マイボス マイパートナー (ジト民逆脚屋)
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一年四組の二人と一年一組の一人と一年二組の一人

仙波・傭平

更識簪とは幼少の頃からの付き合い。
のんびりのほほんと、少し聞き取り難い声で喋る。
例に漏れず、全国一斉検査により適性が発覚、学園へと強制入学が決まった。

適性が低い為、機体の反応速度等が鈍い。
それを補う為に、セントリーガンやカウンターガン、マインスロワー等の自律若しくは時限式の装備で戦う。
今現在は、個人よりタッグで実力を発揮するタイプ。


「傭平」

「なんだイ? ボス」

「それ、取って」

「アイサー、ボス」

 

IS学園整備室にて、二人の男女が一体の鋼の鎧を前に作業を進めていた。

一人は更識・簪、日本の国家代表候補生でありロシア国家代表更識・楯無の妹でもあり、一年四組の代表でもある。

もう一人は仙波・傭平(せんば ようへい)、史上三人目の男性IS操縦者であり一年四組の副代表でもある。

 

「ボス、やっぱりサ、整備課に助け……」

「要らない」

「左様デ」

 

少しだけ聞き取り辛いがらがら声で、傭平が簪に発案するが、簪は一も二もなくそれを却下。目の前に拡げた空間投影ディスプレイを操作し、鋼の鎧『打鉄弐式』の調整を続けていく。

仙波はそれを見つつ、懐から棒状の物を取り出し口にくわえる。

 

「傭平、ここは禁煙」

「煙草じゃないんデ勘弁」

 

傭平が白い煙を吐くと、甘い香りが簪の鼻に届く。どうやら、今日のフレーバーはバニラの様だ。

 

「ボス、今日は上がりましょ」

 

先程より少しだけ聞き取り易くなったがらがら声、それを聞きつつ簪はキーボードを打鍵していく。

時刻は十九時半、食堂は二十時迄、もうすぐ食堂が閉まる時間だ。

部屋に買い置きは無い。購買は既に閉まっている。

このままでは、今日は夕飯抜きになってしまう。

簪も成長期、それは出来れば避けたい。避けたいが、今からでは間に合わない事は確実だ。

 

「ボス?」

 

傭平が首を傾げて簪の顔を覗き込むが、簪は一向に反応を示す兆しが無い。

さて、どうしたものかと、仙波傭平は考える。

こうなった簪は実に長い。最長で半日は動かない事もあった。

 

「ボ~ス~」

 

電子タバコ型の吸入器を口の端に噛み、簪の頬を突っつく。しかし、簪は反応せずブツブツと何かを呟いて動かない。

はてさて、どうしたものか?

このまま放置しては、彼女の姉に何を言われるか分かったものではない。

あのシスコンの事だ。あの手この手で自分をいびってくるに違いない。

傭平も、それは避けたい。

彼女の姉、更識・楯無はねちっこい。

なんかこう、簪絡みの事になるとネチネチしてくる。靴底に貼り付いたガムの方がまだマシだ。あっちは手で剥がせるが、こっちは剥がしにかかった手に貼り付いて更にネチネチしてくる。

いっそのこと、更識ネチネチとか更識ネチ奈に改名した方が良いんじゃないと思ったりもしないではない。

 

――更識ネチ無は無い。それだと、ネチネチしてないみたいだし、微妙に語感が良いから――

 

傭平はもう一度煙を吐き、痒みに似た喉の痛みを紛らわす。

この喉とも何年の付き合いになるか、物心付いた時から仙波傭平はこのがらがら声しか出せない喉と生きてきた。

困った事はあまり無かったが、聞き取り難いと言われる声には少し悩んだりもした。

悩んだりもしたが、生まれつきではどうにもならぬと直ぐに諦めがついた。

 

「ボ~ス~?」

「…………」

「傭平、簪さん。もうすぐ整備棟閉まるぞ」

 

考え込む簪に悩む傭平に一人、声を掛ける人物が居た。

 

「ああ、織斑クンじゃあないですか」

 

世界初のIS男性操縦者の織斑・一夏だ。

 

「おう、どうだ? 打鉄弐式の調子は?」

「ご覧の有り様ですヨ」

「アッチャー」

「アッチャー」

 

二人揃って額を叩き、天を仰ぐ。その時、何故かインド語を喋っていたが、最近覚えたばかりの単語であるという以外に理由は無い。

 

「あ、一夏……」

「うぃっす、簪」

「ちっ!」

「舌打ち?!」

 

簪の専用機である〝打鉄弐式〟は倉持技研にて開発されていたが、世界初の男性IS操縦者である織斑・一夏が現れた事により開発が中断され、パイロットであった簪が無理を言って自分で開発している。

 

だからか、簪は織斑・一夏が嫌いだったりする。

と言っても、そこまで嫌っている訳ではない。

 

「まあまあ、ボス。織斑クンが悪いんじゃないんですシ」

「知ってるし解ってる」

 

織斑・一夏が故意に男性パイロットになった訳ではないし、倉持技研に専用機の準備を指示した訳でもない。

ただ単純な偶然が積み重なって折り重なって拗れた結果、更識簪は織斑・一夏が少し嫌いなだけだ。

アニメや漫画に小説等々の読み物やゲームの趣味が意外と合い、簪の解り辛い冗談にも割りとノッてくるので、遊び仲間としては好きだ。

周りの専用機持ち達の様に、恋愛感情に発展する異性では無い。

 

「傭平」

「はいはい、ボス」

「今日はここまでにする」

「アイサー」

 

簪の作業終了宣言を聞いて、傭平は吸入器を胸ポケットに納めて機材を片付けていく。

 

「だけど、どうするんだ?」

「何が?」

「食堂、閉まったぞ。今」

「アッチャー」

「アッチャー」

 

傭平と一夏は互いに顔を見合わせ、額を軽く叩いた。

参ったネ、いや、まったく。笑いながら、どうするかを考える。だが、そんな都合良くアイデアが浮かぶ訳も無く、どうにでもなれと作業を進めていく。

 

「ちょっと、あんた達。まだなの?」

 

ダラダラと作業を進めて、空腹で男子二人の口からあー、うー、と声が漏れ始めた頃、整備室の自動扉を蹴破る勢いで小柄な影が飛び込んできた。

 

「あ、鈴」

「あ、鈴、じゃないわよ。どうすんの? 今からじゃ、食堂も寮も閉まってるわよ」

「あれ? じゃあ、皆は」

「はぁ、もう、世話が焼けるわね。ほら、簪も傭平も早く片しなさい」

「鈴、カーちゃんになるの、まだ5年位早いんじゃない?」

「誰がカーちゃんよ、誰が?! あんた達みたいな、デカイ子供産んだ覚えは無いわよ!」

 

トレードマークのツインテールを逆立てる鈴。

これはそこ、あれはあっちと、三人に指示を出して、整備室の片付けを終わらせていく。

 

「ほら、早く済ませなさい。仮眠室の申請も、晩ごはんも簡単だけど用意してるから」

「やっぱり、カーちゃんじゃん」

「簪のだけ、ピーマンだけの青椒肉絲にしようしら?」

「マジすんませんでした!」

「ボス……」

 

肉の無い青椒肉絲は青椒肉絲ではない。金が無い時は言うのだろうが、今は違う。

金ならある。だから、青椒肉絲には肉が入ってないといけない!

 

「片付け終わったよー」

「ほら、さっさとシャワー浴びてきなさいな。着替えは用意してるから」

「鈴カーちゃん!」

「卒業後に貰ってくれるなら、呼んでもいいわよ」

 

凰・鈴音が恥ずかし気も無く言い放ち、その横でぐったりした簪を運ぶ傭平が感心した様に声を上げ、

 

「いいぞ」

 

相手の織斑・一夏は軽く返事を返した。

 

「知ってる」

 

だから、ちゃんと貰いなさいよ。

鈴はそう言い、一夏の横腹を突いた。

 

「ボス、生きてまス?」

「……腹へった」

 

その横では、傭平が抱えた簪が空腹でぐったりしていた。




いや、執筆中の小説欄の中にあったから投稿してみました。


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一年四組の二人と一年一組二組の二人

凰・鈴音
もう、あいつ一人でいいんじゃないかな?
一夏に再開する為に、力任せな戦法で、並み居る相手を捩じ伏せてきた。
龍砲? 双天牙月? 
そんな途中で壊れる物は要らない。殴り倒して握り潰して、蹴り飛ばして踏み潰して、最後に立ってりゃ勝ち。
そんなセカンド幼馴染みの為に、甲龍は強度、耐久力、剛性靭性、壊れない為の性能とついでに安定性と低燃費を追究した設計に……
見た目は、新装版の扉絵の機体の手足をゴツくした感じ

織斑・一夏
そんなに鈍感じゃないどころか、鈴の酢豚発言を曲解する事無くストレート理解、彼女の告白を受け入れている。
進路が決まって卒業した後に、籍を入れる話にまで進んでいる。
他ヒロインズ? 良き友人です!

更識・簪
どうしてこうなった?
物臭、自堕落、食欲全開、こんなかんちゃん見た事無い。
二人目が食堂でちょっかいかけてきて、頼んだ唐揚げに黙ってレモン掛けたので傭平巻き込んで戦争になった。
因みに、二人目はすぐに謝って、代わりの唐揚げ(三人前)をくれたので許した。どうやら、悪気は無かったようだ。

仙波・傭平
影が薄い。
滑舌は良いのに声が聞き取り辛い。
四組は技術者志望が多い為、機体はラファールの改造機〝ラファールEXTRA -04〟
大破寸前だったラファールの装甲類を、放置気味だった打鉄の予備装甲に張り換えたり、中抜きして軽量化を計ったりして、耐弾性や機動性が僅かにUPしたぞい。
見た目は新装版のラファールを、EZ-8っぽくした感じ。


「んで、打鉄弐式はどうなの?」

「ん~、どうなんですかネェ」

 

鈴が整備棟の仮眠室前ロビーにて、鈴が役目を終えた紙皿をゴミ袋へ入れながら傭平に聞いた。

 

「どうなんですかねぇって、あんたね」

「いや、俺、ボスみたいに機体に詳しい訳じゃないんでスヨ? だから、はっきりした事はボスに聞いてくださイナ」

 

傭平は鈴に肩を竦めながら、ほんの少しだけ聞き取り辛いガラガラ声で答えた。

事実、打鉄弐式の設計開発は、簪が倉持技研から引き継いで行っているものであり、傭平はその作業のサポートをしているに過ぎない。

 

「それもそうね」

 

傭平の答えに納得した鈴は、紙皿や割り箸を詰めたゴミ袋の口を縛り、ダストシュートへと放り込んだ。

鈴の見立てでは、打鉄弐式の完成はそう遠くないと思う。しかしそれは、外装のみの見立てであり、内装が今どうなっているのか、鈴は知らない。

知らないが、順調に進んでいるとは考えていない。

鈴の機体〝甲龍〟も、専門の技師やシステムエンジニア達が集まり造ったのだ。

それをただの一学生が、形が出来ていたとは言え、短期間で完成させられるとは考えられない。

簪も傭平も気付いている筈だ。所詮は学生、卒業までに完成させられたら御の字だと。

 

「おーい、ジュース買ってきたぞー」

 

シャワー帰りの一夏が四人分のジュースを抱えて戻ってきた。

 

「サンキュ、一夏」

「いやぁ、ありがとうございまス。織斑クン」

「ええんやでっと、簪は?」

「簪なら、持ってきた回鍋肉も青椒肉絲も米も全部平らげてシャワー行ったわ」

「あんな細いのに、何処に入るんだろな?」

「さあ? ボスは昔からよく食べるカラ」

 

青椒肉絲、回鍋肉、白米、簪だけが食べた分をざっと見積もると、合計で約四人前は平らげている。

鈴も食べ盛りの男子二人分は多く見積もって作って、休みである明日の昼食や夕食にでもと思っていたのだが、簪の食欲を失念していた。

男子二人に女子二人、合計四人が食べても余る計算が簪一人に狂わされた。しかし、鈴の顔には嫌な色は浮かんでいない。

 

「ま、米粒野菜クズ一つ残さず食べてもらえたら、作った方としては嬉しいわね」

 

鈴も、今は諸事情あって休業中ではあるが、定食屋の娘である。自分が作った料理を残さず食べてくれたら、嬉しいに決まっている。

 

「鈴の飯は旨いし、残す奴はそう居ないって」

「たまに量がスゴいのが出てきまスケドネ」

「男子なら、あれぐらい食べるでしょ?」

 

鈴の料理は旨い。生徒の中には態々金を出して作ってもらおうとする者も居る。

居るが、そんな事をせずとも、空腹抱えて鈴の周りを彷徨けば、問答無用で口に何か食べ物を捩じ込まれる。

ダイエット中だろうがなんだろうが関係無い。

 

『腹ペコでなにか出来ると思ってんの?』

 

〝学園二位〟〝小暴龍〟〝一年二組のカーちゃん〟の名は伊達ではない。

抵抗は無意味だ。単純な力のみで専用機を獲得し、技術もなにも無いただの力尽くで並み居る相手を捩じ伏せ、学園最強の生徒会長にあと一歩まで迫った実績がある。

そんな鈴相手に抵抗しても、あっという間に制圧されて腹が張るまで食べさせられる。

 

「傭平」

「あれ? ボス、どうしたんでス?」

「私のパンツ知らない?」

 

談笑をしていた三人の前に、バスタオル一枚で簪がシャワー室からパンツ知らないかと、平然とした様子で出てきて当たり前の様に聞いてきた。

知っているとは言え、あまりの光景に一夏と鈴は固まった。

だが、聞かれた傭平は当たり前の様に平然と答えた。

 

「ボス、自分で持っていったんジャ?」

「でも無い」

「着替え入れの籠見ましタ?」

「……見てない」

「そこじゃないですカネェ?」

「それよりも早く着替えなさい!」

 

あられもない姿のままで居る簪に、とうとう鈴カーちゃんが再起動。バスタオル一枚の簪をシャワー室に押し込み、叱りつけながら着替えさせていくのが聞こえる。

 

「傭平、お前よく平気だな?」

「いや、あれですヨ? 幼稚園児の頃から一緒に住んでるんですヨ? 今更、何がどうなるって話デス」

 

仙波・傭平は幼少の頃に、更識家に引き取られ住んでいる。〝例の姉〟がかなり面倒くさいが、恵まれた環境で実の弟妹も当然に育ったのだ。今更、バスタオル一枚で現れても、動じる訳が無い。

 

「ボス、酷い時はパン一タオル一枚で出てきて、アイスかじりながらアニメ見始めますヨ」

「傭平、やっぱ、それ色々アウトじゃね?」

「アウトに決まってるでしょ!」

 

頭にたんこぶを作った簪を軽々と脇に抱えた鈴が、眉間に皺を寄せて戻ってきた。

 

「はい、簪もしゃんとしなさい!」

「あぁ~、頭が回るんじゃぁ~」

 

簪を軽く持ち上げ、ソファーへと座らせる。簪も細いが、鈴だって体格はそう変わらない。なのに、あのパワーは何処から出ているのか。

〝鈴カーちゃんの超パワーの源〟

実は学園七不思議の一つだったりする。

 

「傭平、次に簪がバカやったら、私を呼びなさい」

「え?」

「い・い・わ・ね!」

「アイアイマム!」

 

軽く押さえられた筈の傭平の肩から、骨が軋む音が聞こえる。

その音に怯えたという訳ではないが、傭平は即座に了承の意を示した。

そこに簪の意思は反映されない。反映したら、自堕落一直線だからだ。

 

「私の人権……」

「簪、これを機会に少しはしゃんとしなさい」

「うぇ~い」

 

試合や整備ではしゃんとしている反面、それ以外ではどうにも自堕落。

それが更識・簪だ。

 

「傭平もよ」

「アイアイマム」

 

そして、その更識・簪の相棒が三人目の男性パイロットの仙波・傭平。

この二人、そんなに強くないけど何してくるか解らないコンビ、〝仙簪(せんかん)コンビ〟

二人がこのIS学園で何を成すのか?

これは、そんなお話。




EZ-8のプラモ買ったからね。
ハイゴッグも欲しい……
ああ、グフカスタム……

あ、今回から感想返信を開始します。
宜しければ、どしどし感想を……!


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一年一組のもう一人

続きそうにないので初投稿です。

あ、艦これの短編『隻眼の鬼神』と『ほな、さいなら』も宜しくお願いします。


早瀬・誠一郎(はやせ せいいちろう)は転生者である。

頭はおかしくなってない。本当に転生者だ。

このインフィニット・ストラトスの世界に、身体能力と頭脳チートをやり過ぎない程度にかつ無双出来る程度に貰って、原作ハーレム崩壊させて一夏を盛大にアンチしてやる。

 

そう思っていた。だが、いざこの世界が現実になったと実感し理解した瞬間、誠一郎は恐怖に駆られた。

 

――アンチって、生きてる奴を現実に追い詰めるんだよな――

 

誠一郎の前世は、決して明るいものではなかったが、よくアンチもののオリ主にある暗くて卑屈な人生という訳でもなかった。

そう、割りと普通な人生をだった。

まあ、彼が生きていた前世の日本は少し治安が悪く、彼も発砲経験があったりするが、今は関係の無い話だ。

 

その割りと普通の人生を送っていた誠一郎には、今の現実で生きている織斑・一夏を、自らの欲望の為に排斥するという行為が、とてつもなくおぞましく恐ろしいものに感じられた。

 

追い詰めた結果、相手が死ぬかもしれない。

そう考えた誠一郎は、一夏をアンチするのをやめた。

よくよく考えてみれば、精神系のチート貰ってないし、普通に話をして普通に過ごしていればワンチャンあるだろう。多分。

 

それに加えて、この世界の一夏は原作の様な突発性難聴系鈍感主人公ではなかった。

セカンド幼馴染みの凰・鈴音とゴールインしていた。

セカン党涙目事案である。

というか、その鈴がおかしい。

他にも、恐らく自分が転生してきた影響であろう差異があるが、飛び抜けて鈴がおかしい。

 

先ず一つ

カーちゃん属性追加

原作でも、暴力を振るわなければヒロインレーストップと言われていたが、この世界の鈴はそれにカーちゃん属性が追加されていた。

落ち込んでいる者が居れば隣にそっと寄り添い、泣いている者が居れば泣き止むまで待ち、話を聞く。

その逆に祝い事でも、率先して祝う。

クラスの女子のコメント

『バブみがやばかった。クラリッサが連絡してこなかったら、私は二度と立ち上がれなかっただろうな』

 

次に

鈴、強過ぎ問題

ビックリした。割りとマジで真面目にビックリした。

原作なら個人的な印象がパッとしない機体の〝甲龍〟が、燃費と龍砲以外は印象が薄い〝甲龍〟が強かった。

マジで強かった。

練習試合で、こっちがバレない様にチートを駆使してある程度無双しようとしたら、正面から力業で捩じ伏せられた。

クラスマッチでは龍砲を、「もう、邪魔ね、これ!」って言って投げてた。双天牙月に至っては一夏との鍔迫り合いで柄を握り潰して、やっぱり「何これ? 脆いわね!」って言って投げ捨ててた。

試合を見に来ていた中国の担当者と技術者が泣いていた。国の威信を賭けた装備が邪魔扱い、泣いていい。

というか、あれ二次移行してるんじゃなかろうか?

もう、鈴が強いのか甲龍が強いのか分からないが、原作イベントは全て鈴が力業で捩じ伏せた。

 

クラスマッチの乱入無人機

鈴がボコボコに殴り倒して、バスケットボールくらいの大きさにまで丸められた。

ビーム? 食らってたけど、意に介さず殴り倒してたよ。

 

毎度お馴染みVTシステム&ラウラ

原作とは違い、一夏がソッコで鈴と組んだからセシリアとボコボコイベントは起きず、試合中で原作通りにシステム発動。

一夏と誠一郎とシャルロットが協力してラウラを救出、原作には無かったVT CHIFUYUとカーちゃん鈴の怪獣大決戦が勃発。

最終的には硬くて力が強くて強い奴が強いという、原始時代から続く絶対のルールが勝った。

つまり、カーちゃん鈴がVT CHIFUYUを力で叩き潰した。

 

銀の福音

鈴が潰した。早かった……。

離れ小島に落として、殴る蹴るの打撃の嵐だった。白式の二次移行なんて無かった。

あれ、絶対防御無かったら、ナターシャ・ファイルスと銀の福音消えて無くなってたかもしれない。

だって、小島の形変わってたもん。

 

いや、もう、いいよね。これから先のイベント。専用機タッグマッチも、文化祭も、修学旅行も白騎士も黒騎士も、全部鈴カーちゃんがソッコで型に嵌めんだよ。

転生した意味? 無い事も無い。

早瀬・誠一郎は普通に青春を謳歌している。空ブンドドしてドンパチするのが、普通の青春なのかと問われたら弱いが、それ以外は普通だ。ラブコメでよくある青春だ。

だから

 

「がフッ……!」

「早瀬クーン!」

「誠一郎ぉー!」

 

ヒロインの料理で命の危機に陥るなんてよくある。

 

「危なかった……」

「ボスゥ?!」

 

誠一郎が食べたのは鈴特製小籠包なのだが、それは全部ではなく一部に他ヒロインズが作ったものも混じっている。

そう、あのセシリア・オルコット特製ロシアンルーレット小籠包が。

 

「ああ、誠一郎。死ぬな、死ぬなよ……! お前、言ってたじゃねえか。宇宙に行くって……」

「いち、か」

「誠一郎!」

「早瀬クン!」

「宇宙は、すぐ、そこに……」

「誠一郎? おい、嘘だろ? 誠一郎、誠一郎ぉ!!」

「ボス、AEDヲ!」

 

崩れ落ちる誠一郎を抱き抱えた一夏の慟哭と、蘇生させようとする傭平。男の友情、ここに極まれり。

 

製法も材料も全て同じものを共有して、他ヒロインズの監視下のに置かれていたのに、こんな悲劇(喜劇)を生み出すセシリアは、きっと未知の物質を分泌しているに違いない。

簪は残った〝異様に〟形の良い小籠包を見ながら思った。




ロシアンルーレット小籠包を食った誠一郎の顔は、〝実は私は〟のあの顔。


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一年四組の二人

やあ、皆、鈴カーちゃんに新しい名前が追加されるかもよ?

エイプキラー鈴が


仙波・傭平は両親を知らない。〝傭平〟という名前以外に、知らない両親との繋がりが無い。

唯一、僅かに記憶に残っているのは、多分幼稚園に入るかどうかの年齢だった筈の頃、前も見えない激しい雨の中、橋の上から増水した川に自分を投げ捨てる人物のシルエット。

 

寒い、痛い、熱い、苦しい、ありとあらゆる感覚や感情がない交ぜになり、訳も解らないままに岸に打ち上がっていた。

体から何かが抜けていく。何も解らない。悲しいとか憎いとかは無かった。多分、体から抜けていった何かが、そういうものだったのかもしれない。

 

気付けば、自分は見知らぬ場所に居た。〝更識〟というその場所は、彼を迎え入れ、そして、その場所で〝傭平〟は〝仙波〟を得て〝仙波・傭平〟となった。

 

「傭平、レンチ」

「アイアイマム」

 

名前を、自分を得た傭平は、更識で生きて仙波として終わるつもりだった。

特にこれといってやりたい事も無かったから、それでもいいかと無気力に構えていた。

だが、ある時からそれは反対になった。

 

「ボス、これどうしまス?」

「それは一度外す」

「アイマム」

 

自分と同じ時間を育ってきた更識の娘の簪が、国家代表候補生となり、専用機を得る事になった。

無論、これだけなら男である傭平の立場が逆転する事はない。

高校進学が決まる受験が終わった時期に、有り得ない事が起きた。

本来、男には動かす事が出来ない機械〝インフィニット・ストラトス〟を動かした男が現れたのだ。全世界で一斉に男に対する検査が行われ、二人目の早瀬・誠一郎が見付かり、そして、三人目として仙波・傭平が見付かった。

 

まさか自分がという思いもあり、呆けたりもしたが、現実に変わりはなく事実だけが、そこにあった。

更識も仙波も、自分にとても良くしてくれる。

それに

 

『あなた、だれ?』

『……ようへイ』

『ようへい? うちにやとわれたひと?』

『たぶんそウ』

『じゃぁ、わたしがボス』

『え?』

 

今にして思えば、どんな子供だと言いたくなるが、まあいいかと思ってしまうのは、自分が更識に染まったからだろうか。

しかし、〝ボス〟が付いてこいと言ったからには、雇われた傭平としては付いていくしかない。

 

喉の痛みに似た痒みを抑える為に、電子タバコ型の吸入器を口の端に挟み吸う。

甘いフレーバーが薬の嫌な味を消してくる。

 

「傭平、ここは禁煙」

「タバコじゃないですって」

「知ってる」

「左様で」

「傭平」

「なんです? ボス」

「完成するかな?」

「完成するでしょ」

 

簪が問えば、傭平は当然を返す。

 

「完成するよね?」

「完成させるんでしょ」

 

物言わぬ欠けた鉄の鎧を前に、二人はゆっくりと作業を続ける。

 

「完成させよう」

「そうしましょ」

 

今まで、更識・簪が、彼女の専用機が開発中止となり二人で組み上げると決めた日から、幾度となく繰り返された応答。

それは言葉を変えて二度三度続いて終わる。

 

「ボス」

「なに?」

「今日は上がりましょう。時間もいい感じですし」

 

傭平が言うと、簪は眼鏡型のディスプレイを鼻上に直しながら、壁に掛けられた時計を見る。

時刻は昼前、鈴達との約束までまだ余裕はあるが、今から準備をしていないと間に合わない。そんな時間だ。

 

「そうしよう」

「アイマム」

 

二人は立ち上がると、欠けた鎧を見る。

〝打鉄弐式〟、未だ完成の目を見ない鎧が、何も発する事無く鎮座していた。

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

「待った?」

「うんにゃ、こっちも今来た」

「誠一郎は?」

「まだみたいですね」

 

簪、傭平、一夏、鈴の四人がショッピングモール〝レゾナンス〟一階中央広間にある休憩所に集まっていた。

 

次の休みに買い物と映画へ行こう。

そう約束をしていたのだが、時間になっても早瀬・誠一郎が現れない。

一体、どうしたのかと、一夏が携帯電話で連絡をいれようとした時、丁度よくメールが入った。

 

〝すまない。家の仕事で新しいパッケージのテストが急に入った。今日は行けそうにない。本当にすまない。他の皆も新型パッケージのテストらしくて連れてかれた〟

 

「だとさ」

「なんかビミョーにネタくさい謝罪メールね」

「ある意味、誠一郎らしい」

「まあ、早瀬クンも悪気は無いんですシ」

「どうする? 先に映画に行くか?」

「〝THE・学天測〟ですネ」

「今回はリメイク版らしいけど、旧版は泣けたわ……」

「そんなに?」

「ええ、特に最後のシーンは涙無しには見られないわよ」

 

全員が携帯を見れば、他の面々からの謝罪メールが届いていた。

なんか嘘くさいが、まあ信じる事にした。

 

「鈴、なんか足りない物あったか?」

「シャンプーに化粧水、あとは学園の購買でも買えるものね。あ、なんだったら、秋冬用の服見てみる?」

「いいな。二人もそれでいいか?」

「いいですヨ。ボスは?」

「構わない」

 

四人で並んで歩いていると、人だかりが出来ているのが、遠くに見えた。

よく見てみると、映画館がある位置に人だかりが出来ている。何かあったのかと、近くに居た野次馬の一人に傭平が聞いてみた。

 

「あの~、何かあったんですカ?」

「ん? ああ、詳しくは知らんが、なにやら機材のトラブルらしくて、今日は上映出来ないんだとさ」

「じゃあ、この人だかりは払い戻しかなにかデ?」

「多分だがな。えらくもたついているのは、データが飛んじまって、紙媒体の記録引っ張り出しているかららしいな。さっき、払い戻しが終わった奴が言ってたのを聞いたよ」

「有難う御座いまス」

 

傭平は三人の元に戻ると、聞いた通りの事を伝えた。

鈴は少しガッカリしていたが、事故ならしょうがないと割り切り、空いた時間で買い物をして、フードコートで食事をした後で、DVDでも借りて帰ろうという話になった。

 

「しかし、今週のインフィニット・ストライプス読んだけど、分かってないな」

「何がでス?」

 

急に何かを言い始めた一夏が目を閉じ、宙を両手で捏ねながら傭平に答えた。

 

「美尻美脚特集だったんだがな。鈴の尻のナイスアングルは、こう……、斜め下からの……」

「もう! なに言ってんのよ!」

 

鈴のアッパー気味のフックで、一夏の体が浮いた。肉を打ち骨が砕ける音が聞こえた気がしたが、気のせいだと簪と傭平は知らぬ顔をした。




〝THE・学天測〟

ヒロインの亡き科学者の父が造り上げた飛翔する学天測が、魔人加藤が仕掛けた悪魔召喚陣を破壊する為に、学天測ドリルで空中戦を繰り広げる。

航空学者の父を持つ主人公は、ヒロインに出合い、魔人加藤との戦いに巻き込まれ、その野望を阻止しようとする。
しかし、後一歩の所で学天測は半壊し撤退。
次、飛べば二度と帰っては来られない。それでも主人公とヒロインは、学天測に乗り込み、最後の戦いに挑もうとした時、学天測の姿はなかった。
何処に行ったのかと辺りを見渡せば、主人公の亡き父が造り上げた上昇速度と最高速度しか考慮していない機体に、己を括り付けている学天測がいた。

止めようとする二人に喋る機能が無い筈の学天測が、二人の亡き父の声で

「お前達は幸せになれ。あとは年寄りの役目だ」

と、言い残し、最後の戦いに挑んだ。
崩れていく体、薄れていく意識、そんな中でもはっきりと分かるものがある。

「お互いに駄目な、父親だったなぁ」
「全くだ。だから」
「ああ、そうだ。だから」
「「俺達の子供の幸せは邪魔させねぇ……」」

何故だろうか。
消えていく意識の中、何故か自分達が孫を抱き上げているのが見える。
ああ、そうか。

幸せにおなり

召喚陣が砕けていく空に、そんな声が聞こえた気がした。


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一年一組の一人と一年二組の一人と一年四組の二人

そうだね。リックドムⅡ満足の出来です!

そして、ゲルググマリーネ、リファインしませんか?!
シーマ様専用ゲルググマリーネ、リファインしませんか?!


「谷間谷間、ゴッド谷間~」

「ボス、あまり人前でそういう歌は歌わない方ガ……」

 

〝レゾナンス〟での買い物中に出来た空き時間に、簪がなにやら替え歌を歌い出した。

 

「なんだ、簪はオパーイ教徒か?」

「あれ、人は夢を追い求める生き物」

「ふむ、道理だな」

 

一夏が頷き、両手で空中を揉み始めた。

 

「まあ、俺もそうなんだが、実は最近のオパーイ教徒に、一言物申さねば気が済まない訳だ」

「織斑クン、因みにですがそれハ?」

「こう、だな。胸に貴賤は無い。小さかろうが大きかろうが、それはオパーイ教徒が崇めるべきオパーイであってだな。つまり何が言いたいかと言うと、鈴の胸は下から揉み上げると大変素晴らしい……」

 

言うやいなや、一夏の姿が二人の前から消えた。

傭平は気付いていた。簪に至っては、大欠伸をして見てすらいない。

この手の話が始まる時は、大体惚気話になる。そして、鈴の一撃で全て終了する。

 

「ちょ~っと、待っててね。すぐ静かにするから」

 

丁度よく会計を済ませた鈴は、両手に持った紙袋を此方へ預けると、一夏が消えていった方向へと歩いていく。その際に、骨の鳴る凄い音が聞こえてきたが、簪と傭平は聞こえなかった事にした。

肉を打つ音が連続して鳴り響き、視界の端で一夏の足が音に合わせて痙攣する様に動いているが、二人は努めて見ない事にした。

 

「お待たせ」

「ん」

「おい、鈴。怪我したらどうすんだ?!」

「怪我してないからいいじゃない」

「それもそうか」

「いや、それでいいんですカ?」

「いいのいいの」

 

軽い調子で手を振る一夏、あれ程見事に吹っ飛び、音が聞こえ、体が痙攣する様に動く打撃を食らったにも関わらず、彼には怪我一つ無い。

いつもと変わらぬ軽い調子で居る。

 

「しかしまあ、なにかあったら言ってくださイ。いい病院紹介しますヨ」

「因みに、どんな病院?」

「更識がよく使う病院で、どんなにヘタレの意気地無しで玉無しの臆病者でも、帰ってから三時間は素手でシベリア虎絞め落とすくらいに勇敢になる。まあ、その後三日くらいめっちゃダウナー入って、自殺未遂かましまくるけど」

「それ絶対何かやってるわよ」

「怪我は良くなるからノーカン。で、どう? 安くしとくよ」

「今なら入院費は更識と仙波持ちですヨ」

「ノーサンキューだ」

「それは残念ですネ」

 

簪と傭平がニヤニヤと一夏に迫るが、にべもなく断られた。

 

「まあ、怪我したら言って。安くさせるから」

「うわぁ、なにも安心出来ねえ」

「二割負担でどうでス?」

「その他諸々込みで?」

「治療費諸々込みで」

「そう、じゃあ次なにかあったらね」

 

一夏が目を見開いたが、鈴は平然とそれを無視。先へと歩みを進める。

向かう先には、カラフルな装飾が成された店先が見えた。

 

「さ、お菓子でも買って帰りましょう。少し多めにね」

「少し多め? なんでだ?」

「あのね、誠一郎達の分も要るでしょ?」

「まあ、パッケージのテストなら、そろそろ終わって帰り支度している頃かもしれませんネ」

「パッケージが一つならね」

「俺には縁の無い話だな」

 

一夏は右腕の腕輪に目をやる。己の専用機である〝白式〟は、かなり偏屈というか基本装備万歳なところがある。雪片一つしか積めない。

崇めて宥めすかして、今ではなんとかライフルを使える様にはなったが、拡張領域に納めようとすると滅茶苦茶に抵抗してくる。

 

この前も、なんとかしてライフルを拡張領域に納めようとしたが案の定抵抗されて、大変な事になった。

ネットで拾ってきたのか何なのかは解らないが、合成音声で

 

『らめえええ! そんな大きいの白式壊れちゃうぅぅ!』

 

と、大音量でピットに響き渡った時は社会的に死んだかと思った。

誠一郎が凄い顔をして、セシリアが止まって、シャルが顔を赤くして、ラウラが何処かに電話して、箒が静かに竹刀(スポーツチャンバラ用)を抜いて、鈴が拳を鳴らして、箒が竹刀を納めて、己は土下座した。

 

傭平と簪は平常運転だったが、傭平が機体の盾を展開していたのは何故だろうか?

そして、盾の後ろに対IS用滑腔砲を準備していたのは気のせいだろう。

 

「さて、なにを買おうかしら」

「鈴カーちゃん鈴カーちゃん、私これ欲しい」

「ダメよ、あんたそれおまけの玩具目当てでしょ? 玩具は買わないわよ、お菓子を買いなさい」

「えー」

「えー、じゃないの。後、私はまだあんたみたいな大きい子供は居ないからね」

 

買い物篭を持った鈴が、食玩を持ってきた簪を一喝して追い返す。

 

「鈴、これはどうだ?」

「あら、パーティーパックね、いいじゃない。その下に隠してる玩具を元の場所に戻してきたらね」

「待て、鈴。話をしよう」

「いいわ、聞くわ」

 

篭を持ち手に腕を通し仁王立ちをする鈴に対し、一夏が簪が持ってきていたものと似た小箱を掲げた。

 

「いいか、鈴。これは食玩の歴史を変えたミニプラモなんだ」

「あ、お会計お願いしまーす」

「待って!」

 

待たない、お会計終了。

 

「ゼク・ツヴァイが……」

「ノイエ・ジール……」

「二人共……」

 

項垂れる一夏と簪を他所に、傭平がビニール袋を提げてやって来た。

 

「自分で買いましょうヨ。因みに、これはヴァルヴァロでス」

「あ! 傭平ズリィ!」

「いや、ズルいもなにも、自分で買いましょうヨ」

「傭平、私のは? 私のノイエ・ジールは?」

「予算オーバーでス」

 

簪が派手な音を立てて倒れた。




次回

お話動く?


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一年専用機持ちによる 前編

やあ、ザクⅡF2型を衝動買いしたナマモノです。
今回からお話がジワリと動き出します。
後、ちょっとした悲劇が起きます。


晴天のアリーナ、そこに二人の男女が向かい合っていた。 

一人、男は白の鎧に身を包み

一人、女は朱と黒の鎧に身を包んでいた。

 

「よっし、それじゃいくぞ?」

「どっからでも来なさいな」

「これで六回目、頼むぞ、成功してくれ~」

 

何か拝む仕草を見せる白、織斑・一夏。彼の機体〝白式〟は近接特化の高機動型、ヒットアンドアウェイを基本としているが、その白い装甲には幾つもの打撃跡があった。

 

「一夏、本当に成功したの?」

「おう、誠一郎に協力してもらってな。……一回だが」

「一回……、それも誠一郎に協力してもらってね。それ違うんじゃない?」

「一応、コツは掴んだと思ったんだがなぁ。やっぱり、なんか違うのか?」

 

頭を悩ませる二人。向かい合い共に頭を傾げる様子は中々に滑稽だが、このアリーナには二人以外は誰も居ない。

 

「う~ん、なにとは言えないけど、何か違うのよね。一夏のは対処出来るもの」

「だよなぁ。千冬姉のは対処も何も無いって感じだったし、やっぱり何か足りないのか?」

「どうにも、厳しいわね」

 

新たな打撃跡を刻んだ白式と打撃跡を刻み付けた甲龍。

甲龍にも幾つか傷が刻まれているが、明らかに白式の方がダメージが深い。

一夏は得物である雪片弐型を一度肩に担うと、その柄で頭を掻いた。

体力、機体共にまだ余裕はあるが、頭に余裕が無い。

本来、一夏も鈴も細かく考えて動くタイプではない。そういうのは、簪と傭平や誠一郎達に任せている。

だが、今回は自分達で考えて動かなくてはならない。

だから考えているのだが、一向に答えが出る気配は無い。

 

「なんだろうなあ?」

「なにかしらねえ?」

 

腕を組み考えるが、一向に答えは出ない。

二人が悩んでいるものはなんなのか。それは、一年専用機持ちだけでなく、学園に所属する専用機持ち全員に課せられた〝課題〟である。

 

「あ~、考えても埒が開かない。休憩だ休憩」

 

一夏が手に持っていた雪片を拡張領域に納め、背筋を伸ばし首と肩を回す。

 

「お、おぉぉ~、鳴るな~」

「それだけ、姿勢が固まってたって事よ」

「これじゃ、〝再現〟は無理だな」

「そうね」

 

鈴も一夏と同じく軽いストレッチをして、幾らか体の凝りが軽くなったら、二人は同じピットへ向かい、そこで待っていた一人に口を開いた。

 

「どうだった?」

「ダメだな、あれじゃ、ただ加速して回り込んでるだけだ」

「それじゃぁ、誠一郎。あんた達の方はどうだったの?」

 

鈴の言葉に、茶髪の少年早瀬・誠一郎は両手を挙げて、盛大に溜め息を吐いた。

 

「偉そうに言ったが、こっちもだよ。俺の機体のワンオフ使えば似たような事は出来るが」

「全然ダメ?」

「ああ、傭平のセントリーガンとスロワーマイン(空中機雷)で簡単に迎撃された」

 

もう一つ、盛大に溜め息を吐いて、誠一郎は続ける。

 

「一夏とコツは掴んだと思ったんだがなぁ」

「まるで違う、似て非なるものだった訳だ」

「そういえば、傭平達は?」

「ん? ああ、簪が整備室に缶詰になってな。セシリア達はそっちに、傭平は会長に呼ばれて生徒会室」

「……何故かしら? 嫌な予感しかしないわね」

「右に同じ」

「以下同文」

 

三人同時に肩を落とす。

専用機持ち達に課された〝課題〟、これをクリアしなければ卒業が出来ない。

いや、下手をすると進級すら危うい。

 

「取り敢えず、セシリア達に合流しよう」

「ああ、じゃあ、いつもの整備棟に行こうぜ。そこで合流する予定だったしな」

 

簪の専用機開発の関係もあり、一年専用機持ち達の溜まり場は基本整備棟となっている。

各国の代表候補生達が、未完成の機体に関して議論し、学園にある部品や装備の試験の算段を試案し、打鉄弐式に組み込むかを設計図を片手に悩む。そんな場となっていた。

 

「じゃあ、今日は泊まり?」

「ああ、そうだな。今のところはそのつもりだ」

「なら、後で着替えを取りに行くか」

「そうね。あ、傭平には言ったの?」

「会長に呼ばれる前に言ってるよ。しっかし……」

 

二人の着替えを待つ誠一郎は、ロッカールームがある方向に歩いていく二人の背を見ながら呟いた。

 

「倉持と傭平はなに考えてんのかね?」

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

「では、やはリ?」

「手回しと根回しが早くてね。というか、あれは最初からね」

「ははは、流石、国営企業。喧嘩売るのが上手イ」

 

言うと、清涼感のある匂いの水蒸気の煙を吐き出す。

一拍置いて、彼の右手から何かが割れる音が聞こえた。

 

「〝御当主〟、仙波家次期当主として問いまス。このまま捨て置くつもりデ?」

「ま、さ、か? そんなつもりがある訳ないじゃない。自分の仕事もまともにしない、更識嘗めくさった真似をした。累積罪が天元突破よ!」

 

余裕のある猫の様な笑みが、獰猛で狡猾な肉食獣のそれに変わる。

くつくつとした笑いが生徒会室に響く。

 

「傭平、仙波傭平。準備は?」

「進んでますヨ。というか、また無理させますネ?」

「〝更識の右腕〟の次期当主が何言ってんだか。で、どこまで進んでるのかしら?」

「武装に装甲、モーターも全取り替え、残ったのはラファールのフレームのみですヨ」

「間に合う?」

「貴女が選んで、貴女が準備させた人員でしょウ?」

「そうね、愚問だったわ」

 

くつくつとした暗い笑いが、ケラケラとした軽い笑いに変わり、生徒会長更識・楯無は書類の束を手に取る。

図面と数値とグラフが並び、彼女は一枚目と二枚目を見比べる。

 

「フレームも一部延長して、関節並びにフレーム強度増強の為に部品変更、各部モーターも安定性から出力重視に切り換え、ラファールが影も形も無い機体になるわね」

「俺の要求と御当主の要求を合わせたら、こうなりましたからネ?」

「色も変更なのね」

「えエ」

 

傭平が頷き、楯無が設計図を机に置いた。

そこに描かれた図面は、傭平の機体〝ラファールExtra-04〟とは似ても似つかぬ機体が描かれていた。

更識・楯無は少し冷めた紅茶を口に運び、唇を軽く湿してから、仙波・傭平を真っ直ぐ見て言った。

 

「〝更識の右腕〟〝更識の暴力〟、仙波家次期当主仙波・傭平、更識当主更識・楯無が命じます。更識を侮辱し、国家を欺き務めを放棄した倉持技研に鉄鎚を下しなさい」

「仙波・傭平、拝命致します」

「……後、これはただの更識・刀奈として、仙波・傭平にお願い」

「なんですカ?」

 

彼女は一度目を閉じ、更識当主としてではなく、更識・簪の姉の更識・刀奈として傭平を見る。

 

「簪ちゃんを、あの子の夢を守って……」

 

傭平はその言葉に、ただの仙波・傭平として答えた。

 

「だ~いじょうぶ、任せてヨ刀奈姉。ボスとボスの夢は俺が守るヨ」




悲劇
ラファールExtra-04、出番も無しに解体。


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一年専用機持ちによる 中編

はい、感想欄からアイデアを戴き、今回はそれが少し反映されています。
そして、前編にて専用機持ち達が解き明かそうとした千冬の謎が明らかに?

小ネタ

この世界のガンダム作品には、幾つか存在しない作品がある。


第08小隊
イグルー
他ゲームや漫画等の幾つか


IS学園整備棟宿泊室ロビーにて、七人の男女が設計図や書類が山と積まれたテーブルの上に浮かぶ映像ディスプレイを見ながら、頭を傾げて唸っていた。

 

「さて、何か言いたい事がある奴は挙手」

「はい、誠一郎先生」

「はい、最近傭平と距離が近い?シャルロット君」

「あ、いや、それはね? 傭平がドム系とグフが好きって言ってたから、僕がケンプファーを勧めて、じゃなくてこれさ、どうなってるの?」

 

慌てて手を振り、誤魔化そうとしたシャルロットが、それでは誤魔化しきれないと映像ディスプレイを指差した。

 

「これ、なに?」

「それは、ここの全員の気持ちですわ」

「セシリアの言う通りだ。まるで理解が出来ん」

 

眉を歪めたシャルロットに、セシリアとラウラが同意の意を示す。

 

「箒、篠ノ之流剣術に似たような技は無いか?」

「誠一郎、済まないが力になれそうにはない。確かに、織斑先生も篠ノ之流剣術を習っていたし、この映像の太刀筋もそうだ。だが、篠ノ之流剣術は組手甲冑術に近くてな」

「どちらかと言うと、太刀より小太刀術なんだわ。習っていた俺も知ってる」

「組手甲冑術、日本のマーシャルアーツだったか?」

「まあ、頭に古式とか古流とか付くけどね」

 

近接、主に剣術に特化した箒に誠一郎が心当たりを問うが、箒は心当たりが無いと頭を振った。

同じく剣術を習っていた一夏も頷き、情報を加える。

 

「組み打ちとかがメインで、実質は剣術というよりは体術が近い」

「一夏の言う通りだ。剣術はその派生からだな」

「だとすると、織斑先生の〝これ〟は篠ノ之流剣術じゃないって事?」

「ああ、私の知る限りだがな」

 

給湯室に離れていた鈴が全員に茶を配り、配られた面々はその茶で少し渇いた喉を潤す。

 

「簪は何か解る?」

「ん、ISによる動きじゃないって事が解る」

「いや、まあそれはそうだけど……」

「教官のワンオフ・アビリティの類いではないという事だな」

「織斑先生のワンオフ・アビリティは、一夏の零落白夜の〝筈〟。だとすれば、これはなに? はっきり言って〝異常〟で〝異質〟」

「人の姉にはっきり言うなぁ」

 

簪がはっきりと言い切り、一夏が苦笑いを浮かべて力無く頭を掻く。

認めたくないが、認めなくてはならない。それが、映像ディスプレイにリピート再生されていた。

 

「これ、本当にどうなってるのかな?」

 

シャルロットが、リピート再生される映像を見ながら呟いた。

その映像は、どれもが簪の言う通りに〝異常〟で〝異質〟であった。

 

「なんで、誰も彼もが織斑先生を探してんのよ……」

 

鈴の言葉通りに、ディスプレイには現役時代の織斑・千冬の試合映像が流れていた。

一夏も鈴に箒も、現役時代の彼女の試合を見た事がある。

その時は何も思わなかった。ISとは〝それ〟が出来て、千冬が飛び抜けて凄いと思っていたから。

だが、自分達がISについて学び、専用機を持ち、体験すれば理解する。彼女は〝異常〟で〝異質〟だと。

 

「姉さんに聞いても、勉強は学生の本分だよと言っていたな。……青い顔をしながら」

「あんたの姉さん、ソッコで口封じされたわね……」

「ハイパーセンサーも反応してない。意味が解らないよ」

「ラウラ、ラウラは織斑先生の訓練を受けたんだよね?」

「言っておくが、〝これ〟を訓練でされても訓練にならんぞ?」

 

第一回、第二回モンド・グロッソを連覇した伝説のブリュンヒルデ。彼女の戦った誰もが、口を揃えてこう言った。

 

『勝てる訳が無い。だって、彼女は〝居ない〟のだから』

 

彼女と戦った誰も彼もが、全員がそうだった。気付けば、己はあの白刃に断たれていた。断たれてから、断たれていたと自覚した。

パイロット(人間)だけでなく、機体(機械)すらも同じだった。

既存のセンサーを超える性能を持つ筈の機械が、同じ機械を身に纏った人間を知覚出来ていなかった。

 

「織斑先生は、目の前から消える。それも、機械すら知覚出来ない程に」

 

七人が見詰める映像には、織斑・千冬が眼前に迫っているにも関わらず、彼女を探し続ける相手の恐怖が映し出されていた。

 

「やあ、皆さン。お待たせしましタ」

「あ、傭平だ。遅かったね?」

「ああ、シャルロットさン。会長の話が長かったんですヨ」

 

生徒会室から戻ってきた傭平を、シャルロットが逸早く出迎える。

 

「おう、傭平。どうだった?」

「誠一郎クン。予想通りでス」

「やるのか?」

「やるしかないですネ」

「ねえ、傭平。なにをするつもりなのさ?」

 

シャルロットが不満そうにして、二人の会話に割り込む。

尖らせた唇で問う先は、誠一郎ではなく傭平一人。

問われた傭平は、一度視線だけを天井に向けた後、テーブルに積まれた資料の上にあるディスプレイを指差した。

 

「後で説明しますヨ。今は、こっちに集中しましょウ」

「本当に?」

「ええ、本当ですヨ。これには皆さんの協力が必要ですしネ」

 

では

 

「これが、俺達の〝課題〟ですカ」

 

全員が頷き、傭平が見詰めるディスプレイには、恐れ逃げ惑い、斬られてから千冬を知覚した各国ヴァルキリーや選手との試合映像が流れていた。

彼はそれを見て、何やら手振りをしながら首を傾げる。

何をしているのかと、誠一郎が怪訝な顔をするが、簪がそれを手を挙げて制した。

 

「傭平に任せる」

「いや、それはそうだ。この中で生身で一番は傭平なんだからな」

 

動きが早くなり、両手を剣の柄を握る形にすると、何かに納得した様に頷いた。

 

「織斑クン、少し手伝ってもらえますカ?」

「ん? おお、いいぞ」

 

傭平に応じて立ち上がった一夏が、ロビー中央辺りで傭平と向かい合う。

 

「では、皆さン。これから織斑先生の〝それ〟を、俺なりに再現してみますから、よく見ていてくださイ」

「は?」

 

驚愕を他所に、傭平は一夏に向けて歩き出した。

ゆっくりと傭平は一夏に近付いていくが、簪達は何が起きているのか理解が追い付かない。

 

一夏が驚愕に目を見開き、傭平を探しているのだ。

傭平が目の前から、真っ直ぐに歩いて近付いて来ているにも関わらず、一夏は傭平の姿を認識出来ていない。

映像で見た千冬の動きが、そこに再現されていた。

 

そして

 

「はい、これで、ト」

「うえ?!」

 

傭平のチョップが、一夏の額に軽い音を立てて当たり、一夏がそこで漸く傭平を認識した。

何が起きているのか、まるで理解出来ていない様子の一夏。しかしそれは、傭平以外の全員が同じであり、全員が傭平を見た。

 

「傭平、今のどうやったの?」

「種が解れば簡単な事でス、シャルロットさん。ほら、マジシャンの人達がトランプマジックで使うミスディレクション」

「え?」

 

一夏の隣に居た筈の傭平が、驚くシャルロットの隣に居たのだ。

 

「まあ、これが一番近い表現でス」

「え~と、傭平? 近いよ?」

「おっと、これは失礼ヲ」

「ミスディレクションって確か、タイミングをズラしたり意識を一点に集中させてってやつよね?」

「正確に言えば、織斑先生の〝これ〟はまるで違いますが、あくまで一番近い表現という事でス」

 

嫌な顔をした傭平が、上着の胸ポケットから電子タバコ型の吸入器を取り出し、口の端に噛む。

 

「織斑先生のは、つまりこうです」

 

傭平がシャルロットの眼前に人差し指を立てる。今、シャルロットの視界は傭平の立てた人差し指が中心となっている。

彼は人差し指の位置を変えぬまま、体をズラす。

 

「では、シャルロットさん。俺が今見えてますカ?」

「え、もしかしてそう言う事なの?」

 

目を見開くシャルロットの視界に、傭平の姿は無い。無論、シャルロットが少し視界をズラせば、傭平の姿を確認出来る。

 

「相手に解らない程度に、視界から外れる?」

「それだけではないだろう。教官はISからも認識されていなかった。つまり、視覚だけじゃなく聴覚や嗅覚と味覚触覚、ありとあらゆる感覚を相手の知覚から外しているんだ」

「滅茶苦茶じゃない……」

 

人間、生物を遥かに超える性能の機械を超える性能を持つ筈のIS。

それからもすら、織斑・千冬は認識を外す。

 

「これ、お姉ちゃんは気づいてる?」

「御当主なら当然ですネ。だから、進級して生徒会長になってるんですシ」

「他の二年三年の専用機持ちも同じか」

 

鼓動、息遣い、瞬き、ありとあらゆる感覚から、織斑・千冬は己を外す。

 

「しかも、相手が織斑先生に集中すればする程、感覚をズラしやすくなりまス。零落白夜なんて一撃必殺持った相手が、目の前から消える訳ですから、その集中は並みじゃありませン」

「対峙した瞬間から、あの人は相手からズレてるのか……」

 

相手の技量が高ければ高い程、相手の集中が深ければ深い程、織斑・千冬は相手の知覚からズレ易くなる。

速度や力、機体の性能も関係無い。知覚出来ないという事は、そこに〝居ない〟という事なのだ。

 

「まだ〝異常〟な話がありまして、これ、タイミングをよく知るシャルロットさんや織斑クン相手だから再現出来たんですよネ」

「だけど、織斑先生はほぼ初対面の相手に知覚されてませんでしたわ」

「映像だから認識出来ているが、下手をすると映像でも認識出来なくなる可能性もあるぞ」

「ま、まあ、あれだ。〝課題〟の第一行程はクリアだ。俺達は進級出来る」

 

専用機持ち達に出された〝課題〟、それは現役時代の織斑千冬の〝技〟を解き、一撃を入れるというもの。

いま、一夏達は進級する為の課題である〝技〟を解いた。後は、卒業する為に彼女の〝技〟を越えて、一撃を入れるだけだ。

早目に卒業を確定させたい。

 

「しかし、我が姉ながらキッツイなぁ……」

 

千冬の〝技〟をどう越えるかの算段を、各々が考えている時、一夏が呟いた。

 

「キッツイって、何がよ?」

「まあ、これを越えて一撃入れるってのはキツいがな」

「いやまあ、それもそうなんだが。これさ、見方を変えたら」

 

一息入れて、冷めた茶を飲んで口を湿す。

 

「相手を見ず、向き合わず、全てから逃げる技だぜ」

 

キッツイなぁ。一夏の呟きがロビーのテーブルに落ちた。




次回

「それで、傭平は何をしようとしているのかな?」

怖い笑顔で迫るシャルロット
それに対し、傭平は

「倉持技研、潰しましょウ」



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一年専用機持ちによる 後編

はい、後編。
大分、無理がある展開ですが、生暖かい目で見てもらえますと幸いです。

あと、この世界では白騎士事件起きてません。タッバが学会にチッフ詰め込んだ白騎士持っていって、実演したからね。
なんで、原作はこれしなかったのか。

次にデュノア社男装事件、起きてません。
「ちょっとぉ、こっちにいい感じの衣装あるんスよぉ。寄ってかない?」

こんな感じで、日本では男装女子がアツいとかなんとかをキャッチしたシャルロットさん。何を思ったのか、男装して日本に入国、神話レベルで性癖がフルオープンでフル活動している国に何も知らない子羊が入った瞬間である。
後は知らない。

VTシステム?
ほら、どっかの2nd-Gの剣神の歩法で動いてるチッフに対する抑止力を目指したけど、現状最高性能の探知能力すら認識出来ない相手を、どうやって抑止するのか? 
その時、世界が匙を投げた。


「取り合えず、進級の目処は立った。後は、卒業か……」

「そうですわね」

 

進級出来る事がほぼ決定したにも関わらず、一同は微妙に暗い顔をしていた。

それもその筈、一年の専用機持ち達が卒業する為には、知覚の外に居る織斑・千冬に一撃を与えなければならないからだ。

 

「ああ~、腹へった……」

「簪は余裕だな」

「どうせやんなきゃいけない事だし、それより今の空腹を満たすのが大事」

 

簪が上着のポケットを探り、飴を見付けて噛み砕く。

続けてもう一つといこうとしたが、飴玉は噛み砕いた一つだけだったようで、簪の眉間に皺が寄り不機嫌さが増した。

 

「腹へった……」

「まったく、仕方ないわね。ほら、テーブル片して、ご飯にしましょ」

 

鈴が備え付けのロッカーからエプロンを取り出し、ぐったりとした簪以外が資料が山積みのテーブルや、その周りを片付け始める。

 

「鈴カーちゃん、今日はなに?」

「カニカマのなんちゃって蟹玉よ。あ、箒。野菜茹でといて、簪が生野菜食べないから」

「簪、好き嫌いは良くないぞ?」

「生野菜が苦手なだけ、野菜は好き」

 

簪がぐったりと首だけを回して箒を見る。

空腹時の簪は徹底して動かない。IS学園の常識である。

その時は鈴カーちゃんか、傭平を呼ぼう。

 

「傭平」

「シャルロットさん、話は後にしましょウ」

「本当に話してくれる?」

「ええ、話しますヨ。ボスにも関係ある話ですシ」

「……傭平、どういう意味?」

「ま、ま、ま、後にしましょウ」

「お~い、シャルロットすまんが手伝ってくれ」

「あ、うん。後で絶対に話してね」

「ええ、勿論でス」

 

傭平がヒラヒラと手を振り、誠一郎に呼ばれたシャルロットを見送る。

それを簪が下から見詰めていた。

 

「そんな目をしないでくださいヨ。ボス」

「傭平、打鉄弐式の事?」

「……ボス、俺はボスの傭兵でス」

「知ってる。初めて会った時から、傭平が傭兵で私がボス」

「ボス、ボスの夢は絶対に叶いますヨ」

 

俺が叶えまス。

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

「それで、傭平と誠一郎は何をしようとしているのかな?」

「シャルロットさん、笑顔、笑顔が怖いですヨ?」

「ん?」

「はい、ごめんなさイ」

「申し訳ありません」

 

揃って頭を下げる傭平と誠一郎、にこやかな笑顔を浮かべているが、どす黒いナニカが漏れ出ているシャルロット。

箒は冷や汗を流し、セシリアはワタワタと頭を下げる誠一郎の周りで慌て、ラウラはシャルロットに少し引き、一夏と鈴は通常運転、簪は明日の作り置きを摘まんでいた。

 

「で、何をしようとしているのかな?」

「いや、順を追って話すから、少し落ち着いてくれ」

「それじゃあ、早く」

 

取り合えずは、どす黒いナニカを納めたシャルロットに、二人はある事を説明する。

 

「理由は後で話すが、今傭平の機体はフルスクラッチの真っ最中だ」

「最近、模擬戦にあまり来なかったのはそういう事でしたの?」

「ちょっと訳ありでして、あの機体を組み上げてくれたクラスの皆さんに申し訳ないですけど、ラファールExtra -04 はフレームしか残っていませン」

「また、思い切った事をするものだな」

 

一息置いて、傭平がミントの匂いのする煙を吐いた。

喉の痒みが少しマシになる。

 

「それで、機体のフルスクラッチの為の人員を、早瀬クンの家から借りてきているという訳です」

「〝HAI〟の技術者か」

「それで、それはなんの為?」

 

空になった大皿を流し台に置いて戻ってきた簪が、傭平に半目を向けている。

その目は、普段と変わらぬ眠気を堪えた様な気怠気な目だったが、下手な言い逃れや言い訳は許さないという意思があった。

 

「……ボス、落ち着いて聞いてください。このままでは、……打鉄弐式は完成と同時に倉持技研に奪われます」

「……え?」

 

一瞬、躊躇い続けられた言葉に、簪は理解が追い付いていなかった。

仕方のない理由からではあったが、怒りや憤りも覚えたが、完成しないかもしれないと思っていたが、それでも皆の協力もあって完成間近に迫った機体。

そうだ。漸く、漸くだ。漸く、完成が間近に迫って、姉に並べると思っていた。

だが、

 

「傭平、……今なんて言ったの?」

「……ボス、〝このままでは〟完成と同時に打鉄弐式は、倉持技研に奪われます」

 

自分が、一体何の為に機体を造っていたのかが、まったく解らなくなってきた。

目の前で傭平が言っている言葉が理解出来ない。理解したくない。理解してしまったら、今までの自分が崩れて無くなってしまいそうだ。

 

「ボス、お気を確かに」

「お気を確かに、じゃないわよ。バカ傭平」

 

今にも倒れそうな程に憔悴した簪を、隣に座る鈴が抱き止めた。

簪は震えていた。震える手で、抱き止めた鈴のシャツを弱々しく力無く握り締め、彼女の胸に顔を埋めていた。

それを鈴は、優しく抱き寄せて背中を撫でながら、傭平を睨み付けた。

 

「あんたね、簪がどんな思いで打鉄弐式を造ってきたのか。それを私達の中で一番知ってるのは、あんたでしょう。そのあんたが……」

「鈴、ストップ」

「でも、一夏」

「傭平の話を聞こう。傭平が意味も無く、こんな事言う奴じゃないって知ってるだろ?」

「解ったわよ。簪? 大丈夫?」

 

鈴は己の胸に顔を埋めている簪に問い掛けた。

 

「大、丈夫」

「……順を追って話をしましょう。何故、ボスの機体が奪われるのか」

 

口の端から、清涼感のある香りのする煙を吐いて、傭平は真っ直ぐに簪を見た。

 

「先ずは、倉持技研についてです」

「国営企業で、純日本製IS〝打鉄〟を開発した企業だろ?」

「ええ、その通り。その通り、その筈だったんだよ」

「あの、誠一郎さん。一体それは?」

 

苦い顔をする誠一郎に、セシリアが問うた。

倉持技研は純日本製機体である〝打鉄〟を開発し、世界的なシェアも、デュノア社の〝ラファール・リヴァイブ〟に次ぐ世界第二位に当たる。

その倉持技研に対し、苦い顔をする誠一郎。倉持技研と関係のある、〝HAI〟の御曹司である彼が何故その様な顔をするのか。

それは、傭平の口からもたらされた。

 

「倉持技研は〝打鉄〟を開発していなかったのです」

「ま、待て。何? 〝打鉄〟が倉持技研を開発してないだと?」

「箒、落ち着け。慌て過ぎて日本語が変だ」

「いやいや変にもなるぞ、ラウラ。倉持技研と言えば、姉さんの友人である篝火さんが居る会社だ」

「今回の打鉄弐式の件は、その篝火・ヒカルノさんからのリークです」

「え、篝火さんが?」

 

一夏が驚きの声を出す。篝火・ヒカルノ、一夏の専用機〝白式〟の調査を担当する技術者であり、〝天災〟篠ノ之束の友人でもある。

その彼女が、打鉄弐式に関する倉持技研の動きをリークした。

 

「倉持技研は国営企業で、その傘下となる企業も山の様にある。その関係企業まで含めたら、引くぞ?」

「それで? 余計な話はいいのよ。結論と本論を言いなさい。……私がキレる前にね」

「では、ISの登場から各国は篠ノ之博士に、その技術供与と共有化を求めました。勿論、その中には日本の倉持技研もありましたが、博士の性格を解っていなかった」

 

傭平が茶を口に含み、代わりに誠一郎が眉間に皺を溜めて話す。 

 

「同じ日本人、日本の倉持技研を優先するとか調子に乗っていたんだろうな。他国の様に迎え自ら博士に教えを乞いに行かず、博士が来るのを待っちまったのさ」

「あ、あの姉さんにそれをやったのか……」

「あの来るもの拒まず、去るもの追わず、意欲があれば子供だろうが、死にかけの老人だろうが、誰にだって自分の知識を教授するが、やる気が無い奴は完全に無視のあの篠ノ之博士にだ」

 

それが招いた結果は、惨憺たるものであった。

各国が彼女の教えの元に、着々とIS開発を進めていく中、日本だけが明らかに遅れていた。

〝ラファール〟〝テンペスタ〟〝メイルシュトローム〟次々と試験機体が産み出されていく。

焦る倉持技研、このままでは国から切り捨てられる可能性もある。

自分達は、この技術大国日本の国営企業だ。それが他国に後ろ指を指されるなど、我慢ならない。

 

そんな中身の無い自尊心に限界が見え始めた時、ある報せが届いた。

 

「日本のとある企業が、〝打鉄〟の元となる機体の開発に成功した」

「それも、倉持技研が格下と見下していた企業が」

「待って、それってまさか……」

「……そのまさかですよ、シャルロットさん」

 

ここまで言われれば誰だって気付く。

焦った倉持技研の所業に。

 

「なまじっか、顔も手も広い倉持、開発成功の噂がひろがりきる前に、あの手この手でその企業の取引先や顧客を奪っていった。自分達がやったとは解らない様にな」

「そして、弱った企業を吸収合併し、〝打鉄〟の開発元を倉持技研、自分達とした」

 

傭平が首を左右に曲げ、凝りを解していく。

硬質な音と繊維質な音が混ざり、それが止んだ時、力の無い笑みを見せた。

 

「情けない話だ。倉持技研に誰も疑いを持っていなかった。この情報が無ければ、誰も気付かなかっただろうよ。俺も、傭平から聞かされるまでそうだったしな」

「ボス、聞いてください」

 

傭平の声に鈴から離れた簪は、顔を俯けたまま動かない。

だが、傭平はそれに構わず続けた。

 

「倉持はこう思っているでしょう。〝学生の身分で、ここまでの機体を造り上げるとは、見事としか言いようがない。しかし、悲しいかな。あと一歩、学生という身分があと一歩を届かせなかった〟」

 

一度、息を吸い

 

「〝そこで我々倉持技研が手を差し伸べた。我々の的確な指導と設備の元、新型機を完成させる。こうして、打鉄弐式は倉持技研によって、初めて産声を上げたのだ〟」

 

一息に言い切った傭平は、湯飲みの底に残っていた僅かな茶を飲み干した。

 

「奴らの考えているシナリオは、こんなもんでしょう」

「…………」

「簪……」

 

誰も俯いたままの簪に、何も言えなかった。

言ってしまえば最初から、打鉄弐式は簪が完成させると同時に奪われる手筈になっていたのだ。

自分の今までは一体なんだったのか。震えだした簪を、全員が心配そうに見詰める中、彼女はいきなり立ち上がり、鈴が冷蔵庫で冷やしていた杏仁豆腐が入った大きめのボウルを掴み、スプーンで一気に掻き込んだ。

 

「ちょっ、簪?!」

「わぁ、僕ら全員分がみるみる無くなってくよ……」

 

あの細い体のどこに入っていくのか。鈴特製杏仁豆腐は、シロップの一滴すら残さず簪の中に消えた。

 

「ふぅ、傭平」

「イエスマム」

「打鉄弐式の開発状況」

「機体、システム共にほぼ完成。残るは、第三世代兵装〝山嵐〟の調整と山の様なテストです」

「やるよ、傭平。思い知らせてやる。奴らに刻み付けてやる。叩き付けてやる。打鉄弐式は私達が造ったんだって」

「マムイエスマム」

 

口に残る杏仁豆腐の甘さを、冷めた茶を飲んで流し込み、簪は全員を見た。そして、頭を下げた。

 

「皆、お願い。私達を助けて」

「いいぜ、任せろ」

 

誠一郎が言えば

 

「そうですわね。これは少し筋が通りませんわ」

「確かにな。少々、勝手が過ぎる」

 

セシリアと箒が同意し

 

「技術者としてより、人間としてアウトだよね、これ」

「まったくだ。こちらを馬鹿にしているとしか思えん」

 

シャルロットとラウラが頷く。

 

「一応は、白式のバックアップ会社なんだが、この際〝HAI〟に鞍替えするか?」

「そうねぇ、それもいいかもしれないわね」

 

一夏が自然体で構え、鈴が腕を組み首肯する。

 

「ありがとう、皆」

「では、ボス」

「うん、お願い傭平」

「マムイエスマム」

「世界中に思い知らせて、刻み付けて、叩き付けて、私達が造ったんだって。私達子供が、この子を造ったんだって」

 

打鉄弐式を造ったのは自分達だ。

更識・簪の目には、その意思が強く見えた。




次回から

少し日常
皆で更識家に遊びに行こう!



倉持技研のお話?


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倉持技研

はい、倉持技研の離反組のお話。というか、倉持はこの二人以外出さないかも?


「わ~た~しの~、一撃電光石火~っと」

 

白く清潔感のある廊下を、一人の女が調子外れな歌を歌いながら歩いている。

女はある扉の前で止まり、行儀悪く蹴り開けた。

 

「お~い、鹿島居る?」

「また、お前は……。もう少し行儀よくしたらどうだ? ん?」

「うるさい」

 

鹿島と呼ばれた白衣の青年が、ズレた眼鏡の位置を直しながら、弄っていた空間投影ディスプレイから顔を離す。

 

「大体、なんださっきの歌?は。ここまで聞こえてきたぞ?」

「私スペシャルチューンだ。痺れたろ?」

「ああ、そうだな。聴覚が麻痺するという意味では痺れたな」

「お前とは、センスが合わねえ……」

「そうだな。僕もそう思う」

 

女は口を横にした顔で、そっぽを向く。

男である鹿島からしてみれば、異性にときめく仕草の一つなのだろうが、それは目の前の女を知らない男であって、彼女をよく知る鹿島にしてみれば、何も思う事の無い仕草だ。

第一に、

 

「あ? まーたお前は、〝それ〟かよ」

「なんだ? 興味あるのか? お前も文明に、それは良いことだ。ほら、先週掴まり立ちを始めてな……!」

「……勤務中に娘の成長記録見てんじゃねぇよ!」

「……猿扱いしたのはいいのか?」

 

己は結婚していて一児の父だ。まあ、そうでなくても、この生物にそういった感情は一片一滴足りとも湧かない。

 

「それで、熱田。お前なにしに来た?」

「はあ? お前の仕事の報告に来たに決まってるだろ」

 

熱田は手に持っていたファイルから、数枚に纏められた書類を鹿島に渡す。

鹿島はそれを捲り目を通し、熱田を見た。

見た目はモデルといっても十分以上に通じるが、中身が野性というか別物な彼女。だが、鹿島にとってはこれ以上に無い仕事仲間である。

その証拠に、鹿島が言おうとしている事が解る様に、眉間に皺を寄せていた。

 

「随分、気に入らなかったみたいだな」

「当たり前だ。なんだ、あの機体?」

「そんなにだったのか?」

 

鹿島の問いに、熱田が頭を乱暴に掻いた。肩の辺りで揃えた髪が乱れるが、熱田は気にせず鹿島を睨んだ。

 

「なあ、抜けよう」

「また、話が飛ぶな。……そんなにだったという事か」

「ああ、ダメだ。何が倉持オリジナルだ。いけない、いけない話だ。末期だぞ、倉持」

 

熱田は倉持技研専属のテストパイロットであり、あの織斑・千冬とも国家代表を争った腕利きでもある。

その彼女が倉持技研単独開発の機体を、いけない話だと言い切った。それが何を意味するのか。解らない鹿島ではない。

 

「自社開発の機体が打鉄を超えられない、か」

 

利き手で弄んでいた書類に幾つか書き込み、途中で止めた。はっきり言えば、キリがないというのが本音だ。

打鉄は安定性と耐久性、整備性を重視した設計であり、機動性や運動性は他の機体よりは若干落ちる。だが、それらは整備や改装次第で覆せる。

 

その機体を、無理矢理機動性重視に切り替えればどうなるか。

当然、機体コンセプトに合わない為に、機体に無理が掛かる。そして、無理なその負荷がパイロットの負担となり、不慮の事故の原因となる。

熱田クラスの腕利きなら、改装次第で癖のある機体だけで済むだろう。

だが、大半はそうではないパイロットだ。

 

「事故起こす機体造って、どうすんだって話だ」

「ノウハウが無い訳じゃないだろうに」

「けっ、ノウハウだぁ? よく言う」

 

熱田が鹿島を見る。黒縁眼鏡の奥にある隈のある垂れ気味の目。見慣れた目だが、どうにもいけない。

こちらを見透かされた気分になる。

熱田は一度、鼻から息を吐き出し、鹿島に言った。

 

「よく言う、本当によく言う話だな。打鉄の本当の産みの親がよ」

「子を奪われるのに、ろくな抵抗をしなかった親だ」

「そりゃ、部下が居たからだろうが。鹿島工業の部下がよ」

 

熱田の言葉に、鹿島は一度目を閉じて頭を掻く。仕事が忙しく、昨日から泊まり込みだ。シャワーは浴びたが、風呂に浸かりたい。

純国産機体の産みの親は、目の前の女を力の無い目で見る。

 

「それでも、僕は……」

「ああ、もうまだるっこしい。鹿島、聞いてるんだろう?」

「あ? ……篝火室長からか?」

「ああ、そうだ。お前の次は、ガキから毟り取るつもりだぞ」

「……そうだな」

「ガキは抵抗する気だぞ?」

 

お前はどうする?

そう言われている気がした。嘗ての自分達が出来なかったしなかった事を、成人もしていない子供がしようとしている。

鹿島は己の右手を見る。

油汚れが染み着く事の無くなった右手、今の方が楽と言えば楽だが、張り合いは無い。

毎日、定時に入社し定時に退社する。当たり前だが、どうにも何かが違う。

あぁ、そうか。

 

「本気になれてないんだなぁ」

「お?」

 

鹿島は己のデスクにあるパソコンを操作し、ある図面を繋いでいた空間投影ディスプレイに映し出す。

熱田が何かと見ると、顔が次第に喜色に満ちていく。

 

「鹿島、今までこんな機体隠してやがったのか?!」

「隠していた訳じゃないさ。実現出来なさそうだから、仕舞っていただけだ」

「同じだよ。んで、オリジナルか?」

「図面はそうだが、今からじゃ時間が足りない。試験機をバラして組み直す」

 

図面が切り替わり、幾つかの機体の図面が並ぶ。

〝テンペスタ〟〝ラファール〟〝打鉄〟〝メイルシュトローム〟各国の量産機。

それを重ねて、鹿島は熱田を見る。

 

「テンペスタをベースに、ラファールの柔軟性を加えて、打鉄で補強し、メイルシュトロームの火器管制とセンサー系統を搭載。熱田、乗れ」

「いい話だ、これはいい話だ。乗ってやる。寄越せ」

 

熱田が獰猛な獣の笑みを浮かべ、言った。

 

「ガキが本気で抵抗してくるんだ。大人がそれを受けてやらねえで、どうするよ?」




次回

更識家に遊びに行こう!



煽り

仙波VS熱田
鈴VS国家代表


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更識家

ははは、短編ではなくなりそうだよ。
IS十一巻、チラッと読んだけど、ははは愉快愉快。
私如きが、こんな事を言うのは何であるが、ガバリティ高いな……!

買ったか? ははは、買ったとも! 空挺ドラゴンズ三巻をね……!


「やあ、いらっしゃい」

 

気楽な声が聞こえた。だが、その声に返事は無い。

七人は目の前にある門を見上げて、固まっていた。

 

「でっか……!」

「これが更識家……」

「BUKEYASIKIか!」

「誠一郎さんのお宅より大きいですわ」

「更識と比べられたらな」

 

数百メートル続く漆喰造りの塀に、瓦葺きの屋根を持つ木造の門の前、呆気に取られる七人だが、そうも言っていられない。案内人が門の前で待っているのだ。

 

「入らないの?」

「ちょっと待ってね、簪。ここなの?」

「ん、ここが更識家。仙波と布仏も一緒に住んでる」

 

案内人の着物を着た簪が、普段と変わらぬ眠たげな目で、背後の屋敷を指し示す。開いた門の先には、純日本家屋に日本庭園、そして、

 

「「「「「いらっしゃいませ」」」」」

 

頭の先から爪先まで黒で揃えたスーツの男達が、玄関までずらりと整列していた。

誰も彼も顔に傷があったりして、明らかに堅気ではない事が伺える。

予想外の光景に、七人が気後れしていると、玄関から誰か歩いてくる影が見えた。

 

「やぁ~やぁ~、皆~」

 

間の伸びた声でゆったりとした歩みで、近寄ってくるのは、一夏達と同じ一年一組の布仏・本音だ。

本音は効果音が聞こえてきそうな調子で、黒服達の作る谷を歩き立ち止まると、軽い調子で頭を下げた。

 

「よく来たね~、いらっしゃ~い」

「おう、のほほんさん。今日ははいからさんだな」

「お仕事の制服なのだよ、おりむ~」

 

一夏が言う様に、本音の服装は袴姿。俗に〝はいからさん〟とも言われる格好に、白いフリル付のエプロンを着けている。

 

「あらあら、随分似合うじゃない」

「おお~、流石リンリン解ってる~」

「私をリンリンと呼ぶ奴は許さないけど、本音は許しちゃう」

「うきゃ~」

 

鈴が両の掌で本音の顔を挟むと、笑みと共に彼女の頬を上下左右に揉んだ。

背後で息を飲む音が聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。鈴の力だと、本音の首がもげると思ったセシリアが顔を逸らしたが、強面の黒服達と目が合いまた逸らし、誠一郎の背中に隠れた。

そんな中、本音はシャルロットを見付けると口を動かした。

 

「あぉぉ、ゆっち~、お~お~あら、ろうようあぉ~」

「えっと、ごめん本音。なに?」

「ぽへっ、でゅっちー、よーよーなら道場だよ~」

 

鈴の両手から逃れた本音が、何故か傭平の居場所をシャルロットに伝えた。

よーよー?と首を傾げるシャルロットだったが、次第に誰の事を指しているのか理解したのか、顔が一気に赤くなった。

 

「な、なな、本音?!」

「お~お~、真っ赤ですな~、かんちゃん」

「ククク、まったく真っ赤ね」

 

ニヤニヤと笑う本音に、邪悪に微笑む簪。二人共、明らかに面白がっているのが解る。

 

「それで、シャルロットは置いておくとしてだ」

「え! ひどいよ、ラウラ!」

「まあ、待て。傭平は道場で何をしているのだ?」

 

慌てるシャルロットを掲げた右手で制しつつ、ラウラは簪達に問うた。

出迎えと案内人、本来なら使用人である本音か傭平が行う筈だ。なのに、案内人には簪。そして、彼女の直属の部下とも言える傭平は道場に居るという。

それは何故なのか。

 

「言うより、見た方が早いから、行こうか」

 

簪が眠たげな赤目を向ける先、更識家の奥に道場があった。

 

「有意義な時間を過ごしているよ。きっと」

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

傭平は、この日何度目かの視界の反転を見た。

抵抗は無意味、むしろ更なる危険に繋がりかねない。

なので、抵抗せず反転の流れに身を任せて落ちる。そして、来る衝撃に受け身を取り立ち上がった。

 

「……面白い技を拾ってきたな」

「どうにも、ここら辺りが今の限界ですかネ?」

「いや、まだ伸びるだろう。なにせ、お前は仙波だ」

 

予想外の言葉に、立ち上がった傭平の動きに遅れが出た。

それを見逃さず、相手は傭平から〝消えた〟。

目を剥く傭平、急ぎ構えを作るが、

 

「そら、こうか?」

 

貫手の四指が眼前にあった。

 

「本当に面白い技だな。学年主任で本音の担任の技だったか」

「ええ、これを越えろというのが卒業条件でしテ」

「ふむ、相手の知覚や感覚に呼吸、一つ一つから少しずつズレて、相手の認識の外に〝外れる〟。知っている理解している相手であればある程、容易となる技か」

 

言って、眼前の四指が消え、背後から首を刈り取る動きで手刀が来た。

 

「いや、鼓動に踏み込みや手の握りもか。傭平、お前達の学年主任は本当に教師か?」

「元世界最強で、現世界最強続行中と頭に付きますが、教師でス」

 

傭平は構えを解かず、目線だけを動かし、周囲を確認する。

己の首筋に手刀は無い。しかし、相手の姿も確認出来ない。

 

「これを越えろか。中々に無理を言うものだな」

 

また視界が反転し、受け身を取る間もなく、反転した視界を傭平は落ちた。

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

「なにあれ?」

「傭平が勝手に飛んだ?」

「いや、投げられたんだ」

 

九人が見る道場内では、道着姿の傭平が着流し姿の男相手に手も足も出ない状況が続いていた。

専用機持ち組の中で、生身では一番の傭平が反応すら出来ずに転がされている。

 

「だ、大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫~、よーよーなら平気だよ~」

「ほら、すぐ立った」

「て、あれ、織斑先生の技!」

「チートや、チートがおる」

 

更識家に来てから、驚きの連続だったが、今繰り広げられている光景が一番の驚きだった。

着流しの男が傭平を投げるが、傭平はまた反応出来ずに転がされている。あの男は一体何者なのか。

七人は簪と本音を見た。

 

「父さん」

「先代様だよ~」

「そうだ」

 

七人は突然聞こえた声に振り返ると、着流しの男が立っていた。

 

「やあ、久々の客人、それも簪達の友人達。本音、客間に通しなさい。丁重にもてなさねば」

 

簪の父、先代楯無はにこやかに笑った。




次回

うっかり話しちゃった。よーよーの過去


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更識家にて

はい、次回予告詐欺のお話です。
よーよーの過去はまたの機会に!

この世界線では亡国機業は居ません。無人機は開発されていますが、開発途中なので、普通に暴走しました。
銀の福音もまあ、似たようなノリです。

そして、キャラのイメージはChoco先生か川上絵またはさとやす絵、お好きなイメージでどうぞ。

さとやす先生、画集出さないかな?


「いや、よくいらっしゃった」

 

着流しの男、先代楯無がにこやかな笑顔を浮かべながら、七人を迎えた。

彼はきちんと整えられた顎髭を撫でながら、人数分の座布団が敷かれた畳の間に、まあ座れと七人に手招きする。

 

「ささ、座って座って。話をしよう」

 

先程の道場での様子とはうって変わって、気さくな様子で話し掛けてくる。

 

「はあ、ではお言葉に甘えて?」

「うんうん、もうすぐ茶と菓子がくるから、それまで話をしよう」

「は、話ですの?」

「そうだな。学校では、簪達はどうだ? 仲良くやれてるか? 簪も傭平も本音も、少し変わっているからなぁ」

 

先代楯無の言う通り、三人は中々に変わっている。

マイペースで、価値観が独特で、なんというか変わっている。

だが、それを言うなら

 

「大丈夫ですよ。学園に居る人、全員変わってますから」

 

誠一郎の言う通りに、IS学園に所属している人間は一人残らず変わっている。

生徒も教師も、そこに働く人達全員だ。

 

「第二次大戦中製造の食堂のトメ婆さんとか、老人性の震えで汁物溢さないか不安になるし、時々電源落ちた様に立ち止まる事があって、食堂でスリリング演出してくれるわね」

「うん、僕が五目うどんの三つ葉が苦手だって言ったら、五目うどんが三つ葉うどんになって出てきたよ……」

「好き嫌いは許さない。だけどやっぱり無理なら、次もう一度言いなさいな。トメ婆さんの格言だ。……二回言っても、マジ忘れされて、大辛塩鮭定食が納豆定食になったが……」

「まあ、そこら辺のハラハラどじっ子婆さん振りが人気の秘訣だな」

「中々、スリリングな食堂なんだな……」

 

先代楯無は困惑した。学園での家族の様子を聞いたら、食堂の婆さんの話が返ってきた。何時から、自分の家族は老人になったのか。

だが、はっきり解る事がある。

 

「しかし、初めてだな」

「えっと、何がですか?」

「あの子達が、家に誰かを招待したのがね」

 

己の言葉に頷く七人が居る。素直な子達だと思う。

あの三人が招待したのだ。きっと、良い子達なのだろう。

〝更識〟と聞けば、すり寄ってくる者や離れていく者が居る中、この子達はそんな事関係無しに、簪と傭平に協力してくれていると、本音から聞いている。

 

「すげー家だもんな。警備会社って儲かるんだな」

「こら、一夏。……すみません」

 

隣に座るツインテールの小柄な娘、確か凰・鈴音と言った筈。学園生徒第二位の腕は確かなのか、あの細腕でのショートフックで肉が破裂する音が、男子二人の内で一番体格の良い少年の脇腹から聞こえた。

 

仕事の経験上、人体からしてはいけない音第一位だったが、少年が一瞬マジ顔で停止した後、噎せるだけで済んだので大丈夫なのだろう。

 

と、襖を開ける音が聞こえた。

 

「父さん、何を話しているの?」

「ああ、かんざ……!」

「ボス?! 先代!」

 

着物姿の簪が、先代楯無の顔面目掛けてドロップキックを見舞った。

湯飲みや茶菓子を乗せた盆を持った傭平が驚愕する正面、簪は着物の裾を乱さず着地、いつの間にか開いていた障子戸の向こう、庭に着弾する先代楯無を簪が見送ると障子戸が勝手に閉まり、傭平の持つ盆から湯飲みを持って一口、一息ついて言った。

 

「皆、お待たせ。お姉ちゃんを沈めるのに、時間が掛かりすぎた」

 

どうやら、二人の楯無が庭に沈んだ様だ。

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

「ボス、やり過ぎですっテ」

「だって、父さん要らない事言うから、ついうっかり」

 

作務衣姿の傭平が簪を咎めるが、簪は平然と故意ではなく、衝動的な行動だと言い切った。

 

「かんちゃん、やる~」

「本音も止めてくださいヨ」

「え~、無理っぽ~」

「うぬヌ」

 

傭平は唸るが、いい反論が思い付かないのか、諦めを顔に浮かべて溜め息を吐いた。

 

「さて、文化祭の話をしましょうカ」

「「「「あれ無かった事にするのかよ!」」」」

「まあまあ、更識では日常ですんデ」

 

言って、傭平は湯飲みと茶菓子を全員の前に並べていく。

茶は緑茶、茶菓子はえらくカラフルなマカロンだった。

 

「簪、これ、大丈夫?」

「大丈夫、着色料は無添加の自然由来、流行りものが好きな父さんが買ってきたやつ」

「そうだぞ、簪! 父さん、お前が友達連れてくるって聞いて、母さんと無意味に頑張ったんだからな!」

 

畳の間の一枚をひっくり返し、先代楯無が飛び出てきたが、直後何本もの黒服達の腕が伸びてきて、すぐに床下に引きずり込まれ、傭平がひっくり返された畳を直しに入った。

 

「……一応、聞くぞ? いいのか?」

「ん、箒。問題ない、通常運転」

 

簪が何時の間にやら持ち込んだドーナツを食べながら、箒に答え器を差し出す。箒はその中から、半分をチョコレートでコーティングされたものを手に取った。

一口かじるが、ドーナツ特有の油気が無く、柔らかくしっとりとした食感と甘さが舌に乗る。

 

「シャルロット」

「え、なに?」

「これが傭平の好物」

「……そうなんだ」

 

ニヤリと口の端を吊り上げるシャルロットに、眠た気に二つ目のドーナツを手に取る簪。

畳を直し終えた傭平が振り向くと、あっと声を挙げた。

 

「あ、ボス! それ、俺が自分用に買ってきたやつじゃないですカ!」

「私の目と鼻が利く場所に隠したのが間違い」

 

二つ目を平らげ、三つ目を取ろうと手を伸ばすが、器が無い。簪は何故かと器を探すと、目を弓にした鈴が器を取り上げていた。

一夏が摘まもうと手を伸ばしたが、二発目のショートフックで沈んだ。

 

「それ以上はダメよ、簪。晩御飯入らなくなるわよ?」

「私の腹は、ドーナツ三つでどうにかなる程狭くない」

「はい、傭平」

「ああ、有り難う御座います。シャルロットさん」

 

鈴が取り上げていた器を、シャルロットが傭平に手渡す。

 

「いい、簪。貴方の旺盛な食欲は知ってるし理解もしてる。だけどね、食べ過ぎはダメよ。節制しなさい」

「鈴、鈴、話、話が進んでない」

「あら、ラウラ。安心しなさい。話は進むわ。誠一郎がね」

「え?」

 

いきなり振られた誠一郎が己を指差し、鈴を含めた全員が頷く。

その隙に、全員の手前に置かれた器に盛られたマカロンに、手を伸ばそうとした簪が鈴に手をはたかれていた。

 

「はい、では文化祭だ。今年は倉持案件打開の為に、一年合同だ」

「二年、三年の協力を得るためには、二学年に勝たないといけないんだったか?」

「まあな」

 

簪の専用機〝打鉄弐式〟の開発は最終段階に入ったが、まだ気は抜けず、経験の浅い一年だけでは間に合わないかもしれない。そこで、経験豊富な二年や三年に協力をしてもらおうと、傭平達が話を持ち掛けたのだが

 

「IS学園の二年、三年ともなれば、曲者具合が堂に入ってるからな」

「文化祭の結果次第で、全面協力か協力かが決まる訳だな」

「で、何をするのですか?」

 

セシリアの言葉に、男三人は口を揃えてこう言った。

 

「「「屋台村だ」」」

「屋台村? なんだそれは」

 

ラウラが疑問する。

 

「こう、屋台がいっぱいあって、それを好きな様に巡るイベントでス」

「そこで、各クラスで好きなメニューの屋台を出してもらおうとな」

「個人も、クラス内のグループでもOK。屋台を出したい人は、織斑先生か山田先生、各クラス担任に届け出てくれ」

「あ、屋台に関しては、家で使っていたお古を、学園に貸出しますんデ」

「その売り上げで勝負という訳か?」

 

箒が言うと、傭平が〝一年屋台村計画書〟というものを、作務衣の懐から取り出した。

傭平は計画書のページを捲ると、楕円形の図形が描かれたページを見せた。

 

「理想図ですが、学園の校庭を利用して、出入り口を各所に受付を配置、客数でも勝負しまス」

「ガチね。二組は私主導で簡単な飲茶を出そうかしら」

「屋台の注文はお早めに、設計組み立ては更識が請け負いますかラ」

 

傭平が言えば、床下から何やら争う音がする。

全員が暫し床を見詰めていると、音が止んだ。ややあって、また違う畳がひっくり返され、先代楯無が飛び出てきた。

 

「屋台の注文の代金は、簪達のお小遣いにしていいからなっ!」

 

飛び出た先代楯無の尻辺りから、高圧電流的な音がして、一瞬痙攣した先代楯無が黒服達の腕により、再び床下に引きずり込まれた。

 

「……屋台の設計組み立ては、中国から亡め……、移住してきた金氏が請け負う」

「あ、今の流す感じか?」

「しののん、慣れるの早いね~」

「家も、姉さんと父が似たような事をしていたからな」

 

一口茶を飲み、マカロンを口に放り込む。香ばしいソースと鰹節が口内を駆け抜け、青海苔が微かに鼻にすり抜けてきた。たこ焼きだ。

箒は黙って、本音から茶のお代わりを貰い、気付いた本音が飲みやすい温度になった茶を湯飲みに注いでくれた。

一気に飲み下し、マカロンの器を気付かれない程度、セシリア寄りに寄せた。

 

「箒、無理はするなよ?」

「大丈夫だ、誠一郎。多少面食らったが、味はちゃんとしていた。……帰りはたこ焼きを買って帰ろう。口直しだ」

「お、おう」

「それでまあ、家はその手の専門家が何故か多いから、金氏は何故か移動屋台とかを異様に堅牢に作るのが上手い」

「そ、そうなんだ」

「ん、放っておくと、防弾シールドやG.P.S(衛星方位測定システム)や脱出艇を中に仕込む本格派」

「簪、それ屋台じゃないよ! 何か別のものだよ!」

「今年の地域夏祭りに出した屋台は、高機動型で装甲を薄くして、内部を電子管制にしたから、指揮官とパイロットの二人でも大量人数を相手に出来たのが強かったですネ」

「傭平、それなんの屋台?」

「ははは、シャルロットさん。常識的にクレープ屋ですヨ」

「常識って飛び道具だったんだ……」

 

シャルロットが肩を落とし、更識組が首を傾げた。

 

「変なシャルロット。まあ、置いといて、今回はロシアから亡命してきたマッスルスキー兄弟とショタスキビッチ姉妹が手伝ってくれる」

「亡命を隠そうよ!」

 

シャルロットが思わず叫び、傭平が宥めた。

 

「シャルロットさん、シャルロットさん、更識ではこれが常識なんでス」

「僕、心折れそうだよ……」

 

シャルロットが項垂れ、傭平が頬を掻いた。文化祭の作戦会議はまだ続く。




次回

更識家


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更識仙波

ははは、話が進まない。進まないのだよ。



「それで、どうする?」

「え、なにが?」

 

鈴の隙を見てマカロンを摘まんだ簪が、左頬を膨らませながら言った。

鈴の溜め息が聞こえるが、簪は努めて無視しながら続ける。

 

「今から学園に帰ると、かなり遅くなるよ?」

 

更識家の庭に繋がる障子戸からは、沈み始めた夕日が日本庭園を朱色に照らしていた。

 

「今から急いでも、食堂は閉まってるな。購買は、安い弁当があればいいか?」

「先生達の居住区画に足を伸ばすのもアリだが、時間が時間だから下手をすれば反省文だな」

「じゃあ、どうする? 買って帰るには時間に余裕は無い。全員で侘しく安弁当をつつくか?」

 

想像するが、すぐに頭を振って散らす。華の乙女とは言え、成長期の育ち盛りだ。出来る事なら、食事は確りと摂りたい。

安く中身も値段相応な、侘しい弁当は正直勘弁願いたいものだ。

そう思って、七人が動きを止めていると、襖の奧側、自分達が歩いてきた玄関の方角から、幾つかの足音が聞こえてきた。

その幾つかの中でも、特に慌ただしい足音が部屋の前で止まり、

 

「簪ちゃーん! 貴方のお姉ちゃんが復活よ!」

「シッ!」

 

当代楯無こと、更識簪の姉でありIS学園生徒会会長でありロシア国家代表でもある更識楯無が、姉妹揃いの特徴的な水色の髪に水草を一房付けて飛び込んできて、簪の即座の反応によるノーモーションドロップキックにより、体をくの字に折り曲げた楯無が廊下の反対側、誰も居ないのに開いていた襖戸の部屋に叩き込まれ、襖が独りでに閉まった。

 

「まだ復活は早い」

「ボス、ボス、そうじゃないでス」

「そうよ、簪」

 

簪が着物の裾を一切乱さず着地すると、襖がもう一度開き、一人の女性が姿を見せた。

 

「お父さんとお姉ちゃんにノーモーションドロップキックなんて、アックスボンバーにしなさいな」

「奥方様、それも違いまス」

 

傭平が〝奥方様〟と呼んだ着物の女性は、楯無と簪の二人によく似た水色の髪と赤い目を持っていた。

女性は糸目の傭平に笑顔を向けた後、七人に向き直った。

 

「子供達が御世話に、楯無と簪の母です」

 

宜しくお願いしますね、と声が聞こえると、庭がにわかに騒がしくなっていた。

 

「母さん、母さん、父さん頑張ったよ! ちょっと無意味に頑張ったよ!」

 

飛び込んできた先代楯無の顎を、簪のラリアットが跳ね上げた。

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

ほぼ沈んだ夕日の僅かな朱色が染める夜色の空の下、幾つもの声が重なり、音が響いている。

 

「コルァァ! そこぉ! ここの鉄板は肉肉野菜野菜野菜肉の順だと言っただろう!」

「残念でしたー、俺は野菜野菜肉肉肉野菜ですぅー」

「うぜー!」

 

夜色の下、日本庭園では幾つかの鉄板が並べられ、色とりどりの野菜に多種多様な肉が焼かれていた。

数人の黒服達が額にねじり鉢巻を巻き、トングを片手に鉄板の上で焼かれる野菜や肉を引っくり返しては、他の者達が持つタレの入った皿に乗せていく。

 

「さあ、お客様。牛と豚が焼けましたよ。あ、鳥がよかったですか?」

「あ、じゃあ、牛の赤身をミディアムで」

「ハイィィッ! 牛の赤身ミディアム一丁!」

 

家屋、更識邸の縁側に腰掛けたシャルロットが、脂身の少ない赤身を注文すると、ねじり鉢巻黒服が奇声と共に、よく焼けた鉄板へ厚切りの牛の赤身肉を乗せる。

脂身の多い部位とは違う、鉄分を多く含んだ血の焼ける匂いが、シャルロットの鼻に届く。

 

――うわぁ、結構クルなぁ――

 

食べたと思っていたが、こうして匂いと音が届くと、またクルものがある。

シャルロットは、手元の皿に注がれたタレに浸かった葱を噛みながら、庭園に広がる風景を見る。

 

「ははは、どうだ楯無! 父さん無意味に頑張ってるぞ……!」

「キャー、ステキー、父さん焼きそば大臣!」

 

あそこは見ないでおこう。巻き込まれたら、恐らくかなり面倒な事になりそうだ。焼けた鉄板の上で、焼きそばがモン・サン・ミシェルの様に建っている。

その反対側はどうかと、チラチラとダブル楯無が見ている方を噛んだ葱を嚥下しながら見ると、

 

「たかが二人程度で、私に勝とうなんて片腹痛い」

「くっ……」

「だから、言ったじゃん。無理だって……」

 

簪が小皿片手にガッツポーズで勝利宣言をしていた。

その足元には、倒れた一夏と辛そうに腹を押さえる誠一郎が見えた。どうやら、二人で簪に大食い勝負を挑んで負けたらしい。鈴達が呆れた目で見ている。

 

そして、焼きそばダブル楯無は簪の気を引こうと必死な様だ。次はたこ焼きだと、専用の鉄板を何処からか引っ張り出してきている。

ソース味の粉ものから離れないのだろうか?

 

「なにか御座いましたか? シャルロット・デュノア様」

 

声にシャルロットが振り向くと、カラーシャツの男が表面に焼き色の入った赤身肉を皿に盛っていた。

 

「あ、えっと……」

「失礼を。私、仙波家に仕えさせて戴いております〝咲山(さきやま)〟と申します。シャルロット・デュノア様方には若様にお嬢様方が御世話になっております」

 

咲山は一度頭を下げ、庭に置かれたテーブルに皿を置くと、そこにあったまな板に赤身肉を敷き、一口大に削ぎ切りにしていく。

チラリと見えた断面は、綺麗な赤色と焼き色に分かれており、父に「お母さんとお兄ちゃんには内緒だからな?」と連れていってもらったレストランで出てきたステーキを思い出した。

 

「御待たせ致しました。牛の赤身肉、ミディアムで御座います。お味はタレより塩が宜しいかと」

「あ、有り難う御座います」

「はい、ではまた御用が御座いましたら、お申し付けください」

 

咲山が下がり、シャルロットは咲山から手渡された皿に目をやる。

四角い、翡翠色の皿にミディアムで焼かれた肉が美しく、箸で取り易い様に斜めに並べられている。

シャルロットは慣れた手付きで箸を手繰り、皿にある窪みにある塩の粒を肉に付け、口に入れた。

 

「あ、美味しい……」

 

家庭事情は決して険悪ではなく良好だが、少々複雑で社長令嬢のシャルロット。しかし、味覚は生まれの環境からか庶民的で、あまり高級な食べ物は少し合わないと思ってしまう。

だが、そんなシャルロットでも、この肉は素直に美味と感じた。

 

「お気に召して戴けましたでしょうか?」

「あ、咲山さん」

「シャルロット・デュノア様、もし脂がくどく感じられましたら、そこにある山葵をお試しください。あ、少量ですよ?」

「あ、はい」

 

塩が入った窪みの隣にある山型に盛られた緑のペースト、臨海学校の時に体験した山葵と同じ色だ。

あの時は、山葵単体を大量に口に入れたからひどい目にあったが、今回は脂のある肉に付けて食べるのだ。

前回の様な事にはならないと思う。

 

「あ、シャルロットさン」

「傭平」

 

山葵の僅かな辛味に口を引き締めていたシャルロット、そこに作務衣姿の糸目の傭平がふらりとやって来た。

 

「赤身肉に塩と山葵ですカ。醤油はありまス?」

「若様、こちらに」

「ああ、咲山さン」

 

黒のカラーシャツの咲山が、醤油の入った小瓶と小皿と箸を傭平に差し出す。

 

「傭平、こっちこっち」

「はいはイ」

 

咲山から小皿と箸と醤油を受け取った傭平は、シャルロットに指し示されるままに、彼女の隣に座る。

目の前の庭では、モン・サン・ミシェル焼きそばが簪の胃に消え、それを見てはしゃいだダブル楯無がたこ焼きを次々と焼いていく。

一夏と誠一郎が焼きたてのたこ焼き片手に、鈴や箒達と談笑している。セシリアがたこ焼きの蛸を見て驚いているが、まあ自分達欧州組はあまり蛸に馴染みが無いから、あの反応も仕方ないだろう。

 

「賑やかだね」

「そうですねェ」

「皆、嬉しいのですよ」

 

咲山が微かな笑みと共に、野菜の乗った皿を持ってきた。焦げた色が無いのは何故だろうかと、シャルロットが見ていると、皿と野菜の間にアルミホイルが敷かれていた。

 

「キャベツや人参等を蒸してみました。お口直しにどうぞ」

「咲山さん、嬉しいって……」

「若様やお嬢様方が、御友人を連れて来たことがですよ」

「そんなにですかネ?」

「若様が御友人をお連れしたのは、私の記憶では今回が初めてです」

 

場に酔った一夏が鈴の胸を揉み吹っ飛ばされ、それを見た箒が溜め息を吐き、一夏が池に着弾する。

 

「若様」

「なんでス?」

「今日程、仙波家にお仕えして良かったと思った日は御座いません。どうか、御二人で幸いの道をお進みください」

 

咲山が頭を下げて言った言葉に、シャルロットと傭平は思わず向き合い固まった。




まだまだ続くよ更識家


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さーらさらさら更識家

セシリアの秘密

両親と死別した後、遺産を巡る争いでまだ幼かったセシリアを言いくるめようと、数多の親類が近寄ってきたが、その全ては、自らを〝悪臭〟と呼ぶ祖叔父が突っぱねた。

彼が指を鳴らすと、金属音が聞こえ、床や地面に相手が叩き付けられていたとか。

あ、返信等はもう少し待って! ネタ固めてるから!


「さてさて、楯無?」

「なにかしら? 母さん」

「彼女がそうなの?」

「ええ、そうよ」

 

賑わう庭、黒服達が奇声を挙げて何かを焼いていく鉄板の群れの中で、水色の髪を持つ二人が縁側を見ていた。

 

「ふふふ、まさかの金髪フランス人。更識と仙波にも、ついにグローバル化の波が!」

「マッスルスキー兄弟とショタスキビッチ姉妹と金氏は?」

「ふふふ、楯無。貴女は過ぎた事を言うのね?」

「母さん母さん、なんか一周回って凄い事言ってる! ブレないわ!」

 

声に、ロシア人と中国人が反応する。バッと音を立てた動きで二人を見れば、何時になく優しく微笑まれたので、即座に目の前の鉄板に集中し直す。

 

「いい? 楯無、更識の女はブレないのよ? まあ、貴女はブレブレだけど、その辺はお父さんに似たのかしら?」

「簪ちゃんがブレないのは、母さん似?」

「そうねぇ、お父さんはリアルギャグ補正入ってる様なものだし、その辺は貴女に受け継がれてるわね」

 

楯無が舌を小さく出して、片目で明日の方角を見る。

とある英国人が英国面を鉄板上で発揮して、マーマイト色の何かが構築されつつあった。匂いも何も無いのが逆に怖い。

 

「……楯無、貴女の学園は、……言葉選んで言うけど、賑やかね?」

「言葉選ばず言うと、濃いわー」

「よう、生徒会長」

 

楯無が母とマーマイト色に染まった鉄板を眺めていると、周囲の鉄板の影から誠一郎が現れた。

 

「あら、貴方は」

「あ、今日はお誘い有り難う御座います」

「いえ、私達も久しぶりに楽しませて戴いておりますわ」

「はあ」

「実際楽しませてもらってるわよー」

 

二つの水色が夜に焚かれた篝火に揺れて、誠一郎に向いた。

 

「こんなに騒がしいのは、お父さんの婿入り以来かしら?」

「母さん母さん、初対面の男子にいきなり惚気全開?」

「あら、楯無。初対面じゃないわ、さっき屋敷で会ったじゃない。だから二回目よ」

「ブレなさが流石過ぎるわ母さん!」

 

あの更識楯無の母親という事もあり、幾らか警戒心を抱いていた誠一郎だったが、二人のやり取りを見て毒気を抜かれてしまった。

 

「ただの新聞配達のバイトだったお父さんが、私に一目惚れして更識に出入りする様になって、私が継ぐ筈だった〝楯無〟をお父さんが継いじゃった」

「母さん、それ初耳」

「というか、そんなお宅事情を聞かされる身にもなってほしい」

 

楯無と誠一郎が、初の事実に驚愕していると、にわかに他の鉄板が騒がしくなってきていた。

 

「兄ちゃん兄ちゃん! なんか凄いよこの焼そば? 新世界が見えてきたよ!」

「ああ! しょっぱ甘苦辛い焼そば?なんて初めてだな!」

「歯の詰め物が取れるくらい粘る焼そば?なんて、これがイギリスの焼そば……!」

 

黒服達が英国面を満遍なく発揮した焼そば?を食べて、乱舞していた。

 

「もう、あの子達は……」

「何時も通りじゃない?」

「何時も通り……」

 

愕然とする誠一郎だが、金の髪が自分を探している事に気付き、慌てて身を隠す。

その手に持つ紙皿には、黒く染まったものが盛られている。

 

「あらあら? いいのかしら?」

「いや、セシリアのイギリス料理は食える。だが、他は妙なアレンジを加えるから……」

「アレになるわけね……」

 

見れば、箒達は既に退避しており、一夏が白目を剥いて痙攣しているが、耐久バカの一夏ならすぐに復旧するだろう。

 

「ふふふ、青春というやつね……!」

 

楯無母が細かな細工が施された扇を広げると、〝柑橘味〟と描かれていた。

どうやら、この扇子芸は一子相伝の様だ。

だが、それよりも誠一郎はある事に目を向けた。

 

「それは……?」

「あら? これは失礼したわ」

 

楯無母が笑みを浮かべて着物の袖で隠した両腕、その二本は精巧に造られた義腕であった。

 

「よく気付いたわね?」

「あ~、家が家ですから、割りと医療関係にも首突っ込んでますし」

「そうね。この義腕も〝HAI〟製よ」

 

言って動かす腕は、生身のそれと寸分違わぬ滑らかで精密な動きを見せた。

とても、機械の腕とは思えない。だが、生身の皮膚とは僅かに違う質感の人工皮膚、筋肉の隆起の無さが、この腕が機械であると示している。

 

「まあ、気にしないでね~? お父さんの婿入りの時に、少しスパッといかれただけだから~」

「母さん母さん! それ、気にしないのは無理があるわ!」

「楯無。女は度胸よ?」

「母さん、それ愛嬌よ!」

 

イエーイとハイタッチする母娘を他所に、誠一郎は前世で完全重武装攻城武家嫁の両腕を婿入りの時に斬り落とした婿入り夫の話が何処かにあったようなと、薄まり始めた前世の記憶を思い返していた。

というか、今日会ったばかりの人間に、夫に両腕斬り落とされた話をするのはどうなのだろうか?

 

「それで、傭平の機体はどうなのかしら?」

「またいきなりですけど、まあなんとかなってますよ」

「そう」

「俺らと違って傭平はエコノミーコアですから、そこら辺が腕の見せどころって、家の連中は騒いでますよ」

「あらあら、好かれてるのね?」

「お祭り騒ぎが好きなだけですよ」

 

ISコアには専用機に使用される篠ノ之束手製のオリジナルコア、量産機に使用されるエコノミーコアの二つがある。

エコノミーはオリジナルより演算能力に劣るが、逆を言えばそれしか劣っていない。だが、ISコアの性能は演算能力に集約されている部分もある為、かなりの容量を必要とする第三世代専用機のコアにはオリジナルコアが使用される。

 

「まあ、それでも家の子達の事を宜しくお願いするわ」

「いいですけど、何故俺なんです?」

「ん~? なんか年長者っぽいし、〝HAI〟の御曹子。仲良くして損は無いじゃない」

「急に取り引きっぽくなりますね?」

「私はね? けど」

「簪や傭平達なら任せてください。やれるだけやりますよ」

 

誠一郎が溜め息混じりに言うと、楯無母が笑った。

誠一郎が自分の事を見透かされているような気配を感じて、背中に冷たい汗を流していると、いつの間にか消えていた楯無が突然現れた。

 

「誠一郎さん! やっと見つけましたわ!」

「セシリア?! あ! この離せ! HA☆NA☆SE!」

「ふははは! さあ、セシリアちゃん! 愛の焼きそば~ブリテンロンドミニアゴライン川~を食らわすのよ!」

 

誠一郎を羽交い締めにした楯無が、黒いモノを盛った紙皿を持ってきたセシリアに指示を出し、セシリアが誇らしげに黒く染まり始めた紙皿を掲げた。

 

「誠一郎さん、私頑張りましたわ!」

「そうだな! 焼きそばからそば要素が消える位には頑張ったな!」

「そうです! 以前帰国した際に、祖叔父様に味見をしていただいて好評でしたわ!」

「あの人はお前が作ったモノならなんでもそうだ!」

 

もがく誠一郎、彼の終焉はすぐそこまで迫っている。

誠一郎は助けを求めて視線を巡らせるが、頼みの綱の箒はお好み焼き(広島式)に鰹節を山のように振りかけていてこちらを見ていない。

鈴と一夏は余ったそばと野菜と肉で、そばめし作りながらイチャついている。ちくしょう。

簪、簪は食休みと称して本音と並んでたこ焼き食ってる。

シャルロットと傭平は、咲山という人物がこちらを見せない様に立っていて気付いていない。

=助けは来ない。己は英国面に沈む。

 

「誠一郎さん。ほら、あ~ん」

 

誠一郎は覚悟を決めた。前世では割りと荒事もあったし、死にかける事には慣れている。

惚れた女の手料理で死ぬなら本望?

手料理で死ぬってなんだ?

毒か?

この口にあるモノはなんだ?

粘る。

硬い、硬くない。

辛い? 甘い? しょっぱい? 苦い? 酸っぱい?

やった!

オイシイゾ?

 

「あら? 疲れて眠ってしまったのかしら?」

「つまりそれは、私の焼きそばが美味しかったという事ですわね!」

「そうね! そうだわ!」

 

黒く染まった紙皿を他所に、セシリアと楯無がハイタッチをする。

安らかな顔で眠る誠一郎を、箒が十字を切りながら見ていた。

 

「誠一郎、すまない。私は無力だ……」

 

賑わう庭に、箒の小さな呟きが落ちた。




次回

〝HAI〟
シャルロットの怒り?
傭平君と誠一郎君焦る?

そして

「いやちょっと、助けてもらえると嬉しいんだがなぁ!」

全世界の恥部が……!


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〝HAI〟

メモから発掘

〝・―― 文字とは力を持つ。ならば、文字を紡ぎ形作る言葉とは、力そのものである。〟

私、何を書こうとしていたのか?


あと、今回のお話は展開がいきなりだよ!


シャルロットはあるビルを見上げていた。

高いだけでなく、大小様々な建築物の群れは、彼女の実家でも及ばない。

 

「これが〝HAI〟か~」

「よう、シャルロット。来たか」

「あ、誠一郎」

 

〝HAI〟ビル前で立ち尽くすシャルロットを、〝HAI〟の御曹子である早瀬・誠一郎が出迎える。

彼自身は気楽な様子でシャルロットを出迎えに来たようだが、周囲では何も知らない社員が何事かとざわついている。無論、何かを知っている社員は騒がず、自分の仕事に集中し、ざわついて仕事が手についていない同僚に檄を飛ばしたりしている。

 

「悪いな、休み潰して」

「いいよ、学園祭の準備も今日は無いし……」

「傭平もここに居るし?」

 

誠一郎の言葉にシャルロットは顔を赤くし、わたわたと身振り手振りで何かを伝えようとするが、動く口から出る声は言葉にならず、珍妙なダンスになっている。

 

「そこまで反応するとはな」

「誠一郎、セシリアと箒に言い付けるよ?」

「いいぞ。その場合、伝え方でお前がヒドイ事になるだろうな」

「くぅぅ……!」

 

白亜の廊下を進む二人、周囲では作業服と白衣の者達が忙しく動き回っており、その動きの中心となっている格納庫には、色とりどりの機体が鎮座していた。

 

「ねぇ、誠一郎。あれって」

「ドイツの第二世代機〝アイゼン・リッター(鉄騎士)〟だな。ラウラ達、ドイツからの留学生の要望で学園に配備されるのを、家が最終チェックを請け負った」

 

シャルロットが使うラファールシリーズと比べても、濃紫を基礎にした太い手足に重厚な装甲、鈍重なイメージが湧く外見だが、腰部スカートアーマーや脚部装甲内に仕込まれたスラスターが、それらのイメージを間違いだと示す。

 

「配備って、また急な話だね」

「いや、話自体は前々からあったらしいんだが、ほら、VT騒ぎ」

「ああ、あれかぁ……」

 

誠一郎が眉を掻き、シャルロットが肩を落とす。

一学期中盤にあった専用機タッグマッチで起きた事件。

禁止兵器である〝VTシステム〟を、ドイツがラウラ・ボーデヴィッヒの機体に搭載し、それが暴走。傭平を含む専用機持ち達が鎮圧に当たる羽目になった。

 

「それのせいでな、ドイツ国内で機体のチェックに時間が掛かり、日本国内では部品単位で検査。一学期後半には導入されていた筈が、導入されるのは学園祭が終わった後位になりそうだ」

 

誠一郎が頭を掻きながら見る先には、アイゼン・リッター以外にも様々な機体が検査されていた。

 

「あれ、家のラファール?」

「ああ、あれは、家の技術者がラファールのパッケージ案で実現されなかったやつを、デュノア社の許可を得て、趣味で開発してるんだが……」

「あのパッケージ、全身スラスターであんまりに紙装甲だから〝戦うドロップ(燃料)タンク〟って言われて、設計図止まりだったやつだ」

 

他にも各国様々な機体のパッケージや、実現されなかった発展型、装備等が開発されたり実験されたりしていた。

 

「うわぁ、学園の子達が来たら大騒ぎだろうね」

「皆からしたら、ここは正に宝島だろうな」

 

IS学園生徒は選手を目指す体育会系や、その選手のマネジメントやサポート役を目指す生徒も多いが、一番多いのは機械が大好きな工学系女子だ。

幼い頃から、簪の様にロボットアニメを見て育ったとか、実家が工場で身近に様々な機械があったとか、猛者となると寮の自室にフライス盤まで持ち込み床が抜けかける生徒だっている。

そんな機械ロボット大好き人間が、実現されなかった幻を実際に目の前にして、大人しくしているだろうか?

答えは否である。

 

「うわうわうわ! あれ、〝メイルシュトローム〟の発展型だ! あっちは〝テンペスタ〟の試験機!」

 

比較的ではあるが大人しいシャルロット・デュノアでも、興奮が抑えきれず目移りして大騒ぎし出した。

 

「あれはアイゼン・リッターの試験装備?!」

「ドイツのロマン信仰派が、本能の赴くままに開発した大型実体剣だな」

 

防護ガラスの向こう側、試験ハンガー内で、試験パイロットがアイゼン・リッターで、大鉈を思わせるIS本体よりも巨大な実体剣を振るっていたが、何度か振ったところで肘関節から煙を噴き始めていた。

 

「肘のアクチュエーターかモーターが焼き付いたか」

「いや、あれは手首と肩もいってるよ」

「片腕では無理だな、あれは」

 

白衣姿の作業員がコンソールで数値を確認しつつ、機体から降りてきたパイロットと頭を突き合わせている。

どうやら、結果が思わしくなかったらしく、二人して肩を落としている。

 

「誠一郎、傭平の機体はどれ?」

「まだ奥だ」

「ラファールシリーズの発展型なんだよね?」

「その中でも、特に格闘性能に長けた機体だな」

「それで僕の意見が必要なんだ」

 

他にも一喜一憂したり、打鉄が荒ぶる鷹のポーズを取っていたり、髪の長い背の低い女性に限界までネクタイを締められ、何故か幸せそうに顔を青くしているスーツの青年が居たりと、中々に賑やかな社内を抜けていくと、先程よりも更に広い空間に出る。

 

「ここは?」

「〝HAI〟の屋内大規模試験場だ。と、居た居た」

 

誠一郎が指差す先には、後ろに結んだ髪を揺らす〝少し変わった〟ISスーツ姿の傭平が作業員達とコンソールを覗き込んでいた。

彼は糸目を僅かに開き、ハンガーに鎮座するラファールとコンソールを見比べている。

 

「おや、早瀬クンにシャルロットさんじゃないですカ」

「よう、ラファールの専門家を連れてきたぜ」

「専門家って、そんなんじゃないよ」

 

シャルロットはそう言いつつも、鎮座するラファールを見る。幾つか装甲が外され、内部機構が露になった機体は、開発に携わっていないシャルロットから見ても、学園に配備されているラファールとは違うと解る。

 

――関節のモーターが、高出力のものに変えられて増設されてる。よく見えないけど、多分関節機構も強化されてる――

 

完全に格闘性能を強化した機体だと、シャルロットは判断する。

ラファールシリーズの特徴でもあるウエポンハンガーを廃して、高出力スラスターを搭載。脚部は走る事も想定しているもの様だ。

 

「シャルロットさン?」

「傭平、このラファール。どれを再現しようとしてるの?」

「ああ、〝ラファールB-7〟を元にした機体でス」

「本当に格闘機体だ」

 

言ってシャルロットがコンソールを覗き込もうとすると、誠一郎が何故か慌てた様子で、缶飲料を差し出す。

 

「……僕、喉渇いてないよ?」

「いや、脱水症状は知らない内にやってくるんだ」

「そうだね。じゃあ、アドバイスしたいから、隠してるコンソール見せてよ」

 

シャルロットが〝まロ茶〟と書かれ、先程のネクタイの女性の写真がプリントされた缶を一気に飲み干し、笑顔で誠一郎に迫る。

シャルロットは一つ疑念を持っていた。

 

「そういえば、傭平」

「な、なんでス? シャルロットさン」

 

ぐるんと、首だけで傭平に振り向けば、首に巻いていたパッドを外そうとしていた。

 

「傭平のISスーツ、変わったデザインだね?」

「え、ええ、〝HAI〟の最新モデルだとカ」

「……へえ、そうなんだ」

 

あっ!と、誠一郎の慌てた声が聞こえた。良からぬ気配を感じた作業員は全員、素知らぬ顔で逃げ出している。

シャルロットは笑顔のまま、傭平との距離を詰めていく。

 

「ねえ、傭平」

「は、はイ」

「それ、頸椎保護パッドだよね? このラファールは確かに高機動のセッティングだけど、保護パッドが必要になる機体じゃないよね? ねえ、なんで?」

「いや、そノ……」

「あと、背中のそれなに?」

 

傭平が慌てて背中を隠すが、既に遅い。

傭平のIS スーツの背中には、首に巻いている保護パッドと似た材質の機材を内包したパッドが、背骨に添う形で貼り付いていた。

 

シャルロット・デュノアは、IS技術者の娘である。

登場から十年余りで、急速に発展してきたIS技術の中には、急速な発展故に、VTシステムの様に非人道的な技術が存在する事も知っている。

デュノア家に引き取られてから暫くして、父から家の仕事関連の話として、兄と二人で聞かされたのだが、

 

『お父さんキライ!』

 

あまりに惨たらしい話だった為、義母に兄妹で泣き付いて、父の寝床が一週間床になった。泣いてた。ガチ泣きだった。

今にして思えば、父なりに自分達の事を思っての話だったのだろう。だが、一歩間違えなくても特A級のSF系スプラッタホラーな話を、幼児にする必要があったのかとも思う。

 

その中で一つあった話。ISと人間を〝繋いで〟、最高のパイロットを産み出そうとした話があった。

そして、それは人間の脊椎に機械を埋め込み、機械と一体化させるというものだった。

 

「傭平、誠一郎、何をしてるのかな?」

 

その実験の結果は惨憺たるものだったらしい。父も伝え聞いた話でしかなかったが、パイロットは自分が人間なのかISなのか、まったく区別が出来なくなり自我が崩壊し暴走。オリジナルコアの一つがパイロットと共に、周囲半径約二十㎞を巻き込み消滅するという結果に終わった。

 

「ねえ、傭平。僕、怒るよ?」

「あ、いや、ちょっと待ってくださイ。説明、説明しますかラ!」

「そうだ! これはシャルロットが考えている技術じゃないぞ!」

「へぇ? じゃあ、どういう技術なのかな?」

 

シャルロットがにっこりと微笑むと、誠一郎が傭平の背中からパッドを剥がした。

あまりに勢いよく剥がしたので、傭平が痛みに呻くが、どうやらシャルロットが予想していた事態は無かった様だ。

 

「ま、まあ、シャルロットが知ってる技術を元にはしてるのは事実だが、これは吸盤状のコネクターを背骨周辺に貼り付けて、パイロットの動きを機体にフィードバックして、理想の動きに近付けるってやつな!?」

「随分必死だね?」

「そりゃ、家があんな技術使ってるとか思われたくないしな」

「ふ~ん。じゃあ、あの頸椎保護パッドは?」

 

シャルロットが、傭平の首に巻き付いているネックウォーマータイプのパッドを指差す。

 

「これはですネ。人間の動きを機械とする訳ですかラ、万が一の為の保険ですヨ!」

「そっか。……傭平」

「はイ?」

「……簪の為なの?」

 

彼女の言葉に、誠一郎は何も言えなかった。

何も言えず、何も出来なかった。

簪の為という事は、悪く言い換えてしまえば、簪の〝せい〟とも言えるのだ。

簪の〝せい〟で、傭平は危険な技術を元にした装備を使う事になっている。そう言えるのだ。

 

傭平は頸椎保護パッドのホックを外し、首元に外気を取り込む。俯いたシャルロットを見る感情を、傭平は理解出来ていない。何故自分が、家族以外で彼女だけを名前で呼んでいるのか、傭平は理解出来ない。

だが、理解出来ないなりに少年は、彼女をこのままにしてはいけないと理解している。

だから、傭平は言った。

 

「ボスの為じゃないですヨ」

「じゃあ、誰の為?」

「自分の為でス」

「そうなんだ……」

 

シャルロットは傭平の胸に額を押し当てる。驚いた傭平が、下がる動きを見せたが、ISスーツを掴んで動きを止める。

汗に機械油と金属が混じった匂いが、僅かにシャルロットの鼻を擽る。

一度、鼻で息を吸い込み、シャルロットは顔を上げる。

僅かに見開かれた糸目が、こちらを見ている。

シャルロットは強い目で言った。

 

「傭平、今日から僕の言う事を聞いて」

「へ?」

「僕の言う事聞くの!」

「え? は、はイ?」

「僕にちゃんと言って、傭平が何をしたいのか」

「は、はイ」

「僕が一緒にするから、僕が傭平のしたい事を助けるから、ちゃんと僕に言って、僕の言う事を聞いて、ちゃんと僕の手が届く場所に居て」

「……はイ」

 

大粒の涙を溢す瞳から、傭平は目を離せなかった。

離してはいけないと思ったから、彼女から目を離してはいけないと理解出来たから、傭平はシャルロットから目を離さない。

最早ISスーツだけでなく、己の身を掴む手に力が籠る。

一際大粒の涙が瞳から溢れ、シャルロットは俯いた。

 

「……一人で居なくなろうとしないで」

 

シャルロット・デュノアは一人になる事を怖がる。

実の母が突然の事故で亡くなり、ほんの僅かな一日にも満たない時間だったが、彼女は世界で一人ぼっちになった。

すぐに父と義母が迎えに来てくれて安心したが、それでも怖いのだ。己の大切な者が居なくなる事が、己の手が届かない場所に行ってしまう事が怖いのだ。

 

「シャルロットさン。俺はここに居まス」

「うん……」

「早瀬クンも、今は居ないけど、ボスも皆も居まス」

「うん」

「だから、大丈夫でス。俺は居なくなりませン」

 

誠一郎が物陰から覗いていた作業員を蹴り出し、己も退室するのが見えた。

他ハンガーからもいつの間にか人影が消えており、屋内試験場に居るのはシャルロットと傭平の二人だけだった。

 

その筈だった。

 

「やっと八屋(はちや)君から逃げられたんだなぁ!」

 

床下から、突然白衣の老人が飛び出してきた。




〝まロ茶〟
〝健康アスファルト茶〟
〝メッコール・ストロング牛乳〟
〝嗚呼、絞まる、絞まるよ! 新庄君……!〟

〝HAI〟社内自販機ラインナップ(一部


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〝HAI〟合流

やあ、久し振り。
今回は〝出雲〟一夏と〝風見〟鈴音の二人でお送りします。

あと、前回に悪役と尻神様をちらりと出してたけど、誰か気付いたかな?

そして、傭平の新型機には尻尾生えないからね?

「今まで尻尾が無かったのが、不思議なくらいですヨ」

とか言わないからね?


追記

最終章小ネタ

簪¦『馬鹿で夢見がちな大人達に思い出させてやれ! ここは私達子供の場所だと! 私達の秘密基地を壊そうとする大人達の顔をひっぱたきに走れ! GO AHEAD! GO AHEADだ!』


規則的な重低音が響く。

体格の良い男が革手袋を嵌めた手でハンドルを絞れば、重低音は更に低く重く音を響かせ男に力と振動を届ける。

男がその音と振動に笑みを浮かべると、視線の先に小さな人影が何人かに囲まれているのが見えた。

 

「オッス、お待たせ」

 

男は単車を路肩に止めると、囲まれている小さな人影に呼び掛ける。

囲んでいる男達が、単車の男に邪魔をするなと視線を向ける。しかし、単車の男はそれらを一向に気にした様子無く、男達の隙間を抜けてくる少女に話し掛ける。

 

「わりぃ、申請と改造に時間食ってさ。鈴」

「成る程、人が下らないナンパ受けてる時に、気ままに単車転がしてた訳ね? 一夏」

「おっと、悪意ある解釈だな。どう埋め合わせすればいい?」

「あら、下手に出てきたわね。尻に敷かれたい?」

「鈴の尻なら大歓迎だな。だが今は」

 

言って、一夏は自分の背後を親指で示す。鈴が見れば、一夏が駆る単車はタンデムシートに変更されており、シートをこれに換えていたから遅れたのだろう。

鈴はシートに腰掛け、己をすっぽりと隠してしまいかねない背中に身を預ける。

 

「お?」

 

ナンパ男が文句を言おうと前に出るが、体を向き直した鈴が、一夏の胸ぐらを掴み頭を抱える様にして下げさせ、下がってきた唇を深く啄み、男達は止まった。

 

「ま、そういう訳だから、別の相手見つけなさい」

「悪いな。この良い女は俺の女なんだ」

 

唇を啄まれていた一夏がエンジンを掛け直し、一夏の唇を離してシートに座り直した鈴を連れて場を後にすれば、そこに残ったのは呆気に取られて何も出来なかったナンパ男達だけだった。

 

「んで、今日は新車のお披露目?」

「それもあるが、今日は〝HAI〟だ」

「傭平の機体?」

 

鳴り響くエンジン音と風切り音に遮られない様に、鈴は普段より声を上げて一夏に問い掛ける。

 

「上手くいってるみたいだが、傭平が求める反応速度にまだ足りないらしい」

「ふーん」

「あれ、興味無さげだな」

「傭平の事だし、シャルロットがなんとかするでしょ」

「それもそうか」

 

少し早い落ち葉が舞い始めた道路を、二人乗りの単車が駆け抜けていく。時刻は正午少し前辺り、〝HAI〟に着く頃には昼過ぎ程になっているだろう。

〝HAI〟の食堂で昼は済ませよう。

鈴が密かに決めると、一夏が単車の速度を緩めた。

 

「なに? 信号?」

「いや、あれ」

 

単車を脇に止めて一夏の指差す先には、何処かで見覚えのある一部以外は小柄な姿が見えた。

 

「山田先生よね?」

「山田先生だな」

 

一年一組副担任山田真耶が、秋の町中をウロウロしていた。

一体何をしているのか。

 

「あれ、何してると思うよ?」

「学園祭の買い出し?」

「まだ日あるぞ?」

「日にち間違えてんじゃない?」

「……有り得るな」

 

二人で見る真耶は、食料品店をあっちにフラフラこっちへフラフラ、見ている方が不安になる動きだった。

 

「どうするよ?」

「面倒だし、ほっときましょう」

 

今日は〝HAI〟、面倒はゴメンだ。

一夏は単車を発車させ、一路〝HAI〟へと向かう。

 

「そう言えば、なんで〝HAI〟に行くの?」

「ほら、この間バックアップ企業鞍替えするかとか話したろ? それで、一応の顔見せするかって、誠一郎がな」

「ああ、それでね」

 

二人を乗せた単車は、一夏の操作に従って秋の乾いた路面に、しっかりと噛み付き加速の唸りを上げていく。

 

「飛ばすじゃないの」

「折角の新車だ。飛ばしたくならねえ? そこんとこどうよ?」

「新しい玩具買った簪みたいな感じ?」

「おう、それそれ、その感じ」

 

夏とは違う秋の風に、確かな心地好さと僅かな冷えを感じながら、鈴は目の前の背中に、体を沈み込ませる様にして深く抱き着く。

鈴が知る限りでだが、同年代の男子の誰よりも分厚い筋肉で覆われた体、出会った頃から体格はよかった方だが、剣道等に打ち込み始めてから、その効果が目に見えて現れた。

 

「あ、鈴。その感じで来られると、鈴の感触が良い感じで伝わってグッド!」

「前見なさい、締めるわよ?」

 

ほんの少しだけ、抱き着く腕に力を入れると、肋骨が軋む音と感触が伝わり、呻き声が僅かに聞こえた。

鈴の膂力は、幼少期からずば抜けていた。鈴のほんの少しは他人の本気であり、加減というものが出来なかった。

その事で虐められもしたが、やられたらやり返す性格の鈴に、ちょっかいを掛ける者はすぐに居なくなった。

 

「鈴、鈴、折れる」

「あんたの骨が、この程度で折れる訳ないじゃない」

「信頼が辛いな……!」

 

その辺りだったか。鈴にちょっかいを掛ける者が減り始めた辺りで、鈴は一夏達と出会った。

始めは〝異様に頑丈な変な奴〟が現れたと、そういう風にしか見ていなかった。鈴の本気を受けても、倒れはするがすぐに立ち上がってくる。

そしていつの間にか一緒に居た、五反田弾と御手洗数馬達とつるむ様になり、いつの間にか惹かれ始めて告白して今に至る。

 

母の仕事と実家の関係で、中国に引っ越す事になったりして、一度離れたが、再会しても相変わらずの一夏で安心したりもした。

 

「しかし、相変わらず運転上手いわね?」

「弾達と乗り回したりしてたからな!」

「あら、アウトロー気取りかしら?」

「無免許はアウトローじゃねぇか?」

「私の男が無免許でアウトロー気取るとか、恥知らずやらないでほしいだけよ」

「安心しろ。専用機持ち特権で、早目に免許取ったからな!」

「知ってるわ」

 

性格は相変わらずだったが、鈴が知る一夏よりも更に鍛えられ、背も伸びていた。

そんな一夏を見て、変わらぬ自分が嫌になりそうだったが、出会い頭で抱き締められて、

『やっぱ、鈴は鈴だな。安心した』

そう囁かれて、そんな些細な嫌気は何処かへ消えた。

 

「傭平とシャルロットも、早くくっつけばいいのにな」

「そこは傭平次第ね」

「あ、やっぱり?」

「傭平がシャルロットに対する気持ちを、いまいち理解出来てないってのが厄介よね」

 

鈴は一夏を掴む手に力を入れ直す。彼の背中越しに見える風景には、白い建物の群れが見えてきていた。

 

「ま、それも本人達次第だわな」

「そうね」

 

成るように成るだろう。二人はそう結論を出し、白亜の群れへと向かった。



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〝HAI〟恥部

はい、分かりにくい伏線張るよ!





あの野郎、書き辛いんだよ……!


「いやぁ、八屋君ったら照れちゃって~。銃乱射しちゃうんだから~」

 

床から飛び出てきたのは、白髪を後ろに撫で付けた丸眼鏡の白衣老人。見た目だけなら、やり手の研究員だが、シャルロットは気付いた。

気付いてしまった。

床から飛び出てきた男が、そうではないという事に。

 

「ひぃっ!」

 

シャルロットは本能が鳴らす警鐘に従い、即座に傭平の背後に隠れた。

相手は人間、装備は白衣のみ。掃射で勝てるし、傭平もいる。そう勝てるのだ。何にかは知らないが。

 

しかし、その筈なのに、シャルロットには戦うという選択肢は無く、傭平の背に隠れて震えるだけだ。

何が怖い? 

兎に角、原因不明な嫌悪感。

それが、シャルロットを支配していた。

 

「あ~、大城さン?」

「おや? 仙波君じゃないか。というか、後ろの美少女誰かなあ? も、し、か、し、て、か、の、じょ?」

「殺しますヨ?」

 

シャルロットを背に隠した傭平の糸目が僅かに見開かれ、瞼に隠れた目が大城を睨んだ。

 

「あぁん、ちょっとした冗談なんだなあ」

「……」

「いや、あの、マジすいません」

「……」

 

無言。糸目の奥には感情は無く、縮こまる白衣をただ見ていた。

 

「……はぁ、八屋さン呼びますネ」

「いやいや、待った待った!」

「なにをどうですカ?」

「へ?」

「なにを、どう、待てばいいのですカ?」

 

にっこりと貼り付けた笑みを、大城に向ける傭平。

傭平の目は細い、そのままでも笑顔に見える。だが、今の表情は違う。

怒っていても変わらないその表情の奥には、怒りに似た感情が満ちている。

 

「えっとぉ……、そのぉ……」

「傭平、もういいよ」

「いいのですカ?」

「……いいよ?」

「まあ、八屋さン呼んだのでいいのですけどネ」

「え! 呼んだの?!」

「はい、呼ばれました」

 

驚く大城の背後、そこに赤毛の女が無表情で立っていた。右手には拳銃が握られており、指は既にトリガーに浅く掛けられている。動きがあれば撃つ気だと、銃器に詳しいシャルロットは判断した。

 

「や、やあ、八屋君」

「大城様、仕事をサボるだけでなく、御客様にご迷惑を掛けるとは、少々御自身を省みては?」

「あれ? 儂、存在を問われてる?」

 

変わらず無表情で、八屋と呼ばれた女は大城を睨む。

 

「問われない理由がおありで?」

「あれ?! ホントに問われてた!」

 

大城の存在を問う八屋、その事実に驚愕を隠せない大城。

逃げ出した大城、それを追う八屋。

急激な展開に置いていかれたシャルロット、傭平を見上げると、普段と変わらぬ糸目があった。

 

「傭平、いいのアレ?」

「大城さンが逃げるのは、何時もの事でス」

「いや、あれ、撃たれてるよ?」

「まあ、当たったら当たったで、その時でス」

「いいのそれ?」

「まあ、大城さンですからネ」

 

溜め息を一つ吐き、傭平はポケットから吸入器を取り出し、薄荷の水蒸気を吐き出す。

吸入器を口の端に噛み、こちらを見上げるシャルロットを見る。さて、どうしたものかと傭平が考えていると、一つの声が転がり込んだ。

 

「む、邪魔したか?」

 

銀の髪に眼帯、これらを揃えた小柄な姿。ラウラが〝HAI〟地下試験場に現れた。

彼女は二人を一瞥すると、至極真面目な顔でそう言った。

 

「ラ、ラウラ! どうしたのさ?」

「ふむ、アイゼン・リッターが届いたと言う話を聞いてな。誠一郎に頼んで入った」

「アイゼン・リッターなら、まだシステムチェックの最中ですヨ」

「手間取っているのか?」

「いやいや、家の技術者を嘗めてもらっちゃ困る」

 

ラウラの背後から、誠一郎が苦笑いと共に現れる。

その手には分厚い書類の束があった。

 

「ほれ、アイゼン・リッター〝HAI〟仕様の仕様書」

「ほう、中々に細かく書いてあるな」

「元々が良い機体だからな。手抜きは出来んだろ」

 

感心したラウラが書類を捲り、頷きを繰り返す。

暫くすると、一枚の資料で止まり、上着の胸ポケットからペンを取り出すと、幾つかの項目に印を付ける。

 

「お?」

「腕部モーターの出力が高いな。調整か?」

「搬入された機体のモーターが、出力の低いタイプだったらしくてな」

「ふむ、機動戦仕様の機体だな。各所出力より、全体の出力バランスを重視したタイプだ」

「ラウラ、ラウラ、見せて見せて!」

 

シャルロットがラウラに資料をせがむと、ラウラはそれを手渡す。

 

「いいのか?」

 

誠一郎がラウラに問う。

 

「アイゼン・リッターは特に性能を隠していないからな。厚い装甲と高い機動力、単純な機体だ」

「シンプルイズベスト、というやつですカ」

 

傭平も覗き込み、資料を見る。

簡単な資料だが、細かい数値と図解が記されており、機体の情報が分かりやすくなっている。

 

「かなり分かりやすい機体だね」

「ラファールに慣れた者は、これに乗ってみるのも手だ」

「ただ、重量機ですから、軽量機メインの学園生徒は振り回されそうですネ」

「成績上位者に割り振るか。早めにセッティングを終わらせるよう言っておく」

 

遠くで銃声が連なり、悲鳴が木霊する。

全員が誠一郎を見るが、彼は気にするなと軽く手を振るだけだった。

 

「大城全部長なら気にするな。……殺しても死なん」

 

言って欠伸を噛み殺す。

ラウラは何が起きているのか理解が追い付いていない様子だったが、それよりもアイゼン・リッターが気になるのか、すぐに資料を読み始める。

 

資料の束を半分程読み終え、少し休憩を挟むかと、ラウラが顔を上げると、小さくない激突音と衝撃が伝わってくる。

 

「なにごとだ?!」

「敵襲?!」

「シャルロットさン、落ち着いてくださイ」

「ああ、大体分かった……」

 

誠一郎が額を押さえ、溜め息を吐く。

何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「離しなさいよー!」

「ダメだって、鈴。アレはダメだ」

「いいから、離せー! あのジジイ、本気で陥没させるのー!」

 

通路から現れたのは、学園公認夫婦の一夏と鈴だった。

一夏が鈴を羽交い締めにし、動きを封じて運んでいるが、鈴が暴れる度に体が泳いでおり、鈴が腕を振る度に風切り音が聞こえてきた。

 

「お、おお、誠一郎、傭平。手伝ってくれ! 腕が肩から千切れそうだ……!」

「今、お前らに近付いたら、俺達が死ぬ」

「そうですネ」

 

傭平が頷き、全員が二人から距離を取る。

暴れる小暴龍を抑え込む一夏だったが、振り抜いた鈴の肘が側頭部に当たり倒れた。

 

「あら? 一夏、なに寝てるのよ?」

「「「「お前だよ!」」」」

 

力無く、糸の切れた人形の様に倒れた一夏を、軽々と抱えた鈴に全員が突っ込むが、鈴はどこ吹く風と平然としている。

 

「ま、すぐに起きるでしょ」

「それでいいのか?」

「いいのよ。あ、誠一郎。箒とセシリアはもうすぐ来るみたいよ」

「結局、全員集合か」

 

頭を掻く誠一郎。乱れた癖毛を撫で付けると、もう一度欠伸を噛み殺し、言った。

 

「取り合えず、箒とセシリアが来たら飯にしよう。〝話〟はそこでだ」




次回

伏線祭り!


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二神二柱

はい、短いぞ。




「いや、まったくはしゃいでたな」

「まったくだ」

 

数多くの機材が埋め尽くす一室に、二人の男女が紙コップ片手に黄昏ていた。

 

「くあー、やってらんねえな」

「まさか、ここまで早いとは、目を付けられてたかな?」

「私らは天下の篝火技研、目の上のたんこぶ、獅子身中の虫だ」

 

女が言えば、男が眼鏡の奥の目を見開き女を見る。

 

「あ? なんだよ?」

「お前、そんな難解な言語を発音出来たのか」

「どういう意味だ、コルァ!」

 

女が叫び、男が零れたコーヒーを避ける。

白い床に黒の染みが広がり、女が羽織っている白衣にも散っていた。

 

「あ、テメ! なんて事しやがる!」

「自業自得だろ」

「こ、この野郎……!」

 

女が呻き正拳を突き出すが、男はそれも避ける。

女と男の身のこなしには差がある。仮に女が本気なら、男は回避出来ない。

それだけ、二人の身体能力には差がある。

 

「鹿島、一体どうするよ? これは、良くない話だぜ」

「熱田、どうするもない。手詰まりだ」

 

女は熱田、嘗ては〝剣神〟と謳われ、〝世界最強〟織斑千冬と肩を並べた事もある選手であり、織斑千冬が一線を退いた今、日本最強とも名高い。

 

「良くない、良くない話だぜ?」

「確かに、だが、手詰まりなのは確かだ」

「この機体を嗅ぎ付けてくるとはな」

 

二人の前には、フレームが露出した機械の鎧が鎮座していた。

素人目に見ても、共通する規格は無く、悪い言い方をすれば寄せ集めのスクラップ、良い言い方をすれば手製のフルスクラッチ。

そんな機体を見ながら、鹿島と熱田は残ったコーヒーを飲み干した。

 

「偽装は二重三重にやってたんだがなあ」

「誰かチクったんじゃねえの?」

「例えば?」

「取引先、倉持に干されたら、半年保たねえ会社もあんだろ?」

 

熱田が指摘しているのは、鹿島が偽装に使った会社の事だ。

反倉持か、倉持と手を切りたがっている企業、若しくは倉持傘下で冷遇されている者達。

そういった者達を無作為に選び、鹿島が必要としていたブランドのパーツを、篝火班に搬入させていた。

だが、フレームまで組み上がったところで、倉持技研から待ったが掛かったという話だ。

 

何処からバレたのか。

あまり、犯人探しをするつもりの無い鹿島は、溜め息を一つ吐いて、未完成のフレームに手を付く。

 

「今なら見逃す。って話かな?」

「ああ、そうだな。そういう話だろうさ」

「やめるか?」

「私はどっちでも。つっても、お前が打った刀以外は振る気になれねえな」

「剣神のお墨付きとは、恐れ入るな」

「思ってもねえ癖に」

 

熱田が肩を回し、首を左右に鳴らす。

熱田の感覚ではあるが、鹿島が造る機体と武装は他よりも〝馴染む〟。

特に馴染んだのは、織斑千冬との一騎打ちでのあの一振り。

 

――ありゃ、よかった。ああ、良い話だ――

 

ISコアは、パイロットの操縦ログや武装の好みから、ワンオフアビリティを構成するらしい。

熱田は特に興味も無かったので、よく覚えてはいないが、中にはパイロットの〝名前〟から、ワンオフアビリティを構成するコアもある。

熱田と千冬がそれだ。

 

熱田は〝剣神〟

千冬は〝零落白夜〟

 

千冬のそれは弟のそれとはまるで違う。

 

――あいつ、下手すりゃ〝雪片〟要らねえからな――

 

弟が同じアビリティを発現しているのは、名字が同じだからだろう。

でなければ、まるで違うあの零落白夜は説明が出来ない。

同じ名字で違う技、コアが名前からアビリティを構成するとしたら、鹿島にも適用されるかもしれない。

 

そんな有り得ない事を考え、鹿島の名に連なる意味を思い出す。

 

熱田は剣神、暴風神

鹿島は軍神、刀工神

 

鹿島は男でISには乗れない。だが、織斑一夏という例外が現れたという事は、もしかしたらもしかするかもしれない。

ISコアが、刀工神としての鹿島を引き出し、剣神としての熱田に相応しい刀を打たせている。

 

「馬鹿な話だな」

「どうした? まさか、自分の脳の限界に気付いたのか?!」

「るせぇ! つか、またそれ見てんのか」

「お? お前も興味あるのか。ほら、この間掴まり立ちにチャレンジしたんだぞ。あ~、転んだ。可愛い~」

「キメェ、果てしなくキモいぞ、鹿島」

 

二人が騒いでいると、部屋の扉が開き、薄暗かった部屋に廊下からの明かりが差す。

 

「暇だね」

「断言かよ」

「篝火所長」

「二柱が黄昏て、縁起でもないから、この篝火ヒカルノ様が良い話を持ってきてやったよ」

 

扉を開けた女、篝火ヒカルノが鹿島に一組の資料と鍵を渡す。

鹿島が何かと目をやれば、彼の動きが止まった。

そして、篝火を見た。

 

「所長、これは……!」

「ああ、所長権限でね。引っ張って隠してたのさ」

「あ? また、骨董品隠してたのか」

「は、刀振るしか能の無い奴の為だろ?」

 

鹿島が持ち熱田が覗き込む資料には、ある文字が並んでいた。

 

「まだ、残っていたんですね……」

「残してたのさ。日本産ISの祖をね」

 

資料には〝鹿島工業〟の社名と

 

「これを元に、そのチャンバラバカの機体を仕上げればいい」

「いいんですか?」

「いい、手は回してある」

「良い話だ。こいつは良い話だぞ、鹿島」

「まさか、帰ってくるか」

 

神鉄(じんてつ)

嘗ての祖の名が刻まれていた。



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〝HAI〟集合

やあ、久し振りであるね。
今回も伏線張るよ?
 
あと、境界線上のホライゾン新刊は買ったかな?
……ふふふ、言わなくても解っているよ? 勿論、買って読んでいるよね?

……開幕からぶっぱなしてんな、おい!


「よっす」

 

〝HAI〟カフェテラスで、更識簪がランチプレートを食べていた。

 

「ボス、弐式の開発ハ?」

「詰まった」

 

傭平が聞くと、簪はあっけらかんと言い放ち、新たなプレートへフォークを伸ばした。

 

「簪、何時から居たんだ?」

「ついさっき」

「で、これか」

 

早瀬達が見るテーブルには、積み上げられた大小不揃いな皿が、不恰好な塔を作っていた。

 

「〝HAI〟は中々にチャレンジャー、この〝鰯の洋風照り焼きパンケーキ〟とか、意外なマッチング」

「そりゃよかった」

 

焼き色のついた鰯の半身を切り分け、パンケーキと一緒に口に放り込む。

それを飲み下し、プレートを半分空にすると、側にあったコーヒーカップを空にする。

 

「それで、話って?」

「まあ、待て。まだ役が揃ってない」

「あ、そう。それなら、この〝焼きうどん御膳〟追加で……!」

 

簪が注文を伝えると、店員が愛想よく手を上げ、了承の意思を見せた。

 

「簪、食べ過ぎよ?」

「カーちゃんマジ勘弁、昨日の晩からまともに食べてないの」

「あんたね、開発に没頭するのもいいけど、ちゃんと食べなさいよ」

「鈴鈴、言ってる事が反転したぞ?」

 

一夏が言えば、鈴は手のひらをひらひらと振り、頬杖をついた。

 

「いいのよ、私だから」

「鈴、流石だな……!」

「当たり前でしょ」

 

鈴がさも当然と言い切れば、焼けた鉄板に乗ったうどんが、簪の目の前に置かれる。

 

「ホントにうどん焼いてきやがった……!」

「焼きうどんって、こんなだっけ?」

「いや、違うと思いますヨ……?」

 

焼けた鉄板の上で、水で練った小麦粉を細く切って茹でた麺、真っ白なうどんが焼かれていた。

簪が箸で一本摘まめば、いい感じの焦げ目がついている。ソース等の味付けが為されていれば、それはそれは食欲をそそっただろう。味付けが為されていれば。

 

「おい、誠一郎?」

「いや、そのな? カフェのメニューは管轄外だ」

「うりゃ」

 

全員が引くそれに、簪は引く事無く、テーブル備え付けの醤油を回し掛けた。

 

「ボス、少し躊躇いましょウ?」

「うどんに躊躇う理由が解らない。ほぅら、醤油の焦げる香り……!」

 

焼けた鉄板に醤油を垂らせば、醤油の水分が蒸発し、独特の香気がテラスに漂う。

その香りを、手で扇ぎ拡散させる。

 

「なあ、鈴」

「無駄遣いはダメよ」

「じゃあ、何故か会社内のメニューにあるカップルプレート頼むか」

「やだ、もう! 照れるじゃない!」

 

口の端を吊り上げ笑う簪を他所に、カップルプレートを注文した一夏の肩を、鈴の右手が叩く。

人体からしてはいけない打撃音が連続して響くが、誰も気にせずメニュー表を見る。

 

「ふはは、誰もこの醤油の焦げる香りには逆らえまい……!」

「いや、なんで簪は魔王ムーヴしてるの?」

「シャルロットさン、ボスは弐式の開発が進んでないから、八つ当たりですヨ」

「そうなんだ」

「はい、そこー。うるさーい」

「「うわー」」

 

メニュー表を団扇代わりに、シャルロットと傭平に向けて扇ぐ。

醤油の香りが二人を直撃している横で、メニュー表を見ていた誠一郎が、そこで気付いた。

 

「おーい、こっちだ」

「こっちか」

「なんだか、凄く醤油の良い香りがしますわね」

「ああ、簪の八つ当たりテロだ」

「成る程」

 

合流したセシリアと箒が、誠一郎の両隣の席につく。

ラウラがいつの間にか頼んだ珈琲を口に含み、簪が焼きうどん御膳を半分程平らげた頃、誠一郎が切り出した。

 

「先ずは文化祭だな。準備はどうだ?」

「二組は飲茶の屋台がメインね。後は、グループでフリマ」

「四組は粉ものメイン。味見は任せれ」

「ボス、それ目当てですよネ」

「一組は地味に国際色豊かだからな、色々出すぞ」

「一組だけで、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、海外組をメインに屋台を出す」

「味見は?」

 

赤だし味噌汁を啜り、簪が誠一郎に視線を向ける。

誠一郎はその視線に、冷やを一口含み、口を湿らしてから答えた。

 

「一度場所を設けて、試食会でもやるか?」

「超賛成」

「簪、食べ過ぎはダメだよ?」

「シャルロット、食べ過ぎじゃない」

「ええ……?」

 

困惑するシャルロットを置いて、余った白飯にお新香、鉄板に残った焼けた醤油と鰹節を乗せ、熱い茶を掛けて、茶漬けを簪は流し込んだ。

 

「……山葵が欲しかったかな?」

「また、地味に渋い要求をするな」

「もっと言えば、海苔も欲しかった」

 

空になった茶碗を盆に置き、ほっと息を吐く。

どうやら、一心地ついた様だ。

 

「で? 話は文化祭だけ?」

「いや、そうじゃないさ。ラウラ」

「うむ、これだ」

「あ、やっぱり、こうなるのね」

 

ラウラが数枚の資料をテーブルに広げる。

その内容に、専用機持ち全員が納得の意を示した。

 

「避けるのは、無理か?」

「無理だな。現に、学園はその意思を示していない」

「学園次第?」

「というより、何時かはこうなりますわ」

「面倒な話ですネ」

 

傭平が糸目を更に細めて、唸り声を上げる。

ラウラが用意した資料で判断するに、全員共通の予想は覆りそうにない。

 

「まあ、どんなに遅くても今年中だ。そして、予定日だが、十二月二十五日だ」

「クリスマスかよ」

「はしゃぎたい日に、おおはしゃぎね」

「全くだな」

 

鈴がヘラヘラと笑みを浮かべれば、隣の一夏が肯定する。

 

「でもさ、避けられなかったのかな?」

「無理ですヨ。アレを学園が保有した以上、連中は口実を手に入れまス」

「だからこそ、学園の訓練機を増やしている。そして、訓練時間もな」

 

ラウラがニヤリとした笑みを吊り上げ、もう一つの資料を示す。

そこには、現在の学園の訓練機数と、その慣熟訓練時間が事細かに記載されていた。

 

「三組のファルーデは、重量機の扱いに長けている。是非とも、アイゼン・リッター隊に加えたい」

「じゃあ、二組の日吉さんを、メイルシュトローム隊に戴きたいですわね」

「一組からリアーデをテンペスタ隊、四組からは茅部がラファール隊か」

「打鉄隊は私、他遊撃隊を傭平が」

「ラファール隊は僕が」

 

次々に役割が決まり、それに伴う訓練予定を組んでいく。

そして、一通りの予定が組み上がり、誠一郎が予定表をテーブルの中心に置いた。

 

「取り合えず、今はこれでいくぞ」

「了解。後は、倉持か?」

「簪さん、弐式の状況は?」

「少し詰まってる。セシリア、後で手伝って」

「構いませんわ」

「それと箒、明日時間ある? 薙刀の動きを確認したい」

「任せろ」

「後は、シャルロット」

「え、僕?」

 

簪がいきなりシャルロットを呼び、シャルロットはそれに若干驚きつつも、簪に返事を返す。

 

「次の休み、予定ある?」

「次の休み? 予定は無いけど」

「なら、家に来て。傭平の両親が会いたがってる」

「へ?」

 

気の抜けた声が、〝HAI〟カフェテラスに転がった。




次回

仙波家


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仙波家

やあ、今回も半端なところで終わるよ?

シャルロット¦乙女回路がたまに変なところに駆け抜ける。

傭平¦多分、ちょっとした切っ掛けで壊れる。

簪¦世界中心病(佐山御言病)罹患



まあ、ゼーズール探して、ジョニー・ライデン専用ザク買ったんですが、君は赤い彗星から桃色の彗星に改名してはどうかね?


シャルロット・デュノアは、見上げる日本家屋を再び訪れていた。

更識家、ここを訪問するのは二度目だが、それでも慣れない。

 

「ようこそいらっしゃいました。シャルロット・デュノア様」

「咲山さん」

 

細面のオールバックの男が、胸に手を当て頭を下げる。

 

「貴女様のまたのご来訪、皆心待ちにしておりました。お荷物は此方でお預かり致しましょう」

 

柔和な笑顔を浮かべた咲山が、シャルロットから荷物を預かる。

デュノア家もかなりの良家であり、家令やメイドが屋敷には居たが、咲山程自然に動き、不自然を感じさせない者は、シャルロットの記憶の中でも数える程しかないなかった。

 

純和風な日本庭園を通り抜け、以前通された更識家の屋敷ではなく、少し奥にある屋敷に通される。

 

「此方が、仙波家の屋敷となります」

 

更識家と見比べても遜色の無い日本家屋が、敷地内に鎮座していた。

シャルロット、シャルロット・デュノアも世界に名だたる大企業の娘であり、デュノア家の屋敷も所謂豪邸と呼ばれるもの。

だがしかし、屋敷の敷地内に同規模の屋敷がもう一つあるとか、ちょっと意味が解らない。

 

「どうかなされましたか?」

「い、いえ、なにも……!?」

「左様で御座いますか。では、こちらへ」

 

咲山が案内する屋敷からは、何やらヒソヒソと話し声が聞こえてくる。純和風な邸内の雰囲気と合間って、中々の恐怖を演出してくるが、少し耳を澄ましてみると、

 

『兄ちゃん兄ちゃん、ほらあの娘だよ』

『おう、仲良くするんだぞ? 俺もお前も、この家に拾われたんだからな』

『判ったよ兄ちゃん! ちょっと尻鉄の九十年で仲良くなって……!』

 

そこまで聞こえた時、何かを貫く音に声が途切れた。

ふと、前を見ると、咲山が貫手で襖を貫いていた。

シャルロットが、未知の状況に固まっていると、咲山は襖から腕を引き抜き、軽く頭を下げた。

 

「お見苦しいところを、お見せしました」

「え、あ、いえ、よくありますよね」

 

ーーくあー! よくあるってなにが?ーー

 

シャルロットは内心で頭を抱えた。確かに、壁や床、天井を、誰かがぶち抜いてくるのは、学園ではよくある事だ。だがそれが、一般常識でない事をシャルロットは知っているし、理解もしている。

むしろ、壁や床、天井をぶち抜いてくる一般常識があるなら、是非御教授願いたい。実際にこんな事を言えば、簪が独自の理論を用いて、一般常識として語り出しかねないので言わないが。

 

「では、ここで仙波家当主と奥様がお待ちです」

 

通された部屋には、和装の二人の男女が座っていた。

二人共、そう大柄ではなく、どちらかと言えば小柄、筋の通った綺麗な背筋、目鼻立ちがはっきりとした凛々しい雰囲気、シャルロットは疑問を感じた。

 

「あ、今日は、お、お招きいただき有難う御座います」

「構わない。座りなさい」

「あ、はい……」

 

先代楯無とは違う、固い態度。むしろ、こちらが正解で、あのダブル楯無が間違っているのかもしれない。

 

「シャルロット・デュノアさん」

「は、はい!」

「そう、畏まらないでくださいな。呼びつけたのはこちらなのですから」

「はあ……」

 

二人の内、女の方がコロコロと笑う。

隙の無い笑み、シャルロットの継母が意地悪をする時に浮かべる笑みに、よく似ている。

日本の宝塚が大好きな継母は、シャルロットに男装をさせようと、あの手この手で意地悪を仕掛けてくる。

そして最終的には、力押しのごり押しで男装させられる。

 

「さて、デュノアさん。傭平はどうかね?」

「ど、どうとは?」

「あら? 咲山から、傭平と近しい関係と聞いていたのだけれど」

「あ、いや、それは……」

 

さて、困った。まさか、これ程までに距離を詰めてくるのは、予想外だった。

シャルロットが返答に詰まっていると、仙波夫婦が口を開く。

 

「咲山から聞いた話だと、唯一君だけ、名前で呼んでいたそうだ」

「え、ああ、はい」

「ふむ、成る程、あの傭平が……」

 

夫婦で顔を合わせ、何やら話し出す。

何故だか、あまりいい印象が無い。

まるで、何かを隠している様な、こちらにそれを伝えない様に、口裏を合わせている様な、そんな印象がある。

いや、印象ではなく、実際にそうしているのだろう。

シャルロットの中の疑問が、また強くなっていく。

 

ーーやっぱり、似てないよね?ーー

 

仙波夫婦と仙波傭平、シャルロットの感覚ではあるが、三人は似ていないのだ。

傭平は瞳を見せない糸目、しかし二人ははっきりと開いた切れ長の目と、垂れ気味の目。

体格も似てないと言えば似ていない。シャルロットの気のせいかもしれないが、だがやはり、二人は傭平とは似ていないのだ。

 

「デュノアさん、一つ聞かせてほしい」

「なんでしょう?」

「……傭平とは、普段どの様に過ごしていますか?」

 

困った、また困った。傭平〝は〟ではなく、傭平〝とは〟だ。確かに簪の他でなら、己が傭平と一番身近に過ごしている。その自覚は確かにあるし、それは自惚れではない。

ならば、この質問にどう答えるべきか。その答えは決まっている。

 

「とりとめの無い話、同じ機体を扱う者同士、そんななんでもない話から始まりました」

 

ゆっくりと、しかし間を置かず、シャルロットは一音一音噛み締める様に、言葉を続けていく。

 

「本当になんでもない話を日々繰り返し、訓練を重ね、お互いに隣に立ち、日々を過ごしています」

 

出来る限り誤魔化し、出来る限りで納得出来る内容を言うしかない。

シャルロットはそう判断し、嘘偽り無く、しかし真相を僅かにぼやかし、二人に伝える事にする。不誠実と言われようと、嘘は言っていないのだ。

 

「デュノアさん、実際どうなの?」

「え、実際ですか?」

「あらあら? ぼやかしても無駄よ。簪御嬢様から聞いてますもの」

 

まさかの伏兵に固まるシャルロット。否、これは予想出来た筈。今回の事を伝えてきたのは簪、二人に話が通じているのは当然と考えるべきだった。

シャルロットは、咲山がいつの間にか出してくれていた茶を一口飲み、唇を湿した。

そして、

 

「では、何から話しましょうか」

 

開き直って、最初から始める事にした。




次回

シャルロさん、傭平の過去を知る。


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あの日とあの人出会い

量産型ガンキャノンのプラモが、思ったよりのっぺりしてたので初投稿です。

あ、ちょっと活動報告で募集なんかしたりしてます。


シャルロットは思い出す。

あれは、日本に、IS学園都市島に来て、そう経っていない日。編入手続きも済み、自室に荷物も運び終え、どうにも手持ち無沙汰になって、学園内を散策していた時だった。

油と鉄の匂い、技術屋の娘であるシャルロットには嗅ぎ慣れた匂いに、実家のガレージを思い出していると、不意に薄荷の匂いが漂ってきた。

 

その薄荷の匂いの元には、一人の細い目の男が、金属で出来たらしき細い棒状の物を咥えて、こちらを見ていた。

 

「あっと……、これは煙草じゃないですヨ」

「本当かなぁ?」

 

これがシャルロットと傭平のファーストコンタクトだった。それから正式に編入し、専用機持ち達の集まりに呼ばれ、そこで再会した。

そして、様々な日々の出来事を過ごし、簪の機体の設計に頭を悩ませ、起きたトラブルを乗り越え今に至る。

 

そんな日々が楽しくて、ほんの少しだけ聞き取り難いガラガラ声が聞こえるのが嬉しくて、いつの間にか近くに居て、気付いたら後ろに結んだ髪が揺れるのを目で追っていて、あの細目の奥の瞳が愛しく想えていた。

 

「とまあ、そんな感じでいた訳ですけど……」

「…………」

「…………」

 

目の前に座る傭平の両親は何も言わず、ただじっとこちらを見てから、側に控えていた咲山に向いた。

あまりに意味が解らない反応に、何かしくじったかとシャルロットが身を震わす。そんなシャルロットを他所に、夫妻は咲山が頷くと、シャルロットに向き直り、こう言った。

 

「「合格ー!」」

 

ちょっと追い付けないこの展開。

シャルロットが固まっていると、夫妻はまた咲山を見る。そして、咲山の無言と笑顔のサムズアップで、夫妻はシャルロットに近付く。

 

「いや、まさかあの傭平がなあ。なあ、母さん」

「ええ、本当にね。ISの適性が見付かったって聞いた時は、どうしようかと思ったけど、これなら大丈夫ね」

 

咲山に助けを求める視線を向けても、笑顔と無言のサムズアップ。

 

――違う、そうじゃない……!――

 

シャルロットは叫びたかったが、そうもいかない。あらあらまあまあと迫る二人に、何か粗相があれば、傭平達に迷惑が掛かる。

シャルロットは最悪、傭平達から距離を置けばいい。だが、傭平はそうはいかない。

恥をかかせる訳にはいかない。シャルロットは何とか展開に追い付こうと、脳をフル回転させる。

 

「あの……」

「子供は何人の予定かしら?」

 

ダメだった。いくら専用機持ちで、代表候補生の優秀な頭脳でも、突発的に来られては対処のしようがない。

 

「一姫二太郎三なすび。三人目はまさかの両性?! トリプルでダブルでリバーシブルね……!」

「母さん母さん! 何かスゴい事言ってるよ!」

「バカね、あなた。私だからいいのよ……!」

「スゴいや母さん、何もかもおいてけぼりだよ!」

 

ご機嫌にハイタッチをする二人。何故に、この家の女性陣は、精神面がマッシヴなのだろうか。

シャルロットは考えるが、どう考えても先天的なものとしか思えない。

 

「それで、嫁入り婿入りどっちなのかしら?」

 

助けて、傭平。咲山さんも、笑顔でサムズアップしてないで。

 

「って、婿入りでいいんですか?」

「いいわよ」

「うんうん、別に仙波家は、どうしても続かなきゃいけない家じゃないしね」

 

軽く言われ、シャルロットは驚いた。本音達から、布仏と仙波は更識に仕える家系で、姉か自分が継ぐのだと聞いていた。シャルロットもその話から、やはり名家は大変なのだと思っていたが、違うのだろうか。

 

「まあ、正直な話だよ。仙波は更識にとっての暴力の家系、時代に合わなくなってきてるんだよね」

「そうよねえ、そこまで必死に繋げる必要も無いのよねえ」

 

確かに、時代に合わないのであれば、無理に続ける必要は無いのかもしれない。だが、歴史ある家系がそれでいいのだろうか。

 

「いいのよ。無理に続けて歪んで、子孫が不幸になったら意味無いしね」

「それに血が繋がってないとはいえ、傭平には普通の幸せを掴んでほしいしね」

「え?」

 

血が繋がっていない。その言葉にシャルロットは、思わず声が出た。シャルロットも傭平と両親が、あまり似ていない様な印象があった。だが、親ではなくその親に似る子も居る。傭平もそうなのだろう。シャルロットはそう思っていた。

しかし、それは今否定された。

 

「血が繋がってないって……」

「あれ? 母さん、もしかしてやっちゃった?」

「咲山、もしかしてやっちゃったかしら?」

「まさしく、その通りかと」

 

何故なのだろうか。何か予感がする。嫌なというより、言い知れない、どう表現すればいい分からない。不安定な筏に乗った様な、足下の定まらない感覚が、じわじわと背筋に伝わってくる。

心の中、そこに居るシャルロットの知る傭平が、霞んでいくような錯覚がある。

 

「シャルロット・デュノア様」

 

咲山の声が聞こえた。

顔を上げれば、彼が正面で正座で座っていた。

 

「若様は私が仙波家に連れて来ました」

 

あれは嵐の日だったと、聞き入るシャルロットの耳に、咲山が語る傭平の過去が流れ込んでくる。

 

「貴女様はご存知無いかもしれませんが、あの日は記録に残る豪雨で、私は付近一帯の見廻りをしていました。普段は穏やかな川も増水し、もしやするかもしれない。そう思っていた時、ふと橋の上に人が居るのを見付けたのです」

 

目を閉じ、膝に揃えた手を握り締め、咲山は言った。

あの瞬間を忘れる事は出来ないと。

 

「避難を呼び掛けよう。そう思い、橋に足を向けた時、橋の上の人物が、何かを氾濫する川に投げ捨てたのです」

「……まさか、それが……」

「はい、……若様です」

 

シャルロットは、見えない足下が崩れ去った。

そんな錯覚を覚えた。




次回
今君と出会う


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今君と出会う

この名前が私だ。


「ね~ね~、かいちょー」

「あら、何かしら? 本音」

「二人、大丈夫だと思う~?」

 

間の抜けた声と口調、らしさの欠片も無いが、これでも対暗部組織を長年支えてきた家系の娘だ。

何か思う事があっての事だろう。

 

「大丈夫って何かしら?」

「よーよーとでゅっちー」

「大丈夫でしょ」

 

根拠は無いに等しい。だが、何故か言い切れる。

 

「でゅっちー、逃げないかな?」

「無い無い」

「おぉ~、言い切る~」

「当然、更識の当主ですもの。それに、デュノアちゃんは、誰かを捨てて逃げられる人間じゃないわ」

「あれ? よーよー捨てられる?」

「捨てるよりも、寧ろ一緒に……。って感じね」

「わお、重いよ」

「傭平には、あの位に重い娘じゃないとね。……紐の切れた風船じゃないけど、いつの間にか居なくなっちゃうわ」

 

重石代わりと言えば、彼女はどう思うだろうか。だが、仙波傭平とはそうなのだ。糸の切れた風船の様に、手を離せば、目を逸らせば、気付けば居なくなってしまうかもしれない。手を離せば、もう手の届かない場所まで、平気で行ってしまう。

 

「よーよー、すぐ覚悟決めちゃう系男子だから」

「しかも、その決め方が、割りと冗談抜きの自己犠牲。……無理に〝仙波〟の生き方をしなくていいのに」

 

楯無が溜め息を吐き、一束の書類を捲る。中身は仕様書であり、とある機体のカタログスペックが記載されている。

 

「本音ー、これ見てどう思った?」

「よーよーとか男の子って、こんな機能いっぱい工具好きだよね~」

「結局、使わないのにねー」

「ね~」

 

はっきり言えば、バランスが悪く、下手をすると決め手に欠ける器用貧乏な機体。誰も好き好んで、この機体に乗りたがらないだろう。

 

「バススロットから換装して、装備するのに時間が掛かるなら、最初から内蔵してしまえって……」

「よーよー、〝HAI〟に染まっちゃった?」

「ほら、あの企業って、男の子の悪ノリで出来ちゃってるから」

 

元がラファールだとは、とても思えない構成の仕様書を放り、楯無はまた別の書類を手に取る。

更識として集めた情報、そこからはっきりと判る事がある。

 

「よっぽどね。信頼回復に必死」

「始めから、やらなきゃよかったのにね~」

「そうもいかないのが、大人ってものよ。でも、代表候補生一人にただ圧倒されて、撃破されたってのは効いたみたいね」

「動き回ってるよね」

 

本音が言えば、楯無が頷いた。

 

「今の今まで好き勝手してきたツケよ」

 

ああ、可哀想。そんな素振りすら見せず、楯無は欠伸混じりに書類を山に埋もれさせた。

 

「あ、そういえば傭平は?」

「今日は〝HAI〟行ってから、病院寄って家に帰るそうです~」

「ああ、吸入器の調子が悪いって言ってたわね」

 

書類にサインをし、学園生徒会長の判を押す。正直、周りにある山を崩すには足りない速度だが、全ての書類に、目を通さなくてはいけないという訳ではない。

中には連絡だけのものもある。

今日は早く終われそうだ。

楯無が時計を見ると、もうじき夕方と言える時刻だった。

 

「なら、もう合流したかもね」

 

あの子をお願いね。楯無の口は、音を出さずに、そう呟いた。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

「あれ、シャルロットさン」

「……傭平」

 

傭平が帰ってきた仙波家で、一番最初に見た者は、縁側に座り、ただ遠くを見詰めていたシャルロットだった。

 

「こんな所で、どうしたんですカ?」

「……うん」

 

何やら様子がおかしい。はて、何があったのか。学業不振はまず無いとして、人間関係の不仲も、傭平が知る限りでは無い筈だ。

もしや、〝HAI〟の恥部が何かしたかと思ったが、今日シャルロットは〝HAI〟には来ていない。いくら、あれが変態だからと言っても、分裂したりは出来ない。

あれが原因でないならば、一体何があったのか。

というより、今日は何故に仙波家に居るのか。

 

「ねえ、傭平……」

「どうしましタ? シャルロットさン」

「……ごめん、聞いちゃった……」

「ふむり……」

 

聞いたというのは、一体何の事だろうか。更識や仙波に関する事なら、既にある程度は話をしている。機体の事も、ラファールの専門家として監修してもらっている。

とするならば、他にシャルロットが聞いて、後ろめたさを覚えるものが、何かあっただろうか。

 

「シャルロットさン。聞いたというのは、一体何ですカ?」

「……傭平の昔の事」

「ああ……」

 

成る程、そういう事か。傭平は納得し、シャルロットの隣に腰を下ろす。一瞬、シャルロットの身が震えたが、特に気にする必要は無いと、新しくした吸入器を口に咥える。

 

「気にする事無いですヨ」

「でも……」

「ま、出来れば俺から説明したかったですけど」

 

声を詰まらせるシャルロットを横に、息を吸えば、強めの清涼感が染み込むと同時に、喉に走っている痛痒が消えていく。

少し財布に痛かったが、取り換えて正解だった。新調した吸入器を口から離すと、それをシャルロットが見ていた。

 

「吸入器換えたんだ」

「ああ、はい。前のと違って軽いし、煙も出なくなりました」

「喫煙疑惑卒業だね」

「ええ、そうですね。と、シャルロットさん」

「な、なに?」

 

怯えや焦りが混ざった複雑な表情。何もそこまで気に病む事は無いのに、傭平は一度首を左右に鳴らしてから、シャルロットに改めて向き直った。

 

「俺の過去は過去ですし、気にする事ありません。それに、実際よく覚えてないんですよね」

「え……」

「何と言いますか、実際に記憶にあるのは、大雨の橋から親だと思う人に、投げ捨てられた所だけでして。気付けば咲山さんに拾われ、仙波に居ました」

「それ、以外は……」

「何も。何処に住んでいて、何をしていたのか。何も知らないと言ってもいいくらいに、何も覚えていないのですよ」

 

どうすればいいのか。シャルロットには、分からなかった。シャルロットは誰かを喪った事はあっても、誰かに捨てられた事は無かった。

二つは喪失だが、同じではない。手離し、手離され、喪ったか、捨てられたか。似ている様で、まるで違う。

 

「いや、うん。まあ、そんな感じで、シャルロットさんがそこまで気に病む必要は無いんですよ」

 

このまま、ただ頷けば、この話はここで終わるだろう。だが、そうなれば、シャルロットは傭平を失ってしまう。何の根拠も無いが、シャルロットはそう感じた。

だから、今にも消えてしまいそうな彼に、手を伸ばした。

 

「傭平、傭平の事教えて」

「はい?」

「傭平の好きな事とか、傭平しか知らない傭平の事を、僕に教えて」

「は、はあ……」

「僕にだけ教えて」

 

手を伸ばし、五指を広げて、掴んだ彼は揺蕩い消える霞ではなく、確かにそこに居た。

 

「好きな食べ物は?」

「あー、割りと甘いものですね。あとは天ざるうどんと、稲荷寿司」

「和食好きなの?」

「どちらかと言えば、和食派ですね」

「じゃあ、嫌いな食べ物は?」

「臭いの強いものですね」

「もっと詳しく」

 

そう、彼はここに居る。消えさせないし、何処にも行かせない。自分が彼の手を離さず、離させない。

何処かに行く時は、自分も一緒に行く。

何処かに消える時は、自分も一緒に消える。

 

「じゃあ今度、稲荷寿司作ってあげる」

「ありゃ、いいんですか?」

「いいよ」

 

彼を一人にはさせない。シャルロットは、摘まんだ傭平の服の裾を握り締め、誰にも言わずそう決めた。




次回
よーよー新機体発表


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お披露目

〝HAI〟所有アリーナは、ある意味で強い緊張感に包まれていた。主にデータ計測に使われる観覧席で、誠一郎は携帯端末を手に、画面に並ぶ数字をタッチペンで弾いていく。

 

「よっす、誠一郎」

「一夏、軽いな」

 

若干、緊張した面持ちで誠一郎が言えば、一夏は両手を肩の位置まで挙げて、溜め息と共に返事を吐き出した。

 

「なーにが、緊張してんのは変わんねーわ」

「ああ、やはりか」

「つか、自信は?」

「徹底的に弄り倒したラファールに、バカみたいな武装取り付けたんだ。あとは、傭平次第だな」

「傭平次第かよ。他力本願ってやつか?」

「そう言われても仕方ないか。……事実そうだしな」

 

溜め息と同じほぼタイミングで、長い欠伸を漏らす誠一郎。彼も〝HAI〟の御曹司をしながら、個性の強い専用機持ちの纏め役までしている。疲れが溜まっているのだろう。

 

「これが終わったら、連中にはたっぷり支払いをしてもらうぞ……!」

「おーう、頑張れよー」

「……一夏、随分雑な対応だな。おい?」

 

確かに雑な対応だが、一夏としては今の誠一郎より、これから始まるテストの方が重要なのだ。

誠一郎には悪いが、これから行われる傭平の機体、それの動作テストの相手が、まさかの鈴音なのだ。

 

「何を考えて、鈴を相手に指名したんだか」

「簪らしいぞ」

「わーお」

 

一夏は軽くおどけてから、観覧席から立ち去る。その背中を見ながら、誠一郎はタブレットを椅子に置いて、合掌する。

 

――一夏、成仏しろよ――

 

もしもの為に、箒、セシリア、ラウラの三人には、二人が居るピットとは、別のピットで待機してもらっている。

無いとは思うが、万が一鈴音の歯止めが効かなくなり、もしもワンオフアビリティが発動した場合、この三人に一夏を足して、何とかなるかというところだろう。

簪は機体の最終調整、誠一郎は新型パッケージのマッチングで、今回は戦力外だ。

だが、マッチングが早く終われば、誠一郎も動作テストを行う事になる。

 

「はあ~、明日にならんかな……」

 

扱い慣れない装備で、鈴音と戦うの避けたい。

タブレットの画面には、今現在の誠一郎の機体と、武装のセッティングが行われている傭平の機体の状況が、事細かに記録されていっている。

今、傭平の機体は最終チェックの最中の様だ。今頃、ピットではシャルロットと簪が、あの装備を囲んでいるのだろう。反対のピットでは一夏と鈴音が、何か話でもしているのだろう。

 

 

侍娘 ¦『誠一郎、私達の準備は完了した』

御曹司¦『そうか。あとは傭平側の準備か』

兎軍人¦『しかし、誠一郎。傭平の機体だが、ラファールの改良型だな?』

御曹司¦『ああ、ラファールにアイゼンリッターのフレームを、補強としてある』

セシー¦『それがどうかしたんですの?』

兎軍人¦『いや、送られてきたデータが、ラファールにしてはな』

侍娘 ¦『む? これがそうか。……何か、ラファールにしてはゴツくないか?』

 

 

箒が紅椿のディスプレイに写る画像を見比べ、素直な感想を述べる。確かに、箒の言う通り傭平の改良機は、通常のラファールに比べ、幾らか骨太になっている。

 

 

御曹司¦『その理由は、今から分かるさ』

 

 

誠一郎が言えば、ピットから鈴音が出てくる。手には、大型青竜刀〝双天牙月〟が、連結されて握られている。表情に力みは無く、良い意味で緊張感があった。

 

 

龍母 ¦『でー、何時になったら傭平出てくんのー?』

一季 ¦『ははは、時間が掛かるみたいだな』

御曹司¦『もう少し待ってろ。最終セッティングに手こずってるらしい』

龍母 ¦『早くしてよ。今日、セールなのよ』

約全員¦『お前も大概だな……!』

首領飾¦『そんな貴女に朗報……!』

弾薬庫¦『やっと出来たよ……!』

雇われ¦『お待たせしましタ』

 

 

その言葉と共に、傭平がピットから飛び立つ。眼前に立つ姿は、通常のラファールとは違う。ラファールに多用される平面装甲ではなく、曲面装甲を採用し、全体的に丸みを帯びている。それに加え、流用されたアイゼンリッターのフレームの影響からか、ラファールとは一目では判別し辛い。

 

「傭平、あんた、それ……」

「まあ、ちょっと、無茶苦茶ですよネ」

 

だが、それでもまだラファールだと判別出来る。アリーナで、シャルロットや簪、誠一郎以外の全員を困惑に誘うものがあった。

 

「多目的武装腕〝ヘカトンケイレス〟、俺が並以上になる為の腕でス」

 

傭平の右腕、その前腕を覆う装甲だ。生身の鈴音よりも大きい円筒形の異形の腕、双天牙月すら握り潰しそうな、強力な四本のクローを備えたそれは、いくらISを装着しているとはいえ、人が扱ってよいものとは言えない。

 

 

一季 ¦『はい! 端的に申しまして、とてもロマン武装であります!』

首領飾¦『欲しい?』

一季 ¦『正直、雪片弐型より……!』

首領飾¦『でも、ダメー!! 一夏はその段片ブンブンしてな』

一季 ¦『くそー! 何でだ!? 何で、白式には刀一本しかないんだ……!?』

 

 

盛り上がる外野を他所に、傭平が武装腕をゆっくりと振り上げていく。鈴音は早々に、あれを連結した双天牙月で受ける事は不可能だとし、分離し両手に構え直す。

 

「では、動作テスト、宜しくお願いしまス」

 

言うや否や、背部スラスターによる加速で、一気に互いの距離に入る。不意を突いた、とは思わない。その証しに、振り抜いた筈の武装腕は止められ、あの〝小暴龍〟鈴音と鍔迫り合いになっている。

 

「傭平、あんたね。無茶苦茶にも程があるわよ?」

「それでも、これからを成す為には、この腕が必要なんですヨ……!」

 

無理矢理振り抜こうとした巨腕が、青竜刀に弾かれるが、即座に戻し、振り抜かれる青竜刀を防ぐ。激音と共に、莫大な火花を撒き散らし、激突を繰り返す。

何度目か、裏拳を防いだ青竜刀の一本が割れ砕けた。

 

「……そうね。なら、その(覚悟)、私が試してあげるわ……!」

「なら、試されましょウ……!」

 

残る青竜刀の柄を握り潰した鈴音が、今まで数多の敵を打ち砕いてきた拳を握り、傭平が振るう覚悟と激突した。




ビッグオーとか、紅蓮や白炎、果てはZ先生。あんな片腕武器はロマン。


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お披露目 後編

やあ、


一季 ¦『しかし、何だってあんなロマン武装を?』

 

 

あまり聞きたくない系統の、激突音の連続をバックに、一夏が誠一郎に問うてきた。

あの装備を搭載する事を決定したのは、誠一郎ではなく簪であり、一応はシャルロットも後押ししている。

だが、それにはある理由がある。

 

 

御曹司¦『ある種、宣伝だな。一夏、今現在の四組の認識は知っているか?』

一季 ¦『んあ?』

御曹司¦『その様子だと知らんな』

一季 ¦『し、知ってるし! ほら、あれだ、生徒会長の妹が率いるクラス』

御曹司¦『当たらずも遠からずだ。実際、俺達一組二組は、実情を知っているからそうでもないが、三組や五組、他二三年生は侮っている。……企業から見離された落ちこぼれと、ISを動かせるだけの犬だとな』

セシー¦『聞いていて、あまり気分のよい話ではありませんでしたわ』

兎軍人¦『事実と言えば、そうである部分もある。だが、些か悪意的に歪められているな』

首領飾¦『なに、気にする事はない。……絶対許さん。ガチでトラウマ刻むまで、ミサイル撃ち込んでやる』

弾薬庫¦『簪、簪、文が前後で繋がってないよ!』

 

 

騒がしくなってきたタブレットの、画面から目を離し、視線をアリーナ内部へと向け直す。

相手は〝小暴龍〟凰・鈴音。並の相手なら、既に十回以上は叩き潰され、下手をしなくても機体は全損している。だが傭平は、確かにダメージこそあるが、機体損傷は想定内に収め、先程から叩き付けあっているヘカトンケイレスも、傷一つ無く稼働している。

 

「良いわね! あんた、その腕正解よ!」

「それはどうモ!」

 

と言っても、傷一つ無く稼働してもらわなければ、困るのだ。

多目的武装腕〝ヘカトンケイレス〟は、設計段階の時点で、人が人に使っていい武装ではなく、人が何か強大なものに打ち勝つ為の武装だった。

設計したのは、父の同期らしいが、頭イカれていたのだろうか。いや、イカれていたのだろう。

ISのパワーアシスト、パイロット保護機能をフルに活用して、それでも人体に掛かる負荷は尋常ではなく、振り回す為に休まず動き続ける肩の負荷は、少しでもアクシデントがあれば、そのまま腕を引き千切りかねなかった。

だから、搭載を決めた簪と誠一郎は、まず最初にヘカトンケイレスから、不要な機能を外す事から始めた。

現状必要の無い、もしかすると事故の元になりかねない。そんな機能を次々と外し、時にスペックを落とし、そして、〝核〟とも言える武装をオミットし、漸く今のヘカトンケイレスに落ち着いた。

 

 

弾薬庫¦『よし、負荷も想定内。いっちゃえ傭平……!』

首領飾¦『鈴カーちゃんに目にもの見せてやれ!』

 

 

あまり、そういう事を言わん方がいい。観覧席の誠一郎が、苦笑混じりにそう思った時だった。

先程まで互角だった傭平と鈴音に、変化があった。

 

「ぬぅっ……!」

「ほら、どうしたの? 私はここよ!」

 

力負けし始めた。否、これも想定内だ。相手はあの鈴音なのだ。

しかし、想定より早い。ヘカトンケイレスの重量は、高機動型にセッティングしたテンペスタと、そう変わらない。それを振るう機体の出力も、それ相応の出力に調整している。

それだけの重量を叩き付ければ、流石の鈴音もと思っていたのだが、そう上手くはいかなかった様だ。

 

「くっ」

「あら、そんな豆鉄砲で私を止められると思ってんの……!?」

 

掌部分にある砲口を向け、対IS用ガトリングで弾幕を張る。だが、鈴音はそんなものは関係無いと、鋼の弾幕の中を突き進んでくる。

 

「ほら、まだテストは続いてるわよ!」

「っ……!」

 

鈴音の右フックを武装腕で受けるが、いとも容易く弾き飛ばされ、体勢を崩される。

ならばと、崩された体勢を利用して、体を回し、武装腕を鈴音目掛けて横薙ぎに振るう。ヘカトンケイレスの重量と、右フックを放った直後の体勢なら、あの鈴音でも幾らか食らう筈だ。

だが、

 

「苦し紛れは、感心しないわねっ!」

「嘘でショ?!」

 

その一撃は易々と受け止められ、傭平は軽々と宙に放り投げられる。眼下には膝を曲げ、今にもこちらへ飛び掛からんとする鈴音。ガトリングでは止められない。

なら、これならと、傭平は再び掌部を鈴音へと向ける。

射線は直線、鈴音の性格から避ける事はしない。

 

身を撓ませ、必殺の右拳を固めた鈴音。あとは、溜めた力を宙の傭平に叩き付けるだけ。テストとはいえ、これでは少々味気無い。しかし、ここで手を緩めても、傭平の為にはならない。

だから鈴音は、傭平の武装腕を破壊するつもりで、地を蹴った。そして、一瞬で眼前に迫った光に直撃した。

 

 

首領飾¦『イエエエエエェェェッ! 仕込み熱線砲直撃ィィ!』

弾薬庫¦『簪、あれ危ないから外したやつじゃん!?』

首領飾¦『威力は抑えたからノーカン。そう、ノーカウント……!』

御曹司¦『お前なぁ……』

セシー¦『一応、レーザーや熱線系統の技術は、イギリスの得意分野なのですが……』

侍娘 ¦『セシリア、強く生きろ』

兎軍人¦『というより、あれマズくないか?』

一季¦ 『ラウラの当たりだ。お前ら準備しろ』

 

 

カタパルトに一夏が着き、何時でも飛び出せる様、準備を進める。アリーナ内は熱と衝撃により、配水管に亀裂が入り、一時的な霧が発生し、様子を伺い知る事が難しい。

だが、一夏には解った。

 

 

一季¦ 『鈴のスイッチが入った』

 

 

着地し、熱線砲のカートリッジを排莢しながら、傭平は、撃ち落とした鈴音へと警戒を強める。

鈴音がこの程度で終わる訳がない。周囲の騒がしさから、確実に来る。

傭平は、今までの人生で、体に刻み付けてきた仙波の技術を総動員して、動かない鈴音に集中する。

集中していた筈だった。

 

「……勝ったつもりなら、それは自惚れよ」

 

咄嗟に上げた武装腕で防いだ一撃、それは受けに入った傭平を、軽々と弾き飛ばし、機体と身体に軋みをもたらした。

機体による緊急復帰で、空中で無理矢理体勢を立て直す。

だが、立て直した体勢は意図せぬ力が加わり、再び崩され、傭平はアリーナへ叩き付けられた。

 

「急に軽くなって、どうしたのかしら?」

「は、はは、滅茶苦茶ですネ……」

 

盾代わりにしたのか、熱線により焼け焦げた衝撃砲を、引き剥がした鈴音が、膝をつく傭平の目の前に立っていた。

疲れた様子すら見せない鈴音に、傭平はつくづく自分との違いを再認識する。肉体、生物としての格が違い過ぎる。

自分は只人、相手は傑物。覆し様のない事実が横たわり、諦めを囁いてくる。

 

「さあ、どうしたの? もしかして、テストは終わりかしら」

 

だが、右腕から伝わる重さが、その囁きを捻り潰す。

 

「いやいや、まだヘカトンケイレスの腕はありますヨ」

「そう、なら来なさい。全部、受けてあげる」

 

この右腕に取り付けられた武装は、只人が傑物を打ち倒す為に作られた。そして、この腕はそれを必要とする()が自分に与え、それを支えてくれる(シャルロット)が鍛造した。

なら、ただ負ける理由は無い。

 

「今は次が最後でス」

「そ、さっき言ったでしょ。全部受けてあげるから、気にせず来なさい」

 

大きく両腕を広げる鈴音に対し、傭平は武装腕を引き、四本のクローを握り締める。

 

 

御曹司¦『取り敢えず、スイッチは入ったが、何とかなったな』

一季 ¦『傭平が銀の福音になるかと……』

侍娘 ¦『笑えんぞ』

首領飾¦『なったらなったで、慰謝料一夏に請求するから』

弾薬庫¦『よ、傭平は負けないよ! 僕は信じてるもん……!』

首領飾¦『……さて、諸君。何かこう、自分の薄汚れた面を目の当たりにした私に、何か言う事は?』

約全員¦『簪、強く生きろ』

首領飾¦『イエエエエエエエエェェェッ!』

 

 

よく解らんノリだ。ラウラは空間投影されたウィンドウから、アリーナへ視線を戻す。

ラウラも鈴音との戦闘経験はあるが、あれは参考にはならない。卓越した技術も、埒外の力の前には無力だと、そう実感した。

その点、傭平はよく渡り合っている。ヘカトンケイレスという、武装腕の性能もあるだろうが、それよりも傭平の身体操作と、仙波の技によるところが大きいだろう。

 

「さて、傭平。お前はその龍を、どう越える?」

 

激突に次ぐ激突、あの鈴音の力に対し、ヘカトンケイレスは十分に保っている。だが、自分が保たない。

右肩から感じる熱が、痛みに変わり始めている。この負荷は改善の余地がある。

 

「ふぅ、傭平。そろそろ限界みたいね」

「はは、では、これで……」

 

連続した激突の熱で、僅かに陽炎が立ち始めた、武装腕を振りかぶり、鈴音に叩き付けた。

 

「最後でス!」

 

瞬間、武装腕の手首部分にあるリングが打ち込まれ、内部に装填された〝灰の鱗殻〟に仕様される炸薬を、四発分圧縮した特殊炸薬に着火。掌部の砲口を捌け口とし、圧縮された爆轟が、絶対の破壊力となり鈴音を飲み込んだ。

 

 

弾薬庫¦『よし、大当たりぃぃっ!』

約全員¦『おいいいいいいぃぃぃっ?!』

一季 ¦『おま、鈴が爆発で消えたぞ!』

セシー¦『アリーナが揺れましたわ……』

兎軍人¦『やり過ぎだ』

侍娘 ¦『え、なに? まさか、あれを学園でもやる気か?』

首領飾¦『これなら、あの鈴カーちゃんでも……!』

龍母 ¦『ところがどっこい、そうはいかないわ』

首領飾¦『うっそだろ、お前』

御曹司¦『ああ、そうだ。地下アリーナでの武装実験だ。大城全部長? ……適当に処理しろ』

 

 

アリーナを揺らす爆発、その爆炎の中から悠然と鈴音が姿を現した。

 

「で、傭平。テストは終わりかしら?」

「……ああ、はい。これでヘカトンケイレスに搭載された、武装のテストは終了でス」

「そ、最後の爆発は良かったわ。あれなら、大体の奴は黙るわね」

 

 

一季 ¦『え? 永遠に黙らす気か』

 

 

武装腕から排莢された薬莢が、アリーナに落ちる音を合図に、武装腕〝ヘカトンケイレス〟の稼働実験は終了した。



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良薬と現実は口に苦い

よーよーの武装腕は、基本バトルスマッシャーに、マグアナックのヒートクローやら、なんやらかんやらデザインをごちゃ混ぜにしたイメージです。
まあ、サイズ感はほぼバトルスマッシャーです。


身勝手な話だ。腰のハードポイントパーツから、飽きたからと、辞めていた煙草を久々に取り出す。最後に吸ったのは、織斑・千冬が引退する直前、最後の斬り合いでの最初と最後の二本だった。

熱田は紫煙と共に、その感情を吐き出した。

 

「あぁぁぁぁ……」

 

もういっそ、全て放り出して辞めてしまうか。気分屋であり、好き嫌いのはっきりした熱田は、これからの事にすっかり嫌気が差していた。

 

「現役の頃は、ただ斬ればよかったのによ」

 

今でも現役だが、今より更に現役だった頃は、本当に言っている通りだった。余計な因縁も、余分なしがらみも無く、ただただ純粋に〝剣神〟としての熱田でいられた。

だが、今となってはどうだ。余計な因縁に、余分なしがらみだらけで、〝剣神〟としてどころか、ただの熱田としても少々微妙なところだ。

 

「だあぁぁ、これはよくねえ話だ。……マジで辞めるか?」

 

欠伸をしながら、片手に握った訓練刀を振る。碌に見ずに振った訓練刀は、小さな粒を二つに割っていた。

銃弾だ。対IS用の徹甲弾、これも訓練用ではあるが、その貫徹力と、それを結び付ける弾速は、通常の弾丸の比較にならない。

だが、その徹甲弾すら、熱田にとってはただの礫に過ぎない。

 

「……やる気あんのか、てめえら……!」

 

ただ、そうただ振る。たったそれだけ、刀剣で何かを斬るという事は、究極的に言い切ってしまえば、ただそれだけの行動だ。

しかし、熱田や千冬の域に達すると、その行動はある種の狂気となる。

 

「……私はただ、このナマクラ振り回してるだけだぞ」

 

向かってくる刃を斬り、飛んでくる礫で弾く。

欠伸ではなく、溜め息だった。失望、落胆、それらがない交ぜになった息は苦く、舌の根に引きつる様な渋みを残した。

嗚呼、ダメだ。本当にダメな話だ。ISが始まって、ほんの十余年、自分達が第一線から身を引いて、その半分の五年も経っていない。

それなのに、これだ。

それなのに、これか。

その結果が、これか。

 

「……もう、いい。お前ら、これ終わったら代表候補生も、何もかも辞めろ。何にもなんねえよ、お前らなんざ」

 

驚愕、怒り、憤り、そんなものは、お前達が持っていいものではない。

 

「土産だ。せめてこの〝剣神〟熱田様の、〝け〟の字だけでも、知って消えやがれ」

 

瞬間だった。また無造作に、熱田が訓練刀を振り抜いた。相対する代表候補生達は、内心に隠さずほくそ笑んだ。

あれだけ大口叩いたところで、距離があり、数の差もある。

いくら黎明期の傑物といえど、現役から離れていたロートル。実際、自分達は誰も撃墜されていない。

刀で銃に勝てるなどと、最新の銃火器の性能を知らないから、そんな事を妄想出来る。

だからこそ、哀れな時代遅れに、自分達がきちんと教えてやらねばならない。

そう考え、刀を振り抜き、体が開いた体勢となった熱田を取り囲もう。

そう動いたつもりになった時だった。

 

誰もが倒れていた。得物を斬られ、機体を斬られ、闘志を意思を斬られ、斬り伏せられ倒れていた。

何が起きたのか、まるで理解が出来ない。刀が届かない位置に居た筈なのに、全員が斬り伏せられている。

 

「はっ、だから言ったろ。消えやがれってよ」

 

機体のパイロット保護機能により、体には傷一つ無いしかし、受けた痛みは深く、候補生達の心が折れるには、その傷は十分過ぎた。

熱田は倒れ伏したまま、動かず嗚咽を漏らす候補生達を一瞥もせず、アリーナを後にする。

 

「けっ、なーにが天才、なーにが何のもんか。ちっと撫でただけで、簡単に斬れやがる」

「……言いたい事はそれだけか? 熱田」

 

打鉄から降り、空になった煙草の箱を、苛立ち八つ当たりに握り潰すと、どうにも疲れた顔の鹿島が居た。

 

「よう、どうしたよ」

「どうしたよもあるか。お前な、彼女達は一応、各国から将来を嘱望されたエリートな訳だ」

「おう、そうらしいな。不様に転がってるけど」

「……それで、お前は彼女達に自信を付けさせるのが、今回の仕事だった訳だ」

「ああ、そうだった。……あんまりにもザコ過ぎて、喧嘩売られてるかと思った」

 

鹿島は溜め息を吐き出した。

確かに、嘗ての黎明期を知る鹿島や、その黎明期の渦中に居た熱田には、現代の候補生の質の低下は、些か目に余るものがある。

だがしかしだ。今回の熱田に回ってきた仕事は、その次代の代表候補生に、自分が背負うと責任と、それを背負える自信を付けさせる事だ。

全員の心をへし折り、再起不能にする事ではない。

その証拠に、少女達が所属する国家の管理官達が、今にも爆発するのではないかと、鹿島が思う程に顔を赤くして、二人の居るピットに現れた。

 

「あ、皆さん。少しお待ち頂けますか? このバカに、もう少し言い含めたい事が……」

 

というのは嘘だ。

熱田という女は、好き嫌いがはっきりしていて、嫌いなもの、気に食わないものは、決して持たないし、身の回りにも置かないし置かせない。

嘗て、織斑・千冬が国家代表を引退する時、熱田は荒れた。織斑・千冬の引退に対してではない。いや、それもあっただろう。

熱田と千冬の最後の試合は、八時間を超える壮絶なものだった。だがそれ以上に、熱田の逆鱗に触れたものが、周囲と現在の国家代表だ。

〝剣神〟熱田とは、荒ぶる神だ。神に人の道理が、理解出来る訳がない。

故に、人が己を戦乙女の代わりに、据えようとしていた事を、只人が戦乙女の席を乗っ取ろうなどと、荒ぶる神赦す訳がなかった。

 

「……なんだよ?」

 

そう、赦さなかった。〝剣神〟は荒神となり、愚かにも挑んできた偽物の戦乙女に、罰を下した。あの時、織斑・千冬が間に合わなければ、現在の日本国家代表は、また変わっていた。

 

「何か言えよ。文句があるんだろ?」

「ひっ……!」

 

怯えた声に、熱田の怒りがまた再燃し始める。

よくよく考えてみれば、あの餓鬼共の教育は、こいつらが担当していた筈だ。

つまり、今、自分がここまで苛立っている理由の大元は、目の前で腰を抜かしている凡愚共だ。

 

「ああ、ああ、くそが。いけねえ話だ、いけねえ話だぞ」

 

叩き斬ってやろうにも、刀が無い。だから、睨んだが、たったそれだけでこれだ。

憤り、怒り、苛立ちはある。だが、それ以上に落胆し、理解した。

そうか、もう居ないのだ。〝戦乙女〟も〝銃央矛塵〟も、〝虎神〟や〝氷帝〟、〝剣神〟と互角に斬り結んだ皆は、もう誰も同じ場に立っていないのだ。

熱田だけが、まだそこに居る。

その事実が、熱田から熱を奪い去った。

 

「……帰る」

「あ、おい、熱田」

「萎えた。餓鬼共には、雑にフォローしといてくれ」

 

溜め息を吐く鹿島を背に、人が避けていく廊下を歩き、熱田は深く息を吐き出した。

 

「……つまんねぇ。どっかに居ねえかな」

 

昔に戻りたい訳ではない。

今を否定したい訳ではない。

昔を否定したい訳ではない。

今を肯定したい訳ではない。

 

ただ、対等な相手が欲しいだけ。

ただ、〝剣神〟と対等に

ただ、熱田と対等に

あの日の様に、本気になりたいだけ。

 

「私と斬り合える奴……」

 

小さくか細い、弱い神の呟きが、無人の廊下に落ちた。




ISスーツにも、境ホラみたいなハードポイントパーツがあってもいいと思う。


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男が集えば

すっかり天候も秋めいて、学園祭の準備も佳境に入ろうかというある日、学園内にトラブルが起きた。

 

「どう? 直りそう?」

「あ~、これ無理だわ」

 

学生寮内にある大浴場、その給湯機が故障した。それだけなら、まだよかったが、作成中の屋台の稼働テストによる流れ弾で、給湯パイプまで破損。

急ぎ業者に連絡を取ったが、替えの部品を現在切らしており、今からでは、どれだけ急いでも修理は、明後日以降になるという話だ。

普通なら諦めるが、しかしここIS学園。ならばと、整備課の生徒達が道具や部品を持ち寄り、給湯機と配管を囲み、あれやこれやとやり始めたのが、今より一時間前。

そして、やはり無理だと諦めた(飽きた)のが、つい先程五分前。

 

「いやまさか、おでん屋に偽装した、警備用の出張セントラルステーションが暴発するとハ……」

「傭平ってよ、たまに日本語がおかしくね? そこんとこどうよ」

「どうよと言われてもな。……マイルドに言えば、文化の違いだろう」

 

風呂を、自室のシャワーで済ませる者が多い中、世界でもたった三人の男性操縦士達は、IS学園がある学園都市島内にある、二十四時間営業の銭湯〝永世ひまわり〟へと向かっていた。

 

「まあ、更識の常識ですからネ」

「その一言で、全てを済ませるな」

 

賑わう学園都市、来月には学園祭、この島の書き入れ時が近付いてきている。

日本各地、世界各国から、人が入り乱れる数日間は、宿泊に食事、土産等、学園都市島の運営費を稼ぐ、絶好の機会だ。だから、学園でイベントがある前には、大量の物資の流入があり、その為に少しでも古い物資は、処分する為にセールが開催される。

この時期は学生にとっても、安く食料品などを手に入れられる嬉しい時期だ。

 

 

龍母 ¦『一夏、帰りに牛乳と卵お願い。あ、あとバニラエッセンスも、いや、バニラビーンズの方が香りが良いかしら?』

一季 ¦『お、何だ? なに作るんだ?』

龍母 ¦『カスタードプリン、簪が食べたいって駄々こねてるわ』

一季 ¦『俺も食いたい』

龍母 ¦『はいはい、全員分作ってあげるから』

雇われ¦『すみません、凰さん。ボスがご迷惑を……』

龍母 ¦『いいのよ。簪はこれから忙しいんだし、今は甘やかしてあげるわ。というか、傭平。あんたも明日から忙しいんじゃない』

雇われ¦『明日から本番ですヨ。まずは三組を黙らせまス』

 

 

右の拳を強く握れば、僅かに腕全体に引き攣りがあった。前回の武装テストから、右肩はまだ完全には回復していない。

だが、傭平は仙波、更識の右腕だ。この程度、試合に支障は無い。

 

「傭平、あまり無理はするなよ」

「これは無理じゃないですヨ」

「ま、俺達はやれる事をやるだけだ。けどよ、傭平。あまり、シャルロット泣かすなよ?」

「……善処しまス」

 

進んだのやら、進んでいないのやら、誠一郎と一夏は顔を見合せ、仕方ないと肩を竦める。

傭平もシャルロットも、互いの距離の詰め方が、下手というか独特というか、中々進まない。

しかし、それはそれで、いいのかもしれない。

 

「色々話はあるが、まずは風呂だ」

 

浮かぶ向日葵を看板にした銭湯〝永世ひまわり〟、学園都市島の地下ボイラー施設より、発生する熱を配管利用し、二十四時間営業を可能としている。

他にも同様の施設はあるが、一番設備やサービスが充実しているのがこの〝永世ひまわり〟だ。

 

三人は番台で代金を支払い、受け取った鍵の番号のロッカーへ向かい、服を脱ぐ。

利用者は三人だけ、この時間帯ではまだ客は来ないのだろう。

広い湯船に、やけに歯を剥いた笑顔の向日葵の絵が、壁一面に描かれている。

かけ湯をし、体を洗ってから湯船に浸かれば、少し熱目の湯が疲れた体に沁みた。

 

「あぁ~……、ほんっと、疲れる……」

「一年は残り三組と五組、これは実質消化試合だが、二年三年がな……」

「この人格と文化のごった煮の中、二年三年と過ごした人達ですから、並大抵じゃ敵いませんヨ」

 

三人が疲れを吐き出す様にして、深く吐息する。IS学園は世界中から人材が集まり、この狭い島内でそれぞれの文化が展開される。

それはある意味で、宗教戦争や民族紛争の体を擁している。そんな中を、二年三年と過ごして、更に海千山千の教員を相手にしていれば、癖のある人間の一人や二人では済まなくなる。

 

「まったく頭が痛い話だ。これから忙しくなるのに……」

「ははは、誠一郎。やっぱり十二月か?」

「ああ、十二月二十五日前後だろうよ。入ってくる情報を整理するが、そこら辺が連中の限界点でもある」

「反対意見、出ますよねぇ……」

 

また一度、三人揃って深く吐息する。

無言、湯の揺れる音と、蛇口からの滴りだけが、浴室内響く。

 

「……そういやよ、誠一郎。箒達とはどうなんだ?」

「どうとは?」

「上手くいってんのかって事だよ。そこんとこ、どうよ」

 

ふむ、と誠一郎は顎に手を当て、一夏にどう答えるか考える。実質、誠一郎の現状は一般社会では、二股をかけている状態だ。

一夏、誠一郎、傭平の三人は特例として、一夫多妻が認められているが、現代日本の常識で育った者には、あまり快くないものだろう。

誠一郎はその辺りは割り切って、一夏は鈴音以外に興味は無く、傭平に至っては、どうにも理解しているのかいないのか。

 

「まあ、そうだな。今の所は目立つ何かは無いか」

「お、そうか。箒は幼馴染みだし、誠一郎だから大丈夫だろうが、少し気になっててな」

「安心しろ。俺は責任は取るし、二人共娶る覚悟と準備はある」

「いやはや、凄い話ですネ」

 

気の抜けた返事を、傭平がする。一夏は、お前もどうだと聞きそうになるが、今の傭平にそれを聞いて、期待する答えが返ってくるとは思えない。

だから、一夏は違う話題を振った。

 

「なあ、傭平。俺にもあの腕くれよ」

「ヘカトンケイレスですカ? あれに関しては、早瀬クンに言った方がいいですヨ」

「あれ絶対、白式が嫌がるぞ」

「なんとかならんかー」

「ならんだろうよ。……雪片弐型に機能を増やすなら、何とか了承するだろうがな」

「あれか、納得するやつなら、増やせるな。加速用のスラスターは受け入れたしな」

「じゃあ次は、ブレード飛ばしますカ?」

 

傭平の提案に、一夏は目を見開いた。

 

「いいな! 飛ばそう!」

「スペツナズ雪片弐型、一回飛ばしたら終わりだぞ?」

「白式、了承するか?」

「せんだろう」

「ワイヤーで繋ぎますカ」

「鎖鎌ならぬワイヤー雪片、……ありか?」

「止めとけ止めとけ。絡まって自爆する未来しか見えん」

 

だよなー。一夏が湯に沈む。

三人の中で、一番体格の大きい一夏が、湯船に沈めば、その分湯が溢れた。

気付けば、大分長い時間湯に浸かっていた。

 

「そろそろ帰るか」

「ああ、買い物もあるしな」

「ボス、待ちくたびれて、何か食べてますヨ」

 

絶対と言えば、違いないと二人が同意する。

近付く学園祭、そこでまず一つの事が決まる。

IS学園の〝未来〟だ。



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だからこそ

勝とうとする意思は不屈の表れである


IS学園に所属するという事は、それだけでIS業界に於ける一種のステータスとなる。

この学園に所属するだけで、この業界では一目置かれる存在となる。

選りすぐられた者達、その中から更に選ばれた代表候補生、そして、その名を以て選ばれたクラス代表という立場は、はっきり言って軽くない。

重い。両肩に背に掛かる重さは、選ばれなかった者達の、嫉妬や怒り、羨望に悔恨、期待と希望。

そうだ。重いのだ。そう簡単に、この重さを否定させられない。

そう、この重さを否定するという事は、己を選んだ全てを否定するという事だ。

 

連続する激突、金属音を幾重に積み重ねて、幾度と交差する。己達が纏う機械の鎧は軽く、速度と機動性を重視した機体。

それを更に、機動性を重視した設定に調整し、己だけが駆れる機体とした。

この愛機と己の技を以て、相手を否定し、己を肯定する。否定し肯定し、己達の重さを証明し続けた。

他者を蹴落とし続けた。だからこそ、軽くなってはいけない。

その責任を背負い、ただひたすらに強く重くあらねばならない。

 

だからこそ、

 

「お前達には負けられない……!」

 

一年三組代表〝アメリア・ヌベス〟は吼えた。駆るは嵐の名を冠する機体〝テンペスタ〟、コアはオリジナルに及ばないエコノミーだが、その動きはオリジナルに劣らない。アメリアの技術の高さを証明する、滑らかな動きが手繰る大型振動ナイフ。

そして、それと激突を繰り返しているのは、異形の巨腕。

体を独楽の様に回転させ、ナイフを押し切って振り抜かれる巨腕を回避し、返す刀で視界の端に、隠れ潜んでいた刃を受ける。

甲高い、連続に連続を繰り返し、最早一体となった擦過音が響く。

 

「ごめん、抜かれた!」

「気にしない! 次来るわ!」

 

速い。長柄物は手繰るのに、ある程度の範囲が必要となり、それに伴い、操作にある一定以上の練度が必須となる。

重く、範囲も威力も有り、長い柄による多彩さも持ち合わせるが、その分動作は遅れ、動作範囲の更に内側に入り込まれれば、途端に無力と化す。

アメリアも今まで、そうやって長柄物の使い手を潰してきた。だが、違う。目の前の相手は違う。

 

「……これ程の腕がありながら、何故今まで」

「答える必要が無い」

 

更識・簪、日本の国家代表候補生の一人にして、専用機を与えられなかった専用機持ちと、嘗ては揶揄され、他代表候補生達から下に見られ、軽んじられてきた。

専用機が与えられなかった理由は、当時の日本の状況を、詳しく知らないアメリアでも、容易に想像出来る。

 

――自分より、価値のある者が現れたから――

 

この業界は可能性に満ちている。だが、満ちている分シビアだ。

少しでも、意にそぐわない、及第点に届かなければ、簡単に捨てられる。

嘗てのアメリアが、本国で実力ではなく適性値で負け、所属する派閥が政治に負け、専用機を与えられなかった様に。

 

突如、現れた男性操縦士である、織斑・一夏の専用機開発の為に、更識・簪の専用機開発が、半ば破棄当然に中止されたという噂があるが、日本は本国とは違う筈だ。

その様な身勝手な事が、更識・簪という個人の功績を認めない。そんな事がある筈がない。

だからアメリアは、簪の実力が足りなかったから、専用機開発が中止された、と考えた。ただ単純にタイミングが合ったから、あんな根も葉もない噂が流れたのだろう。四組副代表である仙波・傭平に関しても、同様だ。更識の名に、世界でも三人しか居ない、男性操縦士の立場に甘んじ、不相応な専用機を得た。

アメリア・ヌベスは、この試合が始まるまで、そう考え、更識・簪と仙波・傭平を下に見ていた。だが、結果はどうだ。

 

「四組代表……!」

 

実力が無い? 否、断じて否だ。過去の己を殴り飛ばしてやりたい。

見ろ、この動きを、この連携を、不相応に得たものなど、何一つ無く、相応に培い得たものに他ならない。

 

「アメリア!」

「注意引き上げ! 本気で行く!」

 

どちらの機体も中近距離仕様、厄介なのは簪の薙刀と、傭平の武装腕。どちらも攻撃範囲が広く、今の設定のテンペスタでは、一撃が致命傷へと繋がりかねない。

さあ、どうするか。豪腕と刃を潜りながら、気付けば笑みを浮かべていた。

 

「アメリア笑ってるよ」

 

仕方ない。こうも圧倒されたのは、二組代表との試合以来だから。

アメリアは笑みを得たまま、己の身と技に任せて、嵐の中へと突っ込んだ。

 

 

御曹司¦『ラウラ、どうだ?』

兎軍人¦『まあ、良くも悪くも拮抗しているな』

御曹司¦『勝てそうか?』

兎軍人¦『勝てるか勝てないかで言えば、勝てるだろうな』

一季 ¦『お、いい感じか?』

龍母 ¦『悪くない感じね』

 

 

さて、いいか悪いか。ラウラは観戦席にて、アリーナでの戦いを見ながら、少し思案を巡らせる。

三組代表のアメリアは、典型的な近接重視型。兎に角、機体の設定を己の体の動きを再現出来る様、細かくセッティングしている。相棒である副代表も、近距離仕様だが、アメリアに比べて中距離仕様となっている。

動きも互いに入れ替わり立ち代わり、相手に捕捉させない様に動いている。

良いコンビだ。下に見ていた筈の簪達に対し、驕りを感じない。

 

簪達も同様だ。

元より、二人のコンビネーションは文句のつけようがない。傭平が前に立ち、簪が隙を刺す。武装腕を得て、機体が完成した二人は、更に磨きがかかっている。

 

――ふむ、スカウトしてみるか――

 

あれだけの逸材、正しい評価を下せず、燻らせる南米の小国には勿体ない。

ドイツに軽く連絡をしてみれば、すぐに条件が飛んできた。能力によっては、オリジナルコアを使用した専用機開発も、視野に入れるそうだ。

この試合が終われば、すぐにでも話を持っていこう。ついでに副代表もスカウトしてみるか。

ラウラが条件を纏めていると、試合に動きがあった。

 

傭平が武装腕の強度任せに、アメリア達を分断した。

ヘカトンケイレスは機体ではなく、あくまで武装でしかなく、これを攻撃しても傭平にダメージは無い。

傭平は副代表を釘付けにし、簪はアメリアとの一騎討ちに入る。

薙刀とナイフ、凶刃が交差し、甲高い快音を連続させる。

 

「四組代表、何故今更になって、前へ出てきた」

「やる事が出来て、その力を得たから」

 

鍔迫り合いながらの問いに、簪は答える。

そう、簪にはやるべき事がある。

 

「その為には、貴女達の力が必要」

「……ここ最近の専用機組の動き?」

「試合が終われば、全て分かる」

「そう……、なら!」

 

簪は握る薙刀が、一気に重量を増した様に錯覚した。事実、物体の重量が急激に増加する事は無い。錯覚だ。

鍔迫り合うナイフを鋏の様に交差させ、薙刀の柄に寄り添う様にして、アメリアは簪の懐へと入り込む。

柔らかく滑らかな動き、ISという機械の鎧を身に纏っているとは、とても思えない。簪は驚愕しながらも、腰部に搭載された荷電粒子砲を展開、アメリアを敬遠する為に、無理矢理射撃する。

 

「……貴女を負かして、目的を聞きましょう」

 

言葉と共に、荷電粒子砲の砲口が撥ね飛ばされた。斬られたのだ。石突きでアメリアを突き離す。

同時に、右の荷電粒子砲をパージする。展開アームも破損し、砲口すら無いのでは、盾代わりにもならない。

薙刀を握り直し、一気に警戒を引き上げる。

 

――まったく、これだから天才と謂われる類いの連中は――

 

アメリアの今の動きで、分かった事がある。彼女は体を動かす天才だ。生まれや、人種による身体的な特徴もあるのだろう。軟らかく強靭な関節に、しなやかな筋肉と優れた反応速度。

だが、それを抜きにしても、アメリアは天才だ。

己の限界を理解し、体がどう動くか、どう動けば、限界を越えた動きを負担無く出来るか。

簪が持ち得ない天賦の才、まったく羨ましいものだ。その欠片くらい、こちらに分けてほしかった。

 

「だけど……」

 

その必要は無い。己はその才は無かった。だが、代わりに、その才を持つ〝彼〟が現れた。

 

「アメリア避けて……!」

「っ……!」

 

体勢を崩した副代表が、アメリアに激突した。絡む様にして、空中を転がる二人が目にしたのは、急速に離れる簪と、巨腕を振りかぶり、こちらに向かってくる傭平だった。

失態、そう感じたアメリアが、予想外な方向に投げ飛ばされたのと、副代表の笑顔を見たのは同時だった。

 

「……アメリアなら勝てるよ」

「グレース……!」

 

瞬間、傭平の武装腕から弾けた爆発に飲み込まれ、副代表グレースが見えなくなり、行動不能を示すブザーが鳴り響いた。

パイロット保護機能により、ゆっくりと降下していく親友を眼下に、アメリアは構え直す。

二対一、損傷消耗有り、極めて不利な戦況。しかし、アメリアは諦めを見せなかった。

 

この二人は強い。最早、勝ち目は無い〝かも〟しれない。だがそれは、〝かも〟でしかない。

アメリアが負ける〝かも〟しれない。だが、勝てる〝かも〟しれない。

否、勝てる。己は親友に、そう言われたのだから。

だからこそ、

 

「勝ちにいこう」

 

アメリアは前進した。

アメリアはナイフを投射した。

ナイフは巨腕に弾かれた。

アメリアは巨腕を掻い潜り、傭平の脇腹を斬りつける。

アメリアは止まらない。

振り抜かれる薙刀を、巨腕を、次々に避け、

斬り、

また避け、

また斬る。

繰り返し、繰り返し、繰り返す。

何度目か、ふと体に熱を感じた。

喉が、肺が、焼ける様に熱い。

視界が歪み、頭が重い。

だが、体は、意思は止まらない。

 

幾度目か、硬質な快音が響き、薙刀が二つに別れ、簪の胸部装甲に傷が走った。

そして迫る武装腕に、刃こぼれたナイフを突き立て、弾き飛ばされる。

アラームが鳴り響く機体を、無理矢理動かし、己が立ち向かう敵を視界に納める。

 

「ああ……」

 

己は勝ちにいった。相手も勝ちにきた。

だからこそ、満足のいく結果だ。

これが終わったら、存分に目的を教えてもらおう。

全方位からの照準警告(ミサイルアラート)を耳に、アメリアは親友の様に笑みを浮かべた。




次回
これから


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これから

ちょっと各クラス代表

一年一組
代表¦織斑・一夏
副代表¦早瀬・誠一郎

一年二組
代表¦凰・鈴音
副代表¦ティナ・ハミルトン

一年三組
代表¦アメリア・ヌベス
副代表¦グレイシア・オマリ

一年四組
代表¦更識・簪
副代表¦仙波・傭平

一年五組
代表¦京極・すみれ
副代表¦マルファ・ノブツカヤ


「……それで、貴女達は一体何をするつもりなの?」

 

汗を流し、ISスーツから制服に着替えたアメリアが、同じく着替えて、吸入器を咥えていた傭平に問うた。見れば、右腕を吊っている。

 

「あ~、それはもう少し待ってもらえますか?」

「教えると言ったのは、貴女達よ」

「あ、いやいや、教えますよ。だけど、全員が揃うのを待ってほし……」

 

と、傭平がそこまで言った時だった。傭平達の居る第四アリーナの隣、第五アリーナから轟音が響いた。

 

「……今、終ったみたいです」

「二組代表ね」

「二組対五組の試合でした」

 

過去形だ。それも当然、あの凰・鈴音相手に、五組は単純に数で勝とうとした。戦略も要も無く、ただの数。

そんなものを鈴音にぶつけたところで、哀れな犠牲者を増やすだけだ。

 

 

龍母 ¦『終ったわよー』

一季 ¦『いやあ、早い早い。漫画みたいに人が飛ぶんだな』

侍娘 ¦『鈴相手に数でいったんだ。……あんなのゲームで見たな』

セシー¦『武将系アクションですわね』

弾薬庫¦『あ、隠しコマンドで性転換してビーム撃つやつだ』

首領飾¦『剣からビームは基本』

雇われ¦『世界が違う基本ですね』

 

 

「五組代表のやりそうな事ね」

「ああ、やっぱりそういう人なんですか」

 

傭平が広げた、空間投影型ディスプレイを見ながら、アメリアが溜め息混じりに言う。

 

「何と言うか他力本願、人を纏めるのは上手いけど、人を使うのは下手という感じね」

「え、なんですその矛盾」

「口が上手いし人当たりが良いけど、計画性があまり無いのよ」

 

まあ、本人も自覚してるけど。アメリアが言うと、廊下から声がした。

 

「いや、あのミサイルは卑怯でしょ」

「ははは、自国の代表の装備を思い出せ」

「……発言を撤回する勇気って大事よね?」

「グレース、何を言ってるの」

「ん、試合後の親交。アメリアも、大事だよ、こういうのはさ」

 

アメリアが溜め息を吐く。どうやら、三組の外交担当は、副代表が担っている様だ。

 

「ハロー、四組副代表さん。改めて自己紹介するわ。三組副代表〝グレイシア・オマリ〟、仲が良い相手からはグレースって呼ばれてるわ」

「ではこちらも、三組副代表の仙波・傭平です」

「宜しく、ミスタ・仙波。ほら、アメリアも」

「……三組代表、アメリア・ヌベス」

「四組代表、更識・簪」

 

握手をするが、両者共に顔が笑っていない。

傭平がグレイシアを見れば、彼女も肩を竦めていた。どうやら、よくある事らしい。

 

「それで、私達に何をさせる気かしら?」

「説明するから、後少し待って。全員が揃ってからの方がいい」

「まさか、一年全員?」

「そのまさかだ」

 

現れたのは、バインダーを抱えた早瀬・誠一郎。続く後ろには、セシリアと箒が居る。

 

「〝HAI〟次期代表」

「気の早い話だ、三組代表。鈴と一夏が五組を連れて、大会議室に向かっている。詳しい話はそこでだ」

「簡単だが、軽食も用意している。……ああ、安心するといい。全て、〝HAI〟社製品だ」

「箒さん、今のどういう意味ですの?」

「はっはっはっ、セシリア。ほら、宗教的な体質的なサムシングがあるだろう?」

 

笑って済ませる箒と、納得した様で、何か納得がいかない様子のセシリアを横に、簪はさっさと大会議室へと足を向けていた。

やはりと言うべきか、空腹の様だ。

 

「四組代表」

 

アメリアが言い止めるが、簪は聞く耳持たず、ピットから去っていった。

 

「ねえ、彼女、いつもあれ?」

「あ、いや、いつもじゃないんですけど、空腹時は機嫌が悪いんですよ」

 

アメリアはどちらかと言えば、若干目付きが鋭すぎるきらいがあるが、日系の見慣れた顔立ちだ。

対し、グレイシアは典型的な南米系の顔立ちと肌色をしており、強い目力と陽気な性格も相俟って、中々に強い圧を感じる。

 

「ふうん?」

「何か入れれば、また元通りですね」

「扱いに困りそうね?」

 

慣れましたよ、と言う傭平を見るグレイシアの目は、柔和な表情に対し鋭い。傭平の言葉に嘘が無いか、それを見極めているのだろう。

他にも、誠一郎やセシリアに箒にも、何かを問い掛け、アメリアに視線を送る。

視線を受けたアメリアが頷くのを見て、グレイシアは僅かに見せていた険の色を解いた。

 

「それじゃ、行きましょうか。大事な話を包み隠さず、明かしてもらう為にね」

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

「はーい私が五組代表の〝京極・すみれ〟だよ」

 

賑やかな大会議室に着いた簪を出迎えたのは、会議机に突っ伏しながら、プラスチックのフォークを口で弄ぶ、いまいちやる気の無さそうな女だった。

 

「食べ物は部屋の隅に纏めて並べてるから好きなものを好きなだけ一緒に置いてある紙皿にね」

 

純日本人にしては、顔立ちがはっきりとしている。そして、肺活量があるのか口調なのか、言葉が途切れず一気に来る。

 

「やけにケミカルなのあるけど退かず省みずレッツチャレンジ。だけどその真緑のパスタやめときなよ。食べる青汁濃縮味」

 

ほぼ初対面に近いが、やけに親しげに話し掛けてくる。間を置かない独特の口調に、簪が言葉を挟まず、紙皿にやけに濃いソース色のパスタを盛りながら、もう一枚の皿にパンを乗せていると、大会議の扉が開いた。

 

「お、簪も到着か」

「一夏、鈴は?」

「鍋振ってる。米と回鍋肉来るぞ」

「軽食って何だっけ?」

 

盛ったパンを割って、中にソース色パスタを挟んで齧る。出汁ソース風味だった。キャベツが欲しいと、簪は躊躇い無く咀嚼し飲み込み、また次に取り掛かる。

 

「四組代表はよく食べるね」

「食べないと、体が保たない」

「正論だな」

 

延々とソース味だが、焦げたのか焦がしたのか、たまにある色の濃い部分が、予想外に香ばしい。

だが、具が無い。〝HAI〟は何を考えているのか。

同じ様に、サンドイッチを齧る一夏を横目に、簪は〝まロ茶 ~ふふふ、最近の新庄君は過激だね~〟を一気に飲み干す。

 

「もうすぐ皆来るから、一応は座っとこうぜ」

「一組二組、到着ですわ」

「三組と四組もだよ」

「ついでに、白飯と回鍋肉もよ」

 

セシリア、シャルロットが一年全員を連れて、大会議室に入ると、ついでと鈴音が業務用炊飯器と、会食用の大皿に山盛りとなった回鍋肉を持ってきた。

生徒の一部は、既に白飯に回鍋肉が乗った茶碗と箸を持っている。

 

「早くないかしら?」

「でも、アメリア。二組代表の料理は人気よ」

「よくご馳走になってるんで、味は保証しますよ」

 

続き、アメリアとグレイシアに傭平が入室する。

 

「さて、全員揃ったか」

「それでは、各クラスは代表、副代表を先頭に席に着いてくれ。あ、料理は好きな様にしてくれて構わない」

 

最後に誠一郎と箒が入室し、これで一年が全員揃った。

誠一郎は一組の席には着かず、議長と書かれた名札の置かれた席に座り、箒は書記の席に座った。

二人の後ろに置かれたホワイトボードには、何も書かれておらず、全員が誠一郎の言葉を待つ。

 

「今回の議題は二つある。一つは俺達、専用機持ち組の問題。これに関しては、最悪俺達で何とかする。もう一つに関しては、俺達全員の問題となる」

 

単刀直入に言おう。

誠一郎は、一瞬息を吐き、全員を見据えて言い放った。

 

 

「下手をすると、来年には今のIS学園は無くなる」

 

そして、その言葉に、専用機持ち組以外の全員が目を見開いた。



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さあ、真実の現実を

前半ぐだぐだし過ぎて、一話で終わらなかったよ……




「ちょっといいかね?」

「どうぞ、五組副代表」

 

五組副代表〝マルファ・ノブツカヤ〟、単純な実力で言えば、今季の代表候補生の中でも上位に入る。

しかし、本人が前に立ちたがらない性格の為、成績は目立たず、本人の顔色の悪さも相俟って、幽霊の様な印象を持たれている。

だが今、誠一郎に問おうとしている彼女からは、その様な弱々しいイメージは感じない。

 

「まず一つ、君達の問題というのは、四組代表の専用機に関する事かね?」

「ああ、そうだ。これに関しては学園祭で、けりを着ける」

「詳しくはどの様にかね」

「デモンストレーション、倉持技研所属パイロットとの試合を計画中だ」

「内容は」

「五対五の三本先取」

 

ふむ、とマルファは考える。確かに、それなら自分達が関わる必要は無い。だがしかし、彼は最悪自分達で何とかすると言っていた。

つまり、こちらを頭数として数えてはいるという事だ。

だが、試合内容は五対五の三本先取。つまり、出場選手は専用機組で賄える。なのに、こちらを頭数として数えているのは、一体どういう意味なのか。

マルファが考えを巡らせていると、隣から手が上がった。

 

「ねえちょっといい」

 

京極だ。彼女は何時もと変わらず、途切れない言葉を一気に送り、問い掛けとした。

 

「何で倉持とのデモンストレーションが四組代表の抱える問題の解決方法なの?」

「それは打鉄弐式、この機体がIS学園で完成したと、そう世界に知らしめる為だ」

 

だが、誠一郎のその答えに、京極は首を傾げた。

 

「話が話が見えない。何で打鉄弐式が学園で完成したと知らしめる必要があるの?」

「それは、大体予想がついている筈だ」

 

突き放す様な答えだが、京極もマルファも、倉持技研と更識・簪に纏わる噂は耳にしている。

織斑・一夏の専用機開発を優先する為に、更識・簪の専用機開発を中断したという噂。

半信半疑ではあったが、今この場で誠一郎が肯定した。

つまり倉持技研は、簪達の功績を横取りしようとしているという事だ。

 

「国有企業の闇であるね」

「情けない話が本当だったという訳ね」

「何とかなる話は、どうだっていいわ。一組副代表、もう一つ、来年には今の学園が無くなるという話を聞かせて」

 

自国の恥に頭を抱える京極と、あまり興味は無さそうなマルファをどかす様に、アメリアが先を促す。彼女だけでなく、他の生徒もそれに頷いている。

 

「……では、まず最初に、IS学園とは、他国他機関等による干渉を受けない独立機関であり、その運営は基本的に学生主導によって行われている」

 

誠一郎の言葉に、全員が頷く。

IS学園とは、特殊な条件と立地によって成り立つ、超法規的な独立機関(クッソめんどくさい存在)であり、政治的経済的圧力や干渉を受けず、政治的経済的圧力や干渉を行わない。

その為、外部機関や国から、運営の為に大人を招き入れれば、その国の独断だと、ならば我が国からもと、必ず喚き始める。

それならば、運営費や管理費を負担している日本が、政治的な窓口となり、派遣される教員や職員と共に、学生達に自治を任せればいい。

 

半ばやけくそ気味に決まった事だったが、かの〝ブリュンヒルデ〟織斑・千冬を初めとした第一期生から、〝銃央無塵〟山田・真耶の第二期生、続く第三期第四期と、学園島は世界各国からの留学生や、職員達の要望を叶える為に発展を続け、今の学園都市島となった。

 

「そうね。自由だからこそ、こうして世界中から人材が集まる訳よね」

「学費も、この規模と待遇からしたら安いしね」

「その分、要求される成績が辛い辛い……」

「でも、私達のやりたい事が出来ていいよね」

 

そして今、学園は学生達が各々にプロジェクトを立ち上げ、自由に実験や開発を行える環境が揃っている。

その環境を求めて、世界中から人材が集まり、有益な実験や開発を行う為に、寄付という金銭が豊富に集まっている。

 

「IS業界では、今の学園は金と人材の集まる木だ。そして、絶対不干渉という権限の鎧に守られてもいる」

 

ここでアメリアは、何か違和感を感じた。隣を見れば、グレイシアも同じく首を傾げている。誰もが知っている当たり前の事、それを今更言う理由。

まるで確かめる様にして、誠一郎は言葉を続け、そして止まった。話した内容は、本当に誰もが知っているIS学園に纏わる話。

何が言いたいんだと、僅かな苛立ちすら見え始めた中、誠一郎は二本、指を立てた。

 

「まず一つ、春のクラスマッチ。そしてもう一つ、無人機の暴走」

「それがどうしたのかしら?」

 

――おぉう、気が短いよ、アメリア――

 

本国からの長い付き合いのグレイシアは、アメリアの限界が近い事を悟った。所謂、スラムで生まれ育ち、二人で実力だけでのしあがってきた。だから、アメリアの事はよく解る。

初めに結論ありき。回りくどいやり方を苦手とし、結論のみで判断する事が多々ある。搦め手ばかりのスラムで、生きてきた経験から、理由や建前よりも何が言いたいのか、そこで話を聞くか聞かないかを決める。

今は勝負に負けたという、条件があるから大人しいが、そろそろ限界だ。

 

「私的には、早く答え欲しいなぁって」

「割りとデリケートな話だからな。もう少しだけ、付き合ってくれ」

 

苦笑しながら言われる。まあ、顔が良いから許そう。

適当に皿に取ったサンドイッチを齧りながら、グレイシアがアメリアに珈琲を渡す。

 

「そして、これらにはあるタブーが隠されていた」

「何かね、それは」

「通常、というより絶対に、無人機にはエコノミーコアが使用される」

「ISはパイロットとコアの深層意識の共通が必要でオリジナルコアは意識の無い無人機を認識出来ない。だから無人機にオリジナルコアを乗せても起動しない」

「そうだ。そして、その逆に疑似人格の無いエコノミーコアは、そういったミスマッチを起こさず、無人機を起動出来る」

「なら、暴走と何が関係するのかね? 起動しないのであれば、暴走しようがないではないか」

「それにはもう一つ、最近開発が進んだ技術が関係する。……イメージインターフェースだ」

「どういう意味であるか?」

「では、そこは私が説明致しますわ」

 

マルファの問いに、セシリアが挙手して、前に出る。そして、ホワイトボードの前まで行くと、非常に簡単な図を描く。

人と何か機械の絵だ。

 

「イメージインターフェースとは、簡単に言えば人のイメージ、意識を用いて、ISという機械を動かす機能の事です」

「ええ、それは知ってるわ」

「では、一気に進めましょう。オリジナルコアは意識の無い機械を、人とは認識出来ず、無人機は起動しない。なら、人の意識が通った無人機はどうですの?」

「嫌な、嫌な話になりそうであるが、まさか……」

「そのまさかですの。暴走した無人機は、オリジナルコアを搭載した遠隔操作型。起動にのみ、人の意識を使用し、後の操作はオリジナルコアの演算によるもの」

「つまり、無人機にオリジナルコアを搭載して、遠隔操作技術で無理矢理起動した無人機の暴走だったと?」

 

言えば、セシリアに箒やセシリア、他専用機組が頷いた。マルファは椅子に深く座り込み、乱雑に頭を掻く。髪が痛む事も気にせず、頭を掻き回し、隣と周囲を見れば、唖然としている者と、何かに気付いた様子の者に別れている。

京極は唖然としているが、彼女は代表候補生でもない一般生徒だ。人当たりの良さと柔和な性格で、代表に選ばれた。

だから、今の状況に着いていけなくても、それは当然と言える。

だが、ここで疑問が湧く。

 

「少しいい? それ、どこの国のコアだったのかしら?」

 

アメリアの言う通り、オリジナルコアは世界主要各国に、均等に配分されている。

つまり、あの無人機の暴走は、オリジナルコアを所有する、どこかの国が起こした事件という事だ。

もし、発覚すればただでは済まない。分かりきっている事だ。

生徒全員の顔に緊張が走る。これからの答え次第では、自分達の国が糾弾されるかもしれない。

緊張が走る中、誠一郎は首を横に振った。

 

「……国ではない」

「まさかだが、そのまさかであるかね?」

「国ではなく、IS学園以外に、オリジナルコアを所有する機関がある。……国連、それが件の犯人であり、IS学園を欲しがっている連中(恥知らず)だ」




知らしめよう。これが私達だと


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知らしめよう。これが私達だと

やあ、生温かい目で見てね。


「一体、どういう事? IS学園の設立も独立自治権も、全部国連が認めたものじゃない」

 

グレイシアが声を挙げれば、周囲もそれに合わせて疑問を投げる。

彼女の言う通り、学園の設立と学生主導による独立自治権は、国連により認められたものだ。

 

「一つは日本政府、正直な話をすると、IS学園は日本にとって有り難くもあるが、かなり迷惑な存在でもある」

 

管理費や運営費を負担し、よく分からない施設が、自国領内で発展している日本からしてみれば、多大な利益を得ているとしても、正直手離したいものだろう。

 

「手離したいが、得られる利益は得たい。勝手な話だが、当たり前な話だ」

「まあ、それはそうよね。喉元にナイフが突き立ってる様なものだし」

「だが、何で国連が、という話である。……君達は、何を隠しているのかね?」

 

国の為ではなく、自分の生まれ故郷の為に、代表候補生になったマルファが、お国柄というべきか、疑いの目を誠一郎達に向ける。

 

「言い訳になるが、隠していたつもりは無かった。というより、言える立場になかった」

「つまり今は違うという事?」

「ああ、今は説明しなくては、信は得られん。国連の狙いは学園と、学園が保有している無人機のオリジナルコア。……そして、あともう一つ」

「まだあるの?」

 

誠一郎は頷く。本音を言えば、この事実を知る事で、否応無く巻き込まれる事になる。だが、言わなければ、今とこれからを失う。

箒とセシリアを、一夏と鈴音にラウラ、シャルロットと簪に傭平を見る。全員が頷きを返し、誠一郎を後押しする。

 

「あともう一つ、最後の狙い、寧ろこれが、連中の最大の狙いだ」

「それはなに? 私達も知っているものなの?」

「知っている。知らなければおかしい。嘗て、この世界に確変を起こし、そして今なお色褪せない、絶対の栄光を冠するもの」

「待て待て待て。いくらなんでも〝アレ〟が狙いだとしたらおかしい」

 

気付いた京極の言葉に、周囲も次々と答えに行き着いていく。そう、おかしいのだ。国連という機関が欲しがるには、あまりに象徴的過ぎる。そう、事実を知るまで、誠一郎を含めた誰もが思っていた。

 

「〝暮桜〟、それのオリジナルコアが、奴らの最大の狙いだ」

 

IS学園生徒なら、ISに関わる全員が知っている。最初期の機体にして、いまだ破られる事の無い栄冠に輝く機体。

学園最奥部に安置されているとされている機体、それのオリジナルコア。それが狙いだというのなら、理由は一体何なのか。

 

「理由としては、昨今形骸化し始めている、国連の権威奪回だ」

「いや、それで暮桜のコアはおかしいわ。確かに、IS業界にとっては象徴よ。でも、IS業界にとっての象徴でしかない」

「そう、俺達もそう思っていた。だが、事実は違った。……あのコアには秘密があった」

「……何かねそれは?」

 

テーブルの上にあったカップを手に取り、唇を湿し喉を潤す。飲み慣れたセシリアの紅茶だった。

やはり、怯えの様なものがあったのか。だがそれも止まった。

誠一郎は一度、息を吸い、正面を見据え、そして秘密を言い放った。

 

「暮桜の秘密とは、あれが全ての始まりだという事であり、全てのISコアは暮桜に繋がっているという事だ」

「いやそれがどういう……」

 

京極の言葉が止まり、周りも同じ様に停止する。その停止は、何か気付きたくないものに気付いてしまった。それに対する恐怖か、それとも理解したくないという拒絶か。

しかし、そのどちらも事実を否定出来ない。

暮桜が全てのISコアの始まりであり、全てのコアに繋がっているという事は、つまりはそういう事なのだ。

 

「まさか、暮桜を手に入れれば、全てのISコアを支配下に置けるとか?」

 

冗談めかしたグレイシアの口調、きっと冗談であってくれと、淡い願いを込めていたのだろう。

だが、現実は冗談ではない。

 

「……その通りだ。暮桜は現在、全ISコアネットワークの中枢となっている。オリジナルもエコノミーも、全て

暮桜から始まっている。あのコアさえ掌握してしまえば、全てのISコアを支配出来る」

 

呆然、現実についていけない。

今現在の社会は、ISコアの高い演算能力と、エネルギー生産能力に頼っている部分がある。そしてこれらは、ISコア自体が持つ、独自のネットワークにより支えられている。

ネットワークにより繋がり、相互干渉を繰り返し、本来持つ演算能力を高めている。そのネットワークが、もし切断されれば、ISコアは自身の演算能力でのみ、今までの計算を全て行う事になる。

ISに搭載されているコアは、まだ機体からのサポートがあり、演算範囲も機体とその周辺のみで問題は無いに等しい。

しかし、その他の用途に使われているコアは違う。

 

「今はIS技術の発展期だ。コアはISだけでなく、その高い演算能力を用いて、医療や災害救助、エネルギー問題等、様々な分野に進出している。だが、そんな中でこの事実が発覚した」

「……国連は優位に立ちたいという訳ね」

「そうだ。これからのIS産業を牛耳る。どれだけの利益を得るだろうな」

 

ISコアネットワークを断たれれば、要求される結果に、次第に演算が追い付けなくなり、その不足を補う為に必要無い機能を制限し、また追い付けなくなり制限しを繰り返す事になる。

そして遠くない時間、限界が訪れたコアは停止する。

医療、災害救助は、まだ人が長い歴史で培ってきた技術で何とかなるだろう。だが、エネルギー生産やライフライン管理が停止すれば、大混乱が起きる。

 

予想だにしない内容に、全員が停止したまま、各々に思案を巡らせる中、早くに復帰していたアメリアが手を挙げた。

 

「話は壮大だけど、まあ分かったわ。だけど、それがどうして今のIS学園の消滅に繋がるのかしら?」

「確かにそうだよね。国連が欲しいのは暮桜のコアであってそれを保持する学園じゃない。今の話だとそうならないかな?」

「……今のIS技術は発展期だ。そして、実験には場所が必要だ」

「まさか、IS学園を国連の実験場にするつもりだと?」

「そのまさかだ。このままだと、来季には今のIS学園は消え、残るのは学園とは名ばかりの、国連の実験場となる」

「つまり、今までの自由な開発や研究は全く不可能となり、これからは国連のやりたい開発研究のみ認可されるという事?」

「事実どうなるかは分からん。だが、そうとってもらっても構わんだろうな」

 

さて、これからどうしたものか。アメリアとグレイシアの二人は、特に開発に関わっていないので、自由な開発研究に関しては、そこまで興味はない。

新しい環境が気に入らなければ、早々に見切りをつけて、本国に帰ればいい。

グレイシアはそう考えている。だが、親友であるアメリアの性格上、そうはならないと結論を出していた。

 

「一組副代表、どうやって勝ち取るつもり?」

「待ち給え、三組代表。君は戦うつもりなのかね?」

「あら、北の大国の代表候補生は、思ったより負け犬なのね」

「なに?」

 

アメリアは大人が嫌いだ。スラムで育ち、子供(自分達)を好きに出来ると、本気でそう思っている大人が嫌いだ。

だから、子供が大人の言いなりなると、そう思っている大人には、徹底的に逆らう。

 

「私は戦うわ。ただ、大人の言いなりになるなんて、それこそ死んだ方がましよ。ねえ、グレース」

「ああ、もう、アメリアったら、話が早いってば。……皆はどうする? 多分、ここで逃げても、誰も何も言わないと思うし、というかそれが普通だよ」

 

グレイシアが振り向いて、そう言えば、幾人かは俯いて、しかし一度頷くと、強くグレイシアに視線を返した。

 

「代表、三組は代表についていくよ」

「ま、ヌベスさん達を代表にしたのは私達だし、私達逃げるのは、ちょっとねえ?」

「やる内容によっては、逃げるかもだけど……」

「……という訳で、三組は参戦するわ」

「感謝する」

 

隣の二組から、微かな吐息が聞こえた。恐らく、この会合が破談した場合、一組、二組、四組で何とかするつもりだったのだろう。

無謀な戦いだと、理解している証拠だ。

 

「ねえマルファ」

「同志京極、このクラスの代表は君だ。君が決め給え」

 

それが出来たら苦労はしない。

京極・すみれは代表候補生でもなければ、これといって何か才能があるという訳でもない。ただ、人の倍以上近い肺活量を持ち、中学の頃は水泳で、全国大会まで進出した事があるだけ。

しかしそれも、足の怪我で結局駄目になった。

IS学園に進学したのも、偏差値的にも範囲内であり、卒業後の進路に困らない。そして何より、自分の同級生が一人も進学しないというだけだった。

 

「代表……」

「……」

 

だから、そんな目で見ないでほしい。自分は君らみたいに、才能も無ければ、意思も無くこの場に居るのだ。

 

「……皆は……皆はどうしたい?」

 

卑怯な問い掛けだ。

だが、力も無ければ知恵も無い。そんな自分が何を決めて、何をどう出来るというのだ。

誰かが居なくては、京極・すみれは何も出来ない。

 

「代表はどうしたいの?」

「え?」

「私達は、今の五組が好きだよ。だって代表、私達の好きにさせてくれるじゃん」

「そうそう、代表が私達の中で一番弱いのに、何でか代表の言う事には、誰も反論しないよね」

「だって、私達(落ちこぼれの五組)の代表だよ。私は一人でもついてくよ」

「じゃ、私も」

「私も私も」

 

賛同の声が重なっていく。ただ間に合わせの代表、口が上手いだけの無能、上級生や一部の教員から、そう言われている事は知っていた。

だから皆、同じ様に思っている。そう思っていた。

 

「さて、同志京極。どうするかね?」

「私は……」

 

どうしたい。

どうすればいい。

逃げればいい。

戦わなければいけない訳ではない。

だが、逃げればまた無くす。

また繰り返すのか。

 

「代表、逃げるなら、私達は皆一緒だよ」

「……分かったよ」

 

京極は一度目を閉じ、息を吸い込んだ。肺の中身を入れ替え、新たな言葉を一気に吐き出した。

 

「行こう皆。私達は強くないし賢くないけどただ負けるだけじゃないって事を見せてやろう。だけど私だけじゃそれは出来ないからお願い手伝って……!」

「決まりであるね。一組副代表、五組も参戦である」

 

これで一年全員が参戦する事になった。

これからの戦いに、意気揚々とした歓声の中、誠一郎が安心の吐息を吐けば、隣から声を掛けられる。

 

「お疲れ様、誠一郎」

「箒、流石に疲れたよ」

「ふむ、なら今日は私が労ってやろう」

 

さて、何をしてもらおうか。

考えるが、まだやる事は山積みだ。自陣営の強化に二年三年への協力要請、そして倉持とのエキシビションマッチと、周辺機関や国家への根回し。

政治に関しては、〝HAI〟や学園の大人達が何とかするだろう。

 

「一組副代表、話がある」

「マルファ・ノブツカヤか、国か?」

「そうである。国連が知っていて欲しがるという事は、他の国も同様ではないかね?」

「家の出向技術者がな、何やら〝偶然〟不思議なファイルを見付けて、そして〝偶然〟それを開いて、〝偶然〟中身を見たら、何故か〝偶然〟こちらへ送信して、そしたら〝偶然〟家の担当官が〝偶然〟知らせてくれてな?」

「米国かね?」

 

中々鋭い。恐らくだが、近い内に何かしらの動きがある筈だ。それまでに、やれる事はやっておこう。

だが今は

 

「鈴、準備は?」

「済んでるわよ」

「なら、これより結成式として、学園祭のメニュー試食会を行う。経費は〝HAI〟持ちだ。好きに飲んで食え!」

 

子供らしくばか騒ぎをしよう。悩むのは、明日からだ。

誠一郎は箒とセシリアに手を引かれながら、子供らしく笑った。




次回?
一夏、自由の複数形を踊る
アメリア強化
小暴龍VS剣神


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祭りの前夜 配点¦(実は今が一番楽しかったり)

まったくと、迫り来る弾幕を回避しながら、傭平は右腕を振り抜いた。

色々と言いたい事はあるが、今は迫る質量弾をどうにかしなければ、色々と何も言えなくなってしまう。

打撃に防御に捕縛と、多岐に渡る役割を持つクローで、質量弾を掴み、そのままの勢いで体を回し、それを投げ返す。

 

「ふぅん、結構いいわね。これ」

「結構いいわね、で済ませないでほしいんですガ……」

 

割りと、というレベルでなく辛い。というか容赦が無い。

学園祭の準備に追われていた筈なのに、何をどうして砲火に晒されねばならないのか。

よくよく考えるが、傭平の極々平凡な思考回路では、今の難解な状況への答えは出ない。

兎に角、今は目の前に迫るアメリアを、どうにかしてどうにかするしかない。

 

「振りが遅れる、訳でもないわね」

「いや、ちょっ!」

 

風を切り、快音と共に武装腕に叩き付けられたのは、装飾の少ない二本の長剣。

まるで、独楽の様に体を回して、絶え間無く、その刃が多方向から迫り続ける。しかし、それだけに気を取られる訳にはいかない。

 

「やっぱり、扱いが難しいわ」

 

大小二門、合わせて四門の砲口が、常にこちらを狙い、隙あらば質量弾を撃ち込んでくる。

 

 

兎軍人¦『ははは、どうだ。ドイツの最新型武装は』

雇われ¦『ボ、ボーデヴィッヒさん! これやり過ぎですヨ……!』

兎軍人¦『なに、気にする事はない。……死にはしない』

雇われ¦『あ! テンション上がってますネ?!』

兎軍人¦『はっはっはっ、我が祖国の砲火に沈めぃ……!』

 

 

ラウラはもうダメだ。

ディスプレイを閉じ、傭平は腰部装甲内蔵型の大型ナイフを抜き、アメリアの連撃を捌いていく。

 

「流石に、この装備でこの距離は、慣れないと厳しいわ」

 

しかも、相手はあの仙波・傭平。公式での実績は無いに等しいが、先日の試合で実力は理解した。

高い身体能力と身体操作技術、本能で己の動かし方を理解しているアメリアと違い、長い訓練で培った能力と技術で、傭平はアメリアに追随する。

しかし、アメリアに技術が無いのか。それは否だ。

 

「慣れないと厳しいなら、慣れればいいのよね」

 

本来、両手で振るう筈の長剣を片手で、それも二刀を易々と扱い、更識と仙波の剣術を修めている傭平を、次第に押し始めていた。

大きく細かく、緩急の激しい動きから、細かく緩やかな、流れる様な滑らかな動きへ、ナイフから剣を振るう動きへと変わっていく。

 

――冗談でもキツイですヨ……!――

 

修練し、修めた動きというのは、そう簡単には変わらない。その内に修めていたのであれば、動きを切り替える事は出来る。

だが、アメリアは変化した。ナイフから長剣へ、形も違えば、長さも重さも、扱う動きすら違う。まるで、最初から知っているかの様な動きだ。

 

 

弾薬庫¦『機体も新型、〝アイゼン・リッター(ツヴァイ)〟。軽量級の格闘機、テンペスタより出力が高い筈なのに、動きに迷いや違和感が無い。……天才って居るんだね』

一季 ¦『ドイツ製準第三世代兵装〝ファフニール〟と〝ファフニール改〟か。……あれ、エグくね?』

兎軍人¦『個人的には、〝グラム〟にも注目してほしいんだがな。腕利きの刀剣職人による業物だぞ』

セシー¦『イグニッションプランによる技術供与の産物、ドイツ製BT兵器。もう少しスマートに出来ませんでしたの?』

 

 

叩き付ける様な爆轟、ヘカトンケイレスの最大火力による一撃。並みの軽量機体なら、一撃で撃破判定となる爆炎の中から、それは悠然と姿を現した。

強いて言うなら、恐ろしく重厚な十字架。傷はおろか、跡すら残らない頑健な装甲に覆われた、大小四門の自律砲。

小口径を〝ファフニール〟、大口径を〝ファフニール改〟。シュヴァルツェア・レーゲンのレールカノンと、同口径のファフニールを常に動かし続け、それを超える大口径のファフニール改は、常に自分の周囲で防護に回す。

イギリスのBT兵器より簡略化され、細かな動きが出来ないという欠点はあるが、有り余る火力と装甲防御力が、その欠点を完全に打ち消している。

 

 

兎軍人¦『さて、どうだ新人(ルーキー)?』

あめり¦『悪くないわ。強いて言うなら、動きの遅さね』

兎軍人¦『そこは技術でカバーしてくれ』

あめり¦『そうね。なら、こうしようかしら』

 

 

まず、細かな動きは諦めた。四門共に自分よりも巨大なのだ。それに可能とする関節や機能も無い。

ならばと、アメリアは動きを定めた。単純に単純な動きが出来る様に、四門の動きのパターンを作った。先ずは、相手の動きを制限する為に、四門全てで取り囲む。

仮だが、悪くない出来だ。

 

 

Oまり¦『うわ……、アメリア友達無くすよ?』

あめり¦『グレースに引かれるのは、少し驚いたわ』

侍娘 ¦『というか、中々に使い方に容赦が無いな』

あめり¦『武器や道具は使って価値があるわ。なら、私は徹底的に使い倒す』

雇われ¦『や、優しさ、優しさが欲しイ……』

あめり¦『そうね、なら、はい』

 

 

――それは優しさではありませン……!――

 

放たれた優しさは、四門同時砲撃。しかも、至近距離での同時砲撃。回避は不可能、唯一の回避ルートには、既にアメリアの姿があった。

回避しなければ、砲撃に撃たれ、回避すれば、長剣に断たれる。なら、回避しなければいい。

 

――根性ー!――

 

最も信頼する二人が用意した右腕、神に挑む巨人の名を冠した腕を、迫る質量弾に向けて振り抜いた。

 

「っ……!」

 

衝撃、武装腕が軋み、直撃したクローが撓む。

アラートが鳴り響き、伝わる負荷状況から、傭平は爆薬を装填、二発同時点火による大爆炎が、アメリアと傭平ごとアリーナを埋め尽くした。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

「さて、二人共。何か言う事あるかな? あるよね?」

 

にっこりと、オノマトペが浮かんできそうな笑顔を浮かべて、シャルロットが傭平とアメリアの二人を正座させている。

 

「試験結果はどうかしら?」

「うん、そうだね。〝グラム〟〝ファフニール〟〝ファフニール改〟、全て正常。ラウラ曰く、ドイツの担当官も満足してたって話」

「あら、ならいいわ」

「ならいいわじゃなくて、よくないんだよ……!」

 

シャルロットが叫ぶ。背後では、クローと装甲が破損したヘカトンケイレスと、砲口が裂けたファフニールが、一年整備課総出で修復されている。

防弾の直撃と炸薬の同時点火により、ヘカトンケイレスは第二クロー、薬室に内部撃鉄、放熱板と爆炎放出口が、過負荷により破損。ファフニールは爆轟の直撃を受け、熱と圧力が内部負荷限界を超え、砲口から内部砲身まで裂けてしまった。

両機共に、機体自体はほぼ無傷であり、破損した武装もパーツの交換だけで済む。

だが、

 

「分かってるの? 時間に余裕はないんだよ?」

「だからこそ、やる必要があるのよ」

「それはそうなんだけどさ……」

 

今、誠一郎達が各国各機関と交渉し、来る運命の日を調整しつつ、国連の外堀を埋めている。鈴音や一夏達は学園祭の準備に走り回っている。

そして、シャルロットや傭平に簪達は、生徒に回す装備や、自分達の武装の調整、各課の折衝の最終段階に入りつつあった。

 

「聞いた話によると、米国も怪しい動きをしているみたいね」

「ああ、あれ本当でしたカ」

「フランスからも、気を付けろみたいな話が来てるし、誠一郎達は国連と、簪は倉持ともめてるしさ……」

「……他にもテストしないといけないものもあるし、今はこの位にしておきましょうカ」

 

〝HAI〟から搬入されてくる機体や武装、物資は日に日に増えている。鈴音達も、手すきの者達を適宜回してはくれているが、現状は厳しいままだ。

 

「一夏も定期点検で、白式を整備課に預けてるし、誠一郎の機体も最終調整で〝HAI〟。学園内は半分お祭り騒ぎだし、今何かあったら大変だよぉ」

「心配し過ぎと言いたいけど、国連が暮桜を欲しがるなら、あの国も同じね」

「何かちょっかいを掛けてくる可能性は、充分にありますよネ」

 

 

Oまり¦『取り敢えずさ、私のテストいい?』

セシー¦『データはこちらでチェックしてますわ』

侍娘 ¦『準備はいいな。では、英国式準第三世代兵装〝ミスチビアスフェアリーサプライズボックス(イタズラ妖精のびっくり箱)〟の動作テストを開始する』

 

 

溜め息を吐く三人を他所に、アリーナで来季には、英国の代表候補生となるグレイシアの、準第三世代兵装の動作テストが行われていた。

 

「こんな日が続くだけならいいのにね……」

 

秋の青空の下、窓から空を見上げたシャルロットの呟きに、誰もが言葉を発さず、しかし頷いた。



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端っことか、そこら辺 配点¦(変わり者は大体そこにいる)

ばびにく、なる言葉があるらしいですね。

つまり、バッカルコーンビニール肉


揺れるものがある。犬の様な、猫の様な、獣の尻尾のように揺れる黒い髪。シャルロットが目で追うそれは、傭平の結んだ髪だ。

うなじの辺りで結ばれた髪は、髪質かあまり長くないが、吹き込んでくる風によく揺れている。

最近は、伸びてきたからか、ますます猫の様に揺れている。

 

 

御曹司¦『首尾はどうだ?』

弾薬庫¦『う~ん、ちょっとマズいかな?』

雇われ¦『純粋に、織斑クンと相性悪いですネ』

龍母 ¦『一夏は一撃当ててから繋げていくから、当たらないと空振るし、間に入られると調子ずれるのよね』

侍娘 ¦『そこは雪片弐型の形状から、仕方ない事でもあるな。最初期の刀型から、今は大剣型。芯がずれれば、どうやっても体が振られる』

首領飾¦『でも、それを何とかしないと、これからは話にならないよ』

 

 

簪の言う通り、これからのIS学園は、紛れもなく世界を相手にしようとしている。

そして、その分岐点となる学園祭が、もう間近に迫っている。その分岐点を越えれば、待っているのは〝神〟〝戦乙女〟〝世界〟だ。

だから、言ってしまえば、こんな所で躓いている暇は無い。しかし、ここはIS学園。

世界中からありとあらゆる人材や機材、文化その他諸々が、日に日に集まってくる場所だ。

そう、言ってしまえば世界の縮図、人材と文化の闇鍋、年月に煮込まれ煮詰まり、この十余年で一、二を争う味付けの濃い世代。

それが今現在の在校生だと、教員達は口を揃えて言う。

 

 

兎軍人¦『しかし、一夏の奴は何をしている?』

セシー¦『あら、映像いってませんの?』

兎軍人¦『レーゲンは今、点検中でな。今は文字だけだ』

セシー¦『ならば、今一夏さんは、北条先輩と相対中ですわ』

 

 

映像繋ぎますね。そうセシリアからの通信を受けて、ラウラが空間投影ディスプレイを開き直すと、細身な打鉄を纏った女が映る。

改造機、防御に勝る打鉄は、その装甲を支える為の関節機構の頑健さと、柔軟性のバランスも特徴の一つだ。装甲を削る事で、その関節のバランスを生かし、近接戦闘時の対応力の底上げを図っているのだろう。

ラウラはそう考えたが、次の瞬間、何か違和感を覚えた。

 

 

兎軍人¦『なんだ? 今、一夏の動きがズレたか?』

雇われ¦『タイミング、外されてますネ』

侍娘 ¦『北条先輩の得意技だ。古武術の縮地を、あの人はIS装備でやる。しかも、あの人は体幹を崩さず、それをやる』

セシー¦『つまり、どういう事ですの?』

雇われ¦『人間、ある程度武術や技術を修めると、体幹のブレを無意識に意識して、相手の動きを読みまス。ですが、体幹にズレが無いと、その距離感に誤差が出るんですヨ』

侍娘 ¦『距離感を狂わされ、気付けば目の前に居る。私が知る限り、あの人から一本を取れたのは、生徒会長と織斑先生だけだ』

 

 

(ぬめ)る様な、(すべ)る様な、一夏の視覚が捉える動きは、直線的な気配をまるで感じない。

こちらの太刀筋に合流するかの如く、間合いに入り込んできては、こちらを観察する様にして、また離れる。

先程からこれの繰り返しで、一夏に僅かな苛立ちが生まれる。

話には聞いていたが、厄介な話だと、一夏は白式が送ってくる情報と、己が得た情報を擦り合わせる。

動きの起こりと終わりに波が無い。動き始めると同時に、加速の波も無く、最高速に到達し、一夏の間合いに入り込む。否、居る。

 

「うん? さっきから、反応が鈍いね?」

「北条先輩こそ、さっきから攻撃してこないけど、まさかビビったり? そこんとこどうよ?」

「そうだね? じゃあ、ちょっと攻撃してみようかな?」

 

また目の前に現れる、という事は無く、ゆっくりと腰を落とし、左手を腰に佩いた刀の鞘に、右手を柄に、鯉口を切って、一夏を見据える。

居合い、まだ篠ノ之道場に通っていた頃、箒の父である柳韻に見せてもらった事がある。

感想としては、間合いに入ったら終わる。いやもう、あの時は死ぬかと思った。

指先が数ミリ、間合いに入った瞬間に、両断の一撃が飛んできた。

受けた竹刀が破砕する様な一撃だった。しかも、破砕した側は無傷。そして、娘二人からビミョーな視線を受けた師範が、奥方から脇固めを極められながら、こちらに説明してきた欠点は、

 

「抜き終わりを狙うなら、この距離はどうかな?」

 

空振らせて、抜き終わりを叩き斬れ。

どうしてこう、バーバリアンメンタルなのか。否、今はそんな事どうでもいい。

また、傭平の様な糸目が、こちらの間合いの内側で、己を見ていた。そして、これまでとの違いは、既に刃が鞘から見えているという事だ。

 

「あれ? よく受けたね? もしかして、これ知ってる?」

「……あっぶなっ」

 

雪片弐型の柄で受けた両断は、柄の半ばまで刃を食い込ませていた。

反撃、一夏がそう判断し、体を動かした瞬間だった。

 

「じゃあ、これは知ってるかな?」

 

食い込んでいた刃が、いつの間にか鞘に納まり、一瞬で放たれていた。

一夏はそれを、今度は刀身で受けた。鋭い衝撃に身を引き締め直し、力と重量に任せて、北条を弾く様に引き剥がす。

擦れ合う刀身が火花を撒き散らし、反撃に出た一夏を、北条は細い目を僅かに開き、間合いの外に居る一夏目掛けて、刀抜き放った。

一夏だけでなく観戦組も、その行動を疑問した。だが、その疑問は一瞬で、大剣を振りかぶっていた一夏ごと断たれた。

 

 

首領飾¦『説明ッ!』

セシー¦『箒さーん!』

侍娘 ¦『いや、待て。え、待って。……何、今の?』

弾薬庫¦『空振ったら、一夏が吹っ飛んだよ?!』

雇われ¦『早瀬クーン、情報!』

御曹司¦『あ? 何かあったのか?』

龍母 ¦『見てないわよこいつ……!』

御曹司¦『あ! 一夏、何を吹っ飛んでる! お前負けたら、面倒なんだから勝てよ……!』

約全員¦『お前大概だな……!』

あめり¦『あら、何か賑やかね』

Oまり¦『いや~、アメリアそれ違うかも』

兎軍人¦『兎に角、情報だ。何か無いのか?』

 

 

投影ディスプレイに流れていく文字を見送り、一夏は白式から送られてくる状況から、何が起きたのかを推理する。

 

「……イリュージョンか?」

「そう思うなら、それでいいよ?」

 

背部スラスターを吹かし、打ち付けられた壁面から、若干無理矢理に脱出する。

牛鬼(ぎゅうき)北条・督乃(ほうじょう・とくの)

呼び名の謂れは、左右非対称の牛の角の様なヘッドセットと、ゆっくりとした喋り方や雰囲気とは、まるで違う容赦の無い攻めからきたと言われているが、彼女自身の情報は少なく、いつも疑問符が付く喋り方で、道場の隅で部員達を眺めている変な人。箒から得られた情報は、体捌き以外ではこれだけだった。

 

「何か凄い事するつもりらしいけど、ちょっと期待外れかな?」

「いやいや、まだまだこれからって話だ」

 

打撃ではなかった。斬撃であった事は、破損した装甲と、白式からの情報で確かだ。

 

『イタイノー』

「すまんが、もう少し我慢してくれ」

 

白式から抗議が来るが、現状どうにも出来ない。

食らった一撃は打撃ではなく斬撃、しかし違和感がある。北条の刀は当たっておらず、北条が使っている武装は刀一本だ。 

190cm近く、スラスターで加速していた一夏を、居合いの一撃で弾き飛ばせるとは思えない。

そして、破損箇所と規模、刀の軌道が合わない。

白式の計算では、北条の居合いの軌道より上、腹より脇に近い位置から、その一撃は飛んできた。しかも、細い刀身からでは、不可解な程に破損箇所が広く深い。

これは一体どういう事なのか。

一夏は一つの仮説を元に、再び北条へと突撃した。

 

「あれ? 正面から来るんだ?」

「答え合わせってやつだ」

「そう? なら、答えがあってるといいね?」

 

まずは上段から振り下ろし、薙ぎ払いに繋げる。視界の中心には、常に北条を捉え、動きを見逃さない様に距離を詰める。

一夏の仮説では、先程の一撃を放つには、ある程度の距離が離れている必要がある筈。

 

「うん? まあ、まずは合格かな?」

 

言った言葉と共に、再び不可視の一撃が放たれた。



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なら、真ん中に居るのは 配点¦(大体変な奴)

前半のネタのせいで、次回に続きます。

今回のネタは終わクロから、ほぼそのまま持ってきてます。あの流れが好き。


「いや~、織斑君頑張ってますねー」

 

そう言えば、大剣を振るう白と、それに追われる鈍色があった。

 

「北条相手にあれじゃ、これからはちっと厳しくないか?」

「え、まだまだこれからですよー」

 

何がと、画面に視線を戻してみると、機殻(カウリング)された大剣が、次第にその勢いを増していた。

 

「漸く調子が出てきましたよー」

 

間延びした口調を見れば、何時もと変わらぬ顔がある。

 

「先生が教えてますから、あれくらい当然ですよー」

 

嗚呼、忘れていた。この忘れ物と遅刻の常習犯も、〝銃央矛塵〟と謳われた第一期生(キチガイ)の一人なのだ。

 

「加速が乗り出した織斑君は、中々に面倒ですよー」

「なら、いいんだがね」

「あれあれ? 榊原先生、やけに織斑君の肩を持ちますね?」

 

何やら勘繰る様な視線が向けられるが、他意などある訳も無く、しかし腹が立つので、顔面を掴んで絞り上げる。

 

「いたたたたたっ! ち、ちょっと、先生出ちゃいます……!」

「喧しい、珍しく警務課の訓練に顔を出したと思ったら、デスクワーカーは良いよな。気楽で」

「あああああ、でも実はそんなに気楽でもー、って、ほああああ! ほああああっ!」

 

叫ぶ余力があると判断し、握力を緩めないまま、訓練計画に目を通し直す。

計画自体は順調であり、多少の個人差はあるものの、問題は無いに等しい。今は、教官役のマリア・道明寺に、要訓練とされた者達が、規則正しく並んで立っている。

 

何故か、スーツにネクタイと革靴という重装備でだ。

 

榊原が何事かと、右手の握力を一気に絞っていると、銀縁眼鏡の位置を直し、ネクタイを締め直したマリアが、〝たのしいランニング〟と書かれた教本を脇に抱えて、

 

「では、生徒の皆様。本日より国連公認特殊独立教育機関IS学園警務課は、秋期特別訓練期間に入らせていただきマス。(ワタクシ)、毎度恒例訓練教官を務めます〝マリア・道明寺〟と申しマス。先生、難しい事は何一つ言いまセン。先生が何かを言ったら、はい先生(イエス・ティーチャー)と答えなサイ」

はい先生(イエス・ティーチャー)

 

返事に道明寺が頷くと、中の一人が手を上げた。

秋とはいえ、例年の異常気象とやらで、まだ少し夏の暑さが残る中、籠った熱で額に浮かんだ汗が、一筋流れ落ちた。

 

「はい先生! 質問宜しいでしょうか!」

「……御質問は認めていませんが、最初だけですカラネ?」

はい先生(イエス・ティーチャー)! ――何でスーツ着て、不気味敬語なんですか? 馬鹿かよテメエって言っていいですか!?」

 

対する道明寺は、汗一つ流すどころか、その気配すら見せずに、また一つ頷いた。

 

「実は、昨年の富士山~樹海往復合宿で、私は嘗て所属しておりました部隊方式の訓練を行いマシタ。樹海では罵詈雑言を浴びせかけ、富士山ではエロソングを皆で楽しく輪唱しながらマラソンしていましたところが、現二年の水色が不必要な反骨心を溢れさせマシテ」

 

吐息して、

 

「まあ、完膚なきまでにのしましたら、ちょっと上からお叱りを受けた訳デス。……そこで私は反省して、私の落ち度を省みた結果」

 

眼鏡の汚れを拭き取り、掛け直す。

 

「なので今、訓練は生まれ変わりマス。ワイルドかつヤンキーから、スマートに知的に行儀良く! 訓練フォーエバー!!」

「…………」

「おや、御返答がありまセンネ?」

「……はい先生(イエス・ティーチャー)

「御声が小さいデスネ?」

はい先生(イエス・ティーチャー)!」

「ではもう一度」

「ぅはい先生っ!!」

「はい、じゃあ、お~おき~なこ~へえでぇ~、さん、ハイっ!!」

「は~いぃ~先~生~!!」

「良く出来マシタ! では皆様、これから学園を五周ほどランニングで回りマス。一列になって、遅い人が先頭デス。……ランニングのコツは知っていマスカ?」

「はい先生」

「言えマスカ?」

「はい先生!」

「実は知りまセンネ?」

「はい先生!」

 

正直で宜しい、道明寺はもう一度眼鏡の位置を正し、

 

「ランニングのコツは、イ・カ・レ、デス。イは急げのイ、カは加速のカ、レは連続ダッシュのレデス。護らないと、また明日もこの流れをしますカラネ?」

「はい先生! ちゃんとイカレます!」

「では、まず先頭はそこの貴方から一列ニ」

「はい先生!」

 

答えたスーツ姿が、逃げる様に猛然と走り出した。次のスーツが慌ててついていけば、次も次もと走り出した。

そして、最後に道明寺が走り出し、

 

「では皆様、連帯感を高める御歌を歌いましょう。先生の後についてきて下さいね」

「はい先生っ!」

「咲~いた~。咲~い~た~。ターゲットのぉ花がぁ~」

「咲~いた~。咲~い~た~。ターゲットのぉ花がぁ~」

「並んだ~。並んだ~。ア~カ、黒服~、白装束~。どーのー花見ても~Yeehooー!」

「並んだ~。並んだ~。ア~カ、黒服~、白装束~。どーのー花見ても~Yeehooー!」

 

声と足音が遠ざかっていく。はて、あんな訓練を組んだかと、榊原は首を傾げるが、まあ、どうでもいいと、動きの無くなった右手に注意を戻す。

 

「おぉう、お花畑見えましたよ……」

「常日頃、頭の中そうだろうに」

 

右手を離し、空間投影ディスプレイに再び目を向ければ、ついに北条の秘密に気付いた様だ。

 

「ほらほら頼むぞ。こんなユルい職場、無くす気は無いんだ」

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

「……うん? やっぱり少し面倒だね?」

 

北条が刀を鞘に納め、肩を回す。まったく、面倒な話だ。

 

「……成る程、つうか、やっぱか。」

 

最早、使い古された手品でしかなく、何度も繰り返せば、当然バレる。

 

「ま、流石は俺ってところか」

「いやいや、それは言い過ぎじゃないかな?」

 

ゆるりと、何時もと変わらぬ足で、間合いに入り込む。

まだ余力は有りそうだが、脳天にこれを落とせば、流石の大男も、機体の保護があっても気を失うだろう。

そう思い、北条は変則の居合いを、一夏の脳天目掛けて放つ。体を半身に、肘を落とす軌道で、ヘッドセットごと額を割るつもりの一撃。

手品の種は割れても、技は割れていない。〝北条〟の技はいまだ健在だ。

 

「……本当に面倒だね?」

「手品って言うには、ちょっとあれじゃね? そこんとこどうよ?」

 

言い切るか否かというタイミングで、再び納刀、と同時に抜刀。しかし、断てない。

幅広の白の大剣は、確かにこちらの刃を受け止め、最早隠されていない隠し種も、同様に受けられた。

何の事は無い。北条の隠し種は、ただ半具現化させた大型実体剣を、己の動きに合わせて射出するというもの。

 

「倉持製準第三世代特殊武装〝富嶽百剣(ふがくひゃっけん)〟、専用武装持ちだったって話か」

「……私が勝負を仕掛けてきた時点で、気付いていた癖に、白々しいね?」

「確認と言質は大事だって、副代表に言われてるもんでな」

 

北条の背後から、僅かばかりに紫電を放ちながら、左右三対、合計六個のコンテナが姿を見せた。しかし、それはただのコンテナではない。

〝富嶽百剣〟の名が示す通り、コンテナの前面部には、大小様々な刀剣が納刀されている。

 

「後、それだけじゃねえだろ?」

「なんでそう思うのかな?」

「射出された刀剣を、PICで制御しているだけにしては、何回かやけに重たい一撃が飛んできてた」

「あの刀かもね?」

 

北条が親指で指し示す刀剣は、機殻された雪片弐型と同等の刀身を持ち、確かに一夏が言う重い一撃を放てるだろう。

だが、一夏は首を振り、それを否定した。

 

「違うな。あれは撃ち出した一撃じゃない。明らかに振り抜いた一撃だ。そこんとこどうよ?」

「……〝百鬼石燕(ひゃっきせきえん)〟」

 

霞の中から帳を突き抜ける様に、鎧に覆われた腕が、刀を抜き打ち、一夏を狙う。

直撃すれば危うい、しかし一夏は回避せず、歯を食い縛り雪片を振り抜いた。

激突、破砕に近い金管を纏めて、叩き付けた様な音が響き渡る。

鍔迫り合う一夏に、北条は目を見開き、彼はそれに笑みを返す。

 

「驚いたね?」

「どっちの意味か、ちょっと分かんねえ。けどよ、こちとら鈴の拳を受けてんだ。この程度で、負けるかって話だ……っ!」

 

そこまで言ったところで、北条の動きに変化が現れた。のらりくらりとした動きから、一変してこちらの首を取りに来る。

 

「そっか? じゃあ斬らないとね?」

 

変化は動きだけではない。高速の居合いと刀剣射出、それに加えて、北条の背後に現れた下半身の無い鎧武者が、一夏に両断の刃を浴びせてくる。

顔が無い、というより簡略化された、何処か髑髏に似た模様が刻まれ、体も鎧から見える中身は、ほぼフレームだけだ。

 

「ああ、そうだ? 勝った時の条件を決めてなかったね?」

「俺が勝ったら剣道部は従う。負けたら剣道部は従わない。じゃあないのか?」

「そうだね? じゃあ、私が勝ったら更識・簪の専用機、権限を破棄してもらおうかな?」

「それは……!?」

 

一夏が息を詰め、北条が力無く肩を竦める。

 

「まあ、私も所属は倉持だしね? 派閥は篝火だけど、ちょっと色々立場があってね? これくらいの旨味は欲しいかな?」

「おいおい、ちょっと待てって……!」

「待たないよ?」

 

 

首領飾¦『私は構わない』

雇われ¦『ボス?!』

弾薬庫¦『ちょっ、簪いいの?!』

首領飾¦『元々、北条先輩に負ける様じゃ、これから先は無理。だから一夏、ただ勝て』

 

 

振り下ろされた大太刀の腹を、殴り付ける様に雪片を叩き付ければ、簡単に砕けた。

どうやら、刀身の強度そのものは、それほど高くはないようだ。

ならばと、一夏は歯を剥いて笑った。

 

「悪いな、北条先輩。あんたの立場ってのが、一体どんなものなのか、俺は知らん。だけどな、勝てって言われちまったからには、勝つぜ」

「そう、そうか? なら、来なよ? 百鬼百剣、富嶽背負う武者髑髏、越えられるなら越えて見せなよ?」

 

再び居合いの構え、違うのは背後に浮かぶ剣林と、身を持たぬ鎧の武者髑髏。

分厚い壁だと、一夏は大剣を肩に担ぎ、正面から突っ込んだ。



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それを越える意味 配点¦(越えなきゃ赤点ですよー)

長いよ


まるで、姫武者だな。

城塞の如き剣林に囲われ、百鬼を振り払う武者髑髏に護られ、しかし己も剣を振るう。

 

「ほらほら、何とかしないとじり貧だよ?」

 

判ってはいるが、手が足りない。

富嶽百剣の刀剣射出による弾幕に、それに紛れて放たれる百鬼石燕の一撃、そして北条自身の居合い。

その何れもが必殺の威力を持っている。受け続ける雪片弐型の機殻(カウル)にも、深々と傷が刻まれていく。

 

「さあ、どうするのかな? このままだと、私は楽だけたどね?」

 

 

首領飾¦『勝てと言ったが、流れマズくないかな?』

セシー¦『流れ変わりませんの?』

侍娘 ¦『一夏が負けたら、次は誠一郎か』

御曹司¦『一夏、勝て。頼むから、今はこれ以上仕事を増やしてくれるな……!』

龍母 ¦『何か切実なのがきたわね』

兎軍人¦『しかし、どうする? 白式では、少しばかり相性が悪いぞ』

弾薬庫¦『強引にでも斬り込む? 一夏と白式なら、耐えられる筈だよ』

雇われ¦『いやそれだと、鎧の一撃に耐えられませんヨ』

 

 

白式は近接型の機体で、装甲は厚くないが、その強度は高く、SE(シールドエネルギー)も他の機体に比べて多い。機動力も、水準以上のものを持つ。

だがそれでも、北条の連撃の前では意味を為さない。

北条の剣撃は、線でも点でもなく、面となって襲ってくる。

 

――さて、どうするよ。俺――

 

中遠距離の装備は、白式には無い。あるのは大剣型に機殻した雪片弐型のみ。

対する北条は、刀剣射出による広範囲、武者髑髏の巨躯による中距離、そして本人の近距離と、同じ刀剣だけでも多様な戦い方を見せてくる。

 

「うん? どうしたのかな? もしかして、降参だったりするのかな?」

「まさか、今に待ってろって話だ」

 

 

一季 ¦『よし、何かいい案頼む』

約全員¦『他人任せかよ!』

一季 ¦『いや、そうは言うけどよ。あれ、どう崩すって話だよ』

御曹司¦『手応えはどうだ?』

一季 ¦『正直、薄い。振り回してるこっちの手が痺れる』

侍娘 ¦『振り抜き様はどうだ?』

一季 ¦『刀一本ならやれるが、後ろのコンテナから何本飛んでくるか分からねえ』

セシー¦『後ろの髑髏もですわ。北条先輩の動きに追随するタイプの様ですが、果たして本当にそうなのか』

あめり¦『でも、離れていては、一組代表に手はないわ』

Oまり¦『あれだね、もう斬り込むしかないね』

 

 

結局、剣一本しかない一夏では、突っ込むしかない。それしか勝ち目は無い。

だが、一夏は何か違和感があった。

それは北条の戦い方ではなく、北条の理由にあった。

 

「先輩、そう言えば何で、今回の相対を仕掛けてきたんだ?」

「……富嶽百剣は倉持所属だからね? 明らかに離反の動きがあるなら、牽制するのは当たり前だよ?」

 

 

一季 ¦『誠一郎ー!』

御曹司¦『迷わず来すぎだ。だが、話はある』

龍母 ¦『流石、どんな話?』

御曹司¦『北条・督乃の実家は、製鉄に関して、高い技術力を持つ鉄工所だった』

弾薬庫¦『だったって?』

御曹司¦『分かるだろう。高い技術力を持つ鉄工所の令嬢が、今は国有企業所属のテスター。つまりは』

 

 

「そういう事か」

「人の事を嗅ぎ回るのは感心しないよ?」

「情報通が居るもんでな」

 

単純な話だ。中小企業が高い技術力に目をつけられ、強い力を持つ企業に買われる。

よくある話だ。北条はISのハイパーセンサーにより、広かった視界で、背後の武装群を見る。

〝富嶽百剣〟は倉持技研作成の準第三世代武装ではない。

〝富嶽百剣〟は、背後の刀剣群と射出コンテナ、武者髑髏〝百鬼石燕〟と今の改造機体、これらが揃って初めて、〝富嶽百剣〟となる。

代々続く北条鉄鋼が鍛造した、新時代の刀と具足。しかしそれは、意図も容易く奪われた。

 

――兄さん――

 

必ず、必ず証明してみせる。この全ては、倉持ではなく北条の銘が刻まれるべきだと。

その為なら、憎き怨敵の名を語りもするし、後塵も拝するし、

 

「後輩の願いも潰すよ?」

「そうそう簡単に潰れる後輩かよ? そこんとこどうよ?」

「なら、それを潰せば証明になるかな?」

 

大刀の一撃を受け止め、飛び込む動きで受け流す。散る火花を尻目に、スラスターの出力任せに加速。

振り抜く。しかし、止められる避けられる。

動きの質が違う。一夏が直線型なら、北条は流線型、一夏の動きに沿う様にして、一瞬で懐に入り込む。

 

「ちっ」

「あれ? よく受けたね?」

 

雪片弐型自体は問題無いが、それを覆う機殻が軋みだした。これが終わったら、データの取り直しか。

ならばと、一夏は柄にあるトリガーを引いた。

 

「大袈裟な機殻(カウル)はその為?」

「他にも色々あるぜ!」

 

機殻の刀身部の峰に仕込まれたスラスターにより、一気に加速した雪片で、一夏は迫り来る剣林を薙ぎ払っていく。

動きに加減は無く、振り始めから終わりまで、常に全力で動いていた。

機体も体も軋み、大剣を振る腕から熱を感じる。推進剤も体も、そう長くは保たない。

短期決戦、一夏はそのつもりで動き、北条もその空気を感じ取った。

 

「せっかちだね?」

「生憎、やる事が山積みでな。遅れてちゃ、青春は待ってくれねえのさ」

「そうなんだ? なら、遅刻しちゃえ?」

 

百鬼石燕が両手に刀を握り、まだ開いていなかったコンテナのロックが開く。

今までとは比較にならない密度の刀剣が射出され、大刀の一撃も重さを増した。ここが勝負の分かれ道だ。一夏は歯を食い縛り、迫る刃の嵐の中を、雪片を頼りに突き進む。

 

「自分の願いを叶えるには、他人の願いを潰すしかないよ?」

「随分と、マイナスな考え方だな」

「じゃあ、どうするのかな? もしかして、他人の願いも抱える気かな?」

 

そんな事が出来る訳が無い。

願いとは、願望とは、言ってしまえば欲望だ。

ああなりたい。

こうしたい。

なら、どうしたらいい。

その為には、あれをしなくては。

そうするには、これをしなくては。

欲望を叶える為には、何かを犠牲しなければならない。

そして、その犠牲は己からか、または他人からか。

それを選んで、

選んで

選んで

選んで

選んで捨て去った先に、願望が見えてくる。

不純物を捨て去った果ての、欲望すら引き剥がした純粋なもの。

それが願望なら、今の自分が抱いているものは、引き剥がすべき不純物なのだろうか。

 

「……問うよ? 君は、ISが無ければ、こんな事にはならなかったって思う?」

「またいきなりな話だな。でもまあ、そんなもんだろ。後になって、あの時こうしてればって思うんだ。誰だってそうだ」

「随分と軽いね?」

「そうでもしなきゃ、やってらんねえだろ」

「そっか? ……でも、私は思うんだ。ISが無かったら、私はこうじゃなかったかもって?」

 

それはと、一夏の問い掛けは言葉にならず、意識外からの飛び込みで、北条と鍔競り合う。

 

「ISが無ければ、倉持に目をつけられなかった?」

「何を?」

「ISが無ければ、倉持に目をつけられなくて、北条は北条で居られた? ……ねえ、答えてよ?」

 

百鬼石燕の横薙ぎが、白式の左背部スラスターを破壊する。まだ右が残っていれば、白式の出力なら機動に問題は無い。

問題は北条だ。

 

「私達から、奪っていくISは、一体何なのさ……!?」

 

慟哭と言っても、何ら差し支えない叫び。そして、それと共に放たれる斬撃。

重い。このまま受け続けるのは困難だ。力に任せ、刀を押し返し、スラスターで加速した逆袈裟を叩き込む。

 

「おいおい、マジかよ」

 

今まで、北条の動きに追随するだけだった百鬼石燕が、大刀で雪片を止めていた。

 

「だからね、私は証明するよ? 倉持の名に汚されようが、敗者の戯れ言だと嗤われようが、……〝富嶽百剣〟は北条の銘が刻まれるべき刀だと!」

 

飲まれる。北条の気迫に、雪片を振るう腕の動きが僅かに鈍る。

そして、その隙を見逃す北条ではない。

 

「〝常陸〟、〝陸奥〟、国を興せ!」

 

浮かぶコンテナ群から、百鬼石燕が振るう大刀数十本が、一夏へ向けて放たれる。

ただ放たれるだけでなく、偏差射撃の様にタイミングをずらして、一夏を押し潰していく。

 

「おああ……!」

 

だが、一夏も止まらない。元より、一夏と白式に余裕は無い。なら、前へ出るしかない。

大刀群を打ち砕きながら、目を閉じた北条へと突き進む。

 

「〝越前〟、〝越中〟、〝越後〟、国を富ませ!」

 

大刀群を突き抜ければ、次は北条が残って太刀の群だった。コンテナ三つから射出される太刀は、確実に一夏を削り取っていく。

 

「〝備前〟、〝備中〟、〝備後〟、国を守れ!」

 

スラスターの加速による強引な威力増強、そして残る右背部スラスターを用いた瞬間時加速で、一気に北条へ肉薄するが、刀剣を射出し終えたコンテナ群により、防がれ弾き返される。

 

「〝丹波〟、〝但馬〟、敵を討て!」

 

大刀と太刀、それぞれの群が放たれ、一夏を飲み込む。

眼下にはアリーナ中に突き立ち、鈍い光を放つ刀剣群が林を作っている。

終わった。これを足掛かりに、倉持に認めさせ、そして世界に刻み付ける。

そう思っていた北条のディスプレイに、一つの名前が浮かんだ。

 

 

龍母 ¦『何処へ行く気かしら?』

牛鬼 ¦『おや? 次は君かな? 敵討ち?』

龍母 ¦『はあ? まだ終わってないのに、試合放棄するの?』

 

 

有り得ない。北条は否定するが、現実は希望的観測を否定する。

 

 

龍母 ¦『一夏は私の男よ。諦めは悪いし、バカみたいに頑丈だし、……問われたら答える男よ』

 

 

「〝筑前〟、〝筑後〟!」

 

残るコンテナから刀剣群を射出する。狙いは一夏が埋まっているだろう剣の林。

着弾は一瞬で、剣の林を砕き散らし、光を反射する雨粒として降り注がせる。

 

「まだ、まだぁ……!」

 

装甲は砕け、所々刀が突き刺さった機体で、一夏は大剣を振るい、出鱈目な加速で北条へと迫った。

予想外の速度に北条の反応が遅れる。だがそれでも、有利なのは北条だった。

 

「〝扶桑〟、〝武蔵〟、国を閉ざせ!」

 

数少ない、残るコンテナ群の中で、一際長大な二本の刀が射出される。

全長十メートル以上の長大な刀、しかし、刃には一切の曇りは無く、歪みも傷すら無い。これ程の業物、鍛造した者達の腕と、それを振るう北条の腕。

箒は見入り、ポツリと口にした。

 

 

侍娘 ¦『あれに斬られるなら本望』

弾薬庫¦『箒が物騒な事言ったー!』

 

 

喧しい。

一夏は迫り来る二本の巨大刀に向かい、雪片の柄を握り直す。

 

「まあ、色々あったけど、今の楽しさならいけんだろ。白式!」

『イケルノー』

 

加減は捨てた。一夏は柄を握り締め、トリガーを引き、リミッターを外したスラスターの加速と、再びの瞬間時加速で、巨大刀に突撃する。

 

「北条先輩! ISが無かったら、こうじゃなかったって言ってたけどよ! じゃあ、ISが無かった先輩はどうだったんだよ!」

「は?」

 

意味が分からない。ISが無かったらどうだった。

そんな事は決まっている。普通の中小企業の社長令嬢として、普通に学生をして、普通に就職するか家を継いで働いて、何時かは結婚して、そして終わる。

それだけだ。なのに、北条は言葉に出来なかった。

 

「それは、今と何か違うのかよ?!」

「知った、口を?!」

「今だって、少し変わってるけど学生して、そして就職する! そしたら俺は、鈴と結婚だ! 幸せ全開だぞ! どうしてくれる!」

 

 

龍母 ¦『あらやだ、一夏ったら。……どうしてくれるって、どういう意味?』

御曹司¦『恐らく、衝撃が脳にまで達したんだ。ああなっては、もう……』

龍母 ¦『何言ってんのよあんたはー!』

 

 

「だから、何を言ってるのかな?」

「分かれよ!」

 

分かるか。

早く終わらせよう。北条は百鬼石燕に残る大刀を握らせ、追い討ちとしようとした。その瞬間だった。

二本の巨大刀が、飛沫くように砕け散ったのは。

 

「ISが有っても無くても、俺は普通に学生やって、鈴と恋して、就職して二人で生きて、幸せになる!」

「変わらないって言いたいのかな?」

 

なら、私は?

自問するが、答えは返ってこない。北条の答えは、ISさえ無ければなのだ。

認めたくない。

だから、否定の一振りを放った。

 

「なら、私は何なのさ!?」

 

最高とは言い難い、感情に任せた稚拙な居合いだった。

だからだろうか。今まで、刃こぼれ一つしなかった愛刀が折れたのは。

 

「それは、あんたが決めるんだ。普通なのか、奪われたのか。あんたの今はどうなんだ?!」

 

呆然とする北条に、一夏は雪片を振り下ろす。

このままいけば当たる。だが、北条も学生とはいえ、剣を修めた身。反射的に、腰の鞘を抜き防ぐ。半ばまで割られながらも、鞘は雪片を受け止めた。

 

「答えが出ないなら、ここはあんた〝が〟負けろ」

「わた、しは……」

「……飛沫け、雪片!」

 

北条が受け止めた雪片弐型の機殻、そのブレードを固定する両側の装甲が開き、白い極光が叩き付けられた。

その光が何か。理解する前に、機体からのアラートが鳴り響く。

SEが見る見る間に消えていく。こんな事が可能なものは、世界に一つしかない。零落白夜だ。機殻内部で、刀身を形成させず、ただのエネルギーの塊として、吐き出したのだ。

 

墜ちる。負ける。

負ければ、証明出来ない。

北条の名を、刻めない。

 

「う、あ、……〝百鬼石燕〟……!」

 

苦し紛れだった。まだ刀を持つ武者髑髏の名を呼んだのは。

しかし、百鬼石燕は動いた。

動き、再び刀を振るい、一夏を斬るのではなく、雪片を防いだ。

何故、北条が疑問する。残るもう一刀で一夏を断てと、そう指示を出すが、武者髑髏はそうは動かず、刀を捨て、北条を飛沫く極光から守る様にかき抱いた。

 

そして、機体からのアラートが鳴り止んだ。

SEを示すグラフは0の数字を明滅させ、己をかき抱いていた武者髑髏も、最早動かない。

 

相対の結果は決まった。

 

『北条・督乃、SE残量0! この相対、織斑・一夏の勝利!』

 

審判による宣言を聞き、一夏は手の雪片を見た。

 

――結局、北条先輩には一太刀も、か――

 

最後の一撃、あれは当たる筈だった。否、最後だけでなく、肉薄し迫った時の全ての攻撃がそうだった。

だが、結果は零落白夜の飛沫を当てただけ。

 

「あんたがって言ったけど、成る程な」

 

もし物に意志があるなら、つまりはそういう事だ。

北条は、例え刀折れて、鎧が砕け武者が倒れたとしても、

 

「あんた〝が〟無事なら勝ち、か」

「え?」

「……さ、行こうぜ。俺らの情報通が、きっといい話を持ってる」

 

いまだ呆けたままの北条に手を貸し、一夏は観客席を見る。何故か、椅子やら何やらがひっくり返った観客席で、誠一郎が親指を立てていた。

 

「ま、成るように成るさ」

 

そう言う一夏を、北条は不思議そうに見ていた。



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騒げ騒げと言うなら 配点¦(理由は何だっけ?)

やっと、北条編が終わったよ。

というか、主人公は何処だ?
んン?
お前か?
それともお前か?!


しかし、それにしてもよく騒ぐ。

まだ、そう時間は経っていない筈なのに、どうしてこうも盛り上がれるのか。北条は細い目の奥に隠れた瞳で、整備課棟で騒ぐ一年生達を観察する。

 

奇行に走る者、奇言を叫ぶ者、奇声を発する者。

……奇妙な言動と行動しか取っていないが、今年の一年は大丈夫なのだろうか。

というより、これらの代表の一角に負けた自分は、一体どうなのだろうか。

 

「北条部長」

「あや? やあやあ、篠ノ之ちゃんじゃないか? どうかな?」

「どうかなって、私に聞きますか」

「うん、まあ、そうだね? ……でも、君達もだよ?」

「それは、まあ……」

 

一応、〝牛鬼〟と呼ばれる自分に、一年生が勝ったのだから、他の二年や三年は、何かしら動き出している筈だ。今年の一年は何か違う。様々な形で、何かしらの相対戦を挑まれる事になるだろう。

北条は、その事を忠告しておこうと思ったが、箒の反応に一先ずは止めておいた。

彼女がこれから発する言葉次第だ。北条が忠告するか、否か。それとも、恥を知らずにもう一度、戦いを挑むか。

 

「各々、準備はしていますよ」

「そうなんだ?」

「非戦闘系はそれぞれの分野で、私達は試合による相対戦をと」

「まあ、よしとしようかな?」

 

及第点だが、準備はしているなら、現状はよしとするしかない。

しかし、こうして話している間にも、周りはよく騒ぐ。

 

「一体、何をそんなに騒いでいるんだろうね?」

「牛鬼、そして武闘派とされる剣道部を味方につけた。それだけの事だ」

 

右脇にファイルの束を抱え、左に串焼きの山を乗せた、紙皿を持った誠一郎が、同じく串焼きの山を、紙袋に抱えた簪と現れた。

 

「それだけ? それだけで、こんなにバカ騒ぎをしてるのかな?」

「だとしたら甘い、という話なら聞かない」

「強情だね? 一応は負けたけど、名持ちの二年、顔を立ててくれる気はないかな?」

「なら、これから貴女を負かす」

 

脂とタレで口の周りを、汚すのを構わず、牛串にかぶり付き、簪が言う。

その背後の集団で、何やら一年五組の副代表が、ハラショーハラショー連呼しながら、やけにアカい旗を振り回しているが、あれは大丈夫なのだろうか。

 

「あれは気にするな。……じきに資本主義に飲まれる」

「中々危ういね?」

「そう、負かすついでに串焼き食べる?」

「……頂こうかな?」

 

色の着いていない鶏の串を一本取り、口に運ぶ。

 

――ぬ……?――

 

単純に塩胡椒かと思ったが、強く複雑な香りが鼻に抜ける。どちらかと言えば、和食が中心の北条が、あまり食べ慣れない味だ。

香辛料、それも香りの強いハーブ系統、それに強目の塩とレモン。

 

「強い味だね?」

「口に合わんか」

「ちょっと、味が強いから好みが出るかもね?」

「だそうだ。簪も食ってばかりでなく、少しはこういう感想をだな」

「カレー味は卑怯だね」

「ああ、特に焼いている時の匂いとかな。いや、まあ、そうなんだが……」

「君達はこんな感じなのかな?」

「まあ、こんな感じです」

 

好みは別れるが、嫌いではない味の串を片付け、次の串を手に取る。

次は素直なタレ味、少し甘口だが、万人受けする味だ。

 

「で、まあ、話だ」

 

串揚げの串を一本、口に挟み、誠一郎がファイルから一枚の紙を取り出す。

書かれていたのは、北条がよく知る人物達の名前だった。

 

「倉持傘下に納まった、北条鉄鋼。その中でも腕っこきの職人達の名簿だ」

「……これは?」

「ここに無い名前があれば、書き足せ。〝HAI〟が引き抜く」

 

北条の細い目が、一瞬だけ見開かれる。相手はあの〝HAI〟次期代表、今の発言が事実だったとして、その発言の意味を考えない訳にはいかない。

先ず第一に、何故職人衆だけなのか、何故経営陣が入っていないのか。

確かに北条鉄鋼自体は、倉持技研や〝HAI〟と比べれば、零細企業の枠に入る。人員も機材も、大企業がその気になれば、丸ごと飲み込める程度のものだ。

北条鉄鋼は、倉持技研の傘下に納まりはしたが、その経営自体は北条鉄鋼が執り行っている。

なら、この提案は

 

「うちを潰す気だね?」

 

北条鉄鋼を潰す提案だ。北条鉄鋼は、職人達の高い技術力で、小さいながらも大企業にも負けていなかった。

だが、その頼みの綱を引き抜くとなれば、それは実質的な死刑宣告に他ならない。

 

――結局は大企業かな?――

 

それが悪とは言わない。企業とは、利益を追及する存在だ。利益にならないと判断すれば、当然と切り捨てる。それが企業の正義だ。

理解していたが、まさかここで自覚するとは。

正直、期待していた分、落胆も大きい。

 

「何を勘違いしているかは知らんが、勝手に落胆されても困る」

「……?」

「いや、今のは誠一郎の言い方も悪いぞ」

「確かに。倉持に吸収された経歴の先輩に、今の言い方は無い」

「いや、しかしだな。事実は事実だし、変に隠すよりかは、はっきりと言った方がいいだろ?」

「その言い方が、ビミョーにはっきりしてないから、先輩甘ギレしてる」

 

ちょっと、〝備前〟〝備中〟〝備後〟は無事だから、叩き込んでもいいかな?

〝富嶽百剣〟は破損しているが、一部なら使用可能だ。

仮にも代表候補生、至近の刀剣射出に対応出来なくて、どうしてこれからを挑めるのか。

 

「はあ……、実際な話をするとだな。旧北条鉄鋼経営陣は、全員ではないが倉持技研に残るそうだ」

「何故かな?」

「新北条鉄鋼を潰させない、その為だ」

「新? 一体何を言っているのかな?」

 

新も旧も、北条鉄鋼自体は消滅していない。なのに、この話は北条鉄鋼が、完全に無くなる事を前提にしている。

この話は、一体何なのか。北条が思案を巡らせていると、誠一郎がまた一枚、書名を差し出す。

 

「職人達が、〝HAI〟の引き抜きを受ける絶対条件として、北条・督乃をトップに据える事だ。そして、これがその署名だ」

「それは……」

 

知っている。〝富嶽百剣〟も〝百鬼石燕〟も、全て鍛造した北条鉄鋼の職人達。その名前だ。

 

「旧北条鉄鋼から続く血統で、今現在動け継げるのは、貴女だけだ」

「それはそうだけどね? でも君は、引き抜きと言ったよね? 結局、〝HAI〟の傀儡企業にならないかな?」

 

――やはり、来るか――

 

予測は出来ていて、その答えも用意している。

 

「引き抜き、貴女が継いだ直後はそうだろう。だが、〝HAI〟はそこまで甘くはない」

「どういう意味かな?」

「確かに、北条鉄鋼を傀儡企業にすれば、技術やその産物、それらが生み出す利益を楽に手に出来る。しかし、それだけだ」

 

低コストで利益を得られるなら、それを選ぶべきではないのか。

なら、更に利益を得る為に、傘下企業に負担を強いる。しかし、それでは話が繋がらなくなるから、それも違うだろう。

だとするなら、彼は何が言いたいのか。

 

「いいか。俺は未来が欲しい。その未来には貴女達が必要だ。援助と支援はするし、それに見合う対価も頂く。だが、独立出来ると判断した時、新北条鉄鋼には独立してもらう」

「それは何故かな? 必要無くなるからかな?」

「違う。将来的に、新北条鉄鋼には〝HAI〟と肩を並べてもらうからだ」

「は?」

 

言葉が指す意味が理解出来なかった。零細と言っていい中小企業の北条鉄鋼が、世界的企業の〝HAI〟と肩を並べる。

それがどういう意味なのか。理解出来ない北条ではなかった。

 

「待ってほしいね? 北条が〝HAI〟と並ぶ? 一体何の冗談かな?」

「冗談ではない。北条鉄鋼には事実、そのポテンシャルがあり、今日の相対戦を見て確信した」

「確信?」

「〝富嶽百剣〟、そして〝百鬼石燕〟だ」

 

北条鉄鋼が鍛造した唯一無二の具足、それが並び立つ理由なるのだとしたら、これ以上に誇らしい事はない。

 

「それが貴女を負かす理由」

「私の敗北が、私の剣?」

「気付いてない? あの相対の最後」

 

覚えている。最後、〝百鬼石燕〟はこちらの指示を無視し、自分を守った。〝富嶽百剣〟も稼働していたコンテナが、自分を守る様に動いていた。

聞いた事の無い仕様だが、ダメージによる誤作動だろうと判断していた。

 

「あれは、北条が貴女を守る為だけに造ったもの。つまり、北条は北条・督乃さえ無事なら、それで構わないと判断していた」

「それは?」

「北条の具足が負けても、その具足が守った貴女が無事なら、北条は負けていない」

 

 

弾薬庫¦『えっと、どういう意味?』

雇われ¦『あ~、何と言いますカ。難しい話ですヨ?』

あめり¦『というより、話が長いわね』

Oまり ¦『まあまあ、アメリア。それが格好いいって思うのが、男の子なんだよ』

一季 ¦『妙な事言われてる気がする……』

龍母 ¦『でも、誠一郎には当たってるかもね』

侍娘 ¦『弁護したいが、当たってるからなぁ……』

セシー¦『と、兎に角、誠一郎さんと簪さんのお話を聞きましょう』

 

 

「私が無事なら、北条は負けていない? なら、私を負かすという事は、北条を負かすという事だよね?」

「そう、それが貴女の負け」

「なら、私は負けられない」

 

〝北条・督乃〟は、最悪負けてもいい。だが、〝北条〟は負ける訳にはいかない。

ここで北条が負ければ、誠一郎が言った未来に於いて、北条鉄鋼は〝HAI〟と肩を並べる事が出来なくなる。そうなれば、北条の未来は閉ざされる。

 

「〝富嶽百剣〟と〝百鬼石燕〟、この二つを合わせた北条・督乃専用パッケージ。これは、貴女の兄が造ったもの」

「……っ、それは?!」

「話は知ってる。けど、私が語るべき事じゃない。ねえ、先輩。何故、この具足は貴女に託されたの?」

 

亡き兄が、この具足を自分に託した理由。これは、北条の技術の粋を集めて、兄が考案し組み上げ、職人達と鍛造したもの。

ISに乗れる唯一の女で、残る北条の血統だから、北条の技術を示す為。その為に、託された。そう考えていたが、まさか違うというのか。

 

「北条ではない更識が、私を語るのかな?」

「私から語るべき事は無い。だけど、貴女は気付かないといけない。でないと、北条は終わる」

「気付かないと? 何に気付かないと、北条が終わるのかな?」

 

答えが返ってくる訳が無いが、一応は問う。

 

「それは、私達は答えられない。だけど、このままだと貴女が北条を閉じてしまう」

「私が……?」

 

自分が北条を閉じる。有り得ない。だが、この場を設けて、態々話に出すという事は嘘ではない。

もし仮に、嘘だったのなら、一年代表級は信用を失う上、自分も切り捨てる。そうなれば、これからやろうとしている事への、大きな痛手となる。

だから、誇大や誇張が含まれているとして、虚言は無いものと判断する。

そしてその場合、〝富嶽百剣〟が何故、自分に託されたのかを、考える必要がある。

この剣と鎧は、今は亡き兄が病床にて考案し、終わりが近づく体に鞭打って、直に指揮を取り鍛造した。

 

――これがあれば、督乃は大丈夫――

 

線の細い、体の弱い兄だったが、天才と言っても過言ではなかった。だからだろうか、あの時には既に、北条鉄鋼の未来を察していたのではと、今はそう思える。

だから、北条鉄鋼の名を世界に刻む為、自分にこの具足を遺した。

だが、本当にそうだったのだろうか。

 

 

Oまり ¦『さて、シンキングタイム。長考に入った北条選手、ここからどう展開していくのか』

あめり¦『普通に回想挟んで、感動ものかしら?』

雇われ¦『ちょっとストレート過ぎませんカ?』

弾薬庫¦『でも、気になるよね。北条先輩にあれが託された理由』

龍母 ¦『まず託すって表現よ。話のままだと、先輩のお兄さんから、あの装備は託されたの。これはお兄さんがしようとしていた何かを、先輩に任せたって事よ』

一季 ¦『普通に考えりゃ、北条鉄鋼の再興と宣伝だが、どうにもそれっぽくないな』

セシー¦『というよりあの装備、技術力の高さの宣伝にはなりますが、言ってしまえばそれだけですわ』

侍娘 ¦『どういう意味だ? 技術力の宣伝になるならいいのではないか?』

 

 

いや、それが違うと、セシリアは空間ディスプレイをタップする。

 

 

セシー¦『〝富嶽百剣〟〝百鬼石燕〟、この二つ共に、北条鉄鋼が北条先輩の為だけに、造り上げた業物ですのよ。ピーキー過ぎて市場が求める汎用性に欠けますの』

龍母 ¦『なら、その分野に特化すればいいんじゃないの?』

弾薬庫¦『あ……!』

セシー¦『シャルロットさんは、気付いたみたいですわね。いいですか鈴さん、専用武装は技術試験の面が強く出ますの』

龍母 ¦『だから?』

セシー¦『専用機は国家が信頼する企業が開発して、その性能を世界に誇示します。そして、専用武装は国家又は企業が開発し、技術研究と宣伝を目的としますの。そして完成した武装は、市場に流される。さて、鈴さん。貴女が新しい調理器具を買う時、性能は良いけど特殊で扱い辛いものと、性能はまずまず良くても、とても扱い易いもの。どちらを選びますの?』

龍母 ¦『それは、扱い易い方って、あ……』

セシー¦『それが市場の正解ですの。狭く尖ったすぐに閉じる需要より、広く拡がった閉じない需要。瞬間的利益より持続的利益。北条先輩の専用武装は、明らかに彼女専用に特化し過ぎてて、市場の需要には応えられませんわ』

 

 

それにと、セシリアは続ける。

 

 

セシー¦『〝富嶽百剣〟の技術は高いですけど、ただそれだけ。特異性が低く、代替技術での再現も可能で、もう少し技術が進めば、量産も可能な技術でしかありませんわ』

弾薬庫¦『つまり、現状のみ突出した技術で、開示されれば何時かは追い付かれ、再現される』

 

 

そして、開示された技術は、新たな技術の開拓へと繋がる。その時に必要となるのが、ブランドの名前とそれに伴う信頼だ。

北条鉄鋼は技術力は高いが、企業としては無名に近い。〝富嶽百剣〟に使われた技術も、北条鉄鋼の名だけでは、ただ買い叩かれて終わりになりかねない。

 

――督乃、君は前へ進むんだ――

 

兄さん、貴方は何を言いたかったのかな?

自分はもう分からなくなってきたよ。

 

「私、は……」

 

――僕達はその為の支えを用意した――

――だから、督乃。君は前へ進むんだ――

 

何時かは追い付かれる技術、無名に近い企業、再現可能となるだろう技術進歩。

兄が遺した言葉、前へ進めと言われ、ただひたすらにそうあって、ついには〝牛鬼〟と呼ばれるまでに至った。

足りない、それでも足りないのだ。

 

――大丈夫、きっと大丈夫だから――

 

何が大丈夫なの。

 

――督乃、前を見るんだ――

 

前を見てどうなるの。

 

――僕はずっと一緒には居られないけど――

 

一緒に居てほしいよ。

 

――きっと、君と一緒に居ようとする人達がきっと居るから――

 

だから、前を見て前へ進んで、何時かは支えを手離して、一緒に居ようとする人達と、また未来へと行くんだ。

 

「……北条先輩」

「―――っ」

 

――ああ、そうだね? 私の負けって、そういう事なんだね?――

 

「負けが終わりじゃない、そうだね?」

「そう、負けて終わりなら、貴女の具足はそこには無い」

 

まったく、分かり難いよ? 兄さん。

 

「私がここに来るまでの支え、それが〝富嶽百剣〟〝百鬼石燕〟」

 

細い目を開き、見据える先には簪と誠一郎に箒、先程まで騒いでいた一年生に、合流してきた他専用機持ち達。

そして、同じ剣道部員達が、こちらを見詰めていた。

 

「ここまでが〝北条〟で、ここからも〝北条〟なんだ」

「北条・督乃、答えを聞かせて」

 

何時かは追い付かれ、再現され、生まれ続ける技術に埋もれ、何時かは淘汰される。だから、前へ進む。

その決心がつくまで守護は、兄が遺してくれた。

なら、遺された自分は前へ進む。

 

「……私の、私達の敗けだよ。北条は君達に敗けた。そして、君達と一緒に未来へ行きたいね?」

「歓迎しよう。ようこそ、次代の創成へ。というのは気取り過ぎか」

「そうかもね? でも、嫌いじゃないよ?」

 

だって、創り成すなんて、兄さんが好きそうな、いい言葉じゃないかな?

響く歓声の中、督乃は不意に、背を押された様な気がした。それは優しく懐かしい様な、そんな手応えだった。

 

――じゃあ、行ってくるよ? 兄さん――

 

伸ばされた手を取り、督乃は騒ぎの中心へと招かれるままに、足を進めた。



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やり過ぎ? やり過ぎ? 配点¦(どうなんだろねこれ)

しかし、やると決めたのはいいが、想像以上に大掛かりになったもんだ。一夏は屋台村で出すメニューの、試作を作りながら、調理実習室に広がる、やけに豊かな国際色を眺めていた。

 

 

一季 ¦『で、どうよ?』

侍娘 ¦『中々にすっ飛んだな。……脳は無事か?』

一季 ¦『なーんでお前は、そうやっていきなりくるよ』

セシー¦『しかし、何故に私は調理から外されましたの?』

首領飾¦『鏡見て』

弾薬庫¦『現実見て』

約全員¦『つまりはそういう事』

セシー¦『どういう事ですのー!』

 

 

さて、どうやって誠一郎に押し付けるか。一夏が思案を巡らせていると、遠くから地響きの様な、腹に重く響く音が届いた。

 

 

御曹司¦『よし、港湾課は接岸作業。設備課は内部点検に入ってくれ』

龍母 ¦『入っていいのー?』

御曹司¦『もう少し待ってくれ。というか、今着いたばかりだ』

龍母 ¦『そんな事言ったって、私が戦う場なんだから気になるじゃない』

雇われ¦『人工島〝播磨〟、本当に借りたんですネー』

 

 

アリーナで巨腕を振るう傭平が、飛び込んできたテンペスタを弾き返しながら、学園の外へ視界を向ける。

ISのハイパーセンサーで、死角の無い視界は、任意の範囲をズームアップ出来て、非常に便利だ。

しかし、今回の興味の対象はズームアップの必要は無さそうだ。

 

「全長八㎞、全幅四㎞の人工島〝播磨〟、こうして見ると壮観ですネ」

 

傭平の視界に広がる島は、学園島よりも一回り大きく、自然物による起伏は少なく、巨大な町のミニチュアの様な印象がある。

一つの町が切り取られて、海に浮かんでいる。雑に言ってしまえば、それが〝播磨〟だ。

 

 

Oまり¦『だけど、これ大丈夫? 返せるの?』

あめり¦『主に戦うのは、二組代表とあの〝剣神〟よ。形が残るのかしら』

御曹司¦『それに関しては心配いらん。〝播磨〟自体、既に人工島技術開発の分野では旧式になっている。管理費もバカにならないから、ここらで華々しく役目を。といったところだ』

セシー¦『それに、破壊されても残った資材は、学園島の整備や拡張に使われますの』

侍娘 ¦『元は日本所有の物だ。自国内で安く処分して、再利用といった話だな』

あめり¦『癒着でも疑われそうな話ね』

牛鬼 ¦『癒着なんて、当たり前の話だよ? あとはどこまで法に触れないかだね?』

御曹司¦『その辺は安心しろ。ちゃんと正規の手続きで、〝播磨〟の権利譲渡は終えている。名目上はIS学園島拡張の為の解体工事だな』

 

 

それを学園島でやる理由はと、傭平は疑問するが、その辺りは工期短縮等、適当にこじつけているのだろう。

傭平は急速接近してきたラファールを、ヘカトンケイレスのクローで鷲掴みにし、バズーカを構えていたアイゼン・リッターへ投げつける。

 

「逃げ……!」

 

カバーに入ろうとしていたのか、テンペスタのパイロットが叫ぶが、既に三機共にヘカトンケイレスの、攻撃範囲内だった。

つまり、

 

 

弾薬庫¦『はーい、模擬戦終了』

首領飾¦『というか、あの爆発エグい。エグくない?』

弾薬庫¦『僕らで組んだあれだけど、三機いっぺんにダウンはエグいね』

 

 

予めダウングレードしていた性能を、規定内ギリギリで、本来の性能に近付けたヘカトンケイレス。

オリジナルには程遠いが、しかしそれでも事実エグいので、何も言わないでおく。

 

 

雇われ¦『しかし、〝播磨〟をアリーナ代わりにするのはいいですけど、万が一の流れ弾はどう処理するんデ?』

 

〝播磨〟には建築物はあるが、学園島や外洋に対する遮蔽物が無く、アリーナの様なシールド発生装置も搭載されていない。

行動に細心の注意を払ったとしても、ラウラのレールカノンや、アメリアのファフニール等の長距離砲に加えて、隣接した状況では瓦礫等が飛来する可能性すらある。

なら、それらをどうするのか。

ピットに戻り、機体から降りた傭平に、シャルロットが答えを持ってきた。

 

「お疲れ傭平。後これ、〝播磨〟の対策案」

「学園島を覆った上で、別でシールド発生装置を〝播磨〟に積み込む訳ですカ」

「〝HAI〟の最新型らしいよ」

 

 

首領飾¦『あれかね? 新商品のデモンストレーションを兼ねてるのかな?』

御曹司¦『これくらいは多目に見ろ。今回のこれは、〝HAI〟もかなり出資している』

首領飾¦『いやいや、その事を咎めるつもりはない。ただ性能の方はどんなもん?』

御曹司¦『テストを終えてのいきなりだからな。あまり強くは出れんが、カタログスペックなら問題無く進行出来る』

龍母 ¦『あら、それなら安心ね。そう言えば、私以外で誰が出るの?』

 

 

鈴音の問いに、誠一郎はあくまで予定とした案を、全員に送信した。

 

 

御曹司¦『五人出場の三本先取、ルールは何時もの国際規定。出るのは、簪、傭平、一夏、箒、鈴音。リザーバーでシャルロット、セシリア、ラウラ、アメリアだな』

Oまり¦『私はー?』

御曹司¦『俺と同じ様に、機体やパッケージの調整が済んでいない者は、裏方だな』

あめり¦『相手はあの〝剣神〟よ? 一気に全員で叩くべきじゃないかしら』

一季 ¦『俺からマジトーンで言わしてもらうと、あの世代相手に下手な数で挑むのは、ガチでやめた方がいい』

侍娘 ¦『理不尽という理不尽を、踏みにじる理不尽だからな。いやホントやめろください。それに、国際試合のルールに違反するぞ』

あめり¦『……仕方ないわね。でもそれなら、二組代表は勝てるの?』

龍母 ¦『あら、心配?』

あめり¦『まさか。もしダメなら、私が獲るわ』

長口上¦『というか試合の話ばかりだけど本命分かってる? 文化祭これで負けたら最悪私達だけでやるんだよ』

である¦『同志京極、皆も理解しているのだろう。きっと、我々も驚く策を用意している』

一季¦『また一気にハードルが上がっていく……』

 

 

しかし、五組代表二人の言う事も納得出来る。剣道部を始め、部活動単位では協力を取り付けた。だが、クラス学年単位では、まだ確約を得ていないのだ。

 

「何か策はありますの? 誠一郎さん」

「ん?」

 

策? 一体何の話だろう。そんなものは無い。

この文化祭での売り上げ勝負は、客数=招待チケットとなっている。上限が決まった数の中で、限られた量を奪い合う。

ある意味、出来レースとも言える勝負だ。

それに

 

「セシリア、箒。俺は一度でも、売り上げ勝負で勝ったらと言ったか?」

「え? あら?」

「む? あ、おい」

「〝文化祭の結果次第で、全面協力か協力か〟だ。結果というのは……」

 

 

龍母 ¦『私の勝敗ね。だけど、今考えてみたら、またどうとでも取れる約束を取り付けたわね』

御曹司¦『そうだ。逆にお前が負ければ、売り上げで勝っても、全面協力は厳しくなるだろうな。まあ、そこは俺の得意技だからな』

牛鬼 ¦『まあ、気付いてはいたけどね? 楯無とかはあまり興味は無いみたいだね?』

首領飾¦『カーちゃん頼んだ』

龍母 ¦『だから、あんたみたいなデカイ子は居ないって。……でもまあ、任せておきなさい。あんたも、打鉄弐式の御披露目抜かるんじゃないわよ?』

首領飾¦『任せれ。傭平も』

雇われ¦『アイアイマム、任されましタ』

御曹司¦『全ては明明後日だ。そこで、俺達の一歩目が決まる』

首領飾¦『まあ、気楽にいこう。負けても、ちょっと面倒くさくなるだけだし』

 

 

ちょっと世界の前に、神にでも勝とうか。

欠伸混じりの簪の声が、確かにそう言った。




現ヘカトンケイレス
最大出力¦打鉄同等
兵装
超硬質クロー
内部装填式圧縮強化炸薬
内部装填式熱線砲
内部装填式機関砲

追加
内蔵型シールド発生装置
機体とは別のシールドエネルギーを発生させる。
バッテリー式


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壇上のきまぐれ者 配点¦(あー、帰るか)

ちょっとね、独自設定ぶちかますよ。

というか、この年末が差し迫る時期に、昔やったCOCのリプレイを動画化しようとか、とある身内が言ってきたり、チェンソーマンの続きが気になって、夜しか眠れなかったり、中々忙しいね。
COCに関しては、キャラシーロストしてる上に、ログも僅かにしか残ってないのに、どうやって動画化するつもりなのかと……。

因みに、その時の探索者
KP¦四脚屋
サブKP¦逆脚屋

探索者
浮脚屋¦警察
重二屋¦精神科医(医者)
軽二屋¦ストリーキング
中二屋¦露出魔

という内容です。
まったく、こんなありきたりな内容で、どうやって動画化するつもりなのやら。



まあ、そうそう変わるものでもないか。

熱田は、祭りに賑わう学園島の様子を眺めながら、柄にもなく懐かしんだ。 

 

――ああ、この頃はよかった。よかったって話だ――

 

何せ、〝剣神〟である自分に、刃を届かせる連中ばかりだったのだ。本当にいい時代だったと、そう思える。

だが、今はどうだ?

 

「〝神〟に届く者は去って久しく、残るは〝神〟と、それに迎合する者達のみ、か……」

 

ああ、つまらねえ。

生徒主催の出店を横目に、熱田が懐から煙草を取り出すと、横からそれを摘まみ上げられる。鹿島だ。

普段とあまり変わらぬ格好の彼は、ありふれた銘柄の煙草を上着に仕舞うと、何時もと変わらぬ言葉を吐いた。

 

「お前はあれか? 昨今の禁煙ブーム逆らう私、マジ剣神とか考えたりしてたりするか?」

「ああ? どうした鹿島、頭打ったか?」

「ああ、それを判断出来るなら、まだ脳は無事か。少し安心したぞ。……これからダメになるんだろうが」

「こ、この野郎……!」

 

取り出したライターを仕舞い、熱田が抗議の声を挙げる。しかし、鹿島は軽く溜め息を吐くだけで、まったく動じない。

 

「あのな、ここは学園内で、喫煙所は無い。そうだな……、ココ、タバコダメ。ワカル?」

「何が、そうだな、だ! 神妙な顔して、何言ってやがる?!」

 

喚く熱田だが、当の鹿島はあまり聞く耳をもたず、適当にあしらっている。長い付き合いで、この女の話は半分程度に聞くのが一番だと、鹿島は理解している。

〝剣神〟熱田の呼び名の通りに、この女は〝神〟なのだ。しかも、特級の荒魂であり、気紛れにその権能を振り回す。

だから、今の様に気が立っている時は、適度に適当に返事をして、会話を続けて気が治まるのを待つしかない。

熱田が意味無く、周囲を威嚇するのを宥めながら、学園の整備課棟内にあった、整備課の生徒達の研究成果の展示場兼、企業説明会へと足を踏み入れた時だった。

 

「もし、まさか鹿島さんではありませんか?」

「え? ああ、そうですが何か御用ですか?」

「そして、そちらの方は、かの〝剣神〟熱田さんですね?」

「……だったら何だよ」

 

話し掛けてきたのは、白人の男だった。上等そうなスーツに、何らかの資料が入っているであろう、黒いビジネスバッグ。

差し出された名刺には、イタリアの会社〝エスパーダ社〟の名前が記されていた。

 

「我が国の〝風神〟と同じく、〝神〟の名を冠する貴女にお会い出来るとは……」

「ご託はいい。用件はなんだ?」

 

明らかに機嫌が悪くなっている。

鹿島は、内心で溜め息を吐きながら、男が続ける言葉を聞くには、どうやら熱田に、自社の製品のテスターをしてもらいたい。そういった内容だった。

鹿島は誰も見ていなかったら、盛大に頭を抱えていただろう。よりにもよって、エスパーダ社の新製品は機殻剣(カウリングソード)、それも熱田が愛用する片刃の鍔の無い刀身。

西洋に於ける剣ではなく、日本の刀のそれ。男の背後、企業の新製品展示ブースにあったそれを、熱田は一瞥した後、鹿島に向けて右手を出した。

 

「持ってんだろ。出せ」

「会話をする気あるのか。……まあ、あるにはあるが」

 

言って、鹿島が鞄から取り出した筆箱。そこから熱田は、一般的に使われている、何の変哲も無いカッターナイフを掴み出すと、男が示した機殻剣へ足を向ける。

 

「こちら、あの〝風神〟アリーシャ・ジョセフターフからもお墨付きを戴いた物でして……、熱田さん?」

 

気に入ってもらおうとしたのだろう。男が誰しもが知っている二代目ブリュンヒルデの名を出した。

だが、鹿島を含め、この場に居る熱田や、他の〝神〟を知る者達は、それが最悪の発言だと知っている。

 

「はっ、んだよ、とんだなまくらじゃねえか」

 

機殻剣を一瞥した熱田が、鼻で笑い、スタンドに乗せられたそれに向けて、右手のカッターナイフを無造作に振り下ろす。

 

「ちょっ……!」

 

いたずらに傷でも付けられたら、堪ったものではないと、男が声を挙げるが、その声が続く事は無かった。

 

「アリーシャが認めた? このなまくらをか?」

 

カッターナイフを鹿島に返し、興味を失った熱田は男に背を向ける。

熱田が振り下ろしたカッターナイフは、撫でる様に機殻剣の腹を通り抜け、頑健な機殻(カウル)だけでなく、本体である刀身すら両断した。鏡面の様な断面を見せ付けながら、落ちる機殻剣に周囲から驚愕と、やはりかと声がする。

熱田や千冬、アリーシャクラスならば、専用機が無くとも、その力の一部を振るえる。理由はいまだに解明されていないが、しかしそれ故に、第一世代は埒外の存在として、人の身で人から外れた者として、世界にその名を馳せているのだ。

その機殻剣が床に転がる、金属特有の落下音を背に、熱田は欠伸をして、整備課棟から外へと向かう。

 

ああ、ダメだ。完全にやる気が失せた。鹿島が何か言っているが、ダメなものはダメなのだ。

今日を少しばかり楽しみにしていたが、蓋を開けてみれば、倉持から監視役の様な連中が、試合のメンバーとして派遣され、楽しみに水を差された上に、今のこれだ。

 

――帰るか――

 

千冬の気配も感じない。また、深い所にまでズレて、学園内を徘徊でもしているのだろう。探してもいいが、途中で飽きそうだ。

というか、あの機殻剣だ。あの風吹き女の事だ。どうせ、碌に見もせずに、

 

「いいヨいいヨー、いいと思うヨー。よく斬れるんじゃないカナー」

 

とか、適当に言ったに違いない。今度会ったら、頭から割ってやろう。

さて、帰るか。帰りに山田でも居たら、ちょっとちょっかいかけてみるのも、暇潰しになるかもしれない。

熱田が整備課棟の扉を抜けて、祭囃子の中へと消えようとした時、一つ彼女を呼び止める声があった。

 

「〝剣神〟熱田さんですね」

「……んだよ」

「私IS学園一年五組代表の京極・すみれと申します。宜しければ時間まで学園内の案内等は如何でしょう」

 

見た目、特にこれといった特徴の無い一般生徒だが、やけに言葉が一気に来る。止まらず、一息に言葉が続くあたり、肺活量に関してはかなりのものがあるのだろう。

 

「ああ、いいや。私は萎えた。帰る」

「あらそれは勿体無いかと」

「あ?」

 

これでも機嫌は最悪の状態である熱田が、軽く睨み付けるが、京極は平然とした様子で、笑みを崩さず言葉を続ける。

 

「これから学園一年主力総出での奉納祭が御座います。それも〝剣神〟に捧げる喧嘩祭です」

「あ? 私に届くのが居るってのか?」

「はい居ます。私共には〝神〟に届く〝龍〟が」

 

さて、熱田は考える。千冬は気配を感じず、山田にちょっかいかけても、結局は面白くなさそうだ。

己に届く者が居るとも考え難いのも事実。しかし、このまま帰っても、つまらない仕事にどうでもいい連中の相手。なら、その喧嘩祭とやらに乗ってみるのも悪くはなさそうだ。

 

「いいぜ。案内してみろよ」

「ではまずは……」

 

 

である¦『同志諸君、我らが同志京極が、見事〝剣神〟をインターセプトしたよ』

御曹司¦『あ、あぶねえ、まさかここまで気紛れだとは、想定外にも程がある……』

セシー¦『故に〝神〟といったところでしょうか』

あめり¦『というかあれ、ちょっと人格破綻してないかしら?』

Oまり ¦『アメリアアメリア、はっきり言い過ぎだって』

侍娘 ¦『で、これからどうする? 私達、喧嘩祭組は動けん。つまり、実質五組主導となるぞ』

である¦『それなら任せ給え。我らが同志京極、纏まりという言葉とは無縁の我々を、見事纏め上げた才女であるよ。ほら、今にも吉報が届いたよ』

 

 

マルファが届いたメールを開くと

 

〝たすけろください〟

 

簡潔にそう書かれていた。

そして、そのメールに対しマルファは

 

 

である¦『はっはっは、何やら誤報が届いた様であるね。まったく茶目っ気のある同志である』

約全員¦『お前それピンチじゃねえか……!』

 

 

いやしかし、参ったねこれは……。

 



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壇上の演者達 配点¦(祭囃子の奉納者)

インターセプト成功……!

京極は、内心で冷や汗を滂沱と流しながら、しかし表情には涼しさを貼り付けて、いまだ気を立たせた熱田を案内していた。

 

――いやあこれは無理無理マジな話無理な話だって――

 

トップ中のトップ、織斑千冬や他ヴァルキリークラスになれば、得たワンオフアビリティーの一部を、機体無しでも行使出来ると、最早何かの都市伝説めいた話を聞いた事がある。

だが、それを事実とは、欠片も思っていなかった。

 

――そりゃ無理もない話でしょうよ。完全に漫画やらの世界になるよ――

 

発達し過ぎた科学や技術は、魔法と区別がつかないという。この都市伝説もそういった類いだろうと、高を括っていたら、目の前で起きた現実は、小賢しい小娘の常識を容易く斬り捨てた。

 

――カッターで機殻剣両断はちょっと……――

 

人の世界に居るなら、人の常識で行動してほしい。切にそう願うが、それが出来るならあんな事は起こっていない。

 

「んで、何処に案内してくれんだ?」

「熱田さんは学園の卒業生ですしあまりまどろっこしいのはお嫌いでしょう?」

「ああ、当然だな」

 

ではと、京極は言葉を置いて、空間ディスプレイを開く。

 

 

長口上¦『という訳で今から神様入ります』

約全員¦『おい待てふざけんな!』

長口上¦『いやもう正直限界マジ無理。背中に臨界寸前の核融合炉背負ってる気分だから……!』

である¦『同志京極、入りますとは言うが、何処に入る気かね?』

長口上¦『え〝播磨〟』

あめり¦『それはまた、いきなりね』

長口上¦『だってもうどうしようもないよ? この〝剣神〟様かなり鶏冠に来てるよ』

Oまり¦『もうちょっと、どうにかならない?』

長口上¦『私がAパーツBパーツに分離していいなら』

である¦『同志早瀬、如何するかね?』

御曹司¦『……出場者は全員、〝播磨〟に集合。条件確認を終え次第、相対を開始する。あと、鹿島主任はどうしている?』

である¦『鹿島主任なら、同志達が〝播磨〟への案内を開始している。……エスパーダ社に関しては、まあ御愁傷様としか言いようがないね』

あめり¦『一つ聞きたいのだけど、エスパーダ社の機殻剣は本当に粗末な出来だったの?』

 

 

アメリアの問いに、少し間が空いて返答がある。

 

 

である¦『現場を目撃した同志の話では、カタログスペックでは上の下、しかし、かの〝神〟が言う様になまくらだとは思えない。だそうである』

首領飾¦『加えるなら、最近の量産品としては、最良の部類に入る。だけど、〝鹿島〟の鍛造した刀剣を知る〝剣神〟には、数打ち以下のなまくら』

Oまり¦『ワオ、それはかなり頭沸いてるわね!』

弾薬庫¦『頭沸いてるで済むのかな?』

雇われ¦『済むんじゃないですかネ』

長口上¦『あとね私かなり吹いてるから半端な面子だとキレられるよ』

約全員¦『お前ホントマジで待て……!』

 

 

ディスプレイ内が騒がしいが、誠一郎にとっては、まだ予想の範囲内だ。

問題は今の〝剣神〟熱田が、どこまで本気を出してくるかだ。

 

 

御曹司¦『京極はそのまま、適当に時間を稼ぎながら、〝播磨〟へ向かってくれ。……簪、鈴音』

首領飾¦『既に待機済み。傭平、シャルロットも』

雇われ¦『いやあ、装備の最終点検で先に、現場入りしていてよかったですネ』

弾薬庫¦『頼むよ二人共、今回僕は控えなんだから』

一季 ¦『ははは、まあ任せとけ』

龍母 ¦『吹いてるって言っても、私がそいつに勝つとかそんなんでしょ。今回はガチの本気でいくから、そんなに気負う事無いわ』

 

 

うわ頼もしい。

京極は感心しながら、五組のメンバーから届くメールを確認する。どうやら、倉持から来た出場者も、見つけ次第〝播磨〟へ送っている様だ。

さて、残るは自分だけだが、まったくままならない。

 

「おいおい、なんか面白そうな話してんな」

「あら興味がおありで?」

 

――マジままならない……!――

 

横や後ろから見えない様に、フィルターを掛けていた筈なのに、当たり前にディスプレイの内容を読んできた。

 

「ちょっと貸せ」

「あちょっ……」

 

 

剣神 ¦『生きのいいのがいるじゃねえか』

龍母 ¦『あら、お山の大将がどうかしたのかしら?』

 

 

挑発するなー!

背後から掛かる圧が、更に強まった。

お前はそうでも、こっちはただの一般生徒なんだ。ちょっとのあれで、あれだぞ。真っ二つなんだぞ。

そんな京極の声無き叫びなど、二人に聞こえる筈も無く、二人のやり取りは続く。

 

 

剣神 ¦『いいないいな、私にんな口聞くガキは居なかった』

龍母 ¦『へえ、根性無しばかりだったのね』

剣神 ¦『ああ、そうさ。本当につまらねえ、つまらねえ奴ばかりだって話だ。〝神〟に並ぶどころか、挑む事すらしねえ』

龍母 ¦『なら、()が落としてあげるわ。可哀想な一人ぼっちの〝神様〟』

 

 

京極が聞いたのは、確かに笑いだった。場を和ます感情表現の筈のそれが、周囲一帯を凍りつかせた。

 

「いいな、マジでいい。萎えた話が滾ってきた」

 

静かな、熱を感じさせない口調。しかし、周囲には焼けた鉄の様な、その熱さを通り越えた冷たさが、直近の京極の身を焼く。

死んだと、京極は覚悟した。しかし、想像した感覚は来なかった。

 

「案内しろ」

「……何処へ?」

「祭、私に奉納する祭があるんだろ?」

 

さあ、案内しろよ。

狂喜を剥き出しにした〝神〟の進む道には、その歩みを妨げるものは何も無く、遠くに微かに聞こえる祭囃子が迎えていた。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

さてと、簪は視線を上げる。上げた視線の先には、物言わぬ甲冑が鎮座している。

〝打鉄弐式〟

簪達が鍛造した鎧は、簪の視線に何かを返す事は無い。手を添えれば、ただ冷たい鉄の感触。熱は無い。

 

「弐式、いよいよだね」

 

返事は無い。当たり前の事だ。だが、簪は言葉を投げ掛ける事を止めない。簪だけではない。傭平、シャルロットに鈴音、セシリアや箒にラウラ、一夏と誠一郎。他にも専用機持ちは、誰しもが愛機に言葉を投げ掛ける。

それは何故か。数式の様な、明確な答えがある訳ではない。機体の性能が上がる訳でもない。

だが誰もが、機体に言葉を投げ掛ける。

何時か、かの博士が言った。

〝ISには意思がり、人格がある〟

今はまだ、僅かにしか明確な例は確認されていないが、それでも確かに意思はある。

 

「あなたはどう思っているのか。私には聞こえない」

 

意思があるなら、人はそれを無視出来ない。そこに人格があり、命を預けるなら尚更だ。

 

「もしかしたら、あなたは戦いたくない。そう思っているかもしれない」

 

だけど

 

「私は何もしないで、あなたを奪われるのは嫌」

 

だから

 

「少しでもいいから、力を貸して」

 

触れた手に、ほんの少しだけ暖かさがあった。錯覚だろうが、それでも構わない。

 

「ボス、そろそろです」

「……分かった」

 

口の端に吸入器を咥えた傭平が、ピットの出入口で呼び掛ける。

まずは世界の前に神だ。

己達が先へ進む為に、己達の覚悟を捧げ納め、己達を認めさせる。



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剣の神は如何にその剣を振るうか 配点¦(自身を振れぬ道理は無い)

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ISスーツに着替え、懸架と小物入れ、スーツの機能維持の為のバッテリーを兼ねたハードポイントパーツを、腰と首回りに装備していく。

首回りは、頸椎保護も兼ねているが、熱田は基本これを邪魔だと嫌う。

だが今日は別だ。

 

「おう、鹿島」

「おう、じゃないだろう。まったく、エスパーダ社には申し訳ない事をした……」

「私になまくら持ってくる意味、それを理解してない馬鹿にはいい薬だ」

 

鼻で笑う熱田に、鹿島は頭を軽く押さえるが、この程度は何時もの事なので、早々に気を取り直し、熱田の機嫌が良い内に要件を済ませる事にした。

 

「封を解くのに苦労したぞ」

「テメーでやったんだろうに」

「だが、いいのか?」

「何がだよ?」

 

鹿島の背後には、布と保護カバーを幾重に重ね、ベルトで固定されたそれが、専用のカートに載せられている。

鹿島以外の、倉持技研の職員が運搬してきた物だが、誰もがそれに触れようとしない。

黒い、墨を幾度も重ね塗りした深い黒。

嘗て、〝剣神〟と並んだ〝風神〟が居た。

嘗て、〝剣神〟に届いた〝戦乙女〟が居た。

嘗て、〝剣神〟に届こうと、自由自在に振る舞った人間が居た。

嘗て、〝神〟を討ち果たそうと、〝神〟に挑み続けた〝天才〟が居た。

嘗て、〝神〟が〝神〟で在れた日々。その日々の中で、熱田を〝剣神〟に至らしめ、熱田以外に己に触れる事を許さぬ一振り。

 

「〝フツノ〟、お前はこれを一度は手放した」

「またこいつが私を選ぶのかって、話か。馬鹿かよお前」

「お前に馬鹿と言われる日が来るとはな。で、少しは人間様の言葉と、ロジックで説明出来るのか、猿?」

「こ、この野郎! ロジック以前の問題だ、私は剣の神、〝剣神〟だぞ!」

「知ってるさ。だが、このフツノをただの鋼から打ち鍛え、研ぎ上げたのは僕だ」

 

だから、答えてくれ。

 

「〝剣神〟熱田、〝刀工神〟鹿島が問う。一度〝フツノ〟を捨てたお前を、また一度〝フツノ〟が認めると?」

「くだらねえ、くだらねえ話だそれは」

 

熱田は気負う事無く、無言の〝フツノ〟の柄へ、手を伸ばす。

 

「〝刀工神〟鹿島、私は〝剣神〟熱田だ。全ての剣は私の支配下だ。そして、〝フツノ〟は私だ」

 

機体のパワーアシストすら無く、熱田は黒の柄を手にし、己の身の丈近くある鉄塊を、生身で軽く持ち上げてみせた。

 

「鹿島よ、私が私を使えねえ道理はねえって話だ」

 

その言葉の証拠に、〝フツノ〟を封じていた布と革ベルトは、抵抗はおろか、〝斬られた〟という現象すら見せる事無く断たれていた。

その断面は、鏡面という表現を通り越え、最早最初からそうだったと、そう言われても違和感の無いものだった。

 

「お、研いだか?」

「仮にも〝剣神〟様の久々の舞台だ。〝刀工神〟が手を抜く訳がない。機殻(カウル)も、刀身も研ぎ上げてある」

「いい話だ、いい話だぜこれは。そういや、神鉄はどうしたよ?」

「篝火所長が最終チェックをしている。というか、お前待ちだ」

「おお、そうか。なら、この私の美声で労ってやらねえとな」

「やめな、バカたれ。人の正気度を下げんな」

 

声に二人が振り返れば、勾玉が括られた革紐を、右手に引っ掻けた篝火が、僅かに隈を作った顔で現れた。

 

「ほら、ある程度の機嫌とりはやっといたよ。……あとは、お前次第だ。〝神様〟」

「おう」

 

熱田が篝火から、勾玉を受け取った瞬間、何かが脈打つ様な気配が、熱田だけでなく、鹿島や篝火、いや、学園島を含む世界を叩いた。

赤子がむずがる様な、幼子が癇癪を起こす寸前の気配に似たそれを受けて、熱田は唇を吊り上げて、勾玉を持つ手を握り締めた。

ただそれだけで、周囲を叩いていた気配は消え去り、漸く安堵した様な、穏やかな気配が熱田の手から伝わった。

その様子に、熱田は静かな笑みを溢し、

 

「何が機嫌とりはした~、だ! ぜんっぜん機嫌とれてねえじゃねえか……!」

「いやはや、流石は神様の玉だね。ちょっと宥めただけじゃ、機嫌直してくれないね」

「こ、この女……!」

 

熱田が抗議の声を挙げるが、肝心の篝火はどこ吹く風と、まったく気にする様子は無い。

しかし、熱田が手にする勾玉を見て、少しだけ申し訳なさそうに、眉尻を下げた。

 

「お前の相棒を連れてきて、新しい体をやる。私が出来るのは、ここまでさ。鎧、剣、勾玉。三種の神器は揃えた。だから、あとは頼むよ。〝神様〟」

「その〝神様〟殺そうとしてた奴が、よく言うぜ。だが、まあ任せろ」

 

ちょっと斬ってくる。

勾玉を首に掛け、剣を肩に担い、熱田は悠々と戦場へと向かう。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

誰の吐息か、その判断はつかない。

それもそうだ。

今この場には、百を越える人数が集まり、ただひたすらに今か今かと、来る時を待ちわびている。

何処からか流れた噂、〝剣神〟熱田が再び〝フツノ〟を振るう。

嘗てを知る者達にとって、それが何を意味するのか。

 

「先輩、こんな所に居たんですか~」

「……山田君か」

「うへへ、探しましたよ~」

 

へらへらと軽い笑みを浮かべるが、山田・真耶がその席に話し掛けるまで、誰もがそこを無人の席だと認識していた。

だが、それは違った。その空席は無人ではなく、そこにはある人物が腰掛けていた。

 

「〝戦乙女〟織斑・千冬……!」

「ほら、見ろ。君が話し掛けるから、気付かれてしまった」

「え? 先輩が隠れなければいい話じゃないですか~」

「……面倒なんだ。ああいう目に関わるのは」

 

溜め息を吐く千冬だが、山田からしてみれば、自分自身の名声なのだから、ある意味自業自得だと思う。

しかし、それを口にすると、確実にアイアンクローが飛んでくるので、山田はそれに関しては何も言わず、試合会場となる〝播磨〟を映す画面を見る。

 

「純粋な力で、熱田先輩に届きそうなのは、凰さんくらいですかね~?」

「身内の贔屓目で見れば、織斑も或いはだな。まあ、雪片が当たればの話だが」

「雪片、弐型ですけど、格は先輩の名で通りますから、当たればワンチャンですよ~」

 

当たればなと、前置きしてから、千冬は右腕を上げる。さて、あの〝神〟の事だ。いい加減、今の温さに飽き飽きして、初手で斬りにくるだろう。

その事を考えれば、学園のアリーナではなく、旧式の人工島である〝播磨〟を、アリーナ代わりにする判断は正解だ。

最悪、暴れ散らした奴を止める為に、己が出る事もあるだろう。専用機は無いが、生身でも気を逸らすくらいなら可能だ。何なら、何かを察知して逃げようとしていた山田を、弾除けに持っていってもいい。

と、山田の襟首を上げた右腕で掴んだ時、ふと思い出した。

 

「ああ、まだ一人。熱田()に届く奴が居たか」

「え、え~、それって誰ですかね~? 私ちょっと気になるかな~?」

「仙波だ」

 

言って、山田を猫の様に持ち上げ、空いていた隣の席に放り込む。

 

「お前も知っているだろう?」

「仙波君ですか~。ああ、あれは驚きましたよ~。まさかあれを持ち出すとか、私急いで地下の倉庫見に行きましたもん」

「〝神〟に挑む為に、〝神に挑んだ巨人の腕〟を持ち出す。無論、原典ではないが、名は通る」

「たぶん~、熱田先輩も乗り気で斬りにいきますね~」

 

無論だ。

あの腕は、嘗て〝神〟に負け、うちひしがれながらも、それでも諦める事出来ずに、這い摺りのたうち回り、〝神〟とそれに並ぶ者達に勝つ為に生まれた。

結果、人には扱えぬ物になったが、時を越えて今、〝神〟に挑む。

 

「少し羨ましいものだな」

 

己が現役なら、どうしていただろうか。

否、問う事自体が誤りだ。歓喜し、驚喜し、狂喜し、称賛を以て、熱田と同じく刃を交えていた。

そうだからこそ、私達は私達で居られた。

嗚呼、羨ましい。

 

「いまだ〝神〟で在り続けられる。お前が羨ましいよ。そして、そのお前と戦えるあの子達に嫉妬を覚える」

 

まったく、教師らしくないな。

 

「え、自覚あったんですか?」

「ははは、あとで覚えてろ」

 

弾除けに持っていってやる。




型落おねーさん、すこだ……


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奉納神楽は如何に舞われるか 配点¦(楽しんだ者勝ち)

挿し絵とか欲しいなって


さて、どうなるかとは問わない。

さて、どうするかとは問わない。

さあ、どうしようかとも問わない。

誰も、理解している。

今この場において、問うという事自体が意味を成さぬ事だと。

 

「おうおう、中々静粛じゃねえか」

 

戦場となる〝播磨〟を見詰める観客席、空間投影ディスプレイ越しだが、それでも不用意に騒ぎ立てる輩は見当たらない。

 

「そりゃそうでしょ。まさか、三種の神器全部揃うとか、誰が予想したのかしら?」

「あ、俺。俺予想してた」

「一夏、頭悪そうだから止めた方がいいぞ」

「お前……、どうして、そう直接くるよ? そこんとこ、どうよ?」

「いいから、準備を進めろ。そろそろ時間だ」

「誠一郎さん。時間ですが、まだお二人が」

「簪と傭平なら」

「もう来てますよ」

「諸君、待たせたな」

 

何やら、菓子を齧りながら、簪が悠々と現れた。

側には傭平が、どことなく申し訳なさそうに立っていた。

 

「お前、まさか……」

「売店に寄ったら、ついつい遅れたね」

 

逆さに向けた袋から、スナック菓子を口に流し込み、派手な音を立てて咀嚼し、嚥下する。

見れば、背後の傭平が右手の指を五本たてている。つまり、今の袋で五袋目だという事だ。

 

「新味はついつい試したくなるね?」

「遅れた理由がそれなのね?」

「まあ、それと少しの緊張かな?」

 

言いながら、新たな菓子の袋を開け、一つを口に運ぶと、その袋を傭平に渡す。何かと、傭平は袋を受け取り、見れば少し赤いスナック菓子が入っている。

恐らく、食えという事なのだろう。一枚手に取り、口に運ぶ。そして、隣のシャルロットに袋を手渡す。

あとはその繰り返しで最後、誠一郎から簪に袋が戻り、一足早く嚥下した一夏が、簪に向けて言った。

 

「……お前、これ何味よ?」

「新商品〝俺ちゃんのチミチャンガ〟味、中々ハイカロリーな味だね」

「く、口の中が、どういう状況か分かりませんわ……」

「というかチミチャンガって、揚げたブリトーでしょ。赤い要素はどこよ?」

「具……?」

 

これは一体何なのだと、薄く赤色の付いた揚げた薄切り芋を、全員で囲んで何だかんだと、緊張感の欠片も無い会話を繰り広げる。

これから〝神〟と戦う。そんな悲壮感は微塵も感じられない。何時もと変わらぬ、これから試合をして、終わったらまた、あれやこれやと騒ぐ。

今日は、何時もより人が多いだけだと、そんな気楽さで、菓子を回し食い、空になった辺りで、簪が口を開いた。

 

「さて、何か騒がしくなってきたけど、まさか今更になって、緊張してきたとか帰りたいとか言わない?」

 

と、簪が問えば、

 

「おいおい、折角の祭だぜ? 乗らなきゃ損って奴だ。そこんとこどうよ、鈴」

「あのね、一夏。私は〝龍〟よ? 〝龍〟が〝神〟にビビる理由は無いわね。あと、祭に行くのは当たり前。で、ビビってるのは居るの?」

 

龍の女と白の太刀が応え、

 

「ははは、鈴よ。私は篠ノ之の女だ。神の魂鎮めは本職だぞ。それに、仲間外れは嫌だ」

「日本式の考えは、まだ理解出来ませんが、此度の戦いに誉れこそ感じても、怯えは有り得ませんわ」

「まあ、俺は例によって機体が間に合わんから出れん。だが、仲間外れは御免だな」

 

誉れの騎士と、腰に刀を佩く巫女が笑い、策士もそれに習う。

 

「うむ、祭とは楽しいものだ。クラリッサもそう言っていた。それに、こういったものは楽しんだ者勝ちだとも聞いた」

「そうそう、楽しもうよ。傭平も」

 

黒の軍人と疾風の乙女が振り向けば、

 

「では、ボス。祭です」

 

右腕たる傭兵が、乙女の言葉に頷き、主もそれに頷く。

 

「さあ、祭だ祭だよ。嘗て世界を一度は見限った〝神〟に捧げる祭だ。捧げるは我らの武と勇と意思、そして得るのは未来だ。あ、私地味だから、派手な演出欲しいね」

「……そう言うと思って、傭平と手を回しておいた」

「というか話の腰折るなって」

「黛先輩の新聞部と演劇部が、好き勝手するらしいですよ」

「なら、安心かな?」

「安心なら良しとしてだ。そろそろ入場だが、さっき言った様に、新聞部と演劇部の演出がある。あと、俺の仕込みもな」

 

何やら邪悪さを感じさせる笑みを浮かべると、誠一郎は一夏を指差した。

 

「まず最初はお前だ。名前を呼ばれたら派手に飛べ」

「お、マジか」

 

問うと同時に、聞き覚えのある声が、会場に響いた。

 

『さあさ、皆さんお待ちかね! もう間もなく、世紀の一戦の幕が開けます!』

「だそうだ。ほら、さっさとカタパルトに行け」

 

背を押された一夏が、カタパルトに白式の脚部を乗せると、黛の声と一夏好みの音楽が鳴り始めた。

 

『さあ、まず一番手を飾りますは、我らが世界最強が血縁にして、世界最初の男性パイロット! さあ、来いよ、〝白〟を受け継ぎし〝白〟! 織斑・一夏入場だ……!』

「おい待て、これ毎回やるのか? そこんとこ、どう……!」

 

よ、とは続かず、一夏はカタパルトによって、歓声とスモークの渦の中に射出される。

まったく、自分が出ないからと好き勝手してくれる。一夏は苦笑を浮かべ、軽いパフォーマンスでもと、大剣型に機殻(カウリング)した雪片弐型を、軽く構えた瞬間、正面から何か悪寒の様な感覚を感じた。

 

――これは……!――

 

この悪寒の正体を、一夏は知っている。だから、雪片を斜めに振り下ろした。得たのは、澄みきった硬質な激突音と観客の驚愕。そして、この場に立つ権利だ。

 

『……えー、今更ですが、解説の榊原先生。今のは?』

『あ? 熱田が値踏みしてきただけだ。〝剣神〟熱田はそれ故に〝剣神〟であると、そういう事だ』

『つまり?』

『お前、あとで補習するか? ……まあいい、熱田が織斑弟を試し斬りしたら、織斑弟がそれを受けきった。それだけの話だ』

『見えなかったんですが……?』

『ま、そこら辺は追々話してやる。うちの連中が保てばの話だがな』

 

中々に不吉な事をと、一夏は思うが、雪片を持つ手にまだ痺れに似た感覚が残っている。

情けない話だが、これは本当に鈴音に任せるのが正解の様だ。

戦えない、という訳ではない。しかし、勝てるかと問われたら、答えは〝今〟は否だ。

今、あの〝神〟に届くのは、鈴音以外には居ない。

だがしかし、届かないから諦めるのか。

否、それは断じて否である。

 

「神様のお気に召したって奴かよ」

 

なら、何も問題は無い。今この場には、〝神〟に届かぬと諦める者居ない。

 

『では、気を取り直しまして、二人目! 神職である巫女にして、自らも剣を振るう女武者! IS学園の人斬り巫女とは彼女の事だ! 紅の巫女武者! 篠ノ之・箒!』

「誰が人斬りだ! 誰が……!!」

「おいおい、落ち着けって箒。……今までの試合、思い出せって」

「私は殺生はしていない!」

「切り捨て御免は?」

「試合で相手を斬るなと?」

 

この場に居る者は、全員が〝神〟に挑むと決めた者達。

 

『さあ、まだ続くぞ三人目! その右腕は忠義の右腕! その右腕は〝神〟に挑む巨人の右腕! 今日この日、敬愛する主の道を切り開こう! 雇われ傭平! 仙波・傭平!』

「いやはや、何だか大変な事になりましたね?」

「おう、簪の様子はどうよ?」

「何だかテンション上がってますよ」

「それは上々だな」

 

〝神〟に挑み、そして勝つと決めた者達。

 

『続く四人目! 〝神〟に届く者は居るか? 〝神〟に勝る者は居るか? 嗚呼、そうだ! ここに居るぞ!

〝神〟に届く〝龍〟! 〝神〟に勝る〝龍〟! 嘗て、力こそが〝神〟だった! ならば、全てを捩じ伏せるこの力こそが我らの〝神〟だ! さあ来るぞ! 〝小暴龍〟凰・鈴音だ!』

『鈴音姊姊!!』

『鈴音妈妈!!』

『カーちゃんだ! カーちゃんが出たぞ!』

「中々派手ね。……と、一夏」

「あいよ」

 

そう返事を返し、一夏と他二人が鈴音の視界から外れ、鈴音の背後に下がる。

沸いていた観客は、一体どうしたのかと疑問する。そして、その疑問は一瞬で解消された。

悠然と佇む鈴音の眼前で、何か薄く硬質なものが砕け散る破砕音が響き、〝播磨〟上にある建物の幾つかが、横一文字に両断され、倒壊の音と粉塵を撒き散らし、崩れ落ちていた。

 

「試しは済んだの?」

 

鈴音はそう言うが、返事となる言葉が返ってくる事は無かった。

誰も何も言われずとも解る。今の一撃は〝剣神〟の試しだ。そして鈴音は、その試しをただ無傷で受けきった。

 

 

弾薬庫¦『何今の? 何今の……?!』

御曹司¦『〝剣神〟の業だろうが、少し想像以上か?』

牛鬼 ¦『一応言っとくけどね? 今の〝剣神〟結構機嫌良いかもね?』

Oまり¦『機嫌が良くなったら、危険物飛ばしてくるって……』

あめり¦『隔離した方がよくないかしら?』

セシー¦『本当にはっきり仰いますわね』

御曹司¦『勝てば、隔離でも何でもすればいい。だが今からは、俺の戦いだ』

牛鬼 ¦『何か仕込んでるね? というより、薫子に何か吹き込んだね?』

御曹司¦『ははは、吹き込んだとか人聞きの悪い。俺はただ、善意で噂話を流しただけで、そしたら偶然にも噂話が事実だったというだけだ』

牛鬼 ¦『物は言い様だね? まあ、私的にも、気分的には楽になるから、別にいいけどね?』

 

 

既に見限ったとは言え、古巣とも言える場所だ。やはり、若干の後ろめたさはある。

だからまあ、身から出た錆として諦めてほしい。

 

『そして最後の五人目ですが! 本来の五人目である早瀬・誠一郎は、機体の改修が間に合わず、無念の棄権という事です! ……しかし皆様、ご安心ください。本日吉日、代役にして最後の五人目に相応しい人物と、世界を驚かすビッグニュースをご用意しております……!』

 

――さあ、ここから勝負よ。黛・薫子……!――

 

最初に話を聞いた時は、ただのデマだと切り捨てた。情報を扱う以上、騒いでいい噂とそうではない噂の見極めは、確かにしなければ、要らぬ争いの種になる。

だが、この噂はただのデマと切り捨てるには、いやに信憑性があった。

一年達の動きと、専用機持ち達の集まり。それに加えた〝HAI〟との関係の強化。まるで倉持技研との関係を断つかの様なシフトチェンジに、調べてくださいと言わんばかりに、学園に運び込まれる機材と資材。

そして、匿名で寄せられる更識・簪と倉持技研の関係。

 

――それでこのタイミングでの、この話。誰でも気付く――

 

『最後の最後! 五人となるは学園最強にして、現ロシア国家代表更識・楯無の妹! 不世出の天才! 更識・簪!』

 

そう、ここには挑む者しか居ない。

だから、見せてほしい。

 

『そして、彼女が駆る機体こそ、IS学園で生まれた第三世代機体! 我ら子供が世界に叩き付けた挑戦状だ……! さあ来いよ! 更識・簪、打鉄弐式……!』

 

〝神〟に〝世界〟に挑み勝つ。

子供を嘗めきった大人の、高々と伸びきった鼻をへし折る様を、私達にも見せてほしい。




だけど私は絵が描けない


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祭囃子の中心 配点¦(祭りの始まり)

はい、〝播磨〟耐久RTAスタート!


さて、上手くかましたものだ。

千冬は笑みを隠す事無く、特別観覧席に視線を向ける。

 

「うわ、荒れてますね~」

「ふん、当然の事だ。何時かは来ると分かっていた痛みが、今来ただけだろうに」

 

特殊ガラスに囲われた密室で、何やら詰め寄られる数人が居る。顔に見覚えはある。確か、倉持技研本社の重役だった筈。

成る程、早瀬も手を回していたのか。

 

「しかし、あれだね。この国は何時でも賑やかであるね」

 

何処にでもある一般的な語りかけ、しかしその語りかけに、千冬は眉間に皺を寄せた。隣の山田も、開いた口が塞がらない。

 

「はっはっはっ、どうかしたのかね? まるで、鳩が機関砲掃射でも浴びた様な顔ではないか」

「……元、とは言え、ロシア国家代表がお忍びで来る場所ではないぞ」

「何、気にする事ではない。夫と娘と、日本旅行の最中でね。いやまったく、……小煩い同志大尉である」

「日本旅行に有り得ない単語が出ましたよ~」

 

快活に笑いながら、白い女が口に黒く磨かれたパイプを咥え、千冬の隣の席に腰を下ろす。

禁煙だと睨みを効かせるが、それを見越してか空のパイプを引っくり返して見せる。

 

「うむうむ、同志ノブツカヤも中々にやっているね」

「お前の跡継ぎはどうだ?」

「同志楯無なら先程試したが、まだまだであるね。機体はおろか、装備すら無い私の槌と鎌に負けるとは……」

「お前の権能は質が悪い。特に楯無の奴とは相性が最悪だ」

 

しかし、それを覆してこその国家代表。ならば、あの学園最強もまだまだだという事だ。

 

「楢原や百日紅も来ているよ。ほら、ちょうど榊原の所に」

 

見ると、放送席に人が増えている。よくよく眺めてみると、他にも千冬達が知る顔がある。

思わず千冬が頭を抱えるが、隣からは平然とした声があった。

 

「それだけ、あの〝剣神〟が再び剣を手にする理由が気になるのであるよ」

「なら、大人しく観ていろ。無駄な騒ぎを起こしてくれるな」

 

折角、面白くなりそうなのだ。つまらぬ邪魔が入るのは嫌だ。

 

「もし、邪魔が入ったらどうするのかね?」

「決まっている。コイツ(山田)を弾除けに、全員斬る」

 

何か絶望的な顔を向けるが、知った事か。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

〝播磨〟上で向かい合う姿は十、しかしその内の一人は、いやに不満気に表情を歪めている。

その歪んだ表情は、間違いなく熱田だ。

 

「あ゛ー……」

「〝神様〟は何か文句でもあるのかしら?」

「あ゛ー、……足りねえ」

「足りない?」

「足りねえ足りねえ足りねえ。私はさ、楽しみにしてたんだ。この〝剣神〟熱田様に楯突くガキ共斬るのをよ」

 

 

あめり¦『真面目に危険発言出たわね』

Oまり¦『日本こわいわー』

 

 

「それが蓋を開ければどうよ? 目の前には五人しか居ねえ上に、余計なおまけがくっついてきやがった」

「熱田代表、余計なおまけとは心外ですね」

「黙れ。私の楽しみを邪魔すんな」

 

 

セシー¦『これ、どうなんですの?』

弾薬庫¦『意思の疎通というより、初めから一対五のつもりだった?』

牛鬼 ¦『あ、これ違うね? 言ってる意味が少し違うね?』

長口上¦『あー分かっちゃった……』

である¦『何? 分かったのかね。ちょっと私にだけ教えてみないかね、同志京極』

 

 

熱田が同じ倉持所属の選手と、言葉を交わす度に、周囲に掛かる圧が増していく。

倉持所属のパイロットも、説得に入っている一人を除いて、熱田から距離を取っている。

 

「ですから、既にルールは決定済み。いくら貴女と言えど、勝手は通りません」

「勝手についてきたのはテメーらだ。折角、千冬肝いりのガキ共が喧嘩吹っ掛けてきたのに、テメーらの分私の取り分が減るじゃねえか……!」

 

ああ、くそ! 大体だ……!

 

「数が足りねえじゃねえか! イギリスフランスドイツに男一人! あと、最近移籍したのが二人居たろうが……!」

「つまり、あんたは一人で、私達全員を相手する気だった訳ね。……いいわ、奉納の喧嘩祭りだものね」

「おいおい、いくら何でも数が合わねえよ。鈴」

「あら、相手は天下の倉持技研所属のパイロット様よ?私達学生が四、五人増えたからって、物の数じゃないわ」

「お、それもそうだな。プロのパイロットが、ガキにビビる訳無いよな!」

「当たり前、相手はプロ。勝ち確の試合で、私達学生にハンデを与える位訳無い」

 

軽い調子で笑い合う鈴音と一夏に簪だが、熱田ともう一人を除く倉持側はそうではなかった。才能と未来はあるが、実績の無い子供の言葉。その挑発など、本来なら一笑に伏すものだ。

しかし、他三人には嫉妬の色が濃くあった。

絶対の一期生に次ぐ、華の二期生として代表候補生にはなれた。だが、そこから鳴かず飛ばず、一般的な代表候補生のまま、専用機も専用武装すら得る事も無く、十把一絡げの中の一人として、誰からも覚えられる事すら無かった。

だが、目の前の子供達はどうだ。

才能も未来も有り、自分達の欲した形有る実績すら手にしている。

嫉み妬む、負の感情というものは、意図も簡単に宿した者を焚き付ける。

 

「……いいわ、たかが子供四、五人程度、かかってきなさいよ」

「おや、何か言ったかね? いや、済まない。私、この打鉄弐式の開発中に、どうやら耳を痛めたらしく、すこ~~しばかり聞こえ難くてね。それにこの歓声の中では、天下の倉持技研も縮み上がってしまうかな?」

 

 

雇われ¦『どうなっても知りませんよ? ボス』

首領飾¦『面倒な劣等生根性丸出しなのが悪い』

 

 

思わず傭平も苦笑を浮かべるが、相手はそれすら挑発と受け取った。

ふざけるなと、怒号が飛ぶが、傭平からしてみれば、熱田以外はただの敵でしかない。だが一つ、気になる視線があった。

熱田ともう一人、傭平と同じく、右腕を体と不釣り合いな巨腕とした女。

彼女は傭平と〝ヘカトンケイレス〟、そして簪を確認し、敵意に近い視線を向けてきている。

その様子に熱田は興味は薄そうだが、まるきり興味が無いという訳でもないらしい。

 

「……まあ、あれだ。お前ら全員対私がいいんだが、どうにも収まりがつきそうにねえな。んじゃまあ、こうするか」

 

軽い提案でもするかの様に、熱田が言葉を吐いた瞬間、傭平は右腕を構え、簪の前に立った。

箒も二刀を前に構え、一夏と鈴音の二人は、一瞬だけ視線を交わし、一夏が頷き雪片を、鈴音は仕方なさそうに双天牙月を前に、熱田を中心とした爆圧を受けた。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

「うわー、熱田も変わんないね。サカキ」

「一度は手放したって話だけど、やっぱり〝剣神〟は〝剣神〟という事ね。サカキ」

「どうでもいいがな、ナラ、サル。お前ら何でここに来た?」

 

榊原の眇に、楢原と百日紅は、何か理解出来ないものを見る様な目を向ける。

 

「サカキって、学園の警備のトップだよね?」

「いや、トップは千冬だ。アタシは実働」

「なら、千冬で止まってる?」

「一体何の話だ」

「楢原一尉、並びに百日紅一尉。IS学園に出向になりました。宜しく、榊原三佐。あ、元だった」

「……この程度は話に噛ませろって事か」

「そんな感じそんな感じ。んで、解説はいいの?」

「実況が止まってるからな」

「ふぉぉうっ!?」

 

〝播磨〟上でと突如発生した爆圧に、呆気に取られて固まっていた黛の横腹を小突くと、奇声を発しながら、実況を再開し始める。

 

「え~、実況者としてあるまじき事でしたが、あまりに突然の事に言葉を失っていました。解説の榊原先生、色々トンでも情報出た気がしますけど、今の単純に何ですか?」

「〝フツノ〟、熱田が持つ機殻剣の名だ。そして、熱田だけしか扱えないし、下手をすると触れもしない」

「え、ファンタジー?」

「あのクラスは大概ファンタジーだ。そして、〝フツノ〟はその名自体が〝断ち斬る〟という意味だ。さて、黛。アタシは授業で言ったな? ISコアは何を基準にワンオフアビリティを発現させる?」

 

答えられなければ、座学と実技の補習と追加すれば、壊れたスピーカーの様に、答えを垂れ流し始めた。

 

「……まあ、及第点だ。補習は無し」

「ふう、しかし、何故〝名前〟から何ですかね?」

「……〝名前〟には意味と、願いが籠められている。とある博士の言葉だと、ISコアには願望器としての側面もあるそうだ」

 

首を傾げているが、細かい事までは知らん。

いまだに解明の糸口すら掴めない話を、一実技教師でしかない榊原が、知る筈も無いのだ。

しかし、言葉だけは知っている。

だがそれは、今は関係無い。

 

「さて、黛。こっから忙しいぞ」

「え?」

「一対一の試合じゃなく、生き残りのサバイバルになったんだ。あっちこっち実況しないとなぁ?」

「うわ、あの〝剣神〟余計な真似を……!」

 

マイクが入ったままだが、聞こえてはいないだろう。

いや、聞く気すら無い。

 

「気を引き締めて、実況再開! 只今〝播磨〟上で確認出来る選手は、〝剣神〟熱田選手以外は、土煙で確認出来ません。それで解説の榊原先生、今のがその、〝フツノ〟の切れ味って奴ですか?」

「軽く斬る気で、〝フツノ〟の刃を向けただけだ。本当に斬る気なら、切断面が崩れる事は無い」

「つまり?」

「鳳の奴は大変だぞ。千冬の〝零落白夜〟すら斬った〝剣神〟と、正面から殴り合うつもりだからな」

「は? サカキ、マジの話だったのあれ?」

「ナラ、サル、よく見とけ。もしかすると、もしかするかもな」

 

榊原の声に、観客全員の視線が〝播磨〟に向けられる。

そして見たものは、割れた青竜刀を片手に、欠伸をする鈴音の姿だった。

 

「徒手空拳って話じゃねえのか?」

「ん? ああ、これ? 私的に要らない物なんだけど、上がどうしてもって、甲龍のスロットに入れるのよ。数回振ったらヘタれて、ちょっと風を受けたら割れるとか、玩具じゃないんだから……」

 

割れ曲がった双天牙月を放り捨てれば、観客席の何処かで、誰かが膝をつく様な気配があったが、そんなものどうでもいい。

大事なのは、今目の前だ。

 

一歩、熱田が前に出る。

一歩、鈴音が前に出る。

二歩、熱田が〝フツノ〟の刃を鈴音に向ける。

二歩、鈴音の眼前で刃の砕ける音が響く。

三歩、熱田が笑う。

三歩、鈴音が笑う。

四歩、熱田の前に鈴音が立つ。

四歩、鈴音の前に熱田が立つ。

 

「まずは一発、龍の拳受けてみる?」

 

握り締められた龍の拳が、〝剣神〟を打撃した。



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龍は如何に剣の神と舞うか 配点¦(奉納の神楽舞)

播磨君RTA1ターン目スタート!


まず最初に、視界に入ったのは笑みだった。

余裕を感じさせる、上位が下位に向けるそれとは違う。

喜と楽、嬉しい楽しい。

遊び相手を待ちわびた子供、まさにその笑みが、互いの視界に入った。

 

刃と拳が火花を散らし、鍔競り合う中、熱田が視線を鈴音に向ける。

ただそれだけ、何か起こる訳がない。

しかし、熱田の視線を受けた鈴音に、何かがぶつかり砕け割れ、散っていく。

 

「それも〝剣神〟の権能ってやつ?」

「お前のそれもそうか?」

 

硬質な破砕音が不規則に連続し、鈴音の周りに散っていく。しかし、それを意に介さず、鈴音は握り締めた拳を熱田目掛けて振り抜く。

普段の拳とは違う。シールドはおろか、絶対防御すら当たれば貫き、致命の一撃になるだろう拳。

 

「ははっ、お互い窮屈だったよなあ!」

 

その拳を紙一重でかわしながら、熱田が〝フツノ〟の刃を向ける。ただ向けただけ、それだけで何かが斬れる事など有り得ない。

しかし、鈴音に向けられた刃は、確かに斬ってみせた。

 

「あ、やっぱり邪魔よね」

「いいのか? あっち、誰か泣いてるっぽいぜ」

「いいのよ。ちょっと振ったらへたれる段平に、龍の名を冠している癖に、弾が見えない以外に取り柄の無いがらくたよ?」

 

学園島で誰かが膝を折る気配があったが、そんなものはどうでもいい。

背後、龍砲が千々に斬り刻まれるが、有ってもデッドウエイトにしかならない。寧ろ、龍砲二つ分、〝剣神〟の権能が見られると考えるなら、盾代わりくらいにはなった。

 

『イラナイノー』

 

甲龍のコンソールに文字が浮かぶ。久々に喋ったと思ったら、本人からも邪魔扱いだった様だ。

鈴音が、自身の周囲に破砕音を多重に響かせながら、拳を振り抜き、蹴りを放つ。

兎に角、廃屋が邪魔でしょうがない。蹴り割ったビルの壁の残骸の端を掴み、水切り宜しくアンダースローで投げる。

碌に確認せずに投げたが、あれはさっき熱田が斬り飛ばしたビルの屋上部分だった。壁ではなかった。

当たる手前で、微塵切りになったが、まったく紛らわしい。

 

「こんな豆腐投げても、こっちの刃は欠けねえぞ?」

「これで欠けたら、逆に驚いてあげるわ」

「ははは、無理な話だ。……んで、どうだって話だ」

「あら、何がかしら?」

「私の権能探ってたろ? 解ったのかって話だ」

「あんたの通り名が答えでしょ。範囲を確認してただけよ」

 

それはいいと、熱田が鈴音に〝フツノ〟の切っ先を突き付ける。刃だけでなく、刀身を向けてきたのは、これが初めての事だ。

そして鈴音は、横薙ぎに拳を振るい、伸びてきた刃をへし折った。

 

「あんたの権能、〝剣神〟の通り名そのままに、あんた自身が刀剣だという事。つまり一挙手一投足、いや、もしかすると呼吸もかしら? まあ、その全てが斬擊となる」

 

それも、超一級の剣士なんて話にならない。

世に謳われる剣聖すら、遥か遠く霞む。

剣士という、刀剣を扱うだけの格では、到底辿り着く事叶わぬ域。

切る、斬る、断つ、裂く。おおよそ、刃が為せる物事を、人の身や業という不純を含まず、ただ切断という概念が振るわれる。

 

「まあ、だから何だって話ね」

「だよなぁ。お前はこんなカミソリじゃ斬れねえ。私も予想外だった。まさか、刃が届かねえとはな」

「あら、気付いてたの」

「当たり前だ。刃がお前に触れる前に、弾かれて砕けてやがる。だが、ワンオフって感じと違う、お前はんな小せえタマじゃねえ」

「なら、何かしら?」

 

まあ、焦るな。

熱田は腰のハードポイントパーツから、皺だらけの煙草の箱を取り出し、よれた煙草に火を点ける。

千冬や他の連中が、現役を離れ始めた頃に、腹いせの様なもので始めたが、思ったより悪くなかった。

 

「一応、禁煙よ」

「いいじゃねえか。それで、お前のそれだが、ワンオフじゃなく、ワンオフの一部だろ」

「正確には、強引に押し込んでるワンオフの、押し込みきれてない部分ね。〝龍の威圧〟とか呼ばれてるらしいわね。因みに私のワンオフ、常時発動型だけど、学園だとちょっと使えないから」

「ああ、越えられねえのか……」

 

落胆したかの様に、熱田が紫煙を吐き捨てる。

やはり気概だけで、誰も届かなかったのか。そんな疑問が、熱田の脳裏を過る。

しかし、それを鈴音は鼻で笑った。

 

「あんた、何勝手にがっかりしてんの? え、もしかして悲劇の強者気取り? 戦える相手が居ないとか?」

「あぁ?! んだ、このガキ! たたっ斬るぞ!」

「あー、馬鹿らし。誰も私に届いてないなら、ここには私一人で立ってたわよ」

 

眉をひそめる熱田だったが、すぐにその困惑の色はかき消えた。

 

「ああ、そうか。そうだよなあ。なら、これから来る連中もか」

「ええ、そうよ。〝神〟に挑み、〝神〟に勝とうとする者達よ。じゃあ、〝剣神〟熱田。龍の威圧すら断てない貴女は、本当に私達が打倒するに値する〝神〟なの?」

「言ってろくそガキ……!」

 

心の何処かに、僅かに残っていた迷いと疑念は、今この瞬間に露と消え果てた。

己の〝圧〟のみで、全て断てると思っていたが、現実はどうだ。

〝圧〟で断てぬ者が居る。

〝剣神〟相手に吼える〝龍〟が居る。

そして、〝神〟に勝とうとする者達も居る。

 

「マジで帰らなくてよかったって話だ。それじゃあ、鳳・鈴音。……斬るぜ」

「いいわ、来なさい。全部、受けてあげる」

 

鈴音が両手を広げ、余裕の笑みを浮かべる。

歓喜にうち震える熱田が、この日初めて〝フツノ〟を構えた。構えたといっても、肩に担ぐ様にしていた〝フツノ〟を、右手一本でだらりと垂れ下げただけだが、学園島の観客全てが、あれが〝剣神〟の構えだと理解する。

そして、その理解がまるで足らなかったと、次の瞬間理解した。

 

『は?』

 

黛の声だった。マイクに拡声された声が、呆けた色を観客席に落とす。否、黛だけではない。観客席の一部を除く全員が、〝播磨〟上で起きた現象に理解が出来ず、呆けたままに声を失っていた。

 

「……おい、あれ死んだんじゃ……」

 

現象は一瞬で、起きた原因も単純だった。熱田が右手に構えた〝フツノ〟を、横薙ぎに振るった。

ただそれだけの事で、〝播磨〟表層部にある建築物、崩れていた瓦礫の山が、形をそのままにずれた。

ズルリと、音が付きそうな程に、鉄筋コンクリートで出来たビル群が、滑り落ちていく。

瓦礫の山も同様に、新たに崩れる気配すら見せず、積み重なった姿をそのままに、滑り落ちて、地に落ちた瞬間に、己の惨状に気付いた様に、粉塵の血飛沫を上げた。

 

『榊原先生、今のは……?』

『良い機会だ。よく見とけ、あれが〝絶対の第一世代〟だ。つまり、千冬の同世代は全員あれだ』

『き、キチガ……、いや、あれ! 鳳さん死にましたよ……!?』

『だから、よく見とけ。死人が出たなら、なんでまだビルが斬られてる?』

 

あ、と黛が声を漏らす。

その間にも、〝播磨〟上では止むこと無く、切断の刃が走り続け、遂には〝播磨〟の船体の一部を斬り落とし、海面に巨大な水柱を作り上げていた。

 

「は、やっぱりだ。やっぱり、斬れてねえな」

「ホント、嬉しそうね」

「当たり前だ、当たり前の話だ。最後に〝フツノ〟を振ったのが、何時だと思ってやがる」

「聞くけど何時かしら?」

「千冬が引退する前だ」

「そう」

 

言った瞬間、〝播磨〟が激震した。否、沈み込んだ。

鈴音が踏んだ震脚は、〝播磨〟船体を海面に確かに沈み込ませ、〝播磨〟だけでなく学園島にまで波と揺れを伝えた。

折れ曲がり割れ、砕け散りながらも、〝播磨〟のフレームから伝わる反力を足場に、鈴音は固めた拳を力任せに、熱田に叩き付けた。

 

「じゃ、今日が最後ね。その剣、私が叩き折ってあげる」

「ははははははっ! なら私はお前を斬ってやらぁ!」

 

弾き飛ばされた熱田だが、ビルや瓦礫に激突する事は無かった。熱田に接触する寸前に、熱田の〝圧〟によって微塵に斬り捨てられ、障害物となる事無く、通路を開く。

 

「流石に、すぐには折れないわね」

「なら、お前はすぐに斬れるかぁ……!」

 

熱田が斜めに斬り上げ、ビルや表層部だけでなく、中層のフレームまで斬り裂き、〝剣神〟の刃は〝播磨〟の船体を歪ませる。

 

「鱗も斬れないわね……!」

 

熱田の刃を避ける素振りすら見せず、鈴音は熱田の顔面目掛けて、必殺の拳を振り抜く。

しかし、その拳は熱田を捉えず、まだ残っていたビルの基礎部分に直撃し、基礎部分と連結していた表層フレームごと引き抜き、表層部の一部が捲れ上がる。

 

「楽しんでるか〝龍〟……!」

「楽しくないの〝剣神〟……!」

 

〝神〟が勝つか、〝龍〟が勝つか。

崩れ落ちていく〝播磨〟を舞台とした、熱田と鈴音の激突は、〝播磨〟の悲鳴を他所に、更に加速していく。




1ターン目
ダイスロールの結果
播磨君、耐久力の半分が消し飛びました……!

つまり、熱田か鈴音のどちらかが、メインフレームやりました!
え、播磨君弱ない?


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戦神楽の演者 配点¦(おいおい、楽しめよ)

さてと、傭平は思考を回す。

神楽の舞台は、人工島〝播磨〟で相手は倉持技研。

目的は主たる簪の技術的権威の確保。

その為には簪の活躍と、その作品である打鉄弐式の性能を、今会場に集まる全てに喧伝しなくてはならない。

 

さて、難しい事だ。

この喧伝、あまりに功績を立て過ぎても、簪の将来にあまり良くない傷を残す事になりかねない。

しかしと言って、傭平や一夏に箒達が、簪よりも目立ち過ぎては、今回のこれを画策した意味が無くなる。

 

さて、難しい事だ。

 

「私を前に呆けるか!」

「あ、いやー、少し考え事をしてしまいましテ……」

「なら、考える必要を無くしてやる」

 

出来る事なら、早々に簪と合流して、彼女の功績確保に動きたいのだが、熱田の圧に紛れて、こちらへ飛び掛かってきた彼女、〝蔵橋〟が厄介極まりない。

 

「同じ武装腕同士、潔く打ち合え……!」

 

そうは言うが、傭平としては正直な所、己の功績はさほど欲してはいないのだ。

全ては主たる簪の功績とするならば、今ここで蔵橋を打倒するのは、少々如何なものか。

思考を回すが、中々答えは出ない。しかもその上、蔵橋の右腕がまた厄介だ。

 

「いや、同じ武装腕と言いますけド、系統が違い過ぎますっテ!」

 

思考を回すが、中々手が出せない。ヘカトンケイレスと違って、蔵橋の右腕は動きが軽く速い。

対する傭平のヘカトンケイレスは、重く遅い。ある程度は、傭平の仙波の技で賄えているが、同系統の武装で、尚且つキャリアに差があると、反撃をしようにも難しい。

そして、それに加えて、

 

「また……!」

 

この〝播磨〟の揺れと、建造物の切断だ。

恐らくではなく、確実に鈴音と熱田の仕業だ。〝播磨〟そのものが激震する力と、遮るものが存在しない切断という概念。

二つの絶対による蹂躙、その結果は〝播磨〟の崩落という形で現れた。

 

――ちょっと勘弁してくれませんカ……!――

 

ISに足場は必要無い。元々、宇宙へ至る為の機械だったのだ。災害救助や、医療福祉で使用されているEosとは違う。

地面という足場が無くとも、空中を足場に出来る。中には、傭平の機体の様に走るという行動を、加味した構造の機体も有るが、その様な機体は少ない。

 

故に、ISは地表で起きた影響を直接受けない。しかし、それはISという飛行機械の話だ。

それを駆る人間は、空を飛ばず地を這う生き物だ。

崩れず歪まず割れぬ筈の地が、その当然の通りにならず、磐石とした姿が崩れれば、それに頼る人間はそれを当然と落ちていく。

 

「ちっ、あの神も少しは考えてほしいものだ」

「……まったく、キツイですネ」

 

傭平と蔵橋は、傭平が受ける形で、その右腕同士をぶつけ合い、鋼の軋みを鳴らし鍔競り合う。

崩れかけた〝播磨〟のフレームを足場に、傭平は改めて、蔵橋の右腕を観察する。

機体は打鉄だが、若干装甲が厚く、関節部や露出部が何やら特殊な素材で出来ていそうな、軟質素材のカバーで被われている。

特に右腕側は、厳重に被われていて、傭平の背筋に何かうすら寒い汗が、一筋流れ落ちた。

 

「さて、お前達は本当に〝神〟に勝てると、思っているのか?」

「古来より、神殺しに化け物殺しは、人間の所業ですヨ」

 

言いつつ、情報を探る。急ぎ繋いだネットワーク上にある情報には、蔵橋の機体に関する情報は見当たらない。

急拵えとは思えないが、右の武装腕は配線が剥き出しになっている部分も多く、断言は出来そうにない。

しかし、不思議な形だ。武装腕の形式としては、傭平のヘカトンケイレスと同系統の、腕部嵌め込み式だろう。

だが、ヘカトンケイレスより長く細い姿は、折り畳まれた様な形であり、巨大な鉤爪の右手に直結している前腕部は、タンクか何かを納めているかの様に膨れている。

激しく嫌な予感が加速する。

 

「なら、かの〝剣神〟の前に、この〝火神〟の右腕を越えてみせろ……!」

 

〝火神〟、その二文字を聞いた傭平の動きは、迅速だった。

ヘカトンケイレスに新たに内蔵されたシールド発振装置を、緊急稼働させ蔵橋の右手を弾き飛ばす。

 

 

――二、いや三発装填……!――

 

 

掛かる負荷も切り捨て、傭平は爆薬を三発装填し、一発でも致命の一撃となりうるそれを、一斉に起爆し蔵橋に爆炎を叩き付けた。

壁と表現するのも生温い、炎と熱風塊が蔵橋を飲み込み、爆風が周囲の瓦礫を吹き飛ばし、熱が剥き出しの鉄骨を僅かに赤く染める。

 

赤く焼けた薬莢が三つ排出され、落下の音と共に転がる。

緊急拝熱の白煙を噴き出すヘカトンケイレスを、再び蔵橋へ向ける。

有るのだ。同じ武装腕、ほぼ同時期に作成され、しかし日の目を見る事無く、埋もれていったものが。

 

「…………」

 

無言で睨む爆炎が晴れ、残る陽炎が視界を歪ませる中、ぬうっと赤く紅い鉤爪が顔を出した。

 

「灼き尽くせ、〝ヒノカグツチ〟……!」

 

構えたヘカトンケイレスからのけたたましい警告と、SE(シールドエネルギー)に守られて尚、その身を焼く熱が傭平に届いたのは、日本神話の火神の名を叫ぶ声と同時だった。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

「〝カグツチ〟じゃん。まだ残ってたんだねサカキ」

「ええ、驚きねサカキ」

「ナラ、サル。よく見てみろ。あれは〝カグツチ〟じゃねえよ」

 

榊原の指摘に、楢原と百日紅は首を傾げるが、すぐに納得したと頷いた。

 

「そういえば、〝カグツチ〟に手無かったわ。もっと直接的に、バーナーみたいなやつだった」

「それに、あれが〝カグツチ〟なら、そのまま引っ張り出すのは無理だろ」

「榊原先生、その、〝カグツチ〟とは?」

 

また補習するか、と黛を睨む様に見るが、これに関しては仕方ないかと、榊原は携帯端末を開き、教員用データベースから、情報を幾つか引き出す。

 

「腕部一体型武装腕〝カグツチ〟、今となっちゃ、設計思想だけが生き残った代物だな。性能はその名の通りに、超高熱による熱量武装だ」

「でも、結局実験段階で、表に出る事は無かったんだ」

「まあ、当然よね。使用者の安全が確保出来ない熱量武装なんて、表に出せないわよ」

「え?」

 

百日紅の言葉が、黛の耳に届き、爆炎と熱の柱が二本、〝播磨〟に突き刺さった。



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火神の鉄槌 配点¦(其は神たりえた片鱗)

( ՞ةڼ◔)イヒー
仕事忙し過ぎ( ՞ةڼ◔)イヒー



その焔を見たのは、今戦っている子供達よりも、幼い年頃だった。

親戚に連れられ、招かれた倉持技研。理由は覚えていない。覚えている必要すら無くしてしまう、火神の焔を見たからだ。

耐熱処理を施した、特殊な強化ガラス越しに見た焔は、今までの自分を焼き尽くし、新たな憧れを焼き付けるには、十分過ぎた。

そして、世界に君臨する〝神〟の一柱と対峙した時、蔵橋の道は決まっていた。

才能と、そう呼べるものは他人よりも僅かにはあった。だが、それだけだった。ただ、他人より少しだけ、素の力が勝っていて、他人より少しだけ物覚えが良かった。

ただ、それだけを最初の手札に、蔵橋は華の二期生に次ぐ、名無しの三期生としてIS学園に入学し、僅かな優位の手札が、何もかも役に立たないと思い知った。

 

憧れ、それだけで進める程、この世界は平たくなく、道は広くなかった。狭く険しい道しかなく、自分の同期達が先へ進んでいく姿を、歯を喰い縛りながら見ていた。

数人が止まり、数人が居なくなり、数人が諦めた。

だが、蔵橋は止まれず、居なくなれず、諦められなかった。

這い摺り、引き摺られ、のたうち回り、それでもと歯が砕ける程に喰い縛り、肉が裂け、血が枯れる様な思いで、必死に手を伸ばし、確かに掴んだ先には、何も無かった。

 

「タイミングが、時季がひたすらに悪かった」

 

榊原が気怠そうに言う。

 

「千冬達の絶対の一期生、あたしらの華の二期生に続いた三期生への期待は、想像以上だった」

 

素質が無かった、才能が無かった、環境が悪かった。

そうではない。素質は有った、才能も有った、環境も良かった。

ただただ、ひたすらにタイミングが悪かった。

初代ブリュンヒルデ〝戦乙女〟織斑・千冬を筆頭に、第三回モンド・グロッソ優勝二代目ブリュンヒルデ〝風神〟アリーシャ・ジョセフターフ。

そして、今も尚〝神〟として君臨する〝剣神〟熱田・雪路と、生身では並ぶ者無しと謳われる〝斉天大聖〟楊・麗々。

その神代の時代に人のまま、着の身着のまま、自由自在に己を通した〝銃央矛塵〟山田・真耶。

変わり者ばかりの一期生の中でも、特に変わり者であっり、今もロシアで英雄視される〝氷帝(将軍)〟ナジェーリア・リトリア。

ISの空中機動に於いて、組技による格闘術を編み出した〝闘匠〟イーリス・コーリング。

高高度機動並びに超高速機動分野での多大なる功績を持ち、今もNo.1レーサーである〝熾天使〟ナターシャ・ファイルス。

 

選手として、多大な功績を残した者達の後進として、その期待はあまりに大きく、そして重すぎた。

研究分野へ向かおうとも、IS文明の産みの親である篠ノ之束、ISコアネットワーク解明とソフトウェアの天才である篝火ヒカルノや、他の天才奇才達と比べられた。

 

〝名無しの最悪の世代〟

二重の意味で、三期生はそう呼ばれる。

才能も何もかも足りず、先達達の顔に泥を塗った愚か者達。

周囲の勝手な期待に押し潰され、正当な評価すら受けられなかった哀れな者達。

 

「あれから今日に至るまで、まず比較されるのが一期二期生。周囲も中々に酷であるね」

 

白い女、ナジェーリアが空に浮かぶ空間投影ディスプレイを眺めながら、手の中で空のパイプを弄んでいた。

 

「それを私に言って、何がどうなる?」

「はっはっはっ、相も変わらず厳しいね」

 

千冬の見るディスプレイでは、激闘と呼んでも差し支えのない戦いが、目まぐるしく繰り広げられている。

千冬の現役時代からすれば、幾分温い戦いだ。しかし、それも仕方ない。

 

「自ら折れた半端者が、自ら進む子供に勝てる訳が無いだろうに」

「まったく、厳しいね。しかし、それも事実である」

 

千冬達からしてみれば、余裕が欠片も無い癖に、周りの雑音に耳を貸すから、簡単に折られる。

最初から器が足りない癖に、自分が夢に届かないと解ると、何か抵抗するでもなく諦め、手放してしまう。

そして、その喪失を他者の責任として擦り付ける。

 

「人の身で、しかしそれでも〝神〟に届こうとした人も居るというのにな」

 

呆けた表情で、ディスプレイ内での試合を眺める真耶を、千冬は何とも言い難い表情で見る。

人のままで〝神〟に挑み、人のままで〝神〟に届いた。

そして、舞台から人のまま下りた。

 

「いや、舞台を変えたのか」

 

山田・真耶には、人を伸ばし、見極める才がある。それに気付いていたのか。彼女は己達の中では、いち早く次の舞台へ進み、確かな実績を挙げていた。だからだろうか、何かと難しい一組の副担任を任されたのは。

千冬は、そんな事を思い返しながら、呆けた表情でディスプレイを眺める山田に問うた。

 

「この試合、何処が鍵だ?」

「ん~、凰さんは勿論ですけど、仙波君もですね~」

「センバ? あの巨人の腕の持ち主かね?」

「そうですよ~」

 

目を細める先には、火神の焔を浴びながらも、神に食らい付こうと、右腕を振るう少年の姿があった。

懐かしい姿だ。結局、あの腕は日の目を見る事は無く、最後に〝神〟に挑む事すら出来ずに、その身を砕かれ沈み、亡骸は学園地下に眠っている。

さて、嘗ての皆は、彼を見てどう思うだろうか。

未熟と切るだろうか。

不相応と笑うだろうか。

否、未熟と切り、不相応と笑いながらも

 

「振るえと、言うだろうな」

 

喧嘩祭りの囃子の収まらぬ舞台を、千冬達は懐かしむ様に眺め、いずれ来る結末を待った。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

長柄を手繰りながら、簪は崩壊を続ける舞台上を疾駆した。はてさて、一体どうしたものか。

 

「ふっ」

 

戦って負けるという程、簪は弱くないし、相手も強くない。簪が問題としているのは、一体どうすれば、打鉄弐式の御披露目に相応しい舞台となるかだ。

 

「……馬鹿に、して……!」

 

困った。馬鹿にしているつもりは無かった。この相手は、強く速く正しい。

ただ、それだけしかなく、それも飛び抜けたものが無いだけだ。

積んできた修練が、目に見える程に、その動きは強く速く、そして学んだ型に正しかった。

だが、それだけなのだ。

 

「同じ薙刀、なのにどうして……?」

 

強く速く正しい者はどうしても強い。自然の摂理、当然の事だ。

武術の基本とは、人間の体を如何に使い、如何に強く速く正しく動かせるか。そして、それらを極めるという事は、その基本から先を修めるという事になる。

同じ武器、同じ技術なら、その差は顕著になる。

現状、何の事はない。ただ、薙刀と己の扱いに関して、簪が彼女より上だったというだけの話だ。

だがそれが、簪の太刀筋を曇らせた。

 

 

――しまった――

 

 

簪の太刀筋を曇らせたのは、憤りだった。

簪の現状、不遇と言える扱いに、彼女は関係無いだろう。しかし、完全に無関係ではない。

打鉄弐式の開発を中止し、そして簪達の成果を奪おうとした倉持技研。彼女はそこに所属するテストパイロットだ。

一大企業のテストパイロットともなれば、国家代表選抜に数えられてもおかしくない腕前の持ち主だ。

なのに、簪達が踏み越えた一歩を、彼女はいまだに踏み越えていない。

赦せなかった。自分から奪おうとした者が、この程度の者を代表として、この舞台へ出してきた。

通常の薙刀は、刃の切れ味に加え、刀身の重量と長柄による慣性で、一気に断ち斬るものだ。

だが、簪の薙刀〝夢現〟は、刃の切れ味そのものよりも、柄部に内蔵された発振装置が発する振動で、多少強引にでも両断する事が出来る。

しかしその代わりに、対象に対して、正確に刃を立てなければ、刃だけでなく刀身が破損してしまう。

憤りに任せて、ただ振り下ろした簪の一振りは、まさしくそれだった。

そして、相手もその隙を見逃す程、腑抜けてはいなかった。

 

「あぁ……!」

 

砕け散る刀身の破片を押し退けて、横一線に薙刀を振り抜く。簪の持つ柄に阻まれたが、弾かれる事は無く、鍔競り合いの形となった。

相手の刃は折れ、頼みとなる他の武装も、この至近距離では使い辛い。このまま、押し切る。

そのつもりで、簪に組み付こうとした瞬間、重いという表現すら生温い衝撃が、腹を貫き背骨を軋ませ、肺を押し潰し、呼吸を破壊する。

 

「あ……、かっ……」

 

問う為の言葉を作ろうと、口を動かすが、肺が震え、息が吸えない。その原因は、己の身を押し上げる鈍い銀色の柱だった。

 

「……何故、とでも言いたげだね?」

 

SE(シールドエネルギー)に守られて尚、呼吸すらままならぬ己の苦悶とは違い、簪の表情は心の底から冷めきった表情であった。

 

「まるで、聞いていた話と違う。という顔だね」

 

打鉄弐式、その脚部装甲の膝。そこから伸びた柱は、話に聞いていた打鉄弐式の仕様には、存在しないものだった。

「少し、考えれば分かる事だろうに。君達は打鉄弐式を捨てたが、私達はそうはしなかった」

 

ただそれだけの事だと、簪は相手から距離を取る。脚部内蔵型のパイルは傭平の発案で採用した。

不意討ちや至近距離での牽制の為のものだったが、予想以上に効果は有りそうだ。

 

「君達が決めた仕様通りに、開発する道理は無い。そうは思わなかったのかな?」

 

砕けた刀身を、予備の物と交換しながら問えば、それも知らぬと、恨みがましく視線が返してくる。

破損の可能性があり、取り替えのきく物なら、予備を備えておく事に、何の不思議があるのか。というより、元の設計に無理があるだろう。

簪は言葉にはしない。仮に、言葉にしたところで、相手は理解しない。

だから、簪は刀身を新しくした夢現を構え、いまだ膝をつく相手に、止めを振り下ろそうとした。

 

「避けろ簪!」

 

突如として飛び込んできた叫び。それは一夏のもので、雪片弐型を肩に担いだ彼と、背部ユニットの一部が融解した箒が、ヘカトンケイレスの機関砲を乱射する傭平を吊り下げて、何かから逃げていた。

一瞬、何を避ければいいのか理解出来なかったが、一夏達の様子から、避けなければまずい何かが近付いている事は明らかだった。

 

「また来るぞ……!」

 

箒の叫びと同時に、打鉄弐式の温度感知センサーに、強いノイズが走る。設定された温度の上限を、遥かに超える高温が、辛うじて姿を保っているビル群の後方から放たれ、そしてロックオン警告を四人全員の機体が、けたたましく吐き出す。

 

「くっそ……!」

 

一瞬だった。

一夏が白式のスラスター出力任せに、三人を上空に引き上げると同時に、くすんだ灰色のビルが赤熱し、砕ける事すら無く、溶け貫かれた。

空気が焼け、熱が周囲を干上がらせ、塵を燃やし尽くす。四人の足元、寂れた街並みは、埒外の熱にその姿を変えていった。

 

「……〝火神〟」

 

風景を歪ませる熱を発し、陽炎を纏った女。蔵橋が、ゆっくりと己が作ったトンネルを抜ける。

その火神の右腕は、最早赤熱などと生温いと、煌々と燃え上がり、莫大量の熱を辺りに叩きつけている。

 

「……さあ、来い。未来を望むなら、この火神の右腕を越えてみせろ」

 

鉤爪が開かれ、右腕が振るわれるのと、四人のすぐ側のビルが裂かれたのは同時であった。



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神楽舞いの参加者達 配点¦(さあ、いこう)

「一体、どういうつもりだ?!」

 

怒鳴るというより、最早叫ぶといった糾弾の声が、観覧席に響いた。

 

「どう、とは?」

「しらばっくれるな!」

 

身をすくませる様な叫びだったが、返答の主である誠一郎は、あまり関心を感じさせず、癖毛を掻いた。

 

「お前らに、ただの子供に! あんなものが造れる筈が無い!」

「ああ、成る程。そんな事か」

 

よく言えたものだ。今、この倉持技研の重役は、自分達の置かれた状況と、今の発言の意味が、理解出来ているのだろうか。

 

「そんな事だと?」

「ああ、失礼。まさか、ここが何処で、我々が何者か、そして貴方方のやった事を御理解頂けてないとは、私としても思ってなかったので」

「貴様……!」

 

さて、いっそ激昂でもして、掴み掛かってくれば、話は楽に済むのだが、どうやらそこまでではないらしい。

誠一郎は内心で、深い溜め息を吐くと、モニターに映る簪の戦いに視線を向ける。

 

「では、お答え戴けますか? 私共が何者で、ここが何処で、貴方方が彼女とあの機体に、何をしたのかを」

 

答えは唸りと、それに続く沈黙だった。

まさか、分からないという意味の沈黙ではあるまい。

理解したくない、答えたくない、拒絶の沈黙。だがそれを嘲笑うかの如く、モニターでは簪が倉持側の選手を圧倒し、学園で新たに導入した機構の一つである脚部パイルという、倉持側の心を折る杭を刺した。

機体のSEはまだ残っているが、あの様子では体より先に、心が折れている。

簪が薙刀の刀身を取り換えて、本当に止めの刃を振り下ろそうとした時、誠一郎は驚愕する。

 

「あれは……!」

 

誰の声だったか、それを気にするよりも先に、誠一郎は表示枠を開き、ピットで待機中のセシリアを呼び出す。

 

 

御曹司¦『セシリア!』

セシー¦『見えてますわ! しかし、私は今は出撃は無理です!』

弾薬庫¦『僕もだよ! 武装を積み込み終わるまで待って!』

兎軍人¦『いや、レーゲンなら換装中の装備をパージすれば、動けるが……』

あめり¦『戦えないでしょうね。一組副代表』

御曹司¦『……いや、まだだ』

Oマリ ¦『え? いや、でもピンチなんでしょ?』

 

 

流れの止まない表示枠を、一度閉じて、誠一郎は大きく息を吸って吐く。

相手はあの産みの親殺しのカグツチ、出場メンバーは全員、中近距離系統。手としては、エネルギーの対消滅能力のある一夏か、中距離に於ける火力を持つ簪か箒だ。

だが、

 

 

首領飾¦『傭平、行けるね』

雇われ¦『イエスボス』

弾薬庫¦『傭平、大丈夫だよね』

雇われ¦『任せてくださいヨ』

 

 

腰のハードポイントパーツから、吸入器を取り出し、少し長めに吸い込む。ISを纏った状態なら、あまり気にする必要は無く、この喉も痒み以外に何かある訳でも無いが、それでも不安材料は減らしたい。

 

「傭平、命令は一つ。……勝て、勝って、その右腕を証明しろ」

「マム、イエスマム」

 

では、と傭平は熱線を回避し続ける紅椿から離れ、ヘカトンケイレスを構え、自由落下に近い降下を始める。

 

「では、また後でだ!」

「先に行くぜ!」

 

箒がそう言い残し、簪と一夏を連れて、颯爽と飛び去っていく。

行き先は一つ、燃え盛る神の待つ神楽の舞台だ。

 

 

御曹司¦『傭平』

雇われ¦『早瀬クン、どうかしましたか?』

御曹司¦『簪も言っていたが、兎に角勝て。あのカグツチが出てから、倉持の年寄りが五月蝿い』

雇われ¦『カグツチじゃなくて、ヒノカグツチらしいですよ』

御曹司¦『ヒノカグツチ? 成る程、また面倒な事を』

弾薬庫¦『傭平、敵熱量増大。デカイのくるよ!』

 

シャルロットの警告と同時に、機体からもけたたましい警報が鳴り始め、蔵橋から熱線というよりも、熱塊といった熱量が、傭平に向けて振るわれる。

 

『ごんぶとビームサーベルだー!!』

 

――いや、ホントにビームサーベルですよ……!――

 

真正面から振り下ろされる熱塊、一体どういう出力で発熱すれば、こんな出鱈目な熱を保持出来るのか。

 

「火神の前に倒れ伏せ! 千手巨人!」

 

斜めの袈裟懸けに振り下ろされる軌道から、恐らくは返す刀で、飛び去った三人を狙っているのだろう。

だが、それをさせない為に、火神を打ち倒し、この身も神に届くと、世界に知らしめる為に、仙波・傭平はこの場に残った。

これは従者に必要無い戦果か。否、更識・簪の右腕として、必要不可欠な戦果だ。

 

――ならば、ここが気合いの見せ所……!――

 

迫る熱塊に、傭平はヘカトンケイレスを叩き付ける。

瞬間、機体からヘカトンケイレスから、異常なまでの警告が鳴り響き、内蔵型のシールド発振装置から、空になったバッテリーパッケージが、次々と排出される。

SEに守られている筈なのに、それでも身に感じる脅威の熱量。

 

「私は貴様を倒す。そして、私は証明する。カグツチは、ヒノカグツチは、産みの親殺しの駄作などではないと……!!」

 

更に上がる圧に歯を食い縛り、右腕に力を送る。

産みの親殺しのカグツチの事は、ISの歴史に残る痛ましい事故の一つとして、傭平も知っている。

開発者とテスター、他作業員数名。多数の重軽傷者、そして二人の死者を出してしまった武装腕。

開発は中断され、試作されていたカグツチ二番機も、破棄される予定だったという。

ヘカトンケイレスも同じだ。人が、只人が神々に挑み勝つ為に、その負担を無視してありとあらゆるものを、無理矢理詰め込んだ。

その結果、神挑みの巨人の腕は、日の目を見る事無く、学園の奥深くへと封じられた。

 

まったく同じではないが、同じだ。ただ違うのは、今の立場。

挑む者と、挑まれる者。

ヘカトンケイレスとヒノカグツチ、日陰に追いやられ、否定された者達。

 

「勝つぞ。勝って、世界に知らしめる! 父さんと姉さんは……、二人が造ったカグツチの価値を……!」

 

なら、己に何が出来る。

 

「貴様を倒し、仲間を倒し、あの龍と剣神を倒し、火神こそがと、証明する為に倒れろ……!」

 

火神の熱塊に押され、膝をつく己に何が出来る。

一度、知らずに否定され、しかし肯定されて、仙波・傭平の名を、居場所を与えられた己。

肯定され期待され、それに応えて前へ進み、理不尽に否定された主。

そして、己を呼び続け、隣に居てくれる人。

さあ、仙波・傭平。その二人の為に己は何が出来る。

 

簡単だ。

 

「お……!」

 

右腕の、全身の筋肉が隆起し、右腕の排熱板からは絶え間無く、高熱が吐き出され、機体各所からも耐熱限界を報せる警報が止まない。

だから、どうした。

 

「あぁ……!」

 

吠える。

吼えて、巨人の右腕を振り抜き、火神の焔を弾く。

驚愕に止まるなら、次の動きの暇は与えない。

 

「貴様」

「……俺も同じですよ」

 

巨人の拳を、火神の爪が受け止め、火花が鳴り止まず飛び散る。

 

「何だと?」

「俺も、証明しなくてはならない。我が主と友、そして俺自身を。未来を得る為に……!」

 

叫び吼え、爆発が蔵橋を飲み込む。単純な熱とは違う、爆発という力の叩き付け。

今まで、一撃に敵を打ち倒してきた巨人の怒りだが、相手は火神〝ヒノカグツチ〟。

そう簡単には倒れない。

 

「……なら、その未来とやら、私が刈り取ろう」

 

最早、陽炎というには、あまりに過ぎた熱気が蔵橋の周囲を歪ませる。

煌々と、灼々と、朱々と、煮えたぎる様に燃え盛る右腕は、触れるもの全てを照らす様に、焼き融かしていく。

 

「なら、俺は刈り取られる前に、貴女を砕きましょう」

 

両者、一歩前へ出る。

両者、二歩前へ。

両者、三歩更に前へ。

両者、対峙し、双方共に巨腕を構える。

 

「倒れろ……!」

 

どちらの言葉だったか。その言葉を掻き消す様に、爆発と熱塊の柱が、〝播磨〟に突き立った。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

「あー、ホントに最高の気分だ」

「あら、楽しめている様で何よりだわ」

 

黒い刀身を肩に担ぎながら、紫煙を吐くと、触れるもの全て破壊する前蹴りが、熱田の足元を粉砕する。

瓦礫が吹き飛び、砕け散り、数千人規模の人々の負荷に、耐えうる筈の頑強な船体のフレームは、既にその役割を放棄し始めていた。

最早、〝播磨〟船上に無事な箇所など残っておらず、その様相はさながら、天災が重複した様に荒れ果てていた。

 

「だけど、まだ楽しみは続くわよ」

「あ? おいおい、マジか。マジの話してるか? それはいい話だ。ああ、いい話だぜ」

 

熱田が肩に担いだフツノを、叩き付ける様にして、鈴音へと振り抜く。

剣の術も技も何も無い、ただ刃物を振り回している。そうとしか見えないそれが、剣技を修めた者を戦慄させる。

 

 

牛鬼 ¦『やっぱり、出鱈目だよね?』

あめり¦『私達が磨いて積み上げて、そうして必死に繋げてきた技術が、本当は剣にとっては不純物でしかない。ある意味、悪夢ね』

 

 

剣士ではない。しかし、アメリアにも理解出来る。

あれは、剣神は、人が届いていい域ではない。

そして、

 

 

Oマリ ¦『それなら、鈴音もある意味悪夢よ』

 

 

全てを断ち斬る熱田に対し、鈴音もまた全てを打ち砕く。剣神の刃を受けても傷一つ負わず、平気な顔で、致命の打撃を雨霰と見舞う。

 

〝播磨〟が歪み、海だけでなく学園島にまで、その力を伝え、見る者を畏怖させる。

誰もが思うだろう。あの様になりたいと、絶対者としての力が欲しいと。

だが、現実はそうはならないから現実なのだ。

 

「外野がうるせえが、関係無いよな」

「外野は外野でしょ」

「じゃあ、お前はどうだ!」

 

居合、に近い構えで、横薙ぎにフツノを振る。

フツノに触れるもの、延長線にあるもの、全て抵抗せず、剣神の刃の元にするりと落ちていく。

頑強な鉄筋コンクリートも、鉄骨も合金フレームも、何もかもが初めからそうだったと、二つに分かたれていく。

 

「まだ分からない?」

「ホンット、最高だ。最高な話だよ、お前」

 

剣の神の前に、全ては断たれ倒れるのみ。

それが絶対のルールだ。

今までもそうで、これからもそうだ。

だが、今と嘗てはそうではない。

 

「あいつら以来だ。ああ、そうさ、あいつら以来だ」

 

風神、虎神、氷帝、闘匠、熾天使、銃央無塵、鬼。そして、戦乙女。

この誰もが、剣神の刃で断てなかった。

嬉しかった。

楽しかった。

そして、もうあんな満ち足りた日々は来ないと、諦めていた。

しかし、現実はどうだ。

 

神に成れず、絶対者にも為れない。そうなれない者達が、今、己の前に来る。立っている。

 

「ああ、いいよな。いいよな、鹿島。……〝抜く〟ぜ」

 

爆炎と熱塊の柱を背にして、熱田は鈴音に向かい合う。

 

「あー、鳳・鈴音」

「何かしら?」

「今からフツノを〝抜く〟。まあ、あれだ? 死ぬなよ?」

「は?」

 

熱田はフツノを、己の前に構え、刀身の峰を掴んだ。

フツノは機殻剣(カウリングソード)であり、その機殻(カウル)の内には、芯となる本体がある。

そも、機殻剣は通常の刀剣に、強度や装甲、一夏の雪片弐型の加速スラスターの様な、特殊な機能を追加した装備だ。

そう、機殻剣の機殻は鞘ではない。

刀剣を納める鞘ではないのだ。

その筈だった。

 

「……え?」

 

誰だっただろう。

熱田が機殻から、フツノを抜いた時、一瞬遅れて、そんな呆けた声を漏らした。

派手な音も、動きも何も無い。ただ、刀を鞘から抜いて、その動きで熱田が頭上を薙いだ。

ただそれだけで、空が〝斬れた〟。

雲が断たれ、風が斬られ、青のみが残る。

その下で、熱田が剣神として、フツノを握る。

 

「とくとご覧じろ。神刀フツノの本当の姿だ」

 

飾りも刃紋も、鍔すら無く、有るのは柄と刀身だけの、ただ斬るという意志以外を放棄した姿。

それは、この空の向こうよりも、更に深く黒く、その中で刃だけが、星の様に光を反射していた。

 

「さてと、だ。鳳・鈴音、お前は人か龍か?」

「問答がしたいの? なら、答えはこうよ」

 

自然体でフツノを握る熱田に対し、鈴音は大きく両腕を広げた。

 

「来なさい。全部、受けてあげる」

「ああ、お前はそうだ。そういう最高な奴だって話だ……!」

 

瞬間、〝播磨〟が割れた。比喩ではなく、物理的に割れた。

限界を超えた船体が、その部分を放棄する様に、砕かれ斬られ、海へと落ちる。

 

「斬れてねえよな!?」

「斬れると思ってるの!?」

 

鈴音の右ストレートに合わせて、熱田が袈裟懸けに斬りつける。しかし、フツノの刃は通らず、鈴音は左手で熱田を掴み、頭突きを食らわせる。

音がモニター越しでなく、直に学園島にまで響く。

 

「あ、は」

「は、はは」

 

それは笑みだった。

歓喜の笑みだった。

崩れ、崩壊の始まった神楽の舞台で、神と龍の舞いが始まった。

 

「あっちも漸く、覚悟が決まったみたいだしよ。トバすぞ……!」

 

避ける、守るを捨てた、剣と拳の入り交じる致命の嵐。

互いに装甲が割れ、潰れひしゃげ撓み、切り落とされるが、そんな事は知らないと、応酬は続く。

 

「なら、こっちもトバすわ、よ……?」

 

一瞬だった。ほんの一瞬、否、一瞬にも満たない刹那、鈴音の動きが鈍った。

 

「こ、の、バカ野郎……!」

 

機体各所がバーストし、甲龍が瓦解する。

まさか、だった。

 

「鈴……!」

 

一夏が離れた空から叫ぶ声が聞こえる。

 

「鳳・鈴音」

「何? 手加減のつもり?」

「いや、……じゃあな」

 

鈴音が生身の拳を振り抜くのと、フツノが鈴音を斬るのは同時だった。




次回
巨人と火神 配点¦(だからこその証明)


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巨人と火神 配点¦(だからこその証明)

下手くそ、ただそれに尽きる


激突と衝撃、爆音と炎熱、そして剣神の慟哭が響き渡る中、男二人騒がしさの渦中にて隣り合わせで、腰を下ろしていた。

 

「……止めなくていいのかい?」

「何をですか?」

「あのままだと、彼女は死ぬかもしれないよ」

「ふむり、有り得ませんね」

 

二人の内の一人、年若い方の誠一郎が、迷う事無く言い切る。

 

「そちらの剣神が切り札の様に、こちらもあの小さな龍が切り札なのです」

「その切り札は斬られたよ」

「まさか」

 

そしてもう一人、鹿島が不思議なものを見るかの様に、誠一郎に眇を向ける。

 

「彼女、凰・鈴音は龍だ。龍に人の理は通じない」

「だが事実、龍は神の剣に倒れた」

「まさか、あれは寝ているだけです」

 

屁理屈、そうとしか聞こえない台詞だが、鹿島は知っている。〝神〟を知っているからこそ、誠一郎の言葉が屁理屈などではないと。

 

「そして、今あの場は〝祭〟の最中、神が騒いで、龍が一休みするなら、その間は誰が繋ぐか」

 

その答えは

 

『あーっと、ここで織斑・一夏が、剣神熱田をインターセプト!』

『雪片頼りだが、まあ及第点か』

 

「人が神と騒ぎましょうや」

「神と人が対等だと?」

「祭の場で人も神もないでしょう?」

 

共にバカ騒ぎをしているのだから。

その言葉を聞いて鹿島は、画面に映る熱田の表情に目を向ける。

角度のせいか、あまり鮮明ではないが、それでも長い付き合いだ。嫌でもよく分かる。

 

「さて、あいつは腐っても剣の神。剣持つ人は何時まで舞えるかな?」

「あいつバカなんで、少しおだてたらすぐ調子乗りますよ」

「ちょっと評価が酷くないか? 同級生なんだよね?」

「同級生でも、事実は事実なんで。あ、鹿島主任」

「なんだい?」

「この祭が終わったら、少々ご相談が。……あるものを、鍛造してほしい」

「あるもの?」

 

鹿島が疑問し、誠一郎がそれに答える。だが、その答えは、画面だけでなく空からも轟く爆音に掻き消された。

 

「……分かった。鍛えようじゃないか」

「感謝します」

「だが、それもあそこの結果次第だ。あいつはあんなでも、一応は僕の相棒でもある。剣神を奉る祭、もう少し派手でもいいんじゃないのかな?」

「準備は進めていますよ」

 

 

御曹司¦『はい、確定の言質取った!』

兎軍人¦『いや、今のは言質か?』

御曹司¦『あのばけもん相手に派手にしろって発言だ。熱田の性格上、断る訳がない』

弾薬庫¦『どうでもいいけど、ラウラ手伝ってよ。弾薬の積み込みがまだ終わってないし、まだ〝あれ〟も届いてないよ』

セシー¦『あの、アメリアさんは何処に行きましたの?』

Oまり ¦『アメリアなら、もうカタパルトデッキに仁王立ちしてる』

約全員¦『やる気だ……!』

 

 

やる気も何も、負けるつもりで勝負の場に立つ奴は居ないと、アメリアはエナジーバーが齧りながら、武装のチェックをしていた。

 

 

あめり¦『英国代表候補、まだなの?』

セシー¦『あ、パッケージ自体の接続と設定は終わりましたが、まだ武装チェックが……』

あめり¦『なら早くして。流石に、あれに一人で突っ掛けるつもりは無いわ』

 

 

広げたディスプレイでは、一夏と箒、そして簪が、どうにか熱田を抑え込んでいるが、長くは保たない。

既に倉持側の選手は、熱田と蔵橋以外は全員リタイアしているが、どうなるか分からない。

 

「四組副代表、あなたが負けたら、一気に終わるわよ」

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

何か、とんでもない事を言われた気がしたが、今はそれどころではない。

 

「ふう」

 

現状、季節を間違えているのかと、そう叫びたくなる様な高温の中、右腕を振り回して、襲い来る焔の神を迎え撃っている。

既に機体の整調作用でも、最早間に合わなくなり始めた全身の冷却と、残り少なくなった経口補水液のパウチを絞る様に飲み干し、戦闘可能時間を割り出す。

 

――キツイですネ――

 

蔵橋自体は正直な話、戦って勝てない相手という訳ではない。しかし、あの蔵橋の右腕である〝ヒノカグツチ〟が、その全てをひっくり返していた。

蔵橋の右腕は、今や煌々と燃え上がり、その高熱とそれが生み出す陽炎で、直視する事すら難しくなっている。

あれは焔の神ではなく、最早太陽神に近い。

 

腕を動かす事無く、ただ身を揺らすだけで致命の熱量が、辺り一帯を焼き潰していく。

機体からの鳴り止まない警告を無視し、傭平は巨人の右腕を振り抜くが、それは届かない。

 

「これで……!」

 

蔵橋がヒノカグツチを向けるだけで、コンクリートが、〝播磨〟のフレームがバターの様に熔断されていく。

さあ、この焔の神に、自分は勝てるのか。

 

 

首領飾¦『ははは、傭平。激戦の様だね』

雇われ¦『ボス? え、そっちは大丈夫なんデ?』

首領飾¦『傭平、大丈夫な訳ないじゃないか。今にも死にそうだよ』

一季 ¦『簪さーん、サポートサポート……!』

侍娘 ¦『参ったぞ! まったく刃が届かん! いやあ、参った』

雇われ¦『ボス? 本当にとんでもない事になってませんカ?』

首領飾¦『傭平も早く気給え。そちらの火祭りもいいが、こちらの喧嘩祭りもまたよいものだよ?』

 

 

それに

 

 

首領飾¦『聞こえてくるだろう? 追加の祭囃子が』

 

 

何をと問う前に、蔵橋の熱線が傭平の視界を遮り、世界を更に焼いていく。

灼熱、その言葉に生温さすら感じる中、蔵橋が汚れでも振り払うかの様に、右腕を振り下ろす。

自らの放つ熱で自壊を始めた〝ヒノカグツチ〟は、既に原型を崩し始め、振り下ろした右腕の動きに、灼け熔けた装甲の一部が、熱に焦がれる地面へと落とされる。

 

「……もう、諦めろ。お前では無理だ」

「理由になりませんネ」

「私は勝ちたいだけで、お前達を壊したい訳じゃない」

「交渉の意味、知ってますカ?」

 

経口補水液のパウチを一つ飲み干し、傭平は〝ヘカトンケイレス〟の拳を蔵橋へ向ける。

 

「我々は今日、神との神楽を舞いに参じた者共。祭囃子が止まない限りは、踊り続けましょウ」

「ならば、神との差に灼かれろ……!」

 

〝ヒノカグツチ〟が、その輝きを増し、熱波を伝え世界に火神の存在を焼き付けていく。

もう、世界に〝カグツチ〟を、〝ヒノカグツチ〟を侮蔑する者は居ないだろう。

だが、まだ足りない。まだ、〝ヒノカグツチ〟は〝ヒノカグツチ〟でしかなく、蔵橋も蔵橋でしかない。

〝火神〟に、〝ヒノカグツチ〟でも蔵橋でもない。〝剣神〟熱田と同じ様に、〝火神〟蔵橋とならなければ、世界は再び父と姉を否定する。

だから〝火神〟となる。

〝火神〟となり、世界に刻み付け焼き付ける。

そうすれば、もう誰も二人を否定しない。

その為にまずは、

 

「火神の焔に倒れろ、神挑みの巨人……!」

 

蔵橋の右腕が、〝ヒノカグツチ〟から炎塊へと姿を変え、傭平へと迫る。

〝火神〟、そう呼ぶに相応しい炎は、もう傭平一人でどうにか出来るものではない。

この神の炎に対して、己はどうするべきか。

決まっている。

 

「神挑み、その名を冠したなら、ただ挑むのみ……!」

 

その為の右腕だ。

軋む〝ヘカトンケイレス〟を振り上げ、〝ヒノカグツチ〟と激突する。

激突は一瞬で数回、だがそのいずれでも傭平は弾かれ、押し込まれていた。

 

「もう挑戦の時間は過ぎた」

「いえ、まだですヨ」

「いや、もう終わりだ」

 

蔵橋の言葉も解る。機体からは警報が鳴り止まず、〝ヘカトンケイレス〟も、装甲の一部が融解を始めている。

あと数合の内に、〝ヘカトンケイレス〟は自壊する。

そして、傭平自身も限界が近い。

ISのパイロット保護機能が十全に機能して、それでも肩と肘は熱を持ち、冷却が間に合わず、感覚すら曖昧になり始めている。

全身の疲労も、脱水症状も出始め、満身創痍の中、最後の経口補水液を飲み干し、傭平は再び〝ヘカトンケイレス〟を振り上げる。

 

「だからどうしタ。もう一度言ってやル。だからどうしタ」

「死ぬ気か?」

「〝神〟だ〝火神〟ダ。ご託並べてねえで、さっさとかかってこいヨ。人間はまだ立ってるゾ……!」

「ならば、本当に焼いてやる!」

 

視界を塞ぐ莫大量の焔を前に、傭平は笑い、右腕を振り抜いて、焔の軍勢を掻き分けて、蔵橋へと駆けていく。

今、己は証明出来ているだろうか。

どうだろうか。

いや、今はそれよりも目の前の敵を叩き潰し、簪の元へ急ぐ事だけを考えろ。

さあ、駆けろ。

一心に

不乱に

ただそれだけを果たせ。

 

「お……!」

 

眼前の全てが炎に覆われ、それでも傭平は叫び駆ける。

それが己の全てで、証明だと。

仙波・傭平の証明を果たす為に、仙波・傭平を使い切れ。

その為に振り抜いた右腕は、炎の壁に飲まれ弾かれ、傭平は強かに打ち据えられる。

 

「さらば」

 

蔵橋のその言葉が聞こえると同時に、熱が辺りを支配していく。

相手は正しく炎の神、己は勝てるだろうか。否、勝つ。

その為にこの場に立っている。

なら、往く。

その為に立ち上がり、〝ヘカトンケイレス〟を振り上げた瞬間、傭平を巻き取り、引き上げる力があった。

 

「なっ……!」

 

驚く蔵橋と、集中から醒め事態が飲み込み切れない傭平。だが、傭平が顔を上げた時、視界に入った者の顔が見た瞬間、傭平は事態を把握した。

 

「ねえ、傭平。何をしてるのかな?」

 

シャルロットが、笑顔でブチ切れていた。



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ねえ、何でかな? ……何でなんでしょうネ 配点:(覚悟決めなさいな)

ひい、一年ぶり!


あ、こちら最近完結した作品になります
https://syosetu.org/novel/106308/


「あの、シャルロットさン?」

 

回収された傭平は、次々に口に放り込まれる携帯食や経口補水液の間を縫い、口に放り込んでくるシャルロットに声を掛ける。

だが、当のシャルロットはその呼び掛けに答えず、目を弓にした笑みのまま、傭平の口に次のエナジーバーを詰め込む。

 

「シャル……、シャルロ、シャルロットさン」

「……傭平、僕言ったよね?」

 

 

――あ、これキレてますネ――

 

 

短い付き合いではあるが、シャルロットがこの作り笑顔を崩さない時は、間違いなくキレている時だと分かる。

だが、傭平にはシャルロットが何故キレているのか、皆目検討がつかない。

 

「言っタ?」

 

仙波・傭平は分からない。

だが、目の前の人に涙を流させてはいけない。それだけは分かる。

しかし、それが何故なのかは分からない。

 

「傭平、傭平が何かをしたい時は、ちゃんと言って」

「…………」

「一人で、何かをしようとしないで。一人で何処かに行こうとしないで。傭平が行くなら、僕も一緒に行くから」

「シャルロットさン……」

 

何を言えばいいのだろう。どう言えばいいのだろう。

傭平は答えを知らない。

だが、だからこそ、この人を泣かせてはいけない。この人に涙を流させてはいけない。

傭平の壊れた心が、そう叫んだ。

 

「シャルロットさン」

「傭平」

「……祭りに行きませんカ」

「どんなお祭りなのかな?」

「荒ぶる神を鎮め奉る祭りでス」

「一人じゃ無理なのかな?」

「一人でやろうとしたら、見事に弾かれまして、ちょっと一人じゃ無理みたいですネ」

 

莫大な熱量の光を背景に、二人は微笑む。

傭平は迷いながら、シャルロットは仕方ないと苦笑を交えて、不器用な二人は立ち上がった。

 

「それじゃ、お祭りの前に準備しないとね」

「準備ですカ?」

「そ、準備。ラウラ」

「……言いたい事はあるが、今はやめてやろう」

 

見ればラウラが居た。

しかし、ラウラは、いや、シャルロットも今回の試合では控えだった筈だ。

何故ここに、という疑問と同時に傭平は漸くある事に気付いた。

今、自分は何処に居るのだろうか。

空が見え、蔵橋の熱線が嵐の様に吹き荒れている事から、ピットではない事は確かだ。

だが、〝播磨〟船上にこんな甲板の様な場所は無かった筈だ。

それに加えラウラは機体ごと、この甲板のカタパルトの様な器具に固定されている。

現状を把握しきれていない傭平に、更に追い討ちをかけるのは、謎の浮遊感と甲板から次々に飛び出す武装群だった。

 

「セシリア、もう少しエレガントな躁船は出来ないのか?」

「言ってくれますわね! 今回が初航行ですのよ!」

「いや、あの、これ何ですかカ?!」

「傭平、こっち来て」

「あ、全部スルーする流れですネ」

「あはは、傭平。僕はまだ許してないからね」

「あ、はい」

「ほら、ヘカトンケイレスこっち向けて」

 

シャルロットの貼り付けた笑みに、傭平は何も言えず、言われるままにシャルロットの側に寄る。

シャルロットが背部ラッチに搭載していたボックスを下ろし、ヘカトンケイレスに何か作業をしているのを見ながら、傭平は今居る場所を観察する。

そこはまるで空母の甲板と言っても過言ではない。

傭平はふと、甲板の外側を見た。甲板と思っていたのは、大型のウエポンラックでその下部には、何処かで見覚えのある大型の剣状機構が搭載されていた。

 

「……あの、シャルロットさン。これ、デンドロ……」

「傭平」

 

黙った。そしてまた、ちらりと甲板にマウントされたラウラの後方下部にセンサーを向ける。

とても見覚えのある推進装置があった。

 

「………あの、シャルロットさン。これ、ディープスト……」

「……傭平、言っちゃいけない事もあるんだ」

 

とりあえず黙った。見ればラウラも気まずい顔をしている。

 

「英国製対神格用拠点型試製武装〝アヴァロン〟、対神格武装を要求したら、まさかのこれが来ましたの……」

「ちなみに慣熟航行は今だぞ」

「降ろしてください」

「はっはっはっ、駄目だな」

 

熱線がアヴァロンを掠めた。

損傷らしい損傷が見当たらないのは、流石対神格武装というべきか。

だが、問題がある。このアヴァロン、セシリアをコアとする形で、補給場を兼ねた甲板兼ウエポンラックと大型推進装置と、その両側に大型剣状機構が取り付けられており、甲板は機体を展開したラウラとシャルロットに、傭平を乗せてもまだスペースに余裕がある。

つまり、機体サイズが大きすぎる。

 

「的がデカイな!!」

 

下から聞こえる蔵橋の声の通り、アヴァロンは武装として規格外な巨大さ故に、的として最適な状態であり、何時落とされても不思議ではない。

だが、

 

「対神格武装を甘く見ないでくださいまし!」

 

一喝と共にセシリアが、ウエポンラックからあるものを投下する。

円柱状のボックス、簡易推進装置の着いたそれはラックから投下されると、真っ直ぐに蔵橋目掛けて落下する。

 

「こんなものが……っ?!」

 

すぐさま熱線で応戦し、ボックスを破壊する蔵橋だったが、破壊したボックスから放出された粉塵に、すぐにその顔色が代わる。

 

「IS学園山火事研究同好会に、緊急で用意して戴いた対炎熱用冷却材と、消火剤のシャワーですわ……!!」

「ははは、例え神格持ちになったとしても、成り立てには効くだろう!」

 

急激な冷却による蒸気に埋もれる蔵橋に、セシリアとラウラの笑いが届く。

蔵橋は厄介を感じた。この戦い、千手巨人との戦いで神格を得た蔵橋だったが、それはまだ〝ヒノカグツチ〟だけに止まる。

つまり、蔵橋と蔵橋の機体自体はまだ人の内に納まっている。

その結果、蔵橋の機体は急激な冷却により罅割れ、急速に稼働率を低下させていった。

 

「小癪な……!」

「新米の神には丁度よいでしょう!」

 

機体の機能回復は行われているだろうが、急激なダメージはどうにもならない。

しかし、相手は成り立てとはいえ神格持ち。セシリアは油断無く次弾を叩き込む。

 

「さ、お二人共お早く!」

「待って、これでヨシ!」

「あの、なんか良くないヨシ!が聞こえましたけド?!」

「気のせいだよ。傭平、どう?」

 

取り外されたコアブロックは、ヘカトンケイレス最大火力であった爆発機構とは、その姿を大きく変えていた。

放熱板と圧縮火薬を搭載した円柱状のコアは輪胴弾倉となり、コアブロックと一体のハンドパーツは、より鋭利な鈎爪の様になっていた。

 

「シャルロットさん、これ……」

「弾体はたたら製鉄同好会と世界刀剣研究会の合作で六発だけ、コアブロックは電磁加速発展部と炸薬愛好会が好き勝手したよ」

「不安しかありませんヨー!」

「大丈夫、元はヘカトンケイレスに搭載予定だった機能を無理矢理再現したやつだから。……多分」

「多分! 多分って言いましたよネ……?!」

「おい、早く降りろ。我々はさっさと一夏達の援護に向かわねばならない」

 

 

 

一季 ¦『正直、ちょっと急いでくんね?』

兎軍人¦『まあ、そう急くな。せっかくの祭り、楽しめ』

一季 ¦『言ってる場合じゃねえんだが、まあせっかくだし楽しむか』

兎軍人¦『ははは、私達もすぐ行く』

侍娘 ¦『来るなら早く来てくれ。参った。本当に刃が通らん』 

剣神 ¦『束の妹! 束みてえなのらくらした剣つかうんじゃねえ……!』

侍娘 ¦『ははは、ごめん被る!』

剣神 ¦『だったら、さっさと仲間を連れて来いや!』

首領飾¦『はっはっはっ、祭りで急くと嫌われるよ?』

 

 

 

どうやら、鈴音が一時ダウンしたお蔭で、一夏と箒と簪の三人で熱田の相手をしているらしい。

他の倉持側の選手は全員リタイアしたのか。観客席の倉持役員が何やら騒いでいるのが見える。

 

 

 

御曹司¦『ざまぁ!』

である¦『中中楽しそうであるね?』

長口上¦『いやこれ大丈夫? かなり頭に血が上ってるみたいだけど』

御曹司¦『ルールに関する書類をちゃんと確認しないのが悪い。俺はちゃんと記載したぞ。場合によってはリザーバーを含む生徒全員が参加すると』

あめり¦『物は言い様ね。私も祭りの現場に着いたから、今から踊るわね』

Oまり¦『よしよし、やっちゃえアメリア!』

 

 

 

新しくなったヘカトンケイレスを眺め、傭平は空いた左手を何も言わずシャルロットに差し出す。

シャルロットも何も言わず、傭平の手を取る。

 

「……一緒に来てくれますカ?」

「一緒に行こうよ。じゃないと、先に行っちゃうよ?」

「それはいけません。俺が先に行きます」

「じゃあ」

「一緒に」

 

傭平とシャルロットは手を取り合い、アヴァロンから降りた。

いまだ熱線が吹き荒ぶ中、ISの浮遊機能を使わずの自由落下。だが、何故か当たらない。これは何故だろう。

理由は判らない。いや、理由なんて無いのだろう。

だって、これは戦いではなく祭りだ。

祭りの演者が会場に立てない事は有り得ない。

 

「来たか。千手巨人」

「来ました。ヒノカグツチ」

 

ヒノカグツチを構える蔵橋はもう目の前、ならこれを披露する瞬間は今しかない。

機体のスラスターを全開で吹かし、傭平はヘカトンケイレスを蔵橋に向けた。

 

「火神よ、照覧あれ。いまだ未完成なれど、嘗て神挑みの巨人が手にしようとした雷を……!」

 

蔵橋の目が驚愕に見開かれる。その姿を見ながら、傭平はシャルロットに支えられ、いまだ至らぬ雷を叫んだ。

 

「〝神砕雷(ケラヴノス)〟……!」

 

爆音という言葉すら生温い衝撃が〝播磨〟を打撃した。



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神挑みの奉神神楽 配点¦『来いよ』

やっと出来たよ!


音が遅れてくる。雷鳴の如き爆音が観客席に届いたのは、蔵橋が吹き飛んだ映像の後だった。

 

「はっはっはっ、千冬よ。まさか神砕雷(ケラヴノス)まで引っ張り出すとは、私は驚いているよ?」

「……紛い物だ。見ろ、あの一発で弾体を破棄している」

「ですけど、威力は間違いなく神砕雷ですよー?」

「決定的に足りんがな」

 

まさかのものが披露された事で、嘗ての時代を知る者達は沸いていた。

紛い物だと切り捨てた千冬ですら、神砕雷を再び目にした事に、内心で驚きを隠せていない。

〝ヘカトンケイレス〟〝神砕雷〟、嘗ての時代に神格持ちに対抗する為に造り出された武器。しかし、結局は神に挑む事無く、歴史の中に埋もれていった無念の力の群れ。

誰が今になって、その力の群れが神に挑む事になると思っただろうか。

 

 

──まったく、今からが楽しみだ

 

 

専用機持ち達の卒業条件、それは千冬に一撃を与える事。通常ならそんな条件は出さない。

しかし、今の一年達がやろうとしている事を考えれば、それは必ず必要な事になる。

更識・簪から端を発する計画、これを聞いた時は何処に居るか判らない束と大笑いした。それと同時に、未来への希望を得られた。

 

 

──暮桜よ、もうすぐだ

 

 

もうすぐ、今の時代は終わる。そして来る新しい時代は、きっと夜明けとなる。

千冬は熱田に斬られ、拓けた空を眺めた。

 

「感傷かね?」

「気にするな、ナジェーリア。未来が楽しみになっただけだ」

「それは重畳であるね。我らが選べなかった未来、君達に選ばせてしまった未来。あの子らがどう選ぶのか。まったく、年は取りたくないものであるね」

 

口の端に噛んだパイプを弄るナジェーリアが、カラカラと笑う。

嘗ての時代、千冬達は選べなかった未来がある。無論、選択肢はあった。しかし、あの時代に選ぶ事は出来ず、千冬が背負う形になった。

だが、今は違う。

 

「さて、熱田よ。新しい時代、剣神に斬れるか」

 

あの日、自分達が諦めた未来が来るぞ。

 

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 

鼓動が聞こえる。これが、誰の鼓動なのか。それははっきり判る。

 

「おのれ……!!」

 

立ち上がる蔵橋の腹部装甲は、機体の保全機能によりパージされ、機能を失いつつある断熱材が露になっていた。

神砕雷、その名は蔵橋も耳にした事がある。

嘗ての時代に神格を得た者達に、そうでない者達が対抗する為に鍛造された神砕きの雷。

しかし、それは〝ヘカトンケイレス〟と同様に、只人が扱う事は叶わぬ神の雷となった。

 

「かっ……!!」

「傭平!?」

 

傭平が右腕を押さえて膝を着く。

そう、これが現実。〝ヘカトンケイレス〟〝神砕雷〟、只人が扱うべきではない武装を使って、神格を持たない人間が無事で居られる筈がない。

 

「……シャルロットさん」

「うん、行こう」

 

だがそれでも、傭平は前に進む。

一人ではなく二人で進む。

それは何の為?

 

「人が進むは天神の細道」

「おいでませおいでませと手招きすれば」

「行きは良い凪ぎ帰りは白波」

 

答えは分からない。傭平には答えが分からない。

だが、だからこそ、シャルロットが手を引く。

答えが分からない巨人の右腕の手を引き、人は二人で歩む。

 

「舐めるな……!!」

 

蔵橋の熱は更に激しさを増し、火神を越えようとしている。

機体からの警告と警報は鳴り止まず、冷却すら追い付かなくなりつつある。

しかし二人は止まらない。

止まる理由が無い。今日は神楽の日、人が神に奉納する神楽舞いの日だ。

二人は手を取り合い、鳴り止まない鼓動に乗るようにして、円を描く様に舞い蔵橋へ肉薄する。

盾が巨人の右腕が火神の火に軋む。だが、それすらも奉納神楽の音色だ。

 

「人よ、舐めるなと言ったぞ!」

 

蔵橋が〝ヒノカグツチ〟を二人に向ける。

掌の放熱口から陽炎とは名ばかりの熱塊が顕になる。

 

「傭平……!」

「神砕雷……!!」

「火之迦具土……!!」

 

放たれた焔と雷がぶつかった。

連続する轟音、破壊の概念そのものがぶつかり合い、数瞬の間付近から音が消えた。

そして、舞い荒ぶ粉塵が落ち着いた時、立っていたのは蔵橋一人だった。

 

「……父さんと姉さんが正しかった事を証明する。その為に、この忘れられた神を引き摺り出した」

 

だが、

 

「やはり私では、神足り得ないか……」

 

陽炎を身に纏い、破壊されひしゃげた〝ヒノカグツチ〟で体を支える様にして、蔵橋が膝を着いた。

 

「お前達の勝ちだ。神挑みの巨人よ」

 

機体の緊急保全機能が起動し、〝ヒノカグツチ〟の展開が解除される。シャルロットに支えられながら、自分の前に立ち上がる傭平に、蔵橋は言った。

終わったのだ。火神は千手巨人の前に倒れた。

 

「行くがいい。お前達にはまだやるべき事がある筈だ。日ノ本が最後の神、お前達が届く事を祈ろう」

「ええ、行きます」

 

それだけを言い残し、二人は駆けていく。

あの二人が剣神に届くのか。それは蔵橋が判断する事ではない。

それに、

 

「この鼓動が意味する答えは、きっと良き事だろう」

 

憑き物が落ちた顔で、蔵橋は焼けた〝播磨〟に仰向けに倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 

 

この感情を表現するなら、これは歓喜だ。

 

「いいじゃねえか、織斑と篠ノ之の名はちゃんと継がれてやがったか!」

 

格は足りずとも、織斑と篠ノ之という世界に刻まれた名が身に宿る。

それだけではない。

 

「そっちの奴も、しっかり神格武装を用意してやがる。ドイツ、イングヒルトの機体だな」

「機体の装甲を切り出したものだけど、存外届くものね」

「まったく、神格か準神格武装でないと無理とか、そこんとこどうよ? 箒」

「まったく、参ったぞ。まさか篠ノ之流がここまで通らないとは。まあ、私は斬るが。そっちはどうだ? 簪」

「ふむ、子細問題無いだろうね。それに、君に対抗する手段は山と用意しているのだよ。日ノ本最後の剣の神よ」

 

嗚呼、本当に良い。良い話だぜ、これは。

よくて準神格武装止まりの連中だが、これは良い話だ。

〝フツノ〟を抜いたかいがあった。

 

「どんか手段かってのは、問われる前に答えを見せるもんだぜ!!」

 

熱田は歓喜のまま、簪に〝フツノ〟を振るった。

風を切る音すら無く、切断の意識すら見せず、ただ斬ったという結果だけが発生する。

 

「お?」

 

しかし、その斬撃は四人には届かず見えない壁に阻まれた。

 

「なんだなんだ? 面白い玩具持ち出したじゃねえか!」

「この〝アヴァロン〟を玩具扱いとは、リップサービスが過ぎましてよ!」

 

でかい箱、熱田から見ればその程度だが、それでも熱田は知っている。

嘗ての時代、自分達を倒そうと躍起になり開発された武装の群れ。

それにこの鼓動、やはり良い話だ。

 

「セシリア、回避だ!」

「遅えよ!」

「しまっ……!」

 

だからこそ、熱田は手を抜かない。自分達を倒そうと産まれた人の業、神たる自分に出来るのは現実を叩き付ける事だけだ。

故に、〝アヴァロン〟が発生させる障壁を斬り裂き、〝アヴァロン〟の装甲ごと、大型ウェポンラックを断った。

一気にバランスを崩した〝アヴァロン〟は、航行機能を失い、戦場から少し離れた場所に不時着する。

 

「豆腐を飛ばして良い気になるなよ。まだあんだろ!?」

「ええ、あるわよ」

 

声を聞いた。

その声は〝フツノ〟から聞こえた。

 

「おいおい、マジか」

「ええ、マジよ」

 

〝フツノ〟の刀身に、アメリアが立っていた。

重さを全く感じさせない軽い立ち姿、PICの応用だけではない。単純な体術をPICで補強し、〝フツノ〟の切っ先に立っている。

 

「それじゃ神様、人の業をお試しあれ」

 

アメリアは回った。アメリアの持つ二刀は強度と重量はあれど切れ味に劣る。

重さで斬る剣、しかし今の足場では踏み込む事は出来ない。

だから回る。回転を踏み込みの代わりとし、熱田の首に目掛けて、嘗て〝戦神〟と謳われた者の機体から削り出した剣を振り抜く。

 

「……やはり簡単じゃないわね」

「ははははははは! いいぜ! 最高だ! この〝フツノ〟を足場にしたのはお前が初めてだ!」

 

アメリアの刃は神鉄の大袖に止められた。しかし、斬れずまでも刃は入った。

つまり、己の刃と業は神に通るという事だ。

そしてそれは、他の者達も同じ。

 

「やあ、剣神。巫女の神楽はどうだ?」

「よう、束の妹。良い剣じゃねえか」

「ならば、剣以外も誉めてもらおうか」

 

アメリアと箒、二人は同じ二刀だが決定的に違う。

アメリアの太刀筋は鋭く強いが、箒のそれはただ緩い。

緩く流れる様に、アメリアの太刀筋の間から滑る様に現れる。

熱田はその太刀筋を知っている。まだその域には至っていないが、これは間違いなく束の剣だ。

 

「篠ノ之の剣は神に捧ぐものだったよな」

「ええ、なれば今こそ」

「正解だ! おら、見せてみろ!」

 

参った。本当に厄介だ。

アメリアと二人で緩急織り交ぜた剣を舞っているのに、まるで届かない。

 

 

──くそ、姉さんめ……。迂闊に篠ノ之流を見せよってからに──

 

 

何か何処からか謝罪の声が聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。相手は剣の神、そんな不可思議感覚もある。

しかし、本当に参った。

復帰したセシリアとラウラ、一夏と簪の援護有りきでこれとは。

やはり神格持ちは頭おかしい。

 

「どうした? もう息が上がったか?」

「ふむ、息は上がってないが、ここで一つプレゼントとしようではないか」

「へえ、プレゼント。何をくれんだ? 飴玉でもくれるってのか?」

「ははは、もうそろそろハロウィンだからね。トリック・オア・トリートだよ」

 

瞬間、簪の背後が爆ぜた。攻撃を受けた訳ではない。

簪考案の新型武装〝山嵐〟が、遂にそのヴェールを脱いだのだ。

自動追尾システム搭載弾頭が鎌首をもたげ熱田に迫るが、熱田はそれを鼻で笑った。

 

 

──おいおい、そんなもんが私に当たるかよ──

 

 

「飴玉にもなんねえぞ」

「おや、そうかね。なら、これはどうかな?」

 

一瞬、簪が手繰る様に指を動かした。

すると、〝山嵐〟が放った弾頭は熱田の権能を避ける様な動きを見せ、その軌道を大きく変化させた。

 

「BT兵器から着想を得た手動式追尾システム、お気に召すかね?」

「……やるじゃねえか」

 

 

──いや、ビックリだ。こいつは驚いた話だ──

 

 

BT兵器の扱いの難しさのついて、熱田もよく知っている。

かの技術が提唱された時代の者として、その推移を眺めていた者として、これは驚愕に値する。

だが、

 

「飴玉止まりだな!」

「ふむ、トリートはお嫌いか。なら、トリックはどうかな?」

「よっ」

「お?」

 

斬り捨てた弾頭の爆炎の中から、一夏が飛び出してくる。

これが狙いか。体勢もすぐには迎撃出来ず、反対からアメリア、正面から箒、背後と上からはセシリアとラウラの二人。

熱田はどうするかを思考する。正直、全員斬り捨てるのは簡単だが、それは芸がない。

それに

 

 

──このガキ共に何も無しは、ちょっと興が乗らねえ──

 

 

「しゃーねえ、ちょっと褒美をくれてやらぁ!」

 

瞬間、一夏は違和感を得た。

ダメージは無い。しかし、何かが途切れた感覚が雪片から伝わる。

それは一体何か、疑問する前に答えがきた。

 

「なっ?!」

「セシリア! 〝アヴァロン〟が制御を失っているぞ!」

「流石デカモノ、効きが速い速い」

「……おいおい、なにしたよ? そこんとこどうよ?」

「何も? 私は斬っただけだ。お前らの機体の機能やその他諸々な」

「……ちょっと冗談キツいわね。まさか、業も斬ったというつもり?」

「ああ、そうさ。私は剣神、剣の神。ガキ共の業なんぞ豆腐を斬るより容易い。どうだ? これが剣神の権能だ」

 

 

──さっきの違和感はこれかよ……!──

 

 

雪片から反応が無い。鍔競り合いの今が、零落白夜の絶好の機会だというのに、肝心の雪片が開かない。

同じくアメリアや箒も、唐突に業が切れた事で体勢を崩している。

 

「さて、ガキ共。そろそろ祭りは終わりだ。まあ、楽しめたか」

「……ふむ、しかし剣神。君は忘れ者があるよ?」

「あ? んなもん何処に……っ!」

 

変化は一瞬、刹那に熱田は一夏を蹴り飛ばし身を翻した。

自分が立っていた場所を撃ち抜いたのは、一発の銃弾。狙撃ではない。弾幕による制圧射。

つまり、

 

「フランスのガキ!」

「僕だけじゃないよ」

 

熱田の斬撃を盾を身代わりとしながら、シャルロットが答える。

そして、最後の一人が姿を現した。

 

「……どうも」

「てめえ、こいつは千冬の……!」

 

巨大な鈎爪、それが熱田の胴を掴む。

そう、千冬が世界を取った業。他人の意識から完璧にズレ、不可視の存在となる埒外の気配遮断。

〝外し〟を用いた傭平が神砕の雷を放った。

 

「神砕雷……!」

 

最後の二発の雷霆は、〝ヘカトンケイレス〟本体すら破壊し、熱田を打撃した。

轟音と共に熱田が吹き飛び、背後の瓦礫を巻き込み粉塵の海に消える。

 

「これで、どうですかね……?」

「傭平!?」

 

強制解除された〝ヘカトンケイレス〟が地に落ち、傭平も膝を着く。シャルロットに支えられながら、傭平や他の皆も、聞こえてくる強い鼓動に耳を傾けながら、武器を構えた。

自分達の手札は使いきった。

後は……

 

「……最高だ。いいぜ、最高に良い話だ」

「うわ、マジかよ」

「神砕雷とか、よく引っ張り出したもんだ」

 

腹部、胴の装甲は吹き飛び、機体も至るところに皹が走っている。

しかし、〝剣神〟熱田はいまだ健在だった。

〝播磨〟を打つ鼓動を背に、乱れた黒髪を直しながら見せる笑みは、まさに狂笑と言うに相応しい。

 

「んで、ガキ共。もう終わりか? もう無いのか?」

「参ったね。確かに私達にはもう手札が無い」

「はぁ……、そうかよ。がっかりだ。良い話が一気に悪くなりやがった」

「だが、剣神よ。君は忘れ〝者〟をしているよ」

 

落胆の色に染まった熱田に、簪がそう言う。

熱田は一瞬だが考えた。

そして、自分の身を打つ鼓動に振り向き歓喜した。

 

「マジか? マジかマジかマジかマジかマジかマジか? おいおいおい、ここでかよ! ここでくるかよ! 嗚呼いいぜ! 最高だ! 本当に最高に良い話だ……!!」

 

この鼓動が意味する事を、熱田は知っている。

この鼓動が成す事を、熱田は知っている。

ああ、そうだ。嘗ての時代、この学園はこの鼓動で溢れていた。

そして何時しかこの鼓動は絶えてしまった。

絶えてしまったと、そう思っていた。

 

「さあ、来るよ。寂しがりの日ノ本最後の剣の剣よ。ここからが貴女に捧ぐ奉神神楽だ!」

「来いよ。凰・鈴音……!!」

 

熱田の呼び声に、一際強い鼓動が脈打った。

そしてもう一度、その鼓動は世界を叩く。

道理で、気分が良かった訳だ。

足りないガキ共を相手に、気分が良かった理由はこれだ。

 

「……まったく、人の寝起きに五月蝿いわね」

「おう、おう、すまねえな。だが、寝覚めはどうだ? 良い話だろ?」

「ええ、本当に最高の気分よ」

 

人の神楽は終わり、次は神と龍が舞う番だ。



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剣神と龍 配点¦(お待たせ)

短いけど、次はいっぱい書かなきゃだからここで解放!


凰・鈴音は目を覚ますと、真っ白な空間に座っていた。

見覚えは無いが、何故か安心がある。不可思議な空間の中、鈴音は記憶を探る。

 

「……なるほど、私は斬られた訳ね」

 

まさか、機体に限界が来てアウトとは、国の技術者は一発殴らないといけない様だ。

しかし、これは一体どういう状況なのか。

走馬灯にしては何も無さすぎる。

 

「……鈴音」

「……ああ、なるほどね。そういう事」

 

声がした方に振り向けば、人の形をした真っ白な何かが立っていた。

この謎空間に謎の存在、普通なら慌てふためくだろう。しかし、鈴音は納得していた。

それもその筈、この空間の主は

 

「甲龍、貴女もうちょっと気合い入れなさいよ」

「ごめんね、鈴音。体壊れちゃった」

「まったく……、まあいいわ。で、どうするの?」

「……鈴音はどうしたい?」

 

問い掛けに問い掛けが返ってくる。

鈴音は理解している。理屈ではなく、本能で理解している。

現状、熱田に勝てるのは自分だけで、その自分は今動けない。

そしてこの問答、甲龍が求めているのは、凰・鈴音自身の答え。他の理由も、一夏も熱田も介在しない凰・鈴音自身が望む答えを、甲龍に返さなくてはならない。

 

「ねえ、甲龍。私は小暴龍なんて呼ばれてるわ」

「知ってる。ずっと一緒に居たもん」

「ねえ、甲龍。私は一夏達に会うまで、ずっと一人だったわ」

「知ってる。ずっと一緒に見てたもん」

「ねえ、甲龍。私は一番強いの。あいつらの中で」

「知ってる。ずっと一緒で、ずっと一緒に居たから」

「ねえ、甲龍。なら、私の答えは判るわね」

「うん。だから私はここに居る」

 

凰・鈴音は強かった。神格を持たずとも、人から外れた膂力を持ち、並外れた強度があった。

だがそれは、人から避けられるという事に他ならない。

故に凰・鈴音はずっと一人だった。一夏達が現れるまで。

 

「甲龍、私の答えは変わらないわ」

「知ってる。だから私はずっと待ってた」

「甲龍、私はずっと一人だったわ」

「知ってる。だから私はずっとここに居た」

「甲龍、私は強いわ」

「知ってる。だから私が一緒に居る」

 

凰・鈴音はずっと一人だった。しかし故に一人ではない。

小暴龍、龍と謳われた少女の傍らには、常に龍の逆鱗があった。

難しい答えも、問答も必要無い。ただ、鈴音が手を繋ぐ事を忘れていただけだ。

なら、為すべき事は一つだけだ。

 

「甲龍、一緒に来てくれる?」

「うん、ずっと一緒。甲龍と鈴音はずっと一緒だよ」

 

もう一度、確かに手を取り合い進むだけだ。

 

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 

「はっはっはっ、いやはやマジであるか」

「あら~、まさかまさかですよ~」

「まあ、凰なら今か」

 

鼓動は最早学園だけでなく、世界に届いた。

何時か世界を叩いた寂寥の鼓動ではない。これは産声の歓喜だ。

 

『あの、榊原先生。これ、凰選手の甲龍が……』

『……よく見とけ。これから一生に一度拝めるかどうかの光景だ。まったく、今年の一年は色々と揃ってやがる』

 

モニターに映し出された光景、それは榊原が嘗て見た光景だ。

嘗ての時代、世界はあの光に溢れていた。榊原は到れなかった光、神格の産声だ。

 

『二次移行が始まるぞ』

 

 

 

──Reboot 甲龍の再起動並びに再構築を開始

──Error 

──Reboot 再構築開始、パイロット並びにコア人格の再適正化。確認しました。

──Reboot 不要なファイルとして龍砲の破棄、ワンオフアビリティ〝不倒不屈〟の再適正化。確認しました。

──Reboot 迎撃防御武装〝禁鞭〟、反射防御武装〝金蛟剪〟の調整、統合。

完了、迎撃反射防御武装〝盤古幡〝の搭載を認証。

──Error 迎撃反射防御武装〝盤古幡〟に対するエネルギー消費が間に合いません。

認証、感情反応型縮退炉〝雷公鞭〟の搭載。

──Reboot 認証、ワンオフアビリティ〝不倒不屈〟の再調整、〝抜山蓋世〟の適用を認可。確認しました。

──Reboot 該当戦術予測演算機構〝太極図〟の適用、確認しました。

各部統御用演算機構〝傾世元禳〟採用。確認しました。

──Reboot 甲龍・伏羲起動。

 

 

 

   ──ようこそ、創世の新世紀へ──

 

 

 

「……お待たせ」

「ああ、待った。待ったぜ」

 

熱田は泰然自若として、揺るぎも疲労すら無く嬉々として立っていた。

各所の損傷は初めからそこにあったかの如く、汚れすら戦化粧として映えている。

嗚呼、やはりそうだった。

熱田は今の鈴音を見て確信した。

 

「窮屈だったろ?」

「そうね。窮屈だったし、肩も重かったわ」

「だろうな。人が余計なもん神や龍に持たせるもんじゃねえ。私達は最初から持ってんだ」

 

龍砲は無く、双天牙月すら無い。装甲はより厚くシャープに、ヘッドセットも鉢金型となり寄り合わせられた黒の繊維が風に靡き、新たに生えた尾はまるで命を持つ様に艶かしい。

甲龍・伏羲、この姿となった今なら理解出来る。神格を得られる者は、最初から人が持ち得ないものを持っている。

人から外れ、しかし人と寄り添う。故に人は神に捧げるが、神は最初から持っている。

不純物は不要、ただ純粋に生来のものだけでいい。

 

「鈴」

「一夏、待ってなさい。演者交代よ」

「あいよ。あ、そうだ。今日は酢豚にしよう」

「肉マシマシ?」

「ああ、むしろ肉オンリーの勢いで。そこんとこどうよ?」

「いいわよ」

 

 

──感情反応型縮退炉〝雷公鞭〟起動

 

 

「よう、終わったか?」

「ええ、今日の献立が決まったわ」

「はっ、私もだ」

 

一夏との軽い会話を終え、全員が退がる気配を背に、鈴音の感情はある一つだけがうねっていた。

そしてそれは、熱田も同じだ。

 

 

──感情発露型縮退炉〝八尺瓊勾玉〟起動

 

 

「それじゃあ、ついて来いよ」

「貴女こそ、途中で潰れないでよ」

 

歓喜、ただそれだけを胸に両者は再び激突した。



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龍と神 配点¦(楽しいよな)

「いやはや、これはこれは、流石に予想外であるよ」

「ええ、そうですよ~。流石に予想外ですよ~」

「喧しいぞ。別に何時かは至る場所に今至っただけだ」

 

演者は二柱だけの舞台となった〝播磨〟を、モニター越しに眺めながら絶対の第一世代と呼ばれた〝世界最強〟は軽い溜め息を吐いた。

 

「情けない話だ。本当なら私達がやらなきゃならん事を、子供らにやらせるとは」

「しかし、どうしようもない事である」

「そうですよ~。どうしようもないですよ~」

「ああ、そうだ。私達よりも熱田の持つ神格は別格だ。故に私達は結果的にあいつを一人にしてしまった」

 

どうしようもないと理解していても、千冬の愚痴には納得しかない。

神格持ちというのは、この世界の特異点だ。人の身で人ならざる力を振るい、人の理から外れた存在。

ISというものは、そんな者達に形と器を与えた。

その中でも、熱田が抱える神格は完全なる別格。日本で産まれた願望器は、熱田という名から熱田の格を辿り、遂に姿形を与えてしまった。熱田神宮に連なるこの国に伝わる神々、熱田・雪路とは抑える事すら悠久の時を必要とする荒魂となった。

結果、熱田はあの日々に取り残され一人になってしまった。

〝世界最強〟と言えど、立場やしがらみには抗えない。他の者達も同じく、自身の国や立場、退き時には抗えなかった。

 

「しかし、まったく情けない話であるね。私は年齢で退いた。だが、今となっては退くべきではなかったと思える」

「と言っても、ナジェーリアさんは軍人ですから~、仕方ないですよ~」

「それでもであるよ、同志山田。我々は何かと理由をつけて、彼女を一人置いて行ってしまったのだ。本当は、まだ共に騒ぎたかったのに」

「ナジェーリア、それを言うな。それは一番最初に退いてしまった私の台詞だ」

 

絶対の第一世代、その中で一番最初に現役から退いたのは千冬だった。

モンド・グロッソの二連覇、本来なら出場する事すら叶わなかった大会に無理に出場したのは、千冬自身の強さの現れでもあったが、それ以上にある願いの為でもあった。

だが、その願いは千冬が退いた後にも叶う事は無かった。

 

「はっはっはっ、儘ならないものであるよ」

 

ISとは願望器としての側面を持つ。

であるなら、その叶えた願望とは一体何なのか。

千冬が願った願望とは一体何だったのか。

答えは目の前に広がり、嘗ての日々の中にあった。

 

「済まない、熱田。だが、お前はもう一人ではないぞ」

 

何時の間にか紫煙を燻らせていたナジェーリアの横で、千冬は悔恨の色を僅かに顔に滲ませ、ただ終わりの時を待った。

願わくば、この戦いが一人ぼっちの神への答えとならん事を祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 

 

──マジで良い、マジで良すぎる話だぜ。これは……!!

 

 

斬っても斬れない。吹き荒ぶ暴風の中で、この感覚は久し振りの事だった。

互角に斬り結べたのは〝世界最強〟織斑・千冬

共に踊れたのは〝斉天大聖〟楊・麗々

最後まで届かなかったのは〝将軍〟ナジェーリア・リトリア

翻弄されたのは〝銃央矛塵〟山田・真弥

正面からぶつかれたのは〝闘匠〟イーリス・コーリング

堂々と張り合ってきたのは〝鬼〟榊原・理子

 

嘗ての日々、もう二度と訪れないと思っていた歓喜の時間。

それが今、目の前に広がっている。

 

「はっ、はははははは! やっとだ! やっと、来やがった……!!」

「随分待たせたみたいね」

「ああ、待った。待ったぜ、どうしようもなくなあ!」

 

あの日、全て消えてしまったと思っていた。

だが、それは違った。

あの日、全て終わってしまったと思っていた。

だが、それは違った。

あの日、全て無くしてしまったと思っていた。

だが、それは違った。

 

「楽しいの? 神様」

「ああ、楽しいね! あの日以来だ!」

 

あの日、織斑・千冬が一線を退いてから、同期達は次々と周りから去っていった。

何故だ。

まだやれるだろう。

どうして自身の願いを否定してまで、後進に道を譲る。

もっとだ。もっと遊ぼう。

熱田が叫んでも、誰もが困った顔で背を向けて去っていく。

気付いたら熱田は一人だけになっていた。鹿島は長く熱田と関わり、〝フツノ〟を鍛えた繋がりから格を持つが、鹿島では熱田の隣に立てても、熱田と共には踊れない。

鹿島とのじゃれ合いは楽しいが、しかし足りない。

簪達との戦いも楽しかったが、それでもやはり足りないのだ。

熱田が心の底から求め望むのは、対等に渡り合い斬り結べる相手。

そして、待ち望んだそれは今日現れた。

 

「やっと、やっとだ! ずっと待ってたんだよ私は……!!」

「なら、待たせた分楽しみなさい!」

 

新たに実装された打撃装甲〝乾坤圏〟に覆われた拳を、熱田の〝フツノ〟にぶつける。

鈴音も同じだ。一夏達に出会うまで、ずっと一人だった。

ただ、熱田と鈴音との違いは求めたものだけ。

熱田は対等に戦える相手。

鈴音は対等に過ごせる相手。

同じく対等な相手を望んでも、神格持ちの最上位の熱田と対等に戦える相手は、熱田の前から離れていった。

 

「おお? 〝フツノ〟が軋みやがった! いいぞ、良すぎる! やっぱ良すぎる話だ!」

 

熱田の感情は喜の一色のみ。

過ぎ去った日々の中に思いを馳せ、漸く手に入れた歓喜に心を滾らせる。

 

 

──ねえ、一人ぼっちの神様

 

 

こいつは寂しがりだ。本当は誰かと居たいだけなのに、自身の力がそうはさせない。

〝剣神〟という人の理から外れた存在故に、一人ぼっちになるしかなかった寂しがりの子供。

それが今漸く、対等に遊べる相手と再会してはしゃいでいる。

なら、鈴音に出来る事は一つだ。

 

 

──甲龍、トバすわよ……!!

 

 

──・感情反応型縮退炉〝雷公鞭〟超過駆動開始

 

 

熱田に対する鈴音の感情は、断じて憐れみや同情等ではない。

ならば、この感情を名付けるとして、どの様な名を付ければ良いだろうか。

否、名付けなど要らない。今日は祭りの日、感情を名付け縛る事は必要ない。

喜怒哀楽が入り雑じり、ただ純然たる感情という概念を滾らせる。

ただそれだけでいい。

祭りとは踊りだ。古来より人が、理解の外に在るものに対して行ってきた純粋な感情の奉納。

 

「さあ、往くわよ」

 

胸に感情を、拳に激情を。

ただひたすらに、自らをぶつける。

近付けば弾かれ、触れれば消し飛ぶ剛拳の乱打が始まった。

 

「お? おお……?!!」

 

驚きの声に反して、鈴音の拳の雨を捌く熱田の顔には驚愕の色は見えない。

ただただ嬉しい、楽しい。

もっと遊びたい。

もっと騒ぎたい。

子供だけが持ちうる純粋無垢な喜の感情だけが、熱田の顔には浮かんでいた。

 

「良い顔してるじゃない」

「ああ、楽しくて楽しくて仕方ねえ。もっとだ。もっと来いよ。来てくれよ、凰・鈴音……!!」

「ええ、ご要望に御応えするわ……!!」

 

瞬間、鈴音の拳が灼熱した。

龍は龍であるが故に強く、己が身以外を必要としない。

だから、剣も槍も無く、火砲すら捨てた。

これが本来の姿、己が身一つで奇跡を起こす。

 

「龍の息吹か?!」

「さあ火加減は如何かしら?」

「まだ足りねえよ……!!」

 

灼熱した鈴音の拳は、確かに熱田の神鉄の装甲を破壊している。だが、それでも熱田は止まらない。

止まる筈が無い。嘗ての日々で、この程度で止まる者は居なかった。

 

「〝八咫鏡〟の防御抜いた程度で、私に届くか!!」

「なら届かせてやるわよ!!」

 

一撃でもかすれば人が死ぬ致死の雨を、熱田は一切の防御を捨てて、己が業と剣のみで突き進む。

 

 

──嗚呼、やっぱりだ。私はこうでなくちゃいけねえ!

 

 

楽しい。楽しくて仕方がない。

勾玉も鏡も必要無く、ただ己が業と剣だけで生きる。

それが熱田・雪路だ。

 

「これはどうだ?!」

「これで私が斬れると?!」

 

袈裟懸けに振り下ろした〝フツノ〟が、簡単に止まる。

斬れない。最高だ。こいつはあいつらの同じだ。

 

「はっ! はははははは!」

 

息も切れ、全身に傷と汚れの無い箇所は無い。

有り体に言えば満身創痍、だが熱田に疲労も消耗も見られない。

剣神はただ笑う。愉快で楽しくて、ただ笑う。

もう一人ぼっちではないと、嬉しさに突き進む。

 

「これならどうだ!」

 

無造作な横一閃、だが鈴音には解る。

この一撃は致命の一撃、当たれば只では済まない。

しかし、

 

「言ったでしょ。全部受けてあげるって……!」

 

鈴音は〝フツノ〟の刃を拳で受け止めた。

ナックルガードである〝乾坤圏〟が両断され、〝盤古幡〟の防御すら断たれる。

神格同士の激突に、神器の防御は脆い。だが、鈴音は避けない。

 

「……その程度なの?!」

「んなわきゃねえだろ!!」

 

唐竹、片手の晴眼に構えられた〝フツノ〟に鈴音は拳を叩き付ける。

轟音というにも生易しい音が響き、周囲の破砕の音を飲み込んでいく。

熱田も鈴音も全身に傷を負い、それでも止まらない。

止まる必要は無い。

最早、神鉄は鎧としての役割を果たさず、甲龍も新たな体を千々に斬り刻まれている。

 

「楽しい。楽しいぜ。楽しいよな、凰・鈴音」

「ええ、そうね。本当に楽しいわ、熱田・雪路」

 

もうじき、この楽しい時間も終わる。

二人はそれを理解している。

だから、

 

「〝小暴龍〟凰・鈴音、もう終わりか?」

「〝剣神〟熱田・雪路、そろそろ終わりかしら?」

 

鈴音が右拳を握れば、熱田も〝フツノ〟を居合いに構える。

 

「最後の最後だ。本気で斬るぜ」

「そう。なら、来なさい。全部、受けてあげる」

 

逃げも隠れもしない。

全身全霊全力の一撃で、この喧嘩祭りの締めとする。

双方が機を窺う最中、神と龍の神楽を観る観客達も固唾を飲んでそれを見守る。

 

「……熱田」

「心配ですか?」

「いや、……心配というより安堵だね。あのバカが漸く満ち足りてる」

 

誠一郎が鹿島の隣で問うと、少し困った表情で答えが返る。

鹿島は、一番近い場所で長く熱田の苦悩を見続けた。

どれ程望んでも叶わぬ願い、〝刀工神〟鹿島として〝剣神〟熱田の願いを叶えてやりたかった。

そして、その願いは鹿島も同じだ。

〝フツノ〟を打ち鍛え、この世に並ぶ剣は〝世界最強〟が持つ雪片のみとなり、鹿島はそれ以上の刀を打てなくなった。

自身の限界を自分自身で決めてしまったのだ。

 

「まったく、どうしようもない性だね」

「鹿島さん。貴方にはまだ満足してもらっては困ります」

「ああ、楽しい時間は終わらない。それを今日理解したよ」

 

 

 

首領飾¦『これはとんでもないね』

一季 ¦『鈴、カッコいいぞ!』

セシー¦『惚れた弱みですわね』

侍娘 ¦『しかし剣術が意味を為さない存在はビビった』

あめり¦『端的に頭おかしいわね』

Oまり¦『アメリア、オブラートオブラート』

である¦『しかし大丈夫なのかね? こう、常識は』

長口上¦『オブラートって直接殴る事だっけ?』

兎軍人¦『なんにせよ、これで全て決まるぞ』

弾薬庫¦『鈴、頼むよ』

雇われ¦『頼みます、凰さン……!』

首領飾¦『時に傭平、右腕はそれ大丈夫なのかね? 肩とか群青と濃紫のコラボみたいになってるが』

雇われ¦『え? あ……』

弾薬庫¦『傭平?! 救急車ー!!』

 

 

とりあえず、誠一郎は表示枠を叩き割った。

想定より損害は少ない。傭平の右腕に関しては、傭平自身が頑丈だしナノマシン治療でどうにか間に合うだろう。

しかし問題がある。

 

 

──中国、ロシア。あ、イタリアもこっそり来てるが、アメリカが見当たらない

 

 

IS競技の強豪国の代表でもあるアメリカが、この会場に姿を見せていない。

 

「心配事かい?」

「ああ、いや大した事ではありません。こちらから言うのも難ですが、鹿島さんこそ立場とか大丈夫ですか?」

「ははは、僕は篝火主任の下だからね。元々、倉持には場所が無いのさ」

 

それより、

 

「始まるよ。これまでの決着とこれからの始発が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 

 

 

居合いは人の業だ。元々、熱田には必要無く、熱田は剣術の類いを一切修めていない。

だが、剣の神である熱田に神の剣である〝フツノ〟が伝えてくる。

凰・鈴音を斬るなら、これが一番良いと。

熱田とは〝フツノ〟であり、〝フツノ〟とは熱田である。刃身一体の極みにある熱田は、故にこの構えを取った。

 

「さあ、斬るぜ」

「全部受けてあげるから、遠慮せず来なさい」

 

対する鈴音は腰を深く落とし、右拳を握り締め大きく後ろに引いた。

真正面からの正拳、それ以外の行動全てを捨てた構えだ。

 

「崩拳じゃねえのかよ」

「こっちの方が殴ってる感強めなのよ」

「良いな。真っ二つにしてやる」

「なら、正面から叩き潰してあげる」

 

最早船体としての機能を、最低限に残すのみとなった〝播磨〟の上で、神と龍が対峙する。

次の一瞬でこの祭りは終わる。

熱田と鈴音は数秒の無言の中で静止する。

機は一瞬、一瞬で全てが決まる。

周囲から音が消え去り、無限に続くかの様な世界で、二人は互いに笑んだ。

 

刹那、空気が弾けた。

二人が動いたのだ。

音を越えた二人は衝撃波で瓦礫を吹き飛ばし、一瞬の内に間合いに入る。

 

 

──凰・鈴音……!

──熱田・雪路……!

 

 

瞬時に〝フツノ〟と鈴音は激突する。

音も世界も置き去りにした最後、その決着は一瞬。

 

「熱田……?!」

 

遠く、鹿島の声が聞こえた気がした。

負は無い。全て喜の感情だけが熱田の胸の内に満ちていた。

 

「……まさか、まさかの話だ」

 

〝フツノ〟は折れた。

半ばから折れた刀身を眺め、熱田は鈴音に笑った。

 

「しゃーねえ、新人に褒美をくれてやる」

「……そうね。貰っておくわ」

 

幕切れだ。

〝剣神〟に〝小暴龍〟が勝った。

 



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