銀魂×リリカルなのは (久坂)
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日常篇
女っ気のない奴に限って実はちゃっかり結婚していたりする


他作者様のリリカルなのはと銀魂のクロス小説を読んで、衝動的に書いてみました。

ほとんど勢いで執筆した見切り発車作品です。もしウケがよければ続くかもしれません。

感想よろしくお願いします。


 

 

 

 

 

『侍の国』

 

この国がそう呼ばれたのは今は昔。江戸に舞い降りた異人『天人(あまんと)』の台頭によって、今では天人がふんぞり返って歩く国に変わり果ててしまった。

 

 

そしてその江戸にある町『かぶき町』。その町の大通りには、とある3人組と1匹が歩いていた。

 

 

「いや~今回はなかなか大仕事だったなぁ」

 

 

銀髪の天然パーマ、死んだ魚のような目、着物を片側だけ着崩し、柄に『洞爺湖』と刻まれた木刀を腰に差した男。かぶき町にて『万事屋(よろずや)銀ちゃん』なる何でも屋を営む『坂田銀時』。

 

 

「まったくネ、まさかあの場面であんな事が起こるなんて思いもよらなかったアル。ねー定春」

 

 

「ワン!」

 

 

日傘を差し、透けるように白い肌にオレンジの髪を頭の両サイドで三つ編みにしてぼんぼりで纏めて団子状にした少女『神楽』。万事屋の従業員にして、宇宙最強の戦闘民族『夜兎族』の少女である。

 

そして彼女が跨っているのは、ヒグマ並の巨体を持つ、真っ白な毛並みが特徴の超巨大犬の『定春』。万事屋のマスコットにして神楽のペットである。

 

 

「でもその分、報酬を弾んでもらったんですから、よかったじゃないですか」

 

 

神楽と同じく万事屋の従業員で、特に特徴も無く地味で眼鏡な少年『志村新八』。

 

 

「オイィィィ! なんか僕の紹介だけおざなりすぎるんだけどォォ!」

 

 

「しょうがないヨ、所詮新八はただの眼鏡アル。描写があるだけ感謝するがいいネ」

 

 

「それもう人間じゃねェだろォ! 違うからね! 新八はちゃんとした人間だからね!」

 

 

因みに、彼のツッコミのセンスは群を抜いており、江戸一番のツッコミ使いである。

 

 

「うーしテメェら、帰ったら今日はたんまり頂いた金でウマイもんでも食いにいくかァ」

 

 

「キャッホウ! マジでか銀ちゃん! 久々に卵かけご飯をお腹いっぱい食べられるネ!」

 

 

見かけによらず大食漢である神楽は大ハシャぎである。対して新八は、若干不服そうに声を漏らす。

 

 

「ご飯もいいですけど、ちゃんと溜まった家賃と僕らへの給料も払ってくださいよ」

 

 

「へいへい、わーってるよォ」

 

 

ひらひらと右手を振りながら適当な返事で答える銀時。そんな銀時の態度に新八は「こいつ払う気ねーな」と、額に血管を浮き上がらせながら呟いた。

 

 

そんな会話をしている間に、一行はかぶき町の一角にあるスナック『お登勢』の2階に立つ『万事屋銀ちゃん』へと帰ってきた。スナックの前を横切り、その先にある階段をのぼって2階に上がる。そして廊下を少し歩いて、ようやく到着した。さっそく家主である銀時が引き戸の鍵を開けようとしたその時……

 

 

「あり?」

 

 

突然、銀時がそんな声を漏らした。

 

 

「どうしたんですか、銀さん?」

 

 

「鍵、開いてら」

 

 

なんと、銀時が開ける前からすでに鍵が開いていたらしく、それを聞いた新八は非難の目を銀時に向ける。

 

 

「ちょっと銀さん、まさか鍵開けっ放しで出てきたんですか? 戸締りはちゃんとしないとダメじゃないですか」

 

 

「いやいやいや、銀さんちゃんと鍵かけたからね。しっかりLOCKしたの確認したからね」

 

 

「なんで発音良く言ったんですか」

 

 

軽いツッコミを入れながらも、新八は疑わしそうな目を銀時に向けている。普段のちゃらんぽらんな姿をよく知っているがゆえに、おいそれと信用できないのだ。

すると、神楽がハッとしたような顔で口を開く。

 

 

「もしかしたらドロボーかもしれないネ。まずいアル、きっと私の下着目的ネ」

 

 

「誰もテメェのゲロ臭ェ下着なんざ興味ね──ぶっ!!」

 

 

余計なことを言った銀時の右頬に、神楽の強烈な右ストレートが炸裂した。殴られた箇所を抑えながら、銀時は話を続ける。

 

 

「ま、まぁ仮にドロボーだとしても、ウチの金庫にはもう小銭とチクワしかねーから大丈夫だろ」

 

 

「いやそれ別の意味で大丈夫じゃないです」

 

 

「とにかく、一旦休んでからメシ行くぞ。今日はパフェ3杯はいけてー気分なんだよ俺ァ」

 

 

「アンタホントもう糖尿になりますよ」

 

 

そんな会話をしながら、ガラガラと音を立てて引き戸を開けて玄関に入り、3人ともさっさと靴を脱いでさっさと奥の広間へと向かって足を進めて行く。

 

 

だが銀時たちは気がつかなった。玄関に3人のものではない──女性ものの靴があったことに。

 

 

「うーい、万事屋銀ちゃんのお帰りだぞォっと」

 

 

広間への引き戸を開けながら、何気なくそう言った銀時。中には誰も居ない。そう思っていたからこそ、本当に何気なく言ってみただけだった。

 

 

だから銀時は思いもよらなかった──

 

 

 

 

 

「あ、おかえりなさい♪」

 

 

 

 

 

「──え?」

 

 

まさか返事が返ってくるとは、思いもしなかった。

 

 

返事を返したのは、絶世の美女だった。腰まで届く長い綺麗な金髪をストレートにして下部分を黒いリボンで結い、ルビーのような紅い瞳に、幼さを残しつつもキリッとした凛々しい顔立ち。そして出る所は出て、引っ込む所は引っ込んだほぼ完璧なプロポーションを持った美女は、部屋着と思われる服の上から黒いエプロンを身に着けた姿で、銀時たちを出迎えたのだった。

 

 

「(だ…誰ェェェエエエ!!?)」

 

 

突然の美女の登場に、新八は心の中でシャウトした。その隣にいる神楽は、警戒心を露にしながら美女を睨む。そして新八と神楽が美女に対して口を開こうとした瞬間、銀時が言い放った。

 

 

「おーなんだ、帰って来てたのか」

 

 

「うん、ついさっきね」

 

 

「「(え?)」」

 

 

思わず新八と神楽は半目で銀時を見る。彼の美女に対する対応が、あまりにも気安かったからだ。だがそんな2人を他所に、銀時と美女は会話を続ける。

 

 

「あっちでの仕事は終わったのか?」

 

 

「うん、ようやくね。しばらくはこっちでゆっくりできそうだよ」

 

 

「そうか。ま、おかえり」

 

 

「えへへ、ただいま♪」

 

 

銀時がポンっと軽く美女の頭に手を置くと、頬を朱に染めて嬉しそうに美女は笑った。それに釣られるように、銀時も無言で微笑み返した。

 

 

「えっ…ちょっ……なにこれ? なにあれ? なにあの銀魂にあるまじき甘い雰囲気? なにあのピンク色の空間? あそこだけ完全に別世界になってんだけど」

 

 

「なんか見てるだけで胸焼けしてくるネ。今にも砂糖吐きそうアル」

 

 

完全に蚊帳の外になりながらもその光景を眺めていた新八は顔を引きつらせながら神楽にしか聞こえないくらいの小声で呟き、青い顔した神楽が同じく小声で吐き気を訴える。

 

 

「ってゆーかあの人誰? 銀さんの知り合いみたいだけど……」

 

 

「気になるネ。新八、オマエちょっと聞いてこいヨ」

 

 

「いや、流石にあの雰囲気に割って入るのは空気読めない奴みたいでちょっと……」

 

 

「新八がKYなのはいつものことアル。心配せずにいつもみたいに大声でKYツッコミを入れてくるがヨロシ」

 

 

「KYツッコミって何だァァ!? そもそもオメェも十分KYだろーがァ! 所構わず毒舌とゲロを吐き散らかすゲロインのくせに!」

 

 

「んだと駄眼鏡コラァ!! その眼鏡叩き割ってただの影の薄いダメにしてやろーか! アァン!?」

 

 

互いを罵りながら取っ組み合いを始める新八と神楽。ただし声はちゃんと小声なので、銀時と美女に聞こえることはなかった。

 

 

最終的にこのケンカは神楽の強烈なボディブローが新八の鳩尾に叩き込まれたことで決着したが、さすがに暴れ過ぎたのか、銀時が2人に振り向きながら言った。

 

 

「おい、さっきから後ろでバタバタうるせーよ。第1話だからってハシャいでんじゃねーぞバカヤロー」

 

 

新八は「誰のせいでこんな事になったと思ってんだ」と怒鳴りたくなったが、そこをグッと抑えながら……ついでに神楽に殴られた鳩尾も抑えながら……謝罪ついでに聞いた。

 

 

「す…すみません……ところで銀さん、そちらの女性は……?」

 

 

「あ、あーこいつか? こいつはーそのー…アレだよ……」

 

 

新八の問いに、銀時にしては歯切れが悪く、それでいて珍しく少し照れたように頭をガシガシと掻きながら、言った。

 

 

 

「──妻だよ」

 

 

 

その瞬間、ピキリっと空気が凍ったような音がした気がした。

 

 

「え…え~と……つま? つまってアレですよね? 刺身とかに添えられてる、大根の細いやつですよね」

 

 

「その女がつまなら、銀ちゃんはチリチリ焼かれたカツオのたたきネ」

 

 

「誰がチリチリ頭のカツオのたたきだコラ。オメーらを叩き潰すぞ、カツオで」

 

 

完全に顔を引きつらせながらボケに走った新八に神楽が便乗し、銀時が顔に血管の十字路を浮かばせながらツッコミを入れる。

 

 

「そっちのつまじゃなくて妻! 嫁だ嫁!!」

 

 

「……嫁って、そちらの金髪の美女が?」

 

 

「銀ちゃんの?」

 

 

「そうだよ」

 

 

銀時が頷くと、新八と神楽が顔を俯かせて黙り込む。そして……

 

 

 

「「嘘つけェェェエエエエ!!!!」」

 

 

「ぶべらァァ!!」

 

 

 

大シャウトしながら同時に銀時に飛び蹴りをかました。当然銀時は勢いよく床に叩きつけられて転がる。しかし新八と神楽は収まらず、2人は揃って銀時を踏み付けるように蹴りながら叫ぶ。

 

 

「あんな美女がテメーの嫁なわけねェだろうがァ!! ここが二次小説だからってどんな設定でも許されると思うなよボケがァァ!!!」

 

 

「そうアル! おまえみたいな万事屋とは名ばかりの万年プー太郎の腐れ天パに嫁なんか来るハズないネ! 来たとしてもそいつはきっとビニールで出来た嫁アル!!」

 

 

なかなか酷い事を言いながら、銀時をガスガスと容赦なく蹴りまくる新八と神楽。それを止めたのは、事の張本人でもある美女だった。

 

 

「待って待って! 新八君も神楽ちゃんも待って!」

 

 

名乗った憶えもないのに、見知らぬ美女から名前を呼ばれた新八と神楽は、驚いて思わず銀時への制裁の手(足)を止めて美女の方を見た。

 

 

「あの、何で僕と神楽ちゃんの名前を? そもそも、あなたは一体……?」

 

 

新八の問い掛けに、美女はくすりと笑いながら答えた。

 

 

「2人のことは、銀時からたまに送られてくる手紙で聞いてたから」

 

 

そして美女は、ニッコリと綺麗な笑顔を浮かべながら、静かに名乗った。

 

 

 

「初めまして、私はフェイト・T・サカタこと、坂田フェイトです。正真正銘──坂田銀時の妻です」

 

 

 

そう言って美女──フェイトは左手薬指で光沢を放つ、指輪を見せたのだった。

 

 

それを聞いた新八と神楽は、揃ってこれでもかと言うほど目を見開き……

 

 

 

 

 

「「マ…マジでかァァァァァアアアア!!!!」」

 

 

 

 

 

かぶき町中に響き渡るのではないかというほどの、全力の大声で叫んだのであった。

 

 

 

 

 

つづく








作者は銀時×フェイト推しです。


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クロスオーバー小説は両方の作品の良い所と悪い所のバランスが大事!

 

 

 

 

 

 

──坂田銀時が実は結婚していたという話を、かぶき町の知り合いたちに報告して、反応を見てみた。

 

 

 

 

 

スナックお登勢で働くオッサン面した猫耳女『キャサリン』の場合。

 

 

「ブワハハハハ!! 坂田サンガ結婚シテタッテ!? コイツハ傑作ダ!! 一体イクラ騙シ取ラレタンデスカ!?」

 

 

「いや結婚詐欺じゃねーから」

 

 

 

 

同じくスナックお登勢の従業員、からくり家政婦『たま』の場合。

 

 

「銀時様がご結婚ですか? わかりました、データに加えておきますので、騙し取られた金額を入力してください」

 

 

「いや結婚詐欺じゃねーから」

 

 

 

 

 

主に公園に生息する無職のまるでダメなオッサン(マダオ)こと『長谷川泰三』の場合。

 

 

「え? 銀さん結婚してたの? へーそうなんだ、知らなかったよ。で、いくら騙し取られたの?」

 

 

「いや結婚詐欺じゃねーから」

 

 

 

 

 

週刊少年ジャンプを愛読する元御庭番衆の忍者『服部全蔵』の場合。

 

 

「なに、オマエ既婚者だったのか。うん、まぁいつか絶対やる男だと思ってたよ俺ァ。で、いくら騙し取られたんだ?」

 

 

「いや結婚詐欺じゃねーから」

 

 

 

 

 

名門『柳生家』の次期当主『柳生九兵衛』とその護衛『東城歩』の場合。

 

 

「そうか、君が結婚か。これから大変だとは思うが頑張ってくれ。それで、一体いくら騙し取られたんだ?」

 

 

「いや結婚詐欺じゃねーから」

 

 

「若、違いますよ。銀時殿はそういうプレイが出来るお店でぼったくられたんですよきっと」

 

 

「それはオメーだろ」

 

 

 

 

 

キャバクラで働く新八の姉『志村妙』の場合。

 

 

「まぁ銀さんが結婚? それは大変ねぇ。で、いくら騙し取られたんですか?」

 

 

「だから結婚詐欺じゃねえって言ってんだろうがァァァァアアアア!!!!」

 

 

新八の実家、志村家の居間でついに我慢の限界になった銀時が力の限り叫ぶ。

 

 

「いい加減にしろよォォ!! どいつもこいつも真っ先に結婚詐欺って決めつけやがって!! そんなに銀さんが既婚者だったのが信じられねえのかバカヤロォォ!!!」

 

 

「ぎ、銀時、抑えて抑えて……」

 

 

怒り狂う銀時を、彼の妻と名乗るフェイトが何とか落ち着かせる。そして少し困ったように笑いながら、フェイトが挨拶の言葉を述べる。

 

 

「改めまして、坂田銀時の妻のフェイトです。いつも夫がお世話になってます。あ、これつまらない物ですけど」

 

 

そう言って持参した菓子折りをお妙に渡し、お妙も微笑みながらそれを受け取って言葉を返す。

 

 

「まぁまぁご丁寧に。こちらこそ、いつも銀さんにはお世話かけられています」

 

 

「あれ? なんか文法おかしくね?」

 

 

違和感のある言葉に銀時はツッコミを入れたが、お妙は普通に無視して話を続けた。

 

 

「それにしても驚いたわ、まさか銀さんに美人な奥さんがいたなんて。一体いくら騙し取られるのかしら」

 

 

「おい、そろそろ結婚詐欺から離れてくんない? 殺すよホント」

 

 

再度呟いた銀時の言葉はまたもやスルーされ、今度は他のメンバーたちが口々に言い始める。

 

 

「いやでも、確かにそう思われても仕方ないですよ。正直僕たちだってまだ信じられないんですから」

 

 

と、新八。

 

 

「まったくネ。これは大事件アル。銀ちゃんが全国のフェイトファンにぶっ殺されかねないヨ」

 

 

と、神楽。

 

 

「そうよねぇ、銀さんが結婚詐欺にあったっていう方がまだ信憑性あるものねぇ」

 

 

と、お妙。

 

 

「お妙さんの言う通り。万事屋がこんな別嬪さんと結婚してただなんて、信じろというのが無理な話だ」

 

 

と、ゴリラ。

 

 

………………ゴリラ?

 

 

「何当たり前のように話に加わってんだゴリラァ!! どっから湧いて出やがったァ!!!」

 

 

「ギャアアア!!!」

 

 

突如、般若のような顔に豹変したお妙がゴリラ顔の男をシバきにかかる。馬乗りでタコ殴りにされるゴリラの断末魔が響き渡る中、フェイトが首を傾げながら銀時に尋ねる。

 

 

「ねえ銀時、あの人って……」

 

 

「気にすんな、ただのストーカーゴリラだ。手紙にも書いておいただろ」

 

 

「じゃあ、あの人が近藤さんなんだ。手紙に書いてあった、真選組っていうチンピラ警察のトップに立つストーカーが趣味のボスゴリラって」

 

 

「オイィィィ待てェェエ!! 万事屋テメェ! 嫁さんに俺たちの事をどう説明してんだァァ!!?」

 

 

なんとかお妙の折檻を切り抜けたゴリラ──『近藤勲』がシャウトしながら銀時に詰め寄る。だが当の銀時は、右手の小指で鼻をほじりながら不遜な態度で応じる。

 

 

「うっせーな、ちょっとした前情報を与えただけじゃねーか」

 

 

「前情報に悪意が満ち溢れてるじゃねーか! これ要約した俺、チンピラでストーカーでボスゴリラじゃん! 失礼極まりねえよ!!」

 

 

「いや、あながち間違ってないですよね」

 

 

近藤の必死の抗議に対して新八が小さくツッコミを入れると、そのままの流れでフェイトに声をかける。

 

 

「それにしても、どうしてフェイトさんは今まで万事屋に居なかったんですか? 僕たちも銀さんと知り合って結構長いですけど、フェイトさんのことも結婚のことも初耳ですよ」

 

 

「やっぱり? 相変わらず銀時は自分の事は全然話さないんだね」

 

 

「うっせーなぁ。俺ァ自分を語るとか昔を振り返るとか嫌いだっつってんだろ」

 

 

「はいはい」

 

 

罰が悪そうな顔でそっぽを向く銀時に対して、フェイトは余裕のある笑顔を浮かべながら頷き、新八の問いに答えた。

 

 

「私は万事屋とは別にもう1つ仕事してるの。どちらかと言うと、そっちが本業なんだけど。そっちの方で長期の仕事が入ってしまって、しばらく出張に出てたの」

 

 

「まぁそうなんですか? 一体どんなお仕事を?」

 

 

「時空管理局の執務官です」

 

 

「「じ…時空管理局ゥゥゥ!!?」」

 

 

それを聞いた途端、新八と近藤が驚愕で目を見開きながら叫んだ。

 

 

「なにアルか、時空管理局って? 飛○神の術とかそんなんアルか?」

 

 

「いやそれ時空間忍術! わかりにくいボケやめて!」

 

 

神楽の発言にきっちりツッコミながら、新八は時空管理局について説明する。

 

 

「時空管理局っていうのは、地球や宇宙とはまったく違う次元にある世界、つまり異世界を管理・維持するための機関で、警察・軍隊・裁判所といった治安維持や法務執行の機能全てを併せ持っている巨大組織なんだよ」

 

 

「その通り。かく言うこの『江戸』という世界も、幕府開国時より彼らの管理・保護下にある世界の1つだ。そして驚くべきなのは、管理局に所属する武装隊は全員『魔導師』と呼ばれる魔法使いによって構成されているということ。そこの執務官という役職は、事件の捜査・指揮・法の執行などを管理する統括担当者。つまり、エリート中のエリート魔導師ということだ!!」

 

 

新八と近藤の説明を聞いた神楽は、興奮したようにフェイトに詰め寄った。

 

 

「マジアルか!? フェイトは魔法少女でエリートだったアルか!?」

 

 

「えっと……もう少女っていう年齢じゃないけど……」

 

 

「そうだよ、フェイトはスゲーんだよ。もっと敬えコノヤロー」

 

 

「なんでアンタが偉そうなんですか」

 

 

何故かフェイトの代わりにふんぞり返っている銀時に新八がツッコミを入れる。

 

 

「でも何でそんな凄い奴が、銀ちゃんみたいなうだつの上がらない万年金欠ダメ人間の嫁なんかになってるアルか?」

 

 

これまでの話を聞いて、純粋に疑問に思ったことを口にする神楽。それに便乗して、新八やお妙も口々に言った。

 

 

「そうですよ、フェイトさんみたいな綺麗な人ならもっと良い人がいますよね? なんでよりによって金に意地汚くて、爛れた恋愛しかしてなさそうで、家賃も給料もまともに払わないちゃらんぽらんな銀さんと結婚したんですか?」

 

 

「ひょっとして何か弱味でも握られてるのかしら? もしそうだったら言って頂戴、その時は私が貴女の弱味ごとあの天パをぶっ潰しますから」

 

 

「ねえ、何でお前ら本人を目の前にしてそんなに言いたい放題なの? 泣いちゃうよ? いくら銀さんでも泣いちゃうよ?」

 

 

顔を引きつらせた銀時はそう言うが、当然のごとく全員スルー。すると、新八たちの疑問に対してフェイトは、可笑しそうにクスクスと笑うと、優しい表情を浮かべながら語り始めた。

 

 

「確かに銀時には欠点がいっぱいあるよ。色々いい加減だし、お金もないのに飲みに行ったりするし、酒癖は悪いし、パチンコとかの賭け事はするし、え…えっちな本をたくさん隠し持ってるし、たとえ知らないおじさんが相手でもパフェとか甘いものを与えれれば簡単にホイホイついていくレベルの甘党だし……」

 

 

「なんでお前も言いたい放題なの? おいホントに泣くぞ!! いいのか!? ガチで泣くぞ!! いい大人のガチ泣きだぞ!! おまえら絶対引くぞォ!!」

 

 

「でもね──」

 

 

そこで一度言葉を区切ってから、フェイトは再び語る。

 

 

「それと同じくらい、銀時の良い所を知ってる。情が厚くて仲間を大切にするところも、大切なものを守る為に本気になれるところも、どんな約束でもちゃんと守ろうとするところも、憎まれ口を叩くけど本当は誰よりも優しいところも、だからみんなに慕われているところも、本当は幽霊とかが怖いのに強がってるところも……私は──全部好き」

 

 

頬を朱色に染めながらも、ハッキリとそう言い放ったフェイトの言葉を、誰も茶化すことなく黙って聞いている。

 

 

「良い所も悪い所も全部ひっくるめて、私は坂田銀時という人が大好きなんです。だから、彼と結婚したことは間違いなく、私にとっての誇りです」

 

 

「「「……………」」」

 

 

 

 

 

──お…思った以上にマジだったァァァアアアア!!!!

 

 

 

 

フェイト以外のこの場にいる全員の心が一致した瞬間だった。

 

 

「(ど、どうしましょう姉上、フェイトさん完全に銀さんにベタ惚れなんですけど! ベタ惚れでベタ褒めなんですけど! 銀魂らしく悪ふざけ感覚で言ってみたら、とんでもないカウンターパンチ喰らったんですけど! 藪蛇どころか藪をつついたらヤマタノオロチが出てきたんですけどォ!)」

 

 

「(だ、大丈夫よ新ちゃん、まだヤマタノオロチなんてたいそうなものじゃないわ。せいぜい大蛇○レベルよ)」

 

 

「(いやそれも色んな意味でヤバいんですけど)」

 

 

「(だからこっちもお登勢さんを出せばバランスを保てるわ)」

 

 

「(何も保ててねーよ! 最終的に出てきたのく○らじゃねーか! てゆーか落ち着けェェ!!)」

 

 

姉弟だからこそできる声には出さない、心の中での新八とお妙のやり取り。何気に高度な以心伝心である。

 

 

「なにアルかこの気持ち……フェイトの話を聞いたら私、ヒロインとしての自信をなくしてしまったネ……ゲロを吐いたり下ネタに走ったり、ヒロインどころか人として最低アル……自分が恥ずかしいネ」

 

 

「これが本当の人としての愛だと言うのか……それに比べて俺ァ、お妙さんを追いかけ回すストーカー行為を愛だの何だの言って正当化していた……人どころかゴリラとして最低だ……そうだ、真選組に自首しよう」

 

 

「(こっちはこっちでエライことになってるんですけど! フェイトさんのヒロイン力と愛を目の当たりにして、ゲロインとゴリラストーカーがもの凄い勢いで反省してるんですけど! フェイトさんって菩薩かなにか!?)」

 

 

打ちのめされたかのように両手と両膝をつきながら、懺悔の言葉を口にしている神楽と近藤。

 

 

「……………」

 

 

「(そして何気に銀さんが一番ダメージ受けてるよ!! 耳まで真っ赤にして俯いちゃってるよ!! あんな銀さん見たことありませんよ!!)」

 

 

そしてフェイトの隣で自分の惚気話を聞かされ、何も言わずに俯いている銀時。新八の言う通り、何気に一番ダメージが大きかったりする。恥ずか死ぬ勢いだったりする。

 

 

「(お、恐ろしい人だ、フェイトさん! 銀魂的ノリなら、銀さんを完膚なきまでにこき下ろす流れなのに、それをぶった切って恋愛方面にシフトチェンジしただけじゃなく、ヒロインとしての格の違いと銀さんへの愛を見せつけてきた! 今までにないタイプの女性だ! これが、リリカルなのはとクロスオーバーするということなのかァァ!!)」

 

 

フェイトという存在の慄きながら内心でシャウトする新八。

 

 

と、その時……フェイトがふと思い出したかのように、銀時に声をかけた。

 

 

「あ、そういえば銀時」

 

 

「へえっ!? な、なんだ……?」

 

 

まだダメージが抜け切らない銀時は、顔を赤くしながら上擦った声で返事をする。そして……

 

 

 

「さっき新八が家賃も給料もまともに払わないって言ってたけど──どういうこと?」

 

 

「ヒョッ?」

 

 

 

僅かに低くなったフェイトの声を聞いて、真っ赤になった顔から一転、一気に真っ青な顔に変わる銀時。

 

 

「私、出張に行く前に言ったよね? 仕送りはするから、お世話になってるお登勢さんにはちゃんと家賃を払うことって、言ったよね?」

 

 

「はい……」

 

 

「それに送り返した手紙にも、新八君と神楽ちゃんにちゃんとした給料渡してあげてねって書いて、仕送りも増やしたよね?」

 

 

「はい……」

 

 

「なのにそれがまったく払われてないって……どういうこと?」

 

 

「……………」

 

 

影を帯びた笑顔を浮かべながら問い詰めるフェイトに対し、ダラダラと滝のように冷汗を流しながら沈黙を貫こうとする銀時。その様子を固唾を呑んで見守る新八たち。というか、雰囲気が変わったフェイトが怖すぎて口を挟めない。

 

 

「……パチンコ」

 

 

ギクッ!

 

 

「競馬」

 

 

ギクゥッ!

 

 

「お酒」

 

 

ギクゥゥッ!!

 

 

3回連続で肩を跳ねらせる銀時。バレバレである。

 

 

「やっぱり……私が仕送りは全部、ギャンブルと飲み代で使い果たしたんだね」

 

 

「…………」

 

 

銀時は尚も沈黙を貫こうとするが、すでに有罪確定である。

 

するとフェイトはゆっくりと立ち上がり、服のポケットから、逆三角形の金色のアクセサリのようなものを取り出す。

 

 

「バルディッシュ」

《Yes sir》

 

 

その名前を呟くと同時に、逆三角形のアクセサリは一瞬でその形状を変え、黒い斧のような形態になった。そしてその黒い斧──『バルディッシュ』を手に持ったフェイトは冷たい笑みで、眼下にいる銀時を見据えながら言った。

 

 

「銀時……少し、頭冷やそうか?」

 

 

「それおまえの親友の魔王のセリフ!!」

 

 

《Guilty》

 

 

「バルディッシュも不吉なこと言ってんじゃねェェエエエ!!!」

 

 

堪らず銀時はすぐさま立ち上がって居間を飛び出し、縁側から外へと脱出しようとする。しかし……

 

 

「逃がさない」

 

 

《Ring bind》

 

 

「ゲェェ!!?」

 

 

逃げようとした銀時を、フェイトは金色の輪で相手を拘束する魔法『リングバインド』で捕まえる。そして身動きの取れなくなった銀時に向かって、フェイトはバチバチと電気を帯電させたバルディッシュを向ける。

 

 

「ま、待て待て待て!! フェイト、話し合おう! 俺たち夫婦だろ!? 夫婦喧嘩の前に、まずはちゃんと話し合うことが大切だと思うなぁ銀さんは!!」

 

 

「サンダァァァ……」

 

 

「ねえお願いだから待って!! 銀さんが悪かったから!! 謝るから!! 謝るからやめてェェェエ!!!」

 

 

「スマッシャーーーーーー!!!!」

 

 

「アァァァァァァァァァアアアアアアア!!!!!」

 

 

フェイトが放った電気を帯びた金色の閃光が銀時を飲み込み、爆発した。そしてその爆発によって銀時は、アフロヘア―になりながら断末魔を上げて、江戸の空の彼方へと消えていった。

 

 

「ふう……もう、銀時ってば」

 

 

「「「………………」」」

 

 

バルディッシュを再びアクセサリ型へと戻しながら、フェイトは片頬を膨らませながら呟く。そしてそこでようやく、新八たちがポカンとした表情で固まっていることに気がついた。

 

 

「あっ、わ…私ったらつい……ごめんなさい! すごく見苦しいところを……」

 

 

「「「いえ、お気になさらず」」」

 

 

顔を赤くして、ワタワタと慌てながら謝罪をするフェイトに、全員が声を揃えてそう言った。そして同時に──

 

 

『フェイトさんは絶対に怒らせないようにしよう!』

 

 

──という、暗黙の了解が出来た瞬間だった。

 

 

そしてそんな中で……新八はふと、こう思った……

 

 

 

 

 

「(よかった……オチはすごく銀魂っぽい……)」

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─オマケ─

 

 

「(ん? 管理局といえば……そういやぁ松平のとっつぁんが、今度管理局から真選組(ウチ)にしばらく、なんとか一家が派遣されるとか言ってたような………まいっか)」








この小説では銀さんたちの世界も『江戸』という名前で管理世界になっているという設定です。詳しいことは後々の本編でやるかもしれない。


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そんなに松茸って美味しいものなのか一度よく考えてみよう

日に日にどんどん伸びる評価を見て、嬉しい反面少しプレッシャーを感じるのは作者の心が捻くれているからでしょうか。

ランキングに載ったのを見た時は目を疑いました。評価してくれた皆様、ありがとうございます!!


とりあえず今回からは銀魂原作の1話、2話完結の話を書いていきたいと思います。その際、時間系列などは基本無視です。

今回は登場しませんが、フェイト以外のリリカルキャラもふわっと出すつもりです。気づいたら居た、みたいな感じで。


感想お待ちしております。


 

 

 

 

 

場所はかぶき町から遠く離れた山の中。綺麗な紅葉に包まれたこの山に、銀時たち万事屋一行はキノコ狩りに来ていた。

 

事の切っ掛けは、銀時がふと「松茸ご飯食いてーな」とぼやいたのが始まりだった。それを聞いてまずいの一番に神楽が賛同し、続いてフェイトや新八も同意した。そしてどうせなら、山でキノコ狩りをしようという話になったのだ。

 

そうすれば、松茸以外にも色んなものが採れるし、食費は浮くし、何より松茸が大量に採れれば金になる。ぶっちゃけ最後の理由が本音なのだが……そういう理由で彼らはこの山に松茸を求めてやって来ていたのだった。

 

 

「おっ、見ろよ新八。これなんて食えそうじゃね?」

 

 

全員で手分けして散策していると、何かを見つけた銀時が新八にそう言った。だが銀時が見つけたそれは、あからさまに毒々しい紫色をしたキノコだった。

 

 

「いやいやいやいや、これは無理ですよ。どう見ても毒キノコですもん」

 

 

「何度も同じことを言わせんな。グロいものほど食ったらウメーんだよ。塩辛然り、かにみそ然り」

 

 

「この奇怪な色は警戒色ですよ。『俺は毒持ってるぜ、近寄るな』っていう」

 

 

どう見ても毒キノコなそれに新八は止めとくように言うが、頑なに譲らない銀時。

 

 

「そーゆー尖ったロンリーウルフに限って、根は優しかったりするんだよ。ガキの頃のフェイトなんかまさにそんなんだったよ。お人好しのくせに無理に悪ぶったりしたりしてよォ」

 

 

「いやフェイトさんの子供の頃なんて知りませんから。どんな幼少期を送ってたんですかフェイトさん」

 

 

「色んなトコ飛び回って散らばった宝石を集めたりしてたな」

 

 

「本当にどんな幼少期!? フェイトさんトレジャーハンターか何かだったんですか!!?」

 

 

「いやいや、実際はそんな大層なモンじゃねーよ。宝石集めてたのだって母ちゃんに頼まれたからだからね、ほとんどお使いみたいなもんだったからね」

 

 

「どこの世界にお使い感覚で宝石集めさせる母親がいるんですか!?」

 

 

「まぁ確かに、あのババァは普通じゃなかったよ。いい歳こいて悪の組織の女幹部みてーな痛々しい格好したある意味お登勢のババァよりも恐ろしいババァだっ──これ以上はやめとこう、雷落ちてきそうだ」

 

 

「?」

 

 

そう言って途端に話を終わらせた銀時に、新八は疑問符を浮かべる。その際、晴れやかだった空の天気が一瞬だけ曇ったように見えたのは気のせいだろう。

 

 

「って言うか、子供の頃のことまで知ってるなんて、銀さんとフェイトさんってそんなに付き合い長いんですか?」

 

 

「お互いガキの頃には面識あったかな。おっ、採れた。どーだ定春?」

 

 

新八の問いに適当に答えながら、銀時はそのキノコを引き抜いて定春に嗅がせる。

 

 

「くんくん………クシッ」

 

 

定春がキノコを嗅いだ途端、嫌そうに顔を歪めながらクシャミをした。

 

 

「クゥ~いい香りだ。これは松茸に勝る極上品だぜ、さすが銀さんだ(銀サン裏声)」

 

 

「何勝手に訳してんの。明らかに拒絶してるでしょ」

 

 

「メガネうるせーよ、既婚者の銀さんに逆らうなよ童貞が。どーせ椎茸しか食ったことねーんだろ、あっちのサイズも椎茸レベルだろ(銀サン裏声)」

 

 

「結婚してるくらいで勝ち組気取ってんなよなめこ汁が限界の貧乏侍が。みんなまだ結婚詐欺だって疑ってっからな(新八裏声)」

 

 

「……何やってるの?」

 

 

銀時と新八が定春の言葉を翻訳(という名の罵倒)をしていると、そこに籠を両手で抱えたフェイトがやってきた。

 

 

「おうフェイト、なんか見つかったか?」

 

 

「うん。流石に松茸は見つからなかったけど、色々食べられそうなもの見つけたよ。ほら」

 

 

そう言ってフェイトが見せた籠の中には普通のキノコだけでなく、山菜や筍などの山の幸が多く入っていた。

 

 

「うわぁ~、どれも美味しそうじゃないですか!」

 

 

「よくこんなに見つけたな。どっかの超生物が担任やってる3年E組にでも分けてもらったのか?」

 

 

「この山に暗○教室ないから。そんなわけないでしょ、ちゃんと探して見つけたの。これだけあれば、今日の夕飯は豪勢にできると思うよ」

 

 

「マジでか、そりゃあ楽しみだな」

 

 

「ですね。フェイトさんが作るご飯はすごく美味しいですからね」

 

 

「フフ、ありがとう」

 

 

今から夕飯が楽しみだと、心を躍らせる銀時と新八。フェイトも2人の反応に嬉しそうに微笑みながら、頭の中で献立を考えていた。

 

 

「銀ちゃん、フェイト、新八、見て見て!」

 

 

するとそこへ、何かを見つけた神楽がそんな声を上げながらやって来た。

 

 

「コレ、すごいの見つけたよ。コレも食べれるアルか?」

 

 

だがその背には、何故か頭にキノコを生やした大きな熊が担がれていた。当然、それを見た銀時とフェイトと新八、そして定春までもが驚愕で目を剥いた。

 

 

「どっ…どっから拾ってきたんだそんなモン! こっちに来んなァァ!!」

 

 

「神楽、そんなもの今すぐ捨てなさい! すぐにポイしなさいィィ!!」

 

 

「もしくはそのまま故郷に帰れ! そのまま所帯をもて! そのまま幸せになれ!」

 

 

「アラアラ3人ともはしゃいじゃって。大丈夫ですよ、みんなで平等に分けましょーね」

 

 

慌てふためく銀時たちだが、神楽は構わずその熊を担いだままやって来る。

 

 

「いらねーよそんなの…ってゆーか何それ? 死んでるのそれ?」

 

 

「わかんない。なんか向こうに落ちてたアル」

 

 

「お前なんでも拾ってくんのやめろって言ったろ」

 

 

そう言いながら神楽は担いでいた熊の死骸を地面に置き、それをフェイトが恐る恐ると覗き込む。

 

 

「これ、熊だよね。頭にキノコ生えてるけど」

 

 

「アレだろ、あんまり頭使わなかったから。ほら、フェイトも知ってんだろ三丁目の岸部さん。あそこのジーさんも生えてたから」

 

 

「マジアルか、気をつけよ」

 

 

「銀時、失礼だよ。確かに岸部さんはよくどこから仕入れたのか分からないキノコをお裾分けに来てくれるけど」

 

 

「フェイトさん、それフォローになってないです。ってゆーか食ったんか? そのキノコ料理して食ったんか?」

 

 

フェイトにきっちりツッコミを入れながら新八は熊の死骸を軽く調べる。

 

 

「猟師にやられたのか…そんなに長居できそうにないですね。わざわざこんな遠いトコまでキノコ狩りに来たのに」

 

 

「バカヤロー、怖気づいてんじゃねーぞ。まだ松茸の1本も手に入れてねーんだぞ。虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。熊が怖くてキノコ狩りができるかコンチキショー」

 

 

「そうアル! コンチキショー!」

 

 

「「ま~つ~た~け~、ラララ、ま~つ~た~け~♪」」

 

 

そう言って神楽と共に奇妙な歌を歌いながら、山の奥地へと向かって行く銀時。

 

 

「銀時、神楽……」

 

 

「うえうえ!」

 

 

「「?」」

 

 

すると、フェイトと新八の妙に上擦った声が聞こえた銀時と神楽は、顔を上げて上を見上げた。

 

 

 

そこには──周囲の木々よりも頭1つ抜けるほど巨大で……頭頂にキノコを生やし、左目が潰れている熊が銀時たちを見下ろしていた。

 

 

 

「「…………ぐふっ」」

 

 

その瞬間、銀時と神楽はその場に倒れ込んで死んだフリを試みる。

 

 

「イカンイカン! 死んだフリはイカンよ! 迷信だから、迷信だからそれ!」

 

 

フェイトや定春と共に草葉の陰に隠れた新八が小声でツッコミを入れる。

 

 

「……銀ちゃん、迷信だって……」

 

 

「……………」

 

 

「あっ、ズルイよ! 自分だけ本格的に死んだフリして! 熊さーん、この人生きてますヨ!」

 

 

死んだフリしているにも関わらず、大声で叫ぶ神楽の頭を銀時がはたく。

 

 

「ホラ生きてた」

 

 

「ガタガタ騒ぐな。心頭滅却して死んだフリすれば熊にも通ずる。さあ目をつぶれ」

 

 

「ウン、おやすみ銀ちゃん」

 

 

だがそんな半端な死んだフリが通じるわけもなく、巨大な熊は木を薙ぎ倒しながら2人に襲い掛かった。

 

 

「銀さん! 神楽ちゃん!」

 

 

「大変、どうにかして2人を助けないと……」

 

 

「そうだ! フェイトさんの魔法ならあの熊を倒せるんじゃ……!」

 

 

以前フェイトが銀時をブッ飛ばすのに使っていた魔法、アレならば熊を倒すこともできるのではないかと、新八は期待を込めてそう言うが、フェイトは首を横に振った。

 

 

「ごめん、ダメなの」

 

 

「ど、どうしてですか!?」

 

 

「江戸の幕府と管理局の間にはいくつかの条約が結ばれててね、その中の1つに、江戸にいる魔導師は幕府と管理局の許可無く魔法を使用することを禁じる規則があるの。デバイスを起動させるだけだったり、警察や執務官として使用するならその限りじゃないんだけど、今日の私は非番だから今魔法使ったら普通に罰せられちゃうの」

 

 

「なにその取って付けたような設定!? つーかアンタ前回銀さんブッ飛ばすのに魔法使ってたでしょーが!!」

 

 

「アレもあとで管理局に弁解するのが大変だったんだよ。『初めてのギャグシーンだったからつい』って言ったらなんとか誤魔化せたけど」

 

 

「それで誤魔化せたの!? 判断ゆる過ぎだろ管理局!!」

 

 

「チッ……うるさいな新八のくせに。そんなに文句言うなら自分で行けばいいのに」

 

 

「オイィィィ!! 今ボソッと毒吐いたよこの人ォ!? アンタそんなキャラじゃないでしょーがァァ!!」

 

 

フェイトのボケと新八のツッコミの応酬が繰り広げている間にも、銀時と神楽は巨熊に襲われて逃げ回っている。

 

 

「「ぎゃああっ!! 待て待て待て!! タンマタンマ!!!」」

 

 

「ってこんな事してる場合じゃない!! どうするんですかこの状況!!」

 

 

頼みの綱のフェイトの魔法も使えず、どうするのかと頭を抱える新八。

 

 

「オイオイ、今どき死んだフリなんてレトロな奴らだねぇ」

 

 

「「!」」

 

 

するとそこへ、1人の男が現れた。編み笠を深く被ったその猟師風の男は猟銃を構えると、銀時と神楽を襲う巨熊に向けて引き金を引いた。

しかし発射されたのは銃弾ではなく煙幕弾。巨熊に命中すると同時に、真っ白な煙を巻き上げて巨大熊の視界を封じた。

 

 

「煙幕!?」

 

 

「オーイ、こっちだァ!」

 

 

「!」

 

 

突然張られた煙幕に銀時が目を丸くしていると、猟師の男が銀時たちを呼ぶ。それを聞いて、銀時と神楽はすぐさまフェイトと新八がいる草葉に隠れたのだった。

 

それからしばらくして煙幕が晴れ、銀時たちを見失った巨熊は、そのままドシドシと地面を鳴らしながら山の中へと引き返していった。

 

 

「あの熊は〝正宗〟って言ってなァ、いわばこの山のヌシよ」

 

 

「アンタ……」

 

 

「俺は魔理之介。奴を追う者だ」

 

 

そう言って銀時たちの窮地を救った猟師の男──魔理之介はそう名乗ったのであった。

 

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

それから巨熊〝正宗〟から逃げてきた万事屋一行は、魔理之介と共に川の近くまでやって来た。そこで神楽が「お腹減ったアル」と言った為、急遽フェイトが持って来ていた鍋と採ってきた山の幸の一部を使った、鍋スープを作っていた。

 

 

「あ? キノコ狩り? 今この山がどれだけ危険か知らんのか」

 

 

「そんなこと言って、松茸独り占めする気アルな!?」

 

 

「神楽、命の恩人にそんなこと言っちゃダメだよ。あ、魔理之介さんもどうぞ召し上がってください」

 

 

暴言を吐く神楽を諫めながら、フェイトは作った鍋スープを魔理之介にも振る舞う。魔理之介も断る理由はない為、ありがたくそれを頂戴した。

 

 

「ん、美味いな。これだけの食材でこれほどの料理を作るとは……」

 

 

スープを一口飲むと、その美味しさに魔理之介は素直に絶賛する。

 

 

「そりゃそうだろ、俺が唯一自慢できる嫁が作るメシだぞ。マズイわけがねえ」

 

 

「も…もう銀時ったら。あ、おかわりもありますから」

 

 

「フッ、できた嫁さんだな。羨ましいことだ」

 

 

そんな会話をしながら、全員がフェイト特製の鍋スープに舌鼓を打っていると、銀時が先ほどの巨熊〝正宗〟について尋ねる。

 

 

「山のヌシだっていうあの巨大な熊……ありゃあ一体どうかしちまったのか?」

 

 

「お前らも見ただろう、正宗の頭に生えた奇妙なキノコを。どこの星から来た亜種かは知らんが、アイツに寄生された奴はみーんなキノコを育てる為の生きた肥料となる。自我を失い、栄養をキノコに送る為だけに狩猟を続ける化物になっちまう。おそらくさっきの熊も、正宗にやられたんだろう」

 

 

「仲間の熊さえ殺しちまうってのか」

 

 

「下の里じゃ、畑は荒らされるわ、人は喰われるわで壊滅的な被害を受けてるそうだ。そこで俺の出番ってわけだ。俺は(こいつ)の名手でな、巨熊ごときにひけはとらねぇ」

 

 

「報酬目当てか?」

 

 

「そんなんじゃねーさ。まァ、奴とは色々あってな」

 

 

意味深にそう語る魔理之介。そこに何かを感じたのか、銀時はそれ以上追及せずに溜息を漏らした。

 

 

「……ハァー、あんな化物がいるんじゃ松茸なんて言ってる場合じゃねーな。少し減っちまったが、山菜やら筍やらは採れたことだし、今回はコレで良しとして俺たちは山をおりるとするか」

 

 

松茸を諦めて下山することに決めた銀時は、少々残念そうにしながらもそう言ったのだった。

 

 

──頭にキノコを生やして。

 

 

「……って銀さァァん! 頭からキノコ生えてますよォォォ!」

 

 

「え? あれェ!!?」

 

 

「プフッ、頭ちゃんと使って生活しないからアルよ~」

 

 

「いやお前も生えてるぞォォ! ってアレ? 僕もォォ!」

 

 

「ウソ!? 私にも生えてる!!?」

 

 

銀時だけでなく、新八や神楽、フェイトの頭にも同様にキノコが生えていた。

 

 

「言わんこっちゃねェ…奴に寄生されたな。素人が山をナメるからそんなことになるんだ」

 

 

「「「「お前もな!!」」」」

 

 

さらには魔理之介の頭からも、キノコが編み笠を突き破って生えていた。

 

 

「アレェ!? なんでェェェ!? ちょっ…お前らこの鍋に何入れた!!」

 

 

「失礼アル! フェイトが作った鍋にケチつけてんじゃねーぞ!! 私も協力して熊に生えてたキノコとか入れた自信作アルヨ!!」

 

 

「ちょっ、神楽ァァ!!? 私聞いてないよ!? いつの間にそんなの入れたの!?」

 

 

「お前何してくれてんだァ! 死体に生えてたキノコ入れる奴があるかァァ!!」

 

 

どうやら原因は、神楽がこっそりと鍋に入れていた熊の死体に生えていたキノコを入れ、全員それを知らずに食べてしまったからのようである。

 

 

「最悪だァァ! 僕らどうなるんだァ!」

 

 

「このままじゃ奴らの仲間入りだ。だが慌てるな、初期段階なら里におりて治療すれば間に合う。だがそれまで頭のキノコには決して触れるな! 何が起こるかわからな……」

 

 

ブチィ!

 

 

「人の話を聞けェェ!」

 

 

魔理之介の話を無視して自分の頭のキノコをむしり取る神楽。だがその瞬間、生え変わるように新たなキノコが数本出現した。

 

 

「うわァァァ! なんか増殖しちゃったよォォ!」

 

 

「フフン」

 

 

「オイ、何嬉しそーな顔してんだ? いっぱいあっても別に偉くねーんだよ」

 

 

「魔理之介さん! このキノコどうにかできないんですか!? 何か知らないんですか!?」

 

 

「人をキノコ博士みてーに言うな!」

 

 

そうやって一同が慌てふためいていたその時……騒ぎ過ぎたのか嗅ぎつけられたのか、巨熊の正宗が草陰から飛び出してきて銀時たちの目の前に現れた。

 

 

「ウソォォォォ!? 最悪だァァァ!! なんでよりによってこんな時にィィ!!」

 

 

「チッ」

 

 

魔理之介は舌打ち混じりに猟銃を構え、正宗に向かって発砲する。特殊な銃弾を使っているのか、当たると同時に爆発を起こす。普通の熊ならひとたまりもないだろうが、キノコに寄生された影響で頑丈になっているのか、正宗はビクともしていなかった。

 

 

「オイ、俺がこいつ引き付けとくから、その間にお前らは里に逃げな。男の喧嘩は神聖なモンだ、邪魔はいらねー。なァ? 正宗よ」

 

 

そう言うと、やはり何か因縁があるのか、単身で正宗と対峙する魔理之介。すると正宗が「ガァァァアア!!」と吼えながら魔理之介へと襲い掛かる。

 

 

その瞬間……魔理之介の視界は反転した。

 

 

「アレ?」

 

 

それは正宗にやられたからではない。いつの間にか魔理之介の服を咥えて持ち上げた定春が、そのまま魔理之介を連れて正宗から逃げ出したからである。

 

 

「なっ!? オイオイオイ、どこ連れてくつもりだ!? 離してくれ! 俺ァ奴と決着つけなきゃならねーんだよ!」

 

 

「何考えてんだ! おっ死ぬぞアンタ!」

 

 

「ここは一旦逃げて、頭のキノコをなんとかする方が先決です!」

 

 

「うるせー! ほっといてくれ! オメーらには関係ない!」

 

 

魔理之介の言葉に耳を貸さず、とにかく一緒に逃げる銀時たち。

 

 

「銀さん! あそこあそこ! あそこに隠れましょう!」

 

 

そう言って新八が見つけたのは、大樹の根元にできた大きな洞。全員すぐさまその洞の中に逃げ込んだが、直後に正宗に出入り口を抑えられてしまった。

 

 

「こりゃ長くは持ちそうにねーな」

 

 

「ここも、俺たちもな」

 

 

正宗は彼らを引き釣り出そうと外から腕を伸ばしてくる。更には洞全体がミシミシと音を立てている。ここが崩壊してしまうのも時間の問題だろう。

 

 

「……ったく、余計なことしてくれやがって。お前らのせいで予定が狂わされっぱなしだぜ」

 

 

「なにかい? 熊に喰われるのがアンタの予定だったのかよ?」

 

 

銀時がそう問い掛けると、魔理之介は沈黙する。そしてしばらくすると、まるで昔話を聞かせるように静かに語り始める。

 

 

その昔、ある所に狩人の村があった。

 

彼らは自然を殺して生きる、それゆえに誰よりも何よりも自然を重んじた村だった。

 

その村には掟があった。神聖な狩り以外では、一切の生殺与奪に関わらないという鉄の掟が。

 

しかしある男が、情に流され掟を破り、1匹の子熊を育てることにした。

 

だが男は幸せだった。奪うことしかしてこなかった血塗られた己の手で、小さくはあるが1つの命を確かに支えていることが。

 

そして男は気づく。己もまたその子熊の小さな命に支えられていることに……

 

しかし掟は容赦なく男から支えを奪った。

 

子熊を深い谷底に捨てられ、男は怒りと悲しみに打ちひしがれるが、何も出来なかった。

 

男はあの時から、銃を何かに向けることができなくなっていたのだった。

 

 

「その後、男は人づてに噂を耳にする。片目の巨熊が里を荒らしていると。アイツは人間に復讐しようとしている。無慈悲に親を奪われ…身勝手に人間に捨てられた。奴を化物にしちまったのはまぎれもねェ──この俺だ」

 

 

そう語り終えた魔理之介は、強く握った猟銃を構える。

 

 

「奴の苦しみも、里の奴らの苦しみも、俺が掟を破ったことで生まれた。アイツを止めるのは俺しかいない。俺が止めなきゃならねーんだ。たとえ止められなくとも、奴の手にかかって死ぬ。それくらいしか…俺のしてやれることはねーんだよ」

 

 

そして魔理之介は猟銃の銃口を正宗に向け、引き金を引いた。

 

 

「うおらァァァァ!!!」

 

 

爆発で正宗が怯んだすきに、魔理之介は洞から飛び出す。だが見る限り正宗にダメージは無かった。

 

 

「やっぱ効かねーか。そのドタマのキノコぶっ飛ばすしか、お前を救う道はなさそーだな」

 

 

魔理之介はそう言って再び猟銃を撃ち、今度は正宗の頭部に命中させて爆発を起こす。

 

 

「(……殺ったか!?)」

 

 

確かな手応えを感じたことで、そんな考えが頭をよぎる。だが次の瞬間、爆煙から伸びてきた正宗の腕が魔理之介を殴り飛ばす。

 

 

「ぐはっ!!」

 

 

その衝撃で魔理之介はふっ飛ばされ、体を地面に打ち付けられる。さらに猟銃まで手から放れてしまい、窮地に立たされてしまう。

 

 

「ゲホッ、ゴホッ……!」

 

 

そんな魔理之介に、容赦なく襲い掛かる正宗。

 

 

ここまでかと、魔理之介が諦めかけたその時……正宗と魔理之介の間に割って入った銀時、フェイト、神楽がそれぞれ木刀と傘、そしてバルディッシュを叩き込んで正宗を怯ませた。

 

 

「お前ら、何で!」

 

 

「魔理之介さーん!」

 

 

思わぬ助っ人に戸惑う魔理之介。そこへ新八が、落ちていた彼の猟銃を投げ渡す。

 

 

それを受け取ろうと手を伸ばす魔理之介。銀時たち3人を払い除け、魔理之介に迫る正宗。

 

 

そして一瞬早く猟銃を手にした魔理之介が、その銃口を正宗に向けると、正宗は突き付けられた銃口の前に止まった。

 

 

「!」

 

 

両者が睨み合うこと僅か数秒……正宗は抵抗することもなく、まるで(こうべ)を垂れるように、己の頭を銃口の前に差し出した。

 

 

「………すまねぇ………」

 

 

魔理之介の膝元に、僅かな水滴が落ちる。

 

 

──あばよ、正宗……

 

 

その直後──乾いた銃声が、まるで誰かの鳴き声のように山に響き渡ったのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

それから万事屋一行と魔理之介は、里で頭のキノコを除去してもらったあと、里の入り口前に集まっていた。

 

 

「何だか色々迷惑かけちまったなが、これからお前らはどうするんだ?」

 

 

「もうキノコ狩りはウンザリだからな。とりあえず帰って、フェイト特製の山の幸料理でも食うわ」

 

 

「その次はブドウ狩りアルよ!」

 

 

「フフ、懲りねェ連中だ」

 

 

苦笑を漏らし、魔理之介は銀時たちに背を向けて歩き始める。

 

 

「アンタはどうすんだ?」

 

 

「フン、俺も掟だ何だってのはもうウンザリなんでな。これからは自由に生きるさ、あいつの分までな……」

 

 

そう言い残して去って行く魔理之介の顔は、山の空のように晴々としたものだった。

 

 

 

 

 

つづく



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どこの母ちゃんも大体同じ

とりあえず個人的に好きな話からやっていくことに決めました。

感想お待ちしております。


 

 

 

 

 

「カー…コー…カー……」

 

 

「スゥー…スゥー……」

 

 

チュンチュンと小鳥がさえずる穏やかな朝。暖かな朝日が差し込む万事屋の寝室では、銀時とフェイトの夫婦が2枚並べて敷かれた布団の中で仲良く並んで眠っていた。

 

 

「ん……うーん……」

 

 

すると、フェイトがうっすらと目を覚ます。寝ぼけまなこのまま上半身だけ布団から起こし、「んん~~っ」と両手を頭の上にあげて体を伸ばす。

 

 

「8時半……顔洗って朝ご飯の用意しなくちゃ」

 

 

枕元の目覚まし時計を見ながらそう呟き、主婦として朝の仕度をする為にフェイトは布団から立ち上がろうとする。

しかしその時、未だ隣でぐーぐーと眠る銀時の姿がフェイトの目に映った。

 

 

「………………」

 

 

するとフェイトは起き上るのを止め、再び布団で横になる。しかも自分の布団ではなく、銀時の布団の中にもぞもぞと侵入し、眠っている彼にぴったりと体を寄せ付けた。

 

 

「フフッ……♪」

 

 

布団のぬくもりと一緒に旦那のぬくもりを感じるフェイトは、胸いっぱいに広がる幸福感で顔を綻ばせた。

 

 

そのままやって来るまどろみの中へと再び身を任せ──

 

 

 

 

 

「アンタたちィィィ!! いつまで寝てんのォ!! ホントもォォ!!」

 

 

 

 

 

──ようとした瞬間、見知らぬおばちゃんが寝室の襖をパァンっと勢いよく開けてダミ声を響かせた。

 

 

「え?」

 

 

いきなりの乱入者に「誰!?」とフェイトは唖然としながら心の中で叫ぶ。

 

そんな彼女を他所に、縦縞模様の着物に眼鏡をかけたパンチパーマのオバちゃんはズカズカと寝室に入って来ると、銀時の掛け布団を思いっきり引っぺがす。

 

 

「ホラぁ起きる! 朝ご飯できたよ!」

 

 

「あーもういいって、朝いらねーって」

 

 

「バカ言ってんじゃないの! 朝ご飯は1日の頭のエネルギーの源になるんだよ! のみもんたもテレビで言ってたんだから!」

 

 

そう言うとオバちゃんは銀時の両足を掴んで小脇に抱えると、そのままズルズルと引きずって寝室から連れ出す。

 

 

「ホラァ! アンタもいつまでも寝惚けてないで、さっさと朝ご飯食べなァ!!」

 

 

「えっ!? あ、はい!」

 

 

その光景を呆然と眺めていたフェイトだが、オバちゃんに怒鳴られて我に返ると同時に慌てて寝室を出た。

 

 

「ちょ、もうホントマジ勘弁して…二日酔いなんだって」

 

 

「いい年こいてそんなになるまで飲むんじゃないの! シャキッとしなさい!」

 

 

「なんだヨ~、朝からうるっさいな」

 

 

オバちゃんが銀時に怒鳴ると、騒がしさのあまり別の部屋で寝ていた神楽が起きてきた。ただしまだ半分眠っており、鼻には鼻ちょうちん、目には目ヤニをつけた状態だった。

 

 

「あ~もう、女の子がそんな目ヤニつけた顔で~! 顔洗ってきなさい!」

 

 

「うるっさいアル。私は何者の指図も受けないネ」

 

 

そんな神楽にも怒鳴るが、寝惚け状態の神楽はカクカクと頭を揺らしながらそれを拒否した。

 

 

「しょーがないわね。どれ、こっち向きなさい」

 

 

「うわっ、くさっ!」

 

 

「ほらキレーになった。女の子はキレーにしないとダメ!」

 

 

そう言うとオバちゃんは左手で神楽の顔を掴むと、右手で取り出したハンカチに「ぺぺっ」と唾を吐きかけて、そのままそのハンカチで神楽の目ヤニを拭き取る。

 

 

それからオバちゃんは銀時とフェイトと神楽の3人を食卓につかせ、焼き魚や味噌汁などの朝食をテーブルに並べる。

 

 

「ホントにもうしょーがない子達なんだからァ。ご飯どうするの? 大盛り? 中盛り?」

 

 

「……じゃ中盛りで」

 

 

「何言ってんのそんな痩せた体で! 男はね、ちょっと太ってる位がちょうどいいの!」

 

 

「うるせーな。じゃあハナから聞くなよ」

 

 

「口答えすんじゃないの! アンタはもうホント人のアゲ足ばっかりとってェェェ!!」

 

 

怒鳴りながらオバちゃんは大盛りに盛った茶碗を銀時に渡すと、今度はフェイトに訊ねる。

 

 

「アンタは? 大盛り? 中盛り?」

 

 

「………大盛りで」

 

 

「何言ってんのそんな大きなオッパイつけてェ!! 女の胸はね、慎ましやかな位でちょうどいいの!! 作者もそれくらいの子が好きなんだから!!」

 

 

「いや女同士でもセクハラですよそれ。あと何で作者の好みを暴露したんですか」

 

 

「口答えすんじゃないの! アンタはもうホント人のアゲ足ばっかりとってェェェ!!」

 

 

銀時とオバちゃんのやり取りを見て大盛りを選択したのに、結局怒られてしまったフェイト。しかも渡されたお茶碗に盛られたご飯も結局大盛りだった。

 

 

「お早うございます」

 

 

するとそこへ、万事屋に出勤してきた新八が部屋に入って来た。

 

 

「アラおはよう」

 

 

「わっ!! お…おはようございます」

 

 

「何やってんの、早くご飯食べなさい」

 

 

定春にドックフードをあげていた見知らぬオバちゃんに、新八は驚きながらも挨拶をする。そしてオバちゃんはそんな新八も食卓につかせる。

 

 

「ご飯は? 中盛り? 大盛り?」

 

 

「いや、僕もう食べてきたんで」

 

 

「何言ってんのアンタそんなメガネかけてェ! しっかり食べないから目が悪くなるんだよ!」

 

 

「いやメガネ関係ないでしょ」

 

 

「口答えすんじゃないの! アンタはもうホント人のアゲ足ばっかりとってェェェ!!」

 

 

そう言って新八も大盛りのご飯を渡された。

 

 

「残さず食べるんだよ。ちょっとゴミ捨ててくるから」

 

 

そう言い残して、オバちゃんは部屋から出て行く。

 

 

そして4人が静かに朝食をとっていると、おもむろに新八が口を開いた。

 

 

「銀さん」

 

 

「あ?」

 

 

「誰ですか、アレ」

 

 

「アレだろ、母ちゃんだろ」

 

 

新八の問いに対して、銀時は平然とそう答える。

 

 

「え? 銀さんの?」

 

 

「いやいや俺、家族は(フェイト)しかいねーから。オメーのだろ。スイマセンねなんか」

 

 

「言っとくけど、僕も母さんは物心つく前に死にました。神楽ちゃんでしょ」

 

 

「私のマミー、もっと別嬪アル。それに今は星になったヨ。きっとフェイトのアル」

 

 

「私の母さんも子供の頃に病気で亡くなってるから。義理の母親はいるけど、あんなんじゃないから」

 

 

じゃあ誰なんだよ……と、言葉には出していないが全員の心の声が一致した。そこへまた、オバちゃんが戻って来る。

 

 

「もの食べながら喋るんじゃないの!!」

 

 

「あ、スンマセン」

 

 

「ちゃんと噛むんだよ! 20回噛んでから飲み込みな!!」

 

 

そう言って、再び部屋から出て行く。

 

 

「「「「……1、2、3、4……」」」」

 

 

残された銀時たちは、ただただ噛んだ数を数えながら朝食を進めていくしかなかった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「母ちゃんだよ、八郎の母ちゃん」

 

 

朝食を終えてから、謎のオバちゃんである八郎の母ちゃんはそう名乗った。

 

 

「八郎って誰だよ。つーか八郎の母ちゃんが何故ウチで母ちゃんやってんだよ」

 

 

「ウチの田舎じゃね、母ちゃんはみーんなの母ちゃん。子供はみーんなの子供」

 

 

「グレートマザー気取り? グレートマサみたいな顔して……オイそれ何? 何で食べてんの? ウチのメシ何で食べてんのオイ」

 

 

銀時のツッコミを受けながらも、母ちゃんは気にせず朝食を食べながら事情を説明する。

 

 

「息子に会おうと田舎から江戸に出てきたんだけどね、ま~都会はわからない事だらけでまいったわ~。地下鉄とかもう迷路よ。ウィザドリィ~よ」

 

 

「オイそれ何杯目だオイ。それ何? そのパーマどこであてたんだオイ。何パーマだそれオイ」

 

 

「で、迷って困ってる時にここの看板見つけてね。まァこれからお世話になる事だしみんな寝てる間に朝げでもと思ってね」

 

 

「オイちょっとそれ俺のプリンだよオイ。何勝手に人のデザート食べてんのオイ。それ何? スイッチ? 眉毛の上のオイ、自爆スイッチ? それ押したらいなくなってくれるのオイ」

 

 

「銀時、話進まないから少し落ち着いて。プリンならまた買って来てあげるから」

 

 

母ちゃんに突っかかる銀時をフェイトが宥め、万事屋に来た用件を訊ねる。

 

 

「それで、ここにお世話になるってことは、何か依頼があるってことですか?」

 

 

「そうなのよ。コレ、ウチの息子の八郎なんだけどさ」

 

 

そう言って母ちゃんがテーブルに置いたのは1枚の写真。そこには、たらこ唇に細目で、髪型はちょんまげにした男が写っていた。

 

 

「5年前江戸に上京してから音信不通で、この町で働いてるのは確かなんだよ……一緒に探してくれないかィ?」

 

 

「……いや仕事なら引き受けますけどね、おばちゃんお金とかちゃんと持ってんの?」

 

 

「……コレ八郎に食べさしてあげようと思ったんだけどね……仕方ないね」

 

 

そう言って母ちゃんが持っていた風呂敷を広げてテーブルに並べたのは、お金ではなく大量のかぼちゃだった。

 

 

「オイオイおばちゃんおばちゃん、誠意って何かね?」

 

 

「……成程、そーいう事ですか。つくづく腐ってるねメガロポリス江戸」

 

 

銀時が苛立ち混じりにそう言うと、何を思ったか母ちゃんは溜め息をつきながら立ち上がり、寝室の敷きっぱなしになってる布団の上に大の字になって寝そべる。

 

 

「わかったよ、好きにすればいい……ただ1つだけ言っておく──アンタに真実の愛なんてつかめやしない!!」

 

 

「深読みしてんじゃねェェェェ!!! 気持ちワリーんだよクソババア!! 金だ金!! だいたい俺にはもう嫁さんがいるんだよ!! とっくに真実の愛ってのをつかんで幸せに生きてんだよ!!!」

 

 

「ぎ…銀時……」

 

 

青筋を立てて怒鳴るそう銀時に、フェイトは嬉し恥ずかしそうに頬を紅葉させた。

 

 

「「……ペッ」」

 

 

そんな2人を眺めていた新八と神楽は、やってらんねーと言いたげな顔で床にツバを吐き捨てたのだった。

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「まァ、報酬はその息子さんとやらからたんまり貰うとして、どーだ、見たことあるか?」

 

 

それから結局依頼を受けることになった銀時たち万事屋一行は、まずは身近なところから情報を集める為に、万事屋の下にあるスナックのオーナーであり、万事屋銀ちゃんの大家でもある『お登勢』のもとを訪ねた。

仕事柄、色んな客を相手にすることが多いお登勢はこのかぶき町でも顔が広くし利く。さらにこの街に君臨する四天王の1人としても有名なのだ。

八郎の写真を見せた銀時がそう聞くと、お登勢はタバコを吹かしながら首を横に振った。

 

 

「とんと見かけないツラだねェ」

 

 

「名前は黒板八郎って言うらしいんですけど」

 

 

「名前なんざ、このかぶき町じゃあってなきようなもの。名前も過去も捨てて生きてる連中も多いからねェ」

 

 

「ちょっとちょっと奥さん何? ウチの子が何? なんか胡散臭いことでもやってるって言うの?」

 

 

「いやいや、そういう奴も多いって言ってんだィ、この街には」

 

 

「冗談じゃないよ! 八郎はそんなんじゃないよ!」

 

 

自分の息子が良からぬことをやっているかもしれないと聞いて、母ちゃんは怒鳴る。

 

 

「あの子は小さい頃から真面目で賢くて孝行者で、私の自慢の子だったんだい! 5年前、単身江戸に出たのだって、父ちゃんが急に死んじまって貧乏になったウチを何とかする為に……あの子……」

 

 

語るに連れて泣き崩れ、両膝と両手を床についた母ちゃんは涙を流しながら、叫ぶ。

 

 

「ぐすっ…絶対……トレジャーハンターになるって……!!」

 

 

「「「どこが賢い子!?」」」

 

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

とにかく、八郎がこの街で生きているのは間違いないとのこと。万事屋一行は散り散りに手分けして情報集めに乗り出していた。

 

 

「そーかィ、ありがとよ。また何かあったら頼むわ」

 

 

そう言ってカウンターに座る受付嬢に礼を述べ、階段をおりて薄汚れたビルから出てくる。そこで何を知ったのか、めんどくさそうな面持ちでボリボリと頭をかいた。

 

 

「銀時ー!」

「銀さーん!」

「銀ちゃーん!」

 

 

そこへ別行動で情報を集めてたフェイト、新八、神楽、定春が合流する。しかしその表情を見るに、成果はよろしくないらしい。

 

 

「こっちはダメでした」

 

 

「私もダメネ。これオバちゃんの匂いが染みつきすぎて、定春鼻がおかしくなってしまったアル」

 

 

「私も。この街の知り合いに色々当たってみたんだけど、全然。銀時は?」

 

 

フェイトがそう問い掛けると、銀時は無言で後ろのビルの看板に目を向ける。フェイトもその視線を追って見上げると、そこには『町医者 ホワイトジャック』と書かれた看板があった。

 

 

「ここって、非合法の闇医者の……」

 

 

それを見てフェイトは、管理局の執務官として思うところはあるが、今は万事屋としての仕事中だと割り切っている為、何も言わない。

代わりに「まさか」と、ある考えが頭をよぎった。それを察した銀時は、フェイトに頷きながら口を開く。

 

 

「あちこち情報屋をあたってもアタリがねーんで視点を変えてみた。どーやら孝行者の息子は親からもらったツラ、2、3度変えてるな」

 

 

「それって整形!? どうして……」

 

 

「しかも、ここだけじゃなくあちこちで顔いじりまわしてるようだ。もう写真(コイツ)はアテにならねェ」

 

 

銀時は懐から母ちゃんに渡された八郎の写真を取り出しながらそう言った。

 

 

「顔コロコロ変えるなんて、まるで犯罪者アルな~」

 

 

「……銀さん、この件はあまり深くつっこまない方がいいかもしれませんね。これ以上何か知っても…八郎さんも嫌がりそうだし、お母さんも何も知らない方がいいかも……」

 

 

新八は少しは離れた所にある店で商品を眺めている母ちゃんを気遣って、そう提案する。

 

 

「そいつァ俺たちが決めるこっちゃねェ。とにもかくにも、まず孝行息子を見つけてからの話だ」

 

 

「でも写真はもう使えないし…どうやって?」

 

 

「整形っつったって、骨格まではなかなか変わんねーだろ」

 

 

そう言うと銀時は、どこからか取り出した黒の油性マジックで八郎の写真に何やら書き込んでいる。

 

 

「整形美人なんてみんな似たツラしてるじゃねーか。予想くらいつくだろ……こんなカンジで」

 

 

そして写真を見せると、それ八郎の頭の部分を黒く塗って髪を付け足しただけだった。

 

 

「ちょっと何やってんスか、整形じゃないよ、それただのヅラですよ」

 

 

「私『ビュー○ィーコロ○アム』見てたネ、やらしてよ」

 

 

そこへ銀時からマジックをひったくった神楽が更に、目やら鼻毛やら悟○ヘアやらウ○コやらを描き足していく。

 

 

「おいィィ! 教科書の写真じゃねーんだよ!」

 

 

「こんなに落書きしてどうするのコレ、油性だから修正できないよ」

 

 

「こっからこうカバーすればいいネ」

 

 

「アレッ、これちょっといくね? オイ」

 

 

「あ、うん確かに。探そうと思えば……」

 

 

「ああ…そうですね、いそうコレ。お台場あたりに結構……」

 

 

 

「「いねェェェェェよ!!!」」

 

 

 

フェイトと新八によるダブルツッコミが響き渡る。

 

 

すでに写真は悪ノリに悪ノリが重ねられ、写真の半分を埋め尽くすアフロヘアにもモミアゲと繋がった鼻毛など、色々ととんでもないことになっている。

 

 

「どこにもいねェェよ!! いても外出てこれねェェよ!!」

 

 

「いやいるよ。ネバーランドあたりに結構」

 

 

「ネバーランドにもいないよこんなの!! 妖精の国にこんな毛玉存在しないよ!! 仮にいたとしても何の妖精なのコレ!?」

 

 

「つーかなァ、お前らコレ整形じゃねーんだよ! 毛しか描いてねーじゃねーか!」

 

 

フェイトと新八の怒涛のツッコミ。余談だが、通りの真ん中で騒いでいる彼らは通行人から奇異の目で見られているが、本人たちは気づいていない。

 

 

「やめだやめだ! やっぱやめよう! こんな仕事、どうせ……」

 

 

と、新八が依頼の中断を申し出ようとしたその時……万事屋一行の隣を、1人の男が通り過ぎた。

 

 

その男は、誰もが目を引く巨大なアフロに鼻からモミアゲまで繋がった、鼻毛なのかヒゲなのか髪の毛なのかよく分からない毛が特徴の、白スーツを着た男だった。

 

 

「オス、オラ八郎。あ、ハイ、今からお迎えに参りますんで」

 

 

巨大なアフロから取り出したケータイで電話をして、八郎と言う男はそのまま通りを歩いて行った。

 

 

 

 

 

──いっ…いたァァァァァァ!!!

 

 

 

 

 

万事屋一行全員が心の中で大シャウトする。まさか悪ノリと悪ふざけから生まれた写真と人相が一致する人物が現れるとは思わなかったのだ。しかも名前まで八郎という。もはや奇跡である。

 

 

「マッ…マジでかァァ!? いっ、いたぞオイぃぃ!!」

 

 

「どどど、どーすればいいの! 何をすればいいの僕たち!?」

 

 

「お、落ち着いて! とりあえずお母さんを呼んでこよう!!」

 

 

まさかの事態に狼狽える銀時たち。とにかくまずは母ちゃんを呼ぼうと、少し離れた所で待ってもらっている場所へと視線を向ける。

 

 

「お母……アレ? 何やってんの? アレ……」

 

 

するとそこには、母ちゃんの周囲を派手な着物を来た茶色い肌の若い女達が囲んでいる光景があった。

 

 

「ギャルとメンチ切り合ってるアル」

 

 

「バババぁぁぁ!!!」

 

 

そして当の母ちゃんは、超至近距離でギャルの1人にメンチを切っていた。

 

 

「アレは俺とフェイトがなんとかすっから、お前ら八郎追え!」

 

 

「「うす!!」」

 

 

即座に新八と神楽に八郎を追うように指示した銀時は、自身もフェイトと共に母ちゃんのもとへと走る。

 

 

「ちょ、何このババア。マジムカつくんですけどォ。メッチャガン見してるんですけどウチらのこと。何この間合いありえなくね? ウチら人として見られてなくね? つーかキモくね?」

 

 

何も言わずにただただ至近距離でメンチを切っている母ちゃんに、相対するギャルも少し引いていた。

 

 

「救急車ぁぁぁぁ!!」

 

 

すると突然、母ちゃんは大声でそう叫んだ。

 

 

「ちょっ、何呼んでんの!? ありえなくね!? 何ちょっ、何やってんの!?」

 

 

「誰かァァァァ! 救急車を早くぅ!! この人たち顔色が土色の上、吐き気を訴えていますぅぅ!!」

 

 

「テメーがキモいって言ったんだよババア! ちょ、マジムカつくんだけど!!」

 

 

そんな母ちゃんに行動に呆れながら、銀時とフェイトは母ちゃんを連れて行こうとする。

 

 

「お母さん、早くこっちに行きましょう」

 

 

「ワリーな、田舎者だから許してやってくれ」

 

 

フェイトが母ちゃんの手を引き、銀時はギャルたちに適当な謝罪を述べてその場を去ろうとする。しかし母ちゃんは叫びを止めない。

 

 

「ちょっ、ダメよ銀さん! フェイトちゃん! あの娘たちの顔見て! アレ、父ちゃんが死んだ時と同じ顔色よ!」

 

 

「ああアレな、こえだめから生まれてきたんだアレ」

 

 

「それどーいう意味だコルァ!!!」

 

 

「そーいう意味だ。ちょ、忙しいからこえだめに帰れ」

 

 

尚も騒ぐ母ちゃんとギャルに頭を抱えながらも、その場を離れようとする銀時とフェイト。

 

 

「ちょっと何ィ何ィ? お咲ちゃんモメ事~? イェ~」

 

 

「勘吉さん!」

 

 

すると、通りの向こうから、ダルダルのズボンを履いたチャラ男の2人組が近づいてきた。どうやらギャルたちの知り合いらしい。

 

 

「なんかァ~、このダセー親子が私らに絡んできて~」

 

 

「オイオイ、何3人はおのぼりさん? イェ~」

 

 

どうやら母ちゃんを銀時とフェイトのどちらかの母ちゃんと思っているらしい。どちらかというと銀時だろうか。

 

 

「どこの山奥からきたのか知らないけどさ~、あんま俺の街で調子こいてっと殺すよマジで」

 

 

ギャルたちを侍らせながらそう言って銀時たちを睨む、勘吉と呼ばれたチャラ男。すると母ちゃんが、その勘吉を指差しながらコソコソと銀時とフェイトに聞こえる位の小声で言った。

 

 

「アレ、あの人足短い」

 

 

「ファッションだコラァァァァ!!!」

 

 

しかしどうやら勘吉にも聞こえていたらしく、大声でシャウトする。

 

 

「ごめんなさい、この人田舎から来たんで、多少のことは目をつむってあげてください」

 

 

「すいません。ちょっ、忙しいんで俺たちはこれで」

 

 

とりあえず場を収めるため、銀時とフェイトは適当に謝ってから再びこの場を後にしようとする。その際、銀時がこっそりと母ちゃんに耳打ちをする。

 

 

「オイいい加減にしろよ。アレはな、今江戸で流行ってる足の短さをごまかすファッショ…」

 

 

「オメーが一番失礼なんだよ!!」」

 

 

しかしそれも聞こえていたらしく、とうとうキレた勘吉ともう1人のチャラ男が銀時たちに襲い掛かる。

 

 

「コルァァ待てやァ!! マジなめてっと、ババァだろーと容赦しねーっ……」

 

 

と、その時……母ちゃんに襲い掛かろうとしたチャラ男2人の体に、フワリとした浮遊感が走る。

 

 

「ねェ、聞こえなかったかなァ? 私たちは今、忙しいって言ったの」

 

 

「足袋でも袴でもルーズにキメんのは結構ですけどね」

 

 

見ると、銀時が勘吉のダルダルスボンの股下を…フェイトがもう1人のチャラ男の胸倉を掴みあげて、揃って宙吊り状態にされていた。

 

 

「ババァに手ェ上げるたァ、どういう了見だィお兄ちゃんたち……足袋はルーズでもさァ」

 

 

そして……

 

 

 

 

「人の道理くらい──」

「──キッチリしやがれェェ!!!!」

 

 

 

 

 

「「ぎゃあああ!!!」」

 

 

そのまま思いっ切り地面に頭から叩き付けたのだった。さらに銀時はフェイトに倒されたチャラ男の股下まで持ち上げて叫ぶ。

 

 

「オラァァァ! ズボンをあげろボケがァァァァ!!」

 

 

「足袋をあげろォ!」

 

 

それに便乗して母ちゃんも、ギャルたちの足袋をあげて直させていた。

 

 

「翔のアニキを見習えェェ!! ベルトは乳首のちょい下だったぞォォ!!!」

 

 

そう言って2人組を地面に投げ捨てると、続けて勘吉の胸倉をつかむ銀時。

 

 

「その辺にしておきたまえよ!」

 

 

「「!!」」

 

 

するとその時、少し高めでよく通るような男の声が聞こえた。

 

 

「勘吉、こんな所で何をやっているんだ君は」

 

 

「!! きっ…狂死郎さん!!」

 

 

七三分けにセットされ金髪に切れ長の眼をしたイケメンが、凛とした態度で立っていた。

 

 

「(あ…八郎!?)」

 

 

そしてその狂死郎と呼ばれたイケメンの隣には、巨大アフロの男──八郎。すると八郎は、ズンズンと勘吉に歩み寄ると……

 

 

「このボケがぁぁぁぁ!!」

 

 

「ぐふぅ!!」

 

 

思いっ切り足を振り上げて、勘吉を蹴り飛ばす。

 

 

「下っぱとはいえウチの店に勤めてるモンが、狂死郎さんの顔に泥塗るようなマネしやがってェェ!!」

 

 

更に追い打ちをかけるように、何度も踏み付けるように蹴る。

 

 

「てめーはクビだ。二度とこのかぶき町に足ふみいれんじゃねぇ」

 

 

気絶している勘吉にそう言い残し、八郎は狂死郎のもとへと戻る。

 

 

「(えっと……え?)」

 

 

「(どーいうこと?)」

 

 

あまりの展開に銀時とフェイトが疑問符を浮かべていると、周囲の野次馬の中にいた若い娘たちの声が聞こえた。

 

 

「キャー!狂死郎様と八郎様だわ!」

 

 

「ヘェー、あれがかぶき町No.1ホスト、本城狂死郎」

 

 

「カッコイイけどちょっと恐くない?ヤクザチックっていうか」

 

 

──ホスト? アレ……ホストってなんだっけ?

 

 

「なんだィアレ? 銀さん、ポストってなんだィ。ねェ…ちょっと」

 

 

「……あん? アレだよ、ホステスの男バージョン。選ばれたイケメンのみがなれ…」

 

 

そこまで言いかけて、銀時は改めて八郎の顔を見る。

 

 

──ホスト? アレ…ホストって何だっけ? 選ばれたイケメ……アレ? ホスト?

 

 

銀時の頭の中で、目の前の八郎とホストという言葉がどうしても結びつかなかった。無理もない……巨大アフロに、鼻毛とヒゲとモミアゲと眉毛が繋がっている八郎は、どう見てもホストという風体ではない。

 

 

──これ…ホスト? ホスト!?

 

 

今度は横の母ちゃんに視線を向ける銀時。

 

 

──コレの…息子(アレ)が……

 

 

「──ホストぉぉぉ!?」

 

 

銀時の突然の大声に、野次馬を含む全員がビクッと体を震わせる。

 

 

ふと、銀時はフェイトに視線を向ける。

 

 

「……………」

 

 

銀時と同じ考えに至ったのか、顔を引きつらせて愕然としている。

 

 

続けて、野次馬の中で見つけた新八と神楽に視線を向ける。

 

 

「「(コクコク)」」

 

 

無言で頷き返される。もう言葉も出ないほどの衝撃を受けた銀時であった。

 

 

するとそこへ、事の張本人である八郎が、銀時たちに声をかける。

 

 

「ウチのモンが迷惑かけて大変申し訳ありません。おケガありませんか?」

 

 

「ああ、平気だよこんなモン」

 

 

謝罪してくる八郎に、母ちゃんがこともなげに返す。

 

 

「ぜひお詫びがしたいので、ウチの店へきてくださいませんか?」

 

 

「店?」

 

 

首を傾げる母ちゃんに、八郎が頷きながら静かに告げた。

 

 

 

 

 

「俺たちの城──高天原へ」

 

 

 

 

 

つづく



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最近柿ピーのピーナッツ抜きが売ってるけどそれはそれで何か物足りない気がする

特に書くことはありません。

感想お待ちしております。


 

 

 

 

 

突然万事屋に押しかけてきた、八郎の母ちゃんなるオバちゃんの依頼を受けて、その息子である八郎を探すことになった銀時たち万事屋。

 

そして紆余曲折ありながらも、八郎と名乗る人物を発見した。しかもかぶき町でホストをやっているという。

 

八郎と同じで店で働く男とトラブルを起こした銀時たちは、迷惑をかけたそのお詫びとして、八郎の案内でかぶき町NO,1ホストである『本城狂死郎』が営むホストクラブ『高天原』へとやって来たのだった

 

 

「そうネ、じゃあドンペリでも持ってきてもらおうかしら」

 

 

「いやでもお嬢さん未成年でしょ?ジュースとかの方が……うぶっ!!」

 

 

「あんまり私を怒らせないでくれる? ボウヤ。お嬢さんじゃない、女王様と呼べと言ったはずよ」

 

 

「申し訳ございませんでした! かぶき町の女王様!!」

 

 

店の一角で、神楽が何やらホストたちを侍らせて自分の世界に浸っている。

 

 

「神楽、また変な昼ドラ見たんだね。お店の人たちも困ってるし、注意してこようか」

 

 

「ほっとけほっとけ。あれ位のガキはなァ、ちょっと背伸びしたがる年頃なんだよ」

 

 

「いや背伸びってレベルじゃないよアレ、生まれて初めてハイヒールを履いて視点が高くなって調子に乗ってるやつだよアレ、でも全然履き慣れなくて最終的にケガするやつだよアレ」

 

 

「そうやって痛みを伴ってこそ、ガキは大人へと成長していくんだよ」

 

 

「ハァ……単に銀時が放任主義でめんどくさがりなだけでしょう」

 

 

フェイトはそう言って溜息をつくと、諦めたように銀時の隣の席に腰を据える。

 

 

「いや~、これがホストクラブか」

 

 

「んだか落ち着かねーなオイ」

 

 

「そうだね、私もこういう店はちょっと……」

 

 

神楽はともかく、男客である銀時と新八はもちろん、こういった店に縁がないフェイトも居心地が悪そうにしながらお店を見回す。どうにも居場所がない感じがするのだ。

 

 

「ただ酒飲めるだけでヨシとしよーや。新八は飲むなよ? オロナミンCまでなら許してやっから。1本だけだぞ。フェイトもなんか飲むか?」

 

 

「私はいいよ、お酒はあんまり得意じゃないし。ホストさんの代わりに、銀時のお酌でもしてるよ」

 

 

「おっ、悪ィな」

 

 

そう言いながら銀時の持つグラスにお酒を注いでお酌をするフェイト。と、その時……

 

 

「いやぁぁぁ!!」

 

 

近くの席に座って2人のホストに囲まれている母ちゃんが、突然悲鳴を上げた。

 

 

「さわった! 今このコさわったわ、私のこと!」

 

 

「いえさわってませんって。お酒ついだだけ…」

 

 

「いえさわりましたっ! ヒジでオッパイさわりましたァ今! アンタもアンタで何チラチラいやらしい目で見てるの?」

 

 

「……い…いや、見てません」

 

 

「見てたじゃないの! さっきからチラチラ私とフェイトちゃんのボデーばっかり! セクハラ! セクシャルハラスメント!」

 

 

「えっ!?」

 

 

母ちゃんがそう指摘すると、それを聞いたフェイトが顔を赤くして己の体を隠すように身をよじる。

 

 

「オイババアうるせーよ。セクハラはアンタの顔面だ。あとそこの兄ちゃん、人の嫁をあんまそういう目で見ないでくんない。殺すよホント」

 

 

呆れた口調で母ちゃんにそうツッコミを入れる銀時。その際、フェイトをいやらしい目で見たというホストにはきっちり釘を刺しておくことも忘れない。

 

 

「ちょ、もういやーよ銀さん! 何ココ!! 私たち八郎を捜しにきたんでしょ! こんな所にいるっていうの!?」

 

 

「まぁまぁお母さん、ちょっと落ち着いて」

 

 

「アンタらもういいから。俺たち勝手に飲むから」

 

 

そう言ってフェイトが母ちゃんを落ち着かせ、銀時がホストたちを退散させる。その時、新八が銀時とフェイトにしか聞こえないような声で話す。

 

 

「銀さん、お母さんやっぱりまだ気づいてないみたいですね」

 

 

「そりゃそーだろ」

 

 

そう答えながら銀時はふと、店の中を見回っている巨大アフロの男──八郎に目を向ける。

 

 

「いくら息子でも、あんな変わっちまったんじゃ……八郎なんて名前、よくある名前だしな」

 

 

「でも、八郎さんはどういうつもりなんだろう? 一切お母さんに息子だって名乗り出る様子もないし……五年間音信不通で、あんなに変わっちゃったんじゃ言い出しづらいのはわかる。多分、会いたくなかったんでしょうけど…じゃあなんでわざわざ向こうから接触してきたんだろう?」

 

 

「理屈じゃねーんだよ人間なんざ。うっとーしい母ちゃんでも、目の前で暴漢に襲われりゃ助けちまうのが息子ってもんだろ」

 

 

「そうだよ。たとえ娘を鞭で叩いたりするような母親でも、娘にとってはたった1人の大切な母さんなんだから、助けたりするのは当然だよ」

 

 

「襲われたっていうか、襲ってましたよねアンタら。つーかフェイトさんの話に何か妙な重みがあるんですけど、何かあったんですか?」

 

 

「ちょっとね」

 

 

新八はツッコミを入れながらフェイトに何があったのか訊ねるが、普通にはぐらかされてしまった。

 

 

「皆さん、お楽しみ頂けてますか?」

 

 

「あ、狂死郎さん」

 

 

するとそこへ、この店のオーナーである狂死郎がやって来た。

 

 

「悪ィな、野郎に酒ついでもらってもなんだから、嫁に酌してもらうことにしたわ」

 

 

「フフ…それは出過ぎたマネを致しました。どうぞ奥様と一緒にお好きなだけ飲んでいってください。あ、何かお食べになりますか?」

 

 

「あ、じゃあコレ……」

 

 

「いらないよそんなの。ちゃんとウチから持ってきたから」

 

 

狂死郎がそう言うと、銀時はその好意に甘えてメニューを眺めながら注文しようとするが、それを遮って母ちゃんがどこからか取り出した重箱をテーブルに置いた。

 

 

「ホラ、煮豆! コレ年の数だけ食べな。ガンにならないよコレ」

 

 

そして重箱を開くと、そこには黒豆で作られた煮豆が詰まっていた。

 

 

「何持ち込んでんの!? 貧乏くせーからやめてくんない!! こういう所くらいお前、スタイリッシュにキメさせろよ! 何で甘い豆!? 酒に合うかよ!!」

 

 

「そーいう怒りっぽいところも治るからこの豆は! 食べな早く! ホラ、そこの派手な兄ちゃんも!」

 

 

「え? あ、はい」

 

 

母ちゃんに怒鳴られながら促され、狂死郎も戸惑いながら席の空いているスペースに座る。

 

 

「あ、美味しいこの煮豆。お母さん、コレどうやって作ってるんですか?」

 

 

「これはね奥さん、まず黒豆を水が入った器にそっと入れて洗うんだよ。何回か水を取り替えるのも忘れずにね。それでね……」

 

 

主婦らしく母ちゃんに煮豆の作り方を教わっているフェイトを尻目に、新八は隣に座った狂死郎に八郎の事を聞く為に話しかける。

 

 

「狂死郎さん、ちょっとお伺いしたい事が…」

 

 

「え? なんですか」

 

 

「狂死郎さん、この店のオーナーでもあるんですよね?」

 

 

「ええ」

 

 

「あの巨大アフロさんなんですけど、いつからこの店で働いてらっしゃるんですか?」

 

 

「八郎ですか? 彼はこの店の立ち上げの時から一緒にやってきた僕の親友です。以前は僕も別の店で働いていたんですが、二年前独立しようと彼と2人で。彼も昔はホストだったんですが、今は裏方の仕事を……以前ちょっと整形で失敗しまして、それからは」

 

 

「整形に失敗ってどんな失敗したらあんなんなるんですか? オペ室爆発したんですか?」

 

 

新八はしっかりとツッコミを入れつつも、狂死郎から八郎の情報を聞き出すことを忘れない。

 

 

「……さっきのような事も、八郎さんの仕事なんですか?」

 

 

新八の言うさっきの事とは、八郎が勘吉と呼ばれるチャラ男をシバき回していたことだろう。

 

 

「ええまァ、用心棒的な事も……先ほどはお見苦しい所をお見せしました。物騒な街ですから、そういった事もね…この街でのし上がるには、キレイなままではいられないですから。私もかぶき町NO.1ホストとまで言われるようになりましたが、得たものより失ったもの方が多い」

 

 

母ちゃんの煮豆を口にしながら、八郎はそう語る。

 

 

「恥ずかしい話……親に顔向けできない連中ばかりですよ」

 

 

そう言い放つ狂死郎の顔は、どこか悲しげな感情に満ちていた。そんな彼の顔に新八は何か感じ取ったのか、何も言わずに彼を見ていた。

 

 

「で、八郎になにか……」

 

 

と、狂死郎はそう言いかけたその時……ガシャァァァっという派手な音が店の中に響き渡る。

 

 

「!!」

 

 

その音の出所を見てみるとそこには、八郎がいかにもヤクザのような風貌をした男たちに倒されていた。

 

 

「アニキ、おりましたわ。コイツが八郎です」

 

 

「ほーかィ、ほな早うこっち連れてきてェ。店に迷惑かかるやん」

 

 

ヤクザにアニキと呼ばれた、顔の中心を通るように傷跡があり、口には串を咥えた七三分けの男がそう言った。

 

 

「エライ騒がしてすんませんでした。皆さん気にせんとどうぞ続けて下さい。ほなこれで」

 

 

男はそう言うが、彼を恐れた女客たちは一斉に席から立ち上がって1人残らず店から走って逃げて行ってしまった。

 

 

「アララ、みんな逃げてもうた。すんまへん八狂死郎はん、営業妨害で訴えんといてな」

 

 

「勝男さん、またあなたですか八郎を離して下さい。嫌がらせはもうやめて下さい」

 

 

勝男という七三分けの男に狂死郎はそう言うが、勝男は首を横に振って弁解する。

 

 

「ちゃうねんちゃうねん。今日はあの件ちゃうねんって狂死郎はん。ホンマ、ワシもこないな事で出張るの正直しんどいんやで」

 

 

そう言いながら、近くの席にドカっと仰々しく腰かける勝男。

 

 

「今ウチのダックスフント産気づいてまんねん。立ち会いたいねん出産に。ホンマ、ガキの喧嘩に顔突っ込んでる暇ないんやで、オッサン」

 

 

「ガキの喧嘩?」

 

 

勝男と呼ばれた男の言い分は、昼間に八郎がシバき倒したチャラ男の勘吉は、彼らが所属する『溝鼠組』の親分の親戚の親戚の親戚の親戚らしく、そのケジメをつける為に来たという。

ただその親戚を勝男が平気で蹴り飛ばしている所を見るに、完全な言い掛かりである。

 

 

その一方で、銀時たち万事屋一行は、客が逃げ帰ったのに紛れてソファの影に身を隠し、その様子を伺っていた。

 

 

「銀さんヤバいよ、八郎さんが……」

 

 

「何なの、あいつら」

 

 

「ありゃ恐らく、溝鼠組の黒駒の勝男。かぶき町四天王の1人、侠客『泥水次郎長』んトコの若頭だ。アブネー奴とは聞いてたが、また厄介な奴と何モメてやがるな」

 

 

「ヤクよヤク」

 

 

「うわっ!」

 

 

「ヤク……クスリだね」

 

 

銀時と新八の間に、オロナミンCの瓶を持った神楽が割り込んでそう言った。彼女の言うヤクとは、間違いなくそういうクスリのことだろうとフェイトは察した。執務官という職業柄、そういったものを取り締まることも少なくないのだ。今も万事屋ではなく執務官として行動してる時だったら、すかさずあそこに割って入って取り締まっていただろう。

 

 

「チャラ男どもが言ってたアル。溝鼠組の連中、自分達が持ち込んだヤクをこのクラブでさばけと何度も店に来てたみたいヨ。それを狂死郎が断ってから、嫌がらせしに来るようになったって」

 

 

「ちゃんと情報収集してたんだ」

 

 

神楽は遊んでいるように見えて、実はしっかりと情報を集めていたらしく、フェイトは少し見直した。

 

 

「……ったく、次から次に手のかかる息子だぜ。なぁ母ちゃんよ……アレ? そういやババァは?」

 

 

「アレ、いないアル」

 

 

銀時がそう呼びかけるが、母ちゃんからの返事はない。辺りを見回すと、さっきまでその辺にいたハズの母ちゃんがいなかった。

 

 

「……銀時」

 

 

「あん?」

 

 

「アレ」

 

 

そう言って唖然とした表情で、何かを指差すフェイト。銀時はその指が指し示す方向を見ると、そこには……

 

 

「ちょっとォォォォ!! 何やってんのォォ!!」

 

 

何故かヤクザとホストのいざこざの中にいる母ちゃんの姿があった。それを見た銀時たちは、お前が何やってんだと心の底から叫びたかった。

 

 

「血だらけじゃないのちょっとォォォ! どうしたのコレェェ!!」

 

 

「なんや? このオバはん」

 

 

「ちょっとォォォ! コレっ…あのっ…ちょっとォォォ!!」

 

 

「何回言うねん」

 

 

突然現れた母ちゃんに、勝男も訝しげな顔をしている。

 

 

「マズイ、お母さんを助けなくちゃ!」

 

 

「待てフェイト!!」

 

 

「銀時、なんで止め──!?」

 

 

フェイトは母ちゃんを助ける為にソファの影から飛び出そうとするが、銀時に止められる。何故止めるのかと銀時に問おうとしたが、銀時がクイクイっと何かを指差しているのに気づいて言葉を止める。

 

 

その銀時が指し示す先には──『関係者以外立入禁止』と書かれた、裏方への入り口があったのだった。

 

 

一方で、母ちゃんの方は……

 

 

「確かに柿ピーはお酒と合うけれどもォォ! 食べ過ぎちゃダメって……」

 

 

「ピーナッツの食い過ぎでこない血ィ出るワケないやろ!!」

 

 

「柿とピーナッツは6:4の割合でイケと言ったじゃないのォォ!!」

 

 

空気を読まずに喚く母ちゃん。だがその時、母ちゃんの前に勝男がズイッと乗り出す。

 

 

「おいオバはん、ええ加減にしいや。ワシら遊びに来たんとちゃうねん。ナメとったらアカンど……───柿とピーナッツの割合は7:3に決まっとるやろーがァァ!!」

 

 

母ちゃんを見下ろしながら力強くそう言い放つ勝男。

 

 

「世の中の事は全てコレ、7:3でピッチリうまく分けられるよーなっとんじゃ!! 7:3が宇宙万物根元の黄金比じゃボケコラカスぅ!!」

 

 

7:3に並々ならぬこだわりがあるのか、自分の七三分けにした髪を撫でながら怒鳴る勝男。しかしそれに対して、母ちゃんも負けじと怒鳴り返す。

 

 

「7:3ってそれ柿ピーじゃなくて柿の種食いたいだけじゃろーが!! テメーは一生、猿カニ合戦読んでろボケコラクズぅ!!」

 

 

「アホか!! この比率が柿とピーナッツ双方を引き立たせる黄金比なんじゃ!! ボケコラブスぅ!!」

 

 

「テメーはその黄金比という言葉に酔ってるだけで考える事を放棄し、ただ明日を死んだように生きていけボケコラナスぅ!!」

 

 

「上等やオバはん、今夜は朝まで柿ピー生討論や」

 

 

「白黒ハッキリつけようじゃないのさ」

 

 

そう言って互いに向かい合うようにして席に座る勝男と母ちゃん。

 

 

「アニキ、ワシら何しに来たんですか?」

 

 

最終的には子分にまでツッコミを入れられてしまっていた。

 

 

「酒持ってこんかい!! なんやこの店、ホストクラブのくせに接客もようせんのか?」

 

 

すると勝男は酒を要求しながらテーブルを蹴り倒す。どうやらまどろっこしい方法は止めて、ヤクザらしいやり方に切り替えたらしい。

 

 

「ハーイ、今お持ちしまーす」

 

 

そんな勝男に他のホストたちが怖気づく中……そんな声が響き渡ると、その場にいたヤクザもホストもその声が聞こえた方へと視線を向ける。

 

 

するとそこには、4人のホストが立っていた。

 

 

「今宵はホストクラブ高天原へようこそいらっしゃいました。当クラブトップ4ホストの1人──シンです」

 

 

1人は黒いスーツに黒いネクタイを締めてメガネをかけ……

 

 

「ギンです。ジャストドゥーイット!」

 

 

1人は赤いワイシャツの上から黒いジャケットを羽織り……

 

 

「グラだぜ、フゥー」

 

 

1人は黒いYシャツに上下白のスーツと白のネクタイ、さらに髪型をオールバックにしており……

 

 

「フェイです、イッツショータイム」

 

 

最後の1人は長い金髪をストレートにおろし、黄色のワイシャツに黒ネクタイ、そして上下黒のスーツをきっちりと着こなしていた。

 

 

言わずもがな……上から新八、銀時、神楽、フェイトの万事屋一行である。先ほど裏方に入って、ホストたちの衣装を拝借してきたのである。因みにフェイトは胸を隠すため、サラシをこれでもかというほど巻いているのは余談である。

 

 

「なっ……」

 

 

そんな彼らの登場に、狂死郎も絶句する。しかし勝男は好意的に笑う。

 

 

「度胸あるやないか、こっち来い。ホンマはキレーな姉ちゃん侍らしたいトコやけどな」

 

 

「? アレ? 銀さ……ぐぇふっ!!」

 

 

その時、母ちゃんが銀時に気付いてその名を呼ぼうとした瞬間……鳩尾に神楽のボディブローが叩き込まれ、母ちゃんは意識を失った。

 

 

「アレ? お客さん? アララ~もう潰れちゃったぜ、フゥー」

 

 

「いや、オバはんまだ飲んでへんで」

 

 

「オイ、シン。ババ…お客さんをあちらに寝かせてジャストドゥーイット」

 

 

「オッケェイ、我が命にかえても」

 

 

「なんやウザイんやけど」

 

 

銀時の指示通り、ぐったりとしてしまった母ちゃんを新八が奥へと運んで行く。そんな彼らの行動に勝男は不審に思いながらも、狂死郎との話を再開させようとする。

 

 

「まァエエわ。狂死郎はん、話を元に戻…」

「何飲みますか?」

 

 

しかしそこで、すかさず銀時が注文を聞く。

 

 

「焼酎水割り7:3で、話を元に戻…」

「焼酎3ですか? 水3ですか?」

 

 

「焼酎や。話を元に戻…」

「焼酎3ですか?」

 

 

「せやから焼酎3やて! 話を元に戻…」

「焼酎さん、何飲みますか?」

 

 

「焼酎さんちゃうわァァァ!!」

 

 

あまりにもしつこい銀時の注文に、勝男は叫ぶ。

 

 

「いや焼酎3やけれども! この『3』は『さん』やのーてスリーや! 焼酎スリー、水セブン、オッケー?」

 

 

「オッケェー、我が命にかえても」

 

 

「流行んねーからそれ! さっきから何か押してるけども! イラッとくるからそれ!!」

 

 

そう怒鳴りながら勝男が銀時にひとしきりツッコミを入れると、今度はフェイトが銀時と入れ替わるように勝男の前に立つ。

 

 

「大変失礼致しました、お客様。お詫びとは言っては何ですが、カクテルなどいかがでしょうか?」

 

 

きっちりとした佇まいでそう言いながら、フェイトは勝男にカクテルのメニューを渡す。それを受け取った勝男の顔は少々難色を表していた。

 

 

「カクテルのォ…ワシァあんまり小洒落た酒は好きやないんじゃが」

 

 

「いえいえ、お客様のようなダンディズムに溢れた男性にこそ、カクテルが似合うというものです」

 

 

「ほう、なかなか世辞っちゅうモンんがわかっとるやないか。ほんならカクテルもらおか。あんま詳しないから、種類は任せるわ」

 

 

「オッケェー、我が命にかえても」

 

 

「せやから流行らんからなそれ!!」

 

 

返事は変だが、ペコリとしっかり45度のお辞儀をして、フェイトはカクテルを作る為に店の奥のカウンター席の方へと歩いて行く。

 

 

「ほな話を元に戻すでェ、狂死郎は…」

「お待たせしましたー」

「早っ!?」

 

 

勝男の話を遮って、ものの数秒で戻って来たフェイトに、勝男はすかさずツッコミを入れる。

 

 

「オイ、えらい早ないか? カクテルってそない速攻で出来るもんなんか?」

 

 

「速さがわたくしの自慢ですから。こちら、スクリュードライバーになります」

 

 

そう言ってフェイトは、ウオッカとオレンジジュースの組み合わせで作られたカクテル……スクリュードライバーを置いた。

 

 

──グラスの中にドライバー(+)を突き立てた状態で。

 

 

「……ちょお待てオイ」

 

 

「何か?」

 

 

「何かやあらへんやろ! 明らかにおかしいやろコレ!! 何でグラスん中にドライバーが突き刺さっとんねん!?」

 

 

「スクリュードライバーですから」

 

 

「騙されへんぞォ!! カクテルに詳しないワシでもわかる!! そのスクリュードライバーとこのスクリュードライバーは絶対にちゃう!! 絶対に別モンやろォ!!」

 

 

そう青筋を浮かべてツッコミを入れる勝男。するとフェイトはくすくすと笑いながら、グラスを取り下げる。

 

 

「失礼致しました、軽いジョークでございます。すぐにお取替えしますので」

 

 

「オウ、頼むでホンマ」

 

 

そう言って再びカウンター席の方へと引っ込んでいくフェイト。

 

 

「ほな狂死…」

「お待たせしましたー」

「早っ!? さっきより早っ!?」

 

 

またもや勝男の話を遮って、ものの数秒で戻って来たフェイト。

 

 

「こちら、スクリュードライバーでございます」

 

 

そして再び勝男の前にグラスを置いた。しかしそのグラスには、酒と氷以外にまたもやドライバーが突き立てられていた。

 

 

「………………」

 

 

一見変わり映えのしていないグラスを、勝男は無言で見つめている。そして何気なくグラスから引き抜いたドライバーを見て、勝男は気づいた。

 

 

──ドライバーの先端が(-)になっていることに。

 

 

「ドライバー(+)からドライバー(-)に変わっただけやないかァァァ!!!」

 

 

顔に青筋を浮かべて、ドライバーを床に叩きつけながら勝男は渾身のツッコミを叫んだ。

 

 

「ホンマええ加減にせェよ!! 何でドライバーの種類変えただけやねん!! しかもプラスからマイナスって、なんや損した気分になるやろがァ!!」

 

 

「他にも六角ドライバーやボックスドライバー、パイルドライバーなどもご用意しております」

 

 

「いらんいらんいらん!! 何で頑なにドライバーを酒に突っ込むねん!? ドライバーになんか恨みでもあんのか!? ってか最後のドライバーはプロレス技やろ!!!」

 

 

一通りフェイトにツッコミを入れると、勝男は疲れたように溜息をつきながらソファに座る。

 

 

「ハァ……もうカクテルはエエわ。これ以上お前と話しとったらドライバーがゲシュタルト崩壊起こしてまいそうやわ」

 

 

そして今度こそ話を元に戻すため、勝男は狂死郎に視線を向けて口を開く。

 

 

「狂死郎はん、もう面倒やからぶっちゃけて話さしてもらうけどな。オタクのツレ、ケガさしとーないんやったらワシらの要求呑めっちゅー話や。悪い話やないやろ、簡単や。いつものように甘いトークで女ども誑かして、金落とさせたらエエねん。クスリ買わせてな。それでワシらこの店の用心棒代わりしたるし、儲けもキッチリ7:3で分けたろーゆーてんねん。もうこないな事も無くなるし万々歳やないの」

 

 

そう言いながら、勝男は懐から取り出したタバコを1本口に咥えて、隣に座る神楽の方へと向ける。火を着けろということだろう。

 

 

「前にも言ったはずです。僕らはあなたたちのような人たちの力を借りるつもりはない。僕らは自分たちの力だけでこの街で生きてきた。これからも変わるつもりはない」

 

 

カンカンカンカンカンカンカン…

 

 

「ほぅ。ほなツレがどーなっても…いっ!」

 

 

そう言いかけたその時、タバコに火を着けようと打ち鳴らしていた神楽の火打ち石が、勝男の頬に直撃する。

 

 

「ちょっともう痛い! 痛いしうるさい! 何で火打ち石? さっきからガツンガツン当たっとんねん!」

 

 

怒鳴りながら勝男は、自分のライターを神楽に渡す。

 

 

「ライター無いんか。ほなコレ使って」

 

 

「いや、いいですプレゼントとか…重たい。なんか付き合ってみたいな」

 

 

「お前にあげたんちゃうっちゅーねん! ソレ使って火ィつけて言うてんの!!」

 

 

「フゥー!」

 

 

「火打ち石とコラボレーションすな!!」

 

 

神楽は受け取ったライターを火打ち石で挟んで、粉々に粉砕したのだった。

 

 

「お前何さらしてくれとんねん、高かったんやでコレ」

 

 

ライターを破壊されて勝男が嘆いていると、ヤクザに取り押さえられていた八郎が叫ぶ。

 

 

「狂死郎さん!! オラに構うことはない! こんな奴らの言いなりになるな!! 泥水すすって顔まで変えて、それでもオラたち、自分たちの足で歩いていこうって、この街で生きていこうって決めたじゃないか!!」

 

 

だがその時、勝男が八郎のアフロを掴んで床に投げ飛ばす。

 

 

「ええ度胸やないかァ。ほな、この街で生きてくゆーのがどんだけ恐いか教えたるで」

 

 

勝男は八郎の右手を足で踏み付け、腰に差していた長ドスを鞘から引き抜く。

 

 

「エンコヅメゆーの知っとるか? ワシらヤクザはケジメつける時、指落とすんや。とりわけ溝鼠組(ウチら)の掟は厳しいで~。指全部や」

 

 

「やめろっ!!」

 

 

狂死郎は止めようとしたが、ヤクザ2人に抑えられて動きを封じられてしまう。

 

 

「今更遅いで。お前らとワシらじゃ覚悟がちゃうちゅーこと──思い知れやァァ‼︎」

 

 

そして勝男は振り上げた長ドスの刃を、八郎の手に振り下ろす。

 

 

だがその時──長ドスを握る勝男の右手首が、背後から伸びてきた手によって掴まれ、ゴキリと音を立てた。

 

 

「なァオイ、切腹って知ってるかァ? 俺たち侍はなァ、ケジメつける時、腹切んだよ」

 

 

そう言葉が続けられるにつれ、手首を握る強さが増していき、とうとう長ドスが勝男の手から滑り落ちる。

 

 

「痛そうだから俺はやんないけど」

 

 

その手を掴んでいたのは、不敵な笑みを浮かべた銀時だった。

 

 

「……お前、誰やねん」

 

 

掴まれた手首の痛みなど気にした様子もなく、勝男は銀時に対してそう呟く。

 

 

「何しとんじゃーワレェェェ!!!」

 

 

その瞬間、近くにいた2人のヤクザが銀時に襲い掛かる。

 

 

「ドンペルィィィニョ、3本入りまぁーす!!」

 

 

「オッケェー! 我が命にかえてもォ!」

 

 

銀時が叫ぶと、カウンター席にいた新八が3本の酒瓶を回転させながら投げ渡す。

 

 

「オー、ジャストドゥーイット」

 

 

「「ぷがァァァ!!」」

 

 

それを両手で1本ずつキャッチした銀時は、そのままそれをヤクザ2人の顔面に叩きつけて倒す。そして残った1本もキャッチし、それを勝男に振り下ろそうとした瞬間、銀時の眼前に勝男が咥えていた鋭い串が突き付けられる。

 

 

「そううまくはいかんで、世の中」

 

 

銀時と勝男が睨み合い、緊張感が走る中……突然勝男の懐からピルルルっと、ケータイの着信音らしき音がなる。

 

 

「…ん、メール──あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 

どうやらメールが届いたらしく、ケータイを取り出してその内容を確認する。途端、奇声にも似た大声を張り上げた。

 

 

「メルちゃんがァァァ!! メルちゃんがワシのいぬ間にママになってしまいよったァァ!!」

 

 

「あ、生まれたんですかついに。おめでとうございます」

 

 

どうやら先ほど言っていた産気づいたダックスフントが無事に出産を終えたという内容のメールらしく、それを知った勝男と他のヤクザたちは大喜びである。

 

 

「おめでとうであるかァボケェ!! こうしちゃおれん、スグ引き上げるでェ!!」

 

 

「「「ヘイ!」」」

 

 

「お前ら覚えときィ! 次会う時はこんなモンやすまへんからな!」

 

 

そんな捨て台詞を残して、ヤクザたちは一目散に店から引き上げて行った。

 

 

そしてヤクザがいなくなった途端、誰ともなく一斉に「ハァ~」と安堵の息を吐いた。一時的かもしれないが、とりあえず一安心だろう。すると、ボロボロの八郎が立ち上がって銀時にお礼の言葉を述べる。

 

 

「あ……ありがとうございました。皆さん助かりましたァ」

 

 

「フー、ったく、手間かけさせやがって」

 

 

「まぁまぁ、こうして八郎さんとお母さんはちゃんと守れたんだから」

 

 

「ま、母ちゃん目の前で息子死なせるワケにはいかねーからな」

 

 

「母ちゃん?」

 

 

銀時の言葉に、八郎がキョトンとした顔で疑問符を浮かべる。

 

 

「とぼけんじゃねーよ。どうして隠してたか知らねーが、もういいだろ。名乗り出てやれや、あのババァによー」

 

 

「いや、何を言っているのかよく……」

 

 

「いい加減にして下さい。お母さんがどれだけアナタを心配したと思ってんですか」

 

 

「え?……いやでもオラの母さん、もう死んでるし」

 

 

「……え? 死んでるってどういう……」

 

 

「死にました、1年前に。ちなみにオラ、息子じゃなくてこう見えても元娘です。オナベですから、オラ。八郎は源氏名、本名は花子です」

 

 

「「………………」」

 

 

八郎から返ってきた予想だにしていない答えに、銀時と新八は固まる。

 

 

「銀ちゃん、大変アル!」

 

 

すると、店の奥から神楽が慌てた様子で駆けてきた。

 

 

「オバちゃんが……どこ探してもいないアル!! ひょっとして連中にさらわれてしまったのかも……!」

 

 

「!! 母ちゃんが!!」

 

 

「──え?」

 

 

神楽の言葉を聞いて、驚愕と焦燥が入り混じった顔でそう叫んだのは───狂死郎だった。

 

 

 

 

 

つづく



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もの食べるときクチャクチャ音を立てない

感想欄にて、前回のドライバーのくだりは別作品のネタですか? 的な指摘を受けました。

誤解のないように言っておくと、作者はその別作品の事をまったく知りません。ガチの偶然です。パクったとかオマージュしたとか一切ありません。

かと言ってこのままにしておくのもアレですので、前回のドライバーのくだり部分は、また別のギャグが思いつき次第、書き換えることにします。
今回も少しだけドライバーネタがあるのですが、それもその内書き換えになりますね。とりあえずそれまではこのままという事で。

ご了承ください。

あと出来ればその別作品と作者の名前を教えてください。その人とは趣味が合いそうです(笑)。


感想お待ちしております。


 

 

 

 

 

「……なんやどっかで見たツラや思うたら、ほーかィ。あの兄ちゃん、お登勢んトコの」

 

 

「万事屋なんたらいうなんでも屋やっとる胡散臭い浪人ですがね、化け物みたいにごっつ強い男いう話ですねん。おまけにそいつの嫁は時空管理局の魔導師らしゅうて、局ん中でもかなりの腕利きの上に、鬼のように強いらしいですわ。お登勢のババァも街でモメ事起こると首突っ込んで節介焼いとるでしょ。仲間も多いが敵も多い。ほでも、あの夫婦がババァの両脇で目ェ光らしてるさかい、誰も手が出せんいうワケです」

 

 

「狂死郎の奴、わしらに対抗するためにアレ雇ったいうこっちゃな」

 

 

「かぶき町四天王とモメんのは厄介ですぜアニキ。ほれにあのババァ、ウチのオジキがホレてる聞きましたで」

 

 

「そら昔の話やろ。わしゃなんや、回覧板回すのが遅れてモメて10年以上口きいとらん聞きましたで──あっ!! アニキ今この子のしぐさ見ました!? まるでぬいぐるみみたいやァァァ!!」

 

 

「デカイ声出すなゆーたやろォォ!! メルちゃんは今一番デリケートな時期なんやでェェ!!」

 

 

場所はかぶき町を拠点とするヤクザ『溝鼠組』の屋敷。その一室では、若頭の黒駒の勝男をはじめとしたのヤクザ数人が、飼い犬のダックスフント『メルちゃん』と、そのメルちゃんが先ほど産んだ仔犬を囲みながらそんな会話をしていた。

強面のヤクザたちが円を描くように並んで寝そべって仔犬を眺めているのは、なかなかシュールな光景である。

 

 

「アニキィィ!! コレ見て下さい! メルちゃんが…」

 

 

「オイオイもう1匹出てきたでェ、4匹目やァァ!!」

 

 

また新たな仔犬の誕生に湧き上るヤクザたちだが、その産まれた仔犬の様子がおかしいことに気付く。

 

 

「アニキ! ほでもこの子、息しとりまへんで!!」

 

 

「なんやコレ、オイ、何? どないしたらエエねんオイ!!」

 

 

産まれたばかりの仔犬が息をしていない。そんな状況に勝男だけでなく、他のヤクザたちも揃ってオロオロとうろたえるばかりである。

 

 

「男がうろたえてんじゃないのォォ!!」

 

 

「ぶべら!!」

 

 

すると、突然そんな叱咤の言葉と同時に強烈な平手打ちを頬に喰らい、勝男がその場に倒れる。

 

 

「アンタがしっかりしないで誰がこの子支えるんだィ! こんな時こそ男はどっしり構えてないとダメでしょーが!!」

 

 

「す、すまん…」

 

 

「ちょっとアンタ、乾いた清潔な布巾持ってきな!」

 

 

「へい!!」

 

 

指示を受けたヤクザは、疑う事無く部屋を飛び出して、すぐに1枚の布巾を持って戻って来る。そしてその布巾を受け取ると、息をしていない仔犬を優しく包み、そのまま「フン、フン!」と上から下へ何度も大きく振り下ろす。

 

 

「オバはん、どないやねん! 助かるんか? メルちゃんの子、助かるんか!?」

 

 

勝男は不安を隠せない様子でそう問い掛け、他のヤクザたちも黙って成り行きを見守っている。

 

 

するとその時、息をしていなかった仔犬が「くぅ~ん、くぅ~ん」と小さな鳴き声を上げて息を吹き返した。

 

 

「うおしゃァァァ!! 鳴いたでェェェ!! 息吹き返しよったァ!!」

 

 

「奇跡じゃあ!! ミラクルじゃぁぁぁ!!!」

 

 

生き返った仔犬に、勝男を筆頭にしたヤクザたちが大手を振って喜ぶ。

 

 

「オバはんありがとう、ホンマありがとう!」

 

 

「いいんだよ、大事にしてやんだよ」

 

 

勝男は恩人である母ちゃんの両手を握って、心からの感謝を伝える。

 

 

と……そこで勝男は違和感に気付いた。

 

 

 

 

「……………オバはん、何でこんなトコおんねん?」

 

 

 

 

その瞬間、今まであがっていた歓声がウソのように静まり返り、全員の視線が母ちゃんへと集まる。しかし母ちゃんは気にした様子もなく、あっさりと答える。

 

 

「出産だのなんだの言ってたからさ、こういう時は母ちゃんがいないと始まらんだろ」

 

 

「あっ、そーかそーか──そーかちゃうわァァ!! なんやねん! 誰やねんオバはん!」

 

 

「母ちゃん、八郎の母ちゃんだよ」

 

 

あっけらかんとした態度でそう名乗る母ちゃんだが、ヤクザたちは疑問符を浮かべるばかり。

 

 

「八郎って…あの八郎か?」

 

 

「黒板八郎だよ」

 

 

「? 黒板八郎……」

 

 

八郎と聞いて彼らの頭に真っ先に浮かんだのは、先ほどまで乗り込んでいた高天原の巨大アフロの八郎。しかし黒板八郎と聞いては、本当に誰だか分からない。

 

 

するとその時、その部屋に1人の人物が入って来た。

 

 

「黒板八郎……聞いた名やないけ」

 

 

「! オジキ……」

 

 

そして溝鼠組の親分『泥水次郎長』は、不敵に笑ったのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

一方、銀時たち万事屋一行の4人は、居なくなった母ちゃんを探してかぶき町を歩いていた。

 

 

「坂田さーん!」

 

 

するとそこへ、別行動で母ちゃんを探していた八郎率いるホスト軍団が駆け寄って来る。

 

 

「八郎さん! どうでした、お母さんは見つかりました? こっちはダメでした」

 

 

「こっちもです。お母様どころか、お母様を追って店を出て行ったきり、狂死郎さんとも連絡が……」

 

 

あの後、母ちゃんがいなくなったと知った狂死郎は「母ちゃん!」と叫びながら店を出て行ってしまった。恐らく1人で母ちゃんを探しに行ったのだろうが、連絡が取れなくなってしまったらしい。

 

 

「クソったれ、写真(コイツ)のせいですっかり騙されたな。まさか狂死郎がババァの息子、八郎だったとは」

 

 

「無理もないよ、あんなに顔が変わってたんじゃ、いくらお母さんでも気づきようがないよ」

 

 

そう言って八郎の写真を取り出しながら毒づく銀時と、暗い表情で顔を俯かせるフェイト。

 

 

「それというのもお前がんな格好して八郎なんて名乗ってたからアル! まぎらわしいんだヨ、あん!? ジャロに電話したろか!?」

 

 

「それはアナタたちが落書きして勝手に勘違いしただけでしょうが!!」

 

 

八郎に突っかかって責める神楽だが、言い分としては八郎の方が正しい。彼らが勝手に写真を落書きして、勝手に勘違いをしたのに、それを責められたのでは溜まったものではないだろう。

 

 

「でも何故、お母様を目の前にして、狂死郎さんは何もおっしゃらなかったんでしょう。狂死郎さんは5年前から欠かさず、お母様に向けて仕送りをされていたといいます。誰よりも会いたかったに違いないのに」

 

 

八郎のその言葉を聞いて……銀時、フェイト、新八は、高天原で狂死郎が言っていた言葉を思い出した。

 

 

 

『この街でのし上がるには、キレイなままではいられない。得たものより失ったもの方が多い──恥ずかしい話……親に顔向けできない連中ばかりですよ』

 

 

 

狂死郎が言っていたあの言葉は、高天原のホストたちに向けていたものではなく……狂死郎自身に向けられていた言葉だったのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その頃……狂死郎は走っていた。かぶき町の大通りを歩く人ごみをかき分け、時に人とぶつかろうとも止まることなく走り続けた。

 

 

その理由は、先ほどケータイにかかってきた黒駒の勝男からの電話だった。

 

 

内容はこうだ。

 

 

『もしもし狂死郎はん? 勝男ですけど、まいどォ。なんや~困った事になってましてな。あのオタクのトコに変なオバはんおったやろ。アレ、どーいうワケかわしらに勝手についてきよってなァ、困っとんねん。

 

なんや八郎の母ちゃんです、八郎の母ちゃんです、騒ぎよってな。コレどないしたらエエねん。

 

こっちで勝手に処理してもええか? 問題あるんやったら、スグ引き取りにきてや。グズグズしとったら、わしら何するかわからんよって。

 

ほなな──黒板八郎はん』

 

 

その電話を受けてから、狂死郎は指定された場所へと向かって一心不乱に走り続けたのだった。

 

 

そして狂死郎がやって来た指定された場所は、建設途中の工事現場だった。恐らくこの建物も溝鼠組のものなのだろう。人気のないその中に足を踏み入れると、頭上から声が聞こえた。

 

 

「こっちやこっち。狂死郎は…ちゃうわ、八郎はん」

 

 

見上げると、建物の2階となる土台から狂死郎を見下ろしている勝男とその部下数十人の姿があった。

 

 

「びっくりしたでェ、ホンマは黒板八郎いうねんな。オジキから聞いたで。なんや田舎くさい名前しとったんやなァホンマは…親近感わいたで」

 

 

「……あの人は!?」

 

 

「心配いらんで、大事な人質や、なんもしとらん。約束通り、アンタが息子いうのもふせとる。ヤクザは筋は通すで」

 

 

勝男がそう言うと、奥から目と耳と口をガムテープでふさがれ、体をロープで縛られている母ちゃんが連れて来られた。

 

 

「ほいでも、なんでそないに必死になって隠すかわからんわ。ワシなんかこないグレてもうたさかい、絶対オカンとなんて会われへんけどな。シバき殺されるさかい。アンタこの街のNO,1ホストやん、出世頭やん。胸はってオカンと会うたらエエやんか」

 

 

そう問い掛ける勝男に対して、狂死郎は顔を俯かせたまま語り始める。

 

 

「……どのツラ下げて会えというんですか。もう母の知っている顔は、文字通り捨ててしまった。この街でのし上がることと引きかえに、私はもう八郎であることを捨ててしまった。NO,1ホストといったところで、私はしょせんハタから見れば女性を騙し、金を巻き上げている輩にしか見えぬでしょう。それに、私が生きるのはあなたたちと同じこの街です。私がいくらもがいたところで、汚れた世界で生きてる事に変わりはない」

 

 

「いやいや、立派なモンやったで。わしらの要求拒んでこないにねばった奴、アンタが初めてや。まァそれも今日で最後やろけどな」

 

 

勝男がそう言うと、突然狂死郎は持って来ていたトランクケースを地面に置き、中が見えるように開いた。そこには決して多くはないが、大判やお札の束が入っていた。それを見た勝男は、怪訝な顔で問い掛ける。

 

 

「? なんやその金?」

 

 

「私の私財です。店を大きくするために使ってしまって、あまり残ってはいませんが」

 

 

「なんやァァァ!! まだもがく言うんかいな!! ワシらそんなはした金欲しいんやないでェ!! お前の店でクスリ捌け言うとんねん! もっとデカイ金動かしたいんじゃ!!」

 

 

勝男の恫喝にも動じず、狂死郎は目を伏せて静かに口を開く。

 

 

「私はホストという仕事に誇りを持っています。だからあなた達の要求は呑めないし、母に名乗り出るつもりもない。ホストは女性を喜ばせるのが仕事です。だから──」

 

 

そして狂死郎は伏せていた顔を上げ、真っ直ぐと勝男たちヤクザを見据えながら強く言い放つ。

 

 

「この世で最も大切な女性を悲しませるようなマネは──私は絶対にしない」

 

 

その言葉と彼から発せられる迫力に、ヤクザたちは一瞬気圧された。

 

 

「なっ…なんやとォォォ!! お前、オカンがどうなっても……うぎゃああ!!」

 

 

そんな中で1人のヤクザが怒鳴り声を上げたその時、そのヤクザを勝男が蹴り落とすことでそれを止めた。

 

 

「……狂死郎はん、たいした男気や。さすがかぶき町NO,1ホストいうだけあるわ」

 

 

そう言って先ほどまでとは違い、どこか穏やかな口調で話し始める勝男。どうやら今しがた見せた狂死郎の男気を認めたらしい。

 

 

「ワシもぶっちゃけ、クスリいうのは好かん。新規事業に躍起になっとるオジキに言われて、仕方なくこんな事やっとる……天人来てから、ヤクザも形が変わってしもうた。せやけど、その金あればなんとかオジキを説得できるかもしれん。今日はアンタの男気と、その七三ヘアーに免じて勘弁したるわ。それこっちによこしィ。オカンはそのあと返したる」

 

 

「……………」

 

 

そう言う勝男の言葉に従い、狂死郎はトランクの蓋を閉め、そのまま大きく振り被ってトランクケースを勝男に向かって投げ渡す。そして投げられたそれをキャッチしようと、勝男は両腕を広げて伸ばす。

 

 

だがその時──どこからか飛んできた1本の木刀がトランクケースを貫き、そのままケースごと壁に突き刺さった。

 

 

「なっ…なんやァァァ!?」

 

 

突然の出来事に動揺するヤクザたちの声が叫ぶ。すると、薄暗いその場所を、外からの白く眩い光が差し込む。そしてその光をバックにして立つ……1人の男の姿があった。

 

 

「んなうす汚ねー連中に金なんざくれてやることねーよ。そいつは大事にとっとけ。母ちゃんにうまいモンの1つでも食わせてやりな」

 

 

「お…お前はァァァ!」

 

 

その男……銀時の登場に、ヤクザの1人が叫ぶ。だがその時、轟音と共に壁や柱を破壊しながら、外から鉄骨の束が突っ込んできた。

 

 

「「「わぎゃあああ!!」」」

 

 

その鉄骨の束によって弾き飛ばされるヤクザたち。因みにその外では……

 

 

「僕機械(からくり)苦手なんですけどォォ!!」

 

 

機械音痴の新八が四苦八苦しながらクレーン車を操縦していたのだった。

 

 

「わァァァァァァァ!! アカン、ひとまずココから……」

 

 

逃げろ…と、瓦礫が崩れ落ちるする建物の中でヤクザが悲鳴を上げながらそう言おうとしたその時……鉄骨の束が巻き上げた煙幕の中から、金色の影がそれを突き破って現れる。

 

 

「お客様~、スクリュードライバー……お待たせ致しましたァァ!!!」

 

 

そして金色の影──フェイトが両手の指の間に挟んだ数本のドライバー(+)を一斉に投擲し、ヤクザたちの着物の裾を地面や壁に縫い付けることで、彼らの動きを封じた。

だが、フェイトの攻撃はまだ終わらない。

 

 

「そしてこちらが、特別サービスのォ──!」

 

 

「うおォ…!?」

 

 

そう言いながら動きを封じたヤクザの1人の襟首を両手で掴み、振り子の要領で思いっきり空中に投げ飛ばす。

すると、それに合わせるように銀時が勢いよく地面を蹴って飛び上がり、投げ飛ばされたヤクザの体を掴む。そして……

 

 

「──パイルドライバーじゃァァァァ!!」

 

 

空中でヤクザの頭を自分の膝の間に挟み込んで、そのまま頭から真っ逆さまに地面が叩き割れるほどの威力で落としたのだった。その際、その衝撃でドライバーに衣服を縫い付けられて動けないヤクザ集団もまとめてふっ飛ばした。

 

 

「調子こいとんちゃうぞォ!!」

「極道モンなめんなやァ!!」

「数で袋にしたれやァ!!」

 

 

すると、念のためにどこかに潜んでいたのか、外から更に十数人のヤクザが押し寄せてくる。

 

 

「チッ」

 

 

流石に丸腰でこの数は厄介だと判断したのか、銀時は鬱陶しそうに舌打ちを漏らす。

 

 

「バルディッシュ!」

《Yes sir》

 

 

それは見たフェイトは、すぐにバルディッシュをセットアップする。

 

 

「銀時ィ!!」

 

 

「!」

 

 

そしてそのまま、バルディッシュを銀時目掛けて投げるフェイト。空中で斧のような形状『アサルトフォーム』となったそれを、銀時は咄嗟にキャッチすると……

 

 

「オラぁぁぁ!!!」

 

 

回転切りのように片手でバルディッシュを振り回し、周りにいたヤクザたちを薙ぎ倒すと、そのままバルディッシュでヤクザを殴り飛ばしていく。器用ゆえに刀以外の武器もそれなりに扱える銀時ならではの威力である。

 

 

一方でバルディッシュを手放したフェイトは、襲い掛かって来るヤクザをいなしながら、瓦礫を蹴って跳躍すると、その先にあるトランクケースと一緒に壁に突き刺さった銀時の木刀に向かっ右手を伸ばす。

 

 

「やァァァァ!!!」

 

 

そして木刀の柄を強く握るとそれを勢いよく引き抜き、そのままの思いっ切り振り抜く。その威力と風圧でヤクザたちが吹き飛ばされると、フェイトはそのまま木刀でヤクザを斬り伏せていく。

 

 

銀時とフェイトがお互いの武器を振るってある程度のヤクザを打ち倒すと、2人は背中合わせになりながら口を開く。

 

 

「オイオイ奥さん、どっかで剣術でも習ったか? 見覚えのある良い太刀筋じゃねーか」

 

 

「まーね。どっかの誰かさんのめちゃくちゃな剣術を、ずっと隣で見てきたからね」

 

 

「ケッ、我ながら恐ろしい嫁だぜ。またカカア天下に拍車がかかっちまう」

 

 

「そ、そんなに威張ってないでしょ!」

 

 

そんな会話をしながら、銀時とフェイトは息の合った動きで襲い掛かって来るヤクザをまるで無双ゲームのように次々と伸していった。

 

 

「なんちゅー無茶しよる連中や。どっちがヤクザかわからんで……」

 

 

その光景を見て驚愕半分、呆れ半分でそう呟く勝男。しかしこのまま黙ってやられるわけにはいかないので、人質にとった母ちゃんを使おうとする。

 

 

「オイ、そこまでにしときィ。このオバはんどーなっても…」

 

 

だがその時、勝男の隣にいたハズの母ちゃんの姿が消えた。

 

 

「!!」

 

 

「このオバはんはもらったぜ! フゥ~」

 

 

見ると、鉄骨の束に体を縛り付けられていた神楽が、かっさらっていた。

 

 

「のおおおおおお!!」

 

 

しかし勝男は負けじとそれを追いかけ、逃がすまいと母ちゃんの足にしがみついた。

 

 

「このォボケコラカス! なめとったらあかんどォ!」

 

 

「逃げた女を追うなんて未練だぜ、フゥ~」

 

 

「何勝手な解釈しとんねん!」

 

 

それに対して神楽は、勝男を叩き落そうとゲシゲシと蹴りを入れる。しかし勝男は体制を変えたりなどしてそれに耐えていた。

 

 

「お登勢ババァの回し者やなんや知らんが、この街でワシら溝鼠組に逆ろうと生きていける思うとんのかボケコラカス! 次郎長親分敵に回したら……」

 

 

──ブッ

 

 

と、その時……母ちゃんのケツからそんな音が発せられた。まごうことなき屁である。しかも運悪く、ちょうど勝男と目と鼻の先……つまり直撃である。

 

 

「(むがァァァァァァァ!! クリーンヒットやァァ!! アカン…めまいが…このババァ何食うとんねん!!)」

 

 

あまりの臭いに顔を真っ青にして悶絶する勝男。意識が飛びそうになりながらも、必死で母ちゃんの足にしがみつく。その際ふと、母ちゃんの方を見てみると、恥ずかしいのか頬を赤くしていた。

 

 

「何頬赤らめとんねん!」

 

 

そんな母ちゃんの反応に思わず怒鳴る勝男。すると、そんな勝男の耳に……2人の男女の声が聞こえてきた。

 

 

「溝鼠だか二十日鼠だか知らねーけどな」

 

 

「たとえ泥の中でも、必死に泥をかき分けて、ただ懸命に生きている鼠を──」

 

 

その声の先には、木刀とバルディッシュを交換して本来の武器を手にした銀時とフェイト。2人は左右対称のバッターのように並び立ち、手にした武器をバットのようにして構える。

 

 

そして……

 

 

「邪魔すんじゃねェェ!!」

 

 

銀時の咆哮と共に木刀とバルディッシュを振り抜き、勝男の腹に打ち込まれる。勝男は下の床に吹っ飛ばされ、少々床を抉らせて倒れた。

 

 

「兄貴ィィィ!!」

 

 

「おんどりゃああ!!」

 

 

そこに、子分達が集まり、怒りの矛先を銀時に向ける。しかしそれを制する手があった。

 

 

「ほっときほっとき、これでこの件から手ェ引いてもオジキに言い訳立つわ」

 

 

「あにっ……!」

 

 

それはこともなげに立ち上がった勝男だった。コキコキと首を鳴らし、自慢の七三ヘアーを正しながら、勝男は続ける。

 

 

「溝鼠にも溝鼠のルールがあるゆーこっちゃ。ワシは借りた恩は必ず返す。7借りたら3や。ついでにやられた借りもな。3借りたら7や。覚えとき、兄ちゃん」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

翌日……ホストクラブ『高天原』では、いつもと変わらない光景があった。そう…いつも通りホストたちが接客で女性を喜ばせる、何1つ変わらない光景が。

 

 

「いつもと変わらないな、狂死郎さん。聞いたかアレ、結局名乗らなかったって」

 

 

いつも通りの狂死郎を眺めながら、1人のボーイと八郎が会話していた。

 

 

「私はまだ胸を張って母に会えるほど立派な人間じゃないってさ。あの人は恥ずべき事なんて何もしちゃいないのに」

 

 

「本当ですよ……」

 

 

「オラは知ってるよ、あの人がどれだけキレイな心持ってるか。ずっと隣で見てきたから……」

 

 

「八郎さん」

 

 

すると別のボーイが、何やら重箱のようなものを持ってやって来た。

 

 

「ちょっと、表に変なモノが置いてあったんですけど」

 

 

「! これは……」

 

 

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

一方で万事屋では……

 

 

「アレだよ! 砂糖とお酒入れて煮て食べるんだよ! そのカボチャ!」

 

 

「しつけーな、何回同じこと言うんだよ!!」

 

 

「大きい声出すんじゃないのォ!! アンタはもう人のアゲ足ばっかりとってェェェ!!」

 

 

風呂敷包みを抱えた母ちゃんが、玄関前で銀時と言い争っていた。

 

 

「アレだよ! あんまり煮すぎてもダメだよ! グズグズになるから! 適度に!」

 

 

「しつけーな、何回同じこと言うんだよ!!」

 

 

「大きい声出すんじゃないのォ!! アンタはもう人のアゲ足ばっかりとってェェェ!!」

 

 

そんな言い争いを、もうすでに何度も繰り返している。

 

 

「アレだよ! よく噛んで食べるんだよ!」

 

 

「しつけーな、何回同じこと言うんだよ!!」

 

 

「これはまだ1回目だよ!! 騙されないよ私ゃ!」

 

 

大きな風呂敷包みを抱えているのを見て察するに、どうやらこれから田舎に帰るところのようである。

 

 

「それじゃ私いくけど、私いったらちゃんとカギしめんだよ! 最近物騒なんだから!!」

 

 

「しつけーな! もういいから早く行けよ!」

 

 

「あばヨ、オバはん。いい夢みろヨ」

 

 

「オメーもなクソガキ!」

 

 

そう言うと、母ちゃんは玄関の引き戸に手をかける。

 

 

「それじゃあね」

 

 

「あのっ…お母さん…」

 

 

それを新八が呼び止めた。その隣には、申し訳なさそうな表情をしたフェイトもいた。

 

 

「あのっ…結局力になれなくて……すいませんでした」

 

 

「ごめんなさい……あなたを息子さんに会わせることができなくて……」

 

 

フェイトと新八が頭を深く下げ、謝罪する。そんな2人に対して母ちゃんは……

 

 

「なに言ってんのさ」

 

 

ニタ、と笑った。

 

 

 

「会わしてくれたじゃないのさ」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

場所は戻って高天原。そこではいつもと変わらない接客で女性と笑っている狂死郎の姿。

 

 

「お待たせしました」

 

 

するとその狂死郎が座っている席に、八郎がかぼちゃの煮物が入った重箱を置いた。

 

 

「……何コレ……煮物?」

 

 

「ちょっとォ、こんなもん頼んでないわよ! ちょっ…何笑ってんの?」

 

 

突然置かれたそれに女性客は難色を示しているが、八郎はニッと笑って席を離れて行った。

 

 

「何なの、何なのコレ、カボチャ?」

 

 

「こんなダッセーもん誰頼んだの? もしかして狂死郎さん?」

 

 

「んなワケないじゃん、狂死郎さんがこんなイモいもん食べるわけないでしょ」

 

 

そんな女性客たちの声を聞きながら、狂死郎は重箱に挟まれていた1枚の紙に気がついた。

 

 

手に取ってみると……それは『八郎へ』と書かれた母ちゃんからの手紙だった。

 

 

 

 

 

八郎へ

 

 

まず1つ。アンタまだ箸の使い方がなってませんね。直しなさいっていったでしょう。母さんスゴく気になりました。

 

 

あとものを食べる時、クチャクチャ音をたてない。母さんスゴクイライラしました。

 

 

最後に……

 

 

細かい事はよくわからないけども、母さん、アンタが元気でやっててくれればそれでいいです。

 

 

たとえどんなんなったって、アンタは私の自慢の息子です。

 

 

 

 

 

それを読み終えた狂死郎は、すぐに箸を手に取った。そして拙い箸使いでカボチャの煮物を掴み、それを口に運んだ。

 

それも1つだけではなく2つ3つと口いっぱいに頬張り、クチャクチャと音を立てながら咀嚼する。

 

 

──か…母ちゃん!

 

 

たとえ女性客が怪訝な顔をしようとも、目や鼻からみっともなく涙や鼻水を流そうとも……狂死郎は……黒板八郎は、母の愛情が詰まったそれを口いっぱいに詰め込んだのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「ようやくうっとーしーのがいなくなったな。アレだな、母ちゃんなんていてもうっとーしーだけだっつーのがよくわかったわ」

 

 

「そうアルな」

 

 

「そうですね……」

 

 

「みんな、カボチャの煮物、できたよ」

 

 

そう言ってフェイトは、母ちゃんから教わった作り方で調理したカボチャの煮物をテーブルの上に置いた。

 

 

そして4人は誰からともなく、同時にカボチャの煮物を箸を伸ばして、それを口に運んだのであった。

 

 

 

 

 

「「「「1、2、3、4」」」」

 

 

 

 

 

母ちゃんから教わった20回噛んでから飲み込むということを忘れずに……

 

 

 

 

 

つづく




このままフェイトにはドライバーキャラになってもらう手もありだったなコレは。


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みんなカブト虫が好きって言うけどクワガタ虫の存在も忘れてはいけない

この話は前から書いていたのでちょっと手直しするだけですぐ投稿できました。


 

 

 

 

 

「カブト狩りじゃああ!!!」

 

 

ある夏の日……万事屋にて、麦わら帽子を被り、虫かごを肩にかけ、虫取り網を手にした神楽のそんな声が響き渡る。

 

 

「かー……くー……」

 

 

「?」

 

 

「……………」

 

 

しかしそれに対して、銀時はジャンプを顔に乗せて昼寝、フェイトは神楽の叫びの意味が分からないのか首を傾げ、新八は新聞を読んで無反応だった。

 

 

「カブト狩りじゃああ!!!」

 

 

もう1度叫ぶが、変わらない。

 

 

「カブト狩りじゃあああああ!!!」

 

 

「うるせェェェェェ!!!」

 

 

3度目にて、ついに銀時がキレて叫ぶ。

 

 

「なんなんだよオメーはさっきから1人でゴチャゴチャと」

 

 

「カブトって、カブトムシのこと? 神楽、カブトムシが欲しいの?」

 

 

「そうです、だから私はこれからカブト狩りに行こうと思います。どーですか?」

 

 

「どーですかって、行けばいいじゃない」

 

 

「行けばいいじゃないじゃない!!!」

 

 

「ぶべら!」

 

 

適当な返事をした新八に、神楽の平手打ちが炸裂する。そして神楽はそれに至った経緯を涙ながらに語る。

 

 

「聞いてヨ! 私もう堪忍袋の緒が切れたネ。私のカワイイ定春28号が憎いあんちきしょーにやられちまってヨー。それでさァ、曙Xまでやられちゃってね、みんな持っていかれちゃったアル。ねぇ聞いてる?」

 

 

「あー聞いてる聞いてる」

 

 

「それでネ、私みんなの仇をとろうと思ってネ……ねぇ聞いてる?」

 

 

「あー聞いてる聞いてる」

 

 

「でも私、カブトムシの捕り方なんて知らないネ。だから教えてよ」

 

 

「カブトムシブーム再燃だとよ、時代は繰り返すね」

 

 

「なんかカブトムシ同士で相撲をとらせる遊びが流行ってるみたいですよ」

 

 

「えっと……私はあんまり虫には詳しくないから分からないかな……」

 

 

そう言う銀時の目はテレビのニュースにしか向いておらず、神楽の話は思いっ切り耳から耳へ聞き流していた。新八も同様である。唯一フェイトだけはちゃんと話を聞こうとしていたが、神楽の要領を得ない話に首を傾げるばかりだった。

 

 

「ねぇ教えてヨ」

 

 

「あー聞いてる聞いてる」

 

 

「聞いてるじゃなくて教えてヨ」

 

 

「アレだよお前、曙は今、東関部屋で師範代を……」

 

 

「曙の部分しか聞いてねーじゃねーか!!」

 

 

適当な返事を返す銀時の顔面に神楽の鉄拳が減り込む。

 

 

「もういいネ! とにかく一緒に来てヨ! 私どうしてもカブトムシが欲しいネ!」

 

 

「冗談じゃねーよ。いい年こいてなんでカブトムシ捕りなんてしなきゃならねーんだ」

 

 

「銀時、そんなこと言わずに手伝ってあげようよ。カブトムシのことはよく分からないけど、私も協力するから」

 

 

「甘やかすんじゃありません。子供の自由研究は子供が自分でやるものです」

 

 

銀時からあふれ出る鼻血を拭いてあげながら、神楽を手伝ってあげようと進言するフェイトだが、銀時は甘やかすなと一蹴する。

 

 

「だいたいよォ、何でそんな一銭にもならんことを……」

 

 

『ええー!!』

 

 

そう言いかけた銀時の言葉を遮ったのは、テレビから流れるアナウンサーの驚いたような声だった。内容は先ほど銀時自身も言っていたカブトムシブームに伴う、カブトムシの価値についてだった。

 

 

『このカブトムシ、そんなに高いんですか!? 車買えますよそんな値段!』

 

 

『ええまァ、僕にとっては車より大切なモノですから』

 

 

『このように大変高額なカブトムシも登場し、カブトムシブームは大人も巻き込んでの大きなものとなっていきそうです』

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「カブト狩りじゃあああああああ!!!」

 

 

そんな訳で、彼らは今カブトムシ捕獲の為に山へとやって来ていた。

 

 

「狩って狩って狩りまくるんじゃあ!!」

 

 

「狩って売って売って売りまくるんじゃあ!」

 

 

「なんでこうなるの?」

 

 

「本当に現金なんだから……」

 

 

金になると分かった瞬間に喜々としてカブト狩りへと乗り出した銀時と神楽に、フェイトと新八は呆れたような顔でそう呟いた。

 

 

それから彼らは宿営地となる場所にテントを張ると、銀時が仁王立ちで口を開く。

 

 

「おめーら、巨大カブトを捕まえるまで帰れると思うなよ。ビジネスで来てんだからなビジネスで。キャンプ感覚ではしゃぐんじゃねーよ。森は魔物だ、浮かれてたらあっという間に飲み込まれるぞ」

 

 

「大丈夫、ぬかりはないネ。食料もしっかり買い込んだし」

 

 

風呂敷を広げながらそう言う神楽が用意したという食料は、大半がポテチなどのお菓子類だった。

 

 

「食料っていうかオヤツだよね、ピクニック気分だよね」

 

 

「バカヤロー、何浮かれてんだ。オヤツは300円以内に収めろって言っただろーが!!」

 

 

「お前もかいィィ!」

 

 

ビジネスだと自分で言っておいて自分がピクニック気分になっている銀時に新八がツッコミを入れる。

 

 

「残念でしたァ、酢昆布はオヤツの内に入りません~」

 

 

「入りますぅ、口に入るものは全てオヤツですぅ、ジュース類も認めません~」

 

 

「いいアルか、そんなこと言って。私銀ちゃんがこっそり水筒にポカリ入れてきてるの知ってるんだからね」

 

 

「あれはポカリじゃありません~、ちょっと濁った水です~」

 

 

「お前ら森に飲み込まれてしまえ」

 

 

銀時と神楽のそんなしょうもないやり取りを見て、新八がそう呟く。するとそこに、フェイトがパンパンと両手を叩きながら割って入った。

 

 

「はいはい、銀時も神楽もそのへんにしようね。食料なら私がちゃんと別で管理してあるから。それとポカリなら水筒に入れて人数分用意してあるから、ちゃんとこまめに水分補給をすること。脱水症状とか怖いんだから。それと日射病にも気を付けてね。特に神楽はただでさえ日光に弱いんだから麦わら帽子だけじゃなくて日傘もちゃんと差すこと。いい?」

 

 

「「は~い」」

 

 

「フェイトさん流石だよ、アンタもうオカンだよ、万事屋のオカンだよ」

 

 

テキパキと指示を出すフェイトに、銀時と神楽も素直に返事を返し、その手際の良さに新八はただただ感服したのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

それから早速カブトムシの探索に乗り出した銀時たち万事屋一行だったが、肝心のカブトムシはどこにも見当たらなかった。

 

 

「意外に見当たりませんね」

 

 

「スグ見つかると思ったのに…どうすればイイネ?」

 

 

「身体中にハチミツ塗りたくって突っ立ってろ、スグ寄って来るぞ」

 

 

「わかったアル。じゃあフェイトの身体に塗りたくってやるネ」

 

 

「えっ!? 私がやるの?」

 

 

「おいおい何言ってんだ、んなもん変態しか寄ってこねーに決まってろんだろ」

 

 

「いやアンタが発案したんだよ」

 

 

「そもそもフェイトの身体にヌルヌルと液体を塗りたくっていいのは俺だけなんだよ、他の変態共に指1本触れさせるかってんだバカヤロー」

 

 

「銀時やめて。子供たちの前でそういう卑猥なこと言うのはホントやめて」

 

 

そんな会話を繰り広げながらも、カブトムシの探索は続くが、一向に見つからない。

 

 

「流行ってるって話だし、この辺はもう取り尽されてるのかもしれませんね。──ん?」

 

 

するとそこで、新八が何かを見つける。それに釣られて銀時たちもそちらに視線を移して見ると……

 

 

──そこには、ふんどし姿で身体中に塗りたくったハチミツを滴らせながら片足で突っ立っているゴリラ似の男の姿があった。

 

 

それを何も言わずに素通りすると、新八が顔を青くして口を開く。

 

 

「銀さん、帰りましょうよ。この森恐いです」

 

 

「体中にハチミツ塗りたくってたネ」

 

 

「気にするな、妖精だよ妖精。樹液の妖精だ。ああして森を守ってんだよ」

 

 

「でも銀時、なんか見たことある人だったんだけど……」

 

 

「ゴリネ、ゴリだったアル」

 

 

「じゃあゴリラの妖精だ。ああしてゴリラを守ってるんだよ」

 

 

「ゴリラを守ってるって意味が……!」

 

 

そこでまたもや新八は何かを見つけ、銀時たちもそちらを見る。

 

 

──そこにいたのは、バケツいっぱいのマヨネーズを一心不乱に木に塗りたくっているタバコを咥えた男だった。

 

 

銀時たちは同様に素通りしながら口を開く。

 

 

「銀さん、帰りましょうよ。やっぱりこの森恐いです」

 

 

「マヨネーズ木に塗りたくってたネ」

 

 

「気にするな妖怪魔妖根衛図(マヨネーズ)だよ。ああして縄張りにマーキングしてんだよ」

 

 

「もしかしてあの人、銀時たちの知り合い?」

 

 

「ニコ中ね、ニコチン中毒だったアルネ」

 

 

「じゃあ妖怪ニコチ○コだ。ああして2個チ○コあるんだよ」

 

 

「いや、2個チ○コないですから──!」

 

 

2度あることは3度あるように、新八は三度何かを発見する。

 

 

──そこにはおかしな6人組の集団が、その内の1人であるふんどし姿の犬耳を生やした男の身体に、寄ってたかってスイカの汁を塗りたくっている光景があった。

 

 

当然それも素通りすると、今度はフェイトも一緒に青い顔で口を開く。

 

 

「銀さん、ホント帰りましょう。マジでこの森恐いです」

 

 

「スイカの汁を塗りたくってたネ」

 

 

「ねえ銀時、今のって……」

 

 

「気にするな、ただの化け狸と愉快な仲間たちだよ。ああして人間へのイタズラを仕掛けてるんだよ」

 

 

「でも皆いたよね? 一家総出でいたよね?」

 

 

「じゃあ化物集団、八神一家だ。ああして誘き寄せた人間から魔力を奪って、世界を滅ぼす魔導書に喰わせてるんだよ」

 

 

「その冗談笑えないから。っていうかもう八神って言っちゃったよね?」

 

 

「あの…ひょっとして今の人たち、銀さんとフェイトさんの知り合──!」

 

 

そこまで言いかけて、新八は本日4度目となる何かを発見し、絶叫する。

 

 

「ぬっ…うおぁぁぁぁ!! なっ…なんじゃありゃぁぁ!!」

 

 

見上げてみると、そこにはなんと人並みの大きさはあるだろう巨大なカブトムシが木に張り付いていた。

 

 

「おいおいウソォ? ウソだろ! とんでもねェ大物じゃねーか! 何モタモタしてんだ、早く落とせオラァ!!」

 

 

「わ、わかった!」

 

 

「オラァ!! 死ねオラァ!!」

 

 

その巨大カブトに驚きながらも、さっそく銀時たちは捕獲の為に動き出し、巨大カブトがとまっている木を4人がかりで蹴り揺らす。すると、その巨大カブトはズズゥンっと音を立てながら地面に落下した。

 

 

「「よっしゃああ!!」」

 

 

「これで定春28号の仇が……」

 

 

そう言って神楽は巨大カブトに駆け寄り、その体に手をかけてひっくり返すと……

 

 

「なにしやがんでェ」

 

 

それは巨大カブトではなく、カブトムシの着ぐるみを着た男であった。見覚えのあるその男──『沖田総悟』に、フェイトを除いた3人が踏み付けるように蹴ると、神楽が青筋を浮かべながら怒鳴る。

 

 

「お前こんな所で何やってるアルかァァ!!」

 

 

「見たらわかるだろィ」

 

 

「わかんねーよ、お前が馬鹿と言う事以外わかんねーよ」

 

 

「ちょ、ゴメン起こして。1人じゃ起きられないんでさァ」

 

 

「あ、大丈夫?」

 

 

着ぐるみのせいで起き上がれない男の後ろに回って、フェイトが背中を支えながら助け起こす。

 

 

「あ、どうもすいやせん。フーまったく、仲間のフリして奴らに接触する作戦が台無しだ」

 

 

「オイ、何の騒ぎだ?」

 

 

するとそこに、騒ぎを聞きつけて先ほど見かけた集団がやって来た。

 

 

「ん?」

 

 

「あっ、銀ちゃんにフェイトちゃんや」

 

 

「お前ら!! こんな所で何やってんだ!?」

 

 

その集団とは、近藤勲が局長を務める黒い制服に身を包んだ特殊警察『真選組』と、時空管理局特別捜査官の『八神はやて』とその家族、八神一家の面々であった。

 

 

「何やってんだって…全身ハチミツまみれの人に言う資格があると思ってんですか?」

 

 

「これは職務質問だ、ちゃんと答えなさい」

 

 

「職務ってお前、どんな職務についてたらハチミツまみれになるんですかハニー?」

 

 

「銀ちゃん、こっちは曲がりなりにも警察なんや。ちゃんと質問には答えた方がええよ」

 

 

「寄ってたかって犬耳男にスイカ汁を塗りたくってる警察なんざ聞いたことねーよ。何がしてーのか逆にこっちが質問してーよ」

 

 

色々とおかしい行動をしていた真選組に一通りツッコミを入れると、新八がはやてたち八神一家を指差しながら言った。

 

 

「だいたいその人たちは誰なんですか? 真選組に女性の隊員が入ったなんて聞いたことありませんよ。銀さんの知り合いなんですか?」

 

 

「あー…まぁな」

 

 

新八の問いに銀時はめんどくさそうにボリボリと後頭部を掻くと、はやてたち一家を1人ずつ指差しながら紹介する。

 

 

「えーっと……タヌキと妖精モドキと、ピンクにロリータ、あとジミ子とザフィーラだぼらァァ!!」

 

 

その瞬間、八神一家6人全員が一斉に銀時に飛び蹴りをかました。

 

 

「何やその紹介!! テキトー過ぎるやろこの天パ!!」

「リィンは妖精じゃないですぅ!!」

「人の紹介くれェまともにできねーのかテメーは!!」

「貴様それでも侍か!!」

「シャマル先生はジミなんかじゃありません!!」

「何故俺の名前だけ普通に言った? ボケるなら最後までボケろ!!」

 

 

そして倒れる銀時に降り注ぐスタンピングの嵐。その中から「アァァァァッ!!」と流れる断末魔。それがひと段落すると、一家の代表であるはやてが「んんっ」と咳払いしながら初対面の新八に名乗る。

 

 

「初めまして、時空管理局より真選組に出向してきました、八神はやて言います。で、こっちが私の家族で同じく真選組に出向になった……」

 

 

「リィンです!」

 

 

膝まで届きそうなほど長い水色の髪をした小さな少女、リィンこと『リインフォースⅡ』。

 

 

「シグナムだ、よろしく頼む」

 

 

長いピンク色の髪をポニーテールにし、男勝りな口調で武士のような雰囲気の女性『シグナム』。

 

 

「ヴィータだ」

 

 

小学生のような外見と、後頭部で縛った2本の三つ編みおさげが特徴の少女『ヴィータ』。

 

 

「シャマルです、よろしくね」

 

 

短い金髪に優しげな顔立ちをし、おっとりとした雰囲気をした女性『シャマル』。

 

 

「ザフィーラ」

 

 

褐色の肌と筋骨隆々とした体を持ち、犬のような耳と尻尾を生やした白髪の男性『ザフィーラ』。

 

 

彼らもはやてに続いて、自身の名前を名乗ってそう短い挨拶をする。それに対して新八は戸惑いながらも頭を下げ、神楽は不遜な態度で鼻をほじっていた。

因みに形式上、真選組に出向となっている為、彼女たちの着ている服も真選組と同じ隊服である。しかも女性仕様となっている為か、女性陣の隊服の下半身部分はタイトスカートに黒のブーツとなっている。

 

 

「はやて、みんな! 久しぶり!」

 

 

「フェイトちゃん、元気やったか~?」

 

 

昔からの馴染みであるフェイトとはやては久しぶりの再会を喜び、お互いの両手を握って握手を交わす。

 

 

「アレが旦那の嫁さんですかィ。近藤さんの言う通りキレーな人ですねィ、土方さん」

 

 

「フン」

 

 

そんなフェイトを遠巻きで見ながらそう呟いた沖田に対して、真選組副長の『土方十四郎』は興味ないと言いたげに鼻を鳴らし、紫煙を吐いたのだった。

 

 

「でも、どうしてはやてたちが? 真選組に出向するほど、江戸(こっち)でそんなに大きな事件は起きてないんじゃ……」

 

 

「……せやな、フェイトちゃんには話しとかなアカンな」

 

 

フェイトがそう問い掛けると、途端にはやては神妙な面持ちになり、そう呟いた。

 

 

「これを話すにはまず、私らが真選組に出向したあの日のことから話す必要がある。そう……あれは数週間前のことや……」

 

 

そしてはやては、物憂げな表情で森の木々の隙間から見える夏の空を見上げながら……静かに語り始めたのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「なに勝手に回想行こうとしてんだよ。させねーよバカヤロー」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「ちょっ、銀ちゃぁぁぁん!?」

 

 

はやては絶叫しながら銀時に詰め寄る。

 

 

「何で邪魔したん!? 文面に『*』が入ったら場面が変わるか、回想に入るかって決まっとるやろ!?」

 

 

「だからもう1回『*』入れて場面戻しただろ」

 

 

「戻るどころか変わってへんやん! 速Uターンしただけやん!」

 

 

銀時にツッコミを入れながらはやては怒鳴るが、当の銀時は右手の小指で右耳をほじっており、完全に他人事である。

 

 

「ったく、ポンポコうるせーなァ。おめーらのどうでもいい回想なんぞに割いてる文章はねーんだよ。文字と行数の無駄だコノヤロー」

 

 

「どうでもいいわけないやろ! 私らが何で真選組に出向することになったのかとか、ちゃんとそこらへん説明せな読者の皆さんが納得せぇへんやろ!」

 

 

「大丈夫だよ、ここの読者さんたちなら。俺とフェイトが何の前触れもなく結婚して夫婦になっても受け入れてくれる広ーい心の持ち主たちばかりなんだからよ。きっとお前らがチンピラ警察になろうが、タヌキとゴリラが結婚しようが受け入れてくれるさ」

 

 

「何どさくさに紛れて私と近藤さんを結婚させとんねん!? そんなカップリング私は絶っ対イヤやからな!!」

 

 

「……アレ? 今俺、一言もしゃべってないのにフラれた?」

 

 

予期せぬ流れ弾に近藤の心が多大なダメージを受けて涙目になっていたが、2人には一切気にせず口論を続けている。

 

 

「せやけど回想を通して説明せなアカンことが山ほどあるんやで! 管理局から脱走した凶悪な次元犯罪者が江戸に逃げたこととか、それを地元の警察組織である真選組と協力して捕まえる為に私らが出向することになったこととか、私ら管理局組と真選組のすれ違いとか、シグナムと総悟君の死闘とか、管理局嫌いのトシちゃんとの衝突や和解とか、のちに設立される『真選組魔法部隊』のこととか……」

 

 

「はい、ということがありました。以上、回想終わり」

 

 

「強引に纏めんなァァァ!!」

 

 

結局……銀時がはやての回想をムリヤリ纏めて終わらせたことにより、決着がついた。

 

 

「ホンマ銀ちゃんケチやわ~。回想くらいさせてくれてもエエやんか」

 

 

「俺たちはカブト狩りで忙しいんだよ。んなもんに構ってられっか」

 

 

「え? カブト狩り? 銀ちゃんたちも?」

 

 

「も?」

 

 

キョトンとした顔ではやてが言った言葉に引っ掛かりを覚えた銀時は怪訝な顔をする。

 

 

「私ら真選組もカブトムシとりに来てんねん。ねぇ近藤さん」

 

 

「おい八神、そいつらに余計なことを……」

 

 

「その通りだ」

 

 

「言っちゃったよどいつもこいつも。もうちょっとこうなんか…」

 

 

警察組織である真選組がこの森にいる理由が、彼らと同じカブトムシが目的だと聞いて、万事屋一行は驚嘆する。

 

 

「カブトムシとりィ!?」

 

 

「オイオイ、市民の税金搾り取っておいてバカンスですかお前ら? 馬鹿んですか!?」

 

 

「こいつは立派な仕事だ。とにかく邪魔だからこの森から出て行け」

 

 

そんな中、神楽はビシッと沖田に指を指した。

 

 

「ふざけるな! 私だって幻の大カブトを捕りにここまで来たネ! 定春28号の仇を討つためにな‼︎」

 

 

「何言ってやがんでェ。お前のフンコロガシはアレ、相撲見て興奮したお前が勝手に握り潰しただけだろーが」

 

 

「誰が興奮させたか考えてみろ! 誰が一番悪いか考えてみろ!!」

 

 

「お前だろ」

 

 

「うん、流石にそれは神楽の逆恨みだよ」

 

 

神楽の頭をスパンっと銀時がはたく。彼女はずっと定春28号が沖田にやられたと言っていたが、どうやら自業自得だったらしい。フェイトも呆れたようにそう呟く。

 

 

「総悟、お前また無茶なカブト狩りをしたらしいな。よせと言ったはずだ」

 

 

「犬兄さんの身体にスイカ汁を塗ってカブトムシを釣ろうとするのは無茶じゃないんですか?」

 

 

「はやてちゃん、またザッフィーにスイカ汁を塗っていたのか。ダメだと言っただろう」

 

 

「トシちゃんのマヨネーズ作戦の方がダメやと思いますけど」

 

 

「トシ、お前まだマヨネーズで捕ろうとしてたのか。無理だと言っただろう。ハニー大作戦で行こう」

 

 

「いや、マヨネーズ決死行でいこう」

 

 

「いや、なりきりウォーズエピソードⅢでいきましょーや」

 

 

「いや、傷だらけのハニー湯煙殺人事件でいこう」

 

 

「いや、ドキッ! スイカだらけの大運動会でいけるハズや」

 

 

近藤、土方、沖田、はやての4人がそれぞれの作戦を言い合ってまったく譲ろうとしない。するとその時、真選組の隊士の1人が、双眼鏡を覗きながら叫んだ。

 

 

「あ゛あ゛、アレ! 局長見てください! カブトムシです! 前方まっすぐの木にカブトムシが…」

 

 

「「「カブト狩りじゃああ!!」」」

 

 

隊士が言い終わる前に、万事屋からは銀時と神楽、真選組からは近藤、土方、沖田、はやてが一斉にそのカブトムシに向かって走り出した。

 

 

「待てコラァァ! ここのカブト虫には手を出すなァ!! 帰れっつってんだろーが!!」

 

 

「ふざけんな! 独り占めしようたってそうはいかねーぞ。カブト虫はみんなのものだ! いや! 俺のものだ!」

 

 

「クソッ! オイ、奴らにアレを渡すな! 何としても先に…ぶっ!!」

 

 

その中で、神楽が土方を足蹴にして跳躍する。

 

 

「カブト狩りじゃあああ!!」

 

 

カブトムシに向かって手を伸ばす神楽。しかしその時、沖田が彼女の足首を掴んでそれを阻止した。

 

 

「カーブト割りじゃああ!!」

 

 

そのまま思いっきり神楽を地面に叩きつける。

 

 

「カブト蹴りじゃあ!!」

 

 

そこに銀時が飛び込んできて、沖田を木に蹴り付けた。そして木にしがみついて登ろうとする銀時だが、いつの間にか近藤が木に登り、上から銀時に向かってドヤ顔を向けていた。

 

 

「ワッハッハッハッ! カーブト……」

 

 

だがこの時、近藤の全身がハチミツ塗れなのが災いし……

 

 

「割れたァァァ!!」

 

 

手がズルっと滑ってそのまま頭から地面に落ちてしまった。

 

 

「カーブト…踏みやァァ!!」

 

 

「ぐおっ!!」

 

 

すると、下から登って来たはやてが、銀時の身体と頭を踏み台にして一気に駆け上がる。しかし銀時はそれを許さず、落下しそうになりながらも踏み止まり、すぐに手を伸ばしてはやての右足首を掴む。

 

 

「カーブト投げじゃァァァ!!」

 

 

「にゃアアアァァァァ……!!!」

 

 

銀時はそのまま思いっ切り振りかぶって投げ飛ばし、はやては森の彼方へと消えて行った。その際、遠くで枝などがバキバキと折れる音や、グシャっと何かが潰れるような音がしたのはきっと気のせいだろう。

 

 

「カーブト……」

 

 

「言わせるか! カーブト……」

 

 

「俺がカーブト……」

 

 

そして残った銀時と土方が木の上でそんな争いをしていると、その下で先ほど倒された神楽と沖田が起き上り、並んで立っていた。そんな2人のただならぬ雰囲気を見て、嫌な予感がした銀時と土方は冷汗を浮かべる。

 

 

「「カー、ブー、トー」」

 

 

「……オイ、ちょっと待て」

 

 

「俺たち味方だろ、俺たち……」

 

 

「「折りじゃァァァァ!!」」

 

 

その予感は的中し、上にいる2人などお構いなしに、神楽と沖田はそれぞれ蹴りと刀を木に叩き込んだ。

 

 

「「ぎゃあああああ!!」」

 

 

結果、木は轟音と銀時たちの断末魔と共に薙ぎ倒され、その騒ぎの中でカブトムシは羽を広げて飛んでいってしまったのだった。

 

 

「いっちゃったね…」

 

 

「いっちゃいましたね…」

 

 

その光景を、新八は真選組監察の『山崎退』と共に遠い目で眺めていたのであった。

 

 

「……さて、主はやてを探しに行くか」

 

 

「んだな」

 

 

「ですねー」

 

 

そして同じく静観を決め込んでいた、はやての守護騎士たちも、森の彼方へと飛んで行ってしまった主を探しに歩き出した。

 

 

「そう言えば、ヴィータちゃんが参加しなかったのは意外ね。こういうの好きそうなのに」

 

 

「まーな。アタシはカブトよりガ○ック派だからな」

 

 

「いやそれ、理由になってないと思うけど…」

 

 

「そうだぞヴィータ、何を言っている。ガ○ックよりもサ○ードが一番だろう」

 

 

「シグナム? あなたどうしたの? そんなキャラじゃないハズよね?」

 

 

「シグナムは結局、剣を使う人が好きなだけじゃないですか。リィンは断然ドレ○ク派ですぅ!」

 

 

「何を言っている、キッ○ホッパーこそ最高だ」

 

 

「リィンちゃんにザフィーラまで!? なにこれ!? みんなボケる感じなの!? じ…じゃあシャマル先生はやっぱり、ダーク──」

 

 

「主はやてが心配だ! 急いで探すぞ!!」

 

 

「「「おう!」」」

 

 

「ちょっとォォ!! せめて最後まで言わせてよぉーー!!!」

 

 

まるで狙っていたかのように一斉に走り出して一瞬で遠ざかっていくシグナムたちの背中に、シャマルの絶叫に似たツッコミが森に木霊したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、次元犯罪者が管理局から脱獄して江戸に逃げたって言ってたけど、誰が脱獄したんだろう…………まぁ、あとで聞けばいっか」

 

 

そんなフェイトの呟きは、バカどもの喧騒の中に消えていった。

 

 

 

 

 

つづく




最後のフェイトの呟きに関しては……わかりますよね。


今回ははやてが目立ち過ぎたので、最後に申し訳程度のヴォルケンズ。


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主婦が余ったカレーとかを近所におすそ分けするのは勿体ないからとご近所付合いを大切にしているからである

おかしい……今回でカブト狩りが終わる予定のハズ。

最初はキャンプシーンにちょっと手を加えて、前回あんまり目立ってなかったフェイトを少しだけ目立たせるつもりだったんです。なのに気がついたら色んなキャラたちが好き勝手に動き始めて、気がついたらキャンプシーンだけで丸々1話分になっていたんです。

そんな感じで出来てしまった8話目です。


 

 

 

 

 

 

「おいしいアル! フェイトの作ったカレーは最高ネ!!」

 

 

「だな。材料はスーパーで買ったやっすい野菜とルーだが、フェイトが作ると極上のカレーに早変わりだ」

 

 

「フフ、そう? ありがとう」

 

 

カブト狩りの為に森へとやって来た万事屋一行。そこで真選組とのイザコザや思わぬ再会などもあったりしたその夜……宿営地にて、彼らはフェイト特製のカレーに舌鼓を打っていた。

その美味しさに神楽と銀時も満足そうに称賛し、フェイトは嬉しそうに微笑む。

 

 

「いやー、銀さんも神楽ちゃんも真選組に会ってカリカリしてたからどうなるかと思いましたけど、フェイトさんのカレーのおかげで気分も直ったみたいでよかったです。ご飯くらい楽しく食べたいですからね」

 

 

バチ…バチ……

 

 

「それにしてもあの人たち、ホントにカブトムシとりに来たんですかね? それにしちゃ随分と物々しかったような……」

 

 

バチ…バチ……

 

 

「そうだよね。今、真選組に出向で来てるはやて達も……まぁはやては普段から悪ふざけとかよくするけど、シグナムやヴィータたちまで総出でっていうのはちょっと引っ掛かるかも」

 

 

バチ…バチ……

 

 

「それだけカブト狩りに本気ってことだろ。アイツらの頭ン中は、毎日中二の夏休みみてーなモンだからな。まァ、アイツらにはこの森のカブトは1匹たりとも渡しゃしねーけどな」

 

 

バチ…バチ……

 

 

「その通りアル! あの野郎には負けないネ! 絶対に定春28号の仇をとってみせるアル!」

 

 

バチ…バチ……

 

 

「……にしてもさっきからバチバチうるせーな。何の音だ?」

 

 

「あ、銀さんも気になってました? 何なんでしょう?」

 

 

「ああ、ゴメン、言うの忘れてたよ」

 

 

先ほどから聞こえるバチバチという、まるで電気が迸るような音に、銀時と新八が何の音かと周囲を見回していると、フェイトが思い出したようにそう言った。

 

 

「実はね…森で寝泊まりするとヤブ蚊とかが多くて大変だと思って、電撃殺虫器を置いといたの」

 

 

そう言ってフェイトが指差す先には、テント近くにぶら下がっているランタンのような外装の中に青く光る電灯が入った機材があった。

 

これは電撃殺虫器と言って、接触した蚊などの害虫に電気ショックを与えて殺虫するというものである。しかもフェイトが用意したのは、二酸化炭素を発生させることで蚊を誘導するという優れものである。

 

どうやら先ほどから鳴っていたバチバチという音も、誘導した蚊を仕留めた音だったらしい。

 

 

「すごい! こんなものまで用意してたんですね! 流石フェイトさん!」

 

 

「こりゃいいな。これで寝る時もうぜー羽虫どもに邪魔されずに済むな」

 

 

「やっぱりフェイトは銀ちゃんの嫁なんかにしとくには勿体ないくらい出来る女アル!」

 

 

「どういう意味だクソガキ」

 

 

用意周到なフェイトに銀時たちは絶賛する。

 

 

しかし、その光景を見て面白くない人達もいた。

 

 

「チッ、余計なモン用意しやがって」

 

 

「ホントですね。奴ら単純ですから、蚊ぐらいでも仲間割れすると思ったんですが……」

 

 

万事屋の宿営地から少し離れた草陰の中で、土方と山崎はそう呟く。彼らは万事屋一行をこの森から追い出すために、捕まえた蚊をけしかけて仲間割れを誘おうとしたのだが、フェイトが用意した電撃殺虫器によって未然に防がれてしまったのだ。

 

 

「それにしても…あの旦那の嫁さん、相当気が回りますよ。しかもめちゃくちゃキレーな金髪美人。一体旦那はどこであんなイイ人捕まえたんでしょうね」

 

 

「知るか、興味もねェ。んなことより次の作戦に移るぞ」

 

 

「ヘイ」

 

 

そう言って土方と山崎は、気づかれないように草陰から消えて行ったのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「プフぅ~、お腹いっぱいで幸せアル」

 

 

その後、お腹をパンパンに膨らませた神楽は満足そうにそう言いながら地面に寝転がった。それは銀時たちも同じで、寝転がりはしないがお腹を満たす満腹感に浸っていた。

 

 

「いや~食った食った」

 

 

「そうですね~。あ、でも…カレーもお米も余っちゃいましたね」

 

 

「うん、神楽がいっぱい食べると思ってかなり量を作ったからね」

 

 

そう言うフェイトと新八の視線の先にあるのは、巨大な寸胴鍋の中に余ったカレーと炊いた米の入ったいくつかの飯盒。

1人で十人分以上は食べる神楽の為にと思って沢山作ったフェイトだったが、どうやらそれ以上に作り過ぎてしまったようである。少なくみても10人前以上はある。

 

 

「別に明日食えばいいだろ。カレーは一晩寝かした方がウマイって言うしな」

 

 

「それって迷信じゃありませんでしたっけ?」

 

 

「そうだったけか? まァどっちでもいいだろ。ウマイもんはウマイんだからよ」

 

 

「ん、わかった。じゃあ何個か大きめのタッパーも持ってきてるから、それに移してクーラーボックスの中に保存しとこう。ご飯はおにぎりにして、明日の朝ご飯にしよう。新八、手伝ってくれる? 銀時も」

 

 

「はい!」

 

 

「しゃーねーなァ」

 

 

そう言って銀時たちはフェイトの指示のもと、余ったカレーとご飯の保存作業に取り掛かろうとする。

 

 

するとその時……何やら香ばしい匂いが、彼らの鼻腔をくすぐった。

 

 

「「「?」」」

 

 

「何アルか? この匂い」

 

 

突然漂ってきたその匂いに銀時とフェイトと新八は首を傾げ、起き上った神楽はその匂いの元に視線を向ける。

するとそこには……真選組の隊士たちがいつの間に用意したのかバーベキューをしていた。

 

 

「うめェェェ!! やっぱキャンプにはバーベキューだよな!」

 

 

「カレーなんて家でも食えるしィ! 福神漬け持ってくるのめんどくせーしィ!」

 

 

わざとらしく銀時たちに聞こえるような大声で、これ見よがしにバーベキューを食べる真選組。

 

 

「オイ、マヨネーズはどうした?」

 

 

「副長、これはおいしそうに見せつける作戦です。マヨネーズはちょっと」

 

 

「てめェェェ! マヨネーズなめてんのかァァ!! マヨネーズはなんにでも合うように作られてるんだよ!」

 

 

どうやらこれも銀時たちを森から追い出す為の作戦らしい。しかし銀時たちはフェイト特製のカレーですでに満腹状態なので、正直あまり効果はない。

 

 

「……何なんですかあの人たち? 何でわざわざ僕らの目の前でバーベキューなんてやってんですか」

 

 

「知らねーよ。知らねーし羨ましくもねーけど何か腹立つ。おいフェイト、ちょっと魔王呼んで来い。あの咎人達(バカども)に滅びの光を」

 

 

「そ…それは流石に……」

 

 

「うっとうしいアル。アイツらの目の前でゲロ吐いちゃろか」

 

 

効果はないが何となくムカつくので銀時と新八と神楽は顔に青筋を浮かべている。

 

 

「よォ旦那方、まだいたんですかィ?」

 

 

そこに、串を持った沖田がわざとらしく口に含んだ肉をクチャクチャと音を立てて咀嚼しながら銀時たちに歩み寄る。

 

 

「そんな粗末なテントで寝てたら蚊に刺されますよ──あっ」

 

 

すると沖田は、これまたわざとらしく躓いたフリをして持っていた串を放る。それはわざと串を銀時たちの目の前に落として挑発するという、ドSの沖田としての作戦だった。

 

 

しかし……

 

 

「危ない!」

 

 

「!?」

 

 

そんな声と共に飛び出して来たフェイトが、躓いてよろけたフリをした沖田の身体を支えた。予想もしなかった反応に、沖田も目を見開く。

 

 

「大丈夫? 夜の森は暗いんだから、足元には気を付けないとダメだよ?」

 

 

「いや…あの……ヘイ、すいやせん」

 

 

フェイトに注意された沖田は何か言おうとしたが、戸惑いのせいで言葉にできずに結局頷いただけだった。そしてフェイトは、地面に落ちてしまった串を拾い上げる。

 

 

「あぁ、落としちゃったね」

 

 

「あ…それ別に食べても」

 

 

「そうだ! ちょっと待っててね!」

 

 

沖田のS発言を最後まで聞かず、パタパタと自陣へ返っていくフェイト。それから十数秒もしないうちに、その手にカレーライスを盛ったお皿を持って戻ってきた。もちろん使い捨てのプラスチック製スプーン付き。

 

 

「コレ、余り物のカレーだけど、よかったら食べて」

 

 

「え? いや、俺ァバーベキューあるんで別にカレーは……」

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

「……………いただきやす」

 

 

満面の笑顔でカレーを差し出され、その笑顔に当てられた沖田は、言いかけた言葉を引っ込めてカレーを受け取ったのだった。

 

 

「もらっちゃいやした」

 

 

「──じゃねェェェだろォォォォ!!!」

 

 

そう言ってカレーを持って帰って来た沖田に対し、土方が大シャウトでツッコんだ。

 

 

「一体何しに行ったんだてめーは!? 何で奴らのカレーをテイクアウトしてんだァ!?」

 

 

「そうですよ沖田隊長らしくない! いつものドSはどうしたんですか!?」

 

 

「うるせーなァ。あの人と話してると何か調子狂うんでさァ。あ、うめェ」

 

 

怒鳴る土方と山崎に対し、もらったカレーを頬張りながらそっぽを向く沖田。

 

 

「……なんとなく、あの人に似てる気がしたからかもしれやせんねィ」

 

 

ポツリと沖田が呟いたその言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

「ところでいいんですかィ? 土方さん」

 

 

「あ? なにが?」

 

 

「いや……アレのことでさァ」

 

 

そう言って沖田がスプーンで指し示す先には……

 

 

「いやー、フェイトちゃんが作ったカレー、ホンマ美味しいなぁ」

 

 

「おいタヌキ、てめーなにシレっとウチのカレーたかりに来てんだ。もっかい投げ飛ばして森に還すぞコノヤロー」

 

 

「硬いこと言いなや銀ちゃん。トシちゃん達が銀ちゃんを森から追い出す為にバーベキューするって言いだして、私の出る幕がなくなってもうてヒマやってん。ヒドない? 普通ここはフェイトちゃんより、公式料理上手キャラの私の腕の見せ所やろ? ホンマ台無しやわ~」

 

 

「いや知らねーよ。つーか何で俺がおめーの愚痴なんざ聞かなきゃなんねーんだ。さっさと帰れ。出る幕どころか永久に出番をなくされたくなかったら今すぐリリカルなのはに帰れ」

 

 

「あ、おかわりもらえる?」

 

 

「おいフェイト、ちょっとお前の兄貴呼んで来い。このタヌキ、凍てつく棺のうちにて永遠の眠りを与える」

 

 

「まぁまぁ銀時、カレーはまだまだあるんだから」

 

 

カレーをたかりに来たはやてに、うんざりしたような銀時。そしてそれを見ながら微笑むフェイト。

 

 

「ほう、志村は剣道場の当主なのか。その歳で大したものだ」

 

 

「いやでも、当主なんで名ばかりですよ。廃刀令のご時世で剣を習いに来る人も、門下生もいなくなって、すっかり廃れちゃいましたから。今は姉上と一緒に、なんとか存続させるのが精一杯で……」

 

 

「それでもお前は、当主として道場をちゃんと守っているのだろう。それだけでも十分立派さ、誇れ志村。ここは侍の国なのだろう? ならばいつか、侍達が剣を取り戻す日も来るさ」

 

 

「………………」

 

 

「ん? どうした?」

 

 

「いや、あの…僕いつも、駄眼鏡やら眼鏡かけ機やらツッコミ係やら色々言われてて……優しい言葉をかけられたのも、励まされたのも久しぶりで………なんか…涙が………」

 

 

「………苦労しているんだな」

 

 

語り合っている内に励まされて涙目になった新八の肩に、ポンっと手を置くシグナム。

 

 

「お前、それ何食ってんだ?」

 

 

「酢昆布アル。やらないアルヨ」

 

 

「いや別にいらねーよ、そんな酸っぱそうなモン」

 

 

「ああん!? てめー酢昆布バカにしてるアルか!? ガキにはこの大人の味がわからないネ!!」

 

 

「あァ!? ガキにガキって言われたくねーんだよ!! つーかアタシはお前の数倍は年上だからな!!」

 

 

「お前みてーなチビが年上なわけないネ!! 寝言は寝て言うアル!! 鏡見たことあんのかゲボ子がァ!!」

 

 

「誰がゲボ子だエセチャイナ娘ェ!! ケンカ売ってんのかゴラァ!!」

 

 

「上等アル!! 高値で売りつけてやるネ!!」

 

 

「ハッ! はした金で買い叩いてやらァ!!」

 

 

何か馬が合わないのか、ギャーギャーと騒ぎながら取っ組み合いのケンカをする神楽とヴィータ。

 

 

「平和ですね~」

「そうね~」

「うむ」

 

 

カレーを食べながらその光景を見て、のほほんとしているリィンとシャマルとザフィーラ。

 

 

いつの間にか真選組側にいるハズの八神一家が万事屋一行と和気藹々としていた。

 

 

「はやて姐さん達もあっち行っちゃってやすけど」

 

 

「オイィィィ!! 何やってんだあのアホ共ォ!!」

 

 

その光景を見て、土方は絶叫に似たツッコミを入れる。

 

 

「まァはやて姐さん達と旦那の奥さんは昔なじみらしいですから、仕方ねーんじゃないですかィ。あ、土方さん、俺もちょっとおかわり行ってきやす。このカレーすげー美味かったんで」

 

 

「ハァ!? てめ、何言って…オイ総悟ォォ!!」

 

 

土方の制止も聞かず、食べ終わったカレー皿を持ってあちら側へと行ってしまう沖田。

 

 

「オイ、沖田隊長がわざわざおかわりに行ったぞ……」

「あのカレー、そんなに美味いのか……?」

「ヤベ、俺もなんかあっちのカレー食いたくなってきたかも……」

「俺も…」

 

 

「オメーらがカレーに誘惑されてどうすんだァ!!」

 

 

そんな沖田に釣られてゴクリと生唾を飲み込む山崎や他の隊士達を、青筋を浮かべて一喝する土方。

 

 

すると……

 

 

「あの……」

 

 

「あァ!?」

 

 

後ろから声をかけられて、土方はギロリと睨むように振り返る。

 

 

「! お前……」

 

 

そこにいたのは、優しげに微笑んでるフェイトだった。思わぬ人物が目の前にいたことに土方が呆気に取られていると、フェイトは真選組に向かって口を開いた。

 

 

「もしよかったらですけど、真選組の皆さんもカレーいかがですか? まだたくさん余ってますので」

 

 

「あ? ふざけんな、誰がそんなモン──」

 

 

「え!? いいんですか奥さん!」

 

 

「「「ゴチになりまーす!!」」」

 

 

拒否しようとした土方の言葉を遮って、山崎をはじめとした隊士達が一斉にカレーの方へと走り去ってしまった。

 

 

「オイィィィ!! てめーら全員、士道不覚悟で切腹させんぞゴラァァ!!!」

 

 

土方のその言葉も耳には入らず、彼らはカレーへと群がるのだった。直後、銀時たちの声も聴こえてくる。

 

 

「うわァァァ!? なんかいっぱい来たんですけどォ!?」

 

 

「オイコラァ! チンピラ警察風情がなに坂田家の食卓に入って来てんだァ!? 突○隣の晩ご飯ですかコノヤロー!! おいタヌキ! このバカどもを遠き地にて闇に沈めろ!!」

 

 

「嫌や」

 

 

「奥さんに招かれたんでさァ。旦那に文句言われる筋合いはねーですぜィ」

 

 

「大ありに決まってるアル!! 税金泥棒どもに食わせるくらいなら、私が全部平らげてやるネ!!」

 

 

あっという間にやいのやいの騒ぎながら、万事屋と真選組が宴のような喧騒を繰り広げている光景に、土方は1人呆れたように片手で顔を抑えたのだった。

 

 

するとそんな土方の目の前にスッと、カレーが盛られた皿が差し出された。相手は当然、フェイトだ。

 

 

「土方さん…でしたよね? あなたもいかがですか?」

 

 

「……いらねーよ。お前らのカレーなんざ、俺の口に合わねェ」

 

 

「……そうですか」

 

 

咥えたタバコに火を着け、紫煙を吐きながら突き放すようにそう言い放つ土方。それを聞いて、フェイトは差し出していた皿を下げる。

 

 

「確かに……このままじゃ、土方さんの口には合わないかもしれませんね」

 

 

「?」

 

 

そう言うとフェイトは、皿を持っている右手とは反対の左手で持っているソレを、土方に見せるように持ち上げる。

 

 

「なっ……!?」

 

 

それを見た土方は大きく目を見開く。何故ならフェイトが持っていたソレは、土方が愛してやまない魅惑の調味料……マヨネーズだったのだから。

 

 

「さっきはやてから聞きました。土方さんは、どんな料理にもかけて食べるほどのマヨネーズ好きだって」

 

 

そしてフェイトは片手の指で器用にキャップを開けると、そのままニュルニュルとカレーにマヨネーズをかけ始める。それも少しではない。1本丸々使い切るのではないかというほどマヨネーズを絞り出していった。

 

 

「はい、これならお口に合いますか?」

 

 

そう言って再び差し出したそれは、茶色だったがハズが薄い黄色に染め上げられた、もはやカレーとは言えない程のカレーだった。

しかしそれは土方の目にはとても魅力的な料理として映っており、思わずゴクリと喉を鳴らすほどである。それでも…土方は受け取らない。

 

 

「…………なんのマネだ?」

 

 

土方は仏頂面のまま、疑惑の視線でフェイトを睨んだ。何故わざわざ敵対しているハズの自分の好物を用意してまで、彼女がカレーを振る舞おうとするのか、その意図がまったくわからないのだ。意図がわからない以上、それを安易に受け取るような土方ではない。

 

 

「そんな目で睨まなくても、他意はありませんよ」

 

 

それを感じ取ったフェイトは、苦笑を浮かべながらそう言うと、続けて静かに語り始める。

 

 

「私たちが、真選組のお仕事の邪魔なのはわかってます。その為に私たちを森から追い出そうとしてることも。けど、ウチの主人も神楽もは何かとあなた方と張り合おうとしますから、きっと頑として森を出て行きませんよ。それは真選組も同じだと思います。今日1日見てて、万事屋《ウチ》と真選組(あなたたち)はそういう関係なんだって何となくわかりましたから。でも──」

 

 

そこで一旦言葉を区切ると、フェイトはニッコリと笑って言った。

 

 

 

「──せめて晩ご飯くらいは、一緒に楽しく食べませんか?」

 

 

 

「っ………………」

 

 

それを聞いた土方は、呆気に取られて言葉を失う。

するとどこか諦めたようにそっと目を伏せて、ガシガシと自身の頭を掻く。タバコから口を放し、溜息に似た仕草で紫煙を吐き出す。そしてそのままタバコを地面に捨てて足で火をもみ消すと……

 

 

「よこせ」

 

 

と、フェイトに言った。

 

 

「バーベキューにも飽きてきた所だ。ここらでカレーでも食って口直しがしてェ。だからそれ…よこせ」

 

 

「フフッ……はい」

 

 

それを聞いたフェイトはクスクスと可笑しそうに笑いながらカレーを差し出し、土方もそれをぶっきらぼうな態度で受け取った。

そしてフェイトは満足そうに踵を翻して宿営地へ戻ろうとすると、思い出したように口を開く。

 

 

「あ、そうだ。たくさん余ってるって言っても、あの人数じゃすぐ無くなってしまいそうですから、おかわりは早めに言ってくださいね──土方十四郎さん」

 

 

「!」

 

 

そう言ってフェイトが去り際に、何気なく言った土方のフルネーム。

 

 

 

──十四郎さん。

 

 

 

それを聞いた瞬間……ある1人の、着物を着た女性の姿と声が脳裏をよぎった。

 

 

「…………チッ」

 

 

思わず舌打ちを漏らす土方。そして手元にある、マヨネーズまみれのカレーを見ながら……先ほど沖田が言っていた言葉を思い出す。

 

 

「……確かに、あの女と話してると調子が狂うな」

 

 

そうぼやくように言うと、土方はフェイトから受け取ったマヨネーズカレーをスプーンですくい上げ、一口頬張った。

 

 

 

「──うめェ」

 

 

 

呟くように言ったその感想は、誰の耳にも届くことなく、森の中へと溶け込んで消えて行ったのであった。

 

 

 

 

 

つづく




もうカブト狩りこれで終わりでいいんじゃないかな?


これ別の題名つけるとしたら『フェイトvs真選組』ですね。そしてフェイトの圧勝で終わりました。


あと誤解のないように言っておくと、ミツバはまだ生きてます。ちゃんとミツバ篇を後々やりますので。


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一寸の虫にも五分の魂

少し寄り道をしましたが、今回はカブト狩りは終了です。

次回は何書こうかな……とりあえず原作を読み返してから決めます。


 

 

 

 

 

「……そうか。やはり連中…特にフェイト殿は一筋縄ではいきそうもないか」

 

 

「ああ、あの女には終始こっちの調子狂わされっぱなしだ」

 

 

「そんなん言うて、私知ってんねんで。トシちゃんがカレーのお礼にって、昨日のバーベキューで余ったお肉とかを向こうの宿営地にこっそり置いてきたん」

 

 

「置いてきたんじゃねェ。ちょうどいいゴミ捨て場があったから捨ててきただけだ」

 

 

「素直やないなぁ」

 

 

翌朝……土方ははやてと共に、昨夜の出来事を近藤に報告していた。因みに近藤は夜通しでカブト狩りをしていたのか、ハチミツ塗れの姿のままである。

 

 

「こっちも成果ナシだ。捕まるのは普通のカブトばかりでな」

 

 

そう言う近藤の後ろには、同様にパンツ一丁にハチミツを塗りたくった数人の隊士たちがいる。

 

 

「オイみんな、別に局長の言ったことでも嫌なことは嫌と言っていいんだぞ」

 

 

「いやでも、ハニー大作戦なんで」

 

 

「いやだから、何で身体に塗るんだよ」

 

 

何故か全員がノリ気でハニー大作戦に参加していることに土方はツッコミを入れた。

 

 

「こっちも今シグナムやリイン達に手分けして探してもらったり、サーチャー使って探しとるけど進展なしや。ホンマ、一体どこにいるんやろなぁ……『瑠璃丸』は」

 

 

はやてが呟いたその言葉に、近藤も土方も神妙な面持ちで頷く。

 

彼女の言う瑠璃丸とは、この国の将軍が飼っているカブトムシの名前である。しかし先日、将軍がこの森の別邸に御静養の際に生き別れてしまったらしい。近藤たち真選組は、幕府からその瑠璃丸の捜索を命じられたのである。

 

 

「ん? そういえば総悟はどうした?」

 

 

そこで近藤は、この場に沖田がいないことに気がついた。それに対して土方は呆れ口調で答えた。

 

 

「また単独行動だ。ありゃダメだ。ガキどもからカブト巻き上げたり、やり方が無茶苦茶だ」

 

 

「そう言うなトシ。なにせ瑠璃丸は陽の下で見れば、黄金色に輝く生きた宝石ような出で立ちをしているらしいが、パッと見は…普通の奴と見分けが付かんらしい。総悟のように手当たり次第にやっていかんと見つけられんかもしれん」

 

 

「黄金色の生きた宝石って…派手やな~。さすが征夷大将軍様のペット」

 

 

「だがそんなもん本当に……」

 

 

「銀ちゃん! フェイトォ! 新八ィィ!!」

 

 

「!」

 

 

土方の言葉を、聞き覚えのある大声が遮る。その声の方を見ると、草木の茂みを挟んだ向こう側に万事屋一行の姿があった。

 

 

「見て見てアレ、あそこに変なのがいるアル」

 

 

「あー? 変なのって、お前また毒キノコとかじゃねーだろうな」

 

 

「神楽、また熊の死骸とか変なの見つけても拾っちゃダメだからね」

 

 

「違う違う、アレ──金ピカピンのカブトムシアル」

 

 

そう言って神楽が指差す方向に居たのは、木の上の方で止まっている黄金色のカブトムシ……真選組が血眼になって探している瑠璃丸であった。

 

 

──え"え"え"え"え"!?

──あっさり見つけやがったァァ!!

 

 

自分たちがあれだけ必死になって探しても見つからなかった瑠璃丸を、神楽があっさりと見つけてしまった事に、近藤と土方とはやては茂みに隠れながら愕然とする。

 

 

「ちょっ、待っ……!」

 

 

「いかん! それは……」

 

 

「待て! 落ち着け、ここで騒ぎ立てれば奴ら、瑠璃丸の価値に気付くぞ。様子を見よう」

 

 

思わず茂みから飛び出しそうになった近藤とはやてを土方が抑え、万事屋(特に銀時)に瑠璃丸の価値を知られないよう、ひとまず様子見に回ることにする。

 

 

「本当、すごいキラキラしてる」

 

 

「でもアレ、オモチャかなんかじゃないですか?」

 

 

「違ーよ。アレはアレだよ、銀蠅の一種だ。汚ねーから触るな」

 

 

「ホラ見ろ。バカだろ、バカだろ」

 

 

土方の予想通り、彼らは瑠璃丸の価値に気付かない。

 

 

「えー、でもカッケェアルヨ、キラキラしてて」

 

 

「ダメだって。ウ〇コにブンブンたかってるような連中だぞ。自然界でも人間界でも、あーいういやらしく派手に着飾ってる奴にロクな奴はいねーんだよ」

 

 

「銀時、そんなに私の金髪が気に入らないなら言ってくれればいいのに。今すぐ黒にでも茶色にでも、銀時好みの色に染めるから」

 

 

「バッカおめー違うよ。お前の金髪は清楚な金髪で、あの小汚ねー金ピカとは一線を画すモンだから。それにな、お前はそんな着飾らなくても十分、俺にとっちゃ魅力的で自慢の嫁だよ」

 

 

「銀時……」

 

 

「あの、すみません……ナチュラルにイチャつくのやめてもらえませんか」

 

 

「……………」

 

 

そんな会話をしながら、万事屋一行は瑠璃丸を放置してその場から去って行く。唯一神楽だけは残念そうにしていたが。

 

 

「しめた! 行ったぞアイツら、ホントバカだ!」

 

 

「今だ! 早く瑠璃丸を!!」

 

 

彼らが去ったのを確認して、すぐさま茂みから飛び出して瑠璃丸の確保に動く真選組。

 

 

「げっ!!」

 

 

「瑠璃丸が!!」

 

 

「アカン! 飛んでってもうた!!」

 

 

だがその瞬間、危機を察知したのか瑠璃丸は羽を広げて木から飛び立ってしまう。しかもよりによって、その瑠璃丸が着地したのは……神楽が被っている麦わら帽子の上だった。

 

 

──げェェェ!! 最悪だァァ!!

 

 

真選組一同の心の声がシンクロする。それと同時に、銀時たちも神楽の頭に乗っている瑠璃丸に気付く。

 

 

「うおっ、汚ねっ!! お前、頭に金蠅乗ってんぞ!!」

 

 

「きゃっ!」

 

 

「うわっ!」

 

 

「え?」

 

 

「ちょちょちょ、動くな! 動くなよ! うおらァァァァァァ!」

 

 

「いだっ!」

 

 

瑠璃丸を金蝿だと思い込んでいる銀時は、普通に叩き潰そうとする。しかし叩いたのは神楽の頭で、瑠璃丸にはギリギリ外れるが、銀時はパンパンと連続で叩きまくる。

 

 

「おらァァ死ねェ!! ちくしょ、すばしっこいな!」

 

 

「痛い! 痛いアル!」

 

 

「ぎ、銀時! 神楽痛がってるから! 潰すなら神楽の帽子を取ってからに……」

 

 

「待てェェェ!! 待てェ待てェ!! それヤバいんだって!! それっ…」

 

 

その様子を見ていた近藤を先頭にした真選組が猛スピードで慌てて駆け寄って来る。だがその時、勢いあまって木の根に足を引っ掻けた近藤は、その勢いのまま神楽の頭にチョップをかましてしまった。

 

 

「ぶごォ!!」

 

 

「え"え"え"え"え"!!」

 

 

偶然とはいえキレイに下されたチョップに神楽はダメージを受け、その衝撃で瑠璃丸は地面に転がる。

 

 

「ギャアアアア!! るりら…瑠璃丸がァァァ!!」

 

 

「いったいなァー!! 酷いヨみんな!! 金蝿だって生きてるアルヨ!! かわいそーと思わないアルか!? あーよかったアル、大丈夫みたい」

 

 

「ちょっ、ちょお待って神楽ちゃん! それ金蝿なんかとちゃうねん!! それ実は……ねえ、聞いてる!?」

 

 

「この子、私を慕って飛んできてくれたネ。この子こそ定春28号の跡を継ぐ者ネ。今こそ先代の仇を討つ時アル! 行くぜ定春29号!!」

 

 

はやての話も聞かず、神楽は瑠璃丸を虫かごの中に入れてそのまま走り去ってしまう。それを見た土方は、近くに彼らがいることも忘れて叫んでしまう。

 

 

「オイィィィ!! 待てェ、それは将軍の…」

 

 

それが仇となり、そう言いながら追いかけようとした土方の首根っこを銀時が掴んで止める。そして恐る恐る振り向いてみると……

 

 

「将軍の……何?」

 

 

まるで獲物を見つけたと言わんばかりの悪い表情をした銀時の姿があり、それを見た土方は咥えていたタバコをポトリと落としたのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「はァァァァァァ!? 将軍のペットぉぉ!?」

 

 

事情を聴いた新八の驚愕の大声が森に木霊する。

 

 

「そうだよ」

 

 

「俺たちは幕府の命により、将軍様の愛玩ペット『瑠璃丸』を捕獲しにきたんだ」

 

 

「そうだったんだ。だからあんな妙に物々しい感じで……」

 

 

「オイオイ、たかだか虫の為にこんな所まで来たの? 大変ですね~お役人様も」

 

 

「そのたかだか虫1匹のせいで、私らの首が飛ぶかもしれへんねんで。そらこんな所まで来るっちゅーねん」

 

 

「だから言いたくなかったんだ」

 

 

「まァまァ、事ここまでに及んだんだ。こいつらにも協力してもらおう」

 

 

銀時の嫌味ったらしい言葉に土方とはやては顔に青筋を浮かべ、それを近藤が宥めてそう言う。

 

 

「協力? 今そのロリ丸は俺たち一派の手の内にあるんだぜ」

「瑠璃丸だ」

 

 

「こいつは取引だ。ポリ丸を返してほしいならそれ相応の頼み方ってのがあんだろ」

「瑠璃丸だ」

 

 

「6割だ。そいつを捕まえた暁には、お前らも色々もらえんだろ? その内6割で手を打ってやる」

 

 

「だから言いたくなかったんだ」

 

 

「同じくや」

 

 

「俺もそう思う」

 

 

明らかにたかる気満々の銀時に、土方とはやては更に青筋を浮かべ、今度は近藤も止めない。

 

 

「フェイトちゃ~ん! アレ旦那やろ? なんとかしてや、あのたかり屋!」

 

 

「あはは、銀時にはあとで私の方からちゃんと言っておくから」

 

 

助けを求めて泣きついて来るはやてにフェイトは苦笑しながら慰める。

 

 

「今はまず、ソリ丸を持って行っちゃった神楽を探さ…な……いと……」

 

 

「瑠璃丸や…ってフェイトちゃん? 急に止まってどないしたん?」

 

 

「「「?」」」

 

 

言葉の語尾を弱めながら、急に立ち止まってしまったフェイトに首を傾げるはやて。彼女らの前を歩いていた銀時たちも、その様子に気付いて疑問符を浮かべながら立ち止まる。

 

 

「あ…あれ……」

 

 

震える声と指でフェイトが差したのは、数メートルほど先にある断崖絶壁の崖の上。

全員が目を向けてみると、その崖の上では神楽と沖田の2人が相対するように立っていた。

 

 

「総悟!?」

 

 

「アレ? 何やってんの? 嫌な予感がするんですけど……」

 

 

それを見た銀時と土方は崖下まで走って2人の名前を叫ぶが、聞こえてないのか無視してるのか、両者はお互いから目を背けずに睨み合う。

 

 

「定春28号の仇、討たせてもらうネ。お前に決闘を申し込む」

 

 

「来ると思ってたぜィ。この時の為にとっておきの上玉を用意した」

 

 

「いざ、尋常に勝負アル!!」

 

 

そう言うと神楽はカゴから出した瑠璃丸を地面に置く。その行動が指し示す意味は1つしかない。

 

 

「ちょっとォォォ!! カブト相撲やるつもりですよっ!」

 

 

「ダ…ダメだよ神楽!! そのカブトムシはこの国の将軍様のペットなんだよ!!」

 

 

「傷つけたらエライことになるぞ! 切腹モンだよ! 切腹モン!」

 

 

それを見た銀時とフェイトが必死に声をかけて止めるように言うが、神楽の耳には届かない。

 

 

「トシィ!!」

 

 

「まァ待て。総悟が勝てば労せず瑠璃丸が手に入る。ここは奴に任せよう。総悟も全て計算ずくで話しに乗ってるんだろう、手荒なマネはしねーよ。そこまでバカな奴じゃねェ」

 

 

慌てる近藤とは反対に、土方は流石に瑠璃丸を傷つけるようなことはしないだろうと、冷静に当たりをつけてそう言う。彼なりに沖田を信用しているのだろう。しかし、間もなくその信用は裏切られることになる。

 

 

「トシちゃん、トシちゃん……」

 

 

「あ?」

 

 

「アレ見て、アレ」

 

 

はやてに服の裾を引っ張られながらそう言われ、視線を崖の上の沖田の方に向けると、そこには……

 

 

「凶悪肉食怪虫カブトーンキング、サド丸22号に勝てるかな?」

 

 

沖田よりも数倍は巨大で、明らかに凶暴そうなカブトムシが居た。

 

 

──そこまでバカなんですけどォォ!!

 

 

その場にいた全員の心が大シャウトを上げる。

 

 

「おいィィィィ!! ちょっと待てェェェェ! お…お前そんなもんで相撲とったら瑠璃丸がどうなると思ってんだァ!?」

 

 

「粉々にしてやるぜィ」

 

 

「そう! 粉々になっちゃうから、神楽ちゃん! 定春29号粉々になっちゃうよ!」

 

 

「ケンカはガタイじゃねェ! 度胸じゃー!!」

 

 

「度胸があるのはお前だけだから! ボンボンなんだよ、ロリ丸は将軍に甘やかされて育てられたただのボンボンなの!」

 

 

「瑠璃丸っつってんだろ! 止めねば! 早く2人を止めねば!」

 

 

「無理ィ! こんな崖あがれませんよ!」

 

 

急いで2人を止めようと崖を登ろうとするが、断崖絶壁ゆえにそれは叶わない。

 

 

「力を合わせるんだァ! 侍が4人、魔導師が2人、みんなで協力すれば超えられぬ壁などない!」

 

 

「よし、お前が土台になれ! 俺が登ってなんとかする!」

 

 

「ふざけるな! お前がなれ!」

 

 

「言ってる場合じゃねーだろ! 今、為すべき事を考えやがれ! 大人になれ! 俺は絶対土台なんて嫌だ!」

 

 

「お前が大人になれェェ!」

 

 

近藤の言葉で協力するかと思えば、仲の悪い土方と銀時はどっちが土台になるか揉めだし、新八がそれにツッコミを入れる。

 

 

「つーかタヌキ! お前警察の魔導師なら魔法使う許可出てんだろ!? ビューンと飛んであの2人止めて来い!」

 

 

「いや、そうしたいのは山々やねんけど、飛行魔法使うにはまた別の許可が必要なんや。流石に管理局からそっちの許可までは下りてへんねん」

 

 

「んだよ色々めんどくせーな管理局!! だったら砲撃なり何なり、他の魔法使ってあの巨大カブトを何とかしろよ!!」

 

 

「それも無理やわ! 銀ちゃんも知ってるやろ!? 私の魔法のほとんどは広域殲滅魔法で、リインもおらんから微調整がきかん! ヘタしたら瑠璃丸まで巻き添えにしてまうよ!」

 

 

「だーもう使えねーなァ!! お前なんの為にこっち来たんだよ!! このチビタヌキ!!」

 

 

「なんやとコラァァ!! 今チビ関係ないやろーがこのアホ天パぁぁ!!」

 

 

「オイぃぃぃ!! ケンカしてる場合じゃねーんだよォ!!」

 

 

怒鳴り合いながら掴みあってケンカする銀時とはやての間に近藤がツッコミを入れながら仲裁に入る。

 

 

「もういい俺がやる! 早くお前らあがるんだ!」

 

 

「あがれってオメー! こんなヌルヌルの土台あがれるかァァ!! 気持ちワリーんだよ!」

 

 

近藤が地面に四つん這いになり、率先して土台になろうとするが、ハチミツで身体がヌルヌルしている為に銀時が拒否する。

 

 

「じゃあ私が近藤さんの上に乗るよ! 早くしないと瑠璃丸が……」

 

 

「待て待て待てェェ!! お前がこんなヌルヌルゴリラの上に乗るなんて俺が許しません!! 夫として絶対に許しません!! フェイトが乗っていいのは俺の股の上だけでブホォ!!」

 

 

「下ネタ言ってる場合かァァァ!!」

 

 

四つん這いになっている近藤の背に乗ろうとしたフェイトを銀時が必死に阻止し、そのドサクサに紛れて下ネタを口にした銀時の顔面に新八のツッコミ&飛び蹴りが炸裂する。

 

 

「行けェェェ! サド丸ぅぅ!」

 

 

「あああ! いかん!!」

 

 

崖の上から聞こえた沖田の声。見るとサド丸22号が動き出し、その巨体で瑠璃丸に迫ろうとしている。絶体絶命の危機となったその時……4人の侍が、一瞬のアイコンタクトを交わす。

 

 

「「「「おおおおおおおお!!!」」」」

 

 

それで全て通じ合ったように土台が近藤、二段目が土方、三段目が新八となって瞬く間に台を作り、それを銀時が一気に駆け上がっていく。

 

 

そんな彼らが行動したのと同時に、2人の魔導師も行動に移っていた。

 

 

「バルディッシュ、ちょっとガマンしてね!」

《Yes sir》

 

 

「行くでェ!!」

 

 

フェイトはバルディッシュを起動し、はやてはどこかから取り出した非人格型アームドデバイス──『騎士杖シュベルトクロイツ』をそれぞれ構える。

 

 

「「せええええええ!!!」」

 

 

そして2人ともそれを槍投げのように思いっきり投擲し、バルディッシュは崖の上層…シュベルトクロイツはその少し下方の部分壁に、それぞれ尖端が深々と突き刺さった。

 

 

「フェイトちゃん!」

 

 

「わかってる!」

 

 

はやての声に応え、フェイトが駆け出す。そして運動能力が高いフェイトは、軽やかな動きで壁に突き刺さったデバイスを足場にして崖を飛び越える。

 

 

そして空中で、銀時とフェイトが並ぶ。

 

 

「カーブートー」

「狩りじゃあああああ!!」

 

 

2人は怒号を上げながら、同時にサド丸22号の横っ腹に飛び蹴りを叩き込む。突然の奇襲を受けたサド丸22号はそのままふっ飛ばされ、ズズンと音を立てて崩れ落ちたのだった。

 

 

「サド丸ぅ!!」

 

 

「よっしゃあああ!!」

 

 

「やりやがった!!」

 

 

「ナイスや銀ちゃん! フェイトちゃん!」

 

 

その光景を見た近藤と土方とはやては、崖の下から歓声を上げる。

 

 

「旦那方ァ! 何しやがんでェ、俺のサド丸が!!」

 

 

「銀ちゃんもフェイトもひどいヨー!! 真剣勝負の邪魔するなんて!」

 

 

勝負の邪魔をされ、抗議の声を上げる神楽と沖田。しかしその瞬間……神楽の頭にはフェイトの、沖田の頭には銀時のゲンコツがそれぞれ落とされ、2人は「「い"っ!」」と頭を押さえて蹲る。

 

 

「バッキャロォォォ! 喧嘩ってもんはなァ! てめーら自身で土俵に上がって、てめーの拳でやるもんです!」

 

 

「たとえ虫でも生き物を飼うなら、その小さな命に責任を持ちなさい!! 遊び半分で生き物の命をもてあそび、ましてや自分たちの喧嘩の道具に使うなんて、生き物たちに対する冒涜です!!」

 

 

その場で神楽と沖田を正座させて、2人に喧嘩と命について説教する銀時とフェイト。その姿は、まさに悪さをした子供を叱り付ける親の姿だった。

 

 

「母さんの言う通り! カブトだって、ミミズだって、アメンボだって、みんなみんな……」

 

 

 

 

 

──メキッ

 

 

 

 

 

だが銀時が1歩足を踏み出して強くそう言ったその時……彼の足から、何やら嫌な音がした。それを聞いて、説教をしていた銀時とフェイトは揃って顔を青くする。

 

 

そして銀時が、そっとその足を上げると──その下には無残にも踏み潰された瑠璃丸の姿があった。

 

 

ちょうど崖を登って来た新八、近藤、土方、はやてもその光景を目撃し、揃って顔面蒼白で口をあんぐりと開けている。

 

 

「……みんなみんな死んじゃったけど、友達なんだ……だから連帯責任でお願いします」

 

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

後日……警察庁長官室。

 

 

「よォ、今回はご苦労だったな。わざわざカブトムシごときのために色々迷惑かけちまってよう。で、見つかったのか? トシ」

 

 

「……ああ、見つかるには見つかったんだが。あの…………突然変異で──」

「腹切れ」

 

 

黄金色になるまでハチミツを塗りたくり、兜をかぶった近藤で誤魔化そうとしたが、にべもなく切腹を命じられた。因みにこの時……はやてたち八神一家は、ガチの夜逃げを考えていたとか。

 

 

その後……将軍の懐のデカさに救われた真選組は、なんとか切腹を免れた。ただしその代わりとして、長期間の減俸を言い渡されたのであった。

 

 

 

 

 

つづく




あの状況でシグナムたちを動かせる自信がなかったから退場させました。今後の話でちゃんと活躍させるから許して欲しい。


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兄弟がみんな仲が良いとは限らない

そろそろ紅桜篇に入る前にコイツ等を出しておきたかっただけです。

感想お待ちしております。


 

 

 

 

 

とある日の、夕暮れ時の頃の時間帯……いつものようにこれといった依頼もなく、暇をお持て余している万事屋一行。

 

銀時は座っているオフィスチェアの背もたれにもたれながら、デスクに両足を乗っけた体勢でジャンプを読みふけり……フェイトは台所で洗い物をしており……新八はぼんやりとテレビを眺め……神楽は定春と戯れてるなど、みんな思い思いに暇を潰していた。

 

 

──ピンポーン

 

 

「「「!」」」

 

 

その時、家のインターホンが鳴った。

 

 

「ごめん銀時ー、今手が離せないから出てくれない」

 

 

「あいよー」

 

 

依頼人などの来客があった時、いつもならすぐに応対するフェイトだが、今は手が離せない状況らしく、台所から声を上げて代わりを銀時に頼む。銀時もそれに対して気の抜けた返事を返す。

 

 

「つーわけで新八、行ってこい」

 

 

「なんで僕!? 頼まれたのも返事したのもアンタでしょーが!!」

 

 

「俺も今手が離せねーんだよ。ワンパークがすげーいい所でさー」

 

 

「理由になってねーよ!! んなモンあとでいくらでも読めるだろーが!!」

 

 

引き受けておいてシレっと新八に押し付けようとする銀時に、新八がツッコミを入れる。

 

 

「チッ、めんどくせーな」

 

 

「めんどくせーって言ったよ。依頼人かもしれないのにめんどくせーって言ったよこの人」

 

 

結局、渋々と立ち上がった銀時が来客を迎えることとなった。

 

 

「はいはーい、どちら様ですか~?」

 

 

めんどくさいという気持ちを隠そうともせず、気だるげな声でそう言いながら、ガラガラと引き戸を開ける銀時。

そして開けた戸の先にいた人物に目を向けた瞬間──その目を大きく見開て、顔をしかめた。

 

 

「──ゲッ!?」

 

 

思わずそんな声も出てしまう。しかし相手は、銀時のそんな態度に対して、どこか含みのある笑顔を浮かべながら口を開く。

 

 

「久しぶりに会って第一声が『ゲッ』とは、とんだ挨拶だな」

 

 

落ち着いていて、どこか銀時に似た声質の男の声。そこに立っていたのは、白のYシャツに青いネクタイを締め、その上から肩章付きの黒い制服をきっちりと着こなした黒髪の男性だった。

 

その男がそう言い切ると同時に、銀時は即座に引き戸を逆にスライドさせて閉めようとする。が……それよりも早く、その男の片手がねじ込まれて阻止される。

 

 

「すんません、今ちょーっと立て込んでるんで、帰ってもらっていいですか?」

 

 

「すまないがこっちも急ぎの用でな、時間を作ってくれるとありがたい」

 

 

「ねーよ。お前の為の時間なんざ一生存在しねーよ」

 

 

「とりあえず中に入れろ。話はそれからだ」

 

 

「いやだから帰れっつてんだろーが」

 

 

お互い顔に青筋を浮かべ、ギリギリと戸を押し引き合いながらの応酬。するとそこに、また新たな人物が男の背中から顔を出した。

 

 

「何を遊んどるぜよ、提督殿」

 

 

「! お前は……辰馬んとこの……」

 

 

「久しぶりじゃの」

 

 

青の野良着の上に紫の道中合羽を羽織り、編み笠を被った長い茶髪の女性。

彼女の名前は『陸奥』。銀時のかつての戦友『坂本辰馬』が社長を務める『株式会社快援隊商事』の副官である。

そんな彼女の登場に、銀時は僅かに目を見張る。

 

 

「銀時? 玄関で何やって………あ」

 

 

そこへさらに、洗い物を終えたフェイトが台所からひょっこり顔を出す。同時に来客である男性の顔を見て、銀時と同じく目を見張りながら言った。

 

 

「──クロノ?」

 

 

「久しぶりだな、フェイト」

 

 

そんなフェイトに対して、男性──『クロノ・ハラオウン』は柔らかな笑みを浮かべながらそう言った。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「フェイトさんのお兄さん!?」

 

 

「マジアルか、フェイトに兄貴がいたアルか」

 

 

「うん。義理のだけどね」

 

 

「クロノ・ハラオウンだ。よろしく頼む」

 

 

あの後、フェイトに家の中に招かれた──銀時はかなり渋った──クロノと陸奥を応接用のソファに座らせ、そこで軽い自己紹介をしていた。そこでフェイトの義兄(あに)だというクロノに、彼女に兄妹がいたということすら初耳の新八と神楽は驚愕を露にしたのだった。

 

 

するとそこで、ある事実に気がついた新八が、反対側のソファにふんぞり返るように座る銀時を横目で見ながら言った。

 

 

「え……ってことは、クロノさんって…その……銀さんのお義兄さんでもあるってことですよね」

 

 

「「不本意ながらな」」

 

 

新八のその言葉に対し、銀時とクロノが一言一句違わずまったくの同時にそう言い放つ。

すると、セリフが被ったのが気に食わなかったのか、2人は嫌悪感を前面に押し出しながら睨み合って火花を散らせる。

 

 

「オイオイ、久しぶりに会う義弟(おとうと)に対してずいぶん辛辣じゃねーの──お義兄さん」

 

 

「いやいや君こそ、相も変わらず義兄(あに)に対してずいぶんと不遜でナマイキな──義弟だ」

 

 

 

 

 

「「って誰が義兄(あに)(義弟(おとうと))だァ!! 虫唾が走るわァァ!!」」

 

 

 

 

 

言うや否や、ダンッと立ち上がってお互いの胸倉を掴みあって怒鳴り合う銀時とクロノ。

 

 

「言っとくけどなァ…てめェとは一応義兄弟なだけで、俺ァてめェみてーな真っ黒くろ助を兄貴なんて思ってねェから。てめェみてーな堅物兄貴なんざ願い下げだからァ」

 

 

「そうか、気が合うな。僕も君のような自堕落でダメ人間な弟なんてゴメンだ。それじゃあまずはその一応の義兄弟の縁を切ることから始めよう。というわけで、このフェイトとの離婚届に判を押してもらおうか」

 

 

「どういうわけェ!? 何シレっと俺とフェイトの夫婦の縁まで切ろうとしてんだァ!! しかもこれマジの離婚届じゃねーか! んなモンに判を押すわけねーだろォ!!」

 

 

「何だ…口ではあんなこと言っておいて結局僕との義兄弟の縁は切りたくないのか。とんだツンデレ気取りだな君は」

 

 

「気持ちワリーこと言ってんじゃねーぞ腹黒提督! いつ誰が誰にデレたよ!? どっちかつーとバリバリのツンだろーが! ツンツンに尖ったツンで刺し殺してやろーかァ!!」

 

 

「今のは殺人予告だな。よし、現行犯で逮捕する」

 

 

「やれるもんならやってみろやボケェ! 不当逮捕で逆に訴えたらァ!!」

 

 

「ああ、あと罪状に侮辱罪も追加しておこう。それと確か、君には結婚詐欺の容疑があったな。ウチの義妹から一体いくら騙し取るつもりだったんだ?」

 

 

「オイぃぃ! 何話前のネタ引っ張り出してきてんだァ!! つーかいい加減にしろよてめェ!! さっきからボケ倒しじゃねーか! お前そんなボケるキャラじゃねーだろ! アレですか、イメチェンですか? 銀魂とのクロスオーバーを機に真面目キャラからクールボケキャラにイメチェンですかコノヤロー!」

 

 

「君相手に真面目にやっても疲れるだけだからな。こっちも軽くふざける位の対応でちょうどいい。毒を以て毒を制すという奴だ」

 

 

「誰が毒だコラァ!!」

 

 

そんな義兄弟の険悪なやり取りの様子を眺めながら顔を引きつらせた新八は、銀時の隣に座るフェイトにこそっと話しかけた。

 

 

「あの…フェイトさん、もしかしなくてもあの2人って…相当仲悪いんですか?」

 

 

「うん、昔からね」

 

 

新八の問いに対して、フェイトは苦笑しながら答える。

 

 

「今はだいぶ柔らかくなったけど、クロノはすごく生真面目で正義感が強い人でね、色々とテキトーで自堕落な銀時とは、全然反りが合わないんだよ。あと甘党の銀時と違って、クロノは甘い物が苦手だし……」

 

 

「なるほど…色々と真逆な2人ってことなんですね…」

 

 

「まるで水とガソリンアル。同じ杉○でもエラい違いネ」

 

 

「油ね油。あと神楽ちゃん、声優ネタはやめようか」

 

 

そこまで話したところで、今まで黙っていた陸奥が静かに口を開いた。

 

 

「すまんが、そろそろ本題に入らせてもらうぜよ」

 

 

「あ、ごめんなさい。ほら、銀時もクロノもその辺にして座って」

 

 

「……ケッ」

 

 

「……フン」

 

 

フェイトの鶴の一声により、ようやく互いに矛を収めた銀時とクロノは毒づきながらソファに腰を下ろした。

 

 

「改めて…久しぶり、陸奥。今日はどうしたの?」

 

 

「ふむ…実はのう……」

 

 

フェイトに尋ねられて、陸奥は万事屋にやって来た理由(わけ)と経緯を話し始めた。

 

 

 

陸奥の話によると……昨夜、江戸の港にある倉庫で快援隊は、とある企業と商談による取引をしていた。商談は滞りなく成立し、あとは企業から大金を受け取って商品を引き渡すだけだった。

 

だがその時、何者かが取引現場を襲撃。立ち込める煙幕に動揺している間に、金も商品も全て奪われてしまったとのことだった。

 

 

 

「──という訳で積荷も金も奪われてしまったきに。頭といえば地球に着くなりフラっと外に出て行ったきり行方不明じゃ。おまん、何とかするぜよ」

 

 

「なんとかって同情か? 慰めてほしいのか? 優しい言葉をかけてほしいのか?」

 

 

「違うよ銀ちゃん、罵倒ヨ。汚い言葉を浴びせかけてもらいたいアルヨきっと」

 

 

「どっちも違うから。あと神楽、女の子がそんなこと言っちゃダメっていつも言ってるでしょ」

 

 

「そうですよ。これって依頼ですよ、たぶん」

 

 

「たぶんじゃないきに。立派な依頼じゃ」

 

 

「依頼ィ? 言っとくけどこれビジネスだから。知り合いだからって割引きなんてしねーよオイ」

 

 

「金ならある」

 

 

「で、依頼内容は?」

 

 

「切り替え早っ」

 

 

鼻をほじりながらやる気のない態度だった銀時が、陸奥が差し出した厚みのある封筒を見て、即座に態度を切り替える。そんな現金な銀時に新八が軽くツッコんだ。

 

 

「これを見るぜよ」

 

 

そう言って陸奥がテーブルに置いたのは1枚の写真。そこにはドラム缶ほどの大きさの電池のようなものと、それらが梱包されたダンボールが写っていた。どうやらそれが今回奪われた積荷の写真らしい。

 

 

「これって、ずいぶん大きいけど……電池?」

 

 

「そうじゃ。しかしただの電池ではなか。『感電血』と呼ばれるナッシオナル星の特殊鉱物より抽出された物質で作られた、これ1本で宇宙戦艦の動力全てを賄える優れものじゃ」

 

 

「僕がここに来たのも、この感電血が目的だ」

 

 

するとここで、クロノが腕を組みながら口を開いた。

 

 

「実を言うと……時空管理局も、この感電血を購入しようと前々から快援隊に取引を持ち掛けていたんだ」

 

 

「管理局が?」

 

 

「つーか、快援隊って管理局とまで取引してんのかよ」

 

 

「管理局だけじゃないきに。頭が得意の口八丁で局の上層部を誑し込んで快援隊の次元渡航許可証をもぎ取ってきたおかげで、今や宇宙だけでなく次元世界までもがわしら快援隊の商いの場じゃき」

 

 

「あのバカ……いつの間に……」

 

 

銀時は相変わらずの『サギ師』と比喩されるほどの商才を持つ戦友の顔を思い浮かべながら、呆れたように呟く。

直後、「アッハッハッハ」と耳障りな幻聴が聞こえてきたので、すぐに脳内からそいつの存在を消したのは銀時だけが知るところである。

 

 

「……話を戻そう。その快援隊と取引予定だった、たった1本で戦艦1隻の動力全てを補える感電血…これを次元航行艦の新たな動力源にすれば、かなりコストを削減できる。そしてその試験機として、僕が艦長を務める『クラウディア』に導入されることが決定していたのだが……」

 

 

「その取引の前に、感電血が全て奪われてしまった…ってこと?」

 

 

フェイトが続けて言った言葉に、クロノはコクリと頷いた。

 

 

「で、わざわざ艦長様が直々に取り戻しに来たと? 大変ですねェ提督様も。つーか、だったら俺たちに依頼するより、てめェら管理局で動いたほうが早くね?」

 

 

「それができたら苦労しないんだよ。特にこの江戸ではね」

 

 

銀時の嫌味の篭った言葉にやれやれ…と言いたげに嘆息するクロノ。そんなクロノに代わって、フェイトが説明する。

 

 

「銀時、管理局ではね…幕府との条約で、基本的に江戸で起きた事件には一切関与することはできないんだよ。江戸で捜査するには幕府からの許可のもと…江戸の警察組織に出向するか、彼らと合同捜査を行うしかない。だから今回のことも江戸で起きた以上、管理局は介入できないんだよ」

 

 

「ふーん。要するに色々めんどくせーんだな管理局」

 

 

フェイトのその説明に銀時は小指で耳をほじりながら、分かったのか分かってないのか曖昧な返事をする。

 

 

「つまり…僕は今回、局員や提督ではなくクロノ個人としてここに依頼に来たという訳だ。もちろん快援隊同様にこちらからも報酬も出す。君たちなら江戸に詳しい上に、顔も利くだろう」

 

 

「そういうわけで、おまんらにやってもらうのは感電血と金の回収、及び頭を見つけ出してわしの前に連れてくることじゃきに」

 

 

「言うのは簡単だがよォ、手がかりが少なすぎやしねーか? 江戸ったって広いんだよ。これは砂浜から特定の砂粒見つけ出すようなモンだぜ」

 

 

言い方はアレだが、銀時の言い分は正しい。江戸の街はかなり広い。街中を地道に調査するとなれば、かなり骨が折れるだろう。

すると、そんな銀時の言い分に対し、陸奥は懐から1枚の名刺を取り出した。

 

 

「快援隊に心当たりはない。何か探りたいなら、取引相手の所に行くぜよ」

 

 

その名刺には『青木商会』という会社の名前が記載されていた。どうやらこの会社が、昨夜の取引相手らしい。

 

 

「ああそうそう、それと……困った時はコレを使うぜよ」

 

 

そう言うと陸奥は思い出したように、また懐から取り出したものをゴトリとテーブルに置いた。それは紛れもない一丁の拳銃だった。

 

 

「あの…陸奥…それ拳銃だよね? そういうのはちょっと……」

 

 

「気にするな、念の為ぜよ。持っておいても損はないきに」

 

 

フェイトがやんわりと返却しようとするが、結局陸奥に押し切られる形で銀時が持つことになった。

 

 

「依頼内容は以上だ。大変だと思うが、よろしく頼む」

 

 

「それからもし頭を見つけたらまずは──ふぐり蹴っ飛ばしといてくれ」

 

 

クロノと陸奥のその言葉を最後に話は終わった。そして若干の情報不足は否めないが、銀時たち万事屋一行はさっそく捜査の為に江戸の街に繰り出したのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

すっかり日が傾き……夕陽で赤く染まる江戸の街を、どこかに向かって歩く万事屋一行。

 

 

「銀さん、まずはその取引相手の所に行くんですよね?」

 

 

「いいや」

 

 

「じゃあどこ行くアルか?」

 

 

「ふぐり蹴り飛ばしに」

 

 

「ふぐり?」

 

 

「神楽は知らなくていいから」

 

 

因みにふぐりとは……要するにキン○マのことである。

 

 

「ああ、坂本さんのことですね。どこにいるか見当がついてるんですか?」

 

 

「まァな」

 

 

「やっぱりアレですかねー、快援隊の隊長なわけですから、責任を感じて独自に調査とかしてるんですかね」

 

 

「新八、それは絶対にないと思うよ。私も数年前にちょっとしか面識ないけど…あの人がそんな殊勝な人とは到底思えないから」

 

 

「フェイトの言う通りだ。前にも言ったよなァ? あいつ、頭カラだから」

 

 

それからしばらくして、銀時について行くままにたどり着いたのは……新八の姉、お妙が働いているキャバクラ『スナックすまいる』。

 

 

「おりょうちゃァァん!! 結婚してェェェ!!」

 

 

「ノーセンキュー!!」

 

 

そこではサングラスをかけた黒いモジャモジャ頭の男が、大声で求婚しながらキャバ嬢にダイブし、断られながらふぐり蹴飛ばされていた。

その深紅のチェスターコートと白いマフラーを身に着け、下駄を履いた男こそ…快援隊の社長にして銀時のかつての戦友『坂本辰馬』である。

 

 

「本当アル、カラだったアル」

 

 

「俺が蹴るまでもなかったな」

 

 

「アッハッハッハッハ!」

 

 

股間を蹴られて床に倒れながらも能天気な声で大笑いをしている坂本を、銀時たちは冷めた目で見下ろしている。すると坂本は、そんな銀時たちに気がつくと、ガバっと勢いよく起き上った。

 

 

「おおっ! 金時! それにファイトちゃんじゃなかか!! 久しぶりじゃのー! 元気じゃったか!?」

 

 

「金時じゃねェ、銀時だ。いい加減覚えてくんない?」

 

 

「私もファイトじゃなくてフェイトです。そんなやる気に満ち溢れた名前してませんから」

 

 

相変わらず人の名前を間違える坂本にツッコミを入れる銀時とフェイト。銀時はそんな彼に呆れて溜息をつくと、そのモジャモジャ頭の髪をむんずと鷲掴みにする。

 

 

「オラ行くぞ」

 

 

「イタタタタタ!! いきなり何しよるがか!? おい金時ィ!」

 

 

喚く坂本を引きずって、すまいるを後にする万事屋一行。

店から外に出ると、もうすでに陽は沈んで夜になっていた。それでも昼間よりも活気があるように見えるのは、このかぶき町が夜の町とも呼ばれる所以だろう。

 

 

「イダダダダ!! 千切れる! ホント千切れる! やめるぜよ金時!」

 

 

「何度も言わせんじゃねーよ! 金じゃなくて銀だから! いつまで引っ張るつもりだそのネタ!」

 

 

「わ、わかった! わかったぜよ! だから放すぜよ!」

 

 

そう言うと、銀時は不満気ながらも坂本の髪から手を放す。

 

 

「イタタタ……んで、ワシに何の用じゃ? 金時」

 

 

「って何聞いてんだおめェ!!」

 

 

「待ってください銀さん! こんなことやってたらいつまでも話が先に進みませんよ!」

 

 

わかったと言いながらも名前を間違える坂本に、キレた銀時が殴り掛かろうとするが、それは新八が必死に止めた。

 

 

「まったく、相変わらず乱暴な奴ぜよ。ファイトちゃんもあがな旦那を持って大変じゃの~」

 

 

「フェイトです。わざとですよね? もうわざと言ってますよね? いくら私でも怒りますよ」

 

 

「アハハハハ! そげな怖い顔すると美人が台無しぜよ! ファイトちゃん」

 

 

「ねえ、もうこの人の頭叩き割っていいかな? 言葉のキャッチボールもまともにできない頭なんて必要ないと思うんだ」

 

 

「アハハハハ! 何を言うとるんじゃファイトちゃん! キャッチボールくらいワシにだってできるぜよ! こう見えてワシは根っからの巨人ファンじゃからのー! アハハハハ!」

 

 

「何でこの人こっちの投球(ことば)を全部無視しするの? 何で魔球(ボケ)しか投げてこないの? 何でツッコむ気が失せるくらいに明後日の方向に大暴投するの? もう打っていいかな? ボールの代わりにこの人のふぐりをホームランしてもいいかな?」

 

 

「ダメですってフェイトさん!! 気持ちはわかるけど落ち着いてくださいィィ!!」

 

 

顔に青筋を浮かべてバルディッシュをまるでバットのように構え始めるフェイト。そんなフェイトに新八がすかさず止めに入る。しかしそこへ更に、木刀を持った銀時と日傘を持った神楽までが加わる。

 

 

「そうだぞフェイト、無理すんな。俺が代打でその毛玉をホームランしてやらァ」

 

 

「待つアル! 代打なら私に任せるヨロシ。宇宙の果てまで場外ホームラン確実ネ」

 

 

「おいィィ!! おめーらまで入ってくんじゃねーよ!! 余計に話が進まねェだろーがァァ!!」

 

 

夜の大通りで人目も気にせずギャーギャーと騒ぎ立てる万事屋一行。すると、そこへ事の発端である坂本が呑気な口調で割って入る。

 

 

「あの~、こう見えてもワシャ忙しいきに。用がないなら帰らせてもらってもいいかのう? アハハハハ!」

 

 

「「「「てめェの為に動いてんだよこっちはァァァ!!」」」」

 

 

その言葉に万事屋一行が激怒し、彼らの怒声が夜のかぶき町に響き渡ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

つづく






遊び過ぎた。恐らくあと2話ぐらいはかかります。


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後先考えずに詰め込み過ぎると必ず後悔する

サブタイ通りです。

今回で感電血の話を終わらせようと書いてたら、何か色々書きたいことが浮かんできて…オリジナル展開とかその他諸々を全部詰め込んでたらいつの間にか2万字近くになった。

次からは、ちょっとでも計画的に小説を書こうと思いました。

あと、紅桜篇に入る前にもう1話だけ投稿する予定です。


というわけで、感想お待ちしています。


 

 

 

 

 

「感電血? 知らんのう」

 

 

坂本辰馬と再会してひと悶着あったあと、銀時たち万事屋一行は近くにあった和風喫茶『珈琲屋』で甘未を食べながら坂本に盗まれた感電血のことを訊ねるが、なんと当の本人は感電血のことすら知らないと言い切った。

 

 

「知らないって…辰馬さんの会社の商品ですよね? なんでそれを社長が知らないんですか」

 

 

「アハハハハ! 細かいことは陸奥に任せちょるからのう、ワシに言われても皆目見当もつかんぜよ。アハハハハ! おっ、そこのキレ―なおねーちゃん! ワシと遊ばんね?」

 

 

「ノーセンキューです」

 

 

フェイトがショートケーキをつつきながら非難の目を向けるが、坂本は能天気に笑いながらそれをかわす。そして通りかかった女性店員をナンパするが、頭から冷水をかけられて断られる。それでも彼は軽快に笑う。

 

 

「アハハハハ! こりゃまいったのう」

 

 

「でしたら、青木商会ってところについて何か知りませんか?」

 

 

「さーなァ、ワシャ細かいことはようわからんきに。アハハハハ! それより金時! ファイトちゃん! 久しぶりの再会じゃ! おりょうちゃんの所でパーっとやるぜよ!!」

 

 

「銀ちゃん、こいつまた振り出しに戻すつもりアルよ」

 

 

「なんかもう…頭痛くなってきた」

 

 

「前回から続いて、どこまでボケ倒せば気が済むんだよおめーは……!」

 

 

結局坂本からは何の情報も得られなかった銀時たちは、坂本のボケの連続で無駄に疲れた為……後日に青木商会を訊ねることに決めて、その日の調査を終了としたのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

一夜明けて翌日……坂本を含めた万事屋一行は快援隊の取引相手である、青木商会の本社ビルの前にやって来ていた。

 

 

「ここが青木商会……うまく話が聞けるといいんですけど」

 

 

「その為に辰馬(こいつ)を連れてきたんだ」

 

 

「ねーちゃん達、ワシと遊ばなーい?」

 

 

「ノーセンキュー」

 

 

「アハハハハア"ァ!!」

 

 

「商売相手の社長がいんだ。なんとかなんだろ」

 

 

銀時は道行く女性をナンパする坂本を蹴り倒し、身体を羽交い絞めにして、そのまま青木商会のビルの中へと引きずって行った。その様子をフェイトと新八と神楽は呆れたような眼差しで見つめながら、その後に続いたのだった。

 

 

それから受付で快援隊の坂本辰馬の名前を使って社長にアポを取ることに成功し、一行は青木商会の社長室へと招かれた。そしてそこで、青髭が目立つ社長の『青木』とその部下2名と対談していた。

 

 

「これはこれは坂本様、この度はお互い災難でしたねぇ」

 

 

「さっそくですけど、襲ってきた相手に心当たりはあるんですか?」

 

 

「さあ? 我々は信用第一をモットーにしておりますので、他の人に恨まれるようなことはしていないと思うのですが…」

 

 

「だが、実際には取引の現場をピンポイントで襲われてるわけじゃねーか。情報が前もって漏れていたといしか思えねーがな」

 

 

「私は本業上、取引の現場というものは何度を見てきました。その経験から言わせてもらいますと…取引現場を確実にピンポイントで抑えるのはかなり難しいです。それこそ、組織の中に内通者がいるか…組織そのものが意図的に情報を流しているかとしか……」

 

 

「我々がわざと情報を流したと? バカバカしい、それはそちらにも言えることでしょう。お互いに被害者であるということをお忘れなく。とはいえ、こちらも事件については現在調査中でございます。何か分かれば、すぐにお知らせいたしますので」

 

 

その言葉を最後に、銀時たちは「お引き取りを」と言われながら半ば強引な形で青木商会を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その後、結局たいした情報を得られえなかった銀時たちは、夕暮れ時となった江戸の街を歩いていた。

 

 

「なんだかよー、ったく…」

 

 

「昨日から何1つ手がかりが掴めてないんですけど…」

 

 

「うん…元々情報が少なかったのもあるけど、当事者が何も知らないとなるとほとんどお手上げだね。青木商会はともかく、快援隊に至っては社長がコレだしね」

 

 

「ホントネ。やっぱり役立たずの社長より工場長ヨ」

 

 

依頼が何1つ好転しないことに、そんな愚痴をこぼす万事屋一行。すると、銀時にヘッドロックを掛けられた状態で歩いている坂本が、掠れた声で口を開く。

 

 

「なァ金時…ワシャもう疲れたぜよ。そろそろ酒にしようや。アハハハハ」

 

 

「何言ってんですか、坂本さんの快援隊の依頼なんですよ。依頼主の坂本さんが足引っ張ってどうするんですか。ねぇ銀さん?」

 

 

「……いや、それもいいかもな。なぁフェイト?」

 

 

「!………うん、そうだね。でもあんまり飲み過ぎちゃダメだよ」

 

 

「え?」

 

 

銀時はともかく、フェイトまで坂本の提案に乗ったことに、新八は呆気に取られた顔で声を漏らしたのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「「アハハハハ!」」

 

 

「勘定は陸奥にツケとくけェ、ガンガン飲め飲め!」

 

 

それから、かぶき町の居酒屋へとやって来た銀時と坂本はすでに出来上がっており、肩を組みながら大笑いして酒を煽っていた。

 

 

「いいんですか? こんなことしてて」

 

 

「だってしょーがないじゃん! 依頼主が飲めって言ってんだからよォー! フェイトォ、もう一杯!」

 

 

「はいはい」

 

 

「アハハハハ! ファイトちゃん! ワシにもお酌してほしいぜよ!」

 

 

「名前もまともに覚えない人に注いであげるお酒はありません」

 

 

そんな銀時の隣では、いつもは止める立場だったハズのフェイトが率先してお酌──銀時限定──をしている。

 

 

「フェイトさんまで……」

 

 

「アハハハハ! おまんも細かいことば気にしちょらんと飲め飲め! アハハハハ!」

 

 

「いや…僕未成年なんですけどね」

 

 

「飲めないなら食べればいいアルヨ、いつまでも応用力のないガキだなお前。お茶漬けおかわりアルー!」

 

 

「働けよなお前も……」

 

 

「今日は祭じゃき! さァ飲め飲め!! アハハハハハハハ!!」

 

 

それからも銀時と坂本は、バカ騒ぎをしながら酒を飲み続け……その宴会は時刻が深夜になるまで続けられた。

 

 

そして……

 

 

 

 

 

「「オボロロロロロロロ!!」」

 

 

 

 

 

案の定、飲み過ぎた2人は路地裏で盛大に吐いていた。そして酔いで足元のおぼつかなくなった坂本を新八が、銀時をフェイトと神楽が2人がかりで支えながら、深夜になってすっかり人気もなくなって静かになった大通りを歩いていた。

 

 

「だから言ったじゃないですか」

 

 

「お前が何を言ったんだ? えー?」

 

 

「酒は飲んでも飲まれるなー的なことかのう。アハハハ…」

 

 

「わかってるなら少しは飲む量を控えないと。私何回も飲み過ぎたらダメって言ったよね?」

 

 

「それが出来りゃー苦労はせんぜよファイトちゃん…なァ金時」

 

 

「酒ってなァ飲んで飲まれての繰り返しだよ。それが人生って奴さァ」

 

 

「借金で首が回らなくなったバクチ打ちの言い訳となんら変わらないアルな」

 

 

「つまりダメ人間ってことかー」

 

 

酔っ払い2人に対して新八が呆れたように溜息をつき、大通りを歩く万事屋一行。

 

 

 

そんな彼らの背後から……夜の闇に紛れて、いくつかの人影が迫っていた。

 

 

 

「あーあ、結局今日は無駄足でしたね」

 

 

「そうでもねーみてーだぜ」

 

 

「え?」

 

 

新八のぼやきに対してそう呟くように返す銀時。その声色からは、先ほどまでの酔っ払いなど微塵も感じさせなかった。よく見ると…フェイトも坂本も真剣な表情で背後に注意を払っており、彼らは小声で会話する。

 

 

「銀時、辰馬さん…気づいてるよね?」

 

 

「派手に動き回った甲斐があったみたいだな」

 

 

「金時、ワシの合図で動くぜよ」

 

 

「ああ。フェイトは新八と神楽を頼む」

 

 

「わかった」

 

 

そして3人の会話が終わると同時に、背後にいた人影たちが銀時たちに襲い掛かろうと、腰を落とす。

 

 

「今じゃ!!」

 

 

「わかってらァ!!」

 

 

それに合わせて銀時と坂本がすぐさま振り返り、迎撃態勢を取ろうとするが……

 

 

──ゴチン!!

 

 

「「あ"!!」」

 

 

「って何やってんですかァァ!?」

 

 

勢いあまってお互いの頭を思いっきりぶつけてしまい、その場に倒れた。そんな2人に新八がツッコミを入れる。

 

 

「今だ! かかれェ!!」

 

 

そんな号令と共に、一斉に襲い掛かって来る人影。見るとそれは…浪人と思われる刀を持った男の集団であった。

 

 

「うわぁぁ! 何か来たァ!」

 

 

「ったく…鈍ってんだから引っ込んでろ! ここは俺が…」

 

 

そう言うと銀時は腰に差してた木刀を抜いて構え、浪人の集団を迎え撃とうとする。

 

 

だがその瞬間……銀時と浪人集団の間に、1発の光線のような弾丸が放たれ、小さく爆発した。

 

 

「「「うおォォォ!?」」」

 

 

「!……辰馬」

 

 

その爆発により、浪士たちは後退り…銀時も足を止めて振り返ると、そこには拳銃を構えた坂本が立っていた。

 

 

「これからは拳銃(これ)ぜよ。さァどうする気に? 一歩でも動けば…ズドンじゃ」

 

 

「くっ……!」

 

 

そう問いかけながら浪人集団の前に移動し、銃を突きつける坂本。そして銃を突きつけられた浪人たちも、顔をしかめて睨む。

 

 

「大人しく帰るなら、こっちも手ェは出さんぜよ」

 

 

「ぬぅ……引くぞォ!」

 

 

すると浪人の集団は刀を収めて、その場から走り去って行く。

 

 

「すごい……戦わずして敵を追い払った……」

 

 

あっという間に闇夜に消えて行った集団を見送った後、新八が感心したように呟く。

 

 

「無駄な喧嘩はしちゃアガン。勝っても負けてもいいことなんてないきになァ。アハハハハ!」

 

 

銃を構えたままドヤ顔でそう語り、高笑いを上げる坂本。

 

 

「って──何やってんだてめェェ!!」

 

 

だがその時……激昂した銀時がそんな坂本を思いっきり蹴飛ばした。

 

 

「ようやく敵の尻尾を掴んだと思ったのに何してくれてるんですかこのモジャモジャァ!!」

 

 

「せっかくの手がかり丸々逃がしてどうすんだヨこのボケェ!!」

 

 

そして地面にうつ伏せに倒れた坂本に追い打ちをかけるように、神楽とフェイトを加えた3人により降り注ぐスタンピングと罵倒の嵐。

 

せっかく街中で目立つように派手に動き回ることで、感電血を盗んだ相手を誘き出して捕まえるという作戦が上手くいきかけていたのに、最後の最後で台無しにされたのだ。彼らが怒るのも無理はない。

 

 

「チッ……おい新八、神楽、このバカ連れて先帰ってろ」

 

 

「え? それはいいですけど…銀さんは?」

 

 

「こっからは大人の時間だ。ガキはさっさと帰って寝てろ。行くぞフェイト」

 

 

「えっ、ちょっ、銀時?」

 

 

そう言うと銀時は、フェイトの手を掴んで引っ張り、そのまま一緒にどこかへと向かって歩いて行く。

 

 

「おいィィ!! 大人の時間って、あんたフェイトさんとどこで何するつもりだァ!?」

 

 

「いくら夫婦でもやっていい時と悪い時があるネ! 朝帰りしてきてもウチには入れませんからネ!」

 

 

後ろでギャーギャーと騒ぐ新八と神楽を無視してズンズンと進んで行く銀時。そんな銀時に手を引かれているフェイトは頬を赤く染めながら歩いている。

 

 

「ぎ…銀時………ちょっと強引だけど、銀時がいいなら私は……(ゴニョゴニョ)…」

 

 

先ほど銀時が言った「大人の時間」の意味が「そういう事」なのではと考え、フェイトの頬の赤みが顔のほぼ全体に広がり、湯気が出るのではないかというほどの熱を帯び始めている。

 

 

「なァ、フェイト」

 

 

「ひゃい!!」

 

 

銀時に声をかけられ、思わず上擦った声で返事を返してしまうフェイト。しかし銀時はそんな奇声のような返事を気にも留めず、話し始める。

 

 

「さっきの浪人共、刀を持ってやがったよな?」

 

 

「え? う…うん」

 

 

「つーことは、ありゃ恐らく攘夷志士だ。廃刀令のご時世に刀ぶら下げてる奴なんざ、チンピラ警察か攘夷志士くらいのモンだからな。つまり、感電血を盗んだ犯人はどっかの攘夷集団かもしれねェ」

 

 

「あ……」

 

 

そこまで聞いたフェイトは、銀時が自分を連れ出したのは「そういう事」の為ではなく、調査の続きの為だということを悟った。変な勘違いをしていたことに、フェイトは別の意味で顔を赤くして俯いた。

 

 

「攘夷志士のこたァ攘夷志士に聞くのが一番だ。だからこれから野郎のとこに──ねえ、聞いてる?」

 

 

「う、うん……聞いてる…聞いてるよ……」

 

 

「……………」

 

 

恥ずかしさのあまり銀時とは目も合わせようともせず、赤い顔を隠す為に俯かせるフェイト。すると銀時はおもむろに歩みを止めて立ち止まると、少々意地の悪い笑みを浮かべながら、そっと自分の顔をフェイトの耳元近くまで持って行って静かに囁く。

 

 

「お前ひょっとして──なんか期待してた?」

 

 

「~~~~~~~~!!」

 

 

その瞬間、真っ赤に染まった顔を上げて声にならない声を上げるフェイト。すると……

 

 

「バ……バ……」

 

 

「え?」

 

 

うっすら涙目でプルプルと震えているフェイトの身体から、パチパチと小さな電気が迸る。そんな彼女の様子を見た銀時は、何か嫌な予感がして顔を引きつらせる。

 

 

そして次の瞬間……

 

 

 

 

 

「バカァァァーーーー!!!」

 

 

 

 

 

音速の速さで振り抜かれた平手打ちが炸裂し、乾いた破裂音のような音が夜の街に響き割ったのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「ふむ、なるほど……坂本の奴め、また面倒事を起こしているのか──それはそれとして銀時、その赤く腫れた顔はどうした?」

 

 

「ゆで卵作るのに失敗しただけだ」

 

 

「何をどう失敗をすればそうなる。卵の殻を割るのに自分の顔面にでも叩きつけたのか」

 

 

「うるせー。ほっとけやヅラ」

 

 

「ヅラじゃない桂だ」

 

 

場所は『北斗心軒』と呼ばれるラーメン屋。そこの席に銀時とフェイトに向かい合う形で座っている長髪が目立つ細身の男。彼の名は『桂小太郎』。坂本と同じくかつて銀時と共に攘夷戦争を戦い抜いた戦友であり、今では反幕府勢力『攘夷党』の党首である。

 

 

「それにしても、久しいなフェイト殿。何年ぶりだ?」

 

 

「銀時との結婚報告以来ですね。お久しぶりです、桂さん」

 

 

そう言って丁寧な仕草で桂に頭を下げるフェイト。本来執務官であるフェイトは桂を捕まえる立場にあるのだが…彼とは銀時と同じく子供の頃からの知り合いで、その人柄なども熟知している為に積極的に捕まえようとはしていないのである。

 

 

「そうだ紹介しよう。俺のペットのエリザベスだ」

 

 

そう桂が紹介したのは、白いペンギンのような風貌をした謎の生物『エリザベス』。こいつに関してはマジで謎。

 

 

【はじめまして】

 

 

「は、はじめまして」

 

 

そんな文章の書かれたプラカードを出して挨拶をするエリザベスに対して、フェイトは戸惑いながらも挨拶を返した。

 

 

「いやしかし…フェイト殿は昔から麗しかったが、銀時の妻になってから一層美しくなったのではないか?」

 

 

「え!? そ…そうかな……?」

 

 

「うむ、やはり女性は人妻になってからがもっとも美しくなる。ところでフェイト殿、もしよければ今度一緒にお茶など……」

 

 

「オイコラ、なに旦那の前で堂々と嫁をナンパしてんの? 人妻好きも大概にしろよヅラ」

 

 

「ヅラじゃない桂だ。冗談だ、俺が友の妻に手を出すわけがなかろう。それに俺はどちらかというと未亡人の方が……」

 

 

「オメーの好みなんざ欠片も興味ねーんだよバカヅラァ!」

 

 

「バカヅラじゃない! バ桂だ!! あ、間違えた…桂だ!!」

 

 

顔に血管を浮かべながら怒鳴る銀時に対して負けじと怒鳴り返す桂。

 

 

「ラーメン3丁、お待ちっ」

 

 

そこへこの店の店主である女性『幾松』が注文していたラーメンをテーブルに置いた為、そのやり取りは一時中断して3人はラーメンを食べ始める。

 

 

「つーか、そろそろこっちの質問に答えろよ」

 

 

麺をすすりながら桂にそう言う銀時。

2人がここに来た目的は、他の攘夷組織の内情にも詳しい桂に感電血に関わりそうな攘夷組織について尋ねる為である。しかしそれに対して桂は、首を横に振って答えた。

 

 

「悪いが、心当たりはないな」

 

 

「そんな……」

 

 

「オイオイ使えねーなヅラ。せっかく作者が本編捻じ曲げてまでオメーを出す機会をくれたってのに。もう今後オメーの出番はねーかもしれねーな」

 

 

「ヅラじゃない桂だ。話は最後まで聞け」

 

 

そう前置きをしてから、桂は一旦麺をすすって口に含んでから話を続けた。

 

 

「その感電血とやらに関係があるかはわからんが…最近物騒な噂を耳にした」

 

 

「噂?」

 

 

「近頃…過激攘夷派の『魔玖怒那琉(マクドナル)党』という組織が次元世界の兵器を手に入れ、ターミナルを崩壊させようとしているという噂だ」

 

 

「確かに物騒な話だな」

 

 

因みに『ターミナル』とは、地球の政権を握った天人が開国の際に造った宇宙船発着の為の基地の名称。『アルタナ』と呼ばれる地球のエネルギーが湧き出る場所である『龍穴』のエネルギーで動いており、江戸中のエネルギーが集束しているポイントでもある為、攘夷志士にテロの対象として狙われる事が多い場所である。

 

 

「でもどうやって攘夷志士が次元世界の兵器を? 密輸だとしても、ルートは?」

 

 

「そこまでは知らん。だがそれが本当なら、天誅を加えるまでの話」

 

 

「で…それが感電血とどう関係があるってんだ?」

 

 

「これは憶測に過ぎんが……たとえ次元世界の兵器でも、ターミナルを崩壊させるのは難しいだろう。よほど膨大なエネルギーをぶつけぬ限りな」

 

 

「!?」

 

 

「まさか……」

 

 

そこまで聞くとフェイトは眼を見開き、銀時は合点がいったように呟く。そして桂はそれに肯定するように頷いた。

 

 

「確かお前たちが探している感電血とやらは、1本で宇宙戦艦1隻を動かせるほどのエネルギーを秘めているのだろう? それが数本…数十本あれば……」

 

 

「ターミナルをぶっ壊すのもワケねェってか」

 

 

「あくまで憶測だがな」

 

 

「一応聞くが、そいつらのアジトは?」

 

 

「流石にそこまでは掴んでおらん。だが銀時、フェイト殿、もしもの時は気をつけた方がいい」

 

 

「わかりました。忠告ありがとうございます、桂さん」

 

 

「せいぜい気ィつけるわ」

 

 

そう言うと同時にラーメンも食べ終わり、銀時とフェイトは揃って席を立つ。

 

 

「幾松さん、ごちそうさまでした」

 

 

「まいど」

 

 

「じゃーな、ヅラ」

 

 

「ヅラじゃない桂だ」

 

 

そしてそのまま会計を済ませると、挨拶もそこそこに銀時とフェイトは北斗心軒を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「色々絞れてきたな。あとはその魔津玖(マック)とかいう奴らのアジトがわかればいいんだが」

 

 

「違うよ銀時、魔玖怒(マクド)って名前だったよ確か」

 

 

「いやいや魔津玖だろ。なんかハンバーガーが食いたくなる感じの名前だったし」

 

 

「いやいや魔玖怒だよ。なんかフライドポテトが食べたくなる感じの名前だから」

 

 

「魔津玖だ」

 

 

「魔玖怒だよ」

 

 

もしこの場に新八がいれば「どっちでもいいわァァ!!」と盛大なツッコミを入れてくれたことだろう。しかし今は新八はおろかフェイトまでボケに回ってしまっている為、ツッコミが不在である。

 

なので銀時とフェイトは、そんな不毛なやり取りを繰り広げながら帰路を歩いている。そしてようやく『万事屋銀ちゃん』の看板が見えてきた頃……

 

 

「あ…あのぉ……」

 

 

「あ?」

 

 

そんな銀時とフェイトの後ろから、1人の男が声をかけてきた。

 

 

「あなたは…青木商会の……」

 

 

2人が振り返ると、そこに立っていたのは昼間に会談した青木商会社長の青木とその部下2名であった。

 

 

「昼間は大変失礼いたしました。すみません、夜分遅くに」

 

 

「で…こんな時間になんか用か?」

 

 

「昼間のお話で、早急にお耳に入れておきたい情報がありまして」

 

 

「情報?」

 

 

「わたくし共が独自に調査を進めた結果…あの感電血を欲しがっているという、ある組織を突き止めたのです。その名も──『魔玖怒那琉党』」

 

 

「「!!」」

 

 

青木の口から告げられたその名前を聞いた瞬間、銀時とフェイトは揃って目を見開き……同時に心の中でこう呟いた。

 

 

──ああ…そういえばそんな名前だった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

翌日……青木からもたらされた情報をもとに万事屋一行と坂本がやって来たのは、江戸の街の外れの廃墟にある人気のない巨大倉庫の前。

 

 

「ここが魔玖怒那琉党とかいう奴らのアジトか」

 

 

「なんだか、いかにもって感じですね」

 

 

「でもこんなボロっちい場所にホントにいるアルか?」

 

 

「よく見て神楽。確かに色んな所が風化で崩れてるけど、扉だけは妙に新しい。人の手が加えられた証拠だよ」

 

 

「アハハハハ! こりゃ確かに、最近付け替えられたものじゃのォ」

 

 

フェイトの言う通り……屋根や壁などは風化してボロボロになっているが、出入口を閉ざしている鉄の扉だけは、まるで差し替えたように真新しいものになっている。これだけで、ここに人が出入りしていることが伺える。

 

 

「どうしますか銀さん?」

 

 

「どうっていわれてもなァ。無駄な体力消費すんのも疲れるしィ、とりあえずどっかから忍び込んでみっか」

 

 

新八の問い掛けに対して、自分で肩を揉みながらそう提案する銀時。しかし……

 

 

「こんにちはー! 快援隊ですけ──」

 

 

「って言ってるそばからそれかいィィ!!」

 

 

「──どォォ!!」

 

 

まるで近所の家に遊びにきたかのように扉の前で大声をあげている坂本を、新八がツッコミと共に顔面に飛び蹴りを叩き込んで止める。

 

 

「三河屋みたいに気軽アル!!」

 

 

「そんなにボケたいのか!? ああん!? そこまでしてボケ倒したいのか!?」

 

 

「何言うちょるんじゃ金時、ワシャただその感電血っちゅうのを預かってもらっちょるんなら返してもらおうと……」

 

 

「盗まれたって言ってるでしょう!! 辰馬さんは今まで何聞いてたんですか!?」

 

 

そこへ更に2度目となる銀時とフェイトと神楽によるツッコミとスタンピングの嵐が坂本に降り注ぐ。

 

 

するとその時……突然倉庫の扉が開かれた。

恐らくこの騒ぎを聞きつけたのだろう、そこから数十人もの刀を持った浪士が現れて瞬く間に銀時たちを取り囲んだ。

 

 

「とうとうここを嗅ぎつけたようだな、快援隊」

 

 

そしてその集団の奥から現れたのは……浪人達とは違い、近代的な衣服に身を包み…刀ではなく機械的な杖のようなものを持った男だった。恐らくこの男が、この集団のリーダー格なのだろう。

 

 

「ん? き…貴様はフェイト・T・サカタ!? 管理局の執務官が何故この世界に!?」

 

 

「お前は……!」

 

 

その男はフェイトの姿を見ると狼狽したように叫び、対するフェイトもその男の姿を見て目を見開いた。

 

 

「なんだ? あいつを知ってんのか、フェイト?」

 

 

「うん。確か管理局で指名手配されている次元犯罪者……ドルナード」

 

 

「次元犯罪者ァ? 何でそんな奴が攘夷志士と一緒にいんだよ?」

 

 

フェイトの説明を聞いて、疑問符を浮かべる銀時。するとリーダー格の男──『ドルナード』は先ほどの狼狽から一転し、笑いながら口を開いた。

 

 

「フッフッフ、流石はエリート執務官。俺がこの世界に潜伏し、密かに攘夷志士どもをまとめ上げ、独自のルートで仕入れた兵器を使ってターミナルを崩壊させ、この世界の救世主となる計画を見抜いていたとはな……」

 

 

「オイ、何か聞いてもいねーのに勝手にベラベラ喋り出したぞ」

 

 

「しかも結構しょーもない目的で攘夷活動に加担してるんですけど」

 

 

「小物臭がハンパないネ」

 

 

「まぁ実際、そこまで大物って犯罪者じゃないかな。正直…私もさっきあいつの顔見て、ああそういえばこんな奴いたなぁって思ってたし」

 

 

「アハハハハ!」

 

 

「えーいうるさい! 管理局に計画がバレた以上、生かしてはおかん!」

 

 

ドルナードが声高々にそう言うと、彼の部下である浪士の集団が一斉に銀時たちに刀を向ける。

 

 

「あーあ、向こうの皆さん激しくやる気だよオイ」

 

 

「どうするんですかこんなに沢山……」

 

 

「ま、なんとかなるだろ」

 

 

「なんとかってあの人数ですよ!?」

 

 

「うるせーなァ、なんとかなるって言ったらなんとかなるんだよ」

 

 

「何ですかその根拠のない自信は!?」

 

 

こちらは5人…対して向こうは目測でも50人以上はいるだろう。にも拘わらず、銀時は妙に自信あり気にそう言った。

 

 

「お前らは知らねーだろうけどな、坂本辰馬ってのはよォ、化物みてーに強ェ」

 

 

「え?」

 

 

「攘夷戦争の時にゃあエラく有名だったぜ」

 

 

「このバカ強いアルか!?」

 

 

銀時の言葉を聞いて、神楽は驚きながらボロボロになった坂本を指でつまんで持ち上げる。

 

 

「ああーもう強いも強い、めちゃくちゃ強い。バカだけどな」

 

 

「確かに辰馬さんは、銀時や桂さんと一緒に攘夷戦争を戦い抜いた人だから実力は相当なものだと思うよ。バカだけど」

 

 

「ウソー!? 銀ちゃんより強いアルか!? このバカが!?」

 

 

「よく聞けよ。このバカが俺より強いなんて一言も言ってねーよ!」

 

 

「バカバカ言わんでいいきに! けっこう傷つくぜよ!」

 

 

「このバカが……」

 

 

坂本辰馬が強いという話に、新八と神楽は疑わしそうな目をする。今までの彼の言動や行動から見れば、信じられないのも無理はないだろう。

 

 

「何をゴチャゴチャやっている! 者ども、かかれェ!!」

 

 

「「「オォォォォオオ!!」」」

 

 

すると痺れを切らしたドルナードがそう号令を出すと、攘夷志士の浪士たちが一斉に刀を構えて銀時たちに襲い掛かる。

 

 

「こうなったら仕方ねェ!」

 

 

それに対して銀時は腰から木刀を抜くと同時に走り出し、一瞬で数人の浪士を薙ぎ倒す。

 

 

「バルディッシュ!」

《Yes sir》

 

 

それに続いてフェイトもバルディッシュをセットアップし、大斧形状の『アサルトモード』のまま振り回して浪士たちを吹き飛ばす。

 

 

「ホワチャァ!」

 

 

「このォ!」

 

 

神楽も向かって来る浪士を1人ずつ殴り倒し、新八は他に比べて苦戦しながらも木刀で浪士を倒していく。

 

 

「これからは拳銃(コレ)じゃと言うちょるじゃろが」

 

 

そして坂本も戦いに参加すべく、自身の懐から銃を取り出そうとする。しかし……

 

 

「ありゃりゃ? ありゃ?」

 

 

「どうした!? 辰馬!」

 

 

「ピストル、落としちゃったぜよ」

 

 

「えェェ!? なんて役立たず!!」

 

 

「アハハハハ!」

 

 

「このバカ! なんとかするアル!」

 

 

どうやらその銃を無くしてしまったらしく、それに憤慨した神楽にまたもや蹴り倒される。

 

 

「銀時! 陸奥から預かったアレ!」

 

 

「ったくしょーがねーなァ! おらよ!!」

 

 

「これは……」

 

 

「お前の部下が使えってよ! こうなる事がわかってたんじゃねーの!?」

 

 

フェイトの言葉を聞いて、銀時は浪士を何人か倒したあと、懐から陸奥から預かった拳銃を取り出して坂本に投げ渡す。

 

 

「えーっと、これがこうなって……」

 

 

「ってなに分解してんですかァァ!?」

 

 

だが坂本は何故かその受け取った銃を突然バラバラに分解し始めた。しかもご丁寧にどこから持ち込んだのかブルーシートを敷き、ライトの小道具を用意してまで。

 

 

「いや何か触っちょったら……」

 

 

「やっぱりバカだよあの人ォォ!!」

 

 

「あーもう!! バカはほっとけ!!」

 

 

そこから坂本は戦力として数えず、4人だけで次々と浪士たちを薙ぎ倒していく。

 

 

《Shoot Barret》

 

 

「!!」

 

 

するとそこに……フェイト目掛けて1発の赤い魔法弾が飛来する。それを察知したフェイトは後ろに飛んで回避すると、魔法弾はフェイトから手前の地面に着弾して爆発する。

そしてその魔法弾が飛んできた方向を見ると、ドルナードが得意気な笑みを浮かべながらデバイスである杖を構えていた。

 

 

「クックック、知ってるぞ執務官。お前ら局の魔導師はこの世界じゃあ自由に魔法を使っちゃいけねーんだろ? さっきからバリアジャケットも纏わずにデバイスだけで戦ってるのがその証拠だ」

 

 

「……………」

 

 

「だんまりか。まァいい、いくら執務官といえども……魔法が使えなきゃただの女だァァ!!」

 

 

《shoot cannon》

 

 

「くっ……」

 

 

そう叫びながら、今度は赤い光線のような砲撃をフェイト目掛けて放つドルナード。それをフェイトは僅かに顔を歪めながら、体をそらして回避する。

 

 

「フェイトさん!!」

 

 

「大丈夫!! こいつは私に任せて!!」

 

 

「でも……」

 

 

「新八ィ! てめーは眼前の敵だけに集中してろォ!!」

 

 

「銀さん……でもフェイトさんが……」

 

 

「心配すんな、フェイトなら大丈夫だ」

 

 

フェイトを心配する新八に対して、銀時は確信に満ちた口調でそう言い放った。

 

 

「そらそらそらそらァ!!」

 

 

魔法が使えないフェイトに対して、更に間髪入れずに魔法弾を何発も撃ち続けるドルナード。

 

 

「行くよ──バルディッシュ」

《Yes sir》

 

 

するとフェイトはそう呟くと同時に、勢いよく足を踏み出し……なんと迫る魔法弾へと向かって一直線に駆け出した。

 

 

「なッ!?」

 

 

そんなフェイトの行動に、ドルナードは眼を丸くする。

 

 

その間にフェイトは素早く駆け抜けながら、身体を上下左右に動かして最小限の動作で魔法弾を回避していく。

 

 

「確かに私たち管理局は、この世界では許可なく魔法を使うことは許されない──だけど」

 

 

そしてあっという間に弾幕を掻い潜り……ドルナードの眼前に迫ったフェイトは強く握り締めたバルディッシュを大きく振り被る。

 

 

そして……

 

 

 

「あなたごときを倒すのに──魔法は必要ない」

 

 

 

そう言い放つと同時に、ドルナードの顔面にバルディッシュの先端部分を叩き込んだのだった。

 

 

「──────!!」

 

 

思いっ切り殴られ、悲鳴もなく吹き飛ばされるドルナード。そのまま倉庫の中へと突っ込み……奥の方で凄まじい轟音を響かせたのであった。

 

 

「流石フェイトアル!! 超強いネ!!」

 

 

「な? だから言っただろ」

 

 

「はい、僕の取り越し苦労でしたね」

 

 

その光景を見ていた銀時たちも、今ようやく浪人全員を倒したところだった。因みに坂本は未だに分解した銃をイジっている。

 

 

「やれやれ、これで全員片付いたな」

 

 

「うん。あとは拘束してから、感電血を取り戻せばようやく……」

 

 

依頼完了……と、フェイトがそう言いかけたその時……

 

 

 

──ゴゴゴゴゴゴ……

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

突如として地響きが起こり、激しく地面を揺らす。しかもその震源はどうやら倉庫内のようである。

それによって…ただでさえ風化してた倉庫の壁は脆くも崩れ去り、続いて屋根などもガラガラと音を立てて崩壊していく。

 

 

「ハーハッハッハッハ!!」

 

 

するとその時…瓦礫の山と化したことで立ち上る砂煙の奥から、ドルナードの思しき高笑いが聞こえてくる。

 

 

そして砂煙が晴れるとそこには──見上げるほどにドーム状の巨大な大砲がそびえ立っていた。その大砲の操縦席と思われるドームのてっぺんには、ドルナードの姿もあった。

 

 

「見たか!! これが我が魔玖怒那琉党の最終兵器!! 超エネルギー集束砲『嵐欄流宇(ランランルー)砲』だァ!!」

 

 

声を高らかに響かせて叫ぶドルナード。しかしそれに反して、銀時たちの顔は引きつっていた。

 

 

「オイオイ、そろそろ怒られんじゃねーか作者。パロディネタでも盛り込みすぎだろ」

 

 

どこから怒られるとかは聞いてはいけない。

 

 

「貴様ら、あの感電血の行方が気になるだろう。そう、感電血とは……覚だけで言うと、これさえあれば力施設なんてもういらないっていうくらいのパワーで職人さんがの出るような努力で作り上げた一品のこと。そしてこの嵐欄流宇砲こそ、その感電血を動力に使ったエネルギー砲!! その威力は……自分の目で確かめてみろォ!!」

 

 

そう言うとドルナードは操縦席で操作し、砲身から凄まじいエネルギーの弾丸を発射する。しかも1発だけではない。2発3発と休みなく連射し始め、それが地面に着弾するたびに爆発が巻き起こる。

 

 

「「「うわぁぁぁぁぁ!!」」」

 

 

当然そんなものを防ぐ手段などない銀時たちは、必死に走って弾丸と爆発から逃げ回るしかない。

 

 

「できたァ!」

 

 

するとそんな時に、坂本の声が響く。

 

 

「とうとう完成したぜよ。ワシの切り札じゃ。さァ動いたらどてっぱらに──アレ? 誰もおらんきに」

 

 

分解した銃を再び組み直し、意気揚々と戦いに参加しようとする坂本だったが、もうとっくの昔に浪士たちは逃げている為に敵は誰もいなかった。

 

 

「ってずっとそれやってたワケ!? 今の状況わかってんのォ!?」

 

 

そこを銀時がツッコミながら、坂本の腕を引いて嵐欄流宇砲からのエネルギー弾から逃げる。

 

 

「何じゃ金時でもビビるきに? 肝っ玉の小さい奴じゃのォ」

 

 

「何その引っ掛かる言い方!? チキンレース!? この状況でェェ!!」

 

 

「ここはワシに任せるぜよ」

 

 

「まさかその拳銃であの大砲に対抗するつもり!? いくらなんでも無茶ですよ!!」

 

 

「無茶じゃないきに。砲身の上あたりをよく見るぜよ」

 

 

フェイトに対して坂本がそう言うと、全員が走りながら坂本が指摘した箇所を見る。そこには、動力源である感電血がガラスのケースに包まれた状態ではめ込まれていた。

 

 

「感電血アル!」

 

 

「弱点まる出しじゃないですか!!」

 

 

「ご都合アルヨ、ご都合」

 

 

「ご都合結構!!」

 

 

そう言うと坂本は銀時の手を振り払い、単身で嵐欄流宇砲に立ち向かい、銃を構える。

 

 

「ワシの見せ場も作らにゃ、ただのバカの話で終わっちまうぜよ」

 

 

そして銀時たちが固唾を飲んで見守る中……坂本は銃の照準を動力源の感電血へと定める。

 

 

「そこじゃァァ!!」

 

 

そんな声を上げると同時に、銃の引き金を一気に引いた。そして……

 

 

 

──ポンッ

 

 

 

「……アレ?」

 

 

その銃の砲口から出てきたのは……弾丸ではなく、『ふんばれ』と書かれた小さな旗であった。

 

 

「ふんばれかァ、こりゃあ一本取られたようじゃのう。アハハハハ!」

 

 

「って何それェェ!? お前も部下も揃ってバカだろォォ!!」

 

 

「完全にオモチャじゃないですか!! 何で陸奥はそんなオモチャを渡したのォ!?」

 

 

「今どき旗の出るピストルなんてお目にかかれないアルヨォ!」

 

 

そこへもはや3度目となるツッコミ混じりのスタンピングが坂本に降り注いだった。

 

 

「どうやら万策尽きたようだな。ならばこちらはトドメと行こう。集束モードON!」

 

 

すると操縦席に座るドルナードがパネルを操作すると、砲身に段々とエネルギーが集束されていく。

 

 

「ハッハッハ!! この集束モードはさっきまでの砲弾モードとはワケが違うぞ! 感電血の膨大なエネルギーを一点に集束して最強の一撃を放つ! ここら一帯を更地に変えるほどのなァァ!! ハーハッハッハッハ!!」

 

 

そう言って高笑いを上げるドルナード。だがその時……

 

 

「アハハハハ! アハハハハ! アハハハハ!」

 

 

ドルナードを上回る笑い声を上げる者がいた。それは、地面に仰向けに倒れながら何かを見上げている坂本であった。

 

 

そしてそんな坂本が見上げる先には……坂本が率いる快援隊の私設艦隊『快臨丸』の姿があった。

 

 

「なにィ!?」

 

 

突然空から現れた戦艦に驚愕するドルナード。すると、快臨丸からスピーカー越しに陸奥の声が響き渡る。

 

 

『我らは快援隊、坂本辰馬率いるカンパニーじゃ。我らの大義を阻むものは──何人たりとも許さんぜよ!!』

 

 

そう言い放つと同時に、快臨丸の武装砲台から攻撃が放たれる。当然、避ける術のない嵐欄流宇砲は直撃する。

 

 

「ぐぅぅぅ……おのれェ!! だがもうエネルギーの集束が終わる!! まずは貴様らから撃ち落として──」

 

 

思わぬ反撃を受けて、激昂したドルナードが絶叫に似た声でそう叫ぶ。

 

 

だがその時……

 

 

「「オオォォォォォ!!!」」

 

 

「!?」

 

 

不意に…2人の男と女のものと思われる、咆哮のような声が聞こえてくる。

 

 

その声がする方へと視線を向けてみると……そこにはいつの間にか嵐欄流宇砲の巨体を駆け上り、動力源である感電血へと迫る銀時とフェイトの姿があった。

 

 

そして……

 

 

「でりゃァァァァァ!!」

「やあァァァァァァ!!」

 

 

銀時とフェイトが同時に振り下ろした木刀とバルディッシュがまるで×を描くように叩き込まれ、動力源の部分を破壊した。

 

 

「き…貴様らァァァァァ!!」

 

 

動力源が破壊され、蓄積されたエネルギーは行き場を失う。そうなると必然的にエネルギーが暴発し、嵐欄流宇砲は凄まじい大爆発を起こして砕け散ったのであった。

 

 

「なんとか間に合ったぜよ、陸奥」

 

 

その爆炎を見ながら、そう呟く坂本。そんな彼の姿を見た銀時とフェイトは気づいた。

坂本が手に持つ銃の銃身に…ピコピコと点滅する発信機のようなものが埋め込まれていたことに……

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

それからしばらくして、快援隊の従業員たちが魔玖怒那琉党の浪士たちを捕縛する。そして銀時たちは、ドルナードに盗んだ感電血と大金の在処を締め上げて聞き出し、別の場所に隠されていたそれを発見した。だが……

 

 

「カラ……?」

 

 

見つけた感電血が入っていた箱と金の入っていたトランクケースの中には、何も入っておらずカラっぽであった。

 

 

「これは一体どういうことじゃ?」

 

 

「ドルナード、これはどういうこと?」

 

 

「し…知らねェ! 俺は確かにここに隠していたハズだ!!」

 

 

フェイトがドルナードにバルディッシュを突きつけて本当の在処を聞き出そうとしたが、ドルナード本人も慌てながら知らないと言い放った。その必死な様子を見て、どうやら本当に知らないのだと悟った。

 

 

「ドルナードが知らないってことは、私たちが戦っている間に誰かが盗みだしたってこと?」

 

 

「そうなるぜよ。しかし一体誰が……」

 

 

一体誰が盗んだのかと考え込む一行。

 

 

「!」

 

 

すると銀時は、何かに気付いたかのように顔を上げると、坂本の方へと視線を移した。そして坂本も盗み出した犯人がすでに分かっているのか、口角を吊り上げながら言った。

 

 

「もうわかっとるじゃろ? ヒントは──利益ぜよ」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その夜……青木商会の本社ビル。

 

 

「急げ! 何をグズグズしている!」

 

 

そこでは…ビルの裏口から出てきた青木とその部下が、慌てた様子で裏路地を通り抜け、その先に駐車されているトラックへと向かって走っていく。

 

 

「そんなに急いでどこ行くつもりだァ?」

 

 

「!? あなたは、快援隊の……」

 

 

するとそんな青木の目の前に、銀時とフェイト、そして陸奥が立ち塞がった。

 

 

「夜のドライブか? それにしちゃァ色気のないツレとトラックじゃねーか」

 

 

「い、いやーご活躍で! なんとお礼を言っていいのやら」

 

 

銀時たちの姿を見て、すぐに取り繕うように人当たりの良さそうな笑顔を浮かべてお礼を述べて頭を下げる青木。だがそれに対して、陸奥が淡々とした口調で言い放つ。

 

 

「だがおんしらの金もワシらの積荷も見つからなかったぜよ」

 

 

「それは……いやはや……」

 

 

「ずいぶん出来過ぎた話じゃねーか? あんたらの正確な情報のおかげで事件は解決だ」

 

 

「けど、肝心のお金も積荷もどこにもなかった。そうなった場合、一番得をするのは誰だと思いますか?」

 

 

銀時とフェイトの問い詰めるような質問に、青木は何も答えずバツが悪そうに視線を背けるだけだった。

 

 

「おんしら保険入ってたじゃろ?」

 

 

「え? ああー……」

 

 

「とぼけても無駄ぜよ。金が無くなってもおまんらには保険がおりる…痛くも痒くもない」

 

 

「そしてその仕事を依頼した相手が潰れれば、同時に口封じもできる」

 

 

「全部あんたらのシナリオ通り。ただし、最後の詰めを誤ったようだがな」

 

 

「我々を侮辱するつもりか!?」

 

 

追い詰められた青木は、激昂したように叫ぶ。だが銀時は一切怯まずに言葉を続けた。

 

 

「人の良さそーな顔してやることは大胆だよなァ。俺たち全員踊らされてたってワケだ」

 

 

「け…警察を呼べ!」

 

 

「いいですよ、警察を呼んでも。ただしその時は正式な手続きのもと……この時空管理局執務官、坂田フェイトが徹底的に調べ上げてあげますよ。もちろん、あなたの会社についても…ね」

 

 

苦肉の策で警察を呼ぶように言うが、それもあっさりとフェイトに返される。それでも青木は負けじと言い返す。

 

 

「証拠は!? そこまで言うなら証拠があるだろ!?」

 

 

「証拠? 証拠ねェ……」

 

 

すると銀時はニヤリと笑って木刀を抜くと……そのまま勢いよく振り下ろして、トラックの荷台の屋根を切り裂いた。

 

そしてその中から出てきたのは……盗まれた感電血の束であった。まさに決定的な証拠である。

 

 

「あ…ああ……」

 

 

もはや言い逃れはできないと悟った青木は、その場で力なく膝をついて項垂れたのだった。

 

 

「全部お見通しだよ、バーカ」

 

 

その後……フェイトが事前に呼んでいた警察によって青木は逮捕され、青木商会は倒産したのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

青木が逮捕され、無事に積荷も戻ってきて依頼を達成した銀時とフェイトは、陸奥から報酬が入った封筒を受け取りながら夜道を歩いていた。

 

 

「今回は世話になったのう」

 

 

「うぜーからもうウチに仕事持ち込むのやめてくれない? あいつと一緒にいるとバカが移っちまうからよ」

 

 

「あはは……そういえば陸奥、辰馬さんは?」

 

 

「頭か? あんしは今頃、キャバクラでふぐり蹴飛ばされとるじゃろ」

 

 

陸奥の予想は正しく…坂本は現在『すまいる』にて、求婚を迫ったおりょうにふぐりを蹴飛ばされていたのであった。

 

 

「オイ、あの真っ黒クロスケはどうした? あいつからも報酬もらわねーといけねーんだけど」

 

 

「クロノ提督か? そっちは知らんのう。おんしらに依頼してから、別れてそれっきりじゃき」

 

 

「あんの黒坊主……報酬払わずにトンズラこきやがったな」

 

 

「まぁまぁ銀時、クロノも色々と忙しいんだから」

 

 

「忙しくてもそれが報酬を払わない理由にはなりません。今度会ったらガッツリ請求してやる」

 

 

そんな会話をしながら、彼らは夜道を歩いてそれぞれの帰路についたのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

時刻は深夜……場所は万事屋。無事依頼を終えて、すっかりクタクタに疲れたフェイトと神楽はすでに布団に入って熟睡していた。

しかし銀時……彼だけは何故かしかめっ面をして、深夜にも関わらず家から外出してきた。

 

 

「ったくあの(アマ)、ふざけやがって。なんで全部千円札なんだよ、これじゃせいぜい20万くらいにしかなんねーじゃねーか」

 

 

ブツブツと文句を言いながら階段を降りる銀時。

実は陸奥から受け取った報酬が入った封筒……見た目はかなり分厚く、銀時は少なくとも300万は硬いと踏んでいた。しかしその中身は全て千円札だったので、思った以上に少なかったのである。

そしてそれに憤慨した銀時はそのやり場のない怒りを発散させるために、下にある『スナックお登勢』でヤケ酒してやろうと思い、出てきたのである。

 

 

「おーいババァ、金は払うから酒を……」

 

 

ガラガラと店の戸を開けてそう言いかけた銀時だが、店の中を見ると同時にその言葉が止まる。何故なら……

 

 

「やあ」

 

 

右手に持ったお猪口を掲げて銀時に挨拶をする男……クロノがカウンター席に座っていたからである。

それを見た銀時は一瞬呆気に取られるが、すぐに顔をしかめてクロノへと歩み寄った。

 

 

「オイコラ、てめェこんなとこで何してんだ?」

 

 

「まぁ待て、君の言いたい事はわかってる。とりあえず座れ、話はそれからだ」

 

 

「……チッ」

 

 

銀時は舌打ちを一つ零すと、クロノとはひと席分の間を空けてカウンター席に座った。

 

 

「陸奥さんから連絡があったよ。無事に感電血を取り戻してくれたようだな。これで管理局も、快援隊との取り引きを進められる。礼を言おう」

 

 

「礼を言うくらいなら報酬払ってくんない? いくら嫁の身内でも、払うもんはキッチリ払ってもらうぜ」

 

 

「報酬なら、もうとっくに払ったさ」

 

 

「は?」

 

 

クロノが言った言葉に銀時は目を丸くする。銀時はおろか、フェイトや神楽や新八からもそんなものを受け取ったとは聞いていない。

するとそんな銀時に対して、クロノはしたり顔で答える。

 

 

「こちらのご婦人にね」

 

 

そう言ってクロノが手のひらで差したのは……カウンターに立っているお登勢。ニッと口角を上げて笑う彼女の手には、クロノが渡したと思われる厚みのある封筒が握られていた。

 

 

「報酬は、君たちの事務所の約5ヶ月分の家賃。そして──」

 

 

そこで一旦言葉を区切ると、クロノはもう1つのお猪口を銀時の前に置き…そしてそれに徳利に入った熱燗を注いでから、言った。

 

 

「ここの飲み代だ。今日は好きなだけ飲むといい」

 

 

「……キザな野郎だぜ」

 

 

そう毒づきながらも銀時は、お猪口に入った熱燗を一気に飲み干す。すると、カウンターに立つお登勢が何も言わずに新しい徳利とツマミとなる魚の切り身を差し出す。

 

 

切り身を一口頬張り、また酒を煽ると……銀時はクロノに対して口を開く。

 

 

「今回の依頼……わざわざお前がしゃしゃり出て来て依頼する必要はなかっただろ。積荷を盗まれた快援隊はともかく、お前ら管理局には実質的な被害は0なわけだしな。何が目的だったんだ?」

 

 

「目的なんて大層なものはないさ。ただ……久しぶりに可愛い義妹の顔が見たくなったのさ。ついでに……ナマイキな義弟の顔もな」

 

 

「……ケッ」

 

 

「それにだ……」

 

 

そう言うと、クロノは酒の入ったお猪口を銀時に向け……微笑を浮かべながら言った。

 

 

 

「たまにはこうして──義兄弟(きょうだい)水入らずで酒を飲み交わすのも、悪くないだろ?」

 

 

 

「!………」

 

 

それを聞いた銀時は少し驚いたような表情をすると、すぐにどこか気恥ずかしそうな顔でガリガリと後頭部を掻く。

 

 

「しゃーねーなァ」

 

 

そしてそう言いながら銀時もまた、酒の入ったお猪口をクロノへと向け……同じく微笑を浮かべて言った。

 

 

 

「今回だけだぜ──義兄(アニキ)

 

 

 

カチン…と、お猪口同士がぶつかる音が静かに鳴る。

 

 

その音を合図に……2人の義兄弟は、朝まで酒を飲み交わし続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに後日、見事に二日酔いになったこの2人にフェイトの雷が落ちたのは余談である。




はい、というわけで今回の話で色々言い訳させてください。


『魔玖怒那琉党』
元ネタは皆さんご存知、某ファーストフード店です。アニメでは『悪の組織』という名の悪の組織が敵だったのですが……ちょっとだけでもリリカルなのは的な要素が欲しかったので差し替えました。
大丈夫ですよね? 色んなところから怒られたりしないですよね?


『桂&エリザベス』
紅桜篇の前にちょっとでも登場させておきたかった。ただそれだけです。


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外見だけで人を判断しちゃダメ

1つ言い忘れてました。

詳しく描写はしてないのですが、フェイトもはやても江戸での普段着は基本的に着物という設定です。

因みに作者のフェイトの着物のイメージは……


黄色い花の模様があしらわれた黒い生地の着物で、帯は赤色。あと動きやすいように腕の部分は半袖で、右足部分にはスリットが入っている。因みに靴はヒール付きのブーツ。


そんなイメージで書いています。皆さんもぜひ、ご自分の脳内でお好きな着物を着せてあげてください。


 

 

 

 

 

 

──ジリリリリリリッ!!

 

 

場所は江戸にある住宅街にある、とある一軒家。和風な作りをしたその家でけたたましく鳴り響く、目覚まし時計の音。

 

 

「う…ん……ふわぁぁ……」

 

 

そのけたたましい音に晒されて、和室に敷かれた布団で眠っていた、この家の家主が目を覚ます。

 

 

彼女の名前は『八神はやて』。時空管理局特別捜査官にして、現在は江戸の治安を守る特殊警察『真選組』に出向して局長補佐、兼、特別に設立された魔法戦闘部隊の隊長に任命されている。

 

因みにこの家は江戸に住むにあたって、流石に男ばかりの真選組屯所で暮らすのはマズイということで、家族全員でお金を出し合って購入した和風家屋である。

 

 

「ん~……」

 

 

寝惚け眼でのそのそと布団の中の身体をうつ伏せにして、伸ばして手で鳴り響く目覚まし時計の音を止める。それと同時に、現在の時刻もぼんやりと確認する。

 

 

「9時30分……休みやなかったら普通に遅刻やなぁ……」

 

 

真選組の朝は8時の早朝会議から始める。遅れれば鬼の副長と恐れられる土方が定めた局中法度に違反してえ切腹を迫られるのだが、幸いにも今日のはやては公休なのでその限りではない。

ついでに言えば、彼女の家族である守護騎士たちは今日も普通に出勤なので、この家にははやてしかいない。

 

 

「……もっかい寝よ」

 

 

そう言ってはやては再び枕に顔を埋める。いつもなら休みの日でも炊事なり洗濯なりの家事に勤しむ彼女だが、あいにく彼女が24時間勤務を終えて帰ってきたのは明け方の5時頃……睡眠欲が勝るのも仕方ないだろう。

 

 

ということで…はやては再びまどろみに身を任せて、夢の世界へと旅立つ──

 

 

 

 

 

「いつまで寝てんだチビダヌキィィィィ!!」

 

 

「ひゃあァァァァァア!!?」

 

 

 

 

 

──ことは出来なかった。

 

 

突如として寝室のふすまを蹴破って襲来してきた1人のオッサン。それに驚いて布団から飛び起きたはやては、その襲来したオッサンの姿を見て、目を見開いて叫んだ。

 

 

「ま…松平のおっちゃん!?」

 

 

そのオッサンの名は『松平片栗虎』。ヤクザのような風貌ながら、幕府の治安組織を束ねる警察庁長官に就く男である。要するに、真選組に所属することになったはやての上官にあたる。

 

 

八神(タヌキ)、立てコノヤロー。仕事の時間だ」

 

 

「は? いや、仕事って…私今日は休みなんやけど」

 

 

「バカヤロー、警察に休みなんてねーんだよ。たとえ休みの日だろーが、オジさんが仕事だって言ったら仕事なんだよ」

 

 

「なんやそれェ!? いくらなんでも横暴すぎるやろ!」

 

 

「横暴じゃねーよ。ゲンヤの奴にだってなァお前のことは馬車馬──じゃねーや……馬車狸のように働かせてやってくれって言われてんだよ」

 

 

「なんで言い直したん? そのまま馬に乗って行ったらよかったやん? なんでわざわざ狸に乗り換えたん?」

 

 

──つーかあのオッサン何余計なこと言うとんねん!!

 

 

松平の発言にツッコミを入れつつ、内心では自分の師匠にも当たる上官に怒りを燃やすという器用なことをやってのけるはやて。

 

 

「わかったらさっさと支度しやがれ。3秒以内だ、じゃねーと(ドタマ)ブチ抜く」

 

 

そう言いながら何故か懐から取り出した拳銃を、はやてへと向ける松平。

 

 

「ハイ、いーち」

 

 

──ドォン!!

 

 

「2と3はァァァ!!?」

 

 

3秒と宣告しておきながら、松平はわずか1秒で発砲した。はやてはそれを素早く身を翻して躱しながらツッコミを入れる。

 

 

「知らねーなそんな数字。男はなァ、1だけ覚えときゃ生きていけるんだよ」

 

 

「前から思っとったけど、あんたホンマに警察のトップか!? ただのテロリストやろ!!」

 

 

あまりの理不尽さに、顔に青筋を浮かべて力の限りツッコミを入れながら怒鳴るはやて。しかし松平はまったく意に介さずに言葉を続けた。

 

 

「いいからさっさと支度しろってんだよ。もうすでに近藤たちも動いてんだからなァ」

 

 

「! 近藤さんが……?」

 

 

「あとはトシと総悟、それからお前んトコの赤いお嬢ちゃんもな」

 

 

「ヴィータまで!?」

 

 

赤いお嬢ちゃんとは、間違いなくヴィータのことだろう。だが自分とヴィータに加えて真選組のトップ3まで動かすとは一体何事だろうかと、はやては疑問を覚える。

するとそんなはやての疑問を感じ取ったのか……松平は口に咥えているタバコから紫煙を吐きながら、静かに彼女に告げた。

 

 

「奴が──動き出した」

 

 

「!!」

 

 

それを聞いて、はやては大きく目を見開いた。

『奴』と聞いた瞬間、ある男の顔が浮かんだのだ。先日…ミッドチルダ司法の最高拘置施設から脱獄し、彼女たちが真選組に出向する理由となった……はやてにとっても、この江戸に住む親友にとっても、因縁のある男の顔が。

 

 

「……それはホンマですか?」

 

 

「間違いねェ。俺が張らせていた密偵(いぬ)が掴んだ情報だ。奴もしばらくは大人しくナリを潜めていたようだが、とうとう我慢できずに動き出しやがった。俺ァ後手に回るつもりはねェ、幕府(うえ)の連中がガタガタ言うなら腹切る覚悟だ……」

 

 

「おっちゃん……」

 

 

真剣な表情でそう語る松平の顔は、先ほどまでのふざけた態度など微塵も感じさせず、まさに警察のトップに立つに相応しい男の顔をしていた。

 

 

「決戦だ──奴も、奴の企ても全て潰す」

 

 

そしてそんな覚悟を決めた男の顔を見ては負けていられないと、はやても覚悟を決めた。ゆっくりと布団から立ち上がり、松平に敬礼しながら告げる。

 

 

「なら私も……自分の魔導の全てを持って戦う所存です」

 

 

「フン。だったらすぐに支度しやがれ、時間は待っちゃくれねェぞ」

 

 

「わかってます。ただその前に1つ……頼みがあります」

 

 

「なんだ?」

 

 

そう言うとはやては、真っ直ぐとした視線で松平を見据えながら、静かに言い放った。

 

 

 

 

 

「──着替えたいから部屋から出てってくれへん?」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

場所は移って……江戸でも有数の大型テーマパーク『大江戸遊園地』。

 

 

そこでは1人のおかっぱ頭の少女が誰かと待ち合わせしているのか、出入口まで腕時計を見ながら佇んでいた。

 

 

「おー栗子、ワリィワリィ遅れちまって。待ったァ?」

 

 

そこへやって来たのは、耳だけでなく口や顎、鼻にまでピアス穴を開けてチャラチャラした男がやって来た。そんなチャラ男に対して、栗子と呼ばれた少女は嫌な顔も見せずに応じる。

 

 

「いえ、私も今来たところでございまする。全然待ってませんでございまする」

 

 

「あ、なんだよよかった~、実は電車がさァ~……」

 

 

そんな2人の様子を、離れた草場の影から見張っている集団があった。

 

 

「……野郎、ふざけやがって。栗子はなァ、てめーが来るのを1時間も待ってたんだよバカヤロー。どーしてくれんだ、俺が手塩にかけて育てた娘の人生を1時間も無駄にしてくれやがって。残りの人生全てで償ってもらおう。おいトシ! お前ちょっと土台に──ごぶるァァ!!」

 

 

「何しとんのやおのれはァァァァ!!」

 

 

そんな大シャウトのツッコミと共に、スナイパーライフルを構える松平の後頭部にドロップキックを炸裂させるはやて。

 

 

「ホンマ何やんねんマジで!! 奴ゆうてたんはアレかァ!! アンタの娘の彼氏かァァ!?」

 

 

「彼氏じゃねェェ! 認めねーよあんなチャラ男! パパは絶対認めねーよ!」

 

 

「やかましいわァァ!! 私もアンタが警察のトップなんて絶対認めへんからなァァ!!」

 

 

「はやて姐さん! 俺も土方さんが真選組副長なんて絶対認めねーよ!」

 

 

「俺もてめェが真選組なんて絶対認めねーけどな!!」

 

 

そんな激しい言い合いを繰り広げているのは彼らを招集した松平と、それによって集まったはやてと土方と沖田。そして他にも近藤とヴィータの姿もある。因みに流石に真選組の制服は目立つ為、彼らは全員着物や袴といった普段着姿である。

もちろんはやてとヴィータも町娘のような着物を着ており、それぞれのイメージカラーに沿った色合いをしている。

 

彼らが集められた理由、それは……松平の1人娘『松平栗子』とその彼氏であるチャラ男『七兵衛』とのデートの妨害の為だった。完全に松平の私情である。そんなことに巻き込まれたとなっては、はやてが憤慨するのも仕方ないだろう。

 

 

「あーもー、しょーもな。何でこんなことに私らが駆り出されなアカンねん。ちょっと前のシリアス返せっちゅーんや」

 

 

「八神の言う通りだ。こっちは仕事休んでまで来てやったってのに、娘のデートの邪魔するだァ? やってられねェ、帰る」

 

 

「オイ待て、俺がいつそんなこと頼んだ。俺はただ、あの男を抹殺してほしいだけだ」

 

 

「もっとできるか」

 

 

そう言って帰ろうとする土方だが、松平に止められてしまう。

 

 

「あんなチャラ男が栗子を幸せにできると思うか? いや俺だってなァ、娘の好きになった奴は認めてやりてーよ。悩んで…色々考えた…それで…抹殺しかねーなっていう結論に…」

 

 

「色々考えすぎだろ! マフィアかお前!」

 

 

「警察なんてほとんどマフィアみたいなモンだよ」

 

 

「長官がとんでもねーこと言ったよ」

 

 

「トシちゃん、私今日で真選組辞めるな。管理局に帰って捜査官としてマフィアを取り締まることにするわ」

 

 

「それになァ、娘の為なら仏にもマフィアにもなるのが父親ってもんよ」

 

 

「近藤さんよォ、この親バカになんとか言ってやってくれ」

 

 

「誰が近藤だ──殺し屋ゴリラ13(サーティーン)と呼べ」

 

 

土方は松平の暴走を止めてもらおうと近藤に声をかけるが、何故かその近藤もグラサンを装着し、スナイパーライフルを構えていた。

 

 

「何やってんのアンタ…13(サーティーン)ってなんだよ?」

 

 

「不吉の象徴、今年に入って13回女に振られた」

 

 

「それただの逆恨みや」

 

 

「オイとっつぁん、俺も手伝うぜ。栗子ちゃんは小さい頃から見知って、俺も妹のように思ってる。あんな男にやれん。俺は男のくせにチャラチャラ着飾った軟弱者が大嫌いなんだ。栗子ちゃんには俺みたいな質実剛健のような男が似合ってる気がする」

 

 

「いやアンタはどっちかと言うと尻毛剛毛(けつげごうもう)

 

 

「栗子ちゃんには俺みたいな豪放磊落(ごうほうらいらく)な男が似合ってる気がする」

 

 

「いやアンタはどっちかと言うと豪璃落(ゴリラ)

 

 

はやてがちょいちょいツッコミを入れるが、近藤は動じない。

 

 

「行くぞとっつぁん!」

 

 

「おっ…おい!!」

 

 

そのまま近藤と松平の2人は栗子と七兵衛を追って、遊園地の中へと駆けて行った。それを見送ったはやては、これはチャンスとばかりに笑顔を浮かべ、土方に言う。

 

 

「ほんならトシちゃん、あの2人のことは任せるから、私とヴィータは先帰ってるなぁ」

 

 

「ふざけんな八神! あのアホ共の暴走を俺1人で止めさせる気かよ!?」

 

 

「元々それがトシちゃんの役割みたいなもんやろ。ほらヴィータ、帰るよ~」

 

 

そう言って全てを土方に押し付けてヴィータと共に帰ろうとするはやて。しかし……

 

 

「ヴィータじゃねェ──殺し屋ロリータ13(サーティーン)だ」

 

 

そのヴィータも何故かグラサンをかけ、スナイパーライフルを手に持っていた。

 

 

「……何しとんのやヴィータまで。なんでアンタも13(サーティーン)?」

 

 

「不運の称号…今月に入って13回もアイス食べ過ぎてお腹壊した」

 

 

「それただの自業自得じゃねーか!!」

 

 

「この仕事終わったら松平のオヤジがバケツサイズのアイス買ってくれるっていうから」

 

 

「しかも反省してねーぞコイツ!!」

 

 

「ってわけでアタシも行ってきまーす」

 

 

「ヴィータァァ!! 待ちなさいコラァァァ!!」

 

 

そう言ってヴィータまで喜々として遊園地へと走って行ってしまう。そして身内が行ってしまったとなっては、はやてもこのまま帰るという選択肢を失ってしまった。

 

 

「アカン、こうなったら私らで止めにいかな……」

 

 

「オイ総悟、お前も行くぞ」

 

 

「誰が総悟でィ──俺は殺し屋ソウゴ13(サーティーン)

 

 

「おいィィィ!!」

 

 

「アンタもかいィィ!!」

 

 

「面白そうだから行ってきやーす」

 

 

沖田までもが好奇心に釣られて行ってしまい……結局、土方とはやての2人も殺し屋共を追いかけることになったのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

最初にやって来たのはメリーゴーランド。そこでは栗子と七兵衛が楽しそうに笑いながら白馬に乗っている。

そしてその後ろには、白馬に乗った殺し屋4人がスナイパーライフルを構えて乗っていた。

 

 

「野郎…やりやがるな、コレを選ぶたァ」

 

 

「馬が上下に動いて狙いが定まらねェ。なんか気持ち悪くなってきた」

 

 

「だらしねーぞゴリラ13。この程度の揺れで弱音を吐くんじゃ…ウエェェ」

 

 

「おめーも十分だらしねーよロリータ13」

 

 

「オイ、それよりいつになったらコレ、奴らに追いつけるんだ。距離が一向に縮まらねーぞ」

 

 

「縮まるわけあらへんやろ!! これメリーゴーランドやで!!」

 

 

「この土台ごと一緒に回ってんだよ! 永遠に回り続けてろバーカ!」

 

 

そんな殺し屋4人組に、白馬が引く馬車に隣同士で並んで座っている土方とはやてがツッコミを入れる。

 

 

「メリーとバント? なんだそれ? 遊園地なんて来たことねーからよくわかんねーよ。大人の遊園地は行ったことあるけどな」

 

 

「大人の遊園地? 近藤のオッサン、なんだそれ?」

 

 

「ヴィータちゃんは知らなくていいから」

 

 

「それより何で土方さんとはやて姐さんは並んで馬車に乗ってるんですかィ? シンデレラと王子様気取りですかィ? 俺からすりゃァ、シンデクレラと狸の魔女にしか見えねーでさァ」

 

 

「シンデクレラって何!? それただのお前の願望じゃねーか!!」

 

 

「狸の魔女ってなんや!? ぶっ飛ばしたろか魔法で!」

 

 

沖田の発言に対し、揃って怒鳴りながらツッコミを入れる土方とはやて。

 

 

「いいからよォ、早まった事すんじゃねーぞ。要はあの2人の仲引き裂けばいいんだろ? 他に方法はいくらでもあるだろ」

 

 

「何だよお前、仲間に入りてーのか? 殺し屋同盟に入りたいのか?」

 

 

「俺も八神もおめーらが血迷った事しねーか見張りにきたんだろーが!」

 

 

メリーゴーランドに続いてやって来たのは、回るコーヒーカップ。

 

 

「俺はあんたらみてーに外見だけであの男の人間性まで否定する気になれねーよ」

 

 

「せやせや。それにな、人間どんな相手と相性が合うかなんてわからへんモンや。銀ちゃんがいい例やで。人間性最悪やのにフェイトちゃんみたいな出来た子と相性抜群やねんから」

 

 

「それはたぶん人類にとって永遠の謎でさァ」

 

 

「いやいやあの男はどー見ても悪い男だろアレ! だって穴だらけだよ! 人間って元々穴だらけじゃん! そこに自ら穴を開ける意味がわからん!」

 

 

「そうだ! しかも元々穴が開いてる鼻にまで新しく穴作ってんだぜ! 何でわざわざ穴を増やす必要があるんだよ意味わかんねェ」

 

 

「お前らが言ってる意味もわかんねーよ」

 

 

「ああいう年頃の娘はねェ、ちょいと悪そうなカブキ者にコロッといっちまうもんでさァ。そいでちょいとヤケドして大人になってくんですよ」

 

 

「総悟君、アンタ年いくつ?」

 

 

「オイ、オジさんはこんなに悪そーな顔してるのにモテた(ためし)がねーんだけどどーしてくれんだ」

 

 

「アンタの場合はヤケドどころか全身80%が焼けただれそうだから」

 

 

「まァ、よくも悪くも愛だの恋だのは幻想ってことさ。あんたの娘はあの男にあらぬ幻想を抱いてるようだが、そいつが壊れりゃ夢から覚めるだろ。幸いここはうってつけだぜ」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

続いてやって来たのは、遊園地の定番中の定番とも言えるジェットコースター。

 

乗り気な栗子に対して、絶叫マシンが苦手な七兵衛は乗るのを渋り、栗子1人で乗って来いと言う。しかしそこに沖田が忍び寄り、背後から刀を突きつけて乗れと脅す。それによって顔を青くした七兵衛も栗子と共にジェットコースターに乗ることになった。

 

 

「よし、俺たちも行くぞ」

 

 

沖田の働きによって2人が揃ってジェットコースターに乗ることになったのを見届けた土方たちも、あとを追ってジェットコースターの列に並ぶ。しかし……

 

 

「あ、ごめんトシちゃん。私とヴィータはここで待ってるわ」

 

 

「あ? なんでだ?」

 

 

「いや…その……ヴィータが身長制限に引っ掛かってしもうてなぁ……」

 

 

「…………」

 

 

申し訳なさそうな顔をするはやての隣には、ブスッと不機嫌そうな顔をしたヴィータ。ここのジェットコースターの身長制限は135cm、ヴィータの身長は131cm……ギリギリアウトである。

 

 

「そ…そうか……わかった……」

 

 

流石の土方も何も言えず、引きつった顔で了承するしかなかった。

そしてジェットコースターへと乗り込んでいく土方たちの背中を見送ると、はやては未だにブスッとしているヴィータに笑いかける。

 

 

「ほらヴィータ、いつまでもむくれてたらアカンよ?」

 

 

「……別にむくれてねーし。アタシは大人だからジェットコースター位乗れなくても平気だし。だいたいあんなもんに乗らなくても空飛べるし」

 

 

そう言いながらも顔は不満気で、ジェットコースターを恨めしそうに見ているヴィータに説得力はない。はやてはやれやれと息はつきながら、ヴィータに対して奥の手を使う。

 

 

「じゃあ、トシちゃんたちを待ってる間にソフトクリームでも食べにいこか?」

 

 

「マジで!?」

 

 

ソフトクリームと聞いた途端、アイス好きであるヴィータの顔がパッと明るさを取り戻す。そんな単純な彼女に、はやては苦笑しながらヴィータの手を引き、売店の方へと歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

売店で買ったソフトクリームを食べながら土方たちを待つこと数分……ちょうどソフトクリームを食べ終わった頃に、土方たちが戻って来た──何故かぐったりした沖田を背負っており、近藤の姿が見えなかったが。

 

 

「おかえり~。総悟君どないしたん?」

 

 

「いや…ちょっと不慮の事故がな……」

 

 

「近藤のオッサンはどうしたんだよ?」

 

 

「…………聞くな」

 

 

呟くようにそう言った土方の顔には、何やら悲壮感が漂っていた。

 

 

ここで土方たちに何があったかはまた原作(べつ)の話。とりあえず、事の顛末を土方から聞いたはやては、先ほど食べたチョコレート味のソフトクリームを戻しそうになったという事だけ記しておく。

 

 

その後……一行は休憩も兼ねてベンチに座りながら2人を監視していた。

 

 

「なんてこった、まさかアレで引かねーなんて。我が娘ながら恐ろしい」

 

 

「いやホントに恐ろしいよ」

 

 

「お前このこと他人に言ったら殺すからな」

 

 

「とっつぁん、安心しな。アンタの娘は漏らしてなんかいねーよ。見ろ、野郎は着替えたってのにアンタの娘はそのままだ」

 

 

「ケツに挟めたまま歩いてんじゃねーのか?」

 

 

「んなワケねーだろ! オメー娘がかわいくないのか!?」

 

 

娘に対して失礼なことを言う松平に土方がツッコむ。そしてそんな土方の言わんとすることを代弁するように、はやてが口を開く。

 

 

「おっちゃん、栗子ちゃんは彼氏を傷つけへん為にあんなウソついたんやで」

 

 

「何?」

 

 

「はやてちゃん、それはアレか、栗子ちゃんは脱糞なんかじゃ全然引いてないと……君はトシから俺が脱糞した話を聞いてドン引きしていたのに、栗子ちゃんはそんな汚い部分も含めて奴を包み込んでいると…そーゆーことか?」

 

 

「近藤さん、俺も引いてやすぜ」

 

 

「アタシもだ。しばらく近寄んなよテメー」

 

 

はやての言葉を聞いて、大江戸遊園地のロゴが入ったTシャツ姿に着替えた近藤がそう言う。

 

 

「待ち合わせで1時間待ちぼうけをくらっても笑ってたことといい、こいつァ本気で……」

 

 

「とっつぁん! アレ見ろィ!!」

 

 

土方が言いかけたその時、それを遮って沖田が栗子たちの方を差しながら叫ぶ。見ると、栗子と七兵衛の2人は観覧車の方へと向かって歩き始めていた。

 

 

「ヤベー、観覧車に向かってますぜ。間違いねェ、チューするつもりだ」

 

 

「何!? そうなのか!?」

 

 

「観覧車っつったらチューでしょ、チューする為に作られたんですよあらァ」

 

 

「そういやァ、前テレビでやってた恋愛ドラマでカップルが観覧車でめっちゃチューしてたな」

 

 

「そうなの!? 知らなかった! 栗子ちゃんが危ない! こうしちゃいられねェ!! 四の五の考えるのは後だ!! 行くぞ!!」

 

 

そう言って近藤たち殺し屋4人は、2人のチューを阻止すべく血相を変えて走り出していった。ベンチに残ったのは土方とはやての2人。

 

 

「ハァァァ……なぁトシちゃん。栗子ちゃんはあの彼氏のこと…本気で好きなんやろなぁ」

 

 

「…………」

 

 

すると、はやてが重い溜息を吐き出しながらそう言う。土方は、タバコを咥えたまま答えない。

 

 

「本気で愛し合ってる2人を引き裂こうなんて…たとえ父親でも許されることやないと思うんよ」

 

 

「……クク、そうだな」

 

 

はやての言葉に同意し、土方は紫煙を吹きながら小さく笑う。そしてゆっくりと腰かけていたベンチから立ち上がる。

 

 

「なら俺たちで守りに行くか──愛ってやつを」

 

 

「……せやな!」

 

 

それに続いてはやても立ち上がり、2人は動き始めたのだった。

 

 

小さく芽吹いた愛を守るために……

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その頃……観覧車のゴンドラの1つ。その中では、栗子と七兵衛が向かい合って座っていた。

 

 

「しかし栗子、お前スゲーな。普通引くぜ、彼氏が脱糞したら。俺もう終わったと思ったもん」

 

 

「ウフフ、私はそれ位で七兵衛様を嫌いになったりしませんでございまする。それに七兵衛様だって、私が漏らしても引かなかったじゃありませんか」

 

 

「え~、だってお前それは……」

 

 

「それは? なんでござりまするか」

 

 

「それは…だから…お前のことが、あの…す…」

 

 

「す?」

 

 

「す……すっ……」

 

 

チャラい見た目に反して奥手なのか、頬を染めながら二の句を告げずにいる七兵衛。栗子も頬を赤くしながら、七兵衛の言葉の続きを静かに待った。

 

 

だがその時──2人のそんな雰囲気をぶち壊すように、1機の黒いヘリコプターがゴンドラの外に襲来した。

 

 

「きゃあああああ!」

 

 

「なっ…なんじゃありゃああ!!」

 

 

そしてそのヘリコプターの中には、グラサンをかけた4人の殺し屋の姿があった。

 

 

「「「「殺し屋侍13(サーティーン)──お命ちょうだいする」」」」

 

 

そう言ってゴンドラに乗る2人(というか七兵衛)に向かってスナイパーライフルを構える殺し屋4人。

 

 

「はァ!? 何ムチャクチャな事…」

 

 

「きゃああ! 誰か助けっ……!!」

 

 

助けを求めて叫ぼうとしたその時……栗子は気づいた。

 

 

隣のゴンドラの屋根の上に……2人の人影があることに。

 

 

「あれは…!」

 

 

「なっ!?」

 

 

それに気がついた近藤とヴィータが、大声のその人物の名を叫ぶ。

 

 

「トシィ!!」

「はやてェ!!」

 

 

「トシィ? はやてェ? 誰だそれは」

 

 

しかしその叫びを否定し、2人は名乗る。

 

 

「俺たちは愛の戦士──マヨラ13(サーティーン)と」

 

 

「タヌキ13(サーティーン)や」

 

 

グラサンを装着した土方とはやて……否、マヨラ13とタヌキ13はバズーカ砲を構える。

 

 

「人の恋路を邪魔するバカは……」

 

 

「馬に蹴られて……」

 

 

「「消え去れ」」

 

 

そう言い放つと同時に、2人はバズーカの砲撃を放つ。

 

 

「うおっ! プロペラが…!!」

 

 

「「「「あああああ!」」」」

 

 

そしてそれは見事にヘリコプターのプロペラに命中し、4人の殺し屋を乗せたヘリコプターは下の湖へと墜落していった。

 

 

「これで、恋の障害は排除されたで」

 

 

「2人いつまでも仲良くやりな。じゃあな」

 

 

仕事を終えた2人は、そう言い残してその場から去ろうと背を向ける。

 

 

1人の乙女として恋路を守ったはやては、満足そうに笑う。そして愛だの恋だのは幻想だと思っていた土方も、惚れたはれたも悪くないのかもしれないと思い始めていた。

 

 

「待ってくださいませ! マヨラ13様!」

 

 

しかし……

 

 

 

 

 

「あのォもうこんな脱糞ヤローとは別れるでございますから、マヨラ13様もそのタヌキ女と別れて私と付き合ってもらえないでござりまするか!!」

 

 

 

 

 

それを聞いた途端、土方とはやて(ついでに七兵衛)はズッコケて湖の中へと落ちていったのであった。

 

 

 

 

 

結局……愛なんてモノは儚く、幻想のようなものなのかもしれない。




誤解のないように言っておきます。

土方×はやてではありません。今後も2人が絡む事は多いかもしれませんが、今のところ一切そういうことは考えていません。

そもそも作者は土ミツ派なので。運命(ストーリー)を捻じ曲げてでもミツバを生存させようかどうか、ガチの検討中です。


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真伝・紅桜篇
人の家を訪ねてきたらちゃんと用件を言え!


予告していた通り、今回から『真伝・紅桜篇』です。

タイトルに『真伝』とか書いてありますけど、特に意味はないです。新訳みたいにちょっとカッコよくしてみたかっただけです。

紅桜篇を執筆するにあたり、原作を読み返したんですけど、やっぱりリリカルなのはのキャラを絡ませるのは難しいです。今回もあまり絡んでないけど、次回からちゃんと絡ませるので見逃してほしい。

あとたぶん、今日中にもう1話投稿できると思います。


 

 

 

 

 

蛾は闇を飛んでいた。

 

真っ暗な闇の中を、蛾はただひたすらに飛ぶ。

 

闇を恐れ…光を求め…ただひたすらに……

 

光を見つけた蛾はその周りを飛び続ける。

 

だが、その時はもう自らの意志とは関係なく……

 

蛾は光から──放れられなくなっている。

 

 

「各々方、万事に抜かりの無いようお願いいたします」

 

 

「フフ…この私がそんな些細なミスを犯すとでも?」

 

 

「心配しなくても大丈夫ッスよ、先輩」

 

 

「当面、表立って動くのは拙者だけでござるからな」

 

 

「行きましょう……我々の伝説の幕開けです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀魂×リリカルなのは

『真伝・紅桜篇』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょいと失礼。桂小太郎殿とお見受けする」

 

 

夜の江戸の街……月明かりが照らす街の架け橋の上を歩いていた男……桂の背後から、編み笠を被った浪人と思しき男が声をかけた。

 

 

「……人違いだ」

 

 

「心配いらんよ、俺は幕府の犬でもなんでもない」

 

 

「犬は犬でも、血に飢えた狂犬と言ったところか。近頃巷で辻斬りが横行しているとは聞いていたが、噛みつく相手は選んだ方がいい」

 

 

「あいにく俺も相棒もアンタのような強者の血を欲していてね、ひとつやり合ってくれんかね?」

 

 

そう言うと浪人は、腰に差していた刀に手をかけ、鞘から僅かに刀身を見せる。だがそれは見慣れた鉄の色ではなく……血のような紅色の光沢を放っていた。

 

 

「!…貴様、その刀」

 

 

その異様な刀を見た桂は、すぐさま振り向き自身の腰に差した刀に手をかけようとするが……その刹那の間に、すでに浪人は桂の背後に佇んでいた。

 

 

「アララ、こんなものかィ」

 

 

そして次の瞬間……桂の身体から夥しいほどの鮮血が噴き出し、力なく倒れたのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

翌日……『万事屋銀ちゃん』にはある珍客が来訪しており、その客と向かい合う形でソファに座っている銀時とフェイトと神楽は、揃って気まずそうな表情をしている。

 

 

「お茶です」

 

 

珍客……エリザベスにお茶を出した新八は、すぐに銀時たちの座るソファの後ろに下がった。

 

 

「………あの……今日は何の用で?」

 

 

恐る恐る銀時が尋ねるが、エリザベスはプラカードも出さずに無言無表情のままで佇む。

 

 

「……何なんだよ、何しに来たんだよこの人。恐えーよ、黙ったままなんだけど。怒ってんの? 何か怒ってんの? なんか俺悪いことした?」

 

 

「わかんないよ、私はエリザベスと知り合ったの最近だし…銀時たちの方が詳しいでしょ?」

 

 

「いや俺らもあいつの事はよくわかんねーから。何の生物なのかも知らねーし、何で怒ってんのかもわかんねーから」

 

 

「つーか怒ってんですかアレ、笑ってんじゃないですか?」

 

 

「笑ってたら笑ってたで恐いよ。何で人ん()来て黙ってほくそ笑んでんだよ。何か企んでること山の如しじゃねーか」

 

 

「新八、お前のお茶が気に食わなかったネ。お客様は新八じゃなくてフェイトが淹れたお茶を飲みたがってるネ」

 

 

「え? そんな理由で?」

 

 

「そりゃそうだろ。地味な茶坊主が淹れたお茶より、美女が淹れたモンならたとえドブ水でも喜んで飲むのが男ってもんだよ」

 

 

「いや、どんなシチュエーションでも流石にドブ水は飲みたくないです。つーか誰が茶坊主!?」

 

 

「つーワケでフェイト、ちょっと茶ァ淹れなおしてやってくんない?」

 

 

「うん、わかった」

 

 

4人でコソコソと相談した結果、新八に代わってフェイトがお茶を淹れてくることになった。

 

 

「えっと…私が淹れたお茶です」

 

 

「……………」

 

 

フェイトが淹れなおしたお茶をエリザベスの前に置く。しかしエリザベスは無反応で、尚も無言は続く。

 

 

「オイなんだよォ!! 全然変わんねーじゃねーか!」

 

 

「いだっ!」

 

 

「コラ銀時! 神楽に八つ当たりしないの!」

 

 

「そうですよ! だいたいアンタも美女が淹れたモンはドブ水でも飲むとか言ってたでしょーが!!」

 

 

「んなモン飲めるワケねーだろボケェ!!」

 

 

「何逆切れしてんだアンタ!!」

 

 

「ちょ、もうホントいい加減にしてくんない? なんで自分宅でこんな息苦しい思いをしなきゃならねーんだよ。あの目見てたら吸い込まれそうなんだけど」

 

 

と……銀時たちがエリザベスの対応に四苦八苦していると、その時部屋の電話が鳴った。

 

 

「あ、ハイハイ万事屋ですけど」

 

 

それを見た銀時は、しめたと言いたげに笑みを浮かべながらその電話を取って対応する。

 

 

《Master》

 

 

すると同時に、フェイトの懐からそんな電子音声の声が聞こえた。それを聞いてフェイトは、懐からバルディッシュを取り出す。

 

 

「バルディッシュ? どうしたの?」

 

 

《A message has been sent by Ms,Hayate》

 

 

「メッセージ? はやてから?」

 

 

そう言いながらフェイト席を立ち、バルディッシュから投影されるタッチ式の空間モニターを指で操作しながら、はやてから届いたというメッセージの内容を確認する。

 

 

「新八、こうなったら最後の手段ネ。アレ出そう」

 

 

「え? いやでもアレ銀さんのだし、怒られるよ」

 

 

「いいんだヨ。アイツもそろそろ乳離れしなきゃいけないんだから。奴には親がいない、私たちが立派な大人に育てなきゃいけないネ。それにいざとなったらまたフェイトが買ってきてくれるアル」

 

 

「最終的にはフェイトさん頼みなんだ……」

 

 

新八と神楽がボソボソと相談していると、そんな2人にフェイトが声をかけた。

 

 

「新八、神楽、悪いんだけど…私ちょっと抜けていいかな? 今はやてから大至急、真選組の屯所に来てほしいってメールが届いて……もしかしたら管理局絡みのことかもしれないし……」

 

 

「はやてさんから? いいですよ、元々フェイトさんは管理局(そっち)が本業なんですし」

 

 

「エリーの相手は私たちに任せるアル!」

 

 

「本当にゴメンね…終わったらすぐに戻って来るから!」

 

 

申し訳なさそうにそう言いながら、フェイトは少々急ぎ足で玄関へと向かい、そのまま出かけて行った。

 

 

「おーう、俺もちょっくら出るわ」

 

 

すると出掛けたフェイトも続いて、電話を終えた銀時も出掛けようとする。

 

 

「あっ、ちょっと、銀さんまでどこ行くんですか!?」

 

 

「仕事~。お客さんの相手は頼んだぞ」

 

 

「ウソつけェェェ!! フェイトさんに便乗して自分だけ逃げるつもりだろ!!」

 

 

新八が部屋を出て行く銀時の背中に叫ぶも、銀時はこちらを振り返ることなく出て行ってしまった。そんな銀時の態度に青筋を浮かべた新八と神楽はお互いを見やると、最後の手段を実行した。

 

 

「いちご牛乳でございます」

 

 

エリザベスに出されたのは、銀時がとっておいたいちご牛乳。これを出すと後で銀時がうるさいのだが、今の新八と神楽にとってはどうでもよかった。

すると、今まで何の反応も示さなかったエリザベスが初めて動いた。テーブルの上に置かれたいちご牛乳を、どこか想いはせるようにジッと見つめる。

 

 

そしてその大きな目から……一筋の涙がポロリと零れ落ちた。

 

 

「泣いたァァ!! やったァァァ、そんなに好きなの!?」

 

 

「グッジョブアル新八、よくやったネ!!」

 

 

「……アレ? やったのかコレ」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「えーと……確かこの辺だよな」

 

 

一方…エリザベスの相手を新八たちに押し付けて出てきた銀時。どうやら仕事というのは本当らしく、紙にメモした住所を見ながら依頼人の家を探していた。

 

 

「む? おい、銀時ではないか」

 

 

そんな銀時の後ろから歩み寄り、声をかける1人の女性。

 

 

「あ? シグナム?」

 

 

その女性とは、現在はやてと共に管理局から真選組に出向しているシグナムであった。

ただし服装は真選組の制服ではなく、江戸での私服なのか、淡い紅梅色の着物に深紫色の袴という和服姿に、足袋と草履をはいていた。

更に腰には刀の代わりに愛剣とも言えるアームドデバイス──『レヴァンティン』を差しており……まさに女侍のような姿だった。彼女の元々の雰囲気も相まって、まったく違和感がなかった。

 

 

「珍しいとこで会うもんだな」

 

 

「そうだな。銀時は……またパチンコか?」

 

 

「違げーよ。何で会って真っ先にその発想が出てくんの? お前俺にどんなイメージもってんの?」

 

 

「見たままのイメージだが?」

 

 

首を傾げながらシレっとそう発言するシグナム。言葉自体は失礼だが、残念ながら銀時の全身からは基本的にダメ人間のオーラが出ている為、あながち間違ってはいないのだ。

 

 

「仕事だ仕事! ここら辺の刀鍛冶に電話で呼ばれたんだよ」

 

 

「刀鍛冶だと?」

 

 

刀鍛冶と聞いた途端、シグナムの眉がピクリと反応した。そして顎に手をあてて何かを考え込むようにして押し黙ってしまう。そんなシグナムに、銀時は怪訝な顔をしながら声をかける。

 

 

「あのさァ、用がないならもう行っていい? 依頼人待たせてるし」

 

 

「ん? ああ……いや待て──私も同行していいだろうか?」

 

 

「は?」

 

 

立ち去ろうとした銀時を呼び止め、そう問い掛けるシグナム。そんな突然の提案に、銀時は目を丸くする。

 

 

「いや…なんで?」

 

 

「少し気になる事があってな。決してお前の仕事の邪魔はしない。だから頼む」

 

 

「……まァいいけど」

 

 

「すまない」

 

 

真剣な表情でそう頼み込むシグナムに、銀時は何も聞かずに同行を許可したのだった。

 

 

それからしばらくして……シグナムを同行者に加えた銀時は、ようやく依頼人のいる刀鍛冶の店に到着した。

作業中なのか工房の中からは、鉄を叩く甲高い金属音が鳴り響いている。つんざくようなその音に耳を塞ぎながら、銀時は中にいる2人の若い男女に声をかける。

 

 

「あの~すいませ~ん。万事屋ですけどォ」

 

 

しかしその声は鉄を叩く音にかき消されており、まったく気づかれていない。なので今度は少し大きめに声をかける銀時。

 

 

「すいませーん、万事屋ですけどォ!!」

 

 

「あーー!! あんだってェ!?」

 

 

「万事屋ですけどォ!! お電話頂いて参りましたァ!」

 

 

「新聞なら要らねーって言ってんだろーが!!」

 

 

男の方からやっと反応が返ってきたと思ったら、まるで見当違いの答えが返ってきた。

 

 

「バーカバーカウ〇コ!! どーせ聞こえねーだろ──あだっ!!」

 

 

そんな彼らにイラついた銀時は少し小声で悪口を言う。だがその瞬間、男の手から離れた金槌が銀時の顔面に直撃したのであった。

 

 

「……何をしておるのだ貴様は?」

 

 

そんな銀時に対して、シグナムは呆れたようにそう呟いたのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

それから銀時とシグナムは、部屋の奥に通されてようやく話を聞ける形になった。彼らの前には依頼主の男女が並んで座ると、男の方が声を張り上げて話し始める。

 

 

「いや、大変すまぬことをした!! こちらも汗だくで仕事をしているゆえ手が滑ってしまった! 申し訳ない!!」

 

 

「いえいえ──ぜってー聞こえてたよコイツら」

 

 

男の謝罪に銀時は答えながら、ボソッとそう呟いた。

 

 

「申し遅れた、私たちは兄妹で刀鍛冶を営んでおります! 私は兄の鉄矢!! そしてこっちは……」

 

 

「………………」

 

 

兄の『村田鉄矢』が大声で自己紹介をしたのに対し、妹の方は黙って視線を逸らした。

 

 

「オイ、挨拶くらいせぬか鉄子! 名乗らねば坂田さん、お前を何と呼んでいいかわからぬだろう鉄子!!」

 

 

「お兄さん、もう言っちゃってるから。デカイ声で言っちゃってるから」

 

 

「すいません坂田さん!! コイツ、シャイなあんちきしょうなもんで!」

 

 

妹の『村田鉄子』に叱咤する鉄矢に、銀時がツッコミを入れながらそう言うが、鉄矢は聞いていないのか話を続ける。

 

 

「ところで坂田さん! お1人でいらっしゃるとの話でしたが、そちらのお連れの方はどちら様でしょうか!!」

 

 

「ああ、すまない。私はただの付き添いだ。気にしなくても……」

 

 

「おっと失礼いたしました!! 男女の仲に他人が口を出すなど野暮でしたな!!」

 

 

「オイ、最後まで聞け。どうしてそうなる」

 

 

シグナムを見ながらそう言う鉄矢。それに対してシグナム自身が弁明しようとしたが、それを大声で遮られて自己完結されてしまう。

 

 

「お兄さん、こいつは別にそんなんじゃねーから、俺ちゃんと嫁がいるからね」

 

 

「でね!! 今回貴殿に頼みたい仕事というのは……」

 

 

「オイ、無視かオイ。聞こえてなかったのかな……」

 

 

「というか聞いているのか? むしろ聞こうとしているのか?」

 

 

銀時やシグナムの話など一切聞かずに、仕事の話を始める鉄矢。

 

 

「実は先代……つまり私の父が作り上げた傑作『紅桜』が何者かに盗まれましてな!!」

 

 

「ほう!『紅桜』とは一体何ですか?」

 

 

「これを貴殿に探し出してきてもらいたい!!」

 

 

「アレェェ!? まだ聞こえてないの!?」

 

 

「紅桜は江戸一番の刀匠と謳われた親父の仁鉄が打った刀の中でも最高傑作といわれる業物でね! その鋭き刃は岩をも斬り裂き、月明かりに照らすと淡い紅色を帯びるその刀身は、夜桜の如く妖しく美しい! まさに二つとない名刀!!」

 

 

「そうですか! スゴイっすね! で、犯人に心当たりはないんですか!?」

 

 

「しかし紅桜は決して人が触れていい代物ではない!!」

 

 

「お兄さん!? 人の話を聞こう!! どこ見てる? 俺のこと見てる!?」

 

 

「何故なら紅桜を打った父が1ヶ月後にポックリと死んだのを皮切りに、それ以降も紅桜に関わる人間は必ず凶事に見舞われた!! あれは……あれは人の魂を吸う妖刀なんだ!!」

 

 

「!!」

 

 

妖刀……そう聞いた途端、黙って静観していたシグナムがピクリと反応し、目を僅かに鋭く細めた。だがそれには誰も気がつかず、そのまま話を続けた。

 

 

「オイオイちょっと勘弁して下さいよ! じゃあ俺らにも何か不吉なことが起こるかもしれないじゃないですか!!」

 

 

「坂田さん!! 紅桜が災いを呼び起こす前に何卒よろしくお願いします!!」

 

 

「聞けやァァァ!!コイツホントッ、会ってから一回も俺の話聞いてねーよ!!」

 

 

相変わらず人の話を聞かず、頭を下げる鉄矢に銀時は怒りを込めて叫ぶ。その時、ふと鉄矢の隣に座っていた鉄子がボソッと言った。

 

 

「……兄者と話す時は、もっと耳元に寄って腹から声出さんと……」

 

 

「えっ、そうなの。じゃっ……」

 

 

鉄子からのアドバイスを貰った銀時は早速鉄矢の隣にしゃがみ、耳元で叫んだ。

 

 

「お兄さァァァァァァん!! あの…………」

 

 

「うるさーい!!」

 

 

「ぶべらァ!!」

 

 

しかし帰ってきたのは……バチコーンっと強めに放たれたビンタであった。

 

 

そんな騒動が目の前で起きているにも関わらず、シグナムは正座したまま何かを考えるように顎に手をあてて、ポツリと呟いた。

 

 

「妖刀……やはりあの件と関係が……」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「ごめんなぁフェイトちゃん、急に呼び出して」

 

 

「ううん、それはいいんだけど……一体どうしたの?」

 

 

一方その頃……真選組の屯所に呼び出されてやって来たフェイトは、客室で出された座布団の上に正座して佇んでいた。

フェイトの目の前には彼女を呼んだ張本人であるはやてと、その両隣には近藤と土方の姿があった。3人とも真剣な面持ちをしている。そしてはやてが、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「フェイトちゃんは、私らが真選組に出向することになった理由は言うてたやんな?」

 

 

「え? うん…確か、江戸に逃げ込んだ凶悪な脱獄囚を捕まえる為…だったよね? 結局、誰が脱獄したのかは教えてくれなかったけど」

 

 

「せやな……フェイトちゃんに余計な心労をかけへん為に隠しとったんや。なんせそいつは──フェイトちゃんにとって深い因縁のある相手なんやから」

 

 

「!!」

 

 

その言葉を聞いた途端……フェイトの脳裏に、ある男の顔が浮かび上がる。そして自然と流れた一筋の冷汗が、フェイトの頬を伝う。

 

 

「まさか……!!」

 

 

「そうや」

 

 

震える唇で発したフェイトの言葉に頷きながら、ついにはやてはその男の名前を告げる。

 

 

「無限の欲望と呼ばれた天才科学者──ジェイル・スカリエッティ」

 

 

「ジェイル・スカリエッティ……奴が…江戸に……!!」

 

 

『ジェイル・スカリエッティ』

数年前にミッドチルダで起こった『J・S事件』の際に、当時はやてが部隊長を務めていた『機動六課』の活躍によって逮捕された次元犯罪者。

『違法研究者でなければ間違いなく歴史に残る天才』とさえ称される天才科学者であり、生命操作・生体改造・機械技術・医学などの多くの分野で高い知能を有している。

 

 

その男が牢獄から脱走し、この江戸に潜伏しているというのを聞いて、険しい表情をするフェイトは無意識に両手を強く握り締めていた。

 

 

「話はそれだけやないんや」

 

 

そんなフェイトにはやてがそう告げる。

 

 

「このスカリエッティの脱獄には……ある男が関わってるんや」

 

 

「ある男? それって…?」

 

 

スカリエッティの脱獄に協力者がいると聞いて驚きながら、フェイトは静かに尋ねる。そしてはやては、重苦しい表情でその名を告げる。

 

 

「攘夷浪士の中でもっとも過激で危険な男──高杉晋助」

 

 

「!?」

 

 

はやての口からその名が出た瞬間、フェイトは大きく目を見開いた。何故ならフェイト自身、その男の名を知っているからだ。

 

 

『高杉晋助』

かつて銀時、桂、坂本と共に攘夷戦争を戦い抜いた戦歴を持つ。現在はもっとも過激で危険な攘夷志士として幕府から追われている男である。

 

 

「スカリエッティが収容されとった第9無人世界『グリューエン』の軌道拘置所を高杉とその一派が襲撃し、スカリエッティの脱獄を手引きした。拘置所に設置されとったサーチャーの映像に高杉晋助の姿が映っとったから、まず間違いあらへん。あの男がどうやって次元世界に渡ったんかは謎やけどな。更に同日……同じ高杉の一派と思われる別動隊に『ラブソウルム』と『キリーク』にある拘置所を襲撃され…ウーノ、トーレ、セッテの3人のナンバーズが脱獄した」

 

 

「ナンバーズまで……」

 

 

『ナンバーズ』

スカリエッティの部下に当たる12人の姉妹たちの総称。戦闘機人と呼ばれる人の身体に機械を融合させた強化人間であり、それぞれが並外れた戦闘能力を誇っている。

スカリエッティの逮捕後…12人中7人のメンバーは罪を認め捜査に協力し、更正プログラムを受けることで社会復帰を許されたが……それ以外の4人は別々の拘置所へと収容された。

 

 

しかしスカリエッティの脱獄に伴い、その収容されていた3人のナンバーズも脱獄したらしい事をはやての口から伝えられた。そこでふと…フェイトは疑問を覚える。

 

 

「……待って、もう1人のクアットロは? 彼女は脱獄しなかったの?」

 

 

「しなかった…というより、クアットロが収容されとる『ゲルダ』は襲撃されへんかったんや」

 

 

「それって…クアットロは見捨てられたってこと?」

 

 

「かもなぁ。あの子は目的の為なら生みの親(スカリエッティ)すらも切り捨てようするほど冷酷な思想の持ち主やったから、流石にスカリエッティも見限ったんかもしれへんな。でもしばらくはゲルダの拘置所の警備も強化されて、更に厳重な監視下に置かれることになったらしいけど……まぁその話は今はええわ」

 

 

そう言ってはやては一旦そこで区切ると、話の内容を本題に戻す。

 

 

「問題は高杉とスカリエッティが手を組んだ…ってことや」

 

 

「んで…それについても、ウチの監察が入手した確かな情報が入ってる」

 

 

はやての言葉を引き継ぐように、はやての隣に座っていた土方がタバコの紫煙を燻らせながら口を開く。

 

 

「噂じゃ高杉は……」

 

 

人斬り似蔵の異名を持つ

『岡田似蔵』

 

赤い弾丸と恐れられる拳銃使い

『来島また子』

 

変人謀略家として暗躍する

『武市変平太』

 

正体は謎に包まれた剣豪

『河上万斉』

 

天才科学者と称される次元犯罪者

『ジェイル・スカリエッティ』

 

 

「奴らを中心に、あの鬼兵隊を復活させたらしい」

 

 

「鬼兵隊って確か……攘夷戦争時代に、高杉晋助が率いてた義勇軍のことだよね」

 

 

「ああ。文字通り鬼のように強かったって話だ」

 

 

「けどどうして、その鬼兵隊にスカリエッティが……」

 

 

「高杉の狙いは恐らく、強力な武装集団を作りクーデターを起こすことだ。その手段の1つとして、優れた技術者が必要だったのだろうと、俺たちは推測している。そのスカリエッティがどんな奴かは知らねェが、天才科学者と呼ばれる位だ。天人の機械(からくり)技術を利用して強力な兵器を開発していてもおかしくねェ」

 

 

「その高杉がまた江戸に現れたという情報も入っている。奴らが行動を起こすのも近いのかもしれん」

 

 

「もうすでに山崎さんだけやなくて、ヴィータやシャマル達も監察として江戸中の怪しい場所を捜索してもらってる。見つけるのも時間の問題や」

 

 

近藤と土方とはやてが揃ってそう口にする。

 

 

「そこでや……フェイトちゃんにも執務官として私らに協力してほしい」

 

 

「……………」

 

 

話の流れからそう進言されるのを予想していたのか、フェイトは真剣な表情ではやての顔を見据える。

 

 

「魔法の使用許可ももう取ってある。私らと一緒に戦ってください……フェイト執務官」

 

 

そう言ってはやては、フェイトに対して深く頭を下げたのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その頃……新八と神楽、そして定春はエリザベスの案内で橋の上にやってきていた。

 

 

「じゃあここで見つけたっていうの? それ」

 

 

エリザベスが口から取り出したのは、布に血が染みついた小さな入れ物だった。

 

 

「血染めの所持品……おまけにここ数日、桂さんの姿を見てないなんて。どうしてもっと早く言わなかったんだエリザベス」

 

 

エリザベスは俯いて、プラカードを掲げた。

 

 

【最近巷で、辻斬りが横行している。もしかしたら……】

 

 

「……エリザベス、君が一番わかってるだろ。桂さんはその辺の辻斬りなんかに負ける人じゃない」

 

 

「でもこれを見る限り、何かあったことは明白。早く見つけ出さないと、大変なことになるかも」

 

 

桂の所持品を見つめて言った神楽の言葉に、エリザベスは涙目になりながらプラカードを出す。

 

 

【もう手遅れかも……】

 

 

「バカヤロォォ!!」

 

 

【ぐはっ!!】

 

 

それを見た新八が力強くエリザベスを殴り飛ばす。そして倒れたエリザベスの胸倉を掴んで叫ぶ。

 

 

「お前が信じないで、誰が桂さんを信じるんだ!! お前が前に悪徳奉行に捕まった時はなァ、桂さんはどんなになっても諦めなかったぞ!! 今お前に出来ることは何だ⁉︎桂さんのために出来ることは何だァ! 言ってみろ! 言えェェ!!」

 

 

エリザベスに対して熱く語る新八。そしてその時……初めてエリザベスの口が開いた。

 

 

「──ってーな、放せよ。ミンチにすんぞ」

 

 

底冷えするかのような低い声。そして口の奥で輝く2つの妖しい眼光。

 

 

「………すいまっせ~ん!」

 

 

それを見て一気に頭が冷えた新八は、青ざめながら土下座したのであった。

 

 

「新八、私は定春と色々探してみるアル。お前はエリーと一緒に辻斬りの方を調べるアル!!」

 

 

神楽は定春に桂に血染めの所持品の匂いを嗅がせると、そう言い残して走って行ってしまった。

 

 

「──ぺっ」

 

 

「………………」

 

 

そして取り残されたエリザベスに唾を吐かれ、新八は気まずそうに顔を引きつらせたのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「で…お前結局、何が目的で俺について来たわけ?」

 

 

場所は銀時行きつけの団子屋『魂平糖(こんぺいとう)』。鉄矢からの依頼を受けた銀時と何故か一緒について来たシグナム。

その帰りにこの店に立ち寄った銀時はシグナムと並んで長椅子に腰かけ、団子を食いながらそう問い掛けた。

 

 

「最近…妙な刀の話を聞いてな、少し調査していたのだ」

 

 

するとシグナムは、湯飲みに入ったお茶をすすったあと……静かにそう言った。

 

 

「妙な刀?」

 

 

「そうだ。刀鍛冶なら何か知っているのではないかと思い、お前の仕事に同行したが……当たりだったようだな」

 

 

「……どういう意味だ?」

 

 

「件の刀もある意味、妖刀のような代物らしい」

 

 

真剣な表情でそう問い掛ける銀時に静かにそう言いながら、シグナムは言葉を続ける。

 

 

「銀時、近頃この辺りで辻斬りが横行しているのは知っているか? 出会った者は皆斬られてしまっているが、その辻斬りを遠目で目撃した者がいてな。その者いわく、そいつの刀は……刀というより──生き物のようだったらしい」

 

 

「………………」

 

 

「盗まれた妖刀と奇妙な刀を使う辻斬り……どうにも無関係とは思えん。お前はどう思う? 銀時」

 

 

シグナムの話を聞いて、何か考えるように顔を俯かせる銀時。そんな銀時に対し、シグナムは更に言葉を紡いでそう問い掛ける。

 

 

そして銀時はふと顔を上げると……シグナムに対して静かに言い放ったのだった。

 

 

「おいシグナム──今まで辻斬りが出没した場所を教えろ」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その夜……桂が斬られたと思われる、橋の前にある路地裏。そこでは『打倒辻斬り』のハチマキを巻いたエリザベスが刀を研ぎ、口に含んだ酒を吹きかけていた。どうやら直々に辻斬りと戦うつもりらしい。

 

 

「ちゃーすエリザベス先輩!! 焼きそばパン買ってきましたァ!」

 

 

【俺が頼んだのはコロッケパンだ】

 

 

「いやコロッケパン売り切れてたんでェ、似たようなヤツ買ってきましたァ。すみませんッス」

 

 

その後ろには、完全にエリザベスのパシリと化した新八の姿もあった。

 

 

「どうッスか? 辻斬りの奴来ましたか? でもやっぱり無茶じゃないッスかね、辻斬りに直接桂さんのこと聞くなんて。まだ犯人が辻斬りって決まったわけじゃないし──ぎゃあああ!!」

 

 

そう言いながら新八がエリザベスに近づくと、その瞬間振り向き様に斬りかかられた。咄嗟に屈んで回避した新八は当然、大声で怒鳴る。

 

 

「何すんですかァァ!? ちょっとォォォ!!」

 

 

【俺の後ろに立つな】

 

 

「うるっさいよ!! どっちが前だか後ろだかわからん体してるくせに!!」

 

 

ゴ〇ゴのような顔つきでプラカードを出すエリザベスに、新八は青筋を浮かべながらツッコミを入れた。

 

 

「オイ」

 

 

するとその時、突然第三者から声をかけられ、新八はビクッと体を震わせる。

 

 

「何やってんだ貴様らこんな所で? 怪しい奴らめ」

 

 

「なんだァ~奉行所の人か。ビックリさせないでくださいよ」

 

 

その相手が奉行所の役人だと認識すると、新八がホッとして溜息を吐く。

 

 

「ビックリしたじゃないよ。何やってんだって聞いてんの。お前らわかってんの? 最近ここらにはなァ……」

 

 

そう言いかけた役人の言葉が、突然不自然に途切れた。

 

 

次の瞬間……その役人の胴体は真っ二つに切断され、半身はドチャリと耳障りな音で地面に落ち…残った半身からは噴水のごとく血が噴き出した。

 

 

「辻斬りが出るから危ないよ」

 

 

そしてその背後にいた……刀を持つ編み笠を被った男が、代わりにそう囁いた。

 

 

「うわああああああああああ!!」

 

 

突如として出没した辻斬りに、悲鳴を上げる新八。

 

 

「エリ……!!」

 

 

すると、エリザベスがそんな新八を庇うように自分の後ろに彼を蹴り飛ばす。

 

 

「エリザベスぅぅ!!」

 

 

新八の絶叫が響く中……エリザベスに向かって、辻斬りの高々と振り上げられた刀が…一気に振り下ろされる──

 

 

──ガァァン!!

 

 

……ことはなかった。

 

 

突然目の前にあったポリバケツの蓋が飛んだかと思うと、その瞬間には辻斬りの刀は弾かれたように宙を舞い……男の背後の地面に突き刺さっていた。

 

 

「!!」

 

 

「そこまでだ」

 

 

続けて…そんな言葉と共に横から突き出された剣が、辻斬りの首元に添えられる。

 

 

「シ…シグナムさん!!」

 

 

新八は辻斬りに横から剣を突きつけている人物……シグナムの名を叫ぶ。

 

 

そしてガタゴトと音を立てながら、ポリバケツの中から出てくる1人の男。

 

 

「オイオイ、妖刀を捜してこんな所まで来てみりゃ──どっかで見たツラじゃねーか」

 

 

「ぎっ…銀さん!!」

 

 

新八は銀時の名を叫び、木刀を手に持った銀時は辻斬りを相手にそう言った。すると辻斬りは、被っていた編み笠を脱ぐと、その顔を露にした。

 

 

「ホントだ。どこかで嗅いだ匂いだね」

 

 

その男は……人斬りと恐れられる盲目の剣豪──『岡田似蔵』であった。

 

 

 

 

 

つづく




何気にクアットロがハブられてるけど、作者は別にクアットロが嫌いなわけではありません。後々にちゃんと登場させますので、できればあまりツッコまない方向でお願いします。


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一難去ってまた一難

本日2話目です。


 

 

 

 

 

 

「あ、あんたは! 人斬り…人斬り似蔵ォォ!!」

 

 

目の前に現れた辻斬り……岡田似蔵の姿を見て、新八が叫ぶ。

 

 

『岡田似蔵』

盲目の身でありながら異常な嗅覚で敵を察知し、一撃必殺で仕留める居合の達人。以前、万事屋に舞い込んで来た橋田屋の事件の際に、銀時と戦った人斬りである。

 

 

「件の辻斬りはアンタの仕業だったのか!? それに銀さんにシグナムさんも…なんでここに!?」

 

 

「目的は違えど、アイツに用があるのは一緒らしいよ新八君」

 

 

「嬉しいねェ、わざわざ俺に会いに来てくれたってわけだ」

 

 

似蔵はそう言って薄ら笑いを浮かべると、同時に地面を強く蹴って後ろに飛ぶ。似蔵に剣を突きつけていたシグナムはすぐさまレヴァンティンを振るうが、その刃は僅かに届かなかった。

 

 

「チッ……」

 

 

「んん? 嗅ぎ覚えのない女の匂いだが、アンタも強そうだねェ。夥しいほどの血の匂いがするよ」

 

 

剣を避けられたことに舌打ちを漏らすシグナム。そんなシグナムに対して、似蔵はその異常な嗅覚で彼女の強さを感じ取ってそう評価しながら、地面刺さっていた刀を抜き取る。

 

 

「コイツは災いを呼ぶ妖刀と聞いていたがね、どうやら強者を引き寄せるらしい。桂にアンタ、こうも会いたい奴に合わせてくれるとは、俺にとっては吉兆を呼ぶ刀かもしれん」

 

 

「桂? 桂小太郎のことか?」

 

 

「!! 桂さん!! 桂さんをどうしたお前!!」

 

 

似蔵の口から出てきた桂の名にシグナムは眉をひそめ、新八は大声で問う。

 

 

「おやおや、おたくらの知り合いだったかい。それはすまん事をした。俺もおニューの刀を手に入れてはしゃいでたものでね、ついつい斬っちまった」

 

 

桂を斬ったというその言葉。しかし銀時は動じず、静かに似蔵を見据えながら言った。

 

 

「ヅラがてめーみてーなただの人殺しに負けるわけねーだろ」

 

 

「怒るなよ。悪かったと言っている。あ……そうだ」

 

 

似蔵は思い出したように、懐に手を入れる。そしてそこから取り出したのは……ひと房に束ねられた長い黒髪だった。

 

 

「ホラ──せめて奴の形見だけでも返すよ」

 

 

それを見た新八とエリザベスは愕然と目を見開く。桂を斬ったという言葉を実感させるには十分すぎるほどの証拠だった。

 

 

「記念に毟り取ってきたんだが、アンタらが持ってた方が奴も喜ぶだろう。しかし桂ってのは本当に男かィ? この滑らかな髪……まるで女のような……」

 

 

その瞬間……銀時の木刀が振り下ろされ、同時に似蔵は刀を横に構えてそれを防いだ。ギリギリと押し合いをしながら、銀時は青筋の浮かんだ顔で似蔵を睨む。

 

 

「何度も同じこと言わせんじゃねーよ。ヅラはてめーみてーなザコにやられるような奴じゃねーんだよ」

 

 

「クク……確かに、俺ならば敵うまいよ」

 

 

静かな怒気が込められた銀時の言葉に対して、似蔵は尚も薄ら笑いを浮かべてそう返した。

 

 

「奴を斬ったのは俺じゃない。俺はちょいと身体を貸しただけでね。なァ…『紅桜』よ」

 

 

そう語る似蔵の刀を握る右腕から…まるで触手のようなコードが何本も皮膚を突き破って出現し、それはメキメキと耳障りな音を立てながら似蔵の腕と刀に纏わりついていく。

 

 

「なっ!?」

 

 

その異様な光景に、銀時は驚愕で目を見張るのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

一方その頃……定春を連れた神楽は桂の匂いを追って、港にまで足を運んでいた。

 

 

「すっかり暗くなってしまったアル。定春、もう帰らないと銀ちゃんはともかくフェイトに叱られるネ」

 

 

夜になってしまった空を見上げながらそう言う神楽。そのセリフから、彼女の中での万事屋夫婦の評価が伺える。

 

 

「ヅラならきっと大丈夫アル。アイツがちょっとやそっとで死ぬ訳ないアル。今日は一旦帰って、明日また捜……定春?」

 

 

欠伸をしながら帰ろうとする神楽だが、その時、定春がおすわりした状態で止まったのが目に映った。

 

 

「定春、ここからヅラの匂いするアルか」

 

 

「ワン」

 

 

肯定するように鳴く定春。その視線の先には、港に停泊する巨大な船があった。

 

 

「なんだろ、あの船?」

 

 

そう疑問を口にした瞬間…近くから「オイ」という声と人の気配を感じた神楽は、すぐさま身を隠して様子を伺う。するとそこに現れたのは、3人の浪人だった。

 

 

「どうだ? 見つかったか?」

 

 

「ダメだ、こりゃまた例の病気が出たな。岡田さん……どこぞの浪人にやられてからしばらく大人しかったってのに」

 

 

「やっぱアブネーよあの人。こないだもあの桂を斬ったとか触れ回ってたが、あの人ならやりかねんよ」

 

 

「どーすんだお前ら。ちゃんと見張っとかねーから。アレの存在が明るみに出たら……」

 

 

そんな会話をしながら船へと向かって歩いて行く浪人たち。彼らの口から出てきた「桂を斬った」という言葉を聞いて、神楽は浪人が去ったのを確認してから紙と筆を取り出し、この港の場所を示す地図を描き始める。

 

 

「定春、お前はコレを銀ちゃん達の所へ届けるアル。可愛いメス犬がいても寄り道しちゃダメだヨ」

 

 

そしてその地図を定春に託し、それを銀時達に届ける為に定春は走り出した。

 

 

「上に乗っかっちゃダメだヨ~」

 

 

そう言いながら、走っていく定春を見送る神楽。その姿が見えなくなったのを確認すると、畳んだ日傘を肩に担ぎながら意気揚々と言った。

 

 

「よし、行くか」

 

 

「どこにだ?」

 

 

「!?」

 

 

突如、背後から聞こえた声。その瞬間、神楽はほぼ反射的に振り返りながら日傘を横薙ぎに振るう。

 

 

だがそれは──ガキィィン…っという金属音と共に、防がれてしまった。

 

 

「あっぶねーな、何すんだよ」

 

 

その声の主の正体を見た神楽は、思わず大声でその名を叫んだ。

 

 

「お…お前は──ゲボ子!!」

 

 

「ヴィータだ!」

 

 

そこに立っていたのは、神楽の日傘を銀色の光沢を放つ槌型のアームドデバイス──『グラーフアイゼン』でガードしていたヴィータであった。

私服と思われる着物を着たヴィータに対し、神楽は日傘を引きながら尋ねる。

 

 

「お前こんなところで何してるアルか?」

 

 

「そりゃこっちのセリフだ。何でガキがこんな時間にこんな所うろついてんだ。補導すんぞ」

 

 

「ガキがガキ扱いすんじゃねーヨ。今は大事な仕事中ネ。知り合いのペットに行方不明になった飼い主を探して欲しいって頼まれたアル」

 

 

「いやフツー逆じゃね? なんでペットが飼い主の捜索願出してんだよ」

 

 

「そんな事はどっちでもいいネ。とにかく私は忙しいアル。お前の相手はまた今度ナ」

 

 

「待て」

 

 

そう言って踵を翻して船に向かおうとする神楽の肩を、ヴィータが掴んで止める。

 

 

「お前…あの船が何だか知ってて向かおうとしてんのか?」

 

 

「知るわけないネ。けどあの船にはヅラがいるかもしれない…だから探しに行くだけアル」

 

 

「ヅラ? ヅラって…桂小太郎のことか?」

 

 

「あ、ヤベ」

 

 

思わず真選組であるヴィータの前で桂の名前を出してしまった神楽。しかしそれに対してヴィータは、どこか険しい面持ちで舌打ちをした。

 

 

「チッ…桂があの船にいるだと……ってこたァほぼ確定じゃねーか。仕方ねェ、すぐにはやてに連絡を……」

 

 

「隙ありアル!」

 

 

「あ、てめっ!!」

 

 

考え込むようにブツブツを呟いていたヴィータの隙をついて、神楽は一目散に船へと向かって走って行ってしまった。凄まじい速力であっという間に遠のいて行く背中を愕然としながら見送ったあと……ヴィータは自分の頭をガシガシと乱暴に掻きながら叫ぶ。

 

 

「あーもう!! 連絡はあのバカを連れ戻した後だァ!!」

 

 

そしてヴィータも急いで船へと向かって走って行ったのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

──ドゴォォォン!!

 

 

「ぐふっ!!」

 

 

轟くような爆音と共に、真ん中部分が大破する橋。そこから落ちて川に投げ出される銀時と、それを橋の上から見下ろしている似蔵。

 

 

「おかしいねオイ。アンタもっと強くなかったかい?」

 

 

「……おかしいねオイ。アンタそれ──ホントに刀ですか?」

 

 

似蔵が手にしていた刀……紅桜はすでに似蔵の右腕とコードで繋がっており、紅色に輝く刀身は生き物のように脈を打っていた。

 

 

「刀というより生き物みたいだったって、冗談じゃねーよ。ありゃ生き物ってより、化け物じゃねーか」

 

 

似蔵は川に立っている銀時に向かって飛び降り、刃を容赦なく振り下ろす。その衝撃で柱のように水飛沫が舞うが、その刃の先に銀時の姿はない。

 

 

「!」

 

 

似蔵の嗅覚が何かを感じ取ったと同時に、屈んで背後に回っていた銀時が木刀を横一閃に振るうが、寸での所で紅桜で受け止められる。

 

しかし銀時はすぐさま似蔵の膝裏の関節部分に蹴りを入れ、体勢を崩させて転ばせる。そしてすかさずコードまみれの右腕を踏み付け、木刀を振り上げる。

 

 

「喧嘩は剣だけでやるもんじゃねーんだよ!」

 

 

そのまま木刀を振り下ろそうとする銀時。しかし突然、ガクンっと木刀が動かなくなった。見てみると……なんと似蔵の右腕から伸びたコードが触手のように木刀の刀身に巻き付いていた。

 

 

「!!」

 

 

その隙に似蔵は、膝蹴りで銀時を体の上からどかせると、すぐに立ち上がって紅桜を構える。

 

 

「喧嘩じゃない、殺し合いだろうよ」

 

 

そしてそのまま体制を崩している銀時に向かって、紅桜を思いっきり振るった。

 

 

だがその時──

 

 

 

「そうか──ならば助太刀も卑怯とは言わんな?」

 

 

 

「!?」

 

 

似蔵の耳にそんな声が聞こえてきたと同時に……銀時との間に割って入って来たシグナムの剣が、激しい金属音を響かせながら紅桜を弾き返した。

 

 

「シグナム……」

 

 

「下がれ、銀時」

 

 

銀時を背中で庇うようにして立ちながら、レヴァンティンの剣先を似蔵へと向けながら構えるシグナム。

 

 

「おやおや、今度はお嬢さんが相手かい?」

 

 

軽い口調でそう言いながら、標的をシグナムへと変えて紅桜を振るう似蔵。その攻撃をシグナムは真っ向からレヴァンティンで受け止め、ギリギリと鍔迫り合いに持ち込む。

 

 

「んー? 妙な手応えだ。お嬢さんのその剣…ただの剣じゃないねェ」

 

 

「当然だ。我が魂……炎の魔剣レヴァンティンを舐めるな!」

 

 

そう叫びながら、紅桜を力強く押し返すシグナム。似蔵は咄嗟に後ろに大きく飛んで距離を開けると、その口元にニタリとした笑みを浮かべる。

 

 

「クク…なるほど、魔剣か……どうやら俺とアンタは、似た剣を持つ者同士らしい」

 

 

「一緒にするな。貴様のような異形の剣と、レヴァンティンが同じなわけがないだろう」

 

 

「まァ確かに違うかもねェ。なにせこの紅桜は──魔をも喰らう妖刀だからねェ」

 

 

言うや否や……似蔵は再び紅桜でシグナムに斬りかかる。それに対してシグナムも、レヴァンティンを振るって迎え撃つ。

 

 

「お嬢さん…よくよく嗅いでみれば、奇妙な匂いが混ざってるねェ。ただの人間じゃないだろう? ひょっとしてアレかィ? 管理局の魔導師って奴かィ?」

 

 

「それがどうしたァ!!」

 

 

「いやね、だとしたらアンタは……この紅桜とは相性最悪だねェ」

 

 

そんな会話をしながらも、剣は振り続けられる。

 

 

何度も休みなく鳴り響く甲高い金属音。両者の剣が幾度となく激突する。防げる攻撃は防ぎ、かわせる攻撃はかわしながら剣閃を振るう。一瞬の気の緩みも許さぬ攻防。お互いに一撃も攻撃を当てられぬまま、それを何度も繰り返す。

 

 

しかし永久に続くかと思うほどのその攻防は……突然終わりを迎えた。

 

 

──ガクン!

 

 

「!?」

 

 

何の前触れもなかった。決して油断したわけでも、ましてや気を緩めたわけでもない……にも関わらず、シグナムの右足が力が抜けたように落ち、体制を崩してしまった。

 

 

「しまっ……ぐああっ!!」

 

 

そこへ強烈な一撃をレヴァンティンの上から叩き込まれ、そのまま体ごと後ろを弾き飛ばされてしまう。

 

 

「くっ……」

 

 

シグナムは顔をしかめながらも、左手を川の底につけて側転の要領で着地し、体制を立て直した。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 

「おいおい、どうしたお嬢さん? もうバテちまったのかィ?」

 

 

そう言われてシグナムは、自分の体がおかしいことに気がつく。肩で呼吸をするほど息が上がり、今にも崩れ落ちてしまいそうに震える両脚、全身を襲う虚脱感。

これだけ見ればただの疲労だと思うだろうが、シグナムは何百年も昔から戦場で戦ってきた騎士。その彼女が全力とはいえ、ほんの十数回斬り合っただけで疲労するなど、生半可な体力はしていないのだ。

 

 

「貴様……何をした……?」

 

 

「ククク……さてねェ」

 

 

とぼけるように笑う似蔵を見て、何かされたことを確信するには十分だった。しかしそれが何かはわからない。わからないが、このまま続けていたらいずれ体力が尽きてしまうことは目に見えている。早々に決着をつけなければならない。

 

 

「……致し方あるまい」

 

 

小さくそう呟くと、シグナムは意を決したようにレヴァンティンを強く握り締める。

 

 

「レヴァンティン!! カートリッジロード!!」

《Explosion!!》

 

 

すると、レヴァンティンから1本の薬莢のようなものが排出される。そしてその瞬間、レヴァンティンの刀身に凄まじい炎を纏う。

シグナムが使用したのは『カートリッジシステム』。圧縮魔力を込めたカートリッジをロードすることで、瞬時に爆発的な魔力を得る機能のことである。

 

 

本来ならばシグナムは生身の人間を相手に魔法は使う気はなかった。

しかし紅桜と一体化した似蔵は明らかに異常……もしここで取り逃がせば、後々厄介なことになるのは一目瞭然。ゆえにシグナムは、確実に決着をつける為に魔法を使用したのだ。

 

 

「オォォォオオオオオ!!!」

 

 

咆哮に似た叫びをあげながら、一直線に似蔵へと向かって駆け出して行くシグナム。

 

 

「紫電一閃!!!」

 

 

そして燃え盛る炎を纏った刀身が縦一直線に振り下ろされ……似蔵が頭上で横に構えた紅桜と衝突した。一拍遅れて周囲に轟く衝撃……剣と剣がぶつかったことでギャリギャリと音を立てて舞い散る火花。

 

 

シグナムが放った紫電一閃は、レヴァンティンの刀身に魔力を乗せた斬撃。その威力は驚異的であり、更にはレヴァンティン本体の絶対的な強度と切断力も相まって、たとえ相手がどんな剣だろうと打ち砕くことができるだろう。

 

 

 

 

 

そう──相手が普通の剣だったならば……

 

 

 

 

 

「クククク……」

 

 

「!?」

 

 

不気味に聞こえる似蔵の笑い声。それに呼応するように、激しく脈を打ち始める紅桜。

 

 

それを見てシグナムは気づいた……レヴァンティンの刀身に纏われていた炎が段々……段々と紅桜の方の刀身に吸い込まれ始めていたことに。

 

 

──炎が……いや……魔力が吸収されているだと!?

 

 

紅桜が吸収しているのは炎ではなく、炎を構築している魔力そのもの。それも炎の魔力だけではない。レヴァンティンの刀身と紅桜の刀身を伝って、シグナム自身の魔力も吸収されていた。

 

そこでシグナムは自分を襲った謎の虚脱感の正体に感づいた。レヴァンティンと紅桜がぶつかり合う度に少しずつ魔力を奪われていたのだ。そして魔法によるプログラムで身体が構築されているシグナムにとっては、体力そのものを奪われるに等しいだろう。

 

 

「言っただろう? この紅桜は──魔をも喰らう妖刀だと」

 

 

そしてついに、レヴァンティンの炎が全て吸収され……シグナムの渾身の一撃が不発に終わってしまった。

 

 

「残念だったねェお嬢さん。この紅桜は…魔導師との戦闘も想定して作られているんだよ」

 

 

「がっ……」

 

 

そこへ更に追い打ちをかけるように、似蔵の右腕のコードが触手のようにシグナムに纏わりつき、首や体…腕や脚などを締め上げていく。

 

 

「感謝するよお嬢さん。これでまた…紅桜は進化する」

 

 

「がはっ!!」

 

 

そのまま絡み付かせたコードでシグナムの体を振り回し、軽く減り込むほどの勢いで壁に叩きつける。それによって、口から肺の空気と一緒に血反吐を吐くシグナム。額からも、血が滝のように流れ始めている。

 

 

「シグナムさァァァん!!」

 

 

川の上からその戦いを見ていた新八の絶叫が響き渡る。今すぐにでも飛び出しそうな勢いだが、それをさせまいとエリザベスが抑えている。

 

 

「せめてもの礼だ、一瞬であの世に逝かせてあげるよ」

 

 

似蔵はその言葉を最後にコードを引っ込め、シグナムの体を解放すると同時に……紅桜の刀身を高々と振り上げる。

 

 

「さよなら……お嬢さん」

 

 

そしてそのまま、一直線に紅桜を振り落とした。

 

 

 

 

 

だがその時──似蔵の背後から木刀を垂直に構えた銀時が姿を現した。

 

 

 

 

 

シグナムが似蔵と戦っていた間も、銀時はずっと息を潜めて機会を狙っていた。今すぐにでもシグナムの助けに入りたい気持ちを押し殺して、ただひたすらに勝機を待った。そうでもしないと…あの人の皮を被ったような化け物に勝てないと確信していたからだ。

 

 

そしてついにその時がやって来た。人がもっとも油断するであろう、勝利を確信した瞬間。そこを狙って銀時は、全力で地面を蹴って飛び出し…持てる力の全てを木刀に込めて…似蔵の背後から渾身の突きを放った。

 

 

 

「──無駄だよ」

 

 

 

しかしその攻撃も……似蔵は身を捻って回避した。

 

 

「忘れたのかィ? 俺の鼻に死角はないよ」

 

 

その理由は似蔵の持つ獣並の嗅覚。似蔵は最初から、銀時の奇襲はお見通しだったのだ。

 

 

「!?」

 

 

似蔵はそのまま右に捻った体を半回転させて、その勢いのまま紅桜を振り回す。それに対して銀時は、ほとんど反射だけで突き出していた木刀を引き戻し、それを盾にして受けることに成功した。

 

 

だが完全に威力押されてしまい、木刀はへし折れ…銀時の体は反対側の壁に叩きつけられてしまう。

 

 

「ぐふぅ!!」

 

 

「銀さんんんんんん!!」

 

 

「ぐっ…」

 

 

叫ぶ新八の声を聞きながら、銀時は呻きながらも何とか立ち上がろうとする。

 

 

──ブシュ…

 

 

だがその瞬間……銀時の胸に横一直線の、赤い線が刻まれて裂ける。そこからドクドクと溢れる己の血を見て、銀時は顔を引きつらせながら呟く。

 

 

「オイオイ、これヤベ……」

 

 

しかしその言葉は最後まで続かず…追い打ちをかけるように突き出された似蔵の紅桜が、銀時の脇腹を刺し貫いた。

 

 

「ブフッ……」

 

 

口からも血を吐き出す銀時。その光景を見て、新八は愕然と目を見開いていた。

 

 

「後悔しているか? 以前俺とやり合った時、何故殺しておかなかったと。俺を殺しておけば、桂もアンタも、あのお嬢さんもこんな目には遭わなかった。全てアンタの甘さが招いた結果だ──白夜叉」

 

 

そう言って似蔵は、銀時のかつての異名を口にする。

 

 

「あの人もさぞやがっかりしているだろうよ。かつて共に戦った盟友達が、揃いも揃ってこの様だ。アンタ達のような弱い侍のためにこの国は腐敗した。アンタではなく俺があの人の隣にいれば、この国はこんな有様にはならなかった。士道だ節義だくだらんものは侍には必要ない。侍に必要なのは剣のみさね。剣の折れたアンタ達はもう侍じゃないよ。惰弱な侍はこの国から消えるがい……」

 

 

そう語りながら剣を引き抜こうとした似蔵は異変に気付いた。抜けない……銀時の脇腹に刺さったまま、紅桜が微動だにしないのだ。

 

 

「剣が折れたって?」

 

 

ポツリと囁くような、銀時の声。

 

 

「剣ならまだあるぜ。とっておきのがもう1本」

 

 

鮮血にまみれた顔で笑みを浮かべながら、突き刺さった紅桜の刀身を両手と脇で強く掴みながらそう言い放つ銀時。

 

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

 

すると……そんな銀時の言葉に応える様に、橋の穴から飛び降りてきた新八が、雄叫びを上げながらエリザベスから奪い取った刀を振り下ろす。そして紅桜ごと、似蔵の右腕を斬り落としたのだった。

 

 

「アララ、腕が取れちまったよ。ひどいことするね、僕」

 

 

腕が落とされたにも拘わらず、似蔵はまるで他人事のような口調でそう言う。そんな似蔵に対し、新八は刀を構えながら威嚇するように叫ぶ。

 

 

「それ以上来てみろォォ!! 次は左手をもらう!!」

 

 

対峙し合う新八と似蔵。だがその時、橋の上からピィィィっと笛の音が聞こえた。

 

 

「オイ! そこで何をやっている!!」

 

 

「チッ、うるさいのが来ちまった」

 

 

どうやら騒ぎを聞きつけたらしく、何人もの役人が駆け付けたらしい。それを見た似蔵は、忌々し気に舌打ちを漏らす。

 

 

「勝負はお預けだな。まァ、また機会があったらやり合おうや」

 

 

そう言い残して、似蔵は紅桜を拾い上げてそのまま逃げて行った。それを役人たちが追いかけて行ったが、捕まらないだろうと新八は何となく予想した。そして似蔵がいなくなってすぐに、倒れている銀時とシグナムに声をかける。

 

 

「銀さん! シグナムさん! しっかりしてください!!」

 

 

「志村か……すまない……助かった……」

 

 

「シグナムさん!!」

 

 

新八に礼を言うと同時に、ガクリと頭を垂れるシグナム。どうやら気を失ってしまったらしい。

 

 

「へッ…ヘヘ。新八、おめーはやればできる子だと思ってたよ」

 

 

「銀さん! 銀さーん!!」

 

 

そして銀時も、そう言いながらゆっくりと目を閉じ…意識を手放したのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その頃……桂の行方を捜して巨大な船に潜入した神楽と、それを止める為に追いかけてきたヴィータ。2人はコソコソと物陰に隠れて甲板の様子を伺いながら、小声で言い争いをしていた。

 

 

「オイ! この船はヤベ―かもしれねーって言ってんだろ! さっさと引き返すぞ!!」

 

 

「さっきからうるさいアルなァ。そんなに恐いなら1人で帰ればいいネ」

 

 

「アホか! 肝試しじゃねーんだよ!! いいかよく聞け、この船はアタシが監察の仕事で見張ってた船で、もしかしたら奴らの……」

 

 

「にしてもこの船、中は広いアルな。おっ、あそこに船員らしき奴がいるアル。アイツにちょいと道案内させるネ」

 

 

「だから人の話を聞けよォ!!」

 

 

ヴィータの話には一切耳を貸さず……神楽は船頭に立つ派手な着物を着た男を脅して、船内を案内させようと考え、物陰から飛び出して男のもとへと歩いて行く。ヴィータも慌ててそれを追いかける。

 

 

「オイ。お前この船の船員アルか? ちょいと中案内してもらおーか。頭ブチ抜かれたくなかったらな」

 

 

日傘の先端に仕込まれた銃口を男の頭に突きつけながら、そう脅しをかける神楽。しかし男は振り向かず、キセルの煙を燻らせる。

 

 

「オイ、聞いてんのか」

 

 

「!? 待て神楽!! そいつは──」

 

 

追いかけてきたヴィータがその男の後姿を見た途端、狼狽したような口調でそう叫ぶ。

 

 

そして男がゆっくりと振り返ると……その男は、どこか狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 

「!!」

 

 

その笑みを見た神楽は夜兎の本能が働いたのか、警戒心を露にする。そしてヴィータはというと…体を小刻みに震わせ、小さな両手を強く握り締め、鋭い眼光で男を睨みながら……呟くように言った。

 

 

 

 

 

「高杉…晋助……!!」

 

 

 

 

 

つづく




少しだけ紅桜の仕様を変えております。


あと今回思った以上にシグナムが大立ち回りしてくれた。

すまん銀さん、後に控えてる戦闘シーンは気合い入れて書くから許して欲しい。


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満月は人を狂わせる

 

 

 

 

 

 

「今日はまた随分とデケー月が出てるな。かぐや姫でも降りてきそうな夜だと思ったが、とんだじゃじゃ馬姫が2人も降りてくるたァな」

 

 

左手に持ったキセルで紫煙を燻らせ、静かにそう語る男──高杉晋助。

その高杉の背後から日傘に仕込まれた銃口を突きつけている神楽だが、高杉から感じる不気味な雰囲気に本能が「ヤバイ」と警告を鳴らしていた。

 

 

「残念だが、降りてきたのはかぐや姫でもじゃじゃ馬姫でもねーよ……高杉晋助」

 

 

と、その時……そんな高杉に対して口を開いたのは、ヴィータだった。しかもグラーフアイゼンを本格的に起動させたのか、服装が先ほどまでの着物姿とは異なり、真紅のゴスロリ風の服装に身を包んでいた。これがヴィータのバリアジャケットと言われる戦闘服である。

 

 

「フッ…確かに姫なんて大層なモンじゃねーなこりゃ。ずいぶんと躾けの悪そうな子兎が月から迷い込んできやがった」

 

 

「躾けが悪そうなのはお互い様だろ、狂犬みてーなアブネー目ェしやがって。まだウチの守護獣の方が可愛げがあるぜ。警察より先に保健所に突き出してやろーか?」

 

 

「おまけに口まで悪いときやがったか。何なら俺が躾け直してやってもいいんだぜ?」

 

 

「ほざきやがれ。お前がアタシに教えられることなんざ、そろばんくれーだろ」

 

 

お互いにそう言いながら…ヴィータはグラーフアイゼンを高杉に突きつけ、高杉はキセルをふかしながら鋭い目つきでヴィータを一瞥する。

 

 

「ククク……相変わらず口が減らねーチビだ」

 

 

「お前はずいぶんと変わっちまったけどな……晋助」

 

 

薄く笑う高杉に対し、どこか悲しそうに表情を僅かに曇らせながら、そう呟くヴィータ。

 

 

「ゲボ子、お前こいつと……」

 

 

「知り合いアルか?」とその様子を見ていた神楽が、ヴィータにそう問い掛けようとしたその時……2発の銃声が鳴り響く。

同時に背後から殺気を感じていた神楽とヴィータはそれを予期していたように、その場からそれぞれ別方向に飛び退くと、2人が今まで立っていた場所に2発の銃弾が撃ち込まれる。

 

 

「チッ」

 

 

ヴィータが思わず舌打ちを漏らす間も、休みなく銃弾は神楽とヴィータを狙って降り注ぐ。2人はそれを甲板を動き回って回避し続ける。

 

 

「おおおおおおおお!!」

 

 

すると埒が明かないと判断したのか、船の屋根の上から銃を撃っていた張本人が、神楽目掛けて飛び降りてきた。

ドオゥッ! という激しい落下音が響くと、その人物と神楽は二丁拳銃と日傘の銃口を向け合っていた。

 

 

「神楽ァ!!」

 

 

それを見たヴィータがすぐに神楽の方へと向かって駆け出そうとする。だがその瞬間…ヴィータの目の前に突如として人影が割って入った。

 

 

「!?」

 

 

ヴィータは顔を上げて、その人影を見上げるが…月明かりによってできた影が顔を覆っている為に見えなかった。しかしそのシルエットからその人物は長身の女性で……ヴィータに向かって拳を振り上げているのが分かった。

 

 

「くっ…」

 

 

咄嗟にそれを回避しようと、横に大きく飛んで床を転がるヴィータ。同時に振り下ろされた拳が、床を叩き割るような音が聞こえた。

 

 

「今のは……!!」

 

 

そう言いながらヴィータは床に膝をつけて立ち上がろうとするが……それは許されなかった。

 

 

「動くな」

 

 

何故なら……さっきまで目の前にいたハズの人物が、立ち上がろうとしたヴィータの背後で一瞬で回り込み、手首部分から伸びた紫色に発光する翼のような刃を首元に突きつけていたのだから。

 

 

「テメェ……ナンバーズか」

 

 

首元に刃を突きつけられ、無暗に動くことを封じられたヴィータが、視線だけを動かして背後にいる人物を睨む。今度は月明かりに邪魔されず、ハッキリと視認する事ができた。

 

そしてヴィータはその顔に見覚えがあった。

濃い藍色のボディスーツを身に纏い、紫の短髪に男性的な顔つきが特徴の女性。スカリエッティの部下に当たるナンバーズの中でも、もっとも戦闘力に秀でた実戦リーダー……NO,3の『トーレ』。超高速機動能力で高速戦闘を得意とする戦闘機人である。

 

 

「貴様らァァ! 何者だァァァ!? 晋助様を襲撃するとは絶対許さないっス! 銃を下ろせ! この来島また子の早撃ちに勝てると思ってんスかァ!?」

 

 

神楽に二丁拳銃を突きつけている、片方だけ結った金髪とへそ出し仕様の和服が特徴的な少女…『来島また子』は神楽に対して大声でそう言い放つ。しかし神楽はそれにまったく動じず、不遜な態度で言葉を返す。

 

 

「また子、股見えてるヨ。シミツキパンツが丸見えネ」

 

 

「甘いな、注意を逸らすつもりか! そんなん絶対ないもん! 毎日取り替えてるもん!!」

 

 

「いやいや付いてるよ。きったねーな、また子の股はシミだらけ~」

 

 

「来島…お前…」

 

 

「何でトーレの姉御まで疑惑の目で見てんスかァァ!? これ以上晋助様と姉御の前で侮辱することは許さないっス! 晋助様ァ!! 違うんス、ホントッ! 毎日取り換えてますから! 確認してくださいコレ…──ぐっ!!」

 

 

そう言ってまんまと注意を逸らされたまた子は、神楽の不意打ちの蹴りを喰らって床に倒れる。

 

 

「ゲボ子ォ!! 伏せるネ!!」

 

 

その隙に起き上った神楽は日傘の銃口をトーレへと向けると、そのまま発砲する。

 

 

「!」

 

 

突然の反撃にトーレはほんの少し目を見開きながら、両腕から伸びる翼のようなブレード状の固有装備『インパルスブレード』を盾にしてその銃弾を防ぐ。だがそれは同時に、ヴィータを解放することに繋がってしまった。

 

 

「ナイスだエセチャイナァァ!!」

 

 

解放されたヴィータはその場でグラーフアイゼンを振り被るように構えると、そのままグルリと体を捻るように回転させながら、背後に立っているトーレ目掛けて遠心力を乗せたグラーフアイゼンを振るった。

 

 

「ブッ飛べェェェェェ!!!」

 

 

「チッ………!?」

 

 

それに対してトーレはインパルスブレードを盾にして受け止めるが、勢いまでは防ぐことができず…思いっきり振り切られたグラーフアイゼンの一撃によって吹き飛び、そのまま壁に激突した。

 

 

「神楽!! 退路は開いてやるから、お前は逃げろ!!」

 

 

「命令すんじゃねーヨ! 私はヅラを見つけるまでは帰らないネ!!」

 

 

そう言いながら2人は合流して、その場から逃げようとして走り出す。

 

 

「クソガキ共ォォ!! 武市先輩ィィ!! そっちっスぅぅ!!」

 

 

「「!!」」

 

 

憤慨したように叫ぶまた子。すると、今度は2人に向けて眩いライトが浴びせられる。そして目の前には、大勢の浪士たち。

 

 

「みなさん、殺してはいけませんよ。女子供を殺めたとあっては侍の名が廃ります。生かして捕らえるのですよ」

 

 

見上げると、2人を照らす屋根の上のライトの隣には、艶のない目を見開いた表情が常の男が立っていた。

 

 

「先輩ィィ!! ロリコンも大概にするっス! ここまで侵入されておきながら何を生温いことを!」

 

 

「ロリコンじゃないフェミニストです。敵といえども女性には優しく接するのがフェミ道というもの。特にそちらの赤いゴスロリのお嬢さんは丁寧かつ紳士的に接して捕らえるのですよ」

 

 

「それがロリコンだって言ってんスよォ!!」

 

 

怒鳴るまた子に対してロリコン…『武市変平太』は表情を変えぬままそう語る。

 

 

「なんだァこの小娘共!? やたら強いぞォォ!!」

 

 

このまま黙って捕まる神楽とヴィータではない。2人を捕えようと襲い掛かって来る浪士たちを、次々と薙ぎ倒していく。

 

 

「どきやがれェェェ!!」

 

 

「ヅラぁぁぁ!! どこアルかァァ!? ここにいるんでしょォォォ!! いたら返事をするアル!!」

 

 

退路を切り開く為に浪士たちを殴り飛ばすヴィータと、それに続いてヅラの名を叫びながら奮闘する神楽。だがその時……

 

 

──ドォン!

 

 

「ぐっ!」

 

 

「神楽!?」

 

 

背後から発砲したまた子の銃弾が神楽の左肩を撃ち抜き、血が噴き出す。更に追い打ちをかけるように続けて銃弾が放たれ、今度は神楽の左脚を撃ち抜く。

 

 

「あうっ!」

 

 

「今だァァァ! 押さえつけろ!!」

 

 

左脚を撃たれて倒れる神楽。それを好機と見た浪士が一斉に神楽を捕えにかかる。

 

 

「オラァァァ!!」

 

 

「ぐぎゃあああ!!」

 

 

それを庇うようにヴィータが割って入り、グラーフアイゼンの一振りで浪士たちを吹き飛ばす。

 

 

「逃げろ神楽!! ここはアタシが食い止める!!」

 

 

「すまないアル……ふんごをををを!! ヅラぁぁぁ!! 待ってろォォ!! 今行くぞォォォ!!」

 

 

神楽は痛む体に鞭打ってほとんど気合で立ち上がり、ヨタヨタと左脚を引きずりながら船内へと向かって行く。

 

 

「いかん! 工場の方に!!」

 

 

「行かせるかァァ!!」

 

 

「ぎゃああああ!!」

 

 

船内に入った神楽を慌てたように追いかけようする浪士。それを許すまいと、殴り飛ばすヴィータ。

 

 

「ハア、ハア、ハア」

 

 

そして船内に逃げ込んだ神楽は息を乱しながら、ふと逃げ込んだその場所を見た。

 

 

「なんだ、ココ」

 

 

目の前に広がる光景に、絶句してその場で立ち尽くす神楽。すると先回りをしていたのか…そんな神楽の背後からまた子が後頭部に銃を突きつけた。

 

 

「そいつを見ちゃあ──もう生かして帰せないな」

 

 

その直後……銃声が響き渡る。

 

 

「!? 神楽ァァ!? どうしたァ!?」

 

 

その銃声を聞きつけたヴィータが戦いの手を止めて、振り返りながら叫ぶ。そしてそれが……致命的な隙を生んでしまった。

 

 

「貴様も大人しくしていろ」

 

 

「!?」

 

 

直後──その一瞬でヴィータの背後に立ったトーレが、インパルスブレードを纏った右腕を高々と掲げて静かにそう言い放った。

 

 

完全に不意をつかれたヴィータはすぐさま振り返るが間に合わず……真っ赤な鮮血が飛び散ったのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

懐かしい夢を見ていた。

 

 

右か左かも、上なのか下なのかすらもわからない真っ暗闇の空間……その中で、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

『人に怯え、自分を守るだけに振るう剣なんて…もう捨てちゃいなさい』

 

 

どこからともなく聞こえてくるのは……かつて、屍を喰らう鬼と言われていた子供(おれ)を拾い上げてくれた恩師の言葉。

 

 

『敵を斬る為ではない、弱き己を斬る為に……己を守るのではない、己の魂を守るために……』

 

 

そんな言葉と共に暗闇の中に浮かんだ恩師の顔はひどく朧気だったが…優しく微笑んでいるのは確かだった。

 

 

『……あの子を…頼んだわね』

 

 

続いて聞こえてきたのは恩師の声ではなく……今にも消えてしまいそうなほどに弱々しい女の声。

 

 

『大丈夫よ…あなたなら……私が壊そうとしたあの子の心を…護ってくれたあなたなら……』

 

 

そう言い残して、床に伏せりながら息を引き取った女の顔は…とても安らかだった。

 

 

そしてその2人と交わした言葉は……今でも心に刻み込んでいる。

 

 

『仲間を、みんなを、護ってあげてくださいね』

 

 

『ずっと…あの子の側で……ね』

 

 

 

 

 

──約束ですよ。

──約束よ。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「う…ん……」

 

 

小さく呻き声を上げながら、ゆっくりと目を覚ました銀時。目を開けて最初に飛び込んで来たのは、見覚えのある天井……どうやら万事屋の寝室らしい。窓の外からは雨が降っているのか、水を打つような音が聞こえてくる。

体を動かそうとすると、全身に激痛が走る。身体中に巻かれた包帯を見るに、どうやら命は拾ったらしい。

 

 

「あ…銀時! よかった、気がついたんだね!」

 

 

次に目に映ったのは、銀時の妻であるフェイト。

安堵と不安が入り混じったかのような表情で銀時の顔を覗き込むその様子から、どれだけ彼女が心配していたのかが窺える。

 

 

「大丈夫? 意識はハッキリしてる? 私のことがわかる?」

 

 

「俺の嫁」

 

 

「大丈夫そうだね」

 

 

ぼんやりとしながらもそう答えた銀時に、フェイトは今度こそ安心したように息を吐いた。

 

 

「俺は…どうなったんだ……?」

 

 

「覚えてない? 昨日の晩…ボロボロになった銀時とシグナムを新八とエリザベスがここに運んでくれたんだよ。それからすぐにシャマルを呼んで、魔法で治療してもらったの」

 

 

「そうか……シグナムは無事だったのか?」

 

 

「うん。魔力不足で弱ってはいたけどケガ自体は酷くなかったから、今朝にはもうほとんど回復して屯所に戻ったよ」

 

 

「そりゃなによりだ。そういや、新八と神楽はどうした?」

 

 

「2人とも用事で出かけてるよ」

 

 

「用事ってなによ」

 

 

「いいから銀時はもう少し寝てて。シャマルの魔法でも治し切れなかったくらい酷い傷なんだから。開いたら大変だよ」

 

 

「オイ、お前なんか隠して……」

 

 

──ズドォォン!!

 

 

明らかに話を逸らそうとしているフェイトに、銀時は問い詰めようとして上体を起こそうとする。だがその瞬間……銀時の顔面の横スレスレに、バルディッシュが振り下ろされる。

 

 

「絶対安静だよ──寝てなさい」

 

 

「………………」

 

 

目元に影を帯びながらニッコリと笑顔を浮かべてそう言い放つフェイトに、銀時は青ざめながら顔を引きつらせた。

 

 

──ピンポーン!

 

 

するとその時、万事屋に来客を知らせるインターホンが鳴った。

 

 

「はーい」

 

 

それを聞いたフェイトはバルディッシュを仕舞って立ち上がり、玄関へと向かう。そしてガラガラと戸を開けると、そこには刀鍛冶兄妹の妹……村田鉄子が立っていた。

 

 

「…………」

 

 

「何か御用ですか?」

 

 

「あの…あれ……」

 

 

フェイトがそう問い掛けると、鉄子はもじもじと気恥ずかしそうにしながら言葉を探している。それを見て、彼女が銀時を訪ねてきたのだと察したフェイトは、遠慮気味に言う。

 

 

「すみません、主人は今……」

 

 

「ここにいるぜー」

 

 

それを遮ったのは、フェイトの隣からひょっこり顔を出した銀時だった。

 

 

「おー入れや。来ると思ってたぜ」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その頃…真選組の屯所。今朝がた治療を終えて戻って来たシグナムが、昨晩に起きたことを局長である近藤をはじめとした土方と沖田のトップ3、そしてはやてに報告していた。

 

 

「件の辻斬りの正体が岡田似蔵……」

 

 

「そして妖刀・紅桜……か」

 

 

「申し訳ありません主はやて、近藤局長。私が岡田に後れをとらなければ……」

 

 

「いや、気にするな。シグナムさんが無事で何よりだ」

 

 

「せやで。命あっての物種や」

 

 

深く頭を下げて謝罪の意思を見せるシグナムに対して、近藤とはやては苦言を呈すことなく、彼女の無事を喜んだ。

 

 

「しかしシグナム姐さんがやられちまうたァ、その紅桜ってのはとんでもねー代物みたいですねィ。話を聞く限り、とても妖刀なんぞという生易しいもんじゃありやせんぜ。鬼兵隊が開発した兵器か何かだと思いやすが…」

 

 

「さしずめ人斬り似蔵による辻斬りは、ソイツの試し切りって所だろーな。だがまさか、その過程で桂まで殺っちまうたァな」

 

 

「死体があがっていない以上、断言はできんがな」

 

 

紅桜の話を聞いて沖田が推測し、土方がタバコを吹かしながらそう呟き、近藤が補足するようにそう言う。

 

 

「それにその剣は魔力も吸収してまうんやろ? 魔導師にとったら天敵みたいなもんやな」

 

 

「ええ、恐らくその開発にはあの男が関わっているでしょう。むしろ、鬼兵隊において魔導師に対抗できる武装の開発など…あの男しか考えられない」

 

 

「スカリエッティか……また厄介なもんを作りよったなぁ」

 

 

紅桜の開発に関わったであろう男の名を呟きながらはやては重い溜息を吐く。

 

 

「せやけど、これ以上好き勝手はさせへん。今度はこっちから仕掛ける番や」

 

 

すると、すぐに気持ちを切り替えたように真剣な表情で強くそう言い放つはやて。その言葉に対して、シグナムは疑問符を浮かべながら問い掛ける。

 

 

「主はやて、もしや奴らの潜伏先を?」

 

 

その疑問に、はやては静かに頷いて肯定する。そしてはやてに代わって近藤と土方が口を開く。

 

 

「実は…昨日から捜索に出たヴィータちゃんがまだ帰ってきておらず、連絡がつかない」

 

 

「あいつはガキだが、どこぞのサド野郎みてーに仕事をサボるような奴じゃねェ。それにあいつが担当していた場所は旧市街区の港…高杉一派の潜伏先の有力候補だった場所だ。恐らくだが……」

 

 

鬼兵隊(やつら)に捕えられた可能性がある…と」

 

 

近藤と土方が言わんとすることを察したシグナムがそう言うと、近藤は頷き、土方は目を伏せて肯定の意を見せる。

 

 

「ヴィータに万が一のことがあれば、夜天の書を通じて私に伝わるようになっとるから、まだ最悪の事態にはなってへんハズや」

 

 

「すでに山崎を調べさせに行かせているが……十中八九クロだろーな」

 

 

「これでようやく暴れられまさァ」

 

 

「俺たちも準備が整い次第、現場に向かう」

 

 

はやて、土方、沖田、近藤がそう言うと…その部屋にいた者全員が誰からともなく一斉に立ち上がる。

 

 

そして最後の締めくくりとして……近藤が強く高らかに叫んだ。

 

 

 

 

 

「真選組──出動だ!!」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「こっぴどくやられたものですね。紅桜を勝手に持ち出し、更にそれほどの深手を負わされ逃げ帰って来るとは。腹を切る覚悟はできていますよね、岡田さん」

 

 

一方…港に停泊している鬼兵隊が潜伏する船にある一室。そこでは武市が窓の外に広がる雨模様の空を見上げながら、似蔵に対して責め立てるような口調でそう言う。しかしそれに対して岡田は悪びれた様子もなく言う。

 

 

「片手落とされてもコイツを持ち帰ってきた勤勉さを評価してもらいたいもんだよ。コイツにもいい経験になったと思うんだがねェ」

 

 

「だからと言って、貴様の身勝手な行動が許されるわけではないだろう。特に最近のお前は目に余る」

 

 

「姉御の言う通りッスよ。聞けば昨晩、管理局の魔導師とも殺り合ったらしいじゃないッスか。幕府の犬に紅桜の存在が知られるのも時間の問題ッスよ。アンタ、晋助様の邪魔なんスよ」

 

 

トーレに続いて、そんな厳しい叱咤の言葉を似蔵に浴びせるまた子。

 

 

「しかも桂の次は坂田銀時? 晋助様を刺激するような奴ばかり狙って、一体何考えてんスか。アンタ、自分が強くなったとでも思ってんスか、勘違いすんじゃないよ。アンタが桂に勝てたのは全て紅桜の……」

 

 

更に叱咤の言葉を続けたその時……紅桜を持つ似蔵の左腕から触手のようなコードが伸び、また子の首に巻き付いて締め上げた。

 

 

「ぐっ!!」

 

 

「来島!?」

 

 

「おっと悪く思わないでくれ…俺じゃないよ。紅桜(コイツ)の仕業さね。最近はすっかり侵食が進んでるようでね、もう俺の身体を自分のものと思ってるらしい。俺への言動は気をつけた方がいい」

 

 

似蔵は薄ら笑いを浮かべながらそう言うと、床に叩きつけるようにしてまた子を解放する。床に倒れて咳き込むまた子を、トーレが介抱する。

 

 

「岡田さん、あなた」

 

 

「……どうにも邪魔でねェ。俺達ァ、高杉(あのひと)とこの腐った国でひと暴れしてやろうと集まった輩だ。言わば伝説になろうとしてるわけじゃないかィ。それをいつまでも後ろでキラキラとねェ」

 

 

そこまで言うと似蔵は、その盲目の目を強く見開きながら言い放つ。

 

 

「目障りなんだよ、邪魔なんだよ奴ら。そろそろ古い伝説には朽ちてもらって、その上に新しい伝説を打ち建てる時じゃないかィ?」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「本当のこと、話に来てくれたんだろ。この期に及んで妖刀なんて言い方で誤魔化すのはナシだぜ」

 

 

万事屋に鉄子を招き入れた銀時はフェイトと並んでソファに座り、テーブルを挟んだ対面のソファに鉄子を座らせて、紅桜について尋ねていた。

 

 

「ありゃなんだ? 誰が作ったあの化け物」

 

 

「……紅桜とは、私の父が打った紅桜を雛型に作られた、対戦艦用機械(からくり)機動兵器」

 

 

銀時の問い掛けに対して、鉄子は静かに紅桜について語り始めた。

 

 

「『電魄』と呼ばれる人工知能を有し、使用者に寄生することでその身体をも操る。戦闘の経緯をデータ化し学習を積むことでその能力を向上させていく、まさに生きた刀……あんなもんを作れるのは、江戸には1人しかいない」

 

 

そこまで言うと鉄子は両手をテーブルの上につけて、土下座のように頭を深く下げながら言った。

 

 

 

「頼む──兄者を止めてくれ。連中は…高杉は…紅桜(アレ)を使って江戸を火の海にするつもりなんだ」

 

 

 

 



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雨の日には傘を忘れずに

最後がだいぶグダグダになった。


ごめんなさい。


 

 

 

 

 

 

旧市街地の港に停泊している鬼兵隊の船の中にある工場区画。

薄暗い空間の床や壁にはいくつものコードが這っており、巨大な円筒状のカプセルがズラリと並んでいる。そしてそのカプセルの中で培養されているのは、紅色に鈍く輝くの刃……紅桜の刀身だった。

 

 

そして今、その空間にいる3人の男。

 

 

1人はこの紅桜の開発者である刀鍛冶──村田鉄矢。

 

 

「酔狂な話じゃねーか」

 

 

そんな鉄矢の隣に立つ派手な着物の男──高杉晋助が、カプセルで培養されている紅桜を眺めながら呟く。

 

 

「大砲ブッ放してドンパチやる時代に、こんな(もん)作るたァ」

 

 

「そいつで幕府を転覆するなどと大法螺ふく貴殿も充分酔狂と思うがな!!」

 

 

「ククク…違いない」

 

 

鉄矢の言葉に同意するように笑う…深紫色の着物に黄色い帯、更にその上から白衣を袖を通さずに肩に羽織った男──ジェイル・スカリエッティ。

 

 

「そしてその大法螺に付き合う私たちもまた、酔狂というものなのだろうね」

 

 

「法螺を実現してみせる法螺吹きが英傑と呼ばれるのさ。俺はできねー法螺はふかねー」

 

 

高杉が、ふっと笑みを浮かべる。

 

 

「しかし流石は稀代の刀工、村田仁鉄が1人息子…まさかこんな代物を作り出しちまうたァ。鳶が鷹を生むとは聞いたことがあるが、鷹が龍を生んだか」

 

 

「まったくだよ。一介の刀工が、刀を作る為に機械(からくり)技術まで取り入れるとはね。技術者として、驚嘆に値するよ」

 

 

スカリエッティもまた、感心したように笑う。

 

 

「稀代の天才科学者スカリエッティ殿にそう言って頂けるとはありがたい!! そして貴殿が考案し、紅桜に取り入れた魔導師の魔力を吸収し、己が力とする『魔力蒐集システム』!! アレのおかげで紅桜は更なる高みへと進化したことには礼を言おう!!」

 

 

「なに…これからは幕府だけではなく、時空管理局と戦うことも視野に入れておかなければならないからね」

 

 

「頼もしいねェ。侍も剣もまだまだ滅んじゃいねーってことを見せてやろうじゃねーか」

 

 

「貴殿らが何を企み何を成そうとしているかなど興味はない! 刀匠はただ斬れる刀を作るのみ! 私に言える事はただ一つ──この紅桜(けん)に斬れぬものはない!!」

 

 

紅桜を生み出すカプセルに手のひらを添えながら、鉄矢はそう叫んだのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

頭を下げていた鉄子が顔を上げると、銀時が納得したように呟いた。

 

 

「なるほどね、高杉が……事情は知らんがオメーの兄ちゃん、とんでもねーことに関わってるらしいな。で? 俺はさしずめその兄ちゃんにダシに使われちまったわけだ。妖刀を捜せってのも、要はその妖刀に俺の血を吸わせる為だったんだろ。それとも俺に恨みをもつ似蔵に頼まれたのか……いや、その両方か」

 

 

肩をすくめて銀時が言うと、鉄子は顔を俯かせる。

 

 

「……ずいぶん勝手な話だね」

 

 

そんな中で、今まで黙って話を聞いていたフェイトが怒気を滲ませた声色でそう呟いた。

 

 

「話を聞く限り、あなたは全てを知っていたんでしょう? 知っていて、何も言わなかった。そのせいでウチの主人は重傷を負わされたのに、そこへ今さら何とかしてほしいだなんて……いくら何でも勝手が過ぎるよ」

 

 

「……スマン、返す言葉もない」

 

 

フェイトの射抜くような視線に耐えながら、鉄子は絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

 

「アンタの言う通り、全部知ってた…だが…事が露見すれば兄者はただではすむまいと…今まで誰にも言えんかった」

 

 

「大層兄思いの妹だね。兄貴が人殺しに加担してるってのに、見て見ぬフリかい?」

 

 

「…………」

 

 

責めるような銀時の言葉。しかし自分にそれを反論する資格はないと自覚している鉄子は、あまんじてそれを受ける。

 

 

「……刀なんぞはしょせん人斬り包丁だ。どんなに精魂込めて打とうが、使う相手は選べん──死んだ父がよく言っていた、私たちの身体に染みついている言葉だ」

 

 

死んだ父・村田仁鉄の言葉を口にしながら、鉄子は話し始める。

 

 

「兄者は刀を作ることしか頭にないバカだ。父を超えようといつも必死に鉄を打っていた」

 

 

鉄子の脳裏に思い浮かぶのは、父が亡くなって鍛冶屋を継ぎ…ガムシャラに鉄を打っていた鉄矢の姿。

 

 

「やがて、より大きな力を求めて機械(からくり)まで研究しだした。妙な連中を付き合いだしたのはその頃だ。連中がよからぬ輩だということは薄々勘づいてはいたが、私は止めなかった。私たちは何も考えずに刀を打っていればいい。それが私たちのお仕事なんだって……」

 

 

何度か止められる機会はあった。しかし鉄子はそれを見て見ぬフリをし、自分たちは刀を打っていればいいと言い訳をして、目をそらし続けていた。

 

 

「わかってたんだ。人斬り包丁だって。あんなのもの、ただの人殺しの道具だって、わかってるんだ。なのに……悔しくて仕方ない」

 

 

語るに連れて、鉄子の目元から涙が零れる。

兄がしたことは許されることではないことは理解している。だが全ては、鉄矢の父を超えたいという純粋な願いから始まったことを知っている。

毎日毎晩遅くまで鉄を打ち続け…機械(からくり)に関する資料を読み漁って良くない頭を悩ませ続け…必死の思いで刀を作っているのも知っている。

だからこそ、それを人殺しの道具として使われることが鉄子には耐えられなかった。

 

 

「兄者が必死に作ったあの刀を…あんなことに使われるのは悔しくて仕方ない……でももう、事は私1人じゃ止められない所まで来てしまった。どうしていいかわからないんだ…私はどうしたら……」

 

 

「どうしていいのかわからんのは俺の方だよ」

 

 

今まで黙って話を聞いていた銀時はが、「よっこらせ」と言いながらと腰を上げた。

 

 

「こっちはこんなケガするわ、ツレが2人もやられるわで、頭ん中グチャグチャなんだよ。オラッ、こんな慰謝料もいらねーからよ」

 

 

不機嫌そうな顔色で、鉄子がお詫びとして持参した大金の入った封筒を、彼女の前に乱暴に投げる。

 

 

「さっさと帰ってくれや。もうメンドくせーのは御免なんだよ」

 

 

吐き捨てるようにそう言い放った銀時の言葉に……鉄子はもはや何も返す言葉もなく、追い出されるようにして万事屋を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「う"ぉえ"!」

 

 

喉元を擦りながら船内の通路を歩くまた子。

 

 

「あーいったぁー。くっそォ似蔵の奴めェ、調子に乗りやがって」

 

 

先ほど紅桜によって締め上げられたまた子は、似蔵に対して毒づく。

同時に彼が使用していた紅桜に畏怖の念を抱く。あの剣を使ってホントに大丈夫なのだろうかと考えてしまうほどに危険を感じていた。

そんな事を考えながら通路を歩いていると、ちょうど前を横切ろうとした部屋から1人の浪士が勢いよく転がって来た。

 

 

「離すネェェ!! 私にこんなことしてタダですむと思ってるアルかぁぁ!!」

 

 

「てめーら全員アイゼンの頑固な汚れにしてやっからな!! でもその前にアイゼンを返せェェ!!」

 

 

そして直後に聞こえてくる少女の甲高い声。中を覗いてみると、そこには昨夜捕らわれた神楽とヴィータが壁に両手を拘束されながらも暴れていた。

 

 

「お前らみんな銀ちゃんとフェイトにボコボコにされても知らないかんな!!」

 

 

「そうだぞコルァ!! はやてだってキレたら超コエーんだぞ!! 眼下の大地を白銀に染められっぞコラァ!!」

 

 

2人とも捕まる際にまた子やトーレによって深手を負わされたハズなのにピンピンしており、それを抑えようとした浪士を何人も蹴り飛ばすほどに元気だ。

 

 

「ハァー、もうボロボロなんスけど」

 

 

その様子に溜息をつきながらまた子は部屋の中へと足を踏み入れ、部屋に置かれた木箱に腰かける武市に声をかける。

 

 

「だからさっさと始末しようって言ったんスよ。ガキ2人になんスかこのていたらくは、武市先輩」

 

 

「なんの情報もつかんでないのに殺してどうするんですか。それにね、この年頃の娘はあと2、3年したら一番輝く……」

 

 

「ロリコンも大概にしてくださいよ先輩」

 

 

「ロリコンじゃありません、フェミニストです」

 

 

さっさと始末した方がいいと進言するまた子に対して、自称フェミニストの武市は聞く耳を持たない。それどころか2人の少女をガン見している。

 

 

「あのチャイナの娘を見てください。一夜にしてあなたに撃たれた傷が塞がっているし、それにあの尋常ならざる強力、そしてあの白い肌」

 

 

「先輩、いい加減にしてください」

 

 

「だからおめ、違うって。フェミニストって言ってんじゃん、ただの子供好きの」

 

 

「だからそれただのロリコンじゃないっスかァ!!」

 

 

頑なにフェミニストと言い張る武市に対してまた子が怒鳴ると、武市は「もういいですよ」と言った。

 

 

「あなたには理解できそうにないからバカが」

 

 

「オメーがバカ」

 

 

「アレですよ、私が言っているのはこれは『夜兎』の特徴と一致しているということです…死ね」

 

 

「お前が死ね」

 

 

そんな暴言の応酬をしながらも、また子は『夜兎』という聞き覚えのある単語に喰いついた。

 

 

「夜兎ってあの傭兵部族『夜兎』ッスか。晋助様を狙って雇われたプロの殺し屋ってワケっスか? じゃああっちの小さいガキもッスか?」

 

 

「オイ、小さいは余計だろ」

 

 

「あちらの小さくて可愛らしいお嬢さんは時空管理局の魔導師らしいです。それもかなりの腕利きだとトーレ殿が言っておりました」

 

 

「魔導師? こんなチンチクリンがっスかァ?」

 

 

「侮ってはいけません。この子は言うなれば魔法少女です。魔法少女には無限の可能性が秘められているのですよ。そう例えば…彼女に魔導師が使うデバイスと呼ばれる道具を渡せば、魔法少女のお約束とも言える変身シーンが……」

 

 

「先輩、ホントもう勘弁してください」

 

 

「だから違うって言ってんじゃないですか。私はね、ただフェミニストとして変身シーンでハダけた青く瑞々しい肉体の全てをこの目に焼き付けようと……」

 

 

「何も違わないっス。ただの度し難いロリコンっス」

 

 

もはやまた子の武市を見る目は先輩を見るモノではなく、汚物を見るような冷め切った目だった。

 

 

「おいアホ共…さっきから人の事をロリだのチビだの言ってっけどな、アタシを見かけで判断すんなよ。プログラム体だから成長しねーだけで、実際はオメーらより大分年上だかんな」

 

 

先ほどから目の前で繰り広げられるコントのようなやり取りを見て、何となく遠まわしに自分が小バカにされていると察したヴィータは、顔に青筋を浮かべながらそう言い放つ。

 

 

「なんですとォォォォ!!?」

 

 

その言葉に過剰に反応した武市が叫びながら立ち上がる。

 

 

「という事はアレですか、あなたはもしや永遠に熟す事のない肉体を持ったロリコン達の希望『エターナルロリータ』というものですか!? まさかロリコン界の伝説と言われる存在をこんな所でお目にかかれるとは、ロリコン冥利に尽きるというものです!! ありがとうございます!! 因みに私はロリコンじゃなくてフェミニストです」

 

 

「先輩、もう疑いようもない位ロリコンがダダ漏れッスよ」

 

 

息を巻いて熱弁する武市に本気で引きながら、また子は話を続ける。

 

 

「腕利きかどうかはともかくとして…江戸にいる魔導師ってことはコイツ幕府側の人間っスよ。だとしたらこっちのチャイナも幕府の回し者なんじゃないッスか?」

 

 

「それがチャイナ娘さんは何を聞いても『ヅラ』しか言わないヅラ」

 

 

「先輩、それナメられてんスよ。フェミだかロリだか知んないスけど、キモイっスってマジで。見ててくださいよ、こんな小娘ひとひねりで」

 

 

武市を押し退け、また子が神楽の前に立つ。

 

 

「やいてめっ…」

 

 

「ペッ」

 

 

その時、神楽はまた子の顔面に痰を吐きかけた。当然、それはまた子の逆鱗に触れる。

 

 

「てんめェェェェ! 自分の立場わかってんスかァァ! 殺してやる!!」

 

 

「ちょっ、ダメだって。あと2、3年したらすんごい事になるってこの娘」

 

 

「止めないでください武市変態!!」

 

 

「先輩だから、変態じゃないから」

 

 

怒りに任せて銃をぶっ放そうとするまた子を、後ろから武市が羽交い絞めにして止める。そんな彼らの姿を見て、ヴィータは誰にも聞こえない位の声量でポツリと呟いた。

 

 

「……なんで晋助はこんなアホ共を仲間にしたんだ?」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

今朝方に定春が持ち帰って来た地図を頼りに、新八はひとり旧市街地の港までやって来た。そしてやたらガラの悪そうな浪人たちによる警備の硬い巨大船を発見し、物陰に隠れながらその船の様子を伺っている。

 

 

銀時が動けない今、自分が行くしかない。間違いなく神楽はあの船にいると当たりをつけながら周囲を見回す。船に忍び込もうにも、船の周りは強面の浪人たちがウヨウヨいて、とても近づけそうにない。

 

 

どうしようかと、新八が頭を悩ませていたその時……新八の目に奇妙なモノが映った。

 

 

それは……見覚えのある白いペンギン……エリザベスが和服にロン毛のカツラを被った出で立ちで浪人たちに混じって歩いている姿だった。

 

 

そして新八は、心の中で叫ぶ。

 

 

 

──なんか変なのいるぅぅ!!

 

 

 

そんな格好で船へと向かって歩くエリザベスは、当然のごとく浪人たちに止められた。

 

 

「オイ何だ貴様、怪しい奴め」

 

 

「こんな怪しい奴は生まれて初めて見るぞ」

 

 

「怪しいを絵に描いたような奴だ」

 

 

もっともである。

そんな光景を新八は心の中で色々ツッコミながら覗いていると、エリザベスが浪人たちに対してプラカードを見せた。

 

 

【すいません、道をお伺いしたいんですが】

 

 

「あ?」

 

 

【地獄の入口までのな!!】

 

 

次の瞬間……エリザベスの口からバズーカ砲が出てきて船を砲撃した。突然のことに腰を抜かしながらも、浪人は叫ぶ。

 

 

「何してんだてめェェェェ!!」

 

 

「くせ者ォォ!! くせ者だァァ!!」

 

 

瞬く間に浪人が集まってエリザベスを取り囲む。それを見た新八は思わず物陰から飛び出すと、同時にエリザベスが腰にさした刀を投げ渡された。

 

 

【早く行け】

 

 

──エリザベス先輩ィィィ!!

 

 

彼の漢気に新八は涙を流し…「うおおおおお!!」と叫びながら船へと向かって走って行ったのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その頃万事屋では…鉄子を帰らせたあと、銀時は寝室の布団の上で寝転がって天井を見上げていた。

 

 

「ちょっと安心した」

 

 

「あ?」

 

 

「銀時のことだから、ボロボロの身体を引きずってでも行くと思ってたから」

 

 

枕元に座るフェイトがそう言うと、銀時は「フン」と鼻を鳴らす。

 

 

「でも今の銀時は重傷だから、行っても何の役にも立たないよね」

 

 

「そうだな」

 

 

「あの鍛冶屋の人にはつい強く当たっちゃって申し訳なかったけど、仕方ないよね」

 

 

「そうだな」

 

 

会話するのも億劫だと言いたげに、ゴロンと寝返りをうってフェイトに背を向ける銀時。

 

 

「銀時は昔からそうだったよね……」

 

 

その背中を見つめながら……ポツリと呟く。

 

 

「いつもフラっといなくなったと思ったら、1人で勝手にどこかで無茶やらかして、なのに何事もなかったようにフラっと帰って来て……たくさん傷ついて、こっちがどれだけ心配してても、そんなこと知ったこっちゃねーって顔して……自分の護りたいものを護る為に、全部1人で背負い込んで、たった1人で戦ってる……ホント、昔から何1つ変わってないよ」

 

 

一旦そこで言葉を区切り、未だにこちらに向けている背中に向かって、囁くように言い放つ。

 

 

 

「だから……行くんだよね──銀時」

 

 

 

そう言うと、銀時はこちらを向いた。背を向けたままだが、肯定も否定もせず、視線だけは真っ直ぐとフェイトを見据えている。

 

 

「こうなる予感はしてたんだ。昨日はやてに、脱獄したスカリエッティと高杉が手を組んだって聞かされてから」

 

 

スカリエッティが脱獄した話は初耳だったのか、銀時は「あのヤブ医者が……」と小さく口にする。

 

 

「ホントにもう……結婚したら少しはヤンチャも控えてくれると思ったんだけどなぁ。でも仕方ないよね……ここで行かなきゃ、私が好きになった銀時じゃないよね」

 

 

フェイトはどこか嬉しそうに顔を綻ばせてそう言った。

 

 

「でも1人じゃ行かせないよ。もちろん…私も行く。夫の背中を護るのは妻の役目だから」

 

 

綻ばせていた顔を引き締めて、確固たる意志を感じさせる声色でそう言い放つ。

 

 

「本当ははやてに、スカリエッティ逮捕の為に執務官としての捜査協力を頼まれてたんだけど……それは断ったよ」

 

 

フェイトはゆっくりと立ち上がり、部屋の隅に置いてあるタンスの前まで歩く。

 

 

「私が戦う理由は、もう1つだけじゃないから」

 

 

上段の引き出しを開けて、中をゴソゴソと漁りながら話を続ける。

 

 

「時空管理局の執務官としてスカリエッティを捕まえる為に……『万事屋銀ちゃん』の一員として依頼主の為に……坂田銀時の妻として夫を護る為に……そして──」

 

 

そう言いながら、フェイトはタンスの中から1冊の本を取り出した。寺子屋で使う教科書のような、年季の入った古ぼけた本だった。

 

 

 

「松陽先生の弟子の1人として──高杉を止める為に戦う」

 

 

 

「……まだそんなもん持ってやがったのか」

 

 

フェイトの持つ教本を見ながら、銀時はゆっくりと上半身を起こす。そして後頭部を掻きむしりながら、呆れ口調で口を開く。

 

 

「やれやれ……どうやら俺たちァ、夫婦そろってバカみてーだな」

 

 

「フフ…そうだね」

 

 

フェイトは微笑みながら、あらかじめ用意していたキチンと折り畳まれているいつもの銀時の一張羅を差し出した。

 

 

銀時はそれを受け取り、さっと袖を通して手早く着替えを済ませる。

 

 

そして2人そろって靴を履き、玄関の戸を開いて外に出る。

 

 

未だに雨は降り続いている。

 

 

「銀時」

 

 

名を呼ばれ、差し出されたのは黒布に花柄がプリントされた、フェイトお気に入りの番傘。

それを受け取って頭上で傘を広げると、銀時は隣に立つフェイトの顔を見ながら、囁くように言う。

 

 

「行くぞ」

 

 

「うん」

 

 

言葉にするととても短いやり取り。だがこの夫婦にとって、それ以上の言葉はいらない。

 

 

2人は同じ傘の下で肩を並べながら……行くべき場所へと向かって歩き始めたのだった。

 

 

 

 

 

つづく



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バカとワルは高い所がお好き

正直やり過ぎたと思ってる。


 

 

 

 

旧市街地の港に停泊している高杉一派の船。その船は現在、突如として空から降り注ぐ砲弾の雨による襲撃を受けていた。

 

 

「なんだァ!!」

 

 

「なんの騒ぎだ!?」

 

 

「あ…アレは……!!」

 

 

轟音が鳴り響き、船がひっくり返るような振動の中で、狼狽える浪人たちは空を見上げて叫ぶ。

 

 

厚い雲に覆われた曇天の空に浮かぶ、3隻ほどの飛行船。

そして中央の船の甲板には黒い制服を着こんだ集団……その中で最前線に立ち、抜身の刀を杖のように地面に突き刺した男が高らかに叫ぶ。

 

 

 

 

 

「御用改めである!! 真選組だァァァ!!!」

 

 

 

 

 

真選組局長、近藤の叫びに後ろに控える隊士達も続いて「うおおおお!!」と雄叫びに似た声を上げる。

 

 

「高杉ィィィ!! てめーらの船はすでに包囲されている!! 神妙にお縄を頂戴しろォ!!」

 

 

近藤の隣に位置する土方が叫び、3隻の船の大砲から砲弾が発射されたのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「なに!? 真選組が……」

 

 

「すぐに船を出す準備を。このままでは上空から狙い撃ちされ、撃沈されます」

 

 

部下からの報告にまた子が声を上げ、武市が船を出すように部下に指示を出す。

 

 

「幕府の犬に勘づかれたって事っスか…似蔵め、全部奴のせいっス」

 

 

「恐らく紅桜の存在も露見したのでしょう。紅桜を殲滅し、我々の武装蜂起を阻む目的もあると思います。とにかくまずは奴らの包囲網を突破しなければ……」

 

 

「だったら先輩、ちょうどいいものがあるじゃないっスか」

 

 

「そうですね、この娘たちは間違いなく奴らの仲間……コレを利用しない手はないです」

 

 

そう言ってニヤリと笑うまた子の視線の先には、浪士達に刀を首元に突きつけられて拘束されている神楽とヴィータの姿があった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

『ハイ聞けェェェェ幕府の犬共ォ!! この2人がお前らの仲間ってことはわかってるっス!! そんなにバンバン撃ってコイツらに当たっても知らないっスよォ!!』

 

 

「なっ…!?」

 

 

陣頭指揮を執っていた近藤が目を見開く。何故なら高杉の船の甲板には、神楽とヴィータが木造の十字架に磔にされた状態で人質にされていたのだから。

 

 

「ヴィータ!!」

 

 

「やはり捕まっていたか……」

 

 

「神楽ちゃんもいますです!!」

 

 

磔にされたヴィータを見て、はやてとシグナムは顔をしかめ、リインは何故かこの場に神楽がいることに驚いていた。

 

 

「イカン……ヴィータちゃんと一般市民のチャイナさんを盾にされては、迂闊に手が出せな…」

 

 

 

──ドゴォォォン!!

 

 

 

「「総悟ォォォォ!?」」

 

 

近藤が手が出せないと言った途端……なんの躊躇なく甲板目掛けてバズーカ砲を発射した沖田。

みごと甲板に命中し、爆炎を上げている高杉の船を見て近藤と土方が絶叫する。そしてすぐさま、はやてが総悟の胸倉を掴んで問い詰めにかかる。

 

 

「総悟くーーん!? 何考えてんねや!? ヴィータと神楽ちゃんが人質になってたやん!!?」

 

 

「実は俺この前、ヴィータのアイスを間違って食っちまいやしてねェ。で…それがバレたらめんどくせーんで、この機会にチャイナもろとも抹殺して有耶無耶にしよーかと」

 

 

「そんなしょーもない理由で撃ったんかいィィィ!!!」

 

 

そんな沖田の言い分に、はやてが怒鳴るようにツッコミを入れる。

 

 

そして、そのしょーもない理由で砲撃を喰らった鬼兵隊の船の甲板では……

 

 

「武市先輩ィィィィ! 話が違うじゃないっスかァァ!!」

 

 

「予想が外れましたね。まァ砲弾も外れたからヨシとしましょう」

 

 

「外れてるのはアンタの頭のネジっスよォォ!!」

 

 

爆撃でススだらけになったまた子が、同じくススで黒くなった武市に詰め寄りながら怒鳴る。

 

 

「オイコラ総悟ォォ!! 今の絶対にお前が犯人だろ!! この状況で仲間ごと攻撃するようなドS野郎はてめーしかいねェェェ!!」

 

 

「ふざけんじゃネーぞクソガキがァ!! マジぶっ殺してやるネ!!」

 

 

ヴィータと神楽も先ほどの攻撃が沖田の仕業だとすぐに勘付き、磔にされながらも真選組の船に向かって力の限り怒鳴り散らした。

 

 

『あーあー…真選組隊士総員に告ぐ、真選組隊士総員に告ぐ』

 

 

するとその真選組の船から、拡声器を使用した沖田の声が聞こえてくる。

 

 

『高杉の船をここで逃がすワケにはいかねェ。人質は気にせず、総力をもって奴らを撃ち沈めろ。責任は全て俺が持つ────って土方さんが言ってやした』

 

 

『おいィィ!! 総悟てめっ、ふざけんじゃ……』

 

 

ブツ…と、ここで拡声器の音声が途切れる。

 

 

「総悟ォォォォォオオ!!」

 

 

「クソガキィィィィィ!!」

 

 

途端、神楽とヴィータの絶叫に似た怒声が響き渡る。

 

 

直後……その指示を鵜呑みにした真選組の船から再び砲撃が発射される。しかも今度は確実に直撃するコースだ。

 

 

「うわァァァァ! 逃げろォォォ!!」

 

 

「ちょっ! お前らそんな無責任な!」

 

 

「おいヤベーぞ!! これマジで当たる!! これマジで当たる!!」

 

 

また子たち鬼兵隊は一目散に退散して甲板から離れる。当然、磔にされた2人を助ける義理など彼らにはない。

 

 

「「うわァァァァァ!!」」

 

 

迫る砲弾に動けない2人の絶叫。直後……再び甲板に爆炎が巻き起こる。

 

 

「チッ、何の役にも立たなかったっス」

 

 

立ち上る爆煙を手で払いながら、また子は吹き飛んだ2人に対して吐き捨てるようにそう言った。

 

 

「!!」

 

 

しかしそこで気がついた。爆撃された甲板のそばに、見慣れない地味目な男2人がいた事に……そしてその2人が、吹き飛んだハズの神楽とヴィータを十字架ごとそれぞれ脇で抱えている事に。

 

 

「お待たせ、神楽ちゃん」

 

 

「間一髪だったね、ヴィータ姐さん」

 

 

「しっ…新八ィィ!!」

 

 

「山崎ィィ!!」

 

 

救出された神楽とヴィータは安堵の表情で、銀魂きっての地味な2人…志村新八と山崎退の名を呼んだのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「ぬぐぐ……」

 

 

遠くで響く砲撃音を聞きながら、似蔵は1人…船内の倉庫で苦し気に呻きながら蹲っていた。

 

 

「よォ」

 

 

その時、高杉が倉庫の戸口にもたれかかりながら声をかけた。その隣には、スカリエッティの姿もある。

 

 

「お苦しみのところ失礼するぜ。お前のお客さんだ。色々派手にやってくれたらしいな。おかげで幕府の犬と早々にやり合わなきゃならねーようだ」

 

 

高杉の言うお客さんとは、真選組の事だろう。幕府の警察組織が攻めてきたというのに高杉の言葉は冷静で、どこか楽し気だった。

 

 

「…桂、殺ったらしいな。おまけに銀時ともやり合ったとか。わざわざ村田まで使って。で? 立派なデータはとれたのかぃ。村田もさぞお喜びだろう、奴は自分の剣を強くすることしか考えてねーからな」

 

 

「……アンタはどうなんだい」

 

 

飄々とした態度の高杉に、似蔵はそう問い返す。

 

 

「昔の同志が簡単にやられちまって、哀しんでいるのか、それとも……」

 

 

似蔵がそう口走った瞬間……高杉が腰の刀を抜き、似蔵の頭目掛けて振り下ろす。それに反応し、すでに似蔵の失くした右腕代わりとなった紅桜がその一太刀を受け止めた。

 

 

「ほォ、随分と立派な腕が生えたじゃねーか。仲良くやってるようで安心したよ。文字通り一心同体ってやつか」

 

 

紅桜と短い鍔迫り合いをしたのち、高杉は刀を収めながら踵を翻し、似蔵に背を向けた。

 

 

「さっさと片付けてこい。アレ全部潰してきたら今回の件は不問にしてやらァ。どの道連中とはいずれこうなっていただろうしな……それから」

 

 

そこまで言って高杉は戸口へと向かっていた足を止め、振り返って似蔵を睨む。

 

 

「二度と俺達を同志なんて呼び方するんじゃねェ。そんな甘っちょろいモンじゃねーんだよ、俺達は。次言ったら紅桜(そいつ)ごとブッた斬るぜ」

 

 

それだけ言い残して高杉は倉庫から去って行き、終始何も言わなかったスカリエッティもそれに続いた。残された似蔵は、高杉が本気の殺意にゴクリと息を呑んだのであった。

 

 

それから高杉が倉庫をあとにしてしばらく通路を歩いていると、その後ろに続いて歩いていたスカリエッティがようやく口を開いた。

 

 

「さっきの一太刀、本気で彼を斬るつもりだったね? 晋助君」

 

 

「だったらどうした」

 

 

スカリエッティの問い掛けに、こともなげにそう答える高杉。彼のその態度にスカリエッティは、可笑しそうに「ククク」っと笑いながら言葉を続けた。

 

 

「いやなに……だとすれば、今の紅桜は君の本気の一太刀を受け止めるほどに成長しているということだ。その分、似蔵君の身体への負担はとてつもないものになっているだろうけどね。私の見立てでは、長くもって3日だろう」

 

 

「らしくねーなジェイル。似蔵に気ィ使ってんのか?」

 

 

「まさか。彼は紅桜のデータだけではなく、私の研究データにも大きく貢献してくれたからね。あれほどの実験体を失うのは少々惜しいと思っていただけさ。何だったら、紅桜の負担にも耐えられるように私が改造してあげてもいい」

 

 

スカリエッティのその言葉に対し、高杉はキセルで紫煙を吹かしながら口角を吊り上げて笑った。

 

 

「ククク……てめーにとっちゃ、生命さえも研究材料ってか。相変わらずイカれた科学者だ」

 

 

「その言葉、そのまま返すとするよ……世界を壊すなどと(うそぶ)く、イカれた大法螺吹き君」

 

 

高杉とスカリエッティは、そろって狂気じみた笑みを浮かべながら、船内の通路を歩いて行ったのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その頃、鬼兵隊の船は船体後部のブースターが起動し、その噴出される勢いで海ではなく空へと漕ぎ出した。

 

 

「んごををををををを!!」

 

 

「あわわわわわわわわ!!」

 

 

船が飛び上がった際、船体が大きく斜めに傾いたことにより、新八と山崎は後方へと転がり落ちそうになる身体を坂道を駆け上がるように必死に前へと走らせていた。当然、それぞれ神楽とヴィータの十字架を抱えながら。

 

 

「何者っスかァ!! オイぃぃ答えるっス!!」

 

 

後ろから同じ状態のまた子の声が聞こえるが、今の2人にそれに答える余裕はない。

 

 

「また子さん、走ることに集中した方がよさそうですよ。でないとああなります」

 

 

同じく走りながら武市は、横でゴロゴロと転がり落ちていく浪士を指差しながらそう言うが、その直後、顔面に空き瓶が直撃して自分が同じ末路を辿ることとなった。

 

 

「ダメッ、もう落ちる! 神楽ちゃん、助けに来といてなんだけど助けてェェェェェェ!!」

 

 

「そりゃねーぜぱっつァん」

 

 

「のん気でいいなてめーはよう!!」

 

 

「オラ山崎、もっと気合い入れて走れ。もし落ちたらあとで総悟と一緒にブッ潰すから」

 

 

「無茶言わんでくださいヴィータ姐さん!! 元はと言えばアンタが捕まったから、俺がこうして浪士のフリしてこっそり船に潜入してアンタを救出することになったんでしょーが!!」

 

 

「だったらもっと早く助けろや!! 死ぬかと思っただろーが!!」

 

 

「スゲーなアンタ!! この状況でよくそんな強気でいられるな!!」

 

 

新八と神楽、山崎とヴィータはそれぞれそんな口論をしながらも必死で走り続ける。

 

 

「新八、私こんな所までヅラ捜しに来たけど、やっぱり見つからなかったネ。ヅラは……どうなったアルか? 銀ちゃんとフェイトは……何で銀ちゃんとフェイトいないの」

 

 

「……………………」

 

 

神楽からのそんな問い掛けに、新八は答えられずに押し黙る。

 

 

「新八」

 

 

そんな彼の様子に、神楽が再度新八の名を口にしたその時……またもや船に撃ち込まれた砲弾が、新八達の近くに被弾する。更にその衝撃で吹き飛ばされてしまい、神楽が新八の手から放れてしまう。

 

 

「神楽!!」

 

 

「チャイナさん!」

 

 

「神楽ちゃ……」

 

 

磔のまま宙を舞い…船から放り出されそうになっている神楽に向かって、新八は無我夢中で腕を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「あーあー、エラい事になってやすぜィ。ヴィータもチャイナも死んだんじゃないですかィ? どーしてくれんだ土方コノヤロー」

 

 

「いやなんで俺のせいみたいに言ってんだよ!! お前が勝手に出した指示のせいだろーが!!」

 

 

「落ち着けトシ、あの船には山崎が潜伏している。きっとうまくヴィータちゃんやチャイナさんを救出してくれているさ」

 

 

真選組の船の甲板から、高杉の船の様子を見ながらそんな口論をする土方と沖田。そんな2人を近藤が宥める。

 

 

「……む? なんだアレは?」

 

 

すると、ザフィーラが何かに気がついてそう呟く。その視線の先で捉えたのは、高杉の船の船底から飛び出して来た飛行する物体。

 

 

「あれは……岡田似蔵!?」

 

 

それを見たシグナムが叫ぶ。飛び出して来たのは…『屁蛾煤(ペガサス)』と書かれた馬を模したホバーバイクに跨った似蔵だった。

 

 

「単騎で何するつもりや!?」

 

 

「撃てェェェ!! 奴を船に近づけさせるなァァ!!」

 

 

はやてが叫び、土方が大声で指示を出す。それにより真選組の船の大砲から砲弾が発射されるが、ホバーバイクで空中を駆け回る似蔵にはかすりもせず、似蔵は徐々に近づいて来る。

 

 

一方で似蔵は、何故かふと…高杉と出会った日のことを思い出していた。

 

 

人斬りだった自分に「そんな小せーモン壊して満足か」と声をかけ…「どうせ壊すならどーだい、一緒に世界をブッ壊しにいかねーか」と誘われた日の事を。

 

 

「壊してやるよォ!! 何もかもォォ!!」

 

 

似蔵は高らかに吼える。

そして一隻の船の側面に、紅桜の刀身を突き刺した。

 

 

「あああああああああ!!」

 

 

その状態でブースターを全開にして一直線に突き進む。

そしてそのまま思いっきり紅桜を振り切ると……真選組の船は爆音を轟かせながら落ちていったのであった。

 

 

「か…刀1本で船を……!」

 

 

「アレが紅桜……確かにありゃ化け物だ」

 

 

「つーか、もう刀なんて呼べる代物じゃねーでしょう」

 

 

落ちていく味方の船を呆然と眺めながら…たった1人、たった1本の刀で船一隻を落としてしまうその戦闘力に、近藤と土方と沖田がそう呟いた。

 

 

「ハハハハ!! 全て壊してやるよ!! この紅桜で!!」

 

 

似蔵は興奮し切った様子で、続けてもう1隻の船に強襲を仕掛けようと空を翔ける。

 

 

「行けェェ紅桜ァァァ!!」

 

 

その叫びに呼応するように右腕のコードの束がうごめき、紅桜の刀身が十数メートルはあろうという長さにまで伸びる。

 

 

「おおおおおお!!」

 

 

そのまま伸びた刀身を縦一直線に真っ直ぐに振り下ろす。

誰もがその巨大な刃で船が真っ二つに切り裂かれてしまうという考えが頭をよぎった。そして万事休すかと思われたその時……

 

 

 

──ガキィィィン!!

 

 

 

そんな甲高い金属音が…曇天の空に鳴り響いた。

 

 

「!?」

 

 

右腕から伝わる感触に、似蔵は眉をひそめる。

 

 

「これ以上はやらせんぞ、岡田似蔵」

 

 

すると同時に、似蔵の耳にそんな声が聞こえてきた。その声に似蔵は聞き覚えがあった。なんてことはない…昨晩、銀時のついでに戦って破った女剣士……シグナムの声だった。

 

 

「おやおやお嬢さん、またアンタかィ」

 

 

相手がシグナムだと知ると、似蔵は薄ら笑いを浮かべなら紅桜の刀身を元のサイズに戻す。

 

 

「アンタも懲りないねェ……また紅桜に斬られにきたのかィ?」

 

 

「いいや……貴様を斬りに来た」

 

 

似蔵の言葉に対し、シグナムは静かにそう言い放つ。

 

 

「ククク…紅桜に魔法は通じないのを忘れたのかィ? 管理局の魔導師ってのも存外バカなんだねェ」

 

 

「バカは貴様だ。ベルカの騎士に同じ手が二度通じると思うな」

 

 

似蔵の小バカにしたような言葉を一蹴し、シグナムはレヴァンティンを構え直す。

 

 

「真選組魔戦部隊副隊長…烈火の将シグナム──参る!!」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

被弾した爆風で船から放り出されそうになった神楽の手を新八が掴み、その新八の服の裾を山崎が掴んでいる。

 

 

「ふぎぎ!!」

 

 

「新八君、ふんばれェェ!」

 

 

なんとか2人を引っ張り上げようと力を入れる山崎だが…流石にヴィータを抱えた状態で、片腕1本で2人を引き上げるのはキツイ。更には砲弾で壊された甲板のギリギリの場所で掴んでいる為、いつ3人まとめて滑り落ちてもおかしくない最悪の状況だった。

 

 

「!!」

 

 

すると……新八の身体が重力に負けて、徐々にずり落ち始めた。ヤバイと感じた新八も山崎も踏ん張ろうとするが、ズルズルと身体が引きずられていく。

 

 

もうダメだと思ったその時──何者かが新八の襟首をつかみ、そのまま神楽も山崎もまとめて引き上げてくれた。

 

 

助かった新八はその人物に振り返ると……そこにはエリザベスが立っていた。

 

 

「エリザベス!! こんな所まで来てくれたんだね!!」

 

 

安心したようにそう言う新八。その傍らでヴィータが神楽が無事だった事にホッとひと息をつき、山崎は「アレ? こいつ確か桂んトコの…」と呟きながらエリザベスを訝しげに見ているが、エリザベスは気にした様子もなくプラカードを見せる。

 

 

【いろいろ用があってな】

 

 

プラカードを見せてそう答えるエリザベス。だがその矢先……エリザベスに背後に現れた男が、その白い胴体を刎ねた。

 

 

「エリザベスぅぅぅ!!」

 

 

エリザベスの斬られた上半身の布がぱさりと床に落ち、新八の絶叫が響き渡る。

 

 

そんな中で、エリザベスの胴体を刎ねた男……高杉が笑みを浮かべて口を開く。

 

 

「オイオイ、いつの間に仮装パーティ会場になったんだここは。ガキが来ていい所じゃねーよ」

 

 

「ガキじゃない」

 

 

「!!」

 

 

その時だった。斬られたハズのエリザベスの半身の中から、何者かが飛び出して来たのだ。

そして次の瞬間──そのエリザベスの中から飛び出した男が、抜身の刀を横一閃に振り…高杉を一刀のもとに斬り倒した。

 

 

ゆっくりと床に倒れる高杉……そんな高杉に対して、男は静かに言い放った。

 

 

 

 

 

「──桂だ」

 

 

 

 

 

つづく



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陽はまた昇る

感想覧の返信にて、少々説教じみたことを書いて、皆様に嫌な思いをさせてしまったことを謝罪申しあげます。


 

 

 

 

 

「オイオイオイオイ」

 

 

空中で沈んでいく2隻の船。それを遠目で眺めながら銀時が呟いた。

 

 

「なんかもうおっ始めてやがらァ。俺達が行く前にカタがつくんじゃねーのオイ」

 

 

「それならそれで、ありがたいんだけどね」

 

 

港へと向かう道路を鉄子が操縦するスクーターの後ろに乗る銀時と、銀時が普段愛用しているスクーターに乗るフェイトがその隣を並走しながらそう言った。

紅桜を止める為に赴いたものの、どうやらすでに真選組が乗り出しているようだ。

 

 

「使い込んだ紅桜は、一振りで戦艦10隻の戦闘力を有する。真選組とて止めるのは無理だ」

 

 

「規模がデカすぎてしっくりこねーよ。もっと身近なもので例えてくれる?」

 

 

「オッパイがミサイルのお母さん千人分の戦闘力だ」

 

 

「そんなのもうお母さんじゃねーよ」

 

 

「管理局の白い悪魔10人分の戦闘力だ」

 

 

「そんなんもう悪夢でしかねーよ。つーかお前なんでアイツ知ってんの?」

 

 

「噂で聞いた」

 

 

江戸は一応管理局の保護下にある管理世界だが、その情報は江戸にはほとんど入ってこない。にも拘わらず、この江戸でも異名の噂を轟かせている親友に、フェイトは顔を引きつらせていた。

 

 

「……コイツを」

 

 

「?」

 

 

すると鉄子は、銀時に一振りの刀を差しだした。

 

 

「何コレ?」

 

 

鞘から刃を少し抜きながらそう問い掛ける銀時。鞘から覗かせる刀身はキレイな白銀色に輝いており、その刃を見るだけでそれがなかなか良い刀だということが一目でわかる。

だがそれ以上に銀時が気になったのは、鍔の部分に派手に装飾されている、とぐろを巻いている龍だった。

 

 

「私が打った刀だ。木刀では紅桜と戦えない…使え」

 

 

「…刀はいいけど、何コレこの鍔の装飾? ウン…」

 

 

そう口走った瞬間、鉄子に顔面を殴られた銀時はスクーターから放り出されて地面を転がった。

 

 

「銀時ィィィ!?」

 

 

それを見たフェイトが慌ててスクーターを止めながら叫ぶ。

 

 

「ぐおぉぉぉぉぉ! てめェェェ、何しやがんだァァ…」

 

 

「ウンコじゃない、とぐろを巻いた龍だ」

 

 

「鉄子、気持ちはわかるけど手を出しちゃダメ! 銀時はケガ人だから! 一応」

 

 

「一応って奥さん……つーか、俺がウンコと言い切る前にウンコと言ったということは自分でも薄々ウンコと思っている証拠じゃねーか!」

 

 

そんなどうでもいいやり取りをしている3人。するとそんな中、フェイトの視界にある光景が映った。

 

 

「銀時、アレ」

 

 

「!」

 

 

フェイトに言われて、銀時もそちらの方に視線を映す。するとそこには、道路のガードレールの下に広がる旧市街を数人の浪士がバタバタと慌ただしく動いている光景があった。

 

これは何かあると感じ取った銀時とフェイトと鉄子は、適当な所にスクーターを停めてから集団に近づき、物陰に隠れながら様子を窺うことにした。

 

 

「エリザベスさん!! 船の用意ができました!」

 

 

浪士達の前には、着物にロン毛のヅラを被ったエリザベスの姿があった。

 

 

「しかしホントに行くんですか!? あそこには真選組もいますし……」

 

 

「その真選組もすでに船を1隻落とされてるんですよ! ロクな銃火器も積んでおらんのに!! 一体奴ら、どんな恐ろしい兵器を所有しているか!!」

 

 

【ガキどもを助けなきゃ、アレを死なせたら桂さんに顔向けできん】

 

 

「顔向けもなにも、桂さんはもう……」

 

 

【感じるんだ。あの船からなにか懐かしい気配がする】

 

 

エリザベスがプラカードでそう語った瞬間、先ほどまで反対していた浪士達の目の色が変わった。

 

 

「エリザベスさん! まさかっ…」

 

 

「それって…ウソォ、マジで!」

 

 

「こうしちゃいられねー! 早くあの船に!」

 

 

「エリザベスさんの勘はよく当たるんだ! こないだ俺も競馬で…」

 

 

途端、大急ぎで船へと向かう為にその場から走り去っていくエリザベス率いる浪士達。

 

 

そしてその様子を物陰から窺っていた銀時たちも、コッソリとその後に続いたのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

数隻の船が飛び回る曇天の空の上では、シグナムと似蔵による空中戦闘が繰り広げられていた。

 

シグナムは似蔵の振るう紅桜を受け止めるのではなく、見切って回避することで接触を避ける。攻撃に転じた際に防御で受け止められるのは仕方ないが、そうやって紅桜に魔力を奪われるのを最小限に抑えている。

 

紅桜に魔法が通じない以上、物理攻撃で似蔵を斬るしかない。

とは言え、前回やり合った時よりも紅桜の一撃が速く、そして重いものになっている。攻撃を見切って避けるだけでも相当な集中力を要する。更に隙あらば似蔵の右腕を覆うコードが伸び、捕えようとしてくるので、そちらにも注意を向けなければならない。

 

魔力の消費を抑えているとはいえ、少々防戦一方な展開となっている。対戦艦用の兵器である紅桜をたった1人で相手しているのだ、無理もないとも言える。

 

 

「やるねェ、だがいつまで持つかな?」

 

 

剣を振るいながら、似蔵はそう言ってほくそ笑む。

 

 

「ナメるなァァ!!」

 

 

シグナムはそう強く吼えるものの、やはり防戦一方なのは変わらない。どうする…と、シグナムが策を練ろうとしたその時……突如、似蔵に異変が起こった。

 

 

「ぐぅぅぅぅ!!」

 

 

機械(からくり)と化している右腕が、スパークを迸らせながら膨張しており、似蔵はそれを左手で押さえながら苦し気に呻いた。

 

 

「こ、これは……こんな時にィ……!!」

 

 

よほどの激痛が走っているのか、似蔵は額に脂汗を滲ませながら顔を歪める。すると似蔵はホバーバイクをUターンさせてシグナムに背を向け、自陣の船へと向かって飛び去って行く。

 

 

「ま、待て!!」

 

 

シグナムがそれを追おうとしたその時……彼女の頭の中に、直接第三者の声が響く。

 

 

《シグナム、深追いは無用や》

 

 

「主はやて!?」

 

 

その頭に響く声の正体は離れた相手に言葉を伝える魔法『念話』による、はやてからの連絡だった。

 

 

《岡田似蔵が退いた今がチャンスや。すぐに体制を立て直して、一気に敵の船を攻め落とす! シグナムも一旦こっちに合流や》

 

 

「…了解」

 

 

はやてからの指示を聞いたシグナムは似蔵を追わず、そのまま真選組の船へと戻って行ったのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

一方…上空に浮かぶ船の上では、意外な人物が姿を現していた。

 

 

「晋助様!! しっかり! 晋助様ァァ!! 晋助様ァ!!」

 

 

「……ほう、これは意外な人とお会いする。こんな所で死者と対面出来るとは……」

 

 

「ふむ…これはこれは、興味深いね」

 

 

一太刀を受けて倒れる高杉にまた子が駆け寄り、武市が落ち着いた様子でそう声を洩らし、スカリエッティが物珍しそうに呟く。

 

 

「て……」

 

 

「てめーは……!!」

 

 

ヴィータと山崎も、その男の姿を見て大きく目を見開いている。

 

 

「あ…ああ、ウソ……」

 

 

そして愕然とした様子の新八が、声を大にしてその男の名を叫んだ。

 

 

「桂さん!!」

 

 

その人物の名は桂小太郎。〝狂乱の貴公子〟と呼ばれる伝説の攘夷志士の1人だった。

件の辻斬りに斬られたと言われていたが、ロン毛だった後ろ髪が短くなっていること以外は普段と変わらない様子で佇んでいた。

 

 

「この世に未練があったものでな、黄泉帰ってきたのさ。かつての仲間に斬られたとあっては、死んでも死に切れぬというもの。なァ高杉、お前もそうだろう」

 

 

そう言いながら、桂は今しがた斬ったばかりの旧友に目を向ける。

 

 

「クク…仲間ねェ。まだそう思ってくれていたとは、ありがた迷惑な話だ」

 

 

高杉が笑いながら起き上る。その懐からは、1冊の本が覗いていた。それが先ほどの一太刀を受け止めたのだろう、表紙部分が切り裂かれていた。

 

 

「まだそんなものを持っていたか。お互いバカらしい」

 

 

桂もまた、懐から同じ本を取り出した。その本には、深い刀傷と血が染み込んでいた。

 

 

「クク、お前もそいつのおかげで紅桜から護られたてわけかい。思い出は大切にするもんだねェ」

 

 

「いや、貴様の無能な部下のおかげさ。よほど興奮していたらしい。ロクに確認もせずに髪だけ刈り取って去っていったわ。たいした人斬りだ」

 

 

「逃げ回るだけじゃなく死んだフリまで上手くなったらしい。で? わざわざ復讐に来たわけかィ。奴を差し向けたのは俺だと?」

 

 

「アレが貴様の差し金だろうが奴の独断だろうが関係ない。だがお前のやろうとしていること、黙って見過ごすワケにもいくまい」

 

 

その瞬間…船内で大爆発が起こった。

 

 

「なっ!!」

 

 

「おやおや、工場区画を爆破したか」

 

 

その爆発に目を見開くまた子と、冷静に呟くスカリエッティ。

 

 

「貴様の野望──悪いが海に消えてもらおう」

 

 

それから何度も爆発音が響く。その爆音が、製造していた紅桜が破壊されていく音だとわかると、また子を始めとした鬼兵隊の怒りが桂へと向けられる。

 

 

「貴様ァァァ! 生きて帰れると思うてかァァ!!」

 

 

あっという間に鬼兵隊の浪人に囲まれる桂。だが彼は特に狼狽せず、十字架に磔にされている神楽の両手両足の金具を刀で切断して彼女を解放する。

 

 

「江戸の夜明けをこの眼で見るまでは、死ぬ訳にはいかん。貴様ら野蛮な輩に揺り起こされたのでは、江戸も目覚めが悪かろうて。朝日を見ずして眠るがいい」

 

 

桂は鬼兵隊に向かって刀を掲げながら、高らかに言い放つ。

 

 

と、その時……そんな桂の身体を磔から解放された神楽が両手でガッチリホールドする。

 

 

「眠んのはてめェだァァ!!」

 

 

「ふごを!!」

 

 

そのまま華麗なバックドロップで桂の脳天を床に叩きつける神楽。

 

 

「てめ~~~、人に散々心配かけといて、エリザベスの中に入ってただァ~?」

 

 

続いて新八が、木造の十字架を手にしてズルズルと引きずりながら桂に歩み寄る。

 

 

「ふざけんのも大概にしろォォ!!」

 

 

それを振り回して思いっきり桂をぶん殴って吹き飛ばす。それでも2人の怒りは収まらない。

 

 

「いつからエリザベスん中入ってた? あん? いつから俺たち騙してた?」

 

 

「ちょ、待て、今はそういう事言ってる場合じゃないだろう。ホラ見て、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だよ」

 

 

「うるせーんだよ!! こっちも襲い掛かりそうな雰囲気!」

 

 

怒り心頭の2人を見て、桂は弁明を始める。

 

 

「待て、落ち着け。何も知らせなかったのは悪かった、謝る。今回の件は敵が俺個人を標的に動いていると思っていたゆえ、敵の内情を探るにも俺は死んでいる事にしていた方が動きやすいと考え、何も知らせなんだ。何より俺個人の問題に他人を巻き込むのも不本意だったしな。ゆえにこうして変装して──」

 

 

「「だからなんでエリザベスだァァァァ!!」」

 

 

「ふごをををををを!!」

 

 

だが桂の弁明も虚しく、新八と神楽に両足を掴まれてそのままジャイアントスイングを決められる。その際に敵の浪士も何人かまとめて吹き飛ばしているのはついでである。

 

 

「……ヴィータ姐さん、どうします?」

 

 

「知らん。とりあえずアタシの拘束具外せ」

 

 

その様子を呆れたような表情で眺めていたヴィータと山崎は、十字架の拘束具を外す作業に取り掛かった。

 

 

「うおおおおおお!!」

 

 

「近寄れねェ! まるでスキがねェ!!」

 

 

「何やってんスかァ!!」

 

 

「!! ん、アレは」

 

 

振り回れている桂に怯んでいる浪士達に対して、業を煮やしたまた子が怒鳴りながら銃を取り出す。するとその時、武市の目に……何やらこの船に向かって接近してきている物体だった。

 

 

「オイ、アレ、なんかこっちに──!!」

 

 

それは……エリザベスが率いる桂一派の攘夷志士たちを乗せた船だった。その船は一切スピードを緩めずに接近し、そのままの勢いで鬼兵隊の船と衝突した。

 

 

「うわァァァ!!」

 

 

「船が突っ込んできやがった!」

 

 

「なんてマネを!」

 

 

直後、凄まじい衝撃と揺れが船を襲い、浪士達のほとんどがその場でひっくり返る。

 

 

【うおぉぉぉぉ!】

 

 

「「「ワァァァァ!!」」」

 

 

その瞬間、突っ込んで来た船からエリザベスや攘夷志士たちが雄叫びを上げながら、刀を手になだれ込んで来た。

 

 

「高杉ィィィィィ!! 貴様らの思い通りにはさせん!!」

 

 

「チッ!! 全員叩き切るっス!!」

 

 

また子の号令で浪士達も迎え撃つ為に剣をとる。

 

そして桂一派と高杉一派による戦いが繰り広げられる中…エリザベスと桂一派の数人が、桂と新八と神楽を護るように囲む陣形をとる。

 

 

「エリザベス…みんな」

 

 

「すみません、桂さん。いかなる事があろうと勝手に兵を動かすなと言われておきながら、桂さんに変事ありと聞き居ても立ってもいられず」

 

 

「かような事で桂さんが死ぬ訳がないと信じておりましたが、最後の最後で我らは」

 

 

「やめてくれ。そんな顔で謝る奴らを叱れるわけもない」

 

 

涙を流しながら謝罪する部下に、桂は優しくそう言う。

 

 

「それに謝らなければならぬのは俺の方だ。何の連絡もせずに」

 

 

「桂さん、あんた1人で止めるつもりだったんでしょう。かつての仲間である高杉を救おうと、騒ぎを広めずに1人で説得に行くつもりだったんでしょう」

 

 

「それを我らはこのように騒ぎ立て、高杉一派との亀裂を完全なものにしてしまった。これではもう…」

 

 

「言うな……奴とはいずれ、こうなっていたさ」

 

 

目を伏せ、静かにそう言いながら桂は、何を思ったのか未だに拘束を外すのに四苦八苦しているヴィータと山崎に歩み寄る。

 

 

「!?」

 

 

そして桂がそっと刀を振るい、ヴィータの拘束具を切断して彼女を介抱した。

 

 

「桂…お前……」

 

 

「……どーいう風の吹き回しだ? ヅラ」

 

 

敵であるハズのヴィータを助けた桂に、山崎は目を見張り、助けられたヴィータは桂を睨みながら問い掛ける。

 

 

「ヅラじゃない桂だ。今はお互い敵同士とはいえ、八神殿らとはかつては友と呼び合った仲……それを見捨てては眼覚めが悪い」

 

 

そう言いながら桂は懐から何かを取り出し、それをヴィータに向かって下手投げで放った。

 

 

「!! アイゼン!?」

 

 

それを反射的にキャッチして確認すると、それは捕まった際に敵に奪われたハズのグラーフアイゼンであった。

 

 

「ここへ来る途中で拾ったものだ。ちょうど警察に届けようと思っていたところでな」

 

 

「……へっ」

 

 

桂のその言葉に、ヴィータは思わず笑みを浮かべた。

 

 

【桂さん、ここはいいから早く行ってください】

 

 

するとそんな桂に、エリザベスがプラカードで語り掛ける。

 

 

【まだ間に合います】

 

 

「……エリザベス」

 

 

【今度はさっさと帰って来てくださいよ】

 

 

「──すまぬっ!」

 

 

エリザベスの気遣いに礼を述べ、桂は走り出す。この騒動に紛れて、また子と武市、そしてスカリエッティを連れて船内へと去って行った高杉を追って。そしてそれに続くように、新八と神楽も船内へと向かって行った。

 

 

そんな彼らの背中を、ヴィータは何も言わず…何もせずに見送った。

 

 

「ちょ…ヴィータ姐さん! 桂を追わなくていいんですか!?」

 

 

「桂ァ? 誰が?」

 

 

「え?」

 

 

突然そんな事を言い始めたヴィータに、山崎は目を丸くする。

 

 

「山崎、手配書をよく思い出してみろ。桂ってのは見てて鬱陶しいくれーのクソロン毛が特徴だ。さっきのスッキリ短髪ヤローとは似ても似つかねェ。だからアイツは、アタシの落とし物を親切に届けてくれたただの一般市民だ……いいな?」

 

 

「えェェ!? いやでも、さっき思いっきり桂って名乗って……」

 

 

──ドガァァン!!

 

 

「 い い な ? 」

 

 

「……ハイ」

 

 

ヴィータに反論しようとした矢先……彼女が一瞬で起動させたグラーフアイゼンを足元に叩き蹴られ、射殺しそうなほどの視線で睨まれる。こうなってはもはや山崎には、頷く以外の選択肢は存在しなかった。

 

 

「よし。じゃあ山崎、お前先帰ってろ。アタシはひと仕事してから行くから」

 

 

「ハァ!? ひと仕事って何を……つーかこの状況でどうやって帰れって言うんですかァ!?」

 

 

「知るか。んなもん自力で何とかしろ。あーそれと、さっきの一般市民の事をトシとかはやてにチクったら殺すから」

 

 

「そんなムチャクチャな!!」

 

 

かなり理不尽な事だけ言って、後ろで騒ぐ山崎を無視してヴィータは歩き出す。グラーフアイゼンを肩に担ぎ、同時にバリアジャケットを身に纏って戦闘態勢に入る。

 

 

「オイ、そこの白いの」

 

 

そしてヴィータが声をかけたのは、プラカードを武器にして戦っているエリザベスだった。

 

 

【白いのじゃない、エリザベスだ】

 

 

「エ…エリ…エリズベ……あーめんどくせェ! なげーからエリーな!」

 

 

エリザベスの名を上手く発音できないヴィータは、少々ヤケクソ気味にそう言うと、すぐに本題に入った。

 

 

「もうじきこの騒ぎに乗じて真選組が乗り込んでくる。捕まりたくなけりゃ、エリーは仲間連れてさっさとこの船から撤退しろ」

 

 

【バカを言うな。桂さんを置いて逃げるわけにはいかん】

 

 

「ヅラなら心配しなくても大丈夫だ。アイツの逃げ足の速さは昔から知ってるし、お前らもよく知ってんだろ?」

 

 

【だが、高杉一派の連中が……】

 

 

「安心しろ、お前らが逃げるまでの時間は稼いでやる。つーか、あんな雑兵どもアタシ1人で十分だ」

 

 

【……何故そこまでする? お前も真選組だろう?】

 

 

「バーカ、知らねーのか? 落とし物を拾ってくれた奴には1割の謝礼をしなくちゃいけない決まりなんだぜ」

 

 

【……そういうお前も大概バカだと思うがな】

 

 

「うっせ。さっさと行きやがれ」

 

 

【恩に着る】

 

 

そんなやり取りを繰り広げたあと、エリザベスはヴィータに背を向けて走り出す。そして近くにいた仲間に【撤退するぞ】とのプラカードを見せる。

 

 

「て、撤退! 撤退だァァ!!」

 

 

その指示に桂一派の志士が全員に聞こえるように叫ぶ。それに桂一派は一瞬戸惑ったものの、すぐにエリザベスに続いて自陣の船へと走り出して撤退していった。当然、高杉一派の浪士は逃がすまいとしてそれを追う。

 

 

「追えェェ!! 奴らをここから生きて帰──ごはァァ!!」

 

 

そんな高杉一派の先陣を切っていた浪士をヴィータがグラーフアイゼンの一撃でぶっ飛ばし、更に後続に続いていた数人も巻き添えにした。

 

 

「あーあ、攘夷志士を庇って逃がしたって知られたらトシとはやてに叱られんだろうなァ…近藤のオッサンは笑って許してくれそうだけど。けどまァ……謝礼1割分の仕事はさせてもらうぜ」

 

 

ぼやくようにそう言いながら…ヴィータはグラーフアイゼンをを肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべ、声を高らかにして目の前の高杉一派に対して言い放った。

 

 

「真選組魔戦部隊…鉄槌の騎士ヴィータ。アイツらを追いたきゃ、アタシを倒してみな」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その頃、高杉を追って船内へと入り込んだ桂。そしてその後ろを、新八と神楽が続く。

 

 

「ここまで来たら最後まで付き合いますからね!」

 

 

「ヅラぁ、てめっ帰ったらなんか奢るアル!」

 

 

「お前ら……」

 

 

新八と神楽の言葉に桂が呆気に取られたような表情をする。とその時、ドンっと銃声が響くと同時に桂の足下に銃弾が減り込み、それによって桂は足を止める。

 

 

「晋助様のところへは行かせないっス」

 

 

「悪いがフェミニストといえど、鬼になることもあります。綿密にたてた計画…コレを台無しにされるのが一番腹立つコンチクショー」

 

 

そう言ってまた子と武市の2人が往く手を阻む。

それに対し桂が「チッ」と舌打ちを洩らすと…刀を鞘から抜いた新八と、手をポキポキと鳴らしている神楽が前に出る。

 

 

「ヅラぁ、私酢昆布1年分と『渡る世間は鬼にしかいねェチクショー』のDVD全巻ネ。あっ、あと定春のエサ」

 

 

「僕、お通ちゃんのニューアルバムと写真集とバーゲンダッシュ100個お願いします。あっ、やっぱ1000個」

 

 

「あっ、ズルイネ! じゃ私酢昆布10年分!!」

 

 

「おい、何を」

 

 

「「早く行けボケェ」」

 

 

戸惑う桂に怒鳴るようにそう言う新八と神楽。

 

 

「待て! お前たちに何かあったら俺は…銀時に合わす顔がない!」

 

 

「何言ってるアルか!!」

 

 

「そのヘンテコな髪型見せて笑ってもらえ!!」

 

 

そう言いながら新八は武市に、神楽はまた子へとそれぞれ攻撃を仕掛ける。攻撃自体は防がれたものの、それでも桂の往く道を切り開くのには十分だった。

 

 

「読めませんね…この船にあってあなた達だけが異質。攘夷浪士でもなければ桂の配下の者でもない様子…勿論、私達の味方でもない」

 

 

「なんなんスかお前ら! 一体何者なんスか!! 何が目的スか! 一体誰の回し者スか!?」

 

 

武市は目の前の子供2人の存在に疑問を抱き、また子は銃を突きつけて叫ぶように問い掛ける。

 

 

それに対して新八と神楽は揃ってニタッとした笑みを浮かべ、声を揃えて同時に言い放った。

 

 

 

 

 

「「宇宙一バカな侍だコノヤロー!!」」

 

 

 

 

 

つづく



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闇夜の虫は光に集う

 

 

 

 

 

 

雨は上がり、空を覆う雲の間から暖かな陽光が差し込み始めた。

 

その陽光をスポットライトのように浴びながら船の屋根の上に現れたのは、緩み切った笑顔を浮かべてひらひらと手を振る宇宙一バカな侍──坂田銀時だった。

 

妻のフェイトと鍛冶屋の鉄子を同行させ、龍の装飾が施された刀を抜き、遅ればせながらこの戦場へとやって来たのだった。

 

 

相対するは鉄子の兄・鉄矢に紅桜のメンテナンスをしてもらっていた岡田似蔵。

彼の盲目の目には、銀時の姿はキラキラと光って映っていた。

 

その光は例えるなら刀……鞘から抜き放たれた鋼の刃──鋭く光る銀色だった。

 

そして何故だか似蔵は、その色がどうにも気に入らなかった。

 

 

お互いに顔を合わせると…銀時はニタッと、似蔵はニヤッと笑みを浮かべる。

 

 

次の瞬間──両者の刃が激突した。

 

 

ギリギリと鍔迫り合いする中で、似蔵が口を開く。

 

 

「人がひと仕事してる間に無粋な輩があがりこんでると思ったら、アンタも一緒に来てたとはねェ。火事場泥棒にでも来たかィ。そんな身体で何ができる? 自分のやってる事わかんないくらいおかしくなっちまったか」

 

 

「そういうアンタも随分と調子悪そうじゃないの。顔色悪いぜ、腹でも下したか? ん?」

 

 

「腹壊してんのはアンタだろ」

 

 

似蔵は空いている左手で、銀時の腹をつかむ。そこは前回の戦いで、紅桜に貫かれた場所だった。

 

 

「ぐっ!! んがああああ!!」

 

 

傷を抉られた銀時は苦悶の声を上げつつ、紅桜を押し返して似蔵から距離をとった。

 

 

「クク、オイオイどうした? 血が出てるよ…」

 

 

左手に付着した銀時の血を指で弄びながら軽口を叩く似蔵。だがその瞬間、その左手に一筋の赤い線が刻まれ、己の血が噴き出す。

 

 

「オイオイどうした? 血が出てるぜ」

 

 

お返しとばかりに、銀時がそう言い放つ。

 

 

「……ククク──アハハハハハハ!!」

 

 

奇妙な笑い声を上げながら、似蔵は再び紅桜を振るったのだった。

 

 

「銀時……」

 

 

その銀時の戦いを見守っていたフェイトは、心配そうに夫の名を呟く。本来なら銀時は絶対安静の身…真剣での立ち合いなど自殺行為に等しい。

それでもフェイトはその戦いを止めない。何故ならその戦いは、銀時が己の魂をかけた戦いなのだから。

 

 

「……鉄子、銀時をお願い」

 

 

「え?」

 

 

返事を待たず、鉄子にそれだけ言い残してフェイトはその場から走り出す。

今のフェイトにできる事は…銀時が必ず勝つと信じて、自分のやるべき事の為に行動する事だった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その頃…真選組の船はようやく鬼兵隊の船に追いつき、空中での接舷を成功させた。

 

 

「よォォォしっ! 乗り込めェェェ!」

 

 

陣頭指揮を執る近藤の声に、隊士達は雪崩れるように次々と鬼兵隊の船に乗り込んでいく。

 

 

そしてこれから真選組と鬼兵隊による戦いの火蓋が切って落とされる。

 

 

──と、思っていたのだが……

 

 

「おーう、お前ら遅かったな」

 

 

そんな真選組を迎えたのは鬼兵隊ではなく……ひと仕事終えたようにスッキリとした顔をしたヴィータであった。更にその後ろには、鬼兵隊と思われる数十人の浪士達が死屍累々と甲板に転がっている。

 

 

「ヴィータ! 無事やったか!?」

 

 

「はやてー! 見ての通りピンピンしてるぜ!」

 

 

心配そうな顔つきで駆け付けたはやてに、元気な笑顔で答えるヴィータ。数十人もの浪士を1人で伸しておきながら元気が有り余っているのは、流石はベルカの騎士といったところだろう。

 

 

「お前…全部片づけちまったのか?」

 

 

土方が床に転がる浪士達を見回しながら呆れた風にそう言うと、ヴィータは「まーな」と得意気に頷く。これから決戦だと思って意気揚々と乗り込んできた彼らにしてみれば、肩透かしもいいところである。

 

 

「けど、晋助やスカリエッティとか他の幹部には船の中に逃げられちまったけどな」

 

 

「まァ…こっちとしても余計な手間が省けたのは助かるけどな。つーか、先に潜入させてた山崎はどうした?」

 

 

「ああ、山崎なら……あっちでミントンしてるぜ、ミントン」

 

 

そう言ってヴィータが指差す方向には、「ふん! ふん!」と声を上げながらバトミントンラケットを振り回す山崎の姿があった。

 

 

「山崎ィィィ!! てめっ戦場で何やってんだァァァ!?」

 

 

「ギャアアアアア!!」

 

 

それが土方の怒りに触れてボコボコにされたのは言うまでもない。

 

 

「ま…まァ何はともあれ、ヴィータちゃんが無事でなによりだ。このまま倒れている浪士を捕縛しつつ、高杉を追うぞ」

 

 

苦笑を浮かべた近藤がそう指示を出しながら締めくくる。それを聞いた隊士達が頷き、行動に移そうとしたその時……

 

 

「!! 待て!!」

 

 

突然、ザフィーラが声を張り上げて待ったをかけた。滅多に大声を出さない彼の叫びに、近藤や土方は何事かと思い動きを止める。

そしてザフィーラは狼ゆえの動物的な勘で何かを感じ取ったのか、険しい表情を浮かべている。

 

 

「……来る」

 

 

ザフィーラが静かにそう囁いた瞬間──突如として血のような紅色に輝く魔法陣が出現し、甲板全体に広がった。

 

 

「これは……!?」

 

 

「転送魔法です!!」

 

 

その魔法陣を見て、はやてとリインが声を上げる。

すると…甲板に倒れていた浪士達が魔法陣に吸い込まれるように消えて行き、それと入れ替わるように別のものが出現する。

 

 

「アレは……ガジェット!?」

 

 

出現したそれを見てシャマルが叫ぶ。魔法陣から現れたのは、数十体ものカプセル状の形をした機械兵器と、それより一回りほど大きい数体の球形の機械兵器だった。

 

 

その兵器の名は『ガジェットドローン』。

スカリエッティが開発した自律型の機械兵器で、魔力を使用していない内蔵電源によるレーザーなどが搭載されている。今では鬼兵隊が保有する命なき兵士である。

因みに複数のタイプがあり、カプセル型が『Ⅰ型』、球形が『Ⅲ型』である。

 

 

「スカリエッティの機械(からくり)兵器か。うじゃうじゃと」

 

 

「どうやらまだ、俺達の見せ場は残っていたようだな」

 

 

それを見た近藤と土方がいの一番に刀を抜いて、戦闘態勢に入る。それに続くように他の隊士達も次々と刀を抜いて構える。

 

 

「ガジェットには魔力を無効化するAMFがある。シグナムとヴィータとザフィーラは物理攻撃でガジェットの殲滅、シャマルとリインはAMFの範囲外からサポートに回りつつ負傷兵の回復や!」

 

 

「「「了解!!」」」

 

 

真選組魔戦部隊隊長であるはやてが、騎士杖シュベルトクロイツを手にしながら指示を飛ばし、それを受けたヴォルケンリッターの騎士達もそれぞれの武装を手にして戦闘態勢に移る。

 

 

そして真選組局長の近藤が、刀の切っ先をガジェット群に向けながら高らかに叫んだ。

 

 

 

「あんな粗末な機械(からくり)人形どもに遅れをとるなァァ!! 侍の力を見せてやれェェ!!」

 

 

 

その言葉に隊士全員が「おおおおおおっ!!」と鬨の声を上げて応えながら、土方を筆頭にして勇猛果敢にガジェット群へと向かって行った。

 

 

今度こそ……真選組と鬼兵隊による戦いの火蓋が切って落とされたのであった。

 

 

 

 

 

「……あれ? 沖田隊長は?」

 

 

そんな中で山崎がポツリと零した疑問の声は、戦いの喧騒の中にかき消されていった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「アレが真選組……高杉らが幕府の犬と呼ぶ連中か」

 

 

そう言って屋根の上から文字通り高みの見物を決め込んでいるのは、ナンバーズ3のトーレであった。

 

 

「この世界で侍と呼ばれる剣士達……どれほどの実力か見極めさせてもらおうか」

 

 

トーレは大量のガジェット群を相手に奮闘する真選組の戦いを、腕を組んで静かに見下ろしながらそう呟いた。

 

 

「だったら、直接確かめてみたらどうですかィ?」

 

 

「!?」

 

 

突然背後から声をかけられ、反射的に振り返るトーレ。するとそこには、いつの間にか屋根の上にのぼって来ていた沖田の姿があった。

 

 

「貴様は……!」

 

 

「アンタ、はやて姐さんが言ってた戦闘機人とかいう改造人間だろ? ちょいと俺と遊んでみねーかィ?」

 

 

僅かに目を見開くトーレに対して、刀の柄に手をかけながらそう言い放つ沖田。

 

 

「ホントは紅桜とかいう化け物とやり合ってみたかったんだが、どうやら先客がいるようでねィ。仕方ねーから、俺はアンタで我慢するとしまさァ」

 

 

「……あまり舐めた口を利くなよ小僧。後悔するぞ?」

 

 

まるで自分を低く見ているかのような発言に、トーレは殺気の篭った鋭い眼光で沖田を睨む。だがその殺気を向けられても沖田は一切怯む事無く…それどころか、ニッと口角を吊り上げて好戦的に笑う。

 

 

「そいつァ面白れェや、試してみやすかィ?」

 

 

そう言うと…沖田は刀を抜き放った。抜身になった刀身が鋭い光沢を放つ。

 

 

「いいだろう」

 

 

対するトーレも両腕から虫の羽に似た紫色に発光するエネルギー状の刃『インパルスブレード』を伸ばす。

 

 

「真選組一番隊隊長──沖田総悟」

 

 

「鬼兵隊所属ナンバーズ3──トーレ」

 

 

互いに短くそう名乗った次の瞬間……両者は目の前の敵に向かって駆け出したのであった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

沖田とトーレの戦闘が始まった頃……ジェイル・スカリエッティは船内の部屋にいた。

 

ここは開発室。爆破された紅桜を製造していた工場区画とはまた別の、スカリエッティが個人的に兵器の設計・開発を行う為の部屋である。また、緊急時に船のあらゆるシステムなどを操作できるコントロールルームでもある。

 

何本ものコードが壁や天井に張り巡らされ、立ち並ぶ様々な大きさのカプセルの中にはエイリアンのような生き物が培養されている。部屋の薄暗さも相まって、言い知れぬ不気味さを醸し出している部屋の奥では、壁一面に取り付けられた巨大モニターの画面だけが部屋を照らしていた。

 

そしてその巨大モニターの前で、スカリエッティがコンソールを動かしていた。

 

 

「浪士達の回収、及びガジェットドローンの転送完了。これで、真選組は十分に足止めできるだろう」

 

 

甲板での騒動のあと、高杉と1人別れて行動したスカリエッティはこの開発室に足を運んだ。そして転送装置を起動させて戦闘不能となった部下達を回収し、同時に乗り込んで来た真選組を妨害する為に自身が制作したガジェットのⅠ型とⅢ型を大量に送り込んだのである。

その思惑通り、巨大モニターに表示されている真選組は大量のガジェットを相手取るので手一杯になっている。

 

 

「あとは……」

 

 

そう言いながら手元のコンソールを操作するスカリエッティ。するとその時、そんな彼の背後から……コツコツという足音が聞こえた。

 

 

「!」

 

 

その音を耳にしたスカリエッティは、一瞬だけコンソールから顔を上げると、何か感じ取ったのかすぐにフッと笑って目を伏せた。そしてその足音の主に対して、静かに口を開く。

 

 

「久しぶりだね……フェイト・テスタロッサ」

 

 

振り返りながら、その名を口にする。振り返ったスカリエッティの視線の先には、バルディッシュを片手に持ったフェイトが立っていた。ただしバリアジャケットは装着しておらず、いつもの動きやすい着物姿だった。

 

 

「いや…今は坂田フェイトと名乗っているんだったかな? ここは君の出生に関わった者の1人として、結婚おめでとう…と言っておこうか」

 

 

「……それはどーも。じゃあついでにご祝儀も欲しいな──お前の首級(くび)で」

 

 

スカリエッティからの心の籠っていない形だけの祝いの言葉に対して、フェイトはバルディッシュの先端を向けながらそう言い放つ。

そんなフェイトの態度に、スカリエッティは「ククク…」と笑い声を洩らしながら言葉を続ける。

 

 

「随分と物騒な言い回しだね。そんなにまた私を捕まえたいのかい?」

 

 

「……今の私にそんな権限はない。それは真選組にでも任せるよ」

 

 

フェイトは小さく首を横に振り、静かな口調で淡々と答える。

 

 

「私は私の護りたいものの為に戦う……その為に、お前と高杉を止める!」

 

 

言葉の最後に力を込めてそう言い放つフェイト。

それに対しスカリエッティは一瞬だけ目を見開くと、すぐに可笑しそうに笑いを零した。

 

 

「クク…面白い考えをするようになったね、フェイト・テスタロッサ。それもこの男の影響かな…」

 

 

そう言いながら軽くコンソールを操作すると、巨大モニターの画面の一部に銀時と似蔵の戦いを映したウィンドウが開かれた。

 

 

「坂田銀時……君の夫も相変わらず面白い男だ。たった1人で紅桜を相手にするとは、生身で戦艦一隻に立ち向かうようなものだよ」

 

 

スカリエッティの言葉を他所に、フェイトもモニターの映像に目を向ける。そこに映し出されている銀時と立ち会う似蔵の動きは、常人のそれを遥かに超えているレベルだった。

 

 

「……アレはもう人間の動きじゃない。岡田似蔵の身体はもう紅桜についていけなくなってボロボロになってる……このままじゃ」

 

 

「死ぬね、確実に」

 

 

フェイトの言葉にスカリエッティはあっけらかんと言い切った。

 

 

「戦いを学習し急速に成長する紅桜に、ただの人間の身体がついていけるわけがないからね。いずれ壊れてしまうのは最初から目に見えているさ」

 

 

「わかっていて、それを仲間に使わせたっていうの……お前はまたそうやって…人の命を……!!」

 

 

「勘違いしないでくれ、フェイト・テスタロッサ。あれは似蔵君が自ら望んだ事だ。たとえ死んだとしても本望だろうね」

 

 

「本望…?」

 

 

スカリエッティは薄ら笑いで応える。

 

 

「彼は望んでいたのさ、文字通り己が刀となって高杉晋助という篝火を護るという事をね」

 

 

映像には銀時と似蔵の激しい撃ち合いが映し出されている。すでに似蔵の呼吸は乱れ、顔色もとてつもなく悪い。もはや肉体が限界を迎えていることはモニター越しに見ても明らかだった。

 

 

「再び闇に戻るくらいならば、自ら火に飛び込み、その勢いを増長させることも厭わない……あれこそが似蔵君が望んだ結果だよ」

 

 

仲間といえど、スカリエッティに同情の念はない。あれこそが似蔵が選んだゆえの末路なのだから。

 

 

「スカリエッティ……お前の目的はなんだ? 高杉と手を組んで、一体何を企んでいる?」

 

 

相手を睨んだまま、フェイトは問い掛ける。

自分の知るジェイル・スカリエッティという男は極めて傲岸不遜な自信家で、誰かの下につくような奴ではない。ゆえに高杉が率いる鬼兵隊にいることも、何か野望があってのことだと考えていた。

 

 

「ふむ……私の目的か……そうだね」

 

 

そして問われたスカリエッティは、両手を大きく広げて言い放つ。

 

 

「私は私の世界を作りたいのさ」

 

 

「!?」

 

 

その答えにフェイトは大きく目を見開いた。

 

 

「生み出された時から私の中には無限に湧き出る欲望が渦巻いている。どれほどの知識を得ても、どれだけ欲しいものを手に入れても、欠片も満たされることもなく、ただ虚しく渇くばかりなのさ。一体どうすればこの欲望を満たすことができるのか、私にもわからない」

 

 

無限の欲望(アンリミテッドデザイア)

管理局最高評議会によって生み出されたジェイル・スカリエッティの開発コードネームで、その名の示す通り無限に等しい欲を持って生まれた存在である。

だがその無限に湧き出る欲望が、スカリエッティを次元犯罪者たらしめている動機なのだ。

 

 

「そこで私は考えたのさ……もしかしたら、どこの次元世界にも私の欲望を満たすものはないのかもしれない。人の手で腐り切った次元世界に私の求めるものはないのかもしれない。ならば……穢れのないまったく新しい世界を、私自身の手で作ろうと……」

 

 

広げていた両腕をおろし、天井を仰ぎながら語るスカリエッティの顔は……どこか憂いを帯びているように見えた。

 

 

「晋助君が壊したあとの世界は私の自由だ。その時こそ私が思い描く理想の世界を一から作り直せばいい。そんな大法螺が実現できれば……私の中の無限の欲望を満たすものが、見つかるかもしれないね」

 

 

フェイトは絶句する。己の欲望を満たす……ただそれだけの理由で世界を壊し、自分自身が創り直すというとんでもない思想を掲げているのだから。

 

 

「バカげてる……そんなこと……」

 

 

「もとより君に理解してもらおうなどとは思ってはいないよ。私を理解してくれるのは…鬼兵隊だけだ」

 

 

「スカリエッティ……お前は一体……!?」

 

 

「私は私さ。鬼兵隊機械(からくり)技師…ジェイル・スカリエッティさ」

 

 

そう言いながら肩に羽織っていた白衣に手をかけ、そのまま振り払うように脱ぎ捨てる。

 

 

「さて…話はここまでにしよう。晋助君の邪魔になるものには退場願わないとね」

 

 

発言と同時に、スカリエッティの右腕が淡い光に覆われる。そして次の瞬間には、その右手には指先に爪を装着した黒基調に赤いラインが入ったグローブ型デバイスが嵌められていた。

スカリエッティは科学者ではあるが、実はその戦闘力はかなり高い。

だからこそフェイトも、最初から本気で立ち向かう。

 

 

「バルディッシュ」

《Yes sir》

 

 

フェイトの囁きに呼応するように、バルディッシュの形態が変わる。

バルディッシュの数ある形態の中でもっとも出力のある『ライオットフォーム』。その中で2つモードの内の1つ……片手剣型の《ライオットブレード》へと変形した。

 

 

「悪いが、あの時のようにはいかないよ」

 

 

「それでも止めてみせる……お前も──高杉も!」

 

 

フェイトとスカリエッティ……数年ぶりとなる2人の因縁の戦いが、再び幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「光に目を焼かれ、最早それ以外見えぬ! なんと…哀れで愚かな男か…しかしそこにはその善も悪も超えた美がある!!」

 

 

銀時と似蔵が戦う場に立つ村田鉄矢が、妹の鉄子に対して腕を組みながら言う。

 

 

「一振りの剣と同じく、そこには美がある!!」

 

 

「アレのどこが美しい。あんなものが兄者の作りたかったモノだとでもいうのか」

 

 

鉄子は悲しげな表情で兄に説く。

 

 

「もう止めてくれ、私は兄者の刀で血が流れるところをもう見たくない」

 

 

「ならば何故、あの男をここに連れてきた!? わざわざ死ににこさせたようなものではないか!! まさかお前の打ったあの鈍刀で私の紅桜に勝てるとでも……」

 

 

と、言いかけたその時…鉄矢の後ろで鈍い音が響いた。

見るとそこには…壁に叩きつけられて倒れる似蔵と、息を乱しながら立っている銀時の姿があった。その光景に鉄矢は目を疑った。

 

 

「なっ…バッ、バカな! 紅桜と互角…いやそれ以上の力でやり合っているだと!!」

 

 

鉄矢は信じられなかった。紅桜の侵食で似蔵の体力が衰えているとはいえ、紅桜そのものの能力はデータを重ねて数段向上しているハズなのだ。

だというのに、現状はこの有様だ。

 

 

──まさか!!

 

 

「うおおおおおお!!」

 

 

立ち上がった似蔵が銀時に突進していく。

紅桜による猛攻を、銀時は真っ向から刀で弾く。刀同士が衝突するたびに金属音が木霊している。人の動きを超えた攻撃を、銀時は全て見切って捌いているのだ。

すでに戦況は銀時の圧倒的優位に傾いていた。

 

 

──あの男…紅桜を上回る早さで成長している!? いや…あれは……極限の命のやり取りの中で、身体の奥底に眠る戦いの記憶が甦ったのか……!!

 

 

似蔵が横薙ぎに大きく紅桜を振るう。それを銀時は跳躍で回避し、振り切った紅桜の刀身に飛び移ったのだった。

 

 

──あれが、白夜叉…!!

 

 

その光景を愕然と鉄矢は眺める。右腕の根元に刀が深々と突き立てられ、似蔵は苦悶の表情を浮かべる。刺された箇所からバチバチと電気が迸る。その放電はまるで紅桜が悲鳴を上げているようだった。

 

 

──消えねェ、何度消そうとしても、目障りな、光が、消えね……

 

 

似蔵の身体からメキメキと耳障りなが音が鳴り始めたのは、その直後だった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「ふんごををを!!」

 

 

新八の刀を武市の刀が受け止め、鈍い金属音を響かせながら鍔迫り合いをする。そのあとすぐに新八はバックステップで離れて距離を取る。

 

 

「ふむふむ、道場剣術はひとしきりこなしたようですが真剣での斬り合いは初めてのようですね。震えていらっしゃいますよ」

 

 

相手の剣を観察していた武市の指摘通り、新八の刀を握る手はカタカタと小刻みに震えている。

 

 

「これは酔剣と言ってなァ! 酔えば酔うほど強くなる幻の…」

 

 

「フフ、無理はせぬほうがいいですよ」

 

 

新八の虚勢を笑いながら、武市も刀を構える。ただしその手は新八と同じくカタカタと震えていた。

 

 

「ちなみに私の剣技は志村剣と言って、あの志村けんがコントの時によくやるあの…」

 

 

「お前もかいィィィ!!」

 

 

人の事を偉そうに言えない武市に新八のツッコミが入る。

 

 

「私はね、どっちかっていうと頭脳派タイプだから、こういうのはあの猪女にいつも任せてるんです」

 

 

「誰が猪っスかァァ!! そのへっぴり腰に一発ブチ込んでやろうか!」

 

 

近くで神楽と戦っているまた子の怒鳴り声が響く。

 

 

「実践は度胸っス先輩!! こっちが殺らなきゃ殺られるのみっスよ!」

 

 

二丁拳銃を構えて引き金を引くと、神楽にまた子の銃弾が降り注ぐ。

 

 

「うがァァァァ!!」

 

 

神楽は夜兎の持つ恐るべき身体能力で銃弾を回避しつつ、そのまままた子に飛び掛かろうと大きく宙に飛び上がる。

だがそれこそが、また子の狙いだった。

 

 

──かかった! 空中では自由もきくまい!

 

 

「死ねェェェェ!!」

 

 

また子の二丁拳銃が空中にいる神楽に向かって火を噴き、当然避けようもない神楽は上体を大きく仰け反らせた。

確かな手ごたえを感じ、また子は「殺った…」とほくそ笑んだ。

 

 

しかし、神楽は無傷だった。また子の銃弾を、なんと両手の指先と歯を使って受け止めていたのだ。

 

 

「なっ!?」

 

 

あまりのことに驚愕で目を剥くまた子。その間に神楽は落下の勢いのまま、また子を床に押し倒す。

 

 

「私を殺ろうなんざ百年早いネ小娘ェェェェ!!」

 

 

怒号を上げる神楽が拳を振りかぶり、また子に叩きつけようとする。

だがその時……

 

 

──ドゴォォォ!!

 

 

「「「!?」」」

 

 

不意に通路の奥から轟音が響き、何事かと神楽は振り下ろそうとした拳を止め、新八と武市を含めた全員がそちらの方へと目を見やる。

すると同時に、通路の奥の扉が吹き飛び、何かが飛来してくる。

 

 

「うごっ!!」

「ぐえっ!!」

 

 

その何かは一直線に飛来し、その直線状に偶然いた神楽に直撃して彼女を撥ね飛ばすと、そのまま勢いを失った何かはまた子に覆いかぶさるように落下した。

 

 

「神楽ちゃん!! 大丈夫!?」

 

 

「平気アル……でも何が起こったアルか?」

 

 

それを見ていた新八は撥ね飛ばされた神楽に駆け寄ると、そんなにダメージは受けていないようでピンピンしていた。

 

 

「痛ったァ……なんスか一体……!?」

 

 

そしてまた子は顔を歪めながら自分に覆いかぶさった何かを確認すると……同時に目を見開きながら叫んだ。

 

 

「──って、ジェイル博士ェ!?」

 

 

その何かとは……着物のあちこちに焦げ目のような痕をつけて、髪も若干チリチリになってボロボロなスカリエッティであった。

 

 

「や…やあ、また子君……変平(へんたいら)君も一緒かい?」

 

 

変平(へんたいら)ではありませんフェミニストです。じゃなくて変平太です、いい加減覚えてくださいジェイルさん」

 

 

「ああ、すまないね……どうにも君は変態という印象が強くてね」

 

 

「他の誰に言われようとも、アナタにだけは変態呼ばわりされたくありません」

 

 

「いや私からすればどっちもどっちっスよ。つーかジェイル博士はなんで飛んできたんスか!?」

 

 

「ふむ、それはだね………っとマズイ、来たね」

 

 

「「?」」

 

 

3人が揃ってのん気に話していると、自分が飛んできた通路の先を見ながら顔を青ざめさせるスカリエッティ。そんな彼にまた子と武市が疑問符を浮かべていると……

 

 

「スカリエッティぃぃぃぃ!!」

 

 

そんな怒号と共に通路の奥から現れたのは、恐ろしい鬼の形相でライオットブレードを振りかざすフェイトであった。

 

 

「逃がすかァァァァ!!」

 

 

「「「ずおォォォォっ!!?」」」

 

 

フェイトはそのまま宙に高く跳躍して、落下の勢いを加えた状態で電気の魔力を帯びたライオットブレードを振り下ろす。

それに狙われたスカリエッティと巻き込まれた武市とまた子は咄嗟に回避するが、ブレードが床に叩きつけられた際に発生した衝撃で吹き飛ばされてしまった。

 

 

「フェイトォ!」

 

 

「フェイトさん!」

 

 

そんなフェイトの姿を見た新八と神楽は、顔を綻ばせて彼女の名前を叫ぶ。

 

 

「! 新八!! 神楽!! よかった、無事だったんだ!」

 

 

するとそんな新八と神楽の無事を確認したフェイトも、安心したのか先ほどの鬼の形相とは似ても似つかない優しい表情で2人のもとに歩み寄って行った。

 

 

一方でフェイトに吹き飛ばされたまた子は、起き上りながらスカリエッティに食って掛かる。

 

 

「ちょっとォォ! ジェイル博士、アレ白夜叉の嫁っスよね!? なんであんな奴がこんなトコにいるんスかァ!?」

 

 

「どうやら桂一派の船に紛れ込んでいたようでね。それでちょうど真選組の足止め工作をしていた私のところに来てしまってね。一応過去に彼女を追いつめたこともあるから、私が相手をしたのだが……」

 

 

「……こっぴどく返り討ちにされたというわけですか」

 

 

「ハッハッハ──そういうことだね」

 

 

「いや笑うところじゃねーっスよジェイル馬鹿士(バカセ)!!」

 

 

戦う前のシリアスな雰囲気はどこへやら……呆気なく返り討ちにされたスカリエッティは愉快そうに笑い、また子にツッコミを入れられていた。

 

 

「新八、神楽、今のうちにあいつらを仕留めるよ」

 

 

「はい」

 

 

「任せるネ」

 

 

そんな鬼兵隊3人のコントのようなやり取りをずっと眺めていた万事屋3人は、その隙にそれぞれの得物を構えていた。

少し不意打ちで卑怯っぽいが、相手が悪役なら遠慮はいらないだろうという大義名分を口実に一斉に襲い掛かろうとした。

 

 

だがその瞬間──凄まじい轟音と共に天井が崩壊した。

 

 

「「「!」」」

 

 

「うわァァァ!!」

 

 

「な…なにィ!?」

 

 

「天井が……!!」

 

 

突然船室の天井が崩壊したことに、その場の全員が何事かと目を白黒させている。

 

 

そしてふと……その崩壊した天井から落ちてきたものを見て、新八と神楽、そしてフェイトは目を大きく剥きながら叫んだ。

 

 

「銀さん!!」

「銀ちゃん!!」

「銀時ィィ!!」

 

 

そこには……変わり果てた似蔵の身体から伸びる何本もの機械(からくり)の触手に身体を縛り付けられ、血塗れの銀時の姿があったのであった。

 

 

 

 

 

つづく




すみません、あまりにもシリアス展開続きで、つい我慢できず最後に少しギャグを入れてしまいました。


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備えあれば憂い無し

キャラの口調を確認するために銀魂やリリなののアニメとかを見返したりするんですけど、フェイトって明確な敵に対して若干口調が荒れません? 特にSts篇のスカさんとの戦いとか。

なので紅桜篇でシリアスを書いている時に、たまにフェイトの口調で悩む時があります。ギャグの時は別に気にしないんですけどね。

つまり何が言いたいかと言うと、今回のフェイトさんの口調でおかしい所がいくつかあると思うので先に言い訳をしておきたかっただけです。




あと悩むといえば桂一派にもリリなのキャラを属させるかどうか。そうすれば色々書ける幅が広がりますし。

候補は……紫天一家(独自設定盛り沢山)か、改心型数の子シスターズの誰かか、まさかのルーテシアか、クアットロ…はないな。あとは大穴でまさかのハルにゃんか……まぁそのうち決めたいと思います。

以上、どうでもいい話でした。


 

「なっ…なにィィィ!? な…なんスかこりゃああ!!」

 

 

また子の絶叫の声が響き渡る。

突如として天井を突き破って現れた気を失った銀時と、変わり果てた岡田似蔵。

すでに似蔵の相貌は人の姿からは大きく逸脱しており、両腕は巨大なコードのような触手の集合体で、背中から肩にかけて無機質なパイプが盛り上がっている。

かろうじて人型は成しているものの、その機械(からくり)に支配された異形な姿は…もはや人間とは呼べないだろう。

 

 

「…似蔵、さん?」

 

 

武市が声をかけると、似蔵は虚ろな目で「コオオオ…」と唸り声を上げながら振り向いた。

直後…味方であるハズの武市に強烈な一撃を見舞った。

裏拳のように放たれた触手の腕で殴り飛ばされた武市は、背後の壁に勢いよく激突し、口から血反吐を吐いた。

 

 

「だからこういうの苦手なんだってば」

 

 

そうぼやきながら、寄り掛かった壁からズルズルと崩れ落ちた武市は意識を失った。

 

 

「先輩ィィ!! 似蔵ォォ! 貴様、乱心したっスかぁ!?」

 

 

また子の言葉にも似蔵は反応せず、虚ろな目のまま再び「コオオ…」と唸る。

 

 

「意識が…まさか紅桜に! チッ! 嫌な予感が的中したっス!! 止まれェ似蔵ォ!!」

 

 

二丁拳銃を向け、銃弾を乱射するまた子。

しかし今の似蔵の身体は銃弾などものともせず、また子に向かって触手の腕を伸ばす。

 

 

「!!」

 

 

それに捕まったまた子は、そのまま思いっきり壁に叩きつけられ、呆気なく気を失ってしまった。

 

 

「どうやら、完全に紅桜に取り込まれてしまったようだ。こうなってしまっては、今の似蔵君は敵味方の区別もなくただ暴れ回る怪物だ」

 

 

武市に続いてまた子も気絶してしまった中で、スカリエッティは冷静にそう呟きながら、グローブ型デバイスを嵌めた右手の指を動かす。

すると、スカリエッティの足下から2本の魔力で編まれた赤色の糸が伸びる。

その糸が気絶した武市とまた子の身体の一部に巻き付くと、一本釣りのようにスカリエッティのもとに引き上げられる。

 

 

「ここは退散させてもらうよ。巻き込まれるのは御免なのでね」

 

 

そう言い残し、スカリエッティはまた子を俵のように左肩で担ぎ上げ、右手で武市の首根っこをつかんで引きずりながらその場から走り去って行ってしまう。

 

 

「っ……!!」

 

 

それを追いたい衝動にかられそうになったフェイトだったが、目の前で意識のない銀時を放っておけるハズもなく、その場に踏みとどまったのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「完全に紅桜に侵食されたようだな! 自我のない似蔵殿の身体は全身これ剣と化した!」

 

 

屋根に空いた穴から似蔵を見下ろしながら、鉄矢が叫ぶように言い放つ。

 

 

「最早、白夜叉といえどアレは止められまい! アレこそ紅桜の完全なる姿! アレこそ究極の剣!! 一つの理念の元、余分なものを捨て去った者だけが手にできる力! つまらぬ事に囚われるお前たちに止められるわけがない!」

 

 

鉄矢の言葉に対し、鉄子は何も答えずに眼下に広がる光景を見つめている。そこでふと、銀時が落とした刀が目に映った。

 

 

「銀時ィィ!!」

 

 

フェイトの叫びが木霊する中で、似蔵は左腕の触手で絡めとった銀時の身体をゆっくりと持ち上げる。

 

 

──…エナイ…メザワリナ光ガ…消エナ…

 

 

もはや自分が何者かすらもわからなくなった朧気な頭でそんな言葉を反復しながら、左腕で持ち上げた銀時に向かって右腕の刃を振り上げる似蔵。

 

 

だがその時…天井の穴から飛び降りてきた鉄子が、似蔵の左腕に龍の装飾の刀を深々と突き立てた。

 

 

「鉄子ォォ!!」

 

 

鉄矢が叫ぶ。

 

 

「死なせない! コイツは死なせない!! それ以上その剣で、人は死なせない!」

 

 

鉄矢は呆気に取られた。今までボソボソとしか話さず、自己主張も控えめだった鉄子が、力強くそう叫んだのだから。

 

 

「がアァァァァ!!」

 

 

「!!」

 

 

すると似蔵の右腕の刃が、狙いを鉄子へと変えて振るわれる。

 

 

巨大な刃が鉄子を斬り裂こうとした瞬間……その間に割って入ったフェイトがライオットブレードで刃を受け止めた。

そしてギリギリと鍔迫り合いをしながら、フェイトは似蔵を睨みながら叫んだ。

 

 

「お前ェ!! 人の旦那捕まえて──なに触手プレイしてんだァァァ!!」

 

 

そんな怒号と同時に、ライオットブレードを振り抜いて刃を弾き返す。

 

 

「で~か~ぶ~つ~!」

 

 

すると神楽が似蔵の両足を蹴り払い、その巨体を地面に倒した。

 

 

「そのモジャモジャを──」

 

 

「離せェェェェェェ!!」

 

 

続けて新八が似蔵の右腕に刀を突き刺した。

銀時を助けようと、4人が似蔵の巨躯にしがみついて奮闘する。

 

 

「がアアアア!!」

 

 

自我のない似蔵は咆哮を上げながら、それらを振り払おうと暴れ回っている。

 

 

その光景を見ていた鉄矢には、鉄子がとった行動の意味が理解できなかった。

 

 

──何故…何故だ。鉄子、何故理解しようとしない。私はこれまで紅桜に全てを捧げてきた。他の一切、良心や節度さえ捨てて。それは私の全てなんだ、それを失えば私には何も残らん。

 

 

脳裏に蘇るのは、父が亡くなってすぐのこと。鍛冶屋を継いだ鉄矢は少しでもいい刀を作ろうと日々努力してきた。しかし先代の父は稀代の刀工と謳われていた…当然、その腕の差は歴然だった。

次第に今まで鍛冶屋を訪れていた客もすっかり鉄矢の腕を見限り、遠のいてしまっていた。

 

そしてその先代である父も生前は、息子の鉄矢ではなく娘の鉄子の鍛冶を褒めていた。

「鉄子は鉄矢にはねェもんをもってる。鉄矢もいつかわかってくれるといいんだが」と父は言っていたが…その言葉の意味を、鉄矢は今でも理解できなかった。

 

 

──親父を超える為、剣だけを見て生きてきた。全てを投げうち、剣だけを打ってきた。いらないんだ、私は剣以外何もいあらない。それしかないんだ、私にはもう剣しか……

 

 

そんな物思いにふけっている間に、似蔵の身体にしがみついていた4人が振り落とされた。大勢を崩し、床に倒れてしまう。

そしてその中の1人である鉄子に、似蔵は狙いを定めていた。刃を高々と掲げ、振り下ろそうとしていた。

 

 

「てっ…!!」

 

 

その光景を見た鉄矢は狼狽するように身を乗り出した。

 

 

刹那…容赦なく振り下ろされる紅桜の刃。一直線に下ろされたそれは床を叩き割り、その衝撃で砂塵を巻き上げた。

 

 

結果的に言えば、鉄子は無事だった。しかし砂塵が晴れるとそこには、鉄子を庇って代わり斬られた鉄矢が血だまりの中で倒れていた。

 

 

「あっ…兄者ァァァ!!」

 

 

すぐさま鉄矢に駆け寄り、抱き起す鉄子。そこへまたもや、似蔵の凶刃が迫る。

 

 

「うっ…うああああああああああああ!!」

 

 

鉄子の悲痛な絶叫。

その時だった…その叫びに呼応するように目を覚ました銀時が、即座に似蔵の左腕に刺さっていた刀の柄をつかみ、似蔵の顔を横一閃に斬りつけた。同時に似蔵の顔から鮮血が噴き出し、その場に倒れ込む。

 

 

「銀時!!」

 

 

そんな銀時に、フェイトを始めとした万事屋3人が彼の元へ駆け寄る。流石に体力が限界のようで、銀時は床に片膝をついて肩で息をしている。

 

 

「兄者ッ!! 兄者しっかり! 兄者!」

 

 

力なく横たわる兄の身体を抱き上げながら必死に呼びかける鉄子。それに対して鉄矢は、口から血を吐きながらも、なにか悟ったような顔で笑みを浮かべていた。

 

 

「クク、そういうことか。剣以外の余計なものは捨ててきたつもりだった。人としてよりも、刀工として剣を作ることだけに生きるつもりだった」

 

 

今までのような大声ではなく、今にも消えてしまいそうなか細い声でそう言いながら、涙を流す鉄子の頬に右手を添える。

 

 

「だが最後の最後で──お前だけは……捨てられなんだか。こんな生半可な覚悟で、究極の剣など打てるわけもなかった…」

 

 

「余計なモンなんかじゃねーよ」

 

 

「!」

 

 

そこへ、ヨロヨロと立ち上がった銀時が口を挟む。

 

 

「余計なモンなんてあるかよ。全てを捧げて剣を作るためだけに生きる? それが職人だァ? 大層なことぬかしてんじゃないよ。ただ面倒くせーだけじゃねーか、てめーは」

 

 

見れば、似蔵も立ち上がって再び戦闘態勢をとろうとしている。そんな相手を見据えながら刀を握り、銀時は続ける。

 

 

「色んなモン背負って頭抱えて生きる度胸もねー奴が、職人だなんだカッコつけんじゃねェ。見とけ、てめーの言う余計なモンがどれだけの力を持ってるか」

 

 

手に握った鉄子の刀の切っ先を似蔵に向かって突きつけながら、銀時は強く言い放つ。

 

 

 

「てめーの妹が魂こめて打ち込んだ(コイツ)の斬れ味──しかとその目ん玉に焼き付けな」

 

 

 

言うや否や、似蔵が咆哮を上げながら銀時に向かって突進してくる。それを銀時は真っ向から立ち向かう。

 

 

「銀さん!! 無茶だ! 正面からやり合って紅桜に…」

 

 

「大丈夫」

 

 

鉄子の言葉を遮るように、フェイトが静かにそう言った。

 

 

「銀時なら…大丈夫」

 

 

何の根拠もなくそう断言するフェイト。しかしその顔には不安や焦燥などは一切なく、ただ一心に銀時を信じている顔だった。

 

 

高速で振り下ろされる似蔵の紅桜…そしてそれを上回るほどの速度で振るわれる銀時の刀。

 

 

両者の剣が交差した次の瞬間には……もう両者はお互いに剣を振り切った状態で背を向け合っていた。

 

 

一瞬の静寂の中で…その光景を見ていた鉄矢は、ふと昔のことを思い出していた。

それは生前の父・仁鉄がまだ幼かった妹に尋ねた言葉だった。

 

 

──おめーはどんな剣を打ちたい?

 

 

──…護る剣

 

 

──あ? 声が小せーよ

 

 

──人を、護る剣

 

 

打ち合いの衝撃に耐えられなかったのか、銀時の刀は真っ二つに折れ、その剣先は回転しながら宙を舞ったあと床に突き刺さった。

 

 

同時に紅桜の刀身にも大きな亀裂が入った。ピシピシと音を立てながら亀裂はみるみる内に広がっていき、最後には粉々に砕け散った。

紅桜を失ったことで似蔵と融合していた機械(からくり)は粒子となって崩れていき、残った似蔵はそのまま力なく倒れ伏したのだった。

 

 

「護るための…剣か…お前…らしいな、鉄子……どうやら私は…まだ打ち方が…足りなかった…らしい」

 

 

鉄子の打った刀が見事に人を護ったところを見届けた鉄矢は、薄れゆく意識の中で呟く。

 

 

「鉄子、いい鍛冶屋に…な……」

 

 

最後の力を振り絞り、鉄子の手を強く握ったあと……鉄矢のその手はスルリと床に落ちていった。

 

 

「……聞こえないよ……兄者」

 

 

大粒の涙を頬に伝わせながら、鉄子は嗚咽の入り混じった声で呟いた。

 

 

 

 

 

「いつもみたいに…大声で言ってくれないと…聞こえないよ」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「高杉、俺はお前が嫌いだ。昔も今もな。だが仲間だと思っている。昔も今もだ」

 

 

船の甲板で、背を向ける高杉に桂がそう言い放つ。

 

 

「いつから(たが)った、俺たちの道は」

 

 

「フッ、何を言ってやがる」

 

 

高杉が笑みを浮かべながら懐から取り出したのは、刀傷のついた教本だった。

 

 

「確かに俺たちは始まりこそ、同じ場所だったかもしれねェ。だが、あの頃から俺達は同じ場所など見ちゃいめー。どいつもこいつも好き勝手、てんでバラバラの方角を見て生きていたじゃねーか」

 

 

そしてそれこそが、彼らの恩師の教えでもあった。

 

 

「俺はあの頃と何も変わっちゃいねー。俺の見ているモンは、あの頃と何も変わっちゃいねー。俺は──」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「副長ォォ!! コイツらどんどん湧いてきてキリがないんですけど!! どうすんですかァ!?」

 

 

「泣きごと言ってんじゃねェ山崎!! 戦場で弱音吐く奴ァ、士道不覚悟で切腹させんぞ!!」

 

 

「トシィィ!! もう無理だァ!! 刀も俺の心も折れそう!!」

 

 

「なんで局長のてめェが真っ先に弱音吐いてんだァ!!」

 

 

甲板の上での真選組とガジェット群との戦いは未だに続いていた。

ガジェット自体はたいしたことないのだが、斬っても斬っても次々と自動転送されてくるのだ。そんな数にものを言わせた戦いに、隊士達の疲弊はたまっていく一方だった。

時折土方が隊士達を叱咤して士気を落とさないようにしているが、それも付け焼刃にしかならないだろう。

 

 

そしてその一方で、屋根の上で繰り広げられる沖田とトーレの戦闘は未だに決着がついていなかった。

自身の能力で高速戦闘を得意とするトーレに対し、沖田は持ち前の天才的な剣術と研ぎ澄まされた直感力で対抗していた。

その結果…両者ともに身体中に刻まれた斬り傷が目立ち、その様子だけでも互いに拮抗した戦いだということが容易に想像できた。

 

 

「正直、ナメてやしたぜィ……まさかここまでやるたァ……」

 

 

「……お互い様だ」

 

 

そんな軽口を叩き合いながらも、お互いに得物を構える手は緩めない。そしてもう何度目になるかわからない激突を繰り返そうとしたその時……

 

 

「な…なんだアレは!?」

 

 

屋根の下にいる真選組隊士のそんな声が聞こえた。

 

 

「!」

 

 

その声に釣られて見てみると、今自分達がいる高杉の船の隣に、巨大な戦艦が迫ってきているのが見えた。

 

 

「……来たか」

 

 

その戦艦を横目で見ながら、トーレは呟く。

 

 

「おい見ろ! あの旗は……」

 

 

「バ…バカな、何故奴らがこんな所に!?」

 

 

その戦艦が掲げている旗を見て、真選組全体に動揺が走る。そしてその中の1人である山崎が声を大にして叫んだ。

 

 

「春雨!! 宇宙海賊、春雨だ!!」

 

 

その戦艦は……天人によって構成される銀河系最大のネットワークを持つ犯罪シンジケートである宇宙海賊『春雨』の船であった。

 

 

「どうやらここまでのようだな」

 

 

春雨の戦艦を見た途端、トーレは腕のインパルスブレードを収めて構えを解く。

 

 

「決着は次に持ち越しだ……ではな」

 

 

そう言い残すと同時に、トーレは持ち前の高速移動でその場から消えるように立ち去っていった。

 

 

「……チッ」

 

 

それに対して沖田は舌打ちを一つ洩らしてから、近藤達と合流すべくその場を後にして行ったのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「ヅラぁ、俺はな、てめーらが国を護るためだァ、仲間のためだァ剣をとった時も、そんなもんどうでもよかったのさ」

 

 

高杉が薄ら笑いを浮かべながら続ける。

 

 

「考えても見ろ。その握った剣、コイツの使い方を俺達に教えてくれたのは誰だ? 俺達に武士の道、生きる

術、それらを教えてくれたのは誰だ? 俺達に生きる世界を与えてくれたのは、まぎれもねェ──松陽先生だ」

 

 

その言葉に対して桂は否定しなかった。彼もまた…その松陽の弟子なのだから。

 

 

「なのに世界は、俺達からあの人を奪った。だったら俺達はこの世界に喧嘩を売るしかあるめェ、あの人を奪ったこの世界をブッ潰すしかあるめーよ」

 

 

静かにそう語る高杉。

 

 

「なァ、ヅラ。お前はこの世界で何を思って生きる? 俺達から先生を奪ったこの世界を、どうして享受し、のうのうと生きていける? 俺はそいつが腹立たしくてならねェ」

 

 

「高杉…俺とて何度この地を更地に変えてやろうかと思ったかしれぬ。だがアイツが…アイツらそれに耐えているのに──銀時(やつ)が…一番この世界を憎んでいるハズの銀時(やつ)が耐えているのに、俺達に何ができる。それにフェイト殿も…あの優しさゆえに、俺達の攘夷活動(おこない)に一番心を痛めている。俺にはもうこの国は壊せん。壊すには…江戸(ここ)には大事なものが出来過ぎた」

 

 

そう言って目を伏せる桂の脳裏には、江戸で出会った新八や神楽などの親しい人々の顔が思い浮かんでいる。

 

 

「今のお前は、抜いた刃を収める機を失い、ただいたずらに破壊を楽しむ獣にしか見えん。この国が気に食わぬなら壊せばいい。だが、江戸ここに住まう人々ごと破壊しかねん貴様のやり方は黙って見てられぬ。他に方法があるはずだ。犠牲を出さずとも、この国を変える方法が。松陽先生もきっとそれを望ん…」

 

 

高杉にそう言いかけたその時……桂は背後から、人ならざる者の気配を感じ取った。

 

 

「キヒヒ、桂だァ。ホントに桂だァ~」

 

 

「引っ込んでいろ。アレは俺の獲物だ」

 

 

「天人!?」

 

 

振り向いてみれば、そこには孫悟空のような風貌と猪八戒のような風貌をした2人の天人が、桂を見ながらニタニタと嗤っていた。

驚愕する桂に対し、高杉はゆったりとした姿勢で船の縁に腕を乗せてもたれかかりながら口を開いた。

 

 

「ヅラ、聞いたぜ。お前さん、以前銀時と一緒にあの春雨相手にやらかしたらしいじゃねーか。俺ァねェ、連中と手を組んで後ろ盾を得られねーか苦心してたんだが、おかげで上手く事が運びそうだ。お前達の首を手土産にな」

 

 

「高杉ィィ!!」

 

 

「言ったハズだ──俺ァただ壊すだけだ、この腐った世界を」

 

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その頃…高杉の船の横についた春雨の戦艦は、2隻の船の間に橋をかけ、そこから天人の軍勢を次々と送り込む。

そしてその乗り込んで来た軍勢と真選組が衝突し、激しい戦いを繰り広げている。しかし数の差で僅かに真選組が押されていた。

 

 

そしてその光景を、戦艦の甲板から眺める3人の人間と1人の天人。

 

 

「万斉殿、我らは桂と件の侍の首がもらえると聞いて…万斉殿?」

 

 

すると天人がサングラスとヘッドフォンを着用し、ロングコートを羽織って三味線を背負った男…鬼兵隊の〝人斬り万斉〟こと『河上万斉』に話しかけるが、当の万斉はヘッドフォンから流れる音楽を聴きながら「フ~ンフ~ン」と鼻歌を歌っていた。

 

 

「ちょっと! 聞いてんの万斉殿!?」

 

 

「聴いてるでござる。これね、今江戸でイチオシの寺門…」

 

 

「そっちじゃなくてこっちの話!!」

 

 

まったく話を聞いていなかった万斉に天人が怒鳴る。

すると、その隣に立つピンク色の長い髪に額を防護するヘッドギアを装着した少女…ナンバーズのNO,7『セッテ』が万斉に声をかける。

 

 

「万斉、私も聴きたい」

 

 

「いいでござるよ。ではセッテ殿にはこっちのウォークメンとイヤホンを貸すでござる」

 

 

「ん…」

 

 

「何コイツら!? 高校生の休み時間か!! ちょっとウーノ殿!! なんでこんな奴らを交渉によこしたワケ!?」

 

 

そんな2人の態度に天人はツッコミを入れながら、自分の左隣に立つ紫のロングヘアーの女性…ナンバーズのNO,1にしてスカリエッティの秘書を務める『ウーノ』に怒鳴る。

一方でウーノは、極めて冷静に言葉を返す。

 

 

「申し訳ありません。ですが、ご心配には及びません」

 

 

「その通りでござる」

 

 

そんなウーノに続いて、一応話は聞いていたのか万斉が口を開く。

 

 

真選組(やつら)など取るに足らない幕府の犬(ザコ)でござる。スグに片が付きますよ」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「くそっ!! なんで春雨がここに!?」

 

 

「高杉め! 幕府を潰すために宇宙海賊と手を組んだのか!!」

 

 

春雨の船から流れ込んでくる武装した天人と、未だに湧いて来るガジェットを次々と斬り倒しながら毒づく土方と近藤。

 

 

「くっ…ガジェットだけでも厄介やのに……!」

 

 

そしてはやても苦々しい表情で、迫り来る天人とガジェットをシュベルトクロイツを用いた棒術で薙ぎ倒す。

本来なら広域殲滅魔法による中・遠距離での戦闘が主のはやてだが、近距離戦ができないわけではない。

今回のようにAMFで魔法を封じられた場合や、相手に肉薄された場合も想定して、シグナムやザフィーラから手ほどきを受けた『棒術』を心得ていた。

 

 

するとそこへ…また新たな乱入者たちが現れた。

 

 

「おーーう邪魔だ邪魔だァァ!!」

 

 

「万事屋銀ちゃんがお通りでェェェェ!!」

 

 

「いででで…元気いーなおめーらよ~」

 

 

「フフ、頼もしいね」

 

 

その乱入者とは…先陣を切って天人を薙ぎ倒す新八と神楽、そしてフェイトと鉄子に支えられて歩くボロボロの姿の銀時。見慣れた万事屋一行であった。

 

 

「て、てめーらは…!?」

 

 

「万事屋!?」

 

 

「フェイトちゃん!?」

 

 

万事屋一行の登場に近藤と土方、そしてはやては驚いたように声を上げる。

 

 

「てめェ、なんでこんなところに……」

 

 

「おう、税金ドロボー共。ちょうどいい」

 

 

なぜ彼らがここにいるのかと土方が問い掛けようとする前に、銀時が口を開いた。

 

 

「悪ィけどよ、こいつら連れてここから逃げてくれ」

 

 

「お願いします」

 

 

そう言って銀時が指差したのは、新八、神楽、鉄子の3人。それに続いてフェイトも真選組に頭を下げる。

するとそんな夫婦を見て、近藤が声をかけて話し始める。

 

 

「……どうやら俺達がここでモタクサしてる間に、全部片付いちまったみてーだな」

 

 

「そーだよ、成り行きとはいえオメーらの仕事を片付けといてやったんだ。だからせめてコイツらをここから逃がすくらいやり遂げやがれ、チンピラ警察共」

 

 

「オメーはどうすんだ? そんな死にかけの身体で」

 

 

「安心しろよ、死ぬつもりはねェから」

 

 

「私は夫が無茶した時のストッパーです」

 

 

それを聞いた近藤は呆れたような…それでいてどこか納得したような笑みをフッと口元に浮かべた。そしてすぐに、隣に立つ土方に指示を出す。

 

 

「トシ、退くぞ」

 

 

「いいのかよ、近藤さん?」

 

 

「このまま春雨を相手にやり合っても勝ち目はない。時には退くことも大切だ。それよりも今は一般市民を安全な場所まで避難させることを優先するんだ」

 

 

近藤の言葉に土方はため息をつき、不承不承ながらも「わかった」と頷いた。

 

 

「撤退だァ!! 全員船に乗れェ!!」

 

 

「ほら、さっさと行くぜィ」

 

 

「さわんじゃねーヨ、チンピラチワワがァ!! さっきの事を忘れたとは言わせないネ!!」

 

 

「そうだった総悟ォ!! お前あとで覚えとけよ!!」

 

 

「安心してくれ新八君! 未来の義弟(おとうと)はこの俺が護る!!」

 

 

「誰が義弟だゴリラァァ!!」

 

 

「志村、近藤局長、バカをやってないでさっさと退くぞ」

 

 

土方が指示を飛ばし、それに従って撤退を始める隊士たち。そして沖田とヴィータ、近藤とシグナムに連れられて、新八と神楽も真選組の船へと向かう。

 

 

「させるかァァ!! 全員残らず狩りとれ!!」

 

 

彼らを逃がすまいと襲い掛かって来る天人達。その瞬間、銀時とフェイトが同時に動いた。

銀時は襲ってきた天人から即座に奪い取った刀で、フェイトはバルディッシュを変形させたライオットブレードで、それぞれ天人を斬り伏せた。

 

 

「退路は私達が護る」

 

 

「行け」

 

 

夫婦そろって並び立ち、そう言い放つ。

 

 

「でも…!!」

 

 

「銀さん!! フェイトさん!!」

 

 

「ゆくぞ」

 

 

「わっ!! 離すネ、ザッフィー!!」

 

 

「フェイトちゃん、無理したらアカンで!!」

 

 

銀時とフェイトがこの場に残る事に新八と神楽がなにか言おうとしたが、その前にザフィーラが2人を両脇に抱えてその場から船に向かって走って行った。

それに続いて近藤や沖田、はやてやシグナムたちなどの他の隊士たちも撤退していく。

 

 

「死ぬなよ…万事屋」

 

 

そして土方も2人の背中に向かってそう言葉を洩らしながら、その場から去って行った。

 

 

「あっ…あれは!! 間違いない、あの時の侍…」

 

 

以前、春雨の計画を妨害した銀時の存在に気付いた天人がそう声を上げる。

しかしその瞬間、それを言った者も含めた数人の天人が斬られて床に倒れる。

 

 

「どけ。俺は今虫の居所が悪いんだ」

 

 

そこには刀を持った桂が立っていた。

 

 

そして自然とこの場に残った3人で背中合わせになり、天人とガジェットで構成された春雨の軍勢に向き合う。

 

 

「…よォヅラ。どーしたその頭、失恋でもしたか?」

 

 

「黙れ、イメチェンだ。貴様こそどうしたそのナリは。フェイト殿と夫婦喧嘩でもしたか?」

 

 

「バカ言え、フェイトと夫婦喧嘩してこの程度で済むワケねーだろ」

 

 

「ちょ…銀時、私喧嘩でそこまでボコボコにしたことないよね?」

 

 

「喧嘩でボコボコにしていることは否定せんのか」

 

 

そんな軽口を叩き合いながらも、目の前の軍勢からは目をそらさずに真っ直ぐに見据える。

 

 

「行けェェ!! あの2人の首をとれェェ!! 傍にいる女も皆殺しだァァ!!」

 

 

天人の1人の号令で、軍勢が一気に3人に向かって押し寄せる。

それを合図に、たった3人による春雨との戦いが始まった。

 

 

銀時は型に嵌らない剣術で敵を斬り、時には敵から奪い取った刀以外の武器も使い、更には蹴りなどの体術も使って天人を薙ぎ倒す。

 

桂は荒々しい銀時の剣術とは違い、素早く且つ急所を正確に狙った剣技で天人を斬り捨てる。

 

フェイトは非殺傷設定を解除したライオットブレードを振るう。加えて『ブリッツアクション』と呼ばれる腕の振りや動きなどの全体の動作を高速化する魔法を使用し、瞬く間に幾人もの天人を鮮血に染めていく。

 

 

「ひっ…ひるむなァァ!! 押せ! 押せェェ! たたみかけろォォ!!」

 

 

負けじと春雨軍も人数差を利用して休むことなく襲い掛かるが、3人は圧倒的な人数差をものともせずに天人の軍勢を無双していったのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その光景を、春雨の戦艦の甲板から眺めていた万斉は、呟くように口を開く。

 

 

「あれが坂田銀時と桂小太郎。強い…一手死合うてもらいたいものだな。そしてあれがフェイト・テスタロッサか……」

 

 

そう言いながら最後に万斉が視線を向けたのは、フェイトだった。そして彼女の戦いぶりを目にして、自然と口角が吊り上がった。

 

 

「フッ…流石は白夜叉の伴侶でござる。まるで金と銀──2匹の夜叉(おに)がいるようでござるな」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「銀時ィ!! フェイト殿ォ!!」

 

 

「あ?」

 

 

「なんですか!?」

 

 

天人を斬り捨てながら、桂が銀時とフェイトに向かって叫ぶ。

 

 

「世の事というのはなかなか思い通りにはいかぬものだな! 国どころか、友1人変えることもままならんわ!」

 

 

「ヅラぁ! お前に友達なんていたのか!? そいつぁ勘違いだ!」

 

 

「仮にいたとしてもきっとロクでもない友達だね!!」

 

 

「斬り殺されたいのか貴様らは!!」

 

 

そう言いながら敵を斬り続ける3人の顔は、口角を上げて笑みを浮かべていた。

 

 

「銀時ィィ!! フェイト殿ォォ!!」

 

 

「あ"あ"あ"!?」

 

 

「なに!?」

 

 

そしてまたもや桂が叫ぶと、3人は再び背中合わせになる。

 

 

「お前達は──変わってくれるなよ」

 

 

肩で息をしながらも、ハッキリと背中を預ける2人にそう言い放った。

 

 

「お前たち夫婦を斬るのは骨がいりそうだ。まっぴら御免こうむる」

 

 

「ヅラ、お前が変わった時は、俺が真っ先に叩き斬ってやらァ」

 

 

「じゃあ私か銀時が変わった時は、お互い壮絶な夫婦喧嘩になりそうだね」

 

 

そう言うと3人は…左からフェイト、銀時、桂の順で並びながら、それぞれが手にしている刃を掲げる。

 

その掲げられた刃の切っ先は……春雨の戦艦の上で、万斉やスカリエッティと共に高みの見物でキセルをふかす高杉に向けられていた。

 

 

「高杉ィィィ!! そーいうことだ!」

 

 

「次に会った時にはもう容赦しない!!」

 

 

「そん時ァ仲間もクソも関係ねェ!」

 

 

「「「全力で…てめーをぶった斬る!!」」」

 

 

桂、フェイト、銀時が声高々に叫ぶ。

かつて同じ師を仰いだ4人が、完全に袂を分かつ瞬間であった。

 

 

「せいぜい街でバッタリ会わねーよう気をつけるこった!」

 

 

「スカリエッティ、お前もだ! 次は絶対に逃がさないから!!」

 

 

そして言うや否や3人は一斉にその場から走り出し、そのまま船の縁を飛び越えてダイブしていった。

 

 

「なっ…!?」

 

 

それを見た敵の天人は目を見開きながら、すぐに船の縁から身を乗り出して下を見る。

 

 

するとそこには……上着の下に隠し持っていたエリザベスの顔が描かれたパラシュートを広げる桂と、それにしがみつく銀時、そして飛行魔法でゆっくりと降下していくフェイトの姿があった。

 

 

「ブハハハハハ! さ~らばァァ!!」

 

 

「逃がすなァァァ!! 撃てェェェ! 撃てェェェ!!」

 

 

高笑いを上げる桂を逃がすまいと、船の側面の大砲で彼らを撃ち落とそうとする。

しかし不思議とその砲撃は当たらず、見当違いの方向で虚しく爆散するだけであった。

 

 

「パラシュートまで持ってたなんて、用意周到だね桂さん」

 

 

「ルパンかお前は」

 

 

「ルパンじゃないヅラだ。あっ間違った桂だ。伊達に今まで真選組の追跡をかわしてきたわけではない」

 

 

そんな会話をしながら、桂は自分の懐から刀傷のついた教本を取り出した。

 

 

「しかしまさか奴も、コイツをまだ持っていたとはな……」

 

 

「そっか……高杉もコレを……」

 

 

それを見て、フェイトも懐から同じものを取り出した。傷などはついていないが、色あせて古ぼけた教本だった。

 

 

「フェイト殿もか。どいつもこいつも、思い出を大切にしているのだな」

 

 

そしてその教本に視線を落としながら、桂は溜息まじりに言葉を続ける。

 

 

「……始まりはみんな同じだった。なのに、随分と遠くへ離れてしまったものだな」

 

 

物憂げな表情で、頭上に浮かぶ2隻の船を見上げる桂。

 

 

「そうだね……みんな、同じだったのにね……松陽先生」

 

 

フェイトも手にした教本をギュッと胸に抱え込みながら、呟いた。

 

 

「銀時…お前も覚えているか、コイツを」

 

 

「ああ」

 

 

教本を示しながら尋ねる桂。

それに対して……銀時はぼんやりと目の前で広がっている、綺麗に澄み渡るような青い空と白い雲を眺めながら静かに応えた。

 

 

 

 

 

「──ラーメンこぼして捨てた」

 

 

 

 

 

『真伝・紅桜篇』

―完―




ようやく紅桜篇完結です。

やっとシリアスから解放される…ギャグが書ける……!!(感泣)


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日常篇
久しぶりにギャグ回やると何が面白いのかよく分からなくなるよね


紅桜篇が終わり、ようやく思う存分ギャグが書けるとテンションが上がって最初からフルスロットルで飛ばそうとしたらエンストした上に道に迷ってなんやかんやあった末にスタート地点に戻るを数回繰り返した……そんな感じで完成した話です。


 

 

 

 

 

「先の一件で、高杉一派の被害は甚大で、死者・行方不明者、五十数名。あの人斬り似蔵も…おそらく死亡したものだと思われます。奴らが開発していた兵器、紅桜も船と共に海に消えました……以上が、先日の事件の顛末です。」

 

 

場所は江戸のとある定食屋。

そこの席の一角では、真選組副長の土方十四郎と監察の山崎退が向かい合って座っていた。

高杉晋助率いる鬼兵隊による紅桜の事件から数日後……その事件の内容をまとめた報告書を、山崎が読み上げて報告していたのだ。

 

 

「ご苦労。これでしばらく高杉一派は動けねーだろ。だがまさか、桂の野郎が生きていたとはな」

 

 

そう呟きながらカツ丼に大量のマヨネーズをかける土方に、山崎は顔を引きつらせる。

決して土方のマヨネーズの量に気分を害したわけでは──いやそれもあるのだが、それだけが理由ではない。

 

 

「他の隊士からの報告によると…俺達が撤退したあと、船に残った万事屋の野郎とテスタロッサの2人以外に、もう1人いたらしい。そいつは髪型は異なっていたが、間違いなく桂だったとのことだ」

 

 

「へ…へぇ~、そうだったんですかぁ~……」

 

 

冷汗を滝のように流しながら、相槌をうつ山崎。

あの日、高杉の船に潜入していた山崎は桂に遭遇しているのだが、それを土方に報告しなかったのだ。

理由は桂に借りのあるヴィータに口止めされているからだ。

もし喋ればアイゼンの頑固な汚れにされ……バレれば土方に切腹を言い渡される……どちらにしろ殺される未来しか見えないのなら、土方にバレないことを祈りながら隠し通すことにした山崎だった。

 

 

「まぁ今は桂のことはいい。問題はその桂と一緒にいた野郎だ」

 

 

「万事屋の旦那ですか?」

 

 

「確かあの野郎は以前、池田屋の一件の時も桂と関わっている風だったが、うまい事逃げられたんだったな。高杉とも何か因縁があるようだったし……洗うか」

 

 

「副長、旦那は今回の事件解決における立役者ですよ。高杉一派に大打撃を与えられたのだって、旦那の活躍があったからこそで……」

 

 

「それとこれとは話が別だ」

 

 

山崎の反論をバッサリと切って捨て、口に咥えたタバコに火を着けながら話を続ける。

 

 

「元々うさん臭ェ野郎だ、探れば何か出てくる奴だってのはお前も前からわかってただろ。派手な動きもせなんだから捨ておいたが…潮時かもな」

 

 

「これで、もし旦那が攘夷活動に関わっていた場合は」

 

 

「んなもん決まってるだろ」

 

 

紫煙を吐きながら、土方は山崎に指令を下した。

 

 

「事件解決の立役者だろーが何だろーが、俺達の敵には違いねェ──斬れ」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「……ここか……意外に広いな」

 

 

その夜、山崎は忍者のような黒装束というスタイルで、志村家である恒道館道場へとやって来ていた。

なぜここに足を運んだかと言うと、昼間に銀時のもとを訪ねた際に、銀時はケガの療養の為に新八の家にいるという話を万事屋の大家であるお登勢から聞かされたのである。

 

 

──確かに旦那、ボロボロだったもんなぁ。しかし斬れとは…副長も無茶を言う。自分も旦那に負けたくせに、俺が勝てるワケないだろ。何考えてんだ…それに旦那に何かあったら、奥さんが黙ってないだろーしなぁ……どうしろってんだよ。あーヤベ、帰りて。

 

 

内心で愚痴りながらも敷地内に忍び込み、足音すら立てずに潜入を成功させるところは流石監察と言ったところだろう。

そして屋敷で灯りのついている部屋の様子を伺おうとすると……

 

 

「クク…来たか」

 

 

──!? バレた!?

 

 

その部屋の開け放たれた戸の向こうから銀時の聞こえた。

潜入がバレたと思った山崎は、ビクッと身体を震わせながら物陰に隠れるが、部屋から聞こえてくるのは銀時の見透かしたような声。

 

 

「そろそろだと思ったぜ。だが、俺にはお見通しだ」

 

 

──なんてこった、さすが旦那だ。こっちの行動は全て予測済みってワケか…

 

 

潜入が看破されたことに畏怖の念を抱きながら、大人しく物陰から出てきてからそっと開いている戸から部屋の様子を覗き込む山崎。

 

 

「これで終めーだァァ!!」

 

 

同時に部屋から高々と響く、銀時の叫び声。

そして部屋を覗き込んだ山崎の目に飛び込んで来たのは……

 

 

 

 

 

「革命じゃァァァ!!」

 

 

 

 

 

布団の上でトランプの大富豪をやっている銀時達だった。

 

 

──トランプやってたんかい…まぎらわしいマネを。

 

 

ズッコケる山崎。

そして布団の上に絵柄の揃ったカードを叩きつけた銀時は、得意気に高笑いをしながら対戦相手であるフェイトと神楽に宣言する。

 

 

「ブワハハハハ!! 見たか富豪共、大貧民の底力を!! これでてめーらを引きずり落として……」

 

 

「じゃあ私、革命返しね」

 

 

「え、あ、ちょっ……!!」

 

 

しかしそれもほんの束の間で、フェイトの出した札によって一瞬にして銀時の優位は崩れ落ちたのだった。

 

 

──とにかく軒下へもぐろう

 

 

そんな銀時達に呆れながら、山崎は縁側から軒下へと潜り込んで部屋の床下へと向かう。

 

 

「はい、あがり」

 

 

「私もあがりアル」

 

 

「クソがァァァ!! これで俺8連敗だぞォ!! おかしくね!? おめーら何か仕組んでね!?」

 

 

「それは言い掛かりだよ銀時」

 

 

「そうアル。所詮銀ちゃんなんてゲームでも現実でも大貧民になる悲しい運命ネ」

 

 

「うるせェェ!! もう1回だ!! こうなったら俺が大富豪になるまで……」

 

 

銀時が勇んで布団から立ち上がったその時……部屋の襖が勢いよく開かれた。

 

 

「何勝手に動いとんじゃあああ!!」

 

 

そこから現れたのはこの家の家主である志村妙。

彼女は鬼の形相で部屋に飛び込んでくると、手に持った薙刀の刃先を銀時に向かって振り下ろす。

 

 

「「ぎゃあああああああああ!!」」

 

 

股の間に薙刀を突き立てられて悲鳴を上げる銀時。

しかし悲鳴を上げたのは彼だけではない。お妙が突き立て刃は布団と床を貫通し、その床下に潜んでいた山崎の目と鼻の先に突き出たのだ。幸いにも山崎の悲鳴は銀時の悲鳴にかき消されたので、存在がバレることはなかった。

 

 

「もぉー銀さんったら、そんな怪我でハシャいだらダメって言ってるでしょ──死にますよ(殺しますよ)

 

 

「すいませんけど、病院に入院させてもらえませんか。幻聴が聞こえるんですけど。君の声がね、ダブって殺すとか聞こえるんだけど。いやいや君が悪いんじゃないよ、俺が悪いのさ」

 

 

「ダメですよ。入院なんてしたら、どーせスグ逃げ出すでしょ。ここならすぐ仕留められるもの」

 

 

「ホラッ! また聞こえた! 仕留めるなんてありえないもの! 言う訳ないもの!」

 

 

「銀さん、幻聴じゃありませんよ」

 

 

居間のテーブルに頬杖をつきながら煎餅をかじる新八がやんわりとツッコミを入れる。

 

 

「つーか何でおめーがそんなやる気(殺る気?)に満ち溢れてんの!? 今回お前関係なくね?」

 

 

銀時がそう言うと、お妙は床に刺していた薙刀を抜いてから、どこか憂いを帯びた表情で口を開く。

 

 

「……関係ないなんて言わないでください。これでもとても心配したんですよ。新ちゃんから銀さんが大怪我をしたって聞いて…すぐに万事屋へ向かったら、もう銀さんもフェイトさんも家を出た後で……結局私は何も出来な手くて……」

 

 

「…………」

 

 

「お妙……」

 

 

「姉御……」

 

 

顔を伏せ…身体と声を震わせながら語るお妙を、銀時達は複雑そうな表情で見やる。

 

 

「なんで…なんで……」

 

 

そして……

 

 

 

 

 

「なんで紅桜篇における私の出番が丸々無くなっとんのじゃあァァァ!!」

 

 

「そっちィィィィィ!!?」

 

 

 

 

 

お妙が青筋を浮かべた怒りの表情で振り回す薙刀を、銀時は身体を床に這いつくばらせて回避しながら絶叫に似たツッコミを入れた。

 

 

「原作じゃ毛ほども出て来なかったゴリラ共が出張って来てるのに、私の出番がなくなってるってどういうことだ!? あァん!?」

 

 

「知らねーよ!! それ俺ら関係ねェだろ!! 八つ当たりすんなら作者にしてくんない!?」

 

 

「八つ当たりじゃありません、腹いせです」

 

 

「それ同じ意味だろーが!!」

 

 

そんな物騒なやり取りを、山崎は床下で聞いて顔を引きつらせていた。

 

 

──これ見つかったら俺も殺されるかもしんない。あ、でもおかげでのぞき穴が。これで部屋の様子も見て取れるぞ。

 

 

先ほどお妙が薙刀を突き刺したことで生まれた床穴。山崎はそこから目を覗かせて部屋の様子を伺う。

 

 

「さて、冗談はこれくらいにして、そろそろお腹が減った頃でしょ?」

 

 

「冗談じゃなかったよね? 完全に殺る眼をしてたよね?」

 

 

「お料理作りましたよ」

 

 

「……お妙、なにソレ? 何その黒い物体?」

 

 

「卵がゆです。消化にいいと思ったんで」

 

 

「うん、たぶんソレ消化にも体にも悪いと思うからやめとこうか。代わりのおかゆなら私が作るから」

 

 

「大丈夫ですよフェイトさん、確かにちょっとだけ焦げちゃいましたけど味には問題ありませんから」

 

 

「焦げたっていうか消し炭になってるよねソレ。むしろ卵の焼死体だよねソレ。原型がなくなるくらい燃え尽きてるよねソレ」

 

 

「あ、でも動けないから食べさせてあげないとね。フェイトさん、妻として銀さんに食べさせてあげてますか?」

 

 

「お妙、お願いだから話を聞いて。それ遠まわしに私に夫を殺せって言ってるようなものだから」

 

 

お妙が卵がゆと称して持ってきたのは、禍々しいほどに真っ黒に焦げたナニか。通称『かわいそうな卵』又は『暗黒物質(ダークマター)』と呼ばれている代物である。当然、口にして良いのものでは決してない。銀時も顔を真っ青にして「なんの拷問だよ」と呟いている。

フェイトがやんわりと銀時に食べさせようとするのを阻止しようとするが、自分の料理(?)に絶対の自信をもっているお妙は頑なに譲ろうとしない。それどころか自分で夫にトドメをさせと言ってきた。

 

 

──なんだ、メシか?

 

 

「姐御、フェイトがやらないなら私にやらして」

 

 

「ハイハイ、神楽ちゃんはお母さんね」

 

 

すると、フェイトの代わりに自分がやると言い出した神楽。お妙はそんな彼女を微笑ましく思いながら、卵がゆ(ダークマター)の入った器を神楽に手渡そうとする。

 

 

「あっ」

 

 

しかし神楽はその器を受け取り損ない、銀時の布団の上に落としてしまう。

 

 

「ん?」

 

 

しかもその落ちた先は山崎が覗いている穴の真上であり、そうなると必然的に器から零れた卵がゆ(ダークマター)は、山崎の右目の上に振りかかった。

 

 

──ギャアアアアアアアアア!! 目にィィィィ!! 目に何か…刺さったァァァァ!!

 

 

右目を両手で押さえながら、声を出さずに悶絶する。右目を抑えている手の隙間からは、ジュウウという聞こえてはいけない音と共に黒い煙が洩れている。

 

 

──焼けるゥゥゥ!! 目が…目がァァァ!! 劇物だ!! 間違いない、これは何らかの兵器だ!

 

 

いいえ、卵がゆ(黒)です。

 

 

──間違いない、あいつら、俺の存在に気付いている!! 早く逃げないと殺され…

 

 

潜入していることが気づかれたと勘違いした山崎は、急いで軒下から這い出て逃げ出そうとする。

 

 

「向こうに残りがあるんで取ってきます」

 

 

「……今だ!」

 

 

「え、ちょっ、銀時!?」

 

 

だがちょうどそのタイミングで、銀時もまたお妙の看病という名の拷問に耐えかねて部屋から逃げ出した。しかもフェイトも巻き込んで一緒に。

 

 

「動くなっつってんだろーが!!」

 

 

「「「ぎゃあああああ!!」」」

 

 

すかさず薙刀を振り回すお妙。フェイトと山崎は完全にとばっちりである。

 

 

「冗談じゃねェ! こんな生活、身がもたねェ! 帰ってフェイトに看病されたほうがマシだァ!!」

 

 

「帰るって今から!?」

 

 

「待てコラァァァ! 天パ―!!」

 

 

縁側を飛び越えて庭に着地した銀時は、戸惑うフェイトの手を引いて一目散にその場から逃げ出す。そんな2人を神楽が追いかける。

 

 

「新ちゃん! 要塞モード…ONよ!」

 

 

「ふぁい」

 

 

するとお妙が居間に向かって叫ぶと、新八が気の抜けた返事を返しながら、テーブルに出現したスイッチを押した。

 

 

その瞬間、屋敷の塀の上には槍のような鉄柵が出現し、出入り口には丸太で出来た格子が降りて来て門を固く閉ざす。更には屋敷のいたる所に数多の罠が出現する。

 

 

「フハハハハハ!! 逃げられると思うてか!? この屋敷はなァ、幾多のストーカー被害を受け、賊の侵入を阻むため、コツコツ武装を重ね、もはや要塞と呼べる代物になっているんだよ。ネズミ1匹逃げられやしない! 鋼の要塞にね!!」

 

 

「道場の復興は?」

 

 

高らかと得意気に笑うお妙に対し、新八は色々と諦めたような表情で煎餅をかじりながらツッコミを入れたのだった。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

「ぎゃああああ!! 局長(バカ)かァァァァ!! あの局長(バカ)の日頃の行いのせいで…」

 

 

一方で完全にとばっちりを喰らっている山崎は、身に襲い掛かるいくつもの罠から逃げまどいながら、お妙がこれらの罠を作る要因の大部分となっているであろう自らの上司に対して叫ぶ。

 

 

「アッハッハッ! お妙さん、甘いですよ! 絶対に出られないということは、裏を返せばお妙さんと俺の絶対不可侵領域の愛の巣ができるということ!」

 

 

「!」

 

 

すると…偶然通りかかった落とし穴と思われる大穴の中から、聞き覚えのあるバカの声が響いてきた。

思わず山崎は足を止め、その穴の中を覗き込む。

 

 

「そうだ! そういう事なんでしょ。ポジティブだ、ポジティブなことだけを考えろ勲。この状況で一瞬でもネガティブな事を考えてみろ勲。あのバーゲンダッシュの二の舞勲(まいさお)

 

 

「やっぱりいたんかいィィィ!!」

 

 

その中には予想通り、真選組局長の近藤勲の姿があった。

穴の底から突き出ている竹槍に貫かれないよう、両手両足を壁に張りつけて必死に踏み止まっていた。因みにその下には、竹槍の餌食となったバーゲンダッシュが落ちていた。

 

 

「その声はザキ! 山崎かァァ!! よりによって死の呪文みたいな奴が助けにきやがった!」

 

 

「それじゃ座男陸(ザオリク)さん呼んできますね」

 

 

「ウソ! ウソウソ!! 更木(ザラキ)君でなくてよかった! 剣八君でなくてよかった勲!」

 

 

一瞬見捨てようかと考えた山崎だったが、近藤の必死な呼びかけによって思いとどまる。

 

 

「早く引き上げてェェ!! ヤバッ…もう手足がガクガクで…生まれたてのゴリラ…」

 

 

「子馬です局長」

 

 

「違う違う! 今の間違ってないからね! 俺が言ってんのは精神的な意味だから! 誰だって生まれたては不安じゃん!!」

 

 

「アンタは生まれて30年近く経ってんのに不安定ですよ」

 

 

そんなやり取りをしながらも、近藤を引き上げようとする山崎。

 

 

「フフ、甘いわね」

 

 

するとその近くで空いていたもう1つの落とし穴から、女性と思われる声が聞こえた。気になった山崎は引き上げ作業を止め、その穴を覗き込む。

 

 

「こんなワナで私の銀さんへの想いが折れるとでも思った? お妙さん。裏を返せば、これはあなたが私を恐れてるって事でしょ? 銀さんを取られるかもって思ってるワケでしょ? そうよ、そういう事よ。ポジティブよ、ポジティブな事だけ考えるのさっちゃん。この状況で一瞬でもネガティブな事考えてみなさっちゃん。あの眼鏡の二の舞さっちゃん」

 

 

「ここにもバカがいたよォォ!!」

 

 

その中にはナース服の女性が近藤と同じように両手両足を壁につけて踏ん張った状態でいた。

彼女の名は『猿飛あやめ』。元・御庭番衆の忍者であり、現在は『始末屋さっちゃん』として活動するくノ一の殺し屋。

ひょんなことから銀時に惚れて以降、忍者の能力を活用して銀時をつけ回すストーカーでもある。因みに超がつくほどの近眼であり、普段から愛用している眼鏡はすでに竹槍の餌食となっていた。

 

 

「その声は銀サン! 助けにきてくれたのね! ごめんなさい、私、銀サンを看病しようと忍び込んだらこんな事に…」

 

 

「ちげーよバカ! 眼鏡取れたら耳まで遠くなるのか!?」

 

 

「ウフフやっぱり銀サン! 私を喜ばせるそのサドっぷりは銀サンだけだもの、私は騙されないゾ!」

 

 

「なんだ? この落とし穴に落ちるバカが人を腹立たせるバカばかりか!?」

 

 

「コラァァ死の呪文! 何してんだァ!! 早くしないと生まれたてのゴリラが死にたてのォォォ!!」

 

 

「うるせェェェ!! マジで更木さん呼んで来てやろうか!!」

 

 

「やっぱり銀サンだわ! そうやって焦らして楽しんでいるのね、いいわよ乗ってあげるわよ!」

 

 

「お前も黙れ!! 漸羅鬼威魔(ザラキーマ)さん呼ばれたくなかったら黙れェェ!!」

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

その後……そんなバカ2人の相手に辟易しながらも何とか2人を落とし穴から引き上げた山崎は、近藤とついでにさっちゃんに事情を説明した。

 

 

「なにィィィ!? 万事屋の野郎が一つ屋根の下、お妙さんに看病されているだとォォォ!!」

 

 

「どこに食いついてんですか! 調査! 万事屋の旦那を調査しにきたの!」

 

 

「ふざけんなよう! そんなさァ、だってさァ、野郎とお妙さんがどうこうなるとは思ってねーけどさァ、ズルイよ! 俺なんてさァ、何回もアタックしてんのにさァ、竹槍ルームで寝てろ的なさァ」

 

 

「ダメだコレ、全然聞いてないよ」

 

 

山崎の言葉に耳を貸さず、銀時を羨ましがる近藤。

銀時にはフェイトという嫁がいるので、お妙とそう関係になる事はないと重々承知しているが、それでも羨ましいものは羨ましいのだ。

 

 

「何アナタ、そんな事でヘコんでるの? ストーカーの風上にも置けない人ね」

 

 

「何だァクソ(あま)ァ!!」

 

 

「オイオイ、もうなんかストーカー談義になっちゃってるよ」

 

 

同じストーカーであるゆえの同族嫌悪なのか、お互いに敵意むき出しで語り始める。

 

 

「この世界にその人が存在することだけで感謝しなさいよ。少しマゾっ気が足りないんじゃなくて? 私なんて、銀サンは子供がいるって聞いた時も平気だったわ。むしろ興奮したわ」

 

 

「さっきから人をストーカーストーカーと…アンタと一緒にしないでくれるか! 俺はね、人より恋愛の仕方が不器用でしつこくて陰湿なだけだ!」

 

 

「それがストーカーです」

 

 

「お笑いね、自分がストーカーという事も気づいてないんだ」

 

 

「断じてストーカーじゃありません! しいて言うなら追跡者(ハンター)です、愛の」

 

 

局長(ハンター)、もういいでしょ。んな事言ってる場合じゃないんですって」

 

 

ストーカー同士の会話をムリヤリ終わらせ、山崎はうんざりしたような表情で近藤に対して口を開く。

 

 

「正直な話…いくら副長の指示でも、俺はこの調査に乗り気じゃないんです。確かに旦那にはうさん臭い所もありますけど、それ以上に色々世話になってることもありますし……」

 

 

「むぅ……まァ確かに、先の事件でもアイツのおかげで高杉の野望を阻止できたという借りもあるしなァ」

 

 

山崎の訴えに、近藤も思うところがあるのか難しい表情で頷く。

 

 

「それに旦那にはあの奥さんがいるんですよ? 結婚して嫁さんがいる身で、攘夷活動に加担するとは思えな──」

 

 

「……………は?」

 

 

「──あばァ!?」

 

 

そんな山崎の言葉を、口周りを鷲掴みにして物理的に遮ったのは、さっちゃんだった。

しかも彼女の両目はこれでもかというほど見開かれており、瞳の焦点がまったく定まっていなかった。傍から見ても動揺しているのが見て取れる。

 

 

「え? 今なんて言ったの? ごめんなさい、ちょっとよく聞き取れなかったわ。銀サンが、何? 結婚してるとか聞こえた気がするんだけど気のせいよね? え? 今なんて言ったの?」

 

 

「むがががががが!!」

 

 

ピキピキと顔中に青筋を浮かべた恐ろしい形相で山崎に迫るさっちゃん。しかし当の山崎は顔を鷲掴みにされているのでそれどころではない。

そこで近藤が代わりに口を開いた。

 

 

「何だ知らなかったのか? 万事屋は実は既婚者で嫁さんがいたらしいぞ」

 

 

直後、ピシリと何かがヒビ割れたような音が聞こえた気がした。そしてさっちゃんは山崎を解放すると、壊れたブリキのようにギギギと首だけを動かして近藤を見た。

 

 

「ハァァァァァ!!?」

 

 

そしてワナワナと身体を震わせると、絶叫に似た叫び声を上げた。

 

 

「ふざけんじゃないわよォォォ!! どこのどいつよそいつはァ!? 私の銀サンを奪った泥棒猫は誰なのよォォ!?」

 

 

「フェイト殿と言ってな。器量良し、気立て良しのとても美人なお方だよ。正直、万事屋にはもったいねー位の出来たお人だ」

 

 

「フェイトォォ? 誰よソレ? 銀魂にそんなキャラがいるなんて聞いたことないんですけど~?」

 

 

「そりゃそうだろ、フェイト殿はリリカルなのはのキャラだからな」

 

 

「ハァァ!? なんで他所のキャラが銀サンと結婚なんてしてんのよ? 意味わかんないんですけどー!!」

 

 

「いやだってコレ、銀魂とリリカルなのはのクロスオーバー小説だし…」

 

 

「冗談じゃないわよ!! クロスオーバーだからって何でも許されると思ってんの!? こちとら原作の40話あたりからずーーっと銀サンの事を思い続けてんのよ!! それが何? 他所からしゃしゃり出てきたキャラに銀サンを掻っ攫われたですって? んなもん許されるワケないでしょーが!! 銀サンの雌豚に相応しいのはこの私よ!!」

 

 

「最後のはオメーの願望じゃねーか!!」

 

 

「だいたいリリカルなのはのフェイトってアレでしょ、原作じゃ男っ気0な上に親友の女の子と一緒に寝たり、一緒にお風呂入ったり、一緒に暮らしたりしてる百合女じゃない。少女時代とかだったらまだしも、二十歳超えてそれやってたらもう親友じゃなくてただの百合カップルよね。だから二次創作とかでも百合キャラ扱いされたり、主人公にちょっと優しくされただけで落ちるチョロインみたいな扱いされるはめになるのよね」

 

 

「おいィィィィ!! 色んな世界のフェイトさんをディスり始めたよこの人ォォ!!」

 

 

「やめろォォォ!! それ以上は止めるんだ!! この世界を崩壊させる気かァァ!?」

 

 

「その点、私ならたとえ二次創作だろうと銀サンへの愛がブレる事はないわ! 誰にも私の愛を捻じ曲げることなんてできないのよ!!」

 

 

「そりゃそうだよ!! おめーみてーなストーカー女の愛なんて誰もいらねーよ!! 少なくともココの作者はそんな作品見たことねーもの!!」

 

 

「やめて!! マジやめて!! この小説終わっちゃうから!! そんな事しても万事屋とフェイト殿が夫婦なのは変わんねーから!!」

 

 

発狂したように色々と危ない発言を叫ぶさっちゃんに対して、ただならぬ危機感を感じた近藤と山崎はツッコミを入れながら彼女を阻止しようとする。

すると、突然さっちゃんの狂言がピタリと止み…糸が切れたように頭や両腕をダランと垂らす。

 

 

「……ウフフ……そうよ、終わらせればいいのよ。銀サンを奪った泥棒猫を抹殺して、このクソみたいな世界(しょうせつ)を終わらせて……私と銀サンによるSF人情なんちゃって時代劇ラブコメ小説に生まれ変わるのよ!! 始末屋さっちゃんの名にかけて、この世界に蔓延るリリカルなのはの要素を全て消し去ってくれるわァァァァ!!」

 

 

「病んでるゥゥゥ!! 病んじゃってるよこの人ォ!!」

 

 

そう宣言してどこからか取り出したクナイを握り締めながら顔を上げたさっちゃんの瞳は、とてつもない(病み)が渦巻いていた。

 

 

「イカン!! このままあの女にリリカルなのは要素が抹消されれば、この小説の存在意義がなくなってしまう!! ただの原作丸パクリ小説に成り下がってしまうぞ!!」

 

 

「ただでさえギリギリなのに、そうなったら運営が黙ってませんよ!! マジでこの小説消されますよ!! どうするんですか局長ォォ!!」

 

 

「え、これ俺達が阻止しなきゃいけないの? 俺あんなダークサイドに堕ちた奴を止められる自信ないんだけど……」

 

 

発狂して今にも事を起こしてしまいそうなさっちゃんを前にして、戦々恐々としている近藤と山崎。

 

 

その時だった……

 

 

「おいフェイト、大丈夫か? 顔色悪ィぞお前」

 

 

「うん、大丈夫……なんか変な悪寒がして……銀時こそ大丈夫なの? そんな怪我で動き回って」

 

 

「大丈夫なわけねーだろ、ったく。まいったぜ、なんでこんな目に」

 

 

「銀時が大人しく療養しないからだよ」

 

 

「大人しくしてても殺されかけたんだけど」

 

 

あろうことか、最悪のタイミングで話題の張本人である銀時とフェイトが揃って通りかかってしまったのだ。

しかも2人は肩を並べて会話しながら歩いている。本人たちは決してイチャついているわけではないが、今のさっちゃんから見れば仲睦まじくキャッキャウフフしながら歩いているようにしか見えない。

それが火に油……否、火事場に灯油タンクをぶち込む結果となった。

 

 

「あんの泥棒猫がァァ!! 誰の許可得て銀サンの隣を歩いとんのじゃァァァ!!」

 

 

「あっ、ちょ待っ……!!」

 

 

山崎が止めようとするも間に合わず、さっちゃんは(病み)と殺意が渦巻く瞳を更に妖しく光らせながら2人目掛けて走って行く。

 

 

「死ねェェェ!! 泥棒猫ォォォ!!」

 

 

「うおおおお!? お前、納豆女…!?」

 

 

「えっ!? なに!? 誰!?」

 

 

殺気立っているさっちゃんの出現に、銀時は驚愕し、彼女と面識のないフェイトは驚きながら戸惑う。

 

 

「見ィーつけたァァ!!」

 

 

「天パ―!!」

 

 

そこへ更に背後の茂みの中から、薙刀を持ったお妙と神楽が現れた。こちらも同じく殺気立っている。

 

 

「うおわァァァァ!!」

 

 

一斉に標的に向かって飛びかかる3人の女豹。銀時も堪らず叫び声を上げる。

 

 

 

──Sonic Move!!

 

 

 

だが次の瞬間……銀時とフェイトの姿が消えた。

 

 

「「「!?」」」

 

 

突然目の前から標的が消えたことに驚愕する女3人だが、飛び掛かった勢いは止まらない。

そのまま、お妙の空ぶった薙刀の柄の部分が神楽の顔面に直撃し、神楽の蹴りはさっちゃんの顎をかち上げ、さっちゃんの蹴りはお妙の腹部に深く減り込んだ。

同士討ちするような形で攻撃を喰らった3人は白目を剥いて気を失い、そのまま地面に落下する。するとその下に仕掛けられていた落とし穴が空いてしまい、女豹3人はその穴の中へと落ちて行ったのだった。

 

 

「「……………」」

 

 

ほんの一瞬の間に起きた一連の出来事を見ていた近藤と山崎は、顔を引きつらせながら呆然としていた。

 

 

「あービックリしたぁ……」

 

 

「オエ…気持ち悪……」

 

 

そして視界の端には、あの場を高速移動魔法『ソニックムーブ』で離脱したフェイトと、彼女に肩を借りた銀時の姿もある。ただし銀時は慣れない高速移動を体験したせいか若干酔い気味だった。

とそこで、フェイトが近藤と山崎の存在に気がついた。

 

 

「あれ? 近藤さんに山崎さん?」

 

 

「ど、どーも」

 

 

「お邪魔してます……」

 

 

未だに顔を引きつらせているが、なんとか片手を上げて挨拶だけは返す。

 

 

「2人はどうしてここに?」

 

 

「え、えーと…その……」

 

 

流石に万事屋の身辺調査とストーカーをやってましたなどと正直に話すわけにはいかず、フェイトの問いに近藤が言いよどんでいると、山崎が助け舟を出す。

 

 

「だ、旦那のお見舞いですよ!! ね、局長!?」

 

 

「そ、そうなんだよ! 先の事件で万事屋には世話になったんでな! それで礼も兼ねてお見舞いでもと……」

 

 

「そうなんですか? わざわざ主人の為にありがとうございます」

 

 

近藤の言葉をそのまま信じたフェイトは、深くお辞儀をしてお礼を述べる。その際に2人の良心が少々痛んだのは余談である。

 

 

「ホントかァ? お前らみてーなチンピラ警察がお見舞いなんて殊勝なことするたァ思えねーな。どーせアレだろ、いつもみてーにストーカーしてたゴリラをジミーが連れ戻そうとしたらココに閉じ込められたとかいうオチだろ?」

 

 

「し…失敬だな君はァ!! この俺がストーカーをやっていたという証拠がどこにあると言うんだ!?」

 

 

「今までの人生を振り返って来い」

 

 

そう言って真選組2人を疑ってかかる銀時。しかも言っている事の半分は合っている為に否定し辛い。

 

 

「銀時、ダメだよ。せっかくお見舞いに来てくれた人にそんな事言ったら」

 

 

「いやいや、だってよー」

 

 

「銀時」

 

 

「……へいへい、わーったよ」

 

 

そんな銀時を、フェイトが叱咤する。

 

 

「そうだ、ちょうどこれから夕飯の仕度をしようと思っていたところなので、もしよければお2人も食べていきませんか?」

 

 

「えっ!? いいんですか奥さん!?」

 

 

「もちろん。腕によりをかけて作りますね」

 

 

「そうですか! ならお言葉に甘えてご相伴に預からせて頂こうかなァ!」

 

 

「おいおい、いいのかよ? 勝手にこいつらを招待しちまって」

 

 

「お妙と新八からは私から言っておくから」

 

 

フェイトからの夕飯の誘いに、近藤と山崎は快くそれを受ける。

銀時は勝手に志村家の食卓に2人を招いていいものかと口にするが、フェイトが頼めば新八はもとより、お妙も渋りはするかもしれないが了承するだろう。

 

 

「ハッ、そうだお妙さん!! 早く落とし穴からお妙さんを救出せねば!!」

 

 

「あ、そうだった。お妙も神楽も大丈夫かな? あと、あのナース服の人」

 

 

「大丈夫だろ、あいつら無駄に頑丈だし」

 

 

ふと思い出したように叫ぶ近藤に、フェイトは落とし穴に落ちた3人の身を案じ、銀時はいつもの調子で応える。

 

 

「山崎!! 金は俺が出すから新しいバーゲンダッシュを買って来い!! もちろん人数分な!!」

 

 

「あ、はい」

 

 

近藤は早口でそう指示を出しながら、自らの財布を山崎に投げ渡す。

 

 

「それと……例の件は俺からトシに言っておくから、お前はテキトーに報告書を書いて提出しておけ」

 

 

「! 了解です!! バーゲンダッシュの買い出しに行ってきます!!」

 

 

最後にコソっと山崎にしか聞こえないような声量でそう告げると、山崎は元気よく返事を返してから、まるで肩の荷が下りたような軽い足取りで買い出しへと出かけて行ったのだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

──副長、やっぱりあの旦那は俺如きが推し量れる人じゃないようで。なんだか掴みどころがなくてね、愛されてんだか憎まれてんだか。周りを騒ぎに巻き込むくせに、人が集まってくるようで。

 

──その旦那の奥さんも不思議な人でね。時空管理局の執務官だなんて職業についている割には普通に主婦やってますし、あのほのぼのとした笑顔を向けられると、何だか毒気が抜かれちゃうんですよね。

 

──え? そんなこと聞いてないって? 攘夷志士? いや…あんま…わかんなかったんですけど、でもね…

 

 

「あの…」

 

 

「!」

 

 

近藤から頼まれた買い出しに行くために、塀の壁に空いていた穴から志村家を脱出した山崎。するとそこに、頭にバンダナを巻いた気の弱そうな少女に声をかけられた。

そして少女……村田鉄子は、ボソボソとした声で山崎に尋ねる。

 

 

「す…すいません。あの…銀さん…と、フェイトさん…いますか?」

 

 

「は?」

 

 

「…ここの家の人ですよね? ここに銀さん達がいるって聞いて来たんだけど、開かなくて」

 

 

どうやら鉄子は山崎がこの志村家の人間だと勘違いしているらしい。そして志村家の門が開かないのも、未だに要塞モードが解除されていないからだろう。

それを察した山崎は、鉄子に背を向けながら応える。

 

 

「ああ、今入んない方がいいよ。危ないから。じゃ、拙者は買い出しがあるので」

 

 

「あの…じゃあせめて、言伝を」

 

 

それを聞いて、振り返る山崎。

 

 

「私、色々あったけど、今は元気にやってます。本当にありがとう──て」

 

 

そう言って銀時達への言伝を伝えながら、鉄子は微笑んだ。

そしてその微笑みを見た途端……山崎はなんとなくだが、なぜ銀時が先日の事件に首を突っ込んで来たのか分かった気がした。

 

 

 

 

 

──……攘夷活動だなんだ、あの(バカ)は考えとらんでしょう。あの人はきっと……

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

   『報告書』

攘夷活動とか

旦那はしてないと思います。

それは女の子がやっていないと

言っていたからです。

あの娘の笑顔が見たかったんだろうなと

僕は思いました。

 

追伸

奥さんがご馳走してくれた夕飯は

とても美味しかったです。

           山崎 退

 

 

 

 

 

「作文んん!?」

 

 

 

 

 

つづく



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