Crazy scenery 〜私が見た一つの憧れ〜 (ポン酢 )
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番外編
「どこかしらの日常」~前編~


__※こちらは番外編です。本編のような悲惨な状況などの
   展開はありません。そのことをご理解の上読んでください※__


<ほら!行くぞー!俺のスマッシュをくらえ!>

 

<<うぉっ!やらせるかよ!>>

 

 

…今私は海にいる。

海と言えど、私がいるのは砂浜だ。

 

私は開かれたパラソルの下に置いてあったビーチチェアに座り、黙々とジュースを飲んでいる。

静かに海を眺めている私の周りでは砂浜で遊ぶものや、

海で騒ぐもの、そしてはたまたビーチバレーをして

遊ぶスタッフの皆。

 

…テンションの差が確実に違う。

何故私は皆と遊ばず、ただただビーチチェアに座り眺めているのか。

 

答えは明白。紫外線が嫌だからだ。

紫外線は人体に害をもたらすと同時にビタミンDの摂取にも役立つ。

だが、女性たるもの紫外線は出来るだけ避ける必要があるだろう。

 

なので私は影に籠ることを選択する。

それにもう一つ理由がある。水着だ。

私が海に来たのは数年ぶりだ。

それが関係しているため、私は手持ちの水着がないのだ。

と言うよりも、水着を着たのは5歳の時、父と海へ遊びに行った時以来だ。

 

その上、私はファッションなどの知識に関しては全くの無知。

その為水着は女性スタッフに選んでもらった…のは良いのだが…

 

私が着ている水着は、いわゆるビキニという奴だ。

下のビキニには半透明のヒラヒラしたものがついている。

…私からすると正直ビキニは大胆すぎやしないのか??

 

そうは思うが、どうやら女性スタッフの皆が私にどの水着が似合うか、考え抜いた結果らしい。

と言うよりも無理やり連れていかれた結果皆が決めたものだ。

私はただただ混乱するしかなかったが…。

…私の為にそこまでしなくても…と、思った。

だが、そう易々と断るわけにも…。

そういう事もありビキニを着ることにした…

…のだが…だが…やはり…

 

…恥ずかしいものは恥ずかしいじゃないか…!

 

その為、私は薄い上着を羽織ったり、水色の麦わら帽子を被ったり、黒が強いサングラスなどを掛けて外見を誤魔化している。

 

…そもそも!何故!私達ロボトミー社の!社員が!

夏のバカンスを楽しんでいるのか!!!!!

その理由は…

 

『いやぁ、皆いっぱいワイワイガヤガヤしてるねぇ!

 業くんは遊ばないのかい?ハハ!』

そう。この厄介者のせいである。

事の発端というのは今から2週間前…

 

 

 

___________________

 

~2週間前~

 

 

 

…炎天下の夏の日。

私は、いつもの研究所にいた。

「…」

ただただ研究を進めていた。

…進めていた…のだが…

『おはよぉ業くん!いやー夏だねぇ!外は

 もうホットだよ!そうまるでHotto Mo…』

「それ以上言うとあなたの口におでんを入れますよ?」

『おぉ怖い怖い!それで死ねるか試してみたいね!』

「……ハァ…」

やはり、この人の行動や言動には呆れさせられる。

私も彼のように呑気でいられるのなら呑気でいたいものだ。

 

まぁ、それは無理な話なのだが。

<天宮さん天宮さん!>

と、あるスタッフがドアの向こうからやってきて私の名前を呼んだ。

「どうかしましたか?」

<あの!今週末って空いてますか?>

「え?…あぁ、はい。一応空いていますが…それが?」

<いやぁ、今って夏じゃないですか!暑いじゃないですか!

 ここは冷房ガンガン効いてますけど暑いのには変わりないじゃないですか!>

「えぇ、そうですね」

<だから再来週末あたり、スタッフのみんなで数日の間バカンスに行こうっていう案が出まして!

 要は社内旅行みたいな?そういう感じのをやるんですが、天宮さんも行きませんか?>

 

 

・・・社内旅行。

私に海なんて・・・とんでもない。

 

「・・・いえ、気持ちだけで結構で・・・」

『社内旅行!いいねぇ!ぜひぜひ私”達”も参加させてもらうよ!』

「はぁ!?」

 

<あぁ良かった!それじゃあ天宮さんの席を予約してきますね!>

・・・まずい。彼が余計なことを言ってしまったせいで・・・!

このままでは・・・!

 

「ちょ、ちょっと待ってください!私に海は似合いません!

      ・・・それに水着だって持っていません!!」

『じゃあ買えばいいんじゃないの?そうすれば行けるじゃあないか!ハハ!』

<そうですよ天宮さん!水着だったら私たちが選んであげますから!>

『おぉいいじゃあないか業くん!決まり決まり!』

 

・・・もうお手上げだ。

「ハァ・・・分かりました!行けばいいんですね行けば!!」

自分らしくないけれど、もうこうなってしまってはヤケクソになってしまうのも無理はない。

・・・諦めて同行しよう。

 

_____________________________________

 

 

 

               ~その後~

 

 

 

 

 

               ___食堂___

 

 

 

『いやぁ、無茶を承知で言ってみるもんだねぇ・・・。案外うまくいっちゃったんだから!』

自分で自分を褒めようじゃないか。あの頑固な業くんを

夏のバカンスに連れて行くよう促したのだから。

 

『ふっふ~ん・・・♪』

そう呑気に食堂の料理コーナーへと向かっていると、左手の方向にいる男性職員数人が

顔を近づけながらヒソヒソと何かを話していた。

 

・・・な~に話してるんだろうねぇ?・・・

気になるもんね。うんうん。

聞いちゃおっか!!!

そして私は気づかれないように後ろへ近づき、話を聞いた。

さてさて、どんなお話をしているのかな?

 

<・・・なぁ、聞いたか?>

〈あぁ、聞いた聞いた!あれだろ?〉

<<何をだよ>>

<ほら、あの冷静であんまり笑ってくれないあの人・・・

     水着を見たい女性職員ランキング1位の・・・>

<<あぁ、天宮さんか。で?なんだ?>>

〈それがさ、あの天宮さんも来るんだってさ!〉

<<ま、マジで!?>>

<あぁマジだよ大マジ!どうやら女性スタッフ達が説得して行くよう促したんだってよ!>

<<だ、だったらさ・・・!>>

〈あぁ・・・見たくないか?天宮さんの水着・・・〉

「「見たい・・・見たい・・・!」」

<あの小柄な天宮さんの水着姿、少し興味あるわ・・・>

<<どんなの着るんだろうな・・・>>

 

 

 

・・・なぁんだ。男性諸君から人気じゃあないか!業くんは。

ちょっと他の所にいる男性諸君も見てこようかな~。

 

そう思った私は色んな所に固まっている男性スタッフ集団の話を盗み聞きした。

そして最初に盗み聞きした所の近くに戻ってきた。

うん。7割が業くんの話だね。うん。

特に水着。

うん。人気者は辛いだろうねぇ!

 

・・・さて!ちょっと邪魔しようか!

 

 

『やぁやぁ!何のお話をしてるんだい?』

<あぁっ!?ロ、ローランドさん・・ど、どうも・・・>

<<な、何の話って言っても特に面白い話じゃないですよ!ハハ・・・>>

 

『まぁまぁ!聞かせておくれよ!』

 

…まぁ、知ってるんだけどねぇ…ふふ…

 

 

__________________

 

 

いやぁ、知ってる上で話を知らないふうに聞くのは大変だけどね、実に愉快愉快!楽しいものだねぇ!

あらかた聞き耳してわからなかった情報とかを整理してみた結果。

 

1,業くんがどういう水着で来るか期待している

2,水着に関してはほかの女性スタッフたちが現在本格的な議論を繰り広げている真っ最中

3,肝心の業くんがどこにいるか分からない

 

 

…いやぁ。私だからどこにいるか大抵検討はつくんだけれど…裏をかいている可能性があるから動きにくいねぇ本当。

 

そんなことを考えながら私は業くんがどこにいるかを考えるために自室に戻った。

自動ドアが開いた瞬間

「ぁぅっ…」

と、小さく誰かが驚いた声がした。

…まさかね。まさかまさか。

さすがのあの子でも私を嫌っているのに私の自室にいるわけが〜

 

「ックシュン!」

…いや、居るよねこれ。うん。絶対にいるやつだねぇ…。

 

『業くん。私が3つ数える前に出てきなさ~い?

 はいい~ち・・・にぃ~・・・』

 

そうしていると、ベッドの下からモゾモゾ・・・モゾモゾと白衣を着たまま・・・

いや・・・それいいの・・・?埃まみれになるんじゃァ・・・。

 

そんなこと考えている間に業くんがベッドの隙間の中から出てきて立ち上がるところだった。

申し訳なさそうな顔で私を見た後

「・・・すみませんでした。勝手に隠れたりしてしまって・・・」

『え?あぁ・・うん。ちゃんと申し訳ない気持ちがあるなら私は別にいいよ?

 で~業くん。一つ言うことがあるんだけどさ・・・』

「・・・!」

 

何ついて言おうとしたかを察したのか、業くんの顔がどんどん青ざめていく。

「ま・・・まさか・・・?」

『あぁ~・・・ごめんね。そのまさかだよ』

そう言うと業くんは急に・・・なんだろう。

まるで3,4歳児の駄々子のように暴れ始めた。

 

 

・・・

 

 

「いやです!嫌と言ったら嫌なんです!」

『なんでさぁ・・・行くって言ったのは君だよ?』

「やっぱり嫌なものは嫌です!!」

 

行くとは言ったが・・・やはり行きたくないものは行きたくないのだ!!!

だったら隠れるなんてことはしない!私は!やっぱり!!行きたくないのだ!!!!

 

なんでこういう時だけ彼は強いんだ・・・!?

後ろ襟を掴まれ浮いている私は、ローランドさん目掛けて

何度も殴ったり蹴ったりを繰り返しダメージを・・・と思ったが・・・

私の攻撃は全てむなしく空を切った。

 

『う~ん・・・こういう時だけは子供だよねぇ・・・業くん・・・』

ローランドさんは若干呆れた顔・・・いや、困った顔をしつつ私を見る

・・・そんな顔で見ないでくれ・・・と私は思った。

 

嫌々彼を見ていると、宙に浮いていたはずの私の足は既に地に着いていた。

「ローランドさん?何をして・・・」

『じゃ、あとはよろしくね。君たち!』

 

<<<はい!分かりました!>>>

・・・・・聞き覚えのある声だ・・・。

あぁ・・・間違いない・・・そう思いながら顔を正面へ向けると・・・

案の定、女性スタッフ達が群れをなして笑顔で待っていた。

”群れをなして”とは失礼な言い方かもしれないが、今の私からすればそれは”群れ”だ。

 

<天宮さん!今からみんなで街に出かけて天宮さんに

 似合う水着を選びに行こうと思ってたんですよ!逃がしませんからね!>

「・・・あぁ・・・」

ふと声が漏れる。

それはそうだろう。今私に話しかけてきているのは

私やローランドさんにあの話を持ちかけたスタッフなのだから。

 

・・・この人が話を振らなければ私は・・・

そう思ってしまう。

<天宮さん!もぉ逃がしませんからね!うりゃー!>

「うわっ!?」

彼女にガバッと捕まえられ身動きがとれない。

クソッ・・・こういう時だけ、身長が低いことを恨みたくなる・・・!

 

 

 

<それじゃあ行きましょう!天宮さん!皆さん!>

<<<はい!天宮さんと一緒に!>>>

 

あぁ・・・もう・・・もう・・・!

 

「嫌だあぁぁぁぁ!!!」

 

施設の廊下全体に響き渡るほどの大声で私は叫んだが・・・

即座に女性スタッフ達が私の周りを囲むようにして逃げ場を無くした。

あぁ・・・最悪だ・・・。

 

 

_____________________________



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本編
1話<平凡で異常な日常>


ーー早く収束させなければ。

  私はそう思い急いで現場へと向かうため走った。

  現場に近づけば近づくほど、”ソレ”は聞こえてくる

 

 バンバンバン!ババババン!パンパン!

 

  銃声だ。私が行くべきではないのはわかっていた。

  だが不安だった。心配だった。

  そう考えていると私は転んでしまった。

  そして私が顔を上げた時、見覚えのある人がいた。

  私の憧れであり、私が嫌う最初で最後の1人だ。ーー

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

私の名前は「天宮 業(かるま)」

大手企業兼世界的大企業の「ロボトミー社」で働く研究員

…なのだが、私のクラスは「Dクラス職員兼研究員」である。

 

なぜ研究員であるはずの私がDクラスなのか。

その理由についてはだいたいの目処は付いている。

 

 実は数週間前程、上司と私たち

研究員達による報告会が開かれていたのだが、

私が上司が犯した違反行為について本社に報告をすることにした。

…だが、次の日には階級がオフィサーからDクラス職員に降格されていた。

 

恐らく上司の怒りを買ったか、隠蔽させるために私を「奴ら」に処理させたいのか。

 

ーともかく、私は研究員ではあるがDクラス職員。勿論現場にいなくてはならない。

正直なところ嫌ではある。

やることと言っても、アノマリーの観察、調査かエージェント達と会話をするぐらいだ。

 

そんなこんなで、何故か生き残れている上

エージェント達と今呑気に会話をしているわけだが…。

 

と言っても、生き残れているのにはれっきとした理由があるわけだが…

 

 

『やぁやぁ業くん!ここに居たんだねぇ』

…噂をすればなんとやら、か。

「…何ですか?ローランドさん」

私はその男に向かって言った。

 

私を探していたその男の名前は「龍崎 翔」

年齢は見た目からしてざっと4,50代と言った所か。そして私よりも大柄で

何か理由があるのか、本名で呼ばれるのが嫌らしい。

エージェントでの名前は「ローランド」と呼ばれている。そのため私もそう呼んでいる。

 

『いやぁ、君がどこに行ったかわからなくてねぇ…ちょっと困っていたんだよ』

「困ると言っても、困るのは私の方です。付きまとわないでください。

                    自分の身は自分でなんとでもなりますから」

『そー言われても…ねぇ?私は君のボディーガード…用心棒だからね』

「…こんな私を守るよりも、貴方は貴方の仕事をするべきでは?」

彼はこの施設内のエージェント達の中では一番と言っていい程の戦闘能力、戦闘経験がある。

その上アノマリーに対する精神面も、他のエージェントの群を抜く精神力である。

 

…と言っても、私も彼と同じ形としてではないが、アノマリー・・・

「奴ら」に対する恐怖などはない。と言うより無関心なのだ。

だが、「奴ら」の生態や能力、形状などには大変興味がある。

しかし一度見れば興味は無くなる。

私はそういう人間だ。

 

『いやいやいや!私の仕事は君の用心棒だからやっているんじゃあないかぁ。他の仕事と言っても、反逆行為をした反逆者の始末・アノマリーへの対処・パニック障害によるオフィサーやエージェントの始末。これぐらいしかないんだから君を守るという仕事ぐらいが一番楽できるんだよねぇ』

「・・・楽ならいいじゃないですか。それに、なんで私に付きまとうんですか?」

『なんでと言われてもねぇ。誰、とは言えないんだけど上の人間からのお願いでね?

                 君を守ってやってくれって頼まれちゃってさぁ?』

 

・・・私のことを心配する上層部の人間がいるのか?

いや、ありえない。まさかとは思うが・・・

 

「そうですか。ですが私は次のアノマリーの研究をしないといけないので。お気になさらず」

『つれないねぇ・・・まぁ、君のそういうところが私は好きなのだがね!』

「はぁ・・・」

 

相変わらず、呑気な人だ。こういう人が一番私が嫌うタイプだ。

この施設のエージェントの中でもベテランかつトップなのであるから、

そういう意識を持って欲しいものだが・・・

 

「さて・・・次はどう言う奴だ?」

どういうものと出会うのか。という期待が心の中に湧き上がりながら、

次に調べるアノマリーの書類を見つけ、それを読む。

 

「O-02-40-H・・・?」

いつもであれば前情報が書いてあるメモが資料の中に含まれているのだが、

今回は新しく来たためか前情報が書いてあるメモがない。

だがおそらくエンサイクロペディアに多少の情報ぐらいはあると思われるので、

私はPCの前に座り、エンサイクロペディアで「O-02-40-H」を検索した。

 

「丸く黒い形状をしている羽根のない鳥・・・?だが腕がありランタンを持っている・・・か」

ますます興味が湧いてきた。これは早く実物を・・・

『何処ぞの財団じゃあないんだ。簡単に情報が見れたら困るからねぇ色々と。

                   メモは私が隠させてもらったよ~』

「ぶっ!?」

後ろからいきなり声がして驚いてしまった。よりにもよってローランドさんだ。

『興味がわいただろう?さぁ、行こうじゃあないか!業くん!』

「あなたが付いて来る必要性はあるのですか!?」

当然だ。いきなり現れいきなり付いてくるとなると、誰だって慌てるだろう。

『いいじゃあないか~。私は収容室の外で待っているからさっ!』

「よくありません!・・・全く。好きにしてください」

『あ、いいんだ』

「言っても無駄そうですから」

『あったりぃ~。私はこう見えてしつこいからね!』

 

・・・本当にこの人は手を焼かせてくれる・・・。

 

 

 

・・・なんやかんやあったが、私はO-02-40-Hの収容室前に来た。

 

「・・・入らないでくださいね?」

『はいはい。わかってますよ~』

「はぁ・・・」

 

そう彼に言い残し収容室に入っていった。

 

すると目の前に映ったのは黒く大きく、そして丸い形をした鳥とは呼ぶにふさわしくない姿。

しかし、嘴があるためそこは鳥と呼べるだろう。体にはいくつもの目がついている。

うむ。実に興味深い。

 

<・・・>

 

大きいその鳥はじっと私を見つめている。

私は”ソレ”を見つめ返す

”ソレ”の目を見ていると少し不思議な気分になってくる。

そう、ふと「撫でてやりたくなってくる」のだ。

だが撫でるのは今ではない。そう思った。

 

 

・・・そしてO-02-40-Hの観測が終わった。

 

『おつかれさま。で、なにか収集はあったかい?』

「特には。言うとすればあのアノマリーは”大鳥”と言うべきでしょうね」

 

 資料を整えながら私は彼にそう応えた

『”大鳥”かあ・・・うん。いいんじゃないかな?外見がまさに”大鳥”だろうしね』

「えぇ。見たままを私は書いただけです」

 

『じゃ、それを管理人に提出して今日のお仕事は終わろうかぁ!』

「なんであなたの指示に従わなくてはいけないんですか・・・」

 

『指示じゃないよ~。ただの提案さ』

「・・・・わかりました。その話に乗りましょう」

『いいねぇ。後でお茶でもご一緒に』

「はいはい。分かりましたよ」

 

やっぱりあの人は何を考えているかわからない人だ。

余りにも行動が適当すぎる。あれでトップクラスのエージェントとは、呆れてしまう

 

 

・・・・管理人にO-02-40-H、通称”大鳥”の報告書を提出し、食堂へ向かう。

 

『あぁ~!業くぅん!こっちだよ~!』

ローランドさんは私を見つけると、イスから勢い良く立ち上がり、

大きく私に向かって手を振ってきた。

・・・それに驚いて複数人のエージェントが数秒彼を見た後、私の方に顔を向けた

 

「・・・・ハァ・・・」

『ほらほら座りなよ~!』

「やめてください。恥ずかしいです」

『まぁいいじゃないか。たまにはこういうのも』

「私は嫌です。特にあなたにされると」

『傷つく事を言ってくれるねぇ・・・本当』

「事実ですから」

『まぁ、一緒にスパゲッティでも食べようか!』

そう言ってローランドさんは私の分のスパゲッティを取りに行き、戻ってきた。

 

『じゃあ、いただきま~す!』

「・・・いただきます」

そして黙々とスパゲッティを食べている時に気付いた。

 

 

私が彼と会った時・・・数ヶ月前にはあったはずの右手の小指が、無くなっていることに

・・・なぜだ?

 

「・・・ローランドさん」

『ん?』

彼は美味しそうにスパゲッティを食べていたが、その手を止め私の方を見た。

「右手の小指がなくなっているようですが・・・何かあったのですか?」

 

そう私が言うと、彼は面白いものを見つけたかのようにニヤケ始めた

 

「・・・なんですかその顔」

『んん?いやぁ、無口な君が私に口を聞いてくれるなんてなぁ。と思ってね・・・ふふ』

「・・・いつも嫌というほど顔を合わせている人の外見が

    少しでも変わっていたら気になるのは当たり前でしょう」

『そう?そう思ってくれるのはありがたいねぇ』

「・・・雑談はいいです。質問に答えてください。なぜ小指がないんですか?」

『保険だよ保険。万が一のためにね』

「保険?」

『あぁ保険だよ。なぜなら私は・・・”死なないからね”』

「・・・死なない・・・?」

 

それを聞いた私は、ありえないと驚いてしまったが

 

 

”彼”が冗談で言っているようには見えなかった。

 

_____________________________



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2話<黄泉の地下世界>

_____________________

 

 

…彼が不死身。

 

私は、それが本当に答えだとしても…

 

「…本当に不死身なのですか。あなたは」

『あぁ。不死身だよ?私が不死身というのを知っているのは…

 私に君の保護を依頼した人、そして信頼できる古い戦友。そして君だけだね』

「…それが小指が無いことと何の関係が?」

『さっきも言っただろう?保険だよ』

 

「だからその保険とは…」

『私の体はどうやら、死亡した際一番大きな肉片から再生されるみたいでね。

 やろうと思えば死んだ際に残った肉片をそこら辺の動物の餌にだってできるよ?

 ともあれ、小指がない理由は簡単だよ?万が一自分の体が吹き飛んだり再生が

 出来ないほどの損傷を受けて死んだ時に小指から再生するために切り落としているんだ』

 

…小指から再生?一体どうやって…

そもそも、生命の理に反しているその行為が本当に起こるのか?

 

 

「…小指から再生するとなると、貴方という人間は消えるのですか?」

『いや、残念だけど私は「私」だよ。自我が残るんだよねぇ。だから死ぬ時の痛みや寒さも分かるよ?でも、どうやら私の体は「死」と言う概念を「生」に塗り替えられてるみたいでね。だから「死んだとしても還ってくる」んだ。厄介だよねぇ?ハハハ!』

「…それで」

『ん?』

「それで、貴方はその体を受け入れているのですか?」

『…んー。受け入れてる。と言えば嘘になるかなぁ』

「だったら…!」

『いや、残念だけど私はもう諦めてるんだよ業くん。いやぁね?

 もちろん最初は驚いたさ!自分が不死身になったなんて本人が最初から信じられるとでも〜?』

「・・・あなたなら驚かないと思っていましたが」

『いやぁ流石に驚くよぉ!私だって』

 

・・・不死身。か・・・

ただの面倒くさい人かと思ったら、心底つまらない事を言う本当に面倒くさい人だ。

だがもし・・・仮に事実なら・・・?

 

『・・・その顔からするとまだ疑っているんだね?まぁ、無理もないよね』

「簡単に信じるほど馬鹿じゃありません。だからこそ芝居を売ったのですが」

『それでも興味津々に聞いていたじゃないかぁ!ハハハ』

 

・・・やっぱりどういう人なのか本当に掴みにくい・・・

 

『まぁともあれ私は不死身だ。小指は万が一のための保険でもあるが、もう1つ意味があるんだよ』

「もう1つ、意味が?」

『あぁそうだ。その意味っていうのはね・・・』

 

                __その時だった__

                           

 

 

 

 

施設全体に大きなサイレンが鳴った。

そして直後に放送がかかる。

 

<収容違反が発生しました!エージェントのみなさんはすぐに鎮圧に向かってください!

  収容違反を起こしたアノマリーは”O-02-62-H”と”T-04-50-W”です!注意してください!>

 

・・・収容違反?・・・なんてこった。

しかもよりにもよって・・・HEとWAWの同時収容違反。

 

『おや、お仕事のようだねぇ!』

そう彼は言って食べていたスパゲッティを残して席を立った。

 

「待ってください、私も同行・・・」

『いやダメだよぉ。これはエージェントの仕事。

 君みたいな研究員や重要人はさっさとセーフルームに逃げなさい。』

「ですが!」

『君は、死にたいのかい?』

 

彼がそう言った瞬間、全身にありえないほどの鳥肌と背中に冷や汗をかいた。

そして彼と自分の周りだけが、凍りついてしまうのではと

思うほど空気が異常に冷たく感じれた。

 

・・・彼の背後に、見えもしないのに”何か”を感じ取れる。

私の心が震えている。

なんだ・・・?この心身に染み渡るこの”恐怖”は・・・?

そう思っていたが、不思議と大体の見当は付いていた。

”殺意”だ。彼が本気なのかわからない。だがここまでの殺意は「奴ら」にはなかった。

恐ろしい。ここまで彼を恐ろしいと思ったのは初めてだ。

 

本当なら一瞬の間の時間なのだろう。だが私には数分、数十分にも感じ取れるほど遅く感じた。

『・・・もし来るのなら』

「っ!」

『もし来るのなら、今決めなさい。そう長くは待てないよ?』

彼がそう言うと、彼から感じ取れた殺意は消え去っていた。

 

私はどうすれば・・・?ほかの職員と共に逃げるべきなのか?

・・・何を迷っているのだろう。私は。

答えは既に出ているはずだったが、私の口から出た言葉は、私の答えとは逆だった。

「・・・セーフルームに避難します」

違う。そうじゃない。私が言いたいのはそんなことではない。

 

『そう。君みたいな重要人はちゃんとしたところに

 避難しなさい。勝手に死なれちゃあ困るからねぇ?』

「…はい」

『よし。いい子だ!じゃあ、また後でね?』

彼はそう言うと、収容違反があった部署に繋がる通路のドアの向こう側へと消えていった。

 

…なぜ言えなかったのだろう。何故?

そう考えていると、私はいつの間にかセーフルームへ繋がる通路を歩いていた。

すると、セーフルームへ向かう職員達の悲鳴や避難誘導をする声などが聞こえてきた。

『セーフルームへ急げ!急がないと殺されるぞ!』

その声を聞いて顔を上げた時、私は歩くのを止めてしまった。

何故なら、周辺の職員やオフィサー、使い捨ての職員。

地位なんて関係ないほどに、みんな壊れていたからだ。

 

『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない』

ある者は、死にたくないからか狂い

『そうだ!アイツらを解放してやれば俺達は助かるんだ!そうだそうに決まってるそうでなきゃ』

ある者は「奴ら」を解放すれば助かると狂言し

 

パァン!

 

…そして、またある者は自決をし。

なぜ?なぜだ?

収容違反は反対側なのに。

 

そう思った時だった。私は気づいた。

いや、気づいてしまった。

 

…収容違反は、既に全体に広がっていることに。

そう思った瞬間だった

『ああああああああ!!!!』

「!?」

どこかの誰かが、周りの職員たちよりも大きな声で叫んだ。

しかしその叫び声はすぐに途切れ、まるで四肢をもぎ取るかのような生々しい音が叫び声がした方向から聞こえてきた。

 

声がした通路の角から現れたモノ、それは…

「…嘘」

 

 

 

 

 

 

__T-04-50-Wの働き蜂だった__

 

 

 

 

 

その瞬間、私以外のみんなが『狂い始めた』

 

『ああああああああああああ!!!!』

『アノマリーだ!!!もうダメなんだ!!!』

 

…その瞬間分かった。

 

ここはもう、落ち着ける世界ではない。

 

もうここは、生気のしない

黄泉の地下世界と化していたのだと。

 

____________________

 

 

ふと、背中に寒気がした。

『…業くん?』

あぁ。こういう時にだけ私の予感は的中する。

嫌な予感だ。

 

『…助けに行かないとね!』

来た道を戻ろうとしたが、既に働き蜂達はまるで行かせないぞというかのように

数匹こちらへと接近してくる。

 

『そう簡単には行かせてくれない。か…』

当たり前だろう。それが”ここ”なのだから。

だからこそ、だからこそ楽しくなってくる。

生と死の瀬戸際と言う物は、こうでなくては…!!

『さぁ…ゲームスタートだ!』

私はそう言ってライフルをフルオートに設定した。

その瞬間、蜂たちは私の声を合図にしたかのように

こちらへと急接近してきた。

 

戦況は不利なほど面白いものだ。

そう。そうでなくては。

イージーやノーマルモードじゃあ生ぬるい

ハードモードもひとつ物足りない。

今必要な難易度は「インフェルノ」だ。

 

『さぁこっちだ蜂共ぉ!ハハハハハハ!!!!!』

 

 

__…あぁ。たまらないねぇ。

   まさに「地獄」だよ。こういうの__



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3話<カランコエ>

皆が叫ぶ、皆が狂う。そんな状況でも蜂は「働く」

”女王”のために。

 

…私は、普通の世間では絶対に起きることのないそんな非現実的な光景を目の当たりにして立ち止まっていた。

 

1度だけ。以前、1度だけ”女王”が「蜂」に

収容違反を起こさせたことがあった。

その時私はカメラの映像越しから、「蜂」に殺され、

そこから新たに「蜂」が生まれるのを見たことがあった。その時は致し方ない犠牲と考え、無感情で見ていた。

だがカメラ越しではなく目の前で、現実でソレを見てしまった途端、体が動かなくなった。

 

恐怖だ。

体が恐怖により、逃げることを拒んでいる。

皆が私の後ろの方向へと走って逃げていくが、私は「蜂」に殺され、無残な姿となった職員や「蜂」を注視したまま動かない。

 

さらには体が震えてきた。

 

笑えてきた。自分がここまで臆病者だったということを再認識したからだ。

そうやって怯えて動けなくなっていた時。

 

「!?」

 

一人のエージェントが私にぶつかって来た。

<おい!逃げろ!死にたいのか!>

 

まだこのエージェントは狂っていなかったようだ。

・・・だが、ぶつかった影響か体が言う事を聞くようになっていた。

これなら・・・!

 

だが、急いで体勢を立て直し顔を上げた瞬間・・・

「蜂」がこちらに顔を向けていた

「っ!?」

次の瞬間、蜂は頭を上げ、こちらにソレを振り下ろした。

 

 

____________________________

 

 

 

 

 

嫌だねぇ。こういうのは楽しいといったけどさ・・・。

『同じ”子達”だと遊び足りないよ?流石にさぁ~』

まぁ、そんなこと気にする前にやるべき事といえば・・・1つしかないよね。

『早く業くんのところに行かないとね!』

そう言いながらウジムシの如く湧いてくる働き蜂を蹂躙しつつセーフルーム方面へ向かった。

・・・と、思ったんだけどねぇ。

自分の後ろにアノマリーの「匂い」を感じ取った。

即座に後ろに向けて腕を振って応戦しようとした

が、相手はすかさず受身を撮り、私の腕を流すかのようにどかした。

 

ほぉ・・・?

数手ほど組み合っていると、相手が誰かに気づいた。

なるほど、通りで強いわけだ!

『あぁ、君かぁ。アノマリー特有の匂いみたいな気配がしたからさ!

 条件反射?みたいな?まぁ悪かったね!』

”ソレ”は若干呆れた顔をしていた。

まぁ無理もないよね!いきなりこっちから襲いかかったんだから。

 

『悪かったねいやぁ本当に済まない済まない。私は行かなきゃいけないところあるから・・・

 さ、私は止めないからさ。行ってきなよ。”狼退治”』

私がそう言うと、”彼女”を覆う殺意が大きくなったのがわかった。

やっぱりこうでなくちゃね!

 

そして彼女は私に背を向け、奥のドアへ走っていった。

『うんうん。それもまた”運命”だね!』

 

さぁて。私も動かないとね・・・。

 

 

_________________________________

 

 

 

「・・・え?」

 

…私は死んだ。そう思っていた。

だが運がいいのか、それとも神様のいたずらなのか。偶然なのかわからない。

けれど私は死んでいなかった。

なぜなら_

 

<おい!さっさと逃げろ!死にたいのか!?>

知らないエージェントが、武器で”蜂”の攻撃を防いでくれていた。

<お前、まだマトモか!?くっ・・・名前を言えるか!?>

 

マトモかどうか聞きたいのは此方の方だ。

「・・・天宮 業」

<業・・・あぁ!アンタか!・・・ぐっ・・・だったら・・・オラァ!>

その男は”蜂”を殴り倒し、私の方を向きこう言った。

<だったら、さっさと逃げろ!龍崎・・・ローランドの所にさっさといけ!

 あいつはここから■■チームの方向にいる!>

「ですが貴方は・・・」

 

その時、倒れていた”蜂”が起き上がり、エージェントに向かって攻撃をしようとした。

<甘ぇよ!>

だが分かっていたのか、即座に後ろを振り向き防御した。

そもそもなぜ私を助けたのだろう。その疑問がこんな状況でも離れなかった。

だが・・・ローランドさん。彼を知っているようだった。

 

<オイ!業博士さんよ!>

「!」

<アイツにあったら伝えてくれ!”アンタの占いは当たってたってな!”>

・・・意味が分からない

「何を言って・・・」

<いいから早く逃げろ!俺がくたばる前に!伝言は伝えれば分かるはずだ!行け!>

 

”蜂”を無理やり前へ押しのけ怯んでいる隙にローランドさんの居る通路へ通じる私の背中を押した。

押された私がドアの先に着くと、ドアは自動で閉まり、ロックがかかった。

私は名前も知らないエージェントに助けられたのだ。

だが、もう助ける手立てはないのだろう。彼は命をかけてまで私のような人間を守ってくれたのだ。

 

__つれないねぇ・・・まぁ、君のそういうところが私は好きなのだがね!__

 

ふと、ローランドさんの言葉が頭をよぎった。

収容違反が起こる少し前だったが、なぜ彼が私にこういったのか今分かった気がした。

分かった気がした瞬間私は歩み始めた。その足はだんだんと速くなっていった。

ただただ走り続けた。あの人の元へ。

 

だが、そこにたどり着くには困難が立ちはだかった。

”蜂”や無残な死体、ましてや”黒い絞首台のような何か”に

吊るされた職員の死体を幾度も見ることになるからだ。

今更躊躇する余裕などなかった。

この大惨事を収束できるのは、彼しかいないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

ーー早く収束させなければ。

  私はそう思い急いで現場へと向かうため走った。

  現場に近づけば近づくほど、”ソレ”は聞こえてくる

 

 バンバンバン!ババババン!パンパン!

 

  銃声だ。私が行くべきだとわかっていた。

  この先に、彼はいる。彼が。きっと…

  そう考えていると私は転んでしまった。

  そして私が顔を上げた時、見覚えのある人がいた。

  私の憧れであり、私が嫌う最初で最後の1人だ。ーー

 

 

彼はしゃがみこみ、私に手を差し出してくれた。

『大丈夫かい業くん?足元見ないと転んじゃうよ?』

そう言われた瞬間、なにかとてつもなく懐かしいものを感じた。

 

そう。それはとても古い、幼い頃の記憶の中。

 

__お嬢ちゃん、大丈夫かい?__

 

まるで、幼い頃に戻ったかのように。

あの人の様な暖かさに彼は満ちていた。

 

__________________



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4話<ドクゼリ>

__懐かしい感触だった。懐かしい暖かさだった__

私はその暖かさを確かに彼から感じていた。

そのせいか、唖然としていたのだろう。

私を見て首をかしげ、きょとんとした顔でこう言った

 

『?・・・どうしたんだい業くん。ポカーンとしてるけど』

「えっ?あ、いえ・・・何でもありません」

 

私は彼にそう言い答え、差し出されていた手を掴み、彼に立たせてもらった。

 

懐かしいかった。もしかすると彼は、あの人なのだろうか?

でもそんなはずはない。なぜならあの人は・・・

 

『それで〜業くん…そっちで何があったんだい?

 私は嫌な予感がしたからセーフルームへ向かう途中だったんだけど…ラッキーかな?私は』

 

彼がそう言うのを聞いていたら、先程まで考えていたことが霧散した。

 

「・・・ラッキーなのかもしれませんね。恐らくは・・・」

『まぁ、ラッキーなんてこんな状況じゃあどうでもいいんだけどさ!

 とにかく、お互い情報を共有しようじゃないか』

「はい。実は・・・」

 

 

私はセーフルームでの経緯を説明した。

・・・身を挺してかばってくれたエージェントについても話した。

すると彼はわかっていたかのような顔をして

 

『そうか・・・で、そのエージェントはなんと言っていたんだい?』

「”アンタの占いは当たってた”と」

 

『・・・やっぱり彼かぁ。まぁ、そろそろ死んでしまうんじゃないかとは思ったんだけどね・・・

 本当に当たると気分良いかと言われたら・・・良いわけないよね。流石の私でも』

「どういう意味ですか?”占い”って」

 

『あぁ、占いといっても・・・本当にただの占いさ。私の勘で今後何が起こるか。という占いさ。

 昔から勘は良い方だからね。何度も死んだり何度も死地へ行ったり何度もSC・・・。

 とにかく、悪いものに関してはよく当たるようでね。勿論好き好んでやるわけないよ?』

「・・・つまりあの人が言っていた占いは・・・」

 

『あぁ。死期に関しての占いさ。彼も物好きだよねぇ・・・

 こういうことはよく当たるからこそ周りから

 ”死神”呼ばわりされてる私に聞いてくるなんてね。感心するよ本当』

「・・・」

 

 あのエージェント・・・彼は最初から死ぬ気で・・・?

私は彼の名前すら知らなかった。それでも彼は、

私をローランドさんと合わせるためだけにその身を捧げたも同じだ。

・・・私にそこまでの価値があるのか?

ローランドさんも同じだ。上の命令とはいえ、こんな状況でもヘラヘラしていられるその姿は・・・

まるで凍土のように彼の感情は冷たく、同時に金属よりも重く、黒い”何か”に覆われているかのような。

そう。すべてを既に”諦めている”ように感じ取れた。

でも…

 

『まぁ、死ぬことには変わりなかったんだ。

 彼も本望だと思うよ?私は嬉しくないけどね』

 

それでも、彼は暖かかった。

「…行きましょう」

『あぁ。行こうか!…って…こういう時どうするんだったっけ?』

「そこからですか!?」

 

…ダメだ。やっぱりこの人はアホなのかもしれない…。

いや…アホだ…。

 

「…こういう緊急事態には何処へ向かうか。それは分かっているはずでしょう?」

少しキレ気味に彼にそう言うと

 

『あぁ怒らせて済まない!からかいたかっただけだよ…。

 流石にどこに行くべきなのかは分かっているさ!』

「では行きましょう。管理人のいる管理室に」

『あぁ。行こうか業くん。何があっても私は君のボディーガードだからね!』

 

それを合図にしたのか、ローランドさんは装備していた

ライフルのマガジンを再装填しこちらに笑顔で応えた。

 

 

______________________________

 

”そんな2人を監視カメラから見守る男が、管理室に1人いた”

「頼みました・・・龍崎さん・・・」

”ほかの研究員たちの様な白衣とは正反対の黒色の衣を羽織り、

  黒シャツを着こなしたその姿。その男は”

「業を・・・娘をここまでお願いします・・・」

 

”そう。彼は業の父親であり、管理人代理の「天宮 刹那」

 管理人”代理”という役職柄、基本管理人が欠けない限りは権利等を省けば普通の職員と変わり無い。

 だが、その管理人代理が管理室にいる。そう。管理人は既に息絶えたのだ”

”しかし彼も既に怪我をしている。腹部から溢れ出る血を、

 止められるはずがなくとも手でふさぎ抑えながら2人を見守り続けた”

 

__ここで祈ることしかできない私は・・・

  やはり力などないのかもしれない。だが・・・__

 

「何か出来ることがあるはず・・・!」

後ろの隔壁が時折ドンッドンッと重い嫌な音が何度もしたが振り向かず、2人の位置を確認して最短ルートで管理室につくように各防壁の隔壁と、ドアの施錠・解錠を繰り返した。

 

「言葉は通じなくとも、貴方なら分かってくれるはずです。龍崎さん・・・」

 

_________________________________

 

 

・・・防壁が誤作動しているのか?ドアもおかしい。

時折ロックが掛かったり、ロックが解除されたり・・・。

「・・・やはり、収容違反のせいでセキュリティシステムが故障して・・・」

危険ではないか。そう彼に聞こうとしたとき、彼が口を開いた。

 

『いや、これは導いてくれてるんだ。管理室に』

「え?一体誰が・・・」

『う~ん・・・このやり方、管理人じゃないねぇ。ということは・・・』

「・・・父さん・・・?」

 

管理人じゃないとなると、管理人代理である私の父あたりしか

施設全体の防衛システムを操作することはできない。

 

『あぁ、君のお父さんだろうね。私はよ~く知ってるよ。彼のことはね』

「え・・・?」

よく知っている?どういうことだ?

私は2人が話すところや会う所を見たことがない。そもそも友好関係があるのだろうか?

彼に会った時も、そして今も。

疑問はどんどん膨れ上がるばかりだ。

 

『とにかく、彼が私たちを見ているという解釈でいいかもねぇ』

「・・・行きましょう」

『ん?あぁ、行こうか』

 

・・・やはり父は、自分の身が大事なのだろうか。

私の勝手な憶測ではあるが、ローランドさんを利用して自分の身を守ろうとしているのかもしれない。

父は昔から冷たかった。そう。

幼少期の頃、私は幸せだった。

父も母も居て、みんなで暖かく過ごしていた。

だが・・・母は・・・。

 

思い出したくもない過去が次々とゆっくり蘇ろうとしていた。

その時、ローランドさんの足が止まった。

 

「ローランドさん?どうかしたんで・・・」

『業くん、ゆっくり後ろに下がりなさい。今すぐ』

 

そう言いながら、私の前にまるで通せんぼをするかのように腕を出した。

さっきまでヘラヘラしていた高い声がとても重く冷たい声に。

彼が真剣になっているのが理解できた。

 

・・・一体何故だ?

そう思ったとき、彼の目線の先の方へ顔を向けると、

”蜂”の時と同じであって違う悲惨な光景が目に映った。

 

「・・・嘘・・・」

 

”細い枝のように細く、爪のようなストッパーが地面に刺さった黒い絞首台のような何か”

”ソレ”に首を括りつけられもがき苦しむ職員と・・・

 

 首に天秤をぶら下げ、顔に包帯を巻いた

鳥じゃない姿をした黒い毛むくじゃらの”鳥”がそこにいた。



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5話<1つの過去と1つの真実>

__黒い鳥。大鳥以外でここに収容しているのは・・・

  同時収容違反が起きた際に逃げた2体のアノマリー__

 

”女王蜂”と同じタイミングで逃げたしたのは、奴だった。

 

「・・・高鳥」

『いや・・・高鳥という名前では済まされないよ、彼は』

「え・・・?」

『あれは、”審判鳥”だ。人に対してその人一人一人の罪を量る天秤を用いて裁きを与える。

 ・・・といっても、片方に重みをつけすぎているから、確実に悪い方にしか傾かないんだけどね』

 

と彼は私に対してそう言った。

そして私は疑問に思った。

・・・なぜ。

なぜこの人はあのアノマリーに詳しいんだ・・・?

 

だが、そんなことを考えてる暇はないということはあの

まだ奴は気づいていないようだ。おそらく奴の目の前に居る職員に集中しているのだろう。

その時、何処からともなく黒いあの絞首台が姿を現し、職員を宙吊りにした。

もがき苦しんでいる職員は、ものの数秒でもがくのをやめた。

おそらく意識を失ったのだろう。

 

だがそんなことを考えている暇はない。

管理室へのルートはここのを通らねばならない。

 

・・・そんな中、高鳥。いや・・・審判鳥はこちらには一切見向きもしない。

恐らく目の前の職員の絞首で忙しいのだろう。

だがここで屯されては動くこともままならない。

 

どうすれば……

どうすればここを突破できる…?

 

その場にあるものを利用する。という案もあったが周りはほかのアノマリーが荒らしたからなのか、瓦礫だらけで使えそうなものが全くなかった。

 

クソ…そう思った。

近くになにか陽動できる何かがあれば、チャンスは必ず生まれるはずなのに…!

 

瓦礫を遮蔽物にしながら審判鳥を見ていると、ローランドさんが動こうとしていた。

……が、審判鳥は何かに気づいたのか動きを止めた。

 

…何故だ?

 

そう考えている間に、審判鳥はまるでなにかに導かれるかのように自分たちとは真逆の方向に顔を向けそのまま歩を進めていった

 

…なぜ、急に行動を変えたのか。分からなかった。

そのまま見続けていると審判鳥は通路から出ていってしまった。

 

『…行っちゃったね。よし、警戒しながら私達も行くべき場所へ行こうか』

やはりそうであろう。移動したからといってもまだ付近に居ることには変わりないのだから。

ローランドさんが立ち上がったのを見てから自分も続けて立ち上がった瞬間-

 

ドォォォォォォン...と上の遠くから重たい音が聞こえ、微量だが全体的に施設が揺れた。

 

「ローランドさん、今のは・・・」

『私の勝手な解釈だけど、いいことではないよね。きっと。

 慌てず騒がず、急いでいこうか』

「それ矛盾して・・・いえ、何でもありません。行きましょうか」

 

気になるのは確かではあるが、音の位置的にも遠い。素直に目的地である管理室へ向かうことを優先した。

 

管理室がまだ機能しているのであれば幸いだが・・・。

 

___________________

 

管理室の中で聞こえる音は私の漏らす吐息と、心臓の鼓動のみ。

動ける体であれば彼等の元へ向かいたかったが・・・時間が経つにつれ傷は広がり続ける。

その傷の痛みはひしひしと私の体を蝕んでゆく。私に出来るのは、

ここでただただ二人をここへと導くことのみ。

 

・・・先程、上層の一部カメラが粉塵を写したのを最後に接続が途絶えた。

 

まさかとは思うが…いや。今それを考えている暇はない。

万が一そうであったとしても…あの人なら。

あの人なら、やってくれると私は信じているから。

 

「…龍崎さん」

彼はそうつぶやくと目の前の機器に手を添え数秒沈黙し、二人の通路確保の作業へと再び戻った。

 

゛まだ、諦めるわけにはいかない゛

 

 

_____________________

 

 

…遠回りをしてしまったが、あと少しで管理室の通路にたどり着く。

 

「あと少しですね」

『そうだねぇ。とにかくあそこに着けば情報の整理ができるし、近くには医療室もあるから出来れば早く着きたいものだね!業くんお腹空いたでしょ?』

 

言われてみると確かに…と思ったが…

「いやいや…こんな状況になる前に一緒にスパゲッティ食べたじゃないですか。その歳でもうボケてきたのですか?」

 

『いやいや覚えてるさぁ!でも、こんな状況だからこそ

 疲れすぎてお腹空くんじゃないかなって思ってね?』

・・・気が利くのかそれとも本当にただただ馬鹿な感じを誘っているのか。

こんな状況でも明るく振舞おうとしているのか、どうなのかはわからない。

だがきっとこの人はこんな状況だからこそ

明るく振舞って無駄な疲労を抑えてくれているのかもしれない。

 

ざっと距離はもう数百m。遠回りだからこそ仕方がない距離ではある。

今いるのは長距離の一直線通路。

無論、”奴ら”に遭遇でもすれば逃げ場はない。あるとしても来た道を戻るだけ。

しかし万が一来た道からも来ていた場合、袋の鼠である。

多少のリスクはあるがここを通るのが最善である。

 

この通路を抜ければ大部屋よりも一回り大きい巨大な部屋に着く。

そこからの管理室までのルートは本来遠い。

だが緊急用通路を利用することで大きく近道ができる。

 

『よぉ〜し少しだるいと思うけど!あと少しだからね!頑張っていこうか!業く…』

 

私の名前を言い切ろうとしたその時。

 

バン!

 

と、大きな音が通路に響き渡った。

…それが銃声だと気づいたのはその音がして数秒後だった。

それに気がつきローランドさんの方を振り向いた。

その時、私の目に映ったのは...

彼が左肩を抑えるようにして屈んでいた姿だった_

 

「ローランドさん!」

 

私はそう言って彼の方へと駆け寄ろうとした。

・・・しかし、私の体は彼に近づくどころか反対の方向、

進むべき方向の方へと無理やり連れて行かれるように体が持っていかれる感覚がした。

「え?」と言おうとしたとき、後ろから何かに口を塞がれた。

 

「んーっ!んんっ!!!」

 

抵抗するが全く離れなかった。後ろを見る勇気はなかった。

そう考えながら抵抗し続けていると。

 

<やはりここにいたか>

 

と、左後ろから足音を立てながら少し野太い声が聞こえてきた。

私はその声がする方。左の方向を向いた。

そして見えた姿は、中武装をした特殊部隊のような者がそこにはいた。

 

 

<やっと見つけたぞ。龍崎”元”隊長>

 

・・・元隊長?

意味がわからなかった。彼はここのエージェントのはず。部隊というものもなかったはず・・・

そう考えていると、彼は左肩を抑えながらその武装した男に応えた。

 

『あぁ~・・・久しぶりだねぇ・・・君達。また遭うとは思ってなかったけど』

<我々”財団”も、当時は思っていた。だが、こういう形でまた再開するとは思ってもいなかった。

 ・・・23年ぶりですね。隊長。>

『そうだねぇ・・・今度は敵としてだけど』

 

・・・財団?

財団とは一体・・・?

 

『とにかく、業くんを返してもらおうか。私には使命があるからね』

<生憎だが我々にもあるのでね。あなたを生死問わず確保する。それが我々の使命だ>

 

・・・確保?

 

 

__そこには、冷たく痛い空気が流れていたように感じた__



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第6話 <<使命という名の約束>>

 

__勝利は、もっとも忍耐強い人にもたらされる。

ナポレオン・ボナパルト__

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『それでここにいるわけってことだね?』

 

 <そうだ。それに無駄な抵抗をすればこの娘の命はないと思え>

 

 

 ・・・命はない。

 だからと言って、ローランドさんをいいなりにさせるのは私が……嫌だ。

 

 許さない。許すわけがない。

 

 

 「ローランドさん!私のことはは構わず・・・」

 <黙れ!抵抗するならそれ相応の対応を取る>

 『業くん!あまり無茶はしないでくれるかな!』

 「・・・でも!」

 

 『・・・いいんだ。過去と完全に決別できていなかった私に責任があるのだからね』

 <決別などできるわけがないだろう。

  最初はこちらも死亡したものだとてっきり思っていたが・・・

  どうであれ、もう全て終いだ。我々にはほかにやらねばならないこともある>

 

 『やらねばならないこと。ねぇ・・・』

 <そうだ。それではさようならです。隊長>

 

 そう言い放ったその男は、腰にかけていた銃を手に取り、

 ローランドさんの顔に向けて狙いをつける。

 そして数秒の静寂の後・・・

 

 バン!

 と、ひとつの銃声が鳴り響き、私の目の前に見えた光景は__

 

 頭を撃ち抜かれ血を流し倒れているローランドさんだった。

 

 ・・・大丈夫、大丈夫と信じている。信じたかった。

なんせ彼が自分から言ったのだ。『自分は死なない体だ』と。

 

…だけれど彼はピクリともしない。

 

私は、ただただ唖然とした様子で彼を注視することしか出来なかった。

そして合わせたくない目の焦点は、私の意に反するかのように焦点を合わせ続ける。

目を背けたくとも、私の視線は彼から1ミリたりとも離そうとしない。

 

そこにある『現実』から目を背くことは出来なかった。

 

本当に彼が死んでしまったのではないか。と考えてしまう。

 

…嫌だ。嫌だ嫌だ。

──嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!!

 

こんな非力な自分を守るために彼は無駄死にをしたというのだろうか。

私のせいで。こんな、私の…!!

 

心の中で自分を責め続けている中、ふと彼の言っていたことを思い出した。

 

──『私は"死なないからね"』

 

 彼の言葉を思い出した時、頭の中が一瞬だが真っ白になった。

そのおかげか、冷静になる余裕が生まれ、決心し改めて彼を見つめる。

 

         …私は、彼を信じる。

 

 彼を信じよう、そう思った。

 

 隊員の一人が彼の元へ向かっていき、脈を確認する。

確実に仕留めていたが、おそらく念のためであろう。

 

そして、隊員は彼の脈を確認し終えると

<…対象の死亡を確認。

  すぐに運搬の準備に取り掛かります>

 

 <<よし。では、運搬班は周囲に

   警戒を続けながらポイント地点へ来るように。俺達は先にポイントへ向かう>>

<了解>

 

 隊長と思わしき人物がそう指示をすると、

私の腕を掴んだまま私を連れてどこかへと向かっていった。

 

この通路の先は中央大広間となっている。大広間には光を遮る天井などはなく

まるで発電所のように天高く、そして大きく穴が開いている。

 

 無抵抗のままただただ彼らに連れて行かれながら中央大広間へと到着した。

広間に事前にいた隊員と私、そして"隊長"を合わせて7人がこの広間にいる。

そして彼らのものだろう。いくつか大きめの箱が設置されていた。

ひとつだけ箱が開いており、中身はシールドや近接武器の類などが入っていた。

 

時間は既に夜の時間帯からか、上の大きな穴のさらに上に月があり

月明かりが丁度、この大広間中を満面に照らしている。

 

 

広間の中央付近にまで移動すると隊長は動きを止め、先ほどの通路のドアの方を見つめる。

おそらく、運搬班を待っているのだろう・・・

 

   (ローランドさん・・・)

 

 ふと、彼のことを考えてしまう。

いや。考えても当たり前なのかもしれない。

彼が蘇るのであれば、彼がこの状況を打破することのできる唯一の鍵なのだから。

 

そんな、あるのかわからない希望を抱きながら、同時に不安と恐怖を共に抱きながら。

抵抗する事すら出来ない自分の無力さを噛み締めながらその場で待っていると

 

 <隊長。このスタッフはどうしましょう?>

 

<<あの人が護衛対象としていた人間だ。つまり何かしらの理由があるのだろう。

  それに、ここのデータを事前に確認したところ彼女はとても優秀な研究員だ。

  ここについても詳しく知っているだろう。大変貴重な人材であることには変わらない。

  個人的には、職員としても人としても確保しておきたいのだがな・・・>>

 

 ”隊長”がそう言いながら私の方を見る。個人的な慈悲なのだろう。

彼らのそのような会話を聞いていると通路のドアから隊員が現れ、

二人掛りでローランドさんを担架で運んできた。

 

<<来たか。では今から本部に報告する。指示が有るまでは担架は持ったままを維持しろ>>

<了解しました>

 

 そう”隊長゛が言うと、ヘルメットに装着されている通信機があるのか

指でヘルメットの側面にある膨らんだ部分を押し込みながら誰かに話し始めた。

 

<<こちら████████、当任務のターゲットを殺害、回収しました。

  ・・・それと、ターゲットが護衛を担当していた人物を現在保護しております。

  出撃前に確認した資料の中から参照すると、

  「天宮 業」という元研究員現Dクラス研究員の職員です。

  この施設に詳しい人間であり、当ターゲットの護衛対象だったことを考えると

  何かしらの事情があるかと思われます。

  ・・・はい。しかし、能力面を考えるとめったに居ない逸材とも言える有能な人材です。

  個人的意見を挙げるなら、ぜひとも新たな財団職員として

  迎え入れたいのですが・・・どう処理しましょう?>>

 

 

話し相手はおそらく上層部か司令部だろう。彼は返答を待っている様子に見えた。

こういう時聞き取れでもすればなにかしら打開策ができるのでは。

と、ありもしない希望を抱いていると男が声を荒らげた。

 

<<ですが!・・・はい。承知しました>>

彼がそう言うと、私の方を向いた。・・・まさか

<<・・・残念だが、上の命令だ。許してくれ。君も巻き込みたくはなかったのだがな>>

と言いながら腰のホルスターから黒い自動拳銃を取り出し、銃口を私の額へ向ける。

 

「っ・・・!」

 

 向けられた瞬間、私は目を見開いた。

そして”現実”というものがひしひしと背中を伝っていくのを感じた。

”恐怖゛だ。今から自分は死ぬという。死に対する”恐怖”だった。

 

手は小さく震え始め、終いには冷や汗まで出てきた。

私は、ただただその銃口を見つめることしかできなかった。

 

<<こんなことになってしまい、すまない。

  だが、恨むのなら変わり果てた今のクソッタレな世界を恨んでくれ>>

 

”隊長”がそう言うと、トリガーに指をかけた。

 

         ・・・もうだめだ。

 

私はそう思い、最後に情けなく両目を閉じた。

 

 

           __そして__

 

 

 

 バン!と、とても大きい銃声が大広間に鳴り響いた。

・・・私は、撃たれたのだろうか。

いや、撃たれたのであれば衝撃や痛みが来るはず。なのに、それらは一切なかった。

 

<ぐっあぁっ!!>

誰かが叫ぶ。その叫び声に反応したのか、”隊長”は驚いた声で

 

<<なんだ!?>>

と叫んだ

 

ふと、”隊長゛の声を合図にして私は咄嗟に目を開ける。

目の前に映ったのは・・・

 

 脚を痛めたのか手を脚に沿えてしゃがみ込む担架運搬を担当していた隊員だった。

何事だ・・・?と思った。彼の近くをよく見てみると、

担架から転がり落ちたかのようにして倒れているローランドさんだった。

 

そしてその直後・・・

 

ローランドさんは何事もなかったかのように立ち上がった。

 

<<なっ!?>>

「あぁっ・・・!」

 

つい、声が出てしまった。なんせ驚いてしまったのだから。

目の前に、あの人がまた息をして立っている。

あの呑気にしているような、まるで寝起きのような顔をしながら、近くに落ちていた

自分の自動拳銃を手に取って

 

『やぁおはよう!』

と呑気な返事を私達に返した。

 

私はそんな彼に呆れた。だが同時に…安心した。あの人が生きている。

それだけでどれほど嬉しいのか…

 

「ローランドさん…!」と、安心からか声を明るげにあげてしまう。

 

そして、いつもはすることの無い笑みをついこぼしてしまう。

内心恥ずかしい限りだ。でも、それほど嬉しかったのだ。

 

<<なっ…なぜ生きている!?>>

『いやぁ…ここに来てから私はどうやら、"彼ら"と同じ仲間になっちゃったみたいでね?

 資料を見たのなら記載されていなかったのかい?

 私が不死身、いわゆる不老不死だということをさ』

 

<<そんなことが有り得るか!?>>

『いやぁ…君達の所属だって、人の事は言えないだろう?

 この世界なんだ。何が起きてもおかしくはないって言うハナシだよ?』

 

<<くっ…奴を無力化しろ!!>>

 

 そう"隊長"が言うと、彼の周りの隊員達が一斉に自動小銃を構えた。

 

 …だが、ローランドさんは構えるのを見てから素早くホルスターに

もう1つ仕込んでいた拳銃を取り出し、高速で弾丸2発を隊員2名に向けて撃ち込んだ。

 

そして、彼の銃からした発砲音は先程響き渡った銃声と同じものだった。

つまりあの時点で…いや、あれよりも少し前に蘇ったということになる。

…彼は…好機を狙っていたのだろうか…?

 

そんなことを考えている中、一瞬の間ではあるのもも…彼の放った弾丸は綺麗に2人の頭を射抜き、

2人はバタりと倒れた。

 

<なっ…!>

<<落ち着け!奴をよく狙え!>>

 

私は彼らの慌てている姿を間近で見ることしか出来ない。

拘束されているせいで思うように身動きが取れない。

そんな中で無理に動こうとすれば恐らく反撃を受けるだろう。

 

どうすれば…と考えている時、ローランドさんが両手を上げこう言い放った。

 

『銃はやっぱり卑怯でしょ?やるなら迅速且つ適切な方法…

 白兵戦が手っ取り早いんじゃあないかい?』

 

と言いながら手を下ろし、ホルスターに銃をしまった。

 

そして、彼らに対して

『さぁ、私は逃げも隠れもしないさ。どちらかが死に、

 どちらかが生き残る。ただそれだけの事じゃないか!』

と、ノリノリになった様子で彼らを見つめる

 

 

そんなローランドさんを見たからか、数名が武器を切り替えた。

1人は武器箱の中から盾と武器を取り出し、

また1人は手持ちのナイフを取り出し、それ以外の者は銃を構えたままだった。

 

ローランドさんは彼らを見て少し嬉しいような不満げなような顔をしながら

『ん〜…まぁ!いいかな!極力私は銃を使わない戦い方をさせてもらうさ!

なんせ元隊長なんだからねぇ。ハンデという物だよ!』

 

<舐めた真似を…!>

一人の隊員がそう言うと、手持ちのナイフを持ち彼へと勢いよく突撃していく。

そして、ローランドさんは向かってきた隊員の攻撃を避けに避け続けていた。

 

そんな様子を見たからなのか、銃を持った隊員達が一斉に狙う構えを取り始めた。

それを合図にしたかのようにローランドさんは隊員のナイフの振りを避け、それを見届けた直後

腕を勢いよく掴んだ。その反動からなのか隊員がもっていたナイフはそのまま宙を舞った。

 

 彼の腕を掴んだローランドさんは達人のように早く的確な手捌きで優勢を取り、

体術と思われる動かし方で膝を付かせ

そのまま勢いよく背負い投げをし、隊員達へと向けて投げつけた。

 

『そぉらっ!』

<なぁっ!?>

 

<<<ぐああぁっ!!!>>>

 

 と、その時

<えぇい!!>

と、近くにいたもう一人の隊員が盾と警棒を持って襲いかかる。

・・・が、隊員のひと振りを避け、さっきと同じように掴み、

武器を取り上げて即座に警棒を背中に通し一気に引き寄せて

その勢いのまま顔面を殴り、勢いよく倒す。

 

そして素早くホルスターから拳銃を取り出し顔面に撃ち込み射殺し、

倒れた隊員を見て突撃したもうひとりの隊員に対しても素早く頭部に弾丸を撃ち込む。

 

 それからの流れは目を疑うほどに素早く、一瞬に見えるようだった。

ローランドさんは、先ほど投げ飛ばした隊員達に向かっていった際

迎撃射撃をされていたが全てギリギリで回避するかのような

行動をとりながらスピーディーに間合いを詰めた。

 

体術で無力化させ、首をひねり確実に倒していく姿は”化物”以外の何者でもなかった。

だが、私からすると当たり前に見えてしまったようだ。それが彼なんだと。

 

そう思っているうちに彼は"隊長"以外の全ての敵を倒していた。

そしてひと仕事した後のような声で

『さぁ、業くんを返してもらおうか』

<<…くっ!>>

 

"隊長"が悔しいような声を放つと…

私は彼に拘束され、人質とされた。

 

「っ!?」

 

<<動くな!大事な人物なのだろう!?

  なら、今持っているその銃を落とせ!>>

 

そう彼が叫ぶと、私の右側頭部に銃を突きつける。

そんな姿を見たからなのか、ローランドさんは哀しげな顔をしながら

『…わかったよ。今手放すよ。でも…』

と言いながら両手を上げ、持っていた銃を手から離すと、案の定銃は下へと落ちていく。

 

両手を上げて、手から離そうとする辺りから

私をきつく掴んでいた"隊長"の腕の力は緩み、微かに間が出来ていた。

 

その時、ローランドさんは下へと落ちゆくであろう銃を素早く拾い掴み、

"隊長"へと発砲すると、弾は見事に彼の肩を撃ち貫く。

 

<<ぐっ!?>>

勢いが強かったからなのか、彼はその場に倒れこむ。

その隙に私はローランドさんの方へと逃げる。

ローランドさんは”隊長”に向かって銃を突きつける。

 

『チェックメイトだよ。残念だけどね』

 

<<くっ・・・なぜだ!なぜ貴方は財団から抜け出したのです!?>>

『理由かい?まぁこう言ってしまってはあれなのだけれども・・・”飽きてしまった”んだよね』

<<飽きた・・・とは・・・>>

『言葉通りさ。”飽きた”んだ。”彼ら”を管理するのも、扱うのも。

 何も価値がなかった私自身が決めたことだった。また一人になって、

 静かに息絶えようと・・・でも色々あって私はここに居座り続けている。

 それもこれも、私に価値を与えてくれた”親友”のおかげでね。

 だから、私は戻る気は無いしここに居続けるつもりだよ。君達や幹部殿のO5が何を言おうとね』

 

<<今の世界は崩壊を始めている!それでもそんなことが言い続けられるのですか!>>

 

 世界の崩壊・・・?一体どういうことだ?

 

『世界の崩壊・・・あぁ、大抵検討は付いたよ。それも含めて

 ここを襲撃しに来て私を捉えようとしていたんだね?でも、君も彼らと同じでここで息絶える。

 いや、むしろこの先にある世界の崩壊に対しての絶望を

 見届け受け止めることをさせないのも元隊長なりの、君達に対する善意の介錯だと思うよ』

 

<<・・・大規模収容違反が起き始めているこの世界を生き抜くつもりなのですか>>

『あぁ、もちろんだよ?

 私には最初で最後の大切な絶対的な任務があるからね。それは、業くんを守ることさ』

 

ローランドさんは彼に対して諭すように話しかけ続けていると、”隊長”の声が徐々に

少し温かみのある声になっていくのがわかった。

 

『長話は無用だろう?このままだと君は失血死で苦しむ事になるからね。それに君は強いけど、

 この先の世界は未知の領域。いくら財団の部隊とは言え生き残れるかと

 言われたら難しい話だからね』

 

<<・・・今となっては敵のである

 貴方に言うべき言葉ではないとはわかっています・・・ですが言わせてください。>>

 

『なんだい?』

<<・・・この世界を、頼みます>>

 

そう言うと、”隊長”は視線を落としたのか顔を少し下へと向けた。

『・・・あぁ、任せてもらって構わないよ!私は、昔とは変わったからね!』

と、ローランドさんはいつもの調子のような声で”隊長”に答える。

 

<<ハハッ・・・本当に変わりましたね。貴方は>>

『あぁ、昔の私とはもう縁を切ったからね!』

 

<<でも、貴方は貴方です。”龍崎隊長”。あとは・・・頼みました>>

『・・・うん、お疲れ様。そして、また会えるなら向こうで会おう』

そうローランドさんは”隊長”の願いに応えるかのように言うと、バンバンッ!!と

彼の頭部と首に銃弾を1発ずつ撃ち込んだ。

 

 

・・・そして、”隊長”だったものは静かに動かなくなった。

「・・・これで、本当に良かったのでしょうか・・・」

『それは私にもわからないさ。現時点での最善手は介錯しかなかった。

 死ぬ苦しみを分かっているからこそ、私は的確かつ

 あまり苦しまないやり方で彼らを葬っただけだよ。』

「それに・・・世界の崩壊や、彼らについて詳しいようですが、一体過去に何が?」

 

私がそう質問すると、ローランドさんは少し申し訳なさそうな顔をして私に答えた。

『ん~・・・話したいのは山々だけれど、今はここから脱出することを優先しようか。

 落ち着いた時に、いろいろ話してあげるからさ!』

 

そう答えると、笑顔で私の方に顔を向けてきた。

 

「全く・・・貴方と来たらいつもそうです!

 ・・・深刻な状況なのなら、後でちゃんと話してもらいますからね!」

『あぁ勿論さ!それは約束しよう!私は約束は破らないからね!』

 

 ローランドさんはそう答えた後、

部隊が持ってきたであろう武器箱から利用できそうなものを拝借していた。

『・・・リュックと、包帯や鎮痛剤、精神安定剤に・・・医療キット。よし!

 彼らの思いを無駄にしないためにも、私も頑張らないといけないね!』

と呑気な様子で言いながらリュックの中に医療品や、何かしらの治療に使えるであろう

医療資材などをある程度中にしまいこんだ。

 

『さ、行こうか!業くん』

「はい!」

 

 自分がぶら下げていたバッグの中に、彼と同じように箱の中から

必要そうな保存食や医療品を入れられる量を入れ、

いざ行こうとした時にはローランドさんは既に次の通路につながるドアの前にいた。

 

距離で言えば大体数十メートル。少し歩けばすぐなものだ。

私は、彼のもとへと歩を進めようとした・・・

 

 

          __その時だった__

 

    上層階の大広間展望室付近が急な大爆発を起こし、

   その爆発で崩落した物が私の真上へと落下してきた。

 

「っ!?」

私は目を見開いた。逃げようと思ったが、急なことだったからか私はその場から動けずに

ただただ落ちてくる”ソレ”を見つめ続けるだけだった。

 

そんな時、ローランドさんが私に対して叫んだ

『業くんっ!!』

彼はそう叫んだ。明らかにこちらへと向かってきているのがわかった。

だが超人的な彼の身体能力を持ってしても、急な状況変化と落下物の落下速度を

合わせると間に合わないのは明らかだった。

 

 

そして、気が付けば私の目の前に広がったのは・・・

 

 

 

__あたり一面に物すら存在しない、ただただ暗闇が続く世界だけだった__



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第7話<<月>>

__幸運を。死にゆく貴方に

         死にゆく者より敬礼を__

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________________________________

 

 

 

 

 

 …遅かった。もっと早く動けていれば。

そんなことを考えながら、私は降り落ちてきた瓦礫をどかし、どかし、どかし続けていた。

しかし、瓦礫の量は見た目以上に多かった。これは大変面倒なことになってしまった。

ある程度瓦礫を退かすと、白銀の髪の毛が瓦礫の隙間から出ているのが見えた。

 

 『業くん!』

 

…名前を呼んだが反応はない。

見つけられたことに少しほっとしたが、まだ気を抜くことはできなかった。

 

私は急いで瓦礫を退かし、容態を確認しようとした。

退かしてみると、割れたコンクリートにもたれ掛かる様に倒れており、

こっちの方に右手と頭を出すようにこちらを向いていて、残りは別のコンクリートと

鉄骨に押しつぶされているような形で体が埋もれていた。

特に左肩から後ろにかけては、瓦礫が腕の太さよりも深く押し込まれて…いや。

 

考えたくなかったが、最悪の場合それは現実になる。

 

瓦礫の形状からして明らかに加工されていて、鋭利な物のように見えた。

こういった物の中で鋭利な物となると上層部の壁にくっつくようにして繋がっている

露天廊下の壁に設置されていた騎士の彫像の剣だろう。

 

それに位置を見てみると肘よりも前にある状態である上に本来見えるべきであるはずの

残りの腕がその瓦礫によって全て遮られていて見えない。

 

 

…そうなると既に結果は見えている。残念でならないと同時に最悪だよ…。

 

 

 

 見た感じだとコンクリートは少し退かし、業くんを引き上げるように

持ち上げれば救出できるとわかった。

 

行けると私は踏んで業くんを苦しめている瓦礫を迅速に撤去した。

コンクリートを少し上げ、背中でコンクリートを支えながら業くんを瓦礫の中から引き出した。

引き上げた業くんの安全を確認しようと、業くんの体を確認した。

今私にあるのは、自分に対する責任感と罪悪感。

 

 『…業くん』

私は確かに、今ここで助けた。だけれど…

 

  __彼女の左腕の肘より上から残りの部分が切り離されていた__

 

引き抜いた影響からか出血している。

…やっぱり。考えたくなかった現実がそこにはあった。

 

  本当、最悪だよ。

 

『今治すからね業くん…大丈夫。すぐ終わるからね、すぐに』

 

 私は自分を責める。でも、今は責める時じゃないと分かっていた。

…今は、業くんの治療が最優先だからね。

 

『…ごめんね刹那くん。約束、守れなかったよ』

私はそんな独り言をつぶやきながら、さっき調達した

医療品を利用して止血などの応急処置を行った。

 

管理室へつながる通路、今から通るルートに丁度医療室がある。そこまでの辛抱だ。

出来るだけ早く止血をして、バッグを前に抱えて業くんを背負って医療室に向かう準備をした。

 

…出来るだけ素早く行きたいけど、行かせてはくれないよねぇ…

通路に通ずるドアの先には”働き蜂”がわんさか居た。

 

  …正直、今ここで”彼ら”に対して嫌気がさしたのは初めてだよ…

 

左腕で業くんを抱える椅子替わりにしながら右手でホルスターから銃を取り出し強く握り締める。

『退いてくれるといいんだけどねぇ…』

 

その声に反応するかのように”働き蜂”が一斉にこちらに顔を向けて突撃してくる。

 

『…まあそうなるよねぇ』

瞬間、”一匹”の頭を一気にぶちまけさせた。

仲間がやられたことに反応したのか、一瞬だけ”奴ら”は死骸に顔を向ける。

 

死骸に顔を向けた対象だけを迅速に頭部を破壊して撃退する。

 

 

その一言でわからないのかな。”彼ら”は。

そんなことを思いながら”彼ら”を見ると、ほんの少しだけだったけど後退りしているのが見えた。

その直後、”奴ら”はこっちへ向かってきた。

 

 

――早く行かせて欲しいかな

 

『…本当、相変わらず元気だねぇ!君たちは!ハンデといこうじゃないか!』

 

向かってきた残りの”奴ら”を即座に撃退し、武器をしまう。

『ごめんね業くん…すぐに治してあげるからね!』

 

聞こえていなくてもいい。生きていて欲しい。

 

 

ただそれだけが今の私を突き動かす要因となっていた。

 

 

 

______________________________________

 

 

 

 

 

 ……なんとか、医務室へとたどり着いた。

この医務室は管理室のほぼ隣に位置する場所に作られてある。

通路から出て左の方を向けば十数メートル先に見えるのは管理室の大扉の一つ。

 

業くんの意識が回復した際にすぐ移動・避難出来るようにするには

大変もってこいの場所だからね。

 

私は前後に掛けていたリュックと、右肩にかけていた

業くんのバッグの全てをテーブルに置いてから

業くんをベッドに寝かせ、必要な医療器具や薬品を治療準備室から持ってきて

医療テーブルに置き敷き詰めた。

 

正直ここまでする必要は無いとは思っている。

いや、何を言っているんだろうね私は。”必要”じゃないか

 

…本来なら麻酔を投与した処置で回復作業を進めたいけど…

正直な話そんな余裕もない。致し方なく麻酔なしで止血と治療を行うことにした。

 

…業くんが痛みで目覚めないでいてほしい…本当に。

とても苦しい思いをさせたくないからね。…でも、腕がない時点でそれだけでも辛いことだけどね

 

 下手に目を覚まして動かれてしまうと出血が余計悪化する。そういう判断に至った私は

迅速かつ慎重に業くんの様子を確認しながら処置を行った……

 

 

 

 

 

 

 

 ――なんとか一安心といったところかな。

 

一通りやるべき処理は行った。

今なら下手に動いて出血したとしてもそこまで酷くはならないだろう。

 

…でも、流石に5分以上10分未満を条件にして治療するのは流石に骨が折れるねぇ。

なんとかなったけどね。

 

 

何はともあれ治療は完了した…が、まだ意識は回復してはいない。

 

意識が回復するのを待ちたいけど…おそらくそれを待てるほど時間に猶予はないんだろう。

そうでなければ”彼ら”が来た意味がない。…いや、あるか。”私”がいるのだから。

しかし今それを考えていても仕方ない。いま優先すべきことは…

 

 

―――「管理室への連絡」

 

 

 

たしかこの医務室には管理室へ直接連絡が取れるように緊急連絡用インターホンがあったはず。

支部の施設設計間取り図を思い出し、そこから場所を割り当てた。

 

今、業くんが眠っているベッドの隣にいるからインターホンは…

 

…私の真後ろにある医務室の出入り口ドアの真横!

 

インターホンの前まで行き、通話ボタンを押す。

 

『刹那くん!いるかい!刹那くん!』

 

私がそう声を張り上げて話すと、即座に反応が返ってきた。

 

<龍崎さん!無事でしたか!よかった…>

 

ホッとしたのか、刹那くんの声が少しだけ、

ほんの少しだけだったがいつもの優しい声に戻っていた。

 

…でも、業くんは…

 

<その…実は先程の大広間に降ってきた上層部の落下物の影響かはわかりませんが…

  カメラが衝撃で破損してしまい、状況がわかりませんでした。何があったのです?>

 

その言葉を聞いた私は、ついつい言葉を呑んでしまった。申し訳なさから来ているんだろうね…

ひと呼吸し、そっと息を吐く。

 

『…実はね…』

 

 

  私はあそこで起きたことやここまでの経緯を全て話した。

 

 

 

<…そう、でしたか…>

動揺を隠しきれていない声で、私にそう応える。

 

『…本当に、すまなかった…刹那くん』

私が代わりになれていればどれだけ良かっただろうか。

 

<…いえ、謝ることはありませんよ。龍崎さんはとても頑張ってくれています。

   それに、こんな状況です。生きているだけで…どれほど喜ばしいことか…>

 

刹那くんは私を励ますように、そして同時に自分自身に言い聞かせるようにして、

震えそうではあるが優しく、そして同時に泣き崩れそうな声で私に答えた。

 

 

彼を慰めたい気持ちはあった。だが今はそれをする余裕すらない。

『刹那くん。おそらく”彼ら”が来たということは…』

 

<ええ。おそらく、一刻の猶予も許されない状況でしょうね。

            複数ケースのうち考えられるのは…>

 

この状況。そして彼らの行動の動機。色々と混じってはいるが彼らの本心は別にあるだろう。

いつかこのような事が起きるとは予測していた。

しかし理由や状況によってケースやパターンを仮定ではあるが用意してた。

 

だけれど、それらを踏まえた上で導き出される今回のケースはたいてい予想が付いていた。

刹那くんが答えようとしたタイミングよりも先に私は答えた。

 

『…終焉シナリオクラスの、”最悪のケース”…だね?』

<…はい。そうなります>

 

 

やっぱりかぁ。そうなると早々呑気でいられる余裕はそんなにないね。

 

『刹那くん。業くんが意識を取り戻すまでここにいる余裕はそんなにない。

 私は、業くんがあと5分以内に目を覚まさなかったらそのままでも

 外へ連れ出してここから脱出するつもりだよ。それでもいいかい?』

<ええ。こんな状況です。贅沢は…言っていられませんからね>

 

私の提案した内容を聞いた刹那くんは、少し躊躇するようにして

少し口を止めたが賛成してくれた。

 

『すまないね刹那くん…』

<お互い様ですから>

 

――相変わらずだね。君は…

 

『じゃあ、そっちに移動する際はまた連絡するよ』

<わかりました。周囲の状況は常に確認していますので、いつでも>

『うん、助かるよ!』

 

 

…外がどんな状況かは把握できてはいないけれど、

施設内がこんなに地獄絵図と化した状況になっているのはかれこれ26年ぶりだよ…

 

 

 

『とにかく、また後でね!』

<わかりました!>

 

 

…業くん、目を覚ましておくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 

…暗い。ただただ暗い。何もなく、音を発するものもなければ匂いもない。

「ここは一体…?」

 

全く何もない暗い”闇”を彷徨っていると、

突然トラックのクラクションのような大きい音が響き渡る。

 

「うあっ!!」

 

余りにも大きい音だった。うるさすぎて咄嗟に手で耳を塞いでしゃがみこんでしまった。

十数秒ほど鳴り響いていたが、私からすれば数時間に感じられた。

その”十数秒”が過ぎると、音が消えた。

それと同時に背中に温かみを感じ、後ろの方から光が溢れているということがわかった。

 

「ソレ」を確認するために、私は立ち上がり振り向いた。

 

すると、その光はとても強く…懐かしさと温かみがあった。

眩しさに目を細めていると、光の中から人の形を視認することができた。

しばらくすると、光はその人型の何かに収束していき…

最後には人型の何か自体を輝かせる光となった。

 

 

…徐々にその光は落ち着きを取り戻し、姿を明確にしていく。

そして、私はその姿を見て驚いた。何故なら…

 

 

     __18年前に、交通事故で居亡くなった母だったのだから__

 

 

私は幻を見ているのだろう。でも、そこに。そこに確かに母は居る。いるんだ。

昔のままの姿で、目の前にいるのだ。

私は、つい”母”に質問をした。

 

「…本当に、母さんなの…?」

”母”は、それに応えるように首を縦に振る。

 

『そうだよ~カルちゃん!』

 

”母”が口にしたのは、昔と変わらない私がよく知っている母の口調だった

 

”母”が本当に母だとわかった私は、急いで母のもとへ向かい、母に抱きついた。

…本当の本当に母が目の前にいる。

 

 

  《…だが、非科学的で根拠などないだろう。信用してどうする?》

 

 

と、もうひとり私がいればそう言っていただろう。

でも、この短期間で様々な体験をしてしまっている私にとっては

縋ることのできるひとつの手段なのだから。

 

『よしよし、いい子いい子。昔と変わらないいつものカルちゃん…』

 

”母”は、そっと優しく私の頭に手を沿えて抱きついてくる。

暖かい。懐かしい暖かさと愛情に溢れた、そんな懐抱だった。

 

…だが、ふと思った。亡くなっているのに、

”母”がここにいるということは私は死んだということなのだろうか?

 

恐る恐る私は”母”に質問をした。

「私は…死んだの?」

『ん~…それはちょっと違うかな?…そうね。死んでないよ?』

その質問を聞くと、”母”はそう答えながら首を横に振った。

 

 

「じゃ、じゃあ!…生きてるの?」

そう聞くと、”母”は首をかしげ、少し考える素振りを見せた。

 

『ん~…どう説明したらいいのかなぁ~…?』

そう母は苦笑しながら答えた。

 

死んでもなく、生きてもいない。となると…

 

「つまり…生と死の狭間?」

そう答えると”母”は微妙な表情をしたが首を縦に降った。

 

『ん~…そうなるのよね~…”還したい”んだけどね…』

 

 ”還したい”…?意味がわからなかった。

 

「どうすれば?というより”還したい”ってどういう意味…」

そう私が質問しようとした時、”母”は両手を私の頬に付けると互の額をくっつけた。

『多分、自分自身ですぐに気づけるよ…』

優しくも、少し悲しそうな声でそう”母”は言う。

 

一体何を…

 

そんなことをただただ考えていると、突如として頭の中に<何か>が流れ込んできた。

 

「――っ!?」

だが、流れ込んできたその”何か”の正体はすぐに分かったが。

…分かりたくなかった。

 

【記憶】だ。母と共にいた、当時の。

…そして同時に、母が目の前で息絶えた当時の。

 

一つ一つが細かく、自分の脳内に当時の出来事を明確に刻み込まれていく。

忘れたかった。閉まったままでいたかった。そんな記憶が。

 

「っ…あぁ…あぁぁあああっ…あぁぁぁ…!!」

 

艱難辛苦とはこのことなのだろうか。いや違うだろう。

 

それでも…私はただただ、頭の中に再度呼び起こされる記憶に為すすべもなく情けない声で、

目を見開きながら涙を流し続けるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

          ……18年前の夏の日。

 

 それは、いつもと変わらない日常の一日だった。

まだ幼児だった頃、私は母と共に近くの公園でよく遊んでいた。

だが、その日だけは近くの公園ではなく少し遠い別の街。

電車で数十分先の街まで出掛け、その出掛け先の近くにあった公園で遊んだ。

 

――そう。いつもの公園の時と同じように、日常のように、ごく普通に。

 

そこにある”普通”をその公園で過ごした。

そして日が落ち、夕日が宝石のように輝いて見える時間になり、

私と母はそのまま公園から出て家路へと向かった。

 

『初めての場所今日は楽しかった?』

母は私にそう言ってこちらを見る。

「うん!すっごくたのしかった!」

私は元気に母に答える。

『そっか~!じゃあ、また今度来ようか!』

「うん!」

 

初めて遠い場所で遊んだが、それでも楽しかったのを今でも覚えている。

そう言う、よくある"仲良し家族の会話"のようなものをしていきながら帰っていた。

 

だが、帰り道も半分を超えたあたり。

…そこからこの幸せなひと時を全て奪われることになるとは、思うわけもないだろう。

 

 

――結果から言ってしまえば、交通事故に遭い、母を亡くした。

 

 

それだけだった。そう、ただそれだけ。

…それだけのはずだった。

だが、それは”今の私”からすれば。という話…とも思っていたが、それも違っていたようだ。

 

結局のところ…ふわっとしたような感覚で、しかしそれでいて確かに

私の中へと流れ込んでくるその記憶に対し私は平然といられていなかった。

隠していた、奥底に眠らせていた悲しみ、憎悪、後悔、絶望が一気になだれ込んできた。

 

交通事故にあった際、母は幼い私を身を挺してまで庇ってくれた。

とても勇気のいることではあるが、母親だからこそだったのだろう。と、今は思う。

 

相手車両がトラック且つ速度が乗っていたのが悪かったのか否かは分からない。

だが母に庇ってもらったものの私は重症で、肝心の母は庇ったことにより致命傷を負った。

 

――体中が痛かった。

目の前の景色と、意識がぼんやりとしている中でもそれだけは

しっかりと感じ取れていたのを覚えている。

 

 

 記憶を見せられている中、私は次々にやってくるであろう場面を先に思い返していた。

思い返しながらそっと、目を瞑る…。

 

 

プップー…ブォーン…

 

 

 

 ……車の音がする。それに、静かな暖かさが体を包み込んでいく。

何故だろう。なんだろう。そんな単純な疑問からゆっくりと目を開ける。

私の目の前に広がった光景は――

 

 

あの日の夕暮れ時、あの日の帰り道。その道の途中に、私は立っていた。

周りを見渡して見る。当時の光景そのままだった。何も変わっていない、あの時の。

 

改めて前を見てみると、少し前の方のアスファルトから花が二本咲いているのが見えた。

 

「これは…薔薇?」

しかも別々の色をしていた。

私はその二本共々摘み取った。

片方は、ごくごく普通の赤い薔薇だが…もう片方はドット柄の薔薇をしていた。

 

「なんで別々なんだ…?」

 

そう言葉を口に出しながら考えながら薔薇を持っていると、

薔薇が突然端から徐々に黄金色の光の玉になりながら消えてった。

 

「なんで――」

 

驚きのあまり口に出してしまったが、言い切る前に薔薇は瞬時に光の玉となり消えた。

そしてその玉は前の方へと進むようにして動いていった。

私はそれに合わせるようにして顔を前に向ける。すると…

 

 

――小さい”私”と、母が手をつないで歩いていた。

 

 

……そういえばたしかこの道はこの道は……

 

 

「――だめ!」

そう叫ぶが、”二人”は足を止めることはなかった。

聞こえていないの…?

 

 

…まって、お願い…母さん……!

 

動こうとしたが、動けなかった。

あの時のトラウマからなのか。それとも怖がっているのか。

私の体は一歩も動こうとはしてくれなかった。

 

…私は、”二人”が先へ進んでいくその姿を見ているしかなかった。

もう知っている。もう見たくないその先の運命を。

 

 

嫌だ。嫌だ嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だと言ったら嫌なんだ!

…もう、逃げたくない!変わらない現実から!!変わらない運命から!

ここが運命や変わることのない、有った過去を映し出す空間なのなら、私は…!

 

 

――ここにある”世界”だけでも救いたい!

 

 

 

<――それが、君の答えなんだね――>

 

どこかから誰かの声がそう私に言った。

…誰かは、うっすらとわかっていた気がした。いや、わかっていた。

母と同じで、もう会えない懐かしく…そして恋焦がれていたあの人だと。

 

……私は

 

「…私は、もう逃げない。ここで”母゛に会えたことが…

 どれだけ幸せなことなのかを噛み締めたから……だから…!」

 

「引きずるのも、逃げるのも。もうやめる。やめなければ…何も変わらない…!」

 

世界は変わらなくていい。変わるべきなのは…私自身なのだから。

 

 

<――相変わらず元気でイイ子だね。業ちゃんは――>

 

優しい声が私を褒めるようにして話す。

 

               <さぁ、行っておいで>

 

”彼”の言葉は徐々に聞こえなくなっていって。もう分からなくなっていた。

そして、”二人”が横断歩道の近くまで行ったとき…

 

私は”誰か”に背中をそっと優しく押された。

 

「……え?」

後ろを振り向くが誰の姿もなかった。

 

前に顔を振り向きなおすと、横断歩道まであと少しという距離まで来ていた。

 

今走れば、間に合う距離だった。

 

今行かないでいつ行く。もう、あの光景を見たくはなかった。

 

 

 

――ここで、母は死んでしまうのだから

 

 

 

私は走った。思い切り走った。まだ…間に合う!

 

あと少しで手が届く。

そんな時、トラックのクラクションが鳴り響く。

 

 …いや、間に合わせる!

地面を強く踏み込み、脚に力を一気に入れる。

そしてバネのように跳ね飛ばす。脚を踏み込む。また跳ね飛ばす。

最後にまた力をいれ。飛ばす。

 

その勢いを殺さぬままに、私は――

 

”二人”を押し飛ばした。

 

 

押し飛ばした直後、私の視界の横から差し込む光は、まるで私を包むかのようにして広がり…

 

――目の前をすべて『白』で染めきった

 

 

 

 

 

 ……目を開けると、またあの真っ暗な空間に居た。

……”母”もいた。だがさっきのような輝きはなく、普通に姿が見えるだけだった。

”母”が私の方へと近づき、そっと抱き寄せる。

 

『ごめんねカルちゃん…辛かったよね…』

「…うん…でも…もう大丈夫だから…母さん。もう心配しなくても、私は生きていけるよ…」

 

『そう…。じゃあ、皆のところに還りたい?』

「…母さんといたい…でも…」

 

『待ってる人がいる。でしょ?』

「うん…」

 

…すべてお見通しとでも言わんとばかりに質問をしてくる。やはり母さんには敵わない。

 

『…でもね、カルちゃん』

母がそう言いながら私の肩に手を載せ、引き離すようにして距離を取る

だがその手は、どこか辛そうに、強く、震えながら私の肩を握り続ける

 

「…何?」

『あなたはあの崩落による落下物に巻き込まれたの。一命は取り留めた。

 でも…現実世界のあなたには、もう左腕は繋がってないの…』

「それってどういう…」

 

そう母に聞こうとした時、頭の中にあの時の記憶が全て流れ込んできた。

そして次の瞬間――。

 

 

「――ッ!?」

 

左腕から私の神経を伝ってきて、とてつもない衝撃が私を襲った。

咄嗟に私は右手を左肩を握るようにして掴ませた。

 

イナズマのようなその衝撃は、”痛み”だとすぐに理解できたが…

 

声なんて出せるほど余裕もなく。一気に襲いかかってきた痛みに耐え切れなくなり…

声にならない声で、私は大きく叫んだ。

 

「――――――――――!!!!!」

 

私が叫び始めると左腕からドボドボと液体が流れ出ていくのを、感覚で理解した。

とても痛く、とても辛く、とても気持ち悪いこの状況。言葉で言い表すことは難しすぎた。

 

左腕から流れ続ける液体…その”血液”はしばらく流れ続けた。

人間一人から出る量ではないであろう量を、私の左腕は吐き出し続けた。

 

とても広い血だまりが容易に出来上がるほどだった。

 

球体として集合させれば、私や母の周りを簡単に

包み込めるほど大きい血だまりになったところで、

まるで蛇口の口を締めたかのように私の腕からは”血”が出ることはなくなった。

 

 …止まるまでどれほどかかっただろう。1分?10分?

そんなのはわからなかった。おそらくそれぐらいの時間だったのだろう。

だがそれでもその”血”が溢れ出る間、私は延々と弱まるどころか

徐々に強まっていく地獄のような激痛を味わい続けていた。

 

 

”それ”が終わったとき、内容物などないはずだが、とてつもない吐き気に襲われた。

「……゛う゛ぅ゛う゛っ゛!」

 

だが私は、こらえた。ここで堪えなくてはきっとこれから

起こることなど耐えきれるはずがないのだと思ったから。

 

痛みの次は、地獄のように積もっていく吐き気が収まるまで、母は背中をさすってくれていた。

 

『それは、今までカルちゃんが押し殺していた感情なの。

 憎悪、後悔、絶望…押し殺してきた全てのあらゆる感情の集合体なの…』

 

 

母の話を聴きながら、ゆっくりと吐き気を抑えていく。

 

 

……

 

………

 

 やっと、おちついた。

 

『…カルちゃん。もう、これからは感情を押し殺しちゃいけないからね。我慢しなくていいの。

 吐き出していいの。これからは、カルちゃんなりに感情を出していけばいいの』

 

私を励ますように母は私にそう答えてくれる。

 

「ありがとう…お母さん」

 

母に感謝を述べてから数秒、また数秒とかけてしっかりと呼吸を整えるべく深呼吸をする。

……辛いことから逃げるなんて、もう懲り懲りだ。

 

私は決心し、母に想いを伝える。

 

「…お母さん」

『…うん、何?』

 

…母は、もうわかっているのだろう。私の考えていることが――

 

「もう、諦めない。とても辛いことをここで体験したけど…

 現実でも地獄はもう味わっているから…例えそれが短時間であっても…」

 

『…うん。母さんが居なくても頑張れる?』

 

「…」    

 

 

…そんなこと聞かないでよ…

 

 

 

――でも

 

 

「…大丈夫。もう、大丈夫だから。お母さんみたいに強くなるから…」

『…うんうん。偉い子ね。さっすがは私の娘ね!』

 

母がそう言うと、血だまりが少しだけだが輝きを灯す。

それに続くかのように母の後ろから光が差し込む。

 

「うぁ…」

 

それは眩しく、手で光を遮るようにする。

輝きが落ち着くと、”光”は形作られていき、2つの人型になっていく。

 

「お母さん…あの人たちは…?」

そう私が聞くと母は優しい顔で彼らの方に顔を向けながら応える。

『カルちゃんのことをよ~く知ってくれていて、帰りを待ってくれてる。

 …まだわからないかもしれないけど、それでもあなたにとっては大切な二人だよ』

 

……大切な二人…?

 

母はそう答え終えると、私を向いて微笑む。

『…待ってくれてる人たちがいる。カルちゃんは”独り”じゃないってこと、忘れちゃダメよ?』

母はそう言うとニッコリと満面の笑みを私に向ける。

 

「…うん。わかった」

『頑張らないと”リュウ兄”や、お父さんに怒られちゃうよ?』

母は笑いながら私にそう言った。

――が、さりげなく今とてつもなく恥ずかしいことを言われたのでは??

 

「ちょっ…もう!お母さんの馬鹿!」

『バカってなによ~馬鹿って~!』

 

 

「…ふふっ」

『ふふふっ…』

 

『「あはははは!」』

 

そんな他愛ない話をして、互いに笑う。

 

 

一息つけると、母は深呼吸をしてから私の右手を両手で握る。

『…じゃあ。お父さんによろしく言っておいてね?』

「…それがお母さんの頼みなら」

 

そう答えると、嬉しそうな表情をしながら母は握る力をそっと強くする。

『いい子ね。カルちゃんは』

 

母がそう言うと、握っていた手を離して両手を握り合わせ、祈るように目を閉じる。

 

すると、血だまりとなった血液は私と母の顔の間の空間に収縮するように集まっていき、

母の後ろに居た人型の2つの光は表面と化すようにして、血の球体の周りを包み込み縮小する。

 

縮小し切った瞬間、”ソレ”は一瞬の輝きを見せた。

そして、”ソレ”はカード状のものになった。

 

『はい。お母さんからのプレゼント』

そう言われて差し出された”ソレ”を受け取った私はオモテ面と思われる方にカードを裏返す。

 

「これは…」

そのカードの上部にはローマ数字の<ⅩⅤⅢ>。

18と表記され、下には「THE MOON」と書かれていた。

だが、表面のイラストだけは逆さまになっていた。

 

「タロットの…”月”?でもなんで絵だけが逆さまなの…?」

そう母に尋ねると、ニヤニヤしながら答えた。

『頭のいいカルちゃんならわかるんじゃないかな~?』

 

…そう言われてしまったからには意味を考えなければならないが…

 

…少し考えた結果、結論に至る。

 

「…逆位置?」

『正解!』

 

逆位置となると…

 

『…”過去からの脱却”。カルちゃんは克服したんだから。達成祝いだよ!』

そう母は言うと、徐々に母の体が光に包まれ消えていこうとしていた。

 

『…時間みたい。あきらめないで立ち向かってね。私の可愛い大切なカルちゃん…』

 

「ふふっ…ありがとうございます。――お母さん」

 

そう私が母に答えると、闇に包まれていた空間が徐々に光に包まれていき…

 

「黒」が”白”へと変わっていき、私達を包み込んでいった。

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …目が覚めると、白い天井が見えた。

そのまま勢いよく上半身を起こす。すると…

 

『業くん!?大丈夫かい!?』

ローランドさんが慌てて私の元へ駆け寄る。

 

「え、ええ…大丈夫です。ご心配をおかけしました。」

少しびっくりしながらも、彼の問いに答える。

 

 

『業くん、起きてすぐに言うのはとても申し訳ないんだけど…』

ローランドさんが申し訳なさそうな顔で何かを伝えようとしていた。

 

 

……左の肘から先の感覚がなかった。

やはり。と思いながら私は彼に対して答える。

 

「腕がなくなったことはもうわかっています」

そう答えると、ローランドさんは驚いた様子で私を見る。

 

『な、なんでそれを…』

 

「…母に、教えてもらったので」

 

『母親に…?』

 

「ええ。崩落によって落ちてきた落下物に潰されてからの記憶も、全部」

 

『……すまなかった』

 

とても申し訳なさそうに顔を歪め、私に謝る。

 

「そんな悲しい顔をしないでください。…ここは医務室ですか?」

 

『…そうだよ。管理室のすぐそばのね』

「では、すぐに支度して行きましょう」

 

そう言って、私はベッドから降りようとする。

その時、ローランドさんに呼び止められる。

 

『…業くん』

 

「はい?」

 

『…おかえり』

彼の声は、どこかで聞いたことのある。そんな優しい声だった。

 

私は、そんな彼に応えるように返事をする。

 

 

 

 

 

 

                 「――ただいま」

 

 

 



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第8話<<嘘と誓い>>

__ひとつ、ひとつ。そっと静かに。
  優しく、鋭く冷たく。しかし暖かく。私は、愛すべき人に、触れ続けていたい__


 

 綺麗な新しいワイシャツをローランドさんから受け取り、着替えるため別室に移った。

私は改めて無くなった”左側”を別室でしっかりと確認する。

既に着ていたシャツの左袖は切断されてちぎれており、

ちぎれた部分付近だけが真っ赤になっていた。

変わってしまったな。そう思いながらシャツを脱ぐと、

以前よりもあっさりと簡単に脱ぐことができた。

 

 

……いや、”できてしまった”と言ったほうが正しい。

ほんの少し前まであった左腕の感覚は、まるでおもちゃの人形の腕を取ったかのように

あっさりともぎ取られている。せいぜい感覚があるのは当たり前だが残っている部分のみ。

 

しかし、不思議と痛くもなんともなかった。むしろ痛いのであれば起きた時も痛いだろうに。

だがあるべきであろう痛みが無い理由、それ自体は既にわかっているような気がした。

 

あの『夢』のような空間で既に痛みは味わっている。

私の勝手な憶測ではあるが、おそらく『夢』に居た間、つまり意識を失っていた間。

怪我をした時。ここに来るまでの間。目覚める直前。その時々全ての痛みが

あの『夢』の中で”全て”を叩き込まれたのだろう。

 

そのおかげか、起き上がった時には既に痛みなどなかった。

あの空間であった出来事を思い返しながらシャツを替えようとし、その時に左腕を見た。

 

包帯で巻かれた左腕。包帯という、布の下部は真っ赤に染まっている左腕。

……少し前まであった。確かにあったはずの唯一無二の左腕。

改めて”それが無い”のを実感する。

 

ローランドさんは『5分以上10分未満で治療を済ませた』と言っていた。

にしてはここまで落ち着くのが早いのは流石に疑問を感じた。

が、私に専門的知識があるかと言われたら応急処置程度の知識しかない。

まだ勉強前というわけだ。そのため疑問に思う程度でしか出来ない。

 

 そんな腕の違和感を気にしながらもシャツを着替え直し、ローランドさんが待つ部屋に戻った。

『終わったかい?』

「はい。左腕がないので今までのような感覚で着替えるのは難しかったですが」

そう答え、すこし表情を和らげる。するとローランドさんは申し訳なさそうな顔で

私の顔をしっかりと見てくる。

 

『……本当にごめんね……私がついていたのに』

私はそれを聞いて少し間を空け、呆れたような顔で答えた。

「……はぁ。呆れてものも言えませんよ、ローランドさん。

 あなたが元気じゃなかったらどうするんですか?」

 

そう私はローランドさんに言い放ちながら、右手を握りしめ、

ローランドさんの左肩に優しくパンチをして少し微笑んだ。

 

するとローランドさんは「ぶふっ」と吹き出し、それに続いていつものように笑い始めた。

 

『ハハハハッ!いやぁ、私が業くんに慰められる時が来るとは思わなかったよ!

 確かに業くんの言うとおりだねぇ!私が調子よく行かなきゃまずいだろうからね!』

そうローランドさんは言うと、何かが吹っ切れたかのように清々しい笑顔になり、

いつものムカつくニヤケ顔に戻っていた。

 

 

……でも、今の私からするとそんなニヤケ顔も愛らしく感じた。

 

 

『とりあえず、新しい包帯に巻き直しておくね!』

 

ローランドさんがそう言うと、私は袖をまくり包帯を見えるようにして、包帯を取ってもらった。

 

――が、その時ローランドさんが私の前で見せた表情は……

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ驚愕という言葉以外の何物でもない顔だった。

 

その表情を見た私は、恐る恐るローランドさんに聞いた。

「……ローランドさん?」

『……おかしいんだ。この短時間でもう傷口が閉まっているなんてことはないはずなんだ』

 

それを聞いた私は、恐る恐る腕の断面を見てみると、

既に真っ赤だったのであろう断面が見事に肌色の皮膚に覆われていた

ローランドさんの言う通り、そうそう簡単にここまで治癒されることは無い。

そんな不思議だら左腕を見ていると、右手がほんのりと温かくなったように感じた。

ふと気になり、私はローランドさんに手袋をとるようにお願いをした。

 

「あの、右手に違和感を感じるので手袋を取って貰えませんでしょうか?」

 

『手袋?別に構わないけど』

そう言いながらローランドさんは手袋をスルスルと抜き取っていく。

「なっ……」

『……何だ……これは?』

抜き終わった右手を見た私たち二人は驚愕した。

なぜなら、その右手の甲には謎の紋章が刻まれていたのだから。

 

『業くん、これに見覚えは?』

ローランドさんは真剣な表情で私の方をじっと見つめ質問をした

見覚えがあるのであれば答えられるはずだ、と思いながらも記憶を漁ってみたが

特に思い当たる節もなく……

 

「い、いえ……ありません」そう答えるしかなかった。

『……そうか。よし、とりあえず刹那くんの所へ早く行こう。手の”ソレ”は後回しにしよう』

「……わかりました」

 

そう返事をしながらローランドさんに手袋と包帯をつけ直してもらい、

必要なものを揃えて支度をして医務室から管理室へと向かっていった。

 

 

____________________

 

 

 

 管理室前の隔離ドアに着いた。ドアは硬く閉ざされており、アノマリーであろうと

そう簡単にこじ開けることは出来ないほど高い強度を誇っているに

ふさわしい姿を見せつけてきた。

 

通路に設置されていた連絡用のスクリーンをタップしてから数秒が経ったところで応答が来た。

すると硬く閉ざされていたドアの中心部分は円を描くように回転し、

何重にも掛かっていたドアロックが一斉に外れ、

隔離ドアは二つに分かれ上下にスライドしていった。

 

 

「……」

 

開いたドアの先にあった光景は、黙々と砂嵐まみれのカメラ映像群を見続けている父の姿が。

当支部の”上位研究員兼管理人代理”の「天宮 刹那」の姿がそこにはあった。

 

……だが、今の彼の姿には普段のようなへらへらしたような憎たらしい姿はなく、

むしろ今の姿の変わりように正直戸惑いを隠せないほどである。

 

 

「ローランドさん!業さん!」

開いたことに気づくのがほんの少し遅れるほどにはカメラに意識を集中させていたようで、

私たち二人の方を向いて安堵の表情を浮かべた。

 

 

『刹那くん、業くんとの再会を喜んでいるところ悪いんだけどね……』

「わかっています、今現在の状況は一刻を争います。

 なのでお二人には簡単に状況の説明をします。

 それで今現在の状況ですが……正直なところよくありません」

 

彼がそう話すと、今現在わかっている全体状況を一通り説明し始めた。

 

1.今現在いる地下階層最上部、つまり管理室のあるこの階には今のところ生きているカメラだけの場合

  アノマリーはまだ来ていない

 

2.ALEPHクラスのアノマリー数体が大暴れ、かつこの階層へと急速に近づいてきている

 

 

3.上の階との連絡手段が完全に途絶えてしまっているということ

 

 

4.最後に確認できた情報では、一部の緊急避難用セーフルーム内にて生存者は確認できたものの

  ほかのセーフルームの報告システムが破損しているためか確認が取れない

 

以上4点を踏まえて、私たち3人はどう行動するか。

だが状況的にそんな悠長に考えられるほど余裕はなかった。

 

そこで彼が一番先に口を開いた。

 

「……そうですね。ここで一番合理的な選択はこれしかありません」

『どういうことだい?刹那君』

ローランドさんがそう聞くと、彼は微笑んで答えた。

 

「簡単なことです。龍崎さんと業さんの二人で先に地上へ昇って(あがって)脱出してください

 私が”彼ら”の相手をして可能な限り囮になります」

 

「待ってください!それじゃああなたは……」

私がそう食いつくと、彼は少し寂しそうな顔をして

私に向かって聞きたくなかった言葉を無慈悲に吐いた。

 

「ええ、最悪の場合私は死にます。ですが少しは時間稼ぎは可能でしょう」

 

「そんなこと言わずに一緒に逃げ――」

焦りに焦り、徐々に声量が上がっていっていた私の声。

しかしそれを途切れさせるようにローランドさんは私の肩に手を置いた。

 

「……ローランドさん?」

『業くん……こればかりは刹那くんの言うとおりだし、同時に一番合理的だ』

 

「なぜ!?」

私がそのようにローランドさんに向かって言うと、ローランドさんの視線は私から外れていき、

彼の…いや、(ちち)のある場所を一点に見ていた。

 

ローランドさんの視線の先にあったものは……

 

――白衣の右下腹部付近が真っ赤に染まっていた姿だった。

 

父は、視線の先にあったものが何かを自覚しながら申し訳なさそうに微笑みながら答えた。

 

「……あぁ、これですか。職員をかばった際、”蜂”に

 噛まれてしまいまして……油断していました」

 

『何はともあれ、一番一緒に行きたいはずの君がいけない理由は”ソレ”しかないだろうね』

「はい、仰る通りです。こんな状況で負傷しているとなると一番の

 足手まといになってしまいます……なので、自分から囮を買って出ました」

 

最悪だった。負傷していとはいえよりにもよって”蜂”によるものだったということに。

だからと言って父を切り捨てなければならないということには納得ができなかった。

 

……不思議な気持だった。

今まで、この人生で父を一番の目の敵してきた私がここまで父に対して感情(ほんね)

ぼろぼろと滝のように口や心から吐き出されていく感覚は、とても不思議なものだった。

怒りや憎しみからではない”何か”が、父に対してあふれ出ていた。

 

「いやです!貴方も私たちと一緒に――」

「それだけは絶対になりません!」

 

私が否が応でも犠牲を出したくないという思いから吐き出そうとした言葉は、

父の怒鳴り声ですべて途絶え、かき消された。

 

今まで一切怒ることのなかった父が、初めて私に対して怒鳴り声をあげた。

その瞬間私の中にあった”わがまま”がすべて吹き飛んでいき、

何かが抜けていくように言葉が失われていった。

 

怒鳴り声をあげた父は、力を込めてしまったせいからか傷口に手を当てて少しうめいた。

「ぐっ……!」

「とうさ――」

「……ならないんです!絶対に、私はここを離れるわけにはいけないんです……」

 

ローランドさんが割り込むようにして口を開いた

『それは管理人としての義務だから。だよね?』

「……はい、そうです。管理人がいない時のための管理人代理です。

 船の船長と同じように職員たちの安全を第一に優先し、

 職員の救助を完了してから最後に脱出します」

 

『……本当に一人でALEPHクラスを相手取るのかい?』

ローランドさんは真剣な表情で父に質問をする。

 

「大丈夫ですよ!いったいどこの誰に鍛えられたと思っているのですか?」

父は笑顔でローランドさんにそう答える

 

『……それもそうだね。君がそういうなら私も信じよう』

ローランドさんが父に対して微笑んだ次の瞬間、管理室にアラームが鳴り響いた。

 

けたたましい警告音をまき散らしながら、大モニターには大きく「WARNING」の文字が表示されていた。

 

「……時間ですね」

そう父が言うと後ろに振り返り操作盤をいじった。

すると地上階へ続く巨大エレベーターのドアロックを解除され、ドアは大きく開かれた。

 

「さぁ、乗ってください」

『わかった。行こう、業くん』

 

ローランドさんはそう言いながら私の手を掴んだ。

父に伝えたい気持ちを押し殺しながら、エレベーターへと乗車する。

そして父はエレベーター前まで同行し、エレベーター横のコントロールパネル付近で足を止めた。

 

実際の足取りは早かったのだと思う。

だが、今の私にとってはその一歩一歩すべてがとても遅く感じた。

 

「では、ドアロックが完了したらエレベーターは地上に向かって動き始めます。

 龍崎さん……いえ、ローランドさん。業のこと、頼みましたよ」

 

『……本当にいいのかい?何か、”やり残したこと”があるんじゃないのかい?』

「……龍崎さん、あなたという人は本当に何でも御見通しなんですね。

 では少々大人げないですが、最後のわがままをやる時間をいただけますか?」

『いいさ。大事な家族にぐらいはちゃんと挨拶はするものだよ?』

「ありがとうございます」

 

 

そういうと父はエレベーターのドアを境界線にするようにして私の前に立った。

「……業、少しだけ……前に来てくれませんか?」

そう言われた私は前に足を踏みだし、父へと近づく。

 

こうやってしっかり見てみると父の身長は大きいものだと改めて感じさせられた。

 

そんなことを考えながら次の言葉に悩んでいると、

父は私を覆うようにしてぎゅっと、そして大きく強く私を抱きしめ、頭をそっと撫でた。

 

……その抱擁はどこか遠い昔に置いてけぼりにして消え去ってしまっていた。

家族みんなで仲良く、明るく生活していたあの頃。

大きな体でも、とてもやさしく、とても暖かった抱擁。

 

そんなとうの昔に無くしてしまった、捨ててしまった暖かさを、私はひしひしと、

そんな強いけれどもとても優しかった、そんな肌の温もりを感じることができた。

 

 

「業、今まで本当にすまなかった。父親らしいことも全くすることができず、

 母さんがいなくなった後もしっかり接するべきだったはずなのに全く接することもなかった。

 父親失格な私だ」

 

そう言うと、(とうさん)はほんの少しだけ体を震えさせながら、少し強めに抱きしめ直した。

 

「今まで黙っていて済まなかったと思っている。でも、母さんとした約束だったんだ」

 

「え……?」

 

「”自分の身に何かあっても、いつも通りでいてほしい”と言われたんだ。

 ずっと黙っていてすまなかった。18年、18年間ずっとだ。

 母さんを亡くしたあの日からずっと、母さんとの約束を守り続けていたからなんだ…だから…」

 

その時、今までの18年間すべての辻褄が合ったような気がした。

今まで相手にもされてこなかった理由が母との約束だったということを

聞かされた私は何もかも納得した。

 

 

 交通事故のあった日、父は私と母さん搬送された病院へはすぐに駆け付けてこず、

仕事が終わった時間から病院へとやってきて、数日後私を引き取った。

その数日間も、仕事の終わった夜に面会に来ていた。だが、私はとても寂しかった。

だから私はいつも面会にやって来る父に対して機嫌を損ねていた。

 

退院して家に戻ってからもそうだった。

休日だろうが大抵忙しく、父と遊びたかった当時の私は、私なりに朝早く起きて

リビングへ向かうが既に家を出た後で、いつもテーブルにメモ書きを置いてすでに

作り終わっている朝食を食べて学校へと向かった。

 

それからというものの、私からしてみれば「父は母さんや私のことが好きでないから

こそ今までこういう行動を取り続けてきたんだ」と思うのも仕方がなく、

早朝すでにいなくなり、深夜に帰ってくるか帰ってこないかの父を

ほったらかし、父に対して憎悪を抱きながらそんな人生を送り続けた。

 

 

――だが、どれもこれも私の勘違いだったのだ。

 

今まで復習や憎悪によって燃えていた私がまるで馬鹿に思えるぐらいに。

そんな真実を聞いた私は、父を強く抱きしめて泣きながら言った。

 

 

「そんなの……今更遅いですよ……本当に…」

「……すまなかった。業、だからこそ、私は業に生きていてほしい。

 こんな父親で本当に悪かった」

 

 

そう父が言うと、私を抱きしめていた腕をほどいて私の元を離れた。

 

「大丈夫。業は私がいなくても頑張っていける。十分なくらいにね」

そう、微笑みながら言う。

 

そんな父を見ていて、言いたい言葉が出てこなくなってしまった。

今言うべきはずなのに、まったく喉元までその言葉が出てきてくれない。

私はただただ両手のこぶしを強く握りながら泣いていることしかできなかった。

 

 

「業、今も昔も、この世界はきれいな世界ではない。これからもそうかもしれない。

 でもね、業たちならこの世界を塗り替えられると私は思っているんだ。

 そう思えるからこそ私は頑張れるんだ。まだ業が小さかった頃のようにね。

 だからこそ、次は業の番だよ」

 

「天宮…さん……」

それしか口に出てこなかった。

出すべき言葉は、そっちではないはずなのに。

 

 

「……龍崎さん、お時間をいただきましてありがとうございます。もう、大丈夫です」

 

『本当に、いいんだね?』

どこか納得がいかないのか、ローランドさんは不満げに答える

 

 

「ええ」

『……わかった。刹那くん、相手はALEPHクラスだ。油断しないようにね?』

「あたりまえですよ。それに……私、”運の持ち主”なので」

 

父がローランドさんにそう答えると、ローランドさんは悲しい表情で父を見ていた。

 

 

「本当にありがとうございました。必ず、またどこかで会いましょう」

そう言いながら、父はエレベーターのコントロールパネルの強制ロックを作動させた。

起動した瞬間、私はエレベーターから出ようと大きく前に足を踏み入れ、飛び出そうとした……

だが、ローランドさんがそんな私を引き留めるために右手をつかみ自身の方へ引き寄せ、

抱きしめるようにして身動きを封じられた。

 

 

私は、すでに背中を見せモニターの方へと戻ろうとする

父に対して泣き叫びながら本音をぶちまけた。

 

「行かないでッ!!お願いだから!もう誰も失いたくないんです!!”お父さん”!!」

 

 

ドアが完全に閉まる直前に、その言葉を聞いたからなのか、

父は足を止めてこちらに顔を振り向かせた。

 

 

――そんな父の表情は、とてつもない寂しさと悲しさを背負いながらも、

  今まで見たこともないほどに吹っ切れたかのような満面の笑みだった。

 

その表情を見届けたと同時に、ドアは無慈悲にも重低音を響かせながらドアをロックした。

 

 

 

 

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