。周りを見ればヤクザ達は勿論、他の客もニンジャナンデ!?とうわ言のように言いながら泡を吹いている。そういえばヤクザもこんな症状を見せていた。これでは完全に営業妨害だ。

 

「また来る」

 

 フォーリナーXXは魔法の袋から札束をカウンターに置きヤクザ二人の首根っこを掴みながら店を出る。これで迷惑料になっただろう。これで出禁にならないはずだ。折角の当たり店を出禁にはなりたくない。出禁になっても強引に食事を出させることはできるが、無理やり握らせれば味が落ちる。

 全てはこのヤクザのせいだ。こいつらが所属するヤクザは壊滅させる。フォーリナーXXはインタビューをするために人気のない路地裏に向かった

 

バース・オブ・ア・ニューエクステンス・バイ・マジカルヨクバリケイカク 終




魔法少女育成計画で出てくる魔法少女は「~をするよ」という魔法を使えます。

ふわっとした魔法紹介ですが、そこから過大解釈して思わぬ使い方やえげつない使い方をしており、新しい魔法が出てくるたびにそう解釈するかと膝を打っていました。そして折角魔法少女を出しているのだから筆者もやってみようと考えました。

「異世界に行けるよ」という魔法を過大解釈しようと結果、オヒガンは異世界という設定を思いつき、そこからニンジャソウルの任意憑依やニンジャ魔法少女の設定を思いつきました。

正直とんでも設定かと思いましたが、二次創作だし思い切ってやってみようと思いました(笑)

作中ではフォーリナーXやフォーリナーXXやフォーリナーXXXなと似たような名前が出て、筆者もどっちがどっちだっけと迷う事も有るので、確認用として表を作りたいと思います

      
フォーリナーX  魔法少女  

容姿 金髪碧眼、コスチュームは黒のフラメンコドレスに鍔が広い魔法使いが被るような帽子

イメージ画像
【挿絵表示】
 画像の服装は適当です

魔法 『異世界に行けるよ』 行く異世界は指定できない、一度行った異世界はもう一度行く事が出来ない、行った異世界で最低でも半年はいなければならないという三つの制約有り。

ステータス
身体能力2 ♥♥
コミュ力2 ♥♥
魔法のレア度数4♥♥♥♥
経験1(魔法の力を引き出し使いこなしているか)♥
メンタル1 ♥
調子乗っている4 ♥♥♥♥

フォーリナーXX ニンジャ 
ニンジャソウル:ホロビ・ニンジャ・クランのグレーターソウル
身長:158cm
外見特徴:黒髪黒目、髪はロングヘア―、容姿は人間の芽田利香の姿。ニンジャ装束の生成はできない 


【挿絵表示】

芽田利香のイメージ
この挿絵から目元の隈をとり血色を良くしたのがフォーリナーXXのイメージです

画像はPicrewの「ななめーかー」を使用して作成しました。
https://picrew.me/image_maker/41329


フォーリナーXXX ニンジャ魔法少女
ニンジャソウル:魔法を使い複数のニンジャソウルを憑依。アーチソウル1つ、グレーターソウル4つ。ホロビ・ニンジャ・クランのグレーターソウル。計6つ 
身長:158cm
外見特徴:右半身が金髪碧眼、魔法少女のコスチューム。左半身が黒髪黒目エメラルド色の
ニンジャ装束にメンポ
右半身がフォーリナーXの容姿、左半身がフォーリナーXXの容姿

魔法 『異世界に行けるよ』三つの制約は解除。本人が異世界だと思えばどこでも行ける

ステータス
身体能力5 ♥♥♥♥♥
コミュ力2 ♥♥
魔法のレア度数4♥♥♥♥
経験4(魔法の力を引き出し使いこなしているか)♥♥♥♥
メンタル3 ♥♥♥
調子乗っている5 ♥♥♥♥♥





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第十二話 下らなくて大切なもの#1

前話の話で記載したフォーリナーXXXのステータスを修正しました


「なんで、俺が行かなきゃいけねえんだ」ブスザワは愚痴をこぼしながら錆びた鉄階段を上がっていく。こんなものバイトにやらせればいいのに、だがこれが伝統だ。サラリマンとしては上が決めた伝統には逆らえない。ブスザワはファントムサマー出版のコミック雑誌フジサンの編集だ。

 

編集とはコミック作家のサポーターのようなもので、原稿を回収し、必要な資料を集め、時には作家にアドバイスをしながら作品を作り上げていく。コミック雑誌フジサンは今ネオサイタマで最も売れている。その編集であればカチグミと言える。センタ試験を突破し、精神を摩耗し鈍化させ友人を裏切ってまで就職した。だがブスザワは不満だった。

 

カチグミといえる編集だがフジサンは編集内のヒエラルキーでは最下位だった。編集のヒエラルキーは担当作家の売り上げで決まる。売り上げが多い作家は既に別の編集が担当しており、有望な新人作家の編集になろうにもベテラン編集に囲われている。担当できるのは見込みがない残りカスだ。

 

それでは売り上げは伸びない。売り上げが伸びなければヒエラルキーは上がらない。堂々巡りだ。ブスザワは担当作家の家に着くとイラつきながらチャイムを連打する。「おおおおおお客様ドスエ」数秒後扉の向こうから走る音が聞こえ、扉が開いた。

 

「ドーモ、ブスザワ=サン」ボサボサ頭の20代の男がぎこちない笑顔を浮かべながら出迎える。この男がブスザワの担当するコミック作家だ「ドーモ、カワタ=サン。オジャマシマス」ブスザワは尊大な態度で中に入り真っすぐ進み部屋に向かう。

 

部屋は本棚と机があるだけで、書類も散乱しておりタタミを覆いつくし、本が塔のように積み重なっていた。「モンキーでも分かるベースボール」「ディーマックのバッティング理論」「ネオサイタマ野球史」などベースボール関連の書籍ばかりだ。

 

机の上も床と同じようにケシカスやペンが散乱して散らかっていた。ブスザワは足で書類を払いのけタタミに座った。「原稿」「どうぞ」カワタは茶色の封筒を渡すとブスザワは乱雑に封筒から紙を抜き出しパラパラと読み始めた。カワタは正座しその様子をじっと見つめる。

 

「貰っていく」ブスザワは読み終わると原稿を茶封筒にしまう。それを見てカワタは胸をなでおろした。「あと編集会議で打ち切り決まったから、あと3週分で終わらせろ」「打ち切りですか!?」カワタは思わぬ言葉に普段以上の声で聞き返した。

 

「待ってください!やっと主要キャラを出して、ここから丁寧にキャラ描写をしてバックボーンを膨らませるんです」カワタはブスザワに縋りつく「ウッセエゾコラ!」ブスザワはヤクザスラングを吐きながらカワタを払いのける!コワイ!「アイエエエ……」カワタは肉食動物に狙われた草食動物めいて委縮する。

 

「そんな悠長にやってる暇があるかコラー!もっとキャッチーな要素入れろコラー!」ブスザワはカワタを蹴りつける。なんたる非道!こんな蛮行が許されるのか!?だがニュービー作家の地位は極端に低く、編集による非道はコミック業界ではチャメシインシデントである!

 

「アイエエエ…」カワタは右腕を守るようにカメめいて体を丸くして暴行に耐える。「ふん。これでツーアウトだ。バカ!早く辞めちまえ!」溜飲が下がったのか暴行を止めゴミを見るような目で見下ろし家を後にした。「バカハドッチダー!」カワタは怒りのままに右手をタタミに振り下ろそうとしたが、思いとどまり左手を振り下ろした。

 

「そっちがベースボールコミックを描けって言うから描いたのに!それで打ち切りだと!フザケルナ!」プレス機めいて左手をタタミに振り下ろす。カワタが描いた「ファストボール」はカワタが描きたい題材ではなかった。何よりベースボールについて興味がなくルールすら知らなかった。

 

だがブスザワに売れるからと半ば強引に描かされる。それでもベースボールについて調べ研究し、自分なりに面白い作品を描いていた。だがその努力も無駄になった。これでツーアウトだ。フジサンで連載する作家は3回連続で短期打ち切りされると二度とフジサンでは描けない契約になっている。それを業界ではスリーアウトと呼ばれている。

 

そしてカワタは2回短期打ち切りになった。もはや後がない。「どうする?どうする?どうする?」カワタは膝を抱え座り込む。今住んでいる家も仕事道具も買った資料も全てファントムサマー社から借りている。これでスリーアウトになれば一斉に取り立てられる。借金センター、殺人マグロ漁船行き、カワタは将来の不安に必死に耐えた。

 

◇スノーホワイト

 

「5分後に組手で」

「分かった」

 

 スノーホワイトとドラゴンナイトはいつも通りネオサイタマ内をパトロールし、締めの組手を行うためにいつもの廃工場に向かった。ドラゴンナイトはソワソワした様子でリュックサックから雑誌を取り出し読み始めた。すると首を垂れ失意のどん底と言わんばかりに落ち込んでいる姿があった。

 

「どうしたの?」

「打ち切られた……巻末だったし覚悟してたけど、実際ショックだ……」

 

 ドラゴンナイトの言葉には主語が足りなかったが、何を言いたいかはすぐに分かった。週刊漫画雑誌フジサンで連載しているお気に入りの漫画が打ち切られたのだ。

 以前ドラゴンナイトがやたら薦めてくるので一度読んだが特に印象には残らず、寧ろ興味を示さなかったことを残念がる姿のほうが印象に残っている。スノーホワイトの琴線に触れなかったが、ドラゴンナイトの琴線に大いに触れたようで、毎週毎週楽しみにしていたのは傍から見ても分かった。

 気持ちは分かる。幼い頃は魔法少女もののアニメが終わった時はこの世の終わりのように泣き叫んだのを薄っすら覚えている。そして次週には新しい魔法少女ものが始まり悲しみを忘れ、次の作品に夢中になっていたのも覚えている。

 だが漫画だとその作者が次週に新しい作品を描くことはまず無い。1か月、2か月、もっと時間がかかるかもしれない。その精神的ダメージは計り知れない。

 

「今日はやめておく?」

「やる」

 

 スノーホワイトは気を遣って声をかけドラゴンナイトは短く力強く返事をして立ち上がり、組手を開始した。

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 

 喉への貫手、鎖骨へのチョップ、顔面へのジャブ、左わき腹へのミドルキック。ドラゴンナイトは全力で打ち込みスノーホワイトは防御しいなす。ドラゴンナイトは距離を取るとジツを使い竜人へと変化する。

 ドラゴンナイトのリュウジン・ジツ、このジツにより攻撃力は上がり、尻尾が生えることで手数も増え、牙が生え噛みつきも致命傷になり得る。この状態の攻撃を受ければスノーホワイトでも重大なダメージを負う。魔法で攻撃の意図を察知し防御しいなし攻撃に転じる。

 依然攻撃は当たらないが、最初の頃と比べると攻撃の雑さがなくなり避けづらくなっている。随分と成長した。その成長を感じると同時に調子の悪さも感じていた。

 やはり漫画が打ち切られたのが尾を引いているようだ。現に『打ち切られて困る』という声も聞こえてくる。スノーホワイトの魔法は無意識の困った声を拾い上げる。組手中に声が聞こえるということはそれだけ重大な事と雄弁に語っている。

 スノーホワイトはドラゴンナイトの唐竹割りチョップを十字受けしそのまま小手返しで極めると同時に組み倒し足刀を叩き込もうとした瞬間動きを止め、背を向けて走り始めた。思わぬ行動にドラゴンナイトは驚きながらもネックスプリングで起き上がり追走する。

 スノーホワイトはひび割れた窓の前に止まり振り向かずドラゴンナイトの前に手を翳す。それを見てドラゴンナイトは足の爪を床にめり込ませ急停止する。

 

「どうしたのスノーホワイト=サ……」

 

 ドラゴンナイトは目の前に思わず言葉を飲み込み、スノーホワイトも思わず注視する。窓の外にはボサボサ頭の男がいた。その男は二人を見つめながらニンジャナンデ……とうわ言のように呟き目がうつろだが、持っているペンは淀みなく動きスケッチブックに描きこんでいた。

 これはニンジャに出会ってしまった一般人が見せる症状だ。主にニンジャナンデとうわ言を言い、痙攣や失禁や嘔吐し失神する。だが目の前の男性は典型的な症状を見せながら、何かに憑依されたように手を動かし続ける。

 

「アバーッ!」

 

 男は奇声をあげ倒れこむ。スノーホワイトはすぐさま男を抱きかかえて様子を見る。失神している。そして地面に落ちたスケッチブックに何気なく視線を向ける。そこには殴り描きのように少女と少年と竜のような異形、そしてニンジャという文字が大きく書かれていた。

 

◆◆◆

 

「ザッケンナコラーッ!」カワタは舌打ちをしてヤクザクラクションを鳴らす。前方の車は進路を譲ることなく挑発めいて減速する。カワタはもう一度クラクションを鳴らし強引に前の車を追い越す。車窓からは天高くそびえ立つカスミガセキジグラットとその周りを浮遊するツェッペリン達が見える。

 

これがネオサイタマの夜だ。最近は締め切りに追われ外に出ることなく、コミックを描き続けた。だが連載は打ち切られもう締め切りに追われることなく熟睡できる。そのことに安堵したがすぐに不安がニューロンに過る。早く次回作を描かなければ。原則的に短期打ち切りは2回までだが、あくまでも原則である。

 

フジサンでコミックを描きたいという作家はボウフラめいて多い、早く次回作のプロットを提出しなければ枠を奪われる。だが何を描けばいい?デビュー作はヒーローアクションのジャンルでカワタのオリジナルではなかった。ストーリーは別の者が考え、それを描く作画と呼ばれるポジションだった。

 

正直内容はブルシットだったがこれを描かないとクビにすると脅されて、仕事と割り切って描いたが短期打ち切りされる。短期打ち切りの責任は作画のカワタに押し付けられた。ストーリー担当はコミックマニアのカチグミの息子で、絵は描けないがフジサンで連載したいという要望で描かされたものだった。

 

カチグミの圧力には逆らえず強引に連載し、絵のタッチも今流行のタッチに矯正させられた。絶対に売れると無駄にコミック単行本を大量に作らされたが当然売れず、作りすぎた分の損失は一部背負わされた。次作は編集に売れるからとベースボールコミックを描かされ絵のタッチも矯正させられたものだった。

 

そして短期打ち切りだ。次は売れなければならない。売れなければ借金塗れだ。何を描けば?何を描けば売れる?カワタのニューロンはUNIXめいて答えを導き出そうとするが一向に答えは導き出されなかった。そこで気分転換すればアイディアが降りるかも知れないと、車でネオサイタマを毛細血管めいて張り巡らされた首都高速をドライブしていた。

 

だがニューロンにこびり付く黒い靄は一向に晴れなかった。「アイディア出ろ!」カワタはネオサイタマ湾岸上に浮かぶプラント工場に向かって叫ぶ。足元には数本のバリキドリンクの瓶が散乱していた。カワタはプラント工場には何一つ興味はなかった。だが知り合いのコミック作家がプラントを眺めるとアイディアが浮かぶと言っていたので来ただけだ。

 

プラントを見てアイディアが浮かぶなんてオカルトだ。だがオカルトに縋り付くほど追い詰められていた。「出ろよ!アイディア出ろ!」カワタは狂人めいて叫びながらペンとスケッチブックを握る。プレッシャーへの逃避と錯乱すれば違う何かが見えてくること期待しバリキをオーバードーズ一歩手前まで摂取していた。

 

だが期待とは裏腹にアイディアは一切浮かんでこなかった。「次は廃工場でも行くか」カワタは路肩に止めていた車に乗り込むキーを回しアクセルを踏んで発進させる。廃工場も知り合いが今の作品を思いついた場所だ。こうなったらとことんオカルトに付き合ってやる。

 

「到着!」カワタは勢いよく車のドアを開ける。向かった場所は家から車で数十分程の場所にある廃工場群だった。知り合いは廃工場を見るとアイディアが浮かぶと言っていたが、決まった場所というのは無いので一番近い廃工場を選んだ。敷地に入るといくつもの工場が立ち並び、野ざらしになった重機は重金属酸性雨で変色している。

 

廃工場はギャングやヤンクの拠点になりやすく、侵入すれば暴行を受ける可能性がある。カラテ段位二桁を持っているならともかく、カワタは典型的なナードで体は一切鍛えておらずカラテ段位はゼロである。通常の判断能力なら訪れないだろう。だがヤバレカバレである今のカワタには判断能力は無いのである!

 

一帯からは不気味なアトモスフィアが醸し出され、風が吹けばどこからか異音が聞こえてくる。もしオカルト信者がいればオバケが出てくるだろうと恐れ戦くだろう。だが今のカワタは寧ろオバケを見れば新連載のアイディアが思い浮かぶかもと、全く恐れていなかった。

 

「ブブブーン、ブンツブンツ」お気に入りのリキシ、ストロングロードの入場テーマを歌いながら落ちていた鉄パイプを片手で振り回し上機嫌で歩く。何という無用心さ!もしヤンクやギャングがいれば数秒でネギトロになっているだろう!だが奇跡的に攻撃されていない。

 

「ン?」カワタの耳に何かが聞こえてくる。これは風の音ではない、人の声だ。普段ならヤンクやギャングと推測し逃げるが、バリキによって正常な判断を失っており声の方向にゾンビめいたゆっくりとした速度で向かっていく。「イヤーッ!」これはカラテシャウト?カラテマンの秘密特訓か?バリキと期待感で心臓の鼓動が速まる。

 

声がする廃工場に向かう。そこには色付きの風がぶつかり合っていた。その瞬間ニューロンがスパークする。ガイオン、廃工場、コワイ、兄貴と2人、カワタのニューロンに断片的なワードが浮かび上がる。カラテシャウト、圧倒的なパワー!ニンジャ、ニンジャ!ニンジャ!ニンジャはコミック上の存在ではない!実在したのだ!

 

「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」ニンジャの存在を認知した瞬間カワタにNRSが襲い掛かる。吐き気がこみ上げ失禁しニューロンの防衛機構が意識を遮断する。カワタのDNAに刻まれたニンジャへ根源的恐怖が体中を満たしていく。それと同時に別の意識が芽生える。

 

これだ!俺が描きたかったコミックはニンジャだったんだ!カワタは無意識にスケッチブックを手に取りペンを走らせる!何たる精神力!屈強なアウトローやレジェンド級の職人等の屈強で強靭な精神を持つモータルはNRSを発症しないことがあるが、カワタのコミック作家としてのプロ意識と描きたいという欲求が複雑に絡み合った精神がNRSに耐えたのだ!

 

カワタはペンを走らせる。ニンジャと魔法少女のカラテをモータルが捉えるのは不可能であり、色付きの風がぶつかり合っているようにしか見えない。だがカワタは構わずインスピレーションの赴くままに描いていく。

 

「アバ…アババ……」カワタのNRSはますます深刻化していく。それでもペンを走らせるのを止めない!すると色付きの風が突如カワタに向かってくる。風は動きを止め、姿を現した。一人はティーンエイジャーの少女。もう一人はドラゴンが人の形になったようなミュータントだった。「アバーッ!」この瞬間NRSは最高潮になりカワタの意識は途絶えた。

 

 

◇ドラゴンナイト

 

「悪い事しちゃったな」

 

 ドラゴンナイトは申し訳なさそうに呟く。この男性は偶然か意図したのかは分からないが、廃工場に来てドラゴンナイトとスノーホワイトのカラテを目撃してしまったのだ。モータルがニンジャを見たり、そのカラテを見てしまうと体に変調をきたしてしまうのは知っていた。

 とりあえずどこかで安静にさせ意識を取り戻すのを待つか。こちらに否は無いが、このままカラテを続ければ無意識でニンジャの存在を感知し症状を悪化させる可能性が有り気が引ける。そしてそのまま放置して帰るのはさらに気が引ける。

 

「どこかで安静にさせよう」

「そうだね。その前にジツを解除しようか」

 

 スノーホワイトの指摘にドラゴンナイトは自身のウカツに気づく。今はリュウジン・ジツを使用している状態だ。この状態はモータルに与える影響は凄まじく。以前ジツを使った時にその姿を見たモータルが重度の変調をきたした事があった。これでは意識を失っていても悪影響を与えてしまう。ドラゴンナイトはジツを解除する。

 

「あっ、ボクが運ぶよ」

 

 スノーホワイトが男性を運ぼうとするので、慌てて運ぶのを代わる。男性は変調のせいで失禁し嘔吐している。正直言えば代わりたくはないが、そんな人をスノーホワイトに運ばせるわけにはいかない。ドラゴンナイトは顔を顰めながら男性を廃工場の壁にもたれ掛かせ、持ってきたミネラルウォーターとタオルを使って、男性の汚れを拭いた。

 

 男性が意識を取り戻すのはいつになるだろう?このまま何時間も意識を取り戻さず、足止めを喰うのはゴメンである。まずはイマジナリーカラテで時間を潰して、それでも意識を取り戻さなかったら、スノーホワイトと相談して多少強引に起こすか、身分証明書から住所を調べ送り届けるか。すると男性が持っていたスケッチブックが目に留まる。

 

 こんな場所で何を描こうとしていたのだろう?気になる。人の物を見るのは勝手に見るのはシツレイだが、介抱した礼として少しばかり見てもブッダも許してくれるはず。ドラゴンナイトの好奇心が自制心を勝りスケッチブックを手に取る。

 

「ワオ。実際ワザマエ」

 

 スケッチブックを見て思わず声をあげる。この抽象的だが躍動感ある少年と少女の姿、そして異形の人型。これはスノーホワイトとリュウジン・ジツを使った自分だろうか。ラフスケッチだが技量の高さが分かる。

 コミック好きが一度は通る好きな作品の模写、ニンジャになる前のソウスケも例に漏れず行ったが、絵のスキルは無く酷い出来だった。そしてニンジャになりニンジャ器用さにより寸分違わない模写はできるようになった。だが模写は上手くなっても自身のニューロンで新しい構図や動きを思い浮かべ描くことはできなかった。それだけにスケッチブックに描かれている絵にはオリジナリティが有り惹かれるものがあった。

 ページを次々に捲っていく、夜のネオサイタマを颯爽と駆けていくバイカー、迫力あるオスモウ、臨場感あるベースボールのワンシーン。どの絵も魅力的だった。

 

「あんまり良くないと思うよ」

「ゴメン、凄いよこの人の絵、実際ワザマエだよ」

 

 スケッチブックを見るドラゴンナイトをやんわりと諫めようと声をかけるスノーホワイトに興奮気味に声をかける。スノーホワイトも絵を見てその技量に感心の表情を浮かべる。この絵はスゴイ、きっとその道のプロフェッショナルだろう。だがどこかで見たことがある絵だった。どこで見た?ニューロンで検索するが答えは出てこなかった。

 

「ウウン……」

 

 すると男性が意識を取り戻す。ドラゴンナイトはスケッチブックを閉じ男性の隣に置き数歩離れ、スノーホワイトはしゃがみ込み声をかける。

 

「気分は大丈夫ですか?」

 

 男性は頭を振りながら周りをキョロキョロと見る。

 

「車に乗って……ヨロシサンのプラントに行って……廃工場に来て……ウッ!」

「大丈夫ですか?」

 

 スノーホワイトは声を掛けながらミネナルウォーターを手渡す。男性は親指と人差し指で眉間をもみながら手の伸ばして丁重に断る。

 

「大丈夫、だんだん良くなってきた。ドーモ、カワタ・ミツハルです」

「どーも、カワタさん。雪野雪子です」

「ドーモ、カワタ=サン、カワベ・ソウスケです」

 

 カワタは座りながらアイサツし、スノーホワイトとドラゴンナイトはアイサツを返す。

 

「それで君たちはニンジャだね」

 

 いきなりの直球の質問。ドラゴンナイトは思わず唾を飲み込む。スノーホワイトからできる限りニンジャであることは秘匿しろと言われており、注意を払って秘匿していた。今回はカラテする姿を見られてしまったが、大概のモータルは変調の影響で記憶が欠落しニンジャについて忘れることを知っている。だがカワタは二人をニンジャと認知していた。

 

「ニンジャなんていません。まだ調子が悪いみたいですね。病院に行くなら宜しければ付き添いますが?」

 

 スノーホワイトは笑顔を見せながら話す。流石スノーホワイト、ニンジャ観察力を持っても質問に対する動揺などの反応が全く見えていない。さらに言葉も上手い。ニンジャは世間ではフィクションの存在だ。朧げな記憶で聞いたかもしれないが、ティーンエイジャーにハッキリと断言され、暗に自我科に行った方が言われれば恥のあまりこれ以上追及できない。

 

「いやニンジャは居る。子供の頃ニンジャに遭遇した。そのニンジャ達も君たちと同じようにカラテシャウトを発し色付きの風と化していた」

 

 カワタは確信を持った目でスノーホワイトを見つめる。ダメだごまかせない、ドラゴンナイトは不安げな視線をスノーホワイトに向ける。

 

「だとしたらどうしますか、誰かに言いますか?でも大の大人がニンジャが居るなんて言いふらせば、社会的地位が危うくなると思いますが?」

 

 スノーホワイトの声色は優し気なままだが、内容は脅迫めいている。

 

「別に言いふらすつもりはない。ただ君たちを、ニンジャを取材させて欲しいだけだ。俺はコミック作家で次回作はニンジャを題材にした作品を描くつもりでいる」

「コミック作家?もうデビューしているんですか?どこの雑誌で描いているんですか?」

 

 あの絵のワザマエ、コミック作家だったのだ。それなら納得できる。今まで静観していたドラゴンナイトが興味深さそうに問いかける。話の取っ掛かりを見つけたと感じたのか、カワタはスノーホワイトからドラゴンナイトに視線向ける。

 

「コミックフジサンで「ファストボール」というコミックを描いていた。知っているかい?」

「ファストボール!?」

 

 ドラゴンナイトは無意識に声が大きくなり上ずる。その声にスノーホワイトは思わず振り向き、カワタも驚いたような様子を見せる。

 ファストボール!?今ファストボールと言ったか!?作者の名前はカワタだった。ペンネームにしてはあまりに普通だと思っていたが、本名だったのか。スケッチブックの絵を見た時の既視感、スケッチブックの絵はファストボールの絵とは似ていなかったが、何かしらの類似点を感じ取ったのだ。しかしこんな偶然があるのか!?

 

「はい読んでます!毎週楽しみにしていました!」

 

 スノーホワイトより前に出て、しゃがみ込みながらカワタの目を見据えて喋りかける。憧れのベースボールプレイヤーに出会ったような表情と声色は完全なファンボーイだった。

 

「あのワンとノノムラの一打席勝負は特に好きです!これから盛り上がってくるところで打ち切りだなんて、ブルシット!見る目が無さすぎる!他に打ち切る作品何ていくらでも有るだろう!あと握手していいですか!?」

「ありがとう。こんな熱心な読者が居て嬉しいよ」

 

 カワタはドラゴンナイトの熱意に若干引き気味になるが、すぐにファンに対応するように外向きの笑顔で握手した。

 

「それでカワタ=センセイは何故こんな場所に?」

「次回作の構想を練ろうと色々な場所をドライブしていたんだ。それでこの廃工場に着いて、君たちを見たんだ。それでカワベ=サンとユキノ=サンはここで何を?」

「ハイ、ネオサイタマをパトロールして、最後にここでカラテトレーニングをしています!」

「ネオサイタマをパトロールとは具体的には?」

「はい、悪い奴やニンジャからモータルを守る為にパトロールしています!」

「ニンジャ!?他にもニンジャが居るのか!?」

「はい、実際戦って倒しています!」

 

 カワタの質問に答えていく、スノーホワイトは喋りすぎであると視線で注意するがドラゴンナイトは全く気付いていない。

 

「なるほど、明日もパトロールとここでカラテトレーニングをするつもりかい?」

「はい、そうです」

「よかったら、明日ここで取材させてくれないか?」

「ハイ、ヨロコンデー!」

 

 ドラゴンナイトは直立不動で返事をし、約束を取り付け、連絡先を交換しカワタは工場から去っていく。

 ファストボールが打ち切りという最悪な一日から作者に出会うという最高の一日に劇的に変化した。しかも次回作はニンジャを描き取材まで申し込まれた。これはもしかすると有るかもしれない。ファンなら一度は夢見る作品の登場人物のモデルになるというチャンスが。

 

「よし!組手の続きをやろう!」

 

 ドラゴンナイトは意気揚々と構える。その後は精神状態に左右されたのか抜群の動きを見せた。

 



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第十二話 下らなくて大切なもの#2

◇スノーホワイト

 

「個人差が有るかもしれませんが、ニンジャはスリケンを生成することができます。こうやって」

「なるほど」

「ニンジャのスリケン投擲はピストルより遥かに威力は高く速いです。こんな感じに」

 

 ドラゴンナイトは手裏剣を生成し投げる。一個目は真っすぐ飛び、二個目と三個目が其々左右に曲線を描き、一個目の手裏剣に当たった。だがカワタには目視できなかったようで説明を求め、ドラゴンナイトが解説を始めた。

 

 漫画家のカワタと出会った翌日のパトロールは三人で同行することになった。張り切っているドラゴンナイトはヤクザ事務所に乗り込む等派手な事をしようとしていた。

 こういう時は何かしらトラブルを引き起こすものだ。意図的に派手な事はしないように、ゴミ拾いや酔いつぶれたサラリーマン同士の喧嘩の仲裁など元の世界のパトロールのように慎ましく地味な活動に努めた。

 もしヤクザの抗争やテロが発生すれば鎮圧するつもりだったが、幸いにもそのような事案は起こらなかった。ドラゴンナイトとカワタは不満げだったがスノーホワイトは胸をなでおろしていた。

 カワタの不満な様子を感じ取ったのかドラゴンナイトがパトロールを早めに切り上げて、組手をしようと提案してきた。恐らく組手でニンジャの能力を見せつけようという魂胆だろう。それぐらいの見栄なら可愛いものだ。その提案を承諾しいつもの廃工場に向かった。

 そこでスリケン投擲や瓶切りを見せてニンジャの力を思う存分見せてカワタを感嘆させ、その様子を見てドラゴンナイトは自慢げな表情を浮かべていた。

 

「じゃあ、いつもの三倍減速ぐらいで」

「分かった」

 

 その後は組手だ。といっても普通にやれば一般人には目視不可能なのでスピードを落としておこなった。それでも普通の格闘技の試合程度には速い。

 ドラゴンナイトは見栄えを意識してか踵落としやソバットやサマーソルトキック等派手な技を繰り出していた。それらの技は隙が多く単発で当たるものではない、いつでも相手を制することはできたが花を持たすという事で単純な防御で済ます。カワタは二人の組手を一心不乱にスケッチに描いている。

 

「イヤーッ!」

 

 顔面に真空飛び膝蹴りを繰り出す。余裕をもって防御、すると左足を首に巻き付け、空かさず右足も首に巻き付けてバク転の要領で体を一気に逸らした。狙いは読めたが敢えて技を受ける。しかしこのままでは脳天が地面に突き刺さり痛いので、頭が突き刺さる前に両手を着けて、両手の力で飛び足の拘束から脱出する。すると組手終了の合図が鳴り、拍手が廃工場に響く。

 

「実際凄い。アクションスターが裸足で逃げるような動きだ。これでも手加減しているんだろ?」

「はい、動きは本番と似ていますが、本気でやればモータルには目視できません。それで参考になりましたか?」

「ああ、かなり」

 

 その言葉にドラゴンナイトは心底嬉しそうな笑顔を見せる。スノーホワイトもその笑顔に釣られるように頬を緩ませた。

 取材されることには反対だった。ドラゴンナイトがニンジャであることを知る人数は極力減らしたほうがいい。取材されれば詳細に調べられ、モデルにしたキャラクターが世間に発信される可能性があるのはリスクがある。

 いざとなれば魔法少女らしからぬ行動だが恐怖によってカワタの口を固くさせようと思っていた。

 だがドラゴンナイトをモデルにしたキャラクターが出てもあくまでも漫画の世界だ。ニンジャは一般的に空想上の存在と認知されているので、まさか同じ能力を持ったモデルが実在しているとは思われないだろう。何より嬉しそうにしているドラゴンナイトの姿を見て、口を挟むことはできなかった。スノーホワイトは基本的にドラゴンナイトには甘かった。

 

「あとニンジャにはジツと呼ばれる特殊能力があります」

「ニンポみたいなもの?」

「そんなものです。ボクは何というかドラゴンが人型になるというか、人がドラゴンになるというかそんな感じです」

 

 ドラゴンナイトは歯切れ悪く喋る。手っ取り早くジツを使えばいいのだが、使えばカワタの精神に多大なショックを与え変調をきたす可能性がある。それを考慮したのだろう。カワタは何となくイメージが掴めたのか、特に質問をしなかった。

 

「ユキノ=サンもジツを使えるの?」

「はい、人のイエスとノウが分かります。例えばコインを右手に持っている時に、コインを右手に持っていますかと質問すれば、持っているか持っていないが分かります。ドラゴンナイト=サンのジツに比べれば大したことのないジツです」

 

 スノーホワイトは恐縮そうに話す。人に魔法を説明しなければならない時にはこのように申告している。実際には魔法でイエスとノウも分かるので嘘はついていないとも言える。ドラゴンナイトも自身のジツはこれであると思い込んでいる。

 

「ドラゴンナイト、それはコードネームか何か?」

「ニンジャになると別の名前、ニンジャネームを名乗りたくなるんです。恐らく他のニンジャもそうだと思います。ソウスケさんのニンジャネームはドラゴンナイト、私のニンジャネームはスノーホワイトです」

 

 カワタはニンジャネームか呟きながらスケッチブックにメモしていく。

 

「ところで他のニンジャに遭遇したことがあるなら、ニンジャネームとジツを教えてくれないか」

「いいですよ、まずはヘッドハンター、ジツは……」

 

 ドラゴンナイトが語る間にスノーホワイトも出会ったニンジャについて思い出す。ネオサイタマに来て両手で足りない程度にはニンジャと出会った。だがいざ思い出そうとすると名前が思い出せない。

 最初に出会ったニンジャや魔法を使わせない空間に引きずり込むニンジャは覚えているが、名前が全然出てこない。容姿と名前がハッキリと思い出せるのはニンジャ猫のマタタビとニチョームで知り合ったヤモトとネザークイーン、そしてエーリアスとニンジャスレイヤーだ。

 案外意識していないと覚えていないものだ。魔法少女だったら知り合った魔法少女も捕まえた魔法少女も全員覚えている。その時スノーホワイトの脳内である考えが浮かぶ。

 

「それでスノーホワイト=サンはどんなニンジャに会った?」

 

 これは言っていいものか、だがアイディアが採用されるかはカワタ次第だ、言うだけなら問題ないだろう。スノーホワイトは意を決した。

 

「ニンジャネームはヴェス・ウィンタープリズン。女性ですが王子様のように綺麗な人です。髪は茶髪のショートカット、服装は拘束具のようなベルトがついたコートにマフラーをつけていました。優しくて強くてお父さんみたいでした。ジツは周りの物体を壁に変化させることができます。

 次はシスターナナ。女性でヴェールを被って修道服のような服で、でもスリットが入っていたり白いストッキングをガーターベルトで吊るしていたり、あと胸の谷間と胸の上にベルトがあってちょっとエッチな感じです。でもいつもニコニコして誰よりも優しいお母さんみたいでした。ジツは皆の力を増幅させることができます。とてもシスターナナらしいジツです。

 ねむりん、女性で金髪、毛先は紫でサイドの部分は地面につくほど長くて、丈の長いパジャマを着ています。凄く聞き上手でいつの間にいっぱい喋っちゃって、お喋りしている時は本当に楽しかったです

 次はハードコア・アリス、女性で黒一色のエプロンドレスを着て、目の下には濃い隈があって不健康そうで不気味に見えますが、でもちょっと不器用だけど、どんな時でも他人を思える優しい娘なんです。魔法は自己再生です。どんな怪我でも瞬時に治せます」

 

 スノーホワイトは思い出すように語る。今でも細部がくっきりと思い出せる。ヴェス・ウィンタープリズン、シスターナナ、ねむりん、ハードコア・アリス。

そしてあと一人、この人の存在は是が否でも伝えたかった。スノーホワイトはドラゴンナイトを一瞥して話を続ける。

 

「そしてラ・ピュセル、女性で篭手や脛当てや胸当てをつけて中世の騎士みたいですが、でも胸元や太腿などは露わになっています。性格は騎士のように高潔で誇り高くて、でも気弱なわた……仲間を励ましてくれて」

 

 胸中には感傷が満ちる。理不尽な殺し合いに巻き込まれて混乱し落ち込む自分を守る剣になると誓ってくれた優しい騎士、でも本当は魔法少女が好きな年相応の男の子。

 

岸辺颯太。

 

 颯太も理不尽に殺された。それでも最後まで誰かを守る騎士で有り理想の魔法少女であったはずだ。

 颯太だけではない、五人はあの地獄のような殺し合いの場でも争いを否定し、人を思いやれた理想の魔法少女達。彼女たちは理不尽に無慈悲に死んだ。だからこそせめてフィクションの中で生きてほしい。そしてその気高さと優しさを作品を通して読者に影響を与えて心に刻まれて欲しい。そう思っていた。

 

「へえ~、いつの間にそんなニンジャと会ったんだ。会ってみたいな、今どこに居るの?」

「今はネオサイタマにはいない。遠い…遠い場所に行っちゃって会えない」

 

 スノーホワイトは極めて平静に言う。そのせいかドラゴンナイトのニンジャ観察力でも心中を察することができなかった。ドラゴンナイトは純粋な興味で尋ね悪気は無いのは分かっている。だが改めて五人は死んだことを再認識して悲しんでいた。

 

「その五人のニンジャのビジュアルはこんな感じかな」

 

 カワタはスノーホワイトにスケッチブックを見せる。ラフスケッチだがそこには細部は違うにせよ、あの時N市にいた魔法少女の姿がいた。

 それからスノーホワイトは今まで会ったニンジャとジツについて語り、三人でどんなジツが有りそうかというアイディアを語り合った。スノーホワイトはその際に知り合いの魔法少女の魔法もジツのアイディアとして話した。

 

「良い話を聞かせてもらったよ。今の話を参考に読み切りを描くから、出来上がったら一番に見せるよ」

「アリガトウゴザイマス!でも連載じゃないんですか?」

「読み切りが編集に通って、その読み切りが評価されたら連載かな」

「厳しいですね」

「実際厳しい、でもこの作品を俺のライフワークにするつもりだ」

 

 カワタは力強く宣言し、その言葉にドラゴンナイトは感銘している。一方スノーホワイトは全く別の事を考えていた。

 

「もし連載になったら、私達が話したニンジャは作品に出るんですか」

「まだ分からない」

「もし、出すのならウィンタープリズンもシスターナナもねむりんもハードゴア・アリスもラ・ピュセルも悪役とかじゃなくて、私が話した人物像にしてください。そうじゃなければ出さないでください」

 

 不躾な要望であることは分かっている。キャラクターは作者のものだ。聖人にしようが極悪非道の悪党にしようが作者の自由だ。それでも人物像を捻じ曲げられることなく、自分が知る五人であって欲しかった。

 

「分かった。可能な限りそうするよ」

 

 カワタはしっかりとスノーホワイトの目を見据え頷いた。その態度に誠意を感じた。

 

「じゃあ帰るけど、車に乗っていくかい」

「近くですし、走って帰ります」

「そうか、じゃあお休み」

「お休みなさい」

「お休みなさい」

 

 カワタは二人に別れの挨拶をすると車に乗り廃工場を後にした。その後ドラゴンナイトは一緒に帰ろうと誘ったがそれを断り廃工場にはスノーホワイト一人だけになった。

 

「随分とセンチメンタルだぽん」

 

 誰もいないのを確認するとファルの立体映像が浮かび上がりおどけるように声をかける。

 

「そう思う?」

「思うぽん。でもミームの伝達は人の本能かもしれないぽん。間違っては無いぽん」

「ミームって?」

「文化,情報,経験,知識,技術,概念,考え方とかぽん。この場合は五人の主義主張とかだぽん」

「五人の気持ちが他の世界で伝わるんだね。何か不思議」

「今度はロマンチシズムかぽん、いつからそんなんになったぽん。泣く子も黙る魔法少女狩りとは思えないぽん」

「そうだね」

 

 スノーホワイトは自嘲するように笑う。今は魔法少女狩りの仮面を被っているが、根の夢見がちな少女の部分は治っていないかもしれない。だがそれもいいだろう。そうでなければミームは伝えられない。

 五人の存在は記録に残っている。だがそれはどんな魔法が使えて、クラムベリーの試験に巻き込まれた魔法少女がどのように死んだかという無機質な記録だ。

 あの試験の生き残りはスノーホワイトとリップルだけだ。だがリップルはアリスとラ・ピュセルとは関りが無く、ウィンタープリズンとシスターナナとは顔を合わせた程度だと言う。

 もうミームを伝えられるのはスノーホワイトしか居ない。全てを知れたとは思えないし間違っているかもしれない。でも交流で感じた考えや感情を伝えたい。暫くの間五人との日々の記憶を思い出し感傷に浸った。

 



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第十二話 下らなくて大切なもの#3

部屋の中には原稿用紙にペンを走らせる音が響き渡る。床にはバリキドリンクの瓶が10本は転がっている。この本数は1日でならオーバードーズ、数日に渡って消費したとしても危険な量だ。カワタは右手でペンを動かしながら左手でバリキドリンクを摂取する。これで今日3本目だ。アブナイ!オーバードーズ一歩手前で有る。

 

「できた!」叫び声が響く。カワタはドラゴンナイトとスノーホワイトへの取材の後すぐにコミックを描き始めた。ニューロン内に次々とインスピレーションが沸き上がる。それらを選定し読み切りのページに内に収める。最低限の食事と睡眠以外はすべてコミックを描くことに費やした。

 

それは締め切り間近のコミック作家めいたデスマーチだったが、カワタは全く苦にならなかった。今までは編集のブスザワや会社の指示で矯正させられていた。でもこの作品は違う、自分のエゴを全て込めた作品だ。作業中は麻薬ジャンキーめいてハイになっていた。

 

カワタは原稿をケースに丁重に収納し身支度を整える。最初の読者は編集のブスザワではない、この作品を作る切っ掛けを与えてくれたドラゴンナイトとスノーホワイトだ。車のキーを取り玄関のドアのドアノブに手をかける。その瞬間立ち眩みが起きたが頭を振り構わず家を出て車に乗り込んだ。

 

 

「ドーモ、ドラゴンナイト=サン、スノーホワイト=サン。読み切りが完成したので読んでくれ」「その……大丈夫ですか」ドラゴンナイトとスノーホワイトは心配そうに見つめる。血色が悪くゾンビめいた顔だった。「実際ヤバイ、フラフラだ。家で寝た方が良かった。でもすぐに見せないとパッションが逃げそう。だから持ってきた」

 

カワタはぎこちない笑顔を見せる。ドラゴンナイトはカワタのスピリットを感じ取る。持っていた水とタオルで入念に手を洗いその場で正座し背筋を伸ばす。その姿はチャドーの授業の時のように厳かなアトモスフィアだった。「読ませていただきます」原稿を受け取り読み始める。

 

廃工場にはペラペラとページを捲る音と三人の呼吸音が響く。ドラゴンナイトは原稿を夢中で読み、カワタとスノーホワイトはドラゴンナイトの姿を見守る。ドラゴンナイトは最後のページを読み終わり静かに息を吐いて原稿をしまいカワタに渡した。

 

「スゴイ!圧倒的なパワー!レボリューション!エボリューション!スゴイ作品ですよ!」ドラゴンナイトは目を輝かせ自身の語彙力での最大限の賛辞を贈る。「スノーホワイト=サンも読んでみなよ!興奮のままにスノーホワイトの手を握り原稿を読むように促す。スノーホワイトはその熱意のままに原稿を手に取り読み始める。

 

レボリューション、エボリューション。ドラゴンナイトの言った意味が何となく理解できた。カワタの作品はニンジャが主人公のバトルもので、スノーホワイトの世界の漫画作品と雰囲気が似ていた。この世界のコミックはスノーホワイトの世界のアメコミに似ている。その中で日本の漫画的な作品は突然変異であり、進化であり革命であるかもしれない。

 

「どうだった!?」ドラゴンナイトは興奮気味に尋ねる。「うん、今まで読んだ作品で一番面白かった」その言葉にドラゴンナイトは自身のことのように喜ぶ。スノーホワイトとしてはカワタの作品は慣れしたしんだ漫画であり、読みにくいネオサイタマの作品より読みやすく面白かったのは事実だった。

 

「ファストボールも好きだけど、これはもっと好きです!描き方がまるで違うのは何で?」「こっちが本来の作風だ。今まではブルシットな編集とか会社によって矯正させられた」カワタは忌々しく呟く。フジサンで連載するために提出した作品は今のような作風だった。だが突然変異ミュータントは受け入れられなかった。

 

だが編集の一人のゴウダはカワベの作品を気に入った。ゴウダはフジサン編集内でも地位が高い編集であり、ゴウダの推薦もあってこの作風のままデビューできる予定だった。だがデビュー前にゴウダは派閥争いに敗れ、指を二本ケジメし会社を辞めた。カワタのデビューは白紙に戻された。

 

デビューを白紙に戻されたカワタはこのままでは路頭に迷い野垂れ死ぬ。それを恐れたカワタはプライドを捨て主流の作風に切り替えた。幸いにも絵の技量は高かったので絵を担当する作画としてフジサンでデビューすることができた。だが選択は誤りだった。その結果デビュー作でファックな作品を描かされ、その結果借金を背負わされた。

 

「この作品は編集に提出するよ。この作品が出来たのは二人のおかげだ。ありがとう」カワタは深々とオジギした。自分は死んでいた。だがニンジャの、二人のカラテを目撃したことで真に描きたい作品を見つけ魂が生き返った。「こちらこそ、今から連載が実際楽しみです!」「私も微力ながら協力します」

 

「ありがとう」そう言った瞬間カワタはデスマーチの影響で意識を失った。ドラゴンナイトは体を掴み、その後カワタを家まで運んだ。そしてカワタは泥のように眠った。

 

◆◆◆

 

「ふぅ~」フジサン編集室内、たばこの煙が立ち込め、編集達が室内をせわしなく動いている。ブスザワは書類が山のように積まれている机に足をかけ悠然とタバコを吸っていた。目線の先には「整理整頓」「締め切りは死んでも守らせる」「カラテ戦士マモル売り上げミリオン突破」ミンチョ体で描かれた張り紙や広告が飾られている。

 

「カラテ戦士マモル売り上げいいですね」「ありがとうござます」「いやいや、センソカベ=センセイのおかげですよ」「いやいや、カラテ戦士マモルはカリマル=サンあってですよ」

カリマルの周りには他の編集がおべっかを取っている。作家の売り上げが編集のパワーだ。ブスザワは嫌悪感をあらわに睨みつける。

 

なにがカリマルあってのカラテ戦士マモルだ、たまたま人気作家の編集になっただけだろ。俺だって作家に恵まれていれば。独自にマーケティングを調査して描かせたファストボール。本来なら売れて人気作家の編集としてパワーを持つはずだった。だが結果は打ち切りだ。これは俺のせいではない。カワタのワザマエが足りないだけだ。

 

「あのボンクラが!」ブスザワは怒りをぶつけるように机を叩いた。「ブスザワ=サン、持ち込み来ていますよ」「すぐ行く!」ブスザワはめんどうくさそうに立ち上がる。フジサン編集部にはフジサンでデビューしようと作品を持ち込むニュービー作家が日々訪れる。その作品を読みアドバイスし、有望な者を選考会に送り込むのも編集の仕事の一つである。

 

どうせ今日も才能のない奴らのブルシットな作品を見せられるのだろう。苛立ちを露わにしながら移動する。すると編集室内に見慣れた姿があった。スーツを見て普段とは違い身なりを整えているが担当作家のカワタだ。「ドーモ、カワタ=サン、何の用だ?」「読み切りを持ってきました」

 

「読み切りだ!?編集にネームを見せずに勝手に描いたのか!」ブスザワはカワタに凄む。ネームとは作品の下書きのようなもので、作家は編集にネームを見せて編集はアドバイスをして作品を作るのが一般的な方法である。つまり作家が編集にネームを見せないことは反逆行為そのものである!なんたるシツレイ!

 

「イヤーッ!」ブスザワの正拳突きがカワタに叩き込まれる!「グワーッ!」カワタはピンポン玉めいて吹き飛ぶ!ブスザワは大学時代ではジョックのカチグミ企業の社員、カワタはニボシめいたナード、カラテの差は歴然である。

 

「打ち切りツーアウト作家が随分舐めた真似してくるじゃねえか!」ブスザワはマウントポジションに移行しパウンドを叩き込む!ナムサン!何たる過剰暴力!だが周りの人物は止める素振りを見せない。人気作者ではない打ち切りツーアウトのサンシタ作者が暴行されようが会社にとってどうでもいいのだ。何たる格差社会!

 

ブスザワはガードに構わず殴り続ける。以前のカワタなら心が折れ泣きながら許しを乞いていただろう。だが今のカワタにはカラテが漲っていた。「イヤーッ!」ブスザワが大振りのパンチを叩き込もうとした瞬間にカワタはブリッジをして体勢を崩し、マウントから脱出し睨みつける

 

「この作品は俺のプライドだ、売れ筋ばかり考え商業主義に走るアンタに見せれば矯正され魂が死ぬ!」「魂だ!?お前みたいなサンシタにあるのかよ!」「有る!この作品が俺の魂だ!」カワタの声に編集室の人間の手が止まり視線を向ける。カワタのアトモスフィアには得体の知れないパワーが有った。

 

「じゃあ、見せてもらうか」「ドーモ!編集長!」ブスザワは電撃的な速度で90°の姿勢でオジギする。カワタも同様にアイサツする。週刊フジサンの編集長、フジサン編集部においてのショーグンであり、新人編集と打ち切りをくらったコミック作家が口を聞ける立場ではない。

 

「編集室で騒ぎを起こして、コミック作家が魂を口にしてブルシットな作品だったらケジメだぞ」編集長はカワタに鋭い眼光を向ける。これはジョークではない。本当にケジメさせるつもりだ!コワイ!「構いません」カワタは静かに頷いた。編集長は原稿を手に取り読み始める。

 

その様子を皆が固唾を飲んで見守る。カワタも同じように見守る。その間心臓は高速で脈打ちまな板にいるマグロめいた心境だった。「オイ、ゴダイゴ=センセイはどうやっても間に合わないか?」編集長は後ろを振り向き編集に尋ねる。「ハイ、今朝事故で両手怪我して実際重症です」「そうか」編集長は前を振り向きカワタの肩を叩き呟く。

 

「ラッキーだったな。それを穴埋めで載せてやる。ケジメは無しだ。本連載にするかは読者の反応次第だ」「アリガトウゴザイマス!」カワタは90°の角度で頭を下げた。編集長はそれに応じることなく自分の席に座り電話をかけ始めた。

 

◆◆◆

 

「おめでとうございます」「ありがとう、でもこれでスタートラインに立っただけだ」ドラゴンナイトの言葉にカワタは口では当然という態度を見せているがアトモスフィアから嬉しがっていることが漏れ出していた。

 

読み切りが掲載された翌日、ドラゴンナイトは校内でコミックを読む生徒達の声をニンジャ聴覚で限り収集した。面白かった。表現にオリジナリティーある。奇抜すぎる。奥ゆかしくない。評価は真っ二つに分かれていた。IRC上でも同様の意見だった。とりあえず印象には残った。あとはどう転ぶか、

 

ドラゴンナイトはフジサンに付属されているアンケートと呼ばれる嘆願書めいたものにカワタの作品を連載で読みたいと記入し、パトロールの最中にアンケートが取られていない捨てられたフジサンを回収し送った。スノーホワイトも手伝い多くのアンケートを送った。

 

読み切り掲載から2週間後、ドラゴンナイトのIRC通信機にカワタから本連載が決まったと連絡が入った。そして組手を行う廃工場にカワタが飲み物や食料を持参し囁かな宴会を行っていた。「この2週間本連載されるかどうかってソワソワしていましたよ」ドラゴンナイトが合成果汁炭酸飲料をカワタの紙コップに注ぐ。

 

「これでも読み切り掲載から決まるまでかなり早いほうだよ」カワタは返礼し飲む。「いつから連載するんですか?」「1ヶ月後だ、連載用に色々ブラッシュアップしなければならない。まずは長期用のストーリーだな」読み切りはニンジャが戦うだけの話だった。それは2人も気になるところだった。

 

「大まかには弱者側だった7人がニンジャになって体制側に反逆するのが大筋だ」復讐劇か。ベタと言えるが元の世界でも古今東西に復讐劇は存在し好まれている。ネオサイタマでもそのようだ。「そして連載用にフックを作らなければならない」「フック?」スノーホワイトとドラゴンナイトは首を傾げる。

 

「フックとは読者に気になる部分を作ることで、歪なものが特にフックになる。例えば読み切りでもニンジャ同士が戦う前にアイサツしただろう。ニンジャの二人には普通かもしれないが他の人には変な行動なんだよ。それがフックになって目に止まる」「そうなんですね」ドラゴンナイトはいまいち納得いかないように返事をする。

 

一方スノーホワイトは納得していた。ニンジャのアイサツ、最初にアイサツされた時は余りにも隙だらけなので何かの罠だと思ってしまった。そして隙を突くようにアイサツ中に攻撃したら罵詈雑言を浴びせられる。それはどのニンジャでも共通だった。今では受け入れられたが他人から見れば相当変だ。

 

「それは読み切りのフックで連載用のフックを考えなければならない」「フックか」ドラゴンナイトは顎に指を当てて頭を傾げる。スノーホワイトも考えてみるが全く思いつかない。するとドラゴンナイトが閃いたようで挙手する。

 

「あの一つ思いついたんですけど、いいですか?」「どうぞ」「フェアリーにサトリというのがいるんですが、それの元はニンジャで後世には架空の存在と伝わってしまった。というように架空の存在は実はニンジャだったという設定はどうでしょうか」ドラゴンナイトはカワタの反応を見ながら話す。

 

ユカノとのトレーニングでサトリ・ニンジャクランについて聞き、その後何となく調べるとサトリというフェアリーの存在を知った。そこから伝承のフェアリー等はニンジャがモデルになったという仮説を思いついた。だがすぐに考えを否定した。あまりにも荒唐無稽すぎる。まるで狂人の戯言だ。だがコミックの世界ならそれも面白いのかもしれない。

 

「なるほどフェアリーはニンジャがモデルか、面白いね」カワタは荒唐無稽さに半笑いを浮かべながら答える。「そんな世界ならいっそ歴史上の偉人達もニンジャだったなんてどうかな!?卑弥呼もニンジャ!聖徳太子もニンジャ!ミヤモト・マサシもニンジャ!織田信長もニンジャ!」

 

カワタはジョークを言うようにおどけながら喋る。その口調と内容にドラゴンナイトは思わず吹き出す。「歴史の影にニンジャ有り!人の歴史はニンジャの歴史だったのだ!」カワタはさらにおどける。「じゃあ今のネオサイタマ知事も実はニンジャ」「そう、知事もニンジャ」ドラゴンナイトは腹を押さえて苦しそうに笑う。スノーホワイトも釣られて笑う。

 

ALAS!何ということだ!カワタとドラゴンナイトはジョークで話しているつもりだった。だがそれは歴史の真実である!ニンジャ歴史学に精通している読者の方はご存知であろう。ドラゴンなどの空想のモンスターはニンジャのメタファーであり、ドラキュラもニンジャであり、歴史の偉人の多くはニンジャである!

 

この事実は知ればカワタは重篤な急性NRSを引き起こすだろう。だが完全に与太話と思い込んでおり、NRSを引き起こすことはない。「フフフ、だがこれはフックになるかもしれない」カワタは一頻り笑った後真面目な口調で喋る。「体制側を支配しているのは古の偉人でニンジャ、このトンキチな設定は印象に残るはず。この設定使っていいかい?」

 

カワタはドラゴンナイトに尋ねて了承をもらう。「アイディアが沸いてきた。悪いが家に帰って設定を練り直させてもらう。飲み物や食べ物は二人で食べていいから」カワタは一方的にアイサツし廃工場から出て行った。「ジョーク半分で言ったんだけど、採用されちゃった」ドラゴンナイトはポカンと口を開けながら後ろ姿を見送る。

 

「偉人がニンジャで空想上の怪物もニンジャがモデル。何だか可笑しいね」スノーホワイトは思わずニヤける。自分の世界ならクレオパトラもお釈迦様もキリストも実は魔法少女ということだ。何とも荒唐無稽だ。そんなことがあれば世界がひっくり返る。

 

「でもこれぐらいの方がカワタ=サンの言うフックになりそうだね」「そうだね」その後2人は組手を行い、カワタが買ってきた物を分配し受け取り家路につく。スノーホワイトは移動しながらファルに尋ねた。

 

「ファル、実は卑弥呼やジャンヌ・ダルクが魔法少女だったなんてことないよね」「流石にそんなぶっ飛んだ設定は聞いたことがないぽん」「そうだよね」確かにそうだと内心で頷く。でも魔法少女という常識では有り得ない存在が居るのだから、偉人は魔法少女だったという荒唐無稽な話が加わっても不思議ではない。

 

クレオパトラが魔法少女ならどんな魔法を使うだろう。とんでもな設定を聞いたせいか、普段では考えないような空想をしながらネオサイタマを駆けていった。

 



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第十二話 下らなくて大切なもの#4

◇カワベ・ソウスケ

 

「おい、セブンニンジャ読んだか?」

「セブンニンジャ?どこのコミック?」

「フジサンだよ、読み切りから連載したやつ」

「あ~あ、あのニンジャの読み切りか、描き方が好きじゃなかったな」

「設定がぶっ飛んでいて面白いぞ、作中のネオサイタマは裏からニンジャが支配していて、そのニンジャは徳川だったんだよ」

「何それ?ギャグ?」

「シリアスだよ、他にもニンジャ同士が殺し合う前にアイサツするんだよ「ドーモ、〇〇=サン、××です」って感じにさ」

「なんでアイサツするんだよ。さっさと殺せよ。益々ギャグめいてきたな」

「そこ聞けばギャグだけどストーリーは復讐ものでシリアス重点だから」

「何か興味沸いてきたな、来週から読んでみる」

 

 ソウスケは机で寝たふりをしながらニンジャ聴覚で生徒二人の会話を聞いて小さくガッツポーズを浮かべる。カワタの新連載「セブンニンジャ」を読んでいる生徒が読んでない生徒に勧めて興味を示した。良い傾向だ。さらにカワタが仕掛けたフックの部分に見事に興味を示した。さすがプロのコミック作家だ。

 週刊フジサンでは掲載順が明確な人気のバロメーターになっており、セブンニンジャは連載4週目で真ん中ぐらいである。前作のファストボールはこの時期で巻末だったので明らかに人気であるのが分かる。だが1ファンとしては不満だった。

 セブンニンジャはフジサンで人気ナンバーワンになれる作品だと思っている。その為にはできる限りの努力をしなければならない。

 作品の面白さをアピールする。ダメだ、ムラハチされている自分がそれをすればセブンニンジャがクールじゃないと思われ逆効果だ。不本意だができることは何もしないことだ。ソウスケは悔しさを堪えながらイマジナリーカラテトレーニングを開始した。

 

 

◇スノーホワイト

 

「政府を影で操るニンジャは実は徳川、スノーホワイトの世界の徳川家康だった。トンデモ設定だぽん」

 

 ファルはネット上であるデータをスキャニングしたものを読み呆れながら呟く。スノーホワイトも週刊フジサンを読みながら無言で同意した。

 カワタの作品が連載されてからはスノーホワイトも週刊フジサンを毎週読み、セブンニンジャも読んでいる。今週号では主人公の親を殺したニンジャが所属している政府機関を影から操っているのが江戸時代から生きている徳川家康で、家康はニンジャであるという衝撃の真実が明かされた。ドラゴンナイトの着想が使われてきっと喜んでいるだろう。

 

「でもこれはあながち荒唐無稽じゃないかも」

「どこがだぽん?家康が生きていたら400歳以上だぽん。魔法少女でもそんな長生きできないんだから、ニンジャもそんな長生きできるわけないぽん」

「そこじゃないよ、ニンジャが政府を支配しているってところ」

「アマクダリかぽん」

 

 スノーホワイトはファルの言葉に頷く。ニンジャスレイヤーの困った声で行政や司法に根付いていると知られたら困るという声を聞いた。事実だとしたらニンジャ組織が世の中を支配するという漫画のような出来事が起こっている。

 

「スノーホワイト言っておくけど……」

「分かっている。アマクダリには手を出すなでしょ」

「これは何度でも言わせてもらうぽん。絶対に手を出すなぽん」

「できる限り手を出さないから」

 

 こちらからはできる限り手を出さない。そう絶対ではない。もしドラゴンナイトに危害が及んでしまったら敵対する。ファルもスノーホワイトの心中を察したのか、やれやれと言ったようにため息をつく。

 

「しかしアマクダリとしてはどう思っているだろ?作中でアマクダリと酷似した組織が描写されているから、存在が認知されるのを恐れて連載を辞めさせることもできそうだけど」

 

 スノーホワイトは自身の考えを何気なく口に出す。すると小馬鹿にしたような声が返ってくる。

 

「考えすぎぽん。漫画なんて妄想の世界だぽん、政府を裏で支配するような組織が信じるわけ無いぽん。それにニンジャもフィクションの存在としてはポピュラーだし、秘密結社が支配するとかいう陰謀論と超常的存在と結びつけるなんて寧ろベタぽん。そんなの気にしていたらキリがないぽん」

「そうだね、ちょっと考えが飛躍しすぎた」

 

 それもそうだ。仮に自分の世界で魔法少女が存在するというマンガを描いたとしても、存在が明かされると干渉しない。寧ろ魔法の国の広報部門が自ら魔法少女の存在を知らせようと魔法少女もののマンガやアニメを作っているぐらいだ。

 

「そういえば、今日も来なかったぽん」

 

 ファルは話題を変え僅かに落胆の色を見せながら話す。ワザズシでフォーリナーXの手がかりを得てからはその周辺を重点的にパトロールし、時には張り込みも行った。だが1週間経っても現れなかった。ネオサイタマに来て初めて得た手がかりが成果に結びつかない苛立ち、ここまで長期滞在させてしまった罪悪感と不甲斐ないという困った声が聞こえていた。

 

「騒ぎを起こしたしもう来ないつもりかもしれないぽん」

「でもエーリアスさんの証言を聞く限り、来る意志は有ると思う」

 

 スノーホワイトはファルの推論に反論する。エーリアスの証言では迷惑料を置いてまた来ると言っていた。今は何かしらの事情で来られないだけでいずれは来る。というよりそれぐらいしかフォーリナーXの手がかりが無いのが現状だった。

 

「あと気になる事があるぽん」

「何?」

「ここ最近でヤクザの組が次々と壊滅しているらしいぽん」

「ヤクザ同士の抗争じゃないの?」

「それだったら系列の組とか抗争している組の系列が壊滅するぽん。でも系列とか関係なく無差別に壊滅しているぽん。不自然ぽん」

 

 それは不自然だ。抗争ではないとすれば全てのヤクザに恨みがある集団か個人の行動か、それとも正義感に基づく行動か。

 

「ファルはフォーリナーXに関係あると思う?」

「分からないぽん。ただ報告しただけだぽん」

 

 ファルは体を左右に振る。確かにこれだけでは何も分からない。とりあえず頭の片隅に入れておこう。するとIRC通信機にドラゴンナイトから通知がくる。その通知を見て直様移動を開始した。

 

◆◆◆

 

そのマンションは作られてから相当の年月が建っており、外壁もクリーム色だったのだろうが大分くすんでいる。玄関前も管理人が仕事をしていないのか散らかっており、ゴリラズ・マンションとオスモウフォントで書かれた銅製の看板は錆びついている。

 

ゴリラズ・マンション、ネオサイタマで最低ランクのマンションだ。そのマンションの玄関前にスノーホワイトとドラゴンナイトは集合していた。「ごめん急に呼び出して」「いいよ、それでどうしたの?」「いや、ここにカワタ=センセイの家があるんだけど、スノーホワイト=サンと一緒に来てくれって連絡があって」

 

ニンジャと魔法少女を呼び出す要件とは何だろうか?荒事ではなければいいのだが、案外引っ越しの手伝いでタンスでも運んでくれという頼みかもしれない。スノーホワイトはいくつかの予想を浮かべながらカワタの自宅に向かう。だがカワタから言われた言葉は全く予想外のものだった。

 

「スノーホワイト=サン!ドラゴンナイト=サン!コミックを描くのを手伝ってくれ!」家に上がると90℃の角度でオジギするカワタが出迎えた。「手伝い?何をですか?」ドラゴンナイトを思わず聞き返す。「コミックを描くのをだ」「ボク達じゃできないですよ。それはアシスタントの人達の仕事ですよ」

 

コミックを描くのは作者一人で描いていると思っている読者は少なくないが、実際はライン工めいて分担作業をおこなっている。その事実はコミック愛好家には周知の事実であり、ドラゴンナイトも知っていた。「アシスタントは全員食中毒で病院だ。俺だけが無事、まさにサイオーホース」カワタは自虐的に笑う。

 

ALAS!何という事だ!ドラゴンナイトは思わず固まる。コミックを描くのは膨大な作業量が伴う。一人で描くのは不可能であり、アシスタントと分担して描く。それでも厳しい作業量であることは変らない。そしてカワタの作品は週刊連載である!

 

週刊連載をしている間はジゴクに居るのと変わらないと言われ、アシスタントと協力してもその過酷さに多くのコミック作家が体を壊し連載を終わらせた。アシスタントの協力なしで描くのはほぼ不可能!できたのはコミック界のレジェンドであるゴウ・カイだけである!

 

そして1週間で描けなかった場合、業界用語で原稿を落としてしまえば一気に信用を失い、編集からのプッシュは受けられず作品が人気になる事は無い!原稿を落とす事は死と同じ意味なのだ!

 

「他に知り合いのアシスタントは?」「いない」「編集に集めてもらえば」「編集とは仲が悪い、この状況を打開するどころか、ほくそ笑むだろう」「ブッダ」ドラゴンナイトは思わず天を仰ぐ。スノーホワイトもマンガについては知らないがカワタとドラゴンナイトの困った声を聞けばどれだけ厳しい状況か理解できた。

 

「それで何でボク達を」「ニンジャだからだ、ニンジャなら何とかしてくれるかもしれない!むしろそれしか術がない!頼む!手伝ってくれ!」カワタは再び頭を下げる。スノーホワイトは厳しい顔を浮かべる。魔法少女は超人だが万能ではない。身体能力は上がっても絵や歌などのスキルが劇的に上がるわけではない。

 

それらのスキルは本人のセンスが大きな比重を占める。そして姫川小雪の絵のワザマエは並であり、とても手伝えるワザマエではない。ドラゴンナイトも同じように厳しい顔を浮かべていた。「ニンジャは万能じゃないです。ボクが出来るのは絵のコピーぐらいで役に立てるか、スノーホワイト=サンは?」「私も絵は上手くない」

 

「だそうです。スミマセンが……」「絵のコピーはできるんだな!」カワタは興奮気味に喋りながらドラゴンナイトの肩を掴む。「ファストボールのキャラのコピーは描いたことはあります。でも見本が無いと書けませんし、オリジナルのファンアートも描けません」「充分だ、これを描いてみてくれ」

 

カワタはドラゴンナイトをアシスタントが使用しているデスクに座らせ、1枚の写真を置いた。外から撮られた雑居ビルだ「この背景をコピーしてくれ」「分かりました」ドラゴンナイトは徐に描き始め、カワタは祈るように見守る。「終わりました」暫くするとドラゴンナイトはペンを置く、紙には写真と同じ雑居ビルが描かれていた。ワザマエ!

 

「さすがニンジャ!これならやれる!」カワタは嬉しそうにドラゴンナイトの肩を叩いた。ニンジャは略奪者である。太古にはモータル影から支配し、文明や芸術を産ませ搾取した。ニンジャは文化や芸術を生み出すアイディアやインスピレーションはない。それはソウル憑依者も同じである。

 

だが模倣はできる。絵のコピーは視覚情報をペンで出力する。それは相手の動きを再現するカラテトレーニングに似ている。つまり絵のコピーはカラテである!ニンジャであればニンジャ器用さとカラテがあれば絵のコピーは可能である!

 

「もしかしてスノーホワイト=サンも…」「すみません、私にはできないです」スノーホワイトは首を横に振る。スノーホワイトのカラテはドラゴンナイトより上だが、ニンジャ器用さと同等の器用さは魔法少女には備わっていなかった。カワタは落胆するがすぐに顔を上げる。「それでもやって欲しい事はある。今はヘルプ・キャットハンドだ」

 

「改めてオネガイシマス!」カワタは再び90℃の角度で頭を下げる。二人はカワタのオジギを見た後お互いの顔を見合って静かに頷いた。

 

◇スノーホワイト

 

 魔法少女になって人助けのために様々なことを行ってきた。テロ組織の壊滅、落とし物探し、放置自転車の整理、酔っ払いの介抱。大きな事から小さな事まで色々だ。だがマンガを描く手伝いをすると思わなかった。こんなこと魔法少女のアニメでもやっていなかった。だがカワタは困っているので立派な人助けだ。気を入れなおして原稿に向かう。

 原稿にはキャラクターや背景が描かれて完成しているように見えるが、まだまだ未完成であり、今から仕上げをおこなう。

 仕上げは集中線を描き、ベタとホワイトを塗っていく。これは技術が低いアシスタントに任せる作業でスノーホワイトでも出来る可能性があると任された。

 まずは集中線と呼ばれる作業を行う。キャラクターの周りに線を引いて躍動感を出すテクニックだ。線に強弱をつけなければならず線の引き方にはコツがあり、カワタに簡単にレクチャーしてもらった通りに実践する。魔法少女にはニンジャ器用さは無いが、体を自由自在に動かす身体操作能力は人間より優れており直ぐにコツを掴んでいた。

 

「チェックお願いします」

 

 指定された線を引き終わると原稿を持っていきカワタに不備が無いかチェックしてもらう。手ごたえとしては上手くできていたが、プロの目で見ればダメかもしれない。カワタが原稿を見る姿を緊張しながら見つめる。

 

「OKだ、次は指定された部分のベタとホワイトよろしく」

 

 スノーホワイトは胸をなでおろし、すぐに原稿を持っていき作業を開始する。

 ベタは指定された部分をペンで黒く塗りつぶす作業で、ホワイトは修正液で白く塗りつぶす作業だ。これもカワタに簡単にレクチャーを教えてもらい、その通り行っていく。慣れない作業で苦労するが魔法少女になっていることで集中力が増加しているので、何とかこなしていく。ベタとホワイトが終わるとカワタにチェックしてもらい、OKをもらう。

 これで原稿が1ページ完成した。ふと時計を見ると作業開始から4時間程度は経っており、日は完全に落ち夜が深まっていた。初めての作業だがここまで時間が掛かるなんて、これでも作業が少ない方だ。背景を描いているドラゴンナイトとマンガの大部分を描いているカワタはもっと時間がかかる。

 ページ数は残り18ページ、果たして終わるのだろうか?スノーホワイトは一抹の不安を抱いた。

 

「2人とも今日は終わりだ」

 

 カワタは2人の作業工程と時間を見て切りが良いと判断したのか、作業終了を呼びかける。

 

「まだ途中ですよ。それにまだまだ出来ます」

「あとは俺が引き継ぐ、もう10時だ、未成年をこれ以上働かせたらロウキに怒られる」

 

 ドラゴンナイトは余力をアピールするがカワタは諫める。その言葉に素直に頷いた。

 

「明日スクールが終わったらすぐに来ます」

「本当にスマナイ。特にスノーホワイト=サンは俺の作品のファンでもないのに手伝わせて…」

「ヨロコンデー、これも人助けですので、普段とやっていることは変らないですから」

 

 ネオサイタマの言葉で気にしないでと言う。その言葉にカワタは気が安らいだのか表情から申し訳なさが減っていた。

 

「う~ん実際疲れた。カラテとは違う筋肉使うというか、カラテとは別の頭を使うというかとにかく疲れた」

「そうだね。私も初めての作業で疲れちゃった。でもドラゴンナイトさんは背景描いて私より何倍も大変だから凄いよ」

 

 2人はカワタの仕事場を後にして帰路につきながら今日のアシスタント業務について語り合う。魔法少女となり体力は人間より増えているがそれでも疲れた。慣れない作業ということもあるが主に気疲れだ。

 漫画の原稿は一種の商品だ。商品を作る手伝いをするのは初めてだった。それにカワタはミスしてもリカバリーできると軽く言っていたが、スノーホワイトの作業が下手で修正に当たれば自分の作業が遅れる。自分の作業が遅れれば原稿が間に合わない可能性が出てくる。原稿が間に合わなければマンガ家として終わる。そんな重大な仕事を手伝うのは魔法少女で強化された精神力でも堪える。

 だが成り行きでも手伝うことになったのだ。カワタの人生が掛かっているならやらなければならない。とりあえずドラゴンナイトと別れたら線引きの練習でもするか。それとハウツー本でも有れば買って読むか、スノーホワイトはカワタから借りたペンを握りながら、今後の予定を考えていた。

 

 

 



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第十二話 下らなくて大切なもの#5

カリカリカリ、部屋には相変わらずペンを走らせる音が響く、「イヤーッ!」突然響くカラテシャウト!そのシャウトにスノーホワイトとドラゴンナイトは思わず振り向く。そこには原稿をビリビリと破り捨てるカワタが居た。2人は声を掛けようとしたが、何と声を掛けたら分からず逃げるように自分の作業を続行した。

 

2人がコミック制作の手伝いを始めてから5日が経過した。締め切りまで残り2日、カワタの心身は限界を迎えていた。スノーホワイトとドラゴンナイトはアシスタント不在の穴を埋めるために奮闘した。だが本職のアシスタントとはどうしても見劣りし、それをフォローするカワタの負担は増えボディーブローめいて徐々に蓄積していく。

 

そしてこの時点で限界を迎えていた。独り言や挙動不審な動き、さらにバリキの摂取量も徐々に増えていた。普通なら描くのを止めさせるべきだ。だが描き上げられなければカワタのコミック作家人生は終わる。だが最悪死にかねない。死んだら終わりだ。どうする?スノーホワイトは判断に迷っていた。

 

アシスタントとして一緒に作業した上でカワタについていくつか分かった事がある。カワタは妥協するのが苦手だ。今はアシスタントがおらずニンジャと魔法少女が代理で行っているイレギュラーだ、それならば多少クオリティを落としても仕方がないはずだ。だがカワタはそれを許容しない。

 

常に自分の理想するコミックを描こうとしている。クオリティが低くなったら困るという声と締め切りに間に合わなかったら困るという声が常にせめぎ合っている。「アーッ!チクショウ!」カワタは再び大声を出し立ち上がる。向かう先は冷蔵庫だ、中にはバリキドリンクがストックされている。飲んでエネルギーを得るつもりだろう。

 

だが手に取った本数を見てスノーホワイトは立ち上がる。ナムサン!5本だ!まさか一気に飲むつもりか!?明らかにオーバードーズだ!スノーホワイトは決断的にカワタの元に近づき片手を抑えた。「それは飲みすぎです」スノーホワイトは平静に言う。「これを飲まないとクオリティが上がらない!原稿が完成しない!」

 

カワタは目を血走らせ親の仇めいてスノーホワイトを睨みつける。コワイ!「これ以上飲んだらオーバードーズです」「黙れニュービー!イヤーッ!」カワタはもう片方のバリキドリンクを持った手でスノーホワイトを殴りかかる!スノーホワイトは手首を抑えて攻撃を阻止。するとカワタの手からバリキドリンクが落ちる。

 

手加減して握ったが今のカワタには耐えられる力ではなかった。「アーッ!バリキが!どうするんだコラーッ!」カワタはスノーホワイトの襟首を掴み、さらに目を血走らせ罵詈雑言をぶつける。「落ち着いて!落ち着いてカワタ=センセイ!」2人が争っているのを見たドラゴンナイトが駆け寄りカワタを羽交い絞めにして離した。

 

「ウォー!離せ!バリキを飲むんだ!」カワタは構わず暴れる!まるで禁断症状を起こした麻薬中毒者だ!ブザマ!「ドラゴンナイトさん、抑えるのを代わって」スノーホワイトは覚悟を決めた表情を見せていた。「う…うん」ドラゴンナイトは言われるがままにスノーホワイトと代わる。

 

スノーホワイトはカワタを締め落とした。意識が落ちるまでの時間僅か3秒、ワザマエ!「何しているのスノーホワイト=サン!?」ドラゴンナイトは狂ったのかと非難の視線を向ける。「カワタさんは碌に寝ていなくて限界だった。手荒でも休ませないといけない状態だった」スノーホワイトは平然と説明を行い、ドラゴンナイトは黙る。

 

「悪いけど仮眠室に行って、布団敷いてくれる」「分かった」ドラゴンナイトはスノーホワイトの指示に従い仮眠室に行きフートンを敷く。確かにニンジャ洞察力でもカワタは限界だった。強制的に休養を取らせるにはこれしかない。だがあそこまで決断的に締め落とせるのか。ファンの自分にはとてもできない。

 

フートンを敷き終わるとスノーホワイトがカワタを優しく置いた。「いつまで寝かせる。今の状態だと1日ぐらい寝そうだよ。それじゃ原稿を落としちゃう」「そうだね、辛いと思うけど2時間経ったら起こそう」「わかった」2人は机に戻り作業を開始した。

 

◆◆◆

 

「うう~ん」カワタは気だるそうにフートンから起き上がる。視界にはスノーホワイトとドラゴンナイトが居た。起き抜けのニューロンでは状況を把握できず数秒ほど時間が掛かった。「今何時!?」「22時です」「ファック!何で起こさなかった!?」カワタは八つ当たりめいてドラゴンナイトに掴みかかる。スノーホワイトはその手を剥がした。

 

「私の判断で寝かせました」「クソ!時間が無いっていうのに!」「カワタさん、クオリティを落としましょう」「今何て言った?」スノーホワイトの言葉にカワタは敵意を向ける。「このままでは原稿が完成しません。万が一完成しても今の無茶が後に響いて、次の週の原稿が完成しません」

 

「俺に手を抜けと言うのか!」「手抜きではないです。妥協です」「同じだ!手を抜いたらコミック作家としての魂が死ぬ!」「妥協してください!」今まで静観していたドラゴンナイトが声を張り上げる。2人は思わずドラゴンナイトに視線を向ける。「クオリティに満足できなくても、単行本で修正すればいいじゃないですか!」

 

「雑誌を読んだ読者には手抜きを見せることになる!読者はすぐに見抜く!プロとして手抜きは出せない!」「正規のアシスタントが居ないんです!読者は納得してくれますよ!」「読者にとってはそんなことどうでもいいんだよ!手抜きを見せて読者を失望させたくない!」

 

「それで頑張って死んだらどうするんですか!死んだら終わりですよ!」ドラゴンナイトの言葉にカワタは黙る。それをチャンスと見てさらに言葉をたたみかける。「センセイは言ったじゃないですか!ファックな世の中だけどもう少し生きてやるかって思える作品が描きたいって!ボクにとってセブンニンジャはそうなんです!続きがみたいんです!」

 

ドラゴンナイトは言い終わったのかゼエゼエと息を切らしていた。死んだら終わり、続きが読みたいんです、その言葉がカワタのニューロンにリフレインする。死んだら描きたい事が描けなくなる。まさにその通りだ。読者は続きを待っている。それを勝手に死んで完成さないのは手抜きよりブルシットだ。

 

「そうだな、長期的な視点を持たないとな。今週はクオリティを少し落として命重点でいくよ。悪かった」カワタは2人に頭を下げた。「それじゃあ、作業の続きをやりましょう」スノーホワイトが場の空気を変えるように明るい声色で言う。それに応じるようにカワタとドラゴンナイトは机に戻る。

 

「カワタさん、今日は徹夜できますので」作業しながらスノーホワイトはさり気なく言った。「いや未成年を遅くまで働かせることはできない」「働いていません、遊んでいるだけです。今の女子高校生は朝まで遊んでいるんです」スノーホワイトはおどけるように言う。

 

「ジュニアハイスクールの生徒もそうですよ、泊って朝まで遊ぶなんてチャメシインシデントですよ。しかもニンジャですから朝までフルパワーです」ドラゴンナイトも続けて言う。「いいの?親が心配しない?」「朝までに部屋に帰ればバレないから」スノーホワイトは耳打ちするが問題ないと言わんばかりに言い切った。

 

カワタは2人の意図を汲み取る。クオリティを下げ完成を重点する。だが徹夜することで自分への負担を少しでも減らして、少しでも納得できるようにクオリティを上げる時間を作ろうとしているのか、自分の主義を汲み取っての提案、何と言うヤサシミだ。カワタは思わず涙ぐむ。

 

「じゃあ、朝まで遊んでもらうか」「ハイ、ヨロコンデー!」「はい、喜んで」カワタは明るい口調で呼びかけ、2人も同じように明るい口調で答えた。2人の作業は朝6時まで続いた。その間夜まで重苦しいアトモスフィアとは一転し、和やかなアトモスフィアであった。

 

カワタは2人を車で送ると自宅に戻り、最後の仕上げをして今週分の原稿を完成させた。出来はやはり完全ではなかった。だが2人が朝まで作業して作ってくれた時間はおおよそで3時間程度、その3時間でクオリティは上げられた。おかげでやけに晴れやかな気分だった。

 

◆◆◆

 

「センセイ確認お願いします」「おう」アシスタントが原稿を渡してカワタが出来を確認する。ドラゴンナイトとスノーホワイトが臨時でアシスタントをやった後、正規のアシスタントの病状が回復し、いつもの体制になった。「そういえばセンセイ、俺たちが休んでいた時はどうやって原稿完成させたんですか?いい加減教えてくださいよ」

 

「ニンジャが手伝ってくれたんだよ」「またそれですか」チーフアシスタントははぐらかされたと思い作業に戻る。事実を言っているのだがアシスタント達には与太話と思われていた。実際そうなのだから仕方がない。「でもニンジャがアシスタントだったらもっと速く原稿終わりそうですよね」レッサーアシスタントがニンジャで話を広げる。

 

「そうだな、今の半分の時間で倍の作業ができるだろう」「俺もニンジャになって何本も連載したいっすね」「ニンジャになる妄想より絵の勉強をしろ、まだ背景ちゃんと描けねえんだから」「分かってますよ」チーフアシスタントの言葉にレッサーアシスタントは不貞腐れる。その様子を見て仕事場に笑いが起こる。

 

スノーホワイトとドラゴンナイトとカワタでコミックを描いた後はカワタの調子は悪かったが徐々に体調が回復し、それから2か月経った今では余裕をもってスケジュールを組み納得がいくクオリティで作品を描けている。人気もフジサンの中堅をキープし最近発売されたコミックスはそこそこの売り上げをあげている。

 

心身の充実は周りにも良い影響を与え、仕事場のアトモスフィアは適度にリラックスし理想的な状態である。「よし、原稿終わったし皆で飯食べてこい」カワタはチーフアシスタントにトークンを渡した。「ごっちゃんです。センセイは?」「野暮用を済ましから行くよ」「分かりました。今日はセンセイの奢りだ」「「「ヤッター!」」アシスタント達は声をあげる。

 

アシスタント達が出かける準備をしている間にIRCチャットを行う。通信相手はドラゴンナイトだ。原稿を手伝ってもらった1件の後、謝礼金の他に雑誌で店頭に出る前に原稿を読ませていた。本当は禁止行為だがコミック作家人生を助けてもらったのだから、それぐらいのサービスをしてもブッダも許してくれるだろう。

 

「イヤーッ!」「アバーッ!」突然のカラテシャウトと悲鳴!何が起こった!?カワタは慌てて声がした方向に駆け出す。玄関には胸を貫かれたレッサーアシスタントが居た。そしてレッサーアシスタントの胸を貫いている腕の持ち主は誰だ?その人物はメンポを着けていた。

 

ニンジャ!?ニンジャが何で家に来てレッサーアシスタントを殺害している。カワタのニューロンには困惑と恐怖が押し寄せニンジャリアリティショックを発症しかける。だがドラゴンナイトと交流しニンジャの存在を知っていたことで発症を抑える。

 

「「「アイエエエ!ニンジャナンデ!?」」」だがアシスタント達は即座にニンジャリアリティショックを発症!「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」エントリーしたニンジャは即座にチョップでアシスタント達のクビを切断していく。数秒で玄関はツキジと化した。サツバツ!

 

ニンジャはカワタの存在に気づくと尊大にアイサツした。「ドーモ、カワタ=サン、アクターです」

 



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第十二話 下らなくて大切なもの#6

カワタはしめやかに失禁しながらアクターを見つめる。ドラゴンナイトやスノーホワイトと知り合いになり、コミックでもニンジャを題材にしているせいか、ニンジャは親しみやすくて身近なものだと思い始めていた。だが違った。理不尽で暴力的で理解できない、これがニンジャ本来の姿なのだ。

 

アクターはへたり込むカワタの前に座り込むと懐からメモと録音機器を取り出した。「さっさとこんなビズは終わらすか。カワタ=サン、インタビューの時間だ。まずは…お前のコミックでニンジャが出ているが知り合いにニンジャはいるか?」カワタは恐怖と困惑で支配されたニューロンで質問の意図を探る。

 

それを知ってどうするかは分からない。だが正直に答えてはならない。カワタのニューロンは瞬時に判断した。「……いない。すべて俺の想像だ」「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムサン!アクターは即座にカワタの右手の小指をへし折った!「想像力豊かと言いたいところだが、嘘はよくない」アクターは悶絶するカワタを見下ろす。

 

カワタのニューロンはニンジャへの恐怖から痛みが支配する。小指が歪な方向に曲がっている。骨折はここまで痛いのか、それにノータイムでへし折った。ニンジャはここまで躊躇なく暴力を行使できるのか。「じゃあ、もう一度だ。知り合いにニンジャはいるか?」「あ……あ……」

 

カワタの口からドラゴンナイトとスノーホワイトの名前が出かかる。だが強引に抑え込む。ここまで暴力的なニンジャならドラゴンナイトとスノーホワイトに危害を加えるかもしれない。アシスタントが病欠で倒れた時、自身のコミック作家人生は死んでいた。だが二人が手伝ってくれて生き返り今もコミックを描けている。今度は自分が報いる番だ。

 

「いない」「イヤーッ!」「グワーッ!」ノータイムで薬指をへし折る!カワタは左の前腕部を噛み痛みに耐える。その様子をアクターは面白そうに見つめる。「頑張るな、じゃあもう一回だ。知り合いにニンジャはいるか?」「いない」「イヤーッ!」「グワーッ!」ノータイムで中指をへし折る!

 

カワタは痛みで悶絶しながら耐える。噛みしめた左腕から出血していた。アクターはその様子を観察する。ニンジャ観察力で嘘をついているのは明らかだ。このまま手足を延々と折って口を割らせてもいいが、万が一に痛みでショック死したら困る。実際に同じ方法でインタビューしてショック死させて失敗した経験があった。

 

同じミスを犯すのはサンシタだ。ならば方法を変える。「ウウゥ………昔は善意を信じて誠意を持ってインタビューしたさ、でも皆答えてくれないから暴力に訴えるようになっちまった……俺だってこんなことをしたくない……頼む答えてくれ、でないとカワタ=サンの知り合いのニンジャが危ないんだ」アクターはカワタに泣きつきながら懇願する。

 

カワタは二重人格めいた豹変に困惑しながら問う「危ないって?」「ある組織がカワタ=サンに知り合いにニンジャが居ると判断し抹殺しようとしている!俺はそのニンジャを保護しにきたんだ!居ないならそれでいい!でも居たならすぐに保護しなければならない!頼む知り合いを助けさせてくれ!これ以上死なせたくない」アクターは大粒の涙を流す。

 

コウカツ!これは良いマッポ悪いマッポメゾットだ!最初に暴力行使する悪いマッポを演じ、その後にやりたくは無いが仕方が無く暴力を行使しており、本当は心優しい人情派の良いマッポを演じる。このコンビネーションで相手の口を割らす。これはマッポスクールでも教えられる正式なメゾットだ。

 

だがアクターはアシスタント達を惨殺しているので人情派と認識させるのは不可能である。だが卓越したニンジャ演技力でカワタは騙されかけていた。「本当か?」「ああ!ブッダに誓ってもいい!」アクターは懇願するようにカワタを見上げる。「わかった……ニンジャの知り合いはいる。二人だ、一人はドラゴンナイト=サン、ジュニアハイスクールの男だ」

 

「もう1人は?」「スノーホワイト=サン、女子高校生のニンジャだ」「ありがとう!本当にありがとう!これで助けられる!」アクターはカワタを抱きしめる。ALAS!恐るべき良いマッポ悪いマッポメゾットとアクターのニンジャ演技力!古の神話であるノースウィンド&サンを想起せざるを得ない!

 

「あともう1つ聞かせてくれ、カワタ=サンのコミックで登場する江戸時代の徳川はニンジャで現代まで生きてニンジャ組織を作り、ネオサイタマを影で支配するというのはモデルがあるのか?もし本当ならカワタ=サンも保護しなければならない。そんな秘密を知っていればそのモデルのニンジャに殺されてしまう」「いや、それは俺の想像です」

 

「そうか、よかった」アクターは胸をなでおろしながらほくそ笑んだ。アクターが所属するニンジャ組織オウノマツに与えられたミッションは2つ。1つはカワタに知り合いのニンジャがいないか、作中に出るニンジャ組織を知っているかをインタビューし、殺す事。もう1つは知り合いのニンジャがいればスカウト、応じなければ抹殺することだ。

 

「ドラゴンナイト=サンとスノーホワイト=サンとは連絡は取れるか?」「IRCの連絡先は知っている」アクターはさらにほくそ笑む。インタビューの証拠として録音した。用なしだ。後は奪ったIRC通信機でドラゴンナイトを呼び出し、芋づる式でスノーホワイトを呼び出す。アクターは即座に介錯の態勢を取る。カワタは突然のことで全く反応しない。

 

「イヤーッ!」突然のカラテシャウト!アクターのニンジャ第6感はアンブッシュ飛び膝蹴りを察知しクロスガードでブロック。アンブッシュした者は後方回転し距離を取る。「ドーモ、ハジメマシテ。ドラゴンナイトです」ドラゴンナイトはキリングオーラを漲らせながらアイサツをした。

 

◆ドラゴンナイト

 

「アリアシター」

 

 店員の気の抜けそうな掛け声を背にドラゴンナイトは書店を出ていく。その顔は満足げだった。今日はセブンニンジャの単行本発売日だった。さらに系列書店ごとに特典がついておりその種類は五つ。どれも欲しい、ファントムサマー社もあこぎな商売をする。熱心なファンならすべて購入するのだろうが、ドラゴンナイトの懐事情では無理だった。厳選に厳選を重ねた結果、ムカデ・ストリートにある書店のスネーク・ホールで買った。

 特典についている主人公のザンのイラストがカッコイイというのも有るが、書店が手作りのポップ─手作りの広告のようなものを店頭に飾っており―のクオリティが高くセブンニンジャに対する情熱のようなものが伝わってきて、それが決め手だった。家からは少し遠いがそういった店に金を落とすべきだろう。

 アジトに帰って読もうとするとIRC通信機に通知が入る。リュックから取り出す。相手はカワタ=センセイからだ。内容は原稿が完成したので読むかという内容だった。

 ドラゴンナイトは二つ返事で了承した。原稿を手伝ってからは毎週生原稿を読ませてもらっている。やはり生原稿は雑誌と比べて、パワーがある。他のファンには少し申し訳ないが、ピンチも救ったことも有るしこれぐらいのご褒美をもらってもブッダも怒らないだろう。

 行先をアジトからカワタの家に変更し向かう。近道がてらパトロールも兼ねて裏通りを通っていく。案の定カツアゲマンが居たので穏便に制圧してカワタの家があるマンションの玄関に辿り着いた。

 タイルが剥がれており相変わらず修繕されていない。修繕しないのか修繕する管理費が無いのか。セブンニンジャは前作のファストボールと違い打ち切りとは無縁の人気だ。今日出た単行本も前より売れるはずだ。そしたらこのマンションからも引っ越せるはずだろう。   

 ゆくゆくは一番人気の称号である巻頭カラーを描いて、カートゥーン化で爆発的人気を得る。しかしそうなると流行りものに乗っかるだけのにわかファンが出てくる。そういうファンが出てきてほしくないから知る人ぞ知る作品でも居てほしい。二律背反を抱えながら自動ドアを通り階段を上がりカワタの家に向かう。

  家のドアまで5メートルというところでドラゴンナイトの足が止まる。自身のニンジャ6感が警鐘を鳴らす。何かが起こっている、そこからはニンジャ野伏力を駆使して慎重に進み扉に着きドアノブを回す。本来ならチャイムを鳴らすのが礼儀だか敢えて鳴らさなかった。ドアノブは抵抗なく動いた。鍵をかけていないのか、いくら低所得層用のマンションでもハック&スラッシュにあう可能性があるので鍵やチェーンロックをかけるのが常識だ。     

 

 まさかハック&スラッシュか?

 

 ニューロンには最悪の光景が浮かび上がる。ドラゴンナイトはリュックを外し床に置き覚悟を決めてドアノブを回して家に入った。入った瞬間に感じたのはむせ返るような血の匂いだった。そして床一面を濡らす黒ずんだ赤色、そして横たわる首と胴体が別れた死体、惨い、思わず目を細める。

 この凶行はただのハック&スラッシュではない。犯人はモータルではなくニンジャだ。モータルが首を切断という労力がいる方法で殺さない。ニンジャならボトルネックカットの要領で首ぐらい飛ばせる。

 ドラゴンナイトはニンジャへの怒りでリビングに向かおうとするが鎮める。殺すのなら最大限に効果的なアンブッシュを決めるべきだ。怒りを冷徹な殺意に変換し最大限のニンジャ野伏力を発揮し、玄関を抜け仕事場のリビングに向かう。

 すると机が並ぶ向こう正面にいるカワタと正対している男が見えた。あれが犯人のニンジャか。ニンジャを見て反射的にカワタの様子を見た時に右手の小指と薬指と中指が歪に曲がっているのを発見した。

 カワタ=センセイの利き腕の指が折られた?セブンニンジャを生み出す指が折られた?セブンニンジャを生み出すのに欠かせないアシスタント達を殺した?あのニンジャが全てやった?

  許さない!殺す!

 

「イヤーッ!」

 

 ドラゴンナイトはニンジャ野伏力を解除し、敵意と殺意を込めたアンブッシュ飛び膝蹴りを繰り出す。狙いは頸椎!頸椎があと一メートルというところでニンジャは振り返りクロスガードで防ぐ。アンブッシュが失敗した。ドラゴンナイトはすぐさま距離を取りニンジャの作法に則りアイサツをした。

 

「ドーモ、ハジメマシテ、ドラゴンナイトです」

 

◆◆◆

 

「ドーモ、ドラゴンナイト=サン、アクターです。そっちから来たか、好都合だ。お前は……」「イヤーッ!」喋り終わる前にドラゴンナイトが間合いを詰めパンチを放つ!アクターはガードする。「イヤーッ!」チョップを放つ!ドラゴンナイトはブリッジで回避!「イヤーッ!」そのままブレイクダンスめいた動きで足を払う!アクターはジャンプで回避!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」(((これが本当のニンジャの戦い!)))カワタは作品の参考としてスノーホワイトとドラゴンナイトのカラテは見たがあれはあくまでもモータル観賞用のカラテ。今起こっているのは殺意と敵意がぶつかり合い、全力のカラテを繰り出すニンジャのカラテである!

 

カワタの目には色付きの風がぶつかり合っているように見えず、カラテとスリケン投擲の応酬で部屋の中の机や壁やコミック制作道具が次々と破壊されていく。その様子は部屋の中にハリケーンが通り過ぎたような惨状だった。カワタは這いつくばりながらベランダに避難した

 

「イヤーッ!」アクターの鞭めいたローキック!ドラゴンナイトは足を上げて脛で受ける。だが蹴りの軌道が変化し側頭部に向かう!これは暗黒カラテ技ブラジリアンハイキック!「グワーッ!」側頭部に命中!だがそのまま踏みとどまる。咄嗟に変化の軌道を察知し防御し威力を軽減したのだ!

 

「イヤーッ!」そのまま足首を破壊しようと関節技をかける!「イヤーッ!」アクターは体をキリモミ回転させ逃れる!「イヤーッ!」ドラゴンナイトは着地際を狙いフックを繰り出す。しかし大振りだ!アクターはその隙を見逃さず、最短距離のジャブパンチを放つ!だがドラゴンナイトは攻撃を止めジャブパンチを掻い潜りボディーブロー!「グワーッ!」

 

(((よし、相手の攻撃が読めた)))ドラゴンナイトは手応えを実感する。かつてドラゴン・ユカノにインストラクションされたカラテの虚、つまりフェイントについて教わった。それからは意識するようになり、スノーホワイトの組手でもフェイントを使い、スノーホワイトのフェイントも少しずつ察知できるようになった。

 

「フェイントとは小細工を、いいだろう!」アクターが突っ込む。目線、重心、筋肉の動きから鎖骨へのチョップだ!ドラゴンナイトは半身で躱して腕を絡み取り、ジュドーの禁止技脇固めで腕を破壊するシミュレートを描く。予想通りチョップが来た!ドラゴンナイトは半身で避ける。だが攻撃はチョップからバックハンドブローに変化!

 

「グワーッ!」バックハンドブローが直撃!「イヤーッ!」アクターが追撃を図る。これはボディーブローだ!ドラゴンナイトはボディをカードするが、攻撃はフックパンチだ!「グワーッ!」またもフェイントに引っかかる!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

おお!ナムサン!アクターが一方的に攻め立てる!ドラゴンナイトも防御を試みるがアクターのフェイントにマジックショーを見るオーディエンスめいて面白いように引っかかる。アクターの目線や重心や呼吸による演技がドラゴンナイトを見事に騙していた。これも全てアクターの卓越したニンジャ演技力によるものだ!ワザマエ!

 

「グワーッ!」ドラゴンナイトは攻撃を貰いたたらを踏む。相手のフェイントを読めない、カラテの虚は相手が実際ワザマエだ。ならば力業で押し切る!「リュウジン・ジツ!イヤーッ!」アクターはこのジツは発動させてはマズいとインターラプトを図るが、それより速くジツは発動する。ドラゴンナイトは牙と尻尾と鱗を生やした異形と化す!

 

「イヤーッ!」アクターは攻撃を繰り出す。だがこれはフェイントだ。相手が反応を示したら直前で攻撃を変更する。先程までのようにブザマに引っかかれ、だがドラゴンナイトは防御をしない!アクターはフェイントを入れずそのまま攻撃する。「グワ…イヤーッ!」ドラゴンナイトは攻撃を喰らいながら反撃!

 

「グワーッ!」ドラゴンナイトの攻撃がアクターに直撃!攻撃の瞬間が最も無防備である。ならば攻撃を受けた瞬間攻撃をすれば当たる!リュウジン・ジツを使えばニンジャ耐久力が上がり耐えられると判断し、この戦法を選択した。何たるヤバレカバレ!かつてミヤモト・マサシが提唱した捨て身思想「肉を切って骨を断つ」だ!

 

「イヤーッ!」「グワ…イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワ…イヤーッ!」「グワーッ!」ドラゴンナイトのヤバレカバレなカラテはアクターとのダメージ差を埋めていく。一方攻撃すればそれ以上の反撃を喰らう恐怖から、無意識に攻撃の後の防御に比重を置き攻撃が弱くなっていた。

 

その弱気のアトモスフィアを感じ取ったドラゴンナイトは攻勢に転じる!「イヤーッ!」ジュー・ジツの一つモンゴリアンチョップだ!「イヤーッ!」アクターは迫りくるモンゴリアンチョップの内側を弾いて軌道を変えて防いだ!ワザマエ!「グワーッ!」だが意識外の下から顎への打撃!顎骨は砕け脳が揺れる!

 

顎を攻撃したのはドラゴンナイトの尻尾だ!モンゴリアンチョップで上に意識を向けて、意識の外の下からアッパーカットのように尻尾を振り上げた。ワザマエ!「イヤーッ!」さらに尻尾を首に巻き付けバク転をする。これはジュー・ジツの禁じ手技逆フランケンシュタイナーだ!

 

アクターの体は弧を描き脳天が突き刺さる!「サヨナラ!」アクターの体は爆発四散!「ハァー、ハァー、」ドラゴンナイトは即座にジツを解き胡坐を組み息を整える。「終わったのか?」カワタが小動物めいて恐る恐るドラゴンナイトに近寄っていく。

 

「ドラゴンナイト=サン大丈夫か?」「ええ、何とか。それよりカワタ=センセイは?指を折られたみたいですが」「ああ、今ごろ痛みが戻ってきた」カワタは痛みで苦々しい表情を作り、ドラゴンナイトの顔が曇る。

 

「アクター=サンはカワタ=センセイを殺そうとしていました。ニンジャにアシスタントや自分が殺されるような恨みを買った覚えは?」「知る限りではない」「そうですか」ドラゴンナイトは考え込む。ニンジャが差し向けられるなんて余程のことだ。何が起こっている?ドラゴンナイトは立ち上がり外に向かい、リュックの中のIRC通信機を取り出す。

 

連絡相手はスノーホワイトだ。未知の敵にこれだけ騒げばマッポも来るだろう。正直どうすればいいか迷っていた。だが冷静沈着なスノーホワイトなら的確なアドバイスを送ってくれる。それを期待しメッセージを送った。

 

◇スノーホワイト

 

#AMBSDR @dragon knight @snow white

 

#AMBSDR @dragon knight:スノーホワイト=サン判断求む

#AMBSDR @snow white:どうしたの?

#AMBSDR @dragon knight:カワタ=センセイの家に行ったらニンジャと遭遇。アシスタント4名殺害、カワタ=センセイを殺そうとしていたので抗戦し殺害。マッポには通報してない。どうしたほうがいい?逃げた方がいい?

#AMBSDR @snow white:通報しないでその場から離脱して、そのニンジャの持ち物、通信機とかあれば回収して、近くにあるヤブサメ公園に向かって。私もそこに向かう。

#AMBSDR @dragon knight:了解

 

 スノーホワイトは通信を切ると全速力で移動を開始した。ネオン看板を踏み台にし、ビルとビルの間を飛び越え最短距離を移動する。

 

「警察への通報は?」

「今調べているけどまだ通報されてないぽん」

 

  移動しながらファルに指示を送る。いつも通り人助けとフォーリナーXの捜索を行っていたら、ドラゴンナイトから通知がきた。

  ニンジャとの突発的な戦闘、それは日頃から危惧していた可能性の一つであった。幸いにも襲い掛かったニンジャを撃退したようだ。スノーホワイトは胸をなでおろしながら直ぐにドラゴンナイトに送るべき指示を考える。

 普通の倫理観としては警察に通報して捜査への協力をすべきだ。だがニンジャが起こした殺人事件はきちんと捜査されるのか?ネオサイタマの警察の腐敗ぶりは耳に聞く。杜撰な捜査でカワタやドラゴンナイトが罪に処される可能性は充分にある。世間的には正しくはないが、ここは逃げるべきだ。ドラゴンナイトに無実の罪を背負わせるリスクは回避すべきである。

 そしてニンジャが来た理由。ハック&スラッシュと呼ばれる押し込み強盗ならこれで終わりだ。だが何らかの理由で命が狙われているなら、またニンジャが襲い掛かる可能性がある。

 まずは情報、ファルならば携帯端末から情報を拾う事は可能であり、調べさせてカワタが何かしらの悪事を働いていれば警察に突き出す。そうでなければ依頼主を探り逆に乗り込んでカワタの命を狙わないように恐喝する。今後のプランを立てドラゴンナイトに指示を送った。

  幸いにもスノーホワイトが居た場所からヤブサメ公園は近く、魔法少女が全力で移動すれば10分程度で到着する。ヤブサメ公園に辿り着くとベンチには苦悶の表情を見えるカワタとそれを心配そうに見つめるドラゴンナイトが座っていた。ドラゴンナイトはスノーホワイトの姿を確認すると安堵の表情を見せた。

 

 

「スノーホワイト=サン」

「大変だったね。そのニンジャの携帯端末とかあった?」

「これがあった。壊れているかもしれないけど」

 

 ドラゴンナイトはスノーホワイト達が持つ物より一回り小さいIRC通信機を渡した。スノーホワイトは受け取り、ドラゴンナイトから少し離れIRC通信機を操作し始めた。

 

「どう?調べられそう?」

「何とかなりそうだぽん」

 

 ファルはそう言うと沈黙した。詳しい理屈は分からないがファルはハッキングのような技術で他の端末に忍び込み操作できるらしい。これで何かしらの情報を得られれば良いのだが、すると数秒後魔法の端末からファルの立体映像が現れる。鱗粉を振りまきひどく慌てた様子でスノーホワイトに伝えた。

 

「この端末の持ち主はアマクダリのニンジャだぽん!」

 

◇ファル

 

 ネットに繋がっていればコトダマ空間を通して、相手の通信ログを探るのは可能だ。いつも通り意識を集中してすぐ近くにある端末のネットワークに潜り込む。どうせ押し込み強盗で何も出てこないだろう。だが予想に反してこの端末にカワタにニンジャの知り合いが居るかを聞き、聞き出し次第殺せと指示された記録を発見した。突発的な襲撃ではなく、何かしらの意図があってカワタは襲われたということか。

 

「これが一番新しいログかぽん」

 

 ログから通信記録を辿っていく。相撲の土俵がある空間、茶室、森林、コトダマ空間に入ったことでイメージされたアクセスポイントを次々と通過していく。通信するにあたって何か所も中継地点を経由している。用心深い。思ったより大きな組織が絡んでいるのか。そして暫く辿ると最終地点、発信元に辿り着く。そのイメージを見た瞬間ファルの論理肉体は汗が噴き出た。

 そこはカスミガセキ・ジグラットめいて複数の建築物が重なり合い頂上部は目で確認できないほど高い。建物外壁中央には「天下網」と書かれたネオン看板が設置されている。空には数えきれないマグロツェッペリンが遊泳し、「天下」と書かれた漢字サーチライトが周囲一帯を照らしていた。

  忘れるはずもない。ここはアマクダリネットだ。ということこの襲撃はアマクダリの指示か!?ファルは即座にログアウトする。

 

「この端末の持ち主はアマクダリのニンジャだぽん!アマクダリはカワタを殺そうとしたぽん!」

 

 ファルの言葉にスノーホワイトは驚きの表情を見せる。当然だ。何故ネオサイタマを暗躍する秘密結社がわざわざコミック作家を殺そうとするならば官僚や警察の上層部とかだろう。

 

「手を引くぽん。アマクダリに関わったらダメだぽん」

 

 これがヤクザとかだったら止めないだろう。だが相手はアマクダリだ。アマクダリの恐ろしさは骨身に染みている。最初にハッキングした時は何とか逃げたが幸運に恵まれただけだ。でなければヴィルスバスターというニンジャにAIを焼き切られていた。

 今は何度もコトダマ空間に潜り成長したが、アマクダリネットをハッキングしたらAIを焼かれる可能性は高い。

 アマクダリのミッションを邪魔すれば目を付けられ、その組織力を持って追跡する。そうなれば自分のハッキング能力でも痕跡を消しけれる自信は無い。カワタには何一つ否はないかもしれない。だが人は交通事故等で唐突に理不尽に死ぬ。この一件はそういうものだ。

 スノーホワイトは一瞬驚きの表情を作ったがすぐにいつも通りの無表情に戻り、カワタの元に歩み寄り、同じ視線になるようにしゃがみ込み問いかける。

 

「何か殺されるような恨みを買った覚えは?」

「ない!俺はコミックを描いていただけだ!クソ!何でこんな目にあう!?」

 

  カワタは苛立ちをぶつけるように返答する。スノーホワイトは立ち上がり二人に背を向けた。表情は変っていないが何かを決したような顔だった。

 

「やめるぽん!アマクダリに関わるなぽん!」

「カワタさんに後ろめたい感情は何もなかった。だったら守らないと。理不尽に殺されそうとしている人を見捨てたら、私は魔法少女じゃなくなる」

 

 スノーホワイトの言葉を聞きファルは黙る。

 

――――清く正しい魔法少女――――

 

  スノーホワイトはそれを目指し活動している。それが魔法少女スノーホワイトの根幹を支える信念だ。魔法少女狩りとしての活動もその一環だ。例え犯罪者相手であろうと暴力で制するその姿は魔法少女ではないと言う者もいる。それを自覚しながらスノーホワイトは少しでも清く正しい魔法少女であるために歩み続ける。

 だがカワタを見殺しにすればスノーホワイトは清く正しい魔法少女ではなくなる。そうなれば魔法少女としてのスノーホワイトは死ぬ。どんなに敵が強かろうと困難が待ち構えていようが清く正しい魔法少女で有り続けなければならないのだ。

 何となくそう言うだろうと分かっていた。だが口を出さずにはいられなかった。覚悟を決めろ。ネオサイタマ中を敵に回しても主人がやりたいことをやれるようにサポートする。それがマスコットの役目だ。

 

「分かったぽん。やってやるぽん」

 

◇スノーホワイト

 

「分かったぽん。やってやるぽん」

 

  ファルは勝手にしろと言わんばかりに言う。スノーホワイトは苦笑しながら礼を言う。アマクダリと敵対することになったらファルの力は必要不可欠だ。とりあえず協力してくれるようでほっとした。我儘なのは分かっている。だがラ・ピュセルやアリスが望む魔法少女であるためには見過ごすという選択肢は無い。

  スノーホワイトがカワタを助けようとした理由はファルが推測したもので合っている。だがもう一つ理由があった。

 

――――カワタ先生が死んだら困る――――

 

 ドラゴンナイトの困った声が聞こえてくる。知人が死ねば困るのは当然だ、だがこの声の大きさはそれだけではない。何かしらの理由が有るのだろう。詳しい理由は分からないがドラゴンナイトの為に出来る限りのことはしてあげたい。それがカワタを助けようするもう一つの理由だった。

 

「スノーホワイト=サン、これからどうする?」

「ニチョームに行こう」

 

 スノーホワイトの思わぬ言葉にドラゴンナイトは首を傾げる。その反応は予想通りで捕捉を加える。

 

「仮にニンジャが現れてアシスタントを殺して、さらにカワタさんを殺そうとして、その場に居たドラゴンナイトさんがカワタさんを助けようとしてニンジャを正当防衛で殺したと言ったら、警察はどう思う?」

 

  ドラゴンナイトは答えが思い浮かばないようで考え込む。スノーホワイトは答えを待たず話を続ける。

 

「碌に話を聞かないと思う。それどころか頭がおかしい人の妄言と決めつけカワタさんとドラゴンナイトさんが犯人と断定させられる」

 

  一般的にニンジャの存在が秘匿されている。アシスタント四人が首を斬り飛ばされて殺されるという猟奇的殺人現場に居た人物がニンジャの犯行ですといえば狂人認定され犯人にされる可能性は高い。

 

「なるほど、確かにそうかもしれない」

 

  ドラゴンナイトはスノーホワイトの言葉に納得している。本当の理由はアマクダリが警察機構と癒着している可能性が高く、出頭すれば逮捕されカワタは拘束され事故死で処分、ドラゴンナイトはアマクダリのニンジャを殺した事が発覚し殺される可能性がある。そうならないようにアマクダリの息が掛かっている機関には行かないようにしなければならない。

 

「そしてニチョームのザクロさん覚えている?あの人は顔が広いみたいだから、匿ってもらうかネオサイタマから逃がしてもらうのに協力してもらおうと思う」

 

 スノーホワイトは毅然と喋る。だが上手くいく確証は全くない。ザクロとは数回会ったきりで親しいわけではなく、相談に乗ってあげるという言葉を頼りに頼る。厄介ごとを持ってくるなと門前払いを喰らう可能性があり、それどころか警察に通報される可能性が有る。

  さらに仮にザクロが協力してくれネオサイタマから逃れても、ネオサイタマ警察の要請で逃亡先の警察に追われる可能性がある。これらの提案はこのまま何もしないよりマシ程度のものだ。カワタが苦労することに変わらない。

 

「ネオサイタマから逃げるためにニチョームに行くのか?」

 

 すると今まで黙っていたカワタが痛みで顔をゆがめながら喋る。

 

「はい、そうするつもりです」

「国外逃亡するなら俺にも伝手がある。俺はキョート出身だ、キョート大使館に兄貴がいる」

 

 その言葉にドラゴンナイトが、その後にスノーホワイトは言葉の意味を理解する。大使館は他国で生活する自国民をサポートする役目がある。それに大使館は治外法権であり、敷地内はネオサイタマではなくキョートだ。敷地内に入れば外交問題に発展する。とりあえず敷地内に入ればアマクダリでも手が出せないはずだ。

 小学校か中学校で習ったがキョートが外国という認識が薄くドラゴンナイトより気づくのが遅れた。カワタはドラゴンナイトからIRC通信機を借りてプッシュボタンを押した。

 

「モシモシ、兄貴か久しぶりだな。俺だ、ミツハルだ。」

 

◇カワタ・ケイジ

 

 茶室のタタミは全てキョートで栽培され生産されたオーガニックタタミである。値は張るがネオサイタマのタタミと比べ質は良い。茶室の中央には机とUNIXが置いてあり違和感を醸し出している。

 ここは茶室オフィス。オーガニックタタミの匂いを嗅いで仕事をすれば捗ると設計されたキョート大使館独自のオフィスだ。

 

『休憩時間ドスエ』

 

  電子マイコのアナウンスが流れるとカワタ・ケイジはUNIXを打つ手を止めて、急須に入ったチャをカップに入れて口につける。チャはキョートの茶畑で摂れた茶葉を使ったものだ。ネオサイタマのチャは質が悪く、一度飲んで以降常備されているキョート産のものにしか口をつけていない。

 ケイジはチャを飲むと周りを注意深く見まわし、ビジネスバックから有る物を取り出す。それは週刊フジサンだった。

 世間的にはコミックは子供が見るものとされており、キョートではそれが顕著だ。ケイジは30代前半であり、もし読んでいることがバレたらムラハチは免れない。家で読めば安全なのだが気になって仕事にならない。これは仕事を効率的に捗らせるために必要な事だと正当化し読み始める。

 まず読むのはセブンニンジャだ。人気は中堅だが個人的なツボに刺さりまくっており、真っ先に読んでいる。するとIRC通信機からコール音が鳴る。これは仕事用ではなくプライベート用の通信機からだ。親か?彼女のリョウコか?どちらにしても読書の邪魔されたのは気分が悪い。少し機嫌を悪くしながら応答する。

 

「モシモシ」

「モシモシ、兄貴か久しぶりだな。俺だ、ミツハルだ」

 

  ケイジは受話器から聞いて驚きで体が固まる。

 カワタ・ミツハル。5つ下の弟であり、コミックを描くからと勘当同然でキョートからネオサイタマに飛び出した。キョートではコミックを低俗と見る風潮からコミック作家は卑しい職業と認知され、コミック作家になると幼少期から宣言していたミツハルは格式の高いカワタ家では疎まれ、酷い仕打ちを受けていた。

 キョートを出てからはカワタ家では居ない存在と扱われ、連絡をとることも禁じられていた。連絡先は教えたがミツハルもそれを理解しており、連絡は一切してこなかった。そんな弟が突然何の用だ。ケイジは思わず唾を飲む。

 

「頼みがある。トラブルに巻き込まれた。今からキョート大使館に向かうから出国の手続きをしてくれ」

「トラブル?何をやらかした?」

「俺は何もやっていない。ただニンジャに狙われている。そのニンジャにアシスタントが殺された。状況的にアシスタント殺害の犯人としてマッポに捕まる可能性が有る」

「ニンジャだと?いるわけがないだろう、イデオットか?」

 

 ケイジは頭を抱える。未だにコミックを描いているようだが妄想ばかりしているせいか、ニンジャの存在を信じる狂人になってしまったのか。嘆かわしい。

 

「ニンジャは居るんだよ!覚えているだろう!ガキの頃誘拐されて廃工場に連れ込まれて、ニンジャ同士が戦って救出された!あれは夢じゃない現実だった!ニンジャは実在する!」

 

 ミツハルの言葉を聞いた瞬間急激な眩暈が襲う。キョート、廃工場、カラテシャウト、そしてニンジャ。その当時の光景が徐々に浮かび上がる。

 

「オゴーッ!」

 

 吐き気がこみ上げる。その当時はニンジャリアリティショックで記憶をロックしていたが、時が経ちミツハルの話がトリガーになり、記憶と恐怖が蘇る。そうだニンジャは実在する

 

「大丈夫か兄貴?」

「大丈夫じゃない…全く余計な事を思い出せやがって。一生思い出したくなかった」

 

 悪態をつきながら呼吸を整えニューロンを活性化させる。そして無慈悲な事実に気づいてしまう。

 

「お前!ニンジャに狙われたらデッドエンドじゃねえか!」

「大丈夫だ。知り合いのニンジャがいる。そのニンジャに護衛してもらう」

「知り合いのニンジャって……」

 

 ミツハルの言葉を聞き思わずへたり込む。人間がニンジャに勝つことは絶対にない。それは幼少期の体験でわかっている。弟の死は免れないと取り乱してしまったが、ニンジャの知り合いがいるらしい。会わない間にとんでもない交友関係を築いているようだ。

 

「キョートに逃げれば狙われることはないかもしれないらしい。頼む!助けてくれ!俺はまだコミックを描きたいんだよ!」

「分かった。とりあえず上司に聞いてみる。キョート国民を助けるのがキョート大使館の仕事だ。ところで今何を描いているんだ?」

「ああ、フジサンでセブンニンジャってコミックを描いている。知っているか?」

「セブンニンジャ!?ハハッ!」

 

 思わず吹き出す。今嵌っている作品を描いているのが実の弟とは?なんという偶然だ、いや必然か。ケイジとミツハルの娯楽における好みのツボは似ていた。嵌るのも何ら不思議ではない

 

「何がおかしいんだ兄貴!?」

「何でもない、さっさと来い。天下のフジサンで連載しているコミック作家様を丁重にもてなしてやる。カラダニキヲツケテネ」

 

 ケイジは深く息を吐く。コミックが好きでコミック作家を目指していた。だが世間の風潮や親の思想の結果、諦めて外交官を目指した。ミツハルは自分の為に夢を諦めて外交官になってくれたと感謝していた。だが違う。ケイジはコミック作家になるという夢を抱けなかっただけだった。だからコミック作家の弟を尊敬しており、何としても守りたいと思っていた。

 

 






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第十二話 下らなくて大切なもの#7

「準備はOKだな」「はい」「大丈夫です」カワタの言葉にスノーホワイトは助手席で、ドラゴンナイトは後部座席から返事する。3人はカワタの所有する車に乗っていた。目的地はキョート大使館だ。最初は電車で移動する計画だったが、敵に見つかると身動きが取りづらく周りに被害が及ぶということで車での移動になった。

 

「ドラゴンナイトさんこれ着けて」スノーホワイトは魔法の袋からマスクとニット帽を手渡す。スノーホワイトもニット帽を深く被りマフラーで口元を覆う。この時期だとこの格好は熱い、結果的にアマクダリと敵対することになってしまった。だが顔を隠せば二人と認知されない可能性がある。正直気休めだがやらないよりマシだろう。

 

ドラゴンナイトもニット帽とマスクを装着する。普段はリュウジン・ジツでの噛みつき攻撃のために口を塞いでいないが、こうしてマスクをつけると安心感がある。今後はマスクをつけて行動しよう。

 

「指は大丈夫ですか?」「バリキを大量に飲んだからな。マッポに見つかれば逮捕されるけどな」カワタは高揚しながら答える。バリキを大量に摂取すると痛み止めの効果があるが、その状態での車両運転は法律で禁止されている。バリキの摂取は鎮痛の他に精神の保護にも役立っていた。

 

並の人間であれば命をニンジャに狙われていると知れば平静を保てない。だがバリキによる興奮で恐怖心が薄れていた。「よし行くぞ!」カワタはキーを回しエンジンをつけると勢いよく飛び出した。明らかに法定速度オーバーだ!二人は急発進でほんの僅かにバランスを崩す。ニンジャと魔法少女でなければ前につんのめり顔面を痛打していただろう。

 

「テンション上げていくぞ!」ブブブーン、ブンツブンツ!プレイヤーから音楽が流れ始める。これはカワタのお気に入りのリキシ、ストロングロードの入場テーマだ。スノーホワイトは警戒のために止めるように言おうが止めた。死んだら困るという声が常に聞こえている。カワタは死の恐怖と戦っている。音楽で和らぐなら黙認しよう。

 

「ドラゴンナイトさんは後ろを警戒して、私は左右を警戒する」「了解」ドラゴンナイトは後ろの振り向き、スノーホワイトは左右と前方を警戒し魔法の効果範囲を広げる。警戒するのはニンジャとスナイパーの狙撃だ。接近してくるなら魔法を使えば直前で察知できる。狙撃は5感で察知するしかない。

 

「スノーホワイト=サン、そこのIRC通信機をハンズフリーにしてくれ」「どうやるんですか?」「その人が喋っているアイコンを押してくれ、そして連絡帳に書いているファッキン編集に繋いでくれ」「はい」スノーホワイトは指示された通りしてIRC通信機を傍に置く。車内では呼び出し音が鳴り響き、ドラゴンナイトとスノーホワイトは沈黙する。

 

「何の用だ、カワタ=サン?まさか原稿が遅れるとか言うんじゃないだろうな」電話の相手は編集のブスジマだ。その声は明らかに不機嫌である。カワタは不機嫌さを意に介することなく陽気に喋る。「悪いけど、暫く休載して、ネオサイタマを離れます」「あん!?」ブスジマは威圧的に聞き返す。

 

「アシスタントがニンジャに殺されて、オレもニンジャに殺されそうなので、逃げます。そして休載します」「ザッケンナコラー!コミック描きすぎてラリッったんかコラーッ!原稿遅れの言い訳ならもっとマシな言い訳言えコラーッ!」ブスジマの怒声が車内に響き渡る。その怒声の大きさに三人は耳をふさぐ。

 

ブスジマの怒りは最もである。編集は原稿を描かせるためなら覚醒剤を投与させる例があるほど無慈悲である。そんなジゴクめいた催促をする編集に作者自身が休載するという発言は反逆行為そのものである。「シリアスですよ」「今どこだコラーッ!堪忍袋が完全に温まったゾコラーッ!俺がニンジャより先にぶっ殺してやるよコラーッ!」

 

ブスジマはさらに怒声を張り上げる。コワイ!だがカワタは臆するどころか、それに呼応したのかカワタも声を張り上げる。「ウッセエーゾコラーッ!死んだら終わりなんだよ!」「テメエ、逃げるな!まだ前々作と前作のファッキンブルシットな打ち切りの負債払い終わってねえぞコラーッ!」

 

「いずれ払う!」「ファントムサマー社の威力業務部門舐めんなよコラーッ!絶対払わ……」「通話切って」カワタはブスジマが言い終わる前にスノーホワイトに通話を切らせた。「あの……大丈夫なんですか?」ドラゴンナイトが心配そうに尋ねる。「大丈夫なわけないだろう!」カワタは肩をすくめニカっと笑った。

 

「ニンジャに襲われたから逃げますなんて、ラリッた事言って原稿描かないて最悪だろう。信頼は失い、ネオサイタマではもうコミックが描けない」「そんな……」「ネオサイタマでは描けないだけだ。まだ生きている。まだコミックを描ける」カワタはポジティブに言い放つ。だがそれは厳しいことをドラゴンナイトは分かっていた。

 

コミック業界はネオサイタマの1強だ。キョートやドサンコやオキナワにはコミックを出版する会社が一つもない。ネオサイタマ以外の人間がコミックを読む事はあるが、ネオサイタマの人間がネオサイタマ以外で描かれたコミックを読む事は無い。その考えを見透かしたように話を続ける。

 

「ニューロンにある考えが閃いた。IRC上にコミックを載せる。読みたい奴は金を払う。それだったら雑誌が無くてもコミックを載せられるし、金も会社に天引きされずダイレクトに手元に入ってくる。まさにアブハチトラズ!」カワタは言い放つ。実際厳しいだろう。誰もやっていない事は相応のやらない理由がある。

 

ネオサイタマの出版業者から囲んで棒で叩かれるのだろう。だがやってやる。セブンニンジャはライフワークだ。題材にしたニンジャに追われ描けなくなったなんてブルシットな結末にはさせない。「ドラゴンナイト=サン!スノーホワイト=サン!絶対にキョート大使館まで逃げて、コミックを描いてやる!」カワタは高らかに宣言した。

 

車は市街地を抜けてハイウェイを通りメガロハイウェイの一つ、ハリキリ・ハイウェイに入っていく『法定速度を守って』『煽りはダメ』『煽られても落ち着く」電光掲示板には運転手に安全運転を呼び掛けるメッセージが流れる。だが大半の運転手は法定速度を無視し、カワタも無視していた。

 

左を見ればネオン装飾に彩られたデコトラと呼ばれる超大型トラックが並走し、前を向けば積載量を明らかにオーバーした資材を搭載したトラックが走っている。前の車の荷が崩れれば大事故は免れない。スノーホワイトは念のために追い抜くように指示しようとする。『ザッケンナコラー!』カワタはヤクザクラクションを鳴らしながら追い抜いていく。

 

「カワタさん安全運転でお願いします」「悪い!実際遅かったからさ」カワタはバリキが抜けておらず相変わらずテンションが高い。「今のところマッポは来ないね」ドラゴンナイトは後ろを向きながらスノーホワイトに話しかける。「そうだね。でも油断しないで」スノーホワイトは注意を促す。

 

今のところ追手は来ていない。これもファルのお陰だろう。だが車の量が多くなりスピードが出せなくなっている。このままメガロハイウェイを進んだほうが良いのか?ファルに聞こうとするが、液晶には意味不明な羅列が高速で流れており質問するのをやめた。

 

◇ファル

 

「全くマスコット使いが荒いぽん」

 

 ファルはため息をつきながら目の前に聳える巨大な扉を見つめる。扉には鎖がグルグル巻きにされ、その鎖には数えきれない論理南京錠つけられている。論理肉体から何十本の腕を生やし南京錠をピッキングしていく。カシャンカシャンと鍵が外れる音がリズミカルに響く。南京錠を全て解除すると腕を合体させ巨大な一本の腕にする。そして扉についている鎖を千切り中に入室した。

 中は体育館ほどの広さで水に満たされており何匹ものマグロが高速で泳いでいた。ファルは背中にスクリューをつけるとマグロに接触しないように進み、最奥にある掛け軸に辿り着く。掛け軸には『メクコネオサイタマ』と書かれていた。ファルは白ペンキで塗りつぶし「ファル」と自分の名前を書いた。

 これでここのネットワークは掌握した。これで高速道路に設置されている監視カメラにはスノーホワイト達が乗る車が映る事は無い。

 キョート大使館に行くと決めてからすぐに行動を移した。スノーホワイト達が捕捉される可能性が有るとすれば監視カメラの映像だろう。行政と癒着しているアマクダリなら簡単に映像を入手して、そこから追跡する可能性は充分にある。

 まずはキョート大使館への最短ルートを検索し、そこにある監視カメラを片っ端からハッキングをした。電子妖精でコトダマ空間が見えるファルでも楽な作業ではなかったが、何とか成功した。

 ファルはハッキングをした後IRCネットワーク上の情報収集に努めカワタ達が追われてないかを確認する。今のところ特に情報は上がっていない。さらに情報収集を行いながら監視カメラの映像で後方からの追跡と前方の待ち伏せが無いかを警戒する。前方では軽い事故が有ったようでこれから徐々にスピードが落ちていくだろう。そして後方で妙な集団を見つけた。

 黒塗りのバンが10台。後ろにはバイクが2台。1人は鳥のモチーフが入った服を着ており、もう1人は犬のモチーフが入っている服を着ている。その集団はスピードを上げ前にいる車を追い抜いてこちらに迫っている。

 

「スノーホワイト、黒塗りのバンが10台、バイクが2台近づいてくるぽん。一応注意しておくぽん」

 

 この集団が敵という確証は無いが電子妖精の演算機能が何か怪しいという答えを出していた。一応報告しておこう。ヒヤリハットという言葉がある。些細な事も情報共有することが事故を防ぐことに繋がる。

 

◆トサケン

 

  雑居ビルの中にある一室、そこはアパート程度の広さにウェイトトレーニング用のダルマや木人形やUNIXが乱雑に置かれている、UNIX前でトサケンは大柄な体を窮屈そうに縮めながら黙々とデスクワークを行っている。

 ここはアマクダリセクト傘下の下部衛星組織オウノマツの事務所。構成員は3人程の小さなニンジャ組織である。

 元はヤクザクランだがトサケンを始めとするレッサーヤクザにニンジャソウルが宿り組織を乗っ取った。主な収入源はミカジメ料や違法薬物の販売等である。アマクダリセクトへの上納金の支払いなどで経営は楽ではないが、何とか生活できている。

 

「おい、トサケン=サン、アクター=サンから連絡が来ないぞ」

 

 事務所にあるソファーにふんぞり返りIRC通信機を眺めながらサマーバードが呟く。アクターは病的と言っていいほど連絡をしてくる。目的地について報告、途中経過を報告、完了しての報告。少々うっとおしいが報告をすることは悪い事ではないので何も言っていなかった。

 今日の昼過ぎアマクダリセクトからミッションが課せられた。内容はオウノマツの支配地域内にいるコミック作家のカワタ・ミツハルをインタビュー、聞く内容は知り合いにニンジャが居るか、アマクダリセクトについて知っているかである。

 どうやら描いているマンガでニンジャが出るらしいが妙に詳しく、実在のニンジャとの類似点が多い。そして作中でアマクダリセクトの存在を匂わせているらしい。

 フィクションでもニンジャの正確な生体を知られるのとアマクダリの存在を知られるのは看過できないそうだ。作品が偶然手元に有ったので読んでみたが、確かにニンジャの習性や能力は実在のニンジャと変わらず、ニンジャが裏から政府を操るなどの設定はもろにアマクダリである。

 そしてカワタにニンジャの知り合いが居ればスカウトし、従わなければ殺せという命令も下された。ニンジャという戦力はいるに越したことはない。アマクダリでは個人の裁量ではスカウトは禁止されており、大本から許可を得たので大手を振ってスカウトできる。

 カワタへのインタビューはインタビューが得意なアクターが担当し、知り合いのニンジャのスカウトまたは殺害は3人で向かうという計画を立て、アクターはカワタの家へ向かって行った。

 モータルへのインタビューなどベイビーサブミッションだ。ちょっと痛めつければ5分で口を割るだろう。だが10分を経っても連絡が来ない。

 

「サマーバード=サン、カワタ=サンの家に向かうぞ」

 

 トサケンはUNIXをシャットダウンし立ち上がり身支度をする。サマーバードもめんどくさそうに身支度を開始する。連絡を送る人間が連絡をしない。それだけで十分に非常事態が起こっているというサインになる。

 

「やられたか…」

 

 サマーバードは忌々しく呟く。カワタの家に入って見たのは首が切断された4人の死体と台風が過ぎたように荒れたリビングと凹んだ床と爆発四散跡だった。非常事態は起こってしまった。

 

「これでカワタ=サンにニンジャの知り合いがいることは確実になった。カラテは弱いが非ニンジャにやられるようなサンシタではない」

「そうだな。そして最低限の仕事を果たした」

 

 トサケンは爆発四散跡に頭を近づけ匂いを嗅ぎ、次に大気中の匂いを嗅ぐ。トサケンに宿ったのはイヌ・ニンジャクランのソウルである。

 イヌ・ニンジャクランはニンジャ嗅覚とソウル探知能力も優れている。アクターは死に際に相手のニンジャに特殊な薬品を付着させた。この薬品はトサケンだけが嗅ぐことができる匂いがついている。その薬品をアクターとサマーバードが拉致された時用に渡していた。

 薬品の匂いと相手のニンジャソウルの残滓、この2つが有れば相手のニンジャを追跡するのは可能だ。そしてこの場から去ってからさほど時間は経ってはいない。

 

「俺はアクターを殺したニンジャを追う。サマーバード=サンはクローンヤクザを連れて後を追え」

「そんな時間は無い。すぐに2人で追おう」

「相手はニンジャだ。万全を尽くす」

「チッ…了解だ」

 

 サマーバードは渋々と了承しベランダから部屋を飛び出しバイクに乗る。それを見た後トサケンも飛び出しバイクに乗って追跡する。

 簡単な仕事だと思っていたが大事なメンバーを失ってしまった。一緒に着いていけばという考えが過るが、すぐに打ち消す。後悔してもアクターは戻ってこない。できることはアクターを殺したニンジャを追い、セクトに加入するように説得し応じなければ殺し、カワタが居ればインタビューして殺す。

 トサケンはニンジャ嗅覚とソウル探知感覚を最大限駆使し追跡する。市街地を抜けてハイウェイに入る。こちらは法定速度を無視したスピードで移動している甲斐あって徐々に差を縮めている。

 

「その先にいるのか?」

 

 IRC通信機からサマーバードから連絡が入る。後ろを振り向くとヤクザバン10台が後ろに控えていた。ヤクザバン10台の搭乗者はクローンヤクザである。これがオウノマツの今用意できる最大戦力だ。

 トサケンはハンドサインでサマーバードに指示を出しヤクザバンとバイクを先行させサマーバードは隣を並走する。

 

「匂いとソウルが濃くなっている。あと10分ぐらいで接触する」

「早く行こうぜトサケン=サン!2人でやれば殺せる!」

「落ち着けサマーバード=サン。相手はどんなジツを使うかも分からないし、複数かもしれない。まずはクローンヤクザを捨て石にして相手のワザマエを調べる」

「了解だ。だがニンジャは殺す。セクトへの勧誘はしないぞ」

 

 サマーバードは有無を言わせないと言わんばかりに睨みつけ、トサケンは首を縦に振る。アクターとサマーバードの付き合いはトサケンより長い。それだけに悲しみと怒りは大きい。

 それにオオウノマツはニンジャ組織でありヤクザクランでもある。クランのメンバーが殺されたら報復しなければ示しがつかない。

 

◆◆◆

 

スノーホワイトは突如ドアを開ける。「アイエ!?」「どうしたのスノーホワイト=サン?」突然の行動にカワタとドラゴンナイトは驚く。そのまま淵を掴み逆上がりの要領でルーフに上がり魔法少女視力で確認する。ファルの言うとおり100メートル後方に10台の車と2台のバイクがいる。

 

(((((((ターゲットが居ないと困ります))))))(ケジメをつけさせないと困る)(アクター=サンの敵を討てないと困る)「ドラゴンナイトさん上に上がって」スノーホワイトは窓を叩き車内のドラゴンナイトに声をかける。ドラゴンナイトはスノーホワイトと同じようにドアを開けてリーフに上がる。

 

「後ろの黒い車とバイク見える?」「うん、見える」ドラゴンナイトのニンジャ視力は一団を正確に捉える。法定速度以上のスピードでこちらに近づいてくる。「あの一団はカワタさんを殺そうと……」ドラゴンナイトのキリングオーラが膨れ上がる。カワタを殺そうとする者は容赦しない。「イヤーッ!」「グワーッ!」クローンヤクザの額にスリケンが刺さる!

 

ドラゴンナイトの視界にはクローンヤクザが身を乗り出しアサルトライフルをこちらに向ける瞬間が写っていた。その瞬間瞬時にスリケンを生成し投擲したのだ!それが戦いの合図となる!「「「ザッケンナコラーッ!」」」ヤクザバンに乗ったクローンヤクザ達が窓から身を乗り出しアサルトライフルを向ける!

 

「イヤーッ!」「「「「アバーッ!」」」」ドラゴンナイトのスリケンがクローンヤクザに命中!即死!クローンヤクザは車内から道路に崩れ落ちネギトロと化す!「ザッケンナコラーッ!」車のクローンヤクザが身を乗り出す。その手にはRPG!ナムサン!

 

「イヤーッ!」CABOOM!スリケンはRPGの砲身を押し込み弾は暴発!車はコントロールを失いスピンしながら下がり後方のバンに激突!CABOOM!車は爆発!他のヤクザバンも次々と激突し走行不能!「よしこれで全滅……ん?」ドラゴンナイトは目を細める。煙の中から何かが飛び出てきた。2台のバイクだ。

 

「ドーモ、ハジメマシテ、トサケンです」「ドーモ、サマーバードです」羽をつけたニンジャはサマーバード。大柄な男はトサケンと名乗る。「ドーモ、トサケン=サン、サマーバード=サン。ドラゴンナイトです」3人は車間越しでアイサツを躱す。

 

サマーバードが両手を離し、腕を水平に広げる。するとそこから超自然のカラテ猛禽類が生成された。「行け!」「ケケーン!」サマーバードが腕を振り抜くと2羽のカラテ猛禽類が発射された。「イヤーッ!」ドラゴンナイトはカラテ猛禽類にスリケンを投擲!「ケケーン!」カラテ猛禽類はスリケンを回避!

 

「何?イヤーッ!」2枚3枚とスリケンを投げるが躱していく。「ドラゴンナイトさん、鳥じゃなくて左の男とバイクを狙って」スノーホワイトは魔法で相手の意図を読み指示を送る。サマーバードを倒せばカラテ猛禽類は消える。バイクが壊れれば追ってこられない「分かった!」

 

ドラゴンナイトは指示を受けターゲットを変更しサマーバードとバイクの前輪に向かって投擲!「イヤーッ!」サマーバードはバイクからジャンプし直線上に飛んできたスリケン叩き落す。だがこのままでは自らのバイクに轢かれてしまう!ナムサン!「イヤーッ!」だがトサケンがサマーバードの横に回り込むと捕まえて放り投げる!

 

サマーバードは放物線を描きシートに着地する!ワザマエ!「ケケーン!」カラテ猛禽類が魚雷めいてドラゴンナイトに向かって突撃!「イヤーッ!」ブリッジ回避!「ケケーン!」カラテ猛禽類はUターンしドラゴンナイトの周りを纏わりつくように攻撃、「クソ!鬱陶しい!」ドラゴンナイトは迎撃するがカラテ猛禽類はヒットアンドアウェイを繰り返しスリケン投擲を妨害!

 

「アバーッ!」スノーホワイトが1羽のカラテ猛禽類を捕獲し首をねじ切る!「イヤーッ!」トサケンがカワラ割りパンチの体勢で降下してくる!カラテ猛禽類の妨害の間に接近していたのだ!狙いはドラゴンナイトだ!「グワーッ!」ドラゴンナイトは後ろからの衝撃にバランスを崩しリーフから落ちて何とかトランクリッドに着地する。

 

後ろを振り向くとカワラ割りパンチを受けているスノーホワイトの姿が映る。スノーホワイトは相手の攻撃をドラゴンナイトより早く察知した。このまま無防備に受ければ死ぬ。しかし避けても車が大破すれば逃げられない。そしてドラゴンナイトを加減して蹴り、トサケンのカワラ割りパンチを受けた。何たる歴戦の戦いで培われた判断力か!

 

スノーホワイトはカワラ割りパンチをクロスガードで防御!威力を分散するように受けリーフが凹む!そして手を取りイポン背負いで投げる。受身を取らせないように脳天を叩きつける投げ方もできるが別の投げ方を選択する。スノーホワイトは45°に回転した。このままハイウェイに放り投げるつもりだ!

 

「イヤーッ!」トサケンはスノーホワイトの体を掴み投げさせない!そのままスリーパーホールドに移行する!「グワーッ!」スノーホワイトは両肘を全力で下げトサケンの腹に打撃を加え、怯んだ隙に間合いを取った。

 

トサケンは間合いを詰める。スノーホワイトの攻撃が幾つか入るが巨体を生かしたニンジャ耐久力で強引に間合いを潰しワンインチカラテの間合いに、いやこれはさらに近いハーフワンインチカラテの間合いだ!「イヤーッ!」トサケンのボディーブロー!スノーホワイトは腕でガード!

 

「イヤヤヤヤヤヤヤヤヤーッ!」トサケンは構わずマシンガンめいてボディーブロー!スノーホワイトはガードしダメージは然程ない。だがオスモウめいて前進しながら攻撃を続けるこのハーフインチカラテの間合いでは強力な攻撃は出せない。だがトサケンの狙いはKOではあらず!真の狙いは車外への寄り切りだ!

 

いくらニンジャだと云えど100キロを超える速度で走る車から転落すれば怪我は免れずすぐに走って追いつくことは不可能だ。相手は小柄なニンジャだ、パワーは無い。このまま突き落とし後ろにいるアクターを殺したドラゴンナイトをサマーバードと2人で殺し運転しているカワタを拉致してインタビューする。

 

何たる己のカラテを熟知して且つ相手の特性を見抜いた上での的確な計画か!スノーホワイトはトサケンのカラテの前に少しずつ後退していく。「スノーホワイト=サン!」ドラゴンナイトはスノーホワイトに加勢しようとする。「ケケーン!」だがもう1羽のカラテ猛禽類がインターラプトする!さらにサマーバードが猛スピードで迫っている!

 

サマーバードを侵入させてはダメだ。ドラゴンナイトはサマーバードへのスリケン攻撃に切り替えるがまたしてもカラテ猛禽類の妨害!「イヤーッ!」ドラゴンナイトがカラテ猛禽類を捕獲しようが直様エスケープする!「イヤーッ!」その隙にサマーバードは近づきバイク上から飛び蹴り!

 

ドラゴンナイトは蹴り到達コンマ2秒前にクロスガードを作りブロック!そのまま弾き返すがサマーバードはその力を利用しバイクのハンドルに立ち攻撃を加える。何たるニンジャバランス力!ニンジャであればこのような不安定な場所でカラテが可能である!ドラゴンナイトもトランクリッド上で応戦する。

 

「イヤーッ!」サマーバードの左ジャブ!「イヤーッ!」ドラゴンナイトはジャブを交わし水面蹴り!「イヤーッ!」サマーバードはジャンプで躱し前蹴り!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」バランスを崩せば100キロ以上の速度でアスファルトに打ち付けられ即リタイアする。2人は防御とバランス重視でカラテする。

 

スノーホワイトに加勢に行きたい焦りを覚えているドラゴンナイトに対してサマーバードに焦りはない。トサケンのカラテ意図を理解しており、直にスノーホワイトは車外に転落し2対1になる。そうなれば勝ちは確定だ。だがそれでは気が収まらない。ドラゴンナイトは自ら仕留める!

 

「ケケーン!」カラテ猛禽類がロケットめいてドラゴンナイトに突っ込んでくる!目標はこめかみ!受ければ即死である!ナムサン!このまま喰らって死んでも良し、避けたとしても隙を突いて致命的なカラテを見舞う!まさにチャリオット・ビハインド・ショーグンだ!

 

「アバーッ!」「グワーッ!」サマーバードの顔面に衝撃が走りバイクから転落する。感覚が泥めいて鈍化する。視界には絶命したカラテ猛禽類とトサケンが相手していたピンク髪の女、なぜお前がいる?「グワーッ!」アスファルトに激突し肉が削られ激痛が走る。さらに目の前にはスリケンが迫る。ドラゴンナイトが投擲したスリケンは額に突き刺さる。

 

「サヨナラ!」サマーバードは爆発四散!「グワーッ!」スノーホワイトの飛び蹴りがトサケンの顔面に突き刺さる!サマーバードとトサケンの身に何が起こったのか!?もし読者の方にニンジャ動体視力の持ち主が居られれば理解できただろう。

 

スノーホワイトはトサケンのカラテを受けるなか後ろに飛んだ。目標地点はドラゴンナイトに突撃するカラテ猛禽類、カラテ猛禽類を蹴り殺し、それを飛び石代わりにしてサマーバードに飛び蹴りを決める。そしてサマーバードを足場替わりにしトサケンに向かって飛び蹴りを放った。

 

スノーホワイトはこのままではジリープア(注:徐々に不利か?)で車外から転落すると察し、魔法でドラゴンナイトへのカラテ猛禽類の攻撃を察知し、一連の動きを実行した。何たる困った声を聞くという魔法の有用さと魔法少女の力があって初めて可能であるタツジン級のカラテか!

 

トサケンは思わぬ攻撃でダメージを受けたたらを踏む。その隙を見逃さずスノーホワイトはトサケンを車外へ放り投げた。「グワーッ!」トサケンは猛烈な勢いでアスファルトに転がる!「イヤーッ!」ドラゴンナイトはトサケンに向かって急所へスリケン投擲!トサケンは辛うじてスリケンを防御!

 

ドラゴンナイトはさらにスリケンを投げようとしたがトサケンは射程範囲の外に出てしまった。「大丈夫?怪我はない?」スノーホワイトがリーフ上から手を伸ばす。ドラゴンナイトは手を取りリーフ上に上がる。「大丈夫、それで敵は?」「もう居ないみたい」「とりあえず一安心か」ドラゴンナイトは胸をなで下ろす。

 

スノーホワイトはリーフからバイクを見る。無人でありながら車間をキープして走っていた。「何あれ?自動で走っている。オナタカミの新商品かな?」ドラゴンナイトは興味深そうに見つめる。スノーホワイトはリーフからトランクリッドに降りる。「ファル、あのバイク調べて」「ちょっと待てぽん。今の戦闘の映像を消すのに忙しいぽん」

 

ファルは愚痴を言いながらIRC上から検索する「あれはインテリジェント・モータサイクルだぽん。激レアぽん。コマンドを打てば自律走行で動くぽん」「そのやり方を調べて教えて」スノーホワイトはファルに命令する。もしこれを使えるならばルーラを使いながら敵に近づき攻撃してカワタと車を守ることができる。

 

「分かったぽん、説明するからバイクに乗るぽん」スノーホワイトはバイクに乗りファルからレクチャーを受け操作性を確かめる。「悪いけどドラゴンナイトさんは襲撃に備えてそこに居て、私はこのバイクに乗って襲撃に備える」スノーホワイトは呼びかけドラゴンナイトはOKサインを出す。

 

「ドラゴンナイト=サン、何があった!?天井や後ろでドンドンと音がしたぞ!それで何でスノーホワイト=サンがバイクに乗っている?」カワタは窓を開け話しかけドラゴンナイトが答える。スノーホワイトはその様子を聞きながら後ろに注意を払いながらルーラを使った車上戦闘のシミュレーションをおこなった。

 

◆トサケン

 

「アクター=サンとサマーバード=サンが死んだか」

 

 トサケンはメガロハイウェイ脇の壁に背中を預けながら悔しそうに呟く。プランは完璧だった。だがあの女ニンジャのカラテがそれを上回った。それに思い返してみるとあの女のソウルには違和感があった。それにアイサツも返さなかった。そこに堪忍袋が温まる。

 怒りに身を任せアスファルトを殴りつける。殴りつけた場所にヒビが入る。それで怒りが一時的に収まったのか、懐に有ったIRC通信機を手に取り動作確認する。奇跡的に動く。あれだけアスファルトに打ち付けられたのによく動くものだ。この点だけは幸運だ。アマクダリネットにログインし、カワタの車の車種とドラゴンナイトと女ニンジャの能力と容姿について報告する。

 こんなミッションを失敗したからにはケジメは免れないだろう。だが失敗を秘匿し領域を犯して追えば制裁だ。アマクダリセクトは厳格に領地が決められており、他の者が侵入することは許されない。できることは報告を挙げることだ。これで死の制裁は辛うじて免れる。

 

「死んだら終わりだからな……クソッ!」

 

 トサケンはもう一度アスファルトを殴った。

 



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第十二話 下らなくて大切なもの#8

◆ヴィルスバスター

 

 アマクダリ電算室では所属のニンジャや外部の非ニンジャのエスイー(タイピング肉体労働者)のタイピング音が規則的に響いている。ヴイルスバスターは直結していたLAN端子を外し、アンコドーナッツを咀嚼する。アマクダリ傘下の企業と敵対する企業の機密情報を盗んできた。これで株価は暴落し吸収合併されるだろう。

 アンコドーナッツを齧りタイピング音に耳を傾ける。自身は物理タイピングをしないが音を聞くのは好きだった。音を聞くだけでワザマエが分かり、腕が立つ者のタイピング音が重なり合う音はリラックス効果をもたらしてくれる。

 業務終了まであと一時間、あとはダラダラと時間を過ごすだけだ。暇つぶしにソリティアでもやろうと立ち上げるがアマクダリネット上に連絡が入る。

 

「サンシタがヘマしたな」

 

 ヴィルスマスターは愚痴をこぼす。コミック作家のカワタをインタビューするという重要度としては最低ランクのミッションを発令されたが、担当した下部衛星組織が失敗した。しかも所属のニンジャ二人がカワタを護衛しているニンジャに殺されたらしい。

 いくらサンシタと云えどニンジャが殺されたとあってはミッションランクも上がる。逃げた進行方向の下部衛星組織に連絡、さらにアマクダリエージェントかアクシスへの出動要請も打診しなければならない。帰り際に仕事が入るのが一番堪忍袋が温まる。

 一通りの連絡を入れてコミック作家のカワタが乗っている車両の検索を開始する。メーカーや車種などそれなりに詳細に報告しているので探すのは難しくない。これで雑な報告だったらセプクを申請しているところだ。

 LAN端子をUNIXにケーブルを繋げコトダマ空間に侵入する。まずはメガロハイウェイの保守警備を請け負っているメガコーポの監視カメラ映像を入手する。アマクダリから申請すれば映像を見られるが、ハッキングして手に入れたほうが遥かに速い。大手以外のメガコーポのセキュリティなんてショウジ戸みたいなものだ。

 すぐにハイウェイの保守警備を担当しているメクコ社のセキュリティにコトダマ空間を通して侵入する。そこは体育館のような内装で中には水が満たされておりマグロが遊泳している。ヴィルスバスターは球体のバリアを張り水を跳ね除けて進み、最奥の掛け軸に触れる。監視カメラの映像は手に入った。

 映像を調べてみるが報告に上がっている車は映っていない。報告はでっち上げか?だがそんな事をすればセクトの制裁が待っている。それだったら報告を上げずミッションを続行するはずだ。掛け軸を凝視すると僅かに偽装された痕跡が見られた。報告が上がっていなければ見過ごしていたかもしれない巧妙さだ。これはヤバイ級のハッカーの仕業だ。

 洗剤とブラシを出現させ掛け軸を清掃していく。汚れは頑固で中々落ちづらかったがしばらく続けると偽装前のデータをサルベージした。データを見ると報告に上がっていた車が通っていた。念の為に購入履歴から調べたが確かにカワタが購入した車だ。だが一通りデータを見たが下部衛星組織の構成員とカワタを護衛しているニンジャとの戦闘映像は見つからなかった。

 よほど隠したいようだ。これも見ることができるがサルベージするのは相当時間が掛かるので、今することではない。

 あとは映像に細工するであろう監視カメラのネットワークに先回りし待ち伏せする。そうすれば鉢合う。余裕があればIPアドレスを暴いて拉致しネットワークセキュリティ部門で働かせる。そうなればいま所属しているどのニンジャより働くだろう。

 ヴィルスバスターは息を潜めて侵入者を待った。

 

◇ファル

 

 中に入ると体育館のような内装と広さで水が天井付近まで満たされている。さらに中にはサメが泳いでいた。同じような構造に同じようなセキュリティ。似たようなセキュリティでは簡単にハッキングされるぞ。ファルはハッキングしている身でありながら、この会社のセキュリティの甘さを憂いた。

 ファルはルーチンワークのように論理肉体にスクリューをつけてサメに見つからないように進んでいく。今のところハッキングはバレておらず、アマクダリの追っ手も来ていない。偽装工作が功を奏していると考えていい。だが全く安心できない、石橋を叩き続けて進まなければ。

 するとサメと目が合いかけたので視線から逃れる。行動パターンは完全に把握している。サメに見つかりハッキングが発覚することはない。

 サメを横目に見ながら奥に進んでいくがファルの論理肉体は目を見開く。サメがバラバラに分解された大量のピラニアに変化、ファルに視線を向けて襲い掛かる。論理肉体から大量の魚雷を作り出しピラニアを撃墜していく。魚雷の煙が視界を満たしていく。

 

「まさかあそこまで上がってニューロンが焼かれていないとは驚きだ」

 

 視界が晴れるとそこには紫のラバースーツを着た男が現れた。ファルは反射的にwho isコマンドを打ち込む。すると男の後ろに名前が現れる。

 

───ヴィルスバスター

 

 忘れもしない。アマクダリネットにハッキングした際に見つかり、カウンターハッキングにより危うくAIが破壊されかけた。電子妖精型のマスコットとして電脳戦には多少なり自信が有ったが、その自信は砕かれた。

 

「コミック作家のカワタ=サンの件で絡んでいるとはな、これもブッダの導きかもしれん。今度こそIPアドレスを見つけ物理肉体を拉致し、自我を研修してセキュリティ部門で強制労働だ!」

 

 ヴィルスバスターの体が分裂し増殖していく。多重ログイン、その数の暴力で攻撃プログラムとして作り出した魔法少女達が次々と破壊された姿を思い出す。

 前回と同じ状況ならば逃げの一手だ。だがファルは抗戦する為にプログラムの魔法少女を次々と作り出していく。

 前回はアマクダリネット内、云わば相手のホームグランドで戦ったようなものだ。だが今回は企業のネットワーク内、条件は五分五分。さらにあれ以降スノーホワイトのサポートの為にコトダマ空間に入り活動してきた。あの時と比べてさらにコトダマ空間に適応している。

 相手はアマクダリのネットセキュリティ部門の最高責任者クラスだろう。ここでカウンターハッキングして脳を焼き切れば戦力を削れ、アマクダリネット内に容易に侵入できるようになり、スノーホワイトの情報を消去できるようになる可能性は有る。

 数十人のヴィルスバスターが足にスクリューをつけ高速で突進してくる。ファルに数メートルで激突するというところにマフラーの魔法少女、ウィンタープリズンが前に巨大な壁を作り出す。複数のヴィルスバスターは壁に激突し霧散する。残りは激突する前に停止するが四方に壁が現れ閉じ込められる。そして四方の壁の内側からさらに壁が現れ残りは押し潰される。

 後方から気配を感じ振り向くと、同じように複数の増殖したヴィルスバスターが現れ手裏剣を投げる。ファルはすかさず忍者の魔法少女リップルを生み出し迎撃する。リップルが腕を振るうたびに無数の手裏剣と苦無が投げられ、ヴィルスバスターの手裏剣を相殺し本体に突き刺していく。手裏剣と苦無は的確に急所に刺さっていき、分裂したヴィルスバスターは一人残らず霧散していく。やれる。前回のような実力差は感じない。互角、いやこっちが優勢だ。

 

「前回よりタイピング速度が上がっているようだな。俺はリスクを取らない主義でな。必要なことは分かったし撤退させてもらう」

 

 ヴィルスバスターの肉体が突如爆発四散する。四散した肉体が金魚となり全方位に逃げていく。ウィンタープリズンとリップルに攻撃させるが全部は仕留めきれず、何匹かは空間から消えていった

 

◆ヴィルスバスター

 

 ヴィルスバスターはLAN端子を外し、ザゼンドリンクを飲みながら目頭を揉む。やはりヤバイ級のハッカー相手は疲れる。やろうと思えばニューロンを焼き切ることも可能だが、こちらもニューロンを焼き切られる可能性もある。そんなリスクは御免被る。

 それに相手がハッキングしていることを分かれば充分だ。後はハッキングされたカメラ周辺と相手が進んでいるその進行方向か、メガロハイウェイから一般道に降りるゲートに下部衛星組織のニンジャを向かわせれば捕まえられるだろう。

 時計を見ると定時まで残り5分を切っていた。必要な事はやった。後は引継ぎをして終りだ、残業するはめにならなくて良かった。ヴィルスバスターは急いで業務日誌を作成し始めた。

 

◆◆◆

 

「スノーホワイト、ハッキングがバレたぽん」インテリジェンスバイクの自動操縦でメガロハイウェイを走るスノーホワイトにファルは報告する。「バレたって何を?」「アマクダリにハッキングしたということだぽん」「車や私たちの映像は?」「それは大丈夫ぽん。けどファル達が高速に乗っているのはバレたと考えるべきぽん」

 

ファルは細心の注意を払ったつもりだったが発覚してしまったウカツをせめる。だがファルのハッキングにミスと言うミスは無く、見つかった原因は生きていたトサケンの報告によるものであることをファルは知らない。「今後もハッキングできるの?」「出来るけど見つからなようにするのに手間が掛かるから時間がかかるぽん」

 

「高速を降りるゲートまであと何分?」「あと5分ぽん」「そこで高速を降りよう。このまま走っていたら捕まる」「ファルも同意見だぽん。ネオサイタマは無駄に道路が多いぽん。高速を降りても他の道を使っても時間はそこまで変わらないぽん」スノーホワイトはファルとのミーティングを終えるとカワタの隣を並走し伝えた。「次のゲートで降ります」

 

カワタは頷き一般道のゲートに向かう。ギャバーン!自動精算機にトークンを支払うとゲートバーが上がる。その間にカワタの車とインテリジェンスバイクが通り過ぎる。ゲートを通り過ぎたのを確認するとスノーホワイトとドラゴンナイトはドアからリーフに上がり、スノーホワイトはバイクに乗り移った。

 

「スノーホワイト達の姿はカメラに映っていないぽん。でもハッキングしたのはいずれバレるから場所を割り出されるぽん」ファルは悔しそうに呟く。時間稼ぎとしてもそこまで長くないだろう。だがやらないよりマシだ。やらなければすぐに見つかってしまう。スノーホワイトは無言で頷きドラゴンナイトに語りかける。

 

「またカワタさんを狙って敵が、ニンジャが来る。最大限に警戒して」「了解」ドラゴンナイトは最大限にカラテ警戒を張る。スノーホワイトは運転席に並走し話す。「カワタさんも検問が有っても私が突っ込めと言えばそのまま突っ切ってください」

 

カワタを守るためにドラゴンナイトとスノーホワイトはアマクダリとことを構えている。そのカワタが弱気になってアマクダリの検問で止まったら全てが無駄になる。そうならないように努力はするが、もしその場面が訪れたら躊躇せずに突破してもらいたい。「ガッチャ!生きてコミックを描くためならなんだってやるさ!」カワタは高揚しながら答える。

 

スノーホワイトは周りを見渡しながらシミュレーションを行う。ハイウェイ下にはさらに別のハイウェイとビル群がある。離れているがニンジャと魔法少女なら跳んで移れる、ビル間を移動。またはハイウェイに降りてトラックなどに乗り移りながら目的地を目指す。ニューロン内でいくつもの逃走方法が浮かび上がる。

 

「敵、後!浅葱色の服の3人のバイカー!」スノーホワイトのシミュレーションは中断される。後ろから追っ手が来ている、声からしてアマクダリだ。待ち伏せされたか。「イヤーッ!」ドラゴンナイトはスノーホワイトの声を聞きスリケンを投擲!浅葱色のバイカー達は何かを振ってスリケンを弾く。ワザマエ!手に持っているのはカタナだ!

 

「イヤーッ!」ドラゴンナイトは構わず連続スリケン投擲!今度は直線ではなく左右に弧を描きながら向かっていく。目標は後輪のタイヤ、バイクの上からでは防ぎきれない。だがバイカー達は隊列を組みお互いの死角をカバーし合いスリケンを防ぐ。なんたるチームディフェンスか!

 

「ドーモ、ハジメマシテ、シエイカンのロングウェアハウスです」中央にいるロングウェアハウスが代表で名乗る。彼らはこの地区を担当するニンジャ組織シエイカンのメンバーだ。アマクダリから報告を受けスノーホワイト達が通りそうな場所でメンバーが待ち伏せしており、そしてスノーホワイト達が3人担当する場所に来たのだ。

 

アイサツを終えた直後ロングウェアハウスの前にスノーホワイトのバイクが迫っていた、スノーホワイトは後ろを振り向きながらルーラを突く。見た限りまだ通信機を操作した様子はない、この3人を行動不能にさせ連絡を入れさせない。インテリジェンスバイクに操作を任せ攻撃に専念することで一気に仕留めるつもりだ。

 

「イヤーッ!」ロングウェアハウスは片手では防ぎきれないと判断し両手でカタナを持ちルーラを弾く。両手を離したことで加減速できずスノーホワイトの間合いで一方的に攻められる。「ロングソード=サン、スイッチブレード=サン。こいつは俺が引き受ける。ターゲットを確保してこい」

 

ロングウェアハウスは防御しながら指示を出す。2人は援護しようと考えていたが指示を受けカワタ確保に向かうためにスノーホワイトを追い越そうとする。するとスノーホワイトはロングウェアハウスとの距離を開けシートに立ち上がりルーラをなぎ払った。「グワーッ!」ロングソードはルーラで斬られダメージによりバイクから落下!

 

ロングウェアハウスは何とか防御!スイッチブレードはロングウェアハウスが防御したことでルーラのスピードが減速され何とか防御でき軽傷で済む。スイッチブレードは斬られた箇所を手で抑えながらスノーホワイトを見つめる。

 

スノーホワイトは3人との間合いを測りベストな距離とタイミングで技を放った。片手持ちでルーラを振ったことで予想以上に間合いが伸び対応できなかった。もしロングウェアハウスが防御して減速していなければロングソードと同じように斬られていただろう。何たる瞬時の判断力とそれを実行するカラテか!

 

「早く行け!」ロングウェアハウスの喝でスイッチブレードはアクセルを回しカワタの車に向かう。スノーホワイトも後を追う。「お前の相手は俺だ」ロングウェアハウスは行動を読みスノーホワイトの右に付ける。スノーホワイトは瞬時にルーラを右腕で持ち迎撃する。アクセルを回せずバイクに指示も送れず、これではスイッチブレードを追えない!

 

「イヤーッ!」ドラゴンナイトはスイッチブレードに向けてスリケン投擲!スノーホワイトは釘付けにされている。対処しなければ。スリケンは直線と左右に弧を描き向かっていく。「そんな手は通用するか!」スイッチブレードはバイクを急加速!左右のスリケンは目測を誤り外れる!大分距離を詰められた。このままでは近づかれる。

 

「アクセル全開!」ドラゴンナイトはカワタに指示を出す。「お…おう!」カワタは一瞬遅れたアクセルをベタ踏みする。これで数秒時間を稼げる。その間に落す。「イヤーッ!」ドラゴンナイトは膝立ちになりスリケン投擲に意識を集中させる!「イヤーッ!」スイッチブレードはスリケンを弾き車に近づく。ゴジュッポ・ヒャッポ!

 

「ヌウ!」バイクのタイヤにスリケンが掠りコントロールを僅かに失う!「グワーッ!」スリケンが肩に刺さる!コントロールを取り戻そうと数コンマ意識が向き防御が疎かになり、その隙をつかれた!「グワーッ!」スリケンは胴体やバイクにきりたんぽめいて刺さっていく。

 

バイク上という不利な場所でのイクサが勝敗を分けた。スイッチブレードは自身とバイクを守らなければならなかった。フーリンカザンはドラゴンナイトにあった。「イヤーッ!」スイッチブレードはボールめいてアスファルトに転がる前に持っていたカタナを投げた!なんたる悪あがき!

 

ドラゴンナイトも迎撃しようとするがカタナは車に突き刺さる。スイッチブレードはバウンドしながら後方に転がっていく。刺さった場所に視線を送る。エンジンに刺さり爆発、ニューロン内で最悪の映像が浮かぶ。だが車は問題なく走行していた。安全を確認するとスノーホワイトを援護するためスリケンを生成し構える。

 

「おい!ヤバイ!ブレーキが利かない!」車内からカワタの悲鳴のような声が聞こえてきた。「止めらんないの!」「無理だ!サイドブレーキも利かない!ファック!」あのカタナのせいか、ドラゴンナイトは舌打ちする。前方にはカーブ地点があり車のスピードから考えて残り20秒でぶつかる

 

「カワタ=センセイ!ブレーキ利かなくても曲がれる!?」「何とかするしか……ヤバイ!ヤバイ!ハンドルも利かねえ!」ナムサン!カワタの乗る車は今や超特急棺桶と化した!ドラゴンナイトの表情が引き攣る。CRASH!車はノーブレーキで壁に突っ込んだ!CABOOM!直後に爆発!

 

 

◇スノーホワイト

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 

 スノーホワイトは表情が恐怖と焦りに染まりながらバイク上でロングウェアハウスの攻撃を防御する。原因はロングウェアハウスの攻撃の熾烈さではない、それは前方にいるカワタとドラゴンナイトの状況のせいだ。

 魔法でカワタの困った声が聞こえてきた。車のハンドルもブレーキも利かなくて困るという声が聞こえてきた。視線を向けるともうすぐカーブだと言うのに一向に減速しようとしない。2人の元に駆けつけようにもロングウェアハウスの執拗な妨害で動きが取れない。減速やハンドル操作で距離をとって駆けつけようにもロングウェアハウスの巧みな操作でそれをさせない。

 

「駆けつけたいようだがさせんぞ。捕獲が第一目標だが事故死しても問題ない。お前と連れのニンジャを殺せればな!」

 

 ロングウェアハウスの攻撃の熾烈さが増す。このままではカワタは死ぬだろう。魔法少女やニンジャならともかく、あの激突に人間は耐えられない。

 車は壁に向かって無慈悲に進んでいき激突した。激突音が起こり運転席と助手席は完全に潰れていた。直後に爆発音、ガソリンが引火したのだろう。車体は燃え上がり黒煙が立ち上っている。この状態ではニンジャや魔法少女でも死亡する可能性がある大惨事だった。

 

「これでターゲットと連れのニンジャは死んだな…ん?」

 

 事故の様子を見た者は皆運転席に居たカワタの生存は無理と諦めるほどの惨状だった。だがスノーホワイトの表情には絶望も悲しみも浮かんでいなかった。

 いつもの無表情を浮かべながらロングウェアハウスと剣戟を交わしながら直進する。まるでブレーキを踏む様子はない。ロングウェアハウスもブレーキを踏む様子はなく直進する、その様子はさながらチキンレースのようである。

 2人は車の後方に激突する。衝撃により後輪が跳ね上がり宙に舞った。スノーホワイトはいつの間にシートに立っており、重力でシートから落ちる直前に跳躍し、ハイウェイの壁を乗り越えビル群に落ちていく。魔法少女の身体能力ならばどこかのビルや下のハイウェイに無事に着地できるのはシミュレート済みであり、予定通りの行動だった。

 夜を過剰なまでに彩るネオン看板を視界に入れながら着地点を探す。後ろにはロングウェアハウスがいた。スノーホワイトを追って同じように跳んでいた。進行方向には雑居ビルの屋上がある。一瞬右を向いた後、前方回転で着地しすぐに振り返りルーラを構え落下地点に入る。目線の先にはロングウェアハウス、空中で身動きがとれないところを迎撃する。

 相手もスノーホワイトの狙いを読んでいるようで上段の構えをとりながら落下し、重力の力を乗せた渾身の一撃でルーラごと斬りつけるつもりでいた。

 スノーホワイトは腰をひねり斜め上に突きを放つ。ロングウェアハウスもカタナを振り下ろす。カタナとルーラがぶつかる瞬間、ロングウェアハウスの側頭部が貫かれた。

 

「サヨナラ!」

 

 体は爆発四散しカタナだけが屋上の床に落ち乾いた音を鳴らす。スノーホワイトは横を向き隣のビルを見上げる。その視線にはドラゴンナイトがいた。ドラゴンナイトはスノーホワイトを一瞥すると後ろに歩き始め視界から消える。数秒後に視界に現れたドラゴンナイトはカワタを抱き抱えスノーホワイトが要る屋上に降りてくる。

 その姿には先程まである部分が違っていた。背中から翼のようなものを生やしている。それは鳥の翼ではなく、コウモリとかが生やしているような翼の形状だった。翼がブレーキの役目となりゆっくりと減速し音もなくふわりと着地した。

 

 

◇ドラゴンナイト

 

「どうやって来たの?」

「バイクでカワタさんが乗っていた車にぶつかって、その勢いを利用してジャンプした」

「ボク達があのビルに居るってことは分かっていたの?」

「無事ならあの辺に居るかなと思って、それで探していたら丁度目が合って、予想が当たってよかった」

 

 ドラゴンナイトは呆れと感嘆を混ぜたような笑いを見せる。あの爆発音からして車の周りは炎上していただろう。その証拠に衣服が若干焦げている。居ると分かっていたということは車から脱出して壁を飛び越えたのが見えたのだろうか。それでも躊躇なく炎のなかに飛び込み壁を越えた決断力、やはりスノーホワイトは凄い。

 

「それで、その背中の翼はどうしたの?」

「ああ、何か生えてきた」

 

 曖昧な答えにスノーホワイトは納得していないようだが、それしか答えようがなかった。カワタの車が暴走し壁に激突5秒前、ドラゴンナイトは運転席のドアを力ずくで強引にこじ開けて車のリーフの上に引き上げ抱えながらジャンプした。

 カワタを生かすために咄嗟の判断だった為方向も飛距離も何も考えず跳んでいた。2人は壁の頂上部を乗り越えようとしたところで車は爆発した。爆風は大きくドラゴンナイトの態勢を崩す。

 壁を越えた視界に見えたのは別のハイウェイとビル群、それを見てドラゴンナイトは絶望する。遠い、この勢いではどこのビルの屋上や看板にも着地できない。このまま落ちれば遥か下の地面に着地しなければならない。それは着地ではなく落下だ。カワタを抱えている状態でも、いやそうでなくても落下の衝撃で死ぬだろう。何か手はないか、脳を最大限酷使するが答えが浮かび上がらない。

 

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 視界にはネオン看板の文字が高速に流れていく。文字ははっきりと見え看板の汚れの1つ1つすら見える。これが噂のソーマトーリコールか。

 突如背中に痛みが走る。反射的に背中を見るとコウモリのような翼が生えていた。ドラゴンナイトは本能のままに脳から翼に指示を送る。すると手や足を動かすように翼は羽ばたかせる。鳥のように浮遊することはできなかった。だが体は重力落下を無視して確実に前に移動していた。

 これならば助かる。必死に翼をはばたかせ目の前に見えるビルの屋上にカワタを怪我させないように背中から着地した。

 

「ハハハ、ニンジャは翼を生やして飛べることもできるのか、本当に何でも有りだな」

 

 カワタは今起こった出来事を受け止めきれないのか、半笑いで呟く。それはこちらのセリフでもある。翼を生やし飛ぶ、正確に言えば滑空できるとは夢にも思っていなかった。これもリュウジン・ジツの影響だろうか。

 ドラゴンナイトに宿ったタツ・ニンジャのソウル。かつては翼を生やし恐ろしいエアロ・カラテの使い手でもあった。ソウルを憑依した時点では本来の力を引き出せていなかった。だが経験を積んだことで徐々にソウルの力を引き出せるようになり、今しがた翼を生やせるようになったのだ。

 

「そうだ、スノーホワイト=サンは?」

 

 体の新たな変化からスノーホワイトに意識を向ける。後ろでバイクに乗ったニンジャと交戦していたがどうなった?まさかやられてはいないか?様子を見に行くべきか?この後のカワタの護送は1人でやるのか?脳内で今後の行動や不安が浮かび上がる。車が壁にぶつかった辺りでは黒煙が舞っており視線を向ける。

 すると壁の上を何かが飛び越えた。あれは人だ。ドラゴンナイトの目はスノーホワイトの姿を捉える。

 スノーホワイトは無事だ。安堵で体の力が抜けるがすぐに入れ直す。後ろから浅葱色が見える。あれはスノーホワイトと交戦していたロングウェアハウスだ。直線距離で50メートルほど離れている。すぐにスノーホワイトの落下地点に駆け寄り援護すべきだ。

駆け寄ろうとした瞬間スノーホワイトと目が合い動きを止める。その視線は何かを訴えかけており、とりあえず動くなというメッセージを込められているのが分かった。

 数秒後スノーホワイトは着地し直様後ろに振り向き迎撃態勢をとる。ロングウェアハウスもそれを見て落ちながら上段の構えをとる。それを見た瞬間スノーホワイトの視線の意味を理解した。

 ドラゴンナイトはスリケンを生成し構える。タイミングを見誤るな。スノーホワイトは薙刀を突き上げようと体が動く、今だ。相手の落下速度を予想し、目標地点に向けて全力で投擲する。スリケンは空気を切り裂き、スノーホワイトの薙刀とロングウェアハウスの刀が接触するという瞬間にロングウェアハウスの側頭部に命中し爆発四散した。

 

◆◆◆

 

「あの視線は自分が引きつけている間にアンブッシュしろって合図だったんだね!ギリギリで気づけてよかったよ」ドラゴンナイトは意気揚々とスノーホワイトに話しかける。あの瞬間アイコンタクトで会話した。それは2人の意思疎通ができている何よりもの証だ。とうとうその領域にたどり着いたのだ!

 

一方スノーホワイトは浮かない顔をしながら奥ゆかしく相槌を打つ。1人で対処するつもりだった。だが心の声で『スリケンを外したら困る』と聞こえた瞬間スリケンは投擲されており、ロングウェアハウスは爆発四散していた。ドラゴンナイトの行動はスノーホワイトの意図したものではない、これは一方的な勘違いである。

 

スノーホワイトはドラゴンナイトに手を汚して欲しくなかった。だが騒動に巻き込まれ少なくとも3人のニンジャを殺し心を痛めていた。そしてドラゴンナイトは命を奪った事への罪悪感を一切抱いていない。面影を重ねている岸部颯太ならその正義感と優しさから苦悩するだろう。改めて2人は違う人物であると認識させられ、少しだけ恐怖を覚えていた。

 

ドラゴンナイトはモータルを踏みにじることなく必要以上に痛めつけず、悪事も働くことなの無い比較的に善良で奥ゆかしいニンジャと言える。だが決してブッダのような聖人君子ではない。自分や大切な人を害するものは殺せる精神を持っており、ニンジャの精神は基本的に殺伐である。

 

「これからどうする?車もスクラップになって足が無いぞ」カワタは徐に質問でスノーホワイトは今後の行動を考える。車で大使館まで移動するつもりだったが車が壊れてしまい、移動手段はなくなった。このままタクシーで移動するか?それとも周りを巻き込むことを懸念して遠慮していた電車を使うか。

 

「とにかく移動しましょう。この騒ぎで敵が寄ってくるかもしれません」とりあえずこの場を離脱し、その後は臨機応変に対応する。スノーホワイトの提案に2人は頷き、ドラゴンナイトはカワタを米俵めいて肩に担いで移動の準備を整える。

 

「敵が来た」スノーホワイトの言葉にドラゴンナイトは即座を開始する。2人は看板やビルの屋上を足場にし、全速でパルクール移動をする。そのスピードとかかるGや風圧は凄まじく肩に担がれていたカワタは恐怖で叫んだのち気絶していた。

 

「敵はまだまけない?」スノーホワイトは首を横に振る。まくどころか距離は縮まっている。後ろを振り向けば浅葱色の羽織を来た長髪の男の追っ手が見えている。このままじゃ追いつかれるだろう。「2人で倒そう」このまま逃げ続け他のアマクダリニンジャが来たら不利になる。ここはすぐに相手を無力化すべきだ。ドラゴンナイトは首を縦に振る。

 

スノーホワイトとドラゴンナイトは雑居ビルの屋上に着地する。そこにはバーベルやサンドバックや木人形などが置いてあり、DIYされたトレーニングジムだった。「イヤーッ!」ドラゴンナイトは振り向きざまにスリケンを追っ手に投擲する。追っ手はカタナを抜き切っ先をスリケンにそっと触れた。スリケンは軌道を変え後方に飛んでいく。

 

「ドーモ、ハジメマシテ、スリートラストです」

 



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第十二話 下らなくて大切なもの#9

◇スリートラスト

 

「ドーモ、スリートラスト=サン、ドラゴンナイトです」

 

  怒りを抑えながら目の前のニンジャ達を見定める。1人は男で未成年のガキのニンジャで大したことはない。もう1人は薙刀を持ったニンジャ、女で未成年のニンジャは珍しい。だが男のニンジャより明らかにカラテが上だというのはアトモスフィアで分かる。2人を視界に入れながら中段の構えをとる。

 

 スリートラストはアマクダリのアクシスである。アクシスとはアマクダリの精鋭部隊でありアクシスになる前は下部衛星組織シエイカンに所属していた。メンバーは全員カタナを使うニンジャで、日夜ドージョーで研鑽を積んでいる。そのあり方はニンジャ組織というより一種のニンジャクランのようだった。そこで頭角を現しアクシスに選抜された。

 今この場に居たのはアクシスの仕事であるアマクダリ支配領域においてのニンジャによる戦闘の鎮圧でもなく、カワタ捕獲のミッションの支援で来たわけでもない。唯休日を利用してシエイカンのメンバーと旧交を温めるために訪れていた。

 ミッションの為に出払ったメンバーを待つため、暇を潰している時にロングウェアハウスが爆発四散する瞬間を目撃した。

  ロングウェアハウスは今ではカラテで上回っているがシエイカン時代のメンターであり、友人でもあった。今日もアドバンズド・ショーギをして、サケを飲んで、粛清対象のモータルを辻斬りして楽しく過ごすつもりだった。

 セクトのニンジャを殺したニンジャを処分するのはアクシスの仕事でもある。だがアマクダリの指示もなく事後承諾が認められるケースでもアクシスが独断で動く事は許されない。何らかの処分は下されるだろう。それでもいい、ロングウェアハウスの敵をシエイカンのメンバー以外に譲るつもりはない。スリートラストは戦闘を開始することをアマクダリに告げ、意識をドラゴンナイトと女ニンジャに集中させる。

 まずはロングウェアハウスを殺した男のニンジャから殺す。間合いを詰めようと息を吸い踏み出そうとした瞬間に女ニンジャが間合いを詰め突きを放つ。

 スリートラストは咄嗟に防御する。攻撃しようとした瞬間を狙いすましたかのような一撃、先手を取ろうとしたが先手を取られた。スリートラストは防御に回る。

 女ニンジャは薙刀を巧みに操り攻撃の軌道を変化させる。軌道を変化させる技は珍しくはないが避けにくい。まるで無意識に防御しにくい箇所を狙っているようだ。致命傷は避けているが何箇所かは斬りつけられている。

 防御に気を取られている間にドラゴンナイトが左から回り込んできていた。女ニンジャを相手にしながら素手の間合いに入られたら少々面倒だ、攻撃を防御しながらタイミングを計り、間合いに入った瞬間両手で持っていたカタナを左手に持ち替え、右手のサイバネアームで女ニンジャの攻撃を防御し、左手でドラゴンナイトの喉にノールックで突きを放つ。

 

「突き!」

 

 声に反応するようにドラゴンナイトは即座にブリッジする。突きは喉があった場所を通過しドラゴンナイトはバックフリップで間合いを取りながらスリケンを放ち、切っ先でスリケンの軌道を変える最小限の動きで防ぐ。

 手応えからして決まるはずだったが女ニンジャの声でギリギリ回避した。完全に読まれた。女ニンジャは相手の攻撃を読むニンジャ気配察知能力がかなり高いようだ。予想以上にカラテが強い。

 女ニンジャはさらに攻撃を繰り出す。中段への突き、カタナで受け止める。下段への足払いはジャンプで躱す。上段の右袈裟斬り、並みのニンジャならカタナを掲げ防ぐところだが、スリートラストは防御せずカタナを振り上げる。狙いは指、指を切り落とせば相手は武器を持てず攻撃は届かない。攻防一体の技だ。

 女ニンジャは攻撃動作の最中に両肘を引き、指への攻撃を回避しそのまま突きに移行する。ルーラが体を貫こうと向かってくるが右のサイバネアームでルーラを殴りつけギリギリで軌道を逸らす。だが完全に回避できず左肩が切り裂かれる。

  指への攻撃を読み切り、肘を引いて回避しそのまま突きの攻撃。まさに攻防一体の技、どこまで察知できる?まさか動きの全てを読めるのか?

 得意技を回避され動揺を覚えたせいか躊躇が生まれる。それを見逃す相手ではなく追撃される。だが突如反転し全速で駆け出した。向かう先はもう一人の男がいる方向、ドラゴンナイトも突然の行動に目を点にしている。

 

「イヤーッ!」

 

 カラテシャウトと同時に金属音が響く。もう一人の背後にカンフーシューズのニンジャが現れショートカタナを振り下ろし、女ニンジャがそれを防いでいる。ビルを駆け上がり背後からアンブッシュしようとしたのを感じ取ったのか。

 

「ドーモ、はじめまして、フレイムタンです」

 

 

◇スノーホワイト

 

「カワタさんと一緒に逃げて!」

 

  スノーホワイトは声を張り上げドラゴンナイトに指示を送る。ニンジャの本能に従ってアイサツしようとしていたが動きを止め、隅に隠れていたカワタを回収しに走り出す。フレイムタンは阻止しようと走り出すが妨害する、

 

「スリートラスト=サン!そのモータルを奪え!」

 

 フレイムタンは応戦しながら指示を送る。スリートラストはカワタとドラゴンナイトの元に向かおうとするが、フレイムタンから離れスリートラストの妨害をする。その隙にフレイムタンが駆け寄ろうとするがルーラを振るって牽制する。2人の中間地点に入り近寄らせないように相手の困った声を聞いて行動を読み妨害する。

 ダメージはいらない。手打ちでもとにかく速い攻撃で動き出しを止める。時間としては数秒程度だったがそれで充分だった。ドラゴンナイトは翼を駆使して建物の間を移動し数10メートルは離れていた。

 

「なんでここに居るフレイムタン=サン?」

「さっき居たコミック作家のカワタ=サンの拉致&インタビューのミッションに俺が駆り出された。スリートラスト=サンは?」

「俺は偶然この地区に居て、地区にいるニンジャが殺害されたのでアクシスとして処分を実行していた」

「バカめ、独断専行は懲罰だぞ」

「構わん」

 

 2人が言葉を交わしている様子を見ながら神経を研ぎ澄ます。スリートラストはネオサイタマで戦ったニンジャの中で一番格闘能力が強い。攻撃を防ぎながらのドラゴンナイトへの突き、指を狙った斬撃、両方防げたがあれは背筋を冷やした。そしてフレイムタンというニンジャの攻撃を防いだときにスリートラストと同等の実力と感じ取った。

  仮に2対2の状態になったらどちらかのニンジャを倒しきる前にドラゴンナイトは殺される。他のニンジャに襲われたら加勢できないが、先の脅威より今生かす事を考えなければならない。

 とりあえず作戦は成功した。だがもっと距離を稼ぎたい。相手が動いた瞬間反応できるように体を脱力させ魔法を研ぎ澄まし、魔法の感度を上げる。

 

「2人でさっさと始末してもう1人のニンジャの後を追うぞ」

 

 フレイムタンがスリートラストに指示を出し、短刀と鉄扇を構える。後を追おうとして妨害されるより、ここでスノーホワイトを無力化し後を追ったほうが速いと判断したようだ。

 

「気をつけろ、ニンジャ気配察知能力が並じゃない。半端な攻撃じゃ読まれてカウンターを喰らう」

「ホウ、仮にもアクシズのお前にそこまで言わせるとなると、それなりのカラテのようだ。しかもこんな女のガキとは驚きだ。おい、アマクダリに来る気はないか?入るなら命は助ける」

「おい!」

「優秀なニンジャをスカウトするのはセクトにとって有益なことだ。どうだ。セクトに入ればある程度は好きにできるぞ」

「断ります」

 

 無表情で即答する。唯マンガを描いていただけのカワタを襲い、アシスタントを殺し、情報を引き出した後は殺そうとし、カワタを守ろうとしたドラゴンナイトも殺そうとした。何故そんな組織に入らなければならない。むしろ解体したいぐらいだ。

 

「そうか、なら死ね」

 

 フレイムタンは冷淡に言い捨てると鉄扇で短刀を叩く。短刀は赤く染まり炎を帯びる。スリートラストも中段の構えをとり、殺気を孕んだ目線で睨む。場の緊張感は一気に高まる。

 先に動いたのはスノーホワイトだった。真横に駆け出す。態々2人を相手にすることもない。今の会話でドラゴンナイトが逃げる時間は充分に稼いだ。ここで2人を巻いてからドラゴンナイトと合流する。だがスノーホワイトの動きに反応したフレイムタンが連続側転で追いつき側宙から攻撃を繰り出す。

 

「ハイヤーッ!」

 

  短刀と鉄扇を使った高速コンビネーションがスノーホワイトを襲う。スノーホワイトはルーラの柄で防ぐ。フレイムタンはさらに下半身に蹴り技を見舞う。しかしそれは魔法で察知しており膝を押し込むような蹴りで技の初動を防ぐ、相手はバランスを崩し連撃は一瞬止まる。

 その一瞬を埋めるようにスリートラストが左から間合いを詰めての突きを放つ。カタナが点で迫ってくるような錯覚を起こすブレがない高速の突き、それも魔法で察知しており、首に浅い切り傷を作りながら体を回転させながら回避、そのエネルギーをそのまま生かしてルーラを横薙ぎさせスリートラストを斬りつける。スリートラストは体を反ってブリッジ、体を反った瞬間に斬撃を横から右斜め下に変化させる。

 

「イヤーッ!」

 

  スリートラストは咄嗟の判断で通常の両手と頭で体を支えるブリッジではなく、頭のみで支えるブリッジに変え、空いた両手で迫り来るルーラをカタナで弾いて斬撃を強引に軌道変化させ致命傷を回避し、ルーラは二の腕を浅く切り裂きながら床に当たる

 フレイムタンは間合いを取ると短刀を目の前に掲げて鉄扇を小刻みに動かし短刀を扇ぐ、すると火炎放射器のように炎が吹き出す。これが相手の魔法か、直様魔法の袋から業務用消火器を取り出し液体を噴射し炎を相殺し、周りは消火液の粉で白く染まる。

 消火液が煙幕となりフレイムタンは予想外の対処法に動揺している今なら逃げられる。消火器とルーラを持ちながら全力でビルの淵に向かう、が、それより速くスリートラストが突っ込んできていた。

 頭、肩、脇腹、腿、様々な箇所への連突、というよりデタラメに突いているだけだ。だがこういった狙いをつけない攻撃は魔法で察知しにくい、さらに消火器のせいで視界も悪い。その場に留まり防御する。腕章と肩、スカートと右太腿に浅い亀裂が入り血がしぶくがそれ以外の致命傷への突きはしっかり防げた。

 スノーホワイトは息を吐き体を弛緩させる。この状態で襲われれば間違いなく死ぬだろうが心配はいらない。視界が晴れるとスリートラストとフレイムタンは消えていた。

 本来ならドラゴンナイトを追跡させないために足止めしなければならないのだが、どうやら諸事情で別の案件で駆り出され、この1件には関わらないようなのでほうっておく。

 強かった。個々の実力もそうだが対強敵への複数での戦闘の訓練をしているのか、コンビネーションも巧みでお互いの隙を埋め合っていた。もし同じ程度の使い手があと2人加わっていたら即逃げの一手を打つだろう。

 

「ファル、ドラゴンナイト=サンは?」

「どうやら電車に乗って移動しているようだぽん」

 

 両親や友人達が魔法少女に人質に取られる対策としてファルのプログラムで瞬間的に電脳空間に引き釣りこめるようにしている。ドラゴンナイトの携帯端末にも同じプログラムを入れており、ファル曰く『コトダマ空間への適性がない人間は死ぬのでリスクが高すぎる』ということなのでプログラムを作動させることは余程のことがない限りしないが、GPSとしては機能している。

 

「あと偽装工作は……」

「やっているぽん。監視カメラの映像を消したり、進行方向とは逆のカメラとかをハッキングして目的地がキョート大使館と分からないようにしているぽん。でもバレる可能性は覚悟しておくぽん」

 

 ファルは念を押すように告げる。このネオサイタマに来てファルの存在のありがたさが身にしみる。もしファルが居なければアマクダリにもっと早く補足され、数の暴力でやられたかもしれない。

 

「私はドラゴンナイトさんとは別のルートで大使館に向かう。案内して」

「徒歩、電車、車のどれだぽん?」

「徒歩で」

「了解ぽん。まずあの一際高いビルに行くぽん」

 

 スノーホワイトは駆け出しビルの淵からジャンプして別のビルの屋上に着地、そして別のビルのフェンス上からジャンプする。無事で居てくれ。そう祈りながらネオサイタマの夜を駆けていった。

 

◆スリートラスト

 

 仕留め損なった!己の未熟さ、状況の変化、様々な要因に対して恨み言を心の中で唱える。あの女ニンジャと戦闘の最中にアマクダリから緊急指令が入った。

 

――ニンジャスレイヤー、フォーリナーXXXが支配領域内で構成員と戦闘を開始した。アクシスは至急現場に迎え。

 

 ニンジャスレイヤー。アマクダリに敵対し多くのニンジャを殺してきたセクトの脅威だ。

 フォーリナーXXX。最近になってアマクダリに敵対姿勢を表したニンジャであり、支配領域内のヤクザクランを壊滅させ、下部衛星組織のニンジャを殺している。その2人が別箇所に現れた。

 有事に対応するのがアクシズの仕事だ。方や目下の脅威である2人、方や重要度の低いミッションのターゲットを護衛し、下部衛星組織のニンジャを数人撃退し殺したニンジャ。どちらを優先すべきかは明らかだ。

 フリーのニンジャであれば私情を優先できたが、アマクダリアクシスとしては許されない。アマクダリを抜ければ追跡できると一瞬頭に過るが、すぐに打ち消す。足抜けしようとすれば死の制裁が待っている。

 

「俺はニンジャスレイヤーに、お前はフォーリナーXXXの方へ迎え、あとガキと女のニンジャについて報告しておけ」

「ヨロコンデー」

 

 フレイムタンが別れ際に当然のように命令する。同じアクシスの一員だがネンコが存在し、一番後に入ったスリートラストが雑務をしなければならない。面倒だがニンジャ組織にもネンコは存在する。

 移動しながらアマクダリネットに報告をあげる。ドラゴンナイトについて報告をあげて女のニンジャにについて報告しようとするが腕が止まる。

 あのニンジャについて全然情報がない。そういえばあのニンジャは名乗らなかった。それに顔もマスクで隠し服装もレインコートを着ていて特徴もない。特徴といえば小さな袋から消火器を取り出すという物理的に有り得ない現象、あれがジツなのかもしれない。

 そしてワザマエ。アクシズ二人でも殺しきれなかったカラテ、あれほどのニンジャがセクトの情報網にも挙がっていないのは驚きだ。さらに得意技である突きを3度も躱され防がれた。突きに対しては絶対の自信を持っており、少なからずショックである。

 だが真のヒサツワザはまだ出していない。戦う機会があればヒサツワザでその身体を貫き、男のガキのニンジャの首と共にロングウェアハウスの墓前に置いてやる!

 ロングウェアハウスは死んだ。生前の思い出を脳内で再生させ感傷に浸りながら集合地点に向かった。

 

◇ドラゴンナイト

 

 ドラゴンナイトとカワタはサッキョー・ライン鉄道を使ってキョート大使館に向かっていた。

 車を失ったこの状態では移動手段は電車での1択だった。電車なら車で移動するのとたいして時間が変わらず、何より人ごみに紛れることができる。これなら追手の目から逃れることが容易だ。スノーホワイトは車移動を選択したが、行動決定権はドラゴンナイトにあり電車移動を選ぶのは自然な流れだった。

 改札を抜けホームにたどり着くと丁度電車が止まる。サラリマン達が帰宅する時間なせいか車内はかなり混雑していた。これが噂に聞く帰宅ラッシュか、あまりの混雑でアバラが折れる乗客も居るという。ドラゴンナイトは不安に駆られながら電車に乗り込んだ。そして不安は的中した。

 

 乗客の圧力は今まで感じたことのない強さで体をドラゴンナイト、そして前にいるカワタを容赦なく押し潰そうとする。ドラゴンナイトは身体に力を入れカワタとの間に僅かなスペースを作る。

 もし力を抜けばたちまちカワタの怪我した右手を押しつぶすことになる。もうバリキドリンクの鎮痛効果は切れており、脂汗を流しながら痛みに耐えている。この状態で押しつぶされればカワタは地獄を見ることになるだろう。

  後ろの乗客が肘で背中を殴打してくる。スペースを作る分他の客の圧迫率は高まり、スペースを作っているのを見たのか抗議の意味を込めて執拗に連打してくる。だが止めるつもりはない。元はと言えば怪我しているのに優先席を譲ってくれと言っても寝たふりをして決して譲らなかったのが悪い。それがなければこんなことせずに済んだのだ。恨むなら優先席に座っていた客を恨んでくれ。

 

「しかし、スゲエなこの客の数」

「はい、実際多いです。想像以上でした」

「これを体験すると自宅で仕事ができるコミック作家で良かった」

 

  カワタは痛みを紛らわすように軽口を叩く。相槌を打つように笑みを見せながらスノーホワイトについて考える。

 スノーホワイトは逃すためにあの場に残った。あのスリートラストはかなりのカラテの持ち主だ。こちらを一切視認しないで放った突きは恐ろしく、思い出すだけで背筋が凍る。全く反応できずスノーホワイトが声をかけなければ喉を貫かれていた。

  あのニンジャだけでも危険だというのにもう1人ニンジャも居る。ビルを駆け上がり背後からカワタを奪取しようとした動き、全く感じ取れなかった。それもスノーホワイトが反応して防いだ。あれもかなりのカラテの持ち主だ。その2人に果たして勝てるだろうか、ネガティブなイメージが過るが打ち消す。

 きっと勝てる。仮に勝てなくとも逃げ切れるはずだ。それよりスノーホワイトはカワタの護衛を託した。それに応えることを考えろ。万が一ニンジャが襲いかかっても対応できるようにニンジャ第6感を集中させるが一瞬緩む。

 アクターとの戦い、ハイウェイでの攻防、それ以外でも相手の襲撃に備えて気を張っていた。ダメージや極度の緊張感が心身を蝕んでいた。しっかりしろ!送り届けるまで気を緩めるな!自身に喝を入れ警戒を続けた。

 

『次はチノ・ステイション。チノ・ステイションドスエ』

 

 車内に電子マイコアナウンスが流れ、ドラゴンナイトとカワタは下りる準備を始める。

 

「スミマセン、降ります」

 

  ドラゴンナイトは手刀を切りながら乗客達をかき分けて進んでいく。手刀を切りながら頭を下げて進むのが人込みをかき分けて進むときのマナーだ。これをしなければ誰一人協力せず電車からは降りられない。

 手刀を切りながら進んでいくが中々たどり着けない。降車口は乗車した扉とは真逆の位置であり、長い距離を移動する2人はそれだけで迷惑であり、舌打ちをして露骨にどこうとしない客もいる。申し訳なさを感じながらも強引に押しのけ、発車ギリギリというタイミングで降車した。

 

「大丈夫ですか?」

「実際痛い。痛みで涙を流したのはガキの時以来だ」

 

  カワタは涙を流しながら手を抑えている。降りる時に乗客の体が接触したのだろう。ホームを降りた後は改札を通り地図でキョート大使館までのルートを確認する。徒歩で30分ぐらいの距離だ。これでこの逃走劇は終り、カワタは助かりネオサイタマを離れてコミックを描く。

 これでお別れか、折角出会えたのに別れることは寂しいと感傷に浸っているとカワタのIRC通信機から音が鳴る。

 

「もしもし、兄貴か。今チノ・ステイションでこれから…分かった。駅の通りで待っている」

 

通話を終えるとドラゴンナイトの方に振り向き告げる。

 

「兄貴からで、あと5分後に車で迎えに来るだと。それまで通りで待っていよう」

 

 迎えか、これで一安心だ。ドラゴンナイトは何気なく背後を振り向く。その瞬間目が合った。その人物は背後のビルから飛び降りると物理法則を無視した落下速度でこちらに向かってくる。落下地点はドラゴンナイトだ、受ける。避ける。様々な選択肢が浮かぶ。

 受けるのは無理だ。この威力ではガードは突き破られる。ならば避ける。だが避けたとしても近くにいるカワタは落下の衝撃の余波で無事では済まない。

 ドラゴンナイトはカワタに向かってタックルのように突っ込みその場から全力で離脱する。離脱してからコンマ数秒後、謎の人物が着地する。コンクリートは蜘蛛の巣状にひび割れ衝撃波が背中を押す。バランスが崩れそうになりながら前回りで背中から着地しカワタを保護する。

  カワタは苦悶の声をあげる。ニンジャのタックルを受けたのだ、下手したら骨が折れたかもしれない。だが緊急事態だ。許してくれ。謎の人物はファイヤーパターンのニンジャ装束を纏っていた。そしてアイサツした

 

「ドーモ、ドラゴンナイト=サン、ロケットブースターです」

 

◆◆◆

 

「ドーモ、ロケットブースター=サン。ドラゴンナイトです」ドラゴンナイトはアイサツする。「やはりキョート大使館に逃げ込もうとしたか、予想通りだ」「何で分かった?」カワタがロケットブースターに問いかける。素性がバレれば実家の圧力でコミックが描けなくなる可能性を考え、素性は秘匿していた。

 

ロケットブースターはその問いに邪悪な笑みを浮かびながら答える。「ゴウダ=サンを知っているか?あの老いぼれからインタビューした。今頃タマリバーでラッコの餌になっている頃だ」「貴様!」カワタは激昂し飛び掛かろうとするがドラゴンナイトが止める。ロケットブースターはその様子を嗤いながら眺める。

 

ロケットブースターはアマクダリのエージェントである。カワタ捕獲ミッションが発令された時点でファントムサマー社に訪れ、ゴウダの存在を調べ上げインタビューした後に殺害したのだ!ナムアミダブツ!「殺してやる!」カワタはドラゴンナイトの腕の中で怪我の痛みを忘れて暴れる。

 

カワタがキョート出身と知っているのはゴウダだけである。ゴウダはネオサイタマでコミックを描く切っ掛けを作ってくれ、色々と世話を焼いてくれた恩人だ。その恩人は自分のせいで殺された。彼が何故殺されなければならない!ブッダは何を見ている!

 

「カワタ=サンは大使館に行ってください」「ダメだ!あいつは俺が殺す!」「早く行って!ここで死んでもゴウダ=サンは喜ばない!」ドラゴンナイトは声を張り上げる。ゴウダ=サンは喜ばない。カワタのニューロンでその言葉が何度もリフレインする。「分かった」カワタは意を決し走り始める。

 

「イデオットめ!見過ごすわけがないだろう。イヤーッ!」ロケットブースターは跳躍。何たる高さ!その跳躍はニンジャ脚力の三倍より高い!さらに空中にある地面を蹴るような動作を見せる。するとロケットブースターはロケットめいてカワタに向かって行く!

 

何たる重力と物理法則を無視した動きか!これはバクハツ・ジツ。足の裏を爆発させることで非凡な跳躍が可能になり、空中で使用すれば方向転換し飛ぶように移動することが可能である!「イヤーッ!」カワタの元に向かうロケットブースターの前にドラゴンナイトが現れチョップを繰り出す!チョップをガードするが推進力は失われ落下する。

 

ドラゴンナイトの姿はリュウジンに変化していた。さらに背中には翼が生えていた。ドラゴンナイトは即座にリュウジン・ジツを使用し跳躍、さらに羽を羽ばたかせ推進力を加える。そして羽を使ってその場に浮遊し迎撃した。何たるエアロカラテか!

 

ドラゴンナイトとロケットブースターは対峙する。ドラゴンナイトの体にはカラテとキリングオーラが漲っていた。「アイエエエ!ニンジャナンデ!」この光景を見てしまったモータルはNRSで気絶!「イヤーッ!」「イヤーッ!」2人はモータルに構わずその場でイクサを開始した。

 

◆◆◆

 

早く!早く来い!カワタは片足を貧乏揺すりさせながら時計を見る。まだ1分しか経っていない。まだ1分だと!?5分は経っているだろう!?時計がぶっ壊れているんじゃないのか。すると視界に青いナンバープレートをつけた黒い車両が見えた。あれは大使館の車だ。カワタは狂ったように手を振り、車は目の前に停車した。

 

「大丈夫……」「早く出せ!」横柄な態度に文句を言おうとするがその威圧的なアトモスフィアに押され車を急発進する。「信号なんて無視しろ!ASAPで大使館に向かってくれ!」「落ち着け、何が有った?」「ニンジャの友人が追手のニンジャと戦っている!他にも追手が来ているかもしれない!」

 

ケイジはカワタのシリアスな態度とニンジャと言う単語を聞いて目の色を変える。目の前の信号はイエローシグナルだったが、躊躇なくアクセルを踏んで通過する。運転セオリーではイエローシグナルでは停車しなければならないが完全に無視した。「兄貴、大使館についたら、ニンジャを連れてドラゴンナイト=サンの救出に向かってくれ!」

 

「ニンジャ?居るわけないだろう。というよりニンジャの存在を信じてない。ニンジャにお前が襲われているといったら自我科への通院を勧められた」「何で居ないんだよ!大使館ならニンジャの1人や2人雇っておけよ!」「落ち着け!」ケイジはカワタに強引にザゼンドリンクを飲ませた。

 

「ニンジャどころかケビーシすら呼べない。キョート出身ではない人間のために動けない。お前を迎えに来られたのも特例だ。全く来て正解だ」「クソ!」カワタはシートを力一杯殴る。亡命してもドラゴンナイトやスノーホワイトが死んだら夢見が悪すぎる。カワタは手を組みブッダに二人の無事を祈った。

 

◆◆◆

 

「グワーッ!」KRASHH!!ドラゴンナイトは吹き飛びながらラーメンショップ『クリアウォーター』にエントリーする。突き破った扉からロケットブースターはツカツカと悠然とエントリーする。「アイエエエ!ニンジャナンデ!」客達はNRSに陥り失禁!

 

「イヤーッ!」ロケットブースターはバクハツ・ジツで一気に駆け寄り膝を叩き込む。シンクウ・トビヒザゲリだ!ドラゴンナイトはクロスガードでブロック。だがその威力はガードしてもなお衝撃で鼻から出血させた。「イヤーッ!」ドラゴンナイトの右フック!ロケットブースターの体がノーモーションで後ろにスライド!パンチが空を切る!

 

「イヤーッ!」ロケットブースターのジツを利用したミドルキック!威力とスピードは通常の2倍だ!「グワーッ!」蹴りが脇腹に突き刺さり、テーブル席に座っていたモータルを巻き込んで吹き飛ぶ。ドラゴンナイトは歯を食いしばり立ち上がる。リュウジン・ジツでニンジャ耐久力が上がってもなお甚大なダメージを与えていた!

 

「どうしたコミック作家がどうなったか心配か?安心しろ。お前をサンズリバーに送り込んだ後にすぐに後を追ってくる」ロケットブースターは挑発しながら冷静にドラゴンナイトのダメージを観察している。

 

ドラゴンナイトは一向にペースを掴めずにいた。原因はロケットブースターのバクハツ・ジツによるものだった。バクハツ・ジツを使った左右前後のスライド、体を動かさずバクハツ・ジツの推進力のみの移動し、その予備動作が読めず攻撃は回避され容易に間合いを外され潰される。

 

間合いの掌握はニンジャのイクサにおいて極めて重要な要素であり、間合いを支配されたドラゴンナイトは圧倒的不利である。なんたる己のジツを理解し最大限利用した高機動カラテか!ドラゴンナイトはニューロンをフル稼働して打開策を考える。カラテは相手のほうがワザマエ、ならばどうする?するとスノーホワイトとの会話を思い出す。

 

(((逃げる?嫌だよそんなこと)))(((違うよ。逃げるんじゃなくて撤退、一旦その場から離れて自分が有利な状況や場所に移動する。自分の長所を最大限に生かせる場所に移動すれば、強い相手にも勝てる。もしピンチに陥ったら思い出して)))

 

「イヤーッ!」ドラゴンナイトはバク転からバックフリップで後方の窓を突き破りながら店外へエスケープする。ロケットブースターもすぐさま後を追う。ドラゴンナイトは看板とビルの壁を足場にして駆け上がり雑居ビルの屋上に着地し、全力スプリントで屋上の淵から跳躍した。

 

ナムサン!何たる自殺行為!飛んだ先には看板やビルが無い。このままでは遥か下の地面に着地しなければならない。着地の際に衝撃を受け流すグレーター受け身を習得していないドラゴンナイトでは衝撃に耐えきれず爆発四散する!落下運動を始めたドラゴンナイトの翼がはためかせる。体は下ではなく水平に移動していく。

 

翼を使えば並のニンジャより跳躍距離を稼げる。「その手は俺に通用しない!」後ろからロケットブースターが迫っている。そのスピードはドラゴンナイトより速い!バクハツ・ジツを使い追ってきていたのだ!ドラゴンナイトの跳躍よりロケットブースターの跳躍力は上だ。ロケットブースターは無防備な脊髄へチョップを叩き込む。

 

 

◇ドラゴンナイト

 

  脇腹が痛い。さっきのミドルキックによるものだ。アバラが折れているかもしれない。それだけじゃない。肩が痛い。太腿が痛い。頬が痛い。全身が痛い。ニンジャアドレナリンが出ていてこの痛さだ。アドレナリンの分泌が治まったらもっと痛いんだろうな。

 何でこんな痛い思いして戦っているんだろう?脳内で自問自答が浮かぶがすぐに答えが出る。あいつがカワタを殺そうとし、ゴウダを殺したからだ!

  ゴウダについてはカワタから話を聞いている。世話になった恩人を無慈悲にゴミのように殺した。カワタが苦難の末描き上げたセブンニンジャ。自身の信念が籠り、描く事を生涯のライフワークにすると言った作品。それをどんな理由かは知らないが奪おうとしている。

 知人の仇を取り、知人の命と夢を守る。それだけで充分に戦う理由になる。でもそれだけではない。

 カワタ=センセイはゴウダ=サンから『こんなファックな世の中でも少しだけ生きてやるかと思えるようなコミックを作ってくれ』と言われたそうだ。セブンニンジャがそれだ。迫力ある絵、登場人物の信念や生き様、それらが心を奮い立たせ胸躍らせる。

 父親は会社では不正をするし、母親は自分の気持ちを理解せず、自身の体裁の為に口を出してくる。正直ファックだ。嫌気がさす事も有る。世の中は醜く汚い。センター受験を合格して大学を卒業して、醜く汚い世の中に溶け込みいずれ醜く汚くなるのか、そんなことを考えると嫌気が差すし気も滅入る。それでも希望を持って生きている。それはスノーホワイトとの日々が楽しいのも有るがセブンニンジャが読みたいからだ。

 今戦っているのはエゴだ!セブンニンジャの続きが読みたいからカワタを助ける!セブンニンジャが読みたいからロケットブースターを倒し、カワタの後を追う。

 ドラゴンナイトは反転しロケットブースターを見据える。翼を使って数秒ほど空中に留まって迎撃する。ビルに上がり跳んだのは逃げる為ではない。身動きが取れない空中で迎撃するためだ。

 その場で体を捻り回転する。繰り出すのは最もリーチがある尻尾の一撃。今まで相手に見せていなかった。相手は初めての一撃で対応できない。

 

「イヤーッ!」

 

  カラテシャウトを発しながら尻尾を振るう。だが尻尾から感触は何一つ伝わっていなかった。空振りだ。相手を見ると目測より後ろに下がっていた。ロケットブースターは攻撃を察知しバクハツ・ジツで後ろにスライドしていたのだ。

 

「そう来ると思ったわ!イヤーッ!」

 

  ロケットブースターは再加速して間合いを詰める。狙うは無防備な脊髄への一撃、拳に力を込めて打ち込む。ドラゴンナイトはその瞬間さらに体を捻り、翼をプロペラのように体に水平にして回転した。

 

「グワーッ!」

 

 ロケットブースターの目は切り裂かれる。切り裂いたのはドラゴンナイトの翼の被膜の下部だった。

 ドラゴンナイトに宿りしソウルであるタツ・ニンジャ。かつては翼をエアロカラテの飛翔のためではなく、武器として使用できるように肉体を作り替えた。プロペラのように水平にすることで全方位へ斬撃を繰り出すことが可能だった。被膜がここまで硬く鋭利な物とは知らなかった。尻尾の攻撃が避けられた瞬間に体を回転させ翼を動かしていた。結果ダメージを与えることに成功した。

 ロケットブースターは目を切り裂かれ頭から落下していく。すぐに翼を元に戻し羽ばたかせロケットブースターの両腕を足で抱え込むように締め付ける。この態勢はジュージツの禁じ手の一つ、パイルドライバーである。

  2人の体は重力落下で落ちていく。ロケットブースターは数秒後の未来を予測したのか懸命に振り解こうとする。ドラゴンナイトも態勢を維持しようと全力で足に力を込めて締め付けた。

 

「サヨナラ!」

 

  ロケットブースターの頭はコンクリートに突き刺さり爆発四散。ドラゴンナイトは尻尾をバネのようにして落下衝撃に耐える。爆発四散による爆風と落下の衝撃を吸収しきれなかったことで体は宙に放り投げられ受け身も取れずコンクリートに背中を強かに打ち付ける。息ができない。それでも強引に呼吸を繰り返すと肺に空気が入った。肺に入った空気を吐く。その動作を何度も繰り返す

 落下から数十秒後、ドラゴンナイトはゆっくりと体を起こした。カワタを追わなければ、ふらつく足に活を入れながらゆっくりと歩き始めた。

 



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第十二話 下らなくて大切なもの#10

「見えたぞ」カワタの視界に朱色の堀が飛び込んでくる。ここまで最低で3回は危険運転をしていた。それでも稼げた時間は1分程度だろう。たかが1分だがその時間が欲しい。今でもニンジャが後ろから追ってくる映像がニューロンに鮮明に浮かびあがる。カワタは後ろの振り向き誰かが来ていないかを確認する。

 

そこにはテレポートしながら追跡するニンジャがいた。「ニンジャだ!スピード上げろ!」ケイジはアクセルを踏み込む。「イヤーッ!」ニンジャはクナイを投擲した。パン!パン!空気の破裂音が聞こえると車は激しく蛇行する。KRASHH!車は電柱に激突!

 

「クソ!こんなところで…兄貴大丈夫か」カワタは額から出る血を拭いながらケイジの肩を叩く。「ああ何とかな……何が起こった?」「車を出るぞ!ニンジャが来る!」2人は覚束ない足取りで車から出る。後ろを振り向くとゆっくりと歩きながらニンジャが迫っていた。次の瞬間ニンジャは背後に立っていた。ニンジャ装束に「一」「瞬」と刻まれたメンポ。

 

「ドーモ、モーメントです」ケイジは幼少期の記憶が蘇りNRSに陥りかけるが懸命に抗う。しかし身動きが取れない。一方カワタの心は絶望に染まる。オウテツミだ、すまないスノーホワイト=サン、ドラゴンナイト=サン。全てが無駄になってしまった。ニンジャには勝てない。観念したように俯く。

 

そして顔を上げる。その目には光が灯っていた。まだだ!最後まで、死ぬまでは希望がある!俺の作品、セブンニンジャの登場人物ならこの場面でもあきらめない!「イヤーッ!」カワタはカラテパンチを放つ!ムボウ!モーメントはパンチを掴むと容赦なく握りつぶした。骨が折れる音が鳴り響く。

 

「グワーッ!」「殺しはしない。インタビューが終わるまでは……」BLAM!BLAM!BLAM!ケイジはケビーシから拝借した拳銃を発砲!弾丸は一切当たらず、ケイジの背後にモーメントが出現する。断頭チョップのモーションを取るが何かに気づき、断頭チョップからキドニーブローに変更する。

 

モーメントにとって小突く程度の打撃だがケイジは悶絶しのたうち回る。「そのバッジ、キョート大使館の人間か、キョート大使館関係者にはまだ手を出すなと言われている。運が良いな」モーメントは言い放つとカワタの元にツカツカと向かう。 痛みで薄れゆくのなかケイジは願った。ブッダよ!頼むから助けてくれ!

 

淀む視界に棒状の何かが映りこみ、その後カワタを守るように何かがモーメントの間に立ちふさがった。その映像を最後に意識が途絶えた。

 

◇スノーホワイト

 

 間一髪だった。

 

 スリートラストとフレイムタンと交戦した後、全速力でキョート大使館に向かった。魔法少女の身体能力なら建物の上を移動することで文字通り地図を直進して進める。それは時と場合によって電車で移動するより速い。

 あと少しでキョート大使館に着くというところで、ファルからドラゴンナイトがキョート大使館から離れた場所に居るという報せを受ける。何かが起こったと判断し、現場に向かうとボロボロのドラゴンナイトが居た。カワタを逃すために交戦したことを聞くとドラゴンナイトを担ぎ大使館に向かった。

 向かっている途中でカワタの困った声を聞こえ現場に向かうと、今にも連れ去られそうだった。ドラゴンナイトを壁にもたれかけさせた後、即座に手に持っていたルーラを投擲し避けている隙にカワタの間に割って入った。

 モーメントはスノーホワイトの乱入に一瞬驚いた様子を見せると姿を消した。スノーホワイトはすぐさま右手でカワタの襟首を掴み後ろに引き、左手でカワタを捕獲しようとしたモーメントの伸ばした手を捕獲した。

 

「貴様」

 

 モーメントは驚きと苛立ちの伴った目で睨む。あの瞬間移動は体の一部を掴まれると使えない。その弱点は心の困った声ですぐに分かった。

 

「カワタさんは大使館に行ってください」

 

 スノーホワイトはカワタに指示を出す。最大の目標は目の前の相手を倒す事ではない、カワタが大使館に逃げ込むことだ。

 モーメントは右太もものホルダーからクナイを取り出そうとする。カワタの足を止めるつもりだ。握っている手で相手の体勢を崩す。

 これは監査部で覚えた技、本来なら耳を掴んで相手の動きを制する技だが、それは難易度が高くまだ習得できていない。しかし今はこれで充分だ。体勢を崩し、苦無を掴もうとする右手と苦無ホルダーを挟むようにローキックを打つ。苦悶の表情を浮かべる。こちらからは攻めない。相手がアクションをした瞬間態勢を崩し妨害する。

 相手の右手の引っ張る力が強まる。パワーで拘束を解くつもりのようでスノーホワイトも広背筋に力を込めて抗う。2人の綱引きが続く中モーメントが力を緩める。拮抗状態で力を緩め態勢を崩し、引っ張られる勢いを利用して攻撃を加える。有効な手だがスノーホワイトには悪手だった。そのまま右手を引いて一本背負いを決める。

 予想外の技にモーメントは最低限の受け身しか取れずコンクリートに背中を強かに打ち付ける。そのまま腕ひしぎ逆十字固めに移行し腕をへし折る。

 悶絶するなかホルダーからクナイを取り出しスノーホワイトの太腿に突き立てるがすぐに技を解除し攻撃を回避する。

 痛みと遠のいていくカワタの姿を見てモーメントの困った声は大きくなる。相手は平常心を保てていない。この状態をキープする。

 モーメントは攻めあぐんでいるのか動きを止める。その間にもカワタは着実に正門に近づいていく。門の中には職員がいるが一向に手助けしようとしないことに怒りを覚えるが職員も手助けしたいが規則で手助けできないようで『手助けできなくて困る』という声が聞こえる。

 するとモーメントが動き始めスノーホワイトの表情が険しくなる。掴んでいるスノーホワイトの手に向けてゆっくりと手を伸ばす。一瞬でマインドセットしたのか動きに焦りが無い。掴んでいる手で動きを制御しようとするが態勢が崩れない、この技は相手の動きが大きくなる分だけ効果がある。このようにゆっくりとした動きには効果が少ない。

 狙いは握っている手の親指、掴みへし折るつもりだ。普通の戦闘なら手を離せばいいだけなのだが、その瞬間に瞬間移動でカワタの元に向かい捕獲するだろう。瞬間移動先に先回りして攻撃する方法も考えたが、恐らく相手のほうが速い。

 スノーホワイトは右手で顔面に拳を打ち込み防御に回らせようとする。だが相手は顔を動かし急所への攻撃を最低限防ぎ、手を防御に回さない。パンチを打ち込む間に手は確実にスノーホワイトの左親指に向かう。左手で相手を掴んでいる状態ではノックアウトするような打撃は打てない。そして左親指が掴まれた。

 バキバキと鈍い音が響きスノーホワイトの親指は歪な方向に曲がる。だがスノーホワイトは奥歯を噛みしめ手を離さない。その間にカワタはキョート大使館の敷地内に入っていた。

 

 これでアマクダリは手出しできない。

 目標を達成したことへの安堵、数々の戦闘にアクシズ2名を同時に相手したことでの精神的肉体的疲労。親指を折られた痛み。それらが重なりスノーホワイトの拘束は緩む。その隙をモーメントは見逃さなかった。

 拘束を解きジツを使用して正門に移動する。予想以上に速くあっと言う間にスノーホワイトを引き離す。大使館に逃げ込んだら手を出さないという前提が間違っていたのか?

 己の失態を悔やむ前にすぐに正門に向かってダッシュする。正門に辿り着くと警官のような服を着た人間たちが立ちふさがる。キョート大使館の警備員のようなものだろう。スノーホワイトは一足飛びで超えていく。

 中は白砂が広がり、白い大理石の噴水に柳の木、それはスノーホワイトが考える京都のイメージと似ていた。そして倒れる職員と白砂の波紋模様を乱すようにモーメントが組み伏せられていた。組み伏せていたのは藍色のニンジャ装束のニンジャだった。そして隣には1:9分けの奇妙な髪型のスーツの男が冷徹に告げる。

 

「キョート大使館への不法侵入、キョート人民及び大使館職員への暴行及び誘拐未遂。ここはネオサイタマではなくキョートだ。キョートの法で裁かれる」

 

 藍色のニンジャとスーツの男はこちらに視線を向ける。その視線は侵入者に対する警戒と敵対心が見られた。

 

「どーも、はじめまして、スノーホワイトです」

 

 先に挨拶をして敵対していないことを示し、礼儀知らずではないことをアピールする。藍色のニンジャはスーツの男に視線を向け、アイコンタクトした後挨拶した。

 

「ドーモ、スノーホワイト=サン、ハーキュリーズです」

 

 

 

◆◆◆

 

「少々お待ちくださいドスエ」大使館メイドはスノーホワイトを応接室に案内すると奥ゆかしく退場する。中には水墨画、『和』『おもてなし』『これがキョートのスタンダード』と書かれたショドー、これを書いた者はショドー10段以上あるワザマエだと分かる。タタミもキョート産の高級オーガニック製だ。

 

左を向くと庭園が見える。先ほどモーメントによって乱された白砂の描かれた波紋は直されている。中央に白い大理石の噴水。周りにコケが生えた石、オーガニックシダレヤナギ、ストーン灯篭に置かれたホンボリライト。優しい光が庭園を照らす。計算された配置による調和された美しさ。スノーホワイトは暫くの間庭園を眺めていた。

 

「お気に召しましたか?」1:9分けの髪型のスーツの男と作業着の男が入室する。「はい、とても綺麗です」「我が大使館の自慢です」スーツの男と作業着の男はザブトンに正座する。「ドーモ、キョート大使レツマギ・シトシです」「ドーモ、ハーキュリーズです」「どーも、レツマギさん、ハーキュリーズさん。スノーホワイトです」3人は改めてアイサツする。

 

「この度は同胞を助けて下さりアリガトウゴザイマス。大使館を代表して礼を述べさせていただきます」「いえ、大したことはしていません。それよりソウスケ=サンの治療をしていただいてありごとうございます」「いえいえ、同胞を助けるために怪我を負った勇気ある若者に何もしなければキョートの恥です。セプクものですよ」

 

レツマギの軽口に笑顔を向ける。カワタとケイジとドラゴンナイトは大使館の医務室で治療を受けている。「それでいくつか質問する前に、スノーホワイト=サンは食事を摂られましたか?」「いえ、まだですが」

 

「よろしければスシを食べていかれませんか?ネオサイタマのスシとはまた違う味を楽しめます。それに怪我をされているようですし」ハーキュリーズと視線が合い奥ゆかしく会釈する。それを見てレツマギの提案の意図を悟る。ニンジャはスシを食べると怪我の回復が早くなるようで、怪我をしているのを見抜いて提案したのだろう。

 

ここは素直に提案を受けるほうが今後の展開がスムーズになる。だがひと工夫加える。「いえ、心遣いだけ頂戴いたします」「イタマエシェフが作りすぎてしまって、食べていただけると助かります」「いえ、そんな高級食品を頂戴するわけにはいきません」「ブッダも怒りますよ」「では、いただきます」

 

これはエド様式の作法が時を経て変化したものがキョートで伝わったプロトコル!断る回数が少なければヨクバリとしてムラハチ、多すぎても思いやりがないとムラハチされる。かつてドラゴンナイトとエーリアスのやり取りを思い出し実践したのだ。ワザマエ!レツマギは片眉を上げる。

 

女子高校生ながらキョートの作法を知っている。豊かな教養を持ったカチグミのようだ。スノーホワイトへの評価をあげた。「では皆で頂きましょう」レツマギが手を叩くとフスマから大使館メイドが入室し、3人の前にスシを置く。「「「いただきます」」」スノーホワイトはレツマギに倣って手を合わしスシを食べる。

 

スノーホワイトはシツレイの無いようにスシを食しレツマギは様子を横目で見る。スシを口に運ぶ時間が1秒遅い、湯呑に手を置く位置が5センチ低い。一般レベルではシツレイはない。だが外交官同士の会食の場であれば指を数本はケジメするレベルのシツレイがあった。何たる複雑で厳格な作法か!外交官はそこまで作法に厳しいのか!フクマデン!

 

先ほどの向け答えで期待したが流石に外交官レベルの作法は身につけていないか。レツマギは見るレベルを下げて食事を楽しんだ。「それで、カワタ=サンは何故追われていたのですか?」レツマギはスノーホワイトが最後のスシを食べて一息ついた瞬間に問いかける。

 

「大使館としてはキョート人を守ります。ですが犯罪者など明らかに非がある人間は庇えません」「アマクダリセクト」スノーホワイトはぽつりと呟く。反応が薄いのを見て言葉を続ける。「ネオサイタマの行政にも根付くニンジャ組織アマクダリセクト。理由は知りませんがカワタ=サンの存在が邪魔だったようで始末しに刺客を差し向けたようです」

 

「それでネオサイタマから離れたキョートに亡命すれば、そのアマクダリセクトも手が出せないと此方に駆け込んだ」「その通りです」スノーホワイトは茶を一口飲む。アマクダリの影響がキョート大使館まで及んでいたら終わりだったが、魔法でそれはないことは分かっている。ならば正直に話し庇護を求めるべきだと判断した。

 

レツマギは顎に手を置く。ニンジャに追われている時点で厄介事だと思っていが、予想以上に事は大きい。ニンジャ組織についてはハーキュリーズから話は聞いている。このままカワタを亡命させればアマクダリとことを構えることになるのでは?大使館職員としての職務、打算、パワーバランス。ニューロンでUNIXめいて計算を開始する。

 

「カワタ=サンは責任を持って亡命させます。アマクダリという胡乱な組織になんかに身柄を引き渡しません」レツマギはスノーホワイトの思考を先回りするように力強く言う。この一件が外交問題になるかもしれない。だが弱腰にはならない。非は不法侵入し職員に暴行を働いた相手側に有る。

 

「よろしくお願いします」相手は嘘をついていない。スノーホワイトは深々と頭を下げた。「一つよろしいでしょうか」「何ですか?」スノーホワイトは話を切り出す。これからが話すことが本題だ。息を深く吸い込む。「私達はカワタさんを守るために結果的にアマクダリセクトに対して敵対行動を取ってしまいました」レツマギに視線を送る。

 

「これから恐ろしい報復が待っているかもしれません。私は構いません。ですがソウスケさんは巻き込まれただけです。ソウスケさんだけではなく家族にも危険が及ぶかもしれません。もしソウスケさん達に何かあってネオサイタマに居られなくなる事態が起きてしまったら亡命の手助けをしてくれませんか?お願いします」

 

スノーホワイト相手の目を見据えて頼み込む。ファルに偽装工作を頼んだ。姿からバレないように顔を隠した。それでもアマクダリにバレて攻撃を受けるかも知れない。起こっては欲しくないが起きる可能性はある。最悪の事態を想定し対策を取っておく。カワタを助けた交換条件のようで魔法少女の主義に反するが割り切る。

 

「それはできません」レツマギは首を横に振った。「困っている人を助けないのは腰抜けという言葉があります」ミヤモト・マサシのコトワザ!インテリジェンス!「ミヤモト・マサシですか。確かにそうです。ですが情にサスマタを突き刺せば、メイルストロームに流される」レツマギもミヤモト・マサシのコトワザで返す。インテリジェンス!

 

「キョート大使館はキョート人の為にあります。ネオサイタマ人の為に動く規則はありません。ここで例外を作ってしまったら、噂を聞きネオサイタマ人が自分も助けろと押し寄せ、助けてしまったので断れず、助けるべき本来のキョート人を助けるという業務ができなくなります」

 

レツマギは理性的に言う。スノーホワイトの言葉はドラゴンナイトを慮るばかりに出てしまった嫌味である。外交の場ならその言葉を逆手にセップクさせるほどに恥をかかせられるが、それを抑えた。相手は少女だ、キョート人は懐が深い。「我儘を言って申し訳ありませんでした」スノーホワイトは俯いて謝る。

 

レツマギの言葉と視線で自分の発言の幼さと奥ゆかしさの無さを痛感させられた。「代わりと言っては何ですか今日は泊まっていってください」「はい、迷惑ではなければ医務室で泊まっていいですか」「何故です?」「ドラゴンナイトさんがアマクダリに襲われる可能性があるからです。ここの警備は万全と思っていますが、ニンジャ相手には…」

 

スノーホワイトは言葉を濁す。「ハーキュリーズ=サン、どう思いますか?」「俺でもその気になれば可能です」「分かりました。空いているベッドを使ってください。案内してください」「ありがとうございます」レツマギが声をかけると大使館メイドが現れスノーホワイトを案内する。

 

「ちょっとよろしいか?」ハーキュリーズがスノーホワイトに声をかける。「何ですか」「あのモーメントとかいうニンジャだが、腕が折られダメージもあった。そのお陰で楽に捕まえられた。あれはスノーホワイト=サンが?」「いえ、手負いだったようです」スノーホワイトは無表情で答え部屋から出て行く。

 

「あれは中々のニンジャだった。あれにダメージを与えるとは若いのに大したカラテだ」「何故嘘を」「キョートの空気を吸って奥ゆかしくなったんでしょう」ハーキュリーズは軽口で答える。「アマクダリというニンジャを知っていて、あのカラテ。何者なんでしょうかね」ハーキュリーズはスノーホワイトの背を見ながら呟いた。

 

キョート大使館医務室。数あるベッドの中でドラゴンナイトとカワタが寝そべっていた。適切な治療が施されており、麻酔の影響か2人は規則正しい寝息をたてていた。スノーホワイトはエントリーすると近くのイスを手に取り、ドラゴンナイトの近くに置いて寝顔を覗く。

 

穏やかな顔だが怪我は軽くない。ニンジャでも当分は全快しないだろう。ドラゴンナイトはカワタの漫画を読むために体を張ったのは知っている。本人は何一つ後悔していないだろう。だがそんな娯楽のためにここまで危険に身を晒して良かったのか?漫画なんて人によっては下らないものだ。だがドラゴンナイトにとっては大切なものだ。

 

スノーホワイトは理想の魔法少女であるために行動し身の危険を晒し時には命を懸ける。理想の魔法少女のために命を懸けるなんて人によっては下らないと思うだろう。だがスノーホワイトにとっては大切なものだ。ドラゴンナイトの心情を汲んでカワタを守れた。スノーホワイトは楽観思考で強引に納得させた。

 

「これからは2人とも当分活動は自粛ぽん」ファルが喋りかける。「2人で8、9人のニンジャを相手にして、最低でも4人は殺したぽん。アマクダリにマークされないわけないぽん」「そうだね」スノーホワイトは素っ気なく答える。自分はともかくドラゴンナイトには活動を控えてもらう。ここは大人しくしてアマクダリの動向を見る。

 

「証拠隠滅は?」「チノ駅周辺でドラゴンナイトが戦っている映像は何とか消したぽん。でもアマクダリが先に映像データを保存している可能性もあるぽん。それに口コミでバレる可能性もあるぽん。こればかりは祈るしかないぽん」

 

 スノーホワイトは月を見上げる。髑髏模様に見える月はインガオホーと呟いた。

 

◆カラカミ・ノシト

 

「ふう、スッキリした」

 

 これでイライラが治まった。辺りには女秘書の撲殺死体が散乱している。これはカラカミ・ノシトによって作られたものだった。

 カラカミ・ノシトはアマクダリセクト最高幹部12人の1人でありマスコミ部門と金融部門を担当している。メディアを通してアマクダリ的価値観を植え付け受け入れられる土壌を作るのも仕事の一つだ。

 メディアでモータル達を操作するのに一番有効なのはテレビだ。テレビ映像が最も目に触れる機会が多い。NSTV社の筆頭株主であるカラカミ・ノシトが番組に口を出してアマクダリにとって都合の良い番組に作り替えている。最初はジャーナリズム精神だとぬかしてノシトの指示を聞かない業界人がいた。それらはアマクダリの力で従わせた。

 メディアはTVだけではないがほかのメディアは無視してきた。それらの影響力はTVの影響力で簡単に塗りつぶされる。

 ある日部下の1人が懸念することがあるとコミックを持ってきた。コミックなどガキか現実逃避の負け犬が読む下らないメディアだ、読むだけ時間の無駄どころか損失だ。その部下を即殺したが気まぐれで読んでみた。

 アマクダリを匂わすニンジャ組織、妙に詳しいニンジャ像、所詮コミックの話しであり信じるものはいないが、ここからアマクダリの支配が瓦解する可能性があるかもしれない。所詮杞憂だが念の為にアマクダリを知っていないかのインタビューと殺害、知り合いのニンジャのリクルートのミッションを申請し、下部衛星組織にミッションを与えた。

 それがミッションに失敗し複数人のニンジャが死亡、さらにアクシスを出動させての失敗、勿論下部衛星組織とアクシスのせいである。だがアマクダリの実質のトップのアガムノメンに報告した際に取るに足らないと言っていたがその声には落胆の色が含まれていた。それはノシトには我慢ならなかった。

 アクシスは途中で別件の為に撤退したという。あの時ニンジャスレイヤーと最近現れた敵対ニンジャが現れなければこうはならなかった。そしてこの怒りは秘書を撲殺することで解消していた。もう忘れよう。所詮は虫が騒いでいるだけだ。ノシトはこの1件を記憶から消去しプレゼンの準備を始めた。

 

◆スリートラスト

 

 何だこのオバケは!?こんな理不尽が許されていいのか!?スリートラストは唾を飲み込む。

 スノーホワイトの戦いの後、フォーリナーXXX討伐の為に現地に向かった。派遣ニンジャは8名、ニンジャスレイヤーに戦力を傾けており、アクシスは1人だけだが仮にあの女ニンジャ相手でも倒せる戦力だ。

 それが数分でスリートラスト以外は殺された。この場に残っているのは3人だけである。スリートラストとフォーリナーXXXと謎の生物。

 身長は140センチ程度、オレンジ色の瞳に黒一色の非人間的肌、頭にはヘルムを被っておりてっぺんから青い炎が吹き出ている。手は身長と比べ長く目玉が描かれた剣を握っている。

 半数以上はこの生物に殺された。数回打ち合ったが恐ろしいカラテの持ち主だった。恐らくフォーリナーXXXのジツで生み出された生物だが、明らかにフォーリナーXXXより強く、マンキヘイと呼ばれていた。

 フォーリナーXXXもマンキヘイより劣るものの少なくともアクシスレベルのカラテの持ち主だった。そしてドク系統のジツを使っていた。

 

「キヒヒヒ、お前で最後だ。色々と聞いたあとで殺してやる」

 

 フォーリナーXXXは余裕を見せつけながら近づいてくる。完全に舐めている。その証拠にマンキヘイと同時に仕掛けてこない。

 すぐに離脱してアマクダリにフォーリナーXXXの脅威を報告し、もう一度部隊を編成して挑むべきだ。だが逃げようにも結界のようなものが貼られており逃げられない。

 マンキヘイにドクジツに結界、これで3つのジツを使っているのが確認できた。3つのジツを同時に使うニンジャなんて聞いたことがない。チートすぎる。だが今はチャンスだ。マンキヘイと同時に攻撃してこない。フォーリナーXXXを殺せば結界も解かれマンキヘイも消えるだろう。

 

「そうだ。お前アタシのスパイになれ、そうすれば生かしてやらないこともない」

 

 欺瞞だ。顔はニヤつき声色は完全に小馬鹿にしている。こんなものキッズでも分かる。サンシタなら希望に縋り戦うことを放棄するが、スリートラストはアクシスだ。いかに相手を殺し状況を切り抜けるか考える。

 

「そんな警戒…」

 

 相手が無造作に間合いに入ってきた。今こそヒサツワザで殺す。両足の裏に仕込んだ火薬を爆発させ一気に間合いを詰める。詰め寄りながらカタナを突きの動作をしながらサイバネアームの肩と肘に仕込んだサイバネ機構を作動させリーチを伸ばす。最後に手のひらとカタナの柄頭に仕込んだ火薬を爆発させる。これがスリートラストのヒサツワザ。サイバネとカラテを融合させた最強最速の一撃だ。

 カタナは高速でフォーリナーXXXの喉に迫る。殺った!スリートラストは勝利を確信した。だがカタナが刺さる瞬間、フォーリナーXXXの姿が忽然と消えた。何が起こった!?超スピードで逃げた。だがそれなら残像が映るはず。それならばテレポート。確かアマクダリにも短距離テレポートを使うニンジャがいた。これで4つ目のジツだ。一旦何種類のジツを使える……

 

 スリートラストの思考は途切れた。

 

◆◆◆

 

アンダーガイオン第9層。太陽の光が届かないこの地下にあるアパートメント『ブブヅケ』その一室、部屋には机とUNIX以外何もなかった。机の上にはペンに修正液に定規、そして原稿があった。原稿には躍動感あふれる絵が描かれていた。コミック作家カワタは原稿を取り満足気に見つめる。

 

アマクダリ襲撃の後カワタは無事にキョートに亡命した。ファントムサマー社との契約や負債や違約金、セブンニンジャの権利などは兄であるケイジの尽力もあり、負債は減り権利も獲得できた。状況は幾分かマシになったが厳しいことには変わらない。フジサン連載時で抱えた負債は返さなければ良くてシベリアでのカニ漁、悪ければ臓器を売るしかない。

 

1人で描いたせいで1ヶ月もかかってしまった。だがコミックのクオリティーは満足気に見つめながらカワタは原稿をスキャナーで取り込みデータを作る。このネオセブンニンジャは週刊フジサンではなくIRC上での連載。一話を掲載して読みたい人が金を払う。上手くいく自信はない。だがキョートでマンガを描くには現時点ではこれしかない。

 

売れなければ臓器売買だ。だが極端な商業主義には走らない。商品でありながらエゴと生き様をできるだけ込める。抱えた負債、バクチめいたIRC連載。アシスタントが居ないことによる描くページの減少と体への負担。正直言えば不安だらけだ。破滅してもおかしくない。だがこうしてコミックを描けている。2人の友人のおかげで

 

「頼む売れてくれ!」カワタは祈りながらIRC上原稿をアップロードする。キャバーン!キャバーン!アップロード数秒後にさっそく購入だ!事前に告知していたが素直に嬉しかった。早速入金者数をチェックする。そしてUNIXを見て思わず微笑む。購入者のなかにドラゴンナイトの名前を見つけた

 

下らなくて大切なもの 終り

 



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ア・シーン・オブ・スノーホワイト:「魔法少女のお仕事」

別の作品を書いたりして投稿が遅れてしまい申し訳ありません
これからは週一を目途に投稿したいと思います


「激しく前後に動く!ほとんど違法行為!」リビングにあるTVにはネコネコカワイイのライブ映像が流れている。その前には一人の少女が陣取りノートに何かを書き込みながら食い入るように映像を見つめている。少女の名前はナナコ、有力ネオサイタマ県議員のヨミザワ・オオマルの孫娘である。

 

その表情は険しく死んだマグロめいた目をしていた。「続きは有料コンテンツドスエ」画面にノイズが走る。ギャバーン!ナナコはリモコン操作で即座に課金、ノイズが晴れネコネコカワイイの姿が映し出される。「ワタシ達も人間だったら飲みたいです。ヨロシサンのバリキドリンク!これを飲んで放送を見てね!」

 

「シールを集めてライブチケットを応募しよう。子供達も大丈夫。バリキドリンクキッズを飲んで応募してね」曲の合間にネコチャンとカワイイコがヨロシサンの商品を紹介し、後ろの液晶では購買欲を過剰に煽る映像が流れていた。ナナコの様子を母親のナツキは心配そうに見つめている。

 

ネオサイタマのTVプログラムは過剰消費プロパカンダに汚染されており、幼いナナコには見せたくはなかった。だがオオマルの息子で秘書を務めている夫のチュウマルは家に居られずナナコに構ってやれないからと金銭を多く与え、ナナコは躊躇なく投入し有料コンテンツを視聴する。

 

このままでは教育に悪いのではないか?しかしナナコはネコネコカワイイがアピールする商品は何一つ購入しない。すでにプロパカンダに惑わされない知能を養ったのか?ナツキは娘のことを測りかねていた。

 

ナナコは時計を見ると即座にネコネコカワイイの番組からチャンネルを変える。「ニンポ少女スミレ!」画面からアニメーションが流れる。ナナコの目は死んだマグロめいた目から一転し目を見開き、バリキ中毒者めいて目を輝かせた。本当に楽しそうだ、ナツキはナナコの様子を見て笑みをこぼす。番組は前半パートが終了しCM時間に入る。

 

「これでワタシ達同じニンポ少女!ヒマワリクナイ!」ギャバーン!購入!「ニンポ少女変身セット!」ギャバーン!購入!「ニンポキャンディー!」ギャバーン!購入!ナナコはパプロフの犬めいてCMが流れる度に商品を購入していく。ネコネコカワイイの時は全く買わなかったが今では見事に過剰消費プロパカンダに踊らされていた。

 

「ニンポスリケンセット」「残高が不足しているドスエ」リモコンから電子マイコの声が流れる。ナナコは振り返り雨に打たれた捨てられた子ネコめいた視線をナツキに送る。日々のお小遣いは決められている。同年代の子供より多く与えているのにこれ以上の消費は許さない。ナツキは首を横に振り、ナナコは肩を落としTVに顔を戻した。

 

「おかあさん。スリケンセット買って」番組が終わり2人で食事を摂っているなか、ナナコが切り出す。「ダメです。おこづかいで何とかするっておじいちゃんとお父さんと約束したでしょ」「でも…」「でもじゃない。それにネコネコカワイイの有料コンテンツに課金しなければいいでしょう。それなら買える」

 

ナツキは優しい口調で諭す。だがナナコはブツブツと独り言を言い不満そうな態度を見せた。「何?言いたいことが有るならはっきり言って」「ママには分からないもん!ごちそうさまでした!」パンと大きな音を鳴らして手を合わせると、食器を持って洗面台に置くと勢いよく2階へ駆けていった。

 

それが出来れば苦労しない。ナナコが所属するクラスでは複雑なパワーバランスが生じている。政治家の娘という環境と才能によって、パワーバランスに左右されず快適に学校生活を送るために必要なものを察知していた。それはネコネコカワイイの知識だ。知識を得て権力者と話を合わせられればムラハチにあう心配はない。

 

でなければニンポ少女シリーズのグッズを買う金を減らしてまで課金コンテンツに金を払わない。ネコネコカワイイには全く興味がない。だが勉強だと思えば知識だけは頭に入る。幸いナナコは記憶力が良く勉強もそこまで苦では無かった。

 

ナナコは階段からリビングを覗き込みナツキが来ないのを確認し、部屋からノートを取り音をたてないようにすり足で移動する。これはニンポ少女シノビのキャラクター、シノビツキミソウが使っていたニンポ、サイレントウォークだ。これで誰も存在に気づかない。ナナコはシノビツキミソウになりきり、移動していく。

 

向かう先は父親の部屋だ。ドアノブに手をかけバイオ水牛めいた動作で扉を開ける。父親からは部屋には入るなと言われていた。言いつけを破って入室している、罪悪感が心臓の鼓動を加速させる。引き続きナナコはサイレントウォークで移動する。

 

足元に視線を向け床に置かれている「はいと言わせるネゴシエーション」「バカをダンスさせるマナー」と書かれた本に触らないようにしながら移動する。「シノビツキミソウにはトラップが分かるのだ」本の位置で侵入者を感知する。先週の話でシノビヒマワリがウカツにも本に触れて位置が変わったことで侵入がバレて叱られたシーンがあった。同じ失敗はしない。

 

細心の注意を払いながらUNIXがあるデスクに辿り着き椅子に座り電源を押す。ギャバーン!起動音が鳴り画面にはパスワードを入力してくださいと表示される。「1111っと」ナナコは人差し指でボタンを入力するとディスプレイにはオコシヤスという文字が表示される。

 

何たる単純なパスワード!これではセキュリティはショウジ戸同然である!故に幼いナナコでも簡単にアクセスできてしまった。チュウマルはハック&スラッシュ等の家に侵入に対するセキュリティは堅牢なものにしていた。だが中からの侵入については全く考慮していなかった。

 

故に毒矢トラップや電撃トラップなどを全く設置していなかった。一般的な政治家のUNIXならナナコは既に3回死んでいるだろう。「えっと、これがマで」ナナコはIRCを立ち上げて左右の人差し指でキーボードを見ながらゆっくりと文字を打ち込む。数分後やっと文字を打ち込みニンポサバトという文字をクリックする。

 

「今週のニンポ少女ヒマワリについて」「シノビちゃんカワイイヤッター!」「ツキミソウの左手のマークの意味」画面上には様々文字が表示される。ナナコは数秒眺めた後今週のニンポ少女ヒマワリについてという文字にカーソルを合わせてクリックする。すると大量のチャットログが表示される。

 

ここはニンポ少女について語るIRC掲示板である。ナナコは両親からIRCネットワークは危険なので使用するなと注意されていた。だが学校生活ではニンポ少女について語る場はなく、我慢できなくなりIRC上に語る場所を求めて、ニンポ少女を語るチャット、ニンポサバトに辿り着いた。

 

ナナコは過去ログを読み終わると進行しているチャットを眺める。ナナコのタイピング能力ではチャットに参加できない。だがニンポ少女ファンが楽しそうに話しているのを眺めているだけで満足だった。1時間程チャットを眺めると別のチャットに移動する。「ニンポ少女シロコ」このチャットを見るのが今日の主目的だ。

 

ナナコも幼いながらニンポ少女は現実に存在しないのではと思い始めていた。その時にシロコについて知った。シロコはIRC上でついた名前で本名ではない。可憐な少女が落とし物を探してくれたり、迷子を捜してくれたという目撃情報がまるでニンポ少女だと話題になっていた。一連の行動はナナコが知っているニンポ少女だった。

 

本当に居るなら会ってみたい。その気持ちが抑えられず親に叱られる恐怖とお小遣いの減額されるリスクを顧みずニンポサバトにアクセスしている。「センタ試験用の勉強を教えてくれた」「友達が逃げ出した飼い猫を探してくれたって言っていた」「お金を貸してくれた」ナナコは情報をノートに一つ一つ書き込んでいく。

 

ここに書かれている情報は虚実が混ざっている。ナナコにそれらを判別することは難しく、目撃地など情報を全て記録していた。「シロコが前後交際を申し込んできました」ナナコは書き込みを凝視する。前後交際、どういう意味だ。後で母に聞いてみよう。文字をノートに書こうとしたがそのログはいつの間に消えていた。

 

不思議な出来事に首を傾げるが、すぐに忘れチャットを読んでいく。「シロコと連絡先を交換しました。ここをクリックすれば特別に教えます」本当か!?ナナコは驚きで眼を見開く。「気になる人は下のアドレスをクリックしてください」マウスを動かしアドレスにカーソルを合わせる。ナムサン!これはワンクリック詐欺だ!

 

クリックした瞬間IPアドレスを逆探知されハック&スラッシュチームを送り込まれる。架空の請求を送り平常心を失わせ口座に振り込ませるなど様々な方法で金を搾取する。最近新興ヤクザクランで流行っているシノギである。「これはワンクリック詐欺、注意、押しちゃダメ」ナナコは思わず手を止める。

 

よく分からないがアブナイようだ。押さないでおこう。注意喚起してくれた書き込み主の名前を見る。ブラウン・チャイルド。名前の意味は分からないがこの人には感謝しなければならない。その後も目撃情報や考察をノートに書き込む。暫くすると目が痛くなった。頃合いだろう。UNIXの電源を落とし、細心の注意を払って部屋を出た。

 

ナナコは自分の部屋に戻りベッドに仰向けになりながらノートを開く、チャットの情報と自身の推理によってシロコに会う方法を思いついた。あとは実践するだけだ。ニンポ少女シロコの姿を想像しながら眠りについた。

 

◆◆◆

 

「ラララ~ララ~ララ~楽しい買い物、楽しい思い出、ヤマカワデパートが提供します」ショッピングモール内では陽気なポップスが流れ、天井には青空と疑似的な太陽光が照らし、室内でも晴天の屋外を歩いているように演出する。客達も陽気なアトモスフィアに影響されたような笑顔を作り談笑しながら歩く。

 

ここはヤマカワデパート、カチグミ専用ショッピングモールだ、入場者は一定の地位と収入を持つカチグミのみであり、それ以外は入場ゲートで弾かれてしまう。さらにガードマン達は強力な武器を持っており、怪しい者は無条件に攻撃可能であり誤認でも罪に問われることがない。

 

ナナコはフリルがついた特注品を着て一人悠然と歩く。そう一人である。ネオサイタマにおいて誘拐事件はチャメシインシデントであり、いくらカチグミ専用のショッピングモールでも幼い少女を一人で歩かせるのは危機感の欠如と言える。だが周りには客に紛れ込み油断ならないアトモスフィアを醸し出す男女が数名居る。ヨミザワ・オオマルのSPである。

 

ナナコは独自のプロファイリングでシロコに会うためにヤマカワデパートに行こうとした。だがその日両親は用事があり出かけられなかった。次の日曜に出かけようと諭すが断固拒否した。その日を逃せば次に会える可能性は一か月後だ、我慢できない。ナナコは祖父に泣きついた。

 

祖父はナナコを溺愛しておりお願いを承諾し、自身のSPでもカラテ10段以上の猛者をナナコの護衛に当たらせた。ナナコは周りを見渡し息を吸い込む「エ~ン、エ~ン、大事な財布を無くしちゃったよ~困ったよ~」その涙声と声量に買い物客達も一斉に目を向ける。だがすぐに視線を移し自身の買い物に集中する。

 

何たる無関心!これが大都会のカチグミの冷たさか!「どうしたの?財布無くしちゃったの?」ガードマンが膝を突きナナコに問いかける。SP達はすぐに対応できるように物陰から携帯用銃器を構えいつでも打てるように構える。「なんでもないです」ガードマンの問いに能面めいた無表情を作り足早に立ち去る。

 

シロコは困っている人を助けてくれる。ならば会うために自ら困った人になればいいと結論付けた。だがチャットではナナコのようにシロコに会おうと困ったふりをした人が居た。だがシロコに会うことができなかった。フェイクではダメだ、本当に困らなければ。SP達に財布を隠させ時間が過ぎれば財布を処分するように頼んだ。

 

中にはエピック級のニンポ少女グッズが入っている。失うのは非常に困るがシロコに会うためなら必要な犠牲と覚悟だ。万全の体制で臨んだが来たのはガードマンだった。来て欲しいのはシロコだ、ガードマンではない。

 

「エ~ン、エ~ン、大事な財布を無くしちゃったよ~困ったよ~」ナナコは場所を移しデパートの各地で行った。だが来たのはシロコではなくガードマンだった。それを繰り返していくうちに時間は消費していきナナコの表情は次第に病人めいて青ざめていく。「ウッ…」腹部に痛みが走り、そそくさとトイレに向かう。SPも付いて行く。

 

個室に駆け込むと大きく息を吐く。どうしよう、このままではタイムリミットが来てしまい財布が処分されてしまう。「お嬢様大丈夫ですか」扉の向こうからSPが声をかけてきた。よし約束は無効にしてもらう。やはりエピック級のグッズを失いたくない。「ねえ、やっぱり財布…」「イヤーッ!」「グワーッ!」突然のカラテシャウト!

 

BLAM!BLAM!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」銃撃音にカラテシャウト!何が起こっているかは分からなかったが只なる事が起こっているのは本能的に理解できた。ナナコは恐怖を感じ、耳塞ぎ目を閉じ出口に背を向けしゃがみ込んだ。早く!早くどっか行ってくれ!ネンブツチャントめいて祈り続けた。

 

無我夢中で祈り続けると背後から人の気配を感じた。反射的に振り向くとそこにはマスクで顔を隠し服と顔に返り血を浴びた女性が立っていた。「ドーモ、ヨミザワ・ナナコ=サン。アブダクトです。拉致しに来ました」「アイエエエ!ニンジャナンデ!?」ナナコは目の前の女性がニンジャだと本能的に理解しNRSを起こす。

 

アブダクトは即座に手で口を押えた。「少女をイジメる趣味はない、だが騒げばそれも辞さない。イイネ?」ナナコは首を縦に振った。「イイ子だ」アブダクトはナナコを右手で抱きかかえると床に手を翳す。すると床がテンポラリーな回転ドアになり下の階に降りていく。

 

「人ナンデ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!」アブダクトは下で用を足していた女性をストンピング!不運にも個室にいた女性は即死!そのままジツで床を変化させ2階に降りていく。

 

「人ナンデ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!」アブダクトは下で用を足していた女性をストンピング!不運にも個室にいた女性は即死!そのままジツで床を変化させ1階のトイレに降りていく。

 

「人ナンデ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!」アブダクトは下で用を足していた女性をストンピング!不運にも個室にいた女性は即死!そのままジツで床を変化させB1階のトイレに降りていくと個室のドアを開けてトイレを出て地下駐車場に向かって行く。

 

ナナコはゴア死体を見ても騒がなかった。NRSにより意識が薄れていた。ただ分かる事はアブダクトが悪い人間であり、自分は酷い目にあうという事だ。「……けて」「う~ん、ネンブツチャントか?小さいのによく知っているな」アブダクトは嗤いながら耳を傾ける。「助けて、シロコ」

 

「シロコ?流行りのカトゥーンヒーロー?今のカトゥーンは詳しくないからわからないな」「ニンポ少女!」ナナコはアブダクトを睨み、声を張り上げる。シロコは困っている人を助けてくれる。今は財布を失う事なんてどうでもいいぐらい困っている。ならばシロコは助けてくれるはずだ。

 

「クックックッ。ニンポ少女とは懐かしい。ガキの頃見たな」アブダクトは嘲笑う。「シロコは居るもん!助けてくれるもん!」ナナコは顔を赤くしながら反論する。この瞬間はアブダクトへの恐怖よりニンポ少女をバカにされた怒りが勝っていた。「ニンジャは居るがニンポ少女はいないよ。お嬢ちゃん」アブダクトはニヤニヤと嗤いながら頭をポンポンと叩く

 

「居るもん!シロコに助けられた人は実際多いもん!」「へえ~誰が言っていたの?」「アイアールシーの人!」「クックックッ!」アブダクトは堪えきれないとばかりに大笑いし、笑い声は地下駐車場に反響する。「どうせステルスマーケティングか企業のCMの一環だ。それに得が無いのに人助けをする狂人なんてネオサイタマにはいないよ」

 

ナナコは言葉の意味を考える。母親の手伝いをするにしても常に見返りを求めていた。見返りを求めず人の手伝いをしたことはない。つまり無償で人助けをするシロコは居ない?「居るもん!居るもん!居るもん!」ナナコは自身の邪念を振り払うように泣き叫ぶ。アブダクトは泣き叫ぶ様子を楽し気に見つめる。

 

子供の夢や甘っちょろい考えをぶち壊すのは楽しい。ティーンエイジの夢を壊すのも良いが、幼いキッズの夢を壊すのはまた楽しい。「居るもん!居るもん!」「じゃあ何でシロコ=サンは来ないのかな?ナナコ=サンはこれからひどい目にあうのに!」「来るもん!助けてくれるもん!」アブダクトはさらに煽り感情を逆撫でさせ嗜虐心を満たす。

 

「居るもん!居るもん!居るもん!」ナナコは狂ったレコーダーめいて泣き叫ぶ。アブダクトの笑顔が次第に渋っていく。いくらトロが美味くても、そればかり食べすぎれば飽きるし腹が満たされて食べたくなくなる。ナナコの声は最早不快なノイズだった。喉でも潰すか、アブダクトはムシを見るような目で見ながら左手でチョップの形を作る。

 

「グワーッ!」アブダクトの肩に激痛が走る!思わずナナコを手放しブザマにトラックに挽かれたカエルめいて地面に寝そべる!ナナコは宙に放り投げられるがアンブッシュ者がキャッチする。「私がいいって言うまで耳を塞いで目をつぶっていてね」ナナコは涙で歪んだ視界で自身を抱きかかえる者を見つめる。ピンク髪で白い服を着た少女だ。「もしかしてシロコ?」その問いに少女は答えず笑顔を向け、ナナコをそっと地面に置いた。

 

ナナコは言いつけを守り、目を閉じる。「ドーモ、アブダクトです。どこの…グワーッ!アイサツしないなんてグワーッ!グワーッ!」耳にはアブダクトの叫び声が聞こえてくる。だが次第に声が小さくなっていく。「もう目を開けていいよ」抱きかかえられる感覚と同時にマリアめいた声が聞こえてくる。

 

目を開けると先程の少女の背中が見えた。少女はナナコを背負いながら非常階段を上がっていた。「ねえシロコでしょ!?ニンポ少女のシロコでしょ!?」ナナコは先程の恐怖を忘れNERDZめいた歓喜の視線を向ける。少女は困ったような顔を見せた。「ゴメンナサイ。シロコに会いたいからって財布を無くしたってウソついて、バチが当たって、ニ…ニン…」

 

ナナコは言葉を詰まらす。NRSの影響でアブダクトの存在をニューロンが忘却し始めていた。「違うよ、ナナコさんは悪くない。これは悪い夢、家に帰って寝れば忘れちゃうから」少女はナナコの頭を撫でながら答える。「ねえシロコは何で困っている人を助けるの?」ナナコは真剣な瞳で少女の後頭部を見つめる。

 

アブダクトは得も無く人を助ける人間は居ないと言った。シロコもそうなのだろうか?ニンポ少女はテレビでは困っている人を助けていたが、本当は得が有るから助けていたのか?得が無ければ助けないだろうか?自分を助けたのも政治家の孫だからだろうか?「困っている人を放っておけないからかな」

 

「本当に?人助けするとご褒美にニンポのセンセイからお菓子貰ったりしてないの?」「貰ってないよ」少女の答えにナナコの顔は晴れやかになっていく。暫く歩くと少女は背負っていたナナコを下ろした。「真っすぐ歩けば、SPさんって分かる?」「うん」「そのSPさんが居るから、疲れたからお家に帰るって言って」「うん」

 

「ありがとうシロコ!」ナナコは力いっぱい手を振って駆け出して行った。

 

◇スノーホワイト

 

「それでどうだった?」

「アマクダリ案件だぽん。何でこうアマクダリに出会っちゃうぽん」

「これは偶然で、意図的にアマクダリのニンジャを狙ったわけじゃないから。それにアマクダリだからって無視するわけにはいかない」

「分かっているぽん。とりあえずデパートの監視カメラをハックしてスノーホワイトの映像を消しておくぽん」

「ありがとう」

 

 スノーホワイトはドラゴンナイトのアジトで座布団の上で正座しながらファルの報告を受ける。相手のニンジャの端末をファルに調べてもらうとアマクダリの構成員の一員で、ナナコは政治家の孫娘で誘拐してアマクダリの傀儡にしようとしたらしい。

 フォーリナーX捜索とパトロールを兼ねてヤマカワデパートに訪れていた。カチグミしか入れないのだが、そこは魔法少女の力を使えば侵入するのは容易い。そこでナナコの存在を感知した。

 ナナコは財布を無くしたと泣いていたが心の声で『シロコに会えないと困る』と声高に言っていた。

 魔法少女として活動していくうちにスノーホワイトはニンポ少女のシロコという架空のキャラクターとして認知され始めていた。調べていると主な活動は道案内してくれた、重い荷物を持ってくれた等ボランティア程度という認識で、ヤクザと戦ったとかニンジャと戦った等のバイオレンスな行為は知られていなかった。

 ファルと相談しこれならばシロコからアマクダリに嗅ぎつけられることは無く、ファルも満更でもなかったので特にシロコの存在を消す事はなかった。そしてファルはニンポ少女について語るニンポサバトというサイトを管理人に許可を取らず勝手に管理し始め、名誉を貶めるウソの書き込みは問答無用で削除し始めた。

 その結果かシロコの認知度は高まり、その姿を一目見ようと困っているふりをして助けを求める人が現れた。スノーホワイトの魔法の前では考えは筒抜けであり、そういった者達には姿を見せず、幼い少女の夢を壊すのは忍びないと思いながらナナコの前に姿を現さなかった。

 時間が経ちこのままでは財布を失うことが分かり、それはさすがに可哀そうなので財布だけは探そうと思った矢先にアブダクトの存在を感知した。すぐにナナコの元に向かったがSPは殺されナナコは攫われた後だった。

 相手のジツと心の声で地下駐車場に向かっているのを察知し地下駐車場で迎撃し捕縛した。今頃トイレの客殺害の罪で警察に捕まっているだろう。

 

 スノーホワイトは自身の手を見つめながらナナコの質問を思い出す。

 

―――何で困っている人を助けるの?

 

 それが理想の魔法少女だから、そう答えようとしたが止めた。その答えでは自らの意志ではなく、誰かの意志でやらされているようにも捉えられる。それはナナコが憧れるニンポ少女ではない気がする。人の為に無償の愛で助けるのがニンポ少女で魔法少女だ。だからそう答えた。

 ナナコはいずれニンポ少女が現実にいないと知るだろう。だがそれでも理想のニンポ少女を演じる。信じる者に夢を見させる。それはニンポ少女も魔法少女も変わらない。

 

魔法少女のお仕事 終り

 



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第十三話 ベースボール・フリークス・ブルース♯1

「スポーツニュースの時間ドスエ。明日の午前12時よりオニタマゴスタジアムで全国ハイスクールベースボールカップネオサイタマ予選決勝戦、カスガ・ハイスクール対ハナサキ・ハイスクールの試合が行われます」イザカヤパブ『ハッキュウ』内にあるTVに映る映像にサラリマン2人が視線を向ける。

 

「もう予選決勝ですか」「いいですよね、ハイスクール野球。プロ野球より好きです」「私もです。待ったなしの一発勝負、プロはアウトになりそうだったらすぐに手を抜いて走る。でもハイスクールのプレイヤーは全力疾走!心打たれます!」仕事終わりのサラリマンがハイスクール野球を肴にケモビールを飲む。

 

「そういえばエトウ=サンもハイスクールでは野球をやっていましたよね」「はい」「何回戦まで勝てましたか?」「ベスト32まで進出しましたオガタ=サン」オガタの眉が動く。「でもベンチでした」「いやベンチメンバーもチームには必要ですよ」オガタは笑顔を見せながらエトウの肩を叩く、エトウも追笑する。

 

オガタもハイスクール時代は野球をしていたが、エトウのハイスクールより良い成績を残せていなかった。もしこのままエトウがベンチメンバーだと補足していなければ、上司に自慢する奥ゆかしくない人間と判断され今後の出世の道は途絶えていただろう。

 

「注目はハナサキ・ハイスクールの1年生ピッチャー、サワムラ・イチジュン=サン。エースが急遽離脱して代わりに任されたみたいですね。それで全試合1人で投げています」オイランキャスターのサイバーグラスには『献身的』『健気』『頑張る姿に心打たれる』という文字が流れる。

 

「どちらが勝つと思いますか?アマツカ=サン?」男性キャスターが人気グラビアアイドルに話を振る。「アタシはハナサキ・ハイスクールが勝ってほしいですね。サワヤカプリンスのサワムラ=サンの姿を見ると体温が上がってきます」グラビアアイドルは上着を脱いで豊満な胸を強調した。

 

「いや、次はない。明日勝つのはカスガ・ハイスクールだ」グラビアアイドルの言葉を遮るように中年の男コメンテーターが厳しい顔を見せながら喋る。「カスガ・ハイスクールのバッターは実際凄い。特に4番はプロ候補だ、実力が違う。グッドルッキングだからと言って過剰に評価する。メディアもベースボールプレイヤーとして評価をしてもらいたい」

 

「何でそんなヒドイ事言うんですか?サワムラ=サンは実際ガンバってますよ」グラビアアイドルが不機嫌そうに反論する。「私はサワムラ=サンを正当に評価しているだけで…」「分かったサワムラ=サンに嫉妬してるんだ!」「小娘!」グラビアアイドルの言葉にコメンター堪忍袋が温まり組み付く。

 

「ンアーッ!」クラビアアイドルの服が破れ赤の下着と豊満な胸が露出する。「2人とも白熱しております。明日の試合も同じように白熱した試合を期待しています。ではサヨウナラ」キャスターは2人の間に入りながら番組を終わらせた。

 

◇スノーホワイト

 

 カワタさんの件から可能な限り活動を自粛した。パトロールでもドラゴンナイトと回るときはヤクザ達などとの大立ち回りは行わず。従来の魔法少女の活動のようにボランティアレベルのささやかで誰にも顧みられることない活動を行うように誘導した。ドラゴンナイトは特に訝しむことなく、ネオサイタマの治安も少しは良くなり、これも2人の活動の成果なのかもしれないと解釈していた。

 アマクダリについてだが、今のところドラゴンナイトにはたどり着いてはいない。ファルにはドラゴンナイトや両親が経営しているカワベ建設へのハッキングがないかチェックしてもらい、今のところは異常ない。本来ならアマクダリのデータベースから2人のデータを消してもらうのがベストであり、ファルにハッキングを頼みー露骨に嫌な態度を示し何度も頭を下げーやってもらったが消すことはできず、AIが焼かれそうだったもう2度とやりたくないと散々愚痴を言われた。

 今のところは安全だ。だが何かのきっかけでアマクダリに感知されるか分からない。今後も神経を張り詰め情報を集めアマクダリに悟られないようにしなければならない。

 上空から音が聞こえてきたので見上げるとマグロ型の飛空艇みたいなものが映像を流している。

 

明日12時、オニタマゴスタジアムでネオサイタマハイスクールベースボールカップネオサイタマ予選決勝戦、カスガ・ハイスクール対ハナサキ・ハイスクール、プレイボール

 

 ハイスクールベースボールカップとは各地域の高校球児達が試合をして代表校が京都にあるニカワ・ベースボールパークという場所で、トーナメント方式で試合し高校ナンバーワンを決める大会だ。

 元の世界の甲子園みたいなものか、甲子園についても国営放送で一定期間の間朝から夕方まで放送し続けているだけあってスポーツに興味がなくても知っている。といっても地元の高校が出ていれば頑張って欲しいなぐらいの興味しかない。

 ネオサイタマでも高校野球は人気のようでメディアで取り上げられ、スポーツに興味がないスノーホワイトでも基礎知識が覚えられるほどの周知がされていた。

 ドラゴンナイトも同じようにマグロ型の飛行艇を見上げ映像を見ていた。その表情は憧れや感傷や嫉妬など様々な感情が入り混じっているように見えた。ドラゴンナイトもニンジャになる前は野球をしており、野球については色々と複雑な思いを抱えているようだ。

 

「ねえスノーホワイト=サン。ちょっと寄り道していい?」

「いいけど、どこに?」

「ジンジャ・カテドラルにお参り。そんな遠くないから」

 

 ドラゴンナイトの表情は含みのある表情から、いつもの年相応の少年らしい明るい表情に戻っていた。2人はビンのフタが開かなくて困っている人や自転車の鍵を失くして困った人―鍵を探したが結局見つからず本人の了承を得て鍵を破壊した―を手助けしながら神社に向かった。

 ドラゴンナイトが鳥居の前で一礼し、スノーホワイトもそれに倣い一礼し鳥居を潜り階段を登っていく。30段ぐらい登ると小さい本殿と狛犬があるぐらいのこじんまりとした神社だった。

 

「何ヶ月ぶりだろう」

 

 感慨深そうに呟くとお参りせず、左にある記念碑の奥にある木に向かっていく、そこにはチューブのような物が巻きつけられていた。それを手に取ると肘だけを動かし伸ばし始める。

 

「それは?」

「ああ、これはDIYで作った練習道具、ピッチャーだから肘のインナーマッスルを鍛えていたんだ。前は伸ばすのに苦労したけど、今じゃベイビー・サブミッションだ」

 

 暫くその運動を繰り返しチューブから手を離す。表情はどこか寂しげだった。そしてチューブを巻いている木の周辺の草むらを漁ると金属バットが出てきて素振りを始める。

 

「練習が終わった後さ、ここでセンパイと自主練習してたんだよ。センパイもピッチャーで色々とインストラクションしてもらった。テクニック、メンタル、フィジカル。本当に凄い選手でさ。食事とかも凄く考えていて生活が全て野球って感じ。何でそこまでするかと聞いたら何て答えたと思う。『野球が好きで上手くなりたいから』だってさ。ストイック!」

 

 素振りをしながら語り始める。ニンジャの力で金属バットの重さなど木の棒と同じものだろう。スイングスピードは常人より遥かに速く、スイングで起こした風圧が足元にある雑草は強風を受けたように横倒しになる。10スイング程度振ると、実際軽いと呟き金属バッドを置いた。

 

「ここには野球のカミサマが居るんだよ」

「そうなの?」

「と言っても、ボクとセンパイが野球のトレーニングしてるからカミサマが来ているだろうって勝手に言っているだけだけど」

 

 ドラゴンナイトは冗談ぽく言いながら懐から小銭を取り出しながら本殿に向かう。

 

「だから野球のお願いはここでしようって思った。効果は有るか分からないけど」

「それって明日の野球の決勝戦に関係あること?」

 

 野球に関するお参りとなると、近々行われる野球に関することは明日の決勝戦かなという程度の薄い根拠だったがそれは当たっていたようで、ドラゴンナイトは驚きで眉を僅かに動かした。

 

「うん、ハナサキ・ハイスクールのピッチャーのサワムラ・イチジュンって知っている?」

「サワヤカプリンス?」

 

 サワヤカプリンスとはメディアがつけたサワムラのあだ名だ。端正なルックスと貧乏話で人気を獲得しており、スポーツに興味がないスノーホワイトでも知っているほど世間に知られている。

 

「その人がさっき話した一緒にトレーニングしたセンパイでさ。キッズ時代から一緒に野球していたんだ。それで3年が怪我でリタイアして急遽ピッチャーを任されて、そこでチームの為に投げ続け決勝戦までたどり着いた!特に圧巻だったのがセミファイナルのニシウラ・ハイスクール戦での3回裏ノーアウト、フルベースでのクリーンラップへのピッチング!」

 

 熱を帯びながら語り始める。その姿は魔法少女について語るファルを思い出す。ファルならすぐに話長くなるので話の腰を折るが、微笑ましいので話を止めず話を続けさせる。

 

「本来ならスリーアウトで終わってたんだけどエラーやフィルダースチョイスでノーアウトフルベース、前までのボクだったら完全にメンタルを乱して大量失点だよ。でもサワムラ=センパイは冷静だった!3番にはスリーツーからのインコースへの抉りこむようなカットボールでの三振!スリーツーでインコースだよ!ピッチャーではバッターに当てても気にしない奥ゆかしくないタイプはいるけど、サワムラ=センパイはそれを気にするタイプ、でも勇気を持って投げた」

 

 熱はさらに帯びボールの軌道や打者の様子もジェスチャーで再現し始める。

 

「うわ、熱くなりすぎてちょっとひくぽん」

「ファルも魔法少女について喋ると早口で話が長くなって、こんな感じだよ」

「え?そうなのかぽん?」

「そうだよ」

 

 ファルは流石にここまでヒドくないぽんと呟く。これで多少自分を省みるだろう。我がふりを直している間に話はさらに続いている。

 

「次の4番はチェンジアップで3振!完全にタイミングを狂わされてたね!ジュニアハイスクール時代には投げなかったボールだけど、ファストボールの後にあれはヤバイすぎる!次の5番は得意のムービングで芯を外させてのショートゴロ!スゴイ!」

「凄いんだね、サワムラさん」

 

 スノーホワイトは特に反応を見せずいつもどおり話す。話の内容が専門的すぎて理解できず、少し引くぐらいの熱の入りっぷりだった。だが表情で感情を見せると相手は気まずくなってしまう。

 

「うん、本当にスゴイだよ!身長が小さいからプロに行けないっていう人もいるけど、サワムラ=センパイなら明日勝って、ニカワで優勝してプロに行ける!」

 

 ドラゴンナイトは自分のことに嬉しそうに語るが一瞬表情に影が差していた。2人はハナサキ・ハイスクールの勝利を願って賽銭を入れお参りする。すると階段を登る音が聞こえた。スノーホワイトは階段ですれ違わないように階段の横に止まり、参拝客が階段を上がった後に降りよう伝え、2人は階段の両脇に移動する。そして参拝客が上がってきた。

 170センチ前後の身長で同年代の男性、ジャージ姿で背中には『hanasaki highschool』と書かれていた。その男性はドラゴンナイトを見て目を見開く、ドラゴンナイトも同じように見開く。

 

◆サワムラ・イチジュン

 

「カワベ=コウハイじゃないか、なんでこんなところにいる!元気にしていたか」

 

 まさかこんな所でジュニアハイスクールのコウハイに会うとは思ってもいなかった。サワムラはカワベに近づき肩を叩きボディータッチで喜びを表現する。カワベは一瞬渋い表情を見せたがすぐに笑顔を見せた。

 

「はい、元気です」

「そうかそうか!元気か!元気がイチバンだからな!ハッハッハッ!それで、その女の子は?」

 

 カワベの近くに居た女の子、偶然一緒になったと考えたが向ける視線から察するに知り合いだ。実際カワイイ。代理の1年生ピッチャーで決勝まで進みメディアにも多少なり紹介されたこともあり、同じハイスクールや違うハイスクールの女生徒が寄ってきて、中にはカワイイ娘もいたがその娘すらコールドゲームできるほどのカワイイだ。敢えてマイナスポイントをあげるなら胸が平坦なところだろう。サワムラは豊満派である。

 野球に集中するために女子とは距離を置いている。羨ましくはない。羨ましくはないがあの女子との付き合いが苦手なカワベがどうやって知り合った。肩を叩く手が強まる。

 

「はじめまして、ユキノ・ユキコです」

「それでカワベ=コウハイとは…」

「お友達です」

「そうかそうか。カワベ=コウハイをよろしく!」

「はい」

 

 ユキノは笑顔を見せ奥ゆかしく返答する。友達で良かった。もし付き合っていると言われたらメンタルに多大なダメージを受け明日の決勝戦はノックアウト確実だ。

 

「ところで、どうしてここに?」

「えっと、サワムラ=センパイが明日勝てますようにって。ここには野球のカミサマが居ますから」

 

 カワベは冗談めかして語る。このジンジャには野球の神様が居ると言ったのはサワムラだった。冗談で言ったのだが覚えていたか。

 

「それでサワムラ=センパイは?」

「ブッダダノミ」

 

 サワムラは頬を掻きながら恥ずかしそうに喋る。カワベと居るときはブッダに頼むようなキャラクターではなかった。だがジンジャで出会ってしまっては言い訳ができない。

 

「どうしたんですかサワムラ=センパイ!?ブッダ頼みだなんて惰弱って言ってたじゃないですか!」

「ウッセ!」

 

 カワベの頭を軽く叩き半笑いを見せていた。懐かしいやりとりだ。心が休まる。カワベとはキッズ時代から一緒に野球をしており、普通と比べネンコ関係は弱い。だが舐めているわけではなくリスペクトしてくれ、公の場ではしっかりとネンコ関係を演じていた。ハイスクールではジュニアハイスクールより遥かにネンコ関係が厳しく。こんな口をセンパイに聞けば即ムラハチだ。

 

「ユキノ=サン、こいつ俺について何て言っています?ディスってました?」

「いえ、凄い選手と褒めていました。特にニシウラ・ハイスクールでのピッチングは凄かったと」

「ヤメテ、ユキノ=サン」

 

 カワベは顔を赤くしながらユキノの口を止めようとしている。カワイイところがあるじゃないか。カワベにヘッドロックを決め髪型が崩れまで頭を撫でておいた。

 

「それで、何で野球を辞めた」

 

 ヘッドロックを解き正対させる。和やかなアトモスフィアから一転し、サワムラの声は真剣みを帯びていた。シリアスなアトモスフィアを感じたのかカワベの体は固まる。

 ハナサキ・ハイスクールに入学した直後、カワベがベースボールクラブを辞めたという話を違うハイスクールに入学した同級生から聞いた。

 俄かには信じ難かった。カワベは努力家で野球が好きだった。いずれはアカツキ・ジュニアハイスクールでエースピッチャーとなり、ハイスクールでも野球を続けプロを目指すと信じて疑わなかった。何が起こった?もし下らない理由だったら、サワムラはカワベの目をしっかり見つめる。

 

◆カワベ・ソウスケ

 

 やはり聞かれたか。サワムラが野球を辞めたことを聞いてくるのではと不安に思っていたが予想は見事に当たった。

 

「怪我か?怪我ならしっかり治してまたやればいい」

「違います」

 

 ソウスケは首を横に振った。怪我ではない。それを見てサワムラは語気を強めて理由を問いただす。そのアトモスフィアはエラーのせいでランナーを増やし負けた試合で、エラーをした選手を罵倒しまくっていたのを咎められた時と同じぐらいコワイ。基本的にフランクな関係だがコワイ時は本当にコワイ。それがサワムラだ。

 

「野球が嫌いになったんですよ。練習もキツイし、ネンコ関係も面倒ですし、野球のせいでカートゥーンやコミックも読む時間無いですし、ボクは野球よりカートゥーンやコミックの方が好きなんですよ。野球をやっていたのも親の体裁を保つためです。それに野球やっていたらユキノ=サンとも知り合えなかったし」

 

 サワムラのシリアスな雰囲気を変えようと乾いた笑いを浮かべる。これらの理由はナノ単位レベルでは思っていたかもしれない。だがこんな理由で野球を辞めるのは有り得ないことだった。だが自分ではどうしようもない問題で辞めなければならなかった。

 これはサワムラにも、ニンジャのスノーホワイトにも理解できないだろう。サワムラは偽りの理由を聞いて、根性なしという軽蔑も惰弱という怒りの感情も見せず、真っ直ぐ見据えた。

 

「嘘だ。本当の理由を言え」

「これが本当の理由ですよ。ボクは根性なしだったんですよ」

「嘘だ」

「嘘じゃないって言ってるじゃないですか!野球のせいでムラハチさせられて、カートゥーンについても友達とも語れなくて!野球なんてウンザリだ!」

 

 ケジメレベルの口の利き方で反論する。これも心痛めていたことだ。だがそれでもあれが起きなければ野球を辞めなかった。頼むこれで納得してくれ!その言葉はもはや懇願だった。

 

「嘘だ。いや今言った理由も嫌なことだったのだろう。コミックが読めないとボヤいていたし、ジョックの生活も嫌だしナード達をムラハチしたくないって言っていたしな。だがそれでも野球を辞めない。お前は俺と同じ野球フリークだ。悩みがあったら相談しろ。俺が解決してやるよ。カワベ=コウハイ」

 

 サワムラはサムズアップしてニカッと笑った。その瞬間ソウスケの気持ちを溜め込んでいた防波堤は破壊された。理由を聞いた誰もが今言った言葉で納得した。チームメイトも両親も納得した。それに安堵しながら本当は悲しかった。理解できるはずがないが理解してほしい。だが野球フリークのサワムラなら理解してくる。意を決して語り始める。

 

「サワムラ=センパイ……ボクはニンジャなんです……」

「は?ジョークか?」

 

 サワムラは真剣に話しているのに冗談を言うなと怒りの態度を見せる。それが当然の反応だ。ソウスケはその怒りに臆することなく言葉を続ける。

 

「ボール持ってますか?貸してください」

「ああ」

 

 ピッチャーたるもの常にボールを触っておけ、それが口癖で学校でも常にボールを懐に忍ばせ授業中でも試合後のミーティングでも触っていた。懐かしい光景を思い出し笑みをこぼす。ボールをとると丁度ストライクゾーンぐらいの太さの木から約18メートルの距離まで歩いていく。これはマウンドからバッターまでの距離だ。

 

「ストレート」

 

 球種を宣言して投げる。投げ込まれたボールのスピードは時速約170キロ。プロ野球のピッチャーでも出せない球速だ。サワムラは口をポカンと開け信じられないという表情を見せていた。ソウスケはボールを拾い次々に投げ込む。

 スライダー、シュート、フォーク、カーブ、ナックル。現時点で存在するありとあらゆる変化球を投げる。その変化はプロのトップピッチャーの投げるボールより鋭く大きく曲がっていた。

 

「マジで…ニンジャなのか?」

 

 投げる球を後ろから見ていたサワムラは呟く、ジュニアハイスクールの子供がプロのトップレベルを遥かに越えたボールを投げる。そんな事ができるのは超人、ニンジャしか有り得ない。野球が上手いほど者こそこの結論にたどり着く。サワムラは軽いNRSを発症し股間を僅かに湿らしていた。

 

「信じてもらえましたか?」

「ああ、あんなボール投げられるのはニンジャしかいない。それは理解した。でも何故野球を辞める?これならプロでも楽勝だろう」

「こんなのチートじゃないですか」

 

 ソウスケは苦々しく語る。

 

 ニンジャになってからの初めての練習試合、相手が投げるボールが止まって見えバットを振れば全打席場外ホームランだった。投げれば誰ひとり打てずパーフェクトゲームを達成した。その日の夜は嬉しさで狂喜乱舞した。

 この力が有ればプロ入りは確実、それどころかプロ野球での最高年俸の獲得も可能だ。人生はイージーモードのバラ色だ。しかし喜びに浸かれたのは僅かな時間だった。

 次に感じたのは罪悪感だった。ホームランを打たれたピッチャーの絶望に染まった顔、空振りして悔しがる顔。試合に勝つために、レギュラーになるために、それぞれの理由で野球に打ち込んでいる。

 3学年のバラダ、サワムラの後を継ぐために必死にトレーニングしている。ネンコを盾にえばっているが努力の姿勢は評価している。だがソウスケがいる限りレギュラーピッチャーになることは永遠にない。

 この能力は圧倒的すぎる。この力で野球をするたびに試合に勝ちたいと思う相手選手、レギュラーになりたいと頑張る味方の夢や願いを理不尽に奪っていく。野球が好きだからこそ辛さや悲しみは痛いほど理解できる。この力で野球をしてはならない。

 ならばこの力を使わず野球をすればいいと考えた。だがこの力は切り離すことできなかった。手加減するにしてもどれぐらい手加減すれば前の実力になるか分からない。そして今後どれほど実力をつけられるのかも分からない。

 ニンジャになった瞬間に普通の野球選手に戻れないことを悟り野球を辞めた。野球が好きだから同じ野球をする同志の希望と夢をニンジャの力で奪う傲慢さを持てなかった。

 

「そうか、辛かったな」

 

 サワムラはソウスケの頭を優しく撫でた。その行動に思わず戸惑いアタフタする。

 

「お前は野球フリークだ。野球フリークだから他のプレイヤーをリスペクトし尊重しドヒョーから降りた。俺だったら同じ選択ができたか分からない。その選択を選んだ事を心からリスペクトする。最高の野球フリークだよ、俺の誇りだ、カワベ=コウハイ」

 

 その言葉を聞いた瞬間涙が溢れた。誰にも理解できずオヒガンまで持っていこうとした秘密、それを1番リスペクトしているセンパイに理解してもらい、最高の野球フリークと褒められた。こんな言葉を言われれば嬉しくて泣かないわけがない。サワムラやスノーホワイトに涙を見せられるのを恥ずかしいという感情を忘れて泣いた。

 

◇スノーホワイト

 

「ほら飲め、ユキノ=サンもどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 サワムラが買ってきた缶ジュースを受け取り口につけながら考える。魔法少女とニンジャは同じ超人であるが決定的に違うところがある。魔法少女はスノーホワイトと姫川小雪を切り離して生きていける。だがニンジャは切り離せない。人間のカワベ・ソウスケであり、ニンジャのドラゴンナイトでもある。人間の大会でもドラゴンナイトの能力を持ち込んでしまう。それゆえに起きてしまった出来事だ。

 もし他人の心を気にせず自分の利益だけを追求できれば、このまま野球をして無双していた。だが他人の気持ちを顧みられる優しさが野球から身を引かせた。

 

「カワベ=コウハイはクラブを辞めてから野球はしたか?」

「いえ、してないです」

「そうか、ちょっと待っていろ」

 

 サワムラは金属バットがあった場所に向かい草むらを漁り始める。すると手にカラーボールを持ってこちらに戻ってきた。

 

「じゃあキャッチボールしようぜ、硬式ボールじゃあ危ないけど、カラーボールなら大丈夫だろ」

 

 ドラゴンナイトは満面の笑みで答え立ち上がり、その後ろ姿を見送る。

 

「折角だからユキノ=サンもやりませんか?」

「そうだよ。ユキノ=サンもやろうよ」

 

 サワムラの提案にドラゴンナイトも賛同する。先輩後輩水入らずでやらせようと思ったが2人から誘われたら断りづらい。キャッチボールなら参加しても問題ないだろう。スノーホワイトも立ち上がり位置に着く。サワムラを頂点にした二等辺三角形の位置につき野球素人のスノーホワイトへの配慮でとドラゴンナイトとの距離が短い底辺になった。

 

「やっぱり右で投げるんですね」

「ピッチングのためには利き腕じゃない方も鍛えないとな。いくぞ」

 

 投げる順番はサワムラ→スノーホワイト→ドラゴンナイト→サワムラへ三角形に投げていく。

 

「今更だけど、ユキノ=サンはあいつがニンジャだってことに驚かないの?」

「私もニンジャですから」

「マジか世間は狭いな。ところで歳は?どこでこいつと知り合ったの?」

「16歳です。ソウスケさんとは火災現場で協力して人命救助して、それが縁で一緒に行動しています」

「同い年か、しかし火災現場ね、まるでカートゥーンの正義のヒーローだな。好きだったもんなヒーロー」

「ええ、今も真似事をしています」

「じゃあ、ヤクザとかやっつけたのか?」

「ええ、まあ」

「ニンジャスゲエ、でもほどほどにしておけよ。ユキノ=サンにかっこつけようとして危ない場所に行くなよ」

「それは大丈夫です。ユキノ=サンはボクの10倍強いですから」

「マジか、いやお前が弱すぎるだけだ。コーチにしごかれてピーピー泣いていたもんな。その度に俺がフォローしていたんだぜ、ユキノ=サン」

「そんな昔の話はいいですよ。サワヤカプリンス=サン」

「やめろその呼び方。恥ずかしい」

 

 会話をしながらキャッチボールを繰り返す。ドラゴンナイトは兎も角サワムラも流石決勝戦まで勝ち上がったピッチャーだけあって、投げた球は正確に胸に届きコントロールに乱れがない。暫く雑談しながらキャッチボールを続けるがスノーホワイトのボールを捕ったサワムラがキャッチボールを止めた。

 

「あ~ダメだ。気になってしょうがない!ユキノ=サンちょっといい」

 

 サワムラはスノーホワイトを手招きする。何をするか分からないがとりあえず近づき、指示されるままにドラゴンナイトにボールを投げる。その様子をふむふむと興味深そうに見つめる。

 

「ユキノ=サンの投げ方ってレディースローなんだよ。別にそれはそれでいいけど、その投げ方で並みのピッチャーより良い球投げているんだよ。それが何かモッタイナイ。だから直す。とりあえずゆっくりと投げる動作して」

「はい」

 

 スノーホワイトは言わるがままに投げる動作と行う。するとストップという掛け声とともに腰と肘にサワムラの手が添えられる。

 

「腰をもっと回転させて、肘を出すんじゃなくて肩を回す感じで……」

 

 スノーホワイトは思わぬ接触に反射的に手を握りつぶしそうになるが懸命に抑えた。危なかった。魔法少女が加減無しで掴めば骨なんて簡単に折れてしまう。明日試合のピッチャーを怪我させるわけにはいかない。

 

「ザッケンナコラー!何ユキノ=サンに触ってるんですか!」

 

 その様子を見てドラゴンナイトが猛烈に抗議する。それを聞いてやっと『セクハラと思われたら困る』という声が聞こえてきた。どうやら下心はなく投げる動作を教えるという100%善意だったようだ。何回も頭を下げたので気にしていないと念を押しておく。

 改めてサワムラに教えてもらった通りに投げてみる。すると以前よりスピードが出たようだった。

 

「流石ニンジャ、一発で修正した。これだったら大会に出ても通用するよ」

「そうですね。現時点でサワムラ=センパイより凄いピッチャーですよ」

「いや俺のほうがまだワザマエだ。変化球も投げられるし経験値が違う」

 

 ドラゴンナイトの嫌味に反応しサワムラは語気を強め張り合う。その様子が子供の喧嘩のようだった。

 

「じゃあ、次は変化球を投げてみよう。まず握りは……」

「ボクが教えます!まず握りはこう、もっと縫い目に引っ掛ける感じで」

 

 手を取りながら握り方を教えようとするサワムラに割って入りドラゴンナイトが教え始める。サワムラと違い『触って嫌がられたら困る』という声が大音響で響いていたがあえて何も言わなかった。

 短い時間だったがカーブとシュートという変化球をマスターした。その間にサワムラとドラゴンナイトは握り方や投げ方について「こっちがいい」「ニンジャだったらこっちのほうがいい」と言い争いのような議論を交わしていた。だが険悪ではなく気のおけない友人同士がふざけ合っているようだった。

 

「そろそろ帰るわ。ユキノ=サン勝手にピッチングを教えて悪かったね、飲み込みが良くてつい熱が入りすぎた」

「いえ、こちらも楽しかったです」

「カワベ=コウハイも会えてよかった。大分緊張が取れた。それにお前が野球をやめた理由が聞けてスッキリした。これでグッスリだ」

「逆に聞かないほうが良かったのでは?それだったら負けても言い訳できますよ」

「スゴイシツレイ」

 

 ドラゴンナイトが煽るように言うとサワムラは半笑いで軽く小突いた。サワムラは階段に向けて歩くと足を止めて振り返る。

 

「カワベ=コウハイ、もしニンジャプロ野球リーグがあったらどうする?」

「勿論入ります」

 

 ドラゴンナイトは質問にノータイムで即答し、サワムラはそれを見て満足気に笑った。

 

「カワベ=コウハイ、ユキノ=サン。ニカワに優勝した後はオフだから野球して遊ぼう」

「はい」

「ヨロコンデー!明日の試合見に行きます!絶対勝ってください!」

 

 スノーホワイトは了承しドラゴンナイトは満面の笑みで答えた。サワムラはそれを確認すると階段を下っていく。

 

「良い先輩だね」

「本当に……ベースボールプレイヤーとしても人間としてもリスペクトできるよ。サワムラ=センパイと一緒に野球ができたのは人生の誇りだよ」

 

 ドラゴンナイトは噛み締めるように言った。確かに野球ができたのが一生の誇りと言わしめるほどの人物だった。ドラゴンナイトを理解し野球を辞めた理由を引き出した。スノーホワイトなら魔法でなら聞き出せるが、本人の口からは聞き出せなかったかもしれない。

 そしてサワムラも後輩と会えたことはプラスに働いたようだ。野球部のピッチャーというものは想像以上に色々と抱えていることが心の困った声で分かってしまった。

 

「もし良かったら、明日の試合見に行く?」

「ごめん。明日は同じ時間に外せない用事があって」

 

 ドラゴンナイトはスノーホワイトに悟られないように肩を落とす。行きたいのはやまやまだが優先度は残念ながら自分の用事の方が高い。申し訳ないともう一回心の中で謝っていた。

 



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第十三話 ベースボール・フリークス・ブルース#2

トップページにフォーリナーXのイメージイラスト
第十一話 バース・オブ・ア・ニューエクステンス・バイ・マジカルヨクバリケイカク#4の後書きに芽田利香のイメージイラストを追加しました


ハナサキ・ハイスクールのベースボールクラブが所有するマイクロバス内、そこは異様なアトモスフィアに包まれていた。ネンブツチャントを唱える者、必要以上にグローブを磨く者、血走った目で携帯端末から流れる映像を見つめる者、泣き出している者、皆が平常心とは程遠い。あと6時間後には人生が決まる。

 

全国ハイスクールベースボールカップ、通称ニカワトーナメント。この大会に出場するステータスとメリットは計り知れない。進路においても進学すれば名門大学への無条件入学に学費の免除、就職ならメガコーポへの入社からエリートコースが約束される。プロ野球に入るにしても出場者は厚遇され、非出場者はムシめいて扱われる。

 

だが負ければメリットを得られない。それどころか野球に全てを突きこんできた彼らには社会で生きるスキルは一切ない。結果、マケグミとして生きるか野垂れ死ぬか、犯罪者になって捕まり刑務所で人生を過ごすかの3択。それがニカワに出られなかった野球ジョックの末路だ。

 

生徒達だけではなくコーチのアメガクレも平常心ではない。学校運営においてニカワ出場は圧倒的な宣伝効果がもたらされる。アメガクレは就任から3年以内でニカワ出場を公約し、賄賂やハニートラップやヤクザクランを使った脅しなど、キャンディー&ウィップで有望選手を獲得してきた。

 

そして今日を逃せばチャンスはない。負ければ使った経費は全額請求される。そうなれば返済の為に臓器を売るか、カニコウセンでの過酷な労働が待っている。どっちみち今後の人生は暗黒だ。何が何でも勝たなければならない。

 

ニカワトーナメント設立者のマサオカは野球を通して生徒たちの健全な成長を願いトーナメントを作った。だが今はどうだ!ニカワトーナメントは大人たちのオナーとマネーを得るための道具と化して薄汚れてしまった!オヒガンのマサオカがこの現状を見れば嘆き悲しみセプクしているだろう!

 

「おい!サワムラ=コウハイ!昨日何処に行っていた!」サワムラの隣に座っている3年のゼンコウインが血走った目で話しかける。「ジンジャです」「ジンジャだと!何勝手に出歩いている!メディアに取り上げられているからと調子に乗っているな!試合に勝てたのは俺達センパイ達!4番の俺のおかげだ!ソンケイを忘れるな」「はい。ソンケイしてます」

 

サワムラは作り笑いを浮かべた後ゼンコウインに見えないように顔を顰める。確かにピッチャーが抑えても点を取らなければ勝てない。だがセンパイのミスもカバーしている。1年がレギュラーになるのは奥ゆかしくなくセンパイ達も気に入らないのは分かるが見苦しい。嫉妬、ネンコ。ここでの野球は不純物が混じりすぎている。

 

カワベは野球を辞めたが良かったのかもしれない。野球フリークには耐えられないだろう。もっとシンプルに考えられないものだろうか、野球が好き、好きなもので負けたくないから練習する。練習すれば上手くなり勝てる。簡単な話だ。ゴチャゴチャと考えるからメンタルを乱される。バンザイチャントで見送りをする生徒達を見ながらため息をついた。

 

 

◇スノーホワイト

 

 コンクリートがむき出しで碌に内装がされていないビルの一室、床にはロープで捕縛されたスーツを着たサラリマン、ヤクザ、そしてニンジャ。ニンジャには殴打の跡が見られ気絶していた。スノーホワイトは無表情で見下ろす。

 発見できたのは全くの偶然だった。1人でパトロールしている最中に何良からぬことを考えている人が居たのでその人や携帯端末やUNIXを調べていたら、毒の効果を試そうと実験を企んでいたことが分かった。毒の受け渡し会合日を調べ取引場所に待ち伏せして関係者全員を捕縛した。中にニンジャが居たのは予想外だったが何とかなった。

 

「この毒どうするぽん?」

「袋に入れておく」

 

 スノーホワイトは厳重に封がされた小瓶を拾い上げ魔法の袋に入れた。毒物を考え無し捨てれば被害が出るかもしれない。その点魔法の袋に入れておけばとりあえず安全だ。それに何かに使えるかもしれない。ファルに毒について調べてもらってパンデミックを起こすような危険な物でなければ、敵に使えるかもしれない。

 

「もう間に合わないか」

 

 時計を見ると14時を回っていた。計画では会合は12時予定だったがトラブルが有ったようで今の時間だ。決勝戦は12時開始なのですぐに球場に向かえば途中から見られたかもしれない。だが2時間経てば詳しくは知らないがもう終わっているだろう。この計画さえなければ一緒にドラゴンナイトと一緒に観戦しても良かったが、人命に関わっていたのでこちらを優先した。

 壊れた窓から空を見ると太陽が燦燦と輝いていた。今日は珍しく晴れており気温も高い。元の世界では暑いのに頑張るなとクーラーが利いた家で他人事のように思っていたが、知人の先輩が投げていると思うと少しだけ心配になる。

 

◆◆◆

 

パパパー、パパパーパーパー。「「「「「オーオー、シマッテコーゼ!シマッテコーゼ!」」」」スタンドからブラスバンドクラブの生徒達の演奏と試合に出られなかった部員の大声援チャントが聞こえる。選手たちは全員ユニフォームを着てマルボウズと呼ばれるトラディショナルなヘアースタイルで応援している。

 

「シマッテコー……ガハッガハッ…」「声を出さんか!イヤーッ!」「グワーッ!スミマセン!指導アリガトウゴザイマス!」声を落とした選手にセンパイが教育的指導殴打。コウハイは45°のオジギで感謝の意を示す。殴られた。アイツがさっさと抑えれば延々とチャントをしなくても済むのに。コウハイはマウンドの同級生を忌々しく見つめた。

 

九回の裏ツーアウトフルベース、5-2でカスガ・ハイスクール3点ビハインド、バッターは4番プロ入り候補のチョウジマ、クライマックスに向けて球場のボルテージは最高潮に達する。マウンドのサワムラはロージンと呼ばれる白い粉を塗りたくる。額や頬には大量の汗が浮かんでいた。

 

初回は絶好調だった。球威や変化球のキレも抜群でミットに寸分たがわず入っていく。だが回を重ねていくごとに球威やキレは落ちていき、コントロールも乱れていく。それは奇妙な感覚だった。投げた手応えは絶好調時の感覚だった。だが球の球威とキレは悪く、コントロールも悪い。

 

調子が悪かったなら分かる。だが今は絶好調だ、そんな事はありえない。サワムラは奇妙な感覚に苦しみながら懸命に投げて抑える。あと1つアウトを取れば試合終了で勝ちだ。だが疲労は限界だ。本当なら交代を申請するが控えのピッチャーは疲労が溜まっているサワムラ以下の実力である。

 

「タイム!」ベンチからタイムの指示が送られ、伝令の選手と内野の選手がマウンドに集まる。伝令内容は激励だろうか、そんなものは必要ない。体力は限界だが気力は充分だ。チョウジマを抑えて、試合に勝つ!だがベンチからの指示は予想外のものだった。

 

「サワムラ=コウハイ、これを使え」サワムラは審判に隠すように渡された物を見て激怒する。ナムサン!紙やすりだ!野球に詳しい読者ならば理解できるだろう!ボールに意図的に傷をつけて変化球のキレと変化量を増幅させる通称エメリーボール!これはヤバイ級の反則で発覚すれば社会的なオナーを失う!

 

コーチのアメガクレは勝つためにサワムラにエメリーボールを強要したのだ!ナムアミダブツ!ニカワベースボール大会に出る為にはここまでしなければならないのか!アメガクレにはスポーツマンシップの欠片も残っていないのか!?「フザケル……」サワムラは激情のあまり声を出そうとするがセンパイのボディーブローで強制的に黙らされる。

 

「やれ、サワムラ=コウハイ。俺達の将来が掛かっているんだよ。お前の下らないブルシットなスポーツマンシップとエゴで多くの人生を破壊するつもりか?やれ」「やれよ」「やれ」「やれ」ALAS!チームメイト達はエメリーボールを止めるどころか、サワムラに強要している!スポーツを通して健全な精神が養われるというのはでまかせか!

 

「やりません」サワムラは決断的に拒否。チームメイト達を睨みつける。「やれ」「やれ」「やれ」「やりません」「やれ」チームメイトとサワムラはお互い意見を曲げない。「ちょっと長すぎないか」すると審判が駆け寄る。タイムの制限時間が迫っていた。「スミマセン」キャプテンが笑顔で応対し元のポジションに戻る。

 

サワムラのポケットには紙やすりがいつの間にか入っていた。ベンチを見るとアメガクレがオーガめいた表情で睨みつけている。サワムラはポケットに手を入れて抜く。手には何も持っていない。フザケルナ!野球を汚すな!振りかぶって投げる。

 

1球目インハイストレート。「ファール!」2球目インハイストレート「ボール!」3球目アウトコース変化球「ストライク!」4球目インローストレート「ボール!」5球目アウトコース変化球「…ボール!」チョウジマは際どいコースを見送りカウント3-2。「「「「ウオー!」」」」会場はフリークアウト!

 

次投げるボールは決めている。ムービングボール、ストレートと同じスピードで不規則にボールが動く、投げられるピッチャーはいるがサワムラほどボールは動かない。テクニックは分からない。自然と投げられるようになっていた。これがサワムラというピッチャーの最大の武器で有り生命線。

 

サワムラは振りかぶって投げる。ブチブチ、肩と肘から嫌な音がして激痛が走る。だがサワムラは痛みに耐えてボールを投げる。指の引っ掛かり、ボールへの力の伝わり方、完璧なムービングボールだ。ボールはミットに向かって行く、ボールは全く動かない。チョウジマはバットを振りぬく。ボールは放物線を描きスタンドに飛び込む。

 

パワリオワー!グランドスラムドスエ!電子マイコアナウンスが流れファンファーレが鳴り響く。チョウジマは喜びを爆発させながらベースを回り、ホームベースを踏むとチームメイトから手荒い歓迎を受ける。5-6、ハナサキ・ハイスクールは負けた。

 

 

◆カワベ・ソウスケ

 

 最後に投げたボールはムービングボールだ。他の者には分からないだろうが、長年一緒にトレーニングしムービングボールを習得しようと観察した情報とニンジャ観察力があれば判別できる。だが疲労かミスか分からないがボールは動かなかった。まさかの結末だったが当事者ではないせいか、身を悶えるような悔しさではない。サワムラは凄いピッチャーだがまだ1年だ。ここまで活躍できたのは上出来とも言える。

 だがサワムラはセプクしたいほど悔しいだろう。しかし悔しさを糧にしてトレーニングを積めば必ず勝てると信じていた。

 ソウスケはセンパイが負けた光景を見たくないとスタジアムを去ろうとするが足が止まる。左腕の肘と肩を抑えて苦悶の表情を浮かべている。まさか怪我か?グランドではカスガ・ハイスクールのメンバーが喜び、応援席では歓喜の声を上げ、ハナサキ・ハイスクール側はオツヤめいて静かだ。ソウスケはそれらをシャットアウトし食い入るようにサワムラの様子を見つめる。

 グランドでは選手が整列し応援してくれた者たちに感謝のアイサツをしに向かう。サワムラは歯を苦縛りながら歩いていく。だが変だ。チームのメンバーは誰もサワムラを心配し労おうとしない、むしろ憎しみの感情を見せている。

 

「応援ありがとうございました!」

 

 キャプテンが声は張り上げ頭を下げる。選手を迎えたのは労いの言葉と拍手ではなくブーイングだった。

 

 何で守れないんだよ!あと少しだったのに!コンジョウナシ!ホントバカ!

 

 耳を塞ぎたくなる罵倒だ。あと一歩でニカワに出場できるという期待をちゃぶ台返しされた反動と憎しみは分かるが、あまりにも酷すぎる。そして罵倒はピッチャーであるサワムラに向かう。

 ピッチャーは野球の花形であるが、チームが負ければ矢面に立たされることがある。ある意味宿命だ。だが平均得点10点の強力打線を最終的にはホームランで6失点だが9回までは2失点で抑えた。大健闘だ。文句を言うならチャンスを全て潰した4番のゼンコウインとかいうデクノボウだ。

 

 増上慢!天狗野郎!夜のピッチングに勤しんでいたか!?

 

 怒りで血が逆流する。誰だ!誰が言った!ニンジャ聴覚を総動員して犯人を捜す。即座に殴り倒そうと思ったが深呼吸をして強引にクールダウンする。ここで暴力沙汰を起こせばハナサキ・ハイスクールの公式戦出場停止の処置もありうる。ハイスクールベースボール協会は暴力沙汰には厳しい、迷惑が掛かるのはサワムラだ。

 数回深呼吸をしたことでギリギリ耐えられる。殴らないが後で二度とそんな野次を吐くなと脅しておこう。そんなことを考えながら息を吸い込み声を張り上げる。

 

「サワムラ=センパイ!ナイスピッチング!」

 

 思わぬ応援に応援団達は一斉に視線を向ける。少し恥ずかしいが構わず続ける。

 

「最後まで見事に投げぬきました!下を向かないで胸を張ってください!」

 

 ソウスケの存在に気付いたのが歯を食いしばりながらサムズアップポーズを向ける。ソウスケもサムズアップポーズで応え、足早に球場から出ていく。

 負けた直後のピッチャーに慰めの言葉はさほど意味はない。だが褒めてくれる人間も居るということをあの場で伝えておきたかった。サワムラは責任感が強いから暫く抱え込むだろう。1週間か2週間か、それでも立ち直れなかったらスノーホワイトとサワムラと3人で野球に誘ってみよう。案外良い気分転換になるかもしれない。

 



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第十三話 ベースボール・フリークス・ブルース#3

ズルズルー。カワベ家の食卓には3人分のオーガニックヒヤムギを啜る音が響く。父親と母親とソウスケが食卓を囲み食事を摂っている。両親は口を開かず食べ、ソウスケも口を開かず黙々と食べる。ソウスケと両親の仲は冷え切っていた。父親は不正行為し、母親は過剰なまでに世間体を気にする。それにウンザリしていた。

 

学校は長期休暇に入り家にいる時間が多くなり不快だった。1秒でも顔を合わせたくなかったが食事の時だけは顔を合わせる。これで食事を部屋に持っていき1人で食べるのは両親に敗北したようで気に障った。母親が沈黙に耐え兼ねたのかTVをつける。『午後もみんなで~元気に過ごそう~』スカムポップが流れ昼のワイドショーが始まる。

 

「ハナサキ・ハイスクールのサワヤカプリンスは……」ソウスケは箸を止め画面に注目を向ける。サワムラの話題だ。きっと昨日の投球を労い讃えるものだろう。司会のホクバラがフリップに近づき意図的に文字を隠しているシールをとり勢いよく剥がす。「ワガママプリンス!?」ホクバラはオーバーリアクションで文字を読み上げる。

 

ソウスケは訝しむ。ワガママプリンス?どういうことだ?「まずはこちらの映像をご覧下さい」画面にはサワムラが逆転満塁サヨナラホームランを打たれた映像が流れる。この1球で肩と肘を痛めた。だがフォームは乱れていない、だからムービングは動かなかったがしっかりボールをストライクに投げた。流石だ。

 

「このシーンなんですが、何と!サワムラ選手はコーチからの敬遠を無視して投げたのです!」「そんな!」「信じられない!」タレントやコメディアンが驚きの声を上げる。ソウスケも驚きの声を上げそうになるが口を抑える。野球においてコーチの指示は絶対だ。無視すれば即ムラハチで二度と試合に出られなくなる。そんなことするわけがない。

 

「何故このような行為を行ってしまったのか?スタッフはサワムラ選手の過去を追い、真実を調査しました」場面は代わりハナサキ・ハイスクールの関係者へのインタビューに代わる。コーチのアメガクレが神妙そうな顔で答えている。

 

「データから考えて次のバッターで勝負すべきでした。ですが勝負してしまいました。1年で試合に出場できて実力以上の結果が出たから驕ってしまったのですね。勝ってメンポを確かめよと散々言ったのですが」アメガクレは目を伏せた。メンポを確かめよ?サワムラは驕ることなどない。

 

「センパイへのリスペクトが足りませんでした。1年生なのでボクは色々と世話をしていたのですが、バッターが点を取らなければ試合に勝てないことを忘れて、チャンスに打てなかったことを責めて、点を取って楽にしろと罵倒してきました」3年のゼンコウインは頭を下げた。ソウスケが持つ箸にヒビが入る。

 

「私達は出身校のアカツキ・ジュニアハイスクールに足を運びました」場面は代わりアカツキ・ジュニアハイスクールに代わる。「元々ワガママな性格でした」ベースボールクラブコーチ。箸が1本折れる。「エラーしたら怒られました。余計な球数を投げさせるなって」ベースボールクラブのコウハイメンバー。もう1本の箸が折れる。

 

「そして私達は本人へのインタビューを試みました。そこで信じられない言葉を聞きました」画面はサワムラがインタビューに応じている姿が映し出される。「何故コーチの指示を無視したのですか?「違います。コーチから特に指示を受けていません」「ですがコーチのアメガクレ=サンは敬遠を指示したようですが」「していません」

 

「アメガクレ=サンはサワムラ=サンを凝視しています。これは敬遠のサインだそうです」「そんなサイン知りません」「レギュラー全員はそうだと言っていますが」「そんなものありません」「貴方の勘違いでは?センパイをウソツキと言うのですか?」「勘違いではありません。センパイ達がウソツキです」

 

サワムラはインタビューに堂々と答える。真実を隠すための虚勢や威圧もない、サワムラが言っていることは本当だ。まずサインの読み違いなんてニュービーがやるようなミスをするわけがない。「ヒドイ!」「奥ゆかしくない!」VTRが終わり、ゲスト達が怒りの声をあげる。

 

「どう思いますか。ウメイ=サン」ホクバラは元プロ野球選手のウメイに話を振る。「生意気だな~俺がセンパイだったらこれですよ」ウメイは拳を振り上げる「暴力ダメダメ」ホクバラが手でペケマークを作りスタジオから笑いが起きる。「冗談は置いておいて、センパイとコーチをウソツキ呼ばわりなんてありえません。サワムラ=サンの勘違いでしょう」

 

ウメイはさらに言葉を続ける「コーチの指示を無視したのもセンパイ達のサポートへの気持ちを忘れ調子に乗り、自分ならプロ候補のチョウジマ=サンを抑えられ、ヒーローになれると勘違いした結果でしょう」「流石元プロ野球選手。鋭い推理です」ホクハラは褒めコメンテーター達も頷く。

 

「今の若者達は奥ゆかしさとリスペクトを忘れがちです。他のベースボールプレイヤーもサワムラ=サンをハンメン・ティーチャーとして、リスペクトと奥ゆかしさを持って欲しいものです。次のトピックスです。タマリバーのラッコですが……」「何だこのスカムワイドショーは!」

 

ソウスケは大声で叫び食卓を全力で殴る。ニンジャの力で殴られた食卓は粉々に砕けオーガニックヒヤムギとオーガニックトマトが宙に舞いフローリングの床にベチョリという音を立て落ちた。両親はソウスケの突然の行動に驚き恐怖を帯びた視線を向ける。ソウスケはそれに気づかず目を血走らせ画面を見つめる。

 

スカムすぎる!ブルシットすぎる!あの元プロ野球選手の推理は全くのアサッテだ!サワムラは目立つためにコーチの指示を無視して勝負するわけがない。チームの勝利のためにエゴを捨てられる。それがサワムラ・イチジュンというプレイヤーだ。それにインタビューを受けたアカツキ・ジュニアハイスクールの関係者にも腹が立つ!

 

ワガママだった?サワムラは明らかに怪我をする練習には意を唱えて口論したことがある。それをワガママというのか?エラーして怒られた?逆だ。エラーしても絶対に責めない。それどころかエラーした選手が気にしないように絶対に点を与えないと励むタイプだ。

 

そして司会もサワムラが全面的悪いという方向で纏めた。これでは視聴者が勘違いしてしまう!「あんなのフェイクニュースだ!センパイがそんなことするわけない!母さんと父さんも分かるでしょう!」ソウスケは険悪な両親に同意を求める。両親も面識はあるがその程度で人柄を理解するのは難しい。それすら分からないほど動揺していた。

 

「だが、サワムラ=サンの家はスイセンエントリーだ、インセンティブを獲得しようとしたのだろう」父親は呟く。サワムラの経済事情ではカチグミが通うアカツキ・ジュニアハイスクールには入学できない。だが野球で活躍して学校の名前を売ろうとする経営者の判断によって援助を受けて入学させた。それがスイセンエントリーである。

 

「マケグミの息子だし、インセンティブに目が眩んだんでしょ」母親が呟く。「ソンナコトスルワケナイダローッ!」「「アイエエエ!」」ソウスケは恫喝し両親はNRSを発症!失禁し気絶する。ソウスケは気絶する両親を侮蔑の目で見下す。スイセンエントリーには細かいインセンティブがあり、大会に優勝したらプラス報酬。0失点ならプラス報酬などプロ野球レベルで存在する。

 

そのインセンティブ目当てでエゴイスティックなプレーをしているという噂がたった。だが所詮それは噂にすぎない。だが両親はそのゴシップを信じ、実の息子の言葉よりスカムワイドショーの情報を信じたのだ!何たるフシアナ!「クソ!クソ!クソ!」ソウスケは口汚い言葉を吐きながら自室に戻った。

 

◆◆◆

 

「ワガママプリンスはさらなるシツレイ!?」TVにはワイドショー司会のホクバラが大げさな動作と声をあげながらフリップのテープを剥がしている。ハナサキ・ハイスクール、ベースボールクラブのコーチアメガクレはその様子を豪勢な調度品で囲まれたコーチングルームでほくそ笑みながら見つめている。

 

いいぞ、もっとやれ。やればやるほど都合が良い。アメガクレは負けた後即座に動いた。負けた責任をサワムラに押し付ける。サワムラが指示を無視してチョウジマに打たれたせいで負けたという筋書きに書き換える。知り合いのマスコミに嘘の情報をリークし、メンバーやサワムラの関係者に嘘の情報を言わせる。

 

サワムラに近しい者には金をバラ撒き嘘を言わせる、3年には今後の働き先を紹介するといい、2年や1年には試合に出さないと脅した。人生オーテツミの3年は喜んで食いついた。未来がある2年と1年も従った。関係者へのバラ撒きでさらなる借金をしたが躊躇している場面ではない。動かなければ破滅する。

 

半ばヤバレカバレだったが予想以上に上手くいっている。丁度めぼしいゴシップが無かったのと、グッドルッキングの苦労人がシツレイを働き奥ゆかしくない人物というギャップでワイドショーは取り上げ脚色しサワムラの印象は悪くなっている。この世論のせいで学校側はまだアメガクレを解雇することができない。

 

あとはさらに世論を味方にして、契約を伸ばしてもらい、ニカワに出場できなかった賠償金をサワムラに被せる。サワムラはスイセンエントリーで入っており、契約で賠償金を被せることができる。これが計画だ。なんたるドタンバ・セルフ・リスク・マネジメント!

 

この才覚がマネジメントではなく野球指導にあれば、ニカワに出場できるチームを作ることができ、このような苦境に立たされることはなかった。だがブッダは野球指導を与えず、スケープゴートとしてサワムラをジゴクに落とそうとしている!ブッダよ!あなたは寝ているのですか!?

 

「そしてこれが完成すれば、サワムラはオーテツミだ」アメガクレはフロッピーディスクをUNIXに差し込み作業を始めた。

 

◇サワムラ・イチジュン

 

 重金属酸性雨で変色したブロック塀、落書きまみれの電柱、ケミカル臭がする食事の匂い、半年も満たない時間帰っていないのに随分と懐かしい。サワムラは左腕を包帯で吊るしながらレインコートを着て重金属酸性雨に打たれながらストリートを歩く、周囲を見回し辺りを警戒しながら進んでいく。目的地に近づくにつれて顔を顰める。

 

「バカ」「スゴイ卑怯」「アホ」「お前の母ちゃんデベソ」「子供がカスなら、親もカス」

 

 目を覆いたくなるような誹謗中傷が書かれた紙が所狭しに貼り付けられている。サワムラは紙に手をかけ剥がそうとするが止める。これで剥がせばさらなる嫌がらせが待っている。悔しさと悲しさで泣きそうなるが、強引に笑顔を作って扉を開いた。

 

「ただいま」

「おかえり、イチジュン」

 

 扉を開けると母親が出迎え抱きしめた。その体はやせ細り目元に濃い隈ができていた。記憶にある感触とは大分違う。サワムラはその事に気づき涙を流した。

 

「ごめん……俺のせいで……かあさんに迷惑を……」

「気にしないで……」

 

 母親は優しく頭に手を置いた。手もやせ細りカサカサだった。玄関を上がるとすぐに6畳分の広さのリビングがある。中央にはちゃぶ台、壁にはトロフィーが飾られた棚、狭いから捨てていいと言ったのに、自分のタンスを売ってまで作ったスペースに設置してくれた。母親がDIYで作ってくれた物で市販品と比べると不格好だ。

 

「大変だったわね……」

 

 母親が重苦しく喋り黙って頷いた。ワイドショーで取り上げられて以降サワムラへのバッシングは続いた。ワイドショーの報道は間違っている。正しいのは自分であり、いずれ正しい報道をしてくれると信じていた。だが状況は一向に変わらなかった。それどころかさらに状況は悪化した。

 

エメリーボール使用疑惑

 

 ワイドショーで紙やすりでボールに傷つける映像が放送された。一目で加工された映像だと分かった。エメリーボールなんてブルシットな事をするわけがない!サワムラにとって最大限の侮辱だった。だが世間はサワムラがエメリーボールを使用すると決めつけた。

 ムービングボール、ストレートのスピードで不規則に動くボールで、ムービングボールを投げる投手はいるがサワムラほど変化しない。このムービングボールをエメリーボールで投げていると嫌疑がかけられた。

 サワムラにも弁論の機会が与えられたがそれがダメ押しだった。感覚的にムービングボールを投げており、もはやオリジナルのボールと言っても差し支えない。他のピッチャーに投げ方を教えたが、自分でも理解できてないものが他人に伝わるわけはなく、そのピッチャーはサワムラのムービングボールは投げられず、嫌疑はさらに強まった。それからはいくら声高に無実を主張しても以前からの報道のせいもあって全く信じてもらえなかった。

 エメリーボールは野球におけるヤバイ級の反則である。これを使えばムラハチ程度ではすまない。セプク級の卑劣な反則行為である。社会的オナーは完全に失った。

 そこからはあっという間だった。エメリーボールを使ったとしてベースボールクラブは退席処分、さらに学校の名誉を著しく傷つけたとして退学処分。母親も卑怯者の親としてありとあらゆる嫌がらせを受け、仕事もクビにされた。

 

「かあさん、ゴメン……ゴメン……」

 

 壊れた機械のように何回も謝る。マケグミなのに必死に働いて野球をさせてくれたかあさん。プロになって活躍してカチグミになり贅沢をさせてあげようと思っていた。それなりの野球が家族を不幸にした。

 

「かあさん、それ……」

 

 リビングの隅に置いてある封筒、それはハナサキ・ハイスクールからの手紙だった。母親は慌てて隠した。あれは請求書だ。中身はニカワに出場できなかった賠償金と名誉毀損に対しての慰謝料の請求、その予想される金額はサワムラ達には払える額ではなく、体の臓器を全て売っても支払えない。破滅は目の前に迫っている、もはやオーテツミだ。だがたった1つだけオーテをひっくり返す手がある。

 

◆◆◆

 

ウシミツアワー、アカツキ・ジュニアハイスクールの校門付近にソウスケ1人立っていた。昨日の昼過ぎサワムラからオリガミメールが届いていた。ウシミツアワーに学校前に野球道具を持って集合と書かれていた。サワムラのことを思うと悔しさと申し訳なさと不甲斐なさでケジメしたくなる。

 

サワムラへのフェイクニュースの1件からソウスケも行動を起こした。インタビューに答えたアカツキ・ジュニアハイスクールの生徒を見つけインタビューした。締め上げるとすぐにウソを言わされた事は分かった。発言を撤回するインタビューを録音したデータをテレビ局に渡したが、そのことは報道されなかった。握りつぶされたのだ。

 

本当ならスノーホワイトに相談したかったのだが、決勝戦以降全く連絡が取れなくなった、仕方がないので1人で握りつぶしの指示を出した人間を突き止めようとしたが、その間にエメリーボール疑惑をかけられ状況を挽回できないほど追い詰められていた。

 

「カワベ=コウハイ」サワムラが野球道具を右手に持ちこちらに向かってくる。笑みを浮かべており、以前会った時と同じだと思われるがそれが空元気であるのは分かった。「スミマセン、サワムラ=センパイがコーチの指示を無視していないのも、エメリーをしていないのも分かってます……でも……皆信じなかった……」

 

ソウスケは頭を下げ、歯を食いしばる。ニンジャになってスノーホワイトにベイビーサブミッションされたり等無力感を感じることは有ったが、ここまでの無力感を覚えたのは初めてだ。いくらカラテが強くなっても世間という大きな力には全く歯が立たなかった。

 

「信じてくれるのはかあさんとお前だけだよ、それで充分だ」サワムラはソウスケの肩にそっと手を置く。辛い状況なのに逆に励まされた。ソウスケはさらに自身を責める。「それで今日は……」「野球するに決まっているだろう。何のために野球道具を持ってこさせたんだよ。ガッハハハ!」サワムラは豪快に笑う。

 

「それでどこで?」「ここだよ。ちょっと俺を運んでフェンスを越えてくれよ。ニンジャなら出来るだろう」サワムラはフェンスの上を親指で差す。「ヨロコンデー!」ソウスケはサワムラを担ぎフェンスを超えて学校内に侵入する。2人は暗黒に包まれた敷地内を僅かな明かりを頼りにグラウンドに向かう。

 

「やっぱりここに有ったか、隠し場所は変わらないな」サワムラは照明室近くにあるタイヤを調べて鍵を手に取ると中に入り照明をつけた。「キャッチボールでもするか」「はい」2人は距離をあけてキャッチボールを始める。「パトロールはどうだ?」「平和ですよ」「ユキノ=サンとはどうだ?告白したか?」「告白ナンデ!?ボク達は同志であり友達です」

 

「それで実際は?」「それは恋人に……」「声が小さい!」「恋人関係になりたいです!」「素直に言えよ」「でも最近連絡が取れなくて会ってないです」「何だ強制前後でも迫ったか?」「奥ゆかしさ重点!実際原因は分からないです。それよりサワムラ・センパイは何か無いんですか?」「俺はプロになってからゲットする。プロになれば選びたい放題だ」

 

ソウスケとサワムラは取り留めのない会話を交わしながらキャッチボールをする。この時間はお互い嫌なことを忘れられていた。「これからどうするんですか?」ソウスケは質問する。サワムラの未来は絶望的なのは知っている。でも何かできることが有るかもしれない。仕事が無ければカワベ建設の仕事を就かせる。拒否されてもニンジャの力で就かせる。

 

「色々と決めているよ」サワムラの言葉は決断的な意志と悲壮感が篭っていた。「よし、肩が温まったな。カワベ=コウハイ、球を受けてくれ」サワムラがいつもの明るいアトモスフィアで指示しながらマウンドに行き、それから2人は思う存分グランドで野球をした。気づけば夜が明けており2人はグランドから出た。

 

「久しぶりに野球したよ。悪いな付き合わせて」「ボクも久しぶりに野球をして楽しかったです」「野球は楽しいよな、本当に……」サワムラは噛み締めるように呟いた。「じゃあな、カワベ=コウハイ」「ハイ、サヨナラ!」2人はアイサツを交わし別々の方向に歩いていく。「サワムラ=センパイ!」ソウスケは呼び止める。

 

「何か有ったらボクに頼ってください!何だってやります!」サワムラは振り向かずサムズアップポーズで答える。力強いポーズだ、でも何故か儚げで諦念がまとわりついていた。何を諦めたのか?ソウスケはそれを問いただすことができなかった。

 

◇ファル

 

 物事というのはどんなに入念に準備し警戒していたとしても何かのきっかけでこうもあっさりと破綻するものなのか。きっかけはほんの些細なことだった。

 先日スノーホワイトが毒物の取引をしようとした一団と一悶着有った時にニンジャと戦った。ニンジャの無力化に成功し、捕縛した一団共々放置した後に警察に通報してその場を去った。

 そして数日後、スノーホワイトが争いごとに介入した際にそのニンジャが居た。どうやら警察に捕まったが圧力によって無罪放免となったようだ。そのニンジャはアマクダリの関係者だったようだ。それ以外にも別のニンジャがおり撃退したが、その際にニット帽やマフラーが破壊され顔を晒してしまい、アマクダリ関係者のニンジャにバッチリ見られ逃してしまった。

 顔を見られて逃げられた。これでアマクダリに面が割れたと判断していいだろう。スノーホワイトは暴力を振るうが可能な限り殺しはしない。それをすれば魔法少女ではなくなってしまうと考えていた。

 魔法少女には悪党魔法少女を捕まえたら、しっかりと拘束し罰を与える警察機関があり、捕らえられた魔法少女が報復することはない。だがネオサイタマでは警察は別の権力に屈し機能していない。この結果はある意味必然だったのかもしれない。

 現時点ではアマクダリに襲撃されるということはない。それはスノーホワイトの所在を把握してない証拠であり、分かっているのはスノーホワイトというニンジャはアマクダリに敵対姿勢を持っており、遭遇したら処分しろというスタンスだろう。さらにスノーホワイトは姫川小雪でもあり、人間の姿に戻れば余程のことが無い限り見つからないだろう。マズい事態だが最悪ではないと言ったところだろう。だがスノーホワイトは最悪を想定した。

 マズい事態だが最悪ではないと言ったところだろう。だがスノーホワイトは最悪を想定した。

 携帯端末を破壊する時はいつもの無表情ではなく、目ざとい人なら分かるほど表情に悲しみを帯びていた。岸辺颯太に瓜二つのドラゴンナイトとの交流はスノーホワイトにとって心地よいものだったのだろう。元の世界に居た時より笑顔を見せることが多かった。

 その日々は失われた青春だったのかもしれない。だからこそスノーホワイトはドラゴンナイトに被害が及ばないように関係を断ったのだろう。

 

「夜のニュースドスエ、今日の昼過ぎ、元ハナサキ・ハイスクールの生徒だった。サワムラ・イチジュン=サンが自宅でハラキリ自殺しました」

 

 サワムラ?確かドラゴンナイトの先輩の、それに切腹?何でそんなエキセントリックな自殺方法を選んだ?スノーホワイトも同じような疑問が浮かんでいたのか、ニュースを流すマグロツェッペリンをじっと見上げていた。

 



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第十三話 ベースボール・フリークス・ブルース#4

◆カワベ・ソウスケ

 

 地図と昔の記憶を頼りに進んでいく、ここは家が有るコガネモチ・ストリートとは違う。荒れていて汚れていて生活臭が漂っている。それがサワムラ・イチジュンの住んでいた場所だ。

 

 サワムラがセプク自殺したというニュースを聞いたのは学校で野球をした夜だった。

 

 10数時間前までキャッチボールして、取り留めない話をして、投げる球を受けて、ノックをして、トスバッティングしたサワムラが死んだ。信じられなかった。テレビショーのドッキリを仕掛けているのかと思った。だがNTV以外でも報道しており嘘ではないことを認識させられた。

 その日から数日間自室で塞ぎこんだ。スノーホワイトと連絡が取れなくなって1人でやっていたパトロールもイマジナリーカラテもせず、サワムラと過ごした日々を脳内で再生し続けていた。

 ニンジャになって心も強くなったと思ったがここまでダメージを受けるとは思っていなかった。立ち上がろうと喝を入れるが気力が湧かない。精神が弱り切っていたせいか、1度だけスノーホワイトに連絡しようとIRC通信機を手に取ったが連絡が取れない事を思い出した。

 もしスノーホワイトと連絡が取れれば2人でサワムラの無実を証明し死ぬことは無かったかもしれない。サワムラの死を一瞬でもスノーホワイトに責任転嫁しようとしたことに気づき、さらに塞ぎこんだ。

 次第に気力を取り戻したソウスケは制服に着替えて家を出た。向かう先はサワムラの実家、そこにお仏壇がある。アイサツしに行かなければ。

 暫く歩くとサワムラの実家に着いた。扉の前には花が供えられており、周辺も綺麗に清掃されていた。チャイムを鳴らすと中年の女性が出てきた。この人がサワムラの母親だ。一回だけ家に招かれご飯を食べさせてもらった。美人だが幸が薄いという印象だったがさらに幸が薄くなり、憔悴しきっていた。

 

「えっと、ジュニアハイスクールでサワムラ=センパイと一緒に野球した……」

「カワベ・ソウスケ=サンね。上がって頂戴」

「オジャマします」

 

 サワムラの母親に招かれてリビングに向かう。そこはタタミ6枚分のスペースで自室より小さかった。ちゃぶ台と多くのトロフィーが飾られた棚、母親がDIYしてくれたと恥ずかしそうに言っていた記憶を思い出す。すると目の前にお茶が出された。礼を言って口につけ、お仏壇に飾られた遺影を見つめる。

 

「イチジュン……カワベ=サンが来てくれたよ」

「遅くなってスミマセン、サワムラ=センパイ」

 

 サワムラのお仏壇に向かって語り掛け目を閉じて祈る。懺悔、謝罪、愚痴、脳内に浮かんだ様々な言葉を纏めオヒガンにいるサワムラに語り掛ける。

 

「遅れてスミマセン」

「いいの……カワベ=サンが来てくれて、イチジュンもオヒガンで喜んでくれていると思う」

 

 サワムラの母親は手をそっと添えた。その手はしわしわで痩せ細っていたが温かった。

 

「もし良かったら、イチジュンの話を聞かせてくれない」

「ヨロコンデー」

 

 ソウスケはサワムラとの思い出を語った。教わった事、楽しかった事、怒られた事。記憶している思い出は全て語った。時々涙が出て言葉を詰まらすが、サワムラの母親は落ち着くまで待ってくれた。話は数時間に及んだ。

 

「その……センパイは本当に自殺だったのですか?」

 

 サワムラの母親を傷つける言葉かもしれないが聞かずにはいられなかった。最後に会った時に諦念が帯びていた。もし自殺だったらそれがサインであり見過ごした事になる。信じられないのと責任を軽くしたいという思いが有った。サワムラの母親は静かに首を横に振った。

 

「100%自殺です。イチジュンは……私を助けるために自殺したのだから」

 

 サワムラの母親は顔を手で押さえ泣き崩れた。暫くして落ち着くとサワムラの死の経緯を教えてくれた。

 コーチの指示を無視し、エメリーボールを使用した疑いをかけられたサワムラは学校を退学させられた。さらにスイセンエントリーで入学した際の契約でニカワに出場できなかった事と学校の名誉を著しく汚した事への賠償金の支払いを命じられた。それはとても払える金額ではなかった。

 親に負債を抱えさせるわけにはいかないと考えたサワムラは賭けに出た。ネオサイタマではセプクを完遂した者を責めてはならないという不文律がある。

 大概のセプクは急所を刺して即死、あるいは腹を刺した瞬間介錯人が首を切断し苦しまず死ねる。だがサワムラがおこなったセプクは腹を横一文字に切る方式だ。当然介錯人もいない。

 想像を絶する痛みを伴い大概はセプクをする前にショック死し完遂できず有名無実と化していた。サワムラは遺書にコーチの指示を無視し、エメリーボールを使用したことを認め、親への負債を無効にしてくれと書いた。そして見事にセプクを完遂した。

 10代でのセプク完遂は数十年ぶりだった。メディアはそれを美談として報道し、近所の人は嫌がらせを止め優しい言葉をかけてきた。セプクを完遂する心を育てたとして、ハナサキ・ハイスクールとベースボールクラブのコーチは賞賛され、遺書の願いを受け入れ負債は帳消しになった。

 

「何で学校とコーチが賞賛されているんですか!それにセンパイは指示無視もエメリーボールもやってない!何でセンパイの無実を証明しようとしないんですか!何で怒らないんですか!スゴイバカ!」

「バカハドッチダー!」

 

 サワムラの母親はちゃぶ台を叩き立ち上がり目を血走らせながらソウスケを見下ろす。ソウスケは激昂したがそれ以上に激昂していた。

 

「悔しいに決まっている!けど一度遺書で認めてしまったら、どうしようもないの!学校関係者とコーチがノコノコと葬儀に来た時は堪忍袋が温まりすぎて殺したかった!イチジュンは負債を帳消しにして私を生かす為にセプクしたのよ!そこでコーチを殴ったらシツレイで負債は復活。イチジュンの想いを無駄にできるわけがないじゃない!」

 

 母親のすり切れた声を聞いて、自身のウカツさに唇を噛みしめ出血する。肉親のほうが何倍も悔しいに決まっている。それでもサワムラの意志を尊重して耐えたのだ。それなのに苦悩を察しないで感情が赴くままに叫んで、ホントバカ!

 

「スミマセン」

「私こそごめんね。大声だしちゃって」

 

 2人は平謝りし合って気まずい空気が流れる。その空気を変えるようにサワムラの母親が折りたたまれた紙を手渡した。

 

「遺書の近くにおいてあったの。マッポやマスコミに見つかる前に回収した。カワベ=サン宛で私も中身を読んでいない」

 

 サワムラが残したメッセージ、一体何が書かれている?緊張からかつばを飲み込んだ後メッセージを読んだ。

 

カワベ・ソウスケ=サンへ

 

 俺がセプクして死ぬ。いや嵌められて死ぬ。死ぬほど悔しいが母さんを守るにはこれしか方法が無い。死ぬことを許してくれ。

 そして俺を嵌めた相手、コーチのアメガクレ、指示を無視したとウソをついた高校の奴ら、エメリーボールを使ったとウソをついたファッキンメディア、そいつらもそうだが、そもそも決勝戦に負けなけなければこうはならなかった。

 決勝戦の日、俺はパーフェクトだった。カワベ=コウハイなら理解できるかもしれないが、ボールは完璧で構えたミットに1センチもずれることなく収まる感覚、まさにそれだった。それはブッダに誓える。だが打たれて点を取られた。コントロールは乱れ、ボールのノビとキレもない。

 そんなのフシギすぎる。俺は考えて一つの仮説を立てる。点を取られたのはニンジャのせいだ。ニンジャのニンポでボールを動かした。

 書いていて自分の正気を疑っている。でもそれしか考えられない。カワベ=コウハイやユキノ=サンに会わなければこんな考えは思いつかなかった。

 狂人の戯言だと思ってくれても構わない。でもニンジャのせいだ。

 

 ソウスケの心に憎悪の熱が帯びエネルギーを与える。

 サワムラをジゴクに落とした奴をジゴクに落とす。だが誰を?コーチのアメガクレ?ベースボールクラブのメンバー?スカムワイドショーの司会のホクバラ?番組スタッフ?TV局の上層部?誰をジゴクに落とせばいい?世間の力に為す術もなく負けたのにできるのか?

 無力感と憎悪の方向性を見失い怒りが薄れていた。だが今は違う。サワムラをジゴクに落としたのはニンジャだ。話はシンプルだ、そのニンジャをカラテでジゴクに落とす!

 

「なんて書いてあったの?」

「恐らくサワムラ=サンのお母さんでも信じられない内容が書いてありました。これは誰にも見せない方がいいです」

 

 ニンジャのせいで打たれた等と書かれた手紙を見ればニンジャ以外は正気を疑い狂人扱いするだろう。サワムラが狂人扱いされるのは見たくはない。

 

「お邪魔しました。また来ます。為すべきことをしたら必ず」

 

 己で誓いを立てるように呟く。次に来る時はニンジャを爆発四散させた時だ。ソウスケは一礼し家を出ていく。出口に向かうとスーツを着たコーカソイド女性がこちらに向かってきた。

 身なりとアトモスフィアが明らかに此処で住んでいる住人と違う。すれ違い何となく行く先を追うとサワムラの家の前で止まった。

 関係者か?聞き耳をたてようとしたが奥ゆかしくないと思い、そのまま歩き始めた。

 

◆◆◆

 

プガープガー、家のチャイムが鳴る。サワムラの母親は急いで玄関に向かい覗き穴から外の様子を見る。そこにはスーツを着たコーカソイド女性が立っていた。その胸は豊満だった。「どちら様ですか?」「ドーモ、フリージャーナリストのエレクトラです」サワムラの母親の顔が憎悪で歪む。

 

息子を無実の罪ながら謀殺したマスコミ、それらは憎む相手であり決して手が出せない相手である。手を出せばセプクで手打ちにした件が蒸し返され負債を抱えてしまう。息子が守ってくれた命を無駄にはできない。「どのような用件で?」「イチジュン=サンの無実を証明する為に取材しに来ました」サワムラの母親の眉が動く。

 

どのマスコミもお涙頂戴の話を聞きにきた。唯一無実を証明しに来たというマスコミは日刊コレワの記者で政府の陰謀によって嵌められたというスカム記事で纏められた。だが目の前に居るジャーナリストは少なくとも日刊コレワの記者よりまともそうだ。話だけ聞いてもいいかもしれない。「どうぞ」「オジャマします」エレクトラは頭を下げ入室する。

 

サワムラの母親はちゃぶ台に座りエレクトラも対面に座る。来客に飲み物を出さないのはシツレイに値するがそれがせめてもの反抗だった。エレクトラは甘んじて受け止めた。「何故イチジュンが無実だと思ったのですか?」サワムラの母親は前置きを置かず本題に切り出す。これもシツレイだが意図的に行った。

 

「まずこれを聞いてください」エレクトラはレコーダーをちゃぶ台に置き再生する。そこにはハナサキ・スクールのベースボールクラブのメンバーやアカツキ・ジュニアハイスクール関係者の肉声が録音されており、インタビューは全て言わされたものという内容だった。サワムラの母親の目が僅かに見開く。

 

「これは?」「少しインタビューしたらすぐに話してくれました。調べればすぐに分かることですがマスコミは誰も調べなかった。余程の無能か、調べられない理由が有ったのか」「それで誰がこんなことを?」サワムラの母親は思わず立ち上がるがエレクトラが手で制した。「黒幕は誰か分かっています。ですが問題が1つ」

 

エレクラは人差し指を立てる。「エメリーボールの件を覆すような証拠はまだ手に入れていません。これではサワムラ=サンへの悪評は嘘だと証明できてもエメリーボールを使用した疑いは完全に晴れません」「それで私は何をすれば」サワムラの母親は食いつく。完全にエレクトラを信用していた。

 

「サワムラ=サンについてどんな些細な事でもいいから教えてください。それが突破口になります」エレクトラは頭を下げる。「分かりました。お手伝いします」サワムラの母親は即決で了承する。「ご協力感謝します」

 

サワムラの母親は質問に全て答えた。だがエメリーボールを使用していないという証明はできなかった。エレクトラはサワムラの母親の言葉をメモしたノートを見ながら思考にふけっている。その間サワムラの母親は悩んでいた。他に手がかりが有るとすればソウスケに宛てた紙、だがあれは息子が信頼できる後輩に宛てた物。勝手に見せていいのか?

 

「エレクトラ=サンに見てもらいたいものがあります」サワムラの母親は決断しソウスケに宛てた紙を取ってくる。「これはイチジュンがジュニアハイスクール時代の後輩に宛てたメッセージです。何か書かれているかもしれません」ソウスケは誰にも見せない方がいいと言った。だがヒントがあるかもしれない。2人はメッセージを見た。

 

「そんな……」サワムラの母親は口を押えて膝から崩れ落ちる。息子を嵌めたのがニンジャ?息子の言葉を信じたい。だがニンジャだと?もう正気を失ってしまったのではないか?息子への信頼と常識の間で心はシーソーめいて揺れ動く。「まさか、こんな展開になるなんてね」エレクトラは呟いた。

 

 

◆◆◆

 

「サワムラ・イチジュン=サンを知っている?」「あの高校野球の」ニンジャスレイヤーとナンシーは茶室で正座しながら対面している。ここは現実ではない、ナンシーがIRC上のチャットルームがイメージ化されたものである。「ネオサイタマから離れていて、このことについて知ったのはセプクした後だった。そして一連の流れが不自然だったから調べた」

 

「何が分かった?」「サワムラ=サンの情報は虚偽でコーチが金をバラ撒き生徒に圧力をかけて言わせた。理由はコーチの保身の為、勝たなければ多額の負債を背負いゲームオーバー、回避する為にサワムラ=サンに負けの責任を押し付けた。よくある話」ニンジャスレイヤーは無言で頷く。

 

上司の失敗は部下のせい、部下の成功は上司のおかげ。ニュービーサラリマンの時にセンパイに言われた言葉だ。最初はジョークだと思っていたが実際その通りだった。自分を含め周りの同僚や後輩が手柄を横取りされ失敗を押し付けられた。

 

「あとは真実を公表する。イージーワークだと思ったけどそうはいかなかった」ナンシーはニンジャスレイヤーに紙を手渡し読み始める。ニンジャスレイヤーの瞳孔が開く。これはエレクトラがサワムラの母親に見せてもらった手紙ではないか!?お気づきの方はいるだろう。サワムラ宅に取材したジャーナリストのエレクトラはナンシーである。

 

「ニンジャのせいで打たれて負けた。普通なら発狂マニアックスの戯言扱いね。実際母親ですら信じていなかった。私も同意見」ナンシーはニンジャスレイヤーに視線を向ける。恐らくニンジャが関与していると信じるだろう。「でもニンジャが関与しているなら何かしら陰謀がある。調べてみたら面白いことがわかった」ナンシーは資料を手渡す。

 

「野球賭博?」「ひたむきに野球をやっていた少年達は薄汚い大人たちの金儲けの道具になっていた。もし知ったらどう思うかしらね」資料を見ると賭け金のオッズなど詳細なルールが記されていた。点数差、何回に逆転するか、点数の取りかた。それはサイバネ競馬の馬券めいて多種だった

 

「それで決勝戦でカスガ・ハイスクールに賭けた人間を調べていったら、アマクダリの傘下の人間だということが分かった。他にも儲けた人は全員何かしらアマクダリに関与している。この賭けは金を分配する出来レース」ナンシーは皮肉めいた口調で言う。

 

「そして試合を都合の良いように操作した人物、それがサワムラ=サンを妨害したニンジャか」「そう考えれば納得がいく部分もある」ニンジャスレイヤーの言葉にナンシーは頷く。「それで、できると思う?」「無論」ニンジャスレイヤーは言い切る。

 

供述を見る限りボールを動かされたということだが、過去の戦いにおいて念動力でクナイやカタナを操るニンジャがいた。ならばボールを操るのも可能だ。ニンジャスレイヤーは拳を強く握る。アマクダリが関わった陰謀によってまた1人モータルがジゴクに落とされた。

 

「ナンシー=サン、このサワムラ=サンが書いたメッセージを託した者は何者だ?」手紙に書かれていたカワベ・ソウスケ、どこかで聞いた名前だ。「彼はサワムラ=サンがジュニアハイスクールの時のベースボールサークルの後輩、結構仲が良かったみたい、ハイスクールに上がってからは会っていなかったけど、決勝戦前と死亡する前日に会ったようね」

 

「インタビューはしたのか?」「ええ、ニンジャのせいで打たれたなんてメッセージを名指しで送るのだから気になってね。けどサワムラ=サンの無実を信じているがニンジャのせいとは信じられないと普通の反応だった」「写真はあるか?」「ええ」ナンシーは写真を渡す。ニンジャスレイヤーはその写真に写る顔をじっと見つめていた。

 

◆ドラゴンナイト

 

『打ったー!サヨナラ!サヨナラ!です』

 

 ラジオから興奮のあまり声がハウリングしたアナウンサーの声が聞こえた。試合も終始劣勢で乱闘や判定の覆りなど荒れた試合だったようで、そんな試合に勝ったことで興奮しているのだろう、その声に呼応するように雨が降るスタジアム上空に花火が上がった。ネオサイタマの夜を美しく彩る花火を雨に打たれながら木の上から無感動に見つめる。

 ラジオではインタビューの様子が流れており、サヨナラホームランを打った選手がアイサツして実況と解説が試合の内容を振り返っている。ドラゴンナイトにはその声は聞こえておらず、スタジアム関係者入口を凝視する。

 

 試合終了から1時間が経過した。試合が終わった選手が移動用バスにやってきて出待ちのファン達にサインなどを書いている。ターゲットが選手より先にスタジアムを後にすることは無い事は分かっているので、多少気を緩ませながら様子を見る。

 すると熱狂的なファンが過剰なまでにファンサービスを求めガードマン達に棒で叩かれている。普段なら割って入るが今日はそんなことをする気はない。ただ様子を眺めていた。

 

 2時間が経過した。選手たちもスタジアムから居なくなると出待ちのファン達も居なくなり人気が全く無くなった。ターゲットが現れるとしたらこの時間からだ。試合中に鳴り響いた音が嘘のように静かになり、重金属酸性雨がコンクリートを打つ音だけが聞こえてくる。そっちのほうが聞こえやすくていい。

 

 3時間が経過した。関係者入口からスタジアムのスタッフや審判達がゾロゾロと出てくる。それを確認すると木から飛び降りニンジャ野伏力を最大限に発揮してターゲットに近づく。ターゲットは同僚にアイサツし駐車場に向かっていく。集団とは反対方向に向かって1人だ。これは好都合だ。ターゲットが車に乗ろうとキーをポケットから取り出そうとする。その後ろから声をかけた。

 

「ドーモ、はじめまして、ドラゴンナイトです」

 

 ニンジャ存在感と殺気を抑えることなくアイサツする。モータルなら失神や失禁、悪ければ心停止で死亡するだろう。だがそのことに構う余裕はドラゴンナイトにはなかった。ターゲットは失神失禁することなく、悠然とアイサツをする。

 

「ドーモ、ドラゴンナイト=サン。ゲームメーカーです。」

 

 ドラゴンナイトの殺気が膨れ上がる。

 

 サワムラのメッセージを読んでから検証の為にサワムラが投げた試合を何度も確認した。映像はチームのキャッチャーのマスクについている小型カメラで録画されたもので、部外者が見られるものではないが暴力をチラつかせて映像を提供してもらった。足の踏み込み、肘や肩の動き、目線、全てをニューロンに叩き込み、ニンジャ観察力によってフォームを見ただけでどの球種がどのコースに投げられたのか判別できるようになった。

 そして改めて決勝戦の映像を見ると確かにボールが予測地点よりズレていた。ズレといってもボール1個か2個分のズレだ。だがその僅かなズレによってセンパイはセプクすることになった。

 では誰がボールを操作したのか?まず観客席などにいた者はできない。ドラゴンナイト基準では観客席ほど遠ければそこまで精密に操作できないからだ。

 だとすれば近くにいた者の犯行だ。だとしたらグラウンドに居た相手選手か?それ以外にも審判も近くにいる。特に球審ならピッチャーと正対しており、打席以外ではベンチに座り斜めから投球を見る相手選手より見やすく、ボールを操るとしたら絶好の場所だといえる。

 この仮説を立てた後当日の球審が誰か調べた。すぐに名前が分かり、ハイスクールの試合以外にもプロの試合でも審判をやっていることが分かり、次に審判をやるのが今日の試合だった。

 確証はそこまでない。ニンジャネームを名乗り殺気を抑えなければモータルなら失神などの反応を見せ、そうだったら犯人ではない。それでダメならその日の審判を務めていた人を調べ同じように調べ、違えば相手選手やグランドの近くにいた人物を調べ同じような方法で試すつもりだった。

 そして1人目で犯人を探し当てた。この幸運はブッダがもたらしたものと感謝する。

 

「穏便な用ではなさそうだが」

 

 ゲームメーカーはドラゴンナイトの殺気を受けながらも反応に変化はない。それだけで戦ったことがないサンシタではないことが分かる。

 

「センパイの敵を討たしてもらう」

「センパイ?どこの誰だ?」

「ハナサキ・ハイスクールのサワムラ・イチジュン=サンだ!お前がボールを操って!決勝戦で負けて、セプクさせられたサワムラ=センパイだ!」

 

 ドラゴンナイトは声を荒げる。敬愛したセンパイをセプクさせたのにまるで覚えていない。ニンジャ特有のモータルを見下した感じが気に入らない、むしろ殺意がさらに芽生える。一方ゲームメーカーはドラゴンナイトを興味深そうに見つめる。

 

「お前は負け犬センパイがニンジャのせいで負けたという言い訳を信じたのか?イデオットかお前ら?」

「違う!センパイは完璧な投球をしながらボールのキレも伸びも甘く、ミットからボール1、2個分ずれている事に気づき、ニンジャのジツの可能性をボクに伝え突き止めた!」

 

 もしセンパイが可能性を示唆しなければこの真実に到達できなかった。お前は負け犬と侮ったセンパイにジツを見破られて、殺されるんだ!ドラゴンナイトは視線で殺さんばかりに睨みつける。ゲームメーカーはその視線を気にしないどころか突如笑い始めた。

 

「クックックッ。思い出した、ワガママプリンス、小生意気に操られるのを計算してピッチングしていた。無駄なのに。傑作なのは肩と肘をぶっ壊したのにちゃんとしたボールを投げた。痛みに堪えて必死にムービングボールを!俺のジツで動かなくなるのに!痛みを堪える表情、打たれた時の絶望の表情。今思い出しただけでも笑える」

「壊した?」

「ボールを通してピッチング中のモータルの肘と肩を壊すなんて、ベイビー・サブミッションだ」

 

 ゲームメーカーはサワムラが肘と肩を壊されたシーンを茶化しながら再現する。センパイは肘と肩を壊されながらもいつものムービングボールを投げていた。本当に、本当に凄いピッチャーだ。尊敬と感動で涙が出そうになるがコンマ一秒で押しとどめる。

 そして目の前にいるクソニンジャはセンパイの尊厳を踏みにじり全てを奪った!殺してジゴクで永遠の苦痛を味合わせてやる!

 

「イヤーッ!」

 

 ドラゴンナイトはスリケンを生成し正中線にある急所に目掛けて投げ込む。ゲームメーカーは体を半身に動かし最小限の動きで躱す。

 

「その投げ方ピッチャーだな。肘と肩の使い方が中々だ。ワガママプリンスに教えてもらったか?」

 

 ゲームメーカーはニヤついた笑いを浮かべながら褒め言葉を投げかける。それに構わずスリケンを投げ続ける。

 利き腕の左とは逆の腕でもスリケンを生成して投げる。センパイは左右のバランス良く体を作るのが良いピッチャーであると教えた。その一環として利き腕ではないほうでの投球練習をさせられた。

 最初はストライクを取れないどころか、ミットにノーバウンドで届かないほど無残だったが、最終的には小学生のチームぐらいなら抑えられる程度にはなった。今の右腕でのスリケン投げもこの練習をしなければスピードもコントロールもなかった。

 この世で最も物を投げる職種はピッチャーだ。プロではないが野球を辞める前は毎日ボールを投げ続け、センパイの教えを受けて磨き続けた。スリケン投擲はピッチングを通して学んだことを生かせる。センパイと一緒に磨いたこの技術で殺してやる。

 ゲームメーカーの表情から笑みが消え側宙やバク転で回避に専念し始める。ドラゴンナイトのスリケンは急所や手足に向かって正確に飛んでくる。致命傷を回避しているが手足を斬りつけ赤い線を作る。この調子でスリケンを投げ続ければいずれ当たる。自身の優位を感じていた。

 するとゲームメーカーは腰のホルダーに手をかける。何かがゲームメーカーの周りを高速で旋回してスリケンを叩き落とした。旋回物は10個、それは野球の硬式ボールだった。

 

「10個のボールを操るのが俺のジツだ。このジツでワガママプリンスをセプクに追い込んでやった」

 

 ゲームメーカーは自慢げに語りかける。このジツがセンパイをジゴクに落としたジツか!ドラゴンナイトは憎悪をさらに燃やす。

 旋回していたボールがこちらに向かってくる。その数は5個、スリケンで撃墜しようとボールに向かって投げ込むが全く勢いが落ちない。先程のゲームメーカーに投げたスリケンは側面からボールに当たったので叩き落とされたのは仕方がない。だが今回は真正面からの衝突だ。だが新聞紙で作ったボールと当たったように減速しない。いくら連射重視のスリケン投擲でもこの威力差は予想外だ。ボール1つでも全力で投げたスリケンより強いかもしれない。

 ボールは額、眉間、顎、心臓、肝臓に向かってくる。ドラゴンナイトはスリケン投擲を止めブリッジ回避する。顔面と心臓に向かったボールは回避したが肝臓へのボールは回避しきれず腹に焦げ跡を作り肉が焼ける匂いが嗅覚を刺激する。

 掠ってこれか、リュウジン・ジツを使ったなら耐えれそうだが通常状態なら厳しそうだ。通過したボールが旋回してこちらに向かってくる。すぐに起き上がりスプリントする。

 両足にボール2個、開脚ジャンプで回避、股間と額に2個、チョップでブロック、手が痺れる。左の側頭部に1個、ダッキングで躱しながらスリケン投擲。

 前転、後転、ブリッジ、バックフリップ、側転、側宙、出来る限りの動作を駆使して回避する。回避動作中にスリケンをゲームメーカーの前後左右に投げるが全て旋回するボールに叩き落とされる。次第にドラゴンナイトに向かって行くボールは増えていき、現時点で8個になっていた。

 

「ガンバレガンバレ。ボールは後2個で終わりだぞ」

 

 ゲームメーカーは余裕を持った表情で言葉を投げかける。対照的にドラゴンナイトの表情には余裕が無く、8個のボールの回避に専念せざるを得ずスリケン投擲する余裕すらなかった。ボールは少しずつ体に掠る回数を増やしていく。

 このままでは避けきれず直撃してやられる。そう判断したドラゴンナイトはゲームメーカーとは反対方向に全速力でスプリントする。前後左右に配置されていたボールがそうはさせないと襲い掛かる。だが反応が鈍く後方に配置されていたボールだけが向かってくる。ボール3個をパーリングで叩き落とす。遅れて他のボールが頭部に来るが前転回避、髪の毛が擦れ焦げた匂いが漂う。これで包囲網から逃れた。

 8個のボールが後ろから猛然と迫ってくる。ゲームメーカーがスプリントで迫ってくる。どうやらこのジツには射程距離があるようで、おおよそ50メートルぐらいか、そこから離れると上手く操作できないようだ。

 ドラゴンナイトは全力スプリントし、ゲームメーカーとボールが追跡する。ボールとドラゴンナイトとの距離を10メートルに維持しながら追いかけっこは続く。だがそれは終わりを迎える。

 目の前には駐車場とスタジアムを区切る壁が迫っていた。高さ20メートル以上で飛び越えることはできない。だが止まればボールによる攻撃で殺されてしまう。

 ドラゴンナイトは走りながらリュウジン・ジツを使った。体に鱗が生え尻尾と翼と牙が生える。ジツの使用によりスプリントが緩みボールとの距離が5メートルまで縮まる。壁まで残り2メートルのところで壁に向かって飛んだ。足の裏で着地し勢いを吸収し足に力を溜めて解き放つ、三角跳びだ。

 進行方向は斜め上、さらに飛んだ瞬間翼を羽ばたかせ上昇し距離を稼ぐ。ボールもその動きに合わせ急角度で上昇するが、翼による急上昇に対応できずボールは足元を通過する。

 本当ならスリケン投擲で殺したかったが遠距離戦では分が悪い。ならばボールを攻撃に回させ引き付けたところで一気に接近戦にもっていく。予想していなかったのかゲームメーカーの表情に焦りが見られる。

 翼の浮力を生かして30メートルばかり跳躍し勢いを殺さず前転着地しスプリントする。残り距離10メートル。ゲームメーカーが構えを取り迎撃準備を整える。ここで決める。

 

「イヤーッ!」

 

 スプリントの勢いを殺さず右手で袈裟切りチョップ。ゲームメーカーは前腕部を手首に当てて勢いを殺す。

 

「イヤーッ!」

 

 左手で心臓に向かって貫手を放つ。ゲームメーカーはサークルガードで弾く。

 

「イヤーッ!」

 

 左膝蹴りを肝臓に向かって放つ。ボールが肝臓の前に浮遊し膝蹴りを防ぐ。

 

「イヤーッ!」

 

 股間に向かって尻尾を振るう。ボールが股間の前に浮遊し防ぐ。今までのニンジャとの戦いで決め手となった尻尾での攻撃が防がれた。だがまだ手が残っている。

 

「イヤーッ!」

 

 左足を引き地面につけて体を捻る。翼を垂直から水平にさせて顔面への被膜での斬撃、両手は防御に使い残りのボール2個も防御に回した。この攻撃は避けられない、勝った。ソーマト・リコールを思い浮かばせながらセンパイに懺悔しながら死ね。

 

「グワーッ!」

 

 腹部に激痛が走る。激痛の発信源を確認するとボールがめり込んでいた。ナンデ?攻撃に回していたボールは8個、守備に回っていたのは2個、その2個は膝と尻尾の攻撃を防ぐのに使っている。それなのに何故ボールがある?数が合わない。

 いや違う。元々数は10個ではなかった。ゲームメーカーは最初に10個のボールを操るジツと宣言し、ボールは残り2個など数を強調していた。それを信じ思い込んでしまった。

 

「グワーッ!」

 

 ゲームメーカーのポン・パンチとボールが叩き込まれ吹き飛ばされる。そこに後ろに居たボール8個が追いつき体を打ち付け、さらに残り3個も加わる。11個のボールが容赦なくドラゴンナイトの体を打ち付ける。

 体を丸め攻撃に耐える。リュウジン・ジツでニンジャ耐久力は強化されているがボールの攻撃は並のニンジャの全力パンチに匹敵し、それが雨のように降り注いだ。次第にダメージは蓄積しドラゴンナイトのリュウジン・ジツは解除された。

 

「別に近接カラテが苦手なわけではないんだよ」

 

 ゲームメーカーは勝利宣言のように呟く。その声は反響しよく聞こえない。さらに頭部のダメージにより意識は朦朧とし視界は混濁しており、その姿がグニャグニャと歪んでいる。

 センパイの仇が目の前に居るんだぞ。立ち上がれ、動け。朦朧とする意識の中憎悪を燃料に体に動けと命令を与える。だが脳と体の神経が切断されたように体が全く動かない。

 

「なんで……あんなことをした……コーチのアメガクレの差し金か……」

 

 体中からエネルギーをかき集めて行った行動は問いかけだった。心は反抗の意志を見せるが脳がここから逆転の手は無いと判断し、せめてセンパイが死ななければならなかった理由を求めていた。

 ゲームメーカーは自身の周囲にボールを旋回させドラゴンナイトにトドメをさせるようにボールを浮遊させていた。

 

「アメガクレ?誰だそれは?まあ同じ野球経験者のよしみで答えてやる。ワガママプリンスは野球賭博の為に負けなくちゃいけないんだよ。だから負けさせた」

 

 野球賭博?野球選手達は多くを犠牲にして野球が上手くなろうと努力した。その成果を競い合う神聖な場を賭博のコマにしたのか!

 

「そんな下らないことでセンパイは死んだのか!センパイを!野球選手たちを!野球を汚すな!」

 

 喉が潰れんばかりに声を張り上げる。許さない!許さない!許さない!

 

「野球を汚すな~?オボコ!プロ野球どころか高校野球でも八百長まみれだ!勝敗は最初から決まっている。その筋書き通り試合を進めるために俺みたいな試合をコントロールするゲームメーカーが必要なんだよ」

 

 ゲームメーカーは愉悦を抑えきれないといわんばかりに笑う。センパイ達が愛した全てを捧げて競い合う舞台は全て薄汚い奴らによって支配されていた。全ては無駄だった。全て結果を支配され、センパイの人生はゴミにされた。そして薄汚い賭博を遂行させ野球を汚すニンジャに殺される。悔しさと不甲斐なさで頬に涙が伝う。

 

「さて、オボコが世間を知ったところで死ね。ジゴクに居るセンパイに慰めてもらえよ」

 

 ボールが空高く宙に浮かぶ。これで死ぬ。ダメージで意識と視界が混濁するなか、ソーマト・リコールが浮かび上がる。幼少期の思い出、家族との思い出、サワムラ=センパイとの思い出、そしてスノーホワイトとの思い出。スノーホワイトとは数か月の付き合いだったが本当に楽しかった。ここで死ぬがスノーホワイトが仇を取ってくれたら嬉しい。

 

「WASSHOI!」

 

 謎のシャウトが聞こえ目の前に何かが現れた。混濁する視界には赤黒の人物としか分からない。その赤黒はアイサツした。

 

「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」

 



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第十三話 ベースボール・フリークス・ブルース#5

「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」赤黒の殺戮者が決断的にエントリーだ!「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ゲームメーカーです。何故お前がここに!?」「アマクダリの資金源の一部である薄汚い野球賭博を潰すことにした。まずはオヌシから殺す」ニンジャスレイヤーはジュージツを構える。

 

ニンジャスレイヤーは暗黒非合法探偵としての推理力とニンジャとの戦闘経験からドラゴンナイトと同じ結論に辿り着いていた。急ぎスタジアムに向かったところドラゴンナイトとのイクサを目撃しエントリーしたのだった。ニンジャスレイヤーはドラゴンナイトを一瞥する。

 

あれはスノーホワイトと一緒に行動していた若いニンジャだ、やはり復讐の為に来ていたか。サワムラの手紙を見てドラゴンナイトがゲームメーカーに戦いを挑む事を予期していた。ゲームメーカーはボールを旋回させる。アマクダリに応援要請を送ったが来るまで10分はかかる。指示は時間稼ぎ、援軍が来るまで持ちこたえなければならない。汗が頬を伝う。

 

「それがオヌシのジツか、モータルの球を微弱に動かし、試合を支配しているという矮小な優越感に浸り、日銭を稼ぐサンシタにふさわしいジツだ」「ホザケ!イヤーッ!」ボール5個がニンジャスレイヤーに向かって行く!ニンジャスレイヤーはスリケンで迎撃、ボールはジツによって硬度が増し超高性能モーターめいて回転しておりスリケンを弾く!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジ!ボールが3個頭上を通過!残りの2個は支えている手に向かう!すぐさまバックフリップで回避する!「どうだ!これがサンシタのジツだ!」ゲームメーカーは自慢げに叫びさらにボール2個を攻撃に回す。7個のボールが前後左右からニンジャスレイヤーに襲い掛かる!

 

ニンジャスレイヤーは回避しながらゲームメーカーから離れていく。その距離タタミ20枚分。ニンジャスレイヤーは回避しながら腰にぶら下げていたヌンチャクを手に取る。「イヤーッ!」後頭部を狙ったボールに向かってヌンチャクを振りぬく!ジツに操られたボールは飛ばされないように反発する。

 

ヌンチャクとの接触エネルギーが遥かに上回りボールは放物線を描き遥か彼方に飛んでいく!ホームラン!ニンジャスレイヤーのカラテがゲームメーカーのジツを上回った!射程距離から離れたボールはゲームメーカーの元に戻ってくることはない!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは左からきたボールをヌンチャクで迎撃、ボールは放物線を描き遥か彼方に飛んでいく!ホームラン!「イヤーッ!」右から来たボールをヌンチャクで迎撃、ボールは放物線を描き遥か彼方に飛んでいく!ホームラン!ニンジャスレイヤーはボールを次々に飛ばしていく!

 

7個目のボールが股間に向かって行く!ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振りぬく!だがボールに当たる数インチ前で急激にホップし顔面に向かって行く。ワザマエ!単純なボールの軌道で眼を慣らしてからの急激な軌道の変化!なんたる一流のピッチャーめいた戦略!この変化に対応するのは困難だ!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは腕と手首にカラテを込めてスイングの軌道を強引に変える!タツジン!ボールはロケットめいて打ち上げられる!ホームラン!「どうした?球遊びはもう終わりか?」ニンジャスレイヤーは挑発的に手招きをする。ゲームメーカーは怒りを抑え込むように噛みしめる。

 

ボールを小出しして攻撃するのは悪手だった。ボールを操る数が増えれば増えるほど威力と精密さが落ちていく。ドラゴンナイトには数で押し切れたが、ニンジャスレイヤーには弱点を突かれてボールを弾き飛ばされた。残りは4個。ゲームメーカーは2個のみにジツを使い、残りの2つはポトリと地面に落ちた。

 

ニンジャスレイヤーとの実力差を考えれば、防御に徹しても援軍が来るまでに爆発四散させられるのは明白、逃走して万が一生き残っても軍法会議にかけられ冷凍禁固刑、どちらにしてもノーフューチャーだ。ならば攻撃に全てを掛けニンジャスレイヤーを殺す。殺して生き残る。生き残って八百長試合を作る。

 

ジツでボールを大きく動かさず、奥ゆかしく僅かに動かし、真剣勝負のように見せかけ試合を指示された筋書き通り進行させる。それ故に誰もゲームメーカーの存在に気づかない。それが誇りだった。だがモータル如きが介入に気づいた。それはゲームメーカーのプライドを傷つけた。

 

それを癒すにはもっと完璧な八百長試合を作るしかない。ゲームメーカーは決断的にスプリントしてニンジャスレイヤーに近づく。「イヤーッ!」ゲームメーカーは渾身のポン・パンチを放つ!さらに同じタイミング左右からボールが悪夢めいた複雑な軌道で襲い掛かる!速度は通常の倍だ!同時三点攻撃!これが奥の手!

 

ニンジャスレイヤーのニンジャアドレナリンの分泌によって体感時間が鈍化する。「イヤーッ!」右手でヌンチャクを振りぬきボールを叩き落とす!ボールはコンクリートにめり込んだ!左手でボールをキャッチ!ポン・パンチが到達する前にケリキックを叩き込む!タツジン!同時三点攻撃破れたり!

 

「グワーッ!」ゲームメーカーはワイヤーアクションめいて後方に飛んでいく。ニンジャスレイヤーはツカツカと近寄っていく。「俺のヒサツワザが破れただと……」「ヒサツワザ?キッズでも捕れるボールと欠伸が出るほど遅いパンチが?」ニンジャスレイヤーは血反吐を吐くゲームメーカーを見下ろしながら吐き捨てる。ゲームメーカーの目が絶望に染まる。

 

「インタビューだゲームメーカー=サン。答えれば苦しめずに殺す。答えなければ援軍が来るギリギリまで痛めつけて殺す。オヌシに指示を出しているのはアマクダリの誰だ?」「知らない。俺は指示を受けただけだ」「他のアマクダリのニンジャの情報を洗いざらい吐け」「それなら赤い車の中に携帯端末がある。そこに連絡先があるから勝手にやれ」

 

ゲームメーカーは素直に話す。体は動かずジツも使えない。たった一撃で勝敗が決した。これがアマクダリに挑む狂人のカラテか、もうどうやっても勝てない。ここで粘ってもどうせ苦しんで殺される。ならば楽に死ぬ。ゲームメーカーの八百長野球への欲求もニンジャスレイヤーのカラテによってへし折られていた。

 

ニンジャスレイヤーは足を上げ頭部を踏み抜いた。「サヨナラ!」ゲームメーカーは爆発四散した。ニンジャスレイヤーは赤い車に近づきドアをこじ開けて携帯端末を回収する。そして倒れこんでいるドラゴンナイトを一瞥すると抱え上げこの場から離れていった。

 

 

◆ドラゴンナイト

 

 ネオサイタマの夜を彩るネオン光源が高速で流れていく。突如現れた赤黒のニンジャの肩に担がれていた。体はダメージで動かせないが意識はニンジャ回復力のおかげかはっきりしてきた。体が動かない分頭を動かし赤黒のニンジャのカラテについて思い出していた。

 あのゲームメーカーを一方的に打ちのめした。回避するのに精いっぱいだったボール攻撃をヌンチャクで弾き飛ばし無力化した。あの発想と実行するカラテは賞賛に値する。スノーホワイトでもできないかもしれない。

 暫くすると赤黒のニンジャは停止する。ここはどこかの雑居ビルの入り口前か、すると入り口の壁際にドラゴンナイトを置いた。とりあえず重金属酸性雨をしのげるのはありがたい。だが浮浪者に追剥されたら抵抗できないな。

 赤黒のニンジャは周りを見渡した後この場から離れようとする。

 

「ドーモ、ドラゴンナイトです」

 

 その前にアイサツする。このニンジャには色々と伝えたいこと聞きたいことがある。

 

「ドーモ、ドラゴンナイト=サン。ニンジャスレイヤーです」

 

 赤黒のニンジャはアイサツしニンジャスレイヤーと名乗った。思い出した。マタタビと一緒にいたニンジャだ。ニンジャネームと恐ろしいまでの殺気は強く印象付けられていた。

 

「スノーホワイト=サンはどうした?」

「いないです。最近は音信不通で連絡が取れていないから、ずっと1人です」

 

 思わぬところでスノーホワイトの名前が出た。顔を合わせた程度だが覚えているものなのか、余程記憶力が良いのか、少女のニンジャという部分で印象に残っているのか、ドラゴンナイトにはニンジャスレイヤーの心中を察することができない。

 

「ニンジャスレイヤー=サンが倒したニンジャ、あれはボクのセンパイの仇だった。殺してくれて、アリガトウゴザイマス」

 

 ダメージで体が動かないので頭を下げず言葉だけで礼を言う。仇を取ろうとして返り討ちにあい無念の失意のまま死亡、そうなったらネガティブマインドでオバケになっていただろう。そんな憎き仇を殺してくれた。感謝してもしきれない。ニンジャスレイヤーは言葉を発さず黙って見つめた。

 

「アマクダリって何ですか?」

 

 殺したことに礼を言うのが言いたかった事、そしてこの質問が聞きたかったことだ。唐突の質問にニンジャスレイヤーの表情が変わる。混濁する意識の中で確かに聞こえた。

 

―――指示を出しているのはアマクダリの誰だ?

 

 言葉から察するにゲームメーカーは実行犯に過ぎない。賭博野球を開催し多くのハイスクールベースボールプレイヤーの努力や尊厳や将来を踏みにじった者がいる。これでは復讐は半分達成したにすぎない。それがアマクダリにいる。

 

「そのアマクダリという組織が賭博野球のためにセンパイを負けさせた。これじゃ復讐は終わっていません。教えてください。オネガイシマス」

 

 動かない体に喝を入れて頭を下げる。だがニンジャスレイヤーはじっと見つめ見下ろす。

 

「オヌシの復讐は終わりだ」

「終わってない。アマクダリを潰さないと復讐はセンパイの魂はうかばれない。オネガイシマス。オネガイシマス」

 

 体を這わせニンジャスレイヤーの足元に縋りつき懇願する。ブザマといわれようが構わない。アマクダリにいる野球賭博関係者を殺す!殺しつくす!

 

「これ以上踏み込めば死ぬ。サワムラ=サンの無実は数日後に証明されオナーは回復する。オヌシはサワムラ=サンの記憶を語り継ぐのだ。それが弔いになる。そして忘れろ」

 

 ニンジャスレイヤーは一方的に告げるとその場から立ち去った。

 

 

◆◆◆

 

『先日セプクしたサワムラ・イチジュン=サンですが、エメリボール使用などの数々の悪行は虚偽であることが分かりました。全てはコーチのアメガクレ=サンによる行為でした』テレビにはマスコミから熾烈なインタビューを受け青い顔をしているアメガクレが映っている。

 

ゲームメーカーが爆発四散してから数日後、ワイドショーでサワムラを一斉に擁護し始めた。IRCネット上でサワムラを貶めようとしていたアメガクレの数々の工作行為が白日の元に晒された。数々の確固たる証拠はIRC上のデマと見過ごせるものではなく、最初に取り上げたTV局を失墜させるチャンスと他のTV局はこぞって取り上げた。

 

無実の人を貶めたとしてハナサキ・ハイスクール、ベースボールクラブは活動を自粛、在籍しているメンバーのナイシンポイントは大きく下がった。コーチのアメガクレは名誉失墜の責任を取り多額の負債を抱えた。インタビューに答えたアカツキ・ジュニアハイスクールの生徒もナイシンポイントを大きく下げ、ムラハチされている。

 

ドラゴンナイトはテレビを消すと重い体を動かしながら玄関を出て、自転車に乗り込む。目的地はサワムラの墓だ。ニンジャ回復力で傷が多少癒えたといえどダメージは有る。ペダルを漕ぐたびに体が軋む。暑さと痛みで額から汗が噴き出す。1時間程自転車を漕ぎ墓地に辿り着く。

 

「先祖が見ている」「奥ゆかしさ」「呪われてしまう」正門付近には利用者のマナーを促すショドー看板が設置されている。奥に入るとヤンク達が用も無く敷地に入り野球をしていた。ドラゴンナイトは顔を顰める。死者が眠る場所で野球をするな、ヤンク達を止めようとするが、その前にスタッフが駆け寄り棒で叩き止めさせた。

 

ドラゴンナイトは地図を見ながら自転車を漕ぐ、墓地のスペースは広大で移動するにも車が必要であり、徒歩で移動しようとすれば墓参りだけで一日は費やしてしまう。規則正しく墓石が並んでいる。それを見ると厳かな気分になる。噂では墓がスペースの無駄であり、電子ネットワーク上に墓地を作ろうという提案があるらしい。

 

確かに広大なスペースを狙ってか浮浪者が住み始め、犯罪行為に利用されているという話もある。だがそれには反対だ、遺骨がある墓石にこそ死者の魂はある。電子ネットワーク上には魂は宿らない。ソウスケはメモを見ながらサワムラの墓石を目指す。

 

墓石に着くと周りにはサワムラの母親がいた。周りはキレイに清掃されていた。「ドーモ」「ドーモ」2人はアイサツを交わす。「あのこれを」ソウスケはリュックから花を取り出す。バイオヒマワリだ。「ありがとう。イチジュンもヒマワリが見られて喜んでいるわ」母親は優しく微笑む。

 

ニカワ・ベースボールパークにはバイオヒマワリが植えられており、大会開催ごろには一面に咲き乱れる。野球賭博が無ければ今頃自身の目で見られた花だ。「イチジュンの正しさが証明されたよ。皆がイチジュンを讃えてくれている」母親は墓前に語り掛ける。ニンジャスレイヤーが言った通り、サワムラのオナーは回復した。これも彼の仕業だろうか。

 

「もう少し早かったら…セプクすることも無かったのにね」母親の目から涙が伝う。これは回避できた死だ。野球賭博が無ければ、アマクダリという組織が実施しなければ。ニンジャスレイヤーは手を引けと言った。だが知ってしまったからには止まれない。必ずアマクダリを見つけ、野球賭博を撲滅する。サワムラのような悲劇を起こさせない。

 

 ドラゴンナイトはもう一度手を合わせサワムラにアマクダリ打倒を誓った。

 

ベースボール・フリークス・ブルース 終

 



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第十四話 重要な一日#1

「ナンデ……ナンデ……アタシが……」ベッドの上でセーラー服を着た女性が泣いていた「いつまでメソメソ泣いてるんだコラッー!進行が滞ってるんだコラーッ!」白シャツの男が女性に向かって恫喝する。コワイ!「アイエ……」女性は恐怖で身をすくませる。

 

「一人のワガママで皆が迷惑、ワカル?中退したハイスクールで習っただろう」白シャツはおちょくるように女性の頭をノックする。女性は辺りを見渡す。ビルの空き室、ライトを持った照明係、カメラマン、日焼けし鍛えられた裸体を見せる男、全員が女性を粘着質な目線で見つめる。「じゃあ、インタビューシーンから撮り直し」

 

白シャツの男の号令で準備が始まり日焼けの男は女性の隣に座る。「よし、ハジメ」白シャツはカチンコと呼ばれる器具を鳴らした。「ハジメマシテ、キヨミです。シグレ・ハイスクール2年生です。趣味は……」キヨミは日焼けの男に体を弄られながら自己紹介を続ける。

 

今行われているのはヘンタイビデオの撮影である。撮影クルーと日焼けの男は全員アンダーマウント・ヤクザクランの一員である。ヘンタイビデオを撮影し売りさばく、これもヤクザのトラディショナルなシノギの一つである。そしてキヨミはカチグミの女子高校生だったが、破産し売り飛ばされヘンタイビデオの女優をやらされている。

 

このような話はネオサイタマにおいてチャメシ・インシデントである。「よし、カット!次は前後シーン撮るぞ!」「ヤメテ…」キヨミは白シャツに縋りつく。「何でもします。だから前後はやめてください。初めての前後はタダシ君と……」「ザッケンナコラーッ!」「ンアーッ!」白シャツのビンタがキヨミに当たる。

 

「ナマイッテンジャネエコラーッ!男優をタダシと思ってファックしろコラーッ!」何たる無茶な注文!「無理です!」キヨミは声を張り上げ拒否する。それが白シャツの堪忍袋を温めた!「分かった。お前は演技しなくていい。内容を変更してファック&サヨナラだ!やれ!」「ヨロコンデー!」「アイエエエ!」

 

キヨミは必死に暴れるが日焼け男に組み敷かれセーラー服は破かれる。「イヤーッ!」日焼け男のマウントパンチ!「ンアーッ!」キヨミの鼻に当たり出血。「いいぞ!カメラを回せ!やっぱりこっちのほうがいいぞ!臨場感重点!」白シャツは興奮しながら撮影クルーに指示を送る。

 

ナムサン!このままではキヨミのファック&サヨナラが撮影され、暗黒ヘンタイカチグミに購入され一時の慰みにされてしまう!CRAASH!突如後方のドアが突如吹き飛ぶ!部屋に居た人間は全員視線を向ける。「アンダーマウント・ヤクザクランか」エントリーした男は周りを一瞥すると怒りを帯びた声で尋ねる。

 

その男はパーカーを深く被り顔は見えなかったがティーンエイジャーのアトモスフィアを漂わせていた。「何だガキコラーッ!」アンダーマウント・クランのメンバーは一斉に恫喝する。侵入者がティーンエイジャーなので精神的優位を感じていた。「ガキは家に帰れ!」一番近くに居た照明係が近づく。「待て!ヒラメイタ!」白シャツが照明係に声をかける

 

「ファック&サヨナラは止めだ。そのガキにタダシ君の役をやらせて、ネトラレに変更だ」白シャツは目を輝かせながら喋る。ネトラレとは女性が好きな男性の前で見ず知らずの男にファックされるというヘンタイビデオのジャンルの1つであり、今業界において最も注目されているジャンルである。

 

「ティーンエイジャーのネトラレ!これは売れる!おいガキ!特別に生前後見させてやるから手伝え…」「グワーッ!」白シャツの言葉を悲鳴が遮る。照明とカメラマンが転げまわっている。その膝には何かが刺さっていた。星のような形、スリケン?「アイエエエ!ニンジャナンデ!?」白シャツは悲鳴をあげ失禁する。

 

「ザッケンナコラーッ!」日焼けの男が半狂乱で襲い掛かる。「グワーッ!」すぐさまスリケンが膝に刺さりブザマに転げまわる。侵入者は呆けている白シャツにツカツカと近づき見下ろしながら喋る。「アマクダリという名前に聞き覚えは?」「ないです」白シャツの腿にスリケンが突き刺さる「グワーッ!」白シャツは転げまわる。

 

「知らないです!本当に知らないです!」白シャツは痛みで涙を流しながら叫ぶ。侵入者はその様子を殺処分される豚を見る業者めいた冷たい視線で見つめる。侵入者は数秒間見つめると踵を返して立ち去っていく。キヨミはその様子を黙って見つめていた。

 

ニンジャが助けてくれたのか?NRSを発症しかけながらも必死に状況整理する。とりあえずファックされずに済んだ。キヨミは着衣が乱れたまま部屋から脱出した。

 

◆ドラゴンナイト

 

 ここもハズレか。雑居ビル屋上でネオン光を浴びながらせわしなく動く人々を見ながら、マグロエネルギーバーを取り出す。味は最悪だが必要なカロリーは摂取出来て実際安い、顔を顰めながら咀嚼した。

 ニンジャスレイヤーのインタビューと野球賭博を仕切っている事からアマクダリは闇の悪徳組織ということだけは分かった。だがどれほどの規模の組織でどうやればたどり着けるかは全く分からない。色々と考えたが唯一思いついたのがヤクザクランにインタビューであり、アンダーグランドの事ならヤクザだろうという単純な理由だった。

 結果はアマクダリについて得た情報は謎の闇組織という自身が知っているものと同程度のものだった。正直無駄ではないかと思い始めていたが、先程の件みたいに悪行からモータルを救えることもあるし、無駄ではないだろうと納得させ徒労感を隠す。

 時刻は0時を回っている。本来なら家に帰って寝ている時間だが帰るつもりはないし、これからも帰るつもりはない。

 ドラゴンナイトはアマクダリ打倒を掲げてから1週間、その間家に一切帰っていない。それはアマクダリを倒す決意表明で有り、親との決別でもあった。

 ワイドショーを一緒に見ていた時のイチジュンへの反応、尊敬するセンパイを非難し、息子の言う事を信じずワイドショーの意見を信じた。その態度に咄嗟にニンジャ圧力を向けて両親をNRSにさせた。それが決定的だった。

 両親への情や感謝やリスペクトが一切吹き飛び、両親が虫けらのように思えてきた。このままでは暴力を振るってしまう。1かけらほど残っていた情がせめても親に暴力を振るわないようにと家から出ることを選んだ。

 今は夏休みなのでいいが、学校が始まったらどうしようか?アマクダリという巨悪を倒そうとしているのに現実的でしょうもない悩みが思い浮かび思わず苦笑する。

 現実的といえば今頃両親は心配しているだろうか?心配しているとしてもどちらだろうか?息子の身の安全を心配しているのか、息子が家出したことが発覚して社会的オナーが失われる心配か?どうせ後者だろう。ドラゴンナイトは地面に唾を吐き捨てる別の事を思考する。

  今後の生活費をどうするか?

 家を出る前に全財産を持ったがその金もいずれは底が尽きる。ヤクザクランから奪うか、悪事で得た金を奪っても問題無いと頭に過るがそれではヤクザと同じだ。頭に浮かんだアイディアを打ち消す。

 そうなるとバイトか、中学生を雇ってくれる所などあるのだろうか?一抹の不安を過りながらも一旦保留し、自らのアジトに向かった。

 

◇ファル

 

 非常にマズい事態が起こっている。それはスノーホワイトの一言で発覚した。

 

「フォーリナーXの存在が感じられない」

 

 スノーホワイトはフォーリナーXの存在を感知できる。それは東京のどこかに居るという大雑把な程度だが、それでも貴重な情報源だった。その情報を元にネオサイタマに居ると仮定して捜索していた。だが前提が根本的に崩れた。可能性としては2つだ。

 1つはドサンコ、キョート、岡山県、オキナワ等の場所に移動した。もう1つはこの世界から移動した。

 前者は絶望的だが捜索する可能性が残っている。後者だとしたら可能性は皆無だ。別の世界に移動されては物理的に捜索できない。スノーホワイトとファルに異世界に移動する手段はない。

 もしかしてニンジャの中で異世界に移動するジツを持っている者が居るかもしれないが、そんな都合の良い事が起こるわけがなく、居たとしてもそんなのサハラ砂漠で米粒を見つけるようなものだ。それにフォーリナーXの居る世界に送り込めるか分からない。

 

「新幹線以外でネオサイタマから出る方法はある?」

「えっと、ドサンコ方面は国道を使えば行けるぽん」

「新幹線と国道の監視カメラを調べて」

「もうやっているぽん。いつ存在を感じ取れなくなったぽん?」

「今さっき」

「了解ぽん」

 

 ファルはコトダマ空間に入り監視カメラにアクセスする。今しがたネオサイタマから離れたならまだ追跡できる。スペックをフル活用してハッキングしてフォーリナーXを探し始めた。

 国道からネオサイタマ離れた車はこの10分間では無い、新幹線は5分前にキョートに向かった。乗客にフォーリナーXは混じっている可能性がある。ダイミョ・クラスとカチグミ・クラスの写真付き名簿を入手したがそれらしき人物は居なかった。マケグミ・クラスは人数が多いうえに写真もない。監視カメラだけでは全ての客を把握するのは難しく、把握した客の中にもそれらしき人物はいなかった。

 

「スノーホワイト調べてみたけど、ここ10分で国道から出た車はなし、新幹線の客は完全に把握できなくて、それらしき該当者はいなかったぽん」

 

 平坦な声色でスノーホワイトに告げると目をつぶり数秒ほど天を仰ぎ喋る。

 

「ネオサイタマに残ろう。私の勘違いかもしれない。引き続き新幹線の客を調べて」

 

 スノーホワイトの判断を間違っているとはいえなかった。もしキョートに行ったとしても土地勘が無く捜索は困難を極めるだろう。そして映像でもフォーリナーXの姿が映っていなかったのだから、スノーホワイトの勘違いでネオサイタマに残っているという可能性は充分にある。

 だがスノーホワイトの感覚が正しく何らかの方法でネオサイタマから出た可能性もある。そうだとしたら無駄とも言えるが判断材料が無さすぎる。

 ファルのAIはフォーリナーXがこの世界に出たという仮説がどんどんと膨れ上がる。そうなれば終わりだ。ネオサイタマに出た出ていないという問題はチェスで5手か6手でチェックメイトされるかの違いに過ぎない。

 スノーホワイトもそう思っているのか?問い詰めようとするが聞いた瞬間フォーリナーXがこの世界から出たという仮説が事実になってしまうように気がした。

 

◆02:00

 

ニチョーム等の歓楽街を覗けば多くのネオサイタマ住民が眠るウシミツアワー。オオスギ・ストリートもその一つだった。その静寂を破るように騒がしい声が聞こえてくる。「今日も聖戦の開始だ!」赤のバンダナを口元に巻いたヤンクが上機嫌に喋る。「俺達がネオサイタマのラーメンを守るんだ!」もう1人の青のバンダナのヤンクも上機嫌に喋る。

 

ヤンク達は店の前に辿り着くと値踏みするように眺める。清潔感がある白い作りに入り口の上のノレンには「ラーメン名人」と書かれている。入り口の柱には「オーガニックスズメ出汁スープ」「妥協しない」「ケミカル調味料は使いません」と彫り込まれており職人的アトモスフィアを醸し出している。「よし、レッツジャスティス!」

 

ヤンク達はリュックからスプレーを取り出すと柱に彫り込まれた文言を隠すようにスプレーで塗りつぶす。「何がオーガニックスズメ出汁だ!気取りやがって!」赤のバンダナヤンクは「オーガニックスズメ出汁は味が貧弱」とスプレーで書いていく。「だよね!オーガニックとかファック!」青バンダナは赤バンダナとハイタッチする。

 

「今はバイオ豚がトレンドだっての!時代遅れ!骨董品!」赤バンダナは余白に骨董品とスペースで書いていく。「妥協しない?オーガニック信仰が妥協だ!」青バンダナは「妥協ばかりです」とスプレーで書き込んでいく。「ザノ=サンのインストラクションを受けたのに、オーガニック派に乗り換えやがって!」

 

ヤンク達は「裏切者」「パンチが弱い」「スゴイマズイ」等口を覆いたくなるような悪口を店に書き込んでいく。彼らはラーメンフリークであり、今ネオサイタマラーメン界のトレンドであるオーガニック出汁を嫌悪していた。ケミカル調味料とバイオ豚や鳥で出汁をとったラーメンこそ最高であり、それ以外はブルシットと考えていた。

 

そしてネオサイタマのラーメンを守るためにとオーガニック派の店に一方的に嫌がらせをしていた。「よし仕上げだ!」赤バンダナが青バンダナを肩車し「ラーメン名人」と書かれたノレンの名人の部分を塗りつぶし、「ラーメンニュービー」と書き換える。ナムサン!ラーメン界においてノレンに落書きするのはスゴクシツレイだ!

 

「オーガニック派なんてニュービー同然!」「いいね!グッジョブ!」青バンダナと赤バンダナはハイタッチを交わし満足げに叫んだ「すみません」「「アッ!?」」ヤンク達は不機嫌そうに後ろを振り向く。そこにはピンク髪の少女が立っていた。魔法少女スノーホワイトだ。

 

「落書きは良くないと思います」「アッ!?イイ子ちゃんか!?ファ…」赤バンダナがスノーホワイトに凄もうとするが青バンダナが手で制する。「これは落書きじゃないよイイ子ちゃん。この店は嘘を書いていたんだよ。だから訂正したんだ」「そう!誇大広告修正重点!」ヤンク達は小馬鹿にするように話しかける。スノーホワイトは無表情だった。

 

「それでも店の人が困ると思います。事実じゃないなら店の人と話して訂正させるべきだと思います」「アッ!?」スノーホワイトの無表情が青ヤンクの気に障る。「ヤサシミ見せてやってるからって調子に乗ってるんじゃねえ!ファックっすぞコラーッ!」青バンダナは激昂して殴りかかる!

 

「グワーッ?」青バンダナは気が付けばアスファルトに寝転がりネオサイタマの夜空を見上げていた。「ナニシタンダコラーッ!?」青バンダナは困惑しながら立ち上がりスノーホワイトを掴みにかかる。だが気が付けばまたネオサイタマの夜空を見上げていた。「ナニシタンダコラーッ!?」赤バンダナはスタン十手を取り出し殴りにかかる

 

「グワーッ!?」赤バンダナも気が付けばアスファルトに寝転がりネオサイタマの夜空を見上げていた。「グワーッ!?」「グワーッ!?」ヤンク達は襲い掛かるがスノーホワイトは攻撃をいなしダメージが無いように熟練職人めいて優しく地面に投げ続けた。それを数回繰り返すとヤンク達は闘志を失い圧倒的なワザマエに恐怖していた。

 

「「ゴメンナサイ!許してください!」」「じゃあ、落書きを消しましょう。洗剤を貸しますし、私も手伝います」「「ハイ!ヨロコンデー!」」スノーホワイトが抑揚のない声で喋るとヤンク達は90°頭を下げて落書きの清掃を開始し、あっという間に落書きを全て消した。

 

「もう落書きは止めてくださいね」「「ハイ!もうしません!」」ヤンク達は頭を90°下げると肉食獣に追われているウサギめいた勢いで駆け出して行きその姿を見送った。ヤンク達はマッポに突き出すかは悩んだが、かなり怖がっていたのでもうしないだろう。それに魔法少女の仕事は困っている人を助ける事であって、犯罪者についてはマッポの仕事である。

 

スノーホワイトは掃除具合を確かめ汚れ残しを落としていく。フォーリナーXの反応が無くなった後1週間経った、ネオサイタマに留まりいつもと同じようにパトロールを続け困っている人を助けていた。日々の習慣か、魔法少女としての矜持か、フォーリナーXを捜索することへの困難さからくる現実逃避か。スノーホワイト自身も把握できていなかった。

 

「はぁ」スノーホワイトは無意識にため息をつく。今頭を悩ましているのはドラゴンナイトの事だ。アマクダリにマークされイモズルスタイルでドラゴンナイトに被害が及ぶ事を考慮して離れた。しかし最近のドラゴンナイトはいくつかのヤクザクランを襲撃している。スリルを求めているのか、小さな人助けに物足りなくなったのか分からないが都合が悪い。

 

これではいずれアマクダリ関連のヤクザに手を出してしまいマークされてしまう可能性がある。ファルに頼んで証拠を消してもらっているが、一緒に行動していないせいか証拠隠滅にもタイムラグがあり万全とは言えない。接触して注意をしようとも考えたがアマクダリを呼び寄せてしまう可能性がある。

 

「ファル様子はどう?」「問題ないぽん」ファルの立体映像が跳ねる。ファルにはカワベ建設の様子とドラゴンナイトの肉親を監視してもらっている。家族、知人、恋人を狙うのは敵対者の常套手段だ。スノーホワイトも元の世界では大切な人を電脳空間に瞬時に引きずりこめるようにするなど対抗手段を講じている。

 

「うん?ちょっと待つぽん。こんなことあるぽん!?」ファルが驚き訝しみ立体映像が左右に首をひねる。「どうしたの?」「カワベ建設が買収されたぽん」「え?」スノーホワイトも訝しみの声をあげる。「さっき迄で大丈夫だったんでしょ、なのに何で買収されているの?」「仕組みは分からんぽん、でも買収されたのは事実ぽん」

 

ネオサイタマにおいて24時間株取引が行われ、株価下落を目論んでの妨害工作、相手コーポの合意を取らず買収する敵対的買収はチャメシ・インシデントである。それらから会社を守る為に24時間体制でエスイーが監視及び対処に当たっている。カワベ建設も一応はメガコーポだ、ここまで短時間で無抵抗にやられるわけがない。

 

「カワベ建設はどうなるの?」「買収先の子会社だぽん。どうなるかは分からないぽん」ファルの立体映像は首を振る。突然の買収劇、カワベ建設、いやドラゴンナイトは今後どうなるのか?スノーホワイトのニューロンに不安が煙めいて纏わりついていた。

 



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第十四話 重要な一日#2

◆04:00

 

「これでいいんだな、アガメムノン」チバは苛立ちを隠さず葉巻を咥える。圧倒的なキリングオーラを纏い、並のサラリマンが居たらその場で失禁していただろう。ネヴァーモアに火をつけさせ煙を吹き会議スペースには紫煙が充満する。「はい、これが正しい判断です」アマメムノンはアルカイックスマイルを見せながら慇懃に礼をする。

 

「チッ!」チバは顔を顰め舌打ちをする。ニンジャスレイヤー、フォーリナーXXX。この2人がアマクダリに敵対的行動をとるニンジャの代表格である。さらに謎の敵対女ニンジャにアマクダリ傘下のヤクザクランを襲っているニンジャが現れた。どうやらアマクダリを探っているようで、ヤクザクランからインタビューして情報を得ようとしていたようだ。

 

イデオットめ、何たる短絡的思考。そんなニンジャなどすぐに見つけられると思ったが街の監視映像などが消されていた。高度なハッキング技術だ、そのせいで特定するのに時間が掛かった。だが特定できた。名前はドラゴンナイト、カワベ建設の次男カワベ・ソウスケである。

 

ニンジャになってヒーロー気取りか。チバは映し出された映像に向け侮蔑の視線を向ける。アマクダリに逆らうものがどうなるか思い知らせる。家族友人は皆殺し、このチンケなコーポは倒産させ関わった者全員追い込み、アマクダリに関わったことを心底後悔させて惨たらしく殺し見せしめにする。その予定だったがアガムノメンが異議を唱えた。

 

カワベ建設が特許を所有するアロンボンドを使った建築法と従業員の技術は有用であり、皆殺しをするのは得策ではない、ヤクザのメンツとして皆殺しにしたかったがアガメムノンの説明に妥協し、アマクダリ関連の会社の子会社化で手を打つ。チバのヤクザ経営センスがメンツより利益を選んだ。

 

その後は株主を暴力とハニートラップとマネーで篭絡させ株を譲渡してもらい、嘘の情報で株を暴落させ買い叩き買収する。計画の立案から買収まで僅か1日!何たる電撃的な買収か!末端のメガコーポと云えどここまで短時間で買収するのは不可能である。その為にはメディア、司法、官僚や政治家を抱きかかえなければならない。

 

それを実行できるのがニンジャ秘密結社アマクダリ・セクトである!「肉親は殺すぞ」「ご自由に、必要なのは特許と技術力です。それさえ手に入れれば問題ありません。では失礼します」アガメムノンは奥ゆかしくオジギし会議スペースから退出した。「フン!またボクに知らせずコソコソと!」チバは葉巻を吸う。

 

カワベ建設を買収するのはアガメムノンの息がかかった会社だ。その特許と技術力で何かをしようとしている。それを聞きだそうとしたがはぐらかされた。何をするか知らないが今のうちに支配した気になっておけ、最後に笑うのは自分だ。チバは葉巻を灰皿に押し付けると携帯端末を手に取る。

 

「ボクだ。カワベ・ソウジュウロウと妻と長男を攫え。緊急事態以外では殺すな」

 

◆◆◆

 

「ウォーッ!何だこれは!」カワベ・ソウジュウロウはゴルフクラブを手に取り鎧や高級浮世絵などを次々と破壊していく。携帯端末から流れるエマージェンシーコール音で起こされた。カワベ建設が買収させられた。その一報を聞いた時は耳を疑った。何かのジョークか?

 

だが株チャートを見ると株価は下落され、株の半分を別企業に取得され経営権を奪われた。就寝から2時間での買収、あまりの手際の良さに全く抵抗できなかった。

 

「俺の会社が!俺の苦労が!」ソウジュウロウは狂ったようにゴルフクラブを振るう。その騒ぎに妻のヨシコと家に泊っていた息子のソウイチロウが駆けつける。

 

「どうしたの父さん!」「カワベ建設の株の過半数を奪われた」「え?それって?」「そうだ!経営権を失った!」ソウジュウロウの叫び声にヨシコは思わず膝をつき、ソウイチロウはヨシコを支える。買収されたコーポの責任者の末路は悲惨である。自分の会社を守れないマヌケとしてオナーを失い、マケグミに転落する。

 

「そんなウソよねアナタ!」ヨシコはソウジュウロウの足元に縋りつく。カチグミの娘に生まれ、カチグミの夫と結婚してカチグミとして生きていた。そんなヨシコにマケグミ生活なんて耐えきれるわけがない。ソウジュウロウはヨシコに目を向けず天井を見上げ続ける。「ウウーッ!」ヨシコはその態度で現実であることを認識させられた。

 

「ソウスケにこのことは伝えたの?」ソウイチロウは尋ねる。ソウジュウロウは目を見開き怒鳴りつける。「あんな家出したカスなど知るか!野球も勝手にやめてナードに堕ちて!実際迷惑だ!あのカスのせいでこうなったんだ!」ソウジュウロウはソウスケに責任転嫁し暴れ始めた。「ウウーッ!」母は咽び泣く!

 

暴れまわる父と崩れ落ち狂ったように泣く母を他人事のように見ながら、自分の将来と弟のことについて考える。カレッジは退学して肉体労働だろうな、ソウスケは案外ガッツがあるから適応できそうだ。「父さん、母さん、マインドチェンジしよう。失ったものは仕方がない。善後策を…」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

ソウジュウロウのパンチがソウイチロウに突き刺さる!血迷ったか!?「何が善後策だ!」「グワーッ!」「カワベ建設は俺の全てだ!」「グワーッ!」ソウジュウロウは馬乗りになりパンチを叩き込む。「会社を救う方法を考えろ!」「グワーッ!」「何のために高い金と裏金を払ってカレッジに通わせていると思っている!」「グワーッ!」

 

ソウイチロウは一方的に殴られる!「そうよ考えなさいソウイチロウ!アナタはソウスケと違うのよ!」ヨシコは夫の暴行を止めるどころか母も殴りつける!何たるマッポ―的な光景か!ソウイチロウは父と母の変わりように涙を流す。ソウスケはこの変わりようを見なくて幸福かもしれない。強く生きろよ。意識が遠のく中弟の幸せを願う。

 

『オキャクサマドスエ!』突如インターホンが鳴り響く。両親は一瞬手を止めるがすぐさま殴打する!「思いつけ!」「グワーッ!」「思いつきなさい!」「グワーッ!」 「思いつけ!」「グワーッ!」「思いつきなさい!」「グワーッ!」CRAAASH!突如の破壊音!複数の足音が鳴り響く。黒スーツとサングラスをつけた双子めいた4人の男が侵入してきた。

 

アンダーグランドの住人ならお気づきだろう。これは暗黒メガコーポであるヨロシサン製薬がかつてモータルでありながら護衛のニンジャを殺し、総理大臣を暗殺したレジェンドヤクザであるドゴジマ・ゼイモンの遺伝子を元に作ったクローン人間、クローンヤクザである!

 

「なんだ!?どうやって入ってきた!?」「「「「ドーモ、ネオサイタマ税務局です!逮捕しに来ました!」」」」ロボットめいた無機質さで宣言する。「ネオサイタマ税務局だと!何の罪状だ!」「「「「それはセンセイが説明します。センセイ、ドーゾ!」」」」すると白いコートの男が悠然と歩きながらエントリーしてきた。

 

「まず緊急措置として防犯装置は破壊した。こちらでは一切弁償しない。そして罪状は粉飾決算に脱税に…あとは色々だ。妻と息子も関与の疑いがあるから同行してもらう!」「バカな!そんなのやってない!それにお前らには逮捕権は無い!弁護士を呼ぶぞサンシタ!」「ご自由に、でも来るかな?」白コートの男は嗤いながら促す。

 

「モシモシ、マルイ=サンか?税務局の奴が逮捕しに来た!弁護してくれ!何?弁護できない?バカな!?モシモシ?モシモシ?」ソウジュウロウは忌々しく睨みつける。「来ませんよ。それにネオサイタマ市警から委任状をもらっている勝手に確認しろ」ソウジュウロウは書類を受け取る。そこには確かに市警の重役の名前とハンコが押されていた。

 

「分かったな。さっさと来い」白コートは黒スーツに指示をして手荒に連れていく。ソウジュウロウの言う通りネオサイタマ税務局に逮捕権はない。では何故逮捕できるのか?白コートの襟もとを注意深く見ていただきたい!天下という文字をあしらったバッチ。これはアマクダリ・セクトの構成員の証である!

 

そして部下達もアマクダリのバッチをつけている。そして粉飾決済や脱税の罪は捏造である。だが司法と警察を掌握しているアマクダリにとって罪を捏造するなどベイビー・サブミッションである!

 

罪を重ねて徹底的にオナーを貶める。それがチバの思惑だ。「早く乗って」クローンヤクザは乱暴に3人を車の後部座席に乗せ。2人が運転席と助手席に乗り発進する、2人と白コートはもう一台の車に乗る。「出せ」「ハイ」白コートの指示を出しクローンヤクザはアクセルを踏んだ。

 

「イヤーッ!」白コートは突如ドアを蹴破り身を乗り出しながらリボルバーを取り出し発砲!BLAM!BLAM!目標は前方の車に落下してくる謎の人物!謎の人物は槍を回し銃弾を弾き、そのまま運転席に槍を突き刺した。「グワーッ!」クローンヤクザの声が響き渡る。そしてすぐさま運転席の窓を突き破り車内に侵入しクローンヤクザを投げ捨てる。

 

「ザッケンナコラーッ!グワーッ!」悲鳴が響き車は急停止し数秒後に車内から出てきた。「ニンジャ案件かよ」白コートは悪態を突きながら車中のクローンヤクザを呼び込む。「ドーモ、はじめまして、リボルバージャンキーです」リボルバージャンキーが挨拶をした瞬間、謎の人物は目前まで迫っていた。女性だった。

 

◇スノーホワイト

 

「ファルはドラゴンナイトさんの家の監視を強化して。私も行く」

「どこにぽん?」

「ドラゴンナイトさんの家」

 

 スノーホワイトはラーメン名人の屋根に上ると電柱や電線を足場にしてパルクール移動を開始する。ここからコガネモチ・ストリートは全力でも10分以上かかる。急がなければ。

 フォーリナーXの反応の消失、ドラゴンナイトのヤクザの襲撃、カワベ建設の買収、最近は立て続けに自分にとって良くない事が起こっている。こういう時はとことん悪い方向に物事は向かって行く。そんな予感があった。

 気にしすぎだろうか?そう思うが万が一ドラゴンナイトの家族に何かが起こったら顔向けできない。勝手な都合で離れて傷つけた罪悪感と、友人であり岸辺颯太の生き写しである大切な人の家族を失わせて悲しませるわけにはいかないという義務感が向かわせた。

 

 暫くパルクール移動するとコガネモチ・ストリートの検問が見えた。防壁を軽く飛び越え中に侵入し屋根伝いに移動する。

 

「スノーホワイト、家に黒塗りの車が2台止まったぽん」

「こっちも見えた」

 

 ファルの報告と同時に目視する。夜明け前で余計な明かりが無いせいで闇に包まれているが魔法少女の暗視力は黒塗りの車を捉えた。

 まずは様子を見て状況を把握し動く。状況によっては何もしない可能性があるが仕方がないと割り切る。近づいていくうちに魔法の射程距離に入り声が聞こえてくる。

 

『会社が倒産して困る』

『カチグミから転落して困る』

『痛くて困る』

『こいつ等を攫えないと困る』

『無茶な命令をされたら困る』

『疲れて困る』

 

 ドラゴンナイトの家族は黒塗りの車に来た奴に誘拐されようとしている。相手は5人でそのうち4人はクローンヤクザだ、以前出会ったが声がまるで同じだ。家まで残り100メートルというところでドラゴンナイトの家族たちが家から出て車に乗っていく。このままでは連れていかれる。

 スノーホワイトは勢いを殺さずドラゴンナイトの家族が乗っている車の運転席に向かって行く。すると後方の車の後部座席から男が飛び出し躊躇なく発砲した。相手は殺人に躊躇が無い荒事担当のようだ。ルーラで弾を防ぎながら分析する。

 そして勢いそのまま屋根から運転席にルーラを突き刺した。クローンヤクザの絶叫が響き渡る。すぐさまルーラを引き抜き、運転席のドアをはぎ取りクローンヤクザを車外に投げ捨てる。

 

「ザッケンナコラーッ!」

 

 助手席のクローンヤクザが銃を構える。発砲される前に後頭部を掴みダッシュボードに叩きつける。

 

「ファル、ブレーキどこ?」

「真ん中のペダルぽん!」

 

 ブレーキを思いっきり踏む。すると急ブレーキがかかってしまい、ドラゴンナイトの家族たちは座席に顔から突っ込んでしまう。

 

「すみません。あとすぐに戻りますので、そこで待っていてください」

 

 ブレーキの件を謝り何者かと尋ねる前に車外に出る。残りは3人。

 

「ドーモ、はじめまして、リボルバージャンキーです」

 

 白コートが挨拶する。この男はニンジャか、スノーホワイトは躊躇なくリボルバージャンキーに向かって行った。

 

◆◆◆

 

「キサマ!アイサツしろ!」リボルバージャンキーは怒りと動揺が綯交ぜになりながらスノーホワイトを罵倒する。アイサツ前の距離は約20メートル、リボルバージャンキーの間合いだった。だがアイサツ無視というニンジャには想定不可能な行動で一気に間合いを詰めた。

 

「ドスで突っ込め!イヤーッ!」「「ヨロコンデー!」」リボルバージャンキーは指示を出しながら発砲しバックステップ、反動の勢いを利用し通常のバックステップの距離の倍だ!「「グワーッ!」」スノーホワイトは弾丸を弾き、突っ込んできたクローンヤクザの首をルーラで斬る。首からスプリンクラーめいて緑色の血を吹き出す。

 

「イヤーッ!」リボルバージャンキーは懐から鉄板を投げる。鉄板がスノーホワイトの周りを浮遊する。BLAM!BLAM!BLAM!弾丸は一発以外スノーホワイトに向かわず鉄板に向かって行く!ミスショットか?否、狙い通りである!跳弾させることで乱反射を繰り返し弾丸の軌道を複雑にさせ、同時に動きを封じる檻を作り射殺する。

 

リコシェショット、ジツと射撃のワザマエを使ったリボルバージャンキーのヒサツワザである!一度ワザが発動すれば加速度的に増え複雑な軌道を描く弾丸の前に無様なダンスを踊り続け最後は死ぬ。「踊り狂えサンシタ!」

 

「グワーッ!」リボルバージャンキーの腹にルーラが突き刺さる!「バカナーッ!?」苦悶と驚愕の声を上げる!リコシェショット破れたり!リコシェショットは時間が経つごとに弾丸と鉄板が増え、加速度的に弾丸の軌道が複雑になり檻も強固になる。そのヒサツワザに対してスノーホワイトは迷いなくなく踏み込んだ。

 

間合いを詰められると困ると声が聞こえていた。もし鉄板の動きや弾丸のミスショットにコンマ数秒でも気を向ければ、檻が完成しリコシェショットの餌食になっていただろう。だがスノーホワイトは一切気を向けず檻から脱出した。タツジン!

 

「この誘拐は貴方の意志ですか、それとも誰かの指示ですか」スノーホワイトはルーラを喉元に突きつけインタビューを始める。「知らない…」「アマクダリですか。アマクダリの誰の指示ですか?」「な…」リボルバージャンキーの顔がバイオサバめいて青くなっていく。

 

スノーホワイトの魔法であれば相手が知られたくない秘密が困った声として聞こえてくる。この魔法の前では隠し事は不可能である!スゴイ!「ドラゴンナイトというニンジャを…」次の質問をしようとした瞬間ルーラの穂先が左目に突き刺さる!「グワーッ!」そのまま石突で顔面を殴打!リボルバージャンキーはピクリとも動かなくなった。

 

「何かあったぽん?」「義眼の機械で私の姿をサーバーみたいなのに送っていた」「それはマズいぽん!阻止できたかぽん!?」「声が聞こえた瞬間潰したからたぶん」スノーホワイトは穂先についたサイバネアイを引き抜き踏みつぶした。「これでアマクダリが家族を狙っているのは分かった。逃げないと」

 

スノーホワイトは魔法の袋から瓶を取り出し、セイジュウロウ達が居る車に向かって行く。「どーも、ユキノ・ユキコです。私は貴方たちの味方です。身柄を保護しに来ました」最上級のアルカイックスマイルを見せる。「何なんだよお前は……」ソウジュウロウは声を震わせながら距離をとり、ヨシコは夫に抱き着き、ソウイチロウも警戒心を露わにする。

 

スノーホワイトは僅かに表情が渋る。車内に侵入して圧倒的な暴力を見せたのだ、警戒するのは当然か、「すみません。少しだけ手荒なことをさせていただきます」スノーホワイトは左手でソウジュウロウの頬を掴み強制的に口を開けさせ、瓶から取り出した錠剤を入れる。すぐさまヨシコとソウイチロウにも同じようにして錠剤を入れる。

 

「何を…」3人は言い終わる前に意識を断つ。スノーホワイトが入れたのは魔法の国製の睡眠薬だ。飲んだ瞬間最低3時間は強制的に寝てしまう。「寝させてどうするぽん?」「ファル周辺の映像は消せる?」「大丈夫だぽん。それでどうするぽん?」スノーホワイトは3人の首根っこを掴み魔法の袋に入れ、変身を解いた。

 

なんたる暴挙!読者のなかに魔法少女について精通している方が居ればこの行為がいかに愚行かおわかりだろう!魔法少女が変身を解けば只のモータルである。もしその状態でニンジャに会えばゼロコンマ数秒でネギトロになるだろう。

 

ニンジャに会った瞬間変身すればいいと考える方も居るかもしれないが、変身するのにはコンマ数秒かかる。そのコンマ数秒がニンジャにとってどれだけ隙だらけかお分かりだろう!「何しているぽん!変身を解くなんてトチ狂ったぽん!?」ファルは鱗粉をきなこの粉めいてばら撒きながら甲高い声で罵倒する。

 

スノーホワイトは無表情で説明する。「トチ狂ってないよ。まずスノーホワイトの姿を撮られたと仮定する。そうだとすればスノーホワイトの姿で見つかればアマクダリに襲われる」「まあ、そうだぽん」「でも姫川小雪の姿はアマクダリは知らない、ファルが周辺の監視カメラの映像を消せば見つからない」

 

「なるほど」ファルは思わず頷く。セオリー無視の行動で動揺したがスノーホワイトの理屈には一理ある。「これでバレずに移動できる」「どこ行くぽん」「ニチョーム」スノーホワイトは車を出て歩き始める。アマクダリが攻めてきた。早く何とかしないと。その歩くスピードはいつもより少し速かった。

 



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第十四話 重要な一日#3

◆◆◆07:00

 

訪れた客達は帰り大概の店は営業時間を終え静寂が訪れている。その静寂を破るようにカラスがゲエーゲエーと鳴きながら上空にあるLANケーブルに止まり周りを見定める。「ゲエー」カラスは目標を定めるとゴミ袋に向かって行く。ゴミ袋には残飯が多くありカラスにとっては貴重な栄養源だ。

 

「ゲエー!?」ゴミ袋にあと数センチで嘴が触れるというところで目の前にホウキが突如現れる。ホウキの持ち主は黒髪の少女だ。「ゲエー!」カラスは羽を羽ばたかせ空に舞うと少女の頭部に向かってナパームめいて急降下する。少女はホウキを振るってカラスを叩き落とす。

 

「ゲエー!?」カラスは地面に落ちると敗走兵めいた情けない声をあげながら離脱した。少女、ヤモト・コキはそのカラスを複雑そうな表情を見せながらカラスの後ろ姿を目で追う。心は少し痛むが最近カラスによるゴミ漁りが増えており、もし見かけたら少し痛めつけておけとザクロから言われている。

 

ヤモトは手際よく店先を掃除していく。人が居なくなった朝のニチョームのアトモスフィアは夜とはまた違った雰囲気があって好きだ。いつも通り自分の店の向かいの三軒と両隣の店先も清掃しゴミを片付ける。「どーも」ヤモトの後ろから声をかけられる。後ろを振り向くと意外な人物がいた。

 

「ドーモ、スノーホワイト=サン。どうしたのこんな時間に?」ヤモトは驚き少し緊張しながら尋ねる。こんな朝に来るのもそうだが、アトモスフィアに切迫感がある。「ザクロ=サンはいますか?」「店が終わって寝ている」「起こしてもらえますか、訊きたいことがあります」

 

「わかった。ちょっと待って」就寝している人間を用事で起こすのは一般的に奥ゆかしくない行為だ。スノーホワイトなら知っているだろう、それでもするという事は余ほどの事だ。ヤモトはしめやかに頷くと絵馴染に戻りザクロの寝室に向かう。「ザクロ=サン起きて」「ウ~ン、今何時?」「7時」「7時?あと3時間」ザクロは布団に包まる。

 

「スノーホワイト=サンが来ていて重要な話があるみたい。少しだけ話を聞いてあげて」「スノーホワイト=サン?」「うん、以前アタイと一緒に戦ったニンジャ、覚えている?」ザクロは半覚醒ニューロンを起こし思い出す。確かヤモトと同世代の女ニンジャ。それが何の用だ?

 

「お願い困っているみたい」「分かったわよ。起きるから」ザクロはゆっくりと体を起こす。「ちょっと化粧するから待ってもらって」「でも…」「アータ、客にすっぴんで出させるつもり、そんなの乙女の恥よ」「うん分かった」ヤモトは渋々と納得し出口に向かって行く。ザクロは後を追うように洗面台に向かい化粧を始めた。

 

「ドーゾ」ザクロはカウンターから未成年用のソフトドリンクを対面に座るスノーホワイトに出す。「ありがとうございます」スノーホワイトは頭を下げるがソフトドリンクに口を付けずザクロに視線を向ける。「ネオサイタマから正規の方法以外で出る方法はありますか?」「いきなり本題?しかも穏やかじゃない」

 

ザクロは和ませるように軽い口調で言うがそういうアトモスフィアではないと察し口を噤む。「一応確認するけど真っ当な方法以外でネオサイタマを出れば違法行為、その片棒を担げって言っているのアータ分かっている?」「分かっているつもりです。でも頼れる人がザクロ=サンしか思いつかなくて…」スノーホワイトは懺悔者めいて重苦しく答える。

 

ザクロはこの時初めて繕った感情ではない素の感情を見た気がした。ヤモトはザクロに視線を送り、ザクロは頷く。「それでどこの誰を逃したくて何をしたの?これは答えてもらうわよ」「はい、逃してもらいたい人は友達とその家族で4人です」「名前は?」「カワベ・ソウスケとその家族です。覚えてますか以前来た中学生ぐらいの男の子のニンジャ」

 

「ああ、ドラゴンナイト=サンね。それで何をしたの?」「詳しくは知らないですが無実です。ある組織に狙われているみたいで」スノーホワイトは言葉を濁らせながら答える。「無実ね?それは真実なの?仮に犯罪者を匿えば立場が悪くなる」ザクロは猛禽類めいた鋭い目つきを見せる。

 

スノーホワイトは息をのむ。心の声で分かる、ザクロは任侠心とニチョームというコミュニティが被るリスクで揺れながらも冷静に測り、リスクに傾けば躊躇なく切り捨てる厳しさがある。「無実というのは語弊があったかもしれません。大切な人とその家族です。家族を失って大切な人が悲しむのを見たくありません」

 

スノーホワイトは包み隠さず話す。ドラゴンナイトは家族と不仲だった。でも親を失えば悲しむに決まっている。大切な人が悲しむのは見たくない。「大切な人を悲しませたくない。分かるわ、大切な人の涙は辛いもん」ザクロはスノーホワイトの肩に手を置いてウンウンと頷く。

 

ヤモトも同意するように小さく頷いた。「それである組織ってのは?こう見えても顔が広いのよ」ザクロは胸を張り想の姿を見ながらスノーホワイトは思案する。アマクダリと関わってしまう事で不利益を被るかもしれない。だが隠すのはダメだ。アマクダリが居ないと思い関わったらザクロ達を騙すことになる。フェアではない

 

「アマクダリ、それが狙っている組織です」ポツリと意を決したように呟いた。その瞬間ザクロとヤモトのアトモスフィアが明らかに変わった。「本当に?勘違いじゃなくて?」「はい、これだけは事実です」「ちょっと待って」ザクロはシリアスな表情を浮かべながらカウンターを出て2階に上がり戻ってくる。その手には携帯端末があった。

 

「匿って欲しいって人はドラゴンナイト=サンとカワベ・セイジュウロウとソウイチロウとヨシコの4人?」「はい」「悪いけど、その4人を逃す手伝いはできない」ザクロは俯き加減で告げヤモトも同じように俯いていた。「はい」スノーホワイトは無表情を作り答える。

 

『私たちがアマクダリの構成員と知られたら困る』『4人はアマクダリに指名手配されていると知られたら困る』そういった困った声が聞こえていた。ニチョームはすでにアマクダリの傘下だった。唯一頼れる相手が敵の傘下だった。かなりマズイ状況だが、2人は今のところアマクダリに報告する気がないのが救いだ。

 

「無理言ってすみませんでした。すぐに出ます」ここに居ることがバレたらザクロ達に迷惑がかかる。店を出ようと席を立とうとするとザクロが声をかけた。「フドウ・ストリートのマガメ=サンを尋ねなさい。上手くいけばネオサイタマから逃してくれる。けど相当無理難題をふっかけられるから覚悟して、そしてワタシから聞いたって絶対に言わないで」

 

「ありがとうございます」スノーホワイトは奥ゆかしく頭を下げて店から出て行く。「悔しいねザクロ=サン。スノーホワイト=サンが頼ってきたのにアタイは何もできなかった」ヤモトは力いっぱい拳を握る。先のニチョーム襲撃の1件でニチョームに対する締め付けはさらに強くなった。

 

きっかけもアマクダリに目をつけられたゲイマイコを匿いキョートに逃そうとしたのが始まりだった。締めつけが強い今の状態で同じことをすれば失敗する可能性は極めて高い。ザクロも同じ判断を下した、そんななかで逃亡の手段を提示した。自分は何もスノーホワイトの為にできなかったのに。

 

「それも言うならワタシもよ。あんなのはオマケ」ザクロは肩をすくめ卑下するように呟く。「今は耐えましょう。耐えてアマクダリから自治権を取り戻して、頼ってきた娘達を助けるんだから!」「うん」ヤモトはザクロの言葉に力強く応えた。

 

◇ファル

 

 魔法少女の変身を解いたスノーホワイトはニチョームの通りを歩く。この時間といえど女子高校生が居るのが珍しいのかすれ違う人は好奇の目線を向けるが、スノーホワイトは構わず歩いていた。

 

「望みの綱は辛うじて残ったぽん」

 

 ファルは明るい口調で話しかける。

 頼った先が敵の傘下という最悪な状況だがスノーホワイトはいつも通り表情を崩さなかった。期待していなかったのか、それとも魔法で相手側の事情を察したのか。それとも両方か。

 しかしファルにとってカワベ家を逃すのは関心が薄いことだった。スノーホワイトがやっているから手伝っているが優先すべきことはフォーリナーXを捕まえて元の世界に戻ることだ。ドラゴンナイトの家族を守ることでもなく、アマクダリに敵対することでもない。そこのところを今ひとつ分かっていない気がする。

 

「スノーホワイト、元の世界に帰るのあきらめてないぽん?」

「諦めてないよ」

「じゃあ何でフォーリナーXを探さないで、ドラゴンナイトの家族を生かすためにあれこれしているぽん?」

「無実の人が殺されそうになっているのをほっとく魔法少女でいいの?」

「よくはないぽん」

 

 ファルは思わず言い淀む。はぐらかされたが困っている人を助けないのは魔法少女としては相応しくないし、スノーホワイトにやってほしくない。

 

「それでマガメって人について分かった?」

「片手間で調べているけど、軽く調べた程度ではわからないぽん」

 

 ドラゴンナイト達の両親を見つけた後すぐにドラゴンナイトを捜索するように指示を受けた。だが今のところ居場所を把握できていない。恐らくフードを深く被るなどして対策を施しているようで監視カメラの映像から判別できない。

 そしてマルチタスクでザクロからその名前を聞いた瞬間にコトダマ空間に入って調べてみたが、情報は出てこなかった。これだけでも一筋縄でいかないのが分かる。

 それからスノーホワイトは全く喋らず、フドウ・ストリートに向かった。

 

◆◆◆10:00

 

ブブブーンブーンブーン、どこからか聞こえるファンの起動音が重低音ベースめいてコンクリートの打ちっぱなしの部屋に響いている。スノーホワイトはファルが入っている魔法の端末の画面を見ると数字が高速で羅列されている。すると数字の5が表示されると9、6、3と次々と表示され数字の羅列は止まる。

 

『正解ドスエ』電子マイコの声が流れると目の前の鉄扉からガチャリと音が鳴り、扉が開いた。「ありがとう」「これで最後にして欲しいぽん」ファルはうんざりとしながら答え、スノーホワイトは扉の奥に進んでいく。

 

スノーホワイトはフドウ・ストリートに着くと聞き込みを開始した。明らかに治安が悪い場所でスノーホワイトもヨタモノ達に何回も襲撃されたが魔法少女に変身し穏便に撃退し、マガメについてインタビューした。ヨタモノ達はマガメを知らなかったが知っている可能性のある人物を辿り、居場所を特定した。

 

ストリートの人間は口が固く、IRCネット上に情報が拡散されていないことだけのことはあったが、スノーホワイトの魔法にかかれば人の心などショウジ戸に過ぎなかった。居場所を突き止めて侵入するとそこには数々のトラップが仕掛けられていた。トラバサミ、自動ガトリング、落とし穴、バイオバンブーで作られた槍。

 

並みのハック&スラッシュチームなら5回はネギトロかキリタンポめいた死体になっていただろう。だが魔法少女の身体能力とファルのヤバイ級のハッキング能力を駆使すれば突破するのはベイビー・サブミッションであった。しばらく歩くとそこはタタミに囲まれた部屋があった。ここで行き止まりのようで中央にスピーカーだけが置かれている。

 

「ドーモ、マガメです。ここまで来られたということは中々のハック&スラッシュのワザマエだ」スピーカーから機械的な声が流れる。スノーホワイトは辺りを見渡し魔法を使うが周辺に人の気配は感じられなかった。「どーも、雪野雪子です。本日はマガメさんにお願いがあって来ました」スノーホワイトは丁寧に挨拶する。

 

もしマガメが対面にいれば困った声から弱みを握り交渉を有利に進められるが、これでは無理だ。「俺の存在は誰から聞いた?」「秘匿します」マガメの問いに抑揚なく答える。ザクロから聞いたと言わないように言われた。絶対に言うわけにはいかない。「イイネ守秘義務。口が固い人は好きだ。それで要望は?金か労働次第で引き受ける」

 

「カワベ・ソウジュウロウ、カワベ・ソウイチロウ、カワベ・ヨシコ、カワベ・ソウスケ。この4人をネオサイタマから逃してください」スノーホワイトは淡々と告げる。ドラゴンナイトの家族がアマクダリに狙われたということはドラゴンナイトの動きを封じ誘い出そうとしているのだろう。

 

アマクダリはドラゴンナイトに害を与えようとしており、居場所をまだ把握していないということが分かる。このままではいずれアマクダリにやられる。その前にネオサイタマから逃さなければならない。「M&Aされたカワベ建設のCEOと家族ね」「この4人はアマクダリに狙われています」「ワッザ!?」

 

スピーカー越しの加工された機械的声でも狼狽する様が伝わってくる。アマクダリを知っているようだ。ある程度のアンダーグランドの住人ならアマクダリはアンタッチャブル案件のようである。「……やってやらないこともない。だが危険度ヤバイ級のミッションをこなしてもらう」マガメは苦々しく呟いた。

 

スノーホワイトのオイランロイドめいた無表情が僅かに緩む。拒否すると思っていたが受けてくれるとは思っていなかった。「条件とは?」「スゴイテック社重役ユカワ=サンの家にあるカタナのロウサイをゲットしてこい。それができれば手配してやる」ロウサイはナンバンとカロウシに次ぐレジェンダリー級の名刀である。

 

「盗むのですか?」「違う、返してもらうだけだ。あれは俺のものだ。不当に奪われたのを取り返す」「やります」スノーホワイトは即答する。盗むのならこの件を引き受けるつもりはなかったが不当に奪われたのを取り返すのなら、魔法少女としてはギリギリ大丈夫だ。

 

「期限は?」「できるだけ早く。取り返してきたらここに持って来い」「わかりました。受け取る時はマガメさんご本人が来てください」「おい、条件提示ができる立場か?」マガメは小バカにするように言う。スノーホワイトはマガメの言葉に反応せず無表情で沈黙する。

 

本人にあえばそのカタナが本当に奪われたのか魔法で判別できる。そうでなければユカワのところに返す。いくらドラゴンナイト達を助けるためでも盗みはできない。「とりあえずロウサイを取り返してこい、そしたら考えてやる」マガメは数秒間の沈黙の後、下から軽端末がせり上がってくる。「連絡端末だ、その後の指示を送る」

 

スノーホワイトが手に取るとスピーカーの起動音が消える。通信を切ったようだ。「魔法少女が人間にこき使われるなんて」ファルはため息混じりで呟く。人を守る為と云えど人間の欲の為に利用されている。マスコットとしては屈辱的なことだった。「私に選択権はない」スノーホワイトはあっさりと呟く。

 

「人を助けるためだから見逃しているけど、悪いことをして助けようとするならファルは協力しないぽん」「分かってる」正規の手順を踏まず国外に出るのは立派な犯罪だ。だが罪もない人を助けるためなら許容範囲である。だが人を不幸にする行為を強要されたらやらない。線引きを明確にしなければ魔法少女でいられなくなる。

 

 ファルはすぐにターゲットについて調べ始めた。

 



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第十四話 重要な一日#4

◇ファル

 

15;00

 

「「「「「ザッケンナコラーッ!」」」」」

 

 同じような服装とサングラスをつけた人間が容赦なくスノーホワイトに銃口を向けマズルフラッシュを焚く。

 これはクローンヤクザと呼ばれる所謂クローン人間である。スノーホワイトの世界では技術的にもそうだが倫理的問題もあり実用化されていないが、ネオサイタマでは実用化され防衛戦力として充てられている。

 

 スノーホワイトは弾丸を避けクローンヤクザに接近し撃退していく。次々とクローンヤクザを倒し、あっという間に行動不能としていく。

 すると部屋の天井から紫色の煙が噴射される。毒ガスだろうか、電子妖精型のマスコットは生物では無いので毒は効かず、魔法少女も毒耐性を持っているので普通の毒は効かない。だが万が一ということもある。ファルはIRC空間にダイブした。

 

 ファルの論理肉体はフィールドに立っていた。地面には人工芝、上を見るとドームの屋根とナイターの光が眩しく照らし観客席から歓声が上がる。論理肉体はアメフト選手の恰好をしていた。そして目の前には違うユニフォームを着た選手が猛然と近づいていく。

 ここのプログラムはこういうイメージか、コトダマ空間を通してプログラムに侵入するとそのプログラムごとにイメージが変わる。あるプログラムでは水槽の中だったり、迷宮の中だったりと様々だ。

 論理肉体はアメフトのボールを受け取り相手陣地に向かって駆け出す。1人目の選手を魔法少女レベルの急停止方向転換急加速で抜き去る。次々と選手が襲い掛かるが同じように抜いていく。

 フィールド半分まで進むと2メートル以上の巨漢選手が左右からタックルしてくる。ボールを前方に放り出し空いた両手で巨漢選手を叩き伏せ地面にめり込ませ、前方のボールを掴み再び走り出す。あとは独走で悠々と相手陣地最深部にボールを置く、タッチダウンだ。

 

 ファルの意識が現実に戻ると天井に設置されていた噴煙機は火花を上げ、目の前の扉は開いていた。スノーホワイトは扉の奥に進んでいく。

 マガメからの依頼を受け現地に向かうとそこには豪邸と呼べるような家が建っていた。広大な庭に何階建てか分からないほどの高さ。その一帯は平均的な家庭の家が建っていたがその家だけ不相応に大きかった。巨大な外壁を上り敷地内に侵入すると数々の防衛装備が待ち構えていた。

 庭にはいかにも狂暴な犬が放し飼いにされており、上から漢字が刻まれたサーチライトが侵入者を拒むように照らし出していた。まずサーチライトの動きを記録し規則性を見出し最適な侵入ルートを割り出す。

 侵入ルートを割り出すが番犬達に即感知され鳴き声ともに正面玄関付近に設置されていた彫刻から機関銃が飛び出し、スノーホワイトに向けて発射された。番犬と機関銃の攻撃を何とか凌ぎ侵入するとさらなるトラップが待ち受けていた。

 

 竹やり、ピアノ線、毒ガス、爆弾、鉄球、音波攻撃、クローンヤクザによる飽和攻撃

 

 マガメの家のトラップが子供の遊びのような殺意に満ち溢れていた危険なトラップだった。これでは魔法少女でもダメージを負う危険があり、ネットワークに侵入しトラップの解除かトラップの種類の察知を試みたが、かなりセキュリティが強固で場所ごとにセキュリティが全く別物で掌握するのに予想以上に時間が掛かった。その分スノーホワイトに負担をかけてしまった。

 

「最深部に宝物庫があって、そこにロウサイがあるぽん。もう一息だぽん」

 

 ファルはスノーホワイトを励ます。表情は相変わらず無表情でキツイのか楽なのか感情が読み取れない。するとスノーホワイトは突如来た道を戻っていく。何をしているとファルが尋ねる前に行動の意味を悟る。曲がり角のそこにはガンメタル色で葉巻を咥えている男がいた。

 

「ドーモ、はじめまして、ブラックヘイズです」

 

◆ブラックヘイズ

 

 スゴイテック重役のユカワは名の知れた収集家であり古今東西の名品珍品を収集してきた。その方法は強引で少なくない人間が物を奪い取られ、依頼主もその1人だった。

 難攻不落のユカワ邸、ハック&スラッシュ界隈では有名であり、傭兵稼業のブラックヘイズでも知っていた。

 割に合わない。それが率直な感想だった。金銭面も中々でコネを作るという意味でも悪くは無い。だが難易度が高い。

 スラッシュは対応可能かもしれないが、ハックは自身のワザマエでは足りない。だが雇い主は何度も食い下がり、腕利きのハッカーを雇いハック&スラッシュプランを提出してきた。ハッカーもプロフェッショナルでプランも現実的で実現可能だったので依頼を承諾した。ハッカーと何度もブリーフィングをして念入りな準備を行い、ハック&スラッシュを決行した。

 いざ侵入すると庭は所々に破壊跡があり誰かが侵入した痕跡があった。依頼主が別のチームを雇ったのか?尋ねると全く知らないと返答が返ってくる。同じ日に偶然ハック&スラッシュを行ったということか。

 屋敷内に侵入すると同じようにトラップの残骸が転がっていた。ハッカー曰く相手のハッカーはかなりのワザマエのようだ。そしてスラッシュ担当も中々のカラテであるのが見て取れる。

 楽に侵入できたのはありがたいが、目的が一緒の場合は戦闘に発展する可能性がある。そうなると面倒だ。ブラックヘイズは道中交渉の際の会話のシミュレーション、そして破壊跡から相手の武器や戦闘スタイルを予想しイマジナリーカラテを繰り返していた。すると先の侵入者が道を引き返しブラックヘイズに近づいてきた。

 気づかれていたか、アンブッシュに対応できるように神経を張り巡らせながら相手の顔を見た瞬間、先にアイサツをする。

 ブラックヘイズはアイサツをしながら驚いていた。侵入者はティーンエイジの女?この歳でこれほどのハッキングのワザマエとカラテの持ち主がいるのか。

 

「どーも、ブラックヘイズさん。雪野雪子です」

 

 ユキノ・ユキコと名乗るニンジャはアイサツする。アトモスフィアから即サーチアンドデストロイと分別なく暴れるようなイデオットでないのは分かる。

 

「この屋敷のトラップはユキノ=サンが解除して突破したのか?」

「はい」

「大したワザマエだ。そして今どきのティーンエイジはハック&スラッシュをバイトでするんだな」

「貴方の目的は?」

 

 ユキノは軽口に付き合わず淡々と質問する。無表情で相手を値踏みする目、かなりの場数を踏んでいることが分かる。

 

「依頼主からある物品を取り戻して欲しいと言われた。ユキノ=サンは?」

「同じです」

「ちなみに何を狙っている?」

 

 ユキノに尋ねるが沈黙する。質問に答えさせて自分の情報は出来る限り伏せようとしたが、そんな甘い相手ではないか、ならばこちらがリスクを払うべきか。

 

「俺のターゲットはとある茶器だ」

「私は刀です」

 

 ブラックヘイズはニンジャ観察力で様子を確認する。ポーカーフェイスで正確に読み取れないが嘘はついていない。ターゲットが被り争奪戦になる展開は避けられた。

 

「ちなみに奥には何が控えているか知っているか?」

「知りません」

「俺の調べではモータードクロが1体だ。オムラが作ったロボニンジャだが中々に厄介だ。よければ一緒に行動しないか?2人で倒せば楽だし、不測の事態にも対処できる」

 

 モータードクロ、今は無きオムラが作ったロボニンジャだ。AIが粗悪という欠点はあるものもその圧倒的火力は並のニンジャでは太刀打ちできない。倒せないことはないがダメージを負うリスクを減らし、少ない労力で倒せるに越したことは無い。

 ユキノのカラテの全容は分からないが、少なくともモータードクロに瞬殺されるほど足手まといではない。自分も相手も楽できる。WIN-WINだ。するとユキノは一瞬目を合わせると奥に向かって行く。

 

「共闘成立と捉えさせてもらう」

 

 ブラックヘイズは後ろを付いて行った。

 

◆◆◆

 

鋼鉄フスマを開けるとタタミが敷かれたダンスホールめいた部屋が2人を出迎える。そして中央には4本の足に8本の腕を備えたオニめいたブッダデーモンが鎮座している。これこそが今は無きオムラが作ったニンジャロボ、モータードクロだ!「敵発見!排除します!」胴体のガトリングガンを発砲!BRATATATATATAT!2人は左右に飛び回避!

 

ブラックヘイズはモータードクロの一連の動きで変化に気づく。モータードクロは攻撃前にAIによる欺瞞的プロトコルを行うと聞いたが即発砲してきた。AIを単純化したか?ブラックヘイズの予想は正しく、このモータードクロは改造によって敵味方判別機能などを消され、不必要な機能を排除した。

 

これによってAIを単純化され、高度なAIを行使する為に必要なスシ・フィードの機会も極端に少なくなった。これによって本来の戦闘力をフル活用できるようになり、侵入した生物を全て破壊する無慈悲な殺戮兵器と化した!戦闘力は従来のモータードクロより上だ!

 

「イヤーッ!」モータードクロは4本の脚でブラックヘイズに近づく、そのスピードは2本脚のモータヤブと比べて2倍だ!「イヤーッ!」モータードクロのジュッテ、ハンマー、斧が同時にブラックヘイズを襲う!ブラックヘイズはブリッジ回避からのバックフリップで距離をとる。スノーホワイトはブラックヘイズを相手にしている間に後ろをとる

 

「イヤーッ!」モータードクロはノールックで後ろに向かって武器を振るう。腕の可動域は360°だ!スノーホワイトは攻撃から防御に切り替えルーラでナギナタ、スマタ、カタナの攻撃を防ぎ後退しながら見つめる。モータードクロのAIは単純化しているので、ファルや以前に出会ったアンドロイドからは聞こえていた困った声が聞こえず。そのせいで攻撃を読みにくかった。

 

BRATATATATATAT!距離が離れたブラックヘイズに向けてガトリングガンを向ける。ブラックヘイズは避けながら接近する。スノーホワイトも合わせるように背後から接近し同時に間合いに入る。「イヤーッ!」モータードクロはブラックヘイズに4本、スノーホワイトに4本の腕を同時に動かし迎撃する。何たる人間には不可能な多腕カラテか!

 

ブラックヘイズとスノーホワイトに武器が迫るが油がきれたカラクリ人形めいて動きが鈍くなる。その隙にブラックヘイズとスノーホワイトは攻撃をしかける。「ピガーッ!」何故モータードクロの攻撃が鈍ったのか?読者の方々は腕を注視していただきたい。黒い何かが見えるだろう。これはブラックヘイズのヘイズネットだ!

 

ブラックヘイズは攻撃を躱しながらヘイズネットを発射し、其々の腕に絡みつけさせた。そしてモータードクロは同時に違う方向に腕を動かしたことで、腕が引っ張り合い妨害し合ったのだ!ワザマエ!「イヤーッ!」「ピガーッ!」モータードクロは一方的に攻撃を受ける!このままスクラップだ!

 

「機体ダメージ実際ヤバイです。ゼツメツ・モード移行」電子音を発するとモータードクロの体から蒸気が噴き出る「イヤーッ!」モータードクロは武器を振り回しながら回転する。2人は即座に距離を取ってネギトロになる未来を回避、ヘイズネットはすでに断ち切られている!

 

モータードクロの胸板が左右にカンノン開きし、胸板の内側、鋼の肋骨の隙間から、無骨なミニガンの銃口が複数迫り出す! さらに八本の腕それぞれの甲殻が開き、そこからも機関砲の銃口が迫り出す!そして肩口にバズーカ砲めいた武器が二門、出現!「ゼツメツ!」展開した銃火器をブラックヘイズに一斉にむける!

 

ブラックヘイズはブリッジ、バックフリップ、側転、側宙で回避する。その火力は凄まじく火線に入った瞬間にネギトロと化すだろう!側転回避行動中のブラックヘイズにロケット弾が向かってくる。このままでは回避できない!「イヤーッ!」カーボンタタミに手を挟み3枚剥がし素早くヘイズネットで束ねた。ロケット弾がカーボンタタミにぶつかる!

 

タタミは千切られた人形に入っている綿めいて飛散するが、ブラックヘイズは無傷!敷かれているタタミがバイオカーボン製と素早く見抜き盾変わりにしたのだ!何たる豊富な知識に裏付けされたニンジャ判断力と行動力か!ロケット弾を防いだが依然オーバーキル銃火器攻撃がブラックヘイズに向けられる!

 

「ピガーッ!」モータードクロの悲鳴とともに攻撃はアサッテに向かって行く。背後からスノーホワイトが無慈悲にルーラを突き立てる!「ピガーッ!」1本目の腕を破壊!「ピガーッ!」2本目の腕を破壊!「ピガーッ!」3本目の腕を破壊!「ピガーッ!」4本目の腕を破壊!「ピガーッ!」5本目の腕を破壊!「ピガーッ!」6本目の腕を破壊!

 

腕を破壊しつくすと、背後から斬りつけた破壊跡にルーラをグリグリとねじ込み破壊していく!全身からさらなる煙が噴き出てスパークする!最後に頭部を切り飛ばす!「ピガーッ!サヨナラ!」頭部と胴体が同時に爆散!「予想以上の火力だった。あと少しで高級品を使うところだったが経費が浮いた」

 

ブラックヘイズは葉巻を吸いながらスノーホワイトに近づく。攻撃されている間に一切スノーホワイトは攻撃されなかった。その間に攻撃すれば楽に倒せると思うと同時に捨てられる可能性を考えていた。その時は貴重品の爆弾で状況を打破するつもりだったが、共闘の約束を守りモータードクロを倒してくれた。

 

スノーホワイトはブラックヘイズの言葉に反応を見せず、スクラップと化したモータードクロを見つめる。何故一切攻撃しなかったのか?それが不可解だった。その答えはゼツメツ・モードにあった。ゼツメツ・モードはニンジャソウルを感知し発動する。だがスノーホワイトはニンジャではなく、ニンジャのブラックヘイズのみに反応した。

 

その結果ブラックヘイズに全ての攻撃が向けられた。オムラのニンジャソウル感知器はニンジャすら勘違いしてアイサツしてしまう魔法少女のソウルをしっかり感知し判別していた。その高性能の感知器のせいでスノーホワイトに一方的にスクラップにされてしまった。皮肉!

 

2人は奥に進むと鋼鉄フスマがある。「奥が宝物庫だ。何もないといいが」「ありますよ」スノーホワイトはポツリと呟くと扉が開き中に入る。そこは高さタタミ5枚分、横タタミ10枚分、奥行き30枚ほどの殺風景な部屋だった。奥のフスマの前にはとてつもない長髪の着物の男が胡坐を組んで座っていた。

 

◇スノーホワイト

 

 目の前の男は宝物庫の番人か?髪は産まれてから切った事がないように長く、地面に落ちて放射線状に10メートルは広がっている。それにしては酷く生気がない。まるで即身仏かミイラのようだ。精神も常人とは異なり『奥に行かれたら困る』『宝物を盗まれたら困る』という声しか聞こえない

 

「ドーモ、ブラックヘイズです」

「ドーモ、ヘアーカッターです」

 

 ブラックヘイズは挨拶し、ヘアーカッターは今にも消えそうな声で名乗る。お互い名乗りこの名前からしてニンジャだろう。スノーホワイトは挨拶が終わる前に一気に駆けた。ヘアーカッターまで残り20メートルに入ろうかとした瞬間、急ブレーキをかけルーラを前にかざす。その瞬間目の前に火花が生じる。ルーラに何かが当たった?スノーホワイトは本能的にバックステップで距離を取る。

 

「危険手当を請求しておくか」

 

 ブラックヘイズは僅かに険しい顔をしながら、懐から葉巻を取り出し投げつけた。葉巻は数メートルほど進んだ瞬間コマ切れと化した。

 

「なるほどレーザー光線結界めいている」

 

 ブラックヘイズはコマ切れになった葉巻を見て淡々と呟く。ルーラから生じた火花は。恐らく何かが当たった際に生じたもの。その何かが葉巻を切った。

 

「特殊繊維の結界…ではないな、ひも状の何かで直接斬った。射程距離は20メートル前後といったところか?」

 

 ブラックヘイズは言葉を聞きスノーホワイトは周りを見てみるとあることに気づく。ヘアーカッターの前方20メートル内の床や天井には切り傷が無数についているが、そこから離れた場所には一切ない。恐らく斬撃の際に生じた傷で射程距離が20メートルという証だ。

 恐ろしく速い斬撃、『攻撃が避けられたら困る』というごく小さな声が聞こえたので防御態勢がとれた。でなければ顔面を切り裂かれていた。

 スノーホワイトは魔法に意識を集中させ、攻撃の正体や攻略法を模索する。だが精神に変調をきたしているのか『奥に行かれたら困る』『宝物を盗まれたら困る』という声が大半で他の声が聞こえない。一方ブラックヘイズは苦無などを投げつけるが切り裂かれた残骸が無残に転がっている。

 

「なるほどオレのカラテでは、この場所でこの攻撃を掻い潜るのは無理だ。ユキノ=サンはどうだ?」

「私も無理です」

 

 スノーホワイトは淡々と答える。開けた場所なら掻い潜れるかもしれない。だがこの狭い部屋では侵入方向が限定されてしまっている。

 ヘアーカッターは動く気はない。射程距離に入った者を切るという思考に没頭させ、防衛に専念しているのか。

 スノーホワイトはさらに魔法に意識を集中させる。2つの声がガンガンと鳴り響く中ほんの小さな声に耳を傾ける。困った声を聞いたと同時にブラックヘイズが呟く。

 

「このまま撤退するのが賢い選択だが、フリーランスはそうはいかないのがツライところだ。カラテでダメならテックで何とかしよう」

「殺さない方向でお願いします」

 

 スノーホワイトはブラックヘイズを見上げるように喋る。ブラックヘイズは僅かに目を見開き驚いた仕草を見せ、目つきが鋭くなる。

 

「何をしようとしているのか分かるのか?」

「詳しくは知りません。でもやろうとすることは見当がつきます。出来るなら殺さないでください」

「殺すとしたらどうする?」

「抵抗させてもらいます」

 

 ルーラを構えてブラックヘイズを見据える。ブラックヘイズは冷静に損得勘定を考えられるニンジャだ。殺すリスクとリターン、殺さないリスクとリターンは5分5分と考えている、つまりどちらでもいい。なら殺すリスクを上乗せすれば天秤は傾く。ブラックヘイズは数秒ほどスノーホワイトを凝視して呟く。

 

「今回は譲ろう」

 

 そう言うと腕についている携帯端末を操作し始める。とりあえず折れてくれたようだ。勝手に侵入している身分だが、これ以上無駄な犠牲は出したくないし、出させない。

 ブラックヘイズは操作が終わると、懐から葉巻を出すと右手で火をつけて地面に置き、鋼鉄フスマを閉めて手で抑え込む。スノーホワイトも同じように抑え込む。

 数分間、2人は全力で鋼鉄フスマを抑えた。その間抵抗は一切なく、徐々に心の困った声は小さくなり、消えた。

 

「もう大丈夫そうです」

「そのようだ、気配を感じない。開けるぞ」

 

 ブラックヘイズは鋼鉄フスマに手をかけて開ける。魔法少女は大丈夫だが念のため息を止めておく。フスマを開けると突っ伏したヘアーカッターが居た。2人はすり足で20メートル以内に侵入する。謎の斬撃は来ない。完全に意識を失っているようだ。ブラックヘイズは近づき手足を結び拘束する。

 ヘアーカッターの見えない斬撃、普通の手段では突破は不可能だった。突破法を考えるなか2人は同じ方法を思いつく。

 どんな斬撃でも気体を切り裂くことはできない。なら気体、ガスで攻撃すればいい。

 ブラックヘイズが思いついたのは致死性のガスによる毒ガスだった。それを魔法で知ったスノーホワイトは異を唱えた。その結果神経毒で動きを止める方法に変えた。

 

「ありがとうございます」

「こっちのほうが若干安いし、入手しやすい」

 

 スノーホワイトの礼にブラックヘイズは素っ気なく答える。困った声で分かる。倫理観で殺さなかったのではない。本当にリスクとリターンを天秤にかけて神経毒を選んだにすぎなかった。

 2人は奥に進み扉を開ける。この奥が最後の部屋であることはファルに確認してもらっている。中に入ると、水墨画、甲冑、掛け軸、刀など素人でも分かるほど高級品が展示されていた。

 スノーホワイトは宝物庫から全ての刀をかき集める。目的の品は刀だが、どれがロウサイなのか判別は不可能で、判定はカメラ越しでマガメにしてもらう。

 気が付くとブラックヘイズの姿はなかった。目当ての物を手に入れてこの場所から出ていったのだろう。もし目的の品が一緒だったら戦闘になっていただろう。あのニンジャは強い、戦闘力は突出したものではないが、ガスで仕留めるというアイディアを思いつく頭脳と冷静な判断力、ああいう相手はやっかいだ。

 

「もしもし、マガメさんですか、雪野雪子です。それらしいものを手に入れました」

「マジか!実際無理だと思っていたが、本当にゲットするとは!?」

 

 IRC通信機越しのマガメは嬉しそうに語り掛ける。そんなことはどうでもいい、マガメに本物かどうか鑑定を依頼し、貰った端末で写真を撮るデータを送る。すると返信が返ってきた。

 

「最初の刀がロウサイだ」

 

 集めた刀に目的の物があったようだ。これでドラゴンナイト達のネオサイタマ脱出に近づいた。

 

「それで受け渡しだが、ASAPだ」

「構いませんが、ネオサイタマ脱出の準備はどれぐらいで出来ますか?」

「早くて3日後、遅くて1週間だ」

「なら準備が出来てからお渡しします」

「ダメだ!1秒でも早く見たい!触りたい!」

 

 マガメはさらに興奮気味で話す。余程欲しいようだ、これなら交渉の余地がある。

 

「この刀が私の生命線です。渡して用意されないという事態になれば最悪です。刀を渡すのはネオサイタマ脱出の準備ができてからです」

「ダメだ!俺が信用できないのか!」

「はい、信用できません」

 

 スノーホワイトとマガメは押し問答を続け、結論は平行線をたどる。暫く膠着するとスノーホワイトが気を見計らって喋る。

 

「わかりました。刀は出来る限り早く渡します。ですが条件があります」

「なんだ?」

「引き取る時はマガメさん本人が来てください。来なければ刀は破壊します」

 

 IRC通信機越しに苦渋の声が聞こえる。襲撃のリスクを考えれば本人が行くわけがない。ノコノコと本人が来るようではネオサイタマのアンダーグランドを生きていけないだろう。だがスノーホワイトとしては本人が来てもらいたかった。

 マガメはこの刀は不当に強奪され奪い返すと言った。その言葉を確かめなければならない。もし刀欲しさに強盗の依頼をしたのなら、渡すわけにはいかない。ドラゴンナイトを助けるためでも魔法少女が犯罪をするわけにはいかない。暴力で汚れてしまっても、ここだけは守らなければならない。

 

「わかった……だが取引場所は指定させてもらう」

「どうぞ、取引場所で私を始末しようと考えないようにお願いします」

 

 ドスは利かさないが抑揚のない冷淡な声で告げる。悪人が考えることは顔を見られた人間の殺害だろう。こちらとしては極力暴力を行使したくない、ただ穏便に済ませたいだけだ。

 

「取引先場所はおって連絡する」

 

 マガメは落ち着いたトーンで告げ電話をきった。

 

「ドア・イン・ザ・フェイスで最初に無理な要求して、次に本命の要求を通させる。中々の交渉術ぽん」

「本当は準備が出来てから渡したかったけどね、でも魔法で声を聞けばマガメが私の依頼をこなそうとしているのか、ネオサイタマからの脱出は可能かが分かる」

 

 もしマガメがネオサイタマから脱出する手段を持っていなかったら?マガメがアマクダリの手先だったら?ネガティブな想像が次々と浮かび上がる。嫌な想像が脳を駆け巡るなか携帯端末に返信で現実に引き戻される。

 

───2時間後、タマリバーのセンベイ河川敷で取引を行う

 

「2時間って早いぽん」

「ここから着ける?」

「電車で1時間だぽん」

「分かった。ファルはマガメに着くまでに出来るだけ調べて」

「了解ぽん」

 

◆◆◆

 

18:00

 

パパパー、パパパー、パパー。店内でティーンエイジ向けの安っぽいポップスが流れている。高校生や無軌道大学生達は一切耳を傾けず、それぞれの席で騒いでいる。その店内で小雪はマグロバーガーを一口食べ顔を顰める。あまり美味しくない。マグロバーガーをテーブルに置き、オハギバーガーを一口食べる。こっちはまだマシだ。

 

魔法少女に食事は必要ない。だが気分転換にはなる。ファルは小雪に気分転換を兼ねてこの「バーガー名人」で食事を摂るのを薦めた。理由は若者に人気だからだ。だが小雪のの舌には合わなかったようだ。「不味かったぽん?」「ネオサイタマの料理は基本的に元の世界より美味しくないみたい。はぁ」小雪はため息をつく

 

「結果的にベストの結果だったぽん」「結果的にはね」小雪は不満そうに呟く。取引現場に向かうとマガメ本人は来ていた。そして襲撃された。襲撃者の中にはニンジャがいた。スノーホワイトは応戦しニンジャを含めた襲撃者を制圧する。

 

それに恐れたマガメはドラゴンナイト達のネオサイタマ脱出をASAPで行い、魔法の袋に入れているカワベ家の隔離場所を提供することを約束した。魔法で本心であることは確認済みだ。カワベ家の避難場所については何とかしなければと思っていただけに丁度良かった。

 

結果は最良だった。だが結果的に力を見せて恫喝めいた行動になってしまった。これではまるでヤクザではないか。「相手から仕掛けてきたんだから、スノーホワイトは悪くないぽん」ファルは小雪を励ます。この件で自己嫌悪しているので気分転換に誘ったが失敗だった

 

「ンッン!」後ろから店員が咳払いをする。サイバーサングラスには『みんな食べたがっている』『思いやり』という文字が流れる。スノーホワイトは頭を下げて、いそいそと席を立つ。「元の世界のファストフード店では追い出さられなかったけど、ここだと追い出さられるんだ」小雪は懐かしむよう呟く。

 

「ドラゴンナイト達をネオサイタマから逃して、フォーリナーXを見つけて、元の世界に帰ればいくらでも居座って友達とおしゃべりできるぽん」ファルはスノーホワイトに言い聞かせるように喋りかける。「そうだね」小雪ははっとした表情を浮かべると僅かに微笑みなが答えた。

 

「残り2日でドラゴンナイトさんを見つけないと。どう?」耐重金属酸性雨レインコートで姿を隠し雑踏に紛れながら人ごみの波に逆らわず歩いてく。「まだ見つからないぽん」「とりあえずヤクザが多い地域でウロウロして、騒ぎが起きたら駆けつけてドラゴンナイトさんが居ないか確認しようと思う」

 

「それがいいぽん。しかし、ヤクザを倒しても元を倒さないと意味がないぽん」ファルは呆れ気味にため息をつく。

 アマクダリを知っている者ならヤクザから情報を収集しても成果は得られないと分かり、そう言える。だがドラゴンナイトなりに一生懸命正しいことをしようとしているのだろう。けなすことはできない。

 

「まだ襲われていないヤクザが多い地域はここだぽん」ファルが地図でそのエリアを示す。小雪は確認するとそのエリアに向かうためにメインストリートから外れ路地裏に向かう。すると稲妻めいた衝撃がニューロンに走り反射的に魔法少女スノーホワイトに変身しその場に座り込んだ。「どうしたぽん?」スノーホワイトの異変にファルは心配そうに尋ねる。

 

「フォーリナーXがネオサイタマに戻ってきた」「マジぽん!?」「たぶん、少し前の感覚が戻ってきた」ゴウランガ!何たる幸運か!ファルの立体映像は狂ったバネ人形めいて飛び跳ね鱗粉を撒き散らす。もうここから逃げて別の世界に行ったと思っていただけに、グッドニュースだった。

 

「居たぽん、ドラゴンナイトを発見したぽん!」ファルは鱗粉をまき散らし声をあげる。継続してハック&スラッシュの傍らでもドラゴンナイトを捜索していたがついに見つけたのだ。スノーホワイトは目を見開き立体映像を凝視する。「どこに!?」「ここから電車で2時間ぐらいのとこだぽん」さらなるグッドニュースにスノーホワイトは安堵の笑みを浮かべる。

 

「さっさとドラゴンナイトと見つけてネオサイタマから脱出させてフォーリナーXを探すぽん」ファルは声のトーンを上げる。するとスノーホワイトは険しい表情を浮かべ上を見上げる。CRASHHH!突如人間が流星めいてポリバケツに突っ込んでいく!スノーホワイトは駆け寄り抱き抱える。

 

背中と太腿裏にスリケンが刺さっており、極度に息が荒い。応急処置をしようと魔法の袋に手をいれかけるが動きが止まる。(((ニンジャスレイヤーに殺されたら困る)))(((ニンジャが逃げて殺せなかったら困る)))ニンジャスレイヤーという単語に不穏な心の声、まさかニンジャスレイヤーが来るのか!?

 

「WASSHOI!」決断的なシャウトが響く!ネオサイタマの死神がエントリーだ!

 

「どーも、ニンジャスレイヤーさん。スノーホワイトです」スノーホワイトは敵意が無いという意味を込めて先手を打ってアイサツをする。「ドーモ、スノーホワイト=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーの双眸には困惑の色が帯びていた。だがすぐにもう一人のニンジャに目線を向ける。

 

「アマクダリの密書は頂く。そしてオヌシはここで死ね!メッセンジャー=サン!」ニンジャスレイヤーは目に殺意を漲らせながらスノーホワイトに襲いかかった。

 



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第十四話 重要な一日#5

30分前!

 

(((ブッダファック!何で俺のところに来る!?もっと殺すべきニンジャはいるだろう!アマクダリを倒す気あるのか!?)))メッセンジャーはニューロンで毒づきながら全力でパルクール移動する。『電話王子』のネオン看板に着地し、ジャンプと同時に「おマミ」の看板にワイヤーを射出し、巻き上げ機構で一気に移動する。

 

高速で移動する中ニンジャ動体視力で最速のルートを割り出す。「イヤーッ!」「ペケロッパ!」ルート上にいたペケロッパを殺害!これでコンマ5秒ロスだ、苛立たしく舌打ちする。あと僅かでも遅れれば後ろの猟犬に殺される。心臓は暴走機関車のピストンめいて跳ね上がり酸欠で視界が歪む。歪む視界のなか懸命にルートを割り出し全力で走り続ける。

 

アマクダリではセキュリティの問題でIRC上ではなく密書を直接相手に渡すことがある。その伝令役がメッセンジャーだった。戦闘力はないが、約3倍のニンジャ脚力とヒキャク時代に鍛えた土地勘で誰よりも速く届けられていた。今夜もいつも通りのはずだった。だがニンジャスレイヤーが密書を嗅ぎつけ襲い掛かった。

 

初撃のアンブッシュを避けられたのは全くの偶然だった。アイサツを交わし即座にドーベルマンに追われるラビットめいて逃げた。アマクダリへの救援要請もニンジャスレイヤーに遭遇した報告もしていない。報告しようとすれば遅くなり、スリケンで攻撃され足を止められたところを無残に殺される。自身の首が飛ぶイメージがニューロンに浮かび上がる。

 

逃走に全てを注ぎカジバヂカラを発揮し最速タイムでネオサイタマを駆ける。だが一向に後ろからのニンジャ圧力は消えない。追いつかれて死ぬか、心臓が破裂して死ぬか、メッセンジャーに残されたのは絶望的な2択だった。デスパレードな逃走劇である。だがそれでもマグロめいて走り続けた。

 

「グワーッ!」太腿と背中に激痛が走る!メッセンジャーの背中や太腿裏にスリケンが刺さる。痛みによりバランスを崩しブザマに路地裏に墜落する。「グワーッ!」痛みと疲労で碌に受け身が取れずさらにダメージを負う。混濁する視界にピンク色が入る。誰かが抱きかかえている。メッセンジャーのニューロンは酸欠で判断する余裕がない。

 

数秒後、禍々しいシャウトが聞こえると視界に赤黒が加わる。ニンジャスレイヤーだ、地獄の猟犬が狩りに来た。メッセンジャーの心は絶望に染め上がり、ソーマト―・リコールが浮かび上がる。だが強制的に終了させジツを使うために集中する。ナスリツケ・ジツ、対象をメッセンジャーと誤認させるジツである。

 

誤認された人間が死ぬか、時間制限を過ぎればジツは解除される。幾度のピンチを切り抜けたジツだ。だが逃走中に使用しようとは思わなかった。仮に使用してもモータルを誤認させてもゼロコンマ数秒で殺される。その程度の時間稼ぎならジツを使わず逃げたほうが遥かに良い。

 

都合よくニンジャが居れば時間稼ぎになるが、そんなフィクションめいたことは起らない。この抱きかかえている人間は無残に殺され、自身も殺される。無駄だと分かりながらも足掻いた。メッセンジャーはジツをニンジャスレイヤーに使う。体が放り出され痛みが走る。それに構わず匍匐前進で移動を開始した。

 

そのスピードはナメクジめいて遅かった。1秒、2秒、3秒経過した。だが一向に激痛は訪れない。メッセンジャーはひたすら匍匐前進を続け裏路地から大通りに出た。

 

◇スノーホワイト

 

 スノーホワイトの体はゼロコンマ数秒硬直する。

 何故ニンジャスレイヤーがこちらに向かって襲い掛かる?ニンジャでもないし、数回の遭遇で敵ではないということは分かっているはずだ。何故?

 次に感じたのは圧倒的な殺意だった。ブルーリリィに見せた殺意、隣で見ていただけで背筋が凍った。それが自分に向けられている。これ程までに強大で濃縮された殺意を感じたのは初めてだった。

 一瞬呑まれかけたかけるが、数々の戦いで培った経験と鍛えた心が殺意に耐え、平常心を取り戻す。スノーホワイトは謎のニンジャを放り投げる。怪我人に鞭打つように乱雑に放り投げたが気を遣っている余裕も暇もなかった。防御、回避、迎撃、様々な選択肢が脳内に浮かび上がる。

 スノーホワイトは背を向けて路地裏のビルを駆け上がる。選んだのは逃走、怪我したニンジャの困った声を聞いて、何が起こったのかおおよその見当がついた。ニンジャスレイヤーは自分を謎のニンジャと思い込んでおり、その魔法は時間経過で解ける。

 怪我したニンジャを気絶させ魔法を解除させる手もあるが、ニンジャスレイヤーが迫っているこの状態では難しい。ここは時間制限まで逃げ続ける。

 ネオン看板を足場にしながらビルとビルの間を飛び、時にはハイウエイに降下し走行するトラックや車を足場にし、違う路線に変更しながら逃げる。だがニンジャスレイヤーを一向に撒くことができない。相当追跡馴れしている。

 どこに向かっているかすら分からないほど全力で逃走する。息は弾み心臓が激しく脈打つ。この息苦しさは全力で走っているのもそうだが、精神的な要因も大きく関わっている。

 背後から圧迫する圧倒的な殺意、まさに地獄の猟犬だ。普段はスノーホワイトが悪事を働いた魔法少女を追う立場だった。だが今は追われる立場になっている。

 

「イヤーッ!」

 

 電話王子のネオン看板に着地しようとした瞬間ニンジャスレイヤーが手裏剣を投擲する。困った声で辛うじて回避する。だがネオン看板は破壊され足場を失ってバランスを崩し地上に落下していく。だがすぐさま態勢を立て直しビルの壁を足場にして跳躍する。

 その一瞬のもたつきをニンジャスレイヤーは見逃さなかった。体を縮めながらスノーホワイトに迫ってくる。跳躍の飛距離やスピードを完全に予測しての攻撃、跳躍後で空中にいるせいで方向転換ができない。

 そして繰り出されるドロップキック、頭部への一撃を両腕防御するが攻撃エネルギーは吸収しきれず、水平方向に勢いよく吹き飛びビルの2階の建物の窓ガラスを破壊しながら吹っ飛ばされる。

 スノーホワイトは即座に受け身を取り膝立ちする。中は「ノゲベヤ」と書かれた額縁が飾られており、いくつもの土俵とその中で廻しをつけた2メートルを超える巨漢の男たちが相撲をとっている。

 

「ドッソイ。ダイジョウブですか」

 

 相撲取り達が窓をぶち破って部屋に侵入してきたスノーホワイトを不審に思いながらも、心配そうに声をかける。早くここから離れなければ、スノーホワイトは離脱しようとするが相撲取り達は突如激怒し立ちふさがる。

 

「ドッソイ!何オンナがドヒョーに入ってるんだコラーッ!そして靴脱げコラーッ!」

 

 相撲取り達はスノーホワイトに突っ張りを放ち頭から突っ込んでくる。相手への手加減を一切考慮しない攻撃、そしてこの怒りよう尋常ではない。その異様さに反応が遅れてしまい、本来なら攻撃を避け窓から逃げられたはずだったが、攻撃を受けてしまい、機を逸してしまう。

 

「コソコソと逃げるのは辞めてドヒョーで戦う気になったかメッセンジャー=サン。ならば望み通り土にまみれさせて殺してやろう」

 

 その一瞬のタイムロスの間にスノーホワイトが破った窓からニンジャスレイヤーが入ってきた。

 

 

◆◆◆

 

「ドッソイ!靴を脱げコラーッ!」ノゲベヤのスモトリ達が激昂しながらニンジャスレイヤーに襲い掛かる。彼らはネオサイタマにおけるスモウの頂点リキシリーグの64人しかいないリキシを目指すスモトリである。オスモウには2つの禁忌がある。1つは女性がドヒョーに上がること、もう1つは土足でドヒョーに上がることである。

 

それは古事記にも記されているほどの由緒正しき作法であり、どんな悪徳リキシでもそれを守り、靴を脱ぎ入場の際に引き連れているディーバたちも決してドヒョーにあげることはない。それほどまでに不可侵なルールである。それを破った者は全力で排除する事を許されている。

 

かつて土足でドヒョーに入った政治家がリキシの突進を受けて死んだ。だがリキシは正当防衛扱いで罪を問われず、逆に土足で入った政治家は奥ゆかしくないと世間から罵倒されその政治家の派閥は力を失った。ナムアミダブツ!ノゲベヤで唯一のリキシがニンジャスレイヤーに突進する。だがあっさり受け止められると投げられ地面を舐めた。

 

「アイエエエ! ニンジャナンデ!?」リキシの突進を受けあっさり投げた様子を見てスモトリ達は次々とNRS(ニンジャ・リアリティ・ショック)を発症する。スモトリ達は失禁をして叫び声をあげながら出口に向かいスモトリ達は1人もいなくなった。スノーホワイトはスモトリ達の様子に目を向けずニンジャスレイヤーを見据える。

 

ニンジャスレイヤーから逃げることは不可能だ。追跡能力もそうだがスリケンのワザマエ、あれはドラゴンナイトよりも上だ。このまま逃げれば後ろからスリケンを投げられサボテンめいたオブジェになるだろう。それならばこの場で迎撃しジツが解けるまで時間稼ぎをしたほうがいい。スノーホワイトは魔法の袋からルーラを取り出し構える。

 

◇スノーホワイト

 

 ニンジャスレイヤーは一気に間合いを詰める。周りの空気が陽炎のように歪むのが見える。熱による物理現象か、闘気や殺気などの類による幻視なのかは分からない。

 スノーホワイトは慎重にタイミングを計り間合いに入った瞬間に足元に突きを放つ、走行中に足の裏が着地した瞬間に足の甲に突き刺さるようにタイミングを調整する。

 ニンジャスレイヤーは走るピッチをコンマ数秒速め、ルーラが着く前に足の裏を着地させ、ごく小さなジャンプをする。このまま突きを躱すと同時にルーラを踏んで動きを止めるつもりだ。

 すぐに下段への突きを止め引き戻し胴体に向かって突く、相手は腕を交差させ金属同士が当たった鈍い音が鳴る。宙に浮いていたせいで突きの勢いに押し出されるように後退した。

 頬に嫌な汗が流れる。下段への突きは牽制程度のつもりで放った。顔見知りであり、今も魔法によって誤認しているだけで傷つけるのは可哀そうという同情を抱いていた。

 できれば深手を負わせたくない、そんな甘えがあったのかもしれない。それが甘さとなり隙となり、一瞬でもルーラを引くのが遅れれば勝敗は決していた。そして中段への突きは手加減を考えず相手が死ぬかもしれないという配慮も忘れて全力で突いた。

 今の攻防で分かる。ニンジャスレイヤーは今まで戦った魔法少女やニンジャと比べても上位に入る強さだ。制限時間まで防御主体で乗り切ろうと考えていたがそれだと間違いなく押し切られる。相手が気の毒などと言っていられない。殺すつもりでやらないとこちらが殺される。ルーラを握る手に無意識に力が入っていた。

 

◆◆◆

 

ニンジャスレイヤーは背に収納されていたヌンチャクを取り出す。メッセンジャーは逃げ足だけが速いサンシタ、それがニンジャスレイヤーの認識だった。だが一連の攻防で油断ならないニンジャであることが分かった。ヌンチャクワークをしながらイマジナリーカラテを練る。その目にはスノーホワイトではなく、メッセンジャーが映っていた。

 

ニンジャスレイヤーは前傾スプリントで間合いを詰める!スノーホワイトは拒むように突く!穂先が空気を切り裂き向かってくる。「イヤーッ!」カーン!ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振るいルーラを弾く!ニンジャスレイヤーは懐に入ろうと足に力を込める。だがスノーホワイトはルーラを巧みに操作し即座に立て直すと懐に入らせまいと突く!

 

「イヤーッ!」カーン!ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振るいルーラを弾く!ニンジャスレイヤーは懐に入ろうと足に力を込める。だがスノーホワイトは巧みにルーラを操作し即座に立て直し懐に入らせないと突く!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振るいルーラを弾…いていない!空振りだ!

 

スノーホワイトは心を読みヌンチャクが当たる瞬間にルーラを止めて手元に引いた!ワザマエ!ニンジャスレイヤーは体勢を僅かに崩す。その隙を見逃すスノーホワイトではない、喉に突きを放つ!アブナイ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジで回避!数センチ上をルーラが通過…しない!

 

刃は目の前に止まると上昇し、そのまま顔面に振り下ろされる!ブリッジ回避まで読んでいたというのか!?ニンジャスレイヤーはブリッジから強引に体を捻る。額を斬られながらもギリギリ致命傷を避ける!ドヒョーは抉れ土埃が舞う!ウスカワイチマイ!そのままウィンドミルでスリケンを投げながら追撃を阻止し、バックフリップで距離を取る。

 

何たる『困った声を聞こえるよ』の魔法を駆使したマジカルカラテか!かつて相手の心を読むツタワリ・ジツで圧倒的なカラテを誇ったサトリ・ニンジャのようだ!だがニンジャスレイヤーは臆することなくスプリントし決断的に間合いを詰める。

 

スノーホワイトは間合いに入らせまいと突きを放つ。だがニンジャスレイヤーはその行動を予測しており大きくジャンプする。ジャンプでスノーホワイトを飛び越えながらスリケンを投擲し背後を取る。回避と攻撃と背後へのポジショニングをワンアクションでおこなうセットプレイ狙いだ!

 

スノーホワイトは突きを回避された瞬間、持ち手を変え、刃を上に向けると振り上げニンジャスレイヤーに斬りかかる!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは腹部を切り裂かれる!背後に跳ぶエネルギーは相殺され落下、スノーホワイトは落下するニンジャスレイヤーに狙いを定め突きを放つ!アブナイ!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはルーラをヌンチャクで迎撃し防御、ルーラを殴った反発力でスノーホワイトの間合いから脱出し、連続後転とスリケン投擲で離脱し追撃を阻止する!ニンジャスレイヤーはクラウチングスタートからのスプリントで3度決断的に間合いを詰める!

 

ニンジャスレイヤーはスノーホワイトの間合いの寸前で急停止し、「イヤーッ!」その場でドリルめいて回転しながらスノーホワイトにスリケン投擲!スノーホワイトは首を横に動かしルーラを振るいスリケン投擲を防御する!ニンジャスレイヤーは高速回転しながらニンジャ動体視力で防御されているのを見ながらもスリケンを投擲し続ける。

 

するとニンジャスレイヤーの体が沈み視界が茶色に染まっていく。読者の皆さまはニンジャスレイヤーの足元を注視していただきたい。ドヒョーの土が抉れているのがお分かりだろう!高速回転により土が抉れ宙に舞いスノーホワイトの視界を奪う。フーリンカザンを生かした目くらましだ!

 

ニンジャスレイヤーは次のフェイズに移行!時計回りに移動しながらスノーホワイトの背後を取る。繰り出さんとする技はデスフロムアバブが編み出したジュージツの禁じ手アラバマオトシ!スノーホワイトの体をドヒョーにめり込ませオブジェにするつもりだ!スノーホワイトまであと3歩。目くらましで見失っているのかニンジャスレイヤーに気づいた様子はない。だがニンジャスレイヤーのニンジャ第6感が警鐘を鳴らす!

 

ニンジャスレイヤーの視界に突如突起物が出現する!これは石突と呼ばれるルーラの刃の反対側についている槍めいた突起物である!スノーホワイトは魔法で狙いを察知しニンジャスレイヤーの方を向かずルーラを引いて石突で攻撃したのだ。ノールックで気配のない攻撃だったが故にニンジャスレイヤーには突如石突が出現したように見えた!ワザマエ!

 

石突はピンポイントに眉間に向かってくる!ニンジャスレイヤーは首を全力で曲げる。メンポが削れ火花を散らしながらギリギリで回避!スプリントの勢いを使い間合いから離脱し距離を取った。何たる困った声を聞こえるよの魔法を駆使したカラテか!ニンジャスレイヤーはニンジャアドレナリンで腹部の出血を止めながら、スノーホワイトのカラテを分析する。

 

オバケめいて意図を読み、躱し、攻撃してくる。全てを見通し無駄であると分からせるようなカラテ。数多くのニンジャと戦ったニンジャスレイヤーにとっても未体験のカラテだった。ニューロンの同居者であるナラク・ニンジャならば、体たらくを罵倒しながらサトリ・ニンジャクランのニンジャと戦った経験をアドバイスするかもしれない。

 

だがスノーホワイトはニンジャではない、魔法少女である。ニンジャスレイヤーはジツにかかりニンジャと勘違いして殺意を漲らせているが、ナラクはジツにかかっておらず、またニンジャに殺された怨念の集合体であり、魔法少女に対して殺害衝動が起きないのは当然だった。

 

◇スノーホワイト

 

 ルーラを握りながら手の調子を確かめる。

 ヌンチャクで打ち合ったのは数回だったが手が軽く痺れている。もし圧倒的硬度を誇るルーラでなければ武器が破壊されていたかもしれない。かなりのパワーだ。

 そして魔法を駆使し手加減は一切せず殺すつもりで攻撃した。一般的な魔法少女なら死亡、戦い馴れている武闘派魔法少女でも多少のダメージを与えられる自信はあった。特にノールックでの石突でのカウンターは手応えがあった。だが回避され腹部を切り裂いた程度だ。

 やはり強い、この相手は今まで戦った相手で1番格闘能力が高いかもしれない。だがこのまま攻め続ければ制限時間まで耐えきれる。そんな確信があった。

 

「イヤーッ!」

 

 ニンジャスレイヤーは叫びながら足を止めて手裏剣を投げる。最初に投擲したものより速い。だが正対している状態なら心の声を読んで避けるのは可能だ。左右に動きながら避けていく。ここは30メートル四方のスペースはあるので避けるには困らない。

 手裏剣がマシンガンのように放たれていく。手裏剣の軌道も直線だけではなく、左右様々な角度を描きながら向かって行く。さらに手裏剣一つ一つに意図がある。スペースを削る手裏剣、相手を誘導する手裏剣、当てる手裏剣。

 そうやって動きを封じ当てる。まるで詰将棋のようだ。だがその意図を魔法で読めば躱すことができる。だが躱しやすいというだけで、ニンジャスレイヤーの手裏剣の数とスピードと精度は驚異的だ。

 腰の花飾りの一つが地面に落ち、髪を数本切り落とし、腕章に横一線のマークを一つ増やす。心の声が読めなければ手裏剣によって串刺しになっているだろう。かつてリップルが練習で投げた手裏剣や苦無を思い出し対処していく。

 相手の狙いは飽和攻撃による圧殺かと思ったが違う。本命は防御で足を止めさせて投擲しながら近距離の間合いに侵入、是が非でも接近したいようだ。

 だがこれを維持すれば足を止められることはない。早く制限時間がくることを願いながら回避し続ける。

 

◆◆◆

 

(((インストラクションワン、百発のスリケンで倒せぬ相手だからといって、一発の力に頼ってはならぬ。一千発のスリケンを投げるのだ!)))ニンジャスレイヤーのニューロンに師であるドラゴン・ゲンドーソーの言葉が響き渡る。だがミルクに入った一滴のボクジュウのように迷いが広がっていた。

 

これがインストラクションワンか?これがセンセイの教えか?スリケンを投擲し続けながら自問自答を繰り返す。本当なら没頭しなければならないのかもしれない。だが答えを出さなければ目の前に勝てない!「スゥー、ハァー」ニンジャスレイヤーはスリケン投擲を止めて深く息を吸って吐く。その直後ツカツカとスノーホワイトに向かって歩き始める!

 

どうしたニンジャスレイヤー!?師の教えを信じきれずヤバレカバレの突撃か!?それでは先程の二の舞だ!だが見よ!ニンジャスレイヤーの目に迷いなし!インストラクションワンとは言葉通りスリケンを投げることにあらず!初志を貫徹することだ!

 

ニンジャスレイヤーはスノーホワイトのマジカルカラテを恐れた。全てを見透かすカラテを味わい、無意識に間合いに入る前の攻防から逃れようとスリケンによる間合い接近を図った。それでは勝てない!初志とは自身のカラテで接近する事だ!スノーホワイトは間合いに入ったニンジャスレイヤーに突く!「イヤーッ!」カーン!ヌンチャクで弾き落とす!

 

スノーホワイトは体勢を立て直し下段への横薙ぎ!「イヤーッ!」ヌンチャクで弾き…落とせない!空振り!スノーホワイトは斬撃の軌道を変化させニンジャスレイヤーのヌンチャクを躱し同時に攻撃!何たる魔法と卓越した技術が融合した攻防一体の技か!タツジン!体勢を崩したニンジャスレイヤーの喉元に死神の鎌めいた斬撃が襲い掛かる!

 

「イヤーッ!」カーン!ルーラが弾かれる!空振りしたヌンチャクで弾いた!?何が起こった!?もしここにアクシズ級のニンジャ及び魔王塾出身の魔法少女が居れば見えていただろう!ニンジャスレイヤーは空振りした瞬間ヌンチャクを止めることなく勢いを加え360°回転!回転により加速度的にスピードが上がり喉元に届く前に迎撃したのだ!

 

「イヤーッ!」カーン!「イヤーッ!」空振り。「イヤーッ!」カーン!「イヤーッ!」カーン!「イヤーッ!」空振り。「イヤーッ!」カーン!「イヤーッ!」カーン!「イヤーッ!」カーン!「イヤーッ!」カーン!「イヤーッ!」空振り。「イヤーッ!」カーン!

 

弾く!弾く!弾く!どこに攻撃しようが、フェイントで空振りさせようが全て弾く!弾ききれず体の所々から血しぶきがあがる。だが前進は止まらない!今のニンジャスレイヤーは無慈悲なルーラ迎撃マシーンだ!ヌンチャクでルーラを弾く。それがインストラクションワン。インストラクションワンが思考をシンプルにし、スイングスピードを速くさせた!

 

「イヤーッ!」カーン!ルーラが弾かれる。ニンジャスレイヤーは足に力を込めてヌンチャクの間合いに入った。

 

◇スノーホワイト

 

 汗が全身から噴き出る。相手の得意な間合いに入られた。これは死の間合いだ。

 ニンジャスレイヤーはヌンチャクを水平に振る動作に入る。その瞬間ルーラを手放し足に力を込めて間合いを詰めた。ヌンチャクが振り回せないさらに近距離、そこが活路であると瞬時に判断した。

 ニンジャスレイヤーもヌンチャクを離し断頭チョップに変更する。腕を掲げチョップを防ぐ。骨が軋む音と打撃の重さに耐える

 

「イヤーッ!」

 

 ショートフックを躱しリバーブロー。ガードで防ぎショートアッパー。スウェーで躱し顎先へジャブ。お互い足を止め蹴り技が出せない近距離でパンチを繰り出す。心の声を聞き、フェイントに反応せず本命だけ躱し対処する、それでも決定打を与えられない。徒手空拳の訓練を積んできたがやはりルーラを使った格闘術より劣る。だが相手はこの間合いをキープし続け、ルーラを手に取る時間を与えないだろう。

 右のストレートを打つ動作に移ると見せかけ、顎先をひっかける右フックを打つ。ニンジャスレイヤーはお辞儀をするように頭を下げながら膝を曲げ回転し手を地面につけながら顔面への蹴り、近距離での蹴り技、顔面に蹴りがくるのは分かっていたが初めて見る技で反応が遅れ、スウェーで躱すが鼻先に掠り鼻血が噴き出る。

 そのまま回転し内回し蹴りを放つ、何とかガードするが衝撃でゼロコンマ数秒動きが停止する。さらに回転しながら拳を縦にして中腰でパンチを放った。衝撃が体を中心に駆け巡る。スノーホワイトは数十メートル後方に吹き飛ぶが、後転を繰り返しながら勢いを殺し立ち上がる。

 スノーホワイトは無意識に左手で腹を抑えた。クロスガードで防御しインパクトの瞬間体を脱力させ衝撃を流した。これは監査部で教わったテクニックだ、だがそれらを駆使しても体に無視できないダメージを与えられた。

 ニンジャスレイヤーに意識を向けるとすでに目の前に迫っていた。起き上がった瞬間を見計らって飛び蹴り、無慈悲な追い打ちで有りタイミングも完璧だった。

 だがその完璧な追撃をスノーホワイトは魔法で読んでいた。首を横に動かし躱すと同時にニンジャスレイヤーの足を掴み、右太ももを左肩に乗せると反転して一本背負いのように投げた。

 

「グワーッ!」

 

 ニンジャスレイヤーの悲鳴があがる、身体はうつ伏せに叩きつけられ地面は蜘蛛の巣状にひび割れる。飛び蹴りの勢いをそのまま上乗せして地面に叩きつけた。並の魔法少女なら重大なダメージだろう。スノーホワイトは目を細める。何かしらの技術でダメージを受け流している。

 掴んだ足を離さずそのまま足首への関節技に移行しようとする。だが足場がグラつき落下していく。先程の衝撃に床が耐え切れず崩壊したのだ。

 だがスノーホワイトは落下しながら関節技を極めにいく。ニンジャスレイヤーは関節技を察知し足を抜き仰向けの状態から体を制御し、互い正対する。

 

「イヤッ!イヤッ!イヤッ」

 

 落下しながらの至近距離での打ち合い。僅か数秒間に数十発の攻撃を繰り出すがお互い有効打は与えられないまま床に落下する。

 

「イヤーッ!」

 

 スノーホワイトとニンジャスレイヤーの身長差はニンジャスレイヤーの方が高く、足も長い。その結果同時に落ちるがニンジャスレイヤーの方が僅かに地面に速く足が着く。打撃とは地に足を着き下半身の力を合わせて威力が増す。充分な態勢を整ったニンジャスレイヤーの上段突きが襲い掛かる。

 スノーホワイトはバク宙のように回転しながら後方に飛んでいく。飛び方は一見派手に見えるが、ニンジャスレイヤーの拳に両手を重ね先程の中段突きのように体を弛緩させていた。

 スノーホワイトは高速で回転しながら辺りを見渡し手を伸ばす。手のひらには人の体温が残る生温かい感触、その手にはルーラがある。ニンジャスレイヤーの『後ろのルーラを持たれたら困る』という声を聞き、わざと後ろに飛ぶように防御しルーラを確保した。

 スノーホワイトは立ち上がりルーラをニンジャスレイヤーに向けながら構える。

 

◆◆◆

 

「アイエエエ!ニンジャナンデ!?」タタミの繊維が舞うなか、イチグウ・カラテドージョーの門下生達はニンジャスレイヤーのキリングオーラを感じ次々にNRSを発症!何たる不運!ドージョー内はケオスの渦となる!ニンジャスレイヤーは門下生達が木霊するなかスノーホワイトに意識を向ける。

 

追い打ちのドラゴン・トビゲリ。タイミングを優先して溜めが浅かったが、カイシャクに充分な威力とタイミングだった。だが避けるどころか攻撃エネルギーを利用され反撃された。咄嗟にグレーター・ウケミを応用してダメージを逃したが、失敗すればダメージを受けカイシャクされていた。恐るべき未来予知めいたニンジャ第6感!

 

この相手を殺すには安易な大技は悪手、破るには未来が読めても回避不能なまでに攻め崩し、適切なタイミングで大技を決める。ニンジャスレイヤーはジュージツを構える。ヌンチャクはルーラを何度も打ち付けたことで壊れた。武器が無ければ間合いに入るのはさらに難しくなる。

 

だがニンジャスレイヤーの双眸に宿る意志に一転の陰り無し!決断的に踏み込む!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは前に向かって跳躍すると同時に体を丸め肘と膝をくっつける!ナムサン!まるで巨大なカラテ砲弾!体を丸めることでブレーサーとレガースで急所を隠し、推進エネルギーでスノーホワイトの攻撃を弾き間合いに入るつもりだ!

 

スノーホワイトは即座にサイドステップを踏み距離を取る。この態勢は一見すると正面の攻撃に強いが横の攻撃には弱い、だが困った声は聞こえず何らかしらの対策があると判断した。その判断は正しく横への攻撃を繰り出した瞬間、両手が観音開きめいて開き、攻撃を弾いていただろう。

 

スノーホワイトはサイドステップをしながら、がら空きの背中に向かってルーラを薙ぐ。ニンジャスレイヤーは前宙返りで回避!ルーラの刃が背中の肉を僅かに剥ぐ。もしコンマ数秒遅れていれば真っ二つだ!ニンジャスレイヤーは着地し再びスノーホワイトに向かって行く。

 

出足を挫くように下段切り!バックステップで回避!中段突き!サークルガードで受け流す!上段振り下ろし!半身になって回避!二人の間にタタミ繊維が舞う。スノーホワイトは間合いに入らせまいと攻め、ニンジャスレイヤーは間合いに入ろうと捌き続ける・二人は墓石めいて動けず距離が縮まらない!ゴジュッポ・ヒャッポ!

 

心を読み防御を掻い潜る悪夢めいた斬撃軌道変化。そのマジカルカラテの前にニンジャスレイヤーは一歩も前に進めていない。ニンジャスレイヤーはそれでも攻撃を捌き続けた。ニューロン内では奇策めいたセットプレイが数パターン浮かび上がるが即座に打ち消した。

 

他のニンジャになら有効かもしれないがスノーホワイトには悪手だ。即座に感知しセットプレイを利用され叩きつぶされる。ここは愚直に捌き近づくのがベスト。急ぐと死ぬ、ミヤモト・マサシの言葉を思い出しながら捌き続ける。

 

スノーホワイトは懸命に攻撃し続ける。ニンジャスレイヤーの困った声を聞き、瞬時にやられたくない攻撃に変更し続ける。魔法とカラテのフル稼働、それは魔法少女としても決して楽ではなかった。もし素手の間合いに入られたら、アリに穴を開けられ壊れるダムめいて隙をこじ開けられトドメをさされる。

 

先程のような大技を使うとしたら完全なるトドメの場面、ドラゴン・トビゲリに対するリバース・イポン背負いのような技は出せない。ニンジャスレイヤーとスノーホワイトはお互い辛い!状況を打破するのは自身のカラテのみだ!

 

スノーホワイトの上段振り下ろし!ニンジャスレイヤーはブレーサーで防御しようとするが反応が遅い!ナムサン!防御が間に合わない!ニンジャスレイヤーとスノーホワイトのカラテ根競べはスノーホワイトに軍配が上がった!このままニンジャスレイヤーの頭からスプリンクラーめいて血が噴き出てしまうのか!?

 

ルーラの刃がニンジャスレイヤーの頭に食い込み、ドージョーに血の雨は降らなかった。「気が付きましたか?」スノーホワイトは歯を食いしばりながらニンジャスレイヤーに声をかけた。

 

◇スノーホワイト

 

『メッセンジャー=サンが居なくて困る』

 

 ルーラを振り下ろそうとした瞬間聞こえてきた声だった。スノーホワイトがメッセンジャーに見えていないということはジツが解けた何よりの証拠だった。

 ニンジャスレイヤーはジツが解けた一瞬の空白でスノーホワイトの攻撃への反応が遅れた。このままではマズい。

 スノーホワイトは歯を食いしばり体の機能全てを駆使し攻撃を止めた。その結果ニンジャスレイヤーの頭は真っ二つにならず、少し刃が食い込む程度に留まっていた。

 

「何故スノーホワイト=サンが?」

「どうやらニンジャスレイヤーさんが追っていたニンジャがジツを使用して、私をそのニンジャと誤認させたようです」

 

 状況を端的に話す。すると次々と心の困った声が聞こえてくる。

 

『スノーホワイトを攻撃して迷惑をかけてしまい困る』

『メッセンジャーを逃して困る』

『フジキドが簡単に敵のジツにかかるマヌケで困る』

 

 どうやら状況を把握したようだ。そして聞こえてくるもう一つの声、戦っている間は気にしている暇は無かったがやはりニンジャスレイヤーとは別の声が聞こえてくる。ニンジャスレイヤーとは別の意識の声、これもニンジャの魔法の一種なのだろうか?

 

「本当にすまぬ」

「気にしないでください」

 

 ニンジャスレイヤーは深々と頭を下げる。スノーホワイトも同じように頭を下げる。操られた状態なら情状酌量の余地がある。もし同じように魔法をかけられニンジャスレイヤーを悪い魔法少女と誤認させられたら、攻撃していただろう。

 それにこちらも反撃をして、それなりに傷を負わせた。赤黒の忍び装束で見えにくいが至る所に切り傷があり、かすり傷程度ではないものもいくつかある。

 

「ところでドラゴンナイト=サンはどうした?」

「今は別行動中です。ドラゴンナイトさんがどうしました?」

「アマクダリに敵対行動を取っているかもしれぬ」

 

 やはりか、スノーホワイトの表情が険しくなる。家族を攫おうとしたアマクダリと今のニンジャスレイヤーの情報、今まで前提として動いてきたがこれで決定的だ。ドラゴンナイトはアマクダリに敵対的行動を取り、その結果狙われている。

 

「早く連絡をとってネオサイタマから離れるように伝えろ。アマクダリは甘くない。このままでいれば狩られる」

「すでに昨日の早朝に家族が攫われそうになっていました。何とか保護して、今家族ともどもネオサイタマから出る準備をしています。ニンジャスレイヤーさんはアマクダリの目を掻い潜り無事にネオサイタマから無事に出る方法を何かご存じですか?」

「いくつか伝手を当たろう。先程の詫びだ」

「ありがとうございます。ではこちらに連絡してください。もしよろしければ連絡先を教えてもらえますか」

「…よかろう」

 

 ニンジャスレイヤーは名刺を渡す。その動作はやけに堂が入っており一般的なサラリーマンそのものだった。だが内心では葛藤が有ったようでスノーホワイトを襲ったことへの負い目が相当あり、それが後押しした。

 

「暗黒非合法探偵モリタ・イチロウ?」

 

 スノーホワイトは思わず読み上げる。何て響きが悪い字面だろう。まるでありとあらゆる犯罪をしている探偵のようだ。これでは渡された人の印象は最悪だ。訝しむようにニンジャスレイヤーの顔を見上げるが平然としていた。変わっている人だなと思いながらドラゴンナイトから貰った端末のアドレスを教えた。

 

「では失礼する。オタッシャデー」

 

 ニンジャスレイヤーは別れの挨拶を交わすと穴が天井部から出ていく。その瞬間ルーラを杖替わりにして畳に膝をつく。

 

「大丈夫ぽん!?」

「何とか…でも少し休ませて」

 

 過酷な戦いだった。全力でルーラを振るい全力で魔法を使った。疲労困憊だ。今では悪い意味で馴れてしまったが、悪い魔法少女に暴力を振るった後は纏わりつくような不快感が体の奥からせり上がってくる。

 今回は悪い魔法少女ですらない、只のニンジャだ。生き残るために殺すことも辞さなかった。不快感はさらにせり上がる。

 

「すみません…少し休ませてもらいます…あと、瓦礫は私が片付けますので」

 

 スノーホワイトは数少ない正気を保った者に喋りかける。辺りには瓦礫が散乱し、畳の何枚かは破損している。弁償はできないが後片づけぐらいはしなければ、それが魔法少女の務めだ。

 

◆◆◆

 

(((何たるウカツ!あのようなサンシタのジツにかかりおって!早く縊り殺せ!)))「黙れ、ナラク」ニンジャスレイヤーはニューロン内で響き渡る罵倒を切り捨てる。だが今回は全て己のウカツから招いた結果だ。インタビューしようと考えず即座に殺すべきだった。

 

ニンジャスレイヤーはメッセンジャーのニンジャソウルの残滓を辿りながら、他の事を考えていた。センパイを謀殺されたドラゴンナイト。恐らく敵を討つためにアマクダリに挑んでいるだろう。だが本懐を達する前に殺される。その結果が目に見えていたので忠告した。

 

だがその後は関与しない。復讐に身を焦がす感情は理解でき、自身が関与できる立場ではない。だがスノーホワイトなら友人として関与し、デスパレードな復讐を止められるかもしれない。全てはブッダのみが知る。ニンジャスレイヤーはスノーホワイト達のことを考えるのを止め、再びメッセンジャーのソウルの残滓を辿ることに集中した。

 




 このクロスSSを思いついた切っ掛けの1つがフジキドとスノーホワイトが戦ったらどうなるかという想像でした。
 そこから想像が膨らんでいき、この作品を書くことになりました。

 一応はプロットは考えていたのですが、フジキド対スノーホワイトまで書けるか不安でしたが読んでくださった皆様のおかげで無事にたどり着けました。
 もっと凄い戦いが書けたかもしれませんがこれが今の限界です。
 もしフジキド対スノーホワイトの戦いを書きたいけど、すでに書かれているから気が引けるという方が居ましたら、気にせず書いてください!筆者も他の方のフジキド対スノーホワイトの戦いが見たいです

 個人的な一つの山場を通過できましたが、気を抜かず終わりまで書き切れるように尽力します。


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第十四話 重要な一日#6

◆◆◆

 

22:00

 

そこはハリケーンが通り過ぎたバイオ米畑めいて荒れていた。「仁」と書かれた掛け軸、本来なら「仁義」と書かれていたが義の文字は銃弾によって潰れていた。ダルマの両目は塗りつぶされており、片眼は返り血によるものだった。壁には弾痕が至る所に打ち込まれ穴あきチーズめいている。

 

壁だけではない、黒塗りのソファーもオガーニックスギ製の机も穴だらけだ。そして壁にはレッサーヤクザ5人が雛人形めいて置かれている。それぞれが痛みに耐えウラミ・チャントを呟いている。その相手は部屋の最奥でグレーターヤクザの襟首を掴みインタビューをしている。ドラゴンナイトだ。

 

「インタビューの時間だ」「アイエエエ…許して…俺達はただシノギを…グワーッ!」ドラゴンナイトは顔面を殴る。最低限の手加減をしているがニンジャの力で殴られたら無事で済まない!鼻骨骨折!「じゃあマジメに働けよ!」「グワーッ!」「薬物ばら撒くなよ!」「グワーッ!」「モータルに迷惑かけるなよ!」「グワーッ!」

 

ドラゴンナイトはグレーターヤクザを殴り続ける。ナムサン!顔面が福笑い人形めいて変形していく!「ヤメロ…」レッサーヤクザは今にも消えそうな声で訴えるが一向にやめない。(((弱い人を傷つけたらダメだよ)))ドラゴンナイトの手がピタリと止まる。ニューロン内で響いたのはイマジナリースノーホワイトの声だった。

 

(((悪い事をするドラゴンナイト=サンなんて嫌いだな)))「イヤーッ!」ドラゴンナイトのパンチがグレーターヤクザの顔をギリギリ通過、壁にはクレーターめいた破壊跡が作られる。「アイエエエ…」グレーターヤクザはしめやかに失禁。「アマクダリを知っているか?」「アマクダリ?何?」うつろな目で答える。ドラゴンナイトは舌打ちする。

 

「次だ。知っている限りのヤクザ・クランの居場所を教えろ」「上を売るだなんてソンケイが…」「早く教えろ!死にたいのか!」「アイエエエ!そこの棚に赤い名簿があります!」ニンジャアトモスフィアの前にソンケイは粉砕。ドラゴンナイトは棚の扉を破壊しながら名簿を取り出し、メモ帳に書き写していく。

 

「これに懲りたらヤクザなんて辞めてマジメに働け、奪った金は返せ、でなければまた来るからな!」ドラゴンナイトはヤクザ達に凄むと出口から出ていく。「チクショウ!俺達が何したっていうんだよ!」レッサーヤクザは悔し涙を流し叫ぶ。その叫び声はしばらく事務所内に響き続けた。

 

◆ドラゴンナイト

 

 ドラゴンナイトはパーカーのフードを深く被りながら、アオダイショウ・ストリートを周囲に注意を払いながら歩いてく。

 

「クソ!」

 

 感情を吐き出すように叫ぶ。怒気とニンジャアトモスフィアを察知したのか、行きかう人々の数人が体をビクッと震わせ足を止める。正体不明の感覚に戸惑いながら再び歩き始める。

 メモ帳を開いて先程書き記したページを見て舌打ちする。アマクダリを探す一環としてヤクザクランにインタビューを敢行してきたが、改めてネオサイタマにおけるヤクザの多さを実感し辟易する。

 どうして犯罪に走る?例えマケグミでも懸命に生きている人も大勢いる。そんな人をヤクザは平気で喰い物にしようとしている。他人の痛みが分からないのか?

 ヤクザは何を生み出さず弱者から搾取する不必要な存在、それがドラゴンナイトの認識だった。本当なら手に入れた金を奪い取り抹殺したかった。だが脳内で作り上げたスノーホワイトが諫める。

 そんなことしたらヤクザと同じだよ。清く正しいドラゴンナイト=サンのままで居て。

 それらの声がドラゴンナイトを踏みとどまらせ、不満や欲求の捌け口としてのモータル殺害はまだ行っていない。

 

 コミックやカートゥーンで正義のヒーロー達の活躍を見て正義の心を学び、スノーホワイトと行動を共にして争いごとを解決することで、正義のヒーローに近づいたような気がする。

 今はどうだ?スノーホワイトは離れ、センパイを死なせ、敵を討つためにヤクザに暴力を振るっている。そんなことをしながら巨悪のアマクダリの痕跡を全く辿ることができない。何て体たらくだ、自嘲的に笑う。

 だが自嘲的な笑みはすぐに消える。嘆いていても始まらない。何としてもアマクダリの尻尾を掴み壊滅させる。それが己の為すべきことであり、センパイへの弔いだ。

 

───ドラゴンナイト=サン

 

 スノーホワイトの声が聞こえてくる。また幻聴か、ドラゴンナイトはそう決めつけ構わず歩く。だが幻聴は何度も聞こえてくる。思わず声がした方向を振り向く。そこには本物のスノーホワイトが居た。

 

◇スノーホワイト

 

23:00

 

 ようやく会えた。一方的にこちらから関係を切っておきながらもこうしてアマクダリに殺されることなく無事で居ることに安堵した。魔法少女に変身していなければ感情を抑えきれず涙を流していただろう。

 フードを深く被っているので細かく見えないが顔に疲労感が色濃く刻まれている。両親から聞いたがずっと家に戻っていなかったようだ。どこで寝ているのだろうか?ちゃんとした食事を摂っているのだろうか?心配事が次々と浮かんでくる。

 

「何の用?」

 

 ドラゴンナイトの言葉の節々から怒りが滲み出ている。当然だ、別れの言葉の1つもかけず離れた人間を快く思う訳がない。それでもそうちゃんと同じ顔で怒りをぶつけられるのは少し心が痛む。

 

「大事な話があるの。少し付き合って」

「今忙しいから無理」

「アマクダリを探すのに?」

 

 アマクダリという言葉に仕草でも心の困った声でも動揺が見て取れる。これでアマクダリを知っていることが確定した。

 

「分かった。付き合う」

 

ドラゴンナイトは首を縦に振った。

 

 

「はい、これ」

 

 スノーホワイトは床に座るドラゴンナイトにザゼンドリンクを手渡し、そのまま対面に座った。ドラゴンナイトは無言で手に取ると封を開けずそのまま床に置いた。これも怒っているというポーズだろう、甘んじて受け入れる。

 周りを見ると懐かしい光景が広がっていた。パトロールが終わり最後の組手訓練を行っていた廃工場、少し訪れなかっただけで随分懐かしいように感じる。ここならまだアマクダリに見つかっておらず、落ち着いて話せると思い話し合いの場所に選んだ。

 

「まず、スノーホワイト=サンが何でアマクダリを知っているの?」

「ニンジャスレイヤーさんって覚えている?その人からアマクダリについて聞いて、色々調べて悪い組織と知った」

 

 ドラゴンナイトはニンジャスレイヤーを思い出すように視線を動かす。この様子から見てニンジャスレイヤーがドラゴンナイトに会ったのは嘘ではないようだ。

 

「それでカワタさんの一件、あれもアマクダリが絡んでいた。理由は知らないけどカワタさんを亡き者にしようとしていた」

「なっ!?」

 

 ドラゴンナイトは思わず立ち上がりこちらを睨みつけるように見る。好きな漫画家がアマクダリに殺されようとされていた。その思わぬに事実に動揺と怒りが渦巻いている。

 

「ドラゴンナイトさんは何でアマクダリを探そうとしているの?」

「センパイが…サワムラ=センパイが殺された!」

 

 歯を食いしばり唇から血を滴り落としながら答える。その答えは困った声を聞いていて分かっていた。『サワムラ=センパイを殺したアマクダリを見つけられないと困る』という声がガンガンと響いていた。こうして自らの口から聞かされることで事実と実感させられる。

 

「センパイは…アマクダリの陰謀のせいで!野球賭博のせいでハラキリに追い込まれた!だからアマクダリは絶対に潰す!潰してやる!」

 

 ドラゴンナイトは涙を滲ませ、叫び声が廃工場を震わせる。スノーホワイトは見えないように手を強く握った。

 ニュースでサワムラが切腹自殺したと聞き、その後のニュースを聞いて不可解に思いながらもそういう一面もあるのだろうと碌に調べず勝手に納得してしまった。

 

「何で!あの日からボクから離れたんだよ!それさえなければ!スノーホワイト=サンと相談できて…いいアイディアが浮かんで…そうすればセンパイだって…」

 

 スノーホワイトの両襟を掴みながら声を荒げるが途中から今にも消えそうな声量になる。

 もし一緒にいればサワムラは死なずに済んだかもしれない。そう言いたいのだろう。それは一方的な責任転嫁、サワムラを死なせてしまった自責の念を少しでも和らげるためにスノーホワイトに擦り付けている。

 その心情は声を聞いて分かる。だがスノーホワイトは一切否定しなかった。

 サワムラと会ってから暫くしてアマクダリ関係者に捕捉された可能性が浮かび上がった。このまま一緒に行動すればドラゴンナイトもアマクダリに捕捉される可能性がある。その危険を考慮しドラゴンナイトから離れた。

 自分のミスがなければドラゴンナイトと一緒に行動できて、サワムラの死を阻止できたかもしれない。責任の一端はある。

 

「ドラゴンナイトさん落ち着いて聞いて」

 

 スノーホワイトはドラゴンナイトの嗚咽に心を締め付けられながらも両肩に手を置き、優し気に話しかける。その声に落ち着きを取り戻したのか、嗚咽が止まりスノーホワイトの目を見る。それをきっかけに話し始める。

 

「まずカワベ建設が買収されて、両親が逮捕されそうになった」

「買収?逮捕?」

「買収先に吸収合併された。これでドラゴンナイトさんの両親は経営権を失いクビになる。カワベ建設は無くなったの」

「無くなった?」

 

 ドラゴンナイトの目が泳ぐ。会社を買収されるということは富や地位を失うことだ。その事実を咀嚼しきれていないのだろう。だがそれだけならまだマシだ。今のドラゴンナイトには命の危険が迫っている。

 

「そしてドラゴンナイトさんがアマクダリに敵対している事がバレた。その一環として自宅に押し入って両親を逮捕して、どさくさに紛れて3人を拉致しようとした。恐らく人質にしようとしたのだと思う。でも安心して、両親は無実だし3人は私が安全な場所で匿っているから」

 

 ドラゴンナイトは無意識にザゼンドリンクの封を開けて飲み干す。鎮静作用が聞いたのか落ち着き始め、スノーホワイトの次の言葉を待っている。

 

「ネオサイタマから脱出しよう。いずれアマクダリの追手がドラゴンナイトさんの元に来る。その前に逃げるの。ネオサイタマから出ればアマクダリの手から逃れられるかもしれない。手筈は整っているから。貧乏になってネオサイタマから出るのは辛いけど、生きるのが最優先だよ。ね?」

 

 富を失い夜逃げ同然に故郷を離れる経験をしたことがないので、気持ちは理解できず知った顔でと思うかもしれない。でもアマクダリに無残に殺される未来よりマシに決まっている。

 

「行かない」

 

 ドラゴンナイトは拒絶するように告げる。思わず我が耳を疑った。

 

「どうして?」

「ボクはアマクダリを潰さなきゃいけない。センパイの為に、これからのハイスクールベースボールプレイヤーの為に、何よりアマクダリによって苦しむ人々のために」

 

 その志は清く正しい。魔法少女なら100点満点の回答であり、理想の魔法少女像の1つだ。だがそれでは死んでしまう。断言できる。ドラゴンナイトはアマクダリを潰せない。

 

「気持ちは分かるよ。でもアマクダリの力は強大で、ドラゴンナイト=サンでは太刀打ちできない。例え逃げたとしても誰も責めないから」

「そういう問題じゃない。負けるから逃げる。死ぬから逃げる?ブルシット!そんなのヒーローじゃない!それにスノーホワイト=サンは何してたんだよ!アマクダリの事を知っていたのに?何もしなかったの?アマクダリの脅威にモータルが苦しめられているかもしれないのに何もしなかったの!?」

 

 ドラゴンナイトが語気を荒げ責め立てる。その言葉を聞き反射的に睨みつける。確かにアマクダリについて知っていたが壊滅させようと動かなかった。

 そんな暇があればフォーリナーXを探し元の世界に帰るべきだ、異世界の出来事だから干渉すべきではない、そう言い聞かせていた。だがスノーホワイトの本音は違っていた。

 スノーホワイトはアマクダリよりドラゴンナイトを優先させた。異世界で出会った岸辺颯太との生き写し、本来なら得られたはずの日々を取り戻すために、ドラゴンナイトに危険が及ばないようにアマクダリに積極的に関わらなかった。

 元の世界と同じようにパトロールで困っている人を助けた。ドラゴンナイトと別れた後も不眠不休で人助けをした。だから充分だろう。

 それにアマクダリから捕捉されない為に尽力した。ファルにアマクダリのネットワークに入ってもらい、ブラックリストに入っていないか確認してもらった。目を付けられないように細心の注意を払ってパトロールをした。でなければヤクザ事務所を襲撃してアマクダリに捕捉され、殺されていた。人がどれだけ苦労したと思っている。元の世界で辛い思いをしてきたのだ、別世界で少しばかり楽しい思いをして何が悪い。

 もしスノーホワイトがドラゴンナイトと出会わなければ、ファルの言葉を無視してアマクダリ壊滅に動いていただろう。だがドラゴンナイトに出会ってしまった。その瞬間に魔法少女としての理想より、失われた青春を再現し守る事を選んだ。

 

「あと、父さんと母さんは保護しなくていいよ。スノーホワイト=サンは無実だと言うけど違うよ。カワベ建設は仕事を受注する際に不正を働き、下請け業者に渡るはずの金を着服していた。母さんもどうせ知っていて見逃していたんだ。ちゃんと裁かれないと。それでネオサイタマに留まってアマクダリに殺されてもインガオホー。あっ、でも兄さんは良い人だから逃してあげて」

 

 ドラゴンナイトはついでのように喋る。

 背筋がゾッとする。本当に両親が死んだとしてもどうでもいいという表情をしていた。これがあのドラゴンナイトか?本心ではないと疑ったが偽りない本音だ。その証拠に魔法でも両親が死ぬと困るという声が聞こえない。

 これは両親を憎んでいることもある。だが時折見せていたニンジャの残虐性、その冷徹さが両親にぶつけられているようだった。それはまるで種族が違うものに対する無慈悲さにも思えた。

 

「本気で言っているの?」

 

 スノーホワイトは無表情で無感情な声で問いかける。例え憎んでいても最後は庇うのが肉親だろう。それなのに正しいことだといえ、死地に留まらせようとする心境が理解できなかった。

 

「うん。とにかくボクはネオサイタマに残ってアマクダリを潰す」

「私にすら勝てない程凄く弱いのに?」

 

 スノーホワイトは同じように無感情な声で告げる。それが神経を逆撫でしたのかドラゴンナイトは威嚇するように睨みつける。

 

「アマクダリのニンジャには私より強いのが多くいる。私より遥かに弱いドラゴンナイトさんが勝てる道理があるの?それにどうやってアマクダリを探すの?ヤクザを襲っても永遠に見つからないよ。ハッキングとかで調べないと」

 

 淡々と話す言葉にドラゴンナイトは口を噤ませる。これらの言葉は本人が思っている困った声だ。ドラゴンナイトは反論しない。

 

「うるさい!ボクはスノーホワイト=サンみたいな腰抜けじゃない!何が有ってもネオサイタマに残りアマクダリを潰す!」

 

 ドラゴンナイトは癇癪を起したように声を張り上げる。進もうとする道は破滅しかないことを無意識で分かっているはずだ。

 だがサワムラを死なせた罪悪感や贖罪心や英雄願望や自己陶酔が混じり合って雁字搦めになっている。

 ならば強引に鎖を外す。清く正しく生きようとする気持ちは大切だ。気持ちがなければ始まらない。だが力がなければ意味がない。

 悪意は力で平然と正しさを潰していく。それはN市の魔法少女選抜試験で骨の髄まで思い知らされた。ドラゴンナイトが行おうとしているのは自殺だ。自殺しようとしている人を止めるのは魔法少女として正しい事だ。

 

 スノーホワイトは魔法の袋から紙とペンを取り出し書き始め、文字を書いた紙をドラゴンナイトの目の前に掲げた。

 

「読んで」

「えっと。スノーホワイト、以下乙はドラゴンナイト、以下甲と立ち合いを行い敗北した際にはアマクダリ壊滅に協力することを誓い、いかなる理由があっても協力できない場合は自害する。また甲が敗北した際はアマクダリ壊滅を断念し、甲の家族とともにネオサイタマ脱出することを誓い、いかなる理由があっても実行できない場合は自害する」

 

 ネオサイタマは契約書社会と聞いたことがある。契約書でもって相手を縛り破った者は社会的名誉を失い、それを何としても避けるらしい。それを逆手にとって契約書でドラゴンナイトの行動を縛る。

 

「私はこう見えてもヤバイ級のハッカーなの。危険を冒せばアマクダリのネットワークに侵入し機密情報を得られる可能性がある」

「ヤバイ級のハッカー…」

 

 ドラゴンナイトは驚きで唾を飲み込む。ネオサイタマではハッカーのランクはスゴイ級、テンサイ級、ヤバイ級で区分されており、ヤバイ級はほんの一握りで大手企業のデータベースを掌握するのも朝飯前らしい。全てファルから聞いたことであり、ヤバイ級というのもファルの自己申告だ。

 

「私の助力はアマクダリ打倒には大きなプラスになると思う。それに言ったけど私より強いアマクダリニンジャは多く居る。私程度を倒せないと話にもならない」

「分かった。受けるよ」

 

 ドラゴンナイトは指をかんで血判を押し、スノーホワイトも同じように指をかんで血判をおす。これで契約は成立した。反故すれば自害しなければならない。

 何て不平等な契約だ、スノーホワイトの表情が曇る。今までの組手の結果を見てもドラゴンナイトが勝ったことは一度もない。何か秘策でも有るのかと考えたが、心の声を聞いた限りではなさそうだ。

 勝ち目のない戦いと分かっていながらも友の無念を晴らすために、己の正義を全うする為に挑む。まさにテレビで描かれていた魔法少女だ。

 一方自分はどうだ?策を弄し正義の心の持ち主の意志を挫こうとしている。まさに悪役だ。だがそれでも構わない。

 ドラゴンナイトを、別世界のそうちゃんを生かすために魔法少女を一時的に辞めさせてもらう。もう二度とそうちゃんが死ぬのは見たくない。

 

◇ファル

 

 お互い構えを取って立ち合いが始まった。

 事前の結果から見てもどう考えてもスノーホワイトが有利である。鉄板もいいところだ。だが可能性があればドラゴンナイトの覚醒ぐらいだろう。

 魔法少女の強さはある意味思いの強さで決まる。思いの強さが普段の何倍もの強さを引き出し格下が格上に勝つことがある。

 だがドラゴンナイトは魔法少女ではなくニンジャだ。そしてニンジャの様子を見た限りでは覚醒はない。ただ強い者が順当に勝つという結果が圧倒的に多い。

 

「イヤーッ!」

 

 ドラゴンナイトはスノーホワイトの周りを回りながら手裏剣を投げていく。さらに羽を生やして浮遊することで、上からの攻撃を加えていく。

 だがスノーホワイトは難なく避けルーラで弾いていく。ファルの目から見てもドラゴンナイトの手裏剣はニンジャスレイヤーと比べ質も数も劣っていた。

 

「リュウジン・ジツ!イヤーッ!」

 

 ドラゴンナイトは手裏剣投擲を止め、ジツを使用して接近戦に持ち込む。

 拳を叩き込み、蹴りを放ち、尻尾を振るい、羽を回し、口を開けて噛みつく、身体の全てを使っての連撃、どれもまともに喰らえば致命傷の一撃だ。短期決戦を狙いこの連撃で決めるつもりだろう。スノーホワイト対策として心が読めても対処できない攻撃をするという方法があるが、全てのエネルギーを込めて短期決戦を狙うやり方は悪くはない。

 だが全身全霊の攻撃をスノーホワイトは表情一つ変えず躱していく。その光景はいつもの組手と同じ光景だった。

 ドラゴンナイトは顔を紅潮させながらも歯を食いしばり攻撃を続ける。ニンジャといえど生物だ、無呼吸で長時間の全力運動はできない。終わりは近づいている。

 

「ハァ!」

 

 ドラゴンナイトは動きを止め深く息を吸う。それを狙いすましたかのようにスノーホワイトは動いた。ルーラの柄で足を払うように下段打ちを放つ。ドラゴンナイトは反応できず受け身を取れないまま背中を床に叩きつける。

 スノーホワイトはそのまま馬乗りになりルーラの柄を喉にめり込ませる。このまま失神させるつもりだ。

 ドラゴンナイトは目を見開きルーラを握り跳ねのけようとする。だが顔は益々紅潮していく。先の攻撃で力を使い切りこの不利な態勢では厳しい。足をばたつかせ呻き声をあげながら抵抗する。次第に足はパタリと落ち、声も聞こえなくなった。失神した。

 結果はスノーホワイトの圧勝、これでドラゴンナイトはアマクダリに手を出すことなくネオサイタマから出ることになる。

 スノーホワイトが望んだ結果を得たが、その表情は全く晴れやかではなかった。

 

◆◆◆

 

00:30

 

ドラゴンナイトは勢いよく体を起こす。スノーホワイトとの立ち合いは!?首をキョロキョロ回すとスノーホワイトの悲しそうな表情が目に入る。その瞬間ニューロンが過去の記憶を再生する。「負けたんだ」スノーホワイトは無言で頷いた。「じゃあ、約束通り…」「分かってる。アマクダリには手を出さないし、家族でネオサイタマから出る…」

 

ドラゴンナイトは言い聞かせるようにゆっくりと呟く。書面で書かれていることは絶対だ。例え書面を隠滅しスノーホワイトを亡き者にしたとしても、契約を破った事実は永久に心に刻まれる。その罪悪感に耐えられるネオサイタマ住民はいない。

 

「アマクダリを潰すと決意してから、結構ハードトレーニングして、カラテを積んだつもりだった。でも結局ベイビー・サブミッション。センパイのアダウチすらできない。弱いって辛いね」ドラゴンナイトは俯きながら押し殺すように喋る。その声はスノーホワイトの心をやすり掛けにして痛めつける。

 

これで良かったのか?ドラゴンナイトと一緒にアマクダリ壊滅に尽力すれば良かったのか?自問自答を繰り返す。「スノーホワイト=サン、ボクの代わりにアマクダリを潰してくれない?」「それは約束できない」スノーホワイトは奥ゆかしく首を横に振る。「そうだよね、死ぬかもしれないのにそんなことできないよね」ドラゴンナイトの目に諦念の念が帯びる。

 

それを見てスノーホワイトはさらに心が締め付けられる。ドラゴンナイトの身を守った後の第一目標は元の世界に帰る。その為にフォーリナーXを探す事だ。確かにアマクダリの存在は見過ごせないが、それでもリップルや両親や友人達への思いや元の世界への郷愁を捨てられない。

 

「とりあえず、両親達がいる隠れ家に向かおう」「うん」ドラゴンナイトはスノーホワイトの後を付いて行く。

 

道中2人は無言だった。会うのはこれで最後になるかもしれない。色々と喋りたかったが、スノーホワイトはドラゴンナイトの思いを断ち切ったという罪悪感から、ドラゴンナイトは仇討ちを阻止したスノーホワイトへの怒りからお互いわだかまりを抱え、素直に喋れなかった。この時間電車は動いておらず、隠れ家までは徒歩移動だ。このままでは気まずい

 

「私はアマクダリを潰す事はできない。でもニンジャスレイヤーさんならやってくれる」スノーホワイトは突然呟く。ニンジャスレイヤーは悪しきニンジャに憎悪を漲らせている。そのスタンスでいればアマクダリとぶつかるだろう。ニンジャスレイヤーのカラテにはまだ奥がある。そのカラテと決断的意志があればやれるかもしれない。

 

「そうかもね」ドラゴンナイトはポツリと呟いた。その一言から30分間無言だった。するとスノーホワイトが足を止める。「困っている人でも居た?」ドラゴンナイトが先読みするように質問する。「うん」「ボクも行くよ。こうしてスノーホワイト=サンと一緒に何かをすることになるのも最後かもしれないし」

 

「分かった」スノーホワイトは僅かばかり頬を緩ませながら頷いた。2人は声がする方に向かう。するとスノーホワイトの表情が険しくなる。声からしてカツアゲ程度の揉め事だと思っていた。だが途端に命の危険レベルの揉め事にまで発展していた。スノーホワイトは走り、ドラゴンナイトも後に付いて行く。

 

スノーホワイトは『BARハッソウトビ』のネオン看板横の扉前で立ち止まる。この店内で何か起こっているようだ。2人は扉を開けるとツキジめいた光景が目に飛び込んできた。中は薄暗く紫色のネオンライトで照らされ妖しげなアトモスフィアを醸し出している。

 

ダーツボードにはダーツではなく人間がめり込み、パワリオワーとファンファーレが狂ったように鳴り続ける。ナムサン!天井には前衛的なオブジェめいて人がめり込んでいる。そして中央には4人が正座しており、3人の首は無くスプリンクラーめいて血を吹き出していた。ナムアミダブツ!

 

「イヤーッ!」「アバーッ!」そしてたった今4人目の首がボトルネックカットチョップで飛び、スノーホワイトに向かってストライク返球される。黒髪の女は首の行方を目線で追い2人を視界に捉える。すると驚きで目を見開き即座に獰猛な笑みを浮かべ大笑いした。「キヒッヒッヒ!スノーホワイトだ!マジか!こんな事があるんだな!ゴウランガ!」

 

スノーホワイトは魔法少女の名前を呼ばれた動揺で、ドラゴンナイトは下手人がスノーホワイトの知り合いかという困惑で動きを止める。「オイオイ覚えてない?そうか、この顔じゃあ分からないか」黒髪の女は突如姿を変えた。それは奇妙な姿だった

 

右半身が金髪碧眼、黒いフラメンコドレスめいた服に鍔の広い三角帽子、左半身が黒髪黒目エメラルド色のニンジャ装束にメンポをつけている。チンミョウ!さらによく見ていただければ左右の顔の作りが違うのが分かるだろう!一体どのようなテックを使えばこのような姿になるのだろうか!?

 

スノーホワイトの鼓動が跳ね上がる。見間違えるわけがない、あの左半身はフォーリナーXだ。「ニンジャ式で名乗っておくか、ドーモ、スノーホワイト=サン。フォーリナーX改めフォーリナーXXXです」

 



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第十四話 重要な一日#7 

◇フォーリナーXXX

 

 懐かしい。それがネオサイタマに帰ってきた時の第一印象だった。この湿気と重金属酸性雨の独特の匂い。来た当初は何も思わなかったが、離れてみると思ったよりこの土地に馴染んでおり、愛着を持っていたことに少しばかり驚いていた。

 ニンジャ魔法少女になった当初はアマクダリ解体の為にヤクザ事務所を襲い、アマクダリ関係者をおびき寄せていた。だが突如活動を止め、ネオサイタマから出て別の世界に行った。

 ニンジャという種族は大体魔法少女と同じぐらいの強さだ。ニンジャと魔法少女の力を併せ持ち絶対的自信を持つフォーリナーXXXだが、アマクダリのニンジャを全員倒すとしたら、それなりの準備が必要と考えていた

 フォーリナーXXXはRPGでボスに挑む際は可能な限りレベル上げを行い、装備を整えてから挑むタイプだった。その行為を現実でもおこなった。

 今まで巡った世界に行って、使えそうなアイテムや武器を片っ端から収集していく。今までは魔法少女の強さで何とかなったので、武器を収集する必要もなく見向きもしなかったが改めて探すと有用な物が多くあった。

 回復アイテムやバフアイテムや魔法少女の魔法のようなものができるようになるアイテム。

 ゲームをプレイしているとレベル上げや装備を整えすぎてヌルゲーになることがある。異世界のアイテムにニンジャ魔法少女の力、これではヌルゲーかと思ったがゲームオーバーはもっと嫌いだった。

 体感時間で3ヶ月ぐらい異世界を渡り歩き、集められる限りの武器やアイテムを収集しネオサイタマに帰還する。

 

「出かけたのが日曜日だから、丁度1週間か。案外時間が経ってないな」

 

 Aの世界の1週間がBの世界では1ヶ月という具合に異世界ではそれぞれ時間の流れが異なっている。大よその目安をつけることは可能だが、収集作業に熱中しすぎてネオサイタマでは時間が経ち、アマクダリが崩壊しているということがあればつまらない。だが1週間なら流石にアマクダリは崩壊していないだろう。

 

 フォーリナーXXXはニンジャ魔法少女の状態を解除し、ニンジャであるフォーリナーXXに変身する。XXXの状態だと魔法少女の特性を引き継いでしまったのか空腹感がなく、食事を楽しめない。それが唯一の不満点だった。

 アマクダリ壊滅ミッションを始める前の景気づけに前夜祭でもするか、フォーリナーXXは当てもなく歩き始めた。

 ホストクラブ、居酒屋、高級バー。カジノ。いつも寄っていた店に入ろうとしたが、今日はどうにもフィーリングが合わず入らなかった。中々店が決まらずブラブラ歩き1時間が経過し徐々にイライラが溜まっていた。

 そこら辺のモータルを使って遊ぶか。そんな考えが頭に浮かび、どのモータルを使うかと物色しているとある看板が目に留まった。『BARハッソウトビ』看板通りバーだろうが、今まで足を運んだバーと違い、明らかに場末感が漂っていた。

 そういえば依然プレイしたゲームの舞台も場末のバーだった。ゲームみたいにバーテンダーや客と洒落て下らない会話を楽しみ、落ち着いた雰囲気で過ごすのも悪くない。フォーリナーXXはBARハッソウトビに向かった。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店に入るとバーテンダーが声をかけてきた。30代ぐらいの男、イケメンでもなくブサイクでもなくごく普通。ダーツをしているサラリーマンっぽいの1人。カウンター席には男女のガラが悪いカップル2人、ヤクザっぽいのが1人。アウトローっぽいのが1人。店内をざっと見て客層を確認し、カップルの横に座る。

 

「いらっしゃいませ、今日が初めてですか?」

「そう、明日から大仕事をするから、景気づけのカクテルくれ」

「味の好みや嫌いなカクテルはございますか?」

「さあね、当ててみな」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 バーテンダーは一瞬めんどくさそうな表情をするが、直ぐに業務用の笑顔を見せ後ろの棚を物色し、シェイカーに複数の酒を入れかき混ぜる。そしてグラスに黄色いカクテルを入れ最後に何かを入れ目の前に差し出した。

 

「お待たせしました。サーチライトです」

「これがどう景気づけのカクテルなんだ?」

『非常に明るいボンボリの真ん中はかえって見えにくい』というミヤモト・マサシのハイクがあります。大仕事になる分だけ落とし穴は思わぬところに潜んでいます。注意喚起の意味を込めて作りました」

「なんでこれが、そのミヤモト何とかのハイクになるんだ?」

「カクテルがボンボリの光、カクテルに入れたウメボシが見えにくいものです。味は酸味が利いています。苦手でしたら作り替え…」

 

 フォーリナーXXはバーテンダーが喋り終わる前にカクテルを一気に呷ると、口に含んだカクテルをバーテンダーの顔に吹きかけ、グラスを顔面に投げつけた。

 

「グワーッ!」

 

 バーテンダーは顔を手で押さえて蹲る。

 まず顔が気に入らない、声のトーンが気に入らない、喋り方が気に入らない、出すカクテルが気に入らない、味が気に入らない。

 フォーリナーXXの独自の採点で着実に減点を積み重ねたバーテンダーは理不尽な暴力を受けていた。

 店内の空気は一変し、客達は一瞬畏怖の視線を送った後露骨に視線を逸らした。

 

「おいネエチャン、ここはゆっくり酒を楽しむ場…グワーッ!」

 

 フォーリナーXXはがんを飛ばし凄んできたヤクザ風の男の襟首を掴むと、上に投げつけ頭を天井にめり込ませた。

 タフガイ気取りの良識派ヤクザっぽい行動が気に入らない。ついでに髪型が何か気に入らなかった。

 

「グワーッ!」

 

 ダーツをしていた客のところに一瞬で詰め寄り、ダーツボードに向かって体ごと投げつけダーツの矢にした。投げ方が気に入らない。

 頭はダーツボードにめり込み、パワリオワーと狂ったようにファンファーレが鳴り続ける。そしてカウンターで蹲っているバーテンダーの首根っこを掴み、店内中央に投げつけた。

 

「全員正座」

「「「「アイエエ…」」」」

 

 フォーリナーXXは叫ぶことなく抑揚のない声で喋り、男女のカップルとアウトローとバーテンダーは震えながら正座する。彼らはフォーリナーXXの威圧感の前に軽いNRSに陥っていた。

 

「おい、そこのカップル。何か面白い事言え」

「えっ、何で…?」

「イヤーッ!」

「アバーッ!」

 

 フォーリナーXXは正座している女の首をチョップで切り飛ばす。血が勢いよく噴き出て、首は壁や床を反射して女の目の前に転り、虚ろな目と視線が合う。

 

「「「アイエエエ!」」」

 

 男と他の2人は絶叫する。

 

 フォーリナーXXの暴行の理由は唯一つ、気に入らなかったからである。毎日ここまで理不尽に暴力を行使するわけではない。気に入らない人間がいても無視し、不味いカクテルを出されてもちゃんと練習しろよと笑って激励することもある。

 ただ今日の時間、気温、体調、様々な要素が合わさった結果、ヤクザ風の男を天井にめり込ませ、サラリーマンをダーツボードにめり込ませ、客達を正座させ首を飛ばしている。

 フォーリナーXXは気分によって行動する。それは人間誰しもそういう側面があるが、フォーリナーXXは顕著だった。

 笑って赦した行動でも10分後には怒り理不尽に暴力を与える。その基準を周りは全く理解できない。その行動原理の根底にはニンジャ魔法少女は優れた存在であり、劣っている人間を慈しむも虐げるも好き勝手にしていいという思考があった。

 

「おい、面白いこと言え」

「アイエエ…昨日カナコとファックした時…」

「下ネタで笑いを取ろうとするな。イヤーッ!」

「アバーッ!」

 

 男の首を切り飛ばす。

 

「おい、お前自慢話しろ」

「ジュニアハイスクールの時…」

「昔の話すぎる。イヤーッ!」

「アバーッ!」

 

 アウトロー風の男の首を切り飛ばす。

 

「今まで来た客で一番印象に残ったのは?」

「アイエエエ!助けて!」

「イヤーッ!」

 

 バーテンダーの首を切り飛ばす。首が壁や天井を反射し入り口に向かい、いつの間に居た女の胸元に向かいキャッチされる。

 反射的に女の情報を瞬時に検索し、数コンマ秒後に答えが出る。スノーホワイトだ。今まですっかり忘れていた。

 ネオサイタマに来ることになった原因の魔法少女、その魔法少女と出会ったのがこんな場末のバーか、出会うならもう少し劇的な場所ならそれっぽいのに。奇妙な偶然と締まらない状況にフォーリナーXXは大笑いした。

 

◇ファル

 

 目の前の女はフォーリナーXと名乗った。あまりに突然の出来事に反応が遅れたが備え付けられた魔法少女探知機でも反応を見せて右半身の顔もフォーリナーXに間違いない。

 だが反応が普通の魔法少女の時と違う、それにあの左半身、まるで自分の左半身を切り取り、別の人間の左半身をくっつけたようだ。あの姿は情報にない。さらにフォーリナーXXXとも名乗った。この名前にも意味があるのか?

 

「イヤーッ!」

 

 ファルはフォーリナーXXXに対する推察、スノーホワイトは思わぬ遭遇で動揺している間、いち早くドラゴンナイトが動いた。

 知り合いではないので余計な思考が入らず、バーの客を殺したから倒すというシンプルな思考で動いていた。フォーリナーXXXはスノーホワイトに意識を集中しており、ドラゴンナイトへ意識が向いていない。これは決まる。

 

「グワーッ!」

 

 ドラゴンナイトのチョップは片手であっさりと叩き下ろされ、もう片方で殴られ体は壁にめり込み、手足をぐったりとして崩れ落ちた。

 今の一連の動き、薄っすらとしか見えなかった。それ程までに速くネオサイタマに来る前の動きとは明らかに違っている。

 

 スノーホワイトもそれに気づいたのかドラゴンナイトの元へ駆け寄り容体を確かめたい衝動を抑え、フォーリナーXXXを見定めることを優先していた。

 

「この世界の礼儀に則ってスノーホワイト=サンと言っておこうか、アンタにはほんの少しばかり感謝しているよ。ボコボコに殴られて、必死こいて魔法使ってネオサイタマに辿り着いて、新しい力を手に入れた。だからボコボコにされたけど探してまでやり返そうとは思わなかった。でも目の前に現れたからにはしょうがない。ボコるわ」

 

 フォーリナーXXXは臨戦態勢を取る。言葉通り自分から探そうとは思わなかったのだろう。だが目の前に現れたならついで恨みを晴らす。まるで蚊が目の前に現れたから叩いて殺す程度の出来事のようだ。

 

「その人達はあなたが?」

「そうだけど」

 

 スノーホワイトの問いに悪びれも無く答えた。その答えを聞いた瞬間魔法の袋からルーラを取り出し構える。体中から怒気が溢れている。

 魔法少女が人を殺した。詳しい経緯は知らないがスノーホワイトの基準では問答無用で悪党魔法少女だ。魔法の国が管理していない世界でも関係ない、悪い事をする魔法少女がいれば勝手に裁き逮捕する。それが魔法少女狩りスノーホワイトだ。

 

「あなたを逮捕して監査部で裁いてもらいます」

「やってみろ魔法少女」

 

 その言葉を合図にスノーホワイトが動いた。一気に距離を詰めての中段への切り払い、フォーリナーXXXは防御姿勢を一向にとらない。これは決まる。そう確信した瞬間スノーホワイトは攻撃動作を止めルーラを左に立てる。その瞬間体は高速でスライドした。

 そこには身長は140センチ程度の人型の生物がいた。オレンジ色の瞳に黒一色の非人間的肌、頭にはヘルムを被っておりてっぺんから青い炎が吹き出ている。映像資料で見た魔法で召喚された悪魔に似ている。

 その生物がスノーホワイトを殴った。防御していなければ多大なダメージを受けていただろう。

 

「どうだ、これが新しい力、マンキヘイだ」

 

 フォーリナーXXXは自慢げに喋りかけ、マンキヘイは鼻息荒くしながら威嚇する。今の腕力とスノーホワイトの険しい表情でかなりの強さだと判断できる。

 

「さらに」

 

 フォーリナーXXXは魔法の袋に手を入れてマンキヘイに何かを投げつける。するとその手には背丈以上の巨大なランスが握られていた。

 マンキヘイは一気に間合いを詰めよりランスを突く。一瞬で巨大化したと錯覚してしまうような速さで迫ってくる。スノーホワイトは辛うじて防ぎ、マンキヘイは連続で突く。その突きは凄まじく残像を作り上げるほどだ。

 この身体能力、今まで会った魔法少女でも上位クラスだ。そんな身体能力を持った生物を作り出すこれは魔法なのか?だがフォーリナーXXXの魔法は異世界に行く魔法だ。理屈が合わない。

 スノーホワイトはその場に留まりながら連続突きを防御している。だが突如バックステップを踏む。数コンマ後足首があった場所に何かが通り過ぎ、足首から鮮血が噴き出る。マンキヘイの手には巨大な鎌が握られていた。

 

「これはマギアって世界でパクってきた武器で、鎌、ランス、ハンマー、剣の4種類に変化するその世界ではエピック級の一品だ。まあアタシから見れば良くてレア級だけどな」

 

 フォーリナーXXXは謎の武器について見せびらかすように説明する。

 暴力のプロと呼ばれる魔法少女ならあり得ない愚行だ。説明しなければどれだけアドバンテージがあったか、だが説明しても厄介さは変わらない。

 武器が瞬時に変わる事で間合い、タイミング、軌道も変化していく。その変化に対応することは難しくシンプルな分攻略しづらい、その証拠にスノーホワイトは決定打を与えられずにいる。

 そしてフォーリナーXXXはマンキヘイとの戦いを腕を組みながら観戦していた。

 

「それでこれはお気に入りの剣で、さらにミギルって世界の技術を使えばアタシのジツを付与できるようになった。魔法少女は毒耐性が有るが、ジツと毒耐性どちらが強いか試そうか」

 

 フォーリナーXXXは目玉が刻まれた長剣を取り出し、襲い掛かった。

 

「イヤーッ!」

 

 マンキヘイとフォーリナーXXXは同時に攻撃を繰り出す。スノーホワイトは右からマンキヘイの剣の切り上げを石突で軌道を逸らし、フォーリナーXXXの切り下ろしを刃で軌道を逸らす。

 

「やるな!ギアを上げるぞ!マンキヘイ!」

 

 口笛を吹き賞賛の言葉を投げながら攻撃を続ける。言葉通り攻撃の熾烈さは徐々に上がっていく。マンキヘイの攻撃でも手を焼いていたのにフォーリナーXXXも加わってきた。戦闘力が低ければ問題無いのだが、どう低く見積もっても武闘派魔法少女級だ。

 マンキヘイがランスの攻撃を繰り出し、スノーホワイトは半身になり腹の肉を僅かに抉られながらも躱す。ランスは勢い余って対面にいるフォーリナーXXXの元に向かう。

 

「イヤーッ!」

 

 フォーリナーXXXはランスを足場にしてジャンプし前宙しながら頭上から斬りつける。スノーホワイトはルーラの柄で防ぐ。場所が入れ替わったマンキヘイとフォーリナーXXXは同時に振り向き攻撃をしかける。

 スノーホワイトはマンキヘイの攻撃で同士討ちを狙ったが即座に対応した。この2人は身体能力もさることながら、熟練のパートナーのように息を合わせて攻撃を繰り出す。その攻撃の前にスノーホワイトは全てを防御に費やす。

 それでも太腿が抉られ、二の腕が切り裂かれ、頬やこめかみからは血が流れている。どれも重傷ではないが針で縫うほどの傷だ。これではジリ貧だ。いずれ致命的な一撃を受けるのは時間の問題である。

 相手の魔法に仕掛けが有れば魔法で看破し、されたくない行動をする。それがスノーホワイトの強みだ。白兵戦でも魔法を使って攻撃を躱し、先読みでカウンターをすることができる。だがその魔法にも弱点はある。

 圧倒的な攻撃の質と量でのごり押し。これをされると為す術がなくやられてしまう。魔法少女になった当初なら可能かもしれない、だが今は多くの悪党魔法少女と戦い強くなり、実行できる魔法少女は居ないと思い始めていたがこうして目の前に現れた。

 ファルの頭に逃走の二文字が思い浮かぶ。どうにかして隙を突いて距離を取り逃げる。だがその案を打ち消した。

 仮に逃げ切られたとしてもこの場にはドラゴンナイトが居る。もし逃げ切られた憂さ晴らしでドラゴンナイトを殺そうとしたら?ファルが考えつくということはスノーホワイトも考えている。その可能性がある限り逃走が選択することができない。

 スノーホワイトはドラゴンナイトの身を案じ行動し続けた。その想いがやっと実を結んで安全が確保できそうだという時にフォーリナーXXXが現れ、ドラゴンナイトがスノーホワイトの枷となっている。ファルはドラゴンナイトを忌々しく見つめる。

 

「イヤーッ!」

 

 フォーリナーXXXは袈裟切りを繰り出す。スノーホワイトは躱しきれず体を切り裂かれ、痛みで怯んだ隙にマンキヘイのハンマーが打ち付ける。咄嗟に右腕でガードするが、骨が砕ける鈍い音を鳴らし体はドアを破壊しながら店内を飛び出て、バウンドしながら放り出される

 

「スノーホワイト!」

 

 ファルは思わず声を上げる。スノーホワイトは声にこたえるように立ち上がろうとするが崩れ落ちる。右腕は歪な方向に曲がり、体を見ると斬りつけられた箇所がくすんだ七色に染め上がっていた。

 

「魔法少女にはこれだけ斬りつけないと毒が回らないのか。そしてマスコット持ちだったのか」

 

 フォーリナーXXXとマンキヘイはゆっくりとした足取りで近づいてくる。ジツと毒耐性どちらが強いかと言っていたが、このくすんだ七色は毒の影響か。そしてジツということはニンジャ?

 

「フォーリナーXXX、アンタはニンジャの力が使えるのかぽん!?」

 

 ファルは質問を投げかける。1秒でもいい、スノーホワイトが体力を回復し、打開策を考える時間を作るべくAIを高速稼働する。

 フォーリナーXXXはスノーホワイトの懐からファルが入っている携帯端末を拾上げ喋り始める。

 

「そうだ。ワタシは魔法少女とニンジャの力を手入れた!ニンジャ魔法少女だ!」

「そのマンキヘイもジツかぽん?」

「そうだ、ジツで召喚している」

「どうやってニンジャの力を手に入れたぽん?」

「色々有ってニンジャになって、ニンジャになってから魔法少女に変身したらこうなった」

 

 この劇的な戦闘力の向上、マンキヘイという謎の生物の召喚。これらもニンジャと魔法少女の力が合わさったと考えれば何とか納得できる。だがそれにしてもデタラメすぎる。

 

「マギアとかミギルとか言っていたけど、それは別の世界で手に入れたのかぽん?」

「そうだ。ニンジャ魔法少女になったおかげで、行った世界なら何処でも行けるようになってな。それで前に行った世界から調達してきた」

「他にもどんなアイテムがあるぽん?」

「そんなに聞きたいのか?」

「気になるぽん」

「いいだろう、特別に教えてやる。まずこれがナーガで手に入れた…」

 

 魔法の袋からアイテムを取り出し手に入れた過程と効果を語り始める。フォーリナーXXXは精神年齢が幼く自己顕示欲が強い。そしてアイテムを取り出すと時に余計な説明を加えた。きっとコレクター特有の承認欲求があるはずだ。そう考えてアイテムが気になると切り出したが見事にはまった。

 ファルは説明を聞き流しながらスノーホワイトの様子を観察する。呼吸が荒く肌の色も七色になったままだ。この状態では倒すどころか逃げるのも無理だ。

 ファルは決意する。ここは自らの力で切り抜けるしかない。その為の策はいくつか用意してある。

 

「マスコットが欲しかったんだよな。なあ、そのゴミカスのマスコットなんて辞めてワタシのマスコットになれよ」

「条件が有るぽん。スノーホワイトを殺さないで元の世界に返してほしいぽん」

「やだよ」

「そうしないと一切働かないぽん。元の世界に返してくれたら粉骨砕身で働くぽん。今の戦いではっきり分かったぽん。アンタの手にかかればスノーホワイトなんて取るに足らないぽん。そんな弱者を生かして、ファルをゲットできるなんてお得だぽん。こう見えてファルは魔改造されまくって他の電子妖精より優秀だぽん。レアだぽん」

「レアか」

 

 コレクター心を擽るように語り掛ける。こっちの方がお得だ、こっちのほうが賢い選択だ。ファルの思惑通り悩み始めブツブツと独り言を言っている。その瞬間光に包まれフォーリナーXXXの体は忽然と消えていた。

 

「やった。成功だぽん」

 

 ファルの立体映像が飛び跳ね、マンキヘイはオロオロと慌てふためいている。

 元の主人キークの手によって改造された機能の1つで、マーキングすることによって対象を電子空間に隔離できる。

 これは悪党による人質対策として付けられた機能だが、ネオサイタマに来てからは1度も使っていない。ここでは電脳空間はコトダマ空間と繋がっており、適性が無い者は脳細胞を焼き切られ死亡する。適性を試す方法はなく、保護する人物を危険な目にあわせるわけにはいかない。

 だが逆に考えれば死んでいい人物になら使えるということだ。フォーリナーXXXに適性がなければ死亡、適性があってもファルの許可なしでは電脳空間から出ることができない。

 一見無敵なように見えるがマーキングするのに時間がかかるので、とても戦闘には使えない。だがファルは会話によって、フォーリナーXXXのコレクション自慢を喋らし、マーキンする時間を稼いだ。コレクター気質が仇になった。

 

 敵は葬った。後はスノーホワイトをどう回復させるかだ。ファルは意識をスノーホワイトに向ける。

 

「コトダマ空間送りか、味な真似をしてくれるじゃねえか」

 

 ファルは思わず後ろに意識を向ける。そこにはフォーリナーXXXが平然と立っていた。ありえない!確かに電脳空間に送ったはず!

 

「解説いるか?」

「頼むぽん」

 

 ニヤニヤと勝ち誇った笑みを向けながら携帯端末を拾い上げ語り掛ける。思い通りの反応を見せるのは癪だが、不可解な現象への解を求めた。

 

「キッヒヒヒ、ワタシの魔法は知っているな?」

「異世界に行ける魔法だぽん」

「そう、異世界に行ける魔法だ。ニンジャ魔法少女になって魔法もバージョンアップしてな、異世界だと思えばどこでも行けるようになった。あとは分かるな?」

 

 ファルのAIは答えを導き出す。フォーリナーXXXは電脳空間を異世界と認識した。そして魔法を使い、電脳空間という異世界からネオサイタマに帰ってきた。

 

「理解したようだな。さすが電子妖精だけあって頭が良い」

「まさか、そんな方法で」

「ワタシ以外だったらコトダマ空間でニューロン焼き切れたのにな。さてとマンキヘイ」

 

 フォーリナーXXXはマンキヘイに指示を出すと携帯端末を前にかざしながらスノーホワイトの元へ歩いていく。

 

「特等席でご主人様がやられるところを見せてやるよ」

「スノーホワイト逃げるぽん!」

 

 ファルは甲高い声で叫ぶ。スノーホワイトは声に応じようとせず、近づいてくるフォーリナーXXXを不屈の意志を漲らせながら睨みつける。

 スノーホワイトは膝立ちになり片手でルーラを突く。だがその突きはあまりに弱弱しくマンキヘイに簡単に叩き落とされ組み敷かれ手を拘束され、フォーリナーXXXはスノーホワイトの体に馬乗りになる。

 

「ネオサイタマ風に言えばインガオホーだ」

 

 左手でスノーホワイトの首を掴み逃れられないようにして、ファルが入っている携帯端末を持つ腕を上げると、タマゴを割るようにスノーホワイトの顔面に叩きつけた。顔面にめり込み肉が潰れ、骨が折れる瞬間がカメラに映し出される。

 

「やめてくれぽん!」

 

 ファルは泣き叫ぶように懇願するが、一向にやめなかった。携帯端末で殴る耳を塞ぎたくなる音が規則正しいリズムで響き続ける。自分の体がマスターを痛めつける道具にされる。屈辱の極みだ。もし肉体があれば涙を流していただろう。

 音が止まりフォーリナーXXXは立ち上がる。そこには変身が解けて気絶している姫川小雪の姿があった。

 

「これであの時は借りを返せたな。あとはどうするかな~モータルにファック&サヨナラでもさせるかな」

 

 小雪の首を持って吊るしあげながら、顎に手を当てて悩まし気に首を傾げる。マズい。誰か、誰か助けてくれ。

 するとフォーリナーXXXは突如首を勢い横に曲げる。すると前方にある『とまり木』のネオン看板が突如割れて火花を散らせながら明滅する。

 

「ドーモ、ドラゴンナイトです。スノーホワイト=サンはどこにやった!その女の子を離せ!」

 



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第十四話 重要な一日#8

◆ドラゴンナイト

 

 未だにダメージが体に残っている。一回打ち合っただけだが相手の強さは分かっている。今までで会ったニンジャの中では断トツだ。スノーホワイトやニンジャスレイヤーより強いかもしれない。戦ったら奇跡でも起きない限り勝ち目はないだろう。だが逃げるという選択肢をなかった。

 今捕まっている少女、誰かは知らないが確実に殺される。バーで起こった惨状を見れば何をするかは理解できる。

 コミックやカトゥーンのヒーローに憧れていた。だが現実は世の中を守るどころか尊敬するセンパイの仇すら取れない弱いガキだ。だがここで逃げてしまえば正義の心を失った負け犬になりさがる。

 フォーリナーXXXはドラゴンナイトに目線を向けた後小馬鹿にしたような目線を向けながら当たり前のことを言うように呟いた。

 

「ドーモ、ドラゴンナイト=サン、フォーリナーXXXです。いやどこって、これだけど」

 

 首を吊り上げている反対の手で制服の少女の姿を指さす。

 

「イデオット! スノーホワイト=サンとは姿も服も違うだろう! 嘘をつくな! スノーホワイト=サンをどこにやった!?」

 

 あからさまに嘘の答えにドラゴンナイトは相手への強さに対する恐怖も忘れて声を張り上げる。フォーリナーXXXはその言葉を聞いて一瞬殺気を放つが、すぐに無くなりバカを見るような憐れみの目線と笑みを浮かべながら話しかける。

 

「ところでお前はスノーホワイトの何なんだ?」

「それがどうした!関係ないだろう」

「いいから答えろよ。でないとこの女の首を折るぞ」

 

 フォーリナーXXXの手に力が籠り、それを見て慌てて答える。

 

「スノーホワイト=サンとは…仲間だ!」

「仲間ね。じゃあスノーホワイトについて何を知っている?」

「ニンジャで女子高校生だ」

 

 色々なパーソナルなことも語れるが話す義理はない、端的な情報だけを話す。その言葉を聞いたフォーリナーXXXは瞬間大声をあげて笑い始めた。

 

「キヒッヒッヒッヒ! ニンジャの女子高生! スノーホワイトはニンジャじゃない、魔法少女だ。こっちの世界で言うならニンポ少女みたいなもんだ。そしてこの世界の人間じゃなくてアタシと同じ別世界の人間だ」

 

 ドラゴンナイトの思考は一瞬停止する。ニンジャじゃない?別の世界から来た?何を言っている?コミックで別の世界の人間が来たという設定の話が有ったが、それはフィクションの話だ。現実ではあり得ない。これは頭がおかしい奴の戯言だ。そう結論付けようとするがある言葉を思い出す。

 かつてニンジャネコのマタタビはスノーホワイトをニンジャではないと言った。その時は冗談と一蹴した。だがニンジャネコ特有の感覚でスノーホワイトはニンジャでないと察知したのかもしれない。ドラゴンナイトの中でフォーリナーXXXの言葉に信憑性が増してきていた。

 

「本当にニンジャじゃないのか?」

 

 ドラゴンナイトは弱弱しく問いかける。その反応が面白いのかフォーリナーXXXはニヤリと嗤いながら答える。

 

「本当だ。アタシも魔法少女で、ほらこの状態が魔法少女の変身を解除した姿だ。スノーホワイトと同じで姿が全然違うだろ」

 

 フォーリナーXXXはそう言うと右半身が金髪碧眼と左半身が黒髪黒目の姿から黒髪黒目の姿に変わる。さらに何回も右半身金髪碧眼で左半身黒髪黒目の姿に交互に変身していく。

 

「別に魔法少女だって言えばいいのにな。もしかして全然信用されてなかったじゃねえの?」

 

 精神に信用されていないという言葉が心に突き刺さる。

 ドラゴンナイトはスノーホワイトと仲良くしたい、分かり合いたいと心を開き積極的にコミュニケーションをとってきたつもりだった。だが改めて振り返るとスノーホワイトは自身のことをあまり話してくれず、どこか壁を作っているようだった。

 

 それはニンジャじゃないからか?

 スノーホワイトは初めて出会った同じ価値観を持つニンジャだと思っていた。それは運命的であり強く印象に残っていた。スノーホワイトと知り合えたことも一緒に行動してくれたのもニンジャだったから、でなければ出会うことも一緒に行動することもなかった。

 

 もしニンジャでなければ同じ目線に立てず分かり合えない。

 ニンジャになってからモータルとの思考や価値観などの相違があることを感じ始めていた。

 サワムラがハラキリ自殺した件、センパイとは心が通じ合った先輩と後輩だと思っていた。もし通じ合っていたならセンパイの心中を察し、ハラキリ自殺を止められていたかもしれない。しかし、止められなかった。だがもしセンパイがニンジャだったら?

 サワムラのハラキリ自殺はドラゴンナイトの心に深い傷を残し、スノーホワイトを理解するためにはニンジャでなければならないと無意識に強く願っていた。

 ドラゴンナイトはそれほどまでにスノーホワイトがニンジャであることを重要視し、ニンジャでないということをひどく恐れていた。

 だが今スノーホワイトがニンジャでないという最悪な事態が疑惑から確信へと代わり始めていた。

 

「オイオイ、ニンジャないのがそんなにショックだったのか?まあ同類だと思っていた相手に裏切られたならしょうがないないよな」

 

 スノーホワイトがニンジャではないという事実にショックを受ける姿が余程面白いのか、フォーリナーXXXは煽るように語り掛けその様子を楽しんでいた。

 

「よし、カワイソウなお前にプレゼントだ。このスノーホワイトを好きにしていいぞ。サンドバックにしてもよし、ファックしてもよし、ヤクザに売って小金を稼いでもよし、魔法少女に変身しても当分傷は回復しないし、ニンジャだったらやりたい放題だ」

 

 フォーリナーXXXは掴んでいたスノーホワイトを地面に置いて手招きする。それに応じるように一歩ずつ近づき、地面に横たわるスノーホワイトを見下ろす。

 改めて見るとスノーホワイトとは顔も体つきも違う。ごく普通の少女だ。ぐったりと倒れ無防備な姿を晒している。制服やスカートが僅かに捲り上がり、腹部やふとももが見えている。それを見て心の奥底から悪いニンジャやモータルが悪事を働いている時に湧き上がるような黒い感情が溢れてくる。

 

 ニンジャじゃないから気持ちを理解してくれず連絡も入れず勝手に離れて、悲しくて塞ぎこんでいる時に励ましに来てくれなかった。

 ニンジャじゃないから気持ちを理解してくれず、センパイの仇をとるのを邪魔した。

 ニンジャじゃないから好き勝手していい。

 

 ドラゴンナイトの手がスノーホワイトの首筋に伸びる。あと数センチというところでふと手が止まる。

 

 必死に家の鍵を探すスノーホワイト。

 手を油で真っ黒にしながら自転車のチェーンを直すスノーホワイト。

 幼子の手をつなぎながらはぐれた母親を探すスノーホワイト。

 

 思い出すのはスノーホワイトと一緒に戦ったシーンではなく、ごく普通の日常のワンシーン、今の今まで忘れていたような面白みも無いシーンだった。

 マンガやカトゥーンのような正義の味方を目指したのは正義感もあるが、人に感謝されたい、褒められたいという気持ち。そしてマンガのように派手なバトルやアクションがしたいという気持ちがあった。

 だからヤクザやヨタモノなど荒事が起きそうな場所に積極的に向かって行き、探し物や迷子探しなどはあまり目を向けなかった。だがスノーホワイトはそのような誰にも顧みられず賞賛を得られないような人助けを積極的に行ってきた。

 

 スノーホワイトのことは好きだ。

 

 きっかけは容姿や同じニンジャであるということだったかもしれない、だが今ははっきりと違うと言える。好きになったのは無償の献身や欲のない正義感といった清く正しい心だ。ニンジャであろうがなかろうが関係ない。

 連絡も入れず勝手に離れたこと、アマクダリへの復讐を止めさせたこと、ニンジャではないことを隠したこと、正直に言えばわだかまりはある。

 だが何かしらの理由があったはずだ。スノーホワイトは自分の身を案じて行動してくれたに違いない。それなのに勝手にイラついて憎しみを抱いて何てバカでイデオットなんだ!

 ドラゴンナイトの奥底に渦巻いていた黒い感情が全て消失していた。

 

「やんねえのかよ」

 

 フォーリナーXXXは殺気を漲らせスノーホワイトを庇うように構えるドラゴンナイトを心底つまらなそうに見ながら呟いた。

 

「お前はバーの人達を殺し、スノーホワイト=サンを傷つけた! 殺す!」

「キヒッヒッヒッヒ。カッコイイ~」

 

 フォーリナーXXXは小馬鹿にするような口調で煽り手を叩き挑発し、スノーホワイトの襟を掴み放り投げた。容体を心配するが、運良く怪我をしないように落ちていった。ドラゴンナイトは集中力と殺意を高めていく。

 

「スノーホワイトをボコり、イキったガキを分からせる。アマクダリを潰す前夜祭の余興としては悪くない」

「アマクダリ?アマクダリに恨みがあるのか?」

 

 思わぬ言葉が飛び出し反射的に問う。アマクダリに全て奪われ自暴自棄になってバーの人間を殺害。行為は許されないがそれならば僅かに情状酌量がある。協力してアマクダリを潰した後罪を償ってもらえば、まだ許せる。

 

「まあ有ると言えば有る。でも人生を楽しむ為のクエストみたいなもんだ。お前は有るのか?」

「有る」

「それだったら部下として潰すのに手伝わせてもいい……ってスノーホワイトをボコるなりファックするなりしたら言ったけどな。つまんねえ奴には興味はない。サンズリバーでアタシがアマクダリを潰すのを願ってろ」

「こっちこそお断りだ!リュウジン・ジツ!イヤーッ!」

 

 ドラゴンナイトはリュウジン・ジツを使用し一気に間合いを詰める。その様子をフォーリナーXXXは一瞬眉を上げると腰を落とし迎撃態勢をとる。

 相手は遥かに格上、だが勝たなければならない。勝つには覚醒だ、コミックやカトゥーンのように覚醒して強大な敵を倒す。これしかない!悪を許さない心とスノーホワイトを守りたいという気持ち、そして命を捨てる覚悟があれば起こるはずだ!

 フォーリナーXXXは邪悪だ。遊び半分、遊び全部でモータルを虐げる。アマクダリと同じぐらい放っておいたらダメな存在だ。

 覚醒して倒す!可能性を信じろ!

 

(((命を犠牲にしようと思わないで、何かを成し遂げたい時は捨て鉢になるんじゃなくて、考えて考えて考え抜いて、それでもダメそうだったら一旦逃げるのも方法の1つだよ。最後に生きて達成出来たら勝ちだから)))

 

 脳内にスノーホワイトの言葉が過る。イデオットか!現実を直視しろ!やられた時に相手との実力差を理解しただろう。スノーホワイトにベイビー・サブミッションされたのに、スノーホワイトに勝った相手に勝てるわけないだろう。覚醒なんて都合の良い事が起きるわけがない。

 ドラゴンナイトは改めて成し遂げたいことを考える。

 正義の味方をすること、悪事を働くフォーリナーXXXを倒すこと、それもそうだが第一ではない。成し遂げたいこと、それはスノーホワイトを助けることだ。

 このまま逃げればフォーリナーXXXは憂さ晴らしでモータルを虐殺するかもしれない。だが挑めば殺されて、スノーホワイトも殺されて倒すものが居なくなる。そうなるぐらいならば体勢を立て直しスノーホワイトと2対1で挑む方がいい。

 ドラゴンナイトは脳内で表向きの理由を作る。だが本心はスノーホワイトを死なせたくないだけということも内心で理解していた。

 

 フォーリナーXXXの間合いにあと数メートルという瞬間、ドラゴンナイトは足の爪と尻尾を使い急停止し、即座に方向転換しスノーホワイトに向かって全速力で駆ける。

 直前までは攻撃する気であったが直前になっての停止と後方への移動、あらかじめ考えていた手で有れば反応できていたが、数コンマ0秒前まではドラゴンナイトの考えは攻撃の一手だった。

 だが直前なっての心変わり、それが最高のフェイントになった。相手は完全に虚を突かれ反応が遅れる。

 追撃がこない、まずはスノーホワイトを捕まえて、その後は全力で逃げる。脳内で逃走方法のシミュレートを始める。その時視界の端から側頭部に向かって何かが飛んでくる。ニンジャ第6感で察知し反射的に手で防御する。

 

「グワーッ!」

 

 突如横からとてつもない衝撃と痛みが駆け巡る。それはニンジャになってから受けた攻撃で断トツの一撃だった。もしリュウジン・ジツを使っていなければ爆発四散するほどの一撃だった。

 何が起こった?ハッソウトビの壁をぶち破りながら衝撃が来た方向に視線を向けると人型の何かが居た。その何かが攻撃をしたのだ。いつ現れた?全く気配がなかった。

 

「ズッチいな~。倒すと言っておきながら逃げるのかよ。残念だがアタシはお前にとっての強制イベント戦だ。逃げられない」

 

 フォーリナーXXXは人型の何かを引き連れながら悠々と破壊した壁から悠々と店内に入っていく。あの人型は仲間か、全く考慮していなかった。

 ドラゴンナイトは立ち上がろうとするが視界が歪み膝をつく。防御は成功したがそれでも脳を揺らすほどの強大な一撃だった。

 再び足に力を入れ立ち上がる。その時間は一秒程度だったがトドメを刺すには十分な時間だった。だがフォーリナーXXXはトドメを刺さず立ち上がるのを待った。

 

 いたぶるつもりか。

 いつもなら屈辱と怒りを覚えるところだが、驚くほど冷静だった。

 

「イヤーッ!」

 

 ドラゴンナイトはいつもより大きなシャウトをあげながら部屋の床や天井を蹴って飛び跳ね、自身の体を跳弾のように乱反射させる。さっきの一撃でどうやっても勝てる相手ではないということを再認識させられた。

 2人に向かわないようにしているが、跳躍に全神経と力を注ぎ自分自身さえどこに飛び跳ねているか分からないほどだ。とにかく攪乱して逃げる。

 数秒ほど飛び跳ねた後天井に足を着けて壊れた壁の穴に目線を向ける。この穴から脱出する、足にt力を込めた瞬間人型の何かと目が合う、その瞬間一気にこちらに跳んでくる。

 

「グワーッ!」

 

 腹部に衝撃が走るとともに天井をぶち破る。対空タックルの勢いで天井を破り宙にあがり、そのままお互い逆さまになりながら落下していく。

 このままでは頭から落ちる、危険だ。

 だが手を使って受け身を取ろうにも腕は人型の胴締めによって締め付けられている。拘束を解こうと暴れるが腕は数ミリ程度しか動かせない。リュウジン・ジツを使ってもなお膂力は相手の方が上だ。さらにフォーリナーXXXが跳躍してこちらにくると人型の足の裏に手をかける。

 落下の瞬間に下に押し込むつもりだ。落下エネルギーにニンジャの力を上乗せされればニンジャ耐久力でも耐えられない。

 

「グワーッ!」

 

 ドラゴンナイトの頭部は地面に突き刺さり蜘蛛の巣状の破壊跡を作る。人型の何かは拘束を解きフォーリナーXXXも足の裏から手を放し離れる。2人が離れてもドラゴンナイトの体は直立不動でピクリとも動かない。

 

「良いオブジェになったな。うん?」

 

 すると直立不動だったドラゴンナイトの体が揺れ始め、腕を地面につけると頭部を強引に引き抜いた。ドラゴンナイトは立ち上がろうとするが右にふらつき倒れこむ。もう1回立ち上がろうとするが今度は左にふらつき倒れこむ。そして3度目のチャレンジで何とか立ち上がる。

 膝は揺れ少し押されただけで倒れこみそうだった。その様子を見てフォーリナーXXXはゲラゲラと嗤い、人型すらも手を叩き笑っているようだった。

 ドラゴンナイトは地面に激突する瞬間、拘束されていない尻尾を使い辛うじて受け身を取り爆発四散から免れた。だがダメージは大きくほぼ戦闘不能状態と言っても差し支えなかった。

 

「スノー……ホワイト……=サン」

 

 ドラゴンナイトはうわ言のように呟きながらスノーホワイトの方に向かって行く。だが進路上にはフォーリナーXXX達がいる。人型はトドメを刺そうとチョップを作り腕を振り上げる。フォーリナーXXXは手で制した。

 

「ほらガンバレガンバレ!愛しのスノーホワイトまであと少しだぞ!根性見せろ!男だろ!キヒッヒッヒッヒ!」

 

 フォーリーナーXXX達は後ろからふらつきながら歩くドラゴンナイトを完全にバカにした声援を送る。途中で倒れ這うように移動し始めると周囲に響き渡るように声で大笑いした。

 もし正常の状態だったらあまりの屈辱と怒りで頭の血管が切れていただろう。だが混濁する意識のドラゴンナイトは屈辱も怒りも全く感じていなかった。頭にあるのはスノーホワイトと一緒にこの場を離脱することだった。

 スノーホワイトまであと10メートルというところでドラゴンナイトは立ち上がると反転しフォーリナーXXX達の方に体を向けた。

 

「イヤーッ!」

 

 スリケンを生成すると腹の底からシャウトしながら投げる。だがスリケンは2人の方には向かわず、全く明後日の方向に飛んでいき周囲の店舗のドアや破壊していく。フォーリナーXXXは外れたスリケンを見た後、人型に向けて肩を竦め嗤った。

 

「オゴーッ!イヤーッ!」

 

 脳に受けたダメージによる嘔吐をしながらスリケンを投げ続ける。だが狙いは一向に定まらず周囲の店舗を破壊し、何かを破壊したのが原因か店舗から黒い煙があがり燃え上がる。

 

「キヒッヒッヒッヒ!攻撃しているのに店を燃やすって!正義マンが店燃やしてるよ。アタシを笑い殺すつもりか!良い作戦だ。お前じゃどうやってもアタシには勝てないからな」

 

 フォーリナーXXXは腹を抱え嗤いながらドラゴンナイトに近づいていく。スリケンを投げ続けるがそれでも全く当たらず、ネオサイタマの消防法を無視し外に可燃性物質を置いていた店舗などが燃え上がり惨事になっていた。フォーリナーXXXはその様子を楽しみながら近づく。気が付けば素手の間合いまで近づいていた。

 それを見てドラゴンナイトは構えを取る。目には僅かに光が灯っている。

 

「グワーッ!」

 

 ドラゴンナイトがパンチを繰り出すが、それより速くフォーリナーXXXのカウンターパンチが顔面に決まる。鼻血を吹き出したたらを踏むがすぐに構えを取る。

 

「さあ、どれだけ持つかな」

 

 フォーリナーXXXは徹底的にドラゴンナイトを甚振った。

 ドラゴンナイトの骨をへし折るように打撃を繰り出す。拳を繰り出せば指に焦点を当てるように迎撃し指を1本ずつ折っていく。両指が全て折れると肘を蹴りで折り、肩を折り、鎖骨を折り、アバラを折り、膝を折り、足の指を折る。

 ドラゴンナイトの体は壊れた人形のように折れ曲がり、肌は極彩色に染め上がっていた。

 一方的な蹂躙、唯一の抵抗は抵抗の意志を見せ続けることだった。

 

「たまには弱い者イジメも良いと思ったけど、やっぱりヌルゲーはつまらん。まあ頑張ったから毒で苦しみながら死ぬのは勘弁してやる。我ながら慈悲深い」

 

 フォーリナーXXXは足を上げ、うつ伏せに倒れながら見上げるドラゴンナイトの頭部に狙いを定める。

 

―――WASSHOI!

 

 フォーリナーXXXは前方から飛来する何かに対して反射的に防御する。体はブレーキ痕を作りながら数メートル後退し、赤黒の何かはフォーリナーXXXとドラゴンナイトの間に立ちアイサツした。

 

「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」

 



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第十四話 重要な一日#9

数時間前

 

ニンジャスレイヤーのIRC通信機にメッセージが届いた。「悪いニンジャが暴れている。助けて欲しい」送信相手はスノーホワイトだ。ニンジャスレイヤーは即座に指定された場所に向かい、現場に辿り着いた際に状況判断を行いフォーリナーXXXにアンブッシュを仕掛けた。

 

ニンジャスレイヤーの姿を見てファルは安堵する。スノーホワイトがやられ、フォーリナーXXXを電脳空間に引きずり込む作戦の善後策として、ニンジャスレイヤーへ救援を要請していた。来る確証はなかったが来てくれた。そしてドラゴンナイトもニンジャスレイヤーの姿を見て安堵していた。

 

スノーホワイトが生き残るためにはどうすればいいか、ニューロンを酷使して考えた作戦はアマクダリを呼ぶ事だった。フォーリナーXXX、ドラゴンナイト、スノーホワイト、それぞれがアマクダリにマークされている。ならば騒ぎを起こせばアマクダリが駆け付けるかもしれない。

 

アマクダリがくれば場は混沌しその隙に逃げ切れる可能性が出るのではないか、それは生き残る可能性が1パーセントから2パーセントに上がる程度だ。だがその僅かな可能性に賭け周囲を破壊し店を燃やし騒ぎを大きくし、ドラゴンナイトにカラテサンドバックにされながらも薄れゆくニューロンは時間稼ぎをするために意識を繋ぎとめた。

 

予想とは違う結果だがニンジャスレイヤーが到着した。ドラゴンナイトの行為は無駄ではなかった。意識を失いかけながらニンジャスレイヤーの勝利を願う。ドラゴンナイトにとってニンジャスレイヤーはスノーホワイトと並ぶ強さのアイコンであった。

 

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、フォーリナーXXXです。噂は知ってるぞ、ネオサイタマの死神、ベインオブソウカイヤ」「私はオヌシのようなカブキめいた格好のサンシタは知らぬ、その分かりやすい切り取り線に沿って左右に真っ二つに割って殺してやろう」「キッヒヒヒ、切り取り線とはオモシロイこと言うな」

 

ニンジャスレイヤーは挑発的な言葉を投げかけ、フォーリナーXXXも軽口で応える。ニンジャスレイヤーは周りを改めて周りを見渡す。スノーホワイトは見当たらない、逃げたか死体ごと消されたか、かつて戦った相手には物体を抹消するジツを持つ相手も居た。そしてドラゴンナイト、ベイビーサブミッションで嬲られたのがダメージ具合で分かる。

 

ニンジャスレイヤーはさらなる憎悪を燃やしフォーリナーXXXにキリングオーラを向ける。「それで殺せるのか?その手負いの体で?」フォーリナーXXXはニヤけながら指さす。ニンジャスレイヤーのニンジャ装束には血が滲んでいた。スノーホワイトとの戦い、さらにメッセンジャーをスレイする際に油断ならぬアマクダリニンジャとの戦闘で傷を負っていた。

 

フォーリナーXXXはニンジャ魔法少女観察力で見抜いていた。「オヌシ程度のサンシタには十分すぎるハンデだ」「安心しろ、それを言い訳にできない程に分からせてやるから」フォーリナーXXXは剣を構え戦闘態勢をとり、マンキヘイも連動するように戦闘態勢を取る。両者のキリングオーラで空気が歪んでいた。

 

(((グググ、あのカラテデミ人形、マギカ・ニンジャのソウルか。中々のキンボシなり。常に数的優位を取ろうとカラテデミ人形を生成し戦った不合理極まりない惰弱なニンジャ))))))ニンジャスレイヤーの内に潜むナラク・ニンジャが語り掛ける。(((昔話は後だ。対策は?)))

 

(((本人よりあのカラテデミ人形のほうがカラテは強い。生成する暇があれば自身のカラテを鍛えればいいものを無駄の極み、ニンジャを殺せばカラテデミ人形も消滅する。あとホロビニンジャのグレーターのソウルも宿っておる。面妖なり)))ナラクは訝しむ。かつて戦ったラオモトは七つのソウルを宿しソウルを駆使した強敵だった。

 

だが使えるのは1つのソウルだった。だがフォーリナーXXXはマンキヘイを生成しながらホロビのドクも同時に使えることを見抜いていた。(((関係ないニンジャ殺すべし)))(((然り、サンシタのジツにサンシタのジツが加わってもカラテで殺せばよい。理屈は分からぬが剣にドクが付与されている。斬られるな)))

 

「イヤーッ!」先に動いたのはマンキヘイ、ランスを手に持ち弾丸めいた勢いで突きを放つ!ニンジャスレイヤーは即座にブリッジ回避、ランスが目の数インチ前を通過!すると目の前のランスが大剣に変化!「イヤーッ!」マンキヘイはマグロを切るイタマエめいて大剣を振り下ろす!

 

ニンジャスレイヤーはブリッジからワームムーブメントに即座に移行!スノーホワイトとの戦いで同じような攻撃を受けており、イマジナリーカラテで打開策を見出していた。無傷で回避!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」マンキヘイの大剣はハンマーに変わりニンジャスレイヤーをネギトロにせんと振り下ろす!

 

KRUSH!地面にはクレーターができ破片が宙に舞う!「アタシを忘れるなよ!イヤーッ!」フォーリナーXXXは進行方向に回り込み大剣をゴルフスイングめいて振り上げる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはワームムーブメントからそのままの姿勢で飛び上がる!回避と同時にフォーリナーXXXの頭上をとる!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは脊髄にチョップ!フォーリナーXXXは大剣を振りながら片手を離し防御する!ワザマエ!ニンジャスレイヤーは着地すると即座にスプリントで間合いを詰める。狙うは攻撃動作で無防備な背中だ!

 

「イ」フォーリナーXXXがニンジャスレイヤーの狙いを察知し振り上げのフォロースルーを利用して回転しながら片手で剣を振り下ろす!なんたるニンジャ魔法少女筋力!ニンジャスレイヤーはその一撃を躱す。これで素手のカラテの間合いに入り有利になる。だがニンジャ第六感が警鐘を鳴らす!

 

「ヤーッ!」フォーリナーXXXは振り下ろしながら離していた片手を柄に添え、同じ軌道で切り上げる!これはイアイドーのムーブの1つスワローリターンだ!ニンジャスレイヤーは懐に飛び込むのを止め即座に横に跳んだ!数コンマ前に居た場所に大剣が流星めいた勢いで通過する!

 

ニンジャスレイヤーは体勢を立て直しながらフォーリナーXXXを見つめる。ナラクはカラテ弱者と罵ったが確かなカラテの持ち主だ。明らかにサンシタではない。ニンジャスレイヤーは決断的にフォーリナーXXXにスプリントする。マンキヘイとフォーリナーXXXの波状攻撃を受けてはならない。

 

速攻でマンキヘイのエネルギー源のフォーリナーXXXを殺す。「イヤーッ!」フォーリナーXXXの袈裟切り!ニンジャスレイヤーはブレーサーで受け流す!「イヤーッ!」マンキヘイの大剣での横薙ぎ!ニンジャスレイヤーは開脚しながら身を沈め回避、そのまま足元にスリケン投擲!2人はジャンプで回避!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは開脚状態から腕の力で跳躍!大陸間弾道ミサイルめいた対空ドロップキックをフォーリナーXXXに放つ!フォーリナーXXXは大剣を盾にして防御!ニンジャスレイヤーは大剣を足場にして跳躍し距離をとり、着地と同時にスリケン投擲!2人は回り込むように回避し左右から襲い掛かる!

 

「イヤーッ!」フォーリナーXXXの突きを側転回避!「イヤーッ!」マンキヘイが鎌でニンジャスレイヤーが側転で地面についた腕を狙う!即座に側宙で回避!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは徐々に守勢に回らされる。

 

2人での攻撃は一見有利だが、お互いの意図を察せず呼吸が合わせず連携が乱れ隙を作ることがある。だがフォーリナーXXXとマンキヘイの2人はお互いの隙を埋めるように攻撃し、隙が全く無い。なんたる高性能UNIXめいた連携から織りなされるシンクロカラテか!2人のカラテは1+1は2でない、1+1は100だ!

 

2人のカラテはニンジャスレイヤーを徐々に削り取っていく。フォーリナーXXXの大剣は体を斬りつけ毒を付与していく。並のニンジャなら毒によって行動不能になっているが、ナラクの不浄の炎で毒を焼き切り、チャドーの呼吸でニンジャ新陳代謝を活性化させ解毒している。

 

だがそれらの行動は体力を確実に消耗させている。これではいずれ体力がなくなり致命的な一撃を受けるだろう。ジリープアー(徐々に不利か?)である!

 

マンキヘイがフォーリナーXXXに隠れるように後ろに下がる。常に左右に分かれて攻撃していた2人が初めてフォーメーションを変えた。ニンジャスレイヤーは警戒心を高めながら間合いを詰める。あと1歩で相手の間合いだ。ここから攻撃を捌き素手の間合いに入る。ここで決める!ニンジャアドレナリンが分泌され感覚が泥めいて鈍化する。

 

フォーリナーXXXが剣を振り上げると同時に体を捻った瞬間にマンキヘイのランスが飛び出てくる。フォーリナーXXXの体をブラインドにしたアンブッシュだ!ニンジャスレイヤーには突然ランスが出現したように見えていた。ゼツミョウ!もしフォーリナーXXXの回避がゼロコンマ数秒遅れれば腹に穴が開いて死んでいただろう!タツジン!

 

ニンジャスレイヤーは左半身の動作をとる。腹を多少抉られるもケバブめいた死体になるのを回避!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの背中が切り裂かれる!切り裂いたのはフォーリナーXXXの大剣だ!

 

フォーリナーXXXの体の捻り 、あれはマンキヘイのブラインドと同時に攻撃の予備動作でもあった!マンキヘイはカラテ強者なら左に逃げる攻撃で、フォーリナーXXXはその意図を察知し逃げ道を塞ぐように回転切りを放った!なんたる計算されたセットアップ攻撃か!

 

ニンジャスレイヤーはその場で崩れ落ちる。フォーリナーXXXとマンキヘイは決断的にトドメを刺そうとする。だが同時にニューロンに最大級の警鐘が鳴り響き後ろに大きく下がった。「グググ、カラテデミ人形と紛い物が調子に乗りおって。数の利で勝てると思ったか?儂が本当のカラテを見せてやろう」

 

ニンジャスレイヤーの双眸がジゴクめいて燃え上がり、ブレーサーから黒炎が吹き上がる。何だこのアトモスフィアは?マンキヘイ、そしてフォーリナーXXXの内なるソウルは名状しがたい恐怖を覚えていた。だが魔法少女の精神が踏みとどまらせる。

 

「イヤーッ!」「ンアーッ!」フォーリナーXXXはニンジャスレイヤーのパンチを受け吹き飛ぶ、ハヤイすぎる!先ほどまでの動きとはまるで別人だ!「碌に棒切れも振れんのか?」「ンアーッ!」ニンジャスレイヤーはフォーリナーXXXの顔面をアイアンクローで掴み地面に叩きつけ不浄の炎が顔を焼く!

 

「イヤーッ!」マンキヘイがニンジャスレイヤーに向かってハンマーで殴打する!ガードするが勢いを殺しきれずフォーリナーXXXへの拘束が緩む。その隙をついて拘束から脱出して攻撃を繰り出す!フォーリナーXXXは首へのボトルネックカット切り!ゼロコンマ数秒遅れてマンキヘイは鎌での下段攻撃!二点攻撃だ!

 

「サツバツ!」ニンジャスレイヤーはワンアクションで、左足で鎌を踏み抜き、右腕で大剣を跳ね上げる!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの不浄の炎を纏ったチョップがマンキヘイの首元にめり込む!「イヤーッ!」「ンアーッ!」後ろから襲い掛かるフォーリナーXXXをバックキックで迎撃!ワイヤーアクションめいて吹き飛ぶ!

 

ニンジャスレイヤーはカイシャクせんとフォーリナーXXXに向かって決断的にスプリントし跳び膝蹴りを放つ!フォーリナーXXXは咄嗟に剣を掲げて防御!巨大な衝撃音が響く!剣越しでも衝撃は伝わり、フォーリナーXXXの鼻から血が噴き出て剣の破片が足元に落ちる!

 

「バカナーッ! 絶対に壊れないはずなのに!」「そんな玩具など真のカラテの前では紙切れなり!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは構わず大剣を殴りつける!刀身に蜘蛛の巣状のひび割れが入りどんどん広がっていく!「イヤーッ!」マンキヘイが後ろから切りかかる!ニンジャスレイヤーは振り返りブレーサーで容易く防御!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」マンキヘイとフォーリナーXXXは同時に攻撃を仕掛ける。先程とは違い僅かな乱れも無いシンクロカラテだ!だが前後から仕掛けるが攻撃は全く当たらない!ゴウランガ!なんたるカラテだ!

 

フォーリナーXXXはマンキヘイに一瞬目配せする。マンキヘイは意図を察したのかニンジャスレイヤーからフォーリナーXXXを庇うように防御する、フォーリナーXXXはその間に魔法の袋に手を突っ込み上空に放り投げる。それは巨大なティーポットに口とオレンジの目がついたオバケめいた物体だった。

 

ニンジャスレイヤーは何かを投げたのは察したがスタングレネードや爆弾ではないとニンジャ第六感で判断し無視する。だがニューロンの意志を無視し視線が徐々に向かっていき固定される。ジツの類か?ニンジャスレイヤーは訝しむがニンジャへの憎悪を燃やし、視線を強制的に敵に向ける。だがそこにはフォーリナーXXXとマンキヘイの姿が忽然と消えていた!

 

「「イヤーッ!」」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは背後から同時に切り裂かれ血しぶきをあげながら膝から崩れ落ちる!フォーリナーXXXとマンキヘイは追撃せず慎重に様子見をする。あの恐るべきアトモスフィアが消えたのを確認し満面の笑みを見せた。

 

「キッヒヒヒ!どうだ!これがマジックアイテムのリトオの効果とアタシの魔法だ!」フォーリナーXXXは劣勢からの逆転劇に酔いしれるようにバリキ中毒者めいて叫ぶ。もしこの場に魔法のゴーグルで全ての魔法を把握できる7753が居れば何が起こったか理解できただろう!

 

リトオも異世界から調達してきたアイテムで見た者の意識を強制的に向けるものだ。普通なら効果の前に凝視せざるを得ないだろう。だがニンジャスレイヤーは怒りによって意識を瞬時にフォーリナーXXXに向けた。その意識が向けられた僅かな時間で魔法を使った。

 

自身とマンキヘイに魔法を使い異世界に飛び、飛んだ世界から魔法を使って座標をニンジャスレイヤーの後ろに指定して戻ってきた。マバタキジツと呼ばれる短距離テレポートを行うジツがあるが、フォーリナーXXXは魔法でジツを再現したのだ!

 

かつてマスケット銃が発明されるとその威力に注目したニンジャがピストルカラテを編み出した。今ではサイバネで己のジツを強化したりなどその時代の最新鋭のテックを躊躇なく使用し強さを求めた。そしてフォーリナーXXXも己の魔法で発見した異世界のテックを使い、魔法を使用した。

 

ジツ、魔法、カラテ、テック。この4つの要素を最大限に駆使し、あのニンジャスレイヤーを倒してしまった!恐るべきニンジャ魔法少女!嗚呼ブッダよ!アナタは何という生物を生み出してしまったのか!

 

「何が真のカラテだ!非魔法少女のカス!アタシのカラテと魔法とジツと異世界のアイテムがあればこんなもんだ!それにまだまだ奥の手はいっぱい有ったんだからなバ~カ!」フォーリナーXXXはニンジャスレイヤーに罵倒の言葉を投げつけながら頭を踏みにじり、唾を吐きかける。そしてカイシャクをせんと片足を振り上げる。だがゆっくりと下ろした。

 

殺すのは順番通りだ。フォーリナーXXXはドラゴンナイトの元へ歩き始める。だが突然足を止め振り向く、その視線の先にはスノーホワイトが居た。

 

◇スノーホワイト

 

「もう二度と……そうちゃんを……死なせない……」

 

 スノーホワイトはうわ言のように呟きながらルーラを杖代わりにしながら歩いていく。足取りは恐ろしく遅く、その姿は目を背けたくなるほど傷ついており、魔法少女特有の端正な顔立ちは見るも無残になっていた。

 体中は痛く所かまわず叫びたい。意識を失ってこの苦しみから解放されたい。そう思いながらも一歩ずつフォーリナーXXXに向かって行く。

 N市で行われた魔法少女選抜試験でスノーホワイトは何も選択しなかった。そして多くの人が死んだ。その中にはラ・ピュセルが、岸辺颯太が居た。

 選択してもしなくても結果は変らなかったかもしれない。それでも二度と選択しないという選択を選ばないと誓った。痛みで意識を手放して選択しないという選択肢はあり得ない。

 そして正しい魔法少女であるために、二度と大切なものが零れ落ちないように強くなった。ラ・ピュセルならこんな状態でも立ち向かうだろう。だから立ち向かう。岸辺颯太が望んだ魔法少女であり続ける。なにより岸辺颯太が死ぬのを二度も見たくない。

 

「へえ~。スノーホワイトは無感情でロボットみたいだって聞いたけど、そんな顔をするんだ」

 

 フォーリナーXXXは興味深そうにスノーホワイトを見つめる。実際言う通り今のスノーホワイトはいつもの鉄仮面は見る影もなく感情をむき出しにしていた。

 

「ニンジャ……殺すべし……ニンジャ……殺すべし……」

 

 うわ言のような声が聞こえたので視線を向けると赤黒の忍び装束の男がユラユラと立ち上がる。あれはニンジャスレイヤーか?何故ニンジャスレイヤーが居る?一瞬疑問が脳内に浮かぶがすぐに消した。

 ニンジャスレイヤーはフォーリナーXXXを倒そうとしている。何とか協力してそうちゃんを奪還する。スノーホワイトは必死に可能性を見出そうと思考を続ける。

 

「キッヒヒヒ!2人ともガンバルな!そのガンバリに免じてチャンスをやる。いや~何て慈悲深いんだろう」

 

 フォーリナーXXXはドラゴンナイトの首根っこを掴むと魔法の袋に入れた。

 

「もっとドラマチックに殺してやる。このガキを賭けてもう一度戦ってやる。今度は2人まとめて相手だ。それにメインディッシュが来たしな」

 

 フォーリナーXXXは夜空を見上げる。空に浮かぶ何かが地面を光で照らしバタバタと音がうるさい。

 

「さてマンキヘイ!アマクダリ狩りだ!」

 

 フォーリナーXXXはそう叫ぶとこちらには見向きもせず、音がする方向に向かって行った。

 

「とりあえず助かったぽん!早くこの場から離れるぽん!」

 

 数メートルから甲高い声が聞こえてくる。ファルの声だ。正直耳障りだがその不快感が意識を手放そうとする体を起こしてくれる。スノーホワイトはゆっくりと歩きファルを回収するとニンジャスレイヤーの方に向かって行く。

 

「なにしてるぽん!放っておいてさっさと逃げるぽん!」

「怪我人を放っておくわけにはいかない……」

 

 自分と同じぐらいに重傷だ。魔法少女は暫くすれば回復するがニンジャはそこまではない。治療しないと死んでしまう。

 

「スノーホワイト=サン……この番号に連絡しろ……助けが来る……」

 

 ニンジャスレイヤーはボソボソと喋りながら通信端子を渡し意識を失った。スノーホワイトは通信端子を地面に置くとニンジャスレイヤーの襟を持ち、力を振り絞り引きずるようにして魔法の袋に収納した。

 

「あ~あ!全く魔法少女の鑑だぽん!そしたら魔法少女の変身を解くぽん。そっちのほうがアマクダリに見つからないぽん。意識失っていたら全力で起こすから何とか起きるぽん。あとその助けというのはこっちで呼んでおくぽん」

 

 ファルはこっちの意図を読みアドバイスを送る。こういう時にマスコットが居ると助かる。小声で感謝の言葉を言いながら、魔法少女の変身を解除する。

 そして意識を覚醒させ立ち上がる。倦怠感でこのまま寝転びたいが体に喝を入れながら魔法の袋を持ちゆっくりと歩き始めた。

 

◆フォーリナーXXX

 

「予想以上だな。アマクダリ」

 

 フォーリナーXXXはベッドに寝っ転がりオスモウチョコを食べながら呟く。部屋の隅では家主がガタガタと震えている。ホテル代わりに入った家の住人で休みたいから部屋を貸してくれと頼んだ。別に殺してもよかったが今日は生かしてもいいかなという気分だったので生かしている。

 そしてアマクダリとの戦闘について振り返る。クローンヤクザや鬼瓦ツエッペリンや数々のニンジャ、物量での攻めはそれなりに厄介だった。さらにアクシズと呼ばれるニンジャは結構強かった。

 アクシズと呼ばれたニンジャを数人殺すとアマクダリは撤退した。初戦はこんなもんだろうとフォーリナーXXXも撤退した。アクシズと呼ばれる人間の場所は把握している。襲撃するのは後日でもいい。楽しみは取っておくべきだ。

 フォーリナーXXXはアマクダリ打倒の計画を考えるが一旦中止する。アマクダリ打倒はやり残しを片付けてからだ。

 スノーホワイトとニンジャスレイヤー。あの2人がゾンビのように立ち上がり軽口を叩いて見逃したが、無意識にその気迫に気圧されてしまった。それはフォーリナーXXXにとって屈辱だった。

 特にニンジャスレイヤー、あの覚醒と言えるような豹変状態にはかなり追い詰められ、恐怖を覚えていた。

 この屈辱を晴らすには完膚なきに叩きのめし殺すしかない。ニンジャスレイヤーもスノーホワイトも2対1で戦って負ければぐうの音も出ないだろう。

 スノーホワイトもあのガキのニンジャを助けられず、絶望を抱きながら死ぬ瞬間を写真にとれば中々のレアな一品になるかもしれない。今までレアな物を探して取ってきたが、これからは自分でレアな品を作るのも悪くはない。

 フォーリナーXXXはいつどこで2人と戦うのがドラマチックで盛り上がるかを考える。負けることは全く考えていない。ニンジャスレイヤーに言った奥の手が複数有ると言ったのは出まかせではない。

 

「とりあえず景品が死なないとようにしないとな、でないとスノーホワイトのやる気がなくなる」

 

 フォーリナーXXXは魔法の袋に手を入れてドラゴンナイトを取り出し、それから再び手を入れて薬品を取り出すと咽るのを無視しながら強引に口にねじ込んだ。

 

◆◆◆

 

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、スノーホワイト=サン、フォーリナーXXXです」

奇妙な光景だった。鳥のような物体の目からホロ映像が浮かびあがる。鳥は機械ではなく生物だ。そして映像にはフォーリナーXXXが映っていた。ニンジャスレイヤーはキリングオーラを出し、スノーホワイトも呼応するように怒りを滲ませる。

 

画面越しの2人の様子を無意識に煽るように軽い口調で喋る。「明後日の午前2時、場所はジングウスタジアム。あのサワヤカプリンスが死んだ原因になった試合をした場所だよ。そこでこのガキを賭けて勝負だ。来なきゃこいつを殺す」ホロ映像は椅子に拘束されたドラゴンナイトの姿が映る。顔は腫れており痛々しい。

 

「来ちゃだめだスノーホワイト=サン! こいつには勝てない!」「だってよ!ナイス人質ムーブ!だけど誰が勝手に喋っていいって許可した! イヤーッ!」「グワーッ!」フォーリナーXXXはドラゴンナイトにジャブパンチを打つ。スノーホワイトは目を見開いて思わず立ち上がる。

 

「悪い魔法少女を放って逃げるなんてしないよな魔法少女狩り、そしてネオサイタマの死神、お前も来なかったらこのガキを殺して、無差別に暴れてモータル達を殺しまくってやる。絶対来い…」

 

映像が終わる前にニンジャスレイヤーが放ったスリケンとスノーホワイトのルーラが同時に刺さり鳥型の生物は爆発四散した。その部屋に恐ろしいほどキリングオーラが充満していた。

 

重要な一日 終

 

最終話 ニンジャスレイヤー・アンド・マジカルガールハンター・バーサス・ニンジャマジカルガールに続く

 



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最終話 ニンジャスレイヤー・アンド・マジカルガールハンター・バーサス・ニンジャマジカルガール #1

(((キッヒヒヒ!どうだ!これがマジックアイテムのリトオの効果とアタシの魔法だ!)))ニューロン内でフォーリナーXXXがバリキ中毒者めいてハイテンションで叫ぶ耳障りな声がリフレインする。ニンジャスレイヤーのニューロンに憎しみの炎が灯る。

 

(((何が真のカラテだ!非魔法少女のカス!アタシのカラテと魔法とジツと異世界のアイテムがあればこんなもんだ!それにまだまだ奥の手はいっぱい有ったんだからなバ~カ!)))フォーリナーXXXが見下ろし足蹴にする。憎しみの炎に燃料が加わり激しく燃え上がる。

 

「ニンジャ殺すべし!」ニンジャスレイヤーは勢いよく起き上がる。周りを見ると「スゴイモルヒネ」「ハイパーメチロン」とラベリングされた薬品や医療器具が乱雑に置かれている。ここは病院か?ニンジャスレイヤーは過去の記憶を整理する。スノーホワイトの救援に向かって、フォーリナーXXXと戦って敗れた。

 

ニンジャスレイヤーのニューロンは敗北の瞬間の映像を再生し、屈辱と怒りでキリングオーラを漲らせる。「気が付いて……アイエエエ!ニンジャナンデ!?」部屋に入ってきた医者はニンジャスレイヤーのキリングオーラを受けてNRSを発症し、その場に倒れこみ失禁する。

 

「起き抜けに悪いけど、少し落ち着いてもらえるかしら」医者の後に続いて金髪のコーカソイド女性がエントリーする。その胸は豊満だった。「ドーモ、ナンシー=サン」ニンジャスレイヤーはキリングオーラを収めアイサツをする。「何故オヌシがここに?」「アナタの通信機からメッセージが届いて、駆け付けて病院に運んだ。覚えている?」

 

ニンジャスレイヤーはニューロンからボンヤリとした記憶を引き出す。確かナンシーに救援を依頼した。「貸しを作ってしまったな。感謝する」「この貸しはいずれ返してもらうとして、礼はこの子にも言っといたほうがいいわ」ナンシーはニンジャスレイヤーの隣を指さす。そこにはティーンエイジの少女がベッドから体を起こし見つめていた。

 

「この子がアナタの通信機を借りて、私に救援メッセージを送って重傷のアナタを運んでくれたようね」少女は頭を軽く下げる。「オヌシは誰だ?」ニンジャスレイヤーは訝しむ。隣に居る少女とは全く面識が無かった。「どーも、ニンジャスレイヤーさん。スノーホワイトです」スノーホワイトと名乗る少女はアイサツをする。

 

「ジョークか?オヌシとスノーホワイト=サンとは容姿が全く違う」ニンジャスレイヤーの記憶ではスノーホワイトの髪はピンク色で容姿もハリウッド女優めいて整っていた。だがこの少女は黒髪で容姿もまるで違う。ニンジャスレイヤーの問いにスノーホワイトは予想していたのか、平静な態度で喋る。

 

「そのことについても説明したいのですが、聞いていただけますか?」「よかろう」「じゃあ食事でも取りながらブリーフィングでもしましょう。私もアナタについて色々と訊きたいし」ナンシーは明るい口調でビニール袋からスシパックを取り出した。

 

 

「「いただきます」」タタミ部屋の中チャブ台を挟んでニンジャスレイヤーとナンシーが手を合わせスシを食べ始める。スノーホワイトも2人に倣うように手を合わせスシを食べる。一口食べると旨味と栄養が体中に染みわたる。どうやらよほど体は栄養を失っていたようだ。スノーホワイトは黙々とスシを食べる。

 

スノーホワイトは気が付けば2個ほど食べており、3個目を口に入れた時に目的を思い出すと寿司を急いで食べて、2人に視線を送り喋り始める。「ニンジャスレイヤーさんが知っているスノーホワイトはこの姿ですよね」スノーホワイトは人間の姿から魔法少女に変身する。

 

血痕で汚れたコスチュームは治っている。ダメージも自己再生能力で完治はしていないがある程度治っていた。「ワオ。凄いわね」ナンシーは思わず感嘆の声をあげる。スノーホワイトが喋ってから瞬きすらしていない、それでも姿が変わった瞬間を目視できなかった。「これもニンジャの力なのニンジャスレイヤー=サン?」ナンシーは質問する。

 

「これは……ジツではない。オヌシはニンジャではない、そしてフォーリナーXXXと何かしらの同じ存在、マホウショウジョか?」ニンジャスレイヤーは数秒の沈黙思考の後言い放つ。ナンシーは首を傾げ、スノーホワイトの眉根を寄せる。「私とフォーリナーXXXが魔法少女であるという根拠は?」スノーホワイトは表情を戻し問う。

 

「まずマタタビ=サンの件で出会った時から違和感があった」スノーホワイトはアイサツした。アイサツはニンジャの礼儀だ。だがニンジャソウルがなかった。正確に言えばニンジャソウルと似た何かが宿っている。その奇妙な感覚に違和感を覚えながらも疑問を胸にしまい込んでいた。

 

その後何回か出会い時には共闘し、時には戦った。その戦闘力はニンジャそのものだった。だがニンジャソウルに似た何かは感じられたが、ニンジャソウルは一向に感じられなかった。ニンジャの力を持つニンジャと似て非なる者、それがスノーホワイトへの認識だった。

 

「そしてフォーリナーXXXとオヌシから同じ何かを感じた」フォーリナーXXXと対峙した時、ニンジャソウルとそしてスノーホワイトから感じた違和感も有った。そして非魔法少女のカスという言葉、ニンジャソウルが憑依した者がモータルを非ニンジャのクズと罵倒するがそれと同じニュアンスを感じた。

 

「フォーリナーXXXはマホウショウジョである可能性がある」ナンシーは首を傾げ、スノーホワイトをじっと見つめる。「そうです。私とフォーリナーXXXは魔法少女です」ゴウランガ!何たる暗黒私立探偵としての活動で培った推理力か!ニンジャスレイヤーは数々の違和感と観察力と経験則でそれらの情報を掛け合わせ、正解を導き出した。

 

「それでマホウショウジョとは何だ?」「簡単に言えば魔法少女はこの世界とは別の世界における。超常的な存在です」「オヌシ、クスリでもやっているのか?」「自我科に行ったほうがいいわよ」ニンジャスレイヤーは真面目に答えないことへの怒り、ナンシーは妄言を言うスノーホワイトへ憐みの感情を向ける。

 

「信じられないのは当然です。順々に説明していきます」スノーホワイトは能面めいた表情で話し始める。「魔法少女は人間が特殊な力で変身した姿です。ですのでニンジャと違って人間の時はとても無力です」スノーホワイトは変身を解き人間状態に戻る。「ニンジャスレイヤーさん、手加減して寸止めで攻撃してくれますか?」

 

ニンジャスレイヤーは返答代わりにジャブパンチを打つ。拳は鼻先数インチ手前で止まり、拳圧で髪が靡く。「このように人間状態では手加減されてもニンジャの攻撃には全く反応できません」「そのようだな」相手が反応できないか反応しないかの違いは分かる。今の反応は明らかに後者だった。

 

「今ぐらいの攻撃をもう一度お願いします」スノーホワイトは魔法少女に変身して頼む。ニンジャスレイヤーは同じようにジャブパンチを打つ。拳は鼻先数インチ手前に止まる前にスノーホワイトに掴まれた。「ですが魔法少女なら手加減したニンジャの攻撃なら止められます」「そのようだな」スノーホワイトはニンジャスレイヤーの手を離す。

 

「なるほど、人間とそのマホウショウジョでは能力が全く違う」ナンシーは興味深そうな視線を向けながら事実確認を行う。「はい、そして魔法少女はニンジャのジツのような特殊能力である魔法を使え、私は『困った声が聞こえるよ』という魔法が使えます。例えばナンシーさんの銀行口座番号は…29867943ですね」ナンシーは驚きの表情を見せる。

 

ナンシーの隠し口座は一部のヤバイ級ハッカーでは無い限り、プロテクトを解除して調べることは不可能である。「銀行口座番号という言葉の後に『番号が29867943と知られたら困る』という声が聞こえたので分かりました」「でもそれだけじゃアナタがその魔法が使えるとも限らない。ハッキングで調べておいて、今魔法で知ったふうに言う。マジックである手口」ナンシーは動揺した表情から軽く笑みを見せて挑発的に言う。

 

「その可能性もあります。ナンシーさんが知られて困ることはを耳打ちで言っていいですか?」「モチロン」スノーホワイトはナンシーに近づき耳打ちする。ナンシーの表情は次第に驚きで目を見開いていく。「ギブアップ。今度取材に同行してくれない?アナタがいれば取材のインタビューが捗りそう」ナンシーは両手を上げおどけるように言う。

 

「でも今のは一種の読心術を使えると証明したにすぎない」ナンシーは笑みを浮かべていたがシリアスな表情に戻る。「その読心術もジツの一種かもしれないし、マホウショウジョと一般人の違いもニンジャスレイヤー=サンが知らないだけでニンジャの特性の1つかもしれない。ニンジャスレイヤー=サンはニンジャの全てを知っているわけではない」

 

ナンシーは疑いの目を向ける。「マホウショジョがニンジャではないということを完全に証明できなければ、それが別の世界のものと証明できない。違う?」ナンシーの問いにスノーホワイトは沈黙思考をする。確かにそうだ、これで証明できたと思ったがまだ説明が足りない。

 

「続きはファルが説明するぽん」ニンジャスレイヤーとナンシーはスノーホワイトの懐に視線を向ける。スノーホワイトは懐に入っていた携帯端末をチャブ台に置く、するとファルの立体映像が浮かび上がる。「どーもだぽん。ニンジャスレイヤーにナンシー、ファルだぽん」ファルの映像は体を上下に動かしてアイサツする。

 

「なんだこれは?」「モーターチイサイのシリーズ?」「オムラのポンコツとはスペックが違うぽん。ファルのほうが圧倒的に優れているぽん」ファルの映像は黄金の鱗粉をバラまき怒りを表現する。「ハッキングだってできるぽん。ヤバイ級のハッカーだぽん」「ファル…FAL、思い出した。オカチモチストリートの監視カメラ」ナンシーは手を叩く。

 

ナンシーは依然侵入の痕跡を消すために、オカチモチストリート一帯の監視カメラの映像から自身の姿を消そうとハッキングしたことがあった。その際に先に先に侵入されプロテクトが解除され作業が楽だった記憶が有った。かなりのワザマエで侵入ログからFALという名前だけ知ることができた。

 

「コトダマ空間って分かるぽん?それを通して他のハッカーと違って、無線でハッキングができるぽん」「コトダマ空間が見えるの?」ナンシーは思わず身を乗り出す。「そうだぽん。それまでは技術の違いで無線接続できなくて、有線もLAN端子の規格が違い接続できなかったぽん。でも急に大きい老婆が現れてコトダマ空間が見えるようになったぽん」

 

ナンシーとニンジャスレイヤーはファルを見つめる。その巨大な老婆はバーバヤガ、2人ともコトダマ空間で出会ったことがある。それはコトダマ空間に入ったことがある何よりの証拠だ。「この世界のAIでコタダマ空間が見えるぽん?ファルのスペックやAIはこの世界のオーパーツだぽん。でもスノーホワイトが居た世界ではファルレベルが普通だぽん」

 

ファルは魔法の国で作られたものであり、元のキークによって改造を繰り返し従来の電子妖精よりスペックは高い、だがそれらを説明すると面倒になるのでハッタリを利かせる為に黙っておいた。スノーホワイトは2人のアトモスフィアの変化を感じ取った。徐々に異世界を信じ始めている。

 

「まだ信じていないぽん?じゃあこれを見るぽん」ファルは映像を映し出す。それはスノーホワイトが居た世界のニュースや歴史の資料などのデータ、そしてこっそり収集した魔法少女のデータと映像だ。2人はそれらを食い入るように見つめる。映像は1時間程で一旦止まる。2人はシリアスな表情で沈黙思考をする。

 

ファルが見せてくれた資料や映像、フェイクニュースにしてはあまりにも出来すぎて辻褄が合っている。暗黒非合法探偵とジャーナリストとしての活動で培った勘がフェイクではないと判断した。「UMAを追っていたりしたけど、まさか別の世界が有るだなんて、ミステリーというより最早ファンタジーね」「うむ」

 

ナンシーは重々しく喋り、ニンジャスレイヤーも重々しく頷く。2人はモータルがニンジャの存在を知ったような強い衝撃を受けていた。今まで培った価値観を破壊される。それは理性的な人間であるほど受け入れるのに時間がかかるものである。2人はそのショックから抜け切れていなかった。

 

◇スノーホワイト

 

「どうぞ」

「ドーモ」

「ありがとう」

 

 スノーホワイトはニンジャスレイヤーとナンシーにザゼンドリンクを手渡す。本題に入ろうとしたが、2人が異世界の存在を知ったショックが治まり切っていないようなので、一旦中座し精神を落ち着かせるザゼンドリンクを買ってきた。

 魔法少女が実在すると知った時はショックでは無かった。元々夢見がちで魔法少女は居ないと建前では思っていながらも心の奥底では信じており、プロフィールで妄想癖があると書かれるような少女だった。

 だが2人は夢見がちな若者ではなく立派な大人だ。ニンジャスレイヤーはマジメそう、悪く言えば堅物で、ナンシーはジャーナリストを名乗り話しただけで聡明であることは分かる。そういった人間がファンタジーを受け入れるのは普通より難しいだろう。

 

「では、話を続けてもよろしいですか?」

「う…うむ」

 

 ニンジャスレイヤーが歯切れの悪い返事をする。まだショックが抜けきっていないようだ。

 

「私は魔法少女として独自に悪い魔法少女を捕まえたりしていました。そしてフォーリナーXXXの魔法は異世界に行くもので、その魔法を使い他の異世界で悪い事をしているということを知りました。フォーリナーXXXを捕まえようとして争いになり魔法が暴発した結果、私とフォーリナーXXXはネオサイタマに来てしまいました」

 

 スノーホワイトは話を区切るようにザゼンドリンクを一口飲み、一息ついて話を続ける。

 

「そしてフォーリナーXXXはネオサイタマでも悪い事をしていました。それが許せず実力行使で阻止しようとしましたが、負けました。そして私の友達を拉致しました」

「友達とはドラゴンナイト=サンのことか?」

「はい、私の大切な友達です」

 

 スノーホワイトは俯き唇を噛みしめる。ドラゴンナイトはアマクダリに殺されそうになっていた。それを察知し必死に逃す為に奔走し、やっとアマクダリの魔の手から逃せそうになったところにフォーリナーXXXと出会ってしまった。

 よりによって何故あそこに居た?それより困った声を無視していればフォーリナーXXXに出会わなかった。体中に後悔の念が渦巻くが即座にそれらを打ち払い顔を上げる。

 

「フォーリナーXXXはこれからもネオサイタマの人々を好き勝手に虐げるでしょう。別の世界の人間が、魔法少女が悪い事をするのは許せません。何よりドラゴンナイトさんを助けたいです。ですが私では決して勝てない。だからニンジャスレイヤーさん、私と一緒にフォーリナーXXXを倒すのを手伝ってください」

 

 スノーホワイトは床に正座すると土下座をして額を畳に擦りつける。ネオサイタマにおいて土下座は最大級の謝罪や懇願の態度であり、最も屈辱的なものとされている。それを知っての上での土下座だった。

 

 魔法少女についてや自分の世界について説明したのは素性を晒したのは誠意を見せるためであり、全ては共闘を申し込む為だった。

 魔法少女について喋ってもこの世界では特に罰則はないのはコバヤシ・チャコの件で実証済みだ。仮に罰則が無くとも魔法の国にバレないように隠蔽してニンジャスレイヤーに話していただろう。

 スノーホワイトは自分の信念を貫き理想を実現する為に慣習やルールを無視する。そして悪い魔法少女を倒すために、ドラゴンナイトを救う為にネオサイタマのドゲザの意味も理解しながらプライドをかなぐり捨てて躊躇なく利用する。それが魔法少女スノーホワイトである。

 

「スノーホワイト=サンとファル=サンに1つ聞きたい。フォーリナーXXXはマホウショウジョだがニンジャソウルが宿っていた。それがどういう事か分かるか?」

「分かるぽん。魔法少女の変身が解けて死にかかっている時にニンジャになったらしいぽん。その後魔法少女になったらニンジャと混じった状態、あいつはニンジャ魔法少女と名付けているぽん」

「そうか。スノーホワイト=サン、ヨロシクオネガイシマス」

 

 下げた視線にニンジャスレイヤーが90°で頭を下げる姿が映る。

 ニンジャスレイヤーは病的に悪しきニンジャに憎悪を燃やし殺していく。フォーリナーXXXがニンジャであるスノーホワイトが共闘を頼もうが戦いを挑むのは決定事項であり、付いていこうか来ないが関係なく、礼を言う筋合いはないはずだ。だが土下座に対して最大限の返礼をしてくれた。礼儀正しく奥ゆかしい人だ。

 

「ちょっと待つぽん。ニンジャスレイヤーはフォーリナーXXXを殺すぽん?」

「そうだファル=サン」

「やめろぽん。フォーリナーXXXを殺したらスノーホワイトが元の世界に帰れないぽん」

「そうか、だがニンジャは殺す」

「話聞いているぽん?スノーホワイトが帰れなくなるぽん! 年頃の女の子が家族と一生会えなくていいぽん?アンタは鬼かぽん!?悪魔かぽん!?」

「ぬぅ……」

「ファル」

 

 スノーホワイトはファルを嗜める。ニンジャスレイヤーは態度でも声でも困っている様子を見せており助け船を出した。

 

「フォーリナーXXXは2対1でも手加減できる相手じゃない。ニンジャスレイヤーさんが殺してしまっても仕方がない」

「仕方がないって、それでいいぽん!?両親や友達やリップルともう二度と会えなくなるぽん!」

「覚悟は出来ているから」

 

 スノーホワイトの実力、ニンジャスレイヤーの実力、そしてフォーリナーXXXとの実力を冷静に分析した結果を口に出す。手心を加えた結果2人とも殺されるのが最悪の事態である。悪い魔法少女を止める、それが第一目標だ。それにこれはニンジャスレイヤーの戦いでもある。口を出す権利はない。

 

「あ~あ分かったぽん!じゃあ殺さないようにするためにブリーフィングだぽん!ニンジャスレイヤーもフォーリナーXXXについての情報を洗いざらい吐くぽん!」

 

 ファルの立体映像は飛び跳ねながらは黄金の鱗粉をバラまき声を荒げる。そこからフォーリナーXXXとの戦いに向けてブリーフィングが始まった。

 

◆◆◆

 

スゥーッ、ハァーッ、スゥーッ、ハァーッ。部屋に規則正しい呼吸音が響く。ニンジャスレイヤーがタタミに正座で座り目を瞑りながら深呼吸を繰り返す。これはチャドーの呼吸、太古の暗殺術チャドーの技術の1つで、独特の呼吸法で精神をヘイキンテキにし、ニンジャ新陳代謝を活性化させ回復力を高める。

 

ニンジャスレイヤーは対フォーリナーXXXのブリーフィングが終わった後、隠れ家の1つに戻りチャドーの呼吸を繰り返し傷の回復に努めた。まだ戦える状態ではない、早く回復させなければ。ニンジャスレイヤーは逸る気持ちを抑える。昨日ブリーフィングが終了直後にニンジャスレイヤーとスノーホワイトにフォーリナーXXXのメッセージが届けられた。

 

明日のウシミツアワー、ジングウスタジアムでドラゴンナイトを賭けて戦うという内容だった。決闘か罠か、どちらかは分からないが関係ない。ただ殺すのみだ。チャドーの呼吸をしながらイマジナリーカラテでフォーリナーXXXと戦い、殺意を研ぎ澄ましていく。

 

「失礼します」部屋にスノーホワイトがエントリーしてくる。指定された日時迄ニンジャスレイヤーの隠れ家に居ることになった。彼女もアマクダリにマークされているようで、捕捉されていない隠れ家はセーフティーゾーンともいえる。スノーホワイトはニンジャスレイヤーからタタミ3枚分スペースを開けて正座し同じように目をつむる。

 

スノーホワイトはフォーリナーXXXのメッセージを聞いた直後からヘイキンテキではないのを自覚していた。ドラゴンナイトは無事だろうか?フォーリナーXXXにインタビューされていないだろうか?フォーリナーXXXに勝てるだろうか、殺してしまえば元の世界に二度と戻れない。様々なネガティブマインドがニューロンに駆け巡る。

 

その時ドラゴンナイトに勧めたイマジナリーカラテのトレーニング方法を思い出す。あれには精神を落ち着かせる効果もある。スノーホワイトはタタミ部屋にニンジャスレイヤーに居るのは分かっていたが、部屋に入り邪魔にならないように正座しイマジナリートレーニングを始める。

 

ニューロンに現れるフォーリナーXXXとマンキヘイ。2人の連携を断たなければならない。ニンジャスレイヤーにマンキヘイを相手してもらい、スノーホワイトはフォーリナーXXXを相手する。大剣で斬りつける。それを魔法で察知しルーラでいなすがスワローリターンで斬りつける。それも魔法で察知し防御してがら空きの胴を突く。

 

フォーリナーXXX単体であれば充分に対応できる。だが気になるのは異世界のアイテムだ、こればかりは想像が出来ない。イマジナリーカラテトレーニングは無意味ではないかという考えが浮かび、今一つ集中できずにいた。部屋にはニンジャスレイヤーの呼吸音が響く。呼吸音を聞いていると不思議と心が落ち着く気がする。

 

スノーホワイトはイマジナリーカラテトレーニングから瞑想に切り替え、ニンジャスレイヤーの呼吸を見様見真似で実践する。スゥーッ、ハァーッ、スゥーッ、ハァーッ。呼吸を繰り返していくうちにネガティブマインドが薄れていきヘイキンテキを取り戻している気がする。スノーホワイトは瞑想に没頭し呼吸音が重なり合い部屋を満たす。

 

「ニンジャスレイヤーさん」スノーホワイトは瞑想の態勢を崩さず声をかける。ニンジャスレイヤーの呼吸が一瞬乱れるが即座にチャドーの呼吸を続ける。「ニンジャスレイヤーさんは自分がやっていることが正しいと思いますか?」スノーホワイトはいつもより少しだけトーンが下がった声で問いかける。

 

スノーホワイトは自分のエゴで魔法の国のルールを時には破り、暴力を行使し悪い魔法少女を検挙し、時には人間界の悪事を止めに行く。一方ニンジャスレイヤーも社会のルールから逸脱し自身の価値基準で判断しニンジャを殺していく。そのスタンスにどことなくシンパシーを感じていた。

 

今の姿は魔法少女になる前に描いていた清く正しく美しい姿と異なっている。現実に打ちひしがれ己の無力さを知り、自分なりに理想の魔法少女を目指して今のスタンスになった。それでも自分が選んだ道が正しかったのか時々考え、ニンジャスレイヤーも同じような疑問を抱えているのではと思い問うていた。

 

「正しいか正しくないかは関係ない。全ては私のエゴだ」ニンジャスレイヤーは端的に答える。やりたいからやる。一見傲慢にも見える決断的な答え、あっさりと答えたように聞こえたがその言葉には幾千もの自問自答の過程を感じられた。「エゴが鈍ればカラテが鈍る」ニンジャスレイヤーはポツリと呟く。

 

「え?」思わぬ返答にスノーホワイトは聞き返すが答えは返ってこなかった。エゴが鈍ればカラテが鈍る?これはアドバイスなのだろうか?スノーホワイトは言葉の意味を考える。エゴとは自分の意志だ。そして意志が鈍れば行動に迷いが生まれ、迷いが生まれれば隙が生まれ、隙があれば死に繋がるということか。

 

ニンジャスレイヤーのカラテには決断的にニンジャを殺すという憎悪とエゴが込められている。それは迷いとは対極にあるカラテであり対峙して嫌というほど感じた。清く、正しく、美しい魔法少女とは何か?何が正しいか?現時点でその答えは見つからず、これからも悩み続けるだろう。

 

それは一旦ニューロンの奥底にしまっておく。フォーリナーXXXを倒しドラゴンナイトを取り戻す。それが自分のエゴであり、そのエゴを練り上げる。それが決断的な意志になる。スノーホワイトはエゴを練り上げるように瞑想に没頭した

 

 



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最終話 ニンジャスレイヤー・アンド・マジカルガールハンター・バーサス・ニンジャマジカルガール #2

◇フォーリナーXXX

 

 深夜の4階テナント室内、上座に位置している席にあるUNIXの稼働音が空しく響き、UNIXの画面に映し出される緑の光が「お客様ファースト」「真心込めて」「お客様は神様です」と書かれたショドーと飛び散り酸化した血痕がついた壁、そしてフォーリナーXXXと手足を拘束されたドラゴンナイトを怪しく照らし出す。

 ここはマゴコロテイネイ社、4階建ての自社ビルで1階は工場になっており、お手製の高品質LANケーブルを製造している。ネオサイタマには珍しい高品質な商品と丁寧な接客で確かなニーズがある企業である。

 この日も4階で部長が顧客の為にと深夜までサービス残業を行っていた。だがフォーリナーXXXに押し掛けついでのように殺され、死体は気持ち悪いとそこら辺の異世界に不法投棄された。

 フォーリナーXXXは少しばかり質の良い椅子に背を預け、腕を組みながら目を瞑る。そしてUNIXの画面は生体LAN端子を接続せずキーボードにも触れていなのに勝手に動き、高速で数字が羅列される。

 これは無線アクセス、ハッカーの間でオカルトとされているコトダマ空間を認識した者だけができる特殊な技術である。フォーリナーXXXはソウルの力を得るためにキンカクテンプルに近づいた際にコトダマ空間を認識していた。

 コトダマ空間を通したUNIXへの無線アクセスが出来ることを知ったのはニンジャスレイヤーとスノーホワイトと戦った後だった。

 あの2人をいかにドラマチックに殺すか、ドラゴンナイトへのインタビューなどを通してアイディアを思いついた。サワムラ・イチジュン。ドラゴンナイトのソンケイを集めたセンパイ。そしてスノーホワイトとも顔見知りだ。

 サワヤカプリンスはメディアに騒がれ、ハラキリ自殺した。その原因になった試合はジングウスタジアムで行われた。そしてスノーホワイトがドラゴンナイトの元から離れたのもこの試合の後らしい。友人のセンパイが散った場所でスノーホワイトも散る。中々に良いシュチュレーションだ。場所も広くて良い。

 2人と戦う場所はジングウスタジアムで決定だ。テーマはラスボスに挑む主人公達であり、最終決戦の場所としては悪くはない。

 フォーリナーXXXは異世界のアイテムを使いニンジャスレイヤーとスノーホワイトの場所を把握し、メッセージを送った。日時は特に考えず勢いでてきとうに決めた。

 メッセージを送った後ある考えが過る。ただ野球場で戦うだけじゃ詰まらない。もっとラスボス戦っぽく演出したほうが楽しいでは。フォーリナーXXXは今までの人生経験─主にRPGゲームの記憶─からアイディアを捻りだし、アイディアを実現する為に行動を始める。

 

 必要なのは雑魚敵、中ボス、ステージギミック。

 

 雑魚敵はアマクダリと戦った際にいたサングラスの雑魚達、確かクローンヤクザと呼ばれる男達がいい。あの人格を統一された感じの無個性ぶりと弱さと数の多さはまさに雑魚敵だ。

 そして中ボスはニンジャがいい。数は4人、5人でも悪くは無いがやはり中ボスといえば四天王だろう。

 ステージギミックは謎解き系だろう。プレイしている時は難しくて面倒くさくコントローラーを投げたくなったが、今思えばあれは必要な要素だ。ニンジャスレイヤーとスノーホワイトにも体験してもらう。

 アイディアが纏まり、フォーリナーXXXはクローンヤクザ集めから開始する。生身だとあまりにも雑魚すぎるので、銃火器もついでに集めたい。意気揚々とネオサイタマに出るがさっそく躓く。

 

 クローンヤクザはどこで買えるのか?フォーリナーXXXは魔法で来た異世界の一般常識などのある程度の知識はインプットされる。だがクローンヤクザはアンダーグランドな存在であり、インプットされていなかった。

 今から聞きこむのも面倒だとやる気が削がれているなか、元の世界のPCについて思い出す。PCで検索すれば大概のことは知ることができた。ネオサイタマでも案外そういうものかもしれない。

 フォーリナーXXXは早速居座っている家のUNIXを使い調べ始める。そこでコトダマ空間を使った無線アクセスを習得し、必要な情報を収集した。

 コトダマ空間を使ったアクセスは楽しかった。論理肉体でネットワークの海を漂い、実体化しモンスターとなったプロテクトを解除していく。まるでVRゲームのようだ。

 フォーリナーXXXはコトダマ空間を通した無線アクセスに夢中になり、遊び半分で企業機密にハッキングしながら準備を進める。

 クローンヤクザや銃火器を買う金はハッキングで自分の銀行口座に入れておいた。店に行って強奪できるがいちいち店に行くのは面倒くさい。ネット通販のように金を払って店側から運んでもらう。

 中ボス担当のニンジャ達は裏仕事を請け負っているフリーランスニンジャとコンタクトし、契約を取り付け口座から依頼料を払っておいた。

 仕事内容はスノーホワイトの殺害、ニンジャスレイヤーは知る人は知る存在らしく、恐れをなして依頼を拒否されたら面倒なので、存在は伏せておいた。

 ギミックについては諦めた。謎を考えるのも思ったより難しく、ギミックを設置する時間も足りない。

 ニンジャは無事に揃えることはできたがクローンヤクザはそうはいかなかった。販売先はメガコーポや大手ヤクザであって個人で買えるものではなかった。金さえ積めば買えるだろうと高をくくっており、この事実を知ったのは調べ始めてから暫く経った後で、仕方がなく大手ヤクザを襲撃した後、金を振り込んでクローンヤクザを買わせて何とか調達できた。準備が整ったのは指定日の1日前だった。

 その後は暇つぶしのハッキング遊びができる高性能のUNIXを求め、目に付いたマゴコロテイネイ社に侵入し部長のUNIXを使用し現在に至っている。

 フォーリナーXXXはハッキングをしながら、異世界のアイテムを使ってスノーホワイトとニンジャスレイヤーの動向を確認する。

 特に変化なし、このままだと其処からジングウスタジアムに向かうだろう。主要道路にクローンヤクザを配置し迎撃させる。そして突破してスタジアム付近に配置した四天王達が出迎える。それを突破してフィールドに入ったら十字架に貼り付けにされるドラゴンナイトとふてぶてしく待ち構える自分。音響設備を使ってBGMを流し、アナウンサーにナレーションをさせるのもいいかもしれない。

 脳内で設定を作り舞台を作り上げる。これがこんなに楽しいとは思わなかった。ゲームでRPGを作るというものがあるが、ただめんどくさいだけで面白さを感じなかった。作るよりプレイするほうが楽しいに決まっている。

 その考えを改めなければならない。今なら寝食忘れてプレイするだろう。今回はかなり突貫だが今度行く異世界ではもっと綿密に長期的に計画を立てよう。

 ターゲットと仲良くなり裏切ってラスボスとなり、ステージギミックも沢山作り、中ボスも雇った奴じゃなく、ターゲットと因縁をしっかり作りぶつける。

 フォーリナーXXXはハッキングしながら歯を見せて獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「なあ、こいつとこいつどっちを1番手にしたほうがいいと思う。アタシとしては1番手は巨漢キャラがかませっぽくて良いと思うけど」

 

 フォーリナーXXXはハッキングをいったん中断して、ドラゴンナイトの顔前に雇ったニンジャの写真を突きつける。ドラゴンナイトは生気を失い濁り切った目で写真を無言で見つめる。その様子にため息をつく。

 

「何か知らないけど元気だせよ。ダイジョウブダッテ! スノーホワイトとニンジャスレイヤーがお前を助けてくれるって! 前回はたまたま勝ったけど紙一重だっただけだ。ニンジャスレイヤーは実際ヤバイし、スノーホワイトも魔法少女で正義の味方だ。魔法少女は思いの強さで覚醒する。正義の味方が覚醒して悪い敵を倒す。王道パターンだろ」

 

 思いつく限りの励ましの言葉をドラゴンナイトに喋る。内心は負けるなどこれっぽっちもおらず覚醒が起きても叩きつぶす自信があり、万が一スノーホワイトが覚醒しても優れている自分が覚醒しない道理がないので覚醒して実力差は変わりない。2人に勝機は無い。

 だがドラゴンナイトがそう思っては困るのだ。最後まで2人が勝つという甘い希望を信じ込んで声援とかを送ってくれなければドラマチックにならない。

 

「なあ、菓子喰うか?どっかの世界の王家御用達の菓子だ。異世界の菓子を食えるなんてお前だけだぞ」

 

 魔法の袋から菓子を取り出しドラゴンナイトの口に押し付ける。だが一向に口を開かない。気が変わって口に入れて吐き出されたりしたらもったいない。

 フォーリナーXXXはドラゴンナイトに押し付けていた菓子を自分の口に放り込む。いざとなったらハイになれる薬でも投与してテンションを上げさせるか、だが欲しいのは自然な感情であり、投与しすぎて廃人になったら困る。

 廃人になった姿を見せつけるのもラスボスっぽいムーブだが、今回はそういう方向にはいきたくない。どうやって元気づけようかと頭を悩ませながらハッキングを再開した。

 

◇ドラゴンナイト

 

 ドラゴンナイトは自己嫌悪の極致に居た。

 フォーリナーXXXからニンジャスレイヤーとスノーホワイトに勝ったと自慢げに聞かされた。実際には意識を失っており勝った姿を見ていたわけではなく、悪党の言うことを信じる理由1つなど何一つない。だがベイビー・サブミッションされた記憶が信じさせた。

 スノーホワイトとニンジャスレイヤーはドラゴンナイトにとって強さの象徴だった。だがフォーリナーXXXは強さの象徴が挑んでも勝てない巨悪だ。

 ニンジャになったとしても無敵の存在になったわけではない。一歩間違えれば死んでいた相手もおり、ゲームメーカーには敗北しスノーホワイトとの組手では一回も勝てていない。

 格上がいるのは分かっている。だがフォーリナーXXXは格上というレベルではない。どう足掻いても勝てない相手、その事実を痛みと恐怖で体中に刻み込まれた。

 アマクダリを解体しセンパイの無念を晴らせれば死んでも構わないと思っていた。だがフォーリナーXXXの絶対的な力によってその想いは粉々に砕かれた。

 

 死ぬのが怖い、生きたい。

 

 フォーリナーXXXがスノーホワイトにメッセージを送った時は慮ったような風に自分の事を放っておいてフォーリナーXXXと戦わず逃げて欲しいと口にした。

 だが本心ではない、スノーホワイト達が救援に来てくれてフォーリナーXXXを倒して生きたいと心の底から願っていた。

 

 死への恐怖がドラゴンナイトの心を侵食していく。フォーリナーXXXがスノーホワイトとのエピソードを聞いた時は喋るつもりはなかった。何故悪党にスノーホワイトの情報を与えなければならない。決断的な意志で口を紡ぐつもりだった。

 だが喋らなければ殺す。そしてスノーホワイトとドラゴンナイトに果たし状を送り、2人は絶対に来ると経歴を通して説明され、無駄死にするぐらいなら喋って助けを待つのが賢明だと説得された。

 フォーリナーXXXがドラゴンナイトを思って言ったのではないのは分かり切っている。全て自分の為、自分の為にスノーホワイトの情報が欲しいだけだ。

 だがドラゴンナイトの決断的意志は飴細工のように砕け話していた。

 

 スノーホワイトとニンジャスレイヤーは勝てない。万が一勝てたとしても激しい戦いになるだろう。その戦いにドラゴンナイトはお荷物である。フォーリナーXXXは言葉では実力を持って叩きつぶすと言っているが、不利となったら人質を取るなど卑劣な手を使うだろう。それはこの数日間で分かった。

 スノーホワイトを思うなら、枷にならないために自決しなければならない。だが死の恐怖が体を縛る。

 正義の心を胸に抱き高潔で仲間を思う正義の味方、それがドラゴンナイトの理想であり、強くなくてもその精神は失っていないつもりだった。

 だが現実は違った。生きるために友達が死地に来ることを願い、友達の為に自決できず、死の恐怖に怯える。ヒーローに憧れ勘違いした惨めで無力なガキ、それがドラゴンナイトだ。

 その事実に気づいてしまい、自身を傷つけるように自己嫌悪の沼に深く深く沈みこんでいた。

 

◆◆◆

 

「次はどんな感じだ」フォーリナーXXXの論理肉体はメガコーポのネットワークセキュリティに侵入しながら呟く。セキュリティごとに構築されるイメージが異なっていく。魔法使いと騎士が守る城、近未来的なタワー。古代ローマにあったといわれるコロッセオ。その多種多様な世界に入り突破していく。それは一種のアトラクションだった。

 

イメージはネットワークに蓄積された情報とフォーリナーXXXのニューロンのコトダマ・イメージが構築されたものであることを知らない。今度のイメージは満月が浮かぶ竹林、満月の隣には黄金立方体が漂っている。この黄金立方体はどのイメージにもあった。疑問に思ったがすぐに考えるのをやめ侵入を開始する。

 

暫く進むとパブリックイメージのサムライが襲い掛かってくる。それらをカラテで撃破して先に進む。そして最後の一体が襲い掛かる。フォーリナーXXXは同じように撃破しようとパンチを打つ。「ンアーッ!」だが吹き飛ばされたのはフォーリナーXXXだった!ニューロンに動揺が走る!

 

これはハッキングか?フォーリナーXXXは動揺しながら分析する。遊び半分でハッキングしてきた。そして誰かが自分にハッキングしてきた。インガオホー!フォーリナーXXXは無線接続を切る選択肢を思い浮かべるが、ニンジャ魔法少女第6感が拒絶する。その判断は正しい。もし強制的に接続を切ればニューロンに多大なダメージを受けてしまう。

 

サムライは白黒の人型に変化していた。「オモシロイ!逆にニューロンを焼き切ってやる!」論理肉体は大剣を2つ作り出し人型に向かって行き斬りかかる!「ンアーッ!」白黒の人型は両手で大剣を受けるとケリキックで蹴りつけワイヤーアクションめいて彼方まで吹き飛ばす「やるな!」フォーリナーXXXは体勢を立て直し突っ込んでいく。

 

フォーリナーXXXは竹を足場にしニンジャでも実現不可能なスピードで周りに飛び跳ね攪乱する。「イヤーッ!」背後への一撃を白黒の人型は防ぐ、何たるヤバイ級のゲームプレイヤーめいた反応速度か!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」フォーリナーXXXはピンボールめいて飛び跳ね攻撃するが全て防がれる!

 

フォーリナーXXXのハッキング能力は圧倒的なタイピング速度によるものだ。タイピング速度というカラテでセキュリティをねじ伏せニューロンを焼く。ハッキング歴は浅いが高いコトダマ空間への適性とニンジャ魔法少女の力でヤバイ級のハッカーの実力を持っている。即ち相手もヤバイ級のハッカーである!

 

ネットワークで初めて遭遇するヤバイ級ハッカー、その実力にニューロンが撤退を告げるがニンジャ魔法少女であるプライドが拒絶する。戦って相手のニューロンを焼く!フォーリナーXXXは辺りを埋め尽くすほどの槍を作り出し射出する。だが同じように大量の蝶が現れ槍に纏わりつく。KABOOM!槍は爆発四散!

 

その間に白黒の人型は間合いを詰める「ンアーッ!」ローキック!「ンアーッ!」ミドルキック!「ンアーッ!」ゼロコンマ1秒以内で繰り出される3連撃!フォーリナーXXXはキリモミ回転し竹を破壊しながら吹き飛ぶ。その姿を見て白黒の人型は手をクイクイと曲げ挑発した。

 

「カスが!」フォーリナーXXXは激昂し襲い掛かる!「イヤーッ!」イーグルの形をした炎が白黒の人型に襲い掛かる!だが水柱が発生し全て消失!「イヤーッ!」空から落雷が襲い掛かる!だが避雷針が地中から生えて雷を吸収し散らす!白黒の人型はピストルを作り出し発砲!BLAM!BLAM!「ンアーッ!」両腕が吹き飛ぶ!

 

フォーリナーXXXは両腕を作り出しながら歯ぎしりする。目の前の相手は自分よりワザマエだ。脱出コマンドを何回も試したが、コマンドを打つより速く攻撃されコマンドを打てない。このままではニューロンが焼き切られる。「こんなの遊びなんだよ!」フォーリナーXXXは強制ログアウトの準備をする。

 

死んだら終わりだ。ハッキングなんて所詮お遊びだ。こんなお遊びより優先することがある。リアルファイトなら絶対に負けない。幾つもの言い訳をニューロン内で言い、逃げることを正当化していく。あとゼロコンマ数秒で脱出できる。強制ログアウトの衝撃に備えるために歯を食いしばる。

 

──WASSHOI!

 

「ンアーッ!」フォーリナーXXXの体に強制ログアウトとは別の衝撃が襲い掛かる。意識は現実世界に戻り後頭部に強烈な痛みが駆け巡り、目の前にはUNIXの画面が高速で近づき激突し液晶が粉々に砕ける。フォーリナーXXX吹き飛びながらも即座に受け身を取り後ろを振り向く。

 

そこには居るはずのないニンジャスレイヤーとスノーホワイトが居た。何故居る!?先ほど隠れ家に居るのを確認したはず!困惑と動揺がニューロンに駆け巡る。その間にスノーホワイトはドラゴンナイトを抱えると即座に魔法の袋に収納していた。この瞬間今までの苦労が水泡に帰すのを悟った。

 

「何してんだ!テメエラ!」2人と戦うに相応しい場所を見つけた。折角苦労してクローンヤクザを揃えた。中ボスのニンジャを揃えた。全てはドラマチックに殺す為に用意したものだ!全てが台無しではないか!それは3日3晩ショーギを打ち続け、オウテツミをかけた瞬間盤上をひっくり返されたショーギ指しめいた怒りだった。

 

「ドーモ、フォーリナーXXX=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーは決断的な殺意を双眸に宿しながらアイサツし、スノーホワイトは静かな怒りを双眸に宿らせながら見つめた。



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最終話 ニンジャスレイヤー・アンド・マジカルガールハンター・バーサス・ニンジャマジカルガール #3

長らくお待たせしました。
約2年間投稿できずに申し訳ありませんでした


 

◇ファル

 

 フォーリナーXXXの居場所を探り出して、こちらから仕掛ける。メッセージが届いてから暫くして2人から提案を受ける。

 それは予想外の提案だった。ニンジャスレイヤーの傷はまだ完治しておらず、てっきり万全の準備を整えてから指定された場所で戦うと思っていた。

 だが悪くはない提案だ、指定された場所にどんな罠が仕掛けてあるか分からない。そして指定場所に向かう時点で相手のフィールドに誘い込まれている。わざわざ相手のフィールドに行く必要はない。

 しかし今まで見つけられなかった相手を残り2日間で見つけられるだろうか、徒労に終わりそうな気がするがやるだけのことはやってみる。ファルは全機能をフォーリナーXXX捜索に費やす。すると半日で所在を割り出せた。

 きっかけはネットワーク上でやけにハッキングで荒らしまわっている存在がおり、気になって調べるとフォーリナーXXXだった。ハッキングの痕跡を辿っていくとあっさりアドレスが割り出せ、所在も割り出せた。

 今まで探すのに苦労したのにこうもあっさり割り出せるとは、あまりの順調さに肩透かしを喰らった気分だ。恐らくニンジャ魔法少女になってコトダマ空間への適性を身に着けて、子供が玩具で遊ぶようにハッキングしていたのだろう。

 慎重さがまるで足りない、それか居場所を割り出されても返り討ちにできるという自身の能力への自信か、どちらか知らないがニンジャ魔法少女になってくれたことで居場所を割り出せた。能力を持つのも考え物かもしれない。

 強固なプロテクトを破っているところを見るとかなりのタイピング能力であるのは分かる。だがあまりにも雑だ。最低限痕跡を消しているがファルから見れば筒抜けだった。超一流の素人、それがフォーリナーXXXのハッカーとしての印象だった。

 プロテクトを破るいわば攻撃力は凄まじいが、アドレスが割られないようにする偽装工作などをする技術、いわば守備力が弱い。この様子だとアマクダリのヴィルスバスターに察知されて刺客を差し向けられているかもしれない。

 今すぐにでも居場所を教えて奇襲を仕掛けていいが、そういう訳にもいかない。スノーホワイトの魔法で、フォーリナーXXXは2人の動向を監視している生物を配置しているのが分かった。ニンジャスレイヤーの手裏剣なら目を潰すことは可能だが、即座に異変を察知し移動することも考えられる。

 それを2人に相談するとニンジャスレイヤーがナンシーに相談し、答えが返ってきた。

 フォーリナーXXXにハッキングを仕掛け、対応している間に奇襲を仕掛ける。ハッキングは片手間にできるものではない。さらにヤバイ級のファルがハッキングを仕掛ければ全力で対応しなければニューロンが焼かれる。その間は監視装置を見る余裕はなく異変に気付かない可能性は充分にある。

 念には念を入れる為にナンシーへの助力を依頼し、幾つかのハッキングを手伝うという条件付きで承諾してもらった。

 そして依頼をこなしてネットワークに網を張る。暫くするとフォーリナーXXXのIPアドレスがハッキングしたのを察知する。即座に所在を割り出す。

 

「場所はマゴコロテイネイ社だぽん」

「イヤーッ!」

 

 返答代わりにニンジャスレイヤーが窓から手裏剣を投擲し、スノーホワイトが頷く。これで目は潰れた。

 2人は即座にアジトを出ると自律走行してきたバイクに乗り目的地に向かい、超人的な走行技術でトラックや車の間をすり抜けていく。このスピードで走れば目的地まで約10分。その間まで引き付ける。

 ファルはフォーリナーXXXが侵入したネットワークに先に侵攻し、防衛プログラムに偽装し攻撃を仕掛けた。

 相手もコトダマ空間認知者だけあってヤバイ級ハッカーの実力はあった。同じヤバイ級であるが負ける気はしなかった。電子妖精はいわば電子の申し子だ。ニンジャ魔法少女であっても電脳戦で負ければ存在意義を失う。

 数回の攻防で相手の実力を見切る。タイピング能力は互角、だが経験や老獪さがまるでなくいかにもハッキングを始めて数日ですという拙さがあった。さらに今はナンシーのサポートもある。ニューロンが焼き切られる可能性はコンマ数パーセントだ。

 強制ログアウトされないように適当に煽りながら相手して時間を稼ぐ。そうしている間に2人は目的地にたどり着き、スノーホワイトの指示で外壁を駆け上がり4階に駆け上がり、窓を突き破る。

 目的は達成した。本当ならログアウトしてよかったがニューロンを焼き切れない代わりとばかりにフォーリナーXXXの論理肉体の両腕を吹き飛ばす。

 これはスノーホワイトを傷つけた怒りか、自身を使ってスノーホワイトを傷つけさせた怒りか、電子妖精らしくない感情を抱いていると自嘲しながらログアウトした。

 

◆◆◆

 

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、フォー……」フォーリナーXXXが頭を下げた瞬間スノーホワイトは攻撃を仕掛ける!ブッダも言葉を失ってしまうほどの卑劣な攻撃だ!先にオジギし、オジギを返す瞬間を狙う。ニンジャの本能を利用した攻撃であり、あのモータルでありながらニンジャを殺害しているヤクザ天狗も使用しているメゾットだ!

 

フォーリナーXXXは攻撃が届くコンマ数秒前にアイサツをキャンセルし攻撃を躱す!表情に怒りの感情が刻み込まれている。「クソが!折角準備してたのに台無しだ!普通は大人しくスタジアムで戦うだろう!」「イクサとは不確定要素で満ちているケオスだ、俺達はオヌシの思惑で動くショーギのコマではない」

 

「折角ドラマチックに殺してやろうと思ったのに!何で慈悲が分からない!」「では慈悲としてオヌシを何のドラマも無く無残に爆発四散させてやろう」「負けたくせによく言う!」フォーリナーXXXは血管を浮かべながら怒りで目を見開く。「その言葉をそっくり返そう。今しがたニューロンを焼き切られそうになって敗戦兵めいて強制ログアウトしたのだろう」「なっ!」フォーリナーXXXは言葉を失いさらに怒りで目を見開く。シンラツ!

 

言葉で相手のセイシンテキを崩すのもまたカラテなり!ニンジャスレイヤーの言葉によってフォーリナーXXXのヘイキンテキは大きく崩された。「もうここで死ね!マンキヘイ!」フォーリナーXXXはジツでマンキヘイを召喚する。堪忍袋は完全に温まっている!

 

「イヤーッ!」マンキヘイが実体化した瞬間に赤黒の弾丸めいた物体がぶつかり、窓ガラスを破りロケットめいた勢いで飛び出していった!怒りによってヘイキンテキを乱されたフォーリナーXXXは思わぬ事態に理解が追い付かない。そして眼前には刃が迫っていた。

 

♢スノーホワイト

 

 スノーホワイトはフォーリナーXXXの一瞬の隙を即座に察知し、ルーラで喉元への突きを繰り出す攻撃を繰り出した。

 フォーリナーXXXは強い。戦闘能力は荒事が得意な魔法少女級はあり、異世界のどんなモノが出てくるか分からず、下手したらアイテム1つで魔法少女の固有魔法のような効果を発揮する可能性もある。

 だが何よりも脅威なのはジツで呼び出したマンキヘイによるコンビネーション攻撃だ。

 阿吽の呼吸と呼べるほどの息が合ったコンビネーション攻撃、あれほど息が合った攻撃を出来る魔法少女は居ない。

 まるで自分が2人になっているような意志の疎通ぶりである。もはや魔法少女の固有魔法と言っても差し支えない。2人の力はお互いを掛ける掛け算だ。そのコンビネーションは2対2でも発揮してくる。

 一方スノーホワイトは困った声が聞こえるという魔法で仲間の思考や意図を読み取り、他の魔法少女より息を合わせられるが自分と相手の力を足す程度で、所詮は足し算であり掛け算には勝てない。

 ならば掛け算をさせなければいい。分断して各個撃破、ニンジャスレイヤーとスノーホワイトはその結論に辿り着いた。

 どちらがマンキヘイとフォーリナーXXXを相手するかは、戦闘力が高いマンキヘイをニンジャスレイヤーが相手し、異世界のアイテムによる初見殺しを警戒して、魔法による読心が出来るスノーホワイトがフォーリナーXXXを相手するという振り分けになった。

 そして作戦通りニンジャスレイヤーがマンキヘイにタックルを仕掛けて野外に飛び出し、フォーリナーXXXとの距離を取りお互い1対1の状況を作り上げた。

 

 ルーラがフォーリナーXXXの喉にあと10数センチで刺さるというところで相手はブリッジする。刃が顎先を僅かに切り裂き血しぶきが舞う。

 スノーホワイトは全身の筋肉でルーラを止めると同時にそのまま振り上げ振り下ろす。ニンジャはブリッジによる回避を多用する。ニンジャスレイヤーにも同じように回避された。そして同じ攻撃を繰り出す。

 この攻撃はニンジャスレイヤーにしたのとは若干異なる。振り上げの距離を小さくしコンパクトにする。威力ではなく速度を重視した攻撃、これで相手を倒そうとは思っていない。これは相手を削る攻撃だ。

 目を切りつければ視力を奪える。額を切れば流血し血が目に入って邪魔になる。どこかしらに攻撃が当れば相手を削げる。その僅かな積み重ねが勝敗を左右する。

 

「ンアーッ!」

 

 フォーリナーXXXはブリッジからバク宙をしながら叫び声をあげる。ルーラからコンクリートの衝撃の前に別の感触が伝わる。これは肉を切られた感触、その証拠に宙に血と何かが舞っている。それは耳の上半分の部分だった。

 スノーホワイトは追撃しようと間合いを詰める。だがフォーリナーXXXの右手にはいつの間にか大剣が収まり、間合いに入られるのを阻止しようと切り払う。それと同時に魔法の袋に左手を入れて何かを放り投げる。

 スノーホワイトは急停止して剣の攻撃を避けると、投げつけた何かをルーラで即座に潰した。フォーリナーXXXは表情を歪ませながら睨みつける。

 先ほど投げつけた物は異世界から収集したアイテムの1つだった。数秒ほど経てば瞬く間に成長し、スノーホワイトを攻撃するはずだった。だが心の声を聴き成長する前に潰した。

 スノーホワイトは足首に向けてルーラを薙ぎ払う。フォーリナーXXXは剣を床に突き立て防御しながら僅かな時間を利用して魔法の袋に手を入れ何かを左側に投げる。

 しかしスノーホワイトは投げられた物を無視し攻撃を続け、何かを投げた動作による隙をつき二の腕や太腿を切りつける。

 フォーリナーXXXが投げた物は異世界のアイテムで、攻撃した者に猛然と襲い掛かる特殊な生物だった。魔法の袋から飛び出した何かはとりあえず破壊すると決め打ちしていると予想し、それが仇となるように仕向けた。しかしスノーホワイトはその考えを魔法によって完全に把握し無視した。

 フォーリナーXXXは態勢を整える間もなく守勢に回り続けている。相手が知らないアイテムで攻撃する。それが今のフォーリナーXXXの戦闘スタイルだった。

 仮に相手がニンジャスレイヤーであればアイテムによる攻撃やフェイクもニンジャ第6感で防げても、多少の思考時間が生まれ態勢を整える猶予時間が生まれただろう。だがスノーホワイトは魔法によってほぼノータイムで相手の思考を読める。フォーリナーXXXにとってスノーホワイトは相性の悪い魔法少女だった。

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーとマンキヘイはマゴコロテイネイ社4階から勢いよく飛び出ていく。マンキヘイの視界に極彩色のネオンライトが飛び込む。視界が反転すると同時にネオンライトがマンゲキョめいて回転していく!おお!見よ!マンキヘイの身体が上下逆さまになり高速回転しながら地面に激突しようとしているではないか!?

 

ニンジャアーツに精通している読者の方がいればマンキヘイが何をされているか分かるだろう!ニンジャスレイヤー胴タックルで外に飛び出した後ホールドを離さず、上下逆さまになるように体勢を変え回転しながら落ちる。これはアラバマ落とし!かつてデスフロムアバブはテキサス独立戦争において多くの兵士の脳天を地面に叩きつけ殺していた!

 

マンキヘイは兵士達のようにアスファルトに突き刺さり蜘蛛の巣状のヒビが生じ粉塵が舞い上がる。「あたたかみ」「いつでも対応」のマゴコロテイネイ社のネオン看板が隠れる。これで勝負ありか!?粉塵が舞う中2つの影が落下地点から勢いよく飛び出す。1つはニンジャスレイヤー、もう1つはマンキヘイである!

 

マンキヘイは唸り声を挙げながらニンジャスレイヤーを見つめる。アラバマ落としは本来羽交い絞め、あるいは相手の腕を自分の腕でホールドする技である。だがニンジャスレイヤーは胴タックルで外に飛び出した後にアラバマ落としを繰り出し、結果的に腕をホールドできず不完全な技となった。

 

そうなれば相手の腕は自由になり、マンキヘイは腕を使い頭から落とされるのを防いだのだった。ニンジャスレイヤーは即座にジュージツを構える。今のアラバマ落としは居酒屋チェーン店のオトオシに過ぎない。あくまでも分断するのが目的であり技を繰り出したのはついでだ。あの程度で死ぬ弱敵だとは全く思っていない。

 

「ワッザ?何が起こった……アイエエエ!!!ニンジャナンデ!?」1階の工場で働いていた従業員達は様子を見る為に外に出たと同時に失禁!あるいは失神!ニンジャスレイヤーとマンキヘイの間には可視化できるほどのキリングオーラが生じ、それを察知した従業員たちはNRSを発症していた。

 

従業員達が地面に落ちる音を合図にマンキヘイがスプリントで詰め寄る。その手にはいつの間にかにトーテムポールめいた巨大なランスが!それは先の戦いでフォーリナーXXXがマンキヘイに与えた武器だった。だが召喚されて今の今までに武器は渡されていない。では何故今持っている?

 

フォーリナーXXXはニンジャスレイヤー達との戦いの直後に、一々武器を渡すのが面倒だと異世界の力を利用して、マンキヘイの意志で出せるようにしていた。なんたる異世界のアイテムとニンジャのジツの合体か!

 

「イヤーッ!」マンキヘイはバッファロー殺戮武装鉄道めいた勢いで突きを放つ!ニンジャスレイヤーはブリッジで回避!マンキヘイの勢いは止まらずニンジャスレイヤーの後ろ10メートルにある車をケバブめいて串刺しにする!マンキヘイは即座にランスを引き抜き振り返る。するとニンジャスレイヤーが挑発的に手招きする姿が見えた。

 

マンキヘイはニンジャスレイヤーに向かって走り出す。そしてニンジャスレイヤーは背を見せて決断的に走り出す!?臆したかニンジャスレイヤー!?その行動にマンキヘイは唸り声を挙げながらニンジャスレイヤーを追いかける。

 

(((愚かなりフジキド!そのカラテデミ人形はマギカ・ニンジャといくら離れようが弱まらぬ!かつてはイクサに出向きたくないあまりに、カラテデミ人形に遠く離れたイクサの地に出向かわせたほどぞ!)))(((黙れナラク)))ニンジャスレイヤーはナラクの罵倒を無視し決断的に走り続ける。

 

これは予定されていた行動だった。もし分断に成功したら可能な限りフォーリナーXXXとマンキヘイとを離す。その為にニンジャスレイヤーは敢えて逃走し、追ってきたら出来る限り逃げる手筈だった。仮に何方かが破れたとしても合流する時間を稼げ、その間にフォーリナーXXXかマンキヘイを倒し、1対1の状況に持ち込めるかもしれない。

 

2人は車道を全力でスプリントする。すると十字路の左側からジゴクのようなエンジン音を響かせるバイクがニンジャスレイヤーに突っ込んでくる!アブナイ!ニンジャスレイヤーはそのバイクに飛び乗るとそのまま走る。

 

このバイクは高性能インテリジェントモータサイクルアイアンオトメ、ニンジャスレイヤーの愛車である。予め自立走行でこの地点に来るようにセットしていたのだ。一方マンキヘイはブレーキ跡を作りながら急停止し左折しニンジャスレイヤーを追う。すると目の前にスリケンが迫っていた!

 

マンキヘイは手に持っていたランスでスリケンを払いのける。しかし即座にスリケンが次々と飛来して来る!ニンジャスレイヤーは運転をアイアンオトメに任せ、サドルに立ちマンキヘイに向けてスリケンを連続投擲していた。マンキヘイはランスをサイズに変えると、バトンめいて回しスリケンを防ぎながらチェイスする。

 

マンキヘイはマギカ・ニンジャのジツによって作られたカラテデミ人形である。そのカラテはサンシタニンジャより強い。だがそのインテリジェンスはクローンヤクザより下回る。基本的な命令はフォーリナーXXXがするが、命令が無い場合は目の前の敵を倒すという単純な行動しかできない。

 

今の状況においてフーリンカザンはニンジャスレイヤーにある。インテリジェンスが有ればニンジャスレイヤーへの追跡を止め、スノーホワイトの方に向かい2対1の状況を作るだろう。だがそんなインテリジェンスもなく、フォーリナーXXXもマンキヘイに指示を出せない程追い込まれていた。

 



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最終話ニンジャスレイヤー・アンド・マジカルガールハンター・バーサス・ニンジャマジカルガール#4

◆フォーリナーXXX

 

 フォーリナーXXXは剣を振り回す。袈裟切り、横薙ぎ、切り上げ、下段攻撃、その威力は凄まじく。4Fのオフィスにあった机や椅子は切断されオブジェと化し、「お客様ファースト」「真心込めて」「お客様は神様です」と会社の理念が書かれた掛け軸は粉々に破れている。そのエリアだけ台風が通過したように散乱していた。

 これだけ攻撃してもスノーホワイトには決定的なダメージを与えられていない。それどころか防戦を強いられているのが現状だ、何て鬱陶しい奴だ。フォーリナーXXXは心の中で大きく舌打ちする。

 いつも通りマンキヘイを召喚し、一緒に戦いながら異世界のアイテムを使用して相手を叩きのめす。それがニンジャ魔法少女フォーリナーXXXの戦い方だ。だがそれが全く出来ていない。

 マンキヘイは召喚した直後にニンジャスレイヤーと一緒に外に飛び出した。そしてどんどん遠ざかっているのが感覚的に分かる。何故遠ざかっている?早くこちらに来て一緒に戦え!

 今までネオサイタマでの戦い以外でも異世界のアイテムを強奪するためにモンスターや異世界人と戦った。その全てで2人は近くで、又は離れても逐一マンキヘイに指示を送っていた。だからこそ指示を送れない状況では、目の前の敵を倒すという単純な行動しか出来ないとは知らなかった。

 

 スノーホワイトは攻撃を続ける。ニンジャ魔法少女になって強化された能力であればそれ程までの絶望的な脅威ではない。だがやりにくい。

 攻撃はその場所にされたら困るという場所に的確にされる。アイテムを取り出そうとすれば、取り出そうとする手の指を切り落とそうとして魔法の袋に手を伸ばせない。

 床でも踏み抜いて状況を変えようしても、威力を出そうと溜める動作の隙をついて攻撃され溜めを作れない。距離を取ろうにもピッタリと張り付いてくる。

 スノーホワイトの中段から下段に変化する攻撃を何とか防御し、次の攻撃を予測する。胴体への突き、それを切り上げで弾き相手が態勢を整える時間で魔法の袋からアイテムを取り出す。

 息を吸いながら最適なタイミングを計り、ベストなタイミングで剣を振り上げる。だが剣から伝わる感触はなく空を切る。

 ルーラは確かに胴体に向かって突かれていた。だがスノーホワイトは剣が振り上がる瞬間にルーラを止めて手元に引いていた。

 振り上げの動作によって生じた隙をつくようにスノーホワイトはルーラを再び胴体に向かって突く。辛うじて体を捻り致命傷を回避するが、脇腹を少し裂かれ態勢を崩してしまい、それを狙ったかのように二の矢三の矢の攻撃が続く。

 

 脳内で後悔が渦巻く。最初はアイテムを取り出せる余裕が有った。だが今はアイテムを取り出す隙すら無い。あの時に有用なアイテムを出せればここまで劣勢にはならなかった。しかしニンジャ魔法少女が魔法少女より強いという無意識の侮りが最善手を打つのを妨げた。

 

 フォーリナーXXXがここまで劣勢なのは幾つかの要因があった。

 

 1つはスノーホワイトとの実力差、前回はマンキヘイと一緒に戦い本領を発揮できていた。だが今はフォーリナーXXXだけであり、実力差は確実に縮まっていた。

 次に前回の戦いは圧勝と呼べる内容だった。それにより侮りと油断が生まれ、負けるわけが無いと攻撃や防御に緩みが生じていた。

 そして最も大きな要因は肉体的ダメージである。フォーリナーXXXはニンジャスレイヤーのアンブッシュをまともに受け、それによってコトダマ空間から強制ログアウトを強いられニューロンにもダメージを受けていた。

 

 フォーリナーXXXはスノーホワイトの攻撃によって着実にダメージを蓄積していく。戦いにおいて追い詰められた経験は少ない。さらにニンジャ魔法少女になってからは多くの相手をねじ伏せてきた。しかし今はニンジャスレイヤーとの戦い以上に追い詰められていた。

 戦闘経験が豊富な者は劣勢な状況においての戦い方を知っている。心を乱さずチャンスを窺う。一旦逃げて体勢を立て直すなど様々な方法で勝利を手繰り寄せる。

 だがフォーリナーXXXは劣勢な状況での戦いをした経験が少ない。不安や焦りや恐怖を抑えきれず状況を悪化させる。

 さらに気性が逃げという選択を選ばせない。ニンジャ魔法少女になった自分は選ばれた存在であり、劣っている魔法少女という種族に背を向けてはならないという歪んだ自尊心がそれを拒む。

 

 1分は経過しただろうか、フォーリナーXXXは依然として防戦一方だった。だが次第に変化が訪れる。スノーホワイトの攻撃が遅くなった。自分の反応が速くなった。どちらの要因かは分からないが、少しだけ余裕を持って対応できるようになっていた。

 攻撃を回避し防御する度にコンマ数秒単位で時間的余裕が増していく。これならばいけるかもしれない。

 フォーリナーXXXは右手で剣を横薙ぎで振るい、スノーホワイトは柄で防御する。ダメージ目的の攻撃ではない。これは時間稼ぎの攻撃だ。剣を振るうと同時に空いている左手で魔法の袋に手を突っ込み、取り出すべきアイテムを思い浮かべる。今度は戦況を変えられるようなアイテムを取り出す。

 その左手から8つの黒い物体が放り投げられた。

 

◇スノーホワイト

 

 スノーホワイトは攻撃のペースを上げる。身体に残っているエネルギーを今以上に消費し、攻撃と防御の意識の比重を攻撃により傾ける。今この時間が戦いのターニングポイントであると魔法少女としての戦闘経験で感じ取っていた。

 フォーリナーXXXの首、頬、肩、脇腹、腿、脛がルーラによって切り裂かれ、血が床を染まりフラメンコダンサー風の衣装やニンジャ装束の一部を切り取っていく。

 攻撃は当っている。当たるたびにフォーリナーXXXは苦悶の表情を見せる。だが芯を喰っていない。この程度のダメージでは相手を倒す決定的な要因にはならない。

 この積み重ねたダメージがいずれ大きなダメージを与える。ジワジワと大きくなる焦燥感を抑え込みながら攻撃を続ける。

 スノーホワイトの攻撃の強さと速さは増していく。ルーラと剣がぶつかるたびに火花が散り、次々と火花が生まれ薄暗い部屋を僅かに照らしていく。

 フォーリナーXXXの横薙ぎがくる。この攻撃も魔法で察知している。地面に這うように身を屈め、その状態で足元を突くなり払うなりするのが最良だ。だが相手の攻撃のスピードや自分の態勢の悪さがその選択を許さない。

 即座に柄で受けるという選択肢を取りながら相手の次の行動を魔法で察知する。相手は異世界のアイテムを取り出そうとしている。

 させてはならない。防御から即座に攻撃に移り手を切り落とそうとする。だが攻撃は間に合わず、フォーリナーXXXは魔法の袋に手を入れ何かを投げると同時に攻撃を回避していた。

 スノーホワイトの目が投げられた何かを捉える。全長30センチ程度で瓢箪に手足がくっ付いたような人形で、その上半分には目玉がついていた。

 その人形はスノーホワイトに一斉に飛び掛かった。人形からは心の声が聞こえない、それは生物ではなく機械的に攻撃する自動操縦で動いていた。

 スノーホワイトに対して有効な手段の1つとして自動攻撃がある。心が無ければ声が聞こえず、自身の力で対処しなければならない。偶然にもフォーリナーXXXは有効な手段をとっていた。

 襲い掛かる人形を回避しルーラや手で叩き潰していく。スピードも遅く自分の攻撃にも対処できず、魔法少女にとっては全く脅威ではない。

 

「イヤーッ!」

 

 その最中フォーリナーXXXの袈裟切りが襲い掛かる。充分に態勢が整い牽制ではなく攻めの意識が籠った攻撃だ。辛うじて避けるが左肩を切り裂かれる痛みが走る。

 さらにもう一ヶ所にも痛みが走る。痛みの発信源は左足小指、人形の拳が深々と突き刺さっていた。痛みを堪えすぐさま人形踏みつぶす。

 その間にフォーリナーXXXは魔法の袋に手を入れアイテムを取り出し辺りに投げる。それは瞬く間に大きくなり姿を現す。全長1メートル程度で円柱に筒がついたものだった。その筒から紫色のモヤがかかった球体が発射される。

 恐らく当たればダメージを負う、これ以上手数が増えるのはマズい、円柱を破壊しようとするが、フォーリナーXXXの攻撃が襲い掛かる。

 胴体への突き、右袈裟切り上げ、左袈裟斬り下ろし、攻撃のスピードと質は増し、防御や回避を強いられる。その間に円柱は1つ2つと紫の球体が発射される。さらに魔法の袋から人形が取り出され、スノーホワイトに襲い掛かる。攻守は完全に逆転していた。

 

 スノーホワイトはここで決めるべきと攻撃のペースと意識の比重を傾けるが、その判断は正しかった。

 魔法少女は人間より遥かに頑丈で回復力も大きい。身体がえぐり取られる。腕や足が切り落とされるという怪我を治すのは固有の魔法が必要だが、打撲などの軽いダメージであれば徐々に治っていく。そしてニンジャも同様に治癒力が高く、ニンジャアドレナリンを発生させ痛みを感じさせないように出来る。

 フォーリナーXXXはニンジャ魔法少女、ニンジャと魔法少女の治癒力にニンジャアドレナリンによる痛みの遮断で、アンブッシュと強制ログアウトによるダメージを徐々に回復し、本来の力を発揮できる状態に戻していた。

 

「どうした魔法少女狩り!さっきまでの勢いはどうした!?イヤーッ!」

 

 フォーリナーXXXは一気呵成に攻め続ける。決して軽くないダメージを負っているが、攻勢に回ったという安心感とニンジャアドレナリンによる高揚感がダメージの影響を小さくさせる。

 スノーホワイトは全ての意識を防御に回して致命傷を防ぐ。黒い人形は10体に増え、紫の球が左右から5個ほど旋回しながら襲い掛かる。さらに青いブーメランが2つほど背後からやってくる。

 時間が経つごとにフォーリナーXXXの手数が増え、傷が増していく。このままではジリ貧で物量に押しつぶされる。

 スノーホワイトは迫りくる左側の紫の球体に向かって走り出す。球体が当った瞬間に球体は爆ぜ皮膚が焦げる。それでも構わず走り抜け窓ガラスを突き破り外に飛び出した。目的はフォーリナーXXXを倒す事である。だがそれは1人で倒さなければならない訳ではない。ニンジャスレイヤーと2対1で倒しても全く問題ない。

 相手と自分の強さを冷静に測り、逃走という選択肢を思いついていた。逃走しながら時間を稼ぎ、ニンジャスレイヤーがマンキヘイを倒し合流し2対1で倒す。他力本願ではあるが、ジリ貧で倒されるより遥かにマシだ。

 前回はドラゴンナイトという枷によって逃走を選べなかった。だが今回は不意打ちによってドラゴンナイトの身柄は確保しているので何の憂いもなく逃げられる。

 もしフォーリナーXXXが同じ立場であれば逃げはしない。プライドがそれを許さない。もし逃げるとしたら状況がさらに悪化した場合だろう。

 だがスノーホワイトにはそんなプライドは欠片もない。理想の魔法少女として悪い魔法少女を倒す。それが信念であり、その為なら何だってする。

 スノーホワイトは道路に着地すると即座に走り出す。方向はニンジャスレイヤーが向かった方向とは逆側である。

 

「テメエコラーッ!逃げてるんじゃねえぞ」

 

 フォーリナーXXXは怒声を挙げながら部屋を飛び出し追い掛けてくる。その様子を一瞥し安堵する。フォーリナーXXXがこちらを追わずマンキヘイの元に向かう。それは避けたいパターンの1つだった。

 だが意識は完全にこちらに向いている。最悪なのは周りの人々を殺害し足を止めるパターンだが、心の声を聴く限りそれは無さそうだ。

 そしてマンキヘイをこちらに呼ばれるパターンだが、それは恐らくないと踏んでいた。もしそんな手段が有るとすれば攻勢に回った時にしている。

 

 スノーホワイトは走っているバイクを追い抜きながら今後の作戦を考える。とりあえず逃げて時間を稼ぎニンジャスレイヤーがマンキヘイを倒すのを待つ。或いは有利な場所に移動して戦う。

 大まかな方針が決まり、ファルに道案内させようとするが行動を止める。

 後ろからフォーリナーXXX以外に別の声が聞こえてくる。それに魔法少女が走る音とは違った音も聞こえてくる。ドガドガと大地を震わせるような足音、それは今まで聞いたことが無い音だった。

 魔法の端末を鏡代わりにして後ろを確認する。そこには恐竜のような生物の背に乗ったフォーリナーXXXがいた。これも異世界で確保してきたモノか、そのスピードは魔法少女の走力に充分についていけている。

 スノーホワイトは逃走の中断を決意する。恐竜に乗っているフォーリナーXXXは背後から攻撃ができる。魔法で察知できるが全力疾走中に攻撃を回避し続ければ無理が生じ、いずれ攻撃を受けてしまう。

 スノーホワイトは魔法の袋に手を入れ取った物を後方に投げつけながら、急停止しアスファルトにブレーキ痕を作りながら正対する。

 フォーリナーXXXはスノーホワイトの姿を見て獰猛な笑みを浮かべながら恐竜と一緒に近づいてくる。

 

 スノーホワイトまでの距離残り50メートル、フォーリナーXXXは大剣を振り被り、恐竜は獲物を目の前に興奮しているのか目を血走らせ雄叫びをあげる。

 

 残り距離40メートル、恐竜の身体がつんのめり、フォーリナーXXXもバランスを崩す。これはスノーホワイトが入手した魔法少女によって作られたパチンコ玉である。恐竜はパチンコ玉を踏みバランスを崩していた。

 

 残り距離30メートル、恐竜は碌な受け身を取れず頭から滑り、アスファルトで全身を削っていく。フォーリナーXXXは恐竜が転倒して宙に投げ出される前に背を足場にして、スノーホワイトに向かって跳躍していた。

 

 残り距離20メートル、スノーホワイトはルーラをフォーリナーXXXに向けて構える。フォーリナーXXXも突きの構えをとる。柄を握るのではなく、柄の後ろの部分に手のひらを乗せるという構えを取っていた。

 

 残り距離10メートル、フォーリナーXXXの身体が大きくなった錯覚に陥った瞬間に攻撃をやめ防御の姿勢を取る。

 

 残り距離0メートル、スノーホワイトが崩れ落ち、フォーリナーXXXはその後方でブレーキ痕をアスファルトに刻みながら停止する。

 

「キッヒッヒッヒ、ぶっつけだったけど、上手くいったな」

 

 フォーリナーXXXは大剣を回収し、ニヤついた笑みを浮かべながら余裕を持った足取りでスノーホワイトに近づいていく、スノーホワイトは左わき腹付近が赤く染まっていた。痛みを堪えて構えを取りながら分析する。

 傷は深い。すぐに死にはしないが、治療しなければ確実に死ぬほどの重症だ。そして距離残り10メートルでフォーリナーXXXは加速した。宙に浮かんだ状態での加速、それは魔法少女でもニンジャでも不可能な芸当だ、そして手のひらに乗せていた剣が一気に発射された。恐らくはピストルのように何かを爆発させて推進力を得たのだろう。

 そして心の声を聴いて即座に攻撃を中断し防御した。もし防御せずに攻撃していればスノーホワイトの攻撃は届かず、発射された大剣によって体は真っ二つにされていた。

 フォーリナーXXXの攻撃は異世界のアイテムによるものではない。彼女の中に憑依する6つのニンジャソウルのうちの1つのジツである。それはバクハツ・ジツ、かつてドラゴンナイトが倒したロケットブースターと同じジツで有り、その力の強さはロケットブースター以上である。

 

「最初は少し焦ったが、こんなもんだ魔法少女狩り、魔法少女がニンジャ魔法少女に勝てるわけねえだろ」

 

 フォーリナーXXXは侮蔑的な笑みを浮かべながら剣を構える。あの表情は勝利を確定している顔だ無理もない。左わき腹を深く斬られ重傷で有り、この状態では勝ち目はない。

 それでもスノーホワイトは立ち上がりルーラを構える。このまま悪い魔法少女を野放しにして死ぬわけにはいかない。

 ここで倒れればネオサイタマに住む多くの人が苦しみ、そしてドラゴンナイトは殺されてしまう。何よりラ・ピュセルやアリスの想いを背負った魔法少女として清く正しく生き続けなければならない。

 スノーホワイトは脳をフル稼働してこの絶望的な状況を切り抜け、どうやってフォーリナーXXXを倒すかを考える。するとフォーリナーXXXは剣を放り投げると同時にスノーホワイトの頭を鷲掴みする。その瞬間意識が途絶えた。

 

◆◆◆

 

辺りはネオサイタマのネオン看板で彩られる極彩色の景色ではない。無限の地平線に黒色に緑の格子模様が描かれた地面、周囲は遥か先まで暗黒に染まり、その黒さは夜とは違う異様な黒さだった。暗黒には時々緑色の流星群のようなものが落ちている。フォーリナーXXXはその光景に見覚えがあった。

 

ここはコトダマ空間、一部のハッカーのみが入れるという噂される都市伝説めいた領域である。そして一部の者はコトダマ空間を認識でき、その者達はコトダマ空間認識者と呼ばれている。ナンシー、ニンジャスレイヤー、ファル、そしてフォーリナーXXXである。「異世界に行けるよ」の魔法によってコトダマ空間認識者になっていた。

 

フォーリナーXXXのバクハツ・ジツを用いた攻撃によりスノーホワイトは重傷を負った。勝敗は決まった。スノーホワイトはこの手で殺す。あとは如何に殺すかが問題であり、思考は殺し方に移っていた。

 

捕縛し魔法の袋に入れた後にニンジャスレイヤーを倒し、奪われたドラゴンナイトと一緒に仲良くインタビューしながら殺すか、首を切断してニンジャスレイヤーとドラゴンナイトに見せるか。次々と邪悪な考えがニューロンに浮かび上がっていた。コワイ!

 

しかしどのアイディアも納得できなかった。どうせならこのネオサイタマでしか出来ない殺し方で殺したい。ニューロンをさらに稼働させアイディアを振り絞り浮かんだのがコトダマ空間を使用してスノーホワイトのニューロンを焼き切っての電脳死だった。

 

コトダマ空間に適性が無い者がコトダマ空間に入ってしまったらニューロンが焼き切れて死ぬ。それはフォーリナーXXXの魔法を使用した実験により証明済みだ。なんたるモータルをモルモットに代わりにした邪悪な実験だろうか!サツバツ!

 

フォーリナーXXXはスノーホワイトを掴み魔法を使用した。「異世界に行けるよ」の魔法を使えば、どんな人物でも異世界、つまりコトダマ空間に引き釣り込めるのだ。2人の体はコトダマ空間に移動していた。

 

フォーリナーXXXはコトダマ空間に移動すると同時にスノーホワイトの姿を探す。適性が無くニューロンが焼き切れた者の論理肉体の表情はブザマだ。その姿を見ようとサディストめいた表情を浮かべていた。そしてニュービーめいてオロオロしているスノーホワイトを発見する。健在である。

 

脳が焼き切れていないということはスノーホワイトにはコトダマ空間適性があった。フォーリナーXXXは即座に方針を切り替え、大剣を作り上げスノーホワイトに向かっていく。自分がハッキングにより脳を焼き切ってもコトダマ空間で死ぬことに変わらない。ニュービーのスノーホワイトを殺すなどベイビーサブミッションである。

 

「死ね!スノーホワイト!死ね!」フォーリナーXXXは電撃的な速度で首元に剣を振るう。スノーホワイトは防御するが、その反応速度はバイオナメクジめいて遅い。オオ、ブッダよ!スノーホワイトは異世界の地で脳が焼き切られるという哀れな死を遂げてしまうのですか!?

 

スノーホワイトの首は切断されて…いない。大剣が数インチ手前で止まっていた。スノーホワイトはフォーリナーXXXを見つめる。ニューロン内でソーマトリコールが再生されるほど死の予感を抱いていた。殺せたはずなのに何故殺さない?その行動の不可解さに訝しむ。

 

「キヒヒヒ、スノーホワイト!もっと最悪な死に方を思いついたぞ!」フォーリナーXXXはバリキ中毒者めいたハイテンションで手を叩き高笑いする!「イヤーッ!」大剣を捨てるとスノーホワイトの襟首を掴み打ち上げロケットめいた勢いで急浮上!スノーホワイトは全く反応できない!

 

2人はトリイゲートを通過し上昇していく。スノーホワイトは必死に藻掻くがフォーリナーXXXが作り上げた論理チェーンで拘束される。身動きを取れないスノーホワイトは超高速で通り過ぎる景色を見つめる。「オマミ」「混沌」「みんな知っている」ネオサイタマで見かけるようなネオン看板が有った。

 

他にもドラゴンが飛び、魔女の軍団が狂ったように高笑いしながら巨大なタコを攻撃し、ゴリラとイーグルがタコを守ろうと魔女の軍団に襲い掛かる。なんて非現実的な光景なのだろう。これがファルの言っていたコトダマ空間か。

 

スノーホワイトは思考をコトダマ空間からの脱出に切り替える。フォーリナーXXXのデーモンめいた笑み、あれは絶対に禄でもない事が起こると確信していた。論理チェーンで縛られながらも打ち上げられたマグロめいてもがき続ける。だが一向に拘束は解かれない。頭上に見える黄金立方体が近づいてくる景色に言いしれない恐怖を覚える。

 

(((キヒヒヒ、実際コワイ)))黄金立方体に近づくごとに論理肉体から汗がしたたり落ち寒気が全身に駆け巡る。体の中に潜む6つのニンジャソウルが近づきたくないと恐怖している。しかしこれもスノーホワイトに悲惨な死を与える為に必要であるとソウルから湧き上がる恐怖を抑え込む。

 

スノーホワイト、正義のヒーロー気取りで弱者を守るその姿が気に入らなかった。魔法少女とは自由だ、やりたければ正義の味方をして、悪行の限りを尽くしたくなれば悪役になる。好きなことを好きなだけやる。それが自由である。そしてスノーホワイトは何かに縛られて窮屈そうに見え気に入らなかった。

 

何より自分の自由を侵害した事は決して許されない。故に最も惨めで恐怖する死を与えてやる!フォーリナーXXXのソウルが最大限の警鐘を鳴らし始める。これ以上進めば奴が来る。今回は無事に済む保証は全くない。スノーホワイトを縛っているチェーンを手に取ると振り回しながら回転し、フォーリナーXXXを中心に竜巻が発生する。

 

「イヤーッ!」フォーリナーXXXはハンマー投げ選手めいてスノーホワイトを黄金立方体に向けて投擲した。そして向かっていくスノーホワイトに向けてキツネサインを作りながら嘲笑した。

 

「カラダニキヲツケテネ」

 



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最終話 ニンジャスレイヤー・アンド・マジカルガールハンター・バーサス・ニンジャマジカルガール#5

♢スノーホワイト

 

 スノーホワイトの視界の端に超高速で流れるネオン看板や招き猫などのオブジェクトが映る。それはかつて新幹線の車窓から見た風景以上の速さで流れていた。

 これは相当な速度で自らの身体が動いている。正面を見ると黄金の立方体が少しずつ近づいていた。

 スノーホワイトはこめかみに血管を浮かせながら歯を食いしばり力を入れる。この異様な空間は何なのかなど様々な疑問が浮かぶが、今すべきはフォーリナーXXXによって作られた鎖で拘束されたこの状態から脱出することだ。

 だが鎖の拘束は強力で指一本すら動かせない。それで懸命に力を込める。何が起こるかは分からないが、このままでは絶対にマズいという予感を抱いていた。

 体感時間で数分だろうか、拘束が弱まり右手の指が動かせるようになった。手のひらを大きく広げるとそれに連動するように右肘の拘束が緩み、右肩の可動域が少しずつ広がっていく。

 そこから右手を使って、左腕や脚に絡みついている鎖を引き剝がしていき体の自由を得る。

 拘束から逃れられた。次は止まらなければ、腕を突き出し体を捻るなどするがスピードは一向に衰えない。すると進行方向上に直径10メートル程度の立方体の浮遊物体が数十個見える。スノーホワイトはその浮遊物体に体をぶつけ何度も進行方向を変えながら減速し続ける。

 十回ほど浮遊物体にぶつかると動きは完全に止まる。そこから窪みを利用し這い上がり立方体の上辺に立ち周りの景色を見渡す。

 ネオン看板がそこら辺にあるが文字化けしてよく見えない。そしてはるか下には緑色の海のようなものが見えた。

 

 ここは異世界のどこかだろうか?非現実的な光景もそうだが、身体の感覚もネオサイタマや元の世界に居た時より現実味がない。数秒ほど思考を巡らせ己が置かれている状況の悪さを認識する。ここが異世界だとしたら相当にマズい。

 異世界に出るにしても入るにしてもフォーリナーXXXの魔法が必要になる。だからこそ今まで元の世界に戻れずネオサイタマに居続けたのだ。そして今も同じ状況だ、いやさらに状況は悪い。

 今まではフォーリナーXXXの存在を感じられた。それはネオサイタマに居るという証でもあり、見つけて魔法を使わせれば帰られるという可能性があった。

 だが今はフォーリナーXXXの存在は感じられない。それはこの異世界から脱出する方法が無くなったということでもある。脳裏にこの異様な空間で朽ち果てる姿が鮮明に浮かび上がる。 

 魔法少女に変身すれば肉体でもなく精神も強靭になる。だが異世界、しかも物語に出てくるような文明レベルが落ちても最低限の生活が出来る場所ではなく、文明も何もない異様な空間だ。そんな空間から出られないと認めてしまえば精神は病み発狂してしまう者も居るかもしれない。しかしスノーホワイトは挫けず脱出する方法を模索する。

 この世界から出たとすればフォーリナーXXXはニンジャスレイヤーの元に向かっているだろう。そこでニンジャスレイヤーが破れたとすれば、相手は野放しになる。

 ネオサイタマで好き勝手暴れ、多くの者を虐げ搾取し不幸にする。それはネオサイタマだけではなく、他の異世界に移動しそこの住人達も悪い魔法少女によって不幸になる。

 

 そんな事はさせない。自分が描く理想の魔法少女は、懸命に生きて散っていった魔法少女達が自分に託した理想の魔法少女像は、悪い魔法少女が悪事を働こうとしているのに何もせずに勝手に絶望するなんて望まない。絶対に諦めず最後まで足掻き続ける。

 フォーリナーXXXは下に向かった。そこ行けばこの世界から脱出するヒントを掴めるかもしれない。行動方針が決まれば行動に移すのみだ。スノーホワイトは立方体から下に向かおうと足を踏み出す。

 

──キンカクテンプルに向かわれては困る──

 

 それは肉声ではなく魔法で聞こえた声だった。そして全く聞いたことがないタイプの声だった。

 スノーホワイトの魔法は多くの者の声が聞こえる。人間は勿論、生物ならどんな声も聞こえ、幽霊やAIなどの非生物の声も聞いたことがある。だがこの声は聞いただけで不安になる耳障りな声だった。

 声が聞こえた方向に振り向くと空間に亀裂が入っていた。そこから何かが這い出てくる。それは砂嵐ノイズが人型になったような存在だった。その人型ノイズは迷いのない動作で襲い掛かる。

 スノーホワイトの手にはいつの間にルーラと同じ形の武器が握られていた。その不可解な現象に意識を向けず襲撃者に意識を集中させ、横薙ぎで首を切断する。そのノイズは断末魔を挙げながら霧散していく。

 今のは何だ?スノーホワイトは謎の襲撃者について思考しようとするが中断する。まだ困った声は消えていない。すると次々に空間に亀裂が入り、人型ノイズが這い出てスノーホワイトを取り囲む。

 

「「「「「「「「「「「「ドーモ、インクィジターです」」」」」」」」」」」」

 

 人型のノイズは一斉に頭を下げ挨拶する。その声は僅かなズレもなく声が重なったことで大音量になっていた。

 

「キンカクテンプルが何か知りませんが、私はそれに向かうつもりはありません。退いていただけますか?」

 

 スノーホワイトは12体程に増えたインクィジターに意識を向けながら、敵意が無いと伝える。姿形や雰囲気から没交渉な可能性が高い。正当防衛といえど分身の一部を倒してしまったが、戦わないで済むなら戦いたくはない。

 

「「「「「「「「「01000110亞キン0100殺011カ薇麝00%10ク」」」」」」」」」」

 

 インクィジターはキンカクテンプルという言葉に大きな反応を見せると一斉に襲い掛かる。スノーホワイトは交渉が決裂したのを確信した。

 1体の飛び蹴りで襲い掛かるが半身で躱すと同時にルーラで心臓部を貫き、引き抜くと同時に横薙ぎで3体の首を飛ばし、下から這い寄る1体を踏みつぶす。

 相手は弱い。このまま全滅させて下に向かうと算段を立てる。だが5体ほど倒したはずのインクィジターの総数は減るどころか、20体にまで増えていた。

 スノーホワイトは最速で相手を倒していくが、それ以上のスピードでインクィジターは増殖し、気が付けば取り囲まれていた。

 スノーホワイトはルーラを振るいながら相手を倒しそのまま近くの立方体に向かって跳ぶ。このままでは数の暴力で押し切られると判断し逃走を図る。本来であれば下に向かいたかったが、余裕がない。

 

「「「「「%§¶ファファファ00インインインクィジターはゆるゆるゆる許さないです」」」」」

 

 インクィジターは即座に後を追う。その数は倍々ゲームのように増えていき、スノーホワイトはその気配を感じながら逃げ続ける。このままではジリ貧だ。何とかしなければと思考を巡らせるが、一向に打開策は浮かばず終わりのない逃走を続けるしかなかった。

 スノーホワイトは急ブレーキをかけて停止する。進行方向には立方体の足場はなく。辺り100メートルには足場になるような物体はない、遥か下には緑色の海が見える。いつの間にか行き止まりに追い込まれていた。どうする?来た方向とは逆だが一か八か下に飛び込むか?

 ふと異様な気配を察知し後ろを振り向くと目の前にはドリルのように回転するインクィジターの姿が飛び込んできた。咄嗟にルーラを構えて受け流し、相手は後方に飛んでいく。

 だがそれだけでは終わらなかった。2体3体とドリル回転するインクィジターが次々と襲い掛かる。スノーホワイトは必死に防御する。だが体は削られ、ルーラは粉々に砕け、最後は右腕が吹き飛んだ。

 

「「「「「「「「「「 010101010許01010101010sa010101010101ない」」」」」」」」」」

 

 インクィジターはノイズが混じった音声を発する。その数は数えるのが困難なほど増加し、文字通りスノーホワイトの周りを覆い尽くしていた。そして一斉に人差し指を差すと同時に指が緑色に輝き始め辺りを照らす。

 これは致命的な攻撃がくる。死の予感が過りながら必死に打開策を探すが方法は見つからない。インクィジターの指先の光が強まっていく。それは死へのカウントダウンを想起させ焦りを募らせる。

 スノーホワイトの脳裏に次々と映像や音声が浮かび上がる。実家の景色、家族との何気ない会話、友人達と下校している時に見た夕焼け、そして魔法少女としての活動の日々だった。

 魔法少女時代で浮かび上がるのは魔法少女狩りとして活動の映像ではなく。魔法少女試験が始まる前の時のものだった。

 人助けをした相手のお礼の言葉や笑顔、チャットで魔法少女談義を咲かせたり、皆で決めポーズを考えたりと楽しい記憶が蘇る。

 そしてラ・ピュセルの姿、一緒に魔法少女としての活動をして、終わり際に鉄塔で見た月、本当に綺麗でラ・ピュセルの楽しそうな表情は本当に眩しかった。

 

(ラ・ピュセルが助けてくれないかな)

 

 スノーホワイトは僅かに笑みを浮かべながら内心で呟く。誰かに助けを求め状況に流され続ける。それは魔法少女試験が終わる前のスノーホワイトであり、弱さの象徴だった。

 だが絶望的な状況の前に打開策が浮かばずついに心が挫けた。その結果、必死に変えようとしていた弱いスノーホワイトが顔をのぞかせ、死んだはずのラ・ピュセルに助けを求めるという妄想を抱いてしまった。

 

「伏せて!スノーホワイト!」

 

 スノーホワイトは身を屈める。空想に浸りながらも理想を貫こうと鍛えた体が反射的に動いていた。

 

「「「「「グワーッ!」」」」」」

 

 目の前には上下真っ二つなり苦悶の表情を浮かべた大量のインクィジターが爆発四散し、緑色の花火を咲かせていた。何が起こった?突然の状況変化に全くついていけず、キョロキョロしながら声がした方向を振り向く。スノーホワイトは思わず口を手で覆い、涙が零れるのを必死に抑える。

 目の前には騎士が立っていた。要所要所を籠手、胸当て、脛当て等で固めているが、女性らしさも残し、胸元や太腿などは露わになり、女性的な肉付きをしている。顔に視線を移すと紫のアイシャドーに爬虫類のような特徴的な瞳と視線が合う。信じられないが見間違えるはずがない!

 

「わが名は魔法騎士ラ・ピュセル!盟友スノーホワイトの剣として馳せ参じた!正義の剣の錆となるがいい!」

 

 死んだはずの魔法少女ラ・ピュセルがそこに居た。スノーホワイトが願ったあり得ない妄想は現実となっていた。

 

 

♢ラ・ピュセル

 

「そうちゃん、身体に気を付けてね。無理しないでね」

「うん、あとまたそうちゃんって言ったな。魔法少女の時はラ・ピュセルって呼んで欲しいって言ったのに」

「ごめんね。そうちゃん。あっ、また言っちゃった」

「もうそうちゃんでいいよ。理想のスノーホワイトがそうちゃんって言うなら、僕も呼ばれたがっているのかも」

 

 ラ・ピュセルとスノーホワイトはハニカミながらゆっくりと草原を歩く。その様子が睦まじいのか空に浮かぶ太陽は笑顔を浮かべている。

 今ラ・ピュセル達がいるこの世界は現実世界ではない。ここはねむりんが居る夢の世界と呼ばれる場所だ。そしてこのスノーホワイトも本物のスノーホワイトではない。

 

 ねむりんは魔法少女でスノーホワイトやラ・ピュセルとは知り合いで、N市で行われた魔法少女選抜試験での最初の脱落者である。だが肉体は死んでも夢の世界ではねむりんの残留思念的なものが存在していた。

 そして、ねむりんがいる夢の世界を乗っ取ろうとした悪党魔法少女が現れた。その悪党は魔法少女を夢の世界を乗っ取る為の栄養源にするために様々な時間軸から魔法少女を夢の世界に呼び寄せた。その栄養源として呼び出された魔法少女の1人がラ・ピュセルだった。

 そして栄養源の魔法少女を留まらせるために当人達にとって理想的な存在として生み出された存在が理想のスノーホワイトである。

 結局は呼び出された他の魔法少女によって悪党は成敗され、呼び出された魔法少女達は夢の世界から元に居た世界に帰ろうとしていた。

 

「今何か言った?」

「言ってないよ。どうしたの?」

「いや、スノーホワイトの声がした気がして」

「本物のスノーホワイトじゃない?」

「でも別れた場所と別の方角から聞こえたような。あっ、まただ」

 

 ラ・ピュセルは目を閉じ耳に手を当て集中し声が聞こえる方向に歩き始める。確かにスノーホワイトの声が聞こえてきた。詳しい内容は分からないが、楽しいや嬉しいではなく、辛いや苦しいや悲しいという感情が籠った声が聞こえてきた。

 

「元の世界に帰らないの?」

「ちょっと確認してからにする。スノーホワイトに何か有ったら嫌だし」

「私もついていく」

 

 2人は辺りを謎の声の主の捜索を始める。森を抜け山を登りながらひたすら進む。体感として数キロは走ったが、声は着実に大きくなり近づいている実感がある。

 

「何だこれは?」

 

 ラ・ピュセルと理想のスノーホワイトは足を止め、ある場所をじっと見つめる。空間の一部が黒く染まり01と緑色で書かれた文字が見える。一目見ただけでこの世界において異物であるのが理解できる。

 

「ここなの?」

「うん、この奥から聞こえてくる」

 

 ラ・ピュセルは不安そうに尋ねる理想のスノーホワイトの声に力強く頷く。間違いない、最初はかもしれないだったが、今は絶対と言えるほど確信を抱いていた。そしてゆっくりと黒い空間に手を伸ばすが緑色の放電が走り手が弾かれる。

 

「大丈夫そうちゃん!?」

「大丈夫、少し痺れただけだから、しかし中に入れないのか」

 

 手首を軽く振りながら黒い空間を見つめる。あの空間に間違いなくスノーホワイトは居て、悪い状況に陥っている。今すぐにでも助けたいが中に入れないとなるとどうしようもない。

 

「とりあえず、ねむりんに相談するか」

 

 ラ・ピュセルは独り言のように呟く。夢の世界はねむりんの庭のようなものだ。何か知っているかもしれない。ダメだとしてもこれは明らかに異常であり、報告すべき事案だ。2人は元来た道を戻る。

 

「う~ん?」

 

 ぱじゃま姿の魔法少女ねむりん、正確に言えばねむりんの残留思念的な存在はおっかなびっくりした様子で人差し指をつんつんと黒い空間を触り、ねむりんアンテナと呼ばれる髪にくっついている雲に顔が着いた物体と相談する。

 

「何なの?これが夢の世界の崩壊の予兆的なモノとか?」

「アニメ的にはありがちだけど、そういったモノじゃなくて害はないかな」

「そうか。それでこの空間の先に私が入れるように出来る?」

「う~ん、ねむりんが一緒に着いていけば可能だけど、ねむりんの管轄外というか、何が起こるか分からない場所だと思うよ。結構危ないよ。本当にスノーホワイトの声が聞こえるの?」

 

 ねむりんは不安と疑いの眼差しでラ・ピュセルを見つめる。この世界はねむりんの庭であり最も適応できているという自負がある。その自分が聞こえずラ・ピュセルが聞こえているとなると、幻聴ではないかと思わず疑ってしまう。

 その目を見たラ・ピュセルは何かを決意したように息を吸い込むと右腕を勢いよく突っ込む。黒い空間は放電し緑色の光が勢いよく光る。

 

「ウオオオ!」

「そうちゃん!?」

「ダメだよラ・ピュセル」

 

 理想のスノーホワイトとねむりんは思わずラ・ピュセルの体を掴み後ろに引き戻す。ラ・ピュセルの腕から煙があがっていた。

 

「そうちゃん何してるの!?」

「ねむりんが行きたくないなら自力で行かないと」

「そんな事したら黒焦げになって死んじゃうよ」

「あの先でスノーホワイトが苦しんでいるかもしれない、困っているかもしれない。そう思ったら居ても立っても居られない。それに違ったとしても困っている人が居るかもしれない。それを放っておくなんて魔法少女じゃない」

 

 スノーホワイトならきっと同じことを言って同じことをする。スノーホワイトのパートナーとして隣に並ぶためには同じ行動をすべきだ。正しいことをするために痛みや恐怖から逃げない。それが魔法少女だ。

 ラ・ピュセルは理想のスノーホワイトの静止を振り切り再び黒い空間に歩みを進める。その前にねむりんが立ちふさがる。

 

「ねむりんも着いていくよ」

「いいの?行きたくないんじゃ?」

「正直に言えば行きたくないよ。でもねむりんだって魔法少女の端くれだし、ああ言われちゃあね。それにスノーホワイトもラ・ピュセルもこの世界を救ってくれた恩人だしね。恩人の為なら人肌脱ぐよ~」

 

 ねむりんはラ・ピュセルに親指を突き立て白い歯を見せる。それを見てラ・ピュセルはありがとうと静かに笑った。

 

「気を付けてね、そうちゃん…」

「うん、行ってくる」

「約束して、危なかったらすぐに戻ってくるって。私は死んでまで人助けはしなくていいと思ってる。きっと本物のスノーホワイトもそう思ってるよ」

「分かった。困っている人を助けても、スノーホワイトを困らせちゃダメだよね」

 

 ラ・ピュセルは不安そうなスノーホワイトの肩に手を置く。正しい魔法少女で居るのも大切だが、大切な人を困らせ悲しませたらダメだ。

 

「行ってくるね~」

「行ってきます」

 

 2人は手を振りながら黒い空間に侵入していく。その様子を理想のスノーホワイトは静かに手を振りながら後ろ姿を見守った。

 

◆◆◆

 

「うわ」

「なんか色々と凄いね」

 

 2人は開口一番に呟く。予想としては多少の違いはあれど夢の世界のような場所に行くと思っていた。だが着てみれば辺りは暗黒に包まれ、所々にネオン看板が散乱しているという悪い夢で出てくるようなサイケデリックな場所だった。

 

「ラ・ピュセルはどう?」

「問題ない」

「よかった。とりあえずバリアーっぽいの張ったけど、機能しているっぽいね。それでスノーホワイトっぽい声は聞こえる?」

「聞こえる。あっちからだ」

「わかった。とう!」

 

 ねむりんはラ・ピュセルの手を取ると飛び上がる。そのスピードはかつてN市最速の魔法少女トップスピード以上に速かった。そのスピードにラ・ピュセルは驚愕していた。

 

「なんでそんな事できるの?」

「何かこの世界はねむりんが居た夢の世界と似ているみたい。だからあっちで出来たことはこっちでもほぼ出来るみたい。やったー」

 

 ねむりんはハッハッハと嬉しそうに笑い声をあげ、ねむりんアンテナも満面の笑みを浮かべる。その能天気な光景にラ・ピュセルの緊張感は若干薄れていた。

 それから体感時間で数時間は飛んだ。その間にねむりんが暇つぶしに何か話を聞かせてとせがまれたので、魔法少女活動から魔法少女アニメの持論について熱く語っていた。

 

「ねむりん!止まって!相当近い!」

「了解、ねむりんアンテナ感度最大~!」

 

 ねむりんはラ・ピュセルの真剣みに帯びた声に応じる様に唇を引き締めアンテナを展開し、アンテナの表情も眉を吊り上げていた。

 ラ・ピュセルは首を左右に勢い良く振って辺りを見渡す。これが声の最大限なのか強弱で位置を判別できない。あとは目視によって確認するしかない。

 すると視界の端に白い何かが砂嵐のようなノイズに追いかけられている姿を捉える。焦点を合わせると白い何かは人型であると分かる。一方砂嵐も人型で数も多い。

 そして白い人型にさらに焦点を絞る。白色の学校の制服風の服、飾られた花びら、ピンク色のショートヘア、間違いないスノーホワイトだ。

 

「ねむりん!見つけた!あそこにスノーホワイトが居る!」

「本当だ!ってヤバイ状況っぽい。ラ・ピュセル捕まって」

 

 ラ・ピュセルはスノーホワイトに向かって飛んでいくねむりんの手に捕まる。向かっている間はスノーホワイトの様子を見る事に全ての意識を集中する。スノーホワイトの表情には焦りや恐怖が強く刻まれていた。

 それを見るたびに胸が締め付けられ身が裂けそうになると同時に相手に対して魔法少女あるまじき憎悪がこみ上げてくる。

 今すぐにでもスノーホワイトを助けたいが距離が遠すぎる。このスピードならあと20秒ぐらいで駆けつけられる。1秒があまりにも長く数十時間に感じていた。

 

 あと10秒というところで人型のノイズがドリルのように回転してスノーホワイトに突っ込んでいく。

 スノーホワイトは懸命に防ぐがコスチュームの切れ端が舞っていく。あと少しだけ耐えてくれと唇を噛みしめながら堪える。さらに持っていた武器の破片みたいなものが飛び散り、何かが吹き飛び粉みじんになる瞬間を視界に捉える。

 スノーホワイトの腕が飛んだ。あまりの出来事に思考が停止する。その間に人型のノイズはスノーホワイトを取り囲む。そして現実を咀嚼し理解する。その瞬間に怒りがつま先から頭まで駆け巡る。

 ラ・ピュセルは持っている柄を投げ捨て剣を振り被る。固有魔法は「剣の大きさを自由に変えられるよ」であり、剣を大きくすれば離れた敵にも攻撃できる。

 だが相手との距離はかなり離れていて優に1キロメートルはあった。そこまで届くほど大きくすれば巨大になり過ぎて到底剣を振り切れない。それは魔法少女の活動で十二分に理解していた。それでも構わず魔法を使う。スノーホワイトを守る。スノーホワイトを傷つける相手を倒す。頭にあるのはその2つだけだった。

 

「伏せて!スノーホワイト!」

 

 このまま剣を振り切ればスノーホワイトを斬ってしまうと理解できる理性は残っていた。警告を済ますと怒りを全てぶつけるように剣を振るう。

 全長約1キロメートルという非現実的な剣を難なく振るい。多くのノイズを切り捨てる。

 

◆◆◆

 

絶体絶命のスノーホワイトのピンチに死んだはずのラ・ピュセルが駆け付けた!ALAS!何という奇跡!「ラ・ピュセル!」スノーホワイトは思わず傍に駆けつけたラ・ピュセルに抱き着く。「スノーホワイト!その腕は大丈夫!」一方ラ・ピュセルは悲し気に右腕に視線を向ける。

 

「これ?痛みはないよ。それより何で?だって……ラ・ピュセルは……」スノーホワイトはその後の言葉を止める。ラ・ピュセルは確かに死んだ。それは間違いない。だが口にしてしまえば今起こっている奇跡が無くなり、居なくなってしまうような気がしていた。

 

「何でって?それはスノーホワイトの助けって声が聞こえたから、私はスノーホワイトを守る剣だ。駆けつけるのは当然だろ」ラ・ピュセルは頬を掻きながら恥ずかしそうに呟く。その言葉にスノーホワイトは流れる涙を隠すように頭をラ・ピュセルの胸元に埋めた。「また未来でって言ったけど、こんなに早く会えると思わなかったよ」

 

ラ・ピュセルは嬉しそうに呟く。今目の前に居るのは夢の世界で会ったスノーホワイトではなく、いつも隣に居る優しくて少し臆病なスノーホワイトだ。アトモスフィアで分かる。きっとこの世界でも誰かを助けるために戦っていたのだろう。「また未来で?」スノーホワイトは不思議そうに首をかしげる。未来で会おうと約束した覚えはない。

 

「01000110亞意0100殺011螺薇麝00%10」スノーホワイト達にインクィジターが襲い掛かる!まだ生き残りが居た!2人は迎撃する態勢が整っていない!「ねむりんビーム」ZAAAAP!極彩色の光線がインクィジターを焼き尽くす!光線の先には額に両中指と人差し指を額に着けたパジャマ姿の少女がいた。

 

「ねむりん!」スノーホワイトは思わず叫ぶ。ねむりんも魔法少女選抜試験で命を落とした魔法少女だ。ラ・ピュセルが居るだけでも奇跡的なのに、さらにねむりんまで現れ助けてくれた!おお、ブッダよ!アナタは何と慈悲深いのですか!「無事でよかったよスノーホワイト」ねむりんはスノーホワイトに近づく。

 

「ありがとう、ねむりん」スノーホワイトはねむりんの手を取り、涙声で礼を言う。「ねむりん達は何でここに来たの?」「ラ・ピュセルがスノーホワイトの声が聞こえるって言うから、それを便りに来たんだよ。ここは夢の世界に似ているから、ねむりんフルパワーだよ。助けてもらった恩は返すね」

 

ねむりんはボディービルダーめいて力こぶを見せるようなポーズを決める。一方スノーホワイトは再び首をかしげる。ねむりんを助けた覚えはない。寧ろ生前は世話になりっぱなしだった。「む、覚えていないのかな~残念」ねむりんは肩をがっくりと落とす。「そもそも、どうやってここに来たの?」スノーホワイトは思わず2人に質問をぶつける。

 

ねむりんの魔法は「他人の夢に入れるよ」だ。フォーリナーXXXのように異世界を行き来できる魔法ではない。「え~っと、夢の世界に黒い空間があって、そこを抜けたらこの場所に着いた」スノーホワイトはねむりんの答えに納得できなかった。

 

ニンジャスレイヤーが住む世界にはオヒガンと呼ばれる世界がある。そこはアノヨ、ヴァルハラ、ゲシュタルトなど様々な名で呼ばれる超自然的な精神世界が存在し、コトダマ空間はネットワークにオヒガンが混じった空間である。そしてスノーホワイトが住む世界にも同じような精神世界が存在していると唱える学者もいる。

 

それは集合的無意識と呼ばれ、夢も集合的無意識であり、複数人が同じような内容の夢を見たという事例があるが、集合的無意識のイメージを同時に感じ、夢として見ているとも言われている。オヒガンと集合的無意識は似た性質を持つ精神世界であるが、交わることは決してなかった。

 

だがフォーリナーXXXの魔法によりスノーホワイトの世界からネオサイタマへ、物理世界からコトダマ空間と移動し、それにより道が生じ繋がり本来交わるはずのないオヒガンと集合的無意識は繋がる。その結果がねむりんの夢の世界に出来た歪であり、そこからオヒガンに行けるようになっていた。

 

ねむりんは夢を司る魔法を使え集合的無意識の住人ともいえる。集合的無意識とオヒガンは似たような性質があるがゆえに極めて高いコトダマ空間適性を得ていた。だからこそコトダマ空間で自由に動けていた。そしてスノーホワイト達とねむりん達の認識に齟齬があるのはコトダマ空間の性質が由来となる。

 

コトダマ空間は過去と現在と未来が行きかう不思議な空間である。かつてニンジャスレイヤーも未来では会うが、現時点で出会っていないシルバーキーとコトダマ空間で出会っている。それと同じ現象がスノーホワイト達にも起こっていた。

 

ねむりんとラ・ピュセルはスノーホワイトにとっては過去の人物だ。スノーホワイトは未来でねむりんによって夢の世界に誘われ再会するが、今のスノーホワイトはまだ夢の世界に行ってはいない。一方ラ・ピュセル達は今しがた夢の世界に来たスノーホワイトと分かれたばかりだった。

 

「さてと、スノーホワイトを助けて一件落着ってわけにはいかなそう」ねむりんはうんざりと呟く。「「「「「ドドドドドーモ、インクィジターです」」」」」周りには多重ログインめいて大量増殖したインクィジターがいた。「とりあえず倒そう。スノーホワイトは休んでいて」「私も戦う」スノーホワイトはルーラを生成して左手で構える。

 

「だめだ、休んでいて」「早く撃退して、悪い魔法少女を追わなきゃいけないから」「分かった。さっさと倒して悪い魔法少女を追いかけよう」ラ・ピュセルはスノーホワイトを一瞥して背中を合わせる様にして剣を構える。

 

先程までは一緒に魔法少女活動をしているスノーホワイトのアトモスフィアがあった。しかし今のスノーホワイトにはそれらが無く決断的意志を感じた。優しさの中に強さを持った夢の世界で会ったスノーホワイトの姿だった。「ねむりんもがんばるよ」ねむりんもフィクションめいた構えを作る。

 

「トゥ!」ねむりんはカートゥーンヒーローめいた飛び蹴りをインクィジターに放つ!「グワーッ!」インクィジターは爆発四散!「トゥ!」「トゥ!」ねむりんはインクィジターを足場にして連続跳び蹴り!あまりの速さにねむりんが多重ログインめいて増える!なんたる魔法少女にも不可能な非現実的なカラテか!

 

「「「「グワーッ!」」」インクィジターはタマ・リバーの花火めいて連続爆発四散し辺りを照らす!「う~ん、ちょっとグロいかも。もっとメルヘンチックに倒したいけど無理みたい。ごめんね」爆散するインクィジターを見て眉をひそめながら 連続跳び蹴りを繰り返す。

 

「「「「イヤーッ!」」」」大量のインクィジターがバイオピラニアめいてスノーホワイトとラ・ピュセルに襲い掛かる「ハァアア!」ラ・ピュセルは剣を巨大化させインクィジター達をサイコロステーキめいて切り捨てる!タツジン!だが取りこぼした一部がラ・ピュセルの後頭部に襲い掛かる!

 

「グワーッ!」スノーホワイトがインクィジターをケバブめいて刺殺!「01000110亞意0100殺011螺薇麝00%100010101」インクィジターが意味不明な声を挙げながらスノーホワイトに襲い掛かる!「「「「グワーッ!」」」」スノーホワイトは連続突きで撃退!あまりの突きの速さで残像が壁を作る!明らかに現実世界よりカラテが増している!

 

「ラ・ピュセル、私もだよ」スノーホワイトは背中越しにポツリと呟く。その言葉にラ・ピュセルはバツが悪そうに笑う。ラ・ピュセルから『スノーホワイトと一緒に戦えて嬉しいとバレたら困る』という声が聞こえてきた。ラ・ピュセルは夢の世界でスノーホワイトに一緒に肩を並べて戦おうと約束した。今その約束が叶い嬉しかった。

 

しかし戦いは魔法少女の本分ではないとも理解し、戦いを楽しんでいると知られたら嫌われてしまうと思い、それが困った声に現れていた。一方スノーホワイトも同じだった。魔法少女の本分は戦いではなく人助けだ。それでも過去は守られてばかりだったラ・ピュセルを守れるのが嬉しかった。

 

「ねむりん、危ないから戻ってきて!」「了解」ねむりんは指示に従いラ・ピュセルの傍により、スノーホワイトも声を聞いて傍による。「ハアァァァ!」ラ・ピュセルは巨大化した剣の刃ではなく刀身が当るように握りを変えて、ハンマー投擲めいて回転する!ラ・ピュセルを中心に竜巻が発生!何たる魔王塾出身者でも不可能なカラテか!

 

「「「「グワーッ!」」」」インクィジター達は竜巻に巻き込まれ爆発四散する!魔法少女は想いの力、精神によって強さが上下する。今のラ・ピュセルはスノーホワイトを間一髪で助け、夢だった肩を並べて戦うというシュチュエーションに最高に気分が高まり、かつてないほどカラテが上昇していた!

 

「0101010簑01010101覇01010101」インクィジター達は襲い掛からず、3人を観察するように静観する。「ありがとう2人とも、あとは大丈夫だから元の世界に帰って」スノーホワイトは告げると下に移動する。目的はインクィジターを倒す事ではない、ネオサイタマに帰る事だ。今が逃げられるチャンスだ。

 

スノーホワイトは落ちながらインクィジターの様子を確認する。追ってこない、キンカクテンプルに近寄るつもりはないと理解したのか。「待ってスノーホワイト」「ねむりん達もついていくよ」ラ・ピュセルとねむりんが追い掛けるようにスノーホワイトの横に並ぶ。「あの化け物みたいなのが居るかもしれない」「そうだよ」

 

「分かった。じゃあお願いするね」スノーホワイトは一瞬考え込んだ後笑みを浮かべながら了承する。この世界は未だに全容を掴めていない、この空間では明らかに自分より強いねむりんとラ・ピュセルが居るのは心強い。何より死んだ2人と再会し一緒に過ごすという奇跡を1秒でも長く味わいたい。

 

ねむりんはスノーホワイトとラ・ピュセルの手を掴み、下に向かって滑空移動する。その移動スピードはフォーリナーXXXがスノーホワイトを掴んで上昇するスピードと同等だった。3人は7つのトリイゲートを通り過ぎ下に向かっていく。するとねむりんは停止し、ある方向を指さす。そこには空間に亀裂が入り白い光が漏れていた。

 

「たぶん、ここから出られるよ。これ使って」ねむりんは手を合わせると鍵のようなものを生成し、スノーホワイトに渡そうとするがその手が止まる。「あっ、まだ調整が必要だからラ・ピュセルとお喋りしながら待っていて、大丈夫、この世界で長居しても、スノーホワイトの世界では数秒程度だと思うよ」

 

ねむりんは不自然な笑みを浮かべながら、飛び立っていき、スノーホワイトとラ・ピュセルだけになる。「じゃあ、お喋りする?」「いいよ」スノーホワイトが少し他所他所しく切り出すとラ・ピュセルは頷き、2人はその場に座り込んだ。

 

♢スノーホワイト

 

(ありがとう、ねむりん)

 

 スノーホワイトは心の中で礼を言う。本来であれば一秒でも速くネオサイタマに帰らなければならない。だがネオサイタマに戻るとなると、もう少しだけラ・ピュセルと一緒に居たいという気持ちに後ろ髪を引かれる。

 その気持ちを察したのかねむりんは席を外し、時間の流れが違うからいくらでもお喋りしても問題ないという大義名分を与えてくれた。

 魔法少女狩りとして鉄仮面と揶揄される事もあり、ポーカーフェイスが身に着いたと思ったがこうも簡単に考えがバレたと思うと少しだけ恥ずかしくもあった。

 

「スノーホワイトが今居るのは?どんな世界なの?」

「今いるところはネオサイタマって都市、基本的に私達の世界と一緒かな、歴史も結構似ている。でも所々変かな。寝間着は柔道着だし、空にはマグロの形やこけし人形の形をした飛空艇がコマーシャルを流しているよ」

「何か凄いね」

「あと魔法少女モノもあるよ」

「へえ~、魔法少女モノがあるんだ。異世界でも流行ってるんだ」

「といっても魔法が忍術になってニンポ少女モノって呼ばれている。でも内容は変わらない」

「ニンポ少女か、何かアメリカの人が考える変な日本のアニメみたい」

 

 2人は取り留めのない会話を続ける。スノーホワイトは異世界について喋って何か影響が出ないかと心配したが、その心配はすぐに消えていた。

 何気ない会話が楽しく心を癒していく。脳裏には魔法少女活動の後で鉄塔の上で喋り合った日々の記憶が蘇っていた。

 

「ねえ、スノーホワイト、どうしてもそのネオサイタマに帰らなきゃならないのか?ねむりんなら夢の世界経由で元の世界に帰せるかもしれない」

 

 ラ・ピュセルは心配そうに尋ねる。道中でお互いの事を教え合った。ラ・ピュセルは夢の世界に召集された死ぬ前のラ・ピュセルであり、その夢の世界で未来のスノーホワイトに出会った事、スノーホワイトは悪い魔法少女を追ってネオサイタマに来たのを教えた。

 ラ・ピュセルの困った声が大音量で響き渡る。スノーホワイトが危ない目にあったら困ると心配する声が次々に聞こえる。

 

「それは出来ない。このまま元の世界に戻ったらフォーリナーXXXを野放しにすることになる。それだとネオサイタマの人々が苦しむ。他の世界に行ってもっと多くの人が苦しむ。私がやっつけて止めないと」

 

 スノーホワイトは静かに首を振る。ねむりんの力で再びネオサイタマに行けるなら考えなくもないが、出来るという保証がない以上帰るわけにはいかない。

 そして手のひらを強く握りしめる。大好きな魔法少女が悪事をするのが許せない。他の世界の人が魔法少女を悪く思ってしまうのが許せない。ラ・ピュセルはフォーリナーXXXを認めない。決意を固める様に動機を思い浮かべていく。

 

「やはり、未来のスノーホワイトは私が知るスノーホワイトとは違うのだな」

「どのへんが?」

「やっつけるなんて言わずに、『こんなの魔法少女らしくない』って必死に説得すると思う」

 

 ラ・ピュセルは思い出すように笑みを浮かべる。その笑みはスノーホワイトの心に棘を刺す。確かに昔の自分であれば泣きながら懇願するだろう。それで止めてくれればいくらでもする。

 だが今まで捕まえた魔法少女やフォーリナーXXXはその姿を見てゲラゲラと笑いながら暴力を行使し、信じられないと動揺する姿を見て腹の底から笑うだろう。魔法少女としての本質を見失った者が蔓延っているのが現状だ。

 

「ねえラ・ピュセル、夢の世界で会った私や今の私は嫌い?」

 

 スノーホワイトは僅かに声を震わせながら尋ねる。やっつけると言ったがかなりマイルドにした表現だ。

 ネオサイタマに戻ってから行うのはルーラで切り裂き石突きで殴り暴力で屈服させ改心させる。それでも改心しなければ魔法の国の監査部に送りつける。

 その姿を見たらラ・ピュセルは目を覆い失望するかもしれない。自分だってTVの中の魔法少女のように相手の良心に訴え続け改心させたい。だが現実はあまりに非情で誰も耳を傾けない。

 それはTVの中の魔法少女のような愛や勇気が足りないからかもしれない。暴力という手段を選んだ時点で魔法少女失格なのかもしれない。それでも理想の魔法少女であるために挫けそうになっても頑張り続けている。

 

「私が知っているスノーホワイトは少し弱虫だけど頑張り屋で優しい理想の魔法少女だ。でも今のスノーホワイトは気高く逞しくカッコイイ」

 

 ラ・ピュセルは一瞬照れながらも真っすぐな瞳でスノーホワイトを見据え答える。カッコイイはこの年頃の男の子にとっては最大重要項目らしい。その基準で言えば最大級の誉め言葉だった。

 

「今のスノーホワイトの考えになったのは色々有ったからだと思う。きっと凄い事が。悪い魔法少女をやっつけるとか手段は変わっても、スノーホワイトの根っこの部分は変わっていない。だから私はスノーホワイトを肯定して断言する。魔法少女スノーホワイトは今もこれからも清く正しい理想の魔法少女だ」

 

 スノーホワイトの手をラ・ピュセルは優しく包み込み温もりが伝わる。悪い魔法少女を摘発して魔法少女狩りと呼ばれるようになってもこれが清く正しい魔法少女なのかと常に自問自答を続けていた。

 リップルやファルは己の活動を肯定してくれる。それでも自信を持てなかった。もしラ・ピュセルやハードゴアアリスが見たら何と言うだろうか?

 ラ・ピュセルは励ますために言った建前かもしれない。実際に見たら軽蔑するかもしれない。それでも肯定してくれたという事実は何よりの支えとなっていた。

 

「あっ、ごめん!馴れ馴れしかったかな」

「そんなことない」

 

 ラ・ピュセルは慌てて手を放そうとするが、スノーホワイトが逆に握りしめる。お互いの身体は肉体でなく精神体のようなものだ。それでもラ・ピュセルの温もりが、そして優しさや親愛が伝わってくるような気がして、少しでも触れ合いたかった。

 スノーホワイトは数秒間握りしめる。ラ・ピュセルは顔を紅潮させながらも強引に手を振りほどかずじっとしていた。

 

「ねむり~ん!調整終わった~?」

 

 スノーホワイトは遠くに行ったねむりんに聞こえるように声を出す。その表情はとても晴れやかだった。

 

「じゃあ、これを亀裂に差し込んで」

 

 ねむりんから受け取った鍵を亀裂に差し込むと空間に白い長方形が作られる。

 

「ねむりん本当にありがとう。私だけだったらここで死んでた」

「気にしないで、知り合いと冒険するのは初めてだから楽しかったよ」

 

 ねむりんはフワフワと浮かびながら答える。いつもチャットで話を聞いてくれたねむりん、彼女との思い出は楽しい記憶として残り続けている。その姿を記憶に刻み込もうとじっと見つめた。

 

「出来るのであればスノーホワイトの剣として馳せ参じたいのだが」

「大丈夫ラ・ピュセル、私はあの頃の泣き虫じゃなくて少しだけ強くなったから」

「ではスノーホワイトの武運を祈っている」

 

 ラ・ピュセルは演技がかった動作で片膝立ちし激励の言葉を送る。絶体絶命のピンチを救ってくれた。それは弱いスノーホワイトの象徴である。魔法少女狩りとしては恥じるべきなのだが、心の底から嬉しかった。

 そして魔法少女試験が終わってからの魔法少女スノーホワイトを肯定してくれた。それはこれからの魔法少女生活を支える最高の激励だった。

 

「じゃあね」

 

 スノーホワイトは2人に手を振ると白い長方形に向かって歩みを進める。だが数歩手前で歩みを止め振り返り告げる。

 

「ラ・ピュセル、最後に…お願していい?」

「いいよ」

「そうちゃんって呼んでいい?そして私を小雪って呼んで」

 

 幼い頃は愛称であるそうちゃんと呼んでいた。そして魔法少女として再会すると魔法少女ラ・ピュセルであり、そうちゃんと呼ぶのを禁止した。

 ビジュアルイメージは騎士であり、言動や仕草も騎士らしく心掛け愛称で呼ばれるとイメージが崩れると、2人きりでも嫌がっていた。

 スノーホワイトも意思を尊重し、うっかりと呼びはするが自分の意志で呼びはしなかった。それでもラ・ピュセルは魔法騎士ラ・ピュセルであると同時に幼馴染の岸辺颯太でもある。そして魔法少女スノーホワイトではなく、姫川小雪として話したかった。

 

「いいよ、小雪」

 

 ラ・ピュセルは何かを察したのか反論せず小雪と呼び、スノーホワイトはそうちゃんと呼び返す。

 

「そうちゃんと一緒に魔法少女として人助けをしてマジカルキャンディーを集めて、鉄塔でお喋りして、本当に……本当に楽しかった。あの日々は私にとって一生の宝物だから」

「楽しかったって、僕達はずっと魔法少女として人助けするんだろう」

「そうだね」

 

 スノーホワイトはその言葉に一瞬動揺するが笑顔で動揺を隠す。目の前に居るラ・ピュセルは自身に起こった事は知らない。ならば悟らせてはならない。魔法少女活動で培ったメンタルコントロールで感情を抑え込む。

 

「もしかして小雪と分かれちゃうの?引っ越し?」

「ううん違うの、さっきのは言葉の綾、今までも楽しかったし、これからも一緒に居て楽しいんだろうなって」

「そうだね。これからもずっと魔法少女でいよう。中学卒業しても高校でも人助けしてさ、もしかして地元を離れたとしても連絡を取り合って、お互いが住んでいる場所に行って人助けしよう。就職して結婚しておじいちゃんおばあちゃんになっても魔法少女であり続けよう」

「そうだね。ずっと魔法少女でいよう」

 

 濁流のように表に出てきそうな感情を抑え込むように心臓に手を当てる。それが出来たらどれだけ素敵だろうが、だがその未来は絶対におとずれない。

 

「そうちゃんは理想の魔法少女だって言ってくれたけど、そうちゃんこそ理想の魔法少女だよ。優しくて強くて自分で選んで行動できる。私の目標はそうちゃんだから」

 

 魔法少女選抜試験が始まり、状況に流され怯えるだけの自分を守り一緒に生き残ろうと行動した。ラ・ピュセルこそ理想の魔法少女だ。

 

「面と言われると照れるな。じゃあお互いがお互いの良いところを見習って頑張ろう」

 

 そうちゃんは手を差し出しその手を取る。そのぬくもりを体に刻み込むようにぎゅっと握った。小雪と呼ぶ優しげな声、仕草の1つ1つを脳に刻み込んでいく。

 

「じゃあね、そうちゃん!」

 

 スノーホワイトは何度も手を振りながら後ろ歩きで白色の長方形の中に消えていった。

 

 

◆ファル

 

 重金属酸性雨が魔法の端末を打ちつける。気が付けばフォーリナーXXXとスノーホワイトの姿が消え、魔法の端末が路上に放置されていた。

 恐らくフォーリナーXXXが魔法を使って異世界に飛んだ。しかし自分はスノーホワイトと一緒に飛ばされなかった。服と同様に連れていかれると思ったが、許可されなかったのか?

 ファルはフォーリナーXXXの魔法について考察を始める。すると空間から突如フォーリナーXXXが突如姿を現す。周りを一瞥すると魔法の袋から恐竜のような生物を取り出し、それに乗って離れていく。

 ファルは考察を中断し魔法少女センサーを起動する。そのセンサーの範囲から瞬く間に離れると監視カメラをハッキングし追跡する。スノーホワイトはまだ戻らずこの世界に戻す術も知らない。今出来ることはスノーホワイトが即座に追えるように追跡する事だ。

 

 それから十数秒後ぐらいにスノーホワイトが姿を現す。

 

「スノーホワイト!」

 

 ファルは思わず声をあげる。戻ってくれると信じていながらもこのまま戻らないのではと不安が膨らみ続けていた。

 

「ファル、フォーリナーXXXは?」

「この場に居ないぽん、監視カメラをハックして追跡中ぽん」

「たぶんニンジャスレイヤーさんのところに向かっているはず、案内して」

 

 スノーホワイトは立ち上がろうとするが左わき腹に視線を向け一旦止まる。ファルは即座に容体を確認する。消える間際にフォーリナーXXXの攻撃を受けたのだった。左わき腹の傷は致命傷ではないが、戦闘不能で適切な治療を受けなければ死ぬレベルだ。

 するとスノーホワイトは魔法の袋から糸と針を取ると左わき腹を縫合する。電子妖精に表情筋は存在しないが、もし存在すれば思わず顔をしかめていただろう。

 いくら魔法少女でも麻酔無しで縫合は相当に痛い。しかも自分で縫合するとなれば痛みや恐れで手が多少なり止まるはずだが、その手は一切止まらず傷を縫合し飛び立ち、看板や壁を伝ってビルの屋上から屋上へ移動する。

 

「痛くないぽんというより何で動けるぽん?」

 

 ファルは思わず問いかける。いくら傷を縫ったところで怪我治るわけではない。あの傷は普通であれば戦闘どころか、動き回るのも困難だ。だがいつもと変わらず動けている。あまりにも不可解だった。

 

「こんな傷でへこたれている暇はない。私は魔法少女としてフォーリナーXXXを止めないといけない」

 

 スノーホワイトは基本的に感情を見せない。リップルなどに会えば素の表情を見せるが、それ以外では魔法少女狩りというキャラクターを演じる様に冷静に淡々と喋り行動する。だが今の言葉には感情がむき出しになっていた。

 そしてさらなる変化にファルは訝しむ。スノーホワイトの左わき腹の怪我が驚くべき速さで治っている。魔法少女の回復力は凄まじく、骨折程度なら半日もあれば治る。だが左わき腹の傷はそんな生易しいものではない、この治癒スピードはN市の魔法少女ハードゴアアリスを思わせるほどだ。

 

 

 さらに移動スピードも怪我をしているが通常時より速い。これなら怪我が治り速度はさらに増すだろう。今までスピードを抑えていたとは考えられない。だとしたら身体能力が向上したとしか考えられない。これらの現象に対する答えに心当たりがある。

 

 魔法少女は感情で動く生物だ、気の持ちようによって驚くほど弱体化し逆に強化される場合もある。そして感情の振れ幅が極端に高まると、まるで十数年鍛えたかのように一瞬で強くなるケースがある。それは覚醒と業界では呼ばれている。

 スノーホワイトは覚醒したのかもしれない。それは魔法少女として1つ上の段階に上がった証でもある。

 

 



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最終話 ニンジャスレイヤー・アンド・マジカルガールハンター・バーサス・ニンジャマジカルガール#6

「グワーッ!」若者男性2人が叫び声を挙げながら雑居ビルの階段から転がり落ち、重金属酸性雨が無慈悲に体を打ち付ける。彼らは体をさすりながら目に涙を浮かべ階段の先を見上げる。そしてストリートに行きかう人々は一瞬目を向ける。2人は全裸であった。だが人々はすぐさまサイバーサングラスに移る電子空間に意識を向けた。

 

「チクショー!運が悪かっただけだ!」「そうだ!そうだ!」彼らは口々にお互いを慰め合う。彼らは無軌道大学生と呼ばれる若者だった。彼らはセンタ試験に合格したエリートだった。だが日々の勉強から解放され、その解放感が麻雀にのめり込ませ、大学の講義を受けず麻雀を打ち続けるという自堕落な生活を送る。

 

彼らは同級生達から麻雀で金を巻き上げ暮らすという自堕落な日々を送るなか夢を見る。ネオサイタマにおいて麻雀でカチグミ並みの収入を得るバイニンと呼ばれる存在に憧れた。カチグミになっても幸せだとは限らない。過酷な出世争いに、失敗によるケジメ、マケグミもジゴクだがカチグミもジゴクである。だがバイニンには出世争いもケジメもない。

 

バイニンを目指しIRCネットで知った賭け麻雀をしている店に訪れる。そこは初心者向けと書かれていた。これがバイニンへの第一歩だ、明るい未来しか見えなかった。だが彼らは麻雀で負け続け有り金どころか、服まで剥ぎ取られ完膚なきまでに負かされ奪われた。

 

「そうだ!ほんのちょっとの差だ!次は勝てる!ダイジョウブダッテ!だからフワフワローンで金を借りて奪い返そうぜ!」スキンヘッド男はブッダめいた笑顔を浮かべながら無軌道大学生の肩に手を回す。「そうだ、あと1巡で5萬を引けたんだ!」「伝説のバイニンのヨルダ=サンだってフワフワローンで金を借りてから勝ったんだ!」

 

無軌道大学生たちは興奮で目を血走らせながら喋る。その様子を見てスキンヘッドは嘲笑を隠しながら見つめる。バイニンという存在は店を経営しているメガコーポかヤクザクランが作り上げた虚像だ。IRCネットにバイニンと呼ばれる架空の存在を作り上げ、それに憧れた無知で愚かな者を店側の人間が奪い取る。当然ヨルダという人物は存在しない。

 

無軌道大学生達は負けるべくして負けた。だがそれに気づかず借金センターで限度額まで借りさせられ、再び途轍もない債務を背負わされ人生が終わる。ネオサイタマにおいてこのような出来事はチャメシ・インシデントである。何と言うマッポー都市だろうか!サツバツ!

 

「じゃあ、フワフワローンに行く……アバッー!」スキンヘッドの頭からスプリンクラーめいて血が吹き上がる!即死だ!無軌道大学生達はスクラップ寸前のオイランロイドめいて数秒後にスキンヘッドに目を向ける。額には鉄製で星形の何かが突き刺さっていた。これは……スリケン?「「アイエエエ!」」無軌道大学生達はNRSショックを発症し失禁しながら気絶した。

 

◆◆◆

 

アイアンオトメは法定速度を遥かに超えた速度で道路を走り続け、自動運転で前を走る車を抜き去っていく。「テメエ!アオッテンノカ…アイエエエエ!」抜かれたドライバーは恫喝しようと窓から身をのぞかせる。そこにはハンドルを握らず進行方向とは逆を向きながらシートに直立しているニンジャスレイヤーの姿、NRSショックを発症していた。

 

車はドライバーがNRSを発症したことにより一時的に制御不能となり蛇行減速し、ニンジャスレイヤーの後ろに居るマンキヘイに向かってくる。しかし一飛びで車のリーフに飛び乗り、それを足場にさらに跳躍、前方を走るニンジャスレイヤーに向かっていく。

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」跳躍するマンキヘイに向かって速射砲めいた速さのスリケンを投擲! マンキヘイはサイズをバトンめいて回しスリケンを弾く!弾かれたスリケンは「命の水」「その美味さヨコヅナ級」「少し安い」のネオン看板に当り明滅する。「アバーッ!」弾かれたサイバーゴスの頭に当る!ナムサン!

 

そしてスリケンのエネルギーによりマンキヘイの勢いは減退し、ニンジャスレイヤーとの距離が空く。ニンジャスレイヤーとマンキヘイのチェイスが始まり1分が経過した。そして当初は両者の距離はタタミ15枚分の距離が有ったが、今はタタミ10枚まで詰められていた。

 

だがニンジャスレイヤーに焦りはない。離れすぎればマンキヘイは追うのを諦めてフォーリナーXXXの元に向かうかもしれない。あえて距離を詰めさせることで追いつけると希望をもたせ追わせる。さらにニンジャスレイヤーはアイアンオトメに運転を任せ、スリケンを投擲できる。

 

何たるニンジャ観察力による最適な行動か!これは謂わばニンジャスレイヤーのフーリンカザンなり!そしてフーリンカザンを生かしマンキヘイの身体には何枚かのスリケンが刺さっていた。ニンジャスレイヤーはスリケンを投げ続けながら思考を続ける。

 

当初の予定通りフォーリナーXXXとマンキヘイを離すのはいい、だがそれをいつまで続ける?目的はフォーリナーXXXの打倒だ。このまま現状維持を続けている間にスノーホワイトがやられフォーリナーXXXが合流し2対1に持ち込まれる可能性がある。

 

すぐに倒すべきだ。しかし脚を止めた瞬間にフォーリナーXXXのアイテムによりマンキヘイがスノーホワイトの元に向かう。またはフォーリナーXXXがこちらに来るという可能性も考えられる。このイクサはニンジャのイクサではなく、ニンジャと魔法少女のイクサだ。何が起こるか分からず、今までよりさらなるケオスである。

 

何が最適な行動であるか、ニンジャスレイヤーはマンキヘイの様子を観察しながら、ニンジャ第6感を働かせ機を窺う。するとスリケンがマンキヘイの脚に刺さり動きが僅かに鈍る。その瞬間ニンジャスレイヤーの目がセンコめいて光り、背中にはしめ縄めいた筋肉が浮かび上がる!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがスリケンを投擲!これは唯のスリケンではない!チャド―奥義ツヨイスリケンだ!スリケンは螺旋軌道を描きながらマンキヘイに向かっていく!ニンジャスレイヤーはここが勝負所であると察知したのだ!何たる長年のイクサで培ったニンジャセンスか!

 

マンキヘイのニューロンが高速で稼働する。この状態で回避は不可能だ。ニンジャスレイヤーはツヨイスリケンよりさらに強力なダブルツヨイスリケンという技を使える。しかしその技は安定した足場と溜めが必要である。今の状態で使えば時間を要し、マンキヘイに回避されていた。

 

だからこそニンジャスレイヤーは技の速さを重視したのだ。イクサとは威力が高い技を出せば勝てる単純なものであらず、フーリンカザンを形成し、最適な行動を選択実行し相手にダメージを与え倒す。それこそがイクサでありカラテである!

 

マンキヘイは手に持っていたサイズをランスに変化させ投擲する。ランスは強烈なスパイラル回転を描きながら向かっていく。走っているエネルギーを最大限利用しツヨイスリケンを弾くと同時に、ニンジャスレイヤーをケバブめいた死体に変えんとする攻防一体の攻撃だ!なんたる状況判断!

 

SMAAAAAAAASH!凄まじい衝突音が鳴り響く!スリケンは消滅しランスは運動エネルギーを相殺されその場にポトリと落ちた。威力は互角だ!ニンジャスレイヤーはシートから飛び立つと同時にフックロープを前方の「ブタキング」のネオン看板に投げ、フックが引っかかると同時に巻き上げ機構が働き、ニンジャスレイヤーはロケットめいた勢いで移動。

 

「イヤーッ!」そのまま「ブタキング」のネオン看板を足場にしてマンキヘイの上空から襲い掛かる!これはドラゴン・トライアングルリープキックだ!ドラゴン!一気にトドメを刺しにいく!

 

「グワーッ!」ドラゴン・トライアングルリープキックがマンキヘイに直撃しワイヤーアクションめいて吹き飛ぶ!ニンジャスレイヤーは決断的にスプリントし、トドメを刺しに行く!「イヤーッ!」膝立ちしているマンキヘイへサッカーボールキック!その首をアメフトのキッカーめいて蹴り飛ばす気だ!

 

「グワーッ!」蹴りの着弾点は首ではなく胸だ!マンキヘイは決断的に前に出て着弾点をずらし、胸にカラテを込めて受けたのだ!「イヤーッ!」マンキヘイは両手でニンジャスレイヤーの脚を掴みながらナイルワニのデスロールめいて回転する!ニンジャスレイヤーも逆らわず同じ速度で回転し脱出!バック転で距離を取る!

 

「イヤーッ!」逆にマンキヘイが決断的にスプリントしニンジャスレイヤーの懐に飛び込み、ポムポムパンチめいた突き上げ攻撃を繰り出す。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーも右拳を振り下ろす。ボックスカラテのチョッピングライトだ!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの拳がマンキヘイの顔面に突き刺さる!

 

「イヤーッ!」マンキヘイはその場で踏みとどまりボディーブロー!何たるニンジャ耐久力か!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの腹部にめり込む!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのボディーブロー!「イヤーッ!」マンキヘイはダッキングと同時にロケットめいてニンジャスレイヤーの顎に向かって跳ね上がる!

 

ニンジャスレイヤーはクロスガードでブロックし膝蹴り!「グワーッ!」マンキヘイの腹部に突き刺さる!「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに首を掴み連続膝蹴り!「イヤーッ!」「グワーッ!」マンキヘイは膝蹴りを受けながらボディーストレート!思わぬ攻撃にニンジャスレイヤーの拘束は緩み、その隙をつき首相撲の態勢から脱出する!

 

ニンジャスレイヤーは眉根を寄せる。ガードした腕と脇腹に伝わる痛みと衝撃、それはビックニンジャのカラテを思わせ、その140cm程度の体躯に似合わぬカラテであり、かつ動きは俊敏だ。カラテ警戒をさらに高める。

 

「イヤーッ!」マンキヘイの右フック!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの右ストレート!「イヤーッ!」マンキヘイのチョップ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのボトルネックカットチョップ! お互い足を止めながら攻撃を繰り出し回避し防御していく。チョーチョーハッシ!

 

ニンジャスレイヤーはマンキヘイのカラテの違いに気づく。マンキヘイは多少被弾してもニンジャ耐久力で耐え、強引に攻撃してくる。その獣めいたカラテは油断ならぬものがある。それは今までの武器を使ったカラテより実際強い。ニンジャスレイヤーの推察は正しかった。

 

マンキヘイは武器を使う方がクールであるとフォーリナーXXXに強要され、それがカラテの枷となっていた。だが今のマンキヘイはその枷から解き放たれた!獰猛な獣だ。今までより実際強い!その力強さは太古のマンモスめいている!

 

「イヤーッ!」マンキヘイはピッチャーめいたオーバーハンドブロー!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは攻撃に割り込むように大きく踏み込み背中をぶつける!暗黒カラテボディチェックだ!「イヤーッ!」マンキヘイは耐えてチョップを振り下ろす!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは上腕二頭筋をアッパーめいてぶつけ攻撃に割り込む!

 

ランカシャーカラテのヨーロピアンアッパーカットだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは前宙めいた動きでマンキヘイの顎を踵で蹴り上げる!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのローリングソバット!KRAASSH!マンキヘイはワイヤーアクションめいて路地脇のゴミ袋に吹き飛んでいく!

 

何たるアーチ級の歌舞伎アクターめいた淀みのない4連撃か!かつて太古の地球を支配したマンモスだがモータルによって狩られていた。モータルの武器は知恵、そしてカラテの知恵は技なり!歴史の中で作られた技はニンジャスレイヤーに受け継がれ磨かれた。この場においてもマンモスは知恵によって破れたのだ!

 

ニンジャスレイヤーはカイシャクせんと決断的に間合いを詰める。手応えは充分にあった。ここでトドメを刺し、フォーリナーXXXの元に向かう。マンキヘイのヘルムの頂上から吹き出る青い炎の勢いがフジサンの噴火めいて強くなった。

 

◆フォーリナーXXX

 

 コトダマ空間から帰還した瞬間に強烈な疲労感が襲い掛かる。魔法でコトダマ空間に移動したのもがあるがそれだけではない。マンキヘイが奥の手を使った。

 実戦に向けて異世界で何度か使わせたが、何度やっても体の力がごっそりと奪われる感覚は慣れないし気持ち良いものではない。

 疲労感と同時に驚いてもいた。奥の手を使う際は今までフォーリナーXXXの判断によって使用していた。

 今までは自分の許可が無ければ使えないと思っていが、この疲労感は間違いなく奥の手が使われた証だ、まさかマンキヘイの判断で使えるものだとは思ってもいなかった。それほどまでに追い詰められているのか。

 もしスノーホワイトとの戦いの際に奥の手を使われたら危なかった。思わぬ可能性に背筋を震わせる。

 

「これは急がないとな」

 

 フォーリナーXXXは魔法の袋からスシや異世界の栄養剤を取り出し咀嚼すると同時に、異世界の恐竜のような生物を取り出す、奥の手を使ったからにはニンジャスレイヤーは負けるだろう。

 だがニンジャ魔法少女の第6感が脳細胞をチリチリとさせる。万が一があるかもしれない。奥の手を使ったマンキヘイは強いが自分のサポートが加われば盤石だ。マンキヘイとリンクされている感覚を頼りに恐竜を走らせる。

 

◆◆◆

 

ニンジャスレイヤーはバックフリップでタタミ10枚分の距離を取る。普段であればマンキヘイに向かって決断的にトドメを刺す。だがニューロンが最大限に警鐘を鳴らし、追撃を中断し間合いを取っていた。ジュージツを構えカラテ警戒を最大限高める。「イヤーッ!」マンキヘイが砲弾めいた速さでタタミ2枚分の距離まで詰める!ハヤイ!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはケリキックを放つ!マンキヘイはパンチを放つ!お互いの拳と脚が衝突しニンジャスレイヤーはタタミ3枚分ノックバック。ニンジャスレイヤーの脚には未だに激突の衝撃が響く。何たる速さと重さ、先ほどまでより明らかにカラテが増している!

 

(((これもフォーリナーXXXのジツか?)))(((否、マギカ・ニンジャのカラテデミ人形にあのようなジツはない)))ナラクは訝しむ。他のニンジャで己にカラテバフを加えるジツを持っているニンジャも居る。それらのジツを使用するソウルが混じっていれば納得は出来る。だがそれらのソウルは全く感じられない。

 

一方フジキドはこの現象に対する仮説を立てていた。恐らく異世界のジツかテックだろう。フォーリナーXXXはニンジャからみても未知の存在であり何でも有りだ。何が起こっても不思議は何一つない。その推論は実際正しかった。

 

フォーリナーXXXは力を蓄えるために異世界を放浪している際にそのアイテムを見つけた。それは短時間だがカジバヂカラめいて力を引き出せるものだった。それをマンキヘイにつけて、フォーリナーXXXからエネルギー供給できるように改良していた。何たるジツと異世界の技術の悪魔的コラボレーションか!

 

ニンジャスレイヤーのニューロンにかつてスレイしたイグゾーションが浮かび上がる。かのニンジャもバリキジツによって己のカラテを増幅させた。マンキヘイも同じような効果を発揮している。そしてカラテも匹敵するかもしれない。改めてカラテ警戒を高めた。両者の間に濃縮されたキリングオーラが可視化され空気が陽炎めいて歪む。

 

先に動いたのはマンキヘイ、地を這うような高速移動でニンジャスレイヤーに迫る!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは右手でチョップを振り下ろす!「イヤーッ!」マンキヘイはチョップを弾く!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは左手でチョップを振り下ろす!「イヤーッ!」マンキヘイはチョップを弾く!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」マンキヘイはがら空きの腹部にカラテストレート!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは追撃するマンキヘイに死神の鎌めいたローキック!「イヤーッ!」マンキヘイはローキックを跳躍で回避し、そのまま膝蹴りの…3連撃だ!「グワーッ!」初撃と2撃でニンジャスレイヤーのガードが崩され、3撃目を受ける!

 

「イヤーッ!」マンキヘイは爪を突き立て顔面に向かって振り下ろす。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはサークルガードで受け流し、空いた手で喉元にチョップする!マンキヘイは地を這うように屈んで回避しそのまま足元に嚙みつきにいく!ニンジャスレイヤーはバックフリップで回避!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」お互い足を止めながら攻撃を繰り出し回避し防御していく。余りの速さに2人の身体や腕が複数に見える!お互いの攻撃が空気を切り裂き、攻撃を防ぐために鈍い音が辺りに響き渡る。この危険な空間にバイオパンダが入り込めば忽ちネギトロになるだろう!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」お互い足を止めながら攻撃を繰り出し回避し防御していく!だがよく見ていただきたい!ニンジャスレイヤーの身体がタタミ1枚また1枚と後退していく!カラテの勢いはマンキヘイの方が上だ!

 

ニンジャスレイヤーはヨコヅナに寄り切られるニュービーリキシめいて後ろに下がりながら「クロキヤ」のノレンを潜りフスマを破り屋内に入る!「アイエエエ!ニンジャナンデ!」店内でサケを飲んでいたサラリマン達は突然の暴威の前に絶叫を上げ失禁即失神!2人のカラテ余波によって様々な物を破壊しながら店内を大陸横断ハリケーンめいて通り過ぎる。

 

ニンジャスレイヤーはヨコヅナに寄り切られるニュービーリキシめいて後ろに下がりながら「永遠」のノレンを潜りフスマを破り屋内に入る!「アイエエエ!ニンジャナンデ!」店内でサケを飲んでいたパンクス達は突然の暴威の前に絶叫を上げ失禁即失神!2人のカラテ余波によって様々な物を破壊しながら店内を大陸横断ハリケーンめいて通り過ぎる。

 

ニンジャスレイヤーはヨコヅナに寄り切られるニュービーリキシめいて後ろに下がりながら「サビーナ」のノレンを潜りフスマを破り屋内に入る!「アイエエエ!ニンジャナンデ!」店内でサケを飲んでいたゴス達は突然の暴威の前に絶叫を上げ失禁即失神!2人のカラテ余波によって様々な物を破壊しながら店内を大陸横断ハリケーンめいて通り過ぎる。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」マンキヘイの三連続パンチがニンジャスレイヤーに当りキリモミ回転しながら路地裏のゴミ袋に突っ込む!マンキヘイはスプリントしカイシャクを試みる。四方はビルの壁に囲まれ袋小路で逃げ場なし、仕留めるなら今だ!だがブレーキ痕を刻みながら動きを止めた。

 

「グググ!カラテデミ人形の分際でやってくれたわ!奇怪なジツを使おうが関係なし!縊り殺してくれるわ!」ニンジャスレイヤーは壊れたバネ玩具めいた勢いで起き上がる。その右目はジゴグめいて燃え上がり、両腕のブレーサーから黒い炎が奔っていた。

 

マンキヘイのニューロンに何時ぞやに味わった名状しがたい恐怖が襲い掛かる。だが恐怖を断ち切るように決断的に歩み寄る!フォーリナーXXXの意志か、はてはマンキヘイの自我なのか、どれかは分からないがマンキヘイには恐れや慄きのアトモスフィアが感じられない!

 

「「イヤーッ!」」2人の拳がお互いの頬にクロスカウンターめいて突き刺さる!その衝撃は老朽化した壁にヒビを入れ、ゴミ袋を漁っていたバイオネズミを吹き飛ばし壁のシミとする!

 

マンキヘイは右フックを放つ!ニンジャスレイヤーは下に回避!「イヤーッ!」マンキヘイはその場でコマめいて左のバックハンドブローを放つ!右フックは囮、攻撃を回避して安堵し息継ぎの為に水面を上がるダイバーめいて顔を上げたところにバックハンドブローを叩きこむ!

 

拳に感触は……ない!ニンジャスレイヤーはその場に片膝立ちで座り込み、放たれる前の弓めいてカラテを溜めていた「イヤーッ!」繰り出されるはジュージツ奥義サマーソルトキックだ!赤黒い炎を足に纏わせ黒い円を描きながら首を刈り取らんとする!マンキヘイの体が浮き上がる!

 

首は無事である。咄嗟に防御し首を刈り取られるのを防いでいた。マンキヘイは打ち上げられながらニンジャスレイヤーを見下ろす。そこには先程と同じように片膝立ちで座り込む姿があった。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳躍し近づくと2発目のサマーソルトキックを叩きこむ!

 

マンキヘイは両手で辛うじてブロック!手は弾かれバンザイの姿勢で上昇していく。ニンジャスレイヤーはフックロープを投げ巻き上げ機構を利用し壁に脚をつけ、左右の壁を足場代わりに上昇しながら片膝立ちのような態勢をとる。これはまさか!?「サツバツ!」3発目のサマーソルトキックだ!ワザマエ!

 

「グワーッ!」マンキヘイは打ち上げられ、ビルの屋上にある盆栽を粉々に砕きながらブザマに着地する。ニンジャスレイヤーは落ちながらフックロープを投げ、マンキヘイが着地したビルの屋上の淵にフックを引っ掛け屋上に上がる。「あれで死なぬか、よかろう、真のカラテを存分に叩き込んでジゴクに送ってくれるわ!」

 

ニンジャスレイヤーはジゴクめいた嘲笑をあげながら間合いを詰める。マンキヘイも即座に起き上がり迎撃する。ヘルメットの青い炎がさらに勢いを増す。「「イヤーッ!」」両者のチョップが激突し、衝撃波によって調和のとれた枯山水は無残に破壊され混沌と化した。

 

「イヤーッ!」マンキヘイのアッパー!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのストレート!腕に纏う炎が赤黒い軌道を描きながら重金属酸性雨を蒸発させる!「イヤーッ!」マンキヘイの右ストレート!ニンジャスレイヤーの目が開く!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは半身になると肘の振り下ろしと膝の振り上げを同時に行う。マンキヘイの肘はニンジャスレイヤーの肘と膝に挟まれ苦悶の声をあげる!これは暗黒カラテ技のハサミゴロシだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」マンキヘイは左手で構わず殴る!ニンジャスレイヤーのメンポの留め具が外れ宙に舞う!

 

マンキヘイは右ひじを一瞥するとすぐさま獰猛な笑みを浮かべ突っ込む。ハサミゴロシによって歪に曲がった肘はいつの間に戻っていた!なんたるバイオトカゲめいた再生力か!ニンジャスレイヤーも獣めいた笑みを浮かべ迎撃する。その口には咢めいた牙が生えていた!コワイ!一方マンキヘイの頭の青い炎の勢いはさらに増していた

 

◆フォーリナーXXX

 

「クソ!何が起こってるんだ!?」

 

 フォーリナーXXXは猛烈な倦怠感に襲われながら必死に手綱を握り、空いている手でスシと栄養食を貪る。

今食べている栄養食は一粒食べれば1週間は生きられると呼ばれる品物だ。2つ食べればエネルギーの取り過ぎで体が破裂即死すると言われている。

 実際に異世界の住人で試したが破裂して死んだ。魔法少女は頑丈で死にはしないだろうが、何かしらの不調を引き起こすのは予想できる。

 その栄養食をもう3つは食べているが、身体の栄養やエネルギーというものが消えかかっている。これも奥の手によるものなのか?

 

 このままではエネルギーを吸い尽くされて死んでしまう。奥の手を止める方法は2つ。マンキヘイが自分の意志で止めるか、フォーリナーXXXが停止命令を出すかだ。そして停止命令を出しているが止まる気配はない。

 短時間だが強大なバフが出来るというのはグッとくるものがあったのでマンキヘイにアイテムを植え込んだが間違いだった。この奥の手は封印する。下僕にエネルギーを吸い尽くされて死ぬなんて笑い話にもならない。

 フォーリナーXXXは高速で移動するマンキヘイの移動先を予測しながら移動する。

 

◆◆◆

 

「俺は!この世界の王だ!」スーツ姿の男性が重金属酸性雨に打たれながら高らかに叫ぶ。彼はミコタ社に勤務しているサラリマンだった。日々の過酷な残業に耐えながら働き続けた。だが今月の300時間の残業の果てに心停止した。だがそんな彼にニンジャソウルが憑依した。

 

真っ先にしたのはオフィスで残業しているセンパイや同僚を殺す事だった。残業で死にそうだったのに誰も助けなかった。断罪だ!そして皆殺しにした後に彼は屋上に向かう。屋上には現社長が何からの賞を受け取った記念の銅像が建てられていた。それを粉々にする。そして会社に関わる人間全てを殺す。自分にはそれをする権利もあり力もある!

 

「うん?」サラリマンは訝しむ。何気なく夜景を見ているとニンジャ視力が高速で接近する何かを捉える。カラテを構える。俺の邪魔をする者は誰一人許さない。そして何かは予想以上の速さで接近していた。1つは赤黒の何か、もう1つは頭らへんが青く燃えている何か。それが戦っている。彼のニンジャ動体視力ではそれだけしか判別できなかった。

 

「イヤーッ!」サラリマンは近づいていくる何かに右のカラテストレートを打ち込む。王を邪魔する者は何人たりとも許さない。「グワーッ!」右手はいびつに折れ曲がる「アバーッ!」チョップによって首は切断される。「サヨナラ!」胴体は爆発四散する。理不尽な暴威によって王の一生は終わった。

 

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」重金属酸性雨が降り注ぐネオサイタマの夜にカラテシャウトが響き渡る。ニンジャスレイヤーとマンキヘイは移動し続けながらカラテラリーの応酬を繰り広げていた。2人は暴力の化身と化し、通り過ぎた跡は無残にカラテ余波によって破壊蹂躙されていた。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのチョップがマンキヘイの肩に叩き込まれる!「イヤーッ!」「グワーッ!」マンキヘイが脇腹にチョップを叩きこむ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの足元への足刀、腹部へのサイドキック、頭部へのトラースキックの三連撃!

 

「グワーッ!」CRASHH!マンキヘイは吹き飛ばされ、その先にあったミコタ社の社長像は粉々に砕ける。「AARRRRRGH!」マンキヘイはネックスプリングで起き上がり叫び声を挙げながらニンジャスレイヤーに向かっていく!何たるニンジャ耐久力か!並みのニンジャ耐久力であれば数回は爆発四散しているだろう!恐るべき異世界のテック!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの死神の鎌めいたローキックが突進してきたマンキヘイの脚に当る!「イヤーッ!」マンキヘイは構わず踏み込んでのフック!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの首が60°に曲がる!「イヤーッ!」マンキヘイはコマめいて回転してのバックハンドブロー!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの首が70°に曲がる!

 

「イヤーッ!」マンキヘイはさらに回転してフックを放つ!「サツバツ!」ニンジャスレイヤーはフックが当ると同時にコマめいて高速回転しフックを放つ!ダメージを軽減すると同時に攻撃の威力が増す攻防一体のカラテだ!「グワーッ!」マンキヘイはキリモミ回転しながらワータヌキに激突する!

 

「ググググ!どんなテックを使ってトカゲめいて再生しようが関係ないわ!」ニンジャスレイヤーは牙を生やした口から蒸気を発し、腕の不浄なる炎はさらに勢いを増す。マンキヘイは勢いよく飛びあがると、首をボキボキと鳴らしながら立ち上がる。その様子を見てニンジャスレイヤーは邪悪な笑みを浮かべた。ニンジャ装束についた血が蒸発する。

 

「イヤーッ!」マンキヘイはスプリントの勢いのままにロケットめいて頭からぶつかってくる。ニンジャスレイヤーは腰を落とし拳を構える。このまま迎撃するつもりだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは迎撃を止め側転回避!マンキヘイはゴルフネットを突き破りながら直進する。

 

「スゥーッ……ハァーッ……」ニンジャスレイヤーはマンキヘイが向かってくる僅かな時間でチャド―の呼吸をする。すると口から生えていた牙は無くなり腕から発生する炎も弱まっていく。マンキヘイの異世界にテックによってブーストされたカラテと再生能力は実際強く、ナラクの力を引き出した。

 

だがマンキヘイの手負いのケモノめいたアトモスフィアに影響され、ナラクが徐々に表に出始めていた。このまま相手のデスパレードなカラテに付き合えば破滅する。仮に勝ってもナラクに体が乗っ取られる可能性があった。長年の戦いの日々でナラク・ニンジャのソウルとの折り合いがついたが、いつ乗っ取られてもおかしくない危険な関係性であった。

 

ソウルの手綱を握るのは己である。師であるドラゴンゲンドーソーの教えを思い出し、チャドーの呼吸でヘイキンテキを保ち手綱を握る。「イヤーッ!」マンキヘイは再び頭突きを繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは前宙し体重と遠心力をこめた踵落としをマンキヘイの脊髄に叩き込む!

 

「グワーッ!」マンキヘイは叩きつけられ床を削りながら何とか停止する。「どんな最高級品のネタがのったスシだろうが、シャリがダメでは野良犬すら喰わぬ。オヌシのカラテは素材が良くともニュービーが焚いたシャリのスシに過ぎぬ」ニンジャスレイヤーは挑発的に手招きのジェスチャーをマンキヘイに向ける。

 

「AARRRRRGH!」マンキヘイは雄叫びを挙げながらスプリントする。ニンジャスレイヤーの言葉を理解するインテリジェンスはない。だが罵倒され侮辱されたのはアトモスフィアで理解できた。今のマンキヘイは圧倒的全能感に満ちており、一連の行動はプライドを実際傷つけていた。

 

「スゥーッ……ハァーッ……」ニンジャスレイヤーはチャドーの呼吸をしながら右手を後ろに引く。マンキヘイが一歩踏みしめるごとに床に蜘蛛の巣状が入り、凄まじい速度で向かいながら居合い切りのような構えを取る。ニンジャスレイヤーの体感時間が泥めいて鈍化する。「イヤーッ!」マンキヘイは腕を振り上げチョップする、摩擦熱で腕が赤く燃えあがる。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」マンキヘイは後ろにのけぞり蹌踉めく!何が起こったというのか!?もし読者の皆様にザイバツグランドマスター級のニンジャ動体視力がいれば何が起こったか把握できただろう!

 

マンキヘイの袈裟切り上げチョップがニンジャスレイヤーの首元に届く数インチ手前でニンジャスレイヤーは技を放った。それはジツ・ツキ、チャドーの中でも屈指の威力を誇る技である。相手のカラテと自分のカラテを足した威力は10倍だ!さらにニンジャスレイヤーは相手が攻撃に全ての意識が向けられる一瞬を狙ってジツ・ツキを放った。

 

ニンジャ耐久力は相手の攻撃を認知した瞬間に高まる。だからこそアンブッシュは有効な手段であり、非凡なニンジャ耐久力を持つニンジャが幾人も爆発四散してきた。そして今のマンキヘイは攻撃が当ると確信しニンジャスレイヤーの攻撃に意識が向けられていなく、アンブッシュめいた効果を発揮した!その威力は100倍だ!

 

これはナラクの力が必要以上に出ていた先程の状態では不可能だった。この繊細で緻密なカラテは長年のイクサでカラテを高めたニンジャスレイヤーだからこそ出来た!ゴウランガ!何たるカラテ!

 

「AAAAAA!」マンキヘイの頭上の炎が激しく燃え上がり顔面が再生していく、さらに腕を振り上げる。その腕には明らかにカラテが満ちている。あの攻撃を受けて爆発四散するどころか反撃しようというのか!?何たるニンジャ耐久力と再生力か!

 

「スゥーッ……ハァーッ……」死神はマンキヘイが反撃するまでの僅かに時間にチャドーの呼吸をしカラテを練る。そして軸足で床を蹴り跳んだ!「イイイヤアアアーーッ!」これは!チャドーの奥義タツマキケンだ!凝縮されたカラテが解き放たれ爆発的な速度で連続空中蹴りを繰り出す!

 

マンキヘイは振り上げた手を頭部に回し防御する。だがニンジャスレイヤーは構わず蹴る!蹴る!蹴る!「グググググワーッ!」蹴りの竜巻が防御を剥がし頭部を蹴り続ける!マンキヘイはメキシコライオンめいた目で死神を睨みつけ頭部の炎がこの日一番に燃え上がる!おお!見よ!マンキヘイがタツマキケンを喰らいながら両腕を少しずつ上げる!

 

おお!ナムサン!タツマキケンを喰らいながら攻撃を繰り出そうというのか!?ニンジャスレイヤーは意に介さず蹴る!蹴る!蹴る!タツマキケンによりヘルムは砕け残骸が舞う。もはや頭部をガードする物はない!それでも、マンキヘイの両腕は確実に上がり続ける!そしてニンジャスレイヤーの回転が……止まった!

 

「イヤーッ!」マンキヘイは片膝立ちするニンジャスレイヤーに向けて断頭台めいて両腕を振り下ろす!このまま三枚おろしにされてしまうのかニンジャスレイヤー!?マンキヘイは勝利を確信し、笑顔を浮かべた。

 

「グワーッ!?」マンキヘイの視界が急激に変わる。三枚おろしにされる姿が見られると思ったら、視界にはネオサイタマの夜を泳ぐマグロツェッペリンとセンコめいた赤い光で見下ろすネオサイタマの死神が憤怒の表情。マンキヘイは何が起こったのか全く理解できていなかった。

 

ニンジャスレイヤーはマンキヘイの介錯チョップが振り下ろされる前に片膝立ちからタックルを仕掛けた。勝利を確信していたマンキヘイはそのアクションを全く予測しておらず反応できなかった。そしてニンジャスレイヤーは素早くマンキヘイの胴体に馬乗りになる。

 

これはニンジャのイクサにおいてはもちろん、モータルの格闘技でもこの状態になればオーテツミと言わているほど絶対的に不利な状態、マウントポジションだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの鉄槌が振り下ろされる!マンキヘイの顔面に突き刺さりゼロコンマ数秒意識が飛ぶ!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」マンキヘイは下からニンジャスレイヤーの脇腹にパンチを打ち込む!本能的にこの態勢から脱しないとマズいと察知する!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは口から血を零しながらも構わず鉄槌を振り下ろす!「イヤーッ!」グワーッ!」マンキヘイも痛みを堪えてパンチを放つ!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

ニンジャスレイヤーは鉄槌を振り下ろし、マンキヘイは下から殴り続ける。今はチャドーのような洗練された高度なカラテはいらない。相手の命を絶つケモノめいた野蛮なカラテだ、その双眸に宿るセンコめいた赤い光は光を増し、拳には暗黒の炎が纏わりつく。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

 

おお!見よ!マンキヘイの攻撃頻度は下がり、今では両腕がダラリと下がり動かない!ニンジャスレイヤーの攻撃は鉄槌からパウンドパンチに変えトドメを刺す!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

「イヤーッ!」SMAAAAASH!ニンジャスレイヤーの右パウンドがマンキヘイの顔面を突き抜け床を打ち抜き蜘蛛の巣状のヒビが入る。マンキヘイの頭部の炎は完全に消え、その体は粒子状になり霧散し、ネオサイタマの重金属酸性雨に混じり溶け込んでいく。爆発四散はしていないが、確実に死んだ。ニンジャスレイヤーは確信する

 

「スゥーッ!ハァーッ!」ニンジャスレイヤーはその場でアグラで座りチャドーの呼吸をする。マンキヘイは死んだがフォーリナーXXXを殺したわけではない。今のままではスノーホワイトに加勢しても足手まといである。いち早く回復するのが最適な行動である。屋上には規則正しく力強い呼吸音が静かに響き渡る。

 

 



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最終話 ニンジャスレイヤー・アンド・マジカルガールハンター・バーサス・ニンジャマジカルガール#7

◆フォーリナーXXX

 

 これはあの時の感覚に似ている。ネットを見ていて面白そうだとビビッときて、予約したゲーム発売日に店からダッシュで家に帰って3時間ぐらいプレイして、思ったより面白くなさそうと内心で思い始めている感じだ。

 フォーリナーXXXは魔法によってキンカクテンプルからニンジャソウルを憑依させ、元々憑依したニンジャソウルに加えて、合計6つのニンジャソウルを憑依させていた。

 

 新たに憑依したソウルにどのような力があるかと早速試した。キンカクテンプルには様々なニンジャソウルが入っている。ニンジャクランの創始者や神話のモチーフになったようなアーチ級のニンジャも居れば、ジツすら使えない名もなきレッサー級のニンジャも居る。

 そしてどのソウルが憑依するかは完全にランダムである。伝説の格闘家にレッサーニンジャのソウルが宿ることもあれば、社会の底辺のような人間にアーチニンジャのソウルが宿ることもある。

 だがフォーリナーXXXは魔法によってソウルの格をある程度選別していた。結果グレーターのソウルを4つとアーチのソウルを1つ選び、グレーターの4つを試す。結果どれも好みのジツを有していた。

 魔法少女の魔法には能力バトル物の作品に出てきそうな、難解で使いにくそうな魔法もある。ジツにもそういった類のモノが有ったとしても、1つぐらいは悪くはないが、性格的にシンプルに強く破壊力もあり派手なジツや魔法が好みだった。

 

 そしてメインイベントである1番力が強いソウルの力を試す。4つは好みのジツであり流れは来ている。これも自分好みのジツだろうと期待感は高まっていた。だがその期待感は一気に消え失せる。

 ジツを使うと何かが現れた。召喚系のジツは好みではある。だが召喚した者が明らかに好みでは無かった。身長は140センチ程度、オレンジ色の瞳に黒一色の非人間的肌、頭のてっぺんから青い炎が吹き出ている。意志や知性があるのか、キョロキョロと周りを見つめている。その表情は実にバカっぽい。

 

 人型ならイケメンや美女、獣型なら虎やライオンやドラゴンなど強そうで見た目がカッコイイのが良かった。目の前の人型には威厳も強さも何一つ感じられない。

 

「あ~、とりあえずそこの廃車を殴ってみろ、分かるか?それだよ」

 

 フォーリナーXXXはやる気なさげにグレーのトラックを指さす。召喚物は指示に従うように廃車に近づく。最低限の知性はある。だがそれは備わっていて当然であり、加点ポイントにならなかった。

 

「イヤーッ!」

 

 召喚物はカラテシャウトを発しながら殴る。扉にクレーターのような大きな跡が生じ、トラックは吹っ飛ぶ。フォーリナーXXXは思わず目を見開く。

 ニンジャ魔法少女になって身体能力は上がった。並のニンジャや魔法少女なら素手の勝負なら勝てる自信はある。その自分より数段は強いのを肌で感じ取った。

 

「キヒヒヒ、間抜け面だがやるじゃねえか」

 

 フォーリナーXXXは嬉しそうに手を叩きながら近寄る。召喚物も褒められたのが分かるのか甲高い声を出しながら満更でもない表情を見せる。

 召喚物に最も必要な要素は強さだ。いくらカッコよくても強くなければ意味がない。その意味ではこれは合格だ。間抜け面も愛嬌のある顔に見えてきた。

 

「さてと、召喚の儀式としゃれこむか、まずはワタシには絶対服従だ!従順の意を示す意味を込めて、この世界の風習に合わせてドゲザしろ」

 

 フォーリナーXXXは身振り手振りで土下座のやり方を教える。

 ジツの性質上召喚物が主人を裏切り害を及ばないのは無いのは感覚的に分かっていた。だが言霊という概念が有るように、一度行動することで縛りが強固になるよう気がしていた。そしてマンキヘイは指示された通り土下座する。

 

 

「次に名前だな。なんにするかな~?」

 

 フォーリナーXXXは顎に手を当て悩まし気な声を出す。頭に自然と浮かび上がると思っていたがそうではなかった。ならば自分で考えなければならない。

 

「よし、お前は今日からマンキヘイだ!」

 

 フォーリナーXXXの言葉にマンキヘイは気に入ったのか力強く返事する。ドイツ語とか神話に即した名前にしようとしたが、あまりしっくりこなく。強い、一騎当千、千より位の大きい万、連想ゲーム的な発想を繰り返し、万騎兵、改めマンキヘイという名前を思いついていた。

 

「あと間抜け面はまあ許すとしても、ちょっとダサいな」

 

 フォーリナーXXXは魔法の袋から乱雑にアイテムを取り出し広げる。今のマンキヘイは何もつけていない素っ裸だ。別に使い魔が裸だろうか気にしないが姿はカッコ悪い。人が着るような服ではなく、鎧のようなものをピックアップして取り出すが、似合わないかセンスに合わないものしかなかった。

 

「おっ、これはどうだ」

 

 あるアイテムを取り出しマンキヘイに装着する。それは青色と銀色を基調にしたヘルムで頭頂部には小さな煙突のようなものがついていた。

 

「うん、いい感じだ」

 

 フォーリナーXXXは満足げに頷く。カッコよく、頭頂部の炎も丁度良く煙突部分を通れるようになっている。

 

「やるよ。大事に使え」

 

 その言葉にマンキヘイは嬉しそうに飛び跳ねる。その様子に思わず釣られ笑いをしていた。それからマンキヘイと2人で戦うようになる。

 フォーリナーXXXは連携して戦えなかった。気質も自分勝手で環境的にも異世界という味方も知り合いも居ない状況で戦い続けた。状況的に集団戦闘をしたこともあったが味方に合わせる気も連携する気もさらさら無く、1人で戦い続けてきた。

 人に合わせるというのは自分を束縛すると同じであり不自由であった。自由を欲するフォーリナーXXXとしてはストレスが非常に大きかった。

 だがニンジャ魔法少女、正確にはマンキヘイを召喚出来るようになってからは違った。マンキヘイと戦う時は一切周りに気を遣う必要はなく、自分がして欲しい事をしてくれ、自分がやってもらいたくない事をやらなかった。

 結果的には連携して戦え、2人の力は足し算ではなく掛け算のようになる。他人と力合わせてより大きな力を発揮する快感を初めて知る。

 

 それからアマクダリ打倒の戦力強化のために多くの異世界に足を運び、アイテムゲットの為に数多く戦闘をする。

 その際にマンキヘイを生かす戦いをする場面もあった。サポートするというのは自分の意志を抑え込む不自由だ、ニンジャ魔法少女になる前には到底考えられなかった。だがマンキヘイならサポートしても良いとすら思えていた。

 マンキヘイとの連携で力を発揮できるのはジツの性質によるものだった。ジツを使う者の思考を読み取り召喚されたカラテデミ人形が合わせる。ソウルの元であるマギカ・ニンジャかつてはカラテデミ人形と連携し、同じように力を発揮していた。

 

 仮にフォーリナーXXXとは違う人間にマギカ・ニンジャのソウルが宿ったとしてもある程度力を引き出せれば、同じように連携し大きな力を発揮できる。だがフォーリナーXXXはそうとは思わず、自分とマンキヘイは特別で、自分達だからこれ程の力を発揮できると考える。

 いつしかフォーリナーXXXにとってマンキヘイは戦闘の為のユニットではなくなっていた。戦闘以外でもマンキヘイを召喚し続け共に過ごした。異世界でもネオサイタマでもそれは変わらなかった。

 

「嘘だ!嘘だ!嘘だ!」

 

 フォーリナーXXXは思わず叫ぶ。恐竜のような生物が道路を走り、その上に乗る女性がヒステリックに叫ぶ。スノーホワイト達がいた世界であれば誰もが目を向ける非日常的な光景であるが、ネオサイタマにおいて珍妙な行動や恰好をする変人は履いて捨てる程いる。数少ない通行人は一瞥するとIRCのサイバースペースに意識を向ける。

 先程まで苛んでいたエネルギー吸収が唐突に終わる。それはマンキヘイがエネルギー吸収する必要が無くなった。つまりマンキヘイが敵を打倒した何よりの証拠である。そう脳内で結論を出す。だがその結論は間違っていると気づく。

 マンキヘイと繋がっている感覚が切れた。この感覚はマギカ・ニンジャのソウルが宿り、初めてマンキヘイを召喚した時から続いている。実験でどこまで実体化し自立行動できるかを確認した際にマンキヘイが何十キロ遠くに移動しても感じられ、召喚していなくても感じられた。こんな事態は初めてだ。

 マギカ・ニンジャで生み出したカラテデミ人形は一度破壊されれば二度と生成できない。この厳しい条件が有ったからこそ高いカラテを有していた。

 

「違う!違う!違う!そんな訳があるもんか!」

 

 脳内に浮かぶ答えを口に出して否定する。でなければ浮かんだ答えが全身に染みわたり事実になってしまいそうだ。

 フォーリナーXXXはリンクの残滓からマンキヘイを追跡すると、上の方から残滓を感じたので恐竜のような生物を魔法の袋に仕舞うと、ネオン看板を足場にしてビルの屋上に駆け上がり、ビルつたいに移動する。

 その間も体の内に空いた穴が大きくなっていくような感覚を覚え、必死に開かないように抵抗していた。

 

 すると残滓が最も濃い場所に辿り着く。そこら辺一帯は酷く荒れ激しい戦闘があった事を物語っていた。

 そしてある物が視界に飛び込み思わず駆け寄る。床一帯は蜘蛛の巣状にひび割れている箇所は何個も有ったが、そこが最も破損が大きかった。

 その中心地に黒い球体と銀色の何かの欠片があった。それらには見覚えがある。黒い球体は異世界で見つけマンキヘイに埋め込んだバフ装置、銀色の欠片は最初に渡したヘルムの欠片だ

 フォーリナーXXXは膝をつき両手で球体と欠片を掬い上げじっと見つめる。体の中に空いた穴が広がり、喪失感が一気に押し寄せる。この感覚はなんだ?今までの経験から今の感覚を検索する。

 

「そっか、悲しいのか」

 

 フォーリナーXXXはポツリと呟き目から涙が零れていた。

 

 芽田利香に友達は居なかった。病気になる前は周りから見えれば友人と呼べる間柄の人間は居た。だが本人にとって褒めたたえ気持ちよくしてくれる存在に過ぎず、病気になってからは自然に離れていった。

 

 フォーリナーXになってもそれは変わらなかった。雇い主とはプライベートな関係はなく、ビジネスのみの関係だった。

 魔法少女には戦闘で強くなりたいという志を持った魔法少女達が集まる魔王塾など、サークルやグループが存在する。

 他にも定期的にイベントが開催され、そこで知り合いを作りコネクションを形成する魔法少女もいる。しかしそれは正規の魔法少女の場合だ。

 フォーリナーXは正規の試験を合格し認められた魔法少女ではない。

 ある魔法少女が勝手に魔法少女にしたのであり、魔法の国から公式に認められた魔法少女ではない。

 そんな者がイベントや寄り合いに参加すれば非公式の魔法少女であると即座に発覚する。それを見越し雇い主は魔法の端末に細工をし、意図的に横のつながりを消していた。

 

 異世界でも友達は居なかった。人類と遜色ない生物も居たが異世界人は魔法少女と比べれば下等生物であり、人が猿と友達になれないように異世界人は搾取し支配すべき存在であると認知していた。生まれてから喜怒哀楽は全て1人で完結し、分かち合うことは無かった。

 しかしマンキヘイが召喚出来るようになってからは違う。体感時間では1年も満たない時間だったが様々な体験をしてきた。

 アイテムを奪うために神殿を荒らした時はマンキヘイが余計な事をしたせいで、トラップが作動しかなり面倒だった。

 バフ装置の性能テストの為にその世界の最強と呼び声高いギルドを襲撃し、強者たちの誇りや自信が粉々にされた時の表情はゾクゾクした。

 マンキヘイに毒見させた時にあまりにも不味く、のたうち回っているのがオモシロく腹筋が攣る程笑った。

 逆に毒見させて大丈夫そうだと安心して食べた物が死ぬほど不味く、のたうち回っている様子を見てニヤついているマンキヘイを見て心底ムカついた。

 振り返れば、芽田利香やフォーリナーXとしての数十年の記憶より、マンキヘイと過ごしたフォーリナーXXXとしての思い出の方が鮮明に覚えていた。

 

 マンキヘイとの関係を言葉にしろという質問されたとして、先程までであれば答えに窮するだろう。しかし今ならハッキリと答えられる。友達だ。

 自らのジツによって生み出され言葉も交わせない存在に友情を抱く。傍から見れば歪で憐れで人形遊びのように見えるだろう。だが他人に指摘されようが答えは変わらない。

 マンキヘイと過ごし体験を共有する楽しさと喜びを知った。長年好き勝手過ごしても満たされないのを感じていた。その満たされない物は共有する友達だった。

 

 そしてたった1人の友達は死んだ。

 

 

「イヤーッ!」

 

 マンキヘイとの思い出に浸る間もなく声が聞こえてきた。

 

◆◆◆

 

「スゥーッ……ハァーッ……」ニンジャスレイヤーはマンキヘイが消えた場所から球体を拾い上げるフォーリナーXXXを物陰から見ながらチャド―の呼吸をする。この場に居るということはスノーホワイトは戦いに敗れた。そして対面した時のアトモスフィアからしてカイシャクせずに見逃す慈悲はない、スノーホワイトは死んだ。無慈悲な結論を出す。

 

未来ある若き少女が死んだ。感傷的になると同時にニンジャへの憎しみが込み上げるがヘイキンテキを保ちながらフォーリナーXXXを観察する。マンキヘイは恐るべき相手だった。受けたダメージは深く、ニンジャスレイヤーはフォーリナーXXXを追うより、ダメージの回復を優先した。その最中ニンジャ感知力がフォーリナーXXXの接近を感じ取る。

 

すぐさまニンジャ野伏力を高め物陰に身を隠す。すると数秒後にフォーリナーXXXが現れた。アトモスフィアから動揺や混乱を感じる。ヘイキンテキを失った状態ではニンジャ感知力は発揮できず、フォーリナーXXXはニンジャスレイヤーの存在を全く発揮できていなかった。

 

フォーリナーXXXはマンキヘイが消滅した場所で足を止めると何かを拾い上げ、何かを呟くと同時に一筋の涙が零れた。「イヤーッ!」その瞬間チャドーの呼吸で抑えていた感情の高ぶりを一気に開放しスリケンに込めて投擲する。もし読者の中にニンジャ歴史学に詳しい方がいればスターリングラードの戦いを想起せずにいられないだろう!

 

かつてスターリングラードの戦いにおいてロシア軍にいた狙撃手ザイツェフは狙撃によって225名のドイツ兵を倒したと記されている。そしてザイツェフはニンジャであり、銃ではなくスリケンによって1000名以上のドイツ兵を殺害した。主な方法はドイツ兵を敢えて生かす。また死体を辱め傷つけた状態で放置し駆けつけた兵士をスリケンで殺す。

 

その非人道的な方法により多くのドイツ兵は死に、死なずとも同僚が拷問めいてスナイプされる様子を見続けた記憶は精神を傷つけ、多くの兵士を再起不能にさせた。またその邪悪なミームは受け継がれ、ドイツ軍を徹底的に苦しめる。もしザイツェフ・ニンジャがいなければ世界二次大戦の終戦は数年遅くなったと言われるほどである。

 

ニンジャスレイヤーはその邪悪なミームを無意識に実践した。マンキヘイの遺品であるアイテムを敢えて放置し、見つけ動揺したところにアンブッシュスリケンを投げ込む。ブッダ!何たる無慈悲な所業!ニンジャを殺すにはここまで非道にならなければならないのですか!?

 

スリケンがフォーリナーXXXのこめかみまで数インチにせまる!「イヤーッ!」フォーリナーXXXは膝を突きながらバレリーナめいて背を逸らす。スリケンはネオサイタマの夜空に消える!アンブッシュ失敗!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは物陰から飛び出しジャンプし頭上からフットスタンプ!アンブッシュは続いている!

 

「イヤーッ!」フォーリナーXXXはワームムーブメントで頭をスイカめいて粉砕されるのを回避!そのままバックフリップで距離を取る。ニンジャスレイヤーは追撃をやめて手を合わせてアイサツする。「ドーモ、フォーリナーXXX=サン、ニンジャスレイヤーです」「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、フォーリナーXXXです」

 

アンブッシュで仕留めきれなければ一旦手を止めアイサツする。それはかつてニンジャの祖であるカツワンソーにコブラ・ニンジャがアンブッシュについて抗議した際に決めたルールであり、古事記にもそう記されている。「マンキヘイを殺したな?」「そうだ。スノーホワイト=サンは?」「死んだ」

 

2人は淡々と言葉を交わす。一見落ち着いているが、互いの双眸には決断的な殺意が宿り、メルトダウンめいて憎悪の熱が上昇する。片や友を殺したニンジャ、片やモータルを虐げる邪悪なニンジャ、生かす理由は何一つなし!『怖くない。正当な経済行為、返済プランは無限大、皆で借りようふわふわローン』空から欺瞞宣伝放送が流れる。

 

「「イヤーッ!」」両者が同時に動く!フォーリナーXXXは右手を魔法の袋に突っ込む!それを見越してニンジャスレイヤーは右手に向けてスリケン投擲!右手に当る前にフォーリナーXXXが大剣を取り出し弾き、それと同時に横薙ぎで切りつける!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは左手でヌンチャクを取り出し弾く!

 

「グワーッ!」だが大剣を弾ききれず太腿が切り裂かれる!「イヤーッ!」「グワーッ!」ボトルネックカット切り!「イヤーッ!」「グワーッ!」右逆袈裟切り!ニンジャスレイヤーの身体が切り裂かれ血が濡れた床にしみ込んでいく。ニンジャスレイヤーは眉を顰める。左手に残る重い衝撃、攻撃のスピード、明らかにカラテが増大している。

 

「ヌゥ…」ニンジャスレイヤーの視界が歪み、斬られた箇所が緑色に染まる。ニンジャスレイヤーはホロビ・ニンジャクランのドクジツに対してチャドーの呼吸で解毒していた。だからこそジツが付与された斬撃を受けても戦えた。だが今はチャドーの解毒力より相手の毒の方が上回っていた。ジツの威力が増している。 

 

これも異世界のテックか?だがニンジャスレイヤーの想定とは裏腹に異世界のアイテムは一切使っていない。ならば何故カラテとジツが増しているのか!?この場にもし魔法少女愛好家ピティ・フレデリカが居たとすれば、この現象を理解すると同時に素晴らしいものが見られたと喜びに打ち震えるだろう!

 

魔法少女とニンジャの違いの1つとして、感情による強さの振れ幅がある。魔法少女は想いの強さで強くなる。勿論日々の鍛錬や才能によるカラテの差によって勝敗が決まる。だが思いの強さによって爆発的に強くなり、一種のカラテドーピングにより強敵とのカラテ差を上回り倒すケースも稀に存在する。それは魔法少女の間では『覚醒』と呼ばれている。

 

 

マンキヘイに対する親愛、友を失った悲しみと憎しみ。それらの強い感情が混ざり合い覚醒を促したのだ。オオ、ブッダよ!何故このような邪悪な魔法少女にカトゥーンのヒーローめいた力を与えたのですか!?

 

「イヤーッ!」フォーリナーXXXの猛攻は続き、ニンジャスレイヤーのシノビ装束が赤く染まっていく。まだ致命傷は受けていない、だが防御に集中しているからであり、それもダメージと疲労によって限界は見えている。このままではジリー・プアー(訳注・徐々に不利)なのは明らかだ!

 

フォーリナーXXXは大剣を振るいながら魔法の袋に手を入れて放り投げる。これはスノーホワイトを苦しめた人形だ!いまのフォーリナーXXXにかつてのサディストめいた加虐嗜好はない、マシーンめいて無慈悲に獲物を追い詰めるメキシコライオンだ!人形によってニンジャスレイヤーの防御はさらに崩されていく!

 

「ヌゥ!」人形の拳が足の甲に刺さる!そこはキンナカラテで使われるテンケツと呼ばれる箇所であり、通常の数倍の痛みを感じてしまう。そのテンケツに偶然にも攻撃が当ってしまう。それは致命的な隙を生む。フォーリナーXXXは腰を捻る。狙うはニンジャスレイヤーの首、ハイクを詠ませる時間すら与えないつもりだ!

 

回避は不可能、防御しようにもブレーサーはマンキヘイとの戦いで破壊され、ヌンチャクもフォーリナーXXXの猛攻によって破壊された。防ぐ手立てはない!フォーリナーXXXの剣が断頭台の刃めいて迫る。ニンジャスレイヤーは感覚を鈍化させ防ぐ手段をニューロンから探すが見つからない!

 

ナムサン!ネオサイタマの死神はニンジャ魔法少女によってインガオホーを迎えてしまうのか!?ニンジャスレイヤーのニューロンが高速稼働する。ニンジャへの憎悪がハイクを詠む時間すら惜しみ殺す術を探す。左目の端から何かが駆け上がるのが見える。その何かは何かを投げる。ニンジャ動体視力は槍めいた武器であると判別する。

 

その槍はフォーリナーXXXの大剣を弾く。ニンジャスレイヤーは即座にバック転で間合いを取る。「グワーッ!」フォーリナーXXXが吹き飛ぶ。駆けあがった何かの飛び蹴りを喰らっていた。そして何者かは弾かれ宙に浮かんでいた槍めいた武器を手に取り構える。ニンジャスレイヤーにはその姿に見覚えがあった。

 

ピンク髪のショートヘアー、学生服めいた白い服、腰元やカチューシャについた花が飾り。その目には冷静さと情熱が混ざり合った決断的な意志が籠っている。一方フォーリナーXXXはニンジャスレイヤーを追い詰めていた無慈悲なメキシコライオンの表情ではなく、オーボンフェスに先祖のオバケを見た子孫めいた表情をしていた。

 

「なんでお前が居るスノーホワイト!」「どーも、フォーリナーXXXさん、スノーホワイトです」魔法少女狩りのエントリーだ!



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最終話 ニンジャスレイヤー・アンド・マジカルガールハンター・バーサス・ニンジャマジカルガール#8

誤字脱字の指摘ありがとうございます


◆フォーリナーXXX

 

「ドーモ、スノーホワイト=サン」

 

 フォーリナーXXXはアイサツを拒絶しようとするが半ば強制的に口と体が勝手に動く。

 ニンジャ魔法少女はニンジャや魔法少女と比べれば優れている。それは認めるところだ、だがそんな優れた生物でも欠点は存在する。それはアイサツされたら返礼してしまうという点だ。

 戦いの前で視線を逸らす。それは魔法少女の戦いにおいてはボーナスステージのような致命的な隙だ。ニンジャ魔法少女になり相手がアイサツをした時は『こいつはバカかと』と攻撃を加えようとした。だが何かしらの魔法にかかったように体は全く動かず、気が付けばアイサツしていた。

 ニンジャにとってアイサツは本能であり、魔法少女の要素が入ったニンジャ魔法少女であってもその本能に逆らえない。

 

 本来であれば問題ない欠点だった。ニンジャであれば先にアイサツしても攻撃することなく返礼し、魔法少女もわざわざ頭を下げてアイサツする間抜けはいない。

 だがスノーホワイトは違う。魔法少女でありながらニンジャの習性を理解し利用してくる。ファーストコンタクトでも見事に利用され、何とか防御できたが危うくやられるところだった。そして今もその習性を利用されている。

 

「フォーリナー……」

 

 視界の端でスノーホワイトが近づいてくるのが見える。頭を下げ無防備にさらしている頭頂部目掛けヤリを振り下ろそうとしている

 相手がアイサツする意志がなければこちらもアイサツをキャンセルでき、不意打ちをすると分かっていれば対処できる。体の自由が戻り右に動き辛うじて攻撃を回避し大剣を横薙ぎに振るう。

 スノーホワイトは地を這うように身を屈めヤリで足元を突く。フォーリナーXXXは小ジャンプするが、ヤリは足元に到達する前に止まり、穂先は胴体に向かう。フォーリナーXXXは体を捻り腹部を斬られながら回避、その回転を生かして斬りつけるがこれもあっさりと躱される。

 スノーホワイトは一気に攻め立てる。最初の戦いで感じたやりにくさは健在で、魔法の袋からアイテムを取り出す隙を与えられず守勢に回り、胸中に焦りと不安が募っていく。

 

 今までより強くなったというのは漠然と理解していた。それは初めて魔法少女になった時のような無敵の感覚だった。であれば相手との実力差は開き、ニンジャの習性を利用した不意打ちによっての不利な形勢はすぐさま逆転すると思っていた。だが予想と反して形勢は全く変わらなかった。

 フォーリナーXXXは防御していくうちに自然に後退しビルを移り渡る。それは一種の逃走であり、プライドが高い彼女であれば許さない。だがそのプライドを忘れるほどに困惑していた。何故脇腹の大怪我が治り未だに倒せない?

 2人は閉店になったコケシマート近くの立体駐車場に移り、そこで足を止めて戦う。前の戦いのようにいずれ地力の差が出てくるはずだ。この無敵の感覚を信じろ。

 

 フォーリナーXXXはスノーホワイトが数歩ほど間合いを詰めたのを確認して上段から大剣を振り下ろす。相手は反応できていない、殺った。

 だが大剣は目測を誤ったかのように空を切る、いや攻撃が来るのを予測し何かしらの動きで目測を誤らせられた。スノーホワイトはその隙に心臓を突き、ブリッジで辛うじて躱す。

 

「なんでそんな強くなっている!?」

 

 フォーリナーXXXは思わず叫ぶ。相手が答えるわけが無いと分かりながらも叫ばずにはいられなかった。スノーホワイトをコトダマ空間に送って再び対峙するまでの時間は数分程度だ、その間で広がっていないどころか明らかに実力差が縮まっている。

 何が起こっているか見当がつかない。今のフォーリナーXXXはマンキヘイを失った憎しみや悲しみより、謎を知りたいという知的好奇心が上回っていた。

 

「覚醒という言葉を知ってる?」

「あ?アニメとかにある。実は秘めたる力が有って、土壇場でその力が使えるようになるとかいうあれか?」

「大まかに言えばそう。魔法少女は想いの力で強くなる。私は自分の想いを再確認して決意した。貴女のような魔法少女を決して野放しにしないって」

「覚醒か、魔法少女にはそんなのがあるのか」

 

 フォーリナーXXXは納得すると同時に思わず舌打ちする。想いの力で強くなる。マンキヘイを失ったと同時に強くなったという自覚があった。だとすれば自分は覚醒したのだろう。

 お互いに覚醒して実力差が縮まっている。即ち覚醒の質はスノーホワイトの方が上だということになる。気に入らない。

 

「そもそもなんで生きている!?インクィジターの元に送ったよな!?」

 

 苛立ちをぶつける様に声を荒げながら質問する。インクィジターはコトダマ空間において絶対的な強者だった。対面して逃げおおせられたが、次は逃げられる保証はない。

 ニンジャ魔法少女として絶対的な自信を持つフォーリナーXXXであるが、率先して戦おうとは思えない程恐ろしい相手だった。だからこそ自ら止めを刺すのではなく、インクィジターの元に送るという方法を選んだのだ。

 スノーホワイトは少なくともフォーリナーXXXよりコトダマ空間適性はない。そんな者がインクィジターに対面して逃げられる道理はない。それだけにスノーホワイトがこの場に居ることは天地がひっくり返ってもあり得ない出来事だった。

 

「確かに、私ではインクィジターを倒すどころか、逃げることすら無理だった」

 

 予想に反してスノーホワイトは攻撃の手を止めて語り始める。この間に魔法の袋からアイテムを取り出して攻撃するなどの選択肢が有ったが、スノーホワイトの言葉に耳を傾ける。

 

「じゃあ何で生きている!?」

「私には大切な友達が居た。ラ・ピュセル、優しくて頼りになって大切な人、ねむりん、いつも楽しそうに私の話を聞いてくれて、話すのが本当に楽しかった」

「そいつらがどうした!?」

「私はインクィジターに殺されそうになった。死ぬのを覚悟して走馬灯みたいなものが過った。その中でラ・ピュセルやねむりんとの思い出が蘇って、助けてラ・ピュセルって願った」

 

 スノーホワイトはゆっくりと語る。友達との思い出や襲われた時の心境などこれっぽっちも興味はない。今すぐにでも結論を言えと襲い掛かりたいが、謎を知りたいという欲が静観させる。

 

「そうしたら目の前にラ・ピュセルが居て、インクィジターの大軍を真っ二つにして、ねむりんがビームで倒してくれた」

「なんだ?絶体絶命のピンチでお友達が助けてくれたってか?」

「そう」

「何でお前だけなんだよ!」

 

 フォーリナーXXXは力の限り叫ぶ。絶体絶命のピンチに仲間が助けてくれる。それはフィクションではあり触れ、ご都合主義すぎると嫌われるほど普遍的な展開だ。その結果絶対に死ぬはずだったスノーホワイトが生きている。

 そして負けるはずがないマンキヘイが死んだ。自分が消滅する前に駆けつけられるわけでもなく、幸運によって奇跡的に生き残るわけでもなく死んだ。

 

 何だこの理不尽は!許されるわけではない!

 

 フォーリナーXXXはスノーホワイトに対する憎しみはニンジャスレイヤーと比べればそこまで無かった。だからこそ知的好奇心が勝り、覚醒についてやコトダマ空間からの脱出方法を訊いた。

 だが今は違う。スノーホワイトは理不尽の象徴でありニンジャスレイヤーと同等に憎しみを抱く相手になっていた。

 

「スノーホワイト、お前はこの世にいちゃいけない存在だ、死ね」

「それはオヌシだ、フォーリナーXXX=サン」

 

 憎悪の塊のような声が聞こえると同時にニンジャスレイヤーがスノーホワイトの隣に立っていた。

 

◆◆◆

 

ニンジャスレイヤーはスノーホワイトの姿を見て安堵する。殺されたと思っていたが生きていた。スノーホワイトのカラテへの過小評価を反省すると同時に生きていたことに嬉しさを感じていた。そしてスノーホワイトは後ろ手でニンジャスレイヤーに向けてピースサインを作る。余裕のサインか?違う。

 

これはフォーリナーXXXとのイクサに向けてニンジャマジカルブリーフィングをした際に決めたサインだ。それと同時に一瞬スノーホワイトと視線が合う。ニンジャスレイヤーの胸元に何かが当り。瞼を空けて確認する。それはスシパックとチャとキャンディーだった。パックを開けるとスシを口に放り込むと高速で咀嚼しチャで流し込む。

 

そして即座にチャド―の呼吸をする。「スゥーッ……ハァーッ……」チャドーの呼吸はニンジャ新陳代謝を増幅させ傷を癒す。だが万能ではない。チャドーの呼吸をするのにはカロリーを消費する。ニンジャスレイヤーはマンキヘイとの戦いでカロリーを消費尽くしたと同時に、補給用のスシも戦闘の余波によって破壊されていた。

 

スノーホワイトは魔法でニンジャスレイヤーの状況を察し、補給アイテムを渡していた。何たる偶然だろうか!否、必然である。ニンジャスレイヤーとスノーホワイトはニンジャマジカルブリーフィングによってお互いの長所と短所を全て話した。それは敵になれば致命的な情報も入っていた。

 

それでも2人は情報を明かした。だからこそスノーホワイトは自分には必要ないスシをストックしていたのだ。「スゥーッ……ハァーッ……」ニンジャスレイヤーはチャドーの呼吸を続ける。タタミ数枚分先ではスノーホワイトとフォーリナーXXXがイクサを繰り広げている。今襲われれば確実に殺されるだろう。だがヘイキンテキは全く乱れていない。

 

スノーホワイトはアイコンタクトでメッセージを込めた。1人では厳しい。早く回復して加勢してくれ、時間は稼ぐと。ニンジャスレイヤーはそのメッセージを受け取り体力回復に努める。スノーホワイトのカラテとフォーリナーXXXを倒すという決断的な意志を信じた。何たるニンジャと魔法少女の種族を超えた信頼関係か!

 

スノーホワイト達はこの場から離れ、ニンジャスレイヤーだけが取り残される。回復しきれずいけば足手まとい、回復に時間をかけすぎればスノーホワイトが殺されるかもしれない。フォーリナーXXXとスノーホワイトと己のカラテを吟味し、ベストなタイミングを探る。(((ヌウ……間に合わぬ)))ニンジャスレイヤーのヘイキンテキが僅かに乱れる。

 

このままでは回復が間に合わず、ベストの状況でエントリーできないと長年のイクサで鍛えたニンジャセンスがニューロン内で無慈悲な結論を告げていた。すると手元にあるキャンディーに意識が移る。スノーホワイトはこの状況において無意味な物を渡さない。であれば回復を手助けするアイテムの1つ可能性が高い。

 

ニンジャスレイヤーは躊躇なく口にキャンディーを放り込んだ。「ヌゥ…」心臓が万力めいて締め付けられ思わず声が出る。だがニンジャ新陳代謝が上がり傷を癒し体力が回復していく。それはスノーホワイトが入手したマジカルドーピングの一種であり、現時点で入手不可能な貴重品だが保険の為に渡していた。

 

スノーホワイトの判断は正しく、これが無ければニンジャスレイヤーは満足に回復出来ていなかっただろう。そこからチャドーの呼吸で体力回復に努めていた。スノーホワイトはニンジャスレイヤーの様子を見て安心する。全快とまではいかないが、ある程度回復している。当初は1人で何とかするつもりだった。

 

だがフォーリナーXXXのアトモスフィアが覚醒したと告げていた。これは1人では倒せない。プランを変更し、時間を稼ぎニンジャスレイヤーのチャドーで回復して戦線に復帰してもらうつもりだった。アイコンタクト1つで伝わるか心配だったが、ニンジャスレイヤーを信じた。

 

そして1秒でも時間を稼ぐために長々と喋り、ねむりんやラ・ピュセルを話題に出した。大切な思い出が穢されるような不快感が有ったが悪い魔法少女を倒す為なら仕方がないと割り切った。「あのキャンディー実際利いた。あれは何だ?」「こちらのドーピング剤のようなものです」「すまぬ」

 

「ニンジャスレイヤー!スノーホワイト!マンキヘイの仇だ!お前ら2人は何が何でも殺す!」フォーリナーXXXのキリングオーラが充満する。ニューロンが冴えわたる。あまりにキレすぎると人はかえって冷静になると聞いたが本当だったようだ。アマクダリを解体することもこの後の生活もどうでもいい!2人を殺すことに全てを賭ける!

 

「やってみろ。ニンジャ魔法少女だろうが関係ない。ニンジャ殺すべし」ニンジャスレイヤーは双眸に圧倒的な殺意を漲らせながらジュージツの構えを取る。「私は魔法少女としてアナタを止める」スノーホワイトは理想と決意を双眸に宿らせながらルーラを構える。魔法少女とニンジャ対ニンジャ魔法少女の最後の戦いが始まる。

 



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最終話 ニンジャスレイヤー・アンド・マジカルガールハンター・バーサス・ニンジャマジカルガール#9

誤字脱字の指摘ありがとうございます


♢スノーホワイト

 

 スノーホワイトの感覚はかつてないほど研ぎ澄まされていた。空から聞こえるマグロツェッペリンの宣伝放送、ビルの下から聞こえる雑踏の声、ニンジャスレイヤーの身体に触れて蒸発した重金属酸性雨の匂い。周りの様々なものを5感で感じ取れている。魔法で聞こえる困った声もいつもより多くかつ鮮明に聞こえてくる。

 しかしそれらに意識を向けることなくフォーリナーXXXに向ける。今の状態であればフォーリナーXXXに全ての意識を向けながら周りの情報を無意識で処理し、第三者の不意打ちなど状況の変化に対応できるだろう。魔法少女生活の中でも限りなくベストだった。

 

 そして感覚だけではなく精神も研ぎ澄まされていた。ニンジャスレイヤーとフォーリナーXXXは可視化できそうなほどの怒気をお互いにぶつけていた。

 今まで感じたことのない憎悪、ニンジャスレイヤーの憎悪は対象ではないが、精神が強化された魔法少女であっても恐れ慄く程だ。そしてフォーリナーXXXには直接憎悪をぶつけられている。その精神にかかる負荷は甚大だ。

 過去のスノーホワイトであればその場で崩れ落ちはしないが、無意識レベルで動きに影響が出ていた。だが今なら精神は揺るがず無意識レベルでの影響もない。

 あの異様な空間でラ・ピュセルに選択した道を肯定してもらった。それはスノーホワイトの支えとなり、自分なりの清く正しい魔法少女を目指すという理想と決意をさらに強固にした。

 

 スノーホワイトは改めてフォーリナーXXXに意識を向ける。『マンキヘイが居なくなって困る』という声が脳内に響く。だがそれは心情的な意味で戦闘的な意味では然程困っていないと気づく。

 本体より強い戦闘力もさることながら、フォーリナーXXXとの息の合ったコンビネーション攻撃は強力で、あれこそが最大の長所だと思っていた。それが無くなっても困っていないという事実、警戒心をさらに強め、注意を促す意味でニンジャスレイヤーに視線を向ける。だがそれは杞憂だった。

 ニンジャスレイヤーに慢心も油断も一切ない。どんなに弱いニンジャだろうが、どんなに強いニンジャだろうが揺るがぬ殺意を持って全力で戦う。そのブレなさに頼もしさすら覚える。

 

 スノーホワイトは一瞬向けた視線をフォーリナーXXXに戻し駆け出す。その動きから数コンマ遅れてニンジャスレイヤーとフォーリナーXXXの手が動く。

 

「イヤーッ!」

 

 ニンジャスレイヤーは手裏剣を生成しフォーリナーXXXに投げる。フォーリナーXXXは片手で大剣を握り柄で手裏剣を弾き、もう片手で魔法の袋から何かを取り出しばら撒く。その動きはつい先ほどよりさらに速くなっていた。

 地面には小さな人形が10体に全長1メートル程度で円柱に筒がついたものが2つ召喚される、人形は致命傷ではないが隙を作るには充分なダメージを与える攻撃力を持ち、円柱は筒から紫色の球体を射出し、これも隙を作るには充分な攻撃力持っている。どれもスノーホワイトを苦しめた異世界のアイテムだった。

 だが小さな人形の目玉には手裏剣が突き刺さり、円柱の全ての筒に手裏剣が放り込まれると同時に爆発した。ニンジャスレイヤーの手裏剣による攻撃だ。

 その連射力と正確さは友人であり「手裏剣を投げれば百発百中だよ」の魔法を使うリップルの投擲攻撃を思わせる程だった。

 

 スノーホワイトは迷わず駆ける。ニンジャスレイヤーがアイテムによる物量攻撃に対処しながらサポートにまわってもらい、こちらが本体を倒すという役割分担を思い浮かべていた。

 間合いまであと数歩迄近づくがフォーリナーXXXの目や口や耳から粘度が高い液体が一気に噴き出す。スノーホワイトはあれに触れてはマズいと反射的に足を止めバックステップし、その直後に液体が降り注いだ。

 それはスライムのような形状で緑色だった。そのスライムは触手を次々と作り出しニンジャスレイヤーとスノーホワイトに襲い掛かる。

 スノーホワイトは左右から襲い掛かる触手を避けていき、その分だけフォーリナーXXXから離れていく。困った声によってジツの性質の大体を理解した。毒のジツがあのスライムに付与されている。触れた瞬間即死はしないが、毒によって動きが鈍りあのスライムのような触手に握りつぶされ殺される。

 触手を避け続けるその間にフォーリナーXXXは袋からアイテムを取り出し続けていた。ニンジャスレイヤーも手裏剣を投擲するが触手によって阻まれている。    

 触手を盾にしながら手駒を増やし続ける。相手のパターンにハマりつつある。何としてもアイテムの取り出しを防がなければならない。だが触手を搔い潜り接近する術が思いつかない。

 

「近づけスノーホワイト=サン!カラテを込めろ!あの触手はカラテで弾ける!」

 

 ニンジャスレイヤーはフォーリナーXXXに向かいながらアドバイスを送る。カラテを込める?スノーホワイトはアドバイスの意味を理解できなかった。だがこのままではジリ貧なのは理解しており、意を決して近づく。

 前方と右から触手が襲い掛かる。ニンジャスレイヤーのアドバイスは結果的にスノーホワイトに迷いを生じさせ、回避の選択肢が無くなる。

 絶体絶命と呼べる状況だった。だがスノーホワイトに諦めの心は一切なく、カラテという単語から打開策を探す。すると脳裏に己に攻撃を繰り出したニンジャスレイヤーとドラゴンナイトの姿が浮かぶ。

 

「イヤーッ!」

 

 スノーホワイトは気が付けば腹から声を出しながら前からくる触手に前蹴りを繰り出し、ルーラから片手を離し、右からくる触手には右手の裏拳を繰り出した。すると触手は手足に触れる前にはじけ飛んだ。その光景にフォーリナーXXXは思わず目を向く。

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのチョップを振るい緑色のアンコクトンを弾く。「イヤーッ!」スノーホワイトのストレートパンチが緑色のアンコクトンを弾く。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがボディアッパーで弾く。スノーホワイトがミドルキックで弾く。2人はドサンコの雪道を突き進むラッセル車めいてアンコクトンを弾いて接近する。

 

フォーリナーXXXは魔法によって最初に宿ったニンジャソウルの他に5つのソウルを宿し、合計6つのソウルを宿している。ドク・ジツのホロビ・ニンジャクランのグレーターのソウル。強力な戦闘力を持つカラテデミ人形を召喚する、アーチ級のマギカ・ニンジャのソウル。触れた物を爆発させるバクハツ・ジツ、サソリ・ニンジャクランのグレーターのソウル。

 

この3つのソウルによるジツはニンジャスレイヤーとスノーホワイトに見せていた。そして残ったうちの1つのニンジャソウルの力を使った。それはダイコク・ニンジャのグレーターソウルの力だった。スライムのような物体はアンコクトン・ジツによるもので、その物体は術者の意のままに操れ、敵を拘束し締め付け吸収し糧として増殖する。

 

そしてニンジャ魔法少女はジツを2つ同時に使える。今まではマンキヘイの召喚とドク・ジツの使用を基本としていた。だがマンキヘイが召喚出来なくなったが、その分だけ他のジツとの掛け合わせられるようになった。今はドク・ジツとアンコクトンを同時に使用している。触れただけで毒に蝕まれ、最悪死んでしまうという恐ろしいジツと化していた。

 

そしてアンコクトンにドク・ジツを加える。一見恐ろしいジツに見えるかもしれないが相性は然程良くなかった。アンコクトンはある一定のカラテが籠った攻撃であれば触らずに弾ける。故にドクが付与できず効果を発揮できない。ミヤモトマサシがこの光景を見れば「便利な道具が有りすぎるのも困る」と呟いただろう。

 

ニンジャスレイヤーは過去の経験で知っていたが、スノーホワイトは知らなかった。その魔法は無意識レベルの困った声が聞こえる。だがフォーリナーXXXはジツのテストとして異世界に訪れ、アンコクトンによって相手の抵抗を跳ねのけ多くの命を奪った。その犠牲者の中にアンコクトンを弾けるカラテの持ち主は誰も居なかった。

 

故にフォーリナーXXXは弱点を知らず声にも出なかった。サイオーホースである。だがニンジャスレイヤーのアドバイスによって対策法を知った。そしてルーラでなく素手で攻撃したがその選択は正しかった。この世界にはカラテ伝導率という概念があり、武器は素手と比べカラテが籠らず、ルーラではアンコクトンを振り払えなかった。

 

スノーホワイトはアンコクトンを弾いていく。カラテを込めるという意味は分からなかった。だが今なら何となく理解できる。カラテとは意志の力、それを手足に込めるのがカラテを籠めるという意味だ。スノーホワイトは手足に悪い魔法少女を止めるという決断的な意志と自分と友人達の理想を籠める。

 

「アンコクトン!イヤーッ!」フォーリナーXXXは魔法の袋からアイテムを取り出すのを忘れ、拒絶するようにアンコクトンの触手がクラーケンめいて襲い掛かる。さらに取り出した人形たちも襲い掛かる。波状攻撃だ!「イヤーッ!」しかし左右から迫りくる2人は止められない!2人のカラテはアンコクトンの触手を全て弾き飛ばし人形も破壊する!

 

スノーホワイトはルーラが届く間合いに辿り着く。ニンジャスレイヤーも同程度までに近づく。アンコクトンの障害無し、スノーホワイトはルーラを振り上げ、ニンジャスレイヤーはスリケンを生成し振りかぶる。その瞬間にフォーリナーXXXは魔法の袋から巨大なティーポットに口とオレンジの目がついたオバケめいた物体を取り出し、放り投げた。

 

これは視線を強制的に固定させるマジックアイテムのリトオだ!ナムサン!これはニンジャスレイヤーを敗北に追いやった、魔法によってマバタキ・ジツを再現するマジカルマバタキ・ジツによるセットアップ攻撃だ!フォーリナーXXXは魔法によってスノーホワイトの後ろに移動する!

 

「ンアーッ!?バカナーッ!?」スノーホワイトは回転しながら後ろにルーラを振り抜き、フォーリナーXXXの腹が切り裂かれる!さらにスリケンが肩に突き刺さっている!マジカルマバタキ・ジツ破れたり!思わぬ反撃にフォーリナーXXXは5連続バック転で2人からタタミ5枚分の距離を取る。

 

ニンジャスレイヤーはリトオが飛び出した瞬間に、目を閉じてスリケンを投擲し破壊、そこからニンジャソウル感知によってスノーホワイトの後ろに移動した瞬間にスリケンを投擲した。一方スノーホワイトは魔法で後ろに居ると知られたら困るという声を聞き、姿が消えた瞬間にルーラを背後に向かって振り抜いた。

 

「そんな大道芸が通じると思ったか?オメデタイ頭だ。それに先程のジツはかつてデスドレインというサンシタが同じジツを使っていたが、それ以下だ」「クソが!ワタシをサンシタニンジャと一緒にするな!」「オヌシよりマンキヘイ=サンの方が余程強かった」「お前がその名前を出すな!イヤーッ!」「来る!」

 

CABOOM!フォーリナーXXXはバクハツ・ジツを利用したスプリントによってタタミ5枚分の距離を一気に詰め斬りつける。ニンジャスレイヤーはブリッジで辛うじて回避する。(((あれはバクハツ・ジツ、攻撃だけではなく移動にも使ってくる。何を呆けているフジキド!)))ニンジャスレイヤーのニューロン内でナラク・ニンジャの罵倒が響く。

 

ニンジャスレイヤーは本来であれば完全に躱しきれなかった。だがスノーホワイトの声でコンマ数秒だけ速く動け無傷で回避する。スノーホワイトも魔法と戦闘の経験によってバクハツ・ジツで間合いを詰めてくると察知できた。「イヤーッ!」CABOOM!フォーリナーXXXは即座にUターンし、バクハツ・ジツで加速し大剣を突く!

 

ニンジャスレイヤーはマイめいた動きで半身になり突きを躱す。バクハツ・ジツによる加速を完全に見切ったのだ!タツジン!「イヤーッ!」そこから180°回転しながら空きの側頭部にバックハンドブロー!ニンジャスレイヤーのニューロン内で吹き飛ぶフォーリナーXXXの姿が浮かぶ。だが拳は空を切る。

 

ニンジャスレイヤーはマジカルマバタキ・ジツによる回避だと判断し、即座にソウルを探る。後ろ左右にはいない。「イヤーッ!」CABOOM!フォーリナーXXXが真上からバイオハゲタカめいた勢いで急降下し大剣を振り下ろす!バクハツ・ジツで勢いが増している!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転回避、肩を僅かに斬られる!

 

スノーホワイトは攻撃後の隙をつくように、大剣を振り下ろしたフォーリナーXXXに向かって突く。しかし攻撃は空を切る、マジカルマバタキ・ジツだ!だがスノーホワイトは直前でルーラを停止すると引き戻し真上に向かって突く。そこにはバイオハゲタカめいた勢いで急降下しながら剣を振り上げるフォーリナーXXX!

 

ルーラが寸分たがわずフォーリナーXXXの眉間を貫か……ない!フォーリナーXXXの姿が消える。マジカルマバタキ・ジツでスノーホワイトの後ろに移動している。「イヤーッ!」フォーリナーXXXは片手を大剣に添える。CABOOM!大剣はバクハツ・ジツによって推進力が増加、そのままテニスのバックハンドめいて振る!

 

スノーホワイトは柄で大剣を防ぎ、地面にブレーキ跡を作りながらタタミ5枚分ノックバック、手に残る衝撃にスノーホワイトの顔が僅かに歪む。フォーリナーXXXはスノーホワイトに追撃、手のしびれで数コンマ行動不能だ、アブナイ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがスリケン投擲でインターラプト、フォーリナーXXXの姿が消える。

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの左からフォーリナーXXXが攻撃、ブリッジ回避、「イヤーッ!」フォーリナーXXXの振り下ろし、ニンジャスレイヤーは連続バックフリップで回避、「イヤーッ!」CABOOM!フォーリナーXXXの追撃ダッシュ突き、殺戮バッファローめいた勢いで迫る!一方ニンジャスレイヤーの態勢は不十分だ!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは両手で大剣を挟みケバブめいた死体になるのを阻止!シラハドリ・アーツだ!ゴウランガ!フォーリナーXXXは全身に力を入れる!そのまま串刺しにするつもりだ!「ヌゥ!」ニンジャスレイヤーもカラテを漲らせシラハドリ・アーツを維持し抵抗する。

 

「イヤーッ!」フォーリナーXXXはマジカルマバタキ・ジツで後ろに瞬間移動からカラテボレーキック!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの首は95°に曲がり、キリモミ回転しながら吹き飛ぶ!フォーリナーXXXは大剣をキャッチするとニンジャスレイヤーに決断的にトドメを刺しに行く!しかし進行方向上にはスノーホワイトがいた。

 

「イヤーッ!」フォーリナーXXXはスノーホワイトを無視し、マジカルマバタキ・ジツでニンジャスレイヤーの元へ移動、そのまま剣を振り下ろす。ニンジャスレイヤーはワームムーブメントで回避、スノーホワイトはニンジャスレイヤーをカバーするように駆け寄る。何たるマジカルマバタキ・ジツとバクハツ・ジツを合わせた神出鬼没かつ高速移動カラテか!

 

2人は死角を減らすように背を合わせ、フォーリナーXXXは追撃せず機を窺うように2人の周りを移動する。おお見よ!フォーリナーXXXの身体が2つ3つと増えていく!まさかブンシンジツを使えるのか!?否!これはバクハツ・ジツの高速移動とマバタキ・ジツによるランダム出現による錯覚である。

 

その速さはお互いに死角をカバーして辛うじて目で追えるほどだ。2人は背を合わせてハカイシめいて動かない。安易に仕掛ければ翻弄され手痛い一撃を受けると分かっていた。相手の隙をついて攻撃する。フォーリナーXXXは動き回り、2人は動かない。イクサはサウザンド・デイズ・ショーギめいた状況になる。

 

「それで凌いだつもりか!」フォーリナーXXXは叫ぶと同時に魔法の袋に手を入れる。「「「「ザッケンナコラーッ!」」」」スーツを着た角刈りの男性が1ダース現れる!これはクローンヤクザだ!テレビゲームめいた演出をするために雑兵用として購入して収納していたのだ!2人を取り囲むように現れる!その手にはマシンガン!

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは飛び上がりヘリコプターめいて回転し360°にスリケンを投げる!ヘルタツマキだ!「「「「グワーッ!」」」」クローンヤクザの眉間にスリケンが刺さり緑の血をシャンパンめいて噴出させる。全員即死!サツバツ!

 

「イヤーッ!」フォーリナーXXXがニンジャスレイヤーの真上に出現!大剣を振り下ろす!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはオーバーキックめいた蹴りで大剣の側面を叩き軌道を変える!ワザマエ!「イヤーッ!」フォーリナーXXXは即座に大剣を左逆袈裟に振り上げる!イアイドーの奥義スワローリターンだ!

 

「ンアーッ!」スノーホワイトが間欠泉めいた急上昇と同時にルーラでフォーリナーXXXの腹部を切り裂く!スワローリターン不発!痛みと動揺で無様に地面に落ちる寸前に何とか着地する。スノーホワイトが近づくスピードがハヤイすぎる!何をやった!?

 

ここで読者の皆様はニンジャスレイヤーの足元に注目していただきたい、フックロープがついており、その先はスノーホワイトの手に巻かれている。ニンジャスレイヤーの蹴りは防御だけではなく、蹴りの動きによってスノーホワイトを引っ張り上げる狙いもあった。そしてスノーホワイトはタイミングを合わせ飛び上がる。

 

さらにフックロープの巻き上げも利用した。その上昇スピードは通常の10倍である!何たる長年組み続けた傭兵めいた即興コンビネーションか!これはスノーホワイトがニンジャスレイヤーのフックロープを出したと同時に魔法で意図を察し、かつブリーフィングで巻き上げ機構の存在を知っていたから実現可能なコンビネーションである!タツジン!

 

◆フォーリナーXXX

 

 フォーリナーXXXに痛みが駆け巡る。普通のニンジャや魔法少女であれば多少怯むが、今はマンキヘイを失った怒りや攻撃を受けた怒りでアドレナリンが過剰分泌し、然程感じない。

 ニンジャスレイヤーとスノーホワイトが左右から挟み込むように追撃する。これまでに魔法を応用した瞬間移動攻撃は2度破れた。マジックアイテムを利用した攻撃も見破られ、バクハツ・ジツを使った攪乱攻撃も決定打を与えられなかった。これ以上は多用しない方がいい。瞬間移動攻撃の使用を控える方針に切り替える。

 フォーリナーXXXは腰を低くし迎撃態勢を取る。先に近づいてくるニンジャスレイヤーに対しては大剣を2度3度振るい、ニンジャスレイヤーは懐に入れず足を止める。スノーホワイトはルーラで喉元を突いてくる。ギリギリまで引き付けて刃の側面を払い軌道を逸らす。

 スノーホワイトは立て続けに攻撃するがフォーリナーXXXは全て対処する。上段振り下ろしは裏拳で払い、中断の薙ぎ払いはチョップで叩き落とし、下段の切り払いは足の裏で刃を踏みつけ、ルーラは床のアスファルトに埋まる。

 それと同時にスノーホワイトに踏み込み大剣を振るう。致命傷は与えられないが肩や脇腹が斬られ衣服の一部が宙に舞う。

 ニンジャスレイヤーが背後から首を刈り取ろうとチョップを繰り出すが、即座に振り返りチョップを手のひらで止め押し出すような蹴りで、ニンジャスレイヤーを吹き飛ばす。

 

 フォーリナーXXXはこの戦いでの方針を変更する。攻撃と防御の比率は7:3ぐらいだったが、3:7で防御を優先するようにした。

 今までは攻撃では常に致命傷を与えようと剣を全力で振るい続けてきた。威力を出そうと全力を出せば出す程躱された後に隙が生まれる。今は隙が生まれないように余力を残し当てるだけの攻撃にする。

 当てるだけの攻撃では敵の命は取れない。だがフォーリナーXXXの場合は違う。ドク・ジツによって触れるだけで少しずつ毒が回り、戦闘力は低下していく。

 ドク・ジツは毒物に耐性がある魔法少女のスノーホワイトにも利くのは最初の戦いで判明している。ニンジャスレイヤーにも恐らく利く。相手に触りながら防御に徹し当てるだけの攻撃で削っていき、毒が回った後に攻撃重視にして相手の命を絶てばいい。

 

 フォーリナーXXXはスノーホワイトに大剣を振るう。連撃重視の軽い攻撃で相手を牽制する。だがスノーホワイトは狙いを見透かしたように攻撃を受けながら間合いを詰め、攻撃を繰り出す。

 まるで心を見透かしたかのような行動、それはフォーリナーXXXにとってある意味予想通りだった。魔法を理解してはいないが思い通りにいかないとは思っていた。

 フォーリナーXXXはスノーホワイトの中段の突きをチョップで下に叩き落とす。だがスノーホワイトは直前でスピードが落ちると同時に刃が下から上に向きを変え、柄ではなく刃の部分にチョップが当るように調整する。しかしフォーリナーXXXはチョップを縦から横に軌道を変え弾く。

 

 フォーリナーXXXは6つのソウルのうちの1つである。ライデン・ニンジャのソウルを使っていた。その力は雷を操作するもので電撃を相手に当てるなどが主な使用方法で、今までは主にその用途で使用していた。

 そしてライデン・ニンジャクランの者は電撃を当てる以外にも体内の電気信号を操るなどして、身体能力や反応速度の上昇の用途で使う者もいた。そして今は後者の用途で使用している。

 この瞬間までは試したことは無く、漫画で電気の力をそのように使用しているのを思い出し、ぶっつけ本番で試して成功した。

 結果反射神経と身体能力は格段に上がり、散々苦しめられたスノーホワイトが魔法で相手の思考を読むような攻撃も、斬撃を変化させても変化する前に叩き落とすか、変化しても対応可能になっていた。

 

 スノーホワイトの攻撃を防ぎながら当てるだけの攻撃を繰り出す。今のフォーリナーXXXとスノーホワイトのスピード差は当初以上に広がり、スノーホワイトは相手の狙いが分かっていながらも斬りつけられていた。

 

「攻撃重視で!」

 

 スノーホワイトは声を出しながら攻撃を続ける。すると背後からニンジャスレイヤーが片目を赤く光らせメンポから蒸気を発しながら近づいてくる。その様子を見てフォーリナーXXXはスノーホワイトの防御をこじ開け、腹部に押し出すような蹴りを叩き込み吹き飛ばす。

 今のニンジャスレイヤーはマンキヘイと一緒にやられかけた時の雰囲気に似ている。2人同時に相手する時間を限りなく減らす必要がある。

 フォーリナーXXXはニンジャスレイヤーが間合いに入った瞬間大剣を振るう。スノーホワイトのアドバイスで防御重視のスタイルはバレた。そのままでは被弾覚悟で素手の間合いに入られる可能性がある。攻撃の比重を少し上げる。

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 

 突き、下段横薙ぎ、中段横薙ぎ、出来るだけ隙が無く、かつ躱しにくい攻撃を繰り出す。防御に比重を置いているが、それでも一撃で致命傷になる攻撃を繰り出す。それをニンジャスレイヤーは躱していく。

 動きの速さや剣を弾く衝撃の重さ、確実に戦闘力は増している。先程までなら一撃ぐらいは当っているはずだ。さらに一撃繰り出すごとに動きは速くなり目の赤い輝きは増している。

 

「イヤーッ!」

 

 フォーリナーXXXは胴体への横薙ぎを繰り出す。ニンジャスレイヤーは身を屈め下を掻い潜る。強化された反射神経が大剣を即座に止め返す刀でしゃがみ込んだニンジャスレイヤーを斬りつける。

 だがニンジャスレイヤーはそれより早くクラウチングスタートの態勢からフォーリナーXXXの懐にダッシュする。その瞬間握っていた大剣を即座に放した。

 

「イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!」

「イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!」

 

 ニンジャスレイヤーとフォーリナーXXXは超ショートレンジでの打ち合いをする。フォーリナーXXXは懐に侵入されると察知し即座に大剣を手放し素手に切り替える。その判断は正しく、剣を振り切っていればニンジャスレイヤーの徒手空拳により、手痛い一撃を受けていた。そしてライデン・ニンジャのソウルの力が無ければ間に合わなかった。

 さらにフォーリナーXXXはニンジャスレイヤーに向かって一歩踏み込み、超ショートレンジの打ち合いに持ち込む。この間合いは強化された反射神経とスピードを最も生かせる間合いだった。

 

「イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!」

「イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤッ!」

 

 ニンジャスレイヤーの動きは隙が大きいがスピードは想像以上に速く、一撃繰り出すごとに速く重くなっている。だがフォーリナーXXXにはまだ余裕が有った。

 攻撃の意識を無くしニューロンの電気信号を射程に入った攻撃を叩き落とせという単純なものにし、反応速度はより速くなる。今は意識がほぼなく反射だけで動いていた。さらに防御すれば相手に触るので、少しずつ確実に毒を与えられる。

 フォーリナーXXXは背後からスノーホワイトが迫ってくる気配を感じ、攻撃を捌きながらスノーホワイトとニンジャスレイヤーが見える位置に移動する。今のニンジャスレイヤーを相手にしながら背後から来るスノーホワイトの攻撃を防ぐのを流石に厳しい。

 ニンジャスレイヤーは距離を詰めず蹴りも出せる間合いに留まる。そのコンマ数秒後にスノーホワイトが近づき、2人は左右から同時に攻撃する。

 フォーリナーXXXはより守備に意識に向けて思考を単純化する。射程に入った攻撃を弾く。あとは何も考えるな。そうすればニンジャスレイヤーは毒で弱体化する。

 

 フォーリナーXXXは射程に入った攻撃をひたすら弾いた。2人の攻撃は強者と呼ばれるニンジャや魔法少女でも捌き切れるものではない。ただフォーリナーXXXの反射速度が圧倒的に速かった。

 フォーリナーXXXは2人の攻撃を捌き続ける。何も考えず体の反射に任せ捌く、それだけに思考を没頭させる。怒りや憎しみもこの瞬間は消え去っていた。

 攻撃を捌き続け十数秒が経過したのを境にフォーリナーXXXの思考にノイズが走る。弾こうとした攻撃が弾けない。正確には弾こうと動いた瞬間に射程から離れていく。その回数は時間が経つごとに増えていく。

 これは良くはないか?だが脳内に浮かぶ漠然とした不安を押し込み、思考を体の反射に身を任せ、攻撃を弾く事のみに没頭する。

 

「イヤーッ!」

「ンアーッ!」

 

 フォーリナーXXXの脳内を占めていた弾くという思考は強烈な痛みと衝撃に塗り替えられていた。

 

◆◆◆

 

「ンアーッ!」ニンジャスレイヤーのポンパンチが腹部に直撃しフォーリナーXXXはワイヤーアクションめいて吹き飛んでいく!(((所詮は何でも食らいつくタボハゼなり!儂の助言が無ければ防御を破れぬお前のカラテの惰弱さには呆れかえるわ)))(((黙れナラク)))ニンジャスレイヤーはニューロン内に響くナラクの罵倒を切り捨てる。

 

フォーリナーXXXのニンジャ魔法少女としてのカラテとライデン・ニンジャクランのジツを合わせた防御は超高性能迎撃ミサイルめいてニンジャスレイヤーとスノーホワイトの攻撃を防いだ。実際鉄壁かと思われたがナラクのアドバイスによってフォーリナーXXXの防御を崩す。

 

ライデン・ニンジャクランのジツにより反応速度と身体能力を上げ、余計な思考を挟まないように射程に入ったら攻撃を弾くという思考のみに集中し、無慈悲な迎撃マシーンと化し、攻撃を防ぐ。それはインテレセプション・ディフェンスと呼ばれ、ライデン・ニンジャクランの名を轟かせた。しかし時が経つにつれ廃れ使用されなくなった。

 

この防御は射程に入った攻撃を自分の意志に関係なくオートで迎撃する。それが弱点だった。ニンジャスレイヤーは攻撃しながら射程を見極め、防御の射程に入った瞬間に攻撃を止め、次の攻撃に移行する。即ちフェイントである。タツジンであれば相手のカラテでフェイントかどうかは判別できる。だがオートで迎撃するが故に判別できず全てを弾こうとする。

 

フェイントに反応するだけ無駄な動きを強いられコンマ数秒の隙となる。フォーリナーXXXはニンジャスレイヤーのフェイントに全て反応してしまい、隙が広がり続け、攻撃を受ける決定的な隙を作ってしまった。何たる30手先のオオテツミを予測できるアドバンズドショーギ名人めいたカラテか!

 

そしてスノーホワイトもニンジャスレイヤーと同じ作戦をとっていた。スノーホワイトの魔法は本人が無意識に困っている思考も聞き取れる。フォーリナーXXXは無意識に弱点を想像してしまい、それが困った声になってしまっていた。これが理想を実現するために鍛えた魔法の恐ろしさである!マジカル!

 

2人は好機と見てフォーリナーXXXにトドメを刺さんとスプリントする。「イヤーッ!」フォーリナーXXXはバウンドしながらも腕を前方に翳し手のひらを握る。スノーホワイトは突如前転する。その頭上をシンカンセンめいた勢いで何かが通り過ぎ髪の一部をカットする。アブナイ!

 

その物体はフォーリナーXXXの手に収まる。それはフォーリナーXXXの大剣である。まるで意志を持つかのように戻ってきた。これは6つのソウルのうちの1つ、念動力で物体を操作するタナカ・ニンジャのグレーターソウルの力である。「調子乗ってんじゃねえぞ!非ニンジャと非魔法少女のクズが!イヤーッ!」

 

シャウトと同時に大剣が浮遊しその上にフォーリナーXXXが乗り、殺人カジキマグロめいた勢いでスノーホワイトに向かって突っ込む!スノーホワイトは即座に横っ飛びで回避する。大剣をルーラで受け止めようとすれば、上に乗っているフォーリナーXXXの攻撃を防げないと魔法で察知した。

 

「イヤーッ!」フォーリナーXXXは大剣から飛び出しスノーホワイトに飛び蹴りを繰り出す。CABOM!スノーホワイトはボールめいてバウンドしながらはじけ飛ぶ。さらにフォーリナーXXXは反動を利用して大剣の上に乗り、サーファーめいて移動する。

 

スノーホワイトは脇腹を触りダメージを確認する。肉の焦げた匂いとダメージ具合、バクハツジツの蹴りだ。ニューロンに駆け巡る痛みを魔法少女としての意志と決意で抑え込み、フォーリナーXXXを睨みつける。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはフォーリナーXXXにスリケン投擲。「イヤーッ!」フォーリナーXXXはスリケンを掴み取り投げ返す!

 

「イヤーッ!」フォーリナーXXXはスノーホワイトにUターンして突っ込む。スノーホワイトは脇腹を斬られながらもサイドステップでギリギリ回避!「イヤーッ!」大剣の上からヤリめいた蹴り!スノーホワイトは腕をクロスさせてブロック!タタミ2枚分ノックバックする!

 

「イヤーッ!」フォーリナーXXXは魔法の袋から槍を取り出しながらスノーホワイトにUターンして突っ込む。スノーホワイトは頬を斬られながらもサイドステップでギリギリ回避!「イヤーッ!」フォーリナーXXXは大剣上からヤリを突き下ろす!スノーホワイトはルーラで辛うじて防ぐ!

 

「イヤーッ!」フォーリナーXXXはニンジャスレイヤーに向かって突っ込む!ニンジャスレイヤーは二の腕を斬られながらサイドステップ回避!「イヤーッ!」フォーリナーXXXは大剣上からヤリを突く!ニンジャスレイヤーは側転回避!頭上をヤリが通過する!カミヒトエ!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」フォーリナーXXXは東京湾を泳ぐ殺人マグロめいて2人に襲い掛かる!大剣による突撃とフォーリナーXXXによる2段攻撃、それはカラテ馬セキトバに乗り屍の山を築き太古のアジア大陸をアビインフェルノと化したリョフ・ニンジャを想起せざるを得ない!二人は防御に徹する!

 

「キヒヒヒ!どうした!どうした!守っているだけじゃ勝てねぞ!」フォーリナーXXXは攻撃しながら魔法の袋から物を取り出し周りにばら撒く。ばら撒いた先にゾンビめいた生物が出現する。「イヤーッ!」「アバーッ!」ゾンビめいた生物の両目にスリケンが刺さる!即死!「イヤーッ!」「グワーッ!」フォーリナーXXXの突撃!

 

「GRAHHH……」カートゥーンめいたゴーレムが唸り声をあげる。スノーホワイトはゴーレムに向かって走る!あれを放置したらマズい。「GRAHH!」スノーホワイトは頭部をルーラで切り飛ばす。「イヤーッ!」その隙を狙ってフォーリナーXXXの突撃!スノーホワイトの背中が斬られる!

 

「イヤヤヤヤヤヤーッ!」フォーリナーXXXは移動しながら袋からアフリカの投げナイフめいた物体を連続投擲し悪夢めいた曲線を描きながら2人に向かっていく。明らかに異世界のマジックアイテムだ!ニンジャスレイヤー達は動きに惑わされず弾き、回避する。その間にフォーリナーXXXは袋からユニットを召喚する。

 

「アバーッ」「ザッケンナコラー!」フォーリナーXXXの袋から召喚されたユニットが加速度的に増加している、それ以外にも遠距離攻撃ユニットからカラテミサイルめいた物体が発射されていく。ニンジャスレイヤーとスノーホワイトも片っ端から召喚ユニットを破壊していくが、それ以上に召喚されていく。

 

「これがニンジャ魔法少女のフーリンカザンだ!ニンジャスレイヤー=サン!スノーホワイト!」フォーリナーXXXは高らかに叫ぶ。辺りはフォーリナーXXXのユニットで埋め尽くされていく!なんたる異世界で強奪した武器と魔法の袋を生かした物量攻撃か!まさに1人軍隊と呼ぶにふさわしい戦力である。

 

 

◆ファル

 

 数の暴力、それはシンプルにして恐ろしい。どんな優秀な魔法少女でも普通の魔法少女が数百人単位で襲い掛かられれば勝てない。それ程までに数の力は強い。

 しかしフォーリナーXXXが召喚したゾンビなどの雑兵は魔法少女に比べて遥かに弱く、何百何千集まろうが物の数ではない。塔みたいなものもビームを球体にした何かを発射するが銃弾程度のスピードで魔法少女にとって躱すのは難しくなく、問題ではない。だがその雑兵に魔法少女が加われば話は全く違う。

 これだけの雑兵と遠距離ユニットに攻撃されれば、魔法少女でも無傷は難しい。何発は攻撃を喰らうだろう。現にスノーホワイトも中東のテロ組織を壊滅させた際にも銃弾を何発か貰っていた。

 魔法少女でも銃弾を貰えば痛く、当たった場所次第では行動が制限される。それはほんの僅かな隙となり、魔法少女同士の戦いでは致命的になる。

 

「イヤーッ!」

 

 ニンジャスレイヤーは手裏剣を投げながら襲い掛かる雑兵を破壊し、遠距離ユニットから発射されるエネルギー弾を回避していく。それはまさに波状攻撃と言って差し支えない。その波状攻撃に便乗するようにフォーリナーXXXが大剣に乗って突っ込んでくる。

 ニンジャスレイヤーは大剣を躱し切れず胸が裂かれ、大剣の上に乗るフォーリナーXXXの槍の攻撃を辛うじて躱す。その直後にクローンヤクザがマシンガンを乱射する。身を屈めながら回転するとクローンヤクザは叫び声をあげながら倒れる。額には手裏剣が刺さっている。

 

 フォーリナーXXXはニンジャスレイヤーに再度襲い掛からず、急角度で方向転換し雑兵に取り囲まれているスノーホワイトに向かって突撃する。

 スノーホワイトはルーラで雑兵3体の胴体を両断し、即座にバク転とルーラで大剣と槍の攻撃を防ぐ。そしてバク転した先にある塔の形をした遠距離攻撃ユニットを着地しながら破壊する。その地点に雑兵たちが群がり押し寄せる。

 

 物量攻撃をしかける相手には範囲攻撃か圧倒的な手数が有効だ。だがスノーホワイトの魔法ではその2つは出来ない。そしてニンジャスレイヤーは手裏剣によりその両方ができる。

 それはフォーリナーXXXも知るところであり、雑兵たちを殲滅されないように攻撃頻度がスノーホワイトと比べ多く、手裏剣を投げる隙を与えない。このままでは物量作戦に押し切られる。だがそれは数日前の話だ。

 

「グワーッ!」

「GRAAHH!」

 

 炸裂音とマズルフラッシュが雑兵達を照らすと同時にクローンヤクザが緑色の血飛沫をまき散らし、岩のゴーレムが粉々に砕ける。スノーホワイトの左手にはマシンガンが握られていた。

 スノーホワイトは空になったマシンガンで近くの雑兵を殴り飛ばし、投げ捨て別の雑兵を破壊する。そして魔法の袋に手を入れて手榴弾を取り出すとピンを引き抜き、遠距離攻撃ユニットに投げ込む。爆音が鳴り響き遠距離攻撃ユニットは粉みじんに砕ける。

 

 ネオサイタマという都市はスノーホワイトが住んでいる世界の治安が悪い都市と比べても物騒であり、そういった場所には往々にして自衛用の武器が流通している。

 ファルはフォーリナーXXXと戦う前にナンシーを通して銃火器を調達してもらった。ネオサイタマでは金さえ払えば驚くほど簡単に手に入る。

 フォーリナーXXXには銃器での攻撃は当らないのは分かっている。それでも何かの役に立つかもしれないと必死に説得して持たせた。

 スノーホワイトが持つ魔法の袋は容量オーバーになることは決してなく、大は小を兼ねるではないが、持っていく分には損はしない。そして見事に役に立った。

 銃火器はフォーリナーXXXには通用しないが雑兵達を破壊するには充分な火力があり、何より足りない手数を補ってくれる。

 

 スノーホワイトは移動しながら雑兵を倒していく。片手でルーラを振り回し、空いた片手でマシンガンを操作しルーラの範囲外にいる雑兵達を破壊していく。その破壊スピードはフォーリナーXXXが召喚するスピードより速い。

 

「イヤーッ!」

 

 フォーリナーXXXが大剣に乗ってスノーホワイトに襲い掛かる。スノーホワイトはギリギリで大剣と槍の2段攻撃を避けると、即座にUターンして戻り何度も攻撃を仕掛ける。このままスノーホワイトを放置しているとマズいと判断したのだろう。

 

「イヤーッ!」

 

 そうなるとニンジャスレイヤーが空く。空高く飛びあがるとヘリコプターのように回転しながら手裏剣を投擲し、次々と雑兵や遠距離攻撃ユニットが破壊されていく。

 いくらスノーホワイトが銃火器を使おうが、手数や範囲攻撃という面ではニンジャスレイヤーが勝っているようだ。

 フォーリナーXXXはスノーホワイトから離れる。だがニンジャスレイヤーに向かうでもなく2人の中間地点に向かう。

 

 フォーリナーXXXは一瞬苦虫を潰したような顔を見せるが、即座にいつもの表情に戻り、魔法の袋から雑兵を取り出すのをやめ、大剣に乗って槍の攻撃だけをスノーホワイトとニンジャスレイヤーに繰り返す。

 大剣と槍の2段攻撃は非常に厄介だ。大剣の殺傷能力は充分で直撃すれば胴体が真っ二つになる。防御しても動きが止まり大剣に乗ったフォーリナーXXXの槍攻撃の餌食になってしまい、避けても大剣上のフォーリナーXXXが避けた方向に攻撃してくるので回避しづらい。スノーホワイトもニンジャスレイヤーも回避できるが、何とかといった様子だ。

 近づかれる前に遠距離で仕留めようとスノーホワイトは拳銃や手榴弾で攻撃するが、上に居るフォーリナーXXXはあっさりと防御し回避し、ニンジャスレイヤーの手裏剣も同様に防がれる。フォーリナーXXXの攻撃を未だに攻略できていない。

 そしてフォーリナーXXXの攻撃は徐々に苛烈さを増していく。魔法少女やニンジャの動体視力を持たないファルにはフォーリナーXXXが何人にも見える。それほどまでの速さと俊敏性だった。

 

 フォーリナーXXXはニンジャスレイヤーに攻撃を仕掛け、通り過ぎると即座にUターンし襲い掛かる。ニンジャスレイヤーは振り向いて対応すると思いきや、振り向かず全速力で走り始めた。ニンジャスレイヤーの全力疾走の方がフォーリナーXXXより速く、徐々に引き離していく。そして進行方向にはスノーホワイトが居た。

 スノーホワイトもニンジャスレイヤーの意図が読めず一瞬困惑するが、何かを察したのか表情が戻り、ニンジャスレイヤーにぶつからないように横にずれる。

 そしてニンジャスレイヤーはスライディングでブレーキをかけながら地を這う姿勢でフォーリナーXXXに正対し、スノーホワイトは守るようにニンジャスレイヤーの前に立つ。

 

 一方フォーリナーXXXの顔に獰猛な笑みを浮かぶ。このまま重なった2人を殺そうとさらにスピードが増す。スノーホワイトは足を広げ重心を低くし構える。迎撃するつもりだ。だが大剣を止めてもフォーリナーXXXの槍を避けられず、上に居るフォーリナーXXXを攻撃しても大剣を避けられない。どうするつもりだ?

 フォーリナーXXXがあと数メートルまで迫ったところでスノーホワイトのスカートが一陣の風によって靡く。それと同時にスノーホワイトは突きを繰り出す。

 この突きは手のひらに石突を乗せ、全身の力を収縮させ腕を捻りながら突く。回転により貫通力と破壊力は通常の突きより上昇する。以前スノーホワイトが戦った薙刀使いの華刃御前に教えを乞い、編み出した技である。この技で大剣上のフォーリナーXXXを倒すつもりだ。

 だがこの技は大技に分類され、攻撃後の隙は大きい。仮にフォーリナーXXXを倒せても勢いがついた大剣を避けられない。まさか相打ち狙いなのか!?自己犠牲で倒すつもりか、自棄になってはならないと声をかけようとするが、ファルの反応速度では間に合わない。

 ルーラがフォーリナーXXXに刺さると同時にスノーホワイトの体が真っ二つになる惨状のイメージが浮かび上がる。

 

「イヤーッ!」

「ンアーッ!」

 

 だが目の前では脳内のイメージとは全く違った光景が映っていた。まず何かの破片がスノーホワイトに向かっていく。そしてフォーリナーXXXが叫び声をあげながら打ち上げられている。一体何が起こった!?

 ファルの思考が目の前の出来事を推理していく。フォーリナーXXXを打ち上げたのはニンジャスレイヤーだ、上に向かってドロップキックを放ったような態勢を見て推測する。そして徐々に全容が見え始めていた。

 

 スノーホワイトが技を出す前にスカートを翻した一陣の風、あれはニンジャスレイヤーによるものだ。脚を広げたことで出来た空間をニンジャスレイヤーは高速スライディングで通り抜けた。そして勢いそのままにフォーリナーXXXの大剣の下に向かった。そこから逆立ちをするように全身の力を使って跳ね起き、ドロップキックのような蹴りを繰り出し、大剣を粉々に砕きフォーリナーXXXを蹴った。

 だがその蹴りだけでは大剣を壊しフォーリナーXXXにダメージを与えるのは不可能だ。だがスノーホワイトの助力があれば可能だ。

 スノーホワイトは突きをフォーリナーXXXではなく大剣に向けて放った。そして突きは刃先に当った。ルーラは魔法の国製の武器で途轍もなく硬い、硬いということは破壊力も上がる。

 そのルーラに魔法少女の力が加われば相当の衝撃になる。ましてや大剣のスピードも上乗せされ衝撃はさらに増す。そしてスノーホワイトの衝撃に加え、別方向からニンジャスレイヤーの攻撃による衝撃も加わった。

フォーリナーXXXが持っているからには大剣もそれなりに名品だろうが、一たまりもない。

 将を射んとする者はまず馬を射よではないが、大剣に乗るフォーリナーXXXが厄介であれば大剣ごと破壊して攻撃すればいいという豪快な発想だ

 

 口で言えば簡単だが、今の攻撃は相当に難しい。まずスノーホワイトだがいくら大剣と云えど剣だけに刃先は相当に薄い、それに大技をピンポイントに当てた。なんという精密動作か。今までのスノーホワイトでは出来なかった。これも覚醒によって成長した、いや想いの強さが為せた技だ。

 そして大剣を壊すには2人が同時に攻撃しなければならない。許される誤差はコンマ数秒単位だろう。スノーホワイトにはできない。大技を刃先に当てるという精密動作をしながらタイミングを合わせるのは無理だ。

 だとしたらニンジャスレイヤーだ、スノーホワイトを見ながら見事にタイミングを合わせたのだ、これがニンジャを殺し続け培った技術なのだろう。大したものだ。

 

 ニンジャスレイヤーはフォーリナーXXXより先に着地する。その際に片膝立ちで着地している。このまま止めの攻撃を繰り出そうとしているのはファルにも分かった。そしてスノーホワイトも落下地点に駆け寄るとルーラを構える。同じように止めを刺すつもりだ。

 だがフォーリナーXXXの体が消え、落下地点とは別の場所に出現する。瞬間移動で難を逃れたか、だがダメージも大きいはず、そのチャンスを逃すわけがないと2人は近寄る。

 

「イヤヤヤヤヤーッ!」

 

 フォーリナーXXXは魔法の袋から3本の槍をとり出し、その直後に大量の雑兵と遠距離攻撃ユニットを袋から取り出し散布し、2人から距離を取った。

 

◆◆◆

 

「「「「ザッケンナコラー!」」」」「「「「「GRAHH!」」」」」「「「「「「キシャーッ!」」」」」」魔法の袋から取り出された雑兵達がニンジャスレイヤー達に襲い掛かる!その数30体!さらに元からいた雑兵達も襲い掛かる!何たるゾンビ―めいた光景か!「イヤーッ!」「「「「グワーッ!」」」」」ニンジャスレイヤーのボトルネックカットチョップでクローンヤクザ死亡!

 

「「「「「GRAHH!」」」」」スノーホワイトがコマめいて回転しルーラを振るい、ゴーレムの首は黒ひげ人形めいて吹き飛ぶ!サツバツ!「「「「「キシャーッ!」」」」」単眼人形がピラニアめいて襲い掛かる!「「「「「アバーッ!」」」」」単眼人形はキリタンポめいてルーラに全て串刺し!タツジン!

 

邪魔する雑兵は全て破壊!だがまだ塔の遠距離攻撃ユニットが残り、砲台から今にも発射しようとしている!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのスリケン投擲!砲台にスリケンは吸い込まれる!ストライク!直後に塔の遠距離攻撃ユニットは爆発!ワザマエ!これで障害物はなし!

 

スノーホワイトはフォーリナーXXXに向かい決断的にスプリントする。残り距離タタミ15枚分、その瞬間スノーホワイトの感覚が泥めいて鈍化する。フォーリナーXXXの周りに3本の槍が衛星めいて回っている。その1本の柄頭がフォーリナーXXXの人差し指と中指の間に乗り、振りかぶる。

 

「ヒサツワザ!イヤーッ!」(((スノーホワイトに避けられたら困る)))困った声が聞こえる。あの動作は槍を投げるつもりだ、避けなければ。体中の神経をヤリに向ける。(((頭に投げるけど避けられたら)))魔法によって攻撃箇所を絞り込む。これで避けやすくなる。CABOOM!爆音が鳴り響いた瞬間に体感時間がいつもの速さに戻る。

 

「スノーホワイト!」ファルの声が響く。ルーラが空高く舞いスノーホワイトの顔は鮮血に染め上がり、仰向けになって死人めいて動かない。フォーリナーXXXは驚愕と憤怒の表情でスノーホワイトを見つめ、ニンジャスレイヤーは倒れるスノーホワイトに視線を向ける。

 

ニンジャスレイヤーのニンジャ動体視力は今の攻撃を辛うじて捉えていた。フォーリナーXXXはスノーホワイトの頭部に向けてヤリを投げる。だがその威力と速さは流星めいて凄まじかった。まともに受ければニンジャであってもスイカめいて破裂する。そうなっていないのは狙いが外れたからだ

 

「実際キツイな」フォーリナーXXXは目や鼻から血を流しながらぼやく。ニューロンに突如アイディアが浮かび上がり試したが恐ろしい負荷だ。結果として狙いが僅かに逸れスノーホワイトを殺せなかった。しかし威力は悪くはない、スノーホワイトの後方のビルに生じた直径数メートルの円形破壊跡を見て満足げな表情を浮かべる。

 

今の攻撃はヤリの投擲である。だがその過程においてライデン・ニンジャクランの力で身体能力を向上させ、リリースの瞬間にバクハツ・ジツで加速を加え、ソウルをライデンからホロビに切り替えてヤリに毒を付与、そしてサソリとホロビのソウルをタナカに切り替え、サイコキネシスでヤリを操作し推進力を与える。

 

一連の攻撃で5種類のソウルの力を使用した。何たるニンジャ魔法少女器用さか!その威力はヒサツワザと呼ぶにふさわしく、フォーリナーXXXの最強の攻撃である!しかしニンジャ魔法少女だとしても短時間でソウルを切り替えて使用するという行為は多大な負荷が掛り、ニューロンに多大なダメージを受けてしまう。

 

「ジツを何個掛け合わせようが真のカラテの前では無力なり!」ニンジャスレイヤーはジゴクめいた声を発す。口を覆うのは「忍」「殺」と刻まれたメンポではなく、牙めいた歪な形に変わり口から蒸気が漏れる、腕には壊れたはずのブレーサーとは別の歪なブレーサーが装着され、黒炎が纏わりついている。

 

「やってみろニンジャ!」フォーリナーXXXXは叫ぶ。スノーホワイトに放ったヤリは外れたがもう慣れた、次は外さない。ニンジャスレイヤーを殺せる。自分はニンジャ魔法少女という最も優秀な種族だから。そしてマンキヘイの仇をここで討つ。内なるソウルが目の前の相手に慄きを感じているが自尊心と殺意と決意で塗りつぶす。

 

宙に浮いていたヤリがフォーリナーXXXの右手の人差し指と中指の間に乗る。そしてもう1本が左手の人差し指と中指に乗る。2本同時で投げるつもりだというのか!?破壊力は2倍に上がるがニューロンに掛かる負荷も2倍である!ニューロンに不可逆なダメージを受けてもおかしくはない。それは覚悟の上だった。でなければこの怪物は倒せない。

 

2人の体感時間は泥めいて鈍化する。フォーリナーXXXはベストなタイミング、ニンジャスレイヤーは相手の動きの予兆を探り合う。2人の間には可視化できるほどのドロリとした空気が生じる。この間にモータル、いやニュービーのニンジャが居たとしてもショック死するほどのものだった。

 

「ヒサツワザ!イヤーッ!」ライデンのソウルを使い身体能力を上げながら投擲動作に入り、バクハツ・ジツが使えるように指先にジツを籠める。踏み込んだ右足が床を砕き蜘蛛の巣状のヒビが入る。リリース寸前のタイミングを見計らって、ライデンからホロビにソウルを変えヤリに毒を付与しながらバクハツ・ジツを使う。

 

CABOOM!ヤリが離れた瞬間にソウルをサソリとホロビからタナカに変え、サイコキネシスを使う。目から血が噴き出し視界が赤色に滲み痛みが駆け巡る。それを無視しヤリをコントロールし推進力を与える。ジツの接続は上手くいった、ニューロン内で褒めたたえる。実際完璧であり、その威力はスノーホワイトに投げたものより上だった。

 

ネオサイタマに2つの流星が流れた。

 



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最終話 ニンジャスレイヤー・アンド・マジカルガールハンター・バーサス・ニンジャマジカルガール#10

「ンアーッ!」フォーリナーXXXは受け身も取れず、ブザマに背中を強かに打ち付ける。背中と頭に駆け巡る痛みに耐え、血涙で赤く滲む視界で周りを見渡す。前方に見えたビルが見えず、粉塵が舞い周りにはコンクリート片が散乱している。上を見上げると髑髏めいた模様の月が見える。状況から見て屋上の床が崩落して下の階に落ちたと推測した。

 

状況を把握し次にニンジャスレイヤーを探す。粉塵と血涙で見えづらいが、ニンジャスレイヤーの姿は見当たらない。フォーリナーXXXの表情が不安と緊張から安堵に変わる。あのヒサツワザはベストだった。直撃して跡形もなく消滅しても不思議ではない。そしてニンジャは死ねば爆発四散するので死体が残っていない可能性のほうが高い。

 

「キヒヒヒ!やったぞマンキヘイ!仇を取ったぞ!ニンジャ魔法少女は最強なんだ!」痛みはニンジャスレイヤーを倒した高揚感によるニンジャ魔法少女アドレナリンで消え、勝利宣言のように高らかに叫び、ああ!ネオサイタマの死神はニンジャ魔法少女に破れてしまった!ブッダは寝ているのですか!?

 

フォーリナーXXXはその場で大の字になって倒れこむ。勝利は疑っていなかったが、ここまで追い詰められるとは思っていなかった。今日はマンキヘイの弔いをしながら思う存分勝利を祝おう。そして休んだらアマクダリ潰しを再開する。今後の予定を立てるが何かを思い出したかのように起き上がる。

 

魔法少女の変身が解除される条件は自分の意志で解除するか、気絶か死亡した場合だ。そして覚えている限り変身は解けていない。つまりスノーホワイトは死んでいない。直撃はしなかったがヒサツワザを喰らってなお生きているどころか気絶すらしていない。その事実はカンニンブクロを温めかけるがすぐに怒りは収まる。

 

あの状態では戦闘不能だろう。念のために死なないギリギリまでダメージを与え、魔法の袋からドラゴンナイトを回収し、ついでにスノーホワイトと魔法の袋を回収、そして祝勝会を兼ねながらドラゴンナイトの目の前でスノーホワイトをインタビューやファックアンドサヨナラをする。ナムサン!なんたる中世ヨーロッパのサバトめいた邪悪な催しか!

 

「なにを騒いでいる?まだイクサは終わっておらぬ」フォーリナーXXXは声が聞こえた方向に注意を向ける。粉塵が薄れ血涙が止まったことで目の前にいる人影を視認する。「バカなーっ!なんで生きている!?」ゴウランガ!ニンジャスレイヤーはフォーリナーXXXのヒサツワザを受けながら生存していた!

 

フォーリナーXXXは驚愕しながらニンジャスレイヤーを注視する。左右の手や腕が歪に変形している。そして右わき腹は抉られ煙が出て髪の毛が焼けたような嫌な匂いが立ち込めている。そしてこめかみ付近も抉られ、センパイにハードワークを強いられたニュービースモトリめいて弱弱しい。

 

フォーリナーXXXのニューロンに数十秒前の光景が浮かび上がる。ヤリはニンジャスレイヤーの頭と心臓に向かっていき、頭に向かったヤリがあと数十センチというところでニンジャスレイヤーはチョップを放った。「イヤーッ!」黒炎を纏った右手チョップがヤリと激突する。KRASHH!凄まじい衝撃音を発しながらヤリは軌道が逸れこめかみを抉り、死神の後方を抜ける。

 

「イヤーッ!」心臓に向かったヤリもニンジャスレイヤーは黒炎を纏った左チョップで迎撃する。ヤリは軌道が逸れ右わき腹を抉りながら、ニンジャスレイヤーの後方を通り過ぎる。そしてチョップとヤリが激突したカラテ衝撃波で床が崩落した。

 

ニンジャスレイヤーは今にも崩れ落ちそうな体を支える。フォーリナーXXXのヒサツワザはかつてのラオモトの流星群めいたカラテミサイルを思わせるほどの威力だった。ナラクの黒炎を左右の手に集約した渾身のカラテでも迎撃できず、軌道を逸らし致命傷を避けるのが限界だった。そして左右の手は衝撃で破壊されてしまった。

 

「アバ……ウソだ……そんなはずは……」フォーリナーXXXは再び鼻血を出し吐血しながら激しく動揺する。あれはニンジャ魔法少女のフィジカルとニンジャのジツがシナジーを起したニンジャ魔法少女に相応しい渾身の攻撃だった。それが防がれるというのはニンジャ魔法少女としての自信を著しく揺るがす。

 

ニンジャ魔法少女がニンジャに負ける?ニューロン内にアメーバの細胞分裂めいて敗北の予感が膨れ上がる。ヒサツワザが破れたショックとニューロンへのダメージで、そのメンタルは弱り切り、かつての傲慢さと自信は全くなくなっていた。フォーリナーXXXは懐に手を入れる。そこにはマンキヘイに与えたヘルムの破片が有った。

 

(((マンキヘイ!ワタシに力をくれ)))弱り切ったメンタルをマンキヘイへの情と相手への復讐心という燃料を燃え上がらせ立ち上がる。ニューロンや体に少しずつエネルギーが湧いてくる。これならやれる!ニンジャ魔法少女として!マンキヘイの友達としてニンジャスレイヤーを殺す!淀み切った双眸に光が宿る。

 

「ニンジャ殺すべし」ニンジャスレイヤーは静かな声でジゴクめいて呟く。「アイエエエ……」フォーリナーXXXは後ずさり思わず座り込んだ。ダメージでいえば明らかに相手の方が大きい。普通なら死んでいる。何故立ち上がれる?そしてニンジャスレイヤーの双眸には底知れない憎悪の炎とエネルギーが宿っていた。

 

ニンジャスレイヤーが力を振り絞るようにスプリントする。「イヤーッ!」「ンアーッ!」ニンジャスレイヤーの飛び膝がフォーリナーXXXの顔面に突き刺さる。ニンジャスレイヤーのダメージは実際重く、その攻撃はあまりにも遅かった。ダメージを負っている今の状態でも避けられるはずだった。しかし身体がサンシタめいて震え動かず無様に受けた。

 

ニンジャスレイヤーは馬乗りになりマウントポジションを取る。これは奇しくもマンキヘイをスレイした状態と同じだ。「イヤーッ!」「ンアーッ!」ニンジャスレイヤーは歪な形になった右手でチョップを振り下ろす。「イヤーッ!」「ンアーッ!」ニンジャスレイヤーは歪な形になった左手でチョップを振り下ろす。

 

(((動け!動けよ!)))フォーリナーXXXのニューロン内で声がけたたましく響く。体は声の言う事を聞かず、ニンジャスレイヤーのパウンドチョップを受け続ける。動かなければ爆発四散する。そうニューロン内で理解しながらもニンジャスレイヤーの目を見てチョップを受けるたびに恐怖が体を縛る。

 

今のニンジャスレイヤーはナラクが表面化していない。フジキド・ケンジとしてカラテを叩きこむ。ナラクが表に出た時はフォーリナーXXXのソウルは慄き、動きが制限されそうになったが自分の意志でソウルの恐怖を克服した。そして今はソウルではなく、フォーリナーXXXという1人のニンジャ魔法少女がニンジャスレイヤーに慄き、動けずにいた。

 

「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」

 

フォーリナーXXXの意識は徐々に遠のき、ソーマト・リコールが見え始める。病気にかかっていない時の黄金時代、入院時代の虚無の日々、魔法少女になった時の高揚感、そしてマンキヘイとの出会いと過ごした日々、楽しかった。美味かった。笑った。今までの人生の記憶が蘇る。

 

フォーリナーXXXの意識が徐々に現実に戻り始める。顔に痛みや衝撃がない。訝しみながらも視界が晴れていき五感も鮮明になっていく。そして気づけば己の身体にもたれ掛かるように倒れるニンジャスレイヤーがいた。フォーリナーXXXはニンジャスレイヤーを跳ねのけ這うように移動し、呆然と倒れこむニンジャスレイヤーを眺める。

 

「キヒヒヒヒ!ニンジャ魔法少女がニンジャに勝ったんだ!同然の結果だ!」フォーリナーXXXはバリキ中毒者めいて叫ぶ。ソーマト・リコールまで浮かぶ程のピンチから生還した。それは人生において最も嬉しい出来事であった。一方ニンジャスレイヤーはピクリとも動かず、身体の所々が緑色に変色している。

 

これはホロビのドクである。チャドーとナラクの炎で無効化していたが、度重なるダメージによりドクが回り力尽きた。異世界のアイテムによりバフを得たマンキヘイとニンジャ魔法少女フォーリナーXXXという強敵との連戦、その過酷なイクサはネオサイタマの死神と云えど乗り切れなかったというのか!

 

フォーリナーXXXのニューロンは生き残った事への喜びに満ちていた。だが次第に喜びは消え失せていく。(((アイエエエ……)))自分の情けない声がリフレインし続ける。結果的には勝ったが、恐怖によって体が動かず攻撃を受け続けるという醜態を晒した。それはニューロンに深く刻まれ、呪いとなって苛むという確信を抱く。

 

カートゥーンの主人公であればマンキヘイの仇と体が動くはずだった。だが恐怖が勝り動けなかった。己は主人公でもないし、恐怖で動けなくなるほど友人のマンキヘイに対する想いは大きくなかった。その事実がさらにニューロンをかき乱し苛つかせる。まずはニンジャスレイヤーを爆発四散させる。

 

そして異世界の技術でも魔法少女の魔法でも何でもいい、この忌々しい記憶を消し去る。アマクダリ解体も何もかもその後だ。フォーリナーXXXはゆっくりと近づき、脚を振り上げカイシャクの準備をする。しかしその脚は振り下ろされなかった。フォーリナーXXXは背後を振り向く。その視線の先には猛然と突っ込んでくるスノーホワイトの姿がいた。

 

♢スノーホワイト

 

 一歩踏み込むたびに血飛沫が飛び白い制服風のコスチュームを赤く染める。そして赤く染まった視界が歪み、脳をハンマーで直接叩かれたように痛む。息を吸うごとに蹴りで折れたアバラが痛む。脚を上げる度に倦怠感と焼き付くような痛みが体中に駆け巡る。

 一歩踏み出すごとにラ・ピュセルの、ハードゴアアリスの、ねむりんの、ウインタープリズンの、シスターナナの、リップルの顔や声が思い浮かび体中に活力を与え、痛みを堪えられる。

 地に伏せるニンジャスレイヤーの姿を見て申し訳なさが込み上がる。フォーリナーXXXの攻撃を受けてつい先ほどまで戦闘不能状態に陥り、ニンジャスレイヤーのサポートが出来なかった。

 槍の攻撃は先の戦闘で脇腹を斬りつけられた技と似ていた。1度受けた攻撃を2度も受けるつもりはない、それでも攻撃を受けたのはスピードがあまりにも速かったからだ。あれは今まで会ったどんな魔法少女でも防げない。

 本来であればスノーホワイトの頭部は槍によって粉微塵になっていた。だが狙いが逸れたのと偶然にもルーラを構えたことで槍が激突し僅かに威力を軽減し生き延びた。結果槍は頭頂部の皮膚と頭蓋骨を抉る。即死は免れても充分に重傷だった。

 

 魔法少女は重篤なダメージを負う、意識を失うと魔法少女の変身が解ける。そしてスノーホワイトが受けたダメージは両者に該当するものだった。それでもスノーホワイトの変身は解けなかった。

 変身を解けば戦いから離脱してしまう。魔法少女の変身が解ければ全てが終わる。たとえ戦力にならなくとも僅かでもフォーリナーXXXを倒す確率を上げるために魔法少女で居なければならない。

 それからスノーホワイトは意識が混濁しながらも懸命に意識を保ち続けた。ニンジャスレイヤーのチョップと槍が激突した際の衝撃波にも耐え続け、魔法の袋から少しずつアイテムを取り出し、ニンジャスレイヤーに加勢できる程度に体が動けるように回復していく。

 

 ニンジャスレイヤーの姿を見て使命感が湧き上がる。魔法少女によって魔法少女以外が傷ついた。それは相手が魔法少女と同等の力を持つニンジャでも関係ない。悪い魔法少女から誰かを守る。それがスノーホワイトの信じる清く正しい魔法少女であり、使命でもある。

 スノーホワイトは無意識に握りこぶしを作る。今はアイテムによって無理やり体を動かせる状態にしているだけだ。根本的に怪我は治ってなく重傷であるのには変わらない。

 そして手元にはルーラがない。槍の攻撃を防いだ際にどこかに飛んでいった。徒手空拳はルーラを使うより得意ではない。そして相手は魔法の袋から武器やアイテムを取り出すだろう。

 相手は自分より強く武器を使う。どう見ても不利だが関係ない。撤退すればニンジャスレイヤーは死ぬ。これ以上誰かが魔法少女の手によって死ぬのは見たくない。

 

 スノーホワイトは残り10メートルまで迫る。鼻が歪み魔法少女の美貌が無惨になったフォーリナーXXXの顔に驚きと動揺が浮かんでいたが、落ち着きを取り戻しスノーホワイトを見据えながら魔法の袋に手を伸ばす。何が出てきてもいいように魔法と神経を研ぎ澄ます。

 フォーリナーXXXのひと際大きい困った声が聞こえる。手を伸ばした瞬間に袋が下に移動し空を切る。足元にいたニンジャスレイヤーが片膝立ちでチョップを放ち服に結着していた魔法の袋の紐をチョップで切り袋を奪い、最後の力を使い果たしたかのように倒れこむ。一瞬目を見開き視線を下に移し、何が起こったかを理解し表情が怒りに歪む。

 フォーリナーXXXはそのまま踏みつぶして息の根を止めようと足を上げる。スノーホワイトの飛び込みパンチが顔面に当たり阻止する。

 

 フォーリナーXXXはたたらを踏み数歩ほど後退し、スノーホワイトは迷わず追撃する。相手は声を出しながら袈裟切りチョップを振り下ろす。そのチョップを左手で円を描くように受け流すと同時に左足刀で足の指を潰す。さらに膝関節にローキックを繰り出す。フォーリナーXXXは苦悶の声をあげる。

 動きに僅かな遅れがあった。困った声で(ライデンの力が使えなくて困る)(瞬間移動ができなくて困る)という声が聞こえてきた。何かしらの理由で能力が使えなくなっている。これは好機だ。ここで決着をつける。

 相手が左ジャブを放ち首を傾け避ける。だがそれは囮で本命は頚椎への一撃、それも魔法で察知し頭を前に屈めるが後頭部に僅かに掠る。ダメージで魔法の精度も体の動きも鈍い。

 それを待ち構えたように右アッパーカット、これも魔法で察し両腕で防ぐ。さらに左のフックが迫っている。避けられないと判断し首をひねりダメージを軽減し、それと同時に相手の腕を脇に抱え背中側に曲げて肩を破壊し。その後はそのまま組み伏せ相手を倒しにかかる。

 フォーリナーXXXは踏ん張りながら掴まれた腕を振り払おうと回転し、その勢いを利用してパンチを放つ。スノーホワイトは反応が遅れパンチを受ける。鼻に当り鼻骨が折れる音が耳に届く。

 その拍子に思わず手を放す。その隙に放った横蹴りが腹部に当たり、距離が離れ激痛が走る。折られた箇所を蹴られた。だが痛みに挫けている暇はない。スノーホワイトは即座に距離を詰める。

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 

 フォーリナーXXXは一心不乱にチョップや蹴りやパンチを繰り出す。訓練されていない魔法少女になりたての新人のような本能的な攻撃、一方スノーホワイトは魔法を使い、リップルとの組手や監査部の訓練で培った技術を駆使し受けて捌き攻撃する。

 2人の動きは魔法少女やニンジャから見ればあまりにも力なく鈍重だった。両者ともダメージと疲労が限界を超え、精神力のみで動いていた。

 

「イヤーッ!」

 

 フォーリナーXXXのチョップがスノーホワイトの左鎖骨にめり込む。スノーホワイトの左腕に高圧電流を浴びた痛みと痺れが襲う。痛みを堪えながらスノーホワイトは左鉤突きを繰り出す。拳はフォーリナーXXXの肘頭で受けられ激痛が走り思わず顔を歪める。左指の中指と薬指が折れる。

 その痛みに介さず右のストレートを鼻に向けて繰り出す。だがフォーリナーXXXは頭をずらし額で受ける。右指の何本かが折れる。

 フォーリナーXXXは首を刈り取ろうと水平にチョップを打ってくる。しゃがみ込んで躱し空いている腹部の急所に掌底を放つ。

 

「イヤーッ!」

 

 フォーリナーXXXは攻撃に耐えて左鉤突きを放ち、スノーホワイトの肝臓にめり込む。激しい痛みが全身を駆け巡り、吐瀉物がせり上がり口から洩れる。返しの右フックがくるが吐瀉物を目潰し代わりに吐き出し、相手のパンチは空を切り難を逃れる。

 

 時間が経つにつれフォーリナーXXXの攻撃がスノーホワイトより当たるようになった。元々のフィジカル差、ダメージの多寡、それらが戦いの形勢をフォーリナーXXXに傾ける。

 スノーホワイトは構えを取る。両手の人差し指と中指は折れ曲がり、手足の様々な個所は骨折し、アバラは左右とも折れ、一部は折れた骨が臓器に突き刺さっている。顔面は鼻や眼窩底が折れ、すれ違う人の誰もが振り向く美貌とは思えない程無惨な姿になっていた。

 

「スノーホワイト!がんばるぽん!清く正しい魔法少女は悪い魔法少女に負けちゃダメぽん!」

 

 懐から甲高い子供のような声が聞こえてくる。ファルの声だ。何もできない不甲斐なさを感じながら少しでも力になろうと声援を送っている。そんな心情が困った声を通してありありと伝わってくる。

 

「ありがとうファル、友達の励ましは本当に力になる。貴女はどう?大切な友達のマンキヘイはどうしたの?」

 

 フォーリナーXXXの表情がみるみるうちに歪んでいく。怒り後悔悲しみ、様々な感情が綯交ぜになり激しく動揺しているのが心の声で手に取るように分かる。

 

「ニンジャ魔法少女になって、ニンジャより魔法少女より優れた種族になったはずなのに、大切な親友すら守れないんだ」

 

 スノーホワイトは腫れあがった顔で最大限の嘲笑を浮かべる。その瞬間にフォーリナーXXXは怒りで我を忘れ衝動が赴くままに動いた。叫び声をあげながら手を広げ腰元に飛び掛かる。

 スノーホワイトは飛び込んでくるフォーリナーXXXの顎に向かって渾身の力でアッパーを振り上げる。折れている指で強引に拳を作ったせいか人差し指と中指はさらに変形した。

 拳から顎を砕いた生々しい感触が伝わる。手応えはあった。フォーリナーXXXの顎は跳ね上がり目から生気が一瞬消える。すかさず組み伏せ馬乗りになり、激痛に耐えながら両手で相手の肩を抑える。そして目一杯上半身を逸らす。

 フォーリナーXXXは数秒後に訪れる悲惨な未来を予知したのか懇願しようと声を発する。だがその前にスノーホワイトの頭突きが顔面にめり込んだ。

 

 スノーホワイトはこのままでは負けると予感していた。どこかで逆転の一手を打たなければと突破口を探していた。その折にファルがスノーホワイトに声をかける。それを起点に言葉によって相手の心を乱し怒らせ利用する。

 相手の心の柔らかい部分を探り当て掘り起こし、相手の心をグチャグチャにかき混ぜ傷つける。なんて卑劣で邪悪な行動だろうか、過去の自分が見ればあまりの卑劣さにこんな魔法少女になるくらいならばと魔法少女を辞め、ラ・ピュセルやハードコアアリスは軽蔑し最大級の憎悪を見せるだろう。

 それでも悪い魔法少女に負けて、多くの人々が苦しみ悲しむより何十倍もマシだ。それにコトダマ空間で出会ったラ・ピュセルが己の道を肯定してくれた。それだけで選んだ道を歩み続けられる。

 

 スノーホワイトはフォーリナーXXXの顔面に額を打ち付ける。元の世界で初めて遭遇した際も同じように馬乗りになって殴打した。あの時は魔法によってネオサイタマに飛ばされ逃げられた。今度はそんな暇すら与えず無力化する。

 魔法で死にたくない、これ以上殴られたくないという声が聞こえてくる。それを無視して頭突きを叩きこむ。意識を失うまで徹底的に攻撃を加える。

 

 何十発目の頭突きを顔面に叩き込んだ時にフォーリナーXXXのビジュアルが変化する。黒髪で切れ目の同年代ぐらいの少女が現れた。

 普通の魔法少女であれば人間に戻れば無傷なのだが、目の前の少女は顔が腫れ上がり鼻も折れていた。ニンジャ魔法少女はダメージがある程度リンクするのか?

 スノーホワイトは推測を立てながら体にムチ打ち魔法の袋から監査部特製の捕縛用ロープを取り出し、監査部直伝の方法で縛り上げる。目の前の少女は人間ではなくニンジャであり魔法少女と思って扱うべきだ。

 そして最後に魔法の袋に入れると、その場に大の字になった。

 

 



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最終話 ニンジャスレイヤー・アンド・マジカルガールハンター・バーサス・ニンジャマジカルガール#11

◆フォーリナーXXX

 

 激しい頭痛に襲われ思わず目が覚める。目を開けるが視界はボヤけ赤黒の人型と白色の人型が居るのしか分からない。そして徐々に視界が鮮明になってくると目の前にいる人物が判明する。

 

 ニンジャスレイヤーとスノーホワイトだ。

 

 2人の姿を認識した瞬間口の中の水分が瞬く間になくなり寒気が走る。早く離れなければ、頭より早く体が反応するが束縛されている感覚に襲われる。

 体を見てみると椅子に座らされ、ロープで何重に縛られて身動きが取れない状態にされている。それに頭痛や体の異変とは異なる要素で力が入らない。このロープに何かしらの魔法が掛けられているのか?

 そして肩口から垂れる黒髪を見て魔法少女の変身が解け、ニンジャ魔法少女フォーリナーXXXではなく、唯のニンジャのフォーリナーXXであるのに気づく。

 早く変身して魔法でどこかの異世界に飛んで逃げなければ。魔法少女に変身した瞬間に今までとは比べ物にならない痛みが全身に駆け巡り思わず変身を解除する。

 魔法少女のダメージは変身解除しても再び変身すれば引き継ぐ。戦いの時に痛みは感じなかったが、ニンジャスレイヤーとスノーホワイトに散々斬りつけられ殴られ蹴られたのだ。ダメージは相当でありこの痛みも当然だ。

 

「目が覚めたかフォーリナーXXX=サン、インタビューの時間だ」

 

 ニンジャスレイヤーが髪の毛を掴むと強引に顔を上げさせ目線が合う。あの親の仇をみるかのような目、戦いの時と一切変わらない憎悪を秘めている。汗が吹き出し全身に悪寒が走る。

 

「オヌシはアマクダリと敵対しているようだが、アマクダリについて知っている情報はあるか?」

「知らねえ、取り敢えず暴れてアマクダリが来たら返り討ちにしてただけだ」

 

 数秒ほど考え込んだのちに正直に話す。散々殴られ蹴られた憎き敵だ、そんな奴に情報を話す義理はない。だが目の前にいるニンジャは狂人であり、自分に対し恐ろしい程の憎悪を漲らせている。少しでも相手の機嫌を損なえば何をされるか分からない。フォーリナーXXは怒りをグッと押し込め相手を刺激しないようにする。

 ニンジャスレイヤーはスノーホワイトに視線を向け、スノーホワイトは静かに首を縦に振る。それを見てニンジャスレイヤーが数歩下がる。どうやら今の言葉を信じたようだ。そして代わりにスノーホワイトが前に出て目線が合うように屈む。

 

「私の要求は1つだけ。魔法で私を元の世界に連れて行って。そうしたらアナタを監査部に連れていく。監査部は魔法少女の警察のようなもの、そこで裁きを受けなさい」

「裁きってどうなるんだ?」

「ネオサイタマでの悪事だけでも良くて魔法少女資格の剥奪、他の世界での悪事が発覚すれば監獄に行くか、最悪処分される」

「嫌だ!魔法少女じゃなくなったら、自由じゃなくなる!」

 

 フォーリナーXXXは思わず叫ぶ。魔法少女でなくなったら自由で無くなる。好きな場所に行き好きなように行動する自由が無くなってしまう。ニンジャ魔法少女でなくなってしまう。何の価値も無くなってしまう、それは何事にも耐えがたい事だ。

 

「それに元の世界に連れていけって命令できる立場か?お前はワタシの魔法がなければ元の世界に戻れない。遜って土下座してお願いする立場だろうが、それに魔法少女じゃなくなるって分かっているのに戻るバカが居るか!」

 

 フォーリナーXXの語気が荒くなる。ニンジャスレイヤーは理屈が分からない狂人だが、スノーホワイトは違う。理知的であり狙いも分かる。

 スノーホワイトの願いを叶うも叶えないも自分次第、行く末は己が握っているのだ、主導権はこちらが握っている。恐怖が薄れ尊大な態度を取り始める。

 

「だったら自分の意志で魔法を使って元の世界に帰りたくなるように何度でも暴力を行使する。したくないけど、貴方のような悪党魔法少女をこれ以上野放しにするわけにはいかないから」

 

 スノーホワイトは真顔になり驚くほど抑揚のない声で呟く。嘘ではない、心が折れ屈服するまで暴力を振るうつもりだ。だがここで屈するわけにはいかない。スノーホワイトが言う事が本当であれば元の世界に帰った瞬間に終わる。

 どんな責め苦にも耐えながら逃げる機会を窺い脱出する。これから訪れる苦痛を想像し思わず体が強張る。その時耐える以外にもう1つのアイディアが浮かび上がる。従うふりをして別の世界に置き去りにすればいい。

 

「私の魔法は嘘を見破る。従うふりをしても無駄だから、心の底から帰ると思うまで何度も暴力を行使する」

 

 スノーホワイトの言葉を聞き思わず体がビクッと震える。アイディアを思いついた瞬間に思考を読んだように釘を刺された。今の言葉が思考を読めるという何より証拠だ。スノーホワイトに嘘は通用しない。

 

「そしてオヌシがマホウを使わずスノーホワイト=サンを元の世界に戻すつもりがないなら、私がオヌシを殺す」

「ハ!?ナンデ!?」

「ニンジャだからだ。本来なら生かす道理はない」

 

 ニンジャスレイヤーは目を血走らせながら割り込むように喋る。ニンジャだから殺す。なんという理不尽だ。だがこのニンジャの言葉に一切の嘘偽りはない。現に今でも殺したいという殺気が漏れている。

 スノーホワイトだけなら耐え忍び脱出の機会を窺うという希望があった。だがニンジャスレイヤーが居るならば別だ。スノーホワイトは自分を倒し元の世界に連れて帰る。ニンジャスレイヤーは自分を殺す。2人は共闘していたが最終目的が違う。

 今のところはスノーホワイトの目的を優先しているが、それが出来なければニンジャスレイヤーの目的を遂行しようとしても何ら不思議ではない。

 与えられた選択肢は2つだがどちらも破滅に突き進む。何て理不尽な2択だろうか、ならば第3の選択肢、2人を殺し自由になるしかない。

 その選択肢を思いついた瞬間吐き気が込み上げ嘔吐する。涙目になり歯をカチカチと鳴らしながら2人をチラリと見て即座に俯く。

 ニンジャスレイヤーの憎悪に満ちた表情、スノーホワイトの決断的な意志が籠った氷のような無表情、そして2人に馬乗りになって痛みつけられた記憶がフラッシュバックする。

 ここが人生における分水嶺だ、死ぬ気で足掻け。どうにかして活を入れて戦おうとするが、体中が震え寒気が止まらず反抗する意志を根こそぎ奪っていく。無理だ、ニンジャ魔法少女でも絶対に勝てない。

 

 フォーリナーXXX対ニンジャスレイヤーとスノーホワイトの戦いは互角であった。もしもう一度戦えばフォーリナーXXXが勝てる可能性もある。だがそれは通常の力を発揮できた場合である。

 ニンジャスレイヤーとスノーホワイトに痛めつかれた記憶はフォーリナーXXXの心に二度と治せない程の深い傷を刻み込みトラウマと化した。

 そのトラウマは戦う意志と力を著しく奪う。仮にどちらかと一対一で戦っても二度と勝てないと理解してしまう。

 

「分かった……スノーホワイトを連れて元の世界に戻る」

 

 フォーリナーXXは振り絞るように呟く。これは事実上の敗北宣言だった。心は完全に折れていた。どちらの選択肢も地獄であることは間違いないが、スノーホワイトを連れて元の世界で裁きを受けるほうが僅かにマシだ。例え奇跡と呼べるほど低い確率でも無事に切り抜ける確率に縋るしかなかった。

 ニンジャスレイヤーは言葉の真偽を確かめるようにスノーホワイトに視線を送り。スノーホワイトは静かに頷くのを見ると、フォーリナーXXの元に近づき肩に手を置く。

 

「万が一小細工を弄して罪を逃れ同じような事をすれば、ニンジャとしてオヌシを殺しにいく」

 

 ニンジャスレイヤーの手の力が強まる。いくらニンジャスレイヤーでも異世界を移動して殺しに来るわけはない。いやこのニンジャなら絶対にやるはずだ。フォーリナーXXXのトラウマがニンジャスレイヤーの存在を遥か大きくなり、絶対不変の事実となっていた。

 奇跡的に難を逃れても破滅する。その絶望とニンジャスレイヤーへの恐怖で失禁していた。

 

◆◆◆

 

ドラゴンナイトは体を引きずるように階段を上り屋上に出る。外に出ると夜空から重金属酸性雨が疎らに振降り。ネオサイタマの夜は今日も変わらずネオンの洪水で溢れていた。ヨロシサン製薬のコケシツェッペリンが威圧的に空を飛び、旅客機誘導用ホロトリイ・コリドーの横で大きな旋回しながら自社商品のPRをしている。

 

屋上の縁に肘をつきながら夜景を見つめる。「ビョウキ」「トシヨリ」「ヨロシサン」目に焼き付く程見た文字列だ。いつもなら気にも留めないが、今はいつも以上に意識を向けている。明日にはアマクダリから逃れるためにネオサイタマを発ち岡山県に向かう。故郷から離れるという感傷がドラゴンナイトの心に満ちていた。

 

「ここに居たんだ」ドラゴンナイトは背後を振り向くとスノーホワイトがいた、「大丈夫?」心配そうに声をかけながら近づく。ドラゴンナイトは実際重傷だった。フォーリナーXXXによって様々な箇所の骨を折られた後に人質として拉致され、スノーホワイト達が来る前に死なないようにと治療されたがそれは最低限だった。

 

スノーホワイト達はフォーリナーXXXのイクサの後にニンジャスレイヤー達が利用する闇医者の元に連れて手術をした。手術は十数時間にも及び、手術は成功しニンジャ回復力とスノーホワイトが持っているマジックアイテムによって、自力で歩けるまで回復していた。そしてニンジャスレイヤーとスノーホワイトも戦いの傷を癒していた。

 

ドラゴンナイトは目を伏せるとスノーホワイトを避ける様に迂回しながら出口に向かうが足がもつれ転倒し、スノーホワイトは駆け寄る。「来ないで!」ドラゴンナイトは大声で拒絶する。その言葉と悲痛な表情にスノーホワイトの足は思わず止まる。

 

「ボクは命惜しさにスノーホワイト=サンにフォーリナーXXXとイクサをさせた!大切な人を殺そうとしたんだ!ボクは最低の腰抜けだ……」ドラゴンナイトは地面に伏し懺悔室に向かう信者めいて独白する。フォーリナーXXXにベイビー・サブミッションされ、ニンジャスレイヤーとスノーホワイトも負けたと聞かされ心が折れていた。

 

2人ではフォーリナーXXXに勝てない。そしてフォーリナーXXXは2人とイクサしようとしている。それは阻止しなければならない。自害すればニンジャスレイヤーはともかく、スノーホワイトは自分を奪還するという理由がなくなる。守るために命を絶つ。憧れたカートゥーンのヒーローがした英雄的行為、だが出来なかった。

 

死にたくないと願い、2人なら勝てるかもとブッダに縋ってしまった。それが極度の自己嫌悪に陥らせた。フォーリナーXXXを倒されたが結果論に過ぎない。それに2人はイクサによって重傷を負った。今では治っているが怪我の様子は闇医者から訊いており、それがさらに自責の念を駆り立てさせた。

 

スノーホワイトはドラゴンナイトの傍に近寄ると膝をつき手を取ると子供を慰める母親めいた声で呟く。「そんな事ない」ドラゴンナイトは顔を上げるがすぐさま伏せる。「ドラゴンナイトさんが最低の腰抜けなら、私はもっと最低の腰抜けだから」「え?」ドラゴンナイトは思わぬ言葉に顔を上げる。

 

「私は昔とても弱くて怖がって何も選ばずに、ただ流された。そのせいで大切な人が多く死んだ」スノーホワイトの表情が一瞬歪むがすぐに優し気な表情に戻る。ドラゴンナイトは唇を噛みしめる。自分の場合は結果的にスノーホワイトは生き残った。だがスノーホワイトは大切な人を失った。その心境は想像を絶し胸が締め付けられる。

 

「その後はどうしたの?」「何日も泣いて落ち込んで、決意した。何も選ばず自分の弱さに後悔しないように頑張ろうって」ドラゴンはスノーホワイトをじっと見つめる。スノーホワイトは最初から強く、完璧な存在だと思っていた。だが自分と同じように弱さを持っていたが、トレーニングによって強くなった。

 

「じゃあ、ボクもスノーホワイト=サンみたいになれる?」「勿論、だってドラゴンナイトさんはフォーリナーXXXから私を助けようとしてくれた」スノーホワイトは力強く答える。気絶して元の姿になりフォーリナーXXXから襲われそうになったのを助けようとしたとファルから聞いた。

 

一撃でやられ実力差は分かっているはずなのに立ち向かった。死の恐怖で何もできなかった自分とは雲泥の差だ。そんな正義の心を持っているのであれば、自分より強く清く正しいニンジャになれるはずだ。「だから気にしないで、そして必要以上に自分を責めないで、無理しない範囲で強くなって、自分に出来ることをして、お願い」

 

スノーホワイトはドラゴンナイトの手を握り締め懇願するように呟く。過去の弱い自分に決別するように鍛錬を積み、悪い魔法少女を倒すために戦い何度も危険な目にあった。その生き方に後悔は無いが、何度も無茶を繰り返し破滅的な生き方であるという自覚はあった。ドラゴンナイトにはそんな生き方をしてもらいたくない。

 

ニンジャの力であれば破滅的な生き方をしなくても充分に人助けは出来る。何よりドラゴンナイトには死んでほしくない。正義のために危険を冒さず、出来る範囲で人を助け、大人になって恋をして結婚して家族が出来て幸せに生きて欲しい。それが唯一の願いだった。「分かった」ドラゴンナイトはスノーホワイトのシリアスなアトモスフィアに思わず頷く。

 

正義を為してもいいが自分の命を最優先する。それがスノーホワイトの望みであれば、応じよう。好きな人が悲しむ姿を見たくはない。「それに私がフォーリナーXXXと戦ったのは悪い事をして許せなかったから、ドラゴンナイトさんが居ても居なくても戦った」「そうなの?じゃあ自殺したらイデオットじゃん」「そうかも」「ヒドイ」

 

ドラゴンナイトは演技めいて肩を落とし、その仕草にスノーホワイトはクスクスと笑う。今までこのような軽口は言わなかった気がする。また1つ親密になった。「あとドラゴンナイトさんに言わなきゃいけない事がある」「何?」「私はニンジャじゃなくて魔法少女なの」「知ってる」ドラゴンナイトはあっさりと返事した。

 

♢スノーホワイト

 

「知ってたんだ」

「うん、フォーリナーXXXがスノーホワイトはマホウショウジョだって言ってた。最初は揶揄ってると思ったけど、今の言葉でそうなんだって分かった」

 

 スノーホワイトは返答を聞き納得する。前々からドラゴンナイトから聞こえていた「ニンジャでなければ困る」という心の声が聞こえないので薄々気づいていた。

 

「それで魔法少女についてどれぐらい知ってる?」

「こっちの世界のニンポ少女みたいなもので、変身を解くと人間に戻る。あの学校の制服を着て黒髪のコケシカットめいたヘアースタイルの女の子はスノーホワイト=さんだったんだ」

「そう」

 

 スノーホワイトは笑いを堪えながら頷く。確かに強引に見ればコケシ人形の髪型のように見えなくもないが、必要最低限ぐらいにはオシャレに気を遣っているがコケシの髪型と思われるのは少しばかりショックだった。

 ドラゴンナイトはスノーホワイトの様子に訝しみながらも話を続ける。

 

「そしてこの世界とは別の世界から来た。本当なの?」

「そう。魔法少女は魔法、ニンジャのジツみたいな力を使える。フォーリナーXXXは『異世界に行けるよ』で色々な異世界で悪事を働いていたから捕まえようとしてネオサイタマに来た」

「捕まえる?スノーホワイト=サンはマホウショウジョのマッポなの?」

「そう」

 

 一応は監査部に所属しており魔法少女の警察のようなものだが、実際は好き勝手に悪党魔法少女を捕まえる自警団のようなもので、仕方がなしに監査部に組み込まれた形で有り、警察という意識は全くない。

 

「それでスノーホワイト=サンのジツじゃなくてマホウはどんなの?使えるんでしょ?」

「私は『困っている人の声が聞こえるよ』って魔法」

「なるほど、だから行く先々でトラブルがあったのか、ということは……ア~~~!」

 

 ドラゴンナイトは顔を手で覆い地面に伏せてジタバタする。本来なら痛いはずだが羞恥心が勝っているのか構わずジタバタしている。隠し事をしたくないと思って魔法について喋った。そして思った以上に察しが良く、スノーホワイトさんが好きだとバレたら困る、やましい事を考えていたら困るという声が大音量で響いていた。

 魔法少女になりたてのスノーホワイトであれば、赤面して対応に窮していただろうが、今は声が聞こえながらも平然と接せる精神を持っていた。

 

「それで謝らないといけない事がある。聞いてくれる?」

 

 スノーホワイトは正座でドラゴンナイトに向き合う。腿に置いた手を無意識に強く握りしめ唇を噛みしめる。ドラゴンナイトはスノーホワイトのシリアスな雰囲気を察したのか、ジタバタするのをやめ正座しようとするが体が痛むせいか組みづらく、スノーホワイトに了承を得てアグラを組んで見つめる。

 

「かつてラ・ピュセルって言う魔法少女が居た。幼馴染で街で一緒に人助けしてた」

「それって、ボクとスノーホワイト=サンがやってたパトロールみたいな感じ?」

「そう。他にも魔法少女がいるけど一番仲が良かった」

「幼馴染って言ってるけど、そのラ・ピュセルは人間の時はどんな人なの?」

「同い年で男の子」

「男!?ニンポ少女じゃなくてマホウショウジョって男でもなれるの!?」

 

 ドラゴンナイトはこれ以上ない程に目を開く。魔法少女といわれて中身が男と言われればそれは驚くだろう。ある意味想像通りのリアクションに思わず口角が上がる。

 

「優しくて頼りになって、私にとって理想の魔法少女だった。でもラ・ピュセルは死んだ」

 

 スノーホワイトの言葉は無意識に感情が籠る。月日が経ちあの異様な空間でラ・ピュセルと出会い心の整理が済んだと思っていたが、それでも魔法少女選抜試験でラ・ピュセルが死んだと報せられた当時の心境が蘇り感情が揺さぶられる。

 一方ドラゴンナイトはこちらが申し訳なくなる程悲し気な表情を見せていた。

 

「それでドラゴンナイトさんの容姿がラ・ピュセルの人間の姿、岸部颯太に瓜二つだった」

 

 ドラゴンナイトは思わぬ話の流れに思わず目を見開く、スノーホワイトはそれに構わず話を続ける。

 

「身長も髪型も声も顔も全部そっくりだった。最初はそうちゃんが実は生きていて、ネオサイタマに流れ着いたんじゃないかって想像したぐらいだった。でも話すと違っていて、ドラゴンナイトさんというこの世界で生きている人だった。そして偶然にも私とラ・ピュセルと同じように人助けをしていて、一緒にやらないかって誘われた。ラ・ピュセルと一緒にパトロールしている時は本当に楽しくて、そうちゃんと瓜二つのドラゴンナイトさんと一緒に過ごせば、あの時のように幸せな時間を過ごせるかなって」

「それがどこが悪いの?」

「私はドラゴンナイトさんを見ていなかった。ドラゴンナイトさんを通してそうちゃんを求めていたんだよ」

 

 相手が自分に向ける好意については魔法を通して知っていた。好いている相手はその想いを蔑ろにし、過去の幻影を求める出汁にされた。男性にとってこれほど酷い行為があるだろうか。

 スノーホワイトの言葉にドラゴンナイトの表情が曇り、心臓が思わず締め付けられる。最初は過去の思い出に浸る為に一緒に行動した。

 だが共に過ごすにつれてその人となりや、ニンジャという魔法少女と同じ大きな力も得て、魔法少女以上に悪に染まりやすい存在になりながら、弱者を搾取せず虐げずにフィクションのヒーローのように清く正しくあり続けようとする生き方に感銘を受けていた。今ではネオサイタマで出来た大切な友人だと思っている。

 だからこそ打ち明ければならないと考えていた。だがそれも自分が楽になるための偽善であり、いたずらにドラゴンナイトを傷つけるだけの行為かもしれない。

 

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」

 

 スノーホワイトは泣き崩れる様に何度も謝る。その弱弱しい姿にドラゴンナイトの手が肩に置かれる。

 

「実際ショックだった。でも目的がそうであってもボクはスノーホワイト=サンに出会えて本当に良かったと思っている。スノーホワイト=サンはボクのメンターだ。その優しさと正義を貫く気高さが目標だった。もし出会わなければ悪の道に進んでたか、弱くてどこかで死んでいた。サイオーホースだよ」

 

 スノーホワイトは思わず俯く、困った声でショックの度合いが手に取るように分かる。それでも必死に励まそうとしている。その姿は清く正しい魔法少女であり、あまりにも眩しい。

 

「それで一つ訊きたいけど、ボクとのパトロールは楽しかった?」

「うん、楽しかった。それは本当だよ」

「良かった。スノーホワイト=サンはボクより何倍も辛い体験をしてきた。だったら少しぐらい楽しいことしてもブッダも怒らないし、その手助けになれたら嬉しい。何よりボクも実際楽しかった。スノーホワイト=サンも楽しかった。ボクも楽しかった。Win―Winさ!」

 

 ドラゴンナイトは笑顔を見せサムズアップサインを作り、スノーホワイトはありがとうと何度も礼を言う。

 嘘だと思われたら困る。信じてもらえなかったら困る。そんな心の声が幾つも聞こえてくる。ドラゴンナイトは慰める為ではなく本心で言ってくれている。それはスノーホワイトの罪悪感を消していてく。

 

 最初は打算での付き合いだったが、今では出会えて本当に良かったと思っている。ラ・ピュセルやハードゴアアリスのように、そして彼女達に胸に張れるような清く正しい魔法少女になる。それがスノーホワイトの行動指針だった。

 そして今日、ドラゴンナイトのように、そして胸が張れるような魔法少女になるという想いが加わった。

 

 

◆ドラゴンナイト

 

「そういえばお礼を言ってなかった。ありがとうスノーホワイト=サン、ボク達の為に国外逃亡の手続きをしてくれて」

「いいよ、困っている人を助けないのは腰抜けだし、ドラゴンナイトさんも同じ立場だったら、同じことをしてくれた」

「しかし荷物に紛れるなんてマケグミ・クラス以下だね。お母さんは卒倒しそう」

「ごめん、アマクダリの監視の目が厳しいみたいで、普通の席は無理みたい。怪我もあるし良い席にしたかったんだけど」

「気にしないでいいよ、スノーホワイト=サンが頑張って用意してくれたんだ。文句言ったらこうだ。シュッ、シュッ、いててて」

「ダメだよ、そんな事しちゃ」

 

 スノーホワイトはカラテ演舞をしようとして痛がる姿に笑みを見せながら優しく諭す。その笑みに釣られるようにドラゴンナイトも笑う。

 2人はお互いが抱いて思いを打ち明けることで罪悪感が無くなり、いつも以上にお喋りを続ける。

 ドラゴンナイトは痛みを堪えながら話し続ける。明日にはネオサイタマを発つ。つまりスノーホワイトとは二度と会えないという意味でもある。

 スノーホワイトはシンカンセンまでドラゴンナイトを護衛した後にこの世界から去る。仮にネオサイタマ、この世界に居れば会えるが、別の世界に移動した相手と会う手段はない。 

 もしかすればそのようなジツを持つニンジャか、SFめいた技術が確立するかもしれないが可能性は無いと考えるべきだ。

 

 最後の思い出としてスノーホワイトと一緒にネオサイタマをパトロールがてら廻りたい。そんな思いがニューロンに過るが、即座に打ち消す。

 スノーホワイトが異世界に移動するならフォーリナーXXXの魔法を使うしかないだろう。そしてフォーリナーXXXは闇医者がいるこのビルの一室で拘束されている。

 もしスノーホワイトが離れている間にフォーリナーXXXに魔法を使われたら、この世界に置き去りになる。危険性を考慮すれば今すぐにでも魔法を使わせて元の世界に帰るべきだが、家族4人を護送するために待ってもらっている。こうしてお喋りしているだけでもボーナスタイムである。

 

「フォーリナーXXXが殺されないでよかったね。殺されたらスノーホワイト=サンが元の世界に帰られないし、それにニンジャスレイヤー=サンは何というか……悪いニンジャは決断的に殺す気がするし、今までやってきた悪事を考えれば許さないと思うけど」

「それは私が頼み込んだ。殺されたら元の世界に帰られなくなるし、ニンジャ魔法少女と云っても最初は魔法少女だから、魔法少女の法で捌くと言ったら、渋々納得してくれた」

「よく納得してくれたね」

「もしあちらの世界でモータルを虐げればそちらに行って絶対に殺しに行くって脅してた」

「ニンジャスレイヤー=サンならあり得そう」

 

 いくらニンジャスレイヤーでも異世界を移動できない。それでもどうにかして移動してフォーリナーXXXを殺すかもしれないと思わせる奇妙な信頼感がある。

 

「確かに、でも納得してくれて本当に良かった。もし殺そうとしたら戦っても止めないといけないから、もう二度と戦いたくない」

「え!?ニンジャスレイヤー=サンと戦ったの?」

「色々有ってね」

「どんな戦いだった!?」

 

 ドラゴンナイトは前のめりになってスノーホワイトに訊く。2人は強さの象徴であり、もし2人が戦ったらどうなるだろうという、カートゥーンのヒーロー同士が戦ったらどちらが勝つかという脳内遊びのように想像した事がある。

 ある意味夢のカードが実現していた。興味が無いわけが無い。スノーホワイトは苦笑いを浮かべながら戦いの詳細を語りはじめる。

 

「あっ!」

「どうしたの?」

 

 話の途中でドラゴンナイトが突如声を挙げ話の腰を折る。スノーホワイトは不思議そうにドラゴンナイトに視線を送る

 

「フォーリナーXXXに魔法を使わせて元の世界に帰るんだよね」

「そうだけど」

「でも使ってくれるの?スノーホワイト=サンはフォーリナーXXXをボコボコにしたから怒って使わないかも、インタビューして強引に使わせるの?それより2度と関わりたくないってマホウを使って逃げるかもよ。早くマホウを使わせないようにしないとマズいよ」

「ああ、それなら大丈夫」

 

 スノーホワイトは慌てて部屋に戻ろうとするドラゴンナイトの手を掴み、焦るなと手で制する。

 

「それは無いから安心して」

「ナンデ?安心ナンデ?」

「説明するより、見てもらったほうが早いか、歩くの辛そうだから担ぐね」

 

 スノーホワイトはドラゴンナイトをそっと肩に乗せて歩き始める。一体どういう訳なのだろうか?ニューロンを駆使して考えるが答えは見つからず、フォーリナーXXXが居る部屋に向かう。

 部屋は薄汚れた簡易ベッドがあるだけで後は雑多に物が置かれている物置のような部屋だった。ベッドの上ではニンジャスレイヤーがアグラを組みながら深呼吸を繰り返している。そして部屋の奥の中央には見知らぬ黒髪のロングヘア―の女性が椅子に座り、縄に括りつけられ身動きが取れずにいる。

 

「あの女の人だれ?」

「フォーリナーXXX、今は魔法少女の変身を解いて、元の姿に戻ってる」

 

 そういえばモータルだったがニンジャになり魔法少女に変身すればニンジャ魔法少女になれると自慢げに話していた気がする。だから姿が変っているのか。姿が変っているのには納得したが、その様子は納得できなかった。

 目の光りはなく何かに怯えた表情をして涙や鼻水や涎で顔が酷いことになり、スノーホワイトの姿を認識したとたんに小さな悲鳴をあげた

 

「インタビューの一環でクスリでも打ったの?」

「フォーリナーXXXは私とニンジャスレイヤーさんに手痛くやられたせいで、極度のトラウマを抱えたみたい。だから私達が近くに居るだけでこんな感じになる。そして許可なく魔法を使うなと指示したから魔法は使わない」

 

 ドラゴンナイトのニューロンに野球部時代の記憶が蘇る。ニュービー時代に投げる球が全て打たれてしまうほど実力差と相性が悪い打者がいた。

 時が経ち成長し贔屓目で見ても抑えられるはずなのに、過去の嫌な記憶が蘇ったのか体が竦み良いボールが投げられず、何度も打たれた。それの強化版だろう。

 ジツを使うにも心身がある程度万全でなければ使えない。それはマホウでも同様だろう。今のフォーリナーXXXの状態であれば魔法が使えなくても不思議ではない。

 

「スノーホワイト=サン、フォーリナーXXXをあの袋に入れないの?かさばるし、何か攻撃されてもあの袋じゃできないし」

 

 ドラゴンナイトはスノーホワイトが所持している袋に視線を向ける。あの袋だが理屈は分からないが4次元空間になっており、人間ぐらいなら入るのは経験済みだ。それに自己嫌悪に陥って上手くニューロンが働かなかったが、今思えば攻撃しても恐らく外に出られないので安全である。

 

「それだとフォーリナーXXXが私達の姿を感じられないし、万が一正気に戻って魔法を使われて逃げられたら私が帰れない」

「どういうこと?」

「フォーリナーXXXが魔法の袋の中を異世界と認識すれば脱出できる」

 

 確かにあの中は不思議な空間で現実世界とは異なる。だがそれを異世界と認識すれば魔法が使える。過大解釈しだいで何でも出来そうだ。マホウはある意味何でも有りかもしれない。

 

「それだったら、ここで監視してビビらせておいたほうが良さそうだ」

 

 ドラゴンナイトはフォーリナーXXXを一瞥する。あの圧倒的な強さを誇ったフォーリナーXXXがここまで無惨な姿になった。

 だが心は全く痛まない。過去の行いや自慢げに語る武勇伝は反吐が出るような悪行ばかりだった。当然のインガオーである。いやまだ足りない。

 

「あの、ニンジャスレイヤーさん、1つお願いがあるのですが、よろしいですか?」

 

 スノーホワイトはニンジャスレイヤーの目の前に立ち声をかける。ニンジャスレイヤーは深呼吸をやめ目を開く、それを了承の合図と捉えスノーホワイトは話しかける。

 

「暫くの間フォーリナーXXXの見張りを任せて、私達は外出してもよろしいでしょうか?私は明日にはこの世界を去りますので、最後に思い出作りとしてドラゴンナイトさんとネオサイタマを回ったり、お世話になった人に挨拶したいと思っています。我儘を言っているのは重々承知していますが、何卒宜しくお願い致します」

 

 スノーホワイトは90度に頭を下げる。これはドゲザを除くネオサイタマにおいて最敬礼である。先程話している際に思い出作りとしてスノーホワイトと最後のパトロールをしたいと考えた。それが困った声として伝わったのだろう。その読心力に驚くと同時にスノーホワイトの気遣いに感謝する。

 

「ボクからもお願いします。どうしてもスノーホワイト=サンと一緒にネオサイタマを回りたいんです。ニンジャスレイヤー=サンには迷惑はかけませんから」

 

 ドラゴンナイトも90度に頭を下げる。ニンジャスレイヤーは2人が頭を下げる様子を無言でじっと見つめる。その緊張感に思わず唇をなめる

 

「好きにするが良い」

 

 ニンジャスレイヤーはポツリと呟くと目をつぶり深呼吸を再開した。

 

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 

 2人は同時に礼を言い頭を上げる。無茶なお願いをしているという自覚はありダメだろうと思っていただけに意外な答えだった。

 これが最後の思い出作りだ。ドラゴンナイトはニューロン内でどこに行こうかと計画を立て始める。

 



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最終話 ニンジャスレイヤー・アンド・マジカルガールハンター・バーサス・ニンジャマジカルガール#12

誤字脱字の指摘ありがとうございます


◆ファル

 

 襲い掛かるゴブリンがデイジーのデイジービームによって原子分解され、巨大化されたチェルナーマウスに潰され地面のシミになる。これは勿論本人でなくファルの攻撃コマンドがイメージされたものである。そしてゴブリンも防衛プログラムがイメージされたものだ。

 ファルはコトダマ空間に入り監視カメラのネットワークに入り映像をいじくる。スノーホワイトやドラゴンナイトがアマクダリに見つからないようにやり始めたが、これらの作業も慣れたものだ。

 管理している会社は数社のみで同じような防衛プログラムを何回も攻略している。もしハッキングのタイムアタックが有れば最速であるという自負がある。

 今はスノーホワイト達が移動するルートの監視カメラをハッキングしている。それと同時にアマクダリネットに触れないようにしつつ、アマクダリの動きを監視する。

 

「大丈夫痛くない?」

「大丈夫、けどしょうがないとは言え締まらないな」

 

 ドラゴンナイトの頭がスノーホワイトのレインコートの背から現れ、恥ずかしそうに呟く。スノーホワイトはドラゴンナイトを背負いながらネオン看板を飛び石にして雑居ビルの屋上に上がると、そこを全力疾走で走りジャンプし、別のネオン看板に着地する。

 満足に動けないドラゴンナイトとネオサイタマを回ろうとすれば必然的にこうなる。魔法の袋に入れれば問題無いが、それではネオサイタマの風景や匂いや広告の音声が楽しめないとスノーホワイトが却下した。

 ファルとしては外に出るのは反対だった。フォーリナーXXXとの戦いは間違いなくアマクダリに調査され、そこからスノーホワイトが辿られても不思議ではない。そもそもドラゴンナイトはアマクダリに指名手配されている。ますます隠れているべきだ。

 それでもスノーホワイトはリスクとドラゴンナイトの幸せを天秤にかけて外に出る選択を選んだ。であれば主人の望みをかなえるのがマスコットの務めだ。

 

「それより私が行きたいところばっかり行ってごめんね」

「いいよ、家はもちろんアジトとか学校とかはアマクダリが見張っているかもしれないし、そうなると行きたいところはないから」

 

 ネオサイタマを散策すると決めたがアマクダリに見つからないようにと考えると行先はかなり限定されてしまった。そしてお互い譲り合った結果、スノーホワイトが行きたい場所を巡ることになった。

 

「着いたよ」

「ここは」

 

 ドラゴンナイトは不思議そうに辺りを見渡す。目の前にあるのは古ぼけたアパートがあるだけ、何が見たいのか見当もつかないだろう。だがファルにはスノーホワイトにナビを頼まれた際に目的は分かっていた。

 スノーホワイトは錆びついた鉄階段を上がり左奥の部屋で止まり呼び鈴を押す。数秒後勢いよく扉が開いた。

 

「ドーモ、ユキコ=サン!お久しぶりです!」

「お久しぶりですコバヤシさん。夜分遅くにすみません」

 

 柔道着を着た眼鏡の女性がテンション高めで出迎える。彼女はコバヤシ・チャコ、ネオサイタマに着いて初めて出会った人間である。彼女が居なければスノーホワイトは死んでいた可能性があり、ある意味恩人である。

 

「いえいえ!こんな時間までニンポ少女になるための人助けなんて流石ですね!ん?背負っているのは……あ、分かりました!怪我人を助けたのはよかったが休む場所がなくここに来てくれたと!ドーゾ!遠慮なく休んでください」

 

 コバヤシは背負われているドラゴンナイトを怪しむが、即座に都合よく解釈し嫌な顔をせずに出迎えた。

 

「ドーゾ、つまらないものですが」

「ドーモ」

「ありがとうございます」

 

 2人は差し出された茶を受け取り会釈する、コバヤシは自分のお茶を置くと2人の対面に座り目を輝かせる。

 

「ニンポ少女の修業は大変ですか?何か手伝える事が有れば何でも言ってください」

「それなんですが、今日は報告というか、ニンポ少女の修業が終わりニンポの国に帰ることになりましたので、別れの挨拶をしにきました」

 

 ドラゴンナイトは勢いよくスノーホワイトの方を向く。いきなりニンポ少女と言えばその反応は至極当然である。

 そしてスノーホワイトは話を合わせろと言わんばかりにアイコンタクトを送り、それで何か察したのかドラゴンナイトはすぐに視線をコバヤシに戻した。

 

「おめでとうございます!これで正式なニンポ少女になったんですね」

「はい、これもコバヤシさんのお陰です。コバヤシさんの姿を見て、どんな強い相手でも立ち向かう勇気をもらいました。ニンポの国に帰っても絶対に忘れません」

「ウレシイヤッター!」

 

 コバヤシは涙を浮かべながらスノーホワイトの手を取る。流石のスノーホワイトも戸惑いながらも好意的な表情を浮かべていた。

 

「そうだ、ちょっと待ってください!」

 

 コバヤシは勢いよく箪笥に向かうと引き出しを漁り始め何かを取り出しスノーホワイトに渡した。

 

「ドーゾ、モコテック・オタミのアンコヨーカンです。餞別に受け取ってください。そしてニンポの国でニンポ少女の皆さんと分けてください」

「ありがとうございます」

 

 スノーホワイトは一瞬迷ったが素直に羊羹を受け取った。

 

◆◆◆

 

「あの人は何なの?発狂マニアックス?」

「そんな風に言わないで」

「ごめん」

 

 コバヤシの家を後にした2人は次の目的に移動する。ドラゴンナイトは何気なく質問しスノーホワイトの声色が厳しくなる。確かにバカにしているがあれを見たらそう考えても仕方がないとファルは同情していた。

 

「それでスノーホワイト=サンとはどんな関係なの?」

「ネオサイタマに飛ばされて、死にそうになった時に介抱してくれて、この世界について色々と教えてくれた恩人かな」

「それで何でニンポ少女と思い込んでるの?」

「色々事情が有ってニンポ少女ですって名乗ったから」

 

 スノーホワイトはバツが悪そうに俯き、その様子を見てドラゴンナイトは揶揄う。いつの間に随分と気安くなったものだ。

 

「コバヤシさんは凄いんだよ。私がピンチなのを見てニンジャ相手と理解し、実力差を実感しながらも戦いを挑んだ」

「ゴウランガ」

 

 ドラゴンナイトは思わず感嘆の声を挙げる。ニンジャだからこそモータルとニンジャの差を理解し、その勇気ある行動に尊敬の念を抱いているのが分かる。

 

「そして、ニンジャに勝った」

「ワッザ!?どうやって」

「呪文を唱えたら相手に雷が落ちて倒した」

「それって偶然じゃない?」

「かもしれない、それでもコバヤシさんの想いが雷を当てたと思いたい」

 

 スノーホワイトはそうであって欲しいと祈るように呟く。コバヤシの家に足を運んだのは感謝の気持ちと別れの挨拶をするのもあるが、コバヤシの存在をドラゴンナイトに知ってもらいたかったのだろう。

 人間でありながらニンジャを撃退するという奇跡を起こした。それは清く正しい心が起こしたものであり、ドラゴンナイトに何かを感じてもらいたいと思っている。

 

◆◆◆

 

 2人は次なる目的地に移動する。ネオンの光は徐々に弱くなり、年季の入った住宅が立ち並ぶ住宅街に向かう。

 

「次も誰かと会うの?」

「そう、今度はドラゴンナイトさんも知っているよ」

「誰だろうって、どうしたの?」

 

 スノーホワイトは突如止まる。その行動の意図はまるで読めず、ドラゴンナイトも訝しむ。だが数秒後にドラゴンナイトの表情が険しくなり、さらに数秒後に何かが飛び出してきた。それは猫だった。ドラゴンナイトは驚きと嬉しさが混ざったような表情になる。

 

「ニャー」

「ドーモ、マタタビ=サン、ドラゴンナイトです。その脚どうしたの!?」

 

 この猫はニンジャ猫のマタタビだ。ドラゴンナイトは目を見開き大声を出す。そういえばマタタビが左前脚を自ら切ったのを知らなかったのだ。

 

「ニャー」

「ボクのことはいいよ!それよりその脚はどうしたの!?」

「ニャーニャー」

「そうなの?それなら仕方がないけど、ニンジャキャットはケジメを知っているのか」

 

 ドラゴンナイトは納得した素振りを見せる。相変わらず精神科に行けと言いたくなる光景だ。電子妖精はもちろん魔法少女でもマタタビとは会話できない。意志相通ができるのはニンジャだけである。

 

「久しぶりに会えて嬉しいよ。会おうにもどこに居るのか分からないし」

「ニャー」

「『こちらも事情が有って離れられなかった』それなら仕方がない。それでやり残しは終わったの?」

「ニャーニャーニャー」

「『飼い主の家族は生きていて、今は一緒に暮らしている』それは良かった。ねっ、スノーホワイト=サン」

「そうだね」

 

 2人と1匹は近くの路肩に座り再会を喜び近況を話す。ドラゴンナイトはマタタビの言葉を訳しスノーホワイトに伝えながら話している。

 ドラゴンナイトの声色や表情が明るい。明日にはネオサイタマを去りスノーホワイトと別れるのを忘れているような陽気さだった。

 

「それで言いにくいんだけど、ボク達はネオサイタマを離れるからお別れのアイサツをしようかなって」

「ニャー」

「『どこに行くか?』ボクは岡山県、スノーホワイト=サンはもっと遠く。多分2度とネオサイタマには戻れない」

「ニャーニャー」

「『本当に世話になった。2人が居なければ敵を討てなかった』それは困っている人を助けないのは腰抜け、いや友達なら当たり前だよ」

 

 マタタビは深々と頭を下げる。そして残っている右前足をスノーホワイトとドラゴンナイトに差し出す。これは握手だろう。2人はそれぞれ右前足を握った。

 

「マタタビさん、カツタロウ君と末永く幸せに暮らしてください」

「ニャー」

「『スノーホワイトさんも』じゃあマタタビ=サンまたいつか、もしネオサイタマに戻れたら会おうね」

「ニャー」

 

 スノーホワイト達とマタタビは手を振り別れの挨拶をする。そしてスノーホワイト達とマタタビは同時に飛び去る。

 

「最後にマタタビ=サンと会えてよかったよ。復讐を終えてからカラテが全く感じられないから心配してたんだ。でも飼い主の家族と一緒に暮しているなんて本当に良かった」

 

 ドラゴンナイトは自分のことのように嬉しそうに語る。ドラゴンナイトにとってマタタビは初めてのニンジャの知り合いだ。ともに目的を達成し、種族は違えど友人と思っている。だからこそスノーホワイトは最後に会わせようとしたのだろう。

 

◆◆◆

 

 それから2人はネオサイタマの各地を巡った。その間に2人は共に過ごした思い出を語り合っていた。流行りの店でクレープを食べた事、自動販売機に潜んでいる奇妙な生物を退治した事、期末テストで60点以上取らなければ絶交すると言った事、ラウンド無限大で勝負し、その後は寿司を食べた事、重大な出来事から明日には忘れてしまいそうな些細な出来事を話していた。

 スノーホワイトは笑顔だった。人に好印象を与える為の作った笑顔ではなく、自然な笑顔であるのは感情の機微に疎い電子妖精でも理解できた。その笑顔を見ただけでもこの外出をしてよかったと思っていた。時間は瞬く間に過ぎ、夜明け間近まで迫っていた。

 

「そろそろ帰ろうか?」

「じゃあ!あと一ヶ所だけ行っていい?ここからすぐ近くだから」

 

 スノーホワイトは首を縦に振り、ドラゴンナイトは口頭でルートを説明し移動していく。言葉通り数分程度でその場所に辿り着いた。そこはありふれた雑居ビルの屋上だった。ファルにはその場所が何なのか分からず、スノーホワイトも同様だった。

 そしてドラゴンナイトがある方向を指さす。その先には黒焦げた廃ビルがあるだけだ。ファルにはそのビルの何なのかは分からなかった。だがスノーホワイトは指さされた方向を見て懐かしむ。

 

「あの時は本当に助かったよ。もしかしてボクの困った声とか聞こえていた?」

「うん」

 

 ファルは2人の会話を聞いてこの場所に来た理由を理解する。ここはスノーホワイトとドラゴンナイトが初めて出会った場所だ。偶然火災現場の近くに居たスノーホワイトは即座に取り残された者を救助しに向かった。その先にドラゴンナイトも居た。

 

「あれから5ヵ月ぐらいか、本当に色々有ったよね」

「そうだね。本当に色々有ったね」

 

 2人は無言で火災現場跡を見つめる。2人の胸中には様々な思い出が去来しているのだろう。そして別れの時間が迫っているのを実感しているのだろう。

 

「え~っと、スノーホワイト=サンはもう分かっていると思うけど~区切りというか、言っておかないと一生後悔するし~後悔は死んでからすればいいマインドで言っておこうというか~」

 

 ドラゴンナイトが煮え切らない言葉を繰り返す。その態度はファルからしても苛つかせられる。一方スノーホワイトは息子が何かを1人でしようとしているのを黙って見ている母親のように静観していた。

 するとドラゴンナイトは大きく深呼吸をして自分の顔を叩いた。その目は何かの覚悟を決めた目だった。

 

「ボクはスノーホワイト=サンが好きです。最初はルックスがカワイイで好きになったけど、今はそのヤサシミや決断的な意志のカッコよさとかメンタル面も含めて全てを愛しています」

 

 ドラゴンナイトの顔は耳の先まで真っ赤になりながらスノーホワイトから視線を離さず見つめ続ける。

 後悔するとか区切りと言っていたのは愛の告白の事だったのか、スノーホワイトの魔法によってドラゴンナイトの恋心は筒抜けであり、本人もそれは承知している。それでも伝えた。

 正直に言えば不毛だ。スノーホワイトとはもう2度会えず、男女関係を結べず何の意味もない。自己満足だ。

 

「ごめんなさい。私はドラゴンナイトさんを大切な友達だと思っているけど、恋愛対象に見られない」

 

 スノーホワイトは深々と頭を下げて気持ちを伝える。ドラゴンナイトはやっぱりかと諦念の表情を見せるが、もしかしてと希望を持っていたのか涙目になっていた。

 

「勘違いしないで、ドラゴンナイトさんはダメってわけじゃない。優しいし真面目だし、きっと私より素敵な人が好意を寄せてくれる」

「それじゃあ……」

 

 ドラゴンナイトは何かを言おうとするが言葉を噤む。それを見てスノーホワイトは少しだけ動揺しフォローするように言葉を続ける。

 

「違うの。私はたぶん誰も好きにならない。いや、好きになっちゃいけない。皆に誇れる魔法少女として歩み続ける。その過程で誰かを好きになったり、楽しんだりする暇はない」

 

 スノーホワイトは無表情になる。それは魔法少女狩りと呼ばれ悪党魔法少女から恐れられる姿だ。これからも理想の清く正しい魔法少女として、人生の大半を捧げるその過程で色々な物が零れ落ちる。今は高校に通い友達も居て一般的な視点から見れば幸せだろう。だがその先は分からない。

 魔法少女活動によって友達と疎遠になるかもしれない、定職につけず困窮するかもしれない。それでもスノーホワイトは後悔せず理想の魔法少女を目指す。

 ドラゴンナイトは両手を力いっぱい握りしめブツブツと呟いている。そんなのは間違っていると否定したいのだろう。だがスノーホワイトの覚悟の前にはどんな言葉も届かないと理解してしまった。

 

「じゃあ!スノーホワイト=サンはどうしたら誰かを好きになったり、楽しんだりできるの!?」

「全ての悪党魔法少女が居なくなって、皆がラ・ピュセルやアリスみたいに清く正しい魔法少女になった時かな」

「だったら約束して!悪いマホウショウジョが居なくなったら、誰かを好きになったり、楽しんだりするって!その為ならボクは何でもする!だから必要になったら呼んで!絶対に助けるから!」

「ありがとう」

 

 スノーホワイトは静かに微笑む。それは魔法少女狩りではなく、素のスノーホワイトの表情だった。すると徐に西方向を振り向く。その先から太陽の光がネオサイタマを照らす。基本的に晴れる日がないネオサイタマだが、今日は珍しく雲一つない晴天だった。

 

◆◆◆

 

「間もなくチョビッコビン社キョート行109便は定刻通り発車ドスエ、パスポートとチケットをお忘れなく」ネオサイタマ・ステイションに場内アナウンスが流れる。ネオサイタマからキョートに行く方法は2つのみ、飛行機による空路とシンカンセンによる陸路である。

 

「最初はダイミョウ・クラスのお客様からドスエ」アナウンスに従いダイミョウ・クラスの乗客がシンカンセンに乗車する。ダイミョウ・クラスはメガコーポの重役クラスが乗る。乗客の表情は皆リラックスしている。車内では最高級のスシやオイランサービスなど様々なサービスが出迎え、日々の仕事の疲れを癒してくれる。

 

「次にカチグミ・クラスのお客様ドスエ」アナウンスに従いカチグミ・クラスの乗客がシンカンセンに乗車する。カチグミ・クラスはメガコーポの中間管理職クラスが乗車する。サービスはダイミョウ・クラスには劣るが、重油まみれのイルカが泳ぐ姿など、日本の原風景を楽しめる貴重な体験を与えてくれる。

 

「最後はマケグミ・クラスのお客様ドスエ、ハリーアップ重点ドスエ」アナウンスに従いマケグミ・クラスの乗客がシンカンセンに乗車する。「ハリーハリーハリー!」乗務員が乗客たちを急かす。ネオサイタマのシンカンセンにおいて定刻通りに発車するのは絶対である。それは乗客が列車に乗れなくても関係ない。

 

ダイミョウ・クラスの客が乗車に手間取り、時間がタイトになっていた。発車まで残り時間は1分、全てのマケグミが乗るのは不可能である。乗れなければチケットが無駄になるとマケグミ達は我先にと争う。そして争うだけ時間はロスし乗れる人数は減ってしまう。なんたる不平等、これがネオサイタマである。

 

そしてマケグミ車両のさらに後ろ、そこは貨物車両になり物品を運んでいる。「ドッソイ、ドッソイ」スモトリ従業員が荷物を運ぶ。そこに色付きの風が通過する。「ドッソイ?」スモトリは訝しむが、仕事のノルマを達成できなければケジメなので、無視して荷物運びに励む。

 

「もう大丈夫です」スノーホワイトが声をかけると4つのズタ袋の口から頭が出る。これはドラゴンナイトを含めたカワベ一家である。スノーホワイトが運んだのだ。4人はアマクダリの目から逃れるために荷物に紛れてキョートに行き、そこから岡山県に行く手筈になっている。「コワイわ」母親は思わず弱音を吐く。「大丈夫だ」それを父親が気丈に励ます。

 

「襲撃されないかな?」「それはブッダに祈るしかない」長男が不安を漏らすとドラゴンナイトがおどけた態度で励ます。スノーホワイトはその様子を心配そうに見つめる。ネオサイタマの新幹線は列車強盗にあう場合がある。さらに襲撃されれば最後尾の貨物車両が最も危なく、最も切り離されやすい。そうなれば生存は絶望的だ。

 

シンカンセンが襲われるなど元の世界ではあり得ない。ネオサイタマのマッポーぶりを改めて実感させられる。本来であれば飛行機やせめてマケグミ・クラスでの移動を望んだがアマクダリの監視は厳しく、このようなリスクがある方法でしか国外逃亡できなかった。スノーホワイトは襲撃されないように祈った。

 

「ダイジョウブダッテ!強盗ぐらいボクのスリケンで撃退できるし」ドラゴンナイトはスノーホワイトにスリケン投擲のモーションを見せる。「じゃあ元気でね。ドラゴンナイトさん」「スノーホワイト=サンも無茶しないでね」2人はお互いに手を差し出し握手をする。お互いの温もりをニューロンに刻み込むように力強く握る。

 

「まもなく発車ドスエ」場内アナウンスが流れ、スノーホワイトは急いで外に出ようとする。「スノーホワイト=サン、ユウジョウ!」ドラゴンナイトが呼び止めるように声をかける。その目には涙が溜まっていた。「ユウジョウ」スノーホワイトも同じように声をかける。そして色付きの風になって外に出た。

 

「無事に出たか」ネオサイタマ・ステイションを出るとトレンチコートの男性が震えている女性を引き連れて待っていた。男性はニンジャスレイヤー、女性はフォーリナーXXである。「はい。わざわざ来てくれてありがとうございます」「アマクダリの追手が来るかもしれん。そうなればインタビューで情報を得られる可能性がある」「そうですね」

 

スノーホワイトは相槌を打つ。嘘だ、いや正確に言えば本音もあるが、ドラゴンナイトが心配で来てくれたのだ。「ニンジャスレイヤーさん、改めてお世話になりました。貴方がいなければフォーリナーXXXを捕まえられず、元の世界に帰られませんでした」スノーホワイトは90度の角度で頭を下げる。

 

(((ニンジャを殺せなくて困る)))大音量で困った声が聞こえ、スノーホワイトは平静を装いながら無意識に二の腕に触れる。ニンジャスレイヤーに潜むもう1つの精神は発する声、それは底知れないニンジャへの憎悪を宿している。それはニンジャでなくて慄いてしまう。その存在が何かは最後まで分からなかった。もし尋ねたとしても答えないだろう。

 

そしてニンジャスレイヤーはその底知れない憎悪を常に抑えている。なんという精神力だ。戦闘力もそうだが心も強い。それを含めてカラテが強いとこの世界では評するのだろう。「あと訊きたい事があるのですが?」「なんだ?」「ドラゴンナイトさんが私に向かってユウジョウと声をかけたのですが、どのような意味があるのですか?」

 

スノーホワイトは意味も分からず同じように声をかけたが、一連の行為には大きな意味があった気がした。「お互いの友情を確認する行為だ。返答しなければムラハチされる。友情を確認し合ったから裏切るな等の実質的には他人への牽制にすぎぬ」ニンジャスレイヤーは淡々と説明する。

 

「そうですか、教えてくださりありがとうございます」スノーホワイトは礼を言う。そんなわけはない。ドラゴンナイトの言葉に込められた意味はそんな欺瞞的なものではない。もっとエモーショナルで尊いやり取りである。「ではそろそろ元の世界に戻ります。変身して」「ハイヨロコンデー!」フォーリナーXXはビクリと震えながら魔法少女に変身する。

 

「ではお元気で」「オタッシャデー」2人は別れのアイサツを済まし、フォーリナーXXXのアトモスフィアが変化する。これは魔法を使う前兆だ。「待って」突如スノーホワイトが魔法の使用停止するように指示を出す。「どうした?」その行動にニンジャスレイヤーは眉根を僅かに動かし訝しむ。

 

スノーホワイトの心は揺らいでいた。アマクダリというニンジャ組織はこれからも弱者を虐げ搾取するだろう。ニューロン内で非道を尽くすニンジャの姿が浮かび上がる。それを見過ごして帰るのは正しい魔法少女の行いだろうか?ラ・ピュセルやアリスは納得してくれるだろうか?

 

このままネオサイタマに留まり、ニンジャスレイヤーに協力してアマクダリ解体に尽力すべきではないだろうか。「いらぬ」ニンジャスレイヤーはスノーホワイトの迷いを見透かしたように決断的に言い放つ。「ですが……」スノーホワイトは言葉を紡ごうとするが有無を言わさないアトモスフィアによって口を噤む。

 

「これはニンジャの問題であり、この世界の問題だ。別の世界のマホウショウジョであるオヌシが介入する問題ではない。オヌシはマホウショジョとして為すべきことを為せ」「そうですね」スノーホワイトはポツリと呟く。人は全てを選べない。ここの世界でアマクダリと戦っている間に、元の世界で悪党魔法少女や悪党によって誰かが苦しむかもしれない。

 

どちらかを選ばなければならないなら、ネオサイタマではなく元の世界を選ぶ。清く正しい魔法少女として悪党魔法少女が悪事を働き蔓延らせるわけにはいかない。それが為すべきことだ。「じゃあ、魔法使って」スノーホワイトはフォーリナーXXXに指示を出す。そのアトモスフィアに揺らぎや迷いはない。

 

スノーホワイトに酩酊に似た感覚が襲う。これはネオサイタマに飛ばされた時の感覚に似ている。ソーマト・リコールめいてネオサイタマの記憶が蘇る。濃密な体験だった。パトロールで人助けをして、何人ものニンジャと戦った。今まで培った力でニンジャを倒し、何人もの人を救えた。

 

そして力及ばず救えなかった人も居た。野球をこよなく愛しアマクダリに弄ばれ散ったドラゴンナイトが敬愛する先輩サワムラ、それらの人の犠牲が無駄にならないように糧として清く正しい魔法少女として生きる。そしてスノーホワイトはまるで最初からいなかったように消える。ネオサイタマから居なくなった。

 

◆◆◆

 

(((イヤーッ!)))ドラゴンナイトはヤリめいたサイドキックを放つ。スノーホワイトは半身で避けると同時に絡みつく回転する。ドラゴンナイトも即座に同じ方向に回転する。シンカンセン貨物室内、ドラゴンナイトはズタ袋に潜みながらイマジナリーカラテを実践する。例え体が動かせなくてもカラテトレーニングはできる。

 

(((グワーッ!サヨナラ!)))イメージのドラゴンナイトがスノーホワイトに頭を踏み砕かれ爆発四散する。「実際強い」ドラゴンナイトは笑みを浮かべながら呟き、イマジナリーカラテを再開する。それはトレーニングと同時にスノーホワイトから授かったインストラクションの確認でもあった。

 

「フゥー」ドラゴンナイトは15敗目でイマジナリーカラテを中断する。そして懐から携帯端末を取り出し動画を再生した。スノーホワイトとの思い出はニューロンに刻み込まれ、一生覚えているだろう。だが物質的思い出も大切だ。これは絶対に手放せないエピック級のアイテムである。ドラゴンナイトは愛おしそうに映像を見ていた。

 




次の話で最後になります


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最終話 ニンジャスレイヤー・アンド・マジカルガールハンター・バーサス・ニンジャマジカルガール#13

これが最終話です


◆リップル

 

「チッ」

 

 リップルは公園に着くと思わず舌打ちをする。少し前までは癖と言われても仕方がない程舌打ちをしていた。しかし思うところがあり、出来るだけ舌打ちしないように心がけるようになった。それでも思わず舌打ちしてしまうほどの光景が目の前に広がっていた。

 ベンチの周りにはジュースや缶チューハイの缶がぱっと見十数個、総菜を入れるフードパックも十数個が散乱していた。

 今日は木曜日なので暇な大学生辺りが酒盛りでもしたのだろう。この数を見る限り大人数で飲んだか、少人数で長い時間飲んだのだろう。公共の場で酒盛りするのはどうかと思うが、飲み食いしたものを片付けないのは論外だ。

 リップルは空き缶の1つを手に取りそれをじっと見つめ、どうやって運ぶか思案する。フードパックは一番大きいものに重ねればかさばらないが、空き缶は片手で持てる数は2個か3個ぐらいだ。両手でも一度に運べないのに片手だけでは運べるわけがない。

 魔法少女の活動として市内を見回る際は基本的に手ぶらだ。移動しながらゴミを拾う時もあるが大概が片手で事足りる量である。こういう場面を想定してこれからはビニール袋でも常備するか。

 数秒ほど思案した後に空き缶の上下を掴み一気に押しつぶすと瞬く間に平べったくなる。スチール缶を平べったくするという芸当は人間なら不可能だが、魔法少女の腕力なら容易い。そして平べったくなった缶を折り曲げるなどして圧縮していく。結果何とか持てるようになった。

 リップルは公園の水道で圧縮した際に付着したジュースやチューハイを洗い流し、目的地に向かうがてらゴミ箱を探す。

 

 今日の昼頃にスノーホワイトからメッセージが届いた。スノーホワイトは悪党魔法少女を捕まえるために日本各地に出かける。その際にリップルに行先を教える。所在を明かす事で有事の際に対応してもらうようにという意味合いもあるが、単純に心配しないようにという配慮だ。

 5日前に魔法少女を調査するためにS県に向かうという連絡があり、数日たっても帰ってこない。S県なら日帰りで帰ってこられる。調査が難航しているのだろうか、何よりスノーホワイトは心配しないように安否確認の連絡をしてくれるがそれもない。連絡もできない程切迫した状況なのだろうか、一抹の不安が過る。

 状況が変化したのはスノーホワイトが出かけてから5日後の昼過ぎだった。用事が済んだので本日の夜に会いたいという連絡があった。スノーホワイトが会いたいというのは珍しい、落ち合う日時と場所を決めてそれまではバイトをして、N市のパトロールをしながら時間を潰していた。

 

 リップルは集合場所の少し曲がった鉄塔を見上げる。この鉄塔はN市で一番高く最上層は人目に付きにく、落ち合う場所としてよく使っている。そしてスノーホワイトとラ・ピュセルの拠点だった。鉄塔が曲がっているのは魔法少女試験でルーラ一味に襲われた際に曲がったそうだ。

 リップルは手を使わず足だけで苦も無く鉄塔を登っていき、最上層に辿り着く。スノーホワイトはまだ居ない。来るまでの暇つぶしがてら街の様子を確認する。高さ数十メートルから魔法少女の視力で見下ろせばN市全体は無理だが、近辺なら何かが起こっても見つけられる。

 すると人間ではあり得ないスピードで人影が家の屋根や電柱を足場にして向かってくる。この速度は魔法少女だ、まさか他の魔法少女が襲撃にしに来たのかと臨戦態勢をとるが、すぐに解除する。その姿は見覚えがあるスノーホワイトだ。スノーホワイトは軽やかに鉄塔を登り最上層に辿り着き向かい合う。

 

 変わった。

 

 それが真っ先に浮かび上がった単語だった。具体的にどこがどう変わったかと言語化できず劇的に変わったわけではないが、とにかく何かが変わった。その何かを見つけようとスノーホワイトを観察する。

 

「久しぶり、リップル」

「久しぶりって」

 

 リップルは観察を止めて思わず苦笑する。自分の感覚では5日間は久しぶりではない。だがスノーホワイトはそうではないようで、まるで10数年ぶりの再会かのように嬉しさと感慨深さを滲ませている。スノーホワイトはこんなに寂しがり屋だったか、これが変わった要素かもしれない。

 

「定時連絡がなかったけど、どうしたの?連絡すると敵に逃げられるとか?それとも端末を奪われて連絡できなかったとか」

「ちょっと悪い魔法少女を捕まえるために異世界に行ってたから、連絡できなくて」

「は?」

 

 思わず昔のような尖った感じで相槌を打ってしまう。スノーホワイトなりの冗談かもしれないがオモシロくない、何より連絡がこなくてそれなりに心配していたのに冗談を言われれば腹が立つ。

 

「冗談としてはオモシロくないから」

「本当だぽん、本当に異世界に行ってたんだぽん」

 

 するとファルが会話に割り込んでくる。直接会話した機会は数えるほどしかないが、スノーホワイトから聞く人となり改め妖精となりだと、会話に割り込まなくスノーホワイトの冗談にのっかるタイプではない。冗談だと思われないように訂正するタイプだ。

 

「だったら異世界の話聞かせて」

 

 リップルは円形状の床の淵に移動して座る。魔法少女がいるのだから異世界があっても不思議ではない。それに冗談だったらスノーホワイトのトーク力や創作センスが分かる良い機会、本当であれば異世界について多少なり興味があるので訊きたい。スノーホワイトは隣に座り徐に語り始める。

 異世界というからには図書館で流行っていると紹介され暇つぶしに読んだ中世ぐらいの文明の剣と魔法のファンタジーのようなものだと思っていた。しかしその予想は大きく外れた。

 スノーホワイトはフォーリナーXの魔法でネオサイタマと呼ばれる場所に飛ばされ、ドラゴンナイトと言うニンジャの友人とネオサイタマで魔法少女として活動した。そしてニンジャと呼ばれる魔法少女と同じような超常的な者が存在し、そのニンジャが組織となり日本を支配しようとしている。

 かなりの変化球だ、スノーホワイトがこんなタイプの創作話をするとは思わなかった。そして魔法少女のコスチュームが忍者をモチーフにしているだけあってニンジャについて興味があった。ニンジャについて訊いてみるとテンプレ的な忍び装束を着ているニンジャはほぼいなかったらしい。

 スノーホワイトはその世界で体験した出来事を喋る。時折ファルがネオサイタマの文化や豆知識などを捕捉するなどして1時間弱程は話す。

 リップルはスノーホワイトの話を信じた。ファルが記録した映像や写真を見たが作られたフェイク系ではないというのは分かった。空に浮かぶマグロやこけし人形の形をした飛行艇などはこの世界には絶対に存在しなく、フェイクで作るにしてもこれを作る感性はスノーホワイトやファルにはない。

 何よりスノーホワイトから語られるエピソードの1つ1つが物凄くリアリティがある。楽しかった体験、辛かった体験、その時の喜怒哀楽がヒシヒシと伝わり、まるでその場に居たかのような臨場感がある。

 スノーホワイトは決して口達者ではない、もし創作話を本当の出来事のように話そうとすればどこかしらウソ臭さが生じる。だが今の話には一切ない。

 

「そうか、色々大変だったんだ」

「信じてくれるの?」

「信じる。もしウソだったら逆に凄い。将来は小説家か漫画の話を作る人になったほうがいい」

「私には無理かな」

「それにしてもニンジャね、魔法少女と同じぐらい強いんだよね。無事でよかった」

「常に先手を取れたから、そのアドバンテージを生かして倒した。そういう意味では魔法少女より楽だった」

「先手ってどうやったの?」

「ニンジャは戦う前にアイサツをする。そして私をニンジャと勘違いするみたいでアイサツをしてる時に攻撃する」

 

 スノーホワイトは説明するかのように「どーも、リップルさん、スノーホワイトです」と声に出しながらニンジャの挨拶を真似する。

 

「凄い変、まあ戦いの前に頭を下げるのはニンジャの勝手だけど、挨拶されたのに返礼しないのは失礼かも」

「うん、皆物凄い罵倒してゴミを見るような目で見てくる。相手に罵倒されたりするのはいいけど、ドラゴンナイトさんに同じような目線で見られるのは辛かったな」

 

 スノーホワイトは当時を思い出したのか明らかに落ち込み、その反応にリップルは戸惑う。軽口で言ったのだがそんなにガチで落ち込むとは思わなかった。

 友人でもゴミを見る様な目で見るとは返事をせずに攻撃するという行為は反吐が出る程邪悪なのかもしれない。

 

「それより、そのネオサイタマのお土産とかない?」

 

 別に期待はしていないし、無くても文句を言うつもりはない。ただ話題を変えるために言っただけだ。だが意外にもお土産があるらしく魔法の袋から物品を出してくる。

 

「何これ?」

「お寿司、ちなみにニンジャが体力回復させたり怪我を治す時はお寿司を食べるんだって」

「いや寿司なのはわかるけど、この色は何?青とか紫とか緑とかどうみてもおかしい」

「ネオサイタマだと私達の世界のマグロとかちゃんとしたネタの寿司は貴重品で、大概は何か化学物質とか入れてる混ぜ物みたい」

 

 リップルは恐る恐る口に入れる。異世界の寿司は多少なり気になる。変身していなければ絶対に口にしないが、魔法少女なら腐ってたり毒が有っても体に害はない。

 

「思ったよりマトモだけど普通に不味い」

「だよね。私も同じ感想」

 

 スノーホワイトは相槌を打つと次の品を出してくる。それは本で女児アニメ風の忍び装束を着た少女のイラストが表紙に描かれている。

 

「ニンポ少女シノビ?」

「あっちの世界の魔法少女モノかな」

 

 リップルはパラパラとページをめくる。魔法少女アニメは実際の魔法少女をモデルにして作られている。だとしたら実在するニンジャをモデルにしたフィクション作品があっても不思議ではない。

 内容は昔見た魔法少女アニメと同じような感じだ。だがこっちの漫画と若干違い読みにくい。あと主人公のシノビは髪型とか色とか何となく魔法少女の時の自分に似ている気がする。本を読み終わるとスノーホワイトは次の品を出す。

 

「これは羊羹?」

「そう。あっちの知り合いから餞別に貰った。高級品だって言ってたし美味しいと思う。一緒に食べよう」

 

 スノーホワイトは付属品の爪楊枝を使って羊羹を切り分けていき、爪楊枝をリップルに渡しスノーホワイトは素手で食べる。味は良くこちらでも大概の人が食べれば美味しいという程だ。

 羊羹を食べる間にスノーホワイトはこの羊羹をくれた人について喋る。名前はコバヤシチャコといい、ニンポ少女愛好家で色々あってスノーホワイトを本当のニンポ少女と勘違いしていたと恥ずかしそうに語る。

 あとニンポの国でニンポ少女に分けてくださいと言われたのでくれたとスノーホワイトは付け加えていた。まあスノーホワイトがニンポ少女なら自分もニンポ少女か。

 そして落雷を呼び忍者を倒したというエピソードを語ったが俄かに信じられなかった。だがスノーホワイトの語りは熱を帯び、その人に対する尊敬の念を感じられた。

 もし話が本当でそのコバヤシが魔法少女ならスノーホワイトと同じぐらい清く正しい魔法少女だ。

 

 次にスノーホワイトは魔法の端末を操作し自分の端末に何かデータを添付した。そのデータは漫画だった。

 

「これは?」

「セブンニンジャって漫画、色々有って漫画を作るのを手伝った。このページのこのキャラの髪の毛とか塗ったの私」

「異世界に行って漫画描くのを手伝うって、こっちでもそんな事しないけど、何か地味というか魔法少女らしくないというか」

 

 1話だけ読んだが主人公はニンジャで悪のニンジャ組織と戦うらしい。この作品はニンポ少女シノビの漫画と比べ読みやすく、こちらの世界の漫画に似ている。

 

「しかし偉人は実は忍者だったって、凄いとんでも設定、こっちで言うならジャンヌダルクは魔法少女だったってことでしょ」

「カワタさんが言うにはこれぐらい変な設定にした方が読者の興味が湧くみたい」

「確かに」

「でも何故か分からないけど、アマクダリにとって都合の悪い真実を知ったみたいで、殺されそうになった。最終的には私とドラゴンナイトさんでカワタさんを守りキョート大使館にまで連れて行って亡命させた」

「大変だったね」

 

 リップルは労いの言葉をかける。話を聞く限りアマクダリとかいう悪の忍者組織の忍者が襲い掛かったのだろう。そんな映画みたいな出来事が起こるなんてネオサイタマとは恐ろしい世界である。

 

「リップル、組手に付き合って」

 

 スノーホワイトは真剣な表情でお願いする。今日の昼頃に帰還しフォーリナーXXXとかいう魔法少女を監査部に送り届け、処罰に関する手続きを色々としてきたのだろう。いくら魔法少女でも流石に疲れているはずだ。やんわりと今日は休もうと言うが、スノーホワイトは頑なに今すぐしたいと意見を曲げない。

 この時のスノーホワイトは魔法少女試験後に組み手をしてくれと頼み込んだ時に似ている。大きな出来事が有って決意を持って強さを求めている目をしている。断れるわけがない。

 リップルは静かに頷くと鉄塔から飛び降り、スノーホワイトもついていく。

 

◆◆◆

 

 リップル達の組手は主に山で行われる。そして場所はその場の流れで決まる。一定の場所で戦い続ければ地面が抉れ、木々は倒され更地になってしまう。

 一回の組手でも土地は荒れるが手作業で治せばある程度元通りになる。多少木々は痛むが時間が経てば元の姿に戻る。別に自然破壊をしたいわけではない。

 スノーホワイトが場所を指定する。魔法で動物の声を聞き、出来るだけ被害が少ない場所を選んだのだろう。木々に囲まれているが比較的に平坦な場所だった。

 スノーホワイトが構え、リップルが応じる様に構える。スノーホワイトが先に仕掛ける。それが組手開始の合図である。

 

「イヤーッ!」

 

 スノーホワイトは間合いを詰めて声を出しながら前蹴りを放つ。その行動にコンマ数秒ほど面を食らう。何て意味のない行動だろう。声を出しているせいか動きがいつもと比べてぎこちない。それに声を出す前に息を吸うので攻撃がくるのがバレバレだ。

 リップルは前蹴りを躱しスノーホワイトの顔面にパンチを放つ。スノーホワイトは側転で回避し、先ほどのように驚く。今までに無い動きで無駄な動きだ。

 リップルは連続側転で距離を取るスノーホワイトに即座に追いつき側転でついた手を思いっきり蹴り払う。側転の勢いにリップルの力が加わり3回転した後に地面に激突する。ギリギリで受け身は取っているが完全に衝撃を軽減できず、多少なり隙ができるパターンだ、即座に追撃する。

 

「イヤーッ!」

 

 スノーホワイトはウインドミルのように回転しながら蹴りを放つ。だが動きがぎこちなく読めた。ジャンプであっさり躱すと瓦割りのような振り下ろしの正拳突きを放つ。拳はスノーホワイトの顔面から数センチ横を通過し、地面に拳が数十センチ埋まる。勝負ありだ。

 

「何今の?」

「ちょっと試したい事があって。もう少しだけ付き合って」

「いいよ」

 

 スノーホワイトは再度組手を申し込む。何回かやったが全てリップルの圧勝と呼べるような内容だった。身体能力は以前と比べて明確に上がっている。だが以前より大分弱くなっている。

 原因は攻撃の際の声だしや側転やバク転やブリッジなどの動作だ。これらの動作のせいで回避が遅くなり、回避からの攻撃が遅くなっている。

 試行錯誤するのは悪い事ではない。想像力を働かせ様々な可能性を試す、そうやってスノーホワイトは強くなった。だが今の試している動きは明らかに無駄で無意味だ。

 

「スノーホワイト、それは止めた方がいい」

 

 リップルは正直にアドバイスする。新しい気づきが全く通用しないのはショックだろうが、紛れもない事実だ。少しは落ち込むかと思ったが、そんな様子はなく即座に切り替えたのかいつも通り戦うと言い、構えをとる。

 

 スノーホワイトは間合いを詰めジャブを放つ。今回は声を出さない、いつも通り、いやいつも以上に速く鋭い。リップルは首を横に動かし回避を試みる。だが拳は途中で止まり引くと同時に左はハイキックのモーションに入っているスノーホワイトの姿が映る。

 この蹴りは貰ってはいけないと膝を曲げ首を下げる。しかし拳がブラインドになって動きが見えなかった分だけ回避が遅れこめかみに蹴りが掠る。その瞬間視界がグラつく。

 コンマ数秒で視界が元に戻ると気絶するように地面に倒れこむスノーホワイトの姿が見えた。そのまま激突すると思いきや顔面が地面まで数センチ迫った際に踏み込みこちらに突っ込んでくる。それは今までのスノーホワイトの動作で最も速度が有った。

 そして突進のエネルギーを上乗せするように居合切りのように右袈裟切り上げの手刀を繰り出す。手刀がめり込み体がくの字に曲がりながら吹き飛ぶ。

 

 リップルは強制的に息を吐き出されながら態勢を立て直し着地する。体を弛緩させ自ら飛ぶことでダメージを軽減に成功した。だがこれはガードが間に合わない時の最終手段にすぎない。そこまでダメージを軽減できていない。スノーホワイトは駆け寄り追撃しにくる。

 ダメージに顔を顰めながらスノーホワイトとの距離を冷静に測り、渾身の左ハイキックを繰り出す。今までは格下と扱っていたが一連の攻撃を受けて対等と改め、模擬戦ということを忘れて全力を出していた。

 スノーホワイトは挨拶するように頭を下げて蹴りを紙一重で躱し、膝を曲げ回転し手を地面につけながら顔面への左後ろ回し蹴り。

 回避と攻撃が連動した攻防一体の技だ、さらに蹴りは弧を描きながら死角の左顔面に近づいてくる。直感的に防御も回避も不可能だと悟る。だが直撃を受けるわけにはいかない。 

 顔面で迫りくる蹴りの風圧を感じながら右つま先に力を入れ腰を捻り、蹴りの勢いをさらに増やす。さらに顔面に蹴りが当った瞬間に首をひねる。リップルはその場でダンサーのように360°回転した。蹴りの動作による回転に首を捻ることでスノーホワイトの蹴りの勢いを受け流した。

 スノーホワイトと向かい合った瞬間景色が歪む。ダメージは確かに軽減できた。だが今の蹴りは最初のハイキック以上であり、よりダメージを与えた。

 スノーホワイトは心の声を聞いたのかダメ押しの一撃を放つ。右足で踏み込み右拳を横ではなく縦にしていた。それは腹部に突き刺さると今までの組手では受けたことがない衝撃が体中を駆け巡り、後方に勢いよくバウンドした。

 

「リップル!」

 

 スノーホワイトが今にも泣きそうな顔で駆け寄り体を抱き上げる。

 

「大丈夫」

 

 今にも胃液を吐き出しそうになるのを堪えながら声をかけ立ち上がる。ダメージのせいで足元がおぼつかずフラフラしてしまう。

 

「ごめんリップル、思いっきり当てて。リップルはいつも寸止めしたり外したりしてくれているのに」

「気にしないで」

 

 スノーホワイトは何度もごめんと謝る。確かに今の組手のスノーホワイトは真剣勝負と同じように攻撃してきた。だが文句を言うつもりはない。自分も我を忘れむきになってハイキックは全力だった。もしクリーンヒットすれば大怪我していただろう。

 

「初めて負けた」

 

 リップルは少しだけ悔しそうに呟く。スノーホワイトは強くなった。それでも自分には勝てないという驕りがあり、どこか見下していたかもしれない。だがこの敗戦で認識を改める。

 

「強くなったね。やっぱりニンジャと戦ったせい?」

「かもしれない、でも実感がない」

「本当に強くなった。左の上段突きのフェイントからのハイキックは拳がブラインドになって反応が遅れた。あの飛び込んでの手刀の切り上げも後ろ回し蹴りも速くて予想外で完全に躱しきれなかった。回避からの後ろ回し蹴りは攻防一体で凄かったし、それに中段突きも見えたけど重かった」

 

 左の上段突きのフェイントからのハイキック

 飛び込んでの手刀の切り上げ

 後ろ回し蹴り

 中段突き

 

 これらの攻撃が結果的にリップルを敗北に追いやった。初見の技というのもあるが威力や技の完成度は他の攻撃より上だった。

 一方スノーホワイトは一瞬呆けたような表情を見せると嬉しそうに笑った。その笑みは技を褒められた事とは別の意味で嬉しさを感じているようだった。

 

「さてと、負けたままで終わるのは癪だからもう一本やろ」

 

 リップルはスノーホワイトに構えを取る。確かに強くなった。同格だと認める。スノーホワイトはそんな事思わないとは分かり切っている。だが負けたまま終われば侮るかもしれない。ナメられるのは最も嫌いだ。それは昔も今も変わらない。

 その後組手を3回したがリップルの全勝だった。

 

 

♢スノーホワイト

 

「ただいま」

 

 スノーホワイトは窓を開け誰も居ないはずの自室にむけて声を出す。体感時間では5カ月、こちらの世界で5日ぶりに帰ってきた。

 自分の家ならば堂々と玄関から帰るべきなのだが、時刻は0時を回っている。両親達も寝ていて扉も施錠されているので入れない。なので自室の窓は常に鍵をかけていない。

 窓から部屋に入った瞬間思わず顔を顰める。初めて組手で勝利した後に3回ほど組手をしたが全て負けた。そして攻撃がいつも以上に苛烈だった。

 あれは本気で当てたことに怒っているのではなく、ナメられたくないからというのは心の声を通して分かっている。

 

 スノーホワイトは変身を解く、すると今までの疲れが押し寄せたのか一気に眠くなる。制服から寝間着になりベッドに飛び込む。

 明日からは学校で授業についていけるかと他愛のない不安が頭に過る。学校に行くので早く寝なければと思いながら気が付けば魔法の端末を手に取り操作する。

 画像フォルダを開き1つ1つに目を通す。それらはネオサイタマの風景写真だった。ファルがネットに繋がっていない時に地図を作っていた際に撮った写真だ。見るたびにネオサイタマでの日々が蘇る。改めてネオサイタマという地に居たことを実感する。そして動画のフォルダを開き映像を再生する。

 

「え~、記念に動画撮ろうって言ったけど、何をしようか?」

「私に聞かれても」

「じゃあ、あれやろう。ティーンエイジャーの主張、ボクは将来スノーホワイト=サンみたいに強くて優しくて正義の心を持ったニンジャになります。次スノーホワイト=サンの番」

「えっと、私はラ・ピュセル、ハードゴアアリス、ねむりん、シスターナナ、ウインタープリズン、リップル、そしてコバヤシさんやドラゴンナイトさんに胸が張れるような清く正しい魔法少女を目指します」

 

 思わず目を背ける。ドラゴンナイトが2人で映った画像や映像が無いと言い始め録画した映像だ、何だが恥ずかしくて背中がムズムズする。それにドラゴンナイトも妙なテンションだ、映像のデータはドラゴンナイトの携帯端末にも入っているが今頃見て同じように悶えているかもしれない。

 

 スノーホワイトはネオサイタマでの日々を改めて振り返る。ネオサイタマでの生活はボーナスタイムだった。あり得ないと分かっていながらも心の奥底では魔法少女になって試験が始まる前の生活がずっと続けばいいと思っていた。ラ・ピュセルではないが、ドラゴンナイトという大切な友人と同じような経験をして楽しめた。

 そして異様な空間でラ・ピュセルと再び言葉を交わせた。これらは元の世界では決して出来ない体験だ。もう充分に楽しんで幸せになれた。

 さらにネオサイタマでの体験はスノーホワイトに思わぬ贈り物を授けてくれた。

 

 今日の組手には目的があった。それはニンジャの技術を取り入れ組み込む事だった。ネオサイタマで戦ったニンジャ達は攻撃の際に叫び、側転やバク宙やブリッジで攻撃を回避し流れる様に攻撃に繋げていた。それが出来るようになれば理想を実現できる強さを手に入れられると考えていた。

 だがこちらがやるとぎこちなく隙が大きい。そして攻撃の時に声を出しても威力も速さも上がらない。あれはニンジャに最適化された技術であり魔法少女には適さないと身をもって理解した。

 それはドラゴンナイトとの組手やネオサイタマでの経験が全く意味がなく、何一つ刻まれていないようで無性に悲しかった。だがそれは間違っていた。

 

 左の上段突きのフェイントからのハイキック。

 飛び込んでの手刀の切り上げ。

 後ろ回し蹴り。

 中段突き。

 

 リップルが褒めてくれた技、それらには共通点がある。あれはニンジャの技だ。左の上段突きのフェイントからのハイキック、飛び込んでの手刀の切り上げ。あれはドラゴンナイトが漫画を参考にした技だ。良い攻撃だったので褒めて、とても喜んでいた姿を鮮明に思い出せる。

 後ろ回し蹴りはニンジャスレイヤーの技だ、お辞儀のような動作で回避と同時に後ろ回し蹴りの攻防一体の技、困った声を聞いていたのでギリギリで躱せたが、紙一重だった。

 中段突きもニンジャスレイヤーの技で、監査部秘伝の技術と魔法があって辛うじて凌げたにすぎない。

 ネオサイタマで受けた技は確かに刻まれている。思わず出たのが何よりの証拠だ。無理に再現しようとしなくていい。それらは確かに血肉になっている。それはドラゴンナイトがともに戦ってくれているような不思議な感覚だった。

 気が付けばスノーホワイトは意識を手放し眠りについていた。

 

◆◆◆

 

「ハァハァ」スノーホワイトは疲労と痛みで今にも止まりそうな体をニューロンの電気信号によって強制的に動かし裏路地を進む。頭につけている花飾りは無残に散り、魔法少女のコスチュームは切り裂かれ焼け焦げ辛うじて服としての機能を保っている。服がそうであれば本人はもっとひどい。体中に切り傷や打撲跡がある。

 

「「「「「ザッケンナコラー!」」」」」クローンヤクザが一斉射撃!ナムサン!待ち伏せだ!BATATATATA!マズルフラッシュが路地裏を照らす。スノーホワイトはルーラをバトンめいて回し銃弾を防ぐ。「「グワーッ!」」弾かれた弾丸がクローンヤクザ2体の頭に直撃する。

 

「「「グワーッ!」」」スノーホワイトは弾幕が薄くなった隙を狙いクローンヤクザ3体の首を飛ばすがスノーホワイトはその場で膝をつく。「ファル、逃走ルートを教えて」息を切らしながら指示を出す「無理ぽん!カウンターハックされないようにするのが精一杯だぽん」ファルは電子妖精らしからぬヒステリックな声で返事する。

 

スノーホワイトはアマクダリという弱者を虐げる悪のニンジャ組織を看破できなかった。清く正しい魔法少女として中東のテロ組織のように壊滅しようとした。だがアマクダリの力は予想より遥かに大きかった。最初はファルの力を借りてアマクダリの陰謀を阻止できた。だがアマクダリはスノーホワイトを明確な敵として対処していく。

 

あえて偽情報を流し、現れたところにアクシズと呼ばれる精鋭複数人をぶつける。下部構成員が遭遇すれば時間稼ぎに徹し、アクシズやアマクダリ最強ニンジャであるスパルタカスを派遣する。逃走すれば人海戦術で追跡する。その度に魔法少女の変身を解くという方法で難を逃れた。

 

だがそれもアルゴスと呼ばれるハッカーによって見破られる。アルゴスはネオサイタマのネットワークを掌握し、ネオサイタマにある全ての監視カメラから姫川小雪の姿を割り出した。ファルもアルゴスに対抗するが、タイピング速度の差は明確でベイビーサブミッションされ、辛うじてAIが破壊されないようにするのが精々だった。

 

魔法少女狩りと呼ばれ悪党魔法少女を震えあがらせるスノーホワイトですらアマクダリに追い詰められていた。スノーホワイトはルーラを杖替わりにして歩き続ける。先程のクローンヤクザの銃撃が脚部に当り赤色の線を作っていく。それは降りしきる重金属酸性雨ですら消せず、明確な痕跡と化す。

 

スノーホワイトは路地裏の袋小路のような広場に辿り着くと壁に背中をつけ倒れこむ。最早ダメージも疲労も限界まできていた。すると次々と色付きの風が広場にエントリーしてくる。「ドーモ、ドラゴンベインです」「ドーモ、スワッシュバグラーです」「ドーモ、ファイアブランドです」「ドーモ、インターセプターです」「ドーモ、スパルタカスです」

 

アクシズ4人にアマクダリ最強ニンジャであるスパルタカスがアイサツする。何と言う過剰戦力!これだけでアマクダリの本気具合がお分かりいただけるだろう!「得意のアイサツ中のアンブッシュはしないのか」スパルタカスはスノーホワイトに挑発的に声をかける。スノーホワイトは壁に背を預けながらルーラを構える。

 

まさに絶体絶命である。だがスノーホワイトの心は決して折れず切り抜ける手段を模索する。コトダマ空間でインクィジターに囲まれた時のように心折れラ・ピュセルに助けを乞わない。あの時の弱い魔法少女はもういない。それに選ばず後悔したあの時よりマシだ。今のこの状況は選んだ結果だ。最後まで理想の魔法少女として抗い続ける。

 

「「WASSHOI!」」

 

突如2つの決断的なカラテシャウトが響く。「「グワーッ!」」ファイアブランドとインターセプタ―が吹き飛ぶ。アンブッシュだ!「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」「ドーモ、ドラゴンナイトです」ニンジャスレイヤーは圧倒的な憎悪、ドラゴンナイトは清らかな正義心を瞳に宿らせながらアイサツする。

 

「遅れてゴメン」「他のアマクダリニンジャを殺すのに手間取った」ニンジャスレイヤーとドラゴンナイトはスノーホワイトに詫びる。スノーホワイトは思わぬ助太刀に戸惑うが、すぐに笑みを浮かべ壁から背を離しカラテを漲らせる。

 

「ドーモ、ニンジャスレイヤー……」アマクダリニンジャがアイサツの動作の最中に流星群めいたスリケンとクナイが降り注ぎ、巨大な剣が襲い掛かる!アイサツ中のアンブッシュだ!言葉を失うほどのシツレイ!アマクダリニンジャは卑劣なアンブッシュを辛うじて回避、だが思わぬ攻撃に其々の手足にスリケンとクナイが数本刺さっている。

 

スノーホワイトは壁の上を見上げる。そこにはリップルとラ・ピュセルが居た。魔法少女のエントリーだ!そして魔法少女なのでアイサツ中のアンブッシュはシツレイに該当しない。「悪しきニンジャめ!スノーホワイトの騎士として錆にしてくれる!」「本当に挨拶するんだ」2人はスノーホワイトを庇うように降り立つ。

 

其々が目線を合わせ、アマクダリニンジャを見つめる。ニンジャと魔法少女、種族は違えど目的は1つだ。ニンジャと魔法少女の即席チームの結成である!「私も戦う」スノーホワイトは一歩前に出ながら呟く。体中にカラテが漲り傷は治っている。各ニンジャが相手を睨む。それぞれの感情がぶつかり空間がグニャリと歪む。

 

「イヤーッ!」皆が示し合せたように同時に動く。カラテシャウトが響き、スリケンが飛び交う。こうしてアマクダリとニンジャと魔法少女の混合チームの戦いが始まった。

 

♢姫川小雪

 

 小雪は勢いよく起き上がり周りを確認し慣れ親しんだ家具や勉強机が目に映る。ここは自室でネオサイタマではない。

 あれは夢だ、よくよく考えればラ・ピュセルとリップルがネオサイタマに居るなんてあり得ない。

 しかし嫌な夢だった。アマクダリという組織とニンジャの力に太刀打ちできなかった。だが最後まで心が折れていなかったのは成長の証かもしれない。しかし途中からリップル達が助太刀したということは無意識にまた助けて欲しいと思っているかもしれない。どう判断すべきか。

 小雪は数秒ほど考えた後に寝間着から制服に着替える。とりあえずは学校に行かなければならない。着替え終わった後に部屋を出て階段を降り食卓に向かう。

 

「おはよう」

「おはよう」

「おはよう小雪ちゃん、いつ帰ったの?」

「昨日の深夜」

 

 父は安堵の表情を浮かべながら、母は何事もなかったように朝の挨拶を交わす。小雪は気が緩み、涙が出そうなのを必死に堪える。

 ネオサイタマでも何度も死にかけもう帰ってこられないと何度か思った。だがこうして戻ってこられた。

 3人は何事も無かったように食事をする。5日間連絡ない娘がひょっこり帰ってきた。普通の家庭なら確実に説教され、外出禁止にされるだろう。だが母は特に気にせず、父は心配しながらも自分を信じ黙認してくれる。

 良く言えば信頼している。悪く言えば放任だが、小雪は信頼していると捉え両親達に感謝していた。

 理想の魔法少女として無茶することがある。だが死んで両親達を悲しませたくない。その想いが時にはブレーキとなり、生き残るというモチベーションにもなる。

 両親達を悲しませないために強くならなければ、何気ない日常を噛みしめながら決意を新たにする。

 

「おっ、久しぶり不良少女、ちゃんと単位の計算してる?」

「今回は5日の休暇ですか、ノートは昼ごはんで手を打ってやろう」

「それでお願い」

 

 小雪が教室に着くと友人の芳子と沙理が声をかけてくる。魔法少女活動を優先するせいか、どうしても学校を休む場合もあり、頻度もそれなりだ。大まかにカテゴライズすれば不良の分類だ。

 友人達も最初は何で休んだのと訊き、風邪ひいたとか色々と誤魔化していたがこれだけ休めば流石に怪しまれる。それでも友人達は特に追求せず友人として接してくれる。それはとてもありがたかった。

 

 それから午前中は授業を受け、昼食は友人達と一緒に食べ、午後も授業を受けるというかつての日常だった日々を過ごす。ネオサイタマを奔走しながら魔法少女活動をして、文化や風土の違いに驚かされ、時にはニンジャと戦う忙しない日々とは真逆のような穏やかさである。この学校で友人達と過ごす日々も両親達と過ごす日々と同じぐらい掛け替えのない愛しい日常である。

 いずれ魔法少女活動を重視するあまりこの愛おしい日々が零れ落ちるかもしれない。そうならないよう魔法少女活動も姫川小雪としての生活も頑張ろう。

 

「小雪、いつもの店行かない?今日はスミちゃん来るって」

 

 芳子に声をかけられた小雪は自分のスマホを見ると見せかけ魔法の端末を見る。今のところ悪党魔法少女についての目撃情報はない。予定は空いている。

 行くと言いかけた瞬間に魔法の端末にメッセージが届く。T県に詐欺で金をだまし取っている魔法少女がいる。自分じゃどうにか出来ないから捕まえてくださいという内容だった。

 

「ごめん、ちょっと急用が出来た。またね」

「そっか、またね」

 

 小雪は小走りで教室を出ていく。友人達とじっくりとお喋りしたかった。このメールの真偽は判別しておらず、緊急の用事ではなさそうだ。正直後ろ髪引かれている。だが明日に回せば悪党魔法少女によって誰かが不幸になるかもしれない。一刻も早く捕まえて被害を防ぐ。

 ネオサイタマでニンジャの悪事から誰かを守る魔法少女ではなく、この世界で魔法少女として悪党魔法少女によって不幸にされてしまう人々を助ける。それがニンジャスレイヤーの言った己が為すべき事だ。

 

 清く正しい魔法少女としての理想を目指す生活がまた始まる。

 

 




以上でニンジャスレイヤー・バーサス・マジカルガールハンターは完結となります。

 ニンジャスレイヤー対スノーホワイトを書きたいという想いから見切り発車で始めた作品でした。
 最初の話が2017年、魔法少女育成計画のアニメが放送されてから1年後でした。それから約5年半を経ての完結、その間にニンジャスレイヤー4部は第4章の佳境を迎え、魔法少女育成計画はブレイクダウンや黒白や短編集も出て、朗読劇がありリスタートのアニメ化発表と色々な事がありました。

 筆者も完結させられる自信は全くありませんでした。色々有って約2年間更新できない時期もありました。
 完結できたのは読んでくださった方、お気に入りに入れてくれた方、コメントをくれた方、誤字脱字を指摘された方など多くの人のおかげです。本当に感謝してもしきれません。
 誠にありがとうございました。

 あと活動報告に書きなぐった後書きのようなものがあります。


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