せっかくモードレッドに憑依したんだから遠坂凛ちゃん助けちゃおうぜ! (主(ぬし))
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せっかくモードレッドに憑依したんだから遠坂凛ちゃん助けちゃおうぜ!
長くなってしまいました。前書きは以上です。それでは、如何にも頭の悪い一発ネタの小説の始まりです。短いですが、お楽しみいただければ幸いです。
‡凛ちゃんサイド‡
拝啓、天国のお父様、お母様。
貴方達の娘、遠坂凛は今日、悲願であった聖杯戦争勝利のため、サーヴァントを召喚しました。その結果をお伝えします。
私、死ぬかも。
「よくあるやつだこれぇ……」
第一声がそれだった。ナヨナヨして、とてつもなく情けない。もちろん私のじゃない。召喚されたサーヴァントのだ。
認めよう。たしかにウッカリはしでかした。召喚の時間を間違えたのだ。だから召喚場所の座標が狂って、気合を入れて召喚した英霊を屋根を突き破らせて二階のソファーに頭から突き落とす羽目になった。私にも非はある。だから贅沢は言えないのは認める。……だからって、こんな、
間近から顔を覗き込んでみても、動転してこちらに気がつく様子もない。観察してみると、本当に可愛らしい白人の女の子だ。手足が長いせいで一見すると背が高いようだけど、立ち上がれば私より拳一つくらい小さいだろう。見た感じ、1つか2つ年下っぽい。顔は勝ち気そうで、今は情けなくハの字に垂れた眉をキリッと釣り上げれば全体の印象にピッタリとマッチしそうだ。銀を基調として鮮やかな赤い文様が走る鋭角の鎧はどことなく私のイメージにも合ってる。……中身が伴っていれば。
このままじゃ話もできない。腰に手を当て、すぅっと鼻から息を吸い込んで、一喝。
「ちょっと、アンタ! いい加減にシャキっとしなさいよ! 英霊なんでしょ!」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
ビクッと肩を跳ね上げて猫のように飛び上がる。座ったままジャンプするなんて器用な英霊だ。女の子の英霊はまるで飛ぶのが下手くそな鳥みたいに空中で手をバタつかせて、小さなお尻をボスンとソファに落とした。みょんみょんと二度ほどバウンドしながら、私の顔を恐る恐る見上げる。翡翠そのもののように美しい瞳に憤慨する私が映り込んで、
「―――ふわぁ、やっぱり美人さんだなぁ」
「……ありがと。でも、アンタも大概よ」
ふにゃりとハムスターみたいに緩んだ表情に、途端に怒りが霧散する。いきり立っていた両肩からガックリと力が抜ける。
なんなんだろう、この英霊。ていうか、本当になんの英霊なんだろう?
「……アンタ、真名は?」
これで聞いたこともないマイナーな英霊だったら神父のところに怒鳴り込んでリコールしてやる。一週間以内なら効くはずだ。
内心に息巻いてずいっと顔を近づけると、英霊はまるで男の子みたいに頬を赤くして顔をそらしながら、「えーっと……」と何事か考える仕草をする。自分の正体を伝えるのに何を思い出す必要があるのか。数秒経って我慢できなくなった私がまたもや叫ぼうとする寸前、英霊がとても申し訳無さそうな態度と口調で答えた。
「も、モードレッド、です。一応……」
もーどれっど……モードレッド……?
……
「モードレッドですって!? あのモルドレッド卿!? アーサー王伝説の!? 円卓の騎士の!? 主君に謀反起こして国を滅ぼした!!??」
「ひゃいいいいいっ!!」
後ろ髪を雑にまとめただけの金髪女の子の両頬をガシッとわしづかむ。むぎゅっと頬を潰されてもなお可愛いという卑怯な容貌の美少女が、言うに事欠いてまさかあの世界的に有名な英雄伝説を終わらせた叛逆の騎士だなんて、にわかには信じられない。あれ、待って。そもそも、
「アンタ、女の子じゃない! モードレッドって男じゃなかったの!?」
「ふ、複雑な家庭環境で……」
「そんな“実はワタシお父さんが二人いるのよね”みたいなノリで言われても納得出来ないわよ!」
「ひゃいいい~」
とは言え、私も家庭環境のことでは人のことは言えない。ナイーヴな問題に足を踏み込んでほしくないのは英霊も同じかもしれない。私だって、自分の過去や家族のことについて初対面の人間に無遠慮に尋ねられるのは遠慮被る。感情の猛りに流されてはダメよ、凛。冷静になるの。深呼吸をして頭に新鮮な空気を送り込むと、頬を掴んでいた両手から力を抜いて涙目の英霊を解放してやる。
目頭をギュッと押さえて頭痛も抑えながら、私は混乱する思考回路を正常に戻す。前向きに考えよう。この女の子が本当にあのモードレッドであれば、アーサー王伝説にも登場する第一級の英霊ということになる。カードとしては上等な部類だ。もしも、もし万が一にも本物であるのなら、本人の性別やら家庭環境の話は重要じゃない。ああ、いえ、十分に大事な話なんだけど、ひとまず置いておいていい問題だ。サーヴァントとして正式に契約するにあたって、もっと重要なことをハッキリさせなくては。
「じゃあ、アンタがモードレッドだってことを証明してみせて」
「へ……?」
「今のままじゃ信用できないわ。こんなにぽや~っとしてる円卓の騎士なんて想像できないもの。令呪を使って証明させてもいいけど、そんなことしたくないの。もったいないし、」
それに、今後の信頼関係も悪くなる。口にしなかったけど、コクンと小さく頷いた英霊はなんとなく言外に込めた意志を察してくれたらしい。言葉にせずとも機微を理解してくれる英霊というのも所帯じみてる気がするけど。なんだか同じ日本人と話している気分だ。
自分のことをモードレッドと名乗った英霊は、なんとかそれを証明してみせようと腕を組んで「むむむぅ」と薄い唇をへの字に曲げる。自分で問い詰めておいてなんだけど、本人に対して『本人であることを証明しろ』というのも酷な話かもしれない。にも関わらず、抗弁もせずに律儀に従ってくれるところを見るに、この英霊はそれなり以上に誠意ある性格ではあるらしい。
仕草から本性を分析しようと目を細めて眺めていると、不意に英霊がパッと花が咲くように笑った。
「宝具の剣!」
「“ほうぐのけん”?」
ヤマビコみたいに聞き返して―――しかし、“何よそれ”と問い質すことはできなかった。どこから取り出したのか、空気をザッと切り裂いて真紅の大剣が英霊の手に出現したからだ。突如顕現した大剣は底冷えするような冷たい存在感をありありと放って、部屋の温度を一瞬で極寒に下げる。
「―――ぅ―――」
血塗られた刀身を目にした瞬間、精神がストローで吸い出されるような強烈な不快感に襲われた。渦を巻いて纏う禍々しいオーラが肌をビリビリとつっぱらせる。ぞっとした悪寒が氷塊となって胴体に押し込まれたような感覚に、お腹の芯まで一気に冷やされる。魔術で加工された魔道具なんかとは次元が違う。そんな生易しいものじゃない。これは正真正銘の魔剣だ。数多の命を吸って穢れてしまった、魔の宝具だ。
英霊が、まるで自身の腕の延長であるかのようにヒュンと音を立てて刀身を翻す。視線は手元ではなく私に向けたままだ。片手で―――しかもあんなに華奢な指で―――自身の胴体ほどもある大剣を扱うなんて雑技団でもやらないような難行なのに、ちっとも危なっかしくない。その堂に入った見事な剣さばきで、目の前の女の子が人知を超えた超常的存在であることをようやく思い出した。
白い肌が魔剣のオーラに照らされて返り血を浴びたように赤く染まる。純粋に見える笑顔が逆に怖気をそそる。こんな魔剣を振るう英霊、絶対にまともな奴じゃない。私はとんでもない奴を召喚してしまったのか。
ゴクリと喉を鳴らす私の胸元に向かって、水平に携えられた刀身がずいと突き出される。そのまま一歩踏み込まれれば、私の首は胴体と永遠にさようならだ。だというのに、肉体が緊張に凍りついて動かない。最悪の予感が冷や汗となって頬を伝い落ち、
「はいっ、クラレント!」
ぷしゅっと。
持ち主の覇気の無さにやる気を削がれた魔剣からしぼむように邪気が抜けた。おどろおどろしく赤黒かったオーラはどこへやら、うっとりとするような華美な宝剣が私の目の前に差し出されている。多分、これが本来の姿だ。
じとっと据わった目で英霊を見やれば、こちらの憂慮なぞ気にもせず、「これでわかってくれるでしょ」と言わんばかりに目をキラキラさせている。まるでネズミを捕まえて「褒めて褒めて」と主人に見せるネコだ。そのキラキラ目を見つめ直し、私はさっき脅かされた意趣返しも込めて必要以上にニッコリと微笑む。
「ええ、たしかにクラレントのことは少しだけ知ってるわ。アーサー王が持っていた聖剣の一つよね。でも、私はクラレントの本物を見たことはないし、仮に本物でも、それを持ってるからってアンタがモードレッドだって証明にはならないわよね?」
「くられんと……」
「クラレントじゃない!」
ネズミを返してきなさいと言われたネコのようにションボリしながら大剣を背に回す。どこに収納されているのかわからないけど、剣は姿を引っ込めた。英霊はちっとも英霊らしかぬ年相応の少年少女の表情で「本物なのに」と不服そうに唇を尖らせる。たしかに凄い宝具であることは認める。間違いなくランクA、いやさらに上に相当するだろう。本当に『
と、またもやボサボサの金髪が感情に合わせて波打ち、パッと笑顔が花咲く。胡乱げに腕を組む私に向かって、今度は自分の顔を指差して、
「父上と瓜二つ!」
瞬間、私はチーターのような俊敏さで英霊に肉薄し、両頬を再びわし掴んでモチのように揉み倒す。
「だーかーらー!! 私がアーサー王の顔知ってるように見える!? 顔なじみに見える!? “あらアーサーさん、今日もいいお天気ねウフフ”なんて挨拶交わしてるように見ーえーるーのー!?」
「ひゃいいいいいい~」
これでもかともみ倒しにもみ倒してから解放する。白かった頬はグニグニとこね回されて、桜餅みたいにすっかり赤くなっていた。すでにお互い肩で息をするほどに体力を消耗している。なんでこんな漫才みたいなことをサーヴァントとしなきゃいけないのか。
手ぐしで髪を整えて気を取り直すと、私は英霊の横にどっかと腰を落とす。そろそろとソファの隅に移動しようとしていた英霊の首根っこを掴んで「逃げないの」と引き寄せ、じっとその翡翠色の両目を視線で穿つ。
「なんで叛逆したの」
「えっ?」
「叛逆の騎士モードレッドは、円卓の誓いを反故にし、父親であり主君であるアーサー王に反旗を翻した。命絶える最後の最後までアーサー王を憎み続け、ついにカムランの丘で刺し違えるようにして彼の王に致命傷を与えた後、絶命した。父の代でようやく平和を取り戻し、興隆しかけていた祖国に破滅を齎した。少なくとも現在に残る伝承ではそうなってるわ。ねえ、どうして? 何がそうさせたの? 何をそんなに恨んでいたの? アンタが本当にモードレッドだっていうんなら、答えて」
ぐいっと顔を近づけて問いかける。この質問に答えられなければ、例えどんなに外見は無害に見えたとしても、私はコイツを信用しない。背中を任せるに値しないと断じる。
英霊は、自分の内側を見つめるように数秒目をつむると、少しだけ言いよどんで、やがて小声で紡ぎ始めた。
「……認めてほしかったから、かな」
「……認めて、ほしい?」
呆気にとられた私のオウム返しに、英霊がコクっと頷いて、胸の内側から探し出してきた心情を言葉に変換しながらポツポツと続ける。
「モードレッドは―――つまりオレは、アーサー王の実の子じゃなかったから。えと、不倫とかそういうんじゃなくて。血は繋がってるんだけど繋がってないというか。母親も、いるんだけどいないというか。母親とも言えない奴だったというか。まあ、とにかく複雑で……。でも、オレは父上の血を受け継いでると思っていて。皆が称える無敵のアーサー王の血統がこの身体に流れてるんだと自慢に思っていて。それが一番の誇りで、唯一の支えで、最後の拠り所で。でも、父上はそれを認めてくれなくて、一度も褒めてくれなくて、それでオレは―――」
「もういいわ」
「へっ?」
「もういいって言ったのよ。十分よ、
いきなり自分の名前を呼ばれて呆然とする英霊をよそに、私はよっこらせと反動をつけてソファからすっくと立ち上がる。その勢いでモードレッドがまたもやバウンドするのを視界の隅に置きながら、私はかつての自分自身を彼女に重ねた。
父親に認められたい。その気持ちは、私には痛いほどよくわかった。期待してほしい。振り向いて欲しい。誇りに思って欲しい。ただ、頭を撫でて「よくやった」と褒めて欲しい。子供っぽいと笑われるかもしれない。承認欲求に突き動かされるなんて未熟者だと。……でも、まだ子供なんだ。私も、そして目の前の
騎士王を殺めた者、叛逆の騎士、兄殺し、円卓の破壊者、不義の子、裏切りの星に生まれた者、祖国を滅亡させた反逆者。それら壮大な伝承も、大層な二つ名も、蓋を開けてみればただの親子喧嘩。振り向いてくれない父親をなんとか振り向かせようと、報われない子供が必死に足掻いた末の、本人すら望まなかった悲しい結末。今だってよくある話だ。
皮肉を笑おうとして、失敗した。私を見上げる女の子の無垢な瞳が、かつて愛を求めた末に狂気に染まったんだと知ってしまったから。
「し、信じてくれるの?」
「くどい。この遠坂凛に二言は無いわ。信じると言ったら信じるのよ。私はアンタをサーヴァントとして全身全霊で認める」
ただ人情に共感したからじゃない。私は、自身の審美眼に無二の自信を持っている。経済的な才覚は発展途上だけど、人を見る目に関しては確固たるものだと自負している。その私の眼が、心が、彼女の話は真実で本心だと告げている。このモードレッドを信じろと言っている。祈るように手を合わせてうるうると瞳を揺らめかせるこの叛逆の騎士は、二つ名に反して決して私を裏切らないと、全力で私の力になってくれると特大の太鼓判を押している。ならば私は迷わない。自分も信じられない者を誰も信じない。
それに、このサーヴァントを引き当てられたことは超幸運だ。なにせ触媒も無しに、かの有名な円卓の騎士の一人を
髪をさっと翻らせ、私はモードレッドに向けて力強く手を伸ばす。私のサーヴァントと―――これから共に聖杯戦争を戦い抜く
キョトンとしたモードレッドは己に向かってまっすぐに伸ばされた手と私の顔を交互に見て、その意図に気付いてさらに瞳を湖面のように潤わせた。認めてもらえた喜びから、「ますたぁ……!」とパアッとヒマワリのように満開の笑みを咲かせる。おずおずと小さな手が差し伸ばされ、私の手に重なりかける。指先が触れて、血の通った人肌の温もりを実感し、私は自身の審美眼にあらためて信頼を寄せた。
このサーヴァントとなら私は全力で戦える。この戦争を勝ち抜き、遠坂一族の、お父様の願いを実現できる。そう、私が望み、掴んだこの英霊―――
「この戦争、私と一緒に勝つわよ!
そうだ。私は、自身のパートナーとするに相応しいセイバークラスを見事引き当てることに成功したのだ。まあ、多少のうっかりはしでかしてしまったけど、それにしたってこの英霊は円卓の騎士で、しかも世界に名高い騎士王にあと一歩まで迫った最高クラスの猛者。先に見せつけられた通り、宝具の威容とそれを扱う技術はピカイチ。我も強くなく、素直で従順そうな性格。そして何と言っても極めつけは、クラレントを有する最優の
……でも、なんでこの英霊は、如何にも「あちゃー」という顔をして、一向に私の手を握ろうとしないのだろうか。
「……何してるの、セイバー。さあ、手を取りなさいな」
モードレッドは返事をしない。目をぎゅっとつむって、唇をヘニョヘニョと結んで、さも言いにくいことがあるんですという表情で固まっている。さっきから“セイバー”と呼ぶ度に、手が引っ込んで、ツンツンと元気に波打っていた髪が萎んでいく気がした。はて、なんだろう、何かとても嫌な予感がするのは気のせいかしら。
「……ねえ、モードレッド。つかぬことを聞きたいのだけど、アンタのクラスは何かしら?」
ギクッと背中を震わせる、わかりやすい反応。まさか。
「……チャー、です」
「あらあらおかしいわね、声が小さくて聞こえなかったの。もっと大きな声で言ってもらえるかしら」
取調官に雑巾の如く絞られる犯人のように身を縮こまらせて、セイバーであるべき英霊が消え入るような声で答える。
「アーチャー、ですぅ……」
再びチーターと化す私。激情のブースターによる熟練の拳法家の動きでモードレッドの懐に侵入する。眼前に迫る表情がアワワワと青ざめる。だけど、不意に突然、その顔に名案を思いついたというような閃きが過ぎった。不敵な笑みへと変貌したモードレッドに理性が信号を発して急ブレーキをかける。私の目と鼻の先で、突如モードレッドの鎧の首元が発光した。
ガシャガシャガシャガッキーン!!
男の子向けの玩具みたいな騒がしい金属音を響かせて兜が出現した。ブロックのように分裂して収納されていた兜のパーツが鎧の首元からせり上がってきて、頭全体を包み込むように再構成されたのだ。側頭部から猛牛のような角が天に向かって突き立つ、勇壮な
『モ゛ッモ゛ッモ゛ッモ゛ッ』
奇妙な笑い声を兜内で反響させて、モードレッドはむんと勝ち誇って胸を張る(私より小さい)。
ほほお、面白いギミックを備えた鎧兜ね。なかなかやるじゃない。でもね?
私はニッコリと圧力を込めて微笑む。予想外の反応に、気圧されたモードレッドが『モ゛……』とそれまでの高笑いを止めて呻いた。たじろいでソファの背にもたれ掛かり仰け反るモードレッドに、両の手の甲をずずいと見せつける。丁寧に手入れした自慢の爪がギラリと輝く。その輝きは白熱電球の反射によるものだけでなく、魔術的な付加によるものでもある。今から何をされるのか理解したモードレッドが兜の内側でひくっと顔を引き攣らせ、
『ひゃあああああ〜! 黒板を爪で引っ掻く音がするぅうう〜!』
兜に思いっきり爪を立てた。犬が爪を研ぐようにひたすらガリガリとひっかき続ける。魔力を流して部分的に強化した爪は金属のような硬さで兜の表面を激しく擦れる。これでも傷一つつかないのはさすが英霊の防具だ。でもその硬さが今は仇になっている。外の私でも耳障りに思うほどなのだから、内側のモードレッドはさぞやたまらないはずだ。持ち主のヘタレ具合に呼応してへにゃっと萎れた兜の角をむんずと捕まえて、私はさらに激しく引っ掻く。
「うるさーい! モ゛ってなによ! アンタは牛か! バルタン星人か! 大体、あんな大層な剣持ってるくせになんで
『わからないですぅううう』
「わからないで済んだら警察も秘儀裁示局もいらないし、妹の桜が養子に出されて離れ離れになることもなかったわよ!」
『切ないぃいいい』
兜の中で涙声をワンワンと反響させるモードレッド―――認めたくないがアーチャー―――を、私は気が済むまで引っ掻いてやった。だけど、何故だろう。怒っているのだけど怒っていないというか、上手く言えないけど、不思議と懐かしくて楽しい気持ちだった。ずっと昔、まだ家族四人が揃っていた時に桜と公園でじゃれ合っていた時のような童心に立ち返って、私は目尻に熱さを感じながらアーチャーを困らせ続けた。アーチャーも、全力で抵抗すれば出来るのにそうはしなかった。こうして触れ合うのを本心では嫌がっていないと思えた。似た者同士、傷を舐めあっているのとは断じて違う。ただ、なんというか本当に、じゃれ合っているんだ。まるで姉妹みたいに。
英霊との出会い、サーヴァントとの契約の瞬間にしては、高揚感どころか緊張感の欠片もなかった。でも、これでいいと思えた。私たちはきっと、良いパートナーになれると思えた。
拝啓、天国のお父様、お母様。
最初に送った言葉を訂正します。私は、この戦争で死ぬかもしれません。勝利を得られず、倒れるかもしれません。でも、きっと、後悔はしないでしょう。このアーチャーとなら、背中合わせに突き進める。そんな気がするんです。
それでは、また明晩に。これからアーチャーに、二階の部屋の片付けをさせないといけませんので。
‡モードレッド(?)サイド‡
原作キャラに憑依……。二次小説でよくあるやつだこれぇ。そりゃあ、遠坂凛はFateシリーズで一番好きなキャラだし、モードレッドもその次に好きなキャラだけど、まさか自分がモードレッドに憑依して、しかもApocryphaじゃなくて冬木の第五次聖杯戦争に参加することになるなんて、まったくもって想像できない。どうしてこうなった。眠ってたら「言い出しっぺの法則が~」って声が聞こえたけど、あれが原因なんだろうか。言い出しっぺも何も、オレは二段ベッドの下で眠ってただけなんだけど。本当に夢なんじゃないかと疑ってたけど、ホッペタを思いっきりグリグリされても、兜をガリガリ引っかかれても、目が覚めることはなかった。リアルすぎる夢、なんだろうか?
でも。でも、凛はオレのことを信頼してくれた。オレという不純物が混ざった、本物のモードレッドとはいえないオレのことを、「信用する」と言ってくれた。嬉しかった。ゲームやアニメを通してじゃわからない、人間的な器の大きさをこの目で見ることができた。夢にまで見た世界で、夢にまで見たキャラとこうして生身で触れ合っている。たとえ、これが極限までリアルな夢なんだとしても―――好きなゲームの好きなキャラの想いには全力で応えたい。二段ベッドの上で眠りこけてる資格マニアの兄さんと違って、ごく普通の大学生成り立てのオレには大したことは出来ないかもしれない。だけど―――とにかく、頑張るよ。せめて後悔のないように、後悔させないように、力いっぱい、全力で頑張るよ。任せて、凛!!
「アーチャー、この部屋、明日の朝までに天上の穴を直して部屋も片付けておいてちょうだい。私は寝るから」
……任せて、凛……。
如何でしたでしょうか。僕は、書いていて何年も前に別作品を書き始めた時を思い出しました。とても楽しかったです。早くそちらを完成させて、皆さんにご披露したいです。
小説情報において『短編』という括りになっている通り、連載はしません。話としての続きはなく、これで物語は終わりです。続きについても幾つかアイデアはありますが、本筋は別作の『せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ』とほぼ重複するものとなりそうなので。同じストーリーを書いても、書く方も読む方も面白くないです。それに、体力と気力と時間に余裕のある今のうちに他の小説にもっと力を注ぎたいのです。前述したアイデアについては、次話の『主人公の設定と、連載するにあたって考えていたアイデア』にて述べるつもりです。
ではでは、本日はこの辺で。最後に、この妄想についてツイッターやブログで感想を送って頂いた方々に、あらためて感謝を。とてもとても嬉しいプレゼントです。おかげさまで、この10日間はいつも以上に楽しく小説を書けました。素敵な日々をありがとう。それ相応の素敵なお返し、とは言えないかもしれませんが、どうか拙作でお楽しみ頂けたなら幸いです。
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主人公の設定と、連載するにあたって考えていたアイデア
【憑依モードレッドの設定】
Fラン大学に通う資格マニアのなんちゃって大学生の弟。兄と違って勉強熱心で頭はよく回るが社会経験は少ない様子。最近、兄の影響を受けてFateシリーズにハマったオタク初心者。遠坂凛とモードレッドに自分に無い要素を感じており、好きなキャラの一位と二位となっている。兄と共有する狭い部屋の二段ベッドの下で寝ていると、身に覚えのない声を聞いた気がして、気づいたらFateの第五次聖杯戦争のアーチャーとしてモードレッドの姿となって遠坂凛に召喚されていた。
口癖は「よくあるやつだ~」。モードレッドの能力や知識にはアクセスできる様子。目を合わせたくない時や、気まずくなった時は、すぐにあの可動式兜をガシャガシャさせて顔を引っ込める。その度に凛から「顔を隠すのやめなさい!」と爪でガリガリ引っかかれて、「黒板を爪で引っ掻くみたいな音がするぅう」と情けない悲鳴を兜の中で反響させる。
中の人は気弱な性格なので、勝ち気そうな外見とのギャップが激しい。凛から自己紹介を求められた際は「モードレッド、です、一応…」とオズオズしながら答えたりする。電子機器に精通している。スマホを使えないことを馬鹿にされた凛の代わりに、LINEの文字入力やスタンプなどの代筆、タブレット端末の設定などをしたりする。
「美綴さんから『えっ!遠坂、LINE使えたの!?やるじゃん』って返事が来ましたけど」
「ふふ、驚いてるわね。アーチャー、こう返信してやりなさい。“女子3日会わざれば刮目して見よ!”ってね。あ、なんかカッコいい感じの、スタンプ?っていうのも一緒にね。……あ~、その“ふりっく入力”っていつ見ても目が痛くなりそうになるわね」
「慣れればこっちの方が楽ですよ」
一番好きなキャラである凛を護ろうと、原作知識を活かしながら憑依モードレッドは懸命に頑張る。
序盤、士郎が土蔵で召喚したセイバー(アーサー王)に遭遇し、あわや斬りかかられる寸前、機転を利かせた土下座を超える五体投地で「ごめんなさい父上!!!!」と額を地面に擦り付けて謝罪することで何とか事なきを得た。
「悪かったと思ってますホントに!裏切りとかホントかっこ悪いですよね!若気の至りっていうかなんていうか!今はもうホントに心の底から反省してるんで!ホントにホント!」
……と凄まじい勢いで謝罪することでセイバーはドン引きしつつ「お前も丸くなったのだな」と納得。以後、セイバーと憑依モードレッドは不思議な同盟関係となる。
モードレッドの知識にアクセス出来るのでセイバーの質問にもちゃんと答えられるし、モードレッドの複雑な気持ちを客観的に整理した上でセイバーに伝えたりする。なので、セイバーはモードレッドが感じていた惨めさや寂しさ、誰よりも父上に認めて欲しいと願っていたことを知らされ、衝撃を受けたりする。
「……あの時、オレは、認めて欲しかったんだと思います。貴方に対して弓を引けるのは―――貴方を振り向かせられるのは、他でもない、貴方の血を引く自分自身だけなのだと、貴方に伝えたかったんです。でも、素直じゃなくて、口下手で、馬鹿だから、あんな伝え方しかできなかったんです」
「……私は……」
「父上は頑張ってましたよ。人の気持ちがわからない、なんて起きてるのか眠ってるのかわからない奴の言うことなんて気にしないでください。本当は誰よりもわかってるけど、どうしていいのか誰も父上に助言しなかった。父上を一人にしたオレたちこそ、父上に謝るべきなんだと思います」
「………」
中盤、ツイッターでギルガメッシュ(“金ピカ”、“冬木”で検索)の居場所を特定するなどして戦いの流れを有利に進めることに貢献。終盤には、セイバーの『エクスカリバー』と、自らの宝具『クラレント・ブラッドアーサー』を同時に開放して威力を倍増させることに成功し、ギルガメッシュの撃破に成功する。
それまで使用を控えていた3つ全ての令呪をブースターとして使用し、さらに自らを構成する魔力すら総動員しての宝具全力開放だったため、憑依モードレッドはセイバーを残して消滅する。消滅する寸前、自分がモードレッドだったら何と言い残すかを考え、セイバーに「後悔なんてしないでくれ。アンタが王でよかったんだ」と言って消える。
その後、残されたセイバーはスッキリした面持ちで士郎らとともに聖杯を破壊し、彼女にとっての英霊の座、即ち死屍累々のカムランの丘に帰還する。けれどもそこにはもう後悔はなく、傍らで血の海に沈むモードレッドを「すまなかった、愛する我が子よ」と抱きしめる。モードレッドは涙を流して微笑み、そっと息絶える。
動く者のいないカムランの丘を見渡しながら、けれどもセイバーは後悔しない。全員がひたすらに全力で走ってきた結果をもう否定しない。そう心に決めて、彼女は再び剣を取って歩き出す。するとチラホラと生き残った騎士たちが立ち上がり、また彼女についていく。そうして、歴史に無い新たな騎士王伝説が始まったのだった。
終わり
モーさん好き
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