夏の追憶 (レスキュー係長)
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朝顔の栞

 

嫌味なほどに長く続いた梅雨が明ける。ただ、今年の梅雨は意外なことに関東では雨が降ることが少なかった。大抵、このツケは後々回ってくるものだ。そういえば去年も梅雨後のゲリラ豪雨が酷かったな、と比企谷八幡は帰りのホームルーム直後、机に頬杖をつきながら実にくだらない考えを巡らせていた。

 

過ぎ去りし梅雨は土産として夏休みを置いていく。高校三年生の夏なんて殆ど受験勉強へ消費されてしまうことなんて分かり切ったことなのに、クラスの中に緊張感なんてものは皆無で、むしろこれから訪れるほんの短い休暇に皆胸を馳せている。逃げたいのだ。迫ってくる大学入試からも、必然的に訪れる別れのその日からも。誰しも後戻りはできない、本当に貴重で、愛おしい時間を自覚しないままに日々を生きていく。

 

比企谷八幡は机の上に置いてある数学の教科書とノートを閉じ、膝の上にのせたバックに詰め込む。教科書はまるで新品のようで、折り目すらついていない。ノートはというと眩しいほどに真っ白である。

 

数学の授業は彼にとって本当に苦痛でしかないのだ。何が楽しくて関数をやらねばならないのか。こたえを求め、仮にそれが正しかったとして、何になるのか。人生に答えなんてないのに。

数学が苦手な人間特有のそれらの言い訳は八幡の常套句だ。

 

 

「ヒッキー、部活一緒に行こう。逃げちゃダメだよ。」

 

 

ふと、顔を上げれば明るめの茶髪が美しい由比ヶ浜結衣がそこにはいた。結衣とは高校三年生になってからも何の因果が同じクラスだった。嬉しくないと言えば、それはウソになる。クラス替えして知り合いがいる、なんてことは今までの八幡の人生でそうあることではない。だから、だろうか。クラス替えの時、無意識的に口角が上がっていたと別のクラスになった戸塚彩加に指摘された時は死にたくなった。

 

何だ、と八幡が目線を少し下げると校則ギリギリであるだろう短いスカートの裾は八幡の机より少し上をいき、程良い肉付きの太ももが八幡の目にはチラリいや、しっかりと収まっていた。

 

 

「あ‥‥」

 

 

八幡の悪い所は声に出してしまうところだ。きっと普通の人なら上手くごまかせるんだろうが、変に不器用な彼にそんなことは到底できない。

その声に気がついた結衣は慌ててスカートを抑える。既に顔は真っ赤だ。

 

 

「いや、待て、これは男の性というか、何というか。」

 

「‥‥ヒッキーのバカ、変態!もう知らない!」

 

 

弁明する暇もなく結衣は教室を後にする。急いで追おうと立ち上がるが、膝を机にぶつけ、鈍い痛みが離れない。

 

 

「痛っ!全く‥‥めんどくさいことになった‥‥」

 

 

結衣が雪乃に一連の流れを話していないことを願いながら、痛む膝を無理やり動かす。

 

 

 

 

 

部室のドアをスライドさせた先には既に雪乃が文庫本片手に読書に励んでいた。その隣には結衣がバックを下ろし、座ろうとしているところだった。結衣は八幡の顔をチラリと見ると目線を逸らす。やはり先ほどのことを引きずっているのだろう。

 

 

「こんにちは、比企谷君。」

 

「‥おう。」

 

 

どうやらまだ結衣との微妙な空気に気づいていないようだ。八幡はいつもの席にいつもと同じ体勢で本を開き、活字の海に身を投じる。一切の雑念を捨て、世界観にドップリと浸かっていたいのだ、彼は。

だが、今日は何かが違う。それはいつもと全く同じだからこそわかる違和感だった。

 

 

「‥‥ない。あれがない。」

 

 

胸の奥底から溢れんばかりの焦燥が押し寄せる。身体中が熱くなる。それは本当に、無くしてはいけないものだったはずなのだ。

八幡の態度が変わったことに気がついたのは結衣だった。

 

「ど、どうしたの、ヒッキー。忘れ物?」

 

「いや、忘れ物じゃない。いつも挟んでた栞がないんだ。朝顔の押し花なんだが。貰い物でな。」

 

「最後に見たのはいつ?」

 

「最後、か。記憶にあるのは昨日の放課後でのここだとは思う‥‥単行本に挟んで置いたはずなんだが‥‥」

 

 

そうバックから荷物を一つずつ取り出していく。筆箱、教科書、生徒手帳にマッ缶のプルタブ‥‥今の八幡にとってどうでも良いものばかりだった。掘り出しても、掘り出しても見つからないことに腹が立ってくる。なぜ無くしたのか。自分の管理の甘さに八幡は思わず歯ぎしりをしてしまう。まるで自分の不甲斐なさを噛み締めているようだった。

 

 

「比企谷君!落ち着いてちゃんと聞いて!」

 

 

ふと我に帰る。大量の荷物が置かれた机の上から見えたのは、長方形の細長い紙を手にした雪乃の姿であった。

 

 

「探しているのはこれかしら。昨日、帰りに少し教室を点検した時に落ちていたのよ。返すわ。」

 

 

雪乃から渡されたのは朝顔の押し花をあしらった栞だった。青とピンクの花びらがが美しく鏤められたそれは八幡の記憶の奥底にある遠い夏の思い出を思い起こさせる。

 

 

「‥‥ありがとう。助かった。」

 

 

雪乃と結衣は顔を見合わせる。というのも彼が今までに見たことがない表情だったからだ。栞を手にした彼は、どこか懐かしんでいるのか、いつになく優しく微笑んでいた。

 

 

「ねえ、ヒッキー。それ誰から貰ったの?」

 

 

果たして聞いても良かったのか。結衣は問うた後に後悔していた。もしかしたらデリケートな問題かもしれない。踏み込み過ぎた。自分の考えのなさに少し落ち込む。

 

だが、八幡はその発言に嫌な顔をせず、口を開く。不思議とそこに抵抗感などは一切なかった。きっと今までならば有耶無耶にしていたところであろう。二人との信頼の積み重ねがあるからこそ、包み隠さずに話せるのだ。

 

 

「‥‥昔、貰ったんだよ。まだ小学五年生だったっけか‥‥その時だと思う。」

 

 

本当に忘れかけていた何かが戻ってくる。甘酸っぱくて、暖かい。

 

 

「比企谷君、もしかして女の子から貰ったのではないのかしら。朝顔の栞なんて男の子から貰うはずないもの。」

 

「へぇ、ヒッキーも小学生の時は女の子とちゃんと話せたんだ。」

 

「おい、今も話せてるだろうが。」

 

「いやいや、今でこそ大丈夫になったけど最初の頃は酷かったよ。ブツブツ言ってて何言ってるか分かんなかったし。」

 

 

酷い言われようだと思ったが実際のところ言われている通りなんだろう。八幡は栞を大切に文庫本に挟み込む。

 

 

「でもさ、そんなに大切だったってことはもしかしてヒッキーの初恋の人からのプレゼント‥‥だったり‥‥して。」

 

 

初恋。先程から八幡の心を甘酸っぱく染めているのはそれが原因なのだが、いまいち八幡はピンときていない。あの思い出がはたして初恋だったのか断定できなかったのだ。

 

 

「比企谷君に初恋なんてとんでもイベントあったのね。私ですらなかったのに。」

 

「え、ゆきのん、初恋ないの!私はね、幼稚園のころの蒲田くんって子でね‥‥あ、ゴメンねヒッキー。私の話にいつの間にかなっちゃった。」

 

「いや、別にいいぞ。だいたい俺なんか初恋だと断定できないレベルだしな。ただ不思議な話でな‥まるで夢みたいなんだ。」

 

「まあ、どうせ暇を持て余しているくらいだから話してくれないかしら。お茶請けくらいにはなるでしょ。紅茶入れるわね。」

 

 

事前に準備していたのだろうか。美しく焼き上げられたクッキーを机の中央に置き、電気ケトルに水を入れてスイッチを入れる。

 

クッキーあるならお茶請けなんて要らないだろうに、とツッコミでも入れようかとも思ったが間違いなくややこしくなるのを見越して止め、八幡は遠い夏の追憶に意識を集中させる。

 

夏の青々とした稲が風になびく田園風景。エアコンなんてないはずなのに日陰であるというだけでなぜだか涼しい日本家屋。屋根のついたバスの待合場と横にある古びた自動販売機。そして、浮かんだ水色のリボンがついた麦わら帽子。

 

思い出が噴水のように湧き出てくる。八幡はそんな思い出に肩まで浸かり、口を静かに開いた。

 



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バス待合所にて

 

ゴトン、ゴトン。ゴトン、ゴトン。

 

電車の席の端に寄りかかって寝ていた八幡は規則的な揺れによって目を覚ました。左隣を見れば小町が母の膝の上で幸せそうに寝ている。

 

「八幡、起きたのね。もう少し寝ててもいいのよ。まだ駅までは長いから。」

 

小町を抱きかかえた母は優しく八幡へ話しかける。

 

 

「うんん。大丈夫。もう眠くないから。でも、お父さんは寝てるね。」

 

 

母親の左隣には父親が首を九十度に曲げ、目を瞑っている。最近、ロクに休めてなかったからそっとしておこうね、と母親は唇に人差し指を置く。間違いなく首を痛めるだろうが、無理やり起こすと機嫌が悪くなることを母は知っているから放っておくのだ。

 

八幡は体ごと後ろを向き、車窓からの景色を眺める。ただひたすら山と田んぼが延々に続く。これを田舎というのだろうということは幼い八幡もなんとなく感じていた。だが決してマイナスのイメージを持っていたわけでなく、東京にほど近い千葉に住んでいる都会っ子の彼からすればなんだかとても新鮮な光景でワクワクするほどだった。まるでRPGで新たな街へ向かおうとする冒険者だ。

 

長野新幹線で上田まで、そしてそこからローカル線で数駅行った先が八幡の父の実家の最寄りだ。こうしてお盆に家族みんなで帰省するのが比企谷家の恒例である。普段仕事で忙しい両親もこの時ばかりは休みを取ってくれるものだから幼いころの八幡からすると正月以来のビッグイベントと認知していた。

 

列車の速度が徐々に遅くなっていく。いよいよ、次が目的地だ。待ちきれなくって、電車の窓をこっそり開ける。

夏の香りが、確かに鼻をくすぐった。

 

 

 

 

「いらっしゃい。疲れたでしょ。スイカ切ってあるから縁側で待っててね。」

 

「いや、大きくなったな、八幡も小町も。」

 

「親父、さっきからそれしか言ってないぞ。」

 

「当たり前だ。久しぶりにくる孫を愛でないジジババはいないよ。」

 

 

古き良き日本家屋から出てきた祖父母は家族を迎え、縁側に腰掛けるよう促す。

祖母、和子は痩せ型で白髪混じりの長い髪を櫛で止めたお団子頭が特徴的だ。祖父、繁は白髪にすらっとしたスタイル黒縁の丸メガネが知性を演出する。二人とも元々中学の国語科教諭で、東京の中学で知り合い、結婚。定年を迎えた後は、自らの生まれ故郷に戻り老後を楽しんでいる。

 

 

「はい、スイカ。隣の畠山さんからのおすそ分けなんだけど、これが中々甘いのよ。はい、八幡。どうぞ。」

 

 

端っこに座っていた八幡に和子はスイカ真ん中あたりのワンカットを手渡し、端っこは繁と父の横に置く。一番甘いところだ。一口頬張ればみずみずしい上品な甘さが口の中に広がっていく。思えば、毎年こうしてスイカを食べている気がする。

 

 

「で、小町ちゃんはどこにいるのかな。」

 

 

和子は八幡に話しかける。繁と父は話に夢中で聞いてくれそうにないからだろう。

 

 

「多分、小町は母さんが寝かしつけてると思う。」

 

「そっか。流石、眠り姫。寝る子は育つ。良いことだよね。」

 

 

眠り姫。幼いころの小町はそう呼ばれていた。とにかくどこでもよく眠っていたからだ。だからか、母はいつも小町の側に居て、世話をしていた。

 

 

「‥‥うん。」

 

 

確かに寝るのは良いこと。だが、八幡の心は晴れなかった。どうしてだろうか。

 

スイカを食べ進める。とびっきり甘い先端から食べ進め、皮に近づくと甘さも段々と無くなっていく。いつだって、一番美味しい時は一瞬なのだ。

 

 

「八幡、せっかく来たんだ。虫取りでもするか。」

 

 

久しぶりに息子に家族サービスをしようかとでも思ったのか、父親は繁との世間話を終え、八幡に虫採りに誘ってきた。虫が得意ではないのにそんな誘いに釣られるわけないだろうと八幡は思ったが、息子サービスとして機嫌取りしておくのも後々に何かしらに還ってくるだろうと返事をしようとしたその時だ。繁が割り込んできたのは。

 

 

「おい、お前去年も同じこと言ってたぞ。八幡は虫苦手なんだからやめておけ。自分で決めさせてやれよ。八幡、何がしたい?」

 

 

何がしたいのか。心からやりたいことを正直に答える。

 

 

「爺ちゃんの部屋の本が読みたい。」

 

 

「よし、おいで。八幡。」

 

繁は立ち上がり、八幡の頭を撫でながら書斎へと案内する。

 

 

 

 家の二階は和子、繁の寝室と書斎がある。書斎は、窓の前に年季の入った木製の机に妙に高級感のあるチェアが置いてある。そして、なんといっても壁にびっしりと並べられた膨大な数の小説は小さい図書館くらいにはなあるだろう。

 

繁の大学生の時の専門は日本文学であったためか、海外の作家よりも日本の作家の本の方が断然多い。又、中学教諭であったためか八幡には読みやすい本も幾つかあり、帰省するたびにここで本を数冊選び、読みふけることが楽しみの一つであった。

 

「どれを読みたい?好きなのを選んでご覧。一応最近の小説の集めてはいるんだけれどね。ほらそこの段ボール。」

 

 

段ボールには通販で買ったのだろうか、たくさんの本が収まっている。八幡はその中から重松清の『小学五年生』、宮部みゆき『ブレイブストーリー』を取り出し、胸に抱える。本棚にある本から数冊抜き出した後、繁のところへ八幡は近づく。その理由を繁は知っていた。

 

 

「あれだろ。分かってるって。」

 

 

繁は机の引き出しに手をかける。そこから取り出されたのは、カバーなんてついていない古びた文庫本だった。題名は『走れ、メロス』。太宰治の名作だ。

 

「これを今年の読書感想文の題材にしようと思って。それに思い入れもあるし。」

 

 

八幡は繁から本を受け取ると窓の外を眺める。八幡の目線は庭にある一軒の犬小屋を捉えている。

 

 

「……マッキーか。」

 

 

八幡はこの家でペットとして飼っていた柴犬、マッキーを特にかわいがっていた。むしろ、マッキーに会いたいが為に帰省していたほどである。

 

元々は傷だらけで隣の畠山さんの家に迷い込んでいたところから始まる。怪我を見る限り虐待されていたことは間違いなく、かわいそうに思った繁が保護したのだ。

 

最初は人間を警戒していたマッキーだったが八幡と一緒にいるようになって変わっていき、八幡も唯一の友達として可愛がった。小町に両親がかまっている時は一緒に遊んでいたし、朝顔の水やりもマッキーと遊びながらこなしていたし、本も一緒に読んだ。そのときに一番読んでいたのが「走れメロス」だった。夜の縁側で隣で座るマッキーを撫でてやりながら読み聞かせるのは毎年続いていた。

 

去年、亡くなるまでは。

 

マッキーは本当に静かに息を引き取った。目に見えるような兆候は全くなく、久しぶりに帰省してきた八幡達を歓迎するように遠吠えをした次の日、冷たく犬小屋で横たわっているのを発見したのは八幡だった。老衰死。犬の時の流れと人の時の流れが違うことを彼はその時初めて知った。

 

 

「マッキーの墓、一緒に行こうか。」

 

 

外を見て動かない八幡に繁は話しかける。八幡は静かにうなずき、本を抱えて繁についていく。

 

 

 

庭の脇にひっそりと作られた墓には「マッキーの墓」の文字が書かれた板が刺さっている。手前には綺麗な花が置かれ、丁寧に清掃されていた。八幡は座り込み、手を合わせる。

 

 

「爺ちゃん、マッキーは幸せだったのかな。」

 

 

幸せかどうかなんて、分からない。聞くことなんてできないのだ。死人に口無し、しかも人ではないのだから。

 

 

「幸せだったと思うよ。マッキーは生きた。精一杯生きて、人生の最後に大切にしてくれる友達に出会ったんだ。これを幸せと呼ばずになんと呼ぶのか。」

 

 

繁の言葉はわかりやすい。だが、その言葉には確かな重みがある。

 

 

「それにお盆だ。きっと、マッキーの霊もここへ戻ってくるはずだよ。」

 

「‥‥また会えるかな。」

 

「会えるさ。きっと。」

 

 

そう繁は八幡の頭を撫でる。優しく、繊細な子だと思う。気持ちに敏感だからこそ悩むことができる。それはきっと大切な個性だ。

いかんな、と繁は眼鏡をかけ直す。昔からそうやって子供を分析してしまうのは教諭時代からの悪い癖だ。

 

 

「爺ちゃん、ちょっと散歩してくる。」

 

 

墓の前から立ち上がり、本を抱えた八幡は繁にそう告げた。暗くなるまでには時間がまだある。ならば、止める必要もないだろう。

 

 

「ああ、暗くなるまでに帰ってくるんだぞ。」

 

 

うん、と返事を早々に八幡は庭から出ていく。

 

「いいんですか、繁さん。」

 

 

和子が後ろからヒョッコリと現れる。ずっと見ていたのだろう。

 

 

「ああ、いいんだ。まだ小さいが男には色々考えたいことがあるもんだ。そっとしといてやろう。さあ、今日の晩御飯の野菜でも畑から取ってくるかな。」

 

「じゃあ、ピーマンとナス、をお願いしますね。夏野菜カレーにしますから。あ、それからキュウリも。」

 

 

◇◆◇

 

 

夏の午後。田舎の暑さは都会ほど嫌ではないのは何故だろうか。

 

八幡が少し歩いた先にある屋根のついた簡易バス待合所のベンチに抱えてきた本を置く。ここは昔から八幡のお気に入りなのだ。マッキーと散歩している時もここに立ち止まり、読書に励んでいた。ここには不思議と爽やかな風が吹く。だからここにきてしまう。

 

隣に併設された変に古びた瓶ジュース自販機にコインを入れる。彼は今も自販機が稼働していることを知っていた。誰が補充しているのだろう。実は近所の人が入れていたころを知ったのはずっと後のことだ。

ここでバヤリースを買う。これもまたいつものこと。ただ一つ違ったのは、一本分のお金しか入れていないのに二本出てきたことだった。

 

え、とも思ったが古い型ならありえなくもないのか。そう自分を納得させる。一本は備え付けてある栓抜きで開け、もう一本はしばらく保管しておくことにした。

 

彼は文庫本を開く。重松清『小学五年生』。小学五年生の様々な子供を切り取り、人間関係や家族のあり方をわかりやすいタッチで描かれている。ちょうど小学五年生の八幡にはぴったりだった。

 

ペラッ、ペラッ、ペラッ。

 

心地の良い空間だからかペースが速くなる。頭の中では文字が読み取った背景が再現されていく。登場人物がまるで生きているかのようで心が弾む。

 

ふと、強い風が吹く。思わず砂埃が立つほどだった。八幡は反射的に目を瞑り、ゴミが目に入らないようにする。

 

収まったと思い目を開けると、前には水色のリボンがついた麦わら帽子が落ちていた。八幡が近寄って手に取ると左から「ああっ、やっと‥‥」と高い声が聞こえる。

 

声のする方へ顔を向けると、そこに立っていたのは八幡と同じくらいの少女だった。清涼感のある白いワンピースに、黒髪ロング。まるで人懐っこい犬のように可愛らしい容姿は見とれてしまうほどだ。ただ、八幡は思考停止しまった。彼女の目に何故だか涙が溜まっていたからだ。

 

 

「はっ!あ、これ。風に飛ばされたんだろ。返す。」

 

 

再起動した八幡は帽子を彼女に返す。

涙を浮かべた彼女は大事そうに受け取り、頭にのせる。

 

 

「ありがとう‥‥」

 

 

屈託のない笑顔が眩しい。泣きながら、でも、向日葵のように美しい笑顔を浮かべる彼女との出会いはびっくりするほど突然で、不思議な出会いだった。

 



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親の傲慢

夕日に照らされた紅茶はいつの間にか冷めている。妙に喉が渇いていた八幡はそんな紅茶を一気に流し込む。少しぬるかったが、口に潤いが戻っていくのは分かった。

 

 

「紅茶、入れ直すわ。」

 

「いや、別に‥」

 

「どうせ、そこから長くなるのでしょう?」

 

 

そう雪乃は湯のみを持ち、電子ケトルのスイッチを入れる。

 

あまりにも結衣が静かだったものだから八幡が目線を向けると大粒の涙を流す彼女の姿があった。

 

 

「はっ?なんでお前が泣いてるんだよ‥‥」

 

「だっでさ、マッキー、死んじゃったんでしょ‥‥もしサブレが死んじゃったらって思ったらさ、なんか泣けてきちゃって‥‥」

 

 

由比ヶ浜さん涙でグチャグチャよ、と雪乃はどこからかハンカチを取り出し結衣に渡す。甲斐甲斐しく世話する姿はなんだか母と子のようで少し可笑しい。

 

ケトルからカチッと音が鳴る。お湯が沸いたようだ。雪乃は茶葉を取り出し、湯を入れる。その一つ一つの所作には無駄がなく美しい。思わず見惚れてしまうほどだ。

 

紅茶の入った暖かい湯のみを雪乃から手渡される。一口すすれば心地の良い茶葉の香りが包まれる。

 

 

「それで話の続き、聞かせてもらえるかしら。」

 

「えっと、どこまで話したっけ。」

 

「女の子と会ったところまでだよ。気になるから早く!」

 

 

「まあ、待てよ。あ、それでだな‥‥」

 

 

◇◆◇

 

 

彼女の名前は畠山真紀というらしい。

 

〝帽子、拾ってくれてありがとうございます!隣の家の真紀、と言います。〟

 

そう尋ねもしていないのに勝手に話し始めたところから推測し、隣の畠山さんちの孫か何かだろうと勝手に納得しただけなのではあるが、それも強ち間違いではない気がしていた。確かバス待合所の向こうは畠山さんの畑と家があったと記憶していた。

 

帽子をかぶった彼女は八幡から少し離れたところに座り、チラチラと見てくる。

 

ややこしいことになったと八幡は溜息を気づかれないように放つ。小学校では男友達もいない彼だ。ましてや、同世代の女子と上手く接することなんてできるはずがないのだ。

 

それでも、このまま黙ったままいるのも居心地が悪い。何か突破口はないものかと周りを見渡すと水滴がついたもう一本のバヤリースを見つける。八幡は自販機まで栓を抜きに行き、その足で彼女の目の前に差し出した。

 

 

「え‥‥」

 

「いや、これ二本出てきちゃったから。俺、一本で十分だし。」

 

 

下手くそだな、と自分でも思う。たかがバヤリースを一本渡すくらい自然にできないものかと自分に軽く失望すると共に、普段喋らない自分にこんなことができる勇気があるのかとビックリもしていた。

 

 

「ありがとう。頂きます。」

 

 

そう瓶を両手で持ち上げ、彼女は流し込む。よほど喉が渇いていたのだろう、CMのように喉が鳴った。

 

 

「美味しいです!暑いからですかね。」

 

 

屈託のない笑顔。眩しくて直視できない。

 

 

「いや、うん。そうかもね。じゃあ、俺はこれで。」

 

 

一刻も早くこの場を離れたかった。何か共通の作業をするというわけでもなく、同じ空間にいるなんて堪らないのだ。八幡はバス待合所に背を向け、歩き出す。

 

十歩、二十歩、三十歩。

 

しばらく歩いた後に気づいてしまった。持ってきた本を置いてきたことに。

 

振り返れば奴がいる。そんな自分は離れていったのにわざわざ取りに戻るマヌケな奴に思われるだろう。だが、祖父の大切な本を置いていくなんて八幡にはできなかった。

 

足の向きを百八十度変える。すると見えてきたのは、一冊の文庫本を宝物のように眺める真紀の姿だった。文庫本に注目すると〝走れメロス〟と書かれている。

 

 

「あの‥‥それ、俺のやつで。」

 

「あっ、ごめんなさい。つい、懐かしくって。」

 

「懐かしい‥‥読んだことあるの?」

 

「うん。昔、友達とよく読んでたの。」

 

 

友達と読む本ではないけど、とは思ったがキラキラと目を輝かせる彼女を目の前に言えるはずもなく仕方なしにまた隣に座る。

 

 

「走れメロス、いいですよね。私、王様が好きでなんです。」

 

「王様?邪智暴虐の王なのに?」

 

「王様だって元はいい人なんだと思います。邪智暴虐の王にしたのは周りの酷い人達。でも、メロスみたいに純粋な人に出会えて変わった。そんな所が好きなんです。」

 

 

それを性善説と呼ぶのだと知ったのはずっと先のことだ。それでも今の八幡には腑に落ちた。

 

 

「すいません!これ、お返しします。」

 

「いや、いいよ。読んでたんだろ。俺も走れメロスは好きなんだ。多分、同じ理由だと思う。なんかさっきの話聞いたら納得できた。」

 

 

初対面なのにどうしてこんなに話しやすいのだろう。お互い、超えて欲しくはない距離感を分かっているかのようだ。

 

 

「本好きなら貸すよ。俺、一週間はいるから。」

 

「本当に?じゃあ、借りますね。必ず返します。」

 

「メロスだけじゃなくてもいいんだぞ。」

 

「じゃあ、これも借ります。本当に明日には返しますね。またここで。」

 

 

日の向きを確かめた彼女はもう帰る時間だから帰ります、と礼儀正しくお辞儀をして、席を立つ。あまりにも突然だったから八幡は少し不思議に思ったが、思えば夕方近くなっている。あたりはまだ暗くなってはいないとはいえ、安全を考えれば納得できた。

 

家路へと歩く彼女は時折後ろを向いてお辞儀をする。まるで別れを惜しんでいるように、足取りはゆっくりだった。

 

八幡はそんな姿を見ながら自分の体が火照っていることに気がついた。胸の鼓動が早まる。

 

またここで。彼女が言ったその言葉が頭から離れない。八幡は残った本を片手に空のビンを自販機横のビンケースにしまい、反対側の道をトボトボと歩いてゆく。そんな彼の頬は緩みがちだった。

 

 

◆◇◆

 

 

「なんかいいことでもあったの、八幡。」

 

 

こんな時、母というものは不思議なものでほんの少しの変化も見逃しはしない。和子と共に忙しなく台所にて動き続けている母は八幡の顔をチラリとみるだけでそう話す。

 

 

「いや‥‥そんなことはないけど‥‥」

 

 

きっと自分はバツの悪そうな顔をしているのだろうということは自覚していた。側にあった筑前煮を手に取り茶の間に運ぶ。

 

 

 

「お兄ちゃん、こっち、こっち!」

 

 

小町の小さい手に引かれ、座った目の前には繁がいた。既にお猪口には酒が注がれており、心なしか繁の顔は赤い。同じように父もチビチビと飲んでいる。

 

 

「さあ、食べましょうか。」

 

 

机に並べられた沢山の料理。そのどれも派手さはないが丁寧に作られている。八幡はそんな料理が好きだった。いや、本当は家族みんなで食べるそれが好きだったのかもしれないが。

 

 

「で、八幡は今日は何あったのかな。」

 

 

まるでオモチャを見つけたかのように聞いてくる母の顔は楽しげだ。

 

 

「なにかあったのか、八幡。」

 

 

繁も興味ありげに言うもんだから逃げ場をなくしてしまった。仕方なく口を開く。

 

 

「‥‥近所の子に会って、ちょっと話をした。ただそれだけだよ。」

 

「なに、女の子?」

 

「まあ、そうだけど。本当にちょっと話しただけだから。」

 

「近所にそんな子いたかしら‥‥」

 

 

過疎化の進む田舎だ。近所に若い子供なんて和子の記憶にはなかった。

 

 

「ああ、たしか隣の畠山さんちの長男、八幡くらいの娘さん居たんじゃないか。お盆だしもしかしたら同じように帰ってきてるかもしれないな。」

 

「ああ‥‥思い出しました。婦人会で畠山さん言ってましたよ。〝今度、孫が来るんだって〟」

 

 

彼女も今頃、夕食を取っているのだろうか。そして、貸した本をちゃんと読んでくれているだろうか。

 

 

「お兄ちゃん、その煮っころがし取って。」

 

「へ?あ、ああ。皿貸して。」

 

 

八幡は小町に里芋の煮っころがしを取り分ける。里芋を箸で掴もうとしてもツルツルと滑ってうまく取れなかった。

 

 

 

食事を終えると途端に眠たくなるのは八幡のお決まりだ。縁側に座り、コオロギの羽音を聴きながらうつらうつらとしていた。

 

お茶の間では残りのおかずを肴に男二人は酒を酌み交わす。

 

 

「八幡も眠いなら寝なさい。小町ももう寝るって。」

 

「あ、でも読書感想文まだやってない。」

 

「そんなの明日にでもいいでしょ。移動もしてきてつかれてもいいものは書けないよ。ほら早く。」

 

 

変に強引だと思ったが確かに一理ある。怠い体を起こして寝床へ向かう。おやすみ、と一応挨拶したがあまりに小さくって皆には聞こえなかっただろう。

 

寝床にはすでに小町の可愛らしい寝息が聞こえていた。八幡も横になり目を瞑る。

 

風を感じる。外からの風だろうか。心地がいい。

 

日本家屋の利点はその通気性の良さだ。だが、その風通しの良さゆえか話し声が聞こえてしまう。それは八幡たちの寝床でも同じだった。

 

男二人の声。二人の会話が眠りにつこうとしている彼を起こしてくるのだ。八幡は少しその会話に意識を向ける。

 

 

 

 

「‥‥‥で、お前。八幡のことちゃんと見てやってるのか。」

 

 

お猪口を置く音が強い。

 

 

「‥‥当然だろ。俺の息子だぞ。」

 

「俺にはそうは見えないがな。」

 

「‥‥なにが言いたいんだよ、親父。」

 

「八幡との時間を疎かにしていないか、って話だよ。」

 

 

お父さん飲み過ぎですよ、と優しい声で制する声がするが一度流れ出た言葉はとどまることはない。

 

 

「八幡は優しい子だ。そして大抵のことをやれてしまう要領の良さもある。だからって、あまりにもそれに甘えるのは間違いだ。あの子だってまだ小学生だ。甘えたい年頃でもある。」

 

「いやいや、あいつはそんなんじゃない。一人が好きってタイプだろ。」

 

「それこそ、親の傲慢だ。自分の都合が良いように解釈して押し付けてるに過ぎない。」

 

「なんだよそれ。俺が親失格みたいな言い方!あんただって同じだろうが!いつだってあんたは家に居なくて、構ってくれたことなんてなかったじゃないか!」

 

 

ちょっと、暑くなり過ぎだよ、子供達が起きてきちゃうでしょ、と止める声が聞こえる。

 

 

「‥‥そうだな。すまん。熱くなり過ぎた。俺も今のお前と一緒だ。仕事に生きたようなもんだった。だからだろうな。俺ができなかったことをお前にはちゃんとやって欲しかった。思えばこれも親の傲慢かもな‥‥‥」

 

 

八幡にはその後の会話は入ってこなかった。意識は遠のいていったからだ。

 

暗い海の底に沈んでいく、そんな夢を見た気がした。

 

 



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送り火

「よう。」

 

「こんにちは。八幡くん。これ、お返しするね。」

 

 

真紀と出会い、もう四日が経とうとしていた。午後三時過ぎ、彼はバス待合所でまた彼女と会う。彼女は既にベンチに座り、文庫本を開いていた。

 

こんな風に彼女に本を貸し、次の日に返してもらうついでに感想を交わすのは八幡には新鮮な感覚だった。

 

重度の人見知りだと思っていたが彼女とは何故だか不思議と打ち解けている自分がいる。だが、それはなんだかとても恥ずかしくてまともに顔を見ることはできなかった。

 

照れ隠しに脇の自販機に金を入れ、いつものようにバヤリースを選択する。

 

ガコン、ガコン

 

明らかに二本分の音がする。彼女に出会ってから何故だか一本分の金で二本出てくる。少し気味が悪い。

 

二本の冷えたバヤリースの栓を抜き、座っている真紀に手渡す。ありがとう、と両手で受け取る真紀と手が触れる。ほんの少し触れただけでもわかる皮膚の柔らかさにドキっとしながらもしっかりと体温を持っていることを確認して安心する。そして八幡もベンチに腰掛け、持ってきた文庫本を開く。

 

偶に、ごく偶にだが、隣をチラリと確認する。相変わらずの麦わら帽子の下にある端正な容姿。貸した本を開き、集中して読書に励む彼女の横顔は絵になるほどで見惚れてしまう。

 

そんな彼に気がついたのか、真紀は八幡と目を合わせる。綺麗な目だ。そんな感想と共にやはり恥ずかしさが押し寄せてしまい、すぐさま目線を外してしまった。こんなことをもう何回繰り返しているのだろうか。

 

 

なんだか今日は日の照りがキツイ気がする。今日は珍しく風もさほどなくからか屋根のある待合所でも汗が止まらない。余ったバヤリースもぬるくなってしまう。一口すれば甘ったるさが舌に残り、さらなる喉の渇きを連れてくる。

 

 

「はい、これ、よかったら‥‥」

 

 

そんな八幡の様子を見て察したのか、真紀が差し出したのは水筒の蓋だった。並々と注がれたその液体を八幡が飲めばその冷たさに幸福感さえ感じるほどだった。

 

 

「‥‥ありがとう、助かった。」

 

「今日、なんか暑いですよね。水飲まなきゃだめですよ。」

 

「これ、すごい美味しい。麦茶?」

 

「はい。ただの麦茶だけど冷えてると美味しいですよね。あ、私も。」

 

 

そう彼女は八幡から蓋を受け取り、水筒から麦茶を注ぎ口元に運ぶ。八幡は気づいてしまった。間接キスしてしまうことに。彼女は気がついていないようだが八幡からすれば気が気でなかった。勝手に気まずくなっている。

 

 

「あ‥‥この本どうだった?」

 

「猫目線で人の色んな物語を見るなんて面白かったです!」

 

「俺はちょっと難しくて読めなかったのに読めたんだ‥‥凄いな‥‥」

 

「いえいえ、私も難しい文字はなんとなくで読んでるから‥‥」

 

 

彼女は必ず次の日までに貸した本を読破してくる。ほんの意地悪で貸し出した小学生には少し難しいその本も例外なく読んでくるのだから驚きだった。

 

 

「で、今日の本なんだけどさ‥‥最近はやりの本にしてみた。ハリーポッターは読んだことある?」

 

八幡が取り出したのはシリーズ第一作だ。

 

「読んだことないです。分厚いですね。」

 

「映画にもなってるらしい。見たことないけど。」

 

 

映画を一緒に観に行く友達もいないしーー

 

そう口にするのは、やめた。なんだか虚しく思えてしまったからだ。

 

 

「面白そう!でも‥‥でも私、借りられない。ごめんね。」

 

 

真紀は途端に暗い表情になる。八幡がその理由を尋ねようとするがその前に彼女が口を開いた。

 

 

「‥‥思ってたより時間が無くって、ね。今日の夜には行かなきゃならなくなっちゃった。」

 

「えっ‥‥それって、今日で終わりってこと?」

 

 

出会いがあれば別れもある。それは分かっていたのにいざそれが目の前に、それも突然に立ちふさがると、手放したくないと思ってしまう。

 

 

「うん。今日は最後の別れの挨拶をしてきたの。ありがとう。本貸してくれて。」

 

 

真紀は文庫本にまた目を向ける。静かに、そして、いつものように活字の海に漕ぎ出している。

 

あまりにもあっさりとした告知に八幡は何か話そうとしていたが話したいことがまとまらない。開いた本の内容なんて清々しいほどに頭には入ってはこず、急に宣告された別れのカウントダウンに翻弄されるしかなかった。

 

 

あと、二時間。

 

あと、一時間。

 

あと、三十分。

 

あと、十五分。

 

 

彼女はおもむろに席を立った。時間が来てしまった。八幡は体を硬ばらせる。

 

 

「あのさ、俺また来年には来るから。」

 

 

何か話さなければならない。そう思い立ち上がった八幡の言葉に彼女は答えない。無言で麦わら帽子を被り準備を始めるばかりだ。

 

八幡とすれ違う。耳元で彼女は囁く。

 

 

「‥‥ごめんね。本当は遠くで見守るだけでよかったのに。」

 

「‥‥え?」

 

 

次の瞬間、彼女は駆けていく。彼は目で追うことしかできなかった。

 

 

ポツリ ポツリ

 

 

待合所のトタン屋根に雨粒が落ちる音が響く。八幡は名残惜しそうに本をまとめ、家へと走っていくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

玄関では和子が少し困ったような顔で地面を見つめていたが、濡れている八幡を一度見ればいそいそとタオルを頭にかけ、ワシャワシャとふいてきた。

 

 

「濡れたままだとかぜ引くからね。」

 

「‥‥ありがとう。」

 

 

さっきまで和子が見つめていたその地面に目を向ける。そこには皿が置かれており、盛られていたのは割り箸のような木だった。

 

 

「これって‥‥」

 

「送り火。八幡は知ってるかな。ご先祖様が帰って来る目印になるのが迎え火。その反対にご先祖様を送り出すための目印が送り火。こうして焙烙皿にかんば‥白樺の木の皮のことね‥それに火を灯すの。まあ、うちはあんまり厳密にはやってないけれど。今年は迎え火忘れてたぐらいだから。」

 

「それっていいの?」

 

「うん。結局は気持ちだから。別に大丈夫。でも困ったわ。うっかり外に置いていたら湿っちゃったのよね。仕方ないから商店まで買いに行ってくるわね。ついでに今日の夕飯も買いたいしね。」

 

「あ、爺ちゃんはいる?感想文見てもらいたいんだけど。」

 

「繁さん、今村の会合に行ってて帰りは少し遅いと思うわ。お母さんに見てもらったらどう?」

 

「‥うん。」

 

 

バンに乗り、行ってしまう和子を眺めながら八幡は茶の間に向かう。

 

母はテーブルで氷枕をセッセと準備していた。八幡はなんとなくその理由を悟ったが、昨日の晩に書き終えた感想文と走れメロスを片手に一応口にはしてみた。

 

 

「母さん、これ読書感想文なんだけど見てくれない?」

 

「ごめんね、八幡。ちょっと小町、熱っぽいのよ。後で見るからテーブルに置いて頂戴。あ、それかお父さんに見てもらうとか‥‥」

 

「いや、いいよ。」

 

 

父は見ない。そういう人間ではない、と八幡は知っていた。良くも悪くも放っておくのがあの人なのだ。それは時にとても楽で、時に辛い事でもある。今は、きっと後者だろう。

 

原稿用紙を握る手が強くなる。シワになるほどに。虚しい。心にポッカリ穴がジリジリと空いてくるようで、いても立ってもいられなかった。

 

小町の枕変えてくるね、と母は部屋に入っていく。襖を閉めるその音が鳴った瞬間、八幡はまるで何かから逃げるように玄関に向かっていた。

 

 

「おい、八幡。どうした雨降ってるぞ!」

 

 

父の呼び掛けだろうか、八幡の後ろから聞こえる。だが動き出した足はもう止まらない。

 

 

 

八幡が向かったのはバス待合所だった。雨は強さを増し、地面はぬかるみ始めて一歩がひどく重く感じた。それでも彼が歩きを止めなかったのは妙な〝予感〟がしていたからだ。

 

もう、三十分

 

もう、四十五分

 

もう、一時間

 

時間は驚くべきほど早く過ぎていくように八幡には感じていた。

 

ザク、ザク、ザク

 

雨音の中から音がする。一歩一歩、こちらに近づいてくる。

 

 

「やっぱり‥‥」

 

「また会ったね。八幡くん。帰れなくなっちゃった。」

 

 

真紀は差していた青い傘を置き、ベンチに座る。

 

途端に胸が熱くなる。それでも八幡は黙って、暗い田舎道を眺めた。

 

 

「雨、だね。」

 

「うん。」

 

「なんかあったの?」

 

「‥うん。」

 

 

雨の音が聞こえる。この音が八幡を素直にしてくれる気がした。

 

 

「‥‥俺、いつも一人なんだ。学校でも、家でも。学校では友達もいない。母さんも父さんもいつも小町ばっかりで、俺のことなんて見てくれない。」

 

「寂しい、んだね。」

 

「どうすればいいのか、分かんない。俺が悪いのかな。」

 

「悪くないよ。八幡くんは。分からない人が悪い。こんなにしっかりした優しい人、いないよ。きっとお父さんもお母さんも甘えてるんだよ。しっかりしてるから。」

 

 

彼女を八幡は見つめる。優しい目だ。綺麗で一点の曇りもないその瞳に吸い込まれそうだった。

 

 

「そうかな。」

 

「そうだよ。いつか傷ついた犬に優しくさすりながら読み聞かせてくれたでしょ。」

 

 

真紀は立ち上がる。いつの間にかトタン屋根に落ちてきた雨粒の音が穏やかになっていた。

 

 

「君はいったい‥‥」

 

「雨があがるよ。これでやっと火を灯せる。だからもうお別れ。私は行ってしまうけど、忘れないで欲しいことがあるの。私はいつだって側にいるから。一人じゃないよ。」

 

 

そう彼女は立ち上がる。彼女の言う通り、雨はあがっていた。

 

 

「待って!」

 

 

咄嗟に手に持っていた文庫本を八幡は真紀に差し出す。

 

 

「これ、持ってて欲しい。」

 

「私、もう返せないよ。」

 

「それでも、持ってて欲しい。」

 

 

差し出されたその本を真紀は何も言わずに受け取る。雨が上がり、たちこめていた雲の隙間から月明かりが漏れる。照らされた彼女の目からは涙が溢れていた。

 

 

「やっぱり君は優しいね。ありがとう。じゃあ、私もこれ、渡しておくね。」

 

月光に照らされた彼女の手には朝顔の押し花が目立つ栞があった。彼女が本を読むときに使っていたことを八幡は思い出していた。

 

真紀は八幡に近づく。次の瞬間、八幡の額に自分の額をくっつけた。

 

八幡は急激な眠気に襲われる。ベンチに座り込み懸命に戦うが、力が抜けていく。

 

〝さよなら〟

 

彼女の声が頭の中にこだましていく中で、八幡は意識を失っていくのだった。

 

 



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夏の追憶

八幡は一口ほど湯のみから紅茶を啜る。多少冷めてしまったようだが猫舌の彼からすれば実に丁度いい温度であった。

 

 

「成る程ね、本当に興味深い話だったわ。」

 

 

カチャン、と雪乃はカップを置く。

 

「で、結局その後はどうなったのかしら。」

 

「目覚めた時には爺ちゃんが目の前にいた。めちゃくちゃ怒られたわ。まあそりゃそうだよな。で、次の日からは彼女は来なくなった。しかも爺ちゃんが隣の家に訪ねていったらしいが、帰省していたような様子もないし、真紀なんて孫はいなかったらしい。それからもちょくちょく待合所には行ってたんだけど、会わずじまいってところだな。」

 

「あのさ、それってさ‥‥」

 

「いや、言いたいことはわかる。ただ夢みたいな話なんだよ。所詮は小学生の時の遠い昔の思い出。いや、もしかしたら少年時代の妄想とまで言えるかもしれん。」

 

「でも、印象に残ってるんでしょう。」

 

 

雪乃の言う通りだった。確かに心に刻まれた小さな、そして優しい追憶なのだ。その後の人生にもしかしたら然程の影響はなかったのかもしれない。それでもどこかで彼女の一言に救われていることはあった。それはまるで少年時代、誰しもが意味もなく河原で集めた綺麗な石ころのようだった。偶に集めたその石を宝箱から取り上げて光に当て、ほくそ笑む。そんな記憶だったのだ。

 

八幡は深呼吸をする。思い出を吸い込み、満たしていくようだった。

 

 

「ヒッキー、また会いたかったりするの?」

 

「‥‥どうだろうなぁ。分からんな。もう会えないからこそ、思い出が美化されてる部分があるからな。会って思い出が崩れていくのはちょっと嫌なところでもある。でも‥‥」

 

「でも?」

 

「まだ貸したままなんだ、本。多分あの頃の俺は、あの時に本を渡しておけばまた返しに来てくれるんじゃないかなって思ってたんだと思う。いい加減返してくれてもいいとは思う。」

 

 

結衣と雪乃はお互いに顔を見合わせ、ふわっと笑った。相変わらず捻くれているな、といった風だった。

 

 

「貴方、本当に素直じゃないのね。」

 

「ホントにメンドくさいよね、ヒッキーって。」

 

「揃って悪口言うのやめてくれる?八幡、泣いちゃうよ。」

 

 

そうして、三人はその妙な空気感に耐えきれず、笑った。きっと外から見ればなぜ笑ったのかよく分からないだろう。三人だけがその理由を、言語化はできないまでも体感はしていた。それをいつか望んでいた〝本物〟であることを理解するのはずっと、ずっと後のことになるだろう。

 

 

 

 

「そろそろお開きにしましょうか。」

 

「うん。」

 

雪乃は洗った湯のみやカップを電気ポットの脇に置き、荷物を机に置く。結衣も残っていたクッキーを二つ、三つほど口に運び、開いた紙皿をゴミ箱に捨てる。そんな中、八幡は文庫本片手に固まったままだった。

 

 

「それでだな。」

 

「‥‥どうしたのかしら、比企谷君。」

 

「明日、俺部活行けないから。」

 

「えっ、どうして。もしかしていろはちゃんというか生徒会関係でなんかあるの?」

 

「いや、そうじゃない。あいつは関係ないし、これからもあんまり関わっていたくないほどである。まあ、学校自体休むんだわ。色々あってだな‥‥」

 

「言いたいことがあるならはっきりいってくれるかしら。せっかくいい気分でお開きできると思っていたのに。」

 

 

あまりに歯切れの悪い八幡に少しばかりうんざりする雪乃。その態度も次の八幡の発言によりすっかり変わる。

 

 

 

 

「‥‥明日、爺ちゃんの三回忌なんだ。」

 

 

◇◆◇

 

 

 

「いらっしゃい、八幡、小町。今日も暑いねえ。ささ、早く入って。スイカ切って来るからね。」

 

「ありがとう、おばあちゃん。でも、スイカは後でいいや。とりあえず挨拶しなくちゃ。」

 

八幡と小町を迎えたのは和子たった一人であった。その皺は前よりも深くなり、以前はしっかりと立っていた足も弱くなり、今や杖が必須になりつつあるほどだ。それでもなお、和子はいつものように優しい笑顔で八幡を迎える。

 

家に入った八幡はその足で仏壇へと足を運ぶ。すでに仏壇前には様々な供え物が置いてあり、生前、繁の好物であった芋羊羹は相当な量になっていた。おそらく近所の住人がこぞって持ってきたのだろう。それを見る限りでも繁の人望の厚さが見てとれた。

 

八幡、小町は静かに正座をし、八幡は線香を、小町は鈴を棒でしっとりと打ち鳴らす。実に厳かで心を沈める美しい音が響く。そんな音色に合わせるように二人は手を合わせ、挨拶をする。

 

「ありがとう。繁さんもきっと喜んでいるわ。」

 

「だといいな。あ。そうそう。お父さんとお母さん、少し遅れてくるって言ってたよね、お兄ちゃん。」

 

「ああ。午後には着く、と。」

 

「……相変わらずね、あの二人は。さ、スイカ冷えてるうちにどうぞ。」

 

すでに縁側には六分の一にカットされたスイカが用意されている。二人は縁側まで移動し、その赤い果肉にかぶりつく。みずみずしいさわやかな甘みが口の中を潤しているのがわかる。ジュルリ、と無我夢中でかぶりつく姿を見て、和子はそっと笑っていた。

 

「繁さん、スイカはあんまり好きじゃなかったんだけど、貴方たちのスイカの食べっぷりは好きだったのよ。わざわざ隣の畠山さん家まで分けてもらいに行っていたくらいなんだから。」

 

 

八幡は後ろの仏壇の遺影に注目する。笑う祖父の写真は華やかさがあった。

 

 

繁がこの世から旅立っていったのは二年前のことだ。肺癌だった。それもかなりの進行具合で一部骨にまで転移しているまでだった。和子は普段から煙草なんて吸ってるからだ、と責めたが晩年まで繁は吸い続けた。

 

そんな死に行く彼に八幡は嫌に薬品の染みついた病室で尋ねたことがあった。煙草を止めればもっと長生きできるのではないか、と。繁は読んでいた文庫本を置き、静かに首を振った。

 

「いや。いいんだ、これで。人間がこの世にとどまりたいと思うのは欲求があるからだ。有名になりたい、金持ちになりたい、恋をしたい、幸せになりたい。で俺は大体の欲求は満たされてる。愛する人に出会えたし、守りたいのも守り抜けた。幸せだったよ。もう未練は無いんだ。いや、一つあるとすれば、お前のことかな、八幡。お前は器用で、不器用だ。だが、それでいい。それがお前の個性だからだ。いつかそんな個性を愛してくれる人が必ず現れる。そんな時、目をそらすなよ。ちゃんと向き合ってやれ。」

 

 

それが孫と祖父が交わした最後の会話だった。

 

時に、彼は思う。爺ちゃんのいう通りに向き合っていけるだろうか、と。向き合うことはとても怖いことで、膨大なエネルギーが必要なのだ。

 

 

「お兄ちゃん、ちゃんと荷物運んでよ。茶の間に置きっ放しだと邪魔でしょ。」

 

「ああ、すまん。二階に置いてくる。」

 

 

二階へと続く階段。一段踏めば、ギジィと軋む音が聞こえる。ふと八幡の頭にある考えが浮かんだ。

 

二階に駆け上がる。書斎の襖を開け、古い紙の匂いが漂う本の山から無作為に何冊か取り出す。昔は読めなかった、難しく感じたその本だって今の彼ならば読める、その自信があったのだ。

 

階段を降り、玄関で靴を履き替える。その異変に気がついた小町が駆け寄ってくる。

 

 

「どうしたの、お兄ちゃん。そんな慌てて。」

 

「いや、読書でもしようと思って。」

 

「こんな暑いのに?まあ、別にいいけど。熱中症にならないようにね。あと、お昼までには帰ってきてね。」

 

 

オカンかよ、そう苦笑する八幡は暑空の下へ出て行く。

 

 

 

 

まるで時が止まっていたかのようにそのバス待合所は残っていた。いつの頃だか意識的に遠ざかっていた、あの優しかった場所は変わらずにただそこにあった、それだけで八幡の胸を熱くする。

 

あの頃よりも断然にトタン屋根の錆は進み、ベンチは腐食気味であった。それでも一応の雨風はしのげる程には原型を留めてはいた。ただ、一番変わっていたのは自販機だろう。あの古びた自販機は既に撤去されており、代わりに新しい最新の自販機が設置されていた。風情がない、とも思ったがこの近代化社会の流れに逆らう必要もないだろう。八幡はそのベンチに座り、ページを開いていった。

 

山からだろうか、そよ風が吹き抜ける。湿度を含んでいながらも思っているよりも冷たい風に懐かしさを覚える。そういえば、あの頃もこんな風が吹いていた。笑みがこぼれる。

 

それはちょっとページが半分ほど進んでいった頃だろうか。それまでとは比べものにならないほどの強い風が取り抜けていく。

 

八幡は反射的に目を瞑り、ゴミが目に入らないようにする。

 

 

ヒラリッ、ヒラリッ

 

 

まさか、そんな筈はない。目を開けたその先に、帽子があるなんて。だが、確かにそこに帽子は存在していた。水色リボンの麦わら帽子。あの頃とは違うのは少し大きめであることぐらいだろうか。

 

恐る恐るその帽子に近づいてみる。もしかしたら熱中症の幻覚症状かもしれないと疑ったからだ。しかし、それは実体を持っていた。軽くて、通気性に優れた丈夫な帽子はまだ新品なのだろうか、値札が付けられていた。

 

 

「あの!す、すいません!その帽子私のです!」

 

 

慌てて近づいてきたその澄んだ声の彼女に八幡は思わず固まってしまった。まるで彼女をそのまま成長させたような容姿だったからだ。清涼感のある白いワンピースに、黒髪ロング。人懐っこい犬のような可愛い、美しい容姿。

 

 

「あ、あの‥‥大丈夫ですか‥」

 

 

固まっていた八幡を見てそう思うのは当然だろう。彼女は片手に古い文庫本を持ち、こちらに近づいてくる。

 

 

「んっ、あ、これ、返すわ‥‥」

 

「ありがとうございます。」

 

 

彼女は麦わら帽子を受け取り、すぐそこのベンチに彼女は座る。その位置も、まるでデジャブだ。

 

気にするな。そう自分に言い聞かせ、彼はベンチに戻る。だが、人の意識とは簡単ではない。無意識を装えば意識をより強化してしまう、それこそ人間だ。もはや彼に本の内容はこれっぽっちも入ってはこなかった。

 

座っていた八幡は立ち上がり、自販機に向かう。顔は一切見ない。ひたすらにボタンに向き合い、適当にコインを投入し、適当にボタンを押す。

 

ガタン、と一本出てきたサイダー。それとは別にもう一本、重い音が聞こえる。取り口からとりだしたのもサイダーであった。

 

気味の悪さを感じながらも仕方なくベンチに戻り、サイダーを流し込む。清涼感は感じるがモヤモヤは消えない。

 

果たして今隣にいるのはあの彼女なのか。そのキッカケは自分で作るしかないということか。もう一本のサイダーに覚悟を込め彼女の前に差し出した。

 

 

「え‥」

 

「二本出てきちゃったんで。おすそ分けってことで。」

 

「ありがとうございます。いただきます。」

 

 

八幡の限界ギリギリの愛想だったが嫌な顔一つせずにサイダーを受け取ったところを見ると拒否されるようなことはないらしいことはわかった。

 

 

「あの‥‥どこかで私たちあったことありましたっけ‥‥」

 

「へ?あ、いや、どうでしょうね‥‥あの、お名前聞いてもいいですか?」

 

 

八幡にしては随分踏み込んだ質問であったが、謎をそのままにしておくことは精神衛生上できなかった。

 

 

「名前ですか?私は畠山麻衣と言います‥‥あの!貴方は‥‥」

 

「比企谷、比企谷八幡でしゅ。」

 

 

肝心なところで噛んでしまう自分に腹がだったがそんなものはほんの一時的なもので、目の前にいる彼女が真紀ではないことに安心と寂しさというベクトルの異なる感情に襲われる。

 

 

「比企谷‥‥もしかして、向こうの比企谷さんのお孫さんですか?比企谷さんにはたまに本を借りにいくことがありまして‥‥亡くなられたんですよね。」

 

「二年前です。ちょうど三回忌で。」

 

「私、本が好きで親と帰省すると本ばかり読んでいたんです。で、昔、お気に入りのこの場所で本を読んでいたら比企谷さんに声をかけられて‥‥あ、すいません。私ばかり話してしまって。」

 

「あ、いえ、別に‥‥」

 

たしかに彼女なその手には小説が握られていた。その汚れ具合に見覚えがあった。

 

 

「今、読んでる本って‥‥」

 

「太宰治の〝走れメロス〟です。なんかここに来ると読みたくなるんですよね。なんだか約束していたような気がするんです。小さい頃ですけど‥‥あの、やっぱり私たちあったこと本当にありませんか?私、人見知りなのにこんなに喋ったことないんです。ん?その栞、朝顔‥‥」

 

 

八幡も不思議と話しやすさを感じていた。それが真紀ではないのにもかかわらず、昔からの知り合いのように打ち解けている自分がいることに驚いた。

 

 

「少し、お話しませんか?なんだか貴方となら興味深い話ができそうです!」

 

 

サワサワと夏の香りを乗せた風が二人の間を通り抜ける。夏の追憶がプロローグに変わる、そんな予感が今の八幡にはあった。

 

 

to be continued...





以上で完結です。
本当は短編だったけど少しボリュームが出てしまった‥‥


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