召喚師 屍魎己~魔都東京 (律子)
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第1話 逢魔ヶ刻

 この作品は、以前にじファンに投稿していたのを加筆修正しました。TRPG,真・女神転生魔都東京200Xの設定が中心になります。スキル装備品の名称変更があります。
内容はフィクションであり、実在もしくは歴史上の人物、組織、地名などとは一切関係ありません。また特定の思想、信条、宗教を擁護、または『批判』する目的はありません。


「さて、授業も終わったし早く帰らないと」

 

 俺は立ち上がるとロッカーに向かう。掃除当番は先週だったので、急いで帰り支度を終えると教室を出た。廊下では他のクラスの連中が所々に集まってお喋りしている。授業が終わってのんびり出来る時間でもある。

 

「「深町」」

 

 振り向くと同じクラスの武原直之と倉橋一也だった。

 

「俺達は掃除当番なんだが、もし終わるまで待ってくれたら駅前のゲーセンで遊んでいかねぇか?」

 

 箒を持った倉橋が言うと、ネクタイを外し首にタオルを巻いた武原も眼鏡を掛け直して頷く。

 

「以前、店で貰ったチラシによると、新作のバイオマスターが今日入る予定なんだ。で、俺達はさっそくプレイしようと思ってお前も誘ったんだ」

 

 武原が誘ってくれるが今日だけは都合が悪い。俺は周囲を見回すと小声でいかにも『非常』に申し訳無いと表情をして2人に事情を話した。

 

「実は、な……ほらっ以前、3人で秋葉原のPCショップのイベントで応募した例の『あれ』が当たったんだよ……」

「おいっ!! マジかよ!!」

 

 2人が信じられないと言う顔で俺を見る。まぁ無理も無いよ。

 

「スゲーじゃん!! 俺なんか当たんないぞ!! いいなー!」

「シーー!! 2人とも声がでかいってば」

 

 大声で話す2人に周囲の生徒が俺達を見る。慌てて俺は2人の背中を押して教室の中に押し戻した。幸い、教室内の連中は俺達に関心を払っていない。

 

「……と言う訳なんだ。ゲーセンなら明日付き合うよ」

「まぁ、それじゃ仕方無いよな。……もし俺だったら待ちきれず仮病でとっとと早退するぜ。なぁ、そうだろタケ?」

 

 倉橋が同意を求めるように言うと、武原は肩をすくめる。

 

「そりゃそうだ。で、明日でもいいから絶対に俺達にも触らさせてくれよな、な」 

「おK、了解した。でも学校に持ってくるのはヤバイから俺の家でな。では、また明日」

 

 おどけて右手で敬礼をする。

 

「じゃあな」

「おう、明日楽しみにしているぜ」

 

 2人の声を背にしてそそくさと階段に向かった。倉橋と武原は中学からの親友で同じ趣味仲間だ。

 俺達の教室2年C組は2階にある。急ぎ足で降りると、昇降口で上履きから通学用の革靴に履き替えようとした時だった。

 

「深町君」

「なんだ黒井さんか……俺、急いでいるんだけど」

 

 いつの間にか同じクラスの黒井日菜子が立っていた。艶やかなセミロングの黒髪で前髪を眉毛の上で切り揃えている。端正な顔立ちはへちゃむくれ顔の女子連中の中で人1倍目立つ。そしてなにより目立つのは着ている制服が黒いセーラー服だ。リボンタイにボタンが付いている所謂ジャケットで、丈の長いスカートとストッキングも真っ黒。離れて見ると全身黒ずくめで某マンガの敵キャラみたいだよ。

 ちなみに、ここの制服は男女共に紺のブレザーで水色のネクタイだ。男はグレーにチェック柄が入ったスラックスで、女子はグレーのチェック柄ジャンパースカート。俺が脳内で描写していると、黒井は腕を後ろに組んで俺の前に来た。ほのかな香水の香りが鼻腔を刺激する。

 背の高さはやや小柄な俺より少し低いだけで女子生徒の中では平均だ。まるで獲物を狙うような鋭い目で俺を見つめる。

 

「もっ、もしかして俺に愛の告白かとじゃないよな……たぶん」

「……」

 

 俺の冗談に黒井は鼻で笑うかと思ったが、視線を向けたまま短く囁く。

 

「今日は何処にも寄り道しないで帰りなさい」

「なっ!!」

 

 黒井は背を向けると階段に向かった。他の奴なら笑って済ませるけど、あいつに言われると非常に気になる。追いかけて腕を掴むと一瞬、不愉快そうな目で俺を睨む。

 

「それ、どういう意味だよ?」

「今日の昼休みにタロットカードで占った結果だけど、深町君は運命の岐路に立っていると出たのよ。当選したんでしょ? 例の『あれ』」

 

 こ、こいつ、どうして知っているんだ。

 

「なっ、何で分かったんだよ?」

「あの2人が大声で話していたから……もし当選から外れていたのなら……占いも違う結果が出て、私もここまで追いかけて警告なんかしないわよ」

「……」

 

 俺が無言でいると黒井は話を続ける。

 

「普通の生活を続けたいのなら、学校を出てから誰からの頼みや手助け求めてきても無視して家に帰りなさい。一晩過ぎれば今迄通り、平凡だけど普通の生活が送れるわ」

 

 それだけ言うと黒井は階段を上がりだした。

 

「もし……警告を無視したらどうなるんだ……?」

 

 あいつは俺に背を向けたまま。

 

「悪魔との戦いに巻き込まれて最悪、深町君に死が訪れる」

「なん……だと……」

 

 黒井は立ち去った。いつの間にか昇降口の周囲は静寂に包まれ、誰もいない。まるで俺一人が取り残されたみたいだ。

 

「ったく、あの女、何様のつもりだ!! 俺が死ぬなんて……それに悪魔なんているわけねーよ!! お前はアニメやゲームに出てくる謎の女か!! これだから嫌だねー占いオタクって奴はよ」

 

 下校する他の生徒に混じって校門を出ると、ゆるい坂道を下り住宅街を歩きながら、つい口に出して毒づく。

 秋も11月下旬を過ぎるとかなり肌寒くなり、さすがに制服の上着だけでは辛くなってくる。

 先月まで明るかったこの時間帯も今ではかなり薄暗くなってきた。夕暮れ時は『逢魔ヶ刻』と言い、昼から夜に移り変わる時刻で、眠りから覚めた魔物と出会う確率が高くなるそうだ。

 

 『涼太や、逢魔ヶ刻までには家に帰るんだよ』って死んだ婆ちゃんが言ってたな……ってあいつのせいで、よけいな事思い出しちまったじゃねぇかよ……

 

 黒井日菜子。今年の9月に転校して来た生徒で、美人だが神秘的で近寄り難い雰囲気があって当初は孤立していたが、昼休みにタロットカードで占いを始めると、興味を持ったオカルトマニアの倉田由香と町田園子が話しかけてから今では複数の女子生徒に囲まれている。彼女達の話だと結構的中するらしい。

 

 俺達の通う光陵高校は東京、世田谷区の上用賀の高台にある。いつもなら駅前のゲームセンターで遊ぶか、用賀タワー内にある書店に入ってコミックや雑誌の立ち読みをするが、今日は『あれ』が届いているので、寄らずに真っ直ぐ家へ向かって早足で歩く。学校から自宅迄は徒歩で約20分だ。

 

「フッ、1日がこんなに長く感じたのは久しぶりだぜ。『どこでもドア』が欲しいよ全く……」

 

 家の近くまで来ると周囲の住宅街や駐車場は夕闇に包まれ、点灯した街灯の淡い光が晩秋の寂しさを強調する。まさしく逢魔ヶ刻だ。まぁ確かに魔物が出て来てもしてもおかしくない雰囲気だ。人通りも無く、『あれ』の事を考えながら最近竣工したアパートの角を曲がった時に、他人とぶつかってしまった。俺もぼんやりしていたので悪かったが、その人も急いでいたみたいなので互いに顔を押さえて尻餅を付いた。

 

「痛っうぅぅぅ、だっ大丈夫ですか?」

 

『その人』は黒のソフト帽を被り、上下黒のスーツを着ている。ガッシリした体格で髪は短く精悍な顔つきの男だ。左の頬に生々しい切り傷の跡がはっきり分かる。歳は30代から40代位だろうが、どう見ても真面目なサラリーマンに見えない。時々、新聞の三面記事を賑わす『任侠業界』の人だ。

 

 \(^O^)/(オワタ)

 

 俺はこの人に良くて怒鳴られて済むか、最悪は殴られ事務所に連れて行かれ法外な慰謝料を請求されるのかと想像して身震いした。

 

 選択肢を1つ選びなさい。

 ① とにかく低身低頭、ひたすら謝る

 ② 万難を排してでもその場から逃げて近くの交番に飛び込む。

 ③ 通りすがりの親切なおじさんが助けてくれる

 

 俺の選択肢は②だ。常識なら①だけど、とにかく関り合いたくないし家に帰りたい一心の気持ちでいっぱいだ。人通りが無く③を期待するほど甘くない。

 とにかくこの場から離れようとした、が。

 

「うひゃっ!!」

 

 男に腕を捕まれて情けない声を出した。その厳つい外見に相応く、強い手で掴まれて逃げられない。

 

「ごっ、ご免なさい、ご免なさい、ご免なさい、事務所に連れてくのは勘弁してください。死にたくないです……」

 

 恐怖で頭がパニックになって恥も外聞も無く謝り続けた。そんな俺を見て男は怒鳴るどころか呆れた目で見てくれている。

 

「……」

 

 男はゆっくりと立ち上がるが右手で左脇を押さえている。怪我をしているのかもしれない。無言で俺を見ているが何か決心したのか頷く。周囲の住宅は夕闇に包まれ、こんな時に限って誰も通らない。

 

「お前の……名前は?」

 

 男の声は低いが充分にドスが効いて有無を言わせぬ迫力がある。と、とにかく怖い。

 

「ふっ!深町涼太です。高校生やってます。はい……」

「セイガクか、俺は浦木だ。新宿の……でしている」

「……」

 

 聞き取れなかったけど、浦木と名乗った男は俺を冷たい目で見ていた。上着の内ポケットからボールペンと名刺を取り出して何か書いている。俺は黙って見ているだけ。

 

「こいつを今、名刺に書いた名前の男に渡して欲しい……」

「えっ?」

 

 いきなり刑事ドラマに出てくる台詞を言われても困るよ、オッサン。俺が黙っていると浦木さんは前より辛そうな表情をしている。

 

「今の俺には届ける力が無い……お前なら俺の……これをあいつに渡してくれ……」

「警察に持っていけ「サツは、ヤバイ!! 奴等の」……」

 

 鋭い口調で遮られた。

 上着のポケットから何かを取り出して俺の手に握らせた。見ると折り畳んだB5サイズ? の茶封筒に硬い物が入っているようだ。俺が関わり合いたく無い表情をしているのが分かるのか、浦木さんは奇妙な笑みを浮かべて悪魔の囁きをする。

 

「無事に届けてくれたら『謝礼』が出る。本来なら俺が受け取る筈だが……お前に『全額』を渡すように名刺に書いた」

「了解しました。万難を排してでもお届けします」

 

 またやってしまった……駄目な俺……

 

「頼む、それがあれば奴等に一泡吹かせてやれる……これで俺は……」

 

 厳つい表情が緩み、どこか遠くを見ているようだ。突然、周囲の景色と音が消えた。




拙い作品ですが、今後ともよろしくお願いします。


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第2話 遭遇

893者に絡まれたら怖いです。


 

「えっ? えぇ!?」

 

 なんだよこれ。

 

「チッ!! 遅かったか!!」

 

 浦木さんは鋭く舌打ちをした。街灯の淡い光に照らされた住宅街が消え、黒い霧らしき『モノ』が周囲を渦巻いている。まるで通常空間から切り離されたみたいだ。俺はただ見ているだけ。

 

「俺の側から離れんじゃねぇぞ!!」

「はっ、はぃいい」

 

 思わず声が裏変ってしまった。浦木さんは懐から、お札らしい物を取り出して身構える。

 

 そ、そうだ、こんな時は身を隠すんだ!! って誰かが言ってたな……全く。

 

 何かが俺達を囲うように近づいて来る。そして黒霧の中から小柄な人影が現れて、ビックリした。

 そいつらの背丈は幼稚園児位だが、手足が極端に細くて短く腹が異常に膨らんでいた。肌が異様にドス黒く、目だけは異様に輝いて俺達を見ている。数は6体で鋭い牙と爪が怖い。友好的どころか、獲物を目にして今にも飛び掛ろうとしている。こ、こいつら人間じゃねぇ。

 

「うらっ!! 浦木さん……こっこいつらってまさか……あれっ!! アレ?」

「ああ、こいつらは幽鬼の一種で『餓鬼』だ。襲われたら骨も残さず喰われちまうぞ」

 

 浦木さんは怯えるどころか不敵の笑みを浮かべている。地獄の亡者が何でこんなトコにいるんだよ!!

 

「フンッ、こんな雑魚で俺を()れると思ったのか!!」

 

 浦木さんが何かを低く唱えるとお札は青白く輝き、光が近くの餓鬼に命中した。

 餓鬼は奇怪な絶叫を上げて消滅。続けて唱えると2体の餓鬼が消えたが、お札も消えた。まっまずいよっ!! 浦木さんは両手を合わせ、印を結ぶ動作をした。

 

魔破斬魔(マハ・ザンマ)!!」

 

 突然、凄まじい衝撃波が発生して残りの餓鬼達をバラバラに引き裂き、そして悲鳴を上げる間もなく消滅した。

 

「す、すごっ!! 一撃で……凄すぎる!!」

「はぁ、はぁ……」

 

 浦木さんは肩で荒い息をしている。今の『術』は気力、体力を激しく消耗するみたいだ。小説、マンガやゲームに出てくる『術』を見て、夢でも見ているようだ。恐怖と興奮なのか俺は身体の震えが止まらない。黒い霧は消えて、夕闇に包まれた住宅街が戻った。

 

「クソッたれが!! 餓鬼は囮か!!」

 

 浦木さんは忌々しそうな顔をした。車が2台、俺達を挟むように近づいて来てヘッドライトが眩しい。

 

「俺が奴らの囮になるから、お前は逃げろ!!」

「で、でも……」

「馬鹿野郎!! 死にてぇのか!!」

 

 躊躇する俺を突き飛ばす。浦木さんはホルスターから拳銃(コルト45オート?)を抜くと俺を見た。まるで獰猛な獣のようだ。

 

「必ず、竜也(たつや)に渡してくれよ」

「は、はい必ず!!」

「早く行け!!」

 

 俺は聞きたい事があったけど、全速でその場から逃げる。背後で車の激突音と銃声、叫び声が響いたが、構わず家に走った。

 

「たっだいま……みっみず……」

 

 俺の家は2階建てのプレハブ住宅で築40?年以上経っている。玄関を開けて靴を脱ぐと、奥から香ばしいカレーの匂いとお袋の声がする。台所に入って冷蔵庫から麦茶のペットボトルを出して飲むと一息ついた。

 

「お帰り。どうしたの? もうじき夕ご飯が出来るわよ」

「分かったよ」

 

 2階に続く階段を上がろうとした時、お袋が呼び止めた。

 

「今日、涼ちゃん宛に荷物が届いていたので机に置いといたわ。通販でまた変な物買ったんじゃないわよね?」

「んなモン、わざわざ買わないよ。言っただろ? 応募した例の『あれ』が当たったんだよ」

「本当かしら?」

 

 疑わしそうな目で俺を見る。まぁ前科があるから仕方ないか。

 

「マジだってば、後で現物を見せるから」

 

 俺はお袋の声を無視して自分の部屋に入った。机の上に小包が置いてあるが、俺はダブルベッドに寝転んで天井を見るとアニメキャラのミーシャが最高の笑顔で迎えてれる。

 

 地獄の亡者……破魔札……魔法……拳銃……あんな事、現実には有り得ない。性質(たち)の悪い夢だよ全く。

 

「浦木さん無事かな……?」

 

 気になるけど再びあの場所には行きたくないし、それにこんな事、他人に話しても信じてくれないだろう。軽く10分ほど目を閉じて考えたが良い考えが浮かばない。

 着替えもしないで椅子に座る。包みを破ると化粧箱が現れたので震える両手で開けると、ついに『あれ』とご対面した。

 あれとはサイバース・コミュニケーション社が来年、全世界に向けて発売する最新鋭のCommunication Player『COMP』と呼ばれる次世代携帯モバイルである。

 サイバース・コミュニケーション社は通信事業では最大手の多国籍企業で、文字通り世界規模で販売を展開している。

 自慢では無いが俺の使用しているパソコンは自作で、マザーボードとビデオカードはサイバース社製だ。

 

『COMP』は従来のスマートフォンを遥かに凌ぐ高性能で低発熱、省電力の中央演算処理装置と長寿命のバッテリーで、基本スペックは1世代前のデスクトップパソコンより遥かに上だ。

 画期的なのは、専用のヘッドバイザーを接続して使うと、画面が立体的に表示される事だ。立体テレビは販売されているが、まだ大画面のみ対応で高価格だ。COMPは操作も専用リモコンを使い、画面がヘッドバイザーに表示され、視線を変えずに文字入力が出来る。

 テレビ通話機能は当然装備されていて、ヘッドバイザーか本体に付属のカメラか会話できる。

 サテライト・ナビゲーション・システムも有り、ゲーム機能も当然対応して『家庭用ゲーム』からオンラインゲームまで楽しめる。

 もちろん、欠点と言うべきか短所を挙げると『専用』のプロバイダーに加入しないと立体機能とテレビ通話の恩恵を受けられない事である。

 サイバース社のメンバーに登録するのは当然として、別途に年会費が掛かるとの事だ。インターネットをしている人は、変更するかプロバイダーを2つ持つ事になる。

 具体的な金額はまだ発表されていない為、不明だけどネット内の『噂』ではかなり高額になるらしい。

 現在、俺が手にしているCOMPは発売に向けての最終完成品で抽選によって特別モニターに選ばれた者にだけ送られた製品だ。特別モニターは世界主要国72ヶ国で1つの国に付き13名。

 つまり俺は国内で選ばれた13人の内、1人という訳だ。倉橋やタケが羨ましがるのも無理は無いよ。浮かれた気分で送付案内書を見る。

 

「拝啓、深町涼太様。

 厳正な抽選の結果、特別モニターに当選されましたので、弊社が来年発売する『COMP』を発送させて頂きました。ご使用につきましては最初に会員登録をお願い致します。

 登録が完了されませんとご使用は出来ませんので予めご了承下さい。

 尚、特別モニターの期間中、弊社プロバイダー及び会費は無料ですのでご存分に堪能して下さい……か……」

 

 俺はCOMPを手にすると、ニヤつく笑みを押さえられない。本体は折りたたみ式で、カラーはとても渋い木目調、手触りはまるで木製の製品みたいだ。重さも今使用しているスマートフォンより『少し重いかな』って感じで、違和感は無い。大きさも携帯ゲーム機とほぼ同じで、ズボンのポケットに入れにくいが専用ケースが付属しているのでベルトに通せば問題無い。

 ヘッドバイザーは未来的なデザインで、ヘッドホン・マイクにスポーツ・サングラスを足した感じだ。眼鏡を掛けていても圧迫感は無い。グラス部分は角度の調節が可能、使用しない時は上に跳ね上げる事が出来る。

 ヘッドバイザーを被ると早速、バッテリーを本体にセットして電源を入れると軽快な音楽と共にサイバース社のロゴが飛び出た。

 

「スッ!! スゲーじゃん!! 本当に飛び出てるぜ」

 

 感動していると艶のある女性の声が響いてきた。

 

《……ご購入頂きましてありがとうございます。お客様の登録をお願い致します……》

 

 見るとユーザーナンバーとパスワードの入力画面が現れた。マニュアルの最後に載っているので迷わず入力するが、初めての感動と緊張に慣れないリモコン操作で手早く入力出来ない。

 

「涼ちゃん、ご飯出来たわよ」

 

 下からお袋の声が響く。俺は返事をするとそのまま台所に降りた。

 

「当たったのはこれだよ!! これ」

 

 俺はお袋に送付案内書を渡した。

 

「嘘っ!! 本当に当たったのね。信じられないわ、まさか当たるなんて……」

 

 驚いているのか、呆れているのか分からない声で俺と案内書を見比べている。

 俺はカレーライスを食べながらフフンと鼻で笑う。自慢じゃないが、この世に生まれてから懸賞とかで当たった事が無い。むしろ親父とお袋の方が当たっている回数が多いぐらいだよ。

 

「やだ、まだ着替えてないの?」

「飯、食い終わってから着替えるよ」

「あっそうそう、涼太が帰ってくる前に京子ちゃんから電話があったわよ」

「qあwせdrftgyふじこlp?!」

 

 俺は盛大に、食べてたカレーを吹き出して激しく咳き込む。

 

「あ、あいつが何の用だって?」

「クリスマスに遊んであげるから感謝しなさいって言ってたわよ」

 

 お袋は最高の笑みを浮かべてくれるよ全く。

 

「親戚で涼ちゃんを心配してくれる女の子は……京子ちゃんだけなんだから感謝しなさいよ」

「冗談じゃねーよ」

 

 思わず声を荒げてお袋に文句を言う。

 

「そんな事言うんじゃありません」

「どーせ男に振られた腹いせで、俺に八つ当たりでもすんじゃねぇーの!!」

 

 言うだけ言って俺は自分の部屋に戻った。着替えながらあいつの事を思い出して不愉快になり、当選した感動が霧散しちまいやがった。

 

 京子。私立の女子校に通う3年で俺より1個年上だ。

 お袋の妹の娘。つまり俺の従姉だ。小さい頃はいじめられて泣かされていた……幼い頃から空手を習っていて、今では空手部の主将になり大会に出て何度か優勝しているらしい。

 最近、同人誌に手を出してコスプレやらサークル活動している。(俺は関わり合いたくないが……)

 お袋の前では猫を被っているから性質(たち)が悪い。

 あいつ曰く『弟を可愛がってるんだから感謝しろ』って言いやがる。

 あだ名はスケ番お京で、制服のセーラー服にスカートの長さが足の踝まである事から由来するらしい。

 年配の先生には懐かしい目で見られているそうな。

 1980年代じゃあるまいし今時、そんな奴いねーよって言うと、あいつ曰く『短いスカートが主流だけど、これからはロングが流行るのよ。アタシはその先駆けってワケよ。オホホホホ!!』だとさ。

 あいつの事は一旦忘れてCOMPの初期設定を続ける。パスワード入力後は住所、氏名、年齢、ニックネーム、職業の入力欄が現れた。全て入力しないと設定の完了が出来ない。

  

「やった!! エラー無しで無事再起動した!!」

 

 俺はシステムのカスタマイズを始めた。COMPで直接、データを扱える様になり自宅のパソコンを使わなくても済むのである。

 

「あ、そうだ。AT-LOWさんとレッドマンさんに当選した事を教えなきゃ」

 

 俺は設定したDDS-NETを立ち上げ、ログインする。

 

 >こんにちは、レッドマンさん。ついに例の『COMP』が届きまして、そこからメールを送ってます。こいつは凄いッス最高です。感動の連絡です。

 

 続いてAT-LOWさんに同じ内容を送信すると、返信が来た。早い。

 

 >おめでとうございます\(^o^)/まつたけごはんさん。13人の1人ですか、大変羨ましいです。私も応募したのですが外れました(T_T) もしよろしければ使用した感想のスレッドを立ち上げてみたらどうでしょうか? 楽しみにしています(^_^)

 

 >おめでとう!! まつたけごはん。羨ましいぜ畜生!! オフ会があったら持って来いよ。俺が分解してやるよってのは冗談だ。俺を含めて友達は外れたんだ……クソッ!! 本当に羨ましいぜ……

何か分からない事があったらメールくれよな!! じゃまた(^_^)/~

 

 まつたけごはんは、俺のハンドルネームだ。そしてDDS-NETは昔のパソコン通信時代からの老舗で、面白い板が多くある。特にゲーム、アニメ、オカルト、ホラー関係ではトップクラスの情報が充実している。AT-LOWさんとレッドマンさんはネット仲間で、一番親しいから喜んで俺は何か暖かい物を感じた。2人とはリアルで会った事は無いけど昔、ネット内で『教えてクン』だった俺に親切だったので特別だ。スレ立ては他の人が立てるだろうし、サイバースの公式サイト内にレポートの項目があるから様子見にしよう。

 とにかく浮かぶ立体画面は感動的だ。厚いマニュアルを読んでいると、いつの間にか帰宅した親父が部屋に来た。

 

「お帰り、父さん」

「涼太、風呂が沸いたから先に入れっ……おっ!! COMPが当たったのか? 凄いな。父さんの会社でも応募した人はいたが、誰も当たらなかったぞ」

 

 うん、まぁそうだろうね。

 

「風呂は父さんが先に入れば? 仕事で疲れている筈だろ」

 

 見るとまさに疲れた企業戦士、サラリーマンだ。

 

「俺は一杯やってるし……母さんは、後片付けがあるから最後でいいって言うからな」

「じゃあ俺が先に入るよ」

「ところで……涼太。今、楽しくやってるか?」

「なっ!! なんだよ急にそんな事言って……どうしたの?」

 

 俺は顔を少し背けてぞんざいな口調で言う。

 

「いや、何がって言うと、『事故』で助かる為とはいえ、お前の身体は……」

 

 親父は辛そうな目で俺を見る。親父とお袋の気持ちはよく分かるよ。

 

「気にしてないってば、あの処置があったからちょっと不便な事はあるけど、生きていられるから感謝してるよ。でも今になってそんな言うの?」

「昼休みに、ニュースで特集していた青少年のいじめや自殺、猟奇犯罪が多発してる統計を観てちょっと憂鬱になったんだよ。父さんの子供の頃にもいじめや自殺はあったが今ほど酷くない……」

 

 真剣な目だ。俺がこの身体のせいで、学校でいじめられていると思ったのだろう。心のどこかでキリキリと痛い。

 

「俺はこの身体が原因でいじめられたりしてないし、自殺したいなんてこれっぽっちもないよ。姉さんの分も生きるんだから大丈夫!! 問題ないよ」

 

 俺がガッツポーズすると、安心したのか親父は嬉しそうだった。

 

「すまんな、父さん達もお前の為に頑張らなければならないな」

 

 部屋から出て行った。親父にはああ言ったが、全く気にしていないのは嘘だ。風呂に入るのは今でも精神的な苦痛がある。風呂で裸になると、自分の身体が普通で無い事を思い知らされるからだ。

 

 姉さん……脱衣所の鏡を見てつぶやく。

 

 風呂から出てパジャマに着替え、ニッコリ動画でゲーム攻略の動画を観ながら、コメを入れてふと思い出す。帰る途中、出会ったガラの悪いオッサンの事だ。COMPと京子の件でうっかり忘れていた。

 制服のポケットから預かった物を出して机の上に置くと、折り畳んだ茶封筒から取り出した。薄くて長方形の形をしている。何かの部品らしい。

 

「これってSSDじゃねーか?」

 

 SSDはパソコンに使われるメモリディスクで、従来のハードディスクに替わる記憶装置の一種だ。

 以前は容量が少ない割りに高価格なのと、書き込み回数に上限があったが、色々と改良されて現在ではデータ保存の主流になっている。それと容量も年々増えている。中に何が入っているのか非常に気になるので、パソコンに接続して確かめる、が。

 

「ヤッパ無理か……当然だわな」

 

 液晶のモニターにはパスワード入力の画面が表示されている。プロテクトが掛かっているのでコピーも不可能だ。さて、これをどうするか。

 

「親父とお袋に話せば警察に届けろって言う筈だ。それが無難だけど……浦木さんはヤバイって言うし……名刺に書いてある人まで届けるか……って住所は、ゲッ歌舞伎町かよ!!」

 

 (有)如月商会 如月竜也 新宿区歌舞伎町9−11……

 

 授業が終わってから歌舞伎町に向かうと完全に日が暮れてしまう。あの繁華街は夜になると別世界になるから行くのがちょっと怖い。日曜まで、あと4日あるから早く届けたい。

 

 明日、学校をサボッて届けるか。倉橋とタケに付き合ってもらうか、そうすると謝礼が……メールを入れとけば問題無いよな。突然、睡魔に襲われた。

 

 何だ? 急に……あぁ眠い……駄目だこりゃ。

 

 不思議な夢を見た。

 巨大な劇場の座席に座っていて他に誰もいない。突然、スポットライトがステージを照らすと1人の男が現れた。ハイテクな車椅子に座ったグレーのスーツ姿の男で眼鏡を掛けている。知的な雰囲気があり学者みたいだ。髪色からして日本人では無い。

 

『はじめまして、深町涼太君。私の名はスティーブン。君が浦木の依頼を受諾した為、普遍的無意識の世界を通して介入させてもらった。現在、君の住む世界……東京で異変が起きつつある。そして君は悪魔達との戦いに巻き込まれ、命を失うだろう……』

 

 スティーブンと名乗る男はとんでもない事を言う。

 これは以前やったネットゲームのオープニングですね、よく分かります。

 

『君が浦木の意志を受け継いで戦うなら、悪魔に抗う手段を与えよう。どうだね?』

『いきなりどうだね? って言われても困るよ。メガネのオッサン』

 

 まぁ、夢だからどーでも良いだろうと思い、『承諾』の意思を示した。スティーブンは満足気に頷く。

 

『それでは君のCOMPにあるプログラムを送ろう。悪魔と戦うには、悪魔の力を利用する事だ。それと……スにを……う。きっと君の力に……だ』

『ナーって?』

『……るから……ろ……』

 

 聞きたい事があったが、そこで俺の意識が消えた。




よろしくお願いします。


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第3話 如月商会

美味しい話には、裏があります。


 翌朝。

 用賀からJR新宿駅に行くには田園都市線で渋谷に出て、山手線に乗り換えなければならない。倉橋と武原には、用事が出来て休む旨を担任に伝えてもらう為、2人にメールを送信する。さっそく返信が届いた。俺は『夕方にネロンガで落ち合おう』とメールすると2人から『おK、了解した』と来たので一安心だ。ネロンガは俺達が利用しているネットカフェである。

 朝の満員電車に乗るのは精神的苦痛がある。何が辛いかと俺の股間をまさぐる痴漢と、耳に息を吹きかけて来る痴女には我慢がならない。

 通勤ラッシュでJR新宿駅は混雑している。制服姿で歌舞伎町に行くと補導に引っかかるのでトイレでカジュアルな普段着に着替えた。バッグは邪魔なのでコインロッカーに預ける。

 

「やっぱり直接行くより、事前に届ける事は連絡しておくべきかな?」

 

 新宿駅東口側の地下街にあるコーヒーショップに入る。カウンターでエスプレッソと、ジャーマンドッグを注文して受け取り、空いている席はないかと見渡す。運良く奥の席が空いていたのでそこに座った。携帯の時計を見ると8時20分だった。大半の会社は、9時から始まる所が多いって親父が言ってたのを思い出す。時間潰しにと、ゲーム音楽を聞きながら持って来たライトノベルを読み始めた。

 

「時間だ。よしっTellするか」

 

 浦木さんから貰った名刺を財布から取り出し、電話をすると数回の呼び出し音で相手が出た。

 

『如月商会でございます』

 

 女性の声だ。女子社員かもしれない。

 

『あ、あの、深町涼太と言いまして、じ、実は浦木さんの件についてですが……』

『少々お待ちください』

 

 いきなり待たされた。携帯の通話料は高いからとっとと出ろよ、とイライラしながら待つ。

 

『お待たせ致しました。浦木の件についてですが、詳しく教えて頂けませんか』

 

 さっきとは変わって何か高圧的な口調で一瞬、ムッとした。念の為餓鬼の件は伏せ、昨日の出来事と、わざわざ届ける為に学校を休んで、JR新宿駅まで来ている事を話した。

 

『当社の場所は非常に分かりにくいので、社の者を迎えに行かせます。現在いる場所と貴方の服装を教えてください』

『は、はい……』

 

 俺は今いる店の名前と着ている服と色を話すと、その社員はすぐに電話を切ったが、俺は途端に期待と不安に襲われた。

 

「謝礼の為とはいえ、学校サボってこんな事しなきゃ良かったかな……」

 

 不安な気持ちでは続きを読む気になれない。時間がとても長く感じる。

 周りを見るとスーツ姿のサラリーマンだけで、制服を着た高校生はいない。エスプレッソをもう1杯頼んで携帯のメールを見ようとした時。

 

「深町……涼太君ですね?」

「え?」

 

 顔を上げると黒いパンツ・スーツ姿の女性が立っていて、にこやかな笑みを浮かべていた。歳は20代後半位? で茶髪のショートボブカットが似合う超美人だ。スタイルの良さがブランド物? のスーツを通してよく分かる。黒のネクタイを締め、仕事が出来るカッコいい大人のオンナだ。

 

「はじめまして。私、如月まどかと申します」

「深町涼太です」

 

 如月まどかと名乗る女性は名刺入れから1枚取り出したので、俺も皺になった浦木さんの名刺を出すと、お互いに交換した。

 

「確かに浦木さんの名刺だわ。まだ信じられない……あの人が……」

 

 端正な美貌は悲しげで、まるで恋人か長年の友達を失ったように見える。

 

「事務所に案内するからついてきてね」

「は、はい。お願いします」

 

 颯爽した足取りで店から出た。ハイヒールなのにかなり早足で俺は遅れがちになる。

 地上に出て靖国通りを横断すると、そこは歌舞伎町だ。朝なので多くの店はシャッターを降ろしている。開店しているのは24時間営業のファミレスか、コーヒーショップくらいだ。それに人通りも少ない。3人のホームレスなのか、それとも酔っ払いが路上で寝ている。

 

「深町君は歌舞伎町によく遊びに来るの?」  

「いえ、映画を観るくらいです」

 

 遊ぶといっても渋谷か秋葉原、二子玉川ぐらいだ。

 

「ここは面白い街よ。以前は治安が良くなかったけど、今は安心して遊べるわ。表は、ね」

 

 じゃあ裏通りは変わんないのかよ。

 

 裏路地に入ると、雰囲気が一変して昔ながらの古い街並みになった。錆びたエアコンの室外機が無秩序に並び、紙屑が散乱している。読めない漢字や、英語以外の怪しげな看板が古びたビルの壁に貼ってある。路面は石畳で、周りを見ると雑居ビルばかり目につく。中華街が更に退廃した妖しい雰囲気を醸し出している。

 

「はぐれると迷子になるわよ」

 

 振り向かずに言う。突然、背後から男の怒鳴り声がした。

 

「オメェは、メス犬だ!! メス犬ならメス犬らしくしやがれっ!!」

「あうぅ」

 

 何か叩く音と共に女のうめき声がして、振り向いたら信じられない光景を見た。

 

「え、うっ!! 嘘だろ!!」

 

 俺は、ゴクリと喉を鳴らす。そこに一組の男女がいた。男は全身刺青に褌姿で、女も全身刺青の全裸で四つん這いになって首輪を着けられていた。紐は男が握っている。反対の手にある乗馬用の鞭で、女の背中を容赦無く叩いている。男は腹の出たキモい中年男。女は20代後半か30代かもしれないがかなりの美人だ。男のニヤニヤした顔と女は恍惚に喘ぐ表情で俺を見た。

 

 ヤバ!! 目が合っちまったよ……

 

 2人は反対の角に曲がり姿を消した。こ、これだけは言える、全裸露出プレイ……変態だ。

 

「どうしたの?」

「へ、変な2人がいたんです……」

「あらそう、ここでは普通よ」

「……」

 

 事も無げに言うので反論できない、さすが歌舞伎町だよ。歩いていると目的地に着いた。

 

「このビルの4階よ」

「なんて言うかレトロチックなビルですね」

 

 戦前に建てられたのか蔦に覆われ、赤レンガで造られた5階建てのビルだ。中に入ろうとした時、入り口に1人の女性が現れた。

 

「はぁぁいまどかぁ、お元気してるぅ?」

「私は相変わらずよ。それよりアケミはどうなのかしら? 町内会費を滞納すると、このビルから叩き出されるわよ」

「分かってるてばぁ……大丈夫ぅ今度も股開いてぇ、この熟れた身体で払うからぁ……あははははは」

 

 茶髪の腰まで伸ばしたロングヘアで、ケバイ化粧をした年齢不詳の女は、俺達をニヤニヤ見ている。ヤクでもやってラリっているみたいだ。着ているのは、身体にピッタリ張り付いた袖無しの真っ赤なワンピースで、胸元が大きく開いて胸の谷間がはっきり見える。丈もギリギリのラインで黒の網タイツに、金色のピンヒールを履いている。挑発的で過激な服だ。胸と両腕に色鮮やかな、悪魔と妖精のタトゥーを入れている。

 

「でぇ、この坊やは、もしかしてぇこれぇなのぉ?」

 

 指を立てると、まどかさんは鼻で笑う。

 

「違うわ、この子は浦木さんの代理人とでも言うべきかしら」

 

 一瞬、女が真顔になった。

 

「そうだったの……あんないい人が……こんな子供がここに来るなんて妙だものねぇ」

「本来ならそうかも、ね……」

「アンタ、女の子みたいだわぁ。お化粧させてドレスを着させれば、ウチの子になれるわぁ……うふふ。楽しみだわぁぁ」

 

 俺を見てニタニタ笑う。全く失礼なオバサンだ。

 

「あぁ、新鮮な男のミルクを搾って飲みたいぃ……」

 

 俺達にヒラヒラと手を振ると、千鳥足でビルから離れた。

 

「あ、あの人は?」

「彼女は盛りのついた宿無しの野良猫よ。外で悪さをして、この街でしか生きられない……哀れな女」

 

 まどかさんは哀れな子を見るようだ。

 ビルに入って奥の古びたエレベーターに乗ると、まどかさんは4階のボタンを押した。ガタガタと音を立て今にも止まりそうだ。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「多分、ね」

 

 幸いにして止まらず4階に着き、ドアが開くと薄暗い廊下を目にした。周囲を見ると俺達以外誰もいない。ワックスの匂いが漂う廊下を進むと靴音が響く。右に曲がると両開きのドアが見えた。右側に、黄ばんだネームプレートが貼られ『有限会社 如月商会』と表示されている。

 

「ここよ。中に入って」

「失礼します」

 

 まどかさんに続いて俺も事務所に入る。

 入って右側に来客用のソファとテーブルが置いてある。反対側に書類棚と社員用の事務机があり、机は4台で上に電話の他に、パソコンの本体と液晶モニターが置いてある。出かけているのか俺達以外誰もいない。窓側の正面に両袖の机がある。

 

「お茶でも淹れるからソファに座っててね」

「あ、はい」

 

 俺が本皮のソファに座ると、まどかさんは奥の給湯室に入った。殺風景な事務所で、何の仕事をしているのかちょっと気になる。突然、男の声が響いた。

 

「このガキは、何だ?」

 

 いつの間にか黒のシルクスーツを着た男が入り口に立っていた。ネクタイも黒色だ。手入れをしていないボサボサの髪と無精ヒゲに、黒のサングラスを掛けていて、表情が見えないが何か危険な雰囲気だ。ズカズカと歩いて俺の反対側に座ると、懐からタバコを取り出し、1本咥えると顎をしゃくる。

 

「おい!!」

「は?」

「は、じゃねぇよ!! 火ぃ付けんのがわかんねぇのかよ!! 最近のガキは全部言わねぇと理解出来ないのか!! ったくよぉ」

 

 虫の居所が悪いのか俺に悪態をつく。サングラスを外すと蛇のような鋭い目つきをしている。

 あの浦木さんと同じ暴力的で荒んだ雰囲気が漂う。

 

 な、何だよこいつ……こ、怖いよ……

 

「駄目よ竜也、こんな子供相手にイラついて大人気無いわよ」

 

 給湯室からまどかさんが戻って来て、竜也(たつや)と呼ぶ男をたしなめた。3人分のお茶が入った湯飲み茶碗を用意したお盆を手にしている。

 

「チッ、このガキがウチのモンだったら木刀でヤキ入れてるトコだぞ!!」

「この子は堅気の学生よ。アンタの若衆じゃないわ」

「んな事分かっている。最近のクソガキは甘やかされて躾がなってねぇ!! ったくよう……」

 

 堅気、若衆、の単語が出てきて身震いする。こ、この事務所はアレだ、メッチャヤバイ!!

 男は苛立たしげに煙を天井に吹くと、吸っていたタバコをクリスタルカットの灰皿の底に押し付けた。まどかさんは男の横に座ると浦木さんの名刺を彼に渡した。

 

「フン、確かにあいつのだ……おい、預かったブツがある筈だ。それを出せ」

 

 ドスの効いた低い声だ。竜也さんは俺を値踏するように睨む。

 

「は、はい、こ、これです」

 

 俺は上着のポケットから、茶封筒に入ったSSDを震える手で竜也さんに渡そうとしたが、まどかさんが受け取った。

 

「まどか、それをパソコンに接続して確かめろ」

「分かったわ」

 

 まどかさんは、立ち上がって机の上にあるパソコンにSSDをコードで接続している。

 

「お前が浦木と出会った経緯を教えろ」

「は、はい……」

 

 俺は震えそうな声で昨日の出来事を話すと、竜也さんは中を見つめ、しばらく無言だった。

 

「そう言う事か。ブツは奴等に奪われず、謝礼に目が眩んだお前さんが、無事に届けてくれたって言う訳か」

「そ、そう……です」

「フン、で、中身は見たのか?」

 

 押し殺したような声で話す、こ、怖い。

 

「き、気になって見ようとしましたが、パスワードの入力設定があって無理でした。あ、あとコピーもプロテクトが掛かって出来なかったです……」

 

 俺は正直に話した。

 

「そうだろうな。もし見れたら無事には済まないぜ」

 

 俺が怯えているのが分かるのか、竜也さんは口を歪めニヤッと笑う。でも眼は笑っていない。

 

 ああ、この場から帰りたいよ……来なきゃよかった。

 

「竜也!! 例のファイルが出たわ!!」

「そうか、これであいつも無駄死になら無いわけだ……」

「あの、もしかして浦木さんは……」

 

 まさかと思うけど。

 

「ああ、奴等に殺れたよ。ウチの中では腕利きだったのにな……」

「もしかして浦木さんとは友達だったとか……」

 

 竜也さんがタバコを咥えると、俺はすかさず置いてあるマッチで火をつけた。ふぅ、成功だ。

 

「古いダチだ。出会った頃はよく喧嘩ばかりしていたが……ってそんな事よりもだ。謝礼がまだだったな。まどか」

「用意してあるわ」

 

 俺はまどかさんから厚い封筒を受け取った。緊張で身体が震える。

 

「確かに渡したから無くさないでね。後、この受領書にサインして、深町君の名前でいいわよ」

「まっ辞退しても構わんがな……ククク……」

 

 緊張と興奮で俺は竜也さんの声を無視して、言われるままに受領書にサインした。

 

「オッケーこれでいいわ。本来は浦木さんが受け取る筈だけど……遺志を継いだ君が受け取った……」

 

 竜也さんは俺を意味有り気な感じで、ニヤニヤして見ている。これはもしかしてヤバイフラグを立てたのかな。

 

「これで手続きは終わりだ。まどか、このガキを近くまで送ってやれや」

「分かったわ。行きましょう、深町君」

「はい」

 

 立ち上がって事務所から出ようしたら、竜也さんが呼び止めて俺に名刺をくれた。

 

「まぁ、これも何かの縁かもしれん……ありえないとは思うが、困った事があったら俺に相談しろや。じゃ、あばよ」

 

 竜也さんは振り向かず手を振ってソファに座った。

 

「ごめんなさいね、深町君。竜也の性格と口の悪さは昔からなので気にしないで」

「いえ、気にしてませんから……」

 

 俺はもう二度と会わないから気にしていない。それに今は『懐が熱い』からだ。ビルを出てから路地に向かう。さっきの悪趣味ケバ女はいないのでホッとする。

 

「ありがとう。竜也は面倒見が良くて、この街の住人から慕われているのよ」

「へえ、そうなんですか? そんな風に見えないですが……」

 

 本当に意外だよ。借金の取り立てとかで嫌われているのかと思った。

 

「竜也が君に、名刺を渡したのもそうなのよ。堅気には滅多に渡さないわ」

 

 これは男のツンデレなんですかね、あんまりよく分かりたくないです。

 

 来た道とは違い、飾り窓の多い路地を歩く。人影は無いけど熱い視線を感じるのは、気のせいなのかな? やがて10メートル前方に、人が行き交う大通りが見えてきた。

 

「ここまでくればすぐ大通りに出るから。じゃ、元気でね」

「はい、ありがとうございます。如月さんもお仕事頑張って下さい」

 

 俺は頭を下げて礼をすると、まどかさんはにっこり笑う。大通りに出て振り向くと彼女の姿は見えなかった。

 

 しかし信じられない、まるで夢を見てるみたいだ……

 

 時計を見ると10時を過ぎていた。あれからそんなに時間が過ぎていない。夢みたいだけど、2人の名刺と謝礼が入った封筒があるので夢では無い。落とすとヤバイので歌舞伎町にある銀行に向かう。人に見られない様にして、ATMで自分の口座に預け入れをする。残高を確認するとニヤつく。

 金額は897、500円を表示している。元の残高は、97、500円だったから浦木さんが受け取る謝礼は、800、000円だ。

 普通の高校生が手にする金額では無い。あの時、浦木さんの頼みを断っていたら手にしていなかったし、まどかさん達と知り合う事もなかっただろう。人との出会いとは何か恐ろしい面がある。

 

「人助けってのはいいモンだよなって……ってあいつは黒井? なんで新宿に?」

 

 浮かれた気分で人混みの中をJR新宿駅に向かう途中、黒いセーラー服姿の黒井日菜子が歩いているのを見た。とっさに店の影に隠れて様子を窺う。一瞬、黒井は俺の方を見たが、気がつかず歌舞伎町に向かった。

 

「あいつも学校サボっているのかよ、俺も人の事言えねぇよな」

 

 黒井の姿を見失ったので再び、JR新宿駅へ向かう。

 倉橋と武原と合流するまで、時間は充分ある。さてどうしようか。



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第4話 囮

 最初は秋葉原に寄る予定だったけど、如月商会での一見が強烈な為、とてもそんな気分にならない。

 時計を見るとまだ時間があるが、早めに行ってのんびりと待つつもりだ。

 JR渋谷駅で降りてからセンター街に向かい、よく利用しているピースダイナーで食事をする。お気に入りのゲーセンで遊びたいけど、今は我慢して約束の場所へ向かった。

 ネロンガは用賀駅東側出口の駅ビル2階にある。受付で個室の空席状況を見るとほとんど空いている。平日の午後は、仕事をサボっているサラリーマンか後は大学生くらいだろう。今日は個室でなくテーブル席に座って2人を待つ事にした。とりあえず2人に、先に着いた事をメールする。ゲーム雑誌や新刊のコミックを読んでいると、COMPにメールの着信マークが表示されている。ヘッドバイザーをしていなかったので今まで気がつかなかったよ。

 メールが1件届いていた。

 送信者は『Steven』知らない名前だ。COMPのアドレスは、まだ誰にも教えていないので、サイバース社からともかくこれは怪しいよ。件名を見ると『悪魔召喚プログラム』なんだこりゃ?

 

 深町涼太君へ、最新版の悪魔召喚プログラムシステムを送らせてもらった。これを有効活用して生き延びて欲しい。使い方はテキストファイルを参照の事。

 

 サイズの大きい圧縮ファイルが添付されていた。名前からして怪しさ大爆発だよ全く。もしウィルスだとしたらわざとこんな名前を付けないだろう。ホラーゲームのタイトルにも見えるけど、こんな名前のゲームは知らない。COMPのセキュリティは堅固、でも念の為ウィルスチェックに掛けたが、異常は無い。

 とりあえず解凍するとインストーラーが起動し、ディレクトリの設定とファイルを作成、インストールが完了した。画面に悪魔召喚プログラムのアイコン『DDS』が表示されていた。

 こいつをクリックすると、起動するのだが怖くて出来ないよ。何か取り返しのつかない事になりそうだ。DDS-NETにログインして検索したが見当たらない。サイバース社の公式サイトやググッたり、弐Chのオカルト板で検索したが出て来ない。あとAT-LOWさんとレッドマンさんにメールを送った。もしかしたら何か知っているかもしれない。

 悪魔召喚儀式……ファンタジー小説やホラーゲームではおなじみだ。祭壇と生贄を用意して床に血で魔法陣を描き、悪魔を呼び出し使役する。もし制御に失敗すると悪魔に殺されるか魂を奪われる……背徳的な儀式で、人の道を外れた悪魔崇拝者か悪しき魔女が行なうと言われる。

 テキストを読んでいると入り口に倉橋と武原が見えたので、手を上げると2人は俺に気づいた。

 

「よぉ、お待たせ」

「早くから待ってたみたいだな」

「いやいや、雑誌やコミック読んでたら時間なんてすぐだよ」

 

 実際、コミックやネットを見ていると時間が早く感じる。揃ったので俺達はネロンガから出た。

 

「先にゲーセンに行こうか?」

「ああ、バイオマスターをやってから深町の家に行こうぜ。な、倉橋?」

「了解、昨日プレイしたがありゃ凄いぜ」

「あれは、ヤッバイぞ」

 

 今、持っている事は内緒にしておこう。俺達は歩きながら学校での出来事やゲームの話をする。

 3人で一緒に行動出来るのは2人には当たり前だけど、俺には夢みたいだ……本来ならここにいないから。

 

「ところで深町。今日、何でサボったんだ?」

「え?」

 

 一瞬、我に返った。

 

「そうそう、お前が休むなんて珍しいからな。メール見て驚いたぜ」

「あ、ああ」

 

 2人が言うが、まぁ当然だよな。少し脚色して説明する。

 

「へぇ、そうだったんだ。言ってくれりゃ付き合ってやったのに。なぁ、倉橋」

 

 武原が言うと倉橋も同調する。

 

「タケの言うとおりだよ。しかし謝礼の為に休むなんて、お前にしては大胆だな……てっきり病院に行くのかと思ったぜ」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「もし3人で休んだら『あいつら絶対に怪しい』ってなるじゃないか」

「まあ、そりゃそうだけどよ……」

 

 倉橋は納得し難い顔をする。

 

「じゃあ、今の深町クンは懐が暖かいってワケですね。よく分かります」

 

 目をキラーンと光らせた武原がニヤニヤする。俺は大げさに肩をすくめた。

 

「分かったよ。ゲーセンで2人に全額奢るってば!! それでいいよな?」

「さすが深町クンは、気前がいいですね」

「よっ!! 憎いねぇ大統領!! 俺達に出来ない事を平然とやってのける。そこに痺れるぅ!! 憧れるぅ!!」

 

 もう茶化すなよ、ゲーム代なんてまぁ安いモンだよ……全く。

 

 ゲームセンター内は、学校帰りの生徒で混んでいた。自販機でカップ麺を買ってお湯を入れると、お目当ての台に座り食べ始める。これが俺達3人の日課みたいなもんだ。

 新作のアクション・シューティングゲーム、バイオマスターを夢中でやっていると、倉橋が何か思い出したのか俺を見る。

 

「あっそうだ。佐藤が言ってたけど校門で変な奴に声を掛けられたんだってさ」

「変な奴?」

 

 プレイしながら訊く。佐藤とは同じクラスだがあまり親しくない。チラッと見ると倉橋が何か言い難そうな顔をしている。

 

「ああ、佐藤とは途中のコンビニで会ったんだよ。この学校に深町涼太がいるか? って訊かれたらしい」

「えっ? アッーー!!」

 

 うっかりミスってゲームオーバーだ。

 

「で、佐藤は『あいつは今日休んでる』って言ったな」

 

 俺は一瞬背筋が寒くなった。倉橋と武原は顔を見合わせる。

 

「まさかと思うけど、昨日の件かもしれない……」

 

 十中八九、浦木さんの件だ。だってそれしか心当たりが無いよ。

 

「そうだとすりゃお前、ヤバイ事件に巻き込まれたんだぞ!! ど、どーすんだよ?」

「こりゃマジヤバだぜ!!」

 

 上着のポケットからスマートフォンを出して、自宅へ電話をすると直ぐにお袋が出た。

 

『はい、深町です』

『も、もしもし、俺だけど』

『あっ涼ちゃんなのっ!! ちょうど電話しようと思ったのよ!!』

『もしかして誰かが俺を訪ねて来たとか?』

『そっそうなのよ!! 2人の刑事さんが来て、事故の件でお前に訊きたい事があるって言うのよ!!』

 

 お袋は、ひどく興奮しているが『事故』と言われりゃ無理もない。倉橋と武原は無言で見ている。

 

『息子は学校に行ってまだ帰って来ませんって、答えると出て行ったわ』

『それ何時頃? で、あと何か言ってた?』

 

 俺の鼓動が激しくなる。ヤバッ!! 学校サボったのがバレちまう。

 

『お昼前よ。特に話して無いわ。それより事故ってどういう事なの? 説明しなさい!!』

『帰ったらするよ』

 

 何か言っているお袋を無視して電話を切った。

 

「で、おばさん何だって?」

「2人の刑事が来たってさ……」

「それってマジにゲキヤバじゃねーか?」

「そ、そうだ。深町、ニュースを見ようぜ」

 

 スマートフォンを操作してネットニュースのサイトを見るが、殺人事件の項目には浦木さんの名前は出ていない。

 

「じゃ、事故の項目は?」

 

 武原がアドバイスする。事故の項目を検索すると、ビンゴだ。

 

「多摩川下流で男性の遺体を発見……本日午前7時40分頃、通学途中の男子中学生が発見し警察へ通報。身分証からフリーライターの浦木浩一さんと判明……遺体から大量のアルコール分が検出された。玉川警察署は急性アルコール中毒が原因で川に転落、溺死と発表……こっこの人だよ」

「おい、間違いないだろうな?」

 

 すっかり俺達は、ドン引きだ。

 

「もし事故で処理されていたら、わざわざ刑事が家に来ないよ」

「そうだよな。じゃあ、お前んちに来た奴は偽刑事ってか?」

「分かんねーよ」

 

 倉橋は誰かと携帯で話している。

 

『そうか、分かったよ。サンキュー』

 

 電話を切って俺と武原を見た。

 

「佐藤に確認したんだが、やっぱり2人組の男で刑事って言ってたよ。警察手帳も見せてくれたって。人相と服装は、黒いスーツに黒のサングラスだとさ」

「とんでも無い事に巻き込まれたよなぁ……で、これからどーすんだ?」

「そ、そーだよな……」

 

 これが刑事ドラマならワクワクするれど、実際自分の身に起きたらメッチャ怖い。俺は如月商会で貰った2人の名刺を思い出して会社に電話した。

 

「クソッ!! 留守電になってやがる!!」

 

 次は竜也さんの携帯にするが、こっちも留守電だよ、畜生!! 

 焦りながらまどかさんの携帯に電話するが、呼び出し音が響くが出てくれない。頼むから出てくれよ!! と祈りながらリダイヤルする。

 

『はい、如月です』

 

 3度目のリダイヤルで出てくれた。この時、まどかさんの声が天使の声に聞こえたよ。

 

『も、もしもし、深町です!!』

『あら、深町君どうしたの?』

『あの実は……困った事になって相談したいのですが……』

 

 俺が事情を話してる最中、まどかさんは無言だ。2人は成り行きを見ていた。

 

『――と言うワケなんです!!』

『事情は分かったわ。折り返し連絡するから待ってて』

『お、お願いします!!』

 

 電話を切った。ふうっと一息ついた。

 

「どうだった?」

「折り返し連絡するってさ。自販機でジュースを買ってくるよ……」

「俺、コーラ」

「タケがコーラなら俺はアイスコーヒー」

「おK。把握した」

 

 入り口脇の自販機で買うと2人に渡して飲む。しばらくして着信音が響いた。

 

『もしもし、深町です!!』

『竜也と話したのだけど、あいつが言うには己の尻は己で拭けって……』

『……』

 

 身体の力が抜けた。

 

『浦木さんの件も謝礼を渡して終わってるから、あのガキがどうなろうと知ったことかって言うのよ。ごめんなさいね』

『……』

『もしもし深町君、聞いてるの?』

『はい……』

 

 絶望で言い返せないよ。

 

『だけど私達に協力してくれれば、今回は助けてやろうと言うのよ。どうする?』

 

 どうするって言われても、今の俺に選択肢は無い。

 

『きょ、協力します』

『今、どこから電話しているの?』

『用賀駅前のゲーセン、アバドンからです』

『今、車で環七通りを目黒方面に走っているから、上馬で国道246号に入って用賀に向かうわ。そこから動かないで』

『はい、待ってます!!』

 

 外を見ると日が暮れていた。3人で新型の台を占領していたので他の客が睨んでいる。とりあえず俺達は別の台に移動する。本当に時間が経つのが遅い。

 

 しばらくしてから、ゲームセンターの入り口にまどかさんの姿が見えたので、俺達が駆け寄ると彼女は苦笑した。

 

「また会うとは思わなかったわ。その2人は?」

「俺の友達です」

「倉橋です」

「た、武原です。タケって呼んで下さい」

 

 まどかさんの美貌に2人はかなり緊張しているよ。

 

「貴方達は、すぐ帰りなさい」

 

 一瞬、2人は顔を見合わせたが猛然と抗議する。

 

「そんなっ!! 俺達だって協力するよ!!」

「ふざけんな!! 深町だけ置いて帰れないッスよ!!」

「貴方達は部外者だから巻き込む訳にはいかないのよ。深町君は無事に帰すから私を信じて!!」

 

 まどかさんが俺を見る。

 

「俺、怖いけど、まどかさんを信用するから頼む!! なっこの通りだ」

 

 俺が拝むように言うと2人は、完全では無いが分かってくれたみたいだ。

 

「お前がそこまで言うなら帰るよ……」

「如月さんだっけ? 深町になんかあったら絶対に許さないからな!!」

「分かってるわ」

「解決したら必ずメールするから心配しないでくれ!!」

 

 2人は、手を振って帰った。

 

「深町君は、良い友達を持っているのね」

 

 まどかさんは、2人の後姿を羨ましそうな目で見ている。

 

「ええ、まぁ、そう言われると恥ずかしいです」

「彼等みたいな友達は大切にしなさいよ」

「それで俺は、どうすれば?」

 

 これからの事を訊く。俺の命が掛かっているからだ。

 

「とりあえず家に帰ってもらうわ」

「えっ、それだと2人の刑事に捕まっちゃうのでは?」

 

 急に不安になって、まどかさんを見ると爽やかな笑を浮かべているよ。

 

「そうよ♪」

「それってもしかして……俺が囮になるんですか? 平凡な高校生の俺が、小説やドラマに出てくる囮役ですか、そうですか」

「これから説明するわよ」

 

 まどかさんの話によると、例のSSDをまどかさん達が手に入れた事を、奴等は気づいていないらしい。それで捕らえた浦木さんを責めて聞き出し、俺を探している。ちなみに警察は事故と発表してどこの部署も動いていない。

 2人の刑事は偽者で、本物は連中の手口からして、すでに処理されていると言うので恐ろしい話だ。

 作戦は、俺を囮にして連中の活動拠点を壊滅させる。かなり無謀に思えるが、奴等は一般人を虫ケラ以下と見下しているから、成功率はかなり高いと言われても不安は拭えない。

 まどかさんは俺に家族への説明の方法を教えてくれると、超小型の高性能発信機を俺の靴底にセットした。これで俺を見失わない。それとSSDが入った茶封筒を持たされた。データの中に凶悪なウィルスが入っているとの事だ。

 ゲームセンターを出て家に向かうが、足が重く現実から逃避したい。暗い夜道を照らす街灯の淡い光が、余計に憂鬱な気分にさせる。

 予想通り、家のすぐ近くにいた2人の男が俺を見ている。ここで逃げる訳にはいかない、震えを抑えるように歩くと男達を見た。2人とも黒のスーツの上に黒皮のコートを着て、黒のサングラスを掛けている。個性を消した無機質で冷たいな雰囲気が漂う。1人は背が高く、もう1人は小柄で太っている。

 

「深町涼太君だね」

「そう、ですが?」

 

 男の口調は低く、有無を言わせぬ強さがある。俺に警察手帳を提示するが、本物か偽物の区別は分からない。

 

「我々は、玉川署公安課の者だ。浦木浩一の件で同行してもらいたい」

「ちょっと待ってください。あの人は事故で亡くなったのでは?」

 

 2人の偽刑事は顔を見合わせる。

 

「刑事課では事故処理になったが、我々公安課では極秘のチームを結成し、浦木が悪魔崇拝者(サタニスト)の重要メンバーである情報を掴み、その背後関係を捜査しているのだ」

 

 背の高い男が話すと、もう1人が頷く。

 

「彼を尾行中、君と出会って我々に奪われまいと重要な証拠を渡している筈だ」

 

 悪魔崇拝者の話は嘘だ。まどかさんや竜也さんと、話をしていなかったら信じていただろう。反論すると立場が悪くなりそうで黙っていた。

 

「わ、分かりました。親に事情を話すので少し待って貰えないでしょうか?」

 

 相手を怒らせないようにかなり丁寧に話すと、2人は顔を見合わせた。

 

「いいだろう。10分だけ待ってやる。もし遅れたら遠慮無く踏み込むからな」

「りょ、了解です」

 

 開放されて家に入る。

 

「ただいま」

「説明しなさい!! いったい、どういうことなの!?」

 

 お袋はかなり興奮している。突然、刑事が家に来たので無理は無い。俺はまどかさんに言われたとおりに説明したら納得してくれた。

 

「そうだったの……お母さんビックリして、どうしようかとオロオロしていたのよ……お父さんは出張で戻れないし、良かったわ。涼ちゃんが事故と無関係で……もし、巻き込まれたのかと思うと……」

 

 お袋の涙声はこっちがとても辛い。

 

「これから警察署に行って、話をすれば終わりだから大丈夫だよ」

「刑事さんにちゃんと話すのよ」

「ああ、帰りは遅くなるけど、警察に送ってもらえるから心配しないで」

 

 これからが俺の勝負だ。

 自分の部屋に入ってバッグを置いたが着替える時間は無い。COMPを持っていくか迷う。一般人は虫ケラ以下と見下しているから、身体検査されて取り上げられる可能性は少ないと言う。

 

 ①取られると困るので持っていかない。

 ②悪魔召喚プログラムが俺を助けてくれるかも。一応持っていく。

 

 家を出ると男達に連れられ、黒い国産のセダン車に乗り込む。運転席は別の男が待機していた。俺達3人が後部座席に座ると車はゆっくりと動き出した。窓から夜の景色を見ていると玉川警察署とは、別の方向に走っているのに気づいた。

 

「あの、警察署と反対方向みたいですが……」

 

 男達は無言だ。重苦しい雰囲気に居心地が悪い。

 まどかさん達は発信機で俺達を追っている……大丈夫だ、問題無い。と、自分に言い聞かせる。突然、視界が真っ暗になった。

 

「えっ!!」

 

 突然、俺は目隠しされ動揺する。

 

「フフ、着くまでの辛抱だ」

 

 落ち着け!! 涼太。まどかさん達を信じろ!!

 どこをどう走ったのか分からないが、目的地に着いたらしい。

 車から降りると目隠しを外され、周囲を見ると4階建てのビル? が密集している。一瞬団地かと思ったが違う。俺達以外に人の気配は無い。

 どこかの工場か倉庫、研究施設にも見える。

 男達に挟まれて建物の中に入る。中は誰もいない。通路を歩いていると暗くて、非常灯が寂しく点灯していた。男達は慣れているのか迷わず歩いている。

 突き当りのエレベーターに乗ると、地下3階に降りて通路を歩く。ここも暗い。右側のドアが1つ開いて明かりが漏れている。入ると蛍光灯の照明が眩しい。部屋は意外に広く電子機器特有の匂いが漂う。

 どうやら電算機室かサーバー室みたいだ。奥の壁際にコンソールデスクがあり、1人の男が座って俺達を見ている。服装は黒いスーツを着て黒のサングラスを掛けている。

 

「ようこそ、深町涼太君。わたしは山田一郎と申します。君に来てもらったのは、浦木氏が我々から奪ったSSDを返して貰いたいのですよ」

「……」

「それと彼が君に何を話したのか、わたしに『直接』教えてほしい。フフ、簡単ですよね~」

 

 丁寧だけど人を小馬鹿にした口調で何かムカツク。俺は無言で茶封筒に入ったSSDを渡した。山田は、茶封筒から取り出し、デスクの上にあるパソコンにコードで接続した。

 

「ふむ、確かに本物ですね~」

「ここはどこですか?」

 

 少しでも時間を稼ぐ為、男に尋ねる。

 

「わたし達の活動拠点の1つですよ。計画が始動したので、近日中に引き払う予定ですが、君も家に帰りたいなら我々の事は詮索しない事。浦木の二の舞になりたいですかぁ?」

 

 山田はサングラスを外すと満面の笑みを浮かべた。黒い髪で油でも付けているのか、ベッタリして前髪を切り揃えている。一見すると銀行員か郵便局員に見えるけど目つきが何かキモい。

 当然、俺は首を全力で横に振る。

 

「フフ、そうでしょう。わたしは紳士なので、物事を穏便に済ませられるのなら、手荒な真似はしない。君は前途有望な学生だ。こんな場所で命を失いたく無い、そうですよね~?」

 

 俺は首を縦に振る。そして出会った時の経緯を山田に話した。

 

「なるほど、彼の背後で如月商会が動いていたのですねぇ。フン、小賢しい。如月ごときが組織に抵抗しても所詮、蟷螂の斧。無駄なのですよ~ククク……」

 

 山田は立ち上がると俺に近づくが、香水の匂いが鼻を刺激する。

 

「それでは君の意識を、読ませてもらいますよ。大丈夫、痛くないですから……」

 

 山田は右手の手袋を外すと、俺はそれを見て悲鳴をあげてしまった。

 人間の手では無い。奇形なのか灰色の鱗に覆われた三本指の鋭い鍵爪だ。思わず逃げようとしたけど、2人の偽刑事に押さえられ動けない。山田は嗜虐心で満ち溢れた笑みを浮かべている。

 

「ククク、この手が怖いですかぁ。いいですねぇ~その怯えた表情……君はわたしの好みですよ。ウィッグを被らせて化粧をさせれば素敵な女性になる。そしてわたしがベッドで縛り上げ、口と腰を使って激しく攻め立てて男の快楽を教える……ウフフ、ゾクゾクしますねぇ。君は本当に美しい、あぁ色々、想像していると勃ってきましたよ」

 

 あまりのおぞましさに全身に鳥肌が立った。こ、こいつ最低最悪の変態ホモ野郎だ、吐き気がこみ上げて来る。あっ自分の股間を触るな。

 

「ウフフ、わたしはねぇ、女装させた可愛い男の子が必死に抵抗し、屈服させるのが趣味なのですよ~そして自分から腰を振ってわたしのモノにしゃぶりつく過程がもう!! たまらない~さぁ……」

「いやっ!! 嫌だぁああ!!」

 

 どこかで爆発音が響いた。




 別に薄い本が出来そうです。


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第5話 仲魔

 爆発音が響くと同時に照明が消えて暗闇に包まれた。

 

「何事です?」

「山田様!! 発電室が爆破されました!!」

「如月の一味が侵入して見張りが(やら)れています!!」

 

 走りまわる足音と銃声が響く。これは逃げるチャンスだ。

 

「落ち着きなさい。予備発電に切り替え、封じていた『悪魔』どもを放つのです」

 

 リーダーらしく山田は冷静に指示を与える。俺を押さえていた男は指示を受け、移動したたのかいない。腰を屈めてゆっくりとドアの方へ歩く。今度捕まったら、人質にされてしまうか最悪は殺されてしまう。息を押し殺してドアに向かう。暗闇だが出口の方向は大体分かる。

 

「山田様!! 子供がいません!!」

「あのクソガキ。逃げやがって、始末しましょう!!」

「まだこの近くにいるはずです」

 

 男達は慌てているが山田の声は冷静だ。

 

「子供は放っておきなさい。建物を異界化させたので逃げられません。この暗闇で身動きが取れないでしょう。それより侵入した彼等を歓迎するのが先です。小林君と木村君はわたしと一緒に来なさい」

「はっ!!」

「分かりました。あの小僧、捕まえてタップリと仕置してやる」

 

 どうやら俺の事は後回しらしい、これで捕まる可能性が低くなった。後はまどかさん達に合流すれば一安心だ。見つからずに通路に出たのはいいけどエレベーターは動かないだろうし、この暗闇では階段を探すのが難しい。

 

「あっそうだ、COMPがあるじゃないか」

 

 こんな事もあろうかと思って持って来たけど正解だよ。上着のポケットから折り畳んだヘッドバイザーを取り出して被ると起動させた。索敵・暗視モードを起動させると暗闇の視界から周辺が見える。このCOMPは便利な機能があって助かる。もしかして通話も出来るかなと、まどかさんに連絡する。

 

「嘘!!マジつながったよ」

『もしもし!! 深町君なの?』

 

 圏外になるのが常識だから、まどかさんもビックリしているよ。

 

『深町です。暗くなってすぐ逃げたんです』

『よかったわ。発信機で君の位置は把握できるから、その場から動かないでね』

『そうですけど、あいつらが追って来るかも知れないですよ?』

『この暗闇だから隠れていれば大丈夫。むしろ動く方が危険よ』

『何で?』

『エネミーソナーが反応するの、無闇に歩き回ると悪魔と遭遇するわよ』

『あ、悪魔って!!』

 

 昨日、浦木さんが戦った餓鬼を思い出した。

 

『餓鬼みたいなのですか?』

『あんなのは雑魚よ。もしかしたらもっと強いのが出てくるわよ』

『マジで脅かさないでくださいよ』

 

 もう、足と背中が震えているよ。

 

『だから動かないでね、って言うのよ!!』

 

 ブチッと通話が切れてしまった。念の為、自宅へ電話しようとするが圏外の表示が現れている。目の前が暗闇と静寂に包まれて不気味だ。時々、銃声と叫び声がかすかに聞こえる。

 

 こ、怖いよ……暗闇がこんなに怖いなんて……助けて姉ちゃん……

 

 通路に座り込み膝を抱え半泣きで、いない姉を呼ぶ。

 

(涼ちゃん、諦めて泣いたら、恐ろしい魔物が涼ちゃんを魔界に、連れて行っちゃうから泣かないで、ね、私の可愛い弟、愛しているわ)

 

 清楚で優しく、でも怒らせると恐ろしい姉。あの事故で命を失った。

 

(涼ちゃんをいじめる奴は絶対に許さない……それが神や悪魔なら私は戦う。だからお姉ちゃんだけを見て、お姉ちゃんから絶対に離れないで、いつも傍にいるから……)

 

 独占欲が強くちょっとヤンデレ気味だった姉。涙を袖で拭うと立ち上がる。

 

「そうだよな泣いても解決しないよな。こ、こんな時は武器になる物を探さないと、鉄パイプかバールのような物があればいいけど」

 

 RPGゲームだとダンジョン内に宝箱が置いてあって、武器やアイテムが手に入るが現実は甘くない。 他のドアはロックが掛かっていて部屋に入れない。銃声は聞こえないが獣のような咆哮が響く。震える両足で、ゆっくり歩くと階段が見える。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

 突然、目の前に餓鬼が1体現れた。腰が抜け、床に座り込んで動けない、気のせいか股間が湿っぽい。餓鬼は襲い掛かって来るかと思ったが、俺に近づくと匂いを嗅いでいる。恐ろしさで生きた心地がしない。

 

『ウゲゲ、オ、マエシ、ノニオ、イオレク、エナイ』

 

 獣が人語で話しているみたいだ。地獄で最も貪欲な餓鬼に食えないって、言われるのは何か複雑な気分だ。餓鬼は俺の周りをヒョコヒョコと、うろついているが動きを止め、首をかしげて光る目で俺を見ている。

 

『ウガオ、レナ、カマオ、マエフ、シギヤツ、ドウル、イィ?』

 

 襲う気が無いのは分かるけど、はっきり言ってくれないと分からないよ。

 何と無く、俺、仲間、お前、不思議な奴、同類?でおK?

 

 脳内選択肢。1つ選びなさい。

 ①俺とお前は同期の桜だ!!

 ②あっち行け!!

 ③食わせろ

 ①を選ぶと餓鬼は嬉しそうにはしゃいでいる。

 

「オレ、ガキ、ツヨイ、オレ、サイキョウ、コンゴト、モヨロシク」

 

 餓鬼は光の粒子になって俺のCOMPに吸い込まれた。何がど、どうなっているの教えてよ!!

 ヘッドバイザーに表示されている悪魔召喚プログラムのアイコン『DDS』が点滅している。とりあえずリモコンでクリックする。

 

『悪魔召喚プログラムを起動します』

 

 艶のある女性の音声が耳に優しく響くと同時に、六芒星と意味不明の単語が描かれている魔法陣画像が現れ、メニューリストが表示された。

 1.仲魔リスト 2.召喚 3.帰還 4.削除 5.リカバリー 6.悪魔全書(使用不可)

 

 画面の左上に、月齢時計が表示され、現在はNEWMOON…新月らしい。それと周辺のマップも映し出されて便利だ。右上にマッカとマグネタイトの数量が表示されている。

 マッカは現在0マッカで、マグネタイトは残り100か。でもマッカとマグネタイトって何だろう?

 仲魔リストをリモコンでクリックすると一覧が表示された。1から12まで番号が振ってあり、さっきの餓鬼は1番目で種族は幽鬼だ。2番目から11番目は空欄で12番目に読めない名前が出ている。

 種族、悪霊って何かヤバそうだけど、赤字で表示されているから無理なのかな?

 階段を上がった時、また餓鬼が現れた。ヤバイ、今度は3体も出た。

 

「な、何か用か? こ、こっちには、お、おお前らの仲間がい、いるんだぞ!!」

 

 どもりながら言うと、餓鬼達は俺を見つめている。緊張で足の震えが止まらない。

 

『ウガガナカ、マイル、ダイジ、スル、コ、レヤル』

 

 餓鬼から小さい紫色の石を1つ貰った。

 

『マ、セキ、オレノタ、カラ、ナカ、マヨロシク』

 

 餓鬼達は去った。どうやら同じ仲間がいると、見逃してくれるらしい。これで餓鬼が現れても大丈夫だよ。さらに上がって地下1階にきたが、この階段はここで終わりだ。ここから暗闇の通路を歩いて別の階段を探すしかない。この階のドアもロックされている。進もうとしたら前方に人影が現れた。

 

「ヤバ!! 隠れなきゃ!!」

 

 金髪のロングヘアで派手な女の人だ。身体にピッタリ張り付いた丈の短いピンク色のワンピースは、胸元から両肩を大幅に露出した長袖で、鎖みたいな銀色のベルトを腰にゆるく巻いている。足もピンク色のハイヒールを履いている。年齢は20代くらいで、まどかさんの仲間かもしれない。

 

「もしかして、まどかさんの仲間の方ですか?」

『まどか? 知らないわ、そんな子。それよりアンタのミート、アタシにイートさせてよ』

 

 身体をクネらせて歩く姿が何か不自然に見える。外人だと思ったけど、見ると日本人で染めているのだろう。彼女は額のうえにサングラスを上げ、ギャル系雑誌のモデルみたいで可愛いが、顔色が悪い。

 

「まっまさか!!」

『そのま・さ・か・よ。美味しそうなボーヤ』

 

 嫌な予感がして逃げようとしたが、女は俺の腕を掴む。

 

「はっ離せ!! この!!」

『フフ、久しぶりの獲物だから絶対に逃がさないワケ』

 

 獲物を手に入れて舌なめずりしたが、俺の匂いを嗅ぐと顔をしかめた。

 

『なっなに、この子? 何なのよ?』

 

 女ゾンビにまでに言われるとかなりショックだよ。そっと逃げようとしたが腕を放してくれない。

 

『もしかしてアンタ、屍鬼じゃなさそうだし……もしかしてデビルサマナーなワケ?』

「デビルサマナーって、なっ何ですか?」

 

 時間稼ぎて尋ねる。

 

『何って? 悪魔召喚師の事なワケ。アンタが手にしているCOMPを使って、アタシらみたいな悪魔と会話したり召喚して、使役するんじゃない。そんな事も知らないでここをうろついてるなんて、アンタよっぽど度胸あるのかバカじゃないの?』

 

 良く見ると映画のゾンビみたいに、グロくないのと話が通じそうなので事情を説明した。

 

『へぇー、あのオッさんから逃げて、ガキを仲魔にしたって言うワケ? 食い意地張ったガキを仲魔にするなんて……アンタ!! チョー気に入ったワケ!!』

 

 俺の背中をバシバシ叩かないでよ。もう俺、身体弱いんだから。

 

『じゃあこのナオミがっ……アンタの名前は?』

 

 名乗るべきか一瞬、考えた。

 

「ふ、深町涼太です」

『いい名前ね、悪魔召喚プログラムについてレクチャーするけど、アンタ宝玉か魔石は持ってないの?』

 

 宝玉は知らないけど、魔石は餓鬼に貰ったこれの事だろうと思って1個ナオミに渡した。

 

『サンキュー!!悪魔召喚プログラムについてレクチャーするわよ』

 

 悪魔召喚プログラム。

 それは文字通り、悪魔を召喚するためのプログラムである。

 1986年、東京の吉祥寺に住む高校生『中島朱実』が開発した。彼はコンピュータープログラマー及び魔術師としての天賦の才に恵まれていたが、ある高位悪魔を召喚して大量の死傷者を出す事件を起こし、その後行方不明になる。後にスティーブンと名乗る人物が大幅に改良したプログラムをDDS-NETに流して今に至る。

 悪魔召喚の儀式は、祭壇の設置や生贄の手配、月齢の調整、精細な魔法陣の作成にと事前準備に手間がかかる。 召喚するには経験豊富な魔術知識と強靭な精神力が必要とされ、複雑かつ高度な手順を要求されるが、悪魔召喚プログラムは、コンピュータ上で儀式をシミュレートすることによって、迅速かつ手軽に召喚を可能としている。

 また、悪魔の言語を人間の言語に変換したり、 契約時に行うべき対価の支払いの自動化などの機能を有していて、魔術的な素養が乏しくても悪魔の召喚が行えるようになっている。

 特に言語変換は、交渉時に魔法陣や精神感応を使わずに済む為、悪魔からの精神汚染の危険を著しく下げると言われている。

 プログラムがインストールされているCOMPを扱う者は、デビルサマナー(悪魔召喚師)と呼ばれている。召喚した悪魔そのものを制御できるかどうかは、召喚者の力量(レベル)にかかっている為、それだけの力がない者が扱うのは大変危険である。

 

 テキスト見ながらのレクチャー乙です、ナオミさん。中世ファンタジー世界の召喚師が知ったら噴飯ものの超便利プログラムなんですね、非常によく分かりました。

 

『アタシってチョー物知りでしょ!! 次はCOMPについてだね』

 

 COMP。

 悪魔召喚プログラムを内蔵したコンピューターの事。初期は中島も所持していたノートパソコンで、中にはアームターミナル型、銃型、傘型、メリケンサック型、楽器型、聖書型などある。最近はスマートフォンか携帯ゲーム機型が主流になっている。機種によって大きな違いはあるが、主な機能として。

 01.拡張メモリー用スロット搭載            

 02.全周波数対応の衛星通信・傍受機能                    

 03.索敵・暗視モードシステム 

 04.マグネタイト・バッテリー・システム               

 05.オート・ナビゲーション・システム  

 06.エネミーソナー

 07.ステータス・チェッカー

 08.悪魔会話システム(DCS)

 09.悪魔識別システム(DAS)

 10.悪魔召喚プログラム(DDS)

『と言うわけで現代の悪魔召喚師は、ハイテク・デビルサマナーかも知れないけど、COMPがないとただの人になっちゃうから、絶対に壊したり無くしちゃだめなワケ』

「マッカとマグネタイトって言うのは何?」

 

 これが気になっていた。

 

『それ知らないと、悪魔達からバカにされるから覚えてね。魔貨(マッカ)とは魔界の宰相、ルキフゲ・ロフォカレ様が鋳造した悪魔通貨の事。世界の富の管理を、永遠に偉大なる『あの御方』より任されているメッチャ偉い悪魔なワケ』

 

 おいおい、なんか凄い名前が出てきたよ。

 

『マグネタイトは悪魔が人間界で、実体化するのに必要な生体エネルギーの事よ。通常、悪魔達は霊的な存在で肉体を持っていないの。当然、実体化するにはマグネタイトを消費するし、悪魔の位が高い程、高品質で莫大な量が必要なワケ。人間の身体に含れ、まれに多く持っている人は悪魔達の標的よ。サマナー達は契約した仲間の悪魔『仲魔』の為、マグネタイトを確保するのに苦労しているワケ』

「なるほど、もしマグネタイトが無くなったらどうなるの?」

『無いと悪魔を召喚できないし、実体化している最中だったら身体の維持が出来なくなって最後に消滅しちゃうワケ』

 

 それは大変だ。

 

「手に入れる方法は?」

『マッカに余裕があれば専門店で買うのがベストね。それ以外だと悪魔と交渉して分けてもらうか、倒して奪うしかないワケ』

 

 ナオミはニヤニヤ笑う。

 

『一番簡単なのは人間を殺して手に入れるワケ。マグネタイトは死亡と同時にその体から失われていく為、殺して食うよりも『生きたまま食らう』方が摂取量は多く、効率よく摂取する為、より多くのマグネタイトを含む存在、即ち人間を食うことになる。ダークサマナーなら当たり前にやっているワケ』

「そんな事したら殺人と死体遺棄で指名手配になるんじゃないか。それだけは絶対ダメだ!!」

『食べ残すとヤバイけど骨までマルカジリすればオッケーよ』

「それでもダメ!!」

 

 俺は悪鬼外道呼ばわりされたくないよ。

 

『涼太クンはまじめそうだから、マッカを貯めて買うか、他の悪魔と交渉して分けてもらうしかないわよ。ま、他の悪魔がどーなろうとアタシの知ったこっちゃないってワケ。はぁ、話すの疲れたぁ』

 

 これだけ話すゾンビは映画にもいないよ。これで顔色が良ければエロくて可愛いんだけどなぁ。

 

『とにかく話を聞いてくれてありがとうなワケ。他に分からない事があったらググッてちょうだい。アタシの話に付き合ってくれたお礼に、涼太クンの仲魔になってあ・げ・る』

「マジすか?」

 

 仲魔が増えるのは心強い。ナオミは妖しい笑みを浮かべた。

 

「アタシらダーク系悪魔は人間の言う事なんて聞く耳持たないからね。でも涼太クンは特別なワケ」

「ダーク系って? 悪魔は皆、そうじゃないの?」

「悪魔にも性格の属性があってライト・ニュートラル・ダークに分かれているけど、アタシら屍鬼や幽鬼のガキの他、外道、悪霊、怪異、邪龍、妖獣、妖樹、邪鬼、凶鳥がいるワケ」

「そんなにいるんだ。でも俺が特別って?」

「何ていうのか、親近感で胸がキュンとするワケ。それに死の匂いがするから食べる気にならないワケ」

 

 どういう事なんだろう? まさかあの影響とかあるのだろうか。

 

「アタシは屍鬼ボディコニアンの『ナオミ』。これから一緒に頑張ろうね!!」

 

 ナオミは光の粒子になって消えた。これで仲魔が2体目だ。

 

「なんて言うか俺の日常が……崩れていく………まだ夢を見ているようだ」

 

 さらに進むと前方に餓鬼が2体、背後に3体のボディコニアンが現れた。普通なら絶体絶命だが、今度は落ち着いて、茶髪でショートヘアの彼女に話しかける。

 

「へえぇ、あのナオミが人間の男と一緒だなんて、アンタやるわねぇ」

「でもこの子、チョーカワイイから羨ましいよ」

 

 取り囲まれて生きた心地がしない。

 

「3人で骨も残さず食べるつもりだったけど、ナオミの男だから見逃して上げようよ?」

「そーだね。この子、見た目と違って不味そうだし」

 

 話に参加出来ない餓鬼達は、俺達の周りをうろついている。彼女達から魔石を2個手に入れた。

 他の部屋に入れないかと、ドアノブに手を掛けるがロックされている。ゆっくり歩いていると十字路が見えてきた。右に曲がろうとしたら背後から肩を捕まれた。

 

「うひゃ!! 助けて!!」

「こらっ!! 動くなって言ったでしょ!!」

 

 振り向くとまどかさんが俺を睨んでいる。強行軍だったのか自慢のスーツはヨレヨレになっていた。

 

「君が動き回るから大変だったのよ。おまけに悪魔が徘徊しているから、地下3階まで降りて上がるのは疲れたわ」

「す、すみません」

「まぁ仕方ないわ。でも、丸腰なのに良く無事だったわね?」

 

 俺はここに連れて来られてからの事を話すと、まどかさんは驚いたような呆れた目で見てくれる。

 

「君って子はサマナーの素質があるわよ。屍鬼と幽鬼はひねくれていて会話じゃ仲魔にならないから、ビギナーズラックだとしても凄いわ」

「ははは……まどかさん達は何人で来たのですか?」

「私と竜也を合わせて10人よ、突入しようとしたら異界化して分断されたわ。入れたのは私と3人だけど1人は屍鬼の群れに襲われ、2人は山田に殺されたわ」

 

 苦々しい顔で壁を叩く。途端に明かりがついて眩しい、瞬間に暗視モードがオフなった。

 通路が明るくなって雰囲気が変わった。ホラー映画に出てくる地下研究施設の通路みたいだ。

 

「どうやら発電機が復旧したらしいですね?」

「ええ。ここの指揮官がダークサマナーの山田一郎とはね……あいつが、浦木さんを殺したのなら有り得るわ」

「そんなにあいつはヤバイですか?」

「サマナーとしては一流だけど性格に問題あってね、猜疑心の強い変態サディストで、殺し方が惨いのよ」

「うわっ」

 

 あの嫌らしそうな台詞を思い出して吐き気がした。

 

「どの道、あいつを倒さないとここから出られないわ」

「で、でも他に黒スーツの男達がいるのでは?」

 

 数ではこちらが不利だ。

 

「私が全て始末したから残っているのは山田だけよ。あいつは地下にあるサーバー室で、私達が来るのを待っている筈」

 

 あいつがここのラスボスか。まどかさんは懐から拳銃を取り出した。

 

「私の武器はこのグロック21と予備マガジン2つ、破魔札に各種類のアイテム」

「俺は魔石2個とCOMPだけです」

「COMPですって? 見せてくれないかしら?」

 

 まどかさんは羨ましそうに俺を見つめる。

 

「悪魔召喚プログラムを、一般人の君がよく手に入れたわねぇ。あら、これはサイバース社の最新型よ!! まさか!!」

「そのまさかです。当選したんですよ」

「君って本当に運がいいわねぇ。で、仲魔は屍鬼と幽鬼に悪霊ってこれじゃダークサマナーよ」

 

 話し合った結果、俺が会話で交渉して戦闘を回避するかアイテムを貰う。

 エレベーターは壊されていて動かない。幸い俺の仲魔にした以外の悪魔は、現れないので順調に地下3階にあるサーバー室前に辿り着いた。



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第6話 対決

 まどかさんと俺は、サーバー室の前に辿り着いた。中から異様な雰囲気が漂ってくるのが、超ド素人の俺でも分かるほどだ。彼女は俺を見る、真剣な眼だ。

 

「さすがダークサマナーね。中に入ったら、あいつを倒すまで出られないわ。覚悟は出来ている?」

「は、はい、大丈夫です」

 

 ラスボス戦がきた。

 先に仲魔を召喚しようとしたけど、まどかさんに止められた。召喚して警戒されるより、隠し玉にした方がより効果的と言うのだ。

 不安そうな顔をしている俺に比べ、まどかさんは余裕の表情だ。おそらく数々の修羅場をくぐり抜けて来たに違いない。

 

「私の後ろでサポートを頼むわよ」

「ま、任せてください!!!」」

 

 まどかさんは、ドアを思い切り足で蹴ってダイナミックに入ると、俺も後から続いた。

 発電機が復旧したのでサーバー室は明るい。奥にあるコンソールデスクの前に、山田一郎が腕を組んで腰掛けている。

 

「お久し振りですねぇ、まどかさん。パートナーの竜也君は一緒じゃ無いのですかぁ?」

 

 まどかさんを見るとニッコリ笑っているよ。

 

「本当にお久しぶりね山田さん。竜也なんかがいなくても私だけで充分よ。今すぐ降伏して異界化を解けば半殺しで許してあげるわ」

 

 山田は腕を組んだ状態で首を横に振った。

 

「それは、ご遠慮しますよ。そんな趣味は無いですからね」

 

 どうやら2人は知り合いらしい。気軽に話しているみたいで、腹ではお互いの隙を窺っているみたいだ。それと山田が俺の存在に気がついたのか、細い切れ長の目を更に細め、口を三日月型に歪める。

 

「おや、まどかさんの後ろに隠れているのは、涼太君じゃないですかぁ? フフ、わたしのモノになれば、君だけ助けてあげよう。さ、早くこちらに来なさい」

「ふ、ふざけんな!! アンタみたいな、変態ホモ野郎と一緒にいられるかよ!!」

 

 山田は深い溜息をついて肩をすくめ、悲しげな顔で俺を見る。ああ、勃起してこっち見んな。

 

「ふぅ、やれやれ、わたしの耽美で崇高な嗜好を理解出来ないとは……君の為、特別に用意した素敵なウィッグとドレスが無駄になってしまった。キツイお仕置きをしなければならないわたしは悲しいよ」

「うわっ!! やっぱこいつガチでイカレテやがる!!」

 

 あの狡猾そうな山田が1人だけとは怪しい。絶対、何か罠を用意しているに違いない。

 

「さようなら山田さん」

 

 ホルスターからグロック21を抜くと立て続けに発砲した。45口径の弾丸を食らえば即死、だが1体の悪魔が現れ、山田の盾になって防いだ。ガキは大ダメージを受けて消滅した。

 

「チッ、相変わらずエゲツないやり口ね」

「ウフフ、褒め言葉として受け取りましょう。それでは彼らと遊んでもらいますよ」

 

 指をパチンと鳴らすと、サーバーラックや柱の隠れていた4体の悪魔が俺たちの背後に現れた。あらかじめ召喚していたみたいだ。

 

「餓鬼2体にボディコニアン2体、会話で説得出来ないですか?」

 

 俺が小声で言うと、まどかさんは首を横に振る。

 

「サマナーに使役されている悪魔は無理よ」

「そ、そんな」

 

 まどかさんは懐からお札を取り出して構えた。

 

「破魔!!」

 

 餓鬼の1体が光に包まれ消滅した。もう1体の餓鬼が鋭い爪を光らせ、襲い掛かってきたが、紙一重で避けてお札を直接当てると、餓鬼は奇怪な絶叫を上げて消えた。

 

「如月謹製の破魔札は1枚で2回攻撃出来るのよ」

「ほほぅ、やりますねぇ。彼女達を後回しにしたのは裏目に出たようですよ」

 

 やはりトラップを用意していたのか。

 2体のボディコニアンは狂ったように高笑いすると、2体の悪魔を召喚した。1体は餓鬼。もう1体は赤黒い肌で頭に角が1本生え、口から鋭い牙を剥き出しにしている。凶悪な面構えで、悪役レスラーみたいに筋骨逞しい巨漢だ。ボロい服を着ている。

 右手に持っている黒い、太い棘のついた極太の金棒がとても凶悪だ。あれで殴られたら即死だよ。

 

「フフ、彼女達の高笑いは、この場に封じた悪魔をランダムで召喚するのですよ」

「う、嘘だろ!! あれって昔話に出てくる……」

「そう、妖鬼オニよ。あいつは物理攻撃のダメージを半減する。ここで魔法は使いたくないけど……」

 

 ふと突入する前にステータスを見て思いついた。オニは金棒を振り回して獣のような雄叫びを上げている。

 

「ナオミを召喚して彼女のセクシーダンスで足止めします」

「確か……精神攻撃ね、それならオニに、効果あるわ。頼むわ」

 

 俺は悪魔召喚プログラムから、召喚をリモコンで操作してクリックする。

 

 DEGITAL DEVIL SUMMON SYSTEM OK

 MAG BATTERY OK

 CONDITION OK

 SUMMON OK

 GO

 

 六亡星の召喚魔法陣が現れ青白く輝き、激しい閃光と共に屍鬼ナオミは無事に実体化した。

 

「はぁ~い、おまたせって? ……ゲッ!! もしかして戦闘中なワケ?」

「それもボス戦よ、あなたのダンスでオニをメロメロにして!!」

「バーカ!! アンタの命令は聞かないよ」

 

 ナオミが無視していると、オニが体当たりして来た。

 

「うわっ!!」「きゃぁ!!」「あぐぅ」

 

 俺とナオミは間一髪で避けたけど、まどかさんはモロに食らって壁に叩きつけられた。

 

「まどかさん!!」

 

 まどかさんは、とっさに受身をとったが苦しそうだ。

 

「頼む!! 得意のダンスでオニを悩ましてくれっ!!」

「涼太クンの命令なら何でも聞くよ。はぁ~いオニさんこちら!! 手の鳴る方へ!!」

 

 ナオミの悩ましげなダンスを見るオニの表情が変化した。例えると鼻の下を伸ばした中年オヤジみたいだ。

 

「あいつらをやっちゃえ!!」

『(`ω´)グフフ』

 

 オニはフラフラして仲間のボディコニアンに近寄ると、金棒で滅多打ちにすると餓鬼を一撃で倒した。す、凄いパワーだ。

 

「ほぅ、涼太君がサマナーだったとは、さすがのわたしも気づきませんでしたよ。しかもプライドの高い、特注品のナオミを仲魔にしていたとは……」

 

 山田も驚いたみたいだ。

 

「おや、君がつけているのはヘッドバイザーみたいだが、そうかサイバース社のCOMPを持っているのか? 君みたいなのが当選してたとは、チッ!! やってくれましたね~」

 

 忌々しそうだが最後の言葉は俺以外に向けたらしい。

 

「アギラオ!!」

 

 炎の塊が現れ、オニに直撃すると絶叫を上げて倒れ、消滅した。残り1体のボディコニアンがステップを踏み出したが、まどかさんが、抜く手を見せずにグロック21を発砲すると倒れた。

 

「ほぅ、その銃の弾丸はもしかして」

「ええ、如月特製の神聖弾よ。屍鬼と幽鬼には絶大な威力を発揮するわ」

「もう、あんたには仲魔がいないぞ」

 

 山田は気味の悪い笑みを浮かべた。

 

「フフフ、今までのは余興ですよ。これからが本番、逝きますよ」

 

 スマートフォンを懐から取出し、しなやかな指で操作すると、床に青白く輝く召喚魔法陣が連続して現れ、悪魔達を召喚した。

 正面はオニ2体で、俺達の背後には初めて見る女悪魔が3体現れた。

 左側は白いレオタード姿に、蝙蝠みたいな羽を持つ女悪魔でちょっと可愛い。

 中央は金髪碧眼の美女で腰まで届くロングヘアに、胸元が大きく開いた漆黒のロングドレスを着て宙に浮いている。

 右側は上半身が裸で後ろ手に縛られ、下半身が巨大な芋虫の女悪魔。こいつはちょっとキモイよ。

 

「鬼女リャナンシー、夜魔リリムに幽鬼オキクムシ……さすがダークサマナーってとこかしら」

「マジやば!! アタシより強いのばっかりなワケ!!」

 

 あのナオミも驚いている。すぐに仕掛けてくるかと思ったが、こちらの出方を見ているようだ。

 

「あいつは楽に勝てると思ってるわね。誰に喧嘩を売ったのか教えてやらなくちゃ」

 

 まどかさんの言う通りだ。

 

「長期戦になるとこっちがジリ貧になるわ。私が一気に5体を始末するから深町君とナオミさんは、あいつからCOMPを奪って壊すのよ」

「そ、そんなの出来ないっスよ!!」

 

 俺は右手を全力で振る。ケンカもまともにした事が無い俺に、無茶言ってくれるよ。この人。

 

「私だと警戒しているから無理だけど、深町君の事は見下して舐めきっているから成功するわ」

「た、確かに、そうかも……しれないですけど……」

 

 それでも不安だ。もし失敗したら、どうしよう。

 

「面白そうじゃん、あいつアタシらを奴隷みたいにコキ使ってくれて、前から気に食わないワケ」

 

 ナオミは鋭い爪を伸ばすと口を歪め、ニヤリと笑う。俺もあいつに一泡吹かせたい。

 だから……こうして……と俺達はヒソヒソ話をする。

 

「ただし、チャンスは1回だけよ、失敗したら同じ手は使えないから」

「は、はい」「オッケー」

 

 山田は余裕があるのか欠伸をしてやがる。畜生、今に見ていろ。

 

「作戦会議は終わりましたかな? まどかさんでもわたしの仲魔には勝てませんよ」

「あら、山田さん。逆転サヨナラ勝ちと言う言葉はご存知かしら?」

 

 まどかさんはスーツのポケットに手を忍ばせている。

 

「ふ、そんな戯言知りませんよ。オニ共はタル・カジャと暴れまくり、リャナンシーはマカ・カジャ、

リリムはマハ・ジオ、オキクムシはマハ・ムド。そし……うぉっ!!」

 

 凄まじい閃光が発生した。

 ヘッドバイザーのお陰で、山田と仲魔達は動揺しているのが見える。その隙に俺とナオミは飛び掛った。

 

「この変態ホモ野郎!!」

「今までの礼なワケよ!!」

 

 不意を突かれた山田を思う存分、殴り、蹴り、噛みつき、引っ掻いてまどかさんの後ろに隠れた。

 

「アバズレにクソガキめ!! よくもわたしの美しい顔に傷つけたな!! こっこれは!?」

 

 光の嵐が収まると悪魔達は消えて、5枚のトランプカードが宙に浮かんでいた。

 

「魔力魔法のシャッフラー……まさか、クズノハ以外に使える人間がいたとは……」

 

 黒いサングラスを掛けているまどかさんは、思い切りどや顔をしている。

 

「山田さん、切り札は最後に取って置く物よ。それに敵前逃亡用のくらましの玉は、こんな使い方もあったりして」

「ねぇ、今どんな気持ち、ねぇったら返事するワケ」

 

 ナオミが追い討ちを掛ける。

 

「クッ!!」

 

 凄いよ、まどかさん。余裕こいていた山田は顔を真っ赤にして、拳を握りしめ悔しそうだ。

 

「そして、マハ・ラギ」

 

 巨大な炎の塊が複数現れ、カードを全て焼き尽くした。

 

「さて、お次はどんな仲魔を出してくるのか楽しみですわ。山田さん」

 

 山田は余裕の笑みを浮べている。

 

「さすが元マジシャンと言ったとこですか、次に出す悪魔はさらに強力で……ん?」

 

 山田は何か探しているみたいだ。

 

「探し物は、これなワケ?」

 

 サングラスを掛けたナオミの手に、スマートフォンが握られていた。

 

「ナオミ……スリで飯食っていけるよ」

「きっ貴様!! それを返せ!!」

 

 ナオミはニヤッと笑うと床に叩きつけ、ハイヒールで踏んだ。これで使えない。

 

「おっおのれ!! よくもわたしを怒らせたな!! こうなればお前達を皆殺しにしてやる」

 

 山田は両手で印を結び、何かブツブツと呪文を唱えている。まどかさんから余裕の表情が消えた。

 

「まさか!!」

「えっ?」

 

 何なのか分からない。

 

「早く!! ここから離れて!!」

 

 俺を突き飛ばした。

 

「おっと、逃がさないですよ。呪緊縛!!」

「うわっ!!」「きゃっ!!」「いゃん」

 

 俺達は見えない縄で縛られたのか身動きが取れない。つまずいて床に倒れると、何か巨大な円形で意味不明の文字が描かれている。

 

「これって魔法陣?」

「そうです。それも強力な呪殺魔法陣ですよ。一瞬にして人間の心を砕く、必殺の呪詛魔法。屍鬼には効かないが、人間には絶大な威力ですよ」

「うわっ!!マジヤバじゃん、ま、まどかさん!!」

「フフ、このわたしが何の対策もしていないと思ったら大間違いですよ」

 

 まどかさんは山田を睨みつけているが、呪縛されて動けない。それとも策があるのか、俺を見て微笑んでいる。これは信用するしかない。

 

「それでは死んでもらいますよ。苦しむのは一瞬だけ、発動、マハ・ムドオン!!」

 

 魔法陣が一瞬、光ると、どす黒い瘴気が包み俺達の命を奪う筈だが、なんとも無い。

 

「バッ馬鹿な!! そんな、ありえん!!」

 

 冷静な山田が動揺している。いい気味だ。

 

「こんな事もあろうかと、呪殺を無効にするデビル・コルセットを着けているのよ。彼が無事なのは………まぁ、アンタがヘマしたって事よ。広範囲の呪殺魔法は、絶大な威力だけど成功率が低いわ」

 

 いつの間にか動けるようになった。でもそれって……

 

「だからこそ念入りに準備したのに……それを……」

「さて、次は何かしら? 氷結系、電撃系、メギド系かしら、それとも封印系?」

「クソッ!!」

 

 懐から銃を抜こうとしたが、まどかさんの方が早かった。頭に2発、身体に2発、45口径弾を叩き込む。確実に相手を殺すコロラド撃ちだ。頭の右半分と脳髄が飛び散り、全身血塗れでコンソールデスクの後ろに吹っ飛んだ。

 

「任務完了っと」

「ウゥッ!! グ、グロイ死に方ですね……」

 

 スプラッタ状態で絶対に見れない。これはオーバーキルですよ……まどかさん。

 まどかさんは平然とグロック21のマガジンを交換する。何も殺さなくてもよかったのでは? と思ったけど、吐き気を我慢するのに精一杯で言えなかった。凝視したら必ず吐く自信はあるよ。

 

「やったじゃん、これでリエ達もここから開放されるワケ。アタシら時間を忘れて踊りたいだけなのに、あの女に売り飛ばされ、ここに封じられたの。更に警備みたいなことをやらされて皆、頭にきてたのよ。でもこれで以前のように踊り続けられるワケ」

「そうか良かったね」

 

 踊り明かすのはいいけど、人をムシャムシャ食べるのは勘弁な。

 

「でもアタシは涼太クンの仲魔になったから、これからもずうっと一緒。今後ともヨロシクね」

 

 屍鬼のナオミに抱きつかれて何か複雑な気分……でもこれで家に帰れる。時間は23時を過ぎていた。

 そう思うと急に空腹になって腹の虫が鳴った。

 

「これで部屋から出られるわ。竜也達と合流してから引き上げましょう。途中で軽く食事して、家まで送っていくわ」

「ありがとうございます」

「バイバーイ、またね」

 

 俺はナオミを帰還させ、サーバー室から出ようとしたがドアが開かない。

 

「ドアが開かないですよ」

「そんな筈は、ウッ!!」

 

 銃声が響き、まどかさんは右脇腹を押さえてしゃがみ込む。全身血塗れ、頭の半分吹き飛んだ『山田だったモノ』が右手で拳銃を構えていた。

 

「ウグェッ!! グ、グロすぎ……」

 

 吐き気がこみ上げて、口を押さえた。とても描写なんて絶対無理。見たら確実にSUN値直葬だよ。

 

「キィサマラカトウナサルノブンザイデヨクモグロウシタナソノツミバンシニアタイスル」

「こっこいつ、人間じゃない!!」

「まさか!! 悪魔と合体していたなんて……」

 

 さすがのまどかさんも驚きが隠せない。俺も仲魔を召喚するのを忘れて呆然とする。

 

「コノウラミノコモッタジュウデシネェェェェェェェェェェェェェ!!」

「駄目だ!! やられる!!」

 

 積んだ。

 目を閉じて、まどかさんにしがみついた。

 銃声は響いたが、俺とまどかさんは無事だ。目の前に腰まで届く銀髪に黒装束の女性が現れ、日傘? で銃弾を弾いたらしい。山田だったモノは右手を押さえ、拳銃は床に落ちていた。

 

「キッキサマハ!! ナゼジャマスル?」

「その美少年は主達の所有物ですのよ。とっとと危害加えると我が主達の敵と認識致しますのよ。オッケー?」

「ヤツカ? オンナミタイナクソガキニソレダケノカチガアルノカ!!」

「ノーコメント」

 

 山田だったモノは問い詰めるが、その女性は平然と受け流す。後ろ姿で分からないけど、この声どこかで聞いた様な感じ。誰だっけ?

 

「グヌヌヌヌ、イイダロウキィサマニメンジテコノバハミノガシヤル、サルドモイノチビロイシタナ」

 

 そして俺に鋭い鍵爪を向けた。

 

「ゼッタイニオマエハカチクニシテヤル!!」

 

 捨て台詞と共に山田だったモノは消えた。銀髪の女性は振り向くと見覚えがある。端正な顔立ちに碧眼で俺を見ている。

 

「ヒロ子さん、た、助けてくれてありがとう」

「礼必要ない。涼太は主達の所有物だからとっとと死ぬ困る。ただそれだけだ」

 

 天馬ヒロ子さんは先生の助手で、いつもは白衣姿にマスクをしている。今はマスクと漆黒の着物姿だ。どうやってここに俺がいる事を知ったんだろう?

 まどかさんは、グロック21を構え彼女を睨んでいる。その美貌に余裕は無かった。

 

「白衣の女王。助けてくれたのは感謝するわ。でも中立の貴女がここに来るなんて何が目的?」

「黙れ!! 糞ブス女。お前に話す事はナッシング」

「!!」

 

 一瞬、怒髪天をついたまどかさんが怖い。さすがに引き金は引かなかった。

 

「主からの伝言『早くじっくり診せろ』の事だ。以上とっとと帰る」

 

 ヒロ子さんがサーバー室から出ると、入れ替わりに竜也さん達が入って来た。

 

 本日の戦利品

 950マッカ、163マグネタイト、餓鬼玉、黒蝶ドレス、フェアリー・ウィッグ、壊れたスマートフォン、南部十四年式自動拳銃(後期型)




特殊イベント戦なので、あっさり終わりました。もし主人公だけでしたら積みです。


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第7話 出会い

 翌日。

 眠いのを我慢して授業を上の空で聞いているが辛い。窓の外を見ると快晴だが、俺の気分はどんよりして雨が降りそうだ。

 

 あんな事があっても一夜過ぎれば、夢幻か……日常に悪魔が潜んでいるなんてね……

 

 昨日のアレは現実に起きた事で、決して絵空事でない。

 

 脳内再生開始。

 サーバ室から『山田だったモノ』が消え、竜也さん達と合流した。

 

「フン、まどか。お前が山田のオッサンを取り逃がすとはな」

「まさか悪魔になっているとはね。彼女が現れなかったら、どうなっていた事やら……」

 

 まどかさんも竜也さんの皮肉には返せなかったようだ。

 

「あのオッサン、前から人間離れしていたからな、本当に辞めちまいやがったか」

 

「お前ら、後の処理は分かっているだろうな」

 

 竜也さんは、後ろに待機している黒いスーツを着た5人の男達に命令した。そして俺を睨む。

 

「小僧、分かっているだろうな?」

「は、はい、『絶対に誰にも言うな』ですね。分かります」

 

 どうせ話しても信じてくれないよ。

 

「フン、そのガキには用は無い。お前の車に乗せておけ」

「了解、深町君行きましょう」

 

 まどかさんの話によると、俺が偽刑事達に拉致された場所は、世田谷区内にある倒産した電子部品メーカーの工場だった。工場は家から歩いて30分の場所にある。工場は2年前の封鎖事件の影響による経済不況の為業績不振に陥り、ある外資系企業に買収されたらしい。その買収した企業については教えてくれない。

 

 There is no need to know.(知る必要が無い)と言う。

 

 まどかさんは、一般人の俺が囮になってくれた報酬にと、100マッカ、と装備アイテムを譲ってくれた。ちなみにマグネタイトは、マグネタイト・バッテリーに吸収済だ。

 マッカはデータマネーしてCOMPで管理出来るので楽だ。(実物のマッカは奇妙な文字が刻印された金貨で財布では持ち切れない)

 壊れたスマートフォンは別にして、一番欲しかった十四年式自動拳銃は、駄目と言われた。スマートフォンは修理し、情報入手と悪魔データの復旧の為だが、銃は一般人に持たせない為と、銃自体が『呪い憑き』なので、所持していると肉体と精神が蝕まれると言われたので諦めるしかない。

 女物のドレスとか、ウィッグは、はっきり言って貰っても嬉しくない。

 まどかさんには、『あら、深町君だったらお化粧して着れば似合うわよ♪』とからかわれて恥ずかしいよ、全く。ネットオークションに出せば高く売れるだろう。

 竜也さんの仲間達は魔術用の道具を用意すると結界を張った。山田がいなくなって開放された悪魔が出没し、一般人に害が及ばないようにする為である。

 まどかさんの車で家まで送ってくれたが、当然、親父とお袋には色々と問い詰められた。帰ってくるまで、お袋は泣いていたらしい。俺がまどかさんに言われた通りの事を話して落ち着いた。とにかく精神的に疲れたので、昨日は風呂に入るとすぐ眠った。

 今日は休もうかと思ったけど、ズル休みした後ろめたさから学校に行く事にした。

 黒井の占いは当たったが最後は外れた。俺は生きて日常の生活に戻ったはずだけど、憂鬱な気分に陥っていた。

 脳内再生終了。

 

 午前の授業が終わって昼休みになると、教室内は賑やかになる。弁当を食べたり、携帯でメールをチェックしたりしてのんびり出来る幸せな時間だが、俺は弁当に箸をつけていない。出るのは溜息だけだ。

 

「どうしたんだよ? 深町。朝から落ち込んでお前らしくないぞ。勉強の遅れはどうにもならないからな」

 

 倉橋が俺の卵焼きを食べやがる。色々あるんだよ、身体の事とか。

 

「で、昨日のアレは解決したんだろ。ま、気分的に疲れてるのは分かるけど。これからは普通の生活に戻れたから元気だせよ。あっこれ頂き、ウィンナーうめー」

 

 武原も心配してくれるのはありがたいが、俺のおかずをパクつくのは勘弁してくれよ。

 俺は教室のドア側で飯を食っている黒井達を見た。仲の良い倉田由香と町田園子とお喋りしながら食事をしている。時折、俺を見るがすぐ目をそむける。

 

「本当にどうしたんだよ。弁当に箸つけてねーじゃん」

「ったく、一難去ってまた一難なんだよ、なんで俺が……何したって言うんだよ」

 

 俺は机に腕を組んで溜息をつく。神様、仏様、この憂鬱な気分をどーにかしてくれ!!

 

「こりゃ重傷だ」

「まさか黒井に告って振られたんじゃないのか?」

「黒井もちょくちょく深町クンを見つめていたからな。モテマスネ~色男」

 

 2人がニヤニヤする。お前ら何勘違いしてるんだよ。言うべきか言わぬべきか迷っていたが、黙っていると、失恋と勘違いするから話す事にした。

 

「2人とも俺の話を聞いて鬱になるなよ。実はな……」

 

 俺は登校する時に起きた事を話し始めた。

 朝、いつものように校舎に入って昇降口で靴を履き替えていたら。黒井が俺の横に来た。

 

「ヘボ占い師さんの占いは最後に外れましたよ」

 

 嫌味っぽく言うと黒井は平然としていた。

 

「あら、それは良かったわね。3年の大門さんが深町君に話があるって言うから今日の放課後、体育館の裏の倉庫に来いって」

 

 俺は凍りついた。この学校ではその名を出すのは3年生でもタブーになっている。

 

「大門って……も、もしかしてあの大門、さん……?」

「3年で大門って言えばこの学校では1人しかいないじゃない」

 

 当たり前のように言ってくれるよ、黒井日菜子さんってば。

 

「確かに伝えたからね」

 

 俺は教室に向かって行く後姿を茫然と見ているだけだった。

 

「と、言うわけだ。俺が憂鬱なのが分かるだろ……」

 

 予想通り、2人は驚いてどこをどう突っ込めば良いのか分からないって感じだ。

 

「いや、その、あの、あの人が何で、お前なんかに話があるんだよ?」

 

 武原は動揺している。まぁ無理は無いよ。

 

「まさか深町!? なんかやらかしたんじゃないのか?」

「そ、そんな事ねーよ、だいたい俺とあの人で何の接点があるって言うんだよ?」

「そうだよな、俺達とあの人とは世界が違うからな……」

 

 倉橋も頷く。大門さんと俺達とでは住む世界が違う。

 

「呼び出される理由が分からないから憂鬱なんだよ。もう勘弁してくれよ……」

「倉橋、やっぱ聞かなきゃ良かったぜ……」

「俺もそう思う……」

 

 俺達はその日の昼休みは口数が少なかった。

 

 そして運命の放課後。

 いつもと違い憂鬱な気分だった。午後の授業がアッという間に過ぎた。

 ザ・ワールド、時間よ止まれ。

 このまま、永遠に机でうつ伏していたいよ……

 

「そろそろじゃないのか?」

「だよな。遅れるのは絶対に超マジでヤバいぜ」

 

 俺を見かねて武原が言う。一緒に行こうかと言ってくれるのはありがたいが、2人を巻き込む訳にはいかない。

 

「じゃ逝くよ……時間が分からないから先に帰っていいよ」

 

 体育館では部活の練習の為照明が点いているが、裏側の資材倉庫は暗く、普通の生徒は絶対に近寄らない。悪名高い沼田グループの溜り場でもあるからだ。

 ガラの悪そうな連中が6~7人集まってタバコを吸ったり携帯で誰かと話している。怖くて足が震え、胸がドキドキする。回れ右して戻りたいけど、この奥で待っているので逃げるわけにはいかない。

 俺が近づくと髪を金髪に染め、ピアスを着けている1人が俺に気づいた。いかにもガラの悪そうな3年だ。俺の事を値踏みするように睨む。

 

「テメェ ここに何の用だ?」

「加藤、こいつ何モンだ?」

「こいつ2年坊じゃねーか? 俺達に喧嘩でも売ろうってのかよ」

「ざけんなよ!!」

「カマみたいなツラしやがって、いー度胸してんじゃねーか」

 

 3人にさっそく絡まれたよ。怖い、怖いが竜也さんや悪魔と比べればまだマシだ!! と思うようにする。

 

「あ、あの……そ、その……じ、実は大門さんに呼ばれましたので……」

 

 途端に静かになって全員が俺を睨む。

 

「ふざけんなよ!! あの人がテメーなんか呼ぶわけねーだろ!!」

「しめちまえよ、こんな奴」

 

 もう駄目!! 絶体絶命!! 殴られる。

 

「おいおい、何、2年坊いじめて喜んでいるんだ」

「沼ちゃん!!」

 

 グループのリーダである沼田秀人が現れた。俺に絡んでいた3年は不満そうに離れた。

 

「俺達はそこらのチンピラとは違う。そうだろ加藤、中田?」

「けどよぅ、ヒデちゃん。こいつ俺達の前であの人に呼ばれた、なんてフザケタことぬかすからつい腹が立ってよぅ」

「そうだぜ、俺もあの人から声を掛けられた事ねぇのに、それがこんなのがよ!!」

 

 この2人は相当不満そうだけど何でか分からないよ……

 

「深町って言ったな? 奥の倉庫で豊が待っているぜ。早く行きな!!」

「マジかよ……」

「なんであの人が、こんなカマみたいな奴を……信じられねぇよ」

 

 グループの連中は、信じられないと言った顔で俺を見ている。震える足を押さえながら倉庫に入ると。あの人がいた。

 

 大門 豊

 その名は他校にまで届いている。身長、約180以上で高校生と言うより、若き格闘家という風格がある。染めていない髪を短く刈り上げ、精悍な顔つきに眼光が鋭い。あの沼田でさえも一目置いている。センター街のストリートファイトで負け知らず、暴走族を叩きのめしたとか、暴力団が主催する闇の賭け試合で優勝したとか、広域暴力団の事務所に出入りしているとか、携帯のサイトとかでも色々噂されている。確かに徒党を組んで暴れる粗暴で野卑なチンピラとは格が違う。

 一匹狼で誰とも組まず、あの沼田達も校内ではトラブルを起こさないのは、この人がいるからだと思う。その人が目の前にいる。

 

「あ、あの2年の深町ですが、何かお話しがあるとか言われて来ました……」

 

 俺がオドオドと言うと、意外にも温厚な笑みを浮かべていた。

 

「お前が深町か? いきなりここに呼ばれてさぞ驚いただろう。本来なら俺がお前の教室に行くべきだが……それだと他の生徒達に驚かせるのでここに来て貰った訳だ」

 

 そりゃそうだ。この人が俺達の教室に来たら大騒ぎになるよ。

 

「話ってのはな、お前が浦木さんと出会った件と翌日、裏歌舞伎町にある如月商会に行った事だ」

「そっそれは……その……」

「別にお前がサボったのを責めるわけじゃない。何があったのか、お前の口から直接聞きたいだけだ。俺の言ってる事が分かるだろ?」

 

 も、もしかして謝礼もらったのがバレた?

 

「分かりました。実はですね……」

 

 浦木さんと出会ってから如月商会の事までを話した。俺が話している間は口を挿まず聞いてくれる。 話し終わると腕を組んで目を閉じていた。

 

「そうか、お前があの人の遺志を継いだのか……」

 

 精悍な表情が一瞬、悲しそうな顔になった。

 

「あの、浦木さんとは知り合いですか?」

「命の恩人だ。俺は喧嘩では負け知らずと言われているが、所詮ガキ同士の喧嘩だ。半年前、道玄坂にある工事中のビルで、悪魔に襲われた時は恐怖に陥ったよ。浦木さんが助けてくれなかったら今、ここにいないだろう」

「……」

「すまん、話を続けてくれ」

 

 俺は偽刑事に拉致され、工場まで行ってからの事を話し出した。大門さんが関心を引いたのはCOMPと悪魔召喚プログラムだ。

 

「その場はまどかさんがいたから解決したのも当然だな。ところで、お前はデビルサマナーになった訳だがこれからも続けるのか? それとも怖くなってやめるのか? どちらだ」

 

 大門さんは真剣な目で俺を見つめる。

 

「本音を言えば悪魔と対峙するのは怖いです。逃げたい。だ、だけど抗う術があるのに背を向けるのは何か嫌です。それに悪魔召喚プログラムや、悪魔達についてもっと詳しく知りたいですから」

 

 ゲームの主人公みたいにうまく話せない、どうしよう。

 

「怖気ついてやめますって言うと思ったが……お前も悪魔の魅力に惹かれた愚か者か。ま、俺も人の事は悪く言えんがな」

 

 俺の肩をポンと叩いた。

 

「今日は、わざわざ来てくれて済まなかったな。ここに来るまで連中に絡まれて怖かったか、いや悪魔と対峙したお前なら何とも思わないか……その女みたいな顔でも一応、度胸はあるみたいだな」

「……」

 

 いえ、怖いですと言いかけた。

 

「少しは身体を鍛えたほうがいいぞ。ハハッ、俺達は身体が資本だからな」

 

 笑って俺の背中を軽く叩く。

 

「沼田に一切、手を出すなって言ってあるから帰りは心配するな」

「は、はい、ありがとうございます」

「悪魔に気をつけて帰れよ」

 

 大門さんは倉庫に入った。グループの3年達は俺を睨んでいたが、何も言わず通してくれたので、無事に体育館裏から出て自分の教室に向かった。

 この時間の校舎は暗く人影がほとんど無い為、異界に迷い込んだみたいだ。カバンを手にして昇降口に向かった。

 校舎を出ると日は暮れていたが、俺は肩の重荷が取れたみたいでホッとした。歩く足取りも軽く何だか幸せな気分だ。

 校門の脇に倉橋と武原が待っていてくれたので2人に感謝した。黒井日菜子も立っていて俺の方を見ていた。何が入っているのか分からない大きいバッグを持っている。

 

 俺達4人は無言で歩く。重たい雰囲気で1人になりたいよ。

 

「じゃ、俺たちはここで別れるよ。じゃあな」

「おいおい、まだ途中じゃねーか」

「いいから来いよタケ。邪魔しちゃ悪いだろ」

 

 倉橋は武原の腕を引っ張って離れる。倉橋がニヤッとしたのを見逃さなかった。

 

「お、おう、また明日な」

「あの2人、私達に気を使ってくれたみたいね」

「ああ。そ、そうだな」

「駅まで一緒に帰りましょう」

 

 女子生徒と2人で帰るなんて姉さん以外初めてなので俺は緊張した。

 

「それで、豊とは何を話したの?」

 

 興味津々な目で見てくれるよ。

 

「男の秘密」

「ケチね、ま、いいけど」

 

 俺と黒井は無言で歩いていく。共通の話題が無いけど、あの事を訊くのに絶好のタイミングだ。

 

「そういえば黒井さん、昨日は学校を休まなかった?」

「きちんと届けを出して休んだわよ。ズル休みして歌舞伎町に行った深町君を見たわ」

「えっ!? どうして分かったの?」

 

 あの時、気づいていたのか。

 

「それくらい分かるわ。浦木さんの件で如月商会に行ったのでしょ? 私は仕事の経過報告でまどかさんのとこに行ったんだから」

「まさかっ!!」

 

 黒井がまどかさん達を知っているなんて夢にも思わなかったよ。

 2人で歩いているのを、他の生徒に見られないかと、ヒヤヒヤだけど黒井は全く気にしていない。

 

「仕事ってどんな? 社員になれるわけないし……」

「当たり前じゃないの、学生が正社員になれないわ。私の場合はアルバイトよ」

「バイト? もしかして」

 

 占いかもしれない。クールな黒井がハンバーガーショップや、コンビニで笑顔を振りまいて働いている姿が想像できない。

 

「何か失礼な事考えているみたいだけど『悪魔退治』よ」

「えっ嘘っ!? まさか?」

「そのまさかよ。まだバイトの身分だから依頼を直で請け負えないから、まどかさん達のサポートがメインになるわね。深町君はデビルサマナーになったみたいだけど、私は魔女見習いよ」

 

 ニッコリ笑う。学校では絶対に見せない笑顔だ。俺は一瞬ドキっとした。

 

「魔女ってまどかさんみたいな……あれが出来るの?」

「あの人と比べると未熟だけど、術に使う道具は持ち歩いているわ」

 

 持ち物検査の時はどーすんだと思った。

 

「それと、訊きたい事があるのだけど……」

「ん? 何かしら」

「黒井さんが『この世界』に入った理由って?」

 

 途端に表情が変わった。学校で見るいつもの顔だ。

 

「……」

「い、嫌なら別にいいんだ。無理にでも訊きたい訳じゃないし……」

「……」

 

 ヤバイ、うっかり地雷を踏んだみたいだ。話題変えなきゃ、黒井は歩くのを止めて俺を見つめる。神秘的な瞳に吸い込まれそうになった。

 

「いつか話すわ……ったら」

「えっ何?」

「べっ別に何でもないわ、その内にね……」

 

 用賀駅まで来た。黒井の家は二子玉川駅の近くにあるマンションだ。

 

「あっそうだ。私の携帯の番号とアドレスを教えるから深町君のもを教えて」

「えっいいけど、何で?」

 

 黒井は溜息をついた。

 

「女の方から教えてって言われるのが嫌なの? ならいいわ」

 

 拗ねたらしく駆け足で駅に向かうのを引き止めた。

 

「わ、分かった。教えるよ」

 

 赤外線通信でデータをお互いに送受信する。そしたらCOMPの番号とメアドも教える羽目になった。何か少しずつ外堀を埋められているみたいだけど気のせいか。

 

「これで、いつでも……そして……ふふ」

「あの、もしもし? 黒井日菜子さん、邪念が駄々漏れしているみたいですけど……」

 

 含み笑いをしている黒井にドン引きになった。やっぱこいつ変わってるよ。

 

「は、話は変わるけど、深町君は浦木さんの遺志を継いでデビルサマナーとして、この東京に暗躍する悪魔を退治する決意は間違い無いわね」

 

 凄い真剣な目だ。いいかげんな返答次第では、俺を見限るかもしれない。

 

「そう、だ。けど俺なんか竜也さん達に比べればまだまだヒヨッ子だ。地道に経験値を積んでレベルアップするしかない」

「はぁ、何かゲーマーらしい物言いだけど……ま、いいわ。仲間としてお互いに頑張りましょう」

 

 黒井は手を差し出した。俺は迷わず握手する。

 

「また学校で逢いましょう」

「ああ、また明日」

 

 手を振ると地下への階段を下りて行った。俺はコンビ二は寄らず家へ向かう。

 

「ま、そのうちなんとかなるでしょ」

 

 COMPを見るとメールが届いていた。

 

 1件目はスティーブンから

 >悪魔召喚プログラムを使いこなしているみたいだね。悪魔との会話で意味不明な言葉で話すモノもいて交渉が出来ないと思う。そんな時は、このジャイブトーキンを使えば問題は解決する。

 

 2件目はヒロコさんから

 >いつ来院しやがるのか緊急即にメールを送るがよろし。とっとと首輪つけて拉致する覚悟おk?

 

 3件目は如月商会から

 >昨日は、私達に協力してくれてありがとう。竜也と話したのだけど君はサマナーとしての素質があるわ。もしよければウチで働く気があるかしら。強制では無いので決心がついたら連絡してね。

 

 4件目はレッドマンさんから

 >連絡遅れましたが、悪魔召喚プログラムは昔、DDS-NETでもダウンロード出来ましたが、ウィルスまじりとかで問題になり今は出来ないです。平崎市に住んでいたヴォィスさんがそれを使って悪魔退治をしたとか、生まれ変わったとか不思議な事を言ってましたが、悪魔を召喚するなんて現実には有り得ない夢物語です。参考にならなくて申し訳ありません。

 

 5件目はAT-LOWさんから

 >オッス、まつたけごはん。俺が調べた所、悪魔召喚プログラムは、非常に性格の悪いプログラマーがウィルスを仕込んだ物だから絶対に実行するなよ。いいか絶対にだぞ。悪魔を召喚するなんて……そんな事あってたまるか……ふざけんな。いや、お前に言ったんじゃないから気にしないでくれ。もし手に入れたのなら削除しろよ。じゃまた。



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第8話 業魔殿

 日曜日の午後。俺は、履歴書を持って裏歌舞伎町にある如月商会に向かった。

 異界?にある裏歌舞伎町には、まだ直接行けないのでまどかさんと待ち合わせしてからだ。

 日中の裏歌舞伎町は、相変わらず人影は無いけど熱い視線がビシバシ感じる。

 

「最後の確認になるけど本当にいいのね?」

「はい」

「じゃあ誓約書を読んで了承できたらサインして」

 

 ペンを受け取ると署名欄に自分の名前を記入した。誓約書の内容は仕事中の事故や怪我について如月商会は、一切の責任を負わないと言う事だ。希望すれば独自の団体保険に加入出来るらしい。万一、怪我や死亡しても保険金が支払われるので当然加入する事にした。当然、保険料は給料から天引きになる。退魔師と呼ばれる人達は、仕事を直に請けられるが今の俺はアルバイト扱いなので直には請けられない。給料は日本円だが、希望すればマッカで受け取れると言う。マッカから円の両替はレートによって変動するが手数料がゼロなので円よりお得だ。

 

「当商会は深町君を歓迎するわ」

「よろしくお願いします」

 

 俺は深々と頭を下げた。

 実は随分悩んだのだ。ゲームの主人公と違って、安易な正義感や金儲けで決める話ではないからだ。全てを忘れてしまえば日常の生活に戻れる。問題は、ダークサマナーの山田一郎の存在だ。あの変態サディストでホモが、自分の命と尻をロックオンしている限り、童貞が脅かされるからだ。小心者でヘタレの俺としては、危険と隣り合わせである、この業界に深入りしたくないが……

 如月商会は、表向き、輸入雑貨品を扱う会社だけど、裏では警察が手に負えない『悪魔絡み』の事件を調査解決する会社で、まどかさんは共同経営者だ。社長は竜也さんだが、別の肩書きを持つ忙しい立場な為、実質まどかさんが仕切っている。同じ名字なので結婚しているのかと思ったけど、まどかさんは2歳年上の従姉弟で幼馴染だと言う。社員は竜也さんとまどかさんを除いて5人だ。

 

「俺は、本家の事務所に顔を出すからこのガキの面倒を頼む」

「行ってらっしゃい」

 

 竜也さんは黒皮のコートを着ると事務所から出て行った。

 

「本家の事務所って如月家のですか?」

「ん? 違うわよ。竜也には八代目佐竹組若頭補佐、初代如月会会長の肩書きを持っているのよ」

「エッ!? マジ?」

 

 俺は固まった。佐竹組は、東日本最大の広域暴力団、関東羽黒組の二次団体でバリバリの武闘派としてニュースでもその名前は時々出てくる。先週も六本木で藤堂組系の組織と派手なドンパチをやらかしたのはネットでも覚えている。一瞬、背筋がゾッとした。

 

「まさかあの人……モノホンの人だったとは……じゃここは?」

 

 まどかさんは、首を振り肩をすくめる。

 

「深町君が言いたい事は充分に分かるわよ。ウチは、佐竹組や如月会と一切関係無いわ」

「そ、そうなんですか?」

「当たり前でしょ」

 

 それを聞いてホッとした。まどかさんは立ち上がるとベージュ色のコートを着て俺を見る。

 

「それじゃあ、これから出かけるわよ」

「えっ? ど、どこにですか?」

「私の用事に同行してもらうわ。最初に退魔師が必要とする装備やアイテムを売っている店よ」

 

 退魔師の装備は、家に代々受け継がれている霊剣とか弓矢を想像するけど、それは一部の古い家系のみと言う。退魔師、最近は『デビルバスター』呼ばれている者は、退魔組織から借りるか自腹で買うしか無いらしい。

 外に出ると人影が無い大通りに向かう途中に目的の店がある。純和風の平屋で大きな看板に達筆な字で『山羊屋』と書かれ、異国情緒が漂うこの街では浮いた感じがする。

 

「ここよ」

 

 店内は薄暗く、お香の匂いが漂う。見ると用途不明のセーラー服やメイド服、バニースーツがマネキン人形に着させて展示され、壁には、ハンドガン、日本刀、斧、、アサルトライフルが飾られている。怪しさ大爆発の店だ。これでは銃刀法に思い切り違反しているよ。

 

「いらっしゃいませ。これは如月様、毎度ご贔屓して頂き、感謝しております。はい」

「うわっ!!」

 

 店の奥から店員がモミ手しながら出て来たけど、その姿を見てドン引きになった。貧弱な小男で奇怪なガスマスクを被っている。半袖のシャツから出ている腕はごつごつして毛むくじゃらだ。こっこいつ人間じゃねぇ。

 

「この人は店長よ」

「山羊屋裏歌舞伎町支店の八木沼と申します。以後、お見知り置き願います」

 

 差し出された名刺を両手で受け取る。声からして年配者らしいが若くも聞こえてよく分からない。

 

「よ、よろしく……」

「山羊屋は24時間年中無休です。何卒ご贔屓願います」

「深町君行くわよ」

「は、はい」

「またのご来店をお待ちしております」

 

 店を出ると用意してあった白色の車に乗ると狭い道を走り出した。何か夢に出てきそうだ。

 

「あの人、もしかして人間では無いですよね?」

「そうよ。昔からクズノハや神宮の森に協力してくれているわ」

 

 何か気になるけど、俺が心配しても仕方が無い。

 

「これからどこへ向かうのですか?」

「ビーシンフル号、業魔殿よ」

 

 業魔殿……どこかで聞いた名前だ。もしかしてお台場に停泊している水上ホテルの事かな。

 

「今、話題になっている水上ホテルの事ですか?」

「そうよ。よく知っているわね」

「DDS-NETでも話題になっていましたから」

 

 そう、そこで働いているメイドが可愛くてネット内の『嫁にしたいメイド』ランクの1位にランキングされているからだ。それとホテル内にあるレストランで、出されるフランス料理は、超絶品でミシュラン3ツ星クラスらしい。業魔殿は以前、日本海側にある天海市に停泊していたが、最近になってお台場に来て話題になった。

 

「でも、そんなホテルとまどかさん達の仕事が関係あるのですか?」

 

 ホテルと悪魔退治、どう考えても繋がらない。まどかさんは、巧みに運転して他の車を追い越す。日曜の午後でも交通量は少なく快適だ。

 

「大いに関係あるわ。特にデビルサマナーになりたての深町君にとってね。詳しい事は、私より彼から聞いたほうがいいわ」

「はぁ」

「それともう一つは、例の山田が使っていたスマートフォンのデータをサルベージする為よ」

 

 ナオミが壊したスマホのデータを復旧しようと試みたが、巧妙なセキュリティトラップが仕掛けられていて困難らしい。うっかりトラップにハマると、全データが削除されてしまう。そこで専門家に依頼する事になったとの事だ。

 何気に外の街並みを見ているとJR飯田橋駅に向かっていた。新宿からお台場に向かうには首都高速を使うか下道なら四谷、赤坂、六本木、芝浦と抜けたほうが早いのでは? とナビを見て思う。

 

「業魔殿に行く前に寄りたい所があるのよ。その場所は深町君にも是非見てもらいたいわけ」

「その場所って」

「……」

 

 まどかさんは答える気は無いようだ。

 ビルが密集する狭い通りを抜けて目的地に着いた。見回しても塀があるだけで建物は無い。広さからしてマンションの建設予定地なのかもしれない。周辺はビルが密集して建っているので、そこだけがポッカリ開いている感じだ。

 まどかさんが車から降りると俺も後に続き、門らしい場所に来ると彼女は指を示した。

 

「ここよ」

「ゲッ!! な、何なんですかここは?」

 

 マンションの建設予定地だったら更地のはずだが、そこは巨大な穴が見える。真っ暗で底が見えない。

 

「こっこれは……」

 

 異様な光景で何とコメントすればいいのか分からないよ。

 

「軽子坂高校跡地。原因不明の衝撃と共に学校が消失したのよ」

「消失って……でかい校舎が無くなるなんて、そんな……有り得ないですよ。爆破されたとか……」

 

 まどかさんの顔は、真剣で冗談を言っているとは思えない。

 

「爆破されたのなら無数の破片が飛び散り、周囲の建物に大きな被害を与えているし、死傷者が大量に出ているわ。当時の資料にはそれらの被害の報告が無かったのよ。しかも起きたのは平日の夕方」

「先生と生徒達はもしかして……」

「現在も行方不明よ」

 

 軽子坂高校消失事件。1990年代後半だと当時、俺は生まれていないが、ガイア系のカルト教団による宗教自爆テロとか騒がれていたらしい。本当に恐ろしい話だ。巨大な穴を見ていると、これに似た話のマンガを思い出した。かなり古いマンガだ。確か……あれは、大和中学校だったけ? そしてあれもか?

 

「当時のクズノハの見解によると、何者かの強力な術により、異世界に跳ばされたとされているわ」

 

 やったのが悪魔でなく人間だったらそいつは、とんでもないテロリストだ。

 

「そのやった奴は捕まえていないのですか?」

「これだけの大掛かりだと外部からは無理なのよ。その術者も一緒に跳ばされたらしいと報告されているわ」

「大勢の人を巻き込むなんて許せないですね」

「そうね。巨大な穴を塞ぐには消えた学校を戻すしか無いわ。この世界に関わるからには一度見てもらいたかったのよ」

 

 まどかさんは俺の肩をポンと軽く叩くと車に戻るので後に続いた。

 

「あんな穴が開いてたら、一般人がうっかり迷い込んで落ちたら大変じゃないですか?」

「あの場所には、人払いの結界が二重に張られているから一般人は入れないわ。ウチやクズノハでも綻びが無いか定期的に巡回しているから大丈夫よ」

「そうですか。あの穴を見ていたら、大魔王ルシファーに率いられた悪魔の大軍団が現れるのかと心配になりましたよ」

 

 俺の何とも言えない顔を見てまどかさんは、声を出して笑った。

 

「それこそ無用な心配よ。高位の悪魔がこちら側に出るにはGPの格差修正と莫大なマグネタイトが必要になるから、そう簡単には現れないわ」

「そ、そうですか……」

 

 何か非常に気になるが、まどかさんがそう言うのであれば納得するしかない。

 

「それとクズノハとは、何ですか?」

 

 まどかさんは、よくぞ訊いてくれましたと言う顔をした。

 クズノハ……葛葉とは平安時代以前から続く国内で最大規模の退魔組織で、如月家は枝分かれした分家の一つらしい。他には九鬼、葛城、神代、京極、結城家がある。フリーの退魔師は別にして、一般の退魔師は各家と密接な関係があり、時の朝廷、幕府から今の政財界に大きな影響力を持っている。

 

「例えで言うなら歌舞伎や能楽師の家みたいに先祖代々受け継がれているのよ」

「なるほど、まどかさん達も幼い頃から修行した訳ですね」

「うーん、私達はちょっと違うわね。私はマジシャンを目指していたし、竜也はあの気性だから家を飛び出して、愚連隊を率いて池袋や歌舞伎町で暴れていたけど、クズノハからの要請で仕方なくこちら側に戻ったのよ」

 

 クズノハからの要請は実質の命令と同じく断る事が出来ない。退魔師の業界?は、広く狭いので慢性の人材不足に陥っている。学校を設立して人材の養成をする余裕も無い。広告を出して退魔師を募集するのは問題外で、精々素質がある人を見つけたらスカウトするしかないのが実情だと、まどかさんは言う。そんな実情は、小説やアニメでも描写されている作品があるけど、まさしく因果な稼業だ。

 まどかさんが運転する車は、芝浦からレインボーブリッジを渡ってお台場に来た。2人だけだから休日のドライブみたいだ。

 

「着いたわ。あそこに見えるのが業魔殿よ」

「あれが……実際に見ると凄いや」

 

 目の前にテレビやネットでも話題になっている業魔殿が見える。巨大な客船を改装して出来た業魔殿の迫力に圧倒されるよ。有料の専用駐車場に車を止めてからから歩いていると、家族連れやカップルの見物人が多く写真を撮ったりしている。

 

「日曜だから人が多いので混んでいますね」

「そうね、業魔殿は特別に予約しないと入れないのよ」

「なるほど」

 

 タラップには大勢の人が集まっているが、中に入れないので見ているだけだ。

 まどかさんは構わず進むので俺も後に続く。スーツを着ているまどかさんと、ダウンジャケットにジーンズ姿の俺に、多くの視線が背中を突き刺すがちょっとした優越感を味わえるよ。

 

「すっ凄い!!」

 

 広間は吹き抜けになっている。高い天井には巨大なシャンデリアが吊るされて淡い光を照らしている。内装は豪華で床の絨毯はフカフカで靴が埋まってしまうほどだ。壁にはよく分からない絵画が飾ってある。奥に緩い円を描くような2つの階段が見える。おのぼりさんみたくキョロキョロしていると、いつの間にか1人のメイド服姿の女性が現れた。

 

「お久し振りでございます、如月まどか様。お待ちしておりました」

「久しぶりねメアリ。で、彼が」

「深町涼太様ですね、伺っております」

 

 メアリは俺を見ると深々と挨拶をするので、俺も慌てて挨拶をした。

 

「よ、よろしくです。メアリさん」

「メアリ、とお呼び下さい。私に、さん付けは無用です」

「は、はいっ」

 

 言葉は丁寧だけど有無を言わせぬ迫力がある。

 俺の前に本物のメイド衣装に身を包んだメアリ本人が立っている。肌は白く、黒髪のショートヘアに神秘的な顔立ちは無機質な人形みたいだ。その両目は赤みを帯びた瞳で俺を見つめている。なんだか吸い込まれそうだ。アキバの通りで風俗店のビラを配っているメイドもどきと大違いだよ全く。突然、声が響いた。

 

「COMPを手にした若きサマナーよ。業魔殿へヨーソロ」

 

 国籍年齢不詳の男が現れた。男の服装が異様で例えるなら海賊船の船長だ。赤地に金の刺繍が施された襟付きのマントにパイプを手にしている。船長の帽子を深く被り銀髪の前髪が右目を隠している。

 メアリと同じく赤味を帯びた瞳は鋭い。色白の肌で、髯を生やしている。ゆっくり階段を降りて俺達の前まで来た。

 

「久し振りね、ヴィクトル」

「うむ、如月まどか。人喰い電車事件以来だな」

 

 ヴィクトルと呼ばれた男は、表情を変えずに頷くと俺に顔を向けた。異様な迫力に呑まれる。

 

「では、改めて名乗らせていただこう。我が名は、ヴィクトル。悪魔合体を生業とする者だ」

「悪魔合体って……」

 

 一瞬、悪魔が分離、変形、ドッキングするイメージが浮かんだ。

 

「悪魔と悪魔を合体させてより強い悪魔を作り出す邪法だ。ここで話すより我が聖域でもある魔の工房へご案内しよう」

 

 ヴィクトルが指を鳴らすと階段が落ちて地下へ続く道を開けた。どんな仕掛けになっているのか分からないよ。ヴィクトルが先頭で次にまどかさん、俺と最後はメアリさんが続いて地下に降りた。

 地下にある工房はまさしく背徳と魔の工房だ。例えるなら昔のB級SF映画に出てくるマッドサイエンティストの研究所だ。設備は最新鋭の電子機器と言うより、今では珍しい真空管が使われ、無数のアナログメーターがレトロチックな雰囲気を醸し出している。奥に人が入れそうな巨大な円筒形のシリンダーが7本ある。透明ガラスで内部に、青みを帯びた液体が満たされ泡だっている。中央には魔法陣が描かれた円形の台座がある。非現実的な迫力に圧倒されてただ見ているだけだ。確実に言えるのは、通報されたらアウトって事だ。

 

「ここで我輩は悪魔合体の研究を行なっている。お前に合体理論を説明しても理解出来ぬだろう」

 

 そりゃそうだ。理解できたら天才だよ全く。

 

「ヴィクトル、これが例のCOMPよ。巧妙なプロテクトとトラップが仕掛けられてウチやクズノハでも手に負えないのよ」

 

 まどかさんは例のスマートフォンをヴィクトルに渡した。

 

「これは、山田一郎のCOMPだな。なるほど彼からも破棄の連絡が届いている。この依頼は、確かに引き受けた。そう時間もかからないだろう」

「よろしくお願いします」

 

 まどかさんは深々と頭を下げる。

 

「それと深町涼太よ。お前のCOMPを見せてくれぬか?」

「は、はい」

 

 断る理由も無いので俺は、コードを外しケースから取り出すと渡した。ヴィクトルは測定器に接続して調べている。

 

「ほう、ベースはサイバース社の最新型をカスタマイズしているな。悪魔召喚プログラムは……フフ、最新版か……そうかお主がな……」

 

 俺を見ると意味有り気な含み笑いをしてちょっと怖いよ。

 

「COMPに入っている仲魔は、幽鬼と屍鬼に悪霊か……これでは合体は無理だな」

「無理って……」

「悪魔合体は言葉通り、2体の悪魔を1つのより強い悪魔を生み出す邪法だが、悪魔には種族相性があり、相性が悪いと合体素材の仲魔より能力……レベルが低い悪魔……スライムが出来てしまうのだ。最悪の組み合わせだと合体は不可能になる」

「つまり合体させたけりゃもっとたくさんの悪魔を仲魔にしろって事ですか?」

「察しが早いな」

 

 簡単に言ってくれるよこの人は、全く。

 

 ①当然、合体すれば数が減る

 ②己の力量より強い悪魔は作れない。悪魔は己より弱い者には従わないので、逆に殺されてしまう。

 ③仲魔にいる悪魔は作れない。

 ④幽鬼などダーク系の悪魔は合体の制限を受ける。

 

「これは基本で他にはスキルの継承や3身合体や、特殊な合体があるが一度に全て覚える必要は無い」

 

 悪魔合体って本当に奥が深いですね。よく分かりました。

 

「それと如月まどか。お主からの依頼を引き受ける代わりに、我輩の頼みを引き受けてはもらえぬか?」

「どのような内容でしょうか?」

 

 無理難題を要求されるかと思ったのか、まどかさんはかなり警戒している。

 

「難しい話では無いから警戒しないでもらいたい。あるモノを手に入れて欲しいのだ。我輩は、新たな合体秘術を日々研究しているので、この場から離れられない。それを入手して完成すればサマナー達の新たな力になるだろう。お主達が損になる話ではないと思うがな」

 

 まどかさんはヴィクトルを見ていたが……

 

「分かりました。お引き受けしましょう。それで手に入れるモノとは何ですか?」

「モノ言わぬ土くれの人形、ドリーカドモンだ」

「あれは確かDr.スリルの物で彼は今、日本にいないはずですが……」

「最後の1体は、奴の秘密研究所に保管されているのだ。研究所は現在、無人だがサマナー嫌いの奴は悪魔を大量に放っていて、一般人では近寄る事も適わぬ。そこで」

「デビルサマナーの力が必要なのですね。ウチに新人が入りましたので任せますわ」

 

 新人ってまさか俺? ジョウダンデスヨネマドカサン……

 まどかさんは、さわやかな笑顔で俺の肩を叩く。

 

「デビルサマナー深町涼太の初仕事よ。頑張って、ね」

「そ、そんな……いきなりは無理ですよ」

 

 俺が情けない声で抗議しても無視してくれるよ。まどかさん。

 

「で、研究所の場所と悪魔の種類と、トラップがあるか分かるかしら?」

「メアリの報告によると研究所は世田谷区内にあるが、建物と敷地は、異界化しており悪魔が存在している。数は多いが高レベルはいない。むしろトラップの方が厄介だろう」

「私が確認したところ放たれている悪魔は多いですが、今の深町様でも対応可能です。地下研究室は結界に覆われて入れませんでした」

「難易度は低いが万が一と言う事もある。装備を整えて行くのが良かろう。研究所のデータはCOMPのメモリーに入れて置く」

「それで出発は、いつですか?」

 

 COMPの時計を見ると16時を過ぎている。

 マサカコレカラムカウトハイワナイデスヨネ?

 

「もちろん、これから向かうわよ」 

 

 ヒロ子さんからメールが届いています。

 >最後通告!! 深町涼太。本日19時までに来い!! ヒロ子さんはプンスカなんだぞ!!

分かってるのか!! もし来なかったら強制拉致を決行する。以上!!



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第9話 依頼・前編

 COMPの時計を見ると19時を過ぎていた。

 Dr.スリルの秘密研究所は、砧公園の近くにある。公園は芝生に覆われ樹木が点在している。

 サッカー場、野球場が併設されて、世田谷区内でも有数の広さを誇る。雑木林が高い塀に囲われて不気味だ。環状8号線から離れているので車や人通りは少なく時折、遠くから聞こえるだけだ。

 蔦が絡まるコンクリート製の古びた塀に沿って歩いていると、淡い街灯の光が俺の影を揺らしている。周囲は全く静かでブーツの音が響くだけだ。やがて正門の前に出た。見回すと表札の類は見当たらない。メアリさんのデータによると間違い無い。ゴシック調の頑丈そうな鉄製の扉が目の前にある。

 

「このまま進んだら死亡フラグバッチシで、バッドエンド直行になりそうだ。こ、怖いし……家に帰って風呂に入って寝たい……でも」

 

 業魔殿で依頼を受けてから、装備を取りに一度如月商会に戻った。事務所で竜也さんからは『ビビってフケたり、ヘタ打ったら即刻クビで、アケミの娼館に引き渡してやる』と脅され、まどかさんは『こんな事前調査不要の依頼は滅多に無いわよ♪ 男の娘でしょ。ガンバ♪』と背中を思い切り叩かれたよ全く。

 

「ゲームの主人公ならこのまま突撃だけど。そうだ、誰か応援を呼ばないと……」

 

 つい独り言が口から漏れてしまう。心当たりは1人しかいない。COMPを操作して電話帳から黒井の携帯番号に発信する。女性に電話をするのは、久し振りなので緊張して手が震える。

 数秒の呼び出し音の後に声が聞こえた。

 

『深町君、何か用でも?』

『あ、あの、じ、実は……』

 

 ヤバ、いきなり電話して不味かったか。

 

『依頼を受けて、その手助けをしてくれと言うわけね』

『エッ!!』

 

 ど、どうして知っている?

 

『まどかさんから連絡があって、深町君が依頼を受けたから、もし電話があれば手助けをしてね、と言われたのよ。それと私から絶対に電話をするな、と念を押されたわ』

『そうだったのか、頼れるのは黒井さんだけだし、断られたらどうしようって思ったよ』

『もし連絡が取れないとか、私が断ったらどうしたの?』

『その時は後日にするか、まどかさんに相談するよ。幸い、期限は切られていないから』

 

 そう、期限は言われていなかったけど、この手の依頼は相手の印象が大きく変わるから早いに越したことはない。それに相談をしては駄目と言われていないし。

 

『確かにね、これだけは言っておくけど、深町くんは試されているわよ』

『ああ、言わずもがな、だ』

『それでどうするの? 豊にも手伝わせようと思ったけど、今日は吉祥寺にあるお寺に行って戻るのが明日の夕方よ』

『……』

 

 ①今日、黒井だけで探索する。しかし今の姿を見られてしまう。

 ②中止して後日、大門さん達と探索する。やはり今の姿を見られてしまう。

 

『早く終わらせたいから……助けてほしいけど』

『分かったわ。フフ、深町くんのドレス姿を楽しみにしているわ』

『ゲッ!! な、何で知っている?』

『まどかさんから聞いたわよ。今、用賀駅を出て向かっているから15分も掛からないわ。場所はまどかさんからメールで貰っているから大丈夫』

『……』

 

 手伝う気が充分じゃねーか。後でね、って通話は切れたけど、今の姿を見られるのは恥ずかしくて死にそうだ。着替えに戻るにしても親に見られてしまう。待っている時間が長いようで短い。

 街灯の下に人影が現れた。近くなるにつれて服装と顔の輪郭が明確になる。真っ黒のジャケット型セーラー服を着た黒井だ。鼓動が激しくなり足が震えてくる。

 今の俺は、頭は銀色に輝くシャギーが入ったセミロングのフェアリーウィッグに、つばの広いウィッチハットを被っている。身を包む漆黒のロングドレスは、濡れたような光沢感があり胸元が大きく開き、襟が羽のように伸びていて肩と背中を大きく露出している。スカート部分の丈は踝まで長いが、フロント部分に大きくスリットが入っているので歩きやすい。

 首には髑髏と逆十字架をデザインした首輪のようなチョーカーを巻きつけている。足は太腿まで覆うブーツを履いている。両腕は二の腕の付け根まで覆っているロンググローブだ。全身黒尽くめで色白の肌とよく似合う。材質は分からないけど肌にフィットして着心地は軽く快感だけどスカートは、久しぶりなのでストッキングを履いていても頼りない。

 

「おまたせ……へぇ、濃い目のメイクはまどかさんが直々にしたのね。シャギーの入ったウィッグが深町君の癖に超生意気って感じ。実際に見るとシックなドレスね……お姉ちゃんのお下がりを着ているみたいに見えるけど、女の私から見ても憎たらしくなる程似合っているわよ」

「エッそれだけ?」

 

 黒井は真面目に見ている。逆の立場だったら、腹痛ぇって笑い転げるけど……

 

「まどかさんから連絡を受けた時に、深町君の画像もメールで貰ったから。電車内で笑いたいのを抑えるのが辛かったわ」

 

 畜生、やっぱりか。

 

「真面目な話、深町君の身許を隠すのにはベストな選択よ。ダークサマナーに狙われているのよね?」

「ああ、そうだ」

 

 命だけでなく尻の穴もロックオンされているよ、とは黒井に言えない。

 

「似合わなかったら、まどかさんも無理に女装をさせないわよ。そのドレスは防御力が高いから今の深町君には最適な装備ね」

「そ、そうかな……」

「じゃあ、行きましょう」

 

 鉄製の扉を両手で、ゆっくり押すと耳障りな軋む音を立てて開いた。闇の中で魔物達が俺を待ち構えているようで怖い。ガクガクと震える足で敷地内へ入ると、途端に空気が変わったのを肌で感じた。何て言うか重苦しくてネットリとした空気が肌に伝ってくる。ヘッドバイザーを装備して悪魔召喚プログラムを起動すると索敵・暗視モードに切り替えた。

 エネミーソナーは、危険度のランクを人型のアイコンで4段階に色別されている。

 青:悪魔がいない

 緑:自分より弱い悪魔

 黄:自分と同等の悪魔

 赤:自分より強い悪魔

 アイコンも青は動かないが、緑→黄→赤の順になると激しく動くらしい、今は黄色でゆっくり左右に回転している。門から建物へは砂利道が続いて、周囲に覆い茂る木々の手入れがされていないのか枯葉で覆いつくさていた。

 

「深町君、事前に仲魔をを召喚した方がいいわね」

「分かった。俺の仲魔を見て驚くなよ」

 

 DEGITAL DEVIL SUMMON SYSTEM OK

 MAG BATTERY OK

 CONDITION OK

 SUMMON OK

 GO

 

 ヘッドバイザーのモニターに、六芒星と2重の円を描く召喚魔法陣が青白く輝き、激しい閃光と共に屍鬼のナオミが実体化に成功すると、続いて幽鬼ガキも召喚した。

 

「ヤッホー!! 涼太クン……なんで女の格好しているワケ?」

「ウガガ……ンナ? ウガ?」

 

 ナオミは不思議そうな顔で俺を見てガッキーは首をかしげている。

 言うな、それ以上言わないでくれ……俺だって死ぬほど恥ずかしいんだよ。こっこれは怖い竜也さんの業務命令だから嫌々で仕方なくだ……けっ決して好き好んで……キモい女装マニアじゃ……

 ナオミとガキに大笑いされると思って頭を抱え座り込んだ。

 

「何で座り込んでるの? もしかしてお腹が痛いワケ?」

「ウガガ?」

「ナオミ……俺の格好見て変と思わないのかよ?」

「変って? よく似合って素敵なワケ」

「素敵って……俺が……女の服着てるんだぞ」

「似合えばいいワケ。そりゃダッサい格好だったら笑っちゃうけどねー。ガッキーもそう思うでしょ」

「ガ?」

 

 ガキ、お前もか……って首捻っているから分かってないな、こいつ……

 

「涼太クンが着てるの黒蝶ドレスなワケ!! よく手に入れたね。マジもんのレアよ!!」

「そ、そんなにレアなのか?」

「マジよ、耐氷結に優れて更に凍結無効なワケ。色が地味で婆臭いけど。で、その女は何者?」

 

 ナオミが黒井を睨んでいる。鋭い爪を伸ばして威嚇する。

 

「あ、ああ、彼女は黒井さんだ。敵じゃない。何て言うか仕事仲間だ」

「黒井日菜子よ。よろしくね」

「涼太クンの仲間なら、敵じゃないワケ。ナオミは屍鬼だよ」

 

 黒井の顔が強張っている。

 

「まさかと思うけど……深町君の仲魔ってこれだけなの?」

「そうだけど」

 

 もう1体いるけど赤文字で召喚出来ないし、何、溜息ついているんだ? 黒井が俺の耳元で囁く。

 

「ガキとゾンビって、何考えているのよ。と言うよりどうすれば仲魔に出来るの?」

「会話してだけど……」

 

 黒井は溜息をついてる。

 

「ダーク系の悪魔は会話で仲魔にならないのよ。それに自我のある屍鬼がいるのも変よ!!」

「変って言われても……」

「まどかさんが私に依頼したのはこの為か……はぁ、前途多難よ」

 

 黒井は腕を組み俺を見る。

 

「この話は置いといて、私も協力するから、依頼を無事に達成しましょう」

「ああ、よろしく頼むよ。黒井さん」

「2人でコソコソ話しているのは怪しいワケ」

 

 ナオミが胡散臭そうな顔で見ている。

 

「話は終わったから先を急ごう」

「ナオミが先頭でレッツらゴー!!」

 

 続いて俺、黒井、最後尾はガキだ。武器はゲームの主人公みたいに、いきなり刀や弓を扱えない。

 そこで竜也さんが護身用にと改造したコードレスの釘打ち機、通称ニードル・ガンを用意してくれた。遠距離攻撃は無理だが、接近戦ではかなりの威力を発揮すると言われ、持って来たのだ。釘の入ったカートリッジはセットすると最低でも100本打てる。

 まどかさんからは、これは初回限定特別サービスと、消費アイテムは敵前逃亡用のくらましの玉を多めに5個と、ダメージ回復用の傷薬と魔石に解毒剤のディスポイズンを各種類5個貰った。改造釘打ち機を手にした俺は、危険な雰囲気を漂わせるデビルサマナーに見えるだろう。

 突然、警告音が響き、ヘッドバイザーのモニターに『DANGER』の赤文字が現れた。レーダーに赤い点が2個表示される。

 

「ナオミ!! ガッキー!!」

「来るワケ!!」

「深町君!!」

 

 ナオミは爪を伸ばすと構える。前方から獣のような低い唸り声が聞こえると、吐き気を催す腐敗臭が漂ってきた。暗闇からシェパードとドーベルマンが現れた。よく見ると耳が千切れていたり顔半分が欠けていて脳と目玉が出ている。どいつも酷い泡みたいな涎を垂らして俺達を見ている。

 

「ゲッ!! こっこいつら……」

「ウガガ、サ、マナーキ、ケン」

 

 ガッキーもかなり警戒している。グロくて描写出来ない。データ照合をしなくても良く分かる。

 

「こいつら、ゾンビドッグだよ。頭がパーだから涼太クンが話しても無駄なワケ」

 

 あの淀んだ目は、俺達を今夜の晩飯と見ていやがる。間合いを詰めて一気に襲い掛かるつもりだ。

 動きが早く、ゾンビドックは先頭のナオミに襲い掛った。ナオミは腕での防御が間に合わず、鋭い爪で身体を引き裂れた。ガキが飛び掛ったが後ろ足で跳ね飛ばされた。

 

「マハ・ラギ!!」

 

 黒井の掛け声と共に炎の塊が複数現れ、一瞬で2体のゾンビドッグを焼き尽くした。

 

「す、凄いって、うわっ!!」

 

 隠れていたのか横から飛び掛ってきた1体に腰を抜かしたが、釘打ち機の先端を押し付け、引き金を引いた。パシッパシッと乾いた音を立てて釘を打ち込むとゾンビドックは、悲鳴を上げて転げ回り、やがて動かなくなった。さすが特別に清められた釘は威力ある。 

 

「はぁはぁはぁ……」

 

 心臓の激しい鼓動と身体の震えが止まらない。冷や汗が肌を伝わって不快だ。

 

「涼太クン、大丈夫なワケ?」

「ウガガゲン、キガ?」

 

 ガッキーとナオミが来て俺は立ち上がると足はまだ震えている。必死で1体倒したのに比べて、黒井は2体倒したので自分でもちょっと情け無い。

 

「さっさと先に進まないと新手が来るワケ」

「そ、そうだよな。立ち止まっていたらヤバイな」

 

 研究所まで約20メートル。一気に走ろうと思ったら警告音が鳴り響いた。

 

「ゲッ!! 今度は20体以上かよ!! マジヤバ」

「あの数は私でも無理よ」

 

 俺達は、研究所まで走った。普通の犬に比べて動作が鈍いので余裕で入り口まで辿り着いた。研究所は、蔦の絡まったレンガ造りの古めかしい洋館でなくて、3階建の全面ガラス張りで未来的な建物だ。その建物も照明がついていない今は墓標みたいで不気味だ。

 運良く開き戸の入り口は開いていたが、ゾンビドッグ達が入らないようにロックした。ドアは厚い強化ガラスなので簡単には破れないだろう。ロビーらしくソファと受付のカウンターがあるだけだ。使われなくなって日数が経つのか、結構埃が溜まっている。COMPの索敵・暗視モードがなかったら身動きが取れないだろう。突然、背後で叩く音したので振り向くと無数のゾンビドッグがドアを破ろうと体当たりしていた。ホラー映画で似たようなシーンがあったのを思い出した。

 

「これじゃあ、外に出られないよ……」

「それは後で考えましょう。今は、依頼が先よ」

 

 Dr.スリルの秘密研究室は、地下3階より下にある為、専用のエレベーターを使わなければならない。最初に地下3階の機械制御室に行って、エレベーターの電源を入れる必要がある。俺は機械制御の知識は無いが、データによるとコンピュータによる完全制御なので、パスワードがあれば専用の端末から操作出来るらしい。現在は予備電源で作動している。

 当然、パスワードはデータに入っている。ロックを解除してから3階にある所長室の専用エレベータで地下に直行だ。問題は異界化して広くなり悪魔がいるので、移動するのにかなり時間を喰う事だ。

 

「どうか悪魔が出て来ませんように……南無散」

「このナオミ様がいるから大丈夫、問題無いワケ」

「ウガ」

 

 ナオミを先頭に俺、黒井、最後がガキの順で廊下を警戒しながら歩いていると、左手にエレベーターが見えるが今は使えない。やがて前方の左手側に階段が見えた。階段の脇に何かが落ちている。よく見ると軍隊で使用する戦闘服みたいで7人分が床のあちらこちらに落ちている。更によく見るとアサルトライフルが落ちていた。手にした銃はズシリと重量感がある。

 

「スッ凄い!! ホッ!! 本物だよ」

 

 緊張と興奮で手に汗がにじむ。構えて引き金を引いたが、カチンカチンと音がするだけだ。銃の詳しい知識は無いけど、安全装置は外れていて全弾発砲済みだ。他の銃も同じだった。

 戦闘服のポケットを探っても身分証明書らしき物は無い。おそらくどこかの国の特殊コマンド部隊か、企業に雇われた傭兵部隊かも知れない。

 

「研究所のデータを手に入れる為、侵入したけど悪魔に返り討ちにされたのね」

「ああ、でも服だけ残っているのは変だよ」

 

 まさか裸になって逃げるとは思えないし、ゾンビ達に襲われたのなら遺体や服に血の痕があるはずだ。エネミーソナーのアイコンは黄色でゆっくり動いている。ナオミが警戒しながら階段を降りると俺も後に続いた。降りて、やっぱりと言うか下に続く階段が無い。ナビを見ると通路の突き当たりに下り階段がある。もし時間制限があったら確実にゲームオーバーだよ全く。

 通路を10メートルも歩くと突然、ヘッドバイザーに『DANGER』の赤文字が現れた。レーダーに3つの赤点が表れた。

 

「悪魔が出たワケ!!」

「分かった」

 

 目の前に、アメーバー状の生物が3体現れた。色は水色でグニャグニャ動いて、怖いと言うよりキモい。デビル・アナライズを起動しデータを照合する。

 悪魔名称:スライム   レベル:06

 種  族:外道系、外道

 神  族:不明

 ステータス:物理・銃撃耐性。破魔・氷結弱点

 スライムは雑魚キャラの代名詞と言われているけど、それは某RPGゲームでの話だ。目の前にいるヤツはかなり大きく、俺なんか簡単に飲み込んで骨も残さず溶かしてしまいそうだ。

 

「まいったな、こりゃヤバイ……ここに入った兵隊達もこいつに溶かされたんだ」

「物理攻撃も効きにくい、私は氷結魔法は使えないし、破魔札も無いわ」

 

 冷静な黒井が不安な顔をしている。表面がグニャグニャなので表情は判らないが俺達に警戒しているようだ。

 

「涼太クン、あいつはまともに話せないから戦うしか無いワケ」

「彼女の言うとおりよ。スライムはマグネタイトが不足して、実体化に失敗した悪魔の成れの果て」

「分かった。先手を取ってこちらから仕掛けよう」

 

 ナオミとガキが近くの1体を鋭い爪で引き裂こうとしたが、効いていないようだ。

 改造釘打機も、こいつには効きそうにも無い。話しかけたが、モニターには意味不明の文字が表示されただけだ。

 

「アギ・ラオ!!」

 

 掛け声とともに、大きな炎の塊が現れてスライムに命中すると、蒸発した。黒井は肩で息をしている。

 

「さっきのマハ・ラギとかで一掃したほうがいいんじゃないか?」

「火炎弱点ならともかく、1体ずつ倒すほうが確実よ」

 

 ジャイブ・トークプログラムがあるのを思い出し起動させた。ナオミとガッキーには、会話が決裂した時に戦えるように待機させた。

 

『シンニュウシャエサオ……マエカラマノニオイガスル……』

『ハナシガアル。ナカマニナッテホシイ』

 

 俺の言葉がジャイブ・トークプログラムによって、特殊変換されるとスライムに反応があった。

 

『キサマハサマナーカナラバマセキヲヨコセ』

 

 アイテムの入った袋から紫色の石を1個取り出すとスライムに放り投げた。

 

『サマナーキマエガイイナ。ソウダナアト90マッカヲヨコセ』

 

 リモコンを操作して90と入力すると身震いしているが、顔が無いので喜んでいるのか怒っているのか分からない。

 

『イイダロウサイ、ゴニシツモンダキサマニトッテアクマトハナンダ?』

 

 いきなり哲学的な質問だ。常識で考えると悪魔は人間にとって恐るべき敵だ。しかし悪魔を召喚、使役するデビルサマナーから見れば必ずしもそうとは言い切れない。現に屍鬼のナオミや幽鬼のガキは俺の仲魔だからだ。

 

『ベストパートナー』

『ベストパートナー……カトモニアユムトイウコトカ……』

 

 何か思案中みたいだ。

 

『ヨカロウキサマヲシンジテナカマニナロウ』

『ニンゲンノコトバデアイサツシヨウ』

「ワタシハ、スライム。コンゴトモヨロシク……」

 

 スライムがCOMPに吸い込まれると、俺は力が抜けて座り込んだ。

 

「ふう、成功だ」

「へぇ~会話もまともに出来ないあのスライムを仲魔にするなんて、やっぱ涼太クン凄いワケ」

「ウガ、サ、スガサマナー!!」

「……」

 

 屍鬼と幽鬼であるナオミとガッキーも驚いている。黒井は……頭を抱えている。ジャイブトーキンって本当に凄いですね。突き当たりにある階段でスライムが2体現れた。

 

「きゃあ!!」

「なっナオミ!!」

 

 スライムが身体を伸ばしてナオミを包み込んだ。ヤバッ!! このままだと溶かされてしまう。

 

「何なワケこいつ!! ああぁん!! そっそこに挿入はダメェェ……イッちゃう」

 

 スライムに飲み込まれて悶えているナオミは、かなりエロいって見てる場合じゃない。

 

『ヤメロ!!』

『ヌウキサマハサマナーカンドウヤラドウホウヲツレテイルナ……ドウホウニメンジテコノバハミノガシテヤロウシキヨウンガヨカッタナ』

「はぁはぁ……こんど会ったらイチゴゼリーにして食ってやるワケ!!」

 

 中指を突きたてて捨て台詞を吐いた。粘液で全身グチャグチャになって妙にエロい。

 

「涼太クン、魔石を使って欲しいワケ」

「あ、ああ、ほらよっ」

 

 ナオミに魔石を軽く投げた。その後、スライムが3体現れたが、黒井のアギ・ラオで2体倒し俺の会話で切り抜けて地下3階の機械制御室の前に辿り着いた。とにかく精神的に疲れたよ全く。

 ドアに鍵穴は無く、カードリーダーも無い。0から9まで表示している数字のボタンが付いている。

 

「涼太クン開かないワケ」

 

 ドアを押しているが開かない。

 

「セキュリティがかかっているからな。暗証番号を入力しないと開かないよ。で、番号は、9719224#3……と」

 

 ヘッドバイザーに表示されている番号を入力すると、カチッと音がしてドアは抵抗も無く開いた。

 

『見敵必殺!! スーパーイナズマキィィィック!!』

「うぉっ!! な、何だ?」

 

 突然、女の子の叫び声? と共に顔を蹴飛ばされてのけぞる。次々と殴られたような痛みを感じたがドレスの装備効果? で大した事は無い。何か羽が唸るような音がして通り過ぎた。

 

「新手なワケ!!」

 

 ナオミとガッキーは身構える。どうやら相手は虫みたいに小さい悪魔だ。素早い動きなので釘打ち機の狙いをつけられない。

 

『とどめよ!! 必殺パワー!! サンダーブレイク!!』

「ウギャァァァァ!!」

 

 ガッキーが直撃を受けて倒れた。

 

「ガッキー!! クッ、コ、コイツすばしっこいワケ!!」

 

 いきなり閃光が走ったがほんの数秒、偏光フィルターの作動が遅れた為、俺はヘッドバイザーを外して顔を押さえて、たまらず叫んだ。

 

「目がぁ!! 目がぁぁぁ!!」

 

 激しい閃光で目が見えない。おまけに履き慣れないブーツなので転んでしまった。

 

『オーラ斬りでやっちゃえ!! メン、メン、メーン!!』

「痛い、痛い、やめろ!! 俺たちは敵じゃない。話せば分かる。頼む、やめてくれ!!」

 

 俺の声にソイツは、飛び回るのをやめて目の前に止まる。4枚の虫の羽を生やした小人で俺の手のひらに乗りそうだ。外見は、赤茶色の鎧みたいなのを着て、フルフェイスみたいなヘルメットを被り、右手に針みたいな剣を持っている。その姿はファンタジーゲームに出てくる妖精みたいだ。

 

『へぇ、アンタ。アタシの言葉が分かるの? もしかしてデビルサマナー?』

「そうだ。俺はアンタの敵じゃない。話せば分かる」

 

 コイツは腕を組み、胡散臭そうな目で見ている。ナオミは爪を伸ばして今にも襲い掛かりそうだ。

 

『ふーん、クズノハでもなさそうだし、ファントムでも見ない顔ね。もしかして新人? それなら後ろにいる頭の悪そうな屍鬼をとっとと引っ込めてくれない? 話はそれからよ』

 

 ナオミは、馬鹿にされ、怒り心頭で伸ばした爪をギチギチさせて怖いよ全く。ガッキーは昏倒しているので俺に選択の余地は無い。

 

「ナオミ。この場は堪えてくれ。なっ頼む!!」

「だけど涼太クンがアイツに誘惑されそうでナオミ、心配なワケ……」

 

 甘えた声で言うと俺の腕にすがりつく。

 

「俺なら大丈夫だ。そうだ今度デートしよう。な、頼む」

 

 言ってから己の迂闊さを呪った。ナオミは、ニンマリと薄く笑う。

 

「今の言葉、確かに聞いたワケ。嘘ついたら涼太クンでも絶対に許さないワケ」

 

 俺の言葉に納得すると自分からCOMPに戻ったよ。

 

『さて、お邪魔虫は消えたし交渉の続きをしましょう。アタシの名前は妖精のチャム・ファウ。アンタの名前は? それと所属組織は?』

「俺は深町涼太。如月商会所属で一応サマナーの見習いみたいな者だ」

『フカマチリョウタね。んー何か言いにくいからリョウと呼ぶわ。如月商会ってクズノハの尻拭いをしている弱小組織ね。それとこの建物に入り込んだ理由を説明しなさい』

 

 腕を組んで俺を見ている。ナリが小さい癖に態度がデカイぜ。このおチビちゃん。

 

『何かアタシの事、舐めてるみたいだけど、次にそんな事思ったらきっつい電撃食らわすからね』

 

 ゲッ!! なんで俺の考えバレたんだ?

 

『厚化粧してもリョウの顔に出てるから分かるわよ。で明瞭簡潔に述べなさい。嘘ついたら電撃よ』

 

 コイツに隠す理由は無いので、ヴィクトルから依頼の件を全て話した。

 

『ふーん、なるほどね。ドリーカドモンを欲しがるのは、あの陰気なおっさんか邪教の館の爺さんくらいよ。まっ、リョウの顔は嘘をついていないから信用するわ』

 

 ウンウンと腕を組んで頷いている。本当、コイツ態度がデカイよ。

 

『そこで相談だけど、アタシの頼みを引き受けてくれるなら一時的に仲魔になってあげる。どうよ?』

 



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第10話 依頼・中編

『そこで物は相談だけど、アタシの依頼を受けてくれるなら一時的に仲魔になってあげる。どうよ?』

 

 妖精である自称チャム・ファウ? にどうよと言われ、俺と黒井は顔を見合わせた。

 

「まさか、悪魔から依頼をしてくるなんて……予想もしていなかったよ」

「好みや気分次第によってはあり得ると、まどかさんから聞いた事があるけど、実際、目にするのは初めてよ」

「ど、どうしよう……」

 

 妖精は俺の返事を待っているようで動かない。

 

「決めるのはサマナーである深町君よ。私からのアドバイスとして、ピクシーは気まぐれで悪戯好きな妖精だけど、自分に恵みを与えた者には正しく報いると言われているわ。それと先に依頼内容を確認するべきね」

「なるほど、分かった」

 

 俺は返事を待っている妖精に顔を近づけた。

 

「先に依頼の内容を話してくれ。決めるのはそれからだ」

『んー確かにそうね、分かったわ。腐ってもサマナーって言う訳か』

 

 妖精は小さな肩をすくめた。チャム・ファウの依頼は、この研究所のどこかに捕らわれている仲間の救出だそうだ。現在、妖精達は代々木公園内に人間界へ悪戯をする拠点を築いている最中で、仲間の1人が偵察中に行方不明になった。当初、他の悪魔に殺されたのだと思われたが、近所の地霊達の話によると、関西弁を話す怪しい漫才師みたいな人間に捕まったらしい。コネを使ってこの研究所を見つけたが、問題は異界化して大量の悪魔がいるので、並のピクシーでは近づけない。高位の妖精はマグネタイトの確保が不十分な現在、代々木公園から一歩も動けないとの事だ。

 

『そこで、経験、場数を踏んだエリート・ピクシーであるこのアタシが派遣されたのよ。ここまでの話は理解出来たかしら?』

「なんとなく理解出来た」

 

 チャム・ファウは小さい身体をフルに生かして、空調の換気ダクトを抜けて各部屋を調べたが仲間は見つからない。後は地下の秘密研究室だが、エレベーターが動かないと結界が解除出来ない。困っていたところに俺達が現れたのだと言う。

 

『で、どうよ。アタシの依頼を受けるの? 受けないの?』

 

 よほど困っていたのか強気の口調と違って、ヘルメットから見える目は潤んでいる。そんな顔をされたら断れないじゃないかよ全く。自分でも呆れるくらいのお人好しだと自覚している。それにこの妖精は可愛い。俺は溜息をつくと肩をすくめた。

 

→①受ける

 ②受けない

 ③この場で戦う

 

「分かったよ。依頼は引き受ける。その代わり俺達にも協力して貰うぞ」

『やったー!! 嬉しいな』

 

 嬉しいのか周囲を飛び回り、ヘルメットを外すと俺の頬にキスした。妖精の髪は赤味が掛かったセミロングで前髪は額の上に跳ね上げている。

 

「よ、よせよ照れるじゃないか」

「エヘヘ、お礼のキスよ。では改めまして、アタシは妖精のエリート・ピクシーであるチャム・ファウよ。短い期間だけどよろしくね」

 

 俺達も少しでも戦力が欲しいから、この判断は間違っていないはずだ。多分。

 

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ。で、成功の報酬は? タダ働きは勘弁な」

 

 これはサマナーとして当然の事だ。この程度は要求しても罰は当たらないよ。チャム・ファウはヘルメットを被った。

 

「うん、報酬は人間の可愛い男の子を虐めるのが大好きなティターニア様が、直々に下賜されるから楽しみにしてね」

 

 俺が話すと黒井は切れ長の目を見開き、口が震えている。

 

「ティターニアって言ったら、あの『真夏の夜の夢』に出てくる妖精女王の名前じゃないの!!」

「そ、そんなに凄いの?」

「当たり前よ。魔王にも匹敵するそんな高位の妖精からなんて……なんで深町君の癖に……だからサマナーはもう……」

 

 日頃表情を変えない黒井が、俺を羨ましそうに見ているのが妙に微笑ましい。これで報酬が楽しみだ。

 

「もしもだけど、その捕まっている仲間がすでに研究材料にされ、ホルマリン漬けとかにされていた場合はどうするんだ?」

「その場合はアタシ達妖精、魂の故郷バイストンウェルじゃなくてフェアリーランドに戻るだけよ。ま、霊体のダメージが大きいからすぐ人間界へ悪戯しには来れないけどね。帰還した連絡は受けていないから、こちらで実体を保っているわ」

 

 なるほどね、俺の知らない事ばかりだよ全く。未知の世界をちょっと覗いた感じだ。

 

「黒井さん、この判断で良かったかな?」

「決めるのは深町君だから、私からは何も言えないわ」

「あッ!! いっけなーい、ガキの回復するの忘れていたわ」

 

 ガッキー哀れなヤツ。俺もうっかり忘れていたよ。チャム・ファウから暖かい光が出るとガッキーは回復したが怒って暴れだした。

 

「ゴメンゴメン、そんなに怒らないでよ。リョウの仲魔になったからアンタとはドーリョーってわけ。短い期間だけど一緒にがんばろうね。チュッ!!」

「ウガ」

 

 投げキッスで納得したみたいだ。安い、安過ぎるぞ。

 

「それでリョウ、これからどーするの?」

「地下4階の秘密研究室に行く為には、ここで専用エレベーターのロックを解除しないと駄目なんだ。そのまま所長室に行っても無駄だから」

 

 機械制御室は主電源が停止中で、わずかな非常灯がついているだけだ。ヘッドバイザーが無いと暗い。今は予備電源でセキュリティが動いている。このままだと解除出来ないので、主電源を復旧させるしか無い。それにはパスワードを打ち込む必要がある。

 

「じゃ、早くそのパスワードってヤツを打ち込んでよ。ほらッ早く、早く!!」

 

 俺は部屋の中央にあるコンソールデスクの椅子に座った。黒井は俺の後ろで腕を組み、液晶パネルのモニターを見ている。モニターにはパスワードの入力画面が現れている。そしてCOMPのデータにあるパスワードをキーボードから、緊張に震える指で打ち込む。チャム・ファウが急かすが、こんな時は慌てたら負けなのよ。うっかり間違えたらセキュリティ・ロックがかかってしまう。ここまで調べたメアリさんはタダ者ではない。もしかしてメイドは仮の姿で実はスーパーハッカーなのかもしれない。モニターに文字が現れた。

 

『パスワード認証、システム・オールグリーン、主電源を待機モードから復帰します』

「やった、成功だ」

 

 どこかで低く唸る音と共に部屋が明るくなって俺は、専用エレベーターのロックを解除した。

 

「問題は、この部屋から3階までは異界化してかなり距離があるわ。幸い地下はスライムだけみたいだから、深町君が交渉して戦闘は回避出来るけど」

 

 黒井は俺を見て言う。確かにその通りだ。

 

「チャム・ファウ。上の階はどんな悪魔がいるんだ?」

「そうね、白い服を着た屍鬼がうろついていたけどあいつら雑魚だから、あっそうだリリムが1体いたから気をつけてね」

 

 悪魔召喚プログラムからアナライズ・データを起動させて、リリムを検索するとヘッドバイザーに表示された。

 

 悪魔名称:リリム   レベル:23

 種  族:魔族系夜魔

 神  族:バベル神族

 ステータス:電撃無効、氷結弱点

 所持スキル:??? ??? ??? ??? ??? ??? ??? ???

 HP:??? MP:???

 

 更に詳しく検索したが、情報不足の為かこれ以上は表示されない。

 

「アタシの電撃もアイツには効かないから厄介なの。氷結が弱点だけど、アタシはブフ系は使えないし、リョウの仲魔には期待してないから、遭遇したら会話で回避するか逃げるしかないわね」

 

 ブフとは、氷結属性の単体攻撃魔法で決まると凍結するので危険だ。

 アギ(火炎系)ジオ(電撃系)ザン(衝撃系)があるとの事だ。

 俺達は機械制御室を出る。電源が回復したので通路が明るくて眩しい。

 

「あ、そうだ。エレベーターで3階に行こう。移動時間も少なくなるし」

「そうね、動けばいいけど」

 

 電源が回復したので、エレベーターの階を表示する明かりが3階に点いている。俺は呼ぶボタンを押そうとしたら降りて来た。

 

「あれ? 押していないのに降りて来るよ」

「誰か乗っているのかしら? でもこの研究所は悪魔以外、誰もいないはずよね?」

「ああ、データが正しければ無人だよ。それか誰かが呼んだけどアクシデントが発生して、そのままになっていたとか……」

 

 無人なら問題無いけど、某ホラー映画でゾンビが大量に乗っていたシーンがあったのを思い出した。

 チャム・ファウが正しければ、乗っているのがゾンビでもエレベータの大きさからして最悪10人前後の可能性はある。

 

「リョウ、どーするの?」

 

 チャム・ファウが俺の左肩に乗って訊く。この場は最悪の想定をするべきだ。

 

「ゾンビが乗っていると思うから、ここで迎え撃つ。そしてこのエレベータで3階に行くよ」

「そう、無人である事を願うわ」

「アタシに任せて」

 

 ここなら待ち構えている俺達の方が有利だよ。表示ランプが1F……1BF……と移動して、地下3階に着くとチンと音がしてドアがゆっくり開くと同時に腐臭が鼻を刺激する。

 

「何て言うか、予想通り乗っていやがった」

 

 そいつらは壊れた操り人形みたいに身体を震わせていた。服装と帽子から見て警備員だが、右手に拳銃を持っている。それも4人共だ。

 

「警備員が拳銃を持っているなんて変だよな?」

「ここは極秘の研究所だから特別に所持の許可があったのかも知れないわ。ゾンビ・コップならぬゾンビ・ガードマンと言う訳ね」

 

 ゾンビ・ガードマンは低い唸り声を上げると向かって来た。俺とガキは身構える。

 

「先手必勝!! マハ・ジオンガ乱れ撃ちぃいい!!」

「えッ!!」

 

 チャム・ファウの掛け声と同時に、小さい人差し指から複数の稲妻が轟音と共に発生すると大きく広がり、一瞬でゾンビ達は倒れ消滅した。

 

「い、一撃で、たったの一撃で倒すなんて……必殺技みたいだ」

「う、嘘!!」

 

 思わず唾を飲み込む。黒井を見ると俺以上に驚いている。

 

「そ、そんな、あり得ないわ、ピクシーが範囲魔法を使えるなんて……深町君、あのピクシーのステータス画面を見せて貰えるかしら?」

「あ、ああ。いいよ」

 

 俺はCOMP本体を取り出すと、悪魔召喚プログラムのメニュー画面から仲魔のリストを選択、ステータス画面を表示させると黒井に見せた。

 

「な、何よこれ!! どうすればこんなに……」

 

 悪魔名称:ピクシー  レベル:26

 種  族:魔族系妖精

 神  族:ダヌー神族

 ステータス:電撃耐性

 所持スキル:ジオンガ、マハ・ジオンガ、メ・ディア、??? 2分の魔脈、格闘武器、???

 HP:174 MP:215

 

 レベルから判断すると、チャム・ファウはリリムより少し強いと言う事だ。

 

「2人共どうしたの? そんなに驚いた顔をして?」

「リストに表示されているレベルの意味を知りたい。これは単純な強さでいいのか? 例えばチャム・ファウのレベルが26なんだけど?」

 

 チャム・ファウは両腕を組むと考える仕草をする。

 

「う~ん、そうね。強さの指標とすればいいわ。ざっくりと10は下級、20から35が中級って感じね。45以上からは上級クラスよ。相性の問題もあるけど、10レベルも差があるとパーティを組んでも勝ち目は低いわね」

「……」

「ジオンガなら納得出来るけど、ピクシーが範囲魔法のマハ・ジオンガと万能魔法のメギドを所持しているの? 絶対に有り得ないわ」

「貴女は……黒井さんだっけ? 良い質問をするわね。アタシ達、人ならざるモノ……悪魔と人間の違いから話せばいいのかしら。人間は時間の経過で成長するじゃない。それと修行すると技術は覚えるけど、悪魔は時間で成長、進化はしないの。出来ないと言ってもいいわ」

 

 俺達は無言で聞いている。

 

「種族の壁が大きすぎてね……でも異能者……サマナーの協力があれば可能よ」

「サマナーの協力って?」

 

 言われても俺にはピンと来ないよ全く。ガキも首を捻っている。

 

「それには2つの手段があるわ。悪魔召喚師、デビルサマナーの仲魔になって魂の契約って言うのかしら……『ソウルリンク』すれば悪魔もサマナーと共に成長出来るし、スキルも成長、進化させられるのよ。もう1つの方法は『邪教の館』か『業魔殿』で合体して別の悪魔になる事。新米サマナーのリョウでも知っているわよね?」

「ああ……」

 

 邪教の館は知らないけど。

 

「では貴女は悪魔合体でスキルを継承したのね。他の妖精から精霊合体でランクダウンしたの? それとも……今のサマナーは?」

「アタシは初めからピクシーよ。あるサマナーの協力で御霊合体で強化したわけ。今はサマナーの仲魔を辞めたから……リョウは2体の悪魔を使役出来るみたいだけど、2体共成長させられるのかしら?」

 

 俺は首を横に振る。真剣な眼差しで見つめられても答えられない。

 

「それは分からないよ……でもチャム・ファウが強い理由は分かった」

 

 チャム・ファウを使役していたサマナーが最低でも26以上と言うのが気になるけど。

 

「チャム教授の悪魔生体学の講義はこれで終了。エレベーターで3階に上がりましょう」

「その前にガキを戻してナオミを召喚するよ」

 

 DEGITAL DEVIL SUMMON SYSTEM OK

 MAG BATTERY OK

 CONDITION OK

 SUMMON OK

 GO

 

 ヘッドバイザーのモニターに、六芒星と2重の円を描く召喚魔法陣が青白く輝き、激しい閃光と共に屍鬼のナオミが実体化した。

 

「何でアイツが仲魔になっているワケ?」

「あ、ああ、チャム・ファウの依頼を受けたから臨時で仲魔になっただけだよ」

「リョウの言う通りよ。アンタとは短い間だけドーリョーって事。よろしくね」

「ふん」

 

 俺達はエレベーターに乗ると3階のボタンを押すとドアが閉まり上昇し始めた。突然、止まる不安はあったけど、無事3階に到着してドアがゆっくり開くと腐臭が漂ってきた。通路にいたゾンビ達が低い唸り声を上げてノロノロと俺達に向かってくる。血と肉片で汚れた白衣を着たゾンビは、ここの所員だったのかもしれない。

 

「哀れな生ける屍に……永遠の安らぎを……」 

 

 黒井の言葉に一瞬だけど黙祷した。少し前の俺だったらキモいよと言って怯えただろう。今はチャム・ファウ達がいるから恐怖感は多少薄れている。

 

「必殺パワー!! サンダーブレーク!!」

 

 チャム・ファウが叫ぶと右手の人差し指から発生した雷の嵐が、ゾンビ達に大ダメージを与えると、俺とナオミで感電して動けないゾンビの後始末する。ナオミは不満で文句を言う。

 

「妖精なんかの手伝いをするのは、何かムカつくワケ」

 

 鋭い爪でゾンビを切り刻み喉を食い千切る。俺はゾンビに改造釘打ち機で打ち込む。

 

「負担が減ったんだから文句言うなよ。クッ!! こ、この野郎!!」

 

 書類棚の影に潜んでいたゾンビが俺に襲い掛かってきたが、黒井のアギラオであっさり燃え尽きた。

 

「サンキュー!! 助かったよ」

 

 目的の所長室は一番奥の部屋に入った奥にある。

 

「うッ!! こ、これは?」

 

 部屋には10体のゾンビが倒れて血で染まっていた。腐臭が漂い、肉片が飛び散り、内臓がはみ出ていたりする。頭が割れて脳が出ていたり顔が半分無いのもした。あまりにも無残な姿と臭いに吐き気がこみ上げて口を押さえた。

 

「ちょ、ちょっとリョウ。どうしたの? 顔色悪いよ」

 

 チャム・ファウが心配してくれるが、我慢出来ず胃の中の物を汚れた床に吐いてしまった。辛くて涙目になって嘔吐が止まらない

 

「食べるにしても、もう少し上品に食べればいいワケ」

 

 ナオミが背中をさすってくれてありがたいが、それちょっと違うぞ。黒井を見ると顔色が蒼白だけど吐いてはいなかった。

 

「もう大丈夫……先を急ごう。黒井さん、それにしてもどうなっているんだ?」

「こいつら共食いしたみたいね。でも変だわ、屍鬼はそんな事しないけど」

 

 考えても仕方ないので先に進む。通路や開いている部屋を見るとゾンビは共食いで倒れている。その後は襲われず所長室の前に来た。

 入ろうとしたら、急にチャム・ファウが俺の左耳を引っ張る。

 

「こ、こらっ痛いぞ」

「ちょっと待って、中に人の気配がするよ」

「えッ!!」

 

 別に物音とか声は聞こえない。

 

「まさか、リリムがいるの?」

 

 黒井がハッとしてチャム・ファウを見た。

 

「違うわ。リリムだったら強力な魔力を感じるから。部屋にいるのは人間よ」

「コイツの言ってるのはムカつくけど、間違い無いワケ。それも1人よ」

「研究所は無人のはずだけど、もしかしてデーター目当ての賊? かも」

 

 入るべきか……こっちは俺を入れて4人で、数ではこちらが有利だ。どんな奴なのか分からないのでかなり緊張する。ドアをゆっくり開けて部屋に入ると立ち止まってしまった。

 

「ようこそ、お嬢さん達、待っていたわ」

 

 女が1人、机に腰掛けて腕を組み、俺達をにこやかな顔で見ている。

 立ち上がるとゆっくり近寄ってくる。年齢は20代後半か30代前半みたいだ。ウェーブのかかった茶色に染めたセミロングの髪形でかなりの美人だ。顔立ちは整っていて口元にほくろがある。着ているのは、身体にピッタリとフィットした光沢感のある黒のライダースーツで腰には太いベルトを巻いている。フロントファスナーを首元まで閉めて豊かな胸が苦しそうだ。

 

「そ、それ以上、近寄るな!!」

 

 俺は改造釘打ち機を構えると、ナオミ達も油断無く身構える。女は戦う意思が無いのを示す為か、両手を上げて立ち止る。

 

「私は貴女達の敵じゃないわ。お話くらいさせてよ」

「嘘よ、絶対この女何か企んでいるワケ」

 

 ナオミがヒソヒソと言う。こんな場所に1人でいるのが怪しい。

 

「アンタの名前とここに来た目的は何だ?」

「私はフリージャーナリストの『エンジェル』。『この業界』ではその名で通っているわ。ここに来たのは、マッド・サイエンティストのDr.スリルが行なった人体実験のデーター入手よ」

「どうやって3階まできたのよ。アタシが来た時、アンタはいなかったわよ」

 

 チャム・ファウが油断無く尋ねる。

 

「上からよ。上」

 

 俺達は顔を見合わせた。

 

「相棒のリリーちゃんに抱きかかえられて屋上に降りてからここに来たのよ。でも運が良かったわ。貴女達が専用エレベーターのロックを解除してくれたおかげで、機械制御室に行く手間が省けたから感謝するわ」

「上からって、アンタどこかの怪盗かよ」

 

 無謀って言うか異界化している研究所へよく無事に降りれたな。リリーちゃんってもしかして。

 

「私からも質問せてもらうわ。素敵なドレスを着ている『お嬢さん』はデビルサマナーね。一緒にいるのは仲魔の妖精ピクシーと屍鬼……かしら? 顔に似合わずいい趣味しているわね」

 

「なッ!! 何でそれを……」

 

 まさか、この女もサマナーかよ?

 

「フフ、『蛇の道は蛇よ』この業界にいると色々コネがあってね、表では手に入らない情報も集まってくるのよ。お嬢さんの名前と目的は?」

 

 ここで本名を名乗るのは絶対にヤバイ。幸い、俺を女と思っているから適当な名前を名乗るか。

 

「リョーコ。この世界ではリョーコで通っている」

「リョーコ……ね。私の情報にその名は無いわ。もしかして新顔かしら?」

「それはアンタの想像にまかせる。依頼でここにあるモノを手に入れる為、来ただけだ」

 

 女の笑みが深くなった。俺達にゆっくり近寄る。

 

「どうやら利害が一致しているみたいだから『私達に』協力してくださるかしら?」

「もし断ったら……」

「ふふ、その前にあのゾンビ達が共食いした理由が分かるかしら」

「そ、そんなの知らないわよ」

 

 冷静な黒井も警戒している。

 

「本当に素敵なドレスね……羨ましいわ。触らせてもらえるかしら?」

「リョウ!! 騙されないで!!」

 

 チャム・ファウが女の企みに気がついたが俺の反応が遅かった。一瞬に背後に回られると左腕を捻られ、喉にナイフが突きつけられて身動きが取れない。うっかり釘打ち機を床に落としてしまった。

 

「形勢逆転ね、おっとピクシーちゃん。ジオを使ったらこの子の喉をかき切るわよ」

「クッ!! 卑怯者!!」

「ハ~イ、屍鬼ちゃん。動いちゃダ・メ・ヨ♪」

「キャッ!! な、何なのアンタ? ナオミを離すワケなの!!」

 

 どうやって隠れていたのか、蝙蝠みたいな皮膜状の羽を2枚持ち、白いレオタード姿のリリムが現れて、ナオミの背後に回って左腕を捻り上げた。有利のはずが、どうしてこうなった。

 

「クソッ!! 離せよ!! こいつ!!」

「あらあら、お嬢さんが男みたいな口を叩くと下品ですわよ。うふふ」

 

 こ、こんな女に一杯食わされて悔しい、畜生。

 

「リリーちゃんご苦労様。言う事を素直に聞いていればこんな目に遭わなかったのにね」

「お、俺達を殺すつもりか?」

「私が殺し屋ならとっくに喉をかき斬ってるわよ」

「リリムなんか連れているなんて、アンタやっぱりデビルサマナーなのね!!」

 

 チャム・ファウが叫ぶと、エンジェルと名乗る女はニッコリ笑う。

 

「前にも言ったけど、私はサマナーじゃないわ。リリーちゃんは……まだ内緒ね」

 

 サマナー以外に悪魔を使役出来るなんて……分からないよ。

 

「さて、話の続きだけど、お嬢さんの依頼主と内容を教えてくださるわね?」

「耳に息を吹きかけるな」

 

 背筋がゾクゾクするよ全く。今の俺に選択の余地は無い。

 

「依頼主はヴィクトルからで内容は、ドリーカドモンを手に入れる事と、チャム・ファウの仲間の救出だ」

 

 女は整った眉毛をひそめた。

 

「ヴィクトル? ホテル業魔殿……あの国籍年齢経歴不詳の男か。ふふ、なるほどね」

 

 女が俺の腕を離すと、リリムもナオミの腕を離した。クッ腕が痺れる。

 

「この部屋のどこかに隠されている専用エレベーターに乗って、私達と同行してもらうわ」

 

 見えるのは所長の大きな机に来客用のソファとテーブルだけで、壁際の書類棚には何も無い。

 

「ここに隠し扉のスイッチがあるから、これを引けば現れるわ」

 

 書類棚左下の角にスイッチがある。それを押してから書類棚を押すとエレベーターのドアが現れた。 




「まどか、あのガキを調べたか?」
「ええ、これが報告書よ」
「ふん、いかにも平凡に甘やかされて育ったクソガキだな。ん、お、おいこれは?」
「記載されている通りよ。あの子、生き残りの1人よ」
「マジかよ。あの事件は知っているが凄惨だったぞ……」
「彼の父方の祖母は教会の元最高幹部で教主代理だったのよ」
「それでガイア系でないニュートラル系のあいつらが俺達の周辺を嗅ぎ回っていたのか……変だと思ったぜ」
「それで竜也、あの子はクズノハに報告するの?」
「……いや、報告はしない。久々に現れたCOMP持ちサマナーだ。手放すのは余りにも惜しい。報告なんぞしたら、取り上げられるのが目に見えて分かる。上から目線のムカつく連中だぜ」
「その気持は私も分かるわ。どこの組織も異能者と覚醒者、特にサマナーを欲しがっているからね。でもバレたら唯では済まないわよ」
「それぐらい屁でもねぇよ……キョウジさんだけには裏でナシをつけとくか」
「レイさんと銀子さんにもね」
「当たり前だ。他の奴等は雑魚だがあの3人は別格だ」
「ふふ」
「な、何笑う?」
「かって愚連隊で恐れられた狂犬竜也が、あの3人には頭が上がらないと思うと、笑いたくもなるわよ」
「うるせぇ!! 俺にだって苦手なモノくらいあるさ」
「はいはい(笑)」
「チッ!! あのガキが久々の逸材になるか、唯の厄種になるか楽しみでもあるがな」
「……」


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第11話 依頼・後編

 エンジェルと名乗る女の言葉に俺達は顔を見合わせた。

 

「どうしたの?」

「こんな場合、俺達を縛り上げて2人だけで行くと思ったから……」

「あのDr.スリルの研究室に簡単に入れると思っていたら甘いわよ。サマナー嫌いの男が何か罠を用意しているわ」

 

 エンジェルは肩をすくめた。フロントジッパーを腰まで下げると胸の谷間がはっきり見える。かなりの巨乳で思わず目が点になったよ。でもヒロ子さんより小型だけど。

 

「ふぅ、この方が楽だわ。あたしが生き残りの所員から誘惑して聞いた話では、特殊な悪魔が結界を張っているのよ。悪魔の名前と種族はその男でも分からなかったけどね」

「じゃあ、その悪魔を倒さないと研究室に入れないのかよ……」

 

 RPGゲームに例えればダンジョンの最深部で、ラスボスが待ち構えているのか。

 

「あたしとリリーちゃんだけではさすがに厳しいわ。それにお嬢さん達だけでもまず無理ね」

「それで一緒に行けと言うのか……ちょっと仲魔と相談させてもらえないですか?」

「ええ、いいわ。言っておくけど他に選択肢は無いわよ」

 

 この女、かなり胡散臭い。チャム・ファウも耳元で囁く。

 

「その悪魔を倒すまでは味方ね。問題はその後よ」

「同感。あの女、絶対に企んでいるワケ」

「でも大丈夫よ。アンタ達では無理だけどあの女、アタシを普通のピクシーと思っているからうまく出し抜けるわよ。それにアタシには切り札があるしね」

「切り札って何よ?」

 

 黒井が尋ねるが教えてくれない。俺も気になるが、ここは経験と場数を踏んでいるチャム・ファウを信用するしか無い。

 

「アイツを驚かすまでは内緒。アタシが仲魔になったからリョウは運が良いわよ」

 

 相談の結果を女に話した。

 

「確かに選択の余地が無い。2人に協力します」

「まあ、そうなるわよね。エンジェル?」

「ふふ、そう言うと思ったわ。よろしくね、リョーコちゃん」

 

 手を差し出してきたので俺は一瞬躊躇ったが握手をした。女の手にしてはやけにタコがあるよ、この人。

 

「それと2人は他に武器は持っていないのですか?」

「アタシは格闘武器や射撃武器のスキルが無いから持っていても使えないわよ」

「心配は無用よ。ほらこの通り」

 

 良く見ると肩からホルスターを吊っているよ。ハンドガンを抜いて俺に見せてくれた。

 

「私の愛銃グロック17よ」

「9ミリオートか。でも45口径の方が威力あるのでは?」

「グロック21ね。あたしは装弾数の多い方を選ぶわ」

 

 人それぞれだよな。床に置いてある黒色の大型バッグからショットガンを取り出した。こ、この女、何者だよ。

 

「SPAS12ショットガン……」

「よく知っているわね。主に軍、警察で使われ、折畳み式金属銃床とピストルグリップが特徴で自動式(セミオート)から手動式(ポンプ・アクション)に切り替えることが可能なコンバーチブル・ショットガンよ」

「特徴的な外見で映画やゲームの主人公が使っているから……」

 

 見た目は確かに格好良いけど、欠点がある。弾を込める際にフレームのボタンを押しながら込めなければならない為両手が必要で、構えながら弾を込めることが出来ない事だ。使い勝手なら箱型マガジンのSPAS15がいいのでは? と思う。

 

「お喋りはそこ迄よ。エンジェル、早く行きましょう」

 

 リリムが先頭に女、俺達の順に乗る。女が壁のボタンを押すとドアが閉じ、エレベーターはゆっくりと下降し始めた。地下に着くまで時間が長く感じる。

 

「言い忘れたけど、到着したらこのエレベーターは悪魔を倒すまで動かないからね」

「な、何だって!! ふざけんなよ!!」

「そんな事だろうと思ったわ」

 

 チャム・ファウが肩をすくめる。

 

「あの2人、最低な女ワケ」

「……」

 

 黒井は腕を組んで無言だが、内心はムッとしているだろう。さすがの俺も腹が立ったが、今更どうにもならないので拳をグッと握り締めるしかない。やがて到着するとドアが開いたので俺達は降りた。ここはホールらしく右側の壁に3人座れるベンチと自販機が設置されている。左側の奥にドアが見えた。空気が冷たく、きのせいかも知れないけど誰かに見られているのを肌に感じる。COMPのエネミーソナーは赤色で人型のアイコン激しく動いている。女の言う通り閉じたエレベーターのドアはボタンを押しても開かない。チャム・ファウが俺の耳を引っ張る。

 

「リョウ、悪魔が待ち構えているよ」

「ああ、分かっているよ」

「深町くんに渡して置くわ」

 

 黒井が小声で俺の耳元で囁くと、俺の右手に丸い物に握らせた。

 

「エッ!! 何これ?」

「チャクラドロップよ。私が指示したら使うのよ」

「何だか良く分からないけど、分かったよ」

 

 ヤバイ、俺達の話でエンジェルとリリムが振り向いた。

 

「貴女達、何コソコソ話しているの? 覚悟を決めて行くわよ!!」

「ふふ、今になって怖気付いたのかしらぁ? レッツらゴー」

 

 エンジェルがショットガンを構えてドアの前に立つと、感圧式のセンサーが作動して自動で開いた。 俺達も2人の後に続いた。秘密研究室は広く、最新鋭の電子設備機器で埋め尽くされていた。奥の方に円筒形のシリンダーらしき物が見える。当然だけど人影は見当たらない。エンジェルはベルトに付けていたポーチから、デジタルカメラを取り出して周囲を撮り始めた。

 

「す、凄いわ。後は目的の悪魔人合体のデータファイルを手に入れるだけだわ」

 

 突然、見えない壁が現れて俺達を遮ると同時に、どこからか女の笑い声が響いた。

 

『ホッホッホ、餌に釣られて愚かな獲物が妾の糧になる為に来たよのぅ。ホホホ』

「す、凄い量のマグネタイトが集中しているわ!! リョウ、みんな気をつけて!!」

 

 目の前の空間が奇妙な光と共に揺らぐと、俺達の前に悪魔が1体実体化した。

 

「怪人蜘蛛女かよ……」

「キモ!! こいつ何なワケ?」

 

 上半身は全裸で人間の若い女と同じだが下半身は5メートル近くある巨大な斑蜘蛛だ。股間の部分に口があって鋭い牙が見える。足をM字に開いたみたいに足がクネクネと動いてキモい。途端に周囲が揺らめいたかと思うと、蜘蛛の巣が張り巡らされていた。これでは迂闊に動けない。

 腰まで届く黒色の髪は前髪も長いので顔が見えないが、口を歪めて俺達を嘲笑っているようだ。

 

『ホッホッホ、妾は女郎蜘蛛。スリル殿との契約でこの場を守護するモノじゃ。お主達、上でぱすわーどとやらをを解いてよう来られたのぅ。歓迎するぞぇ』

「私はジャーナリストのエンジェル。リリムは相棒で、彼女達は協力者よ」

 

 この場を任されている女郎蜘蛛は絶対的な自信があるのだろう。嘲笑いながら彼女の名乗りを聞いている。

 

『ほほぅ、1人では敵わぬと見て仲間を連れて来たのかぇ。数を揃えても妾には勝てぬぞぇ』

「言いたい事はそれだけかしら? 蜘蛛女さん。貴女を倒して眠っているお宝を手に入れるだけよ」

 

 エンジェルが油断無くSPAS12を両手で構え、気楽に言うと俺達も身構える。

 

『ホホホ、強気な女よのぅ。妾を上にいる下等な屍鬼と同様に思ったら大間違いじゃ!!』

 

 いきなり女郎蜘蛛が鋭い牙を剥き出しにしてエンジェルに噛み付いてきた。女郎蜘蛛は図体がデカイ割に素早い。エンジェルは避けきれず、右脇腹を裂かれた。

 

「ウッ!! こ、これぐらい、何これし、痺れて……」

 

『ホホホ、痺れて動けまい。次は生きたまま噛み砕いやるぞぇ』

「エンジェル!! メ・ディアで」

「駄目!!」

 

 彼女は膝を床に付いて女郎蜘蛛を睨む。次、襲われたら最後だ。

 

「こ、この程度……かすり傷よ。リリーちゃん回復よりスク・カジャをお願い」

「……オッケー!!」

 

 チャム・ファウは両手の人差し指を蜘蛛女に向けた。

 

「蜘蛛女、その身に刻め!! 必殺パワー!! サンダーブレーク!!」

 

 チャム・ファウの指先から青白い稲妻が2本発生して広がり1発は命中、もう1発は外れた。

 

「チッ!! 惜しい」

 

 指をパチンと鳴らす。

 

『グッ、下等な妖精の分際で、連続攻撃とは小癪な真似を!! お主から喰らうてやる。覚悟せい』

「バーカ、アンタみたいなウスノロの間抜けなんかに捕まらないわよーだ。アッカンベーのべロベロバー!!」

 

 挑発された女郎蜘蛛は鋭い爪を伸ばした両手を振り回すが、サイズ補正なのか捕まえる事が出来ない。俺はその隙にエンジェルを引っ張って離れた。気のせいか俺の身体が軽くなったようだ。これがスク・カジャの効果なのか。

 

「ありがとう。こんな事があろうかとディスパライズを使用するわ」

「次はナオミが引き裂いてやるワケ」

 

 ナオミが爪を伸ばして斬りつけるが、ひょいと避けられた。

 

『馬鹿め!! どこを狙っているのかぇ』

「Nasatanada Zazasu Zazasu Zazasu……マカ・カジャ」

 

 黒井はナイフを両手で手にして目を閉じ何かを唱えていた。俺は傷薬で、この女を回復だ。

 

「優しいのね……おかげでだいぶ楽になったわ」

「べ、別にアンタの為に助けたんじゃないよ」

『ホホホ、次は骨も残さず喰らうてやるぞぇ』

「ヤベッ!!」

「避けてみせる!!」

『チッ!! 運の良い女じゃのぅ』

 

 今度は回避成功で、女郎蜘蛛は忌々しそうな顔をしている。

 

「ビリビリしちゃえ!! 必殺パワー!! サンダーブレーク乱れ撃ちィイイ!!」

 

 女郎蜘蛛は電撃魔法の激しい稲妻を回避したが、もう1発は当たった。

 

『グォオオウッ!! か、身体が痺れて……う、動けぬ。おのれ生意気なピクシー!!』

「ふふ。その隙に、スク・カジャよ」

 

 リリムが両手を広げて唱える。

 

「ナオミのセクシーで華麗なダンスステップを見るワケ」

『ホホホ、そんな田舎娘の盆踊りがどうしたのかぇ?』

「そんな!!」

「マカ・カジャ2回目。深町君はあの悪魔のデータをCOMPで調べて」

「わ、分かった」

 

 女郎蜘蛛が動けない今がチャンスだ。COMP操作するが緊張でリモコンを操作しずらい。悪魔召喚プログラムのメニュー画面から、悪魔情報検索をクリックして検索画面を出して女郎蜘蛛と入力するとヘッドバイザーの画面に項目が現れた。

 

 悪魔名称:女郎蜘蛛   レベル:25

 種  族:獣族系妖獣

 神  族:不明

 ステータス:即死、氷結無効、

 所持スキル:麻痺噛み付き、ブフーラ ??? ??? ???

 HP:??? MP:???

 

 妖獣女郎蜘蛛。俺は結果を話した。

 

「それだけでも分かれば上出来よ」「ふーんさすがサマナーね」「これぐらい出来て当然よ」

 

 痺れが無くなったのか女郎蜘蛛が動き出した。

 

『弱い人間の癖に忌々しい女共と仲魔じゃ。ホホ、次は黒髪の女、お主を喰らうてやるぞぇ』

 

 女郎蜘蛛が黒井を狙って噛み付いて来た。両腕でガードしたが耐え切れず、衝撃で後ろへ吹っ飛ばされた。

 

「あぁ!! 痛ッ!!」

 

 苦痛で顔が蒼白だ。

 

「ジオンガ乱れ撃ちぃいい!!」

「じゃ、アタシもジオンガよ。死んでね、蜘蛛女さん」

『クッ!! 浅ましい淫魔の分際で妾に楯突くとは、寝床で男と交わっておれば良いものを……』

「ふふ、アンタを倒したらホテルへ行くわよ」

 

 計3発のジオンガが命中して、女郎蜘蛛が巨体を震わせると同時に轟音が響いた。

 

「う、嘘? 効いていないの……?」

『愚か者め!! そんな豆鉄砲が妾に効くと思ったのか!!』

「ナオミなら……」

 

 女郎蜘蛛の装甲数値は高いのかよ。突然、ナオミがエンジェルに飛び掛かると押し倒した。

 

「キャッ!! は、離しなさい!!」

「そのテッポーをナオミに貸すワケ!! じゃないと腕を喰いちぎって奪うワケ」

「お、おいやめろ!! ナオミ!!」

 

 ナオミは俺より力があるので止められない。エンジェルは不意を突かれた為、抵抗虚しくショットガンを奪われた。立ち上がった彼女は肩で息をしてナオミを睨んでいる。

 

「屍鬼の貴女がショットガンを扱えると思ったの?」

「ナオミならアンタより扱えるワケ。多分」

「ふざけないで!! 今すぐ返しなさい」

「貴女達!! いい加減にしてよッ!! ハァハァ、アギ……ラオ連続攻撃!!」

 

 膝を付き、荒い息をする黒井から炎の塊が2つ現れ、女郎蜘蛛に命中して一瞬、炎に包まれた。

 

『ウギャァァァ!! これは火炎魔法。黒髪の女、魔術師かぇ? 横にいる黒衣の女は召喚師か? おのれ口惜しや』 

 

 女郎蜘蛛の叫び声を無視して、俺は貴重な傷薬で黒井を回復させると顔色が良くなった。

 

「あ、ありがとう。楽になったわ」

「ああ。死なれたら困るし……」

 

 死。そ、そうだ一歩間違えれば俺も死ぬ可能性があるんだ……緊張と興奮が薄れて急に身体が震えて来る。

 

『ホホホ、下等な屍鬼の分際で妾に楯突くとは力の差が分からぬ愚か者よのぅ!! ブフーラで氷漬けになるが良いぞぇ』

 

 女郎蜘蛛の前に氷塊が1個現れるとナオミに向かった。

 

「そんなのナオミは華麗なダンスステップで回避するワケ」

『ホホホ、その隙に黒衣の女を喰らうてやるぞぇ』

「し、しまっブフーラはフェイントか?」

 

 女郎蜘蛛が俺達に体当たりして来た。だ、駄目だ、避けられない!!

 

「ウグゥウウ……」「キャアアア!!」

 

 俺とチャム・ファウが避けきれず吹っ飛ばされ俺は床に叩き付けられた。凄まじい激痛が身体中を走り抜け、手足が動かない。もし黒蝶ドレスを着ていなかったら、良くて意識不明の重傷で最悪は死……い、嫌だ。女装したまま、こんな所で絶対に死にたくない。

 

「貴女達!! しっかりして」

「深町君、チャム・ファウ!!」

「あ、アタシは大丈夫。それよりリョウを回復させて、早く!!」

「分かったわ。貴重な魔石を使うから貸しだからね、リョーコちゃん」

 

 ふざけるな俺だって助けたから貸し借り無しだ。痛みと意識が朦朧で喋れない。魔石が砕けると暖かさに包まれ、今迄の激痛が嘘のようだ。チャム・ファウはフラフラして俺の左肩に止まる。リリムがジオンガで攻撃すると女郎蜘蛛は痺れて動けない。

 

「蜘蛛女!! これでも喰らいなさい!! メギド・キャノン発射!!」

 

 指先から稲妻ではなく光の塊が現れ、女郎蜘蛛に命中した。

 

『こ、これは万能魔法のメギド? 何故下等なピクシーが使えるのじゃ!?』

 

 大ダメージを受けて前より弱っているぞ。

 

「ナオミの優雅で華麗なスーパーショットをその身で味わうワケ」

 

 ニヤリと笑うナオミがSPAS12を撃った。その動作は素人ではなく熟練の射手だ。

 

『グウゥ!! ば、馬鹿な!! 豆鉄砲如きで妾の身体に傷を与えるとは……口惜しや』

 

 両腕を抱え苦しんでいる。嘘、効いているぞ。俺が黒井を見ると彼女も驚いている。

 

「よし、俺も攻撃だ」

 

 改造釘打ち機を両手で構え、女郎蜘蛛に接近して撃つが、弾かれて釘が床に落ちた。

 

「しまった!!」

『ホホホ、黒衣の女!! そんな針で妾の肌を貫けると思ったのかぇ?』

 

 あ、危ない、もし動けたらあの足で蹴られていただろう。

 

『次はお主ぞぇ。淫魔!!』

 

 巨体の向きを変えてリリムに、ドス黒い爪を伸ばして襲いかかったが、翼を広げて回避した。

 

「ふん、遅いわよ」

『ホホホ、馬鹿め引っ掛かりおったぞぇ』

「えッ!! ウグッ!!」

「リリーちゃん!!」

 

 冷静なエンジェルが叫ぶ。リリムの腹に拳が直撃して、彼女は腹を押さえて膝を付いた。

 

「き、効いたわよ………い、今のは……」

 

 妖艶な美貌は痛みと怒りに変わり女郎蜘蛛を睨んでいる。

 

「ピクシービィィィム、フルッパワー!!」

「さっきのお返しよ。ジオンガ!!」

『お、おのれ猪口才な淫魔め!! 動ければこの爪で引き裂けるのに……嗚呼、口惜しや』

 

 上半身がぐったりしている。いいぞ、かなり弱っている。 

 

「こんな事もあろうかと、あたしはマハラギストーンで仕掛けるわ。女郎蜘蛛、覚悟!!」

 

 エンジェルが赤い石を投げつけると一瞬炎に包まれた。

 

『グッ!! まだ動けぬのかぇ……』

「ナオミのダブルタップで追い撃ちなワケ」

 

 轟音が2回響き、胸に12ケージシェルが命中した。

 

「これ……で終わりよ。アギ・ラオ連撃……ふ、深町君。今よ」

「あ、ああ分かった」

 

 俺は隠し持っていたチャクラドロップを黒井に使った。疲労が嘘みたいに回復したのいつもの顔だ。

 女郎蜘蛛は痺れが回復すると俺達に向かって来た。

 

『黒衣の女と屍鬼め、妾がその四肢を引きちぎるぞぇ』

「そんな事されてたまるか!!」

「バーカ」

 

 女郎蜘蛛は弱っているので余裕で避けられたが、ナオミは胸から腰にかけて斬られた。

 

「キャアア!! こ、この変態蜘蛛女!!」

『ホホホ、お主、貧相なぼでぃをしているのぅ。それでは男を誘惑出来ぬぞぇ。次は上の口で噛みちぎってやるかのぅ、ホホ』

 

 ナオミが両手で胸と股間を隠している隙につかみ上げた。

 

「こ、この変態蜘蛛女。ナオミを離すワケ!! ギャアアアア!!」

 

 ナオミの絶叫が響いた。女郎蜘蛛は首筋噛み付いたが、顔をしかめた。

 

『ペッ!! 不味いのぅ。腐った女は喰えたモノではないわ。黒衣の女、返すぞぇ』

 

 女郎蜘蛛はナオミを放り投げた。俺は抱き留めたが、重いよ。

 

「ありがとう……涼太クン。大好きなワケ」

「わ、分かったから離してくれ」

 

 俺の顔が真っ赤だよ全く。女郎蜘蛛はチャム・ファウとリリムのジオンガで痺れて動けない。

 

「永久に抱いていたいワケ。もう……絶対に離さない」

「あのね2人共、イチャつくのはこの後、ラブホテルで交わってくれないかしら」

「ハァハァ、いいわぁ……女屍鬼×女装子、屍姦特殊プレイ、有りね。薄い本が出来るわ。嗚呼……」

 

 リリムは貴腐人かよ。そんなの変態猟奇ジャンルを読んだらSUN値直葬だ。

 

「リリーいい加減にしなさい。ったくアンタは日頃はクールなのに、どうして変身すると淫乱になるのかしら」

 

 嫌味を言いながらグロック17を発砲するがダメージを与えられない。

 

「ナオミの射撃は的確なワケ」

 

 SPAS12を両手で構え撃つ。どうしてナオミはダメージを与えられるのだろう。

 

「アギ・ラオ2連発」

 

 女郎蜘蛛は完全ぐったりしている。今の内にナオミを回復させた。

 

『何故じゃ!! 何故、妾が一方的に攻撃を受けるのじゃ? おのれ!! 小賢しい妖精と淫魔め……お主達さえいなければ……今頃は……嗚呼、口惜しや……』

「ふふん、あいつかなり弱ってきたワケ。いい気味」

「油断しないで!! 勝つ迄気を緩めちゃ駄目なワケ」

 

 女郎蜘蛛がチャム・ファウを狙ってきた。

 

『妖精、お主だけでも……喰らうてやるぞぇ』

「クッ!! まだまだァ」

 

 鋭い牙で太腿を食いちぎられたが、気丈にも女郎蜘蛛を睨みつけ叫ぶ。両腕を振り上げる。

 

「蜘蛛女!! これでダウンよ。必殺!! エレクトリッガー発射!!」

『ウギァァァ!!』 

 

 チャム・ファウのジオンガで動かなくなった。

 

『む、無念じゃ、妾がこんな輩に倒されようとは……スリル殿、契約を守れず申し訳……』

 

 蜘蛛女の身体が溶けるように崩れだして消滅し、それと同時に周囲も元の研究室に戻った。




戦闘シーンはキャラシートを作成してダイスを振りましたが、7ターンもかかりました。


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第12話 脱出

 蜘蛛女……女郎蜘蛛の身体が溶けるように崩れだして消滅し、同時に周囲も元の研究室に戻った。

 

「勝ったのか俺達……本当に……」

 

 し、信じられない、俺がその場にヘナヘナと座るとナオミが抱きついてきた。

 

「涼太クン、やったワケ!!」

「この頭脳明晰、冷静沈着なエリートピクシーであるこのアタシがいたから当然よ」

 

 見るとあの2人も抱きついているよ。

 

「今回はキツかったわぁ。エンジェル」

「あたし達だけだったらヤバかったのは間違い無いわ、彼女達のおかげよ。あの子達……やるわね」

 

 俺は深々と頭を下げた。もし彼女達がいなかったら勝利どころか今頃、女郎蜘蛛骨も残さず喰われただろう。

 

「あの2人もそうだけど、黒井さんとチャムがいたから俺達は勝てたんだ。あ、ありがとう」

「え、ちょっとそこまでしなくても、アタシもリョウ達が、ここまで来れたからお互い様よ」

 

壁に寄り掛かっている黒井も同意している。

 

「そうよ、この勝利は全員が協力した賜物ね」

 

 黒井の笑顔がちょっと可愛いぞ。2人がそう言ってくれると少し気持ちが楽になる。ふと女郎蜘蛛がいた場所に光る物が2個落ちていた。拾って手にすると1つは宝石みたいだ。本物の宝石なんて初めて見るよ。もう1つは丸い石みたいだ。

 

「凄い、アメジストなワケ」

「……」

 

 黒井が両腕を組んで俺をジト目で見ている。

 

「リョウって運がいいわね。宝石は悪魔との交渉で要求される時があるから、売らないで持っているといいよ」

「へえ、そうなんだ。知らなかったよ」

 

 チャム・ファウの話によると、悪魔との交渉や仲魔へのギフトの他に、ある店では宝石と引き換えに特殊なアイテムと交換するのに必要になるらしい。実はチャム・ファウにお礼であげるつもりだったのだ。

 

「あとこれは何だろう?」

 

 宝石ではない。黒井はハッとした顔で、チャム・ファウは溜息をついている。エンジェルとリリムは俺達を無視してデジタルカメラで撮影や機器類を調べている。

 

「本当にリョウは運が良い子ね。それはソーマドロップよ」

「名前からして飴玉みたいだけど?」

 

 龍角散喉飴みたいな物かな。

 

「深町君……それは別名『ソーマの雫』と呼ばれ、体力回復と精神力をその半分回復するアイテムよ」

「つまりボスドロップのレア・アイテムか」

 

 レア消費アイテムゲットだ。

 

「レアと言うより、ミディアム・レアね。アイテムを扱っている専門店でも絶対に手にはいらないわ。この場が異界化していたのと、高位の女郎蜘蛛が所持していたから必要最低限の入手条件が揃ったのかも知れないけど……」

「涼太クン、カードが1枚落ちているワケ」

 

 ナオミから受け取るとプラスチック製のトランプカードみたいだけど、表側は奇妙な紋様が描かれ、裏は女郎蜘蛛のイラストが描かれている。 

 

「黒井さん、このカードは何だろう?」

「私よりチャムさんが詳しいんじゃないかしら?」

「えっアタシが何だって?」

「このカードは何か知っている?」

「デビルカードよ。それがどうしたの?」

「何に使うのか教えて欲しい」

「ん~とね、アタシも良く知らないの。あの2人に聞いてみるか、邪教の館にいる爺さんに聞いてみれば」

 

 敵では無いけどあの2人はまだ信用出来ない。別に急ぎでないから後回しでもいいだろう。

 

「さて、リョウ。結界も解けたし、この部屋のどこかに仲間が捕らわれているから捜すの手伝ってよ」

「ああ、もちろんだ。って、こんな時間かよ!!」

 

 COMPの時計を見ると22時半を過ぎていた。本当に時間が経つのが早い。どうしよう明日、学校があるんだよ。研究室は広いがピクシーはすぐ見つかった。手術台の上に大きな鳥篭が置いてあり、その中にいた。俺が鍵を壊すとピクシーは飛び出してチャム・ファウに抱き付き、大喜びで部屋中を飛び回った。

 

『チャム様ぁ、怖くて寂しかったですぅ』

「ほら、もう大丈夫だから泣かないで。あの子達が手伝ってくれたからお礼を言うのよ」

『は~い』

 

 俺の前に止まると頭を下げた。このピクシーは青色のハイレグレオタードにロングブーツ姿でロンググローブをしている。髪型は茶色のショートヘアで可愛い顔をしている。

 

『アタチね、ベル・アールって言うの。助けてくれてありがとう』

「あ、ああ。気にしないで、良かったね」

『エヘヘ、優しいのね。お姉ちゃんみたいな人間がいっぱいいればいいのに……そうだ』

「はいはいストップよ。リョウは良い子だから仲魔になりたい気持ちは分かるけど、ティターニア様が心配しているからぎょーむほーこくしてからよ」

『は~い。お姉ちゃんありがとうね』

 

 俺は男だけど……まぁいいか。チャム・ファウの依頼はクリアした。後はヴィクトルの依頼の物を手に入れるだけだ。俺達は色々と設備の隙間とか調べるが、それらしい物が見つからない。

 あの2人は研究室の壁側にある端末で調べている最中だ。

 

「エンジェル、例の項目は見つけたけどパスワードが必要よ」

「ハッキングでは?」

「う~ん、プロテクトが堅固で時間がかかるわ。下手をすると何これ、ロックされて自動焼却システムと連動しているの?」

「まさか、セキュリティが作動するとエレベーターと換気口が封鎖され、研究室を焼却するって事。参ったわねぇ」

 

 封鎖、焼却、ヤバそうな話が聞こえる。リリムが端末の前に座り、液晶のモニターを見ながらキーボードを操作している。白いレオタード姿のリリムが、コンピューターを操作している光景はミスマッチだ。

 

「予想していたけどね。あの所員から手に入れたシステム管理部のマスターコードディスクを手に入れたから使ってみて」

「サンキュー、それがあればいけるかも」

 

 リリムはディスクを受け取り、開いたトレイに置いて閉じると、キーボードから入力すると早い速度で文字と記号が流れている。

 

「お目当てのファイルが見つかったわ。コピーすれば完了よ」

「これで依頼達成ね。あらリョーコちゃん、どうしたのかしら?」

 

 この女に相談したく無いけど相談するか。

 

「依頼された物が見つからないんです」

「ああ、依頼って確かドリーカドモンだったわね、リリーちゃん、そちらから検索して調べられない?」

「オッケー任せて……見っけ。3号シリンダーに保管されているわぁ」

 

 リリムが指差す先にはガラスの円筒形が3本ある。近寄るとチャム・ファウが俺の左肩に止まった。

 

「リョウ!! これじゃないの?」

「でも、データの画像だと奇怪な形をしているし、違うな……」

 

 円筒形のガラスケースは泡立つ青色の液体で満たされ、確かに『人形らしいモノ』が浮いている。

 良く見ると人形と言うより少女みたいだ。全裸で身体のあちこちにチューブが差し込まれていた。研究材料の為、死んで標本になっているより、目を閉じて眠っているようだ。他を捜していたナオミと黒井も見つからないと言う。

 

「これだけ調べて見つからないから手ぶらで戻るより、この少女を連れて行ってヴィクトルに調べてもらうしかない」

「それしか無いわね」

 

 問題はどうやってガラスケースを開けるかだ。叩いてみると分厚い強化ガラスで簡単には割れない。

 

「これはドリーカドモンじゃないわよ」

「貴女、知っているの?」

 

 黒井が胡散臭そうな目で言う。エンジェルは妖艶な笑みを浮べている。

 

「フフ、蛇の道は蛇よ、リリーちゃんに端末から調べさせたから、最初はここに保管されていて間違い無いわ。ほらッ下に小さいラベルが貼ってあるじゃない」

 

 あ、本当だ、英語で書いてある。気が付かなかったよ。エンジェルは腕を組んで考えているようだ。

 

「断定は出来ないけど、もしかしたらドリーカドモンが少女に変化したのかもね」

「開ける方法が分からないんです」

 

 この場は協力してもらう為、丁寧に話す。

 

「あら、いいわよ。あたし達に協力してくれたから、報酬代わりって事で。リリーちゃん開けてよ」

「オッケー!! あん、駄目だわ、システムの系統が違うわぁ。専用の鍵が必要よ」

「こりゃ弱ったな」

 

 分厚い強化ガラスみたいだからナオミでも割れないかも。

 

「あの程度のガラスなら壊すのは簡単よ」

 

 チャム・ファウがフラグを立てそうだ。

 

「何か嫌な予感がするけど……他に方法が無いし……頼むよ」

 

 チャム・ファウの指先から青白い稲妻が走ると、音を立てて簡単に割れて青い液体が床にこぼれた。

 突然、背筋が寒くなるような警報音が鳴り響くと同時に、照明が消えて赤色の非常灯に切り替わった。

 

「な、なんなワケ?」

 

 デスクに腰掛けてショットガンをいじっていたナオミが周囲を見ていた。

 

「ま、まさか!! セキュリティシステムが作動したの!!」

 

 エンジェルが驚いている。どこからか無機質な女の声が聞こえた。

 

『緊急警報、侵入者の逃亡阻止の為、エレベーターと換気ダクトを封鎖しました。ラボラトリーを焼却後、永久封鎖します』

「と、閉じ込められた!!」

「早く!! 逃げるのよ」

 

 俺達はホールに向かったがドアが開かない。リリムがジオンガでセンサーをショートさせて出たが、エレベーターのボタンを押しても開かない。これがトラップか? ど、どうしよう、ヤバイ。

 

「うわっ!! エレベーターが登って行っちまって降りて来ないよ」

 

『5分後に焼却開始します』

 

 カウントダウンが始まった。

 

「絶対絶命なワケ!!」

「ピクシー!! ど、どうしてくれるの?」

 

 冷静な黒井が同様している。

 

「アンタ達!! 責任取りなさいよ」

 

 エンジェルが叫ぶ。

 

「し、知らないわよ!!」

 

 苦労してあの蜘蛛女を倒したのに。こ、こんな所で死にたくない。俺達は慌てまくりだが、チャム・ファウは落ち着いていた。

 

「アンタ達、落ち着きなさいよ」

「こ、これが落ち着けるかよ!! お、俺達焼け死んじゃうよ」

 

 俺とナオミはノイローゼになった動物園の熊みたいに周囲をウロウロする。

 

「そうよ、アンタが壊したのが原因じゃないの!!」

「リョウは幸運よ。アタシがいるから」

「そんな事言ったって、どこかのアニメキャラみたいに瞬間移動が出来るのなら別だけど……」

「ふふ、出来るって言ったらどーする?」

 

 希望が見えた。一瞬、チャム・ファウが小さな女神に見えたよ。死のカウントダウンは続いている。

 

「このアタシはトラポートと言うスキルがあるのよ。結界が解除されたから脱出出来るわ。ただし、アタシの知らない場所へ転移は無理よ」

「ここから脱出出来ればどこでもかまわないわ」

 

 黒井の言う通りだ。

 

「そ、そうだ、チャム・ファウは業魔殿を知っているか?」

「もちろん知っているわ。アタシは合体で生まれたから。あの無愛想な女造魔がいるホテルでしょ」

 

 本当に超ビギナーズ・ラッキーだ。これでチャム・ファウに頭が上がらないな全く。

 

「ベルを連れて早く代々木公園に戻りたいけど、まっいいわ。あの人形も一緒に脱出するわよ」

「無理言ってすまない。ありがとう」

「それとアンタ達はどうよ?」

 

 あの2人に尋ねる。エンジェルは俺達を見ている。

 

「選択の余地は無いわ。お願いね。リリーもそうよね?」

「……」

 

 無言で肩をすくめた。

 

「じゃ、みんな目を閉じて」

 

 謎の幼女はナオミに抱えてもらう。

 俺達は互いの手を握ると研究室から無事に脱出した。瞬間移動した時の感覚は、例えるなら高層ビルのエレベーターで急上昇してから急に下降する感覚に似ている。

 目の前は業魔殿の広間だ。遅い時間なので間接照明の淡い光が周囲を照らしている。

 

『リョウ、着いたよ。懐かしいわ、ここに来るのは何年振りかしら』

「チャム、ありがとう。えぇっとその……何て言うか」

『ストップ。リョウの言いたい事は分かるよ。このまま仲魔でいてくれって事でしょ。アタシもリョウ達が気に入ったから一緒にいたいけど、それだとリョウがアタシに頼りっぱなしになって成長しないから将来、苦労するわ』

 

 うっ!! 正論なので言い返せないよ全く。

 

「地道に経験を積んでレベルアップしろってか……先が長いよなぁ」

『悪魔は【己より弱き者】の仲魔にはならないからね。今回は特殊な例外よ。リョウはサマナーの素質があるから、アタシが以前契約していたサマナーより強くなるよ。大変だけど頑張ってね』

『バイバ~イ』

 

 チャムは俺の唇にキスをすると仲間と一緒に消えた。とたんに寂しさに襲われる。

 

「騒がしいヤツだったけど、いなくなると何か寂しいワケ」

「そうだよな。ナオミ、お疲れ様。今日は助かったよ」

「お疲れ様~またなワケ。忘れないでよ」

 

 何だっけ? まぁいいか。

 

「さて、あたし達も引き上げるわ。業魔殿には興味あるけど、今はデータをクライアントに渡すのが先よ」

「そうよねエンジェル。いつものホテルでお互いに愛し合うましょうよ、今夜は覚悟してね」

「ウフフ、リリーに器具を使って責められるのも悪くないわ。お嬢さん達、ありがとう。貴女達の協力で、目的のファイルが手に入れられたから感謝するわ。あっそうだ」

「何ですか?」

「これも何かの縁だと思うの、あたしの名刺を渡すわ。それと携帯の番号とメールアドレスを交換しないかしら?」

「私よりふか、リョーコがするべきね」

「えっ? お、に振るのかよ」

 

 ヤバイ、うっかり俺と言いそうだった。

 

「リョーコが今後、サマナーとして動くのなら彼女達と知り合った方が便利よ。どうせ、お2人さんも、それを狙っているのでしょう」

「ええ、その通りよ。私がサマナーである貴女を利用するように、あたし達をを利用してもかまわないわ。最も情報収集と交渉がメインだから、戦闘は貴女達に任せるわ」

「フフフ、エンジェルは貴女達とはギブアンドテイクの関係になりたいのよ」

「自分から相手に利益を与え、その代わりに自分も相手から利益を得る。公平なやり取り・譲り合い・歩み寄りなどを意味する……リョーコ、どうするの?」

 

 胡散臭い2人だけど知り合いになるのは決して損ではない、か。ハッキリ言ってくれる方が良いし。上手くすればあの事故の真相が少し分かるかもしれない。

 

「ええ、構わないですよ」

「良かった。はい、あたしの名刺よ、よろしくね。あとリリーちゃんの名刺を渡しておくわ」

 

 エンジェルは胸元が大きく開いたライダースーツに付いているポーチから名刺入れを取り出した。

 

 怪談社……月刊『妖』編集部 エンジェル・小町

 鳴海探偵社代表取締役、鳴海夢子

 

「何が言いたいのか分かるから説明するけどリリーちゃんは人間よ。今は悪魔変身してリリムの姿になっているけどね」

 

 えっ!! 黒井を見ると平然としている。

 

「悪魔人間かと思ったけどアウトサイダーなのね」

「あら、良く知っているわねぇ、魔女っ子ってかしらぁ」

「じゃあ、生きていたらまた会いましょう」

「バ~イ、お2人さん」

「さ、さようなら」

「……ふん」

 

 いつの間にメアリさんがローソクの光で揺れる燭台を手にして立っていた。

 

「ご無事に戻られましたね。ヴィクトル様がお待ちしております」

 




DDS-NETです。メールが3件届いています。

 倉橋一也様から
 >涼、如月さんと同じ仕事場でのバイトが羨ましいぜ。あの人、美人でスタイルが良くて俺のマジ好みなんだ。タケのやつには内緒だぞ。忘年会があったら俺も誘えよ、なマジで。それとタケから冬コミの話があっても断ったほうがいいぞ。俺は家族で田舎に帰るから参加は無理だけど、お前はマジで女装のコスプレさせられるぞ。夏のアレが大好評だったらしくてよ。俺は警告したからな。それからな病院には行ったのか? ヒロ子さんの怖さは知っているだろ。

 武原直之様から
 >よう、バイトは大変だったか? 給料もらったら俺達に奢れよ。ところで大事な話なんだが、周さんのサークルが今度の冬コミに当選してな、年末なのかメンバーの何人かが仕事や転勤とかで参加出来ないらしい。そこで俺が助っ人で手伝う事になったんだ。で、お前にも手伝って欲しいんだ。佐藤や倉橋達には断られたんだ……あいつら……って仕方がないよな。詳しい事はメールよりも学校でな。

 天馬ヒロ子様から
 >近い昔、心優しい白衣の女王、ヒロ子は、壊したいほどかわいい王子様が、お城に訪問するのを待っていました。けれど待っても来やがりません。そこで手紙を出しましたが、生意気にも無視しやがったようです。そこでヒロ子女王はバッチグーなアイデアがオツムに点灯しました。来ないなら自分が漆黒の馬車でとっとと強制連行すれば即解決じゃねと。そして逃げないように王子様の目と耳を潰し、四肢を切断して首輪を着けました。それからの王子様はヒロ子女王の激しい攻めを受ける日が続くのでした。めでたしめでたし。


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第13話 悪魔合体

「ご無事に戻られましたね。ヴィクトル様がお待ちしております」

「俺達が来たのが良く分かったね」

 

 俺の問いにはメアリさんは答えず、地下への階段に向かったので後に続く。俺が抱いている少女は眠っているが時々何か呟いている。俺、炉離じゃないけどちょっと可愛いよ。

 

「業魔殿へヨーソロ。若きサマナーと魔女見習い、無事に戻ったな」

「く、黒井日菜子と申します。偉大な錬金術師であり、悪魔研究家にお会いできて光栄です」

 

 あの黒井が緊張しているよ。しかし2人は俺の服装に何も言わない、変だと思わないのかよ全く。

 俺はヴィクトルに研究所で起きた事を報告した。

 

「申し訳ありません。結界に阻まれて悪魔には気づきませんでした」

 

 メアリさんは俺に謝罪した。まぁ何とか戻れたから気にしていないですよ。

 

「深町君は良い経験をしたわよ。依頼主からの事前情報が全て正しいとは限らない事があるのよ。最悪は全く違う事があるわ」

「そ、そうなのかよ……」

 

 まぁ、退魔師が出てくる小説でもそんな描写があったような。

 

「ふむ、ドリーカドモンは無かったか。その人形……少女からは人ならざる気を感じる。フフ、土塊の人形よりも興味深い」

 

 眠っている全裸の少女を見つめ、含み笑いするヴィクトルに思わずドン引きになるよ。

 

「お前に苦労をかけたな。その少女とカードは私がじっくりと調べよう。まどかから伝言を預かっている。今日はそのまま帰宅してかまわないとの事だ。今回は特別にこちらで車を手配してある」

「直帰ですね、分かります」

「その少女とカードを預かります」

 

 俺は眠っている少女とカードをメアリさんに渡すと彼女は、慣れた手つきで奇怪な形のメスや用途不明の器具が置いてある手術台? に寝かせた。ま、まさか解剖してホルマリン漬けとかしないよね。

 

「完璧とは言えないが、依頼を達成したのでお主に報酬を与えよう」

 

 やった!! な、何が貰えるのかな。期待してヴィクトルを見た。

 

「私から、体力の香1つと、火除神符1枚です。黒井様は魔石1個です」

「深町君と差が大きいけど、ま、貰えただけ良しとしておくわ」

 

 メアリさんから奇妙な文字で書かれた御札と線香みたいな物を受け取った。

 

「火除神符は、自分への火炎攻撃のダメージを半減する効果があります。体力の香は異能者である深町様の体力値を少し上昇させ、ダメージを完全回復させる効果があります。戦闘中は使用する余裕がありませんので注意して下さい」

「なるほど、ありがとう」

「私から以上です」

「この私からは300マッカに山羊屋の福引券10枚だ。10枚で1回引けるから暇な時にやってみるといいだろう。マッカはデータマネーでCOMPに入れてある」

「ありがとうございます。ところで1マッカは日本円でいくらなんですか?」

「深町君、1マッカは千円よ。覚えてね」

 

 黒井が代わりに教えてくれた。と言う事は……30万円か、凄い。

 

「それと山田一郎が使っていたCOMPのメモリーにある悪魔をお前に与える。これは如月竜也からの要望でもあるのだ。奴曰く『碌な仲魔がいないクソガキに俺様から愛のプレゼントだ。土下座して受け取れ』とな」

「はは、あの人らしい物言いですね……」

 

 鼻で笑うしかないよ全く。竜也さんからすれば大した価値が無いのかも知れない。

 

「お主に与える悪魔だが、COMPの破損が予想以上に酷く渡せるのは2体だけだ。幽鬼オキクムシはすぐ召喚使役可能だが、もう1体の鬼女リャナンシーは今のお前では扱えぬだろう」

「それは俺が弱いから……つまりレベルが低いからですか?」

「その通りだ。『悪魔は己より弱き者には従わない』使役するには、深町涼太、お前が『主』として相応しい強さになるか、不安定でリスクがある『反発合体』で別の悪魔にするしかない」

 

 ヴィクトルは鋭い目で俺を見ている。これは悩む。あの秘密研究室で弱さを思い知ったから少しでも戦力になる方を選ぶべきだろう。

 

「ではオキクムシを召喚するから仲魔にするがよい」

 

 ヴィクトルが制御盤を操作すると、六芒星の魔法陣が描かれた台座に悪魔が1体実体化した。長い黒髪で上半身が裸で後ろ手に縛られ、妖艶な雰囲気がある女性で下半身が醜い芋虫の悪魔だ。

 

「あぁ、わたしは幽鬼『オキクムシ』あぁ……かわいい主に乳を飲ませたい。今後ともよろしくお願い致しますわ……」

 

 なんか濡れたような艶のある声と、潤んだ瞳で見つめられ背中がゾクゾクするよ。オキクムシは光の粒子になってCOMPに吸い込まれた。

 

「反発合体はダーク悪魔と非ダーク悪魔を合体させると、非常に不安定な合体結果となる」

 

 不安定な合体結果、と言われてもピンと来ない。ヴィクトルは制御盤に備え付けられたメカニカルキーボードを操作しするとモニターに文字が表示された。

 ①ダーク悪魔もしくは非ダーク悪魔が1~2ランクアップするかランクダウンする。

 ②低確率でスライムになる。

 ③スキルは通常の合体と同じで継承する。

 ④仲魔にしている同族がいる場合、例としてスライムが仲魔にいればスライムにはならない。

 

「例えば、リャナンシーとダーク悪魔を合体させるとお互いの拒絶反応が起こり、スライムになってしまうか、どちらかの悪魔がランク・アップかランク・ダウンしてしまう。ここまでは理解できたかな」

 

「その~~ランク・アップとダウンは同じ種族で、と言う事ですか……リャナンシーは鬼女だから他の鬼女になるのか……その場合はスキルは引き継がれ、アップの場合は仲魔になるのかな?」

 

 ヴィクトルがニヤリと笑うと怖い。

 悪魔合体って本当に奥が深いですね……少しだけ分かりました。俺は腕を組んで考える。

 

「こりゃマジでリスクが大きいな。このままCOMPに移したら召喚できないし……悩むよ黒井さんどうしたらいいかな?」

「私に振らないでよ。今の深町君は仲魔が少ないわ。即戦力にしたいならリスクがあっても合体させるべきね」

「そ、そうだよな。それ元々あのオッサンの悪魔だし」

 

 ヴィクトルは俺を見ている。

 

「決めた。リャナンシーを反発合体させるよ」

「承知した。初回限定特別大サービスで、もう1体のダーク悪魔はこちらで用意しよう。合体する場合、悪魔によってはサイズが大きい者もいるが台座に収まるように出力が調整されるのだ」

 

 ヴィクトルは怪しげな装置を操作すると、六芒星の魔法陣が描かれた台座に、腰まで届く金髪に胸元が大きく開いた黒のドレスを着たリャナンシーが実体化した。もう1体はガキだ。

 

『このベリーナイスな美貌とスタイルを誇る私が、汚らわしいガキと合体なんて……とてもおぞましいですわ』

『ウゲゲ、オレウ、レシイ』

 

 リャナンシーはこの合体がかなり不満そうだが、ヴィクトルは無視して何か呪文を唱え、制御盤のレバーを操作すると、台座にいる2体の悪魔は宙に浮かび、ゆっくりと横に回転を始めた。そしてスピードが少しずつ速くなり、やがて目に止まらない猛スピードで回転する。そして台座の中心に寄って原型を留めない1個のドス黒い肉塊になった。それから何か脈打つ鼓動が耳に響く。

 

「悪魔合体……2体の悪魔を粘度細工みたいに、こうグチャグチャとこねくり回し、別の悪魔にする。なんて背徳的だ……」

 

 茫然と見ているだけだ。回転を終えた肉塊は伸縮し『ドクンッドクンッ』と音が大きく聞こえる。

 そして肉塊は音を立てて弾けると一瞬、閃光に包まれた。

 

「うぉッまぶし!!」

 

 目を開けると、腰まで届く長い黒髪に純白の着物姿をした女悪魔がいた。前髪は眉毛の上で切り揃え、顔立ちは人形の如く無機質で切れ長の目に赤味を帯びた瞳が冷たいよ。

 

「私は、鬼女『雪女郎』。今後ともよろしくね、坊や。フフ、身も心も凍らせてあげる……」

 

 えっえっ? これってまさか? 『失敗』それとも『超当たり』なの? ヴィクトルは軽い驚きの表情を浮かべている。黒井とメアリさんは無表情だけど。

 

「これは所謂『競馬で穴馬が的中した』のと同じだな……フフ、フハハハハ、このようなケースは久し振りだ。ハハハハハ」

 

 何が面白いのか笑い続けている。まぁ、あれだランクアップだな。ビギナーズラックと言うやつだ。 新たな仲魔が2体増えたからこれで満足だ。あ、大事な事を忘れていた。

 

「悪魔合体の手間賃と言うか利用料ですが、マッカで支払うのですか?」

 

 もしかしてかなり高額なのかも。

 

「我等の秘術は未だに完璧とは言えぬ。より多くの実践データを必要としているのだ。我々の目的は合体秘術の追求にある。したがってお前からは金を取らぬ。お前は合体施設の利用客でなく協力者なのだからな」

「……」

 

 COMPの時計を見ると23時半を過ぎていた。お台場から自宅へ帰るにはりんかい線でJR渋谷駅に出るか、JR大井町駅で東急大井町線乗り換え、二子玉川駅に出る必要がある。りんかい線は区間距離が短い割に料金がメッチャ高いんだよ全く。

 

「悪魔合体は奥が深い。業魔殿は全てのサマナーの為に24時間年中無休で開いている。お前も初仕事で疲れたろう。今日は早く眠るべきだ」

「着替えを用意してありますので、部屋へご案内致します」

「最後に1つ、デビルサマナーとして必要な事は仲魔との絆や強力な装備、アイテムの他にコネだ。よく憶えておくがよい。ボンボーヤジ」

 

 俺はメアリさんの後について工房を出るとホテルの一室に入った。広い部屋でベッドの上に俺の服、床にスニーカーが置いてあった。軽くシャワーを浴びてメイクを落とすとスッキリした。自分の服に着替えるとドレスとウィッグを用意してくれたバッグに入れた。

 着替え終わると深町涼太に戻った。やっぱり普段着が最高だよ全く。

 

「深町様のドレス姿は良くお似合いですよ。さすがあの方の血を受け継ぐのですね」

「えっ!! だ、誰ですか?」

 

 気になるけど、それ以上答えるつもりは無いみたいだ。黒井が入り口で待っていた。

 

「ドレス姿が似合うのに……」

 

 黒井に似合うと言われてもちっとも嬉しくない。タラップから降りると正面に流線型の黒い大型車が止まっていた。良く見ると何とロールス・ロイスだよ、凄い。俺と黒井はドアが開いている後部座席に座るとメアリさんがドアを閉じると静かに動き出した。車内は広くて座り心地も格別だ。生まれて初めて最高級の外車に乗って緊張するよ全く。外を見るとお台場のホテルとレインボーブリッジに芝浦のビル群の夜景がとても幻想的だ。黒井は無言で外を見ている。

 あ、運転手は俺の住所を知っているのだろうか? 運転席とはガラスの仕切りがあるので開けて運転手を見た。帽子を被った後姿なのでよく分からない。

 

「あの~家の住所なんですが……」

「存じております。世田谷区玉川台……ですね」

 

 年配のオッサンだと思ったけど意外にも若い女の声だ。日曜日の夜なので道路は渋滞も無く流れて快適だ。外の流れる夜景を見ているとウトウトと眠ってしまった。

 

「……よ。深町様、ご自宅へ着きましたよ」

「深町君、起きなさいよ」

「えッ!!」

 

 俺はハッとすると、間近に笑みを浮かべている運転手がいた。男装の麗人、宝塚の向日葵組みたいな人だ。カッと熱くなって思わず反対側のドアに後退りした。

 

「死んだように眠っていましたよ。よほど疲れていたようですね」

「す、すみません」

 

 慌てて降りると家の前だ。運転手がトランクルームからバッグを降ろしてくれると受け取った。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 頭を下げた。

 

「いえいえ、これが私の仕事ですから。では良い夢を、それでは失礼致します。」

「深町君、お疲れ様。ネットゲームなんかしないで寝なさい」

「あ、ああ、黒井さんもお疲れ様。また明日」

 

 運転手は深々と一礼し、車に乗るとゆっくり走り出した。俺は手を振ってから玄関を開けて家に入った。居間で親父とお袋が深刻な顔で話している。テレビはついていない。

 

「ただいま。今日は疲れたよ」

 

 2人は驚いたような顔で俺を見た。

 

「りょっ涼太!! アルバイトで夜遅くまで残業お疲れ様。如月さんて優しそうな声ね。涼ちゃんを褒めていたわよ」

 

 ああ、まどかさんはね。竜也さんはメッチャ怖いよ。

 

「しかし、アルバイトでこんな時間になるなんて……正社員並みだな」

 

 そりゃそうだ。普通のバイトとは違うからな。

 

「急な仕事が入ったので遅くなったんだ。特別に家まで送ってくれたから助かったよ」

「そうだったの良かったわね。明日は学校だからお風呂に入ってすぐ寝なさい」

「うん……そうするよ」

 

 2階に上がろうとした時。あっ運転手の名前を訊くのを忘れちゃった。

 

「実は、お前に大事な話があってな。教会の佐々木さんがお前の身体があの事故で、助かる為に普通で無い事になったのを気にしておられてな。その、特別転入の話が来ているのだ。学費は教会からの全額負担で返済は無いから、そう悪い話とは思わないが……」

「べ、別に今、ここで決めなくていいから……ね、よく考えて」

「疲れているから、風呂に入って寝るよ……」

「そ、そうね。明日は学校もあるし……お休みなさい」

 

 自分の部屋に戻るとベッドに寝転んだ。クタクタだしダルいよ……ごめんね、パトラッシュ、もう疲れたよ。いつもならこの時間はパソコンを立ち上げ、DDS-NETやニッコリ動画でMADムービーやゲームの攻略動画を見て、適当にコメントしているけど、今はそんな気にはなれない。

 覚悟はしていたけどデビルサマナーの仕事はマジで超ヤバイ。無事に戻れたのが不思議だよ全く。

 

 メールが届いていた。

 倉橋からはバイトの件だ。まどかさんに一目惚れなんてお前とは釣り合わないよ。忘年会はバイトの身分だから分からない。こんな俺の心配をしてくれるのは今では家族親戚以外では2人だけだ。

 武原からは12月下旬に開催される冬コミ参加の件だけど、真冬に水着姿をした露出系の女装コスプレはマジで勘弁してくれよ、な。夏コミで1回限りだからって言うから嫌々引き受けたんだぞ。 

 ヒロ子さんのは……見ないで全部削除した。

 

「特別転入……か。ま、いいか」

 

 風呂から出ると、パジャマに着替えてベッドに入るとすぐ睡魔に襲われた。 

 翌朝。目覚まし時計のアラーム音で目が覚めると、大きなあくびを掻いて起きるが、身体が妙にダルいのだ。

 

「ヤッベッ、風邪でもひいたかな?」

 

 特に喉が痛いとか寒気や熱は無い。とにかく顔を洗う為、部屋を出て1階の洗面所に向かった。

 

「お、おはよう涼ちゃん。食事は出来ているから早く食べてね」

「ああ」

 

 台所のテーブルにはバタートースト、ベーコンエッグ、味噌汁、トマトとレタスサラダに、バナナヨーグルトが並んでいた。液晶テレビは朝のニュースが映っている。親父は『痛勤電車』が嫌なのと職場が遠いので早くから出勤だ。

 

「目黒区大岡山と調布市で猛獣による死者8人かよ。物騒だなー」

「都内で猛獣に襲われたなんて信じられないわ」

「どうせ、どこかの馬鹿な金持ちが内緒で飼っていたのが逃げたんだよ」

 

 滅多にないが、ワニが下水道で発見されたとか、動物園から逃げ出した猿が暴れたとか、地方で熊が家の中に入って来て騒動になった事件を思い出した。他の三面記事は男子中学生がいじめによる自殺事件や、クビになった派遣労働者が、JR品川駅の広場で突然錯乱し、止めに入った警官と乱闘になったとかを大きく取り上げていた。明るい話題はないのかよ全く。

 食事を終えてお茶を飲み干すと、自分の部屋に戻って制服に着替え、髪を整えると学校に行く用意をしたがCOMPは絶対に手放せない。

 

「ハイテク・デビルサマナー。COMPが無いとただの人、か」

 

 自嘲気に言うと携帯とCOMPをポケットに入れ、ヘッドバイザーを胸のポケットに、カバンを手に取って部屋を出ると階段を降りた。

 

「行ってきま~す」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 

 お袋の声に送られて家を出た。

 

「うぅッ 寒くなったな」

 

 11月もあと数日で終わりだ。吐く息が白くなってきた。COMPでお気に入りのゲーム音楽を聴きながら早めに学校へ向かった。晴れた青空の下を歩いていると、昨日の秘密研究所、業魔殿の出来事が夢みたいだ。

 

 ありふれた日常の生活は、失ってから初めてありがたいと感じるのだ。

 俺も春休みに、あの事故に遭うまでは日常は当然だと思っていたから……

 

 古びたコンクリートの塀に沿った道を歩いていると登校する生徒の数が増えてきた。

 私立光陵高校は、その周囲を馬事公苑、陸上自衛隊の用賀駐屯地や国立の衛生試験所、海上自衛隊東京音楽隊の建物に囲まれている。全て合わせた広大な土地は戦前、陸軍の衛生材料廠が置かれていて、その地下には秘密の研究施設があるという噂がある。

 教室に入ると窓側で倉橋が佐藤や岩田達と話している。佐藤と岩田は1年の時、倉橋と同じクラスで武原とも親しくなった。当時、事故で入院していた俺は2人ほど親しくなれていない。中学の友達は公立の高校や、他の私立に進学したのでこの学校で友達と呼べるのは、倉橋と武原だけだ。今の俺は転校して来て半年にならない転校生みたいな存在。本来なら1年生で復学するはずだが、事情があの事情なので学校側の特別な計らいで2年になれたのだ。などと考えていたらポンと肩を叩かれた。

 

「よっ、いつもより早いな。何、黄昏ているんだよ。黒井ならまだ来ていないぜ」

 

 武原が曇った眼鏡でニヤニヤしている。

 

「バカ!! 違うって。今までのブランクと今後の事だよ」

「そ、そりゃ仕方が無いよ。あの事故で生きていられただけでもありがたいんじゃね?」

「タケにだけは言われたくねーよ全く」

「で、冬コミのコスプレを引き受けてくれよな、な、頼むよ。この通りだ」

 

 武原、拝むようなポーズをして俺を見るなよ。こっちは悩み事で頭がパンクしそうなんだから。

 

「周さんも『深町氏は男役女役をこなせるいいレイヤーになる』って褒めていたし。批評に辛辣なあの人が言うなんて珍しいよ。レイヤーのエミさんが作品で喧嘩して、サークルに来ないからコスプレする奴がいないんだ。無理を言っているのは分かっている。でも後悔はしていない」

「タケさんよ、まさかと思うが安受け合いして『あの深町なら俺が言えば即、引き受けるよ』なんてふざけた事言ってねーだろーな」

 

 いいレイヤーになるって言われてもちっとも嬉しくない。今の俺は竜也さんモード全開だ。

 

「ダ、ダンナナニイッテンデスカソンナコトワタシイワナイアルヨヒトコトモ」

 

 嘘付け、視線がメチャ泳いでいるぞ。もし俺が短気で粗暴な性格だったら、胸倉を掴んで締め上げているよ。俺は溜息をついた。

 

「もしも俺が『だが断る』と言ったらどーなるんだ?」

「そ、そしたら俺、周さんから冷たい目で見られちまう。あの人、結構キツイとこがあるんだ……」

「つまり立場が無くなるわけだ。」

 

 武原がコクコク頷く。俺も呆れるくらいのお人好しだな。オーケータダでは絶対に引き受けないぞ。

 

「周さんがこの条件を飲めるなら引き受けるよ。露出系と病んだ変態系は絶対不可。コスプレするキャラと衣装を事前に説明する事。バイト代として2万円と、打ち上げの飲み会とカラオケ代を無料だ。それと周さんの知り合いでオカルト、特に神話や悪魔関係が詳しい人を紹介してくれる事。これが最低条件だ」

「わ、分かったよ。当たり前だけど厳しいなぁ。今、メールするよ」

 

 武原が俺の目の前でメールを打つと即、返信が来た。おっ早い。

 

「えぇっと『深町氏の条件は理解した。バイト代として2万円+α交通費その他、掛かる金額は当サークルが負担する。コスプレのキャラと衣装の画像は添付した。オカルト、悪魔関係に詳しい人物を紹介については理由を直接伺いたいので、会える日時を連絡されたし』か、このオカルトって何なんだよ?」

「そ、それはだな……」

 

 説明しようとした時、担任の羽生先生が来たので、皆、慌てて席に着いた。

 

「起立、礼、着席」

 

 朝のホームルームが始まった。来月の行事の説明が終わると俺を呼んだ。

 

「深町、お前に話がある。放課後、職員室に来てくれないか」

「分かりました」

 

 来たか。冬期の特別補習の件かも知れない。

 

 突然、教室のドアが乱暴に開いた。

 



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第14話 病院

中島と白鷺の話が出てきますが独自設定です。


『ねぇ、涼ちゃんはあたしの事、愛している?』

『なっなんで、いきなり、何言ってんだよ?』

『あたしの目を見て!!』

『そ、そりゃ双子の姉弟だから嫌いじゃないよ……』

『嫌いじゃないって……あたしの事、愛していないの?』

『くっ苦しいよ姉ちゃん!! そ、そこだけはやめて!!』

『さぁ、答えなさい』

『ア、アイ、シテイマスヨオネーサマ』

『あぁ、良かった!! もし嫌われていたら……』

『んな大げさな!!』

『でも涼ちゃんは他に好きな女の子が出来て、その子とセックスするのね』

『えっ?』

『ねーちゃんだって、男と付き合っているんだろ?』

『あたしは涼ちゃん以外の人間は興味無い。涼ちゃんがいてくれたらそれで満足なの……』

『でも、涼ちゃんに彼女が出来たら……あたし、その子を……』

『……』

『あたしは涼と未来永劫深く激しく愛し、身も心も1つになれるなら世界が滅びてもかまわないわ』

『ね、ねーちゃん……マジで、ンな事考えてんのかよ? それ、なんてヤンデレヒロイン?』

『忘れないでね、あたしは涼ちゃん、涼ちゃんはあたしと2人で1人なのよ』

『ンな事言ったってわかんねぇよ!!』

『あははははははは、冗談よ、冗談!! ほんと、涼ちゃんをからかうと楽しいわ』

『ざけんなよ、クソ姉貴!!』

『だ・れ・が・ク・ソ・姉貴なのかしら? 生意気な事を言う口は、この口かしら』

『ひゃい、ひゃい、ご、ごめんひゃい美人で素敵なお姉さま!!』

『ふふ、よろしい』

『今日の夕食はあたしが作るから楽しみにしていてね』

 

 いつの間にか巨大な劇場の座席に座っていた。周囲は静かで薄暗く他に誰もいない。

 

「ここは誰? 私はどこ? 確か学校……あれ?」

 

 ぼんやりしていると突然、スポットライトがステージを照らすと、ハイテクの車椅子に座った灰色のスーツを着た男が現れた。眼鏡を掛けて知的な雰囲気があり学者みたいだ。髪色からして日本人では無いけど、どこかで見たような気がする。

 

『深町涼太君、私はスティーブン。憶えているかね?』

「スティーブン? あの映画監督かな?」

『君は寝ボケているのかね? まぁいいだろう。観させて貰ったが、ヴィクトル氏の依頼もクリアして上出来だよ』

 

 スティーブンが少し一瞬、イラッとしたみたいだ。あ、思い出した。夢に出て来た学者だ。ゲームの出来事じゃなかったんだ。おK、してから悪魔召喚プログラムがメールで送られてきたんだっけ。

 

「あ、あの、質問があります」 

『私にかね? 答えられる範囲でなら応じよう』

 

 ①ここはどこ?

 ②貴方は何者?

 ③悪魔召喚プログラムを自分に送った理由。

 ④悪魔全書とは? 名前が読めない悪魔について。

 ⑤爆発事故

 

 この人ならあの事故の真相を知っているかも。

 突然、周囲の風景が変わった。劇場から無限に広がる大宇宙……無数の輝く星々や銀河が広がっていた。プラネタリウム以上の迫力がある。

 

『①ここは普遍的意識の世界。『魔界』や『幻想郷』とは別世界で、簡単に言うなら意識と無意識の狭間。全ての生命の精神が繋がっている場所、もしくは心の海と思ってほしい。人の意識はここから生まれ、そして帰る全人類共通の故郷……』

 

 確かに無数の星々を見ていると無限に広がる大宇宙の一部になったみたいで、心が安らぐよ全く。

 

『②私はスティーブン、東京は狙われている……』

「それなんてエイジ?」

『これは滑ったかな、私は物理学者として、ある組織と提携して極秘の研究に携わっていた。それは永年の夢だった瞬間物質移送システムのターミナル設計開発である』

「まさか!! 映画『クライング・フライマン』に出てくる瞬間物質移送機ですね……って、それかなりヤバクね?」

 

 主人公の科学者が蝿男になってしまう話だ。スティーブンは苦虫を噛み潰したような顔で俺を見る。

 

『想定外の事故が発生したのだ。私は蝿男にはならなかったが、後遺症で歩けない身体になった……』

「……」

『③の悪魔召喚プログラムを送った理由は、1980年代後半、東京の吉祥寺に住む男子高校生が開発した悪魔召喚プログラムで個人的な復讐の為、魔王ロキを召喚し大量の死傷者を出す事件を起こしたのだ。その影響なのかGPが上昇、【人ならざるモノ……悪魔】が急激に現れた。私は最悪の事態に備えての警告と、せめての手助けになればと、改良した悪魔召喚プログラムを、メールで送付とDDS-NET内で配布したのだが、活用した者はほとんどいなかった……』

 

 ロキって北欧神話に出てくるトリックスターみたいな奴だっけ?

 

「で、その高校生が原因かよ……スゲー迷惑な話だよ全く。もしかしてその人は中島って人?」

『中島朱実はクズノハと神宮の森、陸上自衛隊が派遣した対悪魔部隊によって、恋人の白鷺弓子と共にテロリストとして極秘裏に処理されてしまった』

「そりゃ自業自得だよ。普通、そんなメールが届いたら性質の悪い悪戯かウィルスと思って削除しちゃうよ」

 

 スティーブンはさらに苦悩に満ちた顔をしたので、それ以上言えなかった。 

 

『ある人物の助言で、見込みのある者に夢と言う形で接触し、戦う意思を示す者に悪魔召喚プログラムを送る事にした。君の召喚リストにある悪霊の名前が読めないのは、予想外のバグで文字化けしている為だ。何者かの介入なのか……原因は私にも分からない。文字が赤いのは君の力量では召喚、使役出来ないだけだ』

 

 なるほどね。それとも特定のフラグを立る必要があるのかな?

 

『悪魔全書とは、登録した仲魔の由来、ステータスが載っているデータでもある。さらにマッカとマグネタイトを支払えば、登録した悪魔を召喚出来るのだが、邪教の館の主殿に話を通さないと使えない。詳しい事は彼に尋ねてほしい』

 

 邪教の館って、名前からしてなんかカルトでヤバそうだよ。

 

『邪教の館は、業魔殿と同じく悪魔合体を行なう施設で、都内にもあるが全国各地に存在する。⑤あの爆発事故。日曜の銀座、歩行者天国で起きた原因不明の爆発……私の情報によると背後に大掛かりな組織が関わっているらしいが詳細は不明だ……』

「そうですか……」

 

 目をそらしても、心に蠢く何かを抑えるのが辛くなってくる。スティーブンは一瞬、嘲るような顔をしたが気のせいかな。

 

『今の君はその件に関わらない方が身の為だ。もし犯人が生きていたとしても返り討ちに遭うのが関の山だ。今は地道に経験を重ね、……量を上げるのが先だ』

「……」

『今は焦る必要が無い。サマナーとして活動して名を馳せれば、先方から……って来る筈だ』

 

 いつの間にか劇場に戻って俺は座っていた。

 

『話を最初に戻るが、君は本来、別の……補……に入れる機会を何……入で失った。前が……スの聖でもなければ理を曲げ……いでも無い。』

 

 姿がブレだし、声が聞き取れなくなってきた。

 

『古……家でもなく。銃器を扱……ストでもない普通の学生だ』

 

 現実にそんな学生がいてたまるか。あ、いるかも知れない。

 

『そんな君を援護してくれる……と……える警……入……注、最後に……る』

「もしもし、もしもし!!もしも~し!!」

 

 途端に意識が途絶えた。

 目を開けると知らない天井が見えた。

 

「あれ? ……どうして?」

 

 慌てて身体を起こして周囲を見ると壁、床が白い。家具や調度品の類が見当たらない。清潔で無機質な雰囲気が漂う、どうやら病室みたいだ。俺はベッドに寝かされていたらしい。朝のダルさも今は無い。

 

「懐かしいのと変な夢を同時に見たようだよ。何でここにいるんだろう? ってうわっ!! えっえ、俺、素っ裸?」

 

 下着も何も身に着けていない状態だ。着替えが置いてないか病室の中を捜すがベッドはクッションだで、身体を包む物が無いと何か頼りなくて情けない。

 

「お、俺の着ていた服はどこいったんだよ。こっCOMPが無い!! うわーー最悪だ!!」

 

 股間を手で隠して室内をウロウロする。おっ落ち着け、こ、こんな時は両手を広げ、3回深呼吸して素数を数えるんだっけ? でも、どうしてこうなった。

 

「俺、朝の教室で……あぁっ!! そ、そうだヒロ子さんが乱入して騒ぎになってそれから……」

 

 脳内再生開始。

 突然、ドアが乱暴に開いて白衣姿のヒロ子さんが入って来たのだ。右手には黒皮の鞭が握られている。当然、教室は大騒ぎだ。「あの人誰?」「保健の先生かしら?」とか「すっすげーボインのパツキン美人じゃん!!」とか口々に叫んでいる。羽生先生はヒロ子さんに詰め寄った。

 

「ちょっとアンタ誰ですか? 関係者以外が勝手に入って来ては困るんだ。すぐ出て……うぐっ!!」

 

 ヒロ子さんの腕を掴んだ羽生先生は、当身を食らってその場に倒れた。教室は大騒ぎになり、何人かが外に逃げ出したら突然倒れた。鞭を振り回して思い切り床を叩き、こちらを睨んでいる。

 

 ヤバッ!! 彼女の目当ては俺だ。

 

 ドアに殺到した連中はバタバタと倒れた。ハリウッドセレブやスーパーモデル顔負けの美貌とスタイルに誰も手を出せない。彼女の顔は怒りに燃える鬼だ。に、逃げなきゃ逃げなきゃ……ドアに向かって走ったが彼女の方が素早かった。ヒロ子さんは俺の胸倉を掴んで顔を近づけた。嗜虐心で満ち溢れたとっても素敵な笑顔だが、青い目は笑っていない。女臭と香水の混ざった匂いで鼻を刺激する。

 

「はっ!! 離せよ!! 俺が何したっていうんだよ!!」

「と~ても壊したい王子ちゃま~優しい白衣の女王サマがお迎えに来たでちゅよ~」

 

 彼女の瞳が輝くと俺の意識が途絶えた。

 

 ヒロ子さんが、まさか教室に乱入するとは思わなかったよ全く。今頃、大騒動になって警察が来ているだろうなぁ……。

 

 衝撃のクラス!! 鞭を持った白衣姿の金髪女性が乱入、男子生徒を拉致!!

 

「すると、ここはあのチョビヒゲの病院かよ。でもこんな病室は無かったよな」

 

 ベッドの脇にあるナース・コールのボタンを押してみるが返事が無い。俺は一瞬、最悪の想像をしてしまった。眠っている間にバイオハザードが発生したのだ。部屋の外に未知のウィルスに侵された感染者達が、新鮮な血と人肉を求めて徘徊しているのだと……苦難の末脱出して目に映る光景は、感染者が暴れまわる街だった。なんてどこかのパニックホラー映画のオチは勘弁だよ。着る物を捜すがベッドの下に白い紙袋があった。開けるとピンク色の服らしき物が入っていた。

 ベッドの上に出してから服を広げて目が点になった。

 

「こ、これを着ろってのかよ!!」

 

 それはとても鮮やかなショッキングピンク色のジャージーだった。

 

「これは一種の羞恥プレーなんですね。もう僕には理解出来ないです」

 

 選択の余地は無い。

 素っ裸で動くよりこれを着て他の服を探すしかない。しかし着るのに若干、心の抵抗がある。逆に考えるんだ、ドレスや水着を着るより遥かにマシだ、と。サイズは問題無い。着てからスリッパを履き、ドアに向かうと音も無く開いた。顔を出して通路を見るが誰もいない。もしオートロック式だと通路に出たら病室には戻れない。

 室内を丁寧に捜すが、何も出て来ないので仕方なく病室を出た。閉じたドアはやはり開かない。

 通路は一面白色に覆われて地上か地下なのか分からない。病室を出て右の通路を歩く。白衣姿の人影は全く無い。監視カメラで見られているのかもしれない。バイオハザードだと照明も非常灯になり、隔壁が降りているだろう。通路を進む途中にあるドアは開かない。やがて十字路が見えた。

 COMPが無いので、選択次第ではバッドエンドになりそうだよ。

 

「どうしよう……ええい左だ」

 

 左へ曲がってしばらく進む。周囲は静寂に包まれ不気味だけど、照明があるのでまだマシだよ。その先にエレベーターが見えてきた。急いで向かうと人影が現れ、見ると看護師みたいだ。

 顔は黒いショートヘアで白い眼帯とマスクをしている。首にネックギプスをしていて両足は義足なのか両手で松葉杖を突きながらかチャカチャ音を立てて俺に近づいて来た。そのぎこちない動作は不気味で痛い。

 一言で表すなら『痛いナースコスプレ』だ。これだけは絶対に分かる、看護師では無い。それに友好的雰囲気は零だ。

 

「ヤバイ、逃げなきゃ、逃げなきゃ」

 

 来た道を引き返した。十字路を真っ直ぐに走った。突然、後ろから声が響いた。

 

『コラー!! そこの純情可憐なボーイ』『お待ちになって旦那様』『このッ!! スカポンタン!!』 『人の顔見て逃げんじゃないわよ!!』

 

 意外、女のアニメ声だよ。不気味な雰囲気と、どこかで聞いた甲高い声がミスマッチだ。

 

「待てと言われておとなしく待つ奴がいるかよ。この不気味女」

 

 正面右手に梯子が上に伸びて開いたハッチが見える。よじ登ると木造の廊下に出た。

 

「1階か……あ、見覚えがあるぞ。……先生の病院か」

 

 下の方からカチャカチャと音が響いてくる。ヤバ!! あの不気味ちゃん? 意外に足が速い。出口に向かって走ったが変だ。天馬先生の個人病院はそれほど広くは無い。これだけ走れば、受付と待合室が見えるのに果てしない廊下だけだ。でも、この病院はあんな女いたっけ?

 

「もしかして閉鎖空間……異界化なのか?」

 

 異界化。現世の一部が、魔界の一部と融合する現象。空間・電磁場に強い影響をおよぼす為、無線通信が不可能になり、周囲が迷路のようになってしまい悪魔が徘徊していると、まどかさんが教えてくれた。予感が正しければマジでヤバイ!! 武器が無い、COMPも無い今の俺は無力な一般人。悪魔と遭遇したらアウトだ。背後からカチャカチャ音が聞こえたので走り出したが、目の前にアメーバー状のスライムが1体現れ、背後にもう1体が逃げ道を塞ぐ。

 超絶体絶命。

 スライムは、仲魔にしているが、COMPが無い今はどうなるか分からない。スライムは身体の一部を触手状に伸ばし、俺の身体をペタペタ弄る。俺はドキドキして動けない。しばらくするとスライムは消えた。へなへなと座り込んだ。手元にCOMPが無くても、仲魔にしていれば見逃してくれるみたいだ。あの研究所で仲魔にしていなかったら、この場で消化されていただろう。

 

『見ぃつけたぁあああ……』

 

 振り向くと不気味ちゃんが俺を見ていた。慌てて逃げようとしたが、身体が痺れて動けない。

 

『シバブー』『直撃を受けたら』『フハハハハハハハ!!』『無駄無駄無駄ァァァァァ!!』

 

 こいつの喋り方は言葉をつなぎ合わせたみたいだ。

 腰に手を当てていた不気味ちゃんはカチャカチャとゆっくり近寄ってきた。駄目だ動けない。

 俺の目の前に来た。眼帯とマスクで表情が分からない。ただ冷たく見つめているだけだ。

 俺の前にしゃがみこむと右手を掴む。ヒンヤリとした冷たさが伝わる。義足の少女は痛々しく見ていられない。一瞬、目を逸らした時、カチャッと金属音がして見ると手錠が掛けられていた。

 

「おいっ!! ふざけんな。これを外せよ!!」

 

 幸い口だけは動かせる。不気味ちゃんは冷たい目で見つめるだけだ。ムカッときて突き飛ばそうとしたが、まだ痺れて動けない。

 

『Shut up!!』『You take someone to where the Doctor』『Do you understand?』

 

 いきなり英語で言われても聞き取れないよ全く。それもどこかで聞いた渋いオッサン声。

 

「身体が痺れて動けないんだよ……ってあれっ?」

 

 いつの間にか痺れが無くなっていた。ノロノロと立ち上がると、不気味ちゃんはカチャカチャ音を立てて歩き出した。手錠でつながれているので俺も後に続くしかなかった。

 

 不気味ちゃんは俺に背を向けて歩いている。

 今なら首か腕を捻り上げ脅し、鍵を奪って逃げられんじゃね?

 

『ミーに不埒な真似をしたら』『真空回し膝蹴りが炸裂!!』『あ~んど、お前はもう死んでいる』

 

 ゲッ!! 見抜かれている。外見で侮るとヤバイよこの不気味ちゃん。

 

 目の前にドアが現れ、不気味ちゃんが慎重にノックをすると聞き覚えのある男の声が響いた。

 彼女の後に続いて俺も中に入った。

 目の前に白衣を着た貧相な小男が立っていた。その右横に白衣にマスク姿のヒロ子さんが腕を組んで睨んでいる。背の高さが極端に違うので違和感があり過ぎる。

 この2人は、俺の関わり合いたくない人物の脳内リストのベスト5位と4位だ。

 

「久しぶりだね。涼太クン」

「天馬先生も……相変わらずで……」

「君ぃ!!我輩をドクターペガサスと呼びたまえと言ったではないか!!」

 

 顔に似合わず甲高い声で喚く。男は短く刈り上げた髪型で丸い黒縁の眼鏡を掛けていて特徴と言えるチョビヒゲを生やしている。見た目が某総統にそっくりだ。

 

「……であるからして、おい、我輩の話を聞いているのか?」

「聞いていますよ。天馬博士。ちょっと脳内で処刑していたので……」

「ふん、君の妄想癖は姉上譲りだな。いい加減に妄想と現実の区別をしたまえ」

 

 アンタに言われたかねーよ。このクソチョビヒゲ。いっぺん死んでミルか?

 

「君に施した処置で我輩に対して反感を抱いているのは分かる。しかし命の恩人に対しては敬意を払うべきではないかな。なぁヒロ子クン?」

 

 ヒロ子さんに同意を求めたが無視して俺達の前に来ると殺意の篭った目で右手を上げた。

 

 ヤベ!! 殴られる!! 親父にも殴られたことは無いのに……

 

 が、平手打ちを食らったのは不気味ちゃんだ。続いて膝蹴りを受けた。

 

「卑しい変態メス奴隷の分際で何、手錠を掛けていやがる。とっとと外せよコラー死ねってヤツ」

『即、解除いたしますわ』『ああっ白衣の女王様!! 醜くて卑しいこのメスブタにお仕置きを……』

 

 外してくれたけど、もうヤダ……この人たちの会話は心を汚されるよ全く。

 

「どこまで話したかな……ああ、命の恩人には敬意を払うべきだったな、君が『深町涼太』としてこの世界に存在出来るのは我輩の超心霊医術と生体医工学の賜物だと、それも思えば今は亡き小夜子さんの資産と他から惜しみない資金援助があってだな……」

 

 天馬博士の演説もどきを上の空で聞いている。

 命の恩人……確かにそうかもしれない。以前と変わらない身体で生き返れていたのなら、偉大な医学者として尊敬しただろう。しかし俺の身体は……

 

「永遠に偉大な博士サマ、とっとと座ってお茶でも飲むべきじゃねーかこん畜生って感じ」

「おお、そうだったな。零(ゼロ頼むよ」

『おK、把握致しましたでありんす』

 

 零と呼ばれた不気味ちゃんは、深々と頭を下げると退出し俺達は来客用のソファに座った。

 

「我輩に何度も話させるのかね? 君は『あの日死んだ』のだよ。肉体が四散して、どれが姉上か弟か解らなかったのだ。幸運にも君は、突然の死を理解していなかったので深町涼太として認識させることが出来たのだよ」

 

 俺は黙って聞いている。ヒロ子さんは腕を組み、足を組んで目を閉じているって、この人寝ているよ。

 

「君が現在この場にいるのは、ご両親の熱意とヒロ子クンの脅迫、亡き小夜子さんのおかげだと忘れちゃいかんよ。あの悲しみは我輩から見ても辛かった……2人の子供を一瞬で失ったのだからな」

『お待たせ致しましたでございます』

 

 零が淹れたてのコーヒーをカップ3人分、お盆で運んで来ると手際良くテーブルに並べた。ソファには座らず、従者の如く背後に控えている。

 

「泣きながら我輩にすがりつくのだよ『どんな手段でもいいから生き返らせてください』とな。それで我輩がこう言った『譲渡と2人の肉片で1人分しか再生出来ない』と言うと、それでも構いませんと了承したのだよ。ただ誤算だったのが、眠りから覚めるのに1年半近く過ぎた事と、姉上が覚醒しない事だがな」

「それで、博士は報酬を要求したのですか?」

 

 当然、莫大な費用が掛かっているはずだ。博士はコーヒーを一気に飲み干すと真剣な顔で俺を見る。

 

「我輩が医大生の頃から学費や生活費の援助をしてくれた小夜子さんは、肉親以上の恩人でもある。こんな我輩でも受けた恩は忘れんよ。それ以上の理由は無い」

 

 小夜子さんとは俺の祖母で、中学生の時、心不全でこの世を去った。葬儀の時一番嘆き悲しんだのは博士だけだったのは覚えている。あまりの激しさに周囲がドン引きしていたからな。

 

「博士、無駄話はとっとと終わらせ、可憐なヒロ子さんの本題に入りやがれっていう感じ」

「うげぁあ!!」 

 

 退屈して眠そうなヒロ子さんは博士に肘打ちを食らわせた。

 

「すっすまんなヒロ子クン……で、何故、彼女のメールを無視したのだね? 君にコケにされたと怒り狂って宥めるのに、我輩が全裸逆さ吊りで激しい鞭責めを一晩受けたのだよ」

「……」

「君の生体維持・認識データ更新なので、調整槽に入っても10日かからないとご両親にも話してある。どうしてだね?」

「それは……どうも病院が苦手なので……その、スミマセンデシタ」

 

 2人に謝る。自分でも下手な言い訳だった。アンタ達と関わり合いたくないからとは言えないよ。

 

「君の身体は我々の所有であることを忘れちゃいかんよ。二度とこんな無視はしないと約束すれば、我輩からは言うことが無いが……ヒロ子クンは、君にペナルティを課さないと納得しないのだよ」

「純情可憐な王子サマを鞭打ち100回か、四肢切断して人犬を激~しく希望」

 

 恐ろしさで震え上がった。ヒロ子さんの眼は冷酷無慈悲な女王サマで俺を見ている。

 

「小夜子さんの孫に惨い事はしたくない。君はデビルサマナーになった事は、我輩としても実に喜ばしい、貴重な実践データが取れるからな。そこで君のモニター兼サポートとして『ドール』を貸与する。これならヒロ子クンも納得するだろう」

「ヒロ子さんとってもい~子だから今回は我慢……24時間年中無休で王子サマを視姦できるからとっても満足♪ ヒロ子さんが選んだ下着と服以外を着るのは絶対禁止。でも次に破ったら絶対可憐に許すべからず」

 

 ハイヒールを鳴らして院長室から出て行くと俺と博士は溜息をついた。うわっこれから24時間年中無休で監視されるのか。

 

「ドールとは、人造人間の名称で、コードネーム『OLGA03』。元々は、とある企業からの依頼で身障者、老人の介護・支援を目的の為なのだが、製造費用と運用コストの面で企業側と折り合わなくなり量産計画が見送られのを、我輩が悪魔召喚システムを搭載し、対悪魔戦用人造人間に改良した」

「人造人間なんて映画や小説、アニメ、ゲームの中に出てくるだけだと思ってましたよ」

「ロボット工学やサイバネティクスを含む最先端技術の分野は、君が思っている以上に進んでいるのだよ。アメリカでも人型とは、かけ離れた姿の身体介護・支援ロボットは実用化されているのだ。その一部は軍事目的もあるのだが、我輩達の共同開発したドールを廃棄するのは惜しい。我輩が費用は全て受け持つと話して預かった、どうだね見たいだろう?」

「ええ、是非」

 

 博士の『どや顔』気に食わないが、興味はあるよ。

 

「では一緒に来たまえ。零、後片付けを頼む」

『合点承知でありんす』

 

 院長室を出て廊下を進むとエレベーターが見え、俺達は地下3階に降りると通路を歩く。

 

「廊下が異界化していたのは何が原因ですか?」

「我輩の研究成果を狙う不届き者がおってな、アポもとらずに訪問するので、零が異界化させて閉じ込めたのだよ」

「まさか、その人達って……」

「外資系の製薬会社に雇われた傭兵部隊やある北国の工作員。招かれざる客人は皆、スライムの餌だよ」

 

 事も無げに言うので突っ込めないよ全く。物理無効のスライムは銃や格闘戦では倒せない。

 

「でも病院の地下にこんな施設があるなんて……今まで知らなかった」

「ここは1980年代後半、あるガイア系の宗教団体が、来るべき核戦争に備えて造られたシェルターだよ。9割方完成間近になって、資金不足と教団の内部抗争で、半ば放棄されたのを我輩達が安値で買い叩き、秘密研究施設にしたのだ」

「都内に核攻撃って、本気で信じていたんですか?」

「あの頃は、本気で信じている者が多かったのだよ。件の教団も核戦争後に、自分達の王国を築く夢を見ていたカルト狂だったからな」

 

 博士は肩をすくめて溜息をついた。マジかよ、ここで生き残ってもストレスとかで病みそうだよ。

 十字路を左に曲がって進むと突き当たりにドアが見えた。

 



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第15話 どうしてこうなった

余りにもお久しぶりです。ハードディスクがお亡くなりになり。専用メアドも分からなくなり諦めていたのですが、メアドを発見、マイページにログイン出来ました。
初期の路線とは変わると思いますがヨロシクオネガイシマス。


都内某ショップ

作者:クトゥルフ神話TRPGやろうかと思うけど、どうよ。

B:……。

A:あのさ、言いたくないけど、小説の続きはどうなっていのよ?

C:読者にエタられたと思われているぜ。

作者:ハードディスクがお釈迦になって、多数のアドレスも分からなくなってしまいました。

D:あるあるwww

C:俺も去年、ハードディスクが駄目になってエロ動画や画像を失ったよ……。

作者:設定やプロット全て失い、0から執筆だと別物になってしまいます。それに色々ありましてですね、はい……マイページにログインが不可能だったので。

A:アンタ、日頃からバックアップはしなさいよって言っているでしょ。

作者:……。

B:まぁまぁ、Aちゃん。作者をいじめるのはそれくらいにして、私の考えだけど小説のキャラを使ってセッションをやろうよ。ハンドアウト制になるかな?多分。

A:オフセ?どどんとふ?スカイプで?リプレイ小説にするの?

D:面白そうだな。動画サイトに上げるのか?

B:絶対無理だよ。作者さんAviUtlを扱えないじゃんwww

作者:……。

A:確かにそうね。MP4で出力は絶対無理ね。

C:(直に出力が無理でも、つんでれんこがあるんですが)

D:イラストは誰が描きますか?俺、無理です。

C:全員無理じゃね?版権キャラ?

A:わ、私は買い専の読み専だからね。批評はするけど。

B:セッションの内容を小説にすればいいよ。描写、台詞は書き足したりしてスキル装備、アイテムの名称変更それと。ルールに合わない時はハウスルールにすればおK。

作者:悪魔全書の設定は変更ですね。200Xでは悪魔カードが購入出来ますので、はい。

B:ふむふむ。キャラ紹介はおK?

作者:後書きにでも……ネタバレしない程度ですね。

C:どうせ身内だからな。で、誰がKPをするんだよ。

A:Bちゃん引き受けてくれるの?

B:それは作者に任せるよ。私はサブかな?適当なシナリオを改変すればいけると思うんだ。ログ管理とNPCは作者に任せるよ。

作者:はい。

B:私が涼太クンと博士をRPするよ。皆はどうする?絶対一人二役になるけど。

C:俺的にはAさんが黒井のイメージが強いけど。

B:ベタ過ぎて面白くないよ。2人に任せた。

D:俺はツンデレ日菜子ちゃんだな。後はロボッ娘にするぞ。

A:それじゃあ私はナオミと女悪魔PCにするけど?

C:俺は大門 豊だ。電人ザボーガーGo!!

全員:www

作者:そ、それではお願いします。サプリはラグナロク以外は用意ました。剣士サクセサーはご遠慮願います。某リプレイ小説みたいにハウスルールはテンコ盛りになます。

B:おお、凄いね。今手に入れるのは絶望的だよ……。

D:リプレイを元ネタにするからいいんじゃね?あ、そうだ初期レベルは?

作者:最大20でお願いします。

A:サマナーがバランス的にちょっとね。

B:そこが難しいよ。ユルユルにするとサマナー無双しちゃうから。日菜子ちゃんと豊クンが空気キャラになるからね。

B:うん、大丈夫。涼太クンにはハンデを背負ってもらうかな。待ち受ける過酷な運命。謎の宗教組織、仲魔達の確執、それと禁断の恋。キモグロい描写有り。うふふふ。

C:新規の敵キャラに巫女剣士はベタ過ぎるからオタッキーなシスター剣士は有りかも。

A:ふうん、敵側に剣士サクセサーは面白いわね。幸運3枚持ちだと強敵よ。

B:巫女さん力士はどうよ。

全員:www

作者:(何か方向性が……特にBさんが悪ノリして不安だ。大惨事にならない事を祈ろう)

 

 

 

 

 

 

 

 




過去の話も修正する予定です。


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第16話 迎撃

第14話からの続きです。


 

 十字路を左に曲がって進むと突き当たりにドアが見える。博士の後に続いて部屋に入った。

 部屋の照明は落とされ、壁と床にある大小の様々なメーターの明かりが明滅し、幻想的な雰囲気を醸し出している。よく見ると部屋はそれほど広くはない。中央に手術台みたいなベッドが設置され、その上に『何か』が横たわり、白いカバーが覆ってある。

 

「見たまえ、これが彼女だ」

 

 博士がカバーを外すとそこに1人の女性?が眠っていた。

 顔はマネキン人形のように無表情。髪は金髪、身体は人型だが生身の人間じゃない。胴体部分は、黒いメタリック調のレオタードを着て、臍がある場所に円形のメーターが付いている。両肩、両腕、両足の間接部分は可動式フィギュアより精巧だ。頭にはカチューシャらしき物と両耳の部分はヘッドホンみたいな物がついている。

 

「こいつはオルガ。身長165cm、体重180kg。表面的には人間とほぼ同様の外観に、金色の長髪と赤色の瞳を持つ女性型の電人である。人間とのコミュニケーションの円滑化の為に、いくつかのヒューマンインターフェースを実装、その一環として『擬似人格OS』を搭載、人語を理解し、応答することができる。その行動や態度の基本は『任務、論理、効率、服従、良心』に支配されている」

「電人?模擬人格OSって?」

 

 うーん、アンドロイドとは違うのかな。

 

「こいつは、この研究施設のスーパーブレイン『OLGA2772』そのものだが、現在の段階では人の脳サイズに出来ない為、ネットワーク回線を通じて情報の伝達を行なう訳だ」

「それって、本体がクライアントソフトで、OLGA2772がメインサーバーみたいな物ですか?」

「いい例えだよ、君。もしリンクが断たれても彼女の頭脳は、そこらのスーパーコンピューターよりも高性能だからな。大きな違いはデーターの記憶量と、擬似人格の一部機能が制限されるだけだから問題は無い」

「……」

「驚いて声も出んか」

「ええ、全く凄いです……よ」

 

 何と言えば良いのか、賞賛より開いた口が塞がらないって感じだよ。

 

「腹にメーターがあると強度の面で弱点になるんじゃないですかね?」

「君ぃ、これは男の浪漫だよ。まぁ、基本設計が屋内限定の介護支援用で身体の強度が低いのは否定せんよ。それに完全防水されていないからな」

「なるほど。で、動力源は?」

 

 思わず博士の後ろに下がる。ま、まさか超小型の原子炉じゃないだろうな。

 

「大容量の小型バッテリーと最新型のマグネタイトバッテリーを搭載している」

「えっ!!それってCOMPに使われている物ですか?」

「そうだ、容量も君のCOMPとは比べものにならんよ。消費するCPも悪魔の半分に抑えてある」

「CPって?」

「抗体ポイントの略称だ。悪魔がこの世界で実体化、維持する際に必要な生体マグネタイトの必要量だよ」

 

 そういえば、ナオミが前にそんな説明をしてくれたっけ?

 

「マグネタイトを消費って……悪魔みたいですね」

「ふむ、確かにそうだな。人ならず者の総称が悪魔に分類されるなら、こいつも範疇に含まれるだろう」

 

 博士は腕を組み思案気な顔で人形を見た。

 

「でも、想定外のアクシデントで暴走したら……」

 

 強力なパワーは生身の人間では止められないだろう。博士は口を歪めニヤッと笑う。

 

「そうならない為に『良心回路』と『絶対服従回路』を内臓しているのだよ。この分野はロボット工学の世界的権威でもある光明寺博士の協力を受けたからな。仮に暴走しても回路が作動し、全機能がシャットダウンする。そうなると外部からの入力が無い限り、自力で再起動は出来んよ」

「そ、それなら安心ですね」

 

 この人形はあれだ。えぇっと確か……あれだ、M66に似ているよ。

 

「苦労したのは総重量を150kg以下に押さえるのと、駆動部分にかかる負荷を軽減する為、補助動力を組み込む事だった。そして人形の身体には最新の悪魔召喚プログラム・システムが内臓され、所謂『人型COMP』でもある。まさに最先端科学と魔術が融合した異形科学の申し子だ」

 

 魔術と異形科学……あぁ!!COMPで思い出した。

 

「博士!! 俺の制服とCOMPを返してくださいよ!!」

「あぁ、その件だが……その……」

 

 突然、部屋が赤い光に包まれ、アラームが鳴り響いた。博士は白衣のポケットから携帯電話?を取り出した。

 

「どうした? ヒロ子クン!!」

『偉大な天才博士!!性懲りも無く招かれざる客人が来やがったので、とっととお戻り下さい!!』

 

 部屋のどこかにスピーカーがあるのか、ドスの効いたヒロ子さんの声が響いた。もう、この人に日本語を教えたのは誰だよ全く。

 

「またかね? 零に異界化させて拠点防衛用のスライムを放出させたまえ」

『合点承知の介でございますだ』

 

 博士はポリポリと頭を掻き、深い溜息をついた。 

 

「やれやれ、また我輩のファンがアポも取らず来たか。人気者はツライよ」

 

 それって違うと思うけど……。

 

「我輩達も管制司令室に戻るぞ」

「あ、はい」

 

 管制司令室。その名の通り、元核シェルターでもある地下研究施設の中枢を司る部屋で、巨大な液晶モニターパネルが壁の三面に貼られ、見ただけでは分からない設備が満載している。ヒロ子さんは制御盤がある椅子に座っている。

 

 マジで特撮やアニメに出てくる秘密研究所の管制司令室だよ。

 

「ヒロ子クン、招かれざる客は何人かね?」

「武装した兵士が10体、後1体は、生意気にもスーツ姿ってヤツ」

「ふむ、そいつが指揮官か。あの人数でここを攻めるのは無謀だと言うのに。いつもの通り、零に処理させたまえ」

「と~ころがギッチョンチョン、拠点防衛用スライムがカチンカチンのアイスになったですだ」

 

 ニヤニヤ笑うヒロ子さんは楽しそうだよ。俺はただ見ているだけ。監視カメラの映像は兵隊が、小型のボンベを手にしている。

 

「ほほう、液体窒素ボンベか。脳筋の彼等にも学習能力があるみたいだ。こちらも試作の屍鬼隊を出したまえ」

「博士、屍鬼隊って何ですか?」

「以前に零が処理した兵隊の死体を特殊加工したゾンビ・ソルジャーだよ。まぁ見たまえ」

 

 メインモニターには完全武装し、奇怪なガスマスクを着けた兵隊12人が、異界化した廊下を自動小銃を構えて走っている。

 

「まっこれで『偉大な首領様!!』『ぜっ全滅?3分も持たずに12体の』『超ゲキヤバですぅ』」

「どうした零?」

『ご来店頂いたお客様』『あれはボス悪魔よ!!』『憎いサマナーでっていう』

「ほほぅ、サマナーもいるのか。零だけだと、ちとばかし厳しいか?」

 

 モニターには黒焦げの死体が見える。紅蓮の炎に包まれた双頭の顔を持つ巨大な獣がゆっくり進み、その後ろを完全武装の兵隊とサングラスを掛けたスーツ姿の男が見える。

 

「あれはオルトロス!!あの魔獣を召喚出来るサマナーがいたとは……い、いかん!!零だけでは危険だ。ヒロ子クン!!」

「オルトロスって確かギリシャ神話に出てくる怪物だっけ?」

 

 ヒロ子さんは爪にマニキュアを塗っているよ。別のモニターに映っている洒落たスーツ姿の男がサングラスを外した。こいつ見覚えがある、ま、まさか!!

 

「あぁッ!!あいつは!!」

 

 思わず大声でモニターに指を指す。

 

「どうした?涼太クン」

「あいつは山田一郎ですよ!!まさかあのホモでキモい変態サドが来ているなんて……」

 

 ヒロ子さんはマニキュアを塗るのを止め、モニターを凝視している。

 

「あの山田一郎クンかね?彼の力量ならオルトロスを召喚するのも可能だろう」

 

 博士はモニターを睨み腕を組んで唸っている。

 

「アトラックめ、彼を雇ったのか……い、いかん!!零が倒されたら異界が解けてしまう!!」 

 

 日頃から傲岸不遜でデリカシーの無いチョビヒゲがうろたえているのはいい気味だ。

 

「しかし彼はここが『中立』だと知っているはずだが……」

「あのヤロー、ヒロ子さんの涼太を狙って糞生意気。今度こそあたり前田のクラッカーにしてやる」

 

 うわっ指をポキポキ鳴らしているよ、この人。あたり前田のクラッカーって何?

 

「ヒロ子クンなら一郎クンと互角以上に対抗できるが、念の為サポートに零をつけるか」

「いらない、涼太を連れて行く」

「じょ、冗談でしょ? あいつ、まどかさんに頭を撃たれても平気だったバケモノですよ!!」

 

 リアルで頭を撃たれて平気な人間なんていない。

 

「う~む、涼太クンの力量では、ヒロ子クンの足手まといにしかならんか」

 

 ハッキリ言うなぁこのチョビヒゲ。事実だから仕方ないけど。博士は腕を組んで考え中だ。

 

「涼太ならあのロボッ娘を起動出来る。すると愉快なデータが取れるかもよ」

「おおっ!!その手があったな。早速だが君にも手伝ってもらうぞ」

 

 すみません。あなた達が納得しても僕は?です。

 

「すぐに君の調整槽へ入ってもらうよ」

「え、チョッ、ちょっと待ってください」

 

 手を引っ張られ、調整槽のある部屋に来た。円筒形のガラスケースが左右の壁に並んでいる。

 

「早く脱ぎたまえ。今更、恥ずかしがる訳ではあるまいに」

 

 諦めて目を閉じ、ピンクのジャージを脱ぎ捨て円形の台座の上に立つ。ヒロコさんが俺の身体に電極のコードを付け終わると、カプセルが下りて来た。下から透明の液体が溢れ出して冷たいよ。たちまちにカプセルの半分に届き、俺の顔までに達した。

 

「ウグッ!!くっ苦しいよ」

 

 途端に視界が明るくなった。どこかで駆動音が響いて腕で支えて起き上がろうとするが動けない。

 

「ドウなってるんダ。まるデ麻痺していルみたいだヨ」

 

 ワタシハオルガ。コンゴトモヨロシクオネガイシマス。

 

 ええ、頭の中で機械的な女の声が響く。身体を見ると生身の人間じゃない。

 

「こちらこそヨロシク……って、なな、なんじゃこりゃ? あの人造人間かヨ」

 

 俺の思考がオルガとリンクしているので、例えば起き上がろうとすると彼女が身体をコントロールするようだ。

 

『聞こえるかね? 涼太クン』

 

 突然視界に博士の画像が現れたよ。思わず右側のヘッドホンみたいなのに触るが外せない。

 

「聞きたくなクてもバッチリ聞こえますヨ」

『おおっ無事に同調、起動したな。それでは隣の部屋でコートを受け取ってくれたまえ』

 

 部屋に入るとヒロ子さんが待っていたが、白衣姿でなく。メタリック調の黒い着物姿に高い下駄で、蛇の目傘を手にしている。

 

「アレを着ろ」

 

 見ると黒色のロングコートで材質はゴムとも皮でもない未知の素材だ。

 

「ロボッ娘、とっとと逝くぞ」

「行くって……ヒロ子さん、その格好で?」

 

 着物姿では動きが鈍いのでは?

 

「ふふん、着物はヒロ子さんの戦闘服なのだ」

 

 ヒロ子さんの後に続き、部屋を出た。エレベーターに乗り、1階に出るとエネミーソナーが反応する。網膜に直接表示されるレーダーには赤い点が2個、黄色が10個表示されている。

 

 『アクマショウカンプログラムヲキドウイタシマス。リストカラナカマヲセレクトサモンネガイマス』

 『いや、先にあのオルトロスをアナライズしてくれ』

 『デビルアナライズ……カンリョウ、データヲヒョウジイタシマス』

 

 悪魔名称:オルトロス   レベル:??

 種  族:獣族系・魔獣

 神  族:不明

 相  性:火炎吸収・魔力無効・氷結弱点

 

 今の俺達からするとボスクラスじゃないか。オルトロスには氷結攻撃が有効、ならユキジョロウだよな。

 

 DEGITAL DEVIL SUMMON SYSTEM OK

 MAG BATTERY OK

 CONDITION OK

 SUMMON OK

 GO

 

 召喚魔法陣が床に青白く輝くと鬼女ユキジョロウが実体化した。

 

「召喚師殿その姿は、からくり人形……面妖な……しかし中からは我が主を感じますわ」

「実は……」

 

 俺は彼女に今までの事を説明すると訝しそうな顔をしていたが納得したようだ。

 

「私を召喚したのは賢明な判断ですわ。凍てつく吹雪の舞であの獣を打ち倒してご覧にいれましょう」

「うん、頼むよ」

 

 兵隊達はオルトロスを戦車に見立てて背後に控えている。遠・近距離に対応出来る組み合わせでかなり厄介だ。まだ、通路の角にいる俺達に気づいていない。兵隊を拡大で見ると米軍の兵隊と同じヘルメットを被り、自動小銃を両手で構えている。顔は髑髏のように肉が削げ落ち上半身裸で人の顔が見える。

 

「あいつら……人の皮を剥いで被っているのかよ……クッ!!」

 

 拳をギュッと強く握り締めるが不思議なくらいに動揺はしない。これも同調している効果なのだろうか。

 

「ヒロ子さんはあのヤローを相手にするから。ここはロボッ娘に任せる」

「むっ無茶ですよ!!てっ」

 

 ヒロ子さんは俺を抱きしめる。

 

「今の涼太なら大丈夫。だがオルトロスは無視しろ。今のロボッ娘達には無理だ」

 

 そう言うと反対側の通路に向かった。

 さてどうするか、ここはユキジョロウのブフーラで凍結させてからだ。

 あれっ?一瞬、オルトロスの姿が陽炎みたくゆらいだような……。

 

「くっ!!あれでは私の氷結魔法が相殺されてしまいますわ。獣の分際で生意気な」

 

 忌々しい顔でユキジョロウが自分の鋭い爪を噛む。

 増援を待っているのか?それとも異界化した通路にトラップが仕掛けてあると予想しているのか?

オルトロスは動かない。兵隊達も背後に控えたままだ。これでは手詰まりだよ。

 

「うーん、オルトロスさえいなければ」

「召喚師殿、どう致します?」

「こちらから仕掛ければ銃撃の的だ。どうしよう」

「あ、そうだ。もう1体召喚しよう」

 幽鬼ガキ、外道スライム、屍鬼ボディコニアン、幽鬼オキクムシの4体しかいない。悪霊の???は召喚不可だ。うまく行けばバッドステータス攻撃が有効かも。

 

 『オルガ、あの兵隊をアナライズしてくれ』

 『イエス、マスター。アナライズ……カンリョウ、ヒョウジシマス』

 

悪魔名称:ゾンビアーミー   レベル:15

 種  族:邪霊系・屍鬼

 神  族:不明

 相  性:呪殺無効・銃撃耐性・破魔・火炎弱点

 

 火炎攻撃が弱点だけど、黒井さんがいないから無理だ。バッドステータス攻撃はおKみたいだ。眠らせてから永眠の誘いで一気にトドメをさせる。

 

「ナオミを召喚だ」

 

 イエス、マスター。サモンシマス。

 

「はぁ~い、ナオミだよって……マジで涼太クンなの?」

 

 当然胡散臭そうな目で見ている。俺は事情を話した。

 

「なるほど。外見は『木偶人形』でもソウルは涼太クンだから気にしないワケ」

 

 『マスター。オツムノヨワソウナシキヲコッソリバラシテモヨゴザンスカ?』

 

 だ、駄目だよ。仲魔同士仲良くしないと。

 

「ナオミのセクシーダンスで魅了させて同士討ちをさせるか、ユキジョロウのドルミナーで眠らせてから永眠の誘いで倒すしかない」

「了解なワケ」

「それしかありませんね。問題はオルトロスですわ。先手を取られると倒すのが困難です」

「そうなんだよな。どうしよう」

 

 その時、オルトロスが動き出した。鋭い目が隠れている俺達を睨みつける。

 

「ムウ、アルジガアブナイ……オレサマヒキアゲル。アトハオマエタチノスキニシロ」

「お、おいオルトロスさんよぉ、話が違うじゃねーか」

 

 ゾンビ兵達のざらつく下卑た大声が聞こえる。某ゲームに登場するガイスト兵みたいに良く喋るよ全く。

 

「そうだぜ。アンタ、俺達の護衛だろ」

「オレサマ、オマエラヨリアルジダイジ」

「ふざけんなよ!!こりゃ契約違反だぜ」

 

 オルトロスはゾンビ兵の文句を一切無視して来た道を引き返す、一瞬俺達に振り返る。

 

「サマナートナカマヨ、イノチビロイシタナ」

 

 視界からオルトロスの姿が消えた。

 

「あの獣はどうしたのでしょうか?」

「さぁ、よく分かんないワケ」

「今、ヒロ子さんと山田のオッサンが戦っていて、オッサンが不利になったから助けに行ったんだろう」

 

 俺達とオルトロスとでは力量が違いすぎるが、あのゾンビ兵なら対処できる。その後、ヒロ子さんと合流しよう。俺達がゆっくり進むと気づいたようだ。

 

「おい見ろよ、極上のナオンどもじゃねーか」

「へへ、あのピンクのエロい服着た女、チョー好みだぜ。俺様のモノでじっくりと可愛がってやるぜ」

「どんな悪魔が待ち伏せしていると思ったが……こりゃオルトロスがいなくても俺達で楽しめるな」

「ヒヒヒ、すぐには殺さねぇ、じっくりとじわじわ嬲って生かしたまま皮を剥いでやろうぜ」

「おう、戦場では男の皮ばかりだったからな。女悪魔どもの皮は珍しいぜ。ヘヘ」

「ウヒャヒャ、数では俺達が有利だからもうたまんねーよ!!」

 

 ゾンビ兵達は俺達を取り囲む。こいつらマジで人の皮を被った外道だ。

 

「よう、お嬢ちゃん達。俺達に輪姦される為に出て来たとは運が無かったなぁ」

「へへ、こっちの白服のスケ、スカしたツラしやがって、素っ裸にして泣き喚かせてやるぜ」

「ウヒャヒャ、俺はそっちのオツムの弱そうなエロい女だ。腐れ〇〇〇に銃剣を突っ込んで腸を掻っ捌いてやるぜ」

「おい、そいつは俺の獲物だ!!横取りすんなよ!!」

「うるせぇ!!俺が先だ!!」

 

 リーダーらしいゾンビ兵は葉巻を取り出し、オイルライターで火を点けると深々と吸うと、オイルと葉巻独特の匂いが漂う。

 

「お嬢さん方、最後のお祈りは済ませたかね?」

「へへ、俺達はこれでも慈悲深いんだぜ、楽しむ前に最後のお祈りをするくらいは待ってやるぜ」

「なんたって俺様達はジェントルマンだからな、ただ食うことしか考えない妖獣や幽鬼の連中とは違うぜ、ギャハハハ!!」

 

 ゾンビ兵否、ガイスト兵達は下卑た笑いをする。ナオミが両手を上げて身体をくねらせた。

 こいつら最低最悪の外道だ……これでモヒカン頭だったら世紀末伝説に出てくる悪党だ。

 

『召喚師殿、彼奴等、私達を舐めていますね』

『こいつら屍鬼っていうよりド外道なワケよ。一緒にされると非常に迷惑なワケ』

 

 うん、確かに外道だよ。同調している今の俺は怒りもしなければ怯えもしない。リーダーに顔を向けた。

 

「アンタ達こそ、最後のお祈りを済ませたのか?これから俺達にやられるとも知らずに」

「なん……だと?」

「ふざけやがって!!おい!!やっちまえ!!」

 

 突然、自動小銃が火を噴いた。2体が仲間を狙ったのだ。

 

「ば、馬鹿野朗!!あぶねぇ!!」

「おいッ!!何やってんだ!!」

「くそッ こう近いと銃が使えん!!同士討ちになっちまう」

「おい、やめろっ!!味方を撃つなってのがわからねーのかよ!!」

 

 ナオミのセクシーダンスで魅了したゾンビ兵2体が無言で撃ち続けている。

 

「ほほほ、凍りなさい。マハ・ブフーラ!!」

 

 事前にブフーラで炎の壁を打ち消済みで、5体が凍結して動けなくなる。あと3体だ。

 爪を伸ばして戦っているナオミの背後から銃を棍棒代わりにしいるやつがいた。

 

「ナオミ、危ない!!鉄拳パンチ!!」

「ウグゥッ!!」

 

 肘から先の射出された左腕は命中し、ゾンビ兵を吹っ飛ばすと背後の壁に激突した。打ち所が悪かったのか動かない。

 

「サンキュー涼太クン!!」

 

 左腕のワイヤーを巻き戻した。自分の腕がびょーんと伸びたようで変な感じ。ナオミは転倒したゾンビ兵に鋭い爪で切り刻み、喉元を噛み千切った。

 ゾンビ兵達は俺達を無視して同士討ちし生き残ったのは4体だ。

 

「醜い坊や達、私の唄でお眠りなさい」

 

 残りのゾンビ兵達は自動小銃を床に落とし、両手で頭を抱えフラフラしていた。

 

「うぉッ、眠い……ち、畜生……我慢できねぇよ」

「お前ら寝るんじゃねーよっ……力が……入らねぇ」

「クソッタレ……こんなはずじゃ……」

「ほほほ、それでは永遠にさようなら」

 

 眠っている者を完全に即死させるスキル『永眠の誘い』で残りを倒した。

 

「何かこうも簡単に勝てるとは思わなかったな……」

 

 倒れたゾンビ兵達は蓄えていたマグネタイトを失ったのか?溶けるようにして消えた。自動小銃も同様だ。

 

「ナオミに祈りなんて不要なワケ」

「彼奴等、私をか弱い女と思って侮ったのが運の尽きですわ。ほほほ、さすがオツムの弱い屍鬼だこと」

 

 ユキジョロウは養豚場の豚を見るような蔑んだ笑みを浮かべ、ナオミに顔を向けた。

 

「クールビッチ!!ナオミに喧嘩売ってるワケ?」

「あら、貴女とは言ってませんですわよ。ほほほ」

「コイツの顔を引き裂いてやるワケ。絶対!!」

 

 ナオミは鋭い爪をユキジョロウの顔面に構えた。

 

「きゃあ怖い、怖い。助けてぇ召喚師殿」

 

 ユキジョロウは俺の背中に隠れる。怖がってないよ。それ面白がってると言うんだ。

 

「ナオミをからかうのはやめろよ。ユキジョロウ……」

「私を雪姫とお呼び下さいませ」

「ゆ・き?」

 

 ユキジョロウは蕩けるような満面の笑みを浮かべている。

 

「はい、美しい雪の姫、雪姫でございます」

「ギキギ!!」

「あらあら、腐れ女さん。悪趣味で下品な顔が益々歪んで、不細工ですわよ」

「ウギャアアア!!クソビッチ、ぶっ殺してやる!!」

 

 逆上して飛び掛ったが、素早く避けた。

 

「それでは失礼いたしますわ、ほほほ」

 

 おい、勝手に帰還したよ。怒りが収まらないナオミは俺を睨む。

 

「涼太クン!! アイツ、適当に合体させてスライムにするワケ!!」

「今は、貴重な戦力だからそれは絶対無理だよ」

「それは分かっているワケ……でも馬鹿にされて超悔しい……」

 

 涙を浮かべるとナオミは俺に抱きつく。本当、ゾンビでなければエロかわいいんだよな。

 

「と、とにかくヒロ子さんと合流しよう、な」

 

 ヒロ子さんの実力は分からない。ただ1人で戦うのだから何か策があるのかもしれないが、あの山田一郎は他に仲魔がいるはずだ。

 

 俺とナオミは駆け出した。

 




作者:やっとこさ、最新話を投稿できたよ。
B:ねぇ、質問だけど、いい?
作者:あ、はい。
B:アナライズだけど敵悪魔のスキルとHP・MPは表示されないのは何故?
作者:そうですね。TRPGゲームとは違いますので省きました。
B:ふむふむ、そうだよね。
作者:それと威力とダメージ量も表示するとゲームもどきなりますので、はい。
ちなみにレベルの表示は、悪魔召喚プログラムの独自規格という事で。
B:なるほど、人間様のレベルも分かるのかな?
作者:人をアナライズしても全て??と表示されます。ただサマナーのレベルは使役している悪魔で、ある程度は予想可能ですが……。
B:ああ、でも絶対じゃないわね。
作者:そうです。
B:キャラシートの公開予定はどうよ?
作者:ネタバレになりそうなので未定です。
B:了解、お仕事大変そうだけど続き頑張ってね。
作者:は、はい、ありがとうございます。



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