ラストダンスは終わらない (紳士イ級)
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000.『プロローグ』

 艦娘――それはかつての大戦で沈んだ艦の魂が少女の姿と成り、現れたもの――らしい。

 数年前に突如現れ、恨みでもあるかのようにこの国を海から攻め立てる深海棲艦に立ち向かう事が出来る唯一無二の存在――らしい。

 

 海に囲まれている島国であるこの国にとって、守護神そのものと言っても過言ではない。

 彼女たちがいなければ、今頃この国は一体どうなっていたのか――今日も水平線の向こう側で、彼女たちは戦っているのであろう。

 

 俺は自室のベッドの上で、一人呟いた。

 

「ふぅ……やはりオータムクラウド先生の作品は最高だな」

 

 今日も日本は平和である。

 彼女たちのおかげで戦禍とは無縁の自室で、俺は艦娘モノの同人誌で一息ついていた。

 

 オータムクラウド先生は、そのリアルな艦娘描写で大人気の同人作家だ。俺が世界で唯一尊敬している人物といっても過言ではない。

 妹たちの世話や家事ばかりで、元来無趣味でインドア派だった俺が有明まで足を運ぶようになったのは、オータムクラウド先生のおかげである。

 ここ一年ほど新刊が出ていないのが気になるところだ。俺の生きがいが無くなってしまう。

 

 一息ついた俺はそのまま眠くなってしまい、瞼を閉じた。

 すっかり習慣になってしまった、眠る前の妄想が始まる。

 

 もしも俺が提督になったら、オータムクラウド先生の同人誌のように桃色の鎮守府生活を送るのだ。

 もちろん艦娘の見た目によっては対象外だ。妹たちと同年代くらいの見た目の子に欲情するのは変態だけだろう。

 妹たちの面倒ばかり見ていたせいか、年下には興味がない。いや、そもそもリアルでは女性に縁が無いのだが。

 いかん。リアルの事を考えてはいかん。

 そう、提督となったからには、全提督の夢であるハーレムを作るのだ。お姉さん達限定で。

 

 俺は過去のトラウマから、女性不信ぎみである事を自覚している。

 もう恋なんてしないと決めている。

 それゆえに極度のコミュ症であり、特に綺麗な女性の前に立つと上手く話せなくなる。

 年下の女の子だったら妹感覚で普通に話せるのだが。

 

 俺は妹たちから常日頃罵られているように、男としての魅力は皆無であることも自覚があるし、性格もひねくれている。

 風呂上りに鏡に映った俺は結構イケメンだと思うのだが、ネットで調べるとそれは気のせいだとの事だった。妹にも訊いてみたが同様の意見だった。凹む。

 中身にも見た目にも乏しい、こんな俺を好いてくれる女性などいるはずが無いという事は、世界で一番この俺がよくわかっている。

 

 故に、提督の権力を活かしたハーレムを作るのだ。

 愛は要らないが、性欲は溜まる。

 たとえ艦娘たちに嫌われても無理やり、いや、嫌われるのは俺の心が持たない。好かれないのはわかっているが、嫌われない程度に抑えたいところだ。

 無理やりも犯罪だ。そういうのはフィクションだけにするのが大人の嗜みである。

『好きでは無いけど、提督の命令だし仕事だから仕方なく』って感じのハーレムを作るのだ。

 これは果たしてハーレムと言えるのか……ま、まぁいい。

 

 オータムクラウド先生の同人誌を参考にすれば、提督が一言「女性経験が無いんです」と相談すれば、練習巡洋艦香取や鹿島が抜錨してくる。

 少し疲れたそぶりを見せれば重巡洋艦愛宕や高雄が癒しに来てくれる。いつもお世話になっています。

 駄目だ。参考にならない。

 そもそもあれは提督の好感度がかなり高いからでは無いのか。

 いや、それとも提督であれば無条件にあんな感じで接してくれるのか。

 後者である事を願いたい。

 いや、違う。それだけでは無い。

 オータムクラウド先生の作品ではどの提督も有能であるという描写がされていた。

 他の同人誌を参考にすれば、性格が最低なキモオヤジでもハーレムを作っているようなものもある。

 つまり、男性的な魅力が無くとも、提督として有能であれば好感度は別としても夜戦突入可能という可能性も無きにしも非ず。

 

くそっ、もしも俺に提督の素質があれば艦娘を好き放題、ではなくて、俺に隠されているような気がする指揮官の才能的な何かの力でこの戦争を終わらせる事が出来るのに……!

 

そんな事を考えた瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。

 俺は驚いて反射的に身を起こしてしまう。扉の前には何故か動揺した様子の妹が立っていた。

 

「お、お兄ちゃん! お、お、お客さん!」

「はぁ? 俺にお客さんなんて来るわけないだろ」

「か、か、艦隊司令部の人。すごく偉そうな」

「エッ」

 

 変な声が出た。

 妹は震えながら俺の両肩を掴み、激しく揺さぶる。

 

「どどどどうすんのよぉ! そんな薄い本所持してんのがバレたからじゃないの⁉」

「マママ、マサカァ」

「と、とにかく失礼の無いように着替えて、早く玄関行って!」

「コ、心の準備が」

「知らないわよ! いいから早く行けっ、ほらっ!」

 

 妹に急かされ、俺はとりあえず寝巻きであるジャージから、外出用のシャツに着替えた。

 玄関に向かうと、そこには妹が言う通り、明らかに偉い立場にありそうな、風格のある壮年の男性が立っていた。

 その後ろには、付き添いだろうか。若い軍人が数人、姿勢よく並んでいる。

 偉そうな壮年の男性は、俺を見るや小さく微笑み、軽く頭を下げた。

 

「こんばんは。艦隊司令部の佐藤といいます」

「アッ、ハイ、コンバンワ」

「こんな夜分に急に訪れてしまい、すまないね」

「アッ、イエ、ハイ」

「ははは、そう緊張しなくてもいい。君を軍法会議にかけようなんて話じゃないんだ」

「アイヤー、ソ、ソノ」

「実は先日の国民検査で、君に艦娘の提督となる素質が見つか」

「やります」

「エッ」

 

 こうして俺は提督になったのだった。

 



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第一章『提督着任編』 001.『期待外れ』【艦娘視点】

 今朝、艦隊司令部から入電があった。

 本日より、新しい提督が鎮守府に着任し、艦隊の指揮を執るという事だ。

 

 正直、何も期待はしていない。

 どのような人物が来たところで、今のこの鎮守府を包む重苦しい空気を打破できるとは思えない。

 無能な指揮官による無謀な作戦に、無計画な資材管理。艦娘を命あるものと見なさぬ非道な扱い。

 あげくの果てに、一か月前の侵攻の迎撃失敗により、この鎮守府の支えでもあった大切な艦を失った。

 

 艦娘の士気は無いに等しく、今やこの鎮守府のほとんどは人間不信ならぬ提督不信と言っても過言ではない状況だ。

 このような状況を招いたのは、前提督の最も近くにいながら諫められなかった私のせいでもあるのだが。

 

「ねぇ大淀。今度の提督はどんな人かな」

「明石……」

 

 私と明石は、鎮守府の正門前に肩を並べて立っていた。

 明石は生気の無い虚ろな目で、私を見ずにそう呟く。

 

 明石が笑わなくなったのはいつからだろうか。

 工作艦である明石はその固有能力故に重労働を強いられ、その分理不尽な目にも合っていた。

 装備の改修に失敗するたびに激しく叱責され、お前の仕事はゴミを作る事なのか、資材を無駄にした責任をどう取るのか、などと罵倒を繰り返された。

 成功しても、それが当然だとばかりに、ねぎらいの言葉一つもかけられない。

 前提督の無謀な進軍で傷ついた艦娘は後を絶たず、明石は寝ずに泊地修理を発動し続け、幾度となく倒れた。

 

 そのせいで疲労は蓄積され、疲れのせいで装備の改修は上手くいかず、罵倒される悪循環。

 今回の責任を問われた前提督が鎮守府を去って数日も、眠れなかったほどのストレスに晒されていたのだった。

 現在ですら、悪夢にうなされているくらいだ。

 

 昔は笑っていない方が珍しいくらいだったというのに。

 それは明石だけに限った話でも無いか、と私は小さく溜息をつく。

 明石はどこを見ているのかわからない目で前方を見やりながら、ぽつりと言葉を漏らした。

 

「青葉から聞いたんだ。この鎮守府は、艦娘が提督の命令に逆らった初めてのケースとして注目されているんだって」

「……えぇ、私も聞いています」

「だから、他の鎮守府の提督たちも皆、ここへの異動を断ったんだって。私達を各鎮守府に再編成する案も猛反対を受けて却下されたって。自分に逆らう可能性がある兵器なんて、扱いたくないもんね」

「……」

 

 私達は軍艦だ。兵器だ。武器だ。道具だ。

 思うように動かないどころか、持ち主の意思に逆らう兵器など、それこそ前代未聞。

 今でこそ深海棲艦という敵があり、艦娘はこの国の味方であると認識されているが、今回の件で敵にも成り得る、と認識されたのだろう。

 上官からの扱いに耐えかねて歯向かった。ただそれだけの事がこれだけの大事になる。

 それは私達がやはり人間ではなく、道具として見られていたという事の証明でもあった。

 

 艦娘に対する非人道的な扱いと、貴重な戦艦を轟沈させた責任を問われ、前提督はこの鎮守府を去る事となった。

 しかしその後、一か月もの間、時折深海棲艦が攻めてくる一か月もの間、この鎮守府には提督が着任しなかったのだ。

 提督の指揮下になければ、艦娘は十分にその性能を発揮できない。

 

 にも関わらず、私達に下された指令は、「提督が着任するまで鎮守府近海を防衛せよ」だけであった。

 私を含め数人の艦娘で作戦を立案し、戦ったが、やはり満足に本来の性能を発揮できず、戦艦が敵軽巡に大破させられた事もあった。

 次に誰が轟沈してもおかしくはない。そんな秒読みの段階だった。

 

 何度応援を頼んでも、艦隊司令部からは、現在対応中であるというお決まりの返答しか無かった。

 もしかしたら、一度でも提督に逆らった艦娘達を処分しようとしているのでは。

 そう邪推してもおかしくはない状況だったのだ。

 

「だからさ、提督にすら見捨てられてた、厄介者だらけの鎮守府に、無理やり押し付けられた可哀そうな人はどんな人かな、って気になっただけ」

「明石……」

「艦隊司令部は隠してるつもりらしいけど、提督の素質を持つ人材も不足してるみたいだし、かといって深海棲艦に近海まで攻められているこの鎮守府を放棄するわけにもいかないし、提督の人格を考慮してる余裕はないし」

「……そうですね。前提督の時点でそうでしたが、すでに提督としての艦隊指揮能力や鎮守府運営能力、人格まで考慮していられる戦況でもありません。妖精さんが見える、それだけで稀少ですから」

「前提督よりも酷い人が着任したりしてね。そうなったらもうどうしようか。そこまでしてこの国を――」

「明石っ!」

 

 私は思わず声を荒げてしまった。

 隣に立つ明石を見れば、肩を震わせ、光を失った瞳から、大粒の涙を流している。

 

「……大淀っ、私、この国を嫌いになりたくない! この国の人達を嫌いになりたくない! 見捨てたくないよぉ……! でも、でも……!」

「大丈夫、きっと大丈夫だから。私達にそう思わせない提督が、きっと着任してくれるから――」

 

 気づけば私も泣いていた。

 私は明石を抱きしめながら願う。

 

 どうか神様、お願いします。

 願わくば、私達にもう一度、艦娘としての喜びを与えてくれる提督が着任してくれん事を。

 この国の為に戦う意味を思い出させてくれる方を。

 私達をただの兵器としてではなく、心ある、そして命ある一人の少女として扱ってくれる方を。

 私達の性能を補ってくれる、軍略に長けた方を。

 深海棲艦に近海まで制圧され、荒み切ったこの鎮守府の空気を、切り拓いてくれる方を。

 

 ――そんな都合のいい方などいないと理解していながらも、私はそれでも願うしかないのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ――願いはしたが、期待はしていなかった。

 

 鎮守府正門の目の前に、艦隊司令部からの送迎用の自動車が停まる。

 後方のドアが開き、降りてきた人物を一目見て、私は言葉を失った。

 

 外見からして、前提督とは正反対だった。

 五十代だった前提督とは対照的に――若い。若すぎる。まだ二十代前半か、後半といったところではないのか。

 身だしなみに気を遣わず、率直に言って不潔であった前提督とは対照的に――清潔感のある印象だった。

 髪も短めに切り揃えられ、眉も綺麗に整えられており、髭の剃り残しも無い。

 軍服には皺一つなく、シミや汚れも見当たらない。

 ビール腹で肥満気味であった前提督とは対照的に――まるで外国の俳優のように長身瘦躯であった。

 軍人としては痩せすぎなのではないかとも思ったが、すらりと伸びた手足やその指は、個人的には嫌いでは無かった。

 つい指先まで凝視してしまったが、その手には何やら本が開かれており、表紙を見るに――ドイツ語である事しかわからない。

 後部座席から降りてきてなお、その本を読む事に夢中になっているその若い男は――非常に端正な顔立ちをしていた。

 

 不意に。

 提督は、はっ、と気が付いたように顔を上げ、私達に目を向けた。

 手早くドイツ語の本を懐に仕舞うと、私達の前まで歩み寄って来る。

 

「せっかく出迎えてくれたのに、失礼な事をした。すまない」

 

 そう言ってその若い男は軍帽を取り、私達に頭を下げたのだった。

 時が止まった。思考が追い付かなかった。

 現在の状況がどうにも理解ができず、私達は敬礼をする事を忘れていた事すら、気付けなかった。

 明石を見ると口が半開きになっており、わけがわからないというような表情を浮かべていた。

 私もそうだろう。

 初めて、いや、久しぶりに、明石の虚ろな表情以外を見たような気がする。

 

 提督が顔を上げ、私が慌てて敬礼すると、明石も気が付いたように私に続いた。

 

「おっ、お待ちしておりました! 私、軽巡洋艦、大淀と申します!」

「こ、工作艦、明石です。どうぞよろしくお願い致します」

 

 提督の眼が私を見据える。

 一秒、二秒、まだ三秒も経っていないというのに、私はどうにも恥ずかしくなってしまい、思わず目を逸らしてしまった。

 続いて提督が明石を見る。

 明石も同じようだ。数秒しか持たずに、顔を伏せてしまった。

 

 目を見ればわかる、などとはよく言ったものだと思った。

 この大淀の目に狂いは無い。

 前提督とは目が違う。

 私達を道具としてではなく、命ある人として見ている目だ。

 私達から決して目を逸らすまいという強い意志すら感じられた。

 

「大淀に明石か。お前たちの事はよく知っている。特に明石には、よく世話になっている」

「えっ……わ、私がですか?」

 

 提督の言葉に、明石は思わず顔を上げた。

 どうやら身に覚えが無いようだったが、提督は暫く考え込むように明石を見つめた後で、こう言葉を続けたのだった。

 

「うむ。工作艦明石の装備改修能力は唯一無二のものであると聞いている。今までお前が改修した装備のおかげで、多くの艦娘が救われた事だろう。

 つまりそれは我々全員の助けとなっているのだ。私のみならず、この国の提督全員はお前の世話になっていると言っても過言ではないだろう。

 だから、いつか顔を合わせる機会があれば直接礼を言いたいと思っていたのだ――明石」

「……は、はいっ」

「いつもありがとう。頼りきりで申し訳ないが、これからもよろしく頼む」

 

 その言葉に、明石はしばらく固まっていたが、やがて小さく震え出した。

 提督は小さく首を傾げたが――明石は力が抜けたようにその場にへたり込み、そのまま大泣きし始めたのだった。

 

 気持ちは痛いほどわかる。いや、私なんかにはわからないのかもしれない。

 今までどんなに頑張っても貶され、罵られ、決して褒めてもらえなかった自分の仕事を、ここまで大きく評価されたのだ。

 唯一無二の能力だからこそ、失敗続きの装備改修に一番悩んでいたのは明石自身だったのだ。

 唯一無二の能力ですら上手くいかず、今回の件で人間に歯向かったとみなされ、全ての提督から見捨てられたとさえ考えていた明石が、そんな言葉をかけられたのだ。

 自分が存在する意味すら定かでは無くなってしまっていた明石が、はっきりとその存在を肯定されたのだ。

 明石の喜びは、如何ばかりであろうか。

 

「うわあああん! うわああああん!」

 

 提督は本当にわかっていないようで、おろおろと狼狽えてしまっている。

 助けを求めるように私を見やり、提督はこう言ったのだ。

 

「す、すまない大淀。恥ずかしながら私が女性の扱いに慣れていないせいで、何か失言をしてしまったようだ。本当にすまない」

 

 私は呆気に取られてしまった。

 先ほどの提督の発言は、艦娘の兵器としての能力を褒め称えたものだ。

 軍艦である私たちにとって、それはとても光栄な事である。

 にも関わらず、提督は「女性の扱いに慣れていない」と言ったのだ。

 私たち艦娘を、軍艦としての能力を認めてくれたうえで、女性として扱ってくれていたのだ。

 

 一向に泣き止む気配の無い明石に、提督は本気で狼狽えているのだろう。

 端正な顔立ちに焦りの色が浮かんでいるのが妙に面白くて、おかしくて。

 

「あははっ、あはっ……」

「お、大淀! なんでお前も泣いてしまうんだ! 何がいけなかったのか教えてくれ!」

「す、すいません、あはっ、あはははっ!」

 

 私はもう何が何だかわからなくなって、泣きながら笑ってしまったのであった。

 



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002.『期待外れ』【提督視点】

 俺が鎮守府に着任しました。

 これより艦隊の指揮を執ります。

 

 俺は焦っていた。

 鎮守府へ向かう車の中で、俺は昨晩まで考えていたハーレム計画の事など忘れて、艦隊司令部の佐藤さんからもらった本に目を通していた。

 タイトルは『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』。誰がクソ提督だ。馬鹿にしてんのか。クソ扱いは妹からだけで十分である。

 著者は佐藤さんだ。表紙にはポップなイラストがでかでかと載っている。萌えイラストで学ぶ英単語、みたいな感じだ。どんなセンスしてんだ佐藤さん。

 

 さすがにこれを持ち歩くのは恥ずかしいので、本屋で購入したドイツ語の本のカバーと入れ替えておいた。

 サイズが一緒だったので適当に購入したが、何の本なのかはわかるはずもない。俺の知ってるドイツ語などグーテンタークとダンケとシュトーレンしかないのだ。

 それがドイツ語なのかすらよくわからないが、オータムクラウド先生の作品内で伊8(はっちゃん)が言っていたので間違いは無いだろう。多分。

 

 勢いのままに提督になりますと言ったはいいが、まさか次の日に着任する事になるとは思わなかった。

 俺が現在何も仕事をしていなかったからよかったようなものだ。

 前の仕事を辞めてからなかなか仕事が見つからずニート同然であった俺の毎日は、この日の為にあったと言っても過言ではない。

 俺が提督になるのは運命だったのだろう。

 などと言っている場合ではなかった。

 

 俺は素人だ。俺が一番よくわかっているし、佐藤さんもよくわかっている。

 だから佐藤さんは俺にこう言ったのだ。

 

「君には艦娘たちからの信頼を取り戻す手伝いをしてほしいのだ」

「て、手伝いですか」

「ん。素人である君に艦隊の指揮は荷が重い。だが、提督の存在なくして艦娘は力を発揮できない。極端な事を言えば、君は執務室で腰かけているだけでもいい」

 

 名ばかり店長ならぬ、名ばかり提督という事だろうか。

 佐藤さんは説明を続けた。

 もちろん基礎的な事は君にも学んでもらうが、艦娘は指揮が無くとも、自分で考えてある程度戦う事が出来る。

 艦娘達が判断に迷うような重要な戦闘の場合は、艦隊司令部の私が君を通して指揮を執る事もできる。

 不安があればいつでも私を頼ってくれていい。

 君の仕事は大きな戦果を挙げる事ではない。だから心配する事はない。

 

「ただし……これが君の一番重要な仕事になるが、艦娘たちに君が素人だという事は決して気付かれてはならない」

「エッ」

「艦娘たちは命を懸けて戦っている。その指揮を執る提督がド素人であったらどう思う?」

「アッハイ」

「君を見つけるまでに艦娘たちに無理を強いてしまっている……これ以上信頼を失うわけにはいかないのだ」

 

 なぜ本当の事を話せないのかと思ったが、佐藤さん曰く――

 

「艦娘たちにとって、『提督』とは特別なのだ。艦娘たちにとって、『提督』とは特別でなければならないのだ。

「自分の命を預けるにふさわしい存在でなければならないのだ。

「私には妖精とやらは見えない。ただ、軍の知識と他の提督達からの知識を借りて、君の手助けをする事しかできない。

「私は艦娘たちにとって『提督』ではない。彼女たちの指揮を取ろうと、決して『提督』にはなれないのだ。

「理由はわからない。

「ただ、彼女たちは『提督』を必要としている。

「その『提督』の下で戦う事を必要としている。

「そして君が『提督』だ。

「私が君の手助けをしている姿を見られてはならない。

「もしもそれを目撃されたら、彼女たちはこう思うだろう。

「頼りにならぬ『提督』だ。このような人に私達は命を預けるのか、と。

「艦娘と提督の信頼関係や絆がその性能を向上させるという研究結果も出ている。

「絆の力を利用して艦娘の性能の限界を超えさせる特別な装備の研究が進んでいるくらいだ。

「信頼なくして、この国の勝利は無いのだ。

「だから君は、この国の平和の為に、艦娘たちの前で有能な提督を演じ続ける必要があるのだ」

 

 ――との事だった。

 話が長くて、正直よくわからなかった。

 端的に言えば、俺は素人であるにも関わらず、有能な新人提督を演じなければならないという事らしい。

 

「もちろん隠している間に知識を深め、経験を積み、歴戦の提督となってくれればそれがベストだ。ただ、基本的な事を学んでいるところを見られるのは致命的だ」

「ハ、ハァ」

「つまり艦娘たちにバレないように勉強して実力をつけ、一人前の提督として自立してくれれば私たちとしては非常に助かる」

「ち、ちなみに、結局一人前になった後にもそれがバレた場合には信頼どころではないと思うのですが」

「その時は鎮守府が崩壊し、最悪の場合この国は滅びるかもしれない」

「Oh……」

 

 荷が重すぎる。

 提督になれば楽しい艦娘ハーレム生活が待っていると思っていたのに、どうしてこんな事に。

 

 いや、こんな事で諦めるわけにはいかない。

 艦娘の信頼を得る、それはハーレムへの第一歩ではないか。

 しかも懸念されていた実力不足の部分も、佐藤さんが補ってくれるという。

 つまり俺は、艦隊司令部公認で有能提督を演じる事ができるという事ではないか!

 このチャンスを逃せば、艦娘とお近づきになれる機会など二度と無い。

 うまくいけば自分の実力でもないのに、艦娘の信頼を得られる。

 こんな美味しい話は無い。

 

「やはり、一民間人の君には荷が重すぎるか……」

「いえ、この国の未来の為です。私でよければ、喜んでこの身を捧げましょう」

「おぉ……近頃の若い者はと思っていたが、まだこんなに愛国心溢れる若者がいたとは。この国もまだまだ捨てたものではないな。それでは、現在の鎮守府の状況を軽く説明しておこう。横須賀――」

 

 そこから先は話を聞いていなかった。

 ハーレム計画を練るのに夢中になっており、気が付けば佐藤さんは帰り支度を整えていた。

 今更聞いていませんでしたなどと言えば怒られそうだったので、聞いていたふりをしたのだった。

 

 こうして次の日には鎮守府に着任する事が決定したわけだが――そこからが大変だった。

 艦娘も女の子なのだ、この家から恥を晒すわけにはいかないという事で、妹たちから艦娘と接するに向けてのイロハを叩き込まれたのだった。

「アンタのせいで艦娘たちの戦意が落ちてこの国が滅んだらどうすんのよ!」との事だった。

 何? 俺の身だしなみ一つでこの国滅ぶの? と思ったが、一応女性である妹たちの意見を参考にする事にした。

 

 第一が清潔感だった。その伸ばしっぱなしの髪と眉をなんとかしろと言われ、朝一で美容室に行く羽目になった。

 というより無理やり連れていかれた。

 人は見た目が九割という。たとえ素材が悪くても、とにかく姿勢と清潔感だけは常に気をつけろとの事だった。

 美容室のお姉さんにめっちゃイケメンですねと言われたが、おそらく営業トークなのだろうと思う。

 色々話しかけてくれたが、「アッハイ」ぐらいしか答えられず会話が続かず、最後にはお姉さんも無言になってしまった。凹む。

 

 あとは、対面している時に胸や太ももや脇や尻を見るなと言われた。

 見られている側にはバレバレらしい。凹む。

 見てしまいそうな時には、とにかく相手の目を見ろとの事だ。

 

 同じ建物の中で暮らすのだから、今までみたいにオ〇ニーするなと言われた。

 女の子は嗅覚が鋭いから、した直後は絶対にバレるし、激しい嫌悪感しか感じないとの事だ。

 トイレや自室、風呂場であっても百パーセントバレると言われた。恐ろしすぎる。

 今も臭いと言われた。凹む。こうして強制的にオ〇禁する羽目になった。

 

 それ以外にも色々と入れ知恵をされた。笑顔がキモいから笑うなと言われた。お前ら後で覚えてろよ。

 

 また、佐藤さんからのアドバイスに「威厳を保て」というものがあった。

 あまり馴れ馴れしくしてはいけない。下手に出てはもちろんいけない。

 上官として、まぁ、要するに偉そうな言葉遣いをすればいいらしいのだ。

 練習がてら妹たちに声をかけてみると、「ウザい」「キモい」「ムカつく」「死ね」と散々な評価だった。佐藤さんを信じて本当に大丈夫なのだろうか。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 と、いうわけで。

 俺は身だしなみを整えたりするので精一杯であり、鎮守府運営の最低限の知識を学ぶ時間がなかったのである。

 今朝支給されたばかりの着慣れない軍服に身を包み、姿勢を正して『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』に目を通す。

 何とかもう少しでチュートリアルの部分までは読み終わりそうだ。

 表紙は萌えイラストなのに中身は活字ばかりだ。詐欺じゃねえか佐藤さん。

 俺を乗せた車は少しずつ減速し、やがて停車した。

 

「着きましたよ。それではよろしくお願いします」

 

 運転手の人がそう声をかけ、後部座席のドアが自動で開く。

 ちょ、ちょっと待って。もうちょっとでチュートリアル編読み終わるから。

 本に目をやりながら、俺は座席から降りる。

 よし、何とかギリギリ読み終わった。

 

 何やら人の視線を感じてそちらに目をやると、鎮守府正門の前に女性が二人、こちらを見ている。

 い、いかん! どうやらお出迎えに来てくれていたようだ。

 挨拶もせずに本を読んでるとか、失礼にも程がある。

 あまり下手に出るのはよくないとは言われたが、ここは素直に謝っておいた方がいいだろう。

 

 俺は『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』をぱたんと閉じて懐に入れ、女性二人の下へ歩み寄った。

 

「せっかく出迎えてくれたのに、失礼な事をした。すまない」

 

 女性二人の顔をよく見るよりも先に俺は軍帽を取り、頭を下げた。

 頭を下げながら、俺は一つの事に気が付く。

 

 あれ、この偉そうな口調、意外といいな。

 普段の俺だったら、「アッ、アッ、ソノ、ゴ、ゴメ」みたいな感じになっていたと思う。

 何というか、素で話すのではなく演技している風なのがいいのだろう。

 なるほど。正体を隠すというのは、素がコミュ症の俺には逆に合っているのかもしれない。

 それに、艦娘って見た目が若い子が多いから、年下とは普通に話せる俺的にはあまり緊張しなくて済むのかもしれん。

 

 顔を上げると、女性二人は慌てて敬礼する。

 俺もした方がいいのだろうか。よくわからなかったので何もしなかったが。

 

 っていうか二人とも何そのスカート。

 丈が短いだけじゃなくて、なんで思いっきり横から肌見えてんの? 一歩間違ったらパンツ見えない?

 見るなって方が無理じゃない?

 でも見たら女性側からすればわかるんでしょ? んでキモいって言うんでしょ?

 どうすればいいのだ。少しでも気を抜くと、スカートのスリットに視線がロックされてしまう。

 とりあえず妹のアドバイス通りに、相手の目を凝視する事にした。

 まずは眼鏡っ子の方からだ。

 

「おっ、お待ちしておりました! 私、軽巡洋艦、大淀と申します!」

「こ、工作艦、明石です。どうぞよろしくお願い致します」

 

 大淀に明石。

 どちらも聞いた事のある名前だ。

 大淀はオータムクラウド先生の同人誌で脇役としてよく出てくる。大抵黒幕だ。

 真面目そうに見えるが、実は相当腹黒いのか……。頭も切れそうだし、この娘には気をつけねば。

 アッ、目を逸らされた。凹む。

 

 気を取り直して、今度は明石に目を向ける。

 こちらはオータムクラウド先生の『口搾艦、明石! 参ります!』の主役を張っているのでよく知っている。

 もう二年以上の付き合いだ。三日前くらいにもお世話になった。

 アッ、こっちも目を逸らされた。凹む。

 

 落ち込んでいる場合ではない。

 上官らしい事を何か言った方がいいだろう。

 

「大淀に明石か。お前たちの事はよく知っている。特に明石には、よく世話になっている」

 

 アッ、しまった。

 上官らしい内容ではなく、上官らしい口調で普通に考えてた事を口にしてしまった。

 当然だが、明石はそんな覚えは無いという表情で俺を見上げている。俺もそんな覚えは無い。

 お世話になっているのは俺の股間の九一式徹甲弾です、いつも改修ありがとう。

 言えるわけがない。セクハラではないか。このままでは着任初日にして軍法会議待った無しである。

 何か適当な理由を考えねば。

 

「……うむ。工作艦明石の装備改修能力は唯一無二のものであると聞いている。今までお前が改修した装備のおかげで、多くの艦娘が救われた事だろう。

 つまりそれは我々全員の助けとなっているのだ。私のみならず、この国の提督全員はお前の世話になっていると言っても過言ではないだろう。

 だから、いつか顔を合わせる機会があれば直接礼を言いたいと思っていたのだ」

 

 おぉ、我ながらそれっぽい事が言えたのではないだろうか。

 まぁオータムクラウド先生の『口搾艦、明石! 参ります!』の後書きに書いてあった明石評そのままなのだが。

 読んでおいてよかった。流石は俺が世界で唯一尊敬しているオータムクラウド先生だ。

 

「明石、いつもありがとう。頼りきりで申し訳ないが、これからもよろしく頼む」

 

 これは俺の本心だった。

 いや本当に、これからもお世話になると思います。

 

 うーむ、しかし見れば見るほど、オータムクラウド先生の同人誌と外見がそっくりだ。

 鎮守府は一般人立ち入り禁止ではあるが、艦娘の写真などの情報はある程度公表されており、同人作家はそれを資料として作品を描くらしい。

 しかし俺の前に立つ大淀と明石は、服装や表情、髪型、体型なんかも、細かい部分までオータムクラウド先生の作品にそっくりだ。

 まるで目の前で描き映したのかと思うほどである。

 流石はオータムクラウド先生、他の作家とは一線を画している。

 

 そんな事を考えていると――明石がいきなりへたり込み、大泣きし始めたのだった。

 

 エッ。

 ちょっ、ちょっと待って? 何で⁉

 ま、まさか無意識のうちに声に出してた⁉ そ、そんなわけは無い。

 何か失礼な事を言ってしまったのだろうか⁉ ど、どこだ。駄目だ、思い当たる節が無い。

 

 いかん。このままでは信頼関係を築くどころでは無い。

 くそっ、俺に女性経験が皆無である事を明らかにするのは恥ずかしいが、ここは恥を忍んで、大淀に何とかこの場を収めてもらおう。

 

 狼狽を隠せない。限界だ。

 非常に情けない事だが、俺は大淀に助けを求めた。

 

「す、すまない大淀。恥ずかしながら私が女性の扱いに慣れていないせいで、何か失言をしてしまったようだ。本当にすまない」

 

 大淀も泣きだした。

 もう俺も泣いていいかな?

 




どうでもいい裏設定
※提督はコミュ症ですが、身だしなみを整えて黙っていれば普通にイケメンです。
※自分から積極的に話しかけにいけず、過去のトラウマもありモテた経験は皆無です。
※提督には瑞鶴と曙と満潮と霞によく似た妹がいます。
※提督は褒めると調子に乗りやすいタイプなので、妹たちは提督の事を褒めてくれません。


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003.『立ち上がる時』【艦娘視点】

 明石共々、恥ずかしいところを見られてしまった。

 まさかこの私があんなに大泣きしてしまうなんて。

 そういえば、新しい提督の着任といういいネタを、あの青葉が逃すはずが無い。

 鎮守府正門の高い塀の上を見上げると、カメラを構えた青葉とファインダー越しに目が合った。

 

「……青葉、見ちゃいました!」

 

 そう言い残して、青葉は塀の向こうへと姿を消した。

 今すぐにでも追いかけたい所だったが、先ほどから私達が泣き止むのを待ってくれていた提督を、これ以上待たせるわけにもいかない。

 明石もようやく泣き止んだ。私は提督に再び敬礼する。

 

「お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」

「いや、私もだ。できればこの事は他言しないでもらいたい」

 

 提督は先ほどの動揺を何とか押し殺したのか、恥ずかしそうに軽く咳払いをして、そう言ったのだった。

 いけない。タガが外れてしまったかのように、笑みが零れてしまいそうになる。

 

「了解しました。お互いの心の内に留めておきましょう」

 

 提督を執務室に案内する。

 明石の役目は提督のお出迎えだけであり、ここから先は私の仕事だったのだが、ついてきていた。

 泣き止んだ後は恥ずかしそうに俯いてばかりだが、提督の視界の外から提督を観察するかのようにちらちらと視線を向けている。

 明石なりに、考えるところがあるのだろう。

 

 提督は執務机の椅子に腰かけると、机の上に山積みになった書類に目を向けた。

 鎮守府の中の施設維持関係や、艦娘からの申請関係、艦隊司令部へ報告しなければならない定期の備蓄状況報告や戦況報告など、提督で無ければ決裁できなかったものだ。

 私たち艦娘には、それだけの権限は与えられていない。

 提督はそれらの書類にひとつふたつ、軽く目を通すと、再び元の場所へと戻した。

 今手に取っていたものは、提出期限が迫っていたはずだが。

 

「まずはこの鎮守府の現状を把握したい。現在所属している艦娘たちのリスト等資料はあるか」

「えっ……よろしいのですか? 艦隊司令部への報告書などは期限が迫っていますが」

「構わん。この鎮守府の現状を知る事が最優先事項だ。とりあえず艦娘たちの顔と名前を覚えたい」

「はっ……はい! 資料はこちらに用意してあります!」

 

 私は個人的に用意していた資料の中から、提督に求められた情報のあるものを差し出した。

 艦娘たちの艤装を映した全身写真と共に、練度、性能等を客観的に評価し、一覧にしたものだ。

 提督はそれを食い入るように、真剣な表情でそれを読み込んでいる。

 先ほどまで私達の扱いに困り果て、おろおろと狼狽えていた方と同一人物とは思えない。

 

 私は歓喜していた。

 明石を見ると、どうやら同じようだ。

 

 これと同様の資料を、前提督に自主的に差し出した事がある。

 あまりにも艦娘たちに目を向けず、性能もしっかり把握できていなかった為だ。

 しかし前提督は――意見される事が嫌いな人だった。

 それが正しかろうが間違っていようが、決して他人の意見には従わない。

 プライドが高く、向上心は低かった。

 戦場での敗北は、全て艦娘の練度不足で片づけた。

 

 こいつなら勝てるだろう、という提督の根拠のない判断で出撃させられていたあの時期は、まるで博打だった。

 競艇か、競馬か、といったところだろうか。

 この船ならば勝つだろう、この馬ならば勝つだろう、そういった感じだ。

 性能ではなく、過去の勝率ばかりを気にしていた前提督は、戦果を挙げられない艦娘の顔には全く興味がなかった。

「おい、お前!」「おい、そこの!」「おい、と言ったらお前しかいないだろう!」

 前提督の一番近くにいた私ですら、そういった言葉は日常茶飯事だった。

 人数も多い睦月型や夕雲型の子たちは、何でお前たちは似た名前が多いんだ、と無茶苦茶な言葉を浴びせられた事もあった。

 

 故にこの資料を作成したのだ。

 私達の性能を知ってほしかったのだ。

 敵水雷戦隊に毎回戦艦を差し向ける必要は無いと知ってほしかった。

 こちらの水雷戦隊も優秀なのだと知ってほしかった。

 重巡洋艦は戦艦の劣化ではないと知ってほしかった。

 駆逐艦は軽巡洋艦の劣化ではないと知ってほしかった。

 私達一人一人に目を向けてほしかったのだ。

 

 敗戦に次ぐ敗戦と激務の中で無理やり時間を作り、私と明石、夕張、青葉を中心としてようやく出来上がった。

 前提督は、死ぬ思いで作ったそれを一瞥もせずにゴミ箱へ放り投げ、私達四人は厳しく叱責された。

 こんなものを作るほど暇があるのだったら、勝率を上げる努力をしろ、との事だった。

 努力の結果がその資料なのですと、反論する力はもう無かった。

 

 ――それが、この若い提督はどうだ。

 艦隊司令部への報告書は期限厳守であるという事は、提督自身が一番よくわかっている事だろう。

 期限に一日でも、一分一秒でも遅れてしまった場合、それなりの処分が下される事も。

 提督はそれを承知で、私たちの顔と名前を覚える事が最優先だと言ってくれたのだ。

 

 この方に一番初めに自己紹介できた事すらも、光栄に感じてしまう。

 

「――大淀」

 

 私は思わず見惚れてしまっていたようだった。

 気が付けば、提督が怪訝そうな目で私を見上げている。

 大淀、と、私の名を呼んでくれていた。

 

「はっ、はいっ! 申し訳ありません!」

「これは大淀が作ったのか?」

「い、いえ、総括して編集したのは私ですが、性能評価は主に明石と夕張等と相談しながら作成しました」

「この写真は」

「重巡洋艦、青葉に協力してもらい、撮影しました」

「そうか。実に素晴らしい資料だ。写真や図面、表やグラフにより、非常にわかりやすくまとまっている。しばらく私の手元に置いておいてもいいか」

 

 いけない。また涙がこみ上げてきた。

 どうやら明石も同じようだ。

 これは私たちの仕事だ。やって当然の事だ。

 いちいち褒めてもらいたいわけではない。

 しかしそれでも、ただ正当な評価をされる。

 それがこんなにも、こんなにも嬉しい事であったとは。

 これ以上醜態を晒すわけにはいかない。ぐっ、と涙を堪える。

 

「……はい、もちろんです。どうか、どうか私達を、よろしくお願いします」

 

 そう言って私は、深々と頭を下げたのだった。

 明石も同じ想いを抱いていた事だろう。

 もっともっと、この人に褒めてもらいたい、と。

 

「うむ。私の方こそ、よろしく頼む。…………あぁ、それと、もう一つ頼みたい事があるのだが」

「はいっ、何でも申しつけ下さいっ」

「前回の侵攻からこの一か月間の戦況の推移がわかる資料などは無いか。今のうちに目を通しておきたいのだが」

「はい。こちらに用意してあります」

 

 私は嬉しくなった。

 この一か月間、報告する相手のいない報告書が艦娘たちから提出され続ける毎日であったが、それに真っ先に目を通して頂いた。

 この方は、私たちの求める事を的確に判断し、行ってくれる。

 提督は忌まわしき一か月前の敵の布陣や侵攻状況に始まり、そこから私達があがいた一か月間の報告書に目を通す。

 

 ――速い。

 

 提督は時折、「ふむ……」「なるほど」「そういう事か」などと独り言を漏らしながら、報告書のページをめくっていく。

 独り言に気が付かないほど集中しているのだろうか。それにしても、速読だ。あの速さで、この一か月の一戦一戦を分析できるのだろうか。

 最後の方になると、もはや流し読みなのではないかと思うほどの速さで目を通し、パタンと報告書を閉じた提督はゆっくりと重い腰を上げる。

 提督は私と明石に交互に目をやり、言ったのだった。

 

「大淀、明石」

「はい」

「長い時間待たせてしまい、すまなかった。お前たちのお陰で、ようやく立ち上がる事ができる」

 

 ――これは。

 

 私は明石と顔を見合わせた。

 この一か月の報告書から、反撃の糸口を見つけたというのか⁉

 それも、この短時間で⁉

 

 ――お前たちのお陰で、と言って下さるのですか。

 私達、艦娘のお陰で、この鎮守府は再び立ち上がる事ができるのだと。

 地獄のようなこの一か月は、私達の必死の頑張りは、決して無駄ではなかったのだと――。

 

 もう、涙を堪える事ができなかった。

 泣くなという方が無理なのだった。

 

「……はいっ、この時を、本当に……お待ちしておりました……!」

 

 私と明石が感涙と共に敬礼すると、提督は少し狼狽えてしまったようだった。

 先ほどもだったが、沈着冷静に見えて、こういった感情がぽろりと零れてしまう。

 軍の風紀の為に厳格さを表に出してはいるが、本来はとても心優しいお方なのだろうと思った。

 

「な、泣いている場合ではない。時間が無いのだ」

「も、申し訳ありません……こ、この後はいかがなさいますか?」

 

 気を取り直すように、こほん、と咳払いをすると、提督はこう言ったのだった。

 

「工廠へ案内してくれ。艦娘の『建造』を行いたい」

 



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004.『立ち上がる時』【提督視点】

 執務室へ案内され、俺は執務机の椅子に腰かけた。

 目の前には書類の山だ。軽く目眩がする。

 これ全部俺一人で処理しなきゃいけないの? 俺素人なんだけど。

 適当にひとつふたつ、書類を手に取ってみる。

 

『定期備蓄状況調査について。月末時点での燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイトの収支を前月と比較した上で――』俺は途中で読むのを諦めて書類を元の位置に戻した。

『カツの調理に使用する為のロース肉と食用油の申請』何でカツ限定なんだ。もっと調理用途があるのではないか。カレーが特別視されているのは聞いているが、カツカレーにするのだろうか。

 そもそも書類の処理の仕方など教えてもらっていない。

『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』のどこかに記載されていればいいのだが。後で見つからないように調べておこう。

 

 こんな書類などどうだっていいのだ。

 初心忘れるべからず。

 俺がこの鎮守府に着任した目的は、俺の為の艦娘ハーレムを形成する事だ。

 その為には、この鎮守府にどんな艦娘がいるのかを把握する事が最優先なのである。

 これで見た目の幼い駆逐艦や中学生レベルの軽巡洋艦ばかりだったらどうすればいいのだろうか。俺のハーレム計画が崩れ去る。

 俺の運命がここで決まると言ってもいい。

 

 手にした書類を元の位置に戻した俺は、大淀に声をかけた。

 

「まずはこの鎮守府の現状を把握したい。現在所属している艦娘たちのリスト等資料はあるか」

 

 大淀は俺の言葉に少し驚いたように、言葉を返す。

 

「えっ……よろしいのですか? 艦隊司令部への報告書などは期限が迫っていますが」

 

 エッ。何それ聞いてない。

 ま、まぁ着任して間もないし、最悪の場合佐藤さんに相談すれば何とかしてくれるだろう。佐藤さん偉い人のようだし。

 大淀たちを安心させる為にも、俺がここで動揺するわけにはいかんのだ。

 

「構わん。この鎮守府の現状を知る事が最優先事項だ。とりあえず艦娘たちの顔と名前を覚えたい」

「はっ……はい! 資料はこちらに用意してあります!」

 

 大淀は何故か嬉しそうに、執務机の上に置いてある資料の一つを差し出してきた。

『艦娘型録』と表紙に記載されている、オータムクラウド先生の薄い本五冊分ほどの厚みを持つそのファイルを開くと、艦娘の全身写真が目に飛び込んできた。

 おおっ。

 俺は思わず声を出しそうになるのを堪えた。

 艦種ごとに順序よくファイリングされており、その性能が数値化されている事で非常によくまとめられている。

 艦娘の全身を前後左右から映した写真と、艤装の解説もわかりやすい。

 特にこの写真がいい。胸も足も見放題ではないか。これならば視線を気にすることなく隅から隅までガン見できる。ダンケ。

 

 駆逐艦のページは軽く流し見をした。とにかく数が多い。オータムクラウド先生の作品に描かれていない娘も多かった。

 やはり数が多すぎて、オータムクラウド先生でも把握できていない部分があるのだろう。

 オータムクラウド先生は駆逐艦が主役の作品を決して描かないし。まぁ描いたら条例とかに引っかかりそうな気がしないでもないし、俺も流石に駆逐艦では夜戦連撃できない。

 どうやらこの鎮守府には、いろんな種類の駆逐艦がまばらに所属しているようだったが、それにしても数が多すぎないか。

 俺のハーレム計画に若干の陰りが現れる。

 

 軽巡洋艦は今ここにいる大淀に、夕張。夕張はメロンを連想する名前に反してあまり胸部装甲が厚くない事で有名な軽巡洋艦である。

 オータムクラウド先生の作品では、常に大人の玩具を工廠で開発しているろくでもない奴だ。いつもお世話になっております。

 それに、天龍型の天龍と龍田。世界水準を軽く超えたスタイルを持つ事で有名な軽巡洋艦である。

 そして川内型の川内、神通、那珂ちゃんだ。川内は夜戦馬鹿、神通はおとなしくて気弱な大和撫子、那珂ちゃんは艦隊の自称アイドル。

 オータムクラウド先生の作品では、この天龍型と川内型、五人が主役のものは全く見た事がないので、俺もこれ以上はあまり詳しくはない。

 オータムクラウド先生の琴線に触れないのだろうか。

 

 お待ちかねの重巡洋艦のページだ。

 おぉ、末妹の羽黒以外はストライクゾーンに入っている妙高型四姉妹が揃っているではないか。

 特に妙高さんは俺ランキング第六位にランクインしている。大当たりではないか。

 オータムクラウド先生の『これ以上私にどうしろというのですか……!』は名作だ。いつもお世話になっております。

 それに、青葉型の青葉。艦隊新聞を製作しているパパラッチ的な存在らしい。

 正直、コイツはいない方がよかった。オータムクラウド先生の作品によれば、鎮守府の至る所にコイツの監視カメラが隠されているらしいからだ。

 コイツのお陰で鎮守府内では下手な事はできんな。おちおちオ〇ニーもできん。いや、するなと釘を刺されてはいるが。

 後は……ば、馬鹿な。俺の高雄型が一人もいない。古鷹型も、最上型もいない……だと……!

 俺ランキング二位の高雄が……愛宕が、古鷹が、もがみんが……クソが!

 と、利根型の二人、利根と筑摩はいるな。利根はともかく、筑摩がいるではないか。

 妹属性であるにも関わらず俺ランキングのランカーなのは愛宕と筑摩と陸奥ぐらいである。よし。良しとしよう。

 

 おおっ、練習巡洋艦、香取姉と鹿島が二人ともこの鎮守府に!

 鹿島はともかく、香取姉は俺ランキング第三位にランクインしている。大当たりではないか。

 オータムクラウド先生の『これは少し厳しい躾が必要みたいですね』は名作だ。いつもお世話になっております。

 この鎮守府に大量にいる駆逐艦たちを鍛える為であろうか。ハーレム対象外の駆逐艦たちも役に立つではないか。

 将を射んとすば、まず馬を射よとはこの事か。海老で鯛を釣るとはこの事か。

 俺の股間の駆逐艦も色々と優しく指導してくれまいか。

 

 軽空母は、鳳翔さんと龍驤、それに春日丸だ。

 ……春日丸って誰だ。名前だけはどこかで聞いた事があるような無いような。艦娘というには女の子しかいないと思っていたが、男もいるのか。

 そういえば名前しか知らないが、あきつ丸とか出雲丸とかいう艦もいるらしいし。艦娘ならぬ艦息とでも言えばいいのか。

 ううむ、現地に来てみないとわからない事もあるものだ。

 もしかすると男の子の艦は他にもいるが、オータムクラウド先生が描いていないだけかもしれない。

 まぁ、男など当然ハーレム対象外なのでそれはどうでもいいのだ。

 鳳翔さんは小料理屋を経営している事しか知らない。オータムクラウド先生の作品によれば、鎮守府でもっとも怒らせてはならない人らしい。気を付けよう。

 龍驤はストライクゾーン外なのでよくわからない。多分いい奴だ。

 

 水上機母艦に、千歳お姉と千代田。これは嬉しい。通称、水上機ボイン姉妹だ。

 特に千歳お姉は俺ランキング第四位にランクインしている。大当たりではないか。

 オータムクラウド先生の『千代田に怒られちゃうから、黙っていて下さいね』は名作だ。いつもお世話になっております。

 

 正規空母は……おぉっ、赤城に加賀、翔鶴姉に瑞鶴まで。選り取り見取りである。

 特に翔鶴姉は俺ランキング第五位にランクインしている。大当たりではないか。

 オータムクラウド先生の『スカートはあまり触らないで』は名作だ。いつもお世話になっております。

 というよりも、この鎮守府、結構重要な拠点なのだろうか。

 思っているよりも戦力がかなり充実している気がするのだが。

 な、何ッ! 翔鶴姉、袴のスリットから紐が見えてます! 紐が! パンツ! パンツです! お世話になります!

 

 いかん。この場でお世話になれるわけがないではないか。思わず反射的に俺の股間の防空巡洋艦マラ様が対空砲火の準備をしそうになった。

 大淀と明石の存在を忘れていた。あとで一人になれるタイミングを探そう。駄目だ。オナ〇―するなと妹たちに言われていたばかりだった。凹む。

 

 戦艦は、金剛型の比叡、榛名、霧島、それに長門か。ランク外の長門達はともかく、陸奥や扶桑姉さまがいないのが非常に残念だ。非常に残念だ。

 オータムクラウド先生の『あまり火遊びはしないでね』は名作だ。いつもお世話になっております。

 しかし金剛型というからには、金剛という名の戦艦がいるはずなのだが、どの同人誌においてもその姿形を見た事がない。

 未だに艦娘として発見されていないという事だろう。

 名前からして筋肉モリモリの金剛力士像みたいな娘なのだろうか。うちには着任しなくてもいいかな……長門だけで十分だ。

 

 潜水艦は伊168(イムヤ)伊19(イク)伊58(ゴーヤ)か。全員顔はよく知っている。

 オータムクラウド先生の『イク、イクの!』は名作だと思うがお世話になった事は無い。

 見た目からしてスク水だし、年齢が低めに見えるので、もちろん全員俺のハーレム対象外だ。

 

 し、しまった。ついつい夢中になって読み込んでしまった。

 俺が脳内でハーレム計画の編成をしている間も、大淀と明石は姿勢正しく待機しているのだった。このままではまた信頼を失ってしまう。

 とりあえずこの『艦娘型録』は貴重なオカズとして、いや、貴重な資料として手元においておこう。

 俺は大淀に声をかけたが、待たせすぎてボーッとしていたのか、反応が悪かった。

 い、いかん。やはり放っておきすぎた。申し訳ない。少しでも機嫌を取っておかねば。

 

「これは大淀が作ったのか?」

「い、いえ、総括して編集したのは私ですが、性能評価は主に明石と夕張等と相談しながら作成しました」

「この写真は」

「重巡洋艦、青葉に協力してもらい、撮影しました」

 

 青葉か。君がこの鎮守府にいてくれて本当に良かった。今後もこの調子で頼みたい。

 翔鶴姉のパンツを仕留めたMVPだ。後で何かご褒美をあげよう。

 

「そうか。実に素晴らしい資料だ。写真や図面、表やグラフにより、非常にわかりやすくまとまっている。しばらく私の手元に置いておいてもいいか」

 

 大淀は快く了承してくれた。うむ。いいオカズが、いや、いい資料が手に入った。

 満足したところで、そろそろ次の仕事に入ろうと――席を立とうとした瞬間である。

 

 俺が席を立つよりも早く、防空巡洋艦マラ様が立ち上がっていたのであった。

『あたし引っ込めて、艦隊は大丈夫か?』とでも言いたげである。俺の世間体が大丈夫じゃなくなるから、早く引っ込んでくれ。

 このままでは立ち上がれないではないか。どんだけ翔鶴姉のパンチラに興奮してんだ自分。

 チュートリアルを進めるには、この部屋から移動せねばならんのだ。

 俺の股間よ、シズメシズメ。

 駄目だ、モドラナイノ。

 仕方が無い。適当に仕事しているふりでもしながら、マラ様が落ち着くのを待つとしよう。

 そう言えば、佐藤さんが「前回の侵攻からこの一か月間の戦況の推移がわかる資料」があれば早めに目を通しておいた方がいいと言っていた。

 俺は大淀に声をかける。

 

「前回の侵攻からこの一か月間の戦況の推移がわかる資料などは無いか。今のうちに目を通しておきたいのだが」

 

 差し出してくれた資料に目を通す。

 海図と共に、戦闘位置、敵味方の陣形、編成、戦闘の状況、結果などが記された報告書。それが一か月分。

 何これ全然わからん。

 しかしそれを悟られるわけにもいかん。

 

「ふむ……なるほど。そういう事か」

 

 とりあえずわかっているような感じの言葉を呟いたのだった。

 パラパラと適当に目を通してみたが、一向に理解できない。

 しかしそれが功を奏したのか、俺の股間のマラ様は『こんなになるまでこき使いやがって、クソが!』といった感じで引っ込んだのだった。

 いつもコキ使ってすみません。

 俺の股間が収まるまで、結構時間を使ってしまった。

 その間、俺の股間と同じくずっと立ちっぱなしだった大淀と明石には申し訳ない。

 

 俺は資料の残りのページを流し読みすると、ようやく立ち上がる事ができた。

 その謝罪とお礼の意味を込めて、大淀と明石にこう言ったのだった。

 

「長い時間待たせてしまい、すまなかった。お前たちのお陰で、ようやく立ち上がる事ができる」

 

 大淀と明石は二人で顔を見合わせた後、また泣き出してしまった。

 

「……はいっ、この時を、本当に……お待ちしておりました……!」

 

 泣くほどお待ちしてたの⁉

 ご、ごめん。本当にごめん。俺の股間がお待たせしてしまって。

 さっきから泣かせてばかりだが、大丈夫か俺への信頼。

 

「な、泣いている場合ではない。時間が無いのだ」

「も、申し訳ありません……こ、この後はいかがなさいますか?」

 

 大淀がそう言ったので、ようやく先に進めそうだった。

 もう書類をみるのはウンザリである。

 これでようやく、『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』のチュートリアル編、その一。『工廠で新しい艦娘を建造しよう!』へ進む事ができる。

 

 俺は気を取り直すべく軽く咳払いをして、言ったのだった。

 

「工廠へ案内してくれ。艦娘の『建造』を行いたい」

 



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005.『煤と油』【艦娘視点】

「あれっ、大淀、明石。その方はまさか……」

「本日より我が横須賀鎮守府に着任されました、新しい提督です」

 

 工廠についた私達の前に偶然現れた夕張にそう言うと、夕張は慌てて提督に敬礼する。

 今日、新しい提督が着任するとは伝えていたはずだが、作業服にシャツの、ラフな服装だ。

 また何か兵装の実験でもしていたのだろうか、煤やら油やらでその両手は真っ黒になってしまっていた。

 

「へっ、兵装実験軽巡、夕張です! どうぞよろしくお願いします!」

「うむ。お前の噂はよく耳にしている。これからもよろしく頼むぞ」

 

 提督はそう言って、夕張に右手を差し出したのだった。

 夕張はそれを見て、慌てて握手に応じたのだが――

 

「あっ」

 

 ――と、私と明石、そして夕張が思わず口にしたのは、ほぼ同時だった。

 あまりにも自然に握手を求められたので、何も考えずにその手を握ってしまったのだろう。

 提督の汚れ一つ無かった白手袋は、黒い煤や油で真っ黒に汚れてしまった。

 夕張の顔から血の気が引いていくのがわかる。私と明石もそうだったかもしれない。

 

「もっ……申し訳ありませんッ!」

 

 ぱっ、と手を放した夕張は泣きそうな顔になり、一歩下がって勢いよく頭を下げる。

 それも当然の事だった。

 

 何しろ、かつて前提督が工廠を訪れた際に、夕張が誤って軍服に汚れを跳ねさせてしまった事があるが、その時に酷い罵声を浴びせられた経験があるからだ。

 お国から賜ったこの軍服に汚れをつけるとは何事だ、と激しく非難され、それ以降、前提督は顔を合わせるごとに夕張を責めた。

 

 この戦いに勝つ為に、提督の為に装備の開発をしているのに、それが原因で責められた夕張のショックは大きかった。

 怒りよりも大きな悲しみに包まれ、ただひたすらに、前提督に落胆した。

 

 だというのに、新しく着任する提督に期待していなかった私や明石と違い、夕張は前向きな意見を話していた。

 この私にも、きっと今度はいい提督が来てくれると励ましをくれたのは、他ならぬ夕張だったのだ。

 

 しかしその彼女は、初対面の提督の白手袋を汚してしまった。

 気の短かった前提督に限らず、煤と油まみれの手で汚される事に不快感を感じる者は多いだろう。

 夕張もそれを悟ったのだ。

 大切な第一印象を自らの手で台無しにしてしまったのだから。

 

 夕張に悪気は無い。

 そう声をかけるべきか、私が悩むよりも早く、泣きそうな声で謝り続ける夕張に対して口を開いたのは提督だった。

 

「おおお、御手を汚してしまいましたっ! 本当に、本当にっ、申し訳ありません!」

「夕張、顔を上げろ」

「はっ、はいっ……!」

 

 その汚された手で頬を張り倒されるのかもしれない。

 そんな覚悟を持って夕張は顔を上げた事だろう。

 

 ――そんな夕張は、さぞ、驚いた事だろう。

 

 提督は両手の白手袋をその場で放り捨て、自ら夕張の両手を取り、それを優しく、素手で包み込んだのだった。

 当然、手袋により汚れていなかったその肌までもが、煤と油にまみれてしまう。

 提督は訳も分からず目をぱちぱちさせている夕張をじっと見て、真剣な表情で言葉を続けた。

 

「この煤と油まみれのお前の両手は、他ならぬお前の努力の結晶そのものだ。それに触れさせてもらえるとは、何とも光栄な事ではないか」

 

 なんとなく、私と明石はわかっていたのだろう。

 顔を見合わせて、困ったように目と目で笑った。

 

 この御方は、この程度では決して怒るような人では無い、とても寛大な方なのだ。

 その身を包む純白の軍服は、前提督が言っていたように国から支給されるものだ。

 おそらく新しく鎮守府に着任するという事で、新品である事が推測できる。

 それに汚れが付くことも構わずに、いや、むしろ手袋を捨ててあえて素手で、何の躊躇いも無く夕張の手を包むとは――提督の懐の深さは計り知れない。

 

「あっ、あの、ありがとう、ございます、あの……で、でも、よ、汚れてしまいますから、あの……っ」

 

 夕張は顔を真っ赤にして、もごもごと何やら言っていた。

 だんだんと状況が飲み込めてきて、嬉しさと恥ずかしさが一気に襲い掛かってきて、訳が分からなくなっているのだろう。

 

 もしも私が同じ状況にあったら、どうだろう。

 あの提督が、私の両手を包み込みながら、あの真剣な眼で、じっと顔を見つめてきたら。

 汚れた自分を拒絶せずに、認めてくれたなら。

 

 ……そろそろ助け船を出した方がいいかもしれない。このままでは先ほどの明石のごとく、夕張が轟沈してしまいかねない。

 それに、個人的に、少しだけ、見ていて面白い光景でもないような気がした。少しだけ。

 

「提督。そろそろ建造を開始いたしましょうか」

「む……そうだったな。案内してくれ」

 

 提督を促して、私達は工廠の中へ足を踏み入れた。

 

「おおっ」

 

 提督が工廠内を見渡し、声を上げる。

 おそらく工廠内で働く妖精さん達を見ているのだ。

 妖精さんの存在だけは聞いていたのだろうが、やはり現場で働く大勢の妖精さんの姿は圧巻なのだろう。

 

 提督が妖精さん達に取り囲まれて、狼狽えてしまっている。

 私達艦娘は、妖精さんの姿を見る事はできるが、言葉を交わす事ができない。

 だが、どうやら提督が妖精さんに好かれている事だけはわかった。

 前提督には、妖精さん達はあんな風に近付こうとはしなかったからだ。

 

 まだ顔の赤い夕張が、ちょんちょん、と私の肩をつつく。

 

「ね、ねぇ大淀。あの新しい提督、いきなり建造するの⁉ 資源にもあまり余裕は無いと思うんだけど……」

 

 正直に言うと、私も驚いているのだ。

 何しろ、第一にこの鎮守府の艦娘の情報を読み込み、第二にこの一か月間の戦況分析を行った。

 その後に一体何をするのかと思えば、他の書類に目を通すでもなく、いきなり建造を始めるというのだから。

 

 艦娘の建造とは、現在も海の底に沈む艦の魂を引き上げる、サルベージする行為に似ている。

 燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトと呼ばれる、艦娘の体を構成する未知のエネルギーを依り代に、艦の魂をそこに降ろす。

 ほとんどの艦娘は、そうやって建造された――海の底から引き揚げられた者が多い。

 夕張もそうだ。

 私や明石などは、深海棲艦との戦闘後に海上を漂っている所を発見されたらしいが。

 

 そしてこの『建造』は――必ずしも新しい艦娘が引き上げられるわけではないのだ。

 『すでに建造された艦娘の艤装の一部』が建造される事もある。

 これは、一度建造された艦娘も完全な状態で海の底から引き揚げられたわけではなく、そのエネルギーの残りはまだ海の底に残っている為だと考えられている。

 そうやって建造された『艦娘の艤装の一部』は、その艦娘の艤装と合成する事で性能を向上させる事が出来る。

 これが『近代化改修』――艤装合成と呼ばれるものだ。

 しかしそれは既存の艦娘の性能を向上はさせるものの、数値上は微々たるものだ。

 艦娘一人が建造されるよりも戦力の増強としての意味には乏しく、何よりつぎ込んだ資材に釣り合うものではない。

 

『建造』とはいわば『くじ引き』や『ガチャガチャ』に近い性質を持つのだ。

 ただ一つそれらと違うのは、ただの運だけではなく、『提督の指揮官としてのレベル』によって、艦娘を海の底から引き上げられる確率が変わる、と言われているところであろう。

 この『提督の指揮官としてのレベル』とは目に見えるものではない。

 だが、これまでの研究によれば、提督の能力によって明らかに建造の成功確率が変わっているそうなのだ。

 海の底に沈む艦の魂を引き上げるには、提督の、提督としての資質が何よりも問われる。そういう事なのだろう。

 

 つまり、前提督は……そういう事だったのだろう。

 

 前提督も、戦力になる、「使える」新しい艦娘を迎えるべく、毎日建造を行っていた。

 資源に余裕が無かろうと、毎日毎日、艦隊司令部からのデイリー任務分を超える数を、である。

 

 しかし前提督の前に、新しい艦娘が現れる事は一度も無かった。

 この鎮守府にいない艦娘(主に隼鷹)の艤装の一部ばかりが建造され、それは艦隊司令部の命令により、対象の艦娘が所属する各鎮守府へと分配された。

 前提督は、自分以外の提督の戦力が強化される事に、大いに怒り狂った。

 

 前提督は、自分だけが英雄になりたかったのだろう。この国を守ろうというのも、いつしか手段の一部程度になっていたのだ。

 狂ったように建造を続ける提督を流石に見ていられず、工廠を代表して夕張と明石が、そして私が前提督を諫めた事がある。

 

『すでに資材は枯渇寸前です! 出撃に向かう艦隊の分を除けば、建造に回す資材はありません! ここは出撃を最低限に控え、資材の備蓄を行うべきです!』

『戦果を挙げるには絶えず出撃し、敵中枢を撃破する必要があるのだ! 出撃を控えるなど言語道断だ!』

『ではせめて、資材の消費が多い戦艦と正規空母を、僅かでも消費の少ない重巡、軽空母へ編成しなおしてはいかがでしょうか!』

『そんなもの、戦艦と正規空母の下位互換だろう! 貴様は僅かな資材をケチり、負ける可能性を増やせというのか⁉ 全力を出さずにこの国が負けても良いというのか貴様は⁉』

『彼女たちも練度は十分です! それに、戦艦、正規空母たちの疲労は限界に達しています! 休養を挟まずにこれ以上の反復出撃は無理だと判断されます!』

『無理だと思うから無理なのだ! 貴様らにはこの国を守ろうという気合が足りん! そのような言葉が出る手駒しか持たんから、建造をする必要があるのだ。貴様らとは違う、使える駒を得る為にな』

『そ、そんな……! 提督!』

『もういい、下がれ! 資材が足りないというのならば、ろくに使えん軽巡、駆逐艦どもを遠征に送れ! 朝も夜もなく反復させよ! それでも足りない時は潜水艦どもを寝ずに動かせ!』

『て、提督の指示により、ただでさえ彼女たちには満足に補給が行き届いていない状況です! 彼女たちは提督の言葉に気を使って食事も満足に取れていません。そんな状態で遠征など、うまくいくはずがありません!』

『働かざるもの食うべからずという諺を知らんのか! 補給が欲しければ自分の足で稼げ! 出撃する前から失敗の心配など、どうやら貴様らには愛国心が無いようだ。真に愛国心を持つ者ならば、敵の弾が避けて通るわ!』

『提督! お考え直し下さい! 建造に回す資材があれば、遠征部隊にも補給が行き届き、遠征は成功し、数日経てば資材に余裕も……』

『ええい黙れ黙れ! 下がれと言っている! 建造は予定通り行う。貴様らのように口答えをしない、俺に従順な戦艦の建造をな! 資材は限界までつぎ込め! 次は、次こそは……!』

 

 ……思い出すだけで涙が出そうだ。

 

 その後、建造では横須賀鎮守府に所属していない艦娘(隼鷹)の艤装が完成。

 疲労の溜まった第一艦隊は大敗北。

 満足に補給の取れていない遠征部隊はどれも遠征失敗。

 疲労が積み重なり、大破、中破し、今にも倒れこんでしまいそうな彼女たちは入渠するよりも先に、提督に一時間ほど当たり散らされた。

 今回の大敗北、遠征の失敗は、私達の練度、愛国心、忠誠心、そして気合と根性が不足しているせいだという結論であった。

 

 あの日、建造に使用した燃料、弾薬があれば、どれだけの駆逐艦に補給が行き渡っただろうか。

 鋼材、ボーキサイトがあれば、加賀さん達は大破状態のまま数時間の入渠待ちをする事は無かっただろうか。

 そんな状況が積み重ならなければ――あの人を失う事は無かったのだろうか。

 

 そういった事情もあり、この鎮守府の私達は『建造』にあまりいい思い出が無いのだった。

 現在は最低限の出撃に留め、軽巡、駆逐艦の皆で協力して遠征に出ているおかげか備蓄は微増傾向にあり、何とか戦艦の建造に必要とされる程度の資材の余裕はある状況だ。

 

 もちろんそれは提督もよく理解しておられるはずだ。

 先ほどの報告書に、一日ごとの資材の増減も記載していたからである。

 この一か月間で得られた僅かな余剰は、鎮守府全体で歯を食いしばりながら備蓄した、汗と涙の結晶だという事も理解しているはずだ。

 この建造に失敗したら、提督の第一印象は最悪になる事も理解できているはずだ。

 鎮守府全体の艦娘を敵に回す事になると理解できているはずだ。

 このたった一回、戦艦を建造すれば吹き飛ぶ程度の資材が、どれだけ重いものかは十分に理解できているはずだ。

 

 それでも提督が、建造が必要だと判断したのだから、私はそれを信じてみたかった。

 使えない私達に代わる駒を探す為ではなく、この鎮守府に必要な艦を迎えるべく、建造をする必要性がある。

 どうしても、今、ここで、建造をする必要がある。

 提督はそう考えている風にしか思えなかったからだ。

 

 私は夕張に、小声で伝えた。

 

「信じます」

「えぇー……明石は?」

「……右に同じ」

「そうなんだ……さっき着任したばっかりよね? あんな目に遭っていた貴女達二人がそんなに信頼するなんて、一体何があったの?」

 

 首を傾げる夕張に、明石はこう言ったのだった。

 

「夕張は思い当たる節は無いの?」

「うぐっ……ま、まぁ、私も、信じたいけど! でも! 建造って本当に難しいんだから!」

 

 夕張は再び顔を赤くして、声を上げたのだった。

 

「大淀。建造とは、どのように行えばいい」

 

 提督が振り向いて私に声をかける。

 明石や夕張ではなく、私の名前を呼んでくれる事がどこか誇らしい。

 

「はい。建造ドックはあちらです。妖精さん達が、詳しく教えてくれると思います。私達艦娘は妖精さんを見る事はできますが、会話はできません。顔合わせも兼ねて、お話ししてみてはいかがでしょうか」

「ふむ。なるほどな。試してみよう」

 

 提督はそう言って、建造ドックへと向かっていった。

 その広い背中を見て私は思う。

 

 この僅かな時間で、提督という存在に大きな不信感を抱いていた私と明石、夕張の心を開いてしまった。

 あの方は、この見捨てられてしまった鎮守府に淀む重苦しい空気を吹き飛ばしてしまうのかもしれない。

 夕張の言うように、新しい艦娘の建造は成功するほうが難しい。

 前提督に至っては、成功率0%だ。

 しかしそれでも、あの方ならば。

 私程度の頭ではあの方が一体何を考えているのか、未だに見当もつかないが。

 

 きっとこの建造は、この鎮守府を立て直す第一歩なのだ。

 私にはそうとしか思えなかったのだった。

 




汚れた白手袋はその後夕張が綺麗に洗濯して返してくれました。


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006.『煤と油』【提督視点】

 さて、『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』に従って、工廠にやってきた俺である。

 ついさっきまで『工廠(こうしょう)』って読むことすら出来なかったのは千歳お姉には内緒よ。いや、千歳お姉だけではなく皆に内緒だ。

 佐藤さんが丁寧に振り仮名まで振ってくれていたお陰で恥をかかずにすんだ。佐藤さんナイスアシスト。

 おかげ様でクソ提督でもわかりました、ってやかましいわ。

 

 工廠に着くと、緑がかった髪をポニーテールにしている女の子が声をかけてきた。

 知っているぞ。夕張である。

 オータムクラウド先生の『結構兵装はデリケートなの。丁寧にね』は名作である。たまにお世話になっております。

 いつもの腹が冷えそうな明らかに丈の合っていないセーラー服とは違い、汚れた作業着を着ていた。

 オータムクラウド先生の作品では爆雷型ローターとか三式弾型バイブとかろくでもないものばかり開発している、提督の頼れる味方だが、今も何か作っているのだろうか。

 大淀が俺を紹介すると、夕張は慌てて俺に敬礼する。

 

「へっ、兵装実験軽巡、夕張です! どうぞよろしくお願いします!」

「うむ。お前の噂はよく耳にしている。これからもよろしく頼むぞ」

 

 俺はそう言って、握手をするべく夕張に右手を差し出したのだった。

 大淀や明石とはできなかったが、せっかくなのでボディタッチを試してみようと思ったのである。

 これならば下心を悟られる事なく自然な流れで、艦娘に触れる事ができる。俺は天才なのではないだろうか。

 夕張が手を差し出し、握手をした瞬間、俺は気付いてしまったのだった。

 

「あっ――」

 

 大淀と明石、それに夕張が、ほぼ同時に声を上げた。

 瞬間、俺は考える。

 

 アッ。

 しまった。コイツの手、めっちゃ汚れてんじゃん。

 ボディタッチの事で頭がいっぱいで、すっかり忘れてしまっていた。

 おまけにこの白い手袋のせいで感触が全くわからん。

 新品の白手袋は汚れてしまうわ、俺はボディタッチ失敗するわ、夕張は上官を汚してしまって気まずいわ、誰も得しない結果を引き起こしてしまったではないか。

 ど、どうしよう。

 そんな事を考えていると、夕張に思いっきり手を振りほどかれた。凹む。

 

「もっ……申し訳ありませんッ!」

 

 夕張は物凄い勢いで頭を下げたのだった。

 し、しまった! 俺が何も考えずに手を差し出したせいで、夕張に余計な気を使わせてしまった。

 俺は全然気にしていない。この軍服だって自腹で購入したものではなく支給されたものだから、いくら汚れたって俺の知った事ではない。

 汚しすぎて弁償する事になっても、佐藤さんが何とかしてくれるだろう。あの人偉そうだし。

 

 そう説明すれば、夕張もほっと胸を撫で下ろしてくれるだろうか。

 ――いや、違う。それはベターではあるがベストでは無い。

 それでは救われるのは夕張だけで、俺は手を汚されただけではないか。面白くない。

 ベストなのは、このピンチをチャンスに変えて、俺がいい思いをする事だ。

 せっかく手を汚されたのだから、俺が見返りを求めてはならないなどという事があっていいはずが無い。

 大丈夫だ。俺は提督だ。夕張の上司だ。権力者だ。

 ヨ、ヨ、ヨシ。い、いっちゃうゾ。

 

「おおお、御手を汚してしまいましたっ! 本当に、本当にっ、申し訳ありません!」

 

 なおも謝罪を続ける夕張に、俺は声をかける。

 

「夕張、顔を上げろ」

「はっ、はいっ……!」

 

 俺はおもむろに両手の白手袋を放り投げると、なけなしの勇気を振り絞り、緊張した面持ちの夕張の両手を取ったのだった。

 うひょお、手ぇ小っちゃ! 指細っ! 汚れてるけどすべすべで柔らかーい!

 いかんいかん、顔に出ないようにせねば。

 混乱している様子の夕張に対し、俺は今にも崩れてしまいそうな真剣な表情を保ちつつ、適当な事を言ったのだった。

 

「この煤と油まみれのお前の両手は、他ならぬお前の努力の結晶そのものだ。それに触れさせてもらえるとは、何とも光栄な事ではないか」

 

 うむ。適当に言ったにしては、なかなかそれっぽい事が言えたのではないか。

 俺は夕張の両手の感触を思う存分楽しめて、夕張は俺が汚れた事を気にしていないとわかって、俺に良しお前に良し。

 俺は天才なのではないだろうか。

 

 俺の心臓が過去に例を見ない速さで拍動している。機関部強化とはこの事か。

 速き事島風の如し。このままでは俺の機関部がオーバーヒートして爆発、俺は轟沈してしまうだろう。島風の如く。

 生まれて初めて女の子の手をこんなに握る事ができたのだから、もう死んでもいいカナ。

 

「あっ、あの、ありがとう、ございます、あの……で、でも、よ、汚れてしまいますから、あの……っ」

 

 夕張はおそらく羞恥からであろう、顔を朱に染める。

 いつもの俺なら、こんな大胆な事など出来るはずがない。

 この提督の仮面は、俺の性格を上手く隠してくれる。

 うむ。振りほどきたくても、相手は提督だ。上官である。

 夕張はなかなか強気に出れないのだろう。そそる表情をするではないか。

 あいにくだがまだまだ放すつもりはない。俺の心臓が爆発するまで、もうちょっと堪能させてもらおう。

 チキンな俺の命を賭けたチキンレースである。

 すべすべで柔らかーい! やーらかーい!

 

「提督。そろそろ建造を開始いたしましょうか」

 

 アッハイ。

 大淀が後ろから声をかけてきた。

 くそっ、二人きりだったらあと三十分くらい堪能できたかもしれないというのに。

 いや、それまで俺の心臓が耐えられるかはわからなかったが。

 同じ手は二度と使えない。くそう、せっかくの機会が。大淀め、余計な真似を……。

 

「む……そうだったな。案内してくれ」

 

 名残惜しいが、俺はしぶしぶ夕張の手を放す。

 しかしこれで、提督の権力を上手く使えば艦娘にセクハラ、いやいやボディタッチという名のコミュニケーションが取れる事が確かめられた。

 これは大きな収穫である。今後もこのテクニックは活用していこうではありませんか。

 

 そんな事を考えながら工廠に足を踏み入れた俺の目に、耳に飛び込んできたのは――

 

『資材の状況はどうだろうねー』

『ボーキサイトが足りないみたい』

『しばらく建造してないから腕がなまるねー』

『でも前みたいに怒られながらは嫌だよねー』

 

 どこか気の抜けるような声でお喋りしている、小さな少女達。

 ヘルメットをかぶっていたり、作業服を着ていたり、様々な種類がいるようだ。

 これが妖精さんか。初めてみた。

 

「おおっ」

 

 俺が思わず声を上げると、それに反応してか、妖精さん達が一斉にこちらを向いた。怖っ。

 

『あれ? 誰あの人』

『前の提督と同じ服を着ているよ』

『それにしては形が違うねー』

『果物で例えるなら、前の提督は洋梨みたいな体型だったのに、あの人はチェリーみたいだね』

 

 誰だチェリーっつったのは。ぶち殺すぞ。体型の話じゃねぇだろそれ。何でわかるんだ。

 

『もしかして、新しい提督さん?』

『わー』

『とり囲めー』

『おー』

 

 俺は瞬く間に妖精さん達に取り囲まれてしまう。

 見た目全員女の子なのだが、全然嬉しくない。

 何人かが肩のあたりまで登ってきて、腰かけてきた。随分馴れ馴れしいなコイツら……。

 

『あなたが新しい提督さんですか』

「う、うむ」

『ご結婚はされているんですか?』

「エッ」

 

 え、初対面の人に一言目にそれってかなり失礼じゃない?

 たとえばその人が結婚してなくて、それを気にしてるくらいの年齢の人だったら、セクハラだからね?

 いや、心の広い俺だから良かったけど、相手によれば訴訟されるからね? 気をつけたまえ。

 いや、俺は全然気にしてないけどね?

 

「い、いや、していないが」

『おー』

『おぉぉー』

 

 妖精さん達が何故か歓声を上げた。

 

『彼女さんはいるんですか?』

「エッ」

 

 え、初対面の人に二言目にそれってかなり失礼じゃない?

 たとえばその人が彼女できた事がなくて、いや、俺の話じゃないけど、それを気にしている人にそんな事言ったら、セクハラだからね?

 いや、俺もできた事ないけど、俺は心が広いから許してあげるけど、相手によれば訴訟されるからね? セクハラは犯罪だからね?

 もしかして妖精さんという立場を利用してる? 立場を利用してセクハラとか、もうパワハラとの合わせ技で速攻アウトだからね?

 妖精さんがいないと色々できない事があるからって、調子に乗っちゃ駄目だからね?

 いや、俺は全然気にしてないけどね?

 

「い、いや……今はいないが」

『おー』

『おぉぉー』

『今は、という事は、いた事はあるんですか?』

「エェェ」

 

 何だこのグレムリン共は。

 懐の深さに定評のある俺だが、流石に堪忍袋の尾が切れる寸前だ。

 仏の顔も三度までという奴だ。

 しかし、『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』には、建造には妖精さんの協力が必要と書かれていたし……。

 こ、ここでキレるわけには……!

 

「い、いた事は……無い、です……!」

『わー』

『わぁぁー』

『わぁい』

『囲めー』

『おー』

 

 俺の周りの妖精さん達が大歓声を上げてながら万歳している。

 何だこの状況は。一体何なのだ。何で俺が初対面の妖精さん達に彼女いない歴=年齢である事を暴露して大騒ぎになっているのだ。

 大淀達を見てみるが、特に気にしている様子は無い。

 あれ? もしかして妖精さん達の声が聞こえていないのか?

 ええい、もういい。俺の女性遍歴暴露大会などどうだっていいのだ。大淀達に聞かれたら威厳など崩れ去ってしまうではないか。

 さっさと目的の建造だ建造。試しに一回だけやればここにはもう用は無い。早く終わらせて、妖精さん達から逃げよう。

 

「大淀。建造とは、どのように行えばいい」

「はい。建造ドックはあちらです。妖精さん達が、詳しく教えてくれると思います。私達艦娘は妖精さんを見る事はできますが、会話はできません。顔合わせも兼ねて、お話ししてみてはいかがでしょうか」

 

 大淀が掌で指し示した先には、『建造ドック』と書かれた区画がある。

 うむ。やはり妖精さん達の声は聞こえていないようだ。俺の女性遍歴をバラされる事も無いようで、一安心である。

 

「ふむ。なるほどな。試してみよう」

 

 俺は建造ドックへと歩を進めた。

 その区画には、人間が一人、ちょうど入ることのできそうなくらいの大きさの水槽が、四つ並んでいた。

 これが……建造ドックとやらだろうか。

 なんか思っていたよりも小さい。

 いや、艦娘が艦で、妖精さん達が作業員だと考えればこんなものなのか。

 

「何だこれは」

『海水です』

『この海水に、艦娘の建造に必要な資材を混ぜ混ぜするのです』

 

 資材というのは人間である俺には見る事が出来ず、妖精さんや艦娘でなければ管理できない未知のエネルギーらしい。

 俺達がオーラとか気とか、もしくはチャクラとかエーテルとか呼んでいるものの正体は、それなのかもしれない。

 艦娘が艦娘である為のエネルギーなのだとか。

 

『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』によれば、『資材』には全部で四つの種類があるらしい。

『燃料』は、艦娘が海上で活動したり、大の大人以上のその膂力で艤装を運用する為など、艦娘としての行動に必要なエネルギー。

『弾薬』は艤装内で砲弾や魚雷などの装備を具現化し、補充し、発射するなど、主に攻撃に必要なエネルギー。

『鋼材』は艤装の具現化や艦娘の装束型装甲、艦娘自体の肉体の頑丈さを維持する為など、主に防御に必要なエネルギー。

『ボーキサイト』は艦載機を具現化し、エネルギーを長距離に渡り飛ばし、操作する為に必要な、空母が必要とするエネルギー。

 これらのエネルギーを補給して、艦娘は初めて艦娘としての行動が可能になる。

 必要なエネルギーが全て欠けてしまえば、それはもうただの人間の少女と変わらないのだとか。

 

「建造の為の資材はどこから持ってくるのだ」

『私達が保管しているものを運搬してきますー』

『提督さんは、どんな艦をお望みでしょうか?』

『戦艦? 空母? それとも駆逐艦?』

 

 いや、どうでもいい。

 チュートリアル、つまりお試しで建造してみたいだけなので、その結果は別になんだっていいのだ。

 お望みを強いて言うなら、できれば明るくて見た目年上系で巨乳な方が好みだが。

 

『了解しましたー』

 

 何、勝手に了解してんの? 俺まだ何も言ってないじゃん。心読めるのお前?

 

『それでは、燃料400、弾薬30、鋼材600、ボーキサイト30でいかがでしょうかー』

 

 いかがでしょうか、と言われても、俺に判断できるはずもない。

 妖精さんの思うがままにしてもらうのが一番だろう。

 正直、この建造というのを今やる必要があるのかという事も俺にはわからんのだったが、まぁチュートリアルなのだからいいだろう。お試し感覚だ。

 燃料とか鋼材の単位もよくわからんから、それが重要なのかどうかもわからんが、妖精さんが言うのだから使っちゃってもいいのだろう。

 

「うむ。任せる」

『お許しが出たぞー』

『資材を溶かせー』

『混ぜろー』

『おー』

 

 妖精さん達が慌ただしく散らばり始めた。

 しばらくすると無色透明であった海水が青く、蒼く、光り輝き始める。

 それはとても幻想的な光景に見えた。

 発光を続ける海水を見つめながら、俺の肩に座る妖精さんに声をかけてみる。

 

「どれくらいの時間がかかるんだ?」

『ほほう。ほほう。これはこれは』

「な、何だ」

『ふむー、私の見立てでは四時間ほどかかるかとー』

「そんなにかかるのか」

『提督さんの希望にお答えできるように頑張りますねー』

 

 いや、だから俺何も希望言わなかったじゃん。

 お前これで失敗しても知らないからね?

 ま、まぁいい。とりあえずこれで、チュートリアル編その一は終了だ。

 今度はその二、『編成で新しい艦娘を配置しよう!』とその三、『初めての任務を遂行しよう!』が待っている。

 

 俺は建造ドックの外で待たせている大淀達の下へと、再び戻ったのだった。

 




このお話における『資材』や『艤装』などは、HUNTER×HUNTERの『オーラ』や『念』のようなものだとイメージしてもらえるとわかりやすいかもしれません。


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007.『遠征任務』【艦娘視点】

 建造ドックから戻った提督は、再び執務室へ戻るという。

 建造の手ごたえについて尋ねたかったが、それは飲み込んだ。

 そもそも手ごたえなど感じるはずは無く、資材を投入してしまえばあとは時が経つのを待つしかないだからだ。

 

「そうだ。もしも提督のご都合がよろしければ、今夜、提督の歓迎会を開こうかと思っております。ささやかなもので申し訳ありませんが……」

「そうなのか。いや、ありがたい。喜んで顔を出させてもらおう」

 

 提督の人柄によっては開催しない事も視野に入れていたが、大丈夫だと判断した私は、歓迎会の開催を宣言した。

 艦娘によっては性格上、提督への不信感の方が強く、参加を拒否する者もいるとは思うし、むしろそちらの人数が多いのではとも思うが……少なくとも私と明石、夕張は必ず顔を出す。

 着任初日に歓迎会を開く事が重要なのだ。最初は私達だけでも良い。提督もそれは心得ているだろう。

 今回参加しなかった艦娘の信頼は、時間をかけてじっくりと得ていけばいい。

 この提督には、それができると信じていた。

 

 私たちは再び執務室へ戻った。

 

「艦隊司令部からのデイリー任務は来ているか?」

「は、はい。こちらに」

 

 このタイミングでデイリー任務?

 ますます提督の考えが読めなくなった。

 提督に艦隊司令部からの任務リストを手渡す時に、私はあっ、と声を漏らした。

 そうか、艦隊司令部は日々のノルマとして、なるべく定期的に建造をする事を推奨している。

 先ほど建造を開始したから、建造が終了する前に艦隊司令部に報告しておかないと。

 提督の動向が気になりすぎて私ですら忘れていたが、提督はそこまで考えていたのか。抜け目がない。

 艦隊司令部からの依頼を達成する事で、鎮守府にはそれに応じた金額が振り込まれる。

 微々たるものではあるが、塵も積もれば山となる。

 

「提督、私、艦隊司令部に報告をしておきますね」

「うむ。頼む」

 

 提督は任務リストと『艦娘型録』、海図に交互に目を通しながら、そう答えたのだった。

 どうやら提督はすでに次の手を考え始めているらしい。

 少しでもこの私が、提督の負担を減らさねば。

 

 私が艦隊司令部への連絡を終えて執務室に戻ると、何故か工廠で別れたはずの夕張がいた。

 汚れも綺麗に落として、いつものセーラー服に着替えている。

 

「あら? どうしたのですか」

「べ、別にいいじゃない。提督が次に何をするのか気になったから……」

 

 ばつが悪そうに目を逸らしながら夕張がそう言うと、それを横目に見ていた明石がからかうように口を挟む。

 

「気になってるのは『次』だけなのかなぁ~」

「うぐっ……そ、そういう明石はどうなのよ!」

「わ、私は最初のお出迎えから提督に付き添ってるだけだし」

「明石も本来はここにいるはずが無いんですけどね」

「おっ、大淀~っ!」

 

 顔を赤らめて慌てる明石に、それ見たことかと食いつく夕張。

 思わず笑ってしまった。

 こんな雰囲気は、いつ以来だろうか。

 もうずっとずっと、遥か昔の事に感じてしまう。

 

 ――三十分ほどの時間が過ぎた。

 

 提督はしばらく考え込んでいるようだった。

 夕張を見てみると、提督の真剣な表情に見惚れているのか、ほぅ、と小さく息を漏らしていた。

 明石と二人でジト目を向けると、それに気づいた夕張は恥ずかしそうに前髪をいじりだした。

 

 前提督と違う所を、また一つ発見した。

 提督の周りに、四人の妖精さんがくっついてきているのだ。

 海図の上を歩き回ったり、提督の周りを飛び回ったりしている。

 やはり、提督は妖精さんに好かれているのだろう。

 まさか、妖精さんと一緒に作戦を立案しているとか? 可愛らしい。

 提督は一言も声を出さずに難しい表情をしているばかりだから、そんな事はないと思うが、どうにも微笑ましい光景だった。

 

 そういえば。

 肩に届くくらいの茶髪に、林檎を模したヘアピン。

 ポニーテールに結んだ黄色の髪の上には、ひよこのような何か。

 気怠そうな雰囲気の緑髪に、兎のぬいぐるみ。

 魔女のような恰好をした、ツインテール。

 ……あんな妖精さん、今まで工廠にいただろうか?

 

 それにしても、随分悩んでいるように思える。

 声をかけた方がいいだろうか?

 そう考えた瞬間だった。

 提督は、意を決したように顔を上げる。

 

「遠征艦隊を編成する」

「はい。遠征先と、編成はいかがなさいましょうか」

 

 私と明石、夕張は背筋を伸ばし、提督に向き直る。

 提督は『艦娘型録』と任務リスト、そして海図を広げたまま、言葉を続けた。

 

「遠征先は鎮守府近海の、この三地点だ」

 

 私達には理解ができなかった。

 提督が地図上で示した三つの小島は、何の変哲も無いただの無人島だ。

 しかも、現在は敵の領海の中にある。

 一体何の為に。

 敵の領海内は、そう簡単に侵入できるものではない。

 しかし、提督が意味の無い指示を下すような人だとも思えない。何かを予測した上での行動なのだろうか。

 

 予測の材料は、私達の用意したこの一か月間の報告書しかない。

 あれに誰よりも目を通しているのはこの私だと自負しているが、何をどう考えてもその地点に何かがあるなどとは思えない。

 この一か月間の深海棲艦の侵攻状況から、何か読み取れる事があるのか?

 しかも、提督はあの速さで報告書に目を通していたのだ。そしてこの判断は迅速すぎる。

 わからない。何しろ、提督が私達を指揮するのは、これが初めてなのだ。

 提督を信用している私ですら疑問を感じるこの出撃に、他の艦娘達はどう感じるだろうか?

 

 横須賀鎮守府から見て、目的地の一つは北東、一つは南東、そしてもう一つは東方向だ。

 どれも敵の領海奥深くに位置している。

 まず、その地点に辿り着く事が出来るのかどうかが疑問であった。

 この一か月間を見るに、目的地に辿り着くまでに深海棲艦側の哨戒部隊に発見される事は避けられないだろう。

 そうなると、敵迎撃部隊と交戦する事となる。敵の領海内で連戦となれば多勢に無勢。 長門さん率いる第一艦隊でも、大打撃は避けられないだろう。

 しかもこれは出撃命令ではなく、おそらく偵察が目的の遠征任務だ。第一艦隊を出すわけがない。

 

 これは流石に……質問をしても良いのだろうか。

 私は提督を信じて引き受けたいが、他の艦からの質問は避けられないだろう。

 

「この地点を偵察せよという事でよろしいでしょうか」

「そうだな。目的地に辿り着いたら、後はお前達の判断に任せる」

「えっ……? 私達の判断に、ですか」

「うむ。他の者にもお前からそう伝えておいてほしい」

 

 提督の話しぶりを見るに、やはり何かを感づいてはいるようだった。

 だが、それを何故、私達には教えない?

 前提督ですら、それが可能であるかはともかくとして、敵艦隊を撃破せよ、のように、ある程度の具体的な指示を出していた。

 しかし、この人は一体何を考えているのだろうか。

 目的地だけは指示し、現場での判断は私達に任せると。

 

 もしや――私達は、試されているのだろうか。

 固まってしまっている私達に構わず、提督は言葉を続けた。

 

「編成については、もう決まった」

「第二艦隊は旗艦、大淀。以下、夕張、朝潮、大潮、荒潮、霞」

「第三艦隊は旗艦、川内。以下、神通、那珂、時雨、夕立、江風」

「第四艦隊は旗艦、天龍。以下、龍田、暁、響、雷、電――以上だ」

 

 提督が組んだ編成に、私は思わず息を飲んだ。

 やはり、これはあくまでも偵察――故に、全ての部隊が燃費のいい水雷戦隊。

 ただしこれは――明らかに戦闘を前提とした編成だ。

 軽巡洋艦をフル出動、駆逐艦の中でも特に練度の高い上位陣から的確に選んで組み込んでいる。

 しかも、編成の内容を見るに、艦同士の相性も悪くない。

 

 第二艦隊旗艦は私。提督の傍からいきなり離れてしまった……ちょっとしょんぼりしてしまうが、他ならぬ提督の指示なのだから仕方が無い。

 いや、これはむしろ提督の信頼の証。提督に不信感を持つ者も含むこの遠征部隊をまとめろという事だろう。

 提督の事を今のところ最もよく理解できている私にしかできない仕事。

 という事は、提督も、自分の事を最も理解できているのはこの私だと思ってくれているという事だろうか……うふふ。よぅし、頑張らねば!

 

 私が率いるのは夕張と朝潮型の四人。未だに提督に不信感を持っており、感情表現が激しい霞ちゃんは、私と朝潮で抑える事が出来る。足柄さんがいればさらに大人しくなるのだが。

 朝潮型の中でもこの四人は、いずれ改二に至る才能を持っているだろうと私が密かに見込んでいた子たちだ。

 ただ、前提督の指揮下では戦闘経験に乏しく、なかなかその領域まで至れなかった。

 提督はそこまで見抜いて、今回の遠征に組み込んだのだろうか。

 今回の遠征の経験が、彼女たちにとって重要な価値を持つのだと。

 

 第三艦隊は、軽巡最強との声も多い神通さんを有する川内型三姉妹。

 そこに、毎晩川内さんと共に夜戦演習を行っている時雨、夕立、江風と、白露型きっての精鋭三人。

 この鎮守府でこれ以上夜戦に適した編成は無い、夜戦のスペシャリスト達だ。

 夜戦となれば、彼女たちはいとも容易く格上の敵を沈めてみせる事だろう。

 ……この遠征は、夜戦の可能性を考慮しているという事だろうか?

 すでに全員改二に至っている川内型三姉妹に、こちらもいずれ改二に至るだろうと見込んでいる時雨達三人。

 やはり、提督はそこまで考えて――。

 

 第四艦隊は……前提督の指揮下ではいつも昼戦で大破していたせいで無能扱いされ、出撃命令が下されなくなった天龍と、姉妹艦だから同じ程度の実力だろうとそれに巻き込まれた龍田さん。

 軽巡の中でも性能と練度が低い天龍を旗艦に据えた理由はわからないが、提督なりの思惑があるのだろう。多分天龍は大喜びだ。これだけで提督に心を開くかもしれない。

 正直に言うと、龍田さんも天龍と同等の性能しかもっていないのだが、その卓越した戦闘センスは天龍の比ではない。性能以上の実力を持つ人だ。

 その二人に付き従うのは、そんな彼女たちに一番懐いている暁型四姉妹だ。

 その可愛らしい見た目から前提督には軽んじられていたが、長女の暁と次女の響は、すでに駆逐艦の中で最も早く改二に至っている。実は凄い子達なのだ。

 暁と響がいれば、天龍の力量不足を補ってくれるだろう。そういう意味では相性だけではなく戦力的にもバランスの取れた編成だ。

 

 提督はこの遠征に何を求めているのか。少なくとも、激しい戦闘が起こり得ると提督が想定している事は、この編成を見れば十分に理解できた。

 

「……了解しました。提督。それでは遠征に出動する艦娘達をこちらへ呼び出します」

「うむ。よろしく頼む」

 

 やはり、提督には何か考えがあるようだった。

 私はそれを信じて、鎮守府内に出動命令の放送を流す為、執務室を後にした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 数分後。

 

 ――やらかしてしまった。

 

 執務室には、私が呼び出した艦娘達が艦隊ごとに規則正しく整列している。

 そしてその後ろには、その周りには――放送を聞いたその他の艦娘達が、新しい提督に興味を惹かれてか、集まってきていた。

 この一か月間、リーダー的な役割を担ってきた長門さんや、金剛型の比叡、榛名、霧島。

 妙高型四姉妹に、利根筑摩姉妹、香取鹿島姉妹。一航戦の赤城さん、加賀さんと五航戦の翔鶴瑞鶴姉妹。

 軽空母の鳳翔さんに龍驤さん、春日丸、水上機母艦の千歳千代田姉妹……。

 その他の駆逐艦、潜水艦……つ、つまり、この鎮守府の艦娘全員が、提督を見定めるべく、呼んでもいないのにこの場に集まったのだ。

 今日は提督が着任する為、誰も遠征や出撃に出していなかったので、ここには本当に鎮守府の艦娘全員がいる事になる。

 

 これは完全に私のミスだった。

 本日から新しい提督が着任する事は全員知っているはずだったが、その提督が全員に顔合わせの挨拶などをするよりも早く遠征の命令を出そうというのだ。

 それを私がいつものごとく、鎮守府中に放送してしまった。

 

 流石に部屋から出て行ってもらおうかと提督に進言したが、このままでいいと言われた。

 この場は、提督にとっては針のムシロであるはずだ。

 品定めされていると言ってもいいだろう。

 艦娘によっては、明らかに睨みつけている。

 この提督には恨みも何もないが、『提督』という存在に、反射的に不信感を露にしてしまっている。

 執務室の壁に沿ってぐるりと囲むように並んだ艦娘達の視線全てが提督に注がれていた。

 私が先手を打って、今度の提督は信頼できる人だ、とでも伝えておけばよかったのだが、もう遅い。

 第二艦隊旗艦として、提督の前に立つ私には何も言える事はなかった。

 

 提督を見ると、艦娘達の視線に全くひるむことなく、むしろ提督側から品定めをするように、じろりと部屋中を見渡していた。

 一瞥するだけではない。一人一人を、じっくりと、睨みつけるでもなく、むしろこの状況を楽しんでいるかのようだった。

 私のミスでこのような状況になってしまったわけだが、提督はこれを逆に利用しようとしているような。

 そして椅子から立ち上がると、ゆっくりと口を開いたのだった。

 

「まずは挨拶が遅れてしまった非礼を詫びたい。本日より、私がこの艦隊の指揮を執る事になった。よろしく頼む」

 

 そう言って、提督は小さく頭を下げた。

 艦娘達からの反応は無い。部屋の中はピリついた空気に包まれている。

 提督が次の言葉を発する前に――場違いな声を発したのは、第四艦隊旗艦に指名された天龍だった。

 

「なぁに、気にすんなって! それよりも提督よ、この世界水準を軽く超えた天龍様をいきなり旗艦にご指名とは、なかなかいい目してんな! やるな!」

 

 あっ、しまった! この人、バカだった!

 空気も読まずに提督に向かって初対面からいきなりタメ口⁉ しかも上から目線で⁉

 ど、どうしよう。嗜めた方がいいのでしょうか。これは流石に失礼すぎる。

 まぁ、今まで役割を与えてもらえずに戦闘に参加させてもらえず、補給も満足にしてもらえていなかったのに、いきなり旗艦に指名ですからね。単縦陣で一番槍を務めるの大好きですもんね。

 本人の性格も相まって、嬉しいのはよくわかります。腕組みをして斜に構え、物凄く満足気な表情で、むふん、と息を吐いている。上官の前であるまじき態度だ。

 提督はそんな天龍に何か思うところがあるのか、しばらくの時間じっと見つめ――そして、満足気に小さく笑った。

 

 提督がこの鎮守府に来て、初めて笑顔を見せたのだった。

 

「うむ。世界水準を軽く超えているという話は、どうやら事実のようだ。この目で確かに堪能させてもらった。お前を旗艦に据えたのは正解だった。龍田ともども、今後の活躍に期待している」

「おぉぉ……おおおっ! うっしゃあっ! 行ってくるぜぇっ! 天龍! 水雷戦隊! 出撃するぜぇっ!」

「天龍ちゃん、嬉しいのはわかるけど、まだ作戦概要聞いてないわよ~」

 

 執務室から出て行こうとした天龍が龍田さんに止められていた。

 今からでも旗艦を交代した方がいいのではないだろうか……。

 そして、天龍の後ろに立つ龍田さんの視線が怖い。優し気な目だが、提督を常に睨みつけている。

 天龍は簡単に騙されたが、私はそうはいかないとでも言いたげな目だ。

 いや、天龍がチョロすぎるだけだと思いますが……。いえ、私も人の事は言えませんが。

 

 しかし、提督がまさか天龍をあれほど高く買っていたとは……。

 提督のあの満足気な笑顔を最初に引き出したのがあの天龍だという事に、何故か無性に、物凄く、敗北感を感じてしまった。

 ……くやしい。

 

 そして夕張の際にもそうだったが、あの懐の深さには感服だ。

 前提督であったならば、あんな生意気な態度を取ろうものなら、上官に向かってその態度は何だと罵声が飛んできたところだろう。

 提督はむしろ、天龍があの態度を取った事に対して満足気であったように感じる。

 最低限の規律や礼儀は必要だ。提督に対して敬語を使うのはむしろ当然の事である。

 だのに、提督は私達との距離を縮めようとしてくれているのだろうか?

 

 提督がそれを意図していたのかはわからないが、天龍とのこの短いやり取りで、室内を包む空気は明らかに変わったのだった。

 

「今から出撃ってことは、帰る頃には夜戦だね! やったぁ! 待ちに待った夜戦だー!」

「ね、姉さん……提督の前で、そんな」

「久しぶりに那珂ちゃんの見せ場だねっ! 提督ありがとー!」

「な、那珂ちゃんも……提督、すみません、姉と妹が、すみません」

 

 川内さんと那珂さんがいつもの口調で騒ぎ出し、いつものように神通さんがぺこぺこと謝りだした。

 提督の懐の深さが肌で感じられたのだろうか。言葉にせずとも、無理にかしこまらずともよい、と提督が言ったような気がした。

 提督は天龍のあの態度に、むしろ喜んでいるような表情を浮かべていたのだ。

 執務室内を囲んでいる艦娘達も、少しざわつき始めている。

 どうやら今までの提督とは違うようだ、とわかってきたようだ。

 川内さんも那珂さんも、前提督の指揮下では資材の無駄だと夜戦禁止されていたから、相当嬉しそうだ。

 

 提督はざわつきはじめた室内を律するように、凛とした声を発した。

 

「――それではこれより、遠征任務を発令する!」

 

 瞬間。

 執務室内の空気が変わった。

 先ほどまでどこか懐疑的な雰囲気であった艦娘達が、一糸の乱れも無く姿勢を正した。

 それは無意識によるものか、身体が覚えていたのかもしれない。

 私達の体に根付いた、忘れかけていた提督という存在への信頼が身体を勝手に動かしたのかもしれない。

 

 あの天龍でさえも、真剣な表情で提督を見つめている。

 今回の遠征に関係の無い、周りを囲む艦娘達も姿勢を正し、提督に視線を送っていた。

 私のミスで艦娘全員が集合し、一歩間違えば提督の信頼さえも失うであろうファーストコンタクトを、提督は見事にその器量で乗り切ったのだ。

 まだ完全に全員が心を開いたわけではないだろうが、少なくとも悪い方向には向かっていない。

 

 寛大な部分もあれば、引き締めるべき所では引き締める。

 提督の器に、その瞬間、この鎮守府の艦娘全員は確かに触れたのだった。

 

 そして提督は――この鎮守府に初めてとなる指揮を下した。

 

「作戦概要を説明する。第二、第三、第四艦隊は、各自、高度の柔軟性を維持しつつ目的地へ向かい、臨機応変な判断を忘れる事なく行動せよ!」

「了解!」



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008.『遠征任務』【提督視点】

 次のチュートリアルに取り掛かる為に、俺は執務室へ戻った。

 

「そうだ。もしも提督のご都合がよろしければ、今夜、提督の歓迎会を開こうかと思っております。ささやかなもので申し訳ありませんが……」

 

 大淀がそう言ったので、俺は嬉しくなった。

 そうかそうか。歓迎会ともなれば、この鎮守府の艦娘全員と顔を合わせられるわけだ。

 提督が着任した初日なのだ。まさか参加しない者もいるまい。

 歓迎会と酒は、切っても切れない関係だ。酒と一晩の過ちは、切っても切れない関係だ。

 酒の勢いで、何やら期待できることもありそうではないか。今夜ばかりは呑ませてもらおう! あぁそうだ、悪くない! 過ちを犯しても俺は悪くない!

 

「そうなのか。いや、ありがたい。喜んで顔を出させてもらおう」

 

 俄然、夜が楽しみになってきた。

 夜はいいよね、夜はさ。こんな日は夜戦! そう、私と夜戦、しよ!

 

 心の中で鼻の下を伸ばしながら、俺は執務室に辿り着く。

 

「艦隊司令部からのデイリー任務は来ているか?」

 

 執務室の椅子に再び座り、手渡された資料に目を通す。

『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』によれば、各鎮守府には、艦隊司令部からノルマのような『任務』を与えられているらしい。

 毎日与えられる任務は通称デイリー任務と呼ばれており、他にもウィークリー、マンスリー任務などと呼ばれているものもある。

 任務をこなすことで、鎮守府には艦隊司令部から補助金のようなものが入るという事だ。

 現在の任務リストを見てみれば、『「遠征」を3回成功させよう!』というものがあった。文章のこのノリ、絶対佐藤さんだろ……。

 

 俺がこれから取り掛かるチュートリアルは、まず、艦隊の編成。

 艦娘たちを編成すればいいだけなので、まぁ難しく考える事も無いだろう。

 そしてもう一つが、任務を遂行する事。

 したがって、遠征三回分の艦隊を編成し、そのまま遠征を成功させれば無駄が無い。

 うむ。さすが俺、天才。子供の頃はおばあちゃんから神童と呼ばれていただけの事はある。今は神童貞。凹む。

 それではさっそく編成に取り掛からねば。

 依頼は遠征の内容まで指示していなかったから、簡単な遠征でもいいだろう。どこに遠征に行くかも考えねばならん。

 

「提督、私、艦隊司令部に報告をしておきますね」

「うむ。頼む」

 

 何か大淀が声をかけてきたので、適当に返事をしておいた。何か報告する事があったのだろう。

 わざわざ俺に伺いを取らなくてもいいのに。

 

 そんな事を考えながら『艦娘型録』を眺めていると、執務室の扉がノックされる。

 いつもの腹が冷えそうなセーラー服に着替えた夕張が入ってきた。

 わざわざ俺にそのまばゆいほどに白いお腹を見せに来てくれたというのだろうか。ダンケ。

 部屋の壁際に控えていた明石が、夕張に声をかける。

 

「あれっ、どうしたの夕張」

「い、いや、その……提督がこれから何に手を出すのか気になりましたので、見学させて頂いてもよろしいでしょうか!」

 

 夕張はそう言って、俺の前で姿勢を正す。

 背筋を伸ばすと、ますます柔らかそうなお腹が見えますね。ハラショー。こいつは力を感じる。

 

 などと言っている場合では無い。

 コイツ、俺が何に手を出すのか気になりましたと言ったか⁉

 俺がこれから誰に手を出すのか気になりましたと言う事か⁉

 

 い、いかん! さてはコイツ、俺が下心を持って手を握った事を感づいて――!

 そうとしか思えん。でなければ、何やら作業中だったらしいというのにわざわざ中断して、しっかり汚れまで落として着替えて、身だしなみを整えてまで執務室まで追っかけてくるはずが無いではないか。

 見学を装い、次に俺の毒牙にかかる者が現れぬよう、俺を間近で監視しようという事か。

 

 クソッ、迂闊だった。今すぐにでも執務室から追い出したいが、ちらちら見える綺麗なお腹は非常に魅力的だ。

 いいだろう。お前が俺を間近で監視するというのなら、俺はお前のお腹を間近で視姦、いや、監視すれば無駄が無い。うむ。さすが俺、変態。

 お前、お腹が見えてなかったら即行で執務室から追い出してたからな。覚えとけよ。

 

「うむ。別に構わん」

「わあっ、ありがとうございます!」

 

 夕張は嬉しそうに、顔の前で手を合わせた。可愛い。

 くそっ、コイツ、俺に負けず劣らずの演技派だな。かなり、いやちょっと可愛い顔してるからって図に乗るなよ。

 この俺の目は節穴では無い。俺の目は誤魔化せんからな。

 よく見れば明石も、夕張を不審なものを見るような目で見ていた。ほほう、明石は見どころがあるな。コイツは近くに置いておいても良さそうだ。

 

 大淀も戻ってきて、三人で何やら楽しそうに話している。

 君たち仲がいいのね。明石も大淀も、正門前で初めて見た時は死んだ魚のような目をしていたというのに、夕張と話している今では目に光が戻ったように見える。

 俺のお出迎え、そんなに嫌だったのかな……凹む。

 

 気を取り直して海図を見る。

 もちろん何度見ても、全然意味がわからない。

 適当でいいかとも思ったが、全然編成の組み方もわからない。

 どこかで隙を見つけて、佐藤さんに連絡を取るか……?

 いや、この鎮守府内には青葉の隠しカメラや盗聴器が至る所に設置されているという噂だ。念には念を入れねば。

 今回の遠征は任務の消化目的なのだから、近くの海に出てクルージング感覚で戻ってきてくれればいいのだ。俺の判断でもできるだろう。

 気分転換に、『艦娘型録』で翔鶴姉のパンツを眺めていると、妖精さんが四人、海図の上を歩き出した。

 工廠からついてきてたのか。

 

『童貞さん』

 

 提督さんな。次間違えたらひねり潰すぞお前。

 

『提督さん、提督さん。遠征先をお探しですか』

『私はここがおすすめです』

『……私は、ここ……』

『私はここが気になるよー』

 

 妖精さん達は、それぞれ海図の上で三つの地点を指し示した。

 どうしてだ?

 

『んあー……怪しい感じがする……』

 

 根拠がよくわからなかったが、まぁ鎮守府近海であれば、どこを目的地にしようが結果は変わらないだろう。

 佐藤さんも妖精さんには従った方がいいと言っていたし。

 それに、もしも悪い結果になったらこのグレムリン達のせいにできる。

 そもそもグレムリンという妖精は機械に悪戯をして兵士たちを悩ませる妖精という事で有名だしな。うん。

 大淀達の隙を見て佐藤さんに連絡するのも難しそうだし。

 自分でいくら悩んでも答えが出るように思えなかったし、その三地点に遠征する事にしよう。

 

『わー、意見が通ったよ』

『提督……さすが……』

『今度の提督さんは寛大だねー』

『ついてきて良かったです』

 

 つーかコイツら、マジでテレパシーでもできんの? 考えている事が筒抜けなんだが……。

 俺の考えている事、絶対に艦娘に言わないでくださいね。お願いします。

 

『編成は、三つとも水雷戦隊がいいと思うよー』

 

 水雷戦隊……何レンジャーだそれは。

 そうだ。オータムクラウド先生の作品によれば、水雷戦隊と言えばなんか軽巡洋艦と駆逐艦で編成されていたような。

 うろ覚えだが、それを参考にして編成すればいいだろう。オータムクラウド先生に間違いは無い。

 そうなると、軽巡と駆逐艦のページに目を通さねば。

 しかし軽巡と駆逐艦か……俺のハーレムにはほとんど縁の無さそうな艦隊になりそうだ。

 

 この鎮守府の軽巡洋艦は全部で七人。

 大淀、夕張、川内、神通、那珂ちゃん、天龍、龍田だ。

 三つの艦隊の旗艦を軽巡にして引率してもらい、残りは駆逐艦にすれば、水雷戦隊が三つ出来上がる。

 例えば川内、神通、那珂ちゃんにそれぞれ艦隊を率いてもらえばいい。

 オータムクラウド先生の作品にも出てきていた鬼の二水戦とやらである。

 しかし駆逐艦よりも軽巡洋艦の方が強いというのは周知の事実だ。

 そうなると、なるべく軽巡を入れた方が強い艦隊になりそうだな……。

 

 おぉっ。

 俺は閃いたのだった。俺は本当に天才かもしれない。

 

 そうだ。夕張も軽巡だ。この遠征を上手く利用すれば、俺を監視している夕張を俺から遠ざける事ができるではないか。

 先ほど夕張の手を握っている時に邪魔してきた大淀も、今後俺のセクハラ、いやスキンシップの障害となるかもしれない。

 オータムクラウド先生の作品では鎮守府を影で操る黒幕だ。俺よりも遥かに頭が切れそうだし、真面目そうではあるが裏では何を考えているかわからんし、なるべく離しておくことに越したことはないだろう。

 

 余計な口を挟まない明石は、俺の近くに置いておこう。まぁ、そもそも工作艦だから戦闘には向かないのだが。

 大淀と夕張は仲が良さそうだから、同じ艦隊に入れてやろう。川内型も姉妹だから一緒にする。

 そうなると、必然的に余り物の天龍と龍田は同じ艦隊になるわけだ。おお、なんか見た目も綺麗に収まったではないか。

 

 後は駆逐艦を適当に編成する。

『艦娘型録』を見ると、大淀が判断したのであろう大体の練度も記載されている。練度が高い=強いという事だろう。とりあえず練度の高い順にピックアップする。

 姉妹艦はバラバラにするのはかわいそうなので、なるべく同じ艦隊に編成してやろう。

 見た目は全く強いようには見えないが何故か練度が高いことになっている、この暁とか響とかいう姉妹は、世界水準を軽く超えた天龍の艦隊に組み込んでおく。

 天龍の足を引っ張らない事を祈るばかりだ。

 おぉ、なんかちょうどいい感じの編成になったのではないか。

 どうだろう、妖精さん。

 

『さすがはチェリー提督です』

 

 余計なもんがついてんぞ。握り潰されたいのかお前は。

 

『さすがはチェリーです』

 

 そっちじゃねぇよ。呼び捨てにすんな。いや、呼び捨てとかの問題じゃなかった。二度と言うなよ。長生きしたければ、人が気にしている事は口にしない事だ。

 ともかく、時間はかかってしまったが、ようやく遠征の準備が出来た。頭が疲れた。

 俺は顔を上げ、大淀に声をかけたのだった。

 

「遠征艦隊を編成する」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 何か凄い人数が集まっているのだが。大淀お前何してくれてんの?

 いや、放送は俺も聞いていた。大淀は確かに、俺が遠征部隊に組み込んだ艦娘を指名して執務室へ呼び出しをかけていたはずだが。

 一番早く入室した奴は「戦艦長門だ。貴方が新しい提督か、よろしく頼むぞ」とか言ってさも当然のごとく壁際に控えだしたし。

 呼んでねぇよ。引き締まったお腹が見えてなかったら追い出していたところだ。

 その後もぞろぞろと絶え間なく艦娘達は執務室に集まり、大淀がいうにはこの鎮守府の全ての艦娘が集まってしまったという。

 

 退室させましょうか、と大淀が気をきかせてくれたが、俺はあえて首を横に振った。

 これはいい機会ではないか。駆逐艦はともかくとして、俺の将来の艦娘ハーレムのメンバー達もここに集結したという事だ。

 せっかくなので、じっくりと鑑賞させてもらう。

 

 これが生の艦娘達か……胸が熱いな。

 今までオータムクラウド先生の作品でしかお世話になった事の無い艦娘達が、今俺の目の前にいるのだ。

 うむ。眼福眼福。良いではないか良いではないか。

 あまりガン見しすぎると、俺を監視している夕張に何か言われてしまいそうなので、適当な所で切り上げる。

 何か一部の艦娘達の視線に敵意を感じるし、敵意どころか明らかに睨みつけている奴までいる。夕張だけでなく勘のいい奴がいるのかもしれん。

 妹達が言っていたように、見られている側は視線に気づくというやつだろう。気をつけねば。

 

 とりあえず、挨拶だけはしておこう。

 挨拶はすべてのコミュニケーションの基本である。とても大事なのだ。

 俺は立ち上がり、艦娘達に頭を下げた。

 

「まずは挨拶が遅れてしまった非礼を詫びたい。本日より、私がこの艦隊の指揮を執る事になった。よろしく頼む」

 

 俺が顔を上げると、俺の目の前に整列している第二艦隊から第四艦隊の内、第四艦隊の先頭に立っている天龍が腕組みをしながら言ったのだった。

 

「なぁに、気にすんなって! それよりも提督よ、この世界水準を軽く超えた天龍様をいきなり旗艦にご指名とは、なかなかいい目してんな! やるな!」

 

 おおっ。

 腕組みをしたお陰で、天龍の胸が持ち上げられているではないか。

 腕にぶつかって生じた僅かな歪み、それだけで、それがどれだけの柔らかさ、そして大きさを有しているのかを推し量る事ができた。

 服の上からにも関わらず、あれほど高度の柔軟性を維持するとは……ま、まさかノーブラ……だと……! あの大きさで……!

 大淀や夕張と比較するに、軽巡洋艦の基準を遥かに上回る天龍の胸部装甲は、ブラという枠には収まらない、ブラという世界水準を軽く超えるという事か。

 素晴らしい光景だ。年功序列で適当に旗艦にしたが、天龍を先頭にしていて本当に良かった。

 

 もしも先頭が龍田であったのならばこう上手くはいかない。

 天龍のように腕組みはしないだろうし、無防備でもなくガードは固い。おまけに天龍は背後に隠れてしまい、この絶景を目にする事は出来なかったであろう。

 いやあ、天龍の世界水準を軽く超えた胸部装甲、しかと堪能させて頂いた。おかげで俺の股間のチン龍ちゃんが龍田。私の魚雷、うずうずしてる。

 あまりの幸福感に、俺は顔がにやけてしまうのを堪えられず、遂に笑みを浮かべてしまったのだった。

 この俺の演技装甲をこうも容易く貫通するとは、天龍の二つの一式徹甲弾は化け物か……!

 

「うむ。世界水準を軽く超えているという話は、どうやら事実のようだ。この目で確かに堪能させてもらった。お前を旗艦に据えたのは正解だった。龍田ともども、今後の活躍に期待している」

 

 いかん、感動のあまり、思わず本心がダダ漏れてしまった。

 笑顔がキモいから笑うなとは妹の弁であったが、遂にしくじったか。

 少しヒヤリとしたが、天龍は何故かテンションが上がっており、外に飛び出そうとして龍田に止められている。

 よかった。こいつ、バカだった。

 

「今から出撃ってことは、帰る頃には夜戦だね! やったぁ! 待ちに待った夜戦だー!」

「ね、姉さん……提督の前で、そんな」

「久しぶりに那珂ちゃんの見せ場だねっ! 提督ありがとー!」

「な、那珂ちゃんも……提督、すみません、姉と妹が、すみません」

 

 第三艦隊の川内達も何やら騒ぎ始めた。

 他の艦娘達も少しずつ何やらざわつき始めている。

 どうやら先ほどの天龍とのやり取りを見て、少し緊張感がほぐれたらしい。

 

 うむ。結構。

 だが引き締めるべき所は引き締めねば。

 メリハリが大事なのだ。

 さっさとチュートリアルも終わらせたいところだしな。

 早くノルマを終わらせなければ。なにしろ大淀によれば、今夜は俺の歓迎会が開かれる予定なのだ。お酒呑んで、上手く行けば酒の勢いで……やったぁ! 待ちに待った夜戦だー!

 そうとなれば早くこの遠征を終わらせねば。全員集まらないと、歓迎会も始められないではないか。

 艦娘諸君、余計なお喋りなどしている暇は無いのだ。

 

「――それではこれより、遠征任務を発令する!」

 

 俺がそう声を上げると、艦娘達は皆、一糸乱れず足並みを揃え、俺に向き直った。

 お、おぉ……流石軍隊。規律はきっちりしているようだな。うん。

 アッ、やべ。作戦概要とか、何を言うか考えてなかった。

 しかし俺が作ってしまったこのピリッと引き締まった空気、適当な事は言えない。

 仕方が無い。とりあえず真面目な雰囲気で可能な限りふわっとした具体的じゃない指示を出そう。

 

「作戦概要を説明する。第二、第三、第四艦隊は、各自、高度の柔軟性を維持しつつ目的地へ向かい、臨機応変な判断を忘れる事なく行動せよ!」

「了解!」

 

 了解しちゃった!

 元気の良い返事と共に、遠征部隊は敬礼する。

 要するに行き当たりばったりで頑張れという意味なのだが、アイツら本当に大丈夫なのだろうか……。

 まぁ、妖精さんがお勧めするくらいなのだからそんなに危ない場所じゃないであろう。

 後の判断は大淀、お前に任せた。



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009.『出撃命令』【艦娘視点】

 遠征部隊が出発し、執務室に集まっていた私達が自室での待機を命じられてからしばらく経った。

 艦娘寮の自室に戻り、私は新しく着任した提督の眼を思い出す。

 

 ――気に食わない。

 

 第一印象はそれだった。

 あの眼を見て、そうとしか感じられなかった自分が嫌いになりそうだ。

 

 前提督とは違い、清潔感のある外見。

 沈んでしまったあの子に匹敵するほどの長身痩躯。

 重要拠点の横須賀鎮守府を任せるには頼りなく思えるほどの若さ。

 その若さとは明らかに釣り合わない、精悍な顔立ち。

 にも関わらず、私達を兵器としてではなく、一つの命としているような、熱を感じる視線。

 どれもこれもが気に食わなかった。

 

「加賀さん、お茶を淹れました」

「ありがとう。いただきます」

 

 赤城さんが持ってきてくれた湯呑を受け取り、小さく息をつく。

 

 私は人を見る目には自信がある。

 前の提督は、提督としての資質、いや、大人としての資質さえも疑問に思うほどであったが、それはきっと、そういった人生しか歩んでこなかったからだ。

 

 彼は学ぶ事を嫌った。

 私達、空母における艦載機の運用には、高度な計算が求められる。

 彼は最後まで制空権の重要さを学ぼうとはせず、己の勘だけで艦載機の種類に口を出してきた。

 毎回の戦闘で大量に撃ち落とされる艦載機に申し訳なかった。

 ボーキサイトが不足しだすと、何故か私達が責められた。

 敵の対空砲火を避けられないのは、艦載機を操る妖精さん達の気合が足りないとの事だ。

 

 彼は意見される事を嫌った。

 部下である私達から何かを教えられる事が気に食わないようだった。

 上司である艦隊司令部から何かを指示される事も気に食わないようだった。

 その意見がたとえどんなに正論であると理解できていても、感情論でそれを突っぱねた。

 最後には、艦隊司令部にすら「俺はいつだってこんな仕事辞めてもいいんだ!」と開き直る始末だった。

 艦隊司令部は私達に隠しているつもりのようだが、提督候補は数少ないらしく、それを逆手に取って脅すような、卑劣な言動だった。

 

 彼は自分の責任において行動する事を嫌った。

 都合の悪い結果になると、全て誰かのせいにした。

 横須賀鎮守府において始めは優勢であった深海棲艦との闘いがやがて劣勢になった事も、艦娘の建造や装備の開発、改修が上手くいかない事も、全てこの私達に責任があるとの事だった。

 彼がついに艦隊司令部から責任を追及された際も、「俺はこんな仕事はやりたくなかったのに、お前らがやらせたんじゃないか!」「こんな使えない奴らばかりで勝てるわけがあるか!」とわめいていた。

 味方である他の鎮守府に対抗心を燃やし、一番の戦果を挙げるのだと私達に必要以上の過度な出撃を命じていた記憶は、どこかへ消えたようだった。

 

 彼はこの国の未来など考えていなかった。

 ただ、自分自身の人生の事だけで精一杯だった。

 提督の素質が見つかり、艦隊司令部からスカウトされた時も、この国を救い英雄になるチャンスが回ってきた、程度にしか考えていなかったのだろう。

 

 五十歳を過ぎてなおそれが当たり前であった前提督は、そういった人生しか歩んでこれなかったのだ。

 大きな声を出してわめけば、周りが折れてくれる。

 自分の意見は通る。

 都合の悪い事は自分のせいではない。

 自分は悪くない。

 だから自分は絶対に正しい。

 

 自分一人が生きていくだけであれば、その器の小ささでもやっていけたのであろうが、艦隊を率いるには器量が圧倒的に不足していた。

 妖精さんを見る事のできる提督候補は貴重だと言うが、それでも、あの男を早い段階で何とかできなかった艦隊司令部にも不信感が募るばかりだ。

 

 そんな艦隊司令部が一か月間も待たせた挙句に、横須賀鎮守府に配属した男。

 あの若い提督自身に非は無いのかもしれないが、どうしても気に食わないのだ。

 八つ当たりだというのはわかっている。

 しかし、それでも、何度も何度も大破し、敗戦を味わい、罵られていた赤城さんの姿を思い出すだけで、私はこの怒りから逃れる事はできそうにない。

 

「それで、どうです? 加賀さんの提督評は」

「随分と嬉しそうね」

「加賀さんは人を見る目がありますから」

 

 赤城さんは、本当に強い。

 私や他の一部の艦娘達のように怒りや恨みに囚われる事なく、もう前を向いている。

 どんなに辛い目に遭っても、笑顔で人を気遣う事ができる。

 私もこのようになりたいと、いつもいつも憧れているのだ。

 

 赤城さんに嘘をつく事は出来ない。

 私は自分でも信じられない、直感をそのまま口にした。

 

「幾多の戦場を潜り抜けてきた戦士の顔をしていたわ」

「まぁ。あの若さで?」

「そうね。何度も修羅場を経験し、生き延びてきた、そんな凄みを感じたわ。それなのに、私達一人一人を、まるで愛おしいものでも見つめるかのような優しい眼をしていたの」

「あら。加賀さんがそんなに褒めるなんて、珍しいわね」

「褒めてはいないわ」

 

 これはあくまでも直感だ。

 根拠のあるものでは無いのだが。

 私は感情の起伏は人並み以上に激しいが、あまり表に出すのが苦手だ。

 だからだろうか、目を見て、表情を見て、それだけで大体の事は読み取る事ができると思っている。

 目は口ほどに物を言う。

 その人の性格は顔に出る。

 

「加賀さん、ほら。夕日があんなに綺麗」

 

 沈み始めている夕日を見つめて、赤城さんが笑った。

 赤城さんには言わなかったが、あの人を表情と目を見て、一つだけ確信できた事があるのだ。

 あの人は、提督としての資質はともかくとして――私達艦娘をひとつの命として、一人の女性として見ている。

 それが物凄く、気に食わなかった。

 そんな提督を素直に受け入れられていない自分が、一番気に食わない。

 

 瞬間、室内に放送が流れる。

 先ほど遠征に向かった大淀に代わり、明石の声だ。

 

『これより、鎮守府正面海域への出撃を行います。正規空母、赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴。軽空母、龍驤、春日丸。そして鳳翔は直ちに執務室へ集合して下さい』

 

 己の耳を疑った。

 もうすぐ日が落ちる。夜になっては、艦載機は飛ばせない。

 それなのに、何故空母ばかりを――。

 私がそう疑問を抱いた瞬間には、赤城さんは湯呑を置いていた。

 

「行きましょう、加賀さん。出撃命令です」

 

 笑顔は消え、いつもの真剣な表情に変わっている。

 この人は本当に迷わない。

 早く私も、こうなりたいものだ。そう思いながら、私も湯呑を置いたのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 執務室に空母全員が揃う。

 執務机の上で指を組み、提督は真剣なまなざしで私達一人一人を見つめた。

 提督の視線は、鳳翔さんに向く。

 

「鳳翔さん」

「はい。……えっ」

 

 鳳翔さんだけではなく、全員がそう思った事だろう。

 何故、部下である鳳翔さんに、提督がさん付けを……。

 私達空母にとって母のような存在であり、また、鎮守府でも古参である為、艦娘はほぼ全員がさん付けで呼ぶが、提督が部下をそう呼ぶ必要は皆無であるのだが。

 

「あっ、あの、提督。鳳翔とお呼び下さい」

「む……そうか。そうだったな。つい、いつもの癖でそう呼んでしまった」

「い、いつものとは」

「いや、常日頃から、鳳翔さんには敬意を払うべきだと思っていたものでな」

「あ、あの、ですから、鳳翔と……」

 

 鳳翔さんに敬意を……!

 この提督はどうやらなかなかわかっているようだ。

 鳳翔さんの偉大さを。

 深海棲艦との闘いが始まって以来の最古参。

 空母系艦娘の艦載機運用についての知識を艦隊司令部に与え、幾度もの闘いを勝利に導いた。

 開戦以来、多くの戦場を駆け回り、限界を超えて無理をした反動で現在は前線を退いてはいるが、艦隊司令部からその数々の功績を称えられ、夢であった小さな小料理屋を間宮と共に鎮守府内で営む特別扱いを許されている唯一の艦だ。

 今では積極的に戦闘に参加せずとも、この鎮守府の艦娘全員にとって憩いの場を提供してくれる、かけがえのない存在となっている。

 そんな鳳翔さんには、艦隊司令部出身の提督も頭は上がらないのだろう。

 正直、上官としての威厳と資質に欠けると思ったが、その姿勢は個人的には嫌いではない。

 ……いや。気に食わない。気に食わないの間違いだった。

 

「鳳翔。これから赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴、龍驤、春日丸の六人で、鎮守府正面海域に出撃してもらおうと思うのだが……春日丸についてどう思う」

「実戦経験に乏しい事だけが気になりますが、素晴らしい才能を秘めています」

「一言で言えば天才やな。ウチが血ヘドを吐く思いで習得した改二を、あっと言う間に習得しよった」

「りゅ、龍驤さん、そんな、私なんて」

 

 この鎮守府のもっとも新参者であり、期待の新人でもある春日丸に注目しているのか。

 提督は春日丸をじっと見つめている。

 確かに、北方方面で新たに発見された春日丸が横須賀鎮守府に配属になってから、前提督には軽空母だからと軽視されており、資料が少ない。

『春日丸』としての性能だけを見れば、決して優れているとは言えない。

 だが、春日丸は実戦経験こそ皆無だが、香取、鹿島、そして鳳翔さんと龍驤による演習と教育だけで改二に至った天才児だ。

 

 ――『改二』。それは私達艦娘が限界を超え、更なる性能を開放した戦闘特化形態の事だ。

 ほとんどの艦娘は『改』と呼ばれる戦闘体勢を取る事で、その戦闘力を開放し、闘いに挑む。

 『改』となる事で、火力や装甲などの能力がどれも向上する事になるのだが、僅か一握りの者しか至る事のできない領域である『改二』では、さらにその能力を向上させる事ができる。

 全体の能力がバランスよく引き上げられる万能型の者もいれば、一部の能力に特化する者もおり、それは艦娘により様々だ。

 

 春日丸はその中でも異様な多段階改装を有し、『春日丸』から『大鷹』へ、さらにそこから『大鷹改』を経て『大鷹改二』に至るという能力を持っている事が判明した。

 まだこの一か月で、実験程度にしかその能力を確かめられていないが、この提督は鎮守府に着任して初日の内に、それを把握しようとしているという事だろうか。

 それを感じてか、鳳翔さんは、それと訊かれてもいないのに龍驤は、春日丸を推したのだ。

 

「ふむ、なるほどな。よくわかった。春日丸は今後、演習を卒業し、実戦に積極的に投入していく。異論はあるか」

「……いえ。私もそろそろ実戦経験を積ませるべきだと思っておりました。提督のご配慮に、感謝致します」

 

 鳳翔さんが、ほんの一瞬だけ言葉に詰まった。

 それは驚きがあったからであろう。

 本日着任したばかりの提督が、おそらく資料もあまり読み込めてない内に、春日丸の今後に関してベテランの鳳翔さんと同じ判断を下したのだ。

 春日丸はまだ艦娘歴は浅く、データも少ない。性能も低く、そのポテンシャルを見抜いた鳳翔さん達が天才だと呼んではいるが、敵艦と接触した事は未だに無い。

 いくら天才でも、戦場では最後には実戦経験が全てだ。

 前提督であれば決して重用しようとしなかった春日丸の才能を見抜き、認め、さらに育む為に、実戦経験を積ませようとしている。

 その迅速な判断に、おそらく鳳翔さんは驚愕し、そして感動を覚えているのだ。

 

 私は、目を見れば、表情を見れば大体の事はわかる。

 ずっと近くでお世話になってきた鳳翔さんならば猶更だ。

 

「ただ、春日丸さんは過去の記憶から、夜の海に恐怖を抱いています。一人では怖くて眠れず、毎晩、私と一緒のお布団で眠るくらいです。この時間に初めての実戦となると少し不安が……」

「可愛い子には旅をさせよと言うだろう。春日丸が一皮剥ける為にも必要な経験になるはずだ」

「……わかりました。提督の判断を信じます。春日丸さん、頑張れそう?」

「は、はいっ……頑張り、ます」

 

 艦娘寮では春日丸と同じ部屋の鳳翔さんは、春日丸のトラウマが気になっているようだった。

 かつて沈んだ経験のある艦は、多かれ少なかれ、沈む際の記憶、トラウマを抱えている。中には記憶を失ってしまっている者すらいる。

 春日丸はそのトラウマを克服できていなかった。

 天才とは言え、まだ子供だ。夜になると不安と恐怖で眠る事が出来ず、鳳翔さんと一緒で無いと安心して眠る事ができないほどらしい。

 

 提督が敬意を払っている鳳翔さんの言葉だったが、提督はそれを却下した。

 何か考えがあるのか、それとも、前提督と同様に、人の意見が気に食わず、己の意見を通したかっただけか。

 もしも後者であるならば、私は絶対に許さない。

 

「それでは早速だが、実戦だ。お前たちにはこれより、鎮守府正面海域に出撃し、敵艦隊を迎え撃って欲しい。先制攻撃に成功したら即座に撤退してくれ」

「提督さん、質問してもいいかな?」

 

 五航戦の瑞鶴が挙手をした。

 横目に見てみれば、私と同じ、不信感を拭えないといった目をしている。

 

「うむ」

「この出撃の意図は何?」

「私も同感ね。五航戦の子と意見が合うのは気に入らないけれど、説明をしてもらいたいわ」

 

 私はやはり、赤城さんのようにはなれない。

 提督の指示に従い手足となって動くのが艦として正しいあり方であるのだとしても、どうしても感情が抑えられないのだ。

 瑞鶴が私を横目に睨みつけた――瞬間。

 

 執務室の空気が張り詰めた。

 この無言の圧力は、目の前の提督から発せられている。

 提督は執務机の上で指を組み、うなだれたように、その組まれた指の上に額を乗せていた。

 何だ。何なのだこれは。

 

 思わず私と瑞鶴は唾を飲み込み、無意識の内に一歩後ずさってしまった。

 私達は間違った事を言っただろうか。

 むしろ、出撃する側として当然の事を言ったと思うのだが。

 提督は私達の方を見ない。

 机の上に組まれた指の上に頭を乗せている為、その目を、その表情を見る事はできない。何も読み取る事ができなかった。

 怒り? それとも――失望?

 

 私達の発言は、そんなに軽率なものだったのだろうか――。

 

「提督、ひとつよろしいでしょうか」

 

 五航戦の翔鶴が一歩前に出て、この空気に怯まぬようにそう口にした。

 提督はゆっくりと顔を上げる。

 提督が翔鶴の顔を見ると、部屋中に張り詰めていた重圧が消えた。

 

「艦載機はどう致しましょう」

「全員、高性能な艦上攻撃機のみで十分だろう。後は艦上偵察機を忘れるな」

「了解しました」

「索敵、先制を大事に、という事ですね」

 

 提督の答えに、赤城さんがそう言った。

 翔鶴は、赤城さんは、何の疑問も抱かないのか。

 遠征部隊が先ほど向かったような位置ならともかく、鎮守府正面海域など、この一か月、敵の哨戒部隊程度しか侵入してきていない。

 私達空母のみの編成を組んだという事は、索敵と先制爆撃による圧倒的攻撃力での殲滅が目的なのだろうが、それはあまりにも過剰戦力というものだ。

 これでは前提督のいた頃と何も変わらないではないか。

 

「ほな、そろそろ行こか。早よせんと日が沈んでまうで」

 

 龍驤がそう言って、私達を促す。

 そのまま提督を見て、確かめるように言ったのだった。

 

「この時間に呼び出すくらいや。ここで長々と説明している暇は無い。時は一刻を争う、ちゅー事やろ?」

「うむ。よろしく頼む」

 

 提督は龍驤の言葉に満足そうに頷いた。

 普段の飄々とした態度で忘れてしまいそうになるが、龍驤も艦娘の中ではかなりの古参だ。

 鳳翔さんと肩を並べる歴戦の猛者、龍驤にそう言われてしまっては、返す言葉も無い。

 瑞鶴と私は不満を飲み込み、その悔しさから提督を睨みつけてから、執務室を出たのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「でもさでもさ! せめて作戦概要くらい説明すべきじゃない⁉ 私間違ってるかな⁉ 翔鶴姉!」

「お、落ち着いて瑞鶴……間違ってはいないと思うけど、龍驤さんの言った通り、急ぐ理由があったのだと思うの」

「だったらそれを説明するべきでしょ⁉」

「説明する時間が……」

「それくらいあるでしょ⁉」

 

 翔鶴に愚痴る瑞鶴の甲高い声を背後に聴きながら、海上を進む。

 いつもだったら一言、五月蝿いとでも言い放っているところだが、私も同意見であったので何とも言えなかった。

 赤城さんはブレる事なく、周囲を警戒しながら先頭を進む。

 

「まー、確かにあの新しい司令官は、ちっとばかし言葉足らずやな」

「龍驤さんもそう思うでしょ⁉」

「せやかて瑞鶴、見た目若くても、腐っても司令官や。この時間に、この面子集めて、一戦交えて即座に撤退しろ、やで。何かの考えがあると思う方が当然やろ」

「提督さんなりの考えがあるのはわかるけど……前の提督みたいに、空母並べれば強い、なんて単純に考えてんじゃないの?」

「あははは……それやったら哀しいな。どれ、赤城、そろそろ索敵しとこか?」

「そうですね。彩雲の発艦をお願いします」

「あいよっ。艦載機の皆、お仕事お仕事!」

 

 龍驤は甲板となる巻物を具現化し、艦載機を召喚する。

 甲板を発艦した彩雲は、そのまま夕日で赤く染まる水平線の向こうへと消えていった。

 

「でもあの提督さん、私を見る目と翔鶴姉を見る目が明らかに違ったよ! 絶対変な事考えてたよ!」

「ず、瑞鶴……提督に失礼でしょ」

「いーや! あれはいやらしい事を考えていた目だった! 間違いない!」

「こらこら瑞鶴。それは流石に言いがかりや。あれはキミと加賀が妙な事言った後に、翔鶴が司令官の求めてた事を言うたからやないか」

「妙な事って何⁉」

 

 苛立ちからか、提督に妙な疑惑までかけ始めた瑞鶴を、龍驤が宥める。

 春日丸が恥ずかしそうに俯いてしまっている。

 小さい子のいる前で、いやらしい事とかの話をしないでほしかった。

 龍驤は腕を組み、小さく唸る。

 

「うーん、難しいなぁ。瑞鶴と加賀の言った事は間違って無いけどな、最善が正しいとも限らないねん。大淀達にもそういう曖昧な指示が出とったやろ? あれがあの司令官のやり方なのかもしれへんな」

「具体的な指示を出さないってやり方? 何それ! 意図が正確に伝わらなくてミスが増えるだけじゃない」

「せやな。常識的に考えればありえへんわな。せやけど……今回の出撃、うちにはあの司令官がうちらを試してるように見えたんや」

「試してる? この編成も何かの実験って事? この頭悪い編成が?」

「ちゃうちゃう。編成の実験じゃなくて、試されてるのはうちら自身、っちゅー事や。あの司令官、なかなかの曲者かもしれへん」

 

 龍驤の意見に、私も心の中で同意した。

 執務室に入り、提督の前に一列に並んだ私達を品定めするかのようなあの眼、あの顔。

 そして命令を下した時に感じた、あの雰囲気。

 私たち一人一人をじっくりと観察し、そして何かを決定づけた。

 あの眼からして、あの中で一番提督が買っているのは、瑞鶴が言うように、翔鶴だったと私も思う。

 瑞鶴は頭が残念なので、あの眼をいやらしい事を考えているだとか勘違いをしているようだった。

 一番が赤城さんでは無かった事に疑問を感じるが、提督はあの眼で私達を見極め、そして、実験的な命令を下した。

 それは龍驤の言うように、まるで私達を試しているかのようだった。

 

「昔と違って、今のうちらは艦娘や。昔みたいに司令官が乗船してリアルタイムで指示を出す事はできへんやろ? 何より、うちらには今は自由に動く身体がある」

「まぁ、そうだけど」

 

「例えるならボクシングっちゅー格闘技に似てるかな。リングの上で深海棲艦と殴り合うのはうちらやろ?

「司令官ができる事は、出撃するまでの準備がほとんどや。うちらが出撃して、いざ戦闘が始まれば、司令官はただ祈る事しかできひん。

 

「せやけどな、これはうちと鳳翔の持論やけど、深海棲艦との戦いっちゅーんは、うちらが殴り合って勝った負けた、そんな単純なもんやあらへん。いざ出撃するまでの間に何が出来たか、敵艦隊と交戦するまでに何をどれだけ準備できたか、それを含んだ全てが、一つの戦闘やと思っとる。

 

「大規模な侵攻が起きた際に、それを迎え討つに十分な資材を、常日頃から備蓄できているか。

「事前に偵察し、敵艦隊の編成なんかの情報を手に入れられているか。

「各深海棲艦の能力、対策は把握できているか。

「どんな深海棲艦が現れてもいいように、装備の開発、改修は進められているか。

「いつ誰が出撃してもいいように、艦娘の練度は十分に鍛えられているか。

「艦載機の熟練度は十分か。

「出撃する艦娘の疲労、体調管理は出来ているか。

「艦娘の戦意は高められているか。

 

「司令官に出来るのはここまでや。そして、これが一つの戦闘の結果を左右すると言っても過言では無いと、うちらは思っとる。

「司令官がここまで準備しても、予測できひん事もある。時の運と、うちらの判断力や。不運な一撃で大破してしまう事もあるし、提督はいけると思っとった事でも、うちらの判断ミスで台無しになる事もあり得るやろう。

「現場のうちらの判断力次第で、司令官の準備が報われるか、パァになるかが決まると言っても過言では無い。

 

「それに、戦闘が始まれば一瞬の隙が命取りや。想定外の事が起きたから言うて、いちいち無線で司令官に指示を求める余裕も無い。無線が妨害される可能性も想定内や。となれば、司令官の作戦で動きはするけど、最終的にうちらの命はうちらの判断で守るしか無い。

「今回、司令官が試そうと、もしくは鍛えようとしてんのは、うちらのその辺りの能力とちゃうかなぁ、とうちは睨んどる。

「……もしくは、否応なしに臨機応変にせざるを得ない状況に、すでにあるか、やな」

 

「むむむ……で、でもさ。試す為だか鍛える為だかわからないけど、出せる指示をあえて隠すってのは、やっぱり指示出されて無いのと同じとしか思えないよ! 指揮官としてありえない!」

「あら、瑞鶴。私はそうは思わないわ」

 

 なかなか納得しない瑞鶴に、龍驤とのやり取りを聞いていた翔鶴が口を挟んだ。

 非常に不愉快な事だが、私の意見は瑞鶴と一致しているので、そのやり取りは嫌でも耳に入って来る。

 

「執務机の上には、大淀さん達が作ってくれた私達の資料と、一か月分の報告書が置いてあったわ。私のページが開いてあった。きっと、この出撃も一生懸命考えて、各自の能力を把握した上で私達を送り出したはずよ」

「翔鶴姉のパンツでも眺めてたんじゃない? あの資料の写真、袴の隙間から下着の紐が見えてたし」

「えぇっ⁉ う、嘘っ、やだぁ! うぅ……もう、後で青葉さんに差し替えてもらわなきゃ……って、瑞鶴! 提督はそんな人じゃないってば!」

「わかんないよ~? 見た目だけは恰好良いし真面目そうだったけど、ああいうのに限って何考えてるかわかんないんだから。男は皆、飢えた狼なんだからね!」

 

 春日丸が顔を赤くして俯いてしまっている。

 そろそろいい加減に黙ってもらおうか。

 

 ――そう思って振り向いた瞬間だった。

 

 龍驤が、呟いたのだった。

 

「……アカン」

 

「えっ、何、龍驤さん」

「索敵しとった彩雲からの映像が届いた。大型の深海棲艦の艦隊がまっすぐ鎮守府方面に進行中。敵は五隻と少数やけど……五隻全て、姫と鬼の集まりや」

 



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010.『出撃命令』【提督視点】

 大淀達を遠征に送りだし、他の艦娘達にも自室での待機を命じた。

 今、執務室の中にいるのは俺と明石だけである。

 俺の監視をしていた夕張も、俺の渾身の勇気を振り絞ったセクハラにも目ざとく口を挟んでくる大淀も、今は俺の策によりここにはいない。

 夕張と大淀、その他水雷戦隊の皆は、今頃無人島へのクルージングを楽しんでいるはずである。

 距離もあるようだったので、数時間は帰ってこないだろう。

 何なら無人島でのバカンスを楽しんでくれても良い。

 策士、俺。フフフ、俺の才能が怖いか?

 

 まだ着任初日で正直仕事の仕方もよくわからない俺の近くには、秘書代わりとして明石を指名した。

 佐藤さんから貰った『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』には、まだまだやらねばならない事が書いてある。

 その為には、先ほど大淀がやっていたように、放送を流したり艦隊司令部に連絡をしたりと、俺にはよくわからない仕事があると思ったからである。

 明石は「私が秘書艦ですか⁉ 頑張ります!」と、非常に嬉しそうだった。

 提督の秘書という地位は、やはり名誉だという事なのだろう。提督の権力とは、やはり相当強力なもののようだ。

 このまま二人きりで執務をする事で、やがて互いの距離は縮まるはずだ。

 ちょっとしたボディタッチくらいなら許されるようになり、最終的には「明石の工廠へようこそ!」「俺のクレーンにあまり触ったら危ないですよ……オウフ、そこはもっと危ないです」という作戦である。

 完璧すぎる作戦だ。フフフ、俺の才能が怖い。

 

 しかし大淀も明石も、セーラー服の中には透けにくい素材の長袖インナーを着込んでおり、上半身のガードは固い。

 にも関わらずスカートはあの短さで、おまけに妙なスリットが入っており太ももが丸見えだ。

 君たちガードのバランス極端すぎない? 上半身に比べて下半身のガードが貧弱すぎるだろ……。

 

 と、明石の姿を改めて眺めていて気が付いた。

 いかん。二人きりであるせいで、明石の注目は必然的に俺に注がれている。

 秘書として、気を利かせようと頑張ってくれているようだ。

 これでは俺の視線など丸わかりだ。くそっ、二人きりになったお陰で逆にガン見しにくくなるとは、策士、策に溺れるとはこの事か。

 しかしガン見はできないが、明石の太ももは嫌でも視界に入る。目の保養のつもりだったのに、目の毒になってしまった。

 心を落ち着かせる為に、俺は執務机の上に『艦娘型録』を開き、翔鶴姉のパンツを眺める事にする。心は落ち着いたが今度は股間が落ち着かない。

 

「そういえば提督、何で大淀たちに妖精さんを同行させたんですか?」

「あぁ、道案内をさせようと思ってな。羅針盤代わりだ」

「へぇぇ、そんな事ができる妖精さんがいたんですね。それに、提督は随分と、妖精さんに好かれているようでした」

「そうか?」

 

 好きな子ほど虐めたくなるってか。小学生か。そんな訳が無い。

 さっきから妖精さん達は、単に俺の事をバカにしているだけだ。

 艦娘は妖精さんの声が聞こえないらしいからわからんのだろう。

 さっきまでお前らの目の前で童貞童貞と連呼してたんだぞ。

 

 あまりにも耳元でブンブンとうるさいので、大淀たちに無理やり押し付けてやった。

 アイツらが指定した目的地なのだ。道案内くらいはできるだろうと思ったのだ。

 何故か妖精さん達は『わー、頑張ります』『やっと海に出られる……』『提督さん、流石です』と喜んでいたので、まぁいいのだろう。

 アイツらの考えている事はわからん。

 

 俺は艦隊司令部からの任務リストに、改めて目を通してみた。

 むむっ。『敵艦隊を撃破せよ!』。どこでもいいから出撃し、一回敵艦隊を撃破すればいいという簡単そうな任務があった。

 先ほどまではよく意味の分かっていなかった、一か月間の報告書をもう一度開いてみる。

 この鎮守府近海では、駆逐イ級とかいう弱い敵艦が偵察の為か、少数で侵入してきているのを、度々迎撃しているようだ。

 こちらは水雷戦隊で何とか迎え撃っている。そうなると、それ以上に強い艦で出撃すれば、この任務は簡単に達成できそうではないか。

 そうなると、『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』にあった『艦載機の運用を学ぼう!』の辺りも、せっかくなので試してみるといいかもしれない。

 

 艦上戦闘機の扱いなどは難しそうだったので読み飛ばした。

 とりあえず艦上攻撃機を沢山積んで、アウトレンジから先制攻撃を仕掛ける事で敵を殲滅する方法もあるというページだけは目を通していたのだ。

 艦上攻撃機と艦上爆撃機ってどう違うのかがよくわからん……。

 そういう時はとりあえず艦上攻撃機を選んでおけばいいと書いてあった。佐藤さんアバウトすぎる。

 艦上偵察機の使い方もよくわからなかったが、とりあえず索敵は大事らしいとの事で、このページも軽く流し読みはしておいた。

 艦上戦闘機による制空権の確保が重要らしいが、この辺りは時間のある時にでも読んでおこう。

 

 要するに、大量の艦上攻撃機があればあるほど、敵艦には大打撃を与える事ができる。

 しかし一人に積める艦載機の量は限られている……。

 ならば、編成を組む六人全員を空母にすればよいではないか! 単純に考えて威力も六倍! 天才か俺は。

 俺の考えた世界水準を軽く超える前衛的強靭無敵最強空母機動部隊がどの程度有効なのかを試しがてら、デイリー任務も達成する。

 これを一石二鳥と言います。

 

 そうと決まれば話は早い。

 俺は明石に声をかけた。

 

「明石、空母のみで編成した艦隊を鎮守府正面海域へ出撃させようと思うのだが」

「えぇっ……? く、空母のみですか? 鎮守府正面海域に⁉」

「うむ。何か問題があるか」

「い、いえ……そうですよね。提督の事ですから、何かお考えがあるという事ですね」

「勿論だ。そうでなければこのような編成はしないだろう」

「……了解しました! この明石、提督を信頼しています! 空母のみで六人となりますと、この鎮守府の正規空母と軽空母を総動員する事になりますね」

 

 明石が挙げた名前は、赤城、加賀、翔鶴姉、瑞鶴、龍驤、春日丸だった。

 鳳翔さんは、どうやら今は前線には出ておらず、小料理屋を営んでいるらしい。

 オータムクラウド先生の作品に描いてあった通りではないか……鎮守府内には一般人は立ち入り禁止だというのに、どこでそんな情報を仕入れて作品に反映させているのだろう。

 流石は、俺が人生で唯一尊敬する人だ。俺もこの姿勢を学ばねば。

 

 オータムクラウド先生の偉大さを改めて感じながら、俺は鳳翔さんも含めて七人の空母を執務室に呼び出すよう、明石に頼んだのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 執務机を挟んで、俺の目の前には七人の空母が横並びに立っている。

 先ほどはよく観察する事のできなかった七人の姿を、改めてじっくりと品定めする。

 

 一航戦、赤城。自然体に見えて隙が無い。

 オータムクラウド先生の『一航戦の誇り……ここで失うわけには……』にはたまにお世話になっていたが、リアルのコイツにセクハラするのはまず不可能だろう。

 隙だらけに見えて手を伸ばしたが最後、その腕を掴まれて憲兵を呼ばれるのは明白だ。赤鬼である。ハーレムに編成できる自信が無い。

 

 一航戦、加賀。猛禽類のような目で俺を睨みつけている。

 オータムクラウド先生の『ヤりました』にはたまにお世話になっていたが、リアルではセクハラどころの話ではない。

 コイツは危険すぎる。手を伸ばしたが最後、鎧袖一触で「殺りました」となる事は明白だ。青鬼である。ハーレムに編成できる自信が無い。

 

 五航戦、翔鶴姉。その姿を見るだけで俺の高角砲が自動的に対空見張りを厳とする。

 オータムクラウド先生の『スカートはあまり触らないで』には数えきれないほどお世話になっています。

 きょ、今日のパンツは何色ですか。俺のセクハラ被害担当艦に任命したい。天使である。俺のハーレムに編成不可避。

 

 五航戦、瑞鶴。こちらも俺を睨んでいる。不信感が隠しきれてない。年下っぽいからか、俺の一番上の妹に似ているからか、俺の高角砲はピクリとも反応しない。ハーレム対象外だ。

 軽空母、鳳翔さん。何というか、俺は年上好きだし、地味ながら清楚で素朴な美人なのだが、何故か恐れ多いというか、逆に孝行したくなるというか、胸を揉むより肩を揉みたくなるというか、その……ハーレム対象外だ。

 軽空母、龍驤。ハーレム対象外だ。

 軽空母、春日丸。男である。

 

 しかし春日丸は『艦娘型録』の写真でも、名前以外は顔も髪型も恰好も女の子っぽいなとは思っていたが、直接見てもやはり女の子に見える。

 男装の麗人の逆というか。いわゆる男の娘という奴だろう。男の娘ならぬ男の艦娘。

 今思い出したが、オータムクラウド先生ではない別の同人作家の作品で、何かの間違いで春日丸が主役のものを偶然目にした事があった。

 主役というか、竿役というのか、あれは。立派なモノが生えていた。反射的に途中で読むのをやめてしまったが、やはり男の艦娘という事なのだろう。

 他にも水無月とかいう子にも生えていたので、男の艦娘は春日丸だけではなく他にもいるという事であろう。

 その作品の中で時雨や最上にも生えていたのは作者の取材不足によるものだろう。自分の事を僕と呼ぶから男だと勘違いしたのか。二人ともどう見ても女の子じゃないか。

 一目見ればわかるだろうに男と女の区別もつかないとは、可哀そうな事に、女性と全く縁が無い作者なのだろう。

 リアルな艦娘描写に定評のあるオータムクラウド先生を見習ってほしいものだ。

 

 牛若丸とか森蘭丸なんかの歴史上の有名人も女性に見紛うほどの美少年だったというし、ならば名前が似ている春日丸も女の子に見える少年という事で何らおかしい事は無い。

 その法則に従えば、名前しか知らないが多聞丸とかいう人もさぞかし美少年なのだろう。

 まぁ、春日丸は美少年というには少し芋っぽいというか、素朴なところがあるが。鳳翔さんに少し似ている気がする。実は隠し子とか。

 

 話が逸れてしまった。

 そう、この春日丸。明石の話では実戦経験が無く、演習のみでしかその性能を見せた事が無いという。

 今までは演習巡洋艦香取と鹿島の二人に優しく手取り足取り、演習してもらう毎日だったらしい。

 

 ふざけるなよ貴様……! 俺の香取姉と……羨ましすぎんだろ……!

 

 家庭教師のお姉さんと無垢な少年の危ない関係が危惧される。提督権限を行使して今後の演習は即時中止とし、これからは厳しい実戦に挑んで頂こう。

 これを職権乱用と言います。

 大体演習しか経験してなくて実戦経験がありませんって、それでは素人童貞と同じではないか。恥ずかしいと思え。俺? 神童貞です。凹む。

 

「鳳翔さん」

「はい。……えっ。あっ、あの、提督。鳳翔とお呼び下さい」

 

 あっ。そうかしまった。ここでは俺の方が上官なのだから、呼び捨てにするべきだった。

 オータムクラウド先生の作品ではそれが当たり前だったから、つい。

 

「む……そうか。そうだったな。つい、いつもの癖でそう呼んでしまった」

「い、いつものとは」

「いや、常日頃から、鳳翔さんには敬意を払うべきだと思っていたものでな」

「あ、あの、ですから、鳳翔と……」

 

 うーむ、慣れない。

 何と言うか、この人老けてるわけじゃないし、むしろ俺より僅かに年上ぐらいにしか見えないのに、貫禄があるんだよな。

 それこそ、春日丸の母ですと言われても違和感が無いというか。

 本人には絶対に言えないが。

 呼び捨てにする方が違和感があるのだが、俺は提督なのだ。演技がバレないようにする為にも威厳を保たねば。

 

「鳳翔。これから赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴、龍驤、春日丸の六人で、鎮守府正面海域に出撃してもらおうと思うのだが……春日丸についてどう思う」

「実戦経験に乏しい事だけが気になりますが、素晴らしい才能を秘めています」

「一言で言えば天才やな。ウチが血ヘドを吐く思いで習得した改二を、あっと言う間に習得しよった」

 

 将来有望な天才美少年か。ますます妬ましい。

 さぞかし俺の香取姉や、同人界隈では鎮守府のサキュバスと称される鹿島にちやほやされてきたのだろう。くそっ、なんて奴だ。

 このままでは同人界隈で何故かショタ提督との絡みが多い俺の高雄や愛宕まで、いつか春日丸の毒牙にかかってしまいかねん。

 やはり提督権限を発動するしかない。

 鳳翔さんにいくら反対をされようとも、ここだけは譲れない。春日丸は実戦の荒波に揉まれ、世間の厳しさを知るがいい。

 その間に俺は香取姉の荒波を揉もう。いや、揉まれよう。

 

「ふむ、なるほどな。よくわかった。春日丸は今後、演習を卒業し、実戦に積極的に投入していく。異論はあるか」

「……いえ。私もそろそろ実戦経験を積ませるべきだと思っておりました。提督のご配慮に、感謝致します」

 

 おや。鳳翔さんは意外にも反論しなかったな。

 やはり大人の女性という事か。

 鳳翔さんも頭は切れそうなので、理不尽な指示という事は気付いているだろう。

 心の中では納得せずとも、ぐっと堪えてくれたという所だ。うむ。提督権限の効果は上々だ。

 しかしオータムクラウド先生の作品では、この人だけは絶対に怒らせてはならないらしいからな……ほどほどにしておこう。

 

「ただ、春日丸さんは過去の記憶から、夜の海に恐怖を抱いています。一人では怖くて眠れず、毎晩、私と一緒のお布団で眠るくらいです。この時間に初めての実戦となると少し不安が……」

 

 何? 未だに鳳翔さんと一緒の布団で寝ているだと⁉ 何てうらやま……いや、そうでもないな。むしろ微笑ましいとすら思える。

 しかし春日丸も男の子なのだから、そろそろ一人で眠れるようにならねばならん。

 夜が怖いという気持ちは俺にも痛いほどわかる。そんな俺も昔はおばあちゃんと一緒に寝ていたが、小学校三年生の頃に卒業した。

 今までは女所帯だったから、春日丸は見た目も中身も女の子らしく影響されてしまっているのだろう。鳳翔さんも甘やかしすぎだ。

 ここは数少ない男として、この俺が一皮剥けるお手伝いをしてあげようではないか。

 ちなみに俺が今から一皮剥ける為には手術をするしかないと思われる。凹む。

 

「可愛い子には旅をさせよと言うだろう。春日丸が一皮剥ける為にも必要な経験になるはずだ」

「……わかりました。提督の判断を信じます」

 

 鳳翔さんは、不満をぐっと飲み込むように、俺の眼を見てそう言った。

 お、怒ってないですよね。う、うむ。

 気を取り直して、俺は空母達に指示をした。

 

「それでは早速だが、実戦だ。お前たちにはこれより、鎮守府正面海域に出撃し、敵艦隊を迎え撃って欲しい。先制攻撃に成功したら即座に撤退してくれ」

 

 俺の計算では、先制爆撃だけで敵は壊滅するはずだ。

 空母達は燃費も悪いし、敵に被害を受けた場合、回復の為にかかる資材も馬鹿にならないらしい。

 アウトレンジからヒット&アウェイで無傷のまま敵を蹂躙するのが俺の作戦だ。

 先制攻撃後はさっさと撤退してもらった方が資材の節約になるというものである。今回は実験だし。

 

「提督さん、質問してもいいかな?」

 

 まるで不審者でも見るかのような視線と共に、瑞鶴が手を上げる。

 非常に嫌な予感がした。

 

「うむ」

「この出撃の意図は何?」

「私も同感ね。五航戦の子と意見が合うのは気に入らないけれど、説明をしてもらいたいわ」

 

 俺は思わず組んでいた指の上に額を乗せて、顔を伏せた。

 どっ、と冷や汗が体中から噴き出る。

 ヤッベェェェェエ!

 ついにツッコむ奴来ちゃったよ! しかもよりにもよって加賀まで乗っかってきやがった。

 他の艦娘が雰囲気に呑まれてくれてんのに、何空気読めない発言してんの⁉

 何でそこで質問しちゃうんだよ!

 高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処しろよ!

 

 くそっ、妹に似てる時点で嫌な予感はしていたのだ。俺とコイツは絶対に相性が悪いと思っていた。

 ヤバい。ヤバい。

 そうだ、大淀にでも適当に解説させよう。って大淀がいねェ! 提督の危機にどこに遊びに行ってんだアイツは! 誰の指示だ! 俺だった。凹む。

 

 俺の考えた空母機動部隊は前衛的だと思っていたが、実際のところどうなのだ。

 あんな顔で説明を求めるくらいなのだ。普通ではない提案なのだろう。

 そう言えば明石も一瞬戸惑っていた。

 明石! お前何で止めてくれないの⁉

 アッ、俺の事信頼してるとか言ってくれてた。ダンケ。

 

 明石は戦場に立つ艦娘では無い。後方支援に長けた艦娘だ。現場の声には疎いのだろう。

 現場の人間的に、今回の編成は有りなのか、それとも無しなのか。

 俺の天才的な頭脳では完璧な作戦なのだが、現場の人間にしかわからない弱点があるのかもしれない。

 灯台下暗しというやつだ。

 そうなると、こいつらに俺が無能だとバレる事になる。

 

 有能である提督を演じ続ける限り、俺はこの鎮守府でハーレムを築くチャンスを得る事ができる。

 しかし無能だとバレた瞬間、艦娘からの信頼は得られず、それは儚く崩れ去ってしまうだろう。

 人の夢と書いて儚いと読むと言うではないか。

 瑞鶴と加賀、お前ら、人の夢を何だと思ってるんだ!

 人から夢を奪う権利がお前らにあるのか。

 夢を失った男は終わりだ。

 お前、これで俺の夢が潰えたら許さんからな。絶対に許さんからな!

 

「提督、ひとつよろしいでしょうか」

 

 天使が俺を呼んだ。

 俺が顔を上げると、ラブリーマイエンジェル翔鶴姉が俺を見つめてくれている。

 瑞鶴と加賀のせいで荒み切った俺の心に光と水を与えてくれる。セクハラ被害担当艦に任命したいとか考えてすいませんでした。

 あぁ、癒される……。今日のパンツは何色なのだろう。やっぱり薄い桃色なのかな。空はあんなに青いのに。

 

「艦載機はどう致しましょう」

「全員、高性能な艦上攻撃機のみで十分だろう。後は艦上偵察機を忘れるな」

「了解しました」

「索敵、先制を大事に、という事ですね」

 

 赤城も翔鶴姉に続いた。

 コイツは反抗的では無いが、底知れぬ恐ろしさがあるな。

 瑞鶴と加賀は明確に俺の敵だと理解できたが、コイツだけは読めん。気をつけねば。

 

「ほな、そろそろ行こか。早よせんと日が沈んでまうで。この時間に呼び出すくらいや。ここで長々と説明している暇は無い。時は一刻を争う、ちゅー事やろ?」

 

 龍驤がそう言うと、加賀と瑞鶴は不満げに唇を噛んだ。

 龍驤お前、いい奴だったんだな……。

 加賀と瑞鶴を抑え込む事ができるとは。

 その見た目故にハーレムに入る事は決して無いだろうが、今後も重宝してやろうではないか。

 

 ともかく何とか、佳境は凌いだようだった。

 龍驤と翔鶴姉のファインプレーに感謝しつつ、俺は最大級のキメ顔で空母達を見送ったのだった。

 

「うむ。よろしく頼む」

 

 加賀と瑞鶴にめっちゃ睨まれた。凹む。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 灯台下暗しとはこの事か。

 俺は焦っていた。

 空母達を送り出して、なんとなく落ち着かなかったので、少し『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』に目を通してみたのだった。

 そこには「正規空母は潜水艦に弱い」との一文が。

 艦隊運用の初歩の初歩らしい。今の今まで目を通していなかったのだ。

 正規空母の艦載機では海中にいる潜水艦に攻撃する事はできず、逆に相手の魚雷のいい的になってしまうという。

 潜水艦にとって、正規空母はまさにカモだというわけだ。

 軽空母なら潜水艦にも攻撃できるらしいのだが、今回の編成では龍驤と春日丸だけ。

 俺のフォローに定評のある龍驤はともかく、あんな実戦経験のないお坊ちゃんに何ができるというのだ。潜水艦には手も足も出ないだろう。

 

 恐る恐る、ここ一か月の報告書を見てみると、鎮守府近海を潜水カ級とかいう潜水艦が結構うろうろしているではないか。

 アカン。

 

 俺はてっきり、敵は雑魚の駆逐艦程度しかいないだろうと思っていたから蹂躙できると思っていたのだ。

 ここに、明らかに格下なのに正規空母相手には無敵の潜水艦と鉢合わせてみろ。

 手も足も出ずにボコボコにされ、無能な司令官と見なされ、帰還した加賀達に俺がアウトレンジから蹂躙されかねん。

 今は提督という権力補正があるから、赤城や翔鶴姉も俺に従順なのだろう。

 ここで信頼を失い、翔鶴姉まで俺に反抗的になってみろ。「提督ったら、スカートはあまり触らないで!」なんて言われてみろ。興奮する。いや間違った、俺は死ねる。

 

 更に追い打ちをかけるように、夜は潜水艦の時間らしい。

 夜の潜水艦に攻撃を当てる術など無い。

 潜水艦と夜戦になったが最後、正規空母だけでなく、軽巡も駆逐も、戦艦までもが、一方的に攻撃されてしまう事態になるという。

 ダメ押しに、夜はそもそも艦載機の発艦自体ができないとか。

 

 窓の外を見る。

 

 綺麗ね……夕日。素敵だわ。

 私、この艦隊に来て、この風景が一番気に入ったわ。

 So lovely……。

 

 言ってる場合かーーーーッ!

 

「明石ッ!」

「はっ、はいっ⁉ ななな、何でしょうっ⁉」

「今鎮守府に残っている者の中で対潜能力に長けた者を六人、早急に執務室へ呼んでくれ!」

「えぇぇ⁉ も、もう日が落ちますよ⁉ いくら対潜能力が高くても、日が落ちてしまっては……」

「このタイミングしか無い! 今しか無いんだ! 時は一刻を争う! 俺を信じろ!」

「……わかりました! 明石、提督の判断に全てを賭けます!」

 

 なるべく表情は崩さずに、口調だけ激しく、明石にそう命じた。

 もはや呑気に『艦娘型録』を見て選定している時間も無かった。

 自分で選ばず明石に任せるのは疑われるだろうかとも思ったが、俺の必死さで何かを察したのか、明石は迷う事なく執務室を飛び出していった。

 しばらくすると、鎮守府中に呼び出しの放送が流れ出す。

 時間が、時間が無い。

 早くせねば、空母達が被害を受ける前に間に合わねば、俺のハーレム生活が……!

 

 その僅か数分後。

 執務室には、明石の厳選した精鋭六人が集合していた。

 

「水上機母艦、千歳です!」

「同じく水上機母艦、千代田です!」

「うち、浦風じゃ! 提督、よろしゅうね!」

「第十七駆逐隊、磯風。推参だ」

「駆逐艦、浜風です」

「よっ、提督! 谷風さんだよ! かぁ~っ、この時間に対潜哨戒かい? 粋だねぇ!」

 

 明石お前、何の精鋭呼んでくれてんの?

 俺、対潜能力に長けた者をって言ったよね?

 何で一人除いて対チン能力に長けた者を呼んでんの? 爆雷ならぬ爆乳ガン積みで俺の股間のチン水()級が撃チン寸前なんだけど。おかげで執務机から立てなくなったではないか。

 一人除いて胸部装甲の厚い順に呼び出したわけじゃないよな。こいつは胸が厚いな……!

 こいつら本当に駆逐艦なの? 谷風は除いて。

 大体なんだこの谷風という奴は。谷間も無いのに谷風を名乗るとは名前負けも甚だしい。

 それとも、山が無いから谷風という事か。名は体を表すという事だな。

 いや、完全にアウェイな中で気まずいだろうに、来てくれたんだ。感謝せねば。

 谷風、揉み心地の良さそうなのばかりに挟まれて、居心地悪くない? 俺のせいでゴメン。いじめとかじゃないから。

 

 ってそんな事を考えている時間は無い!

 明石の人選のせいで危うく俺の脳内で「駆逐艦も有りなのではないだろうか」という会議が開催される所だったではないか。

 そんな事で悩んでいる時間は無いのだ。

 時間があれば五人の姿をじっくりと眺めたい所だったが、それはもう後日の楽しみに取っておこう。

 明石が俺の隣から、声をかけてくる。

 

「現在鎮守府に残っている中では、彼女たちが最も練度と対潜に長けています。すでにソナーと爆雷は一セットずつ装備。千歳と千代田は甲標的を……」

「甲標的もソナーか爆雷に変えてくれ」

「それでは完全に対潜しか……」

「構わん。対潜に全力を注いでくれ」

「了解しました」

 

 甲標的とやらがそもそも何なのかよくわからなかったが、対潜水艦ではソナーと爆雷が大事。とりあえずこれだけは覚えた。

 俺は威厳を保つために何とか立ち上がり、大袈裟に机を両手で叩き、そのままの体勢で六人に目を向けた。

 前かがみになる為である。

 

「説明している時間は無いので端的に命じる。お前たちは先ほど出撃した赤城達の後を追い、合流。敵潜水艦が確認できた場合はそれを撃破。その後は赤城達を護衛しつつ撤退してくれ」

 

「……この時間に、空母だけの編成で出撃させたなんて、提督の意図がわかりません。そして今回の急な出撃も……」

 

 千歳お姉がそう言った。おっしゃる通りです。ハイ。

 

「私も千歳お姉と同じ意見よ。出撃する前に、提督の考えが聞きたいわ」

「同感だな。この磯風も興味がある。司令、納得のいく説明を頼む」

「提督、お願いします」

 

 いかん。千代田と磯風、浜風まで俺を不審に思っている。

 しかしここで説明している時間も、迷っている時間も無い。早くしないと夜が来てしまう!

 だがこのままでは納得してくれそうにも無い!

 どどど、どうすれば――

 

「ままま、それくらいにしときなよ! 説明してる時間が無いって提督も言ってたろ? 話は後、後! ささっ、出撃出撃ぃ!」

 

 谷風が全員を宥めると、千歳達はそれもそうね、と矛を収めてくれたのだった。

 何? 龍驤といい谷風といい、ペチャパイっていい奴しかいないの? 瑞鶴は別として。

 

「説明は帰投してからの楽しみにしておこう。覚悟しておくのだな、司令」

 

 磯風が不穏な事を言い捨てて、執務室から出て行った。

 くそっ、ちょっと胸部装甲がデカいからっていい気になりおって。

 ちょっと迷いはしたが、やはり駆逐艦はハーレム対象外だ。

 

 椅子に腰を下ろした俺の隣に、浦風が駆け寄ってくる。

 浦風は俺の耳元に顔を近づけて、こう囁いたのだった。

 

「すまんねぇ。磯風も浜風も、真面目なだけで悪い子じゃ無いんじゃ。なぁに、赤城姐さん達は、うちがついておるから大丈夫じゃて! うちに任せとき!」

 

 そう言って、浦風はにっこりと微笑むと、そのふくよかな胸をどんと、いや、ふにゅんと叩き、執務室から駆け出していった。

 

 駆逐艦も有りだ。

 私はそう結論づけざるを得ないのだった。

 



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011.『窮地』【艦娘視点】

 深海棲艦には、明らかなレベル差がある。

 レベルというよりも、進化と呼ぶ方が相応しいかもしれない。

 駆逐イ級は深海棲艦としては最もレベルが低い。

 その形状は船に近く、知恵や理性は持たず、ただ人を襲うという本能にのみ従うかのごとく、危険を顧みずに私達の領海によく姿を現す。

 

 深海棲艦は力を増すごとに、その形状は人間に近づいていく。

 まるでオタマジャクシが蛙になるように、手が生え、足が生え、異形の艤装を纏うものの、やがて明確な女性の姿と成る。

 さらに力を増したそれは、やがて人語を解するようになり、ならば話せば分かり合えるのではないかと考えた人間達が、奴らとコンタクトを図ろうとした事もあったが――

 

 力と共に知恵や理性を得た深海棲艦は、その力と比例するかのように人間への憎悪と殺意に溢れていた。

 その力も、知恵も、理性も、全ては人間を攻撃する為だけに振るわれた。

 本能だけで襲い来る方がまだ可愛げがあるというものだ。

 

 人は私達艦娘の事を、この国の守護神と呼んでいるらしいが。

 並の深海棲艦とは比較にならない、多くの艦娘を虫でも散らすかのごとく蹴散らして見せた、圧倒的な力を持つ暴虐の化身を人は鬼に例え。

 更に強大な力と人間に近い知恵を得て、禍々しさを超えてもはや神々しささえ感じる異形の女神を、人は姫と呼んだ。

 

「姫が一隻と……鬼が四隻や」

 

 それは何の冗談かと問う余裕も無かった。

 先ほどまで軽口を叩いていた龍驤の表情が瞬く間に絶望に変わり、疑う余地も無かったのだ。

 理解が追い付かない。

 艦上偵察機と空母は、その視界をリンクさせる事ができる。

 今の龍驤の視界には、監視カメラのモニターを覗くがごとく、彩雲からの視界が映し出されているはずだ。

 かつて何度も鬼や姫レベルの強敵と戦ってきた歴戦の龍驤が、その姿を見紛うはずが無かった。

 

「嘘……でしょ……? だって、今まで、そんな事……」

 

 声を震わせながらそう漏らした瑞鶴だけでは無い。

 その場にいた全員が、必死に考えていた事だろう。

 姫と鬼がこんな近海に――奴らにとってこんな遠洋に、出撃してくる事など有り得ない事だったからだ。

 

 深海棲艦も私達艦娘と同様に、動く為には資材が必要だ。

 私のような正規空母や戦艦など、艦の種類によっては必要とされる資材の量も多い。

 それでは、私達よりもさらに強大な力を持ち、巨大な艤装を操る鬼や姫レベルの深海棲艦はどうなるかと言うと――当然、私達艦娘とは比較にならないほどの資材がいる。

 

 故に、鬼や姫レベルの深海棲艦は、「棲地」と呼ばれる拠点から動かない。

 深海棲艦側の鎮守府とも言える棲地とは、私達がパワースポットと呼ぶ場所と同じ。自然に多くのエネルギーが湧きだすポイントだ。

 姫や鬼の恐ろしい武器は、やはりその知恵だろう。

 資源の消耗を防ぐ為に棲地から動かず、本能のみに従い行動する下位の深海棲艦を指揮し、統率し、人を襲う。

 言わば深海棲艦側の提督とも言える立場の姫や鬼だが、唯一違うのは、それ自身が最も強大な戦闘力を持つという事だろう。

 しかしその戦闘力故に、この国の近海まではむやみやたらに侵攻できない――できなかったはずだ。

 

 それが、何故。

 考えている暇は無かった。

 少数とは言え、姫と鬼が五隻。

 何の目的も無しにこんな鎮守府近海まで訪れる事は無い。

 つまり、奴らにとっても重要な意味を持つ。

 十分に資源を備蓄し、戦力を整え、作戦を立て、少数精鋭で出撃するほどの意味が――。

 

 考えるまでも無かった。

 私達が十分に資源を備蓄し、戦力を整え、作戦を立て、少数精鋭で敵地に乗り込む事と何も変わらない。

 敵棲地の撃滅。

 私達の拠点であり、この国にとって最も重要な防衛線。

 敵の狙いは、横須賀鎮守府の、壊滅――。

 

「龍驤さん! 艦種はわかりますか⁉」

 

 赤城さんの声が響いた。

 その場の全員が、はっと目が覚めたように身体を震わせる。

 

「五隻全て、戦艦や……あはは、前の司令官も言っとったな。戦艦並べりゃそりゃ強いわ……」

「空母はいないんですね⁉」

 

 諦めかけていた龍驤に赤城さんが確かめるようにそう言った。

 その言葉に、真っ先に顔を上げたのは翔鶴だった。

 

「提督は……提督はこれを読んでいたという事ですか!」

「えぇっ、しょ、翔鶴姉、どういう事⁉」

「夜戦ではむやみに艦載機を発艦させられないのは敵も同じ。つまり、敵艦隊に空母がいないという事は、昼戦は想定していない編成という事よ。そしてこの時間に、日が沈む前に私達をこの海域に出撃させたのは……」

 

「全員、艦載機発艦用意!」

 

 赤城さんの声に、瑞鶴の目が見開いた。

 不愉快だとは思わなかった。私達一航戦と、五航戦、四人が、一糸の乱れもなく同時に弓を引く。

 龍驤も巻物を広げ、春日丸も少し遅れて構え――全員の艦上攻撃機が同時に発艦された。

 

『お前たちにはこれより、鎮守府正面海域に出撃し、敵艦隊を迎え撃って欲しい。先制攻撃に成功したら即座に撤退してくれ』

 

 姫、鬼レベルの戦艦五隻に闇に紛れて奇襲されれば、弱体化している現在の鎮守府は確実に壊滅していた。

 しかも夜戦となれば、私達空母はまったく出番が無い。横須賀鎮守府の誇る空母機動部隊が、まったく戦力にはならないのだ。

 私達空母がこの戦いで唯一、かつ有効に敵に大打撃を与えられるタイミングは、今しか無かった。

 敵に空母がいないのであれば、艦上戦闘機はいらないだろう。艦上攻撃機だけで容易く制空権は確保できる。

 敵戦艦の砲撃も届かないアウトレンジから、できる限り大量の艦上攻撃機で先制攻撃を浴びせる。

 敵が夜戦しか想定していないのであれば、当然防空性能は――薄い!

 

「よ、よっしゃ! イケるで! 奴らもどうやら想定外だったみたいや! あはは! 面食らっとる!」

 

 彩雲からの映像が届いてか、龍驤が声を上げた。

 敵からしてみればたまったものでは無い。

 夜戦のみを想定して出撃したら、大量の艦上攻撃機が襲い掛かってきたのだ。

 奴らの装甲からすれば大破撤退級の致命傷とはならないだろうが、為すすべも無く、一方的に蹂躙されるしかない。

 

「よーっし、いけーっ! このままアウトレンジから決めるわよっ!」

 

 瑞鶴が遥か彼方の艦載機に向けて声を上げた。

 赤城さんを横目に見れば、ようやく緊張の糸を緩められたかのように、小さく息を吐いていた。

 無理も無い。ようやく提督の意図がわかり、蓋を開けてみれば、横須賀鎮守府の、この国の一大事だ。

 旗艦に指名され、その重圧も大きかっただろう。

 

 私は悔しさから、唇を嚙み締めた。

 

『この出撃の意図は何?』

『私も同感ね。五航戦の子と意見が合うのは気に入らないけれど、説明をしてもらいたいわ』

 

 私は提督への発言を恥じた。

 ただただ、恥ずかしかった。

 

 提督は今日着任したばかりだ。

 大淀からこの一か月分の報告書を貰い、目を通していたようだったが、果たしてそれにどれだけの時間をかけられたというのだ。

 

 この一か月間、私は何をしていたのだ。

 ただ、長門や大淀に言われるがままに出撃し、言われるがままに敵艦を迎撃し、ただそれだけではないのか。

 漫然と、それが当然だとでも言わんばかりに、何も考えずに、まるで口を開けて餌を待つ雛鳥のように。

 

 何故、この一か月の敵艦の動向から、この事態を予測できなかったのだ。

 

 提督が考えていた通り、私達には想像力、判断力が足りなかった。

 何も考えずに、目の前の敵を攻撃するだけしか脳が無かったのだ。

 その一か月後に、このような状況になる事など、想像する事もできなかった。

 

 私達をこの時間に出撃させたのは、敵艦隊の油断を誘う為だろう。

 おそらく、奴らが自らの防空態勢の薄さに気づかないわけがない。昼の間は奴らもそれを警戒していたはずだ。

 日が傾き、もう少しで夜になる。そこでようやく、敵に油断が生まれた。

 奴らの隙をつき、もっとも効果的に打撃を与えるには、私達を、この編成で、この時間に出撃させるしかなかったのだ。

 

 そして提督の目論見通り、敵艦隊は私達の艦載機に太刀打ち出来ていない。

 もしかすると今回の闘いにおいて出番すら与えられなかったかもしれない私達空母がこのような戦果を挙げられたのは、他ならぬ提督の――

 

「――加賀さんっ! 下ですっ!」

 

「いけないッ!」

「加賀さんっ! 危ないっ!」

「え――」

 

 春日丸の声が耳に届き。

 赤城さんと翔鶴に突き飛ばされ――瞬間。

 先ほどまで私が立っていた海面が爆発した。

 

「翔鶴姉ぇーーッ⁉」

「赤城ィーーッ!」

 

 瑞鶴と龍驤が叫び、そして――海面が震え、深い深い水底から、海と大気を震わせる、おぞましい嬌声が轟いた。

 

『……キタノ……ネェ……? エモノタチ……ガァ……! フフ……ハハハハ……!』

 

 私は――私は馬鹿か。

 何故、あの程度で勝ちを確信したのだ。

 何故、敵があれだけ万全の態勢で侵攻してきているというのに、五隻しかいない事に違和感を覚えなかった⁉

 深海棲艦には私達と同じように、最大で六隻の艦隊を編成したがる習性がある。

 何故、六隻よりはまだマシだ、と私は呑気に安堵していたのだ!

 

 敵は六隻いた。

 夜戦において無敵の女王。

 海中の奥深く、私達の目に見えないその場所に――潜水棲姫が、そこには存在していたのだ。

 

 敵艦隊はまだ目視もできないほど遠くにいるはずだ。

 単艦で乗り込んで来る事がハイリスクである事など、姫の知能ならばよく理解できているはずだ。

 姫の知能は私達が空母のみの編成であると判断し、たった一隻で攻撃に来たのだ。

 

「アカン……! 撤退や!」

「りゅ、龍驤さん! お、お二人の、足部艤装が……!」

 

 私を庇った赤城さんと翔鶴の足部の艤装が破損している。

 これではまともに海上を航行できない。

 潜水棲姫はおそらくそれを狙ったのだ。

 潜水棲姫の目的は単艦での私達の全滅では無く、足止め。

 不意をつけば一撃で大破させられただろうに、わざわざ足を狙って魚雷を放った。

 奴の言う事は誇張でも何でもなく、私達に奴を攻撃するすべはなく、潜水棲姫にとって私達空母は獲物に過ぎない。

 敵はたった一隻でも、いくら数の有利があろうとも太刀打ちが出来ない。

 奴にとっては、数多くの仲間を沈めてきた私や赤城さん、翔鶴に瑞鶴、龍驤は憎き仇であり、なおかつ極上の獲物だ。

 進化した深海棲艦の知恵は、私達をただ破壊するだけではなく、じわじわと嬲り殺しにする事を選んだ。

 このままでは逃げ切れず、夜が訪れ、いずれは敵艦隊にも追い付かれるだろう。

 そうなれば、艦載機を発艦できない私達は。

 

 無線は――すでに妨害されているようだった。

 

「……くそったれェ! 加賀と瑞鶴、春日丸は、赤城と翔鶴を連れて鎮守府に戻れ! 何としても生きて戻って、この状況を伝えるんや!」

「龍驤、貴女は……!」

 

「出来る限り時間を稼ぐ! 龍驤! 『改』――『二』!」

 

 龍驤はそう叫ぶと、もう振り向くことはなかった。

 莫大なエネルギーが龍驤を包み、その装束、その艤装が姿を変える。

 その小さな体躯に軽空母の中でもトップクラスの火力を持つ歴戦の戦士。

 だが、その全力を尽くしてなお、勝ち目が無いのは明白だった。

 

 軽空母は潜水艦に攻撃が届く――ただし、それが有効であるかは話が別だ。

 雑魚の潜水カ級相手ならば、数隻相手でも龍驤一人で蹴散らす事が出来るだろうが、潜水棲姫が相手となれば、それは不可能だ。

 言うなれば手が届くだけ。姫の耐久力の前では、正規空母との違いは、ただそれだけだ。

 龍驤がここに一人残った所で、足止めになるかすらわからなかった。

 

 ただ、私達は逃げるしか出来る事は無いというのに、誰も足が動かなかった。

 

「龍驤さん!」

 

 一番早く足を踏み出したのは、実戦経験に疎い春日丸だった。

 その足は後ろでは無く前に――龍驤へ向けて踏み出された。

 

「龍驤さん! 私も一緒に戦います!」

「春日丸! お前何言ってんねん! 早う、アイツらと――」

「――『大鷹改二』っ!」

 

 春日丸を包む装束と艤装が、その色と形を変えた。

 春日丸の戦闘特化形態――対潜能力に秀でた能力を有する『大鷹改二』。

 演習でしかその姿と性能を見た事は無い。

 しかし、駆逐艦や軽巡洋艦に匹敵するほどの対潜能力を持ち、演習相手の潜水艦の子たちがその攻撃を避けきれずに、何度も大破しているのを見た事がある。

 対潜戦に限っては、龍驤を凌ぐだろう。

 

 だが、天才の全力をもってしてなお、潜水棲姫との戦力差は明らかだった。

 たった二人の軽空母で、一体何が出来ようか。

 出来たとしても、それこそ――

 

 海面が再び爆発する。

 本気で狙っていない。いたぶって、逃げ惑う私達を水中から眺めて、嘲笑っているのが見えるようだった。

 

「対潜能力なら私は龍驤さんよりも上です! 私もいた方が敵を長く足止めできるはずです!」

「阿呆! 春日丸っ、お前も早く逃げんかい! お前はまだ若いんやから――」

「私はもう春日丸ではありません! 香取さんと鹿島さん、鳳翔さんと……龍驤さんが見出し、育ててくれた、『大鷹』ですっ! ここで戦わねば、私は一生後悔します!」

「……くそっ、聞き分けのええ子に育ってくれたと思うとったのに! 一体誰に似たんや!」

「おそらく龍驤さんだと思います!」

「……あぁもう、口も達者になりよって。うちの負けや。こうなりゃ何としても赤城達を逃がすで!」

 

 そう言った龍驤の声が少しだけ嬉しそうだったのは、気のせいだっただろうか。

 龍驤と大鷹は、振り向かないままに言った。

 

「赤城、加賀――鳳翔に、すまん、と伝えとってくれ」

「翔鶴さん、瑞鶴さん、今までありがとうございました!」

 

 そう言って海上を駆け出した二人に、私達は声にならない声を上げたような気がした。

 目の前には、その身を捧げて私達を逃がそうとする二人の背中。

 その遥か彼方には、横須賀鎮守府を攻め滅ぼさんとする深海棲艦の一軍。

 足元深くからは、私達獲物をいたぶり、楽しもうとする潜水棲姫の笑い声。

 

『ウッフフフフフ! ワタシト……ミナゾコニ……アッハハハハ!』

 

 故に、私達は気付かなかったのだ。

 故に、奴は気付かなかったのだ。

 私達のすぐ背後に恐ろしいほどのスピードで迫りくる、六つの影に。

 

「全艦爆雷一斉投射、始めぇっ!」

 

「よいしょおーーっ!」

「おどりゃあぁぁっ!」

 

 私達の叫び声も。

 潜水棲姫の笑い声も。

 全てを切り裂く威勢のいい声が、海原に轟いた。

 

 瞬間――突然のゲリラ豪雨。

 それくらいに激しく、大量の爆雷が、私達の周囲の水面を叩いたのだ。

 

 大量の爆雷を辺りにばらまきながら私達の頭上を飛び越えた二つの影。

 あれは――谷風と、浦風。

 

「敵影確認! 隠れても無駄なんだから!」

「サーチアンド、デストローイっ!」

 

 続いて現れたのは、水上機母艦の千歳と千代田。

 何故、水上機や甲標的ではなくソナーと爆雷を装備しているのか、理解が追い付かなかった。

 彼女達は私達を守るように輪形陣を作る。

 私のちょうど目の前に立つ二人の少女は、膝をつく私達を見下ろしながら言ったのだった。

 

「第十七駆逐隊、磯風。推参」

「同じく浜風。提督の指令により貴女方の護衛に参りました」

 

 瞬間。

 幾重にも重なる轟音と共に、海中から、潜水棲姫の叫び声が響いた

 

『アアッ⁉ イタイッ! バカナッ……! アァァーーッ! コノッ……エモノフゼイガァァッ! イヤアァァーーッ⁉』

 

 爆音は続く、まだ続く。

 誘爆は誘爆を重ね、やがて潜水棲姫の叫びを飲み込んでしまう。

 油断していた所を、数えきれないほどの爆雷の檻に閉じ込められたのだ。

 潜水棲姫は自分の置かれている状況が理解できていただろうか。

 海上の私達ですら、理解できていないというのに。

 

 鳴りやまぬ爆音の中で、浦風と谷風が、私達に駆け寄って来る。

 

「赤城姐さん! 翔鶴姐さん! 大丈夫け⁉」

「危なかったねぇ……谷風達が来たからにゃ、もう安心だよっ」

「え、えぇ……それより、提督が?」

 

「はい。空母のみでの出撃、そして間髪を容れずに私達の出撃……理解に苦しみましたが、どうやらただ事ではないようですね」

「うむ。司令が時間が無いと言っていた理由、この磯風、ようやく理解できた」

 

 赤城さんの問いに、浜風と磯風が答えた。

 どうやら浜風達も、私達と同様に、詳しい説明の無いままに出撃させられたようだった。

 浜風達の出撃もまた、常識では考えられなかったものだ。

 何しろ、装備は全て対潜水艦に特化したもの。

 

 いや――対潜水棲姫に特化したもの。

 

 それだけ大量の爆雷を一斉に浴びてしまえば、たとえ通常の敵潜水艦よりも耐久力のある潜水棲姫でもひとたまりもない。

 私達には、艦上攻撃機を大量に。

 浜風達には、対潜装備を大量に。

 

 ハイリスクだが非常に限定的な状況下でのみ効果的な、そんな装備の選び方だった。

 提督は、まさか――。

 

「あっ、千歳お姉っ! アイツ、逃げてるっ!」

 

 ソナーに反応があったのか、千代田が声を上げた。

 だがそれよりも早く、前に立つ小さな歴戦の猛者は、それに気づいていたようだった。

 

「読んどるわ! 逃がさへんでぇっ! トドメや! 合わせろ大鷹っ!」

「はいっ! 大鷹航空隊、発艦始め!」

 

 龍驤と大鷹の放った艦上攻撃機がまるで生きているかのように旋回し、そして見えているかのように海中の一点に爆撃を叩き込む。

 ひときわ大きな爆音が鳴り響き――海中の気配は消え失せた。

 

 瞬間、日が落ちる。

 辺りは闇に包まれた。

 九死に一生を得る、とは、この事だった。

 あのままでは十中八九、龍驤も大鷹も敗れ、私達も逃げ切れずに嬲り殺しにされていたところだろう。

 生を実感した瞬間、安堵よりも早く死の実感に襲われる。

 そして私はもう二度と、戦場で安堵はしないと決めていた。

 

「た、助かったんか……?」

「いいえ。私達の命運が、ほんの少し伸びただけなのかもしれないわ。このままでは……」

 

 私達は真っ黒な海の奥に目を向ける。

 ギリギリのところで艦載機はこちらに着艦し、操縦していた妖精さんが身振り手振りで情報を伝えてくれた。

 言葉を交わせない為、正確な意図は伝わらないが、慌てている事だけはよく理解できた。

 

「くそっ、やっぱり大破とまでは行かなかったか……撤退は、してくれるわけが無いよね」

「当たり前や。おそらくこれは綿密に準備した上での侵攻やで。奴らの目的の鎮守府、そして夜戦は目と鼻の先や……このくらいで諦めへんやろ」

 

 瑞鶴の言葉に、龍驤が答えた。

 

 せっかくこんなに深部まで侵攻したのだ。

 小破、中破したくらいで撤退などしていられない。

 再びここまで侵攻するには、多くの資材と時間がいる。

 何としても今回の出撃で、敵を撃破するのだ。

 

 ――それはまるで、私達と同じ考えを持つように感じられた。

 

「さっ、赤城姐さん、翔鶴姐さん。うちらが肩を貸すけぇ。母港に帰投じゃ」

「周囲の警戒はこの磯風に任せてもらおう」

「そうね、対潜装備しかないのが不安だけど……」

「――私が皆さんを守ります」

 

 浜風の言葉に、大鷹がそう答えた。

 龍驤はその言葉を聞いて、目を丸くする。

 

「た、大鷹……気持ちは嬉しいが、うちらの艦載機は」

「いえ、いけます。わかるんです。この子たちが、いけると言っていますから……」

 

 大鷹はそう言うと、暗闇の中に艦載機を放ったのだ。

 それは、歴戦の空母である龍驤や翔鶴、瑞鶴、そして赤城さんと私にとっては、信じられない光景だった。

 長い間戦ってきたからこそ、目の前の光景は、ただただ有り得ないものだったのだ。

 

 闇夜の中で、艦載機は発艦できない。

 それは今までの私達にとって、疑った事も無い、疑う余地も無い、絶対的な常識だったのだ。

 

「ななな、なんやて⁉ 何でこないに暗い中で発艦できるんや⁉ それに、お前、夜の海は……」

「はい、怖い、今も怖いです……でも、それを避けていたから、今までこの力に気が付きませんでした」

 

 大鷹の言葉に、龍驤はハッと目を見開き、身震いしながら言ったのだった。

 

「まさか……提督はお前の、大鷹のその能力に気が付いていたとでもいうんか……!」

「わかりません……でも、私達空母は本来、夜に出撃などしません。ありえない事です。だからこそ、私を心配してくれた鳳翔さんのお言葉を退けてまで、私をこのタイミングで出撃させたのは、もしかしたら」

 

 夜戦の出来る空母――前代未聞だ。

 もっと早くこの能力に気が付いていれば、戦局が変わっていた戦いもあったかもしれない。

 実戦経験の無かった春日丸をいきなり実戦投入し、そして、新たな力を自覚させた。

 

『可愛い子には旅をさせよと言うだろう。春日丸が一皮剥ける為にも必要な経験になるはずだ』

 

 敬意を持っているという、鳳翔さんの意見を却下してまで押し通した提督の言葉。

 ――それは果たして、偶然などで片づけられる話なのだろうか。

 

 このタイミングでの私達の出撃、装備。 

 続く千歳達の出撃、装備。

 そして、気付く事が出来た大鷹の新たな力。

 

 提督は、あの人は――。

 

「とりあえずは提督の言う通り、貴女達を護衛しながら撤退するわ。そして、一体何が起きているのか、私達にも教えてもらえるかしら」

 

 千歳の言葉に、私は小さく首を縦に振ったのだった。

 

「えぇ、ありがとう……撤退しながら、説明する事にするわ」

 



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012.『窮地』【提督視点】

 俺の目の前には、先に俺が送り出した赤城、加賀、翔鶴姉、瑞鶴、龍驤、春日丸。

 そしてその後、すぐに後を追ってもらった千歳お姉、千代田、浦風、磯風、浜風、谷風。

 十二名の艦娘が、艦隊ごとに揃って並んでいた。

 

 赤城と千歳お姉が報告を述べている間も、俺は目を合わせる事ができなかった。

 ヤッベェ……よりにもよって赤城と俺の翔鶴姉が負傷しているではないか。

 動揺しすぎて、報告の内容もよく頭に入らなかった。

 俺が自己保身と自己弁護の為に天才的頭脳をフル回転させている間に、報告のほとんどが右から左へ受け流されている。

 

「提督、お茶をどうぞ。熱いのでお気を付け下さいね」

「ダンケ」

 

 いいいいかん、動揺している事を表情に出してはいかん。

 明石が淹れてくれたお茶を震える手ですすりながら、俺は何とか断片的に理解できた言葉を繋ぎ合わせていく。

 端的に言えば、赤城達は敵艦隊を見つけ、先制爆撃には成功したが、同時に潜水艦に攻撃され、負傷。

 危機一髪のところで、千歳お姉達の救援が間に合ったという事だ。

 俺が危惧していた状況そのままではないか。千歳お姉達を出撃させなかったらどうなっていた事か……。

 何とか最悪の事態だけは避けられたが、俺が赤城達を出撃させた後に欠点に気づき、取り繕うように慌てて千歳お姉達を出撃させたのは明白だ。

 よっぽどの馬鹿でも無い限り、それは疑いようが無い。

 つまり、俺の無能っぷりが一日目にして白日の下に晒されてしまったという事だった。佐藤さん、マジゴメン。

 

 あと、ついでに春日丸がなんか新たな力に目覚めたとか。

 俺の大人げない嫌がらせでもある初めての実戦という逆境を乗り越えただけではなく、成長してみせるとは、流石は天才児という事か。

 その才能が妬ましい。ギギギ。

 

「一つ聞いてもいい? 提督さんは……この状況が読めていたの?」

 

 瑞鶴が追い打ちをかけるように、そんな事を言うのだった。

 もうやめて下さい! これ以上私に、どうしろというのですか!

 この状況というのは、空母だけの編成が潜水艦に手も足も出ないという事だろう。

 知りませんでしたとは言えない。いや、出撃させた時点では知らなかったのだが、もしそれを認めてしまったら、更に無能を晒してしまう。

 

 仕方が無い。その辺は上手くボカして、ひたすらに謝罪して許してもらおう。

 こういう時は誠意が大事。天使の翔鶴姉なら何とか瑞鶴を抑えてくれるはずだ。

 俺は顔を上げ、自分自身が逃げ出さぬように、しっかりと瑞鶴の目を見据えた。

 

「そうだ。空母による敵艦隊への先制大規模爆撃。その後の千歳達による敵潜水艦の迎撃は、私がこの状況を読んだ上で判断した。

「だが、今回の出撃で赤城と翔鶴が負傷する事は――読めなかった。お前たちならば無傷で帰投できると思っていたのだ。

「私の判断ミスだ。赤城、翔鶴、本当に申し訳ない。この通りだ」

 

 そう言って、俺は深く頭を下げた。

 俺が千歳お姉を送り出した段階での理想の展開は、赤城達が敵潜水艦と戦闘になる前に千歳達と合流し、無傷で帰投してくる事だった。

 だが、赤城と翔鶴姉は負傷した。

 そりゃあ確かに頭の悪い出撃を命じた俺も悪いだろうが、この鎮守府近海には大した敵もいないはずだ。

 そして正規空母組は皆、他の艦娘と比べて練度が高い。

 いわば圧倒的に実力差があるのだから、多少相性が悪くても無傷で帰ってこれると期待しても良いではないか。

 つい、そんな思いが言葉となって出てしまい、同時に、しまった、と思った。

 これでは、負傷したのはお前たちの練度不足だと誤解されてしまうかもしれない。

 

 そう考えた瞬間だった。

 

「――提督、頭を上げて下さい」

 

 加賀がそう言った。

 俺の失言に対する死刑宣告だろうか。殺られました。

 頭を上げると、加賀は一歩前に出て、言ったのだった。

 

「提督が頭を下げる必要はありません。赤城さんと翔鶴が負傷したのは、私の不注意を庇ったせいです。全てはこの私の責任です。申し訳ございません」

 

 そして加賀は深々と頭を下げる。

 何だと……! お前、鬼のような目つきのくせに何をしてくれているんだ。

 赤城と翔鶴姉を見ると、どうやらそれは事実らしく、何とも言えぬ気まずそうな表情を浮かべていた。

 おおっ。よく見れば翔鶴姉は袴にも被害が及んでおり、薄い桃色が見えているではないか。生パンツ! 生パンツです!

 くそっ、俺の頭はここぞとばかりに加賀の失態を厳しく叱責しろと叫んでいるのに、俺の股間の変態司令部から入電。よくやった、今日のMVPはお前だと大喜びしている。

 男は下半身で物を考える生き物なのだ。仕方ない、今日の判断は俺の大本営からの指示に従おう。

 翔鶴姉のパンツに免じて許してあげようではないか。

 

「……そうか。だが、私が見誤ったのは事実だ。顔を上げてくれ。それよりも、赤城と翔鶴に礼は言ったのか」

「はい。赤城さん、翔鶴。貴女達には命を助けられました。本当にありがとう」

「よ、よして下さい。同じ艦隊の仲間ですもの。当然の事ですから」

「翔鶴さんの言う通りよ。それに、ここに帰るまでに何度も頭は下げてもらったわ……それよりも、提督」

 

 赤城が俺を見据えた。エッ、ナニ、怖い。

 

「私達が負傷するのは読めなかったとの事でした……大変申し訳ございません」

 

 あぁ、やはり誤解されてしまった。

 違うのだ。口にするつもりはなかった。

 俺は慌てて釈明しようとしたが――

 

「提督のおっしゃる通りです。私は、私達は、慢心していました。慢心しては駄目だと、自分自身には常日頃から言い聞かせていたつもりだったのに……。

「敵艦隊を発見した時に潜水艦の存在まで予測が出来ていれば、龍驤さんと春日丸さんに対潜警戒を徹底してもらっていれば、あそこまで接近を許す事は無かったはずです。

「先制爆撃に成功したら即座に撤退せよとの提督の言葉も忘れて、喜びのあまり気を緩めてしまいました。

「私達の中で最後まで最も気を緩めていなかったのは、提督の見込み通り、翔鶴さんだけでした。

「私達の慢心のせいで、危うく全滅の危機でした。無線も使えず、あのままでは一方的に蹂躙されていた事でしょう。

「提督が機転を利かせて、千歳さん達を向かわせていなかったら……本当に、ありがとうございました。

「私、今日の悔しさは忘れません。今後、同じ轍は踏まぬよう、より一層精進していきたいと思います」

 

 そう言って、赤城は深く頭を下げたのだった。

 え? い、いや、あれ?

 もしかしてコイツ、わかっていない?

 それとも自分に厳しすぎるのだろうか。俺の無能な采配さえも、それを無傷でこなす事ができなかった自分の練度不足だと。

 提督がどんなに頼りなくても、自分が強ければ上手くいったはずだと。

 コイツはヤベェよ……危ない女だ。考えがもうすでに危険だ。普通に笑っていても目がなんか怖いし、負傷した今でも隙は見せないし。

 お前、これ以上精進してどうすんだよ。

 隙だらけの翔鶴姉を見習ってほしい。頼むから。

 

「いや……機転やない。これはハナっから綿密に練られた作戦や」

 

 龍驤がいきなり何か言い出した。

 室内の艦娘達の視線が龍驤に集まり、千歳お姉が首を傾げた。

 

「どういう事かしら」

「今にして思えば、司令官は、敵艦隊に潜水艦が一隻含まれている事も読んでいたんや。でなければ、千歳らの装備も、あのタイミングでの出撃も到底ありえへん」

「まぁ、確かに驚いたわね……甲標的まで外しちゃうし、どちらの命令も常識では考えられないもの」

「夜戦となれば潜水艦を仕留めるのは不可能に近い。せやから、何としても日が沈む前に仕留めたかったんや。うちらが空母だけで出撃したのはそう言う意味もあるっちゅー訳やな」

「……空母だけの編成なんて、潜水艦からすれば絶好の獲物……つまり、潜水棲姫をあえて釣り出す餌に使ったって事?」

「言葉は悪いが、せやな。そうして潜水棲姫が油断して釣り出されてきた所を、ドンピシャのタイミングで合流した千歳らが迎撃、敵は逃げる間も無く夜戦前に撃沈っちゅー寸法や。せやろ? 司令官」

 

 龍驤はドヤ顔でそう言った。

 何言ってんだコイツ。頭大丈夫か。

 全く言っている意味がわからんかったから否定しようかと思った瞬間、浦風が目を輝かせて俺を見たのだった。

 

「そこまで先を読んでいたんか……提督、凄いお人なんじゃねぇ!」

「それほどでもない」

 

 駆逐艦も有りだ。

 私はそう結論付けざるを得ないのだった。

 俺が浦風の言葉にそう頷くと、浦風と谷風が、磯風の背を叩いたのだった。

 少し躊躇った後に、磯風は一歩前に歩み出て、頭を下げる。

 

「その……なんだ。司令。先ほどは出過ぎた事を言ってしまい、悪かった。この通り、謝らせてほしい」

 

 それに合わせて、千歳お姉、千代田、浜風も前に出て頭を下げたのだった。

 

「もしも私達があそこで命令に従っていなかったら、大変な事になっている所でした」

「説明をしなかったのも、私達の判断力を試し、鍛えるつもりだったなんて……龍驤から聞いたわ」

「提督のおかげで、大切な仲間を救う事ができました。適切な指示に感謝します! どうか、私達の非礼をお許し下さい!」

 

 一体龍驤は何を言ったんだ。

 よくわからなかったが、四人が両手を身体の前で合わせ、深く頭を下げた事で、たゆんたゆんの爆雷がより強調された姿を見る事ができたので許す。

 素晴らしい眺めではないか。浦風がここに混ざっていれば完璧だったというのに。

 誤解であまり長く頭を下げさせるのも申し訳なかったので、非常に名残惜しいがその景色に別れを告げる。

 

「構わん。顔を上げてくれ」

「いよっ! 雨降って地固まるってね! かぁ~っ! 提督、粋だねぇ」

 

 谷風が満足そうにそう言うと、千歳お姉達は顔を上げて、恥ずかしそうに笑ったのだった。

 うむ。どうやら龍驤のおかげで、皆は何やら勘違いをしているようだ。

 まぁ、知らぬが仏という言葉もある。

 このまま何も知らない方が、幸せという事もあるのだ。

 

「……でも、こんな一大事なんだから、やっぱり教えてくれてた方が良かったと思うんだけど」

 

 ただ一人、瑞鶴だけが唇を尖らせながらそう呟いていた。

 こ、コイツ……龍驤や谷風と違い、ペチャパイのくせにチョロくねぇ。厄介な奴だ。あまり近づかないようにせねば。

 

 しかし、雑魚しかいない鎮守府近海で、一戦しただけで一大事とは大げさな奴らだ――。

 

「提督」

 

 アッハイ。ゴメンナサイ。

 加賀と赤城が、俺の目の前に立つ。

 加賀は俺を睨みつけるものとはまた違う目を俺に向けて、言ったのだった。

 

「今回は私の迷いのせいで、大変な失態を犯してしまいました」

「そ、それはもういいと言ったはずだ。そう気にするな」

「いえ……その、私は、貴方が何の関係も無いと知りながら、無理に前提督と重ね合わせていました。そうでもしないと、怒りの矛先をどこに向ければよいかわからずに、それを捨てる事も出来ずに、それに囚われていました」

「う、うむ……?」

「そのせいで、あんな事に……どれだけ後悔しても、足りません」

 

 ……き、気にしすぎでは無いだろうか。赤城も翔鶴姉もそんなに大きな負傷でも無いのに。

 いや、失敗は誰にでもあるよ。不注意で事故する事くらい、誰だって経験がある。

 前提督とやらはよくわからんが、赤城といい、加賀といい、一航戦は何でこうクソ真面目なんだ。

 何だか加賀の思いつめた顔を見ているとどうにも可哀そうになったので、俺は加賀の目をしっかりと見据えて言った。

 

「失敗は誰にでもある。私の人生も失敗だらけだ」

「提督も……?」

「うむ。大事なのはそれを後悔で終わらせる事では無く、反省し、次に活かす事だ。失敗は成功の母と言う。だからもうこれ以上過去に囚われる事なく、気に病むな」

 

 いわゆるPDCAサイクルというやつである。

 計画し、行動し、分析し、改善する。

 仕事だけでなく、人生の全てに活かせる考え方だ。

 まぁ、俺は過去の失敗から成長できている気がしないのだが。

 わかっていても、それが完璧にできるほど、俺は人間ができているわけではない。

 

「……わかりました。今後、二度と同じ間違いを犯さない事を誓います。赤城さんを見習って、これからはもう迷いません」

「加賀さん……。提督。一航戦、赤城。私ももう二度と慢心しない事を誓います。これより一航戦は、提督という弓に射掛けて頂ければ、千里先の敵をも貫く必殺の矢となりましょう」

 

 赤城がなんか怖い事を言っていた。

 微笑みながら必殺とか言うな。必ず殺すとか言うな。

 お前はちょっとくらい慢心してもいいから。少しは隙を作っていいから。頼むから。

 

「これからもどうかよろしくお願いします」と二人揃って頭を下げた一航戦を下がらせて、俺は小さく息をつく。

 

 まぁ、これで今日のノルマは終わりだ。

 日も暮れたし、これ以上の出撃はいいだろう。

 夜は空母が役に立たないとか潜水艦が無敵だとか、知らん事も多い。これ以上余計な事はしない方がいいだろう。

 明日以降、少しずつ隠れて勉強すれば良い。

 後は大淀と夕張が帰ってくるまでの間に、勇気を振り絞って明石にセクハラをするも良し。翔鶴姉の生パンツを眺めるも良し。

 いや、慣れない事ばかりで疲れたな。

 久しぶりにこんなに女性に囲まれたし、視線だの清潔感だの言葉遣いだの、普段は気を使わない事ばかりだったから、肉体よりも心が疲れた。

 飯食って、風呂に入って、今夜は早めに寝よう。

 

 そう考え、執務室から艦娘達を解散させようとした瞬間。

 

 大きな足音が近づいてきて、そのまま執務室の扉が勢いよく開き――真剣な表情の戦艦、長門が現れたのだった。

 



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013.『人望』【艦娘視点】

 緊急事態だった。

 鎮守府近海を哨戒していた利根、筑摩の報告によれば、明らかに鬼、姫級であろう強力な深海棲艦の反応が、複数、まっすぐにこの鎮守府へ向かっているという。

 横須賀鎮守府で最も索敵に長ける重巡洋艦である利根、筑摩が見紛うはずもない。

 

 おそらく、この一か月間の闘いで、こちらに提督がいないという事を感づかれたのであろう。

 提督の指揮下になければ、私達艦娘は本来の力を発揮できない。

『改』も『改二』もろくに発動できない状態での戦いを強いられ、なんとか凌いできたのだ。

 私が敵の軽巡洋艦の一撃で大破し、撤退せざるを得なくなった時――あの時の悔し涙は忘れない。

 ようやく信頼できそうな提督が着任し、これからは全力で戦えると思った矢先に、過去に例を見ない、最強の少数精鋭による奇襲だ。

 提督が着任した事すら、不幸中の幸いとは呼べなかった。焼け石に水、と言った方が良いかもしれない。

 

 あの提督の力は未知数だ。

 初めての命令により出撃した大淀達は、かなり時間が経つというのに、未だに帰らない。

 次の出撃命令は、放送だけを聞いていれば、全く理解のできるものではなかった。

 提督がこの鎮守府に着任し、僅か数時間しか経っていない。

 果たして、私達に適切な指示ができるのか。

 いや、出来たとしても、勝ち目があるのか。

 もはや艦隊司令部へ連絡し、他の鎮守府からの応援を頼んでも間に合わないだろう。

 横須賀鎮守府の、そしてこの国の最後が迫っていた。

 

 私はノックするのも忘れ、勢いよく執務室の扉を開けた。

 提督に報告をしていた途中だったのか、先ほど出撃命令のかかっていた十二名が提督に向かい合って並んでいる。

 ちょうどいい、と私は思った。

 実際にあの妙な出撃命令を受け、帰投した者に意見を聞けば、提督の力量も推し量れるというものだ。

 

 私は室内にいた艦娘の中で、もっともその役目に相応しいであろう者を指名したのだった。

 私も人を見定める能力は優れていると自負しているが、奴の観察眼には私も一目置いている。

 この役目に適任なのは、奴を置いて他にはいるまい。

 

「失礼する。提督、加賀をお借りしてもよろしいだろうか」

「あぁ。だが……私には聞かせられぬ話か」

「……気を悪くしたのなら申し訳無い」

「フッ……別に構わん。むしろ当然の事だろう。加賀、行ってくれ」

「了解しました」

 

 提督は私を見つめ、小さく笑って私の無礼を許可した。

 懐は深い人のようだ。私が自分の力量を疑っている事も見透かした上で、それを認めるとは。

 話がわかる方のようで、ありがたい。

 加賀を連れて、私は廊下に出る。執務室の扉を静かに閉めて、なるべく声を潜めながら、私は加賀に言ったのだった。

 

「緊急事態だ。鬼、姫級の深海棲艦五隻がこの鎮守府に――」

「えぇ。知っているわ。提督も、私達も」

 

 加賀は感情が表情に現れやすい方では無いが――まるで私が何を言っているのかを理解しているかのように、さも当然のように、そう答えたのだった。

 思わず私は言葉に詰まってしまう。

 

「なっ……! ど、どういう事だ」

「私達も今、帰投したばかりなのだけれど。この状況はすでに提督が予測済みという事よ。先ほどの私達の出撃により、その艦隊には大量の艦載機による先制打撃を与えたところだったわ」

「なん……だと……⁉」

「夜戦では倒す事が不可能だったはずの潜水棲姫も、提督の策による千歳達の追撃により、日が沈む前にすでに撃沈済みよ」

 

 馬鹿な――有り得ない。

 この一か月間の戦況分析からこの結果を予測し、対策を練り、最善手を導いたとでもいうのか。

 しかし、加賀は嘘をつくような性格ではない。ここで嘘をつく意味も無い。

 

「提督は全て予測済み……おそらくこの後の事も、全てね」

「お前がそこまで人を褒めるのを初めて聞いた気がするが……本物なのか。信じてもいいのか、今日着任したばかりの、どんな人間なのかも知らない、あの若き提督を」

「私も最初は気に食わないと思い込んでいたわ。前提督と重ねて……でも、そのせいで余計な思考が生まれ、不注意に繋がり、私は失態を犯した。私はもう迷わない。私はあの人を……信じるわ」

 

 表情の変化には乏しいが、人一倍感情の起伏が激しい加賀は、前提督の事も激しく憎み、生半可では無い怒りを抱いていたはずだ。

 それは例えば、他国からの攻撃で家族を失った者が、出会った事もないその国の民全てを憎むかのように、理不尽だが、理解し得る感情だった。

 提督という存在そのものに不信感を抱く艦娘は多いが、その中でも根深いそれを抱いていたはずの加賀が、たった一度の出撃でこうも変わるとは。

 

 いや、加賀だけでは無い。

 いわば反提督とでも言えるほどに提督という存在に疑念や不満、嫌悪感を抱いている艦娘は、大なり小なり他にも大勢いる。

 

 改修工廠での失敗の責任を負わされ、罵詈雑言の雨に打たれながら泊地修理の為に不眠不休で働かされていた明石。

 もっとも提督に近く、それゆえに進言する事も多く、そのたびに罵られ、人格否定までされていた大淀。

 装備の開発に失敗した責任を負わされ、汚い恰好で近づくなと嫌悪されていた夕張。

 性能の何もかもが中途半端だと貶されていた水上機母艦の千歳と千代田。

 その外見を気に入られていたのか、よく尻を撫でられていた香取と鹿島。

 大破率の高い天龍と、その姉妹艦だからと本来の性能に目を向けられず、まともに役割を与えられなかった龍田。

 資材を無駄に使うなと罵られて夜戦演習を禁止され、その分の資材は失敗続きの建造に浪費された川内型三姉妹。

 まともに働いていないのに食う飯は美味いかと嫌味を言われ続け、資材の無駄だと補給すらまともにされず、やがて自主的に食事すら遠慮する風潮が生まれた中で、建造用の資材確保の為に遠征に向かわされた駆逐艦達。

 戦艦の劣化だとまともに運用されなかった妙高や利根達、重巡洋艦。

 主力なのだからと疲労に構わず何度も何度も反復出撃させられ、失敗すれば力量不足のせいにされていた、加賀達、空母や、私達、戦艦。

 建造の為の資材を集めろと、昼も夜もなく遠征に駆り出されていた潜水艦達。

 

 執務室で初めて提督と対面し――私は皆の変化に驚愕したのだ。

 大淀の、明石の、夕張の目に光が宿っていた。

 旗艦に指名された喜びからか天龍が軽口を叩き、提督はそれを喜んだ。

 それを見て、川内や那珂、浦風や谷風など、もともと人懐っこい性格だったはずの奴らは気が付いたのだろう。

 この提督は、前提督とは関係ない。まったく別物なのだと。

 

 あの提督ならば、もしかすると――。

 

「提督の指示は言葉足らずで、突拍子も無いように聞こえるわ。でも、その裏にはかならず理由がある。疑ってかからない事ね」

「随分と入れ込んでいるな」

「私はそれで、赤城さんと翔鶴を負傷させる失態を犯したわ。それだけでは無く、私達の慢心は予想外だったと提督は言った。私はもう二度と提督を失望させるつもりは無いもの」

「お前にそこまで言わせる男だったとは……!」

 

 私も腹を括ろう。

 この加賀がここまで言うのならば間違いは無い。

 提督への信頼が無ければ、どのみち私達は本来の性能が出せないのだ。

 私は改めて執務室の扉を開け、今度は提督のいる執務机の前まで歩を進めた。

 

「待たせてしまって大変申し訳ない。早速本題に入るが、今後の予定をお聞かせ願いたいのだが」

「今後の予定か……ふむ」

 

 提督は腕を組み、しばらく何かを考え込んでいるかのようなそぶりを見せた。

 この僅かな時間の中で、私達では到底想像もつかないような思考が繰り広げられているのだろう。

 提督は顔を上げ、私の顔を見やり、こう言ったのだった。

 

「特に予定は無いな」

 

 なっ……⁉

 私は思わず言葉に詰まった。

 馬鹿な。私達が今後、どのように動き、どのように迎撃すれば良いか、作戦は立てていないという事か⁉

 どういう事だ。今すぐにでも問いたださねば――。

 

 その私の考えは、すでにその経験のある者達には容易く読まれていたのだろう。

 ぽん、と私の肩に加賀が手を置き、私に任せろと言わんばかりに、私の目をみて小さく頷いた。

 加賀は私を置いて、さらに一歩前に出る。

 

「つまり、全ての準備や段取りは、私達の判断に任せるという事でよろしかったでしょうか」

「ほう……流石だな。私の考えている事が理解できているとは」

「いえ、このくらい……なんともないわ」

 

 加賀のそんな表情を見るのは初めてだった。

 二度と同じ過ちは犯さぬと言う覚悟、提督への揺るがぬ忠誠が溢れ出ているように、加賀のその目には一切の迷いが見られない。

 

「それでは提督、これから艦娘全員に召集をかけ、話し合いを行いたいと思いますので。失礼します」

「うむ。期待しているぞ」

 

 期待だと……?

 提督も、加賀も何を言っているのだ。

 いや、加賀だけではない。赤城も、龍驤も、翔鶴も――千歳も、浦風も、磯風まで。

 この部屋にいる私と瑞鶴以外の全員が、加賀の言葉を理解し、アイコンタクトだけで小さく頷いた。

 皆、疑問に思わないのか?

 この提督は、予定は無いと言ったのだぞ。

 艦娘に全てを任せると言ったのだぞ。

 指揮官として、それでいいのか⁉

 

 加賀を先頭に、提督以外の全員が執務室を出た。

 私はどうにも納得ができず、飲み込んでいた言葉を吐き出したのだった。

 

「ありえん……私には理解できん……!」

「だよねだよね! 私もそう思うんだけど」

 

 瑞鶴が私の呟きに同意した。

 あの場にいた全員が、提督の事を理解できているわけではないのか。

 加賀は冷淡な眼で瑞鶴を見やり、吐き捨てるように言ったのだった。

 

「哀れね」

「な、何ー⁉」

 

 わからん。私にはわからない。

 あの加賀が、そして瑞鶴はともかくそれ以外の艦娘達が、たった一度の出撃でこうも理解を示すとは。

 私はあの提督を信頼できるのか……⁉

 

 明石によって鎮守府全体に召集命令が流され、艦娘達が会議室に集まるまで、私はその懸念から逃れる事は出来なかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 会議室には、現在出撃中の大淀達、水雷戦隊を除く、全ての艦娘が集まっていた。

 すでに利根と筑摩により情報共有は出来ているのであろう。

 全員が不安そうな表情を浮かべていた。

 どんなに勝ち目がなかろうとも、私達は艦であり、兵器だ。

 たとえ戦闘を命じられなかったとしても、逃げ出すという選択肢は無い。

 

「すでに聞いているとは思うが……まもなく姫級の戦艦一隻と、鬼級の戦艦四隻からなる敵主力艦隊による夜間奇襲が開始される」

 

 私がそう言うと、小さくざわめきが起こった。

 腕を組んで壁にもたれていた重巡洋艦、那智が不機嫌そうに声を上げる。

 

「それで……こんな一大事にあの提督はどうしてここに居ない?」

「それは……」

「提督の指示は、私達に判断の全てを任せる、という事だったわ」

 

 私が言葉に詰まり、加賀がそう言った瞬間、那智がその表情を怒りに染めた。

 そのまま踵を返し、部屋から出ていこうとしたところを妙高に止められる。

 

「どこに行くの」

「知れた事! 奴を執務室から連れてくる。引きずってでもな!」

「落ち着きなさい、那智」

「これが落ち着いていられるか! この国の一大事だぞ、命を張るのは私達――」

「落ち着きなさいと言っているの」

 

 妙高が静かにそう言うと、那智は言葉をぐっと飲み込み、不満げに再び壁にもたれかかった。

 落ち着いているかのようにも見えるが、妙高も内心、何を考えているのかわかったものではない。

 やはり、提督に顔だけでも出してもらった方が良かったのではないか。

 加賀や龍驤がこれでいいと言うから、私もそれ以上何も言わなかったが――

 

「これを先に言わないと混乱するでしょうから、言っておくわ。提督は、今回の敵の奇襲について全て予測し、その行動を掌握しているわ」

 

 加賀がそう言った瞬間、会議室内に大きなどよめきが起きた。

 そうか。まずは、先ほどの事を話す事が先決だったか。

 那智がじろりと加賀を睨みつけ、妙高は表情を変えずに、落ち着いた声色で加賀に問う。

 

「どういう事でしょうか」

「おそらく私達の一か月間の報告書から戦況を分析し、予測したのでしょうね。あの頭の回転は、私達では想像もつかないものでしょう」

「今までの私達の闘いから……」

「えぇ。先の放送で知っていると思うけれど、私達は空母のみの編成で出撃。提督の読み通りに先制攻撃は成功し、敵には大打撃を与えられたわ。敵艦隊は万全の状態では無いはずよ」

「……なるほど。敵が戦艦のみであり、かつ、夜戦のみに絞っていたのであれば、対空能力が薄いと予測したわけですか」

 

 加賀と妙高の会話を聞いていると、僅かに希望が見えてきたような気がしてきた。

 先制攻撃により敵の装甲や体力は削られており、さらに、提督の能力が高いことも理解できる。

 妙高に続き、羽黒が恥ずかしそうに小さく挙手をして、声を上げた。

 

「あっ、あのっ! す、すみません! そのっ、その後の千歳さん達の出撃は、どういう事でしょうかっ⁉ すみませんっ!」

 

 羽黒の問いに、磯風が腕組みをしながら一歩前に出た。

 

「敵艦隊は現在確認されてる五隻だが、実は見えない六隻目がいた。潜水棲姫だ。夜戦となればまず仕留められないそいつを仕留める為に、私達が出撃したというわけだ」

「えぇ……⁉ そんな事まで予測していたんですか」

「あの司令は大した奴だ。空母部隊という餌に釣られて、潜水棲姫が単艦で現れる事も予測していたらしい。奴を日が暮れるまでに仕留めるには、空母部隊も私達も、あのタイミングでの出撃しかなかったという事だ」

「へぇぇ……磯風さんにそこまで言わせるなんて」

「ふふん、この磯風が見込んだだけの事はあるぞ」

 

「何で旗艦の千歳お姉じゃなくて磯風が仕切ってんのよ」

「しかも何で磯風が自慢げなのかしら。さっきまで思いっきり提督の事疑ってたのに」

「千代田姐さん、千歳姐さん。磯風はあぁいう役回りが好きなんじゃ。勘弁してやってつかぁさい」

 

 満足気に頷きながら語る磯風を見て、千代田と千歳、浦風が小声でそう語っていた。

 先ほど加賀から聞いていた通りだ。どうやら何の誇張もしていないらしい。

 そして加賀にも負けず劣らずの反提督派、頑固な武人気質の磯風のその言葉に驚きを覚えた者は、私を含めて多かった事だろう。

 会議室内の雰囲気も、徐々に変わってきたような気がする。

 

 次に声を上げたのは足柄だった。

 

「つまり……勝ち目はありそうね。姫や鬼がここまで近海に、奴らにとっては遠洋にまで侵攻するって事は、相当の資材を消費しているはず。それならいつものように相手も万全な火力では無いはずよね」

「吾輩達には地の利も数の利もあるのう。戦場は鎮守府の御膝下じゃ。普段とは逆に、精鋭のみならず全艦娘で立ち向かう事もできる」

「流石です、利根姉さん。鎮守府を背にする私達ではなく、むしろ帰りの燃料に余裕の無い敵艦隊こそが背水の陣というわけですね」

 

 利根と筑摩がそう言うと、会議室の空気が一変した。

 提督の指示による、空母部隊の先制攻撃で体力を削り。

 対潜特化部隊により、夜戦では無類の強さを誇る厄介な潜水棲姫も撃沈済み。

 今から襲い来る敵艦隊は姫に鬼と驚異的に見えるが、それはあくまでも敵棲地にこちらから乗り込み、相手が万全の状態で戦った時の印象だ。

 今回は逆に、敵艦隊がいつもの私達のように、資材をすり減らした状態で乗り込んでくるわけだ。

 火力も装甲も万全では無いだろう。

 鎮守府という拠点が戦場に近いのも考え方を変えれば利点になる。

 損傷した場合に即座に工廠へと戻る事ができ、また、いつもは長時間の航行と連戦に耐えきれない艦も戦闘に参加できる。

 また、洋上補給と言わずとも、鎮守府から資材を補給する事もでき、持久戦にも向いている。

 日の出まで時間さえ稼げば、空母が戦力として数えられる。

 敵は後には引けぬ背水の陣。

 

「そうか……真正面から立ち向かうのではなく、持久戦に持ち込めば……!」

 

 私がそう言うと、加賀は小さく頷いた。

 

「それが最善手でしょうね。そして……この程度の事は、あの提督ならばすでにわかっているはずよ」

 

 加賀の言葉に、再び会議室内がざわめいた。

 動揺する皆に構わず、加賀は言葉を続ける。

 

「最低限の舞台を整えて、あとは私達艦娘の、戦場での判断に任せる。どうやらそれが、あの提督の指揮のやり方のようね」

「馬鹿な! そんな指揮があるものか!」

 

 那智が壁を叩きながら叫ぶと、瑞鶴が小さく頷いていた。

 だが、それに答えたのは、隣で黙って話を聞いていた龍驤であった。

 

「常識では考えられへん指揮や。せやけど、あの司令官は、何もうちらに責任を負わせようとしてるんと違うで。舞台を整えた上で、司令官の責任の下で、うちらに判断を任せると言っとるんや。

「命を張るのはうちらやと言うたな、那智。その通りや。司令官もそれをわかっとる。わかっとるから、うちらを鍛えようとしとるんとちゃうか。

「司令官にとって、おそらく、司令官の役目はもう終わってんねん。あとはうちらの判断で何とかなると……そう、うちらの事を信頼しとるんや」

 

「信頼だと……フン、くだらん!」

 

 実際に今回の出撃に参加している古参、龍驤にここまで言われては、流石の那智と言えども折れざるを得ないのだろう。

 那智が大人しくなったところで、加賀は全員に向けて言ったのだった。

 

「ただ、どうしても納得がいかないという子が一人でもいれば、構わないわ。提督に意見を伺いに行きましょう。私は……提督を信頼しているわ」

「あの司令は相当な実力者だ。この磯風が保証しよう」

 

 加賀と磯風の言葉に、手を上げる者はいなかった。

 加賀は不貞腐れたような表情の瑞鶴を見やり、声をかける。

 

「貴女はいいの?」

「納得はいかないけど、今回までは様子を見るわ! これで鎮守府が陥落なんてしたら絶対に許さないんだから……!」

「そう……哀れね」

「な、何ー⁉」

 

「那智はええんか? 加賀があぁ言うとるんや、別にうちに気ぃ使わんでもええで」

「気など使ってはいない。ただ、他ならぬ戦友がこれほどまでに信じると言っておるのだ。私も今回だけは信じざるを得まい」

「さよか。ま、答えは戦場で待っとるわ。うちらは夜戦では役に立たへんから、後は任せたで」

「あぁ、任された。せいぜいあの提督の実力を、戦場で見極めさせてもらうとするさ。それに……こんなものまで配られてしまってはな」

「? なんやこれは」

 

 那智が懐から取り出した一枚の紙を、龍驤が覗き込む。

 それは、私の懐にもしまわれている、アレだろう。

 

「えへへっ、青葉の艦隊新聞、号外ですっ。ささ、出撃されていた皆さんもどうぞどうぞ!」

 

 青葉がそう言いながら、加賀達に艦隊新聞を配り始めた。

 今回出撃していた艦娘と、提督の傍にいた明石を除いた全ての艦娘には、すでに青葉が配っていたのだった。

 明石がはっと気が付いたかのように詰め寄り、青葉の持つそれを奪い取った。

 それには隠し撮りをしたのであろう、大淀と明石が鎮守府の正門前で感涙している写真や、提督が夕張の手を取り真剣に何かを語っている様子の写真が掲載されていた。

 そして、隠れて提督の様子を観察していたのであろう青葉の解説と、提督評がつらつらと記されていたのだった。

 

 大淀と明石の仕事をねぎらい。

 装備の開発で汚れた夕張に感謝をし。

 艦隊司令部への報告書よりも、真っ先に私達艦娘の情報と戦況分析に着手した。

『艦娘型録』に真剣な表情で目を通している提督の姿を写したその写真は、加賀のどんな言葉よりも、雄弁に提督という存在について語っていた。

 百聞は一見に如かず。

 視覚のもたらす効果とは、それほどまでに大きいのだ。

 

 青葉もまた、戦力として役に立たないと前提督に冷遇を受けていた艦娘の一人だ。

 記者として中立の目線を持っていると常々言っていた青葉だったが、もしも彼女がその気になれば、悪意を込めた記事を書けば、容易く印象操作が出来た事だろう。

 しかし青葉は、その中立の視線を持って、あの提督が信頼に足りる人物であると、熱い思いを記事に込めていたのだった。

 

 耳の先まで真っ赤に染めた明石に、青葉は両頬をつねられている。

 

「あ・お・ばぁ~! いつの間にこんな写真を!」

「痛い痛い! み、皆さんが気になっているネタ……い、いえ情報でしたので……」

「もう……! でも、ありがとう。提督の姿を皆に伝えてくれて」

「当然です! 真実をありのままに伝えるのが青葉の仕事ですから!」

 

 実際に出撃を通して提督の能力に触れた加賀や龍驤、磯風の言葉。

 提督の後をつけて判断した、青葉の提督評。

 そして何より、写真を通して目の当たりにした、執務に当たる提督の姿。

 

 瑞鶴と那智以外にも、心に秘めたものを抱いている者はいるかもしれない。

 ただ、強大な敵を前にして、少なくとも今だけは提督を信頼するという意見で、艦娘達は一つにまとまった。

 初めて執務室で顔を合わせ、そして今回の加賀達への指揮を経て。

 提督は着任して僅か数時間で、この鎮守府の艦娘達の人望を確かに得る事ができたのだ。

 

 艦娘全員を引き連れて、執務室へと向かう。

 扉を開ければ、提督は執務机に座って海図を眺めていた。

 やはり、今回の闘いにおいて、何か作戦があるのだろう。

 提督は顔を上げて、整列した艦娘全員の先頭に立つ私の顔を見て言った。

 

「長門、準備は整ったか」

「はっ! 敵艦五隻が鎮守府正面海域へと侵入! これより現在鎮守府内に待機する艦娘全員、総戦力を持って、これの迎撃に向かいます!」

 

 提督の眼が見開いた。

 

「全員……全員だと?」

 

 提督は、まさか全員が文句も言わず今回の指令に従うとは予想していなかったのかもしれない。

 一人くらいは今回の提督の采配に文句を言うだろうと、その心の準備をしていたのだろう。

 提督がこの横須賀鎮守府に配属されるにあたり、前提督の件はよく知っているはずだ。

 不信感を持つ艦娘が多いという事も理解できていただろう。

 故に、私達は着任したばかりの提督を信頼できず、命令に従わないものがいるのかもしれないと。

 だが、ここには現在鎮守府内にいる艦娘全員が揃っている。

 一つにまとまったのは、提督が信頼できる人物だと、その行動で示してくれたからなのだ。

 

 だから私は、不器用ながらも提督に微笑みかけ、優しくこう言ったのだった。

 

「あぁ。これが提督の人望だと言うことだ」

 

 提督はその日初めて見る、気の抜けたような表情を浮かべた。

 今までは気を張っていたのかもしれない。

 無理も無い。まだ、着任して初日だ。部下に舐められてはならないと、提督も緊張していたのだろう。

 貴方は今夜だけは、確かに私達の人望を得た。

 今だけは、貴方を舐める者などいないと伝えたかった。

 

 やがて私達の思いが届いたのか、提督は感極まったかのように机に両手を叩きつけ、執務室中に響き渡る凛とした声で、叫んだのだった。

 

「――全員出撃! 我が鎮守府の全身全霊を持って、敵艦隊を撃破せよ!」

「了解ッ!」

 

 ――ここに、この国の命運を賭けた闘いの幕が、切って落とされた。

 



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014.『人望』【提督視点】

 執務室の扉を開けた長門はそれ以上こちらに近づくこともなく、その場で俺に声をかけてきた。

 

「失礼する。提督、加賀をお借りしてもよろしいだろうか」

「あぁ。だが……私には聞かせられぬ話か」

「……気を悪くしたのなら申し訳無い」

 

 どうやら加賀に用があったらしい。

 すでに報告も終わっていたので、加賀だけではなく全員出て行ってもよかったのだが、どうやら俺には聞かせられない話らしい。

 だが俺の聡明な頭脳と慧眼の前では、長門の考えなど全てお見通しなのだった。

 

 先ほど、大淀から聞いていた。

 今夜は俺の歓迎会を開く予定なのだと。

 ところが俺が大淀を遠征に出してしまったので、代わりに長門が仕切っているといったところだろう。

 そりゃあ、今日の主役である俺の前で、歓迎会の段取りを話し合う奴はいない。

 何らかのサプライズが用意されていると考えるのが妥当だろう。

 フフフ、長門め、不器用な奴だ。俺の前に現れては感づかれて当然ではないか。

 しかし今夜の事を考えると、胸が熱いな。夜戦だよ夜戦! 早く、や・せ・ん! 

 

「フッ……別に構わん。むしろ当然の事だろう。加賀、行ってくれ」

「了解しました」

 

 加賀は俺に小さく頭を下げて、長門と一緒に退室した。

 一緒に他の全員も退室して良いと促そうかと思ったのだが、そこで気が付いたのだ。

 目の前には、生の翔鶴姉。生パンツが見えている。

『艦娘型録』で目に焼き付けたそれが今目の前にあるという貴重な機会を無駄にするわけには行かないだろう。

 しかし理由も無くここに立っていてもらうのも不自然すぎる。

 特に、翔鶴姉に関しては、あの瑞鶴が目ざとく俺を監視してくるだろう。

 何とかしてそれらしい理由を作らねば。

 

「……そうだ、明石。お前は泊地修理という能力を持っていたな」

「はい。あっ、そうですね。赤城さんと翔鶴さんの足部艤装の損傷くらいは治せますよ。もう少し損傷の規模が大きいと無理でしたが」

「そうか。話には聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。見せてはくれないか」

「はいっ! 勿論です!」

 

 俺は立ち上がり、明石と共に赤城、翔鶴姉の下へと歩み出した。

 跪いた明石が大きく息を吐き、「工作艦明石、参ります」と言うと同時に、その背に艤装が現れる。

 隣に立っていた俺の股間に勢いよくクレーンがめり込んだ。

 おごォォォオオッ⁉  直撃や! そこは俺のタマタマ、タマタマやで‼ 気にしといてや!

 一瞬白目を剥いてしまったが何とか堪えた。

 

「あっ、クレーンにあまり触ったら危ないですよ?」

「い、いや……大丈夫だ、問題ない」

 

 くそっ、こっちの台詞だ。俺のクレーンが危ねぇんだよ。赤城達だけでなく、提督も少し修理した方がいいみたいですね。

 泊地修理の見学にかこつけて翔鶴姉の生パンツと生足を思う存分見学する作戦に利用してなかったら怒鳴り散らしていたところだ。

 

「すいません、明石さん。いつもお世話になります」

「よろしくお願いしますね」

「最大五人まで同時に修理できます。今回は二人同時に行いますが、まずは損傷の少ない赤城さんからメインでいきますね」

「うむ」

 

 翔鶴姉は後のお楽しみにしておこう。俺は赤城の艤装に注目する。

 それに、艤装やら、艦娘の仕組みについても、それはそれで興味があるのだ。

 もちろん翔鶴姉の生パンツと生足に一番興味があります。

 明石が艤装のレバーのような部分を握り、何やら操作すると、クレーンが赤城と翔鶴姉の足部の艤装に接続された。

 機械音が鳴り響き、明石の艤装が光り出す。その光は、クレーンを通じて赤城と翔鶴姉に流れていく。

 俺は思わず、その不思議な光景に見惚れてしまった。

 

「どういう仕組みだ?」

「ご存じの通り、私達の艤装は資材、つまりエネルギーで構成されています。通常、艤装が損傷した場合は入渠、つまり資材を補給する事で妖精さんが修復してくれますが、私は自身のエネルギーを直接受け渡す事ができるんです」

「それが明石の唯一無二の能力、泊地修理というわけか」

「えへへ、その通りです」

 

 なるほど。

 入渠、というのも、『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』に書いてあったが、いわゆる艤装の損傷を修復する事らしい。

 ついさっきまで『入渠(にゅうきょ)』って読むことすらできなかったのは千代田には黙っていて下さいね。いや、千代田だけではなく皆に内緒だ。

 艤装の修復というのは、工廠に沢山いた妖精さんたちが行うのだろうか。

 オータムクラウド先生の作品内では、入渠というのは風呂に入ったり食事したりと、羽を伸ばしているようにしか見えなかったが。

 気になったので、俺は明石に訊ねたのだった。

 

「入渠というと、工廠にいた妖精たちが行うのか?」

「はい。資材、つまりエネルギーを破損した艤装に直接供給し、修理してくれます。そしてもう一つは、艦娘自身が英気を養う事で、艦娘自身の傷を癒し、時間をかけて艤装を修復する事ができます」

「英気を養う、とは」

「お風呂に浸かって身体を休めるのが一番ですかね。ここのお湯には豊富に資材が含まれていて、肌からエネルギーを吸収できるんです。それに、広いお風呂で足を伸ばして肩まで浸かれば、疲れも飛んでいっちゃいますしね!」

 

「ふむ。お前達の言う補給と入渠はどう違うのだ」

「あー、私達艦娘は戦闘行為によって、弾薬や燃料などの資材を消費します。これを再び身体に取り入れるのが『補給』です。一方で、戦闘行為によって艤装や艦載機、そして私達の身体が損傷した時に、それを再構成する為の資材を取り入れるのが『入渠』だと思ってもらえれば良いかと」

「なるほどな。ちなみに、お前達は資材さえあれば飯を食わずとも行動できるのか」

「あはは、食事は大事です。何といいますか、艦娘は基本的には人間と変わらなくて、その部分の活動には食事や睡眠が必要なのだと思っています。そして、プラスアルファで艦娘としての性能を発揮する為には、資材が必要といったような考え方なのかなと」

「ふむ。資材の枯渇した艦娘は人間と変わらぬとは聞いていたが……」

「そうですね。たとえ資源の補給が満タンでも、お腹が空いていたり睡眠不足だったりすると、結局は十分なパフォーマンスが出せないのだと思います。そういう意味では、今の私も万全ではありませんが……」

「何っ、寝不足か。そう言えば目の下にクマがあるな」

「い、いえ、多分これからは大丈夫だと思います」

 

 そう言って顔を背けてしまった明石の言葉を思い返し、俺は一人で納得した。

 

 なるほど、そういう事だったのか。

 オータムクラウド先生の作品は間違っていなかった。

 こんな細かい部分まで描写するとは、オータムクラウド先生凄すぎだろう。一体何者なのだ。

 

 つまり、腹が減っては戦は出来ぬ、の言葉通りというわけだ。

 資材、エネルギーが不足した艦娘はただの人間と変わらない。

 深海棲艦と戦うには、艦娘達を飢えさせてはいけない、疲労を溜めさせてはいけないという事だろう。

 艦娘としての資材の補給と共に、人間としての食事や睡眠をしっかり取らせる。

 なるほど、至極当たり前の事ではあるが、これはなかなか重要な事なのかもしれない。

 人間が疲労回復する時と変わらない。

 よく食べて、よく休み、よく眠る。英気を養い、気が身体に満ち足りる事で、万全の状態となるわけだ。

 やはり艦娘も人間も変わらないという事だ。俺が艦娘に欲情するのも致し方無し。

 そう言えば、明石がさっきやっていた通り、艤装はその意思で出し入れできるようだが……。

 俺はもう一つ、気になっていた事を訊ねたのだった。

 

「ちなみに、お前達の纏っているその装束は、何なのだ?」

「あっ、これはですね、艤装とは違いますけど、似たようなものです。私達のエネルギーから作られているバリア的な装甲というか。ちょっとやそっとの砲弾なら防ぎますよ」

「これが損傷した場合はどうなるのだ」

「こちらは妖精さんに修理してもらうまでもなく、先ほどお話しした通り、艦娘が英気を養うかエネルギーを補給する事で、自動的に修復されますね。ほら、こんな感じに」

 

 明石が掌で示したものを見れば、先ほどまで薄い桃色のパンツが見えていたはずの翔鶴姉の袴は、綺麗に修復されていたのだった。

 なるほどな。綻び一つ無い。いい仕事してますねぇ。グッジョブ。

 じゃねェーーーーッ!

 明石お前何してくれてんの⁉ 工作艦だからって、何の工作してんの⁉

 俺が入渠や補給の仕組みに夢中になってる間に、俺の桃色海域を綺麗さっぱり侵略しやがった。まさに裏工作ってか。やかましいわ。

 くそっ、俺の知的好奇心が、恥的好奇心を上回ったとでもいうのか。馬鹿な。俺に限りそんな事は無いと思っていたが……俺も人の子という事か。

 

「提督は勉強熱心なんじゃねぇ」

 

 駆逐艦も有りだ。

 私はそう判断せざるを得ないのだった。

 浦風が俺と明石のやり取りを眺めていてか、微笑みながらそう言った。

 

「えぇ。机上の知識だけでなく、必要とあらば部下に教えを乞い、積極的に実学を身に着けようとするその姿勢……浜風、感服しました!」

「以前の司令とはどうやら違うようだな。この磯風も認めてやろうではないか」

「いよっ、提督、あっぱれ!」

 

 浜風、磯風、谷風にも褒められた。

 う、うむ。その通りだ。

 俺は翔鶴姉と赤城の泊地修理がてら色々学びたかったのだ。そういう事にしよう。

 まぁ、いざとなれば『艦娘型録』でいつでも翔鶴姉は待っていてくれる。パンツは逃げない。

 

 軽く咳払いをして俺が席に戻った所で、執務室に長門と加賀が戻ってくる。

 長門は、今度は俺の目の前まで直接歩み寄り、単刀直入に言ったのだった。

 

「待たせてしまって大変申し訳ない。早速本題に入るが、今後の予定をお聞かせ願いたいのだが」

「今後の予定か……ふむ」

 

 こいつ、不器用すぎるだろ……。

 これでは歓迎会に誘おうとしているのがバレバレだ。

 さっきまで俺は疲れたから早く寝ようと思っていたが、歓迎会となればもちろん話は別だ。

 フフフ、むしろ今夜は眠れない。

 俺はなるべく、歓迎会の事を気にしていないように振舞いながら、答えた。

 

「特に予定は無いな」

 

 長門は一瞬、戸惑ったような表情を浮かべた。

 え? 何? 予定あった方がいいの?

 エッ。もしかして、俺が予定あるから歓迎会は開かなくてもいいって言って、中止になるのを期待してたとか。

 マ、マサカァ。

 一瞬、俺は冷や汗をかいたが、どうやらそれは杞憂だったようだ。

 加賀が長門の肩を叩き、俺に歩み寄ってきた。

 

「つまり、全ての準備や段取りは、私達の判断に任せるという事でよろしかったでしょうか」

 

 その通りだ。というか主役の俺に手伝わせる馬鹿がどこにいる。

 何だ? もしかして提督は艦娘の指示役だから、自分の歓迎会の指示もするのが鎮守府では普通なのか? 何だそれは。

 よくわからんが、とにかく加賀は歓迎会の幹事なのだろうか。長門に呼び出されていたという事は、そうなのだろう。

 準備も段取りも俺が指示をする気は無い。迎え入れる側がする事だ。

 しかし加賀は随分大人しくなったな。俺を睨みつけていた青鬼の目つきはどこへ消えた。

 あれだけ言ったのに、まださっきの失敗を気にしているのか……仕方ない。今日のMVPだしな。褒めて、励ましてやろう。

 

「ほう……流石だな。私の考えている事が理解できているとは」

「いえ、このくらい……なんともないわ」

 

 お前ホントしおらしくなったな。

 今まで失敗らしい失敗した事なかったのだろうか。赤城も翔鶴姉もそんなに負傷していないのにこの落ち込みようは。

 歓迎会にまでこのテンションだと気が滅入る。何とか気持ちを切り替えてほしいものである。

 

「それでは提督、これから艦娘全員に召集をかけ、話し合いを行いたいと思いますので。失礼します」

「うむ。期待しているぞ」

 

 楽しい歓迎会になるように期待を込めて、俺は加賀にそう言ったのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 艦娘が全員出ていき、一人きりになった執務室で、俺は大きく息を吐いた。

 つ、疲れた……一日中演技するというのがこんなにも体力を消費する事だとは。

 妹達から見て、俺は上手く本性を隠す事が出来ていただろうか。

 内心は全然自重できていなかったと自負しているが、清潔感など身だしなみはどうか。

 久しぶりに仕事らしい仕事をした。人と接するという事自体がかなり久しぶりな事もあり、楽しくもあったがそれ以上に疲れてしまった。

 もうこのまま眠ってしまいたいくらいだ。

 

 しかし、俺の求めていたシチュエーションはここからが本番だ。

 俺が主役の歓迎会である。

 部下である艦娘たちは必然的に俺に挨拶をしに来る事になり、挨拶がてら酒を勧める事も出来る。

 近年パワハラとアルハラ、おまけにセクハラが騒がれているので、もちろん俺も露骨な事はするつもりは無い。

 ただ、艦娘たちもわかっているだろう。上司に注がれた酒は、飲み干さねば失礼だと。

 

 体質的に酒に弱い艦娘がいるかは定かではないが、それはもうしょうがない。そういう者には無理に酒は勧めず、逆に俺が酒の力を借りて積極的にスキンシップに励もうではないか。

 もちろん酒が入れば隙も生まれやすい。まさに酒池肉林というわけである。

 駆逐艦達は未成年に見えるからジュースにしておこう。見た目が未成年の艦娘は二十時には提督命令で部屋に帰らせ、そこから先は大人の時間だ。

 

 何だか先ほどからの浦風達の態度を見ていると、案外俺は信頼されているような気がするしな。

 ちょっとくらいお触りしたところで、浦風なら甘いボイスで「こぉら、どこ触っとるんじゃ!」と言うくらいで許してくれそうだ。

 い、いや、浦風は駆逐艦。浦風は駆逐艦。俺のハーレムギリギリ対象外。

 そう考えると、浦風はともかく、龍驤が何を言ったのかは知らないが千歳お姉や千代田も俺の事を信頼してくれたような感じだったし。

 これは、もしかして今夜、いけるのではないだろうか。

 

 俺も酒に酔ったふりをすれば、先ほどまでは難しかったスキンシップも許されやすいだろう。

 酒の勢いで、先ほどまでのように勇気を振り絞る必要も無いと思われる。

 次の日に何か言われても、「酔っていて記憶にございません」の一言で逃げられる。

 たとえ翔鶴姉の格納庫をまさぐろうとも、飛行甲板を撫でまわそうとも、酔っていて記憶にございません。

 おぉ、俄然楽しみになってきたではないか。

 先ほどまで眠りたかったのが嘘のように目がギンギンに冴えてきた。もちろん股間もギンギンである。

 

 それにしても、大淀達は一体何をしているのだ。

 俺は机の上に海図を開き、考える。うーむ。駄目だ何もわからん。

 どこかで道草を食っているんじゃないだろうな。

 全員揃わねば歓迎会も興が削がれるというものだ。

 

 全員揃わねば、と言えば、先ほど執務室の前の廊下を通っていた駆逐艦達のものであろう会話が聞こえてきた。

 扉越しだったのであまり聞こえなかったのだが、どうやらこの鎮守府近くに敵艦隊が現れたらしい。

 当然、迎撃に向かわねばならないが、そうなると、その者達は歓迎会には参加できなくなる。

 まぁ、この鎮守府近海に現れる深海棲艦など雑魚しかいないという事は、ここ一か月の報告書からよくわかっている。

 軽巡洋艦は全員まだ帰ってきていないから、適当な駆逐艦を六隻ほど出撃させればいいだろう。潜水艦でもいい。

 それ以上のメンバーのほとんどは俺のハーレム対象内だ。一人たりとも歓迎会に欠ける事は許されない。

 

 俺はふと、昔の事を思い出す。

 俺がニートになる前の事。

 俺がまだ社会人にすらなる前の事。

 そう、まだ学生だった頃、バイト先で嫌いだった上司主催の飲み会がよく開かれていたのだ。

 俺はその度に、無理やりシフトを交代してもらったり用事を作って、なるべく飲み会に参加しないようにしていたのだった。

 飲み会に参加しなかったのは家庭の事情というのもあるが、嫌いな上司と仕事以外で顔を合わせ、酒を注いだりご機嫌を伺うのは、はっきり言って金と時間の無駄だと思ったからだ。

 

 昔はただの学生で、社会人を経てニートになった俺が提督か。

 そしていずれは艦娘ハーレムの王か。

 随分と出世したものだ。

 

 そんな事を考えていると、執務室の扉が開いた。

 先頭に立ち、大勢の艦娘を引き連れているのは長門だ。

 うむ。どうやら俺を歓迎する準備が整ったらしい。

 同時に、敵艦隊の対応をする面子についても話し合ってはいるのだろう。

 まるでクリスマスの日のシフト調整みたいに、皆で醜く押し付け合っていたのだろうか。

 俺の楽しい歓迎会の最中に敵艦隊を迎撃しなければならない可哀そうな子には申し訳ないが、これも仕事だ。頑張りたまえ。

 さぁ、素敵なパーティしましょ!

 

 俺は最大級のキメ顔で、長門に言ったのだった。

 

「長門、準備は整ったか」

「はっ! 敵艦五隻が鎮守府正面海域へと侵入! これより現在鎮守府内に待機する艦娘全員、総戦力を持って、これの迎撃に向かいます!」

 

 …………エッ?

 

 え? 何だと? 今、何て言った? 敵艦五隻に対して、ぜ、全員だと⁉

 それは何のサプライズだ。サプライズの方向性を間違えてはいないだろうか。

 ど、どういう事だ。ありえんだろうそんな事は。袋叩きにも程がある。

 鎮守府近海には雑魚しかいない。

 あまりにも不自然ではないか。

 ま、まさか、過去に俺がそうしていたように、俺が主役の歓迎会に参加したくなくて、不自然とわかっていながら全員が敵艦の迎撃に志望したとでも――!

 俺がそうだったように、仕事以外で顔を合わせるのは時間の無駄だと――!

 

 長門お前、何いい顔してるんだ。お前幹事だろう。何を率先して敵艦の迎撃を仕切っているのだ。お前が仕切るのはそっちじゃない!

 加賀、赤城、お前らさっきの誓いはどこへ消えた。俺に刺さってんぞ、必殺の矢が! 俺を必ず殺すつもりだったのか、一航戦!

 千歳お姉、千代田……私達が嫌っているのは提督には内緒よって事だったのか……! 私達が嫌っている事は提督には黙っていて下さいねって事だったのか!

 浦風、お前もか! 先ほどまでの俺への笑顔は嘘で、裏ではほくそ笑んでいたとでもいうのか。先ほどまで俺が対応していたのは浦風ならぬ裏風だったとでもいうのか!

 浜風、先ほどの感服は何処へ!

 磯風、認めてくれたんじゃなかったのか! 何だそのドヤ顔は!

 龍驤、谷風……ペチャパイだけどいい奴だと思っていたのに!

 瑞鶴……は分かってたけど! 俺の事信用してないの分かってたけど!

 翔鶴姉、俺の、翔鶴姉……! 俺の……パンツ……! 俺の……生きがい……!

 明石、お前……お前だけは信じていたのに……!

 

 皆……皆、俺の歓迎会参加拒否⁉

 

「全員……全員だと?」

 

 俺は衝撃のあまり、そう漏らしてしまった。

 そんな俺に、長門は微笑み、こう言ったのだった。

 

「あぁ。これが提督の人望だと言うことだ」

 

 ウォォォォォォオオァァァアアアア‼‼

 俺は心の中で叫んだ。

 長門お前いい加減にしろよ……! 何をいい顔で微笑んでんだ……! 男だろうと大人だろうと傷ついたら普通に泣くんだぞ……! あと数秒で泣くぞ俺は……!

 確かに俺は着任初日にしてしょうもない事ばかり考えていたし、初っ端から出撃大失敗しちゃったけど……俺に何か落ち度でも……⁉

 

 ま、まさかあの視線も、思考も、全てバレていたとでもいうのか……!

 妹達の言う通りだったとは……見られている側は完全にわかると……!

 俺が何気なく声をかけたり、間違いだらけの指揮を出したり、あるいは視線を向けたりするたびに、皆はこう思っていたのか。

 

 声をかけた時には――。

 

『提督……お前ちょっと、ウザい!』

『うわっ、キモッ! なんか、ヌメヌメするぅ⁉』

『……何? 気が散るんだけど。何がしたいの?』

 

 間違いだらけの指揮を出した時には――。

 

『チッ、なんて指揮……あっ、いえ、なんでもありませーん、うふふっ』

『ったく……どんな采配してんのよ……本っ当に迷惑だわ!』

『なにそれ⁉ 意味分かんない』

 

 視線を向けた時には――。

 

『こっち見んな! このクソ提督!』

『こんの……変態野郎が!』

『見ないで、見ないでぇーっ!』

 

 死ねる。

 普段から妹に似たような言葉を投げつけられ、鍛え上げられていたはずの俺のメンタル装甲は容易く粉砕された。

 肉親からの言葉と他人からの言葉で、こうも破壊力が違うとは。

 真面目そうに敬礼していた時、俺に笑顔を向けてくれていた時、皆は心の中で……!

 この嫌われっぷりは尋常じゃねェ……! マジパナイ……!

 ま、まさかの人望ゼロとは想像していなかった。そしてこの後も永遠のゼロのままなのだろう。全米が泣いた。

 これではハーレムどころではない……終わった。俺の提督生活は、僅か一日で終わりを告げた。

 

 ついに待ちに待った夜戦だと胸を躍らせていた俺だったが、まさか本当に艦娘達が夜戦の方を優先するとは思ってもいなかった。

 素敵なパーティどころの話ではない。参加者は俺一人。独り者(ソロモン)の悪夢とはこの事か。

 俺はもうやけくそになって、机を両手で叩きつけ、全員に向かって叫んだのだった。

 

「――全員出撃! 我が鎮守府の全身全霊を持って、敵艦隊を撃破せよ!」

「了解ッ!」

 

 勢いよく全員が出て行った後の、独りぼっちになった執務室で、俺は久しぶりに声を上げて泣いた。凹む。

 



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015.『掌の上』【艦娘視点①】

『こちら筑摩、敵艦発見……戦艦棲姫一隻、泊地棲鬼とみられる鬼が四隻です』

 

 先に警戒にあたっていた筑摩から無線が入る。

 先制攻撃の際に索敵をしていた龍驤から聞いていた通りだった。

 つまりそれは、提督の読んでいたとおりの編成だということだ。

 泊地棲鬼とは私も何度か戦った事があるが、戦艦のくせに何故か主砲を装備しておらず、代わりに艦載機と雷装を有する、おかしな存在だ。

 つまりそれであれば、赤城達の先制攻撃にも対応が出来ていたと思うのだが、そうできなかったという事は、今回、艦載機は除いていたという事だろう。

 提督の読み通りであれば艦載機の代わりに主砲を積み、夜戦に特化していると考えても良い。

 

 艦載機を主力とする泊地棲鬼との夜戦で、今までそれほど苦戦した経験は無いが――もしも提督の読みがなければ、私はそれを警戒せずに闘いに挑んでいたかもしれない。

 夜の泊地棲鬼は恐れるに足らず、と、この緊急時にも関わらず慢心していたのかもしれない。

 もしかすると、これも深海棲艦側の作戦の一つなのではないか。そう考えると背筋に悪寒がよぎる。

 

「皆、今までの泊地棲鬼とは別物だと思え。我々戦艦も、一撃でも食らったら大破、いや、当たり所が悪ければ撃沈されてもおかしくはないと考えるくらいが良いだろう」

「了解! 比叡、気合! 入れて! 行きます!」

「はい! 榛名、全力で参ります!」

「さて、どう出てくるかしら……?」

「な、なぜ青葉はここに編成されているのでしょうか……? 未だに理解が追い付きません……」

 

 私が無線で全艦娘にそう告げると、私の率いる比叡、榛名、霧島、青葉がそう答えた。

 横須賀鎮守府の誇る、火力と装甲に長けた戦艦四隻と数合わせの青葉を正面に並べ、その身を鎮守府への最後の砦とするのだ。

 

『了解。重巡、妙高。推して参ります』

『さぁ、那智の戦、見ててもらおうか!』

『戦場が、勝利が私を呼んでいるわ!』

『精一杯頑張りますね!』

『うむ、参ろうか……ば、バカな! カタパルトが不調だと⁉』

『あらあら、利根姉さん?』

 

 妙高、那智、足柄、羽黒、利根、筑摩の六隻は最前線に待機している。

 戦闘が始まり次第、敵艦隊の背後へ回り込み、私達との挟み撃ちにするのだ。

 戦艦には劣るがその火力は驚異的だ。背後からそれを浴びせられれば、敵艦隊も無視して鎮守府に侵攻する事はできないだろう。

 

『夜は私たちの世界よ。仕留めるわ!』

『イクの魚雷が、うずうずしてるの!』

『わぁ~、怖いのいっぱい、見ーつけちゃったぁ』

 

 潜水艦隊の伊168達からも好戦的な声が届く。

 闇夜の海において無敵なのはこちらの潜水艦も同じだ。

 奴らはまだ練度が低く、その魚雷では鬼、姫級の戦艦五隻には大きなダメージは与えられないだろうが、少しでも傷つける事ができれば御の字という奴だ。

 

『千代田、油断は禁物よ。私達は装甲が薄いんだから』

『もちろん。千歳お姉も気をつけてね……』

『千歳姐さん、千代田姐さん、うちがついとるけぇ、大丈夫じゃて!』

『浦風だけではない。この磯風もついている。共に進もう。心配はいらない』

『相手にとって、不足無しです!』

『こう見えて、この谷風はすばしっこいんだよ? 敵の砲撃なんざ、当たる気がしないね! かぁ~っ!』

 

 先ほど帰投したばかりで疲労も残っているだろうに、千歳達には重要な役目を任せてしまった。

 千歳は浦風と谷風、千代田は磯風と浜風を率いて左右より敵艦隊へ接近し、雷撃。敵の砲撃が鎮守府に向かないよう囮となる陽動部隊だ。

 

 これにより敵艦隊は五方向から攻め立てられる事となる。

 前方は私、長門の率いる戦艦部隊と青葉。

 後方は妙高率いる重巡戦隊。

 左右には千歳、千代田の率いる囮機動部隊。

 さらに水中には、伊号潜水艦隊。

 あちらは五隻、こちらは二十隻だ。

 実に四倍の戦力差である。

 

 それだけではない。提督の読みによる赤城達空母部隊の先制爆撃により、すでに敵はある程度の被害を受けている状態だ。

 棲地からここまでの道のりで、資材も消費している事だろう。

 勝てる要素は、十分にあるように思える。

 

『最後まで慢心しては駄目よ』

 

 港で待機している空母部隊、加賀から無線が入った。

 先ほどの出撃で失態を犯した事を、この出撃の前に赤城達は皆に話し、決して慢心しないようにと強く強調したのだった。

 一歩間違えば、提督の読みが上手くいかなければ私達は今頃ここにはいない――。

 歴戦の赤城と加賀、翔鶴と瑞鶴、龍驤と、本日が初めての実戦配備であった春日丸の表情を見れば、その深刻さは明らかだった。

 それだけで、皆の心から油断、慢心は消えたであろう。

 

「あぁ。勿論だ……香取、後方支援部隊の準備はできているか」

『はい。このような役目は初めてですが、精一杯務めさせていただきます』

『香取姉、頑張りましょう! 皆さんも、後方支援頑張りましょうね! えいっ、えいっ、おぉーっ!』

 

 鹿島の掛け声に、駆逐艦達の鬨の声が無線を通じて聞こえてきた。

 勝鬨は勝ってからにしろ、などと無粋な事は言わない。実に可愛らしい、いや、頼もしい事だ。

 

 練習巡洋艦である香取と鹿島には、戦闘の役割を与えた者以外の駆逐艦達をまとめ上げる後方支援を任せた。

 戦闘海域が鎮守府正面であるという地の利を生かし、大破した艦の撤退の同行や、消耗した際の資材の輸送など、普段は行わない仕事を任せる事になるだろう。

 

 駆逐艦の中でも戦闘力に長けた精鋭達は、未だに軽巡七人と共に提督の指示した遠征から帰ってきていない。

 連絡も無い為、心配だ。まさか、敵に見つかり、交戦し……いや、悪い想像はしてはいけない。

 してはいけないが、あの位置への遠征でここまで時間がかかる事は有り得ない。

 この時刻になって、未だに三艦隊とも帰投しないという事は、有り得ない事だった。

 

『こちら工作艦、明石。やはり、資材の備蓄に不安があります。積極的な補給は難しいかもしれません』

「あぁ――改二実装艦全員に告ぐ。今回は普段と違い持久戦狙いだ。作戦通りに、資材を多く消費する改二はなるべく温存していこう」

 

 同じく後方支援を任せた明石から無線が入る。

 この一か月で資材に少しは余裕ができていたと思っていたが、訊けば提督が、真っ先に建造を行ったのだという。

 おかげで予想していたよりも、資材の量に余裕が無い。

 それを聞いて那智がまた激怒し、執務室に乗り込もうとするのを再び妙高に止められていたのだった。

 

『フン……あの男は一体何を考えているのだ。この状況を読めていながら建造など。おかげで全力が出せないではないか』

 

 那智の呟きに、私も心の中では同意した。

 口では提督を信じようと言い聞かせたが、やはり理解が出来ないのだ。

 前提督の暴挙を思い出し、建造という行為そのものに反感を持つ艦娘も少なくは無い。

 地の利、数の利が整い、深海棲艦の強大な個の力を考えても有利に思えるこの状況で、唯一不安材料になったのが、資材の量だった。

 

 改二を発動するには多くの資材を消費する。

 それはつまり、艦娘として海上で活動できる時間が短くなるという事だ。

 性能は大幅に向上するが燃料の消費が増え、火力は上がるが弾薬の消費が増え、被弾した場合に艤装の修復に必要な鋼材の消費も増える。

 改二を発動するというのは、短期決戦と相性がいいのだ。

 

 しかし、今回の資材の備蓄状況では、改二実装艦が同時に一度改二を発動すれば、それで資材は枯渇してしまうだろう。

 私達が敵棲地へ攻め込む時も、敵を仕留めきれずに逃がしてしまう事は多々ある。

 ましてや、提督への信頼が薄い状態で改二を発動したところで、鬼や姫に対しての飛躍的な性能上昇効果は期待できないかもしれない。

 もしも短期決戦を狙い、万が一、改二発動可能時間内に仕留める事ができなかった場合。

 資材を補給できず不足してしまった私達艦娘はただの人間と変わらない。海上に立つ事すらできなくなる。

 それだけは、避けなければいけない事態だった。

 

 夜さえ明けてしまえば、空母部隊の艦載機による攻撃が可能になる。

 改二にならずとも、数の利と地の利を利用すれば、なるべく闘いを引き延ばす事は可能だろう。

 朝まで敵を押しとどめる事ができれば確実に私達の勝ちだ。

 それが私達の考えた作戦だった。

 

 不安材料の事は、胸の内に飲み込んだ。

 ここまで来れば、後は全力をぶつけるのみ。

 不安の無い戦場など今まで一度も無かったではないか。

 

『――来ました』

 

 筑摩の声が届いた。

 それよりも早く、暗黒に包まれた水平線の向こうから、圧倒的な重圧が肌を焦がす。

 怒り、憎しみ――そしてそれ以上に、何としても、今夜、横須賀鎮守府を陥落させるという覚悟が痛いほどに伝わってきた。

 重巡戦隊からの無線を通して、おぞましい叫び声が耳を貫く。

 

『ナンドデモ……ナンドデモ……! シズメェェエエ‼』

 

 ――それはこの国の命運を賭けた戦闘の開始を告げる、鐘の音だった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 戦いが始まり、どれくらいの時間が経っただろうか。

 少なくとも、日が変わった事だけは確実だ。

 こちらの被害は思っているよりも少ない。

 妙高達はうまく敵艦隊の背後に回る事に成功し、千歳率いる浦風、谷風、千代田率いる磯風、浜風の囮機動部隊はそれぞれ左右から敵を挟撃する。

 敵艦隊の攻撃も四方向へそれぞれ分散し、やはり消耗しているせいか、普段より火力も若干弱いように感じられた。

 ただ、直接の被弾はなくともその余波だけで駆逐艦を小破、中破に追い込む破壊力は流石としか言えない。

 弱っていても鬼、姫だ。提督の指示による先制打撃がなければ、これ以上の火力で攻められていたのだろう。

 

「全艦っ! 状況は⁉」

『こちら妙高。今のところ被害はありません』

『千歳小破、浦風中破。谷風は全弾回避に成功しています』

『千代田です! 私は無事だけど、磯風、浜風が共に中破!』

『こちらイムヤよ。勿論無傷だけど、もう弾薬が足りないわ。一度補給に戻ります』

 

 やはり普段に比べれば格段に被害は少ない。

 だが、こちらも改二が発動できないおかげで決め手に欠ける。

 改しか発動できない状態で、鬼や姫と戦った経験は今までに数える程しか無い。

 改二の状態でも手こずるくらいだ。奴らの装甲がここまで硬いものだったとは、と改めて感じた。

 あと何発、何十発、いや、何百発、砲撃を当てれば終わるのか。

 前提督の方針は、戦艦と空母をずらりと並べ、圧倒的な瞬間火力で敵を殲滅するものだった。

 故にここまでの持久戦の経験は無いと言ってもいいだろう。

 

 そして経験せねばわからない事がある。

 思いのほか、奴らは消耗していない。

 我々はこの数時間、一度は駆逐艦達による補給を受けているというのに、奴らは一度も補給無しで持ちこたえている。

 そこから推測される事は、まず一つ。戦艦棲姫達は、その巨大な体躯故に資材も多く溜め込めているのだろうという事。

 そしてもう一つは、奴らはここまで辿り着くまでに、一度は資材の補給をしているだろうという事だ。

 そうでなければ、ここまで持ちこたえる事はできないだろう。

 

 しかし、奴らのエネルギーも無尽蔵では無い。

 母港には入渠を終えた空母部隊が待機している。

 たとえ夜の内に私達の砲撃で削り切れなくとも、このまま朝まで凌ぎ切れば、赤城達による一斉爆撃で確実に殲滅できるだろう。

 あと数時間、敵の猛攻に耐える事さえできれば。

 

 ――猛攻だと。

 

 私は違和感に襲われた。

 こんなものは猛攻などと到底呼べるものではない。

 砲撃の頻度もやけに少ない。

 もしも私達が敵の立場だったら、どうするか。

 

 敵の目的は鎮守府の陥落。そして四方を囲まれている。

 ならば、そもそも妙高達や千歳、千代田の相手はしないのではないか?

 己の不利を悟ったのならば、鬼と姫の火力を目標一つに向け、一直線に攻めた方がまだ一矢報いる可能性は高い。

 鬼、姫レベルの知恵があるならば、それくらいの判断はつくはずだ。

 

 だのに、何を律儀に四方を向き、一点の火力を落としてまで持久戦に付き合っているのだ。

 こんなに長時間も気づかないはずがない。

 敵のこの異様なまでの持久力は、こちらの被害の少なさは、あえて火力を落として、燃費を優先している?

 

 馬鹿な。何のメリットがある。

 時間が経てば経つほどに不利になると予想がつくだろう。

 他の鎮守府からの応援が駆けつけてくる可能性もある。

 朝になれば空母が活躍できるようになる。

 たった五隻の戦艦では、不利になる要素しか無いではないか。

 

 奴らは何故、持久戦に付き合っている?

 奴らは時間を稼いでいる?

 奴らは何かを待っている?

 奴らは――

 

『……なっ、長門ォーーッ!』

 

 無線を通して、利根の叫ぶ声が聞こえた。

 私が返事をするよりも早く、利根の言葉が続く。

 

『わっ、吾輩達の背後より敵艦隊が接近しておる! 一隻二隻では無い! ちっ、筑摩ーっ!』

『はいっ、利根姉さん! 敵艦隊、編成は……輸送ワ級flagshipが四隻! 重巡リ級flagshipが二隻! それが三艦隊同時に向かってきています!』

 

 疑問が解けると同時に、その耳を疑った。

 信じたくは無い情報だった。

 

 そうか――洋上補給。

 戦艦棲姫達は、もともとその予定だったのだ。

 敵の補給艦である輸送ワ級は、こちらの補給艦がそうであるように洋上補給の能力を持つ。

 

 これは深海棲艦側の二の矢。

 一の矢である主力部隊六隻だけでも、提督不在で弱体化した横須賀鎮守府を陥落させるには十分すぎる戦力だった。

 しかし念には念を入れて、補給部隊を遅れて到着させる算段だったのだろう。

 

 ここで洋上補給が出来れば、万に一つも深海棲艦側には負ける要素が無い。

 個の性能差もありながら、資材も再び万全な状態になる。

 しかも、洋上補給を終えた輸送ワ級は、それで役目を終えるわけでは無い。

 flagship級の輸送ワ級の性能は、補給艦でありながら重巡洋艦に匹敵し、その護衛であろうflagship級の重巡リ級の性能は戦艦に匹敵する。

 つまり、敵艦隊には大量の資材と共に、重巡洋艦級の戦力が十二隻、戦艦級の戦力が六隻、援軍に来たようなものだ。

 

 現在、潜水艦隊が補給の為母港に戻っている私達の戦力は、戦艦四人、重巡洋艦七人、水上機母艦二人、駆逐艦四人の計十七人。

 敵は姫級の戦艦一隻、鬼級の戦艦四隻、戦艦級の重巡洋艦六隻、重巡洋艦級の補給艦十二隻、計二十三隻。

 

 ――数の利が覆された上に、個々の性能面でも釣り合わない。

 

 奴らはこれを待っていたのか!

 いや、洋上補給さえ食い止められれば、まだ――!

 

「くっ……妙高、千歳、千代田達はそれぞれ補給艦を迎え撃て!」

『了解!』

 

 ――そう、私が命じた瞬間だった。

 

「――長門さんッ! 危ないッ!」

 

 敵の砲撃が四方、それぞれの艦隊方面へ放たれ、大きな水柱が上がった。

 皆の注意が逸れた瞬間を狙ったのだ。

 

 目の前で轟音と共に巨大な爆発が起きた。

 私の目の前に出てきた三人が衝撃で吹き飛び、私はそれを受け止める形で数メートル後方へ吹き飛ばされた。

 

「比叡さんっ! 榛名さんっ! 霧島さんっ! あ、あわわ……」

「くっ、私を庇って……!」

 

 反応が間に合わなかったのか、青葉は幸運にも無傷のようだ。

 だが、この局面で戦艦三人が中破してしまうとは――。

 いや、攻撃されたのは私達だけでは無い。

 

「――皆! 応答しろ! 被害状況を!」

『こ、こちら妙高……! 油断しました……! 妙高小破、那智以下、中破……!』

『千歳です……千歳、谷風、中破』

『ち、千歳お姉……っ』

『浜風です! 千代田、中破!』

 

 先ほどよりも狙いも正確で、確実に火力も上がっている。

 明らかに、先ほどまでは手を抜いていた。

 そう考えた瞬間だった。

 戦艦棲姫が、さも愉快そうに、声高らかに嬌声を上げたのだった。

 

『アハハハッ! アハハハッ! ソノカオヨォ……! ソノカオガ、ミタカッタノォ! アハハハッ!』

 

 全てを理解した。

 何故、奴らは最初から合流して侵攻しなかったのか。

 何故、奴らはたったの六隻で横須賀鎮守府に攻め込んできたのか。

 何故、この数時間もの間、私達の攻撃を甘んじて受け入れていたのか。

 

 深海棲艦二十四隻による奇襲を目の当たりにしては、私達は初めから絶望し、諦めてしまっただろう。

 死を覚悟して立ち向かうしか無かっただろう。

 

 だが、六隻であればどうか。

 数だけを見れば、今まで敵棲地で何度か撃破する事が出来ている。

 私達は、勝てるかもしれないという希望と共に立ち向かうだろう。

 

『ネェ! カテルカモッテ、オモッタァ⁉ センセイコウゲキニセイコウシテェ……潜水棲姫ヲグウゼンタオセテェ……!』

 

『カテルカモッテ、オモッテタノォ⁉ アハハハハッ! ソノカオヨォォ! ソレガミタカッタノヨォォ! アハハハハッ!』

 

 奴らにとっては、確実に勝てると確信できている作戦。

 奴らは、私達が必死で抗戦する姿を見て、遊んでいたのだ。

 いずれ来るであろう援軍を見た時の絶望の顔を拝みたかった。

 僅かな希望が摘み取られた瞬間を見たかった。

 ただその為だけに手加減をして、ただその為だけに闘いを引き延ばしていたのだ。

 

 姫の知性は――より残酷に、より絶望的な状況で、私達を蹂躙する事を選んだのだ。

 

『ワタシノォ……テノヒラノウエデェ……! オドリクルウスガタヲォ……! アハハハハッ!』

 

 成すすべも無く、立ち尽くす。

 私達の姿は、滑稽だっただろうか。

 戦艦棲姫は、私達の必死の姿を見て、笑いを堪えるのに必死だったのだろう。

 どうせ何をしても、援軍が到着すれば全ては無に帰すというのに。

 数時間も、無駄に、みじめにあがいていた私達の姿は、さぞ、滑稽だったのだろう。

 私達なりに作戦を立案し、全力を尽くしたつもりだったが――全ては深海棲艦の掌の上。

 

 こうしている間にも、敵の援軍は無慈悲に近づいてくる。

 勝てるはずが無いとわかっているのに、私の頭は滑稽に踊り狂うのをやめてはくれない。

 まだ、みじめにあがくのか。

 無様にもがいてみせるのか。

 今から全員、改二を発動すれば――

 いや、頭数が足りなすぎる。

 善戦はできるだろうが、数の差を覆せはしない。

 数隻は私達の守りを潜り抜け、鎮守府が先に攻撃されてしまう。

 比叡、榛名、霧島を援軍にぶつからせるか。

 そうすると、鬼と姫は私と青葉で食い止めねばならない。

 後方支援の香取達は――戦力としては期待できない。

 現実的では無い。

 現実は――。

 

 目の前の空は、目の前の海は、私達の未来を暗示するかのごとく、黒く塗りつぶされている。

 私達はその数と性能の差の前に一人一人蹂躙され、一人一人、確実に――。

 

「勝て……ないの……? 嫌……嫌だ……!」

 

 比叡が目を見開き、崩れ落ちるように膝を海面についた。

 その目には涙が浮かんでおり、一筋、頬を伝った。

 榛名と霧島も、無言ではあるが、その顔は絶望に染まっている。

 

 ――詰み、だった。

 

 もう自嘲するしかなかった。

 私程度の頭では、これが限界だ。

 

 すまない、提督。貴方が信頼してくれた私は、私達はこの程度の――

 

 

 ――瞬間。不意に、暗黒の空が光に包まれた。

 

 

 目が眩んでしまい、思わず反射的に目を瞑ってしまう。

 朝が来たわけではない。

 それはまるで流星だった。

 ゆっくりと降下するその眩い光は、遠目に見える敵補給船団、そして戦艦棲姫達の姿を闇夜に映し出していた。

 理解が追い付かなかったが、私はそれに見覚えがあった。

 

「照明弾……?」

 

 私達の未来を暗示していたかのような、暗黒の空が、漆黒の海が。

 確かに光に包まれていた。

 無線にノイズが走り、そして――

 

『目標確認! 全艦、斉射! 始めッ!』

「全砲門っ! ファイアーーッ‼」

 

 ――無線を通じて、聞き覚えのある声がした。

 ――直接この耳に、聞き覚えの無い声がした。

 

 何重もの砲撃音と共に、敵援軍艦隊から爆炎が上がり。

 私達の背後から轟音と共に閃光が通り抜け、戦艦棲姫達に叩き込まれる。

 

『――キャアアァーーッ!? イ、イッタイナニガ……ッ⁉』

 

 戦艦棲姫も動揺を隠しきれていない。

 それは、私達も同様だったが――振り向いている暇は無かった。

 息をつく暇も無かった。

 無線から、次々に三つの声が響く。

 

『第二艦隊! 敵補給艦一隻撃沈!』

『第三艦隊っ! 同じく補給艦一隻撃沈っ!』

『第四艦隊ッ! こっちも敵補給艦、一隻撃沈だぜぇっ!』

 

 自分の耳を疑った。

 私だけではなかっただろう。

 この戦場に立つ全ての艦娘が、皆こう思った事だろう。

 目の前の光景は幻では無いだろうか。

 耳に届いた声は幻聴では無いだろうか。

 

 瞬間。

 私達を通り抜け、目の前に現れたその背中は、比叡達によく似た装束を纏っていた。

 照明弾に照らされた夜空。

 爆煙を上げて悶える戦艦棲姫を前に仁王立ちをしているそれは、ゆっくりとこちらを振り向いた。

 

 見ない顔だった。

 この鎮守府では、見た事の無い顔だった。

 艦娘として再び海上に立ってから、一度も見た事の無い顔だった。

 だが、私はそれを、そいつを!

 この絶望的な状況をものともしないように、歯を見せて太陽のように笑ったそいつを!

 私は確かに知っていたのだ!

 

「ヘイヘイヘーイ! マイシスターズ! なんて顔してるデース!」

「うわぁぁあーーっ! 金剛お姉様ぁーーーーッ‼」

 

 比叡達が同時に叫んだ。

 

 理解が追い付かない。

 何故、金剛がここにいる⁉

 奴は今まで、艦娘としての姿を持たない、海底に沈んだままの艦だったはずだ。

 つい先ほどまでこの鎮守府に、いや、この世界の海上に存在すらしなかった艦が、何故ここにいる⁉

 

 比叡達の眼に涙が浮かび、火が灯る。

 それは先ほどまでの絶望からのものではなく、嬉し涙だ。

 比叡の一度折れてしまった膝が、心が、再び立ち上がり、しっかりと海面を踏みしめた。

 金剛は三人の妹達に泣きながら縋りつかれ、それをしっかりと抱きしめている。

 

「何で⁉ 何で⁉ どうしてここにお姉様が⁉」

「お姉様……! 金剛お姉様!」

「これは……夢では無いでしょうか……⁉」

「話せば長くなるので結論から言いマース! 提督が私を呼んでくれマシタ! 提督はこの私の存在を望んでくれて! そして! 暗く深い海の底に沈んでいたこの手を引いてくれたのデース!」

 

 ――提督は。

 

「あの司令が……金剛お姉様を望んで……⁉」

 

 ――提督は、何故。

 

「提督が……も、もしかして、そんな!」

 

 ――提督は、何故こんな時に建造を――。

 

「なるほど、そういう事……流石司令、データ以上の方ですね……!」

 

 まさか、まさかこれは――!

 

「――さぁ、私達の出番ネ! 皆さぁん、ついて来て下さいネー! フォロミー!」

 

 金剛の激が私達の心を焚き付け、そして――大淀が無線を通じて、私達の待ちわびていた言葉を叫んだのだった。

 

『横須賀鎮守府全艦隊の皆さんに告げますっ! この戦場の全ては! 提督の掌の上ですっ!』

 



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016.『掌の上』【艦娘視点②】

 それは遡る事、数時間――。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 提督に海図と共に指示されたルートで海上を進む。

 そのルートは妙なものだった。

 意味があるのか、途中まで第二、第三、第四艦隊は同じルートを進む。海上を切り裂くようにジグザグに進み、最後に三方向に分かれて目的地である小島へと向かうのだ。

 そのナビゲートは、提督にくっついていたこの見慣れない妖精さん達がしてくれるらしい。

 道案内をしてくれるだろうと、提督が私達に預けてくれたのだ。

 

「で? 大淀。あの新しい提督はどうなの?」

「フフフ、あいつは出来る奴だ。何せ着任して早々、この天龍様を旗艦に据えるぐらいだからな」

「天龍には聞いてない!」

 

 川内さんの問いに、何故か天龍が満足気に答えていた。

 よっぽど嬉しかったのだろう。周りの第六駆逐隊が「天龍さん、おめでとうです!」「もっと私に頼っていいのよ!」「天龍さんが報われて良かったのです!」「ハラショー」などと持て囃している。

 私は川内さんを見て、正直な気持ちを答えたのだった。

 

「私個人としては……信頼できると思っています。しかし、この遠征の意図は、未だ読み取る事はできません……」

「そっかそっか。大淀でもわかんないんなら、誰にもわかんないね!」

「フフフ、オレにはわかるぜ。このオレの強さを存分に発揮できる戦場が……」

「だから天龍には聞いてないから! あっ、そろそろ進路を北東に変えるよ」

 

 川内さんは明るくそう答えてくれたが、実際の所はどうなのだろうか。

 意図のわからぬ戦場に送り込まれて、皆そう納得できるほど強くはない。

 やはり、提督にそこだけははっきりとして頂くべきだったか。

 

 いや、着任初日でまだわからない事も多いであろう提督が、この大淀をわざわざこの部隊に配置したのだ。

 その意図を読み取る事ができねば、あの人には置いて行かれてしまう。

 考えるのだ。

 提督の指示は、『高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変な判断と共に行動せよ』との事だった。

 それはひどく曖昧だが、それだけ予測のつきにくい戦場になるという事だろうか。

 逆に考えれば、それだけ予測のつきにくい戦場に私が配置されたという事は、提督の信頼の証だ。

 現在の鎮守府で提督に最も近いこの私がいち早く提督の意思をくみ取り、まだ提督との信頼関係の薄い艦娘達に伝えてほしい、と。

 

――もちろんです。提督が私に注いでくれたこの信頼、大淀、確かに受け取りました!

 

「案外、適当に考えてたりして~」

 

 龍田さんがそう言ったので私は思わず勢いよく振り向いてしまった。

 

「提督はそんな人じゃありませんっ!」

「お、大淀、落ち着いて」

「あら~、随分お熱なのね~?」

 

 夕張に宥められ、龍田さんのにやにやとした笑みを見て、私ははっと我に返る。

 謀られた……やはりこの人は少し苦手だ。

 くそう、顔が熱い。

 

「フフフ、大淀。お前もそう思うか? あの提督はそんな適当な奴じゃあない。何せこの天龍様を」

「天龍ちゃんには聞いてないわ~」

 

 龍田さんのせいでペースが乱れてしまったが、天龍の意見には私も同意だ。

 あの人が適当な采配をするはずが無い。

 今にして思えば、天龍をあえて旗艦に据えたのも悪くない采配であると思う。

 

 私の個人的な考えとして、天龍には駆逐艦を率いる特別な才能のようなものがあるように感じるのだ。

 ムードメーカーとでも言えばいいのだろうか。

 天龍はどうしても自分自身の力を誇示したがる性格上、その才能は目立たないし、指摘しても認めたがらないだろう。

 しかし過去の闘いにおいて、天龍の率いる水雷戦隊で真っ先に被弾、大破するのはいつも天龍であり、それ故に前提督からは駆逐艦以下の無能と扱われていたが。

 考え方を変えてみたらどうか。天龍が駆逐艦よりも頼りにならないのではなく、天龍が率いているからこそ、駆逐艦の戦意が高揚し、性能以上の力を発揮できるのだと。

 いわば、選手としては芽が出なかったが、監督としての才能はあったというか……いや、これは言わない方がいいかもしれない。

 

 ともかく、天龍は弱い。はっきり言って、弱い。しかし天龍の率いる水雷戦隊は、天龍以外強い。

 妙な話だが、いつも真っ先に戦闘不能になる天龍に率いられる駆逐艦達は皆、天龍を慕う。第六駆逐隊の皆もそうだ。

 もしかして、暁と響が駆逐艦で一番早く改二に目覚めたのは……それは流石に考えすぎだろうか。

 

 私達の作成した『艦娘型録』の情報だけでは決してわからない事だ。

 そういえば提督は、よく「お前の噂はよく聞いている」とかそういう事を言う。

 明石の改修工廠の事も実際によくご存じだったし、夕張の装備開発についても理解できているようだった。

 この鎮守府に配属されるにあたり、艦娘一人一人の事をよく学んできたという事だろう。

 それも、天龍の自分自身ですらわかっていないような才能まで把握するほどまでに。

 一体、過去のどれだけの報告書に目を通せば、そのような真似ができるのだろうか。

 

 ちなみに龍田さんはまた方向性が違い、この人は単純に、性能差を覆すほど戦闘センスが凄い。

 一回殴って倒せないなら、敵の攻撃を避け続けて死ぬまで殴り続ければいい、が出来る人だ。逆にこの人が高性能だったらと考えるだけで恐ろしい。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 海上を進み続けて、数時間が経過しただろうか。

 川内さんは息を整えるように大きく深呼吸をしてから、まったく息切れをしていない神通さんに尋ねた。

 

「すぅーっ……はぁーっ……、ねぇ神通。本当に、道に迷ったわけじゃないよね?」

「はい、川内姉さん。私達は妖精さんの指示通り、予定通りに進んでいます」

「な、那珂ちゃんのスケジュールにも狂いは無いよ! これくらい普段のレッスンで慣れて、ぜぇ、ぜぇ……」

「ふぅん……つまりこれも、提督の作戦通りって事なのかな。時雨、夕立、江風、調子はどう?」

「はぁ、はぁ……正直に言うと、かなり厳しいかな……」

「怪我はしてないけど、このままじゃ帰れなくなるっぽい~!」

「こ、これじゃあ夜戦どころじゃないッスよぉ、川内さん!」

 

 百戦錬磨、日々是鍛錬の川内さんや那珂さんが珍しく息を切らしてしまっている。

 私達ならば猶更だ。

 装備の重い夕張なんかは、膝に両手をついて、肩で息をしている。

 

 妖精さんの示した航路を進めば、やけに多くの敵艦隊に遭遇した。

 知性のかけらも感じない雰囲気から、敵の哨戒部隊という訳ではなく、はぐれ艦隊であろうと推測される。

 最大でも軽巡洋艦級しかおらず、提督の指揮下にあり本来の力を取り戻した私達には苦戦する相手では無かったが、とにかく戦闘回数が多かった。

 それだけでは無い。

 

「第六駆逐隊の皆~。資材の状況はどうかしら~?」

「はわわ……燃料も弾薬も、あまり余裕が無いのです」

「雷も右に同じよ。このままじゃ……」

「い、一人前のレディーはまだ少しは余裕があるけどね!」

「ハラショー」

「フフフ、駆逐共はすでに資材を半分近く消費している。オレの計算によると、このまま目的地に向かうと確実に帰れなくなるな」

「天龍ちゃんには聞いてないわ~。皆それくらいわかってるから~」

 

「ちょ、ちょっと大淀。どういう事? 大丈夫なの⁉」

 

 夕張が私の袖を引いてくる。

 私にもわからない。わからないから、疲れ切ってまだ整わない呼吸の中で、必死に考えているのだ。

 これもあの人の予測通りなのだろうか。

 

 妖精さんの示した航路には、やけに渦潮が多かった。

 深海棲艦の領海では、その禍々しい瘴気の影響なのか、海が荒れやすくなる。

 巨大な渦潮に巻き込まれては、そこを抜け出す為に無駄なエネルギーを消費してしまう。

 今まではそういったルートは避けて通るのが今までの常識であったのだが、妖精さんは身振り手振りで、突き進めと指示をしてきたのだ。

 

 当然、全員がそれを疑ったが――私はそれに従うように言った。

 

 そしてその結果が、まだ目的地に辿り着いてもいないというのに、疲弊しきった艦隊だった。

 

「大淀さん! 私達朝潮型も燃料に余裕がありません。このまま目的地へ向かえば、母港へ帰投する事ができなくなります」

 

 朝潮が報告してくる。

 駆逐艦達は燃費が良いが、その反面、資材の最大搭載量自体が少ない。

 雑魚との連戦と渦潮の強行突破で、その燃料と弾薬は半分近く消費されてしまっている事だろう。

 

「わかったわ」

「これも、あの司令官の考え通りという事なのでしょうか」

「……私にはまだ計り知れないけれど、多分、そうね」

 

 朝潮の問いに自信無く答える。

 こんな航路を指示してくる事は、予想外だった。

 はぐれ艦隊との連戦は時の運なのだから仕方が無いが、渦潮にさえ飛び込まなければ、ここまで資材を消費してはいない。

 提督は一体、何を考えているのか。

 いや、私にわからないという事は、私の考えが及ばない領域の考えという事だろう。

 

 しかし、わからない状況で進んでもいいものなのだろうか。

 駆逐艦の子たちは、半分近くの資材を消費してしまっている。

 天龍の言う通り、すでに、母港に帰投するだけでも資材は空っぽになるくらいの計算だ。

 あともう少しで目的地ではあるが、進んでしまえば帰れなくなる。

 ここから引き返せば、母港に帰る事だけはできる。

 

 生きるか死ぬかの瀬戸際だった。

 それは提督を信頼するかしないかの瀬戸際でもあった。

 提督を信頼している私でもこうなのだ。

 他の皆の不安は計り知れないだろう。

 

 霞ちゃんが我慢できないと言った風に声を荒げた。

 

「あぁもうっ! だったら先に説明すればいいじゃないのよっ! 本当にっ!」

「お、落ち着いて霞ちゃん」

「大淀さんも大淀さんよっ! 着任していきなりこんな訳のわからない指示出されて、何とも思わないわけ⁉」

「そ、それは……」

「だってこんな状況で前に進めるわけないでしょ⁉ ここは遠征失敗してもいいから撤退して、司令官を問い詰める! それが正しいと思うわ!」

 

 霞ちゃんの言葉は、おそらく私を含めた全員が考えていた事だった。

 そうするべきだ、という雰囲気が辺りを包む。

 せめて、無線を提督に繋いでもらい、ここで意図を説明してもらうか?

 

 いや、それでは意味が無い。

 提督は何の為にあんな指示を出したのだ。

 提督の仰った高度の柔軟性とは、迷ったらすぐに提督に救いを求める事なのか。

 臨機応変な判断とは、すぐに提督を頼る事なのか。

 

 私達は、限界まで考えているだろうか。

 

「……撤退はしないわ」

「だったら、無線を司令官に繋いで!」

「それもしない。この状況は、私達を試しているのかもしれないから」

「はぁ⁉」

 

 霞ちゃんを宥める私に、皆の注目が集まる。

 私は顔を上げて、全員を見回しながら言った。

 不安を感じる艦娘達に、提督の意思を伝えるのが、私がここにいる意味だと思ったからだ。

 提督はそれを私に期待して、私をあえて提督から遠ざけたのだと思ったからだ。

 

 この艦隊には、提督という存在自体に不信感を抱く者も編成されている。

 荒潮、霞ちゃん、時雨、夕立、そして龍田さんがそれに当てはまるだろう。

 そしてそれ以外の艦娘たちも、現在の状況に不安を抱いている。

 彼女たちの感情はもっともだ。

 だからこそ、提督の事も、彼女たちの事も、どちらも理解できる私にしか、この役割は果たせない。

 

「皆、冷静になって提督の指示を思い出して下さい。神通さん」

「『各自、高度の柔軟性を維持しつつ目的地へ向かい、臨機応変な判断を忘れる事無く行動せよ』……との事でした」

「はい。おそらく提督は私達がこのように動揺する事すら予想済みです。それをわかっていてなお、私達をこの状況に放り込んだと考えた方が自然だと思います」

「こんな見た事も無い妖精さんに道案内させるくらいだものね~」

 

 龍田さんにつんつんとつつかれ、妖精さんは天龍の頭の上に逃げてしまう。

 

「つまり、私達がこの地点でここまで疲弊している事も予測できているはずです。ですが、ここで私達が諦めて帰投する事は予測していないかもしれません」

「この状況は提督も予測済み……今の私達みたいに狼狽えるような状況では無いって事?」

「はい。川内さんの言うとおり、この状況ごときで狼狽え、撤退するという事は、提督にとってはおそらく有り得ない事です」

「大淀さんの言ってる意味が全然わかんない! だったらせめて、それを説明してれば私達もここまで狼狽えずに済んでるのよ!」

「霞ちゃん。おそらくそれを考えろと提督は仰っているの」

「……ッ!」

 

 私の言葉に、霞ちゃんは悔しそうに言葉をつぐんだ。

 ここからは賭けだ。まだ私自身も確信を持てていないというのに、皆を説得するというのは、無責任なのかもしれない。

 しかし、あの提督の指示である。

 あの提督の言葉である。

 それだけで、私が賭けるには十分な理由になるような気がした。

 

「ここからは私の推測ですが……私達はこんなに敵の領海奥深くまで進んでいながら、未だ誰一人として小破すらしていません」

 

 私の言葉に、全員がお互いの姿を見回した。

 

 そう、資材の消耗ばかりに気を取られていたが、私達は未だに、一つの損傷も無い状態だった。

 戦闘した相手は格下ばかり。

 一方でこちらは三艦隊合同で移動していた為、先手必勝で叩き潰す事ができていたのだ。

 渦潮を突破する際も、大きくエネルギーを消費はしてしまうものの、艤装が傷つくほどのものでは無い。

 

 ここまで敵の領海の奥に侵攻しながら、装甲の薄い私達水雷戦隊が傷の一つも負っていないという事は、これもまた、今まで有り得ない事だった。

 

「そう言えば、ここまで来るまでにいくつか小さなパワースポットを見つけられたよね。そこで少しは資材も補給できてた……」

「一度の出撃であんなに見つかる事って、そう言われれば今まで無かったような」

 

 川内さんと那珂さんが思い出したようにそう言った。

 そう、ここまでの道のりで、燃料と弾薬を補給できる小規模なパワースポットを発見していた。

 そのおかげで、私達の消耗はむしろ抑えられていたはずなのだ。

 

「偶然ではありません。かつてこの辺りが私達の領海であった頃にも、それらの位置がパワースポットであった記録が確か残っています。そして敵に奪われてからの、渦潮の発生した位置も」

「妙にジグザグした航路を指示してくると思っていたけれど、つまり提督はパワースポットの位置も渦潮の位置もわかっていて、私達を進ませたってわけ?」

「そう考えるのが妥当でしょう。そして何より……私達は敵の哨戒部隊とまだ一度も交戦していません」

「……なるほど。少しは知性のある哨戒部隊に見つかった場合、次々に敵の主力艦隊が迎撃して来るでしょうが、私達はそれらと無関係なはぐれ艦隊としか交戦していませんね。渦潮に近づかないのは深海棲艦も同じ……つまり渦潮を迂回せずにあえて強行突破したのは、敵の哨戒部隊とぶつからない為であるとも考えられますね」

 

 神通さんがそう言うと、皆が少しずつ、自分の中で理解しているような表情を浮かべた。

 燃料と弾薬は消耗したが、奇跡的に傷一つ負っていない私達。

 ここまで深部に侵入しながら、未だにその存在は敵には発見されてはいない。

 この状況が提督にとって予想できていたものであれば、当然、私達が引き返すという選択肢は有り得ない事となる。

 

「資材さえ補給できれば万全の状態。提督は、私達に何かを成して欲しいと思っています。目的地はもう目の前です。進めば帰りの燃料はありませんが……提督を信じてはくれませんか」

 

 私の言葉に、しばらく皆は考え込むように黙り込んでしまったが。

 

「お、大淀の言う通りよ! あの提督は、私には無責任な方には思えない! 意味も無く私達をこんな死地に送る人じゃない……と思うわ!」

 

 夕張が私に続いて声を上げたのだった。

 

「私はさっき、煤と油まみれの手で提督に触れてしまって、その軍服を汚してしまったわ。けれど、提督はそれを怒る事もせずに、素手で私の汚れた手を握り返してくれた。

「この汚れた手は、私の努力の結晶だって言ってくれて……すごく、すごく嬉しかった。

「そんな事だけで信用しちゃうなんて、我ながらチョロすぎると思うけど、馬鹿みたいだと思うけど……私は、あの提督を信じたい……です、ハイ……」

 

 夕張は顔を赤くして、自分の言葉が恥ずかしくなったのか、そのまま俯いてしまったのだった。

 すると、それに反応するように。

 

「フフフ、大淀に夕張。さっきから何を言っているのかよくわからなかったが、提督が意味無くこのオレを旗艦に」

「まぁ天龍はどうでもいいとして、まだ日も沈んでないしね! 私を出しておいて夜戦を考えていないわけないし、本番はこっからって訳だね!」

「そうですね。この指定された航路のおかげで哨戒部隊と接触していないのなら、感謝するならともかく疑うのは筋違いでしょう。むしろ姉さんの言うとおり、夜戦が本命なのだとすれば……」

「那珂ちゃんのステージは、夜が本番ってわけだね! よぉし、リハーサル頑張ろう!」

「私たちの対応能力を確かめてるって事かしら~、上等だわ~」

 

 軽巡洋艦の皆も、それに応じてくれたのだった。

 まとめ役の軽巡洋艦の意思さえ固まれば、この艦隊が今後乱れる事は無いだろう。

 

「霞ちゃんも、それでいい?」

「いいわけないでしょ⁉ 私はまだ、あの司令官を信用できない! でも……大淀さんの事は信じてるのよ」

「霞ちゃん……ありがとう」

「フンッ! これで帰れなくなったら、大淀さんでも許さないんだから!」

 

 霞ちゃんもまだ言いたいことはありそうだったが、ぐっと堪えてくれたようだ。

 夕張のナイスアシストだ。それも元を辿れば、夕張の汚れた手を包んでくれた提督の優しさに起因する。

 提督の思いは、霞ちゃんや不信感を抱く彼女たちにも、いつかきっと伝わるはずだ。

 

「さぁ、そろそろ分散する地点です。これより第二、第三、第四艦隊は各自、提督に指定された地点へ進行。近辺の偵察を行って下さい」

「了解っ。それじゃ大淀、天龍、また後でね。よーっし、川内! 水雷戦隊! 行くよっ!」

「よっしゃあ! 行くぜ龍田! 駆逐ども! このオレについてこい!」

 

 これからは、各艦隊六人での行動となる。

 敵艦隊に見つかった場合、逃げ切れる保証も無い。

 互いの武運を祈り、私達は三方向へと散開した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 辺りが少しずつ薄暗くなってきた頃に、私達は目的地の小島に上陸する。

 運が良かったのか、あれから敵艦隊との交戦は一度も無かった。

 上陸したはいいが、近辺の海には何も異常は無いように思える。

 朝潮達、駆逐艦の資材はすでにほぼ尽きてしまっていた。

 

「あらぁ~、うふふふふっ、あはははぁっ!」

 

 荒潮が何かを見つけたのか、いきなり笑い出した。

 この子、実力はあるのだけれど、底知れぬ何かがあって怖い。

 感情が高ぶると瞳孔が開くし、笑顔が怖いし、正直ちょっと苦手だ。朝潮、助けて。

 しかし私は旗艦だ。苦手意識を持って避けるわけにも行くまい。何よりも提督の為だ。

 

「どうしたの、荒潮」

「うふふっ、大淀さん。こっちこっち」

 

 荒潮が手招きするので、私たちはその後をついていく。

 岸壁から顔だけ覗かせて先を見る。

 荒潮に指し示された先にある入江には――緑、金、銀、銅色の、四色のモヤが立ち上っていた。

 これは……パワースポット⁉ それも、かなり大規模な……!

 燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト、四つのエネルギーが、あそこには豊富に埋蔵されているようだ。

 

「おおおー、大潮テンションアゲアゲです!」

 

 大潮だけではなく、私も思わず胸が高鳴ってしまった。

 これならば、補給して母港に帰投する事も可能だ。

 あれだけの資材があれば、鎮守府の備蓄状況にも相当な余裕ができる。 

 ドラム缶を持ってきていればよかっただろうか。

 提督の予測とはつまり――。

 

「まさか、司令官はあれを輸送しろと……」

「あははっ! いいえ、朝潮姉さん。違うと思うわよぉ? ほらぁ、あ・れ」

 

 朝潮の呟きに、荒潮は更にその先を指差した。

 資材のモヤに目を奪われていた私達は、それに気が付く事が出来なかったのだ。

 私は反射的に息を止めてしまった。

 

 あれは……敵の補給艦! 輸送ワ級!

 船体の表面を覆うオーラの色、巨大さから、どうやらflagship級のようだ。

 深海棲艦側の資源の輸送や補給が主な能力でありながら、重巡に匹敵する火力と装甲を持つ、深海棲艦側で最上位の輸送艦だ。

 それが三……いや四体! 護衛を務めているのは重巡リ級が二体。こちらもflagship級か。あれはもはやちょっとした戦艦だ。

 資材の消耗した今の私達では十割返り討ちに遭う。戦いにもならない。絶対に見つからないようにせねば。

 

 提督が予測したのはこれか!

 この地点は、深海棲艦側の資材集積地!

 天然のパワースポットではなく、あれは深海棲艦側が集めた大量の資材だ。

 艦娘も深海棲艦もその根源であるエネルギーは同じだ。

 私達艦娘も、港から敵の本拠地まで攻め込む際、決戦の時には道中の消耗で満身創痍になっている事は多々ある。

 つまり、深海棲艦の本拠地が移動していないのであれば、一度侵攻に成功したとはいえ、鎮守府近海まで再び攻め込むにはそれなりの資材が必要なのは深海棲艦側も同じ!

 ここ一か月の戦況報告から、敵哨戒部隊との接触地点が徐々に前進してきている傾向にあると判断、そこから敵の補給線が伸びている事を推測したという事か!

 提督は報告書から予測して、敵の資材集積地の候補を今回指定された三地点まで絞り込み、私達を送り込んだ。

 

――何という事だ。

 

 あの報告書を、あれだけの速さで目を通し、一瞬とも言える僅かな時間で、ここまで状況を読んでいたのか⁉

 

「大淀、ど、どうしようか? あの資材が無いと私達帰れないし……」

 

 夕張がそう私に声をかけた瞬間、無線が入る。

 

『こちら第三艦隊旗艦川内。大淀、天龍、無事?』

『第四艦隊旗艦天龍。敵には見つからなかった。拍子抜けだぜ』

「だ、第二艦隊旗艦、大淀です。皆さんも無事のようで何よりです。状況の報告を」

『どうやらあの提督はこの状況を読んでたみたい。こっちは敵の資材集積地になってる。敵の補給艦が今、資材を積み込んでるみたい』

『こっちもだ。敵さん、たんまりと資材を貯め込んでやがるなぁ。どうする、奪うか? オレはいつでも、痛ッ、何すんだ龍田、耳引っ張るな』

「今戦えるわけないでしょう……もう少し、様子を見てくれませんか。こちらも同じ状況です。何か変化があれば連絡を」

『了解。さぁて、そろそろ夜になるね』

『フフフ、夜といえばオレの時間だな。早くブッ放してぇなぁ、ウズウズするぜ』

『いやちょっと待って天龍。夜と言えば私でしょ』

『え? いやオレだろ。何言ってんだ川内』

『アンタが何言ってんの⁉ 私以上に夜戦を愛して――』

 

 うるさいので無線の音量を小さくした瞬間だった。

 敵運送船団が入江を発艦した。

 私は再び無線の音量を上げる。

 

「大淀です。こちら、敵運送船団、南西方向へ発艦しました」

『こっちもだね。西に向かって移動し始めた』

『同じく、北西方向に発艦しやがった。よっしゃ、とりあえず補給だな』

 

 天龍の提案に、私達は賛成する。

 というよりも、ここで補給をせねば帰る事ができない。これも提督の予測通りだったのだろう。

 しばらく警戒を続けたが、どうやら敵はもうこの近辺には残っていないようだった。

 

「ふぅ……九死に一生を得た気分ですね」

「はぁうぅ~、ぽかぽかしますねぇ。テンションアゲアゲです!」

「うふふっ……あはははぁっ……! 提督、好きよ」

「……フンッ、最初っから説明してくれればよかったのに」

 

 ようやく補給する事が出来て、帰投する事ができないという不安から解放されたからか、朝潮達の表情も少しほぐれたように思える。

 荒潮が何か怖い事を呟いていた気がするが、空耳だったと信じたい。

 

『天龍さん! 暁ちゃんがドラム缶を装備していたのです!』

『よっしゃ、でかした!』

『ま、まぁ一人前のレディの嗜みよね』

『ハラショー』

『え? 暁、前の遠征からドラム缶降ろし忘れてたの?』

『そ、そんな訳ないじゃない! ぷんすか!』

 

 無線から間の抜けた声が聞こえてくる。

 あの人達は本当に緊張感が無い……。

 一歩間違えば全滅の危機もある死地だと言うことをわかっているのだろうか。

 

 敵の資材を少し拝借したが、私達の力が満タンになるまで補給しても、まだまだ減る気配を見せない。

 かなりの量を貯め込んでいるようだ。

 何とかしてこれだけの量の資材を鎮守府に運ぶ事ができたのならいいのだが。

 敵も先ほど補給艦に乗せた資材を、本拠地へ運んで――

 

「川内さん! 天龍!」

『うわっ! どうしたの大淀⁉』

 

 私は取り乱しながら、無線に声をかける。

 

「敵運送船団は全て西方向へ向かっています! それは敵本拠地方面ではなく……鎮守府方面です!」

『……うぇぇええっ⁉ ま、マジじゃん! えっ、嘘ォ! 何で⁉ どういう事⁉』

「提督が何を思ってこの水雷戦隊を三艦隊同時運用したのかがようやく理解できました……!」

 

 震えが止まらない。

 神算。

 報告書を流し読みしたあの僅かな時間で、ここまで先を読む事ができるというのか。

 

 あの人が今日着任していなければ――確実に横須賀鎮守府は終わっていた。

 

『あぁ? 何だ? どういう事だよ大淀』

『なるほどね~。鎮守府方面に補給艦が向かう理由なんて一つしかないものね~』

 

 天龍はまだ理解できていなかったようだったが、話を先に進める為か龍田さんが無線に入ってきた。

 もう本当に旗艦を交代した方がいいのではないか。

 

『つまり私達に課せられた使命とは、強行偵察や資材の輸送などでは無く、本日行われる敵主力部隊による夜間鎮守府強襲に合わせた、敵補給路の寸断というわけですね』

 

 流石は神通さんだ。

 それしか考えられない。

 深海棲艦の主力部隊は今頃、鎮守府に向けて進軍している。

 もちろん敵も主力部隊となれば、莫大な量の資材が必要になる。帰りの事も考えるのであればなおさらだ。

 今まではその資材面の問題もあり、鎮守府近海までは攻め込んでこなかったのだ。

 しかし今夜は違う。補給艦にたっぷりと資材を積んで、洋上補給をしながら確実に鎮守府近海まで攻め込み、最大火力で鎮守府を落とすつもりだろう。

 おそらくこの一か月で、私達に提督がいない事に気が付いたのかもしれない。

 戦艦が敵軽巡洋艦に負けるような戦況が続いたのだ。あちらから見ても、異常に弱すぎると考えたのだろう。

 つまり、この国でも最も大きく重要な拠点である横須賀鎮守府を落とす、絶好の好機だと判断した。

 

 それが、今夜。

 

 まだ、震えが止まらない。

 何という、何という事だ。

 提督が今日着任しなかったら。

 提督が即座にこの状況を予測できるほど聡明でなければ。

 洋上補給により衰える事の無い敵主力艦隊の猛攻に晒されていたら――。

 

『はっはぁん、なるほどな。つまり、あの補給艦どもを追っかけて、ぶっ潰せっちゅー事か。この天龍様に相応しい戦場じゃねぇか』

 

 ようやく状況が理解できたのか。天龍が普段と変わらぬようにそう言った。

 この人は本当に緊張感が無い……だが。

 

『流石は天龍ちゃんね~。頼もしいわ~』

『ハラショー』

 

 だが、こういうところを見込んで、提督は天龍を旗艦に指名したのかもしれない。

 私達も、負けてはいられない。

 天龍の声を聞いていると、そんな気持ちになってくるのだ。

 

『さぁて、大淀。高度の柔軟性と、臨機応変な判断と共に行動しなきゃね。提督を満足させるにはどうすればいい?』

 

 川内さんが、こんな窮地だというのに、どこか楽しそうにそう言った。

 

 敵は補給艦と重巡とはいえflagship級。ちょっとした戦艦に匹敵する火力と装甲を持つ。

 昼戦では手も足も出ない。

 私はともかく提督との信頼が薄い他の皆ならば猶更だ。

 川内さん達の性能を底上げする事ができれば可能か。

 敵運送船団と私達は同数。数の有利は無い。

 私達の得意とする夜戦に持ち込んで、その差は覆せるか。

 闇に紛れて背後から奇襲すれば、その差は覆せるか。

 いいや、駄目だ。まだ足りない。

 一隻でも取り逃がしたら意味が無い。

 

 提督ならば、どのように動けば最善であると考えてくれるだろうか。

 提督の神算には遥か遠く及ばないとしても、少しでも少しでも先を考えるならば、私はどう動くべきだろうか。

 提督を満足させるには。

 鎮守府を救うには。

 この国を守るには。

 

 ――夜が近づいてきた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 闇に紛れ、見つからないように十分に距離を取り、敵運送船団の背後から尾行する。

 資材を大量に積んでいるからかその航行速度は遅く、鎮守府近海に辿り着いた頃には真夜中になってしまった。

 

 やがて砲撃音が耳に届き、ノイズを挟みながら届く無線の内容から判断するに――やはり、予想した通りだった。

 鎮守府正面に戦艦。

 重巡洋艦を敵後方。

 水上機母艦率いる駆逐艦隊を左右に配置したそれは。

 

 ――それは、私が『提督であればこのようにするだろう』と予想した編成と布陣そのままだったのだ。

 

 提督の思考に追いついたようで嬉しかったが、今はそれを喜んでいられる状況ではない。

 私の予想通りに配置されているのならば、私の立てた作戦とも噛み合うはず。

 川内さんから、小声で無線が届く。

 

『凄いね大淀……予想的中じゃん』

「いえ、私は提督の思考をなぞっただけにすぎません。恐るべきは提督です」

『へぇぇ、それじゃあこの後も、作戦通りでいいって事ね』

「はい。頃合いを見て一気に距離を詰め、敵主力艦隊と補給船団の上空へ照明弾をお願いします」

『了解!』

 

 敵主力艦隊も視認できるほどに接近した。

 洋上補給を食い止めるには――今しかない!

 

 前方へ急接近した川内さんが照明弾を敵上方に放ち、辺りは眩い光に包まれる。

 突然の事態に敵が混乱した――隙を逃さない!

 

「第二艦隊! 行きますっ!」

『第三艦隊! ついてきて!』

『第四艦隊! 行くぜぇぇっ!』

 

 私の号令に合わせて、夕張、朝潮、大潮、荒潮、霞ちゃんが艤装を構える。

 

『目標確認! 全艦、斉射! 始めッ!』

 

 私達は敵補給艦の一隻に集中攻撃し――砲撃を受けたそれは爆散した。

 爆煙は更に二つ。川内さん達と天龍達も上手くいったようだ。

 その爆煙が私達の反撃の狼煙となるように。

 戦場に立つ全ての艦娘に届くように、私達は声を上げる。

 

「第二艦隊! 敵補給艦一隻撃沈!」

『第三艦隊っ! 同じく補給艦一隻撃沈っ!』

『第四艦隊ッ! こっちも敵補給艦、一隻撃沈だぜぇっ!』

 おそらく、敵も味方も、この状況は理解できていないだろう。

 私であってもそうだ。

 まさか提督がこの夜間強襲だけではなく、敵の洋上補給を読んでいただなんて、誰が想像できただろうか。

 だが、この状況で隙だらけになるのは、敵だけでなければならない。

 

 私達はこの状況に、迅速に行動できなければならないのだ。

 私達がこの状況を巻き返す為には、提督への揺るぎない信頼を抱かなければならないのだ。

 

 私達艦娘の性能は、提督を信頼する事で飛躍的に上昇する。

 私の一声で皆に提督を信頼してもらう事で、更に性能を底上げする!

 

 故に私は、現在の私達がどのような状況に置かれているのかを最も簡潔に理解してもらえる言葉を探し、そして叫んだのだった。

 

「横須賀鎮守府全艦隊の皆さんに告げますっ! この戦場の全ては! 提督の掌の上ですっ!」

 



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017.『掌の上』【提督視点】

 艦娘達が一人残らず出ていき、俺だけが残された執務室。

 俺はしばらく机に突っ伏して咽び泣いていた。

 

 明石のせいで股間は痛いし、艦娘達のせいで心も痛い。

 俺が一体何をしたと言うのだ。

 何で俺がこんな目に遭わねばならんのだ。

 

 嫌だ。まだ諦めたくない。

 今回、俺に提督の素質が見つかった事は、まさに千載一遇のチャンスだ。

 これを逃したら、俺はもう二度と艦娘ハーレムを築き上げる事はできないだろう。

 まだまだこれからが本番だ。

 

 俺の前の勤め先で、第一印象がお互い最悪で、絶対あんな奴ありえない、なんて言っていた奴らが結婚した事もある。リア充爆発しろ。

 よくよく考えてみれば、それは当然の事なのかもしれない。

 思えば、過去の経験上、そんな出来事は何度もあった。

 

 不良が雨に濡れる野良猫に傘を差している姿をたまたま見たとしよう。

 普段は嫌な奴だと思っているから、「意外といいところあるじゃん」と思ってしまうわけだ。

 一方で、品行方正な生徒会長がポイ捨てをしている姿をたまたま見たとしよう。

 普段は真面目な人だと思っているから、「見損なった」と思われてしまうわけである。

 たとえ不良が普段からポイ捨てをしていても、それは不良だから当たり前だと思われてしまう。

 生徒会長が普段から野良猫に優しくしていても、それはいつもの事だと思われてしまうだけなのだ。

 

 俺の今までの人生で学んだ事だ。

 真面目な奴は損をする。

 いや、そうじゃない。この経験から学んだ事は、第一印象が最悪なのは、決して悪い事ではないという事だ。

 第一印象が最高である事に比べれば何倍もマシではないか。

 

『あの提督、視線がマジでキモいよね』『でも仕事はできるんだよね』。

『あの提督、仕事ができるよね』『でも視線がマジでキモいよね』。

 

 二つとも同じものを比べているはずなのに、順序が違うだけで大きく意味が変わってくるのだ。

 そうだ。この状況は俺にとっては向かい風では無い。むしろ追い風だと言ってもいい。

 最初に俺が完璧な演技で本性を隠し、後々ボロが出るよりも、最初に感づかれておいて、後々演技でカバーしていく方が絶対に良いはずだ。

 むしろ、過去の同僚のように、第一印象最悪からの結婚ならぬ、ハーレムへと繋がるかもしれない。

 ポジティブに考えよう。

 

 そう考えれば、着任初日に俺の本性を感づかれたのは僥倖ではないか。

 万が一、今日で俺に対する好感度が最大になってみろ。その後は本性がバレるたびに好感度は下がる一方だ。そっちの方が最悪のパターンだ。

 好感度が最低スタートなのであれば、後は上がる可能性も十分にある。

 今日は俺に対する好感度が最低だから良いのだ。後々ミスをしても、あの人だからしょうがないとなるのではないか。

 

 よし、気持ちを切り替えよう。雨は……いつかやむさ。

 涙を拭いて、これからの事を考えねば。

 艦娘は今頃夜戦をしながら、俺の事を全く使えないスケベ提督だと嘲っているところだろう。

 つまり、ここから俺がしなければならない事は、汚名を返上し、名誉を挽回する事だ。

 

 しっかりと鎮守府運営の知識を勉強し、艦娘達に相応しい提督を演じる事。

 そうする事で提督としての威厳や権力も増し、艦娘達の警戒が解けたところでハーレムルート直行である。多分。

 今までは頭の中でふざけた事ばかり考えていたが、そういう部分が艦娘にも伝わってしまったのだろう。

 ここからは自重せねば。

 これ以降は金輪際、心の中だけでもはしゃぐのはやめよう。

 真剣に艦娘達と向き合い、演技ではなく有能な提督となるのだ。

 

 俺が決意を新たに顔を上げると、ちょうど執務室の扉がノックされた。

 全員出て行ったと思ったが、まだ鎮守府内に誰かいたのかと、少し驚いてしまう。

 涙を拭い、軽く咳払いをして、入れと伝えた。

 静かに扉が開かれると、そこには――

 

「失礼します。お疲れ様です。私、給糧艦、間宮と申します。以後、お見知りおきを」

 

 うっひょーーッ! 艦隊のアイドル間宮さん! マンマミーヤ!

 俺ランキング堂々の第一位キタコレ! ウマー! 本命登場ですぞ!

『艦娘型録』に記載が無かったから所属していないと思っていたではないか! そうか、戦闘はせずに甘味処にいるからか。これは嬉しい誤算!

 間宮さんの後ろにはもう一人、地味な少女が付いてきている。確かイラコーとかいう小娘だ。

 オータムクラウド先生の『甘いものでもいかがですか?』は名作である。いつもお世話になっております。

 お世話になりすぎて、間宮さんを見ただけで俺の股間の疲労が回復し、戦意高揚状態になった。

 これがパブロフの犬で有名な、条件反射という現象です。

 

 駄目だ、艦娘でオ○ニーする事が俺のデイリー任務となってしまっていたせいで、心と身体が言う事を聞いてくれない。凹む。

 俺は諦めて、椅子に座ったまま、股間は立ったまま、改めて間宮さんに目を向けた。

 

「間宮に伊良湖か。どうした、こんな時間に」

「いえ、あの……ずっと部屋の明かりがついていたので、お腹がすいていないかと」

 

 ふと時計に目をやれば、すでに日が変わっていた。

 俺は一体何時間泣いていたんだ……。

 というか、まだ外から微かに砲撃音なんかが聞こえてくるという事は、アイツらまだ戦っているのか。

 敵艦隊が雑魚だという事はわかりきっているのに、歓迎会に参加したくないから引き延ばしているのだろう。

 アイツらどんだけ俺を歓迎したくないの?

 もう歓迎会は開催しないから、早く帰ってきてくれ。飯も食わずに何やってんだ。

 

 正直、艦娘にそれほどまでに嫌われているという事にショックが大きすぎて未だに食欲が無い。

 ハードルは低ければ低いほどいいとはわかっているし、俺を好いてくれる女性などいないとわかっていても、それでもやはり嫌われているという事実は傷つくのだ。

 

「あぁ、私は大丈夫だ。心配をかけてしまって、すまない」

「えっ、何も召し上がらないのですか」

「うむ。艦娘達も何も食べずに出撃し、今この時も命をかけて戦っているのだ。私だけが腹を満たすわけにはいくまい」

 

 適当に答えたが、少し嫌味に聞こえただろうか。

 アイツらがいつまでも戦闘を引き延ばして戦っているから、上官である俺も何も食えないのだ、と思われたかもしれない。

 失言だったかと思ったが、間宮さんは顔の前で両手を合わせ、優しく微笑んだのだった。

 

「まぁ……提督、艦娘思いの方なのですね」

 

 間宮さんは案外鈍いようだった。鈍感系お姉さんキタコレ! ウマー! 俺のマンマ、マミーヤ!

 いや、妹しかいなかった俺は確かにお姉さん属性に飢えた狼である事を自負しているのだが、間宮さんはかなりドストライクなのだ。

 包容力あるし、お姉さんだし、巨乳だし。甘えたい。間宮さんの甘味処を堪能したい。

 ハーレムに加えたいと思っている艦娘は多いが、結婚したいまでと思っている艦娘は今のところ間宮さんしかいない。

 ここからは真面目に頑張ろうと思った矢先に、まさか大本命の間宮さんが奇襲をかけてくるとは。正気を保っていられるかも危うい。

 ここに俺ランキング第二位の高雄がいたらヤバかった。俺の股間は異形と化し、二度と元の姿には戻れなかったであろう。

 

「提督、皆さんは戦闘糧食を口にしているはずです。同じものならば、提督が食べても大丈夫でしょう?」

 

 間宮さんはそう言って、お盆の上に乗せられたおにぎり三つを机の上に置いたのだった。結婚したい。那珂ちゃんのファン辞めます。

 腹は全く減っていないが、間宮さんが俺に気を使って握ってくれた特別なおにぎりだ。食べざるを得ないだろう。

 補給キタコレ! ウマー!

 

「気を使ってくれてすまないな。ありがたくいただこう」

「うふふっ、私は戦う事が出来ませんから、これくらいは」

「提督、お茶はいかがですか?」

「うむ。頂こう……んっ?」

 

 いつの間にか、鳳翔さんがいた。

 伊良湖の後ろについてきていたのか。

 俺はてっきり、鳳翔さんも加賀達と外に出ていったかと思っていたのだが……。

 執務机の上に湯呑みを置く鳳翔さんは、俺の顔を見て、気が付いたように言ったのだった。

 

「提督……泣いて、いらっしゃったのですか?」

 

 エッ。

 あっ、し、しまった。そうか、鏡を見る暇も無かったが、あれだけ泣いたのだ。目が赤くなっていてもおかしくはない。

 俺は慌てて、軍服の袖で目元をごしごしと拭った。

 

「な、何でもないんだ」

「何でもないという事はないでしょう。提督、よろしければこの鳳翔にお話だけでも……」

「い、いや……悔しくてな。艦娘達が出ていくのをただ見ているだけしか出来なかった自分が……」

 

 いかん。誤魔化そうと思ったのに、本心がそのまま出てしまった。

 俺を歓迎したくないと言い切った艦娘達に何を言う事も出来ず、引き留める事も出来ず、ただアイツらの望んでいたであろう指示を出す事しか出来なかった。

 何が提督の権力だ……情けない。

 なんだかまた思い出したら涙が出てきそうだった。

 

 そんな俺の心中を察してか、鳳翔さんは優しく微笑んで言ったのだった。

 

「まぁ、提督……お優しいのですね。ですが、そう心配なさらないで下さい」

「う、うむ……」

「私達艦娘にとって、戦場に立つ事こそが、何よりも優先すべき第一の使命なのですから」

 

 アンタ一体何のフォローしてんの?

 艦娘は戦う事が第一優先だから、貴方の歓迎会をしている暇はありませんでしたって事?

 雑魚五隻に鎮守府全体で戦いに行くのも使命か何か?

 獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすってやつ? 全力すぎるだろ。適度に手を抜けよ。

 流石に無理がありませんか。

 いいよ、もう! 無理にフォローしなくて!

 俺の人望の無さが引き起こした事だってのは理解できてるから!

 

 鳳翔さんの下手なフォローで更に傷ついた俺だったが、ふと気になった事を何気なく尋ねる。

 

「うむ、済まない……ところで鳳翔さんは――」

「で、ですから! 鳳翔とお呼び下さいっ」

「う、うむ。鳳翔は赤城達と一緒にいなくても良かったのか」

「私がついていなくても赤城さん達はもう一人前です。それに龍ちゃん……いえ、龍驤さんもついていますから」

「鳳翔さんは今、私と一緒にお店をやっているんですよ」

 

 間宮さんがそう言った。

 オータムクラウド先生の作品では、間宮さんは伊良湖と『甘味処間宮』を、鳳翔さんは『小料理屋鳳翔』を営んでいるとの事ではあったが……。

 

「鳳翔が前線から退いているという話は聞いてはいたが」

「間宮さんのお店を間借りして、夜は私がちょっとしたお料理なんかを提供しているんです。お昼は『甘味処間宮』、夜は『小料理屋鳳翔』と看板が変わります。一日を通して艦娘たちの食堂のようなもので、間宮さんと伊良湖さん、私の三人で切り盛りしています」

「那智さんや千歳さんみたいに、甘味よりもお酒の好きな大人の艦娘もいますからね。鳳翔さんの時間はそういった方々の憩いの場になっています。お料理もとても美味しいんですよ!」

「なるほど。是非一度、行ってみたいものだ」

「えぇ、是非。今はこの鎮守府の一大事ですので、お店どころではありませんが……」

 

 鳳翔さんはそう言って、窓の外を心配そうに見つめた。

 一大事……だと……。

 や、やはり俺が艦娘達の信頼を得る事が出来なかったのは、そんなにもまずい事なのか。

 佐藤さんも、俺の一番の仕事は艦娘達の信頼を得る事だと言っていたし。

 

 俺の引き起こした一大事のせいで、鳳翔さんはお店どころでは無くなってしまったと……。

 ま、まずい! オータムクラウド先生によれば、鳳翔さんはこの鎮守府で最も怒らせてはならない御方!

 これ以上失望させてはならん! これ以上ボロが出る前にご退出願おう。

 とりあえず一人になって、『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』を読み込むのだ。

 くそっ、何でさっきまで一人だったのに、泣いてばかりいたんだ俺は。勉強するかシコるかの絶好のチャンスだったというのに。

 

「そうだな。いや、間宮に伊良湖、そして鳳翔。気をかけてくれてありがとう。もう夜も遅い。私に構わず、戻って休んでくれ」

 

「まぁ……何をおっしゃいます。提督が起きていらっしゃるのに、私達だけが休むわけにはいきません」

「そうですね。私には差し入れくらいしかできませんが、小腹が空いたらおっしゃって下さい! 甘いものはお好きですか?」

「提督は先ほど、何も出来ない自分が悔しいと涙を流しておりましたが、提督にしかできない戦いもここにはあります。よろしければ、私には提督の戦いのお手伝いをさせて下さい。こう見えて、昔はよく秘書艦を務めていたんですよ? ふふっ」

 

 鳳翔さんはそう言って、微笑みながら俺を見据えた。

 

 ……こ、この人はこう言っている。

 お前のせいで鎮守府は一大事だ。お前に付き合って休む事ができないのだ。私が手伝うから、泣いてる暇は無いからさっさと提督らしい事をしろと。

 お前の敵は、目の前に山積みになっているだろうと。さっさと戦えと。

 間宮さんは俺の事を純粋に心配して、おにぎりを差し入れに来てくれていた。

 だが、鳳翔さんは違う。

 明石まで出て行って一人になった俺を、秘書艦として監視しに来たのだ。間違いない。

 オータムクラウド先生の作品によれば、空母のお艦と呼ばれる鳳翔さんにはあの赤鬼の赤城と青鬼の加賀も頭が上がらないとか。

 鳳翔さんが本気で怒ると、あの赤城や加賀も子供のように泣いてしまうという。想像がつかん。

 あの切れたナイフみたいな一航戦すら逆らえない鳳翔さんは、さながら鎮守府の大鬼。

 いかん、お艦、怒らせてはアカン。

 

 い、いや。ポジティブだ。ポジティブに考えよう。

 考え方によっては、鳳翔さんは俺の味方であるとも言えなくも無い。

 俺が春日丸を無理やり実戦配備した先ほども、おそらく俺の心中に気付いていながら大人の判断を下したではないか。

 つまり、鳳翔さんは俺が使い物にならないクソ提督だと理解してなお、あえて俺に提督の仕事を務めさせようとしているのだ。

 他の艦娘達は全員、俺を見捨てて外に出ていったが、この人は厳しくはあるが俺を見捨てていない。

 俺はまだ、見捨てられていない。

 いや、鎮守府を何とかする為に、俺にしっかりして貰わねばならないという事か。

 さながら俺は鳳翔さんの傀儡。

 俺が艦娘との信頼関係を築けるかは、鳳翔さんの掌の上……。

 

 監視をするのは、俺がこれ以上失態を犯さないようにだろう。

 まるで母親が、子供が転ばないようにすぐ近くで足元に注意するように。

 そうか、この人は逆に寛大だ。

 決して怒らせてはならないが、滅多な事では怒らないのだろう。

 だからこれ以上怒らせるような真似はできない――。

 怒らせた時は色んな意味で俺の死を意味する。

 

「ホ、鳳翔サン……!」

「もうっ! 鳳翔ですっ!」

「う、うむ。すまない、つい……鳳翔サン」

「訂正できていません!」

「わ、悪い……鳳翔、甘えてしまってもいいか」

「勿論です。とりあえずは、この山積みの書類の処理が先決でしょうか」

「そうだな。夜が明けるまでには終わらせてしまいたい」

 

 アイツらがいつ頃帰ってくるかはわからないが、徹夜でこの山積みの書類を処理したと知れば、少しは見直してくれるだろう。

 処理の仕方はよくわからないが、大体はすでに大淀が一度目を通しているらしく、サインがしてある。

 おそらくこれに印鑑を押し、どんどん決裁していけばいいのだ。

 内容に不備があれば、先によく目を通している大淀の責任である。

 上司の俺の責任を問われた場合、俺の更に上司である佐藤さんの責任である。

 とりあえず、数をこなす事が大事なのだ。

 俺は書類には適当に目を通し、大淀のサインがしてあるものにはどんどん印鑑を押していく。

 

「提督。こちらの書類は私が先に目を通しておきますね」

「うむ。よろしく頼む」

 

 大淀のサインが無いものなどは、鳳翔さんが率先して目を通してくれた。ありがたい。

 これならば俺の仕事はほとんど印鑑を押すだけだ。

 

 サインが無くても、艦娘からの簡単な物品の申請なんかは俺の判断で承認しちゃってもいいだろう。

 原稿用紙に筆ペン? お絵かきが好きな子がいるのだろうか。

 お絵かきの為に地味に高価なものを……生意気な。申請者は聞いたことの無い名前の駆逐艦だ。

 駆逐艦ならば画用紙とクレヨンで十分だと言いたい所だったが、俺は寛大なので承認してやる。ありがたく思うがよいぞ。

 

 中身がよくわからないものも、大淀と鳳翔さんがOKを出したのならば、それは承認した方が良いに決まっている。

 俺は心を無にして、ただひたすらに印鑑を押していったのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 何時間経っただろうか。印鑑を押しすぎて指が痛い。

 おそらく最後であろう書類に押印し、俺は小さく息をついた。

 

「お疲れ様です、提督。残りの書類は急ぎでは無いので、後日の処理でも良いでしょう」

「うむ。本当に助かった。鳳翔さんには――」

「……」

「ほ、鳳翔には頭が上がらないな。感謝する」

「いえ、勿体ないお言葉です。それにしても、本当に一晩で終わらせてしまうなんて……」

 

 鳳翔さんはまったく疲れたそぶりを見せない。

 俺も前の勤め先での経験から徹夜には慣れているつもりだったが、この人凄いな。

 俺は無心で印鑑を押す機械と化していただけなので頭は使わなかったが、鳳翔さんはしっかり書類に目を通していたし。

 空母だから夜戦は得意ではなさそうなのに……小料理屋をしてるからか?

 

「提督、鳳翔さん、お疲れ様です。間宮自家製アイスクリームを召し上がって下さい。熱いお茶もありますよ」

「う、うむ。いただこう」

「ありがとうございます、間宮さん」

 

 間宮さんがアイスを持ってきてくれた。普通のアイスでは無く、間宮さんの固有能力で作ったものらしい。スプーンですくい、口に入れる。

 瞬間、疲れがブッ飛んだ。

 何これ、悪いものとか入ってないよね? 眠気もダルさも消えて、まるで数時間寝た後みたいに頭がスッキリしてるんだけど。

 身体が起床後と勘違いしたのか、食った瞬間、股間も元気になったんだけど。

 人間が食べていいものなのだろうか、これは。隠し味に資材入ってない? ボッ、あ、いや、ボーキとか。

 

「これは……凄いな。艦娘達はいつもこんなものを食べているのか」

「あっ、いえ、その……前提督の指揮下では……」

 

 間宮さんは言葉を選んでいるように、口ごもってしまった。

 それに代わるように、鳳翔さんが言ったのだった。

 

「前提督は、艦娘がこのような嗜好品を楽しむ必要は無いとのお考えでした。ですので、艦隊司令部に認められている私達のお店も、前提督下ではほぼ機能しておりませんでした」

「えぇと……鳳翔さんの言う通りです。食材の仕入れも最低限に抑えられていたので、お酒や甘味を出す余裕が無くて。お店を再び始められたのは、ここ一か月の話なんです」

 

 なんと勿体無い。

 甘くて美味しいだけでなく、こんなに疲れが吹き飛ぶのだったら、むしろ積極的に使えば良かったのに。

 そう言えば前提督がいなくなったから俺がここに着任できたんだったな。

 せっかく提督になれたのに、どうしたのだろうか。そう言えば佐藤さんが何か話していたような気がするが……話を聞いていなかった。

 

 甘味は大事だ。甘味処間宮には、俺のアイドル間宮さんがいる。ついでにイラコーもいる。

 酒も大事だ。酒に酔っ払い、身体が熱くなり服を脱ぎ、夜戦に繋がる可能性は高い。やっ、せっ、ん~! 行ってみ~ましょ~! やっ、せっ、ん! 進め~!

 甘味を禁じれば間宮さんに会う機会は減り、酒が無くなれば自然にセクハラできる機会が減る。

 嗜好品を禁じるなどとんでもない話ではないか。

 

「甘味も酒も、適度に取れば活力に繋がる。今後、私も二人には世話になるだろうからな。よろしく頼む」

「まぁ……ありがとうございます。この間宮、一生懸命頑張りますね!」

「ふふっ、是非提督も、いらっしゃって下さいね。無事にこの戦いが終わったら……」

 

 何か鳳翔さんが死亡フラグみたいな事を言い出したが、アイツらまだ戦っているのか。

 雑魚相手に何時間かけているのだ。いくら俺の歓迎会に参加したくないからとは言え……。

 

 何時間かけて……ん? なんか忘れている事があるような……。

 

 アッ。

 俺は心の中で呟いた。

 しまった。そういえば建造してから、もうとっくに四時間過ぎてしまっている。

 すっかり忘れてしまっていた。

 

 俺は間宮さんのアイスクリームを食べ終わると、ゆっくりと立ち上がる。

 

「少し、工廠に行ってくる」

「まぁ、この時間にですか? 妖精さん達も休んでいるのでは」

「いや、そろそろ頃合いだと思ったのでな」

 

 忘れていたとは言えない。

 俺は一人で向かうつもりだったが、鳳翔さん達もついてきた。

 書類の処理も終わったし、もう本当に休んでくれていいのに。

 

 

 

 真っ暗な工廠の中は、昼間とは違って静かだった。

 妖精さん達の姿も見えない。

 建造ドッグの部分だけ、蒼く光っていた。

 鳳翔さん達を外で待たせて俺一人で近づいてみると、水槽の一つが煌々と輝いている。

 水槽から蒼い光の柱が立ち上っており、中に人影のようなものが微かに見える。

 

 ……アッ。

 よく見れば水槽の目の前に、膝に顔を埋めて体育座りをしている妖精さんが一人、いた。

 

「す、すまん。今、来たのだが、起きているか」

 

 妖精さんに顔を近づけて、小声で話しかける。

 妖精さんは顔を上げないまま言った。

 

『提督さんは女の子とお出かけした事はありますか』

「エッ」

 

 い、いや。それくらいの経験はある。

 

「う、うむ。勿論だ」

『妹さん以外で』

「エェェ」

 

 お前何で俺に妹がいるって知ってるんだ。

 しかしそれを除いてしまえば、勿論そんな経験など皆無である。

 

「な、無い……です」

『だから女の子をこんなに待たせられるのですね』

 

 うっくぅ~……何も言えねェ……。

 さりげなく女の子アピールをしてくるグレムリンに反論したいところではあるが、妖精さんを敵に回す事はできない。

 妖精さんはいまだに体育座りをしたまま顔を上げてくれない。

 

「わ、悪かった。悪かった。出撃が上手くいかなかったり、艦娘達に歓迎してもらえないのが悲しくて号泣したり、鳳翔さんの監視下で寝ずに残業したりと色々あって、抜け出す事ができなかったんだ」

『提督さんは間宮さんのアイスを食べて、鼻の下を伸ばしていたよー』

 

 俺の頭上から声がした。

 そういえば、大淀達に押し付けた三人以外にもう一人いたんだった……。

 帽子の中に隠れていたのかコイツ……!

 

『へー、提督さんは女の子を数時間待たせておいて、別の女性とお楽しみでしたか。へぇー』

「ち、違うんだ。これは偶然で」

『私たちはずっと待っていたのに。提督さんの為に頑張ったのに』

「悪かった、悪かったって」

『だったら、愛してると言ってほしいのです』

 

 バカップルか! 俺は心の中でツッコんだ。

 コイツ何様なの⁉ 俺の何を気取ってんの⁉

 妖精さんの考える事がわからん。一向にわからん……。

 

 しかも俺に告白の真似事をしろとか、コイツ俺のトラウマをわかって言ってんじゃないだろうな。

 俺が一番嫌がる事だと知っておいて。

 

 く、くだらん。ここで戸惑っていたら、まるで俺がこのグレムリンを女の子扱いしているみたいではないか。

 女の子扱いなどとんでもない。子ども扱いですらない。キノコか野菜みたいなものだ。

 シルエット的には人語を話すマッシュルームもしくはブロッコリーだと思えばいい。

 野菜に向かって愛を宣言した経験は無いが、まぁ大した事では無いだろう。

 仕方ない。妖精さんのご機嫌を取る為だ。思う存分、口先だけの愛を叫んでやろうではないか。

 ――妖精さん!

 

「私にはお前が必要なんだ。私はお前を――愛している」

「テートクゥーーッ!」

 

 瞬間。

 目の前の光の中から、いきなり何かが飛んできて、俺に直撃した。

 いや、覆いかぶさって、いや、抱き着いている⁉

 

「そんなに私を必要としてくれていたなんて! 私、感激デース!」

 

 な、何だコイツは。む、胸が当たっているではないか!

 やったぁーっ! やりましたっ! 私っ! 嬉しい! これからも頑張りますね!

 いや、感激してる場合ではない。

 胸を押し付けられて、自動的に俺の股間に駆逐艦馬並が高速建造された。

 妖精さんに説明を求めようとしたが――。

 

『わー、かなり久しぶりに建造が成功しました』

『祝えー』

『おー』

『わぁぁー』

『わぁい』

『素敵ですねー』

『嬉しいですねー』

『おめでとうございます』

『ありがとうございます』

 

 いつの間にか、どこからか大勢の妖精さんが出てきて、万歳していた。

 お前ら本当に何なの⁉

 

「ずっとずっと冷たい暗闇の中に沈んでいた私に、声が聞こえてきましたネー! 貴女を望んでいる人がいるって……そんな声が聞こえてきマシタ! そして、大丈夫、帰ろうって呼ぶ声が……貴方の声デース! 提督、テートクゥ!」

「ま、待て! な、名を名乗れ」

「オォウ! 失礼しましたネー! 目が覚めた瞬間、提督に愛を囁かれたので、つい……白雪姫はこんな気分だったに違いないネー! えへへっ!」

「わかった、わかったから早く名乗ってくれ」

「英国で産まれた帰国子女の金剛デース! ヨロシクオネガイシマース!」

 

 金剛と名乗ったそいつは俺から離れ、元気よく敬礼した。

 いざ離れてしまうと先ほどまでの柔らかさが名残惜しい。

 しかしあれだけの柔らかさの割に金剛とは、名前負けも甚だしいというか。

 金剛……エッ。

 

「こ、金剛だと……? お前が……?」

「イエーッス! 超弩級戦艦として建造技術導入を兼ねて英国ヴィッカース社で建造された、金剛デース!」

 

 昔の事はわからん。

 オータムクラウド先生の作品にも出演していなかったからな。

 改めて、目の前の金剛の全身をまじまじと眺めてみる。

 

 金剛型戦艦、長女。姉属性。ストライーック!

 活発で明るく人懐っこそうな性格。ストライィーック!

 巨乳。ドストライィィーーック! 俺の股間のバッターアウト!

 

 外国の芸人のような話し方を除けば俺の好みど真ん中ではないか。

 まさか妖精さん……い、いや、まさかな。

 

 そうだ。そう言えば金剛型と言えば。

 

「比叡、榛名、霧島は……」

「オー! それは私の可愛い妹達デスネー! まさか提督の下にいるデスカー?」

「う、うむ。今は諸事情で夜戦中だが……」

 

 俺を嫌うがあまり、まだ海の上である。

 ちょうどいい。顔合わせも兼ねて、連れて帰ってきてもらおう。

 

「金剛、建造されたばかりで悪いが、一つ頼みたい事があるのだが」

「オフコース! 提督の為なら、たとえインザファイヤー! インザウォーター! デスネー!」

「う、うむ……顔合わせのついでに、まだ戦っている比叡達に、早く帰ってこいと伝えてくれないか」

「伝言ついでに感動の再会という奴デスネー! お任せ下サーイ!」

 

「て、提督……? これは……!」

 

 金剛の騒がしい声に気が付いたのか、鳳翔さん達が建造ドッグに駆け寄ってきていた。

 

「うむ。建造は成功した」

「ヘーイ! 鳳翔! お久しぶりデース!」

「こ、金剛さん⁉ ま、まさか提督……この建造は……計画通りだったと言うのですか!」

 

 うぐっ。流石は鳳翔さん。

 俺がチュートリアルに従って建造した事を看破しおった。

 その通りである。必要だったから建造したわけではなく、チュートリアルの計画通りに行っただけなのだった。

 ほ、鳳翔さん怒らなければいいのだが。

 

「……まぁ、そうなるな」

 

 俺は諦めて認めたが、鳳翔さんは何ともいえない表情をしていた。

 怒っているのか、何なのか。

 怒りを通り越して、呆れているような、驚愕しているような。

 俺の考えの無さは、一周回って鳳翔さんの怒りを振り切ったという事だろうか。

 俺のアホさが俺を救う。芸は身を助けるとはこの事か。

 

「それでは提督! 比叡達に提督のメッセージを届けに行ってくるネー! うふふっ、提督と私の初めての共同作業ネー!」

「う、うむ。外はまだ暗いから気をつけてな」

 

 金剛は嬉しそうに敬礼し、工廠の外へと走って行ったのだった。

 まぁ、美人で可愛くて、明るくて巨乳でよくわからん奴だが、楽しそうだから、いいのかな……うん。

 



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018.『掌の上』【艦娘視点③】

 絶望の色に染まっていた海は、照明弾の明かりに照らされる。

 その光に包まれて、戦艦棲姫達は何が起こっているのかわからない、といった風に固まってしまっていた。

 

『テイトクダト……! バカナ……ソンナハズハ……ッ!』

 

 無線を介せずとも戦場に響き渡った大淀の叫びは、深海棲艦の耳にも届いたようだった。

 そうか。奴らはやはり提督の不在を確信して侵攻してきている。

 こればかりは偶然だが、まさか今日着任し、そして――ここまで有能な人だったとは、想像だにしていなかった事だろう。

 無理も無い。つい先ほどまで、この私達ですら疑っていたくらいなのだから。

 

「お姉様、現在の状況は……」

「チッチッ、比叡。ドントウォーリィ。ミナまで言うなという奴デース! 皆の顔を見ればだいたいわかりマシタ!」

「お姉様……流石です!」

 

 比叡の言葉に、金剛が思い出したように、ぽんと手を叩く。

 

「そうそう、提督から、比叡達にメッセージを頼まれていたネ! 霧島、マイクプリーズ!」

「はいっ、こちらに!」

「榛名! 無線を皆さんに繋いでくだサーイ!」

「すでに準備しています!」

「オッケーイ! ナイストゥーミートゥー、エブリワン! 私、提督に建造されマシタ、金剛型戦艦一番艦、金剛デース! ヨロシクオネガイシマース!」

 

 マイクで声が大きくなるわけではないが、気分の問題なのだろうか。

 金剛は榛名の無線を通じて、その場違いに明るい声を戦場に届けた。

 

 無線の向こう側からは、大きなざわめきが伝わってくる。

 この鎮守府の状況を把握した提督が、一番最初に着手した事が――建造であるという事。

 提督が何故、このタイミングで建造をしたのか。

 そして、その建造が成功したという事実。

 建造されたのが、強力な戦艦であり、比叡達が数年もの間待ち望んでいた、金剛型戦艦長女の金剛であるという事。

 大淀達の奇襲に合わせての、狙ったようなタイミングでの実戦投入。

 今まで白紙であった私達の頭に複数の点が生まれ、点と点が繋がって線となり、線が繋がり――提督の描いた絵図が一気に理解できた。

 その衝撃は……如何ばかりか!

 

「提督からメッセージを頼まれてイマース! 早く帰ってこい、との事デスネー!」

 

 提督は、今も私達を見てくれているのか。

 前提督からは、そんな言葉をかけられた事は無かった。

 刺し違えてでも敵を全滅させろ、ではなく、この戦いを終わらせて早く帰って来いと言ってくれるのか。

 つい先ほどまで諦めに沈んでいた心に、再び火が灯る。

 提督の存在は、声は、その言葉は、私達に勇気をくれる。

 

 大淀は叫んだ。

 この戦場の全ては提督の掌の上なのだと。

 ならば、私の判断も全て、提督には予測済みという事なのだろう。

 この状況も、この布陣も、全て。ならば――!

 

「総員、散開ッ! この機を逃すなっ! 各水雷戦隊と共に挟撃し、敵援軍を撃破しろッ!」

『了解!』

 

 その瞬間、確かに――確かに、艦娘の意識は一つになった。

 私は今、瞬間的に判断し、抽象的な言葉を叫んだだけで、具体的な指示はしなかったはずだ。

 だというのに――。

 

『羽黒は私と! 第二艦隊と挟撃します!』

『はいっ! 妙高姉さん!』

 

『足柄、貴様は私に付け! 第四艦隊を支援するぞ!』

『了解よ! さぁ、行きましょう!』

 

『筑摩! 吾輩達は正面じゃ! 第三艦隊と共闘するぞ!』

『はい、利根姉さん!』

 

『谷風はうちと一緒に! 一番近くの天龍姐さん達ん所じゃ!』

『合点! 燃えてきたじゃねぇか、ちっくしょーめ!』

 

『浜風はこの磯風と共に、大淀の支援に向かおう――征くぞ!』

『えぇ。必ず護り抜きます!』

 

『千代田、私達は第三艦隊の正面で合流、敵艦隊を迎え撃つわよ!』

『了解よ! 千歳お姉には負けないから!』

 

「長門さん! 青葉は改二実装艦のいない第二艦隊の支援に向かいます! こちらはよろしく頼みます!」

「良し! 頼んだ!」

 

 私は高揚と共に、それ以上に驚愕していた。

 以心伝心。

 瞬間的に頭の中で思い描き、しかし具体的な言葉にはできなかった布陣。

 一つ一つの編成を詳細に指示している時間は無かった。

 しかし、私の指示を聞いたそれぞれ艦娘達がその場で判断し、最善と思われる形を作ったのであろうそれは、私の想定と寸分違わぬものだったのだ!

 

 大淀の言葉により、この戦場の全ては提督の掌の上だと、艦娘全てが認識した。

 提督の存在を、そして思考を意識した上での判断。

 様々な性格を持つ艦娘達全てが、提督の思考をなぞる事で、瞬間的に、無意識の内に、同様の最善手を導き出したという事か。

 これが――これが、提督の思考、提督の領域、提督の世界!

 そして、提督が私達に求めているレベル!

 

『……サセルカァァアッ!』

「第一艦隊! 全艦斉射!」

 

 再び動き出した戦艦棲姫達だったが、その隙はあまりにも大きかった。

 一斉に動き出した他の艦娘達を足止めしようとした瞬間、私達の砲撃をまともに食らってしまう。

 

『キャアアッ!? オ……オノレェッ! ヨクモ……ヨクモォォオッ!』

 

 もう滑稽に踊り狂うつもりは無かった。

 現在の戦況を思考する。

 

 北東方向。

 敵艦隊は輸送ワ級flagship三隻、重巡リ級flagship二隻。

 敵前方には妙高、羽黒、磯風、浜風、青葉。

 敵後方には第二艦隊。大淀、夕張、朝潮、大潮、荒潮、霞。

 

 東方向。

 敵艦隊は輸送ワ級flagship三隻、重巡リ級flagship二隻。

 敵前方には利根、筑摩、千歳、千代田。

 敵後方には第三艦隊。川内、神通、那珂、時雨、夕立、江風。

 

 南東方向。

 敵艦隊は輸送ワ級flagship三隻、重巡リ級flagship二隻。

 敵前方には那智、足柄、浦風、谷風。

 敵後方には第四艦隊。天龍、龍田、暁、響、雷、電。

 

 そして私達。

 敵艦隊は戦艦棲姫一隻、泊地棲鬼四隻。

 敵前方には私、金剛、比叡、榛名、霧島。

 

 敵援軍に対しては数の上ではほぼ五対十。敵の倍。

 そして水雷戦隊は圧倒的に有利な、敵の背後からの奇襲。

 敵艦隊は前後からの攻撃に対応しなければならない。

 提督の予測と策略により、再び地の利と数の利を得る事が出来た。

 

 私達は数の上では五対五。数も艦種も互角――タイマンでの、殴り合いになるか。こちらは若干不利と言える。

 真正面から相対するが、敵は背後が気になって仕方が無い様子だ。

 これも、提督の策というわけか。

 後は――個々の性能差さえ縮められれば、戦況は覆る。

 

『長門さんっ! 何としてもここで敵の補給線を断つ必要があります! ここで勝負が決まります! そして鎮守府の備蓄状況も――すでに提督は把握済みですっ! 資材の心配はありませんっ!』

 

 やはり、提督には全てお見通しという事か。

 大淀からの無線を受けて、私は声を上げる。

 

「全艦に告ぐ! 『ラストダンス』だっ! 各自、その全身全霊を持って敵艦隊を撃破せよ!」

 

『ラストダンス』とは、誰が言い出したのか、勝負を決める為に行う最後の全力攻撃の事だ。

 持てる戦力の全てを振り絞り、確実に敵を沈めよ、という意味を持つ暗号である。

 指示を出してから、ふと気が付いた。

 これは、この指示は、提督が私達を送り出す時に出した指示と同じではないか。

 私は何故、改二の発動を許可する、と具体的な指示を下さず、あえてこんな言葉を。

 

 ――提督の領域に、私も足を踏み入れられたという事だろうか。

 

「こいつは……胸が熱いな……!」

 

『アァァアッ! ヤラセハ……シナイィッ!』

 

 戦艦棲姫達がその形相を変え、私達に背を向けた。補給部隊を支援に向かうつもりか。

 提督の神算の前に、先ほどまでの余裕は無くなってしまったようだ。

 それほどまでに、あの援軍、補給部隊は奴らの命綱であり、今回の奇襲の切り札であったのだろう。

 冷静さを失い――私達に背を向ける事がどれだけ愚かな事なのか、その判断すらもできないようであった。

 

 瞬間――背後に生まれた莫大なエネルギーを、奴らは無視できるはずも無かった。

 

「気合ッ……! いれっ……てぇェ……ッ! 征きまぁすッ! 比叡っ!――」

「全力で参ります! 榛名!――」

「マイクチェック、ワンツー……よぉしっ! 霧島ッ!――」

「提督のハートを掴むのは私デース! 金剛っ! レッツ!」

 

「――『改二』ッ‼」

 

 金剛型四姉妹が同時に改二を発動する。

 変わったのはその装束と艤装だけではない。全ての性能はもとより、先ほどまでとは比べ物にならないほどの圧倒的、驚異的な火力。

 これだけの火力を前に、無防備な背を向ければ、たとえ鬼と姫の強固な装甲でもどうなるか――。

 それくらいの判断はついたようで、奴らは再びその身を翻し、私達に相対した。

 悔しさと怒りに満ちた眼光が私を射抜いたが――もう恐れるものは何も無かった。

 

「……ちょっと待て。金剛、お前建造されたばかりだろう⁉ 何故いきなり改二が発動できる⁉」

「提督への抑えきれないバーニングッ、ラァーブッ! これこそが私の力デスネー!」

 

 馬鹿な。そんな事が有り得るものか。

 たとえ金剛が春日丸と同等の天才だとしても、艦娘として初めてその身体を手に入れた日に、いきなり改二が発動などできるはずがない。

 龍驤など、血ヘドを吐く思いで習得したと言っている。私だってそうだ。

 建造されたばかりの艦娘は、まだ艦娘としての身体に慣れておらず、本来の性能を発揮できない。

 幾度も演習や実戦を繰り返し、少しずつ練度を上げていく事で勘を取り戻し、また、その性能は強化されていくのだ。

 艦娘の強化には提督との信頼が必要不可欠だという事は理解していたが、流石に練度を凌駕するほどの信頼関係というものは前代未聞だ。

 何故、金剛は出会ったばかりのあの提督をそこまで信頼して、いや、これは信頼というよりも、まるで恋、いや、愛――

 

 ……いや。もう考えるのはやめておこう。

 あの規格外の提督に、今までの常識は通用しない。

 私達もすでに、提督の事を多かれ少なかれ信頼してしまっているではないか。

 むしろ、私達がもっと強くなる為には、この金剛を見習わなければならないのかもしれない。

 この長門には無縁であった、そんな感情を。

 

「金剛・比叡は戦艦棲姫から左側の泊地棲鬼を、榛名・霧島は右側の泊地棲鬼を各自一隻ずつ、狙えっ! 休みなく砲撃し、奴らを補給部隊に近づけるなっ! 改二の火力ならば奴らも無視できん!」

「イエス! 私の実力、見せてあげるネー!」

「いつでも準備、出来ています!」

「さぁ、砲撃戦、開始するわよ~っ!」

「はいっ、了解ですっ! 長門さんは、まさか一人であの戦艦棲姫を……⁉」

 

 気を使ったのであろう、榛名の言葉に、私は思わず、小さく微笑んでしまった。

 私も、もう金剛と何ら変わらないのかもしれない。

 金剛がバーニング・ラブと例えたのは、この胸に宿った熱の事なのだろう。

 先ほどまでとは比べ物にならない。湯水のごとく、どんどん力と勇気が湧き出てくる。

 私の背後に、こんなにも頼りになる提督がいる。私の背中を見ていてくれる。それを思うだけで、もう胸が熱くてたまらないのだ。

 あの方にいいところを見せたくて、あの方に褒めてもらいたくて、たまらなくなるのだ!

 

「私か? 私の相手は五隻全てだ! 改装されたビッグセブンの力、侮るなよ! 長門――『改二』ッ!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 敵艦隊が迫って来る。そのすぐ背後には第四艦隊。

 敵の護衛艦である重巡リ級と交戦しながら、輸送ワ級を集中して狙っているようだ。

 

「ハッハァーーッ! 怖くて声も出ねぇかァ!? オラオラァ! 硝煙の匂いが最高だなぁオイ!」

 

 砲撃音に混じり、天龍が調子に乗っている声が自分の耳にまで聞こえてくる。

 敵の背後から奇襲した事も含め、どうやら戦況は優勢なようだ。

 

「龍田! 駆逐ども! ビビってんじゃねぇぞぉ! オラオラ! 天龍様の攻撃――ぐわぁぁあーーーーッ⁉」

「はわわ、天龍さんがまた大破したのです!」

「雷ちゃん、悪いんだけど、天龍ちゃんを鎮守府まで運んでくれないかしら~?」

「はーい! もっと私に頼ってもいいのよ?」

「天龍さん、あとはこの一人前のレディに任せて!」

ダスビダーニャ(また会いましょう)

 

 早速、戦線を離脱したようだ。何であの圧倒的に有利な状況で攻撃を食らうのだ……。

 もはや随伴艦達も慣れすぎているのか、旗艦が大破したというのに誰も動じていない。

 あの水雷戦隊は、旗艦がやられても艦隊としての機能を失わないという、ある意味で優秀な艦隊なのかもしれない。

 

「改二発動の許可も出たし、やっちゃっていいわよ~。私も離脱した二人分、頑張っちゃうわ~」

 

 昼行燈、龍田。

 奴を例えるならば、性能に恵まれなかった神通というべきか。

 だが、その類稀なる戦闘センスを、奴はなるべく隠すように努めている。

 軽巡洋艦の中でもトップクラスの戦闘センスを持ちながら、駆逐艦を率いての遠征任務を好んでおり、正直考えが読めない奴だ。

 性能にも戦闘センスにも恵まれないくせに突っ走ってしまう天龍の影に隠れ、常にそれを支えている事を喜んでいるようにも見える。

 前提督に天龍と同等の能力だと断じられ、天龍や他の駆逐艦達と共にしばらく役割を与えられず、満足に飯も食えなかった時も、それで良いとすら考えていたような節があり――本当に心中が読めない。

 しかし、一度戦場に出撃すれば本性が抑えられないのか――。

 

「死にたい船はどこかしら~? 絶対逃がさないから~」

 

 前方で爆発音が鳴り響く。

 どうやら一隻、いや二隻。輸送ワ級――いや、あえて戦闘能力に長けた護衛艦の重巡リ級を撃沈したようだ。

 提督により有利に運ばれた布陣で、背後からの奇襲とは言え――戦艦に僅かに劣る程度の性能を誇る重巡リ級flagshipを、あの一瞬で、こうも容易く、二隻同時に。

 龍田一人では、こうはならない。

 戦場において、天龍がいなくなってから、龍田はようやくその本領を発揮する癖がある。

 前提督の指揮の下では決して発揮される事の無かった厄介な龍田の性能を、あの男は理解しているという事か。

 

「天龍さんの仇を取るわ! 暁! 『改二』っ!」

「さて、やりますか。信頼の名は伊達じゃない――『Верный(ヴェールヌイ)』」

 

 そして、横須賀鎮守府の駆逐艦の中で最も早く改二に目覚めたあの二人。

 天龍の抜けた穴を防ぐ役割を果たしているあの二人を育てたのは、他ならぬ天龍であると私は考えている。

 奴に関して特筆すべきは、率いる才ではなく育てる才。過去に練習巡洋艦の手伝いをしてみてはどうだと提案したが、喧嘩を売っているのかと凄まれた事がある。

 本人さえも認めたがらぬその才に気づいている者は私の他には大淀くらいしかいないと思っていたが……まさかあの若い男が気付いているとは。

 

 ――いや、あの男の眼が正しく、この那智の眼は外れていた事を認めよう。

 

 育てる才では無く、奴の真骨頂は鼓舞する才。

 奴の本領は、演習や遠征では無く、戦場でこそ最大限に発揮される。あの男はそれを理解していたのだろう。

 そうでなければ、天龍をこの重要な任務の旗艦には据えないはずだ。

 旗艦に命じられた天龍の戦意の高揚は、随伴艦にも伝播し、鼓舞される。

 何しろ、ほんの僅かな時間、天龍の檄を聞いていただけでも、こんなにも身体が疼くほどなのだ。

 戦場に出ねば意味を成さない天龍の才能を最大限に引き出し、この絶望的な闘いにおいて、私達全員を鼓舞する事を目的としていたのならば。

 

「食えぬ男だ」

 

 私がそう呟くと、合流した浦風が私に声をかける。

 

「那智姐さん! あの提督さんは凄いお人じゃ。こんな恐ろしい戦いを掌で転がす頭を持っちょるのに、勉強熱心じゃったけぇ」

「ほう、浦風。貴様、随分と奴を高く買っているな」

「うふふっ……うち、嬉しかったんじゃ! 前の提督と違って、水雷戦隊や、うちらにも役割を与えてくれたけぇ。それに……」

「それに……何だ」

「うぅん、うちもようわからんのじゃけど、なんだか放っておけないんじゃ。ぶち男前だからじゃろうか……」

「下らん」

 

 やはり駆逐艦は子供だ。少し見た目が熟れていようが、そこだけは変わらない。

 少しばかり男前だったからといって、認める理由にはならない。

 提督として大事なのはやはりその資質。指揮能力は当然として、性格を言うならば剛毅さは必要不可欠であろう。

 

「まったく、子供ねぇ、浦風は」

「フン……足柄、貴様もそう思うか」

「素敵な男性に大事なのは顔ではなくカツ……そう、勝利に導いてくれるかどうかよ!」

 

 コイツはコイツで我が妹ながら心配だ……。

 実力だけは間違いなく一級品だが、時々頭が悪くなる。

 

 下らん話をしている暇は無い。

 第四艦隊に追い立てられ、敵艦隊は目の前にまで迫ってきていた。

 あの男は、後で私なりの方法で見極めてやろうではないか。

 私を認めさせた暁には、この那智も潔く、今後の忠誠を誓おう。

 

 後で、だと。

 馬鹿な。

 私は気付けば、口角が上がってしまっていた。

 

 ――まるでそれは、あの男の指揮の下、この戦いの勝利を確信しているようではないか。

 

「さぁ、食い止めるぞ! 怖じ気づく者は残っておれ! 那智! 『改二』ッ!」

「十門の主砲は伊達じゃないのよ! 足柄! 『改二』っ!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「さあっ、待ちに待った夜戦だぁッ! 川内っ! 『改』ッ! 『二』!」

「那珂ちゃんセンター! 一番の見せ場でぇすっ! 那珂ちゃんっ! 『改二』っ!」

「……――『神通改二』」

 

 力が漲る。

 久方ぶりに改二を発動し、最初に気が付いた事はそれだった。

 戦闘に特化した形態である改二を発動すれば、力が漲るのは当然だろう――もちろんそういう事では無い。

 一番最後に発動した改二は、現在と比べればあまりにも弱弱しい、形だけの改二と言っても過言では無いような代物だったのだ。

 

 敵補給艦一隻撃沈。残り四隻。

 

 砲撃の火力、魚雷の速力、狙いの正確さ、破壊力。そして自身の身体能力。どれも比較にならない程だ。

 それはやはり、大淀さんの――いえ、提督の掌の上、と言うことだろう。

 私達艦娘がその性能を発揮するには、提督の存在が必要不可欠だ。

 提督の指揮下になければ、私達は本来の性能を発揮できない。

 そして何よりも――提督が信頼できると感じる事こそが、私達の力の源だ。

 

 前提督の指揮の下では、提督への信頼が低く、力を最大限に発揮する事ができなかった。

 提督不在のこの一か月間は、本来の性能すらも発揮できなかった。

 そして本日の提督の着任。普通であれば、せいぜい本来の性能を発揮するくらいが関の山であっただろう。

 

 そう、普通であれば。

 

 敵重巡洋艦一隻撃沈。残り三隻。

 

 今回の深海棲艦の奇襲は、普通に迎え撃っていただけでは絶対に防げないものであっただろう。

 地の利があろうとも、数の利があろうとも、いとも容易く蹴散らされていたはずだ。

 

 だが、あの提督は、この絶体絶命の危機を逆に利用したのだろう。

 事実、この私は――提督の事を、すっかり信じてしまっているからだ。

 

 あえて多くを語らず遠征に出撃させられた私達は、一瞬ではあるが提督の事を疑ってしまっていた。

 何しろ、前提督の禍根が未だに残っている中で、意図の読めぬ出撃だ。

 退くか進むか、生きるか死ぬかのあの瀬戸際。

 だが、徐々に状況が判明し、その真意を理解できた瞬間のあの衝撃――。

 

 あの人は、私達をもっと高みへと引き上げようとしている。

 

 理解できない者もいるだろう。

 意味がわからぬ、説明しろと声を上げた者もいただろう。

 だが、提督がこの鎮守府に着任し、行った全ての事は、私達を鍛える、ただその一点に通じているのだ。

 

 私達がそうであったように、おそらく他の艦隊も、具体的な説明が無いままに出撃させられていると予想できる。

 だが、私達と同じように、やがて提督の真意に気付く。

 提督の真意に気付いた者は――提督の事を信じるだろう。

 

 着任していきなり「私は有能だ。私の事を信じてくれ」と言っても信じる者などいないだろう。

 提督はあえて多くを語らず、その行動一つで私達の信頼を得たのだ。

 そうやって得られた信頼は――私達の性能を爆発的に強化する。

 信頼できる、と判断した提督の指揮の下でこそ、私達は強くなれる。

 

 敵補給艦一隻撃沈。残り二隻。

 

 提督は一体いつから、この策を思いついたのだろうか。

 大淀さんの話では、この一か月間の報告書も、読んでいるのか疑う程の速さで目を通したぐらいだという。

 そこから今夜の夜襲、敵の作戦、編成を予測し、それを迎え撃つ為の作戦、編成、布陣を導き、さらには建造さえも思いのままに成功させる事で、艦娘の信頼を得て、艦娘を強化する。

 常人では決して至る事の出来ない高みにあると言っても過言では無い、これ以上無い神算と、前代未聞、常識外れの指揮。

 

 この襲撃が読めた時点で、即座に艦隊司令部や他の鎮守府に援軍を求める事も出来ただろう。

 だが、提督はそれをせずに、この鎮守府にいる艦娘だけで応戦した。

 それは決して無謀な賭けでは無かった。

 提督の眼からすれば、私達には、それが出来るだけの、この国を守れるだけの、十分な練度があった。

 提督は、私達にこう言っているのだ。

 お前達ならば出来る。私はお前達ならば出来ると信じている。信頼しているのだと。

 

 ――それほどまでに熱い信頼を受けている事に気が付いてしまって、力が漲らない方がおかしいというものだった。

 

 私は提督の事を理解できた、と思う。

 だが、提督は私の事を理解してくれるだろうか。

 駆逐艦の中には私を鬼だと言って怖がる子がいるという。

 影では鬼の二水戦と呼ばれているとの噂も聞く。

 だがそれも、全ては彼女達の為。

 

 提督のこのやり方にも、理解をしてくれない艦娘がいるはずだ。

 だが提督のこの丸投げのように見える指揮も、私達を鍛える為のもの。

 私と提督は――似ていると思った。

 少なくとも私の方は、提督に共感してしまっている。

 シンパシーを感じてしまっている。

 

 敵重巡洋艦一隻撃沈。残り一隻。

 

 提督にもっと私を知って欲しい。

 提督にもっと私を理解して欲しい。

 どういう事だろう。提督の事を考えると、身体が火照ってきてしまう。

 提督無しでは、私達はこの戦場にまで辿り着く事さえ出来なかっただろう。

 提督が今日着任していなければ、今頃姫と鬼、大量の輸送ワ級と重巡リ級に蹂躙され、海の底にいたかもしれない。

 提督は、私の手を取って、ひとつ高みに連れ出してくれたのだ。

 前の提督の下では有り得なかった、提督不在では見上げる事すら出来なかった、そんな高みに、容易く連れ出してくれたのだ。

 

 あの人の傍にいれば、もっと高みに連れて行ってくれるだろうか。

 私達は、もっともっと強くなれるだろうか。

 私は――

 

「ぬわーーーーッ⁉ 筑摩ーっ! 筑摩ァーーッ⁉」

「あぁっ⁉ と、利根姉さん危ないっ!」

 

「えっ?」

 

 気が付けば、私の目の前にはひっくり返って大股を広げ、私に怯えた目を向ける利根さんと、それを庇うように両手を広げた筑摩さんがいたのだった。

 私達の近くには、砲撃の音は聞こえない。

 

「あ、あらっ……? 敵艦が確かあと一隻……」

「ばばば馬鹿者っ! あれを見よ! とっくの昔に吾輩達が迎え撃ったわい! お主、何処を見ておるんじゃ! 恍惚の表情を浮かべながら敵艦を次々と……恐ろしいわ! 何なんじゃお主は!」

「ごっ、ごめんなさいっ! 少し、提督の事を考えていて……」

 

 涙目で叫ぶ利根さんに、私は慌てて頭を下げる。

 視線を感じて振り向けば、川内姉さんと那珂ちゃんが恨めしそうな目で私を睨んでいた。

 時雨さんと夕立さんは呆れたような目を向け、江風さんは何故か目を輝かせている。

 

「コラ神通……久しぶりの夜戦だったんだけど……全部……全部独り占めって……お前……」

「那珂ちゃんの出番は⁉ もう終わり⁉ せっかく衣装変えまでしたのにー!」

「ねっ、姉さん! 那珂ちゃんっ! すみません! 考え事をしながら戦っていたら、いつの間にか……」

 

 ひたすらに頭を下げるが、川内姉さんは腰に手を当てたまま、率いていた時雨さん達に目を向け、言ったのだった。

 

「へー、へぇぇー、考え事をしてたらいつの間にか無意識に格上の敵を一人で全滅させてたわけね。時雨、夕立、江風ー、皆はこんなアホな先輩の真似しちゃ駄目だからねー」

「普通は真似できないよ」

「有り得ないっぽい……」

「神通さん、流石ッス!」

「ち、違うの! これは! な、なんというか、提督への信頼のおかげか、思いのほか力加減が……」

 

「ねぇ千代田。私達、他の艦隊の支援に向かえば良かったわね」

「そうね、千歳お姉……助けがいると思ったんだけど、結局私達何もしてないわね。天龍のとこ行きましょうか」

「い、いえ! 助けに来てくれてありがとうございました! あぁっ、ま、待って下さい! 話を聞いて!」

 



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019.『最高の提督』【艦娘視点】

「なるほど、そういう事でしたか……」

『えぇ。貴女の言う通り、敵の行動は提督の掌の上だったみたいね』

 

 敵補給部隊を追い立てながら、私は加賀さんとの情報共有を終える。

 空母部隊による先制爆撃と、それを利用しての潜水棲姫の撃沈。

 そして何より、金剛の建造。

 それは読む事が出来なかったが、それ以外の最低限の部分は私の読み通りであった。

 提督からすれば、私の判断は及第点であろうか。褒めて頂ければ幸いなのだが……。

 

 私達水雷戦隊だけでは、あの補給部隊と正面からぶつかり合えば、完全に撃滅する事は不可能であっただろう。

 あの神通さんを含め、改二実装艦が三人もいる第三艦隊はわからないが、私達第二艦隊には改二実装艦が一人もいない。

 返り討ちに遭う可能性が非常に高かった。

 

 提督ならばそれも予想しているはずだと私は考えた。

 ならば、私達が敵補給部隊を追い、そのまま鎮守府へ辿り着いた時に、敵を挟撃できる布陣を敷いていると思ったのだ。

 挟み撃ちとなれば、私達が相手をするのは実質半分、しかも背後からの奇襲と有利な条件が整う。

 そうなって初めて、ちょっとした戦艦並の性能を持つ敵補給部隊を完全に撃滅できる。

 更に、敵の主力部隊は補給部隊の到着を見て油断するだろう。それを目の前で破壊する事で隙が生まれる。

 提督ならば、この判断しかありえない――私の考えは正しかった。

 今現在、この鎮守府で提督の事を最も理解できているのは私なのではないだろうか。

 そう思うと誇らしくて、思わず眼鏡の位置を直した。

 

「――計算通りです」

「ちょ、ちょっと待ってぇ~! 置いてかないでよぉ!」

 

 振り向くと、夕張だけ遅れてしまっていた。

 奇襲の為に速度を上げたのについて来れなかったらしい。

 

「まったく。何をやっているの」

「しょ、しょうがないじゃない! 装備が重いんだもん!」

「だらしないですね。そんなんじゃいざという時に、提督に置いて行かれてしまうわよ?」

「うぐっ、が、頑張るわよ……」

「あら、てっきりいつもみたいに言い返すかと思ったのに」

「……大淀、うるさい」

「はいはい。さぁ、砲戦、用意。皆さん行きましょう!」

 

 私の号令に、朝潮、大潮、荒潮、霞ちゃん、そして頬を朱に染めてしまった夕張が小さく咳払いをして、艤装を構える。

 

「この海域から出ていけ!」

「行っきまっすよぉ~!」

「あははぁっ! 暴れまくるわよぉ~!」

「沈みなさい!」

「コ、コホン。さ、さぁ! 色々試してみても、いいかしら⁉」

 

 私も艤装を構え、敵補給艦に照準を合わせて声を上げた。

 

「全砲門! よーく狙って! てーっ!」

 

 私達の集中砲火を浴びた補給艦は、ひとたまりも無く爆炎に包まれる。

 補給艦の第一優先の役割は、敵主力艦隊に資材を届ける事だ。故に、私達の攻撃に構っている暇は無い。

 そして、その護衛艦である重巡リ級は――。

 

「『妙高改二』……推して参ります!」

「全砲門、開いてください!」

 

 前方で迎え撃つ、我が横須賀鎮守府の重巡洋艦最強の妙高さん、そして羽黒さんを無視はできない。

 羽黒さんはまだ改二には至っていないが、いずれ至るであろうポテンシャルを秘めていると私は思う。

 無線によれば、青葉もこちらに合流しようと向かってくれているらしい。

 加賀さんの話だと、青葉はやはり艦隊新聞で私達の写真を使った記事を書いていたらしいが……それによって提督不信派の艦娘達がとりあえずは矛を収めてくれたとの事だ。

 私個人としては恥ずかしい話だが……今回に限り許してあげよう。

 青葉の艦隊新聞がなければ、そもそも提督不信派の艦娘達がここまで大人しく従っていないかもしれないからだ。

 

 しかしながら、まさかあの建造に、こんな意味があったとは。

 意味があると、そして建造に成功するはずだと信じてはいたが、流石にこの結果は予想できるはずもなかった。

 金剛の声を聞いた時には、私も驚きすぎて手元が狂ってしまったぐらいだ。

 

 提督の行った建造は、私の中の常識を遥かに超えていくものだった。

 艦娘一人分の戦力を増やすだけでは無い。

 鎮守府の艦娘全員にもっとも手っ取り早く自分の実力を理解してもらい、この鎮守府の艦娘全員をもっとも手っ取り早く強化する為の手段だったのだ。

 こんな、こんな型破りな建造を、未だかつて行った者がいただろうか!

 

『長い時間待たせてしまい、すまなかった。お前たちのお陰で、ようやく立ち上がる事ができる』

 

 あの速さで『艦娘型録』と報告書に目を通した提督は、私達にそう言った。

 きっとあの瞬間には、この鎮守府に金剛が着任する事が、どれだけの利をもたらすのかを理解していたのだろう。

 そしてそれをいとも容易く実現した。

 私はもう目眩がしてきた。

 

 金剛型の妹達、比叡、榛名、霧島は、その長女である金剛に依存しているような節がある。特に比叡はその傾向が顕著だ。

 比叡は金剛に恋しているとまで言い切っており、榛名と霧島も金剛に絶対の信頼を持っている。

 金剛がいる、ただそれだけで、比叡達の戦意は大きく高揚すると見込まれていたのだ。

 故に、金剛がこの鎮守府に着任するという事は、戦艦一隻分の戦力が増強される以上に、大きな意味を持っていた。

 

 そして、ここまで提督が予測していたかは不明だが、あの声を聞く限り、金剛は提督に絶大な信頼を向けている。

 それを聞いた比叡達はこう思うだろう。

『お姉様が信頼する人に間違いは無い』と。

 提督への信頼は私達に更なる力を与えてくれる。金剛の着任により、比叡達は今までとは比べ物にならない性能を発揮できる事だろう。

 

 提督による艦娘の『建造』とは、例えるならば弓矢で的を射るようなものだ。

 的に当たらなければ、建造失敗。

 的に当たれば、建造成功。

 そしてど真ん中に命中すれば、お目当ての艦娘を建造できた、という感じだろうか。

 

 的に当たる要因は、大きく分けて二つ。

 弓を持つ者の技量と、運である。

 たとえ弓を持った事の無い初心者でも、たまたま、偶然にも、ど真ん中に当たる可能性もある。

 もちろんそれは、限りなく低い確率の話だ。

 狙い通りにど真ん中を射抜くには、結局のところ、射手の技量が大きな比重を持つ。

 

 前提督は、一度も狙った艦娘を建造できなかった。新しい艦娘の建造にすら成功しなかった。

 それはつまり、運も、提督としての資質も無かったという事なのだ。

 学ぶ事も嫌っていたから、提督としての腕が磨かれる事も無かった。

 

 そして今回、提督はたった一回で、提督が狙っていたであろう金剛の建造に成功した。

 それはつまり――運である可能性など、限りなく低い。

 そうだとするならば、天文学的な確率のはずだ。

 

 この事は全ての艦娘が周知している事実である。

 金剛がこの戦場に現れた。それはつまり、提督の資質の高さをそのまま意味するのだ。

 この戦場に立つ誰しもが――認めざるを得なかっただろう。

 

 あの提督は、只者では無い、と。

 

 金剛を建造し、この戦場に立たせる事で、比叡達の性能は大幅に向上し、その他の艦娘達も必然的に提督の実力を信頼せざるを得なくなる。

 提督を信頼すれば、私達の性能は向上する。

 提督の策により地の利、数の利を得て、そして提督への信頼により質さえも上がる事で、絶望的に見えた状況は、容易く形勢逆転するだろう。

 ついでに言えば、今回の侵攻において勘定に入れていないであろう戦艦が一人増えるだけでも、深海棲艦側からすればたまったものではないだろう。

『建造』の本来の意味がついでになってしまう程に、今回提督が行った建造は型破りすぎる。

 

『艦娘型録』と報告書の確認。

 真っ先に行った建造。

 私達、水雷戦隊の遠征任務。

 加賀さん達、空母機動部隊と千歳さん達対潜部隊による日没前の出撃。

 そして何より、私達を試すかのような、具体性に欠けた指揮。

 

 何と言う事だ。

 あの人が行った行動の全てに意味がある。

 考えれば考えるほどに、底が知れない。

 あの人は一体、何者なのだろう。

 この指揮能力は、明らかに素人のそれではない。

 着任するまでに一か月間もかかった――艦隊司令部が、最大の拠点である横須賀鎮守府にさえ手放す事を出し渋る程に、この国にとって優秀な、重要な人材だったのか。

 

 そうとしか――思えなかった。

 

「大淀ッ! 何をしているッ!」

「え――」

 

 その声と同時に、私は誰かに身体を掴まれ――瞬間、先ほどまで私がいた場所が爆発した。

 すでに随伴艦の皆は敵の砲撃に気付いており、距離を取っていたようだった。

 私の身体を引いてくれたのは、磯風と浜風だった。

 

「あ、ありがとう……助かったわ」

「礼には及びません。しかし珍しいですね。戦場で貴女が心ここにあらず、とは」

 

 浜風の言葉に、思わず私は言葉に詰まる。

 提督の事を考えすぎていた。

 だがそれは、きっと私のせいではないのである。

 心ここにあらず、となってしまったのは、きっと私だけではないだろう。

 私は額に手を当てて、大きく溜息を吐いた後に言ったのだった。

 

「提督の弱点を一つだけ見つけました……提督の事を考えるあまり、私達まで注意散漫になってしまいます」

「フフッ、なるほどな。司令には後で指摘してやらねばなるまい」

 

 磯風は小さく笑い、そして大きく右手を上げて、叫んだのだった。

 

「さぁ第二艦隊、残敵を掃射する! 磯風に続け! 陣形はもちろん、単縦陣だ!」

「いや旗艦は私ですからね⁉ 何さりげなく人の艦隊乗っ取ろうとしてるんですか!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 それは怒りか、憎しみか。

 それとも、悔しさか、悲しみか。

 そういった感情が、お前達にもあるのだろうか。

 

『アァァ……! アァァアアッ‼』

 

 戦艦棲姫の声は、それら全てが混ざり合ったような、そんな風に聞こえた。

 改二を発動した私達との殴り合いの砲撃戦から手が離せず、その間に、背後から迫ってきていた敵の補給部隊は、全て撃沈。

 敵補給部隊を迎撃した第二、第三、第四艦隊が、逆に戦艦棲姫の背後から迫ってきていた。

 つい先ほどまで、私達の事を嘲笑っていたとは思えないほどに、完膚なきまでの形勢逆転。

 敵ながら、戦艦棲姫が少し哀れにさえ思えたほどだった。

 

 洋上補給ができるつもりで応戦していた戦艦棲姫達に、もはや万全の火力を出せる余裕は無いようだった。

 私達の改二状態の火力の前に、泊地棲鬼が一隻、また一隻と撃沈していき、目の前には、もはや息も絶え絶えの戦艦棲姫ただ一隻。

 

『ナゼ……ナゼダ……コンナハズデハ……!』

 

 姫の知性がなければこうはならなかっただろう。

 知性を持たない他の深海棲艦であれば、私達を嘲笑おうなどとは考えずに、目的に向かって最短距離で行動していたはずだ。

 勝利を確信し、より残酷に、より惨めに、私達を蹂躙しようとした驕り。

 人に匹敵する知性を持ってしまったが故の――慢心。

 そこに付け入る隙はあったのだ。

 

 だが、鬼や姫との純粋な殴り合いの砲撃戦。

 私も金剛も中破してしまい、改二状態の維持に必要なエネルギーも残り僅かだった。

 

「うぅー……日頃の無理が祟ったみたいデース……」

「日頃も何も、お前は建造されたばかりだろう……さぁ、もうひと踏ん張りだ」

「長門さんっ! 一人前のレディからお届け物よ!」

 

 くいくい、と装束の裾を引かれ、その声に振り向けば、私の後ろに暁と響、いや、ヴェールヌイが立っている。

 暁はその艤装から、ドラム缶を一つ具現化した。

 ドラム缶からは大量の資材――エネルギーが溢れ出し、第一艦隊全員の身体に染み渡っていく。

 あと一発分、最大火力を出すには十分すぎるほどだった。

 

「オー! サプラーイは大切ネー! サンキュー、ツッキー! アーンド、ビッキー!」

「ツッキーって何よ! ぷんすか!」

「今の私はヴェールヌイだ」

 

「ほう、ありがたい……これも提督の策の一つ、というわけか?」

「ももっ、もちろん、そうに決まってると思うわ!」

「いや、それは違う。あの司令官ですら予測できない、暁のドジが生んだ偶然だ」

「ひっ、響っ! しー! しぃーっ!」

「今の私はヴェールヌイだ」

 

 実に可愛らしい、いや、頼もしい事だ。

 危ないから下がっていろ、と暁達に距離を取らせる。

 

 すでに戦艦棲姫は、前後左右を私達に囲まれている。

 もう切り札の補給部隊は来ない。

 自らの行く末は、すでに理解できているようだった。

 

『コレデ……コレデ……コノクニガ……! オワルハズダッタノニ……ッ!』

 

 何故だろうか――この戦艦棲姫の気持ちがわかるのは。

 

 今回の出撃で、必ずあの棲地を制圧しよう。

 そう心に決めて出撃する私達と、根本では変わりないからではないだろうか。

 結果的には、勝利を確信した事による油断、慢心から敗北を招いたが、奴は奴なりに策を練っていた。

 少なくとも、提督がいなければ私達には読み取る事のできない程に巧妙に練られた策だった。

 提督の策による今回の迎撃も、敵の慢心が無ければ上手くいったか分からないほどだ。

 主力部隊も、補給部隊も、滅多に見ない精鋭揃い。

 おそらくこの戦艦棲姫は、今回の侵攻で、その全身全霊を持って、この国にトドメを刺すつもりだったのだ。

 

「……そうか。今回の侵攻は、お前にとってのラストダンスだったのだな」

 

 私は大きく息を吐き、右手を上げる。

 金剛達も主砲を構え、戦艦棲姫に照準を定めた。

 

 一歩間違えば、私達は負けていた。

 横須賀鎮守府の終わりは、この国の終わりの始まりを意味する。

 この一か月間は、いつそうなってもおかしくない状況だった。

 

『……アハハハッ! ココデワタシガシズンデモ……! マタ……シズメニ……クルカラァ……! コノクニガオワルマデ……ナンドデモ……ナンドデモネェェ!』

「いいだろう。何度でも受けて立つ。何度でも何度でも、この国にトドメを刺しに来るがいい」

 

 何故だろうか。

 あんなにも絶望的な状況だったというのに、今はこんなにも、心強い。

 

「だが今の私達には、信頼できる提督がいる。私達の帰りを待っていてくれる人がいる。あの人が横須賀鎮守府にいる限り、お前達のラストダンスは終わらない。それだけは覚えておくんだな」

 

 私は右腕を振り下ろし、高笑いしている戦艦棲姫へ向けて、叫んだのだった。

 

「全主砲、斉射ッ! てーーッ‼」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 母港に帰投した時には、もう空が白み始めていた。

 中破した者がほとんどだったが、その足取りは軽かった。

 練習巡洋艦の鹿島が、駆逐艦達と両手を上げて喜んでいる。

 

 私達を待っていたかのように、提督が姿を現した。

 その傍らには、鳳翔が控えている。

 

 艦隊ごとに整列し、提督に敬礼する。

 一歩前に出て、私が代表して報告した。

 

「第一艦隊旗艦、長門。報告します。敵主力艦隊五隻、敵補給部隊十八隻、迎撃成功しました。こちらに轟沈した艦は……無し!」

「うむ」

 

 提督は私達一人一人に目を向ける。

 私達の無事をその目で確認し、安堵しているような、まるで私達の事を愛でているかのような、慈しみを感じさせる目をしていた。

 

「長門」

「はッ!」

 

 不意に名前を呼ばれる。提督は私をじっと見つめていた。

 何かあるのかと思ったが、提督は私から視線を外し、次々に言葉を続けたのだった。

 

「金剛」

「ハァイ!」

「比叡」

「はいっ!」

「榛名、霧島、青葉――」

「大淀、夕張、朝潮、大潮、荒潮、霞――」

「川内、神通、那珂、時雨、夕立、江風――」

 

 私達の名を呼んでいる。名前を呼ばれた者は、提督の眼を見て返事をする。

 提督は一人一人の眼を見て、無事を確認するかのように名前を呼んでくれていた。

 すでに、私達の顔と名前を憶えてくれたのか。

 前提督はなかなか名前を覚えようとはしなかったというのに――。

 

「天龍……と雷は帰ってきていたな。龍田」

「はぁい」

「暁、響、電――」

「妙高、那智、足柄、羽黒、利根、筑摩――」

「千歳、千代田、浦風、磯風、浜風、谷風――」

「伊168、伊19、伊58――」

 

「加賀」

「はい」

「赤城、翔鶴、瑞鶴、龍驤、春日丸――」

 

「鳳翔さん」

「……」

「鳳翔」

「はい」

「間宮、伊良湖、香取、鹿島……――この鎮守府を支える全ての艦娘達よ!」

 

 提督は港に集まる全ての艦娘達を見渡し、満足そうに頷き、そして、優しく微笑みながら言ったのだった。

 

「――よく、頑張った」

 

 提督の言葉を聞いた瞬間。

 

 私はもう膝を折ってしまいたかった。

 今すぐにでも跪いてしまいたかった。

 喉元に何かがこみ上げてきた。

 目元にも、涙がこみ上げてきそうだった。

 たった一言、そのたった一言だけで。

 それほどまでに胸は熱く、心は滾ってしまった。

 他の者もそうだっただろう。

 

 私達が母港に帰投するまでに、私達の勝利を知った間宮から無線が入った。

 戦場へ向かう私達を送り出し、一人きりになった執務室で、提督は人知れず、目が赤くなるほどに泣いていたとの事だった。

 艦娘達を送り出すしか出来ず、何も出来ない自分が悔しいと、そう言っていたと。

 願わくば、一人たりとも欠けてほしくは無いものだと、そう言っていたのだと。

 私達に悪いからと、決して自分だけが食事をしようとせず、休息を取ろうとすらせず、一睡もせずに、私達の砲撃音を聞きながら執務をこなしていたのだと。

 工廠に金剛を迎えに行き、出撃させた後も、少しだけでも休んで下さいという鳳翔の言葉にも従わず、椅子にも座らずに心配そうに窓の外を見つめ続けていたのだと。

 

 提督は、あの方は、表情に出さずとも、私達の事をそこまで想っていてくれたのだ。

 あれほどの神算で勝利を導いてなお、自身だけが安全な場所にいる事が悔しいと、私達だけに命を賭けさせて悔しいと、涙を流してくれたのだ。

 

 提督のあの抽象的な指示は、やはりそういう事だったのだ。

 私達に対しての試練だったのだ。

 それは私達が乗り越えなければならない試練だった。

 私達が悩み、苦しむと知ってなお、提督は私達を信じて、あえて突き放したのだ。

 

 前提督の横暴に耐え兼ね、ついに命令に従わなかった私達を。

 初めて提督に逆らった艦娘と認識され、警戒されていた私達を。

 貴方に歯向かう可能性を持っていた兵器を。実際に貴方に不信感を抱いていた道具を。

 それを理解していながら、なお。

 

 信じて下さったのですか。

 よく頑張ったと、そう言ってくれるのですか。

 

 ――有り難き、御言葉――!

 

「皆、後ろを見てくれ」

 

 提督の言葉に、私達は一糸乱れず回れ右をする。

 すると、私達の眼に飛び込んできたのは――。

 

 朝日が、夜戦明けの眼に沁みた。

 水平線が赤く染まっている。

 黒く絶望に塗りつぶされていた海は、明るく、青く、静けさを取り戻していた。

 

 提督が見せたかったのは、水平線から昇る太陽。

 私達が守る事の出来た、日の丸。

 

 暁の水平線に――私達は勝利を刻む事ができたのだ。

 

「素晴らしい」

 

 提督が、息を漏らした。

 私達も思わず言葉を失い、目の前の光景に見惚れてしまう。

 それは、我々の勝利の証。

 私達が守った平和の証だった。

 

「この景色を見る事が出来た……それだけで、この鎮守府に来た甲斐があったというものだ」

 

 目の前に広がるそれは、今となってはかけがえのない景色だ。

 深海棲艦に侵略された領海ではドス黒く、赤い瘴気のようなものに覆われ、海面は嵐のように荒れる。

 

 目の前の空は白く、海は青い。

 水平線だけが、朝日に照らされて赤く染まる、穏やかな波音だけが耳に残る静かな海。

 この海はまさに、平和の象徴だ。

 

 平和な海を見る事ができた、ただそれだけの事に、こんなにも満足そうに頷くとは。

 やはり、この人は前提督とは違う。

 自身の事ばかりを考えていた前提督とは違い、この御方はこの国の平和、そして私達艦娘の無事、ただそれだけを願っている人だ。

 

 深海棲艦の行動を全て手中に収めた洞察力。

 私達を試すような厳しい指揮を行いながらも、私達を想って涙を流せる優しき心。

 艦娘一人一人に向けられる、慈愛の眼差し。

 この国の平和だけを願う、清廉潔白な人格。

 それは正に、提督の鑑――。

 

「いつまでも眺めていたいものだが……そういう訳にもいかないな」

 

 提督は名残惜しそうにそう呟き、私達は再び回れ右をする。

 

「――我々の勝利だ。損傷の大きい者から優先して入渠、傷の浅い者は明石の泊地修理。各自、補給はしっかり行い、休息を十分に取るように。報告書はそれらが全員、済んだ後でいい。以上、解散!」

 

 提督はそう言うと、背を向けて足早に戻って行ってしまった。

 この場に、戦場に立っていない自分がいるのは無粋だと思ったのかもしれない。

 

 やがて、誰からともなく、歓声が湧き上がる。

 感情を抑えきれなかった。

 タガが外れたかのように、言葉に出来ない狂喜の感情を吐き出すように、皆は次々に叫び始めた。

 声にならない勝鬨を上げた。私もどうにも堪え切れず、心のままに大声で叫んだ。

 感極まって泣いている者もいた。私の頬にも、一筋の涙が流れた。

 それでも全員、笑っていた。

 互いに抱き合う者、肩を組む者、諸手を上げて飛び跳ねる者、地面を踏み叩く者。

 誰もが皆、泣きながら笑っていた。

 この身体全身を使ってなお、狂喜の感情を上手く表す事ができなかった。

 

 胸に灯った熱が、未だに消えない。

 

 私は――私達はこの日の事を、一生忘れないだろう。

 暁の水平線に勝利を刻む事が出来たこの日の事を。

 

 この鎮守府は、今まではあの夜の海のように、黒く、赤く染まっていた。

 それがいとも容易く、目の前に広がるあの静かな海のように、白く、青く染め上げられた、この日の事を。

 

 ――私達の、最高の提督と初めて出会ったこの日の事を、私は決して忘れはしまいと、強く心に誓ったのだった。

 



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020.『最高の提督』【提督視点】

『提督さんを囲えー』

『祝えー』

『わぁー』

『わぁい』

『歌えー』

『踊れー』

『はぁー、よいしょ』

『それそれそれー』

 

 妖精さんがどんどん俺の周りに集まってくる。

 万歳をしながら俺の周りを回り始めた。俺は盆踊りの櫓か。

 そういえば外国ではキノコが円状に生える現象をフェアリーリングというらしい。

 妖精さんが輪になって踊った跡にキノコが生えると信じられているらしいが、その正体はまさかこれでは無いだろうか。

 

 動くに動けない俺を見て、鳳翔さんと間宮さんが笑った。

 

「まぁ、なんて微笑ましい……」

「えぇ。こんなに妖精さんに懐かれている方は見た事がありません」

 

「そ、そうなのか……うむ」

 

 懐かれてる……というのか、これは。

 明石もそんな事を言っていたが……。

 鳳翔さん達には聞こえていないだろうが、妖精さん達は妙な歌を歌いながら俺の周りを踊り続ける。

 何だその夏祭りのような歌は。

 

『童貞音頭です』

 

 何が童貞音頭だ。お前らホント後で覚えてろよ。お前コレ立派な虐めだからな。

 鳳翔さんさえ見てなかったらお前らなんか一瞬で蹴散らせるんだからな!

 流石に可哀そうだからやらないが、やろうと思えばそれくらいは出来るんだからな!

 

 俺を蔑む歌を延々と聞かされながら馬鹿にされるのもムカついたので、俺は妖精さん達をまたいで鳳翔さん達の方へ向かった。

 妖精さん達は俺に構わず踊り続けている。

 キノコ生えてきたら責任持ってちゃんと収穫しとけよマジで。

 

「と、ともかくこれで私の目的は終わりだ。後は、皆の帰りを待つだけだな」

 

 歓迎会から逃げる為とはいえ、流石に戦闘時間が長すぎる。

 金剛に伝言も頼んだし、そろそろ帰ってくるだろう。

 

 アイツらが帰ってくるまでは寝る事もできない。

 せっかく鳳翔さんに手伝ってもらってまで、徹夜で書類を処理したのだ。

 ここでアイツらよりも先に休んでしまっては意味が無い。

 寝ずに仕事を終わらせてアイツらを待っていた事を見せつけてやらねば。

 できれば一人にさせてもらって、その間に『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』を読み込んでおきたいのだが……。

 鳳翔さんが俺の監視をやめる気がしない。

 

「皆の帰りを……提督は、皆が帰ってくるのだと信じておられるのですね」

 

 鳳翔さんがそう言った。

 え? 何? もしかしてこのまま逃亡して帰ってこない可能性とかもあるの⁉

 それは流石に考慮していなかった。

 そ、そうなったら提督として無能ってレベルじゃねーぞ。

 着任一日目にして艦娘に逃亡されるとか、提督に向いていないという話では無い。クビになってしまう。

 

「……そうだな。願わくば、私の下からは、一人たりとも欠けてほしくは無いものだ。私にそれだけの力があるかはわからないが……」

 

 何だか自分で言ってて落ち込んできた。

 アイツらが帰ってきた時に、翔鶴姉とか千歳お姉とか、香取姉の姿が無かったらどうしよう。

 俺は本当に死ねる。いや、歓迎会欠席の時点で嫌われてる事はわかってるんだけど……。

 

 俺の表情が曇った事に気が付いたのか、不意に間宮さんが俺の手を取り、じっと俺の眼を見て、言ったのだった。

 

「大丈夫です。提督、貴方ならきっと大丈夫! 私だって、そう願っています。私も精一杯、提督のお手伝いをします!」

 

 結婚したい。

 い、いや、違った。俺の目的はハーレム。俺の目的はハーレム。

 しかし、間宮さん、これはいけませんよ。

 そう簡単に、異性の手を握るものではありません。

 たとえ間宮さんは俺の事を異性として見ていないのだとしても、俺みたいにチョロい奴は、すぐに堕ちるんだから。

 手を取られただけで好きになっちゃうのだから。結婚したい。

 いや、俺は自分の事をよく理解できているからまだよかった。

 俺の事なんて好きになってくれる女性はいないと理解しているからかろうじて勘違いとかしないけど、そうじゃない奴は勘違いしちゃうからね? 気をつけないと。

 

 うっひょー! 手ぇ小っちゃ! 指細っ! すべすべで柔らかーい! あったかーい!

 アッ、また俺の機関部がオーバーヒートしそう。鼓動パナイ。死ぬ。

 でも間宮さんの顔を見てたら自動的に疲労回復して永久コンボ。

 死ぬに死ねない。生き地獄、いや、生き天国。

 手を握られてるだけでそろそろ天国にイキそうです。

 俺が心の中で鼻の下を、ズボンの中で股の下を伸ばしていると、鳳翔さんがにっこりと微笑みながらこう言ったのだった。

 

「そうですね。提督の願いはとても困難な道のりでしょうが、私も力になれればと思います」

 

 俺の下から艦娘が逃亡しないようにするのって、そんなに困難な道のりなの⁉

 鳳翔さんアンタ本当に容赦ないな! 本当に笑顔でズバっと言うな!

 わかってますよ! 逃げられないように頑張りますよ! これからもお力を貸して下さいね!

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 執務室の窓から外を見れば、もう空が白んできている。

 来たぁ! 朝だぁ! 朝です! 朝の風ってほんっと気持ち良いー!

 そんなわけがない。いや、朝の空気は好きだが、気分は落ち着かない。

 鳳翔さんが気を使って何度も休むように言ってくれたが、不安で仕方がない。執務机に座っているのも落ち着かず、ひたすら窓の外を眺めながら祈るしかなかった。

 全員帰ってきてくれるだろうか……一人でも逃亡してしまったら、俺の提督の地位が、ひいてはハーレム計画に支障が……。

 

「提督! 港の加賀さんから無線が……敵艦隊の迎撃に成功! これから艦隊が、帰投するそうです!」

 

 鳳翔さんが嬉しそうに、そう言った。

 結局この人、本当に一晩中、俺の監視を務めおった。恐ろしい人だ。

 敵艦隊の迎撃に成功って……逆に数十人で出撃して、どうやったらこの時間までかかるのだ。

 駆逐イ級とかってそんなに強いの? そんな訳がない。引き延ばすにも程がある。

 金剛も、伝言してくれれば早く帰ってきてくれていいのに、まだ帰ってこないし。

 まぁ、感動の再会が何とかと言っていたから、積もる話もあるのだろう。

 俺の偏見かもしれないが、女子会と言えば恋愛トークか陰口だ。上司、つまり俺の悪口で盛り上がっていたりして。凹む。

 

 うぅむ、しかし、人数が減っていないかが気になって仕方が無い。

 一刻も早く確かめねば。

 

「出迎えに行ってくる」

「はい。私もご一緒します」

 

 俺は席を立ち、港へと向かった。

 向かう途中で、何やら重たい荷物のようなものを背負い、引きずっている少女が、こちらに向かってきているのに気が付いた。

 

 少女、雷は俺の姿に気が付くや、その手から荷物を放して敬礼する。

 

「あっ、司令官! おはようございます!」

「う、うむ。おはよう。ところでその後ろの……」

「あぁっ、ご、ごめんなさい天龍さん! 落としてしまったわ!」

「……お、おう……」

 

 雷に背負われて、いや、身長が違いすぎて半ば引きずられていた天龍は、顔面から地面に叩きつけられ、そのまま動かなかった。

 微妙に痙攣しながら返事をしていたので、なんとか生きてはいるようだったが。

 ボロ雑巾のように見えた天龍だったが、よく見れば服が破れてしまって世界水準を軽く超えた胸部装甲から肌色がポロリしている。

 スカートも破れており、白いパンツがチラリしていた。

 これこれ! こういうの欲しかったんだよ! 早くぶっ放してぇなぁ。

 俺の股間をこんなに強化しちゃって大丈夫か?

 

 い、いかんいかん。

 こんなにボロボロなのだ。そういう目で見てはいかん。

 

「お前達も今帰ってきたのか」

「いいえ、天龍さんが大破しちゃったから、私だけ先に連れて帰ってきたのよ。他の皆はまだ戦っているわ」

「ちょうど今、戦闘が終わったと連絡があって、私達もお出迎えに行くところでした」

「鳳翔さん、本当? やったわ! 私もお出迎えに行きたいところだけど、天龍さんの入渠をお手伝いしなきゃだから、もう行くわね!」

 

 雷はそう言って、再び天龍をその背に背負い、引きずりながら歩きだそうとする。

 背負うと言っても、天龍の両腕を肩から回し、掴んでいるような感じで、天龍の下半身は地面に引きずられる形になる。

 

 瞬間。俺は――閃いた。

 

「雷。私が背負うのを代わろう」

「いいのよこれくらい。もっと私を頼ってくれてもいいのよ!」

「提督命令だ」

「えぇー……」

 

 俺の十八番、職権乱用である。

 雷に背負われている天龍を横から見た瞬間、そこには世界水準を軽く超えた景色が広がっていた。

 押しつぶされて改装された天龍改二乙ならぬ天龍のパイオツである。

 こんなものを見せつけられては、たとえボロボロであっても、そういう目で見てしまっても致し方無し。職権乱用不可避。

 

「雷さん。提督は、遠征帰りで疲れてる雷さんを気遣っていらっしゃるみたい。ここはお言葉に甘えてはどうかしら」

「そっか……ありがとう司令官! 優しいのね!」

 

 鳳翔さんがナイスフォローしてくれた。

 うむ。その通りである。雷も天龍も疲れているだろうからな。

 特に天龍は、大破状態で引きずられてはたまったものでは無いだろう。

 俺の下心は、天龍をいたわる気持ちという名のダズル迷彩で隠されている。もっと俺を頼ってくれてもいいのよ!

 鳳翔さんの眼さえも欺く策略。

 神算鬼謀を自在に操る俺の事を智将と呼んでくれてもいいのよ?

 

「い、いいよ提督……思いっきり濡れてるし、焦げちまってるし、さっきから引きずられて砂だらけだしよ……汚れちまうよ」

「構わん」

 

 天龍が恥ずかしそうに、小さな声でそう言ったが、身体は言う事を聞いてくれないようだった。

 フフフ、身体は正直である。

 俺はその声に構わず、天龍を背負う。

 天龍は腕に力が入らず、そのまま俺の背にもたれかかり、世界水準を軽く超えたそれが俺の背に押しつぶされて姿を変え――。

 

 ――ぱんぱかぱーい! 股間に未だかつて無い勢いで血液が補給された。

 俺の主砲の火力MAX。

 俺の魚雷の雷装MAX。

 俺の機銃の対空MAX。

 俺の陰部の装甲MAX。

 これが……これがチン大化改装……!

 

「……あーあ、汚れちまった。新品じゃねぇのかこの軍服……」

「カマワン」

「……おい、オレそんなに重いか? そんなに前かがみになっちまってよ」

「モンダイナイ」

 

 身体は正直である。

 俺は一歩一歩、幸福を噛み締めるように歩み出した。

 背中に全神経を集中しろ。五感の全てを触覚に集中しろ。

 くそっ、何でこんなに無駄に生地が分厚いのだ、この軍服という奴は。脱いでから背負えば良かった。これでは感触が完璧にはわからんではないか。

 手袋も邪魔だ。太ももの手触りが全くわからん。夕張の時といい、この手袋はセクハラの邪魔だ。実にけしからん。

 しかし、この状態ですらこの柔らかさだというのに、軍服を脱いでしまったらどうなるというのだ。

 是非とも次の機会には試してみたいものである。

 

「……へへっ、悪ぃな提督。余計な仕事押し付けちまってよ」

「カマワン」

 

 むしろもっと押し付けちまってほしい。

 しかし、やはり戦いとなれば、こんなにボロボロになるものなのか……。

 目立った外傷は無いものの、天龍は自分の足で歩けないほどに疲弊しており、満身創痍といった状態だ。

 

 ……なんだか、それを見て股間を膨らませてる俺って、かなり最低じゃないか?

 

 考えなければよかった。

 背中の幸せな感触もそれ以上楽しむ気になれず、俺の股間もすっかりしおらしくなってしまった。大潮です。

 何と言うか……、うん。

 よくよく考えれば、艦娘達は俺達を守る為に戦ってくれてるんだよな。

 俺が仕事も探さずにオータムクラウド先生の作品を読んでデイリー任務に勤しんでいた時も、こんな風にボロボロになっていたのだ。

 罪悪感がひどい。申し訳ない。

 俺はもうたまらなくなって、思わず天龍に言ったのだった。

 

「天龍……本当にありがとうな」

「あぁ? 何がだよ」

「いや、こんなにボロボロになってまで戦ってくれたお前を背負っていたら、何だかな……申し訳なくてな。自分が情けなくなる」

「……なぁに言ってんだよ、提督。オレの方こそありがとうだぜ。俺を旗艦に抜擢してくれてよ。こんなに楽しい夜は久しぶりだったぜ……」

「お前がそれでいいなら何も言わんが、頼むから轟沈だけはしないでくれよ。できればこんなにボロボロな姿も見たくは無いのだ」

 

 そうだ。自分で口にして、気が付いた。

 こんなに満身創痍なのがいけないのだ。

 先ほどの翔鶴姉のように、せいぜい艤装が壊れて装束が破れるくらいなら、こんなに罪悪感に苛まれる事は無い。

 むしろいいオカズではないか。

 

 天龍お前、何ボロボロになってるんだ。馬鹿者め。これでは罪悪感でオカズにできん。

 

 今の天龍のように大破は駄目だ。艤装や装束だけでなく、本人まで疲労困憊している姿を見ては、罪悪感に苛まれる。

 轟沈など以ての外だ。それだけは絶対に駄目だ。オカズどころではない。罪悪感で逆に飯が食えなくなる。

 小破も駄目だ。艦娘に被害が少ないのはいいが、艤装と装束の損傷が軽微すぎる。

 艤装と装束が破損し、かつ、艦娘の身体自体にはそこまで影響が無い中破がオカズとしてはベストコンディションであろう。

 俺が後ろめたさを感じる事が無いように、これ以降、艦隊の皆にはなるべく大破しないで頂きたい。

 

 俺の言葉に、天龍は少し気恥ずかしそうに言葉を返した。

 

「な、何だよ提督……意外と心配性だなぁオイ。それより、次の出撃もオレを外すなよ」

「それはまた戦況と相談だ。必要な時には勿論、頼りにさせてもらう」

「……へへっ、期待してるぜぇ、提督」

 

 天龍は嬉しそうにそう言うと、無意識にだろうか、今まで以上に俺に身体を押し付けてきたのだった。

 俺の股間のチン龍ちゃんはすでにチン大化改修MAXであった。

 すでに限界である。

 これ以上の刺激を受けては、轟チン不可避。

 少しの刺激で暴発寸前。

 露出の多い艦娘の方もなるべく見ないようにしなくては……。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ぱんぱか、ぱかぱーい!

 ぱんぱかぱかぱか、ぱかぱかぱーい!

 

 天龍を入渠施設へ送り届け、ようやく帰投した艦娘達を出迎えた俺は、思わず言葉を失った。

 言葉というか語彙力を失った。

 艦娘を見ないようにするなど、不可能だった。

 俺は――夢でも見ているのではないか。

 

「第一艦隊旗艦、長門。報告します。敵主力艦隊五隻、敵補給部隊十八隻、迎撃成功しました。こちらに轟沈した艦は……無し!」

「ウム」

 

 衝撃のあまり、長門が何を言っているのか全然頭に入ってこなかった。

 目の前には艦隊ごとに整列している艦娘達。

 いつの間にやら、遠征に出ていた大淀達も合流していたようだ。

 全員を代表して、一歩前に出た長門は――中破していた。よーし、コンディション最高ー!

 これが噂のビッグセブンか……。胸が厚いな。俺の股間も熱いな……。

 

 長門だけでは無い。

 先ほど出て行ったはずの金剛も、比叡も、榛名も、霧島も、姉妹仲良く中破している。コンディション最高ー!

 金剛型はその胸部装甲をサラシで押さえつけていたらしく、四人とも出撃前に俺が目視により計測していたものを遥かに上回るサイズのそれが露になっていた。

 流石戦艦、データ以上の胸ですね。

 俺のマイク限界大丈夫? チェック、ワン、ツー……よし。

 

 その戦艦の超弩級胸部装甲を上回るインパクトを俺に与えたのは、千歳お姉、千代田、磯風、浜風、浦風、谷風の艦隊だ。

 全員中破。コンディション最高ー!

 こちらは元から押さえつけておらず、その存在は十分に理解していたつもりだったが、まさかここまでのものだったとは。

 水上機ボイン姉妹はともかく、他の三人は本当に駆逐艦なのだろうか。一部の軽巡洋艦に謝れ。大淀とか夕張とかに。

 谷風は別の意味でインパクトがあった。こいつだけは早く服を着せてあげたい気持ちになった。なんかゴメン。俺が満足するまでもうちょっと我慢して。

 

 妙高さんは小破程度だったが、那智、足柄、羽黒、利根、筑摩は揃って中破していた。コンディション最高かよ……!

 妙高型四姉妹と利根姉妹は、生地の厚い装束が破れ、その下に着ていた白いブラウスが水に濡れ、透け透けであった。

 透け透けのブラウスは決して直接的に肌を露出していないというのに、普段から丸見えの長門や夕張のお腹よりも興奮できた。

 普段の露出が控えめだからこそ、透け透けの薄いブラウス越しに彼女達の肌色を目にする事は特に貴重、故に欲情不可避。オータムクラウド先生の教えである。

 素晴らしいわ! 漲ってきたわ……! ねぇ! 試し撃ちしてもいいかしら⁉

 利根はペチャパイかと思ったら意外とある事が判明し、龍驤、谷風とはめでたく別枠扱いとなった。

 

 少なくとも俺のハーレム候補である艦娘は、誰一人として逃亡していないようだった。

 駆逐艦は数が多くてまだ全員覚えていないが、この様子では逃げた者はいないだろう。

 一安心だったが、今は別の意味で心が落ち着かない。

 

 何でこんな鎮守府近海で、ここまでボロボロになるのかが気になったが、すぐにどうでもよくなった。

 報告された敵の数も多かったように聞こえたし、無理やり敵を探して時間を引き延ばして戦っている内にダメージが蓄積したのだろう。

 そんな事よりも、今のうちに、この素晴らしい光景を目に焼き付けておかねばならない。

 もう二度と、こんな光景は見られないだろう。

 何とかして時間を稼がねばならない。

 

 俺は咄嗟に、長門の名前を呼んだ。

 

「長門」

「はッ!」

 

 何だかもう、俺の事を嫌いかどうか、などという事はどうだってよかった。

 歓迎会に参加したがらなかった事も、もうどうだってよかった。

 俺が提督である限り、この光景を見る事ができる。

 ただそれだけで全てが許せた。

 名前を呼ぶと姿勢を正すものだから、当然、胸など大事な部分を隠せないわけで……。

 

 いかんいかん。胸を見るな。ガン見するな。

 それで俺はこいつらに警戒されているではないか。

 同じ轍は二度と踏まない。

 艦娘の眼を見据えながら、残りの視野で堪能し、その目に焼き付けるのだ。

 俺レベルのチラ見スキル持ちなら可能なはずだ。

 

「金剛」

「ハァイ!」

「比叡」

「はいっ!」

 

 次々に名前を呼んでいく。

 提督への報告という真面目な場面だからか、誰一人として恥ずかしがるそぶりを見せなかった。あの羽黒ですらだ。

 ハラショー(素晴らしい)……スパスィーバ(ありがとう)……ウラー(万歳)……ただそれだけしか言葉が出なかった。

 何とかして時間を稼ごうとしたが、ついに名前を憶えていないゾーンに差し掛かる。

 少しでも時間を稼ぎたかった俺は、とりあえず俺の隣に立つ鳳翔さんの名前を呼んだ。

 

「鳳翔さん」

「……」

「鳳翔」

「はい」

 

 微笑んではいたが、目が笑っていないように感じた。フフフ、怖い。

 

「間宮、伊良湖、香取、鹿島……」

 

 時間稼ぎも、もう限界だった。

 残りの駆逐艦達の名前は完璧には覚えていない。ボロが出ないように誤魔化さなくては。

 

「――この鎮守府を支える全ての艦娘達よ!」

 

 それらしく上手くまとめたのだった。

 いやぁ、実にいい光景を堪能させてもらった。

 ある意味で、歓迎会を開くよりもいいものを見る事ができたのではないか。

 そんな思いを込めて、俺は言ったのだった。

 

「――よく、頑張った」

 

 それは心からの言葉だった。

 これも、コイツらが俺の歓迎会から頑張って逃げてくれたお陰である。

 雉も鳴かずば撃たれまい、とは少し違うが、艦娘も逃げねば見られまいである。

 お前達が俺の歓迎会を避ける為に夜戦を頑張ったお陰で、俺はいいものを見る事が出来た。

 少し皮肉を込めた言葉だった。

 長門が、いや長門だけでなく皆泣きそうな顔をしている。

 いかん、流石に少し嫌味過ぎたか。反省だ。

 

 しかし、せっかくのいい機会なのだ。

 前からの景色だけでは勿体ない。後ろから見た景色も目に焼き付けねば。

 

「皆、後ろを見てくれ」

 

 俺の言葉に、艦娘達は一糸乱れず回れ右をした。

 瞬間、俺の目の前に現れる尻の艦隊。俺の股間が蒼き鋼と化した。

 

 ややっ、アドミラル・ヒップ級プリンケツ・オイゲン発見!

 それではいただきマックス・シュルツ!

 俺の股間のティーガー戦車、主砲仰角最大!

 パンツに向かってパンツァー・フォォォォオッ! んんーッ、ダンケッ!

 衝撃のあまり俺は意識を失い思わず駆け出し、そのまま尻の海に飛び込んでしまいそうだったが、なけなしの理性で何とか踏みとどまった。

 

 水平線から太陽が昇る。

 徹夜明けの目に朝日が沁みる。しかも逆光のせいで目標がよく見えなくなった。

 ちょっと眩しくて邪魔だからもう一回太陽沈んでくんない?

 目を細めて、何とか尻に注目する。よし。わらわには見える。

 

「素晴らしい」

 

 俺は思わず声を漏らした。

 俺の股間にケツ液、いや血液が更に補給される。

 スカートが破れ、清ケツ感、いや清潔感のある白い下着が見えている者。

 大人の色気を感じさせる黒い下着が見えている者。

 色とりどりの、フリートガールズ&パンツァーコレクション。

 パンこれ、始まります。

 いいこと? 提督の網膜に、ショーツを刻みなさい!

 下着の存在が確認できず、尻が半分見えている者までいた。

 普段は見ることのできない背中、太もも……。

 目の前に広がる素晴らしい光景を俺は満ケツ、いや満喫していた。

 

「この景色を見る事が出来た……それだけで、この鎮守府に来た甲斐があったというものだ」

 

 それは素直な言葉だった。

 俺の本心からの言葉だった。

 

 もう俺の歓迎会に出席しなかった事などどうだってよかった。

 許す。俺が許す。

 お前ら全員半ケツ、いや判決、無罪!

 

 俺は改めてケツ意、いや決意した。

 俺は絶対にハーレムを諦めない。艦娘達は俺の事を、歓迎会にも参加したくないと思うくらいに嫌っているが、それでも俺は諦めない。

 人望が足りない事など知った事か。

 こんなに素晴らしい景色を尻ながら、いや知りながら、諦めるという苦渋のケツ断、いや決断など出来るはずがない。

 人望が無いのならば、これから挽回すればいいのだ。

 加賀にも話したPDCAサイクルだ。

 失敗したのならその原因を分析し、改善する事が、成功へ繋がる秘ケツ、いや秘訣だ。

 幸いにも、俺には鳳翔さんや間宮さんなど、一応信用できる人達がいる。

 鳳翔さんは少し怖いが、皆でエッチ団ケツ、いや一致団結すればきっと出来るはずだ。

 好かれるまでは行かずとも嫌われない程度の人望と、艦娘が逆らえないほどの権力を手にする事が。

 

 ――俺は絶対に、完璧に、有能な提督を演じきる。

 

 この景色を守る為に。

 そして、いつかこの素晴らしい景色を手中に収める為に。

 俺の夢を、艦娘ハーレムを実現する為に!

 

「いつまでも眺めていたいものだが……そういう訳にもいかないな」

 

 あまり長時間眺めていても不自然に感じるだろう。

 今までの俺であったらこのあたりの塩梅を誤り、艦娘の人望を失っていたはずだ。

 すでにこれ以上失う人望は無いが、俺は学んだのだ。もう二度と同じ失敗はしない。

 ガン見はほどほどに。チラ見程度で。

 見る時間が減った分は、気合と根性と愛国心による瞬間記憶でカバーだ。

 

 再びこちらを向くように促すと、艦娘達は先ほどと同じように回れ右をした。

 やっぱり前からの景色も素晴らしいな……いや、これ以上見る事は出来ない。もう限界だろう。俺の股間も。

 

「――我々の勝利だ。損傷の大きい者から優先して入渠、傷の浅い者は明石の泊地修理。各自、補給はしっかり行い、休息を十分に取るように。報告書はそれらが全員、済んだ後でいい。以上、解散!」

 

 俺は早口にそう言って、即座に踵を返す。

 艦娘達への指示は、俺がデイリー任務をこなす為の時間稼ぎだ。

 すでに股間のビッグセブン陸奥(ムッツ)リの主砲は暴発寸前だった。あら、あらあら。

 このままでは主砲火薬庫爆発事故が起こる。マラ、ムラムラ。

 網膜に焼き付けた記憶が少しでも薄れないうちにデイリー任務をこなすべく、俺は前かがみになりながら、忍者走りで執務室へと走り去る。

 

 ようやく俺が消えたからか、背後から大歓声が湧き上がった。また涙が出てきた。

 歓声に混じり、ゴリラのごとき猛獣の咆哮が大気を震わせる。

 よくよく聞いたら長門の叫び声だった。

 こうやって走っているだけでも、股間を刺激と快感が襲い、ヤバい。何かヌメヌメするぅ⁉

 執務室の奥にある提督専用トイレへ急ぐ。

 あぁっ、もう間に合わん! よしッ、提督専用トイレの個室確保! 施錠確認!

 何とか辿り着いた執務室(シャングリラ)で俺は蒼穹に、いや早急にファスナーを下ろす。

 

 俺、抜錨!

 砲雷撃戦、用意!

 

 イク、イクの! イクの魚雷が、うずうずしてるの! イクの魚雷攻撃、イキますなのね! 酸素魚雷六発、発射するアッ。

 

 …………。

 

 やりました。

 流石に気分が高揚します。

 

 俺は小さく溜息をつき、なんかもう色々と明日から頑張ろうと思ったのだった。凹む。




ここまで読んで頂きましてありがとうございました。
これにて第一章は終了となります。
大体ラノベ一冊分くらいにまとめられたと思います。
ここまで目を通して頂けた皆様には、とても感謝感激です。
皆様から頂いた感想を読み返すのが、私の毎日の楽しみとなっております。

今後もまた章ごとに書き上げ、完成したら毎日投稿していくスタイルで投稿しようと思っております。
一応ラストまでのプロットは出来ているのですが、現在、このお話を書き上げるのが先か、私の下ネタが尽きるのが先かのチキンレース状態となっております。
しばらくお待たせするかとは思いますが、ご容赦ください。


本日より艦これでは夏イベが始まりますね。
私も今年の五月に始めたばかりのクソ新人提督ですが、春イベのE1でお迎えできた伊13と水無月は宝物です。
今回は何人のニューフェイスをお迎えできるのか、楽しみです。
このお話を読んで、少しでも艦これに興味を持っていただける方が増えてくれれば、何よりの喜びです。


それではしばらく、お待ちいただく事になります。
第二章からもまた目を通して頂ければ、幸いです。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。




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第二章『歓迎会編』 021.『報告書』

「ほぉ、舞鶴鎮守府はまた駆逐艦だけで敵中枢を撃破したのか」

「流石は駆逐艦運用のエキスパートと呼ばれるだけの事はありますね」

 

 朝風くんではないが、私はまだ涼しい朝のうちに書類に目を通すのが好きだ。

 

 朝一番に、舞鶴鎮守府からの報告書に目を通しながら、私は一人で大袈裟に呟いた。

 秘書の山田くんは、そんな私の呟きにいちいち答えてくれるのだ。彼女には何度も気にしないでいいと言うのだが、どうも無視しているように感じられるとの事で、毎回返事をしてくれる。

 真面目で気が利く良い子なのだが、そういう所は少し融通が利かない。

 横須賀鎮守府の大淀くんからさらに茶目っ気をそぎ落としたような子だ。

 

「しかし、何故、彼はあそこまで駆逐艦のみの運用にこだわるのでしょう。舞鶴鎮守府には他の艦種も豊富に揃っているというのに」

 

 山田くんは更に話題を広げようとしたのか、それとも純粋な疑問だったのか、そう言葉を続けた。 

 確かに、事情を知らない者からすれば、彼の行動は異端としか思えないものだろう。

 

「うん。実はね、深海棲艦の領海には、ある種の制限がかかっている場合があるという事が、つい最近発見されたんだ」

「制限……ですか?」

「そうだね。それを発見したのも舞鶴の彼さ。深海棲艦の領海には、ある特定のルールを持つ結界が張られている場合がある、とね」

「特定のルール……例えば、戦艦や正規空母ではその結界を抜けられない、というような事ですか?」

 

 山田くんはやはりこの事を知らなかったようだ。

 目を丸くして、興味深そうに質問攻めをしてくる。

 こうして目を輝かせている姿を見れば、年相応に見えるのだが。いや、彼女もいい大人だし、子供扱いは失礼だろうか。

 

「彼が発見したのはまさにそれだった。敵棲地の場所は推測されている。だが、何度進撃しても方向を見失い、強力な敵艦隊に迎え撃たれ、消耗するしかなかった謎の海域だった。彼はそこを、あえて駆逐艦のみの軽い編成で向かう事で、結界をすり抜け、見事、敵棲地を発見、敵を撃滅する事に成功したのだ」

「なるほど、結界が網のようになっていたとして、大型艦はそれに引っかかってしまいますが、駆逐艦は網の目をすり抜けた、といった感じでしょうか」

「彼も同様の解釈をしているのだろうね。駆逐艦が結界攻略の鍵となる場合は多い。もちろん、それで駄目な時には駆逐艦に限らず、様々な編成を試しているよ」

 

 とはいえ、彼はちょっとやそっとの事ならば迷わず駆逐艦を選ぶのだが。

 結界が疑われない海域にも駆逐艦のみの編成で出撃する。そして大体勝利する。

 思えば、結界の存在が判明する前から、彼は駆逐艦に異常なほどのこだわりを持っていた。

 

 彼は駆逐艦のみの編成で先に進めなかった場合に、ようやく他の艦種を選択する。

 曰く、燃費が良く、負傷した時に消費する資材の量も少ない為、資材が貯まりやすいとの事。

 資材に余裕が出来れば、その分、演習や実戦により効率的に駆逐艦を鍛える事ができる。

 装甲の薄い駆逐艦だが、強力な敵の砲撃も当たらなければどうと言う事も無い。

 遠征も実戦も何でもこなせる、駆逐艦は最高だとの事。

 

 欲を言えばもっと手元に朝潮型が欲しいとよく言っている。陸奥くんや高雄くんと交換でいいから、横須賀鎮守府の朝潮くん達をこちらに異動させてくれと、たびたび申請が来る。

 彼は駆逐艦育成にも長けており、彼が着任してから吹雪くんや叢雲くんも改二に至る事が出来たという実績もある。

 駆逐艦運用のエキスパートとして、横須賀鎮守府で燻ったままなかなか芽が出ない朝潮くん達を育ててやりたいという事だろう。

 

 この一か月間、横須賀鎮守府には提督が不在であったが、そう言えば彼は駆逐艦だけなら引き取ってやってもいい、などと言っていた。

 流石にそれは戦力が偏る為に却下したが。

 

 それはともかく、彼の持つ駆逐艦への評価。そしてそれを証明するかのごとき実績。

 彼のような発想を持つ提督など、今まで存在しなかった。

 私や今までの提督達には考えもつかない発想。これが若さ、という事なのだろうか。

 

 艦娘と深海棲艦が現れてからの数年間。

 今までの提督達に多かったのが、いわゆる大艦巨砲主義。

 戦艦や正規空母などの大型艦の圧倒的火力を持って、敵を駆逐するのが一般的であった。

 その頃の軽巡洋艦や駆逐艦は遠征任務による資材の確保が主な任務であり、敵潜水艦が確認できた場合に、軽空母と合わせてその海域に出撃するくらいであった。

 重巡洋艦は高い性能を持っていながら、戦艦の安定性には劣るという事で、あまり用いられない時代があった。

 

 しかし、いくら資材を上手くやりくりしても、やはりそれでは消費量が多すぎるのだ。

 必然的に、勝率と反比例して出撃の頻度は減少し、その間に深海棲艦に再び領海を侵攻される隙を与えてしまう。

 そして最近まで判明しなかった結界の存在により、大艦巨砲主義だけでは進撃を行う事が上手くいかなくなっていた。

 舞鶴の彼がいなければ、じわじわと深海棲艦側に侵攻を許していた事だろう。

 

「うぅむ、しかし彼は駆逐艦達からの評判はいいのだが、他の艦娘達からは出番が少なすぎるとブーイングが多いんだよなぁ。今度私が視察に行って、声かけでもしておこうか」

「こんな事でいちいち現場を訪れていては、身体がいくつあっても足りませんよ。もっと一大事が起きたというのならともかく」

「うーん……そうだな。舞鶴の資材備蓄量は他の鎮守府に比べてダントツだし、彼が駆逐艦の練度を高めてくれている事で舞鶴の艦娘全体の性能差も縮まっているし……もう少し様子を見ようか」

「気になるのでしたら別の者を舞鶴の視察に向かわせましょうか」

「あぁ、それで頼むよ」

 

 視察ついでに、私の言葉を伝えてもらえばいい。

 山田くんは痒い所に手が届く提案を即座にしてくれる、とても気が利くいい子なのだ。

 真面目ではあるが顔立ちも整っており、他の男性職員からも人気が高いと聞くが、男っ気が一切感じられないのが不思議である。

 男よりも仕事だというのならば勿体ない、そろそろ結婚を考えてみては、などと考えてしまうのは私が歳を取ってしまった証拠だろうか。

 こういう事を口に出すのも最近ではセクハラ扱いになるらしい。難しい世の中になったものだと思う。

 

「しかし、佐世保鎮守府、大湊警備府の彼らにも負けず、皆若いのに優秀なのですね」

「横須賀鎮守府にも二日前から、新しい若者が着任した。まさかこの国の未来が、まだ三十歳にも満たない四人の若者達の肩に託されるとはね」

「実際に会ってみて、横須賀の彼はどうなのですか?」

「うん。近頃は珍しい、愛国心に溢れた若者だったよ。それ故に、こちらの事情できちんと教育を施す事なく鎮守府に着任させてしまった事が申し訳ない。彼自身もその困難さは理解できていたようだが……」

「よくそれで彼も納得しましたね」

「彼はむしろ、一刻も早く着任したいと言っていたからね。自身の不安よりも、提督不在で本来の性能を発揮できず、敗戦を重ねていた艦娘達をこれ以上見過ごす事が出来なかったのだろう。彼がそこに居る、ただそれだけで、少なくとも艦娘達は本来の性能を発揮できるのだからね」

 

 私も彼が着任するにあたり、細かく内情は説明したつもりだ。

 提督が指揮を執るかどうかで、彼女達の性能は大きく変わる事。

 しかし、前任の提督はそこに居るという事すらも受け入れられないほどに、彼女達に拒絶されたという事。

 彼女達にとって、そしてこの国にとってかけがえのない存在が、彼の手によって失われてしまったという事。

 その他にも、彼が提督として鎮守府に着任するにあたり、最低限必要な、重要な事柄だけを選りすぐって話したつもりである。

 私が話をしている間、彼は真剣な面持ちで何かを考えているようだった。

 前任の提督の指揮下にあった艦娘達が、一体どのような心情であったのかを考えていたのかもしれない。

 

 前任の提督の影響は未だに残っているだろう。

 提督というだけで、彼に不信感を持つ艦娘達も多いと推測はしている。

 更に、横須賀鎮守府の艦娘達は提督の指示に逆らった。それに大きく動揺した艦隊司令部の対応もまずかった。

 おかげで、横須賀鎮守府の艦娘達は提督に不信感を持ち、艦隊司令部の一部は艦娘達に不信感を持つという、実に不味い空気が広がっている。

 

 内情を知れば、前提督は歯向かわれても当然だと思うのが普通だと思うが、艦隊司令部の一部の者はそうではなかった。

 艦娘は軍艦であり、兵器であり、提督の指示に逆らうなど有り得ないと言う考えがそこにはあったのだろう。

 艦娘達は提督への信頼感により性能を増し、提督の指揮下で本来の性能を発揮できる。そこから、使う側の人間の方が、立場が上だという考えに繋がったのだろうと思う。

 戦う事が使命である艦娘達が、人間の指揮下で戦う事を拒んだ。

 これは大きな波紋を生んだ。

 

 艦娘達は、必ずしも私達の味方では無いのではないか。

 そう言った声が艦隊司令部の中からも上がってしまったのだ。

 それを声高々に主張したのが、それ相応の地位を持つ者だったから、性質(たち)が悪い。

 私からしてみれば、信じられない事だった。

 

「……山田くんは、艦娘達はただの兵器だと思うかい?」

「私は人間派ですよ。いわゆる軍艦の妖怪や付喪神とも言われる彼女達ですが、紛れも無く命ある、一人の女の子です」

「うん。私もそれに近い。資材の不足している状態の彼女達は、ただの人間の少女だ。しかし資材という名の不思議なエネルギーと、提督への信頼により神がかった力を発揮する。私は、艦娘達はただの人間ではなく、現人神(あらひとがみ)であると考えているんだ」

現人神(あらひとがみ)……人間でありながら、神であるという事ですか」

「そうだね。アニミズムって言葉を知っているかい」

 

 私の言葉に、山田くんは目を輝かせて顔を向けてきた。

 今まで見た事が無いくらい、興味津々といった感じだ。

 山田くんは早口に言葉を続ける。

 

「身の回りの全ての物に霊魂が宿っているという考え方の事ですね。ラテン語の『(アニマ)』に由来する言葉です。アニメの語源でもありますね。私、アニメは好きです大好きです」

「う、うん、私はアニメには詳しくないが……この国には八百万の神、つまり自然のもの全てに神様が宿るという考えがある。トイレや台所にもいるのだから、軍艦に宿っていてもおかしくは無いだろう」

「そうですね。実際に、彼女達を道具、兵器であると見なしているのはごく一部のグループだけで、多くの国民には、彼女達はこの国の守り神、守護神として扱われていますし。そして深海棲艦は台風などと同じように、ある種の天災として認知されています。いわば、深海棲艦は善神である艦娘と対を成す悪神でしょうか」

 

 山田くんがこんなに生き生きとしている姿を初めて見た……。

 意外にも、山田くんはアニメとか、もしくはその影響でなのか、民俗学やら神道やら、そういうものが好きだったらしい。

 うぅむ、人は見た目ではわからないものだ。そういうイメージは全く無かったのだが。

 勉強一筋の真面目な子だと思っていた。

 しかし飲み込みが早くて私としては非常に助かる。

 

「神には二面性がある。ぞんざいに扱われた神は、果たしてそれでも人々を守ってくれるだろうか」

「あぁー、なるほど。たとえ軍艦の神であろうとも、神としての性質がそれであるなら、という事ですね」

「神には祈りを捧げるものだ。深海棲艦という天災から、この国をお守りください、とね。だのに、艦娘に限り、まるで道具のように扱うのはおかしい事では無いか……と私は思うのだよ。まぁ、私一人の考えなのだが」

「いえ、たった今、私達二人の考えになりました。私も、その考え方は嫌いではありません」

 

 山田くんは、ふんすふんすと若干鼻息を荒くしながら、私に同意してくれた。

 この考えはあくまでも私一人が考えているだけであり、艦娘に関して現在主流の考え方ではないのだが、それでも共感をしてもらえるという事は嬉しいものだった。

 こんな事を主張した日には、自分の考えこそが正しいのだと信じて疑わない者達から無意味な議論を吹っ掛けられ、彼らが論破したと感じるまでそれに付き合わなくてはならなくなる。

 私は不毛な事が嫌いだ。彼らはこう思っており、私はこう思っている。

 艦娘の存在理由や、艦娘とは何か、という問いに正解などあるのかわからないのだから、互いに信じる考えがある、それで良いと私は思うのだが。

 

 ただ、私の考えと彼らの考えで、明確に違う部分があり、そこに衝突の可能性がある。

 それだけが少し、心配なのだ。

 

「私は、艦娘達は兵器ではなく、『兵器の神様』、そして人間であると考えている。ならば、神を祀るように、かつ、彼女達の人権を尊重して接しなければならないと思っているんだ」

「神として、かつ、人間の女の子として扱う、ですか」

「神様には祈りや供物を捧げるもの。ただし、彼女達はただの神様ではなく、現人神(あらひとがみ)だ。そうなると、ただの祈りや供物では無く、別のものを所望するのではないかと思うのだよ。そして彼女達の望みを満たした時に、彼女達は神としての力を存分に振るう事ができるのではないか、とね」

「彼女達が神としての力を発揮する為には、人間として、そして若い女の子として、欲しがるものを捧げなくてはならないという事でしょうか」

「うん。まぁ、仮説ですらない思いつきなのだが、その辺りはもう私は疎いからなぁ……山田くんは何か思い当たるものは無いかね」

「えぇと、美味しいものとか、お洒落とか、あとは……色恋沙汰とかですかね。若い女の子なら、その辺りに興味の無い子はいないんじゃないですか」

「ほぉ。山田くんもかね」

「そ、それは企業秘密です」

 

 山田くんは少し狼狽えると、誤魔化すように視線を逸らしてしまった。

 これもセクハラとやらに当たってしまうのだろうか。難しい世の中だ。

 しかし、美味しいものに、お洒落という衣食住に関する事はともかく、色恋沙汰。これは真面目な話、とても重要な事に繋がっているような気がする。

 この国だけではなく、世界の神々ですら、色恋沙汰で人間以上に面白おかしく踊り狂っている。

 若い女の子としてだけではなく、神としても、色恋沙汰にはとても関心があるのではないか。

 私の勘だが、そんな気がするのだ。

 

 色恋沙汰の行きつく先。

 神の前で誓う、永遠の絆。

 

 絆――それは、現在、私達が研究している新装備に関わるキーワードだった。

 

「山田くん、真面目な話だが、艦娘達も年頃の女性だというのなら……その、結婚とか、そういった事にも興味はあると思うかい」

「け、結婚ですか……ま、真面目な話なんですよね?」

「勿論だ」

「うーん……私の意見なので参考になるかはわかりませんが、やはり多かれ少なかれ、興味はあると思いますよ。駆逐艦にはまだ小学生くらいの精神年齢の子もいますけど、私が小学生の頃の夢はお嫁さんになる事でした。大人になればなるほどに、結婚という事には嫌でも興味を持つ事になるのではないでしょうか。艦娘達くらいの年頃であれば、素敵な旦那様と一緒になる事、自分が素敵なお嫁さんになる事を想像しない女の子はいないと思います」

「ほぉ……山田くんの将来の夢がねぇ」

「真面目な話ですっ!」

「ご、ごめん、つい……」

 

 山田くんは顔を真っ赤にして机を叩いた。

 真面目な話だと言ったのに冗談を言ってしまった私が間違いだった。申し訳ないと頭を下げる。

 

「いや、艦娘の性能の限界を超える特別な装備の研究がされているのは知っているだろう」

「えぇ。それは、まぁ」

 

 私は自身の左薬指を撫でる。

 家内を病で亡くしてから二十年以上経つが、それを未だに外す事は出来ない。

 それを家内に渡した時のあの顔だけは、今になっても忘れる事は出来なかった。

 

 この数年で、ほぼ確実と言われている事。

 それは、艦娘は必ず女性としての姿を持ち、提督の資質を持つ者は男性しかいないという事。

 処女航海や姉妹艦などという言葉が示す通り、古来より船は女性として扱われてきた。

 私もあまり詳しくは無いのだが、ルーツを辿れば外国からの風習が根付いたという事らしい。

 それ故にか、彼女達は女性としての姿形を持ち、頼れる、信頼できる提督を、男性を求めている。

 

 艦娘が現れてからの数年間で、人間側が艦娘に色情を抱いたという話はよく聞くが、艦娘が人間に対してそうであるという例は聞いた事が無い。

 横須賀鎮守府の鹿島くんなどは男性のファンが多いとも聞くし、艦隊司令部の若い男性職員が視察ついでに口説きに行くという話もよく聞く。

 説教ついでに話を聞けば、全く脈が無い、上手くあしらわれてしまうと、皆、口を揃えて言う。

 鹿島くんに限らず、他の艦娘も、人間とそういった関係になったという話は聞いた事が無い。

 

 人と神では、やはり感覚が違うのか。

 それともうちの若い者に魅力が無かっただけなのか。

 もしくは、「提督」で無かったからなのか。

 

 だとするならば、偶然にも若者達が提督となった現在は、今までとは状況が違うのかもしれない。

 

「提督と艦娘の絆……か。ふぅむ、説得力はあるし、提案してみてもいいかもしれないな。いやいや、山田くん、ありがとう。実に参考になったよ。今度ご飯でも奢るよ」

「えっ、でぃ、ディナーですか?」

「ハハハ、若い女性をディナーに誘う訳にはいかんだろう。安心したまえ、ランチだよ。近くに美味しい定食屋を知っているんだ。私のオススメはチキン南蛮定食なんだが」

「そ、そうですか……」

 

 山田くんは何故か落ち込んだように目を伏せてしまったが、話題を変えるように、すぐに顔を上げて口を開いたのだった。

 

「あ、あぁ、そう言えば、新しい提督が着任したばかりの横須賀鎮守府からたくさんの決裁書類が届いてましたよ。私もまだ目を通せていませんが」

 

 やけに今日は書類の量が多いと思ったが、横須賀鎮守府のものだったのか。

 しかしあの膨大な量……まさかこの一か月間で溜まっていた書類を僅か一日足らずで処理したとでもいうのだろうか。

 流石にこの量にしっかり目を通すとなると、私でも一日では捌き切れる気がしない。

 うーむ、どうやら彼はやはり仕事も出来るようだ。

 今は仕事はしていないようだったが、調べてみれば前職も事務職だったようだし、こういった書類仕事には慣れていたのかもしれない。

 

「申請書類の類は後で目を通すよ。それよりも、報告書はあるかな」

「はい。先に目を通されますか?」

「うん。提督達の初陣の報告書を見るのが私の数少ない楽しみでね」

 

 あまりいい趣味ではないのかもしれない。

 しかし、この初陣がいつか深海棲艦を打倒する第一歩なのだと思うと、どうにも心が躍るのだ。

 優秀な佐世保や大湊、舞鶴の彼も、着任初日は模索しながらの艦隊運用となり、最初の戦果は鎮守府近海の駆逐イ級などだ。

 そこから少しずつ進軍し、やがて鬼や姫級を打倒できるまでに成長する。

 その小さな一歩が、未来へと繋がるのだ。

 

 しかし、彼の場合は状況が違う。

 最初から提督に従順である艦娘達が揃う鎮守府に、事前にある程度の教育を受けて着任するのとは、あまりにも状況が違い過ぎる。

 横須賀鎮守府で彼を待つのは、出撃命令にすら従うかわからない、提督に不信感を持つ艦娘達。

 そして彼は、事前に教育を受ける暇が無いまま着任した素人だ。

 

 あの一癖も二癖もある艦娘達が、あの若い彼に素直に従うだろうか。

 ぱっと思いつくだけでも、まず加賀くんは絶対に従わないだろう。

 磯風くんも、心を開かせるのは難しいと思う。

 出撃命令一つにさえ、彼女達は執拗に噛みついてくるだろう。

 彼の心が折れていないかどうかが心配だ。泣いたりしていないといいのだが。

 

「うーむ、出撃すらもできていないかもしれないな。ともかく、後で励ましの電話を一本入れておこうかな」

 

 私はそう呟きながら、報告書に目を向けた。

 

 

 

『戦果報告』 ○○年○月○日 鎮守府正面海域

 

【艦隊名 深海夜間強襲主力精鋭艦隊】

 戦艦棲姫 一隻 撃沈

 泊地棲鬼 四隻 撃沈

 潜水棲姫 一隻 撃沈

 

【艦隊名 深海夜間強襲洋上補給部隊】

 重巡リ級flagship 六隻 撃沈

 輸送ワ級flagship 十二隻 撃沈

 

【艦隊名 敵はぐれ艦隊】

 駆逐イ級 十六隻 撃沈

 駆逐ロ級 十四隻 撃沈

 駆逐ハ級 十二隻 撃沈

 軽巡ホ級 十隻 撃沈

 

 敵主力艦隊の完全撃滅、敵資材集積地の掌握により鎮守府近海の奪還に成功。

 

『建造結果報告』

 建造回数 一回

 金剛型戦艦一番艦 金剛 建造成功。

 

『遠征結果報告』

【強行偵察任務及び敵補給路寸断作戦】

 敵領海への強行偵察の結果、敵資材集積地を三箇所発見。及び、上記敵補給艦隊への後方からの奇襲作戦、対象の完全撃滅に成功。

 

 以下、詳細を記す……

 

 

 

「…………」

 

 私は無言で目を擦る。

 いかんな。私ももう歳だからか、最近老眼気味なのだ。

 山田くんが手渡してきたから横須賀鎮守府の報告書と勘違いをしたが、おそらくこれは他の鎮守府のものだろう。

 いや、それにしてもここまで大きな戦果というと、それこそ大規模侵攻と呼ばれるような、年に数度あるか無いかのものだ。

 ましてや、鎮守府近海に鬼級や姫級が侵攻してきたとなると、それは喉元に刃を突き付けられているかのごとき、前代未聞の、この国の危機だったという事だ。

 他の鎮守府からそんな大規模迎撃作戦を行う予定という報告は事前に受けていないが……これはいけないな。迎撃に成功したらしいから良かったようなものの、このような重大な事は、前持って報告するように指導しておかねば。

 私は眉間を軽くつまみ、老眼鏡の購入を視野に入れながら、改めて報告書に目を向けた。

 

 ……うん。横須賀鎮守府の提督印が確かに押してあるな。

 その隣には作成者である大淀くんのサインがある。うん、横須賀鎮守府所属の艦娘だ。

 

 …………。

 

「すまない、山田くん。私も疲れているのかな……ちょっとこの報告書を声に出して読んでみてくれないか」

「は、はぁ」

 

 山田くんは首を傾げながらも、私から報告書を受け取った。

 

「えー、横須賀鎮守府戦果報告」

「わかった、もういい。ありがとう」

 

 どうやら私の目がおかしいのではないようだった。

 耳までおかしくなっているとは思いたくない。

 これは紛れも無く、横須賀鎮守府の報告書であるらしい。

 

 あの大淀くんが虚偽の報告書を作成するはずがない。そんな理由も無い。

 これが真実だというならば、素人である彼にそんな指揮が出来るはずが無い。

 彼は愛国心だけはあるが、艦隊指揮の知識については素人だ。それは私が一番良く知っている。

 彼の持つ知識と言えば、私の執筆した『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』を一冊、餞別に渡した程度である。

 そうなると、艦娘達が主導して作戦を練り、迎撃したという事だろうが、それだけではこの敵編成には敵わないだろう。

 何しろ、あの横須賀鎮守府の艦娘達は、提督という存在に不信感を抱いていたからだ。

 信頼とは程遠いそんな状態で、鬼や姫級の深海棲艦を撃滅できるだけの性能を発揮できるはずが無い。

 かと言って、たった一日かそこらで、あの提督不信に陥っていた艦娘達に信頼されるなど、私にはとても想像できる話では無かった。

 

 しかも、今まで多くの提督達が、そして艦隊司令部が望みながら決して得られなかった、建造に成功した鎮守府には褒賞を与えるとまで言われていた金剛の建造に成功している。

 詳細に目を通せば、この戦果は全て彼の指示によるものだという記載がある。

 彼には素人だと悟られないように演技をしてくれと指示は出しているが……何なのだこれは。

 

 彼が鎮守府に着任してから、僅か一日で何があったというのだ。

 

 …………。

 

 私は椅子から立ち上がり、なるべく動揺を悟られないように、山田くんに言った。

 

「……ちょっと、今から横須賀鎮守府に視察に行ってくる」

「えっ、い、今からですか? 本日は十七時から会議の予定が」

「それまでには帰るよ。数分だけでもいいから、横須賀鎮守府で直接話を聞いてみたくなっただけだ」

「で、では私もお供致します」

「いや、付き添いはいらない。私一人でいい。君はここに待機して、何かあったら私に連絡をくれ」

 

 私の態度から、何かを感じ取ったのかもしれない。

 扉の前で帽子を被り直した私を、山田くんは戸惑いながらも敬礼をしながら見送ってくれたのだった。

 

「は、はい。了解しました。お気をつけて行ってらっしゃいませ、佐藤元帥」

 




現在夏イベ真っ最中ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

私はE2で春風がドロップするとの情報を得て、先に進まずひたすら掘る毎日でありました。
やたらドロップするコモン艦の面々に心が折れそうになりましたが、今回無事、春風をお迎えする事が出来ました。
春風は私が艦これを始めた理由でもある艦であり、喜びもひとしおでございます。

というわけで春風をお迎えできた嬉しさにより、予定を変更して第二章のプロローグだけ先走って投稿した次第であります。
第二章はどんなお話になるのか、楽しみにして頂けますと嬉しいです。

まだまだお迎えしたいニューフェイスはたくさんおります。
私はE3でドロップするという噂の神風を目指して、今度はE3攻略に向かいます。

夏イベに参加されています全ての提督達が、お目当ての艦をお迎えできますよう祈っております。
第二章の続きも気長にお待ち頂けますと幸いです。



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022.『夢』【艦娘視点】

 深海棲艦による横須賀鎮守府夜間強襲という前代未聞の戦いが終わり、私達は提督の指示通りに、各自補給、休息を行った。

 今も工廠では、夕張に明石に、工廠の妖精さん達も総動員で、負傷した皆の艤装を修理している。

 徹夜での激しい戦いに、駆逐艦達は一人残らず、今頃は夢の中だろう。

 時刻はもうすぐヒトゴーマルマル。

 窓から覗く青空が、差し込む日差しが、昨日までとは違って見える。

 

 一歩間違えていれば、提督がここにいなければ、悪夢のごとき惨状となっていたはずの横須賀鎮守府。

 私達も一人残らず蹂躙され、海の藻屑と消えていたかもしれない。

 今こうしていられる事が、そしてあんなにも素晴らしい提督が着任してくれたという事が、夢のようだった。

 もしかすると私もまだ、夢から覚めていないのかもしれない。

 

 少しお行儀が悪いかもしれないが、報告書を作成する片手間で食事を取る為に、間宮さんにサンドウィッチを作ってもらった。サービスにアイスクリームをつけてもらったのが嬉しい。

 間宮さんの話では、私達が戦っている間、提督も私と同じように、おにぎりを食べながらあの大量の書類を処理してしまわれたのだとか。

 食事を取る暇さえ惜しんで執務に励むその姿にはどこか共感を覚えてしまう。

 休む間すら惜しい。一刻も早く、今回の提督の偉業を艦隊司令部に報告したい。

 私はもうすっかり興奮して目が冴えてしまって、休息を取るどころではなかったのだった。

 

 今回の夜襲迎撃作戦における艦娘達の被害状況を報告書に記し終える。

 戦艦部隊の長門さん、金剛、比叡、榛名、霧島は全員中破。

 補給部隊を援護しに向かおうとするあの戦艦棲姫、そして泊地棲鬼四隻を食い止める為、真正面から殴り合いの砲撃戦を行ったというのだから、流石としか言いようが無い。

 この横須賀鎮守府でも間違いなくトップの練度を誇る長門さん、比叡、榛名、霧島はともかく、建造されたばかりの金剛までもが改二となり、長門さん達に負けず劣らずの火力を出したというのだから驚きだ。

 金剛の弁によればバーニング・ラブ、これもまた、提督が関わっている力だとの事だが……要するに信頼の事だろう。

 流石に一気に改二に至るほどの信頼というものは前代未聞だが。

 

 重巡戦隊の妙高さんは小破、那智さん、足柄さん、羽黒さん、利根さん、筑摩さんは中破。

 敵補給部隊の迎撃に向かおうとした一瞬の隙を突かれたとの事だったが、さりげなく妙高さんだけ小破で済んでいるところに確かな実力を感じさせる。

 利根さんが危うく轟沈寸前だったという噂を聞き、詳しく話を聞きに行こうとしたら、真っ赤な顔をした神通さんに止められた。

 話を聞けば、提督の事を考えるあまりに、ついうっかり敵補給部隊を全滅させてしまい、勢い余って利根さんに突っ込んでしまったのだとか。

 背後からの奇襲とは言え、ついうっかりで全滅させられるような編成ではなかったはずなのだが……提督の事を考えるあまりに被弾しかけた私とはえらい違いだ。

 川内さんと那珂さん、利根さんにチクチクと嫌味を言われ、すっかり縮こまってしまっている姿からは想像が出来なかった。

 

 囮機動部隊の千歳さん、千代田、浦風、磯風、浜風、谷風も全員中破。

 皆、装甲が薄いにも関わらず中破で済んだというのは、もちろん運もあるが彼女達の練度の賜物であろう。一撃でもまともに食らっていたら危なかったかもしれない。

 千歳さん達の話によれば最初は反抗的だったらしい磯風が、すっかり掌を返して「あの司令は大した奴だ」などと他の艦娘達に偉そうに話していた。

 千代田は磯風にジト目を向けていたが、決して磯風は自分の意見をころころ変えるような調子のいい性格では無い。むしろその逆だ。

 あの頑固で一途な武人肌の磯風にたった一度の出撃で掌を返させた提督こそが、やはり底知れないと思う。

 

 あとの被害と言えば、水雷戦隊の天龍が大破。これはいつもの事なので特筆すべき事は無い。

 

 夜戦に先駆けて行われた空母機動部隊による先制攻撃も、赤城さんと翔鶴さんが小破しただけの被害で済んだ。

 結果だけを見てみれば、姫が二隻に鬼が四隻、更には援軍が十八隻という大規模侵攻を、天龍を除いて誰も大破せず、敵艦を一隻も逃さず、完全撃滅に成功したのだ。

 私も自分で改めて言葉にしてみて、自分で言葉を失ってしまった程だった。

 

「それでそれで、大淀さんっ。提督さんは、手袋を捨てて夕張さんの手を取ったんですよねっ」

 

 早く続きを、とせがむように、鹿島がそう言った。

 ちょうど切りの良い所まで書き終えたので、私は休憩がてら椅子を引き、鹿島達に向かって座り直す。

 艦娘寮の私の自室には、未だかつてないほど多くの艦娘達が訪れていた。

 当たり前だが、損傷の多かった艦は今も入渠中であるし、そうでない艦のほとんどは自室で睡眠を取っているところだろう。

 この室内にいるのは、今回の作戦において被害の少なかった艦娘の一部だった。

 

 後方支援に従事していた香取さんと鹿島。

 今回の作戦で面倒を見ていた駆逐艦達が全員寝付いたのを見計らって、わざわざ来たらしい。香取さんは鹿島の付き添いのようだが。

 そして空母機動部隊の赤城さん、加賀さん、翔鶴さん、瑞鶴、龍驤さん、春日丸。

 夜戦においては出撃こそしていないものの、聞けば命の危機だったという日没前の出撃から休んでいないというのに、全員揃ってここにいる。

 

 遊びに来た、というよりも、提督の着任からずっと近くにいた私から、提督の情報を引き出そうとしているのだろう。

 まるで提督に一番近い艦娘は私だと認められているかのようで、何故か誇らしい気分になる。

 というわけで、私は報告書を作成しながら、鹿島達の求める通り、提督が着任してからのお話をしていたのだった。

 

「そして提督は、自分の手が汚れる事もいとわずに夕張の手を包み込んで、こう言ったのです。『この煤と油まみれのお前の両手は、他ならぬお前の努力の結晶そのものだ。それに触れさせてもらえるとは、何とも光栄なことではないか』」

「わぁぁ、青葉さんの新聞に書いてあった通り! うふふっ、提督さんは、とても素敵な方なのですね! 夕張さん、いいなぁ」

 

 熱が入ってしまい、無意識に格好をつけた言い方をしてしまった私の言葉に、鹿島が嬉しそうにそう言った。

 そんな鹿島とは対照的に、瑞鶴はジト目で頬杖をつきながらこう言うのだった。

 

「ふーん、夕張の手を自然に握れるチャンスとでも思ってたんじゃないの?」

「哀れね」

「な、何ー⁉」

 

 瑞鶴の隣に座る加賀さんは、瑞鶴の方を見ずにそう言った。

 加賀さんを睨みつける瑞鶴を、翔鶴さんと鹿島が宥める。

 

「もう、瑞鶴ったら。どうしてそう、提督の事を悪く言うの」

「そ、そうですよぉ。夕張さんの手を握ったのも、汚されたのを気にしてないと伝える為のようですし……」

「翔鶴姉も鹿島もお人良し過ぎるの! あの提督さんだってあんな顔して、夕張の手、すべすべで柔らかーい、とか思ってるかもしれないんだから!」

「そ、そうでしょうか……」

 

 首を傾げる鹿島に、瑞鶴は一瞬言葉に詰まってしまったようだが、勢いのままに言葉を続けた。

 

「ま、まぁ、私も提督さんが悪い人じゃないってのは何となくわかるし、凄く頭が良いって事も今回で認めざるを得ないけど……それとはまた別の話! とにかく、翔鶴姉は隙だらけだし、鹿島は男の人によく誘われてるでしょ。二人とも男の人に騙されないように気をつけないと! いくら指揮能力が高くたって、あんなに若い提督さんが着任した事なんて無いんだし、私達はうら若き乙女なんだし! これくらい警戒するのが当たり前!」

「少なくとも貴女は大丈夫よ」

「加賀さんそれはどういう事かな⁉ 私さっきから喧嘩売られてるのかな⁉」

 

 翔鶴さんに宥められながらも加賀さんの肩を揺さぶる瑞鶴に構わぬように、龍驤さんも腕組みをしながら、うんうんと頷いた。

 

「まぁ、確かにあんな若い司令官に指揮されるっちゅーんは、うちも初めてやなぁ」

「貴女も大丈夫よ」

「まだ何も言うてへんやろ!」

「春日丸、貴女は身だしなみに気をつけなさい」

「は、はい」

「うち春日丸より可能性あらへんの⁉」

 

 左右から瑞鶴と龍驤さんに揺さぶられながらも無表情の加賀さんであった。

 おそらく加賀さんなりのジョークなのだろうが、何だかこんな雰囲気は久しぶりに感じてしまう。

 それは赤城さんや翔鶴さんも同じなのだろう。くすくすと、困ったように、愉快そうに笑ってしまっている。

 

 瑞鶴は気付いていないのだろうが、実は瑞鶴こそが、翔鶴さんや加賀さんよりも、提督への距離感を砕いてしまっているのだと私は思う。

 今までの瑞鶴であれば、提督という立場にある方に、ここまでいちゃもんのような文句をつけて騒ぎ立てる事は無かったからだ。

 前提督の無茶な指揮には、もう反論しても無駄だとでも言うような、死んだような目で、無言で従っていた。

 だというのに、あの提督には今までが嘘のように騒ぎ立てている。

 瑞鶴がこのように元気に騒ぎ立てている事こそが、無意識に提督への距離を縮めてしまっているという証拠なのだ。

 

 何より、瑞鶴は前提督の事を「提督さん」とは呼んでいなかった。

 過去数年間を振り返るに、瑞鶴が「提督さん」と呼んでいたのは、ある程度距離が近く、親しみやすい提督だけであった。

 瑞鶴にとってファーストコンタクトである、提督と天龍のやり取りを見ていて、無意識に親しみを覚えたのだろう。

 その辺りは翔鶴さんも加賀さんも気付いているのだろうが、指摘すると顔を真っ赤にして否定しそうなので、あえて言わないのだろうと思う。

 

 しかし、瑞鶴のような意見がでるというのは盲点だった。

 私も最初、その若さに驚いた。その後の行動や功績に目を奪われてしまっていたが、私達がうら若き乙女なら、提督はうら若き男性なのだ。

 瑞鶴の言ったような感情があるとしてもおかしくは無い。むしろ健常な生物としては、それが当たり前だ。

 だが、あの提督が、私達を見てそんな感情を抱くのだろうか……まるで想像できない。

 

 鹿島は男性に異常なほどの人気がある。これはもう横須賀鎮守府の艦娘全員が周知している事実だ。

 たまに鎮守府を訪れる艦隊司令部の若者達の中には、鹿島を口説く事を影の目的として、視察に志願する者もいると聞いた。

 というか、そう言って口説かれたと鹿島本人の口から報告された。

 非公認のファンクラブも出来ており、生の鹿島を一目見ようと横須賀鎮守府の周りに大量のファンが集まった事も一度や二度ではない。

 

 鹿島は少し天然気味ではあるがとても真面目で素直ないい子だ。

 自分から男性を誘うような事は勿論するはずが無いのだが、どうにも外見や仕草、その中身に至るまでが殿方達の何かを刺激するのか、やたらとモテる。

 同性の私から見ても、鹿島を一言で表すのならば「魔性」という言葉が浮かぶ。

 本人にはそんな気はなくとも、周りを狂わせてしまいかねないほどの美貌、プロポーション、そして愛嬌。

 何一つとして、私には無いものだ。

 鎮守府の外では「有明の女王」と呼ばれているらしいが……どういう意味なのだろうか。鹿島と有明に一体何の関係が……。

 

 意味はともかく、そこまで男性に好まれる鹿島に対して、提督はどのような感情を覚えるのだろうか。

 瑞鶴の言うような、下心というものを持ち合わせているのだろうか。

 いや、若い男性であるならば持ち合わせていて当然なのだが……そんな提督を見たくないと思ってしまうのは私のワガママであろうか。

 

 そんな私と同じことを考えていたのか、口を開いたのは意外にも赤城さんだった。

 

「実は私、間近で提督を観察する機会があったんです」

「えっ、どういう事ですか」

 

 私の問いに、赤城さんは翔鶴さんをちらりと見て、微笑みながら言葉を続けた。

 

「小破した私と翔鶴さんの足部艤装を、明石さんに泊地修理して頂いたんですが……その時、提督は明石さんに色々と教わりながら、私達の艤装が修復されるのを見学していたんです」

「あぁ、あれねー。案外あれも翔鶴姉の太ももとか下着を近くで見る為だったんじゃないの? あの時も翔鶴姉、思いっきりパンツ見えてたし」

「えぇっ⁉ う、嘘っ⁉ も、もう、瑞鶴! そういう事は早く教えて! あぁ、もう、提督にどんな顔を合わせれば……!」

 

 翔鶴さんの顔は瞬く間に耳の先まで赤くなり、両手でその顔を覆ってしまった。

 この人は実力も一級品で、戦闘時には隙なんて見せもしないのに、平常時は何故か隙だらけなのだ。

 今回の出撃においても最後まで隙を見せなかったと、赤城さんに認められるくらいだというのに。

 提督に下着を見られたかもしれないと落ち込む翔鶴さんに気を遣うように、赤城さんは少しだけ早口に、言葉を続けたのだった。

 

「そ、それはともかく……提督は、明石さんに補給や入渠の仕組みなどについて質問しながら、私の艤装から一瞬たりとも目を離さなかったんですよ。私は提督の眼をずっと間近で見降ろしていましたから、間違いはありません」

「……そ、そうですよね! 私もずっと提督のお顔を見ていましたから、間違いありません! 提督が私の方を見たのは、明石さんに修復が終わった事を示されてからでした! だ、だから私のパン……いえ、下……いえ……うぅぅ……」

「だ、大丈夫です。見られてないはずです。つ、つまりですね、私が間近で見た限りでは、そんな下心を持っているようには見えなかったという事です。感じられたのは私達艦娘という存在への純粋な興味、知識への探求心くらいでしょうか。ここだけの話、私も実は、近くで肌を見られるのではないかと少し恥ずかしく感じていたのですが……提督のあの真剣なお顔を見ていて、私は自意識過剰であったと、違う意味で恥じ入ってしまいました」

「……そ、そうだとしても、も、もう……提督のお顔を見れません……!」

 

 見られていないと理解しながらも、そんなあられもない姿で堂々と提督の前に立っていたのが恥ずかしいのか、翔鶴さんはまた両手で顔を覆って俯いてしまった。

 赤城さんのフォローも聞こえていないようだ。

 羞恥に染まる翔鶴さんなどどうでもいいとでも言うかのように、加賀さんは表情を変えずにさらりと言った。

 

「赤城さんが言うのならば間違いは無いわね」

「私との扱い違い過ぎない⁉」

 

 瑞鶴が再び抗議をしていたが、それはもうどうでも良かった。

 それよりも、あの赤城さんが言うのならば間違いは無いだろうという事は、私も同じように感じる。

 

 男性が女性に抱く性的な感情というものは、ある意味で反射に近いものらしい。

 足部艤装の修復ともなれば、それこそ翔鶴さんの魅力的な生足が視界に入ってしまった事だろう。

 反射的に、一瞬そちらに視線を向けてしまったとしても、若い男性である以上、責められるものでは無いと思う。

 

 しかし赤城さんの話では、翔鶴さんの魅力的な生足よりも、艤装の修復に注目していたとの事。

 色気より食い気、では無いが、目の前の翔鶴さんの生足よりも、私達艦娘についての知識を得る事の方が、提督にとっては魅力的だったという事だろうか。

 艦娘には珍しい事では無いが、そう言えば私も装束の丈の都合上、それなりに足を露出しているというのに、提督は私の目ばかり見ているような気がする。

 こちらが恥ずかしくなって目を逸らしてしまうくらいだ。

 あんなに若いというのに、私達の足には魅力を感じないというのか。

 いや、私達と提督は部下と上官なのだからそれでいいのだが、何故だろうか。それはそれで敗北感のようなものを感じてしまうのは……。

 うぅん、何だか自分でもわからなくなってきた。さっきは提督のそんな姿は見たくないと思っていたのに、自分が提督の眼中に無いのは嫌だと言うか……。

 

 瑞鶴は腕組みをして、小さく唸りながらぶつぶつと呟く。

 

「まぁ、確かにあの時は、提督さんが翔鶴姉を変な目で見たらすぐに艦載機発艦できるように警戒してたから、翔鶴姉の方を見てないって事はわかってるけど……あ、そう言えば、あの時提督さん、明石の艤装が思いっきりぶつかってたよね。あれは痛そうだったなぁ」

「私は長門に呼ばれて外に出ていたから知らないわ。ぶつかったって、何処にかしら」

「何処にって……そ、その、こか、あ、いや……局部?」

「……局部とは何処の事かしら。具体的に言いなさい」

「加賀さんもうわかって言ってるよね⁉」

 

 私は知らなかった話なので瑞鶴に聞いてみれば、明石の泊地修理を見学しようとした際に、明石が具現化したクレーンがかなりの勢いで提督の局部にめり込んだのだとか。

 しかも明石は気付いていない様子で、謝りもせずに、逆に提督に「クレーンにあまり触ると危ないですよ?」なんて言う始末だったとか。

 自分の事では無いというのに、それを想像しただけで私は目の前が真っ暗になった。

 あ、明石……! 提督になんて失礼な真似を!

 

「いやぁ、あの時は流石に提督さんも怒るかと思ったんだけど……何事も無かったように流したからびっくりしたよ」

「あの時、提督は一瞬白目を剥いて、その後も我慢しているようでしたが、小刻みに震えていましたね。か、かなり痛かったのでしょう……」

「明石さんもわざとでは無いと理解できているからこそ、ぐっと痛みを堪えたのでしょう。わざわざ教えても、明石さんが恥をかくだけですし。夕張さんの件とも合わせて、とても器の大きな方なのですね」

 

 赤城さん達に加えて、千歳さん率いる第十七駆逐隊など多くの艦娘達の前で局部を強打し、悶絶する姿を見られるなど、上官としての威厳を損なってしまうと考えてもおかしくは無い。

 上官に恥をかかせるとは、と明石が周囲への注意不足を叱責されたとしても、何らおかしい話では無い。

 艤装を具現化する際に周囲に人がいないかを確かめるのは、私はむしろ当然の事だと思っている。

 そうでないと、いきなり具現化された鉄の塊がぶつかって怪我をしてしまう恐れがあるからだ。

 明石は今回、それを怠り、提督に怪我……とまではいかなかったのが幸いだが、ともかく被害を与えてしまい、さらには艦娘達の前で恥をかかせてしまった。

 それを見ていた明石以外の艦娘達は、正直肝を冷やした事だろう。

 前提督にそんな事をしてしまった日には、何か月経っても、延々とそれを叱責されているはずだ。

 

 ところが今回、明石がしでかしてしまった事で、逆に皆は提督の器の大きさを目の当たりにする事ができたのだった。

 明石の不注意により、上官として、そして男性として恥ずかしい姿を見られても、それでもなお明石を気遣い、痛みと恥を飲み込む度量。

 新品の軍服が汚れる事もいとわずに夕張の汚れた手を包み込み、その仕事ぶりを素直に褒める誠実さ。

 そして、間宮さんからの無線により判明した、戦場に送り出した後に私達を想って泣いていたという、表情には決して出さない、胸の奥に秘められた情の深さ。

 

 改めて提督の事を考えてみれば、長門さんでは無いが、胸が熱くなる。

 こんなにも艦娘思いの方が着任してくれたという事は、本当に夢のようだ。

 仕方が無い。ここは私も提督に免じて、明石には黙っておいてあげよう。

 

「しっかし考えれば考える程に、ほんまに器の大きい司令官やなぁ。あの司令官を怒らせる奴がいたら、顔を見てみたいくらいや。なぁ、瑞鶴、加賀」

 

 龍驤さんがいたずらっぽく笑いながらそう言うと、横目に視線を向けられた瑞鶴と加賀さんが、びくりと身体を震わせた。

 二人とも落ち着かない様子で視線を泳がせ、心なしか、姿勢も正してしまっている。

 私は思わず声を上げてしまった。

 

「……えっ⁉ ま、まさかあの提督を怒らせたんですか⁉ お二人が⁉」

「い、いやぁ、まぁ、アハハ……」

「えぇ……正確に言えば瑞鶴が九割、私が一割といったところなのだけど」

「いやアレは私と加賀さんで半分こでしょ⁉ 何さりげなく私にほとんどなすりつけてるの⁉」

 

 詳しく話を聞いてみれば、瑞鶴と加賀さんは、提督の出した出撃命令の意図をその場で問いただしたのだという。

 すると提督は加賀さん達に落胆したかのように顔を伏せ、何も答えてはくれず、沈黙だけが室内に響き渡ったのだとか。

 そして提督から発せられたプレッシャー、重圧は、歴戦の猛者である加賀さんと瑞鶴が思わず一歩下がってしまった程だったとの事。

 

 少し機嫌を損ねたどころでは無い。それはまさしく、激怒であったと。

 しかし、翔鶴さんと赤城さん、龍驤さんのフォローもあり、提督はすぐに怒りを収めてくれたとの事だ。

 あの提督がそこまで怒りを露にするとは、私にはとても想像が出来なかった。

 

「で、でもさ、あれが提督のやり方だってのは説明してくれればわかったんだし、最初くらいは……」

 

 瑞鶴がまだ納得がいかないようにそう言うと、加賀さんは私に目を向けて、こう言ったのだった。

 

「……大淀。貴女達の率いた艦隊はどうだったの。提督の指示に対して反感を持った子はいなかったのかしら」

「え、えぇ。それはまぁ、予想の範囲内でしたが主に霞ちゃんが。口には出さなくても、他の子達も不安だったとは思います」

「それで、どうしたのかしら」

「私なりに考えた結果を皆さんに話し、納得した上で指示に従う事にしました。提督に無線を繋ごうかという案もあったのですが、それはしない事になりました」

「……そう」

 

 加賀さんは小さく目を伏せてしまう。

 あの加賀さんがこんなに小さく見えるのは、一体いつ以来だろうか。

 

「今ならわかるけれど、提督が私達に怒り、失望したのは、それが足りなかったからよ」

「か、加賀さん……」

 

 自分を責めるようにそう言った加賀さんに、瑞鶴が心配そうに眼を向けた。

 しかし加賀さんはそれに構わぬように、言葉を続ける。

 

「何故と疑問に思ったのならば、まずそれを自分で考えてみるべきだったのよ。私は提督の指示に疑問を抱いて、何故そのような指示を出したのか、考える事もせずに提督を問いただしたわ。何の罪も無い提督を睨みつけながら……私は何様だったのかしら」

「……ま、まぁ、私が言うのもなんだけど、提督さんも気に病むなって言ってたし、そんなに自分を責めなくても……」

 

 瑞鶴が慰めるように、加賀さんの肩に手を置いた。

 

「えぇ、でも、大淀はそれが出来ていたわ。翔鶴も赤城さんも龍驤も……千歳達の話では谷風さえも。あんな指示を出したのならば、何か理由があるはずだと、一歩踏みとどまって考える事が出来ていた。瑞鶴、貴女はどうだったかしら」

「……そ、そう言われると、皆が当たり前に出来ていた事が出来なかったっていうのも、認めざるを得ないかな……」

「哀れね」

「いや加賀さんもだからね⁉」

 

 すっかり立ち直ったような表情の加賀さんに瑞鶴が騒ぐ中で、私が内心、冷や汗をかいていた事は誰にも気付かれてはないだろう。

 もしもあの時引き返していたら。無線で提督を問い詰めていたら。

 私を信頼し、艦隊をまとめる為に私を遠くに送り出した提督は、私にきっと失望していたのだろう。あ、危なかった……!

 提督が怒り、失望するという姿が想像がつかないが、百戦錬磨の加賀さんがここまで恐れるのは鳳翔さんを本気で怒らせる事くらいだ。提督が怒ると怖いというのは事実なのだろう。

 つまりあの寛大で器の大きい提督にも、譲れない部分、逆鱗があるという事だ。

 あの提督に失望されたらと考えるだけで、恐ろしい。

 

 しかし、瑞鶴の言う事にも一理はあるのだ。

 私達水雷戦隊は、連戦と渦潮によって帰りの燃料すら枯渇寸前の状況だった。

 何の説明も無く目的地への片道切符しか持たされていない状況では、まだどんな人間かもわからない提督に不安を抱く事は当然であろう。

 私は皆を説得し、結果的にそれは正しい判断であったが、実はあの場で最も一般的な判断をしていたのは霞ちゃんであったと思う。

 私達を試し、鍛えるという目的があったにせよ、提督の指揮は少し厳しすぎたという事は、私にも否定はできない。

 

「『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は動かず』」

 

 不意に、今まで私達をにこにこと笑って眺めていただけの香取さんが、口を開いたのだった。

 

「……という言葉を知っていますか?」

 

 香取さんの言葉に、龍驤さんは苦笑しながら肩をすくめた。

 

「その言葉がいつ生まれたのかはわからへんけど、うちらの中で知らん奴はおらへんやろー?」

「うふふ、そうですね。では、この言葉に続きがあるのはご存知ですか?」

 

 いきなり始まった香取さんの講義に、龍驤さんは眉間に皺を寄せて考え込んでしまう。

 皆の表情を見れば、わかっている人とそうでない人が半分ずつ、くらいだろうか。

 

「あー……何やったかな、覚えとるんやけど……大淀」

「『話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば人は育たず』『やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば人は実らず』ですね」

「せやせや! 流石大淀」

 

 ぽんと掌を拳で叩き、龍驤さんは明るく声を上げた。

 

「それで、急にどうしたん、香取」

「ふふっ。皆さんのお話を聞いていて、この言葉が浮かんできたもので」

 

 香取さんの言葉に、私達も少し考え込んでしまう。

 

 明石や夕張は、顔を合わすと同時にその仕事ぶりを褒められ、働きぶりを承認された。

 私も一か月分の報告書や『艦娘型録』を必要とされた事で、私達の意見に耳を傾けられ、自分が認められたような気がしたものだ。

 提督は私達の練度と判断力を信頼し、舞台を整えた上で現場の判断を私達に任せ、迎撃作戦を行った。

 私達が戦っている間、提督は悔し涙を流しながら決して先に休む事なく執務を行い、私達の戦う姿を見守ってくれていた。

 言葉で自身の実力を説明せずに、狙い通りの金剛を建造して見せる事で、自分の実力を示してくれた。

 無事に帰投した私達に、「よく頑張った」と、一言ではあるがそれだけで十分すぎるほどのお褒めの言葉を与えてくれた。

 

 私以外にも思い当たる節がある者はいるのだろう。

 加賀さんは目を瞑り、うんうんと納得したような表情で頷いている。

 瑞鶴だけが「そ、そうかなぁ……」などと言いながら、加賀さんを若干引いたような目で見ていた。

 

 提督は意識して、それを行っているのだろうか。

 もしくは、意識せずとも、あの御方と同じ考えに至ったのか。

 あの提督ならば、あの御方と同等の器であったとしても――。

 

「……なるほど。提督が艦隊司令部の秘蔵っ子であるとするならば、どちらにせよ納得がいきますね」

「うん? なんや大淀。その、艦隊司令部の秘蔵っ子っちゅーんは」

「あ、い、いえ。私の推測なので。忘れて下さい」

 

 私がそう流すと龍驤さんは小さく首を傾げたが、続く香取さんの言葉に耳を傾ける。

 

「ともあれ提督は、『言って聞かせて』の部分が致命的に欠けていますね。それが一番、皆さんが不安に思っている部分でしょう」

「そう! そうなのよ香取さん! 流石! わかってるぅ!」

 

 香取さんの言葉に、瑞鶴は身を乗り出して声を上げた。

 

「うふふ。瑞鶴さんだけではありませんから。加賀さんも最初はそうだったのでしょう?」

「……そうね。その通りよ」

「那智さんもわかりやすく怒りを露にしていましたね。話を聞けば、千歳さんに千代田さん、磯風さん達に、霞さん……多くの方々が不安を抱えて出撃した事でしょう。それは何らおかしな事では無いと私は思います」

「だよねだよね! よかったぁ~、わかってくれる人がいた! そうなの、提督さんが悪い人じゃなさそうなのは私だって嬉しいし、指揮能力の高さはもう認めるけど、作戦の説明がない事とか翔鶴姉を見る目だけが引っかかるというか……あぁもう、香取さん、何処かの加賀さんと違って話がわかるぅ!」

「一体誰の事かしら」

「私今ちゃんと名指ししたよね⁉」

 

 流石は練習巡洋艦。艦娘達への演習、指導に長けた香取さんだ。

 同じ練習巡洋艦の鹿島も真面目に頑張ってはいるが、姉の香取さんにはまだまだ追い付けないか。

 まだ提督と直接顔を合わせてもいないというのに、話を聞いただけで皆の置かれた状況を正確に把握してしまっている。

 指揮、指導という意味では、提督と共通する思考を持っているのかもしれない。

 

「私も提督の方針に共感できる部分はあります。『何故』と考える癖をつけるというのはとても重要な事なのです。私も演習の際には、常日頃から駆逐艦の皆にはそう教えています」

「あっ、確かに香取姉は、駆逐艦の子から質問を受けたら、一度『何故だと思いますか?』って言いますもんね」

「ふふっ、もちろん私はちゃんと『言って聞かせる』ようにしていますけどね。そういう指導方針については、私は決して提督と分かり合えないのかもしれません」

 

 私が呑み込んでいた事を、いとも容易く口にした。

 そう、私もどちらかと言えば『言って聞かせる』タイプだ。提督の指揮方針も理解はできたし尊敬もするが、そればかりはこだわりというか、得手不得手がある。

 私が艦隊に指示を出すとしても、提督のような真似は出来るはずもないし、そもそも出そうとも思わない。

 もちろん私と同様に、香取さんも指導方針が異なるからと言って逆らう事は無く、上手くやっていくのであろうが……。

 

「少しスパルタですが、提督のお考えでは私達の思考能力、判断力を鍛え上げたいようです。故に、あえて『言って聞かせる』事はしないのでしょう。あの御言葉を提督風にアレンジすれば、『指示を出し、考えさせて、させてみせ』といった感じでしょうか」

「私達は失態を犯してしまいましたが、私達の出撃の際にも『先制攻撃に成功したら即座に撤退』という肝心な部分は指示して下さっていました」

「千歳さん達には、ちゃんと具体的な指示を出していたみたいですね。ただ、出撃の意図を説明しなかったという点は、全ての指示に共通しているようです」

 

 赤城さんと翔鶴さんの言葉に、香取さんも微笑みながら言葉を続ける。

 

「作戦遂行に当たって最も重要である、『出撃を行う意図』に関しては、やはり提督の与えた指示の内容から一歩踏み込んで考えて欲しかったと言う事でしょう。それも踏まえて、加賀さんと瑞鶴さんに激怒したというお話も考えれば、今後はあまり提督に質問をする事はよくないかもしれませんね」

 

 流石は香取さん……私が提案しようとしていた事をこうもあっさりと……。

 提督と顔を合わさず、提督の方針に分かり合えぬ部分を持ちながらも、私に匹敵する程に提督の領域を理解している……むむむ、強敵だ。

 い、いや。香取さんは味方だ。私は何を。

 

「私が艦載機の種類をお訊ねした時には、普通にお答えして下さいましたが……」

「こ、コホン。その辺りは翔鶴さんが訊ねなくても、提督が後から指示を出すつもりだったのかもしれませんね。提督の中での基準が不明である以上、念には念を入れて、香取さんの言う通り、鎮守府の全艦娘には、あまり提督に質問をしないようこっそり伝えておきましょう。皆さんもそのようにお願いします」

 

 翔鶴さんの言葉に、私は軽く咳払いをしてからそう言った。

 提督はおそらく質問を嫌う。

 質問をするくらいならば、自分の頭の中で考えてほしいと考えているのかもしれない。

 あの寛大な提督が、加賀さんと瑞鶴が恐れるほどに激怒したというのだ。おそらくそれが、提督の逆鱗に触れる事になるのだろう。

 

 私の言葉に、加賀さんは深刻そうな表情でこくりと頷く。

 

「えぇ。提督に質問を投げかけた瞬間、『そんな事も自分で考えられないのか』と失望される光景が目に浮かぶわ。私はもう御免よ」

「加賀は少し極端すぎんねん。あの器の大きい司令官が、そんな事でうちらに失望するわけないやろ」

 

 龍驤さんは励ますようにそう言ったが、加賀さんは小さく首を振った。

 

「貴女は提督のあの重圧を向けられていないからわからないのよ。今思えば言葉にせずとも伝わってきていたわ。私を絶対に許さないと言わんばかりのあの迫力……」

「大袈裟すぎるやろ……なんだかんだで、後でちゃんと許してくれたやん」

「許されるかどうかではなく、提督にそんな無用な感情を抱かせるのが嫌なのよ。ともかく私はもう二度と過ちを繰り返さないと提督に誓ったもの。どうせ許してくれるからと、提督の優しさに甘えたい子は好きにすればいいと思うわ」

「いや、うちらはそもそも過ちを犯さんかったし」

「私は哀れね……」

「自分で言うて落ち込むなや!」

「瑞鶴、私達、哀れね……」

「こんな時だけ擦り寄ってくるのやめてくれないかな⁉」

 

 肩を落として沈み込んでしまった加賀さんの手を払いのけながら、瑞鶴は小さく右手を上げ、言ったのだった。

 

「質問する前に自分で考えるってのは私も反対はしないけど……でもそれじゃあ、どうしても理解できなかった時に、間違った判断をしてしまう可能性があるんじゃあ……」

「えぇ、確かに独断、思い込みはよくありません。そこで今回の大淀さんのように、提督の指示をいち早く理解し、『言って聞かせる』役目を持つ者が必要でしょうね」

 

 香取さんの言葉に、私も内心頷いた。

 提督の領域に至った者が、その他の艦娘と提督との橋渡し役になる。

 提督の指示に込められた意図を読み解き、他の艦娘に伝える事で、無用な混乱を防ぐ事ができるだろう。

 それは本来の提督の目的に反する事かもしれないが……やはりその存在は必要であると思う。

 実際に、今回の作戦においても私や龍驤さんがその役目を担う事で、不安を持つ艦娘達を上手くまとめる事ができた。

 

「最終的な提督の理想は、鎮守府の艦娘全員が提督の意図を理解できるようになる事なのでしょうが、そう簡単にはいかないでしょうね」

「私はもう大丈夫よ。提督の意図は、私には理解できる自信があるわ」

「まぁ、流石は加賀さんですね。頼もしいわ」

「えぇ、任せて。赤城さん」

 

 赤城さんの言葉に、加賀さんが自信満々にそう答えた。

 確かに今回の作戦会議において、未だに提督への不安が拭えていなかった長門さんに代わり、全員を上手く導いたのは加賀さんだと聞いている。

 一度の失敗を糧に、提督の領域へと至ったという事だろう。

 そうなると、加賀さんも強敵か……い、いや、加賀さんも味方だ。私はさっきから一体何を。

 

「まずは提督を理解できる者が秘書艦となって、提督と艦娘の間を取り持つ事で、色々と上手くいきそうですね」

「そうなると、やはり大淀さんが適任でしょう。よく考えた上での大淀さんからの質問ならば、きっと提督も怒る事は無いでしょうから」

 

 翔鶴さんの言葉に、香取さんがそう言った。

 い、いやぁ、正直私も、あの提督の秘書艦を務められるのは私しかいないとは思っていたが、やはり他人から認められると嬉しいものだ。

 私が遠征に向かっていた間は明石が秘書艦を務めていたらしいが、話を聞けば、提督の指揮の意図は全く読み取れず、ただ提督を信じて戸惑いながらも指示に従うしか出来なかったとの事だった。

 ふふふ、やはり明石には荷が重かったようだ。仕方が無いですね。

 明石も後方支援に回ってからは鳳翔さんが秘書艦を務めたとの事。今回ばかりは仕方が無いが、前線から退いている鳳翔さんは普段はお店に付きっ切り。

 

 こうなるとやはり、提督は秘書艦として私を指名するであろうという事にすっかり自信を持ってしまう。

 おそらく今の私は相当ドヤ顔になってしまっているのだろう。いけないいけない、私の悪い癖だ。

 

 表情をほぐそうと頬に手を当てた瞬間――鹿島が満面の笑みと共に右手を高く上げ、言ったのだった。

 

「はいはいっ、私も提督さんの秘書艦に立候補しますっ」

 




夏イベも残り僅かとなりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

私はE3神風堀りで四人目の天津風をお迎えしたところで心が折れ、気分転換にE2で親潮堀りを行いましたが四人目の初風をお迎えしたところで心が折れたところです。

しかしその過程で多くのニューフェイスをお迎えできてとても嬉しく思います。
特に大淀をお迎えできた事が嬉しいです。

この回は導入回なのですが、第二章が思ったよりも長くなってしまったので先に投稿する事にしました。
第二章は現在執筆しておりますので、気長にお待ち頂けますと幸いです。


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023.『夢』【提督視点】

 秘書とは何か。

 俺のベッドの下に隠してあるオータムクラウド先生の作品群の事である。いや、それは別の意味の秘書だった。

 

 秘書とは何か。

 俺の考えでは、偉い人の身の回りの世話やら書類仕事、スケジュール管理を行う仕事に就く人の事だ。

 

 それでは、秘書艦とは何か。

 文字通りに、提督の秘書としての役目を持つ艦である。

 

 秘書の仕事とは、果たして書類仕事や身の回りの世話だけなのか。答えはNOである。

 俺ほどの天才的頭脳となると、凡人では決して見つける事の出来ない真実に気づいてしまう。

 そう、秘書という言葉に隠されたアナグラム、密かに込められた意味。俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 

 秘書 → Hisyo → H siyo → Hしよ!

 いいですとも! 提督ッ、気合ッ! 入れてッ! イキますッ!

 

 このように秘書艦とは、提督の性的なお世話をする役目を持つ艦でもあるのだ。

 オータムクラウド先生の作品にもそう書いてある。

 そうと決まれば話は早い。提督命令を発動! 秘書艦隊を編成する!

 俺の天才的頭脳は瞬く間に横須賀鎮守府の艦娘達の中から、秘書艦に適した者を選別する。

 

 俺の秘書艦を務めるに当たり重視される三大要素はこれだ。

 一つ、年上属性。

 一つ、包容力。

 一つ、巨乳(必須)。

 

 ――執務机に向かって大量の書類を捌く天才有能提督、俺の前には、十人の秘書艦。

 我が鎮守府の誇る、最新俺ランキング横須賀鎮守府版のトップランカー達だ。

 名付けて横須賀十ケツ衆、いや十傑衆。

 

 

 第一席:給糧艦・間宮さん。(年上属性◎、包容力◎、巨乳◎)

 不動の第一位。俺のマンマ。結婚して下さい。

 

 第二席:戦艦・金剛。(年上属性◎、包容力◎、巨乳◎)

 ニューフェイスにしていきなり二位へ。三大要素全てを兼ね備え、ハグという名のおっぱい押し付け開幕爆撃をされてしまっては、流石の俺も陥落不可避。

 

 第三席:練習巡洋艦・香取姉。(年上属性◎、包容力◎、巨乳◎)

 トップスリー最後の一人。香取姉にはこれから俺専属女性経験練習巡洋艦として、手取り足取りナニ取り香取、厳しい躾をして頂きたい。

 

 第四席:水上機母艦・千歳お姉。(年上属性○、包容力◎、巨乳◎)

 提督七つ兵器の一つ『提督アイ』による目視によれば、おそらく横須賀十傑衆最胸。その圧倒的物量作戦の前では俺の股間の水上機基地もボカン不可避。

 

 第五席:正規空母・翔鶴姉。(年上属性○、包容力◎、巨乳◎)

 俺の天使。そのパンツは見るたびに俺の心を癒してくれる。ちょっとのお金と翔鶴姉のパンツがあれば俺は欲望とは無縁に生きていける気がする。

 

 第六席:重巡洋艦・妙高さん。(年上属性◎、包容力○、巨乳○)

 温和なお姉さんである妙高さんだが、オータムクラウド先生によると実は怒らせるとかなり怖いらしい。是非とも尻と眉毛を撫でてみたい。

 

 第七席:重巡洋艦・筑摩。(年上属性×、包容力○、巨乳◎)

 姉の利根を差し置いてランクイン。姉より優れた妹などいないと思っていた俺の常識を見事に壊してくれた。その清楚さと反比例するワガママボディは翔鶴姉に匹敵するだろう。

 

 第八席:軽巡洋艦・天龍。(年上属性×、包容力×、巨乳◎)

 凄く柔らかかったです。

 

 第九席:駆逐艦・浦風。(年上属性×、包容力◎、巨乳◎)

 駆逐艦にも関わらず十傑衆にランクイン。俺のマンマ候補。これはもう超弩級駆逐母艦とでも名付けるべきであろう。

 

 第十席:戦艦・長門。(年上属性○、包容力(物理)◎、巨乳◎)

 補ケツ、いや補欠としてランクイン。姉であり、ドラム缶を抱き潰せる程度の包容力はありそうで、間違い無く巨乳。一応三大要素は満たしている。

 戦闘力なら横須賀鎮守府最強だが、俺の秘書艦として評価される項目では無い。

 

 

 ……うむ。あっぱれ。

 壮観である。まさに俺のハーレム連合艦隊。

 高雄や陸奥などが横須賀鎮守府に所属していない以上、無い物ねだりをしてもしょうがない。

 俺の理想とは少し違う形にはなるが、それでも十分すぎるほどに贅沢な光景だ。

 

 他の全ての艦娘達は俺の指示により近海の警備や遠征などに出ている。鎮守府には俺達しかいない。

 切りの良い所まで書類を処理したのを見計らうように、間宮さんが俺の傍に歩み寄り、囁いたのだった。

 

「提督、もう日が沈みますよ。ふふっ、お風呂にしますか? 間宮アイスにしますか? それとも私……なんて」

「フフフ、決まっているだろう。もちろんお風呂で間宮を愛す」

「まぁ、提督ったら欲張りなんだから」

 

 間宮さんが艶っぽく笑うと、浦風が腰に手を当ててジト目を向けてくる。

 

「こぉら、提督。うちらもおるんじゃよ?」

「テートクゥ、目を離さないでって言ったのにー! 何してるデース!」

「そうですよ。千代田も今は出撃しているし……ふふっ、千代田には黙っていて下さいね」

「私達を除け者にして間宮さんとお楽しみなんて、これは少し、厳しい躾が必要なようですね」

 

 浦風、金剛、千歳お姉、香取姉がそう言うので、俺は椅子から立ち上がり、安心させるように言ったのだった。

 

「フフフ、もちろんお前達全員も一緒に決まっているではないか。十倍の相手だって支えてみせます」

 

 俺がそう言うと、くっ、殺せとでも言いたげな、羞恥に染まった視線を向けてきた者がいた。

 視線の主である妙高さんの下へ俺は歩み寄り、指先で顎をクイッと持ち上げる。

 

「どうした妙高さん。随分と反抗的な目ではないか」

「くっ……もうやめて下さい! これ以上……私にどうしろと言うのですか!」

「いつも言っているが、嫌ならいつだって秘書艦を辞めてもいいんだぞ。その場合、お前の後釜は羽黒になるがな」

「は、羽黒には手を出さないで下さい!」

 

 妙高さんがそう言った瞬間、俺は妙高さんの尻を鷲掴みにした。ついでに眉毛を撫でた。

 反抗的な気高い目が、瞬く間に羞恥と快感に染まる。

 

「はぁっ……!」

「ククク、身体は正直だな。妙高さん、お前はやはり尻が弱いようだ。急に従順になりおって。重巡なだけにな」

「な、何を馬鹿な……ああぁっ!」

「フフフ、お前のその表情には欲情せざるを得ないな。浴場でたっぷりと可愛がってやろう。欲情なだけにな。筑摩、お前はわかっているよな?」

「は、はい。だから、利根姉さんには……」

「それはお前の態度次第だな。大人しくパンツを見せて下さい」

「……っ、は、はい」

 

 筑摩は顔を羞恥に染めてぎゅっと目を瞑り、その華奢な身体を震わせながら、ゆっくりとスカートをめくりあげた。ダンケ。

 お、おぉ……大人しそうな顔をして、何と言う過激なものを……! 

 筑摩の行動を皮切りに、俺の秘書艦隊のメンバーは恥ずかしそうに、次々にその装束を脱ぎ出した。

 衣擦れの音が、執務室に響く。

 

「ハハハ、これこれ。執務室は脱衣所では無いぞ。さぁ、風呂に行くぞ! 陣形はもちろん、俺を中心に輪形陣だ!」

『おー』

『おぉー』

『わぁぁー』

『わぁい』

『はぁー、よいしょ』

『それそれそれー』

 

「…………」

 

 俺が足元に目をやると、四人の妖精さんが俺を囲んで童貞音頭を踊っていた。

 妖精さん達は俺を中心に輪形陣を作り、周りをくるくると回る。

 

『見てるこっちが恥ずかしくなるねー』

『仕方が無い……童貞の妄想だから……』

『リアリティも全然ないもんねー』

『ねー』

『いやー、あの本のおかげで皆の体型なんかは正確だと思うよー』

『……チェリーにしては、頑張ってる方……』

『童貞さんは童貞さんだからこそ、妄想力が凄いんだよ』

『おぉー』

『なるほどー』

『嫌われたくないとか言いながら、なんで妙高さんと筑摩さんには鬼畜風なんだろうねー』

『あの本の影響から逃れられてないみたい』

『ヘタレなのにねー』

『ねー』

『何だかんだでチェリーは優しいから……絶対無理……』

『まーまー、夢の中くらい、夢を見させてあげようよ』

『妙高さんがお尻が弱いというのはどこ情報なんだろうねー』

『あの本からだと思うよー』

『多分、妙高さんが昔、艦尾を吹き飛ばされた事があるからかなー』

『おぉー』

『なるほどー』

 

「…………」

 

 

 目を開ければ、見慣れぬ天井が視界に広がる。

 むくりと身体を起こし、枕元に目を向けると、妖精さん達が踊りながらお喋りしていた。

 君達、人の夢の中でまで好き勝手するのやめてくれない? 俺の夢から何を考察してんの?

 夢の中でくらい、夢を見させてくれよ。頼むから。

 

『あっ、童……提督さんがお目覚めです』

『提督さん、おはようございます』

『ご気分はいかがですか』

 

 最悪だよ。未だかつてないくらい最悪の寝覚めだよ。元気なのは股間くらいだ。

 朝の光景のおかげか、過去最高に素晴らしい夢を見る事が出来ていたのに、台無しだ。このグレムリン共め。

 夢の中でお前らが一言たりとも提督扱いしてないのばっちり聞こえてたからな。

 

 時計を見れば、もうとっくに十六時を過ぎている。

 昨日は徹夜だったし、その後は妹達の教えも忘れてデイリー任務達成しちゃったし、それはもう爆睡だったようだ。

 

 俺が寝ていたのは、執務室の隣にある仮眠室だ。提督専用トイレもここに備え付けられている。

 畳張りの部屋には布団の他にちゃぶ台なんかもあり、休憩スペースのような感じだ。

 俺は今朝、デイリー任務を達成後、急激に襲ってきた眠気で意識が朦朧とする中で何とか布団を敷き、軍服を脱いでそのまま眠ってしまったのであった。

 

 昨日の記憶がだんだんと鮮明に蘇ってくる。

 俺は立ち上がり、カーテンと窓を開けた。暖かな日差しが室内に差し込み、爽やかな潮風が頬を撫でる。

 

 そうか……俺は一日も持たずにオ○ニーを……。

 認めたくないものだな……自分自身の若さ故の過ちというものを……。

 

『提督さんは言うほど若くはないのです』

『四捨五入したら三十歳です』

 

 うるさいよ君達。

 まだ二十代だから。世間一般で言えばまだまだ若造だから。

 記憶が鮮明に蘇ったおかげで、あの素晴らしい光景も鮮明に思い出せた。

 どうやら脳裏に焼き付ける事に成功したようだ。流石俺。あとはこれを短期記憶で終わらせない為に、毎日復習を欠かさないようにせねば。

 いや、これからオ○禁を頑張らねばならないというのに、果たしてあの光景を記憶に焼き付けても良いのだろうか。

 まぁ、覚えておくだけならばセーフだろう。オカズにするかどうかは別として。俺は決して、お前達の事を忘れない。

 

『提督さん、提督さん』

『私達……昨日は頑張った……』

『褒めて褒めてー』

 

 昨日、大淀達に押し付けた妖精さん三人が、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 このグレムリン共め……俺の夢の中で好き勝手しよってからに、何を言っておるのだ。窓の外に放り投げてやろうか。

 

 しかし俺も大人の端くれだ。これからは有能な提督になるのだと、あのケツに決意したではないか。

 結局、帰ってくるのがやたら遅かった大淀達だが、そのおかげでか、天龍のパイオツを堪能できた事だし……まぁ褒めてやらん事も無い。

 妖精さんとは仲良くしろと佐藤さんも言っていたしな。

 こいつらと違って俺は大人なので、ちょっとくらいの無礼は飲み込んでやるのだ。有り難く思うがよいぞ。

 俺は妖精さんの一人の頭をぐりぐりと撫でてやったのだった。

 

『わぁぁー』

『いいな、いいなー』

『……ぽっ』

『あぁー、こ奴、すっかりホの字になっていますぞ』

『撫でポです。これが噂の撫でポです』

『私も、私もー』

 

 何が撫でポだ。どこでそんな言葉覚えてきたのだ。

 しかし妖精さんは脳みそが小さいからか、随分と単純なようだ。見た目通りのお子様だ。いや、妖精さんに脳みそがあるかはわからないが。

 俺に撫でられて、妖精さん達は気持ちよさそうに目を細めている。

 

『わぁー』

『わぁぁー』

『ニコポも、ニコポもお願いします』

『ほら提督さん、笑顔笑顔』

 

 妖精さんがそう言うので、気分を良くした俺はかっこよくニコッと微笑んでやった。

 

「フッ……仕方が無いな。どうだ」

『今回だけは目を瞑ります』

 

 うるせぇよ! もう二度と笑ってやんねーからな!

 急に真顔になった妖精さん達の上に俺の軍帽を被せる。『わぁぁー』などと言って騒いでいた。しばらくそこで反省するが良い。

 

 ふと、俺は自分の腋の辺りをすんすんと嗅いでみる。

 うぅむ、やはり一日も経てば少し臭うな。徹夜明けで風呂に入らず眠ってしまったせいで、臭いも染み付いているような気がするし……。

 妹の言いつけであるオ○禁は一日目にして守る事が出来なかったが、せめて清潔感くらいは守らねば。

 とりあえず風呂と、洗濯はしておきたい。できれば皺だらけになってしまった軍服にもアイロンをかけておきたい。

 そう言えば、先に鎮守府に送っていたはずの俺の私物はどこにあるのだろうか……。パンツとか、寝巻きとか。

 おそらく俺の私室が用意されているはずなのだが、何処にあるのか説明を受けていなかった。

 大淀か誰かに教えてもらわねば。

 

 軍帽を被り直した俺に、帽子の中から妖精さんが語りかけてくる。

 

『どこへ行かれるのですかー?』

「風呂を浴びたくてな。まずは自分の部屋を探さねば」

『輪形陣でいいですかー?』

 

 やかましいわ! お前ら風呂には絶対についてくるなよ!

 

『提督さんのお部屋なら知ってるよー』

『……案内……する……』

『提督さん、こっちこっちー』

 

 魔女っぽい恰好の妖精さんが、矢印のついた棒を持って俺の前にふわふわと浮く。

 とりあえず妖精さんの道案内に従って歩いていくと、何やらアパートというか、寮のような建物に辿り着いた。

 

『ここは艦娘寮です』

『艦娘の皆さんのお部屋があります』

『提督さんのお部屋は、ここの最上階だよー』

 

 何ッ、艦娘達と同じ建物の中で過ごすのか。

 憧れの艦娘達と一つ屋根の下、そう考えただけで、俺の一つ股間の下が元気になる。

 そうか、それならば色々とハプニングもありそうではないか。

 うっかりノックをせずに扉を開けた瞬間に、着替え中の艦娘に出くわす可能性もゼロでは無い。

 今までの生活ではゼロであった確率に、希望が見られるのだ。可能性がゼロで無いのならば、俺はそれに賭けたい。

 

 まぁ、今までの人生でそんなラッキースケベ体験など皆無であるのだが。

 ノックせずに扉を開けた妹にオ○ニーしている姿を見られた事なら何度かある。凹む。

 

 最上階まで階段で登ったが、全然艦娘と出くわさない。

 昨日は徹夜で出撃だったからか、まだ室内で休んでいるのだろう。俺もそのように指示を出したし。

 妖精さんが示した一室の扉の前に辿り着くと同時に、隣の部屋の扉が開く。

 すると、ちょうど出てきたのは大淀であった。

 

「あっ、て、提督。もう起きられたのですか」

「うむ。私の部屋はここで良かったか」

「はい。申し訳ありません。仮眠室でお休みになられているのを見て、こちらに案内しようかとも思ったのですが、起こすのが忍びなくて……」

「いや、それで構わん。おかげで良い夢を見る事が出来た」

 

 俺がそう言うと、大淀はほっと胸を撫で下ろしたような表情を見せた。

 俺達の会話に気が付いたのか、大淀の私室と思われる部屋の中から、ぞろぞろと艦娘達が姿を現し、敬礼する。

 赤城に加賀、翔鶴姉に瑞鶴、龍驤に春日丸。俺が出撃させ、見事に大失敗となった空母部隊のメンバーだ。

 

 大淀に俺の失態を愚痴っていたのだろうか……そうとしか思えなかった。凹む。

 

 翔鶴姉に目を向けると、ぱっと勢いよく目を伏せてしまった。

 ……エッ。

 ちらっ、と一瞬こちらを見たが、俺と目が合うと今度は顔ごと逸らしてしまった。

 ヴェァァアアーーーーッ‼‼

 目、目も、顔も合わせたくないという事カナ? 死ねる。俺に明日は無い。

 

 い……いや、わかりきっていた事では無いか。

 昨日の失態により、艦娘から俺への好感度は最低となってしまっている。

 それは横須賀十傑衆も例外では無い。

 昨日の態度を見るに、間宮さんは駄目な俺の味方だ。俺のお手伝いをすると言って励ましてくれた。結婚して下さい。

 天龍も裏表の無い奴だと思っているが、俺の事を嫌ってはいなさそうだった。凄く柔らかかったです。

 金剛は帰りが遅かったからな……比叡達から色々聞かされているだろう。こんな事なら伝言頼まなければ良かった。

 

 臥薪嘗胆。俺はこの痛みを忘れないように、艦娘達からの信頼を取り戻すのだ。

 この胸の痛みと、あの素晴らしい景色を忘れるな。

 俺がショックを表情に出さないよう、涙が零れてしまわないように必死に頑張っていると、部屋の中から更に二人の艦娘が姿を見せた。

 

「あっ、提督さんっ! うふふっ、お疲れ様ですっ。練習巡洋艦、鹿島ですっ」

「提督、お疲れ様です。昨日は慌ただしかったとは言え、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。練習巡洋艦、香取です。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 うっひょーーッ! 横須賀十傑衆第三席、香取姉キタコレ!

 やっと会えた! 俺の股間にご指導ご鞭撻、よろしゅうな!

 

 香取姉の姿を見て、涙も引っ込んだ。

 提督権限ですでに演習は卒業させたが、教え子である春日丸繋がりなのであろうか。

 大淀に愚痴を言いに来たにしては、香取姉は優しい微笑みを、鹿島はニコニコと愛想のいい笑顔を、それぞれ俺に向けてくれている。

 俺の歓迎会を参加拒否したとは思えない笑顔だった。女心ってわからない……いや、浦風の例もあるからな。期待はせぬようにしなければ。

 

 そう。営業スマイル、もしくは大人の対応という奴だ。

 俺が今、涙を堪えていたのも同じようなものではないか。

 人はその表情の裏で、何を考えているかわかったものではない。

 いかんいかん。調子に乗るな。香取姉も鹿島も、俺への好感度はゼロであると思っていた方がいいだろう。

 

 俺は鹿島に目を向ける。提督七つ兵器、『提督アイ』発動!

 

「?」

 

 鹿島は微笑みながら小さく小首を傾げた。可愛い。

 い、いや、違った。うむ。間違いない。提督アイは節穴では無い。俺への好感度ゼロ! この笑顔は営業スマイル!

 

 そもそも鹿島とはどういう奴か。

 オータムクラウド先生によれば、こいつは非常に真面目で毎日演習の計画を立て、復習を欠かさないドスケベサキュバスだ。

 ……キャラが把握できない。一体どういう事なんだ。

 

 俺は頭の中を整理する。

 俺もたまにお世話になっているオータムクラウド先生の名作『お洋服とこの体、少し綺麗に……待っていて下さいね?』によれば、鹿島は昼はとても真面目な練習巡洋艦だ。

 駆逐艦達の為に演習計画を作成し、演習では上手くいかずに大破する事が多いものの決してめげず、演習の成果を次に活かす為の復習を欠かさない。

 

 ――しかしそれは仮の姿。

 夜になると豹変し、夜な夜な提督の寝床に侵入し、提督を襲う淫魔と化す。

 その姿は、昼間の可愛らしい姿とは似ても似つかない、妖艶なものに変わるという。

 

 うむ。俺の尊敬するオータムクラウド先生の言う事に間違いは無い。信じます。

 やはり今の笑顔は仮の姿なのだろう。香取姉も。凹む。

 それを踏まえた上で、俺は二人に向かって、改めて声をかけたのだった。

 

「うむ。香取に鹿島、二人とも優秀な練習巡洋艦だと聞いている。私もまだまだ至らぬ身だ、よろしく頼む」

 

 俺の言葉に、香取は嬉しそうに微笑み、鹿島は照れ臭そうに小さく笑った。

 

「あら……ふふっ、勿体ないお言葉です」

「えへへ、私は香取姉と違って、そんなに優秀では……いつも失敗ばかりで」

「鹿島は毎日の演習計画、復習を欠かさないだろう。失敗に腐らず糧とする勤勉なその姿勢、十分に優秀ではないか」

 

 俺が何も考えずにそう言うと、鹿島は驚いたように目を丸くしたのだった。

 

「えっ……な、何で知っているんですか?」

「……まぁ、お前の頑張りを見ている者はいるという事だ。反省を次に活かそうとする鹿島の姿勢は、私も常々見習いたいものだと思っているよ」

 

 いかんいかん。オータムクラウド先生が言ってました、など言えるはずもない。

 オータムクラウド先生の情報が正しいのであれば、鹿島の姿勢はPDCAサイクルそのものだ。

 計画し、実行し、反省し、次に活かす。俺も仕事に限らず日常生活にそれを活かしていきたいと思っているのだが、意思が弱くなかなか上手くいかない。

 故に、鹿島を見習いたいという俺の言葉は嘘ではないのだった。

 

 俺の言葉に、鹿島は目を輝かせて俺を見る。

 

「わぁぁ……! はいっ! 勿体ないお言葉です! 鹿島、これからも一生懸命頑張りますねっ! うふふっ、嬉しい!」

 

 よし、何とか誤魔化せた。流石はオータムクラウド先生。

 香取姉も嬉しそうに微笑んでいる。よ、よし、よくわからんが少しは好感度回復できたのかな。一、いや二ポイントくらい。

 勢いに乗って香取姉と仲良くしたい所だったが、不意に、何やら不穏な視線を感じた。

 見れば、大淀が焦っているような、怒っているような、悲しんでいるような、何とも言えないような表情で俺を見ていたのだった。

 

「……ど、どうした、大淀?」

「い、いえ……そ、それよりも、提督。昨日はあんな事があったので、今夜、改めて歓迎会をしようと思っているのですが」

 

 あんな事とは、俺が艦娘達の信頼を損なってしまった事だろうか。凹む。

 そうか、大淀のあの目は、俺の大失態に対して焦り、怒り、鎮守府の未来を思い悲しんでいる、そんな気持ちが混ざり合ったものか。

 大淀、そんな目で見ないでくれ。俺も何とかしたいと思っているんだ。

 

 それにしても、何故そこで歓迎会が出るのだ。

 昨日の今日だぞ、誰も参加してくれるはずがない。

 そう考えている俺に、大淀は言葉を続けた。

 

「提督が休まれている間に、艦娘全員にも話したんです。提督と、新しい仲間である金剛の歓迎会と、昨夜の勝利の祝勝会をしようと。すると、全員、快く参加すると答えてくれました」

「そうか、全員……エッ、ぜ、全員だと?」

「はい、私も正直、驚いています……」

 

 ……フーン、クルンダァ……ヘーエ、クルンダァ……。

 昨日と今日で一体何が違うのか。言うまでも無く金剛の存在と祝勝会である。

 俺の歓迎会は全員不参加で、新しい仲間である金剛の歓迎会と自分達の祝勝会も兼ねますよと提案したら全員参加って、それもう完全に俺いらねぇじゃねぇか!

 この仕打ちはあんまりだ。いくら何でもあんまりではないか。

 俺はもう泣くぞ。ヴェァァアアーーーーッ‼‼

 これは、何? 一応、俺も参加した方がいいの? 正直、流石に場違いすぎていたたまれないんだけど。

 もはや罰ゲームの域ではないか。参加しない方が艦娘達からの好感度も上がるような気さえしてきた。

 

「……う、うむ、しかし今回は私がいては邪魔かもしれんな。艦娘達だけで存分に楽しんでほしい」

「なっ、何をおっしゃるんですか! 主役が居なくては何も始まりませんよ⁉」

 

 俺の言葉に、大淀が慌ててそう言った。

 大淀だけではなく、その場の全員が意外そうに目を丸くしている。まさか辞退するとは思っていなかったのだろうか。

 俺も流石にそこまで空気の読めない男では無い。

 おそらく大淀は最初に歓迎会を提案してくれていたし、本当に参加してくれるつもりなのだろう。ダンケ。

 大淀の気持ちはありがたいのだが、他の艦娘達の事を考えると……。

 

「て、提督。どうかご参加頂けませんか」

「うーむ、しかし……」

 

 腕を組んで考え込んでいる俺に、大淀がどう声をかけてよいかという風におろおろしていると、その後ろから加賀が足を踏み出してきた。

 

「提督。上官である提督がいては私達が楽しめないだろうとのお気遣いかと推察します。お心遣いありがとうございます」

 

 ド、ドウイタシマシテ。俺はもう泣いてしまいたい。

 要するに空気を読んでくれてありがとうと、こんなに堂々と言う奴があろうか。

 傷心の俺に追撃の矢を叩き込むとは、鬼かコイツは。加賀に慈悲の心は無いのか。

 

「しかし、今回の勝利、そして金剛を迎え入れる事が出来たのは、全て提督あっての事です。どうかお気遣い無く、ご参加頂けないでしょうか」

 

 加賀は表情を変えずに、淡々とそう言った。

 祝勝会に関しては、今回の夜戦での勝利を祝うものだ。その出撃命令を下したのは俺である。

 金剛に関しても、建造に成功したのは俺である。

 つまり、一応それらに関わっているのだから、上官として形だけでも顔を出しておいた方が良いという事だろうか。

 加賀の抑揚のない、淡々とした言葉に、参加して欲しいという感情が込められているようには一切思えない。

 これを社交辞令と言います。凹む。

 

 加賀に続いて、鹿島も足を踏み出して、至近距離で俺を見上げながら言ったのだった。

 

「そうですよっ! 皆、提督さんに参加してもらいたいと思っています! ねっ、香取姉?」

「うふふっ、勿論です」

「そうか……ならば、ありがたく参加させてもらおう」

 

 香取姉が言うんじゃあ、従わざるを得ない。

 たとえそれが社交辞令であろうとも、歓迎会が針のむしろであろうとも、男にはやらねばならぬ時がある。

 

 それに、ただそこに居るだけでも良いものが見られるかもしれないではないか。

 むしろ無礼講という事にすれば、艦娘達は俺に構わず勝手に酔いつぶれ、尻がチラリ、胸がポロリ。俺はそれを横目でチラリ、俺の股間も思わずポロリ。

 うむ。どうやら参加する価値は十分にあるようだ。

 

「うふふ、流石ですね、加賀さん」

「えぇ……これからも任せてくれていいわ」

 

 赤城と加賀が小声で何か言っていた。

 くそっ、至近距離から俺に必殺の矢を食らわせて、してやったりという事か。

 お前ら酔いつぶれたら見てろよ。介抱するふりしてあちこちガン見してやるからな。

 お前ら二人の胸当ての下に隠れている飛行甲板がかなりのものである事は、この提督アイにはお見通しなんだからな!

 

 ふと、またもや不穏な視線を感じた。

 見れば、大淀が先ほどよりも強烈な視線を俺に向けている。

 だから、その目はやめてくれ。焦っているのか怒っているのか哀しいのか悔しいのか、はっきりしてくれ。不安になるから。

 

「お、大淀……」

「はっ、あ、はいっ。そ、それでは正式に歓迎会を開く準備をしておきますので。そ、それと、これが今回の報告書です」

「う、うむ。目を通しておこう……ところで大淀、ちゃんと身体は休めたか?」

「はいっ! 問題ありませんっ! お心遣いありがとうございます!」

「う、うむ……」

 

 何でこんなに気合が入っているのだろうか……。よくわからん。

 と、とりあえずは、歓迎会が楽しみだな。うん。いやぁ、楽しみだ。

 なっ、大淀? ……大淀さん?

 

「……こ、こうしてはいられないわ、何とかして挽回しなきゃ私の立ち位置が」

 

 駄目だコイツ気付いてねぇ。

 よく聞こえないが、何やら考え込むように、早口に小声でブツブツと何かを呟いている。

 

 ……さ、さぁ、最っ高に素敵なパーティしましょ!




次回までまたしばらくお待たせしてしまいます。
気長にお待ち頂けますと幸いです。


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024.『歓迎会』【提督視点①】

「では提督、乾杯の音頭とご挨拶をお願いします」

「うむ」

 

 大淀の促しに、俺は小さく頷いた。

 甘味処や小料理屋にしてはそれなりに広い店内ではあるが、六十人近い艦娘が勢ぞろいとなると、流石に狭く感じてしまう。

 俺はカウンター席でいいと言ったのだが、大淀に却下されてしまった。

 やはり提督ともなると一番上座に座らなければならないらしい。威厳を保つ為にも必要なのだろう。

 

 しかしそうなると座敷席の一番隅っこなものだから、間宮さんには一番遠い位置だ。凹む。

 カウンター席ならば常に間宮さんの顔を眺めていられたと言うのに。 

 全く俺が歓迎されていない歓迎会というアウェイにおいて、たった一つのオアシスだった間宮さんが、遠い。遠すぎる。

 厨房の奥にいるから死角になってしまって顔も見えない。テンションサゲサゲである。大潮です。

 

 しかも俺の近くに陣取っているのは、俺が誰に手を出すか監視するつもりであろう大淀と夕張、俺の股間に多大なる被害を与えた裏工作艦の明石、この鎮守府の艦娘達のリーダー格らしい長門などだ。

 大淀と夕張により監視の目を光らせ、もしも俺が疑わしい行動に出たら明石のクレーンで俺の股間を迎撃するつもりだろう。完全に俺を押さえつける為の布陣ではないか。警戒されすぎていて凹む。

 

 だがここでポジティブシンキング。前向きに考えよう。

 壁を背にした隅っこに座る事で、俺は必然的に全艦娘の方を向く事になる。つまり店内の全ての光景を把握できるという事だ。

 カウンター席では間宮さんだけを眺める事になるが、おそらくそれでは見逃してしまうチラリポロリもあるだろう。

 横須賀鎮守府の頭脳と呼ばれているらしい大淀ではあるが、その策を逆手に取るコペルニクス的転回。

 大淀をも上回る智将、天才たる俺ゆえの発想の転換である。

 横須賀鎮守府全艦隊の皆さんに告げますっ! この店内の全ては! 提督の掌の上ですっ!

 

 期待に胸と股間を膨らませながら、俺は右手のグラスを軽く掲げたのだった。

 挨拶は短く済ませるのが人気の秘訣。

 

「手短に済ませよう。まずは皆に礼を言いたい。このような場に招いてもらい、本当に嬉しく思う」

 

 艦娘達は真剣な表情で俺に目を向けている。

 うぅむ、いかん。やはり上官である俺がいる事で、皆も警戒しているような気がする。もっと和やかな感じでいいのに。

 プライベートの飲み会では無く仕事場の飲み会となると、羽目を外しすぎてはならないと考える真面目な艦娘もいるだろう。

 当然、そうなると自制のある艦娘は飲み過ぎてはいけないと判断し、周りにもそれを呼びかける。チラリポロリなど夢のまた夢だ。

 なんとかせねば。

 

「皆、昨夜は本当によく頑張った。昨夜の勝利と、金剛という新たな仲間を迎え入れる事ができたこの日を、今日は存分に祝ってほしい。それに関して、今夜、一つだけ提督命令を下したい」

 

 姿勢を正して真剣な眼差しを向ける艦娘達に向かい、俺はグラスを掲げて、言葉を続けたのだった。

 

「今夜ばかりは無礼講だ。どうか私に気を遣わず、心から飲んで騒いで楽しんで、普段通りの姿を私に見せてくれ――乾杯」

 

 再び皆の艦パイを観パイしたい、第二回観艦式開催決定!

 あわよくばそのぬくもりを感じたい。間宮さんのアップルパイに埋もれパイ。

 そんな思いを込めた俺の言葉に、全員の表情がほぐれたような気がした。

 かんぱーい、と大きな声が店内を包み、一瞬にして賑わいが広がる。

 うむうむ。良い感じの空気ではないか。

 

「提督、お疲れ様です」

 

 大淀がそっとグラスを差し出してくる。かちん、とグラスを合わせると、大淀は嬉しそうにはにかんで、言葉を続けたのだった。

 

「混雑を避ける為に、皆には時間を決めて、順番で挨拶に伺うように前もって話してありますので」

 

 う、うむ。大淀はわかってないのかな。

 多分言わなければ、皆、俺の事いないものとして扱うと思うんだけど。

 大淀の言葉に従って、皆はしぶしぶ俺に挨拶に来るのだろう。凹む。

 

 そういえば鳳翔さんも俺が無能である事を理解しつつ上官として支えてくれようとしてくれていたし、大淀もそうなのだろう。

 提督という存在が鎮守府にとって重要であるという事は、佐藤さんも言っていた。

 やはり提督として威厳を保つ事は必要なのだ。たとえ心の中で見下されていようとも、胸を張ってその仕事を全うせねば。

 歓迎されていない歓迎会に出席するのも、しぶしぶ挨拶に来られるのも、上司の仕事の一つという事だ。

 

 そう考えてみれば、俺が前の職場で働いていた時も似たようなものだったではないか。

 飲み会で嫌いな上司に挨拶に行くのは嫌だったが、それでも社交辞令で行かねばならなかった。

 では俺が嫌っていた上司は全員が全員楽しんでいたのかと言えば、そういうわけでもなく二種類に分かれる。

 一方は俺を捕まえて離さず、酒臭い息でつまらない説教をクドクドと続け、ますます嫌いになるタイプ。

 もう一方は手短に簡単な話だけをして、すぐに切り上げてくれるタイプだ。こちらはそこまで嫌いにはならなかった。

 今にして思えば、後者の上司は俺に嫌われている事を理解していて、俺がしぶしぶ挨拶に来ていた事も理解した上で、俺を気遣ってくれていたのかもしれない。

 

 つまり今度は俺が、嫌われている事を承知で、しぶしぶ挨拶に来る艦娘達を気遣う立場になるという事だ。

 その辺りに気を遣う事で、艦娘達の信頼も少しは取り戻せるかもしれない。

 うむ。ピンチはチャンス。大淀の作ってくれたこの機会で、上手く艦娘達の好感度を稼がねば。

 とりあえず目の前の大淀から褒めておこう。

 

「すまない。大淀は本当に気が利くな。昨日から世話になりっぱなしだ。とても助かる」

「と、とんでもないです。これが私の仕事ですから……これからもお助けできれば何よりです」

「大淀は随分とこういった仕事に慣れているようだが、やはり今までも秘書艦を務めていたのか?」

 

 俺の言葉に、大淀は一瞬考えるように間を置いて、口を開いた。

 やけに落ち着きなく、その指で眼鏡をクイッと上げる。

 

「そ、そうですね……提督を補佐する役目に就く事は多いです」

「大淀の艦隊指揮能力は、この横須賀鎮守府の艦娘の中では随一ですよ。提督、お疲れ様です」

「それに、それなりに腕っぷしも強いですからねー。秘書艦としてちょうどいいんですよ。私とも、はいっ、乾杯っ!」

 

 大淀に続いて、話を聞いていたらしい夕張と明石がグラスを差し出してきた。

 それぞれと乾杯をすると、大淀がジト目のような何とも言えない目を二人に向ける。

 

 夕張の言によれば、その見た目通りに艦隊指揮能力は随一。わかりきっている事であるが、俺よりは確実に上であろう。

 明石の言によれば、見た目によらずそれなりに腕っぷしも強いとの事。俺の秘書艦としては評価される項目では無いが、何故明石はそこをアピールしてきたのだろうか。

 

「夕張、明石……今私が提督と」

「い、いいじゃない。大体、何で大淀がちゃっかり一番近くに座ってるのよ! 仕切るんだったらもっと動きやすい席でいいでしょ」

「こ、これは私なりに色々考えた布陣です。連合艦隊旗艦を務めた私が提督の傍に控える事で……」

 

 大淀と夕張が何やら言い合っているのに構わないように、明石はすすっ、と俺の隣に近づいて、言ったのだった。

 

「大淀と夕張は置いておいて……それより提督、明日からの秘書艦はもう決めたんですか?」

「いや、まだ決めてはいないが」

「ふふふ。戦闘は不得手だけど、また私を指名してくれてもいいんですよ?」

 

 い、いや結構。

 明石を近くに置いておいては、股間がいくつあっても足りん。クレーンを攻撃に使うとは何処の重機人間だコイツは。

 これ以上のダメージを受けてしまっては、俺の股間は使い物にならなくなる。

 工作艦ならぬ口搾艦らしく、俺の股間のお口修理、いや泊地修理に着手してくれるというならば考えてやらんでもないが、とりあえずは候補外だ。

 

「う……うむ。明石にはこれから改修工廠や泊地修理を任せたいからな。これ以上頼るのも悪いから、候補からは外してある」

「うふふっ、ですよねー。お心遣いありがとうございます! 提督ならそう言うと思ってました。あっ、ちなみに、秘書艦候補ってのはどの子になるんですかぁ?」

 

 明石と話していると、一瞬、店内が静まり返ったような気がした。

 俺が辺りを見渡すと、先ほどまでと変わらない喧噪が広がっている。やはり気のせいだったのだろうか。

 

 候補というのは俺が夢に見た横須賀十傑衆の事なのだが、あれはあくまでも夢の話だ。

 夢と現実の区別がつかないほど俺も馬鹿では無い。

 現実ともなると、性的なお世話だけではなく様々な仕事がある。

 特に提督の俺が、全く仕事が出来ない現状だ。大淀や鳳翔さんのように、仕事ができる者でなければならないだろう。

 

 大淀と鳳翔さんはそもそも艦隊編成条件(巨乳)を満たしていないから外すとして、やはり十傑衆から選ぶのがベターであろう。

 

 長門は駄目だ。オータムクラウド先生によれば脳みそまで筋肉で出来ている肉弾戦艦。事務仕事は不向きであろう。ペンを握れば壊してしまうかもしれない。

 

 浦風も駄目だ。どんなに母性があろうとも、その見た目は少し発育のいい中学生くらいにしか見えない。中学生を秘書にしてはあまりにも情けなさすぎる。Hしよ! などと言った日には条例に引っかかる可能性大。

 

 天龍も駄目だ。いい奴ではあるが見るからに馬鹿だ。俺よりも仕事が出来ない可能性すらある。

 

 筑摩は仕事面では大丈夫であろうが、おそらく利根から離れたがらないだろう。資質はあるが筑摩を秘書艦にするには、今はまだ時期尚早だ。

 

 妙高さんは完璧だ。見た目も余裕で成人しているOLって感じだし、妹達もそこまでべったりでは無いだろう。仕事も出来そうだ。採用決定。コングラッチュレイション……! 

 

 翔鶴姉には頭を下げてお願いしたい所だが、俺は瑞鶴に警戒されている。ここで翔鶴姉を指名してしまっては、ますますマークされてしまうだろう。ここは少し距離を置こう。翔鶴姉は目も合わせてくれないし。凹む。

 

 千歳お姉も大丈夫だとは思うが、千代田がかなりのシスコンらしい。ここで敵に回してしまう可能性もある。安全策を取るなら、少し時間を置くべきだろう。

 

 香取姉はむしろ俺の秘書艦になるべくして存在している気すらしてくる。見た目的にも中身的にもバッチリだ。採用しない理由が存在しない。コングラッチュレイション……!

 

 金剛は昨日建造されたばかりなので論外だ。秘書艦の仕事など出来るはずがない。まずはこの鎮守府に慣れてもらうところから始めねば。

 

 間宮さんは非常に残念だが、艦娘達の食を支える大切な仕事がある。俺が独占してしまっては、ますます艦娘達を敵に回してしまう事だろう。

 

 以上の事から、俺の秘書艦候補としては妙高さんと香取姉が適任であると思われる。

 

「まぁ、まだ候補ではあるのだが……妙高か、香取に頼もうかとは思っているな」

 

 かちゃん、と音がした。

 見れば、大淀がグラスを落としてしまったようで、酒が零れてしまっている。

 ど、どうした大淀さん。顔が青いぞ。

 

「あぁっ、も、申し訳ありません! 夕張、ふ、布巾を頂戴!」

「う、うん。はい」

「大淀、大丈夫か?」

「て、提督っ! 申し訳ございません!」

「何、構わん」

 

 震える手で零れた酒を拭き取る大淀を、俺も近くに置いてあった布巾で手伝う。

 まぁ、酒の場でグラスを落としてしまう事など日常茶飯事なのだから、別に気にはしない。

 むむっ。俺が座敷を拭うという行動に伴い、必然的に視線は下に向き、自然に大淀と夕張の太ももを眺める事ができるではないか。大淀、ナイスアシスト!

 大淀のハイソックスが作り出す絶対領域。夕張の白いお腹と対照的な黒ストッキングに包まれた太もも。俺のマイ枕にしたい。

 濡れてしまっているな、拭いてやろう、っていかんいかん。自制しろ。これ以上はアウトだ。

 早速、酒の席ならではのハプニング発生。幸先のいいスタートだ。これからも期待が持てるではないか。

 

 しかし大淀もいきなりグラスを落とすとは。何だか落ち着きが無いし、目は若干虚ろだし、元気も無いようだし、疲れが溜まっているのだろうか。

 うーむ、そう言えば、まだ目は通していないが結構な量の報告書を作成していたみたいだし……昨日は朝まで海の上にいたはずだ。やはり寝ていないのでは。

 

「本当に申し訳ありません。つい手が滑ってしまって……」

「気にするな。それよりも、やはり大淀、寝ていないのではないか」

「い、いえ、その……大丈夫です」

「正直に言ってくれ」

「……申し訳ありません。興奮のあまり、寝ずに報告書を作成しておりました」

「やはりか。しっかり休息を取れと、報告書は後で良いと、言っていただろう」

「はい。仰る通りです……申し訳ございません……」

 

 大淀はすっかり落ち込んでしまったように、目を伏せてしまった。

 い、いかん。これでは酒の席で説教して嫌われる上司の典型! 好感度アップどころでは無くなってしまう。

 俺がそんな事を思っていると、夕張と明石が声をかけてきたのだった。

 

「あ、あの! 私も妖精さんと一緒に、皆の艤装の修理を手伝ってましたので、寝てません! 大淀を叱るのでしたら私も……」

「私も泊地修理が終わったらそっちを手伝ってたので寝てませんね。提督、指示に背きまして申し訳ありませんでした」

 

 そう言って夕張と明石は頭を下げる。

 駄目だ。これは駄目な流れだ。

 よく考えてみろ。大淀が一体何をした。俺の指示に従わなかったが悪意があるわけでは無い。

 むしろ報告書は日報だ。急がねばならない理由があったのだろう。グースカ寝ているクソ提督に代わり、寝ずに報告書を作成していたという事か。

 夕張と明石も、寝ずに皆の艤装を修理していたというではないか。

 俺が一体何をした。朝一番にナニをした。そして夕方まで爆睡した。駄目人間すぎる。ただのクズではないか。

 

 俺が呑気にいびきをかいている間にも、コイツらは寝ずに働いていたのだ。

 説教などするつもりはなかったが、誤解は解かねば非常にマズい事になる。

 

「……そうか。いや、これは私が間違っていた。大淀、夕張、明石、本当にすまない。お前達が頑張っていたのだ、私も起きているべきだった。提督失格だ」

「なっ、何を仰いますか! 提督は昨夜も寝ていないと聞いています」

 

 俺が深く頭を下げると、大淀は慌ててそう言った。

 

「それはお前達も同じだろう」

「あぁ、提督。私達艦娘も毎日の睡眠は必要ですが、その気になれば二、三日は睡眠を取らなくても大丈夫なんですよ」

「何っ、そうなのか明石」

「任務によっては数日間海の上って事もありますからね。人間に比べれば睡眠不足にもそれなりに強いんです。ですから提督は私達に気を遣わず、お体第一でしっかり睡眠を取ってくださっていいんですよ。それが提督の仕事です」

 

 明石がそう言うのならば、間違いは無いだろう。

 確かに海の上を数日間移動する事もあるのならば、睡眠を取っているどころではないだろう。

 しかし大淀がうっかりグラスを落としてしまうくらいには疲労も溜まるようだし……やはりこまめに休息は取らせた方がいいようだ。

 

「……うむ、わかった。大淀、お前の気持ちも考えずに済まなかった。今後も、考えの足りない私を支えて欲しい」

「はっ……はいっ! こちらこそ、不束者ですがどうか末永くよろしくお願いします!」

 

 大淀は気を取り直したように、敬礼した。

 何とか最悪の事態は避けられたようだ。よ、よかった……。

 ここでいきなり説教してしまって好感度を下げてしまっては、もはやマイナスだ。バッドエンド一直線である。

 部下の体調への気遣いがいい上司の秘訣だ。コイツらにはしっかり休息を取ってもらわねば。

 

「ただし、大淀も、夕張も明石もだ。今夜は三人とも、しっかり睡眠を取るように。これは提督命令だ」

「はい。提督のお心遣いに感謝致します」

「了解です。しっかり休む事にしますね」

「安眠できるように、提督のお膝を貸してくれてもいいんですよ? キラキラ!」

「こ、こらっ、明石っ!」

 

 目を輝かせてお茶目に笑う明石に、大淀と夕張が慌てて注意する。

 可愛い。い、いや、油断してはいかん。この明石のいい笑顔も、上官に対する接待である可能性があるのだ。

 この状況はキャバクラみたいなものだ。明石達も仕事として俺に構ってくれている。

ちやほやしてくれたからと言って、「この娘、俺の事好きなんじゃね?」と思うのは馬鹿のする事である。

 特に俺は駄目な上官だと見限られており、誰にも歓迎されていない事が明らかな状況だ。

 こんな状況で好感度があるなどと勘違いをするな。

 騙されんぞ。俺は騙されん。少し油断したら俺の股間にクレーンを叩き込むつもりに決まっている。

『提督アイ』発動! なるほど……上半身のガードが固くて分かりにくかったが明石は意外と有るな。い、いや違った。

 

「――提督よ、失礼するぞ」

 

 アッハイ。スイマセン。

 不意に声を掛けられ振り向くと、そこには仁王立ちをして俺を見下ろしている、眼光の鋭い女がいた。

 な、何だコイツは。全盛期の加賀並に凍てつく視線を向けている。加賀や瑞鶴の他に、まだこんな危険な奴がいたのか。

 知った顔だ。妙高型重巡洋艦二番艦の那智である。

 い、いかん。見るからに不信感を持たれている。ボロを出さぬよう大人しくせねば。

 

「こら、那智。提督に失礼でしょう。正座しなさい」

「……フン。わかっているとも」

 

 おぉっ、横須賀十傑衆第六席、妙高さん! たちまち元気がアゲアゲです!

 どうも、俺が提督です! 大きな体に小さな魚雷! お任せ下さい! 常に全力疾走です!

 

 妙高さんの言葉に、那智も大人しくその場で膝を折った。

 足柄と羽黒もすぐ後ろに控えている。どうやら妙高型四姉妹で挨拶に来たようだ。

 妙高さん達の姿を見て、大淀が慌てたように声をかける。

 

「妙高さん、まだ時間では」

「ごめんなさい、那智がどうしてもと言って聞かなくて。その代わりにすぐに戻りますから」

 

 えぇ……妙高さん、すぐに戻っちゃうのか。この那智め、何てことをしでかしてくれたのだ、この馬鹿め、と言って差し上げますわ。

 那智に目をやると、変わらず鋭い眼光で俺を睨みつけている。ゴ、ゴメンナサイ。

 妙高さんはそれを制するように横目を向けてから、俺を見つめてグラスを差し出してきたのだった。

 

「改めまして、妙高型重巡洋艦、妙高です。提督、最後の日まで、共に頑張り抜きましょう」

「……私は那智。よろしくお願いする」

「足柄よ。砲雷撃戦が得意なの。ふふ、よろしくね」

「妙高型重巡洋艦、末っ子の羽黒です……あ、あの……ごめんなさいっ!」

「ふふっ、提督。お疲れ様です」

「提督さん、お疲れ様ですっ」

 

 それぞれと乾杯しつつ、俺は瞬間的に観パイする。

 香取姉≒足柄>鹿島≒妙高さん>那智>羽黒といったところか。しかし羽黒も無いわけでは無い。流石は重巡、バランス型である。

 ……ん? 何か多いと思ったら、妙高さん達に続いて香取姉と鹿島まで乾杯しに来ていた。

 おぉ、横須賀十傑衆第三席と第六席、しかも秘書艦候補が並ぶとは。ハラショー、股間に力を感じる。

 大淀がまた何か言おうとしていたが、それよりも先に香取姉が口を開いたのだった。

 

「予定では私達姉妹がご挨拶に伺う時間でしたから」

「香取さん、すみません……私達はすぐに戻りますので」

「いえいえ、逆にちょうどよかったです」

 

 妙高さんが頭を下げると、香取姉は気にしないように顔の前で手を振った。

 

「ついさっき、提督が興味深い事を仰っていたのが聞こえてきたので……秘書艦候補として私と妙高さんを考えていると」

「あら。そうなのですか? それは光栄ですね」

 

 香取姉と妙高さんは俺を見て、にこっ、と微笑んだ。二人の笑顔に俺はもう轟沈不可避。俺の愚息を厳しくしつけてくれまいか。

 一方で鹿島は何故か、拗ねてしまったように目を伏せて、小さく唇を尖らせてしまっていた。

 そんな鹿島をちらりと見て、香取姉は改めて俺を見て言ったのだった。

 

「提督、大淀さんの名が聞こえなかったようでしたが……」

「う、うむ。まぁ、私なりに考えがあってな」

「まぁ、そうでしたか……ちなみに、妹の鹿島はどうでしょう。やはり提督の秘書艦としては力不足でしょうか」

 

 香取姉の言葉に鹿島がぱっと顔を上げたので、思わず目と目が合う。可愛い。い、いや、そうじゃない。

『提督アイ』発動! 年上属性×、包容力◎、巨乳◎。うぅむ、流石は香取姉の妹。やはりポテンシャルはかなり高い。

 しかし、見た目は清楚だが、オータムクラウド先生曰く、中身がなぁ……。

 

 オータムクラウド先生からの情報をもとに、俺の天才的頭脳で検証してみよう。

『姦』という漢字がある。あまり良い意味では用いられない言葉だ。

 女三人寄れば(かしま)しい、という言葉で有名だが、ここからわかる事は、(かしま)と書いて鹿島(かしま)と読むという驚愕の事実である。

 俺の頭脳が導いた式が示す通り、鹿島は普通の女性の三倍に匹敵する性欲を持つと推測される。名は体を表すという奴だ。考えただけで恐ろしい。最低でも三発という事だ。

 

 このようにただでさえ危険な鹿島だが、秘書艦にしたら更に危ない事になる。

 凡人にはわかるまいが、俺ほどの天才的頭脳になると嫌でも気付いてしまうのだ。

 鹿島を秘書艦に据える危険性。

 水素と酸素が化学反応を起こして水になるように、鹿島が秘書艦となる事で起こる化学反応。俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 

 鹿島 × 秘書艦 = Kashima × Hisyokan = Ka shima × H i syo kan = H shima syo × Ka i kan = Hしましょ? × 快感♪

 

 このドスケベサキュバスめ! 一体何を考えているんだコイツは!

 真面目そうな顔をして、四六時中エロい事を考えているに違いない。実にけしからん。

 まさに色欲を擬人化したような奴だ。えっちなのはいけないと思います。

 オータムクラウド先生の作品曰く、秘書艦になるという事は、四六時中一緒にいるという事だ。

 おそらく鹿島の前で眠りについたが最後、寝込みを襲われて俺が四半世紀守り続けた童貞は容易く奪われ、そのまま腹上死不可避。貞操の危機どころか命の危機だ。

 ハーレムが俺の夢だと言うのに、寝ている間に童貞を喪失し、経験人数一人のまま強制的に死に至る。最悪ではないか。

 童貞を捨てる事ができれば何でもいいというわけではない。夢を失った男は終わりだ。

 推薦してくれた香取姉と鹿島には悪いが、ここは丁重にお断りさせてもらおう。しかし何と言うべきか……。

 

 俺が悩んでいると、鹿島が正座したまま身を乗り出し、口を開く。

 

「あ、あの! 私、お忙しい提督さんのお手伝いがしたいんです。それに、秘書艦のお仕事は凄く勉強になるから、提督さんの近くで学べば、少しでも香取姉に近づけるかもって思ってて……駄目、でしょうか……?」

 

 可愛い。い、いや、いかん! くそっ、コイツ魅了系の能力でも持ってんのか⁉ 本当にサキュバスかコイツは。

 正座の状態で三つ指ついて前かがみで見上げてくるものだから、必然的に胸部装甲が強調される形になる。ダンケダンケ。

 違う! 正気に戻れ、俺! 『提督アイ』発動! 可愛い。違う、そうじゃない! 『提督アイ』再発動! おっぱい。だ、駄目だ、ブッ壊れてやがる⁉

 れ、冷静になるのだ。そう、鹿島は秘書艦としてまだ相応しくないという根拠を示せばいい。

 

「ち、ちなみに、鹿島。手伝いと言ったが、具体的には秘書艦とはどういった仕事をするのだ」

「えぇと……まずは、提督さんが執務に集中できるように、身の回りのお世話をします。お食事をご用意したりとか……」

 

 食事か……俺は三食間宮さんに作ってもらおうと考えているからな。俺に毎日味噌汁を作ってくれと頼むつもりだ。それは特に必要無い。

 

「お洗濯をしたりとか……」

 

 洗濯か。それはマズい。俺の部屋には現在、ヌメヌメがカピカピになったパンツを手洗いしたものが干してある。あんなものを見つかったら提督の威厳も台無しだ。

 ドスケベサキュバス鹿島は普通の女性の三倍は臭いにも敏感であろう。

 家でも妹達から一緒に洗濯しないでと言われていたし、今まで通り自分のものは自分で洗濯します。凹む。

 

「お部屋のお掃除をしたりとかしますね」

 

 部屋の掃除……だ、駄目だ! 俺の私物が入った段ボール、アレを見られたらヤバい!

 俺のパンツなどを詰め込んだ段ボールと間違ったのか、何故かオータムクラウド先生の作品が詰め込まれた段ボールが届いていたのだ。

 そう言えば俺が鎮守府に送る荷物を急いで詰め込んでいる時に、妹が視界に入れたくないからと段ボールに詰めていたような気がする。

 おかげで着替えのパンツが無い為、やむを得ず俺は現在ノーパンである。

 

 あの段ボールはもはや俺の宝箱と言っても過言では無いが、その中には何が詰め込まれているのかというと。

 

『甘いものでもいかがですか?』(間宮本)

『これは少し厳しい躾が必要みたいですね』(香取本)

『お洋服とこの体、少し綺麗に……待っていて下さいね?』(鹿島本)

『千代田に怒られちゃうから、黙っていて下さいね』(千歳本)

『千歳お姉には内緒よ』(千代田本)

『スカートはあまり触らないで』(翔鶴本)

『これ以上私にどうしろというのですか……!』(妙高本)

『こんな無様な姿……姉さんには見せられません……』(筑摩本)

『イク、イクの!』(伊19本)

『口搾艦、明石! 参ります!』(明石本)

『結構兵装はデリケートなの。丁寧にね』(夕張本)

『一航戦の誇り……ここで失うわけには……』(赤城本)

『ヤりました』(加賀本)

 ……これでもまだ全部では無い。

 

 宝箱というかパンドラの箱である。中には俺の希望が詰め込まれているが、開けたら最後、鎮守府全体に厄災が広がるであろう。

 もしも艦娘にバレてしまったら俺の鎮守府生活は終わりを告げる。

 俺の部屋を勝手に掃除しちゃ駄目!

 

「う、うむ……その辺りの身の回りの事は、とりあえず自分で何とかするつもりだ。私の考えだが、秘書艦に必要な条件が三つある。私から見て、鹿島はその一つが足りていないようだな」

「そ、それは一体何なのでしょうか⁉」

「……う、うむ、そこは自分で考えてみるのだ」

 

 だ、駄目だ! 冷静どころか思いっきり俺の脳内が垂れ流しになってしまっている! くそっ、鹿島恐るべし。

 包容力と巨乳はともかく年上属性が足りないなどと言えるはずもない。ましてや性欲旺盛すぎるから身の危険を感じますなどと言った日には、セクハラ案件で鎮守府追放の危機だ。

 

「むむむ……」

 

 鹿島が腕組みをして唸っている。可愛い。だ、駄目だ、コイツが近くにいると本当に駄目になる。すでに駄目人間なのに、更に駄目になってしまう。

 これからはなるべく距離を置かねば、うっかり本性が出てしまうような気がする。

 思わず鹿島から顔を背けると、愕然とした表情の大淀が小刻みに震えている。ど、どうしたの大淀さん。

 見なかった事にする為、俺は反射的に目を背けた。

 

 い、いかんな。何となくだが、なんだかまたマズい流れになってしまっているような気がする。

 香取姉の提案、鹿島のお願いは、俺の貞操のピンチではあるが、好感度アップのチャンスでもある。

 ピンチをチャンスに変えてこその天才、俺ではないか。

 他ならぬ香取姉の提案だし、まぁ寝込みを襲われないように俺が気をつければいいんだし……そう考えて、俺は何も考えずに口を開いたのだった。

 

「……しかし、香取の言う事も一理あるな。実際にやってみねば学べぬ事もあるだろう。鹿島、私の秘書艦を頼めるか?」

「えっ、ええっ⁉ いいんですかっ⁉」

 

 まぁ、仕方が無い。香取姉と妙高さんの二人体制が三人体制になるだけだ。支障は無いだろう。

 不意に、ごとん、と音がした。見れば、大淀がまたグラスを落としてしまっている。

 グラスの中身は入っていないようだったが、やはり相当疲れているようだ……夕張に肩を揺すられているが、固まったまま反応していない。もう休ませた方がいいのかな……。

 

 すると妙高さんが、ぽんと手を叩いてこんな事を言うのだった。

 

「あら、それならうちの羽黒もお願いしては駄目でしょうか」

「えぇっ、み、妙高姉さんっ⁉」

「鹿島さんも言っていたように、秘書艦の仕事はとても勉強になるのよ。私や那智、足柄が改二になれたのも、その影響が大きかったように思うの。提督、いかがでしょうか」

 

 うーん……羽黒か……。『提督アイ』発動。年上属性×、包容力△、巨乳△……うーん……バランス型ではあるが……。

 羽黒はこう、甘えたくなるって感じじゃないんだよなぁ。それとは逆で守ってあげたくなるというか、後輩系というかそんな感じだ。

 ただ俺は誰かを守ってあげられるほど自分に余裕が無い。自分と妹達だけで精一杯だ。

 その妹達はどいつもこいつも俺に厳しいし、どいつもこいつも胸が貧しい。

 おそらくその反動で、俺は思いっきり巨乳のお姉さんに甘えたいと思ってしまうわけだ。俺の甘味処間宮さんとかに。甘えパイ。

 羽黒は可愛いとは思うが、俺のストライクゾーンからは大きく外れているわけで……うーん、しかし妙高さんからの頼みだからなぁ……少しでも好感度を稼がねば。

 

「う、うむ……私は構わないが」

「決まりですね! 羽黒、頑張って!」

「えぇぇ……そ、そんな、私まだ心の準備が……」

 

 まぁ、他ならぬ妙高さんの頼みだ。引き受けざるを得まい。香取姉と妙高さん、鹿島と羽黒の四人体制になったところで執務に支障は――。

 

「それでは私の代わりに鹿島、妙高さんの代わりに羽黒さんの二人が秘書艦を務めるという事で決まりですね」

「えぇ。提督から学び、二人とも成長できる、いい機会になる事でしょう」

「はいっ! 鹿島、提督さんの為に一生懸命頑張りますねっ! うふふっ、嬉しい!」

「よ、よろしくお願いします……ご、ごめんなさいっ」

 

 …………アレッ?

 お、おかしいな。横須賀十傑衆の第三席と第六席の姿が自然に秘書艦のメンバーから消えたような気がする。

 ま、まさか俺の秘書艦を務めるのが嫌で、うまく妹にその役目を押し付けて――⁉ 

 俺が二人に目をやると、香取姉と妙高さんはクスクスといたずらっぽく笑って、こう言うのだった。

 

「ふふっ、実は鹿島が秘書艦をやりたいと言い出した時から、お願いしようと思っていたんです」

「あら、香取さんも? 実は私も、この提督ならばと羽黒を推薦しようと思っていたのです」

 

 そ、そんな、香取姉! 俺の童貞を奪いたい鹿島との利害が一致したという事か! 俺には害しか無いというのに!

 妙高さんも、明らかに羽黒はやりたくなさそうなのに、何故推薦を⁉ やはり俺が無能提督だという噂を聞いて、自分が秘書艦になる事を避ける為に――⁉

 

 や、やはり俺への好感度は最低! あの笑顔は愛想笑い! もうやめて下さい! これ以上、私にどうしろというのですか!

 しかも羽黒は俺への嫌悪感を隠すつもりゼロ! 最初の挨拶からごめんなさいされちゃったよ!

 学生時代に俺に好かれているという噂が流れていたらしく、別に告るつもりも無い女子にごめんなさいされた記憶が蘇る。凹む。

 唯一俺に好意的そうなのはドスケベサキュバス鹿島のみ。お前が好意的なのは俺の下半身に対してのみだろ!

 

 ここは提督命令で無理やり秘書艦に引き留めるか……駄目だ、ますます好感度が下がってしまう。

 俺への不信感を隠すつもりすらない羽黒に、俺の寝込みを襲う隙を虎視眈々と窺っているであろう鹿島。

 何でこんなメンバーを近くに置かねばならんのだ。

 羽黒に怯えられるたびに俺はハートブレイクしそうだし、鹿島にはテクノブレイクさせられる可能性がある。

 常に死と隣り合わせ。これが俺の運命だとでもいうのか。

 

 いや、こんな所で死んでたまるか。俺は運命と戦う。そして勝ってみせる。

 とりあえず秘書艦の事は置いておいて、この場を上手く乗り切る事だけを考えよう。これを思考放棄と言います。

 当初の目的を忘れるな。まずは艦娘達の信頼を取り戻す事。次に、艦娘達のチラリポロリをこの目に焼き付ける事。

 まだ歓迎会は始まったばかり。挨拶に来る艦娘達はまだまだいる。

 まずは最低になってしまった艦娘達の好感度を上げる。ただそれだけを考えて行動するのだ。

 

 俺は何となく大淀に目をやった。

 

「……な、何とかして私の長所をアピールしなきゃ……そ、そうだ、明日からの備蓄計画を再検討して……」

 

 よく聞こえないが、空のグラスを見つめてブツブツと何かを呟いている。

 俺は再び反射的に顔を背けたのだった。

 



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025.『歓迎会』【艦娘視点①】

「……まずは千歳さんと千代田に特大発動艇を装備してもらって……第二二駆逐隊の皆と組ませれば……」

「おーい? 大淀ー? ちょっとー?」

「川内さん達にもそれぞれ水雷戦隊を率いてもらうとして……そうすると駆逐艦の組み合わせは……」

「大淀っ、大淀ってば」

 

 空のグラスをじっと見つめながら備蓄計画を再検討している私の肩を、隣に座る夕張がゆさゆさと揺さぶってくる。

 集中できないので、私は我慢ならずに思考を打ち切り、夕張に目をやった。

 

「あぁもうっ! 何ですかっ⁉ 貴女の役目はドラム缶を四つ抱えていざとなったらそれで敵艦を殴り倒しつつ――」

「いや聞いてないから! とにかく落ち着こ? ねっ?」

 

 夕張がそう言ってメロン味のお酒を注いでくる。

 仕方なくそれに口をつけ、一息つく事にする。

 しかしどうにも一口では収まらず、ごくごくと一気に飲み干してしまった。

 

「んくっ、んくっ……ぷはぁ」

「もう、どうしたのよ。さっきからおかしいわよ」

 

 さっきから、どころではない。

 夕張の知らないずっと前から、私はもうおかしくなってしまっていた。

 遡れば、そう、鎮守府の正門前で、明石を泣かせてしまったと狼狽える提督を見て笑ってしまった時からだろうか。

 あの時から私はもう、きっとおかしくなっているのだ。

 

 鹿島が提督の秘書艦に立候補すると言った瞬間――嫌な感じがした。胸騒ぎが起きた。背筋に寒気が走った。

 それは何故かと言うと、正直に言えば、私の大切な何かを奪われてしまうのではないかと思ったからだ。

 

 過去の提督の中には、秘書艦の業務など誰がやっても同じだと言って、自分の好みの艦娘を指名する者もいた。

 事実、それは間違いではない。得手不得手はあろうと、やり方さえ覚えれば提督の補佐という仕事は専門性があるというわけではない。

 

 秘書艦の仕事は大きく分けて三つ。

 まずは、提督の身の回りの世話。たった一人で鎮守府を管理する提督の負担を少しでも減らす為、提督の食事の用意や洗濯、掃除などは基本的に秘書艦が行う。

 次に、鎮守府運営等、提督の執務の補佐。これもまた同様に、莫大な量の業務を抱える提督の負担を減らし、また執務を円滑に行う為の仕事だ。

 最後に、提督の護衛。『提督』という存在が無ければ、艦娘は本来の性能を発揮できない。たった一人、戦闘能力を持たない『提督』を仕留めてしまえば、一度に数十人の艦娘を弱体化する事が出来る。

 それを狙う深海棲艦側の刺客がすでにこの国には入り込んでいるのか、今まで何人もの提督が不審死、または行方不明になった。

 そのどれもが鎮守府外、艦娘から離れた時に起きている為、現在では提督は必要時以外鎮守府から離れられず、常に護衛の艦娘を近くに置く事を義務付けられている。

 

 つまり、秘書艦とは、ある程度身の回りの世話ができ、ある程度の執務の補佐ができ、ある程度の戦闘力があれば、誰にでもこなせると言っても過言では無い。

 もちろん、その能力が高ければ高いに越したことはないわけで、私も艦隊指揮能力やマメな性格を買われて、何度も秘書艦を務めてきたわけだが――。

 

 私と鹿島を比べればどうか。

 身の回りの世話に関しては互角だろう。私もそれなりに家事は出来る。

 執務の補佐に関しては、私は負けるつもりは無いが、鹿島も練習巡洋艦だけあって努力家だ。普通に執務をこなすには不都合が無いくらいには、すぐに成長するだろう。

 護衛能力に関しては、性能だけを比べるならば私が確実に上だ。それはもう軽巡洋艦と練習巡洋艦の違いなのでしょうがない。

 

 ここまでならば、理屈で言えば私を選ぶのが普通だと思う。

 だが、ここに秘書艦の第四の役割、つまり提督の眼の保養になるかどうか、という事が入ればどうか。

 

 過去の事例を考えるならば、前提督は舌なめずりをしながら私達を品定めし、迷わず香取さんと鹿島を指名した。そして隙を見ては尻を撫でまわすという愚行に出た為、香取さんと鹿島は秘書艦の辞退を願い出た。

 提督命令を振りかざしてそれを拒否した前提督だったが、香取さんによる艦隊司令部への直訴により指導が入り、代わりに私が秘書艦を務める事になったという経緯がある。

 艦隊司令部の指導のおかげか前提督は私に不埒な行動は起こさなかったが……それは私が、女性としての魅力に欠けるという事でもあったのだと思う。

 そんな事は今まで気にした事は無かったし、前提督に対してはむしろありがたいとすら思っていたのだが。

 

 もはや当たり前の事として理解できている、鹿島が殿方に好かれやすいという事実。

 同性の私から見ても、可愛さと綺麗さと美しさ、そして妖艶さが一つになっているような、不思議な魅力があると思う。

 見た目だけではなく、中身もとても素直で優しく、周囲に癒しの雰囲気を醸し出す。好かれて何もおかしな事は無い。

 

 望まずとも選ばれる事の多い鹿島が、自ら立候補したらどうか。

 戦闘能力を除けば秘書艦として最低限の能力は備えている鹿島を、傍に置いておきたいと思ってもおかしくはないのではないだろうか。

 だがそれは――私の性能を、私の能力を、そして女性としての私を否定されたも同然だった。

 

 提督の部屋の前で偶然顔を合わせ、鹿島は提督に挨拶をした。

 提督は私達にそう言ってくれたように、鹿島の陰の努力を誉めてくれて、鹿島はそれをとても喜んだ。

 私も、明石も、夕張も、皆同じだったというのに、何であんなにも心が騒いだのだろうか。

 提督が鹿島の事をよく知っていたというだけで、何故こんなにも胸が苦しくなったのだろうか。

 

 私達に気を遣って、提督はこの歓迎会に参加する事を遠慮していた。

 私がどんなにお願いしても頷いてはくれなかったのに、加賀さんの言葉、そして鹿島の言葉に、ようやく首を縦に振ってくれた。

 考えすぎではあると思うが――私では無く、鹿島の言葉だったからこそ、提督は頷いてくれたのではないだろうか。

 そんなおかしな考えが、次から次へと溢れて止まらない。

 

 やはり私は、おかしくなっているようだった。

 今までこんなくだらない事で悩んだ事など無かったというのに、どんな戦闘海域攻略作戦を考えている時よりも悩んでいるような気がする。

 

 結局、そんな私の悩みは杞憂であった――というわけでは無かった。

 提督が秘書艦候補として名前を挙げたのは、私や鹿島では無く、香取さんと妙高さんだったのだ。

 

 覚悟はしていたものの、実際に私が選ばれなかったというのはショックであった。

 しかも提督の人選が、私の予想していた失礼なものとは全く異なるものだったから、猶更だ。

 

 最も提督を補佐する経験が豊富なのは私であろうが、次点に挙げられるのは香取さんと妙高さんであろう。

 二人とも、私と同じく多くの提督の秘書艦を担当した経験を持ち、円滑に執務をこなすという意味では不都合の無い人選だ。

 また、妙高さんは我が横須賀鎮守府最強の重巡洋艦。護衛としての実力も申し分ない。

 香取さんも実は鹿島に比べれば数段強い。練習巡洋艦であるが故に性能は低いが、戦闘センスが優れている。ちょっとスケールダウンした龍田さんのようなものだ。安心して練習遠洋航海に送り出せるのも、彼女の確かな実力があってこそ。

 つまり実力の面においても、秘書艦としては申し分ない。

 滅多に怒らないが、怒らせるとかなり怖いと評判の二人でもあり、私達の事をよく調べているであろう提督がそれを知らないわけはない。

 時に厳しく自らを律してくれるであろう二人を傍に置こうと、提督は思ったのかもしれない。

 

 提督の好みが香取さんと妙高さんだったのだろうか――なんて邪推する余地も無いほどに、彼女達の経歴や適性を考えた上での指名だった。

 香取さんに鹿島を推薦されてなお、鹿島を秘書艦にする事にしばらく悩んでいた。

 もしかすると提督も、自分の好みで秘書艦を選ぶかも、なんて考えていた自分が恥ずかしい。

 

 しかしそうなると、何故私が選ばれなかったのか、という疑問が浮かぶのだが。

 確かに私は、香取さんや妙高さんほど、提督にお説教ができるような気質は持ち合わせていないが……提督はそれを決め手としたとも考えにくい。

 

 鹿島に対して、提督はこう言った。

 秘書艦として必要な要素が三つある。鹿島はその一つが足りないようだ、と。

 三つの必要な要素とは、やはり身の回りの世話、執務補佐、護衛の事だろう。

 鹿島の陰の努力すらも把握していた提督だ。鹿島本人はわかっていないようだったが、おそらく鹿島に足りないのは、護衛としての実力だと言いたいのだろう。

 何しろ、模擬戦闘演習のたびに指導している駆逐艦よりも早く中破、大破する事の多い鹿島だ。本人もそれを気にして努力はすれど、それで全てが上手くいくというわけではない。

 提督の指摘した通り、鹿島はどうも戦闘センスに欠け、提督の身を護る護衛となると少し頼りないのだった。

 答えを教えてあげたいところだったが、提督は鹿島自身に考えてほしいようだったので、あえて黙っていた。

 

 私が選ばれなかったのも、もしかすると足りない要素があるという事だろうか。

 戦闘力は、確かに軽巡洋艦としては神通さんや龍田さんなどには劣るものの、明石が言っていたように、それなりに腕っぷしには自信がある。

 夕張同様に装備可能数が彼女達よりも多いという利点もあり、対地戦闘など場面によっては、私の戦闘力は彼女達にも引けを取らないはず。

 少なくとも香取さんよりは強いはずだ。そうなると、護衛としての実力に不安があるという事ではない。

 

 執務の補佐に関しては、妙高さんや香取さんに劣るとは思わない。提督もそれは知っているはず。

 ま、まさか、私が身の回りのお世話が出来ないと思っているとか⁉ で、できますからね⁉ お掃除も、お洗濯も、一応料理だって!

 例えばカツレツとか……いや、考えてみれば足柄さんには劣るし、香取さんは更にその上を行く。

 そ、そう、カレーとか……うぅん、これも足柄さんには劣るし、妙高さんは更にその上を行く。料理という点ではあの二人には敵わない……。

 私だけの得意料理は……そうだ! お麩を入れたお味噌汁! 駄目だ、地味すぎる……提督に気に入ってもらえる気がしない……。

 と、とにかく、私も一応、料理できますから……一応……。

 

 や、やはり、私が提督に自分をアピールするには、長所であると自負している作戦立案能力しかないようだ。うん。

 

 しかし、香取さんと妙高さんの提案により、結局鹿島と羽黒さんが秘書艦になってしまった事。これには私は、少し賛成しかねる。

 嫉妬とかそういう事ではなく、単純に、それは提督の負担を増やす事になるのではないかと思うからだ。

 香取さんと妙高さんの思惑は、あの提督の傍で経験を積ませる事で、二人を成長させる事なのだろうが……提督に余計な仕事を増やす事にならないだろうか。

 

 まぁ、提督に全く選ばれなかった私に言える事は無いのだが。アハハハ。はぁ。

 

 明石と夕張のフォローがあったから良かったが、休息を取らなかったせいでさっそく提督に叱られてしまった。

 いや、叱っているつもりはなく、単に私達の事を心配してくれていたのだろう。

 提督に余計な心配をさせてしまった……お酒は零すし、提督に座敷を拭かせてしまったし……私は何なんだろう。はぁぁ。

 

「もしかして、秘書艦に指名されなかった事、気にしてる?」

「大淀ってば、内心自信満々だったもんねぇ」

 

 夕張と明石が小声でそう言ったので、私は心を見透かされたような気がした。

 本音を言えば気にしている。それはもう、もの凄く気にしていますとも。

 何しろ、提督の補佐をするというのは私自身のアイデンティティでもあると思っていたからだ。

 あの提督の隣に立ち、補佐をするのは今まで通り私の役目なのだと思い込んでいたからだ。

 

「夕張が装備開発しないでいいって言われたらどうします? 明石が装備改修しないでいいって言われたらどうします? 今そんな気分です」

「ま、まぁまぁ落ち着いて……ほらっ、もう一杯飲んで飲んで」

 

 私を気遣うように、夕張が再びお酒を注いで来る。

 ちらり、と横目で提督を見ると、ちょうど長門さん率いる戦艦部隊が挨拶をしているところだった。

 四人揃った金剛姉妹の勢いに、提督も少し押され気味のように見える。金剛が建造された事で、戦闘力だけではなく騒がしさもパワーアップしてしまったのは、流石に提督も想定外だったのだろうか。

 

 私が色々考えている間に、すでに何組かの艦娘達が提督への挨拶を済ませているようだ。

 つい先ほどまでは騒がしい潜水艦達に囲まれて困惑しているようだった。

 今夜ばかりは無礼講だ、普段通りの姿を見せてくれ、との提督の言葉に、皆も素の状態で提督に向かっている。

 提督に後ろからべったりくっついてイタズラを始めたイクの態度が流石に無礼に見えたので止めに入ろうかとも思ったが、それに気がついたのか、提督は私の目を見て無言で首を振った。

 たとえ少しばかり無礼であっても、普段通りの姿を見せてくれるのが嬉しいのだろう。提督の表情もいつもと変わらぬ真面目なものだったが、その目は少し嬉しそうに見えた。

 

 私はイク達の無礼を咎めなかった。

 あんなに楽しそうにはしゃぐイクやゴーヤを見るのは久しぶりだった。

 他ならぬ提督が無礼を許すと言っているのだから、私に止める権利など無い。

 それに、その光景を見ていて、私も何だか嬉しくなってしまったからだ。

 

 しかし、あぁやってアイコンタクトで提督と意思疎通が出来た瞬間は、やはり満ち足りた気分になってしまう。

 言葉にせずとも意思が伝わった瞬間、提督と私の間に確かな絆がある事を実感できるからだろうか。

 くぴ、とメロン味のお酒に口をつけ、考える。

 

 ……何だろう、この違和感は。

 

「大淀さん」

 

 鹿島と香取さんが、揃って私の近くに寄って来る。

 私の隣に腰を下ろした香取さんは、小声でこう言ったのだった。

 

「申し訳ありません。鎮守府を混乱させない為に、秘書艦には大淀さんのような方が良いと言っておきながら、勝手に鹿島を推薦してしまって……」

「え、えぇ。それは謝られる事では……元々、提督も私を傍に据える気は無かったようでしたし」

「あの時、大淀さんを推薦するのも有りだったとは思うのですが……提督が私と妙高さんを秘書艦候補として挙げたのを聞いた瞬間、提督のお考えが理解できたような気がしたのです。故に、私も安心して鹿島を推薦する事ができました」

 

 香取さんの言葉に、私は違和感の正体に気が付いた。

 提督の事が理解できていると、意思疎通が出来ていると自負していながら、私が秘書艦を外された原因がどんなに考えても理解できていないからだ。

 そして香取さんは、そんな提督の考えが理解できたと言う。

 私は恥を忍んで、香取さんに頭を下げたのだった。

 

「恥ずかしい話ですが、私には提督のお考えがまだ理解できていないようです。よろしければお教え願えないでしょうか」

「はい。私の考えですが、この鎮守府で現在最も提督の事を理解できているのは、やはり大淀さん、貴女です。それにも関わらず、まだ満足に会話すらしていない私と妙高さんを秘書艦候補として挙げました。そこから導き出せた結論は、『大淀さんをその能力の高さ故にあえて提督から離す』という判断に至ったのであろう、という事でした」

「か、買い被りだとは思いますが……あえて離した、ですか?」

「はい。提督の指揮方針から考えれば自然ではありませんか。つまり、大淀さんほどの方に身の回りの世話や執務の補佐をさせるのは勿体ない。それよりも、作戦立案などの、より高度な次元での提督の補佐を任せたい……あの提督ならば、そうお考えになると思ったのです。大淀さんは謙虚な方ですから、おそらくこの結論には辿り着かないかと思いまして……ふふっ、少しお節介だったでしょうか」

 

 香取さんの言葉に、私はまた恥ずかしくなった。

 私が謙虚だから、というのは、香取さんが私を気遣っての言葉だろう。単に私が、選ばれなかったショックで提督の考えを理解できなかっただけの事だ。

 香取さんに教えてもらえなければ、私はそれに気づかず、提督からの信頼を台無しにしてしまうところだった。

 

 提督は、私が最も提督の領域を理解していると信頼しているからこそ、あえて秘書艦候補から外したのだ。そう考えれば全ての辻褄が合うではないか。

 今回提督が行った金剛の建造がただの建造ではなく、比叡達の、そして艦娘全体の性能の底上げへと繋がっていたように、この提督は色々と型破りなのだ。

 私の考えはスケールが小さすぎた。

 身の回りのお世話だとか、執務の補佐だとか、護衛だとか、そういった枠に囚われていたのだ。

 秘書艦こそが、提督の最も近くにある存在なのだと、目が眩んでいたのだ。

 

 提督が仕事をしやすいように補佐するのではなく、提督の仕事そのものを受け取る事で、提督の仕事量を減らす。

 そうする事で、提督にも余裕ができ、それは更なる神算へと繋がるだろう。

 しかし、それは――。

 

「それは、権限を与えられていない部分に抵触するのではないでしょうか」

「確かに、今までの提督の指揮下であればそうでしょう。しかし私達は、特に大淀さんはこの一か月間、死に物狂いで鎮守府を運営してきました。提督は、その大淀さんの実績を評価しているのではないかと思うのです」

 

 提督の仕事は多種多様に及ぶ。

 深海棲艦の迎撃作戦や領海奪還作戦等の立案から、資材の備蓄状況や装備の保有状況、改修計画、艦娘達の練度、性能、疲労状況など多くの情報をリアルタイムで管理せねばならない。

 艦娘には、それらの仕事を手伝える権限が無い。提督が仕事を効率的にこなせるよう、資料を作成したり、作戦への意見を提案する程度の権限しか与えられていないのだった。

 しかし、もしも提督が私に期待している事が予想通りなのであれば、それは私に、今までの秘書艦を超える働きを期待しているという事だ。

 

 一か月間、提督不在の中で必死に鎮守府運営を主導してきた、この私に――。

 

 私は一体何を考えていたのだ。

 何が、鹿島の魅力に目が眩むかもしれない、だ。

 何が、自分の好みで秘書艦を選ぶかもしれない、だ。

 私が妙な邪推をして、一人で悩んでいる間にも、提督は私の中身を見ていてくれていたというのに。

 

 鳳翔さんの補佐はあれど、たった一晩であれだけの書類を処理できるほどに優秀な提督だ。根本的な事を言えば、普通の秘書艦など誰が務めても同じなのだろう。

 型破りなあの提督を補佐するには、秘書艦もまた型破りの働きをせねばならない。

 そしてその一人目として、提督は私を――?

 

 グラスのお酒を一息に飲み干し、改めて提督に目を向けると――提督は先ほどまでとは全く異なる真剣な眼に変貌していた。

 

 ――これは。この眼は。

 誰も気付いていないのだろうか。私は香取さんに目を向けたが、「どうかしましたか?」と首を傾げられる。

 いや、これは私だからわかったのだ。提督を最も理解できている私だからこそ、気付く事が出来たのだ。

 提督は基本的に表情を崩さない。ほとんど真剣な表情のままだ。故に皆は気付かない。

 だが、先ほどまでとは心中が明らかに違う。

 この歓迎会の場に似つかわしくないほどの、真剣な思考。

 微かに見える、焦りの色。

 

 ちょうど艦娘達が周りを離れ、提督も一息つけていたであろうその瞬間だ。提督があの眼に変わったのは。

 気づいたのは私しかいない――もしもそうだとするならば、ここで提督を補佐できるのは私しかいない。

 私は意を決して提督に近づき、こそっ、と小声で問いかけたのだった。

 

「提督、何かお考えでしょうか」

 

 私の問いに、提督はその真剣な表情を崩さぬままに、他の皆に聞こえないようにだろうか、声を潜めて早口に答えてくれたのだった。

 

「……あぁ、今後の備蓄の事を考えていてな」

 

 ――やはり。

 この歓迎会という僅かな休息の合間にも、提督はその脳内で執務をこなしているというのか。

 挨拶に来る艦娘一人一人に向き合う事を蔑ろにしているとも思えない。

 今だってそうだ。挨拶をしていた長門さん達が離れた瞬間、提督の眼は真剣なものに変わり、焦りの色が浮かんだ。

 提督は私達に心配をかけぬよう振舞いながら、心の中で現在の備蓄状況に焦りを感じているという事か。

 

 提督の作戦に必要不可欠であったとはいえ、金剛の建造、そして全艦出撃、改二実装艦による全力での迎撃により、資材はほぼ枯渇してしまっている。

 この状況では、正規空母、戦艦は出撃させられない。もしもこのタイミングで敵の主力が再び攻め込んで来たのなら、太刀打ちできない。

 横須賀鎮守府における自然回復分の資材量ではとても足りないだろう。

 勝って兜の何とやら、と那智さんや浜風は言うが、私達は昨夜の勝利に酔いしれている場合では無い。

 単に目の前の危機を退けただけであり、未だその脅威は残っている。

 現在の横須賀鎮守府に最も最優先されるのは、提督が、そして私が懸念している通り、迅速に、早急に、資材を再び備蓄する事だ。

 

 私はあの時、資材の備蓄に関しても提督は把握していると皆に伝え、改二の発動を許可してもらった。

 以心伝心。おそらく提督も私も同じ事を考えているはずなのだ。この後行うべき事は一つしか無い。

 

 深海棲艦が今回の夜間強襲の為に密かに用意していた三箇所の資材集積地からの資材の奪取。

 あれだけ豊富な資材があの位置に存在するという事は、敵が再び横須賀鎮守府を攻める際の足掛かりになってしまう。

 敵資材集積地から資材を奪う事でこちらの備蓄は回復し、敵の侵攻を防ぐ事が出来る、一石二鳥の作戦だ。

 資材確保を目的とした通常の遠征よりも、これを最優先で行わねばならない。

 

 ご自身の歓迎会の合間さえ縫って作戦を練る提督の負担は如何ばかりか。

 その負担を少しでも軽くできれば――それが出来るのは、香取さんの言葉が、そして私の考えが正しいのならば、唯一提督の領域に至っており、あえて秘書艦に選ばれなかった私しかいない。

 

 提督は他の皆には聞こえないような声で、唯一、私にだけ聞かせるように、考えを教えてくれた。

 

 ……これは賭けだろうか。間違えていれば、私は提督からの信頼を失ってしまう。

 しかし、もしも正しいのならば。

 

 私は意を決して、提督に進言したのだった。

 

「――提督、よろしければ、この大淀にお任せ頂けませんか」

「……何?」

 

 私の提案に、提督は怪訝そうな目を私に向けた。

 思わず冷や汗が頬を伝う。

 やはり出過ぎた提案であっただろうか……いや、私の考えが正しければ。

 私が提督の事を本当に理解できているのならば――。

 私と提督が、本当に以心伝心であるのならば――。

 

 私がごくり、と生唾を飲み込むと同時に、提督はゆっくりと確かめるかのように、口を開いた。

 

「……任せてもいいのか?」

「はい。兵站に関してはこの一か月間、私が中心となって管理しておりました。私がそちらを担当する事で、提督は他の執務に集中できるかと愚考いたします。日報にて逐一状況報告を徹底し、何かありましたら指示を頂ければ対応します。いかがでしょうか」

 

 提督はしばらく考え込むように目を瞑り、口元に手を当てた。

 数秒が経ち、提督は目を開けて、私の目をじっと見据えたのだった。

 

「――大淀」

「……ッ、はっ……!」

 

 一秒、二秒。時が長く感じられたが――提督はすぐに言葉を続けた。

 

「褒美は何がいい」

 

 時が止まった。

 提督の言葉の意味が理解できず、頭の中で何度も反芻し、それがやがて自分の提案に対する提督の評価なのだとの結論に至った瞬間、私は思わず顔を伏せ、慌てて妙な声を上げたのだった。

 

「……はっ、はぁぁっ! とっ、とんでもございませんッ! これがっ、これが私の仕事ですからっ! ご褒美なんてっ、そんなっ⁉ そんな、考えた事も……」

「ふむ……ならば、思いついたらいつでも言ってくれ。その代わりに、この件については大淀に一任する」

「は、はっ、お任せ下さい。すぐに作戦を立案いたします。出来上がりましたら提督の許可を――」

「いや、私の許可を待たずに、大淀の判断で開始して構わない。報告も随時で良い。ただし、なるべく迅速に頼む」

「――承知いたしました!」

 

 や、やった、やった……やったぁぁ‼

 私は真剣な表情を保っているつもりだが、もう顔がほころぶのを堪える事ができなかった。

 もう勢いのままに立ち上がって、加賀さんの持ち歌に合わせて踊ってしまいたい気分だった。

 何とか自分の感情を抑えて、心の中で歌いながらスキップして回る程度に留めておく。

 

 ようやくわかった。ようやく理解できた。

 何故、鹿島を秘書艦にする事を悩んでいた提督が、最初の方針を変えて許可したのか。

 未熟な鹿島と羽黒さんを傍に置く事で増える提督の負担を減らす事が出来るのは、唯一肩を並べられるほどに信頼されている私のみ。

 今回のように私が兵站管理などの仕事を請け負う事で、鹿島と羽黒さんで増えた負担を相殺する事が出来る。

 つまり、鹿島と羽黒さんが秘書艦になったという事実は、他ならぬ私への信頼の証!

 

 香取さんの言う通りだったのだ。提督は私を特別に信頼しているからこそ、あえて秘書艦に置かなかったのだ!

 この場で提督の考えに気付けたのは私だけ! やはり私と提督は以心伝心! この大淀、言葉にせずとも提督からの信頼、確かに受け取りました!

 よぉし、よぉし、頑張らねば!

 

 そこで私は、はっ、と気が付いた。

 私が思わず素っ頓狂な声を出してしまったせいで、皆の注目が私達に集まってしまっていたのだ。

 瞬間、提督の周りを幾人かの艦娘が取り囲む。

 

「ヘーイ、テートクゥ? これはどういう事デース? 詳しく聞かせてもらいマース!」

「提督! 大淀ばかりズルいのね! イクも頑張ったご褒美欲しいの!」

「一人だけ贔屓するのは駄目だと思うでち! ゴーヤはお休みが欲しいでち!」

「提督さんっ! 夕立ももっともっと褒めてほしいっぽい!」

「私は夜戦演習許可して欲しいなぁー? ねっ、いいよね提督っ⁉ や・せ・んっ!」

「寝ずに頑張ってた私にもご褒美をくれてもいいんですよ? 提督の膝枕とか! キラキラ!」

 

 も、申し訳ありません、提督……どうか、ご無事で……。

 明石の首根っこを引っ張りながら、私はそそくさと逃げるように元の席に戻る。

 鹿島と香取さんは嬉しそうに、そんな私を出迎えてくれたのだった。

 

「ふふっ、流石ですね。まさか提督がこの場でも兵站管理について考えていたなんて思いもしませんでした」

「香取さん……ありがとうございます。私も助言を頂けなければどうなっていたか……」

「岡目八目と言いますからね。第三者にはすぐにわかる事でも、当事者には答えが見つからない事は多々あります。お互いに助け合っていきましょう。それに大淀さんが悩んでいたのも、元はと言えば『言って聞かせる』事をしない提督がいけないのですからね。私の方から少し厳しく伝えてみましょうか?」

 

 香取さんは微笑みながら、教鞭をぱしんと掌に叩きつける。

 

「や、やめてあげて下さい……私達が悩むことで、思考力、判断力を鍛える事が目的だと思いますので……」

「うふふ。冗談ですよ。提督の方針は私も理解できているつもりです。この鎮守府を救ってくれた御方にそんな無礼な真似はできません」

 

 まったく冗談に聞こえなかったのだが……。

 この香取さんや妙高さんは、たとえ提督であろうとも筋の通らない事をすれば理路整然とお説教が出来る、とても貴重な存在なのだ。

 やはり提督はそれを見込んで香取さんと妙高さんを秘書艦候補として挙げたのだろうか……私も二人を見習って、少し勇気を出してみるべきか?

 

「鹿島もまだまだ秘書艦としては力不足。私も力になるつもりではありますが、必要な時にはどうか力を貸してあげて下さい」

「えぇ、勿論! こんな私でよろしければ!」

 

 香取さんや鹿島、加賀さんを強敵だ、なんて思っていた私が恥ずかしい。

 提督と以心伝心であると確信できた今ならばわかる。

 提督は決して、自分の好みで私達艦娘を差別したりなんてしない。

 おそらく一人の男性として好みはあろうとも、決して公私混同はしない御人だ。

 

 香取さんの言葉に合わせて、鹿島もぺこりと頭を下げた。

 

「えへへ……よろしくお願いします。でも、提督さんに、私には足りないものがある、って言われた時、私、何だか嬉しかったんです。おかしいですよね」

 

 鹿島は照れ臭そうにそう言った。

 鹿島の言葉に、香取さんが興味深そうに問いかける。

 

「あら、どうして?」

「私、今まで実力が足りないって自分でもわかってるのに、秘書艦に指名される事があったから……その、外見だけで選ばれたり、声をかけられたり、褒められたりする事が多くて。でも、提督さんは、はっきりと私に足りないものがあるって言ってくれて……誰にも言ってないのに、私が努力してる事も優秀だって褒めてくれて……何だろう、長所も短所も理解してくれた上で、等身大の自分を初めて見てもらえたような気がして。うふふっ、それで、嬉しくなっちゃったんです」

「ふふっ、なるほど。でも、鹿島が秘書艦に立候補したのは、まだ提督とお話しする前だったはずだけど」

「うーん、それが私にもよくわからないんですけど、大淀さんや間宮さんから提督さんの話を聞いたり、徹夜明けの提督さんの姿を見ていたら、なんだか放っておけないというか、支えてあげたいって気持ちになって……」

「あらあら、まぁ……ほほう、なるほど……」

「あっ、香取姉! 何か変な事考えてるっ?」

「うふふっ、どうかしらね。とりあえず秘書艦、頑張ってね。応援するわよ、色々と」

「ちっ、違うからっ! 本当にまだそんなんじゃないからっ!」

「まだ?」

「もぉぉぉ!」

 

 香取さんにからかわれ、顔を真っ赤にしている鹿島を見ても、提督の信頼を確信できた今は冷静でいられる。

 ほんの数分前であれば、また私は頭がおかしくなっていただろう。

 鹿島の言う事は、私にもよく理解できる。

 長所も短所も、美点も欠点も、全部丸ごと受け入れて、贔屓もせず邪険にもせず、常に公平な目で評価をしてくれる。

 だからこそ、提督から貰えるお褒めの言葉は、とてもとても心に沁みるのだ。

 

 改めて今までの自分の姿を顧みて、本当に、私はおかしくなっていたのだと思う。

 提督の事を考えていると注意散漫になって被弾しそうになるし、頭はおかしくなりそうだし、私は大丈夫なのだろうか。

 

 ……でも、たとえ大丈夫じゃなくたって、今の私はとても幸せなのだ。

 こんな私を、提督は本当の意味でお側に置いてくれている。

 たとえ秘書艦でなくたって、たとえ距離は遠くたって、提督の真の右腕はこの私なのだ。

 提督と肩を並べて補佐する事が出来るのは、今のところ私一人しかいないのだ。

 それだけでもう、胸がいっぱいでたまらない。

 

 あぁもう、駄目だ。すっかりドヤ顔が抑えられていないようだった。

 明石と夕張が何とも言えないげんなりとした表情で私を見ているからだ。

 私はもう固定されてしまった表情のままに、明石と夕張に言ったのだった。

 

「さぁ、明日からまた忙しくなりますよ! 資材は極力節約! 水雷戦隊は資材確保を目的とした、敵資材集積地からの輸送作戦を実施します!」

「……まぁ、元気になったのなら別にいいんだけど、なんかイラッとするわね……」

「大丈夫。夕張だけじゃなくて私もだから……」

「ふふふ。作戦は固まりました。早速、明日の朝イチから働いてもらう面子に説明せねばですね!」

 

 私がそう言って立ち上がろうとした瞬間、隣に長門さんが腰を下ろした。

 どうやら明日からの遠征作戦について聞いていたようだ。

 長門さんはオレンジジュースの注がれたグラスに小さく口をつけた後、私に流し目を向けて、言ったのだった。

 

「ふっ……大淀。お前ならば忘れていないとは思うが、私も改二状態ならば大発動艇を装備する事が可能に」

「駄目です」

 

 即答であった。

 酒も飲んでおらず、素面でそんな台詞が吐ける辺り、この人も私同様、少し頭がおかしくなってしまっているのかもしれない。

 私の返答に、長門さんは戸惑いながら声を上げた。

 

「なっ……何故だ⁉」

「ご自分の燃費を考えてから発言して下さい。ただでさえ燃費の悪い長門さんに改二発動を許可するほど資材に余裕はありません」

「し、しかし、ただ鎮守府で大人しくしているだけでは提督に褒めてもらえん! 私も、もっと提督に褒めてもらいたくて、胸が熱くてたまらないのだ……」

 

 やはり、私と同じようにおかしくなっているようだ。

 何故なら私も、長門さんの気持ちはよくわかる。痛いほどに、よく理解できるからだ。

 提督に何かを任せてもらえる、提督に褒めてもらえる、それがどんなに心地よいものかと、私達はあの朝に知ってしまった。

 しかしながら、非常に残念な事に、現在の鎮守府の状況では長門さんの願いは叶えられそうにも無い。

 資材枯渇の危機、という闘いには、長門さん達戦艦や、加賀さん達正規空母の皆は参加できない。

 提督に褒めてもらいたい、なのに褒めてもらえないという焦りは心中察するが、しばらく出撃は控えさせてもらいます。

 

 しかし長門さんの目を見ると……説得するのは骨が折れそうだ。

 私は大きく溜息をついて、我らが横須賀鎮守府艦娘達のリーダー的存在との長い戦いを始めたのだった。

 

「世界のビッグセブンがワガママを言わないで下さい。戦闘面では頼りにしていますから、今は休むのが仕事です」

「で、ではせめて鎮守府正面海域の警備を」

「駄目です。制海権を取り戻した現在の正面海域なら水雷戦隊や潜水艦隊で十分に戦えます」

「そ、そうだ! ならば遠征に向かう軽巡の代わりに私が駆逐艦の面倒を」

「駄目です。さりげなく長年の夢を叶えようとしないで下さい」

 



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026.『歓迎会』【提督視点②】

 秘書艦任務をやんわりと断った香取姉と妙高さんは満足そうに俺の下を去っていった。凹む。

 代わりに俺の秘書艦を務める事になった羽黒は見るからに憂鬱そうな表情だ。申し訳無い。

 苦手な上司と二人きりの部署で仕事する事が決定された時のような顔だ。上司側としても非常に気を遣う……。

 羽黒とは対照的に、鹿島はとても嬉しそうに鼻歌と共に去っていった。可愛い。い、いや違う。

 あんなに嬉しそうなのは、俺の秘書艦となった事で俺の寝込みを襲う隙を窺いやすくなったからであろう。

 少しでも好感度を上げようと香取姉のお願いを聞いた俺の自業自得なのだが、童貞を、そして命を奪われないように何か手を打たねば……。

 

 妙高さん達が挨拶を終えて去っていったにも関わらず、まだ那智と足柄はそこに残っていた。

 那智はタイミングを窺っていたように距離を詰め、デカい洋風の酒瓶を座敷にどんと置く。

 その鈍器で俺を殴り殺そうとしていると誤解されてもおかしくないような鋭い眼光と共に、那智はこう言ったのだった。

 

「貴様、酒は呑めるか?」

「……う、うむ。まぁ、それなりにな」

「そうか……ポン酒もいいが、こいつもなかなか悪くないぞ」

 

 那智がそう言って酒瓶を持ち上げ、瓶の口を向けてきたので、俺は慌ててグラスの中の酒を飲み干し、空のグラスを差し出した。

 それを見て、那智は意外なものを見たかのように目を丸くした。

 

「ほう、貴様、いける口だな。わざわざ一息に飲み干すとは律儀な奴だ」

「敬意を払うべき者から酒を注がれる際には、杯を空にするのが礼儀だと教わってきたものでな」

 

 俺が以前勤めていた職場で教えられた、というより強要されていた事だった。上司に酒を勧められたら断るな、杯を空にしろ、そうでなければ失礼だ、と。

 正直もうそんな時代では無いと思うのだが、上司の中にはそういう妙な礼儀を強制してくる者もいる。

 いわば悪しき風習だと思うが、俺は今回、あえてそれを口にした。

 人に強要するのではなく、個人がそう思い、そうするのならばそれは人の勝手である。

 俺がそれを口にして、そしてグラスを空にする事で、俺は那智を敬っているのだ、と示す事になるのだ。

 そう言われて悪い気がする者はいないだろう。

 

 実際には、俺は史実にあまり詳しくないし、那智の戦歴も全然知らないので尊敬という感情は皆無なのだが。

 那智についての知識など、オータムクラウド先生の作品から得た、首筋が弱いという情報しか知らない。

 

 那智に酒を注がれ、今度は俺が酒瓶を持ち上げる。お、重ッ⁉

 察したように差し出されたグラスに酒を注ぐと、那智もまた一息に飲み干し、小さく笑いながら言ったのだった。

 

「フッ……そうか。それならば遠慮はいらんな。勝って兜の何とやらと言うが……今夜ばかりは呑ませてもらおう。どれ、呑み比べといこうじゃないか」

「呑み比べだと?」

「まぁ、明日の執務に支障が出るならば無理にとは言わんが……」

 

 那智の眼はそう言っていなかった。

 明らかに、何か意味があって上官である俺に勝負を挑んできている、そんな眼をしていた。

 見るからに武人肌の那智だ。勝負から逃げては、おそらく更に好感度が下がる。部下を相手に逃げ出したぞ、と笑いものにする気かもしれない。

 こんな勝負を挑むくらいだ。那智は酒の強さにそれなりに自信があるのだろう。

 さりげなく自分に有利な土俵で戦いを挑むとは、武人のような雰囲気にも関わらず、なんて卑劣な奴だ。恥を知れ、と言ってやりたい。

 だが、ここで逃げては男が廃る――。

 

 俺は那智の眼を見据えて、言ったのだった。

 

「勝負というからには、何か賭けなければつまらないな」

「ほう、言うではないか。そうだな……敗者は勝者の言う事を一つ聞く、これでどうだ」

「面白い。受けて立とう」

 

 馬鹿めが! この俺の土俵にまんまと上がりおったわ! この智将に酒で勝負を挑むとは笑止千万!

 自慢ではないが俺は元々酒に強い体質であり、更に以前勤めていた会社でやたら上司の酒に付き合わされてきたおかげで鍛えられたのか、酔いつぶれた事など過去に一度しか無い。

 少なくとも今までの人生で俺よりも酒に強い奴には会った事が無い。つまりこの勝負は貰ったも同然!

 俺も男だ。負けるとわかっている勝負からは迷わず逃げ出すが、勝てるとわかっている勝負から逃げた事は一度も無い!

 俺が勝ったら、本当に那智は首筋が弱いのか確かめさせてもらう事にしよう。フゥーハハハァー。

 い、いや、違う。調子に乗るな。勝ちを確信して慢心するのは馬鹿のする事だ。このチャンスは有効に使わねば。

 

 姉を射んとすば、まず妹を射よ。

 この那智は妙高さんの妹なのだ。コイツを敵に回しては、妙高さんの好感度アップなど夢のまた夢。

 逆に言えば、那智を味方につけさえすれば、妙高さんの好感度アップも狙えるし、羽黒もあそこまで怯えなくなるかもしれない。

 よ、よし。俺が勝った暁には、那智にその辺りを頼むことにしよう。

 

「もう、那智姉さんったら。提督にあまり無理をさせては駄目よ」

 

 そう言って俺と那智の間に割って入ったのは、妙高型三女の足柄だ。妙高型の中では、妙高さんの次に俺のタイプである。巨乳なのだ。

 足柄は那智とは比較にならない人懐っこい笑みと共に、俺を見て言ったのだった。

 

「提督のおかげで昨日は最高の戦いが、そして最高の勝利が得られたわ! 本当にありがとう!」

 

 う、うん。そうだね。

 俺というクソ提督の存在のおかげで皆も一致団結して、俺の歓迎会を無視して最高の戦いができたみたいで何よりです。

 だが俺も心が広いからな。足柄達が最高の戦いに出てくれたおかげで、俺もあの最高の景色を拝む事ができたのだ。

 俺の歓迎会に出席しなかった事はこれでチャラにしようではないか。

 

「私は何もしていない。昨夜の戦果は他ならぬお前達の頑張りが実を結んだに過ぎん」

「ふふっ、やっぱりそう言うのね。提督がそう言うのなら、そういう事にしておくわ。あ、それと、私の出していたロース肉と食用油の申請! あれもすぐに決裁してくれたって聞いたわ!」

 

 申請の決裁……あぁ、そう言えばあったな! 『カツの調理に使用する為のロース肉と食用油の申請』! 名前までは見ていなかったが、足柄の申請だったのか。

 たくさん適当に処理したから中身はよく見ていないが、まぁ鳳翔さんや大淀がOKを出していたのならそれでいいのだ。

 足柄は何がそんなに嬉しいのか、目を輝かせながら言葉を続ける。

 

「そんな提督に、私から手料理をプレゼントしたいの! 食べて頂けるかしら?」

「手料理……だと?」

「えぇ! この最高の勝利を祝う、勝利のカツカレーよ! 他にもカツサンドとかカツ丼とか考えたんだけど、やっぱりカレーは艦娘にとって神聖な料理! ここはカツカレーしか考えられなかったわ!」

 

 あ、足柄コイツ……いい奴だな!

 俺の慧眼にはよくわかる。コイツは天龍と同じタイプだ。つまり少し頭は残念な感じだが裏表の無い性格をしている!

 浦風や明石のように、裏で何を考えているかわからないタイプではない!

 そ、そうか、俺は少し勘違いをしていた。

 オータムクラウド先生の作品によれば、足柄は三度の飯よりカツと勝利と自分が強くなる瞬間が好きな、飢えた狼。弱点は耳だ。

 

 女子の交友関係は難しいものだ。皆と違う行動をすれば協調性が無いと思われ、上手く行かなくなる部分もある。

 学生生活や前の勤め先で、その辺りは嫌でも目についた。何より妹達からそういう話をよく聞かされる。

 つまり長門などのリーダー格が俺の歓迎会に不参加を決めた事で、じゃあ私も、といった感じで不参加を決めた艦娘も少なからずいるかもしれない!

 少なくとも、俺が無能とわかっていながら、足柄は俺に手料理を振舞ってくれると言う。

 歓迎していない相手にも愛想笑い程度なら出来るが、わざわざ手の込んだカツカレーまで振舞う奴はいない。

 飢えた狼と呼ばれる程に戦闘狂らしいし、歓迎会に出席しない事で俺が傷つくことまで頭が回らずに、戦える方が良いと参加したのかもしれない。

 

 そう考えれば、鳳翔さんの下手なフォローも、案外外れてないのかもしれない。

 足柄にとって、提督の歓迎会よりも戦闘の方が何よりも優先すべき事項だったのだ。

 軍艦の魂が人の形として現れた艦娘にとって、むしろそれは当たり前なのかもしれない。

 無能がバレた事で俺の信頼度は最低レベルだと思っていたが、足柄のように俺の無能をそこまで気にしていない艦娘もいるかもしれない!

 俺の味方は、間宮さんや鳳翔さん、大淀だけでは無かった!

 

 そう考えると、嬉しくて泣いてしまいそうだ。つーか危うく足柄の事を好きになってしまいそうだった。胃袋を掴まれるとはこの事か。

 何しろ、女性に手料理を振舞ってもらうなど、生まれて初めてだ。

 いや、よくよく考えたらその前に間宮さんにおにぎりを振舞ってもらっていたのだから、俺の手料理振舞われる童貞は間宮さんに無事捧げられていた。マンマミーヤ!

 すでに俺の胃袋は間宮さんに掴まれていたのだった。結婚したい。

 俺が就職してから妹達もようやく本格的に料理をするようになってくれたが、父さんを事故で亡くしてからはほとんど俺が作っていたからな。外食をする余裕も無かったし、人に料理を振舞われるという事に、俺はどうやら耐性が無いようだった。

 

 そう言えば秘書艦の仕事として提督の食事を用意するという事を鹿島が言っていたが……いや、あのドスケベサキュバスのする事だ。睡眠薬とか媚薬とか盛られかねない。

 鹿島は足柄とは違って全ての行動が俺の童貞を奪う事に直結している気がする。気をつけねば。

 

 うむ。良いではないか。カツカレーでもカツサンドでもカツ丼でも何でも来い!

 本音を言えばカツサンドならぬ妙高さんと足柄のケツサンドとか、カツ丼ならぬ寝転んだ俺の顔の上にケツ、ドーン! みたいな方が嬉しいのだが、贅沢は言えない。

 勝利のカツカレー、頂きますとも!

 足柄は本当にいい奴だ。巨乳だし、三女だから年上って感じではないが同級生くらいの感じがするから気が合いそうだし、考えてみれば一応羽黒の姉属性あるし、巨乳だし。こいつは是非とも味方につけねば!

 

「う、うむ! ありがたく頂こう!」

「あら! そこまで喜んで頂けるなんて!」

「いや、恥ずかしながら、間宮や鳳翔さん以外に手料理を振舞われるとは思わなくてな。正直に言えば、お前達の手料理を口に出来るという事がとても嬉しいのだ」

「ふふっ、意外と可愛い所があるのね。お口に合えばいいのだけれど」

「何、口の方を合わせるから心配はいらん。どんなものでも美味しく頂けるのが私の特技なんだ」

 

 いかん。テンションアゲアゲなのが思わず表に出てしまった。

 少し声が大きくなってしまったからか、何人かの艦娘の視線を感じる。くそっ、反応が童貞臭いと心の中で笑われているかもしれない。凹む。

 磯風が誰にも声をかけずに立ち上がり、さりげなくそのままどこかへと消えていくのがちょうど目に入った。トイレだろうか。

 

「まぁ、御上手ね。それじゃあ早速、カツを揚げる準備をしてくるわ! またタイミングを見てお持ちしますね!」

「あぁ、楽しみにしておこう」

 

 俺が頷くと足柄は嬉しそうに立ち上がり、その場を去っていった。

 

「他の奴らの挨拶の邪魔になりそうだから、私も少し離れる事にしよう。妙高姉さんに立ち会って貰えるよう、すでに頼んであるから不正の心配は無い。貴様が呑んだ分だけ、私も呑む事にするよ。先に酔い潰れた方が負けだ」

 

 そう言い残して、那智も足柄と共に元の席へと戻っていった。

 自分の土俵で勝負を挑んできた那智は信用ならんが、他ならぬ妙高さんならば信頼できる。いくら俺の事を嫌っているとは言え、妙高さんならば身内びいきはしないはずだ。

 つまりイカサマの出来る余地は無い。那智も自分に有利な勝負だからと、それ以上は策を練る事を徹底せず、慢心したのだろう。

 馬鹿めが! 勝ちを確信して慢心し、敵を舐めてかかるとは愚の骨頂!

 その程度の策でこの智将に勝とうなどと片腹痛いわ!

 

 随分と余裕そうな表情で去っていった那智を見て、俺は笑いを堪えるのに必死だった。

 だ、駄目だ、まだ笑うな……こらえるんだ……し、しかし……。

 想像してしまう。どんなに呑んでも酔わない俺を見て、予想外だという表情を浮かべる那智の姿を。

 酩酊状態になり、立ち上がる事もままならない那智を、俺はしっかりと自分の二本の脚で立ちながら見下ろすのだ。那智も勝負を挑んだ相手との実力差を思い知るだろう。

 そんな俺に運ばれてくるのは、そう。勝利のカツカレーよ! カツ! カレー! ベストマッチ! よし! 勝利の法則は決まった!

 

 こうして那智は自分の言い出した賭けにより、俺の言う事を聞かなければならない。

 馬鹿な奴であれば那智の乳をネチネチ攻めたいなどとおかしな事を考えるかもしれないが、あいにく俺は頭が切れる。

 この機会を利用して、妙高さんとの仲を取り持ってもらうのだ。羽黒とも、せめて仕事に支障が出ない程度に態度を改めてもらえるよう説得して頂きたい。

 羽黒がしっかりと秘書艦をこなす事ができれば、妙高さんも俺を見直してくれるかもしれない。芋づる式ならぬ妹づる式に好感度を上げていく事もできそうだ。

 これで仕事もハーレム計画も上手くいきそうではないか。天才か俺は。

 

 俺は表情に出さぬように心の中でほくそ笑み、那智の手により注がれた勝利の美酒をゆっくりと味わったのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「司令官、お疲れ様。伊168よ。イムヤでいいわ、よろしくねっ!」

「海の中からこんにちはー! 伊58です! ゴーヤって呼んでもいいよ!」

「いひひっ、伊19なの! そう、イクって呼んでもいいの!」

 

 俺は一瞬不健全なお店に迷い込んだのかと錯覚してしまった。

 伊号潜水艦のイムヤとゴーヤ、イクである。イムヤとゴーヤはスクール水着に何故かセーラー服の上だけ着用するという、見るからにアウトな恰好だ。

 スクール水着のみを着用しているイクよりも肌を覆う表面積は広いはずなのに、何故逆にいやらしくなってしまうのだろうか。これを着エロと言います。

 

 まぁ、セーラー服は元々船乗りの服だし、スクール水着は言わずもがな水着なわけで、海に潜るのであればおかしくは……いや、それなら何故セーラー服を上半身だけ……駄目だ、コイツらの装束はよくわからん。

 艦娘の装束について深く考えるのはやめよう。夕張の丈の短いセーラー服や、大淀と明石の袴みたいな構造のスカートも謎だが、そのおかげでお腹とか太ももとかを堪能できるのだ。ダンケダンケ。

 

 ダンケで思い出したが、オータムクラウド先生を通じて間接的に俺のドイツ語の師匠である伊8(はっちゃん)はいないのだった。別にハーレムに加えるつもりは無かったが、ちょっと残念である。

 俺は元々、潜水艦に関してはハーレム対象外だ。

 何しろ、その見た目からして幼い。イクなんかはちょっとヤバい部分があるが、全体的に中学生にも満たないというか、正直、俺の目には小学生くらいに見える。大目に見てもやはり中学生くらいだ。

 ましてやセーラー服にスク水だ。どちらも学生が身に纏うものではないか。

 学生と考えてしまうと、どうしても妹達の事が頭によぎる。大学生くらいなら大目に見るとしても、高校生以下は俺の中では完全にストライクゾーン外なのだ。

 

 そういうわけで、いくら不健全な恰好をしていたところで、俺が反応する事などないのだった。

 俺は自分でも驚くほどに冷めた頭で、それぞれと乾杯した。

 形式的な挨拶を簡単に交わす。

 うーむ、潜水艦達は俺への好感度は低いのか……? そんな風には見えないが……。

 

「てーとく! ゴーヤの持ってきたお酒を飲むでち!」

「イクがお酌してあげるの!」

「わ、わかったわかった……頂こう」

「あぁっ、司令官、それは」

 

 イクは張り切ったように瓶を持って酒をなみなみと注ぎ出す。

 イムヤが俺に何かを言おうとしたが、勢いよく注がれ過ぎて危うく零れそうになったので、俺は咄嗟に唇をグラスにつけて酒を啜った。

 ――瞬間、俺の口内に広がるクッソ生臭い苦み! 例えるならば俺の学生時代の味だ。

 何というか、ニガウリをミキサーにかけたものを日本酒に混ぜたような、カクテルと呼ぶのもおこがましい何かだった。

 

 思わず顔をしかめて噴き出してしまいそうになったのを堪え、無表情を保った自分を褒めてやりたい。

 ある程度平静を装うスキルには自信があったが、こんな不意打ちがあるとは思ってもみなかった。

 俺が表情を固めて唇を噛み締めている姿を見て、イクはけらけらと笑ったのだった。

 

「いっひひひひ! ゴーヤ特製、ゴーヤ酒なの!」

「えぇ~、苦くなんかないよぉ。ねっ、てーとく?」

「あぁっ! 何て事するの! 司令官ごめんなさい、吐き出していいから」

 

 こ、こいつら……! 上官に向かってなんて真似を……馬鹿か!

 イクは言うまでも無く馬鹿だ。ゴーヤは味覚が馬鹿のようだ。

 俺の事を唯一心配してくれているのはイムヤだけだ。

 イムヤしかまともな奴がいないが、そんなイムヤも馬鹿みたいな服装だ。

 くそっ、潜水艦は馬鹿しかいないのか……。

 

 しかもこれはかなり高度な嫌がらせだ。

 小学生くらいにしか見えないゴーヤが普通に飲んでいる酒を、俺が苦くて飲めないなんて言って見ろ。あんなに偉そうにしておいて、股間だけじゃなくて味覚も子供なのねと笑い物になるのが目に見えている。

 

 ええい、那智といいイク達といい、どいつもこいつも俺を馬鹿にしおって。

 採用されたばかりの教師が歳の近い生徒に馬鹿にされる気分というのはこんな感じなのだろうか。イクもゴーヤもいい気になりおって!

 貴様らの目論見など、この智将の提督アイにはお見通しだ!

 この俺が貴様らの思い通りに踊り狂うと思うてか!

 この程度の苦味、学生時代に嫌と言うほど味わったわ!

 臥薪嘗胆と言うが、人生においてもう苦味は舐め飽きたわ! 故に甘味に飢えている俺が甘味処間宮さんに甘えパイと思うのも自然の摂理なのであった。

 

 俺は無表情を保ったまま、無心になって口の中の苦味の塊を飲み込んだ。

 ふぅ、と大きく息を吐くと、苦味が鼻や口の中を通り抜けて非常に気持ち悪い。

 イムヤは目を丸くして驚いていたが、イクとゴーヤは目を輝かせて「おぉー」などと言っていた。

 

 そんな潜水艦共に、俺は表情を変えぬままに言ってやったのだった。

 

「う、うむ……非常に個性的な味だな」

「いひひっ! 気に入ってくれたのね? それじゃあ張り切って、どんどんお酌しちゃうの! イクのお酒が飲めないっていうの~?」

「わぁ~、やったぁ! まだまだあるからいっぱい飲むでち!」

 

 も、もう、いっぱいでち……。

 くそっ、コイツら調子に乗りやがって!

 オータムクラウド先生の作品『イク、イクの!』はとりあえず買ってみたはいいものの、結局一度もオカズに出来なかった唯一の作品だ。

 オータムクラウド先生の描いたその見た目や性格が、どうしても俺の琴線に触れなかった為だが、どうやらそれは正解だったようだ。

 やはり俺は包容力のある大人の女性が好みだ。

 たとえ巨乳であろうとも、それだけでは俺の心には響かない。

 

 しかし俺も大人の端くれだ。ここでイクを無視したり軽くあしらう事は出来るが、それでは好感度が下がるだけだろう。

 ここは正々堂々と、イクの嫌がらせにも受けて立とうではないか。

 イクに注がれたゴーヤ酒を口に含む。ヴェァァァアアア――ッ! やっぱり不味い! もう一杯! つーかもういっぱいでち!

 反射的に表情が渋くなってしまうのを必死に堪えていると、それを見てか、イクはいたずらっぽく笑って言ったのだった。

 

「提督、表情が固いのね! こういう楽しい場では笑わなきゃ駄目なの! こうやって、こうなの!」

 

 イクは俺の後ろに回りこむと、俺の背中にむぎゅっ、とくっついて、俺の口角を無理やり指で上げた。

 必然的に、イクの酸素魚雷二発が俺の背部に命中!

 思わず顔がにやけてしまったが、イクの指で口角をいじられている為、おそらく気付かれなかっただろう。柔らかくなった表情の代わりに今度は股間が固くなった。

 ち、違うのだ、これは何かの間違いだ。

 俺の頭はイクの事など何とも思っていないというのに、俺の下心が叫びたがっているんだ。

 

 おっきな魚雷、大好きです‼

 

 ふと、大淀と目が合った。

 目と目で通じ合うとはこの事だろうか。大淀はイクを注意しようと思っていたみたいだったので、俺は無言で首を振った。

 俺の意思が通じたのだろう。大淀は小さく頷いて、再び視線を外したのだった。

 うむ、流石は大淀。言葉にせずとも俺の心をよく理解できている……。

 

 そう、度重なるイクの無礼も許してやるのが大人ではないか。

 こうしている間にも絶え間なくイクの魚雷が俺の背中に叩き込まれている。

 まだだ……まだこの程度で、この私は……沈まんぞ!

 そんな攻撃、蚊に刺されたようなものだ!

 くっ、いいぞ、当ててこい! 私はここだ! 偉いぞ!

 

 第十席:潜水艦・伊19。(年上属性×、包容力×、巨乳◎)←NEW()

 正直スク水のせいでよくわからなかったですが、凄く柔らかかったです。

 

 気づけば長門が横須賀十傑衆から転げ落ちていた。ランクインすらできないとなると、これでは長門はただのイケメンゴリラではないか。

 イクがまさかの第十席の座を獲得! なるほど、潜水艦に対して戦艦は手も足もでないと『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』に書かれていたが、こういう事だったのか……。

 

 考えてみればスク水もセーラー服もそれだけで卑猥ではないか。俺には理解できないが、世の中にはスク水やセーラー服そのものに興奮を覚える変態もいる。それを女の子が身に纏うというのだから、オカズにならないわけがない。

 

 潜水艦もありだ。

 私はそう結論づけざるを得ないのだった。

 俺は食わず嫌いだったのだ。また真理の扉を開いてしまった。

 スク水! セーラー服! ベストマッチ! よし! 今夜のオカズは決まった!

 恐るべし潜水艦。後で部屋に戻ったら新たな視点でパンドラボックスに眠る『イク、イクの!』を拝読させて頂こう。

 っていかんいかん! オ〇ニー禁止! 一日目にして頓挫した計画だったが、明日から頑張ろうと決めたではないか。

 非常に名残惜しかったが、俺は背中の幸せに別れを告げる。

 

「こら、やめないか。せっかくお前に酌をしてもらった酒を味わえないだろう」

「あっ、それもそうなのね。いひひっ!」

 

 イクはそう言って、ぱっ、と俺の背中から離れたのだった。

 そのまま元の位置に戻るか――と思いきや、イクは再び俺の背中に覆いかぶさり、こう言ったのだった。

 

「……んふー、提督は何をしても怒らないから好きなのね。素敵な提督で嬉しいのね。ふふっ、イク、ご機嫌なの!」

 

 イクはそう言うと、今度はちゃんと離れて、ゴーヤを連れて元の席へと戻っていったのだった。

 イムヤだけがこそっ、と俺に近づき、頭を下げてくる。

 

「司令官、ごめんなさい。イクもゴーヤも悪気があったわけじゃなくて……ただ、嬉しくて、ついはしゃいじゃって……でも、やっぱり失礼だったよね。本当にごめんなさい。私が代わりに謝るから、イク達を責めないであげて」

「いや、あれでいいんだ。あぁやって距離感を気にせずに接してくれて、むしろ私は本当に嬉しい」

「えっ……」

 

 俺はこの短い時間で理解した。

 イクやゴーヤは好感度というより、尊敬度が低い。コイツらはやはり頭の中が小学生並なのだ。

 故に、小学生が担任に友達感覚で接するように、俺に対してもそんな感じで接してくる。つまり馬鹿にはされているが、好感度が低いわけでは無いのだ。

 頭が小学生並なので羞恥心も少ない。そうでないとあんな恰好で歩き回る事などできやしないだろうし、俺の背中にくっついてくる事もできないだろう。ご馳走様です。

 味方かどうかと言えば非常に頼りないが、嫌われているよりはマシだろう。

 

 まぁ、子供に好かれたところで何とも思わないのだが……とりあえず明石さん、すみません、俺の股間、治してくだち……。

 気を抜いたところでイクにトドメの一撃を刺され、俺の股間は元の姿にモドレナイノ。

 明石は夕張と談笑していて、俺の視線に気付いていないようだった。

 本当に役に立たんな、この口搾艦は!

 俺の股間の鉄骨番長は今にもドドンパしてしまいそうだってのによ! グングングルグル!

 ここは「元に戻らないんですか、提督も少し修理した方がいいみたいですね。お任せ下さい!」とかいって何とかしてくれる場面だろうが!

 お前がここ最近でやった事は俺の股間の狙撃くらいだぞ。可愛いから大抵の事は許すが、大目に見るのも限度があるからな。

 

 俺の言葉を聞いて、イムヤは一瞬戸惑っていたようだったが、やがて満面の笑みを浮かべて、俺に敬礼したのだった。

 

「ふふっ、それじゃあ私もそうする事にするね! 改めまして、海のスナイパー、イムヤです! 正規空母だって仕留めちゃうから! 近海警備も資材回収も、イムヤにお任せ!」

 

 う、うむ。イムヤがくっついてきてもちょっと物足りないかな……。

 とりあえず正規空母相手に自信があるらしいので、俺のメンタルを執拗に痛めつけてくる加賀を何とかしてくれないだろうか……。

 というよりもまずはイクとゴーヤの手綱をしっかり引いていて欲しい。潜水艦の中で唯一の服装以外常識人として。

 

「ここだけの話だが、潜水艦の中では特にお前に期待しているのだ」

「えっ、何でイムヤに……他の皆と比べてみて性能も劣ってるし、いい所なんて一つもないのに」

「お前にしか無い長所もあるんだ。潜水艦隊のリーダーとして、頑張ってくれ」

「……そっか、司令官がそう言ってくれるのなら、イムヤ、頑張るね!」

 

 イムヤが笑顔で去っていったところで、俺もようやく動き出せる。

 俺の股間の伊号潜水艦、伊072(ニオナ)を急速潜航させるべく、とりあえず俺の部屋に行こう。

 部屋でしばらく瞑想でもして心と股間を落ち着かせて、ついでにそろそろ乾いているであろうパンツを履こう。

 すっかり忘れていたが、今の俺はノーパンなのだ。もしも俺の股間が先走ってしまったら、パンツという名の内部装甲が無い今、ズボンに直接ダメージが届いてしまう。それはマズい。

 

 すでに俺の魚雷はうずうずしてるのだ。

 これ以上俺の股間に特効を持つ艦娘が現れる前に動かねば。

 

 俺が意を決して、前かがみに立ち上がろうとした瞬間――四つの影が高速回転しながら俺に向かって飛んできた。

 それは同時に俺の目の前に着地すると――次々にポーズを決めながら、声高々に名乗りを上げたのだった。

 

「ヘーイ、テートクゥ! 金剛型一番艦! 英国で生まれた帰国子女! 金剛デース!」

「同じく二番艦! 恋も戦いも負けません! 比叡です!」

「同じく三番艦! 榛名、全力で参ります!」

「同じく四番艦! 艦隊の頭脳、霧島!」

 

「我ら、金剛型四姉妹!」

「デース!」

「……と、長門だ。戦艦部隊、挨拶をさせて頂きたい」

 

 やったぁ! 巨乳出たっぴょん! 思わず俺の股間も疼き(ウヅキ)でぇ~っす!

 妹にはクズって呼ばれてまぁ~っす!

 

 いかん! 横須賀十傑衆第二席、超弩級巨乳姉妹艦隊とゴリラを率いて襲来!

 無駄に洗練された無駄のない無駄な高速戦艦の機動力に退路を絶たれた!

 だ、駄目だ! 逃げられん!

 




艦これアーケードのうーちゃんのモーションは本当に可愛いですね。
先日一念発起してバケツを50個近くつぎ込み、ついに5-3を攻略でき、続いた5-4で念願の瑞鶴、大型艦建造にて長門をお迎えできました。
これで瑞鶴と長門の描写にも更に力が入ると思います。

提督視点が想定以上に長くなってしまったので、悩みましたが分割する事にしました。
次回も提督視点になります。


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027.『歓迎会』【提督視点③】

「えへへっ、提督にプレゼントネー! 私がお酌してあげるデース! どんどん飲むネー!」

「お姉さま、流石です! よぉし、私も……比叡! 気合、入れてぇっ、注ぎまーす! はぁーいっ!」

「提督、もし良かったら、この榛名にもお酌をさせて頂けないでしょうか……わぁ、ありがとうございますっ」

「冷え具合良ーし、瓶の角度良ーし、ビールと泡の比率良し! よーし大丈夫! 司令、どうぞ!」

「ヘーイ、テートクゥ。お次はバーニング・ラァーブッ! ……をたっぷり注いだウイスキーデース!」

「なるほど、司令が呑み飽きないように、色んな種類のお酒を……流石です、お姉さま! それじゃあ私は……司令! 気合を込めた日本酒、注ぎますっ! とおりゃあああ~っ!」

「それでは榛名は、提督への感謝を込めた赤ワインですっ。飲んで頂けますか……? わぁぁ、榛名、感激です!」

「ふむふむ、この霧島の戦況分析によれば……ここは焼酎のお湯割りがベストですね! 銘柄はズバリ黒霧島! お湯の温度良ーし、焼酎との比率良し! 司令、こちらを!」

 

 戦艦達と軽く挨拶を交わした後、俺は金剛型戦艦四人によるお酌連撃を浴び、文字通り酒を浴びるように呑む羽目になった。高速戦艦だからだろうか、注ぐペースも速い。

 というかコイツらもすでに酔いが回っているようだ。高速戦艦と言っても速すぎるのではないだろうか。

 しかも飲み飽きないようにと気を遣ったらしく、様々な種類のお酒が次々に注がれていく。これを酒のチャンポンと言います。

 ゴーヤ酒よりは断然マシだが、コイツらは意図的に俺を悪酔いさせるつもりなのだろうか。

 しかし四人ともめっちゃいい笑顔なのである。提督アイを発動するまでもなく、悪気が無い……。

 

 わざわざ注いでもらうたびに飲み干さなくても良いとは思ったのだが、俺は気付いていたのだ。

 那智がめっちゃこちらを見ている。俺が飲んだ分だけ飲むと言っていたから、それはそうだろう。

 それを気にしないわけにはいかなかった。何故ならば、俺は那智に、「敬意を払うべき相手から酒を注がれる際には、杯を空にするのが礼儀だ」と話してしまったからである。

 つまり金剛達が俺にお酌をしてくるのに対してグラスを空にしなかった場合、俺は金剛達を「敬意を払うべき相手ではない」と判断したという事になる。

 あの那智がそれを見逃すとは思えない。後で金剛達に「お前達は敬意を払うべきと思われていなかったぞ」などと伝えられてみろ。せっかく好感度が高そうな金剛型四姉妹を敵に回しかねない。

 故に、俺は那智の眼がある限り、お酌される際にはグラスの酒を飲み干さねばならないのだった。

 

 だがここでピンチはチャンス、ポジティブシンキングである。智将の策が光る場面ではないか。

 おそらく俺はこの程度の量ではまだまだ大丈夫だ。ここで金剛達に大量の酒を呑まされる事で、那智も一気に同じ量を呑まなければならない。

 つまり、那智が早々にダウンする可能性が高くなるという事なのだ。そうすればあの強烈な視線から逃れる事が出来る。

 

 更に、これだけの量を呑まされたのであれば、俺が多少酔っぱらった振りをしたとしても不審には思われないはずだ。

 金剛達も「私達があれだけ呑ませたのだからしょうがない」と思うであろう。つまり酔った振りをして意図的にラッキースケベを狙える可能性の芽が出てきた。

 勿論、初心忘れるべからず。第一は艦娘達の信頼を得る事。第二は艦娘達のチラリポロリを得る事だ。

 しかし、酒を呑まされ過ぎた結果、ちょっとよろめいて艦娘の胸に顔面ダイブしたところで、誰が俺を責められようか。相手を選べばちょっとくらいならいけるような気がしてきた。

 榛名辺りなら「あっ……いえ、榛名は大丈夫です!」って感じで許してくれそうだ。

 いや、いかんいかん。ノーパンなの忘れていた。迂闊な事はできん。

 つまりセクハラをする為にはまずはパンツを履いて、いや、パンツ一枚で一体何が変わるのだ。くそっ、呑み過ぎたせいか思考が上手くまとまらん!

 

 とりあえず一旦休憩を挟まねば、延々とお酌されてしまう気がする。

 俺は金剛達に待ったをかけ、一人一人を適当に労いながら酒を注いでやったのだった。

 キャッキャと喜ぶ金剛達とは対照的に凛とした佇まいの長門に酒瓶を向けると、長門は真剣な表情のままに小さく頭を下げて、こう言った。

 

「提督、申し訳ない。お気持ちは有り難いのだが、私は下戸でな……明日の体調に差し障る」

「む、そうか。それならば……このオレンジジュースで」

「あぁ、有り難い。提督のお心遣いに感謝する」

 

 一応、駆逐艦用にと用意してあったオレンジジュースをお酌してあげたのだが、智将たる俺は一手先を読む。

 この見た目で下戸であるという事が果たして事実であるかはともかくとして、ここで大事なのは長門がこの歓迎会において素面(しらふ)確定という事だ。

 何しろこの長門は横須賀鎮守府のリーダー格。素面の状態で俺を監視する為に、あえて酒を呑まないという事も十分に考えられる。

 やはり油断はならない。足柄や潜水艦達のように俺への好感度がそこまで低くない者がいる一方で、那智や長門のように警戒している者もいる。当然だ。

 那智は酔い潰せるだろうが、長門は難しい。私の酒が飲めんのか、と無理に勧めて酔わせるか……いや、下戸だと言っている以上、流石にそれは悪いしな。

 そうなると、せっかくの酒の席だが、やはり酔いに乗じたセクハラは難易度が高いか……。

 君子危うきに近寄らずと言うしな。昔の人もそう言っている。

 

 俺の眼によれば、足柄やイク達のように俺への好感度がそこまで低くない艦娘達が俺の歓迎会よりも夜戦を優先した理由の一つとして、この長門の存在は大きい。

 ゴリラの話になるが、群れのボスを務める、背中が銀色の毛に覆われた雄の事をシルバーバックと呼ぶらしい。

 さながら長門は横須賀鎮守府という群れにおけるシルバーバック。長門が俺の歓迎会よりも夜戦を優先すると言えば、他の艦娘達もそれに従う傾向があると推測される。

 長門がウホと言えば白、ウホホと言えば黒になるだろう。長門を敵に回すか味方につけるかが俺の提督生活を左右すると言っても過言では無い。

 コイツの扱いには気をつけねば……場合によってはご機嫌取りに動く必要があるかもしれん。バナナとかでいいだろうか。

 

 俺の今後の運命を握る長門を前にした緊張感からか、先ほどから暴れ放題だった俺の股間も大人しくなる。

 提督の魚雷さんは、お利口さんなのでち! 股間、潜りまーす!

 この調子で、歓迎会の間だけは二度と浮上しないで頂きたい。

 

「テートクゥ! 目を離さないでって言ったのにぃー! 何してるデース⁉」

 

 不意に、金剛が俺の腕に抱き着いてきた。ご馳走様でち!

 必然的に俺の魚雷さんが再び発射準備を完了した。凹む。

 

 俺に建造された事がそんなに嬉しかったのか、金剛はやけに好感度が高い。

 というか、人目も憚らずにバーニングラブだのなんだのと叫んでいる。スキンシップも激しい。

 とても嬉しい事なのだが、少しトラウマが蘇ってきて胸が痛くなる。素直に喜ぶ事ができないのだ。

 

 そう、あれは俺が高校三年生の夏の事だった。特に接点の無かったクラスメイトの女子が、いきなり話しかけてきたのだ。

「あまり目立たないけど、かなりイケメンだよね。めっちゃ私のタイプ!」などと言ってやけに思わせぶりな態度を取り、「結構細マッチョだよね。腹筋触らせて!」などと言ってボディタッチも激しかった。

 コミュ障の俺は話題を広げる事もできず、ただ狼狽えるだけであったが、その子はそんな事は気にしないように、毎日のように話しかけてきた。

 今までモテた事の無い俺が、「あれ? もしかしてこの子、俺の事好きなんじゃね?」と思うのに時間はかからなかった。

 そう思ったら、何だか俺もその子の事を好きなのではないかという気になっていった。

 

 恋バナをする相手がいなかったので当時小学生であった一番上の妹に相談したところ、何故か腰の入ったローキックをケツに叩き込まれるという仕打ちを受けた。

 仕方なく俺が一人で独自に調べた調査によると、どうやら告白というのは男の方からするものらしい。女子は男が告白してくるのを待つものらしいのだ。

 

 徹夜で告白のシチュエーションや台詞を考え、人生初の告白をするべく、俺がなけなしの勇気を振り絞って登校したその日、その子はバスケ部のキャプテンとイチャイチャしていた。

 後に知った事だが、どうやらその子とバスケ部のキャプテンは前々から付き合っており、少し前に大きな喧嘩をしたのだとか。

 俺に話しかけてきたのは、彼女がキャプテンの気を引く為だったらしい。

 彼女が俺と話している姿を見て、振られるのではと焦ったキャプテンは彼女に「俺が悪かった」と謝罪し、彼女も「私も悪かったの」などと言って仲直りをしたのだとか。

 その日から、その子は今まで通り、俺に話しかけてくる事は無かった。俺は二人の仲直りの為の道具として利用されただけだったのだ。

 あれから数年。その二人は多くの友人達に祝福されながらめでたくゴールインし、現在二人の子に恵まれて幸せに暮らしているのだとか。リア充爆発しろ。

 

 あれ以来、俺はコミュ障に加えて女性不信になった。

 いや、女性不信というよりも、俺が誰かに好きになられるという事が信じられなくなったと言った方がいいかもしれない。自分不信だ。

 ただでさえ自分に自信が無かったが、それはますます根深いものになったのだった。思い出すだけで凹む。

 

 そもそも、恋心の類をオープンに出来るという事が、コミュ障で童貞を拗らせている俺からすれば信じられないのだ。

 今にして思えば、あの時の彼女もわざわざ周りに言い聞かせるように、俺への好意を口にしていた。彼氏の耳に入るようにしていたのだから当然である。

 気軽に口に出来るというのは、つまりその程度の気持ちだという事なのだろう。 

 

 というわけで、金剛が俺に対してラブだ何だと言ってくれるたびに、俺の古傷が痛むのである。

 そして俺の右腕に柔らかな金剛の胸が押し付けられ、股間が痛むのである。トラウマと色欲は別物のようだった。畜生、第二席強すぎる……。

 周りの艦娘達の視線も痛いような気がするので、俺は金剛に離れるよう、小声で促した。

 

「こ、こら。若い娘が男にそうくっつくものでは無い。離れないか」

「ガビーン⁉ て、提督に拒絶されたデース⁉」

 

 いちいちリアクションが大きい。そして若干古い。

 金剛は背後に吹き飛ぶように大袈裟に俺から離れるとふらふらと倒れ込み、俺に尻を向けて畳にへたり込んでしまった。

 瞬間、その短いスカートがチラリ。ウホッ()! パンツ! パンツです!

 くそっ、コイツ本当に俺に対してガードが緩すぎる! こんな至近距離でパンツを見る事が出来たのは嬉しい事だが、俺の主砲がもう後に引き返せないレベルになってしまっている。

 金剛がこのままの姿勢だと、ずっとパンツが見えてしまう。妹に言われていた事だから絶対にガン見はするまいとわかってはいるが、自動的に俺の視線がホーミングされてしまうのだ。

 

 恐るべし金剛のケツ。俺の視線への脅威の吸引力、まさにケツダイソン!

 お姉さま、しっかり! などと言いながら比叡が駆け寄っていく。四つん這いになって肩を揺さぶっている。

 俺の視線はその小ぶりな尻に吸引された。ダブルケツダイソン!

 榛名も同じような姿勢で金剛に声をかけ出した。トリプルケツダイソン‼

 霧島も以下略。クアドラプル、いや、クアドラプリンケツダイソン⁉

 

 前代未聞の鬼畜編成である。

 ややっ、敵艦隊の向こうに水上機母艦コマン・ダンテスト発見! 

 俺も思わず主砲をコシュリュー!

 航空母艦マラーフ・ツェッペリン、配置に着いている!

 フォッケウルフならぬ仮性フォーケーウルフ攻撃隊、出撃! ンフーーッ、Danke(ダンケッ)

 

 無意識に金剛達にダイブしそうになったが、ギリギリのところで舌を噛んで正気を取り戻した。

 ま、マズい。コイツらに酒を呑まされ続けたせいか、普段よりも理性のタガが外れやすくなっているような気がする。

 恐れていた事だったが、やはり戦艦の体つきは俺に特効を持っているようだ。

 

 金剛以外の三人では比叡が一番上の姉であり、その比叡がどう見ても元気な後輩キャラであった為だろうか。その体つきにも関わらず今まで俺ランキングでは惜しくも圏外であった。

 その印象は今でも変わらないが、なんかもう色々とマズい。

 一番俺好みでは無い比叡ですら、胸部装甲だけならば横須賀鎮守府でも上位に入るであろう。

 高速戦艦ならぬ拘束戦艦という事だろうか、ブラの代わりにサラシで胸をキツく締めてあるようだが、その拘束が解かれた時にどうなるのか、俺は今朝目の当たりにしてしまった。

 コイツらは中破する事で胸部装甲のサイズが倍率ドン! 更に倍!

 金剛型のこの現象を改二ならぬパイ二と名付けようと思う。

 

 だ、駄目だ。金剛がこの姿勢でいる限り、俺の眼の前に桃源郷が広がり続けてしまう。俺の思考も桃色に汚染され、正常な判断が出来ない。

 俺のマイク大丈夫? チェック、パン、ツー……ウホ()。いや、何金剛のパンツチェックしてんだ。馬鹿か俺は。頭もマイクも全然大丈夫じゃない。

 この状況を切り抜ける唯一の方法は、そう、金剛を起こしてこの姿勢を崩すしかない。

 この絶景を自ら捨て去るのは非常に遺憾ではあるが、金剛には再び普通に座ってもらい、金剛のケツを視界から消し去るしかない。

 

「うぅー……ぐすっ、提督に嫌われたデース……。もう私は駄目ネー……」

「こ、こら。早とちりをするな。お前の事は大切に思っている」

「本当デスカー⁉」

 

 がばっ、と飛び起きた金剛は、そのままずざざざ、と俺への距離を詰めてくる。い、いかん。牽制せねば。

 金剛の進撃を抑えようと、俺が思わず両手の平を突き出した瞬間、ハグをしようとした金剛の胸を思いっきりタッチしてしまった。

 

「あっ……」

 

 俺と金剛は同時にそう声を漏らした。

 絶頂までの勢いを増した俺の股間とは対照的に、金剛は急に先ほどまでの勢いが無くなり、胸を庇うように少し体を逸らしてその場にぺたんと座り込む。

 そして俺に悪戯っぽい笑みを向けながら、こう言ったのだった。

 

「……ンッフフ、テートクゥ、触ってもいいけどサー、時間と場所をわきまえなヨー!」

 

 なッ、何ッ⁉ こ、こうしてはいられん! 可及的速やかに時間と場所をわきまえねば――⁉

 い、いや違った。落ちケツ、いや落ち着け、俺。妙な事は考えるな。

 まだ大丈夫。サラシのおかげでその感触は固く守られていたではないか。まだ致命傷では無い。

 危なかった。これが高度の柔軟性を誇るノーブラの天龍だったら俺の股間は間違いなくぶっ放していたところだろう。

 

 目の前の欲に囚われるな。

 ここで金剛にくっついてもらえるのはとても嬉しいし柔らかいし気持ちが良い。

 だが、そのままだと俺の股間が暴発するのは必然である。これだけビンビンだと、これまでの経験上、手でいじらずとも何かの衝撃だけで十分にイケる。俺は島風より早い。

 そうなると艦娘達から信頼を得る事など夢のまた夢だ。

 先の事を考えて、金剛には適切な距離感を保って頂きたい。

 俺は邪念を祓うかのように大袈裟に咳払いをした。

 

「んんっ! とにかく、今後はあまりこういう事はしないように!」

「ぶぅー、提督だって、さっきは潜水艦に抱き着かれて喜んでいたデス」

 

 金剛は唇を尖らせて、納得がいかないようにそう言い返してきたのだった。

 

「あ、あれはまだ子供だからいいのだ。お前のような年頃の若い娘が人前で」

「心配しなくても、提督以外には抱き着きマセン!」

「そ、そういう事ではなくてだな!」

「オーケーオーケー、ドントウォーリィ、デース! それよりそれより、本題デース。私の事を大切に思っているって言ってくれたデスが、例えるならどれくらいデスカー? えへへっ」

「う、うむ。まぁ、上から二番目といったところだな」

 

 アッ。

 い、いかん! やはり思ったよりも酒が回っているのか、うっかり俺ランキングを暴露してしまった!

 何も考えずに口にしてしまったが、なるべく表情に焦りを出さないように金剛を見る。

 金剛はふるふると小刻みに震えたかと思うと、俺の両肩をがしりと掴んで激しく揺さぶる。

 

「どどど、どういう事デスネー⁉ この私が二番目とは一体どういう事デスネー⁉ 一番は、提督の一番は誰デース⁉ 答えるネー!」

「ま、待て待て! お前の思っているような意味では無い!」

「ではどういう意味デス⁉」

「そ、それは自分で考えるのだ」

 

 便利な言葉であった。

 我ながら下手な誤魔化しであったが、金剛は不満げながらも俺の肩から手を離し、腕組みをして唸ったのだった。

 

「ムムム……オーケイ。提督の考えている意味はわかりませんでしたが、代わりに私が確実に一番になる方法がわかりマシタ! 一番と思われる艦娘を片っ端から倒していけば、いつかは一番になれマース!」

「わぁぁ、お姉さま、流石です!」

 

 ぐっ、と拳を握りしめた金剛を、比叡が囃し立てる。

 何とか攻撃目標を俺から逸らす事が出来たようだ。

 

「こうしてはいられマセーン……提督のハートを掴めるような可愛い艦娘は……あっ、見つけたデース! ってこれは比叡デース!」

「わわっ、私なんてお姉さまの足元にも及びませんよぉ」

「何言ってるデース! 私の妹達は世界一可愛いネー! 駄目な子ほど可愛いというやつデース! さぁ、比叡! さっそく相撲でウィナーを決めるデース!」

「ひ、ひえぇっ……て、撤退しまぁすっ!」

「あぁっ、何故逃げるデース⁉ 待てぇーーい!」

 

 う、うん、仲良いね君達。

 店の外に駆け出して行った比叡と金剛を追いかけるように、榛名と霧島もようやく離れて行ってくれた。

 俺達の様子を大人しく眺めていた長門も、それでは失礼した、と軽く頭を下げて離れて行く。

 う、うぅむ……長門は大人しい分、油断できんな。静かに俺達の姿を眺めていたのも、俺がボロを出さないか監視していたとも捉えられるし……。

 やはり賄賂として南の国から高級なバナナを取り寄せる事を検討すべきだろうか。

 

 ようやく静かになり、俺は一息ついた。

 いかんな。完全に股間が元に戻らない。今なら釘が打てるような気がする。イクの時よりも悪化しているではないか。

 冷静に考えてみれば、あれだ。今朝にあんなにもあられもない姿を晒していた金剛達が、普段通りに笑う姿を目の当たりにした事。これがイカン。

 目の前にいる金剛達と、半裸状態の金剛達をどうしても重ねて見てしまうのだ。

 特に金剛なんて風呂上りに全裸でタオル一枚を首からひっかけたような状態だったからな。無防備にも程がある。

 少しそよ風でも吹いた日には、金剛のビーチクが露になっていた事だろう。そう考えるだけで、イカン、俺の股間がますます敏感に――⁉

 

 ま、マズい! これはマジでマズい! もうオ〇禁なんて言ってる場合じゃねー‼

 すでにズボンに擦れる刺激だけでイケる領域に突入している!

 パンツ履くとかそれ以前に、ここらで一発抜いとかないと社会的に死ぬ!

 だと言うのに、俺の脳内には今朝の金剛の姿が完全に焼き付いて――!

 

「提督、何かお考えでしょうか」

「……あぁ、金剛のビーチクの事を考えていてな」

 

 …………ん?

 今俺は何を言ったのだろうか。焦りすぎて反射的に答えてしまった。

 見れば、そこにはいつの間に近づいてきていたのであろうか、大淀の姿。

 

 ウォォォォォオオオァァァアアアア‼‼

 俺はもう叫んでしまいたかった。

 ハイ終わった! たった今、俺の提督生活は終わりを告げたってばよ!

 くそっ! これも全部酒のせいだ! あのクソ不味いゴーヤ酒だろうか。それとも金剛達の高速チャンポンだろうか。

 頭は全然酔っぱらっていないのに、考えてもいない事が口に出る。いや、考えてる事が口に出るのか。

 酒を呑むと本音が出やすいとは聞いてはいたが、今の今まで他人事だと思っていた……。

 

 もうヤケクソで、筑摩辺りに鎮守府を去る前に一目だけでもおっぱい見せて下さいって土下座して頼んでみようか。

 オータムクラウド先生の作品の中で筑摩の胸が総合的に一番俺好みであった事は、妹であるにも関わらず筑摩がランカーである要因として大きなウエイトを占めているのだ。

 金剛のビーチクも気になるが、乳首のマーチクも捨てがたい……って俺は一体何を考えているのだ。駄目だもう。色々駄目だ。凹む。こんな状況でも股間は凹んでくれない。凹めよ。

 

 俺が諦めと共に必死に涙を堪えていると、大淀は真剣な表情で、意を決したように俺にこう言ったのだった。

 

「――提督、よろしければ、この大淀にお任せ頂けませんか」

「……何?」

 

 俺は耳を疑った。

 どういう事だ。一体何を言っているのだコイツは。

 俺がこの歓迎会の場で艦娘のビーチクの事を考えているクソ提督だと知って、何故そんな真剣な表情なのだ。それは一体何の進言だ。

 

 大淀に何を任せろと――ま、まさか、金剛のビーチクを⁉

 

 そ、そうか! そういえばコイツは翔鶴姉のパンツを捉えた聖典『艦娘型録』の編集者の一人!

 大淀がその気になれば金剛のビーチク程度、いとも容易く手に入れる事が――⁉

 お、落ち着け。ここは落ち着くのだ。さっきのは俺の聞き間違いではないだろうか。焦ってはいかん。

 俺は表情を変えぬままに、ゆっくりと確かめるように言ったのだった。

 

「……任せてもいいのか?」

「はい。平坦に関してはこの一か月間、私が中心となって管理しておりました。私がそちらを担当する事で、提督は他の執務に集中できるかと愚考いたします。日報にて逐一状況報告を徹底し、何かありましたら指示を頂ければ対応します。いかがでしょうか」

 

 やはり聞き間違いではないようだ。お、大淀、コイツは――!

 

 平坦に関しては大淀が中心に管理を……提督アイを発動するまでもなく、確かにその胸は平坦であった。胸部装甲の大きさによって管理する担当が決まっているのだろうか。

 補給と平坦、大切です、というのが大淀の口癖のようだしな。平坦はステータスだ、希少価値だと考えているのだろうか。

 

 どちらかと言えば豊満担当の御方を紹介して頂きたいのだが……明石だろうか。奴も意外と豊満だし。

 その場合、平坦とも豊満とも言えない者は一体誰が管理を……大きさ的には夕張辺りか。一体何を考えているんだこの三人娘は。姦しいってレベルじゃねーぞ。

 

 いや、むしろ『艦娘型録』を作成する為の副産物だろうか。性能や練度と共に、艦娘のパイオツの形状や感度を管理していたとしてもおかしくはない。

 名付けて『艦娘乳型録』といったところか……どうにかして資料として提出させられないだろうか。

 

 大淀が提案したように、確かに今の俺は金剛のビーチクが気になって、今後も執務どころでは無い。大淀がそちらを担当する事で、俺も安心して他の執務に集中する事ができるだろう。

 俺が金剛のビーチクを確認しようとすれば難易度が高いが、同性の大淀達の方が難易度は低いに決まっている。

 大淀達が中心となって作成した『艦娘型録』に翔鶴姉のパンツが捉えられたように、資料作りの為だとか何か理由をつけるも良し。青葉の協力を得て、脱衣所に隠しカメラを配置するも良し。俺が許す。

 

 そ、そうか。大淀にとってはこの鎮守府を混乱なく運営する事が大事。

 俺を仕事のできない変態クソ提督だと知っているからこそ、俺が仕事に集中できるよう気を利かせてくれたのだろう。

 俺の欲望を内密に処理し、これ以上鎮守府運営が混乱しないようにと……。

 

 曲がった事は許してくれなさそうな鳳翔さん辺りにバレたら激怒されそうだが、大淀は清濁併せ吞む性格という事か……無能な俺はさながら提督という名の傀儡。

 それを裏から操る大淀はまさに鎮守府の黒幕……オータムクラウド先生の言う通りではないか。

 目の前に人参をぶら下げられた馬車馬の如く、金剛のビーチクをちらつかせられた俺は全力で仕事に取り組む事が出来るだろう。

 股間の変態司令部より入電! 本日のMVP決定の瞬間であった。

 

「――大淀。褒美は何がいい」

 

 俺がそう言うと、大淀はしばらく呆けたように口を半開きにし、はっ、と気が付いたように勢いよく顔を伏せながら早口に声を上げた。

 

「……はっ、はぁぁっ! とっ、とんでもございませんッ! これがっ、これが私の仕事ですからっ! ご褒美なんてっ、そんなっ⁉ そんな、考えた事も……」

「ふむ……ならば、思いついたらいつでも言ってくれ。その代わりに、この件については大淀に一任する」

「は、はっ、お任せ下さい。すぐに作戦を立案いたします。出来上がりましたら提督の許可を――」

 

 いや、これ以上は俺の方から積極的に介入するべきでは無いだろう。

 まだこの件は他の艦娘にはバレていないはずだ。バレたら俺の信頼は失墜してしまう。

 リスクを最小限に抑える為にも、ここから先は大淀が独自に動き、内密に俺へ報告するべきなのだ。

 

「いや、私の許可を待たずに、大淀の判断で開始して構わない。報告も随時で良い。ただし、なるべく迅速に頼む」

「――承知いたしました!」

 

 や、やった、やった……やったぁぁ‼

 俺は真剣な表情を保っているつもりだが、もう顔がほころぶのを堪える事ができなかった。

 もう勢いのままに立ち上がって、童貞音頭に合わせて踊ってしまいたい気分だった。

 何とか自分の感情を抑えて、心の中で歌いながらスキップして回る程度に留めておく。

 

 昨日から思っていた事だったが、龍驤といい谷風といい、少し厳しいけれど鳳翔さんといい、やはりペチャパイにはいい奴が多い!

 特に大淀は不慮の事故により俺の本性を知りながら、それを利用して俺の点数を稼ぐというしたたかさを見せた。大淀、恐ろしい子……!

 しかし他の艦娘がそうとは限らない。今は好意的に見える足柄などにも嫌われてしまうだろう。

 大淀だけが例外なのだ。そういう意味では、俺がうっかり口を滑らせてしまった相手が大淀だった事は、幸運であったと言う他は無いだろう。

 やったー! 見たか! これが童貞の本当の力よ! 俺には幸運の女神がついていてくれるんだから!

 

 俺が内心ほっ、と胸を撫で下ろしていると、金剛が「テーートクゥーーッ!」と叫びながら全速力でダッシュしてきた。

 イクとゴーヤなど数人の艦娘達まで飛んできて、俺は瞬く間に取り囲まれてしまう。うわっ、何故か長門まで寄ってきやがった。

 い、いかん、油断した瞬間に、また逃げ場が!

 

「ヘーイ、テートクゥ? これはどういう事デース? 詳しく聞かせてもらいマース!」

「提督! 大淀ばかりズルいのね! イクも頑張ったご褒美欲しいの!」

「一人だけ贔屓するのは駄目だと思うでち! ゴーヤはお休みが欲しいでち!」

「提督さんっ! 夕立ももっともっと褒めてほしいっぽい!」

「私は夜戦演習許可して欲しいなぁー? ねっ、いいよね提督っ⁉ や・せ・んっ!」

「寝ずに頑張ってた私にもご褒美をくれてもいいんですよ? 提督の膝枕とか! キラキラ!」

 

 し、仕方ないな。そこまで言うなら明石には膝枕を……ってアッ、大淀に首根っこを掴まれて引きずられていった。凹む。

 

「ま、待て待て。贔屓では無い。大淀は私がこの鎮守府に着任してから、よくやってくれているのだ。私はこれからも皆の頑張りを見て、正当な評価を下すつもりだ」

「じゃあ、出撃とか遠征とかお仕事もっと頑張れば、イク達もご褒美貰えるの?」

「勿論だ。皆の頑張りには期待している」

 

 ぎゃんぎゃんと騒ぐ他の艦娘達を何とか宥めていると、川内が立ち上がって掌をひらひらと振り、追い払うような仕草と共に言うのだった。

 

「はーい、ともかくもう私達が挨拶する時間だよっ。戦艦も潜水艦も、ホラ散った散った!」

 

 川内がそう言うと、金剛達もしぶしぶ離れていった。うむ。ナイス川内。大人では無いが一応長女なだけあるな。

 

 俺の眼の前に集まったのは、川内の妹の神通と那珂ちゃん、そして時雨、夕立、江風だった。

 反省してこれ以上酒は呑みたくないところだったが……那智がめっちゃこちらを見ている……。

 い、いや。まだ大丈夫だ。あともう少しだけなら大丈夫だろう。多分。

 戦艦部隊と違って、今度の相手はちんちくりんだ。

 せいぜい中学生くらいにしか見えない時雨達に、高校生くらいにしか見えない川内達だ。俺のストライクゾーンにはかすってもいない。

 

 簡単な挨拶を交わしながら、まずは川内型三姉妹と酒を酌み交わした。

 人懐っこい笑顔を浮かべながら、川内と那珂ちゃんが俺を挟み込んでお酌をしてくる。

 

「で、どう? 提督、夜戦演習、駄目かなぁ~? いいよねっ?」

「きゃはっ! 那珂ちゃんのボイトレも許可して欲しいでーっす!」

「せ、川内姉さん、那珂ちゃんも……提督にそんな無理を言っては……」

「どっかの誰かさんのせいで私は欲求不満なんだけど」

「う、うぅぅ……それは、本当にすみません……」

 

 神通が二人を宥めたが、川内の一言で何故か小さくなってしまった。

 川内の言う夜戦演習と那珂ちゃんのボイストレーニング、ついでに言えば神通の朝演習もだが、何故か駆逐艦に恐れられているらしい。

 川内型に関しては俺もあまり詳しくは知らないのだが、川内は気さくな感じでいい奴そうだし、那珂ちゃんも少しウザいが悪い奴ではなさそうだし、神通に至ってはこんなに大人しくて気弱な感じだというのに、何故恐れられているのか。

 

 オータムクラウド先生がいつかの後書きで述べていたが、まるで参加した事があるかのような語り口であった。流石の表現力、描写力である。

 曰く、「昼なのに目隠しをさせられて疑似夜戦演習をさせられる」だとか、「七時から十五時まで鎮守府に帰れず八時間ブッ続けで演習させられる」との事らしいが、この川内型がそんな鬼のような事をするようには見えないが……。

 

 実際に参加するはずもないオータムクラウド先生ですら恐れる川内型の演習であるが、まぁ熱心なのはいい事だと思う。

 夜間であるがゆえに騒音問題に発展した事もあるようだが、それ関係で禁止されていたのだろう。そこだけは注意してもらいたい。

 

「うむ。夜戦演習もボイトレとやらも、熱心なのは実に素晴らしい事だ。この私が許可しよう。ただし、皆の迷惑にならない程度にな」

「わぁ、さっすが提督! 話がわかるね!」

「ありがとー! お礼に那珂ちゃんのとびっきりのスマイルあげちゃうねっ! きゃはっ!」

 

 ウザ可愛いとは思うが先ほどの妙高さんと香取姉の足元にも及ばなかった。

 艦隊のアイドルへの道はまだまだ遠いようである。真の艦隊のアイドル間宮さんもいるしな。

 それに負けずに頑張ってもらいたい。何かに向かって頑張っている人は無条件に尊敬できる。

 両手を上げて喜んでいる川内だったが、思い出したように俺の耳に顔を近づけて、こう囁いたのだった。

 

「あっ、そう言えば、さっき鹿島を秘書艦にするって話をしてたみたいだけど、正直、身の安全が不安じゃない?」

 

 鹿島を秘書艦にすると身の安全が不安……川内に心配されるレベルか。

 やはり鹿島がドスケベサキュバスであり、夜な夜な提督を襲うというのは周知の事実という事だろうか。そこまでわかっていながら何で野放しにしているんだ。

 不安じゃない訳がない。鹿島に寝込みを襲われたが最後、童貞を奪われて死ぬ――いや、それならばまだいい方だろう。

 

 提督たるもの、常に最悪のケースを考えるべし。

 何しろ普通の女性の三倍の性欲を持つであろう鹿島だ。いきなり本番というわけが無い。

 

 まずはキスからだろうか。童貞では耐えられるはずもないディープなキスの刺激だけでまず三発。

 次は手がある。俗にいう手〇キである。右手で三発、左手で三発。

 足もあるな。俗にいう足〇キである。これで三発。

 明石に負けず口も使うだろう。俗にいうフ〇ラである。これで三発は搾り取られる。

 胸があるな。俗にいうパイ〇リである。ここでも三発。

 本番の前に太腿で挟んで焦らす事も考えられる。俗にいう素〇である。つまり三発だ。

 

 何と言う事でしょう。本番に入る前に最低でも二十一発! 俺のデイリー任務一週間分ではないか。テクノブレイク不可避。

 つまり童貞を奪われるどころか童貞のまま俺は死ぬ可能性が高い。

 

「うむ……ここだけの話だが、少しな……昼はいいのだが、夜の睡眠中が不安でな」

「だよね。鹿島も悪い子じゃないんだけど……やっぱりそこは生まれ持った性能が大きいからね」

 

 鹿島の性的な能力は後天的なものではなく生まれ持ったものだと言うのか……!

 ナチュラルボーンドスケベサキュバスではないか。

 コイツは生まれながらの淫乱だな! とかいう台詞は成人向け漫画でしか見た事が無かったが、まさか実在していたとは……なんて奴だ。

 

「そこでさ、どう? 私達三姉妹、提督が寝てる間だけでも護衛として傍に置かない?」

「何?」

「いやぁ、自分で言うのも何だけど、私達、夜は結構強いよ? それに、神通も提督の近くに控えたがって――」

「ねっ、姉さんっ! 何でそれを――!」

 

 神通が慌てて川内に何かを言っていたが、これは悪い提案では無いように思える。

 自分から推薦するくらいだ。実力に自信があるというのは事実であろう。

 鹿島の本性も知っているようだし、つまり夜に俺を襲い来るドスケベサキュバス迎撃部隊という事か。

 三人とも若い見た目故に俺の好みからは離れているし、間違いは起きないだろう。

 川内が高三、神通が高二、那珂ちゃんが高一ぐらいの印象だ。妹達と同年代の子に手を出す気にはならん。

 うーむ、どうやら川内型も俺への好感度はそこまで低くないような気がする。有り難い。

 

「私の身を守れる自信があるのか」

「もっちろん! 夜と言えば私、私と言えば夜! いわば夜戦のエキスパートと言えばこの私! そして神通はこの私さえも凌ぐ夜戦火力の持ち主だよ!」

「ほう……ちなみに那珂は」

「那珂ちゃんはぁ、三人の中で一番早く改二になれた実力派アイドルでぇーす!」

 

 よくわからんが、やはり実力にも自信があるようだ。

 見た目がどう見ても高校生な川内型を夜遅くまで働かせるのは申し訳ないが、その気になれば眠気には強いと明石も言っていたしな。

 上手くシフトを組めば何とかなるだろうか。見た目もまだ若いことだし、無理のないよう、後で考えてみよう。

 ドスケベサキュバスに怯えずに安眠できるというのはありがたい。お言葉に甘えさせてもらおう。

 

 俺は川内、神通、那珂ちゃんの三人に一人ひとり目を向けて、はっきりと言ったのだった。

 

「うむ。それではしばらくの間、川内、神通、那珂に私の護衛をお願いしよう。もしも私が無防備な時に不埒な者が忍び寄ってきたのなら、容赦なく迎撃してもらいたい」

「了解!」

 

 三人は一糸乱れず敬礼する。こういう姿を見ると、やはり子供ではなく艦娘なのだなと思ってしまうな。

 

「きゃはっ! 不埒、ってなんだかやらしい響き~!」

「那珂ちゃん、不埒者、は不届き者という意味で……」

「あ~、でも確かに刺客がヤツらなら見た目もやらしいもんね。提督、言葉遊び上手いねっ」

「も、もう、川内姉さんまで」

 

 何やら話しながら、川内達は俺から離れていった。

 うむ。やはり見た目は高校生レベル。想定通り、俺の心には響かなかった。

 残るは中学生レベルの時雨達だけだ。もう何も怖くない。

 

 俺が目を向けると、待ってましたと言わんばかりに、夕立が両手でビール瓶を抱えた。

 慣れない手つきで、どうも危なっかしい。

 

「提督さんっ、上手く注げたら褒めて欲しいっぽい! えーと、ラベルは上向きで、泡ばかりにならないように……」

「……よし、よし。上手じゃないか。ありがとうな」

「えへへっ、龍田さん達に教えてもらったっぽい!」

 

 そう言って夕立が目を向けた先を見れば――いつの間にやら駆逐艦が俺に向かって長蛇の列を成している。

 その誰もが様々な酒瓶を抱えており、その列の後ろの方には――。

 

「そう、上手ね~。これなら提督も喜んでくれると思うわ~」

「わぁぁ、龍田さん、ありがとう、なのです!」

「こ、この程度、一人前のレディとして当然の嗜みよ!」

 

「うふふっ、そうです。ビールを注ぐ時は角度に気をつけて下さいね」

「鹿島さん、ありがとう! これで司令官に喜んでもらえるわ!」

「ハラショー。私はウォッカを用意したんだ」

 

 た……龍田ァーーッ⁉ 鹿島ァーーッ⁉ お、お前ら何してくれてんの⁉

 俺の視線に気づいたのか、こちらに目を向けた龍田達と目が合った。

 鹿島はニコッ、と魔性の笑みを、龍田はニコォ……と妖艶な笑みを俺に返す。

 こ……こいつら、まさか――!

 

 俺が思考を巡らせる間も無く、もう待ちきれないといった風に、駆逐艦の大軍が俺に向かって押し寄せてきたのだった。

 

「睦月型駆逐艦五番艦、皐月だよっ。よろしくなっ!」

「睦月型駆逐艦、その六番艦、水無月だよ。司令官、よろしくね。えへへ」

「あたし、文月っていうの。よろしくぅ~」

「睦月型八番艦、長月だ。駆逐艦と侮るなよ」

「朝潮型駆逐艦のネームシップ、朝潮です! 司令官、ご命令を!」

「どーん! 駆逐艦、大潮です~! 小さな体に大きな魚雷! お任せ下さい! ほらっ、満潮もご挨拶です!」

「……」

「荒潮ですぅ。うふふふふっ、好きよ……?」

「ちょっ、アンタたち、こんな一気に……あぁもう、バカばっかり!」

「霰です……んちゃ、とかは言いません……よろしく……」

「朝潮型駆逐艦五番艦、朝雲よ。貴方が司令……かぁ。ふぅーん」

「朝潮型駆逐艦、六番艦、山雲です~。よろしくお願いいたしま~す」

「最終量産型艦隊駆逐艦、夕雲型一番艦の夕雲です。提督、甘えてくれてもいいんですよ?」

「夕雲型駆逐艦二番艦、巻雲です。司令官さまぁ、お役に立てるよう頑張ります!」

「夕雲型駆逐艦、三番艦の風雲よ。『ふううん』じゃないですよ?」

「陽炎型十九番艦、秋雲でぇーす! いやぁ、提督のおかげで色々はかどりますなぁ~! ひひっ!」

「夕雲型駆逐艦四番艦、長波様だよ! 提督、よろしくなっ!」

「あ、あの……夕雲型駆逐艦六番艦、高波です。よろしくお願いしますかも……です」

「夕雲型十一番艦、藤波。司令、よろしくね。私も、もち、頑張るから」

「夕雲型駆逐艦十四番艦の沖波です。えっと……はい、頑張ります! よろしくお願い致します!」

「あたいは夕雲型駆逐艦十六番艦の朝霜さ。よろしくな、忘れんなよ?」

「夕雲型駆逐艦……その十七番目……早霜です……。私はこうして……いつも見てるだけ……見ています……いつでも……いつまでも……」

「夕雲型のラスト、十九番艦の清霜です! よろしくお願いです!」

「綾波型駆逐艦七番艦の朧です。誰にも負けない……多分」

「綾波型駆逐艦、漣です。ご主人様! さぁさぁ、お酌しちゃいますぞ?」

「特型駆逐艦……綾波型の潮です。も、もう下がってよろしいでしょうか……」

「暁よ。一人前のレディーとして扱ってよね!」

「ハラショー」

「雷よ! 元気ないわねぇ、そんなんじゃ駄目よぉ!」

「い、電です。どうか、よろしくお願いいたします」

「あぁーーっ、皆ずるいっぽい! まだ夕立たちの順番っぽい! ぽい~っ‼」

 

 多い多い多い多いよ‼ 『艦娘型録』読んでる時点でわかってたけど多すぎるよお前ら‼

 そんな一気に来られて覚えられるわけねーだろ! 夕雲と長波様と潮しか覚えられなかったわ! 

 ちゃんと順番に一人ずつ……い、いや、コイツら元からそのつもりだ。

 そうなると俺はあと何杯の酒を呑めばいい。那智が俺をめっちゃ見ている。

 

 ちょ、ちょっと待て。落ち着いて考えろ。

 普通に飲めばまず酔わない、酒の強さに自信がある俺だが、人生でたった一度だけ、記憶を無くすほど呑んだ事がある。

 ちょうど仕事を辞めた頃だった。まだオータムクラウド先生の作品にも出会っておらず、時間だけを持て余し、何をすればいいのかよくわからなかった時期だった。

 それで何かが解決するとも思わなかったが、ドラマや漫画でよくある、酒に溺れるという事に挑戦してみたのである。

 一晩中酒を呑み続けた俺はいつしか記憶を失い、翌日目覚めた時、何故か全裸だった俺は妹達の手によって両手両足を縛られていた。

 妹達はガチ泣きしながら俺にすがりついてこう言った。

 

「お兄ちゃん、もう二度とこんな風に呑まないで。外でこんな風になったら警察のお世話になっちゃう」

 

 妹達の話によれば、酔いつぶれた俺はいきなり「我が名は色欲童帝(ラストエンペラー)、シココ・フルティンコ」と名乗り、服を脱ぎ捨てるやいなや全裸で自宅内を縦横無尽に駆け回り、口を開けば耳を塞ぎたくなるような淫語のマシンガントーク、挙句の果てに妹達の無い胸を揉むわ、尻を揉むわ、パンツを脱がそうとするわとセクハラをしまくったらしい。

 俺には記憶が無かった為、それが妹達の作り話だと断ずる事もできたのだが、妹達がいつものように俺を蔑むでもなくガチ泣きでお願いするという事が、それを事実であると雄弁に物語っていた。

 

 お、おい……待てよ。俺は記憶を無くしているから、結局どれくらいが俺の限界なのかがわからない。

 駆逐艦一人ひとりに注がれる酒の量は、俺の限界に至るのか⁉

 その場合、この歓迎会場は阿鼻叫喚の地獄と化し、俺は警察どころか憲兵のお世話になることは間違い無い。

 ならば危険を避けて、那智の勝負も諦めるか? いや、もしも那智がそんな俺の事を気に食わず、「この程度の男の下では戦えん。鎮守府から去れ」と言われたら――!

 くそっ、誰だ、何か賭けなければつまらないなんて言った奴は! 俺だった。凹む。

 

 何故、龍田と鹿島は駆逐艦共をたぶらかし、こんな馬鹿な真似をしたのか。

 この智将の眼は誤魔化せない。真実はたった一つ。

 龍田は俺を泥酔させる事で、俺の本性を白日の下に晒す為。俺を社会的に殺すつもりだ。

 鹿島は俺を酔い潰して寝込みを襲う為。俺を性的に殺すつもりだ。

 この二人は確実に俺を殺しにかかっている! 横須賀鎮守府殺人事件の開幕だ。

 たった一つの真実見抜く、股間は子供、頭脳は大人げない、その名は神童貞、捨てるの困難(コンナン)

 こういう時こそ、出番だ、川内! ってアイツらどこにもいねェ! 何の為の護衛だ! 不埒な者が早速俺を狙ってんぞ!

 

 駆逐艦達は無垢な瞳をキラキラと輝かせて、俺にお酌をしたがっている。

 一人ひとりが注ぐそれを飲み干さねば、俺はその艦娘に対して敬意を持っていないという事になってしまう。

 那智に負けを認めたら、最悪の場合鎮守府を去る事になる可能性もある。

 酒に溺れて自分を見失ったら、憲兵のお世話になり、社会的に死ぬ。

 俺の中の闇が目覚める前に酔いつぶれて寝てしまったら、鹿島に搾り取られて死ぬ。

 忘れてしまいそうになるが、俺の股間は未だに戦意高揚状態だ。

 そして俺は現在ノーパンである。

 

 全ての酒を飲み干しつつ正気を保つしかねぇ――!

 こ、この窮地から性感、いや生還する事が出来るのか、俺⁉




長らくお待たせしてしまいました。
キリのいい所までと思うと、登場人物の多さにより少し長くなってしまいました。


いつも多くのご感想を頂きまして、ありがとうございます。
皆様から頂けるご感想のひとつひとつが、私の励みになっております。
それに関しまして、ご感想を下さっている皆様にお願いがございます。

展開予想と共に、「〇〇は△△という意味ではないか」「こう勘違いしているのではないか」などのような勘違いに関する予想に関しても、ご遠慮頂けないかと思っております。

理由を申し上げますと、そのご感想を目にする事で、その発想が思いついていなかった他の読者の皆様の楽しみを半減させる事になると思うからです。

本来ならば誰にも予想できない展開を考えるべきなのですが……私の実力不足ゆえ申し訳ありません。
より多くの皆様に楽しんで頂けますよう、どうかご協力をお願い致します。


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028.『歓迎会』【艦娘視点②】

「那智、提督に失礼な事を言わなかったでしょうね」

「無論だ。事前に話していた通り、呑み比べに誘っただけさ。ふふ、むしろ提督の方から、何か賭けねばつまらん、などと言いだしてな」

 

 元の席に戻ってきた私に、妙高姉さんが釘を刺すような言葉をかける。

 まぁ、わからんでもない。

 昨夜の私の態度を見ていれば、提督に対して批判的な態度を取ると考えられたとしても、何らおかしな事ではないだろう。

 そんな事をいつまでも根に持つ私では無いというのに、実に心外な事だった。

 

「まぁ。提督からそんな事を言ったのならば、相当お酒の強さには自信があるのかしら。那智が吞兵衛だって事を知らないわけは無いでしょうし」

「誰が吞兵衛か……奴も酒の強さに自信があるか、案外ただの負けず嫌いかもしれんぞ」

「言っておくけれど、この勝負に勝ったからと言って、提督に逆らうなんて真似は」

「妙高姉さんは私の事を何だと思っているんだ……昨夜の戦いで、その実力も人格も、十分に理解できたつもりだぞ。呑み比べの勝ち負けなど、どうだっていい。賭け事の話も提督から言い出した事だ」

 

 そんなに私は信用が無いのだろうか。

 昨日の時点では、提督の事を何も知らなかった故に、私も怒った。それは何らおかしな事ではないだろう。

 そして今回の戦いで提督の事は十分に理解した。故に、親睦を図ろうと試みた。ただそれだけの事だった。

 だというのに、妙高姉さんは私への警戒の眼を止めてはくれない。全くもって、心外な事だった。

 賭け事についても、別に私が勝ったところで、何を言うつもりも無い。提督が何か賭けようなどと言うから、提案しただけの事だ。

 

「じゃあ何でわざわざ、呑み比べなんて提督を試すような真似を」

「そ、そういう訳では無い。この那智は、この手の事は苦手なのだが……私なりに親睦を深める為には、こういう方法しか思いつかなかった」

「まぁ、あの提督なら理解して下さると思うけれど……」

 

 妙高姉さんが心配そうに、遠くの提督を見つめた。

 どうやら潜水艦達が無礼な真似をしているようだったが、それを不快に感じている様子は見られない。

 むしろ、喜んでいるようにも見えた。

 この歓迎会が始まる前に、提督は「普段通りの姿を見せてくれ」と提督命令を発した。

 それを受けての事だろう。潜水艦達も我慢をせずに感情をさらけ出し、私も気を遣わずに声をかける事が出来たと思う。

 礼を失することにもなると思ったが、それを不快に思うような男には見えなかった。

 やはり、懐は大きいようだ。

 

 作戦会議にすら顔を出さない、艦娘に全てを任せる指揮――やはり、今考えても有り得ない。

 しかしそれでも、結果としてあの絶望的な戦いから誰一人欠ける事なく生還できたという事実。

 中破した状態にも関わらず、自らの放った砲撃の火力に、思わず足柄と顔を見合わせてしまったものだ。

 提督への信頼が私達の性能を底上げするというのならば、私の放ったあの火力は、そのまま提督への信頼そのものであると認めざるを得ない。

 

 提督としての能力に関しては認めざるを得ないが――唯一、指揮官として不満なのは、出撃した私達を想って涙を流していたという点だ。

 気に食わないという意味ではない。批判する気などさらさらない。

 心配される側としては悪い気はしないが、上官としてはあまりにも情けなく、頼りない。

 何よりも、兵器の一つ一つの損傷や損失に涙を流していては、提督自身の心が持たないだろう。

 そこだけは軍人として、何とか割り切って欲しいものだが――。

 

 何故だろうか。あんなにも頼りになるのに、こんなにも頼りなく思えてしまうのは。

 

「……そうだ。それよりも妙高姉さん、聞いていないぞ。羽黒を秘書艦に推薦するなどと」

「あら、そうね。推薦しようとは思っていたのだけど、決めたのは直接話してみての事だったから」

 

 妙高姉さんは悪気も無さそうにそう言った。

 羽黒を見れば、すでに心配なのだろう。自信無さげに俯いてしまっていた。

 事前に聞いていなかったのは羽黒も同じのようだ。

 

「せっかく秘書艦候補として名前を挙げて頂いたのに、無理を言う事になってしまったけれど……」

 

 始めは妙高姉さんと香取を秘書艦候補として考えていたとの事だった。

 以前、妙高姉さんが秘書艦を担当していた際に、約束事を忘れてすっぽかした当時の提督を数時間に渡って説教したという話は、今でも艦隊司令部で語り草になっていると聞いている。

 妙高姉さんを怒らせると怖いという事は、私達姉妹だけではなく、艦娘ならば誰しもが知っている周知の事実というやつだ。

 当然、提督がそれを知らないわけは無いが……。

 

「フッ、妙高姉さんと香取を選んだのも、案外、前の提督と同様に、尻を撫でるつもりだったのかもしれんぞ」

「あの提督がそんな事を考えるように見えますか」

「じょ、冗談だ、そう怒るな……そ、それよりも、何故このタイミングで羽黒を推薦した? 今までの提督には秘書艦として推薦などするつもりもなかっただろう」

 

 危うく妙高姉さんの逆鱗に触れるところだったので、すぐさま話題を元に戻す。

 提督を侮辱したからか、はたまた、尻をいじったからなのか……危ないところだった。

 どうやら妙高姉さんは、足柄と同様に、すでにあの提督の事を認めてしまっていたらしい。

 

「勘、かしらね。あの提督ならば、羽黒を更なる高みに連れていってくれる……何となくそう感じたの」

「更なる高み……改二という事か」

 

 羽黒と私達姉妹の練度は、そう差があるわけでは無い。

 妙高姉さんだけは一つ抜けているが、羽黒の実力や秘めたポテンシャルは、この那智に劣るものでは無いと、私自身も認めている。

 持ち前の優しさや臆病さ、自信の無さがその足を引っ張っているのだとは思うが、そればかりは生まれ持った性格だ。変えようとしてもなかなか変えられるものではない。

 ましてやこの一年間、我ら重巡洋艦はまともに運用されていなかった。

 戦艦の完全下位互換であると断じられ、自慢の主砲も埃を被らされていた一年間。成長する余地など全く無かった。

 

「まぁ、それだけじゃないけれどね。改二に至る条件は艦により様々だけど、私はその艦の想いであったり、信念であったり、そういった『気付き』が必要だと思っているの」

「あの優秀な提督ならば、それを羽黒に気付かせてくれると?」

「さて、どうかしら。とにかく、頑張ってね、羽黒」

「みょ、妙高姉さぁん……」

 

 まるで他人ごとのように言って席を立った妙高姉さんに、羽黒もすっかり困り果てているようだった。

 羽黒は人見知りでもあるから、提督と打ち解けるのも一苦労かもしれん。秘書艦の仕事以前の問題だ。

 果たしてこの羽黒を成長させる事ができるのか……提督の御手並み拝見か。

 

「うぅぅ……那智姉さん。私なんかが、あんなに優秀な司令官さんの補佐なんて出来るのでしょうか。昨夜の作戦だって全く予想が出来なかったのに」

 

 羽黒は自身無さげに、そう言葉を零した。

 

「予想が出来なかったのは誰も同じさ。いや、強いて言うなら大淀くらいか。だが、あの提督は大淀を秘書艦候補として挙げなかった。そしてお前が秘書艦で構わないと言った……だから、それでいいのだろう」

「それは、妙高姉さんの無理を聞いて頂けたからで、私なんかじゃ司令官さんのご迷惑になるのでは……」

「さてな。ともかく、あの妙高姉さんがあぁ言っているのだ。やる以外の道はあるまい。どうしても無理だと思ったら、その時に辞めればいいさ」

「は、はい……」

 

 憂鬱そうな表情で俯いてしまった羽黒の隣に、妙高姉さんが戻って来る。

 そして何やら緑色の液体が入った酒瓶を私の前に置いたのだった。

 

「何だこれは」

「ゴーヤ酒というらしいわよ。提督は二杯呑んでいたから、那智も同じだけ呑みなさい」

「……冗談だろう?」

「同じものを呑まないとフェアじゃないでしょう」

「そ、それはそうだが……! お、おい、妙高姉さん! 何か怒ってないか⁉ し、尻の件は冗談だと……!」

「怒ってないわ。呑みなさい。早く」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……イムヤ、どうしたの? さっきから元気が無いの」

「えっ、あ、いや……元気が無いわけじゃなくて、少し考え込んでただけ」

 

 イクの声に、はっ、と気が付くと、私はグラスの水面をじっと眺め続けていたようだった。

 慌てて取り繕い、グラスに注がれたジュースに口をつけた。

 一息ついて、改めて考える。

 ほんの一か月前の、私達の事を。

 

 持ち前の燃費の良さを活かして、私達はよく資材の回収に向かわされていた。

 前の司令官はやたらと重い編成の艦隊運用を好み、また、建造に多くの資材をつぎ込んでいた為、鎮守府は慢性的な資材不足に陥っていた。

 私達は昼も夜もなく、ただひたすらに資材を回収する為に海に潜り、得られた資材が瞬く間に消えていくのを目の当たりにする毎日を過ごしていたのだった。

 当然、疲労は溜まる。深海棲艦も資材を必要とする為、パワースポットの周りでは交戦する事が多い。

 降り注ぐ爆雷の雨に打たれて、時には避け切れずに被弾、損傷する事は当然あり得る事だった。

 

 だが、前の司令官は、それを許さなかった。

 負傷して撤退した私達に降り注いだのは、自分の思い通りの結果にならなかったという苛立ちをぶちまけた、更なる罵倒の雨だった。

 

『資材を回収するだけという簡単な事も出来んのか、役立たず共め』

『何故被弾するのだ。愛国心さえあれば敵の攻撃など当たらぬはずだ。恥を知れ』

『貴様らが不甲斐ないせいで、儂の計画が台無しだ。どう責任を取るのだ』

『入渠もタダでは無いのだぞ。計算外の余計な資材を消費してしまうだろう』

『貴様らの尻拭いに余計な資材は使えんからな。入渠は許さん。入渠したければ、その分の資材は自分達で稼いでこい』

『疲れているなどと甘えた事は言うまいな。少し損傷したくらいで泣き事を言うな。根性無しめ』

 

 数え上げればきりがないが――中破状態、ひどい時には大破状態で反復出撃をしたのは一度や二度ではない。それこそ、数え上げればきりがないというものだった。

 死に物狂いで何とか資材を回収し、命からがら帰投すれば、前の司令官はふんぞり返ってこう言うのだった。

 

『ほら見ろ。私の言う事は正しいだろう。無理だと思うから無理なのだ』

 

 私はひねくれているのだろうか。それともイクやゴーヤが純粋なのだろうか。

 良い事なのか悪い事なのかわからないが、きっと私が冷めているだけの事だと思う。

 司令官の言葉を真に受けて、イクやゴーヤは「被弾する私達には愛国心が無いのではないか」と本気で悩んでいた時期がある。

 私はそうは思わなかったが、あの時期のイク達は見ていられたものではなかった。

 

 あんな無謀な出撃を繰り返して、私達潜水艦隊から誰も失われる事がなかったのは、奇跡としか言えないだろう。

 いつ誰が沈んでもおかしくはなかった――そんな地獄だった。イクもゴーヤも、おそらく私も、死んだ目をして、毎日毎日、地獄に繰り出していた。

 毎日を生き抜くのに精いっぱいで、誰かに甘えたり、イタズラする余裕なんてなかったのだった。

 

 だから、あんなイクとゴーヤを見るのは、とてもとても久しぶりの事だったのだ。

 目を爛々と輝かせて、司令官にイタズラを仕掛けた瞬間、私は色んな意味で驚いてしまった。

 何でわざわざ、自分から嫌われるような事をするのかと。

 

 だがそれが、本来のイクとゴーヤなのだ。

 そんな本来の、自然な姿で接して欲しいと、司令官は言ったのだ。

 それを信じてイク達はイタズラを仕掛け、司令官はそれに驚き、困りながらも喜んだ。

 内心不安だったであろうイクとゴーヤの喜びは、如何ばかりだった事か。

 

 ――司令官はきっと知らないのだろう。

 

 提督の背中にくっついてイタズラをしていたイクが、どんなに幸せそうに笑っていたのかを。

 その背中にくっついていたイクが司令官の言葉で一度離れた瞬間、どんなに名残惜しそうな顔をしていたのかを。

 もっともっと甘えたくて、もっともっとくっついていたくて、どうしても我慢できなくて、もう一度くっついてしまった事を。

 私達が、司令官の事をどれだけ待ち望んでいたのかを。

 

 出撃する事をあんなにも辛いと思っていたのに、今の私は、もう今すぐにでも海に飛び出したいくらいにうずうずしている。

 お休みが欲しい、なんてゴーヤは訴えていたらしいが、それでは司令官に褒めてはもらえない。

 ご褒美目当てだろう、イクもゴーヤも目を輝かせて張り切ってしまっていた。

 

「明日の資材回収と近海警備、頑張るの! 頑張って頑張って、提督のご褒美貰うのね!」

「いっぱい活躍して、お休みを貰うでち!」

 

 現在の横須賀鎮守府の資材状況は、枯渇寸前と言ってもいい。

 そうなると、燃費の良い私達潜水艦隊や水雷戦隊の出番だ。最低限の支出で近海を警備し、資材を回収する。

 しばらくはそういった、兵站の面での戦いが続くだろう。これもまた、立派な戦いだ。

 

 私は他の皆と比べて、性能が劣っている事は自覚できている。

 イクやゴーヤに比べれば雷撃の威力も低いし、被弾率も大破率も私が多い。総合的に、性能が低い。

 前の司令官には、よく『最初から期待していなかったが、足手まといめ。潜水艦は数が少ないから使ってやっているだけだ。有り難く思え』などと言われていたものだ。

 

 性能に恵まれず、龍田さんや香取さんのように戦闘センスにも恵まれず、改状態になっても潜水空母の能力は得られない。

 褒められる方が珍しい、期待などされた事のない、平々凡々な潜水艦。

 そんなコンプレックスまみれの私に、司令官は『潜水艦の中では特にお前に期待している』と言ってくれたのだ。

 潜水艦隊のリーダーに任命してくれたのだ。

 お前にしか無い長所があると言ってくれたのだ。

 

 こんな……こんな私に!

 それがどれだけ嬉しかった事か!

 

 しかしいくら考えても、私にしかない長所など一つも思いつかない。

 私は恥を忍んで、イクとゴーヤに声をかけたのだった。

 

「ねぇ、二人とも。司令官に言われたんだけど、私にしかない長所って何かあるかな」

 

 イクとゴーヤはきょとん、とした顔を見合わせ、少しも考えるそぶりを見せずに、こう言ったのだった。

 

「イムヤは頭がいいから、いつもイク達をまとめてくれるのね。字も綺麗だし、報告書を作るのも一番上手なの!」

「それに燃費もいいから、資材の消費量も入渠に必要な時間も、ゴーヤ達よりも少なく済むでち」

「そ、そう……? 確かに回復力には自信があるけど……っていうか、たまにはイク達が報告書を作ってくれてもいいんだけど」

「えぇー、それは面倒なの」

 

 長所というより、仕事を押し付けられてるだけのような気がする……。

 しかし、この潜水艦隊をまとめる事が出来るのはやはり私しかいないという事だろう。

 司令官もそれを期待して、私を潜水艦隊のリーダーに任命してくれたのだろうし……頑張らないと。

 内心、気合を入れた私を見て、イクはこう言ったのだった。

 

「明日の出撃頑張ったら、イムヤもご褒美に、提督にくっつくといいの!」

「えぇっ⁉ な、何で急にそんな事」

「色々考えて我慢しちゃうのがイムヤの悪いところなの! イクが提督にくっついてる時、羨ましそうに見てたの、イク、知ってるの!」

「頭がいいのはイムヤの長所だけど、そのせいで大人ぶって妙に気を遣ったり遠慮しちゃうのは短所だと思うでち」

 

「お、大人ぶってるとか遠慮してるとかじゃなくて、は、恥ずかしいでしょ! 普通!」

「あっ、くっつきたいのは否定しないのね」

「そ、そうじゃなくてぇ! もぉぉぉ~!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ほらほらっ、満潮も! 司令官に挨拶! 行っきまっすよぉ~!」

「……私はいい。行かない」

 

 大潮がいつものように強引に手を引くが、満潮は動きたがらない。

 朝雲と山雲にも励まされてはいるのだが、一向に変化は見られなかった。

 

 満潮は私達が無事に帰投してから、ずっとふさぎ込んでしまっている。

 その原因はただ一つ――私、大潮、荒潮、そして満潮。第八駆逐隊の中で、満潮だけが唯一、昨日の遠征部隊から外された事だ。

 満潮の代わりに霞を編成したそれは、単純に練度の高い者から選んだように思えるが、満潮と霞の差はそこまで大きくは無い。

 つまり、霞の代わりに満潮を編成したとしても、あまり任務に支障は無かったように思えるのだ。

 にも関わらず、司令官は満潮だけを外し、代わりに霞を編成した。

 

 それに一体、何の意味があったのか。

 満潮のトラウマを抉るような、酷薄な編成。まさか何も考えていないという事もないだろう。

 大淀さんの話では、あの司令官は私達の事をよく知ってくれている、と。

 つまり、満潮の過去を知った上で、あんなにも残酷な編成を組んだという事だろう。

 

 かつての大戦――まだ私達が艦娘ではなく、艦であった頃。

 満潮が入渠している間に、私も、大潮も、荒潮も、次々に沈んでしまったという過去。

 私達と同じ戦場で戦う事も、助けに行く事すらも出来なかったという後悔。

 そのトラウマは未だ深く、大きい。

 

 私達が遠征に出た後、満潮はどんな想いで待機していたのだろう。

 日が暮れても戻らない、連絡も取れない私達の事をどう考えていただろう。

 

 それがどれだけ辛かっただろうか、苦しかっただろうか、心細かったであろうか。

 

 いくら優秀な司令官であると理解が出来ていても、感情が追い付いていないのだろう。

 

 その怒りや悲しみは、一体どこに、誰にぶつければいいというのか。

 やはり、そんな編成を命じた司令官にぶつけるしか無いのだろう――。

 

「うふふふっ、満潮ちゃんも、しょうがないわねぇ~。気持ちは、わかるけどぉ」

「そうね。無理やりここまで連れ出してはきたけれど……司令官に挨拶に行くのは無理かしら。置いていくわけにもいかないし」

 

 荒潮がひそひそと小さく声をかけてきたので、私も同じように答えた。

 司令官の歓迎会に顔を出さないというのは流石に失礼なので、何とかここまでは引っ張ってきたのだが……挨拶に行くとなると、やはり尻ごみしてしまうのだろう。

 

「ったく、見てらんないったら! いい加減にしなさいな!」

 

 あぁ、やはり。

 予想はできていた事だが、やはり霞が痺れを切らしたようだった。

 ふさぎ込んでいる満潮に向かって、勢いよく立ち上がった霞は一切の遠慮なく厳しい言葉を投げかける。

 

「言っておくけど、司令官を恨むのは筋違いだからね。私の方が、練度が高かった。今回は危険な出撃だったからこそ、少しでも練度の高い私が選ばれた。ただそれだけの事よ」

「……あぁそうね! 私じゃ力不足って事ね! そんな事わかってるのよっ!」

「わかってるなら、何をいじけてるの⁉ それで強くなれるならどうぞ好きなだけ落ち込んでいればいいわ。惨めよね!」

「うるさいわねっ! ウザイのよっ! 霞っ!」

「はぁ⁉ それで逆ギレ⁉ だらしないったら!」

「喧嘩売ってきたのはアンタでしょ⁉」

「さっきから目障りなのよっ! 落ち込んでる暇があったらこんなところでウジウジしてないで――」

 

「――何を大きな声を出しているのですか? この場は提督の歓迎会ですよ」

「元気がいいねぇ。やっぱり夜はいいよね、夜はさ。元気が有り余ってるなら、夜戦演習行っちゃう? 今から提督に許可を貰うつもりなんだけど」

「ミッチもカスミンも大きな声! 那珂ちゃんと一緒にボイトレどう? きゃはっ!」

 

 いい加減にしなさい、と声をかけようと腰を上げた私よりも早く、二人の間に割って入ったのは、川内さん達、三姉妹だった。

 時雨さん達と共に、提督に挨拶に行く途中だったのだろう。

 満潮と霞は一瞬にして悟ったかのように顔を青くして、顔を伏せて縮こまってしまった。

 

 私は神通さん達の下へ歩み寄り、二人に代わって謝罪すると共に、事情を説明したのだった。

 何も言わないのに正座をして黙り込んだ満潮と霞を一瞥して、神通さんは目を瞑りながら口を開く。

 

「……なるほど。確かにそれは悔しいですね。確かに私も、あの編成が気になってはいたのです。何故、満潮さんではなく霞さんを選んだのか、と」

「単純に、練度の高い順であると言われればそうなのですが……満潮の過去を知った上での判断だったのでしょうか」

「そうですね。ここに配属される軍人であるならば、先の大戦の事は知っていて当然の事でしょう」

「それにしては、少し酷薄すぎるのではと……い、いえ、司令官の指揮に不服があるわけではないのですが、その……」

 

「ふぅん。話を聞けば、あの提督の考え方は、どこか神通に似てる気がするねぇ」

「あっ、それ那珂ちゃんも思った!」

 

 神通さんと私の会話を聞いていた川内さんと那珂さんは、いつものように飄々とした雰囲気のままに、そう言った。

 その言葉の意味がわからなかったのか、神通さんは何故か少し頬を染めて、川内さん達に言葉を返したのだった。

 

「提督が、私に……ですか? ど、どの辺りが……」

「そうだねぇ。厳しさの理由には優しさがあるというか、ほら、間宮さんが教えてくれたでしょ。夜戦の為に全員送り出した後、一人でこっそり泣いてたって」

 

 その無線は、私も聞いていた。

 司令官が私達を想って涙を流してくれていたと聞き、何と素晴らしい人なのだと感服した。

 その慈悲深さと満潮への仕打ちが、どうにも繋がらないのだったが、川内さんはこう言葉を続けたのだった。

 

「私達は遊びに海に出てるわけじゃないでしょ。一歩海に出ればそこは戦場。いつ沈むかもわからない死地で、地獄だよ。提督はそれをよくわかっているから、自分だけが安全な場所にいるのが悔しい、って泣いてたんだ。その気持ちは、満潮もよくわかるんじゃない?」

「……はい」

「ましてや、提督にはあんなに大きな危機が迫っているってわかっていたんだから、少しでも練度の高い艦で固めたかったと思っても、おかしくは無いんじゃない?」

「……えぇ、川内姉さんの言う通りです。通常の遠征ならばともかく、あの航路は駆逐艦の皆さんにはかなり厳しいものでした」

「過去の編成を優先して少しでも練度の低い艦を編成した結果、目も当てられない事になったら、それこそ本末転倒なんじゃないかなぁ。どう思う、朝潮?」

「……返す言葉もありません」

 

 川内さんの言う通りだった。

 思い返せば、昨日の戦い、それに至る作戦というのは、ほんの僅かにでも手を抜けるほど、余裕のあるものであっただろうか。

 否。一つ間違えれば全てが無に帰すような、綱渡りのような作戦だった。

 全ては司令官の掌の上だと大淀さんは例えたが、それならば少しでも慢心しても良いという道理は無い。

 ほんの僅かにでも、満潮よりも霞の方が練度が高いと、司令官は判断した。

 ならば、あの編成は司令官の考え得る限りの全力だったはずだ。

 

 それに対して、もっと手を抜いてもよかったのではないか、などと言えるはずがない。

 辛い事だが、満潮は口だけでは無く、認めなければならないのだ。

 自分自身の力不足を。

 

 川内さんは正座している満潮の前で膝を曲げ、ぽんぽんと頭を叩いて、言葉を続ける。

 

「だから、私達は強くならなきゃならないんだ。大切な仲間と共に強くならなきゃ、その内、隣に立つ事も出来なくなる……。大切な仲間が危険に晒されている時に、何も出来ないって事にもなるんだ。私も那珂も、神通に置いてかれないように、こう見えて必死なんだよ?」

「……はい」

「満潮は今回、悔しかったね。もうちょっとだったよね。だからこそ、頑張らなきゃ。いつか、朝潮達や時雨……大切な仲間に危機が迫っている時に、自分の手で助けに行けるように」

「……っ、はいっ」

「神通の演習はかなり厳しいけれど、それも皆の事を思って、心を鬼にしているんだよ。実戦で沈んでしまったら何の意味も無い。あの時、もう少し厳しく教えていればよかった、なんて思ったって、後の祭りだからね。だから神通は、たとえ皆に嫌われたって、怖がられたって、厳しい演習を続けるんだ……提督もきっと、表情には出さないけれど、案外、心の中では泣いてるんじゃないかな」

 

 川内さんの言葉に、満潮は肩を震わせ、ぽろぽろと涙を流してしまった。

 行き場無く司令官にぶつけていた怒りや悔しさ、悲しみが、全て自分自身への不甲斐なさとなって返ってきたのだろう。

 普段から、あとほんの少しだけ頑張っていれば、今回の編成から外される事は無かったかもしれない。

 司令官の作戦が少しでも上手くいかなければ、私達は沈んでいた。そうなれば、満潮は思い出したくもない過去の二の舞となるところだったのだ。

 満潮も本当はわかっていたのだ。あんなにも私達の事を想ってくれている司令官を恨むなど筋違いである事など、霞に言われるまでもなく、理解できていたのだ。

 

 それにも関わらず、司令官を恨む事で自分の弱さを誤魔化していた事を自覚したのだろう。

 

「今回の作戦で、あの加賀さんも少し失敗しちゃったんだってさ。それで落ち込んじゃった加賀さんに、提督はこう言ったそうだよ。『失敗は誰にでもある。大事なのはそれを後悔で終わらせる事では無く、反省し、次に活かす事だ』ってね。その悔しさをバネにして、進まなきゃ。一歩でも、ほんの少しだけでも、前にね」

「ひっく……ぐすっ……はっ、はいっ……!」

「よしよし。悔しいよね。これから皆一緒に頑張ろうね」

 

 川内さんは満潮を抱き寄せ、ぽんぽんと軽く背中を叩く。

 満潮の背を優しく撫でながら、川内さんはそのまま私達に目をやり、言葉を続けた。

 

「それじゃあ私達は提督に挨拶に行ってくるけど……朝潮達も失礼のないようにね」

「はいっ。無論です」

「朝潮や大潮なんかはまぁいいとして……霞はまさか、普段通りでいいって言われたからって『あの作戦は何なのよ、このクズ!』とか言い放つつもりは無いよね?」

「ギクッ⁉……そ、そんな事は……な、無い、です……」

 

 言うつもりだったようだ。私からも釘を刺してはおいたのだが……。

 霞は言葉を選ばない。先ほどの満潮への言葉も、言うなれば霞なりの叱咤激励だ。

 満潮に語っていた通り、霞も司令官の指揮方針については理解できている。だが、おそらく司令官と顔を合わせれば、納得のいかなかった点について思いをぶちまけるだろう。

 

 霞は相手の事を考えた上で正論を言う。

 だがそれが少し過激すぎるというか、口癖なのか、過去に司令官をクズ扱いした事は一度や二度では無い。

 感情が昂ると抑えが利かないのか、考えるよりも先にそういった厳しい言葉が出てきてしまうのだろう。

 そのせいで、過去の司令官の中には、霞を苦手とする方もいた。

 適切な言葉さえ選べば、霞も避けられる事は無いのだと思うのだが……姉としては、今後が心配だ。

 

「それと……荒潮。嬉しいのはわかるけど、さっきから目が怖いから、あまり提督を見つめ過ぎないように。荒潮の直視は目力が強すぎて、私でも目を逸らしたくなるくらいなんだから」

「えぇ~? うふふふふっ、何でかしらぁ? おかしいわねぇ~?」

「う、うぅん、でも提督も普段通りでいいって言ってたし……ま、まぁ、いっか。そのままで」

 

 荒潮は昨日の遠征の途中から様子がおかしかった。

 何だか随分と機嫌が良いように見える。

 私の妹ながら少し変わっている子だとは思うが、それが少し誤解を生んでしまいがちだ。

 前の司令官には、よく『何だその目は!』と顔を合わせるたびに怒鳴られていたし、機嫌の悪い時には頬を張られるのも日常茶飯事であった。

 最終的には、その目が気に食わないという理由で、顔を合わせないように部屋から出るなとまで言い放たれた。

 それでも荒潮はいつものように笑みを浮かべていたが、内心、どう思っていたのかはこの私にもわからない。

 

 朝潮型の中で特に問題児として扱われやすいのが、荒潮、満潮、そして霞の三人だ。

 荒潮は余裕ぶった笑みや態度、何よりも目が気に食わないと。

 満潮は捻くれた物言いが、霞は歯に衣着せぬ物言いが気に食わないと、私達の中でも特に冷遇されてきた。

 上官に向かってその態度は何だ、と言われれば、返す言葉も無いのだが……。

 

 ともかく、霞も荒潮も、そして満潮も、自分を偽るつもりは無いようだった。

 何よりも、提督自身がいつも通りの自然な姿を見せてくれと言っていたのだから、偽らずとも正解なのだろう。

 悪い子ではない、少しだけ個性的な私の妹達を、司令官が受け入れて下さる事を祈るばかりだ。

 

 司令官への挨拶に向かうべく立ち上がった川内さんを私は呼び止め、敬礼した。

 満潮と霞の喧嘩を仲裁してくれただけではなく、貴重な話を聞かせて頂いた。

 厳しく感じられる神通さんの演習には、厳しさ以上に確かな優しさがある。

 提督の指揮もまた然り。

 ならば、川内さんも那珂さんも、私達の事を想っていてくれているのだと、実感する事ができたのだった。

 

「ありがとうございました! あ、あの、もしかして神通さんだけではなく、川内さんの夜戦演習や那珂さんの発声練習も、私達の今後を思って――」

「あぁ、私は自分がやりたいからやってるだけだよ。夜戦最高ー!」

「那珂ちゃんもでぇーすっ! きゃはっ!」

「えぇ……?」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「だ、大丈夫ですか⁉ 金剛お姉さまっ!」

「シ……シィット……! 流石は私の妹デス……!」

「えぇと……この一年間、数えきれないくらい戦場に送り込まれてきたので、勝手に練度が上がってしまって……」

「フフフ、頑張ったのデスネ……でも次は負けまセーン……! 提督のハートを掴むのは私デース! さぁ、もう一度勝負ネー!」

「わぁぁ! お姉さま、流石です! よーし、私も気合っ、入れてっ、行きまぁすっ! とぉりゃぁぁあっ!」

 

 比叡お姉さまに投げ飛ばされ、相撲勝負に敗北してしまった金剛お姉さまだったが、すぐに立ち直り闘志を燃やしている。

 元々の練度の差が大きいのか、現在は比叡お姉さまの方が若干強いようだ。

 そうなると、私や霧島もまた、金剛お姉さまよりも上にいるという事になるが、おそらくこの程度の差は、すぐに覆されてしまうのだろう。

 

 夢のようだった。こうやって金剛お姉さまとはしゃいで、騒いで、笑い合える日が来ることを、私達は文字通り夢見て過ごしてきたのだ。

 私達の誰かが沈んでしまう前に、四人で再会する事が出来た。その御恩は、一体どうすれば返す事ができるのだろうか。

 そんな事を話そうかと隣に座る霧島に目を向けると、何やら難しい顔をして考え込んでいる様子だった。

 

「……どうしたの、霧島」

「いえ、結局のところ、司令の一番とは一体誰なのかと考えていて」

 

 それは、先ほど提督が金剛お姉さまに話した事だった。

 確かに、それは気にならないと言えば嘘になる。

 提督の表情を見るに、金剛お姉さまが二番目であるという事は、うっかり口が滑ってしまったというような感じであった。

 本来言うつもりが無かったのであろう。

 

「司令にとって、金剛お姉さまは昨日出会ったばかり。だというのに、上から数えて二番目。この霧島の分析でも、どうも理解ができないわ。初めての建造で出会えた故に一番というならまだわかるのだけれど、何故二番……」

「うーん……?」

「そもそも一体何の序列なのかしら。金剛お姉さまの、どれくらい大切に考えているかという問いに対して、迷うことなく二番目と答えたという事は、司令の中であらかじめその序列が決められていたという事よね。大切にしている序列として考えるならば、司令は艦娘に優劣をつけている……?」

「ま、まさか……」

「そうだとしても、何故金剛お姉さまが二番目……わからないわ、この艦隊の頭脳、霧島の分析でも……!」

「で、でも、あの提督が大切にしている艦娘に序列をつけているだなんて考えられないわ。提督も、そういう意味では無いと仰っていたし……」

「そうなのよ。だからますますわからなくて……司令の領域に至るには、この霧島の頭脳でもまだ足りないという事かしら」

 

 私と霧島は、腕組みをして唸ってしまう。

 大淀さんから前もって指示があったように、提督は質問を嫌うらしい。

 まずは自分の頭で考えてみて、どうしてもわからなかったら大淀さんに相談して下さい、との事だった。

 

 どれくらい大切に思っているか、という問いに対して、金剛お姉さまが二番目であると迷わず答えた。

 という事は、提督の中で大切に思っている順位があるとして、今回の建造により金剛お姉さまが二番目に滑り込んだという事だろうか。

 そうなると、金剛お姉さまでも超える事の出来なかった一番目とは、一体……。

 

 考えても考えても、わからなかった。

 

「もうっ、いい加減にして下さいっ! お手洗いにまでついてくるなんて!」

「た、頼む! 一回だけ、一回だけでいいんだ! 私と朝潮型で輸送連合艦隊なんてどうだろうか。皆で弁当を持ってだな」

「戦艦含んだ輸送連合なんてありますか⁉ どんどん要求が露骨になってきてるんですよ! もう大人しくしてて下さいっ!」

「お、大淀……!」

 

 一体どうしたものか、と考えていた所に、ちょうど大淀さんが通りかかった。

 何やら長門さんに付きまとわれているようだが……一体どういう状況なのだろうか。

 大淀さんも私達の姿に気付き、声をかけてくる。

 

「な、何してるんですか。何故こんな時間に相撲を……」

「えぇと、実は……」

 

 大淀さん達に事情を説明しようとしたところで、再び比叡お姉さまに投げ飛ばされていた金剛お姉さまが、声を上げて走ってきたのだった。

 

「あーーっ! そうデス! 長門デース! この横須賀鎮守府のリーダー格! ヘイ、長門! 提督の一番の座を賭けて勝負デース!」

「……何? 提督の一番? さっきの話の事か」

 

 首を傾げる大淀さんと長門さんに、私達は提督にかけられた言葉について説明したのだった。

 一通り説明を終えた所で、長門さんは理解が出来たというかのように大きく頷く。

 

「なるほど、そういう事か。先ほどの話の中で、提督が一番大切に思っている艦娘は一体誰かと……フフ、それで私か。胸が熱いな」

「シット! 何を見せつけてくれるデース! さぁ! 相撲で勝負ネー!」

「ふむ。それが事実だとしたならば、提督の一番に選ばれたその名誉は簡単には渡せんな。良かろう、受けて立とうではないか」

 

 長門さんと金剛お姉さまは土俵の中に入り、そのまま戦いを始めてしまった。

 

「金剛型の高速張り手を喰らうデース! ファイヤァーーッ!」

「フッ、効かぬわ。長門型の装甲は伊達ではないよ」

「なっ、なんて硬さとフィジカルデース⁉ まるで歯が立ちマセーン⁉」

「お姉さま、助太刀しますっ! とぉりゃぁぁあっ!」

「ハッハッハ! ビッグセブンの力、侮るなよ!」

 

 お姉さま二人がかりでもビクともしていない……長門さんのあの力も、提督への信頼から来るものなのだろうか。

 怒涛の勢いで勝負が始まってしまったが、大淀さんに目を向ければ、呆れたような表情で大きな溜め息を吐いていたのだった。

 

「はぁぁ、まったく、もう……人の話を聞かないんだから」

「あの、大淀さんはどう思いますか? 提督の一番大切にしている艦娘とは……」

「提督は艦娘に序列をつけたりなんてしません。鹿島も私も常に平等。提督はそういう御人です」

「えっ、なんでそこで鹿島さんが」

 

 私の問いに、大淀さんはハッと気が付いたように口をつぐみ、小さく咳払いをしてから言葉を続けたのだった。

 

「コ、コホン。と、とにかくですね。提督も、そういう意味ではないと仰ったのでしょう? 考え方のスケールが小さいんですよ」

「考え方のスケールが……どういう事でしょうか」

「まぁ、私も先ほどまでそれに悩んだりもしましたが……提督の言いたかった事は、金剛が二番目という事ではなく、私達艦娘全員が、提督の中で二番目に大切だという事なのでしょう。おそらく艦娘の中で序列があるという意味ではありません」

 

 大淀さんの言葉に、私と霧島は顔を見合わせた。

 確かに、筋が通っている。金剛お姉さまが二番目ではなく、私や霧島も含めた、艦娘という一つのスケールで、二番目に大切に思ってくれているのだ。

 そう考えれば納得がいく。私達の為に涙を流せるような人なのだ。艦娘そのものを大切に思ってくれている事は、よく理解できていた。

 

「なるほど……それでは、提督の一番とは」

「言うまでも無いでしょう。今朝、私達はそれを心で感じたはずですよ。提督の一番は私達にとっての一番と同じ。この国の平和、ただそれのみです」

 

 ――私と霧島は、もう恥じ入るしか無いのだった。

 この国の平和を一番に、そしてこの私達の事を二番目に大切に思ってくれている、そんな高潔な御人に、失礼な事を考えてしまった。

 艦娘に好みで序列をつけているのではないか、などと、妙な考えを持ってしまった。

 少し考えればわかりそうなものだが、大淀さんの言うとおりに、私達は考え方のスケールが小さかったようだ。

 まだまだ、提督の領域に至るまでは遠い。

 

 大淀さんは困ったように笑いながら小さく息を吐いて、言葉を続けた。

 

「それはとても光栄な事ではありませんか。ご自分の事よりも何よりも、この国の平和の次に、私達の事を大切に思ってくれている……人間に歯向かった兵器だと今も警戒されている、こんな私達を」

「そう……ですね。前提督に逆らった事で横須賀鎮守府の艦娘が問題視されている事はご存知でしょうし……まさかあんなにも有能な御方が着任するとは思いもしませんでした」

「私達はその恩に報いねばなりません。皆さん、戦艦部隊は空母機動部隊と同じくしばらく出撃を控える事になりますが、資材管理も立派な戦いです。ご協力をお願いしますね」

「えぇ、勿論です」

 

 私と霧島が大きく頷いたところに、何やら楽しそうに笑みを浮かべた間宮さんがひょっこりと現れる。

 どうやら厨房から、私達の声を聞いていたようだった。

 

「あらっ、間宮さん。どうしたんですか」

「うふふ、何やら楽しそうなお話をしているなぁと思いまして。思わず厨房から誘われて来てしまいました。ふふふっ」

 

 間宮さんは何故か、大淀さんに目を向けてニコニコと微笑んでいる。

 大淀さんもそれを怪訝に思ったのか、眼鏡の位置を直しながら間宮さんに尋ねたのだった。

 

「な、何ですか?」

「いえ、やっぱり大淀さんは提督の事をよく理解しているなぁと思いまして。もしも提督が信頼できる艦娘の序列をつけるのなら、一番は大淀さんかなぁ、なんて。うふふっ」

「はっ、はぁぁぁっ⁉ ななな、何を言うんですかっ⁉ わ、私なんて、そんな、そんな……」

「ふふっ、例えばですよ、例えば。女房役とはこういう関係の事を言うんでしょうね」

「にょ、女房……って、もう! 間宮さんっ! さてはからかいに来ましたね⁉」

 

 先ほどまでの冷静さは何処へやら、一瞬にして真っ赤に染まった頬に手を当てて慌てふためいている大淀さんを見て、間宮さんは愉快そうに笑みを浮かべる。

 何とか冷静さを取り戻そうとしている大淀さんだったが、間宮さんの話を聞いていたのであろう、金剛お姉さまと長門さんに詰め寄られるのだった。

 

「一人だけご褒美を貰ってたから怪しいとは思っていましたが、一番は大淀だったデスカー⁉ さぁ、土俵に上がるデース!」

「お、おい、大淀! お前、私に活躍の場を与えないだけでは飽き足らず、私から提督の一番の座まで奪うつもりか⁉ ずるいぞ!」

「いや貴女達はまず人の話を聞いて下さいっ‼」

 



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029.『歓迎会』【提督視点④】

 色欲童帝(ラストエンペラー)、シココ・フルティンコでぇーすっ! ひゃっはァーッ!

 パーッとイこうぜ! パァーッとなぁ! イけるイけるぅ! イクイクゥ!

 那珂ちゃんに負けじと歌いたい気分だ! 聴いて下さい! 『恋の0-7-21』‼

 

 い、いかん……今一瞬、俺の闇の人格が垣間見えた。

 俺は今一体何をしようと……危うく股間のスタンドマイクを両手で持って立ち上がるところだった。

 堪えるんだ……ここは堪えねば……!

 

 駆逐艦による物量作戦が始まってから、まだたったの十人程度しか消化していない。

 子供だと思っていた駆逐艦が今の俺にとっては鬼畜艦である。

 このままでは俺の理性が駆逐されてしまうではないか。

 俺はあと何杯の酒を呑めばいい……駆逐艦はあと何人いるんだ……!

 適当に応対したからもう自分でも一人ひとりに何を言ったかよく覚えていないし、誰と話したのかも定かでは無い。

 し、しかし上官としてせめて部下の顔と名前くらいは憶えねば……!

 

「提督さんっ! 手が止まってるっぽい!」

「う、うむ。昨日はよく頑張ったな、偉かったな。お酒の注ぎ方も上手だったな」

「えへへぇ……ぽいっ! ぽいっ!」

 

 幾多の駆逐艦達に途中で割り込まれた事に憤慨した様子の夕立は、さっきから俺の傍にくっついて離れようとしない。

 もっと撫でるっぽい、褒めるっぽい、と、俺に指図してくる有り様であった。

 その通りに褒めてやると本当に嬉しそうに笑ってくれるので、俺もなかなかストップをかける事ができない。

 夕立のその様子を、すでに俺への挨拶を終えた時雨と江風は、一歩引いた位置から呆れたような目で眺めている。

 

「まったく、夕立の姉貴はお子様だねェ。なぁ、時雨の姉貴」

「あ、あぁ、うん……そ、そうだね」

「むっ! 時雨だって本当は提督さんに甘えたがってるの、夕立にはわかるっぽい! 意地張らずにこっち来ればいいっぽい!」

「ぼ、僕はいいよ……」

 

 江風はともかく、夕立と時雨は見ているとアレだな……中学生というより、昔おばあちゃんの家で飼っていた犬を思い出すな。

 夕立はゴールデンレトリバーのダッチに似ている。

 なんかこう、フリスビーを投げたら全速力で取りに行って、戻ってきたらハイテンションで褒めて褒めてと全力ではしゃぐタイプのアホ犬だった。

 時雨はシベリアンハスキーのグレイに似ている。

 頭が良くて、あまりはしゃいだり甘えたりはしない落ち着いたタイプなのだが、ダッチがいなくなるとそそくさと寄ってきてそっと甘えてくる、そんなクールな犬だった。

 もう十年以上前に二匹とも亡くなってしまったが、どちらも可愛い奴だった……。

 

 い、いや、昔に思いを馳せて和んでいる場合では無い。

 今は目の前の駆逐艦達の相手に全力を注がねば。

 

 思い出せ。時雨達の次に挨拶したのは、そう、睦月型の……くそっ、見た目はカラフルだが名前が似すぎてよく違いがわからん!

 そうだ、皐月、そして水無月……えぇい、確かあと二人……! そ、そうだ、文月!

 世に文月のあらんことを……い、いや俺は何を……駄目だ、あと一人がわからん。

 いや、この限られたヒントから答えを導くのだ。真実はいつもひとつ! ()っちゃんの名に賭けて!

 

 小学生にしか見えない睦月型駆逐艦。当然俺のストライクゾーンの範囲外である。

 興味が無かった為、事前情報は少ないが、かろうじて俺が持つ知識によれば、睦月型駆逐艦には他に睦月や如月、弥生や疼き、いや卯月とやらがいるはず。

 つまり、睦月型駆逐艦は暦の名前からその名が取られているという事は明白だ。

 一月から順に考えるのならば、睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、師走。

 そして俺の前に現れたのはその中の四人。確か黄色いのが皐月で、青いのが水無月、茶色いのが文月だ。

 

 そういえば俺が事前に読んでいた書物によれば、水無月は春日丸同様、数少ない男の艦娘だったな……ズボン履いてたし、雰囲気もボーイッシュだったから事実なのだろう。

 おまけに自分の事をボクと言って……いや、それは皐月だったか……駄目だ、記憶が混濁してきた。ひゃっはァーッ! 聴いて下さい! 『ぱん☆ぱか☆ぱーい♪』‼

 

 いや、正気に戻れ俺。世に文月のあらんことを……。

 俺の知っている睦月、如月、弥生、卯月の四人は、そのまま暦の順番だ。一月、二月、三月、四月。

 おそらくこれでひとまとめ、いわゆる駆逐隊なのであろう。何か法則性があるように思える。

 十二の暦で四人組を作れば、ちょうど三つの駆逐隊ができるではないか。

 睦月、如月、弥生、卯月。

 皐月、水無月、文月、葉月。

 長月、神無月、霜月、師走。

 そして俺の眼の前に現れた四人の内、三人は五月、六月、七月の名を冠している……。

 

 おそらくこの四人は暦の順番になっているはず。

 したがって緑色の奴の名前は八月――ゆえに葉月だ! 髪の毛の色も葉っぱみたいだったしな。そうとしか思えん。

 酒に酔った状態でこうも容易く真実を導くあたり、やはり俺は天才じゃったか! 証明終了。

 

 次にお酌をしてもらったのは、確かアヴァロンみたいな名前の……オヴォロン、いや、バビロン……ホビロンだっただろうか。

 いかん。記憶がおぼろげで全く思い出せん。度重なるお酌のせいで、俺の頭はボロボロだ!

 ともかくソイツと、口調が特徴的なメイド喫茶のメイドみたいなのと、潮だ。

 そう、俺の頭がボロボロなのはこの潮にも原因がある。

 震えながらお酌をしてくれた潮に普通に礼を言おうとしたら「ひゃあああああ!」と悲鳴を上げられ、「も、もう下がってもよろしいでしょうか……」と面と向かって言われた事により俺の心がブレイクした為、この三人は応対した時間が短いのである。

 どうやら潮は想定通り、俺への好感度が最低レベルであるようだ。凹む。

 

 足柄や潜水艦、金剛型など、俺に普通に接してくれる艦娘がいた事で油断した俺の脇腹に容赦なくボディブローを叩き込まれた気分であった。

 あまりのショックに頭が真っ白になり、せっかく頑張って記憶しようとしていた艦娘の名前など消えてしまったのである。

 い、いや、駆逐艦だし、最初からハーレム対象外だし、別にいいんだけど、嫌われるという事実はやはり凹んでしまう。

 残りの二人は好意的だったような気もするのだが……潮ショックでよく覚えていない。

 ポジティブに考えれば、これのおかげで俺は初心を思い出せたと言えなくも無い。

 俺への好感度は低くて当たり前なのだ。調子に乗ってはならん。気を引き締めねば。

 

「司令官! 僭越ながら朝潮型姉妹、挨拶に伺いました!」

「う、うむ。ありがとう」

 

 俺が気を引き締め直したところで、朝潮がそう声をかけてくる。

 夕立に少し離れるように言うと、しぶしぶ言う事を聞いて下がってくれた。

 

 俺の中では、駆逐艦は中学生タイプと小学生タイプに分類される。

 浦風や磯風、浜風に谷風、時雨に夕立、江風、そして先ほどの潮その他などは中学生タイプ。

 皐月に水無月、文月に葉月、暁、響、雷に電、そしてこの朝潮型は小学生タイプだ。

 夕雲や長波様と同じ制服を着ているのがいわゆる夕雲型なのだろうが、これはどちらも混在しているように見える。若干中学生寄りだろうか。

 浦風という例外を除き、どちらにせよストライクゾーンの範囲外なので俺にとってはどうでもいい話なのだが、それとは別の意味で、子供と言えど油断は出来ない。

 朝潮が引き連れてきた面子を見れば、不穏な気配を纏う者が数名いるように見えるのだ。

 

 警戒しながら、順番にお酌をしてもらう。

 俺からも、準備していたオレンジジュースを注いでやりながら、一言ずつねぎらってやった。

 オレンジジュースを注がれた朝潮は肩を震わせながら、「……司令官! 朝潮、この感謝の気持ちは……一生忘れる事はありませんっ!」などと言っていた。

 固いよ。小学生なのに固すぎるよ。今現在の俺のフルティンコじゃないんだから。もっと肩の力抜いて。

 

「えへへっ、司令官っ! 大潮も撫で撫でを所望しますっ!」

 

 う、うん。朝潮にも、帽子を置いて満面の笑みでそう言う大潮を見習ってほしい。大潮は年相応に元気いっぱいだ。実に良い事である。

 大潮の頭を撫でてやりながら昨日の頑張りを適当に褒めていると、隣にもう一人、帽子を脱いで俺をじっと見ている子がいる。

 こ、こんな子居ただろうか……座敷わらしじゃないよな……。

 名前も思い出せないが、とりあえず適当に褒めながら撫でてやった。

 

「……んちゃ」

 

 わからん……喜んでいるのかわからんが、まぁ、目を細めておとなしく撫でられてるし、敵意は感じないし……良しとしよう。

 続いてお酌をしに来た霞が凄い目で睨んできている……。

 この霞、遠征を出す時にも少し感じていた事だったのだが、改めて近くで見て感じる。

 俺の一番目の妹、千鶴(ちづる)ちゃんに似ている瑞鶴同様、コイツは俺の四番目の妹に似ているのだ。

 見た目もだが、その纏う雰囲気が瓜二つである。つまり瑞鶴と同じく、俺とは相性が悪い可能性が非常に高い。気をつけねば。

 

「……お、おちゅ、お疲れ、さま、です……!」

 

 ピクピクと目尻と口角が痙攣している笑顔といい、言い慣れていない様子の台詞といい、物凄く無理をしているのが伝わってくる……。

 後ろから朝潮が「いいわ、その調子よ霞!」などと声をかけている。もしかして朝潮は真面目なのだが頭が少々残念なのだろうか……。

 今にも我慢の限界が訪れそうな霞を見ていると申し訳なくて、俺はつい声をかけてしまったのだった。

 

「普段通りでいいと言ったろう。何か私に言いたい事があるのではないか」

 

 俺の言葉に、霞の堪忍袋の緒が切れる音がしたような気がした。

 霞は酒瓶を座敷に叩きつけるように置き、どこか活き活きとした表情で立ち上がり、俺を見下ろしながら叫んだのであった。

 

「えぇ、そうよ! よくも何の説明も無しに、あんな辛い航路に押し付けてくれたわね⁉ 私達がどれだけ不安だったかわかる⁉ 大淀さんがいなければどうなってたと思う⁉ 大淀さん達にも色々説明されたからもう我慢するけど、それでも言わせてもらうわ! 司令官は私達の事を書類か何かで知ってるのかも知らないけど、私達、まだ司令官の事、何も知らないじゃない! それで信頼しろって言われても、出来る訳ないじゃない! えぇ、わかってるわよ! 司令官にやれって言われた事に文句を言う私の方が、兵器としておかしいって事くらいね! でも、そう思うんだからしょうがないじゃない! 司令官に何か考えがあっても、考えてるだけじゃ伝わんないのよっ! 大淀さんは頭が良いから理解できるのかもしれないけれど、他の皆がそうとは限らないでしょっ! それとも、それも全部司令官の掌の上なのかしら⁉ あぁもう、私だってわかってるけど、理解してるつもりだけど、それでも文句言いたいのよっ! これが私なのよっ! 文句ある⁉ このクズッ!」

 

 早口に、一気にまくしたてた霞は、そこまで言ってようやく大きく息をついたのだった。

 しん、と歓迎会場に静寂が訪れた。

 艦娘達全員がこちらに注目しているのを肌で感じる。

 

 う、うむ……正直何を言いたかったのかはよくわからんが、情報を整理すると、俺が適当に遠征先を決めたのがいけなかったのだろうか。

 航路も辛かったと言っていたように思うし……妖精さんの言う通りにしていたが、もしかして結構キツい遠征だったのか。

 同じ遠征に向かったはずの川内達や朝潮達は何も言わなかったが……上官の命令だから気を遣ってくれたのかもしれん。

 最後にクズと言われて普段の家での扱いを懐かしく感じる辺りが悲しい。妹にもクズって呼ばれてまぁ~っす!

 

 それはそれとして、他人に言われるとやはり凹むが……うぅむ、この気性の激しさ、やはり俺の四番目の妹、澄香(すみか)ちゃんにそっくりだ。

 俺の育て方が間違っていたのか、澄香ちゃんも口が悪く、こうズバズバと物を言うのだ。

 ただし悪口や陰口を言うのではなく、悪い事は悪い、間違っている事は間違っていると、はっきりと言える性格に育ってくれたのだと思う。

 

 今は大丈夫なようだが、そのせいで学校のクラスメイトから避けられがちになった時期もあった。

 クラスメイトへの虐めを注意した事で、今度は自分が虐めの標的になったのだ。

 私は間違ってないのに、正しい事を言ってるのに、何で私が悪いのかと悩んでいた時期があった。

 俺が学校に相談に行くと、担任の先生が遠回しに虐められる方にも理由がある、などと言うものだから、思わず掴みかかってしまって危うく大問題になりそうだった事もある。

 この冷え切った歓迎会場の雰囲気はその時を思い出す。

 

 おそらく霞は正しい事を言ったのだ。俺がクズなのは俺自身が一番よくわかっている。だがそれは、上官である俺にとって本来耳の痛い指摘だ。

 俺が適当に遠征先を決めた事で霞達は相当苦労をしたようだし……。

 部下の集まる歓迎会場でTPOを弁えずにそれを大声でまくしたてたという事は霞に非がある事かもしれないが、口にした事は間違ってはいない。

 空気の読める艦娘がここで霞を咎めれば、おそらく正しい事を口にした霞にとっては納得がいかないはずだ。

 あの時期の澄香ちゃんのように塞ぎこんでしまう可能性もある。

 

 やはり瑞鶴と同じく、妹に似ている霞もまた俺の本性を嗅ぎ取っているような気がする。

 俺との相性は最悪だと言ってもいいかもしれん。ここで他の艦娘に抑え込んでもらうのも一つの手だろう。

 今回の霞の言動は、正しいが歓迎会の空気をぶち壊す、決して褒められたものではないが……かと言って俺がクズなせいで、正しい事を言った霞がかつての妹のように塞ぎこんでしまうのは心苦しい。

 な、何とかフォローしなければ!

 

 俺は改めて霞の顔を見上げ、大きく頷いて言ったのだった。

 

「いや、返す言葉も無い。霞の言う通りだ。私も気をつける事にしよう。私に至らぬ点があれば、今後も遠慮なく、我慢する事なく、気を遣わずに意見をぶつけてくれ」

「えっ……ふ、ふんっ! 当たり前でしょ⁉ 言われるまでもないわ! 司令官も私に言われる前に、せいぜい精進する事ね‼」

「うむ。善処しよう。それと……昨日は辛かっただろうが、本当によく頑張ってくれた。ありがとう」

 

 俺はそう言って、霞にオレンジジュースを注いでやった。

 まだ何か言い足り無さそうだったが、霞はそれを飲み込んだように目を瞑り、顔を背けて言ったのだった。

 

「ふん、当然の事をしたまでよ……ったく、何なのよもう……死ねばいいのに」

 

 お前、口悪すぎるよ……上官に対する言葉遣いじゃねぇよ……。

 俺は普段から言われ慣れてるからいいようなものの、他の人に言っちゃ駄目だからなマジで。慣れてる俺も普通に傷ついてるからな。

 まぁ、俺が言わずとも朝潮に何やら口うるさく叱られているようだし、それで許してやろう。

 これが大人の余裕である。またの名をやせ我慢と言います。凹む。

 

 俺が辺りを見回すと、俺達の様子に注目していた艦娘達も胸を撫で下ろしたように笑みを浮かべ、談笑を再開したのだった。

 よ、よし、丸く収められただろうか。

 朝雲と山雲と名乗った二人とも無難に挨拶を交わし、何とかうまくこの場を乗り切る事が出来そうだ。

 肝が冷えたせいか、少し酔いも醒めたような気がする。いいぞ、この調子だ。ひゃっはァーッ! イけるイけるゥ!

 なお股間は一向に収まらない。霞もまさか現在絶賛対空強化中のノーパン野郎にキメ顔で対応されていたと知ったらブチ切れていた事であろう。

 

「ほらっ、満潮も司令官にお酌して!」

「……」

 

 大潮に無理やり背中を押されている満潮と呼ばれた艦娘の姿を見て、俺は再び肝を冷やす事となった。

 コ、コイツ……俺の三番目の妹の美智子(みちこ)ちゃんに似てやがる……!

 見た目だけではなく、このどこか捻くれた、いじけたような雰囲気……瓜二つではないか。

 つまり瑞鶴が俺への疑いの目を止めず、霞が俺と出会って一日でクズだと看破したように、コイツも俺と相性が悪い可能性が高い。

 まさか二番目の妹、明乃(あけの)ちゃん似の奴まで……い、いや、一通り見まわしたがどうやらいないようだ。流石に全員集合とはいかないか。

 

 しかし、この満潮とやら、枯れた声や目元を見るに号泣した後ではないか。明らかにご機嫌斜め三十度だな……。

 上官である俺を前にしてこの態度、満潮の号泣の理由に俺が絡んでいる事は明白である。

 全く身に覚えが無いが、これは少し厄介な気がする。

 

 俺の三番目の妹、美智子ちゃんは結構寂しがり屋なのだが、友人関係だったりもしくは自分自身の事だったり、ちょっとした事で悩んだりして塞ぎこんでしまう。

 一人で悩む癖があり、寂しがり屋のくせに決して自分の悩みを他人に相談したりはしない。一人で悩んで、その間は塞ぎこむ。

 そんな時には、どんな声をかけても反発されてしまうのだ。

 美智子ちゃんに味方をしても駄目、かと言って反対意見を言っても駄目、正論も駄目、感情論も駄目、優しくしても駄目、何をしても反発する。

 結局、自分の中で問題が解決するまで、声をかけずにそっとしておくのが一番なのだ。

 

 この満潮もそんな雰囲気を醸し出している。

 霞と違って、余計な事は言わない方が良さそうだ。

 たとえ満潮の求めていた言葉を俺が言ったとしても、おそらく満潮はキレる。いちいち言わなくてもそんな事わかっている、と言ってキレる。

 少なくとも美智子ちゃんであればキレるはずだ。雰囲気の似ている満潮もその可能性が高い気がする。

 口は災いの元である。黙っておくに越した事は無いし、無理にお酌をさせる事も無い。

 俺は大潮と朝潮を手招きして、小声で耳打ちしたのだった。

 

「私は構わないから、満潮を連れて下がってもいいぞ」

「で、ですが、ご挨拶も無しに……」

「いいんだ。私からかけられる言葉も無い。今はそっとしておいてやってくれ」

 

 俺がそう言うと、朝潮は申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「……了解しました。司令官のお心遣いに感謝します。その……昨日の遠征に自分だけ編成されなかった事を気にしてしまって」

 

 そ、そうだったのか……何も考えず練度の高い順に編成したが、艦娘同士の相性もあるのだろうか。

 自分だけ、という事は、朝潮、大潮、荒潮、霞の中には本来満潮がいたという事だろう。いわゆる駆逐隊というやつか。

 うぅむ、そういえば俺は艦娘の事はほとんどオータムクラウド先生の作品内の情報でしか知らない。

 那智の弱点が首筋だとか、足柄の弱点が耳だとか、そんな情報よりも提督として知らなければならない、もっと重要な事があるのでは……。

 いかんな、やはり満潮が塞ぎこんでしまったのは俺のせいか……。

 しかし下手に謝ったり励ましたりすると満潮がキレそうだし……練度が高ければ満潮が選ばれていたわけだし……やはりそっとしておこう。うん。

 

「霞といい、私の妹が重ね重ね本当に申し訳ありません……」

「いや、元はと言えば私のせいだからな……満潮には悪い事をした。だがこの問題を解決できるのは満潮自身だけなのだ。そして満潮ならばこれを糧にもっと強くなれると……私はそう信じているよ」

「……はいっ! 司令官の仰る通りです!」

 

 朝潮と大潮は俺に敬礼すると、他の姉妹達を連れて去っていった。

 うむ。難を逃れただけではなく、これで呑む量も一杯分減らす事が出来た。

 一石二鳥の策略に、我ながら惚れ惚れしてしまうな。

 

 俺が去っていく朝潮達の後ろ姿を眺めていると、近くから視線を感じる。

 見れば、荒潮がまだ残っているではないか。そう言えばまだ挨拶をしていなかった。

 

「うふふふふっ、あはははぁっ! やっとぉ、気付いてぇ、く・れ・た? ずっとずっとぉ、見つめて、いたのよぉ? あはははぁっ!」

 

 な、何だコイツ、危ねぇ……。眼が完全にイッてしまっているではないか。

 荒潮はじっと俺の眼を見て、その視線を逸らさない。

 妹達からなるべく相手の目を見ろと言われてはいたが、俺は荒潮の眼力の迫力に我慢ならずに、思わず目を逸らしてしまったのだった。

 

「あらぁ~? 何で目を逸らしてしまうのぉ? ねぇ、何でぇ? 何でぇ? うふふふっ、荒潮、傷ついちゃうわぁ」

 

 うわっ、寄ってきやがった……。

 蛇のように距離を詰めてきた荒潮は俺の身体に手をかけて、至近距離から俺の眼を射抜く。

 く、くそっ、小学生にガンをつけられて負けるなど……!

 俺は再び荒潮の目を見る。荒潮も決して逸らさない。我慢比べであったが、俺は僅か数秒で再度目を逸らしてしまったのであった。凹む。

 畜生、コイツ見た目小学生のくせに眼力強すぎる……!

 

「し、司令官っ! すみません! 荒潮は、その……この上なく純粋な子なんです! それが、少々目力に現れるというか……」

 

 俺達の様子に気が付いたのか、朝潮が慌てた様子で戻ってきた。うん。タスケテ。

 朝潮が俺から荒潮を引きはがそうと声をかけるも、荒潮は俺を見つめたまま、狂気の笑みと共に言うのだった。

 

「ねぇ、何でぇ、何で皆、荒潮から目を逸らすのぉ? うふふふっ、提督もぉ、荒潮の事を見てくれないのかしらぁ」

「あ、荒潮……司令官、すみません! お気になさらず!」

 

 い、いかん……荒潮コイツ、俺の事を嘲笑ってやがる……こんなに堂々と目の前で煽る奴がいるとは……!

 このままでは俺が小学生の眼力に負けて視線を逸らすチキン野郎だという噂が艦娘達の間で広がりかねん。

 しかし眼力勝負で勝ち目があるとは思えない……やむを得ん。

 人生負けてばかりのこの俺がただで負けると思うなよ。

 

「朝潮、荒潮はこの上なく純粋だと言ったな」

「は、はい……」

「そうか……道理で瞳が綺麗なわけだ」

 

 狂気の笑みを浮かべていた荒潮が、一瞬、きょとん、としたように見えた。

 朝潮も意味がわからない、というような表情をしている。

 俺は荒潮の頭にぽんと手を置きながらその目を再び見据え、逸らしてしまいたい衝動を我慢しながら、こう言葉を続けたのだった。

 

「済まない。私には荒潮の瞳が眩しすぎて、どうしても目を逸らしてしまうのだ。そのまま見つめていると、吸い込まれてしまいそうでな」

 

 それらしい適当な言葉で、荒潮を褒め称える。

 そう、俺が負けたのは俺が弱いせいではない。荒潮が強すぎるせいなのだ。

 お前が弱かったわけじゃない、俺が強すぎただけだ、という漫画によくありそうな台詞の逆バージョンである。

 俺はこの考え方により自身のメンタルを保ち、多くの負け戦を生き延びてきた実戦があるのだ。このテクニックを負け惜しみと言います。

 PDCAサイクルとは程遠いこの考え方ゆえに、俺は全く成長しないのであった。凹む。

 ともかく、これにより俺が負けたのはチキン野郎だからではなく、荒潮が凄すぎるせいだという事に出来るはずだ。

 

「……ふふっ、うふふふふっ、あははっ、あはははっ! あははははぁっ!」

 

 うおっ、怖っ!

 荒潮の瞳孔が更に開き、いきなりテンションを上げて笑い出した為、俺も思わず目を逸らしてしまった。

 しかし俺が目を逸らす前に、荒潮は自ら朝潮に顔を向けていたのであった。

 

「ねぇ、朝潮姉さん、聞いたぁ? 面白いこと、言ってくれるのねぇ。うふふふふっ、私、相当しつこいけど、耐えられるのかしらぁ……荒潮からは逃げられないって言ってるのに……あははははぁっ!」

「あ、荒潮、落ち着いて」

 

 朝潮の制止にも耳を貸さないように、荒潮は「勝利の女神はここよ~、早く捕まえてぇ~」などと言いながら、踊るように店から出て行ってしまった。

 名前の通り、嵐のような奴だったな……ま、まぁ、今日のところはこの辺で勘弁しといてやるか。うん。

 そう言えばお酌もしなかったし、よくわからん奴だが……呑む量が減ったわけだからまぁいい。ちょっと怖いが、少なくとも瑞鶴や霞、満潮の怖さよりは遥かにマシだ。

 俺が呆気に取られて店の出入り口を眺めていると、何故か朝潮が再び俺に敬礼をしたのだった。

 

「……司令官っ! この朝潮、感服しました!」

「う、うむ。朝潮も真面目なのはいいが、もう少し肩の力を抜いてもいいぞ」

「はいっ! 駆逐艦としては、かなりいい仕上がりです! 御心配には及びません!」

「いや、そうじゃなくてな……ま、まぁともかく、朝潮型の長女として、妹達を上手くまとめてくれ。期待しているぞ」

「了解しました! 司令官との大切な約束……朝潮、いつまでもいつまでも守る覚悟です!」

「だ、だから肩の力をな……」

 

 大丈夫か朝潮型……ま、まぁいいか。まだ子供だしな。

 とにかくこれでようやく朝潮型の相手は完了した。名前を憶えられていないのもいるが、それはもう後で考えよう。

 朝潮も元の席に戻ったところで、ようやく一息ついて――。

 

「じゃーん! 司令官! 雷たち皆で、司令官にプレゼントを作ったのよ! 見て見て!」

「はわわ……響ちゃん、上手なのです」

「スパスィーバ。電のも可愛い……暁のそれは……何だい? 怪獣?」

「勲章よ! ぷんすか!」

 

 また小学生組がやって来やがった……!

 暁に響に雷に電という、暁はともかく名前からして賑やかな面子である。

 雷が自慢げに見せつけてきたものを見れば、どうやら折り紙で作られた勲章のようだった。

 暁のそれは……何だい? 怪獣?

 

「ふっふーん、大きな戦果を挙げた司令官に、私達が一生懸命作ったのよ! 今回は一つだけよ。どれがいい?」

 

 う、うむ……大きな戦果を挙げた覚えは無いのだが、年相応で可愛いじゃないか。

 しかしどれか一つとなると悩むな……ぶっちゃけどれでもいいだけに、迷う。

 暁のものだけは少し不格好だが、それ以外はまぁ、色使いや形に性格が出ているような気がしないでもないが似たようなものだ。

 一つ選ぶとなると、必然的に選ばれない者が出てくるわけで、そうなると残りの三人に悪いからな……。

 満面の笑みを浮かべている雷、クールで表情が読めないが結果に興味はありそうな響、遠慮がちに俺を見上げてくる電、自信がないのか、そわそわしている暁。

 誰を選んでも角が立つ……。

 

「全部は貰えないのか?」

「司令官ったら欲張りねぇ。そんなんじゃ駄目よぉ。今回は一つだけ! さ、早く決めて頂戴! あっ、でも司令官が悩んでる間に、暁は作り直してもいいのよ?」

「ば、馬鹿にしないでよね! 少し形は崩れちゃったけど、間宮さんと一緒に、一生懸命作ったんだから!」

「暁のを頂こうか」

 

 即決であった。

 間宮さんと一緒に作ったという事は、それはもはや間宮さんからのプレゼントと同じではないか。家宝にしよう。

 暁のものが選ばれると思っていなかったのか、四人とも目を丸くして俺を見上げた。

 

「えっ……ホ、ホントに暁のでいいの? 自分で言うのもだけど、あの、その……」

「フフフ、まぁレディファーストというからな」

「れでぃ! ま、まぁそうよね! 一人前のレディだもの!」

「フッ、そういう事だ。胸につけてくれるか」

「と、当然よ!」

 

 得意げな様子の暁に、安全ピンで折り紙製の勲章を胸に飾ってもらった。

 ハハハ、不器用な奴め。針が何度も俺に刺さっておるぞ。地味に痛いです。

 胸に飾られた勲章からは、心なしか間宮さんのぬくもりを感じるような気がする。ひゃっはァーッ! イけるイけるゥ!

 

「レディファーストとはそういう意味では無いが……司令官は優しいな。ハラショー」

「はわわ……暁ちゃん、凄く嬉しそうなのです! 電も嬉しいのです!」

「さっすが司令官! でも、次はこの雷の勲章を選んでもらうんだから! 皆、間宮さんに教えてもらいながら作ったのよ!」

 

 すっかりご満悦な俺と暁に、残りの三人がそう言った。

 仲良いなコイツら……これが原因で喧嘩とかになったらどうしようと思っていたが、一安心だ。

 しかし暁の勲章だけではなく、全てに間宮さんが関わっているとは……もはや国宝級ではないか。これは何としても回収せねばならんな。

 

「フフフ、皆の作ってくれた残りの勲章を貰う為にも、私もこれから一生懸命頑張らねばならんな」

 

 調子に乗った俺がそう言うと、雷たちはわぁっ、と嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。

 そうそう、小学生はこうでなければ。何だったんださっきの朝潮型は。

 あれっ、響が何やら小さな酒瓶を取り出して……。

 

「さて、やりますか。司令官、お酌をさせてくれ。ウォッカを用意したんだ」

 

 さ、さらに酒の種類を増やそうというのかコイツは……!

 しかも度数がかなり高そうだ。

 いかん、これ以上俺の身体に入る酒の種類が増えると、ただでさえさっきからちょこちょことシココ・フルティンコの先っちょが顔を出しているというのに、それを抑えられるかどう……か……。

 

 あ、あれ……待って、い、痛い! 腹が痛い! 急に腹痛が……!

 ま、マズい……! 流石に一気に水分を取りすぎたか……!

 まさか俺の理性が限界を迎えるよりも先に、腹が限界を迎えるとは……!

 神は俺にどれだけ苦難を与えれば気が済むのだ……! これは一体何の罰だ……⁉

 お……俺また何かやっちゃいました……?

 か、神に祈りを捧げねば……世に文月のあらんことを……。

 

 股間の防空巡洋艦マラ様から久しぶりに緊急入電! このままじゃ漏れちまうぞ、クソが!

 くっ、大淀にビーチク任務を任せられた時は幸運の女神がついていてくれると思っていたのだが、今ではコーウンの女神のキスを感じちゃいます! 呼んでない! カエレ!

 このままでは二つの意味で名実ともにクソ提督となってしまう可能性大!

 最悪の場合、明日からはこう名乗らなくてはならなくなるかもしれない。

 ボンジュール、私の名前はコマンダン・テストならぬ、ウンコマン・ナンデスと。洒落にならん。

 

 いかん。冷や汗と脂汗が一気に噴き出てきた。この感覚は学生時代、授業中や試験中に限って腹が痛くなった時と同じだ。

 余談ではあるが俺はこの現象を疾風怒濤の便意(シュトゥルム・ウンコ・ドランク)と呼んでいる。

 何で休み時間になると痛みの波が引くんだろうな……いや、懐かしさを感じている場合ではない。

 現在ハザードレベル2.3……いや、2.4……! 落ち着いて深呼吸をすればまだ我慢できる……そんな気がする……!

 

 ア、アカン……今だけはこの国の平和とか艦娘ハーレムとかどうでもいい……!

 ただ一刻も早く、トイレに行きたい……‼

 

 目の前の座敷の狭い通路には、足の踏み場もないくらいに駆逐艦達が順番待ちをしている。

 服装的に夕雲型だが……一、二……九、十、じゅ、十一人いる⁉ ば、馬鹿な……朝潮型よりも多いな……。

 これでは合間を縫って出口まで歩いていくのも難しい。下手すればトイレに辿り着くまでに漏れてしまう可能性が……迷っている暇は無い!

 モーレイ海ならぬ、あと少しでモーレル海、強行突破作戦発動!

 まずは響達に事情を説明して、これ以上のお酌を遠慮させてもらって……。

 

「……司令官、どうした?」

「響の次はこの雷の出番よ! 見てなさい! 練習の成果を見せちゃうんだからね!」

「はわわ……あ、あの……司令官さん……電も精一杯頑張るのです」

「一人前のレディとして、お酌だってちゃんと出来るんだから! そわそわ、そわそわ……」

 

 い、言いにくい……いや、ちょっとトイレに行きたいというだけではないか。

 いくらヘタレの俺でもそれくらいは……し、しかしコイツらのキラキラ輝く目を見ていると、どうにも……!

 そ、それに那智がめっちゃ俺を見ている……!

 忘れかけていた。酒を遠慮したらその時点で俺の負けに……つ、つまり呑むのは必要だが、とりあえずトイレ休憩を挟んで……!

 よ、よし。とりあえずトイレに行かせてもらって、その後で改めてお酌して貰えば――。

 

「さぁ、提督お待たせ! 足柄特製、勝利のカツカレーよ! カツは揚げたてが一番美味しいの! 召し上がって!」

 

 あ、足柄お前……! タイミングを見てお持ちしますとは言っていたが、何てタイミングで持ってきてくれてんだ……!

 まさに第六駆逐隊、カレー大作戦、なのです! 言ってる場合か。

 こんな状態でカツカレーなど食ってみろ。俺のポンポン砲はその刺激で爆発四散し、ケツからカレーのような特別な瑞ウンが発艦される。

 神は俺を見捨てたもうたか……!

 

 手料理を作ってくれた足柄からすれば、一番美味しい時に食べて欲しいはずだ。

 俺にも身に覚えがある。一生懸命作った晩御飯を、妹達が少し遅れて部屋から出てきて食べた時のあの申し訳ないような、哀しいような、あの感じ。

 温め直せばいいというものでは無い。俺には妹達に、一番美味しい時に食べて欲しいという気持ちがあったのだ。

 

 見ただけでわかる。足柄がこのカツカレーに込めてくれた想いが、手心が。

 足柄は一番美味しく食べられる状態で、俺の前に持ってきてくれたはずなのだ。

 

 このタイミングで俺がトイレに立つと、足柄的には少し冷めてしまった、つまり味の落ちたカツカレーを提供してしまう事になる。

 一番美味しいタイミングで食べて欲しいという足柄の気持ちを、今度は俺が無碍にしてしまう事になるのだ。

 

 足柄はいい奴だから、俺が食べる前にトイレに行きたいと言えば、笑顔でそれを了承してくれるだろう。

 だが、内心残念に思う事は想像に難くない。

 俺が席を立ち、目の前で冷めていくカツカレーを見て、友好的な足柄の俺への好感度も冷めていきかねん。

 こ、これだけは何としても今食わねば……あんなにも待ち望んでいた手料理にここまで苦しめられるとは……!

 

 しかも俺は現在ノーパンだ。

 パンツという装甲が無い今、股間の高角砲の対空射撃も、後ろの噴式戦闘爆撃機によるジェット噴射も、直にズボンにダメージが届いてしまう。

 前も後ろも大惨事だ。いや、パンツがあろうとなかろうと大惨事は免れないのだが……。

 駆逐艦の相手をしている間も俺の股間はビンビンのまま萎えてくれなかったし、足柄のカレーは俺の腹に直撃する。

 まさに前門のマラ、肛門に効く飢えた狼ってやかましいわ!

 まさか翔鶴姉のパンツよりも俺のパンツが欲しいと心から願う日が来るなどとは想像もしていなかった。

 

 こんな時には大淀さん! 助けて下さい! って、いねェ!

 何で俺が助けてほしい時に限っていつもいないんだアイツは⁉

 さてはお手洗いか⁉ 俺も連れてって下さい‼ 

 だ、駄目だ……他に助けは来ないと考えた方がいいだろう。

 

 足柄も駆逐艦に負けないくらいに目を輝かせて、早く食べて感想を聞かせてほしい、と言わんばかりにニコニコと笑ってくれている。

 コイツは本当に、物凄く良い奴だ。足柄は何も悪く無い。悪いのはタイミングと俺の普段の行いだけだ。

 

 足柄のカツカレーはありがたく、今すぐに美味しく頂くしかない。

 こうやって迷っている間にも、カツカレーはどんどん冷めていってしまう。

 出来立てのカレーよりもトイレを優先したら、せっかく俺に友好的な足柄を失ってしまう……それだけは嫌だ……!

 だがこのカツカレーを食べたら最後、俺は駆逐艦に囲まれた檻の中で、股間を龍騎いや隆起させたまま漏らした男として社会的な死を迎える可能性が……い、嫌だ! 嫌だァッ‼

 間宮さんっ! 金剛っ! 香取姉っ! 千歳お姉っ! 翔鶴姉っ! 妙高さんっ! 筑摩ーッ、ちくまァーーッ‼

 出してくれっ! 出してくれよォッ‼

 俺は帰らなくちゃいけないんだ! 俺の世界(トイレ)に!

 嫌だ……嫌だァッ‼ ここから出してくれッ! 出してェッ‼

 

 ……何でこうなるんだよ……俺は……。

 

 俺は――。

 

 

 ――ハーレムを作りたかっただけなのに……。

 




お食事中に読んで頂いた方がおりましたら申し訳ありません。
提督視点が想定以上に長くなってしまったので分割します。
次回も提督視点になります。これで提督視点の歓迎会編は最後のはずです……多分。

どうでもいい裏設定
※提督兄妹の現在の年齢
 提督(26) 二日前まで無職 → 提督
 千鶴ちゃん(20) 公務員
 明乃ちゃん(17) 高校生
 美智子ちゃん(16) 高校生
 澄香ちゃん(15) 中学生


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030.『歓迎会』【提督視点⑤】

「……提督、大丈夫? 確かにかなり辛めに作ったけれど、食べる前から汗が凄いわよ?」

「ダ、大丈夫ダ、問題ナイ……」

 

 少しだけ、ほんの少しだけ腹の痛みが引いた……。

 だが気を引き締めろ。肛門の括約筋も引き締めろ。

 俺の十八番である痩せ我慢により表情だけは今まで通り無表情を保てるが、汗だけはどうしようもない。

 止まらない冷や汗と脂汗を不審に思われない内に何とかせねば……。

 考えろ……何か画期的な策を考えるのだ……俺は天才……俺は智将だ……! 

 駄目だ……何も思い浮かばねェ……!

 脳細胞がニュートラルだぜ……‼ もう考えるのは止めた……!

 

 おそらくこれは天罰だ……こんな俺ごときがハーレムを願うという罪が、神の怒りに触れたのだ……!

 いくら神に祈っても状況は変わらないだろう……‼

 

 おごォォオッ⁉ また腹痛がぶり返してきやがった……‼

 現在ハザードレベル2.6……いや、2.7……!

 

 こ、この状況……戦わなければ生き残れない……‼

 だが俺は運命と戦う……! そして勝ってみせる……‼

 たとえ腹痛が限界であろうと……カレーを完食できるはずだ……。

 俺に……提督の資格があるなら……!

 

 俺はもう迷わない……! 迷ってる内にまた腹が痛くなる……‼

 ハーレムを願う事が罪なら、俺が背負ってやる……‼

 命……燃やすぜ……! 俺の生き様……見せてやる……!

 絶望が俺のゴールだ……! さぁ……振り切るぜ……‼

 

 ――俺が覚悟を決めてスプーンを握った瞬間の事であった。

 

「オラオラァ! 天龍様のお通りだ! 駆逐共、道を開けな!」

 

 まるでモーゼが海を割るかのごとく、駆逐艦の群れをものともせずに、天龍が俺へと歩み寄ってきたのであった。

 あっという間に俺の前まで辿り着いた天龍は、腕組みをしながら俺を見下ろす。

 相変わらず柔らかそうな乳である。天乳。いや何を考えてんだ俺は……!

 

「あぁっ! いくら天龍さんでも、割り込むのはズルいわ!」

「一人前のレディとして有り得ないわよ!」

「流石にこれは……少しズルいな」

「天龍さん、鬼なのです!」

 

 駆逐艦たちのブーイングを浴びながら、天龍はいつものように自信満々に笑みを浮かべる。

 

「はぁぁん? このオレがお行儀よく順番待ちをするとでも思ってんのかぁ?