艦隊これくしょん 艦娘たちと提督の話 (しゅーがく)
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 登場人物の設定になります。
今後も更新していく予定ではありますが、基本的にはオリジナルの登場人物の設定しか書かれていません。艦娘たちの設定は基本的には、一般的な艦娘とほぼ同じですのでよろしくお願いします。


主人公:提督(中将) 身長:180cm 体重:78kg 黒髪短髪

 本作の主人公。物語開始直後の年齢は20歳。日本皇国海軍中将。

 異世界から転移させられた元高校生(当時18歳)だったが、転移後に軍人となった。士官教育・訓練等を受けることすらしていない軍人ではあるが、独学で戦術のみは学んでいる。

 物静かな性格ではあるが、曲がったことが嫌いだったり変な信条を持ち合わせている。周囲からは歳不相応の階級であることは特に言われないが、面識のない人間からはよく思われることが少ない。

 趣味は特にない。

艦載機による航空戦術を考えるのが好きで、よく赤城と議論しているところをよく目撃されたりする。その他にも読書も好み、時には運動もする。私用のスマートフォンでソーシャルゲームをしていたり、動画を観たりする。

 特技は特にない。秀でて何かができることもないが、両親から一通りの家事を仕込まれていることや、ポーカーフェイスが得意ではある。

 艦娘とは好意的な態度を取るが、一定距離以上は接近しようとはしない。それは紅の変な信条とも相まっているが、第一に無神経を演じることを重視していた。

艦娘たちの気持ちに気付いているからこそ、紅は終戦までの間をそうやって過ごしていくことを決めている。

本名は『天色 紅(あましき こう)

 

 

 

登場人物(随時更新予定)

 

天色 ましろ(特務大尉) 身長:157cm 体重:50kg ダークブラウン(ロング)

 主人公の姉。物語開始直後の年齢は22歳。日本皇国海軍特務大尉。

 異世界から転移させられたのかは不明だが、元は看護師。転移後、横須賀鎮守府に留まるために一度傭兵となり、その後任官する。

特務大尉ではあるが、そのものの立ち位置を表している他、特殊な権限が与えられている士官であることも表している。本来は『特別任務を遂行するために必要な特殊な権限を有する士官』を略して『特務』が使われている。ちなみに日本皇国内にはましろ以外にはいない。特別任務とは横須賀鎮守府と大本営、政府、皇室を繋ぐ役割や、日本皇国内に於いて超法規的措置を取る必要がある場合に、自らが判断を下して責任を取ることを指している。別名、提督代理とも言えるが、後者は提督自身が居ない場合にのみ有効となる。

 割と騒がしい性格ではあるが、冷静に物事を判断したり、口がかなり達者ではある。その性格から周囲からは親しみを持たれているが、階級を忘れている者もいるのでその辺りはちゃんと注意する。ちなみにかなりのずぼらで私室は散らかっている。

 趣味はなく、物欲もそこまでない。仕事一筋な面もあるが、読書だけは好む。

提督の部屋に居座ったりしていることもある。

 特技はないが、交渉などを得意としている。

 艦娘たちとも仲が良いが、時には叱っている姿などを目撃されている。全員が頭が上がらないように見えることから、鎮守府の裏のドンはましろではないかとも言われている。

 弟の提督が一度ましろの目の前から失踪していることや、見つけるまでの賢明さ、近くにいるための必死さを見てきた周囲からは『ブラコン』と揶揄されているが、本人はまったく気にしていない。

 

 

 

武下 宗次郎(たけした そうじろう)(中佐) 身長:185cm 体重:92kg 白髪短髪

 横須賀鎮守府警備部部長。年齢は38歳。日本皇国海軍憲兵中佐。

 横須賀鎮守府警備部の長を務めている、日本皇国海軍第一憲兵師団から長らく派遣されている憲兵。日本皇国軍では有名な憲兵で、逸話は数多く残っている(例:見かけた迷子を拾いながら巡回をする、居合わせた強盗を言葉で辞めさせた、取締の時に相手に小太刀で斬りつけられても物怖じせずに拘束した等)。

 厳格な性格をしていて、更に上官の命令で正しいと思ったことには従い、間違っていると感じたら気に触れない程度にそれとなく伝える。部下への教育は熱心に行い、部下たちは武下を慕った。そして心優しい男ともいえる。

 趣味は決まっているものはないが、色々なことをしている。身体を鍛えること、菜園、楽器等々。

 特技も本人はないと言っているが、周囲はそうも考えていない。強靭な肉体を使って、普通ではできないことを平然とやり抜ける。

 艦娘たちからも慕われており、父親役ともいえる立ち位置に立っている。妻子もいるため、そういう役は家でもしているので自然とこなしている。

時には頼られ、時には叱り、よき父を演じている。

 提督のことは上官として付いて行くつもりであり、境遇をよく理解しているために味方であろうとする。また、多感な時期でもある提督の相談相手としても良く私的に話をすることがあるんだとか。

 

 

 

南風 日向子(みなみかぜ ひなこ)(大尉) 身長:165cm 体重:60kg ピンクブラウン(ロング)

 横須賀鎮守府警備部所属 諜報班班長。年齢は25歳。日本皇国海軍大尉。

 横須賀鎮守府警備部の諜報班班長を務めている。原隊は日本皇国海軍部直轄情報偵察群。

一端の特殊部隊員。横須賀鎮守府に提督が着任する直前に配属。機密管理に努めていた。

その後、警備部諜報班に配属される。

 クールな性格をしているが、気持ちを隠すのが下手。提督を好意的に見ているため、時々提督の前で恥ずかしい思いをしている。

 趣味は写真。特殊部隊であるが故に、よくカメラを使う。趣味にもそれが反映されてしまっている。風景を撮るのが好き。

 特技は特殊部隊員ならではの隠密行動や情報収集力、暗殺技術等々。国内で見ても、南風ほどの実力がある兵は今はいない。

 仕事柄、艦娘たちとはほとんど顔を合わせることはないが、お互いの顔と名前は憶えている。

 提督のことは好意的に見ており、男性として意識している節がある。

仕事終わりに執務室に寄ったりすることもあるが、提督に無神経に扱われていることには気づいている。

 

 

 

沖江 嗣羽(おきえ つぐは)(伍長) 身長:162cm 体重:58kg ライトブラウン(ポニーテール)

 横須賀鎮守府警備部所属。年齢は22歳。日本皇国海軍伍長。

 横須賀鎮守府警備部に務めている。日本皇国海軍第一憲兵師団から長らく派遣されている憲兵。特になにかあって軍人になった訳ではないが、何かを感じ取って勢いで志願した。

普段は立哨や巡回をしている。

 元気な性格をしているが、暗い表情をすることがある。決まってどういうタイミングかは分からないが、ましろは良く一緒にいるためになんとなく察している。

 趣味は食事。特に甘いものが好きで、給料の結構な割合を甘いものに充てているほど。私室の冷蔵庫に収まりきらないので、ましろの冷蔵庫も借りている。

 特技は特にない。楽しいことが好きで、結構恥ずかしいことも平気でやってのけるところがある。

 艦娘たちとも仲が良く、時々グラウンドで駆逐艦の艦娘と走り回っている姿が目撃されることもある。

 提督のことは好意的に見ており、男性として意識している節がある。

ましろについて行ってよく提督の私室に居たり、個人的にも執務室を訪れることがある。本来はしてはならない階級にあるので、武下にばれた時には拳骨が脳天に堕ちてくることがある。

少し病的に提督のことを意識している面も持ち合わせており、酷くなるようだったら病院に入れることを武下が検討している。実家に帰ると両親から『いつ誰と結婚するのか』とよく聞かれているらしい。

 

 

 

西川 栄治(にしかわ えいじ)(上等兵) 身長:172cm 体重:69kg 黒髪短髪

 横須賀鎮守府警備部所属。年齢は21歳。日本皇国海軍上等兵。

 横須賀鎮守府警備部に務めている。日本皇国海軍第二憲兵師団から長らく派遣されている憲兵。元は電気工事の仕事をしていたが、深海棲艦との戦争で『工員なんてやってられるか!』と仕事を辞めて海軍に志願した。

普段は立哨や巡回をやっている。

 歳と志願理由から警備部ではいじられたり、年長者からは可愛がられている。当の本人も嫌がっておらず、むしろその立場が美味しいとも感じている。裏表のない性格をしているが、かなり肝が据わっている。

 趣味は機械弄りで、横須賀鎮守府が保有している軍用トラックやジープの整備を自主的に行っている。特技は前職の電気工事系。提督が鎮守府に着任したての頃、テレビの設置の際に工事を一任していた。

 艦娘たちと仲が良く、よく相談相手をしているところを目撃されている。勉強は教えれないんだとか。

 提督のことは上司部下の関係ではあるが、本人の希望で友人みたいに接している。買い物に付き合ったり、隊で行うカードゲーム大会に提督と出たりすることもある(ちなみに隊の他の人には心底驚かれた)。

ましろとも仲が良く、提督のことについて話していることがある。

 

 

 

長政 景義(ながまさ かげよし)(二等軍曹) 身長:175cm 体重:73kg 黒髪?

 横須賀鎮守府警備部所属。年齢は26歳。日本皇国陸軍二等軍曹。

 横須賀鎮守府警備部に務めている。日本皇国陸軍第46機械化歩兵師団から長らく派遣されている兵。警備部の拡充の際、我こそはと名乗りを上げた陸軍の兵士。陸軍ではあるが、海軍に所属している横須賀鎮守府警備部では珍しくない兵の一人。色々と不明。素顔も普段から鼻の上までバラクラバで覆っており、BDUを脱いでいる姿を見た者は誰もいない。

 趣味、特技も不明。

 そのような容貌ではあるが、艦娘とは仲が良い。講師役をしており、時々艦娘対象の戦術以外の勉強(学問)の質問対応をしている。一応、全科目の知識は豊富であるみたいだ。

 提督とは仲が良いのか分からないが、話をしている姿をよく見かけられている。

ましろとも同じく分からないが、講師役を一緒に行っている姿を見られる。

とにかく謎が多すぎる人物。

 

 

 

杉原 業(すぎはら はじめ)(一等軍曹) 身長:201cm 体重:110kg スポーツ刈り

 横須賀鎮守府警備部所属。年齢は37歳。日本皇国陸軍一等軍曹。

 横須賀鎮守府警備部に努めている。日本皇国陸軍第三方面軍第一連隊から長らく派遣されている兵。警備部拡充の際、団体で派遣されてきた兵の一人。

原隊からではあるが、その格好(大男、髭面)や性格(豪快、おおらか、酒好き、肉好き)から『ヴァイキング』や『大熊』と呼ばれている。同じ分隊や小隊の兵からは『おっちゃん』『おっさん』『親父』と親しみを込められて呼ばれている。本人は気にしていない。警備部には少ない、提督に敬語を使わない兵の一人でもある。『紅の坊主(あかのぼうず)』と呼んでいる。

 趣味は酒を飲むこと、食べること。特技はその体躯を生かして、重いものを運ぶこと。士官になる気が無いらしく、昇進の話も今までずっと蹴ってきている人。『軍曹が良いんだ』と言っているとかなんとか。

 提督とは仲が良く、暇そうに散歩している提督を見かけると捕まえて話したり、小銃や鎮守府にある装備品の使い方を教えたりしている。

将来、一緒に酒が飲みたいんだとか。

 

 

 

新瑞(あらたま)(大将) 身長:192cm 体重:102kg 黒髪オールバック

 日本皇国海軍長官。年齢は43歳。日本皇国海軍大将。

 大本営海軍部の長官であり、日本皇国海軍の筆頭。軍には士官候補生として少尉から任官。その後、深海棲艦との戦争で昇進していき大将にまで上り詰めたエリート中のエリート。少し直情的ではあるが、気前が良く大胆な性格をしている。

提督がラ〇ボーだと思っていたことと、名前を知るまでそう心の中で呼んでいたことは知らない。

 

総督 身長:172cm 体重:67kg 白髪

 日本皇国軍の頂点。年齢は60歳。

 統帥権のある天皇の直下に籍を置く、謎に包まれた人物。

歳の割にかなり元気。

 

 

 

天皇陛下

 日本皇国の頂点。皇帝ともいわれる。年齢は51歳。

 日本皇国を統べる頂点に君臨している人物。だが、心優しく慈愛に満ちている。そして心労が絶えないんだとか。

 

 

 

アドレー・エンフィールド 身長:182cm 体重:88kg ブロンド

 アメリカ合衆国大統領。年齢は52歳。

 深海棲艦の発生により、世界各地から撤退を行ったアメリカ合衆国の現大統領。前任者が国内の治安維持に力を入れていたことから、アドレーは対外的行動を政策として進める。

封印されていた唯一戦前建造の原子力空母:ジョン・F・ケネディを失い、海上戦力の拡充を行っている最中。戦時体制に入っているアメリカの指導者。

軍内部に蔓延っているガンに常に悩まされており、度重なる命令違反、日本皇国軍への印象低下を懸念して胃を痛めている。そのため、常に胃薬を持ち歩ている。

 

 

 

アンガス・ホーキンズ(中将)身長:195m 体重:115kg 坊主頭

 アメリカ海軍アルフォンシーノ要塞の指揮官。年齢は48歳。歴戦の将で、深海棲艦との戦闘経験が豊富。

天性の勘に恵まれており、嘗て指揮していた艦隊を作戦中に独断命令違反で撤退させたこともある。ちなみにその作戦は、ホーキンズ以外の艦隊は全滅している。

現在任されているアルフォンシーノ要塞に不満があり、できれば改装・できなければ別の任を負いたいと考えている。

提督と面識はないが、話したことのある唯一のアメリカ軍人。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

梔 藍花(くちなし らんか) 身長:163cm 体重:48kg 黒髪ロング

 天色 ましろの要請により、大本営が派遣した通訳。年齢は20歳。くりっとした紅い瞳の垂れ目で、容姿端麗。伊達メガネを掛けることがある。

 マルチリンガルであり、大本営がわざわざ調べた上で派遣が決定された人材。家庭環境から様々な血筋を持っており、国内情勢的にはかなり稀だが他国民と話す機会が多いかった。英語やドイツ語、フランス語、中国語が扱える。容姿は瞳以外日本人。

更に外国語に興味を持ったのは外国の本を読むことに楽しさを覚え、外国の人の話を聞くことを夢想へと走らせていたから。

紅の元に赴任した最初の時は少し緊張していたが後に周りの空気を見てすぐ打ち解ける。紅には好意を寄せているようで……?

なお、家庭的に育っている。やはり日本人。なお、甘いものは大好き。




最終更新日:2019/01/03


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 用語の設定になります。
今後も更新していく予定です。不明な点がありましたら、お問い合わせください。


・提督

 日本皇国海軍海軍部鎮守府群の各鎮守府に着任している人物の総称。現在着任している提督は1人。

 本来は並行世界に存在しているゲームプレイヤーのことを指している。海軍本部と妖精たちが作り出した『提督を呼ぶ力』によって、この世界に現界しているのは主人公のみ。物語開始時点では端島鎮守府にも提督の席に座る人物はいるが、純粋な提督ではなく、特設された新たな鎮守府運営の先駆けと新概念の戦術思考を蓄積するための試験将校という扱いになっている。

 

 

 

・艦娘

 東京湾防衛戦終盤、当時の日本皇国海軍の艦隊が文字通り全滅した時に突如として現れた存在。日本皇国とは協力関係にあり、実際は日本皇国海軍に所属していない傭兵扱いでもある。

表向きでは『特殊能力を有した人間の少女たち』としているが、実際は歳を取ることはない上に、艤装を身に纏っている時には身体が強靭になる。

 年齢は身体的な成長度合いなどを鑑みて、適性の年齢が与えられる。これによって国の法律に縛ることも同時に行っている(例;金剛は19歳、赤城は20歳、吹雪は13歳)。

 戦闘の際には艤装を艦船の状態にしたのち、乗り込んで艦長的な役割を果たす。艤装を身に纏っている時には、手足のように全てを動かす。

 艦娘の中には特異的な個体も存在しており、特殊能力を有している(例:金剛、身体能力の向上)。

 艦娘たちは『自らが進水・着任する鎮守府には提督が居ない』ということを先天知識として持っており、建造・ドロップ後には所属鎮守府に提督が居るという淡い期待を持っているが、基本的にはその期待を真正面から打ち砕かれる。そのため、提督が直接指揮をしている鎮守府の存在は『0%』と信じて疑わない。だが例外が存在するため、再びすがるような気持ちで期待することもある。

 横須賀鎮守府所属以外の艦娘は基本的に組織戦闘を行うが、時より不可解な行動を取ることもある。その為、提督が着任して以来は国防・攻勢戦力として判断されていない。

国内に存在している鎮守府の大半が機能しているが、稀に補給物資が滞ったりしていることもあり、大量に艦娘の餓死死体が発見されることもある。その為、大本営の判断により、遠方から半強制的に艦娘の局地密集集落の形勢が行われている(作中には登場しない)。

 

 

 

・妖精

 東京湾防衛線終盤、艦娘と同時に現れた存在。二等身の体を持っているが、その本質は士官・下士官・士のそれと同じ。艦娘に使役する兵隊ともいえる。個人個人に名前は与えられているが、基本的に役職名で判別されることが多い。人間には姿を隠してきているが、主人公着任時(約2年間)から認識されている。

 技術力が進んでおり、現在の最新技術のもっと先を行っている。日本皇国軍の戦闘機を研究しアップデートパッケージを作り出したり、図面や外観から艦載機を開発する等々をしている。

 深海棲艦には通常兵器はその威力を発揮しないが、妖精の手に渡ったものは全てそれ相応の攻撃力を持つ。

 

 

 

・イレギュラー

 提督と深海棲艦との戦争で生じる、その言葉通りの状況のこと。これまでは戦術や攻撃方法、装備を更新して戦って来ていたが、それが深海棲艦側に反映される。大型戦略爆撃機が存在しないが、それを配備して戦線に投入すると深海棲艦側にも大型戦略爆撃機が配備される。その数はこちらが用意した数よりもはるかに多く出てくる。

 これを考慮しつつ、深海棲艦と戦う必要があると提督は大本営に報告を上げている。

 この事象は人為的に起こっていると判断されており、誰がどのようにして何のために行っているのかは分かっていない。

 

 

 

・提督を呼ぶ力

 ある特異的な条件をクリアした鎮守府に与えられる力。現在は使用が不可能になっている。これによって提督は2年前に転移させられてきている。この力が物語の軸となるものになる。

特異的な条件とは、開設して間もない鎮守府に於いて一定数のレア艦・レア装備を保有するこが出来た鎮守府にのみ、力が与えられることになっていた。忌まわしき海軍本部の遺産。

ちなみに横須賀鎮守府は開設2週間で条件をクリアし、提督を呼び出すことに成功している。

 

 

 

・海軍本部

 現在その組織は無くなっているが、以前は大本営海軍部と各鎮守府との間に板挟みになっていた前線司令部のようなもの。艦娘を隔離し、代理戦争へと世論を仕向けた元凶。

この組織によって殺された艦娘は数知れず、艦娘が人間を怖がってしまう一番の原因を作った張本人。本作開始前に大本営主導の鎮圧作戦にて文字通り全滅したとされている。

 

 

 

・提督への執着

 主人公の提督に対する横須賀鎮守府所属の艦娘たちの過剰な保護欲。第六感みたいなもの。

 基本的に艦娘はそれまでの経緯から、一部を除いて日本皇国軍人やその他民間人を嫌う傾向がある。それらによるテリトリーへの侵入、提督への攻撃・口撃に敏感に反応し攻撃的になる。ほとんどの場合は原因の排除に走り、理性的に行動しなくなる。それを止められるのは、保護欲の対象である提督だけとなっている。

 これらを持ち合わせている艦娘の中でも特異的な性質を持つ者もおり、その能力は生身でも人間が渡り合うことはできない。怪力・千里眼・諜報の3つの能力が確認されているが、他にもあると考えられている。

 

 

 

・番犬艦隊

 横須賀鎮守府艦隊司令部に非正規で設置された艦隊。基本的に艦娘でも発言力の高い艦娘によって有事、大規模作戦にて多くの艦娘が出払う時に提督の身辺警護を行う艦娘を指名して集めた艦隊。

艤装を身に纏い、提督を輪形陣で囲むことを基本とし、お手洗い・風呂の時以外は片時も離れることを許されない。強い艦娘で無くてもいいとされているのは、基本的に提督に危害を加えるのは人間であることのため。相手に対し、艤装にある対空機銃で攻撃することもある。

 

 

 

・特務

 赤城にのみ課せられた特殊任務の略。基本的には航空戦術の考案、艦載機の大規模改造案の作成、他の航空隊への教導隊としての参加などが行われている。それ以外にも予定外の建造や開発なども行うことがある。

特務を受けるにはかなりの知識が必要とされており、鎮守府資料室に所蔵されている『戦術指南書』を理解、配備されている艦載機の基本構造や有用性、弱点など全てを把握している必要がある。そのために、赤城のみというよりも赤城にしかできない任務となっている。だが加賀も特務を受けるために勉強中であったりもする。

 

 

 

・戦術指南書

 各鎮守府資料室に所蔵されている、これまでの艦娘たちによって蓄積された戦術データやありとあらゆる艤装・装備の解説が書かれている本。各ジャンルに分かれており、それぞれが辞書並みの厚さがある。全40編、40冊ある。

全編を読破しているのは赤城、夕立、時雨のみとなっている。

 

 

 

・日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部 通称:横須賀鎮守府

 日本皇国国防の要であり、最後の砦。物語開始時点で日本皇国最大級の軍事施設。主人公が指揮を執る拠点でもある。

艦娘たち約200名と運用する際に必要な各種資源の貯蔵、内外周辺の治安を守る門兵と呼ばれる警備部約1000人の戦闘員や事務を行っている非戦闘員約80名、艦娘用の施設である酒保を運営する約700名が務めている。戦闘員は敷地内にある寮で生活していたり、それ以外の者も周辺に家を持っている。

 日本皇国軍および三権の代行を司る国家の中枢によって横須賀鎮守府敷地内には特例が敷かれており、法律に適応する特殊な地として指定されている。治外法権が適応されており、日本皇国憲法(前日本国憲法改訂)によって守られている。無法地帯とも言えるが、おそらく国内で一番治安の良い地域であるとも言える。

 敷地内の至る所に防衛火器が設置されており、常に稼働状態にある。有事の際にこれを以て迎撃に当たるが、牽制や威嚇にしかならない。

ただし沿岸部に設置されている要塞砲は十二分に攻撃手段として利用できる。

 

 

 

・日本皇国軍

 かつては自衛隊を名乗っていたが、深海棲艦の発生により憲法改正や国家体制の変遷によって今の形になった。三軍体制(陸海空)を敷いており、現在最も兵力・装備が充実しているのは陸軍。海軍は艦娘との協力体制に入る前に艦艇を全て失っており、陸上戦力しか残っていない。空軍は深海棲艦の艦載機の迎撃・空中戦を行っているため、損耗があるが現在も戦っている。

 基本的に志願制ではあるが、軍法によって予備役軍人が多く存在している。有事の際には召集を掛け、戦闘態勢に入ることができる。

現在軍に籍を置いているのは約30万人。深海棲艦との戦闘で男性軍人は恐ろしく減っているため、全体の6割が女性軍人。

 陸軍が一方的に海軍を敵視している節が見受けられるが、そこまで問題視されていない。

 

 

 

・日本皇国陸軍

 日本皇国軍の大部分を構成している軍。主装備は小銃、戦車、自走砲、大砲、地対地・地対空・地対艦ミサイル、戦闘・輸送ヘリ等々。

 日本国内各地に駐屯地、基地があり、それぞれで担当地域の治安維持や寡兵、訓練を行っている。深海棲艦との戦争初期~中期までは離島防衛も行っていたが、帰還率が著しく低かった。このため、日本国内の男女比が若干偏っている。

 かつての大日本帝国陸軍、陸上自衛隊の時の良いところを集めに集めて体制を整えているため、士気・練度共に高い。

 第三方面軍第一連隊は陸軍内でも有名で、戦争中期に立案された小笠原諸島絶対防衛線にて西ノ島に駐屯。深海棲艦による大規模攻勢の際に、友軍残党を逃がすために西ノ島で孤軍奮闘をしている。このこともあり、陸軍は海軍に親しみを持つ一方で、深海棲艦に対して無気力であることを棚に上げて憎んでいるところもある。

 

 

 

・日本皇国海軍

 横須賀鎮守府等を保有する制海権保持のための軍。現在は兵自体がかなり少ない状態ではあるが、年間軍事費のおよそ6割を海軍が使っている。

 日本各地に点在する軍港等を艦娘たちに貸している状態であり、海軍でありながら海上戦力はほとんど保有していない状況。現在は横須賀海軍工廠に停泊している『かさばね型汎用護衛艦』3隻のみとなっている。主に海軍兵力の大部分が憲兵・海兵によって構成されている。

 一度は全ての戦闘艦を失っているが、現在は横須賀鎮守府の働きによる化石資源・鉱物資源の安定供給ルートのために、独自で保有する戦闘艦を量産中である。

 

 

 

・日本皇国空軍

 最も深海棲艦との戦闘を繰り返している軍。任務は領空の警戒等ではあるが、もっぱら深海棲艦の艦載機の迎撃が主任務になっている。そのため、横須賀鎮守府以外で最も深海棲艦との戦闘経験のある軍であると言える。

 装備は航空自衛隊の時の戦闘機を継承しており、更新も行っていない。ただ、F-4Jは全て退役している。

 航空教導団という対深海棲艦のエキスパート部隊が存在しているが、アグレッサー部隊のためにスクランブルはあまりない。その上、横須賀鎮守府防衛の命令が下っているため、最も深海棲艦による侵犯のあった北海道の新千歳基地から、羽田基地に異動している。

 

 

 

・大本営

 日本皇国軍総司令部とも云う。三軍全ての最上位に立つ、軍の頭脳。優秀な三軍の将官が集まっている他、陸海軍の憲兵隊が侵入者の取締を行っている。

 

 

 

・端島鎮守府

 横須賀鎮守府による海域奪還が行われていく中、頼らずに自らで資源を確保するために設置された鎮守府。かつて軍艦島と呼ばれていた島を改装して、海上の要塞としても機能する。

こちらは提督とは違い、元からこの世界に存在していた人間の軍人が提督として着任しており、艦娘も命令を素直に受けている。

 

 

 

・空軍羽田基地

 日本皇国軍の要請により設置された、横須賀鎮守府直掩部隊駐屯地。空軍の航空教導団が現在駐屯している。

 

 

 

・航空教導団

 羽田基地に駐屯する日本皇国空軍戦闘パイロットの最高峰が集められた部隊。アグレッサー部隊とも呼ぶ。

名称は他の航空隊の教導などを主任務としているように思われるが、基本的には深海棲艦の艦載機との航空戦及び艦隊への牽制を主任務としている。全国的に見ても、航空教導団のキルレシオは頭1つ飛び出ているどころの騒ぎではない程、深海棲艦艦載機との戦闘に慣れている部隊。

装備品はF-2、F-15J。国内でも状態の良い機体が集められている。

 現在は横須賀鎮守府の直掩部隊として活動しているが、基本的に出番はない。

 

 

 

・日本皇国

 深海棲艦による地球上の制海権奪取によって、米軍の度重なる敗戦により、現状からの脱出を図る国民の声が多数挙がる。その結果、日本国より天皇主権の君主制(天皇制)国家として国号を変更。その結果、日本皇国となった。

 物語開始時点、地球上で唯一深海棲艦に対して対等に戦っている国家の一つ。協力関係にある艦娘たちの恩恵によるもので、国内の食料自給率は安定しており、化石資源等以外の供給は問題なくなされている。化石資源の供給は、横須賀鎮守府艦隊司令部から払い下げられたものか、端島鎮守府が回収したものを供給している。平時よりも供給量が少ないため、ガソリンや鉄鋼の値段が異常に高くなっている。

 国内に有する兵力はおよそ30万。そのほとんどを陸軍が占めている。

 

 

 

・日本皇国海軍横須賀鎮守府航空隊

 横須賀鎮守府に設置されている航空隊。主に艦載機等を陸上運用するために設置されているものではあるが、艦載されない艦載機を運用しつつも、近海哨戒・迎撃戦を主任務としている。災害時には支援物資輸送等も引き受けている国内最大級の航空基地。

ありとあらゆる任務を引き受けることの出来るよう、航空機の種類は多くまた数も揃えている。

 名前から分かるように横須賀鎮守府隷下にある基地なので、その最上位決定権は提督にしか存在しておらず、大本営や天皇陛下からの勅命も無視するが、提督不在の際の有事に関しては海軍部長官:新瑞と天皇陛下による決定代行を受けることが義務付けられている。

 部隊認識に関しては、大まかには番号で識別しているが、部隊呼称に関してはそれぞれで決まった単語が宛がわれていることが多い。

基本、3桁で構成されている部隊番号でその部隊の特性を分けている。

3桁目:航空機の種類

一:艦上戦闘機―――艦これにて実装されている艦載機&独自設定により存在している艦載機:雷電改(雷電三二型)、Bf109T改二(T型からモーターカノンや各種装備・発動機の換装を行っている特別仕様)、Fw190T改二(Bf109T改二と同様。D型から艦載用に改造されたものも含む)

二:艦上爆撃機―――艦これにて実装されている艦載機&独自設定により存在している艦載機:Ju87D(D-3、D-5)

三:艦上攻撃機―――艦これにて実装されている艦載機

四:艦上偵察機―――艦これにて実装されている艦載機&独自設定により使われている艦載機:零戦二一・五二型

五:陸上単発戦闘機―――艦これにて実装されている戦闘機&独自設定により使われている戦闘機:一式戦闘機三型乙、三式戦闘機一型乙・丙、四式戦闘機一型甲(量産型)・乙、五式戦闘機

六:陸上双発戦闘機―――独自設定により使われている陸上双発戦闘機:二式複座戦闘機甲、乙、丙型

七:陸上爆撃・攻撃機―――独自設定により使われている陸上爆撃・攻撃機一式陸上攻撃機二二・三四型、富嶽(爆撃型)、B-25J

八:水上戦闘機―――艦これにて実装されている水上戦闘機

九:水上爆撃機―――艦これにて実装されている水上爆撃機&独自設定により使われている水上爆撃機:二式大艇一二型

2、1桁目:隊を分ける番号

 装備されている航空機等々は提督の進言により、史実とは異なる点があるものもある。無茶な改造がなされている航空機も少数存在しているため、実戦部隊に関しては戦闘に耐えうることが証明されているもののみが投入されている。

 

 

 

・一般配備

 航空母艦に配備されている艦載機群を航空隊とし、そこに通常配備されている艦載機を一般配備と呼ぶ。

基本的には艦上戦闘機、艦上爆撃機、艦上攻撃機、艦上偵察機で構成されているが、一部、特殊な装備を持っている航空母艦でしか運用できないものもいくつか存在している(例:Bf-109T改二、Fw-190T改二、Ju-87各種)。その為、これらと分けるために一般配備という分け方が為されるようなった。その他は特別配備(ドイツ機配備)と呼ばれている。

 また、ドイツ機に関してはその性能や運用特性、装備等々が一般配備とはかけ離れており、一般配備のみしかできない航空隊や空母の艦娘からはかなり羨ましがられている。時には貸してほしいと頼む艦娘もいるが、運用できるわけがない。

 

 

 

・アメリカ軍

 かつては『世界の警察』と言われていたアメリカの国軍。物語開始時点では、深海棲艦との激しい攻防戦によって保有する艦艇のほとんどを失っている。前々作にて唯一残っていた戦前建造の原子力空母ジョン・F・ケネディも西海岸を作戦行動中、深海棲艦の魚雷攻撃にて撃沈している。

それからというもの、戦時建造されたお世辞にも性能の良いとは言えない艦艇を生み出し、海軍力を付けていっている。その中には記念艦から徴用された近代化改修のなされたアイオワも存在している。

 それまでの国家方針で国内の治安安定の強化を務めていたため、現大統領の命令により、再び制海権奪回に乗り出している。

 4軍構成されているが、海兵隊は規模を縮小されているため、軍としての機能を果たせていない。陸軍は国内の治安維持武装警察扱いになっている。海軍は日本皇国海軍と同様に、軍事費の大部分を使っている。空軍もまた然り。

 海軍内部には腐った部分が多く、命令無視・独断専行等々が多発している。その為、軍上層部の安定化を図っており、半ば粛清に近い行為が大統領の命令によりFBIが行っている。

 

 

 

・アルフォンシーノ要塞

 北方海域にアメリカ軍が建造した半球状鉄筋コンクリート製巨大要塞。1つの島を丸々覆っているこの要塞は、深海棲艦の侵攻開始直後から建造開始がなされて完成した陸海空軍合同の唯一の外地にある基地。その大きさ・形状からオーパーツ扱いされているが、おそらく国内でパーツを作り、現地で組み立てを行ったものだとされている。

 要塞の武装のほとんどは陸軍砲兵隊が装備しているM110 203mm榴弾砲で構成されており、最大口径砲ではあるが、深海棲艦には威嚇程度にしかならない。内部にはサイロもあるが、稼働状態にはない。

 要塞に駐屯している部隊は歩兵が主で、基本的に個人が選択して志願した兵でしか構成されていない。その為士気は高く、犯罪発生率が0%に近い。

起きる犯罪のほとんどは窃盗ではあるが、殺人は起きない。

 舟艇用の開閉弁があるが、基本的に閉じたままになっており、物資等々は空輸にて行われている。ただし滑走路がないため、ヘリでのみ輸送が行われている。

 

 

 

―――――――

 

 

 

・強行偵察艦隊(2017/08/09)

 提督が指定している艦娘によって編成されている特別艦隊。基本的には解体されている状態であるが、必要に応じて編成、出撃命令が下される。

主な任務内容は攻略前の海域への予定航路の確認、敵情の確認、深海棲艦の数・編成・脅威度の調査を行う。やっていることは『威力偵察』のそれとはほとんど変わりない。

 編成は軽巡球磨、多摩、駆逐艦磯波が指定されている。

危険な任務ではあるが、今までは損傷艦や脱落艦が出たことはない。

 




最終更新日:2017/08/08


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第0章
prologue  はじめに


 初めましての方は初めまして。お久しぶりの方は、どうもお久しぶりです。しゅーがくです。

 今回連載を始めようとしている作品は、私が書いてきた『艦隊これくしょん 艦娘たちに呼ばれた提督の話』、『艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話』のハッピーエンドの続編になります。
本作より新規の方にも身構えずに読んでもらえるよう、設定や語句の説明等々は追々投稿しようと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。
ですが、今回のprologueの後にある「はじめに」というのはそのままの意味で、必要最低限の内容をここで補完していただく趣旨があります。お見逃しがないよう、よろしくお願いします。

 では、『艦隊これくしょん 艦娘たちと提督の話』を始めます。


 

 深海棲艦と人類の生存を賭けた戦争が発生してから、早数十年が過ぎていた。

戦争初期から刻一刻と時が過ぎていくのに連れて後退してゆく戦線。次々と寸断されていく補給路。絶たれた補給物資。深海棲艦と戦うために消費する武器・弾薬等々が満足に補充することが出来なくなっていき、更には食糧不足にまで陥った。

国内外がそんな状況である一方で、深海棲艦は無尽蔵に出現していた。それらによって、瞬く間に人類の生存圏を奪い尽くしていった。

圧倒的な物量差。今一つな通常兵器の威力。次々と撃破されていく各国海軍の艦隊……。

人類は絶望に突き落とされ、他国との貿易なしでは存命出来なくなっていた先進各国や、先進国からの"好意"で得られる食料やお金、インフラで生計を立てている発展途上国は滅びに瀕していた。

そんな世界情勢の中、ある極東の島国だけは数十年もの間、ずっと深海棲艦と対等に渡り合ってきていた。旧式艦艇で構成された艦隊を運用し、深海棲艦と互角に渡り合う国家が……。

 その国家は日本皇国。アメリカ合衆国に見放され、一時は完全に戦闘力を失っていた国ではあるが、その旧式艦隊で瞬く間に戦線を押し上げていった。日本近海、南西諸島海域、インド洋、千島・アルフォンシーノ方面の深海棲艦を制圧していった。

それは日本皇国だけが成し得たことであり、驚くべきはその艦隊を指揮しているのが年若き青年であることだった。

そしてその青年は、この絶望と滅び征く世界の人間ではないということ。他の平和な世界から来た異邦人であったことは、他の国には一切知られていない。

 そんな青年の指揮する艦隊は旧式艦ではあったが、決定的な違いがあった。

それは"艦娘"という存在があるということ。艦娘と呼ばれる旧式艦の艤装を手足のように操ることのできる特殊能力を持った少女たちによって、数多の海を青年は奪還していったのだ。

 その艦隊は何と呼ばれているのか? 人類史に終止符が打たれようとしていた時に現れた救世主たちの艦隊、それは日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部。

日本皇国、横須賀に拠点を構え、独立した指揮権を持った海軍基地だったのだ。

だがその横須賀鎮守府艦隊司令部は国内の敵対勢力によって戦闘不能状態に陥ることとなる。戦闘続行可能状態にまで立て直す間、取り戻した制海権は瞬く間に深海棲艦によって奪われていった。

そんな横須賀鎮守府は、どのような軌跡を辿っていくのだろうか……。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

「なぁ、赤城」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

 ここは日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部の敷地内にある本部棟。その最上階にある執務室。執務を行う部屋ではあるが、その本質は組織の首長のために用意されているものだ。

 

「何を作ってるんだ? 執務しているかと思えば、他ごとしているから見てみれば」

 

「これはですね、なんとなく作ってみたんですよ」

 

「あのなぁ……仕事しろよ。今は執務中なんだぞ? 赤城に割り振られた仕事はどうした?」

 

 ゲッと言いたそうに表情を歪めた、俺の目の前にいる女性の名前は赤城。世間一般的には『艦娘』と呼ばれている、第二次世界大戦・太平洋戦争初期に活躍した大日本帝国の正規空母の艤装を操る特殊能力を持った少女、ということに表向きではなっている。

実際のところ、艦娘がどういった存在なのかは分かっていない。研究機関に引き渡すこともなければ、しっかりとした出自を表す文献の1つも残っていないからだ。ただただ彼女たち艦娘が、深海棲艦との戦闘に必要不可欠な存在であることは分かっている。

 俺が怒ったことで、赤城は渋々執務に戻っていった。だが、作っていたものが俺の机の上に残されている。

それを俺は手に取り、どういうモノなのかを確認する。封筒で中には便箋で何かが書かれていた。

 

「ん? 『深海棲艦と人類の生存を賭けた戦争が発生してから、早数十年が過ぎていた。

戦争初期から刻一刻と時が過ぎていくのに連れて……』なんじゃこりゃ……」

 

 便箋に書かれていたものを読んでみるが、内容が予想していたのと全く違っていた。俺はてっきり大本営に出す上申書か何かだと思っていたんだけど……。

そんな内容を見た俺に気付いた赤城が、俺に向かって得意気に説明を始める。眉を吊り上げ、自信満々でだ。

 

「ナレーションですよ、ナレーション。物語を始めるならば、こういったものは必要でしょう?」

 

「ま、まぁ、確かにそうだけど……。え? 物語?」

 

「はいっ!!」

 

 表情を一切変えずに、赤城は腰に手を当てて説明を始めた。

 

「良いですか? 一度しか言いませんからね!!」

 

「お、おう」

 

「コホン……」

 

 咳ばらいをした赤城は、ドヤ顔で云うのだ。

 

「この物語はWeb小説投稿サイト『ハーメルン』様にて連載されている『艦隊これくしょん -艦これ-』の二次創作小説、『艦隊これくしょん 艦娘たちと提督の話』でお送りいたします」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 赤城の言い出したことが意味わからないんだけど……。それは置いておいて、赤城が説明をしてくれているので俺は黙って聞くことにする。

 

「これは前作『艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話』と前々作『艦隊これくしょん 艦娘たちに呼ばれた提督の話』の続編となっています。それまで私たちと提督が歩んできた軌跡と確率世界の一部でしたが、これが正規ルートです。前作のハッピーエンドからの話になっています。皆さん、お間違えのないようによろしくお願いします」

 

 聞いているの、俺だけだけどな。

 

「それと、今回からは空気感が変わると思います。今までは戦争自体が劣勢でしたし、何より敵が多すぎましたからね。今回からそのようなものも少なくなり、深海棲艦との戦争がメインになっていきますよ。前作なんて内ゲバしかやってませんでしたからねぇ」

 

 知ってる。報告書は逐一届いていたし、赤城たちが何をしていたのかも把握済みだ。

 

「そうは言っても、作者の意向には私たちは逆らえませんからね……。その辺は臨機応変に対応していくとしてですね」

 

 何か急にメタくなったぞ。大丈夫か? まだプロローグなんだが……。……あれ?

 

「ともかく話を始めろと言われていますので……」

 

 そういった赤城が、どこかを向いた。

俺もそれに釣られてそっちの方を見てしまう。

 

「では、皆さん!! よろしくお願いしますねっ!!」

 

「うぉい!! 俺には全っ然分からなかったんだがァ!!」

 

 そんな俺を無視した赤城の声に呼応するかのように、執務室の扉からぞろぞろの艦娘たちが入ってくる。

 

「はい。では説明をよろしくお願います」

 

「任せるネー!!」

 

 あれ? 俺は分かってないのに、他の艦娘たちもこの状況を分かっているのか?

金剛が話し始まる。

 

「始める前に注意点がいくつかあるカラ、それを把握していった状態で進んで欲しいネ」

 

 金剛が人差し指を立てて言う。

 

「まず1つ!! 時々本作にしかない特殊設定が登場するカラ、それには要注意!! 作者は新規の方でも読めるようにはすると言っていたケド、円滑に読むのなら予習をしておくと良いネー。前々作か前作を読んでおくといいかもしれマセン。文字数多いケド」

 

 今度は中指を立てた。

 

「新規独立二次創作小説ではなく前作・前々作の続編という形を取っているノデ、展開が特殊だったり、オリジナルの登場人物が多数現れるから要注意ネ!! 基本的には説明が書かれると思うカラ、大丈夫だとは思いマース!!」

 

 次は薬指を立てた。

 

「私たち艦娘の登場が極端に減る話が多く出てくる可能性がありマース。それは艦これ二次創作小説としてどうなんだーっていうのも分りマスガ、世界観的に仕方ないのデース!! 恨むなら作者を恨むが良いデース!!」

 

 小指を立てた。

 

「最後っ!! 今回は単一正規ルートでエンディングを迎える予定デース!! そこの貴方っ!! 後味最悪なバッドエンドじゃないかって思ったデショー? それは最後のお楽しみにっ!!」

 

 スッと長門が今度は喋りに入ってきた。

 

「とまぁ、金剛が注意をしてくれた訳だが、この物語に終始付き纏う特殊設定だけは説明しておこうと思う」

 

 ……なんだ。見慣れない恰好をしているな、長門。

 

「『提督への執着』という私たち独自の反射行動がある。これは『私たちの提督、提督の身に危険が迫っていたりだとか、自身が敵意を向けた相手の気配を私たち艦娘が察知し、それに伴い人格が豹変する』というものだ。言い換えるならば"提督に対する保護欲"とも云う、一種の共通意識みたいなものだ。それに伴い、特定の艦娘には付加能力が備わっていたりする。よく覚えていて欲しい」

 

 ドヤ顔で言っているけどなぁ、俺は知ってるんだが……。

 

「これは"横須賀鎮守府艦隊司令部の艦娘"にのみあるもので、他の所属の艦娘にはないものだ。区別して欲しい」

 

 ……長門が黙ったかと思ったら、鈴谷が今度は出てきたな。

 

「あと私たちのことも、ある程度提督や他の人間たちとの関係などが書かれると思うし、前作・前々作から引き継がない小さな設定があるけど、その辺りは見れば分かるからよろしくねぇ~」

 

 ん? 鈴谷……いつもジャケットの前って開けてたっけ?

 

「それとさぁ、色々あって鎮守府に新規進水した艦娘たちがいっぱいいるからよろしくね!!」

 

 今の情報、絶対俺に向かっての情報だっただろ……。

 

「という訳でっ!!」

 

 え? 何、いきなり。

 

「「「「以上、注意書きでしたぁー!!」」」」

 

 と言って、長門と金剛、鈴谷は執務室から出て行ってしまい、赤城も執務に戻っていってしまった。

今のやつは一体なんだったんだろうか。というかだな……

 

「……俺への説明は? なぁ赤城?」

 

「……」

 

「無視するなよ……」

 

 当の俺が何も分かっていないんだが……。

 




 prologueは以上となります。今回より前作・前々作との相違点を作中には言いませんでしたが、報告しておきます。
今回からまた、主人公の名前は伏せていこうと思います。その辺り、少々違和感を持たれる方もいらっしゃると思いますが、どうぞよろしくお願いします。
 作中ではさも当然のように、前作では今まで隠してきた設定もサラッと出します。
これまではギッチギチな内容でしたが、今回からは柔軟性と共に理解を深めて欲しいという意味合いも込めて、一応設定資料等も投稿する予定です(重要だから2回目)。

 それでは皆さん、よろしくお願いします。


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第1章  南西諸島海域(台湾~東南アジア方面)
prologue  戦端


 先日のプロローグは、本編の方のではなかったので、今回のものが本編のプロローグになります。それと、基本的に一人称視点で物語を進行させますが、今回に限り、三人称視点になります。

 では、本編の開始です。


 緊張感に包まれているここは日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部。その敷地内にある、作戦中に指揮官が部隊の指揮を執るために設置されている司令部施設である地下司令部では指示を下し続けている若すぎる青年将校が居た。ここに将校が居るということは現在作戦行動中であり、戦闘中であることを示している。

将校は黙っているが、その他はリアルタイムで戦況報告や部隊の状況を知らせていた。

 

「攻略艦隊が敵艦隊に突入ッ!!」

 

「駆逐艦 深雪被弾ッ!! しかし損害軽微!!」

 

「攻撃隊損耗率1割。未だ敵航空隊の存在を認めず。損害は対空砲火によるもののみ」

 

「砲弾残弾数80%、着弾数8%!!」

 

 戦域情報を纏めて上げられる声を、将校は全て汲み取り、命令を下した。

 

「攻撃隊の敵艦隊上空到達はまだか」

 

「既に降下態勢に入っていますが、高度が若干低いようです」

 

「攻撃隊に緩降下爆撃を行うように伝達。同時に護衛戦闘機隊も降下開始。増槽を棄て、対空砲火の牽制に当たれ。攻略艦隊はそのまま突撃を続行し、砲撃による敵艦隊撃滅を最優先せよ」

 

「了解」

 

 状況報告に負けじと声を出しつつも、落ち着きのある声で命令を下した。

 

「この海域を再び我らが突き進む平和への橋頭保とする。ただし、誰一人欠けることは絶対に許さない。何があっても、何がなんでも帰ってこい!!」

 

 将校は攻略艦隊に繋がる無線送受信機のヘッドセットに向かって、そうハッキリと口に出した。

そしてこう続けたのだ。

 

「まぁ、ここで誰かが欠けるなんてことはないだろう」

 

 将校の手元に置いてある作戦指令書に目を落とした。

現在攻略艦隊が出撃しているのは日本近海から台湾を通るために抑えなければならない南西諸島北部。この海域に出没する人類の敵、深海棲艦は前衛艦隊を展開している。編成は軽巡を筆頭とした水雷戦隊。対する将校が派遣している艦隊は―――旗艦に航空母艦 飛鷹を据えた機動部隊。編成は飛鷹、隼鷹、神通、吹雪、白雪、深雪。

旗艦が保有する航空隊の練度は将校の指揮下にある航空隊の中でも割と低い。だがそんな練度の航空隊であっても、将校はこの海域を制圧するには十分な練度であると考えていた。経験不足であるならば、実戦にて培うしか方法はない。そう考え、投入するに至ったのだ。

 真剣な表情で刻一刻と変化していく画面に映る戦域の略図を睨み、どう戦況が動いていくのかを先読む。

そして起こるであろう事柄への布石を行うのだ。

 

「通信妖精」

 

「はッ」

 

「大本営に連絡を」

 

 軍の一司令部、しかも作戦行動中にも関わらず、将校は"妖精"という単語を出した。理由は簡単だ。ここ地下司令部に居る人間はただ一人、作戦総指揮を行っている将校ただ一人だけなのだ。それ以外はおよそ15cmほどの二頭身の小人しかいない。これには深い理由があるが、ただ言えることは他の人間には務まらないことだということくらいだ。

 通信妖精と呼ばれた妖精は戦域情報を伝えている妖精たちとは別で、作戦行動中にはすることが無く、暇をしていた部門だ。

 地下司令部ではそれぞれ妖精たちは担当任務が与えられていた。戦域情報を管理・報告・伝達を行う戦域担当妖精、鎮守府内への緊急放送等を行う伝令妖精、鎮守府外へ緊急連絡等を行う通信妖精が居る。それ以外にも担当任務や部門が与えられている妖精は数多く存在しているが、この地下司令部に居る最低限の妖精はその3つの役職を持つ妖精のみとなっている。

 

「横須賀鎮守府です。海軍部長官執務室へ」

 

 通信妖精が大本営に連絡を入れ始めたのを確認し、将校は通信妖精から受話器を受け取る。

 

『海軍部の新瑞だ』

 

「横須賀鎮守府艦隊司令部の……」

 

頭3文字(横須賀)を訊けば誰だか分かる。……要件は?』

 

「現時刻を以て、日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部(横須賀鎮守府)は"再び"大海を人類の手に取り戻すべく、燃え上がる魂を糧に一歩を踏み出します」

 

『……そうか』

 

「はい」

 

『……すまないな』

 

「それは聞き飽きましたよ、新瑞さん」

 

『あぁ、言い飽きるほど言っているからな。……だが、本当に」

 

「よしてください。聞き飽きました」

 

『そうだな』

 

「……俺はもう"異邦人"なんかじゃないです」

 

『……』

 

「何をするにも、深海棲艦を駆逐しなければ何も出来ません。ですから俺と日本皇国は一心同体です」

 

『……』

 

「俺はここに××(××××)のために日本皇国から地位を」

 

私たち(日本皇国海軍)は日本皇国存続のためにキミ(青年将校)から(戦力)(資源)を』

 

 刹那、戦域情報妖精が叫ぶ。

 

「南西諸島沖に存在する敵深海棲艦の艦隊の殲滅を確認ッ!!」

 

 将校は口元がにやけそうになるのを堪え、先ずは地下司令部の妖精に労いの言葉をかける。

 

「作戦終了だ。攻略艦隊に撤退命令。現刻を以て、針路反転。横須賀鎮守府へ帰投せよ。合わせて入渠場に連絡。損傷艦受け入れドックを開き、帰還次第すぐに修理の出来る態勢を整えておけ」

 

 そして受話器を再び耳に当てる。

 

「俺たちは再び一歩を進めました。南西諸島沖の制圧が完了しました」

 

『ご苦労』

 

「それも聞き飽きることになるでしょうね」

 

『はっはっはっ!! 違いない!!』

 

「……では、私はこれから慰労会の準備がありますので」

 

『いいな。私も是非にお暇したいところではあるが、これから忙しくなりそうだ』

 

「えぇ、そうでしょう。日本皇国政府と天皇陛下への報告、各報道機関への情報のリークと統制、各軍への緊急報告……それ以上は思いつきませんでしたが、仕事が一気に増えましたね」

 

『あぁ。それまでの一番"重い"仕事はキミに任せてしまっているからな』

 

「良いんですよ。今のところ、俺にしかできないことです」

 

『そうだな。……作戦成功おめでとう。これからの奮戦に期待する』

 

「はッ。ご期待ください」

 

 将校は受話器を通信妖精に渡し、少し騒々しい地下司令部で声を挙げた。

 

「攻略艦隊が帰ってきたら慰労会だ!! 美味い物いっぱい食うぞーー!!」

 

「「「「「「おおぉぉぉぉ!!」」」」」」

 

 妖精たちが興奮した様子で顔を綻ばせているので、将官は喝を入れた。ここで終わりではないからだ。

 

「だがまだまだ俺たちの仕事は続く。気を抜かないように、最後までやり遂げる」

 

「そうですね。私たちが目指すものは……」

 

「深海棲艦から海を開放し、平和な世界を取り戻すッ!!」

 

 将校は拳を作り、声を張って宣言した。

そう。この将校が、横須賀鎮守府艦隊司令部の提督。階級は中将に当たる。

これから続く物語は、彼、提督とその仲間たちが歩んだ軌跡である。

 

 




 いよいよ話が始まります。前話(prologue はじめに)を読んだ方はかなり違和感を持たれると思いますが、まぁ……こういう落差が頻繁に起きると思います。ただし、今回だけ三人称視点ですけどね……。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第1話  資源確保

 本日より、本編の開始です。それと同時に設定を投稿します。
今までは内容から読み取らなければならなかった設定も起こしてありますし、今後も必要に応じて投稿して行こうと思います。




 満開だった桜も散り始めた頃、"今まであったこと"を思い返しては己の無能さや非力さを嘆いてきた。もっと力があれば、もっと頭が良ければ、もっと己を強く持つことが出来れば……。

考えて、考えて、考えて……それでも結局"それが無意味"だと悟った。

それさえも必要とせず、ただ己が意思を赴くまま突き進む。これまでの行動の結果を棄て、戦術的思考を放棄する。人が生まれ持つ直感を信じて進むのみ。それでも駄目だと悟ったならばどうするべきか……。

 

「こうするんだよォ!!」

 

 パチンッ。

 それにより混乱する戦場。こちらの状況など知らない相手は、突然起きた小さな事象に困惑する。

大局を見直し、飛び交う号令がピタリと止む。大局を見ているのだろうか……。

 

「あぁん!! ひどいですっ!!」

 

 目の前で長い黒髪を揺らしてわたわたと慌てている女性。厳密に言えば同年代ではあるが、ハッキリとは分からない。

名前は赤城という。正しくは『赤城型航空母艦 赤城』なんだけどな。艦娘と呼ばれる『特異的な能力を持つ少女』ということにはなっているが、その辺りははっきりしていない。ただ分かっていることは、艤装と呼ばれる軍艦を手足のように扱えることと、それを自分の身に纏わせることができること。歳を取らないことくらいだ。

まぁ、そんなことは気にしても仕方がない。誰も気にしていないからな。

 

「いきなり戦術を変えて……ッ!! 今までのワンパターンな行動は一体なんだったんですか?!」

 

「知らない!!」

 

 そんな彼女と俺は将棋をしている。

 どこでしているのかというと仕事部屋。俺が普段執務をしている執務室に置かれている、少し年季の入ったいい味を出している革のソファーに座り、机の上に将棋盤を置いている。

盤上での戦況はというと、俺の王将の駒が赤城の敵陣に浸透侵入している兵に囲まれている状況。自ら歩を前線に出さずに一点突破を狙ったツケが今来ているのだ。飛車と角行は既に赤城の手に堕ちている。左翼の後衛、銀将も陥落。

 

「ですが提督、こちらが優勢なんです!! 既にこの戦は私の手に落ちています!! ご覚悟を!!」

 

 パチンッ。

 赤城が駒を進める。今の手で王手がなされた。絶体絶命だ。こちらから手持ちの駒を出しても王手をかけられない上、王将の周囲には防御を固めた他の駒で移動できない状況。王手を取っている赤城の竜馬(角行の成り)を奪っても良いが、その背後には竜王(飛車の成り)が待機している。防御を崩しても良いが、その隙間を狙って次の赤城の手で再び王手になる。

完全に詰みだった。

 

「参った……」

 

「え? 今何と?」

 

 楽し気な表情で、赤城は耳に手を当てて聞いてくる。

 

「参った。もう手が打てない。ここから足掻いても仕方ない上に、竜馬を取って竜王に駆られるのは格好悪いからな」

 

 そういうと赤城は立ち上がり、ニコニコと笑う。

 

「ふふん!! 勝ちました!! やったー!!」

 

 暇だとずっと言っていたから『将棋でもやろうか』と提案したらこのザマだったのだ。しかも赤城はルールをよく知らない状態からスタート。駒の動かし方だけを教えたらもうこの調子だったのだ。

赤城の手を読めずに俺の常套手段の攻め手(型としてはない)を取ったら、それを逆手に取られたのだ。

 得意気な表情で喜ぶ赤城を見て、俺は悔しいとは思うがそこまでだった。楽しかった。こうやって誰かと何かをして遊ぶ、ということもほとんどなかったからな……。

この世界に来て、俺はずっと深海棲艦との戦争に目を向けていた。国内の世論や暗躍する敵対組織に注意していた。ただそれだけをこなし、それ以外は本を読んだり勉強をしたりなどをしていた。どれも独りで出来ることだ。

だからこうやって誰かと遊ぶのが楽しいことだったなんてな……。いやまぁ、ちょくちょく遊んでいるとは思うけど。グラウンドで。……まぁ、それとは違う室内での遊びって意味で、だ。それにそれも"この世界"に来て数か月の"何も知らない時"の話だ。それからはずっと、ずっと、ずっと、俺は何かと戦っていた。それは1つではなくて、色々な相手と。だがそれも、もう過去の話だ。

 

「結構時間を潰しましたね。そろそろお昼に行きますか?」

 

「ん? それもそうだな。時間にもなったし」

 

 赤城のその声に反応し、俺は部屋の壁に掛けられている時計を確認する。時間は午前11時57分。もう少ししたら昼食の時間だ。

 机に出されたままの将棋盤と駒を片付け、俺たちは執務室を後にする。向かう先は食堂だ。

『今日のお昼は何でしょうね』と、赤城と話しながら道中を過ごす。

そう遠くない食堂までの道のり、他の艦娘たちに混じりながら向かっていくと、だんだんと食欲を掻き立てるようないい匂いが漂ってくる。発生源はもちろん食堂だ。

 

「お昼ご飯を食べた後はどうしますか?」

 

 もうすぐ食堂に着くというタイミングで、赤城が不意にそんなことを聞いてきた。

俺は"いつも通り"、特に考えていない。何かあるというのならば、それを優先しよう。

 

「特には。いつものように読書か勉強。何かあればそっちを優先だ」

 

「ならば提督、重要案件があります」

 

 何だ? 俺の知らないところで何か起きているのだろうか。

 そんなことを言われたが、この後赤城はこの話題に一切触れなかった。

今起きているであろうことを想像しながら、俺は昼ご飯を食べる。いつも食べている間宮のご飯だが、今日も美味しい。絶妙なさじ加減で味が整えられているのだ。何というか、もうプロの域だ。プロ。料理人として、どっかの料亭でもフレンチでも中華でも是非にと雇ってもらえそうなレベルだ。

とは考えるものの、本人に対してそんな風に言ったことはなかった。ただただ『美味しかった』と言うだけ。きっとこれだけでも気持ちは伝わるだろうからな。

 結局赤城が何を重要案件としているのかを考えていたのに、間宮のご飯ですっかり忘れてしまっていた。

食べ終わるのと同時にそのことを思い出し、俺はまだ横で食べている赤城を視界の端に入れながらテレビを眺める。

 今見ているのは昼の報道番組だ。話題としては最近巷で話題のスイーツ、商店街、ファッション。婦人向けの内容で固められている。

こういう時間にテレビを観ているのが専業主婦をしている女性が多いことから、そういう層を狙った内容になっているのだ。小さい頃は不思議に思っていたことだったが、今となっては分かることも多い。少し考えるだけで、普段不思議に思っていることの解が見つかることなんて珍しいものではない。このテレビのことだってそうだ。

そんなことを考えていると、どうやら赤城も昼食を食べ終わったみたいだ。俺と同じようにテレビを眺め始めたのだ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 赤城に重要案件があると言われてから、昼食はいつものように食べることができなかった。昼食が終わって執務室に戻るなり、赤城が例の件について話をするとのこと。

俺と赤城はソファーに腰を沈め、向かいあった形で話をすることとなった。

 正面の赤城が緊張した面持ちで、俺の顔をジーッと見ること10秒。やっとその重要案件に関して、俺は聞くこととなる。

 

「重要案件とは……」

 

 少し溜める赤城をせかすことはせず、俺は黙って聞く。

 

「南西諸島沖の制海権を確保したことによって、私たちは再び海を暴れまわることになりましたよね?」

 

「確かにこれを橋頭保に再奪還をする予定ではあるけど……というか、海を暴れるって」

 

 言い方に少し反応してしまったが、今はそこが重要ではない。赤城から伝えられる重要案件が一番重要なのだ。

もしかしたら俺が気付いていないところで、赤城だけが気付いていることがあるのかもしれない。それを重く受け止めた赤城が俺に『重要案件』という言葉を使ったのだと考えた。

 

「それで考えたんです。私たちの現状を。そうしたら……」

 

「そうしたら?」

 

 少し溜めた赤城が目をカッと開いて言ったのだ。

 

「このままでは資源が底を尽きますッ!!」

 

 俺はその言葉を聞くなり立ち上がり、椅子に座った。そんな俺の行動見て、赤城はドヤ顔をしている。

何だか負けた気分になるから、俺は一言言うことにした。

 

「それは俺が帰ってきた時に報告していたじゃないか。自分自身で」

 

「え?」

 

 そう。俺が療養もとい隠居治療をして戻ってきた日の次の日、赤城が長門や鈴谷、金剛と共に報告に来ていたのだ。鎮守府にたんまり溜めていた備蓄資源を大本営経由で民間に売りさばいた、と。その辺りの説明はどうも曖昧だったからよく分からなかったが、別に俺はそのことを怒ったりはしなかった。状況を鑑みれば……普通のことだったと考えるべきだろう。

 

「しかももう手を打ってある。今日から日本皇国内にある資源各種の残りを確認して、大本営経由で買い上げる予定だ。幸いにも、我横須賀鎮守府の財政は潤っているからな」

 

 と言って、俺はピラピラと書類を振る。それを赤城に渡して、俺は肘を突いた。一方赤城はというと、俺から受け取った書類に目を落として、見慣れた表情にみるみる変わっていく。

そう。赤城は超が付くほどのうっかりさんなのだ。これが色々な場面に響く上、艦娘たちから絶大な信頼を寄せている赤城ではあるが、信用は点で無いのだ。本当に残念な子……。

 

「あっ……あの……」

 

「ん?」

 

 そう声を震わせながら、赤城は俺にあるものを差し出した。それは書類だ。

内容を確認すると、どうやら大本営経由で国内にある資源を少し買い付けをする趣旨の内容だ。ちなみに書類と言ったが、正式書類じゃない。便箋に手書きで書いてある。ということはつまり、直接大本営にいる海軍部長官の新瑞(あらたま)さんか総督にでも頼むつもりだったんだろう。そしてあることに気が付いた。

もしそれが郵送前のものだったのなら、封筒に入れているはずだ。だが赤城はこれをペラッと出しただけ。

俺は恐る恐る聞いてみた。

 

「赤城」

 

「は、はい……」

 

「これって、もしかして……」

 

「……下書きです」

 

 あぁ……完全にやらかしている。もう最後まで聞かなくても分かる。下書きしかないのだとしたら、清書されているものがあるはず。そして下書きが必要なくなったから、こんな風にしてペラッとどこからともなく出せるのだろう。

ということはつまり……。

 

「どっちで出した?」

 

「速達です」

 

 てへっ、と言いたげな仕草をした赤城に、俺は心底脱力した。話しも電話口で付けてあったし、その手続きも始めていることだろう。そんなところに速達で赤城から郵便が届くなんて……。

俺は頭を掻いた。赤城のうっかりさんは健在だ。しかも以前よりも猛威を振るっている。

大きなため息をついて、俺は赤城に言った。

 

「本当にうっかりさんだ……」

 

「すみませぇん」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 赤城の出した郵便は結局新瑞さんの手まで渡ってしまい、その直後に俺から正式書類が郵送されてきたものだから混乱したそうだ。俺に電話口でそう言っていたから確かだろう。

 結局、資源の方は目途が立った。国内にある必要最低限分を残して石油と鋼材、ボーキサイトを抑えることに成功。弾薬はそもそも使うところがないので、丸々残っていた。それらが送られてくるのは数日後らしい。そして、あることを新瑞さんから聞くこととなる。

 

『端島鎮守府の再稼働が決まった。これまでは資源がなく、活動が出来なかったが、九州方面の生き残っている船で船団を形成、無傷で到着。積み荷を降ろすことができたらしい。これによって、時間は掛かるが支援の出来る態勢を取ると連絡を受けている』

 

 その言葉に少し引っ掛かりがあるが、端島鎮守府なら仕方のないことだろう。

ここは日本皇国内に存在する、俺以外が指揮を執っている鎮守府。それでも戦闘力はまるでなく、横須賀鎮守府から派遣した水雷戦隊と端島鎮守府の主力部隊をぶつけてもこちらが余裕で勝ってしまうほどに差があるのだ。そのようなところであるが故に、主な任務を海運としている。資源を調達できる要衝と端島鎮守府を経由して呉に運び込み、国内に循環させることが主任務となっている。その為、駆逐艦や軽巡が多く活躍しているらしい。大型艦は何もできないのだとか……。

 俺はその話を訊き、返事を返した。

あまり干渉することのほどでもないからだ。

 

「分かりました。心に留めておきます」

 

『あぁ、頼んだ』

 

 そう返事をした新瑞さんと電話を終えた。もう要件は終わりだったみたいだ。

俺としても話しておかなければならないことは、今のところなかったからな。

 近くで腰を下ろしている赤城に、俺はあることを伝える。

今回の件だ。

 

「一応話は付いた」

 

「本当ですか?」

 

「無事に処理されて、もう数日後には到着するらしい」

 

「そうですか……よかった……」

 

「あぁ」

 

 俺はそう言って立ち上がる。これで執務は終わりだからだ。緊急の要件がない限り、俺の仕事は朝のうちに終わらせているからな。

それはいつものことだし、これからもそうだ。

 

「赤城」

 

「はい」

 

 そんな俺は赤城に声を掛ける。赤城も秘書艦としての仕事は終わっているからな。

 

「何か、甘いものでも食べに行くか」

 

「良いですね!! 行きます!!」

 

 俺は財布を手に取り、赤城と共に執務室を後にする。

向かうところは……どこでも良い。ただ、鎮守府からは出られないな。そういう決まりになっているからだ。それでも赤城は一度出たことがあるし、他にも出たことのある艦娘がいる。俺はというと、立場が立場ということで、護衛が必要みたいだ。あまり目立たない程度の護衛と一緒に買い物に出掛けることはある。それでも、あまり外に出る回数は少ないな。

……なんだかネオニートみたいで嫌だけど、そんなこと気にしてなんていられないな。

 




 次回からは少し投稿が遅れ気味になっていきます。それに、上から下まで結構激しい動きをすると思いますので、ご注意ください。
 ちなみに、ここからは一人称視点で物語を書いていきます。内容によっては提督視点での本文にならない可能性もありますので、よろしくお願いします。
 
 ご意見ご感想お待ちしています。


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第2話  南西諸島北海域制圧作戦草案


※注1 『アメリカ西海岸沿岸の制圧』

 『艦隊これくしょん 艦娘たちに呼ばれた提督の話』 第百六十二話『FF作戦①』以降『FF作戦』より―――

・アメリカ海軍主導のアリューシャンからクイーン・シャーロット諸島、チャネル諸島、カリフォルニア半島を深海棲艦を排除しながら往復する形ばかりの掃討作戦。
米海軍は戦前唯一の原子力空母やその他艦艇を多く失い、端島鎮守府派遣艦隊の航空隊や水上戦闘艦の練度不足が露呈した作戦。


 

 目の前にある資材の問題は解消され、俺は早速南西諸島への再進出を検討し始めていた。本来ならば国内で消費される筈だった資材たち、それを半ば徴用の形で接収した俺は、一刻も早く資材供給の目途を立てなければならない。誰に言われる訳でもないが、勝手に俺はそう感じていた。

 行動に移す前に、先ずしなければならないことがある。

再度攻略に乗り出すに当たって、俺は大本営・政府からあることを言われていた。それは『該当海域の国家との外交を同時進行で行う』だった。俺が銃撃を受け、軍病院に収容されるまでは、言い方は悪いが俺が好き勝手に海域開放を行っていた。それを今回からの海域攻略に乗り出すこととなったので、滞っていた外交も進めることとなったのだ。

現状の確認を取るが、現在こちらに制海権がある海域は日本皇国領海、経済水域、日本皇国近海と呼ばれる海域と、鹿児島・長崎から沖縄の先まで続いている南西諸島海域北部だ。ここまでは一応、日本皇国の領海及び公海に該当する海域ではあったが、この先は台湾やフィリピン等々の東南アジアに突入することになる。今までは完全に無視していた外交ではあるが、今回より解放した先々で隣接している国家と外交を行う方針を取ったのだ。

つまり何が言いたいのかというと、海域への侵攻作戦を行う度に周辺海域の掃討等を行い、空海路で外国にアプローチをかけるとのこと。それに伴い、目に見えて深海棲艦掃討は時間の掛かるであろうものになってしまったのだ。一応、政府からは『横須賀鎮守府の歩調に合わせ、我々も外交を行う』ということになってはいるんだがな……。

 溜息を吐きながら、俺は作戦草案を考えていた。そして今回はおそらく台湾との外交が始まるのではないか、と俺は睨んでいた。

一応、前回南西諸島を取った後、台湾海軍とコンタクトを取ってはいたが、オフレコな上に大本営が勝手にやったことだった。国としての接触ではなかったので、今回の作戦が成功した暁には、台湾との外交関係を構築することとなっていたのだ。

 

「……お疲れのようですね」

 

「あぁ。本当にな」

 

 今日の秘書艦、榛名は俺の表情を読み取ってそんなことを言う。表情というか、多分溜息で咄嗟にそういう風に言葉を掛けてきたのだろう。

 

「今回からは政府も付いて回りますから……私たちの調子で進めれれば良いんですけど」

 

「今回も俺たちの歩調は変わらないぞ」

 

 どうやら榛名は俺が政府と足並みを揃えていく、と考えていたみたいだな。だが、残念ながらそれは必要に応じて一方的に無視するつもりだ。確かに外交は大切だ。だがそれで、日本皇国は何を損するというのだろうか。日本国だった頃、外国に頼っていた食料も頼る必要は無くなった上に、労働力も現在では飽和している。古臭い慣習が無くなり、現在では効率的な経済循環がなされているというではないか。国単体でも一応、存続は可能であると評価できる。

とはいえ、強制的鎖国状態が長らく続いてから、外交を行うようになってからの世界情勢は分からないところが多くなるだろう。グローバリゼーション云々とは言われていたそうだが、国際交流が回復した時に果たして『グローバリゼーション』がどのように形を変化させる等分かったものではない。

 俺はそんなことを考えつつ、榛名の言葉に返答を続ける。

 

「戦って、生きて、笑って……それだけだ」

 

「……はいっ」

 

 それで納得したのかよ……。俺的にも意味不明だったと思うんだが……。

 それはそうと、作戦草案を完成させて、具体的な作戦書を作成しなければならないな。南西諸島海域制圧など前哨戦に過ぎない。それからが大変なのだ。

俺は自分にそう言い聞かせて、作戦を煮詰めていく。

 次は資材輸送船団が航路とする海域の確保だ。とは言っても、南西諸島までの航路ではあるんだけどな。それ以降は最深部を攻略した後に作ればいいと思う。

それに乗じて、台湾周辺の海域も抑えることになるだろう。

これで方針は確定だ。南西諸島までの橋頭保を確保しているが、それを台湾まで押し広げる。これを軸に作戦を考案しないといけない。

 

「……なるほど。南西諸島北部から押し広げる、そういうことですね」

 

「よく分かったな」

 

「見ればなんとなく、ですが……。南西諸島に入るには台湾の東西のどちらかを航行するのが良いですからね。今回の立案なさっている作戦だと……台湾周辺の海域を確保する、ってことですか」

 

「あぁ。そのまま台湾から南方に進んでいくつもりだ」

 

 フムフムと顎に指をあてて、榛名は眉を潜めて俺の書いている作戦草案を覗き込んでいた。真剣に覗き込んでいるその姿は、何というか真面目な榛名だからそこなのだろう。かなり前のめりになっているものだから……。

 

「は、榛名?」

 

「はい?」

 

「ちょーっと頼まれてくれないか?」

 

 首を傾げる榛名に、俺はあることを頼むことにした。

今回の作戦ではそこまで重要ではないが、後に必要になる可能性のある事柄の対処を行うための情報収集だ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 作戦草案から具体的な作戦案を作成。そこから裏付けのために榛名に頼んでいたことを始めていた。

時刻は昼前。俺の目の前には榛名の他に3人の艦娘が居る。その表情は引き締まってはいないが、緩んでもいない。いつも通りの表情だ。

 

「球磨たちが呼ばれたということは、そういうことクマ?」

 

「ニャー」

 

「だと思いますよ」

 

 軽巡球磨、多摩、吹雪型駆逐艦 磯波。本来ならば遠征として出すものだが、これまでずっとこうして来ている。それに彼女たちにこの仕事を任せているのはいつものことだ。

それに行先も察しているようだしな。言質を取って出撃するだけ、既に準備は整っているようにも見える。

 

「"強行偵察艦隊"はこれより南西諸島北部に向けて強行偵察を実施してもらう。目的は台湾周辺に蔓延っている深海棲艦の数・編成・脅威度の確認。戦闘はなるべく避けてくれ」

 

 強行偵察艦隊。俺がここに着任してからずっと、海域攻略に乗り出す前には必ずこの3人が予定航路を確認し、偵察。敵情を確認、情報を持ち帰る任務を任せていた。

任務の重要性や危険度からしてみても、かなり危険な任務ではあるが、彼女たちは失敗した試しがない。かといって絶対的な信用をしていても後で痛い目を見ることは明らかだった。だがそれでも、未経験の艦隊に偵察任務を任せても彼女たちほど上手くやってのける保証はない。

俺は3人に命令を下し、指令書を渡す。内容は俺が読み上げているから理解しているだろうし、彼女たちに見てもらうのは指令書と一緒に渡した予定航路図くらいだ。これで全ての情報を集めてきてもらう。

 

「了解したクマ」

 

「近い遠足にゃ」

 

「お任せくださいっ!!」

 

 それぞれ返事、意気込みをして退出していく。これからすぐに出撃し、情報収集任務にあたることだろう。

俺はすぐさま榛名に次の指示を出す。

 

「攻略艦隊、偽装遠征艦隊はもう編成してあるからこれを見てすぐに該当艦娘へ伝達。兵装・艦載機の積み下ろし作業を進めておいてくれ」

 

「了解しました」

 

「それと金剛と妙高に出頭命令だ」

 

「はい」

 

 榛名が書類を持って執務室から出ていくのを確認した俺は、机の上に置いてある固定電話の受話器を取った。

電話をかける先は大本営海軍部長官の新瑞だ。本当に電話することが多くなったな、と俺は考えつつもコール音を聞く。

 

『はい。こちら大本営海軍部』

 

「日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部 天色です。長官はいらっしゃいますか?」

 

『はい。少々お待ちください』

 

 呼び出し音が鳴る。いつも深くは考えないが、何の曲だろうか。電話の製造会社によって違うのは分かるんだがな。

そうこうしていると、受話器を取ったのか呼び出し音が切れる。

 

『海軍部の新瑞だ』

 

「天色です」

 

『おぉ、天色中将か』

 

 少し間を置いた新瑞さんは、落ち着いた声で言った。

 

『要件を聴こう』

 

「本日より南西諸島北部からフィリピン方面に抜ける航路の制海権を確保する準備に入りました」

 

『分かった。政府と陛下には私が伝えよう。それで、危急の要件は……外交官か?』

 

「はい。それについて事前にお聞きしたいことがあります」

 

 当日とか近づいてから言われても、慌てて準備を始めたりしてバタバタするのは嫌だからな。

最初に聞いておけば、こっちでそれなりに準備をしておけるだろうし。

 

「使節団を派遣される、またはあちらから派遣されるのでしたら、移動の際にはどのような対応を?」

 

 そう訊くと、新瑞さんは少し唸って考え始める。多分だが、航空機での移動は無理だ。それはもちろん深海棲艦に理由がある。

深海棲艦の艦載機または陸上基地から飛び立つ航空機には、恐らくだが高々度戦闘機が配備されている。一応前例はある上に、"イレギュラー"のことも考えると配備されていないと考える方がおかしな話だ。

となるとおのずと海上移動か、航空機編隊による低空飛行になるかどちらかになるだろう。ここまでは俺も分っている。だが、どうなるのかは新瑞さんや台湾の使節団による。今のうちにどちらになる可能性があるのかを、俺の方で用意しておく必要があるのだ。

 

『恐らくだが、こちらから出向くことになるだろう』

 

 となると海上移動になるだろうな。と、俺は内心考える。

 

「了解しました。制圧後に連絡用艦隊と派遣護衛艦隊を用意しておきます」

 

『頼んだ。まだ端島(端島鎮守府)は頼りないからな。アメリカ西海岸の件もある』

 

「そうですね」

 

 端島鎮守府は以前、アメリカ合衆国海軍と俺のところの合同でアメリカ西海岸沿岸を攻略しようとしたことがあったのだ(※注1)。

その作戦に於いて、アメリカ海軍の艦隊は壊滅し、端島鎮守府派遣艦隊の空母機動部隊も編成に見合った戦果を得ることができなかったのだ。唯一、俺のところから派遣されていた艦隊は少ない損傷で済んだが……。

その作戦は国内でも報道され、一応は日本皇国海軍の損害は軽微だったことを伝えられている。ということは、鼻っから端島鎮守府は戦力に乗算されていないのだ。あれから1、2年ほど経っているが、それまでは行動不能の絶海の孤島になっていたため、練度が伸びているはずもないとのこと。

つまり、そういうことなのだ。

 

「手練れを出しますから、安心してください」

 

『そうでないと困る。要件は終わりか?』

 

「はい」

 

『では切るぞ』

 

「失礼します」

 

 受話器を置くと、丁度榛名が金剛と妙高を連れてきたところだったみたいだ。

執務室の扉が開き、榛名の後から金剛と妙高が入ってくる。

さて、これから色々と話をしようじゃないか。

 





 今回から以降、ちょくちょく注が出てきます。その度に前書きで説明書きをしていきます。
それと、追加で『設定 用語』に『強行偵察艦隊』の設定を追加しておきます。

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第3話  南西諸島北海域制圧作戦前ブリーフィング

※注1 『高雄』

・台湾南部に位置する都市。第二次世界大戦・太平洋戦争中、大日本帝国海軍が港湾・航空隊基地として使用していた。中華民国海軍に賠償艦として接収された駆逐艦 雪風のスクリューが置かれている。
現在は台湾海軍高雄基地が置かれており今も尚稼働中。ただし軍艦はなく、地対艦ミサイル群や自走砲、戦車集団が陸地から海を睨んでいる状態にある。



 金剛と妙高は神妙な面持ちで、俺の前に立っていた。それは榛名も同じで、出頭、呼び出しはいつも赤城くらいで、他の艦娘は俺が探し回ったりするからだ。

だが、今回は出頭させた。話す内容が内容だけに、その辺で駄弁っても仕方ない内容だったからだ。それは3人にも伝わっていたみたいで、状況から只事ではないことを察していたんだろう。

 電話が終わったのを確認した妙高が、俺に要件を聞き出そうとする。

 

「提督、如何様な」

 

「金剛は話を最後まで聞いてもらうことは確定だが……」

 

 チラッと金剛を見て、俺は妙高の顔を見る。妙高は何やら、俺の発言に思うところがあったのか、少し考えているようだった。

だがすぐに俺へと目線を向ける。考え終わったのだろう。その時の妙高の表情は、少し浮かれているようなそんな表情に見えた。

 

「妙高」

 

「はい」

 

「確か英語の勉強をしていたな?」

 

「は、はい」

 

 多分、これだけで金剛も妙高も話がどういう内容なのか掴めているだろう。金剛は恐らく、来る前から呼び出された時点で分かっていたかもしれないが……。金剛だからな。うん。

 

「話せるようにはなったか?」

 

「日常会話程度ならば」

 

「よし」

 

 会話程度出来るのなら、まぁ問題ないだろう。次は金剛に目線を向ける。何の話だか察している金剛は、得意気な表情にいつの間にか変わっていた。

 

「私は全然問題ないデース!! 日常会話も専門用語も煽りもできマース!! もちろん、他のも……」

 

「最後と煽りは要らないが、それは俺も分っていたから呼んでいる」

 

「つれないデース」

 

 唇を尖らせている金剛は少し肩を揺らして、不意に話し始めた。

 

「……台湾の件デスネ」

 

「金剛はやっぱり分かるんだな」

 

「勿論ネ。さしずめ私たちが呼び出されて確認されたのは、外交の際に派遣する武官に付ける英語の話せる護衛といったところデショウ。恐らくその武官は提督デース。となると、通訳は派遣された人を付けるか、横須賀(横須賀鎮守府)の人間のどちらかになるデース。門兵さんをいきなり海外出張にするのには色々と手を回す必要があるから正直面倒デース。他の人間もまた然り。となると、艦娘から選出するのが、護衛も兼ねるので一石二鳥という訳デスネ」

 

「よく分かってるな」

 

「そりゃ金剛デスカラ!!」

 

 よく分からない根拠を最後に持ってきた金剛だが、金剛の言う通りだった。

そういう状況になる可能性を考慮して、俺はあらかじめ2人に言っておく必要があったと思ったからだ。これだけの内容だったら道すがら話しても良かったと思うかもしれないが、外交に関する内容は相手を選ばないと猛烈な反対が出るかもしれない。だが、『出頭命令』の下で話された内容ならば、猛烈な反対が出来ない状況を作りやすくなる。俺の気分で動き、俺がしたいからするような内容ではないこと。そして、それを疎かにした場合、大なり小なり後に面倒ごとになることが予想されるもの。そして、大本営や政府、陛下が何らかの干渉があることが分かる。なので、頭ごなしに反対させない状況を作り出す必要があったのだ。

 妙高は少し不安そうな表情をしているが、恐らくどこまで話せるのかが見当ついていないのだろう。英語の勉強はかなりしているとは思うが、それはリーディングとヒヤリングくらいだ。恐らくスピーキングはあまり回数を重ねていない。そこに不安を感じている、と思う。

 

「妙高」

 

「な、なんですか?」

 

「少し、スピーキングの練習をしまセンカ? ああ云ったケド、少し確認したいことがあるデース」

 

 金剛も妙高の表情から読み取ったんだろうな。俺が言わずとも、金剛が進んで言ったのならそれで良い。言われて練習するよりも、誰かと一緒に練習する方が良いだろうからな。

 

「えぇ。お願いしますね」

 

 妙高の返事を聞いた金剛はニコッと笑い、俺の方を向いた。

俺の要件も終わったことだし、俺に対する質問もないみたいだ。

 

「じゃあ早速練習しに行くデース!! では、これで失礼するデース!!」

 

「あぁ」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 強行偵察艦隊が戻ってきたのは、出発した約80時間後だった。3隻での往復だけだったため、ほぼ全速での航行だったのと、燃料がギリギリだったことを報告された。

そして偵察結果だが、やはり水雷戦隊や空母機動部隊がうろちょろしているとのこと。海域までの航路を移動中、深海棲艦との接敵はなかったとのことだった。

 作戦へと行動を移すことになる。俺は偵察結果を纏めた資料を基に、仮称『台湾攻略艦隊』と『偽装台湾支援艦隊』へ召集を掛ける。

今日の秘書艦だった蒼龍も該当艦になるので、共に執務室で作戦伝達と積み込み装備の確認、念のために端島鎮守府を訪れる趣旨の説明をすることとなった。

 

「来たよー」

 

「おい伊勢、もう少しだな……」

 

「いいじゃんかー。ねぇ、提督?」

 

 伊勢と日向に続いて、該当艦の暁、響、飛龍が執務室に入ってくる。それに続いて更に龍驤、鳳翔、雷、電、雪風、島風が入ってきた。秘書艦の蒼龍を足して総勢12名の艦娘。

この全員で台湾周辺を手中に収めることを主眼に置いた作戦案を用意している。

 全員が揃ったことを確認すると、執務室に常に置かれているパイプ椅子を並べてホワイトボードを引っ張り出す。

作戦行動を取る前のブリーフィングでは、必ず執務室でこのような形を取って話を始めるのだ。

 

「手元に艤装・装備の指定要項と作戦書があると思う。それでは、大雑把に説明をする」

 

 あ、日向がガクッとなった。まぁ、そうだろうな。大雑把に説明なんてされたらたまったもんじゃないだろうからな。

 

「簡単なことだ。基本的に橋頭保から攻め込む訳だから、作戦らしい作戦なんて立案出来ない。入って、蹴散らして、制圧だ」

 

「なんちゅー脳筋」

 

「艦隊戦は俺よりも伊勢達の方が前線指揮を執った方が良いだろうからな」

 

「そうだけどねー」

 

 伊勢は手元の資料を見ながら、俺の言葉に返事を返す。

 少し間を置いて、俺は説明を再開した。

 

「作戦開始は2日後。初日0630に横須賀鎮守府から端島鎮守府へ向けて出撃。39時間後の2日目2100頃に端島に立ち寄り、1日かけて燃料補給。その後4日目の0700に端島鎮守府を南西諸島海域北部を目指して出撃。目的地到着予想は5日目2100頃だと思われる……大筋はこうだ」

 

 ホワイトボードにおおよその時間を書いて説明する。

 

「翌6日目から停泊していた海域から台湾を囲うように反時計回りで深海棲艦と戦闘しながら1周。終わった後、状況を見て可能であれば、そのまま反時計回りで回って高雄(※注1)へ。そこから無線と残存航空隊を使い、台湾にビラを空中投下する。作戦概要は以上だ」

 

 そう言って切り上げてから、すぐに間髪入れずに疑問に思っているであろうことの趣旨を伝えていく。

 

「端島鎮守府に寄るのは、伊勢達に状況確認してきて欲しいのと、燃料弾薬の再確認・燃料は補給を行って欲しい。恐らく足りなくなることはないだろうが、念には念を、だ。次にビラの意味だが、これは無線での呼びかけに応じなかった場合の予備案だ。台湾に人がいるのは確実だが、それらに俺たちの存在を知らせるために行ってもらう。よろしく頼む」

 

 全員が黙って頷いた。よし。これで俺は送り出すだけになる。

 

「現場では伊勢たちの判断に任せる。戦闘中、俺も無線で指示を出すが、基本的には伊勢の指示に従ってくれ。以上だ」

 

「「「「「「はッ!!」」」」」」

 

「次は偽装台湾支援艦隊の作戦行動について説明する」

 

 次は遠征艦隊に偽装させる支援艦隊の動きを説明する番だ。

 

「基本的には遠征艦隊に偽装して本隊出撃の半日前に出撃してもらう。その際、燃料弾薬は満載。他甲板や貨物室に入るだけの燃料弾薬食糧を積んでいってもらう」

 

「本隊に洋上補給をせぇっちゅうことやな」

 

「そういうことだ。基本的には戦闘には参加せず、遠征艦隊を装ってもらう。だが、本隊の近くを航行して欲しい。本隊戦闘時は任意に支援攻撃を行うように。ただし、危険と判断した場合は燃料弾薬食糧を投棄して離脱、横須賀鎮守府か端島鎮守府に向かってくれ。話は付けてある」

 

 支援艦隊にも説明を終わらせた。後は全体への連絡のみ。

 

「端島鎮守府も空母機動部隊を近海に展開するという。緊急時には支援航空隊を出してくれるとのことだ。あまり期待できないがないよりかはマシ。存分に支援要請をするといい。以上。出撃に備えて準備を始めてくれ」

 

「「「「「「了解ッ!!」」」」」」

 

 12人の艦娘たちが執務室から走って出ていく。その後ろ姿を見送った俺は、手元の作戦書に目線を落とす。そして少し書き込みをした後、ふとあることに気付いた。

今日の秘書艦の蒼龍も準備に行ってしまったのだ。まぁ、一応執務は終わっていたから困ることはないんだが、蒼龍はそれで良かったのだろうか。

少しした後、下準備を終わらせてきた蒼龍が走って戻ってきたが、気付くのに結構時間が掛かったみたいだった。

 

「なんで教えてくれなかったんですか!!」

 

「呼び止めようと思ったけど、もう行った後だったからな。それに一番最初に出て行ったのは蒼龍だろうに……」

 

 そういうと、蒼龍は凹んでしまった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 この1日と半日後、偽装台湾支援艦隊は世闇に紛れて出撃。翌明朝、作戦通りに本隊が出撃した。

その際、いつものことになってしまっているが、埠頭には俺や秘書艦、出撃や遠征が入っていない艦娘たちの見送りに加えて、門兵や酒保の人たちも埠頭に集まって送り出す。何度注意しても治らないから、俺ももう諦める。いくら言っても聞かないからなぁ……。

 

「電ちゃーん!! 無事に帰ってくるんだよぉぉぉ!!!!」

 

「はいなのです!!」

 

 門兵の1人が涙を流しながら見送っているが、まぁ周囲を見ればそういうのは多い。妻子持ちの多い門兵ではあるが、娘や妹のように可愛がっているからなぁ……。

 

「暁ちゃんたちーー!! 頑張って来いよぉ!!」

 

「おじちゃーん!! 頑張ってくるわー!!」

 

 元気に艦橋から手を振る暁を見て、涙する門兵たち。まぁ、良く遊んでる門兵たちの姿を見るもんな。

そんな門兵たちの一角で、一際騒がしいところが1つ。

 

「おっちゃん、見っともないっすよ!!」

 

「うるせぇ!!」

 

 今回の編成は特筆して選りすぐる必要が無かったから、出撃する艦娘を選ぶときにクジにしたんだが、暁型を引いた時には本当に不味かったか……。門兵の中でも屈強過ぎる200cmの兵が大泣きしてる。俺が全て決めるという指揮系統をしているから……。ただまぁ、見送りをするのもいい気はしないだろうし、俺もしない。

 俺はそんな風に考えつつも、心の中の言葉は口には出さずに無表情を突き通す。

 

「ほら解散して仕事に戻ってくださいよ!! 戦況は私が口止めしててもどうせ聞くことになるんでしょうから、ちゃんと仕事してくださいよ!!」

 

 と言って、門兵や酒保の人たちに仕事に戻ってもらい、俺や艦娘たちも本部棟に戻るのであった。

俺はこれから執務室から色々持ち出して地下司令部に籠る。作戦指揮をしなければならないからな。

 

「すぐに行くの?」

 

「勿論」

 

 今日の秘書艦である夕立を連れて、俺は最初に執務室を目指すのであった。

 




 いよいよ台湾周辺の掃除が開始されます。遠征艦隊に偽装させた云々というのは、本シリーズ独自設定のものですが、実際の艦これでもある『支援艦隊』のようなものです。遠征として出撃させた艦隊を攻撃中の艦隊の戦闘で支援をさせるものです。
それと、送り出しの時の200cmの門兵も、『設定 登場人物』に追加させておきます。

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第4話  南西諸島北海域制圧作戦 その1

 

 台湾攻略艦隊の出撃を見送った俺は、その足で執務室に戻って必要書類やら諸々を持って地下司令部に向かう。

今日から作戦終了、帰投するまでここで過ごす。執務もここで行い、食事もここで食べることになる。それだけが出来る設備が整っているので、問題なかろう。秘書艦には少し苦労を掛けることになるのと、作戦行動中ということもあり、鎮守府自体がそれなりの警戒態勢に入るのもあって、結構騒々しくなる。地下司令部には艦娘、門兵の頻繁な出入りが予想されるからな。

そうは言っても、これまで通りに身構えておけばいい話。

 地下司令部に入り、俺は作戦室の全体の見渡せるところに立つ。前回ここに立ったのは、近海から南西諸島に抜けるために橋頭保を確保した時以来だ。あの時は沖縄周辺で戦闘し、あの後、空軍の輸送機が沖縄本島に飛んでいったのを覚えている。色々とあったみたいだが、報告が下りてきていないので気にしても仕方ないだろう。もう少し時間が立てば、沖縄のどこかに海軍の軍港が建設されるだろうしな。否応なしに情報は下りてくるだろうし、利用することにもなる。

 

「支隊の現在位置は」

 

 作戦室に立ち、俺は戦域担当妖精たちに俺は状況確認を促した。

 

「現在、支隊は14ノットで紀伊半島沖30kmを針路250で航行中。接敵なし」

 

 いち早く対応できた妖精が報告してくれる。それを俺は聴き、指示を出した。

 

「戦域担当はそのまま続行」

 

「「「了解」」」

 

 まだ本隊が出撃したばかりだ。何か行動が起こるとすれば、鹿児島沖を通り過ぎて沖縄に差し掛かるところ辺りになるだろう。だが、本隊・支隊両隊は一度端島鎮守府に寄る。そこから巡航で向かったとしても、4日は掛かる予定ではある。だがこれは道中、戦闘にならないことを想定した時間であるので、何が起こるか分からない。

 少し考え事をした俺は、自分の机の上に作戦書を置いて腰を下ろした。いつでも事態に対処できるよう、ここで待機することにしているのだ。だが1週間以上も気張っているのも無理な話。俺はここで本を読んだり、勉強をしながら火急の時以外は時間を潰す予定だ。気が向いたら他のこともする予定ではあるが、時間を潰せるだけのものは持ってきているし、事前に運び込んでいるものもある。

作戦室の隣の倉庫は、作戦室で使う機材の予備が置いてある他、空いているところには本やら色々と置いてある。そこに行けば大概のものがあるので大丈夫だ。

 俺はここに入ってくる時に持ってきていた荷物から、本を取り出して机の上に置く。そして本を開き、中に挟んである栞を取って本を読み始めた。秘書艦で、一緒に入って来た夕立も、既に隣の机に荷物を置いて勉強を始めている。ちなみにウチの夕立はあまり『ぽいぽい』言わない。それどころか犬っぽさの欠片も感じられないくらいに真面目で勤勉だ。かなり優秀な艦娘で、人として生きていくことになっても優秀であるといえる、と思っている。さっき始めた勉強も、正直俺にはよく分からないものだからな。表紙を見ると『重商経済学』とかいうらしい。それって、昔の経済思想・経済政策についての本だろうか。学説か論文を読んでいるらしいが、ぶっちゃけ俺にはさっぱりだ。最近、夕立がどこを目指しているのか分からなくなってきている俺がいたりする。

一方で、夕立と同じくらい勉強をしている時雨はというと、結構現実的なものをやっているそうだ。移動中に夕立から聞いた話ではあるが、どうやら心理学をやっているみたいだ。こちらも学説や論文を読んでいるんだとか。まぁ、夕立よりかはマシな部類ではあると思う。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 少なくとも4日は戦闘にならないことは、ある程度の艦娘が知っていたみたいだ。なので、今地下司令部に遊びに来ている艦娘が居る。

 

「ヘイッ!! 提督ぅ~!!」

 

 金剛だ。確かに、金剛が作戦の詳細を知っていてもおかしくはないが、作戦決行日に遊びに来るのか。そんな風に考えつつも、金剛を出迎える。

その一方で夕立の雰囲気が変わったのは気のせいだろうか。開いている本の表紙の向こう側から目だけを覗かせてこっちを見ているのだ。

 

「どうした?」

 

「どうしたもこうしたもないデース」

 

「ん?」

 

 何しに来たのかと思っていたが、何か重要なことでも手土産に持ってきたのだろうか。とか考えていた時期が俺にもあった。

 

「少し、矯正をしようと思いマシテ」

 

「矯正?」

 

 そう聞き返すと、金剛は説明を始めてくれた。

金剛曰く『この口調をどうにかしてみようかと考えてマシテ、少し提督に手伝って欲しいデース』とのこと。自分からキャラクターを棄てるようなことをするのか、この金剛は……。片言な日本語で元気で姉御肌だけど、本当は臆病なところとかがある……ってほとんど関係ないな。

とにかく、金剛の良いところの1つをむざむざと手放すのか、と考えてしまった。

 

「少し練習してきたノデ、少し見ていてくだサイ」

 

「お、おう」

 

 俺が『やらなくても良いんじゃないか?』と言おうとしたんだが、金剛に防がれてしまった。

とりあえず、金剛の今までの成果を見てみるとしよう。金剛は咳ばらいをしてから呼吸を整え、スッと話し始めた。

 

「私は金剛型戦艦 一番艦 金剛です。よろしくお願いします」

 

 これは不味い。面白過ぎる。今まで片言で話していた金剛が真面目な顔をして普通に日本語を話しているものだから、違和感しか感じない上に若干榛名っぽくなっているのが余計に面白さを増している。

まだ、特徴的かつ日本語らしい日本語ではないが、それでも片言なところは無くなったと思う。

 

「……金剛は普段、何をしているんだ?」

 

 内心、というか今にも吹き出しそうではあるが、俺は金剛に突然質問を投げかける。そうすれば、自然とその口調のまま話すことになるだろうからな。

金剛は『口調を矯正してみる』と言ったのだ。最低限、付き合ってやろうとも思って、質問をすることにした。そんな質問をぶつけられた金剛は、少し戸惑いつつも返答をしてくれる。

 

「普段は散歩や読書、戦闘に関することを勉強しています。それ以外ではティータイムや提督のところに行こうか悩んだりだとか……」

 

 そういった金剛の顔がカーッと赤くなっていくのが分かる。自分でも顔が赤くなったのが分かったのだろう。パッと振り返ってしまい、こっちに顔を見せてくれなくなった。

 何にせよ、俺にとっては金剛の『今の口調』は違和感しか持てない。『矯正してみようかな』とは言っていたが、俺は反対することにする。

それが金剛のアイデンティティであり、良いところでもある。器用に物事をこなすことの多い金剛ではあるが、そういうところで不器用な面が見えるのは何というか良い。良いから、その良さを残しておいて欲しい。もしここで口調を矯正してしまったら、榛名っぽい金剛になってしまうような気がしたのだ。……榛名は金剛ほど元気ではないと思うけどな。

 そんな風に俺は考えつつ、金剛に質問をしていく。

会話になるような形で、だ。

 

「そうだな……金剛」

 

「はい」

 

「俺に訊きたいことがあれば、出来るだけ答えよう。何かないか?」

 

 改まってこんなことを言われると、何も聞かないか距離感を測って質問を選んでくるだろう。少し焦ることだろうと思いつつ、俺はふと金剛の目を見た。

どうして輝いているんだろうか。そこは萎縮するか何かネガティブなアクションをすると思っていたのに……。

忘れていた。金剛は元からそういうタイプだったのだ。数秒も経たないうちに、金剛は俺にあることを聞いてくる。

 

「提督って恋愛経験ありますカー?!」

 

 ふはは。地に戻ってるぞ、金剛。それを悟られないように、俺はその回答をする。

 

「そうだな……金剛はどう思う?」

 

 真剣な表情をする金剛が小首を傾げて考えているが、この場に居る妖精たちや夕立は苦笑いをしていた。そりゃそうだ。地に戻っているんだからな。

だが誰一人として話しかけることはなく、俺と金剛の会話に耳を傾けているみたいだ。

 

「分からないデース。提督は昔、経験がないことを揶揄するような発言をしていたのを覚えていマスガ、行動や振る舞いはなんだかそうは思えないデース」

 

「ほうほう」

 

「それが分からないから訊いてみたんデスケド……」

 

 まだ気づかないのか、金剛は。自分の口調が元に戻っていることに。

そんな金剛を見守りつつも、俺はいつでも金剛の質問に答えられるように身構える。

 

「ウ~ン……考えれば考えるほど分からくなるデース……」

 

「はははっ、ごめんな。いじわるして」

 

 これだけ話しても気づかないなんてな。そう考えつつ、俺は金剛の言葉に耳を傾け続ける。

 

「本当デース!! って……アレ?」

 

 急に何かに気付いた様子の金剛が、アホ毛をぴょこぴょこ動かして俺に訴えた。

 

「口調が戻ってるデース」

 

「今頃気付いたのか?」

 

 そうニヤニヤしながら言うと、金剛がプクーっと頬を膨らませる。怒らせてしまったみたいだ。

 

「酷いデース!! 戻っているのなら、そう言ってくれればいいノニー!!」

 

「悪かった。でもまぁ、俺は片言の方が良いかな」

 

「へ?」

 

 金剛のアホ毛がピーンと逆立ったぞ。

 

「そっちの方が金剛らしい」

 

「そ、そうデスカ?」

 

「元気があって、頼りになって、器用なところ、いつもニコニコしているところ、たくさんある金剛の良いところの1つだ」

 

 ……あれ? 金剛が急にしおらしくなったな。

 

「う、うぅぅぅぅ」

 

「どうした?」

 

「な、なんでもないデース」

 

「そうか?」

 

 そう返して、俺は金剛の方から少しだけ目線を外す。夕立や妖精たちの方を見てみる。なんだか夕立がジト目をしているが、本の向こう側から見える赤い瞳の眼力は凄まじいの一言に尽きる。

出来れば早急にいつもの目に戻してくれないだろうか……。

 この後、金剛は何か深く考え始めたようで、少し距離を置いた。この部屋(作戦室)からは出ていかないみたいだが、夕立も追い出す気はないみたいだし、ここに金剛が居ても問題なんて1つもない。俺は金剛が来たことで読むのを中断していた本を手に取り、栞を取って読み始めるのであった。ちなみに読んでいる本は俺も専門書だったりする。何の専門書かは伏せておこう。

 





 今回は息抜き回のつもりでした。こういった回をメインでやる作品が多いですが、純粋に戦記っぽくなってしまうかもしれません。息抜きは必ず入れ込みますけどね。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第5話  南西諸島北海域制圧作戦 その2

※注意 伊勢の視点で話を書いています。



※注1 ビスマルクらの移籍

・元々端島鎮守府で建造されたビスマルクを筆頭にプリンツ・オイゲン、Z1、Z3、U-511、グラーフ・ツェッペリンは端島鎮守府の司令官経由で大本営に『横須賀鎮守府への移籍願』を願い、移籍が果たされた。理由としては『端島鎮守府の司令官ではなく、横須賀鎮守府の司令官が私たちの提督である』というものだった。客観視すると、何の冗談かと思うが、本人たちは本気でそう思っている。



あと今回、シリアス若しくは人によっては鬱な内容に取られると思います。ご注意ください。





 何日か前に発令された南西諸島海域北部への侵攻からあまり期間を置かずに発令された作戦、『南西諸島北海域制圧作戦』。

作戦概要は先日の作戦によって確保された南西諸島北海域の橋頭保、その橋頭保(沖縄諸島)(本来は南西諸島中央に位置するとされている)から南進。南西諸島全域への侵攻路を確保するために台湾周辺海域の制海権を奪取するのが目的だということは提督の話から理解できた。

その方針には賛成だし、セオリー通りに事を進めた方が安全であるのも私自身よく分かっていることだった。

 それに噂ではあるけれども、あることを耳にしている。今回からは征く先々で制海権を取るだけでなく、国家との外交も進めなければならないらしい。それに伴って、横須賀鎮守府にも命令が色々と下るみたい。

提督は本来ならば自由に行動を起こしてもいい立場でありながらも、大本営や政府の意向に従う姿勢があるんだよね。それはどういう意味があるのかなんて分からないけれど、きっと必要なことであるのには違いないと思っている。それは自分の為なのか、私たちの為なのか分からないけどね。

 

「伊勢さん。定時連絡です」

 

「分かったー」

 

 艦橋の中、私は通信妖精さんからの連絡に耳を傾ける。今まではどこまでの果てしなく続く海をボーっと見ていただけだったけど、耳と頭も働かせなくちゃいけない。

この艦隊、『台湾攻略艦隊』の旗艦を提督から任されているからには最悪作戦に失敗しても提督は許してくれるけれど、私自身が私自身を許さない。きっと作戦に失敗しても提督は『無事だったのなら良い。それが一番だ』と云うに違いないけど、これまでの提督の経歴に泥を塗ることになる。それだけは絶対に嫌だ。

大破進軍も私の独断で決定することが出来るけど、提督は断固として撤退命令を下す。何かが無ければ絶対に、だ。

 

『飛龍より伊勢。機影・艦影共になし』

 

「伊勢より飛龍。ありがとう。情報共有してね」

 

『分かってるよー。以上』

 

 受話器を通信妖精さんに返して、私は再び考えに耽る。

 あと作戦発動直前に、あることも聞いたなぁ。出所は榛名だけど、色々と尾ひれが付いてる可能性がある話。

何でも今回の作戦が成功した後、一度攻勢はストップ。台湾の向こう側に哨戒線を敷いて防衛体制に入るっていう。その理由が台湾に外交使節を派遣して、外交を行うんだとか。その時にもしかすると、日本皇国側が使節を派遣することになって、その護衛を横須賀鎮守府が行うかもしれないっていう……。『かもしれない』という域から出てない話ではあるけれども、更に『英語が話せる艦娘を招集した』という。これに呼ばれた艦娘は金剛と妙高。金剛が英語に堪能であることは良く知っていることだけど、妙高までとは知らなかった。話すことはあっても、そういう話題にはならなかったからだろうけど……。

 どうして提督が金剛と妙高を呼び出したのか、という話には色々な推測が艦娘や門兵さんの間でなされている。話の順序を追って整理しながら考えると、私は『使節の護衛艦隊に編成する旗艦に選ぶ』だと今のところ考えている。

護衛艦隊の捻出は端島かウチ(横須賀鎮守府)でなされるのは確定であることは共通だけど、それ以降の推測が色々とある。その中でも、護衛艦隊に端島鎮守府を選ばない理由としては『護衛をするだけの余裕があるのか』という話だった。端島にはそう思われるほどの実力しかないことは定説で、幾ら制海権を確保した海域を通過する航路だからといって深海棲艦が出没しない保証なんてどこにもない。だとしたら横須賀鎮守府から護衛艦隊が結成されるのは確か。その次に『先方との連絡のため』。これは予想でも何でもない。台湾の公用語が中国語か台湾語か分からないが、他国との交流の場、もっと言えば公的なものであるのならば英語が使われると思う。となると、英語が話せる誰かが護衛艦隊の旗艦に居ることが望ましい。

艦娘の艤装に通訳を乗せて、無線通信で話す上に通訳も話すとなると、話が円滑に進まないことが考えられる。となると、その間を出来るだけ取っ払うのが好ましい。だから英語の艦娘を旗艦に据えるという話が浮き上がる、というのが私の推論。

正解はその時にならないと分からないけど、ほとんど合っているはず。特に最後。これは合理的に考えれば、そういう決断を提督が下してもおかしくないということだったのだ。

 

「……支隊からの定時連絡は?」

 

 通信妖精さんに話し掛け、先行している支隊、偽装支援艦隊の現在地と現状の把握をしたい。

定時連絡の時間ではないけど、情報の更新は良いことだ。何かあった時にすぐに対応できる。

 

「1時間前からありません。ですけど、次の定時連絡まで2時間あります。それに現在緊急通信の類は一切入ってきていませんよ」

 

「なら良かった。じゃあ、予想現在地は?」

 

「恐らく端島鎮守府沖約30km」

 

「……そろそろ転進する頃かな?」

 

 提督は口頭では支隊に詳しい説明をあまりしなかったけど、作戦書には支隊の詳しい行動予定が書かれていた。私たち本隊は端島鎮守府で補給を受けることになっているけど、支隊は端島鎮守府から出る補給隊(恐らく水雷戦隊と輸送艦の混合艦隊)と合流して、洋上補給を行う予定になっている。それが端島鎮守府沖約50km地点方位242辺り。発見次第艦を並べて投錨、補給活動に入るという。

遠征として出撃しているので、本来ならば補給の必要はないけど、"偽装"だ。戦闘するので、念のために燃料を満載にしておくみたい。それに支隊は私たちを先行している。航空偵察は密になっているはずだから、航空機燃料もかなり使っているだろう。それが一番の補給の目的になっていると思う。

 近くに置いていた作戦書を手に取り、私は再度内容を確認する。この行動も出撃からまだ30時間くらいしか経ってないけど、何十回と繰り返していた。

どこか見落としはないか、道中しなければならないことはないかの確認。作戦参加している艦娘全員に配られていて、多分皆も同じように確認を繰り返していると思う。私が見落としをしていても、他の娘が知らせてくれる。けど、見落とすなんてことは絶対にしたくない。

 一通り確認してから作戦書から目を離し、再び海を眺める。

"つい数年前まで"は今航行している海域を安全に航行出来た。北はアルフォンシーノ、南は大スンダ列島まで。東はマリアナ、西はカスガダマまで。否。アンダマンからカスガダマまでの間は安全に航行は出来なかったけど……。それがほんの1年2年で本土の陸から50kmまで狭まっていたからね。

再び取り返すのも骨が折れるけど、海域の維持に努めなかった"私たち"の責任だからねぇ……。仕方ない。とはいえ、その責任も私たちだけが背負っている訳じゃない。不特定多数の人間が背負っているのは確かなこと。

それに提督は覚えているか分からないけど、リランカ島には陸軍の占領軍が居る。それの救出が急務だとも思う。体裁的に、だけど。クズの集団だったように思えるし、何より助ける価値があるのかって言われたら首を傾げざるを得ない。一部だけど明らかに素行不良で提督に迷惑を掛けた兵が居たのも事実。そんな兵を抱える部隊を助ける必要があるのだろうか。連帯責任だよ。

最も、提督が助けて来いって言ったら行くけどね。間違ってリランカ島を空襲しちゃうかもしれないけど、その時は『間違えちゃった~テヘッ☆』って言えば許してくれると思う。怒られるのは確実だけどね。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 予定よりよりも少し早くに端島鎮守府に到着した私たちは、私たちへの補給を任されている艦娘と話しをすることになった。

端島鎮守府所属 第一一号水雷戦隊旗艦 北上って言ってたね。知っている顔ではあるけれど、私たちの鎮守府にいる北上とは全然違う。カーキ色でお腹丸出しの制服ではなく、オリーブドラブのセーラー服。否、私たちの鎮守府の北上もオリーブドラブのセーラー服を着ていることが多いけども……。

なんでも話を聞いてると、まだ軽巡洋艦のままなんだって。改装は出来ると思うんだけど、辞令が降りないからそのままの状態が続いているみたい。

 

「補給量はそこまで多くないけど、丸1日居るんでしょ?」

 

「そうなるねー。そういう命令だし」

 

「じゃあさ、色々話を聞かせてよ」

 

 そう切り出した北上は、恐らく支給品(端島鎮守府の司令官が旗艦に渡している時計らしい)の時計をチラッと見て私に腰掛けるよう促した。

埠頭だから座れる場所はいくつもあるなかの1つ。海に足を投げ出して、腰を掛ける。お尻がズレ落ちたら海にボチャンだ。艦内にお風呂はあるけど、服はなぁ……。交換用のを何着も用意しているけど、そんなことで使いたくはない。

 私がそんなことを考えていた数秒の間に、北上は私に質問してきた。

多分、それは北上はおろか、端島鎮守府の艦娘の誰もが知りたいことなのかもしれない。

 

「よくテレビとかで取り上げられているのを見るよ。この前までの状況がようやく分かったよ」

 

「制海権の話?」

 

「そうそう。私たちも最初は九州までの航路を維持するために出撃していたけどね……」

 

 急に北上の声のトーンが落ちていった。何かあったのだろうか。

 私たちには基本的に他鎮守府の情報は能動的に動かなければ手に入れることができない。私は正直どうでも良かったから調べていなかったけど、知っている艦娘は知っているんだろうね。

私たちの鎮守府と他の鎮守府の違いを。

 

「経験がそれなりにある私たち水雷戦隊はまだ良かったんだ。だけどさ、重巡以上の大型艦が……」

 

「え?」

 

「近海の制海権を確保するためだけにほとんどいなくなっちゃった」

 

「っ……」

 

「横須賀が動き出して、ニュースで天色中将が帰ってきたことで近海の安全確保が取れたけど、さ」

 

 北上は俯いたまま話す。その声はか細く消え入りそうで、どんどんとくぐもった声へと変わっていく。

そんな北上に、私は何もしてやることができない。というか、何をしてあげれば良いのか分からなかった。

 

「それまでの約1年……次に、また次に……。春前なんて、長門しか、いな、いなかった、んだよ……っ。空母のみんなも、みんな……」

 

 ボタボタと大きな涙が、北上の膝の上に落ちていく。声を噛み殺し、手を握りしめて心の叫びを漏らしている。

そんな北上に、私は何もしてやれることが無い。仲間の轟沈経験なんてない。提督が死ぬ死なないは経験しているけど、それでも……隣に立って戦った戦友を失った気持ちなんて……。

 

「ぐすっ……」

 

 水面に視線を落とす。これが"戦場の本当の姿"なのかもしれない。そんな風に感じた。

 北上たちには、戦っていく目的があるのか分からない。艦娘の習性的に言えば、端島の司令官とは私たちで言うところの『提督と軍上層部の中間』だと思う。実際にここに居て、司令官と話した訳ではないけれど、それが想像できる一番近い印象だった。

絶対的な司令塔として認識している訳ではない、というのが私たちのところに居るビスマルクたちが表している。こっちに来た理由からして、そういう風に感じ取れるからだ。(※注)

 この後、北上は話の方向転換を行った。本来、聞くはずだったことから話を脱線させてしまったと、私に言って本来したかった話に戻ったのだ。

 

「ねぇ、伊勢」

 

「何?」

 

「天色中将は、あたしたちが困っていたら助けてくれるのかな?」

 

 そんなことを聞いてきた。これが北上たち端島鎮守府の艦娘が聞きたかったことなのだろうか。

私はそんな風に考えつつも、私なりの解釈で答える。

 

「助けてくれると思う。でも、あの人はかなり周りを気にするから……状況にもよるかもしれない」

 

「そう……」

 

「でも、そんなものまで気にならない程の状況だったなら、絶対に助けてくれると思う」

 

「そう、なんだ」

 

「暴漢の間に自分が割って入るくらいだからね」

 

 そういってニッと笑って見せる。沈んだ表情の北上を少しでも元気づけるためだ。

私の顔を見て、北上がどう思ったかなんて私には分からない。だけど、少なくとも表情は良くなったと思う。私も知っている北上の表情。そんな表情の奥に、暗い影が少しでも晴れてくれたなら……。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 翌夕方には燃料補給が終了。そこから夜まで待機し、朝には出発できるように準備を始める。

そして横須賀鎮守府から出撃して4日目の0700。私たち本隊は端島鎮守府を出発。先行している支隊を追いかけて南西諸島北海域を目指して前進を始めるのであった。

 出発前、未明に私のところを第一一号水雷戦隊所属だという駆逐艦 潮が私に会いに来た。

どうやら何か話があったみたい。夜だと消灯後までは目に付くし、それ以降は寝なきゃいけないからといって、準備をしている私が起きていると踏んで来たみたい。

 

「い、伊勢さん」

 

「潮ちゃんかぁ、どうしたの?」

 

「そのっ……」

 

 歯切れが悪いのは、潮という艦娘だから仕方がない。私は黙って続けるのを待つ。

 

「昨日、北上さんが……訪ねてきたと思うんですけど」

 

「ん? あぁ、来たよ」

 

 北上のことか……。所属を聞いてなんとなく想像はしていたけど。

 

「悪く思わないで、ください……。伊勢さんも、……たぶん分かっていると思ったんですが、それでも……」

 

「分かってるよ」

 

 そう。北上は不器用なところがある艦娘。ウチにも居るからよく分かる。

 

「優しいんです。北上さんは……」

 

「知ってるよ」

 

 そう答えると、潮ちゃんが首を横に振った。

そして……

 

「北上さんだって、苦しい思いをしているハズなのに……それでも、いつものように振舞って」

 

 それは……どういうことなんだろう。

 

「姉妹全員が沈んで1人だけ残ったの、北上さんだけ……なのに」

 

「……えっ?」

 

 なに……それ。昨日、北上は自分のことを全く話さなかったけど、そんなことが……。

北上以外の姉妹全員が沈んだ、ということは、球磨、多摩、大井、木曾が沈んだってこと? 理由は? 横須賀が戦闘停止している期間、九州との航路確保で出撃していたから?

私が咄嗟に予想を立てていたこととは、潮ちゃんの言葉で全く違っていたことが分かる。

 潮ちゃんから聞かされたのは、この端島鎮守府の現状。元々端島鎮守府は、日本皇国に供給する資源を南方から輸送するために設立された鎮守府で、基本的には私たち横須賀鎮守府が開いた航路を航行してピストン輸送をしていたということ。これは私も知っている話だった。だけど、それだけしか私は知らなかった。

実情、端島鎮守府では国内の需要を安定化させるために、実は攻略直後の海域にも足を踏み入れていたんだとか。しかも明らかに練度が足りない状態の艦隊で、護衛もなしに。色々な艦娘が端島鎮守府の司令官に現在の任務の見直しや、横須賀鎮守府にも協力してもらうこと、それが出来なければ情報提供をしてもらうことを再三申し出たみたい。

でも、司令官はそれを受け入れなかった。その結果、遂にピストン輸送中に深海棲艦による奇襲で艦隊が壊滅。その後も、その輸送を続けたとのこと。それまではあまりなかったが、艦隊が欠けて帰ってくることが珍しくなくなっていった……。ということらしい。

だから誰かしらは隣の戦友を失った経験があり、独りで帰ってきたこともあるとのこと。そして、"建造"があるので、同名同型の同じ顔をした艦娘が新入りとして入ってくる。自分の建造に使われた資材よりも多くの資材を運んでは、道中"消える"。それの繰り返しだった。

潮ちゃんは、北上が端島鎮守府で最初の北上であることを知り、地道に自分で見てきたことを纏めていた。それを私に伝えた。ということだった。

 北上は私には『大型艦』のことしか言ってこなかった。本当は『違う方』の話を伝えたかったのかもしれない。私たちに助けて欲しいことを伝えたかったのかもしれない。

潮ちゃんの言葉を聴いて、私は拳に血を滲ませていた。提督は絶対にこんなことはしない。こういう鎮守府があることも知っている。でも今まで見てきた鎮守府には手を出せなかった。なら、私が言えば、潮ちゃんの証言を持って帰れば、助けることが出来るかもしれない。

 

「誤解は、してないよ。潮ちゃん」

 

「はいっ」

 

「いつかきっと、提督が手を差し伸べてくれる。そんな風にしていたなんて聞いた提督が、絶対に許すわけがないからさ」

 

 そう。絶対に許すわけがない。出来ることなら、絶対に助けようとするはずだから。

 

「それまで待っててね」

 

「はいッ」

 

「北上が壊れないように、潮ちゃんが支えてあげてね」

 

「……は、いっ」

 

 そう言い切った私は、潮ちゃんを見送った。埠頭から自室に戻って、同型艦の皆に悟られないようにするために。

私も少し空を見上げて、一言吐く。

 

「無能な指揮官……ね」

 

 




 今回は伊勢の視点でした。台湾攻略艦隊旗艦を任された伊勢の内心や、端島鎮守府での話がメインになりますが……。戦闘はなくてすみません(汗)
 それと外交の件も、少々考えることがありまして、提督視点から外させてもらいました。
少し時間が欲しかったですからね。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第6話  南西諸島北海域制圧作戦 その3


※注意 提督の視点になります

※注1 秋津洲

 前々作にてビスマルクらよりも先に端島鎮守府から移籍してきた艦娘。艤装を使った戦闘経験は全くなく、基本的に二式大艇の偵察任務しか行ったことが無かった。
横須賀鎮守府に来て数か月は近海の長距離偵察を専門に請け負っていたが、現在もそれは行っている。それと並行して、何故かステータスを家事スキルに全振りした秋津洲は度々提督のために食事やおやつを作って差し入れをしている。




 

 接敵の連絡を受け取ったのは、作戦開始から6日目の0612。台湾北西にて深海棲艦の機動部隊を偵察機が補足。航空戦に入るため、発艦開始を発令したところだという。

俺はここのところ遅くまで起きていたからか、まだ眠くはないが少し瞼が重い。そんな状況下で自分の頬を叩き、無理矢理にでも目を覚まさせて作戦室のいつもの位置に立ち竦んだ。

 作戦室は薄暗く、少し肌寒い。俺から見て正面には大きなモニタがあり、そこには戦域情報や出撃中の艦隊の損傷具合、残弾、残燃料、戦域を飛行中の艦隊の偵察機に取り付けられたカメラから送信されている映像が表示されている。画質は荒いが、天候や波の状態は分かる。

 

「敵機動部隊の編制。空母1、戦艦1、重巡1、軽巡3」

 

「伊勢は飛龍航空隊の零戦隊、彗星隊を出撃させ、自身と日向の瑞雲隊28機を爆装させて出撃。計73機による第一次攻撃隊が上空4000mを敵艦隊に向けて飛行中」

 

「先行する偵察機より入電。敵機動部隊より迎撃機が発艦開始。およそ20。続いて艦爆隊が甲板上に出されています」

 

 少し考えた後、今後の展開を予想する。恐らくこのまま第一次攻撃隊は侵攻。敵艦隊上空で迎撃隊とかち合うか、それよりも先に航空爆撃を行うかどうか。

それと同じくして、艦隊自体が戦闘速度を出していた場合、砲雷撃戦に突入するのか否か。恐らく順番を考えると、第一次攻撃隊から第二次攻撃隊、砲雷撃戦へと入るのが定石ではあるが……。伊勢はどういう風にこの戦闘を持っていくつもりだろうか。

 戦場が刻一刻と変化していく中、戦域担当妖精が支隊の状況を確認したみたいだ。

全体への報告が入る。

 

「支隊、動きなし。支援航空隊の発艦、認められません」

 

 支隊の旗艦は龍驤。割と遅くに進水した艦娘だが、旗艦を任せても問題ないと俺が判断した。それに同艦隊には鳳翔が居る。何か判断ミスをした場合、龍驤へ何かしら伝えるだろうし、独断で艦隊全体に何か言うかもしれない。そう考え、俺は龍驤を旗艦に据えた。

その支隊は支援航空隊を出さないと判断した。そして、慌ただしくならないことを鑑みると、鳳翔も支援航空隊は必要ないと判断したんだろう。俺もこの状況で龍驤の立場ならば、支援航空隊を出す決断を下さない。飛龍航空隊は赤城航空隊と比べると練度は低いが、それでも歴戦の航空隊だ。特に有能な艦攻隊が先天的にいるし、装備も良いものを使っている。零戦隊も赤城航空隊に鍛えられ、加賀航空隊としのぎを削っていた。航空戦で負けることはないだろう。そう俺は踏んでいた。確信していた。

 南西諸島海域に出現する深海棲艦の練度は、俺たちの鎮守府の艦娘と比べるとお世辞でも肩を並べられるとは言えない。それなりの経験を積んでいる、としか評価が下せない程度なのだ。

だが、万が一のこともある。先手を打とう。もし外しても、言い訳はある。

 

「支隊へ緊急」

 

「はッ!!」

 

 戦域担当妖精が支隊への連絡を試みる。すぐに繋がるはずだ。

間髪入れずに、俺は伝達内容を言う。

 

「直掩分の艦載機のみを残し、龍驤・鳳翔航空隊は発艦開始。護衛は最低限で良い。発艦後は」

 

 スッとモニタを確認する。鳳翔航空隊で偵察中の零戦が居た。艦隊が近くに居るみたいだ。

それに空の状況もよく分かる。曇り空ならば……。

 

「雲に隠れて接近し、第一次攻撃隊退避後、すぐに急降下爆撃及び水平投射雷撃を敢行。護衛は迎撃隊と対空砲火を引き付け、第一次攻撃隊と支援攻撃隊の退避を援護せよ」

 

 支援攻撃隊が安全に敵艦上空に接近するためとはいえ、こちらもリスクを背負う。もしこの手を読まれて雲内に迎撃隊が突入していた場合、かなり接近された状態で攻撃を受けることになる。支援攻撃隊は流星で編成されているが、俺が本来ならばない筈の使い方をしている流星だ。本来は艦上攻撃機ではあるが、航空魚雷ではなく航空爆弾も積むことが出来る。搭載量はぶっちゃけ彗星よりも多い。800kgが積める。これは大きい。更に爆弾投下後に身軽になった流星は固定武装の20mm機関砲2門を使って空戦をすることが出来る。とはいえ、格闘戦は無理がある。翼面積が広すぎる。被弾面を敵に見せ過ぎるのは良くない。

もし、艦隊上空で迎撃隊と空戦に入っても十分ではないが対応可能だ。

 これでどうなるか……。気になるところではあるが、続報が入る。

 

「第一次攻撃隊、敵艦隊上空に到達。ここまで迎撃隊と接敵なし」

 

 恐らく第一次攻撃隊も雲を利用して接近したんだろう。飛龍ならその手を使うはず。だが待てよ。

この天候、俺たちは雲を隠れ蓑に艦隊に接近した。

 

「っ?! 本隊に緊急ッ!! 直掩隊を緊急発艦だ!! 敵も」

 

 そう言いかけた刹那、映像には黒い斑点がいくつも映り込む。その映像を送信しているカメラは飛龍の偵察機だ。

失策だ。飛龍も身構えていただろうが、直掩を出しておかないのは不味かった。既に甲板上には出ていた直掩隊は次々と飛び立つが、既に本隊の対空砲火が空に閃光を走らせていた。

 

「クソッ!!」

 

 画面を睨む。注意が甘かった。敵がこの手を使わないなんて誰が言ったというのだ。

だがおかしいこともある。確か艦隊発見時には1機たりとも発艦していなかったはずだ。そこから第一次攻撃隊が発艦し、その後偵察機を見つけたのか迎撃隊が発艦を始めていた。そして接近するまで迎撃は一度もなかった。……狙いはこちらの空母かッ!! じゃああの迎撃隊は艦上戦闘機が爆装しているというのか。

そうなると非常に不味い。爆装している艦上戦闘機……最悪だ。恐らく爆装している航空爆弾の総炸薬量は、艦上爆撃機が投下するそれと比べるとかなり少ない。それでも数が違う。普通に考えれば懸垂しているのは2発だ。それが迎撃隊(仮)全機に装備されているとすると、確実に40発はある。今上がっているこちらの迎撃隊が迎撃隊(仮)の迎撃に善戦したとしても、そこを抜けて艦隊上空に抜ける機は1機は絶対に居る。そこから対空砲火を掻い潜り、誰かの艤装に投下。それが至近弾の可能性は……練度的に考えても低い。直撃なら猶更……。だが確率論、机上の空論だ。

もしその何%を引き当てたのなら、初戦で航空爆撃を食らうのは不味い。

 この俺の緊張を汲み取っているのだろう、戦域担当妖精も固唾を飲んで見守っている。

報告はするものの、俺が命令を出す必要のないものばかり。それよりも俺は迎撃隊(仮)がこちらの迎撃を掻い潜って艦隊上空に抜ける方が重要だった。

 心臓が胸の内側で飛び跳ねる。肺にも跳ねる力をぶつけているのを感じながら、俺はすぐに何かが起きた時のために対応できるよう、気づいたら瞬きもあまりしなくなった。

ドクンドクンと耳に伝わる拍動、時の流れが極端に遅く感じ、モニタの映像がゆっくりと進む。

いち早く発艦していた迎撃隊、零戦が速度を犠牲にかなりの角度で上昇を開始。失速するまでに敵の下っ腹をド突くことは……多分出来る。それだけで20機の編隊を全滅させることが出来るのか?

 画面越しには伝わってこない機関砲と機銃の同時射撃音を頭の中で連想しながら、映像からは目を離さない。

時が進めばおのずと結果も出てくるというものだ。結果は発艦できた迎撃隊先発7機が13機仕留めた。艦隊に到達するまでに海に墜落。残る7機も下方からの攻撃の為に散開。敵は経験不足だった。そして侮ったのかもしれない。

7機は急きょ編隊を組み直し、攻撃した先発7機が失速する前に反転下降したのを好機と睨んだのだろう。集合した編隊はそのまま下降中の先発7機に襲い掛かった。これが誤りだったのだ。

迎撃が7機だけな訳が無い。次々と発艦していた後発の迎撃零戦隊は高度を取って、反転下降。先発零戦隊の背後に付こうとした敵編隊に襲い掛かった。降下速度を発動機によって加速することで、効果速度は水平飛行時よりもずっと速度は出る。だが後発迎撃隊はある程度速度を取って反転下降を開始すると同時に、恐らくスロットルを絞った。発動機の発する騒音を少しでも減らし、敵に感知されるのを遅らせるためだ。不意を突かれた編隊は全て撃墜された。

 飛龍航空隊も着実に練度を上げてきている。それが俺の今回の戦闘で感じた飛龍航空隊の評価だった。

だが、それを今伝える訳にはいかない。すぐに集中していた画面から、全体的に均等になるように目配せを始める。耳はずっと開けたままだ。いつでも戦域担当妖精の声が聞こえるように。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 この後、第一次攻撃隊と支援攻撃隊の攻撃により、深海棲艦の艦隊は戦艦と重巡が撃沈され、空母も大破させた。軽巡らは第一次攻撃隊に混じっていた零戦隊に翻弄されながらも、第二次攻撃隊の制空権の取られた状態での余裕のある彗星隊による航空爆撃と流星隊による追加の航空雷撃に為すすべなく被弾させられた。その後は砲雷撃戦に突入。損傷が激しかった残りの軽巡らは為すすべなく轟沈。

初戦は失策があったものの、こちらの完全勝利になった。損害は飛龍航空隊で未帰還の零戦が1、彗星が1となった。それ以外は損傷を受けつつも、無事に母艦に戻ってくることが出来た。

 戦闘を終えた後、ひと時の安らぎが訪れる。

俺も作戦室で、定位置に置いてある椅子に腰を下ろしていた。

 

「お疲れ様でした、提督」

 

「あぁ」

 

「飛龍航空隊、流石ですね。着実に練度を上げていっているのが、航空隊を持たない私でも分かるほどに強くなっているのが分かります」

 

 隣で冷静に飛龍航空隊の評価をしているのが今日の秘書艦である大井だ。昨日の秘書艦との入れ替わりは、鎮守府が作戦行動中のために、起きた状態でその場で入れ替わる形式を取っている。

昨日の秘書艦である那智と一言二言交わした後、すんなりと交代した。日付変更の20分後くらいに。

 それ以来、ずっと隣に腰を下ろして本を読んでいるか、モニタを眺めているか、仮眠を取るくらいしかしていない。

俺はまだ仮眠を取ってないけどな。うとうとし始めたところで、何かを感じ取って起きてみたら5分後くらいに戦闘が開始されたからな。ちなみに現在時刻、午前8時過ぎ。とても眠たい。

 

「伊達に赤城のサンドバッグはやってないだろ。加賀の練習にも付き合っているみたいだしな」

 

「訓練で培ったものだったんですね。……というかサンドバッグって」

 

「事実だろう?」

 

 赤城航空隊の訓練は基本的に、同じ航空隊内で赤白に分かれて航空戦をしたりするものがほとんどらしい。だが、それだけではつまらないということで、加賀や飛龍に相手を頼んでいるみたいだな。

そりゃ、あんな化け物航空隊の練習に付き合って練度が高まらない方がおかしい。俺からみても赤城航空隊は"異常"だ。

機体が空中分解する制限速度を優に超える降下速度で急降下して爆弾を投下したり、フラップが吹っ飛ぶだろってレベルで空戦中にフラップを開いて旋回するし、この前流星搭乗妖精が『総撃墜数200おめでとう』っていうパーティーを開いているのを見かけたぞ。

まぁ、そういう航空隊に仕立て上げたのは俺なんだけどな……。

 

「本当、ウチの航空隊は化け物ぞろいですよね……」

 

「化け物なのは赤城くらいだろう?」

 

「……せめて"赤城航空隊"って言ってあげましょうよ。赤城さん、みっともなく泣きますよ? もしくは、その場で声を殺して泣きますよ?」

 

「泣くのか?」

 

 知ってる。多分赤城は後者だ。"声を殺して泣く"方。

だが、俺は大井には言わない。少しジト目で見てくるが、俺は言わないからな。

 

「はぁ……それで、どうします? 今から仮眠取りますか?」

 

「いいや。大丈夫だ」

 

「なら朝食ですね。夜明けと共に戦闘開始でしたから」

 

 椅子に腰を下ろして時計に目を向けると、時刻は午前8時を過ぎていた。6時から2時間もの間、ずっと戦闘指揮を行っていたことになる。

ある程度は伊勢に任せていたところもあったが、それでも俺が補わなければならないところもあった。

伊勢も進水したてではない。それなりの戦闘経験はあるから、全体の指揮に問題はなかった。だがやはり航空攻撃の指示は、自身が戦艦から航空戦艦へと変わったこともあり、そして、航空機運用に関してはそこまで勉強をしていないことは知っていたから、そこまで重視しているようには思えなかった。

長門や金剛、扶桑、山城みたいに自身が空母を含んだ艦隊の旗艦になった際、空母に上空の攻撃・偵察・迎撃の指揮権を委譲することで、それなりに連携力は落ちるかもしれないが、空母の練度によってはそれで十二分に戦うことが出来る。

何にせよ、どうするのかを決めるべきだったんだな。

 そんな風に考え事をしていると、大井があることを聞いてきた。

 

「さっき朝食って言いましたけど、今日までどうやってご飯を?」

 

 あー、忘れていた。大井は那智からそれを聞かずに交代していたなぁ……。

 

「朝食は秋津洲が地下司令部にあるドックに艤装を出して作ってくれる。昼食は俺が作る。夕食はその場で決める」

 

「えぇ……」

 

「なんだよ」

 

 大井がフリーズしたが、何かあっただろうか。

 

「あ、秋津洲さん……」

 

 そこかよ。

 

「いいじゃないか。秋津洲の飯、美味いんだから」

 

「私も料理の勉強、始めようかしら」

 

「え?」

 

「何でもないですよーだ!! で? 秋津洲さんは地下ドックに来ているんですか?」

 

 嘘。聞こえていた。

 

「あぁ。もういるぞ」

 

「じゃあ速く行きましょう」

 

 スッと立ち上がった大井がいつもより若干早歩きで出口へと向かう。俺もその後を追い、2人で秋津洲で朝食を食べた。(※注)

大井はどうやら秋津洲に作ってもらうのは初めてだったらしく、結構驚いていたな。そういえば、3日前の高雄とか食べ終わった後に秋津洲のところで色々話していたな。秘書艦の仕事も忘れて。

 





 前回は伊勢の視点でしたが、かなり端島鎮守府の提督のことに対する反応が多かったと思います。それ以外にも気付いて欲しかったところは多々ありますが……。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第7話  南西諸島北海域制圧作戦 その4

※注1 『天色 ましろ』

・『設定 登場人物』を参照



※注2 『巡田(めぐりだ)

・前作『艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話』ハッピーエンドルート、『黎明の空』作戦中に『海軍本部』の狙撃手により頭部を狙撃され、即死。
元は諜報班班長だったが、今はその任を別の者が引き継いでいる。
嘗て『海軍本部』に所属する洗脳された工作員だったが、提督を敵に回して拘束された後に
洗脳が解かれる。その後、横須賀鎮守府に異動したことになっていた。


 地下司令部に入ってから7日目になっていた。地下司令部に籠って長くなってきた頃だと思われたのか、差し入れという口実を使って作戦室に入ってくる輩が増えてきた。

今日からだが、出来れば今日からは辞めて欲しかった。昨日からでもだが……。

 発動中の作戦が現在、第一目標を突破しようと試みているところ。伊勢からの定時連絡、小規模な戦闘は既に2回目が終えたところ。初回の空母を含めた機動部隊程の規模ではないが、水雷戦隊との遭遇戦になったことがあった。それはどうやら伊勢の指揮で無傷のまま航空戦のみで完勝してしまったらしい。『航空戦だけで封殺しちゃうと楽なんだけど、それがなんだかなーって思う』と伊勢は言っていた。面と向かって砲雷撃戦をするよりも、格段にローリスクだと思うんだがな……。

 それで今回作戦室に来ているのは、『自称:武下の使いっぱしり』の姉貴、天色 ましろだ(※注1)。使いっぱしりを自称する癖に、立場は鎮守府内でも特殊でそれなりに高いところに居る。

つまり、ただただ何らかの口実を使って作戦室に来たかっただけだということだ。これで特務大尉なんだから笑える。

 

「作戦行動中にすみませんね」

 

「そう思うなら出ていってくれ。姉貴が居ても何も出来ないぞ」

 

 俺は椅子に腰かけながら、横に立つ姉貴に言う。ちなみに今日の秘書艦は山城。さっき『不幸だわ』とか言っていたが、何が不幸だったのだろうか。

 

「今回は台湾との正式な国交を結ぶためのお膳立て、というところですか」

 

「"お膳立て"をするなら東南アジアまで侵攻する必要があるんだが?」

 

「言葉の綾ですよ。……政府が言い出したことですし、提督はそれに従うのでしょう?」

 

「組織の一員として従わなければならないからな。当然のことだ」

 

 そう言いながら、俺はモニタを観察する。偵察機は本隊・支隊共に4機ずつ出ている状態。四方を監視しているところだ。

現在は台湾南方、高雄沖約50km針路040を航行中だ。もう半分を航行して、更に高雄を目指す。俺が作戦立案し、伊勢たち本隊と龍驤たち支隊もそれを頭に入れているはずだ。ちゃんと作戦通り、行動してくれているだろう。

 姉貴が言ってきた言葉、どこで作戦の詳細を入手してきたのだろうか。

大筋、台湾を取り巻く作戦であることは、少し考えれば分かること。だがそれが、国交を結ぶための"お膳立て"であることがどうして分かったのだろうか。

 

「まぁ、私が来たのには、少し提督に用事があったからです」

 

 ふふふ、と笑った姉貴が書類を渡してきた。それは武下に使いっぱしりされたような内容ではない。完全に姉貴の権限で作成されたものだった。姉貴なら言い回し次第でなんでも出来ると思う。本当に便利な道具を得た『特務大尉』様だ。

 姉貴から渡された書類は2枚あり、1枚目は『外出時の護衛選抜と割り当て』について。2枚目は『横須賀鎮守府艦隊司令部付き多国籍言語に対応するための人員配置』について。

1枚目は……確かに必要かもしれないな。自分の立場もわきまえているつもりだし、周りから心配されていることは分かっている。なので、この書類のような命令が下ったとしても仕方ないと思っている。2枚目は、今必要なのか分からないでいた。つまりマルチリンガルの通訳を置く、という話だろう。そんな都合のいい人材、今の国内に存在しているのだろうか。使われないだろうし、どう考えても需要無いだろう……。まぁでも、書類が作成されて大本営を通過しているものなら居るんだろうな。

 そんなことを考えつつ、俺は書類に一通り目を通す。

そしてその場で返事を返した。

 

「分かった。どっちも通す」

 

「はい。では、すぐに大本営に回しておきます」

 

 そういった姉貴はニコッと笑って作戦室を出ていったと思った。思ったんだが……。ぞろぞろと門兵たちが入ってくる。緊張した面持ちをした兵は1人も居ないけどな。作戦室に入るんだから、どうかと思うけど……。

 姉貴は何がしたいんだろう、さっきから山城が不穏な空気を滲み出しているから、すぐに止めたいところなんだが。

そんな俺のことは当然知らない姉貴は、俺に説明を始める。

 

「護衛の選別は終わっています。全員志願者で、任務を熟せるだけの実力者でもあります」

 

 確かに門兵の中、ひいては軍内部でも手練れに入るだろう兵たちだった。全員、当然だが武装はしていない。BDUとベストを着用しているだけ。戦闘配置時でない時の格好だ。数人私服だけど……。軍の組織としてどうかと思うぞ。

 俺が横須賀鎮守府に戻ってくる前、門兵と酒保の全員が軍から一度退役している。門兵はそのまま私設軍事組織『柴壁』として門兵と同じ役割を、酒保は全員そのまま酒保の運営をしていたそうだ。その中でも『柴壁』は組織として稼働しており、中には工作・特殊戦闘を任務としていたところもあった。工作・特殊戦闘を担っていた彼らは、基本的に個人戦闘力はずば抜けているんだとか。

 現在も門兵の中で担当を分けてはいる。だが、警備隊と諜報班にしか分かれてない。

大半が門の前で立哨か鎮守府内を小隊又は分隊で巡回を行う警備隊。少数が横須賀鎮守府に敵対的な勢力への工作・特殊戦闘を行う諜報班。諜報班は警備隊よりも圧倒的に構成人員が少ないため、『班』で判別されている。何やら諜報班のことを警備部の中では『猟犬』と言っているらしいが、どうしてそのように呼ばれているのか俺は知らない。

 

「確かに……日本皇国軍屈指の精兵しか居ないな。ここに集めすぎな気もするけど……」

 

 そう俺が答えると、姉貴が連れてきた兵の中から1人、前に出てきた。

 

「横須賀鎮守府艦隊司令部の重要性を鑑みると当然のことですよ。提督」

 

 今話したのは諜報班の南風 日向子(みなみかぜ ひなこ)。『海軍本部』壊滅に尽力し、戦死した巡田(めぐりだ)(※注2)の部下だった兵だ。

本来、諜報班は巡田が指揮を執っていたが、戦死したことで次席指揮官である南風が繰り上げで指揮官になった。班員全員が認め、武下も承認していること。俺は口出ししていないが、承認印を求められたので、一応俺も認めていることになっているらしい。

 南風は真面目な表情、大きな瞳で俺の瞳を捉えて答える。決して逸らすことはないが、かなり眼力がある。本人が顔立ちがかなり整っていることもあって、その真剣な表情はそれだけで真面目に答えていることが分かる程だった。

 

「……まぁ、それもそうですね。ですけど、もう少し分散しても良いと思うんです。ここ以外にも重要な軍事施設や要人は多くいるはずですし」

 

 あれ? 何故皆溜息を吐くんだろうか……。

 政府要人くらい数人居るだろうし、陛下の護衛も必要だろう。日本皇国には守らねばならない人間はたくさんいるはずだ。

なのに、ここに一定数を集中させても良かったのだろうか、と今更ながら思ったんだが……。

 

「敬語は止してくださいと、あれほど……」

 

「いや、皆さんは俺よりも年上ですし、敬うべきでは?」

 

 また溜息吐いた……。

 

「年齢以前に、私たちは提督の部下です。部下に敬語を使ってどうするんですか?」

 

「それは依然にも言いましたが、皆さんに崩れた言葉を使うつもりはありませんよ」

 

「長官や総督、陛下の御前でもですか?」

 

 それを言われると痛い。

 

「うぐっ」

 

「直してくださいね?」

 

「わかりm」

 

「え?」

 

「わ、分かった……」

 

 なんで怒られているんだ、俺。

 話は打って変わって、説明に入った。護衛は艦娘が付いて行けない範囲をカバーするためみたいだ。用は大本営との往復以外での要件の場合に付ける護衛とのこと。

それは外国でも同じことで、あり得る可能性を考慮した結果ということ。

外交の際に武官として派遣された場合、艦娘は先方からは人間と判断される可能性はあるが、その習性上、常に護衛として付いているのには問題がある。という姉貴の考えに新瑞が賛同し、このようなことになったんだとか。それに伴い、マルチリンガルの通訳も派遣するに至ったというのが、今回の話の顛末だった。

 俺は金剛か妙高を通訳に連れていくつもりだったんだが、それはダメだったみたいだな。

だが、外交の際に連れていく艦隊には金剛か妙高を連れていくことは決定だ。必ず双方の軍隊で通信がなされるからな。その時には必ず必要になるだろう。

それに、敵対勢力の探知に金剛は必要だ。何と言われようと、俺は護衛に付いてくる門兵の他に金剛か妙高は連れていく。外交官を守らなければならないから。

 

ーーーーー

 

ーー

 

 

 姉貴は門兵たちを連れて作戦室から出て行った。どうやら本当に要件は終わりだったみたいだ。

作戦室に何十人と入ってきていたからか、少し息苦しさから解放されて一息吐いていると、また誰かが作戦室に入ってくる。

 

「提督、作戦行動中に失礼します」

 

 入ってきたのは加賀だった。どっかの誰かさん(姉貴)のように、暴風雨のように来て去っていくことなく、普通に入ってきてくれた。

だが、要件があるのだろう。それに作戦行動中というのに、何か火急の要件でもあるのだろうか。それ以外であることはないと思うが……。加賀に限ってそんなことは無いだろう。

 

「ん? どうした?」

 

 俺が加賀の方を向くと、少しためらいつつも、あることを言ってくる。

 

「赤城さんが……」

 

「赤城がどうした?」

 

 何だか嫌な予感がするな……。

 

「将棋、というもので遊んでいるのですが、挑んでくる艦娘や門兵さんたちをことごとく打ち破って」

 

「打ち破って?」

 

 本当に、嫌な予感がする。

 

「グラウンド近くにある木陰のベンチでふんぞり返っているので、どうにかして欲しいです」

 

 あぁ、本当に何やってんだ。

というか、加賀の様子がおかしい。いつもならあまり表情を変えない(感情の起伏は激しい)のに、少しプルプルと震えている。顔を俯かせているので表情は見えないが、明らかに様子がおかしい。

 

「ふはははー!! 私は強いんです!! ……あっれー? さっき『赤城さんを打ち破って、散っていった皆さんの仇を取ってみせます』とか言ってませんでしたっけ?」

 

 なんだか急に加賀が言い始めたな。……赤城の真似か。

というか、さっきから震える動きが大きく小刻みになっているんだが……。

 

「って、赤城さんが……」

 

 あー、こりゃ不味い。経験則的に言えば、これは加賀が赤城と勝負した後の言葉で、加賀はそのままここに直行してきているのだろう。

面倒なことをしている、本当に。しかも作戦行動中に、だ。俺は戦域担当妖精の1人に声を掛けた。

 

「戦域担当妖精、鎮守府敷地内の該当カメラの映像を」

 

「はい」

 

 若干引き気味の戦域担当妖精が操作盤を器用に扱って、モニタの1枚に該当カメラの映像を映した。

そこには将棋盤を中心に、赤城が誰かと対戦している姿が映されている。周りには観戦者と思わしき姿が何人も確認できる。現状、特に問題があるとは思えないんだが……。

 

『ここまで追い詰められたら白旗を振るのが指揮艦ってものですよ。無駄な損害は無能の証拠です』

 

『くっ!! ですがこれはゲーム!!』

 

 見るからに熱い展開の真っただ中って感じなんだが、何か問題があるというのだろうか。

 

『さぁ、貴女の艦隊では私は打ち破れませんよ!! 同数の艦隊同士の対戦だというのに、既に半数がこちらの手の内……次は、こうです!!』

 

『なにっ?!』

 

 盤上が見えないが、恐らく赤城が獲った駒を置いたのだろう。それによって戦局は悪化したみたいだ。

 

『旗艦を包囲しました。もう逃げれませんよ……王手。ふふふっ、あっははははは!!』

 

『比叡お姉様の仇、討ち取れなかったです……』

 

 どうやら赤城の対戦相手は榛名だったらしいな。

 

『悔しいです。……ですが赤城さん、初心者相手にもう少し手を抜かないのですか?』

 

『え? 抜いたら面白くないじゃないですか?』

 

 あ、これはダメな奴だ。

 

『それで挑んできた艦娘20人斬りと、聞きつけた門兵さん10人斬りはやり過ぎです』

 

『そうですか?』

 

『姉様の前に対戦していた島風ちゃんとか、半泣きだったじゃないですか』

 

『そういえば……後でフォローしておかないと』

 

 チラッと俺は加賀の方を見た。

そうすると、加賀は言った。

 

「私は14回駒を進めた後に負けました」

 

「早すぎない?」

 

「ちなみに島風は5回でした」

 

 島風は一体何をしたらそんな早くに王手されるんだよ……。

ともかく、一度止めに行った方が良いだろうな。と思い、立ち上がろうとすると、赤城のところに誰かが観戦者を割っていった。そしてカメラが声を拾う。

 

『赤城ー?』

 

『あ、金剛さん。どうしました?』

 

『アンフェアな戦いは良くないネー。それに容赦なく駆逐艦相手でもやってるそうじゃないデスカ』

 

 金剛だ。さっきまで観戦者のところに居なかったのに、どうしていきなり現れたのだろうか。

 

『それに提督が話を聞いたみたいデース。あまり駆逐艦の娘たちがアレなようなら、飛んで来かねないネー』

 

『え?』

 

『報告は既に提督の耳に入っているデース』

 

『え"っ? そ、それは不味いです』

 

 確かに耳に入っているが、どうしてそれを金剛が知っているんだ。と思った刹那、金剛がカメラの方をチラッと見た。

……作戦室に来ていたんだな。恐らく。加賀が話をしていたので、入ってこなかったんだろう。

 

『カンカンとまではいかないデスガ、そろそろ切り上げた方が良いと思いマス』

 

『そ、そうします。いやぁ、すみません。将棋盤は共用のものですから、私はこれで!!』

 

 その場から赤城が走ってどっかに行ってしまった。それを見届けた金剛が、カメラに向かって笑顔でピースをしている。

やはりここに来ていたんだな。それで赤城に先回りして言いに行ったと、そういうことらしい。

 俺は溜息を吐いて、加賀の方を見る。

相変わらず表情は見えずにプルプル震えているが、本当にどうしたんだろうか。覗き込むのも良くないし、そのまま俺は待つことにした。

 本を開いて2分後くらいに、加賀がどうやら顔を上げたみたいだ。

チラッと表情を見たが、目が若干赤い。……少し泣いていたのだろうか。というか、そこまで悔しかったのか……。負けず嫌い過ぎるだろ……。そう思っていると、加賀が話しかけてきた。

 

「悔しくなんか、ないです」

 

「いや、聞いてないから!!」

 

 本当に悔しかったんだな……。

 ちなみに今日は、伊勢たち攻略艦隊は接敵することが無かったらしい。

 




 何やら毎回のように注が出てきているような気もします。今回に至っては、名前しか出てこない故人の登場人物ですからね……。今後も名前は出てきますけど、頻繁には出てこないのであしからず。

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第8話  南西諸島北海域制圧作戦 その5

 

 南西諸島北海域制圧作戦は順調に事を運ぶことが出来ている。既に作戦開始9日目になっているが、大規模戦闘は6日に空母機動部隊との戦闘以来は水雷戦隊との戦闘しか行っていない。この件に関しては、まだ確証はないが南西諸島北海域に展開していた深海棲艦は空母機動部隊が本隊だったのかもしれない。だが、そう考えては痛い目を見ることになるだろう。

念には念を入れて、作戦通りにそのまま台湾攻略艦隊と偽装台湾支援艦隊は台湾北から反時計回りをして、台湾南西部の沿岸都市 高雄の沖合まで来ていた。

 本隊と支隊は既に無人になっていた琉球郷近くに投錨していた。

既に準備が始められており、伊勢が俺に報告をするために連絡を入れている。

 

『伊勢だよー』

 

「聞こえているぞ」

 

 間の抜けた話し方をするが、北上ほどではないと思う。そんな伊勢相手に、俺は受話器を耳に当てながら話を始めた。

 

『現在投錨して艦載機隊の準備を行っているところ。これから市内を偵察し、無線かビラかを判断するね』

 

「頼んだ」

 

 金剛は既に呼んであるので、ここから本隊の無線を通して高雄で連絡を受け取ってくれるところと話をする。

視線を横にずらすと既に金剛が待機しており、いつでも良いと言いたげな表情をしていた。

 

『伊勢より作戦室。無線、繋がったよ』

 

「よし、金剛」

 

 俺は金剛に受話器を渡す。渡しはするが、作戦室ではスピーカー出力されるので会話内容は分かる。それは本隊や支隊でも同じだ。

ただ、何を話しているのか分かる人間がどれだけいるか、ってのが問題になる。だから金剛を呼んだ訳だし、斯く云う俺もニュアンスや状況、話の筋道的に内容を推理するくらいしかできない。これでも英語の勉強は今でもしているんだがな……。

 そんなことを考えては居たが、金剛と先方とが話し始めたみたいだ。

金剛は椅子に座り、目の前にメモを置いている。受話器を持っていない方の右手にはペンを握っている。完全に話しながら内容を書いていくつもりだろう。そうすれば、俺が判断しなければならない内容が出てきた場合にすぐに返事が出来る。

 

「日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部所属 戦闘艦隊より先方へ告ぐ。どうぞ」(※以下の台詞は全て英語でやり取りされています)

 

『こちら台湾海軍左営(さえいえ)基地。どうぞ』

 

「当方に貴国を攻撃する意思はない。現在当国海軍所属 戦闘艦隊が高雄南方の島に停泊している。どうぞ」

 

『左営基地より日本皇国海軍所属艦隊。現在、上官からの指示を待っている。どうぞ』

 

 金剛がメモを見せてきた。

左営基地の横に吹き出しで『台湾海軍の基地』と書かれている。言われなくても、さっきから覗き込んでいた時に書いていたやり取りを見れば分かる。

 

『左営基地より日本皇国海軍所属艦隊。基地司令より先方の上官へ伝えてくれ。2年振りの来航、心より歓迎する。どうぞ』

 

 金剛が俺の顔を見てきた。恐らく、返答を悩んでいるのだろう。

俺は小声で『日本皇国海軍は再び台湾周辺海域に出現していた深海棲艦への攻撃を行った。今回はその報告と、近日、日本皇国より外交使節を送る。その知らせを届けるために来た』と金剛に伝えた。

 

「戦闘艦隊より左営基地。日本皇国海軍は再び台湾周辺海域に出現していた深海棲艦への攻撃を行った。その報告と、近日、日本皇国より外交使節を送る予定だ。その知らせをどうか伝えて欲しい。どうぞ」

 

『左営基地より日本皇国海軍所属艦隊。貴艦隊の働き、心より感謝する。外交使節の来航、楽しみにしている。どうぞ』

 

「戦闘艦隊より左営基地。これより我らは撤退する。我々が撤退した後、防衛線を台湾南方まで押し上げる。どうぞ」

 

『左営基地より日本皇国海軍所属艦隊。帰路に気を付けて。どうぞ』(※以上の台詞まで全て英語でやり取りされています)

 

 金剛が受話器を置いた。そして再びメモを俺に見せてくれた。

交わしていた言葉から、なんとなく内容は読み取っていたが、やはりこうやって日本語訳があると良い。すぐに指示が出せるからな。

 戦域担当妖精は既に身構えており、本隊や支隊からも何も入ってこない。俺の指示待ちだ。

 

「作戦行動中の艦隊に通達。これより撤退を開始。横須賀鎮守府へ帰投せよ」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 高雄沖琉球郷付近で停泊していた台湾攻略艦隊と偽装台湾支援艦隊は、出撃から10日目未明から抜錨し出航。12日目早朝に端島で補給を受けた後、すぐに出航。14日目の夜には鎮守府に到着していた。

 伊勢からの報告を受けて艦隊の状況を確認するが、目の前で立っている伊勢の様子がどうもおかしい。到着してすぐに入渠場に艤装を入れてから、ここまですぐに来たと言っていたが、報告はスムーズに進むものの、それが終わった後がおかしい。

俺はいつもの机に向かって手元で報告内容を纏めているが、伊勢は終始うつむいたままだった。表情もデリカシーがないが、ここから見る限り沈んでいるようにも見える。また、何か悩んでいるようにも見えた。

 ある程度キリの良いところまで進行して切り上げ、俺は伊勢に声を掛けることにした。

何か今回の作戦で引っかかることでもあったのだろうか。俺はそんなことを考え、そしてどんな言葉が出てくるのかを想像しながら問いかける。

 

「どうした、伊勢?」

 

「うん。実は、さ」

 

 伊勢はそう言って切り出した。

 

「行きに端島鎮守府で補給を受けたじゃん? その時に担当艦娘だった娘と話す機会があったんだ。だがらさ、少し話したの」

 

「そりゃ良いことだ。演習でもほとんど話せないらしいし、他の鎮守府の艦娘との交流は良いものだろう?」

 

「……良いもの、なのかな? 私はそうは思えなかった」

 

 踏み抜いた、そう確信した。これは俺も、伊勢も踏んではいけない特大地雷を踏み抜いたに違いない。

 

「こっちには端島鎮守府のこと、どれくらい流れてきてるの?」

 

 恐る恐る、といった感じに伊勢がおずおずと訊いてきた。俺は素直に答える。

 

「あまり、そういうのはないな。知っていることは精々、最近まで燃料・弾薬不足だったってことくらいだが……」

 

「やっぱりそうなんだ。そりゃそうだよね。もし聞いていたら、提督は何かアクションを起こすはずだし」

 

 そんな返答でもない言葉が伊勢の口から漏れ出し、何を見聞きしたのかの検討が付き始めた。

伊勢が見聞きしたものはきっと、心理的に相当な負荷がかかる内容だろう。

 

「端島鎮守府は提督がこっちに戻ってくるまでの間、戦線交代の影響で補給路が絶たれる危機にあったんだって」

 

「……それは、状況的に考えればそうなるが」

 

「端島鎮守府は補給物資が備蓄されている港と鎮守府を繋ぐ航路の維持のために戦力を総動員していた、って」

 

「……」

 

「覚えがあると思うけど、端島鎮守府は戦闘経験値が極端に低い。それに遠征任務が主任務になっていたからさ……」

 

 もう伊勢が何を知ったのかが分かった。

 

「それまでの遠征でも帰ってこない艦娘が居て、戦線後退に伴った補給路確保の任務でもどんどん艦娘が」

 

「……練度に見合わない遠征任務と、酷使した結果がそれか?」

 

「うん。私も聞いていてそう感じた。だから……ッ!! だから提督!!」

 

 立っていたところから足を踏み出し、俺の向かっている机の真ん前まで進んで来た。そして、ダンッ!! と机上に手を付いて俺に顔を寄せてくる。

目は真剣そのもので、そして今にも涙を流しそうだった。

 

「助けてあげて!! 皆を!!」

 

 伊勢が言いたいことは分かっていた。そしてしてあげたい、と思っていたことも。俺がここで何かしらのアクションを起こせば、きっと端島鎮守府の艦娘たちの扱いは良くなるかもしれない。だが、俺は引っかかるところがあったのだ。

端島鎮守府の司令官だ。何度か見たことがあるが、海軍の佐官の1人であることは知っている。それに端島鎮守府を任される程の人材だ。新瑞も問題ない、と判断して派遣したに違いない。

だが、艦隊運営に適性があったか、と聞かれたら首を傾げざるを得なかった。

先のFF作戦にて、端島鎮守府派遣艦隊は判断ミスを重ねに重ねていた。航空戦と艦隊戦の指揮は確かに同時進行の難しいことかもしれない。だが、当時俺が随伴して派遣した艦隊よりも艦隊のネームバリューは格段に上だったのだ。大和型戦艦2に第五航空戦隊、運用次第では俺たちが必要ないんじゃないかとも思える戦力だった。艦隊は最新でも装備が旧式だった。そして、大局を見ない身勝手な戦術。とてもじゃないが"優秀な指揮官"とは言えなかった。

 その指揮官の指揮の下、補給路防衛戦にて次々と艦娘を投入。結果はFF作戦からして分かるように、辛うじて維持出来ていたのだろう。もし補給路が絶たれていたならば、今もこうして接触することなんてなかったのだ。

そんなところで、艦娘たちは『意味のない死』を強制されていたのかもしれない、というのが伊勢の訴えだったのだ。

 

「確かに今の話を聞いた限り、伊勢の思った通りの指揮官なんだろうな」

 

「……うん」

 

 具体的にどう思ったかなんて口にしないが、良いように思っていないことは確かだった。

 だが俺も、疑っているところがあった。それは"人となり"だ。

端島鎮守府の司令官が何をしたのかは知っている。だが、直接私的な話をしたこともない相手だ。大本営で顔を合わせたのが数回の相手、そんな相手を少ない情報で判断するのは間違っているとも思う。もし、今回の件が大本営で取り上げられたならば、端島鎮守府の司令官は何かしらの軍法会議に掛けられるか、直接軍法会議無しの罰則が与えられるかのどちらかに1つ。

ならば、と思い立つ。俺は確かめたいことが出来たのだ。

 

「分かった、伊勢」

 

「え?」

 

「端島鎮守府の司令官と話してくる」

 

 俺はそう宣言し、伊勢にこれ以上の報告が無いか確認を取らせた。そもそもこの話をし始めたのは、報告が終わった後だったので、もちろん報告漏れがある訳もなく、少し確認した後に伊勢を戻らせた。疲れているだろうから、と本隊・支隊の艦娘たちに十分な休息を取るように伝えて、少し暗いままの伊勢の背中を見送る。

 俺は椅子からお尻をずらし、天井を見上げた。もう執務室には俺以外誰も居ない。伊勢が報告に来たのも、今日の秘書艦が帰った後だった。それに大井のように勝手に私室に入ってテレビ見たりするような艦娘でもなかったから、私室にも誰も居ない。

そんな居慣れた空間で、俺は虚空に呟いた。

 

「無能か無能じゃないか……か。俺はどっちなんだろうな」

 

 誰も答えない質問を空に投げつけ、俺は立ち上がった。

端島鎮守府の司令官との会談は明日から準備に取り掛かればいい。そう決め、俺は私室へと戻っていったのだった。

 





 今日は珍しく注がありません(メメタァ)

 今回で台湾周辺を確保したことにしておいてください。
それと台湾との外交の話がそろそろ出てくるのであしからず。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第9話  提督と司令官 その1

※注1 撃たれて運ばれる

 前々作『艦隊これくしょん 艦娘たちに呼ばれた提督の話』の最終話。この世界に居る提督に拉致。その後足の甲、腿、胸を撃たれて重傷を負う。前作『艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話』の作中では、軍病院にて治療中ということになっていた。



 伊勢らが台湾攻略に出撃していた艦隊が帰還した翌日、俺は大本営を経由してアポイントメントを取っているところだった。

相手は端島鎮守府の司令官。名前を聞いた記憶はあるが、あまり覚えていない人間。歳は俺よりも勿論上で、軍人としてもあちらの方が上だ。俺は士官学校を卒業していないし、何なら兵士としての訓練も受けていない。あちらは職業軍人、それで飯食っていこうとしている人間だ。そういう差があるのは当たり前のこと。

 電話口の向こう側で、新瑞が俺の要件を伝えて欲しい趣旨を聞いて黙っている間に、俺は人物像を想像していた。

俺が聞き及んでいる辺りだと、人柄は悪くない模範的な海軍軍人であること。士官学校を良い成績で卒業し、評判も良かった学生であったこと。現在の階級はFF作戦時よりも昇進して大佐であること。それくらいだった。

逆にあちらは俺のことを良く知っているだろう。端島鎮守府の運営だけに集中していても必ず耳に入ってしまうはずだ。自分で言うのも恥ずかしい話だが、日本皇国海軍は実質新瑞と、新瑞に飼い馴らされている狼の群れ(横須賀鎮守府艦隊司令部)を中心に動いているのだ。何をするにしても、どうしても知ることになる。

良い話も悪い話も、噂でさえ知ることは必然の状況だ。

 

『端島は現在、作戦行動の何もかもを停止している状態だ。近海哨戒任務のみを行い、必要以上の戦闘を避けている節がある』

 

「そうですか」

 

『先日も端島に物資をあらかじめ輸送してから作戦行動を起こしているのだろう? 知らないのか?』

 

「はい。あちらの事情は深くは聞きませんでしたし、手続きも半分は大本営の方に丸投げしたのを覚えてませんか?」

 

『そういえばそうだったな!! まぁ、話は付ける。直接話すのか?』

 

「できれば」

 

『分かった。すぐに連絡を入れよう』

 

 電話口で新瑞に頼み、俺は受話器を元に戻した。

 現在、執務室に秘書艦は居ない。執務で使った書類の提出に行っているのだ。だから今の会話は誰にも聞かれることはなかったはずだ。もしかしたら金剛辺りが察知している可能性が無い訳ではないが、行くときになれば話をする必要も出てくる。聞かれた場合は素直に答えることにしよう。

 そうこうしていると、書類の提出に行っていた今日の秘書艦である叢雲が戻ってきた。

何も持っていないので、そのまま直帰してきたのだろう。

 

「提出してきたわ」

 

「ありがとう」

 

 叢雲は秘書艦の席に腰を下ろし、足元においていたカバンに手を伸ばした。ゴソゴソと中をまさぐり、取り出したのは数学の参考書。多分中学生用だろう。ノートを開き、そのままペンを持って勉強を始めた。

 この頃の秘書艦というものは、本当に二極化してきている。これまでの秘書艦というのは『俺に何をすればいいのかを求め、好きなことをすればいいと言われて困る姿』か『始めてではないので、前回言われたことを考慮して、あらかじめしたいことを考えて来て実行に移す』のどちらかだった。だが今では『何らかの勉強・読書をする』か『何かしたいことを考えてきて、俺とやろうとする(例:金剛→ティーパーティー)』のどちらか1つしかない。

叢雲の場合は前者に当たるのだ。

 俺は肘を突き、ジーっと叢雲の観察を始めた。俺としても勉強か読書をしても良いんだが、新瑞からの折り返し電話がいつかかってくるか分からない。勉強や読書をしている途中に電話がかかると、中途半端なところで切り上げる必要が出てくる。それがたまらなく嫌だった。

ならばすることは観察くらいだろう。それかお茶を出そうか。

 

「叢雲」

 

「何?」

 

「何か飲むか?」

 

「紅茶で」

 

「はいよ」

 

 叢雲はこの世界に来るまでのイメージとは全然違っていた。最初からつっけんどんではない。何か失敗したり、間違ったことをすると本気で叱ってくるだけなのだ。ツンツンしていると思われがちではあるが、それはそういう指向のボイスになってしまったのだろう。実際に会ってみるまで、俺もツンツンしているだけの艦娘だと思っていたが、こうも違っていると実感することが出来たのだ。

それに、あまり贔屓もしない。フラットな対応をしてくれるから、俺としても居心地は良いのだ。今回の『何か飲むか?』というのも、俺がそういうと『私が淹れてきます』と言って、自分がしていた作業を中断して淹れに行く艦娘が多い中、叢雲は状況を見て判断してくれる。叢雲自身は勉強を始めた。俺は何もしていない。その俺が飲み物を用意すると言ったのだ。そのまま頼んでくるのが叢雲であり、横須賀鎮守府に数少ない艦娘の1人でもある。ちなみに叢雲のように対応するのは鈴谷と北上がそれだ。他は淹れに行ってしまう。

 給湯室に入り、俺はカップを2つ出す。俺はコーヒー用のもの、叢雲はティーカップ。金剛が茶葉を置いていくので、それを拝借して紅茶の準備をして、待っている間にインスタントのコーヒーを淹れる。グラーフ・ツェッペリンが居る時はコーヒー豆をミルで挽いて淹れるタイプのコーヒーが出てくるが、セットを持って帰ってしまうので給湯室にはそれが無い。

残念ながらこういう時にはインスタントになってしまうのだ。

 

「ここに置いておくぞ」

 

「うん、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 俺は叢雲の邪魔にならないであろうところにティーカップを置き、自分の席に戻った。

 順調に勉強が進んでいるようで、長時間叢雲のペンが止まることはなかった。ペラペラとページをめくっては、例題を確認しながら解き進めている。順調なのは良いことだ。

そう思うが、俺は別のことを考えていた。

 今ではうやむやになって、覚えている艦娘がどれだけ居るのか分からない話だ。叢雲は仲良くしている艦娘が少ないように思える。

それは俺が撃たれて運ばれる前の話ではあるが(※注1)、基本的に叢雲は1人で居るイメージしかない。姉妹艦である吹雪型とは仲良くしているところはたまに見かけたんだが……。"あの時"はそうなっていても今となっては違和感を持つことはないが、今はどうなんだろうか。他に仲良くしている艦娘はいないのだろうか。そんな風に、娘のことが心配な父親張りに心配をしているところもあったりするのだ。

今となっては、良い意味か悪い意味かはさておき、全員が"共通意識"を持っていると聞いた。姉貴がこの世界に来て、それが個々の特性としてではなく全員平等にあるものとなった。それは見ていれば分かる。そんな中でも特別おかしい奴はいるけど……。

何にせよ、"浮く"ことも無くなったと言える状況だ。こうして秘書艦や戦闘じゃない時、色々な艦娘に囲まれて笑っていてくれればいい。そう考え至り、俺は叢雲の観察を止めた。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 コーヒーを飲み切ってしまい、叢雲の紅茶と一緒におかわりを淹れた後、執務室の電話が鳴りだした。

既に淹れ終わった後だったが、すぐに動けずにいると、叢雲が代わりに受話器を取ってくれたみたいだ。

 

「はい。横須賀鎮守府艦隊司令部、本部棟、執務室。秘書艦 叢雲が電話を取ったわ」

 

 秘書艦にある業務の1つでもある、俺が不在の際に電話を取る仕事だ。これまでやってきて初めて見た。なんだか変だな。

俺が電話を取ると『はい。横須賀鎮守府』くらいで終わってしまうからな。それに、相手が分かっている時はこちらが名乗らないこともある。そういう時は新瑞で、正直かなり失礼だけど。

 

「すぐに戻って来るから待ってなさい」

 

 そういって、俺が給湯室から出てくるのを見て受話器を差し出してきた。

俺はそれを受け取り、耳に当てる。

 

「替わりました」

 

『今のも秘書艦の業務の1つなのか?』

 

「そうですけど、要件は分かっていますよ」

 

『あぁ、すまない。端島は承認したぞ。出向こうか、と言って来ているが?』

 

「俺の方から行きますので」

 

『ならばそう伝えておこう。いつでも来て良いとのことだ』

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

『良い。まぁ、私も暇だったから良い暇つぶしになったさ』

 

「では、失礼します」

 

 受話器を元の位置に戻して、俺は少し考える。

 いつでも来て良いと言ったのだ。今から向かっても問題ないだろうか。そう考えるが、外出するにしても色々と面倒だ。

作戦中に姉貴が提示してきた書類の件もある。ならば、準備から始めた方が良いだろうな。そう俺は決め、机に肘を立てる。これからどうしようか、とそんなことを考えながら。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 翌日の執務後から、俺が端島鎮守府へ行く準備が着実に進められていた。珍しく昼食をまたいでも執務をしなければならないという異常な環境が、今日の秘書艦である暁が上機嫌の天井をぶち破って空に羽ばたいて行ってしまう辺り、暁は事務仕事に適性があるんじゃないかと思ってしまう。しかも本人は楽しんで処理しているのだ。

最初に取り掛かったのは、俺が端島鎮守府に行く旨を暁に説明するところからだった。どうやら秘書艦日誌に明日に備えて備考として記入する必要があるからだとか。別にそれで時間を大幅に食うことはなく、一言二言深いところまでではなく表面上の内容を説明した。その後、どのような日程で行くか。海路を使うと往復80時間くらい掛かる見積もりがあったため、陸路移動と港から端島に端島の艦隊を使って移動する予定に変更。一応、近い時期に偽装哨戒艦隊を出撃させ、端島の防衛網の強化をする。

1日滞在し、同じようにこちらに戻ってくることとなり、その趣旨を新瑞を経由して先方に連絡。了承を得たのと『港に艦隊を停留させておく』という気遣いも貰い、俺はその好意に甘えることにした。

護衛に関しては、姉貴が狙ったかのように時期を見計らって提出してきた護衛に関する物。今回は移動手段が陸であることを鑑み、門兵諜報班から志願した(全員が志願し、採用されている)南風以下3人を同行。それと共に、金剛の同行も決定。

移動も丁度端島鎮守府への物資の輸送のために臨時編成される電車に乗り、止まることなく長崎駅へ。長崎港から長崎湾内で停泊待機中の端島鎮守府派遣艦隊まで、駆逐艦で移動し、そのまま端島鎮守府へ向かう。

 




 最近整理とかでマイページやら自分が書いた活動報告を読んだりするんですが、活動方向で本作がこういう系にならないみたいなことを書いていたのを発見しました。
勿論、攻略中はシリアスになりますが、それ以外の場面では違う系統に走りますのでよろしくお願いします。というのを遅くなってしまい、申し訳ありませんでした(土下座)

 今回から端島鎮守府の提督のところに行きますが、こういう攻略以外の回でシリアス回になる回数は少なくなる予定ですのでよろしくお願いします。

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第10話  提督と司令官 その2

 

 そのサイズや見た目から『軍艦島』と呼ばれ、かつて石炭が採掘されていた端島。現在では島全体の廃墟が取り壊され、日本皇国海軍の基地として稼働している。

海軍が試験的に設置した試験基地で、それと並行して南方からの資源輸送等を主任務としていた。現在、戦線の後退に伴って任務を遂行していないが、本州との連絡航路維持に尽力している。

 そんな端島基地もとい端島鎮守府に、俺は向かっていた。横須賀鎮守府から南風ら護衛4人と金剛を連れて東京駅へ向かい、新幹線を乗り継いで新長崎へ。そこから軍が用意していた車に乗り換え、端島鎮守府への補給物資を備蓄している軍が接収した小さい埠頭に到着した。

 道中何が起きる訳でもなく、何のハプニングもなしにここまで移動出来たのは幸いだった。だが金剛が何やらぶつぶつと言っていた言葉が気になる。特に京都と神戸、広島。まぁ、分らんでもないけどな。ぶらりと途中下車してフラフラしてみたいな、とか思ったりした。何でも広島は内海だから、深海棲艦の影響とかあまりないらしい。海産物がとても美味しいんだとか。……帰りに牡蠣買って帰りたい。

 

「ここにあるコンテナ全てが端島鎮守府の補給物資だそうです」

 

 横を歩く南風がそんなことを言う。高く積み上げられたコンテナたちが壁を作り、その間を道として俺たち人間が通っている。車が1台通れる程度の幅だが、車の往来が全くないここでは問題にはならないのだろう。

金剛は俺の後ろを歩き、前に2人、後ろに1人が小銃を携えて歩いている。ここまで厳重にする必要はないと言ったんだが、結局止めてくれなかった。そもそもここは民間の漁港だった場所ではあるが、今は軍が所有する埠頭。無粋なことをする輩はいないだろうに。

 コンテナブロックをいくつか越えると、やっと埠頭の端に出てくることが出来た。

そこには既に兵が数名と艦娘が立っている。

 

「待ってたっぽい!! 貴女が今日来るって提督さんが言っていた横須賀鎮守府の提督さんっぽい?」

 

 夕立だ。姿を見る限り虹彩も赤い訳ではないので、改二ではないのだろう。

艤装に目を向けてみても、主砲は12.7cm連装砲。魚雷発射管も四連装魚雷。対空機銃も変わらず。つまり、改造が何もなされていないどころか、改装もしていないということだろう。

 ふと、伊勢の言葉を思い出す。

補給線を途絶えさせないために、たった10kmばかりの航路を必死に守っていたこと。そして、その10kmの間に艦娘が次々と消えていったこと。轟沈を何としてでも避けてきた俺としては、想像もしたくない言葉でもあった。

そんな言葉を自分の知らないところで、艦娘が誰かを相手に零してしまうのは……。"提督"としても、人としても嫌だった。

 

「そうだ。端島鎮守府までよろしく頼む」

 

「了解っぽい!! じゃあ皆、夕立の艤装に乗って!! 出発するっぽい!!」

 

 元気よく俺たちの前を歩く夕立。俺たち、特に南風ら護衛は心底変なものを見るような目で夕立を見ていた。

それもそうだろう。彼女らが知る夕立は、横須賀鎮守府の夕立。積み上げた知識と培った経験を駆使し、忠実に任務をこなす高練度艦だ。俺がこの世界に来て着任した時、夕立は孤立してから横須賀鎮守府を目指して単独航海をした。結局到着することなく、近くを通りかかった横須賀鎮守府所属の遠征艦隊に拾われたが、それからというのも、『ぽい』の口癖をほとんど言わなくなってしまった。

曖昧な意味を表す『~ぽい』を言葉に発さず、ダメならダメと、良いなら良いとはっきりと言うようになってしまった。彼女のアイデンティティはそれだけではないが、かなり表面に現れるものを自ら使わなくなってしまっていったのだ。

 金剛が俺の横を歩きながらつぶやく。

それは端島鎮守府の夕立のことだった。

 

「本来の姿である夕立、デスネ。提督の夕立は……普通ならば経験しないことをたくさん積み上げマシタ。デスカラ、"あれ"を直視しちゃダメデース。"あれ"は夕立とは違いマス」

 

「……あぁ、分かっている」

 

「なら良いですケド」

 

 夕立の背中を追い、俺たちは埠頭に接岸された夕立へと乗り込む。

 俺は何も考えずに中へと進み、恐らく夕立が用意したであろう部屋に通された。

そこは士官食堂のようだ。無骨なその作りはそのまま残っており、各配置の妖精たちがせわしなく歩いていた。俺たちは椅子を引いて腰を下ろす。そうすると艦内スピーカから声が聞こえてきた。

 

『出航するっぽーい!! 到着は約25分後!!』

 

 どうやら出発するみたいだ。艦が揺れ始め、出発したことを身体全体で感じる。

 

『両舷前進いっぱーい!! 第三せんそーく!! っは!? 間違えたっぽーい!!』

 

 どうやら伝声管を間違えたらしい。というか廊下からも聞えてきたから、全体用のを使ったんだろうな。

赤城に乗った時にこんな間違いは聞いたことないが、こういうことはたまにあるんだろうか。俺が金剛の方を見ると、何かを察した金剛が説明を始めてくれた。

 

「単艦デスカラ、多分27ノットくらいネー。速度換算すると約50km/h。距離は約10km。おそらく多く見積もった数字デスネ」

 

 今計算したのかよ……。俺はまだ慣れてないから、もう少し頭の中で考えるのも時間が掛かる。

というか、俺が聞きたかったことと違うことを答えたな。

 

「ちなみに伝声管を使うのは本来妖精さんの役目デース。そもそも艦娘はほとんど伝声管を使うことはないデス」

 

「ということは」

 

「夕立も言っていましたが、間違えたのデショウ。そそっかしい子デース」

 

 フフッと笑う金剛は肘を立てて、士官食堂を見渡していた。

 

「……清掃も行き届いていマス。甲板もそうデシタ」

 

「姑かよ……」

 

「あーっ!! 私のこと、"おばあちゃん"だとか思ったデース!?

 

 え? いきなり怒り出した?! 俺はただ、息子夫婦の自宅に来てすぐに掃除とかの出来を確認する姑か~と思って口に出しただけだったんだが、金剛は何か別の方に捉えたみたいだな。

同じ机に向かっている南風は口を押えて笑うのを堪えているし、他の護衛も顔をそっぽ向ける。誰も助けてくれないのか、と考えている間に金剛は詰め寄ってきていた。

均整のとれた容貌の金剛が眉を吊り上げてズイズイと近づいてくる。俺は腰を引いて首を後ろにそらせる。それでも金剛は机に乗り出して顔を寄せてくるのだ。

 

「私だって女デース!! そんな風に思われていたなんて……ッ!!」

 

「い、いやいや!! 金剛が『清掃も行き届いていて、甲板も綺麗だった』とか言うから、息子夫婦の家に来て掃除チェックをする姑かよって意味で言ったんだよ!!」

 

「し、姑っ……」

 

 わなわなと肩を震わせる金剛が若干涙目になりながらも、俺に更に詰め寄ってくる。既に机を通りこし、俺とももうかなり近いところまで来ている。

近くで見ている護衛も助けて欲しいが、こういうのは仕事の内に入らないのだろうか。遂に南風も顔をそっぽ向けている状態だ。声を殺して笑っているのは見れば分かる。

 

「わっ、私はまだ19歳デース!! 提督とあまり変わらないデース!! そ、それを姑ってぇ……!!」

 

「悪かった!! 悪かったって!!」

 

 いい加減にじり寄りも限界に来ており、もう少しで後ろに倒れそうになっていた。俺は金剛の肩を押し返し、姿勢を戻す。

不貞腐れた金剛をなだめつつも、金剛の話に耳を傾けつつ、俺は色々と話をする。

 

「うぅ~……」

 

「ごめん、金剛」

 

「うぅ~……もう、言わないデスカ?」

 

「言わない」

 

「きっぱり言いますネ……。分かりマシタ。もう、私も気にしまセン」

 

 プリプリ怒っていた金剛も、その怒りを潜ませて、金剛は姿勢を正した。

俺も椅子にちゃんと座り、正面に座る金剛の顔を見る。

 

「……今回の件、聞いても良いデスカ?」

 

 突然真面目な話に切り替わった。俺もそれ相応の態度を出し、金剛の言葉を聞く。

あれやこれやと言うことのない金剛は、ストレートに俺に聞きたいことを聞き、言いたいことを言うタイプだ。今回もそれに倣い、金剛はストレートに道筋無しに言う。

 

「交渉したとしても、端島の司令官は艦隊運営に向いていマセン。それは提督も分っていることデース。デスカラ、私はこんなことに時間を割く必要はないと出発前に言ったデス」

 

 少し回り道をしている気がするが、金剛は最終確認で言っているのだろう。

 

「駄弁るのデシタラ、私はすぐに端島鎮守府から横須賀に行マスヨ? 暴れる提督を押さえつけてデモ……。端島の艦娘には悪いデスガ、大本営の人選が悪かったデス。一番経験のある提督に相談を持ち掛けなかったことが、いたずらに艦娘を失うような事態になるんデス」

 

 その言葉は出発前に聞いた言葉よりも強制力のある言葉の使い方だった。

 金剛の言っていることは、かなり無駄なところを切り落とされた極論だった。全てが理に適っており、何を優先するべきか分かっている。だが、それでも俺が端島に来る理由も理解していることだろう。金剛はそういう艦娘だ

表情を一切変えない金剛は、俺の表情を観察しながら言葉を続けた。

 

「情報収集なんて簡単なものデス。なんデスカ、アレ。無茶な遠征計画に防衛網、艦隊編成、装備、先のFF作戦での行動……。これが意図せずして執っているものだとすれば最悪デス」

 

 金剛の言う通り、端島の司令官の指揮は最悪なのだ。羅列された言葉の中に出てきた件、どれも言葉で表せば1つのことではあるが、中身はそれ以上に大きいものなのだ。

繰り返されてきたことを大半とする行動の結果は、その姿を見え隠れさせながらも、最低限国に影響を与えてきたものだった。だから本来はここまで貶めるようなことを言う必要なないのかもしれない。ただ、それが悪いことである、ということを知っている人間が居るのだ。駄目だと判断できた人が居たのだ。それでも止めることが出来なかった。

だから、今回は真相を聞きにこうして俺が出向いている。電話で聞いても良かったんだろうが、内容が内容だ。俺は面と向かって話すべきだと判断したのだ。

 

「それを面と向かって確認しに行くんだ。この情勢下で呼び出しでは先ず問題が起きる。だからこうして俺から行くことになっている訳だ。そもそも俺から頼んだことだしな」

 

 そういうと金剛が黙った。

 

「話してみて、確かめた後に決める。もし、本当に最悪な人間だった場合は手を打つ。それで良いだろう?」

 

「……ハイ。私はあまり期待しマセンガ」

 

 これ以降、俺と金剛はこの件について話をすることはなかった。

俺もこれ以上話しても仕方ないと感じ、金剛もまた話す必要はないと判断したんだろう。あと、出来れば南風は姑の件を蒸し返して欲しくなかった。本人は意図せず話題にしたようだが、俺としては金剛のことを気にしながら話す必要があったからな。

 





 次回から端島に移動します。前置きが長ったと思いますが、仕方ないデスネ!!

仕 方 な い デ ス ネ !  !

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第11話  提督と司令官 その3

 端島鎮守府を見た感想は『疲れ果てている』だった。具体的に言うと、通る艦娘たちがそんな表情をしていたのだ。

接岸して上陸し、端島の司令官が待っているという部屋まで、俺たちは夕立の後を歩いていくしかなかった。

 夕立曰く、炭鉱跡は埋めてあるらしく、遊びに行こうとしても入ることが出来なかったそう。坑道全てに土砂やコンクリートが充填されており、掘って入るのも破砕してまで行くこともないから入ったことが無いんだとか。島全体を探検すると面白いらしいが、廃墟の類は一切なく、鎮守府関連施設しかないとのこと。資源保管施設等が島の1/5を占めており、その他は艦娘寮や弾薬、工廠、入渠場と鎮守府に必要な施設で埋め尽くされており、酒保はあるものの、明らかに横須賀鎮守府のそれとは規模が違っていた。

 横須賀鎮守府で言うところの本部棟に足を踏み入れる。そこはどうやら半分地上に出ており、重要区画は地下に埋まっているらしい。地上施設のほとんどが会議室や倉庫になっており、地下施設が重要書類保管庫だったりそういうものらしい。横須賀鎮守府とは全く異なる作りなので、俺は物珍しく周りを観察してしまっていた。

そうこうしていると、本部棟地上施設にある一室に到着する。

 

「ここで司令官が待ってるっぽい。じゃあ入るね!!」

 

 ノックをした夕立は男の声の返事を聞いて、扉を開いた。

 

「連れてきたっぽい!!」

 

「ありがとう。夕立」

 

「じゃあ、私は整備に行くっぽい!!」

 

「お疲れ様」

 

 夕立から順番に俺と金剛だけが会議室に入った。護衛の4人は窓の外で待機になる。

 端島の司令官は俺よりも年上で、俺とは違い、ちゃんと軍装を着用していた。帽子を被って来なかったが、彼は被っている。腰には軍刀と拳銃を下げている。

俺は形式上的に軍刀は下げているが拳銃は金剛たちに捨てられている。一応、執務室の机の中には小口径のコンパクトサイズの拳銃が入っているが、今は持っていない。

 司令官は立ち上がり、俺に敬礼をする。軍という組織は上下関係に厳しいところだ。あちらが年上でも、俺の方が階級は上。年下相手でも敬礼は欠かさない。

俺が答礼をして手を下げると、あちらも手を下げるのだ。

 

「端島鎮守府司令官の海軍大佐、真田です。お待ちしておりました」

 

「横須賀鎮守府艦隊司令部の天色です。急な押しかけ、申し訳ありません」

 

 座るように促された俺は椅子に腰かけ、早速話を開始する。導入は先の作戦の件で良いだろう。

大本営から俺たちの行動に関してはあまり情報が流れていないらしいので、真田も知りたいと思っているだろう。

 

「先日の申し出、お受けいただきありがとうございます」

 

「補給の件ですか? 自分はそれも必要なことと思ってます。油はどうやら国内に出回る量が減って、海軍への供給量が増加したように見えます。当鎮守府の備蓄もかなりありますから、お気になさらぬ様」

 

 話してみれば特に不快感はない。それに中年に片足入れているような歳ではあるが、かなりさわやかな印象を持った。悪いことをしているようには見えないが……本当に艦娘をいたずらに沈めているような輩なのだろうか。

 

「先の作戦では台湾まで防衛線を押し上げました。既に掃討作戦の準備も行っております。その際には戦力捻出をどうか」

 

「分かっていますよ。自分の方では沖縄以北の哨戒偵察を負います」

 

「よく分かっていらっしゃる」

 

「それ以上は自分のところだと力不足ですので」

 

 真田は良く分かっているのだろう。指揮下にある艦娘の練度を。だったら何故、遠征で轟沈艦が出てから方針転換をしなかったのか……。

 

「……中将にお聞きして宜しいですか?」

 

「何でしょう? お応えできる範囲でなら」

 

 真田は何を聞こうというのだろうか。

 下士官以上の階級に就いている人間は、基本的にプライドと自信を持って軍務を全うする。それが軍人の基本であり、教えを乞うなんて行動は異様だ。

真田も士官学校卒で実務経験があるからこそ、海軍で生き残っている人間。となると、よりにもよってポッと出で、士官学校も出ていない若造()に聞くこと等あるのだろうか。身構えて、俺は真田の言葉に集中する。

 

「私は信じることが出来ません。中将が横須賀鎮守府に着任されてからこれまでの間に、艦娘が1人も轟沈していないことが。自分は横須賀鎮守府の戦闘報告を参照しながら、先達の糧を盗もうと」

 

 ハッと表情を変えて、真田は口を噤んだ。

後半に言っていた言葉、『横須賀鎮守府の戦闘報告を参照しながら、先達の糧を盗もうと』という言葉、それはまさに"自分のプライドを無碍にしてまでしている"ことを表していた。途中で気づき、それ以上言うのを止めたのだろう。

 

「自分らは資源輸送と哨戒戦闘が主任務です。その任務は戦争です。様々な戦術を使ってきましたが、事あるごとに艦娘を失ってきました。それであるのに、主力である中将らは轟沈を出さずに深海棲艦から制海権を奪い返していました」

 

 そもそも艦娘を轟沈させずにそこまで進める理由が分からないのだろうか。それとも……。

 

「練度の差は理解します。それ以外に、自分と中将にどのような差があるというのですか」

 

 遂に言った。真田は遂に艦娘を轟沈させてしまう決定的な理由になる言葉を言ったのだ。『練度の差』『どのような差』これが真田が艦娘を轟沈させる理由だ。

俺の鎮守府の戦闘報告と比べて糧にしようとする姿勢から、学び取ることを放棄している訳ではない。つまり、意図的に轟沈させている訳ではないことが分かる。更に真田は足りていないものを理解している。その先で躓いているのだ。

 

「何もかもデース」

 

 後ろで今まで黙っていた金剛が突然、真田に言い放った。

その言葉は、短いながらも鋭く尖った刃の如く一閃し、真田を斬りつけた。

 

「なっ」

 

「真田大佐。貴方は自らの問題点を見出し、改善しようと行動を起こしていマス。地位に踏ん反り返って威張り倒すような人間でないことが、この数分間で私にも分かりマス」

 

 金剛に同意だ。

 

「デモ、それだけなのデス」

 

 金剛は長く大きな袖の中からあるものを出して、机の上に置いた。俺にもそれが何なのかを確認させ、金剛は話を続ける。

 

「『練度の差』『どのような差』……真田大佐と提督には確かに差がありマス。士官教育を受けていない提督に、士官学校卒の真田大佐。軍役の短い提督に、軍役の長い真田大佐。これだけを聞けば、軍人として優秀であるのは真田大佐であると、聞いた全員が答えるデショウ」

 

 スッと机に置いた紙を、真田に見えるように金剛は近づける。

 

「ただ、艦娘の指揮、対深海棲艦戦闘には提督に軍配が挙がりマス。指揮に関してはそう大して変わらないように見えますケド、大きく違いがあるとすれば"それ"デス」

 

 真田は金剛が出した紙を手に取り、内容を確認していく。

1枚ではないその紙を捲り、捲り、捲っていくに連れて、真田は表情を少しずつ変えていった。

 

「な、なんだコレは……。キルレシオがおかしいッ?!」

 

「それは横須賀鎮守府艦隊司令部所属の、とある航空隊の詳細な戦闘状況報告デース。個人で付けているものらしいノデ、直接言って借りて来マシタ」

 

 真田が見ているそれは、赤城航空隊の戦闘状況報告。戦闘状況や、双方の戦力、運用方法、艦載機の整備状況まで事細かに書かれていたものだ。

そんなものがあるとは思いもしなかったが、考えてみれば赤城なら付けていてもおかしくはない。それを他の艦娘に教導するか、それを元に戦術を考案するか……。

 

「こ、こんなことが……」

 

「はい。それを見て何が違うのか、"差"を見つけると良いデス」

 

 どうやら金剛の発言は終わりみたいだ。ここからは俺の番になる。

 

「真田大佐。金剛はああ云いはしましたが、1つ聞いてはもらえませんか?」

 

「えぇ」

 

「"艦娘を轟沈させない戦術"を土台に作戦立案、実行、遠征が私たちには求められています。その一環の成果が、金剛が提示したものです。それらを目指す一番の近道は資料室に籠ること。これまで日本を支えてきた艦娘たちの遺した戦術指南書が私の応えです」

 

 戦術指南書の中には、俺がしていることや、常識であることも書かれている。攻略が済んでいない海域への遠征の危険性や、各海域の難易度等々……。

それを熟知したならば、未攻略の海域への遠征任務を下すことも無くなるはずだ。そして、明確に攻略と遠征、それ以外の違いが分かる。そこに艦娘を轟沈させない何かがあり、それを掴むことが出来るだろう。

 

「資料室、戦術指南書……。了解しました」

 

「誰一人として、"家族を失った悲しみを味わわせることのないように"……。お願いしますよ」

 

 刹那、真田の目が見開いた。俺が知らないと思っていたのだろう。

それを暗に気付かせることが出来たのは大きい。

 

「せっかく端島に来ましたから、少し見てみたいですね」

 

「そうデスネ。私も見たいデース」

 

 もう辛気臭い話はお仕舞だ。ここからは有益な情報交換と行こう。

真田から俺も何か盗み、それを横須賀で生かそう。そう思い立っての行動だ。

 

「ならば、丁度今訓練中の艦娘が居ます。見ていかれますか?」

 

「是非に」

 

「ならばご案内します」

 

 スッと立ち上がった真田も、どうやら話の一区切りが付いたことを悟ったのだろう。少し態度を変え、椅子から立ち上がった。

 会議室から出て、俺と南風は真田の後ろを歩きながら話をしていた。

金剛は別件の話をしたいみたいだが、内容が内容だけに別の時に話すとだけ言って、キョロキョロと物珍しそうに周りを観察している。

 南風ら護衛は許可を貰って帰りにも乗ることになる夕立の艤装の中に小銃を置いてきているので、今はいつものBDUだけだ。それに拳銃とナイフだけ。これはここ端島鎮守府の門兵というか、駐在兵たちもそのようなスタイルなために、特に違和感なく過ごすことが出来ている。

そんな南風でも気になることがあったのだろう。

 

「提督が話されている間に、差し入れしてもらいました」

 

「あまり貰いすぎるなよ」

 

「分かっていますけど、私たちの階級を見て心底驚いていましたね」

 

 台湾攻略作戦中に南風ら門兵から言われ、俺はまだ相手に砕けた口調で話すのに慣れていない。やはり、年上に砕けたり命令系で話すのは慣れない。そんなことを感じながら、俺は南風との雑談を続ける。

 

「下士官以下の一兵卒だと思われていたのか?」

 

「そうみたいです。私、童顔ですから」

 

「……」

 

 なんて返せば良いんだ? 今のは南風のボケなのか? 確かに南風は顔が整っている。そして華奢だ。これで戦闘力がそこらの兵よりも格段に上であるとは信じられないことではあるが、それが階級やら周りからの信頼が表しているんだから信じざるを得ないだろう。

何故か夜に執務室にランニングウェアで来る時があるが、そういう服装だと身体の線やらがよく分かる。そもそも布地が少ない上に薄く、身体に張り付くタイプだからだろう。身体の筋肉がどうなっているかなんて、嫌でも見えてしまう。本当に嫌だと思っていたのならすみません。

というか、どうしてそんな格好で男の前に出れるかが謎ではあるが……。

 

「他の護衛は屈強な男だというのに……」

 

「そうは言いますが大尉~」

 

 護衛の1人が南風に笑いながら言う。

 

「手元ぶきっちょで工兵的なこと出来ないじゃないですか」

 

「チマチマしたものは好きじゃないから」

 

「いってらぁ~!! 不器用な女はモテませんよー」

 

「言ったね? 私のどこが不器用なの?」

 

「ひぇー!!」

 

 笑い飛ばす護衛に、南風もはにかんでいた。そんな光景を視界の端に入れ、俺は真田の背中を追う。

 一応、横須賀鎮守府じゃないから自重して欲しいんだが、これが横須賀鎮守府での彼らのスタイルだったりする。

職務中でも、ミスをしなければ良いという暗黙のルールみたいなものが出来上がっているのだ。そんな状況でも、今まで誰かがミスしたなんてことを聞いたことが無い。そんなことを考えていると、笑い声がピタリと止んだ。どうやら横須賀じゃないことに気付いたんだろう。

 

「申し訳ありません。羽目を外し過ぎてしまいました」

 

「俺は気にしない。真田大佐はどうだか知らないが」

 

 そう俺が言うと、真田大佐は答える。

 

「自分も気にしませんよ。賑やかなのは好きなんです」

 

 こっちをチラッと見てそう言った真田は、再び正面を向いた。

 

「だ、そうだ。存分に騒いで結構」

 

「「「「はははっ!!」」」」

 

「それと南風は不器用なのは良いが、爆薬を鎮守府の中で爆発させるのだけは勘弁な。ひき肉になりたくないからな」

 

「「「だーっはっはっはっ!!」」」

 

 刹那、風を切る音が聞こえた。

 

「シッ!!」

 

「っ!!」

 

 鈍い音がしたので後ろを振り替えてみれば、どうやら南風に脛を蹴られた護衛が1人居る。ケンケンしながら後を追ってくるので、どうやら八つ当たりされたのだろう。ご愁傷様。

 そのまま護衛と金剛、俺、真田を交えて談笑しながら、真田の目指す目的地を目指す。

談笑の途中に行先を教えてもらったが、どうやら埠頭のようだ。なんでも、空母の艦娘と航空隊が実戦訓練中らしい。それを案内するとのことだった。金剛が見せたアレの後に、俺に航空隊の訓練を見せるのはどうかと思うんだがな……。多分、何か目的があって連れて行くのだろう。

ならば、俺もそれに答えようじゃないか。

 




 これで終わりだとは思ってませんよね? まだまだ続きますよ。続きますよ(2回目)

 それと後半に焦点が当たった南風に関してですが、オリキャラで登場頻度が高いので設定をご参照ください。ちなみにこの時点ではまだ普通です。
それと、南風と並行して前作から度々出ていたオリキャラも今後は登場が多くなります。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第12話  提督と司令官 その4

※注意 今回は端島鎮守府艦隊司令部所属 航空母艦 瑞鶴の瑞鶴航空隊艦戦隊一番機付きの妖精の視点で話を書いています。



 私は端島鎮守府艦隊司令部所属 航空母艦瑞鶴 瑞鶴航空隊所属 艦戦隊一番機付き妖精。名前は教えない。瑞鶴さんが建造されてからずっと一緒に戦ってきた私は、今日も単機・ロッテ・飛行隊規模での技量向上を目的に訓練を始めていた。

瑞鶴さんは実に意欲的だと思う。先輩である加賀さんに突っかかっては、色々な意味の入り混じった言葉を糧に航空隊の練度を上げようと勉強しては実践し、私たちと一緒にあれやこれやと考える。昨日も夜遅くに艤装に集まり、格納庫で会議をしたものだ。こういう機動を相手が取った場合の対処、周りはどう動くべきか、標的にされた場合の離脱はどうするか等々。

今日はそれを実践に移すべくして、愛機の零戦二一型に搭乗する。

 零戦二一型もかなり長く乗っているが、かなりの愛着がある。零戦の最初期型である艦載能力がない零戦一一型に着艦装置を取り付けたものではあるが、それでも20mm機関砲の威力は凄まじいの一言に尽きる。被弾させれば一撃。翼に大穴を開けるか、発動機に当てて止めるか、燃料タンクに当てて爆発させるか、コクピットに当てるか……どれも被弾すればただじゃな済まない被害を与えることが出来る。機首にある7.7mmも装弾数が多いので、零戦の継戦能力を伸ばしている。素晴らしい艦載機だ。

 ただ、気になることがある。それは何年か前、横須賀鎮守府と合同でアメリカに行った時の戦闘記録が残っていたのだ。それを資料室で見つけた瑞鶴さんは、私たちにそれを見せたのだ。

そこには、詳細な戦闘記録と航空戦に関する報告が綴られていた。そこで気になったところがあった。横須賀鎮守府から派遣されてきた空母の艦載機は零戦二一型や九九艦爆、九七艦攻ではなかった。真意を確かめようにも手段が無いから、いつか来るであろうチャンスの時に聞いてみようと思う。そこから得た情報で瑞鶴さんと一緒に、また作戦会議だ。

 

『あー、あー。聞こえる? 今日は昨日の実践。相手は翔鶴姉に頼んであるから翔鶴航空隊よ。気を抜かないでね』

 

 搭乗員妖精が待機している部屋で、全員がスピーカーから聞こえてくる瑞鶴さんの声に耳を傾ける。

これから実戦形式の訓練が始まるのだ。

 刹那、艦内にサイレンが鳴り響き、状況が伝声管から艦内全体に流れ始める。

 

『偵察機より入電。敵編隊接近。迎撃隊は速やかに出撃せよ。繰り返す。敵編隊接近。迎撃隊は速やかに出撃せよ』

 

 ザッと室内にいる艦戦隊の妖精たちが立ち上がり、甲板へと駆け足で出て行く。私は艦戦隊で隊長機をしているので、そのまま甲板には行かずに戦闘指揮所に走り込んで状況を頭に叩き込む。

そのまますぐに戦闘指揮所を飛び出し、甲板に出て艦橋横に置いてある黒板を使い、隊員妖精たちに状況説明を行うのだ。速やかに。

 

「敵編隊は艦首2時方向、高度1200m、距離12000、数36。艦戦隊はこれを迎撃。高度を2000まで上げてから攻撃だ」

 

 妖精たちは頷き、エレベーターから次々と出てくる自分の機体に散っていく。

私も自分の機体に向かい、コクピットに滑り込んだ。そのまま発艦準備を済ませて命令が下るのを待つ。そうこうしていると、甲板作業員のうちの発艦指示妖精が身振り手振りで発艦する命令を伝えてくる。私はそれに従い、発動機出力を上げて離陸速度まで一気に速度を上げて発艦。

揚力を得るために開いているフラップの位置を確認し、ランディングギアを格納。速度が乗ったらフラップを閉じ、次々と飛び立つ後続の先頭で隊を集合させる。ここまでに7分は掛かっている。速く編隊を組み、上昇しないと迎撃に間に合わない。私はすぐに無線で上がってきている機体に命令を下す。

 

「各飛行隊は菱形陣形を形成し、編隊陣形はV字。長機は先頭だ」

 

 24機で一個艦戦隊を形成し、3つに分かれて一個飛行隊。、小単位編成(ロッテ)が二個分隊で一個小隊を形成する。

つまり一個飛行隊は二個小隊。艦戦隊で総数六個小隊だ。だが、基本的に戦闘は小単位編成である2機一個分隊で行う。僚機が撃墜された場合は、近くの小単位編成に編入され3機ないし2機で行動する。これが航空戦の基礎中の基礎だが、とても重要なことだ。単機でのシングルコンバットの成績も重要ではあるが、それは編隊を組んでいない場合であって、こういった場合は隊での戦闘が重要視される。

 

『『了解』』

 

 空へと舞い上がった24機の零戦二一型は、それぞれが周囲の警戒をしながら、会敵するであろう空域へと向かっている。

私は頭の中で状況を反芻、整理しながら、僚機ないし艦戦隊を生き残らせる方法を考える。練度を上げていく必要がある。そうしなければ生き残れない。

 

「ッ!!」

 

 瑞鶴さんまであと5kmのところで、私は下方を飛行中の編隊を発見。数は32。

出撃前に戦闘指揮所で受け取った状況と参照すると、こちらに接近中の編隊は36機。電探室のミスを最初に考えたが、あり得ない話でもなければ、あってもおかしくない話でもある。どっちが正しいかなんて分からない。

すぐに迎撃隊の隊員妖精も気付き始め、私に無線を入れてくる。

 

『隊長!! 報告と数が!!』

 

 2番機の妖精だ。言われなくても分っている。速く手を打たないと……。

 

『11時方向!! 敵機4、襲来!!』

 

 しまった!!

 

「第三飛行隊は襲来する敵機を相手しろ!! 第一、第二飛行隊は11時方向の対応に当たれッ!!」

 

『『了解っ!!』』

 

 すぐに命令を飛ばし、編隊の左翼、第三飛行隊が11時方向に回頭。私は操縦桿を左に倒し、発動機の出力を落とす。制限速度を超過して空中分解なんて訓練でやらかしたら大目玉だ。司令官に怒られるか、瑞鶴さんからお小言貰うことになる。もしこの訓練を加賀さんが見ていたら、瑞鶴さんはきっと嫌味を言われる。それは何としてでも避けたい。

 16機の零戦は私と同じように下方旋回しつつ降下態勢に入る。

既に相手の編隊もこちらを察知している頃だ。さっき接敵した4機の零戦はきっと、無線で編隊に迎撃隊の位置と数を報告しているハズ。恐らく、こうして効果している機数もだ。そしてこれは訓練であること。こちらが瑞鶴航空隊で、自分が翔鶴航空隊であることは分かっている。こっちの手の内も知っているし、私たちも翔鶴航空隊の艦攻・艦爆隊の癖も知っている。

身内での訓練ではあるけれど、日々訓練と演習を重ね、時には実戦に参加しながら実力を磨き上げていっている。もしかしたら、今日、翔鶴航空隊で何か新しいことをするかもしれない。そんなことを考えていると、敵編隊と交戦距離に入る。既に視認距離には入っているが、お互いに攻撃はしなかった。離れすぎている相手に機銃を撃ったところで、当たること等ほとんどない。ならば、大人しく接近してくるまで待つのが常識だ。

 

「第一、第二飛行隊は散開(ブレイク)ッ!! 第二飛行隊は芋虫(攻撃隊)の掃除、第一飛行隊は羽虫(護衛)を撃ち落とすぞ!!」

 

 無線で了解の声がいくつも届く。ここからの命令はそれぞれの飛行隊長に譲渡され、私の指揮下には第一飛行隊のみが残る。

既に第二飛行隊長が命令外にならない程度の、追加命令を下しているところだろう。攻撃隊をいかに素早く撃ち落とすか。私もすぐに自分の隊に命令を下す。

こちらは護衛で残っている6機と、早々に終わらせたら第二飛行隊の援護に入る。若しくは戦闘空域から離脱し、周辺警戒だ。今回の場合だと、攻撃隊がこの一隊だけでない可能性を考慮し、数機は空域から離脱させて情報収集に当てるのが良いだろう。

そうと決まれば話が早い。

 

「第一飛行隊は小単位編成に分かれて各個に攻撃ッ!!」

 

『『『『『『『了解ッ!!』』』』』』』

 

 最後までついて来ていた菱形陣形が散開。私の後について来ているのは2番機だけ。相棒だ。

既に乱戦に突入している他の小単位編成は初撃で数機撃墜している。私たちもうかうかしていられない。

 

「囮は私がやる!!」

 

『いつものやつですね!!』

 

「そう!!」

 

 右斜め後方を飛行している僚機とも散開。私は同じ飛行隊の背後についていた敵機を捉える。胴体のマーキングでは長機ではないが、飛行隊長だ。その機体が追っている味方を、別の角度から攻撃しようとしているのが僚機だ。現在の突入角ならやはり背後に付いている機を狙い、離脱。もし討ち損じても、僚機が尻拭いをするはずだ。もし一撃だったならば、僚機が敵の僚機を狙う。恐らく急旋回をして被弾面積の広い面を狙うはず。もしそうなったとしたら、私のするべきことはただ1つ。僚機に攻撃させないこと。周囲警戒をし、敵機が接近中なら攻撃だ。

 

「ぐうぅぅ!!」

 

 全身に襲い掛かるGに耐えながら、私は撃鉄を落とす。既に照準器には敵機が捉えられている。真ん中だ。

刹那、機体が揺れる。攻撃だ。翼内と機首にある固定武装が火を噴き、高温の鉄の塊が光を発しながら空に一本の線を描く。

 

「これで良い!!」

 

 チラッと右斜め上に僚機が見える。襲撃にはもってこいの位置取りだ。

 

『敵機撃墜!!』

 

「すぐに散開!!」

 

『よっしゃ!!』

 

 僚機が私の前方を飛んでいた敵機を撃墜したので、そのまま離脱。他の敵機に狙いを定めていく。

 護衛戦闘機隊との乱戦は20分に及び、瑞鶴航空隊の被害は被撃墜9、被弾11。ほぼ全機が損害を与えられて終わる結果に至った。

翔鶴航空隊も護衛戦闘機隊は全て撃墜し、攻撃隊の9割を撃墜。瑞鶴さんまで到達したのは1機だけだった。これにも一応、艦載機銃の訓練ということで、対空砲火の中を九七艦攻が魚雷投下を行うが、投下手前で撃墜判定。結局、母艦に被害は無しという結果に収まった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 撃墜判定を受けた艦載機は既に収容が済んでおり、最後まで飛んでいた私や僚機、その他数機は遅れて母艦に着艦する。もう着艦も慣れたもので、失敗することは無くなった。

着艦装置にワイヤーをひっかけ、急制動。発動機出力を落とし、最終的にはプロペラの回転も止める。計器を確認して、残燃料も確認。残弾もおおよその数は覚えているので、そのまま手元の紙に書き写して降りる準備をする。

 既に乗艦整備妖精が待機しており、私は相手に紙を手渡しする。

 

「はいこれ」

 

「ありがとう。あとお疲れ様」

 

「うん」

 

 それぞれに担当の整備妖精が付いている訳では無いが、整備妖精がどの機体を整備するかは個人が決めることらしい。私の機体も、今紙を渡した妖精がよくやってくれる。

 甲板からすぐに今回の訓練に参加していた航空妖精が集まる部屋へと足を向ける。

最低限やらなければならないことを済ませてからでないといけない。なので急ぐ必要はなく、私も歩いて艦内を移動していた。その間、艦内配置の妖精たちの会話が耳に時々入ってくることがある。その内容は、今日の夕食のことや他愛もない噂話がほとんどだが、今日に限っては違う。噂話ではあるが、信憑性が高く、私としても気になるないようだったからだ。

 

「今日来てる横須賀の提督。甲板配置の子が言ってたんだけど、見学で外に来ているみたいだよ」

 

「ほんとに~? 横須賀って忙しいって聞いたけど、何かあったのかな?」

 

 ここで黒い話が出てこない辺り、流石妖精といったところだろうか。私も黒い方を疑っていないので、自分が妖精であることを同時に自覚した訳だけど。

立ち止まって詳しい話を聞いても良いんだけど、流石にそれは不味いので目的の部屋に向かって歩き続ける。

 道中、噂の話は聞こえてきたが、どれも同じような内容だったので、後半は聞き流していた。もう部屋に到着しているので、頭を切り替えないといけない。

ここには今回参加した航空妖精と瑞鶴さんがいる筈だ。私も気を張って、今回の反省と改善点を議論しないといけないな。そう考えながら、私は部屋へと入っていった。

 




 最近忙しいのと、ゲームにお熱なのであまり書けていません(汗)
違和感を持つ方も多いと思いますが、これくらいが本来の更新頻度だと思うんです。苦しい言い訳ですけどね。
一番最初から読んでいただいている方からすると、かなり期間を開けたと思われると思います。上記のようなことになっていますので、ご容赦を。

 今回は提督視点ではない視点で書きました。伊勢の時然り今回然り、時々このように別視点での話を挟むと思います。その際は前書きをよくお読みください。
今回は本文に書いてありましたが、伊勢の時のように書いてないことの方が多くなると思います。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第13話  提督と司令官 その5

 真田に連れられて、俺たちは埠頭近くの灯台に来ていた。そこからは空母が沖の手前に浮いているのが見える。形状からして翔鶴型だろう。かなり近くなので形が良く分かる。

 

「今日は翔鶴と瑞鶴が攻撃隊護衛と迎撃戦闘の訓練を行っています」

 

 遠くで発動機の音、機関砲の砲撃音が聞こえるのはそれが理由か。俺の肉眼では見えないが、金剛には見えているのだろうか。

 

「状況設定はどうなっているんですか?」

 

 訓練と言っても、どうやらそれ自体は実践訓練みたいなものをやっているみたいだ。的に向かって撃つわけでもないみたいだからだ。真田も何をしているのかくらい、訓練が行われるのなら知っているだろう。それを聞こうと思い、俺は問いかけた。

 

「翔鶴航空隊は瑞鶴に向けて攻撃隊と護衛戦闘機編隊が上空1200mを飛行。瑞鶴の見張り員と対空電探により編隊感知後、瑞鶴航空隊迎撃隊が発艦。翔鶴航空隊の迎撃を行う、という訓練内容です」

 

 なるほどな。赤城も良くやっている訓練内容だ。ただ、それでも赤城の場合は色々とキツイ決め事をしている。爆装した零戦五二型(機首機関銃:13mm x2に変更)のみの編隊で攻撃隊を編成し、護衛隊無しで突破するとかな。もう聞いてるだけで寒気がしてくる内容の訓練を行っている。しかも時々、駆逐艦の艦娘に声を掛けて対空砲火マシマシのえげつない状況設定をしている。火線がおかしい数出ている中、零戦はその間を縫って空母に爆弾を落とすわけだから意味分からないを通り越している。

 それは置いておいて、だ。赤城のようなことをしているのか。そもそも、装備をどういったものを使っているのかが気になるところではある。

まぁ、長崎に迎えに来ていた夕立の艤装を見る限り想像はしやすいが。

 

「装備は?」

 

「護衛戦闘機、迎撃機は零戦二一型。攻撃隊は九九艦爆、九七艦攻です。長い事使っているものですが、妖精たちの練度もかなり上がってきているので、上手くやれていると思います」

 

 初期の旧式装備だ。零戦二一型は機関砲の装弾数が少ない、九九艦爆は固定脚と発動機で足が遅い上に搭載量もそこまで多くない。恐らくウチみたいに魔改造をしていないと考えると、相当質は悪いだろう。艦載機に関して疎い金剛でさえも『うえぇ~』と言いたげな表情をしているのだ。本当の本当に旧式装備なのだ。それに状況を鑑みると、機関砲と機関銃の弾薬ベルトの見直しや新型弾頭の配備なども行っていないんだろうな。ベルトを変えるだけで、撃墜率も挙がると赤城や他の艦娘の航空隊からも報告を聞いていたりもする。

それを考えると、長崎との補給線維持に沈んでいった艦娘が報われない。稼働から時間の経っている鎮守府に進水して、装備が初期装備のままで沈んだんだからな。満足に戦えていなかったのは目に見えて分かる。

 

「そうですか……」

 

 少し考える。やはり端島鎮守府の戦術は、画面の向こう側の操作と何ら変わらない。挙句の果てに装備の更新までしていないと考えると、頭が痛くなるほどだ。

 会話内容を聞いていた護衛の南風たちも、話の内容は分かるらしい。艦娘と接触していれば、嫌でもそういう情報は入ってくるのだろう。問題提起、解決案までちゃんと出ているのだ。しかもすぐに実行可能な、弾薬ベルトに関する内容。

 

横須賀(横須賀鎮守府)の赤城航空隊の資料は先ほど見せていただきましたが、それでも私らは足元にすら到達していないです」

 

 少し引っかかるところがあった。どこがかというと、真田の話し方だ。どうも不自然に思える。

 

「あの程度のインターセプター(迎撃機)は無傷で返り討ちにしなければ、赤城を引き合いに出すのは失礼ってもんデス」

 

 今まで黙っていた金剛が話に入ってきた。

ずっと空を見て、たまに見えるようにリアクションをしているだけだと思っていたんだが、どうしたのだろう。それにやけに突っかかっているようにも思える。

 

「……どういう意味だね」

 

 初めて金剛の言葉に返事をした真田の声色は、どこか怒気が混じっているようにも思えた。

 

「零戦二一型は艦上戦闘機デース。専門は迎撃(インターセプト)じゃないことくらい、戦艦である私ですら知っていることデス。艦上戦闘機という区分ではありマスガ、陸上機と合わせて区分するならば軽戦闘機デース」

 

「単発単座ならば軽戦闘機だろうな」

 

 少し顔を歪めた真田のことを気にも留めず、金剛は表情を変えずに淡々と話していく。

 

「その軽戦闘機であれだけのことをやれるのは、用途によって専用に設計がなされた特別機じゃないと出来ないことデス。なのに赤城航空隊の行うような空戦機動や航空戦術を、端島の航空隊が一隊たりとも再現することなんてまず無理な話デース」

 

「ならば横須賀の艦載機には特別な改修が……」

 

「してある機もありマスガ、基本的には弄ってないって聞きマシタ。あの戦闘記録も覚えているか分かりマセンガ、日米合同作戦で見せた赤城航空隊の戦闘もそんな簡単なことで身につくようなスキルな訳がないデショウ」

 

「ノーマルでアレか?! パイロットが成せる業なのか」

 

 金剛が醸し出す剣呑な空気に呑まれていたが、俺はそこから脱する。とは言え、金剛と真田の間に入っても俺が何か出来るとも思えない。とは言って割り込んでもだんまりを決め込んでしまう自信しかない。

 2人の間には異様な空気が流れている。金剛の言葉の中から棘を感じて気分を悪くする真田に、敵意剥き出しとまでは行かない程度に好意的な話し方をしない金剛。

金剛は今回護衛という名目で付いて来ている。本来ならば、俺と真田の間に割って話をしてもいい立場ではない。だが空気が、状況が、そのように可笑しな空間を作り出していた。

 

「この鎮守府は設立から1年は経っているはずデス。それまでにどれだけの戦闘を経験してきたのデスカ? 今まで積み重ねた"墓標"は何のために標高を高くしていったのデスカ?」

 

 遂に金剛が明らかな攻撃的発言をした。その言葉を聞き、真田の表情も完全に崩れようとしていた。何も知らない第三者からしてみれば、小娘に煽られている大人にしか見えないこの状況だ。いくら任地とはいえ、周囲には自分の部下しかいない真田もこれ以上に無い屈辱を感じていることだろう。

 流石に俺も不味いと感じた。なので、金剛を黙らせて真田に意識を俺に向けてもらうようにする。

一応これでも階級は上だ。どうにか鎮めて、話の方向を変える必要がある。

 

「金剛」

 

「ハイ」

 

「頭を冷やしてこい」

 

 無理やりその場から離れさせ、俺は真田の目を見る。

その目は、さっきまで俺の目を捉えていたそれとは違ってみる。何か、今までとは別の感情を含有している目だ。

 

「真田大佐」

 

「はッ」

 

 声色からか、はたまた、表面では落ち着きを見せているような真田は、俺の方を向いて姿勢を正す。

 

「繰り返しになりますが……"資料室"、"戦術指南書"を読破するまではいかなくとも、アレは先達の遺したその言葉通り『血と肉で綴られた記録』は、深海棲艦を相手取るには必要不可欠なものです。書店に行けば知ることの出来るような内容から、それにしか書かれていないものまで……。少なくとも『旧式艦を用いた戦争をしている』とは考えてはいけません」

 

「は、はぁ」

 

「これまでに積み重ねられた人類史は戦争と共に発展を続けています。深海棲艦との艦隊戦を俯瞰した時、半世紀以上も前の戦術等が現在に行われる艦隊戦にあってはならないです」

 

 ハッ、と俺はあることを思い出した。

 

「以前、12.7cm砲に特殊砲弾を実戦運用したことがありましたね?」

 

「確かに、ですがアレは直後に深海棲艦による反映と大本営に使用禁止令が出ましたが……」

 

「APFSDS……今考えてみると、砲の方も改造を施していたのではないですか? 砲身だとか」

 

「えぇ。連装砲を実験で2基配備しました」

 

「私がしていることはそういうことですよ。より深海棲艦を効果的に倒すことが出来るか……その模索の繰り返しです」

 

 さっきまでも、分かっていないような表情をしていた真田が何かに気付いたようだった。資料室に行けば分かったかもしれないが、今の時点で気づければより早く行動に移すだろう。

 

「そういうことですか……」

 

「何にお気づきになったかは分かりませんが、そういうことです」

 

 俺はスッと背筋を伸ばし、海の方を眺めた。今、真田がどういう表情をしているかは分からない。だがきっと、顔を顰めてはいないだろう。笑っていることもないだろうが、せめて心から落ち着いた表情に戻っていて欲しい。そう思った。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 埠頭で接岸している艤装は誰のもので、どういう状況にあるのかを聞いていると、瑞鶴と翔鶴が接岸した。

ぴったりとまではいかないものの、近くまで付けてから妖精たちが橋を掛けて下りてくる。どうやら資材の補給やらを行うみたいだ。その橋とは別のところから、翔鶴と瑞鶴は下りて来てこっちに向かってきた。

俺のところに居るのとそう大して変わらない見た目をしているが、瑞鶴の改造巫女服は迷彩柄になっていない。ということは改造を行っていないのだろう。

 俺と真田が並んでいるところに来て、翔鶴と瑞鶴、近くを通りかかった妖精たちが並んで敬礼をしてきた。

俺と真田、後ろに居る護衛たちも敬礼で返した。ちなみに金剛はさっき帰ってきたばかり。

 

「提督と……ッ?!」

 

「え?!」

 

 何、俺の顔を見て慌てないで欲しいんだけど。あと、急に翔鶴は顔を強張らせないで欲しい。かなり違和感がある。

 

「今日、用事があってお邪魔している。横須賀鎮守府の」

 

 そう言いかけたところで、瑞鶴がパーッと笑顔になった。

 

「嘘!? スゴ?! えー?! どうしちゃったのさー提督!! 大物中の大物がこんな僻地にいらっしゃるなんて!?」

 

 勢いはさながらマシンガンの如く、瑞鶴は真田に詰め寄って説明を求めていく。それをじりじりと後退しながら『落ち着けって』と諫める真田を見る限り、艦娘との関係は良好なのだろうか。

空白の日々で瑞鶴はかなり心に傷を負っていると思ったんだがな……。

 

「大本営を介してアポイントがあったんだよ。もう要件は終わってるから、見学に翔鶴と瑞鶴の訓練を見ていたんだ」

 

 瑞鶴のツインテールって逆立ちするんだな。真田の言葉を聞いた刹那、ビーンと真上に逆立った髪と共に表情が笑顔から少しずつ離れていく。

 

「中将。ご紹介は必要ないと思いますが、これが端島の五航戦です」

 

 少し雑な紹介を受け、俺はどうもと答える。2人は敬礼をして、すっと手を下ろした。

 

「えーっと、中将さんはずっと訓練を見ていたの?」

 

「あぁ。迎撃機の発艦前から」

 

「うわぁぁぁ!! いつも通りの訓練を」

 

 顔を赤くしたり青くしたり忙しい瑞鶴が真田と言い合っている間、翔鶴が俺に話しかけてくる。

 

「ご観覧なられたのでしたら、是非にお言葉を頂きたいです」

 

「ん? あー、良いけど」

 

 そう言って、俺は真田の顔を見る。まだ言い合っているが、声はちゃんと聞こえていたらしい。『ぜひお願いします』と言ったので、俺は翔鶴に遠慮なく言うことにした。

 

「翔鶴航空隊は護衛付きの艦爆・艦攻混成の攻撃隊を使っていたが、間違いないか?」

 

「はい」

 

 少し目を閉じ、状況を頭に思い浮かべる。

 

「とりあえずは、身重の攻撃隊をいたわるような指示は止めた方が良い」

 

「っ?! それは一体」

 

「攻撃隊の第一目標はなんだ? 直掩隊の第一目標はなんだ? 襲撃には察知出来たのか? 察知出来ていたのなら、どうして艦隊上空への到達を早めようとしない? 迂回路を用意しておかない? 別動隊を用意しない?」

 

「っ……」

 

「搭載機を失うのは確かに空母の継戦能力を失うことに直結する。手厚い護衛も確かに必要だろう。安定した航路を安全に航行することは、より多くの航空爆弾や魚雷を敵艦に当てるには重要だ」

 

 スッと翔鶴の目を見る。淀みのないように見える目、透き通っているように見える目だ。その目には今、何が映っているのだろうか。

俺の顔か? それとも、さっきの訓練の出来事か?

 

「先達の遺したモノを無駄にするな。今まで何をしてきたんだ」

 

 その言葉を発した刹那、翔鶴は目を見開いた。身の上もここでの生活がどうで、何を心に秘めているかも分からない。そんな翔鶴に、ただ一言放つ。その言葉はもちろん真田や瑞鶴にも聞こえていたはずだ。金剛にも、付いて来ている南風ら護衛にもだ。

 

「アレが相手だと、言葉通りに"七面鳥撃ち"になる。まさに飛んでいるカモがネギを背負って呑気に遊覧飛行だ」

 

「ち、中将?」

 

 俺は平和主義で染まり、硝煙の臭いも人の死とも密接に過ごしてこなかったが、この世界に来て分かったことがある。

この身に刻まれ、記憶が鮮明に蘇る"それ"は、俺の深層意識を上書きするには十分なものだった。

 そして俺を諫めようとする真田の顔が、これまでに見たことがないほど真っ青になっていた。

 

「最後まで粘っていた攻撃隊の1機。回避行動が他の機よりも浮いていたことを注意してみると良い。それをどうするかは考えろ」

 

 少し間を置いて、再開する。

 

「言い方は酷く、侮辱するものだったことは謝る。だが、そう言われても仕方のないものだった」

 

 俺が黙り、翔鶴と瑞鶴の顔を見る。2人とも表情に気持ちが出やすいみたいで、翔鶴は落ち込んでいるように見える。だが瑞鶴は違った。

怒っているようには見えない。俺の目を猛獣のような眼で鋭く見ている。2人の間で、かなり航空戦に対する訓練の意識の違いがあることが分かる。瑞鶴のそれは、何がなんでも食らいつく肉食獣だ。腹を満たすため、生きながらえるために。生存本能の赴くままとまではいかないものの、それに近いものを感じた。

 

「瑞鶴」

 

「は、はい!!」

 

 ちなみに今までの言葉は翔鶴に向けてだったりする訳だ。だが、瑞鶴も恐らく翔鶴航空隊の癖は理解しているだろうから、何かの糧になればいいと思うんだが……。

 瑞鶴の目を見て、俺は話し始めた。

 

「零戦はドッグファイト用に作られた戦闘機だ」

 

 戦術として一撃離脱を選ぶのは発動機がジェットに替わり、誘導弾が装備されるようになる前までは当然のものだった。だが、その戦術を使うのは奇しくも零戦。開発コンセプト的にも、性能的にもそれは常用するところまでではない。

 

「繰り返すようだが、先達の遺したモノを無駄にするな」

 

「はいッ!!」

 

「飛行隊から小単位編成(ロッテ)までの戦術は及第点にもならない。赤点だ」

 

 いきなり赤点とか言ってもなぁ……と思いつつ、翔鶴と同じように辛い言葉遣いをして話をする。

 

「クソ真面目な搭乗員妖精がいるようだな。そいつと一緒に真田大佐と翔鶴と缶詰してからが本番だ」

 

 そう。瑞鶴航空隊の迎撃隊24機の長機。アレは赤城航空隊に居てもおかしくないくらいの腕前だ。正直驚いた。驚きすぎてむせた。危険察知も攻撃精度も小単位編成との連携や、大局を見る目は凄まじいものだったのだ。

 

「翔鶴と同じだが、酷く侮辱する言い方だったことは謝る。だが、良いな?」

 

「はいッ!!」

 

 え? 目が輝きを通り越して、燃え上がるように見えたのは俺だけか?

ここまでかなり辛辣でとんでもない口調を使ったからか、どうしてもふざけてみたくなってしまった。なので、少し言ってみることにした。

 

「あ、あと」

 

 少し姿勢を崩し、俺は翔鶴と瑞鶴の顔を見て言った。

 

「真田大佐が許可するならば、横須賀に来てみると良い」

 

 そう切り出すと、瑞鶴は食いつく。

 

「え?! 本当ですか?! 横須賀の赤城さんの航空隊を見学したいなーって思っていたんです!!」

 

 良い食いつきだ。ここはひとつ、普段の行いの悪い赤城に仕返しだ。

 

「赤城ね。言っとく。あのトンデモうっかりさんでよければ気が済むまで見て行って欲しい」

 

 そう言って、俺は帰ることを真田に伝えた。もう少ししたら陽が傾き始める。暗くなるまでには駅に着いていたいのだ。

 それにしても、瑞鶴の口をぽかんと開けた顔は傑作だった。憧れの人の駄目な一面を見た、みたいな感じがして。

 




 最近また書くようになってきましたが、どうしても別の方には手が付かないです。
色々と考えては居るんですけどね。ここまで続いていると、むしろネタが……おぉっとイカンイカン(汗)
 忘れ去られた特別編短編集もちょくちょくネタを思いついて書いて、思いついては書いてを繰り返しています。大体が没ってるので意味ないですけど。

 話を戻して、本編のことを触れましょう。
 一応、今回で端島鎮守府への出張は終わりです。次からは少し休憩を数話……10話くらい挟みたいと思っています。思っています(2回目)
ですので、また少し更新が遅くなるかと思います。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第14話  時雨と雨

※ これ以降、休息回です。回数は未定になります。


 

 鎮守府は平和だ。既に季節も梅雨に入り、ジメジメした空気に皆がうんざりしている。俺はというと、執務室から出ることがそもそもあまりないので、そこまで不快感を感じることはない。

本部棟の廊下には空調はないので、梅雨らしい空気を感じることが出来る。とは言っても、長時間居ることはない。すぐに食堂に着いてしまうし、要件で出ていても1時間も外に居ることはないのだ。

 気候の話をしたが、現在絶賛外では雨が降っている。悪い天気だが、こういう天気だからこその艦娘がいる訳だ。今日、丁度秘書艦になっている艦娘でもある。

 

「良い雨だね」

 

「ここ連日雨だけどな」

 

「……むぅ」

 

 今日の秘書艦は時雨だ。時刻にして午前9時過ぎ。既に執務も終わらせて、時雨が提出まで終えている。

今からは他事をやっても良い時間だ。とはいえ、ここ最近執務の量が増えた気がしなくもない。デスクワーク中心だった俺の執務も、着々と量が増えつつある。外回りというか、デスクワーク以外での仕事が。

 特にメディアへの露出の件に関しては、大本営の方針でもあるので従わない訳にはいかない状態だ。時々、マスメディアが横須賀鎮守府に訪れて取材をしていく。昔のような、強引な取材方法を取ることはなくなり、良いように言えば『立場を弁えた』ということだろうな。

 このように小難しいことを考えることが多かったが、今日は特に考えることはない。

本当に今日は普段の執務以外には、いつやっても良いようなことばかりしかない。戦術に関してしか、俺の仕事になるようなことは残っていないのだ。

 

「て、提督は今日、この後何か……?」

 

 なんだか急に時雨がよそよそしくなったな。どうしたのだろうか。

 いつもなら、分かっているのか分かってないのか分からない表情で話をするというのに……。今日の時雨は様子がおかしい。

おかしな時雨を観察しつつも、俺は時雨の声に耳を傾けた。

 

「何もないならさ、提督の私室に行ってもいいかい?」

 

 時雨の表情と仕草を少し観察し、俺はすぐに返事を返す。

 

「別に構わないけど、いつも思うが野郎の部屋に入っても何もないぞ。あるのは本くらいだ」

 

「お腹が空いたら軽食が出てくるよ」

 

 ニコッと笑った時雨から視線を逸らし、俺は時計を見て時間を再度確認する。これから誰かが執務室に遊びに来るかもしれないが、まぁ良いだろう。居なかったら居なかったで、急用なら置手紙くらい置いていくだろうし、本当の火急の要件ならば探し回るだろう。大騒ぎしていれば、俺だって気付く。

 スッと立ち上がり、俺は自分の私室の扉に手を掛けた。

 

「今からでも全然良いが、どうする」

 

「うん。じゃあ今から行く」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 時雨がどうして俺の部屋に入りたかったのか、理由は複数考えられる。一番考えられるのは、俺の私室に置いてある本を読みたいとか言い出すのだろう。それ以外には……本目当て以外で俺の私室に入ってきたことが無かったな。

 私室に入ってきた時雨は、案の定本棚の前に立ち尽くしていた。

 本部棟にある資料室には色々な本が置いてあるというのに、どうして俺の本なのだろうか……と考えたことがあった。結局、本人に聞くまでは分からなかったが、時雨曰く『提督の本は資料室にはないものが多いからね。小説も漫画も……参考書だって、高等教育や専門書は資料室に無かったりする。提督の部屋に行くのが一番良いんだよ』と言っていた。真顔で。

 

「久々に来たし、借りている参考書はまだ解き終わってないから、今回は小説にしておこうかな」

 

 そんな独り言を呟いた時雨は、本棚の中で小説が置かれているところを見渡している。

 俺はそんな時雨を、椅子に座って眺めているところだ。私室と執務室の間の扉は開いたままだから、誰かが来てもすぐに分かる。ならば私室に居ても問題はない。ぼーっと見つめる先では、時雨が本を探していた。とは言っても、あてもない背表紙を見て手に取っては戻す動作の繰り返しになっているが。

 

「提督はさ」

 

「ん?」

 

 時雨は背中を向けながら、俺に声を掛けてきた。声色はいつも通りで、静か。落ち着いていた。

 

「物語のように、全ての事柄には必ず前触れや前座、フラグみたいなものがあると思うかい?」

 

「どうしたんだ、急に」

 

「まぁ聞いてよ」

 

 俺の方に顔を向けず、時雨は真意の分からない問いかけを続けてきた。俺は激しく悩んだ。言っている意味は分かる。だが、どうしてそれを急に訪ねてきたのかが分からないからだ。

 

「そりゃ注意して観察していれば誰だって気付くと思う。気付かないのは、積極的に情報収集を行わないか極端に情報収集が下手な人だけ。でもそれってさ、普通は無理だと思う」

 

 ハードカバーの本を抜いて、内容の確認をしながら、時雨は自分の右耳を触った。

 

「人間、それだけ注意をしていると疲れてしまう。もしできたとしても、途中で集中力が切れる等々結局は出来ないことが多いんだ」

 

「……どうしたんだよ、本当に」

 

 スッと俺の方を向いた時雨は笑っていた。ニコッとではなく、微笑んでいたという方が正しいのかもしれない。

それよりも、俺は時雨が何を考えてこの話を切り出したのかが分からない。どういう意図で以て、俺にこの話をする必要があったのだろうか。

 

「……まぁ、物語の話。どうしても現実的に考えてしまう僕の癖は異常なのかなって、そう思っただけの話だよ」

 

 『これにしよう』と言って、時雨は本棚から離れた。興味のある本でも見つけたのだろう。

 そのまま時雨は俺の真向かいに座る。椅子はあるが、わざわざ俺の真向かいに座った。執務室に戻っても良かっただろうに、どうしてここに座ったのだろう。

 

「提督はどう考えているの?」

 

 現実的云々という話に関してだろうな。

 

「物語の定型は、明らかに事柄への察知が出来るように作られている。それが伝統とまでは言わなくとも、そのように作られてしまっているのが現状だろう。だが俺も事柄というものは突然に、何の前触れもなく起こるものだと思うぞ。プロローグの時点で『何の前触れもなく事件が起きる事』は当然のように繰り返されてきたものではあるが、そこまで詰めてしまうと文学を全否定だ」

 

 肘を突き、手を頬に充てて俺は話を続けた。

 

「人間、未来予知なんて特殊能力があるのなら出来るだろう。だが基本的には『経験とそこからくる予測』で未来を見ることが出来る。これを現実世界と文学の世界に置き換えてもまた然り」

 

 時雨は表情を変えずに、俺の話を聞く。

 

「という訳で、結論は『読者がどのように捉えても良い』だ。だってそうだろう? 時雨のように『現実的に考えて、それはないんじゃないか?』と思うことは自由だ。それを同じ作品を読んだ人に強制することも無ければ、そもそもそんな権利があるはずがない。逆もまた然り。読んで不満を持ったのなら、そこで切り捨てて新しいのを読めばいい。自分に合ったものを読んで満足すればいい。それだけのこと」

 

「そう考えるんだね」

 

 また時雨は微笑んだ。そして本を脇にやり、刹那、俺が頬杖を突いている方とは逆の頬を触ってきた。

急なことで俺は動くことが出来なかったが、時雨はそのまま口を開く。

 

「物事は基本的に前触れもない、それまでの経験から導き出される予測に手を打つ訳でもない。僕は1秒でも先の未来は、大きなことは予測できてもそれ以外は無理だと思うよ」

 

「そ、そうか……」

 

 なんだか急に恥ずかしくなってきたんだが。頬を撫でられて、微笑みを向けられて……。

 

「変なこと訊いてごめんね」

 

 スッと離れていった時雨は、俺の対面にある椅子に腰を下ろした。

本を机の上に置き、肘を立てる。手のひらで頬を支え、目を閉じて言うのだ。

 

「今日、大本営から来客があるんじゃなかったっけ? 秘書艦日誌にはそう書かれていたけど」

 

「え? ……あぁ!! 確かに、今日は来客が!!」

 

 ガタッと立ち上がった俺は、急いで執務室に戻って確認をする。

一緒になって戻ってきた時雨は、いつも通りの表情だ。笑っている。雨が降っているからか、いつもよりも良い笑顔をしているのかもしれない。

 

「もうすぐで到着するじゃないか!! 急げ時雨!!」

 

「僕はもう準備出来ているよ」

 

「そうか」

 

 俺たちは机の上に置き手紙を遺し、執務室から駆け出した。

 結局、時雨はどうして俺にあんなことを聞いてきたのかが分からなかった。多分、後で聞いても教えてくれないだろう。ならば俺が考えるしかない。

本部棟まで装輪機動車で迎えに来ていた門兵と合流し、俺たちは来客との顔合わせに向かうのだった。

 





 色々と矛盾しながらも書いてきましたが、前書きにも書きましたが今回から休息回になります。メンタル等々の休息が必要かと思われましたので、というか必要でしたので休息回を入れます。とは言っても、本編に直接関係のある内容ですので切らないようにお願いします。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第15話  王様ゲーム その1

※ 休息回、続いています


 今日も鎮守府は騒がしい。静かな日なんてあるのだろうか、と考えてしまうほどに。

艦娘たちが遊んでいたり、何かをしているのはいつものことだ。遠征や哨戒任務のない艦娘たちは、思い思いに時間を過ごす。身体を動かしたり、勉学に励んだり、自主訓練をしたりetc.

 俺も執務を終わらせてしまっていたので、特にすることがなくなっていた。

時刻にして、午前9時過ぎ。昼まではかなり時間がある。今日は天気も良いため、外からは艦娘たちの声が聞こえてきていた。……門兵も混じっているが。

 

「提督は今日、何をするデスカ?」

 

 秘書艦席で頬杖を突いている金剛が、俺に話しかけてきた。今日の秘書艦は金剛だったので、この時間帯にここに居るのだ。

 

「特に考えていないな」

 

「ならばレクリエーションデース!! 今から人を集めて、何かしまショウ!!」

 

 バッと立ち上がった金剛は、眉を吊り上げてガッツポーズをしている。何かしたいのは分かったが、何をするんだろうか。レクリエーションと言っても、やるものなんてピンからキリまである。人数も集めようと思えば3桁は余裕で行けるだろう。そうなると、門兵の割合がかなり多くなるわけだが……。

 俺はいつも執務室に引きこもってばかりで、あまり公以外では外に出ない。それなら、金剛の提案に乗るのも良いだろうと思った。

無碍にしても可哀そうだし、せっかく誘ってくれたのだ。喜んで参加しようじゃないか。

 

「それは良いが、何をするんだ?」

 

 まず何をするのか、それを決めることが先決だろう。決めた後、それに応じた人数を集めるのが良いのだ。

 金剛のことだから、身体を動かす系になるかと想像をする。そうなると人数は最低でも20人以上は集めることになるのだろうか。

それにグラウンドに出て行くことになるだろうから、おのずと人数は増えていくだろう。そもそも何をする。球技になるのだろうか。

 そんなことを考えていると、金剛は長い袖からあるものを取り出した。

というかそこに入れていた時点で確信犯だろうな。どう考えてもそうだ。鼻っから俺を誘うつもりで、しかも俺が乗ってくるのを分かっていて準備していたのだろう。となると、後は頭数集めになる訳だが……。

 

「おじゃましまーす」

 

「失礼します」

 

 という具合に、執務室に急な来客がある。最初に比叡が入ってきて、その後に榛名やその他にも艦娘数名が入ってくる。

ちなみに金剛が取り出したのは、割りばしだ。割りばしだ。重要だから2回言った。

 それだけで何をするかなんて分からない。ゴム鉄砲を作るとか言い出すかと思ったが、先ず無いだろうなと自己完結。ならば、割りばしを使って複数人で遊ぶ遊びと言えば……。

 

「王様ゲームというのをしてみたいデース!!」

 

「「「「いえーい!!」」」」

 

 そうなるだろうな。そして示し合わせたように、艦娘たちが盛り上がる。どうやら事前に声を掛けておいて、時間になった時に来るように言っていたのだろう。流石は金剛だ。その辺りは抜かりない上に、手回しが速い。

 少し顔を引きつらせながら、俺は状況を確認する。

王様ゲームをやるのは良いのだ。良いんだが……俺以外が艦娘ってどうなんだ? 男を増やしてくれても良いんじゃないか? というような俺の心の声が金剛たちに届くはずもなく、着々と準備が進められていた。

割りばしに番号を振り分け、席を用意。執務室に置かれているソファーとその間にある机を撤去し、端に置いてある大人数用の机を引っ張り出して組み立て、それを囲むように椅子を配置。飲食物も出てくる出てくる。

ものの数十秒で宴会場が完成していた。

 

「こ、金剛?」

 

「なんデスカ?」

 

 俺が声を掛けるとキョトンとした表情で返事をする金剛。苛つきはしないが、何だか嵌められた気分だ。

 榛名の誘導で、俺も椅子に座らされる。机を囲むように座っているため、来ている艦娘の顔が良く見える。俺の右隣には金剛、左隣は榛名。金剛の右隣に比叡、霧島、翔鶴、瑞鶴だ。

メンツがどういう意図なのかは気になるところだが、俺がアウェーなのに変わりはない。俺だけがそう思っているんだろうけどな。

 そんな俺のことは無視されて、ゲームが始まろうとしていた。

机の中心に置かれた不透明なコップに割りばしが7本刺さっている。それぞれには1から6の数字が振られており、1本だけ赤く塗られているそうだ。赤色が王様で、それ以外が臣民というルール。王様が下す命令はそれぞれの良心に反しない程度というあいまいな範疇に指定されている。つまりは、解体云々やらそういうことや、身体的に傷付けるだとか口撃だとかそういうものを禁止しているのだろう。そうだと良いんだが……。

 こうして俺の意思をほとんど無視した王様ゲームが始められようとしていた。

長く厳しい戦いに、俺は独り挑んでいくことになる。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 全員が割りばしを手に取り、一斉に引き抜こうと待っている状態。初回はすぐに始まろうとしていた。

 ルールを決めている間に時間も少し経ってしまっていたが、すぐに決めて全員が合意。全員がそれぞれ割りばしを選び終わった後だ。

息を呑み、一抹の緊張が空気を固まらせる。金剛の掛け声と共に、全員が一斉に割りばしを引き抜くッ!!

 

「王様だーれだ!!」

 

 スッと引き抜いてバッと手で番号の書かれているところを手で隠し、自分しか見えないようにする。

 俺は4番だった。出だしから番号が不吉すぎる。一方で、王様を引いた者は名乗りを挙げるのだ。

先の赤い割りばしを持つのは榛名。榛名だった。

 

「榛名です!!」

 

 全員が榛名の方に目を向ける。どのような命令を誰に出すのか、それが気になるところ。

……というか、全員分かっててやっているのだろうか。俺も今更なんだが、これって合コンとかでやる奴だろ? 遊びでは……やるんだがなぁ……。とは言っても、と少し考えてしまう。

 

「えーと……最初ですから、軽いものが良いですよね」

 

 と呟きながら、榛名は全員の顔を見る。今この執務室は榛名のキングダムなのだ。号令があれば俺たちは榛名の命令に従う必要がある訳だが、ルールでもあるようにあまりアレな奴はやれない。

 

「そうだよねー。いきなり飛ばすと、後々大変なことになりそう」

 

「……私はそもそも王様ゲームのこと、さっき聞かされたんですが」

 

 あ、ここに仲間がいる。翔鶴。お前は変な方向に走らないと願っているよ。

 

「さっき説明したじゃん。今榛名が持っている赤い割りばしを引いたら、好きな内容を命令できるの。ただし、番号を言ってね」

 

「そうなの? それでさっきのルールがあるのね」

 

「うん。というか、来る途中で説明したじゃん!! 翔鶴姉!!」

 

 瑞鶴に何度目かの説明を受けた翔鶴は『そうなのね』とか言っている。お気楽なものだ。王様にならなければな。

否。逆に考えて、翔鶴が王様になればあまり無理のない命令が出てくるに違いない。それならば全然、むしろドンドン引け!! そしてノーマルな命令を出せ!!

 とか頭で考えている間に、榛名はどんな命令を出すのかを決めたようだ。

割りばしをスッと前に差し出し、キリッとした表情で下すのだ。

 

「女王の私が命じますっ!!」

 

 そんな女王様が居たら、その国はきっと優しい国になるんだろうな。

 

「4番の方!! オムレツを私だけに作ってきてください!!」

 

 そんなことなかった!! そんなことなかったよ畜生!!

俺はスッと立ち上がって、私室へと向かうのであった。他の陛下の臣下(金剛ら)の視線を背中に浴びながら……。

 歩きながら考える。榛名には多分見えていたんだろうな。命令がピンポイント過ぎる。

理由としては、艦娘の大半が料理が出来ない。一部は出来る(間宮、伊良湖、秋津洲等々)者もいるが、基本的には出来ないらしい。出来ないというか、やったことがない。練習はするものの、現在一番出来るのは、艦娘寮の調理室を頻繁に利用して練習している高雄くらいらしい(赤城談)。

榛名も姉妹がどれだけの腕なのかくらいは把握しているだろうし、翔鶴瑞鶴も調べれば分かる。そして番号を言って間髪入れずに命令を出した。博打の可能性は棄て切れないが、俺であることを予想して言ったのだと思われる。自意識過剰だと良いな。

 数分後。俺はオムレツを作って陛下に献上しました。たいそう喜んでおられました。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 榛名がオムレツを食べ終わるまで待ち、皿の片づけまで終わらせてから次のゲームに突入する。

さっきまでとは打って変わり、卓では真剣な空気が流れていた。俺は苦笑いをするしかなく、やはりまだ理解の出来ていないところがあるのか、頭上に疑問符を浮かべる翔鶴を除いた全員が眉を吊り上げていた。榛名は初回で引いたために優越感に浸っている訳だが、こうドヤ顔をしている姿を見るのも初めてなもので新鮮さを感じる。榛名と何かをするなんて、執務かお茶会か買い物くらいなので、新鮮さを全面に感じることが出来ていた。

 俺が席に戻って少し経ってから、遂に全員が割りばしを戻してシャッフル。

それぞれが次に選んだ割りばしを手に取り、掛け声を出す。

 

「「「「「王様だーれだ!!」」」」」

 

「「だーれだ」」

 

 5人のノリについていけていない俺と翔鶴が遅れて声を出す。

 スッと抜き取った割りばしをすぐに手で隠し、確認する。

俺は今回も王様を引くことは出来なかった。手に取ったのは4番。また4番だった。デジャヴだし、嫌な予感しかしないんだが……。

 今度の王様はかなり元気なようで、まるでそこいら一体に花が咲いたように笑顔を振りまく。建国されたのは金剛王国。

元気な女王を据えた国だ。きっと国民も元気な国になるんだろうな。

 

「既に命令は決めていマース!!」

 

 フフンと言いたげな金剛は、ビシッと効果音が付きそうな仕草をして命令を下した。

 

「女王の私が命じマース!!」

 

 既にドヤ顔の金剛は元気よく言い放った。

 

「3番の提督は私のあすなろ抱きをする椅子になりなサーイ!!」

 

「名指しっ?!」

 

 条件反射でツッコミを入れてしまったが、残念だ金剛。俺は4番を引いている。

というかそんな命令を聞いていたら、色々と不味い気がするんだが……。風紀的な意味で。あと、俺の心臓が死ぬ。

 

「名指ししているところ悪いのですが、3番は私です」

 

「なっ?!」

 

「下心のある命令は、きっとアレやソレが作用して、お姉さまの思うように話が進まないのですよ。残念です。お姉さま」

 

 くいッと眼鏡を持ち上げて、霧島は割りばしを見せる。霧島の手には4番の割りばしが。

 

「ノォォォン!! ……いや、全然オッケーネ!! 霧島はあったかいから好きデス!」

 

「それならば、早速いたしましょう」

 

 霧島と金剛は立ち上がり、霧島は金剛の座っていた椅子に座る。その上に金剛が座り、霧島は金剛のお腹に腕を回した。

金剛の肩から霧島の顔が覗いているが、……うむ、特に違和感はない。仲の良い姉妹にしか見えない。

 その状態のまま、次のゲームに進む訳にもいかず、数分間その状態を維持することになる。

王様ゲームをしていなければ、ただのお茶会と大差ないこの催し。皆がお菓子をつまみながら話をする。時々霧島が金剛にいたずらをして、金剛に恥ずかしい思いをさせるのは意趣返しのつもりなのだろうか。それとも、この場を楽しませるためにやっているだけなのだろうか。

 

 




 前回に引き続き休息回になります。
お分かりになる方もいらっしゃると思いますが、若干特別編短編集のようなノリになっています。あちらは本編では入れれない内容ですが、こちらはノリはそのままで本編に入れても問題ないようにしています。

 こういったノリだと筆の進む速度は速いんですが、やはり本編は資料やら過去の内容を振り返りながら書いてますので時間がどうしても掛かってしまいます(言い訳)

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第16話  王様ゲーム その2

※ 前回の休息回の続きです(サブタイ見れば分かる)


 

 王様ゲームは1回1回が長い。20分強は使っているので、そこそこ時間も流れてきている。既に午前10時前だ。

カップに注がれている紅茶やコーヒーも3杯目を飲み切ったところで、そろそろ3回目が始まろうとしていた。前回と比べ物にならない程、参加している艦娘たちの真剣さが滲み出ている。この頃にはようやく翔鶴もゲームの概要と、どういう面白さがあるのかが伝わったようで『柄にもありませんが、少し楽しんでみようと思います』とか微笑んでいた。だが残念なことに翔鶴。キミは運が低い。

そうそう引けるとも思えない。隣の瑞鶴ならまだしも、ではあるが……。

 そんなこんなで3ゲーム目が始まる。

既に全員が割りばしを選んでおり、後は引き抜いて王様を引いた人が名乗りを挙げるだけ。前回までに感づいたが、少なくとも金剛は俺に対して合法的に何かをやらせたいのが伝わる。伝わらない方がおかしいとは思うが、普段なら絶対に俺がやらないようなことをやらせようとしているのは明確だった。

その他の意図がつかめない。金剛のように目的があって参加しているのか、ただゲームとして楽しむために来ているのか……恐らく前者だとは思うが、そう考える他無い。

 ならば、俺はそれを防ぐしかないだろう。俺が王様を引くしかあるまい。

この手の中にある割りばしが王様ならば、出来るだけ時間のかかる命令を下してゲーム回数を減らしていかなければならない。独り、俺は艦娘6人との戦いを始めようとしていた。

 

「「「「「「王様だーれだ!!」」」」」」

 

「だー」

 

 少し遅れて、一斉に割りばしを引き抜いて確認する。今回はどうやら1番のようだ。残念ながら王様は引けなかった。となると、誰が王様を引いたのだろう。

視線を這わせ、全員の表情を見る。……とかしなくともすぐに分かった。

 

「私ですね」

 

 霧島だ。ぶっちゃけ、この中で一番何を考えているのか分からない艦娘だ。金剛のような命令を下してくるか、榛名のようなことを言ってくるとも考えられる。

とにかく、霧島が王様だと命令の内容も想像が付かない。

 

「既に命令は決めていたのです、なので早速」

 

 霧島はそう言い放って、何故か定着させようとしている台詞を口にする。

 

「女王の私が命じます」

 

 一抹、執務室内に緊張が走る。

 

「2番、5番の方は私が用意した衣装を着て赤城さんのところに行ってきてください」

 

「え?」

 

「2番、5番の方は私が用意した衣装を着て赤城さんのところに行ってきてください」

 

 この戦艦、とんでもない命令を下したな!! 幸いにも、俺は1番だったので良かった。ならば誰がその番号を引いたというのだろうか。

すぐには名乗り出てこないので、霧島は詳細な命令を言う。

 

「赤城さんのところで、『どっちの方が似合っているか』と聞いて返事を貰って来てくださいね」

 

 悪魔だ!! ここに悪魔が居る!! ちなみに霧島はどうやら既に持ち込んでいたらしく、紙袋を机の上に置いていた。

 

「ど、どんな衣装なの?」

 

 と、瑞鶴が霧島に尋ねる。ということは、1人は瑞鶴で確定だろう。となると、もう1人は誰だろうか。まだ名乗り出ないので、このまま傍観していようか。

少し周りを見てみると、榛名と比叡が苦笑いしている。ということは、2人も該当番号じゃないのだろう。一方で金剛は笑っていた。金剛も違うんだろうな。そう考えると、もう1人は翔鶴だろうか。

 瑞鶴の質問に答え、霧島はどういう衣装なのかを口に出した。

それを聞いた時、完全に俺のことを考えていないことが分かった。何故かって? そりゃ、野郎が着るもんじゃない。ふざけてコスプレする時か、そういう趣味のある人しか着ないだろう。俺だったら絶対に着ない。

 

「スク水メイド服です。スク水ですので下は要らないでしょう。それに猫耳と尻尾も付けてくださいね」

 

 とんでもないものを用意したな……。ここまで来ると、狙って来ているようにしか思えない。

……そういえば命令を言う前に、既に決めていたとか言っていたな。ということは、この催しは結構前から計画されていたのだろうか。

 そんなことはどうでも良いが、該当番号の翔鶴、瑞鶴は霧島が出した紙袋を手に取っていた。

やはりもう1人は翔鶴だったんだな。流石に居た堪れないが、変わってやることは出来ない。俺が着たところで、誰の得にもならないからな。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 霧島の命令は想像以上に大事になるので、かなり時間を使う。今は鶴姉妹が俺の私室で着替えている最中。俺たちはそれを待っている。

 というようなことを考えていると、2人が出てきた。恥ずかしそうにもじもじ身体をよじらせながら、顔を赤らめて歩み出てくる。

これも王の命令、普段なら何か着せるくらいはするが反逆になるのでそれは止めておく。

 霧島はスク水メイド服と言ったが、大部分がスク水だ。メイド服らしさを出しているのは、レースの施されたカチューシャと前掛け、ロンググローブか長手袋か言い方は知らないが、そういうたぐいのものを手にしている。

それを眺めて霧島は『用意した甲斐がありました』とか言っている辺り、確信犯だろうな。誰かに着せてみたかったのだろうか、もしくは自分で着てみたかったが誰かに先に着てもらいたかったのか……。後者だった場合、着てどうする気なのだろうか。

 女王は従者を連れて、赤城を探しに出かけることになる。

赤城と言えば、艦娘の中では忙しい人であると有名な艦娘。俺から"特務"を受けたり、私用で訓練や勉強やらで忙しいらしい。あくまで"らしい"だ。俺からしてみれば、いつも暇しているようにしか思えないんだがな。毎日執務室に来ては居座るからな。

 

「ねぇ、アレって翔鶴さんと瑞鶴さんじゃない?」

 

「あ、本当だー」

 

「いつもの恰好じゃなくて、アレはスク水とメイド服かな?」

 

 と本部棟の廊下を歩いていると、すれ違う艦娘に悉くそういう様に囁かれている。翔鶴は恥ずかしさで、色白の顔がピンク色を通り越して真っ赤直前にまでなっている。既に前を向いて歩こうとはせず、下を向いて前を歩く霧島の後を追っている状態だ。

その後ろを歩く瑞鶴は開き直ったつもりなのだろうか、顔は紅くしているものの前を向いて歩いている。2人の性格がこうしてみると一目瞭然なのも面白い話ではあるが、恰好がそれを全てぶち壊している。

 

「顔を紅くして、恥ずかしいのかな?」

 

「かなぁ? でも提督が居るし、どうしてだろう?」

 

 今すれ違った二航戦の2人も、他の艦娘同様に関わってこようとはせずに遠巻きにそんな話をしていた。俺にも声が聞こえてきたから、他の全員にも聞こえているだろうな。

 

「提督の趣味だったりしてー」

 

「あー」

 

 止めて!! なんだか不名誉な渾名が付きそう!! もしかしたら既に手遅れかもしれないけど!!

と、心の中で叫ぶが2人に聞こえる訳もない。話はどんどん進んでいく。ちなみにどうして歩いているのにずっと2人の声が聞こえてきているのかというと、俺たちの集団の後ろを歩いているからだ。どうやら行先は同じ方面らしい。

 

「でもそれなら誰にも見られないようなところでやるんじゃない? 一緒に歩いているけど、何というか距離を感じるというか」

 

「そうだよねー。というか、提督がやって欲しいって頼んだのかなぁ?」

 

「確かに。翔鶴ならまだしも、瑞鶴は多分断るもんね」

 

「うんうん。じゃあどうして着てるのかな? しかも人の目に触れるようなところを歩いてさ」

 

 声色しか聞こえてこないが、蒼龍が2人の恰好と俺の因果関係を考え始めたようだ。

 

「金剛とか近くにいるから、何かやってたんじゃない? 時間的には提督の執務も終わっていてもおかしくない時間帯だし、何かレクリエーションでもしていたとか? その罰ゲームであのコスチュームを着せられているんじゃないの?」

 

 飛龍が的確に的を射てきた。ズバリその通りな訳だ。

 

「あははっ、そうかもね」

 

 蒼龍がそれに反応を返して、別の話題に移っていった。これが初めてではないが、いい加減俺の胃が痛いんだが……。主に勘違いされそうな件で。

今のところ弁明のする必要がないまま終わっていたが、これからは分からない。早急に赤城を見つけて早く帰りたい。俺はそう心の中で思っていた。自分が着ている訳でもないのにな。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ひらひらとレースが揺れる翔鶴と瑞鶴にも見慣れ、瑞鶴は完全に開き直った様子。翔鶴は未だに恥ずかしい思いをしているみたいだが、一体どうしてだろうか。

そんなことを後ろを歩きながら考えていると、瑞鶴が俺に話しかけてきた。

 

「提督さん」

 

「なんだ?」

 

「翔鶴姉がどうしてまだ開き直らないのか、気になるんでしょ?」

 

「……まぁそうだな」

 

 赤城を探し始めて1時間まではいかないものの、本部棟と艦娘寮を練り歩いている。それまでには瑞鶴も自分の恰好と周りの視線を気にすることは無くなっていたが、翔鶴は別だったのだ。

着替えて俺の私室から出てきた時、執務室から出た時、赤城を探して艦娘に声を掛けた時、ずっとこの調子である。

よそよそしく歩き、フリフリとレースを揺らし、おどおどとしている。何というか気弱な人にしか見えない。恰好が気弱のきの字もないけども。

 

「提督はあまりこっちに視線を向けないから分からないんだろうけど、私が着ているのはジャストサイズなんだ」

 

「そ、そうか」

 

 確かに見ていないが……そんなに視線って分かるものなのだろうか。

 チラッと横を歩く瑞鶴の全体像を確認し、すぐに顔に視線を戻した。

 

「でもね、翔鶴姉の着ているのはサイズが身体に合ってないの。私が着ているのと同じサイズみたいだけど、翔鶴姉の身体にはかなり小さかったみたい。あちこち食い込んだり締め付けたりして苦しいってさっき言ってたよ」

 

「そんなこと、俺に言われてもなぁ……。用意した霧島に言ってもらわないと」

 

「ダメだよ。今は霧島が女王様だからね。臣民は黙って命令に従わなくちゃいけないし……」

 

 まぁ、今の言葉で翔鶴がそういう様子のままだという理由はよく分かった。よく分かったが、それを聞くとなんだかまた別のベクトルで可哀そうになってきたな。

サイズが小さいものを着せられて恥ずかしい思いをする翔鶴に、翔鶴と同じサイズのはずなのにジャストフィットしている瑞鶴。うん。居た堪れない。どういう意味かは自重するが。

 そんなことを考えてくると、じりじりと瑞鶴が俺に近づいて来ていた。

俺は少し距離を取るが、瑞鶴はその距離を詰めてくる。急にどうしたのだろうか。俺には理由が分からない。

 

「今、失礼なこと考えなかった?」

 

「は? 何のことだ?」

 

「ふーん、しらを切っても無駄だよ。提督さん」

 

 どうしてそんな怖い顔をしているんだろうか。俺、気になる。

 この後、俺は瑞鶴に小声で怒られた。理由は不明だが、俺が何か不快なことを考えたからだとか。そんなこと……ないだろう? な?

そうだと思いたいが、どうなんだろうか。とりあえず、早く執務室に帰りたい。

 





 最近更新頻度が上がってきていると思いました? 気のせいです(目泳ぎ)
あと、若干別作品のノリに近いと思う方もいらっしゃると思いますが、気のせいです(目泳ぎ)
 これでオチではないので、その3をお待ちください。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第17話  王様ゲーム その3

※ 前回、前々回の続きです。ただし、今回は酷過ぎるキャラ崩壊に注意です


 

 結論から言おう。赤城を見つけるのに手間取った。本部棟をグルグルと周っている最中、加賀に遭遇。何をしているのかと聞かれて説明すると、翔鶴と瑞鶴のことをチラッと見て哀れに思ったのだろう。暇をしているから探してきてくれるとのこと。瑞鶴を少し弄っていたが、本部棟からその格好で出るのは流石に色々と問題があると言って行ってしまった。

そのまま俺たちは執務室に帰って待つこと十数分後、赤城が『加賀さんに言われてきたんですけど?』と言って執務室に入室。来ているのが分かっていたので、扉の前で瑞鶴と翔鶴は待ち構えていたが、赤城は視界に2人が入るなり『ぶふっ!!』と吹き出して腹を抑える。ツボッたらしく、カタカタと震えること数分後に回復。2人にどうしてそんな格好をしているのか、と聞いていた。それに瑞鶴は『それは後で答えますから、今は私たちがこの格好をしているのを見て、私と翔鶴姉、どっちが似合っているか教えてほしいです!!』と無理矢理時短させる方面に誘導。

それを聞いた赤城は少し2人を観察し、俺たちの方にも目線を向ける。室内の様子を瞬時に観察した赤城は言い放った。

 

「そうですね……瑞鶴さんの方が似合ってますね。なんだか、とても可愛らしくです」

 

 これで女王からの命令は遂行したことになる。そそくさと逃げようとする2人を、赤城は悪い顔をして捕まえた。ちなみに2人にはその表情が見えていない。俺たちには見えた。

 捕まった2人はどうして止められたのか、少し強引に逃げようとするものの、赤城からは逃げることが出来ない。

赤城はそのまま2人の手首をつかんだまま言い放ったのだ。

 

「瑞鶴さんは可愛らしいですが、翔鶴さんは……なんだか艶めかし、いえ……えっちですね」

 

 サッと翔鶴は両腕を使って身体を覆い隠した。そして恥ずかしさで震える翔鶴に、赤城は口撃を加えていく。絶対楽しんでいるよな。

 

「そもそもサイズが合ってないみたいですし、身体のラインが顕著に出る水着ですから、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む。良いじゃないですか。ですけどお尻とか胸のところがあまりに窮屈過ぎて横にはみ出てますし、おm[自主規制]

 

 そろそろ不味そうなので、俺は赤城に止めるように云う。

 

「おい赤城」

 

「あ、はい。分かってますよ~」

 

 どこ吹く風、と言わんばかりに赤城はあっさり引いた。一方で翔鶴は赤城の口撃がクリティカルヒットしたらしく、床にぺたんと座り込んでしまっている。

そんな翔鶴に元凶である霧島も着替えてくるように促している辺り、赤城の遊びもここまで来ると酷い。本人は完全に悪気があってやっていることなのだ。まぁそんな赤城を叱るのはいつも俺な訳だが……。

 

「じゃあ、私も着替えてくる」

 

「おう」

 

 翔鶴が着替えに引っ込んでいったのを見ていた瑞鶴も、着替えてくると言って俺の私室へと入っていってしまった。

 残された俺と金剛型四姉妹、赤城の間に変な空気が流れる。この空気を作り出した元凶は、特に何も思うことはないらしい。

上機嫌なようでニコニコしているので、本当は赤城って性格悪いのだろうか。そんなイメージはなかったんだがなぁ……。と、そんなことを考えていると、霧島が俺たちに声を掛けてきた。

 

「で、では円卓に戻りましょうか。時間的には……あと1回やれそうですけど」

 

「そうだな。2人を待って、再開しよう」

 

 霧島の発言に俺は乗っかるように、この場を誘導する。金剛たちも椅子に座り始めるので、俺も定位置に腰を下ろした。この場で立っているのは赤城だけだ。

 

「えっと……お茶会か何かですか?」

 

「レクリエーションだ」

 

「え?」

 

「レクリエーションだ」

 

 金剛が中心に置いてあったコップの割りばしの数を確認して、中身をシャッフルし始める。霧島、比叡、榛名は談笑をしながらお菓子をつまんで紅茶を淹れ直している。俺はというと、金剛がシャッフルしながら話すことも出来るので、金剛と話していた。

そんな中、自分がアウェーであることに気付いた赤城が、俺にそう訊いてきたのだ。『お茶会か?』と。まぁ、回答はそのままなんだが、やっていることもそのままだし……。

 少しフリーズした赤城はすぐに再起動。面白そうだとか呟いていたが、絶対にろくなことしか考えていないだろうな。金剛のようなことか、霧島みたいなことか……どちらかだろう。だが残念だ、赤城。割りばしはないし、別のもので代替も出来ない。ルールの説明も時間が掛かって面倒だし、赤城のことだ。何か変なことを云いだすだろう。

そう思い、これが終わってから赤城を交えて昼から別のことをしようと俺は提案する。

 

「次が最後、そうですネ? 提督?」

 

「勿論だ。これ以上続けると昼に遅れてしまう」

 

「ならば、さっさと引くことにしまショウ!!」

 

 全員が割りばしを選んで持ち、引き抜く。

 

「「「「「王様だーれだ!!」」」」」

 

「だ」

 

「……」

 

 普通の服に着替えた翔鶴が未だに恥ずかしそうにしているが、もうあの格好していないんだろう? と聞きたくなるのを我慢しつつ、俺は引いた割りばしに目を向ける。刹那、俺は当たりを引いたことに確信を得た。これは先が赤い。つまり、王様を引いたということになる。

ふふふ……ふぁっはっはっはっはっ!! これで俺が王様だ!! ……とはいえ、何を命令するかなんて考えているはずもなく、俺は一抹考える。だが、もう王様は名乗り出ないといけない。

とりあえず、俺は自分が王であることをアピールすることにした。

 

「俺が王だ」

 

「「「「「「っ?!」」」」」」

 

 一瞬にして全員の表情が強張った。ちなみに赤城も居るが、特になにも分っていない様子。お菓子をつまみながら傍観しているだけだ。

 

「て、提督が……」

 

「王様を」

 

「引いてしまったデス」

 

 え? なにその引いちゃいけなかった的な空気。全員が息を呑み、俺のことを見ている。どうやら命令待ちらしい。

 全員の顔と手に持つ割りばしを見ていく。……特に細工があるとかはないだろうが、誰がどの数字を持っているのかが知りたい。これは王様を引いた人なら誰もが思うことだろう。

そして次に考えるのは、メンツと命令内容だ。メンツ……王様ゲームをプレイしているのは、俺以外が女性。そうなると、定番で言えばちょっとやらしい命令をするのが定石だろうな。だが、それは出来ない。ならばどうするべきか……。俺は考える。全員の割りばしと顔を見ながら考える。

 

「……提督? いや、今は王様デスカ」

 

「どうしたんでしょうか?」

 

 金剛が何も言わない俺の顔を覗き込んでくる。その隣にいる比叡は不思議そうに俺のことを見ていた。

 

「命令で悩まれているのでしょうか?」

 

「そうだと思うけど……翔鶴姉はどう思う?」

 

「……さっきみたいな命令でなければ良いわ」

 

 こっちで冷静に俺のことを分析する霧島に、瑞鶴が相槌を打って翔鶴に話しかけていた。翔鶴はまだ回復しておらず、少し怯えた目で俺のことを見ている。嗜虐心(しぎゃくしん)をくすぐられるが、そんなことをする訳にもいかない。

 と、ここで俺はあることに気付いた。さっきから隣の榛名が静かだ。どうしたのだろうかと目線を向けると、チラチラと俺の顔を見て手を動かしている。割りばしが見えるが、数字を隠す気が全くないのだ。少し視線をずらしたら見えるところで、榛名が俺に対して数字を大公開中。ちなみに『2』だ。

榛名の行動に気付いたのか、今度は金剛が行動を起こす。榛名同様、俺のことをチラチラとみて手元をちらつかせる。割りばしが見え、数字も確認できる。『5』だ。何を意図しての行動かは分からないが、原則ルール違反ではない、と思う。そもそも発案者がやっている時点でルールも何もない。

 2人のお陰で、俺はあることを思いついた。

ふふふ、はっはっはっ!! さっき翔鶴に味合わせた屈辱、そっくりそのまま返してやろう。王と側近の連携プレイだ。まぁ、その側近(榛名、金剛)が望んでいたかはさておき、だけどな。

 

「王の俺が命ずる」

 

 少し声にハリを与えて、俺は割りばしを片手に命令を下した。一抹の不安が翔鶴に押し寄せているのが分かる。不安がり過ぎだろ、翔鶴……。

 

「2番と5番」

 

 スッと立ち上がった榛名と金剛。それを見て、翔鶴が胸を撫でおろしている。だがまだ安心できない、と瑞鶴が脅しているが置いておこう。

 

「翔鶴が先ほど霧島に返した衣装を赤城に着せて、赤城が今着ている服を奪って逃げろ!!」

 

「「サー、イェッサー!!」」

 

 立ち上がった場所からすぐに移動した榛名と金剛は、近くでお菓子を齧っていた赤城を拘束。そもそも金剛はちょっとアレな子で力が普通より強いため、暴れて赤城は逃げようとするもののそれも虚しい抵抗に終わり……。

 

「え? ちょっと?! 翔鶴さんが返した衣装ってまさか?! て、提督っ?! え? ちょっと待って、待ってください!! どうして私がっ?!」

 

 必死に金剛と榛名の手から逃げようとする赤城に、俺は云った。

 

「いたずらっ子にはお仕置きだ」

 

「いやぁぁぁ!! 翔鶴さんより私大きいのに!! 翔鶴さんでアレなら私は!! 私はぁぁぁぁぁぁぁ?! というか金剛さんも榛名さんも離してください!? 私関係なくないですか?! ちょ、えっ?! あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 俺の私室へと連行された赤城に向かって、霧島が一言。

 

「この犠牲は忘れません、赤城さん。今回はいたずら心で仕出かした私の代わりに罰を。後で美味しいもの、ごちそうしますから。アーメン」

 

 そういえばあの衣装、霧島が用意したものだったな。でももう命令権は使ってしまったし、どうすることも出来ないな。あと勝手に〇すな。それに霧島ってキリシタンだったのか。

 そんなことを考えて待つこと数分後、体躯に見合わぬサイズ、恐らく無理やり押し込められた赤城が恥ずかしさとスク水の小ささにプルプルと震えながら俺の布団に丸まって部屋から出てきた。

勿論、涙目の翔鶴にその布団は剥ぎ取られ、俺たちの目に触れることになる訳だが、赤城の恥ずかしがり具合ときたらなんとも言えなかった。ピッチピチで今にも破け散りそうなスク水に、フルセットを着用。頭には猫耳があり、尻尾がフリフリと揺れている。プルプルと震えているため、揺れも倍増だ。

赤城の豊満ボディには瑞鶴の身体に合っていた衣装は全く合っていないのだ。翔鶴が着ていた時よりも酷い。醜い訳では無いが、酷いのだ。

 

「くぅ……」

 

 にやにやと眺める俺たち全員に、赤城は言い放った。

 

「くっ、くっころぉ!!」

 

 涙目で猫耳ぴょこぴょこさせて言うセリフじゃないよな、それ。

 





 後悔は、少ししています(白目) 反省はしません。
今回はかなり荒ぶってもらいましたが、本編には内容の継承があります。話題には出てきませんけどね。
 一応、次回で休憩回は終わりになります。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第18話  外に買い物、おまけに山城 その1

※ 最後の休息回です

※注1 赤城と金剛の外出
前々作『艦娘たちに呼ばれた提督の話』(八十一話:赤城、百五十一話:金剛)を参照


 幾ら俺が特殊な立ち位置にあるとは言え、それなりの自由が無ければやってらんないだろう。そこそこの自由は許されている。というか、許してもらわないと困る。かなり。

確かに俺は日本皇国にとって重要人物であることは重々承知している。俺の"換え"が効かないのも、だが。

 それはともかくとして、今日は既に執務を終わらせている。今日の秘書艦である山城も、既に書類の提出を終えて戻ってきているのだ。

つまり、これからは暇な時間になるということ。

 先日のように、金剛に付き合って色々やるのも面白いと言えば面白いのだが、今日はそうもいかないのだ。火急ではないが、またとない機会でもあると言える。

既に手回しは終わっているし、後は準備をしてなるべく見られないように動くだけ。

そういう状況ではあるのだが、1つ問題があった。それは山城だ。

 山城はとりあえず拗ねる。先約だと言って酒保や甘味を食べに行った時、タイミングが悪く誘ってきたり、秘書艦だったりする山城は、ことごとく俺は断ることしか出来なかった。

そういうこともあり、拗ねる。山城にとってみれば『誘ったけど、先約が居た』『約束はしても、用事があると言って断られた』というような心境だろうな。間違っちゃいないけど。

そういう訳で、山城は拗ねる。よく拗ねる。今回も出来れば1人で行くべきなんだが、また山城に拗ねられると困る。

 事あるごとに、山城は扶桑が俺に要件がある時や、俺が扶桑に要件がある時に行くと、近くで拗ねている。『何? 猫なの?』と聞きたくなるレベルだ。ちなみに、構ってもそこまでつんけんせずにするのは山城の良いところでもある。

 

「なぁ、山城」

 

「執務も終わったことですし、お茶でも?」

 

「いや、違うんだが」

 

 『そうなの?』と言いたげに小首を傾げる山城。

 今日はまだ拗ねていない。朝も遅刻せずに来て、食堂で食べた。執務も滞りなく済ませたからだ。とは言っても、山城がここに来て3時間も経っていないんだがな。

 それはともかくとして、どうしようかと考える。

 俺が何をしたいのかというと、外に買い物に行きたいのだ。

酒保でも買おうと思えば、メンズである俺でも買えるものはある。ただ、酒保はそもそも艦娘用に作ったものだ。テナントで入っているものも、ほとんどがレディースや艦娘、女性が興味を惹かれるものばかり。本屋や日用品、雑貨、薬局、食品売り場もあるが、その程度。普通のサイズではあるが、手に入るものが限られてくる。

となると、外へ行く必要が出てくるのだ。主に、俺の服を買うときなんかは……。通販で買う訳にもいかないしな。

 山城を拗ねないように仕向けるには、外出に誘う以外方法はない。

色々と不味いことになる確率はあるが、変装してもらえば大丈夫だろう。幸いにして、山城は黒髪だ。

となれば話は早い。俺は山城を誘うことにする。

 

「これから、買い物に行こうと思うんだが」

 

「食品ですか? なら私も」

 

「いいや。服と家電を少しな」

 

「……となると、酒保では買えませんね。外にでも?」

 

「そうなる」

 

 明らかにテンションが落ちていくのが分かる。本当に分かりやすいな。ただまぁ、誘うと決めたのだ。意を決して、俺はその件を持ちかける。

 

「まぁ、山城にもついて来てもらおうかと思ってな」

 

「え?」

 

「俺の買い物に付き合わせるみたいだけど、どうだ?」

 

 少し言葉の理解が追い付かなかったらしい山城のことを観察。頭で整理がついた山城は、すぐに返事を返す。

 

「行きます!!」

 

 という訳で、俺は山城と買い物へ行くことになったのだ。

 一応、根回しをしていた。こうなることも想定済みという訳だ。

 先ず、事務棟には自動車を借りること。昨日の夜に伝えてある。なので、窓口に行けばキーが渡されるはず。

 自分の自動車は持っていないが、何故か事務棟が乗用車を数台保有している。まぁ、理由なんていくらでもあるんだがな。その中の1台を今日は俺が借りることになっていた。

軍人が使うものなのに、車内禁煙というルールがあるらしいが、そもそも門兵たちで煙草を吸う兵は少ない。艦娘がいる、という理由らしいが……。

 借りたのは日本車セダン。AT。国産高級車扱いらしいが、まぁ確かに内装は豪華だな。うん。

 それに武下に買い物に行くことも、昨日の時点では伝えてある。護衛が付くはずだ。恐らく事務棟に行くと合流できるはず。

 山城が今日の秘書艦であることが昨日の夕食の時には分かっていたので、昨夜中に、扶桑には仕事をしてもらうことにしていた。

内容は『瑞雲の航空爆撃戦術の構想を赤城と共に練って提出』だ。言い方を変えると"特務"。水上爆撃機という特殊な航空機を使用する航空戦艦・巡洋艦を代表して、扶桑にその任務を請け負うように仕向けた。

赤城も水上爆撃機での航空戦術の構想はしたことが無い筈だから時間が掛かるのは重々承知していた。更に『俺も戦術構想をするから用があったらこちらから出向く。来てもらっても、答えることは出来ないと思うから、俺が来た時に質問やら構想についての話をしてくれ』と釘を刺してある。これで、俺のところに来ることもなくなる。

そして、机の上には今『外出中』という置手紙を用意した。これで準備は万端。

 扶桑に"特務"を任せたのは、山城が私服を持ち出す余裕を作るためだ。

非番だった場合、もしかしたら扶桑は私室で過ごすかもしれないからだ。そうなっては、山城が私服を持ち出すのを不審に思うだろう。そう思っての、手打ち。

 

「扶桑は今、任務中だから私室に戻って私服を持ってきても問題ない。すぐに行ってカバンに入れて戻ってこい。着替えは事務棟のお手洗いか更衣室を借りれば良い」

 

「は、はい!」

 

 山城は少し顔を赤くして執務室を出て行く。ならば俺も、と思い立ち私室へと入る。自分も私服をカバンに詰め、事務棟で着替えるためだ。

最近はそうしている。艦娘たちに見つかったら、かなり面倒なことになるからな。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 カバンを持ってきた山城と執務室で合流し、俺は山城と隠し通路へと入っていく。

 この通路も今では、俺くらいしか使っていない。外に買い物に行くときにしか使っていないが……。そんな中を、山城がびくびくしながら俺の軍装の裾を掴んで歩いているのは面白い。

 隠し通路を抜けて、本部棟の外へと出る。場所は木で隠れていて見えない。ここを移動して、事務棟へと向かう。

 事務棟に到着し、窓口であいさつすると中に通してもらう。

既に話は付いているのだ。更衣室に入って着替える。持っていくもの以外はここに置いて行っても良いとのことなので、俺は遠慮なく邪魔にならないであろうところに置く。

 確認だ。手荷物は携帯電話、財布、ハンカチ、さっき受け取った自動車のキー。

 ファッションには無頓着ではあるが、それなりの恰好を意識しているつもりだ。パーカーを着たいところではあるが、姉貴に小言を言われるので今日は無し。

まだ春を出ていないために長袖で上着を羽織っているが、そこまで分厚いものでもない。まぁ、これを着て走り回れば暑いかもしれないけども。黒のパンツに白いシャツ、黒のジャケット。着崩して着るものらしいので、シャツはパンツにインしないし、ジャケットも前を閉めない。開けっ放しだ。モノクロだって? これが一番落ち着いて良いのだ。もちろん、他の色の服も持っているがな。

 そうこうしていると、山城が女性更衣室から出てきた。

山城の格好だが、腰下よりもさらに長いクリーム色の縦セーター。紺のレギンスパンツ。ヒールの少し高い黒のブーツ。小さいポーチを肩から下げていた。

 

「お、お待たせしました」

 

「荷物は?」

 

「着替えと一緒に置いてきました。そう言われましたし」

 

「それじゃあ、これ」

 

 そう言って、俺は携帯電話を渡す。もちろん、俺が用意してあったものだ。機能は削ってあって、電話とメールしか出来ないけど。

 

「使い方は分かるか?」

 

「勿論です」

 

「その携帯電話には俺と護衛で付いてくる兵の電話番号が登録してある。状況に応じて電話を掛けるなり、メールを送ってくれ」

 

「分かりました」

 

 一応、秘書艦業務でパソコンは使う。携帯電話も俺が貸したりするので操作方法は分かるはずだ。山城も分っていると言っていたので、多分使えるだろう。

 

「それと注意点だ」

 

 ビクッと山城は肩を跳ね上げる。

 

「俺のことを"提督"と呼ぶと、非常に面倒なことが起きる。俺を呼ぶときは"提督"等の特定の人物を連想させるような呼び方をしないように」

 

「……分かりました」

 

 明らかに不安そうな表情をしないでくれ。少なくとも赤城や金剛は大丈夫だったんだ。(※注1)

 

「じゃあ行こうか」

 

「はいっ」

 

 山城も出てきたので、俺たちは事務棟の裏手にある駐車場へと裏口を使って抜ける。

 今日使うことになっていた自動車の横には、既に門兵が1人居た。私服なんだけどな。

 

「提督ーぅ!!」

 

「よう」

 

 ここで注意。今挨拶した相手は艦娘ではない。門兵である。門兵であるということは、俺よりも年齢が上ということだ。軍には俺よりも年齢が下の人間はいるが、こういうところの配属になる人間はいない。そして女性だ。女性に護衛されるとは……男である俺、少し悔しい。

とは口に出すことはない。門兵はそもそも軍人だ。戦闘訓練を十分に受け、任官後も訓練や演習を繰り返している錬成された兵だ。実戦経験は……あるにはあるか。

 そんな護衛も口に出せば"護衛"で済むものなのだが、見てくれは護衛の『ご』の字もない。

 そんな護衛の恰好はダボッとしたライト系の水色のパーカー。下は膝小僧が見える程度の長さのプリーツスカート。中には黒いパンストを履いているみたいだな。まぁ、一見すればこの人が俺の護衛だなんて思う訳もない。どう見ても護衛には見えない。

 

「おっと……沖江 嗣羽(おきえ つぐは)伍長、天色 紅海軍中将の護衛を命じられました!!」

 

「私服で言われても締まらないなぁ。それに無断で姉貴と一緒に俺の私室に入ったりする……武下の拳骨食らっても知らないぞ」

 

「それは勘弁願います」

 

 沖江 嗣羽。俺が横須賀鎮守府に呼ばれた時から、横須賀鎮守府憲兵(当時)として配属されていた横須賀鎮守府古株の1人だ。原隊は日本皇国海軍第一憲兵師団。巡回、摘発、介入、取締りをこなす実働部隊から転向で配属された叩き上げの憲兵さん、ではあるんだが……その威厳は欠片もない。

姉貴と仲が良いらしく、公私ともに一緒にいることが多いんだとか。それに、姉貴の寮室にある冷蔵庫の大部分を間借りしてスイーツを貯蓄するほどのスイーツ好き。スイーツ女子だ。

 

「それと……山城さんですよね?」

 

「はい」

 

「……私服姿は初めてみましたけど、やっぱり美人ですよね」

 

「……」

 

 恥ずかしくなったのか、山城は袖で顔を隠してしまった。別に恥ずかしいもなにも事実だし、諦めて欲しいものだ。

 それはそうと、沖江は俺にあるものを差し出してきた。

拳銃、ホルスター、信号弾発射機だ。そんな格好で物騒なものを渡してこないで欲しいんだが、そうも言っていられない。これは決まりだし、こうしないと艦娘も不安がる。皆に黙って外に行っている俺のことを、な。

勿論、山城にもそれらは渡される訳だが、山城には俺が渡されたものとは違うものが渡されたみたいだ。

 ホルスターを自動車の天井に置き、ホルスターを広げる。

どうやらショルダーホルスターのようだ。俺はジャケットを脱いでドアミラーに掛け、ホルスターに腕を通す。その上からジャケットを着た。信号弾発射機は腰の横にでも付けておけばいいだろう。小さいから問題ない。

 一方で山城にはレッグホルスターが渡されたみたいだ。レギンスではあるので恥ずかしくないのか、腿まで隠れていたセーターを持ち上げてホルスターを付ける。ベルトにバンドを固定し、腿にもバンドを巻く。そこに拳銃を刺せば完成だ。セーターを下ろしてしまえば、そこに拳銃があることなんて分からない。信号弾発射機はどこにも身体にはぶら下げれないので、ポーチに入れることにしたらしい。

 

「山城さん。拳銃の扱いは?」

 

「大丈夫です。出来れば回転式拳銃(リボルバー)の方が良かったですけどね」

 

「警察なら使っていますが、軍では無理ですよ」

 

 山城も拳銃は使えるのか。知らなかったな。というか、艦娘全員が使えるのだろうか。そのようなことを姉貴が前に話していた気がする。帰ってきたら聞いてみようか。

 俺と山城に物騒なものを渡した沖江も、どうやら既にそれらの携帯火器は装備済みらしい。どこにあるのかは言ってくれなかったが、身体のどこかにはあるとのこと。まぁ、どこにあるか何て知らない方が良いだろうな。

 

「じゃあ行くか」

 

 そう言って俺は自動車の運転席に座る。助手席には山城が座り、後部座席には沖江が座った。

 ミラーを確認してドアロック。キーを刺してエンジンを点火。ドライブに入れて発進だ。

事務棟から一番近い門にも、一応話してあるのでスルーすることが出来た。公道へと躍り出た俺たちは、目的地を目指すのであった。

 




 今回の休息回で、本編に戻ろうと思います。とは言っても、題名を見てもらえばお分かりになると思いますが、『その1』となっています。続きがありますので、あしからず。
その3まで予定しています。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第19話  外に買い物、おまけに山城 その2

※ 前回の休憩回の続きです


 自動車を走らせながら、俺は状況説明をする。前略、現在、助手席には山城が座り、後部座席には沖江が座っている。この配置にはかなり意味がある。

先ずはどうして俺が運転しているのか。理由は簡単。この自動車は防弾仕様。ガラス全てが防弾ガラスで、車体も防弾。12.7mmまでなら耐えられる仕様だ。暗殺があったとしても、使う狙撃銃の弾薬は精々7.62mmだ。貫通できるわけがない。タイヤも対弾仕様。滅多にパンクしないらしい。それに攻撃を受けた際、護衛が運転していると適切な反撃が出来ないこと。俺が拳銃に不慣れであることが理由。

沖江がどうして後部座席なのかというと、理由は簡単。

 

「……いつ見てもミスマッチだな」

 

「そうですか?」

 

 後部座席にはサブマシンガン(MP5)が置かれている。短機関銃と言っても良いが……。MP5に弾倉を刺して薬室に弾薬を送り込んでいる沖江を、俺はバックミラーで見ながら苦笑いをするしかなかった。

 

「私としてはせめて自動小銃、出来れば分隊支援火器(M249)くらい置いて欲しいですけどね」

 

「そんな物騒なもの、置かないで欲しい」

 

 つーんと唇の先を尖らせる沖江に対し、山城はこっちを見て訴えてきた。

 

「私を連れていれば、もっと大口径なものを撃てますよ!! 不埒者は消し炭で十分です」

 

「止めような。山城の兵装は対空小口径機関砲でも人に当たれば砕ける」

 

「むぅ……ならば瑞雲の機銃掃射でも……」

 

「弾薬ベルトが対空特化で焼夷榴弾系が大半なんだが。なんなら20mmなんだが……」

 

 ああいえばこういう、と言いたげな表情を山城が俺に向けてくるが知ったこっちゃない。瑞雲が中~高度を飛行していても、見上げはしても流すであろう民間人が何故か低空を飛んでいる姿を見ればどうだろう。怖がるに決まっている。国内情勢に詳しい人なら分かるはずだ。艦娘とは協力関係であるだけだということ。

 俺はハンドルを握り、前を見ながら山城の言葉に冷静に返していた。

こんなやり取りはそうそうするものでもないが、山城は何かまだ言いたげにしている。

 

「今、7.7mmを搭載している状態ですから問題ないです」

 

「艤装のことか?どのみち駄目だ」

 

 瑞雲には7.7mmを搭載されていない。それに改造するようなこともしていないはずだから、20mmしかないはずだ。

 

「わ、私なら陸軍の戦車をパチって」

 

「張り合うな!!」

 

 俺と山城のやり取りに首を突っ込んできた沖江だが、戦車なんて持ち出したらパニックになる。いくら今のご時世でも、町中に戦車が居たら驚く。装甲車なら大丈夫らしいが……。それは、俺が軍病院に居た時のことだから仕方がないと言えば仕方がないのか。碌に動いてなかったみたいだからな。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 車内は誰かしらが話しており、微妙な空気になることなく目的地に到着する。鎮守府から車で数十分のところにあるショッピングモールだ。最近の買い物はここにしか来ていない。その理由は2つある。

1つ目は、俺が行きたがるような店の全てが入っている点だ。今日は服屋と雑貨屋に用事がある俺だが、どちらも鎮守府では手に入らないものだ。特に服。

そんな時に来ているところではあるが、もしも『本屋も見たい』となった時、少し歩けば店内に大きな本屋があるのだ。そういう点ではかなり便利。

2つ目は、軍事施設がある点だ。このショッピングモールは有事の際に避難場所に指定されており、屋上や植木に隠れているところに軍の火器が置いてあったりする。その管理と運用、民間人の安全を確保するために十分な兵士が駐屯している。というか、隣が基地になっている。軍と提携している商業施設なのだ。

 自動車は駐車場に停め、俺たちはモール内をふらつく。一応、目的があって来ているが、軍人であるが故に歳相応のことが出来ない沖江の為に一直線に目的の店舗まではいかない。入口から入り、歩速を緩めて歩く。山城は仕方ないにしても、だけどな。

 

「ほぇ~」

 

 当たりをグルッと見渡した山城は、俺の横で目を輝かせている。

 鎮守府にはない店、活気があるからだろう。鎮守府に居れば、ここまで人が居るようなところに立っていることなんてそうそうない。俺が戻ってきてからは一切なく、俺が軍病院に入る前には1度か2度あった程度だ。

 俺を挟んで、山城の反対を沖江が歩く。歩速を緩めていることには気付いているだろう。店内をマジマジと見ながら歩いているのだ。

 

「て、んっ……貴方はいつもここで?」

 

 今『提督』って言いかけたよな? 無理矢理『貴方』と言い換えたけど。

 

「服を買うときは、だけどな。用事があると、他の店にも行くけど」

 

「そうなんですか? それにしても、たくさん居ますね」

 

 落ち着きはあるものの、色々と隠せていない山城を後目に、俺は沖江の方に目線を向ける。

 

「……」

 

「買いに行きたいのなら、良いぞ」

 

「本当ですか?」

 

「あぁ」

 

 幾ら護衛とはいえ、店を見てしまうと入りたくなるものだろう。それに沖江はそもそも護衛要員として鎮守府にいる訳ではない。歩哨・巡回の任務で駐屯しているに過ぎないので、そもそもこの護衛は仕事の範囲外だったりするのだ。

 俺の言葉を聞いた沖江は近くの女性物の服が並んでいる店舗へと入っていってしまった。

迷いが無さ過ぎて、清々しいところまで来ているが……まぁ良いだろう。俺1人で待つ訳でもないからな。

 

「貴方……」

 

「なんだ?」

 

「わ、私も……」

 

 一応、外出の同行者は前例があるが、どちらも買い食いはすれど物は買わなかったな。

でもまぁ……同行している沖江に頼んで買ってきてもらったとか言えば、どうにでもなるだろうな……。その後、色々と沖江が苦労しそうではあるけど。

 俺は山城に返答を返す。

一応、武下からは単独行動をしないように言われている。普段なら、沖江かその他の護衛と共にその店舗に入っていってしまうが、今回は山城がいるということで、沖江はそのまま1人で入っていってしまった。というか、俺が一緒に入っていると思っている可能性が捨てきれない。

 

「分かった。俺も入るよ」

 

「はいっ!!」

 

 少し頭を掻き、沖江が入っていった店に俺と山城も入っていった。

 山城曰く『このお店は酒保にありません』とのこと。流石は年頃の女の子なだけはある。ファッションにも興味があるのは良いことだ。

 店内に並ぶ商品の数々を、山城は手に取っては身体に当てて姿鏡を見ている。気に入らなかったら、そのまま綺麗に戻して他のを手に取ってみる。これの繰り返しだ。

少し離れたところに沖江も見えるので問題ないだろう。

 

「う~……。こっちだと……」

 

 という具合に悩んでいる山城を見つつ、手に取っているものの傾向を見る。

どうやら山城は上はダボッとしたものが好きらしい。流行りに乗っていくタイプかは知らないが、そういう系統のものを手に取っているのは、観察20分で分からない方がおかしい。

パーカー、ニット、セーター、カーディガンetc. 見事にダボダボスタイル。まぁ、似合っているから良いとは思うけどな。今も、そういう感じではあるし。

 近くにまだ山城が見ていないダボダボした服があるのだが、まぁ……放置してみる。今回は俺はアクションを起こさない。こういうものに関して、話しかけられたら答える方に徹する方が良さそうだ。

 そうこうしていると、山城が俺の近くにある方にも目を付けて移動をする。

手に取って確認。身体に当てて姿鏡を見て少し思考。

 

「あ、貴方」

 

「ん?」

 

 山城の観察をしていた俺に、山城は声を掛けてきた。

 

「こっちと、こっち。どう思います?」

 

 そう言って、山城は俺に見せてきた。

片方は今着ている丈の長いセーターと似たような商品。ただし色は薄いオレンジ系。もう片方はこれまた長いセーター。サイズ合わせて着ても、手が袖から出てこないんじゃないかって思うくらいだ。ちなみに色は白。

少し商品を見て、山城を見る。俺が山城を見た時にビクンと身体を跳ねさせていたが、それを気にすることなく俺は答える。

 

「山城の私服で下は何があるのか知らないが、今の状態ならどっちも良い。似合う」

 

 ……あれ? 回答間違えた? 両手に持つ服を見て、俺の顔に視線を戻した山城。

うぐ……。どうやらやはり違っていたようだ。

 

「し、白い方は袖が長すぎると思う。そういうデザインではあるから、それを着る人は居るんだろうが」

 

「ならこっちですね」

 

「オイ」

 

 白いセーターを戻してオレンジのセーターを持つ。それにしても、本当にこういう系統が好きなんだろう。

少しは他のタイプにチャレンジしてみるのも良いかと思うんだがなぁ……。と思いつつ、違う種類の服が置いてある売り場の方に目を向ける。丁度そっちには人がいなかったが、山城は俺の視線を追いかけてその先を見ていた。

 

「……ブラウスとか身体のラインが見えてしまうような服は好きじゃないんですよね」

 

「そ、そうですかい」

 

 聞いてもないが、自白。それも想像通りだった。だが、咄嗟に敬語でリアクションが出てしまったのは恥ずかしい。

 山城は身体のラインが出てしまう服装が嫌だと言ったが、今の服装も下はラインがくっきりだということは分かっているのだろうか。それとも、上半身のラインが出るのが嫌なのだろうか。恐らく後者であろう。

俺は似合うと思うんだが、本人が嫌だというのなら無理に勧めるのも悪い。俺は口を噤み、セーターを籠に入れる山城を見る。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 沖江も山城もそこそこ買ったようで、大きい袋が1つずつ手から下げられていた。会計を終わらせて店外に出る時、俺は無言で手を差し出した。

分かっていないような山城は、首を傾げながら俺の手を握る。

 

「違う。袋持つぞ」

 

「あ、あぁ……ありがとう、ございます」

 

「沖江も」

 

 山城はパッと俺の手を離すと、そのまま袋を渡してきた。何だか分かってないような表情をしているが、別に言うことの程でもないだろう。聞かれたら答えるくらいだ。

一方で、沖江は戸惑っていた。そりゃそうだろう。プライベートではあるが、護衛対象でしかも上司である俺に自分の荷物を持たせようとしているのだ。

 

「護衛要員が荷物を持っていたら、咄嗟の時に行動できないからな」

 

 そうつぶやくと、沖江は俺に『お願いします』と言って荷物を渡していた。

 俺の両手は荷物で埋められた。自分のものも細かくあるので、そこそこの量になっていると思うが、これしきの事で音を上げる訳にはいかない。

荷物を持ち直して、俺たちは歩みを進める。

 




 前回の続きになります。こんな風に話を進めていますが、今回は起伏があまりなかったように思いますね。
 本編とは別だとも思っている方がいらっしゃると思いますが、結構関連があるのであしからず。休憩回を出たら初回から休憩回と絡みのある内容になりますので……。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第20話  外に買い物、おまけに山城 その3

※ 前回、前々回の続きです。


 通りかかってしまったのなら、入らざるを得ない。本屋の前を通り過ぎようとしたら、身体が勝手に店内へと入っていってしまった。本意ではないぞ。うん。

 無理矢理荷物を片手で持ち、俺は文庫本を手にとってはあらすじを見ていた。一緒に店内に入ってきた沖江や山城も、割と近くの本棚を見ている。2人とも本は読むそうだが、俺ほどではないらしい。沖江は任務もあるし、山城は本を読む以外にもやりたいことをやっているとのこと。そもそも出撃編成に俺が山城をあまり入れないから読んでいると思ったんだがな……。

 時々意識を他に向けながらも、俺は着々と買う本を積み上げていた。今日は8冊と数が少ないが、量を考えると早ければ4日で読み切ってしまう。

沖江と山城に声を掛け、俺はレジに向かう。

会計を済ませるために、レジに並ぶ。沖江も山城も本を見ていたが、どうやら買うに至らなかったみたいだ。俺のことが見える位置、出入り口付近で立っているのが見える。こちらを気にしつつも、会話をしているみたいだ。

 

「8冊でお会計の方が4027円になります」

 

「カードで良いですか?」

 

「はい。ではこちらに暗証番号をお願いします」

 

 財布を取り出して中身を見てみたところ、現金が入っていないことに気付いた。仕方ないと思い、俺はクレジットカードで払うことに。

機械に暗証番号を入れて決定、清算を済ませる。

 

「ありがとうございましたー」

 

 軽くお辞儀をして、俺はレジカウンダ―から離れる。片手の荷物と合わせると、かなりの重量がある。自分の買い物がまだ済んでいないのにこの状態だと不味い。一度車に戻って荷物を置いてきた方が良いだろうな、と考えていた。

が、その思考はすぐに捨て去ることとなる。

 さっき2人が居たところに、誰も居ないのだ。少し移動したのだろうかと、手荷物を持ち直して出入り口に向かうと、2人が居るところが見えた。

だが、どうも様子がおかしい。

 

「ねぇ、俺たちとお茶しない?」

 

 何そのテンプレ台詞、と思ったが口に出さずに押し込む。台詞から考えると、ナンパされているみたいだな。というかそういう風にしか見えない。

 沖江は表情を変えずに黙っているが、山城はどうも様子がおかしい。視線を泳がせている。それに若干沖江の背中に隠れているようにも見えなくもない。

 

「茶髪の君は可愛いけど、黒髪の子は綺麗だね。ねぇ、どこから来たの?」

 

「……っ」

 

「そんな怯えなくても良いのに。俺は横浜の方から来たんだけどさ」

 

 優しい口調ではあるが、どうもナンパしている男2人がナンパに慣れているように見える。気のせいだろうか。

 目の泳いでいた山城が俺のことを捉えたらしく、沖江の袖を引っ張って俺の方に視線を誘導した。

 

「すみません。連れが来たので、他を当たってください」

 

「えぇ~連れってどんな奴? その子も連れて遊びに行こうよ」

 

 オイ沖江。そんな話の持っていきかたをすると、何かしらの攻撃に遭う可能性が……と考えたが、既に俺の行動は決まったも同然だった。ここで逃げる訳にもいかず、俺は4人に近づいていく。

 

「では5人で遊びに行きますか?」

 

「っ……誰だよ」

 

「その2人の"連れ"です。お茶でも良いですよ?」

 

 バツの悪そうな表情をした、積極的に話している方の男は少し黙ったが、今まで口を開いていないように見えた男の方が今度は口を開いた。

 

「アンタは別に良い。俺たち4人で行くから」

 

 大人しそうに見えるが、何を考えているのか分からないな。表情もあまり変えない。

 

「それは困りますね」

 

「俺たちは困らない。アンタが困ってもしったこっちゃない」

 

 そりゃそうだ。俺がどういう風に困るかなんて分からんだろう。どういう風に困るかって、そりゃ情けない話になるが……。いいや、止めておこう。無性に隅で体育座りをしたくなる。

 それは置いておいて、沖江の後ろに居た山城が俺の背後に完全に回ってしまった。

沖江は少し移動して横に来ているが、それがどうもよく喋る方の男の癇に障ったようだ。周りのことも少し気にしながら、怒気を含んだ声で言い放ったのだ。

 

「お前には用はないんだよ。用があるのは女の子2人なんだけど? さっさとどっか行け」

 

 非情に情けない話しだが、それは無理な相談だ。

 そういう話をしていると、沖江が呟くようにこれまでの状況を説明してくれた。周りの人々が行き交う音で俺にしか聞こえない程度の音量だ。

 

「2人はナンパであることは分かっていると思いますが、大学生です。名前までは言いませんでしたが、ある程度のプロフィールを言っていました」

 

 よく喋る方の男が睨んできているので、俺はそれから目を離さずに沖江の話を聞く。

 

「国内有数の国公立大学医学部学生だそうです。目的はナンパですけど、どうやら"アレ"らしいです」

 

 濁していったが、何となく理解できた。とりあえず、ナンパであることは確定。2人は乗り気ではないみたいだ。

 

「追い払おうとはしましたけど、ダメでしたね。かなりしつこいです」

 

 沖江が嫌がっているのも把握。山城は様子からして嫌がっているのも分かる。ここは追い払う一本で絞るべきだな。

沖江だけでは追い払えなかったのなら、俺も入った方が良いだろう。それに、手を出してきた時には沖江が制圧するだろうし。

 沖江曰く『近頃の女性は格闘技が出来る人がそこそこいる』とのこと。制圧してしまっても、特に周囲は好気の目で見ないだろうと。状況を見れば『ナンパして強引に押し切ろうとした男が、ナンパした女性に制圧された』としか思われないらしい。

 

「学歴と財で調子に乗っている学生みたいです」

 

 そこまで言わないであげて欲しい。医学部に入学するのだって大変とは言い表せない程のものなんだから……。

 そろそろ俺たちも移動したいところでもある。動き始めた方が良いだろう。

そう思い、行動を開始する。

 

「もう行きますね」

 

「待てよ!!」

 

 こうなったら、強引に突破するに限ると思ったのだが、山城の腕を掴まれてしまった。

反射的に俺の身体も動いてしまうが、刹那、山城が涙目になっているのが目に入る。

 

「離せ」

 

「あぁ?! 男はすっこんでろ」

 

 少し声量が大きくなり、すぐ近くを通りかかった通行人がこちらをチラリと見る。

 

「嫌がっているのが見えないんですか?」

 

「うっせぇな!!」

 

 グイッと山城の腕を引っ張ったよく喋る男の腕を俺が掴み、強引に離させた。

手に力を入れ、動きを止めさせる。

 

「チッ!! 後から出てきてうぜぇんだよ!!」

 

「ッ……」

 

 頬に一発。どうやら手が出たようだ。ジンジンと左頬が痛くなり、次第に口の中で鉄の味がし始める。切れてしまったようだ。

血を飲み込み、刹那言葉を発しようとした瞬間、沖江が俺の視界の端に見えた。そして周囲の空気が凍るのを感じる。

 

「な、何だよ」

 

 沖江が殺気を放っているのだろうか。だが、それよりも俺はある"もの"を感じていた。

こんなショッピングモールでは聞くはずのない稼働音と、臭い。ガコンと音を鳴らした"それ"が視界に入らない訳がない。

 

「……」

 

「な、何だそれ」

 

 山城の手には長い棒ではなく、一目見ればそれが何だが分かるだろう。13mm機銃だ。

それを脇に抱えている。どうやらさっきの音は薬室に弾丸を装填した音だったらしい。30発収まる箱型弾倉が満タンであることは明白だ。

 

「ちょ、ちょーと待って」

 

 俺が山城の方を向くと、小首を傾げているが、俺がどうして待ったを入れたのか分かっていない様子。

 

「とりあえず、引き金から指を放そうか」

 

「……?」

 

 山城は本当に分かっていないみたいで、不思議そうに俺の顔を見てくる。

 一方で、周囲も山城が突然重火器を出したことに驚いているようで、呆然と立ち尽くしていた。沖江はその中でも平気そうな表情をしている。この中で落ち着いているのは俺と起きれくらいだろう。

 

「……すみません」

 

 少し間を開けて、山城は13mm機銃の引き金から指を離し、銃口を下に向けた。女性が重機関銃に分類されるほどの大きな機関砲を両手で持っている姿は、周りの人にかなりの衝撃を与えただろう。そして、勘のいい人たちはすぐに気付いたと思う。巨大な機銃を出した山城のことを艦娘だと。

それはどうやら男2人の片方、静かな方の男も気付いた様子。伊達に医学部生と言っているだけはある。

 

「大丈夫ですか? 左頬を殴られて」

 

「いや、大丈夫。"軟派"だとは思っていたが、1人はその通りだったからな。分かっていたことだ」

 

 山城が俺の頬をに触れ、セーターが鼻先に当たる。白く細い手が俺の頬を覆い体温が伝わってきた。眉をハの字にして俺の顔を覗き込んでくる山城の一方で、沖江はかなり警戒を強めているようだ。手が出た方は完全に軟派だ。だが、ここで騒ぎを起こすのは問題がある。

 

「場所を変えようか」

 

 そう俺は提案し、静かな男の方もそれは納得したようで移動を始める。手の出た方の男は静かな方の男に一言言われて付いてきた。

移動を始める時には山城の手からは13mm機銃は無くなり、ずっと横に張り付いてくる。距離感が近すぎて歩き辛いんだがどうにかならないだろうか。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ショッピングモールから出て少し歩いたところ。休日の昼前だったということもあり、人気の少ないところは土手沿いしかなかった。手が出た時点で店に入るのは愚策だと判断し、こうして人がいないところまでわざわざ来ている。

 俺の目の間には手を挙げた方が立っており、見るからにイライラしているのが見て取れた。一方で静かな男は何かを考えている様子。

 

「わざわざ人気のないところにまで来て、何をするかなんて分かっているんだろうなァ」

 

「まぁ、1つしかないですよね。そこまでして2人にこだわる理由も分かりませんが、俺としても2人から離れるのは色々と不味いんでね」

 

 主に保安上の理由から、それに帰った後に武下や他の門兵、新瑞から何を言われるか分かったもんじゃない。これでも護衛の人数をなんとか減らして目立たないようにしてきたのだ。この件からまた護衛が増えたらたまったもんじゃない。のびのびと買い物が出来なくなる。

結局は、ここに来た理由が他の人に騒ぎを目撃されるのを防ぐためでもあるのだ。

 

「ゴチャゴチャ言ってないで、とっとと失せろ!!」

 

 刹那、よく喋る方の男が俺目掛けて走り出した。もう1発殴ってこようとしているのは分かるが、俺は何冷静に分析しているんだろうか。また殴られることになる訳だが……。

痛いから止めて欲しい。というか、この歳になっても暴力を普通に振るっているのは問題があるな。医学部生と言って呆れる。こんなのが医学を学んで医者になると考えると病院なんか行きたくなくなるな。

 本来ならば無視すればよかったが、あの場にいた時には既にしつこい奴であることは分かっていた。だからこうして……。

 

「沖江」

 

「はッ」

 

 ちょっと待った!! 待った!! 待ったァァァ!! 沖江? 沖江さん?! どこから拳銃出してるんですかねぇ?! 下着が見えてましたけど?!

プリーツスカートをバサッと捲って一閃、拳銃を出した沖江は安全装置を解除して構える。銃口が捉えているのは、俺の方に走ってきている男だ。

 沖江の奇怪な行動に目を奪われた男は、刹那握られていた拳銃に驚く。そして足を止めた。幾ら学生でも拳銃を出す人間がどういう人間かなんて分かるだろう。特に医学部だと云ったのなら猶更。軟派であったとしても、それくらいの知識はあって当然だ。呆然とするよく喋る方の男の一方で、静かな方の男がこれまで傍観していたが、こちらに歩み出てきた。

表情は少し変わっていた。嘲笑う、見下したような表情は一切ない。真面目ではないが、かなり怯えた表情だ。

 

「い、今更で申し訳ありませんが、どうか穏便に」

 

 いきなり態度を変えてどうしたのだろうか。と、俺は思った。そうすると、沖江が拳銃を構えたまま近くに来て小声で教えてくれた。

 

「どうやら私たち3人組の異常性に疑問を持っていたようで、おおよその検討を付けたみたいです。山城さんの重機関銃、提督の号令、私が拳銃を抜いたこと……頭がよく回るからこそですかね」

 

「なるほど」

 

 そう考えると、あのショッピングモールからはある程度時間を離してから行った方が良いだろうな。そう考えて、俺は静かな方の男に近づいていく。

 

「貴方は良いですが、そっちの彼はどうしましょうかね」

 

 沖江は銃口を向けられている男を睨み付ける。男は動きを止めたままだ。

 俺という立場の人間ならば、2人共憲兵に連れていく必要がある。恫喝、暴行罪……知識はないが、それらの他にも該当するものがあるだろう。憲兵に引き渡した後、警察に連れていかれる。更に、暴行に関しては将校を殴っている。プライベートではあるが、軍であるが故に軍も叱責しなければならない。

深く考えるほど、この2人の立場が不味いことになっているのは確かだった。

 

「……」

 

 考える。

 

「憲兵に引き渡す」

 

「了解」

 

 必要なことだ。もしここで俺が『2人を見逃す』と言ってしまうと、軍に対するよからぬ噂も立ちかねない。軍の威厳を保つためにも必要なことなのだ。

銃口を向けられた男は抵抗をしたが、拳銃の前だ。無茶なことはしなかった。静かな男も大人しく拘束される。

 俺は携帯電話を使って、武下を経由して憲兵に来てもらう。何事かと武下も少し驚いていたが、詳細を端的に話すと理解してもらえた様子。山城のことは口に出さなかったが、沖江がナンパされて騒ぎになったと伝えることに。この件に関して、沖江に責任を追及することもないらしく、俺たちは沖江が携帯していた結束バンドで両腕の自由を奪った男2人をベンチの近くに移動させ、そこで憲兵隊を待つことになった。

 

「第一憲兵師団です。武下中佐からの要請で参上しました」

 

 若い、と言っても俺とそう大して歳の変わらない憲兵が到着した。軍の装輪機動車2台で来たが、そこまで物々しい装備で来なくても良かったのに、と頭の中で考えてしまう。

ここに着た憲兵は8名。というか、今指揮官は何と言った。

武下"中佐"? 大尉じゃなかったのか? その件に関しては沖江にでも聞けばいいとして、自己紹介と端的な説明をしよう。

 

「私服で申し訳ありません。海軍横須賀鎮守府の天色中将です。こちらで拘束中の2名の連行をお願いします。罪状は」

 

「暴行・恫喝です」

 

 横から沖江が説明をしたが、どうやらそれどころじゃないらしい。それに固まらないで欲しい。本当に。

 

「こ、これは中将。失礼しましたッ!!」

 

「畏まらないでください。任務が優先ですよ」

 

 そう言って俺は、拘束中の男2人の方を向いた。

 

「刑事事件ではあると思いますが、1人が暴行を働いたのと相手が相手でしたので……すみません」

 

「いえそんな!? 軍人の関与する事件は警察から私ら憲兵に担当が移りますので、お気になさらず」

 

「では、お願いします」

 

「はッ」

 

 腕を掴まれて立たされた男2人は抑えつけられながら装輪機動車へと入れられる。そこまでの間、よく喋る方は最後まで抵抗していたが軍人の前、逃げ出せるわけもなく押し込まれていった。一方で、勘づいた方は大人しく装輪機動車に乗って連行されていく。1台は先に走り出して行き、その場に残ったのは指揮官と4名だけ。

 

「武下中佐からの連絡で驚きましたが、まさかこのような形でお会いできるとは思いませんでした」

 

 さっき俺の話を聞いていた指揮官は、再び俺の方を向いて話し始める。

 

「私もこんな形で憲兵さんにお世話になるとは思いませんでしたよ」

 

 そう。憲兵にお世話になる……俺が何かやらかして連行されることばかり考えていたが、そもそもそういうことをしていないから連れていかれる訳もない。

横領やら不当な部隊運用やらなんやら……。今一度考えてみると、お世話になりそうな件が俺が思ってないだけであるかもしれないな。

 

「そちらの女性の茶髪の方は顔を知っていますが、そちらの女性は?」

 

 『沖江伍長。初めて私服見たよ』と後で付け足していたが、階級は襟章を見る限り指揮官の方が高いと思うんだがな。軍曹だし。そりゃ指揮官をやっている訳だ。そのように感心していたが、云う俺は指揮官どころか将官やっているんだよな。訓練も士官教育も受けていないが。否。厳密にいえば受けている。武下やら警備棟の士官たちから教えてもらっている。正規教育ではないけどな。

 今更ながら、俺は執務やそれ以外の時間に艦娘と何かしているだけではない。門兵の士官らに頼んで、士官教育をしてもらっている。礼儀作法やら士官としての~とか云うものを。身に付いていっているので勉強をしている甲斐はある。そのうち役立つ時が来るだろう。

 

「艦娘です」

 

「扶桑型航空戦艦 二番艦 山城です」

 

 驚いた表情はしないな。見慣れているとは思えないんだが、どうしてだろうか。

 

「そうですか。では中将、お帰りはどうなさいますか?」

 

 あまりに素っ気ない反応だったが、それは別に気にすることもないだろう。他の鎮守府で艦娘を何度か見たことがあったのだろう。

 俺は指揮官の問いにすぐに答えた。

 

「近くのショッピングモールに自動車があります。私らは自分で帰りますよ」

 

「お送りさせていただこうかと思いましたが、横須賀にコレ(装輪機動車)で乗り込んだら、何されるか分かったもんじゃないですよね。分かりました。では、モールまでお送りいたします」

 

「ありがとうございます」

 

 距離にして500mも離れていないんだがな。この後、指揮官の好意に甘えてモールまで送ってもらって、そのまま俺たちは自動車に乗り込み帰ることとした。まだ買う予定だったものを買っていないが、それはまた別の機会にしておこうと思う。その時は個人的に西川にでも頼もうか。そうした方が、今回のようなことを避けることが出来るだろう。

 帰りの車内、山城は随分とご機嫌だった。が、俺は後部座席に座る沖江に声を掛けた。

 俺の記憶が正しければ、武下の階級は海軍"大尉"だったと思うんだが、何故あの指揮官は"中佐"と言ったのか。

その問いには沖江も随分と簡単に答えてくれた。

 

「提督が帰還した際に、長官(新瑞大将)から『横須賀鎮守府艦隊司令部隷下部隊に再配属するに当たって、武下大尉は2階級特進とする』という辞令があったと思うんですが」

 

「……警備棟に回す書類に開封厳禁と『警備部宛』の封筒があったな。それか」

 

「それだと思いますよ。それに武下大尉も、んんっ、武下中佐も階級はあまり気にするなって言っていましたし」

 

 素で間違えたのだろう。言い直していたからな。

 

「そうだったのか」

 

「はい。それに武下中佐は大尉でも中佐でも警備部部長に変わりはありません」

 

 そう言って、窓の外を眺め始めた沖江から視線を完全に外したので、俺も運転に集中することにした。

 鎮守府に帰り、沖江と山城が口裏合わせを始めていたので俺はそれを待って執務室へと戻った。『買ったものは、沖江さんに頼んでいたもの。それを受け取ったということにしました』と山城が言っていたのと、沖江もそれで話を通すと言っていた。どのみち外に出ていたことがバレるのは時間の問題なので考えるまでもないと思うんだがな。ただ、山城が一緒に出ていたかというのは言及されるだろう。

 夕食を食べに食堂に行ったところ、山城は艦娘たちの強襲に遭い縛られることとなったのはお決まりだと思う。ただ、今回は外出の件がバレてしまったということだがな……。

まぁ、情報のルートは1つしかないだろう。後日、必死に山城に謝っている沖江の姿が鎮守府のどこかで目撃されたそうだ。

 




 これで休憩回は終了になります。前回も後書きで申しましたが、次より通常に戻ろうと思います。さらに、これまた前回も後書きで((ry 戻った時にも関連のある話題は出てきますのでお願いします。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第21話  通訳、着任

 執務を早々に済ませた俺は、秘書艦を連れて警備棟の第1会議室に来ていた。目的は1つ。

この前、姉貴の権限で作成、大本営で承認された書類が戻ってきていた。その件に関して、事務棟を通過した警備棟に人員が到着しているようなのだ。

 派遣される人員のプロフィールは確認している。歳もそこまで変わらないが、かなりの秀才。姉貴が提出した書類に該当する人員がいるという時点で驚きなんだが……。

 今日の秘書艦は時雨。外の人間との接触には不安しか感じないが、時間も経っているので慣れてきている頃だろう。

横を歩く時雨も、いつも通りの表情をしている。しているのだが、今日が雨だからだろう。気分が良いみたいだ。

 

「来客って誰だい? 新瑞さんなら書類無しで来るんだろうけどさ」

 

 秘書艦日誌には、情報が書かれていただろうからある程度のことは知っているだろう。どういう背景で来ているのか、くらいはだが。

 

「南西諸島北海域制圧作戦中に姉貴が作成した書類で派遣されてくる通訳だ。これからは作戦行動中、地下司令部や外国人との会談の際には通訳として付いてもらう」

 

 時雨は椅子に腰かけて、ふーんとつまらなさそうに反応を返してきた。

 

「確かに金剛さんは英語出来るけど、艦娘が通訳するというのも変な話だよね。今回の来客の件、分かったよ。来客というよりも、着任挨拶って感じかな?」

 

「そうなる。これからは基本的に事務棟勤務になるが、こちらから出頭命令を出して来てもらうことにもなる。これからは顔を合わせることも増えていくだろう。あまり敵対的な行動はしてくれるなよ」

 

「分かっているよ。ただまぁ、害がありそうならば話は別だけどね」

 

 害があったら、そもそも大本営がここに送り込んでくるとも思えない。人員を用意したのは大本営だ。横須賀鎮守府、艦娘との関係を悪くさせるのは本意ではないだろう。

 俺が忘れていたのも悪かったが、直前になって時雨が知らせてきたこともあり慌てて来たというのに、予定よりも早くに会議室に到着してしまうという、なんともおかしな状況に置かれている。待たされるのはそこまで嫌いではなく、好きでもないが、時間通りに来てもらえればそれでいい。

 

「秘書艦日誌と周囲にそれとなく伝えておくよ。通訳の件」

 

「頼む」

 

「一度、事務棟に言って顔を見てくるようにそれとなく皆に言っておくね」

 

 通訳と艦娘の間で不和が生じないように、最初に手を打ってくれるみたいだ。それに時雨がその話をするということは、夕立は確実にその日の内に挨拶に行くだろう。その先何かあったとしても、恐らく夕立が間に入ってくれるはずだ。

一番考え物なのは金剛やら鈴谷だが……こちらも通訳本人が変なことを言わなければ恐らく大丈夫なはず。(艦娘)の人間への警戒心も、この方どんどん薄れていっている。それとは反比例して、外敵への警戒心がかなり強まっているところが気になるところではあるが……。

 そろそろ予定の時刻になる。さして緊張もしていない。俺はどういう人物なのか知っているからな。あくまで書類上、軍の調査上での人物ではあるが……。

会議室の扉がノックされ、声が聞こえてくる。この鎮守府では初めて聴く声だ。

 

「どうぞ」

 

 苦笑いする門兵2名と女性が1人、中に入ってきた。女性がガッチガチで表情も硬い。着慣れていないのだろう、軍装に着せられているように見える。人のこと言えないが。

通訳、文官ということもあり腰にはホルスターはぶら下がっておらず、火器らしい火器は何一つとして携帯していないようだ。ビジネスバッグを肩から下げていたものを下ろして、床に立てておいた彼女は不慣れな敬礼を俺にしてきた。

 

「ほ、本日じゅけで大本営海軍部長官命令により海軍横須賀鎮守府艦隊司令部に着任しましゅ、梔 蘭花(くちなし らんか)れすっ!!」

 

 噛みまくってるが、大丈夫か、本当に……。どうやら門兵が苦笑いしていたのは、これが原因なんだろう。恐らくこの噛み噛み具合は緊張か焦りで出てくるものなんだろう。

 

「こちらぎゃ、辞令にゅいなりみゃす」

 

 ……悪化しているぞ。

 書類で見た時はしっかりしてそうな人だと思ったが、備考のことを思い出すと合点がいく。確かにあがり症だということは書いてあった。なるほどな。俺が着ているような軍装とは違い、一見スーツにも見えるそれは非戦闘員と戦闘員を明確に分けるものではある。俺は完全に戦闘員用の軍装ではあるんだがな……。

 腰まで長い黒髪をフリフリと揺らし、日本人にしては色白過ぎる肌を紅葉させ、何故だか垂れ目の紅い瞳をグルグルと回している彼女から、俺は辞令を受け取る。

内容は確かに大本営海軍部、新瑞が出した命令だ。確認をした俺は印鑑が無いのでサインを右下に書き込み、机の隅に置いた。

 

「そこまで緊張しなくていい。横須賀鎮守府艦隊司令部の天色だ。よろしく」

 

「よろしくおにゃがいしゃみゃう!!」

 

 ほんと、大丈夫か。この人……。これでも一応、俺と同い年らしいんだがなぁ。俺は確認のため、先行して送られてきていた書類を手に取って読み上げることにした。緊張しまくり上がりまくりの彼女だが、話すことが難しくてもこちらの言葉には耳を傾けるだけだから出来るだろう。

 

「確認だが、南西諸島北海域奪還に際して、今後想定される部隊・外国籍軍との連絡を円滑に行うための通訳として派遣された。当人はこれを遂行するため、多国籍言語を扱い外国との一次接触を角が立たぬように努めること。間違いないな?」

 

「ひゃう!!」

 

 何それ、返事? 面白い返事だ。特に気にすることなく、俺は話を続けた。

 

「着任より事務棟にて事務を負うが、横須賀鎮守府艦隊司令部の出頭命令等により鎮守府内を行動する。場合によっては艦隊に同行することも考えられるが、不具合はあるか?」

 

「にゃいれふ!!」

 

「じゃあ改めて、これからよろしく」

 

「ひゃい!!」

 

 こうして、横須賀鎮守府に梔が着任した。彼女の任務は通訳。任務中、俺と同様に地下司令部に籠りっぱなしになる。これから仲良くしていかないとな。

 梔には横須賀鎮守府内のどこでも移動できるようになってもらわないと困るため、現在時雨が案内中だ。雨が降っているが、傘をさせばいいだろうと言って連れて行ってしまった。また後日、と言おうとしたんだがな。そんなこんなで、警備棟第1会議室には俺と連れてきた門兵しか残っていない。

 

「提督」

 

「言わなくていい」

 

 苦笑いしたままの門兵が、頬を掻きながら言ってきた。

 

「噛み噛みでしたね……」

 

「聞いてたからよく知ってる。噛み噛みの彼女でも13カ国語くらい話すマルチリンガルだ。任務中に噛み噛みになって失敗するのは勘弁して欲しいが」

 

「それ、笑いながら言うことじゃないですよ。提督……」

 

「はっはっはっ。ぶっちゃけ、金剛が通訳している方が怖い」

 

 3人の中でよく分からない、納得した空気が作られてしまった。

 時雨と梔が居ない今、俺がここに残っていてもすることが無い。俺は門兵に言って、本部棟に戻ることを伝える。どうやら2人ともロビーの立哨だったみたいなので、戻ってきた時には2人に執務室に来るように伝えてくれるそうなので、俺はそのまま執務室に帰ることにした。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 執務室に帰って小1時間ほどすると、執務室に時雨が帰ってきた。案内してそのまま執務室に来たのだろう、梔も一緒だ。見た様子だと、長時間外にいたようにも見えない。服や足元が少ししか濡れていないのだ。

どうやら執務室の案内はまだだったらしく、中で時雨があれこれと指さしたりだとか手に持ったりして説明しているので、俺は給湯室へと向かう。歩き回ったかは分からないが、喉は乾いているだろう。冷たい飲み物はあいにくないので、紅茶を2杯とコーヒーを1杯淹れる。どれもミルクと砂糖、クリームは入れない。梔が何を選ぶか分からないからだ。

淹れ終わるころにはどうやら説明も終わったらしく、時雨がソファーに座るよう促したみたいだ。チラッと覗いたら座っていたので、俺はお盆を持って行く。カップが3つに瓶が3つ乗せているお盆だ。

 

「時雨」

 

「案内は終わったよ。途中で色んな人に会ったから、簡単に説明もしてきた」

 

「そりゃご苦労。梔は何が良い?」

 

 そう聞いて、俺はお盆をソファーに挟まれている机の上に置いた。その様子を見ていた梔がおどおどするのを忘れて心底驚いているのも無理はないだろうな。高級将校が部下の分も淹れてくるなんて、思いもしなかっただろう。俺は自分で淹れることもあるだろうが、部下がいたら率先してその部下が淹れると思うんだけどな。残念なことに、その高級将校は俺だ。

わざわざ淹れさせようだなんて考えもしない。

 

「わ、私はコーヒーで」

 

 答えた梔の目の前にコーヒーのカップを置き、クリームと砂糖の入った瓶も置く。マドラー代わりのティースプーンはソーサ―の上に乗っているから、それを使って混ぜてくれ。どっちの瓶にも入れるためにスプーンが入っているからな。

 

「じゃあこっち。時雨は紅茶な」

 

「うん」

 

 座っていた時雨の前に紅茶の入ったカップを置き、俺は残った紅茶のカップを手に取った。

 俺と時雨の顔をちらちら見ながら、瓶に手を伸ばしてクリームを1杯と砂糖を3杯入れた、ティースプーンでコーヒーを混ぜる。

時雨はミルクを入れて、梔が砂糖を入れたのを確認して砂糖を入れる。こちらも3杯。俺はミルクと砂糖は共に1杯ずつだ。

 俺は自分の机にカップを持って行って飲み、時雨も普通に口をつけた。梔は『いただきます』と小声で言ってから飲んでいる。

一抹の静寂が辺りを包み、すぐにそれを時雨がぶち壊した。

 

「お茶請けが欲しいな。提督、何かある?」

 

「紅茶に合うものといったら……昨日の余りがあるぞ」

 

 俺はまた給湯室に向かい、バスケットを持ってくる。このバスケットの持ち主は秋津洲。昨日、おやつと言って持ってきたクッキーが想像以上多くて余っているのだ。勿論、ここに残しているのは秋津洲は知っている。

 バスケットをポンと時雨の前に置き、俺は中から3枚取って自分の机に戻る。時雨はゴソゴソと中を漁って、クッキーを手に取った。

このやり取り、慣れた相手じゃないと変に思うだろうな。執務室に入り浸る奴や、秘書艦を引くことが多い艦娘は慣れているのだ。慣れていないのはただ1人。梔だけだ。慣れていないのが当たり前なんだがな……。

 

「梔さんもどうだい? クッキー。美味しいよ」

 

「あ、はい。いただきます」

 

 噛まないんだ。……噛まないんだ。そんな風に思ったが、まぁ案内している間に時雨と話して慣れたのだろう。俺だとまだ慣れないみたいだけど。

 1枚目を食べ終わった頃、俺は梔に声を掛けることにした。仕事の話もそうだが、だいたいはここでの注意点や留意して欲しいことになるけど。思い立ったら行動に移す。

 

「梔」

 

「まう?」

 

 それ、そういう返事ってことで良いのかな? それにもぐもぐしながら返事をするな。

気にせず、俺は話を再開した。

 

「横須賀鎮守府では基本的に事務棟で事務処理をするとあったが、こっちに来ている書類だと週に何日か居ないようだが?」

 

「政府からの要請、大本営からの命令でこうして来ていますが、本来ならば学生です」

 

 アレ? 噛まなくなったな……。

 

「今すぐ大学を中退して軍に~なんて大本営や政府も鬼ではないので言いませんよ。在学しつつ、横須賀鎮守府にも来ますよ」

 

「そうか。学生だったんだな」

 

 心のどこかで何かが引っかかる。だがそれも一瞬だけだ。それよりも梔のことだ。在学中に下手したら海路で外国に行くことになるかもしれない。そうなった場合は休学することになるのだろうか。

そんなことをふと思ってしまった。

 

「はい」

 

 噛み噛みが無くなった梔は、そのままクッキーを食べようとする辺り、軍人の事務職でもなしに一般の大学生だということは行動から滲み出ているように思えた。そんなことを考えるのは俺だけで、時雨はその辺りを知らないだろう。俺の行動の意図を読み取った時雨は行動を起こす。

 

「提督はこんな風だけど、畏まったりへりくだったりされるのはむず痒いみたいなんだ。時間は少し掛かるかもしれないけど、僕みたいに接した方がやりやすいと思うよ」

 

「本人いるから居ないところで言おうな。それ」

 

「ふふっ」

 

 時雨の云う通り、自然体で接してくれた方がやりやすい。そう思うし、そうして欲しかったから丁度良かったと云えば丁度良かったのかもしれない。それに、時雨からそんなことを言われて、俺も否定しないものだから、梔もびくびくおどおどした様子を慣れてきてあまりしなくなった。

 俺は時雨が梔に質問して、それに答える梔を眺めながらティーカップを傾ける。いつもとは違う執務後の時間に新鮮さを感じていた。

騒がしい時にはとことん騒がしいし、静かな時は静かなところが執務室だ。そんな空気を楽しんでいると、急に梔がこっちを向いたみたいだ。視界の端で動きが見えたからだ。そっちを見てみると、やはり梔はこっちを見ていた。何だろうか、と思ったが梔から行動を始める。

 

「……提督は聞くところによると私と年齢は変わらないそうですね。それに詳しい話を大本営で訊いてはいますが」

 

 直感で感じ取った。この後、梔は時雨、艦娘を刺激する質問をするだろう。そう思った。

 

「こちらにいらっしゃったのはいつ頃ですか?」

 

 この場で俺だけが緊張する。時雨の目つきが変わったのも見えたし、纏う雰囲気も変わったことが分かる。もしかしたら近くで鈴谷が見ているかもしれない。

 

「18になってから少ししてからだが? それは向こう(大本営)で聞いているだろうに」

 

「はい。ですけど、直接確かめたくって……。それで、学校の方は?」

 

 梔の奴、特大の地雷を踏みあがった。恐らくその単語は時雨や他の艦娘も反応することだ。その件に関しては1も2も悶着があったからだ。一時、鎮守府内が裏切り裏切られで支配されたこともあったからな。俺もその中にいたし……。出来ればまた起きるようなことはないで欲しい。胃薬を買いに行く必要が出てくる。

 

「さぁ、どうだったかな。忘れたよ」

 

 『ただ、最終学歴は中卒だけどな』と言いそうになるのを飲み込んだ。今、その冗談は笑えない。笑えないのだ。俺的にも。

 

「……では」

 

 梔の言葉を遮るように、時雨が時雨が手を出した。俺の方を向いている梔の前に手を出し、睨み付ける。

 

「それ以上の詮索は止めてもらえるかな? 大本営でも聞いていると思うけど、僕たち(艦娘たち)との関係を悪化させたくないのなら、好き勝手に訊きたいことを訊かないことだね。いくら学生でマルチリンガル、政府から指名されたからと言っても分相応な行動を取るべきだ。結局のところ自分が"ただの"学生で相手が"提督"であることは忘れちゃいけない」

 

「時雨」

 

「提督も自分がどういう人間なのか自覚した方が良いよ」

 

 時雨は梔の前に出していた手を引っ込め、スッと立ち上がって姿勢を正した。

 

「実に複雑な立ち位置だけど、僕たちを含めて"この世界"の人間とは明確に違うんだ。梔さんも分かっていると思うけど、提督は異世界人だ。自分たちではどうすることも出来なかった"敵"を食い止め、押し返し、攻めたてるための存在なんだ」

 

「時雨」

 

 ハッと気付いた時雨はすぐに口を閉じた。

 時雨の言っていたことは間違いではない。俺は異世界人だし、国内では要人扱い、艦娘を運用するにはなくてはならない存在だ。……いや、俺じゃなくても最後のものは出来る気がしなくもないが、それでも試験運用している端島鎮守府とでは天地の差があることは知らないことにしておこう。

ともかく、現時点では俺という存在が何を意味しているのかは明確な話。軍上層部では俺がどういう存在であるのかは十二分に認知されているし、政府や皇室にも伝わっているはずだ。それを考えると、艦娘ということ関係なしに状況を詳しく知っている時雨という人間は、俺がどういう存在であるのかは明確に理解しているといえる。

とはいえ、事実を並べただけだが、梔も時雨の云った言葉を反芻して再確認している頃だろう。あまり酷いようだと、砕けるように言わなくては今後に支障が出るな……。

 

「たしかに、時雨さんの言うような説明は大本営で受けています。纏めた資料もありますし、注意事項も何度も確認・暗記させられました。ですけど……やはり線引きが上手くいかなくて」

 

「ならばこれから上手くいくようにしていけばいい。あまり気負いせずに、普通に接して欲しい」

 

「……」

 

 駄目か。少し萎縮してしまったようにも見える。

 

「ま、まぁ、大学の延長線だと思えばいいさ。社会に出ている訳だし、確か給料ももらえるんだろ?」

 

「はひ。月に85000円ですけど」

 

 ……所得税のことを鑑みているだろうな。どう考えても。軍がそれを考えて給料を決めているって、何だかかなり滑稽だな。あと、警備棟で会った時みたいに戻りつつある。

戻るな。やり取りし辛い。

 

「あ、ですけど、大本営では色々貰いました。護身用火器やその他色々と。軍の施設優待券の束とか」

 

 実物支給なんですね。やることなすこと、完全にアレだ。……まぁ黙っておこう。

 

「そうか。じゃあ、仕事に行ってもらおう。ここに居てもすることが無いだろうし」

 

「ま、まだ事務棟には行ってなくて」

 

 外だけを見てきた、という感じか。と考えながら、俺は立ち上がる。梔をこのまま引き留めていても仕方がない。特に通訳の仕事がないのなら、その業務に戻ってもらわねばいけない。梔もそれが分かっていたようで、立ち上がって『コーヒー、ごちそうさまでした』と言って出て行こうとした刹那、勢いよく扉が開かれた。

 

「執務外業務していないだろうと思って突撃しにきました。何やってたんですか?」

 

 姉貴が入ってきたのだ。この遠慮のなさといい、さっきの話が一瞬にして消し飛んだ。時雨もポカンとしているしな。

 

「お、お邪魔します」

 

「あ、沖江さんだ。どうしたの?」

 

「はい。ましろさんに付いてきて……」

 

 執務室にいる人を確認した姉貴は、そのままいつものようにずかずかと入ってきてソファーに腰を下ろす。沖江も『失礼します』と言って腰を下ろしていた。本当、自由だよな。姉貴。敬語な癖に。

 そんな光景を見てフリーズしていた梔は戻ってきて、そのまま出て行こうとするが、姉貴に止められる。

 

「待ってください。別の日に顔を合わせることになるかもしれませんが、今のうちに自己紹介を」

 

「え?」

 

「天色 ましろと言います。よろしくお願いしますね」

 

「はい……?」

 

 分かってない、って表情をしているからな。梔が。

そんなこともお構いなしに、そのまま沖江が流れで自己紹介をする。

 

「日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部 警備部所属の沖江 嗣羽伍長です。お見知りおきを」

 

「はい……」

 

 梔はぽかんとしているが、そんな彼女に姉貴は絡んでいく。

 

「外に居ても聞えてきましたよ。時雨さんも結構辛辣ですね」

 

「……そうかな?」

 

「言っていることは間違ってないですけどね。ですけど、知らなかったくらいでないと提督とは話せないです。もしくは長い付き合いか……。ねぇ、沖江さん」

 

 首を縦に振る沖江を見て、そのまま梔の目は姉貴に向いたままだ。しかも、驚愕と言わんばかりに目を見開いて驚いている。

あんな話をして、その話を肯定したにも関わらず、その提督の執務室にノック無しで入ってきてソファーに勝手に座る2人を見て、驚き以外にどのような感情が出るというのだろう。しかもその内の1人はBDUを着ており、もう1人は士官の軍装。だが俺のような軍装でもない。きっと梔の頭の中は、2人の行動がどういう意図でのことなのかの推理が始まっていることだろう。

 

「提督と接する時は気を抜いてください。あまり張り詰めていると、仕事にも支障が出ます。貴女の仕事で支障を来すと直接国益や様々なものへ悪影響を及ぼしますからね。なるべく早くに慣れておくことをお勧めしますよ」

 

 梔は反芻し、そのまま執務室を出て行ってしまった。これから時雨に案内されて覚えたばかりの事務棟に向かうことだろう。

 ……というか姉貴。俺とは仕事量が多い姉貴がどうしてここに居るのだろう。否、俺の仕事も執務以外を含めるとかなりあるんだがな……。そろそろ新瑞から連絡が入るような気がしなくもないし。

と頭の中で考えるが、俺は口に出さずに、飲みかけのティーカップを傾ける。もう結構冷めているな、そう思いながらカップをソーサーに置いた。

 




 今回は少し文字数が多いですが、1話に纏めたかったのでこうしました。
 オリキャラの登場になりますが、これに伴い『設定 登場人物』も更新します。

 キーパーソンになるかどうかは秘密ですが、決まって動くときには絶対にいる人間になります。ご注意ください。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第22話  軍、政府、そして提督

※注1 強襲揚陸艦『天照(てんしょう)

『艦隊これくしょん 艦娘たちに呼ばれた提督の話』第七十話にて登場。リランカ島へ陸軍第五方面軍第三連隊を輸送する際、依頼を命令と偽って横須賀鎮守府に寄港。当鎮守府にて第三連隊所属兵士による命令違反を起こし、禁止されていた上陸を行う。問題行動により、一時的に鎮守府の警戒レベルを跳ね上げさせた。



 今日は執務を大幅にズラして、あるところに向かっていた。休日という訳でもなく、しなければならないという理由で鎮守府を出ている。

防弾仕様スモークガラスのセダンに俺は乗り込み、隣には姉貴が座っている。今日の秘書艦である白雪には既に断りを入れてあり、移動中の自動車には同乗していない。その代わりにビスマルク以下、赤城指定の護衛部隊、『番犬艦隊』が同行。警備部が保有するトラック2台を借りて、艤装を身に纏ったままついて来ているのだ。先頭のトラックにはビスマルクとレーベ、オイゲン。俺が乗っているセダンを挟んだ後ろのトラックにはツェッペリン、マックス、アイオワが来ている。U-511ことユーは対地攻撃の出来る武装が少ないために、今回は赤城から随伴の命を受けなかったそうだ。

セダンを運転しているのは、いつもの如く西川。今日はプライベートではないために、様々な状況を考慮した配置をすることなく、自然とこのような形になってしまった。

 どこに向かっているのかというと、大本営だ。昨日の夜の時点で新瑞から大本営に出頭するよう言われ、こうして顔を出しに行く。

『言われ』というよりも命令に近いと思うが、何にせよ、昨日の時点ではどういった要件で呼び出されるのかは分からなかった。

 

「……提督。本日0845より、大本営にて会談があります」

 

 状況を頭の中で整理していたが、やはり姉貴にこんな風にされるのはむず痒い。やめて欲しいとは言ってあるんだが、どうしても体裁的にこうなってしまうとのこと。仕事になるから、そこは分かって欲しいんだとか。俺も仕方ないとは思っているが、どうもムズムズする。あまりしつこく言っても仕方ないので我慢するしかないが……。

 姉貴曰く、今日は会談らしい。このように大本営に呼び出されての会談は今回が初めてではない。

以前にも何度かあったような気がしなくもないが、結局のところ新瑞や総督と話して終わりであることが多く、それ以外の人とは挨拶する程度しかない。というか、大本営の人間でちゃんと顔を知っている人は新瑞と総督しかいない気がする。姉貴は仕事柄上、結構な人数を知っているらしいが、どこまで知っているのかは俺にも分からない。どうも、俺には必要ない情報らしいので教えてくれないのだ。

 

「内容は『台湾外交の件』とありますが……」

 

「外交使節の護衛だろう? それだけなら俺を呼び出す理由はないと思うが」

 

「はい。その他、外交の件で直接話す必要のあることがあるとのことです」

 

 姉貴は手元にある手帳を見る。

 俺は外を眺めながら、あることを呟いた。

 

端島(端島鎮守府)は護衛に出れるほど余裕はない。自動的に俺たち(横須賀鎮守府)がやることになることは判っていた。だから今回の呼び出しの目的は恐らく『外交の件』のことだろうな」

 

 『外交の件』つまり、外交使節護衛の件以外のこと。外交使節を派遣するにあたって、恐らく陸軍も動かすことになる。台湾国内での護衛に必要になるからだ。

となると、最低限は"それ"。兵員輸送の件。それ以外で考えられるは、滞在期間中の俺たちの行動。艦娘はどのように動くのか、艦隊指揮はどうやって行うか……。

 

「そろそろ付きますね」

 

「そうだな」

 

 目の前に大本営が見えてきた。中に入り、自動車を降りたらすぐに新瑞さんが待っている部屋へと向かう。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 俺たちが到着したために、大本営から数名出て来る。出迎えと案内だろう。

 

「お待ちしておりました」

 

「えぇ。ではお願いします」

 

「了解しました。どうぞ、こちらに」

 

 格好からして1人は女性、非戦闘員。6人は短機関銃を携帯している。大本営付きの憲兵だ。

 正直、案内は必要ないんだが、決まり事だから仕方のない。後ろを歩きながら、そんなことを考える。

金属と布が擦れる音を耳にしながら、行き交う大本営所属の将官・士官・兵を見流していく。

 すれ違う度、俺の顔を見てハッと驚いては複雑な表情をして敬礼をする。それに俺は答礼しながら歩いて行く。やはり慣れない。彼ら、彼女らの表情には。

 横須賀鎮守府艦隊司令部所属の警備部や事務棟の人間は俺や艦娘に慣れている。一言ではそうとしか言い表せれないが、"普通"に接してくれているのだ。俺の顔を知っている、俺の素性をしっかりと理解している人たちからすれば、俺という存在がどのように見えているのか……容易に想像できるだろう。

 

「あ、天色中将っ?!」

 

「「っ!?」」

 

 すれ違う士官3人組。軍装からして、恐らく海軍憲兵である3人は、俺と姉貴を見て顔を強張らせる。海軍の軍人であるのならば日本皇国軍の中で最も横須賀鎮守府のことを知っているだろう。もしかすると、俺が機密扱いしているものも。

 表情は少し青ざめ、冷や汗が額に浮かんでいる。俺が足を止め、3人のことを見ているからだ。

 右手をおろし、体の向きを変える。歩くのを再開すると、3人は腕をおろしたようだ。すれ違い、少し離れると話し声が背後から聞こえてくる。

 

「中将と隣を歩く……誰だ?」

 

「さぁ? でも階級章は特務大尉だったみたいだけど?」

 

「特務大尉……海軍に特務尉官居たか?」

 

 耳を澄まさなくても声が聞こえてくる。

 右手の手袋を引っ張り上げ、グーパーをした。ホワイトグローブをするのが海軍将官の軍装の決まりだが、普段横須賀鎮守府ではしていない。来客時くらいにしか付けない。暑いし筆記し辛いことこの上ないのだ。握っているペンがグローブの生地で滑って手から抜け落ちるのだ。

 

「なんにせよ、提督がいらっしゃったということは攻勢だろうな」

 

「先日、台湾周辺を確保したっていう噂が流れたが……その件は報告済みだろうし」

 

 次第に声が遠ざかっていくが、人通りがあまりないところを歩いているために離れていても聞こえてくる。

 遠ざかるのを3人が気付かないわけがない。俺は意識をそちらに飛ばしていたから知っているが、恐らく隣を歩く姉貴も気付いている。

話し声を聞いているかもしれないが……気にしているようにも見えない。

 

「……知り合いから聞いたんだが、国内備蓄資材の殆どが横須賀鎮守府に運び込まれたらしい」

 

「えぇ? じゃあすぐにでも国内の燃料と鋼材がカツカツになるんじゃ?」

 

「既になっている。訓練用弾薬の節約と空薬莢・発射弾頭の回収が各地で下っているらしい。燃料に関しても、公共交通機関に配給する分くらいしかないし、空港国内線は全て運休になっている。空を飛んでるのはもっぱら、横須賀の骨董品くらいだろうさ」

 

 確かに運び込んだな。横須賀鎮守府には国内備蓄資材の殆どがある。鋼材は殆ど全て、燃料は石油備蓄基地1つ分を残して他の全てが横須賀鎮守府に運び込まれた。

俺が大本営に進言したことでもあり、それを許可した大本営の上位決定でもある訳だが。

 

「燃料はこの先備蓄が増えるか分からない。横須賀が南西諸島を確保して、西方海域、カスガダマまでの航路の安全を確保すれば展望が見えてくるんだが」

 

「……急ぎ足でも半年以上はかかるね」

 

「だなぁ」

 

 科学という叡智を持ったからこそ、燃料と鉄鋼が自由に使えなくなるのが痛い。これじゃあまるで……。

 

「これじゃあ、本当に戦時だな」

 

 戦時だ。そう。戦争をしている。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 通された部屋には、既に新瑞が待っていた。その他にも5名、見覚えが全くない顔がいる。新瑞に言われた席まで行って腰を下ろし、近くに姉貴と番犬艦隊らが艤装を纏った状態で立すくんだ。

砲門には弾頭と薬嚢が装填され、いつでも砲撃可能状態にある。とはいえ、それが形式であるために仕方のないことでもあるが、ツェッペリンは違った。艤装の一部を原寸大で展開、工廠で載せ替えてきたらしい13mm機銃を構えていた。

5.56mmを見慣れているであろう新瑞でさえ、少し目を向いている。知らない5人も同じくそうだ。

 ツェッペリンの行動は自然ではあるんだが、これは何度言っても聞きやしない。艤装はいいがのらりくらり、ひらひらと躱してこうやって機銃を構えるのだ。

今回も『13mmの原寸大限定展開は普段の正装とは変わらないだろう? 装備品だからな』とかなり強引に押し通された。装備品、艤装であるから展開できる。通常時の艤装展開とは違った形ではあるのだが、確かに艤装ではある。認めない訳にはいかないし、俺が認めないのを番犬艦隊たちは認めないだろう。

 

「今回はまた変えてきたな。ツェッペリンが重機関銃を構えている」

 

「あの細腕で腰辺りで構えられるコツを知りたいですね。新瑞さん」

 

「1発でも当たれば肉が砕け散るんだがな……。それとこちらの方が怯えるから下ろして貰いたいんだが」

 

 新瑞がツェッペリンの方を向く。

重機関銃の銃口は、ツェッペリンたちはもちろん俺も素性を知らない人たちだ。だが、おおよその検討は付く。恐らく、政府の人間。話す内容から考えると外交に関わる者だろう。

 

「ツェッペリン。重機関銃を戻して艤装を通常状態に戻して待機だ」

 

「……了解した」

 

 右眉をピクリと跳ね上げ、明らかに不満そうな表情をしたツェッペリンは13mm機銃を消し、艤装を身に纏った通常状態に戻した。開いている手で帽子のつばを摘んで位置を直し、艤装を揺らす。

 俺は視線を新瑞の方に戻し、一息吐く。少し気分を変え、俺から切り出すことにした。

 

「して、要件はだいたいは伺っていますが?」

 

「あぁ。外交に関することだ」

 

 フッと鼻を鳴らした新瑞は頭をポリッと掻き、要件の詳細は話し始めた。

 

「横須賀鎮守府艦隊司令部発令、南西諸島北海域制圧作戦成功に際し、台湾への政治的接触を試みる。これは知っていることだと思うが、護衛や使節団輸送の件はこちらから話を持ち出さずともわかっていることと思う。一応、確認のために口に出してもらえるか?」

 

 目の前に腰を下ろしている新瑞が机の上においている手の下には、書類が数枚置かれていた。内容はここからは見えないが、南西諸島での報告要約と状況に関する資料だろうな。

 

「今回の台湾への政府要人派遣に横須賀鎮守府艦隊司令部は護衛艦隊を編成、日本皇国台湾間の海上護衛の任を拝受します」

 

 拝受。あくまで横須賀鎮守府は日本皇国海軍の一部隊に過ぎない。そういう姿を、部外者には見せておく必要がある。ここには俺や新瑞、姉貴、艦娘の他にも目と耳がある。彼らにはそれを見ておいて貰わなければならない。

 その言葉を口にした時、新瑞は苦笑いをしていた。理由は分からないが、検討はいくつかある。そのようなことを今、後に考えても野暮だ。

すぐに忘れることにした。

 

「頼んだ。そこで、だ」

 

 新瑞は俺の目の前に書類を突き出してくる。それを受け取り、内容を確認する。やはり、と言いたくなるのを我慢して顔を上げた。

 

「派遣に伴い、使節の護衛を用意しなければならない上に、それらの輸送も横須賀に頼むことになる。横須賀からの状況報告から察するに、軍が機能しているから政府も機能していると考えられる。先の作戦で台湾軍との交信もあったのだろう? 理由としては現在、台湾とは正式な国交があるとは言い難い。日本が国号を変えてしまったからだ。それによって政治体制は多少なりとも変わり、世界情勢も大きく変化してしまった。戦前とは違い、外国がどのような状況になっているかなど分からないのだ。君に確認を頼むのも気が引けてしまったからな」

 

 ポロッと出てしまったと思われる本音。確かに、俺に確認を頼むのは確かに躊躇してしまうかもしれないし、その立場に俺が入れば俺も同じように悩んでしまうかもしれない。表情を変えることなく、俺は新瑞の言葉に耳を傾ける。

 

「はい。応答は金剛が英語で。相手の所在も軍事基地を名乗っていました」

 

「ならば、国家機能は失われていないはずだ。だが油断はできない。日本国内でも食料こそ助かっているものの、その他の水以外の資源は全てカツカツだ。我々が生きていくために必要な"資源"をどう扱っているかなど、現地を見るしか知るすべはないからな。最悪の場合は紛争状態にあることも想像できる。そうなってくると、現地軍、台湾軍がどのように手を打っているのかを行ったその場で確認するのでは遅過ぎる」

 

 整然と現在想定される使節団派遣に伴う最も危惧すべき点を新瑞は簡潔に説明した。そしてその説明を聞いていた俺も、新瑞が頼むつもりでいる件は想定済みだ。ただ、想定していただけ。

使節団数名ないし十数名の輸送は護衛艦隊に搭乗してもらう他を考えていなかったが、上陸した後の護衛をも一緒に連れて行くとなると、かなりの兵力と物資の移動を考えなければならない。その上、人力で運べないものは輸送することができないのだ。艦載機で吊り下げての空中輸送なんて以ての外だ。

となると、護衛艦隊以外にも何か艦船を連れて行く必要が出て来る。例えば、揚陸艦……。輸送機を飛ばすのは危険であるために、そもそも案には上がってくることもない。

 揚陸艦を護衛艦隊に編成するとして、現在そのような大型艦船が残っているのだろうか。……少し考えた後に、あることに気づく。

新瑞や国内でも触れるようなことがなかったために気付かなかったが、現在、陸軍第五方面軍第三連隊がリランカ島に取り残されている。理由としては、至極簡単なことだ。俺が軍病院に搬送されてから復帰までの間に、艦娘たちの戦意喪失による戦線後退によって帰投できる航路がなくなったのと、ホットゾーンを抜けようにも護衛艦隊がいないからだ。それは現在でも続いており、リランカ島への早急な救出作戦展開を視野に入れなければならない。

 

「最悪の場合を考えると、出発する時には護衛の部隊を同行させるのが吉でしょうね。ただ数十名やそれ以上の規模になると、人員輸送は請け負うことが出来ません。甲板で数日間過ごしてもらうことになりますが……」

 

「その通りなのだが、幸いにして強襲揚陸艦はある。君も知っているだろうが、"天照(てんしょう)"だ。リランカ島から連隊規模を輸送後、物資の補給に3度往復して戻ってきている。とは言っても、ここ1、2年はドックから出ていないがな。強襲揚陸艦ならば装甲車も持ち込むことが出来る上に、それなりの砲や誘導弾も持ち込むことが出来る。いざという時には使うことが出来る」(※注1)

 

 考えていたこと、天照のことを言われてしまった。俺はてっきりリランカ島に兵員輸送を行ったっきりだと思っていたんだが、その後も何度か往復しているんだな。知らなかった。

 

「一度は小破状態で帰還したこともあったが、今では完全に修理されていて万全の状態とのことだ。これは総督経由で陸軍からの情報だ」

 

 少し考え事にふけろうとか思った矢先、新瑞が話を強引に続けてくる。

 

「護衛の件も陸軍に話を通してある状態だ。編成が完了次第報告が入る。それで、天照を艦隊に組み込んで台湾派遣艦隊として出してはもらえないか?」

 

 愚問だ。

 

「返答は判っていて聞いてますよね? これも任務です。断る訳がないです」

 

「そうだな。では、この件の正式な書類は後日郵送する。そちらで詳細を確認し、不明な点があればいつものように頼む」

 

「了解しました」

 

「それと、だ」

 

 どうやら本題に入るみたいだな。これまで話してきて、新瑞の他の5人は一度も口を開かなかった。俺は話しながらも観察していたが、俺の顔や外見、番犬艦隊をチラチラと見ていたことに気付かない訳がない。好奇の目とは少し違うようにも見えるが、珍しいものを目の当たりにしたというような表現が近いのかもしれない。そういう目をしていたのと、やはり艦娘を見る時の目は俺を見る時のそれとは少し違っていた。

ツェッペリンやその他ビスマルクたちの格好は正装。いわば軍人で言うところの軍装に当たる格好をしている訳だが、これが普通の格好とは違っている。露出の多いものが多く、そしてそれを纏っているのは目麗しい少女、女性たちだ。紹介のまだな5人は全員男性だ。彼女たちをどういう目で見ているかなど、片手で数えられるほどの事象しか思い浮かばない。

 俺は新瑞の顔を見る。恐らく後ろの5人の紹介があるからだ。

 

「ここで控えているのは、今回の使節団員の一部だ。会談・交渉を担当し、使節団のリーダー、日本皇国政府の選りすぐりの外交職員たちだ。彼ら含めた20人を使節団として政府は派遣する」

 

「よろしくお願いします。台湾第一次派遣使節団の一平(かずひら)と申します」

 

 5人の中から1人、1歩前に出た。その男は一平と名乗り、軽く頭を下げる。

 

「我々の台湾往復、海上護衛を請け負っていただきありがとうございます。海軍中将殿」

 

 含みのある言葉遣いだ。特に最後の1言。これにはかなり含みがあるように感じられた。だがこのことにはどうやら俺しか気付いていないらしく、姉貴と番犬艦隊の皆はどうやら何も思うことはなかったようだ。

ここから話すのは、一時的に新瑞からこの一平に変わるのだろう。俺は一平の顔を正面から見るように体勢を変えることにした。この男、初対面ではあるが、どこか引っかかるところがあるのだ。

 




 今回から大本営にいる間はシリアス回になります。登場人物設定に載らない程度ですが、固有名詞の付く登場人物が現れます。今後も何度か出てくると思いますので覚えてください。

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第23話  政治と個人

 

 俺は座っている体勢を再び正し、一平の眼を見る。素性はぶっちゃけて言うと、そこまで分からない。『台湾第一次派遣使節団』と言い放ったことで、おそらくは国に属する組織の者ではあることは確か。ただ、この先自分らの命を預ける軍隊の指揮官に対し、そのような姿勢を取るのは如何なものだ。

自意識過剰な可能性が捨てきれないが、一方で俺の感じ取った感情も捨てきれない。この男は何か"考えている"。そう思ってしまったのだ。

 俺だけが緊張で身体を強張らせそうになる。表情に、顔に、態度に出さないように努める。下半身に力が入り、足がカタリと揺れるが、落ち着かせ、細く息を吐いた。

 

「私は横須賀鎮守府艦た」

 

「大丈夫です。存じ上げております」

 

「そうですか。……何か私にお話することでも?」

 

 新瑞がバトンタッチしたということは、直接使節団から俺に話があるのだろう。そう目論見、俺は自ら切り出した。

これには少し意表を突かれたのだろう、一平の表情は揺れなかったが、耳が少し動いたように見えた。

 

「日本皇国から台湾・高雄間の艦隊護衛の件に加え、高雄での私どもの護衛輸送の件、ありがとうございます。厚かましいとは思いますが、更に1つお願いがございまして」

 

 一平の視線が動く。俺はその視線の先を追いかけることはないが、その先にいるのは番犬艦隊だ。

番犬艦隊に何があると言うのだろうか。

 

「高雄でも横須賀の艦隊に護衛をお願い出来ないでしょうか? 幾ら同盟国とはいえ、それは"日本国"の頃の話。現在の"日本皇国"との国交は皆無である台湾です。私ら使節団に何が起こるとも考えられません。このような情勢下で深海棲艦以外に敵を作りたくはないのです」

 

 この野郎、脅しのつもりだろうか……。発言から感じ取れることは、そういうものだった。今一平は前半は俺も想定していた言葉が出てきたから良かった。確かに台湾との国交があったのは"日本国"。現在の"日本皇国"とは一切関係がない。そんな同盟国でもない国の領域に入り込むのだ。自国でも精鋭の護衛を連れて行ったとしても、どこまで対応出来るか分かったもんじゃないのだ。ならば、国内でも実戦経験の豊富な海軍横須賀鎮守府に所属する艦娘を護衛とすることで、その問題が少なからず解消されるのではないか……それが表向きの言葉だった。

 だが裏を返せば、万が一にも"そういうこと"があった場合には、日本は上手に出る(台湾に矛を向ける)ということだろう。どこの国も太刀打ち出来なかった深海棲艦との戦争を現在もしている日本皇国の使節団に何をするんだ、と云って……。人類は海を奪われたことで、政治の方策が退化してしまったのだろうか。

 一平の提案、お願いに関しては、俺の返答一つで可否が決定出来るものだ。そもそも横須賀鎮守府の指揮権は完全に俺の手の中にあるようなもの。恐らく艦娘たちは日本皇国の言う事を聞くことはないだろう。耳は貸すだろうが、なんの反論もなく抵抗もなく首を縦に振ることなど絶対にないのだ。

そしてどうして脅しであったのか……。理由は簡単だ。俺の姿勢にあった。俺は軍や政府の方策には従順を徹している。それが規律を守り、他がそうしているように行動することで、自分にこの世界の価値観を合わせようとしているのだ。そんな俺に対して軍もしくは政府、陛下が『台湾を攻撃せよ』なんて命令を下せば、たしかに俺は疑問に思い、意義を申し立て、直訴するまであるだろう。だが、結局のところ、命令を遂行しなければならない。軍規によって上官の命令には逆らえない上に、勅命であったならもっとだ。

国内に横須賀の護衛なしで海を動くことの出来る部隊はいないため、自動的に自らで攻撃する必要が出てくるのだ。

 

「それを新瑞さんを通さずに私に直接頼んできましたね……その意図は?」

 

 時間稼ぎだ。どう切り返し、本心を覗くのか……。時間が掛かる。

 

「聞かずとも判っていらっしゃるでしょうに。大本営を通しても『それは横須賀鎮守府に直接』と言われるのが関の山ですからね。こうして相まみえるチャンスを逃す訳にはいかないのです」

 

 直接アポイントメントを取れば俺とて会うんだが……ここからしてもう臭う。

 ならば、これならどうだろうか。と、俺は俺の武器を出す。

一番に効果的であり、俺の意思を暗に伝える言葉だ。

 

「特務大尉。書類を」

 

「え、はい」

 

 わざとらしく、俺は姉貴から書類を受け取る。今回の大本営召喚の件について纏められているものだ。

そこでわざとらしく、俺は声に出して読み上げた。

 

「横須賀鎮守府艦隊司令部、台湾第一次派遣使節団の横須賀高雄間の使節護衛輸送を命ずる。……先程これに強襲揚陸艦(天照)と使節護衛輸送、使節護衛要員輸送が追加されましたね。これに関して、新瑞長官は正式な命令書類の作成を行い、近日中に郵送するとおっしゃいました」

 

 視線を一平に向けたまま書類を姉貴に返した俺は、そのまま話を続ける。

 

「任務で私は艦隊を動かします。そこには陸上での護衛任務は含まれていないのです」

 

 静かに聞いていた一平は口を開く。表情は一貫して変わらないものの、声色にはかなりの変化が出ていた。張りと声量が若干ながら大きくなっているのだ。

 

「そこに高雄上陸後の護衛活動を」

 

 一平は新瑞の顔を見ながらそう言うが、新瑞は何も言わない。政府から海軍への命令も恐らくそこまで、横須賀高雄間の艦隊護衛を横須賀鎮守府まで命令を伝達し、実行可能状態にすることまでだった。それ以上は一平の独断になってしまう。

 

「新瑞長官ッ!!」

 

「そのような命令を政府から請け負ってはいないですよ。無論、陛下からの勅命も」

 

 これでハッキリした。一平は独断で艦娘による陸上護衛を取り付けようとしているのだ。

 苦虫を噛み潰したような表情をする一平。これまでの様子を見ていた、使節団員の1人が口を開く。

 

「私たちは陸から、国から出るのが怖いのです。海では深海棲艦が跋扈し、各国は連絡が途絶えて連絡手段は貴方方を介した書面上、伝言でのやりとりのみ。台湾と名乗っているその国が得体の知れないモノに思えるのです」

 

 恐る恐る、といった様子で言葉を紡いでいく使節団員に、俺は耳を傾けていた。表情を戻さない一平からは完全に視線を外している訳ではないが、新瑞以外の人間に目を向けている。

 

「台湾がどのような国に変化してしまっているのか、前情報が全くない状態での上陸はいわば開拓民が新天地に上陸した時と同じ心情。知りもしない感染症や現地民との恐怖に葛藤し、言葉も通じない中で数少ない同胞と身を寄せ合って現地民と交渉する……これがどれほどの」

 

 使節団員の言葉から、はっきりと意図が分かった。確実に無傷で、痛い目を見ることなく帰ってきたいのだ。この使節団は。その最善の策が、横須賀鎮守府の艦娘に陸上でも護衛してもらうこと。艤装を纏った彼女たちの身体能力は人間のそれとは隔絶しており、特に人体の強靭さは硬さだけで言えばそれこそ戦闘艦並。機銃や大砲の砲弾を軽々と跳ね返し、それでいて陸上に向けて制圧攻撃を繰り出すことが出来る。この国、恐らくこの世界上で一番要人警護、護衛として優秀なのだ。艦娘は。

 理解出来た。どうしてそのようなことを頼んできたのかも、命令外の行動であることを重々承知で頭を下げているのかも。

ただ、確かにこの件に関しては俺に決定権がある。艦娘の指揮権は俺にあるからだ。命令を下せば、艦娘たちは護衛を務めるだろう。

 

「それがどうしたというのだ」

 

「……は? で、ですから、そのような状況で台湾に向かうのは」

 

「だから、それがどうしたというのだ。貴様は」

 

 これまで黙っていた番犬艦隊の1人、グラーフ・ツェッペリンが突如話に割り込んできた。その声はいつもの透き通った声ではあるのだが、明らかに怒気を含んでいる。しかも言葉遣いがいつもよりもキツい。

俺が顔を向け、止めようとした時には既に遅く、ツェッペリンは使節団員の顔を睨みつけて通常の艤装、主砲等の構造物を構えて、砲門を彼らの方に向けていた。駆動音が鳴り、それが薬室に砲弾と薬嚢が装填されたことを知らせる。いつでも発射可能状態だ。

 

「新瑞。このような者が国を代表して使節団を編成しているのか」

 

「あぁ」

 

 これまで口を挟まなかった新瑞はツェッペリンの問に答えた。口を挟まないでいたが、恐らくあえてだろう。完全に今は部外者である新瑞には、この話に割って入ることは非常識というものだ。

 

「……提督、私は命令を受けたとしても拒否する。たとえ、提督の命令であっても……このような者共のために傷を負うのは無駄に等しい。修理に使う鋼材と人件費をドブに捨てるようなものだ」

 

「なっ?!」

 

「もし提督がこの"お願い"を引き受けて護衛艦隊を編成しても、顛末を説明された構成艦娘は命令を拒否するだろう。こんな馬鹿げた話、受けるくらいなら逆立ちで1ヶ月過ごす方が遥かにマシだ」

 

 相当嫌なんだろう。命令であったとしても……。その言葉を聞いた使節団員と一平は顔を真赤にしている。頼んでいる相手ではなく、その相手の護衛に言われたのだ。しかも口調はへりくだることもなく、乱暴だ。ツェッペリンの普段の口調ではあるが、こういう場では一応敬語は使うのがツェッペリンだ。それなのに、敬語すら使わないで言い放った。

初対面ではあるが、艦娘の情報はそれなりに知っているであろう国家組織に属する人間からすると、それがどういうことなのかもすぐに理解出来るはず。

 俺はツェッペリンの顔の真ん前に手の平を向けて静止させ、俺が話し始める。

 

「私は順序を踏んで話をしていない件について憤りを感じていましたが、ツェッペリンらは違うようですね。……それで、ツェッペリンが申しましたことは恐らく事実です。それを踏まえて、手順を踏んでツェッペリンら指揮下にある艦娘たちが納得する提案をお願いします」

 

 使節団員は口を噤み、これまで話していた一平に戻った。

 

「手順は追って踏みますので、まずは口頭でお願いできますでしょうか。台湾上陸後の護衛継続の件」

 

 馬鹿だ。本当に馬鹿だ。俺はそれを表情に出さず、喉で押し込めて別の言葉を発する。

 

「承る前に、こちらからも1つ」

 

 そう。これは"お願い"だ。政府からの命令は海上往復のみ、陸は新瑞の起点で新瑞の計らいで護衛の部隊の輸送も正式な命令として後日大本営海軍部から送られて来るのだ。それは長官が目の前にいて、且つ交渉も調整も行ったからだ。だが一方で使節団はどうだ。国家組織の一部である使節団は、これから手早く政府に要件を通達して書類作成、認証等々を追加しなければならない。

もし陸上での艦娘たちによる護衛が必要だったならば、横須賀鎮守府に封筒が届く時には既にそういう命令を下す準備を整えているものだ。つまり現時点でそれがなされていないということは、必要ないと政府が判断しているということ。更に言えば、軍の護衛自体も必要ないと思われていたことだろう。

 そこで話は俺の提案に戻る。このような現状、政府から正式な命令を下すことが確定でない現状、使節団は政府から独断で俺に"お願い"してきているのだ。

命令でなくとも、俺は政府の方針には従うが、一部組織のために動くことは考えてなどいない。それはまるで、媚を売るようなものと感覚は似ているからだ。そんなことで一々資材を消費して動くなど、無駄もいいところだ。おまけにこちらでもし、何か作戦立案がなされていた場合はそれが延期になる。予定がズレることになるのだ。

 

「私がもし陸上でも引き続き護衛を受けたとしましょう。その場合、護衛として派遣された艦娘の指揮官である私の"命令違反"はどうするおつもりで?」

 

 そこまで考えておいてアレだが、俺は使節団が恐れていることが分からない訳ではないのだ。それこそ、先程話していた使節団員が云っていたようなこと……十二分に理解出来るし怖いという気持ちも伝わった。艦娘を頼りたい、というのも……。最悪、比較的寛容な艦娘を中心に編成した護衛艦隊を使えば可能ではあるが、大部分はツェッペリンの言う通り、拒否するだろう。

 

「私への命令は使節団の横須賀高雄間の使節団護衛部隊と使節団が乗艦する揚陸艦の海上護衛。それ以外の命令は下っていません。更に、私らは大本営や政府、勅命以外でも軍事行動は起こしますが、例外なく海上のみです。どこか陸地での任務は攻略を除き例外はありません」

 

 俺と大本営、政府、陛下との繋がりや、俺の指揮権や軍事行動は曖昧なもので出来ている。それを簡潔に説明した。

 

「これを考えると、今回の件は命令違反に該当します。それを犯す私にメリットはありますか?」

 

 ここまで言うと、流石に使節団はだんまりを決め込んだ。そう。もう身動きが取れないのだ。保身のために独断で行動したはいいが、どうにも思い通りに事が動かなかったからだ。

 静けさが会議室を包み込み、誰しもが気まずそうにする。この状況を作り出したのは他でもない俺自身だ。様子を見る限り、一平もその他の使節団員も目を泳がせることはなく、焦燥感に駆られているようでもない。呆然としている、というのだろうか。彼らの中で、俺がどのような人物像だったかは分からない。だが、俺が甘ちゃんだと思われていたことは揺るぎない事実だろう。それが実際に目の当たりにして、こうやって俺に云ったのだ。命令外の行動を取り、護衛を強化してほしいと。

彼らの予想は大いに外れ、俺は予測を立てていた。発言から思考して、どういう行動を取るのか……。特殊な立ち位置にあるからといって、正攻法以外の無理を使ったものが押し通るとでも思ったのかもしれない。

 

「ただ、私もお気持ちは十二分に理解できます。怖い気持ちも……」

 

 手を顔の前で組み、机に肘を突いた。

 

「……再考する必要がありますよ」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 番犬艦隊の誰かが身体を揺らしたのだろう。金属の擦れる音が鳴った時、俺は組んでいた手を解いた。その瞬間、使節団らはかすかに揺れる。一体どれだけの時間が経ったのだろうか。それほど長い間、誰も話さずに時間を過ごしていたと思う。

この状況では終わるに終われない、そう思い、俺は新瑞に話を振る。

 

「新瑞さん。護衛艦隊の編成に関してですが、ある程度の指定はありますか?」

 

「……あ、あぁ。天色中将に任せる」

 

「了解しました。……要件は終わりのようですので、私はこれにて帰らせていただきます」

 

 立ち上がり、俺は番犬艦隊を連れて扉の前に来る。ビスマルクが扉に手を掛け、開けた状態で待っている。外にオイゲンとレーベが出ている。

ツェッペリンは俺よりも机に近いところで立っており、姉貴は俺の横に立っていた。

 

「失礼します」

 

 敬礼をし、俺は会議室を後にした。俺を呼び止めるような声が聞こえた気がするが、扉の閉まる音でかき消されたみたいだ。

一平が呼んだのかもしれない。

 今回の会議から察するに、大本営に呼び出しはあるかもしれないが、それよりも想像されるのは『使節団のアポ』。横須賀鎮守府に来て交渉しに来る可能性が十二分に考えられる。

身構えていく必要があると考えつつ、俺の身の振りはどのようになっていくのか……今から頭が痛い。

 

「"俺"がどのような人間か……自分だけじゃ分からないこともあるものだな」

 

 その言葉に返事を返す者は誰もいなかった。

 





 一平の言うことも最もであって、もう少し言い方や何か別の交渉方法を取ればやってくれただろうに……と書いていて思いました。
今回の交渉の件は、今回だけでなく今後も出てくる予定ですのであしからず。
 本格的に台湾外交の話に突入しますが、どれくらいで終わらせるかは未定です。

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第24話  手回し

 

 大本営に呼ばれた一件に関して、番犬艦隊ルートで鎮守府内に噂が流れてしまった。どうやらたまたま付いてこれなかったアイオワがビスマルクか誰かに会議内容を聞いたのだろう。一応、内容は極秘と口止めしてあったのだが『番犬艦隊だから良いか』みたいなノリで話してしまったらしく、聞いたアイオワが騒いで一気に伝播。

既に鎮守府では知らない人が居ないレベルで情報が流れてしまっていた。艦娘はもちろん、警備部門兵の皆、事務棟職員、酒保の従業員までも。内容に関しては、やはり人に伝わっていく事に尾ひれが付いていったようで、最終的に俺が気付いた時には『使節団が提督に高雄での陸上護衛を強要し、罵倒雑言混じりで罵られた』というような事実無根な内容に進化してしまっていた。

 大本営から帰ってきて5日が過ぎた頃、今日の秘書艦である名取は事務棟から書類を持ってきた際に余分にあったことを伝えてきた。秘書艦の経験はないはずだが、書類にどういうものがあるのか知っていることに驚きだが、俺はそれよりも書類を手に取った。

その書類が台湾外交の件の物だということは、どうやら窓口で言われたらしく、少し不安そうにこちらを見つめてくる。

 

「ありがとう、名取」

 

「い、いえ」

 

 俺は構わず、最初にその封筒を開封した。

 中には新瑞から大本営正式な命令として外交官と護衛を強襲揚陸艦に乗せて、それを護衛する形を取ることが命令された。それに関する正式な辞令が下ったのだ。大雑把に言えば、その通りである。それ以上もそれ以下も書かれていない。強襲揚陸艦自体はここに乗せた状態で寄港し、そのままこちらが派遣する護衛艦隊と合流して台湾に向かうとのこと。

了解の返事は既に直接しているので、返信は必要ない。俺は書類を脇に置いて、本来の執務を始める。

 名取は俺が机の隅に置いたその書類のことが気になるらしく、秘書艦に課せられた執務に手を付けずにこちらをチラチラと見てくる。どうやら見たいみたいだ。

形と内容はどうであれ、全員が知っていることだ。俺は名取に声をかけることにした。

 

「それ、見ても良いぞ」

 

「へ? 良いんですか?」

 

「構わない。誰かに漏らすのは勘弁だが、見て記憶に留めておく程度ならな」

 

「では……」

 

 やはり見たかったらしく、こちらに来て封筒を手に取って中身を見ていく名取。表情はいつも通りではあるが、書類を見る目は真剣そのものだ。そして目線が上から下へと移動していき、視線を書類から外した名取は俺に向いた。

 

「強襲揚陸艦、詳細に関してはありませんけど……天照ですか? いつか来たことがありましたよね?」

 

「あぁ。それを守る形で護衛艦隊を編成することになるな」

 

 それ以上は名取は何も聞いてこなかった。

 執務はつつがなく進み、書類の提出も済ませた。そうしていると、執務室に内線が掛かってきた。丁度昼も済んだ後、一息吐いていた時だった。

滅多に掛かってこない内線を掛けてきたのは警備部武下だった。内容は……

 

『正門から来客です。『台湾第一次派遣使節団』を名乗っていますが、どうされますか?』

 

「……要件は?」

 

『『例の件』としか言いません。こちらもアポイントがないために帰っていただこうと促しているんですが、圧力を掛けられておりまして』

 

 圧力? どういうことだ? 圧力を掛けられるようなことはなかったはずだが……。

 

「丁重にお通ししろ。正門の詰所にこれから向かう」

 

『了解しました』

 

 俺は立ち上がり、秘書艦の席に座っていた名取に声を掛ける。

 

「来客だ。行くぞ」

 

「は、はい!!」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 鎮守府正門にある門兵詰所。塀の内側に出っ張って作られており、中には数十人の兵を収容することが出来る。待機室と会議室、水場が完備されている。暮らそうと思えば暮らすことの出来る詰所だ。 名取を連れて詰所に入ると、休憩中なのかはたまた警備のためにいるのか門兵が大人数待機していた。全員がこちらを向いて敬礼しており、俺は答礼を返して手を下ろした。

手間には武下が待っており、俺が入ってくるのを確認するとこちらに歩いてきた。

 

「会議室で待たせています」

 

「ありがとう」

 

 武下の後ろを歩き、俺は会議室へと入った。中では落ち着いているように振る舞っているつもりではあるのだろうが、少し動揺している一平とその他数名が椅子に座っている。部屋の四隅には、何故か時雨や夕立、鬼怒、阿武隈が艤装を見に纏った状態で立っていた。彼らは艦娘たちに動揺しているのかもしれない。俺だって、そんな風に通された部屋でされたらビビる。ビビらない方がおかしいだろう、とすら思う。

 一平の対面に腰を下ろそうと椅子の近くまで来ると、一平たちは一斉に立ち上がった。

 

「急な訪問にご対応いただき、ありがとうございます」

 

 椅子の背もたれに手を掛けていたが、すぐに身体の横に持っていって俺は返答をする。嫌味の一つでも言いたいところだが、ここは我慢しておこうか。

 

「一段落していたところですから。……それで、ご用件は?」

 

「先日の件ですよ」

 

 刹那、室内の空気がガラリと変わった。時雨たちが殺気を放ったのだ。それに気付いているのだろう、少し表情を歪ませた一平は続きを話し始めた。

 

「こちらがお願いしました、陸での一件は政府の方に話を持ち上げましたが……」

 

 現在、俺のところにそういった命令は届いていない。通ったのなら通ったで書類を作成中なのだろう。でなければ、通らなかったとしか考えられない。俺は一平の目から視線を逸らさずに聴く。

 

「直接交渉してこいとのことですので、こうしてお伺いしました」

 

 通りはしたが、政府直々で大本営に回すことはしなかったみたいだな。グレーなところを歩いているな。

やはり政府としては、陸での護衛は俺たちのところではない部隊を回すのが本意なのだろう。だが、当の本人たちはそれではまだ怖いと言っているのだ。どんな世の中でも、こういうことはあるんだな。

 

「なんとか、高雄上陸後の護衛もよろしくお願い出来ませんか?」

 

 ストレートに、前回よりも潔い言葉だった。何か含みのある、脅しているような言い方はしない。純粋に頼んできている。

 近くに立つ武下がどのような表情をしているかなんて分からない。後ろに立っている名取なんて最もだ。だが、ここから見える範囲にいる夕立と阿武隈の表情は見えた。

夕立はその赤い瞳の瞳孔が開き、手に力が入っているようにも見える。阿武隈は表情は変えないものの、既に砲門を使節団の背後に向けている状態だった。目で静止を訴えるが、砲門を下げようとはしない。幸いにも、使節団はそれに気付いていないようなので、このまま話を続ける。

 

「先日、グラーフ・ツェッペリンが申し上げたことは覚えておりますでしょうか」

 

「『使節団と護衛部隊の海上護衛はやるが陸上は嫌だ』ということですよね? 覚えております」

 

「では、私が態々命令違反を犯すメリットはお在りですか?」

 

「っ……」

 

 口噤んでしまう。それはそうだろう。俺は大本営から海上護衛だけを命令されている。その正式書類も今朝届いて確認した。そこには高雄陸上後の護衛などという命令はなかったのだ。

これを犯してまで、俺が何を得られるというのだろうか。それを彼らは持ち合わせているのだろうか。そう俺は問いているのだ。

 どうしてこのようなことを俺が言うのかというと、グレーではあるが陸上護衛も引き受ける手段はある。あるのだが、リスクがそれなりにあるのだ。先ずは命令違反を犯す必要があること。次に命を狙われる危険性。もし引き受けたとして、依頼内容違反を犯さざるを得ない状況に陥る可能性。俺が横須賀鎮守府に居ないことによる、台湾南方海域でのイレギュラーの対応が遅れる可能性。これ以外にも俺が思いつかないだけで、リスクというリスクは山のようになる。小さなものから大きなものまで。

果たして、それらを全て抱えて引き受けるメリット、最悪今後の戦闘行動が不可能に陥るようなことをになりかねないのだ。

 

「ならば……私が命令違反を犯さずに、更に日本皇国が第一に優先している事柄への影響を微塵も出さずにそれを実行する案はございますか?」

 

 ある訳がない。何故なら、大本営で話した時点で俺に『陸上での護衛を引き受けて欲しい』とそれだけを言っただけだったからだ。そして今回は『政府に話を持ち上げたが、自分らでどうにかしろ』ということになっている。更に、『護衛しろ』と言って匙を投げた状態であること。そもそも、俺が今さっき言った言葉、代替案は元から用意していないということだ。

 

「そもそも、命令違反にならないように身振りをするのが私に求められていることでしょうけど……」

 

 一応ではあるが、この要請は政府からのもととも言っても良いのかもしれない。だから俺は、大本営からの明記されている命令とは相反して受理しなければならないものでもある。……かもしれないのだ。そうすれば艦娘を上陸させて護衛に就かせることも出来る。だが、艦娘たちは嫌がるだろう。それは先日から今日までの横須賀鎮守府内での状況を見るに明らかだからだ。話を把握していた番犬艦隊でさえ嫌だと言い放った程だ。それは俺の命令であっても、という彼女たちにとって絶対条件でさえも意味を成さない。ならどうすれば、艦娘たちを高雄に上陸させることが出来るのか……。

 この場には、先日とは違い、多くの艦娘や武下がいる。これに俺は注意しなければいけなかったのだろうか。

 

「お言葉ですが提督、提督が思案なさる理由が分かりません。台湾第一次派遣使節団は政府からの命令外にて、こちらに護衛要請をしています。普通に考えれば、こちらがそれに従えば命令違反になるのは明白。幾ら融通の効く立場にある提督だからとはいえ、これまでの姿勢を崩すことになるでしょう」

 

 そらみたことか。どうしてか、俺が詰所に到着し、会議室に入った時に共に入ってきた南風だ。BDUに身を包み、階級章を見なければそれが大尉だと分からないような女性兵士は、赤黒い髪をふわりと揺らして言い放ったのだ。

 

「南風、慎め」

 

「はッ」

 

 武下が一喝し、南風は口を閉じてしまう。

 彼女の言うことは、この場に置いて俺以外の皆が思っていることなのかもしれない。俺が思案する理由が分からない、国家機関であるのならこちらの内情も理解しているはず。なのに、このようなことを頼んできている。我が身惜しさに。

 何度も云うようだが、俺は彼らが頼んできている意図も本心も分かっている。ならどうして、彼らの願いを叶えないのか。理由は簡単だ。

彼らはただ頼んできているだけ。幼い子どもがおもちゃ欲しさにグズるのとそう変わらないのだ。だから俺は了承しないのだ。

 

「ご足労頂いたのに、申し訳ありません。これ以上、話が進展しないようでしたら私は執務に戻らせていただきます」

 

 嘘だ。本来片付けなければならない執務はない。だが、それ以外の戦術や開発等の自発的活動から来る執務は数え切れないほどある。どのタイミングで消化しても、結局俺が承認して決済するものだから不都合があるようなことはない。せいぜい、艦娘の方で『不手際かな?』と言って俺のところに大勢で押しかけてくるようなことがある程度。

 椅子を引いて、俺は立ち上がる。後ろに立っていた名取は一歩後ろに下がり、四隅に立っていた艦娘たちは艤装の砲門を下に向けた。

名取と同じく、近くに立っていた南風も背筋を伸ばして顎を引く。その横を通り過ぎようとした時、一平は俺の行動を止めるがために声を張り上げた。

 

「中将!!」

 

「……」

 

 薄っすらと額が脂汗に塗れ、襟が少し塗れている一平の方を俺は向いた。

 

「政府持ちで横須賀鎮守府専用の重装甲戦闘車両……数両」

 

 重装甲戦闘車両、戦車を横須賀鎮守府用に買うということなのだろうか。しかも政府持ちと言い放った。台湾第一次派遣使節団にそのような権限があるのかは知らないが、現状を鑑みてこれは不確定な取引だろう。

かと思えば、断りを入れた一平側の人間が携帯電話を取り出して何処かに電話を掛け始めた。小声ではあるが、怒鳴るような話し方だ。数十秒後、一平に耳打ちで電話の内容が伝えられたようで、俺の方を見て繰り返した。

 

「行政府持ち、予算外で海軍横須賀鎮守府艦隊司令部に新鋭戦車6両の納入……で如何ですか?」

 

 新鋭戦車が何か分からないが、経験上恐らく、名称は違う可能性はあるが一○式戦車。全国の配備数がどれだけなのかは知らないが、三桁は到達していない可能性がある上に、個体製造費がひっくり返るほど高い。それを6両、タダでこちらに回すと言っている。そのようなものをここに置くことの意味を知っているだろうが、それでもだろう。戦車6両をベットしてきたことに変わりはない。

 この話、俺的には美味しいのか美味しくないかと言われたら、どちらでもない。今の警備部に必要かはさておき、アレばそれで抑止力となることは確実だ。これまでは携帯火器と歩兵が扱えるだけの砲、爆発物くらいしかなかったのだ。地対空ミサイルもあるにはあるが、使い所は殆どない。そう考えると美味しい話であることに変わりはないのだが、一方で戦車なんて云う鈍重な鉄の塊よりも、遥かに高性能な娘が大勢いる。必要ないとも判断出来るのだ。

 

「……」

 

 一方で、対空兵器や資源を大量に消費する大口径砲は、大本営に書類を提出すれば手に入れる事が出来る。とは言っても限度があり、世代も現行よりも前のものになるだろうが……。

 

「特権がありすぎて、切れるカードが少なすぎる……」

 

 誰かがそんなことを呟いた。横須賀鎮守府には特権が存在する。国防の最前線や据えた人間、国として後方支援はかつてないほど手と金が掛けられている。

沿岸に設置されている要塞砲や鎮守府内に設置されている地対空ミサイルも、いわば『特権』を使って手に入れたようなものだ。そのようなものと大量に、時間を掛けずに手に入れるようなところに、新鋭戦車6両"ばかり"など、今から手に入れようと思えばすぐに手に入るものなのだ。

 

「政府がグレーな回答をしている以上、貴方方も私も"それ"をする事が出来ません。大本営から命令が下っている訳でもありませんし、勅命が下っていないのなら尚更」

 

 一平の方に振り返り、俺は全員を見渡した。

 

「確かに国号が変わり、長い間交易のなかった国へ赴くことは恐ろしいことでしょう。ですが貴方方はこの任務、命令を受けた"だけ"ですか?」

 

「……?」

 

「国、政府が派遣される者の心情を理解していない訳がない……。それ相応の見返りがあるはずです。分かり易いものならば、お金、地位」

 

 そのような危険だと思われる命令があるのなら、そのようなモノがあってもなんら不思議ではない。もしなかったのなら、政府は相当頭が悪い。もしくは一平たちが、こうは言っていても何処かおかしいのだろう。

 全員の表情と身体の動きを観察する。やはり思った通りだ。図星をさせたみたいだ。

 

「その見返りは政府が決め、大本営に命令を下し、私のところまで命令書が回って来たモノへの見返りです。本来ならば、護衛を付ける事さえも書かれていませんでしたね」

 

 再び、俺は扉の方を向いた。

 

「政治のカードを切る、そのようなことをしたら……確かに私の動きを強制することは出来ましょう。ですが、印象は最悪ですよね。更に、今後私ではなく、横須賀鎮守府がどう動くようになるか……想像に容易いでしょう。既に貴方方の横須賀鎮守府内の印象は、この部屋に入った時点でも分かったと思います」

 

 何処かで金属の擦れる音がする。

 

「……台湾政府は分かりませんが、台湾軍、少なくとも台湾海軍は正常に機能しています。それだけは伝えておきましょう」

 

 そう言い残し、俺は会議室から出ていった。

残された一平らがどのような表情をし、心情を持っているかは分からないが、これで黙ってくれるだろうと信じる。

 





 生存報告です。前回から長らく投稿出来ませんでした。……色々あるんですよ(汗)
 前2話から続いていた交渉も今回で終わりまして、次は……お楽しみに。
現状を鑑みると、まぁ……うん(白目)

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第25話  出立

 目前には巨大な現行艦が浮いている。そう、日本皇国陸軍が保有する強襲揚陸艦『天照(てんしょう)』。国号を日本皇国に変えた後に建造が開始された、自衛隊時代とはドクトリンの違う環境下の船。装備、兵装も国の最先端技術が使われていたが、現在では陸軍がおろか海軍でも残っている唯一の現存艦。他は大破着底している。

東京湾防衛戦では強襲揚陸艦ということもあり、湾の奥にある東京都江東区の正面で防衛決戦艦隊司令部が置かれ、海上近接航空支援を行っていた。だが、全面に展開していたイージス艦や護衛艦などの海軍の艦船や、陸軍のその他の艦船が撃沈されていく中で、艦娘の出現まで生き残っていた。

人は現代の幸運艦とも云うが、軍属は不幸艦と呼ぶ。編成された艦隊はことごとくが撃沈され、天照だけが帰ってくる。死神の艦だと……。

 そんな話を、俺は軍病院で入院している間に聞いたことがあった。意識を取り戻し、大本営から報告を受け取りながらリハビリをしていた頃の話だ。

 俺は個室、しかも厳重な警備がなされた部屋で療養していた。個室の隣には、どうやら労働災害で重症を負ってしまった兵が治療を受けていた。その兵と廊下に出た時にばったり顔を合わせ、目的地が中庭だったということもあり、一緒に話しながら歩いたのだ。

 

「天色さん」

 

「なんですか?」

 

 兵は病人服を着ているが、立ち姿からは病人であることは匂わせない。杖を付きながら歩く俺の歩く速度に合わせて隣をゆっくりと歩く。

近くを武装した兵士が何人も歩くが、特に気にすることなく外の散歩道を歩いていた。

 

「陸軍第五方面軍第三連隊第二中隊……私の所属している部隊です」

 

 田舎の中でも更に田舎。この軍病院は内陸奥の山地。周囲には軍の輸送路があるだけで、人が住んでいるところまで歩いて20分ほど掛かる。だが整備が行き届いているのと、人の往来が多いのは軍の取り計らいと周囲の人々の気遣いなのかもしれない。

散歩道には俺と兵、護衛以外には人っ子ひとりも居ない。山地特有の土と青臭い匂いの乗った風を浴びながら、俺は兵の顔を見た。

その顔に見覚えはないが、部隊には聞き覚えも見覚えもある。リランカ島に陸軍が送り込んだ占領軍先鋒。そして今も、その部隊はリランカ島にいる。

 

「瓦礫撤去作業中、足場から転落して後送されました。頭部挫傷、心肺停止、腎部裂傷……何があって後送されたのかは覚えていませんが、本土で療養する必要があると言われて帰って来たんですよ」

 

 今では快調ですけどね、と後で付け加えた兵は言葉を絶やさない。

 

「心配です。第三連隊は確かに他の部隊に比べて荒くれ者や素行が悪い兵が多く居ましたが、それでもみんな良い奴らで……上官にこっぴどく叱られるようなことも色々やってきました。自分はそんな彼らの中でも、少し違った理由で居ました。兵としての能力が低いんですよ」

 

 体躯からはそのような様子は一切感じられなかった。だが、どうも兵としては未完成だったのかもしれない。

 

「走れば隊列から遅れ、代替訓練も満足に出来ず、小銃を撃てばワンマグ使って命中弾は1発当たれば良い方で、完全装備で歩こうものなら数時間でへばってしまいます」

 

「……」

 

「そんな私でも、あの中隊、あの連隊は迎え入れてくれた。何処に行っても要らないモノ扱いされ、訓練学校をどうやって卒業したのかと叱られ続けた私が……」

 

 鼻の頭を赤くした兵は、慌てて話の軌道修正を行う。

 

「リランカに向かう際に横須賀鎮守府に行く道中、こんな話を聞いたんですよ。『天照は"母なる船"ではない。"死呼ぶ船"だ』と」

 

 石を蹴りながら、木漏れ日を浴びて道を進む。澄んだ空気を吸いながら、場違いな会話を俺たちは交わしていた。一方的に聞いているだけだった気がしなくもないが、俺はそれで良かった。兵もそれで良かったのだろう。俺に何かを伝えたかったんだと思う。

 

「日本神話で神とされる天照大神の名を冠された船は、その名の通り乗員を母のように慈しみ海を征く……そう目には写っていたことでしょう。ですが、違いました。確かに乗員をその大きな船体で守っていた。それだけだったんです。雨が降ろうが風が吹こうが、砲弾が降り注ぎ、敵機が襲来しすると、周りを無視して己を守り、子どもたちを守り、全てが終わった後には只独り海に浮かんでいる」

 

「……そう、ですか」

 

「はい。ですから、"死神の艦"、そう呼ばれているんです。味方を全て失っても、どれだけ損傷しようが戻ってくる船だと」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 目の前に立つ陸軍佐官の顔に見覚えがある。その顔は新瑞や総督以外の鎮守府外の人間で、一番顔を合わせたことのある軍人だろう。名は的池(まといけ)、強襲揚陸艦 天照の艦長だ。

前回とは違い、今回は上陸許可を的池には事前に出してある。艦内要員の指揮官らも、一緒に俺の目の前に立っていた。その列には『台湾第一次派遣使節団』の全員も並んでいる。

 

「ご無沙汰しています、提督」

 

「久しいですね、的池さん。壮健そうでなによりです」

 

「お陰様で」

 

 形式上の会話を交わし、俺は懐から書類を引っ張り出した。今回は無許可、無理な解釈で強引に上陸してきた訳ではない的池らに、俺が今からあるものを代行して読み上げなければならないのだ。

 

「本日0900より、台湾第一次派遣使節団及び護衛部隊、2個中隊は強襲揚陸艦 天照に搭乗し、台湾高雄へ向かわれたし」

 

「はッ。無事送り届け、誰一人欠けることなく戻ってきましょう」

 

「これに伴い、横須賀鎮守府艦隊司令部は直掩艦隊を随伴させ、横須賀高雄間を護衛されたし。……こちらは12隻からなる空母機動部隊を中心とした艦隊を護衛として派遣します。艦隊編成自体は最小単位、あらゆる状況に対応出来る即応部隊です。海上に於いての指揮権は基本的に連合艦隊旗艦である第二航空戦隊 航空母艦 蒼龍に一任してありますが、戦闘時にはこちらの地下司令部を司令部(HQ)、第二航空戦隊 航空母艦 蒼龍以下、各艦隊及び強襲揚陸艦 天照を戦闘指揮所(CP)とします。指揮優先順位は上から司令部、各艦隊旗艦、天照となることをお忘れなく。もしこれに背いた場合は命令不服従、命令違反として軍法会議に掛けられますことをご注意ください。更に戦闘待機、戦闘中、警戒態勢中の非戦闘員の室外行動は禁止です。艦内放送、伝令が回って来るまでは出ないようお願いします」

 

 埠頭に並ぶ陸軍士官らや使節団の全員に聞こえる声で確認を取らせる。

 

「各艦隊旗艦には伝達済みではありますが、昨日より本鎮守府より台湾南方へ哨戒艦隊を出撃させております。現状、出撃から接敵はしておりませんのでご安心ください」

 

 俺は姿勢を正し、声を張り上げる。

 

「これより総員乗艦!! 直掩艦隊と共に台湾、高雄を目指し出撃ッ!!」

 

「「「「了解ッ!!」」」」

 

「「「「はい!!」」」」

 

 それぞれが、天照へと駆け上がっていく。これから出撃だ。目的地は台湾、高雄。外交使節を送り届け、無事に戻ってくるという大任を背負っての出撃になる。

送り出しを終えた俺のところに、艦娘たちがぞろぞろと歩いてきた。彼女らも、ここで一度集合するように伝えてあったのだ。

 蒼龍らは、12人で話をしながらこちらに向かってくる。表情はいつもと変わらず、特に今回の任務に思っていることはないのだろうか。

そんなことを考えてしまうが、それはないだろうと云える。既に彼女たちへの命令は事前に伝達済み、内容が内容だったために命令拒否を受理することも伝えてあったが、全員がそれをすることはなかったからだ。

 

「提督ー、きたよー」

 

「あぁ。じゃあ、命令書は既に各自の手に回っているだろうが、内容の確認は今更良いよな?」 

 

 全員が頷く。

 

「なら良し。皆も乗艦し、隊形を組んで出撃。蒼龍、お守りは頼んだ」

 

「まっかせなさ~い」

 

 間延びした返事に少し不安を感じるが、それだけ彼女がリラックスしている証拠だろう。俺は黙って頷いた。

 

「頼んだ」

 

「は~い!! みんな、いくよ!!」

 

 話ならが、笑いながら彼女たちは俺に手を振りながら自分の船へと向かっていく。その姿を見ながら、俺は呟いた。

 

「護衛、頼んだぞ……」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 天照が出港し、それに続いて蒼龍率いる護衛艦隊も埠頭から出立した。それを眺めながら、俺は横に立つ赤城に話しかける。

 

「水雷戦隊の編成はどうなっている」

 

「既に完了しています。現在、接岸中。間もなく終わりますね」

 

「待機命令、該当の水雷戦隊は艦内及び付近で待機」

 

「了解しました」

 

 埠頭から目を離し、後ろに振り返る。これからは少し別の行動を取ろうと考えているのだ。それの保険として最初に水雷戦隊を用意したのだ。

 本部棟の中を歩きながら、隣を歩く姉貴の様子を見る。特に何かある訳でも、体調や機嫌が悪いことはないみたいだ。

本来ならば、この時間は仕事で鎮守府に居ないと思ったんだが、どうしてここにいるのだろう。

 

「気になりましたので、私の独断であることを調べました」

 

「……何を?」

 

「台湾第一次派遣使節団、彼らはどうやら外務省職員で編成された外交官らです。この戦争が始まってから削減が続けられた国家機関の閑職。構成人員も100人程度で構成され、専用の庁舎も今では存在しません」

 

 情勢を鑑みるにそうだろうな。長らく必要でない情勢下にあったのだから、そのように機能と重要性が退化していてもちゃんちゃらおかしいなんてことはない。

 

「国家公務員、官僚でも生存競争から引きずり降ろされた敗者らの吹き溜まりです。向上心はあっても、場所が場所のために脱出が困難です」

 

 つまりはこうだ。閑職である外務省から脱出し、自分に貼られたレッテルをどうにかしたいのだろう。今回の任務の成功報酬、または交換条件かなにかでそれを覆すものが提示されたと考えるのが妥当だろう。帰って来れればレッテルは取れ、本来の職に応じた働きをすることが出来る。だからなんとしても帰りたい、失敗は許されない。だからだろう。俺に上陸後の護衛を頼んできたのは。

やはり、この任務にはそれ相応の対価が支払われていたのだ。

 

「……それ相応の見返りがあるんだな」

 

「そう考えるのが妥当です。それに恐らく後払い。成果の求められるものですからね」

 

「想像通りだな」

 

「えぇ」

 

 少し前を歩く赤城が歩く速度を緩めて、俺たちに並ぶ。長い髪を揺らしながら、こっちを向いた赤城は眉を吊り上げていた。

 

「官僚だったんですね、彼らは。……それで、そんな彼らに"恩"を売るんですからね」

 

「そうだな」

 

 妙に強調した単語に姉貴が反応するが、俺がその前に口に出していった。

 

「彼らに恩を感じさせ、後の俺たちの行動に伴う影響の調整、露払いをしてもらう。俺たちだけで処理出来ない事態は今後必ず起きてくるだろうから」

 

 赤城は黙って目を閉じ、対象的に姉貴は目を見開いた。だが、意味が分かったらしく、いつもの表情に戻ると『やることが出来ました』と言って立ち去ってしまった。

 この場に残ったのは、俺と赤城、今日の秘書艦である金剛。

 

「手回しは頼んだぞ、金剛」

 

「了解デース。もうそろそろ受け取っているはずネ」

 

「補佐を頼んだ。赤城」

 

 金剛に確認を取った俺は、そのまま赤城にも確認をする。

 

「情報伝達を頼んだ。帰ってきた姉貴にもよろしく頼む」

 

「判ってますよ」

 

 既にはるか遠くまで離れてしまった護衛艦隊と台湾第一次派遣使節団を眺めながら、俺は本部棟の方へと身体を振り向ける。

台湾方面には哨戒艦隊を出撃させており、そろそろ引き返す時間だろう。休憩を補給や修理を挟まなければならないので、数個哨戒艦隊を編成してある。そろそろ次の哨戒艦隊を出撃させなければならない時間帯。連絡は赤城に任せているので、俺は準備を始めることにした。

 




 今回から数回、台湾での話になります。出来るだけ早く終わらせるつもりですが……有言実行出来るかは分かりませんね(白目)
 冒頭は提督が軍病院に入院していた時の話の抜粋です。一応、回想ということに鳴っていますが、入れた理由は不明(オイ)

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第26話  台湾、上陸

※注意 一平の視点で書かれています。

※注意 台湾との会談の場面にて、一部の方が不快に思われる可能性のある内容があります。


 歴戦の勇者、日本皇国が誇る最強艦隊の一角に囲まれながら、私は強襲揚陸艦 天照の右側面デッキで海を眺めていた。この艦を取り囲む艦隊の一角、横須賀鎮守府艦隊司令部派遣台湾方面使節団海上護衛艦隊(政府内呼称)の重巡洋艦 鳥海が目に入る。艦体の作りが素晴らしく美しいが、左舷側の大砲がこちらを捉えている。本体に比べてそのサイズは小さいものの、その砲の大きさは主砲やその他対空機銃の中間である大きさから、主砲の次に大きい砲であることは確かだ。

 その砲がこちらを向いている理由は、天照の乗員と世間話をした時に教えてくれた。あの砲はもし天照が艦隊行動で支障を来すような行動、横須賀鎮守府に不利益な行為をした場合にはすぐに撃って轟沈させるぞ、という意味らしい。

なんとも怖い話で、使節団の団員もこの話を聞いた時には冗談だと思っていたらしい。だが、乗員は顔を青くしてそれを否定した。

 

『そんなことあってたまるか!! 大本営発表で話されたことも報道機関が報道している内容も本当だ!! あいつら(横須賀鎮守府)は中将のために戦っているだけで、俺らのことなんか道端に転がってる石ころ以下だぞ?!』

 

近くに居た他の乗員もそうだと言わんばかりに頷いているだけで、表情や周囲に漂わせているオーラは本物だった。

 彼らの言う通りならば、横須賀鎮守府に不利益だったなら本当に攻撃してくるのだろう。自国の海を守る海軍でありながら、政府関係者が乗る船でも軍人が乗る船でも実弾で攻撃することを厭わない。そういう連中であるということだ。

 だが変に思えるのは、そのような組織であるにも関わらず、横須賀鎮守府の提督、あの若すぎる海軍中将は話が出来る相手であるように思えた。

見た目は私の息子よりも少し年上であるにも関わらず、発表や報道通りの人物ならば、相当な人生を歩んでいることになる。

息子と同じ年の時に戦争に参加。後ろ盾無しで死と隣合わせな任務を立案・遂行。国内の不穏分子の対処、時には銃撃で負傷して後送されていた。さながら大嵐の中をイカダで乗り越えようとしているような状況だろう。

不利になるような会話をも平然と発言し、劣勢を覆してきた手腕もそれは既に同年代のものとは隔絶していた。

 

「団長。そろそろ高雄に接近します。準備を」

 

「……あぁ。部屋に戻る」

 

 デッキに来た派遣使節団の団員に言われ、私はデッキを後にする。

 中将に頼んだ一件、陸上での艦娘による護衛は叶わなかったが、気を張って任務をこなさなければならない。彼にはあんなことを頼んだが、たしかに指摘通りの真意を心に秘めていた。それに、こちらの交渉材料を見据えたような牽制。アレは正直震えた。既に忠告でも警告でもない牽制は、攻撃に該当する域に入っていたように思える。宣戦布告、そのように聞こえた気もしたからだ。

 彼ら横須賀鎮守府の戦力を失うことは、日本皇国的にはこれまでにない大損害になってしまう。中将の声ひとつで国が傾くのは周知の事実。その気になれば国内を瞬時に制圧出来るらしいが、本土を包み込む完全包囲が出来るとは思えないので、恐らく要衝の早期制圧が出来るのだろう。最近は確認されていないらしいが、敷地内にある滑走路からジャンボジェット機並の大きさを持つ戦略爆撃機が空を埋め尽くすほど保有しているらしい。

 

「いよいよですね」

 

「そうだな」

 

「不安で仕方ないですが、これも……」

 

 団員は横を歩きながら、途中で言葉を途切れさせた。不安が心を蝕み、広がっているのだろう。私も同じだ。不安に思うのは。

 私たちが生まれた時には既に、深海棲艦は存在していた。始めは他国での出来事だとばかり思っていたと、母が云っていた。だが、私が中学生に上がる頃には身近な話となっていた。

世界各地の海に出現した深海棲艦らは貿易航路にてタンカーを攻撃、客船や軍艦をも轟沈させ続けた。これに対処するべく、国連は非常事態宣言をし、所属する各国海軍は共同で深海棲艦撲滅に打って出たのは、私が小学校低学年の頃。そしてすぐに国連軍はその戦闘力と無尽蔵に湧き出てくる敵艦に敗北を繰り返し、制海権を次々に奪われていった。

そして身近に感じた時には……日韓中比台露連合軍が小笠原諸島最終防衛線を放棄し、撤退を始めていたのだ。その情報に紛れて、当時陸上自衛隊東部方面隊第一連隊、現在の日本皇国陸軍第三方面軍第一連隊が小笠原諸島最終防衛線後方の補給基地に残ったという報道もあった。

そこからは速く事が進んでいく。ユーラシア東岸を守っていた一枚目の絶対防衛線、日比台絶対防衛線が台湾、フィリピンという順番で陥落。日本も太平洋側の急造された軍港が次々と襲撃を受けて損害。この頃、反対側のアメリカ西海岸でも苦戦を強いられているという情報が入る。そしてついに防衛線が瓦解したために二枚目で最後の最後、中韓露絶対防衛線も崩壊。絶海の孤島となった日本は、この頃に国号を日本皇国に変えた。そこからは……教科書にも載っていること。艦娘の登場、防衛線の構築に押し上げ、艦娘の代理戦争化だ。

 

「これも、日本皇国のためです……といえば格好いいんですが、本音を云ってしまえば、自分らのためですよね」

 

「なに……事実だ。だが、それも日本皇国のためとも言える」

 

 そして時は進んで十数年か数十年、横須賀に青年が現れた。それからは、深海棲艦の発現から絶対防衛線の陥落までとは比べ物にならないほどの激動だったように思える。

小さな動きから始まったそれは、バタフライエフェクトかと思わせるが如く大きな風となった。そして、一時はカスガダマまでの航路を確保していたのだから……。長らく行われなかった漁さえも行われたくらいだ。

 私はこの風、乗り切って迎えたい。いつか来たる蒼天とどこまでも続く海を、知りもしないこの大きな海を取り戻す。これのために流された血と消費された貴重な資源に見合った成果を手に入れたい。これは建前でもあるが、本心でもある。そう切に願っているのだ。

 

「ようやく私たちの仕事が出来る、そして上を目指す第一歩だ」

 

 だから踏み出す。だから助けを乞うた。だが、叶わなかった。不安しか残らない第一歩だが、これをしっかりと踏み出さなければ……後が用意されている保証は何処にもない。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 騒々しいが、その重厚感が私の心に安らぎを与える。日本皇国陸軍が保有する装甲車、装輪装甲車というものに乗っている。巨大なタイヤを8輪で走る巨大な鉄の自動車だ。重機関銃も装備しているらしいが、それを3両とジープ(兵は『ラブ』と呼んでいた)が2両付いてきている。これが護衛を務める、陸軍の精鋭部隊らしい。

確かに屈強な兵らであることは、本土で顔を見ているから知っている。中には女性も混じっていたが、このご時世だから普通のことだ。

 だがそんな彼らに、絶大な信用を持っているわけではない。何故なら、彼らは確かに精鋭部隊。だが、精鋭部隊なのだ。最高峰の兵で志願した者は皆、横須賀鎮守府に転属しているらしい。所詮は後釜の精鋭部隊、二番手なのだ。

それに彼らとて人間だ。もし何かあった時に失敗することだって考えられる。ならば、と思って横須賀鎮守府に要請したのだったが……結果は言わずとも知れていた。

 

「先程確認しましたが、どうやら私たちの周囲には台湾軍も護衛として展開しているらしいです。進路上の安全を確認しての移動なので、かなりの兵力が投入されているみたいです」

 

「それは?」

 

「護衛の部隊長から聴きました」

 

 護衛の部隊長というと、あの少し頬が痩けた男だろうか。身体は兵士らしい屈強さだが、どうも太れない体質なのだろう、頬が少し痩けていたのだ。だが、目には力が入っているのも、個としても群としても、指揮官としても優秀であることは既に知っている。護衛部隊の人員詳細に目を通したからだが。

 

「そろそろ港を出るらしいです。運転手が伝えろ、と」

 

「そうか」

 

 小さい覗き窓から、外の様子を確認するとそこには……台湾軍であろう兵士たちで出来た壁に群がる群衆があった。全員が手を振り上げ、口を大きく声を張り上げているように見える。そして時々目に入る日の丸。

 

「なんだ、これは……」

 

最初に持った感想がこれだった。

群衆が振っているのは日の丸、私たちの国の国旗だ。振る表情は曇っているわけでも、嫌々しているようにも見えない。むしろ笑顔じゃないか。これはどういうことだ。私は状況の理解に苦しんだ。ここは確かに台湾で、これまで数十年と日本との国交が途絶えていた国なんじゃないのか。なのにこの事態になっていることへの説明が私の中では付かなかったのだ。

 群衆に見守られながら、私たちの乗った車列は護衛と共に進んでいき、目的地である建物へと入っていく。車外に降りると、周囲の騒音に驚くが何を言っているのか分からない。そのまま気にせずに建物へと案内されながら入っていく。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 部屋に通された私たちは、相手が英語で話したことに合わせて英語で会話を始めていた。ここに案内してきたのは、台湾政府の外交官らしい。

この道中で起きたことを、彼曰く『IJNの来航が数度あってから、沿岸部の深海棲艦による航空爆撃の回数がみるみるうちに減ったからだろう』ということらしい。『IJN』は恐らく『Imperial Japanese Navy』、日本帝国海軍だと言っているみたいだが、帝国も皇国も英語で言えば同じなので気にしてはならないのだろう。それよりも、大日本帝国海軍と聞き分けがつかないのはどうにもならないだろうか。

 それはともかくとして、だ。今回の件に関しては、台湾内部でも高雄駐屯の台湾海軍しか横須賀の行動に関して詳しくも関与してなかったらしいが、それが今回の件で一気に伝播してしまったらしい。それでこのような状況になってしまっているとのこと。

 私にそのことを言われても困ったものではあるが、日本からの外交使節ということもあり、それに関してはちゃんと言葉を受け取っておかなければならない。報告書にも記しておかなければな。

 用意された席に使節団から選出された数名が着き、他の団員はまた別室で別の話をするらしい。私は台湾政府側との話をしなければならない。本命はこっちなのだからな。

 

「ようこそ、台湾へ。入国を歓迎します。ミスターカズヒラ」(※以降の台詞は本来は英語で話されています)

 

「はじめまして、ミスターイェン。本日から数日間、お世話になります」

 

 机越しに身体をせり出しての握手を交わす。イェンの握ってきたその手は、力強く私の手を握った。

 

「まずは私どもの紹介をさせて頂く前に、一つ確認して頂きたい事がございます」

 

「えぇ、何でしょうか?」

 

 そう切り出し、私は静かに椅子に腰を下ろした。

 

「こうして台湾日本間の政府の接触は数十年ぶりにございます。これまで、双方は自らの生存を優先しなければならない事態によって、隣に住まう"友"に目を向ける事が出来ませんでした。ですが今日からは違います。どうか、日本皇国の存在、生存をその目で確認したことの確証が欲しいのです」

 

「はい、勿論。隣、この焦燥の時代を生きる友の姿、しかとこのイェンが台湾を代表して確認しました」

 

「ありがとうございます」

 

 目の前に座るイェンが笑う。彼の表情は、疲れだろうか少し目の下にクマが浮かんでいるものの、清々しい表情をしている。ワックスで固めた髪が崩れることなく、スーツもパリッと着こなしていた。

 

「では、双方の状況確認と致しましょう」

 

 これは表面上での情報交換だ。だが前提には、国家機密の漏洩を避けるべきであることはあるが、そもそも国家機密も何もない。このようなご時世だ。政治家の不祥事程度しかないだろう。それ以外に目を向けている余裕があるのだろうか。日本皇国でもそれは言えるばかりか、他国なら尚更だろう。自国を維持するだけで精一杯のはずだからだ。もし余裕があるとすれば、このような状況を覆そうと行動に移しているはず。

 こちらから切り出したからには、日本皇国から状況を伝えるべきだろうな。

私は用意していた書類と、日本から持ち込んだパソコンなどの周辺機材を用意させて説明を開始する。

 

「現在、日本皇国は日本皇国海軍を中心に、深海棲艦反抗作戦を繰り返しています。防衛線は北はアルフォンシーノ諸島東方海域、南は南西諸島、西はカスガダマまで伸びましたが、現在はここ台湾南方まで後退している状況にあります」

 

 簡略化された地図とアニメーションで、現在の防衛線の状況を大雑把に報告。どのような戦力がどの程度投入され、どの程度の損害でそのような状況を作り出したのかは説明しない。ほぼ全てが艦娘に依存しているからだ。

 

「日本皇国内地では化石資源が枯渇してはいますが、長年の戦争からより快適にと状況に合わせた技術開発を行い、戦前と変わらない水準まで生活レベルを引き上げています」

 

 日本についてまとう食糧問題は既に解決済みだ。解決したのは艦娘らだが、これも詳細は言えない。

 

「治安も同じく安定。反政府組織、テロリズムの存在も確認できません」

 

 誰もが絶句しているように見えた。イェン以外の台湾側の外交官は皆、口をぽかんと開けるだけで、目はずっとパソコンの画面を映し出しているスクリーンに釘付けだ。

 

「おおよその状況は以上になります。ご質問は」

 

 大雑把且つ、情報を余計に与えないようにした説明を切り上げ、質問に突入する。刹那、台湾側の外交官は手を挙げていく。

彼らの前に置かれているネームプレートを見て名前を呼び、質問をしてもらう。

 

「数十年前の記録では、日本皇国海軍はほぼ壊滅状態だったと思いますが、それが慢性的な資源不足の中、どうやって一時はカスガダマまで防衛線を押し上げることに成功したのか……そこの理由が知りたいです」

 

 考えるまでもない。答えはひとつだ。

 

「それは私の口からはお教えすることは出来ません」

 

 だが言えることもひとつだけある。

 

「ただ、私たちは運が良かっただけなんですよ」(※以上までの台詞は本来は英語で話されていました)

 

 その言葉に、台湾側の外交官は何も質問することができなくなってしまった。

 この後、私がしたような説明を台湾側にもしてもらった。

はっきり言って、台湾の内政は良く持っているとしか言えない状況だ。台湾軍は日比台絶対防衛線の崩壊から行動を起こしていないことは、説明から想像に容易かった。国内では慢性的な食糧不足に陥っており、全土は市街地、住宅地、工場、森林、農耕場とはっきり全てが区別、管理されている状況らしい。痩せた土地でも生産出来るじゃがいもを大量生産し、それを備蓄しながら食べている状況。重工業も全てストップした後、再利用できるモノは全て再利用、処理するモノも再利用と言った政策方針を取り、なんとか回っているという。お陰か、戦前に比べて国民が生存のために全ての行動をするため、学習能力や運動能力の全体的な底上げが自然になされたらしい。

 お互いの状況説明を聞いた後、今後どのように付き合って行くのかを相談し始める。一度休憩を取りつつ、時には外に出て現在の台湾を視察して回らなければならないのが、外交官の仕事。

そんな仕事をこなさなければならない私たちの耳に、初日から緊急連絡が飛び込む。それは高雄に投錨している天照からだった。

 

「先程、台湾南方哨戒を行っている艦隊の入れ替わりがあったそうですが……少し確認してもよろしいですか?」

 

 休憩の間、外で天照と連絡を取っていた護衛部隊員と話をした団員が耳打ちで私に話しかけてきた。

 

「あぁ」

 

「事前説明によると、哨戒艦隊は6隻編成なんですよね?」

 

「そうだが……どうしてだ?」

 

 額から冷や汗を垂らした団員は重苦しく口を開く。

 

「先程周辺海域に12隻の艦隊が侵入してきたと……。日本皇国の方面から。そして艦隊が途中で分離、二手に分かれた一方がまっすぐ高雄を目指してきています」

 




 前回とのスパンが短いのは気の所為です。一平の視点は今のところ今回だけですが、台湾ではとりあえずこれで一平以外の視点に切り替えます。
それと話もあと数話で終わらせますので、次の準備を早々に始めなければ……。
 色々と悩んだ結果の台湾情勢でしたが、地理と国力を考えるとこうなるだろうな、という作者の勝手な想像です。不快に思われた方がいらっしゃいましたら、本当に申し訳ありません。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第27話  背景

 海に揺られること5日間。軽巡洋艦 五十鈴以下木曾、重雷装巡洋艦 北上、駆逐艦 夕立、時雨、雪風は目的地に到着していた。港であるにも関わらず、船は少ない。見かけるのは、見覚えのある艦しか居ない。潮風に当たりながら、ある指示を飛ばす。

 

「五十鈴。強襲揚陸艦 天照へ。『我、横須賀鎮守府艦隊司令部所属 軽巡洋艦 五十鈴。政府より新たな命令書を受領したため、台湾第一次派遣使節団への取次を乞う』。念のため、両舷同時砲撃戦用意」

 

「了解よ。通信妖精さん!! 以下の内容を天照に!! 『我、横須賀鎮守府艦隊司令部所属 軽巡洋艦 五十鈴。政府より新たな命令書を受領したため、台湾第一次派遣使節団への取次を乞う』艦隊両舷同時砲撃戦用意!! 警戒するだけよ!!」

 

 五十鈴が檄を飛ばし、艦内が騒がしくなる。

 

「開いている埠頭に接岸次第、俺は命令書を届けてくるよ」

 

「判ってるわ」

 

 そう、俺は今、台湾の高雄に来ている。強襲揚陸艦 天照を護衛して出立した護衛艦隊らから遅れること数時間後、俺を乗せた水雷戦隊二個艦隊は横須賀鎮守府を出発。ここ、台湾の高雄を目指したのだ。理由は簡単。政府から台湾第一次派遣使節団宛の命令書が発行されることに関して、"事前"に情報を入手していたからだ。そのような命令書を艦娘に頼む訳にも行かず、俺が届けに来たという訳だ。その間はというと……

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 ポツンと私は椅子に腰を下ろしている。見覚えのある部屋、だが見覚えのないアングル。普段来ているBDUや海軍士官の制服を脱がされた私は、無理やり別の服を着させられて、何も分からないままここに連れてこられた。そしてある人から一言。

 

『今日から数日間、代理をお願いしますね』

 

と言われた。それが数分前の出来事。そう私、天色 ましろは横須賀鎮守府艦隊司令部本部棟、この軍事基地の頂点に立つ弟の椅子に座っていた。第二種軍装を着せられて。

 

「……え? どうして私が!? というか、提督は?!」

 

「提督は数時間前、急遽政府が出した命令書を片手に台湾に向かわれましたよ」

 

「はい?! 意味わかんないです!!」

 

「ま、諦めが肝心ネー。これも決まりデスシ、しっかりやってくだサイヨ!! 提督代理!!」

 

「ひえぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

ということになっていると思われる。姉貴には悪いことをしたが、これも横須賀鎮守府が有利に立つための布石なのだ。今回はすまないと思ってる。……今後、時々あるかもしれないが、その時は頼んだ。

 そんなこんなで、俺は高雄に来ているのだ。既に接岸も終わらせると、大慌てで天照からクルーらが降りてくるのが見える。そのままものすごい勢いで台湾軍の兵士に許可を貰ったのか、埠頭を全力疾走。五十鈴の艤装を見上げるようにして、声を張り上げるのだ。

 

「要件は伺っていますが、まさかご本人が……」

 

「伝達が遅れて申し訳ないです。内容が内容だけに」

 

「なるほど……了解しました」

 

 俺の方をチラチラと見ているが、何か気になる事があるのだろうか。

 

「あの……護衛の方は?」

 

 あぁ、それで。心配せずとも連れてきている。本当は艦娘だけでも良かったんだが、気付いたら乗り込んでいた。

 

「2人居ます。艦娘も陸に上がれば護衛になりますので」

 

「そうですか。では、こちらで使節団の方には連絡をしましたので、お待ち下さい」

 

「えぇ。お願いします」

 

 手すりから離れると、俺の後ろには艦娘以外のヒトが2人立っている。何故か事前に情報を察知していたのか、俺が乗った時にはこの2人は乗り込んでいたのだ。南風と沖江。どちらも完全装備だ。

 

「気付いたのが、出航してから1日後。引き返すのもためらうところまで出てきから連れてきたが……あまり目立つ行動は避けて欲しい」

 

「判ってますよ。これも提督のためです」

 

 南風はそう言い放ち、装備を外し始めた。その場に置かれていくベスト、ベルト、ヘルメット、小銃、最後に拳銃を隅まとめた南風はそのままタラップで降りていき、近くに立っている台湾軍の兵士に話しかけ始める。止めようとしたのが、タラップを降り始めた時だったので間に合わず、そのまま降りきられてしまったのだ。隣に立つ沖江はキョロキョロと周囲を見ているだけで、南風のような行動を起こさない。

 数分後、南風はタラップで戻って来た。何を話していたかは知らないが、どうやら英語でやり取りしていた様子。

装備を付けながら、俺に報告を始めたのだ。

 

「台湾軍に新たに日本皇国側から9名の上陸許可を申請、許可をもらいました。ですので、ここからは陸に降りましょう」

 

「は? ちょっと待って、9名? どこにそんな人数が?」

 

「私が乗り込む時、交換条件としてそれを五十鈴さんたちに提案しました。これを叶えたならば、乗って身を潜めることを黙っていてくれると」

 

「あぁ……後で詳細を聞くからな」

 

 頭を掻き、自分の部下と艦娘たちの勝手な行動にイラつくが、それもすぐに収まる。結局は恐らく、俺のためだったんだろう。その思いを無下には出来ない。

被りなれない帽子を被り直し、俺は戻ってきていた五十鈴に声を掛けた。

 

「上陸する。台湾に9名の上陸許可を取ったから、そのまま艤装を身に纏わずに上陸」

 

「皆に連絡するわ。それで……その、ごめんなさい」

 

「良い。気にするな。五十鈴たちには罰則として……帰った日の夕食で苦手なものを克服してもらおうか」

 

「うっ、私はレバーね……」

 

 艦娘たちに罰則があるのなら、2人にも勿論ある。

 

「2人は武下のゲンコツとお説教」

 

「「うえぇぇぇ……」」

 

 規律を乱したならば、それ相応の罰が必要だろう。俺は基本的に艦娘の方の裁量をするが、門兵は基本的に武下に任せているのだ。具体的にどのような罰があるかは知らないが、ゲンコツとお説教があるのは確実。具体的な罰則は知らないが、軍隊なので減俸とか降格くらいしか思い付かない。

 ここに来ていた水雷戦隊に連絡が行き届くのに、そこまで時間はかからなかったのと、天照から入電があった。使節は現在、国有施設で会談中だったらしく、護衛の兵に伝えられたんだとか。そこから、会談の小休止に入り、団長らの耳に入ったと。

あっちでは少しパニックになっているらしく、護衛数人と団員数名を引き抜いて向かわせるか、という話し合いをしているんだとか。そんなことをしていれば、恐らく決まることなく時間が無常に流れていくだけだ。

俺は決断を下す。

 

「俺たちの方から向かうか」

 

「提督、貴方?!」

 

「良いんだよ。どうせ台湾軍も俺のことは、日本皇国から来た武官だとしか思わないだろう。ただ、連れている護衛には違和感以外は持たないだろうが」

 

「だけど……」

 

「いざという時は守ってくれるんだろう? 情けない話だけどな」

 

「勿論守るけど、大丈夫なの?」

 

「大丈夫だろ。ただ、使節団も護衛もうろたえるだろうさ。それで交渉事でしくじらなければ良い」

 

 書類を折れないようにカバンに入れ、陸の方に顔を向けた。

 

「行こうか。命令に関しては、早急に伝達するものだからな」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 俺が陸に上がると、近くで立哨していた台湾軍の兵士がこちらに向かって敬礼をしてくる。俺はそれに答礼をし、南風に案内されながら歩くことに。どうやら近くに戦闘指揮所(CP)があるらしく、さっき下で話した時にそこに行くよう言われたそうだ。こちらも軍人ということで、外交官らとは対応が違うだろうが別に気にすることでもない。

 台湾軍一個歩兵小隊の護衛という名の監視の元、俺と南風、沖江、連れてきた水雷戦隊の全員が上陸。CPの目の前に来ていた。

中には入れてもらえないようだが、士官相当が出てくる様子。そうこうしていると、中から一兵卒とは違う階級章を襟につけている兵士が数名出て来る。小銃は持っていないが、腰には拳銃があるのがよく分かる。

 

「貴殿らが日本皇国から急遽送り込まれた伝達役か?」(※以下の台詞は英語で話されています)

 

 中でも一際雰囲気を放っている士官が、英語で俺たちに話しかけてきた。俺はお世辞でも英語が下手で話すこともままならないので、南風に任せようと思う。そのまま翻訳して俺に教えてくれるみたいだしな。

 

「はい。日本皇国政府より当方の使節団宛の命令書の伝達を命じられ、こうして来た次第であります」

 

 目を細め、疑るような視線で俺たちを見た士官は少し表情を曇らせた。

 

「伝達役? 8人の小娘に小僧じゃないか。それで、貴官らの所属は?」

 

「私は日本皇国海軍所属 横須賀基地警備隊の南風大尉です。それにもう1人は沖江伍長。奇妙に思われているであろう後ろの少女たちもれっきとした軍人でありますが、事情がありましてあのような姿が正装です」

 

「私は貴軍の艦隊が停泊する港の警備担当の台湾海軍の大隊指揮官、ヤン少佐だ。事情はよく知らないが、後ろの少女たちのことは深く聞かないで置こう」

 

「助かります」

 

 ヤン少佐。普通の指揮官だな。俺がそんなことを考えている間にも、南風だけで対応出来るところの話を進める。

 

「それにしても警備隊がここに出張って来るとは……そちらの青年は政府の?」

 

「いいえ。事情が事情でありまして、日本皇国海軍から命令伝達役で派遣されました。私どもは彼の護衛にあります」

 

「ほぉ。台湾軍でも昔はこれくらいの若い士官が多かったが、深海棲艦に打って出ないようになってからは私のような中年が多くなってきた。それで、彼のことも紹介してくれるのだろう?」

 

 ここまで和訳していたが、俺もどうせ後々知られることになるだろうからと、南風を止めることはしなかった。

 

「彼は日本皇国海軍横須賀基地艦隊司令部 天色中将。海洋を航行する艦隊全ての司令長官です」

 

「な?! 先程のご無礼、お許しください。中将。そ、それで、そのような方がわざわざ命令の伝達を?」

 

 心底驚いたのか、目をひん剥いていたが、俺は特にリアクションする事なく南風に任せる。

 

「我が軍にも入り込んだ事情がございます。今回はたまたまですよ」

 

「なるほど。……ならば、早急に移動の手配を」

 

「お願いします。ちなみに、彼女たちも連れていきますが、トラックでお願いします。あの奇妙な武装は取り外しが出来ないものですから」

 

 取り外しは出来るが、不審に思われる要素をなるべく消しておきたいという南風の考慮だろう。俺はまだ黙ったまま、和訳を聞いて黙っている。

 

「分かった。すぐに手配する。それまでしばし待たれよ。中将殿にもご不便おかけして申し訳ありません」(※以上までの台詞は英語で話されています)

 

 士官はCPに戻っていき、俺たちの移動のために部隊選定等を始めただろう。

少し溜息を吐いた南風は腰に手を当てて姿勢を崩すと、目を閉じた。

 

「台湾軍、深海棲艦によって鎖国に追い込まれたというのに、正常に軍が機能しているように思えます」

 

「自分で訳していただろうが、彼らは台湾海軍。アポイントを取った時の相手も台湾海軍だった。上との連絡も円滑に取れていたし、情報漏れもなかったようだ。現に使節団は会場でちゃんと会談をしている」

 

 今まで黙っていた沖江はヘルメットの位置をわざとらしく直し、小銃を肩に掛けた。その動きに反応したかのように、五十鈴たちも艤装の音を鳴らして姿勢を直している。

チラッと沖江と艦娘たちの方を見ると、沖江が何か言いたそうにしている。

 

「どうした、沖江」

 

「いえ……今回の件、少し考えていたんですが……」

 

 今回の件というと、俺が政府からの使いっ走りをしている件についてだろうか。それ以外は思いつかない訳で、沖江もそれに関して何かあるのだろう。

 

「仕組まれたことのように思えて仕方ありません。台湾第一次派遣使節団の出発を見計らったように、早急に伝達しなければいけない命令が下り、それを横須賀鎮守府が受け取った上に、性質上、艦娘たちに届けることになるものを"わざわざ"このような形にして伝達しなければならなかった……」

 

 気付いていても、理由までは見通す事が出来なかったのだ。とは言え、この命令伝達も出処は政府。だがら分からないのだろう。出された日時に仕組まれているようにしか思えないからこそだ。

 

「理由は何であれ、政府からの命令だ。それに内容が内容だけに緊急性を要する」

 

 そう俺は沖江に言い、頭の中では命令の内容を思い出していた。台湾第一次派遣使節団に出された命令ではあるが、俺もその内容は知っている。

 

《台湾第一次派遣使節団は、高雄にて正式な日本皇国海軍の中継基地として港湾施設の一部の租借取引をせよ》

 

というものだ。これは恐らく、これまで何でもかんでも秘密裏に独断で進めていた俺たちが、行動の殆どを公開したことによる、今後の作戦行動に必要になるであろうモノを先行して用意するためのもの。政府の中でも"海軍部"派の人間による命令だろうということを、命令書を受け取った時に新瑞が言っていたことだ。

そして、これを俺に持たせて台湾に向かわせたということは、この取引へこちらが提示するメリットは"俺"が用意しなければならないことだ。

 丁度良いのかもしれないが、"丁度"俺は高雄に向かおうとしていた。予備案は用意していたが、そもそものこの政府の命令を辿れば、俺の進言から作られたものだということも忘れてはならない。

燃料・弾薬・その他物資の補給が行える補給基地の建設。今後の海域開放には必須だ。これまでも直接乗り込んで、強引に進めていたことではあったが、今回からは正式に行うべくこのような手を選んだ。

もう巻き戻るのはゴメンだ。日本皇国内にもその余力は残っていないことだろうしな。

 




 あけましておめでとうございます。新年早々に投稿することはなく、少し遅れ気味の挨拶となりました。

 本編では外交の件が語られていますが、今回はかなり濃く書いています。今後は節目になるようなところは、これよりも内容を減らしますし、必要ないところは数話で終わらせることになると思います。
海域攻略が本職なのに、外交の件ばかりしていたら「何だソレ」ですからねぇ。
 ちなみに、投稿してなかった間にもちょくちょく書いていて余裕が出来ました。といっても、一気に投稿するようなことはしないです。……休息回ならしていたかもしれませんが。

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第28話  会場、到着

 

 軍律はしっかりとしているが、やはりある程度緊張感がなくなっているのは見て取れた。と言うか実感している。

 俺が上陸したことと、奇妙な娘たち(艦娘)が護衛している件や、その装備に関しての噂はすぐに高雄市内に広がった。その情報といえば、まさに俺とヤン少佐が話しているところに居合わせたような情報精度だったのだ。

 

《日本皇国海軍のトップがわざわざ台湾に来た》

 

という噂は一瞬で広まり、俺が乗る台湾軍の装甲車や前後を走るトラックの周囲には人だかりが出来ていた。それに伴い、歩兵の護衛が大量に歩いている。それはもうパレードのようなものにしか見えないほどだ。ただ、海軍トップではない。

 両脇に座っている南風と沖江は窓の外を睨みながら、俺に話しかけてくるのだ。外を警戒するならもっと集中して欲しいものだが……。

 

「情報漏洩ですね。これは」

 

「そうだな」

 

 知ってる。

 

「まぁ、大丈夫だろう。外の様子を見る限りは」

 

「それは……そうですね」

 

 何故なら、外には何故か日の丸を振っている人たちで溢れているからだ。人に囲まれているとは言え、彼らの全員が全員そういう訳ではないのだが、大なり小なり旗を振っている。そして笑顔だ。これは疑う余地もない。

現在の台湾がどういう政治体制なのかは分からないが、この状況を見る限りは両極端だろう。俺の知っている台湾が過剰に日本を歓迎しているか、某社会主義国家のような仕組まれた人たちなのか……どちらか2つに1つだろう。

 ともかく、外に警戒しない訳にはいかない。もし攻撃でもされようものなら、ここで台湾と友好な関係にならなければ今後に支障が出るのだ。

中継基地としても、国際的にも……。戦中、戦後のことを考えると、ここでは問題を起こさないのが吉だ。否、国外ならどこでも問題を起こしては行けないんだけどな。

 歩兵による護衛で、ゆっくりと目的地へと近づいていく。確か台湾第一次派遣使節団の高雄到着は四半日前。俺たちが台湾に到着したのは昼過ぎ頃だった。既にお互いの最低限の情報交換は済んでいる頃だろう。状況を見る限り、活発に会談は進んでいるはずだから、もしかすると他の話まで進んでいるかもしれないな。

そんなことを考えながら、俺は装甲車に揺られるのであった。

……両脇がひっついて来るのはどうしてだろう。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 会談を行っているという場所に到着する。そこには戦車が等間隔で並べられており、コンクリートと土嚢で作られた簡易的なトーチカがポツポツと見える。相当な厳戒態勢だと思う。というか過剰じゃないか? 戦車の数も数両という話ではない。数十両はいる。歩兵も恐らく連隊・師団規模だろう。

 防衛陣地をそんな風に眺めていると、簡易検問を通り抜けた俺たちの車列は中へと入っていく。

装甲車を乗る時点で既に、武装されているのかという質問と共に身体検査等々も受けている。軍人として最低限必要な火器や装備しか持ってきていない俺はそのまま素通りだったが、南風と沖江は自動小銃とその予備弾倉を預けることになった。帰りに返してもらえるだろうが、どうも厳重に武器庫に鍵を付けて保管するようだ。他国の小火器だからだろうな。

 装甲車から降り、俺と護衛2人、艦娘6人の計9人は、日台会談が行われている建物へと足を進めるのであった。

以外にも艦娘たちは不思議そうにキョロキョロするようなことはなく、鎮守府を歩くように歩いている。ただ、艤装を身に纏っている状況ではあるが……。むしろ南風と沖江がキョロキョロしているように思えた。

五十鈴に無理矢理乗艦させて貰って台湾まで来ている。そもそも日本人はここ数年海外に行くようなことが出来なかった。そこから来る好奇心なのだろうか。見慣れない聞き慣れない言語や匂い、風景や造形に興味があるようだ。斯く云う俺も興味がある。

 

「ここみたいですよ。この時間は2度目の休憩中らしいですから、恐らく日本側の人間しかいません」

 

 建物に入る時にそう案内されたらしく、南風がそう教えてくれた。

 ノブに手を掛ける前にドアをノックし、中に入る。そして俺や護衛の南風ら、五十鈴たちに視線が集まっていく。

確かに中には日本の使節団員しか居ない。人数が少ないが、どうも別室にいるらしい。ここには一平その他数名と護衛数名しかおらず、台湾側の人間は休憩で席を外しているのだろうか。そんな勘ぐりはさておき、俺が前に進み出ると艦娘たちが俺を囲むように輪形陣を構築する。南風と沖江はその中で俺の近くに立っているだけだ。

 一平の目の間に立ち、要件を云う。

持ってきていたカバンから書類を挟んだファイルを取り出す。

 

「事前に連絡があったと思いますが、日本皇国政府より命令です。命令伝達に関しては諸事情で私が届けに来ました」

 

「ありがとうございます」

 

 命令書を読んだ一平は少し落ち着くためか、窓の外の方に視線を向けた。

 

「拝命しました。ですがこれは……」

 

 俺の方をチラッと見た一平が何か言いたげな表情をする。

 

「正式な交渉、台湾政府への公式文書を取れるのは貴方方だけですよ? 私ではどうも、軍基地司令の口約束や厚意だけしか成り立ちませんからね」

 

 牽制。そもそも命令であるから、一平たちが交渉しなければならない。だが、内容は俺が交渉しても良いモノだとも捉えることが出来る。

とはいえ、外交官ですらない俺が交渉しても国益に反映されるような事が出来るのだろうか。それならば、命令通り一平たちが交渉した方が良いにきまっている。

 

「一介の軍人には国家的な行動・交渉は力不足過ぎます故、政府もそれがお分かりみたいですし」

 

「……分かりました」

 

 一平が机の上に命令書を置くと、近くに居た他の使節団員がそれに目を落とす。おおよその内容は俺と一平が口にしていたから分かっているだろうが、詳細を知るならそのものを読まないと分からないだろう。後で一平から連絡はあるだろうが、先に読んでおいて損はないだろうと考えるのは俺も同じだが、目の前で読むのはやめて欲しい。

そんな俺の考えが伝わるはずもなく、使節団員は命令書を読んでボソリと呟いた。

 

「発言力は場所に左右されるものの、殆ど政府や勅命と変わらないじゃないか……何が力不足だよ」

 

 言った本人の方を見ることは無いものの、変な間が出来てしまう。俺は一平の目を見て、あることを伝えることにした。

 

「今回の命令に際して、私も政府から大本営経由で命令を受けています」

 

「命令の伝達、でしょうか? 私共に教える必要のないものでしたら、どうぞそのまま遂行なさってください。こちらも不具合がありましたら連絡します」

 

「いいえ、お教えしますよ」

 

 一呼吸置き、俺は部屋全体に聞こえるように言う。既に政府からの追加命令は回っているので、この場にいる使節団員全員は一平と同じレベルの情報を持っているだろう。だから、俺が受けた命令も聞いておく必要があるのだ。

 

「私は一平さん率いる台湾第一次派遣使節団への同行を命じられています」

 

 恐らく、先程の命令の件で俺が必要になるであろう場面があるからだと思われる。それによって、俺はこれから使節団に同行するよう命令を受けているのだ。

 

「……分かりました。では、本件の交渉は私が行いますので提督は」

 

「末席にて参加します。ですが、本件に関係無い場合は別室待機をお願いしたく」

 

「はい。先方にも伝えて置きます。すぐに部屋を用意して頂きますので」

 

 そんなこんな話をしていると、どうやら休憩の時間は終わったようで、俺が入ってきた扉からぞろぞろと荷物を持った集団が入ってくる。これが恐らく台湾側の外交官たちだろう。こちら側には見ない顔しか居なかったからだ。

それにどうもここで会談していたみたいだが、休憩の際に荷物は一度全て持ち出していたようだ。

 俺はそのまま部屋の隅に移動すると、二方の会談が再開されたようだ。

双方が英語で話しているのを、隣に立っている南風が同時進行で翻訳をしていく。それを聞いている限りだと、どうも最初に部屋に新たにいる俺たちのことを台湾側に話しているようで、すぐに一平が俺の方を見た。

南風曰く、こっちに来て欲しいとのこと。俺はそれに従い、一平の隣に立った。

 英語で俺のことを紹介しているのだろうか、手をこちらに向けて、それに付いて来た台湾側の外交官と目があった時に敬礼をする。

隣で南風が翻訳にしているので、おおよその会話内容は判っていた。

 

「急で申し訳ありません。先程我が国が派遣した武官です。今回の派遣で私どもに付いて行くよう命令を受け、日本から遅れて到着しました、日本皇国海軍横須賀基地司令部の天色中将です」(※以降の台詞は本来は英語です)

 

 俺が日本語で話したものを、隣の南風が英訳していく。

 

「日本皇国海軍中将 天色です。英語が不得意なので、こうして通訳を介していることをお許しください」

 

 腕を下ろし、一平が紹介を続ける。

 

「諸事情に付き、彼の護衛は厳重にございます。誠に勝手ながら、後ろに控えているのは彼の護衛です。彼の発言を英訳している者以外は英語が堪能ではありません。故に通訳が居りますが気にしないで頂きたく」

 

「いいえ。別に構いません。……詮索するようですが、将がなぜここまで? 佐官なら分かりますが」

 

「訳あって佐官はおりません。尉官でもここまで国外に出てこれる人間は1名しかおりませんが、手が離せなかったようです」

 

「そうですが。私は台湾政府より今回の件でリーダーを任されているイェンです。どうぞよろしくお願いします」

 

 南風が変わりに応答をしたので、俺は黙っている。

 

「もし可能でしたら、私共が待機できる別室を用意してはいただけませんでしょうか?」

 

「ええ良いですよ。すぐに用意させます」

 

 現地語で誰かを呼び寄せたイェンは何かを伝えると、人が小走りで部屋を出ていった。

 

「近くの会議室を取らせに行きました。どうぞ、そちらでお待ちください」

 

「ありがとうございます。図々しいことを聞いて頂いて」(※以上の台詞は本来は英語です)

 

 俺は再び敬礼をし、回れ右をする。一平の表情を見たが、どうも台湾に出発する前の表情は無い。相手との会談・交渉のことで頭が一杯な様子。それを考えると、俺が動くのは落ち着いてからということになるだろう。交渉の件も、何度か俺を軍の代理人として立たせて、要望等を聞き出そうとするだろうが、そちらは特に問題ないと考えている。

 数名艦娘を置いていくことも考えたが、何のために置いていくのか、理由と目的を考えるのも面倒だったので全員を連れて待機室に向かうことにした。

 

「全員、待機室に向かう」

 

 指示を飛ばし、俺たちは案内の人間の後ろを付いていくことにした。

 案内を少し観察したが、どうやら政府の人間お付きの秘書官のようだ。会談中は手持ち無沙汰になってしまうが、こういう時には仕事があるらしく、俺たちの先頭を歩いている。

秘書官というからには女性ではあるのだが、歳は20代後半といったところだろうか。纏う雰囲気からそのように思えた。

歩速を調整しながら歩いているようで、どうもこちらの様子を伺っているらしい。何かアクションがあることは、南風も了解しているようだ。そんなことを考えながら観察していると、思った通りに秘書官が話しかけてくる。

 

「日本皇国の使節団は武官を連れてこなかったと伺いましたが、急遽派遣なされたのでしょうか?」(※以降の台詞は本来は英語で話されています)

 

 とんちんかんなことを聞いてくる秘書官に、俺は少し間を置いて答える。

 

「武官は使節団と共に来ていますが、もっぱら護衛任務しか任されていません。私の方は郵便ですよ」

 

「郵便……。ミスターカズヒラの傍らに置いてあったものですね」

 

 この秘書官、会談を行っている部屋には出入り口までしか入って来なかったのに、よく室内を観察している。それなりの広さがある室内で、しかも一平が座っていた場所は、出入り口からそこそこ離れたところにあった。しかも居た時間は1分もない。その間に遠くにある書類を遠目で見て、それがいつ持ち込まれたものかを判断している。

注意する必要がありそうだ。直感でそう考えた俺のことを知ってか知らずか、秘書官は続けて質問をしてきた。

 

「……先程から連れている彼女たちは一体? 2人は軍服を着ていらっしゃるので兵士であることは分かりますが、その後ろにいらっしゃる彼女たちはどう考えても兵士にするには若すぎます」

 

 踏み込んだことを聞いてくる。時間の問題だとも思うが、ここでは隠しておくことが吉だろう。

 

「今回の私の任務は郵便配達。彼女たちは今後そのような任務を請け負うことになる候補生です。実習ということで連れてきました」

 

 歳的にもそれなら妥当だと考えてのこと。これで秘書官が騙されてくれれば良いんだが……。

 

「それにしては物騒ですね。可愛らしい少女たちですが、格好は置いておいたとしても、手に持つモノは見たこともない武器のように思えます。それに目付きは精強な軍人そのもの。むしろ、敵と言わんばかりの眼力です」

 

 ふふふっ、と笑いながら言うが、俺はひとつも笑えなかった。的を射ていないが、それでも近しいことを言っている。この秘書官、何者なんだろうか。

 両脇に立つ南風と沖江の警戒レベルが上がったことを確認しながら、俺は答えていく。

 

「彼女たちは戦場を渡り歩く郵便配達人。身を守る術を持ち合わせていない訳が無いです。それに此処(台湾)は日本皇国と正式な国交を結んでいない得体の知れない国。警戒するのは当然です」

 

「確かにこちらからしてみても、日本国は知っていても日本皇国は知らない国ですね。それとは別で、候補生というのに頼もしい限りです。日本皇国軍ではこのような人材が多くいらっしゃるのですか?」

 

 良し。彼女たち(艦娘)から話しを反らしていけそうだ。

 

「私が見ている候補生たちは皆、こういう者ばかりです」

 

 そう答えた時、秘書官は何かを見計らったように言い放った。

 

「中将の下に付く候補生……軍大学に在学する生徒をも超えるエリート中のエリートですか?」(※以上の台詞は本来は英語で話されています)

 

 ぬかった……。自分が深く考えることなく口走ったことで、余計な情報を漏らしてしまう緊急事態に陥ってしまった。

俺の目を捉えた秘書官は足を止めることなく、それでいて歩速を緩めてこちらを向いている。なんとか辻褄のあう回答をしなければ……。

 





 前回の投稿からまた期間が空いてしまいました。お久しぶりです。片手間ですら書けませんでした(汗)
 後書きで台湾での話はあと数話みたいなことを言っていたと思いますが、少し伸びそうです。とはいえ、初めての外交ですから、それなりに長くなってしまうのも仕方なしと……。
まぁ、のびのびと書いていきますよ。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第29話  疑い

 

 秘書官への言い訳を考えている時間は無い。俺はすぐに答えを出した。

 

「一般兵としての訓練を好成績で修め、その他技能を特務兵と同レベルで熟すのが彼女たちです。情報は戦争の肝です。これまでのこれからも広大な戦線を維持するには、こういった特殊部隊に所属していても十二分に能力を発揮する兵を連絡役として据えなければならないのです」(※以降の台詞は本来は英語で話されています)

 

「その候補生が彼女たち、ということですね」(※以上の台詞は本来は英語で話されています)

 

 南風に翻訳してもらい、俺はなんとか危機を乗り切った。表情には出ていないはずだ。俺みたいな駆け引きが下手くそな人間は、それこそ駆け引きに慣れた人間からしたら情報が溢れ出る噴水だろう。一度ボタンを押せば、操作しなくても水のように情報が出てくる。それを未然に防いだ。さしずめ俺は解錠しなければボタンの押せない仕組みだった噴水というところだろう。

 秘書官もそれには納得したようで、これ以上艦娘たちのことを聞いてくることはなかった。

 用意された部屋は小さい会議室。10人以上20人未満で会議を行うような場所だ。ここには電気ケトルのようなものと、湯呑みが幾つか部屋の隅にある台に置かれていて、その他に監視と思われる兵士2名が廊下側の出入り口に立った。

彼らが英語を話せる可能性があるが、日本語は分からない。極力こちらの素性がバレない程度の会話を日本語でする。とは言え、五十鈴たちがそのことに気付いてくれるかは分からない。俺が意識的に避けていれば分かるかもしれないが、少なくとも五十鈴や木曾以外は勘付いていると思われる。言葉を選んで話すだろうし、雪風も普段なら好奇心でキョロキョロしたりウロウロするものだが、今に限っては警戒しながらも静かにしている。艤装の主砲からは手を離しているが。

 唐突に時雨が室内をウロチョロし始め、壁をしきりに気にし始めたのを変わりきりに、護衛の皆も緊張を一度解いたのか雰囲気が穏やかになる。

とは言え、格好を物騒そのものではあるが……。

 

「提督。一応、護衛艦隊の方に連絡を入れた方が良いと思うんだけど?」

 

 会議室の観察を最低限に行い、近くの椅子に腰掛けた俺に夕立が話しかけてきた。艤装を身に纏い、片手には12.7cm連装砲が握られている。表情豊かな方ではあるが、一般的な夕立とはかけ離れた夕立は紅い瞳をこちらに据えている。

 

「あー……五十鈴が既にしてあると思うんだが」

 

「もうしてあるわよ。蒼龍ったら怒って『どうして来ちゃったの?! 危険かもしれないのに!!』って。あの袖をブンブン振り回しながら怒っている姿が容易に想像出来るわ」

 

 あの図体で袖をブンブン振り回すとなると、これまでも見たことは何度もあるが……。そんなことを考えていると、夕立がある提案をしてきた。

 

「それと有事の際だけど、私たちの方には航空機といっても水上偵察機だけ。第二航空戦隊には近接航空支援の用意をさせて……」

 

 と言いかけたところで、夕立は時雨の方を見る。俺も釣られて見たが、時雨は親指を立ててドヤ顔をしている。

まさかとは思うが……。

 

「用意をさせたから」

 

「なぁ、俺指揮官なんだけど」

 

 横須賀鎮守府艦隊司令部の指揮系統は俺を頂点とした各部署に箒型構造をしているはずなんだが、どうして時雨が蒼龍と飛龍に話を付けているのだろうか。かなり疑問に思うが、ここで言及しても仕方ない。それに俺が止めたって、彼女たちは独断でもそれくらいやろうとする。というかやる。平気な顔をして。

 

「それに外国で近接航空支援なんてやらかしたら、それこそ国際問題に発展するんだが」

 

「何言ってるの? そもそも近接航空支援を要請した時点で国際問題も国際問題、戦争状態よ。貴方が台湾側の人間に撃たれたり暴行された時点で、それはもう国際問題じゃないかしら?」

 

 夕立の言う通りなんだが、そもそも俺が怪我する前に護衛や夕立たちが対処するだろうに……。近接航空支援なんて呼ぶ事態、台湾陸軍が大群で攻めてきたとかそういうことになってないと呼ばないだろう。

 備えあれば憂いなし、というのが夕立が近接航空支援準備の真相だろう。恐らく飛来することになるのは流星、彗星、零戦。航空隊の腕は鎮守府で2番手や3番手に入るような手練だ。恐らく精密爆撃や機銃掃射による面制圧の威力はどうかしているレベルだろう。ぜひともそういう事態にはならないで欲しい。というか、俺がなんとしてでも避ける。

 

「まぁ良い。そうそう呼ぶものでもないだろう?」

 

「そうね。まぁ、無いという可能性が高いから、ただただ徒労に終わればいいと思うわ。それにこれまでの関係から言っても、先ず台湾海軍からはありえないわね」

 

「そうだな。何度か補給を頼んだこともあるし、一時期基地司令のコネで間借りして物資を置いていたこともあったからな」

 

 面識は無いが、台湾海軍高雄基地の基地司令から、基地の使われていない区画を間借りしている。とは言っても、前回の攻勢の時、勢いで頼んだものだった。先方にも無茶言ったのを覚えている。拙い英語を複数人で必死になりながらやり取りしたような記憶が蘇ってきた。

恐らくではあるが、その間借りは現在も継続中だろう。置かれている物資は手につけていないだろうし、そもそも廃墟みたいなところらしいから、誰も近づかないらしい。現在も物資が置かれていると思うが、もし盗難があったとしても俺はその件を基地司令に言うつもりも無い。

 椅子に浅く座る俺に、夕立が近くの椅子を引っ張って来て腰を下ろす。背中に背負っている艤装が邪魔で、隅にお尻を乗せているだけの状態だが、それでも腰を下ろせたようだ。

膝の上に連装砲を置き、その上に両手を乗せて俺の顔を見据えた。白い肌と紅い瞳が俺の目を再び捉える。

 

「……今回の命令伝達の件って」

 

「ん?」

 

「提督の差し金よね?」

 

 急に何を言ってくるのかと思えば、今回の件だった。何を聞かれるのかと思ったが、まさかそれだとは思わなかった俺は少し驚く。だがそれを表面には出さず、夕立の言葉に俺は静かに答えた。

 

「その通りだ」

 

「ふ~ん。と言うことは台湾第一次派遣使節団、外務省に借りを?」

 

「そう思ってもらって構わない」

 

 これは必要があるからこその布石だった。台湾第一次派遣使節団は私情で俺たちに陸上護衛を依頼してきたことは誤算ではあるが、この一件が起こる前から予定していたこと。日本皇国政府が大本営を通じて、海域の安全が確保できた台湾への使節団派遣の際につける護衛の捻出と同行命令を予測した上で、政府及び大本営が海上護衛だけを命令してくるところまでを先読みしていたからこその予定だった。

後出しで追加命令を受領し、使節団を追いかける形で台湾に向かう。そこで陸上護衛を行い、使節団に恩を感じさせる。此処で台湾側の何かしらから襲撃があれば完璧だ。マッチポンプをする予定も無いが、襲撃がなければないで壁と番犬になったことを感じさせることは可能。

これをダシに、今後の外交に噛ませてもらう。とは言っても、そこまで介入する気は無い。せいぜい、横須賀鎮守府が不利になるような交渉事を消すことくらいのための恩の押し売りなのだ。

 さっきまで部屋を歩き回っていた時雨が心底呆れた表情でこちらに戻って来て、俺と夕立の近くたった。近くにある椅子で、俺たち両方の顔を見ることの出来る位置に椅子はないので立つことにしたらしい。他国で借りた部屋なので、あまり物を動かすことはしたくなかったのだろう。片手に持っていた主砲を振り、左手で額を抑えた時雨は俺と夕立に向かって言うのだ。

 

「分かっているかは分からないけど、盗撮・盗聴されている可能性を考えてよね」

 

 確かに言われてみればありえない話ではない。国防を考えるのなら、一応といって用意しているであろうことを視野に入れていなかった。

 

「探している最中はひやひやしたよ。結局何1つとしてなかったから良かったものの」

 

「すまん。俺がもっと警戒しておくべきだった」

 

「良いよ。提督が警戒することを忘れていたから、僕が探し始めただけだし」

 

 左手をひらひらと振った時雨は、その手をそのまま腰に当てて表情を強張らせた。何かを俺から聞き出そうとしているのは、雰囲気からして分かる。

夕立と俺が話していた内容でないことか、もしくはそれよりももっと踏み込んだ内容を聞いてくるだろう。俺はそう予想建てた。

 

「今回の件、かなり手を回したみたいだけど、どうしてそこまでやるの? それなりに提督の企みには艦娘が数人関わっているとは思うけど」

 

「……」

 

 時雨は知っているのだろう。赤城や金剛たちが噛んでいることを。そして、最終的な目的は俺しか知らないことを。となると、時雨は噛んだ艦娘と話しているだろうと想像が付く。

全員が全員、感の鋭い艦娘だ。的を射た内容になっているに違いない。それに、此処で俺が出し渋るのも良くないと思った。

 

「台湾第一次派遣使節団との会合に立ち会った人なら分かると思うが、彼らに」

 

「彼らは横須賀鎮守府を舐めているんです」

 

 俺が『彼らに俺らに有利な交渉をしてもらうため』と言いかけた時、南風が話に割り込んできた。どうやら南風も俺の考えがなんとなく分かったんだろう。

 

「上官の前で命令違反の強要、こちらの予定を度返しした要請、軽視した艦隊運用……。鎮守府内で散々尾ひれの付いた噂話の真実です。それを」

 

「いいや。ただ普通にこちら側に有利な交渉をしてもらうための布石なんだが」

 

「あら、違うのですか?」

 

 かなり物騒な内容で説明していたが……若干それも心の中に秘めてはいるんだが、目的は俺が言った通りだ。有利な交渉をして欲しいというそれだけのこと。とは言え、保険とも言える。

そもそも間借りしている土地がある時点で、俺と基地司令の間、引いては俺と台湾海軍の間で契約更新することも可能だと考えていたからだ。それがもし叶わなかった場合の保険。それが今回の遠征の目的だ。

 南風は『ぷぅー』と頬を膨らませているが、俺はそれを尻目に時雨に説明を開始する。

 

「軍と軍の口約束になっている台湾海軍高雄基地での補給等を、本格的に国家間の取り決めとしようとしているところなんだ。それを少しでも有利に運んでもらうために、使節団の彼らには少しでも俺たちに対する恩義を感じてもらう必要がある。そもそも彼らは行政府同士の会談のために来ている訳で、軍関係は今回の目的には入っていない。それをねじ込んだ俺は、さっき南風が言っていた件を利用して彼らに俺にとって有利な交渉をさせるための布石をした、と言えばいいか?」

 

「……うん。分かったよ。だけど結局は、例の一件も絡んでくるんだね」

 

 それを言われるとなんとも言えないが、利用しないことには俺だけでどうにかする必要があったし、今後国際問題に発展した時のことを考えて、今のうちに動かなければならなかったので動いたに過ぎない。

 俺は時雨に『結果的にはそうなる』とだけ答えた。彼らを利用したに過ぎないのだ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 用意された待機室で南風らや五十鈴たちと話して時間を潰していると、気づけば陽も落ちて暗くなっていた。許可を取って室内灯を点けてもらい、時々差し入れだと言って台湾の特産品や水を貰った。

外で立哨している兵も何時間か置きくらいで交代しているようだった。

 話しも一区切り付き、とは言っても下らない世間話みたいなものを繰り広げた後、俺たちは入ってきた立哨に呼び出されて移動していた。

どうやらこれから晩餐会らしく、台湾政府の政治家や官僚、軍の重鎮等々が出席するらしく、日本皇国側も使節団が出席。武官は護衛から……という話をした一平たちだが、台湾側から命令書を日本皇国から届けに来た将官、つまり俺を武官として出席させたらどうかと言われ、止むに止まれず呼び出すこととなったらしい。

そういう社交の場の経験が無いので、俺としては大人しく差し入れと称して運ばれてくる夕食を楽しみにしていたんだが、日本皇国のメンツ等々を考えて出席することに。

その場には艦娘を1人と南風を連れて行くことに。ドレスコードらしく、俺はそもそも外用の格好をしていたから問題なかったが、他の2人は持っている訳もなく借りることになった。

 特に用意することがなく、俺が待っていると2人は借りたドレスに着替えて化粧をした状態で出てくる。

ドレスはセミフォーマル。そういう場らしいので、用意してもらったものがそういうものだった。とは言ってもBDUを着ていた南風は仕方なく着ることとなったが、水雷戦隊の中から危険察知等々の能力から夕立が選抜されたが、その夕立が着替えの時にあちら側の人に言ったらしい。

 

『今着ているこの服装は軍装よ。戦闘服でもあるけれど、仕様は制服だから着替えることもないんじゃないかしら?』

 

と言ったらしく、強引に南風が着せたとか。少し不貞腐れた夕立が着替えと化粧から戻ってきた後で聞いた。

 そんなこんなで、俺は会場入りをした。

既に結構な人数、数十人が入っており、和気藹々とまでは行かないがお互いに話しをしている様子。そろそろ始まろうという頃に入ってきた俺たちは、どうやら扉を開く時に大きな音を出してしまったらしい。

入ってみれば視線が集まっていた。

 

「……注目されてますね」

 

「されてるな」

 

 近くに寄って来た南風が耳打ちでそんなことを言ってきた。確かに視線は俺たちに集まっている。

軍服の人間はちらほら見えるが、どう考えたって台湾軍の人間だろう。制服違うし。とりあえず、俺は台湾側の外交官リーダーであるイェンに挨拶に行く。そこから俺はフリー。と言うか、こういう晩餐会をどうすれば良いのか分からない。なにせ普通の出身で、軍人、戦争しか見てなかったからな。晩餐会は開かれていたかもしれないが、日本皇国では出席したことも無い。呼ばれたこともない。……呼ばれていたのかもしれないが、俺のあずかり知らぬところで断られていたのかも知れない。

 ウェイターが酒はどうかと勧めてくるが、断ってぶどうジュースを飲んで会場を観察していると、こちらに歩いてくる人影が4つほど。使節団員ではないのは明白で、知らない顔だったからだ。となると、台湾側の人間。一気に隣にいた夕立の警戒度が高くなるのを感じつつ、南風の通訳で話し始めることに。

 

「日本皇国の武官は貴方ですか?」(※以降の台詞は本来は英語で話されています)

 

「ええ」

 

 ジロリとまでは行かないが、俺の姿立ち振舞を観察した目の前の人は、自己紹介を始めた。

 

「私は台湾海軍大佐です。台湾海軍左営(さえいえ)基地の副司令を務めている者です。はじめまして」

 

「ご丁寧にどうも。私は日本皇国海軍横須賀基地の基地司令と艦隊司令を兼任しています」

 

「おぉ、貴方が例の……。屈強な兵士たちと最強の武器を以ってしても叶わなかった"彼ら"と対等に戦っているという……。いやはや、お会い出来て光栄です」

 

「こちらこそ、口約束とはいえ基地の一部を間借りしてしまって……。ご迷惑おかけします」

 

 そんな調子の会話をやり取りしていると、副司令だと云う将校が夕立を見て尋ねてきた。

 

「そちらの……えぇと、シルバーで毛先が桜色の彼女は?」

 

 どうやらこの言葉の後に『こちらの女性(南風)は軍人のようですが』と言ったらしい。夕立の容姿や雰囲気から軍人とは思えなかったのだろう。確かに、知らない人から見れば発している警戒心を感じ取ることは出来ないだろうな。

夕立に自己紹介させる訳にもいかないので、俺が紹介することにした。ここに入る前にも夕立には『自己紹介で自分の名前を言うな』と釘刺した上で、ある程度の応対は俺がすることを伝えていたので、ずっと口を閉じたままだ。

 一方で将校ら4人は物珍しい物というか、夕立に興味を惹かれているのは一目瞭然だ。珍しい髪色、瞳の色、肌の色……肌の色は言うほどではあるかもしれないが、それでもアジア系だという前提の前では異質の白さを持っている。引きこもって青白い訳でも無い、血がちゃんと通った健康的な白さなのだ。

 

「彼女は付き人です」

 

 無難にそう返すが、思いの外グイグイ来るのだ。副司令よりも、付いてきた3人が質問してくるのだ。それを副司令は止めない。俺が不快には思っていないことを分かっているようだ。

 

「かなりお若いみたいで……女性に年齢を尋ねるのは野暮ですね。お名前はなんと?」

 

「夕立よ」

 

 アレ? 夕立さん、なんで英語を話しているんでしょうか……。と聞くわけにはいかないが、そもそも夕立は異質であるので特に気しない。恐らく、英語の勉強をしてしまったのだろう。発音は若干日本人らしく片言に近いみたいだ。ネイティヴな英語は何度も聞いているのでは、なんとなく分かるのだ。

 夕立の返答に副司令は特に違和感を持つことはなかったみたいだ。

 

「綺麗な副官に可愛らしい付き人、羨ましい限りですな」

 

「ありがとうございます」

 

 どうやら南風を副官と勘違いした様子。この場での立ち振舞的にそう捉えられてもおかしくはないのかもしれない。彼女もれっきとした護衛ではあるんだが、気にしても仕方ないだろう。訂正する事なく、会話を続けることにした。

 

「ところで基地司令より、伝言で少々……。以前の日本皇国大規模攻勢の際に台湾海軍左営基地の極一部を間借りされている件で」

 

 ここでもその話が出るとは思っていたが、決着を付けるのは一将官がするべきことでは無い。それはともかくとして、最後まで副司令の言葉を聞かなければ返答は出来ない。

 

「司令は軍上層部にこの件を報告していないようですが、そろそろ警備の者や他国の物資が保管されていることを疑問に思った他の兵が報告しかねない状態です。書面上に残されていないやり取りではありますが、知られてしまうのも時間の問題になっています」

 

 小声で話し始めた。内容は確かに周囲に知られてしまうと不味いことだ。俺は即座に返答を返す。

 

「タイミングを見計らい、基地司令と知っている少数の軍人が不利にならないように物資の廃棄をお願いします。廃棄とはいえ、使えるもので持っていても問題ないものでしたら持っていってもらっても問題ありません。こちらもそれらへの対価を要求することは無いです」

 

「了解しました。ありがとうございます」

 

 そう云うと、それを節目に副司令は他愛ない内容へと話を切り替えていった。雑談に変化したので、俺はそれに応じて会話をして行く。

警戒こそしたが、想定していた最悪の事態が起きることなく晩餐会は終わりを告げた。料理も美味しかったし、飲み物も良い物だった。流石に酒は飲まなかったが……。代わる代わる話した軍人たちも、艦隊の事など答えられないこともあったが、誠実で真面目、向上心がとてもある優秀な人だとひしひしに伝わった。演技である可能性は捨てきれないが、疑うようなことは内心こそすれど、表面に出すことはしないように徹したのだった。

 





 前回の投稿から、そこそこ間を開けての更新です。出来上がってはいたんですが、投稿作業をする気にならなかったのです(白目)
ストック等の問題もありまして、少々開けました。

 秘書との話が前回との分け方を誤ったような気がしてなりませんが、気にしてもしょうがないということで……。
それと、今回の件に関する真相を出しました。要注意です。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第30話  台湾、撤収

 

 昨日の晩餐会から明けて、俺は日台外交の末席に腰を下ろしていた。理由は1つしかない。これから、日本皇国政府からの飛び入り命令を遂行するのだ。台湾政府から台湾海軍高雄基地の一部を日本皇国海軍に租借してもらえという命令。これを台湾政府から許可を取り、海軍を通して高雄基地の一部、現在も物資が置かれている区画を一時的に完全に日本皇国領としてしまう。

 俺にとっては転移してきた数年前、日本皇国にとっては嘗て、国内には米軍の基地が置かれていた。それとはまた違う形、間借りをする訳だが、少なからず国民からの反発があるだろうということは想定範囲内だった。

人が事象をどのように捉えるかなんて、人数が居るだけ考え方が存在する。良く捉える人もいれば、悪く捉える人もいるだろう。その辺りを踏まえて、台湾政府はこの件を受けるか受けないかを決める。

 

「次の案件ですが、日本皇国軍総司令部より追加として命令が送られてきました」(※以下の台詞は英語で話されています)

 

 一平が手元に置いてあるのであろう、進行表に目を一瞬落として話し始める。この時も隣で南風が同時進行の翻訳をしてくれている状況だ。とはいえ、国家間で執り行われる会議であることを忘れてはならない。俺が持ってきた案件の時以外は席を外していたし、なんならさっき入ってきたばかりだ。直前にどのような話しをしていたかなんて俺も知らなければ、勿論南風も知らない。後ろに立っている沖江や木曾も知るはずが無いのだ。

 

「今後の日本皇国軍の行動をより機敏にするため、台湾海軍高雄基地の港湾施設の一部を租借していただけないでしょうか」

 

 この言葉に、台湾側の人間らは口を噤んでしまった。これまでの会話の内容はどのようなものだったかは知らないが、この件が円滑に進むかは分からない。軍間での取り決めならば、即決出来るような内容であることは確かだ。そこに政治を挟んでくるとなると、話はかなり違ってくるだろう。

 

「……これまでの話し合いで、どうしてそれを求めるのかは十二分に理解出来ます」

 

 イェンは指を組んだ。

 

「ですが……軍の港湾施設で、現在我が軍が使っていない施設であることは確かですが、それでも物資の貯蔵等に使用されています。それに、租借したとして万が一のことが起きれば国家間の」

 

「国家間で問題になりますね。窃盗、暴行、諜報、破壊工作……ピンからキリまで起こり得ます。そこで事前に軍の者を連れてきておいて欲しいという知らせをしてありましたが……どうでしょうか?」

 

「はい。高雄基地司令が是非にと」

 

 好都合だ。高雄基地司令とは顔を合わせて、肉声で会話したことがないものの、好印象を持っている。とは言っても、俺たちにとって好印象というだけだが……。

 

「私が高雄基地司令であります。この件に関してですが、我々が保有する港湾施設の殆ど、特に埠頭や艦船用設備等々はそもそもそれらを利用する艦がないため、日本皇国に貸したとしても問題ありません。倉庫は我々が武器弾薬食料燃料、一部は兵舎として扱っているところもありますが、殆どは利用状態にあります。日本皇国側の要求を鑑みるに、港湾施設の租借は問題ないように思えます。保安の件に関しましても、台湾海軍兵士は皆誇り高く精強な軍人です。そのような下賤な行為、人の風上にも置けないような輩は訓練兵の時点でケツを蹴り出していますよ。台湾海軍は問題ないです」

 

 どうやら俺が話さなければならないらしい。イェンと一平、その他使節団や台湾側の人間が俺の方に一斉に視線を集めたのだ。

俺は構わずに、高雄基地司令に続いて口を開く。とは言っても、それを南風が隣で英訳してくれる訳だが……。

 

「日本皇国海軍、横須賀基地司令としましても、是非とも高雄基地の港湾施設租借が望ましいです」

 

 息を吸い込み、俺はもう一度口を開く。

 

「台湾側のメリットを云いましょう。簡単です。高雄基地の港湾施設の一部を我々に租借することで、台湾に回航する艦隊が増えます。"一時的に借り受けた軍事施設、そこに拠点を置くことで"、警備艦隊も派遣することになります。現在は防衛線が台湾南方にまで押し返していますが、近海に深海棲艦が出てこない等という保証はありません。もし先方にお断りされ、他の国で租借された場合、日本皇国海軍の"拠点"が置かれた国家、島、土地、海域が重要視されるでしょう。デメリットも簡単です。深海棲艦が近海に出現し、もし対応に遅れた場合は……高雄が火の海になります。それだけです」

 

 ハッキリとどのような恩恵が台湾にあるのかを口にすることで、考えやすくなったことだろう。遠回しな表現をしていれば、アピールにもプレゼンにもならないからだ。

 

「足りないようならば、もっとメリットを挙げましょう。回航、来航する艦隊。それは果たして哨戒・偵察艦隊だけになるのでしょうか?」

 

 そもそも察しの悪い人間は居ないこの場で、俺はこう明言したのだ。"高雄基地の一部を貸してくれれば、長く続いた焦燥の戦史が落ち着くだろう?"と。だが、先程のメリットの裏を返せば、深海棲艦に重要拠点と勘違いされ、襲撃されることも考えられるのだ。ということは、だ。借りている土地を襲撃されるのは不味い俺が執る行動など、1つしかないと誰もが気付く。

 

「停泊する艦隊もおられるということでしょうか?」

 

 もしそうなった場合、どのような艦隊が……と台湾側の人間らは表情をそれぞれ別々なものに変えている。その中で数人は当てていた。"拠点"を丸裸にする軍など居ない。借り物をボロボロにして返す人間も居ない。

 

「借り物を借りた当時と同じ状態に返す、当たり前ですよね」(※以上までの台詞は英語で話されています)

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 政府の目論見どおり高雄基地租借は完了した。そもそもこの件に関しては、俺も軍を通じて政府に口出しをしていた。というか、そういうことをするなら追加で頼めないか、というような形ではあった。何を追加で頼んだのかと云うと、『高雄基地租借交渉を遅れて命令』と『提督の台湾第一次派遣使節団同行』だ。

目的は簡単。外務省への恩着せ、それだけ。

 予定されていた任務を終えてしまった俺のすることは、残すところあと1つ。このまま台湾に残り、台湾第一次派遣使節団を横須賀まで連れ帰ること。その道中、陸の上で護衛することにある。

 

「……中将?」

 

「何でしょうか?」

 

「私共が既に護衛を……」

 

「万全を期すようにと国から言われています。私らは海軍側の護衛です」

 

「そうでありますか……」

 

 台湾との会談は睡眠と食事以外の全ての時間を使って2日で終え、残りの数日は後に出てくるであろう事柄についての会談と視察に時間が使われることになる。その行き先に俺たちは陸軍のジープや装甲車に乗っていた。

勿論、もともと護衛として付いていた陸軍部隊と同乗。艦娘たちはトラックに乗っている。1人は同じ装甲車に乗っているが……。

 そのまま移動を続けると、どうやら目的地に到着したようだ。台湾政府が置かれている台北だ。

 台湾首都、台北。追ってきた歴史は俺の知っているものとそう大して変わらない。中華民国政府が統治している。そこは中国共産党、中華人民共和国の土地という人間もいれば、台湾という独立国家だという人間もいる。国際法も『こ』の字もない絶海の孤島では現在、どう言ったところでどうしようもない。法律上は南京が首都である台湾は、臨時首都として台北に政府を置いていることになっているらしい。俺も詳しく知らないから、あまりデタラメは言えない。

 装甲車とトラックの車列は止まり、どうやら到着したように見える。揺られること数時間、途中に休憩を挟みながらの移動だった。

周囲の安全を確認しに、トラックから護衛の兵や艦娘たちが降車していく。数分ほど経つと車内に通信が入り、安全の確認がなされたと連絡が入る。

それを聞いてから俺たちは装甲車から降りるのだ。

 降り立ったところに関して、事前に使節団の方には連絡がいっているだろうが、あいにく飛び込みの俺のところにはそのような報告は1つも入っていなかった。

とは云え、護衛を兼ねている俺の同行に場所がどうというのは関係の無いことだ。ついて回り、警戒しながら観光をするだけ。

 最悪の事態がそう起きてもらっても困るものだ。それに、上陸した際に目撃した光景は信用しきれないものの、表向きは友好的な関係を結んでいくつもりであるのは火を見るよりも明らかだ。

だが、それは起きてしまう。

台湾第一次派遣使節団が高雄を出発し、日本に帰る2日前にそれは起きた。

 俺は団長である一平と宿泊していたホテルの一室で話していた時だった。

 

「一平さん。私が尋ねてもお答えしてもらえるかは分かりませんが、政府が提示した命令の方の完遂度はどれほどなんでしょうか?」

 

「いいえ。それくらいならお教えしますよ。ざっと98%と言ったところでしょうか。一部、こちらが譲歩したものがありましたが、無問題だと言えるでしょう」

 

「……詮索はしませんが、私どもには関係の無いものだというのは分かります」

 

「はははっ。何がともあれ、任務は完遂ですよ。後は帰るだけですg」

 

 そう言いかけた刹那、建物が揺れた。何事かと机やソファーに捕まる俺と一平の元に陸軍の護衛が部屋に飛び込んできた。完全武装状態で護衛をしている彼らではあるが、常に小銃からは弾倉を抜いていた。それが刺さった状態且つ撃鉄が起こされた後のようだ。グリップを握る右手の人差し指は引き金からは離されているものの、セレクターに掛かっている。安全状態ではあるが、すぐに操作すれば撃てる状態であることは確実だ。

それに護衛の声色。興奮とは違うが、平静とは少し違うような雰囲気を纏っているのだ。異常事態が起きている、だからこうして部屋に飛び込んできたのだ。要人が居る、確保しなければならないから。

 

「一平外交官!! 中将!!」

 

「何が」

 

「分かりません!! ですが、爆発物が爆発した揺れであることに間違いありません!!」

 

 すぐさま、俺は部屋に待機していた時雨に命令を下す。

 

「時雨。全艦に通達。艤装の7.7mm機銃の使用を許可する。敵性勢力は見つけ次第報告。攻撃を確認したならば、攻撃を許可する。正し、急所は外せ。それと俺の元に招集」

 

「既に招集してあるよ。すぐに皆来る」

 

 一平の方を向き、俺は伝えた。

 

「恐らく護衛が状況を確認に行っています。報告を聞くまでは動かないで居ましょう。貴方、そうでしょう?」

 

「はッ。隊長より、そのように。既に分隊が確認のため、フロントに内線と直接確認に向かっています」

 

「台湾軍にも念のために確認を取ってください。それとこちらが連れてきた兵にも独断での行動を許す、と」

 

「それは想定済みということで、既に行動を開始しています」

 

 敬礼をした護衛の陸軍兵士は数人を置いて走って行ってしまった。この場には俺と時雨、一平や数名の使節団員、護衛が残っている。

 一平ら使節団員は一箇所に固まり、その周囲を陸軍兵士が囲んでいるような状況だが、俺はそれが見える範囲のところに立っている状況だ。近くには続々と護衛の艦娘たちが集まりつつあり、騒々しくなっていく。外が。

どうやらこの建物内から飛び出してきた他の従業員や宿泊客が騒いでいるようだ。

 

「五十鈴」

 

 艤装を身にまとった状態で現れた五十鈴は手短に説明を始めた。

 

「ボイラー室で爆発。近くで作業していた従業員が1名死亡。現場には沖江さんが確認に行ってるわ」

 

「……現状は?」

 

「爆発の影響でボイラー室が全損したみたいだけど出火はしてないみたい」

 

 そこで俺は判断を下す。

 

「念のために移動をする。一平さん、危険が伴いますが階を降ります。もしボイラー室がこれから出火するようなことがあれば脱出しなければなりませんからね」

 

「危険? 危険とは?」

 

「貴方方が恐れていたことですよ」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 俺の言っていたことは、結局起こらなかった。ボイラー室の爆発はただの事故で、整備不良が原因だとか。それに『ボイラー』と言ったが、本当は別の物らしい。建物に存在するボイラー室が一番用途として近いものだったんだとか。なので『ボイラー』という表現をしたそう。

 そして現在、高雄の埠頭に来ていた。接岸しているのは天照と五十鈴。他の艦はそれぞれ警戒中。台湾第一次派遣使節団は日本皇国政府から請け負っていた任を終了し、俺もそのついでに帰る。

その見送りには台湾政府や台湾軍の高官ら数十から数百名集まっており、その外には高雄や付近に住んでいる住民たちが殺到していた。

俺たちが来たことで台湾内で何が起こったのか、先程別れを言い合った台湾海軍左営基地からの士官はこう言っていた。

 

『新聞では大騒ぎでしたよ。皆が苦しみながらもなんとか纏まって生き残ってきた甲斐がありました。全土を統治する政府や治安維持をする軍、それに従順に謙虚に生きることを続けた国民の皆、皆これほどの吉報を大変喜んでいます。政府同士でどのような取り決めがなされたかは分かりませんが、各国軍の間でどのような取り決めがなされたのかは状況から推察するに分かります。私も今の軍の方針には賛成です。またいつでもいらしてください。今度はちゃんとアポイントを取ってください。その時は盛大にお出迎えします。では、お元気で!!』

 

とのこと。ついでのように別れの言葉も貰ったが、この見送りに来ていた士官は挨拶もそうそうに切り上げて、音楽隊を連れてきて演奏をしてくれた。聞きなれない曲調に、何処で聞いたのやら、日本皇国軍の音楽隊でも時々演奏するような曲までも演奏してくれた。

そして出発の時、何やら勝手に天照の護衛の二航戦の航空隊がアクロバット飛行をしていた。五十鈴の艦内から2人には叱りを入れたが、ちっとも反省してない。台湾高雄の空を曲芸した航空隊を収容し、台湾南方に哨戒に行っていた遠征艦隊と合流して俺たちは横須賀へと戻っていくのだった。

 

「五十鈴」

 

「何?」

 

「護衛艦隊のあれは予定になかった。艦隊旗艦である蒼龍に間食禁止令が出たことを伝えて欲しい」

 

「……了解」

 

 ニヤニヤしながら五十鈴は通信妖精に俺の言った言葉を復唱して伝えると、最後に付け加えた。

 

「全艦に通達ね」

 

 五十鈴め。なかなか酷いことをしやがる。無論、通信を聞いていた全艦からは笑い声が聞こえ、蒼龍が通信妖精のマイクを取って『間食そんな……そんなにしてないのに酷いっ!! 提督の意地悪!!』と言っていたが、これまた全艦の無線を取っている妖精や艦橋にいる艦娘たちに笑われるのであった。

ちなみに天照の無線手も腹を抱えて笑っていたらしく、艦橋内でこっぴどく怒られたらしい。俺は笑い声で聞こえなかったが、通信妖精がそう言っていたのだ。天照の無線の向こう側で怒鳴り声が聞こえる、と。

 





 今回で台湾外交の話は終わりです。考えると結構長かったように思えますね。ずーっと同じような内容でした(白目) それはしょうがないということで。
 次からは切り替えて話を進めます。目標区分は次話にて語ります。
それに人間対人間の話も一時的に切り上げて、本来の艦これ二次に姿を戻s……ゲフンゲフン。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第31話  平静

 今、俺は執務室にいる。執務室と云っても、この執務室は俺が使っているものでもない。大きな机に内線、コーヒーカップに写真立て。ペンと換えのインクが2つに、書類が積み上がっている。近くには辞書かと思われる程分厚い本。背表紙には『戦術指南書 艦隊戦』と書かれている。

その机に付いている人物の前に、俺は立っていた。後ろの方には秘書艦であるグラーフ・ツェッペリンが立っている。

 

「ご苦労だった、中将。報告では爆発事故に巻き込まれたと聞いているが、どうだった?」

 

 俺の顔を見てそう言ったのは、この執務室の主だ。海軍部長官の新瑞海軍大将。

 

「大事ありませんでした。台湾側では負傷者数名おりましたが軽傷で済みましたが、こちら側では誰も」

 

「政府からの報告でも、使節団で負傷者は居なかったと聞いている。……報告ご苦労だった。政府からの命令もこれから増えていくだろう。追って通達していく」

 

「はッ」

 

 新瑞に敬礼をし、俺は帰ろうと踵を帰ろうとすると、新瑞に呼び止められた。仕事の話ではあるだろうが、外交に関係のない話であることは確実。

その場で回れ右をして、新瑞の顔を見る。先程よりも距離は開いているが、変わらず声は聴こえる。

 

「次は残りの南西諸島か? カムラン半島を確保した後はどうする?」

 

「西方海域、カスガダマまでの航路を確保します。現在、台湾以南に偵察艦隊を交代で向かわせております。時季が来れば動き出しますよ」

 

「インド洋を抜けてアフリカ大陸か。ヨーロッパへはどうするつもりだ?」

 

 今後の制圧予定を聞いているんだろうが、予定制圧海域や航路などを偵察しなければ決めれるわけがない。今ココでどうするかなんて答えられる訳もない。

 

「……まぁ聞いてみただけだ。前回の制圧ではカスガダマまでだったからな。考えられる航路はいくつもあるが、これまでの戦闘記録を鑑みれば予定出来る航路や通過海域は検討が付く」

 

「新瑞さんが頭に思い浮かべているであろう航路、恐らく当たっていでしょう。戦闘記録から導き出したのなら、私としてもそれ以外に思いつくものはありません。ですが、状況がどのように変化していくのか分かりませんから、その時になってみると変わっているかもしれませんね」

 

「そうだろう。予定とはそもそもその通りに動くものでは無いからな。では中将、呼び出してすまなかった」

 

「いいえ。どのみち報告に呼び出されるだろうと考えておりましたし、もし呼び出されなくともこちらから出向いていたでしょうから」

 

「と言うと?」

 

 台湾から帰ってきた俺が早々に新瑞のところに行く予定などいくつもあるまい。今回に関しては特例ではあるんだが。

 

「政府の方からも報告があるでしょうが、台湾海軍高雄基地の港湾施設の租借に成功しました。大部分の設備を使わせてもらえるみたいです。それに倉庫を幾つか借りることも」

 

「例の件、中将が進言したものか? 中継地の確保という名目でねじ込んだ件、それに君の腹案でもある件も同時に動かしたものか」

 

「はい。私の方のも成功。少々私には余りあるものではありますが、どれを優先するか考えれば決定はすぐに下せるものです」

 

「そうだな」

 

 新瑞は机に肘を付き、つぶやく。

 

「君、中将の政治介入。日本皇国と艦娘の関係を円滑に運ぶための投資。はじめは外務省への貸しになるが、これからも幾つか必要になるだろう。中将には心労を掛けるが、リスクリターンと日本皇国海軍の長としても一介の軍人としても私は君に負担を強いらなければならない。形はどうあれ、この行動にツェッペリンら艦娘たちが反応していないのを鑑みるに、この布石は間違い無いことだろう」

 

「えぇ。赤城、金剛、鈴谷が軍に対して敵対的な行動を取らず、むしろ乗ってきたのを鑑みるに有効であると言えます。ただ、最悪の事態を考えると恐ろしいことが起こることに変わりはありません」

 

「中将がもし傀儡になってしまった時は既に日本皇国は滅んでいるさ。国の形態の維持など出来るわけが無い」

 

「さぁ。そうなった場合、新瑞さんがどうにかしてしまうのでしょう?」

 

 新聞を読むようにしているのもあるが、門兵と世間話をしている中で聞いたのだ。海軍士官学校での教育プログラムの中に、戦術指南書を基に構成された座学が存在していることについて。それにここ数年で培った技術や情報を駆使した新たな指揮官育成を行っていると云う。その情報の真偽は分からないが、軍内部でも噂になっており、裏もある情報。真に限りなく近い噂だ。火のないところに煙は立たない。少なからずそのような動きがあったとしてもおかしくはないのだ。

そういう意味での維持出来ないではないのかもしれないが、本当に最悪の事態を想定すると新瑞だけでは無理だ。

 

「買い被るな。私にも出来ないことの1つや2つある。さて、引き止めて悪かった。帰って貰って構わない」

 

「そうさせて頂きます。では、失礼しました」

 

 扉を開く前に敬礼をし、廊下へと出ていく。一緒になってツェッペリンも出て来るが、どうも表情が優れないようだ。唯でさえ白いのに、青白く、否、表情を歪めているだけか。

 

「俺も赤城たちもある程度の反感は想定済みだ。目先のことではなく、今後のことを考えての行動だぞ」

 

「分かっている。ただ、後発の育成が始まったということは、私も耳にしている。その件に付いて思うことがあるのだ」

 

「……」

 

 廊下を歩きながら、俺はツェッペリンの語りに耳を傾けた。

 

「私も戦術指南書で勉強をしているが、今後艦娘を指揮する"純日本皇国"の海軍基地が出来上がることになる。そうすれば横須賀、アトミラールの優位が損なわれる可能性が」

 

「そんなモノはどうでもいい」

 

 一蹴し、俺は続けた。

 

「自衛の手段、安全の確保を自らの手で行えるようになるのならそれに越したことは無い。ただ」

 

「ただ、その地位を利用する悪道い野郎は現れるだろうな。アトミラールは……そのようなことはしないが、他は分からない。アトミラールを見た者がその地位に肖って薄ら汚い笑みを浮かべながら上り詰めてくると考えると虫酸が走る」

 

「少なからず居るだろうな。居ないなんて考えない方が良い」

 

 軍は実力主義だ。実力のない者は振るいに掛けられて落とされていく。戦術、戦略、人格、功績。それらを評価されて上へと登るのが軍という組織だ。その中でも俺は異例中の異例ではあるが、それは事情が入り組みすぎて複雑なために言及は出来ない。

自己評価をするとすれば、無駄に資材を消費したかもしれないが、艦娘を1人も死なさずに一度はカスガダマまで辿り着いた。これは功績としてカウント出来るだろう。

 大本営の建物から出ると、そこには自動車が2台停まっている。乗用車の方の運転席には横須賀鎮守府警備部の人間が居る。その後ろにはトラックが1台。同じく、運転席には警備部の人間。

乗用車の後部座席のドアに手を掛け、俺たちは乗り込んだ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 鎮守府に帰ると騒がしい。本部棟までの道中、歩いていれば艦娘や門兵たちから話しかけられる。お茶会に来て欲しい、腕相撲大会をやるから参加するか見に来て欲しい、調理室で懐石料理を作ってみたから少しつまみに来て欲しい、お腹空いた、夜にカード大会やるから来て欲しい、工廠で巨大ロボットを見た、赤城が何か設計図を持ってうろついてたから捕まえた方が良いんじゃないか、油圧カタパルトの試作機を作ってしまった後悔はしてないetc……。

いやいや。お腹空いたは俺に言う必要あったのか? 蒼龍。赤城は早急に捕まえるとして、ロボットとカタパルトは工廠の話みたいなので、後で見に行こうと思う。

そんな風に歩いていれば、本来ならばすぐに本部棟に付くものが30分以上も掛かってしまった。ツェッペリンがカタパルトの件は噛んでいると自白していたので、後で問いただすとして、俺は執務室に着くなり椅子にぐったりと座り込んだ。

 

「なぁ……今何時だ?」

 

 秘書艦席に座っているツェッペリンに時間を聞く。

 

「10時過ぎだ」

 

「すぐに始めよう。出る前に執務は終わらせてあるから、これからは別件の仕事だ」

 

「そうだな。では私がすることは、赤城の捕獲という訳だな?」

 

 俺が頷くと、ツェッペリンは立ち上がる。

普段は帽子を被っていないが、今日は外に出たために被っている。いつも空振るつばを今日は掴み、帽子の位置を直したツェッペリンは目を細めた。普段も切れ目ではあるんだが、帽子を被ってしまうことで……あれだ。人相が悪くなる。とてつもなく。

俺が表情を変えたのを気付いたのか、ツェッペリンはむっとした表情でこちらに歩いてくる。机に手を付き、俺の顔を覗き込むようにして近づいてきた。息は当たらないが、ふわっと空気が変わる。少し顔の方向を変え、ツェッペリンの肩の方に顔を向けて目だけを顔に向ける。

 

「帽子を被ると人相が悪くなったと思っただろう」

 

「ッ」

 

 気付かれたか。……否。普段からビスマルク辺りにいじられているから過剰反応したのか、それとも艦娘ならではのレーダー的な何かで察知したのだろうか。

 一層机から身を乗り出し、顔を近づけてくるツェッペリンから離れるが、彼女はより机に乗り出して来る。既に机に乗った状態で、膝を付いて机の上で四つん這いになっている状態だ。

 

「全っく……酷いアトミラールだ。私の女心が傷付いたぞ」

 

「女心って……あのなぁツェッペリン」

 

 ジリジリと近づいてくるツェッペリンに背を逸していた俺は、椅子も後ろに引いている状態から動けなくなってしまった。背もたれが壁に当たり、ツェッペリンに椅子の肘置きを掴まれてしまった。椅子も動かせなくなり、どんどん顔が近づいてくる。

 

「ふふっ。傷物にしたからには、私を貰ってもらわにゃ」

 

「……」

 

 今、噛んだ? 噛んだよな? 双方が黙ってしまい、今まで詰め寄ってきたツェッペリンは顔をうつむかせてしまった。耳を真っ赤にして。

白いからよく分かる。真っ赤になって少しプルプル震えているのだ。

そんなタイミング、良いのか悪いのかさておき、執務室の扉が開かれたみたいだ。

 

「てーとくー。工廠にあるカタパルトら、し……き」

 

「……ビ、ビスマルク」

 

「ツェッペリン? 机に乗ってはしたないわよ。それにこっちから大きいお尻と下着が……って、何してるの?」

 

「あの……これは……そのっ……」

 

「ははーん。なるほどなるほど、なるほどねぇ」

 

 俺のところからは見えないが、何かを察したビスマルクが歩いて来る音が聴こえる。どこからか椅子を引っ張り出し、俺の視界にわざと入るところに腰を下ろしたビスマルクは、硬直したまま動けないでいるツェッペリンをジロジロ見てニヤニヤ笑っている。それはもう悪い笑みをしているのだ。

 そんなビスマルクが居るからか、ツェッペリンはバババッと机から降りると帽子のつばを引っ張って顔の半分を隠そうとする。右手でつばを引っ張り、左手は右肘裏をつかむ形で。

やっと口を開いたツェッペリンは声を震わせながら言う。

 

「赤城を捕まえて来るッ!!」

 

 刹那、走り出したツェッペリンは数秒もしないうちに執務室から出ていってしまった。ここに残されたのは俺とビスマルク。

姿勢を正して椅子を元に戻した俺はビスマルクに声を掛けた。

 

「何か用事があったみたいだが、どうした?」

 

「あー、そのことなんだけど、さっきツェッペリンが言っていたからもう良いわ。カタパルトらしきもの、あれはなにーって聞きに来ただけよ。……平静を装うのも大変ね」

 

「……何のことだ?」

 

「はぁー……もう良いわよ。そういう奴だってのは判ってるんだから。それで、またツェッペリンは自分が弄られるネタを置いていった訳だけど」

 

 フフッと笑うビスマルクを尻目に、俺は溜息を吐きながら考える。ビスマルクの言った言葉について。

どういうつもりで言ったかは知らない。だが、俺としても考えあっての行動だ。『分かってやれ』なんて言われても『分かった』とは返事できない。してやりたいが、それはダメだ。決めたことだしな。ヘタレと言われようと構うものか。

 

「今夜辺りに弄って拗ねさせるんだろう? 止めてくれ。執務室の隅から動かなくなるから」

 

「本っ当、その拗ね方が意味わかんないわよね。どうしてわざわざ執務室の隅で体操座りなんか……」

 

「そう思うならツェッペリンをあまりからかわないでやってくれ」

 

「あら? 貴方だってよくやるじゃない」

 

「……そう見える?」

 

 ビスマルクは力強く頷いた。この後も、ビスマルクは執務室に居座ると言ってソファーに腰掛けて本を読み始める。数分もするとツェッペリンが赤城を連れて執務室に入って来たので、とりあえず工廠にあるというカタパルトの件を2人に問正し始める。

なんでもカタパルトは白衣妖精が原型を開発したので、実験と評して試作機を作っていたらしい。俺への連絡は完成機が出来てからで良いか、となっており、開発が始まったのは俺が台湾に出発した次の日からだったとか。俺が不在の間に何やっているんだろうか、ウチの空母連中は。

 

「いいや、この件には正規空母と水上機を搭載出来る一部の艦娘の中でも更に一部が関わっていてだな」

 

「ちょっとそいつらまとめて連れてこい」

 

 ということで、艦娘十数人が関わっているとのこと。こってり怒ってやった。帰って来て早々騒々しい限りだ。それが面白いところでもあるんだろうがな。暗い表情をしているよりかは笑い疲れた表情の方が何倍もマシだ。

 




 艦娘がメインで登場する話っていつぶりでしたっけ??(白目)
この調子で少しずつ話を進めていくつもりです。それに春休みですし、更新頻度を上げたいものですね……。

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第32話  横須賀と端島の交流 その1

 

 台湾南方海域、南西諸島北海域の深海棲艦個体数が見るからに減少してきたのは、台湾に1回目の使節団が派遣されてから1ヶ月が経った頃だった。その頃には既に2回目の派遣も果たし、台湾側から日本皇国に来ることもあった。

それほどまでに本州・九州・沖縄諸島・台湾までの航路の深海棲艦撃滅に成功したことを物語っている。ここまで漕ぎ着けたのは、絶え間なく哨戒・掃討を行っていた艦娘たちのお陰と言うわけだが、それは今後も長い事やってもらうことにもなる。水雷戦隊に編成される軽巡洋艦・駆逐艦の艦娘の練度もそこそこ上がって来ているところなのだ。

 話は変わり現在、横須賀鎮守府には来客が来ていた。いつもなら正門前で門兵たちとゴタゴタしてから数時間もしない内に帰らせるような輩が殆どだったが、今回は埠頭の方、海からの来客だ。深海棲艦が停戦協定を結びに来るとは到底思えないし、台湾海軍も未だに日本皇国海軍の護衛無しでは沖に出ることもままならない。とすれば、誰が来たのかは自ずと絞れるというものだ。

 

「ご招待、痛み入ります中将」

 

 俺の目の前にいるのは海からの来訪者たちだ。そう。この海を渡ってこれる人物など、この人以外には居ない。

 

「横須賀まではるばるお疲れ様です、真田大佐。道中に深海棲艦との戦闘はありましたか?」

 

「いいえ。ありませんでしたね。潜水艦も居ない、平和な航海でした」

 

 そう。俺たち以外にこの海を渡れる人物は端島鎮守府にしか居ないのだ。

 今日から数日間、端島鎮守府からはある程度の艦娘を連れて真田が来ることになっていたのだ。大本営へは『端島鎮守府艦隊司令部は横須賀鎮守府艦隊司令部の嚮導を受け、さらなる練度向上を目指す』という趣旨での来航という連絡を入れている。それ故に、若干ながら台湾方面への警戒態勢が崩れることになる訳だが、それも今後のことを考えると掛けなければならないリスクというものになる。

 今度、端島鎮守府艦隊司令部は大本営からの命令により、横須賀鎮守府と共同で海域攻略を行わなければならなくなるのだ。その他、同じような任務を受けることにもなっている。

それを始める前に、端島横須賀双方が嚮導を受けたいことと招きたいことが重なり、このようなことになっている。

端島は俺たちからありとあらゆる戦術を盗めるだけ盗み、俺たちはそれを出来るだけ端島にマスターさせることを主目標としているのだ。

 

「……限界量の艦隊編成、連合艦隊で来られるのは想定内ですよ。どうぞお気になさらず」

 

「大人数で押しかけてすみません。これでも抑えた方です。本来ならば、強引に遠征ということにした艦隊がこれの3倍も来ることになりそうでしたから」

 

「それは困りますね……。ベッドが足りないですし、南西諸島の警戒をこれ以上弱めることは出来ません」

 

「ははは。私もそう言い聞かせて出てきましたから」

 

 はぁー、と俺と真田は溜息を吐く。この件に関して、俺はどのようにしてくるのかは色々と推測して準備をしてきたが、どうやら真田も出撃艦隊限度を把握した上で艦娘たちの説得をしていたようだ。俺は飯とベッド、部屋数が足りるか不安で準備をしていたことと、真田は艦娘の説得に苦労したのだ。自然と溜息も出るというものだ。

 

「気持ちを切り替えましょう。さて、最初はどうしましょう?」

 

「中将……連絡をしたんですが。最初は今の練度を見図るために演習を行うと」

 

「え? そんな連絡受けて無いんですが」

 

 早々に問題が発生した。真田曰く大本営に取り次いでもらい、連絡をしたとのこと。俺が離席していたから秘書艦が取ったんだそうだ。その連絡は聞いてないから、恐らく秘書艦が伝達を忘れていたのだろう。

後ろに出迎えで並んでいる艦娘たちの方を向くと、隣同士で『どうしたんだろう』と話し合っていた。その中で1人、動きがおかしい艦娘がいる。その艦娘は、今日から端島鎮守府を訪問するまでの間に秘書艦になっていた艦娘の1人だ。そしてこういったミスをするのは1人にしかいない。

 

「あ~か~ぎぃ~?? まーたお前かぁ?!」

 

「ひぇ?! ご、ごめんなさーい!!」

 

 だろうな。うん。

 

「すみません。密に連絡を取り合っていればこのようなことは起きなかったでしょうに……」

 

「い、いえそんな!? こちらも到着早々に演習など頼んでしまい申し訳なく」

 

 隣でペコペコする赤城を尻目に、真田に謝罪をしつつ、俺はすぐに編成を頭に思い浮かべる。幾つか出した俺は真田に問いかけた。

 

「練度を見るとのことでしたが、どのようにしましょう? 私は端島鎮守府の練度は把握していますが、そちらはこちらの練度を」

 

「ええ、それなりには把握しています。ですが遠慮は要りませんよ、中将。端島鎮守府でも高練度で天狗になってる奴らと、向上心の高すぎるスポンジみたいな奴らしか連れてきていません。演習には天狗の奴らを宛てますので、その伸びた鼻を叩き折ってやってください」

 

 そう云いながら、真田は艦隊を紹介し始めた。真田曰く天狗艦隊の編成は長門を旗艦に、蒼龍、飛龍、利根、摩耶、島風。どれも戦闘経験が豊富で、第一線に投入することの多い艦娘だそうだ。天狗になっているというのは、戦術指南書を読まないで感覚で熟している節があり、周囲の意見を殆ど聞かないんだそうだ。

そりゃ確かに天狗な訳だ、と思いつつ、真田の今回の演習の魂胆が伝わった。その天狗たちは、真田が俺に説明している間もリアクションをすることなく堂々としていた。それは艦娘としてあるべき姿ではあるんだが、鼻につく態度がそこそこある。こちらが出迎えをした時にも、真田やその他の艦娘、俺たちの方は全員がビシっと敬礼をする中で、その艦娘たちは話をしていた。

まぁ、アレだ。社会科見学に来た学生のような態度だったのだ。

 全てを汲み取った俺はニヤリと笑いながら真田にアイコンタクトを送る。何を俺が考えていたのか伝わったようで、頷いた後に天狗艦隊に事を伝え始めた。

俺もこちらはこちらで聞こえるように艦娘を呼び出す。

 

「いきなり演習をするんだが、此処で編成を発表する」

 

 黙って聞いている艦娘たちに、俺は大声で呼び出す。

 

「扶桑、山城!!」

 

 オイ。ざわつくな、そこ。戦艦勢が『容赦ないな、提督』とか言っているが無視。

 

「時雨、夕立!!」

 

 静かにしろよ……。今度は水雷戦隊勢が『容赦なさすぎて可哀想……』とか言っているが、こちらも無視。

 

「赤城、加賀!!」

 

 うるせぇ……。全員が『提督は鬼だ。端島鎮守府を潰す気だ』とか言っているが、これは演習だし……。これも無視。

 一方で、真田の方も連絡は終えたようだ。天狗艦隊が並んで前に出てきている。

 

「噂にはかねがね聞いているが、どうだ。こちらの勝利は確定だな」

 

「長門、それは吾輩も同意じゃ。夕立、赤城は有名だが、その他の者は噂は聞かぬ」

 

 誰かそこでドス黒いオーラを放ってる長門を止めろォ!! 『同名同型艦だがぶっ飛ばしたくなった。オイ、止めるな陸奥。扶桑と山城を莫迦にされたんだぞ』とか言ってるぞアイツ!!

それにこちらの空母勢もやっちまったな、という顔をしている。加賀は表情をピクリとも動かさなかったが、こちらの五航戦たちが『ヤバイ。加賀さんが怒ってる』とか言っているからな。俺からも怒っているようにしか見えない。

 

「俺のところじゃ、扶桑山城は縁側で茶を啜ってるところしか見たことねぇぞ」

 

「時雨もこっちじゃ、第一線というより後方だよねぇー」

 

「加賀さん……。こっちでは滅多に出撃せずに秘書艦任務が多いですね。練度は私たちの方が遥かに上ですし」

 

 うわ……。こりゃ酷い……。

 俺はこの後のことを考えて震える中、真田が俺の隣に来た。どうやら同じようで、俺たちの方を見て察したようだ。

 

「ウチのバカ共が申し訳無いです。遠慮なく叩き潰して欲しいですが、私も赤城以外は噂を知らないんですよね……。実際彼女たちはどれほどの実力なんです?」

 

 どこからともなく現れた鈴谷が説明を始めた。

 

「ちーっす。鈴谷が教えてあげる!!」

 

「……任せた。俺が説明するよりも、近くで見てきた艦娘たちの方がよく分かっているだろうから」

 

「任された!!」

 

 鈴谷は真田の隣に立ち、指を指しながらジェスチャーを交えつつ説明を始める。

 

「最初に赤城さんだけど、金剛さんから聞いた話によると、真田大佐のところに持っていった資料があったそうだね?」

 

「あぁ。キルレシオのおかしい演習の」

 

「アレ、赤城さんの航空隊」

 

 あ。真田が絶句した。

 

「ちなみに加賀さんも赤城さんまでとはいかないにしても、練度で言えば赤城さんの次に高いよ?」

 

「……そ、それで他には?」

 

「扶桑さんと山城さんは、横須賀鎮守府艦隊司令部、提督の伝家の宝刀って言われてるくらいに強いねぇ」

 

「伝家の宝刀とは? そのままの意味か?」

 

「うん。強い。むっちゃ強い。赤城さんの航空隊とドンパチしてもどっこいなレベル」

 

 扶桑と山城が強く、俺の伝家の宝刀とか言われているのは知っていたが、盛り過ぎな気もしなくもない。という注意を鈴谷にする前に話が進んでいく。

 

「時雨と夕立はねぇ……敵に回したら最悪だね。特に夕立。真田大佐のところの夕立ってぽいぽい言ってるでしょ? ウチのは言わない。怖い。強い。怖い」

 

「そ、そんなにか……。そういえば、数年前に横須賀鎮守府の夕立が遭難した数週間後に近海まで自力で戻ってきて座礁していたという話を聞いたが」

 

「それがウチの夕立。怒らせたら怖いよ? それに時雨もね。赤城さんと加賀さんみたいな関係」

 

 最後、真田は鈴谷の目を見た後に俺の方を見たのだろう。少し間が開く。

 

「指揮をする中将は……どうなんだ? 手腕に関して」

 

 鈴谷も俺の方をチラッと見た後、話す。

 

「得意不得意を言っても仕方ないんだけど、多分演習すれば分かると思うよ? まぁ先ず言えることは、勉強はしていると思うけど、あの人の言う『セオリー』って『セオリー』じゃないからさぁ。提督の中に出来上がっている戦術とか作戦段階の構築にパターンを作って、それをセオリーとしているだけなんだよね」

 

 おおよそ鈴谷の言った意味が分かったのか、真田は『なるほど』と言いながら呟いている。

 

「ま、今回は天狗になってるそっちの艦娘もろとも真田大佐、貴方も叩き潰されると思うよー?」

 

 鈴谷はそう云うと、おどける。笑いながら、俺の指名した艦娘の名前を順番に読み上げた。

 

「旗艦は扶桑さん。以下山城さん、夕立、時雨、赤城さん、加賀さん。彼女たちはいわゆる攻略組。前線で必死に戦っている叩き上げの熟練艦娘だよ? 提督の指示通り、思ったと通りに動くからね。勿論、提督の手足のように」

 

 顔の引き攣った真田が更に鈴谷に質問を畳み掛ける。

 

「演習は勿論演習弾だろうな? 物理的にはなくとも場合によっては艦娘たちに精神的な負荷が」

 

「あるんじゃない? たまーに見るけど、ウチの駆逐艦の子たちは主砲を直接艦橋にぶつける子もいるからねぇ」

 

 真田がこっちを見て『流石に轟沈はないでしょうね?』と表情で訴えて来るが、演習弾で轟沈なんてされたら俺が困る。

 そんなこんなで、各艦隊は演習弾の積み替えを行っていた。そんな間に俺は扶桑たちを呼び出して、今回の演習概要の説明を近くに真田がいるが気にせず始めた。

 

「今回の演習は実戦形式。相手は端島鎮守府の手練、6人。真田大佐から『天狗になった鼻をへし折って欲しい』とのことで、扶桑たちに声を掛けた」

 

「提督? それなら長門さんたちの方が良かったのでは?」

 

 扶桑が手を挙げてそのように言う。それには山城も賛同しているようで、扶桑の横でウンウンと頷いていた。他のメンバーには異議は無いらしく、黙ったままだ。

 

「さっき長門が怒っていたのを見ただろう? あれじゃとてもじゃないが演習には出せない」

 

「そうですか……。ですが、指名されたのなら全力で叩き潰してみせましょう。彼処まで啖呵を切ったのです。相当自信があると見ました」

 

「そうですね、姉様。私はともかく、姉様を貶されたのならこの山城、黙ってなどいられません。泣きわめくまで叩き潰してくれましょう」

 

 何この2人。怖い。何その喧嘩上等的な空気は。スケバンかなにかですか?

一方、赤城と加賀はいつも通りのように見える。赤城は相変わらずだし、加賀も精神統一でもしているのだろうか。夕立と時雨も同じだが、お互いにどのような戦術を相手が取ってくるのかを考えている様子。議論が繰り広げられていた。

まとまりが無いように思えるブリーフィングだが、声をかければすぐに皆こちらに意識を向ける。

 

「さて、方針を決める」

 

 一瞬にして静かになる演習艦たちは、俺の方を向いた。

 

「セオリー通りだ。哨戒機による索敵、発見次第攻撃隊発艦、全艦砲雷撃戦、追撃。出し惜しみは無し。相手を深海棲艦だと思え」

 

「「「「「「了解!!」」」」」」

 

「そこに更にタスクを与える。赤城、加賀は被撃墜無し。扶桑、山城、時雨、夕立は被弾なしだ。ダメージを受けるな」

 

「「「「「「了解!!」」」」」」

 

「装備の変更等は思う様にやってくれ。航空隊の編成艦載機規制は通常、烈風改、震電改、艦戦隊の爆装、艦爆・艦攻隊の航空戦も許可する」

 

 そんな指示を出している俺の後ろで鈴谷が呟いた。

 

「フルボッコじゃん、それ……」

 

 知ってる。端島鎮守府には生き残って欲しいし、海域攻略の支援も頼みたいのだ。だからそれ相応の経験と練度と向上心を俺は求めているんだからな。それくらい受けてもらわなければやってられないだろう。

 





 今回から数回、横須賀と端島の交流の話になります。台湾の件から、また艦娘の登場回数が減ったような気がしなくもないですが……。

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第33話  横須賀と端島の交流 その2

※ 真田の視点で話を書いています。


 私たちは横須賀鎮守府に招待されて来ている。鎮守府から横須賀までの航海はそれほど荒れたものではなく、至って平穏な海だった。それもこれも、中将が周辺海域の偵察警戒を厳に行っているからだろう。

 この招待、私にはまたとないチャンス。日本皇国のため、軍人でなかった身でありながらも戦う中将が『学びに来い』といったのだ。それは数週間も前の話にはなるが、私が任される鎮守府に視察で訪れた際に言ったのだ。私に言ったものでは無いが、私が良いと言ったならば来いと。何をしに来いとは言ってない。ただ、何をしに行くべきかは分かる。

 

「どうも。私たちがこちらの仮設指揮所のオペレーターです」

 

「あぁ。よろしく頼む。呼び方はどうすれば良い?」

 

「戦域担当妖精と呼ばれています。基本的にここにいる妖精の殆どがそれに該当しますが、大佐の声には手の空いている者が必ず対応します。それに、こちらから逐一戦況報告をしますが、私どもは助言などを行いません」

 

「……それは君たちがどれほど経験を積んでいてもということか?」

 

「はい。それが提督の方針なんです。意見がある時はあちらから聞いてきますので、基本的には私どもは自ら進言をするようなことはしません。大佐がもし困ったのならば、それを口に出してさえいただければ、私どもの考えを口にします」

 

「ありがとう」

 

「いいえ。では、各員所定の席へ」

 

 ここの妖精たちはメリハリがハッキリしている。戦闘中、待機中、休憩中のメリハリをちゃんとしており、とてもこうやって任務をしやすい。それに礼儀正しく、正に軍人のような振る舞いだ。

 私が立っているのは段々になっている仮設指揮所内の一番高いところだ。指揮官が立つところということで、正面の戦域モニタがよく見え、各員の席を見ることが出来る。

そこに私は立っていた。そしてその背後には、今回演習で出ない連れてきていた艦娘たちも一緒にいる。

 

「演習楽しみっぽい!! 夕立、実戦訓練は回数だけ力になるから、楽しみっぽい!!」

 

「そうクマー。水雷戦隊じゃないけど、一見の価値はものすごくあるクマ」

 

 ワイワイとしている小型艦たち。

 

「巡洋艦を出されないんですか……」

 

「しょうがないよー。でも、そのうち見れるかもよ? それよりも、私は嬉しいね!! 航空戦艦の戦闘が見れるんだから!!」

 

 相手の戦力から様々な事を考えている大型艦たちだ。

 一緒にいる艦娘は夕立、球磨、鳥海、伊勢、そして……。

 

「相手の航空隊編成の想定はいくつかあるけど、恐らく最新鋭機を使うのは目に見えてるね。もしかしたら、こっちに合わせてくるかもしれないけど……」

 

「そうね。……私は前者だと思うわ。歴戦の艦隊よ? 最新鋭機を使っているに決まっているわ。そう考えると、編成は自ずと見えてくるわね」

 

「戦術はどうだと思う? 翔鶴姉」

 

「特殊な航空攻撃を行うことは分かるのだけど、それ以外が……。爆戦を使う可能性も捨てきれないわ」

 

「爆戦だった場合は、どのタイミングでどの編成割で出すかで変わってくるけど」

 

 あの日以来、訓練の回数を減らして資料室に缶詰をするようになった五航戦だ。私も資料室で何度も朝を迎えている。その時も一緒だった。

そうだ。私たちは指摘された点を直すために、努力してみせたのだ。私は執務の間を縫ったりだとか、自由時間を使うことしか出来なかったが、五航戦は違う。この2人は資料室で寝泊まりしているようなものだった。勉強し、勉強し、勉強し、訓練し、勉強し、勉強し、勉強していた。風呂に入り忘れたとか言っていたこともあった。

だからこそ、今回の演習では得るものが多くあって欲しい。

 

「そろそろ時間だ」

 

 演習開始時刻30秒前だ。戦域担当妖精たちがこちらの艦隊に無線を入れつつ、戦域モニタの表示を変えていく。そして時刻になった。

 

HQ(司令部)より各艦へ通達。演習開始」

 

「戦域担当妖精より各艦へ。演習開始」

 

『演習艦隊旗艦長門。演習開始了解』

 

 艦隊のアイコンが変化する。

 

「続けて通達。CP(戦闘指揮所)(この場合、旗艦長門)へ艦隊運動、索敵の指示を任せる」

 

「戦域担当妖精より旗艦長門へ。艦隊運動、索敵の指示を任せる」

 

『旗艦長門了解。いつも通り、蹴散らしてくれる』

 

 意気込む言葉も仮設指揮所に設置されたスピーカから聞こえてくるが、私たちこちら側(仮設指揮所)は大丈夫かと不安になる空気が流れる。

それもそうだ。ここにいる艦娘たちは、立ち止まらずに上を目指している艦娘たちだ。それにここの戦域担当妖精たちは横須賀鎮守府の妖精だ。演習艦隊があのような発言をしたのなら、横須賀の艦隊のことをよく知っている彼女たちが変な空気を出すのは仕方のない事。

 

「長門より索敵機出撃命令です。零式水上偵察機、発艦開始。偵察行動を行います」

 

 いつも通りだ。恐らくそのまま長門は蒼龍、飛龍に第一次攻撃隊を飛行甲板に出しておくことを伝える筈だ。その後、索敵の情報を吟味しつつ、艦隊運動を決める。

それまで、私は相手の取る手を考えるとしよう。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 長門が艦隊の動きを決め、演習海域中央を目指す事を各艦に通達した後のことだった。突然、戦域担当妖精が騒がしくなる。バッと戦域モニタに目を向けると、艦隊の前方を飛行していた水偵のアイコンが点滅している。

 

『こちら利根3号、利根3号!! 接敵につき航路変更!! 敵機に追われている!!』

 

 それと同時に、艦隊前方を飛行していた索敵機が次々と点灯を始めた。

 

『こちら摩耶2号!! 索敵中に敵機を発見!! 恐らく敵索敵機と思われる!! 訂正!! 訂正!! 敵索敵機にあらず!!』

 

『こちら利根1号、利根1号!! 索敵空域に侵入してきたのは零戦だ!! 発動機周辺の形状から零戦五ニ型!!』

 

 五ニ型だと?! こちらではまだ配備していない型ではないか!!

それにしてもどういうことだ? 何故開始早々に零戦が索敵機を撃墜しに来るのだ。それに撃墜された索敵機の無線内容から考えるに、恐らく零戦はそれぞれ1機での襲来。どういうことだ?

 私が物思いに耽っている間にも、事態は転々と変わっていく。

既に索敵機として出撃していた水偵は全て撃墜されていた。艦隊は目を失ってしまったのだ。

 

「HQより二航戦へ。発動機に火を入れておけ」

 

「戦域担当妖精より第ニ航空戦隊へ。第一次攻撃隊発艦準備」

 

『蒼龍了解。ただ、今航空爆弾と航空魚雷の搭載中なんだよねぇ。もうちょっと待って』

 

『飛龍了解。私も同じー。護衛なら出せるけど?』

 

 まだ準備も出来ていないのか……。そんな事を考えていると、後ろで瑞鶴が呟いていた。

 

「これじゃあ間に合わないかもしれない……」

 

「同感だわ。私ももう間に合わないかもって思うもの」

 

 翔鶴も瑞鶴と同意見なようだ。私も同じ考えを持っている。だが、そんな思考に時間を割いている余裕などあるはずもなかった。次々と各艦から状況報告が入ってくる。

 

『長門より全艦へ!! 敵編隊を艦隊正面11時方向、距離10000に確認ッ!! 対空戦闘よーい!! 二航戦は直ちに迎撃隊発艦を!!』

 

『こちら飛龍。今から発艦させる!!』

 

『蒼龍はまだ無理!!』

 

 通信がめちゃくちゃだ。艦隊は混乱には陥っていないものの、通信が乱れに乱れている。このままだと相互連絡がうまくいかなくなる可能性がある。そうこうしていると、戦域モニタの敵編隊のアイコンが艦隊に接触する。

長門は報告しなかったが、状況から察するに第一次攻撃隊が襲来している。編隊機数は分からないが、場合によってはこちらの被害が大きくなる。なんとしても砲雷撃戦に持ち込みたいところであった。

私は今回の演習、砲雷撃戦に持ち込まなければ勝機は無いと見ていた。それもそのはず。大本営や来訪、先程の鈴谷の話を聞いた限りだと、私たちが横須賀鎮守府の艦隊を打ち破るにはそれしか方法がないように思えたからだ。

 

『と、利根より全艦へ!! 艦隊正面2時方向から駆逐艦と思われる艦影が2つ急速接近しているのじゃ!!』

 

『こちら飛龍!! 迎撃に出した隊から艦隊正面7時方向から別働隊接近って!?』

 

『一体どうなっている?! どうして四方八方から敵が?!』

 

 一気に演習艦隊の周辺に敵アイコンが増える。この状況は一体なんだと云うのか。第一次攻撃隊の発見からたった数分でこれだけ包囲されるとは思ってもみなかった。2つの編隊に1つの敵梯団。艦の方は恐らく駆逐艦だと思われるが、このような戦法を取るとは……わざと戦力を分散させたのか? それとも、こちらを力量を分かった上での戦術なのか?

早急な対応が求められる今、私はすぐに艦隊に指示を出す。

 

「全艦に通達!! 飛龍から上がった迎撃隊はそのまま第一次攻撃隊と思われる11時方向の編隊へ攻撃を敢行せよッ!! 後方の別働隊は捨て置け!! 接近中の艦影は恐らく駆逐艦だ。全艦、右舷砲雷撃戦用意!!」

 

『演習艦隊、了解ッ!!』

 

 今出来る最善の手を打った。だがどう考えても足りない。戦力が足りない。先ず第一次攻撃隊と思われる敵編隊へ向かった迎撃隊は零戦ニ一型6機。恐らく5倍以上の編隊相手にそれでは足りない。後方に出現した別働隊はこちらの索敵機を撃墜した零戦五ニ型の集団であるか、第一次攻撃隊の発艦直後に出された第二次攻撃隊だと思われる。

艦隊右舷側にいる駆逐艦と思しき艦影が接近し、その正体がハッキリする頃には敵の主力も到着する。もし、主力到着までに右舷の敵艦を撃沈することが出来れば万全とは行かないものの、砲雷撃戦に突入することが出来る。

 私は戦域モニタを睨み付けながら、今か今かと戦況が動くのを待ち続けた。

そして動き出す。

 

「飛龍航空隊の迎撃隊、撃墜」

 

「艦隊左舷後方より別働隊、艦隊上空へ到達」

 

「右舷より艦影2、接近」

 

『長門より全艦へ、右舷砲雷撃戦開始!! 出し惜しみは無しだ!!』

 

 そして……。

 

『摩耶より全艦へッ!! 前方12時方向より艦影接近ッ!!』

 

 終わりを告げる鐘が鳴る。たった6機で対処に当たった第一次攻撃隊は艦隊上空に到達。航空爆撃と航空雷撃を敢行する攻撃隊に、艦隊は対空砲火で応戦するものの"全く"当たることはなく、尽くを被弾。この時点で艦隊の半数を失い、艦隊右舷より接近していた艦隊によって残っていた飛龍が轟沈判定。残っていた満身創痍の長門、摩耶は全艦健在の敵艦隊と反航戦に突入。砲弾を一身に受けて轟沈判定。この演習はこちら側、端島側の完全敗北に終わった。

この演習で横須賀側の損害は、被弾1機のみ。艦への損害は軽微だった。こちらの放った砲弾の殆どは外れ、数発が夾叉しただけに終わったのだった。

 




 今回は久しぶりに主人公とは別視点で話を書きました。というのも、赤城航空隊の異常性を書きたかったというのがありましてですね……。
というか、書き切ってみるとそもそも演習艦隊自体が異常にしか見えないという。

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第34話  横須賀と端島の交流 その3

 演習を終えた後、出迎えた埠頭で集合を掛けて行ってみると雰囲気がどんよりとしていた。と言っても、それは演習に参加していた艦娘だけで、その他見学していた艦娘や指揮をしていた真田は集まって相談をしているように見えた。

 演習は立案中だった戦術の導入を行ったものだったが、かなり上手く行ったようだ。とはいえ、実戦したのは精鋭たち。普通の艦娘にも出来なければ実用したところでどうしようもない。今度別の艦娘たちに試して貰おう。

 

「お疲れ様でした」

 

「あぁ、お疲れ様でした、中将。いやはや、私はまだまだですね」

 

 後頭部を掻きながら、真田はそんな事を言ってくる。今回の演習での端島艦隊の評価は良くないのかもしれない。結果からしてそうだ。恐らく、観戦していた艦娘たちの殆どは口を揃えて云うだろう。

 

『ダメダメだった』

 

と。だが、俺はそうは思わない。例えば構築していた陣営。艦隊編成自体が歪であったにも関わらず、かなり硬い防御陣形だったと思う。火線を考慮した密集陣形。分厚い対空砲火が望める一方、航空爆雷撃が入り込まれた時には滅法弱い陣形に見えたが、典型的な陣形を使っていなかった点は俺が学ぶところだった。

こちらの第一次攻撃隊を発見した際、甲板上に出ていた戦闘機を発艦させるのも、英断とはいえないがいい判断だったのでは無いだろうか。第一次攻撃隊の編隊を崩したからだ。立て直すのに少し時間を使った。時間稼ぎとして有用だったと言えよう。ただ、攻撃隊を残したままだったのは良くない。こちらの攻撃で飛行甲板に出ていた艦載機を1機、海中に落としてしまったからだ。

 

「攻撃隊に突っ込ませた迎撃機には少し動揺しましたけどね……」

 

「そうですか」

 

 お互いに演習の評価をしつつ、俺たちは場所の移動を始める。移動先は本部棟にある会議室。普段あまり使っていないところだが、数日間のために清掃を行った場所だ。ここともう1つの部屋を掃除し、滞在期間中はそこに端島から来た真田たちに寝泊まりしてもらうことになっている。

 会議室に到着するや否や、これまでどんよりしていた演習に参加した艦娘たちが口を開き始めた。

ポツポツとだったものが、少しずつ口調が荒くなっていき、仕舞いには怒鳴っているようにも聞こえる。

 

「あんな攻撃、卑怯では無いか!! 艦隊を二分させ、航空隊も別働隊を用意し、更に索敵機は戦闘機と来たものだ!!」

 

「弾着観測射撃をしたところで、あの命中率はおかしいじゃろう!! なんじゃアレは!?」

 

「開始前に艦隊を二分させておいたんじゃないのか!?」

 

 という噛み付き具合の長門、利根、摩耶たち。

 

「缶を狙って出力落とさせるとか、ひどーい!! それで後は好きなだけ殴っちゃってさぁ!!」

 

 時雨と夕立の戦術にハマり、足を止められた島風は頬を膨らませている。

 

「飛行甲板も船体もペンキで染めてくれた上に艦橋まで機銃掃射って何よ!! 帰る時、方向も分からなかったんだからね!!」

 

「私の天山がぁぁ……。衝撃で海没しちゃったんだけどぉ……」

 

 飛龍、それは知らん。それに恐らくだが、あまりに対空砲火が当たらないからとおちょくったのだろう。恐らく赤城航空隊。そんな芸当が出来るのは赤城航空隊くらいだ。

 そんな具合に騒がしい会議室の中、それぞれの参加艦娘たちと俺たちは対面になって座っていた。真田と俺、こちらの参加艦娘は無言のままで6人を見ているだけだ。

それにこの部屋に入ってきている、端島の他の艦娘はちゃんとした総評が行われる前だということで、自分らの見解を話し合っているし、こちらなんて立ったまま寝ている奴だっている。こんな空間で最初に静寂を迎えさせたのは俺だった。

 

「静かに」

 

 今まで騒がしかった端島の演習艦隊やその他の艦娘たちが黙る。

 

「端島演習艦隊の皆が言いたい不満は後で聞く。最初に互いの指揮官から自艦隊への評価を行う」

 

 言い出しっぺの法則だ。俺から始める。

 

「先ず全体評価。空母を有する水上打撃部隊は効果的な包囲殲滅作戦及び航空作戦の完遂はとても価値のあるモノだった。更に艦隊を二分することを犯しながらも、損害を出す事なく成し遂げた事が良かった。ただ、本来ならば戦力を分散させることは愚の骨頂ではあるが、相手の手の内が分かっている、本来ならば知り得ない情報までも持っていた状況下での有用性を確認することが出来た」

 

 作戦立案自体は演習艦隊には関係のないものだったが、それを理解し遂行してくれた能力は評価に値するだろう。

 

「それで、だ。そんな状況下の作戦行動中、敵艦隊への牽制攻撃をCPより司令したのだろう? 赤城」

 

 急に名指しで呼ばれ、赤城がビクンと肩を跳ね上げる。

 

「はい。攻撃隊による航空攻撃中は状況次第では牽制を行えますし、効果もありますから実行しました」

 

「必要以上に機銃掃射をしていたようだが?」

 

「そ、それはぁ……」

 

 人差し指をツンツンしている当たり、調子に乗ってやってしまったというところだろう。溜息を吐き、注意をする。

 

「色々云うとキリが無いが、程々に頼む。本当」

 

「はい……」

 

 気持ちを切り替え、個人評価に移りたいところだが、どうも通常運転過ぎて評価する点が無い。強いて言えば、扶桑と山城の主砲弾直撃率の高さくらいだろうか? 夾叉無しでアレだ。一体なんなんだ?

夕立と時雨の駆逐隊による強襲も、問題なくやり抜いた。敵艦隊は混乱に陥れることが出来たからな。被弾もない。加賀航空隊の練度も赤城航空隊にちゃんとついて行けるようになっているので、かなり上がってきたのだろう。

 

「それぞれ、存分に力を出し切ってくれた。これが横須賀鎮守府艦隊司令部、これが攻略艦隊の力だと知らしめることが出来たのでは無いだろうか。とはいえ、手を抜くな。息を抜くな。演習で満足するな。以上」

 

 横須賀の番は終わりだ。次は端島の番。

 

「全体評価に関して。哨戒行動や報告、艦隊陣形は整っていたと思う。興奮状態になると、報告が荒っぽくなる点は今後すべき課題だ。それに加えても、問題は山のようにある。対空砲火の密度も良くなかったし、指令が出てから行動に移して準備を整えるまでに時間が掛かり過ぎている。アレだけ発砲しても、殆どを外して夾叉数発も問題だ。さらなる訓練が必要だろう」

 

 息を呑み、気合を入れた真田は続ける。

 

「それだけの事を分かって居ながらも、波のように押し寄せる中将の作戦に対応出来なかった私も全くの力不足だった。私共々一層の勉強、努力、訓練が必要だ。君たちは確かに端島では精鋭かもしれない。だが、端島"では"だ。所詮私たちは田舎者。常に前線に立つ中将の横須賀は一味も二味も違うことを痛いほど理解しただろう。一身に砲撃を食らって軍艦色がまっピンクになった長門、摩耶。船体中央に魚雷を何本も同じ場所に当てられた蒼龍。航空爆撃を一身に受けた利根と島風。嬲られて天山を海中投棄してしまった飛龍。最後に、全く迎撃に対応できずに効果的な指令が出せなかった私。帰ったら缶詰だ」

 

 悔しそうな表情をする端島の演習艦隊一同は、真田の言葉に反抗することはなかった。この演習で突きつけられた現実であり、非情に叩き潰された後だからだろう。きっと、端島に帰った後に猛訓練をすることになるだろう。天狗になっていた彼女たちはポッキリとそれを折られてしまったからだ。

 少し気まずい雰囲気になっているが、これからはお互いの指揮官によるお互いの艦隊の評価だろうか。

俺としては既に真田に言われてしまったことばかりだったんだが……此処はどれだけボロボロだったとしても良かったところを探そう。

 

「私の方から端島の演習艦隊に」

 

 暗い表情をしている6人がゆっくりと俺の方に顔を上げた。

 

「私はモニタで貴女方の動きしか見ていなかったので言えることは少ないです。ただただ、聞いていた通信からですが、こちらの第一次攻撃隊が到着した時、飛龍航空隊は発艦中だったらしいですね。こちらの第一次攻撃隊を察知し、装備が完了していたかはさておき燃料を積んでいる艦載機をすぐさま発艦させたのはいい判断だったと思います。それ故に、飛龍は轟沈判定を食らっていく艦隊の中で苛烈な攻撃を耐えることが出来たのではないでしょうか」

 

 そう。甲板上に艦載機がある状態で敵機に襲われることほど、空母が怖がることは他に無い。自分の攻撃力を失うどころか、それが原因で自らにダメージを負うことだってあるのだ。

 

「今のところ以上です」

 

 端島演習艦隊の面々の表情は曇ったままではあったが、顔を下げることなどなかった。

 続いては真田が横須賀演習艦隊への評価を云う番になった。

こちらの6人は特にそわそわすることもなく、至って静かにそこに居る。心を乱すことなく、落ち着いた様子で座っていた。

 

「では私から横須賀の演習艦隊へ」

 

 視線は真田に集中する。

 

「初動から最後まで気の抜けない波状攻撃が実に見事だった。艦隊、航空隊の練度も素晴らしく、非常に参考になった。ありがとう。これ以上は私の勉強不足で評価しきれない」

 

 こうして横須賀と端島の演習は幕を下ろした。この後、すぐに双方の演習艦整備に入り、それぞれ鎮守府内に用意した宿泊部屋や施設の案内をした。

中でも端島の艦娘たちは酒保に心底驚いたようで、やはり俺が横須賀鎮守府に着任した時ほどではないにしろ、端島の酒保は田舎のスーパーマーケット並の大きさしか無いらしい。横須賀鎮守府にある酒保と比べると、端島の酒保は小さく思えたようだ。

真田は横須賀鎮守府内にあるデッドスペースの広大さに心底驚いていたが、それも艦隊運営などに使われていない意味でのデッドスペースだ。それぞれに利用目的や将来的に使うつもりであるスペースなので、そのように説明をする必要があった。特に滑走路跡地などがそうだ。広大な更地を目の前に真田があんぐりしていたのは記憶に残る。

 




 評価の話だけで1話潰すって……。まぁ、そういうこともありますよね(真顔)
 今回の交流の話は書き溜めです。書き溜めて、いつ出そうかと思っていたものをそのままズルズルと……。
しょうがないです。ちょっと内容で考えるところがありましたからね。

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第35話  横須賀と端島の交流 その4

 真田や端島鎮守府の艦娘たちの滞在2日目。今日は真田が大本営に全日行ってしまうため、端島派遣艦隊の面々はそれぞれ立入禁止区域以外の鎮守府内を自由行動し始めていた。その中、執務室で仕事をしている俺のことを尋ねてきた艦娘が居た。

 

「失礼します」

 

 書類に目を落としていた俺は、適当な返事を返して招き入れる。

 艦娘は時々、声を聞いただけでは誰だか分からないことがある。理由は分かっているのだが、それを知っているのは俺だけなのだ。説明の方法は幾らでもあるんだが、その件に関しては新瑞なんかは知っているのでは無いだろうか。俺だけが知っている理由。

 それはともかくとして、俺は執務をしながら話しかけてくる声を聞きつつも返事を返していた。

今、執務室には秘書艦は居るものの、来客にはどうも秘書艦も『いつもの奴か』とばかりに無視している状況だ。

 

「航空戦術に関して、ご相談が」

 

「どの段階かは知らないが、最初は赤城に相談してくれ」

 

 俺は次の書類へと視線を移動させるが、どうやら入室してきた艦娘は退室もしないようだ。足音から察するに2人であるのは分かるんだが、声からして翔鶴か瑞鶴だ。となると、片方が話しかけてきたのだろう。口調からだと翔鶴なんだが……。

 それはともかくとして、今は南西諸島北海域の哨戒報告と深海棲艦出現情報の収集整理を行っている。日々哨戒艦隊を各方面に散らせているが、毎日届く報告を目に通して整理しておかなければならない。そうしなければ、深海棲艦の索敵情報や艦隊総数の確認が出来ない。いざとなった時に対応できなくなるのだ。

現状、鎮守府近海、太平洋沿岸部、沖縄諸島から台湾までの海域には深海棲艦出現は確認されていない。完全に制海権と制空権を奪取出来たと考えても良いのだろうが、敵の欺瞞工作かもしれない。不用意にこの情報を元に作戦計画を立案するのは不味いだろう。

 次々と確認して行く報告書の山がそれなりに高くなった頃、俺は凝った肩を回した。

それまで下げっぱなしだった頭を上げ、首を鳴らしていると執務室に直立不動の人影が2つ見えたのが分かる。翔鶴と瑞鶴だ。

 

「……ん? どうした?」

 

「いえ……先程から執務をされていて、声をお掛けしても生返事しか返って来ませんでしたし、横須賀の赤城さんには相談済みでして」

 

「横須賀の赤城?」

 

 一瞬、翔鶴が何を言っているのか分からなかったが、すぐに状況を理解した。目の前にいる翔鶴と瑞鶴は端島の艦娘なのだ。

ペンを机の上に置き、2人を確認する。翔鶴の手にはバインダーがあり、どうも資料が挟まれている模様。瑞鶴は何も持っていないようだ。

 

「端島の五航戦か。すまない」

 

「いいえ。申し訳ありませんが、お時間をいただけないでしょうか? 航空戦術についてお尋ねしたいことがございます」

 

 2人の異常に謙った口調が気になるところだが、俺は2人の話を聞くところにした。とは言っても、どこまで答えれるのか分からないが。

 

「こちらになります。資料にある戦術なんですが、既存のモノを応用した航空攻撃の立案を行っていまして」

 

 資料によると、どうやら艦攻・艦爆隊による艦隊航空攻撃の応用戦術立案を行っているようだ。想定は確かに応用だった。

発艦させた攻撃隊に護衛戦闘機隊を同伴させ、敵艦隊上空まで編隊飛行。攻撃開始と同時に攻撃隊は艦隊へ急降下ないし、手前で降下しての超低空侵入。接近した後の航空爆撃及び雷撃を行うという至って単純な戦術にあれこれと足している。

それは編隊編成や編成内容、セオリーである降下位置や攻撃順番の選定等を少し変えてあるもの。とは言っても、どうやら戦術指南書にあるセオリーに従ったものであるのには違いない。

これを見た俺に、翔鶴と瑞鶴は何を求めているのだろうか。

 

「敵艦隊編成、動きに対応した動きの変更点などもあります。それを全て加味して、何か助言をいただけないでしょうか?」

 

 なるほど。この資料には確かに場合分けがなされている。敵艦隊の編成、状況、天候、その他様々な状況に合わせた動きの変化が用意されている。それらを目に通しても、セオリー通りとしかいえないんだが……。

 

「赤城に聞いたと言っていたが、どのように返答を貰った」

 

 それが気になるところ。

 

「えぇ。同じように説明と資料を……そうしたら『セオリー通り過ぎてつまらないです。何を目指しているのかは分かりませんが、これなら敵艦隊もそれに沿った対応策をこちらの手の内を知らない状況でも打って来ますよ?』と」

 

 最初の一言に詰まっているな。『セオリー通り過ぎてつまらない』と。

天候に関しては省くが、先に大型艦を潰すということなんて、かなりセオリー通りだと思うんだが。目標選定なんてその時々にもよる訳なんだが、相手の編成に応じた攻撃目標順序なんかも書かれていて、ついついそんな事も考えてしまう。

 

「俺も赤城と同意見ではあるんだが、強いて言えば……」

 

 強いて言えば、その続きに出てくる言葉はどうも不明瞭なものだと思う。

 

「こういうことは実戦経験から来るものが多いだろう」

 

「それは、"経験"で補え、ということでしょうか?」

 

「そうだな」

 

 『経験』。そんな言葉で片付けてしまうが、実に不明瞭だと思う。経験、何を指す経験なのか。指揮か、航空隊か、攻撃か……どれにでも当てはまる経験ではある。しかも、指標が持ち辛い。試すには深海棲艦や演習をして見なければ分からない。

 

「経験による知識の蓄積は、他者に伝えることも出来る。だが、受け取った者はその知識があったとしても、経験がなければ上手くそれを扱うことが出来ない。もし此処で俺が何かを教えたとしよう」

 

 意地悪な言い方だが、彼女らが育つためには必要なことだ。

 

「例えば『零戦二一型の特性』。それを教えたとして、翔鶴や瑞鶴はその知識を携えて次の演習や実戦に望んだとする。どうなる?」

 

「……零戦の癖がまた分かったのなら、それを理解して」

 

「理解して? 敵航空隊の撃滅に役立つか? そちらに気を取られすぎるのでは無いか? 零戦二一型の特性を気にしすぎて、本来の目的が少しでも霞むのではないか?」

 

「っ……」

 

 俺は資料を机の上に置き、2人に助言をする。

 

「じゃあ助言だ。付いてこい」

 

「「「え?」」」

 

 この2人無視してた癖に、何リアクションしてるんだよ……飛鷹。

 

「飛鷹。少し席を外す」

 

「わ、分かりました。私も」

 

「飛鷹は執務を優先」

 

「はい」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 端島の五航戦を連れてきたのはここだ。

 

「ここは……先程私たち、来ましたよ?」

 

「知ってる」

 

「なら何故?」

 

「ここの艦娘(うっかり娘)に頼るのが一番だ」

 

 俺たちが来たのは艦娘寮。普段は足を踏み入れ無いが、艦娘寮に俺が来る用の全てがここにある。それは横須賀の艦娘は皆知っていることだ。

 

「おーい。赤城。出てこい」

 

『提督ですかー?』

 

「他に誰がいるんだよ」

 

『今行きます』

 

 パタパタとドアの向こう側から声が聞こえ、出てきたのは赤城。いつもと変わらない服装でいるようだ。それに今は、同室の加賀も居るみたいだな。

 出てきた赤城は俺の後ろに居る2人を見て察したみたいで、中に入って欲しいと言ってくる。

まぁ、廊下で話す内容でもないから上がることにした。

 

「少し待っててくださいね。お茶とお茶請け持ってきますから」

 

「そこまで長居する気は無いんだが……」

 

「はいはい」

 

 畳敷きの赤城と加賀の部屋には数えるほどしか入ったことが無いが、やはり長居するのは良くないだろうな。理由は察して欲しい。

それはともかくとして、この部屋に加賀も居るわけだ。丁度近くの机で戦術指南書を見ているようで、こちらに気付いて『どうも。提督がいらっしゃるなんて珍しいこともあるのね』とか言ってた。確かに珍しい。それとついでのように、こっちのちゃぶ台に来るのは止めてくれ。そして2人の目の前で戦術指南書の続きを読むのは止めてやれ。

 そうこうしていると、赤城がお盆を持って戻ってくる。

俺たちの前にお茶とお茶請けを置くと、加賀の膝の上に座ろうとし始める。

 

「ちょっと赤城さん。座らないで」

 

「提督は私に話があって来たんですよ? 戻ってみれば、ちゃぶ台は埋まってましたから、加賀さんの膝の上に」

 

「ごめんなさい強引に座ろうとしないで」

 

「えぇい!! 座らせろー!!」

 

 なんか茶番が始まったので2人の方に目を向けると、呆然とする瑞鶴と苦笑いをする翔鶴が……。分かるぞ。良く分かる。来客。しかも別の鎮守府からも居るのに、何をしているんだ。

そんな茶番が長く続き、赤城と加賀は並んで座ることにしたらしい。狭いところに肩を寄せ合って居るわけだが、それはまぁ無視して話をすることにした。

 

「んで。この2人を連れている理由は分かるか?」

 

「えーっと……王様ゲーム?」

 

「おう、表出ろ。金剛型四姉妹ところ行くぞ。今ならティータイム中だ。あの4人に赤城のはz」

 

「ごめんなさいごめんなさい!! 航空戦術の件ですよね?!」

 

 どこまでふざければ良いんだ、赤城。

やっとのことで本題に入れる訳だが、俺は赤城にある事を頼むことにした。

 

「赤城、この前の」

 

「あぁー。そういえばこの前言いましたっけ?」

 

「そう。それ。んで、この2人を帰還前日まで」

 

「えー……。大丈夫ですかねぇ?」

 

 と、そんな会話をしているわけだが、加賀は内容を知っているので黙って聞いている。一方で翔鶴と瑞鶴は何のことだか分かる訳もない。

 

「何の話ですか? 航空戦術の件で」

 

「中将さん?」

 

 そんな様子で終始分からず、話はトントン拍子で進んでいってしまう。

 

「拘束時間は結構なことになりますし、私の方もいささか支障が出てしまいますが」

 

「良いだろ、別に。二航戦の2人は音を上げているんだからな」

 

「聞いてますよ。蒼龍さんの方は提督に甘えっぱなしで、遂には暁さんたちにすら呆れられているとか」

 

「……可哀想になってきた」

 

 疑問符を浮かべたままの2人を置いて、俺たちの話は逸れながらも進んでいく。

 

「では消費資材はウチで持つんですね?」

 

「あぁ。報告は俺の方からしておく。真田の返事もどちらかだし、まぁ頷くだろう」

 

「今すぐ聞いてみればどうです? 出向中とはいえ、書類の手続きとかばかりでしょうし」

 

「後でやっておく」

 

「では決まりの方向で」

 

「頼んだ」

 

 そして決着が付いた。実行だ。ちなみに2人はまだ分かってない。そんな2人に説明し始めた。

 

「という訳で、助言を言い渡す」

 

 ゴクリと喉を鳴らした2人に突きつけるのは……。

 

「経験が大事だと言ったな? これから帰還までの日程、ほぼ全日は赤城に付いて演習・訓練を行うこと」

 

「「はい?」」

 

「消費する資材はこちらが用意するし、真田大佐にも許可を取り付けた。頑張ってくれ。俺がしてやれることはこれくらいだ」

 

 と返して、赤城にバトンタッチをする。

 

「そう云う訳で、端島の翔鶴さん、瑞鶴さん。よろしくお願いしますね」

 

 ニヤリと嗤う赤城に加賀も横槍を入れる。

 

「私も赤城さんにやってもらったことがあるのだけれど、まぁ……死にはしないと思うわ」

 

「「えっ……死ぬんですか?」」

 

「死なないと思うわ…………多分」

 

 こうして端島鎮守府所属の五航戦、翔鶴、瑞鶴は毎日横須賀鎮守府内で悲鳴を上げる事になったのだった。

毎日毎日赤城と加賀が付いて資料室や赤城と加賀の私室に立て籠もって戦術指南書の勉強、理解して自分の物にするまで何度も何度も叩き込まれ、かと思えば外に連れ出し演習・訓練と称して艦隊戦を赤城が取り付けた横須賀の艦娘に混じって行い、鎮守府内を走り回ることとなった。

時々俺も見に行っていたが、加賀の時とそこそこ同じレベルではあるんだ。あるんだが、そこに加賀も加わったことで、休憩時間がより短縮されているように見えた。加賀の時は赤城が1人でやっていたので、赤城の『特務』や出撃がある時は加賀も休みが出来たのだが、それが今回は赤城に加えて加賀が居た。どちらかが居なくなることがあっても、どちらもが居なくなることはない。どちらかが必ず2人に付いているような状況だった。

ちなみに横須賀の二航戦は訓練だけ赤城と加賀に付き合っていただけで、ここまではいつもやっていない。時間がないので仕方なくということと、真田から頼まれたのだ。『徹底的にお願いします』と。頼まれたのなら、その期待に応えようとしたまでだ。

 




 ちゃんと艦娘がメインになっている話ですが、時々変なテンションで書いているところがあります。後悔も反省もしません(真顔)
そういう場面は少し取り入れていきたいところですからね。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第36話  横須賀と端島の交流 その5

 端島と横須賀の艦娘の交流は活発に行われた。横須賀来航の目的はお互いの(※端島側が横須賀側の指揮系統)理解や、共同作戦展開可能であるかの現状確認等々。果たされるべき目標は着実にクリアしていた。俺の方でも現在の端島鎮守府艦隊司令部の力量は計れた。それらを元に、横須賀から大本営経由で大本営名義の作戦指令書を作れるか否かということも大本営から目的として与えられていた。俺が端島を訪れた際に真田と五航戦に言った言葉が、このような大事に展開してしまったことは驚きだが、今後どうしても必要になるだろうという新瑞からの言葉で決行に踏み切ったことだった。

 既に日程もほぼ全てを終了し、明日端島へと帰路に就くことになっている端島からの来客に、俺は声を掛けていた。

色々と気がかりな点や、所要があってのことだった。

 

「真田大佐」

 

「中将。もう此処ともおさらばで寂しいような気もします。荷造りは既に終え、積み込みも終わっていますので、明日は乗艦するだけです」

 

「その件を伺いに来た訳では無いのですが……。少々表に出ませんか?」

 

 本部棟にある一室に泊まっている真田の部屋を訪れた俺は、呼び出して外へと連れ出した。

真田には見えなかっただろうが、荷物も持っている。

 時間としては既に陽も落ちた夜。消灯時間間際で、外は巡回の兵以外は誰も居ない状況。俺が真田を連れ出した場所はというと、立ち並ぶ要塞砲の1つだ。そこならば、巡回の兵が通るものの見えない場所。物音と声に注意すれば見つかることは無い場所だ。俺の私室や執務室でも良かったのだが落ち着かないし、艦娘が来ることもあるのでこうして外に出た訳だ。

 

「要塞砲の上とは……。銃座の軸に机の足を刺して、なんと可笑しな」

 

「まぁ、此処は私が執務に飽きた時に隠れるところです」

 

 椅子を出し、腰を掛けて貰って俺も腰を掛ける。

 

「本当ならば街にでも出て、警備部の兵に聞いている居酒屋とか行きたいところではありますが」

 

「保安上、無理でしょうね」

 

「はい。ですから……ここでは話だけでも」

 

 腰掛けた俺は帽子を脱ぎ、机の上に置く。真田はそのままだが、特になにか言う必要もないだろう。

そもそも俺も本来は真田にそのような事を言える立場には無いからな。

 

「横須賀遠征、お疲れ様でした」

 

「はははっ。ありがとうございます」

 

 月を眺め、俺が聞きたいことを取り敢えず口に出すことにした。

 

「2日目の件ですが、どうでしたか? あの2人の様子は」

 

「五航戦の件ですか? 本当、お世話になりました。伺ってはいましたが、相当扱き抜かれたみたいですね。毎日帰っても部屋に居なくて、夜中にフラフラ帰ってきて泥のように眠り、誰よりも早く起きて出ていたそうですから」

 

「何か言ってましたでしょうか?」

 

「いいえ。あの2人は……先程報告に来ましたが、目が輝いていました」

 

 最初に聞きたかったことは、俺が取り付けた赤城の訓練・演習だった。内容は知っていたし、どのように行われているかは逐一報告を受けていたので知っている。

だが、赤城たちの視点と俺の視点、直属の部下として持っている真田の視点では見え方も違うだろうと思い、聞いてみたのだ。

 

「最後の演習では相手に全滅一歩手前まで叩いたと誇らしげに言ってましたよ。こちら側は文字通り、全滅したそうですが」

 

「聞き及んでます。相手の編成を何も分からない状態での訓練にて、瑞鶴・翔鶴両航空隊が赤城を発着艦不能状態にまで追い込んだとか」

 

「周到な作戦だったみたいです」

 

 言葉に発すれば誇らしいことではあるが、真田は苦笑いを浮かべていた。何故なら、翔鶴と瑞鶴はあることをしていたのだ。この赤城と加賀による勉強・訓練・演習の繰り返しの中、思いついたことがあったそうだ。そのことを赤城に云うとこう言われたそうだ。

 

『この間に思いついたことはメモして2人だけで考えなさい。それが戦術なのか、戦略なのか、はたまたそれ以外なのか……それを自分だけの物にして、自分たちで使いなさい。使う場所はいくらでもありますから』

 

そういう訳で翔鶴と瑞鶴は唯でさえ寝る間も少ないというのに、寝る間も惜しんで準備したそうだ。横須賀にいる間に、それを使うと。そうして最後の演習で実行したのだ。

これまで端島である程度缶詰をして勉強をしてきたが、それとこの赤城と加賀の短期間集中コンビーフ(※端島の瑞鶴談)中に身に着けた知識をフル動員したんだと云う。

結果は俺が言った通り、赤城の飛行甲板を使用不能に追い込んだ。悔しそうでもあり少し誇らし気にしている赤城が教えてくれたのだ。その五航戦が思いついたことを。

 

「私が言った『消費する資材はこちらが用意するし、真田大佐にも許可を取り付けた』から、色々手回しをして水面下で準備したそうですね」

 

「本当、ご迷惑を」

 

「お気になさらず。これであの五航戦は強くなったんですから」

 

「そうですか」

 

「えぇ。それにしても傑作でした。赤城の飛行甲板に航空魚雷に偽装した航空爆弾を使う等。どうやら見張員も赤城もその当時は笑っていたようですが、着弾してからは笑えなかったそうですね」

 

 そう。五航戦の2人は航空魚雷、九一式魚雷の外郭に500kg演習爆弾それぞれ本来ならば爆薬が入っているところと、推進機系が入っているところに内蔵した航空魚雷を赤城甲板上に投弾したとのこと。

他の通常の航空魚雷を搭載した天山攻撃隊と共に偽装魚雷を積んだ翔鶴攻撃隊所属の天山が投下装置の故障のように見せかけ、腹に抱えたまま機首引き上げを行い赤城上空を飛び去る際に投弾。命中したとのこと。お互い、航空隊に1機ずつ抱えさせていたようだ。だが、瑞鶴攻撃隊所属の九七艦攻は到達前に撃墜判定を食らったので投弾することなく被撃墜回収艦に着艦したそうだ。

 

「対大型艦用航空通常爆弾ですからね。500kgで直撃ならひとたまりも無いです」

 

 少し笑い、話を続けた。

 

「他の艦娘たちの様子はどうでしたか?」

 

「五航戦のように向上心が高い連中は躍起になってましたよ。とは言え、睡眠時間厳守した状態でですけど。天狗になっていた奴らも叩き潰されてからというもの、大人しくなりましたし、話を聞くようにもなりましたね。滅多打ちにされて、その後の評価でも中将はこちらの演習艦隊にある問題点を何も仰らなかったことを相当気にしているみたいです」

 

 心底苦い顔をした真田は後頭部を掻きながら『問題がありすぎて、手につけられないと思われたと思っているようで』と云う。

まぁ……確かに、こちらの演習艦隊に全く損害を与えないまま文字通りの全滅をしたのでその通りなんだがなぁ。

 

「それで天狗の鼻をへし折ることが出来たのなら良かったです。今までの自分に疑問をそれぞれ持ったでしょうから」

 

「そうですね。威張り散らさなくなりましたし、復習をするようにもなりました」

 

 これで俺の聞きたいことは終わり……ではある。本題はこれからだ。連れ出した本題を切り出さなければならない。

少しスッキリした顔をしている真田に、俺は誘いを入れた。

 

「そろそろ行きましょうか」

 

「……何処へ?」

 

「ちょっとしたところです」

 

 そう言って俺は真田を伴い、要塞砲から降りて歩き始める。消灯時間も既に過ぎており、鎮守府内は街灯がポツポツとあるだけで薄暗く人気のない場所へと変化していた。最初の頃は、この時間帯に出歩くのはとても怖かったが、今では完全に慣れてしまっている。侵入者も警備体制から俺自身が警戒する必要は無いのと、もし誰か勝手に入ってきていたとすれば、艦娘たちが気付かない訳が無い。もし、警備を抜けて侵入してきていたとしても、金剛辺りに感づかれて捕縛されているだろうしな。どうなっているかは知りたくもないが……。

そんなこんな歩いていると、目的地に到着した。そこは鎮守府内にある建物の1つ。

 

「警備詰所……。ここに何が?」

 

「まぁ、入ってみれば分かりますよ」

 

 入って見れば分かるのだ。それに、俺ではどうしても出来ないことを、ここに居る人たちに頼んでいるというのもある。

扉を潜ると、中は騒然としていた。机と椅子が大量に並べられており、中には顔を赤くした兵士たちが居る。そう。ここは普段は使われていない詰所だ。俺が帰って来る前、効率化のための再編の時に使わなくなった場所だ。そこをこうして非番の兵たちが夜に集まり、酒を飲んだりしても良い場所としているのだ。そもそも、敷地自体は軍の所有物ではあるのだが、建物の大部分は俺の所有物ということになっているらしく、どう使おうが俺が良いと云えば良いらしい。治外法権区域になっているくらいだから当然といえば当然ではあるんだがな。

 ここに来る兵士たちは代わり代わり料理が出来る者はつまみを作り、酒を呑み、遊ぶ。ただし風紀を乱すようなことや喧嘩なんかをすればつまみ出される上、武下や俺のところに個人名で報告が来る。決まって武下のお叱りコースではあるんだが、俺に報告する必要はあるのだろうか。

それは置いておいて、つまりはそれぞれの基地に置かれた飲酒可能施設がここなのだ。敷地内に兵士用の居酒屋を用意出来ないという理由もあるのだが、それは追々大本営と相談するつもりだ。

 

「端島には居酒屋が用意されていますが、横須賀ではこのような形なんですね」

 

「ウチは特性上、このような形になっています。問題が色々ありますので、居酒屋の件は大本営と相談するつもりではいます」

 

 俺たちが話しながら入ってきたことに気付いた兵士たちは起立をするが、すぐに手で敬礼は良いとサインする。

 

「少し邪魔するぞ」

 

「いいえ!! 提督は飲まれないのだと思いましたが、遂に飲むんですか?」

 

「違う違う。明日端島に帰る真田大佐は、こちらに来ても激務だったからせめて最終日にはどうかと思って」

 

 近くでビールをグビグビ飲んでいる曹長が顔を赤くしながらも話をしてくる。大して真田は『確かに酒を飲んでいられないほど激務でしたが』とかつぶやきながらも規模と人数に心底驚いているようだった。何故ならここ、毎日数十人はいる。そんなに入れるようなところを用意する軍はそうそうないらしい。武下がそんなことを言っていた。

 

「おぉなるほどなるほど!! お前らァー!! 場所を開けてつまみと酒持ってこーい!!」

 

「隣、邪魔するぞ」

 

 曹長の近くで飲んでいた中尉が大きい声を出し、場所を確保すると隣から箸と共につまみと未開封のビールや日本酒、焼酎、ワイン、ウィスキー等など流れてくる流れてくる。あっという間に真田が座った席の前に酒とつまみのタワーが出来てしまった。

 

「はははっ。私は酒好きだがここまで飲まないぞ」

 

「いやいや!! 今日はパーッと飲んでください!!」

 

「ふむ、確かに。任官したばかりの頃に発泡酒で誤魔化していたことを思い出していたが、ここでは安酒が無いな」

 

 いただきます、と手を合わせた真田はつまみを口に放り込み、酒を飲み始める。ちなみに俺も既に開けてもらった場所に座っている。真田の正面の席だが、流れてきた物の類で真田の顔が殆ど見えない。額だけだが山から見えているのだ。

 

「安酒が恋しいですか? 大佐」

 

「いいや。端島でも酒は飲めるのだが、定期便で入ってくるコンビニでしか買えないものしか飲めてない」

 

「こっちは陸続きですからねぇ。あ、どうぞどうぞ」

 

 俺も回って来たつまみは食べるものの、酒は飲まない。と言うか飲めない。確かに成人したにはしたんだが、周りに酒の飲み方を教えてくれる人がいないのだ。仲良くしてもらっている人は居るものの、酒を飲むだとか食事をするだとかということはないのだ。

 

「あれ? 提督じゃないですか。こんなところに顔を出して」

 

「あら、本当」

 

「提督がいらしてると聞いて、探しに来ました」

 

 だとか考えていたが、どうやらそんなことは無いらしい。たまたま非番だった沖江、南風、西川が居た。こっちのはまだ出来上がってないみたいだが、既に飲んでいる模様。

俺の両脇の兵にどいてもらう3人に若干引きつつも、俺の周りにも酒のタワーが出来てしまった。これは不味い状況だろうか。

 

「私もあまり来ませんが、まさか提督もいらっしゃるとは」

 

「武下中佐」

 

 グラスが用意され、既に俺のコップにはビールが注がれているところに武下までもが現れた。時間的にも現れるのは分かるんだが、気付けばこの詰所に入り切らないほどの兵が集まっている。出入り口も開きっぱなしで兵が溢れており、立ち飲みまで始めている輩が居るほどだ。

 

「ここでのシステム、あまり分かっていないのだが、どうなっている」

 

「はッ。ここでは基地に設置される居酒屋の代わりに、飲酒が出来る場所として用意したものです」

 

 ここの存在は知っていたものの、システムまでは知らない俺は武下に尋ねる。

 

「厨房も用意されており、材料は軍持ちな代わりにつまみは酒が飲めない兵が作り、酒はここに運ばれているものを兵士が購入しています」

 

「……ここで飲んでいる分の酒、今日の分は支払いを止めて置いて貰えないか?」

 

「了解しました」

 

 という訳で、今日は秘密で俺持ちだ。うん。来ただけでホイホイと自分の酒を差し出すんだ。それに上官が来ているので気を使わせてしまうので、金は俺が払うことにした。

 

「俺、高杉伍長が一発芸をしやす!!」

 

「「「「「「わー!!」」」」」

 

 ……そんなこともない、かもしれないな。

 

「子どもの頃の貴○花。……『あのねぇ~、ぼくねぇ~」

 

 よく見える場所、そこに立った高杉伍長が一発芸を始める。良く艦娘を笑わせているところをよく見るが、こういう席でもそんなことをしているなんて知らなかった。何にせよ、後半の方は笑い声で全く聞こえず、俺は1人で笑いを堪えるのに必死だった。

何故ならその一発芸は有名なものだったからだ。どうやらこっちでも有名なものみたいだな。それにしても人数が多い。どうにもならないレベルで人が集まっている。

 そんな時間が日を跨ぐ頃まで続き、明日は真田も早いということで解散となった。兵たちに消灯時間は無いが、同じタイミングで皆も帰るようだ。

酒の支払いを止めていたことを思い出し、俺は武下にある頼み事をしておく。

 

「ここに来ている兵たちの給料に、今日の飲酒代を入れておいて欲しい」

 

「分かってます」

 

「今日の売上分を俺が警備棟の人事に行く。先に連絡をしておいてくれないか?」

 

「了解しました」

 

 仕事を増やしてしまったなぁ、と考えつつも俺は帰路に付いた。いつもよりも遅い時間に歩く鎮守府の中は不思議な空気で満ちており、人が密集していた部屋から出たことで開放感に当てられていた。それは隣を歩く真田も同じようで、飲んで顔が赤いが千鳥足でもないし体調も悪くは無いっていないようだ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 翌日。真田たちは帰って行った。目的は様々だったが、それのどれもがクリア出来たのではないだろうか。

そんなこともあったなぁ、と思い出している今日このごろではあるんだが、大本営から俺にある連絡が入った。

 

『中将か? いきなり済まない』

 

「いいえ。それで、どうしたんですか?」

 

『真田大佐がやったぞ。端島鎮守府所属艦隊が長崎台湾間の護衛任務中にあった遭遇戦で、護衛目標と護衛艦隊双方被害なしで完全勝利を収めた』

 

 詳細は追って書類で送られて来たが、どうやら台湾第三次派遣使節団護衛のために長崎から台湾に向かっている最中、制圧された南西諸島北海域奪回のために深海棲艦が派遣した斥候潜水艦隊、前衛水雷戦隊、主力機動部隊を全て無傷で撃破したとのこと。これまでの端島のキルレシオからは考えられない戦果だったのと、俺のところに来た後だったということもあり、もう結果が出始めているのではないかという連絡だったのだ。

 ちゃんと真田が『天狗の鼻をへし折ってやってくれ』という目的が達成されたことと、ついでのように書類に混じっていた護衛艦隊の編成を見て、俺は笑うしかなかった。

秘書艦ではなかったが、たまたま執務室に来ていた赤城と加賀もそれを見て微笑んでいた。自分たちが短期間で鍛えた艦娘が戦果を挙げたからだ。そして、編成を見て目を細めている。

そう。護衛艦隊として出撃していたのは、たまたま横須賀に来ていた艦隊だったのだ。真田が天狗と云った艦隊と、向上心の高い者たちと云った艦隊。そして編成表の一番上にはこうあった。

『旗艦:航空母艦 瑞鶴』と。

 




 今回は後日談というかなんというか……っていう内容になります。交流の話はここまでで、次からは話を進めていこうと思いますので。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第37話  謁見 その1

 

 俺は非常に震えている。理由なんて簡単だ。

 数日前から新瑞から戦線の状況を聞かれており、いつもより深く聞かれていたので面倒になった俺は詳細を纏めてある書類をごっそりコピーを取って大本営に速達で送りつけた。紙封筒の癖にkg超えそうになっていたが、そこはバインダーが入っていたことも加味してもそこまで多くなかったと思いたい。

それはともかくとして、受け取った新瑞はそれを余すことなく読み込んだ次の日の昼に電話を掛けてきたのだ。

 

『現在の台湾南方戦線の状況は分かった。北方は北方方面軍から報告書も上がっているので、送ってくる必要はない』

 

「は、はぁ。それで、何があって戦線の状況を詳細に知りたいと?」

 

『色々とあるのだ。皇室からの勅命でな。戦線の詳細な状況を教えろと。それが大本営にあり、戦線維持に投入されている戦力は私の下ということもあってお鉢が回って来たのだ』

 

「だから新瑞さんは俺から聞き出したりしていたんですね。それで、私が送った書類は役に立ちましたか?」

 

『大いにな。お陰で報告したら再び勅命だ』

 

 ということがあった。此処まで聞けば『国家の安全を心配する皇室』という印象が強く出る訳なんだが、それで終わりではなかったのだ。最後まで話を聞くことになった俺は、秘書艦が居ない1人だったこともあって、そのまま電話をスピーカー通話に切り替えて聞いていた。勿論、やらなければならないことと並行しながらではあったが。

 

「勅命? それは大本営に?」

 

『いいや。中将』

 

 何か資料を纏めろとかそういうものだと考えつつ、俺はペンを走らせていると新瑞は言い放ったのだ。

 

『謁見だ』

 

 という訳で震えている。現在進行系、俺は陸軍や横須賀の護衛に囲まれながら自動車に揺られているのだ。目的地は皇居。つい2日前までは実感がなかったが、いざこうやって移動していると実感が湧いてくる。今から俺が会おうとしているのは、前の世界でも雲の上の人間だった。この世界での天皇陛下がどのようなものなのか、それは既に学んでいた。

現御神。現人神と同じような意味で用いられる言葉で、天皇を指す尊称だ。とは云え、日本の神学概念からは絶対神ということにはならないそうだ。あくまでも尊称。人間宣言的なものは第二次世界大戦・太平洋戦争後に確かにあり、その記録も残っている。そのため、一般的には人間であるとされている。つまり、どういう立ち位置なのかがハッキリしていない。

学術的には人間であり、概念的にも人間であり、一部の人からすれば神ということらしい。ハッキリしていないというより、主義主張が飛び交っているため、定まっていないということだ。

 話を戻す。本来ならば、俺の護衛は海軍から派遣される憲兵1個小隊と横須賀鎮守府の部隊や艦娘という事になっていたのだが、陛下が陸軍に護衛として出動することを要請していたために、このような形での移動をしている。だが、横須賀側(艦娘側)が『こちらからも護衛を付ける』と言い出して聞かず、赤城がさっさと交渉してしまっていたので、こんな珍妙な形になってしまったのだ。

陸海軍約1個大隊規模の護衛と、連合護衛艦隊。大層な軍隊の移動はそうそうあることもなく、通りかかる民間人はボケーッとその姿を眺めていた。

 

「なぁ、姉貴」

 

「なんでしょうか」

 

 横須賀鎮守府から来ている人間は少ない。秘書官という名目で姉貴。同行人として武下。護衛として南風。これだけ。他は赤城が勝手に編成していた連合護衛艦隊。

姉貴たちは良いんだ。そもそもどういうところで誰と会うのかを知った上で、俺と同じかはさておき緊張をしているから。問題は艦娘たち。彼女たちは俺が大本営に出掛けるような警戒レベル、むしろそれ以上に警戒をしているのだ。艤装は必ず身に纏ったままなのだ。何度言っても聞きやしない。頭痛くなって考えることを放棄したが、最悪俺の首と胴体がさよならするようなことになるかもしれない。それもあり、震えていることもある。

 

「どうして姉貴は南風たちみたいに緊張してないんだ?」

 

「あー……。仕事柄、ですかね」

 

 本職、看護師だろうが。

 

「どうしても横須賀鎮守府の外の顔をすることが多いので、仕方なくですよ。まぁ、流石に国のトップとは始めてですけどね」

 

「そうかよ」

 

 そんな話をしていると、いつの間にか皇居の前に到着してしまっていた。

 既に護衛は停車しており、衛兵らに許可云々の話をし始めている。俺たちは降りず、近くまで衛兵が来て手続きをするのでこのまま待機することとなった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 手続きは多かったみたいだ。護衛で来ていた1個大隊は敷地外に待機、衛兵と共に周辺警戒に務めることとなり、数名が敷地内に入ることが許された。

俺と姉貴、新瑞が謁見へ。武下と南風は他の衛兵と共に廊下で待機することとなっていたようだ。途中で合流した護衛たちの中に新瑞も一緒に居たようで、自動車を降りてから気付いた。おう、といつも大本営で会う時と変わらずの挨拶をしてくる。

様子から察するに、どうやら謁見には慣れているようだな。

 

「今日の執務はどうしてきた?」

 

「昨日の内に済ませれるものは全て済ませて来ましたよ。今日でなければならないものや、飛び入りで入ってきた内部での仕事は溜まっていく一方でしょうけど」

 

「殆どが技術関係と報告書だったか? 後者はどのような内容なんだ?」

 

「そうですね……偵察・戦闘・演習・研究・戦術が多いですが、それ以外のものもありますよ」

 

 皇宮の中、人に囲まれて歩きながら話をする。新瑞が気を使って話を振ってくれているのだろうか。頭の中は確かに受け答えのことで思考が殆ど取られている。他事を考えることもなく、気を紛らわすことが出来ていた。

廊下を歩いている人は少なく、お手伝いさんのような人を見かける。男性であれ女性であれ、そのように思えた。立ち居振る舞いからそう感じさせるのかもしれない。何かしらの荷物を持ち、俺たちが歩いてくると足を止めて会釈をする。この建物の主の振る舞いでは決して無いだろう。

 廊下を進むこと数分。昇降もそれなりにあった先に辿り着いたのは部屋だった。扉の前に立ち、新瑞の背中を見る。

 

「武下中佐らは此処で衛兵と共に待っていてくれ」

 

「はい」

 

「了解」

 

 2人を此処で待たせると云い、扉をノックする。中からは男性の声が聞こえ、入っていいと促した。

 

「失礼します」

 

 その言葉に続き、俺も倣って室内に入る。

 部屋の中は洋風で全体的に白く、それなりに広くはあるのだが調度品が置かれているために無駄な広さは感じさせない。中央に置かれた机の上には花が置かれていて、そこには1人の男性が腰を下ろしていた。見覚えがある。

近くまで歩みを進めた新瑞が足を止め、姿勢を正すと敬礼をする。俺と姉貴もその男性に向けて敬礼をした。

 

「お待ちしていましたよ」

 

「ご壮健のようで何よりでございます。陛下」

 

 そういうことだろうな、と考えつつも、俺は敬礼していた手を下ろした。ちなみに既に姉貴は手を下ろしている。

 

「こちらが天色中将と」

 

「はい。日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部長官にございます。彼が日本皇国四方の奪還と、各国との国交回復のために深海棲艦との戦争を」

 

「そうですか。ささ、腰を下ろしてくださいな」

 

 何というか、物腰が柔らかで非常に接しやすい人のように思えた。これまでは写真や画面越しでしか見たことがなかったが、目の前に居るとなると違う。

 

「今回は新瑞に無理を言って連れてきてもらいました。現在の戦線の状況は聞き及んでおります。大事無いですか?」

 

「はい。近海・南西諸島北海域には対潜哨戒任務を艦隊に発令しておりますが、問題はございません」

 

 微笑んだ陛下は誰かを呼び付けると、お茶を持ってくるように言いつけると、話に戻って行った。

 

「それならば良かったです」

 

 何のようで呼び出したのかは定かでは無いが、このまま陛下の質問に答えている方が良さそうだと感じた。質問されれば答え、何か求められたら口を開けば良いと。

リアルタイムの戦線の状況を伝えながら、それなりに今後の方針を説明していく。目立った新しい動きは無いが、物資や部隊の輸送の状況が刻々と変わっていることや横須賀での動きを伝えると、陛下は俺の後ろに立っている艦娘たちの方に目を向けた。視界に入っていなかった訳は無いだろう。だが、視線をそちらに向けたのは今が始めてだった。

並んでいる艦娘1人1人の顔を見た後、俺の方に視線を戻すと口調を変えずに尋ねてくる。

 

「彼女たちが艦娘、ですね」

 

「はい」

 

「新瑞からは聞いてます。『護衛』だそうですね。中将の」

 

「そうなります。必要ないと言ったのですが、気付いたらいつもこのように」

 

 付いてくるとは言わず、視線をそちらに向ける。

 

「ビスマルク級戦艦 ビスマルク」

 

 視線は彼女たちの方に向け、名前を読み上げ始めた。

 

「アイオワ級戦艦 アイオワ」

 

「グラーフ・ツェッペリン級航空母艦 グラーフ・ツェッペリン」

 

「アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦 プリンツ・オイゲン」

 

「Z1型駆逐艦 Z1(レーベレヒト・マース)Z3(マックス・シュルツ)

 

「伊勢型航空戦艦 伊勢、日向」

 

「長門型戦艦 長門、陸奥」

 

「金剛型戦艦 金剛」

 

「最上型重巡洋艦 鈴谷」

 

 ここに来ている連合護衛艦隊、全員の名前だ。俺はこのことに驚きを隠すことが出来なかった。

 基本的にこの世界の人間、正確にはこの時代の人間に艦娘をひと目見ただけで個体名称(名前)言い当てることは出来なかったのだ。横須賀鎮守府の門兵や新瑞のような接触の多い人間ならともかく、それ以外の人間に彼女たち個々の顔と名前を覚えさせることは難しい。軍もそれを促すようなことはしていなければ、メディアでも艦娘のことに関しては報道されているものの、名前までは無い。せいぜい艦種くらいまでしか報道されることは無いのだ。

それなのに陛下は全員を見ただけで名前を言い当てて見せた。知っていたのか、それとも情報を仕入れたのか……。

 

「『重い編成』ですよね」

 

「はい」

 

「皇室には深海棲艦との戦争開始からこれまでの記録が残っています。その中には艦娘の顔と名前が書かれた物もありますので、私はそれを覚えていましたから分かりました」

 

「一般の方は分からないそうですが、陛下はそれでお分かりになられたのですね」

 

「はい」

 

 最初は戦線、次は艦娘と話をしていく。緩急はあるものの、落ち着いた雰囲気で神経を尖らせることもなく会談は続いて行く。

途中、休憩と云って色々と振る舞われたが、それは護衛である連合護衛艦隊にも配られた。警戒はしているものの、この部屋での警戒レベルは外部では低い様子。キツい口調を使うこともなく、ちゃんと話しかけられれば彼女たちは返事を返していた。それでも鎮守府での様子とは違うんだが。

そうして話をすることどれくらいが経っただろうか。休憩は2回ほどしていたので1時間は確実に経っている。そろそろ陛下も俺や艦娘たちに対して聞きたいことも尽き着てきた頃だろうと考えていると、急に室内の空気が変わった。

それはもう急に。唐突に起こったことだった。それは俺たちの誰もが変えたものではなく、目の前に腰掛けている陛下からだったのだ。ガラリと変えた雰囲気の中、確認が始まろうとしていた。

前回の休憩の際に持ち込まれた書類だろう。それを手に取って読み上げる。ゆっくりと、丁寧に。内容は簡単だ。

『俺』に関してだった。俺がどういう人間であり、どのような経歴の持ち主なのかということを読み上げている。それはさながらパーソナルデータだった。氏名・生年月日・住所(この場合は2つ)から始まり、自己紹介でしか言わないようなことや、この世界では言ったことの少ない内容まで様々。簡潔に確認として読み上げられていく。

そして経歴に入り、出生から現在までの大きな事柄を読み上げていき、最後、陛下は書類を机の上に置いた。

 

「間違いないですね」

 

「はい。間違いありません」

 

 これまでのものに間違いはなかった。どのようにして調べたのかはさておき、それは紛れもなく俺の歴史だったのだ。

そしてこれを話したということは、陛下が何をしたいのかも分かるというものだ。今回の謁見の目的は"これ"。

 

「貴方は『海軍本部』よる『提督を呼ぶ力』によって横須賀鎮守府の提督として異世界から転移・召喚された青年です。このことは私、いいえ、日本皇国が貴方に責任と重圧を押し付け、未来を奪ってしまったと考えています」

 

 そうだろうな。これまで散々海で戦闘を繰り返してきたものの、このようなことは一切なかったのだ。

だから日本皇国はこのような形を取り、俺に公の場でこのようなことを一度言わねばならなかった。だが俺はそんなものは欲してなどはなかった。そもそもというところから始まるのだが、元凶はというと国は関係ないこと。全ては深海棲艦が悪く、『海軍本部』が悪い。敵と自国の国家組織が原因とは言うが、彼らは国からの許可を度外視した越権行為を行っていたことは自明であった。ならば国はそれを裁けば良い。責任を追求すれば良いだけのことで、国がここまでする必要はない。それが俺のこの状況に対する持論だった。

だから、これに対する答えは1つのみ。

 

「もし、世界に平和が訪れたその時には、貴方に出来る限りの恩を与えます」

 

「大層なものは頂けませんよ、私は」

 

 そう答え、続ける。

 

「もし、世界に平和が訪れる要因が私だとしても、それは私が"日本皇国海軍軍人"としてしたことであって、それが"日本皇国海軍軍人"に求められたものであると考えています」

 

「ですが貴方は」

 

「はい。異邦人です。だとしても、私は"日本皇国海軍軍人"。軍人が国のために人柱となることを厭わず、出来うる限り力を使って果てることをが軍人だと考えます。ですから陛下」

 

 力強く、俺は言声を一層張って言い放った。

 

「私に"よくやってくれた"と仰っていただけるだけでも過ぎた栄誉、それでも私は心満たされます」

 

 ここで話は終わってしまった。というよりも陛下が黙ってしまったのが正しい。1、2分過ぎると、陛下が雰囲気を元に戻したのだ。

室内に待機していた人を呼び出し、これからのことを伝え始めた。内容は聞こえなかったが、何かあるようで、何かを言い使った人はそのまま部屋を出ていってしまう。

 

「昼食を用意させます。お食べになってください」

 

 さっきのは昼食の用意をするように言いつけたのか。ということは、ここに居る全員分を用意するように言ったことだろう。これは断れない。そう考え、俺は新瑞の方を見た。そうすると頷くので、俺と同意見の様子。

 

「是非、頂戴致します」

 





 こうした情勢下でどうしてなかったのか、という話を今回書きました。本作では皇室との交流(という名の呼び出し)が何回かあります。その都度目的は違いますが。
艦これのハズなのに政治や他の軍の話が多いのは本作ならではですので……。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第38話  謁見 その2

 昼はカレーだった。焼き物の皿は何処か気品を感じ、盛り付けや付け合せ等も何処か庶民離れしているように見える。とは言え、メニューがメニューだ。庶民的なものであり、至って普通に食べられる家庭料理だ。早々に呼び出された俺たちはさっさと食べ終わらせ、会談の続きへと移り変わって行く。ちなみに陛下は別室だったみたいだ。

 

「今回中将にお越しいただいたのには訳があります」

 

 女中、使いの者、お手伝いの人、言い方は色々あるが、その人に何かを持ってこさせた。分厚いファイルには閉じきれない量が挟まれており、今も辛うじて閉じることが出来ているようなものだ。

ファイルが俺の目の前に置かれると、陛下は言い放つ。

 

「それは……先程話した記録です」

 

「開戦から今日までの、記録……ですか」

 

「はい。今日はそれを……私どもが知り得る限りの真実を知ってもらうために、こうしてお呼び立てしました」

 

 そーっとファイルの先頭を開き、中を確認する。横書きだ。そして記録の冒頭には国号が書かれている。『日本国』と。

ページを捲る度、衝撃が走る。頭がグラッと揺れ、悪寒が走り、怠くなっていった。この記録、この歴史は日本皇国と世界が歩んできたものだと言うのだろうか。このような"歴史"が。

 

「驚かれるのも無理はないです」

 

「……そう、なんでしょうか」

 

「えぇ」

 

 そんな状態になりながらも、俺はページを捲り続けた。内容を読み続けた。精神が拒絶しようとも、それを身体が拒絶する。書かれていることが必要だと、無理矢理に身体を突き動かされていく。知りたくない、知らされたくもない。どうして、何故、このようなことが……。

 

「中将、貴方が知るべきこと、知らなければならないこと……なんですよ。既に重い責任を背負わせているというのに、このように足を引っ張るような真似はしたくはありませんでしたが……。ですが、いずれ知らされることとなった。知ることになったのです」

 

 膨大な情報を叩き込み、最後のページを閉じた時には額は汗に濡れ、目眩までしてきていた。ハンカチを取り出して額を拭い、目を閉じて呼吸を整えた俺は陛下の方に向き直る。

このファイル、内容を知っているのは……誰なんだろうか。陛下は勿論のこと、他に誰が。

 

「これの内容を知っている者は少ないです。この場では私と中将のみ、新瑞には見せておりません。ですから、貴方にはこのような位置取りをしてもらいました」

 

 陛下の言う通り、会談が午後にも続けられているが、今は俺と陛下だけが向き合っているような様子。新瑞も姉貴も少し離れたところに座っており、ビスマルクらは定位置に立っている。目が良くても、どれだけ近かろうとも見えるような位置には居ない。

 ファイルの表紙を閉じ、少し離れたところに追いやる。精神が疲弊したからだ。せめて少しの間は見たくもないものだった。

 

「これを踏まえてお願いしたいことがあります」

 

「……」

 

 まだ返事を出来るほど、俺は回復していない。無礼だが、その様子を見せることなく陛下は続ける。

 

「どうか日本皇国の、"世界"のために勝利を」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 心の中で整理が付いたのは、静寂に包まれてから10分ほど経った頃だった。額の汗も引き、動悸も収まった。目眩も怠さも深呼吸や水を飲んだりして落ち着かせた。万全とはいかないが、元に戻った俺は陛下に向き直る。

 

「詳しくお聞きしたいことがあります」

 

「えぇ」

 

「その前に、人払いを」

 

「……そうでしょうね。新瑞、艦娘の皆さんと共に別室へ」

 

 ファイルの事を話すのだ、人払いするべきだろう。俺だけに見せたものだと言うのなら尚更だ。だが、人払いに艦娘たちが応じる訳もない。直立不動の状態で一歩も動こうとはしないのだ。

 

「一度、出ていってくれ」

 

「駄目よ」

 

「保安上、陛下のお側も安全だ。行け」

 

「……」

 

 聞かねぇ……。どうしたものかと考えるが、仕方が無い。強引に行ってもらう。

 

「命令だ。行け」

 

「……了解」

 

 これで良い。ぞろぞろと会談をしていた部屋から人が出ていき、残ったのは俺と陛下のみ。これで話が出来る。

 

「さて、お聞きしますよ」

 

「では遠慮なく。……この記録に嘘偽りは」

 

「ありません」

 

 最悪だ。俺がこれほどまでに知らないことがありながらも、深海棲艦と戦争をしていたのか……と。否、知ってはいた、何処か気付いていたこともある。そう。"深海棲艦の正体"については、分かることだった。だが、それ以外はどうやっても俺が知ることはなかったことだろう。知ることが出来なかったことだろう。

録音もメモも取らない。記憶に残すように確認を取っていくことにした俺は、ゆっくりと話しを続けた。

 

「この戦争、深海棲艦との戦争は50年続いている、と」

 

「はい」

 

「現在の状況に陥ったのは20年前」

 

「はい」

 

「艦娘の出現は50年前」

 

「はい」

 

 聞かされていた話と全く違う。深海棲艦との戦争はいつから始まったのかは分からない。だが、艦娘の発言は現在の状況、強制的鎖国状態に陥る直前のはず。つまり20年前でなければならない。だというのに、それ以前から艦娘は存在していたというのだ。

そして逆算して30年、人類は深海棲艦に対して戦い続けていたことに驚きを隠せない。ということは、深海棲艦出現からずっと艦娘は戦い続けているということになる。辻褄が全く合わない。となると、一度は敗戦しているのでは無いだろうか。何故なら領海まで一度は奪われていたのだから。

 

「艦娘の存在がタブーになったのも50年前で、それからずっと代理戦争だった……ということですか?」

 

「……はい」

 

「そして、"私"のような人間が何人、何十人、何百人、何千と投入され、命を落としていったと?」

 

「……はい」

 

 最悪だ。

 累計日本皇国軍戦死者約120万人。内、異邦人14054人。俺の前には14054人、同じように転移させられて死んでいった人間が居るというのだ。人道的にも道徳的にも問題しか無い。その上、記録には日本皇国軍内には異邦人は現在、俺のみしかいない。そして、今後異邦人を転移させることは出来ないとのこと。その斡旋をしていたのは『海軍本部』。この異邦人が艦娘の指揮を執るというシステムを作り出した元凶がいないのだから、異邦人がこれ以上増えることは無いのだ。

 本来隠すべきだったのはよく分かる。俺の存在も、艦娘の存在も。発現してすぐにタブーとされた上、これまで異邦人の存在は明るみにならなかった。何故なら、それは国として問題にしかならなかったからだ。何故、今は問題にならないのか? 限定的な情報開示で国民の知り得る情報を統制して、俺という存在を都合のいいように印象を操作した結果だったからだ。

危機的状況の日本皇国に現れた救世主。それが俺。艦娘たちはその救世主と共に敵を倒すべく戦う戦乙女。

もう隠して戦うことも出来ないのだ。そのような余力は残っていないのだ、この国には。

 

「分かりました。分かりましたよ。もう日本皇国には余力があるように見えて無い。食料があっても、その他物資が枯渇。余裕が無いのを隠すために私という存在を世に出し、もし私が負ければ終わりなんですね?」

 

「はい。完全に他国との関係が切られ、絶海の孤島と化します。各国が深海棲艦の排斥に成功したとしても、現状それはあり得ないですから……」

 

「半永久的に日本は世界を失う。世界が好戦的になった場合、未来は目に見えていますからね」

 

 負ける。人類は負けるのだ。そしてこの世で陛下が求めるものは……。

 

──────理由は分からないが、地獄に垂らされた1本の蜘蛛の糸を掴んで上がること

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 帰り道、俺は考え事に耽っていた。"あのこと"について知っているのは、陛下と俺、そして総督だけらしい。何でも先代から隠されてきたことらしく、もし光が灯されれば開示することになっていたとか。これまで積み上げられてきた墓標は失敗で、もう最期の1人になってしまっている。その1人には絶対に勝って欲しいということ。

 異邦人に関しては、陛下はこう言っていた。

 

『これはこの世界の理なのかも知れないです。ですが彼ら、異邦人が排斥されようとするのもこの世界の理。表裏一体なんですよ。世界として平行させるための安全装置であり、世界を平衡させるための点火装置。本来は滅びるはずの世界が、こうして足掻き続けているんですから。その足掻きを理は釣り合いを取るために異邦人を遣わせた、ということでしょうか』

 

 何とも傍迷惑な理だと思う一方で、そこまでして藻搔こうとする世界も世界だ。つまりは、俺は日本皇国の興廃を背負っているだけではなく、地球を、世界を背負っているのだというのだ。

ここまで言ってはなんだが、異邦人に関しては完全に憶測らしい。確かに異邦人が代理戦争をする形態は歪ではあるが、深海棲艦、艦娘という存在がその形を是正している。そもそもおかしいことだらけだったからだ。それが一転して正しいように見せかけているというだけ。

 ただ確実に言えることは、深海棲艦の発現は50年前であること。その間に各国は敗北に敗北を重ね、現在の状況に陥ったのが20年前。艦娘の発現も50年前だとすれば、確かに鎮守府資料室に置かれている戦術指南書はそれ相応の屍を積み上げた成果であると言える。

艦娘の事を考えると、恐らくタブー化されたのは発現から数年以内だろう。ということは、少なくとも40と数年は艦娘のみの代理戦争だったというわけだ。その間、優勢劣勢どちらにせよ数十年は持ち堪え、20年前に完全に崩壊した。

となると、疑問が浮かんでくる。艦娘たちが話していた"アノ"話はなんなんだろうか、と。敗北を繰り返した結果、東京湾への侵入を許してしまい、残存艦だった護衛艦 こんごうを轟沈させられた後、現れた艦娘たちという話。憶測は瞬時に幾つか立てられるが、確証が得られない以上はそれを信じることは出来ない。

 

「どうしました?」

 

「……い、いいや」

 

「??」

 

 "この"話は俺と陛下しか知らない。姉貴は何も知らないのだ。この話の際、俺にだけ記録を見せたということは、陛下は姉貴は知る必要が無いと判断したのだろう。姉貴のことも報告されているはずだ。"異邦人"ではあるが、正規の手順を踏んで居ないと思われる"異邦人"。それが姉貴。真相は何も分からないが、艦娘たちとの話を加味しても現れ方が全く違う。違いすぎる。

 

「陛下との話、何かあったんですか?」

 

「……いいや、何も」

 

 こういう時、というよりいつも鋭すぎる。あまり姉貴の前で考え込まない方が良さそうだ。

 俺は今までの思考を隣に置き、別のことを考え始める。今後、どのように制海権を広げていくかについてだ。おおよそは筋書き通り進めていくつもりではあるが、場所によっては繰り上がりになる可能性もあるし、後回しになることも考えられる。とはいえ、台湾までの航路を確保している現在で言えることは少ない。それまでの間にあったことを加味したところで、何も分からないのだ。

次作戦に向けた動きも既に始めている。その間、何かしらの情報を掴むことが出来るだろう。そこでまた考えれば良い。何か進歩出来れば良いのだ。

 俺はここまで考えた後、目を閉じた。今日は色々なことがありすぎたからだ。恐らく鎮守府に帰ると、何かしらが待ち受けている。それが書類なのか、執務なのか、赤城を叱ることなのかは分からないが、今の内に休んでおいた方が良いだろう。

鎮守府に着き、執務室に帰ると案の定、報告書や置き手紙があり就寝前まで忙しくなったのは言うまでもない。勿論、赤城を呼び付けるようなこともあったが。

 




 今まで分からなかったことの一つが出てきました。そのお陰で分からないことが増えましたけども……。
 久々に自分の書く物語っぽくなったような気がします。今話の件に関して、設定の方に書き加えるか否かは追って考え、書き加えようと思います。ちなみに、分かった件から連想出来ること……色々ありましょうよ(ニヤニヤ)

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第39話  予兆

 

 南西諸島北海域制圧作戦から時は流れ、台湾南方に展開していた前線を押し上げる動きをし始めていた。動きといっても、そのような動きをするのなんてたかが知れている。そう。俺たち、横須賀鎮守府の攻勢の準備が完了しつつあったのだ。

その前準備は大掛かりといえば、そうかもしれないというレベルであった。

 南西諸島北海域制圧作戦の前作戦にて、沖縄諸島奪回が叶った。島民たちが本土に避難していたしていないはさておき、沖縄自体は戦線の後退に伴い放棄しなければならなかった状況であったのは確か。そして、今では数多の島で構成させる沖縄諸島を国と軍が『深海棲艦出没につき危険』と詠い、本島やあちこちの島を要塞化してしまうことは……前回の攻勢でも俺の与り知らぬところで起きていたようだ。よく考えれば、沖縄での補給は何度もあったし知らないとは言えないかもしれない。

 それはともかくとして、沖縄諸島と台湾高雄基地への人員移送と物資備蓄が完了したのだ。兵器等は強襲揚陸艦で、それ以外は輸送艦で本土からの輸送を行った。

それぞれに数万人程度の軍人を派遣し、装備は通常兵器一個駐屯地分と、海軍補給用燃料・弾薬・食料の膨大な料の備蓄が保管されることになった。駐屯地防衛用の通常兵器と云っても個人用携帯火器や携帯式誘導弾発射機と弾頭、装甲車。少数だが機甲部隊もある。航空戦力も戦闘機等の固定翼機は無理だが回転翼機を一個飛行隊の異動もしてある。

 今から行うべきこと。少ないわけでは無い。俺の動きから、大本営ではそろそろ西方海域前までの南西諸島海域全域への攻撃が始まることを予測はしていることだろう。新瑞が恐らく陸軍へコンタクトを取って万一の部隊招集を呼びかけているところのはずだ。とは云え、先方は海軍海兵に任せることになるだろうが、あくまでそれは"そういう状況"になった時のための部隊だ。

そのため、俺は大本営に斥候の情報を報告しなければならない。迅速な動きをするために。

更に先の南西諸島北海域制圧作戦では強行偵察艦隊による強行・威力偵察を行った後、作戦行動を起こした。だが、今回は別の方法を取ることにしている。そのために既に該当する艦娘への招集もしてある。彼女らの斥候偵察任務の発令から、数日は派手な動きは出来ない。それに、彼女らの出撃前にやっておかねばならないこともある。

近海への大規模対潜哨戒だ。これまでにも何度も対潜哨戒はあったが、今回は力を入れて行う。それが完了した後、彼女たちに出撃してもらう。その後、状況に合わせて部隊を動かすことになるだろう。

 

「という訳で、現在大規模対潜哨戒が行われている」

 

 俺が立っている場所は鎮守府にある警備棟第1会議室。巨大な会議室の中を隙間なく人が座っている。知っている顔ぶればかりで、知らない人間と云えば、今回の作戦に参加することになっている各軍の部隊長クラスの人間だ。ちなみに敷地に入るに当って、これでもかと身体検査がなされた。この部屋に入ってくる面々は心底うんざりしていたから、相当執念な検査だったんだろう。

 

「未明までの報告では、潜水艦隊の接敵は5回。水上艦隊は1回。それぞれ全て撃沈。戦闘開始から終了までの間はごく短時間。現在も継続中ではあるが、すぐに完了し引き返してくる」

 

 各方面に向いたモニタに海域の哨戒状況を表示する。既に近海の哨戒は何も残っていないのでは無いかというほどまで繰り返し行われている。

 

「先ほど斥候には偵察任務を下し、出撃している。既に航路上の状況は詳細に報告がなされている」

 

 横須賀鎮守府から台湾までの航路が示され、現在斥候が航行しているであろう位置までマーカーが伸びている。まだ1/5も済んでいないが、それでも中部地方に入りかかっている状況だ。

画面が切り替わり、現在この場に招集されている部隊が表示される。海軍からは横須賀鎮守府艦隊司令部、海兵。陸軍からは各駐屯地に派遣済み若しくは今から派遣される部隊。空軍は羽田とその他戦闘機部隊や輸送機部隊が幾つか。

 

「各軍所属部隊は伝達済みの状況を開始」

 

 表示は変わり『起立』と出る。これで説明は終了。一応、ブリーフィングという形を取っているが、基本的には現在の状況説明が主となっていた。横須賀鎮守府所属部隊は基本的に情報が必要十分量がリアルタイムで伝達されている。それ以外の部隊への情報は量が量だけにどうしても書類という形になってしまうが、それを避けるためにこうして面と向かったブリーフィングを行う必要があった。そちらの方が質問等があった際、その場ですぐに聴くことが出来ると思ったからだ。

 

「敬礼ッ!!」

 

 秘書としてこの場にいる姉貴の号令で全員が一斉に敬礼をし、その場は一度ブリーフィング終了という流れに変わる。その後は隣同士や同一部隊間の情報交換の時間や質問等に充てられるようにしてある。モニタにもそのように指示が出ているしな。

手元の資料や作戦書を片付けている間も、皆話に夢中になっていた。今回の攻勢は俺たち横須賀鎮守府単一作戦では無い。各軍が連携して行うものだ。まぁ……うんざりするようなことがあったのだ。

 通常ならば俺たちだけで行うものではあるのだが、これに政治が噛んできている。政府から他の軍と連携した作戦を求められたのだ。真意は俺たちだけが功を挙げるのではなく、共同しての功としたいらしい。

それならば端島との共同作戦の方がやりやすかったのだが、それでは駄目らしく通常兵器の参加が必須だったのだ。という訳で、大本営は三軍から部隊を招集。編成表を俺に丸投げして『作戦立案頼んだ』と言ったのだ。総督からの命令ではあるし、それ以上からの命令も含まれているようにしか感じなかった。

俺主観で考えれば迷惑極まりないんだが、それ以外の視点で考えれば納得も行く。様々な考えが浮かぶのだ。

 そういう経緯からこの作戦が立案された。誰でも思いつくものだ。制海・制空権は俺たちが獲り、陸上への進出はある程度三軍に任せるものだった。台湾の時には、アレだけのことが出来る情報を持っていたが、他国では分からない。一応、タウイタウイには無人ではあるが集積場がある。最後に使ったのは、リランカ島への補給物資を送り届けたっきりだが。

つまり、台湾以外の他国に国家という者が存在しているのか、俺たちは全く知らないのだ。フィリピンは不明。リランカ島も占領軍が入るまでは無人だった。無人ばかりで調査もしていない。カスガダマには上陸していないが、船舶や航空機を確認したという報告も作戦中には受けていない。

なのでここに三軍を使うことにした。大規模な上陸部隊や支援を行うには、いささか装備が不十分で横須賀鎮守府内部で処理しきれいない部分を三軍に丸投げした作戦立案となったのだ。

海軍は上陸・橋頭堡の確保、攻略艦隊の支援。空軍は陸の制空権。陸軍は現地への接触と沖縄駐屯地のより一層警戒を強めた防衛。

 

「質問も綿密に書かれた作戦指示書にて先回りして潰してあるので、特に出てくることはなかったな」

 

「そうですね。既に海軍は連絡を済ませて厳戒態勢に入ったようですし、海兵部隊も陸軍の強襲揚陸艦"天照"や新規建造された海軍保有の強襲揚陸艦に参加部隊搭乗完了。異動準備完了との報告を昨日受けています。護衛はこちらに任せるとのこと。埠頭に集結しつつあります」

 

「空軍は空中投下物資の選定と積込み作業中で、陸軍も那覇では戦車・自走砲で編成された機甲部隊が海岸沿いに展開しているようだな。高射大隊(自走対空砲部隊)が沖縄本島内陸・海岸に満遍なく置かれたようだしな」

 

「沖縄本島の部隊配置図、既に届いています」

 

 俺たちのところでも情報交換は行われていた。姉貴が情報源となり、俺や武下が確認する。俺から各艦娘に、武下から門兵へと連絡が行われる。俺が攻略艦隊や今後出撃が予想される支隊や補給艦隊、救援艦隊に詳細を伝達。武下が場合によって行われる降下部隊や機械化部隊、特殊部隊に詳細を伝達する事になっているのだ。

 全ての整理を終えた俺は、持ってきていた荷物の全てを鞄に入れる。自分の運営する鎮守府内ではあるのだが、執務室からここまではそこそこ時間が掛かる。仕方がない上に、書類とパソコンがあったために仕方のないことだった。

俺がそれならば、ここに来ている将官たちも同じで鞄に書類や各々に発令されている命令書を片付けながら、既にちらほらと帰り始めていた。全員正門前に自動車を置いてきているようで、すぐにでも移動ができるようになっているらしい。そもそも作戦開始前ではあるし、既に動き始めているからだろうけどな。

 

「作戦参加兵力は現段階で数万。妖精含めると6桁を優に超えるな」

 

「ええ」

 

「大本営から総司令部を何処に置くか連絡は入ったか?」

 

 鞄を持ち上げ、既に殆ど将官の捌けた第1会議室を見渡し、隣に立つ姉貴に尋ねる。

 

「横須賀鎮守府艦隊司令部みたいですね。三軍の指揮官は総督と共に大本営から。CPとして機能させるようです。HQはウチです」

 

「判っていたから良い」

 

 既に部屋には横須賀鎮守府の人間しか残っていない。残っていた人たちも片付けを始めており、そろそろ執務室に戻らないといけなかった。

鞄を持った俺はそのまま第1会議室を後にする。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 国内で報道規制は掛からなかった。というよりも、今回は大本営が大々的に情報を開示していたのだ。名目は『三軍共同の南西諸島進出』。おおよその意味で捉える人ならば、恐らく第二次世界大戦ん・太平洋戦争での大日本帝国軍の攻勢について連想しそうなものでもある。現に俺はそれを想像してしまったからだ。

この戦争は人間対人間ではない。そのために情報を隠す必要もなかったのかも知れない。この報道を聞いた民間人はそれぞれ様々な反応を示したことだろう。国内の状況はぶっちゃけ俺が知るわけも無いので分からないが、よく思わない人間も一定数は居ることくらい分かっている。

ただ。それでもだ。

 

「抗議文?」

 

「はい。大本営からの直通速達便では無いルートから郵送されてきました。宛名が提督宛てでしたので事務棟を通過した時には問題ないと判断されたみたいですが、たまたま中を見てしまいまして」

 

 作戦準備も終わらせ、今は開始までの時間を消費している。現在、作戦行動に出る前に護衛艦隊を付けた強襲揚陸艦群を沖縄に護送中だ。そこに到着次第、端島鎮守府と相談して哨戒網を作る。まだ作戦発動に至っていない状況。

俺は処理しなければならない執務を終わらせて、端島の真田大佐に連絡を取ろうかと思っていた矢先のことの話だ。文書を読んだのは姉貴。丁度秘書艦が書類の提出に出ている時間を狙って来てくれたのだ。

 

「内容は?」

 

「横須賀鎮守府の戦力のみでの目標海域奪還と制圧。危険度が落ちた後、重厚な護衛と共に兵を進めるべきだという内容になりますが、今の答えはおおよそ要約したものになります」

 

「ある程度作戦内容に文句を入れての抗議で、内容から察するに兵が無駄死にするんじゃないかというものなのか?」

 

「おおよそは。ただ、やはり横須賀鎮守府に全作戦遂行の戦力捻出を求めているものです」

 

 それは無理な話だ。今回は少々政治も絡んだ作戦だ。確かに兵を巻き込まない作戦立案も可能だ。だとしても、それで出来ることは限度がある。各国とのコンタクトはどうしても俺たちだけではどうにもならないからだ。それにもし国の機能が失われていたとした時、どうやって俺たちは行動範囲を広げていけば良いのか分からない。無理矢理周辺住民を追い出して基地を建設するわけにもいかない。それは他国への侵略と同じだ。

 どうしたものかと考えはするが、やはり無視を決め込むのが一番良いだろう。下手に返事、何処かに情報を出すと大きな問題に発展しかねない。

取り敢えず、姉貴から抗議文を受け取ることにした。

 

「投函場所は……ぶっちゃけ全国の地名なんて覚えていないから分からないなぁ」

 

「東北です」

 

「あ、そう……。この他に同じような抗議文が届いた時には、内容確認後に回して欲しい」

 

「分かりました。この件は」

 

「皆には言うな。逆鱗に触れる可能性がある」

 

「……3時間で東北は焦土と化しましますね。恐らくは」

 

「あぁ」

 

 内容を最初から確認して行きながらも、出来るだけ早く読んだ俺はすぐに封筒を机に仕舞う。艦娘たちも流石に俺の机の中は見ないだろうという判断だ。これまでも見られてこなかっただろうしな。

 要件が終わった姉貴はこれから大本営に行ってくるとのこと。一応だが、新瑞や憲兵の士官にそれとなく吹聴させておくとのこと。世間話程度にするくらいで済ませるみたいだ。一応、大本営から栃木の憲兵に報告が行くだろうから、事を大きくさせる前に警戒しておくことに越したことは無いからな。

 その後、何事もなかったように提出から戻ってきた秘書艦を迎える。執務室にはこの時既に姉貴は居らず、事務棟に向かったことだろう。

何かあればすぐに反応する艦娘たちだが、どうやら何も感じ取らなかったようだ。秘書艦席にそのまま座りこんだ今日の秘書艦である川内は、頬杖を突いて何か考え始めたようだった。この後も特に何かある訳でもなく、作戦発動までにしなければならない準備を再確認して、川内と共に残っていたことへの取り組みを始めるのだった。

 





 お久しぶりな投稿になります。言い訳はしないです。少々情報整理などを行っていたり、新年度ということもあって、結構バタバタしていました(汗)
他にもしたいこと等あると、どうしても遅れていくものです……。

 今回の内容は必見です。数回ないし十数回と引きずる内容になります故、ある程度は覚えておいた方が良いと思います。
自分も何度も読み返すと思いますが、書き手が補完出来ていないと意味わからないですからねぇ。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第40話  ネアオリンポス作戦 幕開け

※注1 『番犬艦隊』

 本作の『設定 用語』を参照。


※注2 『黎明の空』作戦

 『艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話』 『第61話 作戦艦隊編 黎明の空①』以降参照

 日本皇国内に残る『海軍本部』残党の殲滅を目的として行われた作戦。表向きには『国内の軍一部がクーデターを画策しており、軍事行動を行っているための実力行使』ということになっているが、本来の目的は軍病院に収容されている提督が身辺を気にすること無く作戦行動に従事するために、反戦過激派(『海軍本部』が良いように使っている体制派)の殲滅を目的としている作戦行動。
陸海空の衝突があり、『海軍本部』側の部隊の全滅は叶ったものの、正規軍側も痛手を負うことになる。ちなみに作戦参加した正規軍はそれぞれの部隊で参加意志のある者のみのため、無理強いをせずにあくまで参加という形になっている。 


 

 大本営、作戦参加部隊は今か今かと血を滾らせているらしい。何せ、艦娘以外の兵力を投入した一大作戦は20年前。それまで戦時でありながらも、皇国含有兵力はその殆どを戦闘に投入することはなかった。だが、今回はそれを大々的に行う。南西諸島開放に向けた大規模作戦の片翼を担っている陸戦、海上、航空部隊は、遂に深海棲艦へ一矢報いる時が来たとばかりに沸々とその闘志を燃やしているのだとか。

というのも、各地からの士気に関する報告が上がっていたのだ。台湾、沖縄に集結している作戦部隊全てに言えることだが、全員が自らが日本皇国軍の兵であり、本戦の重要な点に立つことを理解しているんだとか。それで居て、今回は言うなれば横須賀鎮守府の支援が主な任務になる訳だが、それでも戦闘にはどのみち参加することになるかもしれない。それがどういう形であれ『これまで苦汁を飲まされてきたことへの反抗になるならば』と、携帯装備や唯一効果ありとされる対空兵装は塗装が剥がれ落ちるほど磨き上げているんだとか。出荷時よりも状態のいいものばかりになってしまった、と現場指揮官は苦笑いしながらも報告するという。

 変わって作戦総司令部である横須賀鎮守府地下司令部ではいつもの空気が流れていた。程よい緊張感、作戦の規模が大きかろうが小さかろうがそれは変わることは無い。

俺は左手に持っていたコーヒーカップを机の上に置き、腕時計で時間を確認する。

 

「もうそろそろだな」

 

 そう言うと、スッと戦域担当妖精たちが姿勢を正す。そして時が来た。

 

「……ここに南西諸島奪還作戦、『ネアオリンポス』作戦発動を命ずる……ッ!! 作戦参加部隊は各命令に従い、作戦行動を開始せよ!!」

 

 中央正面のモニタにタイマーが表示され、戦域担当妖精が各部隊へ指令を出し始める。

 

「「「HQより各作戦参加部隊は作戦行動を開始せよ」」」

 

 作戦開始を見届けると、一先ず作戦進行紙を手に取る。今回の作戦、『ネアオリンポス』作戦は大規模作戦だ。本来ならば横須賀鎮守府のみ、場合によっては端島鎮守府への支援要請をしながらの作戦になる予定ではあったが、大本営からの命令により、日本皇国各軍を参加させた立体戦術になった。海上での制海権争奪が主戦となり、その他海上封鎖や制空権の確保や航路構築、陸上仮設設備の広域配置、補給線の延長と拠点設置、現地民への対応等などがある。俺たち横須賀鎮守府は制海権争奪、制空権確保が主任務だ。その他の海上任務は端島が一部捻出、新設の日本皇国海軍の巡洋艦隊が実戦投入される。制空権の維持は日本皇国空軍の精鋭部隊や、横須賀近郊に位置する羽田基地の航空教導団が前線へと異動していた。その他は指揮下にあるものの、直接的な命令は俺からは下せない。

 何がともあれ、現在は潜水艦隊が斥候・偵察中だ。報告によれば、未だに台湾以南の海域までは安全であるとのこと。念には念をと、沖縄や台湾高雄基地に既に先行させてある艦娘たちにも、何度か本土までの航路を哨戒してもらっている。現在も、恐らく参加予定戦闘が遠い艦娘たちが哨戒中だ。報告が無いということは、深海棲艦の出没が確認出来ないということ。

全く以て問題ないと判断出来る。

 既に作戦第一段階は開始され、作戦艦隊第一陣は南西諸島北海域から南下し、南シナ海へと入っている筈。数十時間後には恐らくフィリピンに接近するか、予定航路にあるバシー海峡で戦闘が起こる筈。その後、フィリピン南部に到着した作戦艦隊第一陣は直後に出撃していた哨戒艦隊や偽装支援艦隊と合流し、フィリピン全島を反時計回りに哨戒する。各島の海峡や水道への偵察は航空機で行い、敵を発見した場合は適宜艦載機による航空攻撃で片を付ける。ということになっているが、現場の判断に任せている。報告はここまで上がってくることにはなっているが、何か引っかかった場合は俺も口出すつもりだ。

 作戦発動中とはいえ、総司令部に居る俺たちがすることは小さいことばかりだ。各地からの報告を纏め、作戦進行度をタイムライン化させること。集まる斥候・偵察情報を纏めて艦隊や該当海域の近くに居る部隊への報告。戦闘中でなければすることは本当にない。戦闘時になってしまうと忙しくなる訳だが、それも特定の海域に入らなければそうそうあるものでも無い。もっと言ってしまうと、総司令部に末端の戦闘状況を確認はすれど指揮をするようなことは艦隊戦以外は無い……予定だ。空での出来事は対処する可能性もあるが、近くに艦隊が居なければあり得ない。局地戦闘機(迎撃機)は横須賀鎮守府にしか無いからな。航空教導団の護衛だけで対処出来ない編隊だったなら離脱するべきだし、HQが命令を出す前に航空教導団の管制が離脱するように指示を出すだろう。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 地下司令部には、鎮守府に待機している艦娘が集まってきている。何せ人数が少ない上に、思いの外司令部は広いのだ。前方は機材や戦域担当妖精たちが居るので立ち入ることは無いが、俺が立つ場所よりも更に後ろは広いスペースがある。長机を並べて会議が出来る程度には広いのだ。

そもそも出撃出来ないビスマルク以下移籍組、通称『番犬艦隊』は勿論のことながら、残っている艦娘半数がここに来ていた。(※注1)残りは埠頭から出港し、少し離れたところで外洋を見張っている。

 

「鎮守府防衛に残されて良かったー。外だと気張ってないといけないからさぁ~」

 

「そうは言っても、鎮守府が危険じゃないという訳ではないよ?」

 

「えぇ~。今日は接近する艦の迎撃にも出ること無く、静かに地下司令部でひんやりだらだら過ごすんだぁ~!!」

 

「確かに、ひんやりだらだら過ごしやすいところだけど……ここ、地下司令部も地下司令部、心臓部だけどね」

 

 長机にぐだーっと横になっている加古の横、古鷹も顔が机に近付きつつある状況。ふにゃーとなりつつあるんだが、一応待機中なんだが……。こんな調子で、待機組は長机に並んで腰掛けている。加古や古鷹はだらだらしながらぐだぐだ話をしており、その他の艦娘たちは思い思いに過ごしている。本を読んだり勉強をしたりだとか。番犬艦体らも同じようにはしているが、艤装を身に纏っているために、やれることはそう多くないみたいだ。

 作戦行動中とはいえ、普段の書類は処理しなければならない。地下司令部の机に向かい、俺は執務を同じ時間にしていた。今日は既に終わっている。

秘書艦を付けることが出来ないため、作戦終了までは鎮守府に残っている門兵から手空きの者が来ることになっている。艦娘が南方に向かってからすぐにそのような決まりになっており、毎朝武下が指名した兵が来ていた。

 

「昨日非番だった兵からの差し入れです」

 

「おぉ、ありがとう……って、重い」

 

「はははッ。それは本ですね」

 

「ほ、本……」

 

 今朝は報告で武下が地下司令部に来ていた。入ってきた時に大きな袋を持っていたが、俺への差し入れだったとは……。というよりも、どうして差し入れなのに本なんだ? というか、まだ武下は袋を持っているんだが。

長机に袋を置き、中身を適当に手に取ってみる。確かに本だ。文庫本からハードカバーまで、様々な本が入っている。だいたいは物語だが、時々エッセイが入っているな。チョイスが斬新過ぎるものが混じっている。『職場婚 兵士と兵士の間に生まれた兵士たち』って何だ? いやまぁ、無いことは無いだろうが、これをわざわざエッセイにする必要あるのか? そんなことを考えながら裏を見ると、どうやら幼少期から始める兵士教育に関するエッセイらしい。俺にこれを読んでどうしろというんだ……。

そんな風に本を手に取って苦笑いを浮かべる俺の顔を見ていたのか、武下も苦笑いを浮かべていた。

 

「時々そういうような本が混じっています。私の執務室で誰がどれを差し入れたのかはメモしてありますので、次来た時にでも」

 

「いや。ありがたいんだが、次からこういうのは断ってくれないか? 如何せん先のこと過ぎるし、何か含みを感じる」

 

「私もそう思います。あ、あとこちらを」

 

 ドスッと本の時と同じ様な音を立てて武下が置いた袋の中身はお菓子だった。ジャンクな方のだが。箱入りのものや筒入りのもの、袋入り、大小様々なお菓子が入れられている。時々ガムやら清涼菓子系も入れられている。まぁ、これは地下司令部に常に居る俺たちからしたら有り難い。数名の戦域担当妖精がこちらをチラチラと見ているからな。流石、甘い物に目がないだけある。艦娘は言わずもがな、既に寄って来ている訳だがな。

全て取り出すと袋の底には見慣れた缶やらペットボトルが入っている。赤い塗装、赤いラベルだ。間違い無くコーラだな。

 

「2カートン分です。冷蔵庫に入りますか?」

 

「どうだろう……。休憩室の方なら入るかもしれないが……」

 

「……何が入っているかは知ってましたが、これだけ入っているとは思いませんでした。道理で重たい訳ですよ」

 

 そんな風に話しながら、俺は武下の報告に耳を傾ける。既に艦娘たちがコーラやお菓子を運び始めており、本もおける場所に移し始めていた。指示もしていないのに始めてくれるなんて有り難い。後、大量のコーラを見てテンションが高くなったのは黙っておこう。アイオワも『Fooo!!!』とか言ってたしな。

武下の報告は簡単なものだった。一応、地下司令部に居ても外の状況や報道は耳に入る。新聞を読んでいるからな。それだけだが……。武下はそれ以外の情報を民間人レベルが手に入れる事のできる範囲での情報がどの様になっているのかを報告するように頼んでいたのだ。

武下曰く、国内は平穏そのもの。大本営が横須賀鎮守府を主軸とする大部隊を動かして南西方面に進出したという情報が新聞やテレビで報道されている程度だった。世論の反応は7割が賛同・応援。2割が反対・撤退の声を挙げている。残りの1割は無関心といったところらしい。戦争の認知も上がりに上がって、戦時状態に入っているものの恐慌はしていないとのこと。認知の引き金はどうやら『海軍本部』残存部隊の殲滅作戦だったようで、未だにその話は昼のワイドショーで話題になっているんだとか。日々各方面有識者が議論を交わしているという。

 

「以上です。変わらず、といったところでしょう」

 

「そうだな。作戦開始前でも議論議論だったが、真相は知らせていない現状は見当はずれなベクトルに話が進むだろう」

 

「……『黎明の空』作戦ですね」

 

「あぁ。俺も報告しか受けていないし、書面上でしか詳細は知らないがな」

 

 『黎明の空』作戦。『海軍本部』残存部隊を殲滅するために執られた少数精鋭による侵攻作戦、と表向きではなっている。大本営から各軍へ捻出された少数部隊による、『海軍本部』が逃げ込んだとされる倉敷島への侵攻。様々な問題を起こしながらも成功した作戦であり、横須賀鎮守府で初の戦死者を出した作戦でもある。(※注2)

 この作戦に関して、世間には『クーデターを企てようとする部隊を包囲殲滅する趣旨で実行された鎮圧作戦』ということになっており、蜂起した瞬間を狙って奇襲したとされている。真実が幾つも散りばめられた嘘ではあるが、それに気付く者は少ないだろう。よっぽど真面目な有識者や当事者関係者で無い限りは真相を知ることも出来ない筈だ。

 

「これ、差し入れてくれた兵に礼を言っておいてくれ。ありがたく地下の慰みにさせてもらう」

 

「はっ、了解しました」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 作戦が始まり、まだ戦闘が無いとはいえども気は抜けない。いつ深海棲艦の艦隊からこちら側の艦隊への攻撃があってもおかしくない状況ではあるのだ。

 現在、作戦は順調に進行中だ。台湾海軍高雄基地(日本皇国海軍高雄租借泊地)から出撃した比叡を旗艦とするバシー海峡制圧部隊が、巡航で作戦目標まであと5時間というところまで近づいてきていた。索敵範囲外ではあるが長距離索敵を指示した比叡が編成に組み込まれている翔鶴より零戦による長距離航路偵察を実施している最中とのこと。現在のところ水上・潜水艦は目視で確認出来ていないという無線を受けているみたいだ。翔鶴航空隊から偵察機が出たのは分かっているのだが、機体番号と偵察包囲、目的が翔鶴から艦隊全体に送られてきたのだ。

その情報はHQである横須賀鎮守府地下司令部にも届けられており、予測飛行ルートが前面のモニタに表示されているところだ。

続報が続けて入る。所属と機体番号が送られてきたので、おおよその乗員の検討は付く。ただ、性格には分からないので、暇そうにしていた衣笠に頼んで調べに行って貰っているところだ。

 

「分かったよー、提督」

 

「お、お疲れ」

 

「EI-118とEI-119のことは分かったよ」

 

 そういった衣笠から書類が手渡される。俺が書き留めた機体番号の書かれたメモと共に、クリップで止められた状態だ。番号から翔鶴航空隊艦戦隊であることは分かっていたが、隊員とその能力までは俺は把握できていない。保有する翔鶴本人の提出した翔鶴航空隊戦技報告書(定期的に提出をさせている報告書)や、特務で翔鶴航空隊を見ていた赤城の報告書からその情報を手に入れることが出来る。衣笠にはそれを調べ、コピーを取ってくることを頼んでいたのだ。

メモを引き抜き、写真と経歴、戦果、観察と能力が箇条書きで書かれているところを読む。

特に問題ない搭乗員妖精のようだ。安定した撃墜数、被撃墜も無い。損傷は何度もしているようだが、未帰還にはならずに帰ってこれているようだ。問題なしの熟練パイロット。

 

「ありがとう」

 

「コピーしている間にもこれ観ていたけどさ」

 

 礼を言った後、俺は次の妖精に移ろうとしていたところで衣笠に話しかけられる。顔を挙げずに、俺はそのまま資料を捲って目線を落としたまま確認を続けながら聞くことにした。

 

「これ、執務室に置かれているファイルにあるものでしょ?」

 

「そうだが……それがどうかしたか?」

 

「他の搭乗員妖精さんのものも、これがあるから勿論あったよ? それに探すときはファイルの背表紙にあるアルファベットで探せって言っていたじゃない? よく分からないから言われた通りに探したけど、これって私たちのもあるの?」

 

 書類から目線を外し、衣笠の顔を見る。そこに彼女の笑顔は無かった。何処か怖がっているというか、そのような表情にしか見えない。

この書類、ファイルに関して俺は何の疑問も持っていない。恐らく衣笠はそれに関する疑問を持ってしまったのだろう。だが、考えればおかしいことなど無いのだ。兵の人事の管理はこのようにして、個人を調査したものや履歴が書かれたモノがあるのは当たり前のこと。それを衣笠が知らない筈はない。

だが、今手元にあるこれは別だ。これは俺が言って作らせているモノ。集団行動で戦闘を行っている中、唯一個人の技量が直接戦果に直結するものがあるのだ。それが指揮官と大型兵器、この場合は艦載機のパイロットになる。個々での能力の差異はどれをとってもあるモノだが、それが顕著に見えるのがその2つなのだ。

それを把握するためにこのようなデータが用意されているのだ。

 

「このデータは特別だ。衣笠たちのものは無い」

 

 嘘だ。存在している。空母の艦娘には自分で提出するものが存在しているが、それ以外の水上機搭載艦の搭乗員妖精の能力を赤城に調べさせている。本人が訓練をしたり演習に参加する度に、赤城はそれとなく近くで観察していたり、艦隊に参加して確認しているのだ。

 

「そっか……」

 

「あぁ」

 

 心が痛いが、衣笠の表情から察するに良くは思っていないのは確かだ。このデータは言うなれば調査書のようなもの。本人の合意を得ずに本人を調べているようなものだ。

衣笠もそう感じたからあの表情だったのだろう。ならば真実を言う必要は無いのだろうな。

 俺は衣笠が持ってきた書類のコピーを机に置き、正面のモニタに注視するようにした。

モニタには相変わらずの様子が映し出されているが、突如それは切り替わる。艦隊予想海域から伸びる線の先、2つの点が点灯したのだ。

 

「翔鶴航空隊の偵察機が敵艦隊を視認……ッ!!」

 

「戦艦1、空母1、重巡1、軽巡・雷巡不明艦2、駆逐1……ッ!!」

 

「比叡、全艦に対空、対水上戦闘を発令。艦隊、艦首を風上へ」

 

 報告が次々と飛び込んでくる中、俺はある号令を発する。

 

「HQより先行中の偵察艦隊へ。現在の南西諸島中央海域の状況を知らせよ」

 

 前面モニタの南西諸島中央海域、フィリピン諸島内海の目を向けるとアイコンがポツポツと生成されているのが分かる。報告を聞いた戦域担当妖精が表示させているのだ。それと同時に妖精がこちらを振り向く。小さい瞳の瞳孔が開き、額に汗を浮かべながら。

 

アンノウン(識別不明)が15……。深海棲艦の艦隊1つ……」

 

 その報告は地下司令部を混乱に陥れた。

 





 今回から南西諸島海域に突入します。作戦全容は出ていませんが、一段階はバシー海峡確保です。
どれくらい続くか分かりませんが、それまでは間に休憩はないです(真顔)

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第41話  ネアオリンポス作戦 バシー海峡制圧

※ 途中、視点が入れ替わります(提督→扶桑→提督)
 本文でも分かりやすいように区切って書いてありますが、一人称等で見分けが付くと思います。


 

アンノウン(識別不明)が15……。深海棲艦の艦隊1つ……」

 

 すぐに俺は檄を飛ばす。

 

「状況を報告せよ……ッ!!」

 

「はッ!! 偵察艦隊 伊-五八(ごーや)より入電。我、タヤバス湾にて小規模な戦闘を確認。漁船、モーターボートが深海棲艦 水雷戦隊と交戦中。深海棲艦による発砲は確認せず。但し、不明船による小口径機関銃の射撃や手榴弾と思しき投擲有り」

 

 この場に居た誰もが思っただろう。深海棲艦と戦闘中なのは人間であり、フィリピンの住民であることは。

続いて、戦域担当妖精が報告を続ける。

 

「不明船の乗員は現地民。服装はバラバラ。戦闘は組織的且つ連携を意識した戦闘を行っている」

 

アンノウン(識別不明)をフィリピン国籍の戦闘艦とする」

 

「了解」

 

 俺は続けざまに指示を出した。

 

「偵察艦隊は引き続き水上で行われている戦闘の報告をせよ。手出し無用だ」

 

「り、了解……」

 

 正面のモニタを凝視する。現在海上に展開中の艦隊は比叡率いるバシー海峡制圧艦隊。既に戦闘態勢に入り、敵味方双方に探知されていることだろう。その他にも沖縄・高雄から出撃している偵察艦隊が3つある。沖縄からは1つ。北東から南西に掛けて偵察を命じた吹雪率いる水雷戦隊。台湾からは2つ。バシー海峡制圧艦隊の援護を命じた神通率いる偽装遠征艦隊と、台湾南部の哨戒を命じた暁率いる水雷戦隊。全て水雷戦隊編成であり、沖縄・台湾に向けた空母や水上機搭載艦は全て停泊中だ。唯一、水上機・艦載機を発艦出来るのはバシー海峡制圧艦隊のものと、神通が搭載する非武装の水上機のみ。

今後出撃予定の艦は整備と補給を行っており、その他艦艇は満載している物資荷降ろし等を行っている艦もある。そこから予定通り進んでいれば手すきになっているであろう艦娘が存在していた。

 

「台湾で待機中の扶桑へ通信」

 

「了解」

 

「台湾より護衛2つを付けて出航。安全海域にて瑞雲隊を発艦し、タヤバス湾に向かわせる。装備は完全、対地・対艦装備だ。道中、バシー海峡を通ることになるだろうが戦闘は避けろ。場合によっては戦闘終了後の艦隊に回収してもらえ」

 

「了解。HQより台湾CP、HQより台湾CP」

 

 すぐさま動き出す。台湾の高雄基地から、停泊中の扶桑と手すきであった満潮、時雨が出撃。台湾南方海域洋上に向かった。その後、安全海域内にて瑞雲隊4機の発艦を行う。

その後、扶桑は当海域に留まるとCPに報告。その報告はそのままHQに届けられた。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 バシー海峡で開戦。どうやらこちらの偵察機が艦隊を発見してから、かなり後に比叡さんらが発見されたようでした。艦隊に近付きつつある翔鶴航空隊の発見に遅れたバシー海峡に居座る深海棲艦の艦隊は、対空砲火も疎らなまま戦闘に突入。航空戦は小規模ながら起きはしたようですが、殆どが発艦前に撃墜出来たために攻撃隊付き護衛のみで殲滅。艦隊戦でも航空戦が終了し制空権を獲った翔鶴航空隊が残り、密な弾着観測射撃を行ったようです。比叡さんの第二斉射が旗艦と思しき戦艦の艦橋に直撃、撃沈。その後も追撃に入っていた比叡さんらは翔鶴航空隊の彗星を1機被弾したのみで完全勝利を収めたようです。

 その最中、私の航空隊所属、瑞雲4機は戦闘空気を上空6500mを飛行することで通過し、タヤバス湾上空に到着していました。出撃までにはHQ(横須賀鎮守府艦隊司令部)との直接通信が可能な状態を確立するように提督からのご命令があったそうです。通信妖精さんがあちらの戦域担当妖精さんとの長距離無線を通じて航空隊との密な通信状況を整えて居ました。それと次いでに、HQから私の艦橋に向けての通話も可能としています。

 

「タヤバス湾に向かわせた航空隊の状況は?」

 

「現在上空待機中。高度を下げない限り確認は出来ないそうです」

 

「……では高度を下げなさい。戦闘はこちらが良しというまでは禁止です」

 

「了解しました」

 

 私が航空隊に指示した内容はすぐさまHQに知らされます。HQがどのようになっているかは分かりませんが、恐らく各地の報告が飛び交っていることでしょう。それに先程通信妖精さんが言っていましたが、バシー海峡の艦隊は撃破したとのことでした。恐らく、その情報がHQに届き、提督が次の指示を飛ばしている頃でしょう。

今、私が行っていることは提督ご自身が指示なさったことだとか。まだ参加予定の戦闘まで日数があるからということで、緊急で命ぜられました。とはいえ、何を目的にタヤバス湾に艦載機を飛ばすのかは伺っていません。それは通信妖精さんも聞いていないそうです。

目的不明な単独行動は少々不安ではありますが、きっと必要だからこその行動なんでしょうね。

 

「1番機より入電」

 

「……読み上げてください」

 

「タヤバス湾内にて深海棲艦と思しき艦影6つ、その他小型高速艇が9つ」

 

「っ?!」

 

 提督はこれを目的に命令を下したというのでしょうか。とはいえ、すぐにHQに報告が上がります。こちらから下す命令は少ないです。

 

「1番機へ」

 

「はっ」

 

「別命あるまで待機。発見されないよう、注意したまま監視を続行してください」

 

「了解」

 

 9つの小型高速艇。何故そのようなものがタヤバス湾内にあるのでしょうか……。日本皇国軍はまだ台湾以南へは出ていない筈です。私たち横須賀鎮守府艦隊司令部が安全を確認していない海域を、こちらの軍隊が航行する訳がありません。となると考えられることは1つ。その9つの船はタヤバス湾、フィリピンが保有する船舶ということになりますね。

提督からの命令を加味して考えるならば、恐らくタヤバス湾内でのこの出来事は想定外なのでしょう。そして何かしらの手段でその情報を手に入れ、私に航空偵察を命じた。そこまでのプロセスは簡単に想像できます。タヤバス湾には偵察艦隊のゴーヤちゃんとイムヤちゃんが居るのでしょう。でなければ、未だに先行隊がバシー海峡にいるのにも関わらず、この状況を察知出来る理由にはなりません。

 この後の事を考えます。HQからの命令ではタヤバス湾に向かわせた瑞雲は完全装備と言われています。無論、その通りに装備させて出撃させています。翼下には250kgが1発搭載されており、翼内20mm機関砲は徹甲榴弾、榴弾、曳光弾。軽装甲目標や無装甲目標には効果の高い弾種を装填するように命令を受けています。

これはつまり、軽装甲目標への攻撃を想定されているということです。"どちら"に攻撃をするかは分かりませんが……。

 思案に耽っていると、通信妖精さんが報告をします。

タヤバス湾からの続報みたいです。

 

「小型高速艇集団、深海棲艦に対し劣勢な模様。現在、残存3」

 

「……」

 

 提督からはまだ指示が出ていません。ですけど、私にもCPとして命令を下す義務と権利があります。瑞雲搭乗員妖精さんは恐らく、目下の状況に焦燥を感じているのでしょう。

 

「小型高速艇1、炎上」

 

「……っ。提督からの連絡は?」

 

「ありません」

 

「ならばこちらからお繋ぎして下さい」

 

 こうしている間にも、続報は少しずつ入ってきます。そして、別の通信妖精さんがHQとの通話を繋げました。私は受話器を受け取り、耳に当てます。

 

「台湾高雄基地 戦艦 扶桑です」

 

『良好に聞こえている。こちら横須賀鎮守府』

 

「上申します」

 

『……』

 

「タヤバス湾内にて戦闘中の小型高速艇集団への加勢を」

 

『……航空爆撃および機銃掃射3回を許可する。但し小型高速艇には当てるな』

 

「了解しました。それと、提督」

 

 この時、私は1つの疑問が生まれていました。何故、タヤバス湾内に居る偵察艦隊に深海棲艦への攻撃をさせなかったのか……。

 

『何だ?』

 

「何故提督はタヤバス湾内の偵察艦隊に攻撃命令を下さなかったのですか??」

 

『……偵察艦隊からの報告では、扶桑の云う『小型高速艇集団』を識別不明(アンノウン)とされていた。HQでも現時点では該当船舶集団を勢力不明と判断している』

 

「それはつまり"味方"でない可能性も考慮しているということでしょうか?」

 

 だとすれば、提督は生存が1になった時に加勢するように命じたのでしょうか? 更なる疑問が浮かびますが、今ここで尋ねても仕方がありません。

 

『そうだ』

 

 ……現状、撃破されている船舶は7つ。報告では聞きませんが、恐らく湾内は油と血で海面が染まっている筈です。ただ、私はそれに憤るべきなのでしょうが、それが出来ませんでした。

それはきっとタヤバス湾上空に待機している瑞雲隊の皆さんも同じことでしょう。それでも私が上申したのはきっと、どうしても勝つことのできない相手に抗うことを諦めなかったからでしょうか。

 

「……了解しました。通話を終わります」

 

 受話器を通信妖精さんに返し、私は命令を下します。

 

「CPより瑞雲隊へ。タヤバス湾内で戦闘中の小型高速艇集団を援護せよ!!」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 驚いた。その一言に尽きる。扶桑が無線から通話に切り替えて上申してきたことに関して、そして、知る筈もない偵察艦隊の存在とその位置について。扶桑には『タヤバス湾に瑞雲を出せ』という命令を下しただけなのだ。もしかしたら瑞雲隊が潜水艦を捕捉したのかもしれないが、どちら側のものかなんて分かる筈もない。何を確証にタヤバス湾に偵察艦隊が居るとしたのか……。

考えればすぐに分かることで、現在の戦線はバシー海峡で止まっている。それ以南にあるフィリピンの内海、タヤバス湾には艦娘が向かっている筈もない。作戦企画紙にも現在の状況下でそれ以南に艦隊が居ることを示唆するような内容の記述はないのだ。とすれば、HQである横須賀鎮守府が直接運用している偵察艦隊、潜水艦隊がそこに居るというところに行き着いたのだろう。

少ない情報でそこまで考えて、それを元に仮説を立てるなんてなぁ……と関心しつつあったが、モニタではことが大きく動き出していた。

 

「扶桑航空隊 瑞雲隊。タヤバス湾にて戦闘開始」

 

 近くで監視している伊-五八(ゴーヤ)伊-一六八(イムヤ)が無線で状況報告をしてくる。

 

「航空爆弾命中3、夾叉1。駆逐艦1撃破、大破1。続けて機銃掃射。……撤退します」

 

「現時刻を以って通常配置に戻ってくれ。扶桑及び直衛は艦載機回収後、速やかに台湾基地に帰投せよ」

 

「了解。HQより戦艦 扶桑。艦載機回収後、速やかに台湾基地へ帰投せよ」

 

 一先ず一息吐いた。タヤバス湾のことと同時進行で比叡らバシー海峡制圧艦隊の指揮も執っていた。殆どは比叡が執っていたが、時々俺がここから指揮をすることもあった。そんな中、ペチッと頬に冷たいものが当てられる。何だろうかと振り返ると、そこにはコーラを両手に持ってニッコリしているアイオワが居た。

 500mlの缶コーラを受け取り、そのままいつも座る椅子に腰を掛けると、近くに置いてあったパイプ椅子にアイオワも腰を掛けた。

少し深い息を吐き、次にはプルタブを引っ張って缶を開封する。開いた缶を口に当て、一気にコーラを口内に流し込む。いつもと変わらないコーラの味だ。

 

「お疲れ様」

 

「あぁ、ありがとう。だけどまだまだ終わりは見えないんだ」

 

「それもそうね」

 

 2口目を飲もうとした時、アイオワは缶を持ったまま俺に聞いてきた。

 

「……次の作戦目標はフィリピン?」

 

「そうなるな」

 

「外海を周回した後、内海に入って制圧……作戦企画紙ではこうなっているけれど、少し嫌な予感がするわね」

 

「同感だ。バシー海峡の完全制圧の後、陸海空軍に報告を入れる」

 

 そう言うが、心の中では別のことを考えていた。フィリピンは通過点に過ぎない。本来の目標は東南アジア。インドネシアやインドシナ付近まで進出するのが目標。次の目標はブルネイへの陸上部隊上陸。簡単な補給と整備が出来る拠点の設営だ。前回の攻勢でも使用したタウイタウイ泊地も同じく拠点設営の予定。フィリピンを確保するのは制海・空権の確保が目的だったのだ。

今回の出来事を加味して、少なくともあの小型船舶には瑞雲の姿を見られた筈だ。偵察のために飛んでいた訳では無く、加勢のために目前に出たのだ。アメリカの時とは訳が違う。姿を見られるべくして見られたのだ。

もし今回の行動の影響が、今後の作戦行動に影響してくるようなことがあれば俺は……。

 





 割りとスパンが短いような気がしますが、それはきっと気の所為でしょう(汗)

 大規模作戦開始早々に問題が発生しますが、どう転んでいくのでしょうね。それと提督の思考が分からない場面があると思いますが、そこは要注意です。

 ご意見ご感想お待ちしています。


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第42話  ネアオリンポス作戦 閑話『バタン島 その1』

※冒頭は提督視点ですが、途中から別視点に変更されます。

※注意 閑話です。


 

 バシー海峡制圧の報が入ったのは、比叡が艦隊撃破を知らせてから半日が経った頃だった。隅々まで調べ、海中に潜む潜水艦の有無も確認。上空からの綿密な航空偵察をした結果、これくらい時間が掛かってしまったとのこと。

想定以上に時間が掛かってしまったらしく、比叡から作戦遅延に関する問い合わせがあったが『気にするな。予定通りだ』と送り返している。サバサバしている癖に、こういうところは真面目になってしまうのが比叡なのだ。人となりは分かっていたので、俺としても怒るようなことは全く無かった。

バシー海峡制圧が完了したことにより、HQも騒がしくなっていた。バシー海峡南方に位置するバタネス周辺まで到達した比叡らが航空偵察を敢行、結果深海棲艦の存在は確認出来なかった為に、高雄にて待機中だった陸海軍部隊が動き出す。

 

『作戦企画紙に基づき、我々は高雄基地を出発しバタネスに向かいます』

 

「あぁ。頼む」

 

『予定通り、強襲揚陸艦1隻と海軍最新鋭巡洋艦4隻の護衛にて向かいます。道中、横須賀鎮守府艦隊司令部所属 バシー海峡制圧艦隊と合流し、揚陸が完了次第設営を開始します』

 

「数時間、バタネスにはバシー海峡制圧艦隊を残す。その間に設営を終わらせ、最低限の防衛体勢を整えろ」

 

『了解しました。では』

 

 今交信していたのは、高雄で待機中の陸軍第二方面軍から抽出された陸軍師団だ。任務はバタネスに向かい、バタン諸島の本島であるバタン島に揚陸すること。師団を上陸後、海岸線で防衛体勢を整えた後、島内陸に調査に向かう。現状、一時的な上陸であることになっているが、場合によっては物資の集積地になる予定。

ちなみに強襲揚陸艦の護衛に付く最新鋭巡洋艦とは『かさばね型護衛巡洋艦』のことだ。対空・対艦兵装を運用することを想定されて建造されている。ただ、現状は対艦兵装はただのお飾りだった為、作戦発動前の改装で対艦兵装は対空兵装に全て取り替えられていた。

 陸軍との交信の後は、海軍との交信だ。同じく台湾高雄に停泊しているかさばね型護衛巡洋艦の一個艦隊は強襲揚陸艦の護衛に就くため、出航の準備を行っていた。

 

『提督。準備は完了しています』

 

「結構。これよりバタネスに向かう強襲揚陸艦護衛の任に就いてくれ。道中、我ら比叡が率いるバシー海峡制圧艦隊と合流、そのままバタン島まで向かえ。その後の命令は比叡から受け取るように」

 

『了解しました』

 

 海軍ということもあり、更に母港は横須賀軍港。横須賀鎮守府近くにある海軍の保有する軍港所属のため、俺たちとは基地内の門兵ほどではないにしても、それなりに仲良くしている。艦娘たちも特に気にすることなく接しているようで、あちらも敬意を払ってらしい。

らしいというのも、俺は直接知らないからだ。短距離航海の時、すれ違う時には挨拶をちゃんとする間柄とのこと。あちらは、手すきの者が甲板に出て帽を振り、艦娘も甲板で大きく手を振るんだとか。遠征艦隊と仲が良いとのことで、時々艦隊司令や艦長、その他指揮官クラスの者が陣形等の質問を手紙で送ってくる。受け取った俺が何のことだか分からない時、たまたま秘書艦だった龍田が教えてくれたのだ。艦娘と一部海軍は最近、こういう間柄だということに。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 日本皇国三軍合同の『ネアオリンポス』作戦。本作戦に参加した私は日本皇国陸軍第二方面軍第六師団第二○連隊第三中隊所属の小隊長だ。50人の隊員を任され、今回初となる深海棲艦に対する大規模反攻作戦に従事する。

私の所属する師団は海軍横須賀鎮守府艦隊司令部を頂点とする作戦総司令部の立案した作戦、『ネアオリンポス』作戦の初段階に投入された。横須賀軍港から海軍の強襲揚陸艦に乗り込み、横須賀鎮守府所属の艦娘に護衛されて台湾に租借した港湾施設に向かい、そこで作戦開始を受けている。今は目前に迫ったバタン島に向けて水陸両用装甲車で揚陸する命令を受けるのを待っているところだった。

 

「小隊長!! いよいよですね!!」

 

「あぁ……。いよいよだ」

 

 上官は何も言わなかったが、"いよいよ"なのだ。自分らの手で深海棲艦を倒すことが出来なくとも、それの支援をする。それがひいては自分たちの力で深海棲艦に一矢報いることが出来る。今までは海軍、横須賀鎮守府の青年将校と艦娘が独り担ってきたことを共に担ぐことが出来るのだ。

国内の治安維持と訓練ばかりに明け暮れた陸軍はもう、そこには居ない。やっと、やっと家族や国民を背にして戦うことが出来るのだ。

 強襲揚陸艦の格納庫にサイレンが鳴り響き、同時に海水が流れ込んできた。これが満たされればハッチが開き、水陸両用装甲車は海へと繰り出す。

本作戦に於いて初の陸軍部隊の活動が開始されるのだ。

 

「CPより出撃命令は既に下っています。海に飛び込みますよ」

 

「頼む」

 

 次々と格納庫から車両が海へと入っていく。波に飲まれながらも、体勢を崩さずにバタン島へと向かっていく。

私は車内に居るので外の状況は何一つとして知らないが、車内の揺れは陸上を走るそれとは全く違ったものだ。大きく振り幅の大きい揺れが胃を刺激し、内容物を吐き出そうと身体が反応する。だがそれに必死に抵抗し、手に持つ小銃を支えにこの後の事を考える。

上陸を果たした後、私の小隊は分隊に別れて上陸地点の確保を行う。その後、中隊が集まり、中隊長の指揮の元でバタン島の海岸から内陸へと歩を進める予定になっていた。

 

「各分隊は予定通り上陸地点を確保しろッ!! 車内に残した物資は後でも降ろせるッ!! 最低限の装備だッ!!」

 

「「「応ッ!!」」」

 

 ハッチから駆け出し、浜を内陸に向かって駆ける。分かってはいたがやはり暑い。迷彩服が肌に張り付き、動脈が流れている部分が自分でも分かるくらいに発熱している。

両手には3.5kgの小銃、身体には予備弾倉数本と破砕手榴弾、煙幕弾。バックパックにはそれ以外にも携帯食料が幾つかと、物資が入っている。総重量40kgはある。

 小隊が浜を走り抜け、背の低い草が生い茂っている辺りまで到達する。少し息の上がった兵たちが集まり、簡易的な報告をしていく。

現状、特に問題はないそうだ。至って普通の海岸。漂着物は人工物のものが多く、中には明らかに鋼鉄で出来た板なんかもあるらしい。そして肉が腐り落ちた遺体が何体も。恐らく漂着したものだと云うが、真意は専門家でなければ分からないとのこと。中には日本語で書かれたものも落ちているらしい。

 

「周辺を探索した分隊から報告です。周囲には漂着物多。劣化が激しく判別不能。我々以外の人間の姿は見えません」

 

「報告ご苦労。小隊は現在地にとどまり、周囲に目を光らせろ。私は中隊長の元に向かう」

 

「了解」

 

 自分の率いる第一分隊の半数を連れ、私は現在地を移動。中隊長が上陸している地点までの200mを移動し始める。距離にしてはそこまで離れていない。ただ、目につく物は多かった。

やはり塩と風で劣化した人工物が多く、人の気配は全く無い。台湾を出る前に伝え聞いた話では、横須賀鎮守府所属の艦が数隻、総司令部の特命を受けて一度出撃していたらしい。目的地は台湾高雄沖。そこまで離れていないところで停泊したんだとか。戦場で何かイレギュラーが起きているのかもしれないが、私たちのところまで報告が来ないということは知らなくても良いことなのだろう。

 数分歩くと同じ服装の集団を発見。中隊長の小隊だ。

既に他の小隊長も到着しているようで、最後は私たちのところだったらしい。

 

「お待たせしました」

 

「良い。第一から順に報告を聞いていたところだ。君の第四小隊は今からだが、報告してくれるか?」

 

「はッ。上陸後、周辺に短距離偵察を行いましたが、人っ子一人見つかりません。周辺には漂着物が多く、人の遺体と思われるものもありました」

 

「結構。やはり全ての小隊の報告は同じ……か」

 

 中隊長は被っていた鉄鉢(戦闘用ヘルメット)を浜に置き、結っていた長い黒髪を下ろす。今どき珍しくもない女性兵士、士官が私たちの上司だ。私の小隊にも女性兵士は何人も居る。全体的に見ても女性兵士は多く存在している。

 それは置いておいて、今後の方針を決めなければならない。

中隊長曰く『上陸後すぐには人を見ることはないということは分かっていた。その件は師団長からブリーフィングの報告が下りてきている。海岸線の状況も。今回から当面の行動は、上陸地点であるバタン島北部ボルダービーチから南下。バスコ空港まで向かうこと。それまでの間に強襲揚陸艦から物資を下ろし、仮設基地設営と小さいながらも通信基地を用意することだ。

 

「他の上陸した部隊はヴァヤン・ローリング・ヒルに向かっている。先行中の偵察大隊が上陸直後にそちらに向かった。本格的な仮設基地はそちらに置く。通信設備も浜に上げた後、ローリング・ヒルの確保の知らせがあった後、我々で運送することになっている」

 

 地図は頭に叩き込んである。なので地名を言われてもすぐにどこのことだか判別出来た。

 

「我々第二○連隊はここで物資の荷降ろし、集積を行う。既に舟艇が到着している。すぐに作業に取りかかれ」

 

「「「了解」」」

 

「周辺見張りの隊を置くことを忘れるな」

 

「「「はッ」」」

 

 私たちが乗ってきた水陸両用装甲車ではなく、次に浜に到着するのは舟艇。浜に乗り上げることの出来る船だ。甲板上には様々な物資が積まれており、武器弾薬は勿論、食料、日用品、嗜好品もあった。大きいものだと車両なんかもある。トラックや軽装甲機動車が降ろされていく。中には装輪装甲車もあり、連隊が装備しているもの全てを持ってきたようだ。

浜に上げた物資を集め、その後、トラックに積み込んで連隊指揮所に向かう。浜にある指揮所だが、一番西に置かれており、その地点を偵察大隊が先に確保していたところに上陸したみたいだ。

全員の移動を済ませ、連隊が集合したのは、上陸から3時間後。かなりの短時間で出来たことだろう。

 連隊指揮所が置かれた場所から、連隊は移動を開始。トラックに物資を満載し、兵は運転手以外は徒歩で移動。目的地はヴァヤン・ローリング・ヒル。偵察大隊が先行した仮設基地設営ポイントだ。

道中、偵察大隊の兵が数名茂みや木の上に隠れており、各所で報告をしていた。私の中隊の配置は前方だったので、その存在を中央に居る連隊長の連隊本部に報告をし、兵がそこへと向かう。

 

連中(偵察大隊)、隠れ方が本気過ぎませんか?」

 

「それもそうだろう。実戦ではあるし、ここフィリピンも連絡を途絶えて数十年は経っているらしいからな。国交がない以上、戦闘が起こりうるという想定をしておくのが当然だろう」

 

「軍事協定が存在したことは知っていますが、それも過去のものですもんね。とはいえ、横須賀がタウイタウイを使ったことがあるという話は聞きますから何とも判断しかねます」

 

 隣を歩く兵士が云うのも同意だ。未確認の情報ではあるが、横須賀鎮守府の艦隊が一度、フィリピン南西部に位置するタウイタウイに泊地を用意したことがあるというものだ。現地政府の許可を取った取ってないは不明だが、確実にそういう話があるのだ。

 

「何にせよ、そろそろ転がる丘に到着するだろうな。車両が見える」

 

 約1kmの道のりを1時間程掛けて歩き、目的地の丘に到着する。既に偵察大隊は仮設基地の設営(と言っても、テントの用意をしているだけ)を始めている。後から到着した第二○連隊も物資を下ろし始め、仮設基地設営を始めるのだった。

テントを立て、物資を山積みにしてビニールシートを被せる。途中、周りに有刺鉄線や木の杭を立てて、エリアを明確に。車両を種類ごとに均等に並べ、司令部、兵舎、医務に分けていく。全ての設営が終わったのは、日が落ちてからだ。

このタイミングで、周囲の偵察や立哨の持ち回りは既に決まっており、該当部隊は既に兵士を出している。私の小隊はまだまだ先なので気にする必要はないが、その代りに司令部へと出頭していた。

夕食後に各小隊長以上の指揮官は司令部に集合するように言われたのだ。

 

「全員、集合しました」

 

「ご苦労。全員楽な姿勢をしたまえ」

 

 連隊長。第二○連隊は歩兵中心の軽装甲部隊だ。戦車なんて物は保有してなければ、偵察大隊以外は全て歩兵大隊。少し離れたところにも他の連隊がこのように拠点を作っているとのこと。明日の朝、師団長が到着するらしい。一番最初に上陸した我々第二○連隊はいわば斥候部隊なのだ。

 

「現在第二○、二二連隊がバタン島に上陸している。第二二連隊はこの丘より東、中村埋葬地(Nakamura Burial Grounds)付近に仮設基地を作っている」

 

 地図が正面に置かれたボードに張り出され、分かりやすく赤いマグネットで印をしてある。

 

「明日、師団長と共にボルダービーチに残りの第四四連隊、第六戦車大隊、第六高射大隊が到着する。これらと共に師団長の指揮の元、バスコ空港に向かう。目的は皆も知っているだろうが、沖縄・台湾からの日本皇国空軍の航空部隊や横須賀鎮守府艦隊司令部所属の艦載機が降り立つための滑走路が必要だからだ」

 

 赤いペンで各連隊と師団長らの後発部隊がどのようなルートで動くかがおおよそ書かれていく。

 

「道中、集落等に入る可能性が高い。現地民が居た場合は銃口を向けることはしてくれるな。政治的交渉を我々に行う力はない。日本皇国政府及び横須賀鎮守府艦隊司令部に面倒を掛けさせる訳には行かない。部下にもそう厳命しておけ」

 

「「「「「「はッ!!」」」」」」

 

「バスコ空港に到着した後、今後の命令を師団長から下される。それ以降は大隊、中隊、小隊でバタン島内に散らばり、調査等を行ってもらうことになるだろう」

 

 そこまでは中隊長からも聞いている。これ以降、どのような言葉を聞くことになるかは分からない。

 

「今日は各隊へ戻り、休め。明日からは忙しくなる」

 

「「「「「「はッ!!」」」」」」

 

 あまり長くはない話だったが、期待していた以上の情報は聞けなかった。ただ、バタン島に散らばることになるとは、思いもしなかったことではあるが。

私は司令部から出ると、中隊のテントへと向かった。空を見上げると真っ暗だが、いつもなら見ることの出来ない星がある。綺麗な空だ。

 





 大規模作戦ですので、視点を変えたところも書かせて頂きました。箸休めみたいなものです。
名前も出ない、所属のみしか分からない人の話ではありますけどね……。
今回を通して留意していただきたいのは、大規模作戦中(※今回に限るかは分からない)はこのようなことが各地で起きているということです。
描写不足な気がしなくもないですけどね(汗)

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第43話  ネアオリンポス作戦 閑話『バタン島 その2』

※注意 閑話です。


 

 バタン島での作戦は委細順調。師団長と共に上陸した装甲部隊も不具合無し。そのまま第二二連隊と合流、師団として各方面に展開しつつバスコ空港に入った。

先方だった第二○連隊の私たち第三中隊は滑走路を見て唖然としている訳だが……。

 

「えっと……」

 

「中隊長。これは一体」

 

 塗装が剥げた航空機が5機。置かれている。人の気配は無い。その航空機は掩体壕のようなところに入れられており、近くには工具が落ちている。それもホコリを被っているが。

 

「司令部に報告……した方が良いだろうな」

 

 隣にいる中隊長も呆然と立ち尽くすしか無い。誰だってそうだろう。このような光景を見れば。

 

「つ、通信兵は至急司令部に報告。後続の部隊にも」

 

「了解」

 

「司令部にはバスコ空港に置かれている機について。見たままで良い、伝えろ」

 

「了解」

 

 そう。ここバスコ空港に置かれている機というと……。

 

「零戦と……一式陸攻か?」

 

 塗装は剥げているが、その形状はどう見ても大戦期に運用していた大日本帝国軍の艦載機と攻撃機にしか見えないのだから……。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 中隊長は空港内の調査に各小隊をあてがったが、私の小隊は別行動をしていた。掩体壕に入れられている機、零戦と一式陸攻の調査だ。ただし、触らずに外観のみを観察することを厳命されている。

丁度、私の小隊にはこういったものに詳しい兵が居るのだ。こういう時、知識がある人間が居ると良い。すぐさま状況が確認出来る。

その兵には一時的に小隊の各兵に指示を出すことを告げ、私たちはその兵に言われた通りに調査をしていた。と言っても、見てメモを取るだけではあるのだが……。

 

「アイツ、製造番号と所属部隊を書き留めておけって云うけど……」

 

「こんだけ塗装剥げてたらわかんねぇぞ……」

 

 その兵はそれぞれ書かれている場所を指定して言ったが、ご覧の通り塗装は剥げているのでそれが書かれている場所が分かっても分からないことだらけなのだ。それに知識も無いので、見ただけで零戦であることは分かっても、それ以上は何一つとして分からないのだ。

とはいえ、分からないと話が進まない。もしかしたら、横須賀鎮守府の空母のものかもしれない。ただこれだけ塗装が剥げている状態を見る限り、それはあり得ないだろうとは想うのだが……。

 

「お、なんとなく分かって来たぞ。垂直尾翼に書かれているものと、胴体尾翼付近だろ? やっぱりそれらしいのがあるな」

 

 どうやら見つけたらしい。メモを取って『発見しました!! メモも取りました!!』と兵が言っている。他のところからも、報告が集まって来た。

バスコ空港の掩体壕に隠されていた零戦4機と一式陸攻1機、全ての所属部隊と製造番号は分かったようだ。それを詳しい兵に見せる。彼はというと、指示は出していたが掩体壕から離れて、他に機が無いか探していた。丁度帰ってきたところだったのだ。

 

「ふむ……。零戦3機は二一型。1機は不明。全ての所属部隊はA。一式陸攻は二二型。製造番号も所属部隊も分からなかった……」

 

「どうなんだ? 上にちゃんとした報告はできそうか?」

 

「製造番号を見る限りだと、戦中に作られたもので間違いないようですね。そうでなければ、これだけ劣化しているのはおかしいです。ただ、一式陸攻の所属部隊が分からないのは困りましたね」

 

「そうなのか?」

 

「えぇ」

 

 そう言って、兵は不明な1機を見に行くと言った。それに付いて行く。

零戦の不明機は隣の掩体壕にあり、ただ1機のみ置かれた状態になっているのだ。それを見上げた兵はぐるぐると周りを練り歩き、眺める。確かに兵が言っていた製造番号の書かれている場所は削られているし、垂直尾翼の所属部隊もかすれて分からない。数字ならなんとか読めるが、肝心のアルファベットが分からないんじゃ意味がない。胴体にある色帯、塗装でも所属部隊が分かるらしいが、それも分からないのだ。ただ1つ言えることがある。この機だけ、他の塗装がまだ綺麗に残っているのだ。他の機程剥がれていない。

 

「エンジンカウルから出ている管。推進式単排気管……これを見る限りだと零戦五二型としか思えない。だけど、不自然に伸びている機首武装はなんだ?」

 

 何を言っているのかさっぱり分からない。他の皆もそうみたいだ。

 

「……」

 

 遂に黙りこくってしまった。これじゃあ報告のしようがない。彼からの話がなければ、曖昧な報告を上にしてしまうことになる。それだけは避けたい。円滑に作戦を進める為だ。

私も一緒になって例の零戦を眺める。確かに、この機だけは製造番号が削り取られている。所属部隊は確かに分からない。ひと目見て分かるような塗装がされていないのだ。深緑に下部はクリームのような、白のような色。至って普通の零戦じゃないか。

 そうこうしていると、どうやら兵は何かに気付いたようだ。

エンジンに近寄り、推進式単排気管と言った場所をよく観察し始めるのだ。私にはそれが何だか分からないが、排気口のようなものであることは確かだ。それが何かあるのだろうか。

 

「……少し違う、な」

 

「何か分かったのか?」

 

「えぇ。小隊長。こいつは多分、零戦六四型。報告には五二型として、備考に五二型には見られない特徴もある、としておいて下さい」

 

「分かった」

 

 零戦六四型、聞き慣れない零戦の型番だ。それを言われて分かる人間など居るはずもなく、私は言われた通りにメモに書き込んだ。

 その後、後続の中隊が続々と到着。機甲師団もすぐに空港内に入り、トラック等の輸送部隊も到着していった。その時には大々的に空港内の調査が入ったが、結局掩体壕に隠されていた機体がどのようなもので、どうしてここにあるのかは全く分からなかったそうだ。

ちなみに報告では、例の兵が言った通りに報告。違和感を持った師団長が台湾を経由して総司令部に報告したそうだ。写真を何枚も撮り、それを現像とデータ両方を本土へと送りだすことになった。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 第六師団の任務はまだ終わらない。バスコ空港を手中に収めた私たちは、そのまま西進。西の海岸線にある市街地へと入る。私たち第二○連隊は師団から先行し、一足先に市街地へと入っていた。師団本隊の到着は半日後とのこと。

中隊長は各小隊長を集め、これからの指示を出した。私の小隊は市街地中央を調査しながら進むことになる。道中、軍・人の痕跡を探しながら進み、途中、師団本部を置ける場所を探さなくてはならない。割りと重要な任務ではあるが、これは他の小隊にも課せられている。担当地域が違うだけなのだ。

 46人の部下を引き連れ、人気のないゴーストタウンを進む。自動車なんて足はなく、徒歩で小銃を構えたままだ。

張り詰めた空気が包み込み、日差しが体力を徐々に奪っていた。

 この市街地に入った時の第一印象は『古い』だった。とにかく何もかもが古い。道路は舗装されておらず、アスファルトも敷いてない。街路には電灯がかなり離れた間隔でしか立っておらず、信号機なんてものはない。両脇に立つ建物も、高くて4階建て。それ以上の物はない。一番高いと思われる時計塔でさえも5階建てない程度だ。そして木造ばかりで、鉄筋コンクリート製のものは一区画で1つあれば良いほうだ。

時々覗き込む建物の中はホコリだらけで、どう見ても劣化してボロボロの商品しか置かれていない。

 

「もう少しで陽が傾きます。野営出来る場所を探しませんと」

 

「そうだな。よし、そこの4階建ての建物に入ろう。屋上の上に更に何かが立てられている。夜はそこに交代で見張りを置こう」

 

 もう日の入りの時間が迫っていた。さっきまでカンカン照りだったのに、もう夕焼けに染まっている。建物に入り、中を調査している間には夜になってしまっていた。

各部屋、階を調査していた分隊からそれぞれ報告を聞く。どうやらこの建物は地上4階建てのみ。出入り口は表に大きな扉が1つと、裏手に小さい扉が1つだけ。それ以外はなく、2階から上には窓があり、ベランダは無し。4階から上に上がると、屋上に上がるタラップがあり、そこを出ると物干し竿があるだけだったそうだ。中も至ってその通りで、棚は壊れ、商店だったんだろうが、商品は須らく劣化していた。本のようなものはなく、新聞もない。3階から上はどうやら居住スペースだったということが分かり、水回りはあるが水は出ない。それだけだった。一応、3階、4階は軽く掃除しておいたとのこと。

 陽が完全に沈むと、見張りを交代しながら食事を摂る。その間にも連隊には報告を送っている状況。他の部隊がどのような場所で野営しているかは知らないが、人の声や銃声が聞こえないとなると、比較的安心出来る場所を確保しているということだろう。

程なくして、自分の見張りの番まで仮眠を取る時間となる。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 市街地には人っ子1人も居なかった。それが第二○連隊が出した答えだった。確かにこのバタン島には人の居た痕跡があるが、今も人が住んでいるかと言われると首を傾げざるを得ない。

西進を続けた結果、西端の海岸に到着してしまったのだ。それまでに兵は誰も人と会わず、1人として死傷者を出すことは無かった。そして、ある程度の痕跡を見つけることが出来たのだ。それは、軍隊が居た跡。野営したような痕跡、銃撃戦をしたのか空薬莢が散乱し、血飛沫が舞った跡もあったのだ。だがそれだけ。戦死体は白骨化しており、戦闘服ももう何が何だか分からない状態だったのだ。ただ分かることは、空薬莢は自分らが使う自動小銃と同じ物を使っていたのと、それ以外にも西側のものも混じっていたことだ。放置されていたオンボロの兵器たちも同じようなものだった。

そういうものに詳しい兵曰く、この市街地は『兵器の骨董市』だという。退役していなければならないものがわんさかあったからだ。それに見つけていたのだ。砂とホコリを被った自動小銃本体が。

 第二○連隊は市街地西端で待機。師団が到着し、そのまま南進を開始。結局、バタン島に上陸した第六師団は小さい事柄を幾つか得ただけで、現地民との接触も何も無かったのだった。

ただ、師団本部がバスコ空港で発見した航空機たちに関する報告は、総司令部まで上がっていったようだった。他の報告も全て上がったのだが、それに関してはかなり興味を示していたという。約10日間のバタン島上陸は南端にあるイトブットから強襲揚陸艦によって回収されることで幕を閉じたのだった。

この上陸がどのような意味をもたらしたかは分からない。それに私らの小隊が調査したところ以外でのことは、何1つとして起きた事柄を知ることはないが、私たちの発見だけでも何か作戦を左右するようなことになったのかもしれない。

通過した都市部には人の気配がなく、戦闘した跡が残っており、遺された装備は全て骨董品。こんな状況のバタン島が今後の動きに大きく左右するか等は、一介の士官である私には何も分かることは無いだろう。

 

 





 前回からあまりスパンを開けずに投稿しました。その1を上げた時点で、その2も書き終わっていたんですけども(汗)
 今回閑話ということで2話書きましたが、閑話とは言え本編に関係のある話です。登場人物に関する勘ぐりもありますが……その辺りは触れません。

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