ハイスクールDragon×Disciple (井坂 環世)
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番外編
IF もしも翔が○○○○の世界に転生していたら


次の展開が思いつかないのでこんなのを投稿して時間稼ぎ。


時間稼ぎをするのはいいんだが・・・・・・別に、投稿してしまっても構わんのだろう?


       こんな転生先は嫌だ

 

 

 

①魔法少女リリカルなのは

 

それは、闇の書事件が集結して約3ヶ月後、唐突に起こった。

 

「っ!?海鳴市にて封時結界が複数展開されました!更に内部にて魔力反応が増加中です!」

 

突如鳴り響いた警報。画面を埋め尽くす赤いウィンドウ。そのどちらもが異常事態を示すもので、艦内のものに警戒を高めさせるには十分だった。

 

次元の海にて停泊していた時空管理局のL級次元航行船「アースラ」。闇の書事件が集結した後も事件を起こした「ヴォルケンリッター」とその主である「八神はやて」の保護観察の名目で地球周辺の次元に留まっていたところだった。

 

「まったく!この街は何かに呪われているのか?」

 

急ぎブリッジに入って来た少年、執務官のクロノ・ハラオウンはそう愚痴をもらした。この1年の間に同じ街で世界を滅ぼすような事件が何度も起きていればそう言いたくなるのも仕方ないだろう。2度あることは3度あるとでも言うように今回またもや事件が起きているので、偶然だろうが何かしらの理由を求めたくなるのは人の性だ。

 

クロノはつい溜め息を吐き出したくなるのを、人前なので多大な精神力を払って堪えなければならなかった。

 

「すぐに結界の内部のことを調べてください!場合によっては武装局員を送り込みます!」

 

『ハッ!』

 

艦長であるリンディ・ハラオウン提督――クロノの母でもある――の指示が飛ぶ。船員はすぐさまその指示に従い作業を始めた。その様子にリンディは満足そうな顔を浮かべる。

 

果たして1番初めに中の様子を探り当てたのは通信主任兼クロノの執務官補佐でもあるエイミィ・リミエッタだった。やはり船員の中ではその優秀さは頭1つ抜きん出ていると言えた。

 

「結界内の映像、モニターに映します!」

 

その言葉にブリッジの緊張感が否が応でも高まっていく。前々回は次元干渉型の高エネルギー体結晶のロストロギア「ジュエルシード」が。前回はS級捜索指定ロストロギア「闇の書」が出てきた。果たして今回は鬼が出るか蛇が出るか。

 

ごくり。誰かが生唾を飲み込む音がした。モニターが点くまでの一瞬がとても長く感じられ――――そして、結果内の現在の様子がリアルタイムで映し出され始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『悶虐陣破壊地獄!!』

 

『チェストォッッ!!』

 

『ちょわーーーーッッ!!』

 

『イ~~ヤバダバドゥ~~!!』

 

『な~んちゃっ・・・た』

 

『ヌッハーーーーーッッ!!』

 

『物理的に地獄に落ちてもらうよ!あくまで活人拳的に!!』

 

『オツムにきましたわ!!』

 

『烏龍盤打ァッ!!』

 

『ジャイアントネコメガエルパ~~ンチ!!』

 

『ラッラーー♪!!』

 

『全世界の太めの男性のために!!』

 

『ニャニャニャニャ!!』

 

『神武不殺!それが杖術だっ!!』

 

『グングニル!』

 

『命令は、絶対だぁ!!』

 

『何故なら余は王だからのぅ!』

 

『プロファイル完了・・・・・・!』

 

『You死んでください!』

 

『なぁ、甘いもの食っていいのか?』

 

『目立ってる!今私は目立ってるわ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出てきたのは鬼でも蛇でもなく怪物(たつじん)でした。本当にありがとうございます。

 

モニターの中で繰り広げられる阿鼻叫喚の戦闘の様子に、ブリッジの中に居たものは揃って呆然としてしまうのだった。

 

ズズゥゥ~~。

 

「はぁ~。お茶が美味しいわね」

 

「って、艦長!!現実逃避をするのはやめてください!!」

 

「そうは言っても、ねぇ」

 

クロノのツッコミにリンディは再びモニターを見てみる。そこではやっぱりS級の魔導師もかくやの戦闘が各地で起こっており、最早どれから手をつけたらいいのやら、だ。

 

リンディは正直、この事態に対処するにはエース級の魔導師を何人連れてきたとしても足りないと思う。そしてそれが事実上不可能な以上、本当に出来ることがないのだ。

 

「どうしようもないでしょ、あれ」

 

「そうかもしれませんが・・・・・・!!」

 

「えっ!ちょっ、艦長!クロノ君!」

 

リンディがクロノと話しているとエイミィの焦燥に満ちた声が掛けられる。その声にクロノは更に状況が悪くなるのかと内心で嘆くことしかできなかった。

 

「なんなんだ。エイミィ」

 

「そ、それが・・・・・・!!」

 

緊急通信によって告げられたその内容。エイミィはどもりながらも何とかその内容を告げることが出来た。

 

「シ、シグナムさんが、嬉々として結界内に突っ込んでいったって・・・・・・」

 

その言葉がブリッジ内に虚しく反響する。それほどの静寂が場を覆っていた。聞こえてくるのはモニターからの破壊音だけである。

 

「もうどうにでもな~れ」

 

クロノは諦観に満ちた瞳をしながらもそう呟くのが限界だった。モニターの中で起こっている現状をなるべく見ないようにしながらコーヒーを淹れた。

 

「「あ~、お茶(コーヒー)が美味しい」」

 

 

 

 

翔が魔法少女リリカルなのはの世界に転生すると、「闇の欠片事件」と「砕けえぬ闇事件」がカオスすぎて海鳴がヤバイ。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

②Fate/stay night

 

「時間稼ぎをするのはいいんだが・・・・・・別に、倒してしまっても構わんのだろう?」

 

「えぇ、思いっきりやって頂戴!」

 

「ふ、なら期待に答えるとしよう」

 

俺のミスのせいで、今自分達は絶体絶命のピンチに陥っている。

 

目の前で相対するのは破壊の具現。大英雄ヘラクレスをさらに狂化させることで能力を底上げしたという規格外。12回殺さないと倒すことも出来ない漆黒の怪物(バーサーカー)

 

それに対してこちらのまともな戦力はアーチャーと凛だけだ。俺は半人前以下のへっぽこ魔術師見習い。セイバーはその俺のせいで魔力不足。そしてサーヴァントと戦うことが出来るのは基本的にはサーヴァントのみ。

 

だから、ここでアーチャーが残って時間稼ぎをするしかない。その選択肢しか無いのは分かっている。それが最善だと理性では判断している。・・・・・・だが、やはり感情では奴1人置いていくのは納得がいかなかった。

 

そんな俺に向けてアーチャーが言う。俺に出来ることは何なのだと。(エミヤシロウ)に出来るのは結局のところ造ることだけで、闘うことなど出来はしないのだと。

 

「イメージするのは常に最強の自分だ」

 

それだけを言い背中を見せる。アーチャーのその背中が「ここはまかせろ」と言っているような気がして、俺はこの戦場を離脱するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・ところで、前々から気になってたんだけど、背中に書いてある「梁山泊」ってどういう意味なんだろうか。

 

 

 

 

 

翔がFate/stay nightの世界に転生したら、赤い弓兵の背中になんか「梁山泊」とか書いてある。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

③とある魔術の禁書目録

 

断崖大学のデータベースセンター。そこでスキルアウトに襲撃されていた御坂美鈴。彼女に助けを求められた上条当麻は、現在彼女と合流してセンターの外を目指して走っていた。

 

彼女を救出するという目的は達成した。後はこのセンターを脱出するだけなのだが・・・・・・。

 

「動くな」

 

正面玄関から外へと出ようとしている2人を遮るように1人の男が立っていた。

 

ジャージにジーンズという出で立ちをした男は、その鼻から血を流している。先ほど上条が防弾ガラスで殴った時に出血したのだろう。

 

上条はその男の姿を見て舌打ちをしたい気分に駆られた。やはり先ほど気絶させたときに縛るなどして動きを封じて置けなかったのは痛かった。

 

その男が口を開く。その口から漏れ出るのは猜疑心に満ちた声。依頼されて行った御坂美鈴襲撃。その依頼が始めから囮で自分達を見捨てるつもりだったのかと邪推している。

 

だが、上条はその男の言葉に否定の意を返す。そも、上条は美鈴の電話を受けて駆けつけたのだ。依頼がどうとか、スキルアウトのリーダーがどうだとかの複雑な事情は知らないし、知るつもりもなかった。

 

その言葉を聞いた男――自分で名乗ったが浜面仕上というらしい――は乾いた笑い声を上げる。自らの身の破滅を確信している彼にとって、この状況は面白くなかった。自分の失敗を何かでごまかすことができないから。

 

「たまらねぇなオイ。殴り殺さなくちゃ気が済まねえよ」

 

浜面が動く。ズン!と足を大きく踏み鳴らして構えを取った。素人ではあるものの、漫画やアニメやゲーム(サブカルチャー)から格闘技の知識を多少は得ている上条には、その構えは中国拳法のように映った。

 

浜面が一気にこちらへ駆けてくる。その速度に上条は一瞬面食らったものの、何とか美鈴を横へ突き飛ばすことができた。

 

だが、そのせいでワンテンポ動きが遅れてしまった。上条が行動が取れるようになったころには、既にビュオッという風斬り音が聞こえていた。

 

その音の正体は浜面の右拳。上条の顔面目掛けての崩拳だった。

 

「ッ!?」

 

咄嗟に顔を守るように上条は左腕を掲げた。

 

しかし、その左腕には衝撃が来なかった。

 

引き伸ばされた時間感覚の中で上条が見たものは、肘を折りたたんでいる浜面の姿。

 

超近接戦に特化している武術の、一撃必倒とも謳われる肘撃ちが上条の胸に炸裂した。

 

「裡門頂肘ッ!!」

 

ズンッ!!という震脚の音、1拍遅れてドン!という太鼓を叩くような轟音が鳴り響く。

 

「ごっ、あ!!」

 

上条の口から息が漏れた。

 

衝撃で、上条が懐に仕舞っていた物がバラバラと床に零れ落ちた。美鈴を助ける過程で撃破したスキルアウト。彼らが持っていたスタンガンや警棒などの護身用品である。

 

(ちくしょう、無能力者(レベル0)相手に幻想殺し(イマジンブレイカー)は通用しねぇ!!しかもこいつ、格闘技を習ってやがる!)

 

歯噛みする上条は、湿った地面に落ちているスタンガンなどを拾おうと、素早く屈み込んだが、

 

「させると思うか?」

 

武器を掴んだ上条の手を、浜面が思い切り踏みつけた。

 

鈍い痛みを感じる暇も無い。

 

「こういうものの扱いは、俺達が1番良く知っているんだよ。・・・・・・いや、マジで」

 

どことなく寂謬を感じさせる言葉を放ちながらも、しかし浜面は一切の容赦なく、上条の手を踏みつけながら彼の顔面を蹴りつけた。

 

「ぶ、が!?」

 

意識が揺らいだ。

 

それでも舌を噛まなかっただけマシなのかもしれない。

 

上条の体が真後ろへブリッジを描いて倒れこむ。美鈴が悲鳴を上げた。だが、それに構っている暇はない。上条は倒れながらも土を掴みあげるとそれを浜面の顔目掛けて投げつけた。

 

「ッ!?」

 

浜面は左腕で顔を守ることにより、眼を潰されるのだけは避けることに成功した。

 

しかし、浜面は咄嗟の反射行動として眼を瞑ってしまっている。その隙に上条は素早く立ち上がると、浜面の胴体目掛けてタックルを敢行した。

 

ドンッ!と鈍い音が響く。

 

だが、浜面の体は1ミリたりとも動くことは無かった。

 

(この、感触はッ・・・・・・!?)

 

「悪いが、こっちは無能力者(レベル0)なんでね」

 

耳元で囁き声が聞こえた。

 

胴体で抱きつくような格好になっている上条に、浜面は続けて言う。

 

「路地裏で能力者達と渡り合うためには、それなりの修行が必要だ。まったく、馬鹿だよな。そこらのスポーツ選手と同じ、いや、それ以上の地獄そのものの修行をしていて一切褒められないんだからよ・・・・・・!!」

 

と、上条は異変に気付いた。

 

浜面の体が、小刻みに震えているのだ。

 

まるで、何かに恐怖をしている幼子のように。

 

「いや、マジでそれは無理。なんなんですかそのまっし~んは!?え?電力自家発電仕様だからお得だって?誰が得するんですか!?間違いなく俺にとっては損ですよ!?いいから早く、じゃなくって!?死んじゃう、死んじゃいますから!?ちょ、薬が!薬の匂いがぁ!?こっちに近づけてこないでぇ!?え?銃器扱えるなら刃物は怖くないでしょって?日本刀を振り回されながら追い掛け回されたら怖いに決まってるでしょ!?なんでそんなイイ笑顔で追いかけてくるんですか!するめ踊り(仮)ってなに!?名前をつけたらいいってもんじゃないですよ!これ修行じゃなくて拷問ですよね!?少なくとも辞書を調べたら人を火で炙る行為は拷問ですから!しかも(仮)ってなんですか!?超適当に名前付けた感出てるじゃないですか!?・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

ブツブツと呟いていた声がだんだんと大声になっていく。どうやら浜面はそのことにも気付いていないようだ。上条のことも目に入ってない様子で過去に行われた修行(トラウマ)の内容を暴露している。

 

上条はそ~っと身を離しながらもその口から出てくる修行の内容と思しきものにドン引きするのだった。

 

そんな彼の傍に近づいてくる影が1つ。ポン、と肩を叩いたその影の正体は御坂美鈴だ。

 

「・・・・・・行きましょうか、美鈴さん」

 

「そうね。玄関はもうそこだし」

 

トラウマスイッチがONとなっている浜面を置き去りにして、上条と美鈴は断崖大学データベースセンターを後にするのだった。

 

 

 

 

 

翔がとあるの世界に転生したら、一部のスキルアウトが強すぎて警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)の胃がストレスでマッハ。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

④魔法少女まどか☆マギカ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕と契約してまほ「忘心波衝撃!!」」

 

 

 

 

 

翔が魔法少女まどか☆マギカの世界に転生したらインキュベーターが本当にマスコット「キュうべぇ」となっちゃう。

 




他にもハイスクールD×Dでアーシアに憑依しちゃってアーシアが「閃華裂光拳!!」とかやっちゃうのを妄想したりしました。


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番外編 バキとのクロス グロいもあるよ

ヒロアキ141さん・・・・・・

バキの愚地独歩との絡みが見たい・・・・・・だって?

私は一向に構わんッッ!!!



てなわけでバキとのクロスです。

飽くまで番外編であり、本編とは一切の関わりが無いことをご了承下さい。


「ん~~~」

 

禿げ上がった額を節くれだった指でカリカリと書きながら、男は唸っていた。その原因は、彼の手の中にある。

 

紙だった。

 

チラシだった。

 

奇妙なチラシだった。

 

そのチラシを見て、この男が「胡散臭い」以外に評することが出来ないくらいには、怪しげなチラシだった。

 

その中心にフィクションでしか見たことの無い魔法陣が描かれていて、大きく「あなたの願い、叶えます!」と書かれていれば、新しい宗教か、カルト教団の勧誘のチラシだとしか思えない。

 

宗教というものを信じてなく、また自らの人生において切り離すことの出来ないものである「武術」或いは「空手道」というものに、ある種の信仰を持ってさえいる男にとっては意味のないものであるはずだった。

 

特に考える必要も無く、ゴミ箱に丸めて捨ててもいい類のものだろう。或いは古紙回収に他のチラシとまとめて出すかもしれない。

 

そんな、男にとって意味のない、または価値の無いものを眺めているもにも、殊更意味というものがあるわけではなかった。

 

例えて言うなら、「願いが3つ叶うって言われたらどんな願いを叶えるよ?」と、友人との馬鹿話で話題に出たときに、特に考えることもなく願い事を思い描くような、そんな感じだ。

 

「願い事、ねぇ」

 

そう呟く男の年齢が還暦をもうそろそろ近くに控えた50代後半だということを加味しても、男がこのチラシを真面目に受け取っていないことが伺える。

 

男がチラシを目の前のテーブルの上へと置いて、胸の前で腕を組んだ。その胸も腕も鍛え抜かれている様を見れば、男が本当に50代であると信じるものは少ないだろう。少なくとも「老い」というものを感じさせないほどには逞しい肉体を持っていた。

 

座っているのでわからないが、身長は170後半だろうか。格闘技者としては小さい方かもしれないが、その背中は見るものに偉大(でかい)と思わせる風格を備えている。

 

右目を眼帯で覆っており、疵が見える顔を見れば、誰もが「歴戦の戦士」と思うだろう。事実、彼の人生は闘いの連続だったのだから。

 

そんな漢、愚地独歩は眼前のチラシをボーッと見つめていた。下らない、と一蹴してしまえる代物なのに、どうしてだろう。眼を離せず、頭の中に残る存在感がある。

 

「願いを叶える、ねぇ。俺の願いか」

 

そんな風にボーッとしながら考えていても、自分の中で意外とすぐに願い事は見つかった。そんな、ある意味で単純な自分に自嘲する。

 

格闘技者であり、1人の空手家である自分の願い。そんなものは端から決まっている。

 

「強ぇ奴とヤリ合いてえ。それしか出てこないってのもどうなんだろうなあ」

 

どうやら自分は魂の芯から空手家であるらしい。それがどこか可笑しく、どこか誇らしくて笑いが止まらなかった。

 

そんな時だ。

 

テーブルの上に置いていたチラシが光を放ち始めたのは。

 

明確な異変に戦闘者としてすぐに反応した。立ち上がり、チラシから距離を取って臨戦態勢へと移行する。その反応は迅速だったが、この長い人生において経験したことの無い事態に顔には困惑が大きく出ていた。

 

静かに構える男の前で、チラシから溢れ出た黒い光が形を取っていく。それは、人の形になっているように独歩には見えた。

 

一際光が強くなり、独歩が目を瞑って眼を焼かれるのを塞いだ。そうして再び眼を開けたその時には、そこに1人の男が立っていた。

 

でかい。それが独歩の第一印象だ。178センチと、日本人の平均からしたら大きい部類に入る独歩よりも10センチはでかいだろう。格闘技者として長く、相手の間合いを計ることにも長ける独歩は190~195センチくらいだと目測した。

 

続いて、鍛え上げられた肉体が眼に入る。見せるための肥大化した筋肉ではなく、実用のために徹底的に練り上げられたものだ。細く、強く、しなやかに。その筋肉が武術のためのものだと独歩は一目で看破した。

 

その肉体を柔道や空手の道着、中国拳法のカンフーパンツ、ムエタイのバンテージで包み込んでいる。足は足袋であることも含めて、随分とちぐはぐな印象を受けた。

 

稲穂のような黄金の髪と、蒼穹の瞳が優しげな雰囲気を漂わせる男は、口元にやっぱりこれまた優しげな微笑を浮かべて口を開いた。

 

「どーも。風林寺翔って言います。あなたの願い事を「邪ァッッ!!」ウオッ!?」

 

とりあえず、独歩は目の前の不法侵入者へ向けて殴りかかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「で、闘うってことになったって?」

 

独歩の息子であり、自身もまた空手家である克巳は呆れながらも聞いていた。毎度のこととは言え、自身の義父には驚かされるか呆れることも多い。それ以上に尊敬する偉大な父ではあるのだが。

 

「おうよ。あいつよお。俺っちの正拳を捌きやがったんだぜ? そりゃあ全力でやらなきゃ嘘ってもんだろう?」

 

それが事実ならば確かに一格闘技者として食指が動かないとは言えないが、そのためにこの地下格闘技場を借りるのは聊か大げさというものではないだろうか?他にもあるだろうに。神心会館の道場とか。

 

「いやいや、それがなあ。あまり人目につかないところが良いってんで。あと頑丈なところがいいとも言うからよ」

 

なるほど。道場は木の床だ。かつても列海王が踏み抜いていたことを鑑みてみると、そこまで頑丈だとは言えないのかもしれない。

 

まあ、最初の言い分にはおもいっきし反している部分があるのだが。

 

「その割には観戦客が結構多いみたいだぜ?」

 

辺りを見渡してみれば、本部以蔵に始まり花山薫や、渋川剛気。他にも猪狩完至や鎬兄弟、列海王などなど。一般の観戦客は居ないものの、格闘技関係者が10数人ほど集まっていた。

 

その克巳の指摘に独歩は困ったように額を掻いた。その顔にも苦笑が浮かんでいる。

 

「俺も自分達でだけやり合うつもりだったんだがな。光成公にこの場所を貸してもらおうと思って話したら「独歩が闘うのじゃぞっっ!!! 観客が居ないなどもったいないっ!!」っていいだしてなあ。相手の事情もあるから仕方なく一般の人は除外してもらったってえわけだ」

 

「相手の事情ねえ」

 

「そ。じゃあいってくるわ」

 

そう言って何の気負いもなく独歩は闘技場へと踏み出した。その歩みには本当になにげないもので、今から散歩にでも行ってくる、と言われてもなんの疑問も持たないだろう。

 

克巳はそんな独歩の歩みを見送って自らも観客席へと向かっていった。途中で列海王の姿を見かけ、その隣へと座る。

 

一方、闘技場へと歩み出た独歩を迎えたのは軽~く伸びをしている翔だった。その姿を見て独歩は先ほどの話を思い出した。

 

悪魔、それがこの青年の正体らしい。契約を結び、願いを叶える代わりに対価を受け取る種族なのだとか。

 

(どうみても格闘青年にしか見えねえな。大体20歳後半くらいか?)

 

もっとも、独歩はその話を疑ってはいない。その背中から蝙蝠のような翼を出すところを見せられては信じるしかないだろう。

 

独歩は現在もストレッチをしている翔に向かって話しかけた。その声音にはこれから試合うというのにどこか気安ささえ混じっている。

 

「よう。待たせたか?」

 

「はい。あなたとの試合が楽しみで、これほど「待つ」ということが長く感じたのも初めてですよ」

 

口の端を吊り上げながらも軽口を翔が叩いた。その言葉通り、その瞳には闘志がメラメラと燃え盛っている。

 

くくっ、と独歩は口の中で笑った。どうやらこの闘いを楽しみにしていたのは自分だけではないらしい。

 

「そうかい。そりゃあ悪かったな。ところでよう、本当に対価はいらなかったのか?」

 

「勿論! あなたとの試合。その経験こそが、僕にとっては何物にも代え難い「対価」です」

 

そう言って翔は構えを取った。相手に対してほぼ真半身に。左手を前にして右手は腰の位置で固定されている。独歩から見ても隙の見つけ出せない構えだった。

 

その立ち姿に、相手のレベルの高さを感じ取った独歩は喜んだ。やはり武術家たるもの、強者との闘いほど心躍るものはない。

 

もっとも、相手の物言いには少々カチンと来るものがあったが。

 

「おめえ、その言い方はよう。負けるとは思ってねえやつの言葉だぜ?」

 

「あれ? 独歩さんは「負けるかも」って思いながら相手と向かい合うんですか? 「絶対に勝つ!」「勝つのは俺だっ!」って思いながら相対するタイプだと思ったんですけど」

 

その言葉はどこか不遜であったが、内容に関してはある意味で間違っては居なかった。

 

どんな種目であろうが、勝負ごとにおいて上位に位置するものは自尊心が高い。「相手よりも自分のほうが上だ」という、ある種の傲慢さは程度の差はあれ持っているものだろう。また、その自負心が勝負強さに繋がっている面もある。

 

その点で言えば、この漢、愚地独歩も、自身の勝利を疑って勝負の場に立ったことはない。翔の指摘は間違っていなかった。

 

「くくっ。確かに間違っちゃいねえ。いねえさ」

 

だが、

 

「気に入らねえな」

 

その言葉と同時に独歩が仕掛けていた。

 

翔との間にあった間合いを一足で塗りつぶしながらの正拳突き。鍛え上げられた右拳が翔の顔面に向かっていく。

 

翔はその拳に左手を合わせる。相手の右拳を外側へと受け流しながらも、更に接近しつつ体を上手く縦回転させての右のショートアッパーを繰り出した。

 

その攻撃を即座に見切っていた独歩は、顔を逸らすだけで回避する。顔の左横を拳が通過するのを横目で見つめながらも、左拳を握り締めた。

 

その翔の右手が自らの首を取るのを感じて、独歩はぎょっとした。

 

見れば左手も既に迫ってきていた。相手が所謂「首相撲」の態勢へ移行したのを確認して、独歩の額を冷や汗が流れ出る。

 

「シッ!!」

 

天を貫く右膝が直後に独歩の顎目掛けて襲い掛かってきた。ムエタイの「カウ・ロイ」。そこまで分析してすぐに体を屈める。

 

パンッ!!と言う音が頭上から聞こえる。膝をやり過ごしながらもぼうっとしている暇は無いと、すぐさま攻撃に移った。

 

「ジャッ!!」

 

低くした態勢を生かしてロー・キック。右足で相手の左足を刈り取ろうとする。鞭のようにしなる足が相手の左足目掛けて疾駆する。

 

その相手の左足が浮いた。ジャンプして避けようという気らしい。そう判断した独歩は、その相手の踵が自分目掛けて迫ってくるのを確認して思わず仰け反った。

 

眼前を過ぎ去っていく凄まじい勢いに、独歩は思わず生唾を飲み込んだ。仕切りなおすために一歩後退する。

 

翔が右足から着地する。一歩の間合いを開けて独歩と翔が対峙した。

 

「ボクシングにムエタイ。最後のは中国拳法の「連環腿」か。節操のないこった」

 

「いや~。それほどでも」

 

「褒めてねえよ」

 

しゃべりながらも、ジリジリと互いの隙を伺い合う。つま先だけを利用して相手への間合いを詰めながらも、常に互いを牽制し合っていた。

 

拳の揺れで。肩の上下で。肘の動きで。或いは目線や、果ては気迫ででも。そこで交わされる静かなる攻防は、思わず観戦していたものが息を詰まらせるほどに膨大な数だった。

 

青年でありながらも、老練な戦士ほどの読み合いをやってのける翔に、独歩は内心その評価をまたも一段階上げた。

 

ジリジリ、ジリジリと互いの間合いを詰めていく。そうして、完全に相手を互いの間合いへと捕らえて―――

 

「うおっ!!」

 

独歩がその一撃を避けられたのは一重に今までの戦闘経験のおかげだったとしか言いようが無い。無意識の内に左足を上げていた。

 

翔が放ったのは右足でのロー・キック。ただし、弧を描くのではなく、真っ直ぐと独歩の膝の皿目掛けて放たれていた。踵でもって相手の足を破壊、ないしは態勢を崩す中国拳法の「斧刃脚」だ。その上体を1ミリたりとも動かせることなく放たれたその蹴りは、独歩に第6感以外での察知をさせなかった。

 

更に翔の攻撃は止まらない。斧刃脚で空中に浮かせていた右足を強く踏み込ませる。ズンッ!!という震脚の音を響かせながら、右拳を真っ直ぐに突き出した。

 

そこは流石の独歩。そう簡単にヒットは許さない。その右拳を左手で払い、その反動で相手の顎目掛けて左手を突き上げた。

 

それを横にステップすることで避ける。そこに右拳での正拳が放たれたが、ダッキングで潜り込みながら回避。起き上がる反動を利用したアッパーが独歩の意識を刈り取ろうと天を目指した。

 

突き出していた右手を引き戻すことで翔のアッパーを受け流す。両者の視線が至近距離から交差した。相手が猛獣じみた笑みを浮かべている。恐らく自分も同じような表情になっているだろう。

 

至近距離での拳の交し合い。だが、両者ともに当らない、当たらせない。まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように紙一重の攻防が続いていく。

 

拳戟が、加速していく。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

観客からは優劣の無い拮抗しているように見える攻防。しかし翔は片方に天秤が傾いていくのを感じていた。

 

(まずいね、これは)

 

ある一定以上の武術家同士における闘いは、「殴り合い」というよりも「陣取り合戦」の様相を呈してくる。いかに相手の陣地(間合い)を削り取り、自らの領地(間合い)を広げることが出来るかという、力と技術と戦術と戦略(頭脳)の精緻な鬩ぎ合いだ。

 

翔はまるで詰め将棋のように決まった筋道で決定的な王手(被弾)まで詰め寄られているような錯覚さえしていた。何か流れを変えないとチェックメイトを指される、と。

 

相手とのギリギリの鬩ぎ合いをしながらもそう思考していた翔だったが、それが叶うことは無かった。

 

独歩が、急に流れを変えてきた。

 

翔の目に自らの顔目掛けて迫り来る独歩の手が見えた。その手が取っている形を見て不味いと思うも、具体的な行動に移れない。

 

反応は出来る。しかし、動くことは出来ない。そんな完璧なタイミングでの独歩の真正面からの奇襲が、翔の顔面――正確に言うと眉間――を捉えた。

 

視界が真っ黒に染まる。思考は空白へと塗り替えられた。親指と人差し指の間で眉間を殴打することにより、視力と思考を奪う「虎口拳」だ。

 

ついに独歩が、相手を壊し(勝負を決め)にきた。

 

余りにも無防備な姿を晒す翔へと向けて、独歩が横に唾を吐きながら迫っていく。

 

翔が思考を回復したのは、右頬へと突き刺さる何かを知覚し、その激痛を自覚したときだった。

 

独歩が放ったのは単なる回し蹴りだ。だが、相手の反撃を考慮する必要が無く、結果全力を込められ、鍛えられたつま先を相手の顔に叩き込むソレは、単純だが必殺の威力を誇っていた。

 

全身を武器とする程に鍛え上げられている独歩の体。その爪先に全力で蹴り上げられてただ事ですむはずも無く。翔は右頬を切り裂かれながらもその威力に体を吹っ飛ばされた。

 

地を2転3転しつつも、自らに迫り来る独歩をその眼に捉えることが出来た翔は、自らも流れを変えるために行動を開始した。

 

翔が転がっているところに追いついた独歩が、その頭目掛けてローを繰り出そうとした、その時。

 

翔が、転がりながらも独歩目掛けて蹴りを放って来た。

 

その長い人生の間でも経験したことの無い攻撃に、独歩は困惑を隠せないながらも何とかバックステップを取って回避した。

 

開いた間合い。その距離を以って一呼吸の間を取ろうとした独歩目掛けて、翔が迫り来る。

 

地を転がるような、独特のアクロバティックな動き。その正体を独歩は判別出来なかった。

 

観客の中でいち早くその「武術」に気付いたのは、列海王だ。

 

「あれはっ! 酔八仙拳っ!!」

 

「知っているのか? 列さん」

 

「ええ。地躺拳に属する武術です。「負の中に活」を見出す武術で、あのようにアクロバティックな動きをするため習得が困難と言われています。世間では「酔拳」と言ったほうが通りがいいでしょうか。もっとも、実際は酔って強くなるわけではありません」

 

「へ~。あれがあの酔拳ね。他の武術も習ってるくさいのに、器用なやつだな」

 

翔の攻撃を捌きながらもその解説を聞いていた独歩は、自らの息子とその盟友に感謝した。

 

もっとも、武術の名前が分かったからと言って対処できるようになるわけではない。

 

今まで経験したことが無いほどの下からの攻撃は、独歩にこれ以上ないほどの「やりにくさ」を感じさせていた。

 

(チィっ! 今までテメエよりも小せえやつとはやったことあるが、自分より大きいやつとの闘いでこんなにも下からの攻撃をされたのは初めてだぜっ!)

 

独歩は、今までの攻防の中で翔相手に研ぎ澄ませてきた「武術的勘」を、また1から構築しなくてはならなかった。

 

と、そこでまたもや翔からの攻撃が加わる。足を刈り取り、独歩を倒れさせるようにする蹴りを放って来た。

 

思わず独歩を跳躍した。

 

不味い、独歩は即座に判断ミスを悟った。

 

空中では身動きが取れない。このままではいい的だ。

 

苦し紛れに、眼下の敵へ向けて足刀を放つ。耳を切り取る程の鋭さを持った肌色の刃が翔の顔へ向かって落下していく。

 

しかし、その攻撃は翔が宙へと飛び出したことで失敗に終わった。

 

地へと腕を突きたて、全力で地面を押す。その反作用によって跳躍、独歩の足刀を回避した。

 

さらに、それだけでは終わらない。

 

翔の右腕が、伸びきっている独歩の左足をその手で掴んだ。翔が体を回転させるのを見て、独歩は歯を食い縛った。

 

(あ~あ。痛えぞ、こりゃ)

 

翔が体を大きく駒のように回転させる。その手に掴まれている独歩はその遠心力で以って振り回される。そうして十分に勢いが乗ったところで、地面へと叩きつけるっ!

 

「だあっっ!!」

 

ドゴンっっ!!という轟音が地下闘技場を揺さぶった。衝撃で土煙が舞い上がる。

 

翔の腕力と遠心力、そして重力を利用したその投げの衝撃は、独歩の脳を激しく揺さぶった。

 

「空中投げっ! 格ゲーみてえなことをするなあ!」

 

観客席で誰かが何かを言ったらしい。独歩にはそれも雑音にしか聞き取れなかった。

 

視界がドロドロに歪んでいる。足はガクガクと震えて役に立ちそうも無い。かつての渋川剛気戦を想起させる有様だった。

 

(けどよう、それって1回経験してるってことなんだよなっ!)

 

足には力を込められない。

 

ならっ!

 

腕の力を使えばいいっ!

 

先ほど翔がやったことの焼き増しのように、独歩が腕の力を利用して立ち上がった!

 

その直後に、頭があったところを足が凄まじい勢いで踏み抜いていた。数瞬判断が遅れていれば勝敗は決していただろう。

 

だが、起き上がったとはいえ独歩はその深刻なダメージを隠せてはいなかった。フラリとよろめく様からはまともに闘えるようには見えない。

 

それでも、独歩は構えを取った。戦意は一向に衰えてはいないっ!

 

そんな独歩の様子を見て、翔も構えを取り直した。相手にダメージを与えたというのに、その瞳からは一切の油断は見て取れない。

 

そのことが、独歩には少しありがたかった。

 

(正真正銘、次が最後の交差になるだろうなあ)

 

だからこそ、次の一撃に、これまでの鍛錬の成果、その全てを込めるっ!

 

翔の視線は独歩の顔を見ているようであったが、観の目によって独歩のその変化を捉えていた。

 

拳の握り方が、変わっている。

 

空手の基本に忠実な、正拳じゃなくなっている。

 

完全に握っていない。人差し指と小指と親指を緩めているような握り方だ。

 

敢えて例えるなら、菩薩像がしている手の形に似ている、と翔は思った。

 

そして、恐らくそれが虚実に利用するためにしているのではなく、奥の手だろうとも。

 

少なくとも、翔の直感はそう告げている。

 

ならば、警戒すべきはあの拳による打拳だけだ。翔は意識をより集中させていった。

 

「コオオォォォ、ハアアァァァァ」

 

呼吸を意識的に整えて気を練っていく。自らの間合いに気を張り巡らせ、意識の結界とも言えるものを築く。

 

数多く習得している技の中でも、翔が最も信頼している技の1つ。「制空圏」を築き上げていった。

 

心を深く沈め、気を静かに保つ。相手がどのように出てきても反応できるようにしていく。

 

両者が最後の決着のための態勢を整え、ジリジリと間合いを詰めていった。

 

その余りの緊張感に、ゴクリという生唾を飲み込む音さえ幻聴しそうである。

 

そして、互いの「制空圏」が触れ合い。

 

更に近づき。

 

完全に相手を自らの殺傷圏内へと捉え――

 

気付いた時には、独歩の拳が目の前に迫ってきていた。

 

完全に反応出来なかった。させてもらえなかった。

 

「早い」とか。

 

「速い」とか。

 

そういう問題じゃあない。

 

いや、確かに独歩の拳は、早くて速い。それは間違いのない事実だ。

 

それよりも尚突き抜けているのが、予備動作の無さである。

 

幾ら鍛え上げていたとしても、人間の反応速度には限界がある。そして、その限界を鍛え上げた拳の速度は完全に上回っているのだ。

 

つまり、達人になればなるほど、その回避行動は相手の攻撃を「見てから」回避するのではなく、事前の動作や相手の目線などから読み取り、先読みして動くのである。

 

パンチ1つとっても、その前に肘が動き、肩が動き。それよりも先にその本人の「相手を殴る」という意思が動く。

 

独歩のその「正拳」はそれらの予備動作を極限までそぎ落としていた。

 

そして何よりも、「相手を殴る」という意そのものが、そこに感じ取れなかったのだ。

 

「観の目」を習得していて、相手を洞察することに長けている翔でさえ、である。

 

翔は、相手の攻撃を読み取ることが出来なかった。完全に出遅れてしまっていた。

 

「制空圏」を完全に侵略されており、ここからは回避も防御も不可能だと即座に悟った。

 

その時点で、翔は己の作戦を変更させた。

 

つまり。

 

相手の攻撃を捌いて回避し、その隙に大技を叩き込むのではなく。

 

相手の攻撃を受けて、しかし尚歯を食い縛って耐え抜いて相手の隙を、突く――!!

 

翔が筋肉を堅め、覚悟を固め。そうして歯を最大限に食い縛り、そしてそれでいて自らの攻撃の準備もして。

 

独歩の拳が、翔の顔面に突き刺さった。

 

意識が一瞬外へと弾き出されるほどの衝撃。ついで襲ってきた痛みと事前に固めていた意思でもって意識を繋ぎとめる。

 

意識を取り戻して刹那の後、翔が反撃へと移った。

 

どんなに僅かだろうが攻撃直後は隙が出来る。そこを突かせてもらうっ!

 

放ったのは一見なんの変哲も無い掌底。

 

そこに自らの生涯を懸けて習得してきた術理と技術を生かし、必殺の技とするっ!!

 

「浸透水鏡掌っっ!!!」

 

外部と内部を破壊する掌が、独歩の胸に叩き込まれる。

 

その衝撃と音の大きさは、地下なのに旋風が駆け抜けたように感じてしまったかのよう。

 

ごぶっと、独歩が血を吐いてうつ伏せに崩れ落ちる。

 

しかし、すぐに転がって仰向けになった。

 

・・・・・・どうやら、意識は失っていないようだ。

 

しかし、独歩がそれ以上動くことは出来なかった。

 

立ち上がることは出来なかったのだ。

 

翔が立って独歩を見下ろしている。

 

その両者の位置がこれ以上ないほどに、明確な「勝者」と「敗者」の境界線を分けていた。

 

「負けちまったなあ」

 

「はい。僕の勝ちです」

 

何の慰めの言葉もなく、そう断言してみせる翔。

 

しかし、独歩は負けた悔しさはあっても、その言葉を受けても惨めさを感じることはなかった。

 

その言葉に爽やかささえ宿っていたからかもしれない。

 

まあそれでもやっぱり敗北の味というのは出来れば味わいたくないというのが独歩の本音だが。

 

「でも」

 

――あなたは、強かったっ!!――

 

翔はそう断言してみせた。そこには一切の偽りも、また敗者への同情も憐憫さえもなく。

 

翔の100%の本音だけが、そこには込められていたのであった。

 

それを感じ取り、独歩は苦笑するしかなかった。

 

かつての苦い敗北の味をも思い出させるその言葉に、清清しいものを感じ取ってしまったがゆえに。

 

「まあ、取り敢えず、医者に見てもらってください」

 

「おう。そうさせてもらうとすっかあ」

 

独歩が顔を横へと向ける。そこでは白衣を羽織った鎬紅葉が担架を持った男達を連れ立ってこちらへと歩いてきていた。

 

そうして担架へと丁寧に乗せられ、運ばれようとしていた。

 

――瞬間、誰もが戦闘態勢へと移行して独歩が運ばれようとしていた方向とは反対の扉へと視線を移した。

 

それは担架に乗せられていた独歩や、医者としてその場にいた紅葉でさえも例外ではなく。

 

誰もが危機感を抱いてその扉、正確に言うとその向こう側を注視していた。

 

扉が、ゆっくりと開かれる。

 

隙間が僅かに開いた。それだけでその場にまるで猛獣の檻の中へといれられたかのような獣臭が立ち込める。

 

誰もが、この先にいる生物の正体を予見していた。

 

果たして扉を開けて入って来たのは一人の漢だった。

 

身長は推定190センチほどだろうか。翔は自分と変わらないほどのはずのその男が自分よりも遥かに巨大であるかのように錯覚した。

 

黒のカンフー着で包まれているその肉体は鍛え上げられているなどという言葉ではとても収まらない。神様が「人を殴るための理想の肉体」を作り上げたらこうなった、と言われたら納得できそうなほどだった。

 

獅子の鬣のような髪をオールバックにしている。その顔は今まで翔が見てきたどんな悪魔よりも「悪魔的」という形容が似合う風貌だった。

 

顔に貼り付けている笑みと、ポケットに手を突っ込んで歩いている姿には自身への自負が伺えた。傲岸不遜、天上天下唯我独尊。この言葉がこの男以上に似合うやつがいるだろうか?

 

翔はその男がどのように呼ばれているか知らない。しかし、その姿から本能で察知していた。

 

――地上最強の生物――

 

自他ともに認める「最強」が、その名に相応しい歩みでもって地下闘技場に顕れていた。

 

その名も。

 

「範馬勇次郎ォォォォォッッッ!!!!」

 

誰かが、或いはその場にいた誰もがその名前を叫んでいた。

 

「独歩、手酷くやられたみたいじゃないかッ。ええ?」

 

まるで竹馬の友に話しかけるかのように気安さを持ちながらも、しかし絶対的に見下しているという矛盾を、矛盾としないような声で話しかけた。

 

「勇次郎ォ~~。どうしてこんなところに来てんだ?」

 

「くくっ。たまたま近くを歩いていたんだ。するとどうだ・・・・・・疼かせる闘気を感じさせるじゃあないか」

 

だから来た。とそういうことだろう。

 

そも、この男に常識という言葉は通用しない。

 

全ては自身の気持ちや思いに従う、ということだろう。

 

そして、疼かせる闘気を感じてこの男がこの場に来た。

 

ならば、これから行われることは

 

「そいつか?・・・・・・独歩と闘ったのはッ」

 

闘技場へと足を踏み入れた勇次郎が翔へと目線を向けた。

 

それだけで翔は理解した。

 

逃走は不可能だと。

 

この場を切り抜けるには、この男と闘い、倒すしかないッ!

 

(それがとてつもなく困難そうだけどね・・・・・・)

 

だが、それでも「死にたく」なければ、「ヤル」しかないッ!!

 

翔は即座に戦闘態勢を取った。

 

仙術を使用。その身を氣で覆って身体能力をアップさせる。

 

その間にも勇次郎は無造作に翔へと歩み寄っている。

 

隙はない。見出せない。

 

それでも尚勝ちたいのなら、自分から仕掛けるしかない。

 

覚悟を固め、絶対に勝つ、という意思を持って翔は動き出した。

 

始めから全力全開。初速からマックスで。

 

翔の姿がその場から消えた。

 

少なくとも、その場で物事の推移を見ていた――見るしか出来なかった――者達からはそう見えた。

 

――独歩の息子、克巳の必殺技に「真マッハ突き」というものがある。

 

それは全身の関節だけでなく、イメージによって増やした関節をも一切の無駄なく連動させることで、突き、或いは蹴りを音速である時速約1200キロメートルを超える速度で繰り出す、というものだ。

 

その代わり、音速を超えることで生ずるソニックブームに自身の肉体が破壊されるという代償があるものの、確かに人の身で音速を超えるという超絶技であることには変わらない。

 

翔のその突きは、そんな「真マッハ突き」を完全に越えていた。

 

音速を超える、どころではない。

 

音速を超え、音を置き去りにし、ソニックブームを引き離す。

 

それほどの、まさに「神速」としか呼べない速度に達していた。

 

そんな速度で動いていながら、しかし、体の動きがぐらつくことはなく。

 

全身から集めた力を背筋にて増幅し、関節の連動でもって拳の先端へと力を集約する。

 

それでいて、決して大振りになることはなく、軌道はコンパクトに。

 

翔自身がこれまでの人生において「最高」という自負をもてる、そんな突き(パンチ)だった。

 

――――しかし、「地上最強」はそんな「最高」を易々と踏みにじる。

 

パシッと、翔の拳が払われた。

 

手の平でまるで目の前に飛んできた羽虫を払うような、そんなどうでもよさげな仕草で。

 

そんな動作で自らの「最高」を防がれた翔は、数瞬の間呆然としてしまっていた。

 

目の前には、勇次郎のニヤニヤとした笑いがある。それを見ていてさえまるで現実感が持てなかった。

 

その代償は、すぐさま支払われた。

 

翔の顔面に、勇次郎の右足の甲が減り込んだ。

 

人の身ではありえぬほどの剛性と柔軟さを合わせ持ったその右足による回し蹴りによって、翔が吹き飛ばされる。

 

一転、二転、三転。それではとどまらず、翔は闘技場と観客席を仕切る木柵にぶち当たって、それを破壊しながらも、ようやく動きをとめることができた。

 

舞い上がった木屑によって翔の安否はわからなかったが、勇次郎が戦闘態勢――はたしてポケットに手を突っ込んでいるそれを戦闘態勢と呼んでいいかは疑問だが――を解いていないことが答えだった。

 

翔が出てくる。

 

その足取りがしっかりしていることから、ダメージはあるものの続行は可能らしい。

 

折れ曲がっている鼻骨を真っ直ぐに直した。元から出ていた鼻血が更に勢いよくなる。

 

それを意図的に無視しながらも、翔は痛感していた。

 

――勝てないッッ!!! いや、この男に勝てるものが存在するのかッッ!?――

 

少なくとも、タイマンで、尚且つ真っ当な方法で目の前の男に勝つことは不可能だろう。

 

そう翔は実感した。

 

(ならッ!!)

 

まともじゃない方法で勝てばいいッッ!!!

 

その方法を幾通りか思考して、最も確率が高いであろう方法を実行すべく行動に移した。

 

「ぜんた~い気を付けッ!」

 

ビシッ!! と翔がその言葉通りに見事な気を付けを披露する。まるでふざけているような行動だった。

 

そして、翔自身からも、そのようにふざけているような空気が発せられていた。

 

突然の翔の言動に、周りの者達は唖然としているようだった。

 

勇次郎はといえば、相も変わらずニヤニヤとした笑いと、ポケットに手を突っ込んでその場で立っている。

 

「前に~進めッ!!」

 

小学生の頃にしていた行進のように、手を振り、膝を上げながら翔が前へと進んでいく。

 

勇次郎へと近づいていく。

 

制空圏が触れ合った。

 

殺傷圏内へと入った。

 

――まだッ近づくのかッッ!?――

 

そう周りの者達が思うほどに、翔は近づいていた。

 

近い。とても近い。

 

その状態ではとても打突(ストライク)ではまともなダメージを期待できないだろう。

 

「小さく前に習えッッ!!」

 

翔がまだふざけた空気を醸し出しながら言葉通り「小さく前に習え」をする。

 

翔の指先が、勇次郎の胸板に触れた。それだけの至近距離で、互いの視線が交錯する。

 

勇次郎は、まるでプレゼントの包装を開ける直前の子供のような雰囲気と、生来の凶悪さを同居させた笑みを浮かべていた。

 

事実、勇次郎にとっては玩具をプレゼントされているような心境だろう。

 

果たして、どんなモノを見せてくれるのかッッ!!!

 

――――刹那、翔から莫大な闘志が溢れ出るとともに、動き出した。

 

「無拍子ッッッ!!!!」

 

――それは翔の今までの人生で培ってきた「武の結晶」だった。

 

空手の、柔術の、中国拳法の、ムエタイの、ボクシングのコマンドサンボの相撲のシラットの杖術の武器術の。

 

それら翔が習得してきた全ての武術の、基本の要訣。

 

或いは突きの、或いは体裁きの。

 

それらを分解し、混ぜ合わせ、そして構築させたものを、更に昇華させる。

 

そうして生み出されるものは、密着状態、ノーモーションからの『最速最強の突き』。

 

かつてのように、モーションが大きいので隙が大きく、また連打が出来ないという弱点をも克服させたそれは、放てば勝負が決まる正しく「必殺技」と言っても過言では無い代物だった。。

 

直前まで出来る限り「攻撃する」という意思を見せることなく、そして絶対に決まる状況で放った。

 

勝ったッッ!!!

 

そう翔は確信した。

 

――そして勇次郎は、それら全てを見抜いていた。

 

「無拍子」がどういう性質の技なのかさえ。

 

そこに込められている、翔のこれまでの鍛錬の人生の結晶の輝きとでも言うべきものを見て、勇次郎は歓喜した。

 

これほどのご馳走を味あわせてくれるのかッッ!!!

 

勇次郎が歓喜と快感と愉悦に包まれて。

 

 

 

「無拍子」よりも後から放った勇次郎の右拳が翔の顔面に減り込んでいた。

 

 

 

グシャリ、と顔が潰れる音がした。

 

翔が地面を転がり、勇次郎から5メートル程の位置でうつ伏せのまま動かなくなる。

 

その顔から血溜まりが広がっていっても、翔は動かない。

 

勝負は決した。

 

翔のそれまでの鍛錬の成果は「地上最強」に通用しなかったのだ。

 

勇次郎の顔には、まるで超一流の料理人が作るフルコースを食べた時のような満足感と、長年の親友が死去した時のような喪失感が浮かんでいた。

 

勇次郎が踵を返す。

 

勇次郎が悠々と歩みを進めて闘技場を後にする。

 

誰もが黙って見送るしか出来なかった。

 

 

 

ザリ、という微かな音が静かな空間に響き渡った。

 

 

 

勇次郎が物凄い勢いで振り返る。

 

その視線の先には、微かな、本当に微かな動きだが、指先で地面を掻いている翔がいた。

 

その動きが徐々に大きくなっていく。

 

地面に手を突いた。震える手で体を起こしていく。

 

支えるのに失敗した。もう一度体が崩れ落ちる。

 

また、体を起こしていく。

 

数十秒の時間を掛けて、上半身を起き上がらせた。

 

膝を立てて、次は下半身へと力を込めていく。

 

その下半身は生まれたてのカモシカのように、頼りなく震えていた。とても立ち上がれそうには見えない。

 

それでも、立ち上がったッッ。

 

俯かせていた顔を上げた。今まで見えなかった表情が顕わになる。

 

その瞳に光はない。その眼には力が無い。その顔からは意思を感じ取れない。

 

それでも、先ほどまでと変わることのない構えを取っているその姿勢からは、変わらず戦意が感じ取れる。体中から闘志を溢れ出させていた。

 

ニヤアァァ~~~~~~~~~。

 

その様子を見た勇次郎の顔が、これまで以上の笑みを形取る。

 

「くくッ。まさかまだ堪能させて貰えるとはッッ!!」

 

勇次郎がここに来てポケットから手を出した。初めて構えとも言えるものを取る。

 

両手を大きく広げて上げただけの、構えとも言えぬ構え。

 

しかし、それは勇次郎が完全戦闘態勢へと移行したことを告げている。

 

ビリビリッッ! ビリッ!!

 

ただそれだけの動作で、勇次郎の服が裂けていく。

 

顕わになったのは、鍛え上げられた、

 

否、

 

鍛え上げられすぎた肉体。

 

常人には在り得ぬ形態を取っている打撃用筋肉(ヒッティング・マッスル)

 

それによって描かれる、鬼の貌。

 

勇次郎の背中に、その異名の由来ともなっている鬼が降臨したッ!

 

勇次郎のその変化を受けて、翔も構えを変えていた。

 

意識の無い翔がはたしてどのようにそれを察知したのかはわからない。

 

だが、間違いなく勇次郎が「鬼」を出したということの脅威度を正しく認識していた。

 

翔がとったのは鉄壁を謳われる「前羽の構え」

 

その姿勢からは、翔の意思が聞こえてくるようですらあった。

 

――攻撃を全て防いでみせるッッ!!――

 

――敗けてなるものかッッ!!――

 

――絶対に勝つッッッ!!!――

 

それを勇次郎も感じ取ったのか。

 

その顔を傲慢さを含みながらも、どこか不敵な笑みに変えていた。

 

そして、ゆっくりと動き出す。

 

両腕を真上へと真っ直ぐに上げていく。

 

それに引き攣られて、背筋がその面を変えていった。

 

鬼が、哭いた。

 

その意味を知る観戦客たちが、これから起きる惨劇に眼を瞑る。

 

勇次郎がそのまま体を大きく捻り、両腕を後ろへと振りかぶらせる。

 

ギリギリと力を溜め、そして解き放たれた。

 

絶死の力を込められた拳が翔目掛けて飛翔し――――

 

 

 

――――果たしてその時の音をどのように表現すれば良いだろうか。

 

稲妻が間近で落ちたときのような。

 

瓦礫が、高所から落ちて地面に落下してきた時のような。

 

とにかく言えるのは、それが「轟音」だということだ。

 

勇次郎の拳が翔の胸に叩き込まれ、「轟音」が闘技場に木魂する。

 

その拳によって加えられた力が、翔の体内、五臓六腑を蹂躙した。

 

まず、肋骨が全て粉々に砕かれた。

 

そして肺も破られただろう。肺と肋骨の破片がシェイクされて酷い有様になっているに違いない。

 

鎖骨はかろうじて罅が入っただけに収まった。

 

どれほどの血液が体内に零されたのか。

 

口から吐き出される赤い血は、尋常な量じゃあない。

 

けれど、

 

だが、

 

しかし、

 

それでも、それほどの破壊を人体に齎していながらも、勇次郎は驚愕していた。

 

何故なら、勇次郎は心臓目掛けて拳を振りぬいたからだ。

 

その拳が心臓よりも上の部分に着弾している。

 

その腕の下では翔の腕が交差していた。

 

――翔の十字受けが、勇次郎の全力の拳を狙いからずらしていた――

 

全ての力を受けへと注ぐ「十字受け」。

 

それで以っても、勇次郎の「全力」を防ぐには至らなかった。

 

翔の全力は、地上最強には届かなかった。

 

けれど、確かに勇次郎の拳を多少とはいえ逸らさせていたのだ。

 

「フンッッ」

 

勇次郎が踵を返した。

 

今度こそ、振り返ることはない。

 

しかし、その顔に喪失感は無く、飽くまでも堪能しきったもののみが得ることの出来る満足感のみが表れていた。

 

勇次郎が右腕を横へと翳していたその後ろで、翔が崩れ落ちていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「ていう夢を見たんだ」

 

「夢オチかよ」

 

オカ研の部室にて、翔と一誠が駄弁っている。

 

翔の手には漫画「範馬刃牙」が握られていた。どうやらこの漫画を見て今話していた夢の内容を思い出したらしい。

 

「それにしても、すごいリアルな夢だったよ」

 

「つか、夢の中でも勇次郎は「地上最強の生物」なんだな。夢の中でくらい勝ってもいいだろうに」

 

「いや~、本当に凄い威圧感と存在感だったよ。今でも目の前に思い描けそうなくらいさ」

 

「ま、実際は居るわけないんだけどな~。こうやって漫画になってるわけなんだし」

 

「居たら居たで、きっと勇次郎さんなら何気なく「神殺し」とかやってそうだよね」

 

「・・・・・・やめろよな。マジに想像しちまったぜ。「オーガ」が神を殺してるところ」

 

「ほら、昔3勢力が戦争してるところに乱入したやつって話があったじゃない?」

 

「ああ。それが俺に宿ってるドライグと、その宿敵って言われてる白龍皇(バニシング・ドラゴン)の二天竜なんだよな」

 

「勇次郎さんなら、その戦争に乱入してすらいそうだよ」

 

「ハッハッハ。・・・・・・想像するのが簡単すぎて笑えねえよ」

 

「そしてさ、その暴れっぷりに危機感を抱いて協力した3勢力を相手にしちゃったりしてさ」

 

「その3勢力の気持ちが手に取るようにわかるな」

 

「とうとう人海戦略で神器(セイクリッド・ギア)に封印されちゃうんだよ」

 

「確かに「グラップラー・刃牙」でも、網に捕らえられて、挙句包囲されての麻酔銃の連発で捕らえられてるもんな。でも実際の勇次郎なら、3勢力を敵に回すことなく、上手く立ち回りながら暴れてそうだ」

 

「まあ、想像の話だからね。でも、勇次郎さんを封じた神器なら神滅具(ロンギヌス)に指定されそうだよ」

 

「効果は単純に「相手よりも強くなる」とかか?つかそれ以外思いつかないわ」

 

「通常状態が『背中に宿る鬼の貌(ヒッティング・マッスル)』。「禁手(バランス・ブレイカー)」で『地上最強の生物(オーガ)』って名前なんだよ」

 

「そんな神器の保有者が敵対するとかいう事態なんて想像したくもないな」

 

「ま、全部想像上の話なんだけどね~」

 

「想像っつうよりも妄想の域に入ってるだろ」

 

「カッチーン」

 

「「カッチーン」とか口で言うなよ」

 

「そんな事を言う一誠君には素敵な修行(プレゼント)だ」

 

「絶対素敵じゃないよな。それ素敵って書いて地獄って読むよな」

 

「このグラップラー刃牙で主人公がやっている、死に際の集中力を手に入れるための修行をしようか」

 

「・・・・・・え?」

 

「でも、ここには崖なんてないからね」

 

「・・・・・・」

 

「僕が直接死に瀕している状態へ連れて行ってあげるよ」

 

「それただ翔が殴るだけじゃねッ!? 俺がサンドバッグになるだけじゃねッッ!!??」

 

「ハッハッハ。そうとも言う」

 

「それ俺の修行になんないよなッ!! 翔のストレス解消にしかなんないだろッ!!」

 

「いやいや。一応耐久力と精神力は身に付くよ」

 

「一応って時点でストレス解消なのは否定してねえじゃねえかッ!!」

 

「じゃ、裏行くよ~~」

 

「やめろ~~。地獄に俺を連れて行くなァァァァ~~~~~」

 

襟首を掴まれて一誠がズルズルと引きずられていく。そのまま扉がピシャリッッ!!と閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も居なくなった部室の片隅で、チラシと連動している悪魔召喚のための魔法陣が光りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

とある世界の日本は東京のとある街。

 

真夜中の人気がまったく無い街を1人の男が歩いていた。

 

黒のカンフー服に包まれているその肉体は、闘争のための筋肉があらゆる武術家を凌駕するほどに鍛え上げられている。

 

獅子の鬣のような怒髪を後ろに撫でつけている。その髪は生気に満ちており、男の感情に合わせて持ち上がりそうですらあった。

 

その顔は悪魔的、悪鬼的としか形容しようがない。凶悪すぎて、死に瀕している老人であれば見ただけでお迎えが来そうである。

 

そんな男がニヤニヤとした笑みを浮かべながら夜中の街を歩いている。

 

「クッ」

 

その男の手の中で不思議なチラシが光を放っていた。

 




いかがでしたでしょうか?

きちんと独歩や勇次郎の魅力を描けていたらいいなあと思います。

自信はありませんけどッッ!!

つかバキとのクロスなのに文章にバキらしさが微塵もねえw

そんな番外編でした。


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番外編 ハイスクール昔話

ギャグです。笑っていただける出来になっていたら嬉しいです。


桃太郎

 

 

むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあにゃんが住んでいました。

 

 

おばあにゃん(黒歌)「いくら設定上だからっておばあはひどいんじゃないかにゃ……」

 

おじいさん()「まぁまぁ、今回は全編こんな感じらしいですから」

 

 

子宝には恵まれなかったものの、概ね夫婦仲良く平穏で幸せな日々を過ごしておりました。

 

おじいさんは外で働き、おばあにゃんは家を守るという、昔ながらの家庭です。

 

今日も、いつも通りの日常は始まろうとしておりました。

 

おじいさんは印度へシヴァ狩りに。

 

 

シヴァ「人間が、破壊神たる(オレ)に歯向かうかっ!!」

 

翔「いくら神様と言えど、あなたの暴挙は見過ごしておけないっ!!」

 

 

おばあにゃんは「ロ○ンシングサガ ミンスト○ルソング」へ選択しにいきました。

 

 

黒歌「『かっぱに用はねえ!!』って……。ププッ! この選択肢は何時見ても笑ってしまうにゃん」

 

 

一方そのころ、おじいさんとおばあにゃんが住んでいる家の近くにある大きな川では、それはそれは大きな桃が、どんぶらこ~、どんぶらこ~と流れていました。

 

その後もどんぶらこ~どんぶらこ~と流された桃は、そのまま大海原へと旅立っていきましたが、おばあにゃんは無事「最大まで強くなったサ○―イン」を退治することが出来ました。

 

めでたし、めでたし。

 

 

桃太郎(イッセー)これ桃太郎じゃないよねっ!?(おぎゃぁぁぁぁあああ) 始まってすらいないじゃねえかァァァァ(おあああああぁぁぁぁ)!?」

 

 

めでたし! めでたし!

 

 

シヴァ「我が神威受け切れるかっ?!!」

 

翔「耐えてみせる! 僕には帰るべき居場所があるんだっ!!」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

シンデレラ

 

 

むかしむかし、あるところに、それはそれは大層美しい4姉妹がおりました。

 

その美しさは国中に噂が流れ、一目見ようと人が集まってくるほどです。

 

紅髪が麗しく、黄金比に輝く肢体が一際人目を引く長女。

 

 

長女(リアス)「あら、継母役はいないのね」

 

 

艶やかな黒髪と、柔和な笑みが男を魅了する次女。

 

 

次女(朱乃)「それは仕方ないんじゃない?」

 

 

その白髪と、小柄な体格が一部の特殊な男子に直撃(ドストライク)な三女。

 

 

三女(小猫)「……好きでちっちゃいわけじゃない」

 

 

そして、年がら年中引き篭もっている末っ子。

 

 

末っ子(ギャスパー)「あの~、僕まだ本編に出てきていないのに、出てきていいんですか?」

 

リアス「別にいいのよ。今回は何でもありの昔話パロディ回なんだし。ギャグ漫画に良く在るやつよ」

 

朱乃「全ては本編が先へと進まない遅筆な作者が悪いのよ」

 

小猫「……明日から本気だす、とか言って結局やらない典型的な駄目人間ですから」

 

 

上の姉から末っ子が苛められる、等と言うことも特になく、仲の良い姉妹のようです。

 

長女、次女、三女が何とか末っ子を外に出させようとするものの、重度の引き篭もりを拗らせた末っ子は部屋の隅で木箱に篭って頑として表に出ようとしません。

 

そんなある日、彼らの家に一通の手紙が届きました。

 

それは、彼女らの美しさを噂で聞いたこの国の王子様が、彼らを招待するために舞踏会を開くから是非来て欲しい、という旨の書かれた招待状でした。

 

長女と次女は王子様とやらを見て、気に入ったなら玉の輿を狙うため。

 

 

リアス「ふふ、どんないい男なのかしらね」

 

朱乃「あら、もしかしたらとんだド変態かもしれませんわよ?」

 

 

三女は舞踏会に出てくる食事を堪能するため。

 

 

小猫「松坂牛のステーキ……。本マグロの大トロ……ゴクリ」

 

 

末っ子は

 

 

ギャスパー「お、お外怖いですぅぅぅうう!!ぼ、僕は行きたくないですぅぅぅぅううう!!」

 

 

いつも通り引き篭もりを拗らせておりました。

 

 

リアス「本当に行かないの?」

 

ギャスパー「は、はいぃ。舞踏会ってことは人がいっぱいいるんですよね?な、なら僕は行きたくないですぅ」

 

小猫「……きっと美味しいものもいっぱい食べられる……ゴクリ」

 

ギャスパー「お、お姉さん達だけで楽しんできてくださぁい」

 

朱乃「ハァ。そうやっていっつも部屋の隅で木箱の中に引き篭もっているからシンデレラ(灰かむり)なんて呼ばれるのよ?」

 

ギャスパー「べ、別に灰かむりでもいいですぅ。お外に出るよりよっぽどマシですぅ」

 

リアス「はあ……。わかったわよ。でも、最近は物騒なんだから、気をつけて留守番するのよ?」

 

 

何度も何度も末っ子を舞踏会に誘っていた姉妹ですが、末っ子の意思が固いことを知ると最後には折れて自分達だけで行くことにしました。

 

1人だけとなり静まり返った家の中で末っ子はいつも通り木箱の中に篭っておりました。

 

しかし、いつもなら寂しさを紛らわせてくれるその密閉空間も、この時だけは孤独を助長させるものでしかありません。

 

その寂しさに胸が一杯になった末っ子は、自身の情けなさに涙します。

 

 

ギャスパー「うぅ……。本当は行きたいのに……。そんな勇気も湧いてこないなんて……。……ぐすっ……ひぐっ」

 

 

末っ子は心の中で願いました。

 

「自分を変えることが出来るようになりたい」と。

 

神様はその願いを聞き届けたのでしょうか。

 

木箱に開いている覗き穴から見える部屋の中に、光が満ちていきました。

 

 

ギャスパー「ひ、ひいぃぃぃぃっ!? な、何これっ!?」

 

 

あまりの眩しさに末っ子は眼を閉じてしまいます。

 

そうして10数秒程が経ったでしょうか。

 

光が収まってきたので末っ子が眼を開けてみると、先ほどまでは自分しかいなかった筈の部屋に人影が見えます。

 

先ほどの現象と合わせることで、末っ子の脳裏にある可能性が過ぎりました。

 

 

ギャスパー「も、もしかして……。魔法使いさん?」

 

 

「願いを叶えてくれる」と村で噂になっているその存在かと思い、期待し、思わず呟いてしまっていました。

 

そして、その呟きに応える声がその人影から上がったのです。

 

 

???「そう! 僕はキミの願いを聞きつけてやってきた、魔法使いさ!!」

 

 

部屋に月明かりが差し込んで、その人影の全貌が顕わになります。

 

それは、噂で聞き及んでいた魔法使いの格好とは全然異なるものでした。

 

頭に三角帽子は無く、黒白のローブ姿ではなく、まるで格闘技者が身につけているような服装。手にしているのは杖ではなく、手甲です。

 

どうやらやってきたのは魔法使いではなく、魔法使い(物理)だったようです。

 

その魔法使い(物理)が末っ子に語りかけてきます。

 

 

魔法使い(物理)()「キミの願いは、自分を変えたい、今の自分から変わりたい。これでいいね?」

 

 

その魔法使い(物理)の問いが自分の願いと完全に一致していたので、末っ子は見知らぬ人と対峙している恐怖を忘れて、完全に溺れるものが藁をも掴む気持ちで返事しました。

 

 

ギャスパー「は、はい! そうですっ!! 私は……いや、僕はっ! 変わりたい! こんな情けない自分からっ!!」

 

翔「そう……。なら、僕の魔法を受けるかい?」

 

ギャスパー「ハイっ!! 僕は、変わります!!」

 

 

この時のことを振り返って、末っ子は良くこう零すようになります。

 

「あの時の自分を殴りたいです。安易に話を受けた自分を無かったことにしたいです。……え?後悔しているかって? 後悔してるに決まってるじゃないですかっ!? あんなの後悔しない人は被虐趣味のド変態だけですよ!!」

 

と。

 

末っ子の威勢の良い返事を聞いた魔法使い(物理)は、その顔に良い表情を浮かべています。

 

 

翔「どうやら覚悟はいいみたいだね……。なら早速始めようか! 僕の魔法をッッ!!」

 

 

その声を聞いた末っ子は、木箱から出てきて希望を顔に宿らせていましたが……残念ながら見えていませんでした。

 

魔法使い(物理)の目から発せられている、魔法(物理)を発動する際に漏れ出る怪光線を。

 

家の外に出てきた魔法使い(物理)は、戸締りをしている末っ子の体にあるものを取り付けました。

 

 

翔「はい、じゃあこれを着けて」

 

ギャスパー「え? これって……ロープとタイヤ?」

 

翔「そう。僕の最初の魔法を受ける際に必要なのさ」

 

 

その言葉を聞いても理解が及ばないのか、末っ子は呆然としたままでした。

 

内心は混乱で一杯です。どんな魔法なのかと不安が広がっていきました。

 

 

ギャスパー「え? ……え?」

 

翔「それじゃあ、まずは村を軽く5週しようか!」

 

ギャスパー「え? ……エエエエェェェェェェ!?」

 

 

末っ子は魔法使い(物理)の言葉に驚愕の叫びを上げましたが、魔法使い(物理)は気にも留めません。

 

早く自分の魔法(物理)を受けさせるために、その手にいつの間にか持っていた鞭を振るって末っ子を打ち据えます。

 

 

翔「ほら、早く走る! 時間は有限で、どれほどあっても足りはしないんだからね!」

 

ギャスパー「う、うわああああぁぁぁぁぁんっ!!??」

 

 

その痛みに走り出した末っ子の目尻には、薄っすらと涙が浮かんできていました。

 

心の中ではもう既に、「選択、やり直せないかなあ」などと思い後悔し始めています。

 

しかし、末っ子の苦悩はこれで終わりませんでした。

 

その後も次から次へと施される、魔法(物理)。

 

末っ子は泣き言を漏らしながらも、途中でやめることは許されなかったのでした。

 

 

 

その後、魔法使い(物理)の魔法を全て施された末っ子は、その国一番の魔法使い(物理)として名を馳せ、一躍シンデレラの異名は国を越えて広がっていきましたとさ。

 

めでたしめでたし。

 

 

 

翔「ほら、どうした! カイコガの幼虫の方がいくらか俊敏だぞ!!」

 

ギャスパー「うわあああぁぁぁぁん!! こんなの、魔法じゃなあああぁぁぁい!!」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

白雪姫

 

 

とてもとても美しいと評判のその国の后は、今日も日課としていることを行おうと鏡の前に立っていました。

 

鏡を前にして、いつも通りのその言葉を口にします

 

 

(セラフォルー)「鏡よ鏡よ☆ この国で一番美しいのはだあれ☆」

 

 

誰も応える筈の無いその声に、しかし答える声がありました。

 

それは鏡です。

 

后の前にある、后の身長の半分程の大きさの楕円系の鏡が震えて声を発していました。

 

 

(グレイフィア)「それは后の妹の白雪姫でございます(棒読み)」

 

 

その言葉に、国で一番美しいと持て囃されている后は怒り狂うかと思われましたが、そうではありませんでした。

 

 

セラフォルー「やっぱり? 鏡もそう思うわよねっ☆」

 

 

どうやら后は拗らせているようです。

 

 

グレイフィア「はい。后も美しいですが、それでも妹様には負けるかと(棒読み)」

 

 

その言葉に喜色満面となった后ですが、次第にその顔には憂いが浮かんできていました。

 

溜め息を吐いて愚痴を鏡に零します。

 

 

セラフォルー「はあ……★。でも、白雪姫ちゃんには嫌われていて会いに行ってもあってくれないのよね……★」

 

 

もう何度も聞かされたその愚痴に鏡は文句を言うでもなく、しかしもう聞かされるのはウンザリとしていたため解決策を授けることにしました。

 

 

グレイフィア「それなら、使いをやって向こうから会いにきていただけばどうでしょうか。大事な用事があると言えば来てくれるかもしれません」

 

 

その言葉に先ほどの憂鬱顔から一変し、またもやその顔には喜色に富んだ表情が浮かんでいました。

 

 

「流石鏡☆! そうね☆ じゃあ、狩人さんに行って貰いましょうか☆」

 

 

后の命令を受けて、狩人は白雪姫の下へと馳せ参じました。

 

白雪姫を城に連れていくことが狩人の仕事ですが、余りにも馬鹿らしかったため、狩人は事の詳細を説明してしまいます。

 

 

狩人(ジョージ)「と、いうことだ」

 

白雪姫(ソーナ)「はあ、まったく。あの人は……」

 

 

説明を受けた白雪姫は、頭痛がするのか額に手の平を置いて呆れ返っています。

 

もうそれで用事は済んだとばかりに狩人は帰路へと着きました。

 

 

ソーナ「いいのですか? あなたの仕事は私を連れて帰ることじゃないのですか?」

 

ジョージ「はっ。あほらしくてやってらんねぇよ。第一俺は狩人であって便利屋じゃねえ。后にはお前がどうしても会いたくないと言っていたとでも伝えておくさ」

 

 

そう言い残し、手をヒラヒラと振りながら狩人は歩き去っていきました。

 

狩人は城へと戻って、后へと白雪姫がどうしても来たくないという報告を行いました。

 

その報告を聞いて后はどうしたものかと困ってしまいます。

 

 

セラフォルー「う~ん★ これでも駄目ならどうしたら白雪姫ちゃんに会うことが出来るかしら★」

 

 

またいつも通り相談を受けた鏡は、何度も何度も妹に関することだけに相談を受けていたためにウンザリとしていました。

 

もうどうでもいいやとばかりに適当に助言を与えます。

 

 

グレイフィア「なら、后が后だとばれないように変装でもして会いに行ったらどうですか?」

 

 

その言葉に后は目から鱗とばかりに大きく眼を見開いて感心します。

 

 

セラフォルー「それは思いつかなかったわ☆ その手が有ったわね☆」

 

グレイフィア「絶対にばれないように、魔女などに変装してはどうでしょう?」

 

セラフォルー「そうね☆ よーし☆ 待っててね☆ 白雪姫ちゃん☆」

 

 

そうして后はいつも着ている漆黒の色をしていながらも、優美かつ妖艶なドレスから后が思う魔女の服装へと着替えていきます。

 

ヒラヒラとしたフリルの大量についた膝上のスカートに、リボンの取り付けられた胴衣。そして肘くらいまでの長さの指貫グローブを着けて、その手には星と翼の装飾の成されたステッキを持っています。

 

魔女へと変装した后は、その出来を鏡へと確かめます。

 

 

セラフォルー「じゃん☆ 鏡よ鏡よ☆ これ、似合ってるかな☆」

 

 

もうどうしようもないと悟った鏡は、適当に答えました。

 

 

グレイフィア「ええ、とてもお似合いになっていますよ(棒読み)」

 

 

その言葉に機嫌を良くした后は、意気揚々と白雪姫へと会いに行きます。

 

その手に持ったその国最高級のリンゴを白雪姫が食べた時の笑顔を想像して、その顔はデレデレと緩んでいます。

 

民からの「ああ、またか」という注目をまったく気にしないで白雪姫の下へと辿りついた魔女に扮した后は、その手に持つリンゴを白雪姫へと渡そうとします。

 

 

セラフォルー「そこの人☆ このとてもとても美味しいリンゴはいらないかしら☆」

 

ソーナ「……何やっているの? お姉さま」

 

 

しかし、その変装は一発でばれてしまいました。

 

そのことに后は大層驚いてしまいます。

 

 

セラフォルー「ええ!? 変装しているのにどうしてわかったの?」

 

ソーナ「……顔が隠れていないじゃないですか。姉妹の顔を忘れる程私は薄情じゃないつもりです」

 

 

白雪姫の口から出た「姉妹」という言葉に、当初の目的をすっかり忘れて喜びます。

 

その手に持つリンゴを笑顔で白雪姫へと手渡したのでした。

 

 

セラフォルー「えへへ☆ じゃあ、白雪姫ちゃん☆ このリンゴ、食べてくれる?」

 

ソーナ「……ええ、ありがとうございます」

 

 

そうして白雪姫が受け取ったリンゴをシャクリ、シャクリと食べていくのを、后はニコニコと笑みを浮かべて眺めているのでした。

 

白雪姫も、その顔を照れによって赤くしながらも、口元には喜びから浮かぶ笑みがありました。

 

どうやら、何だかんだ言いつつも白雪姫も姉のことを嫌ってはいなかったようです。

 

 

こうして、良好な仲の姉妹を持った王国は、王家のお家騒動などが起こることもなく、ときたまドタバタとした騒ぎを起こしつつもいつまでも平和でいることが出来たのでしたとさ

 

めでたし、めでたし。

 

 

 

王子様()「白雪姫とのキスが出来ると聞いてスタんばってたのによ……。へへっ……あれ? 何でだろ。眼から水が出てきた……。」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

裸の王様

 

 

むかしむかし、あるところに、いつも裸でいるという王様がいました。

 

 

王様(チチオ=モンデヤル)「フ、フヒヒ。国民全員からの視姦プレイだなんて堪らないよぉ。……あっ」

 

 

余りにも変態すぎた王様がいたその国は国民が耐えることが出来ず、遂にはクーデターが起こってしまいます。

 

裸の王様は捕まり、服を着させられた上で牢屋へと幽閉されてしまうのでした。

 

 

チチオ「こ、今度は放置プレイかぁ。こ、これはこれでイイ。……あっ」

 

 

どうやらどこに居ても王様の変態はもう手遅れだったようでした。

 

その後、裸の王様から王権を捥ぎ取った裸じゃない王様は、きちんとその国を栄えさせることが出来ましたとさ。

 

めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

桃太郎②

 

 

むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。

 

 

お爺さん(グレモリー郷)「ふむ。確かに年齢で言えばお爺さん等と言う言葉では収まらないがね」

 

お婆さん(ヴェネラナ夫人)「あらあらまあまあ」

 

 

大層仲の良かったおじいさんとおばあさんですが、唯一子宝には恵まれませんでした。

 

それでも文句を言うこともなく、いつも通りに2人は過ごしていきます。

 

おじいさんは山へ芝刈りに。

 

おばあさんは川へ洗濯に行きました。

 

 

おばあさん「ふう。いつもいつもお布団を洗うのはしんどいわねぇ」

 

 

と、そんな風におばあさんが洗濯をしていると、川上から桃がどんぶらこ~、どんぶらこ~と流されてきます。

 

それを見たおばあさんは思いました。

 

 

ヴェネラナ「大層美味しそうな桃だこと。家に持ち帰っておじいさんと一緒に食べましょう」

 

 

その桃を取ったおばあさんは、洗濯を終えて家へと帰ってきました。

 

芝刈りを終えて帰ってきたおじいさんと一緒の夕食を終えたおばあさんは、川から以って帰ってきた桃をおじいさんと一緒に食べようと思い、果皮を綺麗に剥き、食べやすい大きさに切っていきました。

 

黄金のように果肉は輝き、その身からは芳醇な香りを放つ果汁をしとどに滴らせています。その様子は口に含んでもいないのにその口の端から唾液が垂れてきそうな程に美味しそうです。

 

おじいさんとおばあさんはまるで飢餓寸前まで餓えていた旅人が久しぶりに食べた食事のようにペロリと桃を全て食べ終えました。

 

するとどうでしょう。

 

その桃に滋養強壮の効果でもあったのか、おじいさんは体の底から元気が漲り、おばあさんはまるで赤子の湯上り卵肌のようにモチモチとした張りをその肌に蘇らせています。

 

 

グレモリー郷「今日のお前は一段と美しいな……」

 

ヴェネラナ「あなたこそ、今日は一段と逞しく見えます……」

 

 

その後一夜を過ごした日から十月十日後、おばあさんのその大きな桃から玉のような赤子が出てきました。

 

これもあの桃のおかげだと思ったおじいさんとおばあさんは、その赤子に「桃太郎」と名付けました。

 

桃太郎と名付けられた赤子は、すくすくと大きく育っていきます。

 

そうして桃太郎が大きく育った頃、おじいさんとおばあさん、そして桃太郎が住んでいる村にある1つの噂が届きました。

 

それは「鬼が島に住んでいるという鬼が、付近の村に住んでいるものを苦しめている」というものです。

 

その噂を耳にした桃太郎は、許せないとばかりに義憤を燃やし、ある1つの決意をおじいさんとおばあさんに打ち明けるのでした。

 

 

桃太郎(リアス)「おじいさん、おばあさん。私は今暴れているという鬼を許すことは出来ないの。……だから、鬼退治に出掛けるわ!」

 

 

その桃太郎の決意が固いことを悟ったおじいさんとおばあさんは、せめて桃太郎の役に立つようにと、桃太郎に剣や鎧などの装備を与えます。

 

その装備で身を整えた桃太郎は、気合を入れて鬼退治へと出立しました。

 

 

リアス「とはいえ、私1人では鬼退治するのは無理でしょうね。……どこかに味方となってくれるものは居ないかしら?」

 

 

そう思いながら桃太郎が鬼が島への道程を歩んでいくと、とある1つの影がその眼に映りました。

 

それは、鬼などモノともしないだろう風格を漂わせている犬でした。

 

彼なら或いは、と思ったリアスは彼を仲間とするべく話しかけました。

 

 

リアス「ねえ、私と一緒について来てくれないかしら?」

 

 

その胸に付いている大きな吉備団子を強調しながら桃太郎はそう持ちかけましたが、しかし犬は興味なさげに一瞥しただけでした。

 

 

(ヴァーリ)「すまないな。同行するメリットが見出せない」

 

 

その言葉に秘かに自分の吉備団子に自信の有った桃太郎は落ち込んでしまいます。

 

しかし、諦めることなく犬を引き続き勧誘をするのでした。

 

 

リアス「ほら、大きな吉備団子をちょっとだけ分け与えてもいいのよ?」

 

 

そう顔を赤くしながらも、何とか余裕そうな表情を取り繕って犬へと話しかける桃太郎でしたが、犬はどうでもいいとその視線で言いながらもそっけなく断ります。

 

 

ヴァーリ「すまないが、興味が無いんでね。話はそれだけかな? じゃあ失礼させてもらうよ」

 

 

そう言われた桃太郎は羞恥で耳まで真っ赤にしながらも、背を向けて歩いていく犬へと一縷の望みを懸けて話しかけました。

 

 

リアス「待って! 巷を騒がせている鬼と戦うにはあなたの力が必要なの!」

 

 

その言葉にピクリ、と反応した犬は、持ったいぶって振り返りながらも、しかしその顔には獰猛な餓狼のような笑みが張り付いています。

 

 

ヴァーリ「そうか……。なら、仕方ないから同行しようか」

 

 

その顔はどうみても「鬼と戦うのが楽しみです」と書いていましたが、桃太郎はそれにはツッコミませんでした。

 

犬を仲間にした桃太郎は釈然としない気持ちを抱えながらも引き続き鬼が島への道程を進んでいきます。

 

仲間が犬だけでは心もとない。何者か居ないかしらと、頭を悩ませていた桃太郎でしたが、都合が良い事に、道の側に生えている木の枝に腰掛けている猿を見つけます。

 

中華鎧を着込んだ猿は、見た目からしてもう歴戦の猛者といった風情です。

 

その猿を仲間にしようと桃太郎は話しかけます。

 

 

リアス「ねえ、私と一緒に来てくれないかしら?」

 

 

その胸に付いている大きな吉備団子を強調しながらの桃太郎の言葉に、しかし猿は眠そうに欠伸をして返しました。

 

 

(美猴)「何で俺っちがあんたに着いていかなきゃいけないのかねぃ。お断りだねぃ」

 

 

その言葉に自分の容姿への自信が揺らぎそうになりながらも、しかし桃太郎は諦めず猿へと話し続けます。

 

 

リアス「着いてくれば大きな吉備団子を少し分け与えてもいいわよ?」

 

 

やはり羞恥から顔を赤くしている桃太郎でしたが、猿はその顔を歪めて桃太郎へと答えました。

 

 

美猴「下品な女は好みじゃないねぃ。話はそれだけかい? 俺っちは今から昼寝さしてもらうぜぃ」

 

 

そう言って猿は本当に眼を閉じました。

 

それを見た桃太郎は額に青筋を浮かべて、俯きながらぼそっと呟きます。

 

 

リアス「着いて来たら鬼と戦えるわよ……?」

 

 

その言葉にピクッと反応した猿は、眼を開けてその顔に猛獣のような笑みを浮かべています。

 

 

美猴「仕方ないねぃ。着いていってやるよ」

 

 

そう言っていますが、その言葉の前には絶対に「鬼と戦いたくて」と付いているだろうと桃太郎はツッコミたくなりましたが、何とか抑えてツッコミませんでした。

 

そうして犬に加えて猿も仲間として鬼が島へと出発した桃太郎でしたが、後1人くらい仲間が欲しいなと思っていました。

 

そう思っていた桃太郎の前に、その腰に神聖な雰囲気を醸し出す剣を佩いている雉が現れます。

 

もう絶対強いだろこれと、その剣で証明している雉を仲間にするべく桃太郎は話しかけました。

 

 

リアス「鬼退治にいくからいいから私に着いてきなさい」

 

 

もう今までのパターンからこの雉の性格をある程度推測していた桃太郎は、その胸に付いている吉備団子を強調することなくそう言いました。

 

その言葉に雉はその顔に猛禽のような笑みを浮かべて答えます。

 

 

(アーサー=ペンドラゴン)「大きな吉備団子には興味ありませんが、そう言われては仕方ありませんね。良いでしょう。着いていきます」

 

 

そう言っている雉ですが、その笑みはもう「今日の俺は鬼の血に餓えている」と宣言しているも同然で、桃太郎は思わずツッコミたくなりました。

 

ついでにこの雉が小さな吉備団子派だと分かったので、桃太郎はもう自分の吉備団子への自信が木っ端微塵となって砕け散りました。

 

「おかしいのはこの犬と猿と雉なのよ。そうよ、絶対にそう」と自身に言い聞かせながら鬼が島へと歩いていきます。

 

鬼が島に程近い漁村へと辿りついた桃太郎一行は、その漁村で一泊した後、小船を借りて鬼が島へと旅立ちました。

 

櫂を漕いで進んでいっていると、桃太郎たちの眼に鬼が島が見えてきました。

 

上陸するまでも無く威圧感を放っているその威容に、桃太郎はごくりと生唾を飲み込み、犬、猿、雉は笑みを深めます。

 

何とか冷や汗を押さえながらも船を進めて、桃太郎は鬼が島へと上陸しました。

 

そして、威勢良く名乗り上げて鬼へと宣戦布告します。

 

 

リアス「我こそは巷を騒がす鬼を退治しようとやってきた桃太郎よ! この私と真っ向から立ち向かおうという鬼は居ないのか!?」

 

 

その言葉に島の奥から続々と鬼が姿を表します。

 

 

鬼①(逆鬼)「まったく、何なんだあ。この昼間っぱらからよお」

 

鬼②(アーガード)「フハハ! 中々気持ちの良い挑戦者も居るものだな!」

 

鬼③(シルクァッド)「無謀なことには変わりないわいのう」

 

鬼の長老(長老)「ヌッハー!! それじゃあちょっぴり張り切ってお迎えしようかの!!」

 

 

鬼が島から出てきたその鬼たちの見た目から感じ取れる戦力に、桃太郎は青褪め、犬、猿、雉は色めき立ちました。

 

 

ヴァーリ「これは着いてきた甲斐も有ったと言うものだ!!」

 

美猴「まったくもってその通りだねぃ!!」

 

アーサー「ふふ! これは血湧き肉踊りますね!!」

 

リアス「ちょっ、おまっ」

 

 

そうして桃太郎一行と鬼たちが激突します!

 

犬、猿、雉と鬼たちが激闘を繰り広げている横では、桃太郎が鬼の攻撃に吹き飛ばされ宙を舞っていました。

 

 

リアス「こんなの、鬼退治なんて無理に決まってるじゃなーーーい!!」

 

 

桃太郎が敗れた後も健闘していた犬、猿、雉ですが、しかし鬼達の強大な力に敗れ去ってしまいます。

 

しかし、鬼達と意気投合した犬、猿、雉は、いつでも鬼と戦えるということで鬼が島へと残ることへとなり、そして彼らの保護者扱いをされた桃太郎も鬼が島に残ることになりました。

 

その後、桃太郎一行を戦力に加えた鬼が島は、数々の勢力を飲み込み、併合し、一大国家を築き上げることになります。

 

めでたし、めでたし。

 

 

 

リアス「こらーーっ!! そこっ!! 暴れて家とかを壊さない!! うぅ……なんでこんなことに……。胃が……、胃が痛い……」

 




元ネタ……昔話です。

作中でも言ってるようにギャグ漫画に良くある昔話のパロディです。シンデレラが思いついたので、他の話も作り上げてしまいましたので投稿しますた。


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序章
1 されど転生者は神と踊る


ていうわけで兼一とD×Dのクロスの始まりです。
更新は不定期になると思いますがどうぞよろしくお願いします


イジメ――それは、善良な人が聞けば口を揃えて「いけないことだ。」と言うであろう事柄だ。しかし、多くの人々がそう認識しているにも関わらず、絶対に無くなることはないと断言できる類のものでもある。それは最早人間の本能に根ざした行動とも言えるだろう。

 

そして、某県某所の高等学校―――ここでもまた、イジメられている人間とイジメる人間が生まれていた。直接的な暴力を振るっているわけではない―痣などが残ると厄介なため―が、それでもカツ上げや、それに関わって自らも巻き込まれるのを恐れたための無視等のことは行われていた。

 

無論、誰が悪いのか、と言われればイジメる方が悪いに決まってるのだが、イジメられる方にも問題が無いわけではない。イジメられるのが嫌なら一言「やめて」と言うなり、周りに相談して教師や親、教育委員会等を頼るなりすればいい話だからだ。

 

「そんなことを言う勇気があるなら初めからイジメられて無いって」という言い分もあるだろう。なるほど、それは正論かもしれない。

 

そして、この高校でイジメられている少年―名を福島裕也―もその例に漏れず、それらの行動を起こす勇気が湧いてこずにイジメられる現状に甘んじている弱気で内気な少年だ。

 

体格は中肉中背で、眉毛の上で前髪は切りそろえ耳は出す程度に、後ろ襟も長すぎず短すぎずで特に整髪剤を付けたりせず寝癖を整えただけの髪型に、近視ゆえに掛けている眼鏡。まるで「真面目な普通の高校生を描け」と言われて描かれたような容姿の少年だ。

 

その容姿が与える印象に違うことなく、運動神経は並。成績は勉強しているため中の上。趣味は読書にゲームや漫画。彼女いない暦=年齢。とまるでどこにでもいる少年だった。

 

しかし、どこの学校にもいる不良グループ的な連中に目を付けられたのが運のつき、裕也はイジメられることとなった。

 

裕也は弱気で内気だが善良な性格だった。優しい性格をしていると言ってもいい。ともかく、その性格のおかげで中学まではイジメられることなどなかったために、裕也としてもこのイジメにはまいっていた。

 

しかし、先も言ったように弱気で内気な裕也は「やめて」と言うことも助けを求めることも出来ず、その結果イジメがさらにエスカレートし、と完全に悪循環に陥っているのだった。

 

「はぁ~。なんとかしないといけないよなぁ。」

 

帰宅途中に漫画の新刊を買うために本屋に立ち寄りながら独り呟く。しかし、頭では「何とかしないと。」とわかっていても勇気は沸いてきはしない。思考と感情、心は別物なのだ。どうしても「もっと酷いことをされたらどうしよう。」という思いが頭からこびり付いて離れず、恐怖が沸き立ってくるのである。

 

と、その時裕也の目に1つの新刊が映る。それは裕也のお気に入りの漫画で、買い集めているものの1つであった。

 

「お、ケンイチ最新刊出たんだ。買い買いっと。」

 

裕也が手に取ったのは「史上最強の弟子ケンイチ」という漫画だ。これは小学校から中学、さらには高校に上がってもイジメられっ子だった「白浜兼一」という少年が、「誰もが見て見ぬ振りをする悪を倒せるようになりたい」「間違ってることは間違ってると、正しいことは正しいと言えるようになりたい」「大切な人を守れるようになりたい」という信念のもと成長していくストーリーの漫画である。

 

高校に入ってからイジメられるようになった裕也は、イジメられっ子が成長していくというこの漫画に嵌り、1巻から全部集めているというわけだ。

 

「はぁ~。俺も兼一みたいに強くなれたらなぁ。」

 

そう思っていても実際に行動しなければ意味が無い。兼一が(漫画とは言え)成長できたのは努力したからで、思っていても努力しない者に成長はありえないのだ。

 

「すいませ~ん。これ買います。」

 

「420円になります。」

 

「はい。」

 

「ちょうどお預かりします。ありがとうございました。」

 

そうして、裕也は「史上最強の弟子ケンイチ」を購入し本屋を出た。その顔は現在憂鬱な事情を抱えてるとは言え、楽しみにしている漫画の続きを読むことが出来る喜色に満ちている。

 

そうして道草も終わらせ、家に帰ろうとしてしばらくしたところ。家の近くの公園が目に入ったところでその光景が目に入った。

 

子供が無邪気に遊んでる姿。それだけなら微笑ましい物だろう。だが、ボールを使って公園の入り口近くで遊ぶ姿は同時に危なっかしさも見ている者に抱かせる。

 

裕也はついその子供達の周りを見回した。遊んでる子供達を監督する大人はいないかを捜したのだ。しかし、周りには井戸端会議に夢中で子供達の様子に気づいた大人はいない。

 

(危ないなぁ。もう。)

 

まるで漫画や小説などでよくある危ないことが起こる場面に、思わず裕也は眉をしかめる。まぁ、実際はそんなことが頻繁に起こる訳ではないだろうが、心臓に悪いことは変わらない。

 

と、その時。子供達が遊んでいたボールがポ~ンと跳ね、公園の外の道路に飛び出してきた。そして、それを取ろうと子供も飛び出そうとして・・・

 

(危ないっ!)

 

しかし、裕也の目にはそれが見えていた。おそらく子供は気づいていないだろうが、そのボールが飛び出した道路を走っている車の姿を。

 

子供も、そして運転手も互いの存在に気づいていない。裕也の位置からは両方が見えているが、互いが死角にいて気づいていないのだ。

 

そのことに裕也が気づく前に、裕也は咄嗟に飛び出していた。それは無意識のうちの行動だった。何故?と問いかけられても裕也自身「そんなものは自分が聞きたい。」というだろう。

 

そして子供はボールを取ろうと道路に飛び出した。そしてそれに気づいた運転手が咄嗟にブレーキを踏みつける。しかし遅い。どうしようもなく時間と距離が足りなかった。

 

ドガンッッ!!!

 

何かを跳ねた感触と音がした運転手は顔を青ざめさせる。そして子供を跳ねたと思い扉を開けて外に出た。

 

しかし、そこで倒れていたのは運転手が想像した幼子では無かった。倒れていたのは少年だった。眼鏡をかけていた。中肉中背の体格だった。イジメに対してただ一言「やめて」とも言えないような弱気で内気な少年だった。倒れていたのは・・・福島裕也だった。

 

運転手が周りを見回してみると、歩道に子供が倒れて、こちらに信じられないような目を向けていた。そう裕也が咄嗟に子供を突き飛ばして代わりに轢かれてしまったのだ。

 

「お、おい!大丈夫かね!君!」

 

運転手の男は裕也に声を掛けるが、裕也には聞こえていなかった。目が霞み、耳も聞こえなくなり、体が冷たくなるような感覚とともに意識が遠くなっていっていたからだ。裕也は漠然と理解した。「これが死か。」と。

 

(この年で死んじゃうのか。嫌だなぁ。でも、子供を守って死ぬなんて、幾分マシな死に方だよね。)

 

横では運転手の男が必死になって救急車を呼ぼうとしているが、裕也はもうすでに諦めていた。理解していたのだ。もうすでに助からないと。

 

(さようなら、父さん、母さん・・・。)

 

こうして、福島裕也の短い人生は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

ハズだった。

 

「と、言うわけでぇ。今からお前転生させるから。理解したか?(ドゥーユーアンダースタン)

 

「は、はぁ。」

 

目の前にいる男の言に乾いた返事しか返すことの出来ない裕也であった。それはそうだろう。いきなりこんなことを言われて混乱しない人間はかなりの修羅場を経験してるか、どっかおかしいか、夢だと思っているやつくらいだろう。

ちなみにどんな話だったのかを3行で説明すると。

 

間違ってお前殺しちゃった♪

     ↓

これはヤベェ!

     ↓

じゃぁ転生させたらいいじゃん!←今ここ

 

という具合である。テンプレテンプレ。

裕也もオタクな友人がいるため、所謂2次創作や、その中の転生物の存在は知ってはいたが、まさか本当に存在し、そして自分が巻き込まれるとは・・・。

 

「さて、というわけで特典は何にする?」

 

「はぁ、特典ですか。」

 

「そうだ、特典だ。無限の剣製か?王の財宝か?何でもは無理だが大抵のもんならお前が行く世界に合わせて調整した上で与えてやるぞ。」

 

「そうですか。」

 

そう言われ裕也は考え込む。裕也も漫画やゲームが好きな人間だ。そう言われれば欲しくなる能力や道具の1つや2つはある。

 

ちなみに裕也はこれが夢とは考えていない。何故なら先ほどの死の感覚は余りに濃く、未だに他の事を考えていないと恐怖に震えてしまいそうになるからだ。

 

(どんなのがいいかなぁ。色々あって悩んじゃうよ。)

 

そうやって考え込んでいると、1つの漫画が思い浮かぶ。それは「史上最強の弟子ケンイチ」。死ぬ直前に買った漫画だ。

 

(そう言えば「ケンイチ」に書いてあったっけ。中途半端な力ほど危ないって。)

 

そう。確かにそう描写していたことを覚えている。中途半端な力を持つと目的の為に力を振るうのでは無く、力に飲まれ、力そのものの為に力を振るう修羅道に落ちると。そしてそれは今さらながらに実感となって裕也は理解した。

 

今まさに、裕也が他者から力を与えられるとわかってその力を振るうのが楽しみになってしまっていたからだ。いきなり力を与えると言われ、仕方ないこととは言えこれはまずいと裕也は思う。

 

(待てよ。「ケンイチ」か・・・。兼一も初めから強かったわけでも、才能があったわけでも無いんだよな・・・。それでも強くなれた。僕も兼一みたいに強くなりたい。強く生きたい!)

 

裕也の中でその思いが膨らんでいく。ただ力を持つだけではない。その力を振るう信念と覚悟を持ち、心を強く持って生きていきたいと。

 

と、そう考えているととあることが閃いた。それはまるで天啓のようだと裕也は思った。その考えが浮かぶとそれがとてもいい考えのように思え、それ以外の考えが浮かんでこなかった。

 

(そうだ。兼一だって初めから強かったわけでも、独力で強くなったわけでもない。兼一が強くなれたのは師匠がいたからだ。なら・・・!)

 

「特典は決めたよ。」

 

「ほぅ。どんなのにするんだ?」

 

その言葉に裕也はニヤリという不敵な笑みを浮かべる。自身が考え付いたアイディアがによほど自信があるのだろう。そして裕也はその考えを口にした。

 

「漫画「史上最強の弟子ケンイチ」に出てくる特A級の達人級が住む異空間を作り、そこに入れるようにしてほしい。」

 

「ほぅ。それはそれは・・・。」

 

「言ってみたら「ネギま!」に出てくる別荘に達人級の面々が住んでるみたいな物かな?そんな感じにしてほしいんだ。」

 

「良いだろう。ついでだ。その漫画で出てくる主要なキャラも達人級にしてそこに住んでるようにしてやろう。」

 

「本当かっ!」

 

「あぁ、サービスというやつだ。」

 

「やったぁ!」

 

その言葉に裕也は歓喜した。兼一や風林寺美羽や新白連合の幹部面々やYOMIが達人級に成長した姿が見れる!それは1作品のファンとしては諸手を挙げて喜びたい事態だった。

 

(これで梁山泊の面々や他の達人にも鍛えてもらえる!ただ他人から力をもらうんじゃなくて自分で強くなれる!)

 

ただ力を手に入れるのではなく、兼一のように強くなれる。さらに、好きな漫画のキャラに鍛えてもらえる。まだ可能性の段階だが、その事実に裕也は内心とても舞い上がっていた。

 

そう、自らはもう死んでおり、両親や友人にもう会えないということを忘れるくらいには。

 

「それじゃぁ手続きは終わりだ。後ろの扉をくぐれば転生になる。」

 

「あっ。」

 

(そうだ。僕は死んだんだ・・・。もう皆には会えないんだ。)

 

今更ながらにその事実に心のうちが痛くなる。もう会えない。大切な人たちには。悲しい、寂しい、そんな気持ちがまるで雪のように裕也の心に降り積もっていく。

でも、それでも!

 

(未練はある。後悔だってきっとある。悲しい気持ちも寂しい気持ちだって。でも!僕は強くなるって決めた。忘れるわけじゃない。捨てるわけにもいかない。この気持ちを胸に抱いて、それでも前を向いて歩いていこうっ!)

 

涙が滲む。視界が霞む。足だって重い。もしかしたらこれは夢なんじゃ?という思いだって消えはしない。でも、それでも裕也は一歩一歩歩き、そして扉の前に立った。

 

この扉を潜ればそこには新たなる世界、新たなる生が待っている。だから、足踏みしている暇はない。躊躇う意味も無い!

 

裕也は目を擦り涙を拭く。そして目を瞑り、開けた時にはその眼の中にはまだまだ弱いながらも覚悟の火が灯っていた。

 

(さようなら、皆。皆に見せることはもう叶わないけど、僕は強く生きてみせます!)

 

そして扉を開き、その足を踏み出した。その一歩は距離にしたら短いだろう。だけど、裕也の心の内では大きな一歩だった。

 

こうして福島裕也は転生した。




後数回プロローグ予定。
原作は入れるよう頑張ります^^;


題名元ネタ・・・されど罪人は竜と踊る


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2 誕生と決意と修業地獄

プロローグの2話目です。1に比べて少し短いです。


その日、とある1つの家は騒然としていた雰囲気に包まれていた。家長は落ち着きをなくし、その妻もその顔に焦りの色を浮かべている。何が彼らをそこまで不安に駆り立たせるのか?

 

それは、今年4歳になる彼らの愛の結晶である愛息子が高熱にうなされているからだった。それも尋常じゃないほどの高熱だ。体温計が42℃を指した時彼らは故障かと疑った。しかし、何回計ってもその数値は変わりなく、また、病院にかかっても同じ数値を出したのだからその現実を認めるしかなかった。

 

原因不明の高熱。病院でも対処のしようが無いと聞いた彼らは、せめて家で付きっ切りで看病しようとしたのだった。

 

その高熱に魘されている少年の名は風林寺 翔(ふうりんじ かける)。その家の騒動の渦中にいる彼は現在、高熱に苦しみながらも1つの夢を見ていた。

 

それは1人の少年の人生の記憶。取り立てて特別な所など無かったが、それでも最後の最後で勇気を出して散っていった。そのはずだったのだが、2度目の生を得る権利を得て、今度こそは強く生きようと決意した少年の想いを翔は追体験していた。

 

それは小さな少年に取っては余りに大きな情報量。故に脳はオバーロードし、少年を高熱が襲っているのだった。

 

それから一週間もの間翔は夢を見続け、高熱に魘され続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

熱が引き、目が覚めた翔は前世の記憶と、そして自らの能力についての知識を手に入れていた。しかし、あくまで意識は風林寺 翔のままだ。「風林寺 翔」という人格の持ち主が「福島 裕也」という前世の記憶を持っている感覚に近い。

 

しかし、両親の教育の賜物か、あるいは魂が同じだからか。翔もまた裕也と同じく弱気で内気だが善良で優しい性格をしていた。

 

そして、翔は大きな衝撃を受けていた。或いは感銘と言ってもいいかもしれない。裕也の最後の「強く生きたい」という想いに感動し、自らもそうなりたいという想いが泉のように滾々と湧き出し、翔の胸のうちを満たしていた。

 

(僕には「強くなる」ということがどういうものかはまだよくわからないけど、でも、それでも彼の最期の想いを叶えてあげたい。)

 

そして、翔にはそのための手段が備わっていた。そう、裕也が神に頼んでいた特典である。神はその特典の名前や使い方、そしてその概要などをきちんと翔に与えてくれていたのだった。

 

(ワン・オフの神器(セイクリッド・ギア)。僕だけのための達人達の住む異空間か。)

 

その名を武術家の楽園(ユートピア・オブ・マスターアーツ)。「史上最強の弟子ケンイチ」に出てくる主要なキャラ達が住む異空間。その空間はまさに武術家たちにとっては楽園で、山、川、海、密林、雪山、火山、砂漠、など修行する場に困ることは無く、また修行道具や、それを作るための機材。さらに快適な居住スペースまであるという至れり尽くせりな不思議空間だ。

 

翔や翔が許可を出した上で翔に害意や敵意、殺意に警戒心などを抱いていない人物のみが入ることが出来る。そこに住む達人達はある意味で魂だけの存在みたいなものなので、あくまで外の人間が中に入ることは出来るが達人達が外に出ることは出来ない。

 

外面に干渉することは出来ないため、攻撃能力などは皆無だが、これほど自らを鍛えるのに相応しい神器も存在しないだろう。何せ中に存在するのは自らの肉体とその操作方法を極めた達人と呼ばれる人種なのだ。

 

(僕にはまだ漠然とした想いしかないし、信念と呼ばれるものじゃないかもしれないけれど・・・。でも、強く生きたいという想いは本物のはずだ!)

 

そうして翔は決意する。両親は普通の社会人で、自らはその息子の普通の人間だが、自らの体と心を鍛え、強く生きていくことを。

 

この日、風林寺 翔は武術家に成ることを決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「も、もう死ぬ!!!!いや、いっそ殺せ~~~~!!!!」

 

まだ年若い、というよりは幼いと形容されそうな高い声が、意味不明な叫びを上げていた。その叫び声には必死な色が見え隠れしており、ある意味で悲痛ささえ感じさせる。

 

が、その程度のことで彼に手心を加えるような人種は残念ながらここには存在していなかった。

 

「ははは、何を言っているんだい翔君。この程度で人は死にはしないよ。」

 

そう笑うのは胴着に袴を穿いている男性。口ひげが特徴的で、髪が左右に跳ねている。彼の名は岬越寺秋雨。哲学する柔術家の異名を取る柔術の特A級の達人である。

 

そんな彼が何をしているかというと、団扇を仰いで火を調節していた。それだけならばキャンプなどでも見かける光景だろう。あくまでその上で人が括り付けられていなければの話だが。

 

そう、人が炙られているのだ。木製の鉄棒に足を括り付けられ、火が直接あたって燃えないようにしているものの、熱いのは変わらないし、火傷するのも変わらない。まるでも何も拷問そのものだった。

 

しかし、これは拷問では無い。あくまで修行なのだ。その名も「するめ踊り(名前をつければ良いというものじゃない)」。腹筋と背筋を鍛える基礎鍛錬である。腹が熱くなって火傷する前に背中を向け、背中が火傷する前に腹を向け・・・、と本人の意思とは関係無く、限界以上の力を出すことにより効率的に腹筋背筋を鍛えることが出来る上に、精神も鍛えることが出来るというお得鍛錬である。

 

しかし、あくまでお得なのは師匠にとってだろう。やっている本人にとっては堪ったものではなかった。

 

しかし、こんなものはここでは日常茶飯事である。誰かしらの達人が翔を鍛え、そして翔が悲鳴を上げるなんてものはここの住人にとってはもう見慣れた光景なのであった。

 

あの日、翔が強くなる決意をした日。翔は自らの神器である武術家の楽園に入り、まずは梁山泊の面々に自らを鍛えるように頼み込んだ。初めは幼子故にそこまで強い思いじゃないだろうとNOを出されていたが、強く頼み込むと折れて鍛えてくれるようになったのだった。

 

そうして鍛え始めると、翔が中々に筋が良いことが判明。梁山泊の面々が面白がって色々な武術を叩き込もうと画策していると、元の世界では絶対に相容れないであろう闇の面々が合流。この世界では人を殺すことも無いため比較的対立していなかったことにより話し合いが為された。

 

その結果、「活人拳の梁山泊と殺人拳の闇の両方の教えを受けた存在が出来上がったら面白いんじゃね?」という結論に達し、そのどちらを選ぶかは当人に任せ、取り合えず色んなことを叩き込んでいこう。と言うことと相成ったのであった。

 

翔はもちろん普通の善良な人間のため活人拳を選び、しかし武術に関しては様々な達人から教えを受けるという贅沢な環境が出来上がった。

 

そんなわけで鍛え始めてから5年が経ち、色々な達人達と触れ合ったり、外で大切な友人が出来たりすることで「大切な人を守るために強くなる」と強く思うようになり、今現在も修行に励んでいるというわけである。

 

しかし、その修行も壮絶極まるものであるために、初めのような叫び声がよく上がるという訳なのだった。

 

今現在の翔の段階はあくまで体の基礎と各武術の基礎の基礎を叩き込まれている最中。教えを受けている武術の数が多いだけに、基礎を叩き込むだけでも時間が掛かる。高度な技はまだまだ先、という段階だった。

 

しかしこれも師匠達の計画の内。体が出来上がらないうちは高度な技は教えずに、ひたすら基礎工事に従事しようと決められているのであった。

 

「じぇ、じぇろにも~~~~~!!!!」

 

そんなわけで、翔の修行の日々は続いていくのであった。




題名の元ネタ・・・バカとテストと召喚獣


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3 stray cat

プロローグ3です。

原作入るまではプロローグの予定です。


爽やかな陽光が降り注ぐ4月の中旬の頃、桜は咲き乱れそこかしこで命の芽吹きを感じる季節になっている。空はまるで新たな生活を始める人々を祝福するかのように快晴で、雲1つ見受けられない。そんな天気に触発されるかのように賑やかな雰囲気に包まれている通学路に、その晴れやかな天気にそぐわない陰鬱な気配を撒き散らす1人の少年がいた。

 

短めの金髪に碧の美しい眼。身長は160センチほどとその年齢の平均に比べて高く、長袖長ズボンで一見すると細身に見えるが、よく見ると鍛えこまれた肉体を持っている。一見すると外国人に見えなくもないが、紛れも無く日本人の血を引いている少年だ。

 

その名は風林寺 翔。12歳。今年晴れて中学生になれた少年である。

 

普通の人なら何もしなくても中学生にはなれるものだが、翔にとってはやはり中学生になれた、という表現が妥当だろう。なにせ彼は普通からは程遠い少年であるからして、一般人とは言えないのだ。多少どころか大分世間一般の意味するところの「普通」からは縁遠い少年である。

 

(あぁ、まだ生きてるんだな、僕。)

 

そう、翔が武術の修行を始めてから早8年。どんどん修行はエスカレートしていき、高度な技の鍛錬も混じるようになってからはまさしく魂が磨り減る思いをすることも少なくない。

 

しかし、その甲斐あってか翔の実力は順調に伸びており、12歳の誕生日くらいの段階で妙手の段階に到れているのは正に師匠達の指導の上手さと翔の努力の賜物と言えるだろう。

 

ちなみに、妙手とは武術家のレベルを表す言葉で、弟子と達人の武術家の間に挟まるレベルのことだ。当たり前の話だが、弟子のレベルを卒業してすぐに達人の領域に到れるわけでもなく、弟子と達人の狭間に当たる妙手の段階が一番幅広い。そのため、武術家の中では一番不安定な時期で、力に飲まれ修羅道に陥り安い時期でもある。もっとも、翔は師匠達もいるので修羅道に落ちることはないと確信している。

 

翔の年齢の段階で妙手の段階に到れているのはかなり強く、はっきり言って神童と呼んでもよいくらいだ。妙手ともなれば世間一般の常識的な話でのトップレベルの身体能力を逸脱し始める時期である。

 

閑話休題(詳しくはウィキペディアかケンイチ40巻参照)

 

さて、そんな翔も中学生になって数週間が過ぎた。だいぶ学校にも慣れ始め、自らの神器や武術を習っていることは隠しているものの、友人も出来始めていた。そんなある日の帰り道のことである。

 

翔が帰り道をいつも通り歩いていると、道路の片隅に動かない黒い塊があるのを見つけた。それが何かが気になり近寄って見てみる。まるで死んでいるかのように動かないそれの正体は黒猫であった。その様子を見るともなく観ていると翔は違和感を感じた。

 

(体中に怪我を負っている・・・。一体何が・・・。)

 

そう、ただ倒れているのではなく怪我だらけなのである。その小さい体のいたるところに傷があり、かなり痛々しい。普段は烏の濡れ羽色と評されるであろう艶やかな黒い体毛も血が付着し乾いていることによってドス黒く変色している。普通の感性を持つものならば見ているだけで心を痛めるだろう。そして翔もまた例外ではなかった

 

翔はすぐに黒猫が無事かの確認をする。師匠達から体を治すことについても薫陶を受けているため、例え動物でも応急処置くらいは可能だった。そして翔にとって、動物と言えど怪我だらけの生き物を放置すると言う選択肢は存在しない。

 

幸いなことに、傷だらけではあるものの、翔の見立てでは致命傷となるものは存在していなく、浅い呼吸をしていることからまだ無事であることが伺える。しかし、このまま放置しておけばその限りではないだろう。そう診た翔はかばんの中から清潔なタオルを取り出すと、それに黒猫を包み込み懐に抱え、なるべく黒猫の傷を刺激しない限界の速さで走り出した。

 

(猫ちゃんをほおって置けはしない!!)

 

楽園にいる人物(主に風林寺美羽と南條キサラ)の教育(洗脳)の賜物か、着実に猫好きに染まっていっている翔なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ~ん。で、ここに連れて来たってぇわけか。」

 

「はい。ここの方が治療道具も揃ってますしね。」

 

場所は変わってここは武術家の楽園の中。そこで翔は先ほど拾った黒猫の応急処置を行っていた。傷口に師匠達が調合した傷薬を塗り、そして包帯を巻いていく。

 

そんな翔に話しかけているのは鼻の上から頬にかけて真一文字に刻まれた傷痕を持つ大男。素肌の上から革ジャンを着込んでおり、その強面も相俟ってかなり怖く見える。そのせいかちょっと返事をしただけでも怒っているように勘違いされることも少なくない。

 

この男の名は逆鬼至緒。ケンカ100段の異名を持つ特A級の空手の達人で、翔の空手の師匠の2人の内の1人である。その実力は彼のライバルと比べられてどちらが空手最強かという議論をされるほど。

 

そんな師弟の話題となっているのは先程翔が学校帰りの途中で拾った傷だらけの黒猫である。翔はその言葉通り治療道具が豊富な楽園内に、治療の為に黒猫を招き入れたのであった。

 

「それに、猫を家に連れて帰ってきたのにここに入れなかったら、美羽さんとキサラさんに怒られてしまいますし。」

 

「確かに、あいつらの猫好きはかなりのモンだからなぁ。」

 

2人の口から名前が出た人物である南條キサラという女性はかなりの猫好きで、猫好きが高じてテコンドーに猫の動きを取り入れた「ネコンドー」という独自の武術を実戦の中生み出し、そしてその達人にまで至ったというほどの猫好きである。そして風林寺美羽はそのキサラと同程度の猫好きなのだ。

 

閑話休題。

 

そんな風に雑談をしながらも翔の手は止まらない。傷口を丁寧に洗い流して綺麗にし、適量の薬を塗り付け、雑菌が入って化膿しないようにガーゼを被せ、そのガーゼがずれないように圧迫しつつ、しかし体の動きを阻害しないように包帯を巻いていく。

 

「ほぉ。人とは勝手が違うだろうに、中々の手際じゃねぇか。」

 

「岬越寺師匠と馬師父から医術も教えてもらってますし、僕自身猫好きなんでそういう本を読んでますから。」

 

翔の応急処置の手際を見て逆鬼が感嘆の声を漏らす。実際、岬越寺秋雨から整体や西洋医学、馬剣星から漢方や針などの東洋医術の薫陶を受けている翔の腕前は中々のものなのだが、彼の師匠達の腕前が神業レベルに到達しているため、この程度は自慢にならないと真剣に思い込んでいる節がある翔である。

 

そんなこんなで雑談しながらも処置を終えた翔は、清潔なタオルで簡易的なベッドを作ると、そこに黒猫を寝かせる。きちんと処置が完了し、黒猫も落ち着いている様子であるのを確認すると、安堵の息をもらしながら立ち上がった。

 

「すみません、逆鬼師匠。お待たせしてしまいました。」

 

そう言って翔は頭を下げる。今日は学校から帰ってすぐの修行は逆鬼の順番だったのだが、猫の治療を行う為に待っていてもらったのだった。しかし、逆鬼はそんなことで腹を立てる程狭量ではない。何でもないように顔を横に振った。

 

「いや、サボった訳じゃねぇし、理由があるんなら仕方ねぇってことよ。ま、消費した時間の分厳しくいくけどな。」

 

「は、ははは・・・。お手柔らかにお願いします・・・。」

 

「何言ってるんだ?そんなんじゃ修業にならねぇだろ?」

 

目から怪光線を発しながらの逆鬼の言葉に、頬を引き攣らせながら乾いた笑い声を出すことしかできない翔。達人級(マスタークラス)になることを目標としている(されている)翔の修業は死ぬか死なないか、壊れるか壊れないかのギリギリのラインで行われるので、時間が短くなったとはいえいつもより厳しい、と言われると「生き残れるかな、僕」とか思っちゃったりする翔なのであった。

 

「今日は時間が短くなったから新しい技は無しだ。いつも通り基礎をやったらその後すぐに組み手をやるぞ!」

 

「はい!師匠!」

 

威勢のいい返事をして、訓練場にささった巻き藁へと向かう翔と、その隣にある太い鉄柱へと向かう逆鬼であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「いや~ん。この猫ちゃんとっても可愛らしいですわ~。」

 

「いや、まぁそうだけどさぁ。なんか普通の猫とは違う感じがするんだよね。」

 

「そうですけど、それでもこの猫ちゃんが可愛いことには変わりありませんの。」

 

その黒猫はそんな会話が耳に届いたのを合図にするかのように意識が浮上していくのを感じた。同時に開いたり閉じたりする視界で現在の状況を確認しようとし、周囲の光景がまったく見覚えの無い場所であること、そして周りにこれまた見覚えの無い2人の女性がいるのを見たところで危機感を覚え、意識を覚醒させてがばっと身を起こした。

 

――ここは?――

 

黒猫は自身に問いかけるが答えは出てこない。警戒しながらも気絶する前の状況を思い出し、すわ自分は追手に捕らえられてしまったのかと思い、身を硬くする。そんな黒猫を微笑ましそうに見る金髪に蒼い目を持つ女性―風林寺美羽―は安心させるような優しさを声音にのせて話しかけた。

 

「安心してくださいまし。きちんと傷は応急処置されていますし、ここにはあなたを傷つける人はいませんから。」

 

「ま、あのお人好しに拾われたことを感謝するんだね。」

 

その言葉に自分が治療され、包帯が巻かれていることに驚きをあらわにする黒猫。その治療は見事なもので、応急処置として考えれば完璧に近かった。

 

――まだ信用は出来ないけど、敵がいないっていうのは本当かにゃ?――

 

と、そこで黒猫は違和感に気付く。先程から自分に話しかけている女性たち。確かに動物に話しかけたりする人もいるだろう。しかし、それにしてもこの女性たちはまるで自分が言葉を理解しているのを知っているか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)のように話している雰囲気のような気がするのだ。

 

しかし、それにしては敵意は感じないし、人外の気配もしない。確かに人の気配をしているにもかかわらず、黒猫の正体を認識しているように黒猫には感じられた。

 

――いったいこの人達は何者なのかにゃ?――

 

「何者かって聞かれると、簡単に言えば達人と呼ばれる人種で、この世界の住人だとしか言えないかな。」

 

――うにゃっ?!心を読んだ!?――

 

「心は読んでませんわよ。ただ黒猫さんの表情からそうなのかなって思っただけですわ。」

 

――え~・・・。――

 

まるで心を読んでるかのような会話なのにそう思っただけって。そう思い呆れるしかない黒猫である。そもそも彼女らの話には突っ込みどころが満載すぎてどこからツッコんでいいか迷う。

 

「そう言えば自己紹介がまだでしたわね。私の名前は風林寺美羽ですわ。美羽と呼んでくださいまし。」

 

「私の名前は南條キサラ。どう呼んだってかまわないよ。ま、だんまり決め込むんならそれも1つの手さ。」

 

「・・・・・・私の名前は黒歌だにゃ。」

 

ここで黙り込むことも出来たが、それは悪手だと黒歌は感じた。なんとなくこの人達には誠意を見せた対応をして、敵対をしないようにするのが正解であると黒歌の直感が告げたのだ。

 

後日、この直感が正しかったことを知り、自らの直感と野生の生存本能も捨てたものじゃないと心の底から思う黒歌であるが、それは余談である。

 

「いくつか質問があるんだけどいいかにゃ?」

 

「かまいませんわよ。」

 

「ま、ここに入れている時点であんたに警戒する必要もないしね。」

 

その言葉にムッとする黒歌。どうやらキサラの言葉を黒歌のことを嘗めてのことだと思ったようだ。だが、そうじゃない。その言葉通り、この楽園に入るには敵意や害意の類は抱いていてはいけないのである。そういう意味で黒歌を警戒する心配が無いということだ。

 

「じゃぁ、達人ってなんなの?それとこの世界っていうのは?」

 

先程の会話の中で出てきた疑問点を聞く。達人。言葉通りに受け取れば何らかの事柄を極めし者。しかし、世界の裏の事情も把握している黒歌もそんなものは聴いたことも無いし見たことも無い。まぁ、「この世界」の方は単純にわからないのだが。

 

そんな黒歌の疑問に仕方ないか、というように苦笑を浮かべるキサラと美羽。達人という概念は平行異世界とも言うべき彼らの世界での概念なので、知らなかったとしても無理は無い。そんな黒歌の疑問に答えるべく口を開く。

 

「達人って言うのは読んで字の如く武術を極めた者のことですわ。自らの肉体を限界まで鍛え、そしてその操作方法を掌握している存在、と言うことも出来るでしょう。」

 

「具体的には拳で岩を粉砕させたり、震脚で地割れを起こしたり、一足で何10メートルも飛んだりするような人間さ。」

 

「にゃっ!!??」

 

なんだそれは!!?黒歌はそう驚愕することしか出来ない。黒歌の見立てでは目の前の女性たちは何ら特別な力―例えばそれは悪魔が持っている魔力であったり、天使や堕天使が持ってる光の聖なる力であったり、自らも扱うことの出来る仙法に用いる気の力であったり―を有していない普通の人間である。それがそんな人間外れのようなことを行うと?到底信じられるものでは無かった。

 

「ま、目にしなかったら信じられないよな。」

 

「あ、当たり前にゃ!」

 

「そう慌てんなって。後で見せてやるから。」

 

「うにゃ・・・。」

 

そう言われれば黒歌とて黙るしかない。その自信満々な様子に「もしかしたら本当かも」という気持ちが湧いてくる。

 

しかし、黒歌はそこでもう1つの疑問を思い出した。「この世界」とは?その疑問に対する答えはまだ貰えていない。達人についての真偽は後ではっきりとすることだ。ならまずはそっちについての疑問を晴らそうと思った。

 

「「この世界」っていうのはなんなのにゃ?」

 

「言葉通りですわ。今ここにいる空間。それ自体が創り出された異空間で1つの完結した世界。神器(セイクリッド・ギア)武術家の楽園(ユートピア・オブ・マスターアーツ)』によって創り出された異世界ですわね。そして私たちはそこの住人というわけですの。」

 

「神器?!」

 

「あんたは路上で倒れているところをその神器の持ち主に拾われて、ここで治療を受けてたってわけさ。」

 

黒歌はその言葉に声を出すことも忘れてしまう。そんな神器が存在するなんて聞いたこともなかったし、その神器保有者が自らを治療してくれる訳も理解できないからだ。もっとも、翔は黒歌のことを純粋に黒猫が怪我してると思い込んで治療しただけなのだが。まぁ、黒歌が話せるような存在であるとわかっていたとしても、翔は黒歌を治療しただろう。

 

と、そこで達人と猫ゆえの鋭敏な聴覚が足音がするのを察知した。どうやら何者かが黒歌たちがいる部屋に向かってきているようだ。

 

「噂をすれば、ですわね。」

 

「ちょうどいいね、あいつがどんな奴なのか見ておくといい。」

 

その言葉に黒歌はどんな人物がこの部屋に入ってくるか想像を膨らませる。筋骨隆々の大男かはたまたしなやかな筋肉を纏った女豹のような女か・・・。達人と呼ばれる人間の規格外が住む神器を持つ人だ。いずれにしてもまともではないと黒歌は心底思う。

 

美羽とキサラはそんな黒歌の内心を感じ取り、顔には出さないものの笑いを堪えるのに必死になる。彼女らは神器の保有者のことをよく知っているのだ。何せ翔を猫好きに染めたのもこの2人であるからして。

 

「失礼します。猫ちゃんの様子はどうですか?」

 

そうして扉を開けて入ってきたのは12歳くらいの金髪の少年。ぶっちゃけ風林寺翔である。そのあまりに想像から掛け離れた容姿の持ち主に黒歌は開いた口が塞がらなかった。

 

「修業の間様子を見ていただきありがとうございました。」

 

「猫ちゃんの様子を見るのでしたら大歓迎ですわ。」

 

「ま、こっちも楽しめたしどうってことないよ。」

 

会話を聞く限り確かに自分を拾ってきたのは目の前にいる少年のようだ、と黒歌は判断した。そして些かの逡巡を経てから、その真意を問うことに決める。

 

――自分は追われる立場なんだから・・・――

 

「ちょっといいかにゃ?」

 

「ん?」

 

黒歌が問いかけると翔はあたりをキョロキョロしだした。どうやら誰がしゃべっているのかわからないらしい。

 

「こっちにゃ。」

 

「うぉっ!?猫がしゃべってる!??」

 

その言葉を聞いて黒歌は状況を正しく認識した。どうやらこの少年は自分の正体がわからず、純粋に怪我した黒猫を治療しようとしたにすぎないのだと。そして黒歌は素直に少年に好感を抱いた。厄介事には見て見ぬ振りをする人達も多い現代で、野良猫であろうと傷を負っているものを見捨てない優しさをこの少年は持っていると思ったから。

 

――だからこそ、巻き込めないにゃ・・・。早く出て行かないと。――

 

「私の名前は黒歌。この度は怪我しているところを治療してもらってありがとうございますにゃ。」

 

「うん、どういたしまして。(猫がしゃべってるよ。・・・ま、そんなこともあるかな。)」

 

黒歌が治療のお礼を告げると翔も素直にその感謝の気持ちを受け取る。基本的に謙虚な翔だが、感謝の言葉や気持ちは素直に受け取らないと逆に失礼に当たるということを理解している。

 

そして猫がしゃべってることは華麗にスルーした翔。達人とかれこれ8年の付き合いになる彼は自らの持つ常識を徹底的に破壊されている。故に今更常識が壊されようと大して驚かないのだ。人間何にでも慣れるものである。ある意味適応能力こそが人間の最大の長所であろう。こんな慣れ方は嫌だが。

 

その返礼を受けた黒歌は早くここから出させてもらおうと翔に声を掛けようとするが、その言葉を潰すように先に翔が提案をした。

 

「あ「この居住区は野生動物とかもいないから安心してね。快適に暮らせると思うから、怪我が治るまでここにいていいよ。」・・・。」

 

「だ「怪我が治るまで絶対安静だからね。その包帯も取っちゃ駄目だよ。」・・・」

 

「いや「じゃぁ、僕は修業に行って来ますから。黒歌ちゃんの世話はお願いしますね、美羽さんにキサラさん。」・・・」

 

黒歌の言葉に悉く被せてくる翔。彼の中ではもう黒歌は怪我が治るまで楽園にいることは決定事項なのであった。黒歌はそのあまりの強引さに黙ることしか出来ない。

 

「相変わらずお人好しですわね。」

 

「お節介とも言うけどね。ま、諦めな。あぁなったら梃子でも動かないよ。」

 

「・・・わかったにゃ。」

 

その無責任な言葉に溜め息を吐きながらも了承の意を示す黒歌。これからどうなっちゃうのかなぁ、と真剣に思ったり思わなかったり。

 

兎にも角にも、こうして翔と黒歌の奇妙な共同生活は幕を開けたのだった。




プロローグが予想以上に長引きそうな予感が・・・

題名の元ネタ・・・Black cat


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4 彼と彼女の事情

序章4話です。遅くなってしまいましてすみません。


スポーツ化した武術に馴染めない豪傑や技を極めし達人たちが生活する異世界「武術家の楽園」。ここでは今日も今日とて修業に励む師弟の、弟子を叱咤する師匠の声と、弟子が上げる悲鳴が木霊していた。

 

「ほら!スピードが落ちてきているぞ!こんなことではカンナツノザヤウミウシにも負けてしまうぞ!」

 

「か、カンナツノザヤウミウシって何ですか~!?ていうかいつまで経ってもこれはキツイんですけど~~!!」

 

「ほら、しゃべる暇があったら脚を動かす!まだヤマトホシヒトデの方がいくらか俊敏だぞ!(まぁ、内緒で重り増やしてるしね。)」

 

「ヒトデの方が上?!」

 

基礎体力や足腰は武術家にとって基礎の基礎とも言える程に重要なもの。よって翔もその部分を重点的に、いやいっそ執拗とも言っていいほどに鍛えこんでいる。今やっているのも基礎体力と足腰強化の為の走りこみで、腰からロープに繋いだタイヤの上に岬越寺秋雨が座り、さらに翔の頭の上やタイヤに重りが乗せられている。しかもジョギング何それ美味しいの?と言わんばかりに全力疾走。少しでも速度を落とせば秋雨が鞭を打って喝を入れるという徹底振りである。

 

(よくやるわね~。私だったら絶対途中で逃げ出してるにゃ。)

 

そんな師弟の姿を眺めてるのは、艶やかな黒髪の上に猫耳を持つ、黒色の着物を着た色っぽいお姉さんである。彼女はここ最近見慣れた翔のまるっきり拷問同然の地獄という言葉すら生ぬるい修行を見て、そんな修行を課す師匠に呆れたらいいやら、文句を言いつつも何だかんだで逃げないでやり遂げる翔に感心すればいいやら真剣に疑問に思うしかないのであった。

 

彼女の名は黒歌。そう、何を隠そう翔が治療するために連れて来た傷だらけのあの黒猫である。その髪の上の猫耳や猫の姿になれることが示す通り、普通の人間ではなく、猫又の一種である。そう、彼女は妖怪だったのだ。

 

そんな彼女が楽園に入ってからもう1ヵ月が過ぎた。とっくの昔に傷は完治し、翔や何人かの達人とは普通に話をするくらいには仲良くなっている。また、自らの正体

――猫又であること――を話すくらいには情も湧いた。

 

しかし、最も肝心なこと――何故傷だらけで倒れ伏していたのか?――等の理由は話していない。そして翔達もそういった深い事情を無理には聞いてこなかった。その無理には心の内側へ入ってこない一線を引いた気遣いや態度が心地良く、黒歌もそれに甘えてしまっている。

 

(早くここを出て行かないと・・・。)

 

そう、黒歌は楽園から出て行くつもりでいた。彼女はとある事情により追っ手を出されている。黒歌は相当の実力者なのだが、心休まる時間と場所の無い逃避行と追っ手との戦闘の連続で疲労の極致にあった。そんな状態での追っ手の奇襲によって負傷、なんとか追っ手は撃退したものの、怪我による体力の消耗とそれまでの疲労の蓄積から気絶してしまった――というのが黒歌が翔に拾われた経緯であった。

 

楽園(ここ)に居れば追っ手と戦う心配も逃避行をする必要性も無い。しかし、もしかしたら翔が自分の事情に巻き込まれるかもしれない。その可能性を考えたら黒歌にはここを出て行く以外の選択肢は存在しなかった。

 

(そうだ。早く出て行かないといけないのに・・・っ!)

 

しかし、黒歌はその一歩を踏み出せないでいた。早くここから出て行かないといけない。そう思ってるのに、行動に移そうとするとまるで黒歌の意思に反するかのように体は震え、動かなくなる。「私はここを出て行くから。」そう翔に告げるだけでいいのに、まるで口は鉛でも着けられたかのように重くなり、ついには何でもないような世間話に移して誤魔化してしまうのであった。

 

何故そんなことになってしまうのか?傷が治ってからすぐに出て行こうとしたにも関わらず、3週間近くも言い出せずにいた黒歌は自らの行動の裏にある理由を、その心の内を理解していた。

 

(私は・・・出て行きたくないんだ。出て行かなきゃって義務感で誤魔化してるけど、本心ではいつまでもここに居たいと思っちゃってる。)

 

あまりにもここの居心地が良過ぎるから。自分が何者なのか、どんな背景があったのか。そういうことを話していないのに、まるで何年も時間を共有した友人のように接しつつ、けれど重要な一線は越えてこない。その、甘いと言ってもいいかもしれない優しさが嬉しかったから。

 

だから、黒歌はそれに甘えてしまっている。そのことを自覚しているのに、ここしばらくそんなヒトの優しさというものに触れてこなかった心が歓喜してしまっているのだ。ダメだ、離れなきゃ、とアタマでは分かっているのに、ココロがもっと優しくして欲しい、もっと近くに居たい、もっと触れ合いたい、もっと、もっと・・・と叫んでいる。

 

そして、黒歌にそのココロの叫び声に逆らうことなど出来なかった。とてもとても温かく、心休まるこの楽園を知ってしまったら、まるで極寒のブリザードのように厳しく心を凍えさせることでしか生きていけない外の世界に戻ることは出来なかったのだ。

 

(本当に、何とかしないといけないのに・・・。)

 

ここに居たって何も解決しない。そう分かっているのに離れることが出来なくて、今日も黒歌は深い溜め息を吐いてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

そして、黒歌が何かに悩んでいることには翔達も気づいていた。むしろ、あんなにあからさまに溜め息を吐いたり思いつめた顔をしていたら、それはどんな鈍感系主人公だろうと気づくだろうと翔は思う。それくらい黒歌の苦悩は周りに伝わっていた。

 

けれど、個人の事情はその個人の事。自分達に相談して来ない限りは放って置こうという、ある意味で梁山泊名物の「成り行き任せ大作戦」が翔と、黒歌と親しい達人たちの間で話し合われた末に決められていた。

 

しかし、人生経験豊富な達人と違い、翔はまだまだ子供。前世もあるとはいえ、体に引っ張られてるのかまだまだ幼い翔は黒歌が悩んでいるのに手を貸せない現状にやきもきしていた。

 

(「良かれと思ってやったことがその本人を傷つけてしまうこともある。助けを求められない限りは静観しておいて、助けを求められたら全力で助ければいいんじゃ。」って言われてもなぁ。やっぱり気になっちゃうよ)

 

その後に「もっとも、一刻の猶予もなく、誰がどう見てもヤバイと思ったら問答無用で助けるがの♪」と続けられたが。確かにそれがある意味で正しいのだろうが、翔は友人が悩んでいるのを見て何とも思わないような性格をしていないし、助けを求められるまで悩んでる姿を見続けられる程我慢強くもなかった。

 

そう、翔は黒歌のことを友人だと思っていた。まだ出会って1ヶ月。けれども、友人になるのに時間は関係なかった。からかうのが好きだけれども、こちらが嫌がる一線は絶対に越えてこないところ、気配りの上手なところ、翔は黒歌のそんなところが彼女の優しさが垣間見えてくろようで好きだった。この1ヶ月、修行がきつくて逃げ出したくなったところで、彼女のからかい混じりの激励に何度励まされたか数え切れない。

 

なのに、自分は黒歌を助けることが出来ない。黒歌の悩みを取り去る事が出来ないでいる。もらってばかりで、何もしてあげることが出来ない(と翔は思っている)現状に翔は臍を噛む思いだった。

 

(僕は今まで何の為にこの拳を鍛えてきたんだ・・・!?)

 

大切なヒトを守れるような強い人間になりたい。そう想い今まで修行し練磨してきた活人の拳なのに、友人1人助けることも出来ない。力だけなら同年代でも最強に近いという自負がつく程には鍛えてきたが、まだまだ心は強くなく、経験も足りないと翔は自嘲する。

 

と、翔が修行の合間に居住区を歩きながら考えに耽っていると、溜め息を吐いている黒歌がいた。その溜め息はとても重く、深い苦悩を見るものに感じさせる。黒歌のその様子を見た翔は10数秒程考え込んだ末に、師匠達の言いつけを破り、黒歌の悩みを聞きだすことにしようと決めた。

 

(あくまで軽~い感じで、世間話みたいにやったら大丈夫だよね?)

 

その考えの下に翔は黒歌の背後から近づき、その肩を叩いて気軽な世間話を始めるような語調を意識して話しかけた。

 

「や、黒歌さん。溜め息なんて吐いてどうしたの?」

 

「っ!?・・・い、いや、何でもないにゃ。強いて言うなら翔達の修行の無茶振りに呆れていたってとこかにゃ?」

 

「は、はは・・・。いや、僕も好きであんなにきつくて無茶苦茶な修行をやっているわけじゃないんだよ?好きで何度も死に掛けてるわけじゃないからね?・・・い、いやっ!?秋雨さん何でそのカラクリバチバチ言っているんですか?!馬師父、その異臭のする薬は何っ?!しぐれさん真剣持って追い掛け回さないで?!ア、アパチャイ、そんな強さのパンチとキック食らったら死んじゃ・・・アババババババババ・・・。」

 

「ニャッ!?か、翔戻ってくるにゃ!!」

 

翔は世間話を装って黒歌の悩みを聞きだそうとするが、黒歌は誤魔化そうとする。するとその内容に翔のトラウマスイッチがライド・オン。ぶつぶつと呟くと悲鳴を上げ始めた。・・・その呟きに出てくる人物名が全て活人拳側である梁山泊の人間であるところに業の深さが伺える。梁山泊の修行の無茶さは闇の非情の殺人拳を凌駕していると言うのだろうか?

 

「はっ!?」

 

「大丈夫かにゃ?」

 

とにかく、黒歌の呼びかけで正気に戻った翔はこれではいけないと思い気を引き締める。悩みを聞き出そうとしているのに自分が励まされてどうする!と気合を入れる。

 

「いや、まぁ大丈夫とは言い難いけど、何とかやれてるかな?これも黒歌さんが励ましてくれてるおかげだよ。」

 

「にゃはは、嬉しいこと言ってくれるにゃ。でもそういう口説き文句を言うにはまだ若いんじゃないかにゃ?翔はおマセさんだにゃぁ。」

 

「え゛っ?!そ、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど。」

 

「う~ん、それは私にそれは私にそれほど魅力が無いってことかにゃ?」

 

「もうっ!黒歌さん!あんまりからかわないでよ。」

 

「冗談よ冗談。それじゃぁまたね~。もうそろそろまた修行でしょ?」

 

「あっ。黒歌さん!・・・行っちゃった・・・。」

 

ウインクをして去っていく黒歌を背に手を伸ばすが、もう遠くに行ってしまっているために届かなかった。

 

(はぐらかされちゃったな。)

 

その背中になんとも言えない翔は、その手が届かないことが何かの悪い示唆のように感じられてならなかった。

 

結局、その日はもう一度黒歌と話すことは出来なかった。

 

 

 

 




所謂つなぎの回かも^^;


サブタイ元ネタ・・・彼氏彼女の事情


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5 WARNING!

はじめてのせんとうびょうしゃ

です。遅くなりました^^;


落ち着け)

 

呼吸を意識しろ。この程度のダメージなんてことは無いだろう?今までこれ以上のモノを何度もモラって来たじゃないか。

 

(落ち着けっ!)

 

脇腹を見る。血が滲んでいるが重症じゃぁない。出血も酷くない。抑えていれば大丈夫なくらいだ。

 

(落ち着けっ!!)

 

自分に言い聞かせる。自分は何だと思い出そうとする。自分は何だ?静の武術家だろう?師匠は何と言っていた?その教えを思い出せ。

 

(落ち着けっっ!!!)

 

その間も足を止めるな。ここじゃぁダメだ。もっと広いところじゃないと。周りを巻き込んでしまう。だから、全力で走れ、奔れ、ハシレ!

 

「ハハハっ!イイぞ!もっと無様に逃げろ!狩りは獲物の生きがイイ程面白い!」

 

後ろの声は気にするな。あんなものは雑音だ。自分が成すべきことだけを考え続けろ。

 

(だから、落ち着くんだっっっ!!!!)

 

風林寺 翔は突然の事態に、目的地目掛けて全力疾走をしながら自分に言い聞かせ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

それは翔が何時も通り学校に行き、何時も通りに級友と会話を楽しんだり授業を受けたり。そんな何時も通りの日常を楽しんだ1日の下校時に襲い掛かってきた。

 

ヒュオっ!

 

突然の風斬り音。後方で発生したその音源に向かって翔は無意識の内に行動を起こした。それは鍛錬の成果である。

 

『先に開展を求め、後に緊湊に至る。』(湊は本来はサンズイではなくニスイ)

 

最初は大きく伸びやかに、後に小さく引き締めるという意味で、中国拳法で用いられている言葉である。

 

最初は威力と正しい動作を重視し、その基礎を身に付けてから実践的な命中率や動作を重視するということで、熟練した技は動きが凝縮されることを表す。

 

この言葉は武術における「段階」も表しており、「緊湊」に至った者は「開展」の段階の者よりも文字通り1段違う強さを持っている。

 

また、戦闘においての性質を見出し始めるのも「緊湊」に至る頃合いで、武術家にとっては1つの節目とも言える。

 

この戦闘における性質とは「静」と「動」の2タイプがある。心を深く静め、冷静に計算ずくに理詰めで闘う「静」と、怒りなどの感情を爆発させて心と体のリミッターを外して闘う「動」だ。

 

これはどちらかが優れているという話ではない。あえて言うならばどちらにもそれぞれの良さがあるものなのだ。

 

すでに「妙手」の入り口に到達している翔は当然すでに「緊湊」の段階はクリアしており、結局のところ「静」のタイプの武術家となった。

 

翔が音源に無意識で反応できたのもこのためである。「緊湊」に至った者は自らの間合いを視覚的に「ここからここまで」と把握出来る。これを「制空圏」と呼ぶが、「静」の武術家はこの「制空圏」の内側を侵したものを視覚に頼らずに迎撃することが出来るのだ。

 

翔も「静」の武術家なので、この「制空圏」をよく鍛えてある。そのおかげで音源に反応出来たのだ。

 

ちなみに「動」の武術家なら直感で反応していただろう。どちらが優れているという話ではないのだ。表裏一体の不思議である。

 

その「制空圏」のおかげで音源に反応した翔はそのナニカを脇腹を掠めながらも回避した。そのナニカはそのまま突き進み、民家の塀に当たると轟音を上げてその塀を瓦礫に変えて見せた。その威力に翔は顔を青褪めさせる。

 

(この威力・・・。達人(みんな)には及ばないけど、それでもかなりのものだ。もし一般人に当たったりしていたら・・・。)

 

もし当たり所が悪ければ死んでいただろう。その可能性を考え、翔はこのナニカを放った者に怒りを感じずにはいられない。

 

「へぇ。中々イイ動きをするじゃないか。」

 

翔が憤っているところにそんな声が響いた。嘲りを多分に含んでいることがありありとわかるその声は、発した者が相手を見下していることが容易に伺え、聞く者を不快にさせる。

 

翔がそちらに目を向けると、まず目に入ってきたのは黒だった。腰のあたりまで伸ばされた黒髪と黒色の瞳にさらに黒のスーツと黒ずくめ。しかし、黒歌のものを黒曜石のような、と形容できるとすれば、こいつのはまるでドブが腐ったみたいな黒だと翔は感じた。

 

目には人を小馬鹿にするような色を、口にはニヤニヤとしたイヤらしい笑みを濃く載せた男に向かって翔は口を開いた。

 

「いきなりご挨拶だね。危なかったじゃないか。」

 

(さっきのは一体?それにこの人は?)

 

声を掛けながらも思考を巡らすのをやめない。周囲と自分の状況を確認していく。先程のナニカは塀を瓦礫に変えてみせた。ここでは周りを巻き込んでしまうだろう。それに・・・

 

(脇腹を痛めたかな。大したことは無いけど・・・。ちょっとまずい、かな。)

 

相対している相手には悟られないように脇腹を確認する。負傷した状態で闘う場合その負傷を悟らせないのが大切だと学んでいるからだ。

 

幸い掠っただけなので大したことは無い。せいぜい血が滲んで来ていて、痛みを感じる。その程度の負傷だ。それでも、負傷したらそこを意識せざるをえないし、そうなると動きもぎこちなくなる。影響が無いとは言い切れない。

 

「いや、すまない。お前からとても酷い臭いがしたからな。ついつい消そうとしてしまった。」

 

「一応毎日お風呂には入ってるんだけどね。そんなに酷かったかな?」

 

「あぁ、酷い。とても臭い黒猫の臭いがする。」

 

「っ!??」

 

相手の言葉に驚愕を露わにしてしまう。黒猫――黒歌のことかと一瞬脳裏を過ぎってしまったのだ。そして、その動揺は相手に情報を与えてしまう。

 

相手のニヤニヤ笑いが獲物を見つけた猛禽類のようなものに変わったことでそれを悟った翔は、腹を括った――戦闘は避けられない。

 

「どうやら聞かなきゃならないことが出来たようだ。」

 

「それはこっちの台詞だよ。」

 

会話を続けながらもタイミングを計る。ここで闘うと被害が馬鹿にならない。なんとか場所を移す必要があった。翔は現在地を頭の中の地図で確かめ、戦闘出来る程の広さを持つ場所を検索する。――結果、該当箇所は1つ。近くにあるあまり人の来ない寂れた公園だけ。

 

否応無く緊張感が高まっていく。一触即発という言葉に相応しく、何かきっかけがあればこの膠着状態はすぐにくずれそうだ。――そしてジャリ、と靴のずれる音で火蓋は切って落とされた。

 

「ハァっ!」

 

初撃。襲撃者が先ほどの奇襲と同じであろう攻撃方法で攻撃する。手のひらから球体状のエネルギー弾らしき物を放つ。

 

当然黙って食らってやる義理等翔には無い。が、避けるだけだと周囲に被害が行く。翔はダメージ覚悟でそれを左拳で上へ弾いた。

 

「ぐっ?!」

 

左拳から出血――だが、拳が握れないほどじゃない。大丈夫だ!―そう判断し翔は次弾が来る前に足を動かした。

 

(来るか。)

 

襲撃者は迎撃するための準備を整え、翔を待ち構えた。しかし、前へ来ると思われた翔はそのままの姿勢で後ろに下がっていったではないか!

 

(な!確かに前へ出ようとしていたはず・・・。)

 

これは柔術の技法だ。柔らかな膝の動きを用いて脚の動きを相手に錯覚させるのである。袴を用いることで足の動きを隠し、さらに成功させやすくなるが翔は学生服である。さらに、翔はまだ連続で使用できないし、失敗することもあったのできちんと通用するかは賭けの要素が強かった。だが、この場において翔は賭けに勝ったのだ。

 

前に来ると思ってたら、そのままの姿勢で後ろに下がった。この奇妙な現象に襲撃者は動揺を見せる。すぐに回復する程度の小さな隙だが、翔にはそれで十分だった。

 

すぐさま翔は反転して全力で走り出す。此処は場所が悪い。分が悪いと思ったらすぐに戦略的撤退を選べるのも戦闘者には必要な技能なのだ。

 

(此処じゃダメだ。場所を移してから反撃開始だ。)

 

彼には聞きたいこともある。そう思い拳を握り締めながら目的地へ向け疾走を速める。翔にとって初めての実践だが、師匠の教えを思い出して心を落ち着かせながら走り続ける。

 

こうして、冒頭の場面へと移るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れ。周囲を赤く染め、人もまばらになっていく時間帯。公園ではそれが特に顕著で、親に連れられて子供が帰っていく頃だ。

 

その公園でもそれは当てはまり、既に人の影は見えなくなっていた。伽藍洞の公園に日中の雰囲気は欠片も見られず、周辺の喧騒が逆に物悲しさを加速させている。

 

そこに猛スピードで進入してくる学生服を着た少年が1人。そしてその後を追ってくる黒スーツの男。風林寺翔と黒髪を靡かせた襲撃者だ。

 

翔は余り広くない公園を見回し、人がいないことを確認する。いない。もしかしたらいたかもしれないのでラッキーだと思うことにする。

 

人はいない。広さも十分。遊具を巻き込むかもしれないがそこまでは面倒が見きれないので勘弁してもらおう。そして、戦意は滾っている。――ならば、やる事は1つだけ!

 

(さぁ、反撃開始だ!)

 

翔は振り返って構えを取る。足は肩幅に左を前に右足を下げる。左拳を腰の高さで前に。右手は後ろに引いて脇を締める。他にも色々な構えを取る翔の一番使う回数の多い基本の構えだ。

 

息を整える。呼吸法なども武術によって様々なものがあり、当然翔も教え込まれている。その中で今回翔が選択したのは空手の「息吹」。吸った息を丹田の奥深くまで巡らし吐き出すことで呼吸を整える効果がある。

 

「む。」

 

コォォォォ・・・。静寂に満たされた公園内に翔の呼吸音がやけに響く。空気がピンと張り詰められていき、緊張感が広がっていく。襲撃者もそれを感じ取ったのか翔から5メートル程の位置で足を止め様子を見ている。

 

約5メートル。離れているから遠距離の攻撃手段がある襲撃者に有利に見えるが、翔にとっても一足で踏み込める距離だ。先程の逃走劇で翔の足の速さを把握した襲撃者は懐に入られるのを警戒して隙を探している。

 

互いが互いの手を警戒して手が出せない。お互い相手の隙を見つけ次第すぐに次の行動に移れる準備はしているものの、このままでは膠着状態に陥るかと思われた刹那――

 

風が、吹いた。

 

翔を風上、襲撃者を風下として吹いた何気ない風だったが、それが戦況を動かした。翔達が闘っている場所は公園であり、自然地面は土となる。運が悪いことに、襲撃者の目に舞い上がった砂が入ったのだ。

 

異物が混入したことで起こる人間の反射反応である「目を瞑る」。翔は相手の瞼が閉じた瞬間を見逃さず即座に接近戦に持ち込もうと足を進めた。その速度は中学生とは思えず、下手をすれば陸上短距離走選手(スプリンター)のトップレベルを凌駕していたかもしれなかった。

 

襲撃者がすぐに目を開けた時には既に翔は眼前に迫っていた。しかし、こちらも手馴れたもの。この程度のトラブルは戦闘には付き物であることは熟知しているのだ。

 

相手はただの人間。慌てず騒がず後ろに下がれば攻撃出来まい。その考えの下後ろに下がった(バックステップした)襲撃者の眼前には変わらず攻撃態勢を整えた翔の姿が。

 

(な、にぃっ!)

 

こちらは体勢を考えると大きく移動出来ない。しかし、目の前の敵は既に攻撃を放とうとしている。距離を取るのは不可能。ここで捌くしかない――襲撃者は腹を括った。

 

そして放たれる翔の左拳打。顔面に狙いを付けられたそれは襲撃者をして驚嘆に値させる速度だったが、人外との戦闘も経験している襲撃者にとっては避けられる速度だった。首を傾げることで回避に成功し、さぁ、こちらの番だとそう思った瞬間。

 

「おごぉ。」

 

腹に右拳がめり込んでいた。見事に鳩尾に入ったその拳によって襲撃者の呼吸が乱れる。肺を動かすことで呼吸をさせる役割を持つ内臓である横隔膜を打たれ、呼吸困難に陥ったのだ。

 

――翔が打ったのは「山突き」。空手の抜塞大の中に含まれる顔と腹を狙う双手突きである。人間の反応能力は顔に迫る危険程敏感に反応するので、余程訓練を積んだものでないとこの双手突きを捌くのは難しい。

 

襲撃者も遠距離がメインとなる戦闘者で、近距離は慣れていない。よって捌くことが出来なかったのだ。

 

「くっ」

 

呼吸が乱れながらも近距離を嫌がる襲撃者は、手のひらを向けそこからエネルギー弾を出して距離を離そうとした。タメが短くダメージは少ないだろうが吹き飛ばして仕切り直しをしようとする。

 

だが、甘い。この距離においては翔の独壇場だった。翔はギリギリまで上体を残し一気に相手の懐へ入りながら相手の攻撃を回避することで、襲撃者にまるでいきなり目の前から消えたかのように錯覚させた。

 

そして翔に手のひらを向ける為に突き出された腕は柔術も習っている翔にとっては美味し過ぎる。すぐさま腕を取り投げに入った。

 

「小手返しっ!!」

 

「かはっ!」

 

襲撃者は綺麗に回転して背中から地面に叩き付けられる。その衝撃で肺の中の空気を全て吐き出させた翔だが、柔道の試合ではなくルールの無い路上の戦闘であるのでこれで終わりかと油断はしない。すぐさま極めにもっていき動きを封じる。

 

「ぐっ」

 

「ここまで関節を極めたら外すことは不可能だよ。降参して。」

 

ぎりぎりと関節を締め上げる。誰の目から見ても勝負ありだった。()()()()()普通の試合や喧嘩なら、だが。

 

「聞きたいことがあるんだけど・・・。」

 

「ふん、はぐれ悪魔『黒歌』のことか?」

 

「?!・・・素直にしゃべるなんて思わなかったよ。」

 

「そうか?」

 

決着が着いたと見て気になることを問い質そうとした翔だが、相手の方から話してきて多少は吃驚したが、話す分には構わないかと流した。それよりも気になる単語があったから、そっちの話を聞くことを優先したのだ。

 

「悪魔」この男は確かにそう言ったのか?いや、妖怪が存在するしいたっておかしくないんだけど。と思考を重ねながら質問する。

 

「それではぐれ悪魔って何かな?」

 

「くく・・・。知らないのか?」

 

翔の言葉に、襲撃者はこんな状況にも関わらずニヤニヤ笑いを浮かべる。その余裕とも言える態度が妙に癇に触って翔を苛立たせた。思わず極めてる関節をもっときつく極め上げてしまう。

 

「ぐぅぅぅ。」

 

「余計な事は言わないでくれる?質問してるのはこっちなんだ。」

 

「いやいや、自分の事を知らせずに利用しているとは、とんだ悪女がいたもんだ。いや、悪魔だから悪どいのは当然か?」

 

その言葉に翔はカッと頭に血が上った。今までも襲撃者から不快感を感じてはいても落ち着けてはいたのが、一気に激昂してしまう。

 

――ふざけるな。黒歌さんが悪どいだと?あの人の優しさを何も知らないくせにっっ!!!

 

ゴスッ!

 

打撃音が一発響く。翔が極めながらも思わず手を出してしまったのだ。

 

フーッフーッと荒い息が翔から漏れる。翔がどれだけ怒っているかが見て取れた。呼吸を意識して整えながらも翔は口を開いた。

 

「黙れよ。質問しているのはこっちなんだ!!」

 

「わかったわかった。そうキリキリすんなよ。」

 

ギリギリと関節を極められながら、そしてこの状況においてもニヤニヤ笑いをやめない襲撃者。もしも経験を積んだ者が見たら警戒を高めただろう。この余裕はこの状況を覆すことが出来ると確信しているからこそなのだと。

 

確かに、襲撃者は関節を極められ手も足もついでにエネルギー弾も出せない。しかし、口を出すことは出来るのだ。

 

そして、遂に――その一言は発せられた。

 

「はぐれ悪魔ってのはな、主を殺して世に出た悪魔のことを指すんだよ。」

 

その時翔は思わず呆然としてしまった。相手が何を言っているのか理解出来なかった。心底から不思議だった。

 

――主を、殺した?それがはぐれ悪魔で、黒歌さんもはぐれだから・・・。え、黒歌さんが人を殺した?いや、悪魔の主だから殺したのは悪魔か。・・・いやいや、そうじゃなくって。

 

思考が空回りする。上手く物事を考えられない。そんなふうに翔は数瞬の間思考停止状態に陥ってしまう。そして戦闘においてそれは致命的だった。

 

思考停止に伴って翔の極めも緩む。その瞬間を待っていたかのように襲撃者は抜け出し、翔の下から脱出する。翔が気付いた時にはその体にエネルギー弾=魔力弾が直撃していた。

 

「グゥっ?!」

 

体を突き抜ける衝撃に苦悶の声を上げる。塀を瓦礫に変える程の威力の魔力弾を食らったのだ。日常的に達人の攻撃を受けている翔と言えどもこれは効く。一発でどうこうなるほど軟じゃないが、何発ももらうと流石に厳しい威力だ。

 

そして、それよりも痛いことが1つ。

 

(まずいっ!距離を離された!)

 

すぐさま体勢を立て直し、相手の方に目を向けたが、見事に10メートル程距離を開けられていた。翔が一足で入れる程近くなく、襲撃者の魔力弾は余裕で届く程に遠くない。これで一気に襲撃者が有利になった。

 

(クソっ!何をしてるんだ僕は!相手の言動に動揺して隙をさらすなんて・・・。)

 

翔は「静」の武術家である。心を深く静めて冷静に闘う武術家が相手の話を聞いただけで心乱れさせ隙をさらすなど笑い話にもならない。

 

「これで振り出しだ、な!」

 

その言葉と同時に魔力弾が飛んでくる。しかし、10メートルの距離があれば翔にとって回避するのは難しくない。危なげなく避けてみせる。

 

(うわっ!)

 

が、目の前にはまたも魔力弾が。ギョッとして一瞬動きが止まってしまった翔は仕方なく弾くしかなかった。

 

即座に「制空圏」を築き魔力弾を捌く。しかし、その時についつい左手を使ってしまったのは失策だった。

 

(痛っ!)

 

そう、逃亡に入る前、民家に被害が出ないように魔力弾を弾いたが、その時に左手を負傷していたのだ。当然その左手を使ってまた魔力弾を捌けば傷は開く。

 

が、翔には痛がっている暇はなかった。翔が魔力弾を弾いた先に見えたのは視界いっぱいに広がる魔力弾の雨。明らかに威力重視から数重視に襲撃者は切り替えていた。

 

「おらっ。避けられるものなら避けてみろっ!!」

 

「くぅっ?!」

 

「制空圏」を駆使して何とか避け、捌き、弾いて凌いで行く。しかし、その度に腕にダメージが蓄積していっている。このままいけばジリ貧だった。

 

(仕方がない・・・!!まだ未完成なんだけど・・・!)

 

翔は切り札を切ることを決断した。まだ完全に修めたとは言い難い極技だが、この居面を乗り切るためには使うしかなかった。

 

瞬間、魔力弾のいくつかが翔をすり抜けて背後へと飛んでいった。いや、襲撃者の目にそう映っただけで、実際は必要最低限の動きで回避したにすぎない。

 

(なんだ・・・、あれは・・・。)

 

(よかった・・・。未だに掛かりが甘いんだよね、この技。)

 

その技の名は「流水制空圏」。「制空圏」のさらに先の業で「静」の極致とも言える、「無敵超人」の超技108つのうちの1つである。

 

体表面薄皮1枚分に強く濃く気を張り巡らせ、相手の動きを流れ読み取り軌道の予測を行うことにより、最低限の動きで回避をする。さらに、動きの予測によって初動を早め、回避の動作を最小限に留めることで本来は回避も防御も不可能なほどの強さと速さの攻撃を回避することも可能とさせる。

 

いかにも強力なこの業だが、翔はまだ完成させれていない。本来3段階あるところの1段階くらいにしか完成させることが出来ず、そこで壁にぶつかってしまっているのだ。なので、

 

(うわっ?!危ない!)

 

集中力を最大限にまで保っていないと掛かりが甘くなり、避けきれなくなる。なんて事態も起こりうるのだ。

 

改めて気を引き締めなおし、「静」の気を練り上げて場を流れで読み取ろうとする。襲撃者からは変わらず魔力弾が雨霰の如く放たれており、一目見ただけでは避け切れないように見える。

 

(左に一歩、顔を傾げてここで体を真半身に。その次は・・・。)

 

しかし、翔はそれを避けてみせる。必要最小限の動きで避けることが出来るルートを見出し、そこに体を滑り込ませる作業を繰り返すことで、ジリジリとだが襲撃者に近づいていく。

 

しかし、これは言うほど簡単なことではない。翔がまるで神経を1秒ごとに削り取られるような錯覚を覚える程に、緻密な動作だった。しかも、近づく程に弾幕は濃くなっていくのだ。生半可な難易度ではない。

 

そして、この戦闘の流れに焦りを覚えたのは何も翔だけではない。襲撃者もだ。何せさっきから魔力弾を数重視にしているにも関わらずあたらないのだ。魔力だとて無限にあるわけではない。いずれは尽きてしまう。

 

(揺さぶりを掛けてみるか。)

 

襲撃者は翔の「流水制空圏」の性質は見抜けなかったが、とてつもなく集中力がいる業であることは理解できた。であるなら、そこに付け込むのが兵法と言うものだった。

 

「ふん。犯罪者のために良く頑張るな。」

 

その言葉を聞いてまた翔に怒りが湧き上がる。しかし、この状況においてそれは最悪だった。

 

「流水制空圏」が解け、場の流れが読めなくなったせいで、また一発貰ってしまう。そして約10メートルの距離(振り出し)に強制的に戻された。

 

(くっ、落ち着けっ)

 

翔は怒りを押し殺し、「静」の気を何とか練り上げようとする。そうして、翔が再び「流水制空圏」を発動しようとしている最中にも魔力弾は飛んでくる。翔は気を落ち着かせながら魔力弾を避け捌く。

 

しかし、襲撃者に翔が落ち着くまで待つ必要性も義理も無い。ここぞとばかりに口で揺さぶりを掛けようと言葉を畳み掛ける。

 

「しかし、よく犯罪者を庇おうなんて気になるな。俺なら殺人鬼が近くにいたら気になって夜も眠れないな。」

 

「黙れっっ!!黒歌さんを良く知らないくせに彼女を語るなっっっ!!!」

 

相手の言葉によって踊らされる翔。襲撃者の挑発で「静」の気を練り上げるどころか、怒りを静めることも出来なくなってしまう。それによって「流水制空圏」は発動出来ず、普通の「制空圏」で凌ぐしかなかった。

 

何とかかんとか攻撃を凌いでいるが、手の負傷と怒りによる視野狭窄でどんどんと追い詰められていく。

 

(ふん。焦れ、怒れ。戦場では冷静ではなくなった者から死んでいく。)

 

この襲撃者は、ベテランの賞金稼ぎであるがゆえに戦場の冷たいルールを熟知していた。強きも弱きも焦りや怒り、そして油断や慢心に囚われた者から退場していくと。

 

その襲撃者にとって、翔は中々強くはあってもやり易い相手だった。技もいい、力も速さも魔力を扱わない人間にしては最高レベルだ。

 

しかし、それだけだった。戦場を経験したもの特有の怖さは感じられなかったのだ。襲撃者は翔が実戦経験が皆無だと初見で気づいていた。

 

実践経験が無い者は些細な事で動揺し、隙をさらす。詰めが甘く、倒したときちんと確認しないで油断をする。弱所を攻めるのは兵法の基本。そこを突かない手は無かった。

 

故に、襲撃者は口を出す。舌を躍らせる。翔の心の動きをその掌の上で弄ぶ。その隙に魔力弾を叩き込む。

 

「へぇ、じゃぁ貴様は良く知っているのか?はぐれ悪魔の意味も知らなかったのに?」

 

「っ?!そ、れは・・・。」

 

襲撃者のその言葉にさらに動揺してしまう。その言葉は翔にとっては図星だったのだ。翔とて黒歌のことを聞く機会は少なかった。そして事情は話してはくれなかった。

 

その動揺で動きが鈍る。魔力弾を回避するための足の動きが、捌くための手の動きが、そして、勝とうと考えるための頭の動きが鈍ってしまう。そして、弾幕に曝されている者の動きが鈍れば結末は自明の理だ。

 

「うぐぅっ!?」

 

腹に2発、足に1発、顔に1発。魔力弾がヒットする。そのダメージによって一瞬意識が遠ざかりかけ――しかし、何とか繋ぎとめて見せた。

 

しかし、これだけ受けたらダメージも大きく、口の端からは血が垂れ、呼吸は肩を大きく上下させるほどに乱れてしまい、そして足の動きもさらに鈍くなってしまった。

 

それでも、何とか「制空圏」を築いて未だに降り注ぐ魔力弾に対処する。間合いに入った魔力弾を避け、捌き弾ききる。ここまできても対処出来ているのはさすがのタフさだと言えるだろう。

 

しかし、襲撃者には限界が近いことがわかっていた。後1、2発魔力弾を叩き込めれば倒れるだろうと。そしてその為に舌を滑らせる。

 

「そうだ。貴様を捕まえたら人質にしたら黒歌も楽に捕まえられるか?そうすればSS級の賞金独り占めだ。」

 

「くっ!」

 

その言葉にさらに翔は焦りを募らせる。そうだ、自分は負けられない、勝たなければ・・・と。

 

その心の様を完璧に読み取っている襲撃者は内心ほくそ笑む。もうちょっとだ。後1回背中を押せば相手は谷から転落していくと確信し、そのための言葉を吐き出そうと頭を回し、叫んだ。

 

「いや、ただ捕まえるだけじゃ勿体無いか?写真で見てもあんだけの美人だ。俺の性欲処理に使うのもイイかもな!!」

 

――これで奴は怒り狂うはず。怒った奴の動きは単調になる。これで俺の勝ちだ!

 

しかし、襲撃者のその思惑は外れた。必中を期した魔力弾が文字通り外れることで。

 

「は?」

 

翔が普通にかわしただけなら、襲撃者もここまで驚かなかっただろう。しかし、魔力弾はまるで、翔の体をすり抜けたように見えたのだ。

 

(な、馬鹿な・・・。あの技は、かなり集中しないと出来ないはずじゃ―――)

 

思わず魔力弾を打つのを止めてしまう。いや、止めさせられた。戦闘経験豊富な襲撃者を威圧するほどに、重く、深い静かな闘争心が翔から発せられていた。

 

「『流水、制空圏』――!!」

 

襲撃者の作戦は間違ってはいなかった。しかし、翔を怒らせすぎたのだ。怒りが大きすぎると逆に冷静になれると言う。まさにその段階まで怒った翔は師匠の教えを思い出していた。

 

深く静かに心を静める。「静」の気を薄皮1枚に充満させる。自分を激流の中にある岩だと想像する。岩は動かない。ただ流れを自らの後ろに流すだけ―――。

 

怒りが一周してむしろ冷静になるほどの怒りを深く飲み込んだ翔は、それまで以上に「静」の気を練り上げることが出来た。よって「流水制空圏」を発動することが出来たのだ。

 

ここに来て再び膠着状態に陥った2人。襲撃者は慎重に隙を探すが見つからない。これは長くなるか、と襲撃者がそう思った時、

 

「行くよっ!」

 

翔が駆け出した。この間合いでは避けて接近するということを繰り返していた翔が初めて自分から勝負を仕掛けたのである。

 

不意を打たれた襲撃者だが、即座にバックステップしながら魔力弾をばら撒く。翔の逃げ道を塞ぐようにして弾幕を配置する。

 

「何ぃ!?」

 

しかし、翔は相手の攻撃の「流れを読み」、その「流れに合わせる」ことで回避しながらも急速に接近していく。先ほどのジリジリした接近と比べると雲泥の差だった。

 

魔力弾を放ちながらも後ろに下がる襲撃者だが、翔の方が速い。いずれ追いつかれるのは明白だった。

 

接近に成功した翔は当然すぐに攻めに入る。今回放ったのは右のボディブロー。襲撃者の足を止める気だ。

 

しかし、その拳は襲撃者にも見えていた。当然避けようと体を動かす。

 

が、

 

「うがぁっ」

 

その拳は襲撃者の腹に叩き込まれていた。襲撃者はきちんと避けるよに動いていたのにも関わらず、まるで吸い込まれるように腹に撃ち込まれたのだ。

 

(ま、まるで、こちらの避けるための動きをあらかじめ知っていたかのような――!!??)

 

「相手の流れを読み、その流れと合わせ1つとなった。次はっ!」

 

それだけで翔の攻撃が終わるわけが無い。もう既に次の攻撃に入っている!

 

「僕の流れに乗ってもらうっっ!!!」

 

左の手刀による側頭部への殴打、連続の飛び蹴り、両掌を重ねての掌打、最後に相手の手と襟を取っての投げを連続で決める。

 

手刀顔面横打ち、連続ティーカオ、単把、背負い投げと繋げる連続技である。白浜兼一も使うこの連続技――

 

――流水制空最強コンボ2号!!!――

 

(な、んだ。まるでこいつに力を吸い取られるかのように技に掛かってしまう。これは――)

 

相手の流れを読み、その流れと合わせ1つとなり、最後には相手を自分の流れに乗せる。それが「流水制空圏」の極意だ。

 

翔は今まで相手の流れを読む1段階目までしか使えなかった。壁を破ることが出来なかったのである。しかし、今まで感じた中で最高の怒りを深く飲み込むことで、今までよりも「静」の気を濃く練り上げることが出来るようになり、「流水制空圏」の極意たる3段階目に到達することが出来たのだ。

 

しかし、いくら「流水制空圏」を完全に発動させることが出来たとは言え、翔も限界が近い。だからこそ早期決着を目指したのだ。

 

「はあぁぁぁっ!!」

 

相手を背負い投げで地面に叩きつけ、さらに追撃しようと右拳を放つ。打ち出した方の腕を逆の手で支える撃襠捶という技だ。

 

「なめるなぁっ!!」

 

しかし、襲撃者もさるもの。転がることで回避し、その勢いで立ち上がる。そして、

 

(タダで攻撃喰らってやるほど、お人好しじゃないんだよ!!)

 

既に、魔力のタメは完了している!!

 

(一発じゃぁどうせ避けるんだろ?だったら――!!)

 

右手を突き出して魔力弾を放つ。その様はまるで

 

「ショットガン・シュートっっ!!!」

 

数十発の魔力弾が面状に放射されるその様は、その名の通り散弾銃の如し。

 

「なっ!?にぃぃぃっ!!??」

 

そして、近距離での散弾銃を避ける手段は存在しない。翔も数発は腕で弾くことが出来たが、他はもろに喰らってしまった。

 

地面にも弾は当たったのか、土煙が立ち込める。襲撃者からは翔の姿は見えなかったが、元々瀕死の状態でこの技を喰らったのだ。立ち上がれるはずが無いと襲撃者は確信した。

 

だが、

 

「これで「ち、小さく前にならえ・・・」っ!?」

 

トン、と小さく胸を叩く音が聞こえた気がした。

 

「無拍子っっ!!!」

 

打ち手と引き手は同じだけ動かし――

 

力は打つ方向にだけで他はゼロ――

 

平行四辺形を潰す動きで重心を動かし――

 

相手の向こう側に的があると思い、打ち抜く!!

 

空手、中国拳法、ムエタイの突きの要訣を混ぜ、柔術の体捌きで放たれる必殺の突きが襲撃者に吸い込まれるように叩き込まれた。

 

「グハっっ!!」

 

吹き飛び、2転3転してようやく動きを止めた襲撃者。フラフラと危ない足取りながらも立っている翔。勝者がどちらかは明白だった。

 

「ハッハッ・・・。フゥゥーー。」

 

呼吸を整える翔の姿はあちこちボロボロで、本当にギリギリの勝利であることがわかる。実際、本当にギリギリだった。

 

襲撃者は起き上がる様子は無い。どうやら気絶しているようだ。手早く様子を見ていくが、命に別状はなさそうだ。翔はそのことにほっとする。翔は活人拳を目指しているのだ。

 

「フゥ。とりあえず勝てた、か」

 

襲撃者の顔を見る。翔は何だかイラっとした。勝つためとはいえ散々言いたい放題言われたものだ。

 

「あんたのおかげで黒歌さんの一端を知れたり、「流水制空圏」を完成させたり出来たけど、礼は言わないよ。」

 

翔は気絶してると知っててもそれだけは言っておきたくなったのだった。




初めての戦闘描写難しかったです^^;いかがですかね?

感想、批判受付中、です!

副題元ネタWIRKING!


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6 君に届けたい

リアルの都合で遅くなってしまいました。

すみませんでした。


正体不明の襲撃者を気絶させた翔は、家に帰った後怪我の治療のために武術家の楽園に入っていた。家よりもこちらのほうが治療道具が充実しているし、師匠の岬越寺秋雨の腕はそこらの医者よりも断然良いし、何より、今回の戦闘は表沙汰には出来なさそうなので内々で治療することにしたのである。

 

「ふむ。骨と内臓に異常は無し。全身打撲だね。」

 

「そうですか。診ていただいてありがとうございます。」

 

「なに、弟子の体調管理も師の仕事だよ。」

 

秋雨の診断結果を聞いて一安心といったところか。何せ塀を瓦礫に変えるようなものを何発ももらったのだ。全身打撲で済んでいるのは間違いなく修行の成果だろう。普通なら全身複雑骨折どころか死んでいてもおかしくない。普段から師匠達の攻撃に晒されている翔は外功を良く錬っている。

 

打撲の箇所に馬製の湿布を貼り付け、それが剥れないように包帯を巻いていく。そうすると襲撃者の最後の一撃によって全身満遍なく打たれていた翔はまるでミイラ男のような様相を呈している。

 

「これで終わりと。君の回復力なら全治1週間ってところかな。」

 

「1週間ですか。」

 

「うん。今日は体を休めた方がいいから修行は無し。明日から修行再開だね。」

 

「本当ですか?本当ですね?!本当ですよ!!やったぁっ!!」

 

全治1週間。全身打撲の症状としては軽いように見えるがそうではなく、ただ単に翔は内功も良く錬っているので回復力が常人離れしているだけである。普通なら全治2週間は固い。

 

そして飛び出す師匠の修行休み宣言。滅多な事では修行は怪我しててもするので翔はそれはもう嬉しかった。その喜びようは簡単にわかりやすく描写すると「最高に『ハイ』ってやつだァァアアアハハハハハハッッッーーーーー!!!」って感じだった。しかし甘い。翔のその喜びは甘かった。師匠の習性を良く知っているにも関わらずそんなに喜んでしまうとはサッカリン(※1)よりも甘かった。※1人口甘味料。砂糖の500~700倍の甘味を持つ。

 

「まぁ、そんな怪我を負うくらいは苦戦したみたいだし、明日からは修行はさらに厳しくいくからね。」

 

「へ?」

 

「安心したまえ。2度とそんな醜態を晒さないようにしてあげよう。」

 

「あ、あは、ははははははは。死んだな、僕。」

 

目から怪光線を発しながらの秋雨の言葉に翔のテンションは最低ラインに一直線。目から光が失われまるで死んだ魚のようだ。それも仕方ないかもしれない。ただでさえ地獄の修行(地獄のようなではなく)がさらにきつくなるのだ。気分は当に天国から焦熱地獄だろう。

 

そんな風に師弟の触れ合いをしていると、不意に秋雨の目に真剣な色が宿る。それを見て取った翔も気を引き締め、背筋を伸ばし話をする体勢を整える。

 

「さて、それで翔君。初めての実戦だったわけだが、どうだったかな?」

 

秋雨の口から出てきた言葉はまるで初めてのお使いをした子供にその感想を尋ねるような気安さがあったが、その目はじっと翔自身の目を捉えて離さない。少しでも虚偽が混じっていれば即座に見抜くだろう鋭さがそこにはあった。

 

だが、翔も師匠を信頼している。こんなことで嘘をつくようなことはしないし、いちいち聞くということはそれにも何かしらの意味があると信じている。

 

よって翔は自身の思っていることを率直に話すことにした。

 

「そうですね。組手と違ってただ技を競い合うだけじゃなくて、そこに思考も絡めてきて。周囲の状況、持ってる情報、相手の感情。それら全てを駆使して「策」をもって戦われて、力や速さ、技も自身の実力通りに発揮できなくて。なんていうか・・・勉強になりました。」

 

実際、翔の方が襲撃者よりも地力―力、速さ、技等―が強く、また自身に有利なように状況が動いたりもする運もあった。にも関わらず翔がここまで負傷したのは相手がきちんと戦闘不能になっていないのに気を抜いたり、相手の持ってる情報や言葉に動揺を顕にしたせいである。一言で言えば翔の経験不足であった。

 

しかし、翔はそれでもなお、絶体絶命の危機とも言える状態から成長し、反撃、そして勝利して見せたのだ。秋雨はそのことに目の前にいる翔に悟られないほど小さく笑みを浮かべた。師匠にとって弟子の成長とはいつになっても嬉しいものなのである。

 

「その気持ちを忘れないようにね。そうすれば、君は今回のような目には2度と遭わないだろう。」

 

「はい!」

 

「いい返事だ。じゃぁ、今日は安静するように。」

 

とはいえ、そのことを表に出したりはしない。弟子が初めての勝利に酔ってしまわないように、きちんと助言するべきところは助言する。

 

話はこれで終わり、とそんな雰囲気を秋雨が出す。翔もそれを察して先ほどから聞きたかったことを聞くことにした。

 

「ところで、岬越寺師匠。黒歌さんがどこにいるか知りませんか?」

 

「ん?あぁ、彼女なら・・・」

 

「?」

 

「翔っ?!!」

 

「と、いうわけだよ。」

 

黒歌の居場所を翔が尋ねると、秋雨がしたり顔を作る。そのことに首を傾げる翔だが、その直後黒歌が部屋に飛び込んできた。どうやら秋雨は黒歌が近づいてきていることに気づいていたらしい。

 

部屋に飛び込んできた黒歌は顔に焦燥を載せていた。そして翔を見て、一瞬安堵したかのように笑顔になるが、次の瞬間にはその笑顔が曇り、その顔には悲しみの色を深くした。

 

翔は黒歌がそんな顔をする理由を察していた。恐らく黒歌は翔が何故このような負傷をしているのか気付いているのだ。そして、自らの事情に翔を巻き込んでしまったと思っている。翔も自分のせいで誰かが傷ついたらとても悲しいし悔しい。何より自分が許せないだろう。――だから翔は黒歌が今自らを責めたてていることを正確に見抜いていた。

 

そして、何故かはわからないが翔は黒歌にそんな顔はしてほしくなかった。からかうような、それでいて此方も元気にさせるような、黒歌のそんな笑顔が翔は好きなのだ。翔は黒歌に笑っていて欲しいと思った。

 

だから、黒歌と話をしようと決意した。今まで話さなかったことや、踏み込んでこなかったことに一歩踏み出そうと決断した。その結果黒歌を傷つけてしまうかもしれないことも覚悟した。

 

「黒歌さん。話があります。ここじゃなんですし、場所を移しましょうか。」

 

翔はかつてないほどに真剣な光をその瞳の奥に輝かせて黒歌に切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか、そんなことがあったんですね・・・。」

 

翔は黒歌から全てを聞きだした。黒歌が怪我していた理由、悩んでいた理由、そしておかれている状況などなど。

 

はじめは黒歌も口を噤んでいたが、翔が黒歌がはぐれ悪魔であると指摘すると口を開きだした。黙っていてもしょうがないと思ったのだろう。

 

黒歌がはぐれ悪魔になった理由。それは、黒歌とその妹を保護するという条件で眷属として転生悪魔になったにも関わらず、黒歌の才能をみた主が契約に反して黒歌の妹までも眷属として戦わせようとした主を、妹を守るためにやむなく殺してしまったからだった。

 

翔は話を聞いてある一面では安堵していた。はぐれ悪魔は主を殺して野に下った悪魔である。そのことを鑑みれば黒歌も主を殺していたことになるのだ。そのことが翔はずっと気にかかっていた。

 

黒歌は確かに主を殺していた。しかし、それは自分の欲望のためではなかったのだ。黒歌は自らの妹を守るために手を汚していたのだ。

 

確かに守るためとはいえ安易に殺したのはいけないことだろう。だが、黒歌の根底に翔も知っている優しさがあったことが翔を安堵させた。

 

そして、また別の気持ちをも翔に抱かせていた。翔は自分にこんなにも激しい気持ちがあったのかと妙に冷静な部分で驚いていた。

 

「翔、これでわかったでしょ?私といたら翔を巻き込んじゃう。だから、私は出て行くね。」

 

「いやだ。」

 

「え?」

 

「そんな理由で黒歌さんと離れたくない。」

 

その翔の言葉に黒歌は絶句した。翔は今現在全身に包帯を巻いている痛々しい姿である。そんな怪我をしたのも自分のせいだ。なのになぜまだそんなことを言うのか?

 

しかし、黒歌は確かに歓喜している自分がいるのにも気付いていた。自らの事情を知って、その厄介さも身を以ってわかってる。なのにまだ傍に居たいと言ってくれることがこんなに嬉しいのだと黒歌は初めて知った。

 

翔は黒歌の方を振り向いた。その目には確かに断固たる決意が宿っていた。黒歌はその翔の目から目が離せなくなるのを感じ取った。

 

「黒歌さん。僕は今まで大切な人を守るために武術を習ってきました。でも、それはどこかフワフワしたものだったと思うんです。だってそうでしょ?この平和な時代で力が必要な場面なんてほとんどありませんから。」

 

翔は独白した。それは翔の正直な気持ちだった。翔は確かに強くなりたいと思っている。前世の影響もありその思いは結構強い。だが、信念とも呼べる部分が弱いということも確かに翔は自覚していたのだった。

 

「でも、今は違う。僕が武術を習い続けてきたのは今、この時の為だと確信出来る。今までフワフワとしていた「大切な人」と「守りたい」って部分が固まっていくのを感じてる。その気持ちが僕のなかで急速に育っていっているのがわかるんだ。」

 

翔は黒歌の手を掴んだ。自らの内に生まれ出でた想い。まだはっきりとはしていないけれど、その気持ちが少しでも多く伝わればいいと力を込めた。

 

「黒歌さん。僕はあなたを守ると、そう誓うよ。」

 

その翔の真っ直ぐ過ぎる言葉に、黒歌は赤面しながらも、嬉しさから涙が溢れてくるのを止められなかった。




副題元ネタ・・・君に届け


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7 交渉人 風林寺翔

7話ですよ~。ちょいギャグテイスト、かな?

ギャグ難しい。芸人とか尊敬に値しますよね。


この世界には、表の人間が決して知りえることの無い裏の世界とも呼べるものがある。その裏の世界を構成するのは――

 

天使、堕天使、悪魔の三竦みの勢力。

 

北欧神話に出てくるアース神族。

 

ギリシャ神話に出てくるオリュンポス神族。

 

インドや中国に伝わる仏たち。

 

日本神話に出てくる大和神や土着神。

 

さらには鬼や天狗などに代表される妖怪。

 

などがいる。

 

これらの人外たちが勢力を築いている中、では人は築いていないのかというと、そうでもなく。

 

聖書の神を信仰する教会やそれに所属する悪魔祓い(エクソシスト)

 

人格や性質に問題があるとして教会から追放され、堕天使に保護されたはぐれ悪魔祓いや神父。

 

さらには悪魔の持つ魔術を探求する魔術師などなど。

 

人間達もそれぞれ裏の勢力を築いているのだ。

 

男――名をジョージ=フォアマンと言う――も元々そんな裏の世界に関わっていた人間だった。彼は代々魔術師をやっている家系に生まれたのである。

 

だが、悲しいかな。世の中には2種類の人種がある。すなわち富める者か貧しい者かだが、それは裏の世界でもそうだった。そしてジョージの家系は貧しい魔術師だったのである。

 

食べるものを買うための金の捻出にも困っているにも関わらず、魔術の探求にしか興味がなく、むしろそれに金を浪費する始末。ジョージはそんな家が大嫌いだった。

 

魔術の実験に失敗して、器具が壊れたから今日の飯買う金無くなっちゃった(てへぺろっ!)。そう言われた日、ジョージは「そうだ。家出しよう。」と決意した。

 

幸い、ジョージには金を稼ぐための当てがあった。いや、宿っていたと言うべきか。

 

神器(セイクリッド・ギア)、人か、その血を引く者にしか宿らない聖書の神が作り出したシステムである。

 

ジョージに宿っていた神器は名を不可視の猟犬(トレース・アイ)と呼ばれた。その能力は聖なる光の力や魔力、気など、特別な力を嗅ぎ分け、記憶し、追跡することができるというものである。

 

聖なる力や魔力、気などの特別な力は、まるで指紋や掌紋、声紋のように発する個々人によって波長のようなものが違う。似ているものがあってもまったく同じものは存在しないのだ。その違いによって、例えば氷の魔術が得意だとか、炎の魔術は苦手だとかの適正があるわけだが、それは余談である。

 

ジョージの神器である不可視の猟犬(トレース・アイ)は、その違いから個人を追跡することができる、というものなのである。

 

当然、1度に記憶できるのは1人分のみだとか、距離が離れすぎていると追跡できないだとかの制約はあるものの、かなり優秀なサポート型神器であることには変わりない。

 

ジョージはこの神器を使って賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)になることにした。魔術も習っていたこともあり、ジョージはこれを自身の天職だと思っている。

 

なにせ、ジョージには標的とした賞金首の目撃情報だとかを集める必要がないのだ。その賞金首が起こした事件の現場などに行き、そして神器を発動させればそれで後は神器が勝手に居場所を突き止めてくれる。

 

相手に悟られることなく居場所を突き止められる――これは賞金稼ぎとしてはかなり優秀な能力だった。

 

相手を直接視認し、力量を推測し、そして自身でも捕縛や討伐可能なら個人で、不可能なら同職のものを集める。そうして準備万端の状態で狩りを開始する。そうして仕事をすることでジョージは仕事成功率100%を誇っていた。

 

こうしてジョージは適度に刺激のある、しかし金には困らない順風満帆な人生を送ることが出来ていたのである。

 

しかし、そうして失敗などをしていないのであれば、当然名が売れてくる。今回はジョージのその追跡能力を買われて、さるお方から直接依頼されたのだ。

 

それがはぐれ悪魔「黒歌」の追跡調査。出来れば捕縛である。

 

その報酬の高さとこれを機に依頼主とコネが出来るという旨み。ジョージは依頼を受けることを即答した。

 

早速黒歌の魔力の追跡を開始したジョージだったが、その魔力の残滓があるところでぷっつりと途切れてしまっていた。

 

それが風林寺翔である。そこまでたどり着いたのに、そこから消えてしまったかのように魔力を追跡できなくなっていた。

 

そこで、しばらく翔を監視することにしたジョージは、いつものように絶対に気付かれないと確信する遠方から翔の観察を続けた。

 

その結果、ジョージは翔は一般人だが裏の臭いもすると感じた。言うなれば、突然変異で異能の力を得た人間か。神器保持者によくあるケースだと判断したのだ。

 

そして、ジョージは黒歌は翔が何らかの神器を用いて匿っているかあるいは逃がしたと判断した。

 

そこまでの仮定を経て、そして翔の実力などを推測した結果、ジョージの方が上位の存在であると意識付けた上での尋問を行い情報を得るのが最善と判断し、そのための襲撃を決行すると決断した。

 

そうした経緯でジョージは翔を襲撃し、結果敗れてしまったというわけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

以上、縄に縛られながらの襲撃者ことジョージの事情説明(自白)でした。説明したのは何故襲撃したかだけで、自身が賞金稼ぎになった理由などは話していないが。

 

「へぇ、結構優秀なんだね。」

 

「まぁな。これが初の依頼失敗だ。」

 

縄に縛られた上で翔と黒歌に囲まれているにも関わらず、それでも軽口を叩けるのは肝が据わっているのか、場慣れしているのか・・・。あるいはその両方かもしれない。

 

そもそも、何故ジョージ(襲撃者)が翔の家にいるのか?それを疑問に思う人もいるかもしれない。

 

話は簡単で、気絶したジョージをそのままにしておくわけにもいかず、また聞きたいこともあった翔が縄で縛った上で自室に連れ込んでいただけなのではあるが。

 

とにかく、黒歌を守ると誓った翔はその足掛かりとしてジョージを尋問していたわけである。

 

「翔、それでどうするにゃ?こいつをいつまでもここに置いておくわけにもいかないし。」

 

「うん。そうだね・・・。」

 

翔はそれからしばらく思案顔になる。武術の英才教育を受けているとはいえ翔は決して脳筋ではない。むしろ師匠たちから医学や薬学、華道に茶道、さらには複数の言語も習っているためIQで言えば平均よりも高いくらいである。

 

その頭で考え事をしていた翔は解決のための一定の筋道が見えたのか、ややすっきりとした顔でジョージに問い掛けた。

 

「さっき言ってた今回の依頼をしてきたさるお方っていうのは誰なんだい?文脈から察するに結構な大物だと思うんだけど。」

 

「・・・言うと思っているのか?」

 

「言わせて見せるさ。」

 

翔の質問に目つきが鋭くなるジョージだが、翔も決してジョージから目を逸らそうとはしない。そうしてしばらくの睨み合いが続いたが、ジョージがこれ以上は不毛だと思ったか、翔の意思の固さを感じとったのか、溜め息を吐いてから質問の答えを口にした。

 

紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)こと、魔王サーゼクス・ルシファーだ。」

 

「にゃっ!?魔王ですってっ!?」

 

「へぇ。魔王、ね・・・。」

 

ジョージの口から出てきた依頼主の予想以上の大物ぶりに、思わず黒歌は大声をあげてしまう。それほどの人物なのだ。

 

魔王。全ての悪魔の頂点に位置する悪魔だ。その実力は最上級悪魔をさらに凌駕し、その圧倒的実力から魔王に選ばれた4柱の超越者たちである。

 

サーゼクス・ルシファーも魔王たる実力をきっちり持っている。かなりの実力を持つ黒歌でも絶対に敵わないだろう。

 

「な、なんで魔王が・・・。」

 

「さぁな。依頼主の事情なんて知らねぇよ。この業界じゃ余計なこと知ったら消されるもんだからな。」

 

黒歌は正直に疑問を口にするが、ジョージもきっちり一線を引いて仕事をしているので深い事情までは知らないときっぱりと口にする。

 

しかし、黒歌が驚愕に呆然としている横で翔はまたしても思案顔だ。黒歌の様子が目に入らないほどに考え込んでいる。

 

しばらくして、黒歌もその様子に気づいたらしい。翔に恐る恐る話しかける。

 

「翔、どうしたにゃ?」

 

「ん?あぁ。いや、魔王って悪魔の中で一番権力がある人たちなんだよね?」

 

「まぁ、そうだにゃ。」

 

「ふ~ん。そうか・・・。そう、よし!!」

 

ニヤ~~。

 

黒歌のその言葉を聞いた翔の表情がそう表現するのが一番当てはまると確信出来るほどに歪んでいく。そして心なしかその目からは怪光線が放たれているように黒歌には見えた。

 

(あ、嫌な予感がする。)

 

黒歌はその表情が翔の師匠たちが悪巧みする時の顔とそっくりだったので、嫌な予感を感じつつも既に諦観の念で胸いっぱいだった。

 

(師弟って似るものなんだにゃ~。)

 

黒歌がそう思いつつ遠い目をしていると、翔が爆弾発言をかました。

 

「そうだ。魔王に会おう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

(どうしてこうなった)

 

ジョージ=フォアマンは内心頭を抱えてそう喚き散らしたい衝動を何とか抑えていた。正直言ってもしも過去に戻れるならサーゼクスからの依頼を安易に受けた自分をぶん殴りたかった。

 

現在、ジョージがいるのはサーゼクスの居城で、サーゼクスの眼前である。その隣にいるのは風林寺翔。そしてその翔がサーゼクス相手に交渉しているところである。

 

そう、交渉である。翔はかの魔王相手に交渉しているわけなのである。その時点でジョージの胃はジクジクと痛みお訴えだしていた。

 

スッ

 

横からおぼんがジョージの前に差し出された。その上に載っているのはよく見てみると胃薬である。ジョージはそのメイドさんの心遣いに感激した。一流のメイドは客の体調もわかるらしい。

 

「あ、どうも。」

 

「いえ。」

 

ジョージがそんなことをしている間にも翔とサーゼクスの話は進んでいく。話は翔が何とかサーゼクスに契約の話を持ちかけたところであった。

 

――そう、契約。それこそが翔の目的であった。契約によってなんらかの対価を代償に黒歌の討伐対象認定を解除させることが翔の目的である。

 

(自らが害されないって確信があるとはいえ、普通魔王に契約持ちかけるか?)

 

ジョージは翔が家で話していた仮説を思い出していた。

 

――いくら黒歌がSS級の賞金首とはいえ、魔王がわざわざただのはぐれ悪魔の調査・捕縛依頼を出すかな?しかも個人的にだよ。これは魔王にも黒歌を調査しなきゃいけない個人的な事情があるってことじゃないかな。しかも討伐依頼じゃなくて調査・捕縛依頼だ。これは魔王に黒歌を殺す意図が無いってことを意味しているんだ。そして、悪魔は人と契約して生活している生物だ。多分魔王といえど、いや、魔王だからこそ、契約を持ちかけられたら受けなきゃいけないんじゃないかな?全ての悪魔の見本としてさ。魔王に黒歌を殺す気が無くて、そして悪魔で、しかも黒歌のことを知りたいという個人的な事情があるからこそ、魔王は僕との契約を断ることは出来ないはずなんだ。――

 

確かに仮説としては筋は通っているような気はする。それでも、相手は魔王なのだ。ジョージはそう上手くいくと楽観は出来なかった。

 

「い、妹を助けるためにしょうがなくはぐれに・・・。素晴らしい!そうだよね!妹って可愛いよね!うん!じゃぁ契約の内容の話し合いに入ろうか!」

 

「って上手くいくんかーい!!」

 

ジョージは つっこみ を おぼえた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

風林寺翔とジョージが帰っていった魔王の居城にて。

 

「よかったのですか?サーゼクスさま。」

 

「グレイフィアか。」

 

サーゼクスに話しかけるのはサーゼクスの眷属の女王であり、そして同時にサーゼクスの生家のグレモリー家のメイドであり、サーゼクスの妻でもあるグレイフィア=ルキフグスだ。

 

銀髪にメイド服をばっちし着こなしている瀟洒な妻にサーゼクスは笑いかける。

 

「あぁ、よかったんだよ。元々はリアスの眷属になった子の身辺調査だったんだからね。」

 

そう、魔王であるサーゼクスがはぐれ悪魔である黒歌をわざわざ調査していた理由がそれだった。要はサーゼクスは妹のために余計なお世話を焼いていただけなのである。

 

そんな夫の妹への溺愛ぶりには妻であるグレイフィアも苦笑するしかない。

 

「それに、黒歌の主には元々黒い噂もあったしね。中々証拠が掴めなかったけど、今回のことで尻尾を掴めるんじゃないかな?」

 

サーゼクスが黒歌に関する事情を素直に信じたのもそういう前情報があったからである。いくら私生活では軽い性格で、情に厚いサーゼクスとはいえ、仕事や魔王としての判断にとある一方からの話だけで判断を下すほど甘くはない。

 

「それにしても契約ですか・・・。大丈夫なのですか?」

 

「大丈夫だよ。魔王とは言え私も悪魔だ。契約することに何の不思議もないだろう?悪魔とは契約を以って対価を得て生きる生物なのだから。」

 

その言葉には確かにそうだと言う理屈があったが、魔王としての立場から言うとあまり好ましいことではないとしっているグレイフィアはやはり夫を心配せざるをえない。

 

それに・・・。

 

「はぐれ悪魔「黒歌」の討伐対象認定を解除する代わりにはぐれ悪魔30体の討伐ですか。人間に可能なのでしょうか?」

 

はぐれ悪魔30体の討伐。それが翔とサーゼクスが交わした契約の対価だった。SS級はぐれ悪魔の認定解除とは魔王を以ってしてもそれくらいのことがないと無理なのである。

 

グレイフィアはあの人間にはぐれ悪魔を30体も討伐することが出来るかと問われると不可能だろう、と推測する。雑魚ばかり30体ならいけるかもしれないが、はぐれ悪魔は曲りなりにも主を殺したり、主やその眷属から逃亡するだけの実力は持っているのである。

 

しかし、グレイフィアに問いかけられたサーゼクスの顔には笑みが浮かんでいた。その顔は翔がこの契約を成し遂げると確信している顔だと長年の付き合いであるグレイフィアにはわかった。

 

「グレイフィア。あの人間の目を見たかい?あれは覚悟を決めた人間の目さ。そして覚悟を決めた人間にとっては可能も不可能もないものさ。全てはやるか、やらないか、だよ。」

 

そう言って破顔するサーゼクスの目には話をしていた時の翔の顔が焼きついていた。覚悟を決めた、信念を持った男の顔だった。

 

サーゼクスはこれからの未来に思いを馳せ、呟いた。

 

「さて、これから面白くなりそうだ。」




副題元ネタ・・・交渉人 真下正義


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8 格闘少年パワフルかける

戦闘回です。

戦闘描写難しい・・・。なんか薄いかもです。

それではどうぞ。


人里離れた日本中部は長野県の某所の山中。当然人の姿は見当たらず、辺りを見渡せばそこかしこに命の営みの後が見られる。森林特有の空気の濃さが感じられ、ここで森林浴でもすればさぞ気持ちいいことだろう。

 

ズズンッ!

 

本来ならば静謐な空気が流れ、生命の鼓動を感じられるはずのそんな森の中。しかし、今そこは辺りに破壊を撒き散らす闘争の渦中と化していた。草花は踏み荒らされ、樹木は折り散らされ、そして動物たちは逃げ惑う。ここにいて生存出来ているのは闘っている当人たちだけだった。

 

「ちぇちぇちぇちぇちぇすとぉ!!」

 

「くっ!」

 

展開される高速の拳の弾幕。それに苦悶の声を上げながらも何とかいなし続ける影。その剛拳が避けられる度に衝撃波は荒れ狂い、周囲の葉々は枝から散らされることを強要される。

 

そんなはた迷惑な環境破壊を拳1つで成しているのは風林寺翔、現在13歳。身長が165センチメートルを超え、顔も少年から青年へと変わり始めている。喉仏も出始め、ちょうど第2次性徴真っ只中という風情だ。

 

そしてそんな翔が拳を向けているのは黒髪を背中の肩甲骨の辺りまで伸ばし、前髪を赤いカチューシャで纏めて出しているおでこが眩しい見た目女子高生くらいの女の子だ。どこぞの制服なのか、セーラー服を着ている姿を見れば、どこにでも居そうな女生徒に見える。

 

しかし、よくよく見てみればそれが間違いだとわかる。それは目だ。その目が人のものではなく、まるで虫の複眼のように何個も集まって形作られているように見える。その他は間違いなく人の顔なのに、目だけが虫の造形。ただそれだけでとてもおぞましいものに感じられる。

 

その目が示している通り、人ではなく人外である。その名は三浦 依都。A級のはぐれ悪魔で転生悪魔だ。

 

元々は人だったものの、神器を保有していたことから裏に関わり悪魔に転生。しかし、よくはぐれ悪魔にあるように、あまりに上昇した力に欲望を抑えきることが出来なくなり、はぐれ悪魔となったのである。

 

翔はサーゼクスとの契約を果たすため、サーゼクスからの連絡でこのはぐれ悪魔を撃破しに来たということだ。

 

「やぁっ!」

 

三浦がその悪魔の身体能力任せに殴りかかる。しかし、いくら身体能力が高く、その拳が速くとも格闘能力の無い素人が繰り出したテレフォンパンチ。翔にとって避けるのは難しくない。

 

翔は跳躍することでそのパンチを回避する。それを見た三浦はチャンスだと思い力を貯めた。空を飛ぶことが出来ない限り空中では身動きが取れない。無防備なところに渾身の力を込めた一撃を喰らわせてやる―-

 

しかし、その考えはこの場の翔相手には通じなかった。今2人が対峙しているのは山中の森林。そして翔はそういう上下の高低差や足場の不安定なジャングルファイト(・・・・・・・・・)を前提として編み出された武術をその身に修めている。

 

翔は跳躍した先にある樹木に足をつけた。そしてそこを足場としてもう一度跳躍。まるで猛獣のように三浦に襲い掛かった!

 

猛獣跳撃(スリガンハリマウ)ッッ!!」

 

「アガッッ!!」

 

猛獣に擬態しながらの首への一撃。攻撃に全ての意識がいっていた三浦に避けられるはずもなく、まともに食らってしまう。

 

首をへし折りかねない攻撃だが、悪魔という種族ゆえのタフネスにより折られずにすんだ。と、いうより、それを見越していなければこのような殺人技を翔は繰り出さなかっただろう。

 

だが、相手のタフネスを承知の上で技を出したということは、この程度で勝負が決まるとは思っていないということでもある。当然追撃をかけようと相手に向かって疾走を開始した。

 

「ゲホッゴホッ。・・・ッ!?」

 

三浦は首への一撃が余程効いたのかまだ咽てしまっている。しかし、それでも翔は容赦はしない。勝負は決着が付くまでは何が起こるか分からないということは1年前に思い知っているからだ。

 

「破ッ!」

 

アゴへの掌底。その勢いのまま水月への肘打ち(裡門頂肘)。さらに密着しての膝蹴り(ティー・カウ)。最後に前のめりになった相手の襟を掴んでの巴投げへと繋げる。

 

翔が最強コンボを参考に編み出したコンビネーション技が全弾綺麗にヒットした。

 

「ッッ!?」

 

ドンッ!!

 

巴投げによって三浦が樹に叩き付けられ轟音が鳴り響く。アゴへの打撃から脳震盪を、その他の攻撃により呼吸困難を引き起こす。

 

視界はグラグラと揺れ動き、さらには呼吸もままならない。まさに地獄のような苦しみを味わっている三浦は樹に背を預けたまま立ち上がれなかった。

 

しかし、まだ終わっていない。俯いていて三浦の表情は見えないが、その目の光が死んでいないことはその気迫から翔に伝わってきていた。

 

三浦の戦闘スタイルを事前の情報から得ていることもあり、気絶させない限りは安心できない翔はトドメを刺すために足を振り上げた。

 

「これでっ!」

 

座っている相手への顔面に向けての中段蹴り。まともに当たれば命さえ奪いかねない攻撃を、しかし今までの戦闘から三浦の打たれ強さ(タフネス)をほぼ正確に分析出来ている翔は気絶する最低限の威力に抑えることで躊躇い無く放つ。

 

ビュオッッ!!

 

空を切る音を聞いただけでも常人なら慄いてしまうような中段蹴りは、しかし相手には当たらなかった。

 

三浦が避けた?

 

否。

 

翔が目測を誤った??

 

否っ!

 

翔が寸止めした???

 

否っっ!!

 

その、どれでもないっっっ!!!

まるでアニメから1コマだけ抜き取ったかのように、翔の蹴りが三浦の眼前で停止している!

 

「くっ!」

 

翔が苦々しい表情を浮かべる。その表情を見れば誰もがこの光景が翔の意図してのことでは無いと理解できるだろう。

 

では誰の仕業か?

 

今この場においての答えは明白だった。

 

「人にしろ、悪魔にしろ、その他の人外にしろ、どんな種族でも「勝ったっ!」って思った瞬間が一番油断しているのよね~。」

 

三浦が俯いていた顔を上げる。そこには獲物を前にした捕食者の酷薄な笑みが貼り付いていた。

 

ツツーー。

 

三浦がその細い指先で翔の頬から顎先にかけてなぞっていく。色気すら感じられそうな仕草だが、翔は体を虫が這いずり回るような生理的嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 

「フフッ。あなた、顔は好みのタイプだし、こんなに強いし。大分ポイント高かったわ。これからあなたを食べると思うとゾクゾクしちゃう。」

 

頬を紅潮させ、瞳を潤ませ、顔全体を陶然とした笑みにしながら三浦が言う。その表情を見ていると「食べる」の意味を性的なものと勘違いしてしまいそうだ。

 

そう、「食べる」とはそのままの意味で「食べる」のである。力に支配された結果そうなったのか、あるいは神器に封印されている魔物の影響を受けたのか、はたまた元々そういう性癖だったのか。三浦は人を食べることに性的な快感を覚えるカニバリズムの持ち主なのだ。

 

その欲望を抑えることが無い三浦は、既に結構な数の被害者を出してしまっている。

 

それら三浦の情報を思い出しながらも翔は状況を把握しようとする。見るとも無く全体を見る「観の目」と、自らの領域に濃く気を張り巡らせることでその領域内を目に頼らず把握する「制空圏」を全開にすることで自らの動きを封じている物を探し出す。

 

そして、見つけた。あらかじめ得ていた情報と一致するそれ(・・)を。

 

自らの持ちえる手札からこの状況を打破し得るものを検索。ヒットしたそれを使うための時間を稼ぐために口を動かした。

 

「三浦依都、主を殺そうとするも失敗して逃走。A級のはぐれ悪魔となる。かつてはレーティングゲームにおいて、その戦闘スタイルから『女郎蜘蛛の狩猟領域(スパイダー・ウェブ)』と呼ばれ恐れられる。その戦闘スタイルの元になった保有神器が『紡糸工房(アリアドネー)』。あらゆる特性の糸を作り出す能力、であってますか?今僕を縛っているのは粘着性を高めた糸ですか、これは?」

 

「へぇ、良く調べてあるのね。全部あってるわ。そして粘着性を高めているってのも正解よ。」

 

「孫子曰く『敵を知り己を知れば百戦危うからず。』ですから。」

 

その言葉に三浦はさらに歪んだ笑みを浮かべた。どうやら絶対的な優位を確信しているようである。

 

それでいい、と翔は内心ほくそ笑んだ。もうちょっと、もうちょっとで反撃の準備は整うのだから、と。

 

「ま、それも無駄になったみたいね。まぁ、良く調べていたご褒美をあげましょうか?どうせあなたは私に食べられるのだしね。冥土の土産ってやつよ。」

 

「そうですか・・・。なら・・・。」

 

その言葉とともに準備を完了していた技を開放する。

 

瞬間、翔は体を縛っていた糸を力任せに引き千切った上で明確な対抗の意思とともにその言葉を三浦に投げつけた。

 

「あなたの身柄を貰い受けましょうかっ!」

 

「なっ!」

 

その様子に三浦は動揺を隠せない。自分が上の立場であると信じていたものが崩されたのが余程意外だったのだろう。

 

しかし、戦闘中においてその動揺は致命的な隙であると言わざるをえない。そして翔はそんな隙を見逃すほどお人好しではないつもりだ。

 

「第一のジュルスッ!」

 

腹部への突き、膝裏への蹴り、さらに首に腕を回しての投げへときめる。プンチャック・シラットにおける基本の型の1つだが、同時に必殺の連撃でもある攻撃を繰り出した。

 

その攻撃は翔のこの戦闘が始まってから今までの攻撃のどれよりも速く、重く、鋭かった。そんな攻撃を今までの攻撃でさえ捌くのに苦労していた、身体能力任せの近接技能しか持っていない三浦に避けれるわけがない。

 

全ての連撃を受けて、翔から離れた場所で膝をついている三浦は苦悶の表情を浮かべて疑問を口から発した。

 

「ハァ、ハァッ。な、なによ・・・それは。そのっ!光のオーラはなんなのよっ!!」

 

「人はどうしても性能(スペック)であなたたち悪魔に劣ります。だから、大切な人が僕の力になるようにと、教えてくれたものですよ。」

 

翔が先ほどまでは纏っていなかった光のオーラを愛おしむような目線で眺めながら、この新たな力を教えられた日のことを思い出していた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

それは、翔がサーゼクスとの契約を結び、その内容を黒歌に話した翌日のことだった。

 

「仙術?」

 

「そうにゃ。」

 

黒歌に話があると言われて向かった先で言葉にされたのがそれだった。その内容に翔は首を傾げる。

 

「うん。それは分かったけど、何で今黒歌さんがそれを使えるってことを話すのかな?」

 

「それは・・・。」

 

その言葉とともに黒歌が俯く。そのいつもと違う様子に、翔はさらに首を傾げるしかなかった。

 

轟ッッ!!

 

刹那、翔の眼前には寸止めされた黒歌の足があった。翔が全てを感知したころには黒歌の足は既に下ろされていたところだった。

 

「っっ!!?」

 

翔は冷や汗が流れ落ちるのを止めることが出来なかった。戦慄とともにその事実を受け入れるだけしか出来なかったのである。

 

今、翔は1回死んでいた、という事実を。

 

もしも黒歌が蹴りを寸止めしていなければ、翔は自分の身に何が起きたか知る由もなく、首から上が無くなって絶命していただろう。先ほどの蹴りにはそれほどの威力があり、そしてそれに翔はほんの毛ほどの動きをとることも出来なかったのだから。

 

「わかったかにゃ?翔。翔が私のために頑張ってくれるのは嬉しい。けど、翔と悪魔では体の性能に差がありすぎる。もしも翔が達人級(マスタークラス)なら対抗出来るだろうけど、順調にいったとしてそこまで成長するのは何年後かにゃぁ?どちらにしろ、このままじゃはぐれ悪魔と戦ったら翔は犬死してしまうことになるにゃ。」

 

「っ!でもっ!!」

 

その言葉に翔は否定の声を上げたかった。でも、駄目だ、。何よりも自分自身が、先ほどの蹴りから黒歌の言葉を肯定してしまっていた。

 

黒歌を護ると誓ったのに・・・。翔の中で無力感が膨れ上がっていく。

 

そんな翔を黒歌は愛おしむような目で見つめる。あの日、翔が黒歌を護ると宣誓した日。あの誓いに何よりも救われたのは黒歌なのだ。恐らく、目の前の少年はそのことを理解していないだろうと黒歌は思った。

 

(でも、別にそれでもいい。あの思いは私だけのものなんだから。でも、あんなことを言われたら、翔が前に進むのを応援したくなっちゃうよね。)

 

だから、あの言葉があったから、黒歌は、翔が生き残る、いや、勝ち抜くための力を教えようと今日翔を呼び出したのである。

 

「翔。だから、仙術を教えるにゃ。確かに、基本性能では人は悪魔には勝てない。なら、勝てるとこまで引き上げたらいいんだにゃ。」

 

「っ!出来るのかな?」

 

「出来るにゃ。才能の有無はあるけど、仙術は基本人なら誰でも使えるにゃ。だから・・・。」

 

フワリ・・・。

 

翔に黒歌が抱きつく。突然のことに翔は動揺を隠せない。黒歌は美人で、プロポーションも抜群だ。普通の思春期男子中学生の翔としてはドギマギせざるをえなかった。

 

「えっ!?く、黒歌さんっ!??」

 

(うわ、柔らかくて、気持ちいい、ってそうじゃなくって、いい匂い。でもなくって!!な、なんでこんなことを?)

 

と、混乱の渦中に落とされた翔だが、そこで気付いた。黒歌の体が、小刻みに震えているのを。

 

「黒歌さん・・・。」

 

「だから、怪我しないで、とは言わないから・・・。せめて、ここに帰ってきて・・・っ!」

 

その言葉を聞いた翔は、改めてこの人を護るという決意を堅くした。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

(そうだ。僕はあの場所に、あの人のところに帰らなくちゃいけないんだ。だから・・・。)

 

「あなたをっ!倒させてもらうっ!!」

 

言葉の熱さとは裏腹に、心は深く静め集中を高める。そして黒歌に教わった通りに気を巡らし、自らの身体能力を強化する。

 

結局、翔には仙術の才能はそこまでなかった。1年ほど教わってそれでも、まともに使えるのは気による身体強化くらいである。しかし、数多の武術を修める翔からしたらそれで十分すぎるほど強力な武器になる。

 

拳を握り締め、膝をついている三浦目掛けアップした脚力で駆けよる。放つは基本中の基本である正拳突き。しかし。基礎を重点的に鍛えている翔の正拳突きは当たれば敵を打倒しうる必殺の武器になる。

 

「ハァッ!!」

 

轟っっ!!

 

空気を切り裂く音さえも先ほどまでとは一線を画している一撃。それを前にして、しかし三浦は微笑んで見せた。

 

「さっきも言ったけど・・・。」

 

ゾクッ!!

 

制空圏の内側から何かが発生するのを正確に感知した翔の背筋に悪寒が走る。咄嗟に攻撃をやめながら大きく回避しようとする。

 

「「勝ったっ!」って思った瞬間が一番油断しているものなのよね。」

 

(間に、合わないっ。)

 

ザクッ、と自らの脇腹を裂く音を聞きながらも、その正体を翔は視界に納めた。

 

(ナイフっ!一体どこから?!)

 

背後に去っていく自らの血のついたナイフを見送り、そして三浦へと目を向けた翔は驚愕に包まれた。

 

先ほどまではセーラー服のようだった三浦の服装が、まるで夜会へと出るような豪奢なドレスへと変貌しているではないか。

 

(これは・・・?!)

 

吃驚している翔を見て、愉悦を堪え切れぬとばかりに顔を笑みに染めた三浦が正解を口にした。

 

「糸が、相手を縛ったり、ワイヤーのように斬ったりしか出来ないと思わないことね。糸はより合わせることで(ふく)にも拘束具(ひも)にも立体(なわ)にもなるものなのだから。」

 

その言葉とともに翔の眼前に出現したのは大量の剣、槍、矢。しかも、それぞれが糸で繋がれている。どのような特性の糸でも碌な目には合わないだろう。

 

翔はその厄介さに歯噛みする。糸を使い罠を張り敵を待ち伏せする戦闘スタイルから付いた二つ名が「女郎蜘蛛の狩猟領域(スパイダー・ウェブ)」である。しかし、それは真の切り札を隠すための表向きの手札でしかなかったというわけだ。

 

「『機織工房(メイド・イン・アリアドネー)』。これが私の奥の手よ。最も、消耗が激しいから余り使いたくはないのだけど。」

 

三浦がすっと手を挙げる。翔にはそれがまるで天から垂らされた1本の蜘蛛の糸を断ち切るための準備動作に思えた。

 

「それじゃぁ、死んでくれる?」

 

その言葉とともに三浦が手を振り下ろした。それに連動するかのごとく待機していた武器群が翔目掛けて解き放たれる。

 

翔目掛けて迫る数多の武器。その間に張り巡らされた粘着性、摩擦、強度、その他もろもろ様々な特性を持つ糸。正しく絶死の雨の如く翔の命を刈り取ろうとする。

 

(「流水制空圏」!)

 

普通の「制空圏」では対応しきれないと感じた翔は即座に「流水制空圏」を発動させる。高速で迫り来る無数の弾雨から身を護るためのルート、行動を模索し始める。

 

眼前に迫っていた剣を弾く。ただ弾くだけでは糸が邪魔になるので地面に落とすようにする入念さだ。そこにできた糸と糸の隙間に向かって跳躍。第一波を回避する。

 

しかし安堵する暇は与えられない。再び翔の目の前に迫る武器を避け、弾き、時には受け流す。その間に張り巡らされた糸の性質を見極め、しゃがみ、跳躍し、そして気で強化した手刀で時には糸を切り裂きながらも被弾を無くす。

 

しかし、完全には避けきれるものではない。そもそも避けるための空間が狭すぎるし、避けて周囲に刺さった武器の間で張り巡らされた糸が即興の蜘蛛の巣のような役割を果たし、翔の陣地をどんどん削っていっているからだ。

 

(目に見えやすい剣弾がそもそもかなりの数で避けにくいのに、その間に糸を張り巡らせることで回避の可能性をさらに低くし、しかも避けても次の布石に繋がっている・・・。かなり良く出来た戦法だな・・・。)

 

浅い裂傷を全身に刻みながらも紙一重で回避している翔は素直に三浦を賞賛する。それほどに殺傷性、回避のしにくさ、そしてなにより悪辣さに長けた技だからだ。

 

それでも、敵の強さを認めつつも、翔はまだ勝負を諦めない。翔には、帰るべき居場所があるのだから。

 

ジリ貧の状況なのにも関わらず、瞳に不屈の闘志を宿らせている翔が癪に障ったのか、三浦がその顔を不愉快さで歪ませながらも声を荒げた。

 

「たくっ、この私に近づくことも不可能な状況で、近距離攻撃しか出来ないあなたが勝てるわけないんだから、さっさと諦めて死んじゃいなさいよ!」。

 

「本当に・・・。」

 

「え?」

 

「本当に、そう思うの?」

 

「何よ。当たり前じゃない。この状況から覆しうることなんてそんな安っぽい逆転劇なんて小説じゃともかく現実で起こるわけ無いわよ。」

 

三浦のその言葉を聞いた翔はその顔を三浦の方向に向けた。その顔は可笑しくてたまらない、という風に笑っている。

 

その顔を見た三浦は訝しげな表情を浮かべた。この絶体絶命の状況でなんで笑っていられるのよ――と。

 

翔は心底愉快痛快といった風情で口を開いた。

 

「じゃぁ、僕の勝ちだね。」

 

ギャキキキキンッッ!!

 

翔が両腕を振り回すと周りの剣弾が一掃された。明らかに翔の腕の長さよりもでかい範囲の剣弾を弾いている。そのタネは先ほどまでは手甲を付けていただけのその両手に握られている何の変哲もなさそうな木の棒だった。

 

その木の棒には片方には螺子穴が。もう片方には削られて作られた螺子があり、翔はその部分を繋げ回転させることで1本の長い棒に変えてみせる。

 

「木の棒?!そんなただの木の棒で何をしようと言うの!?」

 

「これは棒じゃないっ!神武不殺を体現する(じょう)だぁ!!」

 

その気合に呼応するかのように杖に気を流して強化する。そして、杖の下端を片手で持った翔はそれで剣弾を叩き落していった。

 

先ほどまでより、杖を持っている分「制空圏」が当然広く、余裕を持って迫る剣弾を弾いていく。杖を持ってから翔には傷1つ付いていなかった。

 

「しつこいっ!」

 

その翔の勢いに気圧されたのか、剣弾の弾幕に一部の乱れが出来る。ほんの僅かなその乱れ。しかし翔には十分すぎるほどの隙となる。

 

自らに当たる剣弾だけを弾き、1呼吸の間を作る。そして作った間で技を繰り出すための準備に入った。

 

杖を地面に押し当て、その状態から曲げることで杖をしならせていく。そして十分にしならせることが出来たと判断してから翔はしならせることで溜められた力を解放させた。

 

「久賀舘流杖術極意が4つっ!」

 

仙術により強化された脚力+杖をしならせ蓄えられた力による大跳躍。それによって翔は剣弾の豪雨からも、張り巡らされた女郎蜘蛛の巣からも解放される。

 

眼下にて見えるのは突然の事態に驚愕を滲ませながらも対応しようとする敵の姿。しかし、相手に手を出す暇をやる価値など一銭も無い。

 

跳躍が頂上に達する前に、翔の靴の裏が樹の幹に押し当てられた。全力で樹を蹴ることで、相手の行動を許さない超加速を得て砲弾の如く翔が地面に向けて発射された!

 

「導父っっ!!」

 

キュドッッ!!

 

翔の脚力による加速と重力の力、さらには強化された身体能力が、杖の直径2センチメートルの円に集約される。その莫大な力を頭上を見上げていたが故に三浦は喉に喰らった。

 

翔が立ち上がる。しかし、三浦は立ち上がらない。ここに勝敗は決定した。

 

「「勝ったっ!」と思った瞬間が一番油断しているものだ、ね。確かにその通りだったよ。」

 

その言葉を口にしながらも、自身は油断しまくりだったはぐれ悪魔に向けて翔は勝利宣言をするのだった。

 

 

 

 

翔のはぐれ悪魔捕縛数・・・現在15体

 

残り捕縛必要数・・・15体

 




副題元ネタ・・・魔法少女リリカルなのは



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9 今、ダイジェストを始めます。

展開が思いつかなかったんだ。本当に。いや、オリジナル展開で何十話と書き続けられる作家って尊敬に値しますよね。ネタを思いついても展開が思いつかねぇぇぇぇ

てなわけで急展開の第9話です。


これは・・・試練だ・・・。乗り越えるべき過去からやってきたな・・・。

 

キング・クリムゾンッッ!!過程は消え去り、結果だけが残る!!

 

炎は消えたことを認識せず、雲は千切れたことに気付かない!!

 

そして、翔がはぐれ悪魔30体を捕縛した2年間という「過程」は消え去り、’’サーゼクスとの契約を見事達成した’’という「結果」だけが残るっ!!

 

と、いうわけで翔の2年間をダイジェストでどうぞー。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

サーゼクスとの契約から1日目

 

黒歌から仙術の基礎理論を教わるも、才能が無いこともあり苦戦する。また、事情を聞いた師匠たちが張り切り、修行の地獄度が1段階UP。契約どうこう以前に修行で師匠ズに殺されないか一抹の不安を感じる。

 

また、黒歌に抱きしめられた件もあり、黒歌の顔を直視出来なくなる。そのことを師匠たちにからかわれる。

 

 

 

1週間目

 

ようやく氣を感知することが出来るようになる。が、元々習っていた気と混同しがちになり、修行に行き詰る。逆に信念と呼べるものがはっきりし、覚悟を固め、成すべき目標が出来たことで武術の修行は以前よりも習得速度が速くなり、師匠たちを喜ばせる。その結果、更に修行が辛くなる。

 

修行の時はきちんと黒歌の顔を見られるようになるが、普段の会話はまだ緊張気味のままで、黒歌が「避けられてるのかにゃ?」と思い始める。

 

 

1ヶ月目

 

仙術による身体強化に成功。まだまだ拙く、効果も今一つだが有頂天になり、師匠たちに挑むもボコボコにされる。全治2週間の大怪我を負う。

 

その怪我の看病に黒歌が付きっ切りで行うと駄々を捏ね、両親に黒歌の存在がばれる。そのことを機に武術のこと、神器のこと、そして黒歌の現在の状況と自身の決意を両親にオブラートに包んで話す。それ以降翔が両親と目が合うと何かとニヤニヤされるようになる。

 

 

2ヶ月目

 

氣による身体強化はジワジワと錬度を上げていっている。その他の仙術にも手を付けようとするものの、全然才能が無いことがわかり、かなり落ち込む。2日程自分の部屋に引き篭もるものの、黒歌の懸命な励ましにより気力を取り戻す。

 

両親&師匠ズのお節介により何かと黒歌と2人きりにさせられる。黒歌の顔を見ていると不意にドキッとするようになり、そのことを不思議に思うも目前の目標があるので棚上げする。

 

3ヶ月目

 

ようやく黒歌&師匠ズのはぐれ悪魔との勝負の許可がおりる程には身体強化の効果が上がり始める。そのことをジョージ経由でサーゼクスに連絡し初めての悪魔退治。C級のはぐれ悪魔だったこともあり、難なく捕縛に成功。サーゼクスに送る。

 

黒歌と一緒にいることにかなり慣れ始める。修行、学校などの時間以外はほぼ黒歌と一緒にいて何かしらをやっている。

 

 

6ヶ月目

 

3ヶ月で5体のはぐれ悪魔の捕縛に成功するも、徐々に相手が強くなっていっているので怪我も増え始める。そのことに危機感を覚え師匠ズに相談。「相手が強くなっているなら自分も強くなればいいじゃない。」ということで修行が更に激化する。このことを予測出来なかった自らの頭脳に心の底から絶望する。

 

修行で心が荒む→黒歌に癒される→修行で心が荒む→黒歌に励まされる→修行で(以下無限ループ

 

 

7ヶ月目

 

「そうだ、切り札があればいざという時大丈夫なんじゃないか?」という考えのもと原作の「ケンイチ」の切り札の1つであった孤塁抜きを教えてもらおうと兼一に懇願する。そのことを兼一は快諾するも、「武術家の楽園(ユートピア・オブ・マスターアーツ)」から出られないと人の意識より外れているところを探す修行が出来ないので難航する。

 

悪魔との戦闘に慣れるために黒歌との組み手を開始。ほぼ毎回気絶させられるもその後の膝枕に翔はご満悦であった。

 

 

9ヶ月目

 

何とか孤塁抜きの習得に成功。1人で人でごった返した場所で走り抜けたりするのはかなり恥ずかしかったため心の底から歓喜する。その孤塁抜きを以ってはぐれ悪魔捕縛10抜きを達成する。大体3ヶ月に5体のペースとあり、かなりのハイペースにサーゼクスは驚いていた。

 

黒歌との組み手でなんと黒歌が「ネコンドー」を披露する。翔が修行に明け暮れている間に南條キサラに教えを受けていたようだが、元々猫又である黒歌とは相性が良く、かなりの速度で習得していく。護ろうと思っている相手が更に強くなっているのに翔は焦りを覚える。

 

 

10ヶ月目

 

無茶な修行の末翔が本当に死に掛ける。何故そんなことをしていたのか黒歌に問い詰められ、素直に自身の焦りを供述。そんなことよりも自身の命を大事にしてと黒歌に泣いて懇願され無茶せず自身のペースで強くなろうと決断する。

 

泣き顔を見てしまったことと見られてしまったことを気にして翔と黒歌が互いにギクシャクする。師匠ズはそのことを肴にして酒を飲む。

 

 

12ヶ月目

 

A級はぐれ悪魔三浦依都のことをサーゼクスより連絡され、捕縛のために長野県へ。激闘の末「久賀舘流極意が4 導父」で決着。色々な武術を習っている強みが出た形となる。

 

苦戦したので全身裂傷を覆っていた翔はまたもや全身ミイラ&絶対安静。黒歌が嬉々として看病する。両親が孫の名前を考え始めていることに何か得体の知れない感覚を得る。

 

 

15ヶ月目

 

はぐれ悪魔退治を始めたことによる修行の激化と仙術による身体強化とが合わさり、身体能力に限っては達人級(マスタークラス)に追いついたと確信し、師匠ズに勝負を挑むも師匠ズが仙術による身体強化を発動。フルボッコにされる。

師匠ズ曰く「確かに弟子は進歩するのが本分・・・。但し、師匠という生き物も暇があれば進歩しているものなのだよ。」翔は「それ何てチートおおおぉぉぉぉぉっっっっ!!!!」と心からの叫びを上げる。

 

思わずガチ泣きして黒歌に縋りついてしまう。後日目が合う度に顔を真っ赤にするところを見られ師匠ズにやや受けする。

 

 

18ヶ月目

 

武術の腕に関しては大体妙手の中でも中の上に入ったと師匠ズに判断され、舞い上がる。但し黒歌も純粋な武術の腕で妙手に到達したと判断され、「自分が12年かけて到達した物に1年半で到達するって・・・」と落ち込む。黒歌が励まそうとしても拗ねているので逆効果となる。

 

自分から拗ねた手前何だか謝り難いものの、話しかけようとして失敗し、シュンとしている黒歌を見て罪悪感を感じまくり結局自分から謝ることに。両親と師匠ズには「将来は尻に敷かれるタイプだな。」とからかわれる。

 

 

21ヶ月目

 

はぐれ悪魔捕縛数25体目に突入。この辺りまでくると退治対象のはぐれ悪魔もかなりの強さとなり始め、S級もちらほらと出始める。しかし翔はその豊富な手札と相手の油断を利用した策を張り巡らせることで細かい怪我があるものの、致命的な怪我を負う事無く気絶させることが出来てくる。

 

この頃から何故か翔が告白されることが多くなる。師匠曰く「精神的なことが顔に出ているんじゃないかな?」とのこと。だが、そのことを知った黒歌が拗ねて話を聞いてくれなくなり翔が落ち込む。

 

 

22ヶ月目

 

はぐれ悪魔退治に向かった翔が何とか退治には成功したものの、大怪我をしてジョージに背負われ帰ってくる。その様子に黒歌は顔を青褪めさせ、嫉妬して話をしなかったことを後悔したが、

 

「ただいま、黒歌さん。」

 

翔のその言葉を聞いて感極まったのか、涙が止まらなくなり逆に翔を困らせる。その様子を見たジョージは「っけ。リア充爆発しろ。」と捨て台詞を残した。

 

 

24ヶ月目

 

最後のはぐれ悪魔退治に赴く。今まで修めてきた技術、思いの丈、気力、全てを振り絞ってSS級はぐれ悪魔の捕縛に成功する。決め技はやはりここぞという時に信頼している「無拍子」だった。

 

家に帰ってそのことを黒歌に報告し、涙を浮かべながらも黒歌としばらく抱き合う。その様子を見ていたサーザクスとグレイフィアは「ごちそうさま」と言いながらも契約達成の証に黒歌の討伐対象解除認定証を黒歌に渡す。その今までの努力の結晶を見た翔は感極まって泣き出してしまうなど賑やかな一悶着があったりした。

 

 

以上、翔の2年間でした。え?ジョ○ョネタ?ハハッ。この2年間のネタが前回しか思いつかなかったからキンクリしたわけじゃないですよ?ホントウダヨ?

 

ゴホッ。ゲフンッ!ゲフゲフンッッ!!

 

とにかく、こうして翔はサーゼクスとの契約を見事達成したのであった。達成したのであった!!大事なことなので2回書きました!!!

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

そんな翔は現在、黒歌を連れて散歩している。「武術家の楽園」ではなく、現実世界の方を、である。討伐対象が解除されたので、誰に憚ることもなくこともなく外を出歩けるのである。

 

日が暮れ始める黄昏時。翔の自宅の近くを2人きりで歩き回る。翔は白のワイシャツに黒のスラックス、というシンプルな服装だが、この2年で伸びた身長がそんな格好をシックな感じに納めている。黒歌は普段の着物姿ではなく、白のワンピースに淡い空色のカーディガンを羽織っている。黒歌の黒髪に良く映えているな、と翔は素直に感じた。

 

黒歌は久々に外をのんびりと歩けることが嬉しいのか、かなりご機嫌な様子だ。鼻歌を歌いだしそうな雰囲気ですらある。またそんな黒歌を眺めている翔も、大きな目標を達成したことの達成感や充実感。また、大切な人とともに歩けるという幸福感も相まってかなりいい気分である。

 

お互いに話しかけることもなく、ゆっくりと歩いていく。穏やかな空気が流れ、それがとても心地よく感じられる。自分達の周りだけ妙に静かに感じ、周囲の喧騒もどこか遠くに聞こえる。

 

言葉は無く、しかし確かにお互いを感じられる時間。それはとある公園にやってきたことで終わりを告げる。

 

そこは、かつて翔とジョージが闘った公園だった。2年前のことだが、翔は昨日のように思い出すことが出来る。あの日、あの時があったからこそ、今の自分があるのだと翔は確信できる。

 

「ここ、懐かしいです。ここで、黒歌さんのことをちょっと知ることが出来たから、黒歌さんのはぐれ悪魔認定を解除出来ました。」

 

「フフっ。そうは言っても、私は来たの初めてだけどにゃ。」

 

「それもそうでしたね。」

 

お互いの顔を見て笑いあう。こんな穏やかな日常がこれからも続くのなら、この2年間頑張ってきた甲斐もあるものだと翔は思った。

 

翔がそんな風に思いを馳せていると、不意に黒歌が真剣な顔になった。その表情は何かの決意に満ちている。

 

「翔。思えば、私達が出会ったのは偶然だったわね。私が怪我してるところを拾われて・・・。あの時はまさかこんなことになるなんて思いもしなかった。」

 

「確かに、そうだね。でも、あの時、黒歌さんと出会えてよかったって今は心の底から思えるよ。」

 

そう、本当に出会えてよかったと翔は思う。もしも出会えていなければ、ここまで真摯に武術に打ち込むことも無かったし、本気になれるような何かと出会うことも無かっただろう。翔にとって黒歌との出会いはそれほどの衝撃を人生に齎したのだ。

 

そして、それは黒歌も同様だった。

 

「私もそう思うわ。翔と出会えて良かったって。」

 

そう言って黒歌は翔の目をまっすぐに覗き込んでくる。その顔が赤いのは夕日のせいか、それとも・・・。

 

「翔、改めて、本当にありがとう。あなたのおかげで、私は今笑うことが出来ているわ。そして・・・。」

 

そこで黒歌が翔に一歩近づく。この2年で翔は黒歌の背を追い越していた。黒歌が見上げる体勢になり、そして満面の笑顔を形作る。それは貼り付けられた偽者じゃなく、心の底からの笑顔だと見るものに感じさせるもので、その光景を見ていた翔は思わず黒歌の笑顔に見惚れていた。

 

「翔、あなたのことが好きです。恋人として、付き合ってください。」

 

その言葉を聞いた時、翔の鼓動は大きく跳ねていたが、翔の心の奥はストン、とパズルが嵌まったかのように落ち着いていた。なんで、と思い、そして考えるまでもなかったな、と苦笑する。

 

そして内心で情けないな、と自嘲しようとして、やめた。今はそんなことをしている時ではない。確かに、前々からこの気持ちに気付いていたのに理解しようとせず、棚上げしていたばかりか相手から告白させてしまったというのは男として情けないが、今は何よりも返事をすることが大事だと翔は思ったからだ。

 

だから、翔は先ほど自分でも理解出来た感情に素直に従うことにした。

 

近くまで来ていた黒歌の肩に手をやり、引き寄せる。何の抵抗も無く胸に収まった黒歌をその鍛え抜かれた両腕で抱きしめた。その細く、力を入れすぎると壊れてしまいそうな腰に手を回した。

 

今までも何回かしてきたことのある行為。だが、この感情のままにしたのは初めてで、今までとはまるで違うものにかんじられた。

 

いつまでもそのままでいるわけにもいかず、翔は腕の中で目を瞬かせている黒歌に向けて言葉を発した。

 

「黒歌さん。僕も、あなたのことが好きです。だから・・・恋人として、結婚を前提に付き合って下さい。」

 

「あ・・・。」

 

その言葉を聞いた黒歌は驚愕に目を開かせた。黒歌は悪魔、翔は人間。2人の間にはどうしようもない種族の差というものがある。しかし、翔はそれでも結婚を前提にしてと言っていた。それの意味するところとは・・・。

 

「翔・・・いいの?」

 

「構わないよ。黒歌さんと一緒にいるためなら悪魔にでもなってみせるよ。まぁ、実際になるのは色々な準備を整えてからになるだろうけど。」

 

笑みを浮かべながらの翔の言葉が、黒歌の胸に染み渡っていく。その直後、莫大な歓喜が黒歌の体を震わせた。惚れた男にここまで思ってもらえている。女としてこれ以上の喜びはなかった。

 

「それで、黒歌さん・・・。いい、のかな?」

 

黒歌は目尻に涙を浮かべながらも、満面の笑みを浮かべてみせた。

 

「はいっ!」

 

 

 

 

その日、とある異種族間武術家系カップルが生まれた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

その後の話をしよう。

 

翔と黒歌は恋人関係になったことを師匠ズと両親に包み隠さず話した。「やっとか。」と呆れられはしたものの、概ね祝福されて2人も満更じゃなかったようである。

 

そして2人は翔の両親に悪魔等のことを説明。驚かれながらも受け入れられて、1つ肩の荷が下りた気分であった。

 

翔はサーゼクスに将来悪魔に転生するつまりだと説明。サーゼクスとの話し合いの結果、サーゼクスからは魔王という立場ゆえに出来にくいこと、迅速な行動が出来なく、問題が出た時などに翔に解決を図ってもらい、逆に翔は将来悪魔に転生したときの仕事や住居など、転生に関する便宜を図ってもらうという、相互に自身に出来ないことを依頼という形で協力し合うビジネスライクな友人関係を築くこととなった。

 

概ねハッピーエンドという形で落ち着いた2人は今日も幸せそうにイチャイ「じ、じぇろにも~~!!」・・・修行で死に掛けながらもイチャイチャしているようである。

 

こうして1つの形で決着は着いたものの、まだまだ落とし所のついてない事柄も多く、2人の物語は続いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、白音・・・。今どこにいるんだにゃ?」

 

To be continued!!

 




副題元ネタ・・・今、恋を始めます

キンクリです。でも、ssってキンクリ結構多いですよね。


こんな風に展開を思いつかないときや、風景は思いついているのに文字に出来ない時って作家さんを尊敬する瞬間ですよね。本当に凄いと思います。


このssを書くに当たってケンイチssを探してみたんですがかなり少ないです。やっぱり戦闘描写や修行描写が難しいからですかね?



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10 デートのTo loveる

第10話です。今回はデート回ですよ~

さぁ、行くぞスコッパー。コーヒー豆の貯蔵は十分か?


み~んみんみんみんみん・・・。

 

空は快晴。青く澄み渡る天上では今日も元気に太陽が核融合に励んでいる。その光と熱を遮る雲も無く、強力な直射日光が地表に突き刺さり、地面ではその暑さに空気が陽炎のように揺らめいている。

 

蝉が全力で求婚の言葉を叫んでいる8月の夏真っ盛り。地球温暖化の影響か、ヒートアイランド現象か。テレビでは連日のように史上最高気温が日本のどこぞで更新されたことや熱中症患者が病院に運び込まれたことがニュースで報道されている。

 

うだるような熱気に道行く人は汗を流し、手に扇子やハンカチを持っていたり、自前の水筒を用意していたりと暑さ対策に余念が無い。

 

そんなただ立っているだけで暗澹とした気分になってきそうな8月2日の駅前に、1つの人影があった。

 

短く切り揃えた金髪んと蒼い瞳が特徴的なその人物は、身長が170センチメートルを超えているので、高校生を越えた年齢に見えなくも無い。だが、整っているその顔の、まだ大人になりきっていない幼さが、その人影が中学生の少年であることを周囲の人間に理解させていた。

 

その少年の名前は風林寺翔。昨日15歳となったばかりの少々どころか大きく普通とはかけ離れている中学生である。

 

だが、普通とは違うといっても中学生は中学生。今は世間一般には中学生は夏休みと呼ばれる長期休暇に入っており、翔と言えども例外ではない。

 

ただ、普通とは違う人間の夏休みも普通からはかけ離れているわけで。普通の中学3年生が受験勉強に勤しんでいる中、翔は武術の修行に勤しんでいた。

 

何しろ日中の学校から解放される夏休みのこと。普段は出来ない修行ということで、とことん追い込まれたり、武術家の楽園(ユートピア・オブ・マスターアーツ)内で山篭りさせられたり。とにかく濃密な10日間ほどの夏休み序盤だった。

 

そんな修行浸りの翔がなぜ駅前にいるのかと言えば、今日は完全休養日だからである。

 

夏休みに入り密度が上がった修行とそれにより体と心が悲鳴を上げていたこと、そして昨日が誕生日だったことも考慮されてプレゼントされたのである。

 

(んっん~♪)

 

完全休養日を言い渡されて現在駅前に立っている翔はといえば、誰の目から見ても浮かれている様子であるのが伺える。何とか表情を引き締めようとしているようだが、ニヘラと崩れた表情を見る限り成功しているとは言い難い。

 

何故こんなにも翔がご機嫌なのかというと、この年代の男子中学生が浮かれる理由なんて限られるわけで。翔もご多分に漏れず思春期男子だったというわけだ。

 

(黒歌さんとプールデート♪黒歌さんの水着姿♪楽しみだなぁ。)

 

自らの恋人の水着姿を想像して翔の表情がだらしなく緩む。これも悲しい男の性ということだろう。

 

そう、翔がこんなに浮かれている理由は久々に恋人である黒歌デート出来るからである。倦怠期に入っているならともかく、未だラブラブ(死語)状態の恋人とのデートで浮かれない男子中学生はいないだろう。

 

しかも、翔と黒歌は付き合って2ヶ月強経っているものの、デートは数えられるほどしか出来ていない。翔も黒歌も現在は達人に教えを授けられている身。平素は修行で時間をとられる。

 

黒歌が翔の家に居候しているため、2人で居る時間が多いといえば多いが、デートにあまり行けていないのも事実なのだ。

 

そんなわけで、有頂天になっている翔は集合時間30分前から炎天下の下恋人を待っているのである。

 

しかし、同じ家で暮らしている恋人同士である。恋人気分が味わいたいからと敢えて待ち合わせしているが、翔がこんなに早くから待っていることも当然黒歌は把握しているわけで、自分も準備を早く終えて早めに来るのも当然というわけだ。

 

「ごめ~ん。待ったかにゃ?」

 

そんな台詞とともに翔の前に駆け寄る黒歌。その顔に浮かんでいる笑みには翔はいつもドキリとさせられる。とは言え、いつまでも見惚れているわけにもいかないので、意識して平静を保ちつつも返事をした。

 

「いや、今来たところだよ。」

 

そう言って黒歌と見つめ合い、そして次の瞬間には2人してプッと吹き出し笑い合う。あまりにもベタな「恋人同士の待ち合わせのやりとり」に可笑しく感じたようだ。

 

そのまましばらく笑っていた2人だが、どちらからともなく手を握り合い歩を進めだした。

 

目的地は電車で20分ほど行ったところにある大きなプールである。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

翔たちがやって来たのは、子供用の浅いプール、大人用の深いプール、流れのあるドーナツ状のプール、波の起こるプール、噴水、人工の滝、設置型の水鉄砲、子供用の滑り台、年齢制限のあるウォータースライダーなどなどが1通り揃っている、どこの地方都市にも1箇所はありそうな水のテーマパークである。

 

早速着替えのために男女別の更衣室に別れ、準備に入る。男のほうが女よりも準備に時間が掛かるのという定説通りに黒歌よりも早く準備を終えた翔は、しばらくの間更衣室を出たところで待つことになった。

 

天然特有の綺麗な金髪に青い瞳、そして端正な顔立ちと更には鍛えこまれ一切の無駄なく引き締められた、見せるためのものとは一線を画す実用本位の筋肉。それらが相俟って男たちからは羨望の、女たちからは熱い視線を送られていたが、最愛の恋人を待っている途中の翔は一切気にしていなかった。(勿論気づいてはいた。)

 

「翔~~!。」

 

「はい、黒歌、さ・・・ん。」

 

翔が周囲の視線を一身に浴びながらしばらく待っていると、背中のほうから声がかけられる。その声と気配から自分が待っている人だとわかっていた翔は笑みを浮かべ振り返り、そして硬直した。

 

パッチリとした大きな瞳を長い睫毛が縁取り、その下にスッとした鼻梁が通っている。ぷっくりとした桜色の唇は弧を描き、その人物の今の気分がいいことを明瞭に表していた。興奮のせいか薄っすらと紅潮している頬を落ちていっている水の雫が何とも色っぽい。

 

たわわに実った胸は、しかし自力で重力に負けることなく綺麗な形を保っている。男であれば誰しもその果実を収穫しむしゃぶりつきたいという欲求にかられ視線をはずせなかった。

 

まるで繊細なガラス細工のように力を込めすぎたら壊れてしまいそうな印象を見るものに与える細い腰。しかし、女性特有の柔らかさの下には薄っすらと筋肉を備えている。

 

一目で安産型だと分かる桃のようなお尻は、指をめり込ませたらどこまでも沈んでいきそうなほど柔らかそうだ。

 

そんなお尻を支えている太ももは、猫科の猛獣を連想しそうな程にしなやかに鍛え上げられており、それが健康的な色気を発散している。

 

そんな10人中10人が魅力的と評価するであろうプロポーション抜群の肢体はシンプルな白のビキニに包まれており、それが烏の濡れ羽色と評されるであろう黒髪と絶妙なコントラストを描いている。

 

そんな、恋人の艶やかな水着姿に翔はただ見蕩れることしか出来ず、顔を真っ赤にしたまま黙り込んでしまった。

 

「うにゃ?翔、どうしたかにゃ?」

 

言葉の途中で黙り、以降硬直したままの翔を疑問に思ったのか、黒歌が首を傾げながら聞いてくる。

 

妖艶さと健康的さを同居させた色気を周囲に振りまいているにも関わらず、無垢な少女のような、あるいは小動物のような仕草をするというギャップ。

 

その圧倒的な戦闘力に翔は敗北寸前だった。

 

(ちょ、黒歌さん、それ反則・・・!)

 

しかし翔とてまだ中学生とは言え一端の男。敗北寸前とは言え意地でも言わねばならないことがある・・・!

 

「く、黒歌さん。似合ってますよ、その水着。」

 

顔を真っ赤にし、視線を逸らしつつ、どもりながらの翔のなんともありきたりな褒め言葉。どうにも情けない感じだが、黒歌はそれでも嬉しかったようだ。

 

「にゃはは。そう言われると、ちゃんと選んだ甲斐あったかにゃ?」

 

黒歌の照れ笑い!翔に1000のダメージ!

 

頭を掻きながらのテレテレとした、それでも嬉しそうな笑みに翔はもうタジタジだ!

 

(落ち着け、落ち着くんだ、僕。素数だ。素数を数えて落ち着くんだ。2、3、5、7・・・。素数は1と己でしか割ることの出来ない孤独な数字。僕に勇気を与えてくれる、らしい。)

 

11、13、17、・・・。と平常心を保つ為に頭の一部を使いながら、空気を変える為に話題を振る。

 

「それで、黒歌さん。これからどうしますか?僕はここに来たことありますから、黒歌さんのやりたいことをしますよ。」

 

(よし!だいぶ落ち着いてきた。これで・・・。)

 

素数を数えていることと話題を変えたことが功を奏したのか、幾分落ち着いてきた翔。これで普通にデートを楽しめるかな、と思っていたが甘かった。

 

黒歌の攻勢はまだ終わっていなかったのである。

 

翔の提案に黒歌が俯いてしまう。翔が疑問符を頭に浮かべた直後、掠れるような声が翔の耳に届いてきた。

 

「・・・いが・・にゃ・・・。」

 

「え?黒歌さん、何ですか?」

 

翔のその言葉に黒歌は面を上げた。その顔は羞恥で赤く染まってしまっている。よほど恥ずかしいのか目に涙を浮かべながら、両手の人差し指同士をツンツンしていた。

 

「だから、お願いがあるにゃ・・・。」

 

黒歌の涙目上目遣い+指ツンツン!!翔に1500×2のダメージ!!

 

(ぐはぁっ!!)

 

多大なダメージを被りながらも、翔は笑顔を取り繕ってみせた。すさまじい精神力である。並みの男ならすでに敗北していただろう。

 

「な、何かな?黒歌さんの頼みならよほどのことじゃない限り聞くよ?」

 

その言葉を聞いた黒歌は、周囲に話を聞かれたくないのかキョロキョロと周りを伺い、それでも安心できないのか翔に身を寄せ、背伸びをして翔の耳元で囁いた。

 

「私が猫又だって、翔は知っているにゃ?だから、私は泳げないんだにゃ。翔、私に泳ぎ方を、教えてくれないかにゃ?」

 

黒歌のダイレクトアタック!!!翔に10000と2000のダメージ!!!

 

密着する体、相手から伝わってくる体温、黒歌の胸が自身の胸板で押しつぶされている光景とその感触、そして耳にかかる黒歌の息遣いと艶っぽい囁き。その全て感覚が翔の思考をしっちゃかめっちゃかにした。

 

(うわ、体柔らか、胸、スゴッ!!てか息、息が耳に掛かって!!)

 

翔の思考をかき乱した黒歌は、まだ離れずにいた。むしろより翔に密着しながらトドメを刺しにいった。

 

「もし、教えてくれたら・・・。ご褒美、上げるわよ。」

 

もうやめて!!翔の理性(ライフ)はもうゼロよ!!

 

(馬師父。もう、卒業(ゴール)しても、いいよね。)

 

顔を真っ赤にし、目をグルグルと回して後ろに倒れこみ、意識を手放しながらも翔が見た光景は、「計画通り。」と全体に貼り付けられている、嗜虐心を満たした愉悦に歪んでいる黒歌の笑顔だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「まったく、あまりからかわないでくださいよ、黒歌さん。」

 

「いや~、顔を真っ赤にした翔が可愛かったから、つい。」

 

何とか数分で復帰した翔はあまり反省した様子を見せない恋人につい溜め息を吐いてしまう。前からそうだったが、この恋人のからかい癖にはいつも振り回されっぱなしだ。

 

特に恋人になってから、今回のようにスキンシップを使ったからかいを交えてくるようになったので、健全な思春期男子の翔としては堪らない。いや、別の意味で溜まってはいるが。

 

だが、恋人のそんな様子には黒歌も思わず溜め息を吐いてしまう。確かに翔をからかうのは黒歌の猫又故の嗜虐心も多分に理由に含まれているがそれだけではないのだ。

 

ようするに、あれだけスキンシップを多用しているのはそういう意味で誘いをかけているのである。

 

(まったく、翔のその紳士的なところは美徳だと思うけど、恋人になったんだからもうちょっと積極的になってもいいのに。全部悉くスルーしてくれるんだもん。)

 

そんな互いにちょっとした、それでも微笑ましい不満を抱きつつも2人がたどり着いたのは流れのあるドーナッツ状(実際は枝分かれしたり、うねっていたりするが)のプールである。

 

「あれ?なんでここに来たんだにゃ?てっきり普通のプールだと思っていたんだけどにゃ。」

 

「確かに、普通泳ぎを教えるならそっちの方がいいんだろうけど、僕的にはこっちの流れがある方が教えやすいんだ。」

 

「そうにゃのか。」

 

実は、黒歌の泳げない宣言は本当だったのである。まぁ、水が苦手な猫の妖怪である猫又なので仕方ないとも言える。さっきはからかい混じりに本当のことを言っただけなのだ。・・・いちいちからかうところに根本的に奔放的な黒歌の性格が表れているといえる。

 

そんなわけで泳ぎを教わろうとしていた黒歌にとって、流れのあるプールとは意外だったのである。

 

そこで、何故流れのあるプールなのか、翔が説明を始めた。

 

「うん。僕も昔は泳げなくてね。そこでしぐれさんが教えてくれたんだけど、それが流れのある川でのことだったんだ。でも、それまで敬遠してたのが嘘みたいにすぐに泳げるようになってね。だから、しぐれさんの教えを参考にしてみようかな、と。」

 

翔は、前世での記憶、あるいは記録とも言えるが、その記録から水が苦手になり、泳ぐのが無理なカナヅチとなっていた。それも人間は泳げるようにはできていないと、ある意味で開き直るほどには、である。

 

それでは困る。どうしよう、と悩んだ翔の師匠たちは、かつて同じようにカナヅチだった兼一に泳ぎを教えた香坂しぐれに任せたらいいんじゃ?ということになり、そして実際に翔はしぐれの教えにより泳げるようになった、というわけである。

 

閑話休題。

 

翔はあれほど泳ぐのを嫌っていた自分ですら泳げるようになったしぐれの教えなら、黒歌も泳げるようになると思ったのであった。

 

「それじゃ、まずは入ってみようか?」

 

「わ、わかったにゃ。・・・翔、手、離さないでね?」

 

「うん。勿論だよ。」

 

ゴーグルを装着した2人は手を繋ぎながらプールに入っていく。しかし、黒歌はやはり水が怖いのか足をつけては離してを繰り返している。

 

そんな黒歌に翔は微笑みながら握っている手に力を込めた。

 

「大丈夫だよ、黒歌さん。水は、怖がって流れに逆らおうとするおそってくるんだ。だけど、流れに身を任せたら何もしてきはしないよ。ほら、きて、黒歌さん。」

 

「にゃっ!?」

 

ぐいっ。

 

先にプールに入った翔が黒歌をプールの中に引き連れる。思わず硬直してしまう黒歌だが、翔に手を握られていることを思い出して冷静になった。

 

「ほら、黒歌さん。力を抜いて流れに身を任せてみて。」

 

その言葉に黒歌は素直に従う。そうして力を抜くと、水の流れに従って足の方から体が流れ出した。

 

そのことに恐怖を感じ、また体が硬くなろうとしたが、その寸前で翔が黒歌の体を突付いた。

 

黒歌がその方向に目を向けてみると、完全に力を抜いて流れるままになっている翔の姿。そしてその翔に繋がれている手の存在。それを思い出して黒歌は完全に力を抜いた。

 

そうすると、黒歌の体が流されながらも水の中で浮いた。黒歌の下に回った翔が黒歌に拍手をする。ゴーグル越しにそれを見た黒歌はあることに気づいた。

 

(あ、すごい。進んでる。いや、手足を動かせば・・・もう、泳げてる?)

 

試しに足を動かしてみる。膝を軽く曲げながら左右交互に上下に動かすだけの簡単な動作だが、それだけで黒歌の体は流れに逆らってその場に留まった。

 

(すごい!私、泳げてる!)

 

その興奮のままに水面から顔を出す。そして隣に浮き上がってきていた翔にその喜びのままに抱きついた。

 

「翔、やったにゃ!こんなにすぐ、私、泳げるようになったにゃぁ!」

 

「わ、く、黒歌さん!?」

 

翔の顔を胸に抱きこみ、喜びを表現する。思いっきり翔の顔が黒歌のその豊満な胸に埋まってしまった。

 

「ふがっ!ふががっ!!」

 

「きゃっ。翔、くすぐったいにゃ。」

 

その胸のあまりの柔らかさという天国と、呼吸が出来ない苦しさという地獄を両方同時に味わっている翔。なんともうらやまけしからんことではあるが、何分窒息の危険もある。

 

なんとか翔が力を込めて抜け出そうとするものの、素の身体スペックでは未だに悪魔である黒歌の方が強い。よって翔が抜け出せる道理もなく。

 

水面に顔を出した直後という、酸素を吸い込む前であったことと胸に挟まれた動揺もあり、驚異的な肺活量を誇る翔もあっさり意識を手放した。きっといい気持ちで落ちたことだろう。

 

「あれ?翔?翔~~~~!??」

 

「ぶくぶくぶく・・・。」

 

黒歌はついさっき習得した泳ぎで早速彼氏を運ぶ羽目になり、やっぱり水は嫌いなままになりそうであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

とにかく、そんなこんなでトラブルに巻き込まれながら2人はデートを楽しんだ。

 

2人で浮き輪に乗るタイプのウォータースライダーを滑ってみたり。

 

「ちょ、何で僕が前なんですか?ていうか、胸が当たってるんですけど・・・。」

 

「ふふ、何言ってるんだにゃ?・・・当ててるのよ。」

 

 

昼食を食べさせ合ってみたり。

 

「はい、あ~んにゃ。」

 

「ちょ、恥ずかしいんですけど・・・。・・・あ、あ~ん。」

 

 

翔が居なくなった隙に黒歌をナンパしていた男どもを見た瞬間翔が暴走したり。

 

「胴廻し回転蹴りっっ!!」

 

「ぎゃああぁぁぁぁ。」

 

 

2人で手を繋ぎながら泳いで見たり、とそれはそれは楽しんだのであった。

 

 

そんなこんなで思いっきり楽しんだ黒歌は現在、更衣室でシャワーを浴びている。もう帰る時間のため、着替えようとしているわけだ。

 

シャーワーを浴びている黒歌はデートが成功して楽しかったこともあり、鼻歌を歌うほどには上機嫌である。

 

「ふふん♪」

 

(あ~楽しかった。次はどこに行こうかにゃ?)

 

既に次回のデートのことに思いを馳せながら体を拭き、そのバスタオルで体の前面だけを隠しながら自らのロッカーへ歩いていく。その耳に周囲の喧騒は届いてはいてもその中身には気に掛けていなかったのでわからない。

 

そうして黒歌が着替えようとしてロッカーを開けると、その中に入っていた携帯が鳴っていた。その着信音が告げる相手は翔である。

 

(もう着替え終わったかにゃ?だとしたら待ってもらわないと。)

 

そんなことを思いながら電話に出ると、結構切羽詰った翔の言葉が聞こえてきた。

 

『黒歌さん!さっきサーゼクスさんから電話があったんだけど、この付近に神器を使って犯罪を起こしてる人が潜伏してるみたいなんだ!』

 

「っ!?・・・詳細は?」

 

翔の言葉に驚くが、すぐに落ち着いた様子で話を促す。その心の内で戦いの可能性を視野に入れながらもまずは情報を聞くことにする。

 

実は、翔がこんな風にサーゼクスからの依頼で裏の犯罪者を相手にするのは珍しくない。サーゼクスは魔王であり自然権限も大きくなるが、魔王であるが故にどうしても動けないときというのは存在するのだ。

 

そういう時、そのことを放置すると被害が甚大になると予想される事態を解決するために、サーゼクスは月に2,3回のペースで翔に依頼を出してくる。

 

そして、黒歌に恋人を1人で危険に向かわせるようなことをする気はない。黒歌はそういう依頼では翔についていき、そして手助けをするのが毎回のこととなっている。

 

今回もその類かと思っていると、翔の口から犯罪者の詳細が話された。黒歌はごくりと生唾を飲み込む。

 

『その犯罪者の名前はチチオ=モンデヤル。悪戯三昧(トリック・アンド・トリート)と呼ばれる任意のものを透明にする神器を使って、覗き、痴漢、猥褻物陳列、下着泥棒、etcetcの犯罪行為を数十回に渡って働いているらしい。』

 

「にゃっ!?」

 

身構えていた黒歌はその馬鹿らしさに思わず転げてしまった。

 

「ってふざけているのかにゃ!?」

 

『それが本当のことらしい。余りにも鮮やかな手並みに桃色の犯罪王(キング・オブ・エロス)と呼ばれているそうなんだ。』

 

「な、なんなのにゃ、その馬鹿らしすぎる2つ名は・・・。」

 

黒歌が思わず脱力していると、周囲の喧騒がより一層大きくなる。いや、今までも同じ大きさだったが、脱力したことで黒歌の耳に入ってくるようになったようだ。

 

「ちょっ!ブラジャーが無いんだけどっ!?」

 

「私も!??」

 

「ちょ、下着泥棒!??」

 

その他にも聞こえてくる数多の被害報告。・・・どうやら、この更衣室を使用していた全ての女性のブラジャーが盗まれているようだ。

 

その声に嫌な予感を盛大に刺激された黒歌は自分のロッカーを思いっきり探ってみる。かばん、シャツ、スカート、パンティー、靴などが見つかっていくが・・・。

 

瞬間。黒歌から膨大な動の気が溢れ出す。その圧倒的な威圧感に周囲に居た女性たちも思わず黙り込み、黒歌の方を注視した。

 

翔の方でもその気を感知したのか、焦った様子の声は電話口から聞こえる。

 

『ちょ、黒歌さん!?漏れてる!?動の気が漏れてますって!?』

 

「・・・た。」

 

『え?』

 

「だからっ!!私のブラジャーも盗まれたのよっっ!!!」

 

『・・・何だって?』

 

隣の男子更衣室から一瞬だけ怒気が伝わってきて、そして次の瞬間には収まった。どうやら黒歌の報告を聞いて翔が怒り、しかし静の武術家であるため一瞬にしてその感情を飲み込んでしまったようである。

 

しかし、それでも尋常ではない静の気が隣から感じる限り、翔の怒りも相当であるらしい。今ここに2人の気持ちは完全に一致した。

 

「『よし、殺そう。』」

 

それでいいのか活人拳!!

 

ともかく、ここに1人の犯罪者の末路は決定した。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

ジョージ=フォアマンは基本的には賞金稼ぎをしてお金を稼いでいる。つまり、不定期に仕事をして、その調査や後始末で追われている時間以外は全て休みということだ。

 

仕事成功率が高いジョージは結構余裕を持って仕事をして、貯蓄などもしているためにお金はある。休みの日もかなり多く、この日もそんな休みの1日だった。

 

今日は何して過ごすか、ということで悩みはするが、その為の趣味を結構作っているジョージは時間を潰す事柄に困りはしない。

 

今日は上級の魔術理論書を読みふけって時間を潰している。何とも心休まる穏やかな休日だ。

 

(ああ、素晴らしい。この平穏。やはり俺の人生はこうでなくては。)

 

そうしてまったりしていると、ジョージの携帯に着信が。その着信音を聞いて思わずゲンナリとする。

 

その着信音が示すのは2人のみ。そしてそのどちらもがジョージの平穏を悉く潰していくジョージにとっての天敵であり鬼門である。

 

(く、出たくねぇ。でも出なかったら後で面倒なことに・・・。)

 

しばらく考えた末、後の平穏を優先したのか出ることに。そのディスプレイに表示されている発信者は糞猫。それを見たジョージの顔はかなり嫌そうに歪み、電話に出る。携帯の操作速度の遅さが何よりも雄弁にジョージの心境を表していた。

 

「はい、こちらジョージ。」

 

「5分以内にこっち来い。」

 

「・・・・・・・・・っは!?」

 

開口一番のあまりにも横暴な一言に思わず思考が飛んでいってしまったようだ。何とか現実への帰還を果たしたジョージは文句を口にした。

 

「ふざけんな!!何で俺が!!」

 

「いいから。」

 

「いや、だから!!」

 

「早く。」

 

「せめて理由を!!」

 

「来い。」

 

「・・・はい。」

 

「5分以内な。」

 

ピっ。ツーツーツー。

 

通話が切れた電話の、その音が何だか物悲しさを感じさせジョージは泣きたくなった。

 

「グッバイ、平穏なる毎日・・・。こんにちは、胃薬が友達の日々・・・。」

 

ジョージは転移とタクシーを駆使して何とか5分以内で着くことが出来た。でも何にも嬉しくなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

チチオ=モンデヤルは上機嫌だった。その理由はその手に握るかばんの中に入っている。

 

(フヒヒ・・・大漁大漁。)

 

今回のチチオの犯行は何と大胆にもプールの更衣室に入り込んでの下着泥棒だ。しかもブラジャーのみである。

 

チチオはその神器を駆使して様々なことをシテきた。自らを透明にしての覗き、痴漢。服を透明にしての猥褻物陳列。扉を透明にしてのピッキングを利用した不法侵入に下着ドロ。

 

今回は体を透明にして女性更衣室に侵入。扉を透明にして使用しているロッカーを特定。鍵の外側を透明にして鍵の構造を把握しそして磨いた腕を使ってのピッキングをつかってロッカーを開けてブラジャーのみを拝借したというわけだ。

 

(フヒ、今回は当たりだなぁ。)

 

チチオは今回、使用している全てのロッカーからブラジャーを盗んだが、やはりチチオにも好みがある。今回は大分女性のレベルが高かったのでチチオもご満悦だ。

 

(フヒ、あの黒髪に白のビキニを着たナイスバディーなお姉さん。・・・恋人がいたようだけど、彼女が使っていたブラジャーを手に入れたってだけで、僕は、僕はもう・・・!!)

 

恍惚とした表情でプルプルと震えるチチオ。その様はかなり気持ち悪かったが今彼は自身を透明にしているので彼に気づくものは居なかった。

 

そうやって満足感に浸っている彼は気づかなかった・・・。自分が己の死刑執行書にサインしてしまったということを。

 

そう、いつも通りなら彼は無事だっただろう。・・・だが彼は知らなかった、今回の被害者の知人に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の持ち主が居たことを。

 

ドドドドドドドド・・・。

 

まるで猛獣の群れが走っているような轟音が聞こえてきたことでチチオはその存在に気づいた。

 

(何だ?っひ!?)

 

その轟音を立てるものの正体はものすごい速度で走っている黒髪の女性だ。遠くからでも感じる怒気が、その女性が怒っていることを如実に示している。

 

チチオはもしかしたら自分の犯行がばれたんじゃ?と恐怖したが、直後に自分が今透明になっていることを思い出し安堵の息を吐いた。

 

(大丈夫、僕は透明になっているんだ・・・。そんな、気配で場所が分かる(・・・・・・・・・・・・・)なんて、漫画の中の話だよ。)

 

人、それをフラグという。

 

再び前を向いて走り出したチチオの前の地面に影が浮かぶ。それを見たチチオはその正体を見ようと後方を見上げて、その顔に靴がめり込んだ。

 

「ティオティトラチャギリィィィーーっっ!!!」

 

「ぶへぇぇぇぇええええ!??」

 

空中で綺麗に回転して、遠心力が乗りに乗った後ろ回し蹴り。そのあまりの威力にチチオが宙を舞い、そして10メートル以上は吹き飛んだ。

 

その様子を見てもまだ怒りが収まらないのか、フーッフーッと息を吐き出しながらチチオに近寄るその女性。ぶっちゃけ黒歌が口を開いた。

 

「安心しなさい。殺しはしないわ・・・。」

 

「ヒッ!?」

 

その声を聞いてチチオはむしろ恐怖を覚えた。・・・何故殺されないと聞いてこんなにも恐怖する?震えがとまらない?

 

その答えが黒歌の口から放たれた・

 

「むしろ、生かし続けてずっと地獄を味合わせてやるから♪」

 

「ヒイイイィィィィィィ!?!?!?」

 

その言葉にチチオが逃げようとするが、・・・全ては遅かった。

 

「乙女心を弄んだ報い、しかとその身に刻み込みなさいっ!!」

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああっっ!!!!」

 

黒歌の強烈な蹴りが放たれる。何度も、何度も、何度も・・・。しかし、チチオが死ぬことは無い。それほどまでに精密な力加減をしているからだ。

 

それを遠くから眺めるジョージは、しかし相手に同情する気は一切湧かなかった。・・・全ては黒歌を敵に廻した自業自得である。

 

そうしてしばらく蹴っていた黒歌が、一際大きく蹴り上げた。そして自身も大きくジャンプしてチチオのところまで上昇する。

 

足を大きく振り上げる。柔らかな股関節により上下に180度開脚する様は美しく感じられたが、まるで死刑囚の首を刎ねるギロチンのようにも見えた。・・・実際、そう間違ってないだろう。

 

「チッキ!!」

 

そのまま足が見えなくなるほどの速度で振り落とされた踵は、チチオを地面に叩き落した。

 

空中に飛び上がっていた黒歌はフワリと着地すると、まるで養豚場の豚を見るような目でチチオを見たあとにその脳内裁判の判決結果を告げた。

 

「判決!死刑!!にゃ!!」

 

そう言ってジョージと翔の方に振り返った黒歌はそれはそれはイイ笑顔だったという。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

チチオ=モンデヤルをジョージに託した後にジョージが今回盗んだブラジャーをプールのサービスセンターに届けた2人は、帰路についていた。

 

手を繋ぎながらも今回のデートの感想を言い合う様は、何とも中睦まじい恋人そのものだ。

 

「はぁ、折角のデートなのに最後にケチがついたにゃぁ。」

 

「まぁ、あんな騒動に巻き込まれるってのが、ある意味僕ららしいって言えばらしいけどね。」

 

「そうだけど、デートくらいは普通に楽しみたいにゃ。」

 

「それもそうだね。」

 

家の最寄り駅からの道を歩いていく。もうすぐこのデートも終わりに近づいている。住んでいる家が同じだからいつでも一緒に居られるとはいえ、なんだか祭りが終わったあとのように寂しい気分が湧き上がってくる。

 

楽しい時間はすぐ過ぎていくという言葉どおりに、すぐに家に到着した2人翔が鍵を開け、家に入ろうとしたとき黒歌が話しかけた。

 

「翔。」

 

「?何かな、黒歌さ」

 

チュッ

 

話をするために振り向こうとした翔の唇に触れる暖かい感触。目の前いっぱいに広がる黒歌の顔。それらを認識した瞬間翔の思考は停止した。

 

5秒か、10秒か、あるいは1分か。ともかく翔にとっては永遠にも感じられる時間のあと黒歌が離れた。その顔は赤くなっているが上機嫌そうだ。

 

「ふふっ。私がいくら誘ってるのに翔が乗ってこないから、私からすることにしたわ。一応、初めてなんだからね?」

 

そう言って黒歌は家に入っていく。しかし、翔は思考停止から回復することは出来なかった。

 

その後、1時間後に母親が料理が出来たことを伝えに来るまで、翔は固まり続けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

その長い黒髪に黒の瞳、そして黒スーツを来た全身黒ずくめの男は至極真面目な様子で問いを投げかけた。

 

「すみません。よく効く胃薬ってありますか?」

 

頑張れジョージ=フォアマン!君の胃痛がなくなるその日まで!!




副題元ネタ・・・To loveる


甘いデート回に出来てたでしょうか?今回のために恋愛小説とか呼んでみたんですけど。


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11 デビルズクエスト 弟子と魔王と冥界と進路と転生と悪魔と学園と空と海と大地と呪われし姫君

ちょいギャグテイストかな?な11話です。


「で、今日の用事は何なんですか?サーゼクスさんは雑談で電話を長引かせるほど暇じゃないでしょ?」

 

「いや、友人と電話するくらいの時間くらいなら私にもあるさ。それに書類仕事なら電話しながらでも出来るしね。」

 

「そうですか。まぁ、それならいいんですけどね。」

 

現在は秋が深まり始める10月に入ったころ。残暑の厳しさも収まりを見せ長袖を着始める人が街中でもチラホラと見掛けるようになった。

 

世の中の受験生もそろそろ志望校を絞り始める頃で、中学3年生であるところの翔も卒業後の進路をどうしようかと迷っているようである。

 

そんな時に掛かってきた1本の電話。相手は時々依頼をしてくるサーゼクス=ルシファーである。

 

2人は結構良好な友人関係を築き上げることが出来ており、今のように時たま電話で近況報告したり愚痴りあったりすることも珍しくない。

 

今回もそんな雑談をしていたようだが、翔は流水制空圏を修めた武術家である。相手の心の流れを読むのは慣れたもの。サーゼクスが何か本題を持っていることを察していたようだ。

 

「で、本題は?」

 

「まぁ、別になんてこと無いことなんだけどね。翔君、君は今後の進路をどうしようと思っているのかな、と。」

 

「まぁ、それは僕も迷っているんですよねぇ。」

 

翔は現在黒歌と交際して恋人関係であり、結婚も視野に入れている。中学3年生なのだから性急なのかもしれないが翔にとっては黒歌以外は考えられないので速いか遅いかの問題でしかないと思っている。

 

黒歌は悪魔である。よって翔も将来的には悪魔に転生してから結婚したいと思っている。問題はいつ結婚するのか、といつ転生するか、そして転生するとしたら主を誰にするか?であった。

 

サーゼクスにはそこらの問題の相談に乗ってもらっているかわりに、相手の問題の解決を図っているというビジネスライクな友人関係なのであった。

 

さて、今回の進路で悩みの種となっているのもこの将来は悪魔になるつもりである、ということである。要は人間社会で学歴をいくら築いても悪魔になったら意味がない、ということであった。

 

けれど日本人である翔としては高校卒業までは結婚しないつもりであるし、高校くらいは通っておきたい。けれどだからといってどこの高校でもいいわけじゃない。さぁ、どこにしようか?と、こういう悩みなのであった。

 

ちなみに翔は武術の修行に大半の時間を取られているが勉強が出来ない、というわけではない。きちんと頭の修行のための時間も取られている、ということである。

 

闇側の師匠から複数の言語、もちろん英語も習っている、を教えてもらっているし、その他にも秋雨や馬からは医術、他にも秋雨には茶道や華道も習っている。また、兼一から園芸を、美羽やキサラからは猫の可愛さを教えてもらっているのだ。

 

そのため翔は英語や文系の成績が上の中、理数系はどうもセンスがないが努力の結果中の上くらいには収まるように頑張っているため、その学区内で上から3番目くらいの学校なら十分狙える範囲である。

 

でも悪魔になったらそれも意味ないし、でも自分からレベルを下げるのも何かイヤだな、でもでも勉強に時間は取られたくないし、ということで悩んでいるということだ。

 

サーゼクスにそういう風に悩んでることを素直に話した翔は疑問を呈した。

 

「で、僕の進路の話がどう本題と関係があるんですか?」

 

「いや、実は翔君にはある高校に行って欲しくてね。」

 

「?何でですか?後どこの高校ですか?」

 

「君の住んでるところからはちょっと離れてるんだけどね。駒王学園というところさ。」

 

「ああ、聞いたことがあります。レベルの高いお嬢様高校だったところですよね?2年前に共学になったとか。そして、」

 

「リアスが通っているところでもある。」

 

その声がかなり嬉しそうだったのを聞いた翔は、呆れざるを得なかった。翔にはこの魔王とも呼ばれる男が何故翔に駒王学園に入って欲しいか既にわかったからである。

 

「まったく、僕にそこに入って欲しい理由は妹さんの護衛のためですか?」

 

「護衛、っていうわけじゃないけどね。まぁ、簡単に言うとリアスとその眷属がどんな様子なのか見てきて欲しいかなぁ、と。」

 

「はぁぁぁ・・・。相変わらずですね。」

 

サーゼクス=ルシファーは妹を溺愛している、俗に言うシスコンである。翔はそのことを良く知っていた。何せサーゼクスの話の約50%がリアスの自慢や心配事なのである。ちなみに残りの約50%が妻のノロ気で約1%が残りの愚痴や依頼のことである。

 

サーゼクスは妹のことが心配なのであろう。近況の話とかが知りたいに違いない。しかし、年頃の女性は溺愛してくる家族とかを恥ずかしがったりすることも少なくない。リアスもそうで中々電話をくれないと翔は良く愚痴られる。

 

しかし、いくら心配とはいえリアスの知らないであろう翔に潜入調査まがいのことを依頼してくるとは・・・翔も呆れざるを得ない。妹好きここに極まれり、と。

 

「でもサーゼクスさん。僕の成績じゃぁ駒王学園はギリギリですよ。でもだからってサーゼクスさんから僕を合格させるように手回ししたら僕が裏の関係者って言いふらすようなものだし・・・。」

 

「確かにそうだね。もし通ってもらうとしたら自力で合格してもらう必要が出てくる。」

 

「でも僕、そんなに勉強に時間削ってまで上の学校に入りたくないですよ。修行があるんですから。」

 

翔が眉をしかめてあまり気乗りしない理由を言う。入る理由がどうしても護衛が必要だから、とかならまだしも「近況報告してくれないなら自分で調査員を送ればいいじゃない。」みたいなしょーもない理由ならいくら友人の頼みとはいえそうほいほい受けたくはない。

 

サーゼクスもそれは承知しており、その上でお願いしてくるのだから何かしら報酬は用意しているようであった。

 

「それはわかってるよ。だから、翔君が自分から入りたくなるような情報も持っている。」

 

「・・・何だって?」

 

「この情報を知れば、翔君は自分から入るように勉強に必死になること受けあいさ。」

 

サーザクスのその言葉に翔は思わず溜め息を吐く。どうせこの友人は自分がそう言われれば断れないのを分かっていてもったいぶっているんだろうなぁ、と。

 

「一々もったいぶってないでその情報とやらを言ってください。」

 

「えぇ~どうしようかなぁ。まぁ、もしも翔君が駒王学園に行ってくれるんなら教えてあげてもいいんだけどなぁ。」

 

うぜぇぇぇぇぇ!!翔は内心でそう叫んだ。この魔王、魔王に相応しい力を持ち公私混同もあまりせず、そして情に厚くお人好しな面もあるが妹のことになると暴走しがちなのが玉に瑕なのである。はっきり言って今のサーゼクスはかなりうざい。酔っ払いのおっさん並にうざいなぁ、と翔は思った。

 

「はぁ、わかりましたよ。その駒王学園に行きますって。だからその情報とやらを教えてくださいよ。」

 

「ありがとう翔君!いやぁ、持つべきものは良き友人だね!」

 

「言ってて下さい。それよりも僕からも条件がありますよ。」

 

「ん?なんだい?今言うってことは入学に関する条件なんだよね?」

 

「そうです。そっちのお願いで妹の近況報告をするために入学するんですから、こっちの入学に際しての条件も受け入れてもらいますよ。」

 

「まぁ、別に良いよ。こっちがお願いする立場なのは確かだしね。」

 

「では、言いますよ。きちんと文書として残しておいてくださいね。これも一種の契約ですから。」

 

「そう言われるとこちらは弱いね。悪魔だから。」

 

悪魔は契約をもって代価を得る生き物である。要するに人間の欲望を叶えて上げるからこっちの欲望も叶えさせてもらいますよ、ということだ。等価交換が原則なのである。

 

果たして、翔の口からその条件が述べられた。

 

「駒王学園は遠いですからね。ここから通おうと思ったら時間の無駄です。だから、学園の近くで部屋を借りてもらおうかな、と。」

 

「ふむ、1人暮らしをするのかな?」

 

「いえ、2人暮らしですよ。前々からこれは考えていたことなんですけどね。高校に入ったら家を出て黒歌さんと過ごそうかなぁって。まぁ結婚生活の練習みたいな感じですよ。」

 

「その歳で同棲かい!?いやぁ、最近の子は進んでいるなぁ。ていうか、君ちょうどいいから僕に部屋のお金を出させようとしているよね。いや、いいけどさ。」

 

「じゃぁ、僕は駒王学園に行ってリアスさんの様子を報告する。そして、」

 

「私が君が駒王学園に通うための家を借りるのと、さっきの情報を教える、だね。ここに契約は完了した。」

 

その言葉にふぅ、と溜め息を吐く翔。これから先は忙しくなる。今の翔の偏差値では駒王学園に入学するにはちときつい。これから猛勉強しないといけなかった。

 

これから先のことを考え憂鬱に浸るが、それよりも重要なことがある。翔はサーゼクスが持っているという情報を聞き出そうと電話に話しかけた。

 

ちなみに合格出来ないとは考えていない。十分狙える範囲にある学校だし、優秀な先生もいるからだ。ただし、勉強の時間はスパルタも生温い地獄と化すのだろうと考え、また地獄が増えるなぁ、と憂鬱になるだけである。

 

閑話休題

 

「で、さっさと教えて下さいよ、その情報。」

 

「良いよ。・・・さて翔君、覚悟は出来てるかな?」

 

「そんなもの、とうの昔に完了していますよ。」

 

「ふふ、そうだったね。じゃぁ言うよ。実は・・・・・・」

 

ごくっ。翔が生唾を飲み込む音がする。どんな情報が出てくるかと身構える。サーゼクスが翔が絶対にこの話に乗ると言うほどの情報だ。さぞかし吃驚するのだろうな、と頭の片隅にそんな思考が流れた。

 

「・・・・・・実は・・・・・・。」

 

・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・・・・・・・。

 

・・・・・・・・・・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「って溜めが長いわ!いつまで引っ張るんですか!?この溜め!」

 

「え?日本じゃ大事なことを言うときは引っ張るものなんじゃないの?」

 

「確かにテレビとかだと無駄に引っ張るけども!!次回に持ち込むのも少なくないけども!!」

 

「続きはCMの後で!!」

 

「CMって何!?そんなん無いでしょうが!!」

 

「え?Webのほうが良かったかなぁ。やっぱり今はそっちが主流だよね。」

 

「そうじゃないですよ!?いや、確かに続きはWebでってのも多いけどさ!!」

 

「あ、ちなみに黒歌君の妹がリアスの眷属だから。」

 

「軽っ!?サラッと言い過ぎでしょう!?それ重要な情報なのに扱い軽すぎですよ!?え?ていうかそれ本当ですか!?」

 

「マジマジ。本気って書いてマジって読むくらいマジだよ。」

 

「うわぁ。黒歌さんが今まで探し回って見つからなかった情報がこんな感じでカミングアウトされるなんて・・・。」

 

「まぁまぁ、見つかったんだからいいじゃない。」

 

翔は相変わらずサーゼクスは軽いなぁ。と思った。聞いた話では現在の魔王は4人が4人とも私生活では軽いという。冥界ももうだめかもわからんね。

 

「うわぁ、ていうか今気が付いたんですけど、サーゼクスさんが黒歌さんを調査していた理由ってそれですよね?」

 

「あちゃ、気付いちゃった?」

 

「それくらいわかりますよ。ってことはサーゼクスさんは2年半前にはもう黒歌さんの妹さんの居場所とかがわかっていた、ということですか・・・。」

 

「この情報を言わなかったことに対して幻滅したかい?」

 

「構いませんよ。悪魔ってのは等価交換が基本ですから・・・。その可能性に気付かなかったこっちの責任ですよ。」

 

「そう言って貰えるとこっちとしてもありがたいよ。」

 

サーゼクスが電話の向こうで苦笑している気配になる。翔とてサーゼクスに話していないことはあるのだ。ならば、相手が隠し事をしていたことに何故怒ることが出来ようか。人間、悪魔でもいいが隠し事の1つや2つあるものである。

 

「まぁ、確かにそれは聞いた価値のある情報でしたよ。・・・後でどうやって黒歌さんに伝えようか迷うほどには。」

 

「まぁ、頑張りたまえ。」

 

「あんたのせいでしょうが!?他人事すぎますよ!?」

 

「だって他人の恋愛(ひとごと)なんだもん。」

 

「もんってつけないで下さい。いい歳したおっさんが言ってもキモいだけです。」

 

「厳しいなぁ。これでも若いつもりなんだけどね?」

 

「悪魔だからでしょ?実年齢考えてください。」

 

「まぁ、確かにもう100歳はとうの昔に越えたけどね。それ以降は歳は数えてないよ。」

 

ハァ、と翔は息を吐く。この友人とはいつもこんな感じだ。適度に近く、適度に遠い。だから遠慮も配慮もする必要なく好き勝手に文句を言えるし、相談やお願いをすることも出来るのだ。

 

「・・・確か、リアスさんの眷属って駒王学園に通っているんでしたよね?」

 

「そうだよ。・・・黒歌君の妹。名前は搭城子猫って名乗っているんだけどね、も来年入学予定さ。」

 

その言葉を聞いて翔は更に憂鬱になる。どうやら絶対に駒王学園に落ちることは出来なくなりそうだ。もし落ちたら恋人がどう拗ねるかわかったものじゃない。

 

「どうやら・・・駒王学園に通う理由が増えちゃったみたいですよ。」

 

楽園の中にいる人物の中で勉強を教えられる程の学を持つ人物とこれから先の勉強地獄を思い浮かべて、翔は深い深い溜め息を吐き出すことしか出来なかった。

 




副題元ネタ・・・ドラゴンクエスト

サーゼクスと翔の掛け合いはスラスラ出てきました。書いてて楽しかったですねw


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12 依頼日記

一人称に挑戦してみました。

そして一気に飛びます!また!


まず始めに、この日記を書くに当たって

 

1 この日記は学校での出来事を書くものである。

 

2 この日記を書くときにはサーゼクスさんへの報告書も書くようにする。

 

3 この日記は後から読み返してその日にあったことが思い出せるように書くようにする。

 

4 この日記は平日は必ず書くようにする。

 

以上のことを心がけながらこの日記を書いていくものとする。

 

 

風林寺 翔。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

4月8日 木

 

さて、今日からこの日記を書くわけだが、その前に何故急に日記を書こうと思ったのかを書いておこうと思う。

 

その理由は別に難しいものでも何でもなく、サーゼクスさんからの依頼のためである。

 

結局、サーゼクスさんからの依頼は日に1回その日のリアスさんとその眷属の様子を報告書として送っておくことになった。

 

だから、報告書を書くときにその日のことを思い出せるように、あるいは書くのを忘れても思い出せるようにと日記を書くようにしたのである。

 

そんなわけでこの日記を書き進めていこうと思っている。

 

さて、今日は駒王学園の入学式だった。千影さんや美羽さんの地獄の猛勉強を潜り抜けた僕ももちろん合格しており、サーゼクスさんが借りてくれた部屋(1Kの中々洒落た部屋だった。)から徒歩で7分くらいかけて学園に到着だ。

 

入試の時も思ったけどこの学校は中々に豪華な設備を持っているなぁ。なんて感想を持ったっけ。でもまぁ、それ以外は普通の入学式だったかな。

 

あ、そう言えばリアスさんとその眷属2人(合計4人いるそうだけど今高等部にいるのは女王の姫島朱乃さんと騎士の木場祐斗君だけみたい。)以外にも悪魔がいるようだけど、これってどういうことかなぁ。後でサーゼクスさんに聞こうっと。

 

 

4月9日 金

 

入学してから2日目、今日から授業開始だったよ。でもまぁ、まだまだ中学の勉強の延長って感じかな。

 

あ、そうそう。昨日サーゼクスさんに聞いてみたらこの学園って上層部っていうのかな?まぁ上の方のほとんどは悪魔らしいね。まぁ、日本における悪魔家業の中継地?出張所みたいな感じ?だって。

 

まぁ、僕には関係ないかな。僕はこの学園ではリアスさんやその眷属さんたちの様子をちょくちょく伺いながら普通の高校生活を謳歌するつもりだからね。

 

放課後、リアスさんたちの様子を遠目から見るのとついでに学内の地理を把握するために色々歩き回ってみたよ。リアスさんたちは見つけられなかったけど、どうやらリアスさんたちはかなり有名人みたいだ。そこらの生徒の話題に上がっていて図らずも情報収集出来ちゃったよ。

 

リアスさんと姫島さんはその容姿とスタイルの良さから「学校の2大お姉さま」って呼ばれているみたいだね。後驚いたのが、高等部に来たばっかりなはずの木場君ももう噂されていたよ。どうやらかなりルックスがいいみたいだね。

 

まぁ、今日わかったのはそれくらいかな?まぁ、まだまだ時間はあるんだし、じっくり行こうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月19日 月

 

入学して大体10日が経った。大体のグループが形成されてきたりしていたり、評価が定まり始めているね。

 

リアスさんと姫島さんは1年の間でもお姉さまって呼ばれ始めているよ。女子からは羨望の的として、男子からは高嶺の花としてそう呼ばれてる感じかな。まぁ、確かに美人だしスタイルもいいもんね。僕も黒歌さんって恋人がいなかったら一瞬クラッってきたかもしれないよ。まぁ、今は黒歌さん一筋だからありえないけどね。

 

木場君は何と学園の王子様って呼ばれ始めてる。この短期間でこう呼ばれ出したのは驚きだけど、なんとなく納得かな。だって木場君、文武両道で性格良し顔良しの3拍子だからね。今日は重いもの運んでる女子の荷物持ってあげてるの見たよ。持ってもらっていた女子は落ちちゃったんじゃないかな。

 

僕?僕はあまり目立たないようにしてるよ。気配とか運動能力とかも一般人並に落としてるしね。まぁそれくらいなら簡単かな。

 

今日はこれくらいにしようかな。これから修行だしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月6日 木

 

地獄週間が明けた次の日だね。え?黄金週間じゃないのかって?はは、何言っているの?あんなに厳しい修行漬けの日々が黄金なわけないじゃないか。アハハククははははははははははあああぁぁーーーーーー!!hぅいあsc(以下意味不明な文字の羅列が続く

 

失礼、どうやら取り乱したようだ。ていうか日記にまで影響が出るって。・・・まぁ、思い出さないでおこう!それが精神のためだよ。

 

さて、今日は学校で1つの事件が起きた。何と女子更衣室の覗き事件が起こったんだ。

 

犯人は同じクラスの兵藤、松田、元浜という仲良し3人組で、男子高校生の溢れ出る性欲を抑えることが出来ないのか教室でも平気で猥談とかAVの受け渡しとかをしていて、そのせいか「変態3人組」って呼ばれて女子からは嫌われていたんだけど、今回の件でその呼び名が定着した感じだね。

 

しかも、今回の件で1年男子の女子からの評価も落ちちゃったから男子からも嫌われ始めているみたいだ。「気持ちはわかるけどもうちょいっと抑えられないのか。」ってね。

 

猥談って恐らく誰もがやったことがあるんだろうけど、異性がいる教室で堂々とは出来ないししないからある意味凄い3人組だなぁとは思うよ。ま、前に捕まえたチチオと同レベルの変態だとは思うけどね。

 

あ、リアスさん達は特に変化はないかな。どうやら学校では日中は普通の学生として過ごすようだ。悪魔の時間は夜だってことだね。

 

じゃ、今日はこのくらいで。

 

 

 

 

 

 

5月12日 水

 

今日は学校は普段通りだった。リアスさんと姫島さんは大人な笑みを浮かべ、木場君も爽やかな笑みを浮かべていたよ。いつも通りだね。

 

でも、個人的には大事件があったかな。なんと僕、今日告白されたんだよ。この学校では可もなく不可もなくな一般人を演じてるからビックリしちゃった。

 

告白された理由がわからないから聞いてみたらたまたま僕が迷子の子供の親を一緒に探してあげてるところを見たんだって。その時の笑顔にキュンと来たんだってさ。

 

まぁ、でもどんな理由があろうと僕には既に恋人がいるから断るしかないんだけど。断ったあとの泣くのを我慢して無理やり笑っているって感じの笑顔には罪悪感を感じたけど、ここでハッキリと断らないほうが失礼だよね。

 

でも、ちょっと心にキちゃったから家に帰ってから黒歌さんに癒してもらったよ。こういう時、黒歌さんのことが好きなんだなぁって再確認させられるよね。

 

これからも頑張ろう!!

 

5月13日 木

 

なんかいきなり兵藤君に殴りかかられた。思わずその手をとって投げに繋げちゃったよ。でもまぁ、無傷で制圧出来たからいいよね。

 

話を聞いてみると、昨日僕が告白されてるところを見てたみたいなんだ。それで女の子を泣かしてたから、非モテ代表として成敗せねばならんのだ、とかなんとか。

 

兵藤君の話を聞いてると兵藤君って性欲が人より強くてそれを隠してないだけで、結構お人好しで好感が持てる人物だったよ。顔もイケメンって程じゃないけど中の上だし、しっかりオシャレしてその溢れ出る性欲を隠してたらモテルんじゃないかな?

 

だから、女の子の前で猥談をしたりAVの受け渡しをしないでいたら彼女は出来るんじゃないかな、って言ってあげたら何か師匠って呼ばれた。いつのまにか心の友って書いてしんゆうって呼ぶレベルにまで好感度がアップしてるよ。

 

今日は友達が1人増えたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月24日 月

 

兵藤君と松田君、そして元浜君に嘘吐きって言われちゃった。まぁ、きちんと話してみれば誤解だったんだけどね。

 

どうやら彼らはこの駒王学園にモテたいから入学したようだ。でも数々の変態行動のせいで当然モテない。そのことを嘆いていた時に僕からのアドバイスを受けて彼らは有頂天だったみたいだね。「これでモテる!!」って。

 

それでこの1週間強変態行動を自粛してみたんだけど、そのくらい変態行動を自重してたくらいじゃぁ当然今までの評価なんて覆せるはずもない。だからモテるはずもないんだけど、彼らはそうは考えなかったみたいだ。せっかちだね。

 

だから僕はそのことを懇切丁寧に説明してあげたよ。0からプラス方向に評価を持っていくのは簡単だけど、マイナスから0、引いてはプラス方向に評価を持っていくのは難しいって。

 

よくわからなかったみたいだけど、「モテは1日にしてならず。」って言ったら即納得しちゃった。彼らのモテに関するモチベーションはすごいや。

 

これからもお願いします、モテ師匠!!って言われちゃった。何か変な呼び名を付けられちゃって苦笑するしかないよ。

 

 

 

 

 

 

5月31日 月

 

あれから兵藤君たち3人とよく話すようになった。僕と話すようになってから3人が変態行動をしなくなったので周りから「変態3人組の外付けストッパー」とか呼ばれるようになっちゃった。この3人とつるむようになってから本当に退屈しないよ。

 

今日の話の内容は如何にして早く評価を回復させるか。彼らも反省したらしくて、流石に今までの発言とか行動はいただけなかったって理解したみたいだ。

 

でも、そう簡単に変態の称号は返上出来ないよ。何か今までの変態行動を覆すようなインパクトの強いことをしないとね、って僕が言ったらインテリ系眼鏡の元浜君がしばらく考え込んだ末にこう言ったんだ。

 

「そうだ、バンドを組もう。」

 

それって僕もなのかな。なんだろうねぇ。

 

6月1日 火

 

どうやら元浜君の発言は結構考えられた末にしたみたいだ。

 

元浜君は自分たちの評価がプラスに行くのが何時かわからないと、自分たちは我慢出来なくなってまた覗きなどをやらかしかねないって思ったみたいだね。だから、バンドを組んで文化祭でそれを発表して今までの評価を覆す日時を設定した上で努力していけば、今まで変態行動に注ぎ込んでいた熱きリビドーを有効活用出来るし、無駄に焦ることもないって。

 

それに新しい趣味も増えるかもしれないし、一石三鳥くらいの効果があるっていってた。伊達に眼鏡をかけてないね。策士だよ元浜君。

 

まぁその後に「バンドしてる人ってモテそうだし。」って言われて苦笑するしかなかったけどね。そういうイメージがあるのは否定しないけどさ。

 

こうして僕はバンドを組むことになったんだ。

 

 

 

 

 

6月7日 月

 

今日はバンドの担当する楽器を決定したよ。結構揉めたんだけどね。

 

まず一番揉めたのがヴォーカル。やっぱり一番目立つから、仕方ないかな。

 

これについてはカラオケに行って、一番歌が上手い人にするってことで決まったよ。もう皆やる気ありまくりだったよ。

 

楽器については、僕が一番初めに決定したかな。ベースに決まったよ。これは、ベースがどうしても縁の下の力持ち的な、地味なポジションになるからだってさ。重要だけど、どうしても目立たないものっていうのはあるものだよね。武術においての基礎もそうだし。

 

他のメンバーの楽器はヴォーカルのこともあるしカラオケ行ってから決めることになったよ。カラオケは今週の土曜に行くんだ。

 

その間にどんな曲で練習すればいいかとか、楽譜とか、練習するための場所についての話し合いをするんだって。結構要領いいね。

 

今日決まったのは結局僕がベース弾くってことくらいかな。結構楽しみだね。

 

 

 

 

 

 

6月14日 月

 

バンドのパートが決まりました~。

 

ベースが僕、ドラムが松田君、キーボードが元浜君、そしてヴォーカル&ギターが兵藤君だ。

 

で、それが決まってやる気満々な3人だったんだけど、中間テストが間近に迫ってて、そういえば~~~~って騒いでたよ。どうやらテストのことすっかり忘れてたみたいだ。

 

赤点になって補講とかになったら困るから、今から勉強頑張ってもらおうかな。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

6月23日 水

 

テストも終わって、今日は楽器を買いに行こうって話になった。

 

これは学校からは離れるんだけど、実際に買いに行ったよ。

 

ベースとギターは安いものなら十分買える値段だったんだけど、ドラムとキーボードはバイトしないと高校生には厳しい値段だったよ。

 

でも、バイトして貯めてから買うってなったら練習の時間も減っちゃうし、しょうがないから僕がこの場は出して、後でちょくちょく返してもらうってなった。本当は友達でのお金の貸し借りって望ましくないんだけどね。

 

とにかく、楽器も買って、練習のための場所も学校に許可を貰ってるし、僕たちのバンドも本格始動だ!

 

 

 

 

 

 

 

7月1日 木

 

今日も放課後はバンドの練習。皆初心者だけどモチベーションは凄く高いから上達の速度が早い早い。

 

そんな風に練習していると、窓から1つの風景が見えたんだよね。

 

何と木場君が告白されていたんだ。まぁ、木場君はモテるからある意味驚くべき光景じゃないんだけどね。

 

でも、僕は理由を知っているけど、悪魔である彼は一般人からの告白を受けるわけにはいかない。だから今まで受けた告白は全部断っているんだけど、それでも告白されているっていうのが凄いよね。

 

でも、そのことを知らない人からしてみれば彼はモテているのにその告白を一切断っている男の子ってことになる。まぁ、モテない男子からしたら嫉妬の対象になるのも仕方ないんだよね。

 

案の定3人も「非モテの敵め~~」って言ってたよ。前までだったらそこで嫌な方向にいってたかもしれないけど、今は「自分たちも!!」ってよりバンドの練習に励むからこれはいい傾向だよね。

 

やっぱり目標があると上達が早いね。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

7月21日 水

 

今日は終業式だ。期末テストもきっちり終わらせて、僕は赤点も無く補習もないから平和な夏休みになる予定だよ。まぁ、夏休みに修行が激化するのは毎年のことだし、もう慣れたかな?

 

あ、兵藤君たち3人も補習は無しだった。まぁ、バンドにモテへの情熱を傾けている今の彼らが補習で時間を潰されるのを良しとするはずがないんだけどね。

 

これから夏休み開始パーティーだ!!って校門に向かっていたら珍しい光景を見たよ。

 

リアスさんが告白されていたんだ。これって結構珍しいんだよね。

 

木場君は結構告白されているんだけど、同じくらい有名なリアスさんと姫島さんはどちらかというと高嶺の花ってイメージがついて回るので告白する男子は少ないんだ。っていうか僕が入学してからは一度も聞いたこと無いよ。

 

今回は夏休み入るんだからその前に駄目元で、ってことだったんだろうね。

 

あ、このことはもちろんサーゼクスさんに報告させてもらうよ。きっとリアスさんはからかわれることになるんだろうなぁ。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

9月1日 木

 

今日から新学期ってことでこの日記を書くのも久しぶりだ。

 

夏休みは修行したり、黒歌さんとデートしたり、兵藤君たちと遊んだりバンドの練習したり、かなり楽しく過ごせたよ。

 

バンドも皆かなり上手くなってきたからね。これは文化祭で上手くいったらもしかするともしかするかもしれない。

 

今日は始業式で学校では特に何もなかったよ。強いて言えばバンドの演奏する曲を文化祭に向けて本格的に決めていこうってなったくらいかな。

 

久しぶりだしこれくらいで。

 

 

 

 

9月6日 火

 

バンドで演奏する曲も決まったんだけど、コピーするだけじゃインパクトが足りないんじゃ?って松田君が言ったんだ。

 

でも作曲とか作詞となるとただ演奏するのとは違うし、ってことでうんうん唸ってたんだけど、そんな時ティンと来てね。

 

僕には前世の記録があるわけだけど、前世にあってこっちにないものも当然あるわけだ。

 

前世の「僕」が知ってた大概の曲はこっちにもあったんだけど、当然ないやつもあった。

 

それが「史上最強の弟子ケンイチ」のアニメのOPとかEDの曲。まぁ、こっちでは「ケンイチ」自体やってないし当たり前なんだけど。

 

もう記録も磨耗して大分薄れてたけど、印象に残ってる曲があったからそれを再現してみようかなって。

 

ちょっと大変そうだけど、ジークさんの手とか借りたらいけそうかな?

 

今から楽しみになってきたよ。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

9月21日 水

 

ジークさんのおかげで1曲の再現に成功したけどそれで限界。僕自身の記録が磨耗しちゃってるから仕方ないけどね。

 

とにかく3人に1曲できたって言ったら大喜びだったよ。文化祭まで後約1ヶ月。ここが彼らがモテるかどうかの勝負の分かれ目だね。

 

動機はちょっとどーかなーとは思うけど、何かに情熱を傾けるのはいいことだし、別にいいんじゃないかな。面白いしね。

 

それに、ここ半年は変態行動を自粛してるから、女子からの評価も良くはないけど悪くもないって感じになってきてるしね。

 

これは文化祭が楽しみだ。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

11月11日 金

 

狂乱の文化祭から数日。今日は目出度いことが起こった。

 

なんと元浜君に彼女が出来たのである。

 

相手は同じクラスの桐生藍華さん。変態3人組とも平気で話し、その上で下ネタで答えることが出来る中々の兵だ。

 

元々友人と言える関係だったけど、文化祭で僕達のライブが大成功したことで自信を強めた元浜君から告白に踏み切ったみたいだ。

 

元々馬鹿話も出来る友人関係だったし、友人の先にある恋人ってことで長続きするんじゃないかな~と僕は思ってるけどね。

 

兵藤君と松田君も口では憎まれ口を叩きながらもなんだかんだで祝福してたみたいだし。

 

まぁ、これからも変態3人組とその外付けストッパーの関係は続くみたいだね。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

11月23日 水

 

今日は学園はオープンキャンパス。この学園を受験する人のために一般に開放される日だ。

 

女子の比率が高いこの学園では男手というものが少なく、僕も力仕事なんかを手伝うために準備とかに借り出されたよ。

 

で、後輩になるかもしれない受験生を生暖かい目で見守っていたら、一際目立つ子を見つけてね。

 

小学生みたいな身長。綺麗な白髪。人形のように端整な顔立ち。小動物の如き佇まい。

 

周囲の人たちも可愛いその女の子から目が離せなくなってしまっていたんだ。

 

でもその女の子は何だか困ってる風だったんでね。でも周りの人たちには話しにくそうにしていたから、思わず声を掛けちゃったよ。

 

で、その気配から何となく察していたその子の名前を聞いてみると搭城小猫っていうじゃないか。やっぱり、って思ったよ。この子が黒歌さんの妹さんでリアスさんの眷属になった子だね。

 

リアスさんを探しているって言ってたから気配を探って今居るところまで案内してあげたら、お礼を言われちゃった。

 

もしかしたら将来義妹になるかも知れない子だし、仲良く出来たらいいなぁ。

 

追記

 

その子のことを話したら黒歌さんが私も会いたかったってごねちゃって大変だったよ。でも、早く会えたらいいなぁって思うな。

 

 

 

 

 

11月29日 火

 

兵藤君に彼女が出来ました~。わ~パチパチ。

 

相手の子は1歳年下の中学3年生。どうやらオープンキャンパスで迷っちゃってたところを案内してあげたのがきっかけみたい。

 

その子は文化祭にも来ていて、僕達のライブを見て前から兵藤君に憧れみたいなものがあって、それが案内という兵藤君の優しさに触れたことで恋になっちゃったってことだね。

 

もの凄く嬉しいみたいでかなり自慢してきたよ。正直言ってちょっとうざっって思うくらいにはスーパーハイテンションだったよ。

 

まぁ、後は松田君に彼女が出来たら元浜君の策は大成功だったってことになるね。いや、まぁ楽しかったしその時点で成功してるといえばそうなんだけどね。

 

とにかく、おめでとう兵藤君

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

12月14日 水

 

兵藤君が彼女に振られました~。

 

早い!早すぎるよ兵藤君!たった2週間だよ?って僕も元浜君も松田君も桐生さんも内心でつっこんでたね。いや、まぁめちゃくちゃ落ち込んでた兵藤君にトドメを刺すようなことは言わなかったけどさ。

 

振られた理由は兵藤君がガッツキすぎたから。要はエロい目で見すぎたってことだね。

 

元々相手は憧れが恋になったような感じだったし、兵藤君の欠点っていうか、まぁエロに正直なところを見てその憧れが醒めちゃったんだろうね。

 

でも、桐生さんによると元々憧れから始まった恋は終わるのも早いからどのみち振られるか別れるかしていたのは予想出来ていたみたい。結構シビアだね。

 

何でも、憧れから始まった恋は相手に自分の理想像を押し付けがちになっちゃうから、それに付き合う方も疲れちゃうし、自分の理想通りにいかなくてストレスも溜まり易いから上手くいかないことが多いんだってさ。相手の欠点も受け入れられたら上手くいくんだけどね、とも言ってたよ。

 

ともかく、今日は兵藤君を慰めるのに労力を使って疲れちゃったかな。まぁ、多少は元気になったけどね。

 

 

 

 

12月19日 月

 

兵藤君は大分持ち直してきて、今度こそ恋人を怖がらせたり不満を抱かせたりしない!ってはりきってるよ。

 

今は桐生さんに女心についての勉強をしているのと、バイトで金を集めるのを頑張ってるみたい。

 

女性と交際するっていうのは何だかんだでお金が掛かるもんね。デート代、プレゼント代、自分のオシャレ代etcで僕も結構持っていかれるよ。サーゼクスさんからの依頼による報酬がなかったら厳しいし、男子高校生だったら大分キツいんじゃないかな?

 

まぁ、兵藤君も元気になったし、今日も普通の高校生活を満喫しているかな?

 

 

12月22日 木

 

明日が天皇誕生日で休みで、その後は土日だから今日が終業式。2学期も終わりだね。

 

明後日明々後日はイブとクリスマスで僕も元浜君も恋人がいて予定があるから、いつものメンバーでのクリスマス会は明日にすることに決まったよ。

 

あ、そうそう。僕に恋人がいることは元浜君が桐生さんと付き合いだしたあたりにカミングアウトしたよ。もう1年以上付き合ってるって言ったら何で教えなかったんだって怒られちゃった。

 

まぁ、その後黒歌さんの写真を見せたら3人に無言で殴りかかられたけどね。やっぱり黒歌さんは誰の目から見ても美人なんだな~。

 

とにかく、これで激動の2学期は終わり。次に日記を書くのは2週間強後になるかな?

 

それじゃ。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

1月9日 月

 

今日から3学期。1く(行く)2げる(逃げる)3る(去る)っていう位だし、あっという間なんだろうなぁ。

 

冬休み中も宿題会なんかでちょくちょく顔を合わせていたいつもの変態3人組+ストッパーWith桐生さんってメンバーで談笑していたら、驚愕の事実が判明。

 

なんと12月の中旬に入ったころには松田君に彼女が居たそうなんだ。松田君がカミングアウトしてきたよ。

 

何で今?って聞いたら、兵藤君が振られたショックで落ち込んでたのに自分は付き合い始めたとは言えなかったんだって。それで言うタイミング逃しちゃって、で、今日から3学期だし丁度いいから、だってさ。

 

これで変態3人組で彼女が居ないのは兵藤君だけ。「俺だって今度こそは~~」って張り切ってたよ。

 

今学期も賑やかなことになりそうだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

1月25日 水

 

今日は学校に行く前にサーゼクスさんから報告が。何とチチオが脱獄したらしい。そして監獄の会った冥界から一番近くの人間界であるこの駒王学園周辺――埼玉あたりに来ているそうだ。

 

それを聞いた時、僕は音を聞いたような気がしたんだ。ピコン!ってフラグが立つ音がね。

 

その予感に違わず学校で盗難事件が発生。女子更衣室から女子の下着が盗まれた。

 

その事で割りを喰ったのが兵藤君たち変態3人組だ。やっぱり前科がある分疑われちゃうんだね。

 

そのことでちょっとオツムにきちゃってね。思わず全力で学園内の気配を探索してチチオを探し出して、思わず悶虐陣破壊地獄を掛けちゃったよ。

 

先生にこれが真犯人ですって差し出した時は、その余りのグニャグニャ具合に悲鳴を上げられちゃった。

 

「静」の武術家だから、もうちょっと感情を上手く飲み込めるようにしないとなぁ。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

2月14日 火

 

今日は聖バレンタイン・デイ。欧米ではプレゼントを贈りあったりする日なんだけど、日本では商業戦略の末に女の子がチョコレートを好きな男子に送る日になってるんだよね。

 

学校に行ってみれば、男子がソワソワしてたり殺気づいてたり。そのことに女子は呆れ気味になってたけどね。

 

今日話題になったのは木場君。やっぱり相当モテるみたいで、下駄箱も机の引き出しも、ロッカーもチョコだらけだったってさ。学園に在籍している女生徒の約3割からチョコを貰ったって噂もあるくらいだよ。

 

リアスさんや姫島さんもチョコをいっぱい貰っていたみたい。まぁ、今は女の子同士でもチョコを送り合う時代だから納得かな。

 

僕?僕は黒歌さんから貰えればよかったんだけど、義理で何個か貰えたよ。現金だけど、ちょっと嬉しかったかな。

 

追記

 

黒歌さんからもチョコを貰えたよ。かなり嬉しかったんだけど、口移しは恥ずかしいかなぁ、なんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月25日 土

 

今日は高校入試の日だ。僕も手伝いに借り出された。何かこういうの多くないかなって思ったら、僕の体格が良くて頼まれごとを断らないからだってさ。・・・まぁ、いいけどさ。

 

次々にやって来る子達を迷わないように案内していく。駒王学園って元お嬢様校だけあって広くて迷いやすいんだよね。

 

で、そうしていたら小猫ちゃんが話しかけてきてくれたんだ。覚えていてくれたみたいで僕感激しちゃったよ。将来の義妹だし、仲良く出来たらいいなって思っていたけどそう上手くいかないだろうとも思っていたしね。

 

猫の話で盛り上がってしばらく話し込んじゃったら、先生に怒られちゃったよ。恥ずかしいところ見られちゃったかな。

 

「とにかく頑張って。」って思わず頭をなでてから他の人の案内に行ったんだけど、後から思い出してみると馴れ馴れしかったかな?

 

嫌われていないといいんだけど・・・。

 

追記

 

またもや僕だけが小猫ちゃんと会ったことにキレた黒歌さんに襲い掛かられた。・・・本気で動の気を開放しながら猛然と攻撃してくる黒歌さんは恐ろしく強くて、宥めるのにかなり時間が掛かっちゃったよ。ていうか体中傷だらけになっちゃった。やっぱり僕よりも強いなぁ、黒歌さんは。・・・まだまだ修行あるのみ!だね。

 

 

 

 

 

3月3日 金

 

今日は卒業式。やっぱり準備その他諸々を頼まれた僕。もぅこれってお約束ってやつになっちゃてるのかなぁ。

 

卒業式に出るのは2年生だけで、1年は休みなんだけど、僕も手伝ったからって出られることになったよ。

 

粛々と式が進められるのはいいんだけど、暇だった感は否めなかったよ。・・・仕方ないよね。

 

ちなみに在校生送辞は支取蒼那新生徒会長。キリっとしている姿が似合っていて、黒縁眼鏡を掛けている姿はまさしく生徒会長って感じだったな。送辞を読み上げる姿も様になってたよ。

 

今日から3年生も居なくなるし、後輩に敬われる先輩になれるように頑張ろう!って思ったかな。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

3月23日 木

 

終業式。3学期もあっという間に終わっちゃったね。

 

今年の日記はこれで終わり。来年は来年で新しいノートに書こうと思ってるから。

 

今日は今までのページを見てみたけど、まぁ賑やかな高校生活だったなぁって日記を見ていると鮮明に思い出せたよ。

 

日記も中々いいからこれからは私生活の奴も書こうかななんて思いつつ、来年度どんな高校生活になるのか、なんて思いを馳せつつ。

 

終業式の後もいつものメンバーでやっぱり賑やかに遊んで楽しく過ごせた。

 

来年度も楽しみだね!

 




副題元ネタ・・・未来日記


さぁ、原作突入するぞぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!


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とある小説の|人物紹介《ファイターズ》

簡単な人物紹介と幕間です。黒歌成分の補充、完了!

ではどうぞ~。


名前 風林寺 翔(ふうりんじ かける)

 

種族 人間

 

年齢 15歳

 

好きなこと 猫、園芸、黒歌

 

嫌いなこと 理不尽な暴力

 

保有神器 武術家の楽園(ユートピア・オブ・マスターアーツ)

     能力 「史上最強の弟子ケンイチ」に出てくる達人が住む異空間を発生させる。また、神のサービスにより、新白連合幹部連やYOMIなども達人になって住んでいる。

     その異空間に入ることが出来るのは神器保有者か、神器保有者が許可を出し、なおかつ神器保有者に対して敵意、害意、殺意などを抱いていない者/物に限られる。

     中は居住区、山林、湖、密林、雪山、砂漠、火山、などなど様々なスペースに分かれており、修行場所に困ることは無い。

 

人物 何の変哲もない一般家庭に生まれてきた少年だが、その正体はイジメられっ子だった高校生である「福島 裕也」の記憶を前世の記録として持っている転生者。その「福島 裕也」が特典として欲しがった要望が神器としてその身に宿っている。

   前世を持っているもののあくまで人格、性格等は「風林寺 翔」としてのおのであり、本人としては「福島 裕也」という人物の一生の記憶が映画を見ているかのように思い出せるというだけである。しかし、「福島 裕也」が最期に抱いていた「強く生きたい」という想いにかなり引きずられており、その想いがきっかけで神器の中にいる達人たちに弟子入りしようと思った。

   12歳の時に怪我をしていた黒歌を拾い、紆余曲折の末黒歌のはぐれ悪魔認定を解除させることに14歳の時に成功。それがきっかけで黒歌と付き合い始めるようになる。

   現在はサーゼクス=ルシファーの依頼で駒王学園に通っている高校2年生。依頼でリアス=グレモリーとその眷属の様子をサーゼクスに報告しているがそれ以外は普通の高校生活を満喫している。

 

戦闘スタイル 「静」の武術家。神器の中に住んでいる達人たちから様々な武術を習っており、相手の戦闘スタイルと状況に合わせてそれぞれの武術を使い分ける、というのが基本スタイル。鍛錬の結果純粋な武術の腕や身体能力は順達人級の中でも最上位に位置するところまできている。

       悪魔やその他の人外の基本スペックの高さに対抗するために、黒歌に仙術を教えてもらっている。しかし、武術はともかく仙術は才能が無く、教えてもらい始めてから4年近く経っているものの、未だに身体能力強化くらいしか使えない。しかし、身体強化自体の錬度は高く、総合的な現在の実力は最上級悪魔の中でも上位くらいのところまではきている

       習っている武術は空手、柔術、中国拳法、ムエタイ、ボクシング、プンチャック・シラット、香坂流武器術、久賀舘流杖術など。

 

 

 

 

名前 黒歌

 

種族 転生悪魔・元猫ショウ(ショウは鬼ヘンに肖)

 

年齢 (この記述は物理的に地獄に落とされました)

 

好きなこと からかうこと、自由、妹、翔

 

嫌いなこと かつての主、自らの大切な者に危害を加える者

 

保有神器 無し

 

人物 とある理由から主を殺しはぐれ悪魔になっていた。追手に追われて傷だらけのとこ

   ろを翔に拾われ傷の手当等を受ける。その後翔のおかげではぐれ悪魔認定を解除さ

   れ、そのこと等がきっかけで翔と恋人になる。

   現在は駒王学園から徒歩7分くらいの1Kの部屋で翔と2人暮らしの同棲中。サー

ゼクスから教えられた妹のことを気にかけながらも恋人との生活と花嫁修業を楽し

んでいる。

 

戦闘スタイル 仙術を用いての戦闘が主となるが、翔が自分のために戦い始めてからそれに触発されたのか、南條キサラから「ネコンドー」を教わり始める。元々猫又であり相性が良く、メキメキと実力を伸ばし現在は技術のみを言うのなら準達人級。しかし、素の身体スペックの高さや仙術による身体強化と、多彩な仙術による手札の豊富さ等、その戦闘能力はかなり高く翔よりも実は強い。「動」の武術家。

 

 

 

 

名前 ジョージ=フォアマン

 

種族 人間

 

年齢 28歳

 

好きなこと 金に苦労しない生活、適度な刺激のある生活、ストレスの感じない胃に優し

い生活

 

嫌いなこと 貧乏、ストレス性胃炎、ストレスを与える人物、理不尽な命令をする人物、ところ構わずイチャつきだすバカップル、ていうか風林寺翔と黒歌

 

保有神器 不可視の猟犬(トレース・アイ)

     能力 特殊な力(魔力、聖なるオーラ、氣など)の個人個人の違いを嗅ぎ分け、

記憶し、追跡する。

一度に記憶できるのは1人分まで、追跡できる距離には限界がある、などの制

約がある。

 

人物 貧乏魔術師の家系に生まれた魔術師。その貧乏さが嫌になり家を飛び出し、自らの神器の力を用いて賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)となる。その神器の力を用いての索敵能力を利用し、裏の世界の賞金稼ぎとして名が売れてきていた。その索敵能力に目をつけたサーゼクスからの依頼を受け黒歌の調査に乗り出し、結果翔に黒歌の事情の一端を知らせることとなる。ある意味翔と黒歌のキューピッド。

   現在は今まで通り賞金稼ぎとして生活しているが、たまに来るサーゼクスや翔や黒歌からの依頼とその理不尽さに胃を痛める生活を送っている。胃薬を常備するようになったりした。

頑張れジョージ、超頑張れ!

 

戦闘スタイル 主に魔力弾を用いての遠距離戦を得意としている。しかし、人間が種族的弱者にいると熟知しており、相手が自らより格上なら挑発、数を揃える等策を用いることに躊躇いは無い。

 

 

 

 

名前 チチオ=モンデヤル

 

種族 変態

 

年齢 変態としては10歳

 

好きなこと 変態的行為

 

嫌いなこと 変態行動を邪魔する人物、変態を排斥する世論

 

保有神器 悪戯三昧(トリック・アンド・トリート)

     能力 任意のものを透明にすることが出来る。

 

人物 変態。桃色の犯罪王(キング・オブ・エロス)

 

戦闘スタイル 変態。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

幕間 とある黒猫の一日模様(ダイアリー)

 

駒王学園から徒歩7分といったところにあるとあるアパートの1室。1Kの中々洒落た部屋で、キッチンにお風呂、ベランダにクローゼット等等が1通り揃っており、ちょっと贅沢気味だけど1人暮らしをするには丁度いいかな?といった風情ある部屋でのこと。

 

この部屋には現在黒歌と翔が2人暮らしの同棲中である。寝室が1部屋しかないのに2人暮らしということは必然的に同じ部屋で寝るということだ。そして2人は恋人同士であり、であれば同じベッドで同衾になるのも自然なことであった。

 

そんな黒歌の現在の朝は早い。朝の4時半くらいにはもう起き出している。

 

上半身だけを起こし、隣で寝ている恋人を見るその目は慈愛に満ち溢れており、女性としての魅力と母性としての包容力が内包されている。両者ともに一糸纏わぬ姿であるのが昨夜が情事であったことを教えてくれた。

 

黒歌は微笑みながら恋人の前髪を手で梳いていく。その寝顔は穏やかで、年相応の少年的なあどけなさがあった。

 

(ふふっ。闘う時はあんなに凛々しいのにね。寝顔はこんなに可愛いんだからにゃ。)

 

そんな恋人のギャップを楽しむのは黒歌の現在の楽しみの1つとなっている。翔より早く起きるのもそのためだ。

 

と、黒歌が前髪を梳いていると翔の気配に変化があった。どうやら翔も起き出すようである。黒歌も翔も朝の修行が習慣となっているのでこの時間に目覚めるのが体に染み付いていた。

 

目を擦りながらも翔がその上半身を起こして伸びをした。それでもまだ眠気がとれないのか、瞳をパシパシとさせている。

 

「んんっ。ん~~。んぅ。・・・・・・おはよう、黒歌さん。」

 

「おはよう、翔。」

 

そう言って黒歌は翔へと軽く唇を合わせた。所謂おはようのキスであるが、こういうことをするのは基本黒歌からである。翔は基本的に主導権を黒歌に握られっぱなしなのであった。

 

今回も例に漏れず翔は顔を赤くして恥ずかしがっている。このことが「もっと激しいこともしているのにまだまだ初心なところが可愛いのよね。」、と黒歌の悪戯心に火をつけさらにからかわれる羽目になると翔は気付いていない。

 

「ふふっ。それじゃぁ朝の鍛錬を始めましょうか?」

 

「・・・はぁ。まったく、黒歌さんは」

 

苦笑しながらも、満面の笑みを浮かべる恋人を見て、「こんな笑顔をされちゃぁ何も言えないよなぁ。」と駄目な思考に走る翔なのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

翔が学校に向かった後は黒歌は基本的に家事をしている。朝食の片付け、掃除、洗濯だ。

 

しかし、それもそう長く時間を掛けることなく終わる。洗濯物を洗濯機に放り込み、洗濯し終えるまでに掃除をし、そして洗濯が終わったらそれを干す。家が1人暮らしを想定している広さなので、慣れてしまえばパパッと終えることが出来るのだ。

 

11時には既に掃除をやり終え暇になる。そんな黒歌が次に手を出すのは冷蔵庫だ。

 

翔と黒歌は達人に師事している。当然修行の内容には体作りも含まれているわけだが、ではその体作りは激しい基礎修行で行われているかというとそれだけではなく。体作りに最も重要なことは食事であり、必然翔と黒歌は食事の内容にも気を使ったものになる。

 

と、言ってもどこぞの70歳代なのに20代の艶を保っている若作りの究極系とも言える櫛灘流の延年益寿法程厳しくはない。せいぜい栄養バランスに気を使っていることと、漢方による内功の鍛錬もしている、といったくらいである。

 

黒歌はその日の冷蔵庫の中身を確認してどんな献立にするかと悩む。カボチャが余っている。今日はカボチャの煮物と後主菜と汁物にしようと決めて黒歌は家を出た。

 

エコバッグを片手に下げながら黒歌が向かうのは近所の商店街。スーパーマーケット等で纏めてかってもいいのだが、黒歌はこの人情溢れる商店街で買うほうが好みなのだ。

 

「さって今日は何が安いかにゃ?」と思いながらも軽い足取りで歩いていると横合いから威勢のいい声を掛けられた。

 

「おぅっ!黒歌ちゃん、最近はどうだい?」

 

「にゃはは。ま、順調だにゃ。」

 

「そうかい!いやぁ、黒歌ちゃんみてぇな別嬪さんを恋人に出来るなんて相変わらずうらやましいこった!」

 

「いやぁ、そんなことばかり言ってると奥さんに愛想尽かされちゃうにゃ?」

 

「はははっ!長い生活で愛想なんて無くても関係なくなっちまわぁな!」

 

声を掛けてきたのは気風のイイおじさんだ。その頭にはねじり鉢巻、胸に店の名前が書いてあるエプロンをつけ、長靴を履いている姿はまさしく商店街の魚屋!と誰もが見ただけで分かるほどらしい格好だ。

 

「ところで、今日は何かいいものが入っているかにゃ?」

 

「おぅっ!今日は良い太刀魚が入って来てるぜ!丁度旬の時期の美味い太刀魚だ!シンプルに塩焼きなんかにしたらこれが美味ぇのなんのって!」

 

「へぇ、それは良さそうだにゃぁ。」

 

「じゃぁ、今日は特別!塩焼き用に捌いている太刀魚を2切れ!400円でご提供だ!。」

 

「ん!じゃぁそれ買いにゃっ!」

 

「毎度あり!今後ともどうぞご贔屓にってな!」

 

猫又である黒歌は当然魚好きである。美味しいと太鼓判を押されている太刀魚を買うことが出来て黒歌は大層ご機嫌だった。晩御飯に出す予定の塩焼きの味を想像してトリップをしている。下手したらこりゃたまらん涎ズビッってなりそうなほどだった。

 

「黒歌ちゃん!これ持っていきなよ!」

 

「これ新商品なんだけど美味しいかい?」

 

「黒歌ちゃん!コロッケあげるよ!」

 

そんな風に機嫌よく黒歌が商店街を歩いていると、あちこちから声が掛けられる。同棲を始めてから1年程。黒歌は地元にかなり受け入れられていた。

 

と、そんな時、黒歌の正面に地元では見掛けない集団が肩で風を切りながら歩いていた。横に広がって歩いている男達の見た目はいかにもな不良ですと周囲に主張しており、事実かなりガラが悪そうである。

 

黒歌がその集団を見て眉を潜めていると、その集団に居た1人の男が黒歌を見てヒューと口笛を吹いた。

 

現在の黒歌の服装は無地のシャツにカーディガンを羽織り、ロングスカートを履いているといったもので、若奥様と言われても違和感を感じられない露出の少ない清楚な格好だ。

 

しかし、それでも黒歌の美貌は一切損なわれておらず、また黒歌のそのプロポーションは清楚さの中にも色気を醸し出している。血気盛んな不良少年達からすれば断然ソソル容姿となっていた。

 

現に不良少年達の集団は黒歌に目を付け、その周囲を囲んで絡み始めた。

 

「ねぇ~お嬢さん、可愛いね~。僕達と楽しいことして遊ばない?」

 

「あんまり時間取らせないからさぁ。」

 

「うっわ近くで見るとマジで美人だぜ。今日はかなりツイてるぜ。」

 

「しかもすっげぇスタイルいいぜ。胸でけぇし、腰ほっせぇし。変なモデルよりいいんじゃねぇの?」

 

そんな少年達の様子に黒歌は溜め息を吐いた。黒歌はその容姿から繁華街などを出歩くと

このように絡まれることが多い。その経験則が教えてくれていた。

 

(普通に断っても聞かないんだろうにゃー。)

 

黒歌は内心は憂鬱になりながらも、その少年達に笑顔を見せてみせた。その笑顔にあくまでも思春期高校生でしかない不良少年達は見惚れてしまい、重要なことを見逃してしまった。

 

――黒歌の目の奥から漏れ出る、怪光線とも言うべき光に。

 

「ねぇ坊やたち?ここじゃぁ邪魔になっちゃうから、あっちの路地裏でタノシイ事をしましょう?」

 

「うぉ~~マジかっ!」

 

「ヤッベェ、今日はマジでツイてんな!!」

 

途端に色めき立つ少年達は周囲の迷惑も考えずに騒ぎ出す。そのことに商店街の人たちは迷惑そうな目を向けているかと言うと、さにあらず。

 

周りの商店街の住民は全員が全員少年達に向かって可哀想な物を見る目つきをしていた。中にはまるでこれから屠殺される家畜を見るかのような憐憫を目に浮かべて合掌をしているものたちまでいる。

 

――彼らは知っているのだ。不良少年達の末路とその結果を。

 

黒歌を囲むようにしながら少年達がまとまって路地裏へと向かっていく。その光景は一見可憐な女性に不良達が数に物を言わせて暴行を働こうとしているように見えるがそうじゃないことを商店街の人たちはよくわかっていた。

 

彼らは猛虎の巣へとそうとは知らずに自ら入っていった哀れなる草食動物なのだ。

 

ドナドナドーナードーナー、と誰かが呟いていると路地裏から悲鳴が沸きあがった。まるで鶏を縊り殺した時の断末魔のような物悲しさが含まれている。

 

しばらくして物音と悲鳴が止む。誰かがごくりと生唾を飲み込む音まで聞こえそうな程の静寂が広がるなか、路地裏からスッキリした顔つきの黒歌が現れた。

 

「まったく、相手見てから絡みなさいって話よ。」

 

むしろ見ていたからこそ絡んだんじゃないでしょうか、とは言えない商店街の人たちだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「シッ!!」

 

ゴゥっ!と空気を切り裂く音がする。その音と共に放たれたのは右足による回し蹴り。しなやかな弧を描きながら相手の顔目掛けて空を疾る。

 

当たれば撃墜必至なその一撃を相手は宙に跳ぶことで回避する。黒歌もそのことは織り込み済みだったので追撃に入ろうとした。

 

しかし、相手はその追撃を許さない。空中で見事に身を捩りながらも黒歌目掛けて踵を振り下ろす。

 

「トルネードチッキ!!」

 

蹴撃一閃。目にも留まらぬどころか目にも映らぬ速度で放たれた空中踵落しを黒歌は後ろに飛び退くことで回避する。その場で受けても、紙一重で回避してもそれごと押しつぶす第2矢が装填されていたことを見切っていたからだ。

 

しかし、相手は人類の規格外とも言える達人級(マスタークラス)。その中でもさらにトップに君臨する真の達人の1人だ。

 

相手は攻撃範囲から逃れ、このまま落下していくしかない、という常識をその女性は楽々と覆す。

 

女性が空を蹴る。普通ならその場でただ足を突き出すだけに終わるところを、この女性はただそれだけの動作で黒歌に向かって飛び出した。

 

「空中三角跳び!!」

 

空を蹴り恣意的に空中を滑空した女性がその勢いのまま蹴りを繰り出した。蹴りを受け止めた黒歌の腕がミシミシと音を鳴らす。それ程に重い蹴りだった。

 

黒歌はもう何回目かになる驚愕を感じていた。空を蹴り、2段ジャンプをする!そんな子供がお遊びで試し失敗して笑うようなことをこの達人という人種は実現してみせているのだ!!

 

と、同時に歓喜もしていた。この技は今まで見たことがない。見たことがない技を出させる程度には自分もまた成長しているのだ――と。

 

しかし、戦闘中にそれ以外のことに気を取られるのは愚の骨頂。そんな感情に黒歌が囚われたほんの一瞬の隙に女性は蹴りを黒歌の首元で寸止めしていた。

 

「はい、終わり。まったく、組み手中に気を抜くんじゃないよ。」

 

「いやぁ、嬉しくてつい。」

 

「ま、その気持ちもわからなくはないけどね。」

 

女性――南條キサラ――は黒歌に注意を促す。これが組み手だったから良かったものの、もしも死闘だったらどうしたのかと。

 

そのキサラの忠告に黒歌はあまり反省した様子を見せずに嬉しそうにテレテレと笑う。そんな弟子の様子に、自分の未熟な頃を思い出して苦笑してしまう。

 

「とにかく、まだ時間はあるからもっかい組み手。その出来によっちゃさっきの技を教えてあげてもいい。」

 

「本当かにゃ!?約束よ!」

 

「わかってる、わかってる。でも、あくまで出来次第だからな。」

 

「一発で技を教えてもらうにゃ!」

 

やる気満々になった才能豊かな弟子を見て、思わず現金なやつ、と苦笑するしかないキサラなのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

その日の修行を終えて、汗を流した翔と黒歌は寝るためにベッドに潜り込んでいた。楽しそうにその日のことを話し合っている。

 

しかし、明日の朝も早い。どちらからともなく、もう眠ろう、という空気になった。

 

「じゃぁ、おやすみ。」

 

「黒歌さん、おやすみなさい。」

 

こうして、黒歌は日々を過ごしていく。

 




副題元ネタ・・・とある魔術の禁書目録(インデックス)


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第1章 旧校舎のディアボロス
1 殺されて転生悪魔


原作突入!

まだ導入ですが、どうぞ!


その日は、兵藤一誠にとっては人生最良の日だった。

 

新しく出来た美しい彼女―名前を天野夕麻―との初めてのデート。前の恋人とは自分がエロ方面でガッツキ過ぎたせいで破局したこともあり、今回はあまり怖がらせたりしないようにと気を使ったつもりだ。

 

親友の一人である元浜の恋人の桐生藍華から学んでいたことをフル活用し、高校生らしく楽しく、しかし時にはそれまでに貯めたお金を使ってちょっぴりと背伸びをしてプレゼントをしてみたり。夕麻も笑顔を見せてくれており楽しんでくれていたはずだと一誠は思う。

 

一誠は前の反省として舞い上がり過ぎないように気を付けていたが、夕麻の笑顔を見ていて嬉しくなり、自身も途中からはデートを思いっ切り楽しむことが出来た。

 

とてもとても楽しかったデートの終わりに、夕暮れの公園で向かい合う。今にもキス出来そうなシチュエーションだが、藍華から女の子はそういうのはじっくり行きたいものだと聞いていたので、その期待を胸のうちに仕舞い込む。

 

そんな時、夕麻が声を出した。綺麗なソプラノ。この日1日で夕麻のことがとても好きになっていた一誠にとってとても心地よい声音だった。

 

「一誠君。私のお願い聞いてくれないかな?」

 

ドキン、と胸が高鳴る。思わずキスなどのことを連想してしまい、「い、いや、このシチュエーションで『お願い』って言われたら男なら誰だってそっちに考えちゃうよな!?」と、誰に向けてか内心で言い訳を繰り返した。

 

「な、何かな?」

 

平静を装って返答したつもりがどもり、声も上擦ってしまう。一誠は胸中で「しっかりしろ!俺!」と自身を罵倒する。

 

それでも、脳内で様々な『お願い』を考えてしまう辺り一誠はどうしようもなく思春期の男子高校生だった。「これからもよろしく」?「好きって言ってほしい」?そ、それともやっぱり「キスしてほしい」か!?と期待してしまう一誠の耳に彼女の『お願い』が届いた。

 

「死んでくれないかな。」

 

一誠は自身の耳を、次いで頭を疑った。今、自分の恋人は何と言った?死んでほしいだって?この平和な日本で、夕麻ちゃんが?

 

(こ、これが噂のヤンデレってやつか!?そ、それともやっぱり俺が何かしでかしちゃったのか!?今回もガッツキ過ぎたとか、)

 

バサリッ

 

取り留めのない思考が浮かんでは消えていく一誠に、そんな鳥が羽ばたくような音が聞こえた。発生源は夕麻の背中。まるで天使のような――しかし、漆黒に染まっている――翼が夕麻の背中から生えていた。その一種幻想的とも言える光景に一誠は目も思考も奪われた。

 

「え?」

 

一誠の口から漏れた疑問の声を夕麻は意に介す事なくその右手を真横に水平に掲げた。すると、その右手の平に光で出来ていると言ってもいい槍のようなものが現れた。その非現実的な光景を一誠は黙って見届けることしか出来なかった。

 

「さようなら、一誠君。今日のデート、楽しかったわよ。まるで背伸びする子供を見ているようで。」

 

酷く冷たいトーンで夕麻が言う。その口元には冷笑が浮かんでおり、一誠に昼間見た暖かな笑みを浮かべる夕麻が幻想にすぎないのだと思い知らせた。

 

夕麻が腕を振るう。一誠の目には、夕麻の手に握られた光の槍が自身に迫ってくるのがえらくスローモーションに感じられた。

 

(夕麻ちゃん、本当に俺のことなんとも思ってなかったんだな。あんな冷たい笑顔で死んでなんていわれたらいくら馬鹿な俺でも気づくって。ていうか今までのこと全部演技だったのか。すげぇショックだなぁ。「好き」って言われてかなり嬉しかったのに。夕麻ちゃんのことかなり好きになっていたのに。デートの時だって桐生にまた参考にさしてもらうために色々教えて貰いに行ったりして、前みたいに怖がらせたりしないようにしたつもりだったのに。せっかく貯金崩してプレゼントにちょっと高いブレスレット選んだけど、今考えたら完全に騙されて貢ぐ男じゃん、俺。うわ、だっせー。あのブレスレットも後で捨てられたりするんだろうな。あれ?ていうか俺300文字くらい考えてない?・・・あぁ、これがあれか、走馬灯とかいうやつか。え、てことは、俺、マジで、死――――)

 

槍がゆっくりと迫ってくる中、しかし瞬き1つさえも身動きがとれずに一誠は自らに迫る「死」を待つしか出来なかった。

 

―――――――だが、一誠に「死」は訪れなかった。

 

「ハァッ!!」

 

―――瞬間、一誠の視界に広がる「黒」。夕麻のそれとも違う黒曜石のような深い黒色の髪を持つその女性は、しかし見た目に反した激烈な威力の蹴りで夕麻を吹き飛ばした。

 

その女性を一誠は知っていた。自らの親友だと胸を張って言える男が恋人だと言って見せた写真に写っていたはずだ。かなりの美人だったので覚えている。そう、確か名前は――

 

「黒歌さん、でしたっけ。翔の恋人の。」

 

「そうだにゃ。大丈夫かにゃ?兵藤君」

 

「え、は、はい。怪我はないですけど・・・。」

 

「なら良かったにゃ。」

 

一誠があまりに移り行く事態について行けず呆然とした声を出す中、黒歌は自らが夕麻を蹴り飛ばした方向を睨み続けていた。その言葉の内容は一誠の身の安否を確かめるものだったが、一誠の無事を確認してもその声音から剣呑としたものは抜けていない。

 

一誠がそのことに疑問を持った直後、果たして夕麻が蹴り飛ばされた方向の茂みがガサガサと音を発した。

 

「ったく、痛いじゃない。悪魔風情が何してくれるのよ。」

 

「それはこっちの台詞なんだけど。この子は完全に一般人にゃよ?堕天使さん。」

 

その言葉を聴いた夕麻は目を点にしてキョトンとした。直後、大声で笑い出した。まるで可笑しくてたまらないといった感じである。黒歌は夕麻のその行動に眉根を寄せた。

 

「ハーハッハッハッハッ!あんた、本当にその子が一般人だと思っているの?だとしたらやっぱり悪魔だから程度が低いのかしら?そんなものにも気づかないなんて。」

 

その言葉に顔を顰めた黒歌は、しかし一誠の気配を注意深く探った。

 

そうして気づく。何の変哲のない人間としての気配の奥深くに、別の強大な力の塊のような気配がすることに。それはかなり特徴的な気配の感じ方。この特徴が示すものに黒歌は気づき、そして心底腹立たしそうに舌打ちした。

 

「チッ!なるほどにゃ、これは、人間にしか宿らない、」

 

「そう、神器(セイクリッド・ギア)よ。私はその子に宿る神器が私たちの脅威にならないように排除しにきたというわけ。」

 

神器、それは人の血を引くものにのみ宿る奇跡の力。聖書の神が作り出したこのシステムは、しかし裏表の人間関係なく宿るため、今回のような表の人間が裏の事情に巻き込まれるといった事件も起こす種ともなっていた。

 

黒歌はそれを理解した。しかし、理解してなおその顔から戦意は無くなっていない。むしろ高まっていた。

 

「なるほど、確かにこの子はただの一般人じゃないのかもしれないわ。・・・けれどっ!!」

 

瞬間、黒歌の体から圧倒的な威圧感が噴出す。それは心と体のリミッターをはずして戦うもの特有の「動」の気。その全てが夕麻にのみ向けられていた。

 

夕麻はその威圧感に畏怖し、そして理解した。自分1人ではこの悪魔には絶対に勝つことは出来ない、いや、逃げ切ることさえも遥かに困難であると。

 

「この子は私の恋人の親友よ。あの人の恋人として、そして活人拳を受け継いだ弟子としてっ!この子をやらせるわけにはいかないわっ!!」

 

黒歌が夕麻の方へ一歩踏み込む。その圧倒的な脚力によって成された神速の踏み込みは夕麻に反応することを許さず、夕麻が気づいた時には既に黒歌は眼前で蹴りを放っていた。

 

前蹴り。余りにも基本中の基本的過ぎるその一撃は、しかし練りこまれた基礎のその密度の高さと鍛え抜かれた足腰によって必倒の威力をその内に内包していた。

 

「クッ!?」

 

夕麻は反射的にその蹴りの前に両腕を交差させ、さらには自ら後ろに飛び退いた。脚力だけでなく、翼を使って得た推力も用いて全速力で後ろに下がろうとする。

 

しかし、後ろに下がろうとするよりも蹴りの方が早いのは自明の理。決死の結果かなわず夕麻はその蹴りを両腕の上から叩きつけられた。

 

「ウグゥ。」

 

自らの行動によって必倒の威力では無くなっていたにも関わらず、体を突き抜ける衝撃の大きさに夕麻は苦悶の声を漏らす。元から後ろに下がろうとしていたことも相まって大きく吹き飛ばされ、その勢いのまま地を転がされた。

 

何とか起き上がった夕麻が見たのは自らに迫り来る黒歌(悪魔)とその遥か後ろで呆然と立ち尽くす一誠の姿。その光景に夕麻は内心高笑いを抑えられなかった。

 

夕麻が光の槍を黒歌に向けて放つ。黒歌はそれを横に軽く移動することで難なく回避してのけた。そのまま夕麻は黒歌から遠ざかりながら光の槍を乱射することで黒歌の動きを限定させる。

 

黒歌は光の槍をなんていうことは無く回避し続ける。もっと濃い弾幕も体験したことがある黒歌にとって夕麻の槍弾は薄く、避けることは容易かった。

 

黒歌がついに光の槍を抜け夕麻に迫る。今度は威力を殺せないようにと気をつけながら蹴りを放とうとした黒歌の目に夕麻の三日月のように吊り上った笑みを形どった口が映った。

 

ぞくり。黒歌の背中を嫌な予感が駆け巡る。しかし、それは自分に危害が加えられることに対してではない。これは――!!

 

「いいのかしら?守る対象(一誠君)を放置したままで。」

 

(しまっ――!?)

 

黒歌は即座に振り返り、一誠のところを目指す。今出せる全開の力を捻りだし、前方への加速を開始しようとしつつ、一誠へ注意を促すために口を開いた。

 

「兵藤君、逃げてっっ!!!」

 

「え?」

 

状況についていけずにその場で棒立ちになっていた一誠。その一誠が疑問の口を開こうとした瞬間、一誠は腹に熱を感じた。

 

一誠が視線を下に向ける。すると自らの腹を先ほど夕麻が放っていたような光の槍が貫いていた。

 

そのことを一誠が認識した瞬間、腹の熱がまるで熱した鉄板を押し付けられたような激痛へと変化し、一誠を襲った。

 

「お、ご、があああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!??」

 

(痛い、痛い痛い痛いイタイイタイイタイ―――!!??)

 

一誠が膝を折り、地に倒れ付す。その口から血を吐き出していた。体を貫通する光の槍。明らかに致命傷だった。

 

光の槍が消える。その腹には向こう側が見えるかというほどの大穴があいており、そこから血が水溜りのように溢れ出していた。

 

そこに黒歌が駆けつける。その惨状を見て唇をかみ締めた。唇が切れ血が垂れていく程に力が篭っていることが、黒歌の現在の心境を表していた。

 

「くっ!?」

 

(私としたことが、援軍の可能性を忘れているなんて・・・。なんて無様っ!)

 

黒歌は大急ぎで仙術による治療の準備に入る。氣を手の平に集中。そして腹に当てることで治療に入るが、・・・正直いって望み薄だった。

 

黒歌は治療をしながら空のある一点を睨み付けた。空の中に常人には黒い点としか見えないものが浮いていた。しかし、驚異的な視力を持つ黒歌には見えていた。空に浮いている堕天使の女の姿が。

 

(大体500メートルか・・・。動かない的に当てることなら出来るかも知れないわね。)

 

黒歌は治療しながらも夕麻と空の堕天使の動きに注意する。治療中に攻撃されても防御出来るように態勢を整えていた。

 

「フフ・・・。何やら警戒してるようだけど・・・。私たちの目的は達したわ。それじゃぁ、さようなら。愚かな悪魔さん?」

 

その言葉を最後に夕麻が去る。黒歌は守るものを守れなかった悔しさと情けなさに歯を喰いしばりながらも一誠の治療の為見逃すしかなかった。

 

完全に夕麻と堕天使が去ったのを気配で感じ取った黒歌は懐を探り、緊急救命キットから包帯を取り出す。そして包帯を巻きつけ止血しながらも仙術での治療を続けた。

 

(く、この出血量・・・。)

 

黒歌の脳内に「死」の1文字が浮かび上がる。黒歌は首を振ることで諦めの気持ちが湧き上がるのを何とか押しとどめた。

 

その時、一誠の目が僅かだが動いた。口からはヒューヒューと呼吸音が漏れているが、パクパクと動かしており、何かしらしゃべろうとしているのが黒歌に伝わった。

 

「しゃべらないで!必ず助けるから!!」

 

しかし、その言葉はもう一誠の耳には届いていないのだろう。掠れた声で一誠は話し出した。

 

「すげぇ、楽しくて・・・。これからも、楽しく生きれるって、思ってたのに・・・。・・・死にたくねぇよ・・・!!」

 

その言葉を最期に一誠の目が閉じられていく。黒歌には瞼が閉じられたら本当に終わってしまうように感じられ、一層治療の為の仙術に集中しようとした。

 

その時、一誠の懐が赤く光りだした。

 

血のような鮮紅の色が公園を染めていく。その光があまりにも眩しくて黒歌は目が開けていられなくなった。

 

(こ、これは・・・!?)

 

一際光が強くなり、そして止んだ。まだ光の影響で目を開けられない黒歌の耳に、声が聞こえてきた。耳当たりの良い声の主は困惑を隠せないのだろう。声には疑問の色が濃く乗っていた。

 

「一体、どういう状況なのかしらね、これは。」

 

この日、1体の転生悪魔が生れ落ちた。




副題元ネタ・・・流されて藍蘭島

この辺りからイッセーの出番が増えていきます。

原作キャラとの絡みが上手く書けるか不安だぜ!


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2 君が主で下僕が俺で

1章2話目です。

説明回ですね。


「うおおおぉぉぉぉぉっっっ!!??」

 

ピピピッ!ピピピッ!ピピピッ!

 

ガバァツと一誠が上半身を勢い良く起こした。ハァハァと呼吸を大きく乱していることが一誠の動揺具合を大きく表していると言えるだろう。しばらくは焦点が合わなかったのだろう瞳に光が宿ると同時に、自分が今ベッドの上にいることに気づいたようだ。

 

周囲を見渡して、そして未だに音を響き渡らせている目覚ましデジタル時計を見つけるとその音を止めながらも一気に手元に引き寄せその時間を確認する。

 

7時。いつも目覚ましをセットしている時間帯。ベッドの側から差し込んでる朝日が、とても眩しく、一誠に現実感を取り戻させた。

 

「ゆ、夢か?」

 

先ほどまで見ていた光景を思い浮かべ、その言葉を口にする。

 

自らの恋人の背中に生えていた漆黒の翼。

 

口に浮かぶ冷笑と手に持つ光の槍。

 

自らに迫る「死」とそれを吹き飛ばした親友の恋人。

 

突如始まった非現実的な戦い。

 

そして自らの腹を貫く光の槍

 

目に映る鮮血。

 

薄く閉じられ行く真っ赤な景色に、自らの通う学校の1つ先輩に当たる女性の紅の長髪を思い浮かべながら一誠の視界は暗く閉ざされていった。

 

ハズだった。

 

なのに、今こうして自分は自宅のベッドの上に居る。

 

「ハ、ハハ。そうだよな、あんなんありえないよな・・・。夢に決まってるって・・・。」

 

そう繰り返し口にする一誠。彼はそれが自分に言い聞かせているようだと気づいているだろうか。・・・恐らく、気づいているのだろう。

 

『死んでくれないかな。』

 

『死にたくねぇよ・・・!!』

 

その言葉と光景がフラッシュバックし、一誠はギュッと瞳を固く閉じ、その光景を脳裏から追い出そうとした。

 

「夢、夢だ。あれは夢なんだ。」

 

(そう、きっと結局キスでもして舞い上がって気づかない間にベッドに入って寝てしまっただけなんだ。)

 

一誠があまりにも生々しく頭に焼き付いて離れない映像を忘れようと苦心していると、階下から母親の声が掛かってきた。

 

「イッセー!早くしなさい!」

 

そのいつも通りな母親の声に、一誠は苦笑しながらも感謝した。返事を返すために、一誠もいつも通りに声を張り上げた。

 

「わかってるよ!ちょっと待ってって!」

 

「お友達が待ってるんだからね!早くしなさいよ!」

 

「え?」

 

(友達?誰のことだ?)

 

母親の言葉に疑問を抱きながらも、一誠は制服をとって着替え始めた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「どうしたんだよ?こんな朝っぱらから家に来て。」

 

「まぁ、用事があったからね。」

 

一誠としゃべっているのは風林寺 翔である。結局家に来ていた友達とは翔のことだったのだ。翔は家に来たこともあるので場所を知っているのは不思議では無いが、こんなに朝早くから来ることは無いのでそれが一誠には疑問となっていた。

 

一誠と翔は並んで通学路を歩く。一誠の家は駒王学園の近くにあるので歩いていける距離なのだ。

 

「ふぅ~ん。用事って何だ?こんなに朝早くからじゃないといけないのか?」

 

「うん。まぁね。」

 

翔が一瞬の溜めを作る。一誠は何かイヤな予感がした。これを聞いたら後戻りは出来ないような。

 

「昨日のことだよ。黒歌さんに聞いたんだ。」

 

ドクンッ!一誠の胸が大きく鼓動する。心拍数が上がっていき、何かいやな汗が噴き出してきた。

 

そんな一誠の変化に翔は気づいていたが、それでも敢えて無視して話を進めた。

 

「兵藤君は多分昨日のことを夢だと思っている、いや、思い込もうとしているのかもしれないけど・・・。残念だけどあれは現実だよ。」

 

ドクンドクンッ!一誠は胸の鼓動がやけに大きく聞こえた。周りにも人がいて、喧騒があるはずなのに、まるで世界から自分と友人だけが切り取られたかのような錯覚さえした。

 

冷や汗が止まらない、口の中が渇いて気持ち悪い。そんな不快な感覚が収まらない中、それでも一誠は友人に現実を認めるため確認をとった。

 

「やっぱり・・・そうなのか。・・・でも!じゃぁあれはいったい!」

 

一誠が声を荒げそうになった時、一誠の口の前に翔の人差し指があった。人差し指をまっすぐに立て、一誠に静かにするようにと無言で催促する。

 

翔のその意の通りに一誠が静かになったところで、翔が疑問に答えるべく口を開いた。

 

「今は周りに人が居るから詳しくは言えないけど。兵藤君、君は今世界の裏側ってやつに落ちてしまったんだよ。表の住人が決して知る事無く幸せに人生を終えていく世界の裏側ってやつにね。君はとあるもののせいで必然的に裏の事情に巻き込まれてしまったんだよ。」

 

「う、裏!?まるで漫画みたいだな・・・。」

 

「ある意味でいえばその通りだよ。創作物(フィクション)って意味で言うのならね。」

 

「どういうことだ?」

 

「今は詳しくは言えないって言ったでしょ?詳しくは放課後に話されるよ。」

 

「そうか・・・。」

 

そこで会話が途切れたが、しかし一誠は先ほどの会話の内容に違和感を覚えた。首を捻りながら翔に向けてその違和感の正体を確かめようとする。

 

「話されるってなんだ?翔が話すんじゃないのか?」

 

「うん。僕もその会談には参加するけど、話をするメインは僕じゃないよ。」

 

「じゃぁ誰と話すことになるんだよ?」

 

「言っても信じられないような人だから会ってのお楽しみってやつだよ。」

 

そう言って翔が一誠に向かってウィンクをする。それがまた妙に様になっているので一誠はむしょうにイラッッとしたので腕を振り上げ翔に向かって振り落とそうとしたが、それが無駄だったことを思い出し手を下ろした。

 

そんな一誠の一連の動作を微笑みながら眺めていた翔はその顔から微笑を消して一誠に真剣な声音で話しかけた。

 

「とにかく、兵藤君の人生はもう変わってしまった。後戻り不能地点(ザ・ポイント・オブ・ノーリターン)ってやつをとっくに通り過ぎてしまっているんだよ。これから先、平穏な人生を送れなくて後悔するか、刺激的な人生を満喫するかは兵藤君次第だけど覚悟だけは固めといたほうがいいよ。どんなものが来ても受け入れる覚悟をね。」

 

一誠にそんな忠告を残して、翔は自分の教室に向かっていった。その後姿を内心に不安を抱きながら見送ることしか一誠には出来ないのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

放課後、朝の翔との会話のことが頭に残り一日をぼうっと過ごす羽目になった一誠の元に1人の男が水先案内人として訪れていた。

 

「やぁ、兵藤君。ちょっといいかい?」

 

そう爽やかな笑顔を浮かべて教室に入って来たのは木場祐斗だ。そのルックスと常に浮かべている爽やかな微笑から学園の王子様と呼ばれている。

 

文武両道、眉目秀麗、才色兼備、温厚篤実と彼を修辞する言葉は枚挙に暇がない。女子からの人気は高く何回もの回数女子から告白されたことがあるそうだ。

 

一誠はその木場のモテ具合から自分と比較して一方的に敵意にも似た感情を抱いているのである。実際には一誠も去年の文化祭以降中々人気が出始めているのだが、知らぬは本人ばかりなり、というやつだ。

 

案の定、その王子様が一誠を訪ねてきたことで教室は雑然となった。

 

「き、木場君が兵藤君を訪ねてきた!?今まで何の接点も無かったのに!?」

 

「こ、これはまさか新しい展開の予感!?」

 

「木場×兵藤?いや、やっぱりここは兵藤×木場が鉄板かな?」

 

・・・どうやらこの学園の女子は大分醸されているようであった。発酵の進み具合が半端ではない。

 

コイツはくせえッー!腐ったにおいがプンプンするぜッーーーーッ!!こんな腐女子には出会ったことがねえほどなァーーーーッ。環境で腐女子になっただと?ちがうねッ!!

 

そんな風に一誠は頭の中で考えながらも木場に返事をした。もしかして?という予感をその胸の内に孕みながら。

 

「そうだけど、もしかしてお前が?」

 

「うん、そうだよ。昨日のことで話があってね。着いてきてくれるかな?」

 

「わかったよ。」

 

特に抵抗する理由も無いので素直に一誠は木場の後ろに着いていった。後ろから「つ、突いてきてくれるかな、だと!?」という言葉が聞こえたが一誠は全力でその言葉を頭の片隅から放り出した。・・・一誠はこの学園の将来が心の底から心配になった。これだけ腐った土壌が醸成されていて大丈夫なのか?と。

 

そんな風に一誠が木場の後ろを着いていくとたどり着いたのは駒王学園の旧校舎であった。使っているはずのない、学園七不思議の舞台にもなりそうな古びた木造校舎である。

 

しかし、木場の後ろを歩きながら一誠が中を見渡してみるとある事に気がついた。それは埃である。旧校舎はどうやら隅々まで掃除が行き届いているようで、窓のサッシなどにも埃や塵1つ残っていない。蜘蛛の巣なども見当たらず、現在も人の手が入っているのが一誠にもわかった。

 

「話は部長からしてくれるよ。」

 

「部長?木場って何かの部活に入っていたのか?剣道部とかその他の運動部の勧誘も全部断ったって噂になってたけど。」

 

それは去年の4月下旬頃の話だった。体育の運動能力測定試験で軒並みトップレベルの運動能力を披露した木場をどこの運動部もこぞって欲しがったが木場はどれも断るだけで入ることはしなかったのである。元々そのルックスだけで噂になっていた木場はそれでさらに有名になった。

 

かなり有名な騒動だったので一誠も覚えていた。そのため帰宅部だと思っていたのである。

 

「うん。これから行くところが僕の入っている部活でね。オカルト研究部って言うんだ。」

 

「オカルト研究部?それって魔女とか黒魔術とかの研究をすんのか?なんか胡散臭いな。」

 

「はは、まぁそこの部長が今回の話をしてくれるよ。部長自体は君も知ってると思うよ。学園じゃ有名な方だからね。」

 

「有名な人?」

 

一誠は学園で有名といわれる人物を思い浮かべてみるが、オカルト研究部といわれる雰囲気に似合いそうな人は誰1人としていなかったので誰なのか本格的に気になってきた。

 

一体誰なのかと一誠が頭の中で思案していると、1つの扉の前まで来ていた。木場がそこで立ち止まりノックをする。

 

「部長、連れてきました。」

 

「入りなさい。もう1人はもう既に来ているわ。」

 

「わかりました。」

 

木場が扉を開ける。誰が扉の向こうにいるのかとドキドキしていた一誠の目にまず入って来たのは、綺麗な紅の色だった。

 

鮮烈な程の紅の色。まるで鮮血のように鮮やかなその色は見るものの目を引きつけてやまない。そんな紅色の長髪を持つ人物の名を一誠は知っていた。

 

リアス=グレモリー。一誠にとって1つ上の先輩で、後1人と合わせて学園の2大お姉さまと呼ばれている。

 

その女性を目にした物がまず惹きつけられるのが紅の長髪だ。そしてそれと対比するかのような雪色の肌がその次に目を楽しませてくれる。芸術的といってもいいほど整っている容姿と、黄金比の如く美しいスタイルは男女問わず惹きつけて止まない。

 

そんな一誠にとっても憧れの先輩がオカルト研究部の部長という事実に、一誠は開いた口をしばらくの間防ぐことは出来なかった。

 

と、そんな一誠の様子を見かねたのかある人物が一誠に向かって拳骨を振り落とした。

 

ゴチンッ!!と周囲にまで音を響かせるその痛みによって一誠はようやく正気に戻った。

 

「いってええぇぇっっ!?何するんだよ!?」

 

「気付けだよ。」

 

「て、翔か。本当に話に加わるんだな。」

 

「ま、兵藤君は親友だからね。そんな友人の一大事なんだ。参加しないわけにはいかないだろう?」

 

そう言って翔はリアスと向かい合って真剣な表情を作る。その言葉を聞いた一誠は嬉しくも面映くなり、鼻の下を人差し指で掻いた。

 

そんな様子を見ていたリアスは微笑ましそうにしつつも、空気を変えるために咳払いをしてから話を繰り出した。

 

「ゴホンッ!・・・さて、話をする前にまずはお互いのことを知るために自己紹介から始めましょうか?」

 

その言葉と共にリアスの周りに3人の人間が集まる。1人は先ほどまで一誠を案内していた木場祐斗。後の2人は黒髪をポニーテイルにしたスタイル抜群ながらも大和撫子な雰囲気をもっている美少女と、小学生並みに小柄で小動物的な雰囲気を漂わせる白髪の美少女だ。

 

一誠はその2人とも名前を知っていたが自己紹介ということなので黙っておいた。

 

「じゃぁまずは私からね。私の名前はリアス=グレモリー。このオカルト研究部の部長をやらせてもらっているわ。」

 

「わたしは姫島朱乃です。副部長を勤めさせて頂いてます。わたしのことは朱乃とお呼びください。」

 

「僕はさっきも紹介したけど、木場祐斗。オカルト研究部の部員をさせてもらっているよ。」

 

「・・・塔城小猫。1年。」

 

順番に自己紹介をしていく。ちなみに黒髪ポニーが朱乃で、小柄な白髪が小猫だ。

 

その自己紹介も受けて一誠も頭を下げて自分のことを話していく。

 

「ど、どうも。俺は兵藤一誠、2年生です。今回は昨日のことについて話してもらえるということなんで着いてきました。」

 

「風林寺翔、同じく2年生です。兵藤君の友人として今回の会談に同席させて貰います。が、もう1人・・・。」

 

そう言って翔が紙を取り出した。その紙を自分の隣の床に置くと、その紙が光を吸い込むような黒色に光り輝いていく。矛盾した表現だが一誠にはそう表現するのが一番妥当に感じられた。

 

その光の粒子が段々と人の姿を形どっていく。10秒もしたころには、そこに漆黒の髪をもつ女性が現れていた。

 

「えぇっ!?」

 

一誠はそれを驚愕の表情で見ることしか出来なかった。周りの人間がさも当たり前のような顔をしていたのが尚一誠の驚きを助長した。

 

光の中から現れた女性は昨日の件で一誠を護ろうとしてくれた女性であった。一誠は彼女の素性を考えてこの場に来たことを納得したが、先ほどのビックリ映像もかくやの現象には未だに驚きが抜けなかった。

 

「僕の恋人でもあり、昨日の件の当事者でもある黒歌さんにも同席してもらいますが、構いませんね。」

 

「黒歌と言いますにゃ。」

 

ペコリ、という擬音が付きそうな感じで黒歌がお辞儀をする。その様子を小猫が睨みつけるように見ていたのが一誠の印象に残った。

 

「まぁ構わないわ。どうして彼女があそこに居たのか、ということについても説明して貰いたいしね。・・・それじゃぁ、」

 

「すみません。その前にもう1ついいでしょうか?」

 

そこでリアスは言葉を区切った。そうして一誠に顔を向け、話出そうとしたところで翔の言葉がその機先を制したので、リアスはじとっとした目を翔に向けた。

 

「何かしら?」

 

「いや、話を始める前に前提条件となる知識を兵藤君に話しておきたいんです。」

 

「・・・いいでしょう。なるべく簡潔にお願いするわ。」

 

「ありがとうございます。」

 

翔が一誠に顔を向ける。その顔には真剣さが宿っており、今からする話に虚言は無いと一誠に悟らせた。

 

翔が口を開く。その舌が紡いでいくのは表の人間がけして知ることのないこの世界の秘密だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「悪魔、堕天使、天使の3竦みの勢力、か。」

 

「他にも様々な神族が居たりするんだけどね。今回の話に関係があるのはその3竦みなんだよ。」

 

翔の口から語られたのは裏の世界のこと。創作物(フィクション)と思われている神話の勢力が本当に存在しているという御伽噺のような世界のお話。

 

「今回兵藤君が巻き込まれたわけも天使の側の頂点に位置している通称聖書の神が関係しているんだ。」

 

「どういうことなんだ?」

 

「聖書の神が作り上げた人の血を引くものにのみ宿る奇跡の具現(システム)。それが神器(セイクリッド・ギア)。歴史に名を残すような偉人はこの神器を持っていた可能性が高いそうだよ。」

 

「神器ねぇ。もしかしてそれが俺に宿っているのか?」

 

「その通り。普通の神器ははっきり言って人外にはそこまで脅威とはならない。でも中にはとてつもない能力を持つものもあるんだよ。」

 

「昨日の堕天使はそれが自分達の脅威にならないように君ごと始末しようとしたってわけなんだにゃ。君だってあの女堕天使がそう言っていたのを聞いていたでしょ?」

 

「確かに・・・。そうだった、な。」

 

翔と黒歌が一誠に昨日襲われたわけを説明していく。その内容に一誠はやはりショックを隠せない。・・・当たり前であろう。思春期高校生にとって恋人が自分を始末するためだけに近づいてきたというのは女性不信に陥ったとしても仕方のない事実だ。

 

翔はその一誠の心境を察してはいたものの、慰めたりすることはなかった。・・・正確に言うならば、掛ける言葉が見つからなかったのだ。仕方なく翔は話を先に進めることで一誠の気を紛らわせようとした。

 

「ここまでが、前提条件。そしてここからが兵藤君のこれからの話になる。」

 

「俺の、これから?」

 

一誠はその言葉に訝しげになる。俺がここに来たのは昨日の真相と何故自分が生きているかを知るためじゃないのか?と。

 

「ここからは私が受け継ぐわね。先ほども話にあったように、3竦みは長いこと戦争をしていたわ。」

 

リアスが話を継いで一誠に語り始める。このリアスの話が自分のこれからにどう繋がっていくのか一誠にはトンと検討が着かなかった。

 

「しかし、戦争をしていれば当然死んでいくものが出るものよ。長いこと戦争をしていた3勢力は戦争を終えた後は疲弊しきっていたの。悪魔も例外じゃないわ。純粋な悪魔は戦争によってその数を大きく減らしたの。悪魔がその現状に大きく危機感を抱くほどにね。」

 

リアスが一呼吸のための間を作る。その次の話は朱乃が受け継いだ。

 

「そのため、悪魔は悪魔を増やすための手段を作り出しました。それが「悪魔の駒(イーヴィル・ピース)」と呼ばれているもので、悪魔以外の種族に使うと悪魔に転生させることが出来ますわ。」

 

その言葉を聞いて一誠はピンと来るものがあった。その時背景で光の線が走っていたかもしれない。

 

「もしかして、俺にその駒を使って・・・?」

 

「その通りよ。あなたが死に掛けているところにあなたが持っていた魔法陣で呼び出された私は、あなたの「死にたくない」という願いを叶えるために悪魔の駒を使ったわ。」

 

「そうか・・・。俺、悪魔になっちゃったのか・・・。」

 

ずーん、と一誠が影を背負う。まるで漫画の背景にある縦線が見えるかのような落ち込みようだ。自分が知らない間に悪魔になっていたと知らされたならそれも仕方ないかもしれない。まだ喚き散らさないだけマシだろう。

 

その反応を見たオカルト研究部(以下オカ研)の面々は苦笑するしかない。(小猫だけは無表情のままだったが。)この反応も予想できていたことだった。

 

「まぁ、その反応もわからなくはないけどね。世間一般の悪魔のイメージは悪いものだし。仕方ないかな。」

 

「けれど、悪魔にだって良いところはあるのよ?そりゃぁ、イメージ通りなやつもいるけれど。」

 

木場が一誠の反応に理解をしめし、そしてリアスが一応悪魔のフォローを入れておく。確かにイメージ通りの醜悪な悪魔というのもいるものだがそれだけでもないのだ。人間に良い人間と悪い人間がいるのと同じである。

 

リアスのそのフォローを聞いた一誠は首を傾げた。悪魔の良いところと聞いても想像出来ないらしい。その様子を見てリアスは一誠に悪魔になるということについて説明し忘れていたと気付いた。

 

「そう言えば、まだ悪魔になった際にどういうことが出来るかということを説明してなかったわね。結構イイ特典もあるのよ?」

 

リアスはそうして説明を始めた。悪魔社会と転生悪魔の立場についてを。・・・主に一誠の興味のある方面で。

 

――悪魔説明中――

 

「わかりました!俺はリアス先輩、いや部長の眷属になります!そして、ハーレム王に俺はなるっ!!」

 

思いっきり欲望に溺れている一誠の一丁完成である。チョロすぎるとしか言いようが無い。今時小学生でもここまでチョロくない。・・・ある意味、ここまで欲望に素直な面は悪魔らしいと言えるかもしれない。

 

その様子に翔は溜め息を吐く。確かにリアスは嘘は吐いてない。が、ある意味で大事なことも告げていなかった。・・・これから話すのかもしれないが、翔にとってはその話、いや忠告をするためにここに同席したと言っても過言じゃなかった。

 

「ハァ・・・。・・・黒歌さん。」

 

「わかったにゃ。フフ、翔は優しいわね。」

 

「そんなことはないですよ。」

 

主語などは抜きで会話をする2人。周りが聞いても何をしゃべってるのかまるっきり判断がつかないような会話だ。こんな会話を出来る程度には時間を共に過ごしているのだ。

 

「兵藤君。」

 

「ん?何だ、翔?」

 

翔が一誠を呼びかけ、一誠が浮かれながらも翔の方に注意を向けた。

 

――刹那、翔と黒歌の体からナニカが噴き出した。

 

「ヒッ!」

 

一誠にはそのナニカの正体はわからなかった。視覚的には何も変わっていない。しかし、確かに翔と黒歌から濃密なナニカが出ていることは理解できた。確かに目には何も映っていないのにそのナニカが見えたような気さえした。

 

体が震える。悪寒が止まらない。体中に冷や汗が浮かび、口の中が渇いてカラカラになっているような気がする。呼吸もまともには出来なかった。毎日とは言わずともそれに近い頻度で会っている親友が一誠には別の生き物になったかのように感じた。

 

そして、そう感じているのは何も一誠だけではなかった。そのナニカはほとんどが一誠に向けられてるが、その漏れ出した余波とも言うべきものがリアスとその眷属に当たっていた。

 

「あなたたちっ!」

 

リアスが思わず大声を出す。いや、大声しか出せなかった、と言った方が正しかった。翔と黒歌から噴出すものにリアスたちも気圧されていたからだ。

 

リアスが大声を出したことにより、翔と黒歌はナニカを噴出させるのを止めた。それを感じた一誠は思わずソファーに深く沈みこんだ。ハァハァと大きく呼吸する。たった数秒の出来事なのに一誠は大きく消耗していた。それほどの恐怖だったのだ。

 

「あなたたち、どういうつもりかしら?」

 

リアスが硬い声音で翔たちに問う。その声には隠し切れない険悪な雰囲気があった。リアスの隣では朱乃と木場、そして小猫が何かがあっても即座に反応できるようにしている。

 

翔はその反応も当然だよね、と思いながらも自分の行動の意図を説明した。

 

「簡単だよ。兵藤君に現実をわからせるためにはこれが簡単だと思ってね。」

 

「・・・現実?」

 

半ば放心状態だった一誠がその翔の言葉を拾い上げる。先ほどの行動―一誠には何をしたかよくわからないが―がどんな現実を示しているのか?

 

「そうだよ、兵藤君。裏の世界は良くも悪くも危険に満ちているんだ。もちろん、比較的安全なように立ち回ることも出来るけど・・・。リアスさんの眷属じゃそれも無理だと思ってね。そこでてっとりばやく危険を理解してもらうために「気当り」を当てさせてもらったんだ。」

 

「気当り」、それは闘気やオーラ、あるいは気迫や殺気とも言えるものである。動物には野生的な危機察知能力があり、人間にも退化しているもののこれが備わっている。この危機察知能力で人は殺気等を察知するわけだが、達人ともなるとこの危機察知能力を逆手にとり「気当り」だけでフェイントをしたり、あるいは実力が圧倒的に格下のものを気絶させたりする「睨み倒し」などというものも出来る。

 

翔は、一誠の危機察知能力で反応出来る程の「気当り」を当て、一誠にこの先あるであろう危険というものを体で分からせたというわけだ。

 

「兵藤君、君は弱い。例えその身に神器を宿していたとしても、あくまでこの前までただの一般人だったんだからね。そのままだとすぐに死んでしまうかもしれない。」

 

「また、死んでしまうのか?」

 

その言葉に待ったを掛けたのはリアスだ。彼女は情愛が深いと言われているグレモリー家の者である。眷属になったものをむざむざと死なせるつもりはない。

 

「そうならないように、一誠は特訓をしてもらうつもりよ。」

 

「そうなんでしょうね。でも、僕も一誠君の友人です。一誠君がむざむざと死なせるような状況を作るつもりはありません。」

 

翔が立ち上がり、その目を一誠へと向けた。そこには強い光が宿っている。覚悟を決めたもの特有の光だ。

 

翔には信念がある。12歳の時に決めた自らの生き様とその誓い。それは何よりも翔にとって大切なもので、だからこそ翔は今度こそその誓いを護るためにここに居るのだ。

 

「大切な人を護る」。昨日は果たせなかったこの誓い。今度こそは果たしてみせると胸の中で宣誓しながら一誠に向かって宣言した。

 

「兵藤君。僕が君の師匠になるよ。」

 




副題元ネタ・・・君が主で執事が俺で

と、いうわけで翔は今後グレモリー眷属とは一誠の師匠として付き合っていく感じになります。

この翔は一誠の師匠というのは前から決めてました。一誠がどの武術を習うかも決めてますよ!

まぁ、この説明回は次話も続くっぽい。


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3 撲殺ジャンキー

1章の3話です。

・・・展開に迷った末になんか微妙な出来ですね。短いし。


「翔が、俺の師匠に?」

 

「うん。そうだよ。納得できないかな?」

 

「いや、別にいいんだけど・・・。お前ってどれくらい強いのかなぁって。」

 

一誠が疑問の声をあげる。一誠にとっては翔とは自分が変わるきっかけをくれた友人であり、バンドを組んでいる仲間である。そんな存在にいきなり師匠になる、と言われてもピンと来なかった。

 

別に信頼していないわけではない。むしろ出会って1年しか経ってないにも関わらずかなりの信頼を一誠は翔に置いている。ただ純粋に疑問に思っただけなのだ。

 

それに対して翔が答えようと思ったところで、リアスから待ったが掛けられた。

 

「ちょっと待ちなさい!・・・イッセーは私の眷属よ。どこの誰かまだその素性を聞いてもないのにあなたにイッセーの師匠をさせるわけがないでしょう?」

 

まぁ、リアスにとっては当然の話であった。確かに翔は一誠の親友なのかもしれないがそれはリアスには関係の無い話であり、そしてリアスにとっては翔はいつの間にか自らの領地内に入り込んでいた見知らぬ悪魔の関係者でしかないのである。

 

言外にさっさと何者なのか話せという副音声をその言葉の内に乗せられているのが分かった翔は、「そう言えば説明してなかったな」と思い、わざわざ自分が説明しても完全に信用されるわけがないのが分かりきっているので説明をぶん投げることにした。

 

翔が携帯を取り出す。わざわざ懐に手を入れる動作をするだけで警戒されるのに、「やりづらいなぁ」と内心零した。

 

「今から俺にこの学園に通うように依頼した人に電話するから、その人から説明してもらってください。」

 

「・・・わかったわ。」

 

憮然としてリアスが返事をする。得体の知れない相手の依頼主ともなれば警戒するのも当然だろう。しかも依頼内容がこの学園に潜入しろと言ってるも同然の内容だから警戒も増すというものだ。

 

翔が電話を耳に当てる。数回のコールの後相手が出たのを確認して翔は声を掛けた。

 

「もしもし、僕ですけど。」

 

「ボクボク詐欺なら間に合ってます。」

 

「え?いや、ボクボク詐欺じゃないですって。風林寺翔ですよ。ていうかわかって言ってるでしょう。」

 

「あ、ばれた?」

 

「ばれた?じゃありません。今結構シリアスな場面なんですからふざけないでください。」

 

「だが断る。」

 

「はぁ、今度はジョ○ョでも読んだですか?一々ネタを挟まないでください。」

 

「いやぁ、それは難しいね!私の性格的に。」

 

「うぜぇ。なんでそんなテンション高いんですか。」

 

「あ、そうそう!昨日リアスが久々に電話をしてくれてね!何でも新しい眷族が出来たそうなんだよ!!嬉しそうに話すリアスがまた可愛いんだよ!」

 

「今その眷属のことでリアスさんと話してるんですけど。」

 

「・・・ん?どういうことだい?」

 

「僕のことばれたのでリアスさんに僕のこと説明してくださいってことですよ。依頼主なんだから責任取れ。」

 

その言葉と翔は同時にリアスに電話を放り投げる。その今までの翔のキャラとは違う電話相手との掛け合いに呆然としていたリアス(他の皆も多少は面食らってた)は携帯を受け取りそこないそうになりながらも何とか手で掴んで耳に当てた。

 

「やぁ、リアス。昨日ぶりだね。」

 

「ッ!?お兄様!?」

 

電話口から聞こえてきた声にリアスは驚愕するしかない。何せ正体不明の人物の依頼主が自らの兄だったのだから。

 

「な、なんでお兄様が!?」

 

「まぁ、色々あってね。」

 

色々というか完全に公私混同でしょ、と翔は内心で思ったが、口には出さないでおいた。あんなんでも一応は友人なのである。

 

そうして、兄妹が電話越しに語らうのを翔が眺めていると一誠がボソボソと小声で話しかけてきた。電話に声が入らないようにという配慮だろう。

 

「あの電話、リアスさ、・・・部長のお兄さんに繋がってるのか?」

 

「そうだよ。名前はサーゼクスさんっていうんだ。」

 

「・・・なんで部長のお兄さんと知り合いなんだよ?いや、それを言ったら元々悪魔だったのかよ、って話なんだけどな。」

 

一誠が疑問に思っていることを口に出す。この友人は確かに信頼しているが、何者なのか?ということがわからないのも事実であり、そして一誠の気になるところでもあった。

 

もう隠すことでもなくなっているので、翔は取りあえず要旨を纏めて話すことにした。全部話そうと思ったら話が長くなるからだ。

 

「僕は悪魔じゃなくて人間だよ。それも一誠君と同じく神器持ちのね。」

 

「へぇ~。どんな神器なんだ?」

 

「それはまだ内緒。で、何でサーゼクスさんと知り合いなのかって言うと。」

 

「言うと?」

 

「そこにいる黒歌さんの事情を解決するときに、サーゼクスさんと契約したからだよ。その契約を果たしてからは時々依頼を貰ってたりしてたんだ。」

 

「ふ~ん。で、その結果お前は黒歌さんと付き合うようになったと。」

 

「正解だにゃ♪。」

 

その簡潔すぎる翔の説明で、一応は納得したのか一誠は身を引いた。ちなみに今の話は他のオカ研メンバーにも聞かれており、警戒を解く程度の効果はあった模様である。

 

翔と一誠の会話が終わったころ、リアスとサーゼクスの会話も終わったのか、リアスが携帯を閉じるときのパチンッという音を鳴らす。そしてそれを翔に向けて放り上げると翔は振り向くこともなくそれを受け取った。

 

「お兄様から話は聞いたわ。どうやら本当に信用は出来るようね。」

 

リアスはサーゼクスからの説明を受けて理解はしたようだ。が、納得はしていないのか憮然とした表情を見せている。やはり、自らの兄の太鼓判付きとはいえ初対面の人には自らの眷属を任したくは無いのだろう。

 

「でも、それと一誠の師匠をさせるかどうかは話が別よ。私の眷属を鍛えるというのならそれ相応の実力は示してもらうわ。」

 

そう言ってリアスは立ち上がる。向かうのは唯一の出口である部室の扉。カツカツと小気味良い音を鳴らしながら歩き出す。

 

「先ほどお兄様から依頼が入ったの。はぐれ悪魔の討伐指令。それであなたの実力を見極めさせてもらうわ。」

 

扉に手をかけ、こちらを振り向きもしないで掛けられたリアスの言葉に、翔は不敵な笑みを浮かべる。リアスにとっては挑発したつもりなのだろう。だが、翔にとってそれは挑発とはならない。

 

「いいんですか?実ははぐれ悪魔の捕縛は僕の得意分野なんですよ。」

 

言葉、表情、態度。その全てから余裕を滲ませながらも、油断の欠片も無く翔は既に臨戦態勢に入り、気を高め始めていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

リアスとその眷属+翔と黒歌という一行は町外れの廃工場に来ていた。ここにリアスがサーゼクスから討伐依頼を受けたというはぐれ悪魔が潜んでいるという。

 

時刻は深夜。頂上へと上っているであろう月は分厚い雲に遮られており、繁華街ならともかく、ちょっとでも街から外れれば視界の全てが真っ暗闇に包まれている。それが得も知れぬ不気味さを醸し出していた。

 

「お兄様の話通りならここを根城にしているはず・・・。」

 

「・・・いや、確実にここを根城にしているようですよ。」

 

リアスの記憶と照合をしているかのような独り言に翔は顔を顰めながら返した。辺りは暗闇。悪魔でもない人間なら一寸先も見えぬようなそんな漆黒の中で、確かに翔の優れた五感はあたりに散乱しているそれを察知していた。

 

それを見つけたのは翔だけではない。元々が猫又である2人もまた、その異常の原因を見つけていた。いや、嗅ぎつけていたというべきか。

 

「死体・・・。」

 

「結構数が多いみたいね。」

 

そう、辺りに散らばっていたのは、恐らくははぐれ悪魔の食べ残し(・・・・)であろう人間の腐乱死体。手足が千切れ、腹は食い破られ内蔵が飛び出してしまっているものがほとんどで、きれいな形を保っているものはほとんどいない。グズグズに腐ってしまっているせいで老若男女も判然としなかった。

 

黒歌と小猫の言葉に奥の方に何があるのかを察したリアスたちは眉根を寄せる。ただ一誠だけは死体と聞いてもピンと来ないのか呆けた表情を晒しているだけだった。そんな中、翔がリアスたちには聞こえるが周りには響かない程の小さな声で警告を促した。

 

「・・・来ますよ。」

 

翔の鋭敏な気配察知能力が明確に廃工場から出てくるものの存在を教えてくれていた。その言葉通りに工場の入り口から出てくる異形の影。5メートル近い体高に上半身は女性の姿で、下半身は4足の獣の姿をしている。尾は蛇になっており、その手には槍のような獲物が握られていた。

 

その明らかに通常の悪魔からも外れた姿は確かにリアスがサーゼクスから依頼された討伐対象の特徴と一致しており、リアスたちの目標がこの悪魔であることを示していた。

 

「不味そうな匂いがするな?だが美味そうな匂「あ、そういうのいいですから。」・・・。」

 

はぐれ悪魔が何やら登場の台詞を言おうとしたところで翔が見事に被せた。微妙な空気が場に流れる。リアスたちが、心なしかはぐれ悪魔も翔にじとっとした視線を向けてくるが翔はそれに気付いていながらスルーした。

 

翔は自らの装備の調子を確かめる。素肌の上に着た鎖帷子、その上に着た柔道と空手の道着に下はカンフーパンツ。手にはムエタイのバンテージを巻き、そしてその上から手甲と、足に同じ意匠の脚甲を着けている。要するに兼一の装備+脚甲だ。

 

しかし多少は違う場所もあり、腰裏には2本の短い木の棒が交差するように装着されている。これは携帯用の短めに作られた填め込み式の杖である。翔にとっての武器とは己の体とこのただの木の棒だけなのだ。

 

「僕達はあなたを倒したい、そしてあなたはそれは避けたい。・・・なら、やることは1つだけでしょ?・・・それじゃあ、リアスさん。話し通り今回は僕がやりますね。」

 

「ハァ・・・。わかったわ。あなたの実力が如何ほどか、見せてもらうわね。」

 

「ありがとうございます。・・・兵藤君、よく見ててね。これが僕が君に教えるつもりの武術だよ。」

 

翔が構えをとった。脚を肩幅に開き、そして手は握らずに両手共に相手に掌を向けて肘をやや曲げて突き出している。それは格闘技の経験など無く、そしてそれらの知識も持ち合わせていない一誠も、そして実力はあるがあくまで悪魔であるリアスたちにもわからなかった。その構えの正体がわかったのはこの場で翔と黒歌だけであった。

 

その構えの名前は前羽の構え。この構えからは各種の受けに繋げ易く防御に特に優れ、鉄壁とも謳われる構えの1つである。

 

その構えに多少威圧されたのかバイサーは警戒し、翔の様子を伺おうとしている。しかし、元々が欲望に溺れたはぐれ悪魔なのだ。そうそう我慢強くあるはずがなく、じれたバイサーが翔へと突撃をかけた。

 

バイサーが槍を突き出す。その巨体から繰り出される槍の勢いは凄まじく、風斬り音が離れて見ていた一誠たちにも聞こえるほどだった。

 

「翔!?」

 

一誠が悲鳴を上げる。だが、その心配は杞憂に終わった。

 

翔は目の前に槍が迫っていても焦ることは無く冷静に対処した。槍の切っ先が自らの制空圏に触れた瞬間に左腕を動かす。側面から叩くように逸らされた槍は翔を貫くことはなく、そして攻撃に失敗したバイサーは翔の前に無防備な姿をさらけ出していた。

 

翔が右拳を握り締める。槍を捌くのに使った左手を後ろへと引きながら、それと連動しているかのように右手を前へと突き出していく。捻りながら打ち出されたその拳は基礎をきっちりと護られており、翔の錬度の高さとその基礎を磨き上げるのに使われた膨大な時間を感じさせた。

 

「正拳突き!!」

 

バイサーの鳩尾に叩き込まれた拳は翔の見た目に反した威力を持っており、翔の何倍もの体重を誇っているであろうバイサーを容易く吹き飛ばした。

 

翔のその力に黒歌を除いた見学していたものたちは目を見張った。悪魔と言われても仕方のない馬鹿力である。

 

一誠の目には辛うじてしか映らなかったものの、その正拳突きによって翔が何の武術で闘っているかは知ることが出来たのか、その答えを口にする。

 

「もしかして、空手か?」

 

「そうだよ。一誠君にはこれが合っていると思ってね。あくまで僕の勘だけど。」

 

そんな風に一誠と会話をしているとバイサーが起き上がってくる。その目には明らかな憤怒が表れており、余程先ほどの攻撃が腹に据えかねたようであるのが感じ取れた。

 

「舐めるなよぉ、人間風情があぁぁっ!!」

 

バイサーが雄叫びを上げ猛然と翔に向かって襲い掛かる。槍の最速の攻撃方法である突きでもって何度も翔を殺そうと試みるものの、力任せで技巧も何もあったものではないその槍捌きでは翔に触れることも叶わなかった。

 

翔が右に左にとフワリ、フワリと動く。決して速い動きでは無いのにバイサーの突きの連打を回避していく様は悪魔たちにとってはある種異様でさえあった。

 

「ハァッ!!」

 

一閃。翔の手刀が閃いた。たったそれだけの動作。ただそれだけでバイサーの武装であり、一目見て脅威と判断出来る槍が柄の半ばから断ち切られた。その余りの鋭さと自らの武装が無くなったという事実にバイサーは驚き、そして動きを止めてしまう。

 

「グェッ!?」

 

そんな格好の的状態であったバイサーを襲った甚大なる衝撃。その正体は基本中の基本であり、真っ先に習うような蹴り技でもある前蹴りだった。それだけでバイサーは10メートル以上も吹き飛ばされてしまう。

 

受身も取れず、多大なダメージを被ってしまったバイサー。そのダメージの元が只の蹴り一発であることがバイサーには信じがたかった。

 

何とか立ち上がったものの、肉体的にも精神的にも既に戦闘が出来る様子ではないバイサーに翔が歩いて近づいていく。バイサーにはその歩みが死刑執行までの時を刻む時計の秒針に思えてならなかった。

 

「兵藤君、良く見ておいて。今から放つのが、空手において頂点に数えられる1人の男の得意技だよ。」

 

その言葉と同時に翔が構えを取り気組みを錬る。その拳は握られておらず、天に向かって真っ直ぐ伸ばされていた。

 

バイサーがその言葉を聞いて勝ち目が無いと悟り、逃走しようと思い、実行に移そうとしたその時、既に翔は目の前にいた。

 

神速の踏み込み、その勢いのままに技を放つ。基本通りに突き手と引き手を連動させるように動かしながらも、その指は真っ直ぐ伸ばし腕に強い回転を加えて解き放つ。

 

「人越拳、ねじり貫手っっ!!!」

 

キュゴッ!!

 

凄まじい轟音を立ててバイサーの体にめり込んだ貫手は、しかし絶妙な力加減によってその体を貫通はしなかった。翔が手を引き抜くと気絶していたバイサーが支えを失いその場に崩れ落ちる。

 

命のやりとりとなる戦闘において、最も難しい相手を殺す事無く取り押さえるということを圧倒的な力量差からやってのけた男は未だ呆然としている観客たちに向けて笑顔を向けて言った。

 

「それで、これで僕はお眼鏡に叶いました?」

 

リアスは、何の文句も言いようのない結果に、苦笑しながらもOKを出すしか出来なかったのであった。

 

 




題名元ネタ・・・悩殺ジャンキー

も、元ネタがあああ~

内容にあった副題を考えるのが難しい。・・・なんでこんなんにしたかな俺(笑)


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4 鬼って言いなよ

遅くなってすみません。

ちょいとリアルで色々ありました。


その日、とある家の前でゴソゴソと動き回る影があった。

 

日が昇り始めるよりも前の時間帯、大体朝の5時頃のこと。深夜のように漆黒に染まっているわけではなく、薄っすらと辺りの様子が伺えるくらいの薄暗い住宅街。その中のとある一軒家の庭先で、その影は暗躍していた。

 

影は手には何も持っていなかったが、ズボンのポケットに手を入れて取り出したら、明らかにポケットには入らないであろう大きさの物体が姿を現した。

 

その影は懐から次々と荷物を取り出していく。黒くて丸いドーナッツ型の物や両側に球を取り付けた金属で出来た棒などを取り出していく。縄のようなものを取り出したのを皮切りに荷物を取り出すのは終わったようだ。

 

数々のオブジェクトを取り出した影はその家の2階の部分を見上げた。そうしてしばらく家の外観を眺めると、首を回したり屈伸をしたりし始める。傍目から見ていると準備運動そのものな行動をし終わった影はその場で屈むとその脚を伸ばして溜められた力を解放した。

 

助走も無く悠々と5メートルは跳躍してみせた影はその家の2階の窓にへばり付く。特に道具を使うわけでもなく、ただ掌で壁を掴むだけでその壁に捕まっていることがその影の尋常ならざる握力を示していた。

 

影はどうやらその窓から部屋を覗き込んでいるようだ。カーテンが開かれて外から丸見えになっているので覗くのに困りはしなかった。

 

どうやら部屋の主は男子高校生らしい。クローゼットの扉の取っ手部分にハンガーが掛けられ、そこに近くの学園の男子用制服が掛けられている。その他にも部屋には漫画やゲームなどが存在を主張しており、いかにもな男子高校生の部屋といった様相を呈している。

 

影が窓のすぐ下を見た。どうやらベッドを窓際に寄せているようで、そこでは部屋の主が今も夢の只中をさ迷っている。表情がだらしなく緩んでいる所を見るに、どうやら幸せな夢を見れているようだ。

 

影は窓の鍵の部分を見る。部屋の主は不精者なのかうっかりものなのか、窓は鍵を閉められていなかった。影は「無用心だな」と思いながらも有り難く窓を開け放って部屋の中に侵入を果たした。

 

そのままボォーっとしているわけにもいかない。影はここに来た目的を達成するために行動を開始する。まずは眠っている部屋の主を起こすことからだ。この男子が起きてくれないと何も始まらないのだから。

 

影がベッドの上で惰眠を貪っている男子を揺さぶる。しばらくの間は顔を顰めさせるだけだったが、止むことの無い振動にとうとう部屋の主が目を覚ました。目を擦りながら自らの睡眠を妨げた罪びとの顔を拝見しようとしている。

 

「ふぁ~。ったく、誰だよ?」

 

「や、兵藤君」

 

「・・・・・・え?」

 

部屋の主――兵藤一誠――は聞こえてきた声に一時停止してしまう。こんな薄暗い時間帯からこの家に居るはずの無い人物の声に、まだ寝ぼけているのかと思ったようだ。自らの頬を引っ張ったり、耳が詰まっているのかと耳をほじくったりしていたが、声の聞こえた方に向けた視界が何よりも現実を一誠に教えてくれていた。

 

手を挙げて挨拶している影の正体と自分が夢を見ているわけではないことを一誠が認識したとき、一誠は思わずツッコんでいた。

 

「どうやって入って来たんだよ!翔ぅ~っ!!」

 

「え?窓からに決まってるじゃない」

 

きょとんとした顔で「何当たり前のこと聞いてるの」とでも言いたげな顔の自らの親友件昨夜付けで師匠となった翔に対して、「こいつってこんな変人だったっけ」と一誠は深く疑問に思うのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「早朝訓練するからって、部屋に侵入して起こさなくてもいいじゃないか・・・・・・」

 

ジャージに着替えた一誠がぼやく。確かに昨日そんなことを言われていたが、だからと言って窓から直接侵入するのはやり過ぎである。完全に不法侵入だった。

 

しかし、一誠のその言葉に翔は至極もっともなことを言い返した。

 

「初めての早朝訓練だし、兵藤君は起きれないんじゃないかと思ってね。実際起きてなかったし」

 

「うぐ」

 

そう言われれば一誠には黙ることしか出来ない。確かに起きれなかったことは事実なのだから。

 

と、そんな話をしていると翔の準備は終わったようだ。先ほどまでしていた作業を終えている。

 

「はい、準備完了」

 

翔のその声に一誠は自らの腰を見る。そこには縄が括り付けられており、その先にはタイヤが結ばれていた。

 

タイヤを引いて走りこむ。確かに有名な鍛錬法だが聊か古典的じゃないか?と一誠は思った。

 

「え?ハハ、タイヤだけを引くなんてそんなわけないじゃないか」

 

「心を読まれた!?ていうか何を引かなきゃいけないんだ!?」

 

「いや心を読んだわけじゃないよ。ただそう考えていそうだなって思っただけ」

 

一誠と翔はここ一年ほどかなりの頻度で付き合ってきており、親友とも呼べる仲だった。一誠はそんな親友がここまで変人だったとはほんの砂粒程も気付くことが出来ていなかったことに頬を引き攣らせた。

 

一誠が「翔との付き合い方、見直そうかなぁ」と考えている間に、翔がタイヤに座り込んだ。それを見て何を引かなければいけないか思い至った一誠は何かの間違いだと思いたかった。

 

「それじゃぁ町内を4週、いっとこうか」

 

「4週!?この状態で歩いて!?」

 

「何を言っているんだい?」

 

一誠の叫びに翔の目が怪しく光りだす。いつの間にやらその手には鞭が握られており、全身から怪しげな雰囲気をこれでもかと発していた。

 

「走って、だよ!」

 

翔がその手に握られた鞭を振るう。弧を描いて飛来した鞭は一誠に大きな痛みを感じさせた。その痛みに思わず一誠は走り出してしまう。

 

そうして開始された壮絶極まる走りこみ。常に全力疾走。少しでも速度が落ちたら鞭を振るわれる。そんな現状に一誠の目から水が零れ落ちた。一誠は翔が師匠になることを安請け合いした昨日の自分を殴りたくてしょうがなくなった。

 

「ほら!どうしたんだい?ナマケモノのほうがいくらか俊敏だよ!」

 

「のおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!??」

 

その日、早朝の住宅街に哀しげな悲鳴が木霊した。

 

余談だが、この日以降幾度となく響くこの悲鳴はのちに様々な形で都市伝説となっていくことになる。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

ちーん

 

そんな擬音を連想させるのは地面に倒れている一誠だ。うつ伏せになってピクリともしない。精魂尽き果てたようであるのが伺える。

 

それでも容赦しない。それが達人級、引いては達人に修行を課されてきた者のクオリティである。

 

「ほら、起きて起きて。学校までの時間は少ないんだから、有効に使うよ!」

 

「・・・・・・ふぁ~い」

 

「大丈夫。次の鍛錬はそんなに疲れないから」

 

「まじか!?」

 

がばぁっと一誠は起き上がる。やはり人間現金なもので、たとえ疲れていても次が楽だと思えばなんとか起き上がれるものである。

 

「うん。次は柔軟だからね。多分これで早朝訓練は終わるんじゃないかな」

 

「柔軟?それってそんなに時間かけるもんなのか?」

 

翔は一誠のその言葉に苦笑する。確かに柔軟だけでそんなに時間を掛けるとは思わないだろう。武術を習ってない人は。

 

「うん。武術をやってない人は武術に必要なのは筋力だって思ってるものなんだけど」

 

「違うのか?」

 

「いや、確かに筋力は一番大切だけど、柔軟性っていうのはその次くらいには大切なものなんだよ。体が硬いと自由に体を動かせないからね」

 

「へ~」

 

「それに、関節が柔らかいと怪我をしにくくなったりするんだよ?」

 

「そーなのかー」

 

翔は一誠に柔軟性の大切さについて話す。他にも関節が柔らかいと、相手の攻撃の衝撃を吸収しやすかったりするなどの恩恵があったりするのだ。

 

その為、一流の武術家の体は下手な体操選手よりも柔らかかったりする。

 

だが、勿論柔軟といってもただ闇雲にやればいいわけではないのだ。正しい柔軟法を知っていないと関節を痛めたり、逆に体が硬くなってしまうこともある。

 

「それじゃぁ、柔軟を始めようか」

 

「おう!」

 

威勢良く返事をする一誠は、翔のその目から発せられる怪光線に気付かなかった。・・・・・・南無。

 

がし!そう音が出そうな程に強く一誠の肩を翔が掴む。この段階で一誠も何かおかしいことに気付きだした。

 

「あの~、翔?なんで俺の肩を掴むのですか?」

 

「一誠君はまともな柔軟は始めてでしょ?だからまず僕が正しい柔軟を教えてあげようと思ってね」

 

「い、いや。俺だって柔軟くらい知ってるって・・・・・・」

 

「遠慮しない、遠慮しない♪」

 

「そうじゃなくて――」

 

一誠の言葉が途中で止まる。翔がその片手一本で一誠を持ち上げたからだ。そのまま翔は一誠肩と脚に腕を回していく。

 

一誠は猛烈に嫌な予感を感じ、静止の声を掛けようとしたが・・・・・・遅かった。

 

「ちょ、まじで、やめ――――」

 

「バックブリィィーカァァーーッッ!!」

 

「NOOOOOOOO!!??」

 

ゴキミシペキピキ!

 

そんな音が一誠の体の内からする。そんな暴挙を起こした張本人は爽やかな笑顔である。

 

「さて、次は、と」

 

その後も学校にギリギリ間に合うような時間まで、柔軟(拷問)は続けられるのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

時間が過ぎ、放課後のこと。一誠は昨日から所属しているオカルト研究部の部室にいた。壁や床に魔法陣が刻まれている部屋の中、中央付近にあるソファーに寝そべりグッタリとしている。ただだらけているというのではなく、見ているものに心底から疲れているのだと思わせる有様だ。

 

部屋にはオカ研メンバーが勢ぞろいしている。現在は眷属となったばかりである一誠と親睦を深めるために雑談に興じていた。

 

「そ、そう。そんな早朝訓練だったの」

 

「ええ、そうですよ。マジできつかったんですから。しかも疲れて授業中に寝てしまって先生に怒られてしまいますし。翔に師匠になってもらったのを早速後悔してるところですよ」

 

「それだけきつかったらそれも当然かもしれないね」

 

雑談の内容だが、完全に一誠の愚痴と化していた。今朝の修行の内容のぶっ飛び具合と、それが原因で受けた被害に愚痴を漏らしていく。いつも爽やかな笑いを浮かべている木場もこれには苦笑するしかない。

 

「大体、なんであんな無茶な修行なんだ?一応あいつって人間なんだよな?」

 

一誠のその疑問の声に沈黙する一同。皆内心では実は翔ってドSなんじゃ?と思っていた。

 

と、小猫がハッと何かに気付いたかのようにその疑問に対する推測を口にした。

 

「虐待を受けていた人は子供に対して虐待をする確率が高いと聞く・・・・・・。もしかしたらそれと同じ・・・・・・?」

 

あまりにも嫌過ぎる推測だった。もしそうだとしたら翔はあの修行を受けていたことになるからだ。しかも翔は人間で一誠は悪魔である。一誠の修行は翔が受けていたものよりも激しくなるのかもしれないのだ。

 

そこまで考えてリアスは頭を振ってその考えを追い出す。本人がいないのにあまりにも不毛な議論だった。

 

「それで、その翔はどうしたの?放課後も修行なんでしょ?」

 

「何でも先生に頼まれ事をされたみたいで。先にそっちの用事をすませていてほしい、だそうです。」

 

「そう。それはある意味好都合ね。・・・・・・朱乃、準備お願い。」

 

「わかりましたわ。」

 

リアスの命令に従い何かしらをやり始める朱乃。一誠には何をしているのかわからなかったが、魔法陣に何かをしているということだけはわかった。

 

「部長、何の準備なんですか?」

 

「あなたの神器(セイクリッド・ギア)を発現させるための準備よ」

 

「俺の神器を?」

 

「そうよ」

 

「部長、準備が完了しましたわ」

 

一誠とリアスが話している間に朱乃の準備は終わったようだ。朱乃の前にある魔法陣が淡く光っている。その幻想的な光景に一誠は一瞬見入ってしまう。

 

「イッセー。その魔法陣の中に入りなさい」

 

リアスの言葉に従い魔法陣の上にたつ。一誠はその淡い光を浴びているだけで気分が高揚してくるような気がした。いや、もしかしたら本当にそんな効果があるのかもしれない。

 

「眼を閉じなさい。そうして思い浮かべるのよ、あなたが最強だと感じる存在を。その存在が一番強く見える姿を。」

 

その言葉とともに一誠が思い浮かべたのは、大好きな漫画である「ドラグ・ソボール」の主人公である空孫 悟。その彼が必殺技である「ドラゴン波」を打っている姿。

 

「思い浮かべたわね?じゃぁ、その人物が一番強く見える姿を強く真似るの。強くよ?軽くじゃダメ」

 

その言葉に一誠はこの歳になって「ドラゴン波」の物真似を披露しなきゃいけないのかと憂鬱になった。しかし、これも自分の神器とやらを発現させるため。不承不承ながらも一誠が「ドラゴン波」をやろうと両腕を揃えて腰溜めにしたとき、ある光景が頭の中を駆け抜けた。

 

その光景を思い出した一誠は、それが頭にこびりついて離れなかった。今のこの状態じゃぁ、「ドラゴン波」の物真似をしても神器は発現しないという確信すら沸いて出てきていた。その直感に従い一誠は構えを変える。

 

左腕は腰溜めにしたまま。右手は軽く前に出した状態にする。手を握るのではなく指は伸ばした状態のまま。脚は肩幅に開いて多少腰を落としておく。

 

深呼吸する。静かに集中を高めていく。そうして幾度か深呼吸を繰り返した後、眼を見開いて動きだした。

 

左脚を前に踏み出す。それと同時に右手を後ろに引きながら左腕を前に突き出す。ただ前に出すのではなく内に捻り込むように回転を加えた上で打ち出した。

 

「人越拳ねじり貫手!!」

 

それは、本当に物真似としか言えないものだった。重心はがたがた。腕に力が入りすぎていて速度が出ていない。突き手の肩を前に出しすぎている。指も真っ直ぐ伸ばしすぎていて、もしも何かに当っていたら間違いなく突き指かあるいは骨折をしていただろう。その他にも悪いところを上げていけば限がないくらいだった。

 

それでも、一誠にとってそれは「最強」の具現だった。その証拠というべきか、一誠が突き終わるのと同時に左腕が光に包まれだす。その光に一誠が眼を閉じた。再び眼を開けたときにはその左腕に赤い篭手が装着されていたのだった。

 

「これが、俺の神器(セイクリッド・ギア)

 

丸い宝玉が取り付けられているその篭手を、一誠はしばらくの間呆けて見続けていたのだった。

 

 




副題元ネタ・・・好きっていいなよ

ありのまま今起こったことを話すぜっ!

俺はリアルで色々あってこのssの展開に悩んでいたら新しいssを書いていた

な、何を(ry

というわけで遅くなってすみませんでした。

しかもこの続きの展開に迷った挙句2分割してゲフンゲフン!!

取りあえずイッセー神器発動回でした。

次は修行回です


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5 タンレン――TANREN――

前回の続き、一誠修行回です!

何気に今回が今までで一番文字数多かったです^^;


「これが、俺の神器(セイクリッド・ギア)・・・・・・」

 

一誠は自らの左手に現れた篭手を見て呟いた。

 

関節の動きの邪魔をしないようにされた作り。手の甲には大きな翠の宝玉が取り付けられており、一際目を引いている。リアスの髪とはまた違う、真っ赤な色が印象に残るガントレットだった。

 

「そうよ。神器は一度発動させると、それ以降は自分の意思で出し入れできるわ。試してみなさい」

 

そのリアスの言葉通りに一誠は篭手を仕舞おうと心で念じてみた。暫く念じ続けていると、光の粒子のようなものへと変化し、一誠の中へと吸い込まれていったのだった。その現象を見た一誠は興奮に包まれる。

 

「すっげぇ!本当に俺に神器ってやつが宿ってたんだなっ!」

 

一誠は諸手を挙げて喜んでいる。やはり思春期の男子高校生。何かしら人とは違う特別な物に憧れたりするのはしょうがない部分もあるのだろう。どうやら神器が原因で元彼女に殺されかけたというのは喜びの前に忘却されてしまっているらしい。

 

オカ研メンバーはそんな一誠を見て微笑ましそうにしている。唯一小猫だけが変わらずに手元の和菓子を黙々と食べ続けていた。

 

「それで、俺の神器の能力って何なんですかね?」

 

「それは今後調べていく予定ですわ。大体の見当はついているのですが、固定観念を与えるのもいけませんしね」

 

「そうなの?」

 

「うん。神器っていうのは心や感情に大きく影響されるものだからね。固定観念があるとその通りの力しか発揮できなかったりするんだよ」

 

神器保有者でもある木場が忠告する。神器とは確かに固有の能力を持っているものだが、宿主の思想や感情にしたがって変化していくものであることも事実なのだ。

 

そんな風にオカ研メンバーは一誠に神器についての細かい説明をしていく。小猫は次の和菓子の包装を開けようとしているところだった。

 

トントン

 

「風林寺です。入ってもいいですか?」

 

そんな時、部室にノックの音とその主の声が扉の向こう側から聞こえてきた。特に入れない理由も無いので木場が扉を開けにむかう。

 

「いらっしゃい」

 

「失礼します」

 

木場の歓迎の声に答えたのは翔だった。彼が入って来た瞬間、オカ研メンバーの顔が何とも言えないものへと変わっていく。先ほどの翔への推測が効いているのだろう。

 

「お邪魔するにゃ」

 

翔の後に続いて黒歌が部室に入って来た。黒歌の顔を見た瞬間、小猫の眉間に盛大に皺が寄っていく。普段から無愛想な無表情ではあるが、今は不機嫌であることが誰の目からみても明らかだった。

 

「や、皆さん。昨日振りですね」

 

「え、えぇ。そうね」

 

オカ研メンバーに向かって翔が片手を上げて挨拶をした。リアスは引き攣りそうになる口の端を何とか押さえて挨拶を返す。この一見人の良さそうな表情をしている少年が修行になると鬼コーチに変化するのが信じられないようであった。

 

また、黒歌の登場によって小猫の機嫌が急降下していっていることもまた、リアスの顔が引き攣っている原因であった。確実に部屋の雰囲気が悪くなっていっている。それなのに何故翔が平然としていられるかリアスには不思議でしょうがなかった。

 

「さて、兵藤君。時間も押してるし、修行に入ろうか」

 

「え!?またやるのか!?」

 

翔のその言葉に一誠は疑問の声を上げた。正直言って朝の修行だけで一誠はお腹いっぱいなのだが・・・・・・。

 

「当たり前じゃないか。朝のじゃあ「空手」の「か」の字も出てきてないよ」

 

「そ、そうか。」

 

「じゃ、この道着に着替えてね~。外で待ってるから」

 

そう言い残し、翔は部室を出て行った。一誠の手には先ほど翔から渡された袋がある。中に道着が入っているのだろう。

 

ピシャリっ!と扉を閉める音がする。まるで嵐のように来て、去っていった翔に部室の中に居た皆が声を出せずにいたのだった。

 

ポン、と肩を叩かれたのを感じて一誠は振り返った。その手の主は木場。その木場の「諦めるしかないよ」と言いたげな笑みを見て、一誠は盛大に肩を落としたのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

旧校舎の裏側、林と校舎の間の広場。中々の広さを誇っているそこで翔は修行のための準備をしていた。木の棒に縄を巻き付けた巻き藁を地面に刺している。そんな翔に近づいてくる足音が複数聞こえてきた。

 

「翔~。これでいいのか?」

 

一誠が翔に近寄りながら聞いてみる。彼の後ろにはオカ研のメンバーと黒歌が居た。

 

「お、結構似合っていると思うよ」

 

「へへっ。そうか?」

 

自分の格好を褒められた一誠は照れくさそうにした。一誠はこれまで容姿に関して褒められた経験が少ないので、翔の真っ直ぐな言葉にはむず痒いような感覚を覚える。

 

一誠は自分の格好を見下ろしてみる。厚手の布で作られた道着とそれと対になるズボンを履いている。帯は初心者を表す白色だ。普通道着の胸の部分には道場名が、帯の先端には名前が刺繍されているものなのだが、この道着は無地のままであった。さすがに1晩ではそこまで準備は出来なかったのであろう。

 

「皆さんも着いてきたんですね」

 

「どんな修行をしているのか興味があるもの。存分に見させてもらうわよ」

 

「かまいませんよ。面白いとも思えませんけどね」

 

一誠の後ろから着いて来ていたリアス達に確認をとる。どうやら自分の眷属のことなので放置をする気は無いようであった。

 

「で、どんな修行をするんだ?」

 

「まずは体を痛めないように柔軟からだよ」

 

「え゛」

 

一誠の顔が盛大に引き攣った。朝の拷も、もとい、柔軟を思い出しているのであろう。またあれをやるのか!?と、一誠はげんなりとするのだった。

 

「別に今回は常識的な柔軟だよ。朝のあれは一誠君の体をなるべく早く柔らかくするための荒療治だったんだから」

 

と、一誠のそんな気持ちを察したのか翔が苦笑いをしながら訂正した。その言葉に一誠はほっとして大きな溜め息を吐き出す。後ろのリアス達もほっとしているようであるらしかった。

 

「よ、よかった~」

 

「じゃぁ、こっちに来て。家でも出来るようにちゃんと教えるから」

 

一誠は翔の言葉に従い傍にいく。そうして腰を下ろした。脚はぴったりと揃えて前へと伸ばしてある。その状態から翔に背中を押されてゆっくりと前に体を曲げ始めた。所謂長座体前屈の姿勢である。

 

と、一誠があることに気が付いた。今までの体育の授業などで体を曲げている時などに比べて、明らかに体が柔らかくなっているのだ。

 

「おぉ、すげぇ。俺ここまで体を曲げられたの初めてだ」

 

「だから、さっき言ったでしょ?朝のは一誠君の体を最低限戦闘に耐えられるくらいに柔らかくするための、特別な整体法だったんだよ。僕の師匠から教わった特別製だよ」

 

その言葉に一誠は驚いていいやら呆れたらいいやら。何にせよ、どうやら子猫の予想は当っていたらしい。

 

次は脚を開いての前屈だ。決して翔は一誠の背中を早く押す出すことはなく、ゆっくりと押していっていた。

 

「いいかい?体を柔らかくするには継続的な柔軟が必要なんだよ。これからは修行にあんまり柔軟の時間は取られないから、自分で覚えて家でやっといてね。風呂上りにするのが効果的だよ」

 

「ん。わかった」

 

その他にも様々な柔軟を時間をたっぷり使ってやっていく。30分程は柔軟のために時間が割かれたのだった。

 

「さて、次は筋トレだね。朝は緊急で柔軟をやっていたから筋トレは出来なかったけど、これからは朝に走りこみと基礎の筋トレをやっていくから」

 

「おう!」

 

「じゃ、準備するから動かないでね~。大丈夫。初めてだから軽いものにしとくよ」

 

と、翔が一誠の体を触りだす。どうやら体の各部に色々なものを取り付けていっているようだ。腕を横に広げたまま一誠は固まるしかない。

 

「あ、ちょうどいいや。木場君も手伝って?」

 

「僕もかい?」

 

翔が木場を手招きしている。それに木場は頭の上に疑問符を浮かべながらも近づいていく。

 

「ゴニョ、ゴニョニョ、ゴニョゴーニョ、ゴニョリータ」

 

「ふんふん」

 

「ってわけなんだけど、木場君。やってくれるかな?」

 

「いいとも~、って言えばいいのかな?」

 

一誠の後ろで何かしら相談をする2人。その内容が聞こえてこないのがまた一誠の不安を一層煽るのだった。

 

そして、準備が終わり、一誠の修行が開始された。その内容とは・・・・・・

 

「ぐわ~~~~っっ!!指がちぎれるううぅぅぅぅ!?」

 

「はは。そう言って千切れた人はいないよ。大丈夫。僕も千切れなかったから」

 

「そういう問題じゃな~~~いっっ!!」

 

一誠は現在、空気椅子をさせられていた。ただの空気椅子ではない。手は横に水平に突き出され、その手に壺を持たされている。かなり大きいその壺の中にはどうやら水じゃなくて砂が入っているようだ。また、頭の上にも壺が乗せられており、いっぱいの聖水が入れられていた。もし落とせば一誠に中身の聖水が降り注ぎ、悪魔である一誠は大変なことになるだろう。

 

その膝は布で縛り付けられ固定されている。伸ばすことが出来ないようにするための処置のようだ。さらに、脇には刃物が取り付けられている。お尻の下にも西洋剣が地面に柄から突き刺さっており、刃がお尻に向けられていた。少しでも腕なりお尻なりを落とせば刃が体に刺さり大惨事になること請け合いである。

 

先ほど翔が木場に相談していたのはどうやらこの刃物と西洋剣のことのようだ。木場の神器「魔剣創造(ソード・バース)」で作られたものだ。木場も自らの生み出した魔剣がこのように使われるとは想像してなかったらしい。いつもの爽やかな笑顔はなりをひそめており、笑顔が引き攣り気味であった。

 

「じゃ、その状態で1時間ね」

 

「1時間!?無理無理!?無理だってっ!?」

 

「大丈夫。人はやれば出来るものさ。なんくるないさー」

 

あまりのきつさに一誠は抗議の声を上げる。しかし、こうかはないようだ。翔は涼しげに一誠の叫びをスルーした。近くに生えている樹の根元で読書などをしているくらいだった。

 

「初めてだから軽めなんじゃなかったのか!?これのどこが軽めなんだよっ!?」

 

「え?重りが軽めじゃないか。それに時間も短めだし」

 

「これで軽いのか!?後1時間は全然短くない!」

 

「そうかなぁ。全然短めだと思うんだけど・・・・・・」

 

翔のそのずれた感覚に一誠はついには閉口した。どうやら翔は武術に関しては常識がかなり破壊されているらしい。一誠他オカ研のメンバーはやっとその事を理解した。

 

と、一誠の腕が疲労で下がり始めてきた。しかし・・・・・・

 

チクッ

 

「いてっ!」

 

脇に取り付けられている刃物の先端が刺さりかかった。その痛みに一誠は腕を水平まで上げ戻す。一誠は刃物が刺さらないようにこの状態を維持するしか出来ないのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

1時間後。そこには疲れて動けなくなった一誠が出来ていた。何とか尻の穴が2つに増えるような事態は免れたらしい。

 

「さて、それじゃぁ空手の基礎訓練に入ろうか」

 

「まだ修行やるのか!?もうへとへとだぞっ!?」

 

「大丈夫。経験的に言うとそうやってへとへとだってアピール出来るうちはまだまだ大丈夫だから」

 

一誠は翔のその言葉に口を閉じるしかなかった。そんな経験したくはないなぁ、と微かに頭の片隅で考えることしか出来ないのであった。

 

翔は幼少の頃より限界ぎりぎりまでの修行をやらされている。そのため人の限界がどこにあるのか、ということは体で熟知しているのだった。また、師匠から医術の薫陶も受けているため、一誠の体が壊れそうかどうかは診ればわかる。いくら一誠がもう無理だと言っても翔からすればその限りではないのだった。

 

「それじゃ、まずは構えからだよ。空手には色んな構えがあるけど、基本的なものを1つ、まずは覚えようか」

 

その言葉に一誠は頷いた。どうやら修行といっても先ほどのまでよりかはきつくなさそうだ。その思いから一誠も素直になったのである。

 

「脚を肩幅にして、右足をちょっとだけ前に出すんだ。足は上から見て八の字になるようにちょっと内股気味にしてね。脇を締めて。腕は肘を内側に絞って、拳を肩の高さで揃える感じで・・・・・・」

 

まずは翔が見本として構えを見せる。言葉で説明をしながら、ピタリと綺麗に構えた。重心もぶれておらず、修練の後が見えている

 

「これが空手の三戦(サンチン)立ち。基本的な構えの1つで、攻防に優れた型だよ」

 

サンチン。琉球で生まれた空手の型の1つである。空手には那覇手と首里手があるが、その中の那覇手の基本的な型の1つだ。一説では船上での戦いに耐えるために生まれたとも言われており、完璧にサンチン立ちをしてみせると、かなりバランスが安定する。

 

「こ、こうか?」

 

翔の言葉と、その構えを見て翔も構えてみる。しかし、やはり見様見真似。見た目は似ていても荒が沢山ある。

 

しかし、そこを修正してみせるのが翔の仕事。師匠の腕の見せ所でもあるのだ。

 

「違う。もうちょっと腰を下ろして。股も締めるんだ。金的を防ぐためにも股を締めるのは基本なんだよ」

 

翔が一誠の構えに修正を施していく。そうしてある程度形になったところで翔は先の段階に進むことにした。

 

「その状態から両手を前に出して。そうして右手を引くんだ。左手はそのままで、右手だけ脇の横につける。手の甲を下にした状態でね。そうして・・・・・・」

 

ビュオッッ!!盛大に空気を切り裂く音がする。翔が右手の正拳突きを放った音である。その音の大きさに、一誠はその拳の威力を推し量り、戦慄を禁じえないのだった。

 

「右手を前に突き出す!拳は180度回転させて、手の甲が上を向くように。そして左手の拳は引いて、今度は左手が脇の横に、手の甲を下にした状態でくるようにする。これが空手の正拳突きだよ。じゃぁ、兵藤君もやってみて」

 

翔の言葉に頷いてから、一誠も正拳突きを放ってみる。翔の言葉通りに打たれたそれは、しかし風斬り音は発しなかったのであった。その事実が端的に2人の拳の威力と実力の差を示していた。

 

「違う違う!空手の正拳突きは、抜き手と引き手が背中の後ろで滑車で繋がっているように同じだけ動かすんだ!」

 

正拳突き1つとっても翔は丁寧に一誠に動きを教えていく。間違っているところは訂正し、正しい動きになるように手取り足取り指導していくのだった。

 

「よし、それでいいかな。じゃぁ、次は・・・・・・」

 

その後も翔は空手における基本的な動きを教えていく。

 

上段突き。腹打ち。前蹴り。金的蹴り。下段、中断、上段、各回し蹴り。さらに内回し蹴り。後ろ蹴り、後ろ回し蹴り。それら攻撃の基本動作に、下段払いや上段受け等の防御の基本動作も教え込んでいく。

 

「とまぁ、空手の基本動作はこんなところかな」

 

「ふぅ。1週するだけで結構疲れるな・・・・・・」

 

1通り基本動作を教えていったところで、翔は近くの樹の根元に置いてあった鞄をゴソゴソと探り始めた。

 

そうして取り出したのはミットであった。手に取り付けるタイプの、ボクシングやムエタイで使うようなミットである。

 

「ただ空中に出すだけじゃぁ、面白くないからね。ミット打ちもしていこうか」

 

「お、それは面白そうだな」

 

一誠の前に翔が立つ。両手にミットをつけており、ボクサーのパンチを受けるコーチのように構えた。

 

「僕が構えたところに向かって攻撃してきて。パンチでもキックでもいいから」

 

そうして始まったミット打ち。翔が人体の内、急所に当るところでミットを構え、そこに一誠がパンチやキックを打ち込んでいく。パン!パン!というミットのいい音が広場に木霊していた。

 

翔が肝臓の前の位置にミットを構える。そこに一誠がボディブローを行った。それを受けて翔は後ろに下がり、そうして今度は側面部、こめかみの位置にミットを置く。

 

「そこでハイキック!」

 

「やぁっ!」

 

パァン!といい音がなる。一誠はミットを打っていい音がなることに爽快感を感じ、何だか楽しくなってきていた。

 

「蹴った後はすぐに脚を戻して!じゃないと、ほらっ!」

 

と、そう言って翔が蹴りを繰り出す。その蹴りに思い切り軸足を刈られた一誠は、派手に転倒して尻餅をついた。

 

「いてて・・・・・・」

 

「空手のミット打ちは本来、基本の動きの確認や、実際に打ってみる修練なんだけどね。ボクシングやムエタイだと、コーチの方も攻撃を繰り出して防御のための技術も磨くものなんだよ」

 

「なるほど・・・・・・。でも前もって言ってくれてもよかったんじゃ?」

 

「そうすると修行にならないでしょ?」

 

ニッコリとイイ笑顔で言われた一誠はもうツッコムのをやめた。どうやら武術に関連したことで翔にツッコムのは不毛なことであると思い知ったらしい。

 

「とにかく、次からは僕の攻撃にも注意してね。大丈夫。一誠君が反応できるぎりぎりの速さにするからさ」

 

「お、おぅ。とにかく受けるか避けるかすればいいんだな?」

 

「うん。そうだね。じゃぁ再開だ!」

 

再びミットを打つ音が旧校舎の裏庭に響き渡る。ただし、今回はその中に混じってブォン!という風斬り音もしていた。言うまでもなく翔の攻撃の音である。

 

翔がミットを置くのはこめかみや人中、あるいは鳩尾に肝臓、あるいは脾臓などの急所や、蹴りをするのに有効な太ももや脇腹などである。

 

翔がミットの位置を動かすごとに一誠は拳を振るい、蹴りを出す。ある程度一誠が攻撃して、いい気になって防御への意識が薄くなってきたら翔はその手で攻撃してまた警戒心を高めさせるのだった。

 

「はい、そこ!」

 

「うぉっと!」

 

翔が一誠の側頭部に腕を振るう。それを一誠は先ほど習ったばかりの上段受けで止めてみせるのだった。

 

「へへ・・・・・・・」

 

ミットを打ち良い音を鳴らし、翔が時々してくる攻撃を受ける。それが上手くいっていることに一誠はいい気になっていた。ありていに言うと調子にのっていたのである。

 

そして翔がそんな一誠の機嫌のよさを見抜き、調子に乗らないように釘を刺すのは当然のことであった。

 

「せいっ!」

 

「ぐぼろぁっ!」

 

翔が前蹴りを繰り出す。今まで腕だけの反撃であったこと。また連続で反撃してこなかったことから警戒心が緩んでいた一誠はもろに受けて吹き飛ぶのだった。

 

「蹴りを出さないなんて一言も言ってないよ。後連続で攻撃しないともね。とにかく戦闘中に気を緩めることはしないこと!いいね?」

 

「ふぁ、ふぁい」

 

一誠は倒れながらも何とか手を挙げて了承の意を表すのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

ミット打ちを続けて、一誠も慣れ始めたころ。やはり慣れると修行の効率も下がるということで、翔は次の修行に入ることにした。

 

「それじゃぁ、今度はさっきの逆。僕が攻撃していくから、一誠君は受けるなり避けるなりしてね。後、隙を見て反撃もするように」

 

「す、隙って・・・・・・。初心者には難しすぎるんじゃないか?」

 

「もし僕に一撃当てることが出来たらその時点で今日の修行終了にするから、頑張ってね~」

 

「おぅ!即効で当ててやるぜ!」

 

翔の無茶振りに最初は気の引けていた一誠も、この修行終わる宣言が出ると急にやる気満々になった。現金なものである。余程きつかったのであろう。

 

もっとも、その効果を狙っていた翔は「計画通り」と内心でほくそ笑むだけだったが。

 

「それじゃぁ、いくよ!」

 

「うぉっ!」

 

そうして繰り出される正拳突き。一誠は何とか両腕を交差することで受けることが出来た。最も、受けることが出来るような速度と威力に翔が調整している、ということもあるが。

 

「はい、次!」

 

その次に翔が出したの右足による下段蹴り。翔の左太ももを狙っている。その蹴りを、一誠は左脚を上げて脛で受け止める。

 

その後も次々と放たれる拳に蹴りの数々。一誠は何とかそれらを避けたり受けたりしていくのだった。しかし、受けるのにいっぱいいっぱいでとても反撃できる余裕などはない。

 

「ん。良い感じだよ!」

 

「そ、そうか?」

 

「じゃぁ、速度を上げていくからね!」

 

「ちょぉっとぉ!?」

 

そうして、一誠の受けられる限界のちょっと上の速度と威力で放たれていく攻撃。勿論限界を超えているそれらを受け続けられるはずもなく、一誠は次第に危ない場面が増えていく。

 

このままでは攻撃を受けてしまう!一誠はその危機感で頭が一杯になってしまう。何とか反撃をしないと、という思いに突き動かされ、一誠は正拳突きを放つのであった。

 

「隙ありぃ!」

 

「ないよ!そんなもの!」

 

しかし、やぶれかぶれの攻撃が翔に届くはずもなく。一誠はまたもや翔の蹴りに吹き飛ばされるのであった。

 

「いいかい?攻撃をするときは、きちんと目的を決めて迷いなく攻撃すること!迷いがある状態で中途半端に攻撃すると、手痛い反撃を受けることがあるからね!」

 

「ほ、骨身に染みました・・・・・・」

 

震えながらも一誠は何とか立ち上がった。派手に吹き飛ばされていたが、どうやら翔もきちんとダメージが残らないようにしていたようだ。

 

「じゃぁ、続きをいくよ!」

 

「い、いえっさー」

 

再び一誠に向かって翔が攻撃を繰り出していく。先ほどの攻撃がよほど効いたのだろう。一誠は必死の形相になって攻撃を捌くことに集中していた。拙いなりに何とか翔の拳を受け止めようとしている。

 

翔はそんな一誠を見て満足げに頷く。翔の思惑通りに一誠は防御の大切さを思い知ったようだった。

 

暫く翔が一誠を苛め、もとい、鍛え上げていると、翔は後ろから話し声がするのが聞こえた。その声が自身の最愛の恋人の物であったので、内容を聞き取ろうとしてみると・・・・・・。

 

「し、白音?ああやって新人が頑張ってるんだし、先輩として追いつかれないように白音も修行したほうがいいんじゃにゃいかにゃ?」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・ほら、1人でやるよりも複数でやったほうが修行ってはかどるものだし」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・い、今なら私も年上として何か教えられることがあると思うしにゃ?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、あの」

 

「・・・・・・うるさい」

 

「・・・・・・はい」

 

「・・・・・・後私の名前は小猫」

 

「・・・・・・今度から気をつけるにゃ・・・・・・」

 

翔は内心で苦笑いをした。どうやら姉妹が和解をするのは当分先のことになりそうだ。こればっかりは他人が口出しできることでもない。翔は今夜も黒歌さんを慰めないといけなさそうだなぁ、と今夜の予定を1つ追加するのだった。

 

「ぷげらっっ!?」

 

「あ」

 

と、翔が考え事をしていると一誠が吹き飛んでいった。前に突き出してある右拳から推測するに、思索に耽っている間も攻撃をやめることは無かったらしい。あまりの連撃についに一誠の防御が間に合わなくなっていったようだ。

 

「失敗失敗」と内心でこぼしながらも翔は一誠に組み手の続きをするように促す。夕食までの時間はあまり無い。少しも無駄に出来る時間は無いとばかりに翔はさっさと修行を再開するのだった。

 

この後も、夕食の時間となるまで翔の扱きは終わらなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

一誠への修行も終わらせた後。家に帰り夕食を食べた翔と黒歌は自らの修行のために武術家の楽園(ユートピア・オブ・マスターアーツ)へと入っていた。翔は弟子を取るようになったが、あくまで自身も修行中の身なのである。

 

翔は現在とある男と一風変わった組み手をしていた。周りから見ればまるで組み手をスローモーションにして見ているように感じるだろう。実際、2人の動きはとてもゆっくりだった。

 

現在翔と相手がやっているのはゆっくりと自分の動きを確認しながら気当りや目線、肩の動きなどから相手の次の動きを予測し最適の対応をするための組み手だ。勿論フェイントが織り交ざっているので、読み間違えるとゆっくりとした動きであるはずなのにいつの間にか目の前に拳がある、ということも起こり得る。

 

しかし、翔ももう準達人級。達人には及ばないものの、相手も翔に合わせてくれているので何とかついていけている。かつてならともかく今は話をするくらいの余裕は出てくるのだった。むしろ話で気を引いて隙を作ろうとしているくらいである。

 

そんな翔は現在の状況について相談していた。

 

「なるほど。それで今日は私のところに来たんだね?」

 

「はい。緒方さんは達人級(マスタークラス)の中でも多くの弟子を育て上げた人ですから」

 

翔と組み手をしているのは緒方一神斎だ。闇の一影九拳の中の1人で、「流」のエンブレムを持っている。緒方流古武術という武術の達人だ。

 

そんな彼の特徴として多くの弟子を育て上げた、というものがある。それぞれの弟子の特性を理解し、それぞれに特化した「特化修練」をさせ短期間でかなりの腕に鍛えたり、また達人級でも自らより腕の劣るものを鍛え上げたりするなど、その弟子育成能力の優秀さは数々の達人の中でも際立っている。

 

翔はまだ達人級に到達していない身だが、それでも弟子を持つようになった。そのため弟子を育成する際のアドバイスを貰いに緒方のところに来た、ということだ。

 

「私は君の弟子を知らないので何とも言えないが・・・・・・」

 

「やはりそうですか・・・・・・」

 

話をしながらも2人の体は止まらない。翔の右拳が緒方の眼前に迫る。緒方はそれを受けるのではなく翔の懐に入りつつその右腕を取ろうとした。翔はそれを嫌がり、咄嗟に手を曲げて肘撃ちを繰り出すことで緒方の掴み取ろうとしてくる手を迎撃する。

 

その全ての行動がかなりゆっくりとした動きである。素人がやろうとしたら逆に全身が疲れて出来なくなるであろう。しかも緩やかながらもその動きにブレはなく、どこか美しささえ感じさせる程に洗練されている。

 

「まぁ、やはり一般的な答えを言うのなら、弟子のことを良く把握するのが大切だと思う。その弟子の身体能力、体調や持病の有無。或いはその特性、才能の方向性。最後にやっぱり人格や性格。それらを正確に知ることが出来ないと適切な指導は出来ないだろうね」

 

「やっぱりそうですよね」

 

緒方が放って来た右足の回し蹴りをしゃがむことで回避しつつ水面蹴りを放つ。八極拳の「前掃腿」を繰り出しながらも翔は一誠のことについて自分がよく知っているか考えてみた。

 

兵藤一誠、15歳。男で元人間の転生悪魔。悪魔になったため身体能力は上がったがそれでもまだ翔には劣る程度。エロに素直で、それを隠すことはないので初めて相対したら誤解されることが良くある。しかしお人好しの熱血漢な部分もあり、好感が持てる人物。モテたいと言う割りには鈍感で自分への好意に気付きにくい。そして・・・・・・

 

「・・・・・・才能はあんまり感じられなかったかなぁ」

 

「そうなのかい?」

 

「ええ、まぁ・・・・・・正直言って兼一さんよりはマシ、くらいでした。・・・・・・でも」

 

翔が見た限りでは一誠に才能は感じられなかった。それは武術的な才能でもそうだし、あるいは魔力などの悪魔的な才能についてもそうだ。あるのは未知数な神器(セイクリッド・ギア)だけである。けれど、

 

「きっと、強くなりますよ。僕よりもね」

 

翔はそう断言した。それは予感というよりは確信と言ったほうが正しかった。今じゃない、まだまだ未来の話だけど、何時か一誠は自分を越えていくのだろうな、と翔は思う。そしてそれを思った以上に楽しみにしている自分に気付き、翔は苦笑を浮かべるのだった。

 

緒方もそんな翔の様子に微笑を浮かべている。

 

「それは楽しみだ。けれど、そのためには翔君の指導がことさら重要になってくるけど、どんな指導をするつもりなんだい?」

 

「はい。本当は自分の使える武術を全部教えられたらいいのですが・・・・・・。まだ未熟な身の上ですし、そんな無茶をすると取り返しのつかない失敗をしてしまいそうなので1つの武術に絞って教えることにしました。」

 

翔は複数の武術を習っている。柔術、空手、中国拳法、ムエタイ、ボクシング、プンチャックシラット、香坂流武器術、久賀舘流杖術などだ。細かいところを言えば孤塁抜きなどの超技百八のうちの幾つかも教えを受けている。

 

とはいえ、それは全て違う師匠たちから教えてもらっているものだし、その師匠たちも全て達人級の中でもトップクラスの真の達人たちだ。準達人級の中ではトップレベルのもうすぐ達人級に到達しようかという翔ではあるが、師匠には遠く及ばない。

 

そんな師匠に及ばない自分が、彼らでも複数の師匠をつけて行うような無茶をして成功するか。そう問われると翔はまず「無理だ」と答えるだろうと思うし、事実としてそうだろう。

 

そのため不本意ではあるが、1つの武術に絞って教えていこうと思っているのである。

 

「そうかい。まぁ、妥当な判断なんじゃないかな。それで、何を教えることにしたんだい?」

 

緒方が拳とともに問いを投げかける。翔は拳は避けながらも言葉のボールは投げ返した。

 

「空手です」

 

「ふむ。・・・・・・理由はあるのかな?」

 

「はい。一誠君はお人好しで熱血漢なところのある人ですが、単純馬鹿と言い換えることも出来るんです。頭に血が上ったらまず自分の体のことは考えないで相手に突っ込んでいきそうだな、と思って」

 

翔にはその光景が容易に想像できた。一誠は情に厚い。そんな彼が仲間を傷つけられたりしたらどうなるか・・・・・・。まず間違いなく自分の体がボロボロになっても立ち上がってその脅威に立ち向かうだろうと思う。

 

「だから、空手にしようかなと」

 

武術は技術である。技術が生まれるにはその生まれる必要性や必然性、理由がある。例えば古流柔術は戦場で武器を持つ相手を素手でも制圧できるように構築されていったため関節技や投げが多く、古式ムエタイは戦場で勝ち残るために相手を一撃で殺すような必殺の技が多くなった。

 

「『防御こそが真髄』と言われるように空手は防御に優れた技が豊富ですから。」

翔が今日の修行で防御重視にしていたのもそのためである。一誠の体の芯、或いは骨の髄。更には魂の奥底にまで防御の大切さを翔は染みさせるつもりであった。

 

例え一誠が激昂して我を失ったとしても、彼の体と技術が防御を忘れないように・・・・・・。そして彼が傷つかないように・・・・・・。全ては一誠が死なないようにするためである。親友としても、師匠としても翔は一誠には死んでほしくないのだ。

 

「私があれやこれや言ったら、君のためにならないし。まぁ、いいんじゃないかな?とだけ言っておこうか」

 

「手厳しいですね」

 

そう言いながらも翔の顔には微笑みが浮かんでいた。彼の師匠達はいつもそうだった。ぎりぎりまで手を出さず、こちらの成長を見守ってくれる。彼らは真摯にこちらの成長を望んでくれているとわかっているからこそ、翔が文句を言うことはないのだ。不満を言うことはあるかもしれないけども。

 

さて、と翔は気を引き締めた。お話はここまでだ、と。ここからは本気で読んで本気で取りに行く・・・・・・と。勿論今までも本気だったがより真剣になったということだ。

 

緒方の右拳を円を描くような独特の歩方で回避する。と、同時に後ろ側へ回りこんだ。そのまま後頭部に向けて手刀を放つ。劈掛拳の一手「倒発鳥雷撃後脳」だ。

 

緒方はそれをしゃがむことで回避すると、そのまま翔の膝を取りにいく。このまま投げかあるいは極めに持っていく心算なのだろう、と翔は推測した。

 

勿論ただで取られてやる義理はない。翔がゆっくりとした速度ながらも確かに回避のための行動を取り始めた時、辺りにドッゴオオォォォンッッ!!と何かを破壊する轟音が響きわたった。

 

「てめぇぇぇっっ!!本郷!!何ふざけたこと抜かしてやがる!!」

 

「ふん!何もふざけてなどいない!逆鬼、ふざけているのは貴様のほうだ!!」

 

更に木霊するのは空手最強の2人の声だ。怒気を周囲の空間に振りまきながら拳の応酬を繰り返す。本気で怒っている様子なのが伺えるが、別に翔も緒方も気にせずに組み手を続けようとする。

 

この程度の小競り合い――ある意味で大競り合いだが――は日常的に起きるからである。いくらこの楽園内で争う理由である殺人が起きていないとはいえ、そこは活人拳と殺人拳という相容れない考えの持ち主達。それが同居しているのだからこのような騒動は日常茶飯事だということだ。

 

故に翔は気にしない。何も起きていないかのごとく続けてゆっくりとした動きで緒方の攻撃を回避しようとしている。

 

「普通!目玉焼きにはソースだろうがぁぁぁっっ!!」

 

「何を言っている!目玉焼きには醤油と相場は決まっている!!」

 

が、続けて聞こえた戦闘の理由に思わず翔はずっこけてしまうのだった。

 

そんな翔を緒方は咎めるような目で見ている。組み手の最中にずっこけたのだから当然なのだろうが、これは許してくれてもいいんじゃないかな?と翔は内心でそう呟いた。

 

「まったく。周囲に気を配るのはいいけど、目の前のことに集中しないのはいただけないよ」

 

「はい。すみません・・・・・・」

 

「ま、でも気持ちはわかるかな?」

 

「ですよね!?」

 

やはり、達人でもあれだけ下らなかったら「何やってるんだか・・・・・・」という気持ちになるのだろうか。翔は緒方の同意を得られそうになったことに眼を輝かせて立ち上がった。

 

「普通、目玉焼きにはマヨネーズだよねぇ」

 

「・・・・・・もうそれでいいです」

 

が、やはり達人。その感覚はどこかずれているのだった。眼から怪光線を放ちながらの緒方の言葉に、「達人にはなりたいけど、こう(・・)はなりたくないなぁ」と翔は思った。

 

翔は轟音の鳴り響く方向に目を向ける。そこでは空手最強と謳われる2人が互いに拳の残像を生み出している。周りを盛大に破壊しながらも、自分達には一切傷がないのは流石というべきかどうか翔は迷った。

 

「陣掃慈恩烈波ァッ!!」

 

「滅掌雷轟貫手ッッ!!」

 

あまりに下らない理由で行われている、あまりにも高度な死闘(けんか)。翔はそれを遠い眼で見つめながら、「一誠君に教える武術の選択、間違ったかなぁ」と心底から後悔しそうになったのであった。

 




副題元ネタ・・・サイレン――PSYREN――

副題が無理やりすぐる・・・・・・

もっとパッと思いつけばいいんですがねぇ


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6 旧校舎の前でアイを叫ぶ

このような駄文を呼んでくれていた方々へ

遅くなってしまい申し訳ありません!

ある程度まで一気に行きたかったので長くなってしまいました。今までで一番長いです

それでは


翔が一誠の師匠になってから約2週間が経過した。その間平日は勿論休みの日も関係無く拷も、もとい、苛、もとい、地獄のような修行は続けられている。むしろ休みの方が時間がより取れるのでより修行がきつくなっているくらいだ。一誠は何とか修行をこなしているのだった。

 

周りから見たらかなり厳しい翔の修行だが、翔的にはまだ軽めだ。本当の地獄そのもの、あるいは地獄の底辺の修行を経験してきた翔にとって、地獄のような(・・・)修行はまだまだ深度が浅いのである。

 

では何故翔が修行をもっと激しくしないのか?その理由が一誠の修行への気持ちの持ちようにあった。

 

別に不真面目にやっているわけではない。やる気が無いわけでもない。一誠は一誠なりに修行に真面目に取り組み、文句や不満は言っているもののサボったことはないし、力を抜いたことも無い。そしてその結果順調に伸びてきていると言っていいだろう。

 

だが、一誠が修行をしている根本的な理由は、死なないためなのである。悪魔の社会で成り上がるために強くなるという気持ちもあるだろうが、それでもやはり死なないためという受動的な気持ちが大きく占めているのは間違いない。

 

それが駄目とは翔は思わない。実際翔も、12歳の時に黒歌の一件があるまではただ漠然と「強く生きたい」という想いに従って修行していたに過ぎないのだから。

 

ただ、それでも、と翔は思う。思ってしまう。

 

一誠には何かしらの強い気持ち――信念――を持ってもらいたい。翔は願うのをやめられなかった。

 

一誠の仲間として、親友として。何よりも師匠として翔はそう願わずにはいられない。

 

(まぁ、そのためには何かしらのきっかけが必要だろうけどね)

 

例えば、翔が黒歌と過ごしていく中でその事情を知ったが故に彼女を護りたいと思ったように。白浜兼一が風林寺美羽との出会いをきっかけに自らが「正しい」と思ったことを貫ける強さが欲しいと思ったように。

 

「信念」が芽吹くためには、その種となる「想い」が、土壌となる「出来事(イベント)」が必要なのだ。

 

(こればっかりは完全に成り行きに任せるしかないよね・・・・・・。焦らずに基礎に集中するか)

 

翔はこれまでのことと、一誠についての考察を終えた結果そう結論付ける。まだまだ修行はきつくはしないで土台作りに専念すると今後の修行の脳内予定に書き加えた。

 

と、そんなことをつらつらと思考しているうちに今日も翔はオカ研の部室の前にたどり着いていた。かって知ったる他人(ひと)部室(へや)とばかりに翔はノックもせずに扉を開ける。

 

「お邪魔します」

 

そうして中に入ってみると機嫌の悪そうなリアスとそのリアスの前で項垂れている一誠の姿が翔の目に入った。どういう状況なんだろう?と周りを見渡して見ると、朱乃と木場の苦笑が目に映る。それを見てまた一誠が何かやらかしたのかな、と推測した。

 

「それで、今度はイッセー君が何したんですか?」

 

「俺が何かしたことは確定なのか!?・・・・・・いや、しちゃったっていやぁしちゃったけど・・・・・・」

 

ちなみに翔がイッセー君と呼び方を変えているのは一誠にそう呼んでくれと言われたからである。曰く、「1年も付き合ってるし、師弟関係なのに兵藤君じゃ余所余所しくない?」とのことだ。

 

「この子、道に迷っているシスターを見つけて、街のはずれの教会まで送っていったそうよ」

 

「あぁ~」

 

憮然としながらのリアスの言葉に翔は納得の意を示す。基本的にお人好しな一誠のこと。どうせ何も考えずにそのシスターを教会まで案内したことだろう。それは人としてなら確かに善い事だ。

 

だが、一誠は既に人ではない。悪魔なのである。教会とは不倶戴天の敵同士であるのだ。無事だったから良かったもののもしかしたら一誠は討滅させられていたのかもしれないのだ。

 

リアスの機嫌が悪いのも、一誠の心配をしてのことなのだろう。一誠が項垂れているのはリアスに説教されていたからに違いない。

 

「イッセー。話はまだ終わってないわよ」

 

「うぅ・・・・・・」

 

訂正。どうやらまだ説教は終わっていなかった模様。これは長くなりそうだなぁ、と思った翔は親友に助け舟を出すことにした。

 

「まぁまぁ、リアスさん。落ち着いてください」

 

「あなたは黙ってて。これは眷属の躾に必要なことなのよ」

 

ギロリ、とリアスが翔を睨みつける。その視線に晒された翔はしかしサラリと受け流して再びリアスを宥めるのだった。

 

「リアスさん。確かにイッセー君は悪魔としてはやってはいけない行動をしたのかもしれません」

 

「それがわかってるのなら口出ししないで頂戴」

 

「でも、そんな行動をしてしまうのも仕方ないと思いませんか?イッセー君はまだ悪魔になって2週間強しか経っていないんですよ?イッセー君の感性はまだ人間だった頃のままなんですよ」

 

「う・・・・・・それもそうだけれど」

 

翔の言葉にリアスが唸る。生まれた時からの悪魔であったリアスや、或いは悪魔となってから数年は経っている朱乃、木場、小猫は悪魔としての感性を持っている。しかし、一誠はまだまだ人間から悪魔となってから日が浅い。いきなり悪魔として振舞えと言われたところで無茶振りというものであった。

 

イッセーは翔の援護口撃にうんうんと首を縦に振って同意の意思を示している。どうやら味方が出来たことで気が大きくなっているらしい。

 

「誰にだって失敗の1度はあるものです。イッセー君も反省しているみたいだし、その辺にしてあげたらどうですか?」

 

「はぁ、わかったわよ」

 

「それにもしまた同じ失敗をしたらその時にお仕置きをしたらいいんですよ・・・・・・。それも2度と同じ過ちは犯さないと思えるほどきついものをね・・・・・・」

 

「えっ!?」

 

眼から怪光線を放ちながらの翔のお仕置き宣言に一誠が驚愕の声を漏らす。どうやら味方と思っていた部隊は獅子身中の虫であったらしい。

 

しかし、一誠の驚愕はそれで終わらなかった。

 

「あら、それはいい考えね」

 

「そうですわね。その時が今から楽しみですわ」

 

「えぇっっ!!?」

 

とてもとてもイイ笑顔で放たれたリアスと朱乃の言葉に、イッセーは驚きとともに戦慄を覚えるのだった。そして2度とこんな失敗はしないでおこう、と心の中で誓うのだった。

 

一誠のそんな決意を見破っていた翔は「どうせまた同じことをしでかすんだろうなぁ」と内心で思っていた。あくまで思うだけで口には出さなかったが。翔も一誠とつるむようになってから1年弱経っているのだ。その習性は熟知している。

 

「まぁ、それはどうでもいいことなので置いておくとして」

 

「どうでもよくないからな!?俺どんなお仕置きされるんだよ!?」

 

「じゃぁ、今日も修行をは~じめるよ~」

 

「うぅ・・・・・・。わかったよ・・・・・・」

 

目の前から物をどかすジェスチャーをしながらの翔の言葉に一誠が声を荒げた。しかし、翔はいつもの如くスルーして今日もいつも通り修行を始めると一誠に言う。

 

一誠ももう突っ込むのは無駄と判断したのか、項垂れながらも承諾の声を上げたのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

ドスッ!という音が旧校舎裏にて鳴る。その後にズドオオォォォンッ!!という轟音が旧校舎全体に鳴り響いた。

 

バシッ!という快音が旧校舎裏で響く。その後にバッズゥゥゥンッ!!という爆音が旧校舎全体に響き渡った。

 

因みに前者は一誠の正拳と回し蹴りが巻き藁に突き刺さった音であり、後者が翔の正拳と回し蹴りが鉄柱に減り込んだ音である。

 

一誠はその音の違いに、「俺は悪魔でこいつは人間なんだよな?」と自らの親友が本当に「人類」という分類(カテゴリー)に収まるのか甚だ疑問に思うのだった。口にはしないという知恵は身につけ始めていたが。後1ヶ月もすると疑問にも思わなくなってくることだろう。慣れとは恐ろしいものだ。或いは諦めとも言う。

 

とにかく今日の修行の第一弾はこの巻き藁突きであった。突きながらも翔は一誠の体の動きの荒を指摘しており、その度に一誠は何とかその通りにしようと修正しようとしている。

 

隣では同じく翔が巻き藁を突いている。翔自身の修行と同時に、隣でより高みに位置する動きを見せることで一誠にその動きを盗んでもらおう、ということだ。

 

そんな風に師弟揃って修行していると、一誠から疑問、とうよりは修行の内容に対する要望が出されたのだった。

 

「え?ねじり貫手を覚えたい?」

 

「あ、あぁ。・・・・・・駄目か?」

 

一誠が翔へと視線だけを向けながら言う。その瞳には隠しきれない期待の色が載っており、一誠が余程あの「ねじり貫手」に憧れを持っている様子であることを翔に伺わせた。

 

やはり一誠にとってあの「ねじり貫手」は忘れられないものなのだった。それほどの鮮烈な印象と衝撃を一誠に齎したのだ。あの技は一誠にとっての「最強」なのだ。習いたいと思うのは至極当たり前と言えた。

 

「う~ん。無理だね」

 

「そ、そうか・・・・・・」

 

翔のきっぱりとした物言いに一誠はがっくりと肩を落とした。その様子を見て翔は「違う違う」と彼の勘違いを訂正する。

 

「今はまだ、ってことだよ。貫手を覚えられるほど一誠君の功夫(クンフー)が高くないってことさ。時期が来て覚えられるほどの力を持ってたら教えるさ」

 

「ほ、本当か!?」

 

一誠の顔がパッと輝く。楽しみにしていますと貼り付けて満面の笑みを浮かべる一誠に、翔は苦笑を浮かべた。

 

「例えるなら今の一誠君はサッカーを始めたばかりの初心者がセリエAのトップ選手がやるようなスーパープレイをやろうとしているようなものなんだよ。まず出来るはずが無いってのがわかるでしょ?まずはドリブルとかトラップとかの基本から始めないとね」

 

「なるほど。それが空手に置き換えると筋トレだとか今やってるような鍛錬だったりするってわけか」

 

「そういうことさ」

 

翔の例え話に一誠は納得の声を上げた。その話は一誠にとってもわかりやすいものだったからだ。

 

サッカー好きなら誰だって一度はないだろうか?テレビや動画で見た、或いはウィ○ニング・イ○ブンでやったスーパープレイを体育のサッカーの授業とかでやってみたくなったりする、という経験。メッ○やクリス○ィアーノ=ロ○ウドの姿を想像して体を動かしてみたりするのだ。しかし実際は出来るはずもなく、「なにやってんだよ(笑)」という笑い話で終わるようなことをしたことは無いだろうか?

 

閑話休題(ちなみに作者はやったことがある)

 

とにかく、全ての技術は地味~な基礎から積み上げていかないといけない、ということだ。基礎を積み上げてこそ発展もあるのである。

 

「ところでさ、貫手を覚えるのに必要な鍛錬ってどんなのがあるんだ?」

 

と、やはり興味が尽きないのか一誠がそんな疑問を口に出す。頭の中では「ねじり貫手」を使いこなしている自分の姿を想像するので一杯らしい。

 

「知りたいかい?」

 

一誠からの質問に質問で返す翔。「質問に質問で返すなと習わなかったのかぁぁーーーッッ!!」という声が聞こえてきそうな気もするが。

 

眼から薄っすらと怪光線を放ち始めているのを見て取った一誠は「やっぱりいいや」と翔に返した。翔の反応から碌な鍛錬ではないと察したのだろう。興味があるのにも関わらず聞かないという選択をする。近い将来地獄が確定しているのなら態々今から精神的に疲れる必要はないという判断だ。

 

「貫手の習得は難しいというより辛い、と言ったほうがいいかな」

 

「あれ?俺言わなくていいって言わなかったっけ?何でスルーしてるの?しかも何か嫌な言葉が聞こえてきたんだけど!?」

 

「貫手の鍛錬は「貫手に鋭さを持たせる」という一点に尽きると言ってもいい」

 

一誠の言葉が聞こえないかのように言葉を続けていく。その様子を見た一誠は「もういいや」と諦めて目前の巻き藁に集中しようとする。が、出来るはずも無く、翔の言葉が自然と耳に入り込んでくるのだった。

 

「中国拳法風に言うと硬功夫(イーゴンフー)かな?とにかく、指を伸ばしたまま突いても指を骨折したり脱臼したりしないように、まるで一本の刀を鍛えていくかのように鋭くしていくんだよ」

 

例えば、砂や米を入れた(かめ)に貫手を繰り返し突き入れたり、束ねた竹の束に貫手を突き入れたり。或いは指立て伏せや指のみでの懸垂など。

 

勿論、初めのうちは只で済むはずもない。突き指や脱臼、骨折など、鍛錬中の故障は絶えないだろう。そこが翔が貫手の鍛錬が「難しいではなく辛い」と評した理由である。

 

「まぁ、まだ先の話だから安心していいよ。今は取りあえず、基本の攻防を重点的にやるからさ。応用はそれからだよ」

 

「それって未来に絶対にやるってことだよな・・・・・・。安心していいのかわかんねぇよ」

 

そうやって落ち込みながらも巻き藁を突き続けられている一誠はもう既に結構染まり始めているのかもしれない。

 

その後も、これまでと変わりなく――ただし、慣れてダレたりしないようにちょっとづつ趣向を変えられている――修行を滞りなく続けた一誠と翔は、いつも通り夕食前に修行を終えて、帰路に着くのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

そんなことがあった日の深夜と呼べる時間帯。街灯が点々と明りを灯し、真っ暗ということは出来ない住宅地を一誠は自転車で爆走していた。

 

これは何も珍しいことじゃなく、ここ2週間辺りで追加された一誠の日常である。

 

翔との修行を終え、夕食を食べ終えて一服を終えたら、また旧校舎に集まって本格的な悪魔としての活動を始める。それがここ最近の一誠の生活パターンだった。

 

さて、では悪魔としての活動が何かというと、今までも散々出てきたように「人と契約を交わし、望みを叶える代わりに対価を受け取る」というものだ。

 

魔法陣が描かれたチラシを欲深な人の家のポストにいれ、願いに反応した魔法陣を利用してその人の下へと転移。願いを叶えて対価を受け取り、また転移を使って拠点――リアス眷属の場合は駒王学園旧校舎のオカ研部室――まで戻る。これが悪魔としての活動の流れである。

 

一誠もリアスの眷属として、そして悪魔としてこの仕事をやろうとしたのだが、1つだけ問題が出てきた。それが一誠の魔力の少なさである。

 

悪魔の子供でも出来る魔法陣を利用しての転移が出来ない。一誠の魔力はそれほどまでに少なかったのだ。雀の涙どころかそれにすら及ばない量と言えた。

 

そこで仕方なく、魔法陣に反応があったらチャリンコに乗って全速力で依頼人の下へと向かう。それが一誠が活動をする際の基本となっていた。

 

自身の魔力の少なさを嘆きつつも、「まぁ、翔を乗せての走りこみに比べたら軽いよな」と思えてしまえるようになっている辺り、大分逞しくなっている。

 

そんなこんなで、今夜も依頼人の下まで駆けていっているところなのである。ちなみに深夜で悪魔の力が最大限に高まる時間帯ということもありその速度はかなり速い。

 

当然さほど時間も掛からずに、依頼人の家へとたどり着くことが出来た。

 

(今日こそは、契約を取れるようにしないとな)

 

そう内心でやる気を高めながらも、自転車から降りて玄関のインターホンへと向かう。そうして依頼人へ自らの訪問を知らせようとした時、違和感に気付いた。

 

(玄関が・・・・・・開いてる?)

 

玄関のドアが微妙に開かれていたのだ。一誠はそれが無性に気になった。たったそれだけのことだが、気付いたらとてつもない違和感と、嫌な予感を伴って一誠の胸の内を支配した。

 

(なにかおかしい・・・・・・。何だ?この嫌な感じは・・・・・・)

 

普通、こんな深夜の時間に扉を開いているだろうか?ましてや悪魔を呼び出そうとしていたのに?

 

そんな疑問が浮かび、それが猛烈に嫌な予感を一誠へと運び込んでいた。

 

物音を立てないようにしながらも扉の中を覗いて見る。廊下と2階には灯りが点っていないようだ。そして1階の奥の部屋が薄く明りがあるのが見て取れた。普通の一軒家といった風情のその家が、一誠にはとても薄気味悪く感じられ、それがまた嫌な予感を増やさせた。

 

心の中で「お邪魔します」と呟き中へと入る。そうして感じられる明確な異変。家の中からは人気がまったくしなかった。

 

一誠はまず明りの点いているリビングの方から探ってみることにした。あいも変わらず胸中を駆け巡る予感に警戒心を抱きながらも中へと入っていった。

 

中は普通のリビングだった。テレビ、ソファー、テーブル。そんなものが置いてある至極普通のリビングの光景。

 

それらが普通だったからこそ、なお異彩を放っているものがあった。

 

一誠の目がある一点で釘付けになる。普通の一軒家にある普通のリビング。しかしその壁は絶対に普通ではなかった。

 

赤黒く染まった床と壁。壁には床に飛び散っているものと同じ色で文字が描かれていた。そしてそんな赤の中に肌色で作られた十字架がある。その十字架の途中からはピンクと赤色のものがはみ出していた。

 

それは死体だった。男性の死体。切り刻まれ、腹からは臓物が零れ出している。釘を使って逆十字に壁に磔にされている。床と壁に広がっている赤は血液だった。

 

「ゴボッ、ゲェェ・・・・・・」

 

惨殺死体を直視してしまった一誠はたまらず胃の中のものを床へとぶちまけた。尋常ではない事態に頭の中が混乱へと叩き込まれる。その惨状はまさに「見るに耐えない」と形容するしかなかった。

 

「な、なんだ、これ・・・・・・」

 

「『悪いことする人にはお仕置きよ!』って聖なるお方の言葉を借りたものさ」

 

混乱の最中に叩き落された一誠の口から漏れた独り言。しかし、その声に返事をする声が上がった。一誠は立ち上がりその声のした方向へと顔を向ける。

 

「んーんー。これはこれは、悪魔くんではあーりませんかー」

 

そこにいたのは神父らしい格好をした1人の男だった。まだ少年と言える年齢をしているように一誠には見える。白い髪と整った顔立ちが印象的だった。一誠を見つけるなりニンマリと嫌な笑みを浮かべた。

 

一誠の脳裏に今日のリアスの言葉が蘇る。お節介から発展した説教中に散々に忠告されていたことだ。

 

――教会関係者に関わるな――

 

その言葉を思い出し、明らかに教会関係者とわかる服装をしている少年を前に一誠の額に冷や汗が流れ出た。

 

と、そこでいきなり少年神父が意味不明な歌を歌いだした。わけがわからないその言動に一誠の困惑は更に大きくなる。

 

「俺の名はフリード=セルゼン。とある悪魔祓い組織に所属している末端でございますですよ。あ、俺が名乗ったからって悪魔くんは名乗らなくていいよ。俺の脳容量にお前の名前なんぞメモリしたくないから。大丈夫。すぐに死ねるから。俺がそうしてあげる。最初は苦しいかもしれないけど、段々快感に変わっていくからね。新たな扉を開こうZE★」

 

意味不明な言動。一貫していない口調。わけがわからないその言葉。

 

――狂人――

 

一誠の頭にそんな言葉が思い浮かんだ。

 

明らかにヤバイ悪魔祓いだとわかる。それでも、一誠には聞きたい事があった。

 

「お前がこの人を殺したのか?」

 

「イエス!だってそのクソカスは悪魔を呼び出す常習犯だったみたいだし?殺すしかないっしょ?」

 

なんだ、それは?

 

疑問への返答に、一誠は頭が沸騰しそうになった。

 

「あんれ?驚いてるの?逃げないの?おかしいねぇ、変だねぇ。つーか悪魔と取引している時点で人間として最低レベルなの。わかる?道端にへばり付いているガムほどの価値もなくなるんですよ?その辺理解できませんかねぇ。出来ないか。クズの悪魔くんだし?」

 

話にならない。

 

そう頭の内では判断した一誠だったが、それでも心のうちに湧き上がってきた思いを口にした。

 

「人間が人間を殺すのは良いのかよ!お前らが殺すのは悪魔だけじゃないのか?!」

 

「はぁぁ?悪魔の分際で俺を説教?はは、何それ。俺の腹筋を崩壊させる気ですか?お笑いの賞取れるんじゃね?・・・・・・いいか、よく聞けクソ悪魔。お前らだって人間の欲望を糧に生きてるじゃねぇか。悪魔に頼るってのは人間として終わってるの。ジ・エンドなんですよ。だから俺が殺してあげるのさ。悪魔と悪魔に魅入られた人間を殺すのが俺の仕事なんで」

 

「悪魔だって、ここまでのことはしない!」

 

「はぁ~?何言ってんの?悪魔はクソなんですよ?ビチグソなんです。そんなのも習わなかったんですか?まったく、胎児からやり直したらどうですかね?いや、転生悪魔みたいだし?胎児もクソもないか。むしろ今俺が対峙してる状況だし?俺が退治してやるよ。な~んちゃって。最高じゃね?受ける受ける」

 

そう言いながらも神父――フリード――は懐に手を入れた。取り出したのは刀身の無い剣の柄と、装飾銃。

 

フリードが手に持った剣の柄を横に一閃させる。すると、光で出来た刀身が現れた。一誠はビーム・○―ベルという言葉を思い浮かべた。

 

「俺的にお前があれでこれなんで。斬っていいですか?撃っていいですか?あ、返事はいらないから。NOって言ってもお前を殺すのに変わりはないし?ってなわけで、お前の心臓にこの光の刃を突き立てて、この光の弾丸で脳漿をブチマケテやんよ」

 

その言葉を皮切りに、フリードが一誠目掛けて駆け出した。手に持っている光の剣を横薙ぎに振るおうとしているのが一誠の目に映る。

 

(翔より遅ぇ!)

 

この2週間強の修行の成果だったのだろう。翔の速度になれていた一誠は、バックステップを取ることでその斬撃を危なげなくかわした。

 

次は自分の番だ!そう思い、相手に拳をぶち込もうとした一誠は、しかし、ストン、とその場に膝から崩れ落ちた。

 

「え?」

 

思わぬ事態に呆然としてしまう一誠。銃口から煙を立ち上らせる装飾銃と、じわりと赤色が広がっていく自らの右足が目に入る。

 

一拍遅れて、激痛が一誠に襲い掛かった。

 

「ぐ、あああぁぁぁ!!??」

 

(こ、の痛みは――!!??)

 

覚えのある激痛に一誠が呻いていると、左のふくらはぎに激痛が走る。今度は一誠にも激痛の原因を見ることが出来た。

 

それは――

 

「どうよ!光の弾丸を放つ悪魔祓い(エクソシスト)特性の祓魔弾は!銃声なんてしないだろ?光の弾丸なんですからねぃ。達しちまいそうな快感が俺と君を襲うだろ?」

 

光。悪魔にとっての猛毒。それで構成された弾丸は、一誠にかつて死に瀕した時の痛みを思い起こさせた。

 

「死ね悪魔!死ね死ね悪魔!塵芥になってしまえ!全部俺の悦楽のためにぃ!」

 

フリードが笑みを浮かべる。酷薄。凄絶。そんなイカレた笑みを浮かべたフリードが一誠にトドメを刺そうとして

 

「やめてください!」

 

その女性の声が少年神父の動きを止めた。

 

一誠とフリードが声の発生源に体を動かさずに視線だけを向ける。

 

金紗のストレートの髪に綺麗な翡翠色の瞳。それらを持った、確実に美少女と言える少女がそこに居た。

 

「アーシア・・・・・・」

 

一誠にもその少女は見覚えがあった。今日説教される原因にもなった、一誠が教会へと案内したシスターだったのだ。

 

「おんや、助手のアーシアちゃんじゃあーりませんか。どしたの?結界は張り終わったの?」

 

「それは・・・・・・っ!?い、いやあああぁぁぁ!!??」

 

フリードの疑問に答えようとしたアーシアだったが、壁に磔られている男性の死体を見ると、悲鳴をあげた。まともな神経を持っているものならそれも仕方ないと言える。

 

だが、残念ながらこのような所業を行ったものがまともな思考形態を持っている筈も無い。

 

「可愛い悲鳴ありがとうございます!アーシアちゃんはこんな死体は見るの初めて?じゃぁ、よ~く覚えておいてね?悪魔と取引したクソの成れの果てってやつをさ」

 

「そ、そんな・・・・・・」

 

ふいに、アーシアの視線が一誠を捕らえた。眼を見開いて驚いている。

 

「フリード神父、その人は?」

 

「人?違う違う。間違えちゃぁいけないよ?こんなクソの悪魔と人間とをさ」

 

「――っ。イッセーさんが・・・悪魔・・・?」

 

自らを助けてくれた人物が悪魔だった。その事実がショックだったのか彼女は言葉を詰まらせる。

 

「なになに?君ら知り合いだったの?こいつは驚き桃の木ってやつ?悪魔とシスターの許されざる恋とかそういうの?マジ?マジ?」

 

フリードがアーシアと一誠を面白おかしそうに交互に見やる。その横で一誠は内心忸怩たる思いだった。

 

(知られたくなかった・・・・・・!)

 

ただ、街中で一度お節介を焼いただけの気のいい男子高校生。一誠はアーシアにとってそんな存在でいたかった。だが、それももう出来ない。一誠は教会関係者(アーシア)の前だが神を呪いたい気分になった。

 

一誠がそんな気持ちになっている間も、フリードは見ている人を苛立たせる笑みを浮かべ、聞いている人を苛立たせる口調でアーシアに話しかけていた。

 

「アハハ!悪魔と人間は相容れません!教会関係者となら尚更さ!しかも俺らは神にすら見放された異端の集まりですぜ?俺もアーシアちゃんも堕天使様の加護が無ければ生きていけないハンパものなんですぞ?」

 

堕天使?

 

フリードの言葉を聞いて一誠の頭に疑問が湧いてくるが、フリードの話はそんなことに構わず続いている。

 

「まぁまぁ。そんなどうでもいいことは置いといて。俺的にはこのクズ男くんを斬らないとお仕事完了できないんで?殺すけど覚悟はOK?」

 

フリードが光の剣を一誠に突きつける。確実に自身を殺しうるであろう凶器を突きつけられる。

 

一誠は恐怖した。間近に迫る「死」というものに。かつて一度味わったことがあるそれ。だからこそその恐怖は一誠の心のうちで肥大化し、一誠の心と体を縛っていった。

 

動けないまま切り刻まれる。自らの未来を幻視した一誠は、何とか動こうとするも無理だった。かつての経験による恐怖(トラウマ)はやはり確実に一誠の心の底に沈殿していたのだ。

 

そんな状況を止めるために動き出す人物がいた。アーシアである。彼女はフリードと一誠の間に割り込むと一誠に背を向けて両手を広げた。それはまるで子供を庇う慈母のようなある種の神聖さすら伴った動作で。一誠の中の恐怖を少しだけ取り去った。

 

だが、フリードにとってはそんなアーシアの行動は自らの悦楽(コロシ)を邪魔するものでしかない。苛立ちを顔に載せてアーシアに話しかける。

 

「・・・オィオィ・・・。アーシアちゃんよー、自分が何してるか分かってるのでしょうか?」

 

「・・・はい。フリード神父、この方を見逃していただけませんでしょうか?」

 

フリードと相対しながらもアーシアは毅然としたまま懇願する。

 

自らを庇っている。アーシアのその行動に一誠は言葉を発することなく見ることしか出来なかった。

 

「もう嫌です・・・・・・。悪魔に魅入られたといって、人間を裁いたり、悪魔を殺したりするのは・・・・・・」

 

「はぁぁぁぁぁああああああああああああああ!?バカ言ってんんじゃねぇよクソアマがぁ!!悪魔はクソのような価値もないんだって、教会で習っただろうが!!頭大丈夫ですかぁ!?精神科紹介してやろうか!?」

 

フリードの顔が憤怒に包まれる。

 

「悪魔にだって、いい人はいます!」

 

「いるわけねぇだろ!!バァァァァカ!!」

 

「私も、この間までそう思っていました・・・・・・。でも、イッセーさんはいい人です!悪魔だとしてもそれは変わりません!人を殺すなんて許されません!こんなの!主が許すはずがないんです!!」

 

怖くないはずがない。

 

恐ろしくないわけもない。

 

相手は人を磔にして殺すような異常者で、今もその手には凶器を握っているのだ。この状況で恐怖しないわけもないだろう。

 

だが、それでもフリードへと自らの意思をぶつける。アーシアのその精神的な強さに、一誠はどこか憧れに近い感情を抱いた。

 

「キャッ!」

 

バキッ!と、鈍い音が響く。その原因は神父の持つ装飾銃。そのグリップでアーシアの頬を横薙ぎに殴打したのだ。

 

「アーシア!」

 

床に倒れたアーシアへと一誠が駆け寄った。その頬には痣が出来ている。フリードは本気で殴ったのだろう。その事実が一誠の心の奥の何かに火を点けた。

 

「堕天使の姉さんから殺さないよう念押しされてるけど・・・・・・。ちょいとむかついた。殺さなきゃいいみたいだし、ちょいとレ○プまがいのことしてもいいですかねぇ?それくらいしないと俺の傷心マックスなガラスのハートは修復できないんでやんすよ。ま、その前にそこのクズ悪魔くん殺さないといけないようですがぁ?」

 

その言葉に、アーシアをここに置いていけないと判断する。こんなことを言ってるヤツの仲間がまともなはずもないだろう。

 

そして何より

 

「庇ってくれた女の子を置いて一人だけ逃げるなんて、男じゃないよな、翔。」

 

闘うための構えをとる。それはこの2週間強、翔に徹底的に教え込まれた空手の型。サンチン。これ以外、一誠は闘うときにとる構えを知らない。

 

(結局、これしか教えてくれなかったよな)

 

心の中だけで苦笑しつつ、眼前の相手を鋭い眼光で睨みつける。

 

一目見てまだまだだと分かる拙い構え。それでも、一誠が闘志を見せたことにフリードは驚きと喜びを見せた。

 

「マジマジ?俺と戦うの?いやぁ、細切れになっても知らないよ?当社は一切の責任を負いません。細切れ世界記録ってギネスブックに載るのかね?」

 

表情に愉悦をのせて、フリードが嘯く。その内容に不気味なものを感じ、「俺の人生、いや悪魔生ってここまでなのかなぁ」と思いながらも一誠は格好悪いところは見せられないと覚悟を決めた。

 

フリードが駆け出した。一誠はその場から動かずにいる。そうして両者が激突すると思われたその時――

 

――床が青白く輝きだした。

 

その突然の現象に両者ともにその場に釘付けになった。フリードは何が起こったかわからずに混乱している。だが、一誠には何が起こっているのか理解できた。

 

発光しているのは床に現れた魔法陣だ。そしてその魔法陣が示している1つの事実。

 

グレモリー眷属の紋章が描かれた魔法陣。つまりは、援軍が来たのだと、一誠に気付かせた。

 

「兵藤君、助けに来たよ」

 

「あらあら、これは大変な状況ですわね」

 

「・・・・・・神父」

 

光の中から現れる人影たち。それはこの2週間で馴染みとなったオカ研のメンバーだった。

 

相変わらずスマイルを浮かべた木場祐斗。笑顔だが眼が笑っていない姫島朱乃。無表情だがどこか苛立ちを感じさせる塔城小猫。

 

自らの窮地に駆けつけてくれた仲間に、一誠は少し泣きそうになるくらいに感激したのだった。

 

「ヒャッホォォォォオオオウッッ!!」

 

フリードが構わずに斬りつけようとしてくる。だがそれは、ガギンッ!という音とともに木場の剣に遮られた。

 

ギリギリと木場と神父が鍔迫り合いをする。悪魔の木場と競り合えているところに、この神父の優秀さが見て取ることができた。

 

「悪いけど、彼は僕達の仲間なんでね!勝手にやられるわけにはいかないんだ!!」

 

「なんだぁ?!悪魔のくせに友情ごっこかよ!悪魔戦隊デビレンジャーでも結成してるんですか?熱いねぇ、萌えるねぇ。君が攻めで彼が受けとかなんですかい?」

 

鍔迫り合いの最中にも、フリードは人を小馬鹿にしたような表情を浮かべてみせる。舌をベロンと出し、舌と一緒に頭も揺ら揺らと揺らしだした。その様子に木場は表情を険しくさせる。

 

「下品な口だ。教会関係者は上からまともな口の使い方を教わらないのかい?」

 

「フヒヒ、サーセン。だって俺っちはぐれちゃったし?追い出されちゃったもんね!快楽殺人?殺悪魔さえできれば満足100%なんですたい!」

 

木場の鋭い相貌が自分を捕らえていてもお構いなし。フリードはケタケタと不気味な笑いを浮かべるのをやめはしない。

 

「一番厄介なタイプだね、君は。悪魔狩りで快楽を得ることだけが生き甲斐・・・・・・。悪魔にとって一番の害虫だ」

 

「ハァァァァァ!?悪魔には言われたくねぇよ!?俺だって精一杯悪魔殺してるんだから!てめぇらみたいな牛のクソにも劣るような連中にどうこう言われたくないんですけどぉ!?」

 

「悪魔にだって、ルールはあります」

 

絶対零度の微笑み。

 

もしも朱乃の浮かべているソレに題名をつけるとしたら、そうなるだろうか。

 

笑みを浮かべながらも、その眼は一切笑ってなどいない。鋭くフリードを睨みつけている。敵意と戦意をフリードへと叩きつけていた。

 

「ハハっ!イイネェ!イイネェ!最っ高だねぇ!その殺意!殺意は向けるのも向けられるのもたまらんね!」

 

「なら、消し飛びなさい」

 

一誠は自らの横にリアス=グレモリーが現れたことに気付いた。その紅の長髪が揺れて一誠の視界に映る。

 

「イッセー、ごめんなさいね。まさか依頼人の下にはぐれ悪魔祓いがきているなんて予想していなかったの」

 

リアスが一誠に謝罪する。と、リアスの目が一誠の足に向けられた。正確にはその赤くそまりだしている所に。

 

「イッセー。怪我、しているの?」

 

「ハ、ハハ・・・・・・。スミマセン、俺、撃たれちゃって・・・・・・。」

 

自らの失態を指摘された。一誠は半笑いで誤魔化そうとする。今朝のお仕置き宣言はまだ覚えていたのだ。

 

だが、次の瞬間に一誠は見たのはリアスの冷淡な表情。それを見て、一誠は自らの心配が場違いであることを悟る。

 

「あなたが、私の下僕を傷つけてくれたのかしら?」

 

キレていた。一寸の狂いもなくリアス=グレモリーはキレていたのだった。一誠はようやく理解した。

 

「そうでござんすよ~。俺がその悪魔くんをキズモノにさせていただきました!でも残念もっと切り刻んでやりたかったのに、あんたらがきたせいで夢幻となってしまいました~」

 

その言葉にとうとう我慢の限界が来たのだろう。リアスが手を伸ばしてそこから魔力弾を発射した。

 

ボン!という音がする。フリードの後ろの家具類に魔力弾が当たり、球状に綺麗にくり貫かれたみたいになっている。

 

「私は自分のものを傷つけた者を許さないことにしているの。特にあなたみたいな下品な輩に傷つけられるのは我慢ならないわ」

 

だから、消えなさい。

 

周囲の空気さえ凍えさせるほどの殺気を放ちながらリアスが言う。

 

続けて魔力弾を発射しようとしたその時、朱乃が何かに気付いたように周囲を見渡し、そしてリアスに向けて警告の声を発した。

 

「部長!堕天使らしき気配がこの家に複数近づいてきていますわ。このままだとこちらが不利になります!」

 

その報告を聞いたリアスは神父を睨み、忌々しそうに舌打ちした。

 

「朱乃、イッセーを回収ししだい、帰還するわ。ジャンプの用意を」

 

「はい」

 

リアスが朱乃に撤退する旨を伝える。怒りで頭に血が上りつつも冷静な判断を下せるところに、リアスの王としての才能の片鱗を伺わせる。

 

しかし、この話を聞いて黙ってられないのが一誠だ。

 

「部長!あの子も一緒に!」

 

アーシアを指しながら一誠は言う。しかし、その願いは叶えられないものだった。

 

「無理よ。魔法陣を移動できるのは悪魔だけ。しかもこの魔法陣は私の眷属しかジャンプ出来ないようになっているわ」

 

「そ、そんな・・・・・・」

 

一誠は愕然としたようにアーシアの方へと振り向いた。一誠とアーシアの視線が絡み合う。アーシアを助けられないという事実に一誠の顔が歪んでいると、彼女は笑みを浮かべた。

 

まるで、私は大丈夫ですよ、と。こちらを安心させるかのような笑顔。だが、一誠はそんな微笑を向けられても不安になるだけだ。

 

「アーシア!」

 

「イッセーさん、また。また、会いましょうね」

 

それが、その場で交わした最後の会話だった。

 

床が青白く輝いていく。フリードが転移させまいと斬りかかり、木場がそれを防いでいる。そして輝きが最高潮にまで達したとき。

 

一誠の視界には、ここ最近で見慣れた旧校舎のオカ研部室が広がっていたのだった。

 

「イッセー、ソファに座りなさい。足の治療をするわ」

 

呆然としていながらも、一誠はその言葉に従った。むしろ頭が働かないからこそ、聞こえてきた言葉のままに体が動いたのかもしれない。

 

一誠がソファに座ると、朱乃がその場に座り、何事かを唱えだした。恐らくは回復のための魔術なのだろう。その横では木場が一誠のズボンを捲り上げ、足に包帯を巻いていっている。

 

一誠の真正面に座り込み、リアスが説明を開始した。

 

「天使とその下につく悪魔祓いについては今朝話したわね。今回は堕天使とその下につくはぐれ悪魔祓いについて話すわ」

 

「はぐれ?それってはぐれ悪魔みたいなものなんですか?」

 

一誠が疑問を呈した。リアスはそれに頷き、そして説明を開始した。

 

悪魔狩りに快楽と愉悦を感じ、それが生き甲斐になってしまった悪魔祓い。教会から追放された彼らを利害の関係から拾った堕天使のこと。

 

「そんな奴らと係わり合いになっても百害あって一利なしよ。どうやらイッセーの行った教会は堕天使側のものだったみたいね」

 

関わり合いにならない方が良い。その言葉を聞いて一誠もそうだと感じた。人を磔にして殺すような倒錯者のいるような所には関わらないほうがいい。

 

だが、と一誠は思ってしまった。

 

アーシアは?と。

 

一誠の脳裏にアーシアの最後の笑顔が浮かび上がる。そうなるともう我慢なんて出来なかった。

 

「部長!俺はあのアーシアって子を!」

 

「無理よ。私達は悪魔。あの子は堕天使の下僕。相容れることなんて出来ないわ。しかも、彼女を救うってことは堕天使を敵に回すってことになるのよ。・・・・・・そうなると、私達も戦わなくてはならなくなるわ」

 

「そ、それは・・・・・・」

 

リアスの言葉に一誠は俯くことしか出来なかった。

 

そも、アーシアを救うというのは一誠の我儘なのだ。自分の我儘にリアス達を巻き込むことなど一誠には出来なかった。

 

アーシアと、リアスたち。

 

そのどちらにも天秤が傾くことはなく。

 

一誠は自分が矮小な存在なんだと自嘲した。女の子1人助けることも出来ないような存在なのだと。

 

(あぁ・・・・・・。俺は、弱い・・・・・・!)

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

夕日が世界を包む中、一誠は学校に向けて全力で疾走していた。

 

その足にあった負傷は、もうない。アーシアが自身の神器である『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』で治したからだ。

 

故に、一誠は全力で走ることが出来る。

 

その速度に道行く人たちがギョっとした顔を一誠へと向けていくが、一誠はそんなものを一切気にもせずに旧校舎を目指している。

 

――その子、アーシアは私達の所有物なの――

 

自らの仲間達の居場所目掛けて駆けていても、一誠の頭では先ほどの出来事がリフレインしていた。

 

ギリ、と歯を噛み締めることで感情が噴出するのを堪える。今はまず何よりも早く行動しなければいけない時だ。嘆いている暇はないのだと、一誠は自らに言い聞かせ続けなければならなかった。

 

――その悪魔を殺されたくなかったら、私と共に戻りなさい――

 

全速力で駆けていても、その速度が落ちることは無かった。一誠は悪魔の体と普段の親友件師匠の修行の成果に感謝をした。

 

――今日の儀式であなたの苦悩は消え去るのだから――

 

駒王学園が見えてきた。一誠は正面玄関に回るのも面倒だとばかりに壁に向かい、壁を駆け上る。塀を越えて着地しようとして失敗して転げてしまったが、すぐに立ち上がりまた走り出す。

 

――次に邪魔をしたら殺すわね。じゃぁね、イッセーくん――

 

現在の場所を確認。旧校舎の裏手の林の中だと断定する。旧校舎の入り口へと回り込む。

 

そうして辿りついた自らの仲間の本拠地たる旧校舎。そこに飛び込もうとして、

 

「イッセーくん?どうしたんだい?」

 

自らの親友が居ることに気付いた。

 

その声に足を止めそうになるが、今は急いでいるのだ。少し失礼なことになるが、無視してオカ研部室まで駆け抜けていこうとした。

 

「・・・・・・どうやら、ただごとじゃぁないみたいだね」

 

翔のその言葉に足が止まる。

 

翔の方へと視線を向けてみる。そこには眼を険しくさせながらも、一誠を心配している翔の姿があった。

 

あぁ、と一誠は思った。

 

なんでお前はそんなに察しがいいんだ、と。

 

なんでそんなに良い奴なんだ、と。

 

そんな顔されたら、我慢できないじゃないか、と。

 

「翔・・・・・・。俺さ、今日、友達が出来たんだ」

 

もう、一誠には我慢できなかった。自らの心の底にたまったものを吐き出し始める。

 

翔の方を向かずに始まった一誠の独白。しかし、翔は何を言うでもなくただ相槌を打つだけだった。

 

「その子、すっげぇ美少女なんだぜ?おまけにシスターさんで、しかも世間知らずなところもあって。すごい可愛いんだ」

 

それが、今の一誠にはありがたかった。

 

「なんでもないようなことに一々大げさに反応してさ。もっと色んなところに連れてってやりたいって思わせるような娘なんだ」

 

そして、

 

「守りたい、って思ったんだ」

 

でも、

 

「守れなかった・・・・・・!」

 

ポタ、と地面に雫が落ちる。一誠の眼から零れ落ちた水は、土に幾度も染みを作っていった。

 

「しかもさ、逆に俺が庇われちゃって。その娘、絶対に危ないってわかってるところに行かなくちゃならなくなって・・・・・・!」

 

もう、止まらない。

 

一誠の眼からは大粒の涙が幾つも零れ落ち、一誠にそれを止めることは出来なかった。

 

だって、悔しかった。

 

アーシアは、優しい娘なのだ。

 

日の当るところで、子供たちに囲まれながら微笑みを浮かべている。そんな光景が似合うような、そんな女の子なのだ。

 

悲しい出来事や、涙なんてものは、彼女には似合わないと一誠は思う。

 

でも。

 

自分のせいで、彼女は血の匂いが煙る場所に行ってしまった。

 

レイナーレと呼ばれた堕天使が「儀式」なんて言っていたのだ。録でもないことがあるとはアーシアだってわかっていたはずなのに。

 

自分を庇って、彼女は自ら死地へと向かった。

 

それが、一誠には堪らなく悔しかった。

 

「・・・・・・強くなりたい」

 

ポツリと、一誠が呟いた。

 

それは、今の一誠が心の底から望んでいたことだったのだろう。次第にその声は大きくなり、叫びと呼べるものへと変わっていった。

 

「最強なんて大層なものじゃぁなくてもいい。全体から見たらちっぽけなものだったって構わねぇ。ただ、あんな優しい子が、守りたいと思ったものが、泣かなくていいように。悲しまなくていいように。理不尽から遠ざけられるくらいに、強くっ!なりたいっっ!!」

 

拳を強く握り締め、瞳からは涙を零す。そんな一誠の心の叫びを目の当たりにした翔は、不謹慎だと思いながらも微笑が浮かぶのを止められなかった。

 

(あぁ、あの時の師匠たちは、こんな気持ちだったのかな・・・・・・)

 

あの時。翔が黒歌のために戦うと決めた時。師匠たちは揃いも揃って嬉々として修行を激しくしてきたが、翔はその時の師匠の気持ちがわかるような気がした。

 

弟子のこんな気持ちを聞かされたら、師匠としては応えたくなる。自らの全てを以ってその望みを叶えてあげたくなる。

 

まだ2週間強の期間しか師匠をしていない翔ですらこうなのだ。なら、何年も翔の師匠をしていたあの人たちの気持ちはもっと強かったのだろう。

 

が、今はそんな懐かしさにも似た気持ちに浸っている場合ではない。一誠が弟子として成長したのだ。ならば、今度は翔が師匠として応える番だろう。

 

「・・・・・・神器は、想いに応えてくれる」

 

「え?」

 

「イッセー君。君が強くなりたいと思うのなら、今の気持ちを忘れないことだよ。そうすればきっと、イッセー君は何者よりも強くなれるはずさ」

 

「何を、言って」

 

「だって、イッセー君はその子を助けに行くつもりなんでしょ?」

 

「!?」

 

どうしてそれを、という顔をして驚く。そんなイッセーに、翔は思わずクツクツと笑わずにはいられなかった。

 

「それくらいわかるよ。親友だからね。僕の知ってる兵藤一誠という男は、どうしようもなくお人好しな男さ」

 

「お前には言われたくないけどな・・・・・・」

 

翔の言葉に、一誠は苦笑を浮かべてそう返した。どうやら、多少は余裕が戻ってきたらしい。

 

「イッセー君。僕は用事があるから君と一緒には行けない」

 

「そうか。お前が居てくれたら心強かったんだけどな」

 

その内容とは違い、それほど残念ではなさそうに一誠は言う。

 

確かに、一誠は翔の強さを知っている。居てくれたらまさに百人力だ。しかし、自分の都合に翔を巻き込むわけにもいかないと一誠は思っていた。

 

「だから、イッセー君にある技を授けるよ」

 

「え?」

 

「君が堕天使に負けないようにね。今から教える技を使えば、きっと堕天使相手に有利に回ることが出来るはずさ」

 

一誠の胸で鼓動が激しくなる。それは期待からだった。

 

自分が手も足も出なかった堕天使レイナーレ。そんな相手に有効な技を教えられるということに一誠は興奮したのだった。

 

しかも、彼女は一誠を殺すために恋人の振りまでしていたあの堕天使だったのだ。一誠はレイナーレをぶん殴りたくてしょうがなかった。

 

「男が一度守りたいって思ったんだ。・・・・・・なら、その子を助けちまえよ!!」

 

満面の笑みを浮かべ、更にはサムズアップをしての翔の言葉。一誠は、その言葉に力が湧いてくるような気がした。「やっぱり翔には敵わないなぁ」と思いながらも、一誠は威勢よく返事をした。

 

「おうっ!!」

 

自らを殺した堕天使と、その下に着いているであろうはぐれ悪魔祓いたち。

 

相手に不足は無い。

 

一誠は翔に技を教わりながらも、気炎を更に勢い良く燃やしていくのだった。

 




副題元ネタ・・・世界の中心で愛を叫ぶ

というわけで一誠決意の回でした。

決意させるまでは一気に行きたかったので長くなってしまいました。

そして遅くなってしまいすみませんでした。

次回はカチコミだよ!


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7 Ms.Full-swing

カチコミだよ!

戦闘描写をする際は、まず頭の中に漫画みたいに戦闘シーンを想像してから文字にするのですが、この文字にするというのが難しい。中々イメージ通りにいかない。

結論 戦闘描写難しいです^^;


人に打ち捨てられた廃墟。所々崩れるようになっている塀や、伸ばし放題の植物が人の手が入らないようになってからの年月を感じさせる――そんな建物を前にして、兵藤一誠は左右に居る自らの仲間へと目線を向けた。

 

常の微笑みをその内へとしまい、瞳に剣呑な色を乗せている木場祐斗。そして今にも跳びかかれる猫科の猛獣にも似た雰囲気を纏っている塔城小猫。その両者ともが頷いたのを確認すると、一斉に走り出す。

 

既にその役目を果たしていない門をくぐり抜け、恐らく儀式――どんな内容なのかはわからないが、まず間違いなくアーシア・アルジェントに悪影響を及ぼす――を執り行っているであろうかつての聖堂を目指す。

 

かつては荘厳さを感じさせたのだろう。今では得体の知れないものが待ち受けているという不気味さしか感じさせない両開きの扉に両手を添えた。

 

既に覚悟は出来ている。隣に居る2人にも確認を取る必要は無い。一誠は両腕に力を込め、扉を一気に押し開いた。

 

空が赤から青へのグラデーションに彩られる。それが示すは逢魔ヶ刻。人ならざるものが蠢き出す時間帯――――悪魔が、1人の聖女を救いに動き出した。

 

 

 

 

 

1章 第7話 Ms.Full-swing

 

 

 

 

聖堂へと入った一誠たち。彼らを出迎えたのは、頭部を破壊された聖人の彫刻と白髪の神父だった。

 

「俺としては2度会う悪魔はいない、ってことになってたんだけどさ! ほら、俺めちゃ強いじゃん? でもさ~それを邪魔されちゃったわけで。わかるだろ? 今までノーミスクリアしてたゲームを他人に邪魔されたせいでミスっちゃったらさぁ。ちょーむかついてそいつ殺したくなるだろ?つーわけで死ねや! 寧ろ死ね! クソカスがぁぁぁあああ!!」

 

神父――フリード――が懐から武器を取り出す。剣身の無い柄と装飾銃。共に光力を武器とする、悪魔に対してはこの上ない弱点を突ける武器だ。

 

ブォン、という音とともに光力で出来た剣身が姿を現す。それと同時に一誠たちは戦闘態勢に入り、いつでもどういう風にでも動けるようにした。

 

昨夜一誠が戦った時とは状況が違う。3対1。しかも、木場と小猫は一誠よりも明らかに強い。所謂年季が違うからだ。

 

しかし、そんな状況であってもフリードは余裕の表情を崩さない。それほどの自信があるのか。それともこれだけの修羅場は潜り抜けてきているのか。

 

「てめぇら、アーシアたんを助けに来たんだろう? 流石は悪魔をも助けちゃう聖女さま。悪魔を助けに来させるなんて、なんて人徳なんでしょうか? まぁ、悪魔に魅入られている時点で死んだほうがマシなクソシスターだけど」

 

死ぬ。その言葉に真っ先に反応したのはやはりアーシアと一番関わりが深かった一誠だった。

 

「おい! アーシアはどこだ!」

 

「そこの祭壇の下に地下への階段が隠されてございます。そこから儀式が執り行われている祭儀場へと行けますぞ」

 

一誠の怒声にあっさりとフリードが応えた。その態度の裏には何の考えもないのか。或いは・・・・・・。

 

ともかく、目的地ははっきりした。ならば、後は障害を乗り越えてたどり着くのみ!

 

「セイクリッド・ギアッ!」

 

一誠が叫びながらも左手首を掴む。その動きに呼応して赤き篭手が顕れた。ギュッギュッと手を握ったり開いたりしながら感触を確かめた後、構え――サンチン――を取る。

 

右側では木場が腰に佩いていた剣を抜き、下段に構えている。その姿勢には一本の芯が入っているようにまっすぐでぶれが無く、一誠に美しささえ感じさせる。

 

そして、小猫はと言えば、片手で聖堂に置かれている長椅子を持ち上げていた。ここ最近で驚きへの耐性がかなり高まっていた一誠でさえその様には吃驚としてしまった。

 

「・・・・・・潰れろ」

 

小さな宣言の声とともに、長椅子が宙を舞う。的は勿論白髪の神父だ。そのコントロールは中々のもので、寸分違わずフリードへと到達する。

 

「しゃらくせぇ!」

 

下からの斬り上げ。光の剣で以って椅子を両断した神父は次の一手のために装飾銃を構えようとして、

 

「ッ!!」

 

目の前に迫る西洋剣に気付いた。

 

咄嗟に左手に持つ剣を持ち上げる。剣と己の間に光刃を差し込むことで首が胴体から泣き分かれることを防いだ。

 

ギィン!!と、金属と金属がぶつかった時のような耳障りな音が聖堂に響き渡る。

 

ギリギリとフリードと鍔迫り合いを演じているのは木場だ。長椅子によってフリードの視界が隠れている隙に接近。真正面からの奇襲を敢行したのだ。

 

一誠には影しか捕らえられなかったその一撃。それを受けてなおフリードは余裕の笑みを崩さない。一誠はちらとあれにも何かしらの意味があるのかも、と思った。

 

このまま昨夜のように拮抗するのだろうか、と一誠は思ったが、そうはならなかった。そも、「騎士(ナイト)」である木場の真骨頂とは圧倒的な速度(スピード)だ。今のようなパワー勝負は彼の舞台ではない。

 

フリードの視界から木場が消えた。フリードは今までの経験と、警鐘を鳴らす自らの直感に従ってその場にしゃがみ込む。

 

直後に剣が頭上を通過する。フリードの白髪が数本宙に舞った。

 

しゃがみ込んだ勢いを利用してフリードが後ろへと振り返る。その回転の力を利用して後ろ回しに水面蹴りを放った。

 

それを木場はバックステップで回避する。そして足が地に着いた次の瞬間には、その俊足で即座に間合いを詰め寄せた。

 

神速の勢いのままに放たれるは基本に忠実な袈裟切り。それをフリードは何と言うことはないとばかりに受け止める。

 

ギィンっ!!という甲高い音がする。またもや先と同じく鍔迫り合いになるかと思われたが――それだけでは終わらなかった。

 

クン、とフリードが手首を返す。前に出ていた右足を引き、木場の剣の軌道から体を逃すと同時に間合いの余裕を作り出す。そのまま、木場が剣を叩き付けた力を手首の返しを利用し、自分の力へと上乗せして木場へと逆袈裟で斬りかかった!

 

その卓越した技巧を目の当たりにした木場は、驚くもその驚きで隙を作り出しはしなかった。しゃがみ込んで回避しながらも、アキレス腱を狙い切りかかるという反撃をしてみせる。

 

それをフリードが後ろに跳んで回避。先と逆転したような攻防を繰り広げた。

 

フリードが着地する。開けた間合いを利用しその右手に持つ装飾銃を突きつけようとした。

 

――刹那、木場は既にフリードの背後へと移動していた。

 

フリードは即座に後ろへと振り返った。前足を軸に後ろ足を滑らせることで体の向きを入れ替える。その眼には既に横薙ぎの態勢へと入っている木場の姿。

 

頭で考えるよりも早くフリードは光刃を剣と己の間に差し込んだ。着地した直後に、体を入れ替え、そして防御態勢へと移る。これ以上は無いハズの自身の行動。

 

「喰らえ」

 

その言葉に背筋を走る悪寒。自らの直感を疑うこともなく、フリードは上半身を動かした。

 

その直後、漆黒に染まった木場の剣が、光刃を食い破り迫ってきた!

 

フリードは上半身を仰け反らせる。上半身と地面がほぼ水平になるほどの態勢になった。それだけでフリードの体の柔軟性が見て取れる。

 

眼と鼻の先を剣が通り抜けた。これには流石のフリードといえど冷やっとしたものを感じざるを得なかった。

 

だが、上半身を仰け反らせた態勢でいるフリードは木場にとっては隙だらけ。すぐに切り返しその体をも食い破らんとした。

 

その木場の視界に映りこんだフリードの右手。その手に持つ装飾銃の銃口が木場に狙いを定めていた!

 

咄嗟に攻撃を中止し、後ろに飛び退く。それと同時に放たれた光の弾丸を、剣身でもって受け止め、吸収した。

 

そうして訪れた空白の時間。木場は剣をだらりと下げる下段の構えを取り直し、フリードは上半身を起こして態勢を立て直した。

 

「やるね。キミかなり強いよ」

 

「あんたもやるねぇ。それがてめぇの神器(セイクリッド・ギア)の能力か?」

 

「ああ。『光喰剣(ホーリーイレイザー)』。光を喰らう闇の剣さ」

 

一種の膠着状態になったことで刃ではなく言葉を交し合う。口に出すのは互いに賞賛の声。実際、お互いがお互いに相手の実力が想定よりも高かったのだろう。

 

フリードは木場の速さと神器の能力に舌を巻き、木場は堕天使の加護があるとは言え人間が己の速度についてこれることを賞賛せざるを得なかった。

 

「くくっ。いいねぇ! この感じ! 肌がひりつくこのスリル! 最近こんなバトルやってなかったから最高だぜ!」

 

「じゃぁ、僕も少しだけ本気をだそうかな?」

 

「ほざけよ!」

 

言葉と共に剣を叩きつける。そうして再び始まった高速の殺陣。

 

斬り、斬られ。受け止め、受け止められ。避け、避けられる。

 

互いに自身の武器の殺傷圏内に入りながらも、相手の刃は触れさせず。神速で相手の命を断とうとするも、それも敵わずにいた。

 

一誠は、そんな戦いを見ていた。そう、見ることが出来ていた(・・・・・・・・・・)

 

(つっても、影しか見えないし、着いていく事は絶対に出来ないだろうけど)

 

そう、幾ら翔からの修行を受けているといっても、それが限界。その残像を見ることは出来る。でも、そこまで。もしも一誠があの闘争の渦中に飛び込んだなら即座に17分割されることだろう。

 

(でも、見えてはいるんだ。だったら・・・・・・!)

 

今日会ったかつての恋人であり、現在はアーシアを危険に晒しているであろう堕天使、天野夕麻(レイナーレ)の言葉を思い出す。

 

自らの神器。その名前。そして、能力を。

 

龍の手(トゥワイス・クリティカル)。自らの力を2倍に高めることが出来るという。龍を封印したありふれた神器。

 

(力を2倍に出来るんだろうがっ! 動きやがれ! 俺のセイクリッド・ギアッ!)

 

左腕に装着されている赤い篭手を睨みながらも強く想う。どうかアーシアを助けることが出来る力をください、と。

 

『Boost!!』

 

その時、宝玉から音声が流れ出した。それと同時に一誠はまるで体が軽くなったような、力が体の底から湧き出してくるような感覚を味わう。

 

それはまるで、今なら何でも出来そうだと思えるような全能感。

 

だが、一誠はそれで満足しない。それでも足りないと知っているから。

 

(あのスピードについていくには・・・・・・!)

 

「プロモーション! 『騎士(ナイト)』だっ!!」

 

一誠がプロモーションを宣言した。そのことによって兵士(ポーン)から騎士(ナイト)へと昇格する。その身に圧倒的な速度の加護が宿る。

 

それでも、木場の速度にはついていくのがやっとだろう。或いは木場が本気を出したらそれでも着いていけないかもしれないが。

 

今は、戦いの速度に追いつくことが出来る、ということが肝心だった。

 

一誠はちら、と目線を小猫にやった。

 

やはり戦車(ルーク)である小猫も流石にこの速度にはついていけないのだろう。何とか援護の隙を伺って、位置取りをしようとしている小猫が居た。

 

小猫が一誠の視線に気付く。そして言葉を交わすことなく頷きあった。

 

改めて木場とフリードの戦いへと眼を向ける。今の一誠には到底手の届かない高度な戦いに背筋が泡立つ。

 

けれど、臆していては助けられるものも助けられない!

 

「うおおおぉぉぉぉっっ!!」

 

一誠は気合を入れるために叫びながらも2人に駆け寄っていった。倍加と騎士の力の恩恵により今までよりも遥かに速いその疾走は、コンマ数秒で一誠に攻撃圏内への突入を許した。

 

「このっ! うっぜぇんだよ!」

 

一誠の接近に気付いていたものの、木場への対応に集中せざるをえなかったフリードが苛立たしげな声を上げた。時間的な間合いを作るためだろう。剣を大きく横薙ぎに振るって木場を追い払う。

 

一誠が左拳を握り締める。この2週間嫌になるほど振るってきた基本を脳内で反芻しながら突き出した。

 

「オラァッ!!」

 

しかし、まだまだ力任せなところのあるそれは、フリードに取ってみれば容易に来るところを予測の出来るテレフォン・パンチ。左腕でガードすることで多少後ずさりながらも防いでみせる。

 

フリードは現在の状況を確認する。そして最適だと思われる行動を実行に移した。この間コンマ2秒も掛かっていない。

 

「お返しだぜっ!」

 

一誠に対して蹴りを繰り出す。間合いが近すぎて剣の殺傷圏内に入っていないので、相手を吹き飛ばす心積もりだ。しかも右手で木場に対して光の弾丸を発砲し、牽制までこなしている。

 

「プロモーション! 『戦車(ルーク)』!!」

 

が、一誠はそれに対して防御をするでもなく、プロモーションによって対処した。その身に宿る『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』の加護が戦車(ルーク)のものへと入れ替わる。

 

鈍い音が響き渡る。肉を打った時独特の嫌な音。だが、フリードの足に残っているのはまるで鉛でも叩いたのかと錯覚するような感触。

 

「チィッ!」

 

攻撃が失敗した。そのことを悟ったフリードが一誠から離れるように動き出す。が、もう遅い。一誠は攻撃を受ける前から動き出していた!

 

(蹴りで重要なのは「軸足」。軸足に体重を乗せて――)

 

思いっきり、振り上げる!

 

「前蹴りっ!!」

 

ドゴォッ!!という轟音が鳴る。一誠の前蹴りがフリードを捉えた音だ。

 

その威力にフリードが空を飛んでいく。

 

だが、そのフリードの表情は苦渋と苦痛を孕んだものではなく、猛獣じみた笑顔だった。

 

フリードの手からポロポロと金属の破片が落ちていく。あの咄嗟で剣を盾にし、その上で自ら後ろに跳び下がることで蹴りのダメージを最小限に抑えたのだ。

 

(けど、そんなことは百も承知!)

 

そも、速度で勝る木場を相手に一歩も引かずにやり合えていたほどの使い手なのだ。例えプロモーションを使って虚を突いたとしても、防がれるだろうとは予測できていたことだ。

 

だからこそ、これは布石。

 

本命の一撃へと相手を導くための、繋ぎの一手。

 

「・・・・・・ナイストスです。先輩」

 

着地するために態勢を整えていたフリードは、その声が聞こえた方向へと顔を向けて――思わず顔を引き攣らせた。

 

自らが現在も飛んでいっている場所で待ち受けていたもの。それは、長椅子をバットに見立てて構えている白い髪の少女だった。

 

小猫が体を後ろへと捻り力を溜めた。それと同時に足を上げる。タイミングを取るために必要以上に足を大きく振り上げたそのモーション。それは、かつて偉大なる記録を達成した世界の王が行っていた打法。ほれぼれするほど綺麗な一本足打法だった。

 

「・・・・・・吹っ飛べ」

 

ぼそりと呟いた後に、その手に持つ凶器が振り切られた。残像を残すほどの速度で長椅子がフリード目掛けて空を切る。

 

轟音が教会に木霊した。戦車(ルーク)の加護である馬鹿げた力。その見た目に反した怪力を遺憾なく発揮し、トスされた球をピッチャーライナーに近い軌道で打ち返した。その力に耐えられなかったのだろう。バットになった椅子の方が砕け散った。

 

「ぐぁっ!!」

 

あまりの衝撃とダメージに意識が揺らぐ。自らの体が空を飛ぶ感覚をどこか遠くの方で感じながらも、フリードは歯を食いしばって意識を繋ぎとめようとした。

 

だが、それも無駄な努力に終わる。

 

「残念だったね」

 

聞こえたのは柔らかな声。耳元で囁かれたように聞こえたその声は、相手が女だったらそれだけで蕩かしてしまいそうな美声だった。その声の主は、闇の剣を持った剣士だ。

 

木場は、その神速を以ってフリードの飛んでいっている真正面へと周っていた。剣を大きく上段へと振り上げる。能力を発動しているのだろう。その剣は墨染めになっていた。

 

「タッチアウトだよ」

 

唐竹に剣を振り下ろす。見事フリードの脳天を捉えたその剣は、神父を床へと叩き落した。

 

剣を振り切った態勢で暫く残心を取っていた木場は、フリードが気絶しているのを確認するとその剣を鞘へと納刀した。

 

(ま、殺しても良かったんだけど)

 

悪魔になって数年になる木場はこの世界が弱肉強食であることをその身で以って知っていた。また、実際に犯罪者やはぐれ悪魔をその手に掛けたこともある。

 

チラ、と木場は視線を一誠に向けた。

 

(イッセー君はまだ『感性が人間のまま』だからね)

 

それは昨日の一誠へのリアスの説教の際、彼を庇う言葉として翔が言ったことだ。一誠はまだ平和な国である日本の一学生の感覚が抜け切っていないと。

 

事実、一誠は昨夜に死体を見た時に腹の中身をぶちまけてしまっている。

 

もしここで、木場がフリードを殺していたら、その死体を見た一誠は精神に変調をきたしてしまうだろう。或いは、人殺しをした木場を信じられなくなってしまうかもしれない。戦場において、それらの変化は好ましくなかった。

 

故に、木場はこの場ではわざわざフリードを気絶させたのだ。戦闘中に相手を気絶させるようにするという労力を負ってまで。

 

(ま、後輩のために頑張るのが先輩の役目ってことかな)

 

祭壇の下から地下へと続く階段を見つけて自分を手招きしている一誠へと「すぐ行くよ」と返しながらも、木場は心中でそう呟いたのだった。

 




副題元ネタ・・・Mr.Fullswing

というわけでVSフリードでした。



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8 赤天の拳

あ、ありのまま、今起こったことを話すぜ!

俺は執筆中に作業用BGMとして「東方音楽ランキング ピアノメドレー」を聞いていたらいつの間にか手を止めて曲を口ずさんでいた。

な、何を言ってるかわからねぇと思うが俺も何が起きたのかわからなかった。

頭がどうにかなりそうだった。

「名曲」だとか「無意識の内に聞き入る」だとかそんなチャチなもんじゃ断じて無え。

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。


薄暗闇に染まる空間。頼りない電球の明りが辛うじて足元を見えるようにしてくれている。そんな光景が続く地下への階段を一誠たちは駆け下りていく。

 

果たして出口はそう時間を掛けずに見つかった。古ぼけた木の扉。走る勢いのままにそれに蹴りを入れる。

 

その扉が風化していて耐久力が低かったのか。それとも一誠の蹴りの威力が高かったのか。見事にその扉は開くことはなく砕け散る。

 

巻き上がる埃で出来たカーテン。それを引き裂くとその先の光景が一誠の目へと入ってきた。

 

円を描くようにして並んでいる数十人の神父たち。

 

円の中央に居て此方に煩わしそうな視線を向けている堕天使。

 

そして。

 

磔刑に処された神の子のように、十字架へと磔にされている聖女の姿。

 

アーシアの姿を見た瞬間、一誠の頭が沸騰した。

 

「アーシアっ!」

 

その声を受けて、アーシアが閉じていた眼を開けた。どこか空ろなその眼が一誠を捉える。

 

「・・・・・・イッセーさん?」

 

そのアーシアの様子に、一誠は何とか血が上る頭を落ち着けさせる。そしてアーシアを安心させるように笑みを浮かべて見せた。

 

「ああ! 助けに来たぞ!」

 

「イッセーさん・・・・・・」

 

その言葉が嬉しかったのだろう。アーシアは瞳から一滴の涙を零した。

 

その様を忌々しそうに眺めて居るのはレイナーレだ。その口から舌打ちの音を洩らしながら一誠たちに向き直った。

 

「チッ! フリードめ。自信満々に言っておきながら時間稼ぎすら出来ないなんて・・・・・・。」

 

レイナーレが手を一誠たちへと向けた。それは号令の合図である。

 

「お前達! 儀式が終わるまで後ちょっと! そいつらの相手をしてあげなさい!」

 

『はっ!』

 

円を描いていた神父たちが命令を受領した。その懐から光の剣を取り出し、刃を作り出す。

 

それに応じるように、木場が剣を抜いた。暗黒の殺気を周囲へと漏らしている刃が顕わになる。小猫も姿勢を低くして臨戦態勢を整えている。

 

「・・・・・・時間稼ぎなんてさせない」

 

「全力で行くよ。速攻で終わらせてもらおうかな」

 

神父たちが動き出した。一歩を踏み出そうとして足を上げ、そして、その場に一斉に崩れ落ちた。その口からは泡を吹いており、白目になっていることと合わさって彼らが気絶していることを4人に気付かせた。

 

カラン、と金属が落ちる音がした。それが妙に大きく、重なって聞こえたのが、神父たちの持っていた剣の柄が一気に落ちた音だとわからせた。

 

「なっ!?」

 

「・・・・・・っ!?」

 

「これは!?」

 

その場に響く、三者三様の驚きの声。正体不明、原因不明瞭な現象を前にして動揺を隠せなかった3人を尻目に、走り出す影があった。

 

一誠だ。

 

一誠には何となく、この現象を起こした人物が誰なのかわかったのである。故に、驚きはあったものの、動きを止めるまではいかなかった。

 

(ったく! 流石だぜ! 親友!)

 

内心で自らの師匠兼親友を褒めながらも一誠は右拳を打ち放った。それは惜しくも眼前の堕天使に防がれてしまったものの、動きを止めさせることには成功した。

 

「貴様っ!」

 

「木場! 小猫ちゃん! アーシアを頼む!」

 

「わかった!」

 

レイナーレから視線を逸らすことなく一誠は仲間へと目的を果たすことを要請した。その右手は防御に使ったレイナーレの左手首を掴んでおり、絶対にこの場から離さないという意思を端的に伝えていた。

 

一誠の意思の固さを見て取った木場は声を上げて応諾し、小猫は頷くことで了承の意を伝える。

 

「くっ! このっ!」

 

レイナーレが一誠の手を離そうともがくが無駄だ。今の一誠は『戦車(ルーク)』に昇格(プロモーション)している。その馬鹿力に中級の堕天使でしかないレイナーレは拘束(一誠の手)をはずずことが出来ない。

 

その隙に木場と小猫はアーシアを十字架から下していた。木場が十字架を切り裂き、小猫が拘束帯を引き千切ることでアーシアを解放する。それをレイナーレの姿越しに見ていた一誠は痛快な笑みを浮かべてみせる。

 

「そのままアーシアを安全なところへ連れてってくれ!」

 

「イッセー君は?!」

 

「俺はこいつを引き付けとく! だから早く!」

 

その言葉に木場は一瞬の躊躇を見せるも、それが最善だと判断したのか走り出した。小猫もアーシアを背負ってついて行く。

 

「逃がさないわよ!」

 

レイナーレにとってはアーシアを連れて行かれることは絶対に阻止したい事態だ。故に自由な右手で光の槍を生成。投擲し、撤退を妨害しようとする。

 

「させるかよっ! お前の相手は俺だ!」

 

当然、一誠はそれを止めに入る。開いている左手で正拳を繰り出す。

 

顔面に迫ってくる脅威にレイナーレは攻撃を中止せざるをえない。槍を作り出していた右手で拳を受け止めた。

 

「イッセー君! アーシアさんを安全な所に連れて行ったら戻ってくる! だから!」

 

「・・・・・・どうか無事で!」

 

「おう!」

 

視線を向ないままに一誠は仲間達の声に応えた。後ろの方から階段を駆け上がる音がするのを聞いて、一誠の口元が吊り上る。

 

「離しなさいっ!」

 

レイナーレが手の平を一誠の足へと向ける。その手に光が集まっていく。一誠が「やべっ!」と思い後ろに跳び下がるのと、レイナーレが槍を出現させたのはほぼ同時だった。

 

一足で3メートル程の距離を後退する。光の槍を間に挟んで相手へと相対した。

 

レイナーレは一誠の後ろへと視線を向けた後、心底煩わしそうな表情になった。その顔には「鬱陶しい」とはっきりと書かれている。

 

「・・・・・・よくもやってくれたわね。おかげで計画が台無しじゃない」

 

「そうかよ。アーシアを犠牲にしての計画なんて碌でもないんだろうし、こっちとしちゃ万々歳だな」

 

その言葉にレイナーレはピクリ、と反応をしてみせるがその顔はまだあくまでも「面倒くさいことになった」という域を超えてはいなかった。が、それはそういう表情になるように努力してのことだろう。口元がピクピクとひくついている辺り、感情を隠しきれていない。

 

「まぁ、悪魔の誘いに乗って転生した愚かな下級悪魔風情には、崇高なる堕天使である私の大いなる計画の重要さなんてわからないわよね」

 

一誠は「何言ってんのこの人」という顔をして、耳をほじりながら返事をした。そこには、これから先の戦闘を有利に進めるために、相手の冷静さを奪おうという作戦もあってのことだ。あからさまにならないように気をつけて相手を挑発する。

 

「ハァ? 崇高なる堕天使なんてどこにいんの? 俺の目の前には男の純情を弄ぶ性悪女しかいないんだけど?」

 

「訳が分からないよ」という声を意図して作る。そこにほんのちょっぴりの相手を馬鹿にする意思を込めて、なるたけ相手の神経を逆撫でするように。

 

どうやら相手を苛立たせるのには成功したらしい。ブチッ、と何かが千切れる音が相手の額辺りから発せられたような気がした。

 

「クフ・・・・・・」

 

「ハハハ・・・・・・」

 

 

 

空気が張り詰めていく。原因はレイナーレから出ている威圧感だ。だが、それよりも上のものを知っている一誠は怯むことなく相手を睨んだ。これまでに固めていた意思を再確認し、覚悟をより強固なものへと固めなおしていく。そうして覚悟を決めると、心の奥から闘志が湧き上がった。その闘志が相手の威圧感とぶつかり合う。

 

 

 

「フフフ・・・・・・」

 

「ハッハッハ・・・・・・」

 

 

 

 

ギシギシと空気が軋む。威圧とそれに抗う闘志が一歩も引く事無く正面衝突する。空気に罅が入っていくように一誠には感じられた。

 

 

 

 

「「ハーッハッハッハッハッハ!!!」」

 

 

 

 

 

――空気が、割れた。

 

 

 

 

 

「――殺す!!」

 

「言ってろ! 俺だってお前をぶん殴りたいくらいにはキレてんだよ!」

 

堕天使と悪魔の死闘が、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

ハイスクールDragon×Decsiple

 

第1章 第8話 赤天の拳

 

 

 

 

 

 

2階建ての建物の屋根の上。金色の髪を風に靡かせながら男が胡坐を掻いて座っていた。男の傍に影を落とす十字の尖塔が、この建物がどういう役割を果たすものなのかを教えてくれている。

 

と、その場に何者かが舞い降りてきた。バサリ、という羽撃たき音の後にトン、と軽く着地する音が聞こえてくる。蝙蝠のような翼を広げるその人物に向けて男は振り向かずに声を掛ける。

 

「こんばんは。リアスさん」

 

「こんばんは。翔」

 

まるで散歩の途中で知人に出会った時のように、何でもないように挨拶をする2人。両者ともに穏やかな微笑を浮かべていることが猶のことそういう印象を助長する。だが、男の横で転がされているものがその光景を異様なものへと変化させていた。

 

「イッセーからは用事があるからあなたは来ない、って聞いていたんだけどね」

 

「フフ、だから用事を終わらせてこうやってここに来ているんじゃないですか」

 

微笑を浮かべながらの受け答え。だが、リアスには常と同じその微笑がなんだか白々しいものに見えた。恐らく本人も自覚しているのだろう。自覚していてもやってくるところが性質が悪い。

 

「へぇ」

 

リアスは眼を細めた。真意を探るように相手の一挙一動を見逃す事が無いようにする。視線を向けられていることを、相手の方に振り向かずに察知した翔は、まるで獲物が弱る瞬間を見逃さまいとする狩人のような視線だなぁ、と思った。

 

「その用事って」

 

その白磁のような指を向ける。翔の横に転がっているものへと。その、縄で縛られて転がされている3つのものを。黒の翼を背中から生やしているものへと。

 

「そこで気絶している堕天使たちを倒すことだったのかしら?」

 

「ん~」

 

ここで翔の笑みが変化した。ポリポリと頭を掻きながら困ったような苦笑を浮かべている。リアスはこれはどういう風に言ったらいいのか、どういう表現を使ったらいいのか考えている顔だな、と推測した。

 

「そうでもあり、そうではない、かな」

 

「あんまり勿体ぶらないで」

 

「勿体ぶってるつもりはないんですけどねぇ」

 

と、そこで翔の顔から笑みが消えた。リアスの方へと振り向いたその顔には、まだ短い付き合いのリアスが見たことの無い真剣な表情が浮かんでいる。あのバイサーと対峙した時も、こんな顔をしていなかったような気がする。

 

――武人としての翔がそこに居た。彼はここに、武人として、何よりも師匠として来ている。そのことをリアスはその表情から察することが出来た。決して野次馬根性でここから下の教会のことを探っているのではない。

 

「リアスさんも気付いているかもしれないけれど、イッセー君には心的外傷(トラウマ)があります」

 

その言葉を受けて、リアスもより一層気持ちを引き締めた。彼女の眷属の心の問題であるのなら、彼女の問題でもあるのだ。そして何より、翔のその言葉にリアス自身思い当たることがあったから。

 

ある意味で、それは仕方の無いことだったのだろう。むしろ、それが無い方が現代日本の平和な国の学生としては異常と言えた。

 

「ええ。「死」への恐怖、ね。今回はそれを上回るほどの怒りで何とか戦えているみたいだけれど」

 

「死」への恐怖。前世で一度死に、こちらに来ても何回も死に掛けている翔にも覚えがある。彼はその恐怖を何とか飼いならし、武術的センサーとすることが出来たが、今の一誠にそこまでの無茶はさせられないし、そんな時間も無かった。

 

故に、一誠の心の中には、いまだにそれが沈殿している。

 

「そう。確かにそれもあります。今後このような戦いの世界で生きていくにはそれも重大な問題。でも、もう1つ」

 

「もう1つ?」

 

そう、これから先、「魔王の妹の眷属」という、否応無く戦いに巻き込まれていく立場の悪魔としたらそれも間違いなく問題だろう。だが、もう1つの問題も間違いなく難問であることには違いなかった。こちらは、日常生活にも関わってくることなのだから。

 

「「女性への不信感」ですよ。いや、女性恐怖症と言ってもいいですね」

 

リアスの眉が顰められる。その理由としては2つ。1つとして、本当にそうだとしたら、女である自身との間に信頼関係を築くのが難しいのではないかという懸念。もう1つは主であるのに、自分はそれに気付くことが出来なかったという不甲斐なさ。

 

「といっても、友達や仲間として接するなら問題ないでしょう。問題があるのはその先に進もうとした時・・・・・・。つまり、恋仲になろうとしたときですね」

 

そこで翔は視線でリアスに問うた。「ここまではいいですか?」と。リアスは頷くことで話を先へと進めるように促す。

 

「今回、あの堕天使は恋人を装ってイッセー君へと接触しました。恐らく、相手から告白してきたのでしょう。イッセー君へとより近づいてその神器が危険なものか確認するために。・・・・・・始まりは、確かに「告白されたから」なのかもしれません。けれど、イッセー君は相手の良い所を見つけるのが上手いですから。きっと、殺される直前にはイッセー君も相手のことを好きになっていたと思いますよ」

 

「そして、好きになっていた、好きだと言ってくれていた女性に裏切られ、殺された、ね。・・・・・・確かに女性不信に陥っても仕方ないわね」

 

あの明るい性格のせいで見抜けなかったわ、とリアスは内心で独りごちた。実際、それは一誠も気付いていない深層心理の段階の話だろう。だから、表には出てきていないし、一誠は今まで通り振舞っている。

 

2週間強の付き合いしかないリアスにはわからなくとも仕方が無かった。1年もの間親友として付き合い、尚且つ「流水制空圏」会得者としての鋭い洞察眼を持っている翔だからこそ見抜くことが出来たのだ。

 

それでも、それを「仕方ない」ですまさずに、「主なんだから下僕のことは把握できていないと駄目だった」と思えるところがリアスの美点だろう。

 

「で、そのトラウマの克服のために、その原因である堕天使を打ち倒して欲しい、と?その邪魔が入らないように他の堕天使を捕縛してまで?」

 

そう、それが翔が行動した理由。弟子にトラウマに打ち克って欲しいと思う師匠心。それは翔のエゴかもしれない。けれども、翔が一誠のことを思いやっていることには違いなかった。

 

あくまで治療の切っ掛けにしかならないでしょうけど、と前置きをした上で翔は言う

 

「「師匠は弟子の喧嘩には手を出さない」が武人の基本的なルール。とはいえ、師匠ですから何かしら手助けはしてあげたいじゃないですか。直接手出しは駄目、タイマンの場に居ても駄目。・・・・・・だったら、喧嘩の場だけでも整えてあげたい、とそう思いまして」

 

そう言って翔は顔を伏せた。その顔には「一誠が心配です」と書かれており、貧乏ゆすりを止めない右膝が今すぐ飛び出して行きたい翔の心境を表に出していた。

 

クス、とリアスは思わず微笑んでしまった。師匠として、何より友人として。一誠を心配して助けに行きたいのに、その一誠のために助けに行けないというジレンマ。その葛藤している姿が、何だか微笑ましくて。

 

「とは言え、今回は人死にも掛かっていましたから。多少は手助けしてしまいましたけど・・・・・・」

 

武術関係に関してはかなり常識が破壊されているとは言え、翔は活人拳を志している者だ。

 

弟子のトラウマ克服のために弟子の命を危険にさらすのは仕方ないことだと割り切れる(恐怖は更なる恐怖で克服せよが梁山泊の教え?である。無理無茶無謀が大好きな彼らは弟子を生死の境に追いやるなど日常茶飯事なのだ)が、他人の命が懸かっているならば話は別である。流石に弟子のトラウマ克服のために赤の他人に「死んでくれ」とは言えない。

 

そのため、翔は多少の手助けをしたのだ。具体的に言うと、その命の危機に瀕している人物を、一誠達が救出できるようにしたのである。

 

――そう、あの地下の儀式場で、神父たちを気絶させたのは翔なのであった。方法は単純。気当りにより相手を気絶に追い込む「睨み倒し」を遠隔から行ったのだ。

 

気配や殺気など、体を流れる電気信号が元となっていると言われる『気』。

 

仙術に用いられる根源的な自然の生命エネルギーである『氣』。

 

その両方を利用した技術を習得している翔は、生物の気配を察知することはかなり得意である。それに関しては達人級(マスタークラス)並みだ、と師匠から評されるほどで、現在地である屋根の上からでも、教会内の気配を索敵するのは造作もない。例え地下であろうとも、だ。

 

地下から2柱の悪魔と1人の人間が上がってきていることも、それより更に地下で堕天使と悪魔が1対1で戦闘を行っていることも翔は把握している。

 

そんな翔にしてみれば、多少(・・)距離が離れていようと、気当りをピンポイントで当てて気絶させる、なんてのは朝飯前である。相手が数を頼みにしても中級悪魔を倒すのがやっと程度の実力しかもたないのであれば尚更。

 

「とはいえ、ここから先は師匠である僕は手出しが無理なタイマン勝負。勝つか負けるかはイッセー君次第なんですけど・・・・・・。いざという時はお願いしますね、リアスさん」

 

「言われるまでも無いわ。私の下僕を死なせるなんて真っ平御免ですもの」

 

胸を張ってリアスは言う。「情愛」こそがグレモリーの悪魔を象徴する言葉。ならばこそ、自らの下僕を死なせることなどありえないとその態度が示していた。

 

その態度に安堵を抱いたのだろう。フゥ、と肩から力を抜いた翔はリアスから視線を外して教会の地下へと意識を向けた。そんな翔を見ていたリアスも、地下で起きているであろう闘いへと思いを馳せた。

 

届かないとわかっていながらも、2人は地下の一誠に向けて「頑張れ」と胸中で応援のエールを送り、師匠である翔はそれしか出来ない自分の立場に歯がゆさを覚えるのだった。

 

(出来る限り全ての事を教え、詰め込んだとはとても言えない・・・・・・。今でももっと鍛えることが出来たんじゃ、あれを教えていれば、って際限なく思い浮かんでくる。でも、それでも、この2週間余りの鍛錬の成果を発揮すれば勝つことが出来る、と信じたい・・・・・・。イッセー君、勝ってとは言わない。ただ、負けないでほしい・・・・・・!!)

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

教会地下の祭儀場。そこで戦闘――翔曰く「喧嘩」――を行っている両者は現在密着状態になっていた。拳が届く間合いで、片方の影が苦悶をその顔に浮かべている。

 

「くぁ・・・・・・っ! 貴、様ァッ!」

 

憤怒の声を漏らしたレイナーレの鳩尾には一誠の拳が突き刺さっている。レイナーレの横にも拳が突き出された状態で残っており、一誠は双手突きである「山突き」を放った態勢で残心を取っていた。

 

――戦闘が開始すると同時に一誠は「騎士(ナイト)」へと昇格(プロモーション)。速度の面でレイナーレと渡り合える状態にした後、速攻でレイナーレへと肉迫し、山突きを繰り出した。レイナーレは顔への拳撃は顔を傾けることで避けることが出来たものの、一誠の攻撃が双手突きであることを見破れずに腹にもろに貰ってしまった、というのが戦闘が始まってからの一連の流れだ。

 

(翔の予想は大当たりだったな・・・・・・!!)

 

「堕天使の基本戦法は遠距離からの光の槍の投擲による制圧攻撃。余程の強者か勤勉なものでもない限り、近接戦闘力はその身体性能とは比例しないと思うよ。開幕と同時に突っ込んでこの山突きをすれば相手の油断もあって攻撃が決まる可能性はかなり高いと思う」

 

一誠へと山突きを教授した際の翔の言葉だ。そしてその言葉はドンピシャリ。先制攻撃を一誠は取ることに成功したというわけだ。

 

「くっ!」

 

呻き声を上げながらレイナーレは後ずさる。その左手は腹に当てられており、先の一誠の拳が効いていることを如実に示していた。

 

が、一誠はそれを許さない。すぐまた近づき自らの攻撃可能範囲へと間合いを調整する。拳を固く握りしめ、相手目掛けて拳を振るう。

 

(空手を習ったとは言えそれも2週間強のこと。実戦も実質これが初めて。こいつが何年生きてるかはわからないけど、俺よりも間違いなく戦闘には慣れてるはず。この主導権(イニシアチブ)を手放したらまず負ける・・・・・・! この勢いのまま一気に決めるっ!)

 

ここが勝負所と一誠は一気呵成に攻め立てる。騎士のスピードを利用してラッシュを繰り出していった。騎士の速度の加護。更には力を倍加にする神器の効果もあり、そのラッシュの回転は速く、しかし重さも十分に乗っていた。

 

レイナーレは両腕を上げて体の前面をガードする。しかし、それに構わずに叩きつけられる拳はその上からでも衝撃を伝え、確実にダメージを刻み込む。

 

「ハァァァッ!!」

 

「ぐぅぅっ!」

 

一誠の右拳が弧を描いた。両腕の下へと潜り込み、レイナーレの左脇腹へと叩き込まれた。顔への攻撃を警戒していたレイナーレは腹筋を固めることも出来ずにその攻撃を食らってしまう。

 

その一撃に思わずといった具合に腹を押さえてしまった。この好機を逃す手は無い。がら空きになった顔目掛けて赤い篭手が飛んでいく。唸りを上げるその拳は見事、レイナーレの左頬に突き刺さった!

 

下級とは言え悪魔の膂力。その力で以って殴られたレイナーレは後ろへと吹っ飛ばされていく。追撃しようと足を踏み出そうとした一誠は、だが驚愕に足を止め、眼を見開かせた。

 

吹き飛ばされながらもレイナーレはその自慢の黒翼でバランスを取っていた! 後ろへと推力を追加しながらも一誠目掛けて光の槍を投擲してくる!

 

「くっ!」

 

一誠はその速度を以って横へと大きく回避した。それでも向かってくる槍は篭手で弾き落としていく。騎士の加護の前では大した脅威ではないものの対応に専念しなければならなかった。

 

一誠が気がついた時にはレイナーレは既に態勢を整えていた。地面へと足を着け、その黒翼を大きく広げ、その両手から次々と槍を生み出しては飛ばしてくる。

 

「よくもやってくれたわね! こいつでも喰らいなさいっ!!」

 

瞳に憤怒を宿し、尚も苛烈にレイナーレは槍の弾幕を張り続ける。一誠は神速の効果を利用して何とか回避し、危ないものは左拳で弾き落としていった。右手は使用できない。悪魔である一誠は光に触れただけで身を蝕まれる。神器である篭手で弾いていくしかなかった。

 

(このままじゃあジリ貧だ! 何とかしないと・・・・・・!!)

 

多少の傷も承知の上で前に出るしかない。その覚悟を一誠が決めた時、一本の槍が地面へと突き刺さった。一誠の目の前に石礫と粉塵による煙幕が広がっていく。今までの狙いの精度から考えて、偶然ということはありえない。明らかに意図的に起こした現象だ。

 

「しまっ!?」

 

驚愕に一瞬身を固めた一誠が事態の深刻さと相手の意図に気付き、その場を離れようとする。だが、その一瞬の硬直が命取りだった。

 

煙幕を突き破って1本の光の槍が飛来する。それに何とか気付いたものの回避するような時間と距離は一誠には残されていなかった。

 

ドシュッ!

 

槍が一誠の左足に突き刺さる。ジュゥウウ、という肉が焼ける音とその余りの激痛を知覚したのはほぼ同時だった。

 

「がああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!???」

 

かつて感じた猛毒(ひかり)の痛み。その何倍もの痛みを受けた一誠は、動き出そうとしていたことと相まって地面を転がってしまった。その様を無様なものだと思ったのだろう。晴れてきた煙の向こう側からレイナーレがその顔に嘲笑を貼り付けて歩いてきていた。その歩みには最早一誠への警戒など微塵も感じられない。

 

「悪魔にとって光は猛毒。ふふふ、所詮下級であるあなた如きでは一撃でも喰らえばそれで即戦闘不能なほどのダメージを負うわ。ま、所詮クズはクズなのよ」

 

レイナーレの手に光が集っていく。今までは弾幕を張るために1つの密度を薄くしていたのだろう。その手にこれまでよりも濃い密度の光の槍が形作られていく。

 

と、レイナーレが眼をしばたたかせた。少しばかり呆気に取られた様子の彼女の目の前では、一誠が地面に手をついて何とか起き上がろうとしている。少し動いただけでも激痛が起こるのだろう。その歯は音がする程に食い縛られている。

 

「へぇ・・・・・・。まだ動けるなんてちょっと意外ね」

 

「がああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

多少の感心の色を載せられた言葉。その言葉を遮るように大声を上げながらも何とか一誠は立ち上がった。息は荒く、たった一撃で途轍もないほどに消耗しているのが見て取れる。

 

「でも、ま」

 

再び嘲りの形に吊り上っていく唇を隠しもしないで一誠の足へと視線を向ける。その両足はがくがくと震えており、立ち上がっているだけで限界だとレイナーレに知らせてくれている。

 

事実、限界だったのだろう。腰が抜けるように一誠はストン、と膝から崩れ落ちた。なんとか上半身を落とさずには済んでいるものの、膝立ちの姿勢のまま動かない自らの足へと苛立ちの視線を向けることしか出来ないでいた。

 

「くそっ! 動けっ! 動けよっ!! じゃないとあいつを殴れないんだっ!!」

 

「それ以上は何も出来ないでしょう?立ち上がることが出来ただけ褒めてあげるわ」

 

そう言うレイナーレの口は相変わらずの冷笑を浮かべており、その言葉が上辺だけのものであるということを否が応でも分からせる。

 

右手を後ろへと振りかぶる。弓を引き絞るにもにたその動作は事実、その右手の平で輝いている槍を発射するためのものだ。

 

「あなたにだけに時間を掛けられないの。さっさと死んで頂戴」

 

「ちくしょォォォォォッッ!!!」

 

レイナーレがその右手を大きく振るった。オーバースローで放たれたその光の槍は一誠目掛けて真っ直ぐに突き進む。コンマ秒の後には今までの中で最大の威力を持つ光鎗が一誠の目の前にあった。

 

引き伸ばされる時間間隔。かつての時と同じ現象。つまり目前に「死」が迫ったことによる走馬灯。そんな中、「死」を目前にした一誠の胸中に浮かび上がったのは、それでも自身の無力に対する悔しさだった。

 

(くそっ! 俺はまた何も出来ないのか? 結局アーシアを助けられたのは翔や木場、小猫ちゃんのおかげだ。俺は何も出来てない。これじゃぁ、あの時アーシアを連れ去られた時と同じじゃないか! 別にこいつを殺したいってわけじゃない。ただ、ぶん殴って、俺とアーシアの痛みを分からせるだけで良かったんだ。それすらも出来ないのか?・・・・・・力が欲しいんだ。相手を痛めつけるためのものじゃない、自分の思いを貫き通せるだけの力が――――――!!)

 

槍が少しずつ迫ってくる。しかし体はピクリとも動かせない。それでも動き続ける頭の中で、一誠は強くそう想った。

 

――神器(セイクリッド・ギア)は想いに応えてくれる。

 

ならば、これだけ強く、深く、重く想いを抱いている一誠に、神器が応えてくれないわけが無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――まったく、手荒い目覚ましだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

気付いた時には、目の前の光景が一瞬で変貌を遂げていた。

 

薄い電光で照らされた祭儀場も、床に刻まれた魔法陣も、その周囲で気絶していた神父たちも、漆黒の羽根を持つ堕天使も、目の前に迫っていた光の槍も無く。

 

ただ只管に、赤く、朱く、紅い景色が広がっていた。

 

空からは朱の光が薄雲を越えて辺り一体を照らし出している。その光を受けた茜雲が空を全て覆い尽くしており、それが地平線の彼方まで続いていた。

 

赤土で出来た荒野広がっている。その見た目通り養分は少ないのだろう。草木は一本たりとも生えていない。

 

だが、それらと比べても尚異彩を放っているものがあった。

 

この赤に染まった世界よりも一層濃い紅色をした鱗。鋭さを隠しもせずに主張している5爪の手と、それを支える丸太よりも太い腕。その巨体を支えている足は逞しいなんてものじゃない。

 

視線を上に上げてみると、まず目に付くのは巨大な翼だ。広げればどれくらいになるだろうか?少なくとも30メートルはいくだろう。

 

そして顔。赤く染まった凶悪な瞳。何本も生え揃っている角がその凶悪さを更に増している。その顎は何者をも噛み砕くほどに強靭そうで、その上の牙は何物をも噛み千切る程に鋭そうだ。

 

伝説上でしか知らない存在。紅い(ドラゴン)一誠の目の前(そこ)に居た。

 

『よう。初めましてだな。今回の相棒。やっと話しかけることが出来たな』

 

「何だって? 相棒?」

 

ドラゴンが口を開いた。口から漏れる声は重厚で、聞くものへと畏怖を抱かせる。

 

だが、一誠は何よりもその内容に疑問を抱いた。いや、その内心は疑問で一杯で、相手に畏怖を抱いて萎縮するだけの余裕が無いとも言える。

 

『俺が何者か?ここはどこか?そしてお前の神器の能力とは?全て説明してやりたいところだが、生憎と時間が無い。この精神世界に居たとしても外の時間は変わらず流れ続けているからな。大分ゆっくりと、だが』

 

話が届いたのが命の危機の時とは。まったく、今回はついていないな。いや、ある意味で不幸中の幸いか?そう漏らした後にそのドラゴンは一誠へと続けた。

 

『だが、言われなくても理解できていることがあるはずだ。お前の本能が教えてくれているだろう』

 

そう、言われなくても一誠は何となくで理解できることがあった。それはまるで、赤子が呼吸の仕方を教えられなくても自然と出来るように。

 

神器(セイクリッド・ギア)とは人の魂に宿るものだ。ある意味で魂の一部になるとも言える。故に、その使い方は自然と理解できる。そう、その身の動かし方を本能で理解出来るのと同じだ。

 

一誠は声には出さずに頷いた。その瞳は先ほどまでの悔しさと無力感に染まったものとは違う。必ず勝つという強い光が宿っていた。

 

その様子にドラゴンは満足気な顔になってみせる。その位じゃないと自分の相棒に相応しくない、と言いたげな顔だった。

 

『さぁ、吼えろっ!! 叫べっ!! お前の神器の名は――――!!!』

 

景色が入れ替わる。再び地下の祭儀場へと戻ってくる。眼前には光鎗。その向こう側には勝利を確信した堕天使の嘲笑があった。

 

絶体絶命の危機。しかし、一誠は先ほどとは違い臆しはしない。無力感にも苛まれない。何故なら、負けるはずが無いと確信しているから。自らの神器の名前と、使用方法を自ら覚ったから。

 

 

 

 

「起きろっっ!!! 赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)ッッッ!!!!!!」

 

『Dragon booster!!』

 

 

 

 

一誠の体からドラゴンの紅いオーラが溢れ出す。それに後押しされる形で左腕を振るった。ただそれだけのことで、堕天使のトドメの一撃が砕け散る。その左腕の篭手の宝玉には「Ⅰ」と浮かび上がっていた。

 

一誠が左腕でいまだに左足に刺さったままの槍に触れた。肉が焼ける感触と激痛が全身を走るが、無視して光の槍を抜くと、先ほどは出来なかったはずの「立つ」という行為を行った。

 

「何っ!?」

 

レイナーレは驚愕による動揺から抜け出せずにいた。その動揺の理由は幾つかある。

 

もう抵抗の力も無いと思っていた一誠が動いたこと。

 

自らの渾身の一撃が呆気なく砕け散ったこと。

 

一誠が光の槍を力ずくで抜くという荒業をやってのけたこと。

 

立ち上がり、闘志を剥き出しにしている眼で自分を睨んでいること。

 

そして何より。

 

赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)ですって・・・・・・!?」

 

それは、裏の業界において知らぬものの居ない名前。力の塊とも称されるドラゴンの中でも、更に頂点から数えたほうが早いほどの実力を持つものを封じた神滅具(ロンギヌス)

 

『Boost!!』

 

と、地下の密閉空間に響き渡ったのはそんな機械音声。その音と共に一誠から感じられる力がまた大きくなる。それを感じ取ったレイナーレは素早く動き出した。その両手へと光を集めて槍を形成射出する。

 

(まずい! もし本当に伝え聞いた通りの能力を持っていたなら・・・・・・!! 速攻で倒す!! それしかない!!)

 

が、その思いとは裏腹に槍は当らなかった。1本目、右手から放たれた槍をフラフラとした足取りながらも右に移動することでその射線上から逃れる。2本目、そうすることで目の前に迫ってきていた槍を左手の篭手を用いて弾き落とす。

 

2秒後には、無事な姿の一誠と、その左側を通り過ぎていく1本の光の槍があった。

 

「ッ!? この!!」

 

その光景にレイナーレは余計に焦燥を募らせる。そうすることでまた時間を無駄にしてしまった。その事実がより一層レイナーレを駆り立て、焦りを感じさせていく。そんな負の循環にレイナーレは嵌まってしまった。

 

焦りを募らせるレイナーレは光の槍を連射した。しかし、焦りに染まったせいだろう。その狙いは甘く、一誠に当るものは実質のところ少なかった。一誠はその僅かなものを回避し、弾いていくだけでよかった。

 

「くっ!? 何で当らないのよ!? 当りなさい!!」

 

そんな風に焦燥感を感じているレイナーレとは対照的に、一誠の頭の中は冷えていた。あの光の一撃は一誠の体力をほぼ根こそぎ奪っていったが、だからこそ逆に今までの修行の日々を思い出すことが出来、それが一誠を冷静にさせていた。

 

(サンキュー・・・・・・!! あの修行がなかったら無理だった・・・・・・!!)

 

ボロボロになり、体力の限界まで振り絞りながらも猶も続く回避・防御訓練。あれらが無ければ確実に被弾していたと、一誠はそう自らの師匠に感謝した。

 

そして、一誠にとっては永遠と思えるほど長く、レイナーレにとっては須臾と感じるほど短い10秒が終わりを告げた。

 

『Boost!!』

 

またもや上がる力。篭手の宝玉に浮かぶ数字がⅢになっていることをチラリと確認した一誠は、勝負に出ることにした。

 

逆に、このままだと勝ち目が無いと判断したレイナーレ。その身を翻させて、逃走を図ろうとした。

 

『Explosion!!』

 

瞬間、眼を眩ませる光と共に、上級悪魔程の力が一誠から溢れ出す。倍加の途中で不安定だった力を、倍加をストップさせ安定させることで限界まで引き出せるようになった結果だ。

 

その力の大きさを確認したレイナーレは動揺を顕わにしながらも、地上へ続く階段目掛けて翼をはためかせた。それを眼にした一誠は逃すまいと怪我の無い右足へと力を込め、地面を蹴り前へと加速した。踏み抜かれた地面は陥没しており、一誠の踏み込みの強さを物語っていた。

 

動揺し、意志薄弱なまま逃走しようとしているレイナーレ。

 

覚悟を決めて、前だけを見据え、力一杯前へと踏み出した一誠。

 

一誠がレイナーレへと追いついたのは、必然と言えた。

 

階段を目の前にして一誠の右手がレイナーレの左腕を掴んだ。ギリギリという音を錯覚するほどに力強く握られたその腕を離すことは、レイナーレにはもう出来ない。

 

「な、なんでっ! くそっ! わた、私は崇高なる堕天使なのよっ!? 下級悪魔風情に負けるわけが――!?」

 

「うおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!」

 

相手の言葉を遮り、雄叫びを上げながらも、その脳内で今までの教えを反芻しながら一誠は左拳を突き出した!

 

――小指から順番に握りこんで拳を作り

 

――手の甲と腕が真っ直ぐになるように

 

――引き手と突き手は後ろで滑車に繋がっているように同じだけ動かし

 

――内側へと捻り込むようにして、打つべし!!

 

「正拳突きっっ!!!!」

 

ドゴンッ!!という轟音が地下の教会に響き渡った。浮遊していたレイナーレを打ったために、上段突きの様相を呈していたその正拳は、まだまだ拙いところを残しながらも、今までのなかで一番の出来と一誠自身に感じさせた。

 

腹へと叩き込まれたその衝撃が、レイナーレの体の中を蹂躙する。その暴虐の嵐はレイナーレの意識を容易く吹き消し、またその体を地上目掛けて吹き飛ばした。

 

その上昇は留まることを知らず、ついには地上階の聖堂までたどり着いた。それでもなお勢いは止まらず、数メートルの高さまで上がった後、放物線を描いて落下。ゴロゴロと地面を転がり、教会の聖堂の扉付近に辿りついたことでやっとその動きを止めた。

 

気絶している堕天使が地下から飛び出してきた。その瞬間を見ている者たちがいた。アーシアをリアスと、何故か一緒にいた翔に預け渡してきた木場と小猫である。

 

2人は顔を見合わせた。そうして互いに頷くことで意思を確認しあう。言葉にすることなく自分たちの役割を確認しあうと小猫は地下へと続く階段の方へ。木場は自らの主を呼ぶために再び扉を開いた。

 

地下へと続く階段を駆け下りていく。少しの時間も惜しいと数段飛ばしで降りていった。そうして下りきった小猫が目にしたものは、怪我のせいで立ち上がれないながらも、やりきった満足感に身を震わせ喜んでいる一誠の姿だった。無事だったことに安堵の息を漏らす。

 

「・・・・・・先輩」

 

「あっ! 小猫ちゃん!」

 

小猫の声を聞いた一誠は、その顔に満面の笑みを浮かべて振り返った。そうして、右手でピースを作る。それだけで一誠の次の言葉の内容が察せられた。

 

「やったぜ! 俺、堕天使に勝ったんだ!」

 

「・・・・・・はい。凄いです」

 

それは心の底からの賞賛の声だった。神器の力があるとは言え、悪魔になって数週間のものが中級堕天使を打倒した。それも、悪魔としても格闘者としても才能に乏しいものがだ。快挙と言っても過言ではなかった。

 

小猫は知らず知らずのうちに微笑していた。普段無表情で滅多に見ることが出来ないその笑顔に一誠は思わず数瞬の間見惚れてしまうも、首を振って正気を取り戻した。

 

何とか正気を取り戻した一誠はある事実を思い出し、興奮した様子で口を開いた。それは、どうしても解けなかったなぞなぞが解けた時の子供のような無邪気な興奮だった。

 

「そうだ! 小猫ちゃん! 聞いてくれよ! 俺の神器の正体がわかったんだよ!」

 

「・・・・・・先輩の神器?それって――「赤龍帝の篭手《ブーステッド・ギア》ね」」

 

後ろから聞こえた声に小猫が振り向き、一誠が視線をそちらへと向けた。声からもわかっていたことだが、そこにはリアスが居た。その後ろには彼女を呼びに行った木場、そして4人の堕天使を担いでいる翔、そしてしっかりとした足取りで歩いているアーシアが居た。祭儀場へと入って来た彼らは、そのまま一誠の周りへと集まる。ついでとばかりに翔は担いでいた堕天使(おにもつ)をポイッとばかりに床へと落とした。ひどい扱いだが、誰もそのことにはツッコまなかった。唯一アーシアだけが微妙そうな顔を向けていたが。

 

「部長、それに翔も・・・・・・。ていうか部長、俺の神器の正体わかってたんですか?」

 

「確証はなかったのだけれどね。今回の件でそれが事実だと――あら?」

 

と、リアスが一誠の怪我に気付いた。手で押さえているだけのその左足からは、未だに血が流れ出ており、床に血溜まりを作り出していた。

 

「一誠、あなた怪我してるじゃない」

 

「え? ああ、はい。名誉の負傷ってところ「本当ですかっ!?」っ!? アーシア?」

 

一誠が罰の悪い顔をしていると、大声を上げてアーシアが一誠の前へと躍り出た。一誠の怪我の具合を確認すると、その顔を悲壮に歪めながらも強く声を出す。

 

「見せてください!」

 

「あ、うん」

 

その剣幕に思わず頷いた一誠だったが、次の瞬間には体を翠の光が覆っていた。その発生源は眼を閉じ集中しているアーシアの手元。神器「聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)」の回復の効果を持つオーラだ。

 

そのオーラによって急速に体が癒されていく。アーシアが閉じていた眼を開けた頃には傷は完全に塞がってしまった。疲労感は変わらず残っているものの、痛みは綺麗さっぱりと無くなった。

 

「・・・・・・これで治ったと思います」

 

「ありがとう、アーシア。大分楽になったよ」

 

「どういたしまして。でも、今度からは、こんな怪我をしないように気をつけてくださいね?」

 

心底心配そうにアーシアは言う。心優しい彼女にしてみれば、誰かが怪我を負うところなど見たくはないのだろう。それが、自分を助けるために負ったものだとしたら尚更。そのことを理解していながらも、しかし一誠は「応」とは応じられないのであった。

 

「いや、今回みたいにアーシアが危険な目にあったなら、自分の怪我なんて気にしちゃいられない」

 

強い意志を眼にも込めて、一誠はそう断言した。友人が危機に陥っていたら、自分の命を賭けてでも助けに行くという意思がそこには込められていた。

 

そんな視線を向けられたことの無いアーシアはむず痒いような気持ちを覚え、そこであることに気付いた。アーシアは元々治療のために一誠の近くまで寄っていた。そして、一誠はそんな状態から更に前にのりだすようにして自らの気持ちをアーシアに伝えたのである。

 

すると、どうなるか。自然、一誠の顔がアーシアの顔の至近距離にまで達した。当然こんなに男性と接近することなど無かったアーシアは顔を羞恥に染める。その様子を見て自分の仕出かしたことに気付いた一誠の顔も朱に染まった。

 

しまった、離れないと――そう思う一誠の意思とは裏腹に、視線はアーシアの顔を捉えて離さない。アーシアも同様なのか、一誠を真正面から見つめていた。

 

「イッセーさん・・・・・・」

 

「アーシア・・・・・・」

 

まるで魔的な何かに魅入られたかのように動くことが出来ない。――そういえば今は自分が悪魔なんだからこの場合魅入られたのはアーシアなのか?――そんなどうでもいいことが片隅に思い浮かんだものの、思考が正常に戻ることは無く。蕩けた思考のまま、顔がアーシアの方へと近づいていき――

 

 

 

 

 

「ゴホンッ!!」

 

 

 

 

 

そんな咳払いが、唐突に出来上がった桃色空間をぶち壊した。

 

その音で現実に帰ってきた2人は素早く距離を取り、視線を相手から外した。しかし、それでも相手が気になるのか。チラチラと互いに相手のことを見ては視線が絡み合い、また視線を外して、ということを繰り返していた。

 

そんな2人の様子に周りのものは皆「青春してるねぇ(してますね)」と思ったが、生暖かい視線を向けるだけに留めておいた。それよりもやるべきことがある。

 

「それで一誠、この堕天使はどうするのかしら?」

 

「どうするって、どういうことですか?」

 

一誠は首を傾げて、頭の中を疑問符で一杯にした。それはポーズではなく、本当にリアスの言っていることの意味を捉え切れなかったが故のことだ。

 

その様子を見て、この前翔に言われた「一誠は未だに悪魔としての常識を身につけていないし、身につけられるような時間も無かった」という言葉を思い返し、リアスは言葉を付け足すことにした。

 

「この堕天使に対する処分よ。これはこの堕天使を打倒した一誠と、被害を受けたアーシアが決めるべきことだと思って」

 

「処分・・・・・・」

 

それはつまり殺すかそうではないかということだろう。一誠はそう受け取り、そしてそれは正しかった。

 

一誠は自分では決めかねた。故にアーシアはどうなのだろう?とそちらへと振り向いた。

 

アーシアは視線で強く「一誠さんへとおまかせします」と言っていた。それは決断を人に委ねる、ということではなく、自分には言う資格が無いと判断してのことだった。

 

その視線を受け取った一誠は思案する。レイナーレをどうするか?頭を振り絞って考えて見るものの・・・・・・

 

(つってもなぁ・・・・・・)

 

正直、レイナーレをぶん殴れた時点で大分満足してしまっている。その先のことなど考えていなかったので、どうするのか決めかねた。

 

と、その時、一誠の眼がある人物を捕らえた。床に倒れっぱなしになっている神父たちを、木場とともに縄で縛っていっているその人物は、自らの師匠だった。

 

そう言えば、と一誠は思い出す。翔は、どの勢力も見つけたら即討伐してしまうはぐれ悪魔を殺すのではなく捕縛していたな、と。

 

どうしてだろう?そう疑問に思った一誠は、翔の答えを参考とするべく声を掛けた。「なあ、翔。どうして、翔ははぐれ悪魔を殺さなかったんだ?」と

 

その問いを受けた翔はどう答えようかと思考する。どのような答えならいいだろうか?

 

正直、1から説明することは出来る。武術の原点である護身。逆に最果てである人体の効率的な破壊。それぞれを突き詰めた活人拳と殺人拳というもののことを。。

 

けれど、それを言葉にしたら自らの信念が薄っぺらくしか伝わらないような気がした。そういうのは自らの生き方でもって示していくことで、言葉で得意げになって語るようなものではないと翔はそう思っている。白浜兼一が、自らの師匠の生き方からそれを学んでいったように。

 

だから、翔は簡潔に、けれども、この場にいる全員に伝わるように言葉を選んだ。そして、こう言った。

 

「自分で、そういう生き方を貫き通すと決めたからだよ」

 

そうか、と一誠はそれで納得した。納得させるだけの言葉の重みというものがあった。それは今までの人生において、どれほどの激闘、難敵であっても実際に命を奪い取ることなく勝ち続けてきた男が放った故の重さだった。

 

だから、だろう。一誠が師匠であり、親友でもある男のことを「格好いい」などと思ってしまったのは。

 

(たく。そんな姿見せられたら、こっちまで格好つけたくなるだろ)

 

翔のその言葉で、一誠の腹は決まった。元より、一誠は先ほどの勝負に勝った時点で今までの恨み等を晴らしてしまっているのだ。これ以上何か制裁を加えたら、それは格好良くない、と一誠は感じた。

 

故に、一誠が出した結論はこうだった。

 

「しかるべき場所で、しかるべき人が裁いてください。それが俺の意思です」

 

その言葉にリアスは苦笑する。ある意味、それは予想していた言葉だった。サーゼクスから翔のことを詳しく聞いていた時点で、こうなることは分かっていたのかもしれない。だからこそ、懐に置いておくべき女王(クイーン)たる朱乃をサーゼクスとの連絡や神の子を見張る者(グリゴリ)との調整をさせるために部室に待機させておいたのだから。

 

随分染められているわねぇ、と思いながらも、その変化をどこか好ましく思っている辺り、自分も毒されちゃったかしら?とリアスは内心思った。

 

「そうね。それじゃぁ、堕天使たちはサーゼクスさまを通じてグリゴリへと返還。向こうに対応を決めてもらいましょうか。悪魔祓いは人間の機関じゃ裁けないし、冥界の刑務所に入ることになると思うわ」

 

「つまり、どういうことなんだ?」

 

リアスの言葉を受けて即座に疑問の声を向けてきた一誠に苦笑しながらも、翔は答えた。

 

「つまり、問題は残っているものの、取り合えずは一件落着、ということだよ」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

その後の話をしよう。

 

結局、グレモリー領で騒動を起こしたのは、あの4人?の堕天使の独断らしく、彼らは力を封印された上で地獄へと収容されることになった。どこの地獄か?残念ながらそんなことを覚えるのに脳の容量を裂くほど翔はお人好しではない。ちなみに一誠は悪魔の常識を覚えていかなくてはならないのでそんな余分なものを覚える余裕はない。哀れ堕天使。

 

そんな、少なくとも一誠と翔にとってはどうでもいいことの他に、彼らにとっても大きな出来事が2つあった。

 

その内の1つが、今一誠たちの目の前で挨拶をしている。

 

「というわけで、私の僧侶(ビショップ)となったアーシアよ」

 

「アーシア・アルジェントです! どうぞよろしくお願いします!」

 

そう、アーシアのリアスの眷属化だった。

 

――あの後、アーシアはその所属をどうするかが問題となった。

 

アーシアの保有神器である聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)は人だけでなく悪魔や堕天使を癒すほどの強力な神器だ。生憎と、そんな彼女を放っておくような真似は3勢力のどこもしない。

 

一度命を取られそうになった堕天使陣営には心情的にもういられない。教会はもう追放されている身だ。故に、悪魔であるリアスの庇護下に入ることとなったのだ。

 

――最も、それだけでは眷属化する理由などなく。それら全てが建前で本当は一誠の傍にいたいからだと、一誠以外の全員が気付いていた。が、トラウマとかそんなの関係なく元から朴念仁の気があった一誠は毛ほども気付いていない。

 

そんなアーシアは現在、オカ研部室でオカ研メンバー+αに現在の状況――一誠の家にホームステイしており、駒王学園へと通うための準備をしていること――の報告と、これからよろしくと言う旨の挨拶をしていた

 

挨拶が終わり、オカ研部室に集まっている全員――オカ研メンバーと黒歌――がアーシアに歓迎の言葉を投げかけている中、一誠は自分の左隣で物騒な会話が交わされているのを聞いた。

 

「アーシアさんか、これはありがたいですね」

 

『ああ。筋肉痛を癒したら修行にならないからそれは出来ないが、それ以外の怪我なら即座に治すことが出来る。つまり、』

 

「もっと無茶な修行が出来る、というわけですね。いや~想像が膨らむなぁ」

 

『そうだな。お前の修行方法は一見無茶苦茶に思えてその実合理的だ。長年赤龍帝の相棒としてその修行を見てきた身ではあるが、感心することも多い』

 

「いやいや、そういうあなたこそ、長年の経験に裏打ちされた修行メニューの組み立ての正確さは尊敬に値しますよ。それはともかく、――――なんてどうでしょう?」

 

『いいんじゃないか?それに更に――――なんて加えてだな』

 

「なるほど! それなら――――の要素も組み合わせたらもっと・・・・・・」

 

そんな風に自分の修行(かいぞう)計画を自分に聞こえるところで話す彼らについに一誠が爆発した。

 

「だあああああ!! そういうのは俺の聞こえない所でやってくれ! なんで自分がいずれ受けさせられる拷問(しゅぎょう)の内容を聞かなきゃならないんだ!」

 

まるで刑の内容を自分で選択させられることになった死刑囚のような気分になった一誠がげんなりしながらツッコんだ。

 

それにキョトンとしながら答えたのは、ご存知一誠の師匠の翔と、

 

「そうは言っても、ねぇ。ドライグさん」

 

『そうだぞ、相棒。俺は相棒から離れられないんだから仕方ないだろう』

 

かつては二天龍の一角、赤き龍の帝王(ウェルシュ・ドラゴン)と称されており、現在は赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)に封印されているドラゴン、ドライグだった。

 

「そうかもしれないけどさ・・・・・・」

 

がっくりと項垂れながら一誠は思った。それでも、精神攻撃に晒されている状態を仕方ないで済ませたくねぇ、と。

 

そうやって項垂れていると、一誠の服がチョンチョンと引っ張られるのを感じた。そちらに視線を向けてみると、心配そうな顔したアーシアが居た。

 

「イッセーさん。大丈夫ですか?どこか調子が悪いんですか?」

 

どこまでも相手のことを気遣い、思いやれる優しさ。それは誰にでも持てるものではなく、ある意味ではアーシアの才能と言ってもいいだろう。そのことを一誠は再確認した。

 

(あぁ、確かにきつい修行だったけど、アーシアを助けられたんだから、それも良いやって思えちまうんだよなぁ)

 

そう考えると途端に何だかやる気がメキメキと湧き出してきた一誠。それを感じ取った翔は嬉しそうに破顔して一誠にこう告げた。

 

「お、何だかやる気が出たみたいだね。それじゃぁ、今日の修行はいつもより厳しめで行こうかな!」

 

「それは勘弁してください」

 

そんなある種の死刑宣告に一誠は思わず敬語になって懇願してしまい、その様子を見たオカ研部室は笑いで満たされるのだった。

 




副題元ネタ・・・蒼天の拳

大変お待たせしてしまいました。そして今までで一番長くなってしまいました。20000文字です。書き終わった後に思わず2度見してしまいました。

今回は原作との相違点が2つ出てきましたね。

1つ目がアーシア生存。2つ目がこの時点でのドライグ覚醒。

1つ目の理由は、一誠達が助けに行った時間が原作より早かったから、となっております。

原作だと「月が出てる」のに対して、拙作は「逢魔ヶ時」ですので。こんな原作読んでないとわからんようなクソ伏線だすなって話ですよね。

2つ目の理由は、一誠の修行が開始された時期が原作よりも早まったから、です。

原作で一誠の修行描写が見られるのは2巻になってから。対して拙作は初っ端からガンガン修行してますんで早まったってことですね。

後は強い思いが故にで。つまり、どういうことかというと・・・・・・

こまけぇことはいいんだよ! です

だって、D×Dって細かいところ突いていったらツッコミどころに限が無いし・・・・・・


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幕間1 Sister×Sister

幕間だよ!

これからも本編の合間にこういう日常的な描写を幕間としていれていくと思います。

今回は、皆さんお待ちの「アレ」だあ!


悪魔と堕天使のいざこざが人知れず起こった日から1週間ほどが過ぎたある日曜日。晴れ渡る空から気持ちのいい陽光が降り注いでいるものの、涼しい風が肌を撫でる程度に吹いている。まさしく絶好のお遊び日和といった具合で、街では遊びに繰り出そうという学生たちや、家族連れの姿が犇いている。

 

さて、そんな風に人でごった返しているとあるショッピングモールにて展開される今回のお話は、

 

「じゃあ行こっか。黒歌さん」

 

「そうだにゃ。久々の休みだし、精々満喫するとするかにゃ」

 

その言葉通り久々の休みにデートへと繰り出している武術家カップルのお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なあ小猫ちゃん。なんでこんなことしてんの?」

 

「・・・・・・静かにしてください。じゃないとあの2人に気付かれちゃいます」

 

「・・・・・・急に呼び出されたから何かと思って来てみたら後輩に辛辣な言葉を投げかけられたんだけど、泣いていいかな?」

 

その2人を隠れて尾行している白髪の少女と、何故かそれにつき合わされている1人の男のお話である。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「で、何してるの?」

 

変装と称されてコーディネイトを変えられた一誠が小猫に問うた。さっきまで着ていた今時の高校生が着るような服は袋にまとめて入れられ、現在は普段着ないようなシックな服装をさせられている。

 

シンプルな白のカッターシャツと黒のスラックスに黒のネクタイを緩めてつけている姿は童顔の大学生として通じなくも無い。

 

更に、普段は整髪料で整えている髪を後ろにゴムで結ばれ、そこにウィッグを付けることで擬似的なポニーテイルとなっていた。長さが肩に掛からない位しかないので、「ちょんまげっぽい」と言う人もいるだろうか。

 

顔を見れば一誠だと分かるものの、パッと見の印象が大分変わっているおかげで顔見知りでもすぐには一誠だと判別出来ないくらいにはなっている。

 

「・・・・・・あの2人の尾行です」

 

そう返答している小猫も普段とは大分違う姿を披露していた。

 

まず髪の色が違う。白髪なんて目立ちすぎるので、黒髪のウィッグを被っているのだ。髪型は普段と変わっていないものの、色が違うだけで全然別物に見えるから一誠としては不思議である。

 

また、それだけでなく顔の印象を変えるためのアイテムとしてキャスケット帽と縁なし伊達眼鏡をかけている。その愛らしさは、眼鏡萌えの気が無い一誠にさえ「眼鏡っ娘っていいかも」と思わせるほど。

 

服装は眼鏡が与える知的な印象とは対照的に、活動的な印象を振りまいている。細めのシルエットのジーンズと、ピッチリとした半そでの柄Tシャツ。ピンク色の指なし手袋が肘までを覆っており、それがまた可愛らしさを助長させている。晒されているお臍と白いお腹が眼に眩しい。

 

まず間違いなく、一目では「塔城小猫」だと気付けない。事実一誠は声を掛けられるまでそれが小猫だとは気付けなかった。

 

「いや、それはわかるけどさ・・・・・・」

 

そう言って一誠は視線を前へと向ける。その先には仲睦まじそうに話をしながら歩いている翔と黒歌の姿がある。

 

美男美女のお似合いのカップルと言ったその風情に、ほんの1週間前に恋人の振りをした堕天使に殺されるという稀有な経験をしたばかりの一誠は自らの師匠に向かって「リア充爆発しろ」と内心で吐き捨てた。もし彼らが同棲していることを知ったならその悪態も「リア充モゲロ」へとグレードアップされることだろう

 

ちなみに、尾行と言っても2人は物陰から物陰へと移動しているわけではない。普通に一定以上の距離を取って歩いているだけだ。時にはわざと離れて様子を伺ったり、翔たちに気付かれないように余念がない。恋人を装って尾行しているので、2人の間の距離は狭く、小猫から立ち上がってくる甘い、けれどもくどくはない香水の匂いに一誠はドキドキしっぱなしである。

 

その動悸を誤魔化すように一誠は小猫に話しかけた。

 

「そう言えばさ、小猫ちゃんが香水付けてるのって珍しくない?」

 

一誠の指摘に小猫は内心で驚いた。一誠が鈍いというのは最早オカ研メンバーの周知となっている事実であり――その背景にアーシアの被害があったのは言うまでもない――自分が香水を苦手としていることに気付くということが意外だったのである。香水が苦手な理由は勿論鼻が効きすぎるからだ。

 

「・・・・・・お姉さまは鼻が効きますから。誤魔化すために仕方なく」

 

「ふ~ん。そうなんだ。てか、お姉さま?」

 

「あ」

 

一誠の指摘に「しまった」というように小猫は声を上げた。その顔にもあからさまに「やっちまったZE☆」と書かかれている。一誠はそんな普段は見ることの出来ない後輩の顔を見ることが出来て、ちょっと嬉しくなった。

 

「・・・・・・聞かなかったということにしてください」

 

「ん。わかったよ」

 

でも、と一誠は付け足した。一拍開いた拍子に小猫が一誠の顔を見上げると、そこには人好きのする笑顔があった。華がある、という訳ではない、けれど何処か人を惹きつける笑顔。

 

「話せるようになったら話してくれると嬉しい。俺たちは仲間なんだからな」

 

ドラゴンには周囲のものを魅了する不思議な魅力があるという。だが、小猫はこれはこの先輩が元々持っているものなんだろうな、と漠然とそう思った。そして同時に何故アーシアがこの人に惹かれたのかが理解できたのだった。

 

だから、だろうか。誰かに語って聞かせることなどないと思っていた自分の過去。それを、概要だけでも話してみようと思ったのは。或いは、自分の胸に今も渦巻いているもやもやとした思いが晴れてくれるかもしれない、と。

 

「・・・・・・わかりました。詳しくはまだ言えませんが・・・・・・簡単に説明すると、あの黒歌という女性は私の生き別れの姉です」

 

その言葉に含まれていた感情は何だっただろうか? 親愛? それとも憎悪? 嫌悪? 嫉妬? 羨望? そのどれでもないようで、そのどれもが当てはまるような複雑な色模様だった。少なくとも、一誠はその感情を表す言葉を持たなかった。

 

「・・・・・・そっか」

 

だから、一誠にはそう答えることしか出来なかった。それがとても情けないような気がして、気持ちが落ち込んでいくのを止めるのに酷く労力がいった。

 

「じゃあ、小猫ちゃんとしては複雑だろうな~」

 

そんな自分の気持ちを誤魔化すように、頭の後ろで手を組みながら一誠はそう言った。

 

「・・・・・・どういうことですか?」

 

「いやだってさ。生き別れのお姉さんがいきなり恋人拵えて現れたわけじゃん?」

 

「・・・・・・まあ、そうですけど」

 

まぁ、その通りである。今の小猫の状態をわかりやすく書くとこうなる。

 

「あ、ありのまま、今起こったことを話します。こっちが生きるのに苦労していたら生き別れの姉が恋人を作って楽しんでいました。な、何を言っているのかわからないと思いますが私も何が起きたのかわかりませんでした。「ちゃっかり」だとか「何様」だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてないです。もっと恐ろしいものの片鱗を味わいました」

 

複雑な気持ちになるのも当然と言えた。むしろキレないだけ良心的である。

 

もしかしたら、胸がもやもやしているのってそれも含まれているのかな~、と小猫はそう思った。遠い眼をしているその目には光るものがあり、周囲にいるものに哀愁を感じさせる。

 

周囲に気まずい空気が広がっていく。自分の発言でそうなったことを察した一誠は、何とか空気を元に戻そうとするべく小猫へと話しかけた。

 

「んで、そのお姉ちゃんと恋人の様子が気になるから尾行していると。そういうことでいい?」

 

「・・・・・・はい。そうなります」

 

かつて、黒歌は小猫にとって良い姉だった。優しく、気が利き、しかし悪戯と人をからかうのが好きなお茶目な面もあり。親がいなくなって姉妹で2人。生きていくのに苦しくても、それでも姉のおかげで日々は楽しかったように思う。小猫は黒歌のことを「好きだった」と、そう即答できる自信があった。

 

だが、小猫にとっての最後の姉の姿は、仙術によって暴走している光景だった。普段の優しげな顔は見るかげもなく、返り血を浴びて凄惨な笑みを浮かべていた。まるで望んでそうなっているかのように、愉悦と快感にその身を委ねていたように見えた。

 

仙術は氣を利用する。そのため、術者は周囲の氣の影響を受けやすい。中には邪気や怨念といったものに影響されて正気を失う術者もいる。黒歌がかつての主を殺す際、小猫にはそれらと同じように暴走していたように見受けられたのだ。

 

――だからこそ、小猫にとって黒歌は優しい大好きな姉であるとともに、恐怖の象徴でもあるのだ。そして、姉をそのような姿へと追いやったと思われる仙術を忌避して、使わないようにしている。それがあればリアスとその眷属(仲間たち)の大きな力になると分かっているのに。

 

けれど、と小猫は眼前の光景を見て思う。少し離れた場所では、黒歌と翔が楽しげに談笑している。その顔にはかつての姉を想起させる微笑みがあった。その笑顔を見ていると、かつての光景に対する疑念、その笑顔を向けられている翔に対する羨望、そんな笑顔を浮かべている姉に対する嫉妬が湧き上がってくる。

 

――どうして、かつてと同じ笑顔を浮かべられるんですか? どうして、その笑顔を自分に向けてくれないのですか? どうして――

 

ポン、と肩を叩かれた。その感触が小猫を思考の海から引き上げる。その方向に顔を向けると、一誠の心配そうな表情があった。

 

「小猫ちゃん。大丈夫?」

 

いけない、と小猫は頭を振った。そも、それを確認するために尾行などという行動をしているのだ。今は思考に埋没しても意味が無い。おまけにこの先輩に心配をかけているのもいただけない。今は大丈夫だと言うことを示すためにもいつもの自分を装わなくては。

 

「・・・・・・心配させてすみません。ですが、もう大丈夫です。ですからあまり長いこと触れないでください。セクハラで通報しますよ」

 

「えっ!? 心配してたのにそれはひどくない!? てか、携帯出さないで! 110番を押さないでっ!!」

 

少しならず大げさに反応するその様子が可笑しくて。意識せずにくすり、と笑った。自分を見て一誠が苦笑しているのを眺めて、そんな風に微笑している自分に気付いて。自分の心がちょっとだけ晴れているのにも気付いて。やっぱり、この先輩を連れてきたのは間違いじゃなかったと、そう思うのだった。

 

「ほら、翔たちが移動するみたいだ」

 

「・・・・・・そうですね。追いかけますよ」

 

少しずつ距離が開き始めている相手を指差して一誠が言う。それに答えながらも足の動きを早めた。視線の先には変わらずに笑う2人の姿。やっぱり、胸はもやもやしてくるけれど。でも、さっきよりもマシになっているような気がした。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

時間が経って午後3時のティータイムのこと。生活必需品と服を数点買った翔たちは休憩に入った。どこのショッピングモールでも大体あるようなエスカレーター前のベンチに座っている。

 

小猫たちは直線距離にして50メートルほど離れた同じようなベンチに座って様子を眺めていた。黒歌たちからは視界に入らないようにしているので気付かれていない、はずだ。

 

と、そこで様子が変わる。2・3言喋って翔が席を外したのだ。一誠がどうしたんだろう、と思っていると

 

「・・・・・・どうやら飲み物を買ってくるみたいです」

 

と、そう小猫から注釈が付けられた。思わず感心してしまう。

 

「へぇ~。この距離からでもわかるんだ。凄いね」

 

「・・・・・・僅かに拾った声を読唇術で補足してます。慣れたら先輩も出来るようになりますよ」

 

とは言うものの、さすがに素ではこの距離の喋り声を拾うのは困難だ。キャスケット帽の中では猫耳がピクピクと動いていることを一誠は知らない。

 

と、視線の先の黒歌の様子が変化してきた。今までの楽しそうな様子から一転、肩を落として盛大に溜め息を吐いている。そのことを小猫が怪訝に思っていると、黒歌の後ろにパッと翔が現れた。瞬間移動でもしたかのような現れ方に一誠ともども吃驚してしまう。どうやら黒歌も吃驚しているようだ。

 

「えっ!? 何がどうなってるんだ?」

 

「・・・・・・音声を拾いますっ!」

 

集中して声を拾う。そうして聞こえてきたのは「冷たっ!?」と「びっくりした?」と言う声。前者が黒歌で後者が翔だ。一誠にも状況が分かるように実況中継を始める

 

どうやら、青春漫画でよくある缶ピタ――主に傷心中の少年或いは少女に対して異性が後ろから冷たい、或いは暖かい缶の飲み物を首筋にピタッと触れさせることで吃驚する反応を見るあれ――をやったらしい。小猫は何だか定番のシーンを冒涜されたような気分になった。何しろ登場シーンがアレである。色々と台無しだった。

 

『まったく・・・・・・。こんなところでそんな無駄に身体能力を発揮しないでもいいのに・・・・・・』

 

『ハハハ。僕としてはいつも色々と主導権を握られている黒歌さんから一本取れて結構満足ですよ』

 

「へぇ~。普段は黒歌さんがリードしてるわけね。でもまぁ、黒歌さんのほうが年上だからそうなるか」

 

「・・・・・・・しっ。向こうの声に集中したいから少し静かにお願いします」

 

「ォーヶー」

 

翔が黒歌へとジュースを手渡しながら黒歌の隣に座る。見えたジュースの種類はスポーツドリンクの類だった。別にどうでもいいと小猫はその情報を切り捨てる。

 

翔が黒歌の方へと顔を向けた。肩と肩が触れ合う距離なので、自然と顔同士の距離も近くなる。それでも2人が赤面しないところを見るに、その距離が当然となっているらしい。

 

『で、今日1日、とはいかないけど遊んだわけだけど』

 

と、小猫はそこで気付いた。翔の顔が真剣なものになっている。それも、小猫がこの前見た武術家としてのものとは違っている。そのように小猫は感じた。

 

そこには、恋人のことを真剣に案じる1人の男の顔があった。

 

『どうやら、気分転換にはならなかったみたいだね?』

 

『ばれちゃった?』

 

黒歌も口調が普段とは違う。黒歌は普段と真剣な時とで口調を使い分ける。そのことを小猫は知っていた。

 

『ばれないなんて思っても無いでしょ。もうすぐ2年近くになる付き合いなんだから』

 

『まぁそうだけど。それに翔ってこういうことには鋭いしね~』

 

『ま、師匠たちのおかげでね』

 

軽口を交し合い、クスクスと笑う。その様子からも、2人の仲の良さが伝わってくる。今日尾行してもうわかっていたことだが、本当に恋人として互いを信頼しているということが改めて認識できた。

 

『で、悩み事っていうのはやっぱり小猫ちゃんのこと?』

 

『そうよ』

 

ドキン、と心臓が高鳴る。今回尾行していた目的――姉がどういう心境でこちらに接触してきたのか――が図らずともわかる機会が舞い込んできた。溜め息を吐いている姉とは反対に、小猫の胸はその気持ちの高ぶりに鼓動を激しくしていった。

 

『わかりきっていたことなんだけど・・・・・・やっぱり、そう簡単に和解なんて出来ないわよね。・・・・・・自分のせいだってのは分かっているんだけど、それでもやっぱり堪えちゃって』

 

その言葉に頭をガツン、と殴られたようなショックを受けつつも、頭の中ではどこかやっぱり、と思っている自分がいた。翔が一誠の修行を見ている最中、大体2日に1回の割合で黒歌はオカ研のところに来る。そして大体小猫へと話しかけてくるのだ。

 

その時の黒歌の様子は機嫌の悪い姉妹の様子を伺う姉のようでいて、喧嘩をした相手と仲直りをしたがっているようでもいて、それでもどこか罪悪感を覚えている罪びとのようでもあった。そんなことは様子を見ていれば小猫にだって判る。小猫はそれほど鈍感じゃないつもりだ。

 

だが、姉が自分と仲直りをしようとしてると信じようとしても、どうしても思い出してしまうのだ。姉の最後の姿を。その時の恐怖を。姉が姿を消してからの生活と、その時に周りからぶつけられた悪意を。その度に疑心暗鬼になってしまって、どうしても姉の行動には裏があるんじゃないかと疑ってしまう。そうじゃないと分かっているのに。

 

そんな自分が嫌になって。自分もかつてのような仲になりたいと心の底のほうでは望んでいるはずなのに。でも頭と感情がどうしても姉を信じきれなくて。そっけない態度をとってしまって。相手からの好意を受け取らなくて。そのくせ姉から笑顔を向けられている翔を羨ましがって。そんな笑顔を浮かべられる姉に嫉妬までして。そしてまた自分が嫌になって――

 

視界の中では、姉が普段見せている笑顔とは対照的な弱弱しい笑みを見せている。普段浮かべている周りを元気にさせるようなものとは違う、どこか自分を攻め立てるような自嘲的な笑み。そんな顔を見て、そしてその表情にしているのが自分だと思うと、胸がズキンと痛んだ。

 

『覚悟していたことなんだけど・・・・・・。小猫・・・・・・白音に嫌われているって思うと、ね』

 

え、と小猫は口の中で出した。何を言っているのか暫く理解できなかった。そして理解した瞬間、小猫の中で爆発的な感情が生まれた。

 

お姉さまは何を言っているんだ? 私がお姉さまを嫌っている? そんなことあるわけないじゃないか。違う、違う。違うんだ。そうじゃないんだ。私がお姉さまを嫌っているなんて、そんなことは――――

 

『そんなことは、ないんじゃないかな』

 

金髪の男が自分の感情と同じことを言ったことで、小猫の頭が冷えた。

 

『でも、それは・・・・・・。だって。私、白音に話しかけても、そっけない態度しか取られたことないわよ』

 

『それは多分、白音――小猫ちゃんも戸惑っているんじゃないかな。もし本当に嫌われているんだとしたら、そもそも側に近寄らせないと思うよ』

 

僕の存在も、事態と小猫ちゃんの感情を複雑にしているんだろうけどね。そう苦笑して付け足しながら男は話し続ける。

 

『黒歌さん、僕はこう思うんだ。――人は、他人を嫌いになろうと思えばどこまでも嫌いになっていけるって』

 

視界の中で男は言う。その内容が小猫には少し意外だった。男は、風林寺翔は、どちらかというと人の善の側面を信じているように思えていたのだが。

 

『別に、特別なことなんていらないんだ。嫌いになるような切っ掛けが無くっても、ただ、何となく気に入らない。そう一度気付いてしまえば、どこまでも人は他人を嫌っていける。あいつの顔が気に入らない。あいつのどこどこが気に食わないって。しまいには、くしゃみの仕方が気に入らない。笑い方が癪に障る。そんな些細なことでも、人は人を拒絶することが出来るようになる。なってしまう。どこまでも嫌っていける。相手と顔を合わせるのも嫌になる。相手が呼吸をしてるだけで嫌になる。そんな状態にまでいく。』

 

翔が人のある一側面を語る。まるでそれは、男自身がそういう感情を経験したことがあるかのような、長年そんな感情を抱えてきたかのような。そんな口ぶりだった。

 

でも、それはある種1つの真理だった。人は誰しもが聖人君子になれるわけではない。誰か1人でも嫌いにならない、そんなことが出来る人間は稀だ。それは活人拳を志している翔とて変わらない。

 

『小猫ちゃんの様子を見ていれば、とてもそんな感情を黒歌さんに抱いているようには見えないよ。・・・・・・黒歌さんから聞いた顛末が本当のことで、それが原因で小猫ちゃんが黒歌さんを心底から嫌っているとしたら、もっと露骨に嫌悪感を表に出すと思うよ』

 

『そうかな?』

 

『うん。そうだよ』

 

翔が黒歌の頭を慰めるように撫でた。その行為には遠めから眺めている小猫にさえ分かるほど慈しみに満ちていて、小猫に「ああ、この人は本当に姉を愛しているんだな」と、そう思わせた。

 

黒歌は撫でられて気持ち良さそうにしていた。が、不意に迷子になった子供のような顔つきになる。その内心はまさしく進路を失ってしまった子供だろうか。

 

『それじゃあ、どうやって白音と仲直りしようかしら・・・・・・』

 

『う~ん。流石にそれは僕にも思いつかないかな。姉妹間の問題だから下手に手出しをするわけにはいかないし・・・・・・。小猫ちゃんが気持ちの整理をつけるまで待つしかないのかもしれないよ』

 

『『う~ん・・・・・・』』

 

2人が仲良く唸りだした。顎に手をやっていかにも「考え込んでます」と言うふうに見える。

 

小猫は、2人がそうやって悩んでいるのが、姉が自分と仲直りしたいがため、と言う理由であるため、ちょっとだけ嬉しくなった。同時に、少しばかり申し訳なく思う。

 

『そうだね・・・・・・。具体的な方法は思いつかないけど、小猫ちゃんに「話してもいい」「しょうがないから話をする」って思わせることが出来たらいいんじゃないかな。そうすれば話す機会も増えて、一緒に居る時間も増えるだろうし』

 

『「しょうがないから話をする」・・・・・・。なら・・・・・・』

 

黒歌が俯かせていた顔を上げる。その瞳の中には一筋の光明を見出したもの特有の希望の光が映し出されていた。

 

『翔! ありがとう!』

 

『おわ! 急に抱きつかないでくださいよ』

 

がばっ!と黒歌が翔に向かって飛び込んだ。唐突な黒歌の行動だが、翔はしっかりその胸板で受け止めている。平静そうに見えるが少しばかり頬が紅潮しているのを小猫は見て取った。耳は隣からの歯軋りの音を聞き取った。

 

『白音と仲直りできるかもしれない方法を思いついたわ! これも翔のおかげよ』

 

『じゃあ、どういたしまして、と言っておこうかな?』

 

『ええ! ・・・・・・こうしちゃいられないわ。家に帰るわよ!』

 

黒歌が地面に置いてある荷物を手に取り、そして走り出した。よっぽど思いついたその方法を早く試してみたいのだろう。或いは早くしたいのは小猫との仲直りのほうなのかもしれない。

 

『え、ちょ黒歌さん!? ・・・・・・早いなぁ』

 

翔が頭をポリポリと掻いている。困ったな、とでも言うようなその仕草が余りにも自然で、これはあの人の癖なのかもしれないと小猫はそんなどうでもいいことが思考の片隅に浮かんでは消えた。

 

『黒歌さ~ん! 荷物は僕が持ちますよ!』

 

翔が黒歌に向かって走り出す。暫く箸って黒歌と合流すると、その言葉通り荷物を受け取った。その左手は黒歌の右手を掴んでいる。

 

2人が遠ざかっていく。けれど、追い駆ける必要はない。今日得ようとしていた答えは、得られたのだから。

 

「・・・・・・先輩。今日は唐突な呼び出しに応じてもらってありがとうございました」

 

「別にいいって。後輩の頼みなんだしな」

 

ニカッと笑ってそう言ってのける一誠。小猫はかつて翔が一誠を指して「お人好し」と評していたのを思い出していた。少なくとも急に呼び出されて、それを不満に思わずに笑って流せるところはお人好しと言えるのかもしれない。

 

と、小猫はそこで一誠は翔のことをどう思っているのか気になった。翔は一誠を「お人好し」と言った。では一誠は? 翔のことをどう思っているのだろう。

 

「・・・・・・先輩、翔さんってどういう人なんですか?」

 

「お姉さんの恋人だしな。やっぱり気になっちゃうかな?」

 

「・・・・・・はい。友人なんですよね?」

 

「そうだな。親友だ」

 

小猫の言葉に一分の隙もなくそう断言する。その言葉には躊躇いといったものは微塵も無く、一誠から翔へと注がれる信頼の大きさがどれほどのものかを小猫に示していた。

 

「翔がどういう人間か、ねぇ・・・・・・」

 

視線を上へとやって思案に耽る。頭をポリポリと掻く姿がどことなく翔と似ていた。そんな仕草がうつるほどには親しいのだろう。

 

やがて、自分の中から言葉を見つけ出したのか。一誠がその口を開きだした。

 

「確かに俺たちは親友だ。でも、知らないことだって沢山あると思う。実際、俺は翔が武術を習っているっていうのは知ってたけど、あんなに強いとは知らなかったし、悪魔だとかに関わっているってことも知らなかった」

 

それはしょうがないことなんだろう、と一誠は心の片隅で思った。

 

例え恋人だろうが、友人だろうが、飽くまで他人である以上、相手の全てを理解することなんて不可能なんだろう、と。

 

でも。

 

それでも、知っていることがある。分かっていることがある。そのたった1つの事実だけで、翔がどんな隠し事をしていようが変わらず親友でいられるという自信があった。

 

「あいつは、さ。俺のことを「お人好し」だとか、「良いやつ」だとか言うけど」

 

一誠の顔には満面の笑みが浮かんでいる。いつもの子供が笑っているような無邪気な笑みではない。どこか誇らしげな色ののっている笑顔だった。

 

「あいつの方が「お人好し」だとか、「お節介焼き」だとか言われる性分の人間だよ」

 

かつてのことを思い出す。と、いってもそう昔のことではない。たった1年にも満たない昔のこと。

 

今から考えたら、馬鹿だとしか思えないような自分たち。そんな自分と悪友が変わることが出来たのは、間違いなく翔のおかげなのだ。

 

と、言っても、根底の方では変わっていない。ただ、人前ではその馬鹿な部分を表に出さないようになっただけ。自分達だけで集まったときなんかは変わらずに馬鹿話をするような、そんな大馬鹿たちだ。

 

そんな馬鹿たちの世話を焼こうという時点で、十分に「お節介焼き」と評していいだろう。少なくとも一誠は翔のことをそう思っている。

 

ま、男なんてのは皆そんな馬鹿な部分をどこかで持ってるもんだろ。そう思い、一誠はククッ、と笑いを噛み殺した。

 

「・・・・・・そうですか」

 

その時、小猫の気持ちに湧き上がって来た感情は何だったのだろう。

 

自分の感情なのに、それが分からない。ただ、それに近しい言葉を探して。意外にもそれはすぐに見つかった。

 

(嬉しい、か)

 

何で嬉しいのだろう。何でそう思ったのだろう。

 

姉の恋人が優しい人だと分かったから?

 

その疑問への答えは出なかったが、とにかく「悪くない気持ち」だった。

 

小猫が立ち上がる。お尻をポンポンと叩いて埃や汚れを落とした。ここでの用事は済んだのだ。なら、ここに居る必要もないだろう。

 

「・・・・・・何か、おやつでも食べましょうか。今日のお礼も兼ねて、奢らせていただきますよ」

 

「へ? いや、お礼なんて別にいいのに」

 

その言葉を聞いて、思わず小猫は笑ってしまった。急に呼び出されて用事につき合わされてもお礼はいらない、と言うとは。自覚がないが確かに「お人好し」らしい。小猫は翔の一誠への評価は正当なものだと感じた。お互いがお互いにお人好しだと評しているのがどこか可笑しかった。

 

「・・・・・・いいですから。お礼は素直に受け取るものですよ」

 

そう言って微笑む小猫はとても綺麗で。今まで見たことが無かったようなそんな姿に、一誠は思わず見惚れてしまい数瞬の間固まってしまうのだった。

 

余談だが、その後、一誠は小猫の胃袋の底なし具合に別の意味で固まったらしい。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

後日のこと、黒歌がオカ研部室に差し入れを持ってきた。

 

その差し入れは3段の重箱にいれられた眼にも鮮やかな和菓子の数々であり、黒歌の話では友人に習って黒歌が作ったものらしい。

 

オカ研の面々は男も含めてその和菓子に舌鼓を打ち、女子たちはその美味しさを絶賛していた。

 

そして今、小猫の前では黒歌が不安そうな顔をして待っている。

 

何を?

 

それは、自分がこの和菓子を食べて、その感想を言うことを、だろう。

 

小猫は自らの手に目線を落とした。そこでは梅の花を模した和菓子が舌の前に眼を楽しませてくれている。見た目からは老舗の和菓子店で作ったと言われても疑わなかったであろう見事なものだった。

 

口に含んでみる。くどくない、和菓子特有の柔らかな甘さが舌を喜ばせた。その後には梅の爽やかな香りが鼻腔を駆け抜けてくる。

 

湯のみを手に取った。その中に注がれている緑茶を口に含むと、その渋さが舌を洗い流し、先ほど食べたばかりだというのにすぐに次の和菓子を食べたいという欲求が鎌首を擡げてくる。

 

美味しい。

 

それが率直な感想だった。

 

(そう、だからしょうがないんです)

 

これは、別に餌付けされているとか、懐柔されているとかそういう話じゃあないのだ。

 

美味しい物を食べたら、それに対する感想は素直に口に出さないといけないのだ。

 

だから、未だに蟠りが残っている目の前の姉と話すことになってもしょうがない。

 

そう、しょうがないのだ。

 

だから。

 

「                」

 

小猫は、目の前の姉に対して話しかけた。

 

 




副題元ネタ・・・・・・ハンターハンター

と、言うわけで小猫と黒歌の和解のためのその一歩でした。

書いていて思ったこと。

「これ、仲修復できなくても仕方なくね?」

特に「生き別れの姉が恋人を作って~~~」のくだりの辺りでそう思いました。

リアルでやられたら、少なくとも俺なら無理。

ま、まあ! 小猫ちゃんは良い子なので! こんな状態からでも仲直りできるんです!

原作では敵対状態からスタートなので敵意が多かったですけど、拙作では味方からスタートなので敵意よりも複雑な感情成分が多めです。

翔もそれに拍車をかけているよ!

というわけで、和解はじっくり時間をかけます。じゃないと無理。


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幕間2 放課後パーティータイム

幕間2ですが、時系列的にはむしろ原作2巻に相当すると思います。

今回はアーシアメイン!


駒王学園には校舎が幾つかある。

 

その中の1つが音楽室や家庭科調理室、理科実験室など、教室では出来ない授業を行うための実習室を丸々内包している実習棟だ。

 

放課後となり、斜陽差し込む時間となっている実習棟をアーシア・アルジェントと桐生藍華が並んで歩いていた。

 

両者は楽しそうに談笑していた。主に桐生が会話を振ってアーシアが相槌を打っている形だ。

 

「それでさ~、あいつったらこう言ったのよ? 『松坂牛と烏骨鶏が街頭で焼肉撲滅宣言っ!?』って。授業中にどんな夢みてんだって話よね」

 

「フフッ。イッセーさんって面白い人なんですね」

 

「いやいや。ただの変態よ」

 

「イ、 イッセーさんは変態じゃないと思います!」

 

どうやら共通の話題である一誠の話で盛り上がっているらしい。桐生は笑いながら一誠を貶しているがそれも仲が良い故だろう。

 

顔を真っ赤にしているアーシアを見て桐生が「初心な反応ね~。可愛いなあ」と「弄りがいがありそうね」という2つの感想を抱いているとは露知らず、アーシアは一誠が如何に良い人かを話し始めていた。

 

その内容は、普段一誠と翔、松田、元浜の4人組とツルむことも多い桐生にとっては、「まあイッセーならそうするでしょうね」というものだったが。

 

要約すれば、道に迷っていたアーシアを一誠が助けてくれた、ということである。そこからどう進んだら一誠の家にアーシアがホームステイすることになり、この学校に転校することになるのか。桐生の興味を刺激してやまない。

 

まあとにかく、1つだけ分かったことがある。

 

「アーシアがイッセーのことを大好きなのは良くわかったわ」

 

「わ、わわわわわっっ!? イ、イッセーさんがす、すすすす好きってなんですかっ!?」

 

顔を耳まで真っ赤にして、どもりまくっている。誤魔化せるわけがなかった。

 

そんなアーシアの反応を見て思う。

 

(天然で清純でしかも初心な金髪美少女って、スペック高すぎない? しかもシスター属性。こりゃ男が「守りたい」って思うのも仕方ないわ)

 

彼氏持ちのリア充な桐生は別に僻むことは無いのだが、馬鹿な女も出てくるかもしれない。女にはドロドロとした部分があることを桐生は承知している。

 

ま、友達になったことだし、色々手を打ちますかっ、とそうアーシアがまだワタワタしている横で桐生は思った。

 

と、ある程度歩いていると目的地へと辿りついた。

 

「お」

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「いやいや、次で最後だなあ、と」

 

「ほえ?」

 

アーシアが小首を傾げて?マークを頭の上に掲げている。そんな仕草も一々可愛いなあ、と桐生は内心で呟きつつ間近に迫りつつある扉の上のプレートを指差した。

 

そこにはゴシック体で「第一音楽室」と書かれている。

 

「第一音楽室ですか。さっき見たのは第二でしたよね?」

 

「そ。どっちも音楽室には変わらないんだけどね~。所属クラスで使う教室が変わるのは勿論、第一は軽音楽部が、第二は吹奏楽部が主に使ってるのよ」

 

その説明で得心がいったようだ。そうなんですか、と頷いて扉へと近寄っていく。

 

扉についている窓から中を見ようとしていたのか。しかし、カーテンが掛かっていたことで中がどんな風になっているのかは見えなかった。

 

「カーテンで見えません」

 

「音を鳴らすからね。音が漏れないように遮音カーテンを張ってるのよ。壁も防音仕様なのよ」

 

「はあ。凄いです」

 

「駒王は設備に金かけてるからね~。流石元お嬢様学校って感じでしょ?」

 

「はい。校舎もグラウンドも体育館も凄く広くて圧倒されました」

 

「その分掃除とかが大変なんだけどね」

 

感心している様子のアーシアに、桐生が説明していく。その反応も納得だと、多少苦笑した。かつての自分もそんな風に圧倒されたものだ。

 

と、アーシアがこちらに振り向いてきた。綺麗なお辞儀をされたのに多少面食らっていると、アーシアが口を開いた。

 

「桐生さん。校舎を案内していただいてありがとうございます」

 

「どういたしまして。アーシアは真面目だね~」

 

「シスターですから」

 

顔を上げてきたアーシアと向かいあった。多少冗談めかしているその言い方の奥に、何か悲しげなものを桐生は感じ取ったが、まだそこまで深入りすべきではない、と自制した。

 

と、そこでアーシアの様子が変化した。何かしら不安そうな顔をして、何かを言おうとしては口を閉じてを繰り返している。桐生はアーシアが口にするまで待つことにした。下手に急かしてはいけないのだと分かっているが故の判断だ。

 

「あの、その……。桐生さん、お願いがあるんですけど……」

 

「お願い? まあ、あまりにも無理な願いじゃない限りは別に良いけど」

 

「はい、あの……えっと……」

 

両手を擦り合わせ、顔を俯かせていく。眼は左右へと泳いでいて、額には冷や汗が浮かんでいた。今のアーシアの感じている不安の大きさが見て取れる。

 

「その……私と……」

 

「私と?」

 

そこまで言ったところで深呼吸。呼吸を落ち着かせたところで一誠の姿を思い浮かべた。それだけでアーシアの心に勇気が湧いてきて、今までの不安を拭い去ってくれた。

 

その勇気を動力源として、アーシアは最初の一歩を踏み出した。

 

「その……と、友達になって欲しいんですッ!!」

 

最後は半ば勢いだった。

 

思った以上に大きな声が出たことで、アーシアの中の不安が再燃してくる。

 

どうしよう。大きな声が出ちゃいました。驚かせちゃったかもしれません。いや、それ以前にこんなお願いするなんて変な子って思われているかも。

 

桐生が中々返事をしないことも、その不安を煽っていった。

 

どうしたんでしょうか? と、チラと桐生を覗き込んだ。

 

「……プッ」

 

思わず、といった様子で桐生が噴出した。

 

その様子を見てアーシアは呆然とした。

 

「クッ、フフフッ。アハハハッ!! アーシアッ! 『友達になりたい?』それは無いわッ!! アハハハッ!!」

 

心底堪らないと桐生がお腹を押さえながら爆笑していた。呼吸も苦しいのかヒーヒー言いながら壁に手をついている。

 

その言葉を聞き、桐生の姿を見たアーシアの心の中を暗い気持ちが覆っていった。

 

――そうだ、何を勘違いしていたんだろう?

 

――イッセーさんが友達になってくれたからっていい気になって。

 

――あの人が特別なんだ。

 

――なのに、あの人が友達になってくれたからって、もっと友達が欲しいなどと欲張って。

 

――こんな欲深く、罪深い自分と友達になってくれる人など――

 

絶望と諦念が湧き上がってくる。

 

感情が噴出して、泣き出してしまいそうになる。

 

でも、駄目だ。泣いてしまったらもっと……。

 

そう感情を押し殺して、涙を零さないように我慢しようとした。

 

けれど、耐え切れずに右の瞳から涙が零れ出て。

 

――そのアーシアの心の雫を、桐生の親指が拭い去っていた。

 

「私は、もう既にアーシアと『友達になっていた』つもりなんだけど?」

 

「え?」

 

アーシアの思考が、本当に一瞬停止していた。

 

その間も、桐生は喋っている。頭の後ろで手を組んで。その顔に愛嬌のある笑顔を浮かべて。

 

その笑顔が、アーシアに桐生の言葉が本心からのものであると理解させていた。

 

「ま、ジョジョ風に言うとこうかしら。――『友達になりたい』と心の中で思ったならッ! その時スデに友情は結ばれているんだッ!」

 

「『友達になりたい』と思ったら、友情は結ばれている……」

 

そう言えば、とアーシアは思い出す。

 

初めての友達である一誠も言っていた。

 

――今日一日俺とアーシアは遊んだだろう? 話しただろう? 笑いあっただろう? なら、俺とアーシアは友達だ! 悪魔だとか人間だとか、神様だとか関係ない! 俺とアーシアは友達だ!――

 

遊んで、話して、笑いあったならもう既に友達なのだ。

 

今日一日、桐生とは何度も話し、そして笑いあった。

 

なら、もうスデに自分たちは――

 

「『友達だ』なら使ってもいいわよ?」

 

桐生が冗談めかしてそう言った。ウィンクをしている姿が随分と様になっている。

 

その言葉に、さっきとは別の意味で涙が零れ落ちそうになる。

 

嗚咽が漏れ出て、まともには喋れなくなってきそうだ。

 

でも、我慢しないと。

 

だって、言わないといけないことがあるから。

 

新しく買ったばかりの制服の袖で目元を拭う。汚れてしまったな、なんてどうでもいいことが思い浮かんだ。

 

顔を上げた。

 

笑顔を形作った。

 

何とか笑顔になっているかな、なんて不安になる。

 

でも、言うんだ、言え――

 

「――はい! 私と桐生さんは『友達です』!!」

 

それは本当に綺麗な笑顔で。

 

見るもの全てを笑顔にする力が含まれていた。

 

「ええ、勿論よ」

 

だから、桐生もそれまで以上の満面の笑顔で返すことが出来た。

 

と、アーシアが我慢の限界に来たのだろう。

 

その両の眼から涙を流し始めた。

 

「うう~。桐生さあん」

 

「はいはい。泣かないの。折角の綺麗な笑顔が台無しよ?」

 

ポケットから出したハンカチにてアーシアの顔を拭ってあげた。

 

彼女が化粧をしてなかったのは幸いだろう。もしもしていたら顔がぐちゃぐちゃになっていたところだ。

 

まあ、しなくてこの美貌はどうなのよ、と思いはするのだが、そんな思考は頭の中のゴミ箱にボッシュートしとくのが吉だろう。嫉妬したところでどうにもならないし、第一泣いているアーシアを見ていればそんな気持ちも萎んでいくというものだ。

 

数分経っただろうか?まだスンスンと鼻を鳴らしているが、何とか涙は収まってきたようだ。

 

人前で泣いたことが恥ずかしいのだろう。その顔を羞恥で赤く染めている。

 

「その、みっともないところをお見せしてしまいました」

 

「別にいいわよ? アーシアほどの美少女の泣き顔を見れるなんて光栄なことだし」

 

「び、美少女!? も、もう! からかうのはやめてください!」

 

「本当のことなんだけどな~。それに時間も稼げたし結果オーライでしょ」

 

「え? 時間、ですか? どういうことです?」

 

アーシアのその質問には答えずに、桐生は第一音楽室の扉を開けた。

 

そしてその行動を見送っていたアーシアの後ろに回ると、その背中をグイグイと押していく。目指す先は音楽室だ。

 

「ちょ、ちょっと!? 桐生さん!? 今はクラブ活動中なんじゃあ……!?」

 

「はいはい。いいから入った入った」

 

押しの弱いアーシアは碌な抵抗も出来ずにその扉を潜った。カーテンが顔に引っかかってきた。思わず眼を瞑り、カーテンを手で押しのける。

 

カーテンを追いやったことで眼を開けた。その先には部活に励んでいる生徒達の姿が――

 

パンッ! パパンッ!

 

『アーシアちゃん! 駒王学園へようこそ!!』

 

無く、クラッカーをこちらに向けて一斉に引いているクラスメイト達の姿があった。

 

「ほえ?」

 

予想していた光景がなかったことと、大きな音が鳴ったことによって呆けてしまう。教室中に広がる光景を見渡していても、何が起こっているのか理解できない。

 

と、教室の前方の黒板に何かが書かれていた。あそこには色とりどりのチョークで「アーシアちゃん歓迎会」と書かれていた。残念ながら日本語を習いたてで漢字がまだほとんど分からないアーシアには「アーシアちゃん」までは読めても「歓迎会」までは読めなかった。

 

「あの~桐生さん、これは?」

 

「見て分かるでしょ? アーシアの歓迎会よ」

 

「かんげいかい? それって……」

 

今だに呆然としている様子のアーシアの腕を誰かが引っ張った。そちらに眼を向けてみる。左手を引っ張っているのは確か「片瀬」さん。右手を引っ張っているのは「村山」さん、だったか?

 

「あ、あの!?」

 

「ほらほら! ボーっとしてないで!」

 

「今日はアーシアちゃんが主役なんだから中央に来ないとね!」

 

人垣が左右にのけてそこに置いてあるものが見えてきた。

 

いつもは置いてある3人1組の長机をどけて出来たスペースに、その机を4つ引っ付けてその上に様々なお菓子とジュースが置いてあった。椅子が無いところを見るに立食形式のようだ。

 

と、そこまで来て見えてきたものがあった。黒板の下、普段は教壇が置いてあるそのスペースにドラムセットやキーボードなどが置かれている。

 

そして、クラスメイトたちから離れた位置に、自身もよく知る紅髪の麗人と、赤縁眼鏡で黒髪の女の人が壁にもたれて立っていた。リアスが手を振ってきたので軽く会釈する。

 

と、そこでスピーカーから大きな声が聞こえてきた。マイクを使って声を拡大しているのは桐生だ。

 

『さ~て始まりました! アーシアちゃん歓迎会! さて、最初っからクライマックス!! 今回はアーシアちゃんを歓迎するために「あいつら」が復活だあ!!』

 

その言葉が聞こえてくると、向こうの扉――音楽準備室と繋がっているもの――から4人の人が出てきた。スポーツ刈り、黒髪眼鏡、茶髪、金髪蒼眼の4人組。

 

スポーツ刈りがドラムセットへ。黒髪眼鏡はキーボードへ。茶髪はマイクスタンドの前へ。金髪蒼眼はマイクを挟んでキーボードと左右対称になるような位置へと。

 

その内の2人。ギターを持つ茶髪と、ベースを持つ金髪蒼眼はアーシアの顔見知りだった。

 

「イッセーさん!? 風林寺さん!?」

 

その声が聞こえたのだろう。2人がアーシアへと顔を向け、2人同時にニヤッと笑った。まるで悪戯が成功した悪童のような笑みである。

 

『さて! 知らないアーシアのためにこの4人を紹介していきましょう! まずはドラマー! 彼女が出来たことで、将来を真剣に考え始めた! 現在プロの写真家の下でマジに修行中! 元エロパパラッチ、現写真家志望! 松田ァッ!!』

 

ドンドドンドン! ドンドドンドン! ドン!

 

紹介を受けて適当にドラムを叩く。その姿は中々様になっており、濃密な練習の後が窺えた。

 

「アーシアちゃん! 後で写真のモデルになってくんね?」

 

「あ、はい。いいですよ」

 

「っしゃ!」

 

唐突なお願いに条件反射で頷いてしまう。この辺り本当に人が善い。流石は元聖女。

 

が、クラスの男子は気に入らなかった模様。一気にブーイングの嵐となった。

 

「ふざけんな! 新しいクラスの癒し、アーシアちゃんを!」

 

「第一、お前にはもう彼女いるだろうが!」

 

「そうだ! その子をモデルにしとけよ!」

 

「うるせー! 誰が自分の彼女を大多数の男の目に晒したがるよ!」

 

『はいはい! 勝手に盛り上がらない! 静かにしないとアソコのサイズを晒すわよ!』

 

シーン…………。

 

言い争いに発展していた松田とその他大勢の男たちの口論を桐生の一言が捻じ伏せた。誰だって自分の一番のプライバシーを暴露されるなんてのは願い下げだからだ。ていうか何でクラスの男たちのアソコのサイズなんて把握してんの?

 

これがッ……! 匠ッッ……!? と、男達を中心に畏怖の念が広がっていくのを見た桐生は満足げに頷いていた。

 

『よろしい。それじゃあ続けるわ。次はキーボーダー! あんたら手を出すんじゃあないわよ! 私にゃNTR(寝取られる)趣味はない! マイスイートダーリン! 元浜ァッ!!』

 

元浜も即興でキーボードを鳴らしていく。どうやら紹介されると適当に弾くのが慣習?であるようだ。

 

弾き終わったところで元浜が口を開く。その顔は多少呆れ気味だ。

 

「流石に「マイスイートダーリン」はやめてくれよ」

 

『い、いいじゃない! 別に……』

 

「恥ずかしがるんなら言わなきゃいいだろうに」

 

ハア、と溜め息を吐いている。どうやら普段からそんな馬鹿ップルじみたやりとりはしていないようだ。桐生の顔が多少朱に染まっている。

 

『さ、サア、次にいくわ!』

 

「誤魔化したな」

 

「誤魔化したね」

 

「誤魔化しましたね」

 

『そこ! 五月蝿い! ていうかアーシアまで!?』

 

ガビーン! と、少々ならず大袈裟なリアクションを取る桐生。どうやらアーシアまでがそんな反応をすることにショックを受けているようだ。

 

もっとも、それも盛り上げるための芸の1つのようなものだったのだろう。すぐに元の調子を取り戻して紹介に戻る。

 

『続いてはベーシスト! その楽器の通り縁の下の力持ち! こいつが居なきゃあこのバンドは存在しなかった! 変態3人組の外付けストッパー! 風林寺ッ!』

 

ボボボボ ボボボボ ボン ボボン ギュィーーン!

 

「もうそろそろ変態3人組って称号は相応しくないんじゃない?」

 

『残念! 表に出さないようにしてるだけで変態なのには変わりなかった!』

 

「まあ、そうだけど」

 

平然と変態呼ばわりしたりする桐生も大概だが、それを否定しない翔もひでえもんである。もっとも、変態呼ばわりされても否定出来ない部分がある3人の自業自得かもしれない。

 

まあ、口では何だかんだ言いつつも卑猥な行動は起こさないようになっているので、真に受けたり、クラスで酷い扱いになったり、ということはない。冗談だったりじゃれ合いの一部であることが殆どだ。

 

が、それを知らずに、また本気で受け取ってしまう真面目な人もいるもので。

 

「え、えっちなのはいけないと思います!」

 

『はい! アーシアの『えっちなのはいけないと思います』入りました! ありがとうございます!』

 

「「「「ありがとうございます!!」」」」

 

「ぴえっ!?」

 

桐生に続いて男子連中が大声を上げてお礼を言いながら上半身を90度に折り曲げる。その様ははっきり言って気持ち悪い。

 

アーシアも驚いてしまっており、そしてアーシアに対して過保護なものがこの場にはいる。

 

「おい! アーシアを怖がらせるんじゃねえ!」

 

『はいはい、わかったわよ。じゃああんたの紹介に移るから』

 

「なんか俺の扱いだけぞんざいじゃないか!?」

 

一誠の抗議を適当に受け流す。その態度は超軽く、一誠の抗議も柳に風となっていた。まあ、一誠はこういうキャラだから仕方ねえのである。具体的に言うと絶叫型ツッコミ&エロボケキャラだ。

 

『気のせいよ。 ゴホン! 最後はギター&ボーカル! どいつもこいつもリア充しやがって! ああ! もう! 妬ましい! バンドメンバーで唯一の恋人無し! 兵藤っ!』

 

「おーい! 俺の紹介だけ悪意入ってないかー! ていうか好きで彼女がいないわけじゃないわ!」

 

そのあまりにあまりな紹介に、半ば涙目で一誠が突っ込む。何でこういう立ち位置になっちゃってるんだろう、と心の中で今までの高校生活を回顧してみたものの、原因はわからなかった。

 

と、その様子に何とかフォローを入れようとする健気な娘が1人。アーシアである。

 

「わ、私はイッセーさんに恋人が居なくてよかったなあ、て思いますよ!」

 

が、残念ながら1ミクロンもフォローになっちゃいねえのであった。むしろ傷口を切り開いてその中に塩だけでなくその他諸々毒物を捻じ込むような暴挙である。

 

一誠は恥も外聞もなくその場に崩れ落ちるのであった。その格好を端的に現すとorzである。

 

「うわぁ」←翔

 

「うわぁ」←リアス

 

『うわぁ』←その他大勢

 

『うわぁ。トラウマを無自覚で抉りにいくなんて、このシスター天然で鬼畜やでえ。アーシア、恐ろしい娘ッ!!』

 

ちなみに、このクラスはレイナーレの件は知らないが、去年一誠が女の子と付き合い始めて2週間もしないうちに振られた(しかも相手から告白されたにも関わらず)という経験を持っていることは知っているため、女性との付き合いに対して一誠が慎重になっていることは把握している。

 

そんなトラウマを直球で抉りに言った(誤字に在らず)アーシアへの畏怖の感情が会場を満たしていったのであった。

 

「え!? どうしたんですか!?」

 

「いいんだ……。どうせ俺なんて女の子とまともに付き合えるはずもない、まるで駄目なお付き合いしかできない男、略してマダオなんだ……」

 

ギターと暗い影を背負いながらそう呟く一誠。そんな彼の元にも救いの手は差し伸べられた。

 

床に置いていた手を握り締め、自らの胸元へと持っていく影。アーシアだった。

 

「そんなことはないです。私はイッセーさんはとても素敵な方だと思います」

 

「アーシア……」

 

まるで地獄の底にて蜘蛛の糸を垂らされた時のカンダタのような気持ちになりながら、顔を上げる一誠。その光景はまるで一枚の絵画のように美しかったが、地獄に突き落としたのも救いのための糸を垂らしたのもアーシアである、という一点が桐生を戦慄させていた。

 

(一端落としておいてから持ち上げることで自分の株を上げるというまるで小悪魔のような手口ッ! しかもそれを無自覚で行っているという事実ッ! 清純シスターと魔性の女という相反する属性をまったく矛盾させることなく同居させているッ!! これがアーシアの実力ッ……! 駒王のシスターは化け物かッ!?)

 

ある意味でアーシアの「元聖女であり現悪魔」という正体を正確に看破しながらも、取り敢えず一誠の気持ちが持ち直したようなので桐生は元の流れに持っていくことにした。

 

『元気を取り戻したわね? それじゃあアーシアも元の位置に戻って頂戴ね~。……よろしい。さて、今紹介したこの4人がアーシアを歓迎するために音楽を演奏してくれる4人組バンド。去年の学園祭で舞台に上がった『松風元兵』よ! メンバーの苗字を一字ずつ取ってくるなんて安直なネーミングよねえ』

 

「うるせー! 他に無難なのが思いつかなかったんだよ!」

 

「確か他には『H2M2』なんて候補もあったよね?」

 

「ああ、ローマ字の頭文字(イニシャル)を取ってくるという点においては安直さは変わらないな」

 

「それだけじゃなくて、

 

(Hen)態3人組って呼ばれているほど

 

(Hen)態な俺らが

 

(Mo)テるためにバンドを組むけど

 

(Mon)句は無いよねっ!

 

っていう頭文字を取ったっていう意味も付けてたな。流石にこんなの気付くやついねえだろ、ってことで無難な名前になったけど」

 

はっきり言って無難すぎて何の面白みも無い名前だが、それ以外に思いつかないほど貧困な想像力しかなかった。ごめんね☆

 

『4人を紹介させて頂いたところで次に進みましょう! 今回の司会進行をさせてもらうのはこの私! 上は高度な政治的な話から下は猥談まで! 政治、経済、時事、勉強、アニメ、ゲーム、下ネタなどどんな話題でも何でもござれ! そのマシンガントークに留まる気配はない! アーシアが来るまではクラスの美少女枠と盛り上げ(ムードメイカー)担当! その眼鏡によってあらゆる真実見抜く! 「匠」こと桐生藍華だあ!』

 

「なんで自分の紹介が一番長いんだよ! しかも自分で美少女って言うな!」

 

「流石、イッセー君の突っ込みが一番早いね」

 

「えっ。もしかして俺の扱いが酷いのってそのせいか?」

 

「「「「『うん』」」」」

 

「クッソオオオオオオオッッッ!!!!」

 

一誠が頭を抱えて絶叫するが、一誠の叫びが上がることなどこのクラスでは日常茶飯事である。誰も(アーシア以外)は気にしていない。

 

『さて、歓迎会を始める前に紹介をしなくてはいけない方がおられます。今回の歓迎会を始めるに当って、この会場を準備するために軽音楽部から借りるための交渉にあたってくれたゴラン・ノスポンサー、ではなく。支取蒼那生徒会長と、その会長に話を取り付けてくださったリアス・グレモリー先輩です。皆さん拍手!』

 

パチパチパチパチ!!

 

クラスメイト全員がリアスと蒼那に向けて拍手をする。リアスはそれに手を挙げて答え、蒼那は会釈するに留まった。

 

余談だが、蒼那は「会場を借りる」代わりに「軽音部が前から欲しがっていた備品を購入」し、リアスは「会場を借りる交渉をして貰う」代わりに「備品代の何割かを出す」という契約を行った。つまり悪魔としての業績を学生としての行動の中から出すというちゃっかりした強かさを両者とも発揮している訳で、その行動に損と善意だけがあったわけではない。流石は悪魔である。

 

そんな裏話を勿論知らない桐生が、そんな様子など露とも出さない蒼那へと話を振った。

 

『そんな会長から一言貰いたいと思います! どうぞ!』

 

桐生が蒼那へとマイクを渡した。その振り事態は最初から決めていたのか、動じることなく蒼那はマイクを握った。それだけで会場のざわめきが収まる辺り、その『王』や『上級悪魔』としてのカリスマの片鱗が垣間見える。

 

『さて、これは歓迎会ですので長々と話をするのはやめておきましょう。私から言うことは1つ。羽目を外しすぎないようにして、けれど精一杯楽しみ、また、アーシア・アルジェントさんとの親睦が深められるようにしてください。……それと、アルジェントさん』

 

「は、はい!」

 

『自分で言うのも何ですが、この学園は素晴らしい所だと思っています。これから勉学に行事、他にも様々なことを学生生活を送る上で経験されていくでしょう。……それらの日常を存分に楽しんでいただくことが、生徒会長である私の望みです』

 

「はい! 私もとても楽しみです!」

 

『ふふ。それじゃあこれで挨拶を終わらせていただきましょう。私は仕事が残ってますので退場させていただきますね』

 

一礼をして、桐生にマイクを渡して言葉通り扉に向かっていく。その後姿に大きな拍手が送られていた。

 

『さて、生徒会長の有り難いお話を頂きました! それではそろそろこの歓迎会を始めさせていただきましょう! ……皆さん、お手元にジュースは御座いますね?』

 

桐生が辺りを見渡した。誰も彼もが紙コップを持っており、その中に各々の好みのジュースを入れている。今、最後の1人、アーシアにも紙コップが渡った。

 

『それでは……アーシアの転入を祝して……乾杯!!』

 

「「「「「「「かんぱ~い!!」」」」」」

 

コップを上に掲げてから、口へと運んだ。アーシアもおずおずと周りの人間に従ってそのコップの中身を喉へと飲み込んでいく。

 

『ぷはあっ! さって、それじゃあアーシアちゃん歓迎会を開催するわよ! さあ、音楽部隊ミュージックスターツ!!』

 

桐生がバンドの4人組を指差して指名する。紙コップを床へと置いた4人はそれぞれ顔を見合わせてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「アーシアちゃん、今更だけど駒王学園へようこそ」

 

ベースを肩から提げて翔が。

 

「盛り上げていくから、楽しんでいってくれよな!」

 

マイクスタンドを掴んで一誠が。

 

「拙い演奏かもしれないが、全力を尽くさせてもらおう」

 

眼鏡を中指で持ち上げながら元浜が。

 

「それじゃあ、行くぜッ!」

 

ドラムスティックを両手で持った松田が。

 

それぞれの演奏準備を整えた4人が位置につき、そして息を合わせていった。

 

「「「「1! 2! 1、2、3、4!!」」」」

 

そして、荒削りながらも魂の込められた演奏が始まった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

歓迎会開始から暫くの時間が経ち、アーシアは一呼吸を吐けるために今は人から離れて壁にもたれていた。

 

「ふぅ」

 

「疲れちゃったかしら?」

 

そんなアーシアの隣にやってきたのは、アーシアの所属することになるオカルト研究部の部長であり、眷属としての『王』でもあるリアスだった。

 

同じように壁にもたれかかったリアスに向き直りながらアーシアは疑問に答えるべく口を開いた。

 

「はい、確かに疲れました。……けど、それ以上に楽しかったです」

 

「そう。それは良かったわ」

 

そう、確かに今までに無いほどの人たちと話したことで疲れているが、そんな経験も初めてのことで、アーシアを楽しませてくれていた。

 

また、常に側には桐生が居て、誰かしらが話しかけている時もアーシアをフォローしてくれたおかげで、クラスメイトの誰とも尻込みすることなく話せていたと思う。

 

歓迎会によって、確実にクラスメイトとの距離感は縮めることが出来ていて、そのことが嬉しかった。

 

そんな自らの下僕の様子を見て、まるで我が事のように喜んでいるリアスに、アーシアはより一層嬉しくなり笑みが零れた。

 

「それに……」

 

そう続けたアーシアの視線の先にはクラスメイトに肩を掴まれて絡まれていながらも笑顔になっている一誠の姿。今は演奏していないものの、先ほどまでの演奏と歌は確かにアーシアの心まで響いていた。

 

「イッセーさん、かっこよかったです」

 

「ふふ。確かにね。去年話題になったのも頷けたわ」

 

頬を朱色に染めているアーシアの気持ちが微笑ましくて、思わずリアスは笑みを浮かべてしまう。

 

そして、リアスの言葉を聞いて恋敵(ライバル)が増えるかもとワタワタしている様子にほっこりとしてしまうのも仕方ないというものだろう。可愛い。

 

そう、そんな可愛い眷族だからこそ、リアスはこれからのことを心配してしまうのだが。

 

「アーシア。これから先上手くやっていけそうかしら?」

 

「はい! 皆さん良い人ばかりでしたから」

 

全員と『友達になりたい』と思ってしまうくらいには。

 

けれど、アーシアはその言葉を口にはしていない。雑談をすることはあっても、「友達になってください」とは一切口に出していない。

 

だって、教えてくれたから。

 

初めての女友達が、言っていた。

 

『友達になりたい』と思った時には、もうスデに――

 

「皆さんは、私の自慢の『友達です』!!」

 

その身に宿す神器の名前の如く、聖母のような微笑を伴ってアーシアはそう言いきった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談だが、その言葉を聞いていた一部の男連中が、あるものは「まだチャンスはある」と希望を抱き、あるものは「永遠の友達宣言ですか?」と絶望を抱いたという。

 




副題元ネタ……漫画「けいおんっ!」より、主人公たちのバンドグループ名「放課後ティータイム」

というわけでアーシア転入回でした。クラスのほんわかしたムードが出していれたらなあと思います。

今回は桐生さん大活躍! 桐生さん超書き易い。スラスラ出てきました。

ジョジョネタが出てきましたが、この時空ではジョジョが発売されてる設定です。こういうのが嫌な方は言ってください。なるべく減らします。

そして次回からは原作2巻突入!

2巻の目標は「まるべく全員格好良く書けるようにする」です。

私は「敵役、悪役、ライバル役が魅力的な物語は面白い」と思っております。

代表としては「ジョジョ」の「DIO」や「ドラゴンボール」の「ベジータ」や「ブロリー」などでしょうか?

なので、ライザーも格好良くかけたらなあ、と思っております。


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第2章 戦闘校舎のフェニックス
1 秋雨のアトリエ~梁山泊の錬金術師~


2章1話です。


多少コメディチック。


カチッ、カチッという時計の秒針の音が聞こえる程に静寂に満ちた空間が広がっている。

 

静謐に満ちていて、どこか壊しがたいと感じる部屋。

 

唐突に、その静寂が打ち破られた。

 

轟、と炎が空気を吸い込む音が鳴り響く。

 

火の粉が舞い上がり、紅蓮の焔が円を描いて舞い踊る

 

しかし、木造であるはずのこの部屋のものに引火していない。

 

それだけで、自然ではないと断じることができる。

 

その炎の中で人影が揺らめくように浮かび上がってきた。

 

その人影が腕を横に薙ぐ。その動作で炎が掻き消されたかのように小さく燻るように消えていった。

 

炎の中から出てきたのは金髪に赤いスーツを着崩している男だ。その様がまるでホストのような印象を人に与える。似合っていないわけではないのが人にとっては鼻に付くだろうか。

 

男は眼を瞑ったまま髪を右手で掻き揚げる仕草を取ると、まるで演劇に立っている役者のように声を出した。

 

「人間界は久しぶりだな……。相も変わらずここは風が澱んでいて好きになれそうにない」

 

そう呟いた男――名をライザー・フェニックスという――は、暫くその姿勢のままだったが、何の反応もないことを怪訝に思い、眼を開けた。

 

視界に入ってくるのは壁、天井、床の全てに魔法陣が描かれている部屋。ソファやデスクなども置かれている。調度品は華美では無いものの気品良く、部屋の主の趣味と審美眼の良さを示していた。

 

しかし、今はその部屋の主は居ないようだ。ソファにも人は座っていない。今この部屋にいるのはライザー只1人である。

 

どうやらライザーは誰も人のいない部屋で先ほどのような演出入りの転移をし、舞台じみた台詞を言っていたようである。

 

「……ゴホン!」

 

口元に握りこぶしを添えて咳払いをする。その頬が赤くなっているあたり、どうやら急に気恥ずかしくなってきたようだ。

 

その動作で気持ちを切り替えたライザーはキョロキョロを部屋を見渡す。しかし何度見ても無人であることに変わりはない。

 

「おかしいな……。確かにこの部屋がリアスの人間界での拠点と伺っていたのだが」

 

そう呟いていると後ろでまたもや炎が吹き上がる。そちらに眼を向けると自らの愛すべき眷属たちが転移してきていた。

 

総勢15人。その全員が美女か美少女である点を見ればライザーの性格の一端が分かるというものだろう。

 

その中の1人。腹心とも言える『女王(クイーン)』のユーベルーナが話しかけてきた。

 

「ライザー様、どうしたのですか?」

 

「ああ、いや。リアスはこの時間にはここに居る筈だと伺っていたものだけどいないからな。どうしたものだと」

 

その声に答えたのは獣人の少女であるニィとリィだった。ちなみに駒は『兵士(ポーン)』である。頭部にある獣耳がピクピクと動いているのが可愛い。

 

「ライザー様。多分だけど、リアス様は向こうの方に居ると思います」

 

「本当か?」

 

「はい。微かにですけど何かを叩くような音が聞こえてきますにゃ」

 

そう言って2人が指差したのは2人は知らないものの裏庭のある方向だった。その報告を聞いたライザーは顎に指を当てて考え込んだ。

 

「ふん……。何かを叩くような音か……。眷属のトレーニングでもしているのかもしれないな。何にせよ行ってみるか」

 

ライザーがそちらの方向目指して歩き出した。眷属達がそれに続いてゾロゾロとついていく。

 

まるで大名行列のような有様だが強ちその表現も間違いじゃあないだろう。実際ライザーは元72柱であるフェニックス家の第3男にして純血の上級悪魔だ。

 

「それにしてもこんな時間からトレーニングしているとは……。リアスは眷属の育成に熱心なようだな」

 

そう言うライザーの顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。純粋にリアスのことを褒めているようだ。

 

「向上心が大きいようですから。才能もお在りですし、大成なさるでしょうね」

 

「そうだな。まず間違いなく俺よりも才能がある」

 

「そんな! ライザー様の方が……!!」

 

「別に気にしちゃあいない。それに幾ら潜在能力(ポテンシャル)が高かろうが、現在(いま)は俺の方が上だ。それに……例え何年経っても、才能が上だろうと、実力で負ける気は無い」

 

階段を降り、目指す方向へと近づいていくと確かに何かを叩くような音が聞こえてきた。その音を聞いて更にライザーは笑みを深めた。

 

「さて、我が婚約者は眷属にどんなトレーニングをさせているんだか?」

 

角を曲がり、その先の光景を視界に入れ――

 

即座に振り返り、頭を何度も横に振った。親指と人差し指で眉間を押さえるようにしており、「気のせい、気のせいだから。ないない。あれはない」と呟いている様は不審を通り越して奇怪である。

 

後ろに居て、怪訝に思ったレイヴェル・フェニックス――ライザーの妹にして『僧侶(ビショップ)』でもある――が問いかけた。バシン、バシンという音はもう五月蝿いと言えるレベルで聞こえてきているのに、どうして止まっているのか?

 

「どうしたんですの? お兄様」

 

「いや、何。ちょっとばかし疲れてしまっているらしい。何しろここ1週間程寝るのが遅くなってしまっているからな……」

 

それが単なる夜更かしでないことは眷属達が真っ赤になっている時点で明らかだった。1週間連続でしかも複数入り乱れてもありとは……。流石不死鳥、再生能力がハンパじゃねえ。

 

もっとも、妹にそこまで開けっ広げなのはどうかと思うが。

 

「……お兄様。眷属達と愛し合うな、とは言いませんから。もう少し節度を守ってくださいまし」

 

ハア、と溜め息を吐きながらレイヴェルは歩きだした。手の平で額を押さえているあたり、本当に頭痛がしているのかもしれない。

 

良い所も無いではない兄なのだが、眷属ハーレムを作ったり、対外的に自慢したいという理由だけでそこに(じぶん)を入れたり。変態要素だけで株価はマイナスへ直下降である。

 

兎に角、戯言をほざいている兄は無視して裏庭へと進みだした。

 

「……ハア?」

 

固まった。その光景に完膚なきまでに固まった。その様子に何だ何だと他の眷属達が続いてきて……全員が固まった。

 

その先にあった光景を一言で言い表すならば……混沌(カオス)であった。

 

まず1つ目。これはおかしくない。どこにでもある(かもしれない)光景だ。

 

木陰にてシートを広げ、その上に女性が1人、少女が2人座って歓談している。その全員がその前に「美」という形容がつくので、男からしてみれば眼福な光景かもしれない。

 

その手に握られているのは和菓子だろうか。見ているだけで涎が溢れそうな美味しそうな出来だった。

 

黒髪の美女が白髪の少女に話しかけて、それに無表情ながらも鬱陶しそうにする――しかし邪険にはしていない――白髪の少女。その2人の話の間を金髪の少女が取り持っているという感じだろうか。何にせよ微笑ましい眷属同士の触れ合いといった風情である。

 

次に2つ目。これもおかしくはない。レーティングゲームに出場している上級悪魔の眷属ではよく見られる光景だ。

 

少年が2人、打ち合っている。1人は片手で単なる木の棒を、もう1人が両手で木刀を持っているので、棒術使いと剣士だろうか。

 

中々の速さで打ち合っており、その錬度の高さには感心するものがある。それでも、技術の確かめ合いという点が強いのだろう。2人とも会話をする余裕があるようだ。2人の服装が恐らくこの学園の制服であるという点を鑑みても、2人が全力ではないことが推量できる。

 

これも眷属同士のトレーニング風景としてごく有り触れたものだろう。

 

そして3つ目、これがおかしい。決定的におかしい。

 

自分の婚約者でもあるリアスが椅子に座っていて、その隣に『雷の巫女』の異名を持つ『女王(クイーン)』でもある姫島朱乃が侍っている。これだけならば、椅子に座って眷族たちの様子を見ている王とその腹心の女王という風景だろう。さほどおかしくはない。

 

が、リアスが座っている椅子がまずおかしい。なぜかというとマッサージチェアだからである。何故にこんなところでマッサージチェアに座っているのか?

 

次にその横に魔王サーゼクスの『女王(クイーン)』である、グレイフィア・ルキフグスがいるのがおかしい。いや、居るとは聞いていたから居ること自体はおかしくないのだが。

 

余程気持ちいいのか、グレイフィアが話しかけているのにリアスが「ああ~。うん。後5分待ってちょうだい」と蕩けたような口調で言っているのがおかしい。幾らなんでも態度があんまりである。

 

そして最後、これがこの空間を決定的にカオスへと叩き落しているのだが……マッサージチェアの動力がおかしい。

 

その動力は……人力――悪魔力と言った方が正確か?――であった。

 

マッサージチェアの後ろから伸びた棒が滑車のようなものへと取り付けられている。その滑車を回転させているのは紐だろうか?その紐が茶髪の転生悪魔の肘に取り付けられており、左右の腕を交互に前に出すことにより滑車を回転。結果マッサージチェアを動かしているようだ。

 

その男の悪魔はトレーニングジムにあるランニングマシーンのようなものの上に取り付けられた的を殴りながら走っている。相当な速さで走らないと後ろへと下がっていき、相応の強さで殴らないと的は前へと進んでくれないようである。先ほどから聞こえてきていた何かを叩くような音は、この悪魔が的を左右の拳で叩く音だったのだろう。

 

また、その体には紐とは別にバネを後ろから取り付けられている。常に後ろへと引っ張りつつ、前へと進む度に進むのが難しくなる仕様のようだ。

 

果たしてどれほどの間そうしていたのだろう。口からは「ぜひっぜひっ」という呼気を漏らしている。その顔を濡らしている汗の量は尋常じゃない。ついでにその表情も尋常じゃない。

 

その男の悪魔とそのマシーンが一層際立っておかしく、その光景が何でもないものかのように振舞っているという点で周りの光景もまた奇妙なものへと変えていた。

 

とにかく、ライザーがこの光景を見てまず思うことは。

 

「何なんだ? あのマシーンは」

 

「説明しよう!」

 

「うおっ!?」

 

ライザーの呟きに答える声が真横から。呆然としてしまっており、周囲への注意が散漫になっていたライザーは思わず吃驚して仰け反ってしまっていた。

 

金髪蒼眼の男は手に棒を持っている。どうやら先ほど打ち合いをしていたうちの片方らしい。

 

男――ライザーはまだ名前を知らないが風林寺翔――はいつもよりもテンションが高めな様子で喋り始めた。

 

「あれは秋雨師匠が作った『3歩進んで戻れば地獄』を元にして僕が構想し、同じく秋雨師匠に作成して貰ったまっし~んさ! その名も『3歩進んで戻れば地獄 verゆっくりしていってね!』。元の『3歩(ry』の特徴である突進力の強化という部分は変更せず、空手の突きの基礎である「突き手と引き手は後ろで滑車で繋がっているように同じだけ動かす」ということを文字通り滑車を使うことで嫌でも体に覚えさせることが出来るんだ! 更にその滑車を動力として使うことでマッサージチェアを動かしてある! 整体師としても超1流である秋雨師匠が設計開発したマッサージチェアだから普段から肩こりで悩まされているリアスさんや朱乃さん、黒歌さんも大満足という代物だよ! 名前通りに『ゆっくり』できるというわけだね!」

 

「か、翔ぅ~~!! 俺は『ゆっくり』できない……アババババババ!!」

 

「見ての通り、後ろに下がりすぎたら電撃で喝を入れる仕組みも変わってないよ! その電力もイッセー君発電という点も変更はないね!」

 

その説明の内容にも、その翔のテンションにも、そのカツの凄まじさにもドン引きのライザーご一行である。一部のものは一誠の扱いの余りの酷さにほろりときているものさえいた。

 

何だか「凄いでしょ」という、子供が自分の玩具を自慢するような雰囲気を察したライザーは、とりあえず無難に褒めておくことにした。

 

「そ、そうか……。中々に凄いマシーンなんだな」

 

「まっし~んだよ!」

 

「あ、ああ。分かった。まっし~んだな」

 

何かその呼称に特別な拘りを感じたのでとりあえず訂正しておいた。まだ翔のテンションに押されているだけかもしれないが。

 

「うん! ところで……」

 

と、そこで翔がライザーとその周りに居る少女達をジロジロと眺めだした。その視線に何を言われるのかと身構えだした眷属たちを後ろ手に制止しながらもライザーも何を言い出すのかと唾を飲み込んでいた。

 

「貴方達は、どちらさまなのかな?」

 

『今更かよっ!』

 

ビシィッ!

 

左手の甲で相手を叩くように水平に横に払うその突っ込みは、総勢16名の動きがピッタリと揃ったそれはそれは美しいものだったという。

 




副題元ネタ……アトリエシリーズ

ライザー登場回でした。

多分ですけどライザーが登場した時に部室が無人っていうのは珍しいんじゃないかと思います。

後他人が梁山泊の鍛錬を見たらカオスな空気になるのはお約束かと。


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2 合宿に行こう!

遅れて申し訳ありません。

ライザーとの会談回です。


鼻につく地獄の釜の蓋を開けたと錯覚するような異臭。口内を蹂躙し、味覚を冒涜していく何とも形容し難い味。ヘドロのような粘性を持った液体が喉に絡みつく感触。

 

それら五感の内3つを直接攻撃してくるような刺激によって、兵藤一誠は眼を覚ました。

 

「ゲホッ! ゲホッ!」

 

「お、眼を覚ましたかい」

 

「……ここ、部室か?」

 

キョロキョロ、と周りを見渡して現状を確認する。

 

確か、翔が持ってきたまっし~んを使って鍛錬をしていて……。それで、電撃を喰らって気絶したんだな。で、部室で眼を覚ましてもらったと。

 

パニックにならず数秒もしない間に気絶までの経緯と、今の現状を確認できる辺りに慣れを感じさせるが、……気絶することに慣れていると考えるととたんに一誠が哀れに思えてくる。

 

と、そこで一誠はいつもの部室では見かけない「異物」の存在に気付いた。……自らの喉を通過していった「異物」のことも気になるが、尋ねたところで疲れるだけだとこの1ヶ月強で理解しているのでわざわざ問いかける愚は犯さない。

 

「なあ、あの人たちは誰なんだ?」

 

主であるリアスが話し合っている様子なので、コソコソと小声で近くにいる翔へと問いかけた。

 

「話から察するにリアスさんの婚約者とその眷属の方々みたいだね」

 

「ふ~ん」

 

翔が答えたというのに一誠は随分と素っ気ない返事をする。その反応の薄さに翔は目をパチクリさせた。

 

「あれ? イッセー君なら「そっか、婚約者ね~……なんだってええええぇぇぇぇっっ!!??」っていう風に盛大なノリツッコミをすると思っていたんだけど……」

 

「お前が俺をどんな風に見ているのかはよ~くわかったよ……」

 

「いや、でも本当にあんまり驚いていないね」

 

「だって、部長って悪魔の中で結構な家柄なんだろ? だったらおかしくないかなってな。それに……」

 

「それに?」

 

「いや、何でもない」

 

「翔が起こす非常識のせいで大抵のことじゃあ驚かなくなっちまったぜ」とは、流石に言えずに一誠は口ごもった。こう見えて翔は非常識扱いされると結構簡単に拗ねるのだ。自分も達人色に染まってしまっちゃったか、という意味で。

 

「ふざけないでッッ!!」

 

そんな時、場に響き渡った聞きなれた女性の怒鳴り声。翔と一誠がそちらに眼を向けてみるとリアスがテーブルを叩きながら勢いよく立ち上がっていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「ふざけないでッッ!!」

 

その言葉を発した時のリアス・グレモリーの心境はまさにその言葉に集約されていた。

 

グラグラと煮え滾る怒りに頭を熱され、その怒気によって漏れ出た魔力が紅のオーラとなってリアスの体から立ち上っていく。

 

(自分達の側から大学卒業まで待つという約束を無視しておいて、しかもレーティングゲームをすれば納得するでしょうって……? 舐めるのもいい加減にして欲しいわね)

 

事の発端はそこまで複雑ではない。

 

戦争によって減った純血の悪魔たち。その血を保存するためにグレモリー家とフェニックス家の間で政略結婚を執り行おうとしていた。

 

しかし、リアスはその結婚に「納得」はしていなかった。

 

「理解」はしている。その家に生まれた以上、政略結婚をしなければいけない、ということに「理解」はしているのだ。

 

しかし、「納得」は出来なかったのだ。

 

グレモリー家のリアスとして「理解」は出来ても、ただのリアスとしては「納得」出来なかった。

 

そこで、リアスが結婚に賛成出来ていないと知ったグレモリー家とフェニックス家は期限をリアスへと与えた。

 

「大学卒業までは自由にしていて構わない」と。

 

しかし、つい先日、急にこの約束を無かったことにして結婚を進めるということになった。

 

しかし、唐突にそんなことを言われても「納得」できる筈などない。

 

案の定、話を詰めに自身の居城とも言える部室に来た婚約者であるライザーとの話は揉めた。

 

と、そこで話を仲裁したグレイフィア――兄であるサーゼクスの女王(クイーン)であり、妻でもあるのでリアスから見ると義姉となる――から、レーティングゲームで話を決着したらどうかと提案がなされたのだ。

 

その話を聞いた瞬間、リアスは理解した。

 

ここまでが、グレモリー家とフェニックス家が用意していた筋書きだろう、と。

 

フェニックス家は「不死身」の特性を持つ悪魔だ。(今現在の、という注釈は着くが)リアスとライザーが戦ったならまず間違いなくライザーが勝つ。

 

その上で、レーティングゲームの結果ならばリアスも「納得」するだろう、というのがあちら側の考えだろう。

 

ここまで読んだからこそ、リアスは「ふざけるな」と思ったわけなのだが……。

 

そこまで考えたところで、頭に血が上っている筈なのに随分冷静な部分が残っているな、と自分のことなのに他人事のようにリアスは思った。

 

自分が短気な性分だということは……まあ、認めるのは癪ながら自覚していた。

 

この土壇場での自分の成長に感謝しようとして、……その原因が普段はまともなのに武術関係になると途端に非常識になる、とある男の巻き起こす修行(頭の痛くなるようなこと)のせいで感情が揺れ動くことに慣れてしまったからだということに気付いて、感謝するのはやめておいた。

 

さて、自分が怒っていながらも意外に冷静な部分が残っていることに気付いたところで、リアスはこれからのことについて考えてみる。

 

まず、レーティングゲームを受けるか? ということだが、これは考えるまでもなかった

 

「やってやろうじゃない。そのゲーム受けるわ」

 

そう、ゲームは受ける。はっきり言って、ここまでコケにされて黙っていることなどリアスには出来ないし、我慢する気もなかった。

 

メリットがないわけではない。ここで勝てば、今まで何を言っても無駄だった婚約を破棄することが出来るのだ。これは大きい。

 

それに、ここで勝てば何だかんだ言っていた家族を見返すことも出来るだろう。

 

……冷静に考えているように見えて、その実上げている理由の殆どが感情論であることを考慮すると、結局感情的になりやすい部分に余り変化はないみたいだった。

 

まあ、要するに勝てばいいのよ勝てば、とリアスは締めくくった。

 

(……でも、今のままじゃあ勝つのは難しい。いや、相手がフェニックスであることを考えると……)

 

ほぼ確実に負けるだろう、とリアスはそう予想する。

 

別に、眷属の力で負けているとは思っていない。むしろ、ポテンシャルで考えたなら自分の眷属の方が勝っているだろう。リアスはライザーの眷属と自身の眷族を比べてそう判断した。

 

だが、数で劣っている点は否めない。いくらポテンシャルで勝っていようとも、今現在の力に余り差はないのだ。ならば数の差で押し込まれてしまうのは自明の理というものだろう。

 

そして何より、フェニックスの、「不死身」という要素が重く圧し掛かってくる。

 

(どうすればいいの? どうすればあのフェニックスから勝ちを取れるかしら……?)

 

表面上はグレイフィアとライザーの話を聞き、相槌を打ちながらも深く考え込んでいたリアスの耳に、その言葉は入り込んできた。

 

「ゲームは11日後にしようか。俺は幾つか公式戦も経験しているが、リアスは初めてだ。色々準備する時間が必要だ。10日もあれば十分だろう」

 

また、頭に血が上っていくのをリアスは自覚した。屈辱に頭がやられどうにかなってしまいそうなところを、リアスは一呼吸いれることで無理矢理落ち着かせた。

 

「……ハンデ、ということかしら?」

 

「屈辱的か? だが、感情だけで勝てるほどレーティングゲームは甘くはないぞ。いや、寧ろその感情に振り回されたやつから敗北していくといってもいい。感情は力を与えてくれるが、力だけがレーティングゲームに必要な要素ではないからな。眷属の力を引き出す戦略がなければ即敗北だ」

 

その通りだ。リアスも力で劣っていようとも、戦術的、戦略的に優位にたつことで勝利を収めてきた王がいることを、冥界のテレビなどで見ていたことがあるから知っている。文句の付けようのない正論だった。

 

ただ、それを言っているのが「不死身」という一族固有の力によってレーティングゲームでのし上がってきたフェニックス家のライザーが言っていることが少し滑稽で、リアスは溜飲を下げることが出来た。落ち着いたことでライザーに勝つための「条件」と、それを引き出させるための方策も見えてきた。

 

話が纏まったと判断したのだろう。グレイフィアが話を締めようとする。

 

「話は決まりましたね? それでは、11日後にお嬢さまとライザー様の非公式のレーティングゲームを行います。僭越ながらこのゲームの指揮は両家の立会人として、私が――」

 

「ちょっと待って頂戴」

 

「――なんでしょうか? お嬢さま」

 

「まだ、私の条件を言い終わってないわ」

 

話は完全に出揃ったと判断していたのだろう。この言葉にピクリ、とライザーが反応した。

 

「おいおい。10日も準備期間を貰っておいてまだ足りないのか?」

 

「それはあなたから出した条件でしょ? 私から言ったわけではないわ。そもそもレーティングゲームには準備期間があるものでしょ? ゲーム開催を決めて、その翌日にやったなんて話は聞かないもの」

 

勿論、10日という日数を貰ったことには変わりないでしょうけど、とリアスは言う。

 

リアスの話はまだ終わっていない。

 

「それに、この婚約は元々大学卒業までは自由にさせてくれるという条件だった筈よ。その条件を勝手に変更していきなり結婚話を持ち込んできたのよ? なら、こっちからだって何か条件を出させてもらわないとフェアじゃないわ」

 

公式のレーティングゲームにおいても、フェアに行うために何か条件付けを行う、というのは珍しい話ではない。余りにも特殊すぎる力を使えないようにするなどの特殊ルールを設けることで、フェアネスさを保とうとするのはおかしな話ではなかった。

 

そう言われてしまうと、折れてしまうしかライザーに出来ることは無かった。

 

「ハァ。わかった。……で、その条件っていうのは?」

 

「助っ人を1人、出させて欲しいのよ」

 

「助っ人だと?」

 

「ええ。……グレイフィアは私のもう1人の『僧侶(ビショップ)』については知っているわよね?」

 

黙って話を聞いていたグレイフィアは、いきなり話を振られても動じる事無く即座に答えを返した。

 

「承知しております。……つまり、助っ人とは、彼の代わりということですか?」

 

「その通りよ。……彼がこの場にいないことも、ゲームに出ることが出来ないのも、全て私の力不足によるところだというのは承知しているわ。だからこそ、彼の代わりに助っ人を入れて欲しいと頼むのよ」

 

それに、と続けてリアスが言う。

 

その顔には、ライザーに向けての挑発的な笑みが浮かんでいた。

 

「この助っ人を頼むのは、ライザーのためでもあるのよ?」

 

「……なんだと?」

 

その言葉が癇に障ったのか、ライザーがこの対談の中で初めて不愉快そうに顔を歪めた。

 

「私はいつまでも『僧侶(ビショップ)』である彼を今のままにしておくつまりはないわ。いつか必ず外へと出して見せる。……そして、悪魔の社交界の性質はライザー、あなたも知っているでしょう?」

 

「……なるほどな。……例え、その助っ人なしのゲームで俺が勝ったとしても、それはリアスが全力を出せなかったからだと噂されるかも、というわけか」

 

この2人のゲームは非公式のものだ。当然、観客、というより来賓客は限られた者達だけだろう。

 

しかし、人の口に戸口は立てられないものだ。非公式のゲームがあったことと、その内容は自然と漏れ出し、そして悪魔の社交界へと広まっていく。

 

そうすれば、ライザーはどういう風な噂を立てられるのか? ……恐らく、碌なものじゃあないに違いない。悪魔の社交界とはそういうものだ。

 

そのことにライザーが思い至ったことをリアスも察したのか、その顔に冷笑を浮かべて更に辛辣な言葉を放った。

 

「それに、もしライザーが負けたとしてもその方が言い訳も簡単でしょう? 『相手に助っ人が居たから負けたんです』ってね」

 

その相手の神経を逆撫でるような言葉に、ライザーも我慢できなかったのか、怒気がもれだし、その体から火の粉が立ち上り始めた。

 

「いいだろう。助っ人を1人出すことを認めようじゃあないか」

 

腕を組み、胸を張り、絶対的に上から見下しながらライザーが告げた。その口調には「俺が上でお前が下だ」という意思が多分に含まれており、言外に「俺の慈悲のお陰で悔いのないゲームが出来るんだから感謝しろ」と言っていた。

 

リアスも負けじと相手を睨み返した。その体からは変わらずにオーラが立ち上っており、両者のオーラの衝突によって空間が歪んでいるようにさえ周囲のものに錯覚させた。

 

その空気を打ち消すように間にサッとグレイフィアが入り込んだ。双方の怒気の入り混じったオーラの衝突地点へと平然と割り込むことが出来ることが、彼女の実力がリアスやライザーとは格が違うということをこの場の全員に知らしめた。

 

「それでは、このゲームの条件を確認させていただきます。ゲームは11日後に行う。お嬢さまには1名助っ人が参加することを認める。そしてお嬢さまが負けた場合は即座に結婚を執り行い、ライザー様が負けた場合はこの婚約を破棄する。……以上でよろしいですね?」

 

その言葉に両者ともが頷いたことで、今回の対談の終結が決定した。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「と、いうわけで翔。助っ人をお願いするわ」

 

「はい。別にいいですよ」

 

「返事が軽いな、おい」

 

「話は聞いていたからね」

 

ライザーとその眷属、そしてグレイフィアが帰った後の部室にて、リアスは翔へと助っ人の要請を行っていた。

 

その言葉に翔は飽くまで軽く承諾する。断る理由が特にないからだ。受ける理由も特にないが、人の頼みを受けないという選択は他に優先事項がない限り翔には存在しない。

 

翔ならば受けてくれるとわかっていたものの、実際にOKを貰ったことで安堵したのだろう。リアスが大きく息を吐いた。

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

翔が返礼をすると、それで気持ちを切り替えたのだろう。その顔キッと鋭いものへと変えた。

 

眼前に並んでいる自らの眷属を睥睨する。全員が引き締まった表情をしているのを見ると満足げに頷いた。

 

「皆、話は聞いていたわね?」

 

『ハイッ!!』

 

「例え翔が助っ人に入ろうが、それだけで勝てると思うほど私は能天気じゃあないわ。いや、翔に頼りきりで勝ったとしてもそれはあくまで翔の勝利であって、私たちの勝利にはならない。……私たちは、強くならなくちゃあいけないのよ」

 

その言葉に、眷属は強く頷いた。……たった1人の強者におんぶに抱っこになっているなど、彼らの矜持が許さない。

 

「私たちオカルト研究部は、この10日間、強化合宿を執り行うわ! 各自、その準備を行っておくこと! 出発は明日の早朝、日の昇る前よ!」

 

『ハイッッ!!』

 

「それじゃあ解散っ!!」

 

その言葉を合図に、眷属の各々が準備をするために行動を開始した。

 

そんな中、リアスは翔の下へと駆け寄った。手持ちぶさたにしている翔へと図々しいとわかっていながらも自分の頼みを聞いてもらうために。

 

「翔、今回の合宿、あなたに前衛のコーチをお願いしていいかしら?」

 

「別に構わないですけど……。学校はどうするんですか?」

 

「それは、しょうがないけれど、病欠という形になると思うわ」

 

「まあ、いいですけど。……それじゃあ、色々準備もあるので僕は家に帰らせてもらいますね」

 

「ええ。それじゃあ、お願いね」

 

頭を下げてから翔は後ろへと下がった。そうしてからピクン、と反応した。その反応に訝しんだリアスが翔へと質問した。

 

「どうしたのよ?」

 

「いえ、黒歌さんと一緒に帰ろうと思ったんですけど……姉妹の仲の邪魔をするのもなんだかなあ、と」

 

そう言っている翔の視線は、旧校舎の裏庭の方へと向いていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

夕焼け色に染まる裏庭で、対照的な姉妹が対面していた。

 

黒と白。

 

2人の髪が夕焼けの光を反射して、独特の光沢を持っているように光っている。

 

「それで、しr……小猫ちゃん。私に話ってなんなの?」

 

その内心の喜びを表に出さないようにと苦心しながらも、黒歌が問いかけた。

 

この1ヶ月強、何とか仲を深めようと様々な手を打ってきていたものの、それが成果を上げているとは言い難く、ただ時間によってしかその仲を修繕出来ないと目されていた妹が、自分から話を持ちかけてきてくれた。

 

その事実によって舞い上がっている心を自覚しているからこそ、それを表すような行動に移せないことを黒歌は内心嘆いた。

 

「……あなたに、頼みがあります」

 

「あなた」。その呼び方が、黒歌の歓喜を消し去った。

 

分かっていたこととは言え、やはり自分と妹との間に広がる溝を改めて直視させられたことによって、黒歌は消沈した。

 

だが、やはりその感情を表に出すようなことはなかった。黒歌の今までの経験がそうさせなかった。

 

「何かしら?」

 

「……私に、仙術を……猫魈としての戦い方を教えてください」

 

黒歌はその驚愕を内心に押し込めることに失敗した。その眼を大きく見開き、小猫の続きの言葉を聞くことしか出来なかった。

 

「……私は、仙術が嫌いです。憎んでいるとも、恐怖しているとも言ってもいいです。……どうしても、あの日のあなたの姿が頭にこびり付いて離れなくて、自分もそうなってしまうのではないかと恐れてしまいます」

 

その言葉に、黒歌はガツン、と頭を殴られたような衝撃さえ受けた。

 

自分は、確かにかつての主を殺した。でも、それは(白音)のためで……。

 

そう口に出そうとして、しかし自分の内から出た言葉がその口を縛ってしまった。

 

本当に? そうだ

 

自分のためじゃあなくて? 当たり前だろう

 

じゃあ何で主を殺したの? それは、あいつが白音に手を出そうとしたから

 

もっと他に方法があったんじゃないの? それは……

 

短慮な行動に出たのは暴走していたからだと言えるんじゃないの? それは…………

 

自分の内心から出てくる問いによって、深く深く自身の裡へと埋没していきそうになっていた黒歌を留めたのは、小猫の言葉だった。

 

「……でも、今はそんなことを言っていられる状況じゃあありません。……リアス部長の、将来が掛かっているんですから」

 

俯いてしまっていた黒歌が顔を上げる。

 

小猫の小さな顔が見える。その眼には、断固たる決意が宿っているような気がした。

 

「……私の命は、サーゼクス様に助けられました。……でも、私の心は、リアス部長に救われたんです」

 

その無表情の中に、確かな親愛が宿っているのが黒歌にははっきりと分かった。

 

黒歌は小猫を助けてもらったことを感謝しながらも、そんな感情を向けられていることに嫉妬せざるを得なかった。それが場違いだとも、見当違いであるとも分かっていても。

 

「……その恩人を助けるためには、強くならなくちゃあいけないんです。……そのためなら、仙術を使うことも、そのためにあなたに教えを請うことも……躊躇いが無いとは言えませんが、必要ならばやらなければいけないんです。やってみせます」

 

そこまで言ってから、小猫が深く頭を下げた。

 

「……だから、私に戦い方を教えてください」

 

そう頭を下げられた黒歌は、妹との距離がとても離れてしまったかのような錯覚に陥った。

 

手を伸ばせば届く距離にいるのに、その心はまるで大河を隔てた対岸にあるような気がして、口を開くのに酷く力を振り絞らなければいけなかった。

 

「……わかったわ。私が、あなたを強くしてあげる」

 

その言葉を口にした瞬間、黒歌はもう姉妹としての和解は無理なのかと思ってしまった。

 

姉と妹としてではなく、師と弟子という形でしか付き合うことが出来ないのかと。

 

そう考えると胸がズキンと痛みを発したので、黒歌はそれ以上考えるのをやめた。

 

何となく顔を見せたくなくて、黒歌は体ごと向きを変えた。その口からは言い訳のように言葉が出てきた。

 

「それじゃあ、準備がいるから一端家に帰らせてもらうわ。……翔も私を探していると 「あのっ!」 っ!?」

 

いつもよりも早口になっていた黒歌の言葉を遮るように、小猫が声を上げた。普段から口数が少なく、また、大声を出すのも珍しい小猫が出したその声に黒歌は吃驚として振り返った。

 

そこには、俯きながらも、手をぎゅっと握り締めている小猫がいた。その手から血の気が感じられないことが、どれほどの力で拳を握っているのかということを黒歌にわからせた。

 

「私は、あなたを許せないと思います。……唯一の家族を失って、周囲から被せられた悪意は私の中で澱んでいて……どうしても、あなたのことを思うと複雑な気持ちになってしまいます」

 

黒歌は、思わず唇を噛んでいた。プツリ、と皮が切れる音がして、唇の端から血が垂れていった。それは顎へと伝わり、雫となって地面へと落ちていく。

 

黒歌の視線が下がっていく。罪悪感が肩と頭へと圧し掛かってきて、その重みに耐えかねるように黒歌は俯いていた。

 

その黒歌の視線を掬い上げたのは、またしても小猫の言葉だった。

 

「でも、でも……。いつか、きっと、この気持ちにも整理をつけることが出来る日が来ると思うんです。……あなたを許すことは出来ない……。でも、それでもあなたと笑顔で向き合える日が来ると、そんな気がしているんです」

 

黒歌が視線を上げていく。そうして眼に入った小猫の顔からは、先と同じ決意が滲んでいて。

 

「そしたら……。そうしたら……。あなたのことを、もう一度「姉さま」と呼んでも、いいですか?」

 

その言葉に、思わず黒歌の視界が滲んでいった。溢すまいと思っていても、それでも雫が零れ落ちるのを我慢できそうになかった。

 

黒歌は心からの衝動に従って行動した。目の前の妹へと駆け寄り、ガバ、と強く抱きしめる。

 

「うん……! うん……っ!!」

 

姉の抱擁の中にいた少女は、戸惑いながらもその手を相手の背中へと回して、抱き返した。

 

夕焼けの光が、1つになった姉妹を祝福するように降り注いでいた。




副題元ネタ……学校に行こう!

というわけで翔ゲーム出場フラグと、小猫強化フラグと姉妹和解第二歩な話でした。

リアスの思考っていうか、そういうのが無理矢理感出ていますが、こうしないと翔を出せれなかった作者の力不足です。

あの場で「不死身制限」だしていたらリアスが勝っていたという指摘はなしで。じゃないと翔の出番がなくなっちゃうじゃあないですか。



今回のボツ台詞

リアス「「納得」は全てに優先するわッ!! じゃないと私は前へと進めないッ! 「どこへ」も! 「未来」への道も! 探すことは出来ないッ!!」



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3 ドライグのパーフェクトさんすう教室

今回から暫く修行回が続きます。

まずは第一弾、といったところでしょうか?


――少年は、心の底からこう思った。

 

生きているって素晴らしいなあ、と。

 

「ちょっと大袈裟すぎやしないかなあ」

 

「ちっとも大袈裟じゃあないわ! あんな修行受けたら誰でもそう思うっての!!」

 

「え~。昼からの修行に差し支えないように錘を軽めにしといたのに……」

 

「あれでかよ……。お前にとっての「重い」の基準ってドンだけ高いんだ……」

 

はあ、と少年、兵藤一誠は溜め息を吐いた。これからの地獄を思うとその溜め息はとても重いものにならざるを得なかった。

 

ここはグレモリー家が所有している山にある別荘。木で作られている風情溢れるログハウスの前で昼食をとっているところだった。

 

ちなみに、一誠と翔が言っている修行とは、この別荘にたどり着くまでの山道でのことである。いつも通り錘を乗っけての全力疾走をしていたのだ。

 

いつもより重い負荷を掛けられ、しかもなれない山道を全力疾走である。勿論スピードが落ちたら電撃のカツが入っていたので、合宿が始まる前から一誠はすでにボロボロなのだった。

 

荷物は別途黒歌が空間作成の術を使って持っていっていたので、メンバー全員が錘を付けての登山となっていたことを記しておく。そしてその錘が投げられ地蔵ぐれ~とやしがみ仁王アイアンだったりしたことも付け加えておく。それらを背負って行くと行ったときのメンバーの反応は推して知るべし。

 

ちなみに、今日の昼食のメニューはカレーである。

 

「にしても、このカレー上手いな……」

 

と、一誠が唸りながら頬張ると

 

「そうね。翔が作ったのよね?」

 

と、リアスが同意をし

 

「とても美味しいです!」

 

アーシアが満面の笑みで元気に答え

 

「あらあら。負けられませんわね」

 

いつも通りの柔和な笑みを浮かべた朱乃がひそかに闘志を燃やし

 

「それに、何か力が湧いてくるような気もするね」

 

木場は首を傾げながらも舌鼓を打ち

 

「……おかわりです」

 

小猫は既に1皿完食していた。

 

小猫が差し出した皿にニコニコしながら翔はご飯を盛り付けた。

 

「どうも。喜んでくれているようで何よりだよ。……まあ、力が湧いてくるってのは気のせいじゃないよ? これ、師匠から教わった薬膳カレーだし」

 

「薬膳カレー? なんだそれ?」

 

「漢方の原料となっているものの中には、香辛料になっているものもあるにゃ。それらの効能を高めるように、特別な比率で調合したスパイスを使っているカレーよ。おいしくて、しかも漢方の効果によって内臓を鍛えられるお得なレシピってわけ」

 

「……な、なるほど。食事も修行の内ってわけね」

 

「そういうこと。はい、小猫ちゃん」

 

「……ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

翔が差し出した皿を受け取り、再びカレーを貪りだす。擬音で表すとパクパク、という感じの、決して汚い食べ方ではないのに物凄い勢いでカレーが胃袋の中に収められていく。

 

そんな眷属+αの食事風景を眺めていたリアスは、パンパン! と手を叩くことで皆の注目を集めた。

 

「食事をしながらでいいから聞いて頂戴。今日から10日間の合宿に入るわけだけど、我武者羅に鍛えたって意味が薄いわ。そこで、今日の夜にライザーのゲームのデータが届く予定だから、明日からはそれを元に立てた戦略に沿って鍛えていくわよ」

 

「今日は基礎体力を鍛えたり、基本的な魔力の扱いを覚えたり、だね」

 

「小猫は仙術や妖術の基礎も教えていくにゃ」

 

皆の指揮を執る王であるリアスが合宿の方針を話すと、指導員である翔と黒歌がそれぞれの今日のメニューの概要を教えていく。

 

それに難しい顔をしたのは一誠だ。

 

「……うむむ」

 

「どうしたの? イッセー君」

 

「いや、また基礎修行かって……」

 

一誠ががっくり、と肩を落としていると、その左腕が光りだした。

 

そうして出現したのは、一誠の神器(セイクリッド・ギア)である赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)である。

 

『仕方ないだろう。それが相棒が強くなる一番の近道なんだからな』

 

その篭手から重厚な声が響いてくるが、この場にいる誰もが驚きはしない。その正体を知っているし、その光景を何度も見ているからだ。

 

「ドライグか。いや、て言ってもなあ」

 

『まあ、相棒の気持ちもわからんでもない。基礎修行というものはとかく、地味で、辛くてキツくなりやすく、しかも効果を実感しにくいものだからな』

 

その言葉にうんうんと頷く面々が3人ほど。一誠と翔と黒歌である。達人製の基礎修行の辛さはハンパじゃないのだ。

 

『だが、相棒の場合はそうでもないぞ? 分かりやすく教えてやろう。……相棒、今の相棒は何回まで倍加を溜められる?』

 

「10回だな。それ以上やると『Burst(力が霧散)』しちまう」

 

『つまり、今の相棒は能力を発動させて100秒立ってから『Explosion(増加停止)』をすると、その時点で力が2の10乗……つまり、1024倍になっているわけだ』

 

その凄まじい数値に、その場にいた皆がごくり、と生唾を飲み込んだ。

 

わかりやすく例えるならば、ドラ○ンボールの主人公が「界O拳、1024倍だァァーーーッッ!!」と、言うようなものである。

 

力の増加に時間が掛かるとはいえ、かなり反則的な能力と言える。

 

「分かってはいたけど……凄まじい能力だね」

 

『そうだ。だが、ここで相棒が基礎修行を行って基礎能力が2倍になったとしよう。この場合、倍加できる回数も増えるのだ。単純に増えるわけではないから……そうだな、15回、倍加できるようになったとしよう。そうすると、相棒は150秒待つだけで、その力が2の15乗、つまり32768倍になっているというわけだ。しかも、元々の力が今の2倍になっているわけだから、今の力から換算すると、65536倍になっているというわけだな』

 

あまりといえばあまりなその言葉に、皆が絶句した。

 

65536倍と言えば、猟銃を持っただけの農民もとある悪の宇宙の帝王の特戦隊の隊長よりも強くなってしまえるくらいである。

 

十数秒経った後に、翔がようやくと言った様子で口を開いた。

 

「それは最早、異常と言ってもいいくらいだね……」

 

『その通りだ。しかし、逆に言うならばそのくらいの『異常()』でなければ神滅具(ロンギヌス)、つまり、神殺しは出来ないということだ。それだけで神や魔王といったものたちがどれほどの高みにいるか理解できるだろう。』

 

それを越える力を持つと言われた二天龍(俺たち)もな。とドライグは続けた。

 

『基礎能力を今の2倍にするといってもそう簡単なことじゃないし、時間もかかる。倍加にかかる負荷も倍加の回数が増えれば増えるほど加速度的に増加していくし、また、神器の扱いに習熟すればするほど負荷は軽くなるから、現実は先ほどの例えのように単純な話ではない。ないが、相棒にとっての基礎修行がどれほど大事かわかっただろう?』

 

「……ああ。それと、ドライグがどれほど凄いやつかってこともな……。赤龍帝って物凄かったんだな」

 

『なんだ。今頃気付いたのか? わかったのなら敬え、崇めろ、奉れ』

 

「いきなり超上から目線!?」

 

いきなり起こった漫才じみたやりとりに、全員から笑いが漏れた。その様子に「やはり俺はツッコミになる運命なのか?」と思ったとかそうでないとか。

 

「まあ、そういうわけで片付けが終わったら訓練に入るわよ!」

 

『ハイ!』

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

昼食の片付けも終わり、各自が訓練に突入した。

 

翔がコーチ役となるのは、前衛組みの面々である。つまりは真っ先に相手と戦う役目である、兵士、騎士、戦車である一誠と木場と小猫だ。

 

その面々は現在、急勾配の崖の下へと来ていた。勿論ここに来るまでも修行の一環であり、それぞれの筋力に合わせた重荷を背負っていることは言うまでもない。

 

崖の高さは大体50メートル程だろうか。その先を見上げながら一誠が疑問の声を上げた。

 

「で、ここに来たってことはこの崖を上るのか?」

 

「察しがいいね。その通りだよ」

 

「ハハ、それはキツそうだね」

 

「……でも、キツくないと修行にならない」

 

そう言いながら3人は重荷を降ろそうとする。が、その様子を見てストップを掛けるものがいた。言うまでもなく翔である。

 

「あ、重荷は降ろしたら駄目だよ?」

 

「なん…だと…!?」

 

「それじゃ死んじゃうだろって? 重荷が無いと修行にならないじゃないか」

 

さらっと心を読んだ上に、とんでもないことを言ってのける。わかっていたことだが一誠たちは頭が痛くなってきた。

 

こうなったらテコでも動かないことはこの1ヶ月で分かりきっているので、仕方なく重荷を背負ったまま崖に捕まる。しかし、そこでもまた翔のストップが入った。

 

「ちょっと待ってね~。……これでよし」

 

しゃがみこんでゴソゴソしていた翔が立ち上がると……一誠の足が鎖で雁字搦めにされていた。しかも鎖には西瓜程の鉄球が3個ほど繋がれている。これでは足をまともに動かすことも難しい。

 

立ち上がって額を手で拭っていると、一誠のツッコミが爆発した。

 

「何「いい仕事したわ~」みたいな空気出してるんだよ! 足縛られたら上れないじゃないか!」

 

「え? 手があるじゃないか」

 

キョトン、と翔は首を傾げた。その様子に木場は苦笑を、小猫は無表情ながらも可哀想なものを見る眼になっている。

 

「……わかってはいたけど、最早拷問」

 

「ハハハ、これはきついね」

 

だが、当然ながら2人も傍観者でいられる筈もなく。

 

「じゃあ、小猫ちゃんの足も縛るからちょっと待っててね~」

 

「……考えたくはなかったけど、やっぱりこうなった」

 

「僕も、ということなのかな?」

 

「いや、木場君は手を縛るよ。木場君は他の2人とスタイルが違うからね。その最大の長所であるスピードを伸ばさない手はないよ」

 

2人にも枷を嵌めると、手をパンパン、と払いながら翔が立ち上がった。

 

「さて。『黙って俺の言うことを聞いていればいいんだ』っていうのは少し前時代的だから、なんでこんなことをしたのか説明するよ」

 

「納得できるものなんだろうな?」

 

一誠が半眼になって翔を睨みつけている。余程やりたくないらしい。

 

その様子に「僕もこういう時代があったな~」と思い、翔は苦笑した。

 

「まあ、僕の師匠の言葉なんだけどね。『手っ取り早く強くなるには突きを蹴り並に強くするか、蹴りを突き並に器用にするか』なんだよ。だから格闘型である2人は腕力と体力を鍛えるために、足を縛ったってわけ」

 

「……必ずしも悪魔には当てはまらないと思いますけど、脚力は腕力の3倍あると言いますから。そこから考えたのですか?」

 

「そうだよ。逆に、蹴りは出している間はどうしても体を足一本で支えなくちゃいけないから、突きほどの幅は持たせられない。だから、もしも蹴りを突き並に器用にしたら、それだけでかなり厄介な代物になるってことだね」

 

余談だが、その良い例が風林寺美羽や南條キサラだろう。彼女たちは蹴りを主体とする武術の達人だ。当然、その蹴りの多様さは言うべくもない。

 

パンチよりも遥かに強烈な威力の蹴りが、頭を狙う軌道にあったかと思えば、太ももを叩き。しゃがんで避けたかと思えば、踵が頭に突き刺さる。

 

組み手相手になってもらっていた翔は、その変幻自在の蹴り技がどれほどやりにくく、そして強いかをよく知っている。

 

「2人に関してはこの言葉通りだよ。でも、木場君だけは武器使いだからね。腕力が有って損は無いけど、それよりも長所の脚力を伸ばした方がいいかと」

 

「なるほど。武器使いは武器を適切に扱う筋力があれば、後は武器で攻撃力を補えるから、だね?」

 

「そう。それよりも武器を使うのに邪魔な筋肉を付けたらそれは長所のスピードを殺す結果にもなりうるから」

 

それに、と翔は崖を構成する岩々を指差した。

 

「腕を使わずにこの崖を上ろうとすれば、必然的に優れたバランス感覚と、足場を掴む指の力が鍛えられるからね。どちらも、高速戦闘下での体重移動(シフトウェート)に必要なものだよ。鍛えれば高速戦闘を得意とする木場君の大きな力になると思う」

 

それらの言葉に面々は大きく感心したような顔になった。どうやら何も考えずに拷問じみた修行を押し付けていると思っていたら、結構考えられていたことに驚いたらしい。

 

その内心を察した翔はぶすっとした顔になった。

 

「まったく、君達は僕をなんだと思っていたんだか……。5往復を5セットやろうと思っていたけど、10セットにしちゃおうかな(ボソッ」

 

ボソッと付け加えられた言葉に慌てたのはそんな拷問を課せられることになる3人だ。強くなりたいという気持ちは持っているが、そんな八つ当たりじみたことで地獄が増えるのは勘弁願いたい。

 

慌てたように3人は翔を持ち上げ始めた。

 

「い、いや~! 流石翔だな!」

 

「……ここまで考えられたメニューは、私たちでは組めない」

 

「そうだね! やっぱり専門家というだけはあるよ!」

 

そのあからさまな煽てに、翔は照れたかのように後頭部を掻きだした。

 

「い、いや~。そこまで言われるほどじゃないよ」

 

テレテレとした翔の様子に内心で安堵の溜め息を吐き出した3人だったが、……残念。安心するのは早すぎた。

 

「そこまで期待されているのなら、それに答えないわけにはいかないよね! じゃあ、5往復を10セット、往ってみようか!」

 

「「「……神は死んだッッ!!!」」」

 

「何言っているんだい? もしそうだったら今頃教会勢力が大慌てだよ」

 

そうじゃない! と大声で叫びだしたい衝動に3人は駆られたが、余計な体力を使うことになるだけだと察知したのでやめておいた。

 

「ちなみに、1セットごとに、1番遅い人は1往復追加だからね~」

 

ピタ、と3人の動きが止まると、3人がニコニコと笑いながらその顔を見合った。普段無表情な小猫ですら微笑みを浮かべている点にその尋常じゃない空気を感じていただきたい。

 

「小猫ちゃんは女の子だからな。無理せずにゆっくり登るといいと思うぜ」

 

「……祐斗先輩は、腕が使えなくて落ちる危険性が一番高いんですから、慎重に登った方がいいと思います」

 

「イッセー君は、悪魔になって一番日が浅いからね。体を壊さないように休憩を入れながらのほうがいいと思うよ?」

 

黒い。そして重い。先ほどまでの仲の良さは何処へ行ったというのだろうか。非常に嘆かわしいことだが誰もが自分の命が大事なのである。

 

が、翔はその様子に満足そうにうんうんと頷いていたのであった。まさに外道!

 

「じゃあ、僕が合図したら登り始めるようにね!」

 

ピョンピョンと崖を登っていく翔。そうして頂上まで登ると、顔をピョコっと出した。下の一誠達からはもうその顔が点にしか見えない。

 

「じゃあ、始め!!」

 

『ぬぉぉぉぉぉぉッッ!!!』

 

合図と共に3人が一斉に崖を登り始めた。一誠と小猫は腕だけを使って。木場は足だけを使ってだ。その顔には鬼気迫るものがあった。

 

ぐんぐんと勢いよく登っていく3人。その様子を見て翔がまたもや満足げに頷いた。

 

「うんうん。やっぱり競わせると違うね~。……さて、こっちも準備に入るかな?」

 

そう言って後ろを振り向く翔。そこには岩を砕いて細かくした直径5センチほどの小石の山があった。その小石を懐――武術家の楽園へと腕だけ繋げるという小技だ――から出したバケツへと山盛りにする。

 

そのバケツを持った状態で崖の下を覗いてみると、案の定足を使っている木場が一番早く、身体能力が一番低い一誠が最も遅かった。

 

「やっぱりそうなるよね。さて、……言い忘れてたけど、20秒毎に、その時に一番速い人に石を落としていくから、避けるなり、耐えるなりしてね~!!」

 

「「「先に言え(先に言って)!!」」」

 

「それ!!」

 

「ちょっとぉぉっ!!」

 

頭上から大量に落ちてくる小石を、横へと素早く移動することで何とか避けた木場。その横を小猫が抜かして登っていくのを見て慌ててまた上へと足を進めていった。

 

30秒後、木場と小猫がほぼ同時に頂上へと辿りついた。一誠は残り7メートルと言ったところだろうか?

 

小猫がそのまま降り、木場も向きを変えて降りようとしたところで、翔から待ったが掛かった。

 

「木場君。向きはそのままでね」

 

「え!? それは無茶というものじゃないかい!?」

 

「だって無茶なことしないと修行にならないじゃないか」

 

その言葉に木場は頭痛がしたような気がして、思わず手で額を押さえそうになったが、手が縛られていることに遅まきながら気付いて溜め息を零すだけに留めた。

 

「ほらほら、一誠君が登ってきちゃったよ」

 

「く! わかったよ……」

 

ビリになるのは嫌なので渋々降り出した木場。その横に一誠ほぼ同じ高さで降り出していた。

 

降り出してすぐに、一誠と木場は登りよりも降りの方がキツいことに気がついた。

 

(クッソ! マジでこれキツいな!)

 

(登りの時はそれに適した足場が見やすかったけど……。足場を探すのしどうしても下を見なくちゃいけないから、その分時間が掛かるし、その間体を支えてなくちゃいけない! 足の指の力が抜けないよ、コレは)

 

「20秒経った。小石行くよ~」

 

その後、2時間半ほど、この拷問じみた修行は続けられた。この修行を受けた面々が翔に修行を指導してもらったことに後悔したことは言うまでもない。

 




副題元ネタ……東方紅魔郷の2面ボス「チルノ」のテーマ曲「おてんば恋娘」のアレンジ曲「チルノのパーフェクトさんすう教室」

というわけで、ドライグのパーフェクト掛け算(さんすう)教室でした。

今回、ブーステッド・ギアの能力を分かりやすく数値にしてみましたけど。

ハンパじゃないチートっぷりですね。

そしてだからこそわかる原作のインフレ具合。

……まあ、原作は「考えるんじゃない、感じるんだ!」な感じですし!!


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4 教えて! 朱乃先生!

今回も短めです。修行回という名の説明回?


翔による崖登りの修行が終わった後、修行を受けた3者はそれぞれの修行を行うために移動していた。

 

一誠は魔力操作の基本を覚えるために、朱乃と朱乃に教わっているアーシアのところへ、小猫は仙術と妖術の基本を教わるために黒歌のところへ。そして木場は神器の精度を高める修行をするのだが……場所はどこでもいいということで一誠の修行についてきていた。

 

勿論、翔は一誠の修行を観るために一誠へとついている。例え専門外だろうが弟子の面倒を放り出すわけにはいかないのだ。

 

現在、一誠は朱乃より聞いた魔力操作の基本に従って、魔力球を作り出そうと、胡坐を掻いて集中していた。手の平を上に向けてそこに全身より魔力を集めて球を成そうとしている。

 

「そうそう、魔力は全身を覆うオーラから流れるように集めるんです。それが第一歩ですよ。……そうね。アーシアちゃんはそれは出来ていますから、その先へと進みましょうか」

 

「ハイ! 確か、魔力から炎や水を生み出すんでしたか?」

 

「正確に言うと変化させるのだけれど、その一歩前の段階ですね。実際の炎や水を操る訓練です」

 

朱乃は、懐から取り出したペットボトルに含まれている水を操ることで、それを自らの口へと運んだ。まるで水が自分の意思で朱乃の口の中へと入っていったかのような光景に、一誠と翔はおお、と感嘆の声を上げる。

 

その様子を微笑ましそうな笑みを浮かべてみていた木場が、自らの神器を発動させた。数秒としないうちに木場の手の中に炎のように波打つ刀身を持つ剣が出現する。

 

「じゃあ、僕はアーシアさんの手伝いをしようかな」

 

辺りに散らばっていた木の枝を適当に集めると、そこに剣を翳した。すると、剣から火の粉が飛び移り、木の枝がチロチロとした炎を出して燃えだした。

 

その光景に今度はアーシアも含めておお、という声を上げる。その光景をニコニコと朱乃は眺めていた。

 

紅蓮剣(フレイムロンド)、炎を生み出す魔剣さ。僕はこれで魔剣の能力を上手く操る訓練をするから、アーシアちゃんは気にせずに僕が木の枝に燃え移らした炎を操る訓練をするといいよ」

 

「ハイ! 頑張ります!」

 

その言葉とともに、2人は自らの訓練に集中しだした。

 

木場の神器(セイクリッド・ギア)は『魔剣創造(ソード・バース)』という、あらゆる属性の魔剣を創造することの出来る神器だ。神器保有者の実力によって、生み出せる属性に限りがあったり(例えば、龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の能力を持つ魔剣は創るのが最も難しいとされ、実際今の木場は創れない)、実際の魔剣よりも強度や能力の出力が落ちたりといった短所を持つものの、その汎用性の高さは計り知れない。上手く活用できれば、実質無限に感じられるほどの数の戦術や手札を持つことが出来るだろう。

 

しかし、それには自分が生み出せる魔剣の種類、その能力を把握し、そしてその魔剣を上手く扱うことが出来るようにならなければならず。また戦闘時にその状況に適切な魔剣を瞬時に見極め作り出せる判断力が必要となる。所有者に相応の実力を求める神器でもあるのだ。「扱う者によっては無類の強さを発揮する神器」と呼ばれる所以である。

 

そのため、木場はこのように作り出せるようになった魔剣の能力を十全に扱えるように訓練をしているというわけである。炎の魔剣は今度のゲームでは使わないかもしれないが、炎の扱いに慣れておくこと、特性を把握しておくことは炎を得意とするフェニックス眷族を相手にする上で役立つだろう、ということでアーシアの訓練の手伝いとともにこの魔剣を選んだのだ。

 

アーシアはというと、リアス眷属で主にその神器『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』を利用した回復役として活躍するだろう。それは当人も自覚しているし、周りもそう思っている。

 

けれど、回復役(後方支援)を真っ先に狙い、その行動を封じるか行動不能にしておくことは戦場での常道。アーシアも自分の身を護ることが出来るようにならなければならないので、このように魔力の扱いを教えてもらっているというわけだ。

 

「フフフ。アーシアちゃんは才能豊かですから、すぐに出来るようになりますわ」

 

魔剣から炎を生み出し、それを操り炎の渦を作り出している――ただし、周囲へと熱を伝えないようにしている――木場と、その木場が木の枝へと燃え移らせた炎へと魔力を注ぎ、なんとか操ろうとしているアーシアを見つめて、朱乃はいつも通りの微笑を浮かべながらそう零した。

 

そして、チラと一誠を見てみれば、思った通り、木場やアーシアに負けまいと集中して魔力を操ろうと苦慮している。その光景にクスッと笑った。

 

暫く眺めていると、一誠がとうとう魔力球を生み出すのに成功した。……出来た魔力球が米粒より少し大きいくらいというのが若干様にならず、一誠ががっくりと肩を落としていたが。

 

翔が聖人のような微笑を浮かべてポン、と手を置いた。

 

「まあまあ、イッセー君。元気だしなよ。くよくよするなんてキミらしくないよ」

 

「翔……ああ! そうだな!」

 

翔の励ましに再びやる気を出した一誠。もう1回集中しようとして座禅を組もうとし、

 

「それにイッセー君に魔力的な才能が無いことなんてわかりきっていたことじゃないか」

 

翔のその言葉に思わずずっこけていた。

 

ガバっと身を起こした一誠の心の叫びが山に木霊する。

 

「お・ま・え・はああああっっ!! 俺を励ましたいのか地獄に落としたいのかどっちなんだよ!!」

 

「ん~。どっちかというと、励ましたいかな?」

 

「どっちかというとかよ! そこははっきり励ましたいって言ってくれよ!」

 

「いや、だって修行の地獄度をそろそろ深めようかなって思っていたところだし……」

 

「あれで翔的にはキツくないの!? まだキツくなるの!?」

 

「そうだね~。まだまだ地獄の一歩手前くらいってところかな~。そろそろ地獄に突入しようかと」

 

「ウガアアァァァァッッ!!」

 

その突如始まったコントにクスクスと笑うものが1名。一誠の心配をするものが1名。そしてまだ地獄に突入していなかったのかと戦慄するものが1名。誰が誰かは想像にお任せしたい。多分あってるから。

 

その3名の反応を見た一誠は気を落ち着かせ、溜め息を吐くことでその身のうちに溜まったやるせなさを吐き出した。

 

が、その一誠の頑張りを無に帰すものが1人。言うまでもなく翔である

 

「うんうん。例え激昂しようと冷静さを失ってはいけない。戦闘における基本的な心構えだよ」

 

「お前にだけは言われたくない!! ていうか何! 今のおちょくっているようなやりとりって精神修行なの!?」

 

「いや。素」

 

「そっちの方がむしろ嫌だわ!」

 

「僕もこんな感じになるつもりは無かったんだけどね。……師匠の影響は計り知れないってことだよ」

 

「……え? じゃあなんだ? 俺も将来的にそんなんになっちゃうの?」

 

「そうなんじゃないかな?」

 

達人からは逃げられない。翔がこの人生の中で学んだ1つの真理である。

 

そのあんまりな未来予想図に一誠は心の底から絶望した!

 

『まあ、なんだ? 相棒、ドンマイ』

 

「ドライグ……。俺、大丈夫なのかな? いや、マジで」

 

『大丈夫さ、お前には俺や仲間がついているだろう?』

 

「……ああ! そうだったな! サンキュー、ドライグ!」

 

「僕もついているしね!」

 

「いや! お前の場合むしろ安心できねえよ!」

 

本気で怒鳴っているような感じの一誠と、それを受けている翔なのに全然険悪な雰囲気にはならない。それが可笑しかったのか朱乃はとうとう我慢できずに腹を押さえて笑い出した。

 

「フフフッ! おしゃべりをするのはよろしいですけど、訓練がおろそかになっていますわよ?」

 

「あっ!? すみませんでした……」

 

「別に構いませんわ。2人の仲の良さが伝わってきましたもの。……それじゃあ訓練を再開しましょうか?」

 

「はい」

 

その言葉とともに一誠はまた胡坐を組んで眼を瞑る。手の平を上に向けてそこに魔力を集めるようにする。

 

そうすると、今度は先ほどよりも僅かばかりだが短い時間で魔力球――やはり米粒程度の大きさだが――を作ることができた。

 

その小さな、小さすぎる自身の魔力の規模に、やはり一誠は苦虫を噛み潰したような顔にならざるをえなかった。

 

「なあ、翔。やっぱりこんなことしてるよりも体力の基礎訓練やってた方がいいんじゃないか?」

 

「ん~。でもあんまりやりすぎるとオーバーワークになるかもしれないしね。この訓練は肉体的な休憩も兼ねているんだよ。……って、なんで吃驚しているの?」

 

「いや、……翔にオーバーワークって概念があったんだなあ、って」

 

「失礼な……。まあそう思われるのも仕方ないけどさ……」

 

達人に至るためには無限の努力が必要であり、そしてそのためには世間一般でいうところの限界というものをぶっちぎって修行しなければいけないので、その言い分も仕方ないと思う翔である。そのくらいの常識はまだ辛うじて存在していた。

 

はあ、と嘆息をすると、翔は顔を真剣なものへと切り替えた。その顔を見て一誠も気持ちを引き締める。

 

「それに、この魔力操作を覚えておけばイッセー君の大きな武器になると思う」

 

「武器?」

 

「そう……。イッセー君。キミを指導している身としてはこんなことを言っちゃあいけないのかもしれないけど……僕がキミに教えているのは「空手」なんだよ」

 

それを聞いて一誠は怪訝な顔をした。そんなわかりきっていることを言って何を伝えたいのだろうか?

 

「そう、あくまで空手だ……。人が人を倒すために編み出した武術なんだよ。悪魔が使うために編み出されたわけじゃあない」

 

「……どういうことなんですか?」

 

その話に興味を刺激された朱乃も、身を乗り出して翔へと聞き出した。周りを見てみると、木場とアーシアもいつの間にか訓練を中断して此方の話に聞き入っている。

 

「大多数の悪魔が人と同じ姿をしている以上、悪魔に対してもある程度は適応できると思う。実際、僕も多くのはぐれ悪魔を捕縛してきたしね。……でも、悪魔が使うために、最適の武術というわけじゃあないと僕は思う」

 

「……つまり、なんだ? 俺に「悪魔に最適な武術を編み出せ」とでも? 無理無理! そんなん無理だって!」

 

「勿論、今すぐにそれが出来るとは僕も思ってないよ。それに、実際には編み出すというよりアレンジに近くなることだと思うしね。空手の基礎の部分をきっちりと学んだら、それを悪魔である自分に合うように錬りこんでいったらいいのさ。数年どころか生涯をかけた取り組みになるんじゃないかな? でも、意識しておくのとしていないのじゃ効果が違うしね。学んだことを自分に合うようにするってのは誰でもやっていることだと思うし。技術の伝承は模倣から始まるとは言え、ただ模倣するだけじゃあ猿真似で終わっちゃうからね。ある程度の創意工夫は武術家であれば誰でもやっているものさ」

 

あくまで、ある程度以上のレベルに到達したら、という注釈はつくけどね。と翔は続けた。

 

ここまで話されたら、一誠も何故あれだけ基礎能力を鍛えるのが大事と言っていたのに魔力操作を覚えさせられているのか理解出来た。

 

「そのために必要なものが、魔力操作だっていうのか?」

 

「他にも悪魔と人との違いは挙げていけば切りが無いけどね。それが一番手っ取り早いんじゃないかな?」

 

「そっか……」

 

その言葉にやる気を刺激されたのだろう。見るからにやる気満々と言った風情で一誠が朱乃に詰め寄った。その様子を見て苦笑した――しかし、内心では先の言葉を深く心に刻み込んでいる――木場と、ちょっとムッとした顔をしたアーシアが自身の訓練へと戻っていく。

 

「と、いうわけで朱乃さん! 俺に魔力操作を教えてください!」

 

「フフフ、やる気になったのはいいことですわ。私にとっても興味深いお話でしたし……」

 

では、次の訓練へと進みましょうか、そう言って先ほど取り出したペットボトルをもう一度取り出すと、その中に入っていた水を魔力で以って操作し、まるで水で出来た短剣のようにしてみせた。

 

「先ほども言いましたけど、魔力を直接操るその次の段階は、魔力を用いて炎や水を操ることですわ。その更に次の段階が、魔力を直接炎や水に変化させることですわね。この際、イメージがとても大事です。自身が操るものや、変化させるものへの確固としたイメージが必要なのです。具現化させる現象を強くイメージしてください」

 

一誠がふんふんと頷いている横で、翔が思い出すように額に指を当てながら疑問を発した。

 

「確か、朱乃さんは「雷の巫女」と呼ばれるくらい、雷の魔法が得意なんですよね?」

 

「あら、よく知っていますね。その通りです。雷の扱いは中々のものと自負していますわ」

 

そう言って朱乃が両手を前に差し出すと、その手の平の間をバチバチと稲妻が迸る。それには結構間近で観ていた一誠も興奮せざるをえなかった。

 

「おお! 凄いですね!」

 

「確かに、これは凄い。……あの、朱乃さん、ちょっと質問があるんですけど」

 

「なんですか? 何でも聞いて構いませんわよ?」

 

翔からの賞賛にちょっとむず痒いものを覚えつつも、朱乃はそんな内心を露ほども出す事無く翔からの疑問を聞き出した。

 

「その雷って、今は朱乃さんが操っている状態なんですよね?」

 

「そうです。……ほら」

 

朱乃が手の平を上に向けた。その両手の平の上で、紫電がアーチを描くように形を変えて踊っている。

 

「じゃあ、その操作を朱乃さんが放棄したら、その雷はどうなるんですか? 科学法則に則って動きだすんですか? それとも霧散するだけ?」

 

その質問に、今までの経験を思い出して朱乃は答えた。その視線を上に向けて、顎へと指を当て過去の訓練を想起する。

 

「う~ん……。それは科学法則に従って動き出すと思いますわ。一度変換した魔力は、元に戻せませんもの。分かりやすい例が水に変換した場合でしょうか? その場合、水の操作を放棄したなら重力に従って動き出しますわ」

 

「なるほど~」

 

うんうん、と翔がその答えに頷いていた。知的好奇心を満たした満足感がその顔に浮かび出ている。

 

その横では一誠も知的探究心を刺激されたのか、ハイハイ! と手を挙げていた。その子供っぽい仕草に苦笑しながら朱乃は一誠から話を聞く。

 

「あの、ゲームとかじゃあ合体魔法とかありますけど、実際はどうなんですか? 出来るんですか?」

 

その質問も子供っぽいものだったから、朱乃は手の掛かる弟を相手にしている姉ってこんな気分なのかな~、と微笑ましく思いながらもきちんと答えた。

 

「規模の大きな儀式魔法や、結界魔法、転移魔法等々、複数で発動する魔法はありますよ。1人では発動できない規模の魔法を行使しようとする時に、複数で力を合わせることでその魔法を行使するんですね。ただ、入念な準備が必要なので、戦闘時、咄嗟に複数で魔法を発動するというのは余程息が合っていないと出来ませんけどね」

 

その言葉におお~、と一誠と翔が感動の声を上げる。サブカルチャーの豊富な日本の学生だから、ある種の感動があるのかしらね、と朱乃は推測した。

 

と、そこで朱乃は横から控えめに手を挙げる存在に気付いた。アーシアである。照れくさそうに手を挙げているアーシアに多少萌えを感じながら朱乃は笑みを浮かべて声を掛けた。

 

「どうしたんですか? アーシアちゃん?」

 

「あの~。私も質問していいですか?」

 

「勿論、分からないところがあったらどんどん質問してくださいね?」

 

その後、夕飯の時間になるまでこの即席質問コーナーは続くことになる。

 

修行プランが崩れたと嘆く翔と、そのことに喜ぶ一誠が居たことは余談である。

 




副題元ネタ……忘れたけど、何かの番組のおまけのコーナーで「教えて! ○○先生!」っていうのがあったと思います……。

というわけで一誠強化フラグですね。

それ以外は特に特筆することはなかったかなあ


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5 ライザー攻略会議

作戦会議という名の説明回。

はっきり言いましょう。

くどいです。

めっちゃくどいです。

大事なことなので2回書きました。


合宿場にその来客が現れたのは、夕食が終わってその片付けを皆でしているときだった。

 

黒歌が皿をスポンジで油汚れを落とし、アーシアが皿についている泡を水で洗い流す。そして朱乃が水気を拭き取り、小猫が食器を元の位置へと直していく。

 

男たちはログハウスの前で火の後始末をしたり、使った炭を片付けたり、テーブルを布巾で拭いたり。

 

そしてそれら全ての指揮をリアスが執っているところだった。

 

ログハウスの前の広場を魔方陣から漏れ出した光が照らし出す。夜が降りてきて、薄暗闇になりかかっていた広場を照らし出した光から1人の男が出てきたのだ。

 

薄暗闇で尚浮き彫りになる、全身を黒尽くめの装束で包み込んだその男のことを木場と一誠が警戒していると、翔が意外そうな声を上げた。

 

「あれ? ジョージ、どうしてこんなところにいるんだい?」

 

「お前に言う義理は無いんだが……。何、依頼の物を持ってきたというだけの話だ」

 

まるで気安い友人に対するかのように声を掛けた翔と相反するかのように、男――ジョージ・フォアマン――はあからさまに嫌そうに眉間に皺を寄せた。

 

その反応に両者を暫く見比べていた一誠が、ジョージを指差しながら疑問を口にする。

 

「なあ、翔。知り合いなのか?」

 

「名前はジョージ・フォアマン。依頼達成率ほぼ100%の賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)だよ。と、いっても最近はほぼ何でも屋みたいな感じになっているけどね」

 

「何処の誰のせいだと思っているんだ?」

 

「僕達だね」

 

「分かっているなら少しは自重しやがれ」

 

ハァ、と深く嘆息するその様子から一誠は悟った。

 

この男も、翔に振り回されて苦労している口だということを。

 

そのことに気付いた一誠がニコニコしながらジョージに近寄っていく。そうする一誠にジョージも気付いたのだろう。暫くジロジロと一誠の体全体を観察していたが……不意に、ガシッと互いに力強く握手をした。

 

そう、ジョージも察知したのだ。

 

自分達は同志になれる存在だと。

 

「ジョージ・フォアマンだ。どうやら長い付き合いになりそうだな」

 

「兵藤一誠っていうんだ。よろしく頼むぜ」

 

ジョージが来たことを察知して家から出てきた面子と翔は、その様子に何事だと不思議そうに首を傾げ、木場は苦笑を浮かべることしか出来なかった。

 

何か、この調子だと苦笑が顔に張り付きそうだな、という予感がしたとかどうとかいう話もあるが、それは木場にしか判らないことだろう。

 

ともかく、早速カオスに突入しかけている雰囲気を察知したリアスが前もってそれを防ぐために場を仕切ろうと一歩踏み出しながら声を出した。

 

「あなたがお兄様が紹介してくれた何でも屋ね? 依頼の物を届けに来たのかしら?」

 

「俺は何でも屋じゃあなくて、バウンティ・ハンターなんだが……。まあいい」

 

追求するのも面倒になったのだろう。ジョージは深く考えるのをやめて、持ってきていた鞄の中をゴソゴソを探り出した。

 

そうして取り出したのは、紙の束と一枚のSDカードだ。それをリアスは受け取り、暫く眺めていると満足そうに1回頷いた。

 

「確かに受け取ったわ。報酬は指定の口座に振り込んでおけばいいのね?」

 

「そうしてくれ。それじゃあ、依頼を完遂したから帰らせてもらうぞ」

 

「え~。久しぶりに会ったんだから、お茶でも飲みながら話でもしようよ」

 

その言葉に心底から嫌そうな顔をしてジョージは言葉を返した。

 

「ハッ! 誰がお前なんかと好き好んで一緒にいるかよ。じゃあな」

 

そう言って後ろでに手を振りながら、ジョージは魔方陣の光の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

ログハウスの居間にて集まった全員が、先ほどジョージが持ってきた紙へと眼を通していた。木で出来たテーブルの周りに、椅子やソファを持ってきて集まっている。上座がリアス。そのリアスから見て右に木で出来た椅子に座っている男たち3人が。左側にソファに座っている女性3人がいる。

 

「かなり詳しくデータに起こされているわね……。助かるわ」

 

そう言って紙束を机の上に置いたのはジョージへとこのデータを持ってくるように依頼したリアスだった。バサリ、と置かれた紙束が慣性に従ってテーブルの上に広がっていく。

 

その紙に記されているのは、ライザー・フェニックスとその眷属のデータだ。身長・体重・年齢から始まり、得意とする戦法や戦闘スタイル。今までのゲームで使われた戦略やそこで果たした役割。果ては性癖までも網羅されたそれを1日で用意したというのだからジョージの優秀さが際立っている。……一部、必要の無い情報もあったが。

 

「それじゃあ、ライザーとその眷属の特徴を纏めましょうか。気付いた点を上げていって頂戴」

 

その言葉に皆が視線を上げる。朱乃は立ち上がってリアスの椅子の後ろへと置いていたホワイトボードの側に行き、ペンを取るとキュポッという音をさせて蓋を外した。そのホワイトボードには『ライザー・フェニックス攻略作戦会議』と書かれている。

 

それを確認してリアスが頷くと、皆が気付いた点を上げていった。

 

「基本戦術は『犠牲(サクリファイス)』ですね。兵士をサクリファイスして、相手を消耗させる作戦が多いようです」

 

「主力はやっぱり『女王(クイーン)』だね。兵士で消耗させて女王で仕留める。これが基本パターンかな」

 

「回復アイテムのフェニックスの涙は全てのゲームで女王さんが持っていますね。他に回復の力を持っている人はいなさそうです」

 

「騎士や僧侶は複数で組んで数的有利を保つことが多いみたいだにゃ。他のところの数的不利はサクリファイスの戦略でそもそも不利になること承知の上でそう振っているみたいだにゃ」

 

「そうやって道を開けて最後はライザー自身が出て決着をつけているパターンが多いみたいだ。地力で勝っている相手には出るまでも無く勝ってるけど、地力で劣っている相手にはそうやって出て、「不死身」の特性でごり押ししているみたいだな」

 

そうやって出てきた案を朱乃がホワイトボードへと書き記していく。他にも幾つかの特徴が書き記されていった。

 

・僧侶の1人、レイヴェル・フェニックスは殆どの戦いで騎士と組んでいるが、実質的に戦いに参加することは少ないこと。

 

・騎士、カーラマインは、1対1を好んでいるらしく、絶対に勝てる(とライザーが判断したであろう)相手には1対1で。それ以外は他と同じく複数で当ることが多いこと。

 

・女王ユーベルーナは中々の炎の魔力の使い手らしく、『爆弾女王(ボム・クイーン)』の異名を取っていること。ライザー眷属の相手撃破数1位であること。

 

等が挙げられていった。

 

それらの特徴を眺めていたリアスは、はあ、と嘆息しながら結論を導き出した。

 

「このデータを見ていると……やっぱり、ライザーの「不死身」という特性が一番厄介ね。……わかりきっていたことだけれど」

 

そう、ライザー眷属の厄介さはその一点に集中されていると言っていい。

 

勿論、普通に戦っても現在の自分たちがきつい戦いを強いられることになるのは間違いないが、それでも「優秀な若手上級悪魔」という範疇を逸脱しないものだ。

 

それを――御家の関係でわざと負けた以外のゲームで――無敗へと押しやっている要因は、間違いなくライザーの「不死身」という特性だ。

 

そのことを再確認させられたリアスは、どうやってこの難題を解こうかと頭を悩ませた。

 

「あの、ライザーの、フェニックス家の特性が「不死身」ってことは理解したんですけど、……それって破れるものなんですか?」

 

リアスが顎に手を当ててウンウン唸っていたところに質問が飛んできた。手を挙げながら一誠がその顔中にはてなマークを浮かべている。

 

一端頭を悩ませることをやめて、その質問に答えを返した。

 

「そうね。かなり条件が厳しいけれど不可能ではないわ。アーシアも知らないでしょうし覚えておくといいわ。……いい? フェニックスの「不死身」を破るには主に2つの方法があるわ。1つ、魔王や神クラスの、相手の再生能力を圧倒的に超越する破壊力の攻撃をぶつけること。2つ、相手の再生能力が発動できなくなるくらいに疲弊させること。……なんだけど、翔、あなたなら他の方法でフェニックスを倒せるんじゃないかしら?」

 

リアスの言葉をメモっていた一誠とアーシアは、最後の言葉に翔へと視線を向けた。その場にいる全員のギラギラとした視線を受けて、翔は苦笑いしながらも頷いた。

 

「まあ、やってみないとわからないですけど、多分出来ると思う方法が幾つかありますね」

 

翔は活人拳を志している武術家である。ある意味で相手を殺傷せずに無力化するエキスパートとも言えるだろう。そんな翔にしてみれば、いくら「不死身」と思える再生能力を有していようが無力化する方法はすぐに思いつく。

 

例えば、「馬家縛札衣」という技がある。相手の服を使って相手を捕縛する、ある意味で活人拳の極みとも言える技だ(その技の性質上女性に使ったらエロい、もとい、エラいことになってしまうが)。この技を使えばライザーも無力化することが出来る……かもしれない。

 

要するに、そういう風に対応策の1つや2つはすぐに出てくる。

 

そんな翔にリアスの眷属たちも「おおっ」というふうに感嘆の声を漏らしたが、翔はにこやかに笑いながらそんなメンバーの感心をぶった切った。

 

「でも、リアスさんは僕に「ライザーを倒せ」とは言わないでしょう?」

 

「あら、どうしてそう思うのかしら?」

 

「このゲームの意味を考えたら、ね」

 

その言葉にリアスは満面の笑みをもって返した。その顔が翔の言葉を何よりも雄弁に肯定している。

 

そう、リアスは今回のゲームで、翔にライザーを倒してもらおう等とは欠片も思っていない。翔はあくまで彼女の眷属の僧侶の替わりに出る助っ人なのだ。そうである以上、件の僧侶が出来る以上のことはやってもらうつもりは無かった。

 

何故? そう問いたげな顔をしている眷族たちにリアスはその胸の内の一端を明かした。

 

「今回のゲームは、ライザーと結婚したくない私を結婚させるために家が用意したものよ。言わば、私とライザー、更にはグレモリー家やフェニックス家との意地の張り合いなのよ。……私の意地の張り合いを、他人の力に依存して決着をつけるなんてことは私の矜持が許さないわ」

 

眷属の力を借りることは問題ない。自身の力を超える者を眷属に出来ない以上、眷族の力はリアスの力とも取れるからだ。

 

だが、翔は違う。ただ、彼とリアスの都合が交差した結果、自分の眷属の師匠になって貰っているだけの知人に過ぎないのだ。

 

彼の力を借りるのはまだいい。だが、彼に頼りっぱなしでいることや、彼だけの力で今回のゲームの決着をつけることは我慢がならない。

 

他人に勝負の行方を委ねておきながら意地の張り合いだなんだと囀るなんて、リアスにとってはチャンチャラ可笑しいのである。

 

故に、今回のゲームは自身の力と、自らの眷属の力を用いてライザーを攻略する。そう決めたのだ。翔に助っ人として出てもらうものの、自分の僧侶に出来る範囲のことしか手伝ってもらわないということはリアスの中で決定事項である。

 

そのリアスの意思の固さを感じ取った眷属たちは、仕方ないな、という苦笑を浮かべていたが、内心でこの「王」を絶対に勝たせようという意志をより堅固にした。

 

この中で一番リアスと付き合いの長い朱乃は、リアスがそう言うのをわかっていたかのような微笑みを浮かべて問いかけた。

 

「フフッ。そこまで吼えたのだから、勿論ライザーに勝つための方策は思いついているんでしょうね?」

 

「うっ」

 

「……思いついていないのね」

 

「そ、そんなに簡単に思いついていたらこんな会議を開かないし、そもそもライザーがあんなに白星を挙げることは出来ないわよ」

 

拗ねたように唇を尖らせながら言い訳じみたことを言うリアスに、朱乃はフゥ、と溜め息を吐いた。途中までは王として中々格好良かったのに、どうして最後の最後でこう落とすのかしら? と。

 

その様子を眺めていた木場が主を庇うようにして発言をした。

 

「それなら、ライザーを倒すための条件を1つずつ確認していったら良いのではないでしょうか? そうすれば作戦も思いつくかもしれません」

 

「そうしましょうか」

 

そうして気付いた点があれば挙手をして1つずつ上げていくことにした。

 

「まず大前提として、私たちがライザーを倒すには先ほど言った方法の中での2番目、精神的に疲労させるしかない、ということかしら。他の方法もあるかもしれないけれど、実力的に実行することは難しいと思うの」

 

「ま、そうだと思うニャ。相手を殺さずに無力化するっていうのはかなり難しいものだしね。それこそ実力に隔絶的な差が無い限り、慣れてないと無理だと思うわよ」

 

レーティングゲームなので相手を殺すということは無い――その前に戦闘不能と判断されて救護室に運ばれる――が、フェニックスには「不死身」が有るので、その規則には当てはまらない。故に殺さずに倒すという技術が必要になってくるわけであるが、普通の悪魔はそんなものには慣れていない。活人拳の翔と黒歌だからこそ慣れているのである。

 

「その通りよ。だから私たちはライザーを再生できなくなるくらいに痛めつけて疲弊させる必要が出てくるわけだけれど……」

 

「……そのためには、こちらも万全の状態で相手に当る必要がある」

 

「そっか。「不死身」だからこっちよりもタフなわけか……。1人だけで万全の状態で当ってもきついかもな。もっと大勢で当らないと駄目そうなんだけど……」

 

「相手はサクリファイスでこちらを無理矢理消耗させることも出来るわけだね。数の利が向こうにあるから尚更だ」

 

「わ、私も皆さんを回復できますけど、多分その為に前線に出たら集中的に狙われて倒されてしまうと思います」

 

「それに、ライザーを倒すために大勢で掛かろうと思ったら、当たり前ですけど相手の眷族が邪魔になってくると思いますね」

 

「で、その眷属が邪魔だからといってリタイヤさせようとしても、ライザー対策のために必要最小限の消費で倒さないと駄目なわけだにゃ」

 

「しかも、向こうの戦略の要である女王はほぼ100%「フェニックスの涙」を持ってきていて、一気に倒さないと回復してきますわね」

 

それぞれの意見を纏めると、こうなる。

 

「ライザーを倒すためには、相手の眷属を必要最小限の消耗で、しかもフェニックスの涙を使用できないように一気に倒す。その上で此方の眷属が殆どリタイヤや消耗していない状態でライザーに当り、相手が再生できなくなるまで疲弊させる必要がある。ちなみに相手が好んで使う戦略はサクリファイスで、必要とあらば自分の味方をも巻き込む技を使ってでも此方を排除することも厭わない」

 

10文字以内で言うと、「何この無理ゲー?(計8文字)」である。

 

「ライザーが好んでサクリファイスを使うわけよね……」

 

レーティングゲームでは「王」が倒されるか、『投了(リザイン)』するかしないと負けないのだ。ライザーは、自分の「不死身」を削りきれないほどに相手を消耗させればそれで自身の勝ちは決定したようなものなのである。

 

「サクリファイス」は自身の眷属も損耗するが、相手を確実に消耗させる。ライザーにぴったりの戦略と言える。

 

だが、幾ら不可能な無理ゲーに見えようが、それでも勝たなければいけない。リアスはこの場に出揃っている条件、自身の眷属の能力、今までに見てきた公式のレーティングゲームの内容、読んできたゲームの戦略本や軍学書等の内容を吟味していく。

 

相手に勝つために必要な条件。

 

ほぼ消耗の無い状態で相手の眷属を全員倒すこと。

 

ライザーに対して此方が万全の状態で相対すること。

 

此方の眷属のメンバーとその能力。

 

女王(クイーン)』。姫島朱乃。「雷の巫女」の異名を冠せられる程には雷の魔力の扱いを得意としている。他の属性の魔力も平均以上に扱える、総合的な実力では眷属の中でのナンバーワン。恐らく自身の眷属の中で相手の女王に唯一対抗できるであろう。

 

戦車(ルーク)』。搭城小猫。戦車としての能力はとても優秀。総合格闘技も習得している。また、この合宿を切っ掛けに姉である黒歌に仙術や妖術を学び始めるようになった。

 

騎士(ナイト)』。木場祐斗。此方も騎士としての能力はとても優秀。特筆すべきはその神器『魔剣創造(ソード・バース)』による汎用性の高さだろう。剣術の腕前も高く、生み出した魔剣と組み合わせることによる状況適応能力の高さは他の追随を許さない。

 

僧侶(ビショップ)』。アーシア・アルジェント。やはりその回復能力の高さは他には無いアビリティだろう。ただ、優しすぎる気性により攻撃に向かない。これは欠点というより彼女の美点だ。

 

兵士(ポーン)』。兵藤一誠。今代の赤龍帝。その無限倍加能力(無論本人の肉体的限界はあるが)はやはり強力である。翔より空手も叩き込まれており、未だ初心者の域は出ないものの、何とか形にはなってきたとは師匠談。また、この間新たに神器に発現した能力、『赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』を上手く使えばサポート役もこなせる。

 

助っ人、風林寺翔。その近接戦闘技能の深みは未だに自分では底が量れない。(この前自分はまだまだ未熟だと言っていたが、その時には秘かに小猫と木場が落ち込んでいた)。ただ、今回は自分のもう1人の『僧侶』であるギャスパー・ヴラディの代わりとして出てもらうので、余りその実力は発揮されないであろう。

 

そして何より自分、『(キング)』であるリアス・グレモリー。一番の特徴であり、能力の肝であるのが母より受け継いだ滅びの魔力。「紅髪の滅殺姫(ルイン・プリンセス)」の異名を頂戴している。

 

それらの条件と、今まで眼にしてきた戦略や戦術、軍学書に書かれていた心得などがリアスの頭の中でグルグルと渦巻いていく。いや、それだけじゃない。まるで関係ないと思われるような今までの出来事も交じって頭脳が回り始めた。

 

そのまま長考に入り、十数分が過ぎ去った。その間、誰もが喋りだすことなく、リアスを静かに見守っていた。

 

考えが纏まったのだろう。顔を上げたリアスの目には、勝機を見つけた者特有の光が宿っていた。

 

「皆、作戦が決まったわ」

 

その言葉に眷属は皆が皆流石、という顔をしていた。彼らは自分の主の優秀さをよく知っている。

 

「ただ、この作戦を言う前に皆に言っておきたいことがあるの」

 

何だろう、と首を傾げる。

 

「今回の作戦は命令じゃないわ。……もしも遂行するのが嫌なら嫌とそう言って頂戴」

 

特に、

 

「アーシアと祐斗。あなたたち2人には、辛い役目を押し付けることになるわ。……先にも言ったけど、これは命令じゃない。無理なら無理と、出来ないなら出来ないと、嫌なら嫌と、そうはっきりと言っていいわ」

 

その言葉に皆が眼を見合わせて……一斉に吹き出した。

 

クスクスと皆の笑い声が場に流れていく中、それを唖然とした顔で眺めていたリアスに自分の眷属の声が届く。

 

「今さら何を言っているのかしらね」

 

「そうですよ! 水臭いですよ、部長!」

 

「……私たちは皆、貴女に救われました」

 

「今は、そんな貴女を助けられる良い機会なんですよ」

 

「リアス部長を助けられるなら、どんなお願いだって聞きます!」

 

その言葉に。その気持ちに。リアスは、皆を眷属として選んだことは間違っていなかったと。そして自分の眷属になってくれてありがとうと、そう思わずにはいられなかった。

 

涙が浮かんできそうになるのを何とか堪えて、リアスは破顔した。

 

「皆、ありがとう」

 

礼を言ってから一呼吸置いて、リアスは自身の作戦を話始めた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

リアスの作戦を聞き終わると、皆が皆ほぅ、と感嘆の溜め息を漏らした。

 

リアスのその作戦は、全員が全力を尽くし、そしてきちんと役目をこなさなければ成功しない、成功率で言えばそれほど高いとは思えないものだった。

 

それでも、きちんと成し遂げることが出来たのならば、ライザー相手に勝つことが出来ると全員に思わせることが出来る内容だった。

 

全員が全員、重要な役目をこなさなければならないものの、その中でもアーシア、木場、小猫の役割が特に重要であった。

 

リアスはアーシアが手を震わせているのを見つけ、やはり無理かとそう思った。

 

「アーシア……。さっきも言ったけれど、もし無理ならそう言って頂戴。……優しいあなたに、辛い役目を押し付けているということは分かっているわ……。もしこの作戦が無理でも、次善の策はきちんと用意してあるもの」

 

その言葉を切っ掛けにして、アーシアは心の中から弱気な声が響いてくるのを聞いた。

 

いいじゃないか、と。

 

無理なら無理と言ってもいいと言ってくれているのだから、断っちゃえばいいじゃないか、と。

 

そんな弱い自分を曝け出すように、震える声で話し始めた。

 

「確かに……怖いです。そんなことをしなければならないって考えただけで、手は震えちゃいますし……」

 

そこまで言ったところで、アーシアはその瞳に一誠を映し出した。

 

今も自分を心配そうに見つめている想い人であり、初めての友達。その姿を見ているだけで、アーシアは勇気が湧いてくるような気がした。

 

「でも、大丈夫です。……私だって、リアス部長の眷属(皆さん)の仲間ですから!」

 

その言葉を聞いて、リアスは思った。

 

(やっぱり、この子は強いわね……)

 

それは戦闘能力だとか、力だとかいう話ではない。

 

精神的に、アーシアはとても強いのだ。

 

まるで地殻の中で、高温と高圧に晒された炭素がダイヤモンドへと変化するように、精神的に抑圧されてきたことで鍛えられてきたのだろう。

 

その精神は、まさにダイヤモンドのように光り輝いている。

 

それに比べて、自分はどうだろうとリアスは思った。

 

何故、自分は再三に渡りアーシアに先ほどのような質問をぶつけたのだろう?

 

しかも、1回その覚悟を聞いていたにも拘らず。

 

その答えは、思いのほか早く見つかった。

 

(きっと、私は断ってほしかった……)

 

リアスは、眷属たちをとても深く愛している。それは「情愛深い」と言われているグレモリー家の特徴としてではなく、リアス自身の気質からだろう。

 

その愛している眷族たちを、ゲームの中でのこととはいえ、自分の都合のために犠牲にしてしまう。

 

リアスは、きっとそんなことをしたくなくて、でも自分では勝たなくてはいけないから、その眷属自身に断ってもらおうとしていたのだ。

 

(これで彼らの主だなんて、……ほんと情けないわね)

 

アーシアは、例え怖くとも一歩踏み出す勇気を示した。

 

一誠は、強くなるためにまさに地獄とも思える修行を翔から受けている。

 

小猫も、過去を乗り越えて歩みだそうとしている。

 

木場も朱乃も、そんな彼ら彼女らに負けじと自身を磨こうとしている。

 

そんな眷属たちと比べたら、我侭でゲームを受けておきながら嫌なことから逃げている自分の、なんと惰弱なことだろう。

 

(強く、ならなくちゃね)

 

このことに今気付けたのは、ある意味で僥倖とも言える。

 

この先、リアスがプロとしてレーティングゲームをやっていこうと思ったならば、チームの勝利のために眷属を犠牲にすることを組み込んだ戦略を立てる必要も出てくるだろう。

 

愛する眷族が傷つく。自身の身を引き裂かれるのにも似た痛みを伴うことを、自分から承知の上で戦略を立てていく。いける程に強くならなければいけない。

 

眷属(みんな)が成長しようとしているんだもの……自分も皆に相応しい主として、成長しなきゃね)

 

その決意を胸に秘めて、リアスは今回の作戦会議を締めくくった。

 

「それじゃあ、この作戦を元に今回の合宿でトレーニングしていくわよ! 皆、自分の役割を果たせるようにきっちりと仕上げておくように!」

 

『ハイッッ!!』

 




副題元ネタ……ニコニコ超会議

ふ、副題が~思いつかないんだよ~。無理矢理すぐる。

そして内容がくどい。もう1回言うけどくどい。

はっきり言って今回は読み飛ばしてもいいんじゃないかなあ~。とか思っちゃったり。


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6 副題が思いつかないけど愛さえあれば関係ないよねっ!

修行回がまだまだ続く。

まだまだ立てておきたいフラグがあるんです。もう少し修行回に付き合ってね!


ライザー攻略会議にて対ライザー用の戦略が決まった翌日のこと。

 

午前中は前衛組みと後衛組みに分かれ、基礎修行を行った。

 

対ライザー用の戦略が決まったとしても、その作戦を遂行するための体力は必要だということで、前衛組みは翔にたっぷりと、嫌になるくらいに走らされていた。その間、勿論重しとして投げられ地蔵ぐれ~とや、しがみ仁王アイアンが使われていたことを記しておこう。

 

そして午後である現在。それぞれの作戦での役割を遂行するための各自の訓練へと入っていた。

 

小猫は作戦遂行上必要となる仙術や妖術を黒歌より学んでおり、木場は神器の扱いを磨いている。アーシアは木場の近くで役割を果たすための訓練を。朱乃とリアスは一緒に魔力の扱いを磨くための訓練をしている。

 

そして一誠とその師匠である翔はと言えば。

 

「組み手、か」

 

「そうだよ」

 

そう、山にある雑木林の中で組み手を始めるところであった。

 

今までも組み手ならしてきたが、相違点が1つある。

 

それは、一誠の手にある篭手が赤い色彩を放っているということだった。

 

「今回の組み手は、勿論今までの組み手と同じく、主にイッセー君の防御や回避のための技術を磨くものなんだけど」

 

「新しい要素を入れるのか?」

 

「うん。イッセー君の弱点を克服するための修行でもあるんだ」

 

その言葉に、一誠は首を傾げることになる。

 

自分の弱点。そう言われて即座に上げられる人はそうはいない。

 

一誠も、自分の弱点が何であるのかすぐには思いつかない様子であった。

 

「勿論、弱点なんてものはそうすぐには克服できるものじゃないさ。でも、それが弱点であると認識しておくのとそうじゃないのとでは実戦で対応に差が出てくるものだからね」

 

「……それはそうだな」

 

例えば、接近戦しか能の無いファイター系のボクサーは、アウトボクシングをするボクサー系の相手を苦手としている。しているが、自分がそういう相手を苦手としているのを熟知しているため、例えアウトボクシングをされたとしても慌てることは無い。落ち着いてアウトボクシングに対する対処法を実行することが出来る。

 

そういうことをされるかもという心構えをしておけば、例え弱点を突かれても戦闘中に動じることは無くなるのだ。詳しくは、はじめの○歩を読んでください。

 

そういう風に精神的動揺を少なく出来ると思っておけば、確かに弱点を知っておくことには意味と価値があるだろう。

 

「いいかい、イッセー君。キミの弱点は――――」

 

ごくり、と生唾を飲み込む音がやけに脳裏に響く。どんなことでも受け入れて修行すれば克服出来る筈だ! と、一誠は覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

「才能が無いことだ!!」

 

 

 

 

 

「だあっ!?」

 

覚悟を決めていたが、流石に予想の斜め上を飛んでいったため、思わずずっこけることになってしまうのだった。

 

立ち上がって道着についた土を払い落としながら一誠はぼやいた。

 

「流石に身も蓋もなさ過ぎるだろ、それは……」

 

「事実だからしょうがないよ。それに……」

 

「それに?」

 

「「やられる才能がある」って言われるよりマシでしょ?」

 

「そ、それはそうだな……」

 

ちなみに、これは某史上最強の弟子が師匠達から散々言われていたことである。

 

この後に「努力する才能もあったな」という言葉が続くので、貶しているのか褒めているのか判断に迷うところだが、彼ら的には褒めていたのだろう。

 

閑話休題。

 

「というわけで、イッセー君には才能が無いという弱点があるわけだけど、その弱点を補うものをイッセー君はもう持っているでしょ?」

 

「……『赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)か」

 

「そう。それはちょっとした才能なんかよりもよっぽど手に入りにくい、イッセー君という武術家だけが持つオリジナリティと言える。でも、だからこそとある弱点があるんだ」

 

「ああ、そっか。なるほどね……。時間、だよな? 『赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)』は力を倍加するのにどうしても時間が掛かるもんな」

 

下級悪魔になりたてであり、悪魔としての才能に劣り、身体能力も他の悪魔に数段劣る一誠が他の悪魔に対抗しようと思ったらどうしても数段階の倍加は必要になってくる。

 

赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)』は10秒毎に力を倍加していく。つまり、イッセーは数十秒は倍加のために時間を稼がなくてはならないのだ。

 

それが、敵と戦闘になる前にその時間を取れたならいいだろう。或いは味方と一緒ならその時間を稼いでくれるかもしれない。

 

だが、1対1でその時間を稼ぐ必要性が出てきた時は?

 

数十秒。口に出したなら短く感じるこの時間。だが、実際の戦闘の際には数十秒という時間はとてつもなく長く感じるものだ。パンチが動き出してから相手に突き刺さるまでに掛かる時間が零コンマ秒の単位の話で、そんなパンチやキックの応酬が近接戦闘というものなのだからそれも当然だ。悪魔等の人外の闘争となればさらに刹那の駆け引きになっていくから尚更長く感じることだろう。

 

おまけに、『赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)』には倍加停止(Explosion)するまでは力が不安定になり、下手にその間に大きなダメージを受けたりすればそれまで溜めた倍加がリセットされる危険性があるという弱点もある。

 

つまり一誠は、倍加が溜まるまでの間、相手の攻撃を最小限のダメージで捌く技量を持つ必要性があるということである。

 

禁手(バランス・ブレイカー)である『赤龍帝の全身鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)』に至ればその弱点も克服できるのだがな。無いもの強請りをしても仕方が無いだろう』

 

「悪魔だから永い時間を生き続けることになるんだし、その間努力を続けていればきっとイッセー君も禁手に辿りつけると思う。けど、イッセー君には未来手に入るかもしれない力の議論に時間を割くより、今必要な力を身に付ける修行をしたほうがタメになるでしょ?」

 

「まあ、そうだな」

 

「だから、これからの組み手ではイッセー君には『赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)』を発動しておいて貰うよ。僕の攻撃を捌きながら倍加を溜められるようになれば及第点。その上で僕に一撃を入れられたらご褒美があるから頑張ってね」

 

ピクリ、と翔の話の中の一単語に反応をする兵藤一誠君16歳。煩悩多き彼が想像する「ご褒美」とは思春期男子の例に漏れず、ソッチ方面のことである。

 

ここには男子である一誠と翔しかいない(ドライグもいるにはいるが)。急にソワソワしだした一誠が翔にその内容を聞きたがるのはしょうがないことと言えた。

 

「な、なあ。ご褒美って一体なんなんだ?」

 

「え? ああ、リアスさんが――――」

 

「ぶ、部長が?!」

 

「ああ、いや。何でもないよ。……それじゃあ、組み手を始めようか。僕に一撃を当てないと、ご褒美はないからね?」

 

「おっしゃあ! 行くぞ、翔!」

 

『Dragon booster!!』

 

ご褒美という言葉に気炎を激しく燃やしている一誠の姿に翔は内心ほくそ笑む。どんな想像をしたのやら、やる気満々になっている姿はまさしく翔の「計画通り」だ。

 

そう、ご褒美等というのは一誠をやる気にさせるための翔の嘘である。一撃でも当ってやるつもりなど翔には更々無い。さっきの思わせぶりな発言も全て一誠の想像を掻き立てるためのものだ。ちなみに、先ほどのリアスさんが――――という言葉の続きには「好きなものって和食が多いらしいね」と続く。まったくもって脈絡も何もあったものじゃない。

 

そもそも、ここで一誠が翔に攻撃を一撃でも当ててしまえば、それが自分の実力だと一誠が勘違いするかもしれない。それで自信が付くだけならばまだしも、それが過信になり、慢心となってしまうかもしれない可能性がある。それが結果的に一誠が身を滅ぼす原因になるかもしれないのならば、翔はそんなことをしてやるわけにはいかないのだ。

 

厳しいかもしれないが、翔は今回の修行においては一誠を徹底的に叩きのめすつもりであった。

 

閑話休題

 

「行くぜえぇぇぇっっ!!」

 

少々やる気を上げさせ過ぎたのか。組み手が始まった瞬間一誠が翔に向かって突っ込んで正拳突きを放った。

 

組み手の趣旨がおもいっきり頭から抜け落ちてしまっている一誠の様子に、翔は思わず溜め息を吐いてしまう。

 

が、その翔の動作の意味するところは大きかった。

 

それは、一誠が正拳突きを繰り出して翔の体に着弾するまでのコンマ数秒の間に、溜め息を吐くだけの余裕があるということなのだから。

 

当る! そう一誠が確信した瞬間、一誠の拳は翔の左手で無造作に弾かれていた。

 

それだけではない。弾いたその反動を利用して、その左手が一誠目掛けて突き進んでくる。

 

顎に衝撃。その衝撃でまるで火花が散ったかのような錯覚を覚えた時には、一誠は既に地面に大の字で仰向けになっていた。

 

(え……?)

 

『Reset』

 

篭手より響いてくるその言葉を聞いて、ようやく一誠は自分が翔に迎撃されたのだということに気がつけた。

 

顎に鈍痛を感じながらも上半身を起き上がらせてみれば、視界の中で翔が呆れたように後頭部をガシガシと掻いている。

 

「まったく。イッセー君、キミは話を聞いていたのかい? ……いや、煽りすぎた僕も悪いといえば悪いんだけどさ。今回の組み手の趣旨は倍加が溜まるまで自身を護りきるということだよ? 自分から突っ込んでどうするのさ」

 

「あ、ああ。わるい……」

 

「今回が組み手だったからともかく、実戦ではこんなことが無いようにね?」

 

「おう。……もう大丈夫だ。頭が冷えたからな」

 

「じゃあ、行くよ!」

 

「おう!」

 

『Boost!!』

 

先ほどまでの話で10秒経ったらしい、一誠の力が膨れ上がる。

 

だが、それは今だ力を倍加させている途中のためにとても揺らぎやすい不安定な力。まだ十分に神器に習熟しているとは言い難い一誠では覚悟をしていても数撃攻撃を喰らうと霧散してしまう。

 

やはり、一誠がまともに戦うためには、数段階溜めて倍加停止するしかないのだ。それまで何とか凌ぐしかない。

 

多少力が上がったとしても翔との差は埋まりきらないほど隔絶しているのだから。

 

「行くよ!」

 

「応っ!」

 

結局、一誠は一度とてExplosion(倍加停止)することが出来なかったことを記しておく。

 

だが、確実に回避に必要な動体視力や回避や防御の技量。ついでにタフネスは向上していったのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

深夜。月が中天に差し掛かろうかという時間帯。一誠は喉の渇きを覚えて眼が覚めた。

 

台所に行って冷蔵庫を開けてみる。2Lペットボトルに入っている麦茶を見つけ、それをコップに注いで一気飲みをした。冷たい液体が喉を通り過ぎていく感覚と、麦の香ばしさが渇いた喉に浸み込んでいく。とても美味い。

 

もう一杯麦茶を飲んで喉を潤した一誠は、頭が覚醒してしまったために何となく眠れる気分にはならなかった。それは深夜に力が増す悪魔だからということもあるだろう。

 

体を軽く動かして汗でも流せば眠くなるかも。そう思った一誠は同室の木場と翔を起こさないように気をつけながら寝巻きから運動着(ジャージ)へと着替えて外へと出た。

 

夜なのにも関わらずはっきりと眼に映し出される山の緑。それは悪魔故に夜目が利くという理由だけでは無い。空から降り注ぐ光も関係していた。

 

何となく空を見上げてみる。雲1つ無い満天の星空に綺麗な弧を描く半月が浮かんでいる。その雄大な光景に感動だけではなく感傷も覚えてしまうのは、それがもう都会からは失われてしまっている光景(ソラ)だからだろうか。

 

一誠が動き出したのは、自身を呼ぶ声が聞こえたからだった。宙へと向けていた顔を声の聞こえた方へと向けてみる。

 

一誠がこれまでの人生で他に見たことが無いほどの鮮やかな紅が眼に飛び込んでくる。ストロベリーブロンド等という言葉では括れない紅の長髪を持つ女性を一誠は他に知らない。

 

「部長、何しているんですか?」

 

「多分イッセーと同じだと思うわよ? 眼が覚めたから何となく散歩でもしようかなって出てきたの」

 

「俺もちょっと運動でもしようかなって思ったんです」

 

フフフ、とお互いに軽く笑い合う。何故だろう。そんなことがほんの少し可笑しく感じられた。

 

一誠はリアスの元へと歩いていった。彼女が座っている長椅子の隣をポンポンと叩いてくるので、一誠はそこへと腰を降ろした。

 

何となく沈黙が続く。一誠はリアスへと顔を向けて、ちょっとだけ疑問に思ったことを口にした。

 

「部長。ここで座っているってことは、散歩に行ってもまだ眠くならなかったんですか?」

 

「いえ、そうじゃなくてね。あれを観ているのよ」

 

あれ。そう指差された先を一誠も観てみる。

 

暗闇の中だからこそ目立つ稲穂の金色。暗闇でなお浮かび上がる黒曜。それらが一誠の目では捉えられないほど激しく交差しあっていた。

 

だが、その割には音が聞こえない。だからこそ、今まで一誠も気付くことができなかった。

 

「音が漏れないように遮音の結界を張っているのよ。その中で組み手しているようね」

 

「組み手」。一誠も今日、翔と散々やった基本的な修行の1つだ。純粋な技量比べやより実践的な駆け引きを高めるという意味合いがある。

 

だが。そこで繰り広げられていたのは。とても組み手などという言葉には収まらない、一誠が今までに見たことが無い、次元の違う闘いだった。

 

 

 

黒歌の左回し蹴りがこめかみ(テンプル)を捉えるべく放たれた。その速度はまさに刹那の領域。神速といって相違ない。

 

だが、翔はそれにも難なく対応する。

 

使うは空手の基本中の基本の返し技。右手で相手の蹴りを受け、左拳による正拳突きを叩き込む。

 

右手から全身へと走る衝撃。それでも体を流すことなく轟!! と唸りを上げて正拳突きが突き進む。

 

黒歌は正中線を軸に反時計回りに回転することによって正拳突きを回避した。

 

それだけではない。その遠心力を利用してより強烈な威力になった右回し蹴りをお返しする。

 

攻撃している左手側からの攻撃。対処しにくいその攻撃を翔は右手の平で受け止める。

 

バシンッッ!! という音が響き渡る。その音の大きさが先の蹴りの威力を物語っていた。

 

右手の平が痺れを訴えている翔の目の前で、黒歌が両手を振り被る。

 

その手には妖術によって生み出された劫火が轟々と燃え盛っていた。

 

猫又と火車――葬式から死体を持ち去っていく妖怪――はしばしば同視されることがある。黒歌にも火車としての特徴があり、炎を扱う妖術は得意としている。

 

その黒歌の扱う焔は、断じて組み手などで使っていい威力のものではない。人が触れたなら即座に炭化する熱量を持っている。

 

だが、そんなことなど意に介す事無く、黒歌はその両手を交差させるようにして振るった。

 

「しゃっ!!!」

 

それは黒歌が達人たちの話の中で聞いた話を元に創りだしたオリジナル。手技がどうしても劣りがちになるテコンドーを補うために再現、アレンジした技の1つ。

 

天地無心流が1つ「十字頚木」が崩し。「ヘルフレイム・クロスファイア(余りにも名前が厨二病臭いのでちょっとした黒歴史となっている)」である。

地獄の業火と見紛うほどの熱量を持って相手の首を焼き切る。紛う事無き殺人技だ。

 

そんなものなど生身で防御出来る筈もなし。即座に翔は避けるために後ろへと跳躍した。

 

そんな翔へと斜め十字(オーバークロス)の紅蓮が迫り来る。炎を手の軌跡に沿って相手へと飛ばしたのだ。

 

翔は焦ることなく自身の手札の中で、これに対処できる技を選択、行使した。

 

翔の両手の平が球を描き出す。まるでその手の平に絡みとられるように。或いは翔の前に不可視の壁があるかのように。翔の目の前で炎が霧散した。

 

開けた視界。その中心に既に足を天へと突き上げている黒歌の姿があった。

 

炎を眼晦ましにして翔へと接近。攻撃準備を整えていたのである。

 

だが。明らかに窮地へと陥っている筈の翔は目の前の黒歌を無視するかのように後ろへと振り返った。

 

それと同時に翔の頭に突き刺さる踵。だが、その姿は何かが弾けるかのような音とともに溶けるように虚空へと消えていった。

 

幻術で生み出した虚像に気当りによるフェイントを組み合わせることによってより精度の高い分身へと昇華させる。黒歌の得意技だ。

 

翔は目の前の存在が虚像だと見破っていたからこそ、後ろへと振り返ったのである。

 

そして、翔の目の前には驚いた顔を見せている黒歌の姿があった。

 

翔はその場で跳躍。体を捻り――

 

 

 

「実はこれも偽者で、後ろが本命だっ!!」

 

 

 

更に体を回転させ、元々向いていた方向へと左後ろ回し蹴りを繰り出した。

 

足が向かう先には、先ほどよりもより度合いの高い驚愕を顕わにしている黒歌の顔があって――

 

 

 

パン! とその体が弾けて消えた。

 

 

 

着地した翔の後頭部の一寸先には、黒歌の足の甲が置いてあった。

 

寸止め。組み手における基本的なルールだ。

 

それを黒歌が行っているということが示すこと。それはつまり。

 

「はい、私の勝ちだにゃ」

 

「はぁ、また負けちゃったよ」

 

項垂れている翔と、カラカラと笑う黒歌は、先ほどから感じている視線の元へと歩き出した。

 

 

 

先ほどまで描写していた翔と黒歌の組み手模様。

 

だが、一誠とリアスの眼にはその殆どが捉えきれていない。

 

精々が、黒歌が炎を翔へと放ったこと。それを翔が防いだこと。いつの間にか黒歌が翔の背後に周っていて、勝負に決着がついていたこと。

 

この位しか、分からなかった。

 

それが、2人と翔と黒歌の間に隔たる実力の差というものを端的に示していた。

 

しかし、だからこそ、2人の内でやる気という名の炎が轟々と燃え盛っていた。

 

一誠は思う。

 

(今の俺と翔の間には、背中が見えない程の長い距離が隔たっている……。だが、それがいい。そうだからこそいい。……目標は、いつだって高く聳え立っていたほうが上を目指していける。翔がこの世界においてどれほどの高みに位置しているかはわからねぇけど、それでも俺よりも遥か先を行っていることに違いは無い……。それだからこそ、追いつく努力のし甲斐がある!!)

 

リアスは思う。

 

(私はある意味で幸運だった……。私は、上級悪魔としてその力に自信と誇りを持っていた。……身近に、魔王と最強の女王という遥か高みが存在していたのにも関わらず、自分のそれに遠く及ばない力に絶対的な自信を持っていた……。それは、多分心のどこかで「彼らには届かない」と思っていたから……それで充分だと思っていたから……。けれど、彼らの姿を見てそれが間違いであることに気付くことが出来た。種族的に見てか弱い筈の人間である彼が、努力であそこまで強くなれるのなら。魔王であるお兄様と同じ血を引いている私が努力を怠らなければ、お兄様と同じ領域にいけない道理はない……!! そのことに今の段階で気付けたのはこれ以上無いほどの幸運だわ!!)

 

2人の元まで歩いてきた翔と黒歌は、そんなやる気満々な2人の様子に自分達が何かしらの切っ掛けになれたことに、嬉しそうな笑みを漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、テンションを上げすぎた一誠とリアスが中々寝付けず、翌日に寝不足で苦労することになるのは別の話である。

 




副題元ネタ……兄妹だけど愛さえあれば関係ないよねっ!

なに? 副題が思いつかないだって?

それは無理矢理副題を考えようとするからだよ

逆に考えるんだ。「副題が思いつかなくてもいいや」と考えるんだ。

そんなノリで作った副題でした。


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7 必殺技披露人

修行回?

とにかく今回は短いです。というよりちょっと露骨なフラグ回


今回のお話は、合宿3日目の昼食。その席で一誠が唐突にそのことを話題に出したことにより始まった。

 

「え? 僕の必殺技を見たいだって?」

 

「ああ。駄目か?」

 

そう、一誠が翔の必殺技を見たいとお願いをしてきたのだ。おずおずとした話口ながらも、その顔からは「見たい」という感情が溢れ出している。

 

他の人たちも表情に違いはあれど、興味があるということに変わりはなさそうだった。

 

そのことを見て取った翔は一誠に何故急にそんなことを問うてきたのかを聞くことにした。

 

「別に駄目じゃあないけど……。何で急に?」

 

「いや、今は基礎とか防御を高めるのが大事だっていうのは分かるんだけどよ。何かしら決め手を持っていた方が良いと思ってな。その方がライザーにプレッシャーを掛けられるだろ?」

 

「それで、僕の決め手を参考にしようって?」

 

「ああ。今からじゃあ習得は難しいだろうけどさ。それでもお前の必殺技を見ているのとそうじゃないのじゃ違うだろうし」

 

「なるほどね」

 

翔は一誠の言葉に納得がいったという風にウンウンと頷いた。

 

確かに、どんなに不利な状況でも一発で覆しうる手札があるというのは相手にとってはプレッシャーになるだろう。逆に言うと、そんな技を持っていない者はどれほど技量などが高く纏まっていてもそれほど脅威にはなりえないとも言える。(実力差にもよるが)

 

ライザーとの戦闘は、相手がこちらの体力を削りきる前に此方が相手の精神を削りきれるか、という削り合いの勝負だ。ならば、少しでも相手にプレッシャーを多く掛けられるほうが良いというのは正しい。

 

故に、一誠が先の言葉を言うのは何もおかしくはない。ないのだが、

 

「で、本音は?」

 

「1回翔の必殺技を見てみたいです」

 

「よろしい」

 

結局の所、一誠もロマン持つ日本の男の子だったというわけだ。ドラグ・ソボールを全巻集めるくらいには漫画好きなんだから、「必殺技」という言葉に何か胸に帰するものがあったのだろう。

 

それと昨夜、一誠と黒歌の組み手を見ていたことも関係しているのかもしれない。自分の師匠ってどんなことが出来るんだろうと気になったのだろう。

 

「わかったよ。じゃあ、今日は僕の必殺技のうちの幾つかを一誠君に見せてあげるね」

 

「うっし! サンキュー、翔」

 

「ま、どれも今からじゃ時間が足りなくてライザーさんとのゲームまでには習得できないだろうけどね」

 

「いいよ、それでも。……やべえ、俺ワックワクしてきたぞ!」

 

「空孫悟の物真似かい? 結構似てるね」

 

「おう。ドラグ・ソボールファンの嗜みだ」

 

「……で、今までスルーしてきたんだけど……」

 

翔が視線を隣の一誠から元の位置まで戻すと、程度の違いはあれ期待にそれぞれ眼を輝かせているオカルト研究部の面々が居た。

 

ワクワクという擬音を隠すこともしていないアーシアと、無表情ながらどこかソワソワしている小猫。純粋に参考にしようとしているらしい木場。そして多少打算が入り混じった好奇の視線を寄せてくる朱乃とリアス。

 

それぞれの顔を見渡して翔が提案した。

 

「皆も、イッセー君と一緒に見るかい?」

 

その言葉に全員が一斉に頷いたそうな。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「第1回! 翔の必殺技お披露目会~~。ワ~パチパチ」

 

ドンドンパフパフ~。とでも効果音が付きそうな様子でそう黒歌が宣言をした。その言葉に周りの皆のそれぞれパチパチと手を叩いている。

 

完全に悪ノリをしているのだが、翔は別に咎めはしなかった。これくらいの悪ノリでは別にどうってことはない。何せ達人たちはもっと酷い悪ノリをやってくることもあるからして。

 

道着を帯をキュッとしめた翔は目の前のサンドバッグに向かって構えた。

 

「スゥゥゥ。フゥゥゥゥゥ」

 

眼を閉じて呼吸で気組みを練っていく。丹田から全身へと巡らし、それを繰り返し循環させることでどんどん気を高めていく。

 

その緊張感に先ほどまでふざけた調子を出していた一部の者たちも静かになった。それが更に場の緊張感を高めていく。

 

そして、唐突に眼を開けて翔がその拳をサンドバッグに向けて突き出した。

 

「ちぇす!!」

 

果たして、そこにどのような技術が込められていたのだろうか。

 

サンドバッグは多少揺れるだけに留まったかに見えたが、刹那、拳を当てた反対側から砂が物凄い勢いで飛び出した!

 

その余りに不可解な現象に、場の面々(黒歌は除く)は騒然となる。

 

「不動砂塵爆。対象を一切動かすことなく衝撃だけ後方へと打ち抜く荒業だよ。もっとも、僕の技量じゃあ多少動いてしまうんだけどね。まだまだ極めたとは言い難いよ」

 

空手最強を謳われる2人の内の1人。ケンカ100段こと逆鬼志緒の必殺技だ。彼ならサンドバッグを一切揺らす事無く、また砂自体も翔よりも遠くへと吹き飛ばすことが出来ただろう。

 

昔と比べて成長しているが、未だ遥か遠きその師匠の背中に、翔は苦笑が漏れ出るのだった。

 

この必殺技に最も驚いたのは、総合格闘技を習得している小猫だった。

 

彼女の膂力であれば、サンドバッグを壊すこと自体はそう難しいことじゃない。だが、一切サンドバッグを揺らすことなくというと……はっきり言って不可能と言わざるをえなかった。

 

どのような力の錬りこみ具合で、どのように体を動かし、どのように拳を対象に当てたらあのような技が可能となるのか……。小猫には想像もつかなかった。

 

(……相変わらず人の想像をぶっちぎって斜め上を飛んでいく人ですね。……どれほどの差があるのか……)

 

しかも、その彼自身が自己申告とはいえ、自分を技を極めたとは言いがたい未熟者と言っているのだ。ならば、果たして彼の師匠となると一体、どれほどの……。

 

そのように小猫が戦慄している間にも、翔は次の技の準備へと入っていた。

 

次に技の対象としたのは翔の身長程の大きさである岩のようだ。黒歌が運んできていたらしい。

 

と、そこで翔の構えのある一部分に一誠が気付いた。同じ空手を習っていたからだろう。

 

「あれ? 今回は貫手なのか?」

 

「お、よく気付いたね。その通りだよ。次の技は、貫手が防御された時に強引に相手の防御を突き破って相手を攻撃するための技さ」

 

じゃ、征くよ。

 

そう翔が宣言して動き出す。他の人にも動きを見えるように速度を制限してその技は放たれた。

 

貫通力を増すために腕に回転を掛けて放たれる貫手。そう、翔がバイサー相手にトドメを刺したあの技である。

 

そのある意味で憧れの技を見られたことに一誠が興奮していると……。岩に貫手が触れた瞬間! 翔が自身の膝で以って貫手を蹴り込んだ!

 

それによって勢いを増された貫手が、目の前の岩を強引に抉り削る!!

 

「人越拳、脚破ねじり貫手!!」

 

その貫手は、岩を貫通して穴を開通させた。

 

翔が腕を引き抜く。そこには翔の腕の太さよりも数センチほど直径が大きい穴が開いていた。

 

(ん~。人越拳神さんなら自分の腕より数ミリ太いだけの穴を開けるだろうし……。まだまだ力の配分が甘いな~)

 

そんなことを翔が思っていることなど露とも思わずに、一誠が大声を出しながら翔に詰め寄った。

 

「か、かかかか、翔ううぅ~~~!! い、今の技は!?」

 

「だから、さっきも言ったでしょ? 貫手を防御された時に、膝で貫手を蹴ることで強引に加速させて相手の防御を突き破るための技だよ」

 

「な、なるほど~」

 

一誠が何度も首を縦に振っている。どうやら何かしらのインスピレーションを得ることが出来たようだ。翔も修行を一時中断して技のお披露目会をやった甲斐があるというものである。

 

もっとも、驚いているという意味では他の人たちもそうだったが。

 

「ねえ、小猫。あなたはあんなことできるかしら?」

 

「……いえ、出来ないです。岩を砕くというならまだしも……」

 

「リアス、あなたなら出来るんじゃないかしら?」

 

「それは私の魔力特性が「滅び」だからよ。言わば能力だから出来るのであって、純粋な技術でああは出来ないわ」

 

「はは。本当に規格外だね」

 

「す、凄いです!」

 

翔の技術に驚いている彼女らであるが……。果たして翔が師匠たちと比べると未だに達人と呼ばれるような技量を有していないと知ったらどうなるであろうか……。恐らく諦観の念で一杯になることだろう。

 

「それじゃあ、次逝くよ~」

 

そうして、一誠やリアス眷族の参考とするための翔の必殺技お披露目会は続いたのだった。

 

杖をつかって鉄板を2枚に剥ぐ「香坂流相剥ぎ斬り」を見た木場が自身の自信を打ち砕かれて意気消沈したり。(翔は薄い葉っぱを剥ぐような技量はまだ持っていないのである程度の厚さのある鉄板を杖で剥いだ)

 

相手を殺さないための技と言って「岬越寺流悶虐陣破壊地獄」を見た時は技を掛けられた投げられ木偶君ぐれ~とのグニャグニャ具合に全員が全員ドン引きしたり。

 

とにかく、リアス眷属は翔のその技の多彩さに眼を白黒させたのでしたとさ。

 




副題元ネタ……必殺仕事人

今回は副題すんなり思いついたぜ! やったね!

久しぶりに5000字以下という短さ。もうちょっと何とかならなかったかとは思うんですけど……。

翔の実力は、本編でも書いていますが、「師匠の奥義(絶招)を幾つか習得していて放てるものの、その技量は師匠たちには遠く及ばない」みたいな感じです。しぐれが葉を2枚に剥げるところを、厚さ数ミリの板くらいまでしか剥げない的な。

ちょっと分かりづらいかもしれませんね。


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8 開幕ベルはまだ鳴らない

まだ修行回。




前回までのあらすじ!!

 

リアス・グレモリーを妻とするためにリアス眷属に襲いかかってきたライザー・フェニックス。

 

一誠達は勿論そんなことはさせまいと応戦した。

 

しかし、抵抗虚しく、ライザーの持つ「圧倒的不死身」という特性の前に一誠達は敗北、リアスを連れ去られてしまう。

 

何とかリアスを取り戻したい一誠達だが、自分たちの力不足を自覚していた。

 

そこで、一誠の師匠である翔に頼み込み、修行のための山篭りを断行する!!

 

飛び散る血と汗と涙。飛び交う怒号と悲鳴とツッコミ。

 

そんな中で眷属たちの間で青春ドラマやエロハプニング的なあれやこれやがあったり無かったり!

 

そんなこんなで一誠は修行の果てに必殺技を会得! ライザーとの決戦に赴くのだった。

 

果たして、ライザーに新たな必殺技『()義執行龍帝咆哮剛()地獄()()』略して『正拳突き』は通用するのだろうか!?

 

一誠達の戦いはこれからだ!!

 

完!!

 

ご愛読、ありがとうございました!!

 

 

 

一誠「って、このあらすじなんなんだよ!! 少ししか内容あってねえよ!! 「圧倒的不死身」ってなんだよ!! しかも必殺技これ完全にただの「正拳突き」じゃねえか!! 適当に漢字並べてそれっぽい名前にしとけばいいってもんじゃないんだよ!! しかもあらすじで連載終わらせるんじゃねえよ!! つうかツッコミどころ多すぎるんだよ!! とてもじゃないけどツッコミきれねえよ!!」

 

 

 

ツッコミ、ありがとうございました!!

 

 

 

一誠「うるせえぇぇぇぇ!! 好きでツッコミやってるわけじゃないわ!! いつの間にかこんな役柄になってたんだよ!! つうかそろそろ本編始めろよ!! そろそろ読者も「前置き長えよ」って思い始めてるよ!!」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

ライザー・フェニックスとのゲームに臨むための合宿に来てから10日目、つまり最終日の早朝。

 

チュンチュンという小鳥の囀りが爽やかな夜明けを演出している中、暗澹とした気持ちで一誠は上半身を起こした。

 

頭を抱えて蹲っている姿からは果てしない苦悩を見るものに感じさせる。

 

「何なんだよ、今の夢は……」

 

「夢の中ですら俺はツッコミ役になる運命(さだめ)なのか」と一誠が戦慄していると、翔が心配そうに声を掛けてきた。

 

「どうしたんだい? 何か悩みでもあるのかい?」

 

その言葉に思わず「お前達がもう少しボケを抑えてくれたら俺の悩みも軽減するよ」と言いそうになり、しかしそれが更なるボケを生みそうなのでやめておいた。

 

眠気をとるために伸びをしながらも、一誠は何でもないという風に笑ってみせる。

 

「ん~。別に何でもないぜ。ただ夢見がちょっとな」

 

「それなら良いけどさ」

 

一誠が体を布団から起こし、体を捻っていると談笑の声で眼が覚めたのか、木場が眼を擦りながら布団から這い上がってきた。

 

「おはよう。……ふぁぁぁ~~~」

 

木場が人前では滅多に見せないような大口を開けて欠伸をした。口の前に手を翳して大きく開けた口を隠している。

 

それを見ながら翔たちは挨拶を返した。

 

「はよ」

 

「おはよ~」

 

挨拶をした3人は伸びをしたり眼を擦ったり。それぞれのやり方で頭を覚醒させると、それぞれの運動着へと着替えた。

 

木場が駒王学園のジャージへと。

 

一誠が空手の道着へと。

 

そして翔は空手の道着にカンフーパンツ。ムエタイのバンテージに鎖帷子etcのいつもの服装へと。

 

「今日はどんなトレーニングをするんだい?」

 

「ん~。基礎修行はあんまり変わらないよ。ただ疲れを余り残さないように昨日よりは軽めかな」

 

「お前の軽めは軽くないんだよ」

 

翔たちが話しながら部屋を出ると、同じように隣の部屋から黒歌と小猫が出てきた。

 

小猫が眠たそうに眼をしょぼしょぼさせながら目を手の甲で擦っている。黒歌がそんな小猫の寝癖を手櫛で直そうとしている。その様は何とも可愛らしく、男達3人の心を潤した。

 

男達の存在に気付いた黒歌がその手を軽く挙げながら挨拶をする。

 

「おはよう~。ほら、小猫。眼は擦ったら駄目にゃん」

 

「……おはようございます。いいじゃないですか、別に」

 

小言を漏らす黒歌を鬱陶しそうにあしらう小猫の姿に、微笑ましいものを感じ男達は眼を見合わせたあと笑いを漏らした。

 

5人は合流して談笑しながらロッジから外へと出た。

 

この前衛組みとそのコーチである5人が走りこみなどをしている間に残ったリアス、朱乃、アーシアの3人が朝食の準備をする。それがこの合宿中での光景である。

 

ロッジの玄関を出て、大きく伸びをしながら深呼吸をする。山奥のロッジで早朝の空気を思いっきり深呼吸をして体内に取り入れる。それが思いの外気持ち良く、この場にいる全員が癖になっていた。

 

その後、玄関から見てロッジの側面と言える位置に置いている投げられ地蔵ぐれ~とやしがみ仁王アイアンなどを体に取り付けていく。

 

「もうすっかりこの作業に慣れてしまっていることが何だか物悲しいな……」

 

二の腕にしがみ仁王アイアンを取り付けながら一誠がぼやくと、

 

「……言わないで下さい。なるべく考えないようにしているんですから……」

 

折角頭から追い出していたのに何で一々掘り起こすんだ、という苛立ちを込めて小猫が睨み、

 

「確かに便利なんだけどね……。やっぱり見た目が何とも……」

 

木場はいつもの微笑を浮かばせながらもその言葉に同意して嘆息した。

 

実際、小猫は投げ技の練習にこの投げられ地蔵ぐれ~とを使っているし、木場もバランス感覚の訓練に使っていたりするため便利であることは否定できない。

 

だが、どうにも見た目がアレである。暗闇の中で並んでいる姿を見ると臆病な人じゃあ漏らしちゃうんじゃあないかなあ、とか思っている木場だった。

 

自分達もそんな風に思っていた時代があったなあ、と内心同意しながらも翔と黒歌も自身の体に取り付けていく。

 

「お金があれば金下駄やプラチナのブーツを使うなりで体積を削減できるんだけどね」

 

「そんなお金は残念ながら無いにゃん」

 

その言葉を聞いた木場と小猫が内心で「部長に今度相談してみよう」と思ったとか何とか。

 

修行するにも先立つものがいる。何とも世知辛い世の中だな、と一誠は思いながらも翔に疑問を口にした。

 

「そんなに便利なのか?」

 

「うん。靴の中に錘を仕込むってのはありふれた手法なんだけどね。金やプラチナは比重が重いから」

 

「同じ大きさでも鉄とかよりそっちの方が重いってわけにゃん」

 

「おまけに金下駄だったらバランス感覚も鍛えられたりするしね~」

 

話しながらも作業を終え、次に自分では付けられない錘をどんどん他人へと付けていく。

 

結局、5分程で全ての錘を付け終えると、全員が全速力で走り出した。

 

それはジョギングなどという言葉を「なにそれ美味しいの?」とでも言わんばかりの全速全開。とてもじゃないがペースなどという言葉は彼らの頭から抜け落ちている。

 

いや、抜け落ちているわけではないが、それでも全力疾走しなければカツが待っているので全力で走らなければいけないのだ。

 

勿論、その速度には差がある。

 

黒歌が最も速く集団から飛び出し、翔がそれに続いて飛び出した。

 

「それじゃあ、これまで通りに行くよ~~!」

 

その言葉を後ろの一誠達目掛けて発すると、翔は山の林の中へと突入した。

 

一足遅れて木場が。そこから1馬身程差を置いて小猫が。更に遅れて一誠が林の中へと突入した。

 

しかし、彼らの目には日本の原生林しか入ってこず。先に入った筈の黒歌と翔の姿は眼に入ってこなかった。

 

それでも全力で走っていく一誠達。1番速いのが木場。その次が小猫。最後に2人よりちょっと遅れて一誠という順で走っている。

 

そして、翔と黒歌はその3人に見つからないように静かに走りながらその3人の様子を観察していた。

 

「ん~。このメンバーで走るとやっぱり一誠君の身体能力の低さが際立っちゃうね」

 

「ま、仕方にゃいにゃ。所謂年季が違うにゃん」

 

そんな風に和やかに2人が話していると、3人に変化が訪れる。

 

先頭を走っていた木場が、木の根に足を取られて転んでしまいそうになったのだ。

 

『しまっ?!』

 

その時咄嗟に木場の手を掴む影が。木場に続いて走っていた小猫である。

 

『気を付けて下さい。祐斗先輩』

 

『あはは、ごめんね?』

 

転びそうになった木場を掴み上げたことでどうしても小猫が足が止まってしまったとき、翔はこの修行における「カツ」を入れるために行動を開始した。

 

「ハイ! 足を止めないようにね!」

 

翔の腕が一瞬霞んで消えたかのように錯覚する程の速度で振られる。

 

すると、小石ほどの大きさの物体が風斬り音を奏でながら猛スピードで木場と小猫に迫っていく。

 

しかし、それらの物体は2人に衝突することは無かった。

 

2人が足を止めている間に追いついていた一誠が間に割って入り、その左腕の篭手を用いて弾き落としたからである。

 

キキン! という音が早朝の静かな林に響き渡る。

 

ポト、と彼が弾いたものが地面に落ちた。それは時代劇や漫画で見かけるような手裏剣であった。

 

『翔が「早く走れ」ってよ』

 

『はは、耳に痛いね』

 

『……行きましょう』

 

そう言って3人は再び走り出した。

 

――彼らが何をやっているかというと、それは「走り込み」である。

 

しかし、ただの走り込みではない。「それだと何だか損した気分になるじゃないか」という翔の言葉の元、それ以外の工夫も成されている。

 

それが先ほどの手裏剣である。ようは、いつもは鞭だったり電撃だったりするカツが手裏剣に変わっているのだ。

 

この手裏剣にも勿論意味がある。それは「奇襲対策」だ。

 

彼ら3人は兵士、騎士、戦車の前衛組みである。最初に相手と接触するポジションだ。

 

それ故、遭遇戦や奇襲というものを最も警戒しなければいけない立場である。

 

相手の本陣や「王」、或いは作戦上重要となる場所を確保しに最前線を走りつつ、尚且つ相手との遭遇や奇襲を警戒しなければいけない。

 

この走り込みはその為の訓練でもあるわけである。

 

ランダムに襲ってくる手裏剣や罠を警戒しながらの全力の走り込みによって、奇襲や気配に対する嗅覚とでも言うべきものを養いつつスタミナや足腰の鍛錬もしようという贅沢気味(翔視点)な訓練なのである。

 

しかも、いつもの走り込みでは得られない本番さながらの緊張感も味わえるというお得さ(翔視点)だ。

 

誰か1人でも手裏剣(刃引き済み)に当れば走り込みが1周追加されるため、自然と連携も高まるという特典(翔視点)もついているという。

 

なんともお得感溢れる(翔視点)修行なのだ!

 

ロッジの周りの林を10周するという内容だが、いつも何回かは手裏剣に当ってしまい、何周かは多く走らされることになる。精神的なプレッシャーも加わって朝食を食べるころにはヘロヘロになってしまう。

 

今日こそはそうならないようにと、気合を入れながら走っていたお陰だろうか。

 

何とか一撃も貰うことなく5周を走り終え、6周目に入っていた。

 

その結果に翔は満足そうに何度も首を縦に振っていた。

 

「うん。中々良い反応をするようになってきたね」

 

一誠たちの様子が俯瞰的に見えるようにしながらも、絶対に見つからないように気配を殺しつつ、静かに木の枝から木の枝へと飛び移りながらも棒手裏剣を一誠目掛けて投擲する。

 

その棒手裏剣は木場が空中に魔剣を生み出したことによって弾かれる。自分だけじゃなく、仲間にまで気を配っていないとこうはいかない。

 

翔が木場の評価を上方修正していると、黒歌が話しかけてきた。

 

「じゃあ、そろそろアレをやるかにゃん?」

 

「ん? ……そうだね。合宿の成果が出ていたら乗り越えられるだろうし。確認のためにもやってみようか」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

その異常に最初に気付いたのは、最も敏感な感覚を有している小猫だった。

 

「これは……?!」

 

状況を確認するために足を止めて急ブレーキを掛ける。錘を背負っていて重くなっていた分慣性が大きくなっており、2メートル程地面を削ったところでようやく停止した。

 

突如足を止め周囲をキョロキョロと見渡し始めた小猫を怪訝に思い、一誠達も足を止めて問いを発した。

 

「どうしたんだ? 小猫ちゃん」

 

「……いつの間にか方向を間違えさせられていたようです。……恐らくあの人の術の一種でしょう。感覚を狂わせる(人を化かす)類の術は、妖怪の得意技ですから」

 

「と、いうことは……」

 

「……ええ、このまま走っていても永遠に走り込みは終わらないということです」

 

その言葉に全員が嫌そうな顔をする。いつも笑みを浮かべている木場や、無表情気味な小猫がそんな表情を浮かべているというところに、その余りの嫌さや辛さ、キツさを感じ取っていただきたい。

 

「どうにかならないかな?」

 

困ったような笑みを浮かべながら木場が小猫に聞いた。

 

「……何とか正しい方向を探してみます」

 

そう言うと小猫は眼を閉じて集中しだした。それだけでその場が秘境の泉にでもなったのかと錯覚するほどの静謐な空気に満たされていく。

 

暫くすると、小猫の頭頂部からは猫耳が。臀部からは尻尾が生えてきた。ゆらゆらと揺れる様は何とも可愛らしい。

 

その光景を見ても一誠と木場は驚くことなく、小猫を見守っている。

 

しかし、すぐにその顔が険しくなった。周囲を警戒し、小猫を護るために小猫を間に挟んで背中合わせで布陣する。

 

「まったく、今日はかなり厳しいね」

 

「合宿終了に向けて完成度を見ておきたいんじゃないか?」

 

『Boost!!』

 

軽口を叩いているが、すでに臨戦態勢へと入っている。

 

一誠は篭手のついている左手を前に出し、木場は両手に魔剣を創り出し、だらりと下げている。それだけでなく、膝や肘などの関節部分を力み過ぎない程度に曲げており、何が起こってもすぐに動けるようにそれぞれが整えていた。

 

ピンと張り詰めていく緊張感。集中することによってざわざわという森特有の音が遠くになっていくような錯覚を両者が感じていると、

 

 

 

刹那、数多の手裏剣が3人目掛けて襲い掛かってきた!!

 

 

 

(数が……?!)

 

(多いんだよ!!)

 

腕や剣を振るうだけでは防ぎきれないと両者共に即座に判断した。この状況を打開するために動き出す。

 

「木場ァァァァ!!」

 

『Transfer!!』

 

一誠が木場の背中に手を触れて神器の力を行使する。

 

赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』。倍加で高めた力を触れた相手に譲渡する能力である。

 

ギフトを受け取った木場はその力によって自身の神器の力を高め、より力の強い魔剣を創りだした。

 

まるで岩から直接切り出した、石器のような印象を感じさせる無骨な両刃の魔剣。それを逆手に持って地面へと突き刺す!

 

「『隆起剣(アースクエイク)』!! 地面よ、起き上がれ!!」

 

その言葉通り3人の周囲の地面が捲れ上がり、壁となって手裏剣から3人の身を防いだ。

 

カカカカカッ! という手裏剣が突き立つ音を聞きながらも、一切警戒を緩める事無く周囲の壁――更に言うならその向こう側――を睨みつけていた一誠の目の前で、突如その壁が崩壊した!

 

その原因は一本の丸太! ロープによって木にぶら下げられた、典型的なブービートラップと言ってもいいかもしれないものが襲いかかってくる!

 

「幾らなんでもやりすぎだっつの!!」

 

一誠がぼやきながらも迎撃しようとしたとき、小さな影がその横を通り過ぎた。

 

一誠の前に飛び出たその人影は、片手で丸太を受け止めると、拳を固めた逆の手で丸太を殴り飛ばした!

 

暫く吹き飛んでいたその丸太が、唐突にまるで内側から衝撃を加えられたかのように爆散する!!

 

そんな事を成した人影は振り向くと木場と一誠に向かってこう言った。

 

「……方向が解りました。早くしないと朝食に遅れます」

 

小猫の言葉に顔を見合わせた2人は、苦笑を浮かべながらも頷いて走り出した。

 

その様子に翔と黒歌は満足そうに頷いている。

 

咄嗟の判断力。

 

それを実行する行動力。

 

共に合宿に来る前に比べると格段に高くなっている。

 

小猫は邪気や怨念などに影響されることなく、仙術を使えるようになってきていた。

 

未だ基本的なことしか出来ないとは言え、それでも一歩目としては上出来だというのが黒歌の判断である。

 

木場は咄嗟に使用する属性を見極め、その属性の魔剣を即座に作り出し、その魔剣の力をすぐに十全に使えるようになってきていた。

 

一誠に至っては防御や回避の技術は言うに及ばず、神器の使い方も上手くなってきている。

 

それに、自分の力に固執することなく即座に味方のサポートにも周れるようになったのは格段の進歩と言えるだろう。『赤龍帝の贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』というサポートに適した能力も発現している。

 

おまけに何やら隠れて特訓もしているようであるし。

 

これなら、あの作戦が成功する確率も跳ね上がっていることだろう。

 

面白い結果になりそうだと、翔はその口角を吊り上げるのだった。

 

 

 

 

 

そうして、リアス眷属の10日間の合宿は終わりを告げた。

 

深夜。人が眠り悪魔が動き出す時間帯。

 

リアス・グレモリー対ライザー・フェニックスの非公式のレーティングゲーム

 

その開幕ベルが鳴り響こうとしていた――――

 




副題元ネタ……D・Gray-manの第90夜副題「閉幕ベルはまだ鳴らない」より

そろそろ読者=サンも「修行回長えよ。そろそろゲーム始めろよ」とか思い始めてると思いますので。

次回ゲームです。

この副題の元ネタは何か頭の片隅に引っかかって残ってましたので、すらっと出ました。


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9 魔王様が見てる

恐らく誰も想像すらしていなかったでろう人物の1人称です。

ライザー対リアスのレーティングゲーム。

楽しんでいただけたら嬉しいな。


やあ、皆さんこんにちは。或いはこんばんはかな? もしかしたら初めましての人もいるかもしれないね。

 

この小説を読んでくれてありがとう。作者に代わって私からお礼を言わせていただくよ。

 

今回のお話は私の視点でお送りさせていただく。

 

……なんだって?

 

いきなりすぎる? 何で1人称になっているんだ? メタ発言はやめろ? そもそもお前は誰だ、だって?

 

ふむ。もっともな質問だね。ではその質問に1つずつ答えていこうか。

 

まず、何故今回は3人称じゃなくて1人称で進めようと思ったのか?

 

それは、3人称で今回の話を進めようと思ったら頻繁に場面転換をしなきゃいけなくなっちゃったからだよ。

 

勿論、それでも面白く描ける力のある作者もいるけれど、少なくともこの作品の作者は自分のことをそうは思わなかったということだね。

 

その点、第3者の視点から今回の話を見ることのできる立場の人が1人称で話を展開したなら、場面転換が少なくなる。というより、必要なくなる。

 

それに、3人称で今回の話を書こうとすると、どうしても地の文が解説的で、くどくなってしまう。

 

客観的な視点から、あくまでも推測として今回の話を解説できる役割も期待されているというわけだ。

 

だから、今回の語り部として私が選ばれたんだよ。

 

ん? だからそもそもお前は誰なんだって?

 

それは質問に答えていくうちに自然と分かると思うよ。

 

さて、次はメタ発言のことかな。

 

勿論、作者だって頻繁にメタ発言を使うつもりはない。今回はこういう形式で話を進めていくからこそメタ発言を出来たということだね。

 

例えば、今の跳躍の看板漫画と言ってもいいワ○ピースの主人公が、「一体何時になったら海賊王になれるんだ? このままだったら100巻越えてもなれないんじゃないか?」という風にメタ発言をしたらそれは読者には受け入れられないことだと私は思う。

 

でも、同じ跳躍漫画でも○魂の主人公が「そろそろネタなくなってきてるからね? これ。作者もしんどくなってきてるからね?」っていう風にメタ発言をしても受け入れられるだろう?

 

そんな風に、作風や発言をするキャラクターによってはメタ発言をしてもギャグの1つとして受け入れられる。

 

私は公式の原作設定でも、私的な場では軽いキャラクターということだから、まあメタ発言してもギリギリ許容内じゃあないかな~。という作者の甘い見通しがあるというわけだ。

 

まあ、内心で非難轟々になるんじゃないかと戦々恐々としているわけだがね。

 

さて、では私が一体誰か、ということだね。

 

今までの受け答えだけじゃあ、精々「公式設定で軽いキャラクター」ということしかわかっていないから、ヒントを出そうかと思う。

 

今回の話は、ライザー君対リアスのレーティングゲームの模様をお送りさせていただく。

 

……え? これだけじゃあ解らない?

 

いや、これだけでも結構情報が込められているものさ。

 

今回のレーティングゲームは非公式なので一般の観客はおらず、関係者も会場に行くのではなく中継という形で見ることになっている。

 

つまり、私はグレモリー家かフェニックス家の関係者ということだ。

 

どうだい? もう大分解ってきた人も多いだろう?

 

更に言うなら、解説役ということは今回ゲームで使われている戦略や戦術、或いは技や魔力、魔法を見抜ける程度の実力が無いといけない。

 

つまり私は「グレモリー家かフェニックス家の関係者で、かなりの実力があり、更には軽い性格をしている」キャラクターなんだよ。

 

もう誰か解っただろう?

 

そう、私は「サーゼクス・ルシファー」

 

リアスの兄であり、現魔王を務めさせてもらっている者だよ。

 

今回は、この私、サーゼクス・ルシファーの1人称で話を進めるという役を僭越ながら務めさせてもらうよ。

 

「一体、何処の誰に向かって、何を言っているのですか?」

 

ん? グレイフィアかい?

 

いや、何。折角珍しく3人称ではなく1人称で話を進めるのだから、ただ普通に「私は○○。今日は~~で――」って始めるのもなんだと思ってね。

 

一風変わった挨拶をさせて頂いたというわけさ。

 

勿論、メタ発言はこのシーンだけに限るから読者諸兄は安心してくれていい。

 

それじゃあ、本編を始めさせていただこう。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

手元の書類の内容に間違いが無いかを確認し、それに印鑑を押して決済する。

 

もう何万回、下手したら何億回と繰り返してきたその作業はスムーズなもので、特に停滞することも無く一区切り付くところまで終わらせ、一息をつけることが出来た。

 

決済済みの書類が山となっている自分の居城、その執務室を見て、その惨状に慣れたとはいえゲンナリとする。

 

やはり自分は、堅苦しいことは苦手であると再認識する日々だ。

 

その気持ちを溜め息に込めて吐き出すことで、気持ちを落ち着かせると、手元の懐中時計に目を落とした。

 

現在の時間を確認し、どうやら間に合ったようだと安堵する。

 

愛する我が妹リアスとその婚約者のライザー君の非公式レーティングゲーム。

 

その中継がもうそろそろ始まろうとしていた。

 

本来ならリアスの応援に現地に駆けつけたいところなのだが、「魔王」という肩書きがそれを邪魔する。

 

権限は大きいが、それ故に自由に動けないところが面倒くさい。

 

まあ、中継を見ることが出来る時間を捻出出来ただけでも、良しとしておくべきなのだろう。

 

まあ、それでも不満があることに変わりはないのだが。

 

もっとも、その不満は別としてこれから始まるゲームには聊かの興味と期待感があると言わざるをえない。

 

普通に考えたなら「不死身」の特性を持ち、すでにプロとしてデビューし、公式のゲームで良い成績を残しているライザー君の勝利は揺らがないものだとするのが妥当だろう。

 

事実、我が両親であるグレモリー郷とその妻であるヴェネラナ夫人。そしてフェニックス

郷等も彼の勝利を疑ってはいない。

 

例え、リアスが伝説の赤龍帝を眷属としていてもだ。

 

しかし、私とグレイフィアだけが知っている。

 

かの赤龍帝の師匠であり、我が友人である風林寺翔という今回のゲームにおけるリアスの助っ人が、人間としての規格外だということを。

 

異能の力を「自らの身体能力を強化する」というものしか持っていない彼が、SS級のはぐれ悪魔を捕縛するほどの実力を持っているということを。

 

そして、どの戦いでも、どれほど傷ついても、相手を決して殺さず捕縛してのけたことも。

 

……そんな存在が参戦するということを知っていたなら、どんなことをしでかしてくれるのか期待してしまうのも仕方ないというものじゃないかな?

 

リアスが彼をどのように運用するかという点も興味深いね。

 

と、そんな風にこれから始まるゲームに思いを馳せていたら、目の前にモニターが複数出現した。

 

ブォン、という音を出してそれらのモニターがある風景を映し出す。

 

そこに映っているのは、リアスやその眷属たちが通っている学び舎だった。

 

ふむ、ゲーム開始の時間となったのかな?

 

『皆さま。この度グレモリー家、フェニックス家の「レーティングゲーム」の審判役(アービター)を担うこととなりました、グレモリー家の使用人グレイフィアでございます』

 

モニターから我が愛しの妻の麗しい声が聞こえてくる。

 

何時聞いても聞き惚れるほど美しい声だと惚気気味に自慢に思うのは私の悪い癖だとセラフォルーやアジュカから何度も言われているが、直す気は毛頭無い。

 

自分の妻を自慢に思うことに悪いことなど一切無いからだ。

 

グレイフィアも呆れながらも満更でもないようだし。誰も困っていないから良しとしていいだろう。

 

ん? どこかから「桃色空間を展開されて砂糖吐きそうになるのよ★」という声が聞こえたような?

 

まあ、気のせいだろう。

 

おっと、いつの間にかルール説明が終わっていたようだ。

 

『開始のお時間となりました。制限時間は人間界の夜明けまで。それでは、ゲームスタートです』

 

ゲームスタート。果たして両者はどのようなゲームメイクをするのかな?

 

 

 

序盤。所謂オープニングゲームと言われるところだね。

 

両者とも静かにゲームメイクを開始しているよ。ここまでは実に定石通りの立ち上がりだ。

 

リアスもライザー君も、自分の陣地とも言えるところに罠を仕掛けたりして、本陣の防衛線を構築している。

 

リアスは本陣のある旧校舎の周囲の森にブービートラップを仕掛け、しかも幻術の霧を生み出している。

 

ライザー君は本陣である生徒会室がある新校舎に入りにくいように工夫しているね。

 

これは実際の将棋で例えたりするならば、駒を動かして「矢倉」を構築しているようなもの。

 

まずはゲームで重要となる本陣や王を護るための防衛線を構築するのがゲームでの定石。

 

ここまではまあ、普通のゲーム展開だ。特に目ぼしいところは無い。

 

……リアスの騎士である木場君が何やらかなり疲労しているのが気になるところだけど、それはコンディションの問題だろうからね。ゲームまでに調子を整えられなかった彼が悪い。

 

おっと、動きが出始めたね。

 

ライザー君はかなり定石通りの動かし方だね。

 

戦略上重要となる地点に何人かの兵士と他の駒を組まして向かわせている。

 

旧校舎へのルートの拠点となるものの1つ。旧校舎と新校舎に隣接している体育館に『戦車』1名と『兵士』3名

 

旧校舎へのルートの拠点となるものの2つ目。新校舎裏手にある運動場。そこに隣接している部室棟に『僧侶』『騎士』『戦車』が1名ずつ。『兵士』が3名。

 

残りは様子見ということで本陣に待機なのかな。

 

……いや、女王が単独で動き出しているね。

 

恐らく、不意打ち狙いだろう。体育館と運動場。どちらにもすぐに向かえるように新校舎の屋上に待機している。

 

どちらで戦闘が始まったとしても、戦闘に集中している相手を即座に魔力で狙えるようにしている。

 

どうやら、ライザー君が『犠牲(サクリファイス)』を好んでいるというのは本当のようだ。

 

おっと、どうやらリアスも動き出したようだけど……。

 

……これは、かなり変則的な動き方をしているね。

 

運動場の方は定石通りというか……。『騎士』である木場君、そして助っ人である翔君をタッグで組ませて向かわせている。

 

そして、巧妙に幻術で隠れているけれども……それから少し離れたところに小猫君がいる。

 

基礎的な幻術だけれども……かなり錬度が高いね。

 

これはライザー君の眷属じゃあ見つけるのに苦労するだろうね。なまじ目立つように木場君と翔君が動いているから、そちらに眼を奪われるだろうし。

 

どうやら木場君と翔君は囮みたいだ。彼らに注目を集めている間に幻術で身を隠した小猫君が運動場を突破、新校舎に潜入するという作戦かな?

 

そして予想外の組み合わせをしているのが、体育館の方。

 

なんと、『王』であるリアス自身が自ら前へと出ている。

 

お供に『兵士』である一誠君を連れて、体育館を拠点としていたライザー君の眷属たちの前に堂々と姿をさらしているよ。

 

これには彼女らも驚いたみたいだ。声も出ないっていう風に眼を見開かせて驚愕を顕わにしている。

 

『フフフッ。どうしたのかしら? そのありえないものを見たかのような顔は?』

 

リアスがそう挑発の言葉を口にしているけど……それも無理ないだろう。

 

普通、『王』は前へと出てこない。『王』がリタイヤすればゲーム自体に負けるのだからそれも当然だ。

 

勿論、他の眷属が負けたりすれば前へと出てくることもある。或いは終盤になれば前へと出るのを好む『王』もいる。

 

けれど、この序盤の時点で出てくるのはまず有り得ない。

 

こんなのは、自信過剰の馬鹿か勝利を諦めた玉砕戦法(バンザイアタック)かでないと選択しない。

 

だが、リアスの顔にそのような色はない。

 

あくまで、勝利を掴みに行く者特有の不敵な笑みを浮かべている。

 

だからこそ、ライザー君の眷属たちは困惑しているのだろう。

 

しかし、時間が経つと落ち着いてきたのか。

 

『戦車』の娘――確か雪蘭という名だったかな?――が余裕の笑みを顔に浮かべて話しかけている。

 

『……あやうく騙されるところだったわ。『王』がこんなところに出てくるなど有り得る筈ないというのにね。……幻術か何かでリアス様の姿を取っているのかしら?』

 

そういう風に判断を下すのも仕方ないと思うが……残念だけど本物だよ。

 

その証拠に、リアスが手から放った魔力弾が彼らの手前の床へと着弾し、そこを魔力弾の形に綺麗に刳り抜いている。

 

こんな破壊のされ方は、バアル家固有の「滅びの魔力」でもない限り不可能に近い。

 

そのことで相手がリアスだと判明したのか、相手の顔が引き攣っている。

 

が、すぐに顔を引き締めた。……どうやら覚悟を決めたみたいだね。幾つかのゲームを潜り抜けている分判断が早い。

 

『まさかっ。本当に『王』自身が出てくるなんてね……! リアス様。覚悟してもらいます! その身を討ち取りこのゲームを終わらせます! 行くわよ!!』

 

『ハイッ!』

 

『『ハ~イ』』

 

棒を手に持った『兵士』がその棒を構え、双子の『兵士』は持っているチェーンソーを起動した。

 

ドゥルルルルルン、というエンジン音が体育館に響き渡っている! 何とも物騒な姉妹だね。

 

おまけに、雪蘭君はつけている通信機を使ってライザーに援軍を要請している。どうやら自分たちでは勝てないと思い、あくまで自分たちは時間稼ぎに徹するようだ。

 

う~ん。良い判断をするね。

 

『あら。……こんな狭いところで何人も相手にするのは面倒だし……。一誠、一端引いて他の仲間と合流するわ!』

 

『はい! 部長!』

 

そう言葉を残して背を向けて撤退するリアス。

 

が、どうやら逃すつもりは無いみたいだ。

 

『待ちなさい!!』

 

体育館を出てリアス達が運動場へと向かう! そこを追おうとする雪蘭君たち。

 

しかし、そこでリアスたちに動きが現れた。

 

相手の眼が一端途切れたところで、リアスと一誠君が手を繋いだ。

 

『一誠、捕まりなさい!』

 

『はい!』

 

『キャスリング!!』

 

その言葉が発せられると同時にリアスたちが光り――――その場にリアスだけが残された。

 

いや、彼女はリアスじゃあない。

 

幻術でリアスに化けた小猫君だ!

 

そこで雪蘭君たちが角を曲がって小猫君を視界に捉える。

 

『待ちなさい! 他の眷属たちも来ています。逃げられませんよ! リアス様!!』

 

……どうやら、彼女たちはリアスが入れ替わっていることに気付いてないみたいだ。

 

そのまま、彼女らは運動場に向けての逃走劇を繰り広げ始めた。

 

どうやら、ゲームは中盤戦。ミドルゲームに入り始めているみたいだ。

 

別のモニターではそれぞれ面白い戦いが繰り広げられている。

 

1つのモニターでは『女王』対決が起こっていた。

 

『そこをどきなさい!』

 

『あら……。どけと言われて素直にどくとでも? 寧ろどきたくなくなるのが人情と言うものですわ』

 

『戯言を! なら、無理矢理どかすだけです!』

 

雪蘭君の援軍に赴こうとしているライザー君の『女王』、ユーベルーナ君をリアスの『女王』である朱乃君が阻止している。

 

朱乃君を突破しなきゃいけないユーベルーナ君は早く倒そうとかなり攻撃に力を注いでいる。今会場の上空では幾つもの火炎の華が咲き誇っていた

 

一方、朱乃君はリアスのところに行くのを阻止すればいいのだから、時間稼ぎに徹しているようだ。

 

散発的に雷で攻撃しているものの、その威力も高くなく、範囲も狭いので容易に防がれている。

 

けれど、そのユルい攻撃が攻めに集中したいユーベルーナ君にとっては鬱陶しいのか、かなりイラついているみたいだね。

 

むしろ、それが目的なのかな?

 

とにかく、上空での『女王』対決は攻めのユーベルーナ君対守りの朱乃君という魔力対決という様相を呈してきている。

 

一方、別のモニターでは運動場で翔君と木場君のタッグ対ライザー君の『兵士』3人という2対3マッチが行われている。

 

『くっ! ハァハァ……。すまないね……!』

 

『これくらい、仲間なら当然だよ』

 

けれど、木場君の調子がかなり悪いのか、翔君はかなりやりづらそうだ。

 

木場君を護りながらじゃないといけないから、防戦一方という感じになってきているね。

 

けれどそれでも実力差はあるみたいで、ライザー君の『兵士』たちは攻め切れていない。

 

それに、どうやらこれも作戦のうちなのかもしれない。

 

翔君が本気を出したら相手の3人なんてすぐ撃破出来るからね。

 

勿論、木場君を護りながらだよ?

 

氣による身体能力強化も使ってないみたいだし……何かしらの意図があって戦闘を遅延しているのは間違いないね。

 

どういう作戦なのか……。俄然興味が湧いてきたよ。

 

……おっと、別のモニターも面白いものを映し出しているね。

 

キャスリングによって新校舎に突入したリアスと一誠君の2人なんだけど、どうやら別行動を取っているようだ。

 

一誠君は真っ直ぐ新校舎端にある生徒会室を目指している。

 

リアスは単に上を目指しているのかな? これは。

 

今現在、ライザー君の眷属達は運動場に配置されている者たち以外がリアスに扮した小猫君を追い詰めるために出かけているから、新校舎内は伽藍洞だ。

 

それに、ライザー君は新校舎に入られないように罠を仕掛けてはいても、新校舎内には罠を仕掛けていないらしい。

 

おかげで、一誠君はすんなりと生徒会室まで辿りついたようだ。

 

呼吸を整えてから一誠君が新校舎の扉へと手を掛け、開けようとしたその時!

 

その扉をぶち破って紅蓮の炎が一誠君へと襲い掛かった!

 

『くっ!』

 

一誠君は何とか横に転がってその炎を避けている。

 

……炎が放たれる前から反応していたから、避けられたみたいだ。奇襲対策はばっちりだね。

 

一誠君が立ち上がったその目の前で、自身が吹き飛ばした扉からライザー君が悠々と歩いて出てきた。

 

『ふん。どうやら昇格(プロモーション)するためにここまで来たようだが……無駄な努力だ。お前らはどうせ負けるのだからな』

 

『へっ! 俺たちは負けねえ。部長は必ず勝つぜ!!』

 

ライザー君の嘲りを受けても強気にそう返している一誠君だけど……現実は無常だと、その言葉は真実だと言うかのようなタイミングでその放送が鳴った。

 

『リアス・グレモリーさまの『騎士』1名、リタイヤ』

 

別のモニターでは、とうとうその猛攻に耐え切れなくなったのか、木場君が打ち倒されていた。

 

翔君はそれでも1人で戦線を支えているけど、そこでレイヴェル君が戦力の投入を決意したのか、部室棟からレイヴェル君と『騎士』カーラマイン君、『戦車』イザベラ君が出てきて翔君が戦っているところに向かっている。

 

その放送を聞いて、ライザー君はいっそ憐れだとでも言うかのような表情をその顔に浮かべて一誠君に話しかけた。

 

『どうだ? 元々数の不利があったところであの『騎士』の撃破だ。この調子で行けばお前達の敗北は眼に見えている』

 

『……それでも、俺たちは諦めない!! 最後の一瞬まで!!』

 

その言葉を真実として強調しているのが、一誠君の眼だ。

 

そこには強い光が宿っていて、未だに勝利を諦めていないのが、モニター越しでも伝わってくる。

 

その言葉に嘆息をしているライザー君だけど……その口元の笑みは隠しきれていないよ?

 

内心で「リアスは良い眷族を見つけたようだな」とでも思っているのかもしれないね。

 

でも、その笑みを浮かべたのは数秒のこと。すぐに顔を真剣なものに変えてその手に紅蓮の炎を宿らせた。

 

『なら、ここでお前を撃破してその希望を摘み取ってやろう!!』

 

轟っ!! と炎が空気を焦がすかのように燃え上がる。

 

その熱量は画面越しでもこちらの身を焦がすかのよう。

 

……良い炎を出すね。ライザー君は。伊達にレーティングゲームで勝ち上がっているわけじゃあない、か。

 

その炎を前に身構えていた一誠君だけど……ライザー君が動き出そうとしたその瞬間、相手の機先を制するかのように指を廊下の窓の外へと向けて高らかにこう叫んだ!!

 

 

 

『ああっ!! 相手の攻撃に晒されてリアス部長の服が破れて、生乳が顕わになっているぅ!!!』

 

 

 

……いや、その言葉はどうだと思うんだけどね?

 

確かに、兄の贔屓目無しに見てもリアスはご立派なものを持っていると思う。

 

でも、真剣勝負の最中にそんな言葉で気を引かれるような馬鹿は居ないだろう。

 

 

 

『何だとォッッ!!!! どこだ!! おい!! どこなんだ!!』

 

 

 

居たァァァァ!!

 

ここにそんな馬鹿が居た!!

 

思いっきり一誠君の言葉に気を引かれて窓の外を探している?!

 

ライザー君……それでキミはいいのかい?

 

いや……そう言えば、ライザー君は自分の眷属でハーレムを作るくらいには好色だったね……。

 

なら、気を引かれるのも仕方ない、のかな?

 

昇格(プロモーション)!! 『女王(クイーン)』!!』

 

その余りにでか過ぎる隙を一誠君が逃す筈も無く。

 

『女王』に昇格してライザー君を殴り飛ばした!

 

『ぶげろぱ?!』

 

奇声を上げながら廊下を転がっていくライザー君!

 

ズシャァァ、という音を立てて漸く止まった。

 

それで一回殺されてしまったのか……殴られた頭から炎を吹き出して再生しながらライザー君が立ち上がる!

 

プルプルと震えているライザー君の前で、生徒会室へと半ば入りながら一誠君が自分のお尻を叩きながらこう言った!!

 

『アホが見~る~♪ 豚のケ~ツ~♪ 蝿が止~ま~る~♪』

 

その歌自体は知らないだろうけど……自身を馬鹿にしているのは解ったのだろうね。

 

ブチブチブチ!! という血管が切れる音がこっちにまで聞こえてきそうな程に青筋を頭に浮かべて、ライザー君が一誠君へと踊りかかった!

 

『殺すっ!!』

 

物凄い形相を浮かべて一誠君へと走っていく!

 

一誠君はまともに相手をすることはなく、生徒会室へと入り、更にそこの窓を突き破って飛び出した!!

 

地面を転がって受身を取り、更に走っていく!!

 

その先には、未だに戦闘を繰り広げている翔君の姿がある。

 

『兵士』3名に『戦車』1名を相手にして尚余裕を持って戦線を保っているのは流石だね。

 

『僧侶』であるレイヴェル君と『騎士』であるカーラマイン君は戦闘に参加する事無く、だけど包囲網を築いていたんだけど、一誠君が走ってくるのを見て警戒を強めている。

 

そちらの方向に一誠君が向かい、その後ろからライザー君が追いかけていると、体育館のある方向からリアスに化けた小猫君が走ってくる。

 

その後ろからは彼女をリアスだと思い込んで、撃破しようと追走しているライザー眷属一同の姿が。

 

更に上空からは、朱乃君が彼らの傍らに飛び降りてきた!

 

空には、先ほどまで朱乃君と激しい魔力合戦を繰り広げていたユーベルーナ君が居る。

 

そうして、リアス眷属の4人が一箇所に集合し、ライザー眷属の全員がそれを包囲するという形が出来上がった!

 

こんな状況になったことで流石に頭から血を降ろしたのか、ライザー君が笑みを浮かべてしゃべりだした。

 

『リアス。何か作戦があったようだが、それもどうやら無駄に終わったようだな。……『投了(リザイン)』しろ、リアス。この状況を覆すことなど出来やしない。悪足掻きは見苦しいぞ』

 

その言葉は勝利を確信した者の余裕に満ち満ちており、ある意味で婚約者を慮ったものに聞こえるだろう。

 

しかし……ある一面から見ると途轍もない程に滑稽な言葉だ。

 

実際、彼らは笑みを抑えきれないでいる。

 

『何だ? 何が可笑しい?』

 

『フフ……。誰に言っているのか知りませんけど……。私はリアス部長じゃあ無いですよ?』

 

その言葉と共に小猫君の姿がグニャリと歪み……彼女本来のものへと戻った。

 

その光景に、ライザー君たちは驚愕を顕わにしている。

 

それも当然だろう。今までリアスだと思って散々追い掛け回していた人物が実はリアスじゃなかったのだから。

 

雪蘭君の驚愕などは一際大きい。彼女は一度リアスと相対してその証拠も見ていたのだから、何時の間に入れ替わっていたのやら、という驚愕も含まれていることだろう。

 

が、そこは流石『王』と言うべきか。

 

ライザー君が逸早く動揺から立ち直ってユーベルーナ君へと指示を出した。

 

『ユーベルーナッ!! 早くこいつらを撃破しろ! 何かやばいっ!! こいつらを放っておくとやばいことになる!!』

 

その言葉に上空のユーベルーナ君が応えるように手の平に魔力を灯し、それを高め始めた。

 

しかし、それを邪魔するかのようにその場に高らかに声が木魂する!

 

 

 

『ライザァァァ!! 私は、リアス・グレモリーはここよっ!!』

 

 

 

その声の主、リアスは新校舎の屋上に立っていた。

 

その体全体から魔力の波動を迸らせており、それが刻一刻と高まっていっている。

 

それは、明らかに喰らえばヤバいとわかるほどの濃密なもの!

 

ライザー君とレイヴェル君ならともかく、他の眷属達が喰らえばまず撃破される! そう思わせるほどのオーラの高ぶり!!

 

しかし、それを見ても数瞬で驚愕から脱出し、リアスを邪魔すべく動き出したものが居た。

 

それはライザー君の『女王(クイーン)』であるユーベルーナ君。『爆弾女王(ボム・クイーン)』がその手の平を、魔力をリアスへと向けている!

 

その顔に嘲笑を浮かべ、ローブを羽織った魔術師がリアスを撃破すべく動き出す!

 

『愚かですね! 姿を晒す事無く不意打ちしていればいいものを? ……ぉえ?』

 

 

 

 

 

――そうやってユーベルーナ君がリアスの方向を向いたその時、彼女の腹を一振りの剣が貫いていた。

 

その剣が飛んで来た方向は旧校舎。

 

そして、

 

剣を投擲したのは。

 

その旧校舎の屋上で佇んでいる1人のシスターだった。

 

『主よ……。罪深き私をお許し下さい……。痛っ!!』

 

アーシア君が神へと祈りダメージを受けている。それでも祈るのをやめないところを見ると彼女にとって先ほどの行動はそれほどの事だったのだろう。

 

……が、少々疑問が残る。彼女の力じゃああの剣をあれ程の速度で打ち出すことは出来ない筈なんだけど……。

 

その疑問はリアスが晴らしてくれた。

 

『その魔剣の名前は『猟剣(ハウンドドッグ)』。祐斗がこの時のためだけに全精力を注いで創り上げてくれた、「自動追尾」の属性を持つ魔剣よ』

 

なるほど、ね。「自動追尾」、或いは「必中」の属性を持つ魔具、宝具、神具の伝承は世界各地にある。それを参考にして創りだしたのだろう。

 

腹を貫かれたユーベルーナ君は勿論致命傷、救護室行きだ。それを証明するかのように彼女の体が地面へと墜ちていきながら光に包まれていく。

 

『すみ、ませ……ラ、イザー、様……』

 

『ライザー・フェニックスさまの『女王』1名、リタイヤ』

 

その放送と共にユーベルーナ君を包んでいた光が弾け、彼女は救護室へと転移されていった。

 

その光の残滓がキラキラと運動場に居る者達へと降り注いでいる。

 

『ユーベルーナァァァァ!!!』

 

ライザー眷族最強の『女王』が撃破された。

 

その事実にライザー陣営の者達は皆驚愕し、或いは憤り、あるものは嘆いていた。

 

しかし、実戦の場においてそれは明らかに隙となる。

 

それを証明するかのように一陣の風が彼らの間を駆け抜け――彼らの体が宙へと舞っていく!

 

そうして全員が宙を舞って地面に落ちてきた頃には、地面に人――正確に言うと悪魔だけどね――が絡まりあって出来た1つの歪な円が出来ていた。

 

リアス眷属たちと新校舎の間に出来たその円を前に、それを成した人物が腕を組んで高らかに技名を宣言した。

 

『岬越寺無限轟車輪!!』

 

悪魔同士の腕や足が絡まりあって出来た歪な円。その円を構成しているライザー眷属たちは何とか動こうともがいているがその体が動くことは無かった。

 

『無駄だよ……。その技は互いの体重を利用して関節を極める構造になっている。外から外してもらわない限り脱出することは出来ないよ』

 

くくっ……。流石は翔君と言ったところかな? まさかこんな技を持っているなんてね。こんな技は他の誰にも使うことは出来ないだろう。そもそも関節を極めて人同士を絡めあって動きを封じるなんてことをするよりも、魔力を使った方が遥かに簡単だろうからね。

 

確かにこの技は自分たちでは外す事は出来ないんだろうね。

 

でも、ライザー君たちにはそれでもこの技を外す手段がある。

 

『すまん! ニィ!』

 

『いいですニャ! ご武運をお祈りしますニャ!』

 

そう言って炎を吹き上げるライザー君の体。

 

その炎によって隣のニィ君の体が傷ついていく。

 

――そう、誰か1人でもリタイヤさせればそこからこの技を外すことが出来る。

 

褒めるべきはその犠牲となるニィ君がまったく躊躇うことなくそれに従った忠誠心の高さかな?

 

けれど、遅いよ。

 

何せ、動きを封じられた彼らの隙を、リアス達が逃す筈が無いからね。

 

そもそも、リアスは元々魔力の溜めを終了していた。

 

なら、ライザー君のその行動よりも攻撃が早く終了するのは自明の理だろう。

 

朱乃君が宙へと飛び上がって、空中に魔力を溜めていっている。

 

彼女お得意の魔力変換。雷で編まれたその魔力球は、まるで獲物を前にした猛獣の唸り声のように低音を響き渡らせていた。

 

そして、リアスもその手の間に彼女の身長の半分程の大きさの魔力球を生み出している。

 

『遅れるんじゃないわよ! 朱乃!!』

 

『貴女こそ……!!』

 

リアスが放った魔力弾が朱乃君の造った魔力球に衝突した!

 

それらは相克し合うことなく、寧ろ混ざり合って紫電を緋色へと変えていく……!!

 

そして、その魔力が最高潮に高まったとき……!

 

その牙を地上にいるものへと突き立てるべく降り注いだ!!

 

 

 

『『緋電滅殺雷王撃(スカーレット・ライトニング)!!!』』

 

 

 

それは滅びの力を帯びた緋色の稲妻!!

 

長い時間を共に過ごした幼馴染という絆があったからこそ成しえた合体魔法(ユニゾン・アタック)!!

 

消滅という、本来なら一瞬で相手を消し去る力を、稲妻に混ぜることで長い時間浴びせるというエゲツナイ攻撃!!

 

『ガアアアァァァァ!!!』

 

その雷を浴びているライザー君たちが苦悶の声を上げている。

 

それも仕方ないことだろう。

 

本来、一瞬で消え去る筈の消滅の痛みを長い時間に渡って味合わされているのだから。

 

その激痛は想像するだに恐ろしい。

 

この攻撃はライザー君対策だろう。

 

ただ消滅させるよりも、その痛みを長く与えることによる精神の消耗を狙った攻撃か。

 

ただ、それでも消滅の力が強大なことには変わりない。

 

当然、「不死身」の特性を持っていないものが耐えられる筈も無い。

 

 

 

『……ライザー・フェニックスさまの『兵士』8名、『騎士』2名、『戦車』2名、『僧侶』2名、リタイヤ』

 

 

 

『女王』を除いた全ての眷属が今の一撃で撃破された。

 

レイヴェル君も「不死身」を持っているんだけど……痛みに耐え切れなかったということだろうね。

 

元々、彼女はこの勝負に乗り気じゃないというか……ライザー君の眷属として戦うことに乗り気じゃないから。

 

そこであの激痛を与えるであろう滅びの雷による攻撃だ。

 

精神を削りきられてリタイヤしたのだろう。

 

結果として、ライザー君はその眷属を全員撃破されてしまったことになる。

 

そして一方リアスはと言えば、『騎士』である木場君が撃破されたこと以外、消耗は軽微だ。

 

寧ろ、彼が撃破されることは折込済みだったのかもしれない。

 

猟剣(ハウンドドッグ)』を創り出すことに全力を注いだらしいし、彼がゲームが始まった頃から疲れていたのはこの魔剣を創り出したためだったろうからね。

 

それ以外の者達は、最小限の消耗でこの状態を作り上げることが出来たと言えるだろう。

 

ライザー君が起き上がって、リアスを物凄い形相で睨んでいる。

 

歯を噛み締める音が此方にまで聞こえそうな程の表情だ。

 

それも仕方ないかな。

 

彼も気付いたのだろう。リアスの作戦がこの状態を作り上げることを目的としていたことに。

 

――この状態、ライザー君対リアス眷属の木場君を除いた全員の面々という構図。

 

この状態は、例え「不死身」があると言ってもライザー君には厳しいものだろう。

 

リアス達は、ライザー君が疲労して再生が出来なくなるまで入れ替わり立ち代りローテーションを組んで戦うつもりだろう。

 

アーシア君が居るから、例え傷ついたとしても、仲間と入れ替わっている間に回復することが出来る。

 

しかも、仲間が戦っている間は休憩して体力を回復させることも出来るんだ。

 

ライザー君が勝とうと思ったら、1人でその1対1を相手が回復出来なくなる(アーシア君が回復の力を行使できなくなる)まで戦わなければならない。

 

それだけでもかなり疲弊することだろう。考えるだけでも精神的にプレッシャーが掛かるに違いない。

 

しかし、ライザー君が顔を歪めているのはそれだけではないだろうね。

 

相手を何度傷つけても回復して立ち向かってくるという状況。

 

それは、ライザー君が今までの相手に散々味あわせてきた「不死身」の恐怖だ。

 

それを自分が今擬似的に味あわされようとしている。

 

その屈辱に、彼は顔を歪ませているんだろうね。

 

それが、更に精神的にライザー君を削るためのリアスの策だと解っていても。

 

この状況を作り上げることがリアスの策。

 

リアスはまさに、『王』の首元へと『王手(チェック)』を掛けたに等しい。

 

私が秀逸だと思うのは、アーシア君をこの策を左右するところの決め手に使ったところかな。

 

レーティングゲームが始まる前に、相手の情報を調べて対策を練るということは、ゲームのプロなら誰でもやっていることだ。

 

勿論、ライザー君もね。

 

そして、少し調べればアーシア君が回復の神器『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』の使い手であり、逆に攻撃の手段を持っていないということが解る。そして、アーシア君が相手を傷つけるのを躊躇う性格をしているということも。

 

ライザー君たちは、意識的にしろ無意識的にしろ、アーシア君からの攻撃は無いものだと断定していただろう。

 

その意識の隙間を縫うようにして、アーシア君からの攻撃!

 

最も怖い攻撃とは、圧倒的な破壊力を有しているモノではなく、意識の外からやって来る攻撃だ。

 

その意味で言えば、アーシア君からの攻撃とはまさに意識の外からの攻撃だろう。

 

想像すらしていなかった方向からの攻撃で眷属最強の『女王』がリタイヤした。その事実に驚いている間に、相手の動きを封じ時間を稼ぎ、大技を使ってライザー君以外を全滅させる。

 

こうして、最小限の消耗でライザー君以外を全滅させることに成功したというわけだ。しかも、ライザー君に結構な消耗を強いてね。

 

これは、例え出ていたのが翔君ではなく、本来のリアスの眷属であるギャスパー君だったとしても成功していたかもしれない作戦だ。

 

何せ、相手の動きを停止させるというのはギャスパー君の本領だしね。吸血鬼としての能力を利用すれば、相手を翻弄して戦線を維持するということも出来るだろう。

 

その意味で言えば、確かに翔君は「ギャスパー君の代わりに出場した助っ人」だろう。と言うより、そのような運用をリアスがしたということかな。

 

勿論、その他の全員の働きも大事なものだ。

 

一誠君は相手の中で最も強いライザー君を相手に挑発して、合流地点まで連れて行った。

 

朱乃君も、相手眷属の中で最も厄介な『女王』を足止めし続けた。そして、リアスとの合体魔法によって相手を一網打尽にした。

 

木場君は、作戦上最重要のキーとなる魔剣を創造し、しかもその身を犠牲とすることで相手の油断を誘い、相手がリアスの誘いに乗りやすいように思考を誘導した。

 

小猫君に至っては、リアスの振りをし続け相手の大半を引き付けての逃走劇をし、尚且つ合流地点まで無傷で辿りついてみせたのだからね。

 

そして、この作戦を考え、見事に眷属達を運用して見せたリアス。

 

結果、策は成った。

 

リアスが眷属たちの下へと降り立ち、並び立った。

 

旧校舎の方角からは、アーシア君が走って向かってきていた。

 

そして、肩を大きく上下に動かして呼吸を整えながらも、彼女がリアス達に合流した。

 

『アーシア、お疲れ様……。そしてありがとう。この状況に持ち込めたのは貴女のおかげよ……』

 

リアスが彼女を労わるようにその金糸の髪に指をとおして頭を撫でている。アーシア君は擽ったそうにしながらも嬉しそうにそれを受けていた。

 

『はい……。部長のお役に立てたのなら、私も嬉しいです』

 

そう言ってはいるが、彼女の手は震え続けている。

 

優しい彼女にとって、例え敵とは言え誰かを傷つける行為というのは酷く精神を消耗することだったのだろう。

 

それは、例え傷つきながらも神への祈りをやめなかったことからも明らかだ。

 

リアスもそれに気付いている。

 

気付いているが……彼女の気遣いと、その献身を思って謝ることはしないのだろうね。

 

その分、後で精一杯愛でるのだろうけど……。

 

充分にアーシア君を労わったリアスが眷属(+助っ人)を背後に立たせてライザー君と向かい合った。

 

眷属を従えて立つ姿は、まさしく『王』と呼ぶに相応しい。

 

それと向き合っているライザー君は、屈辱に顔を歪めて立っていた。

 

『ライザー。『投了(リザイン)』したらどうかしら? この状況を覆すことは出来はしないわ。悪足掻きは見苦しいわよ?』

 

くくっ。何とも痛烈な皮肉だね。

 

先ほど、包囲していた時にリアス(に扮する小猫君だったが)にライザー君が語りかけたその言葉。

 

それがそのまま鏡返しとなって自分に降りかかってきている。

 

その事実はライザー君にとっては耐え難いだろうね。

 

実際、ライザー君は顔に憤怒を浮かべてリアスに向かって捲くし立てた。

 

『ふざけるな! まだ勝ち目は残っている! この状況だろうが、潔く負けを認めるわけが無いだろう!!』

 

吹き上がる紅蓮の炎!! それは不死鳥の炎の翼となって、ライザー君の背中に背負われていた!

 

まるで仇を見るかのような鋭い目つきでリアスを睨んでいたライザー君の目線を遮るように、一誠君がリアスの前へと飛び出してきた。

 

『お前の相手は俺だぜ! ライザー!!』

 

『Boost!!』

 

左手に『赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)』を発現させ、カラテの道着を着た一誠君がリアスを護るように仁王立ちをしている。

 

先ほど馬鹿にされた相手だから、ライザー君も無視できなかったのだろうね。

 

『赤龍帝か……。お前じゃあ俺の相手になりはしない。引っ込んでいろ!』

 

『ハッ! 今のお前相手だったら俺でも充分だぜ! 焼き鳥野郎!!』

 

焼き鳥野郎。それはライザー君にとっては例え挑発だと分かっていても聞き逃せない言葉だったのだろう。

 

激情に顔を赤くしながらも一誠君と向かい合った。

 

その間に、リアス達は彼ら2人から充分に距離を取っていた。これで1対1の決闘場(コロセウム)が出来上がったというわけだ。

 

『良いだろう……! まずはお前から撃破してやる……!!』

 

その言葉と共に一層炎が猛り狂って、画面の中の学び舎を赤く染めていっていた。

 

その威容を目の前にして、しかし一誠君はそれでも前に一歩踏み出した!

 

 

『Boost!!』

 

 

『丁度150秒……! 倍加は充分だ! 行くぞ相棒!!』

 

 

『ああ……! 覚悟はいいか! ライザー・フェニックス!!』

 

 

『図に乗るなよ!! 下級悪魔風情がぁ!!』

 

 

『Explosion!!』

 

 

 

レーティングゲーム終盤戦。

 

赤龍帝VS不死鳥の戦いの幕が切って落とされた。

 

どんな結末になるのか……。楽しみだね。

 




副題元ネタ……マリア様が見てる

という訳でVSライザー。誰も予想しなかったであろうサーゼクス視点での展開。

理由については冒頭の通りです。

そして相変わらず影が薄い主人公&ヒロイン。

……イッセー主人公タグ付けようかな。


今回のボツ台詞

一誠「行くぞ、不死鳥。命の貯蔵は充分か!!」


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10 戦闘校舎のカラテルーキー

イッセー対ライザーですよ!!

楽しんでいただけたら良いなと思います!



イッセー準主人公タグつけました。


「不死鳥と恐れられた我が一族の業火!! その身に受けて燃え尽きろ!!」

 

赤龍帝対不死鳥。まず動き出したのは不死鳥だった。

 

駒王学園を模して造られた戦闘フィールド。その運動場を茜色に染め上げながら噴出した焔を相手目掛けて発射する。

 

触れれば体を燃やし、更には炭化さえさせかねない熱量を持ったその一撃に対して、一誠は避けることはしなかった。

 

右手に魔力を宿らせる。それにより赤色に覆われた右手の平を体の前方で半円を描くように振るった。

 

「フッ!!」

 

その動きと連動するように、宿らせた魔力が放出され、赤き旋風となって一誠の前方で渦巻いた。

 

その渦巻きと焔が接触――結果、焔はその進行方向を逸らされて明後日の方向へと飛んでいった。

 

ライザーが炎の残滓越しに見た一誠の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「なるほど……。大口を叩くだけのことはある……。炎対策はしっかりしてきたというわけだ」

 

「あぁ。木場に手伝って貰ってな。……あいつは本当に器用な奴だぜ」

 

余裕の笑みを浮かべている一誠だが……その内心はこうである。

 

(うわー! うわー! ね、熱風がぶわって! 危ねえ! 成功して良かったぁぁ~~!! っと、如何にも「炎は俺には効かない」って顔しとかないと! 遠距離から炎連打されたらやばいし! これ発動するのに時間かかっちゃうし……)

 

今一誠が使った技は、「新・廻し受け(未完成)」である。翔と黒歌の組み手にて翔が廻し受けで黒歌の放った炎を防いでいたのを着想の元とし創りだしたものだ。

 

廻し受けを魔力を用いて行うことで前方に魔力の渦を発生。物理的な攻撃だけではなく魔力的な攻撃も受け流せるようにしたものだ。

 

とは言え、この短期間で完成させることは出来なかった。また、元々の廻し受け自体を一誠がまだ習得できていないのでその成功率はかなり低い。

 

今回は、相手がまず炎を放ってくるだろうと予想して戦闘が始まる前から時間を掛けてイメージを組上げていたため成功させることが出来たが、本来は相手の攻撃が放たれてから発動しようと思っても発動できないくらいの完成度しかない。

 

遠距離戦を行われたら現在の一誠にはまず勝ち目がない。そのためライザーに「遠距離攻撃は無駄か」と思わせるために、無理をしてこの技で炎を防いで不敵な笑みを作っているというわけだ。

 

そして、一誠のその作戦は成功したと言えるだろう。実際、ライザーは一誠に遠距離からの炎は通用しないと思っているようだ。

 

「ふん。遠距離から当てられないなら、直接叩き込むまでだ!」

 

その言葉と共にライザーが一誠に突っ込んできた! その手には炎が轟々と燃え盛っている。

 

炎の中で拳を握り締める。ギリギリという音が体内から聞こえそうな程に力を込めながら――相手(一誠)の顔面目掛けて振りぬいた!

 

しかし、それは一誠によって防がれる。

 

ガン! という音を響かせて一誠の左手の赤き龍帝の篭手とライザーの炎拳が衝突した。

 

しかし、流石の不死鳥の炎も二天竜の鱗を溶かすまでには至らない。

 

「チィッ!!」

 

攻撃を防がれたと察したライザーが右拳を引いて残った方の手で攻撃を加えようとした時、一誠の左手がライザーの右手首を掴んでいた。

 

「あんまり俺を舐めるなよっ! ライザー!!」

 

炎の灯っていない手首を引っ張られる。前方に引っ張られたことによって態勢を崩し前へとつんのめった。

 

左手を引くのに合わせて右手を突き出す。いつものように正拳を握るのではなく、指を伸ばしたままその腕に回転を掛けて相手の顔目掛けて突き出した。

 

「人越拳ねじり貫手!!」

 

真っ赤に染まった右腕がライザーの顔面を穿ち、鮮血が辺りを彩った。

 

 

 

 

 

ハイスクールDragon×Desciple

 

第2章 第10話 戦闘校舎のカラテルーキー

 

 

 

 

 

顔に穴を穿たれたライザーが衝撃で吹っ飛んでいく。その光景を離れたところから見ていたリアスたちは、その()を一誠が使えたことに驚いていた。

 

「あれは……。確か、バイサー相手にあなたが使っていた……」

 

「そうだよ。どうやらあれが隠れて特訓していた技の正体というわけだね」

 

地面に倒れたライザーの顔から炎が噴出し、その顔を再構築していく。

 

何とも相対するものからしてみれば面倒臭そうな能力だと内心で感想を漏らしながら、翔は話を続けた。

 

「とは言え、どうやら習得したわけじゃなくて、魔力を使って再現したものみたいだけど」

 

そもそも貫手とは、指を伸ばして相手を突くという性質上、突いても脱臼や骨折等の故障をしないように手に鋭さや硬さを持たせる基礎修行が必須である。

 

10日という短期間でそんな修行をある程度とは言え修めることが出来る筈もなく。その時間を短期間に縮めることの出来る才能を一誠が持っているわけでもなく。

 

そこで一誠は、「硬化」と「先鋭化」という性質を付加した魔力で腕を覆うことでその基礎修行の代わりとしたのだ。

 

だからこそ、翔は一誠が披露した「ねじり貫手」を「習得」ではなく、「再現」したものだと評したのだ。

 

「とは言え、あの技はイッセー君にとっても思い入れが強いようだし。曲りなりにもあの技を使えるようになったっていうのはイッセー君の自信になるんじゃないかな?」

 

その言葉を証明するように、立ち上がって再び突っ込んできたライザーの、炎を纏った突進を左手の篭手を用いて逸らし、背後を取ったところで再びねじり貫手で体を貫いていた。

 

本来なら相手を殺してしまいかねない(というより実際に殺している)攻撃だが、相手が「不死身」であること。そもそもレーティングゲームでは救護室が用意されており、悪魔が死亡するということが無いようにしていること。それらの理由から思い切って使えているようであった。

 

腹を貫かれたことでよろけたライザーは、腹を炎で再生しながら一誠と3メートル程の間合いを取って向かい合っている。

 

「なるほど。そこそこはやるようだ。『赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)』を持っているというだけではここまでは戦えない。きっちりとトレーニングをしているというわけだ」

 

「ま、師匠が良いもんでね」

 

「だが――それでも俺に勝てる程じゃあない!」

 

ライザーは再び一つ覚えのように突っ込んでいく。

 

右腕を振りかぶり、炎を纏った拳を顔面目掛けて振り下ろす。

 

身長差のため、自然と打ち下ろしになるそのテレフォン・パンチを受け止めるために左手を掲げ――その拳が直前でピタリ、と止まったのを見て取った。

 

(――まずっ!?)

 

その光景に相手の意図を察した一誠が右手で腹をガードしようとして、

 

しかし間に合わず、相手の左手で腹を殴られたことで一誠は後ずさった。

 

「がふッ!?」

 

思わず息が漏れる一誠の目に、火炎の右足が振りかぶられているのが映ってくる。

 

息を整える間も無く迫ってきた、左側頭部目掛けての回し蹴りを上段受けで頭上へと逸らしながら受け止める。それと同時に、右足で相手の軸足目掛けて下段蹴り(ロー・キック)を放つ。

 

相手の体重を支えていた左足を払うことで相手が態勢を崩し宙へと舞った。

 

それだけでは終わらない。

 

相手の足を刈るのに使った右足の勢いをそぎ落とす事無く回すことで天高くへと踵を持ち上げ――その勢いのままに叩き落す!!

 

「シッ!!」

 

相手の命を刈り取るギロチンが、ライザーの頭を捕らえて地面へと叩き付けた!

 

地面と踵に挟み込まれたことで、その衝撃を逃す事無く伝えられた頭はまるで柘榴のように砕けて潰れた。

 

その場から一誠が再び距離を取ると、またもやライザーの頭を炎が包み込み――まさしくフェニックスの再誕のように傷一つ無い頭が出てきた。

 

首をコキコキと音を鳴らしながらその場に悠然と立つライザーの姿に、一誠は今している戦いがまるで意味が無いものだと言われているような気がして、どっと疲労感が押し寄せてくる。

 

「――で?」

 

そのライザーの言葉に一誠は確かに「だからどうした」という副音声を聞き取っていた。

 

思わず溜め息を吐きたくなる衝動を抑え、しかし愚痴は口から漏れ出ていた。

 

「――ったく。本当に反則チックだよな」

 

「反則チックとは、まあ否定はしない。赤龍帝には言われたくない言葉だがな。それに――」

 

ジロリ、とライザーの眼が一誠をねめつける。

 

その瞳は、獲物の弱いところを捉えて離さない、猛禽のような瞳だと一誠は感じた。

 

「思った通り、俺の炎を防げるのは先の技とその篭手だけのようだな」

 

ぎく、と一誠は内心で動揺した。

 

すぐにばれることとは言え――これがばれてしまうとかなりまずくなる。

 

その証拠に、ライザーの顔にはそう遠くない未来の勝利を捉えているような不敵な笑みが浮かび上がっていた。

 

「それさえわかればどうということもない。例え炎が効かなくても、お前を倒す方法は無数に用意できる」

 

そう、炎を使われたなら、一誠には避けるか、篭手で受けるかしか選択肢が用意できない。

 

なら、先のようにそれをフェイントに組み込んでしまえば、一誠を容易く嵌めることが出来る。

 

炎を喰らえば、生身の一誠は只ではすまないのだから。

 

「さあ、行くぞ? 決まりきっている結末へと向かってな!」

 

その言葉と共にライザーが突っ込んできた。

 

魔力を節約するためなのか。今はその背に炎を纏っていなかったので、先ほどまでよりかは速度の劣る前進だったが、それでも一誠からしてみれば充分に速い。

 

今度は左手。そこに炎を纏ってボディブローを放ってくる。避ける時間を与えられていないその攻撃を一誠は受け止めるしかない。

 

しかし、左腕でしか受け止められないために多少は無理が出る。斜め右下へと無理矢理持っていった左手で相手の攻撃を受け止めた。

 

無理な体勢で受け止めたため、一誠が衝撃で態勢を崩される。

 

その隙を狙って、右腕で側頭部(テンプル)目掛けてフックを放って来た。

 

その攻撃を、一誠は体を捻った態勢を利用して体を右回転させることでいなして流す。

 

更に、回転したことで生じた遠心力を利用した右の裏拳を相手の頬に叩き込んだ!

 

ライザーの上半身がその衝撃に流されて――しかし、そのダメージを無視するかのように前蹴りを繰り出してきた!!

 

攻撃直後だった一誠はその蹴りを避けることも防ぐことも出来ず、腹にまともに貰ってしまう!

 

「がはっ!?」

 

その一撃は一誠の内臓深くにダメージを残し、呼吸を困難にさせていく。

 

その痛み、呼吸困難が起こすその苦しさ。両方に思わず一誠は前屈みになってしまう。

 

ライザーの目の前に差し出される一誠の首。そこ目掛けて意識を断ち切るために放たれるは打ち下ろしの右(チョッピング・ライト)!!

 

「オラ!!」

 

その攻撃を感知した一誠は上体を思いっきり仰け反らせることで回避した。

 

それだけで終わらない。バネを限界まで仰け反らせた反動を利用することにより威力の上がった右の正拳を相手の水月に叩き込む!

 

「ぐっ!?」

 

意思に逆らうように固まるライザーの体。その隙を逃さないように左正拳を相手の左頬に突き出した!

 

「セイっ!!」

 

ドゴ! という音と共にライザーが吹き飛んだ。

 

そこで一誠は追撃を仕掛けるために走り出す。この戦いが始まって初めて一誠が受身にならずに仕掛けて行った。

 

ライザーが立ち上がる頃にはその体をもう少しで間合いに捉えるという所まで肉迫していた。

 

左腕を後ろに引く。ギリギリと引き絞って、その赤き矢()を突き出した。

 

「ハァッ!!」

 

(食らいやがれ!!)

 

ライザーの顔面目掛けて放たれた基本通りの正拳突き。赤龍帝の力を纏ったその拳は充分に必倒の威力を有していて。

 

 

 

 

 

『Reset』

 

 

 

 

 

その言葉が耳に届くと同時に、がくん、とその速度を落とした。

 

眼を見開いて驚愕と困惑に包まれる。何故――と一誠の頭を疑問が埋め尽くした。

 

その隙を逃すことなく、一誠の後から放たれた――しかし、一誠の()の拳より格段に迅い拳が一誠の頬を捉えた。

 

「がぁっ!?」

 

もんどりうって一誠が吹き飛ばされる。ゴロゴロと数度地面を転がってやっと停止した。

 

一撃。たったの一撃なのに、がくがくと震える手を地面へと着いて、何とか起き上がることに成功する。それほどのダメージを受けていた。

 

「ハァっ! ハァッ!」

 

先ほどまでとは比べ物にならない程に疲労している。それは大きく肩を上下させていることからも明らかだった。

 

急激に力が落ち、そして疲労が表に出てきたわけ――それは

 

「どうやら、赤龍帝の倍加が解けたようだな」

 

ライザーが確信を持ってその言葉を口にした。

 

それ自体は一誠も理解している。それでもその理由が一誠にはわからなかった。

 

(何でだよ? 修行中は、後数分は倍加が続いていた筈なのに――)

 

その理由を一誠の中に居るドライグは悟っていた。

 

(例え、どれほど実戦に近づけようが組み手は所詮組み手。初めてのレーティングゲームというプレッシャー。主のために頑張るという気負い。そして格上相手との闘い。成功率の遥か低い技を成功させるという賭け。それら全てが精神的負荷となって相棒の体力を急激に奪っていったのか――!!)

 

赤龍帝の倍加は確かに反則的な能力だが、その分体力の消耗が酷く激しい。そのためにも一誠は普段から体力を搾り出すような状況まで追い込まれてその体力を培ってきたのである。

 

だが、実戦の空気というのは思いのほか体力を消耗する。例え只その場に立っているだけだとしても。

 

それが、ここで顕著に現れた。

 

赤龍帝の倍加能力が無ければ、一誠は只の最近になって転生した下級悪魔にすぎない。

 

その中でも最下級の能力しか持っていない、と注釈のつく。

 

『Boost!!』

 

一回目の倍加を知らせる音声が校庭に鳴り響く。

 

しかし、増加停止をしない限りはあくまでも揺らぎやすい不安定な力に過ぎない。

 

そして、たった1回の倍加でライザーに追いつける程一誠の能力は高くなく。

 

これからは、相手の攻撃に晒されながら倍加を溜めていくという気の遠くなるような作業が待っていた。

 

しかし、それを見ている仲間からしてみれば、仲間と交代して回復しながら倍加を溜めればいい話で。

 

そう告げるためにリアスが声を張り上げようとしたところで、それに先んじるようにライザーの右手から炎が放たれていた。

 

一誠とライザーを囲むようにして炎のリングが出来上がる。それは闘いの介入を防ぐための防柵だった。

 

「ふん。こいつを回復されても面倒だ。そこでこいつがリタイアする様を眺めておけ」

 

その言葉に従う必要はない。

 

リアスは朱乃に眼で合図した。そこに含まれた意図を読み取って朱乃が翼を広げて飛び上がろうとする。

 

その機先を制するように、轟っ!!と音を立てて炎のリングがより一層燃え上がって朱乃たちの方向へと火炎を噴出した!

 

「くっ!」

 

それを避けるために横に飛び退こうとしたリアス、朱乃、小猫の眼に翔の逞しい背中が入って来た。

 

その両手で円を描かせると、その直前で炎が霧散する。

 

廻し受け。受け技の最高峰によって相手の攻撃を防いだ翔の顔は苦い感情で顰められていた。

 

「……どうやら、介入しようとすると迎撃してくるみたいだ。……見ているしかなさそうだね」

 

その事実に、リアス眷属と翔、その誰もがギリギリと歯を噛み締めていた。

 

 

 

リアス達がこの1対1に介入を試みていた頃、2回目の倍加を知らせる音声が鳴っていた。

 

しかし、倍加が溜まるのを黙って見ているなどライザーがする筈も無く。

 

一誠を撃破するのに充分な威力が秘められた紅蓮が一誠の目の前で花咲いた。

 

「くっ!」

 

それを避けるために一誠が横っ飛びにジャンプする。

 

一誠が居た場所の地面に炎が着弾した。

 

ドゴン! という爆音が一誠の背中を叩いてその体を宙へと弾き出す!

 

「ぐう!!」

 

ゴロゴロと地面を転がっていく一誠。何とか受身を取ってダメージを軽減したものの、その勢いが止まることは中々なく。

 

そして、一誠の転がっている先には既にライザーが回りこんでいた。

 

ライザーが足を振りかぶる。

 

その光景にぞっとした悪寒を感じ取った一誠だったが、何か行動を起こす時間は与えられることなく。

 

無常にも、ライザーの足は振り切られた。

 

「ガハァッ!?」

 

バガン! という鈍い音とともに衝撃が一誠の意識をシェイクする。

 

俗に言うサッカーボールキックが一誠の頭を捉えてその体を吹き飛ばした。

 

ゴロゴロと地面を転がって停止する。

 

『Reset』

 

倍加の力が霧散したことを知らせる音声が耳に届く。

 

しかし、一誠はすぐに起き上がることが出来なかった。

 

グラグラと歪む景色。鈍痛を訴える頭。動かすのに酷く労力のいる体。

 

そして、弱気な声を投げかけてくる心。

 

――いいじゃないか

 

――仲間が後に控えているんだし

 

――ここで無理をする必要は無い

 

――こんな俺が数回相手の「不死身」を削ったんだ。良くやったよ

 

――だから、ここで倒れても――

 

そう次々と甘い言葉が浮かんでは消えていく。

 

それら全てを、歯を食い縛ることで噛み殺して一誠は立ち上がった。

 

フラフラと揺れる足取りを見れば、そのダメージが深刻なのは明らかで。

 

どう見ても、誰が見ても、今の一誠に勝ち目なんて無くて。

 

でも――

 

『Boost!!』

 

その音声と同時に、一誠は躊躇いなく絶望的なその闘いへと一歩足を踏み出した。

 

 

 

凄惨な闘いが続いていた。

 

否、それは最早闘いとは呼べなかった。

 

一方的な蹂躙、暴力と呼ぶべきものだった。

 

ライザーの拳が一誠の頭を捉える。

 

バガン! という音を立てて地面を転がっていく。

 

そこ目掛けて放たれる不死の炎。

 

しかし、それは更に地面を転がることで辛うじて避けられた。

 

ライザーの視線を遮っている煙が晴れると、その先に満身創痍な一誠が立っていた。

 

その顔は最早元の面影は見るべくもなく。

 

何度も殴られたことで腫れ上がり、左目を塞ぎ。今は開いているかどうかも怪しい――しかし、まだ闘志の光を確かに宿している――右目でライザーを捉えている。

 

『Boost!!』

 

その音声を合図にしたかのようにライザーの右手から炎が放たれた。

 

その炎をフラリとした足取りながらも確かに一誠は避けていて。

 

しかし、爆風に体を煽られ、態勢が崩れたところをまたしてもライザーに殴り飛ばされた。

 

『Reset』

 

そして鳴り響くのは、倍加の力が霧散されたことを知らせる無情の音声。

 

しかし、それでも一誠は地面に震える手を着いて、体を持ち上げ、確かにその足で体を支えるのだった。

 

 

――先ほどから、もう数分もこんな光景の焼き増しが続いていた。

 

一誠は、その足と篭手を用いて何とか炎を使った攻撃だけは防ぐことが出来ていた。

 

ここに来て、ぎりぎりまで修行で追い込まれていることが生きていた。

 

しかし、或いはそれは不幸だったのかもしれない。

 

その攻撃を喰らっていれば、一誠は一息に救護室に運び込まれることが出来ていただろうから。

 

苦しまずにすんでいただろうから。

 

それでも一誠は立ち上がり、ライザーと向かい合う。

 

立ち上がる以上はライザーも叩きのめすしか選択肢には存在せず。

 

またしてもライザーが一誠に肉迫して、パンチを繰り出す。

 

工夫も捻りもない、余りにも単純な一撃。

 

しかし、それを避ける余力はもう無くて――

 

 

 

その光景を炎のリング越しに見ていたリアスは思わず眼を瞑って顔を背けていた。

 

先ほどから続いている、余りにも痛々しい光景。

 

何度声を張り上げただろう。何度勝負を投げ出したくなっただろう。

 

しかし、この状況を作り出すことが出来た眷族たちの献身を無かったことにすることはリアスにはどうしても出来ず。

 

この一方的な暴虐から目を逸らすことしか出来なかった。

 

「リアスさん――リアスさんがこの闘いから目を逸らしたら駄目だ」

 

そう投げかけられた言葉に、思わず罵倒で以って返しそうになって。

 

振り返った視界に、握り締められすぎて血が滴り落ちている拳があったことで、その言葉は喉から飛び出すことなく飲み込まれた。

 

「イッセー君は、リアスさんのために闘っているんだから――」

 

無表情を装っている翔のその言葉。

 

しかし、その内に湧き上がっている激情をリアスは確かに見て取っていて。

 

だからこそ、リアスはもう一度覚悟を固めて前を向くことが出来た。

 

「――ええ。そうだったわね」

 

リアスは、翔のその内心を慮っていた。

 

今現在の光景は、ある意味で翔のおかげとも、翔のせいだとも言える。

 

翔が一誠の実力をもっと上げることが出来ていれば、或いはライザーを倒せたのかもしれない。

 

翔が一誠の実力をここまで上げられていなかったなら、一誠はここまでぎりぎりの状況で相手の攻撃()を防ぐことが出来なくて、既にリタイアして救護室送りになれていたのかもしれない。

 

そのどちらでもない中途半端な実力を一誠が身に付けていたからこそ、翔が叩き込んでいたからこそ、現在、相手を倒すことも出来ず、自身が倒れることも出来ず、傷を増やしていっている。

 

その現実。

 

どれ程、悔しいのだろう?

 

どれ程、自分を許しがたいのだろう?

 

自分の教えが確かに弟子の中に息づいていて――だからこそ、弟子が苦しんでいる状況というのは。

 

リアスは、その翔の内心を慮って――しかし、その全てを量ることは出来なかった。

 

 

 

リアス達の目の前で、もう一度一誠が殴り飛ばされていた。

 

何度も繰り返されていたその光景。

 

また、もう一度焼き直すように一誠が震えながら立ち上がった。

 

一誠の防ぎかかっている右目とライザーの無傷の目が交錯する。

 

「――何故だ?」

 

ライザーは問わずにはいられなかった。

 

「何故、立ち上がる?」

 

それが、相手の倍加を溜め、そして少しでも体力を回復するための時間となる、悪手だと理解していても。

 

「もう、倒れ伏して、仲間に後を譲ってもいい筈だ。それぐらいには俺を削った。お前は充分に頑張った」

 

それと比較して尚、ライザーにはこの問いを発することが重要だと思えてならなかった。

 

「なのに何故、お前は立ち上がる? 何故、お前は倒れない?」

 

その言葉を一誠が聞き取れたかどうかはわからない。

 

それぐらいには、ボロボロだったからだ。

 

もう、意識は朦朧としているだろう。

 

頭の中で雑音がガンガンと響いているだろう。

 

自分の呼吸の音くらいしか、聞き取れないに違いない。

 

それでも、確かに一誠はその言葉の意味を受け取った。

 

「――はっ。なんて、ことは、ねぇよ。只の、俺の意地、だ」

 

途切れ途切れで、その場で囁くかのように小さくて、呼吸音にすらも隠れてしまいそうな、そんな儚い声。

 

しかし、不思議とその場に響き渡った。

 

「意地、だと?」

 

思わずライザーは聞き返していた。

 

それぐらい、ライザーにとっては意外な言葉だった。

 

「ああ。……ライザー。俺はな、転生悪魔なんだよ――1度、死んでいるんだ」

 

その言葉を言った時の一誠の顔は、どこか遠くを見ているようだった。

 

まるで、もう帰れない故郷を思い浮かべている旅人のような。

 

「死んだ時、もう、駄目だって、思った。痛くて、悲しくて、辛くて、冷たくて、寒くて、孤独で――――」

 

それは、普段の一誠の顔からは程遠い表情で。

 

その言葉を聞いていた翔たちは、これこそが一誠が心に秘めていた本音だとそう直感した。

 

「何より、死にたくねえって。そう思った」

 

それは、生ある物ならば誰もが思う――しかし、平和な日常では忘れることの多い原初の想い。

 

それを、一誠は死に瀕した時に強く想った。

 

「下らなくて、馬鹿馬鹿しくて、つまらなくて。――でも、何よりも楽しかった。友達と過ごした日常をもっと過ごしたいって想った」

 

『Boost!!』

 

この話が始まって何度目だろう。その音声が響いてきた。

 

倍加の合図、それを知らせる機械音声。しかし、一誠の体から揺ら揺らと赤いオーラが立ち昇っているのは、けしてそれだけが原因じゃあなかった。

 

「部長が、叶えてくれたんだ」

 

一誠の声に、確かな力が戻ってきていた。

 

ボロボロに成りながらも、今は確かな力強さを感じられる。

 

「部長のおかげで、今も俺は楽しく生きることが出来てるんだ」

 

一誠が、俯かせていた顔を上げる。

 

その眼には、先ほどと同じ――いや、それよりも強い光が確かに輝いていて。

 

「俺に生きる権利をくれたその人が、今、望まぬ生に囚われようとしてる」

 

轟っ!! と、一誠の体から赤いオーラが噴出した!

 

それは、この闘いが始まったころと比較して、寧ろ強烈な――

 

「――だったら!! 命を懸けなきゃ、男じゃねえだろ!!」

 

その言葉を聞いて、ライザーの心境に浮かんできたのはどんな感情だったか。

 

それは、自分だけが把握していればいいとライザーはそう思った。

 

カッ! と強くライザーが眼を開く。

 

その体全体から、炎が勢いよく噴出して右手の平という一点に集中していった。

 

「――お前を下級悪魔風情と言ったことは撤回しよう。そして――」

 

全力を持って収斂されていったその炎は色彩を変えていく。

 

眩く輝く紅蓮から、静かに輝く蒼穹へと――!!

 

「上級悪魔として、フェニックス家のライザーとしてではなく! ただ1人の男のライザーとして! 全力を持ってお前を打ち倒してやる!!」

 

そう、これこそが正真正銘ライザーの全力。家族はおろか、眷属にさえ教えていなかった奥の手にして切り札――!

 

それは静かなる様相の内に、紅蓮の炎を遥かに越える暴虐を潜ませた『輝ける蒼炎(エンプレイズ・ブルー)』。

 

触れれば炭化するどころではない。即座に溶け出し蒸発させるほどの熱量を秘めた高貴なる蒼。

 

離れて見ていた一誠の肌に、ピリピリとした痛みが突き刺さってくる。

 

その痛みから、一誠もまたその技の威力、そしてその技に掛けるライザーの本気を感じ取った。

 

『Boost!!』

 

倍加を知らせる音声が鳴り響く。これで計11回目の倍加。

 

本来の一誠の限界は15回。しかし、この傷ついた体では――

 

『相棒。ここが限界だぞ。そして――』

 

「ああ。一回技を出せば、それで終わり、だろ?」

 

そう、どうあがいても、どれほど根性を出しても肉体的限界というのは存在する。

 

それは、一誠も感じ取っていた。

 

常にその限界ぎりぎりまで追い詰められる修行をしていたからこそ感じ取れたのかもしれない。

 

だからこそ、一誠も奥の手を使うことを決心した。

 

いや、そもそも限界じゃなくてもその技を使うことに変わりは無かったのかもしれない。

 

何せ、相手が男としてぶつかってきているのだ。

 

ならば、それに応えずして何が男か。

 

『Explosion!!』

 

そう音声が流れ出る。それと共に更に爆発的に高まる一誠のオーラ。

 

自然と静かになっていく。必殺を出し合う、まさしく侍の決闘場のような空気が流れて。

 

どちらともなく、相手に突っ込んでいた!

 

「「うおおぉぉぉぉ!!」」

 

雄叫びを上げる両者。その気迫でビリビリと空気が震えるかのよう。

 

しかし、それほど心を熱く燃やしながらもライザーは冷静に相手の出す必殺を推測していた。

 

チラリ、と相手の右腕を見る。

 

そのこちらに向かって突き出し始めている右腕が真っ赤に燃え上がっているのを見て、自身の推測が正しいことを知る。

 

(やはり! お前が出すのは初めに俺を殺したあの技! 「人越拳ねじり貫手」!!)

 

その攻撃を防ぎ、且つ相手に大ダメージを与えるために、ライザーはその蒼炎を動かした。

 

蒼炎を改めて左手へと宿らせなおす。そうして、相手の右腕狙って突き出した!

 

(魔力で覆っていようが、この蒼炎は関係なくその魔力ごと右手を溶かしつくす!! この攻撃が死力を振り絞ったものである以上、これで終わりだ!!)

 

相手も貫手を突き出し始めている以上、この蒼炎を逃れる術はない。

 

蒼炎と貫手が正面衝突して、貫手が溶けて決着が付く。

 

 

 

 

 

――――その筈だった。

 

(何ぃっ!!??)

 

ライザーの目の前、相手の右手と此方の左手が衝突しようとした時、その右手が不自然に加速することで、蒼炎は空振りに終わる。

 

(魔力を噴射することで、腕を、加速させ――)

 

「龍破ァッッ!!」

 

肘から魔力を逆噴射することにより成しえた、100%(マックス)以上の超加速。

 

更に、腕の回転と併せるように纏わせた魔力を回転させる。

 

その融合によって生み出される圧倒的貫通力で、相手の体を突き――――穿つ!!!

 

「――ねじり貫手!!!」

 

龍の鱗さえも破る貫手が、不死鳥の体を貫いた!!

 

回転させることによって腕に纏わせていた魔力が腕を離れ、余波としてライザーの背面から渦巻いて突き出ていった!

 

その魔力の竜巻は、空間を削るようにして突き進んでいく!

 

その余波が収まったころには――一誠の眼前の運動場が15メートル、幅5メートル程に渡って抉り、削られていた。

 

胸を貫かれたライザーが、その抉られた地面の上に吹き飛ばされる。

 

『Burst』

 

一誠の予想通り倍加が霧散する。

 

その瞬間、今までの疲労が堰を切ったかのように溢れ出し、一誠の両肩に圧し掛かってきた。

 

一誠が肩を大きく上下させて呼吸するが、呼吸が整う気配は無い。

 

それでも感じた確かな手応えに一誠が雄叫びを上げようとして。

 

 

 

ボウ、とライザーの胸から炎が吹き上がった。

 

それは、確かに今までの炎よりは小さかった。

 

しかし、確実にライザーに開いた穴を埋めていって。

 

「ちくしょう――」

 

ライザーを削りきれなかった。

 

その事実に無力感を感じながら、一誠はその意識を閉じていった。

 

 

 

 

 

崩れ落ちていく一誠の体。

 

それを受け止めたのは、意外にも起き上がったライザーだった。

 

ポス、と音を立てて寄りかかった体が、光に包まれていく。そして――

 

『リアス・グレモリーさまの『兵士』1名、リタイア』

 

完全にその場から消えて、その重みは無くなった。

 

視界の外から駆け足の音が聞こえてくる。そちらに眼を向けるまでも無くライザーはそれが誰なのかわかった。

 

「リアスか」

 

「ええ。――次の相手は私よ」

 

その言葉に溜め息を吐く。それに明らかに苛立っているのが感じ取れる魔力の波動から理解できた。

 

それに更に溜め息を吐きそうになるが、それを何とかライザーは抑えた。

 

――わかっていたことだが、男じゃないと理解できないのかもしれないな。

 

そう頭の片隅で思いながらも、ライザーはその言葉を口にした。

 

 

 

投了(リザイン)だ、リアス。俺の負けだ」

 

 

 

リアスは、初め相手が何を言っているのか理解出来なかった。

 

自分の耳が、狂ってしまったのかもしれないとさえ思った。

 

『ライザー・フェニックスさまの投了(リザイン)を確認しました。リアス・グレモリーさまの勝利です』

 

「早くアーシア・アルジェントを連れて救護室に向かった方がいいんじゃないか? 例え直撃していなくても、俺の蒼炎はあの至近距離なら大火傷を負うぞ」

 

グレイフィアの放送と、ライザーの声を聞いて漸くリアスは正気を取り戻すことが出来た。

 

「待って。待ちなさい! 何で投了(リザイン)したの? あの状況からならまだ逆転も出来た筈なのに?!」

 

その言葉を聞いて、やはり解っていなかったか、とライザーは溜め息を吐いてから説明し始めた。

 

「リアス。最後の衝突の前に俺があいつに言っていただろう? 「俺は、1人の男として全力を持ってお前を打ち倒す」と」

 

「ええ、聞こえていたわ」

 

「だが、実際勝負してみてどうだ? ――打ち倒されたのは俺だった」

 

例え、フェニックス家の「不死身」で立ち上がることが出来ていようとな、とライザーは続けた。

 

「解るか? リアス。……俺の全力はあいつの全力に敗れたんだ。――俺はな、負けたんだよ、リアス。」

 

リアスの後ろに集まってきている眷族たちを見て、ライザーは小さな笑みを浮かべた。

 

――確かに負けたのは自分だった。

 

しかし、全力と全力を持ってぶつかりあった男同士の勝負だったのだ。

 

それが、どこか清清しさのような物をライザーの心に運び込んでいた。

 

ライザーの心には爽やかな風が吹いていたのだ。

 

炎と風を司るのがフェニックス家。

 

なら、その心の風にも素直に従わないとな、とライザーはそう思った。

 

「救護室で目覚めたあいつに言っておくといい。――勝ったのは、お前だと」

 

その言葉を残して、ライザーは造られた空間から転移していった。

 

 

 

 

 

 

リアス・グレモリー対ライザー・フェニックスの非公式レーティングゲーム

 

勝者……リアス・グレモリー

 




副題元ネタ……言わずとしれた原作のあれ。

というわけで一誠は試合に勝って勝負に負けた的な?

そんな感じの結末でした。

まあ、幾ら頑張ったところで現時点で「不死身」を削りきることは出来ませんということです


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11 反省会はゲームの後で

第2章エピローグと反省回です。




駒王学園を模した空間にて行われた非公式のレーティングゲーム。

 

それはリアス・グレモリーの勝利で終わった。

 

結果だけで見れば、リアスの完勝と言っていい結果かもしれない。

 

ライザーの油断があったとはいえ。助っ人が居たとはいえ。予想以上に成長していたとはいえ。

 

それでも、リアスが戦略で以って相手の眷属を全て撃破し、そしてライザーを投了(リザイン)に追い込んだことには変わりないのだから。

 

しかも、数々の不利と思われる要素を覆して、である。

 

では、その勝利をしたリアス眷属達と助っ人である翔が勝利の美酒に浸っているのかというと、そうではなかった。

 

全員が全員、喜べるような気分ではなかった。

 

リアスは最後の勝利の理屈に余り納得がいかなくて、釈然としない気分だったし。

 

アーシアは初めて――と言っていいだろう――誰かを傷つけた事実に心を傷つけていたし。

 

朱乃と小猫は最後の展開での自分の不甲斐無さに憤っていた。

 

そして、皆が皆怪我をしているであろう一誠と木場を心配していた。

 

だが、何よりもその場の空気を重くしているのは、翔のしかめっ面と発散している雰囲気であった。

 

他の4人が見たことの無い表情をしている翔に驚き、その雰囲気に話しかけるのを躊躇っていた。

 

そうして重い雰囲気を引き摺って歩きながら全員で救護室に向かっていると、その場に陽気な声が響いてきた。

 

「にゃはは。ゲームの勝者がそんな湿気た顔してどうしたにゃん?」

 

そう声を掛けてきたのは、唯一といっていいこの場で観戦していた客である黒歌だった。

 

その登場に、リアス達は全員「助かった! この空気を何とかしてくれ!」と、心の中で叫んでいた。

 

その思いを汲み取った黒歌はその場で重い空気を溢れさせていた翔へと歩いて近づいて話しかけた。

 

「翔」

 

「……何かな、黒歌さん」

 

今は余り喋りたくない気持ちなのか、翔が顔を顰めながら黒歌へと応じた。

 

その顔に他の4人は殊更吃驚した。翔が黒歌と居る時は笑顔でいることが殆どで、黒歌へとこのような顔で向かい合う翔を見たのは初めてだったからだ。

 

それでも、黒歌は気分を害した様子を見せずに笑みを崩さないでいる。

 

「まったく、幾ら怒っているからって関係無い人を巻き込まないの」

 

そう言って自分より高い位置にある翔の頭を撫でている。

 

嘗ては自分よりも低い位置にあった頭だが、今は自分よりも頭1つ分は高い位置にある。それが今更ながら黒歌に時の経過を感じさせるのだった。

 

黒歌の言葉と、その手の感触で気持ちを落ち着けさせたのか、翔は大きく息を吐いて先ほどまでの空気を霧散させる。

 

「ありがとう、黒歌さん」

 

「どういたしまして。もう大丈夫よね?」

 

翔がその言葉に頷いてみせると、黒歌は頭を撫でていた手をどかすのだった。その手の感触が離れていくことにどこか残念な気持ちを抱きながらも翔はリアス達へと向き直った。

 

そうしてからリアス達に頭を下げるのだった。

 

「すみません。あなたたちに関係ないのに、イラついて空気を悪くしてしまって……」

 

その言葉に内心で驚きながらもリアスたちは笑みを浮かべて返答する。

 

「別に気にしてないわよ」

 

「その通りです!」

 

「寧ろ、珍しい一面を見られて幸運ですわ」

 

「……私たちにも、それぞれ空気を悪くしていた要因はありますし」

 

翔はそれぞれの言葉にほっとしたように息を吐き出した。その翔の肩に黒歌は手をポンと乗せている。

 

その動作は「良かったわね」と言っているようであり、翔もそのように受け取ったのか、黒歌へと笑みを浮かべて振り返ったのだった。

 

その翔の表情に更に黒歌は笑みを深めて、その場の全員にこう言った。

 

「それじゃあ、皆の心配の種である困ったちゃんのところに行くにゃん」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

翔たちが救護室へと到着したとき、未だに一誠は眼を覚ましていなかった。

 

それどころか、その体の右側には大きな火傷が出来ており、目を背けたくなるほどに酷い有様だった。

 

一誠が寝かせられているベッドの横には今も治療担当の者が就いており、その体に治癒用の魔法を掛けている。

 

その一誠の傍へと歩み寄っていく翔たちへ、既に目覚めていた木場が状況を説明した。

 

「体の右半身に渡って、人間の基準で言うなら第二度の火傷を負っているそうです。また、肺やそれに連なる気管系も火傷を負っていました。そちらの治療を優先して治して、今やっと体の右半身の治療に入るところです。また、それだけではなくて、全身打撲に、一部の骨の亀裂骨折、完全骨折。最後の当りは何で立てていたのか治療師が疑問に思う程怪我を負っているそうです。というより、その程度の怪我で済んでいることがもう奇跡的だそうで」

 

「ライザーの言っていたことは本当だったのね……」

 

最後の激突においてライザーが使用した『輝ける蒼炎(エンプレイズ・ブルー)』。その秘めたる威力にリアスは顔を青くした。その蒼炎で熱せられた空気を吸い込んだ肺が火傷を負っていることからも、その熱量の高さが窺い知れる。

 

直撃しなかったにもかかわらず、この重症具合。もし直撃していたらと思うとぞっとする。

 

他の打撲や骨折については、あれだけ痛めつけられていたら当然の怪我だろう。治療師が言う、怪我が少なかったのは日頃から痛めつけられていたので、打たれ強くなっていたからだろう。

 

リアスはすぐに隣にいたアーシアへと一誠の治療を頼んだ。

 

「アーシア、お願いできるかしら?」

 

「はい!!」

 

すぐに一誠の眠っているベッドへと駆け寄ってその癒しの神器を行使しようとする。

 

それを止めようとした治療師は、リアスが説明をすることで納得させた。

 

一誠へとアーシアが触れて、その神器の力を発動させる。翠のオーラに包まれた一誠の右半身は、まるでビデオの巻き戻りでも見ているかのようにすぐに治っていった。

 

その凄まじいまでの癒しの力は、初見の治療師は勿論、知っていた筈のリアスたちでさえも絶句するほどだった。

 

時間にして1分ほどだろうか。

 

肩を大きく上下させて呼吸を乱しながら、アーシアがその手を一誠から離した。

 

「ハァ、ハァ……。これで、大丈夫だと思います……」

 

流石にこれほどの大怪我を治すことは疲れるのだろうか、それとも想い人の酷い怪我を見たことで心理的に疲れたのか。とにかくアーシアはその疲労感を隠しきれていなかった。

 

ゲームに続いてここでも無理させてしまったことに申し訳なく思い、リアスがアーシアの体を抱き寄せた。

 

ありったけの愛情を込めて、抱きしめながらその頭を撫でてアーシアの頑張りを労ってあげる。

 

「ありがとうね、アーシア。お疲れ様」

 

「いえ、これは私の領分ですから」

 

そう言って疲労の滲んでいる顔で笑みを浮かべて強がってみせるアーシアが可愛くて仕方が無いリアスは、より一層アーシアを強く抱きしめて可愛がるのだった。

 

その横では、治療師が一誠の容態に問題が無いかを診察し終わったところだった。診察用に展開していた魔方陣を消して、驚愕を滲ませながら診察結果を言った。

 

「……凄いですね。本当に問題が無いです。火傷、打撲、骨折全て完治しています。……それでは、私はこのことを報告しなければいけないので失礼させていただきます。何か問題が起こればお呼び下さい」

 

「ええ。貴方もお疲れ様ね。眷属の治療をしてくれたこと、この子の主としてお礼を言わせて貰うわ。ありがとう」

 

「いえ、それが私の職務ですから……。では……」

 

ペコリ、と会釈をして出て行く治療師に対して、その場にいた全員が頭を下げて礼を返した。部屋から遠ざかっていく足音だけが暫くその部屋で響いていた。

 

その足音も聞こえなくなると、一誠の静かな呼吸音以外は音のしない静かな空間が出来上がった。

 

 

 

それから数分が経った時のこと、漸く一誠が身動ぎした。

 

静寂で満たされていた部屋に、「う……ん」と一誠が呻く声が広がっていく。

 

その様子に色めきたったリアス眷属の皆は、座っていた椅子から立ち上がって一誠の周りを囲っていった。

 

暫くそうしていただろうか……一誠の瞼がピクピクと動いて開くと、焦点の合わない瞳で目だけを動かして周りの情報を取り入れようとし出した。

 

「う……ここ、は?」

 

無事だと分かっていたものの、実際に一誠の声を聞いたことでその場に居た皆が安堵の溜め息を漏らした。アーシアなど、その目の端に小さく涙を浮かべて喜んでいる。

 

リアスは微笑みを浮かべながら、思わず出したであろう一誠のその問いに答えるのだった。

 

「ここは救護室よ。貴方は酷い怪我を負っていたから、ここで治療されていたというわけ」

 

その言葉で意識が覚醒しだしたのか、一誠の瞳の焦点が合って理性の光が宿っていった。

 

それと同時に現在の状況と、意識を失う前の状況を思い出した。

 

隠れて特訓していた必殺技。秘かに自信のあったそれを出したものの、相手は立ち上がり、自分は倒れた。

 

それの意味するところは――

 

「負けた、んですね。俺は……」

 

顔を俯かせて、掠れるような儚い声で呟いたその言葉を、しかしリアスを大声を上げて否定しようとした。

 

「違うわっ!! あの後、ライザーは「自分の負けだ」と言って投了(リザイン)したの。だから、貴方の勝――「いや、キミの言う通り、キミの敗北だよ」――翔っ!?」

 

しかし、それは翔の言葉に遮られた。

 

リアスはそのキツい物言いに思わずキッと翔を睨みつける。

 

翔はその眼差しを何でもないかのように――寧ろ、そこに存在していないかのように――無視し、一誠へと語りかける。

 

「イッセー君、あの勝負はキミの敗北さ。……何でかは、分かるよね?」

 

その語りかけに、俯いて表情を隠しながらイッセーは頷いた。

 

「ああ……。武術の原点は、「護身」なんだろ?」

 

「その通りだよ。……あの時、最後の瞬間。キミは倒れてライザー君の胸の内に収まった。何よりも護るべき自分の身を相手に差し出してしまっていたんだよ……。その時点でキミの敗北は明確さ」

 

その言葉に、布団の上で一誠の拳が強く握り締められる。表情は窺い知れなかったものの、その拳が何よりも雄弁に一誠の心情を見ているものに伝えてくる。

 

「……イッセー君。今回の敗北を経て……キミはどうしたい?」

 

「……たい」

 

翔の問いかけに、一誠は小さく呟いた。しかし、余りにも小さなその呟きは、誰の鼓膜も振るわせることもなく虚空へと消えていく。

 

「聞こえないよ、イッセー君。……顔を上げるんだ。俯いていたところで、何も見えはしないよ。立ち止まっている自分の足以外はね……。顔を上げてこそ、前を見てこそ見えるものがあるんだ」

 

その言葉を聞いた一誠がゆっくりと顔を上げていく。

 

そこには、敗北の悔しさと自らの無力感を直視しながらも、前へと進むことを決意した男の顔があった。

 

「俺はっ! 強くなりたいっ!!」

 

静寂広がる空間に、一誠の心の叫びが木魂する。

 

その言葉を聞いたものは誰もが微笑みを浮かべ、一誠のその決意を見守っていた。

 

暖かな空気がしばしその場に流れていく。

 

 

 

 

 

――と、ここで終われば或いは「いい話だなー」で終わったのかもしれないが。

 

翔がここで行動を起こさない筈がなく。

 

「そっか……。なら、師匠としてそれに応えないわけにはいかないよね……」

 

眼から怪光線を。体から威圧感を放ちながら翔がそう言って懐を探り出した。その動きに一誠は「ゴゴゴゴゴ」という擬音を幻視した。

 

そうして取り出したのはラベルの張っていない小さな瓶。その瓶自体も何だか異様な威圧感を放っているような気がするソレ。

 

とても見覚えのあるその瓶に思わず一誠は「げっ!?」と声を漏らしてしまった。

 

一誠は震える指(決して疲労から震えている訳ではない)で指差しながら、自身の予想が外れていてくれと心底から祈りながら翔に尋ねた。

 

「か、翔……。そ、それは……?」

 

「勿論、疲労回復のための漢方だよ」

 

「ひっ!? く、来るな……!!」

 

分かりきっていた筈のその答えを聞いて、一誠はそこがベッドの上だということも忘れて後ずさってしまう。背中が壁に触れても後ずさろうとしていることから、その恐怖心が察せられる。

 

翔が瓶の蓋を開ける。その瞬間に開放された異臭が流れ出て、一誠たちの鼻を刺激した。黒歌はちゃっかり結界を張って難を逃れている。

 

「な、何だ、これ!? いつもよりきつくないか!?」

 

「そりゃあ、いつもよりも強烈な物だからねえ。決して、後から気付いたけど一誠君を利用して制限時間一杯まで粘られていたらどうしていたんだとか、変なところで無理しやがってとか。そんな気持ちを込めているわけじゃあないよ? 早く疲労回復して欲しいと願う師匠心さ」

 

じりじりと近寄っていく翔。それと同時に強くなっていく怪光線。

 

「それ、語るに落ちているよな!? 完全に罰代わりだろ!?」

 

「はっはっは……。いいから飲む!!」

 

そう言って翔は無理矢理瓶を一誠の口に押し当ててその中身を一誠の口に含ませるのだった。

 

「ぐぼっ!? がぼっ!? ……~~!?」

 

その中身を全て注ぎ込まれた一誠は、ぐるりと白目を剥いてベッドに崩れ落ちた。その口からエクトプラズムが漏れ出ているようにリアスたちの目には見えたが、誰もツッコムことは出来なかった。

 

手をパンパンと払いながら、翔はベッドから離れていく。

 

「それじゃあ、僕は修行メニューの組み立て直しがあるので、これで失礼させていただきますね」

 

「じゃあ、私も帰らせてもらうにゃん」

 

「え、ええ……」

 

そう言って救護室を出て行く2人を、リアスは呆然と見送ることしか出来なかった。

 

暫くの間、その部屋では口からエクトプラズムを出している一誠と、呆然としているリアス眷属の姿が見られたそうな。

 

勝利の結果として婚約が解消されたとグレイフィアが伝えにくるまで、その状態は続いたという。

 

その結果を聞いても、どこか上の空なリアス達に瀟洒なメイドさんは首を傾げたとか何とか。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

救護室から出て、元の空間――所謂人間界――へと戻ってきた翔は、家路へと着きながらも気分が沈んでいくのを止めることが出来なかった。

 

隣を歩いている恋人が、喋ることなく、また必要以上に密着することもなく静かに歩いてくれていることに感謝する。

 

ちょっとしたことでも、今は感情が細波を立てるように揺らいでしまうだろうから。

 

とは言え、静の武術家であるのにいつまでもこれではいけないだろうと、翔は一端深く呼吸して空気を体の隅々まで行き渡らせる。

 

もう何回、いや、何千回と繰り返して文字通り息をするように行うことが出来る呼吸法で気持ちを落ち着かせると、翔はその手を動かした。

 

黒歌の手を、その感触を、存在を確かめるように徐々に指を絡ませるように繋いでいく。

 

それだけで沈んでいく気持ちが多少は持ち直すのだから、自分でも安いものだなあ、と思わなくもない。

 

でも、こんな風に気持ちをすぐに落ち着かせることが出来たのは、間違いなく隣の恋人のおかげだろうから。

 

「ありがとう、黒歌さん」

 

「フフ、気持ちは落ち着いたかにゃん?」

 

「はい、何とか……ね」

 

そう言って深く溜め息を吐いた。その一息で沈鬱な気持ちの10分の1でも出て行けばいいとばかりに深く重い溜め息だった。

 

その溜め息の原因が何であるかを、長年の付き合いから察している黒歌は苦笑を浮かべていた。

 

「ほら、反対の手も出す。幾ら自分が許せないからって自分の()を傷つけることもないでしょ?」

 

「……ありがとう」

 

そう言って翔が繋いでいるのとは反対の手を差し出すと、そこには爪でパックリと切れている手の平があった。余りにも強く握り締めたことで自分の爪で切れていたのだ。

 

興奮によって分泌されたアドレナリンによって血が止まっているものの、塞がっていないため赤い肉が見えている。

 

その手の平に指先で触れる黒歌の手は、優しい光に包まれていた。

 

それが仙術――引いては、森羅万象、宇宙を満たす根源的な生命エネルギーである『氣』――の光だと気付いていた翔は、不思議に思うことなくその暖かな光を受け入れる。

 

内側より治癒力を高められることによって、その傷はすぐに皮膜を張って肉が見えなくなった。

 

「はい。まだ完全には治ってないけど、それで充分にゃん」

 

「うん。あんまり頼りすぎてもね……」

 

充分に痛みが引いたその手の平をグッ、パッ、と開いては閉じてを繰り返して調子を確かめる。充分だと言えるほどには治っていた。

 

繋いでいる方の手も、恐らくはとっくに直されているだろう。

 

暫く、そうやって喋ることなく歩いていた2人だったが、翔がおもむろに呟いた。

 

「難しい、ね……。こういう時、師匠の偉大さを再確認するよ……」

 

何が難しいのか。何にそう思っているのか。

 

それを言葉に出すことなく、黒歌は翔の言っていることを理解していた。

 

黒歌は、自分の暖かさを翔に分けるかのように、ぎゅ、と腕に密着しながらその言葉を口にした。

 

「翔……。今回の敗北を経て、キミはどうしたいの?」

 

それは、翔が先ほど一誠へとしていた問い掛け。

 

その言葉の奥に含まれていた真意を読み取った翔は、俯きかけていた視線を上げて、前をしっかりと向いた。

 

先ほど自分が言っていたことだから。俯いていても何も見えはしない、と。

 

「強くなりたい、かな? 1人の武人としてだけじゃあなく、師匠としても、ね」

 

そう言っている翔の眼には、確かに遥か前を進んでいる先達の背中が映っていた。

 

その背中はその間に隔たる距離も分からない程にまだまだ遠くて。

 

技も、体も、そして何より心なんて比べることすら烏滸がましいけれど。

 

それでも、少しでも届くようにと翔はその手を前へと伸ばしていた。

 

「いつかは届いて、追い越して見せるよ」

 

その手を下ろした翔は、黒歌の目を見つめてそう厳かに宣誓した。

 

翔のその言葉と、先ほどよりも力強さの感じられる表情に、黒歌は嬉しそうに満面の笑顔になるのだった。

 




副題元ネタ……謎解きはディナーの後で

というわけで反省回&エピローグ。

翔の言葉をひねり出すのに苦労した結果、ギャグ的な感じで有耶無耶に流しました。

そして、久々に黒歌がヒロインしていたような気がします。

翔も高校生ですから、悩むこともあるということですね。そして黒歌は大人の包容力でそれを包み込むと。

そんな感じを表現できていたら良いなと思います。


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幕間3 ダンシ無用のGirl's Tolk

今回はギャグ回です。

頭を緩くしてお楽しみいただけると嬉しいです。


――リアス・グレモリーは悩んでいた。

 

その悩みの原因は自分の眷属の1人、兵藤一誠だ。

 

別に、彼に何か不満を持っているとか、彼に至らないところがあるだとか、そういう意味で悩んでいるのではない。

 

寧ろ、彼は良くやってくれているとリアスはそう思う。

 

契約も初めは中々取れなかったものの、最近になってちらほらと取れてきている。

 

何より、人の2倍や3倍ではきかない、キツい修行に真面目に取り組んでいるのは自分でも無理なことだとは思う。

 

では、彼の何処が悩みの種なのか。

 

それは、先のレーティングゲームの中で彼が言った一連の会話にあった。

 

彼は言った。

 

自分は彼の命の恩人で、その恩人を助けるためだったら、命を懸けなきゃ男じゃない、と。

 

つまり彼は、自分のために命を懸けてくれたのである。

 

しかも、その後にきっちり勝利を収めて(女の自分には何とも理解し難い理屈による勝利だったが)自分を助けてくれたのだ。

 

男の人が、女の自分を助けるために命を懸け、そして助け出してくれる。

 

それは、女としては一種の憧れを抱いてしまうようなシチュエーションで。

 

まあ、なんだ……簡単に言うと、ときめいてしまったのである。

 

しかし、しかしである。

 

1回ときめいたからといって、それがすぐに恋だと思う程御目出度い頭はしていない。

 

だが、それから今日までの数日間というものの、彼の姿を無意識に眼で追っていたり、彼の何気ない仕草にドキッとしたりすることがままあった。

 

普通に考えたならこれは恋に落ちた乙女が起こす行動だろう。

 

なら、自分は恋に落ちたのだろうか?

 

それとも、ただ1回「いいな」と思うシチュエーションを魅せられたから、彼をほんの少しの間だけ意識してしまっているだけなのだろうか?

 

それがわからない。

 

それが、リアス・グレモリーのここ最近の悩みの種なのだった。

 

どうしたものかしらね、と考えながら黒板に書いてある言葉を書き写す。

 

う~ん、と額に人差し指を当てながら考えるものの答えは出てこない。

 

――と、その時。1つのアイデアが電流となってリアスの脳裏を駆け巡った。

 

その考えを即座に検討し、そしてそれを採用することを決定したのだった。

 

――恋についてわからなかったら、恋愛をしている人に聞けばいいのよ。

 

 

 

 

 

――アーシア・アルジェントは悩んでいた。

 

その悩みの原因は、自分の初めての友達、兵藤一誠だ。

 

別に、彼に何か不満があるだとか、彼が何か意地悪してくるだとか、そういう意味で悩んでいるのではない。

 

寧ろ、彼は自分に良くしてくれているとアーシアはそう思う。

 

日本語に不慣れな自分に何時間も付き合って教えてくれるし、常識についてだって教えてくれる。

 

何より、困っている時に側に居てくれて、自分をさりげなく助けてくれるし、不安な気持ちを和らげてくれる。

 

では、彼の何処が悩みの種なのか。

 

それは、彼が鈍感であるということだった。

 

初めての友達で、一緒に遊んで、一緒に笑って。

 

たった、それだけの間柄だった自分を助けるために、命を懸けてくれた。

 

男の人が、女の自分を命を懸けて助け出してくれる。

 

それは、女なら一種の憧れを抱いてしまうシチュエーションで。

 

まあ、なんだ……簡単に言うと、ときめいてしまったのである。

 

初めての友達だったことも相まって恋に落ちてしまったのは我ながらチョロいなあ、と思わなくもないものの、恋してしまったものは仕方が無い。

 

しかし、しかしである。

 

彼の家にホームステイして、同じ家に住んでまでアプローチしているのに、彼は自分のことを護るべき存在、例えるなら癒し系妹的なそんな感じにしか思っていないのである。

 

度重なるアプローチも、彼の鈍感の前に悉く不発。

 

どうしたものでしょう、とアーシアは教師の言葉をノートにメモしながらそう思った。

 

う~ん、と頬に指を当てながら考えてみるものの、答えは出てこない。

 

――と、その時、1つのアイデアが紫電となってアーシアの脳裏を駆け抜けた。

 

その考えを即座に検討して、そしてその考えを実行に移すことを採決した。

 

――男の人へのアプローチの仕方なら、実際に男の人と付き合っている人から聞けばいいんです。

 

 

 

 

 

――姫島朱乃は悩んでいた。

 

その悩みの原因は、自分の仲間であり後輩でもある塔城小猫だ。

 

別に、彼女に何か不満があるだとか、彼女が鬱陶しいだとか、そういう意味での悩みではない。

 

寧ろ、彼女は良く頑張っていると朱乃はそう思う。

 

仙術もやはり才能があったのか、ここ最近はぐんぐん技量を伸ばしていっている。

 

何より、それだけじゃあなく、彼女が習っていた総合格闘技も武術家である翔から指摘を受けて実力を上げている。

 

では、彼女の何処が悩みの種なのか。

 

それは、彼女と自分の境遇の相似性にあった。

 

彼女と自分は、細かいところは違うものの概要だけで言えば酷く似ているところがあった。

 

複雑な思いを抱いている家族がいること。

 

その家族と同じ血を引いていることにあまりいい感情を抱いていないこと。

 

その血故に持っている「力」を忌避し、疎ましく思い、使おうとは思っていないこと。

 

このような共通項を持っていたのだ。

 

そう、過去形だ。

 

彼女は、複雑な感情を抱いている家族へと一歩歩み寄り、自らに流れる血を受け入れ、そして忌避していた力である仙術や妖術を家族から習い、習得していっている。

 

後輩である彼女が勇気を出して一歩を踏み出したのに、自分はこのままでいいのか?

 

このように考えてしまうのだ。

 

まあ、なんだ……簡単に言うと、先輩のちっぽけなプライドなのである。

 

先輩という生き物は、後輩の前では格好付けたいものなのだ。そして後輩に凄いって言われて良い気分になったりするものなのだ。

 

しかし、しかしである。

 

そうは思っても、長年複雑な思いを抱えていた家族とその血が齎す、忌避していた力を受け入れる。というのは、中々すぐに出来ることじゃあなくて。踏み込む勇気もそう簡単には湧いてこなくて。

 

それに、あの不器用でぶっきらぼうで無愛想で生真面目で頑固で融通が利かなくて……と、挙げていけばきりのない()()()に自分から歩み寄るのは……ていうかそもそも連絡先知らないし。

 

だが、歩み寄る努力だけはしてもいいのじゃあないかとは……思う。

 

しかし、そうは言っても何からどうすればいいのか、朱乃にはわからなかった。

 

どうしたものかしら、と考えながら教科書の文字を眼で追う。

 

う~ん、と腕組をしながら考えていても答えは出てこない。

 

――と、その時。1つのアイデアが閃光となって朱乃の脳裏を突き抜けた。

 

即座にその考えを検討して、そしてそれがそう悪くは無いと結論付ける。

 

――()()()と同じように、異種族間で恋をした人から話を聞くのもいいかもしれないわね。

 

 

 

 

 

――塔城小猫は悩んでいた。

 

その悩みの原因は、実の姉であり、現在の師匠でもある黒歌だ。

 

別に、彼女の教え方に何か不満があるだとか、彼女の教えに至らないところがあるだとか、そういう意味での悩みじゃあない。

 

寧ろ、彼女の教え方はとても上手いものだと小猫はそう思う。

 

仙術も、暴走の危険がある術なのだが、基本から教えられることで暴走することなく行使することが可能になっている。

 

それ以外の妖怪としての妖術や、悪魔としての幻術なんかも教えてもらって技量を伸ばすことが出来ている。

 

では、彼女の何処が悩みの種なのか。

 

それは、彼女と自分の間にあった過去の出来事と現在の関係にあった。

 

過去、自分と姉を引き裂いた、姉が主を殺してはぐれ悪魔となり自分の前から姿を隠した事件。

 

そのような事を起こした理由は既に聞いており、理解はしている。

 

しかし、長年複雑な感情を抱き続けていたことには変わりなく……。その気持ちを飲み込めないでいた。

 

何とかその気持ちと向き合っていこうと、その第一歩として仙術を教わってはいるものの、それより先に中々進めない。

 

どうやって姉との関係に整理をつけていこうか。

 

まあ、何だ……簡単に言うと、どう接すればいいのかわからないのである。

 

そりゃあ、長年離れ離れになっていて、その間自分の心の裡で醸成されていた複雑な気持ちを抱えている姉とどういう風に接したらいいのかわかる筈もないだろう。

 

気軽に接したらいい? そんなこと言う奴はいっぺんあの気まずい空気を浴びてみて。めっちゃ何とも言えない気持ちになるから。

 

しかし、しかしである。

 

幾ら色々なことがあったからと言って……自分が苦労して生きている時に恋人を作ってきゃっきゃうふふ楽しんでいるのはどうかと思う。

 

はっきり言って、ちょっと殺意を抱くのも仕方ないことだと思うのは悪い事なのだろうか? いや、悪くない(反語)

 

どうしたものか、と考えながら教科書で教師からの視線を隠してお菓子を食べる。

 

う~ん、と一口サイズの和菓子を頬張りながら考えても答えは出ない。

 

――と、その時、1つのアイデアが火花となって小猫の脳裏で瞬いた。

 

その考えを即座に検討し、それしかないかとその考えを採択する。

 

――結局の所、人のことを知ろうと思ったら話を聞くしかないんですよね。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「というわけで、「第1回オカルト研究部+αによる女子会」を開催するわ!」

 

拳を力強く握りながらのリアスのその宣言に、1人を除いてワ~パチパチと疎らに拍手をしてノっている。

 

ここは放課後のオカルト研究部室。ソファーに座りながらテーブルを囲んでいたところ、リアスが突如立ち上がってそう宣言したのだ。

 

先の宣言にノっていなかった黒歌は眼をパチクリとさせながらいきなりの展開に着いて行けないでいる。

 

「え~と……「というわけ」ってどういう訳にゃん?」

 

そう言いつつも差し入れとして持ってきていた和菓子の入っている重箱をテーブルの上に広げている。こういう風に振り回されることに慣れているのだろう。何せ達人を相手していると振り回されることはしょっちゅうなものですから。

 

淹れたてで湯気の立っている緑茶が入っている湯呑を皆の前に置きながら朱乃が説明した。

 

「簡単に言うと、私たちの4人が4人とも、黒歌さんの恋愛話に興味津々ということですわ」

 

「は、はい! 少しばかり参考にしたくてですね……」

 

「……興味津々という程でもないですけど。私も女子ですから、恋愛には興味ないとは言い切れません」

 

「要するに、どんな経緯で付き合い出したかとかを、じっくりねっとり話して貰おうというそういう集まりよ!」

 

何だかんだ言いつつも、皆思春期の女子なのだ。多少の差はあれど恋愛に興味があることに違いはない。

 

黒歌も女なので、その気持ちはわからなくもない。寧ろ、聞く側に回っていたなら率先して話している人を弄り回していることだろう。

 

だが、自分が弄り回される側になるのは……ちょっとばかし御免こうむりたいと思う黒歌だった。

 

何とか逃げ道を探そうとして、黒歌は助けの位置を把握すること、取り敢えず時間稼ぎをすること、2つの意味を含めて質問した。

 

「あの~。翔とかの男子はどうしているにゃん?」

 

だが、返ってきた答えはこの場に味方はいないという無情なものだった。

 

「これは男子無用のガールズトークよ。邪魔にならないように裏で修行して貰っているわ」

 

 

 

 

 

――その頃の男子――

 

「なあ、翔」

 

「何かな? イッセー君」

 

「俺って、この前準主人公タグつけられたばっかりだよな」

 

「そうだね」

 

「なのに、そのタグが付けられた瞬間に出番が無いってどうなんだ?」

 

「それを言ったら僕なんて主人公なのにまともな見せ場が少ないよ」

 

「ははは、大変だね2人とも」

 

「何笑っているんだよ、木場? お前なんて出番の9割が笑っているか、微笑んでいるか、苦笑しているかのどれかじゃねえか。ゲームでも出番があったのはお前の創った魔剣だけだしよ」

 

「ぐはぁっ!? そ、それは言わないお約束だよ……イッセー君」

 

「ふむ、それじゃあ……」

 

「嫌な予感がするに一票」

 

「僕もそう思うよ……」

 

「修行をして強くなって、活躍の場を作ろう!!」

 

「結局その結論になるんだな……」

 

「イッセー君、僕はもう悟ったよ……。修行からは逃げられない、とね」

 

 

 

 

 

――オカルト研究部室――

 

「さあ、さっさと吐いちゃえば楽になるわよ?」

 

そう言って黒歌に詰め寄っていくリアス。その眼はちょっと血走っていて危ない人に見えなくも無い。

 

「あ、これちょっと突き抜けちゃっている時のテンションだ」と察した黒歌の行動は早かった。

 

即座にその場から飛び上がり、扉の前に着地。部室から出て行こうとする。その動きはまさしく猫のように俊敏で、黒歌以外の眼では追っていくことも出来ずに黒歌の逃走を許していただろう。

 

しかし、そうは問屋が卸さない。

 

黒歌が扉を開けようと手を触れた瞬間にバチィ、という音と共に紫電が指先から足先にかけて駆け抜け、床へと逃げていった。

 

その音がして、しかし黒歌にはこの後に襲い来る痛みを予想することの出来る数瞬の合間が与えられていた。

 

刹那の後襲いくる――予想に違わぬッ! 否ッッ! 予想以上の痛みッッ!!

 

「~~~~ッッ!!??」

 

黒歌は思わず背を仰け反らせて、手を上に挙げていた。

 

逆の手で手首を掴みながらも、先の紫電の正体を黒歌は分析し――その答えに絶句した。

 

「これ、仙術式の結界!? しかもそれだけじゃなくて魔力式の結界も組み合わされてる!? 小猫っ! これは貴女が!?」

 

黒歌のその様子にしてやったりという感じで、小猫は唇を僅かに吊り上げた。その様はいつもよりちょっとだけ生き生きしていなくもない。

 

やはり妖怪。例え普段は無表情な小猫と言えど、悪戯することは本能的に好きなのかもしれない。

 

或いは単純に過去から現在にかけて積み上げられていた姉への鬱憤を晴らすことが出来たので愉快なのか。

 

その答えは小猫にしか知りえることは出来ないだろう。決して明確に描写することを避けることでキャラ崩壊を起こすのを防ごうという魂胆なわけじゃない。そ、そんなわけないじゃあないか。

 

「……はい、ちょっとばかし朱乃さんに協力して貰って組み上げました。あらかじめ術式を創っておいて、全員が揃ったところで発動しただけですから貴女と言えど気付かなかったでしょう?」

 

簡単そうに言っているが、言うほど簡単なことじゃあない。

 

確かに悪魔の魔力と違い、仙術は隠密性に優れている。

 

しかし、黒歌はその仙術の使い手なのだ。しかも小猫よりも圧倒的に格上の。

 

その自分に気付かせない結界を小猫が張ることが出来るようになっていた。

 

黒歌は小猫の成長に喜べばいいのか、そんな技術をこんな所で無駄遣いするんじゃあないと呆れればいいのかわからなかった。

 

まさしく、無駄に洗練された高等技術を無駄に織り込んだ結界の無駄な使い方だろう。

 

黒歌は思わず脱力して盛大に溜め息を吐いていた。

 

その彼女の肩をガシっと掴む4つの手。

 

黒歌はたっぷりの諦観とともに元々座っていた位置へと座りなおしたのだった。

 

「はあ、わかったわよ。話すにゃん。で、私と翔の馴れ初めだったわね? それは……」

 

と、こうして黒歌は自分と恋人が付き合い始めることになる前、出会いの場面から話始めるのであった。

 

 

 

 

 

――その頃の男子――

 

「か……はぁ、はぁ。……生きてるか~、木場?」

 

「な、何とか……。翔君、これって、一応基礎修行の筈だよね?」

 

「そうだけど?」

 

「ははは……。僕も師匠から剣術を習っていた身だけど……基礎修行で死ぬかもしれないと思ったのはこれが初めてさ」

 

「何言っているんだ? 木場。そんなの、俺は毎日味わっているぜ? ……自分で言ってて泣きたくなってきた」

 

「何言っているんだい。君達が受けている修行はまだまだ地獄の第一歩目だよ。僕なんか修行でもう何回も臨死したことがあるんだからね?」

 

「「え゛」」

 

「覚えておくといい……。人はね、心臓が止まったくらいじゃあ死なないんだよ……」

 

「「うわぁ」」

 

「すっげえ実感篭ってるな……」

 

「そんな実感は持ちたくないけどね……」

 

「この話題はもうやめようか……。物凄く不毛だよ……」

 

「そうだな……」

 

「精神衛生に良くないしね……」

 

「よし、じゃあ十分休憩したことだし! 次は組み手にしようか!」

 

「おい、十分休憩したか?」

 

「1分くらいじゃないかな?」

 

「木場、誰が上手いこと言えと」

 

「はいそこ! 私語しない! 今日はイッセー君と木場君のタッグ対僕という組み手をするから」

 

「珍しいな」

 

「でも、コンビネーションを高めるためにはこういうのも必要だろうしね」

 

「今日はこれだけじゃなくて、色々組み合わせを変更して組み手をやっていこうか」

 

「はいよ」

 

「イッセー君、頑張ろうね?」

 

「おう」

 

「じゃあ、行くよ!! ちぇりゃあ!!」

 

「「ぐぼぁ!!??」」

 

 

 

 

 

――オカルト研究部室――

 

「――と、そんな訳で、私から告白して付き合い始めることになったわけにゃん。だからまあ、あんまりアーシアちゃんの参考にはならないと思うわよ?」

 

翔との馴れ初めを語り終わった黒歌は、緑茶で唇を湿らしながらもそう締めくくった。

 

アーシアは、話の始まった当りは興奮に頬を紅潮させていたものの、現在はその結論に頭を抱えていたのだった。

 

「う~~~。……確かに、告白までに2年も掛かるようじゃあ、その前に恋敵が更に増えていそうです……」

 

「そもそも、私は恋した明確な切掛けはあるんだけど、そうだって気付いたのは後からのことだしね。それに、私の時はそうやって恋してるって気付いても恋仲になるとかって許されないような状況だったにゃん」

 

黒歌が自分が翔へと好意を抱いていると自覚したのは、まだはぐれ悪魔としての認定が解けていなかった時のことだ。

 

自分の為に命がけの闘いを生き残るための修行を行っていた翔に告白するなんていうのは、快楽主義的な面のある黒歌でも不謹慎だと思ったのだろう。

 

だからこそ、その制約が無くなった時に告白したわけだが。

 

「それにしても、中々ドラマチックというか……そんな殿方が居るということが羨ましくなりますわ」

 

(私の時にもそのような人が居れば、或いは母様も……。いえ、もう過ぎたことね……)

 

朱乃がそう言って黒歌を羨望の眼差しで見つめている。その瞳にはどこかもう届かないものを眺めているような色彩が載っている。

 

しかし、朱乃がその内心を吐露することは無く、小猫が静かにその言葉に同意した。

 

「……イッセー先輩が翔先輩のことをお人好しだとかお節介焼きとか言っていたのも納得できる。……普通、知り合って1ヶ月の人にそこまでは行動できない」

 

「イッセーさんも見ず知らずの私のために頑張ってくださいましたし……。その当りは本当に似た者同士なんですね」

 

アーシアも自分の体験したことと比較して小猫の言葉に同意する。確かにこの辺のことは似た者同士だと黒歌もそう思う。

 

時々そのお人好しさにやきもきさせられることはあるものの、その性格に助けられた身としては文句を言うことは出来ないのだった。

 

「もう付き合って2年くらいになるのよね? それだけ長い付き合いだと色々あったんでしょうね」

 

「そうにゃん。ま、でも私たちの場合付き合う前のことが大概大変だったから、トラブルも含めて楽しんでいた面もあるにゃん」

 

そう言って満面の笑みを浮かべる黒歌。その顔を見たものは黒歌が本当に翔のことを好きなのだということが分かり、ちょっとばかし壁を殴りたくなった。

 

「それだけ仲が良いと喧嘩とかもしたことがないんですよね?」

 

朱乃が皆の湯呑に緑茶を継ぎ足しながらそう確認する。

 

しかし、黒歌は苦笑を浮かべて首を横に振った。その苦笑は過去の自分たちに呆れているような感じだった。

 

「いや、喧嘩ならしたことあるわよ? 下らないものも、そうじゃないものも」

 

「……あんなに仲が良いのに、ですか?」

 

小猫が黒歌製の和菓子を頬張りながらも疑問を口にした。

 

小猫は以前黒歌と翔のデートを一誠と一緒に尾行しており、(一誠を無理矢理付き合わせたとも言う)その仲睦まじさを実際にその目で見ている。

 

そして、相手の心情を互いに慮って、気を遣いあう所があることもその時に見て知っていた。

 

そんな小猫にしてみれば、気を遣いあっていた2人が喧嘩するところが想像できないのかもしれない。

 

「寧ろ、互いに好き合っているからこそ、かもしれないにゃん。何でもないようなことが酷く気に障ったりするの」

 

「何でもないようなことがって、例えばどんなことなの?」

 

「そうね……。夕食の献立を決める時に、鮭の最高に上手い食べ方は塩焼きか煮付けかで喧嘩になったことがあるにゃん。私が塩焼きで、翔が煮付けだって主張し合ったの」

 

そう答える黒歌の頬は軽く朱に染まっている。自分でもその時のことを恥ずかしく思っているのかもしれない。

 

その、何だかとっても気が抜ける内容の喧嘩にリアスたち4人は実際に気が抜けたかのように脱力して肩を落とした。

 

だが、実際の喧嘩の内容自体はとても気が抜けるようなものではない。何せ、武術家2人が喧嘩するということは……

 

「あの時は大変だったにゃぁ。3時間に及ぶ殴り合いのようなものに発展してね。周囲一体を更地に変えてから、周りの人の取り成しで一端頭を冷やすために2人とも散歩することになったの」

 

厳密に言うと、2人とも組み手のように手加減をしない全力全開であった。勿論、活人拳として相手を殺さないようにはしていたが、それ以外は全力である。

 

翔は氣による身体強化に「流水制空圏」、その他各師匠の奥義・絶招を惜しみなく使い。黒歌もネコンドーによる近接戦と、仙術、妖術、幻術、魔力の入り乱れた遠距離戦。それを、分身を用いることによって1人で遠近両距離からの同時攻撃をする、などという荒業を披露した。

 

正直言って殴り合いじゃあなく、死闘と表現してしかるべき闘いである。その時は止めるのに苦労したと、両者を止めるのに尽力した白浜兼一氏は後述したそうな。ちなみにそれ以外の達人たち(主に梁山泊の面々や九拳の面々等)は、その喧嘩を肴に酒を飲んでいたそうである。

 

そこまでは想像出来なかったものの、それでもそんな些細なことで3時間にも及ぶ、周囲一体を更地に変える殴り合いの喧嘩に発展したという事実があまりにアレな感じだったので、リアス達は揃って顔を引き攣らせていた。

 

「結局、その時私が散歩から帰って来た時に、翔が鮭の塩焼きを用意しててね。2人して謝って、仲直りして。それでめでたしめでたしにゃん」

 

 

 

 

 

――その頃の男子――

 

「っくしゅん!! ……う~ん。なんだか過去の恥部を話されているような……」

 

「隙ありだぜ! 今だっ! 木場ァ!!」

 

『Transfer!!』

 

「ああ! これぞ僕の必殺っ!! 魔剣創生乱舞!!」

 

「む! 無数の魔剣を創りだすことによる剣の弾幕か! なら……ア~パ~~~!」

 

「なっ!?」

 

「なんだって!?」

 

「アーパパパパパパパパパパ!!!」

 

「ま、真っ向から……」

 

「パンチの連打で迎撃した、だって!?」

 

「イ~ヤバダバドゥ~~!!」

 

「びぶるちっ!?」

 

「ぶげらぁっ!?」

 

 

 

 

 

――オカルト研究部室――

 

「ま、そんな風に幾ら恋人同士で好き合っているからって、喧嘩したりするのは避けられないってことにゃん」

 

「本当に、感情っていうのは複雑怪奇なんですね」

 

アーシアはそう言って溜め息を吐いた。

 

好き合っているからこそ喧嘩することを避けることを出来ないというのは、彼女的にはショックなことらしい。優しい性格である彼女には好き合っているからこそ傷つけあう、というのは受け入れにくいことなのかもしれない。

 

「そういうことにゃん。恋だって、脳内物質の働きによる自身の感情の勘違いや錯覚だって極論を言う人もいるにゃん」

 

「何だかそれはそれで夢が無いですわ」

 

「……でも、吊橋効果とかのことを考えたら、否定しきることも出来ませんし」

 

小猫は和菓子を手に取りながらそう思ったことを口にした。

 

それに頷いて黒歌は自身の考えを口にする。

 

「でも、切っ掛けが何だとか、好きになるのに掛かった時間だとか、恋って何なのか、だとか。そういうのってあんまり気にしない方が良いかもしれないにゃん」

 

「……なんでかしら?」

 

その黒歌の言葉が、自身の悩みをピンポイントでつついている言葉だったので、リアスは余り興味がありませんよ、という風を装って続きを促した。

 

黒歌は、リアスのその内心を見透かして苦笑しながら持論を展開する。

 

「だって、結局恋していることに変わりは無いでしょ? だったら恋していることを楽しまなきゃ損にゃん。勿論、付き合えるかどうか、付き合ったとして上手くいくか、なんてわからないけど。そこを含めて楽しめるのが恋だと思うにゃ」

 

恋に悩むのではなく、恋を楽しむ。

 

只管、自分の楽しいように生きる。

 

それは、ある意味で快楽主義的な面のある黒歌らしい答えだった。

 

「勿論、失敗することもあると思うにゃん。でも、恋なんて長い永い悪魔生で幾らでも転がっているものにゃんだから、そこを恐れないで楽しまないとね」

 

悪魔である彼女らは永い時間を生きる。だからこそ、今の恋に臆病にならずに、積極的に楽しむべきだと黒歌は言う。

 

「さっきも言ったけど、好き合っていた所で喧嘩したりしちゃうのは仕方ないことにゃん。恋はそこで終わっちゃったりしちゃうけどね。だったらそこまでの相手だったということにゃん」

 

「でも……それは何だか悲しいような気もします」

 

黒歌の言葉にアーシアは悲しそうな表情をしてそう言った。

 

感情が素直に表情に出るアーシアを可愛いものを見る目で見ながら、その頭を黒歌は慰めるように優しく撫でてあげる。

 

その感触をアーシアは目を細めて受け入れるのだった。

 

「そうね。どれだけ好き合っていたとしても、恋をしていたとしても。喧嘩をしてしまうし、その結果傷つけあうこともあるというのは、悲しいことかもしれないわね」

 

でもね、と黒歌は言葉を続ける。

 

その顔には、とてもとても優しい表情が浮かんでいた。

 

「きっとね、どれだけ喧嘩しても、傷つけあったとしても、相手との間に愛を育めていれば仲直りをすることが出来ると思うの。相手を傷つけたことを後悔して、反省して。気を遣って、相手に謝って。そうしてもう一度ってね。そういう風にやり直すことが、愛があれば可能だと私はそう思うわ。これは私の経験談だから信用して良いわよ?」

 

最後にウィンクをしながら黒歌はそう締めくくった。

 

そう、先ほどの黒歌の話にもあったように、翔と黒歌も一度ならず喧嘩をしている。けれど、今も2人は付き合っているし、仲睦まじいままだ。

 

それは黒歌の言うとおり、彼と彼女がお互いのことを――

 

「だから、貴女たちもただ恋をするだけじゃなくて、しっかりと恋を愛へと発展させることをオススメするにゃん。それが別れないようにする秘訣よ♪」

 

そう、ただ恋だけでは恋愛とはならない。

 

恋と愛が揃ってこそ、恋愛という熟語が形作られるのだから。

 

黒歌の一連の話でオカルト研究部室にいい感じの雰囲気が流れ始めていた。

 

 

 

が、その雰囲気を黒歌のニヤリとした笑みが断ち切った。

 

 

 

後に小猫は述懐した。「……あれこそが邪悪というものを形にした笑みだった」と。

 

「じゃあ、私だけが話すのは不公平だし~。皆のコイバナも聞かせてもらおうかにゃん♪」

 

その言葉に、大きく反応したのはアーシアとリアスだった。

 

ビクッと肩を大きく竦めている。その動きだけでドッキ~ン! という擬音が聞こえてきそうな程だった。

 

その様に更に笑みを深くする黒歌と、ドS全開な笑みを浮かべる朱乃。

 

「ほうほう。アーシアちゃんは周知の事実として……」

 

「リアスも中々面白、じゃなくて興味深い話を聞けそうね」

 

2人の言葉に、たちまちオカルト研究部が姦しくなっていった。

 

緑茶だけではなく紅茶やジュースも出され、お菓子も和菓子だけでなく洋菓子にスナック菓子もテーブルの上に追加されていく。

 

「わ、私の話なんか聞いても面白くもなんとも無いわよ?」

 

「……部長、それじゃあ何かコイバナがあると言っているようなものです」

 

「しまった!?」

 

「り、リアス部長、もしかして……ですか?」

 

「い、いや、あのね?」

 

「さあ、きりきり吐いてもらうわよ?」

 

「素直に吐いたほうが楽になるにゃん」

 

「わ、私の傍に近寄るな~~~~!!」

 

そうして、第1回オカルト研究部+αによる女子会は大盛り上がりを見せるのだった。

 

リアスの中に、1つの決心を生みながら。

 

 

 

 

 

――その頃の男子――

 

「か……はぁ、はぁ。……生きてるか~、木場?」

 

「な、何とか……。この会話ってさっきもしなかったっけ?」

 

「そうだな……」

 

「1日で2回も死に掛ける、しかも修行でなんて。こんな稀有な経験はしたくなかったよ」

 

「遅れているな、木場。俺はもうとっくにその段階は経験してるぜ?」

 

「言ってて悲しくならないのかい?」

 

「言うな……」

 

「はい。もう充分会話も楽しんだところで、組み手を再開するよ~」

 

「い、嫌だ……」

 

「せめて、もうちょっと休憩を……」

 

「問答無用!!」

 

「「()(ぼく)の傍に近寄るな~~~~!!」」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「というわけで、あなたの家でホームステイすることになったわ。イッセー」

 

「「というわけ」って、どういうわけなんですか……」

 

翌日の朝。修行から帰ってきた一誠の目に飛び込んできたのは、エプロンをつけたリアスの姿だった。

 

その格好に「エプロン姿の部長も家庭的でイイ!!」と思いながらも、そのような邪念は表に出すことなく一誠はリアスへと疑問を呈する。

 

しかし、どうやら隣にいるアーシアは分かっている様で……

 

「むむむ……。そういうわけですか……」

 

「ええ、そういうわけよ。アーシア」

 

「ねえ、どういうわけなの? 何で2人は通じ合ってるの? 分かってない俺がおかしいの?」

 

勝手に進んでいく話に、ついついツッコミを入れてしまう一誠だった。

 

ここって、俺ん家だよね? と思いながらも、そう言葉にすることは叶わない。

 

ふんす! と両手を握りしめて気合を入れながらアーシアは言う。

 

「負けませんよ!」

 

その言葉に、リアスは不敵な笑みを浮かべて応じてみせる。

 

胸の下で組んだ腕が、リアスのその大きな胸をより強調して見せていた。

 

その圧倒的戦力に、アーシアは思わず仰け反ってしまう。

 

それは、自分の戦力と比較して不利だと言っているようなものだった。

 

「こっちこそ、負けるつもりはないわよ?」

 

兵藤家の玄関で女2人の睨み合いによって火花が散る。それが、これから先の熱き闘争の始まりを告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その家の住人と、その闘争の渦中の人物を置いてけぼりにして。

 

「お~い! マジでどういうわけなのか教えてくれないですか!? 俺からのお願い!」

 




副題元ネタ……とある科学の超電磁砲の登場キャラ「佐天涙子」のキャラクターソング「ナミダ御免のGirls Beat」より

天丼はお笑いの基本! ということで意識してみました。使い回しだろと言われたらまったく反論できません。

今回、小猫が何か凄い結界を張ってますが、あまり深く考えないで下さい。ギャグ補正です。ここであんな描写したから小猫の実力は凄いあがっているんだとかそんなことはありません。

きちんとガールズトークになっていたら嬉しいです。




ブロリーMADを見たからか、リアスの「しまった!?」が「シュワット!?」で脳内再生されてしまう俺はもう駄目かもわからんね


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