天使がなくしたもの (かず21)
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画面越しの愛情

はじめましての方ははじめまして。
久しぶりの方はご無沙汰してます。かず21です。
 えー、今まで二次創作の方ばかりやっていたのですが、そろそろ一次創作もやってみたいなーと思い、二次創作の方を放り出してしまいました。
 楽しみにしていた方は本当にすみません。もう二度と投稿はしないと思われます。
 とにかく今は、この小説だけのことを考えて行きたいです。
では、どうぞ。



 土曜日の昼下がり。白い部屋――病室に日和 赤奈はいた。

 病室にも関わらず必要な医療器具がほとんど置いていない。逆に来客用のソファーに大きめのテーブル。更にはトイレやバスルーム、クローゼットまで取り付けている。初めて訪れた者がこの部屋に入れば、ホテルの一室と見間違えるかもしれない。それぐらい、病室にしてはやけに豪奢だ。

 風変わりな個室の主は窓際に設置されたベットの上で体を起こし、ノートパソコンでTV電話を繋いでいた。

「どう赤奈ちゃん? 今朝届いたチュニックは気に入ってもらえたかしら?」

 画面に映っている物腰の柔らかそうな女性は、金箔を施したティーカップ片手で問う。

 赤奈はその女性が言う茶色のチェニックを取り出し、画面越しの女性に見えるように広げた。

 なんでも、このチェニックは今流行りのデザイナーに特注で作らせたそうだ。かなりの額を張ったんだろう、と内心冷や汗をかく。

 しかし、そんな素振りを一つも見せずに笑みを浮かべ、可愛げのある声で言った。

「うん、とっても可愛いね。高かったでしょ?」

「ふふ。子供がそんなことに気を使わなくてもいいの。その部屋だってあなたのために用意したものでしょう?」

 女性――日和 翠はほがらかに告げ、ティーカップを口につけた。錯覚だが、アルグレイの柑橘系の香りがした。

 空になったティーカップに新しい紅茶を注ぎながらしみじみと女性は言った。

「あなたが体を壊して田舎町に行って…………えっと、10歳の頃だから、もう5年も経つのね。お母さん娘に会えなくて寂しいわ」

 娘という単語に僅かに胸が痛んだが、すぐさま取り繕うように笑う。――胸が痛い……?

 赤奈は続けて僕も、と相槌を打とうとした。しかし、言葉は出なかった。――――来る。

「……どうしたの?」

 紅茶の香りを楽しんでいた翠は、チュニックをたたんでいる赤奈の手が止まったことに気付いたみたいだ。

 翠の憂慮の声を尻目に赤奈の胸に激痛が走った。

 「うう……ああ、ああっっ!」

 何かが反発するような感覚。ちぎれるような痛みから逃れるために必死に身悶えする。

 翠が何かを叫んでいるが、赤奈の耳には届かない。

 赤奈は胸を抑えながら、どうにかナースコールに手を伸ばそうとしているが、激痛で思い通りに手が動かない。

 苦しみはしばらく続いた。

 やがて、胸中を支配していた痛みは熱が冷めたように引いていき、荒かった呼吸もしだいに落ち着いていく。

 赤奈は翠を安心させるため、無理やり笑顔を作った。その顔に力はない。

「大丈夫?! やっぱり、退院は――」

「だ、大丈夫だよ! ほら、僕もうすっかり元気だし!」

 苦しい言い訳すぎる。両手を広げ、元気だとアピールする姿は我ながら空々しい。

 しかし、娘を溺愛する翠はでも、と言い募ろうとした。

 それを阻止すべく翠が口を開くよりも早く赤奈の言葉が割り込んだ。

「本当に大丈夫だから。医者にも許可はもらったし、体は弱いままだけど、生活には支障が出ない程度には回復したよ。今のだって、ほら、精神的なものだから!」

 翠に初めて聞かせるフレーズを行使し、勢いで何とかやり込める。気圧された翠が頷くのを確認して、話を逸らすために話題を変える。

「そういえば明日、父さんの美術館から珍しい美術品が展示されるらしいね」

「ええ、祐一郎さんもその話をしていたわ。目玉の美術品は確か〈真実の鏡〉と言っていたかしら?」

 赤奈の父、日和 祐一郎はある大手の財閥の後継者の一人だ。故に多忙な身であり、年に数回しか赤奈に会えない(それでもできるだけ会えるように仕事を切り詰めているらしい)

 その代わり、両親はとても仲がいい。翠が祐一郎の話題に食いつくのは容易に予想できた。

 赤奈は笑顔を崩さず、話を続ける。

「そう、それ。明日、そこに行くことにしたよ」

「一人で大丈夫なの?」

 先程の発作が心配なのか、あまり乗り気な様子ではない。怪訝な表情を向けてくる翠に対して赤奈は少し困った顔を浮かべた。

 赤奈は、5年間この街に住んでいた最後の思い出が欲しいのだ、と翠に伝える。それでも納得してくれそうになかったのでややわざとらしく

「あ、もうすぐ診察の時間だ。先生にさっきのことはちゃんと言うよ。それからもう一度相談するから安心して。ね?」

「……分かりました。先生に一任するわ。ちゃんと私に報告してね?、あと、くれぐれも無茶だけしないでね。あなたはどこか危ういところがあるから」

「うん。大丈夫だよ。じゃ、またね」

「また明日……愛してるわ」

 別れを告げ、ノートパソコンの電源を落とす。

 気が抜けたのか小さなため息が漏れ、そのまま脱力。体をベットに投げ出す。その顔に先程の明るさはない。

 「こことも明後日でさよならか」 

 もうすぐで退院という事実が感慨深い。悲しいことも楽しいこともあったがここから離れることで忘れるなんてことはないだろ。それぐらいこの5年濃かった。

「とりあえず、チュニック片付けなきゃな……あ」

 不注意で肘が本棚の上に飾ってあった写真立てに当ってしまう。写真をもとに戻すと幼い男女がピースサインで映っているのが目に入る。

 笑顔が似合う天真爛漫の少女と穏やかに笑う少年。

 先程の母親の言葉が脳裏をよぎる。

「愛している」

 綺麗な言葉だ。ただ、赤奈は知っている。それは自分に向けられた言葉ではないことに。

 だから、思わず呟いてしまった。

 

「結希……」

 

もういない妹の名を。




 最後まで読んでいただきお疲れ様でした。
地の文はどうだったでしょうか?
「ヘッタクソだな」「おお、うまいですね」
 両方の意見とも大歓迎なので感想として送ってください。
 それと、後書きでもやっているように文章を詰めて、改行だけでやっているのでもし
「見にくい」や「このままでも見れる」
 などの反応もお待ちしているのでぜひ意見をください。
後、小説家になろうで、マルチ投稿しているのでハールメンが使えなくなったとき、そちらの方へ覗いてください。
 では、また次の更新で。


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危ない医者

はい。お久しぶりです。かず21です。

やはり、文章は詰めたほうがいいと思い今回も詰めました。

読みにくいなどの意見があったらいつでも言ってください。

では、どうぞ。



        2

 

 それからしばらくして赤奈の担当医が部屋に訪れた。

 診察といっても心臓の音やカウセリングなどの簡単なものだ。互いに来客用のソファーに向かい合っている。

「今日も異常なしやで赤奈君。この分やと退院間違いないな!」

 黒いセーターの上から白衣を纏う男は心音器を手にニコッと笑う。大阪弁の似合わない整った顔で放つ笑顔はどんな女性も虜にしてしまいそうだ。

 しかし、赤奈は反感のこもった眼で男をひと睨みすると

「そりゃ、どうも――後、背中に手を回さないでください」

 パシッと背中に回された手首を掴む。

 医者は驚いたように目を見開き

「いや~、今回は気づかれんように細心の注意を払ったのに――何がアカンかったんやろ?」 

「その視線がいやらしいからです仁矢さん」

 手首を離し、心音器ごともう片方の手へ押しやる。

 仁矢は少し残念そうな顔をするが、諦めて心音機を首にぶら下げた。

「ガード固いなぁ~君が入院して5年もアプローチしているのに。上手く行った試しがないわ」

「うまくいく訳ないでしょ。僕はあなたに対して恩義は感じても、トキメキを抱くことは一生ありませんよ」

 呆れたように肩を竦め「それに」と付け加える。

 

「僕は正真正銘の――男です。知っているでしょ?」

 

 赤奈は自虐にも似た笑みを浮かべた。

 仁矢は知ってる知ってる、とでも表すかのように肩を竦めた。

 赤奈は鼻を鳴らし、ガラスの窓に隔たれた空に目をやる。

 気づけば寒々しかった灰色の空はより一層深みを増していた。

 この空はまるで〈あの日〉を再現しているように思える。

「……せやな。あの事故で赤奈君は、お母さんから女の子として接しられているからな。難儀なことや」

 陽気な仁矢にしては珍しくしおらしい。本気でいってくれてるのが伺える。

 いつも親身になってくれる仁矢は実はイイ奴なのでは? と今さらのように思う。これを機に感謝の気持ちを伝えるのも悪くはないかもしれない。

 すると、仁矢は急に真面目な顔で

「でも、ワイは男の子でも赤奈君ごっつう好きやで? どれくらい好きかと言うとペロペ――ごふっ!」

 訂正、ホモに情けはいらない。そう結論づけ、鳩尾に入れてた拳を引く。

 仁矢は痛そうにお腹をさすりながらも、いつもの陽気な口調で言う。

「ん~、こんぐらい元気やったら明日は大丈夫やな! 長時間外出って結構大変やで? 出来たら付き添いの友達とかおったらええんやけど……おる?」

「いません。いるわけないでしょう? ずっと院内にいたんですから」

 重い病気のせいで彼は病院の敷地から出る機会が少ない。年に数回だけ翠が東京から遊びに来ては、街へと連れるが車での移動がメインだ。中々人に触れる機会は少ない。

 今回の美術館もそうなるはずだったが、赤奈はそれを頑なに拒んだ。

 めずらしく自己主張の乏しい自分の反応に翠が「どうして?」と尋ねると

「自分の足でこの街を歩いてみたい」

 翠が物珍しい顔をしたのは久々に見た気がする。そんなことを思い出しながら、赤奈は言葉を続ける。

「というか、それが……友達を作るのが本当の目的ですから」

 赤奈の本当の目的は美術品を見に行くことでも、自分の足でこの街を歩くことでもない。前者は出かけるための、後者は車では、できない行動を起こす為の建前だ。

 それを聞いた仁矢は難しい顔で眉を寄せ、遠慮がちに指摘した。

「でも、そんな簡単に友達作んのは難しいやろ。赤奈君は同年代の子らとの交流なんてほとんどやってないやろうし。それに仮に出来たとしても――」

 仁矢の言葉が切れる。続きは容易に想像できた。

 何かの奇跡で友達を作れたとしてもその関係は雪よりももろいものだ。なにせすぐさよならなのだから。その意味を込められた視線に赤奈は分かっているとばかりに笑みを浮かべた。

 曖昧に微笑んだ顔からは諦観の類の感情が滲み出ている。

「わかってますよ、それぐらい。友達が出来ても一日で終わってしまう。明後日には東京に帰らなくちゃいけないから」

 はっきりとした諦めのついた物言い。いや、現実を認識しているというべきか。

 曖昧な笑みを崩し、紅の瞳が揺れる。

「……でも、ほしいんですよ。友達」

 諦めきれない。

「5年もこの町にいてひとつも思い出がないのは寂しすぎる。それにこんなんじゃ、あの子に――結希に申し訳が立たないから」

 滅多に口にしない『結希』のフレーズに仁矢は目を丸くしながらも、次いでプッと吹き出した。

「笑らわなくてもいいでしょ……」

「あはは、笑うつもりは無かってんけど……おっと、もうこんな時間や」

 仁矢がやや大げさに言うので、赤奈も備え付けの時計に目をやる。

 短針は5の字をさし、もう片方は6を過ぎていた。

 既に日は沈んでおり、窓の外も黒ずんでいる。

「じゃ、ワイはもう失礼するで。明日は検診ないし、非番やから恐らくもう会うことは無いやろ。ほなな」

 ソファーから立ち上がり、部屋から出ようとするが赤奈が待って欲しい、と呼び止めた。

「ん、なんや?」

 仁矢は首だけをくるり、と向けて返答を待った。

 赤奈は言うべき言葉を口に出せずにいた。

 宙に視線を彷徨わせ、時には内心大葛藤し、その末に一言だけ、仁矢にギリギリ聞こえる声で呟いた。

「今まで、その、ありがとう、ございました……」

 その言葉に赤奈は自身の成長を感じた。

 入院当初、事故のショックや母親の精神病などで、殻に塞ぎ込んでいた自分が――投薬の辛さで自殺を図った時もあった――感謝の言葉を述べれたではないか。

 仁矢も驚いているようで目を限界まで開いて、若干潤んだ声で礼を返した。

「ホンマに変わったな。イキイキ、とまでは言わんけど少なくとも人間っぽくなったな……ほな、また来世で」

 来世とか患者に言っちゃダメだろ! と内心、叫びながらも赤奈は仁矢の背中を見送った。

 心なしかいつもより大きく見えた背中はより別れを惜しませる。こんなにも自分の中で仁矢さんの存在が大きくなっていたとは思いもしなかった。

「せや、言い忘れとったわ。一つ聞いてもいい?」

 扉に手を掛けていた仁矢が急に振り返ってきた。その顔はいつになく真顔だ。内心、ドギマギしながらもうわずった声で返事をする。

「赤奈君の初めて、ワイにくれへん?(性的な意味で)」

「色々と台無しだよ! 僕の純情返せ!」




長々と読んでくださりありがとうございます。

えー、全然話が進みませんが、もう少し我慢してください。

出来たら週一で投稿したいのですが、多分ダメかも(笑)

では、良いところやダメなところ、改善点など意見してくれるのを待ってます。


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真夜中の少女

お久しぶりです。かず21です。

約2週間ぶりですかね?こうして投稿できて嬉しいです。

今回はいつもよりも少し長めになってしまったので目に気お付けてください。

では、どうぞ。


 

        3

 

 赤奈は夕食と入浴を済ませ、ベットの上で惰性的に続けてきた読書にうつつを抜かしていた。

 その日の夜は、銀側の月が、部屋灯りなど必要ないくらいに綺麗に輝いている。あまりにも綺麗だったもので灯りを消し、窓を解放した。

 ただ、連続最低気温更新中の真冬に窓全開は自殺行為に等しいので、愛用の羽織を肩に掛けている。

 院内生活が長い赤奈の娯楽は主に読書だ。一人用ゲームは性に合わず、テレビは時たま流れるニュースぐらいで、余暇のほとんどはページをめくるだけである。それに

「本の虫になると、自分の世界に入ってしまう程の集中力を発揮する」

 と、周りの者に言わしめる程、夢中になれる。

 だからなのだろう。

 

 声を掛けられるまで気づかなかったのは。

 

「すいません。ここは401の日和赤奈さんの病室でしょうか?」

 聞けば誰もが振り向いてしまうような鈴の音を転がしたような可愛いらしい声。自分の世界に入り込んでいた赤奈でさえも例外なく反応してしまった。

 声の方向――この部屋唯一の出入り口に目を向けると、ハッと息を呑んだ。

 恍惚に魅入るくらい可憐な少女が立っていたからだ。

 月明りをも反射する黄金になびく長髪を一本にまとめ、小柄で線の細い体は力を加えれば壊れてしまいそうな繊細さを思わせる。どこか浮世離れした顔立ちが、美しさより幼さや可愛らしい印象を受けた。

 以上のことを理解しても凝視を続ける赤奈は思春期故なので許してやってほしい。

 しかし、一向に返事を返さない赤奈を不審に思ってか少女は一歩詰め寄りもう一度問う。

「あの、聞いてますか?」

「え、あ、はい。ききききいてますよ!?」

「……吃ってますが」

 またも少女の声で正気(?)を取り戻すが、頭の中は舞い上がったままだ。

 仕方ないといえば仕方ない。赤奈の長い入院生活は周りが大人だらけの環境だった。入院する前は一応、学校に通っていたものの以前から病弱だったため休みがちだったのだ。

 そんな赤奈に同世代の――ましてや可愛い女の子とお話しなどできるはずがない。

「いや、ん、大丈夫、大丈夫。で、何を――――ん?」

 俗に言うコミュニティ障害を悟らせたくないがため、体裁を取り繕うとするが、その前にあることに気付き。首を傾げた。

今まで容姿ばかり着目していた赤奈が、少女の服装が現代から外れた奇抜な格好をしていることに気づいた。

 パッと見、膝まで伸びた白いワンピースに見えるのだが、どうも細部や素材が違う気がした。なんだったか、と頭を捻る。答えはすぐ思い当たった。

(ああ、そういえば先金の読んだ歴史の本に載ってたな。何頭衣だったけ……)

 名称は思い出せそうになかった。さして大したことではないのでバサリと斬り捨て次の疑問へと進む。

 不審に思う点もあった。

 どうも、素材に心当たりがないのだ。一見すると、シルクにも判別できるものの、どこか違う気がした。根拠はないが、自分のあたる直感がそう告げている。

 更に彼はもう一歩、疑問の地へ踏み出してしまう。

 だめだと感じているが、そんな杞憂をあっさり飛び越え最後の疑問を手に取る。

 今宵は、最低気温を更新するような寒夜だ。羽織を着ている赤奈ですら、肌寒さを感じるくらいだ。なのに、なぜ――

 

――目の前の少女は夏服であるワンピースを着ているのだろう?

 

 突然、悪寒が走った。

 気温のせいだけではない。また、別の何かだ。

 それが恐怖から来るのは本能の訴えで分かった。コイツはヤバイ、と

 他にも少女にはおかしな点がある。

 夜、一人で病院に訪れたのは――なぜ?

 見回りの看護師に発見されなかったのは――なぜ?

 そして、自分の名前を、赤奈を探していたのか?

 答えは知らない。解りたくなかった。

 ただ、恐怖と焦りに赤奈はその少女へと問いかけた。

「君は一体……何者なんだ?」

「…………」

 少女は答えない。代わりに、加工の施された写真を突き出した。

 少し目を細め、写真を見る。

 写っていたのはどこか見覚えのある黒髪の少年だった。

 少し長めの前髪が交差していて、一見、女の子とも見て取れる雰囲気の顔立ち。病的なまでに白い肌と痩せ気味の体が余計に女の子を思わせる。パッチリとした黒い瞳は笑っていないのに、笑顔の形に唇がつり上がっている(合成臭い)

 背景のキラキラとしたデコレーションが合成の線に拍車をかける。

 赤奈は遅まきながら写っているのが誰か分かった。

 ――あの顔、僕だよな? なんか変な加工してるけど……

 写真の主が自分だと理解できると、更に不安がこみ上がってきた。

 そんな赤奈の不安をよそに、謎の少女は淡々と言う。

「この写真を見る限り、あなたは日和赤奈です。しかし、そっくりさんの可能性も否定できません。もう一度聞きます。あなたは日和赤奈ですか?」

「う、うん。そうだよ。僕が日和赤奈だ」

 異様なプレッシャーに気圧され、赤奈はバカ正直に答える。

 その時、窓からの月明りを雲が遮り、部屋が暗闇に染まった。

「これでは、何も見えませんね。灯りをつけてくれませんか?」

 やれやれといった感じで首を振る気配が伝わる。

 赤奈は慌てて、リモコンを探す。しかし、視界が悪いのと気が動転しているため、中々見つからない。もたつく赤奈に呆れた天使のため息が聞こえた。

「もう結構です。見つからないみたいですし」

 暇つぶしにいじっていた髪を払う。その仕草が恐らく年下であろう彼女に大人びたギャップを与える。

「仕方ありません。もう始めますか」

 少女が何か呟くのと同時にどこからか淡く光る青白いブレスレットを右手首にはめた。

 暗闇の中、唯一の光源であるブレスレットに目線を奪われ、凝視した。

 透明なブレスレットの中に光の粒がいくつもふわふわと浮いている。中には、触れ合い溶けてしまうものや弾けてしまうものもあったが、その度に補うように青白い光は増える。

(不思議な光だな。どんな原理で光ってるんだろ?)

 ぼんやり考えていると、ブレスレットの光に既視感を覚えた。

(ずっと昔、どこかで見たことがある。あの温かな光は……)

 記憶の奥底から何かが叫んでいる。そんな感覚に触れるが、思い出せそうにない。

 もっと深く思い出をたぐろうと意識を集中させるが、またしても少女の声に阻まれた。

「■■■■■」

 聞き覚えのない異国風の言葉にブレスレット――どうしてかそう感じた――が反応する。

 少女の足元に幾何学な魔法陣が展開され、一室を青く照らす。

 いつの間にかブレスレットは光を失っていた。逆巻く見えない力が少女の腰まで伸びた綺麗な髪を重力から開放している。

「完了」

 

 少女の背中から美しくも異形の白い翼が音を立てて幻出した。

 

 




はい、長々とした文を読んで下さりお疲れ様でした。

ようやく物語が動いてきた感じですね。

これからどうなっていくのか楽しみにしてください。

では、感想など待ってます。


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私は天使です。

こんにちは、かず21です。

今回はいつもより早く投稿できました。

夏休みだから打つ時間が多くていいですねwクラブも休みだし

あ、それと、後書きにお知らせ(そこまで重要ではない気がする)があります。
見ていってください。

では、どうぞ


「!? なんだよ……それ」

 思わずそう呟く。理解が、常識が追いつかない。

 追い討ちをかけるように気付けば、少女の右手に一本の鞘が収まっていた。

 どこか同情するような瞳を赤奈に向けながらも、新たに手にした鞘からそれを引き抜く。シャリーンと涼しげな音を立てて、引き抜かれたのは白銀の日本刀。

 いつの間にか雲は通り過ぎ、月光に輝く刀身は吸い込まれるような美しさがあった。

 柄は煌めかな細工が施されており、握りには黒い革がしっかりと巻いてある。

 赤奈はこのため息が出る程の綺麗な刀に心を奪われた。故にそれを喉元に突きつけられても胸の奥がドキンと跳ね上がるていどで、むしろ刀の鮮麗さは混乱した思考を落ち着かせていく。

 どちらかといえば赤奈としては、凶器を持っている本人が表情ひとつ変えてないことに戦慄を感じた。

 ともあれ、幾分冷静になった頭で少女の正体と目的を推理してみる。

(刀の用途なんて一つだ。戦う道具。相手を平伏させるためのものでしかない)

 では、いったい誰を?

(彼女が探していたのは僕。つまり、僕を殺すためだ。認めたくないけど認めろ。これが現実だ)

 鋭利に光る剣先は動かず赤奈の喉元に突きつけられたままだ。動けば、おそらく赤奈の首は切り落とされるだろう。

 だが、このまま何もしなくても殺されるのは明白。それならばと、呂律の回らない舌で言葉を紡ぐ。

「君の目的は僕を殺すことなのか?」

 正直ダメ元だった。目の前の少女が答えてくれるとは思わなかった。

 しかし、意外にも少女はすんなりと返答してくれた。

「ええ、その通りです。とある事情によりアナタを殺しに来ました」

 抑揚のない声で少女は答える。そこには気負いも躊躇いも感じられない。標的を殺すだけ。作業を消化していくだけのことに思えた。

「ちなみに逃げようとしても無駄ですよ。その理由はわかっているでしょう?」

「……夜、病院に来たのは人の出入りが少ないから。暗殺には最適の時間だ。そして、巡回している警備員や看護婦さん達に見つからなかったのは、そういう能力に長けているか。この二つから考えるに君が相当危険な人だってことが分かる。そんな人から逃げられないのは明白だよ」

 もっとも少しでも妙な真似をすれば自分の首は跳ね飛ばされる、と赤奈は付け足した。

「それに」

 一度そこで言葉を切り、赤奈は少女の姿を思い出した。

 3世紀頃の日本の衣服に似たワンピース。そして、すべてを包み込み慈愛の象徴である白い翼。

 少し足りない部分はあるものの、少女の格好や人並み外れたオーラを統合し、記憶の図書館に参照する。

 しばしの間の後、赤奈は少女の正体を看破した。導き出された答えはごく身近なもののようで遠いものだった。

 ぶり返してきた恐怖からなのか、それとも少女の正体を導き出したからかは分からないが震える唇を抑え、一度もつっかえずに言った。

「君は人間じゃない。そうだろう? 天使さん」

 赤奈はつっかえずに言い追え、内心ホッと息を吐きつつも天使の返答を待った。

 少女――いや、天使は仄かに笑をみ浮かべたが、すぐに引っ込め、冷ややかに答えた。

「聞いてた通り頭の回る人のようですね。いかにも私は戦闘能力に長けています。そして、あなたの言うように私は天使と呼ばれる存在にあたります。とは言っても人間の記した聖書や本などとは色々と異なる点はありますが。では改めて」

 ほんの少しの間の後、少女は言った。

「私は天使です。ある目的のためあなたの命を奪いに来ました」

 本音を言えば、少女は天使ではなくただの一般人で翼もそれに似せた作り物やホログラムだと心の片隅で期待していたのだが、どうやら無駄だったようだ。

 赤奈は部屋に備え付けられている時計に一瞬だけ目をやる。

 ――10時……32分。あと少し、もう少しで……!

 さらに時間を稼ぐため、赤奈はどうでもいい内容で口を開こうとしたが、すんでで止めた。

 暗闇の中でも淡い光を発しながら佇んでいる少女はその手に握る得物で赤奈を殺しに来た。

しかし、赤奈には、どうしても目の前の幼い天使が好んで自分を亡き者にしようとは思えない。天使とは、一般的に神の使いやら人を守護する者として認知されている存在ではないか。

 だから、理由がある。赤奈を襲う理由が。それさえ知ればこの状況から脱する鍵になるかもしれない。

 口にしようとしたくだらない話を引っ込め天使をここまで動かす核心を突いた。

「どうして、君は僕を、殺そうとするんだい?」

 先程とは打って変わり、つっかえながら問う。

 天使は無表情を崩し、厳しい顔を作った。言うべきかどうか迷っているようだ。何度も口を小さく開閉している。やがて「いいでしょう」と前置きし

「一言だけ言うならば――」

 表面上は穏やかだが、確かに憂いの混ざった言葉が、部屋に響いた。

「私を取り戻す。そのためにはアナタを殺します」

 それ以上は語らぬに及ばずと口を閉じ、刀を鞘に戻し、柄に手をかける。

「居合はこの国の古来から伝わる抜刀術だそうですね。なんでも神速の太刀で敵を斬るとか……これならば苦しまずに済むはずです。なので、動かないでください。狙いが狂いますから」

 少女の親指が円錐形の鍔つばを弾いた。

 変な話だが、絶命させられる自信が赤奈にはあった。

 なのに、赤奈は微動だにせずあろうことにフッと小さく笑を漏らした。策はある。とっておきのだ。

 流石の天使も何かあるのかと周囲を警戒する。しかし、特に変わった点はない。

「居合で僕を苦しまずになんて気遣いは無用だよ。なぜなら、その必要はないからね」

 紅色の瞳は自信に満ちている。反対に天使の碧色の瞳が揺れる。

 天使の反応を好ましく思いながら、赤奈は一人語りのように続けた。

「君はここに来るまで誰にもバレないように来た。裏を返すとバレたらだめなんだ」

 温厚な彼にしては珍しく勝ち誇った笑みを浮かべ

「だから、僕は10時40分。この瞬間まで時間を稼いだ」

 




はい。長々と読んでいただきありがとうございました。

では、早速ですが、前書きでも触れた通り、お知らせがあります。

えー、気づいてる方もいますが、この作品の投稿されている時間は大体、夕方なんですね。

なので、改めて言うのもなんですが、これからは夕方の5~6時くらいに投稿したいと思います。

これは揺るぎません(多分)

で、曜日なのですが、夏休みは書けたらすぐの形で

通常営業時、つまり、長い休みが終わったりすると土曜から月曜にかけて投稿したいと思っています。

長々とすみませんでした。

では、感想など待っております。


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廃墟の屋上

約一週間ぶりですね。

いや、いろいろと忙しくて全然投稿できませんでしたw

では、どうぞ。


天使は遅まきながら気づいた。赤奈はただ質問を繰り返したわけではないことに。

 天使はここに来る前にナース達の見回りのルートや時間を把握し、見つからぬように侵入した。だから分かる。10時40分は

「ん? 赤奈君。まだ起きてるんですか? 就寝時間はとっくに過ぎていますよ~」

 見回りの看護婦が赤奈の部屋に訪れる時間だった。

 このままスライド式のドアが開かれば全てが終わる。

 看護婦に見つかれば今日のところは一旦引き返すはずだ。

 そして、明日の夜は、どこかでやり過ごせばいい。それこそ使用人などで人の多い実家に一日早く帰ってしまえば逃げ切ったことになる。

「入りますよ」

 看護婦がドアを開けようとした。その間に事は起きた。

 天使が床に穴をあける勢いで、地面を蹴った。常軌を逸した速さが赤奈に詰め寄る。

 予想外の動きに反応できず、棒立ちになった赤奈を突き飛ばすのは、赤子の手をひねるより容易だっただろう。

 体がくの字に曲がり、突き飛ばされた赤奈は、咄嗟に目を瞑り来るべき背中の衝撃に備えた。

 しかし、いつまでたっても背中に痛みは来ない。

 なぜ? ――目を開けば、視界に映ったのは、常闇に唯一輝く満月。

 赤奈は遅まきながら窓を解放していたことを思い出した。そして、体は窓を通過し空に投げ出されていることを理解する。

 あっと思う間もなかった。地面と並行を保っていた体は時が動き出したかのように落下を始めた。

 体を浮遊感が包む。4階からの落下が意味するのはただ一つ。

「嘘」

 もはや声にならない声で呟く。

 ぼんやりとした思考のまま、手を伸ばすが、その手は虚しく空を切った。同時に、走馬灯のように思い出が頭を過る。

――幼い頃、二人の兄妹はある約束をした。

内容はごくありふれた約束。しかし、それは赤奈にとってどんなことにも変え難い約束だった。約束は今もまだ生きている。

 ――そうだ。まだ、僕は約束を果たせていない。それまでは死ねない!

 頭にかかったモヤを払い除け、何かを掴もうと手を伸ばす――――ガシリと誰かがその手を握った。眼だけでその正体を探る。

 病弱な赤奈に勝るも劣らぬ白く透き通るような腕。視界に嫌でも入る大きく広げられた純白の翼。可愛らしい顔を引きつらせた天使が赤奈を転落死から救った。

 どうして、と思う間もなく赤奈は天使の胸にすっぽり収まる。

「な、なにを――」

「静かにしてください。気が散ります」

 そう言われれば黙るしかない。

 ただ抱きしめられたのと、女の子特有の甘い香りが思考をオーバーフローさせる。

 そして、追い打ちをかけているのが――

 ――当たってる! 頬に微かな柔らかい何かが!

 それ以上煩悩をエクスプロージョンさせることはできなかった。

 なぜなら、天使が地面スレスレで急旋回したからだ。

 

「うっ!」

 叫ぶことも許さない多大なGに呻き吠えを漏れる。天使はお構いなしに病院の裏手に回り込んで、緩やかに上昇していく。

 よもや、このまま落とされるのではないだろうな――と怯えつつ、事の顛末を待つ。

 やがて、病院の屋上へと到達し、天使は赤奈をコンクリートの地面に放り出した。

「イタッ!」

 尻餅を付いた赤奈は痛みを噛み締める間もなく、すぐさま立ち上がった。

 四肢に力を込め、いつでも動けるようにする。

 一方、天使は翼を二つに折り畳み、トン、と軽やかな音を立て着地する。

「「…………」」

 無言のまま対峙する二人。静かにぶつかり合う両者の瞳は嵐の前ぶれか。

 しばらくして、天使はゆっくりと暗闇の屋上を見渡した。

 その気は無かった赤奈だが、澄んだ空色の瞳に釣られて視界を動かしてしまう。ただ、釣られたと思われるのが癪だったので、天使より早く首を回す。

 思いのほか外は黒く塗りつぶされ、近くにいる天使すらはっきり見えない。

 だから、赤奈は天使の些細な変化を見抜けなかった。

 そんなことも知らず赤奈は改めて、考えを巡らせていた。

 屋上に人気はない。もうとっくに夜の10時を過ぎているので当然だが、この場合赤奈にとって都合が悪い。

 なぜなら、先程も言ったとおり天使は誰にも見られず赤奈を闇に葬らなければならない。

 その証拠に看護婦に見られるより先に、赤奈を突き落とし部屋から姿を消した(なぜか助けたが) なので、人がいれば天使の目論見は潰えたはずだ。もう看護師が自分の不在に気付き、屋上を捜索してくれることに祈るしかない。

 赤奈は天使を警戒しながらもそう新しくない屋上の記憶を引っ張り出しだす。屋上はかなり広く、昼間は患者や病院の関係者問わず、憩いの場としていつも結構な人だかりができている。そのためそれなりのスペースがあるはずだ。

 しかし、暗闇に目が慣れた赤奈の瞳には、そう遠くない距離に腰ぐらいの高さしかない半壊したフェンスが写った。反対側も似たりよったりの錆びれたフェンスが見える。

 赤奈は、自身の記憶と現在地に差異を感じた。

 どうもここは自分の知っている屋上ではないようだ。明らかに狭いのだ。

 よく見れば足元のコンクリートも小さなヒビや緑黄色の苔を生やしている。それがいくつか確認できたので、この建物の老朽化が進んでいるのが解る。

 建物に心当たりがあった。

 ――ここは廃墟になった旧棟の屋上だな…………うわぁー。

 途端に背中にゾクリと悪寒が走った。

 この旧棟は戦時からある曰くつきの病棟で、いろいろと良くない噂が立っている。

 曰く――夜な夜な幼い子供達が走り回っていたり

 曰く――誰もいないはずの屋上で人影が目撃されたり

 昔、赤奈も妹に引き連られ、ここに潜り込んだことがある(その時のことはトラウマとして脳裏に深く刻まれている)

だから、この近くを通ろうとする者など自分を含めていないはずだ。

これで誰かが見つけてくれることは諦めるしかない。

 だからと言って自分の命を諦める気にはなれない。諦めてはならない理由がある。

 チラリと背後にある出入り口に目をやる。

 案の定、ツタを生やした鉄製の扉にドアノブはついてなかった。

 一瞬、体当たりでもするか、と逡巡するが虚弱なもやしっ子では、せいぜい肩を痛めるのが関の山だろう。

 なにより、背中なんて見せたらそれこそ天使に刀を叩き込まれ――――。

「私は――――ここを知っている、ような気がします」

 今までだんまりだった天使が突然、開口したので思考が止まった。

 不可解な言葉に訝しながらも赤奈は顔を上げる。

 天使の碧色の瞳は先程の冷徹な印象はなく、愁愛を帯びた色を灯していた。ツンとしていた表情も幾分か柔和になっている。

 仄かに滲ませた年相応の笑みが本当の彼女なのかもしれない、と場違いな考えが巡った。

 天使は赤奈に聞こえるくらいの声で独り言のように続ける。

「懐かしい気持ちになるのは生前の私がここに来たのでしょう。知っていますか? 天使は、元は人間なんですよ」

 




はい。お疲れ様でした。

なんか中途半端なところで終わってしまいすみませんw

えー、次回はもっと進めたらいいな、と思っています。

では、感想や修正点など待っております


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嘘みたいな存在

いやー、かなり更新間隔空いてしまったw

夏休みも終わるというのに……

とりあえず、9月からは通常営業に以降するのでそのつもりで

では、どうぞ。


 当然、そんなことは知らない。

「いや、でも、なら、君はここに来たことがあるっていうのか?」

 その問いに天使は、無言で首を左右に振った。

「死後、神様に選ばれた者が天使になることができます。天使は生前の記憶を引き継ぎ、転生するはずでした。なのに、私は――私の記憶は……」

 不意に天使は喉を詰まらせたかのように言葉を止めた。

 なんだ、と思い赤奈は天使の顔を凝視する。闇の中に佇む天使は――――泣いていた。

 一筋、二筋、と涙が赤い頬を伝い、流れ落ちた雫が地面にぶつかり弾けて消える。天使は涙を拭うが、とめどめもなく滴る雫は止まりそうになかった。

「………………」

 その様子を赤奈はどこか他人事のように傍観していた。正確には、何かの遇像と重ねようとしていた。

 昔、見たことがあるのだ。こうやって泣きじゃくる少女を……

 前触れなく、その偶像はピタリと重なった。途端に、なんとも言い難い感情が溢れ出した。なぜこんな感情が溢れるかは分からない。

「君はもしかして、記憶がないのか?」

 しばらく、天使は口を開こうとはしなかった。彼女なりに何かしらの葛藤があったのだろう。天使は嗚咽を交えながらも心中を吐露する。

「そうです。私には、生前の記憶がないんです。気づいたら、私はそこにいて……誰だかもわからないまま今まで流されてきた」

 後半は掠れ声で、聞き取るのがやっとだった。

 生きてきたのではなく、流されてきた。

 赤奈は想像してみた。記憶がなく、全く知らない環境で育ってきたことがどんなに辛いのかを。

「………………でだよ」

 赤奈の足元から低い唸り声が響く。赤奈は親しみのない感情が込み上げてきたのが解った。その言い知れぬ気持ちと共に怒声を吐く。

「なんでだよ! なんでそんな風に泣くんだよ!」

 静寂を破る怒鳴り声にビクッと体を震わせ、恐る恐る顔を上げる天使。彼女の目元は腫れていた。

 そんな不安定な彼女に対する感情を一切排し、負の感情を爆発させる。

「いきなり泣き出してなんなんだよお前は! ふざけるなよ! 同情なんかしないぞ! 可哀想だなんて思わない! じゃないと僕は――――」

 ――――君に同情してしまう。

 言葉が最後まで続くことはなかった。なぜなら言下に言い終えぬまま天使が気丈にも立ち上がったからだ。目にいっぱいの涙を貯めているものの、その眼光は鋭かった。

「ええ、そうですよ! 同情を誘っているんです! あなたが油断してくれればそれだけ事がスムーズに済むから泣いただけです! 嘘なんですよ。この涙も、記憶のない私も! だから、本当を取り戻すために――――!」

 後は刀で語ると言わんばかりに、刀を抜いた。

「…………っ」

 ――――可哀想だ。同情するよ。できることなら何とかしてあげたい。

 偽りなき本音が胸を反芻する。情が完全に移ってしまっている。

 だとしても、容易にこの命を差し出すわけにはいかなかった。約束がある限り優先度は自分を一番にする。

なら――――彼女を救うことを二番に設定してしまえばいい。自分の命を損なわない程度のリスクを負い、彼女の目的を叶える他の道を模索する。

無茶無謀でもやると決めた瞬間、自然と腹をくくれた。

 「僕の命と引き換えに記憶が戻ることは理解できたよ。どうやってかは気になるけどね。でも、そう簡単にこの命は渡せない。そんなに僕らの命(・・・・)は安くない」

「世迷言ですね。あなたはここで死ぬ。恨んでくれても構わない。憎んでもらってもいいです。でも、命だけはもらいます」

 何を言われても今の赤奈は天使を助けることしか考えられなった。まだ、具体的な方法は思いつかない。だから、まずは動きを止めよう。

「そんなことはさせない。君に僕を殺させない。他にいい方法があるはずだ」

「そんなものない! あるわけない!」

「そんなことない。きっとあるはずだ。だから、二人で考えよう」

「勝手なことを……何も知らないくせに!」

 赤奈の言葉が天使の何かに火をつけた。

 感情のセーブが効かなくなった天使は、床に火花が散る勢いで地面を蹴る。全体重を余さず乗せた刀が振り下ろされた。

 赤奈は身じろぎひとつ出来なかった。それぐらい凄まじいスピードだったのだ。

 しかし、天使の乾いた唇が何か呟いているのに気付いた。目が追う。

 

 さようなら。ごめんなさい。

 

 次いで、刀身が霞む程鋭く〈銀鱗〉が赤奈の額に吸い込まれた。




最近、ワードからVEというソフトに変えました。

いやー、原稿で打てるのはなかなか面白いなw

できれば8月中にもう一度更新します。

では、8月中の5時か、6時にまた逢いましょう。


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逆転×逆転

やったね!8月中に更新できたよw

いよいよ、バトルパートが本格的に動き始めました。

なんというかバトル描写って難しいですね。
もっとがんばらなくては

では、どうぞ。



 所持者本人ですら、完璧に軌道を捉えることができない。その必殺の一撃をただの人間が止めることなど出来るはずない。

 そのはずなのに――

 

 気付けば刀身は赤奈の両手の平に収まっていた。

 

「白刃、取りーー!」

 驚きのあまり天使が唖然と呟く。

 しかし、そんな暇など無かった。すぐに赤奈は肩を捻り、手の平で刀を叩き落とす。

 そこまでされてようやく天使は意識を戻すも既に赤奈は次の動作に入っていた。

「う……おおおおおおっ!」

 気合の孕んだ叫びと共に低い姿勢のまま天使の天使の下半身にタックルを決める。

 天使をクッション代わりにした赤奈と対照に、彼女は冷たいコンクリートに派手な音を立てた。天使の意識が飛んだように感じた。

その絶好のチャンスに赤奈はそのままマウント態勢を取る。

 ハアハア、と息を荒区して天使に乗りかかる様はどこかいけない構図に見えるが、仕方のないことだ。長い入院生活でほとんど院内生活だったため、持久力は平均男子中学生のそれを遥かに下回る。ほんの少し動いただけで今も肺が空気を求めて膨らんでいる。

 懸念の一つの〈銀鱗〉を出来るだけ遠くに蹴飛ばすと――ちょうど、気を失っていた天使が目を覚ました。

 交差する二つの瞳。パチパチと天使が何度か瞬きを繰り返す。

 そして、瞳を限界まで開かせ――

「きゃあああああ」

 ――などと喚くはずもなく、ジタバタと暴れている。

 幸いなことに超人的なスピードや剣術とは違い、筋力面ではもやしっ子の赤奈でも何とか押さえつけられる程のものだった。

 ほどなくして動きを止めた天使は憤怒を込めた視線で赤奈を射抜く。うっとたじろいでしまうものの、目的を果たすために口を開く。

「えっと、見ての通りの状態なんだけど――何か言いたいことはある?」

「ええ、一人のうら若き乙女が獣に襲われている強姦の図です」

「やめてっ! それすっごく気にしてるから! そうじゃなくて君に――――ん?」

 不意に言葉が途切れた。

 天使の右手に――どちらかというと手の甲に――光の粒がある形に基づいて凝縮していくのに気付いたからだ。

 その正体を確かめるよりも先に原始的本能が危険だと叫んだ。本能の赴くまま後ろに飛び跳ねると同時に天使の右手が閃いた。

 この時ばかり赤奈は、自分の失念を後悔した。なぜ天使の武器が一つだと思い込んでいたのだ、と

 まだ体が宙を泳いでいる最中にズド! と右肩から鈍い音が聞こえた。

 恐る恐る眼球だけ動かしそれを確かめる。右肩に――光の矢が深々と刺さっていた。

「う……あっ!」

 遅れて、鋭い痛みが肩を中心に広がっていく。今まで経験したことのない類の痛みに喘ぎ声しか出ない。

「ガハッ!」

 肺に詰まっていた空気が一気に吐き出され一瞬だけ、呼吸が止まる。

(矢が、痛い、抜かないと)

 もはや、思考らしい思考もできず、赤奈は光の矢を抜こうとそれに手をかける。

 しかし、指先が触れた瞬間、屋は光の粒へと溶けていった。傷口を塞いでいた矢が無くなったことにより血がジワジワと流れ始める。

 痛みのショックで正気に戻り、手で傷口を覆うものの血の気がすぅーと抜けていくのが分かった。

 ついに意識を手放そうとしたとき、またも天使の声がそれを防いだ。

「どうやらもう立てないようですね。ここで引導を渡しましょう」

 見れば、手の甲にメタリックな小型のクロスボウが装着されていた。

「形勢逆転ですね。気を失っている間にトドメをさせば良いものを」

 そんなことするか! と叫びたかったがそんな力は残っていなかった。

 せめてもの抵抗として、冷ややかな物言いに赤奈は弱々しい声で精一杯の口撃をする。

「冗談。善良なる一般人が寝ている可弱い女の子に危害を加えるわけないだろ?」

「ふん、どの口が言うんですか先ほどまでのご自分の行動を思い返してください。――――一つ聞きたいことがあります。ただの人間のあなたが、私の太刀筋を見極めるどころか白羽取りなんて芸当をなぜできたのですか?」

「別になんてことない。集中すれば誰でもできるよ。よろしければご教授しようか?」

 軽口を叩くくらいの元気は戻ってきたようだ。だが、あまり気分がいいとは言えない。

「以外に調子のいい人なんですね。あまり好きなタイプではないです」

 天使が銃口を向ける。

 赤奈も黙ってやられるわけにはいかず、右手をスナップして石を投げつける。

 あえてなのか、ボウガンで打ち落とすことなく手で受け止めた。

 そのまま握りつぶし、粉々になった石ころを見せつけるように落とす。サラサラとした砂のようなものが赤奈の鼻をくすぐる。その腕力に驚くよりも先に違和感を覚えた。

(そうだ。彼女はあの石を握りつぶせるはずがない。それだけの力があるなら先に僕を突き飛ばせたはず! 何かからくりがあるはずだ)

 ほんの少し考えれば謎はすぐ解けるはず。ただ天使はそんな猶予をくれないらしい。

 シュッ! と空気を裂く圧縮音が鳴り、光の矢が放たれる。

 咄嗟に首をひねるが、少し反応が遅れたため髪の毛を何本か持っていかれる。休む間もなく、今度は続けて3発放たれた。

「っ!」

1発はそれたものの2発目が腕をかすめる。3発目は手の平を深々と刺した。

 悲鳴だけは上げまいと唇を流血するくらい噛みしめる。すぐさま無作為に走り出す。

 このままではやがて、自分は止まる。次の矢が放たれる前に対抗手段を講じなければ、と考えを巡らせていると視界の端に光るものが見えた。

 〈銀鱗〉と呼ばれた刀だ。先程、無下に蹴り飛ばした刀は、こちらに剣先を向けて何か言いたそうに転がっている。

 心の中で謝ろうとした時に、頭の中に何かが走った。

(そうか。彼女がなぜ馬乗りになった僕を突き飛ばせなかった理由が分かったぞ!)

 矢が放たれる前に刀めがけてダッシュをする。その最中天使は矢を放つが、フェイントを混ぜ。巧みにかわす。ようやくたどり着き刀を拾い上げる為に腰を曲げた。

「無駄ですよ。あなたでは刀を持ち上げることはできません」

 天使は平たい声でそう言う。赤奈はそのままの姿勢で返事をした。

「確かに僕じゃ、刀を振るうことはできないかもしれない。でも、君の力の源は分かっている。武器を身につけていなければ本来の力を発揮できない。そう、さっき僕に馬乗りされても突き放さなかったのが何よりの証拠だ」

 思い返せば、天使が人ならざる力を見せた時、刀を身につけていた。逆に、刀を叩き落とした後や天使に圧し掛った時などは見た目通りの可弱い抵抗しかできなかった。

 だから、刀が力の源だと判断した。

「なら、それは僕にも有効なはずだ。非力な僕じゃ刀を自在には操れないくても、銀鱗の力を借りれば振れる。そうだろ?」

 天使はその問いに呆れ顔で返した。まるで的外れの回答をした生徒を相手にした時のような顔だ。

 どうせ負け惜しみだろ、と赤奈は柄を握り締める。そのまま刀を持ち上げント力を入れる。

だが

「うおっ!?」

 ガクッと膝から崩れそうになった。刀がまるで磁力に引かれたよう地面からに離れないのだ。予想していた重さを遥かに上回っていた。

 赤奈は刀を握れば自分も天使と同等の力を得るものだと思い込んでいた。そうではなかった。極限状態が自分に都合のいい妄想しかさせてくれなかったことに今になってようやく気付く。

「人間では持てませんよ。重さ云々の話ではないからです。もし銀鱗ーーいえ、全部の神器が人に操れるのならそもそも私達はいりません。神器は天使の因子がなければ操ることはできませんから」

 その言葉は赤奈の詰みを意味していた。

 

 言い終え、天使は赤奈の反応を待った。

 返事は返ってこなかった。

 ――なら、今度こそ終わりにしよう。できるだけ苦しめないように、即死させる。

 




いやー、もう夏休みがおわりました。

あっという間だったかな?

まだ行きたいとこが結構あった気がします。

みなさんもまだ夏休みが乗っこているのなら今の内に!

感想や誤字脱字の指摘などお待ちしております。


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変わる瞳

はい、宣言通り日曜日に6時に投稿できました。

これからはおそらく日曜日の6時が固定になりそうです。

あと、今回は地味に貼っておいた伏線がお披露目されます。

では、どうぞ


本当は人間を傷付けたくなかった。

しかし、使命である人界の守護を放り出してでも、前世の記憶を欲した。それぐらい彼女には必要だっだ。ずっと求め続けていたものなのだから。

 せめて痛みを感じさせないために神器――〈天旋弓〉をクロスボウ形態から光の粒へ、そして本来の鉄弓へと形作る。

神器にはそれぞれ固有能力があり〈天旋弓〉は所有者の意思によりその姿を弓かボウガンへと変えることができる。弓はボウガンのようにノーモーションから放つことはできないが、自分で射る分、威力と精度が段違いに変わる。

 鋼の矢が何もない空間から出現し、ギリギリと細い弦を引いていく。それから、狙いを赤奈の額へと定める。そのまま、限界まで引いた弓を離そうとする前に赤奈と目があった。

『僕は君を人殺しにさせたくない。君を助けたい!』

 脳裏にそんな言葉が過ぎった。

 もし本当にそう思ったなら、どういう心境の変化なのか。

 気にはなったが、もう関係ないのだ。彼はここで死ぬのだから。

「もしもっと早く出会っていればこんなことにならなかったのかな……」

 ぽろりと本音が漏れる。言っても仕方ないことだ。もうここまで来て引き返すなんてできない。

「……確かに予想は外れた」

 赤奈が囁き声に近い音で呟く。

 しかし、天使はもう時間稼ぎに付き合うつもりはない。

 赤奈は〈銀鱗〉からの力の供給と言っていたが、それは全くもって見当違いである。正しくは力の供給ではなく、力の解放なのだ。

 強すぎる力は人界では邪魔だ。天使のブレスレッドや神器を手にしていなければ本来の力を発揮できないようにリミッターを掛けられている。他にも本来の姿になると現れる翼も常に出さなければいけない。赤奈はその事も知らずに愚行に、一縷の望みを託したのだ。

 可哀想に、と同情しながら天使は弦を引く。残念ながら彼はここまでだ。

 そして、矢を放とうとしたその瞬間――赤奈の瞳の色が文字通り変わった。

 黒から――碧色へと。

 天使は驚きを通り越して恐怖を感じた。瞳の色が変わるなんて聞いたことがない。

――いや、よく考えれば瞳の色がコロコロと変わっていたような……?

 混乱する思考は余計に恐怖を募らせる。そのまま天使は恐れに駆られ、手を離す。

 ビュッと鋭く放たれた矢は狙い違わず額へと飛んだ。だが、赤奈はその矢を凝視しながら柄を強く握り締めた。

「――でも、持てない重さじゃない!」

 叫び、流れるように刀を下から斜め上へ振る。刀に触れた矢は真っ二つに折れた。

 驚く間もなく赤奈が刀を両手で引きずるように走り出した。

「うおおおおおおお!」

 雄叫び声を上げ、真っ直ぐ突っ込んで来る赤奈に対しても天使は動けなかった。先程の事態に思考が処理しきれないのだ。

瞳はもちろん、〈銀鱗〉を振るった時点で赤奈が普通の人ではないと証明している。それ以前に負傷して満足に刀を振るうことができないはずだ。

 予想外の行動に焦り、判断が鈍る。だが、眼前まで迫る赤奈が刀を振り上げるのを見ると体は反射的に動いてくれた。ギリギリだが体を反らす。

 しかし、振り下ろされた〈銀鱗〉は最初から天使を狙っていなかった。刀は無防備に晒された翼を斬ろうとしていたのだ。それに気付いた天使は咄嗟に翼を畳む。

 〈銀鱗〉が空を斬る赤奈の体は刀の重さにより前かがみの姿勢で天使の横を通過してしまう。赤奈は転げそうになるが足を踏ん張り何とか耐えていた。

 今の内に天使は再びを翼を広げ、跳躍。刀など到底届かぬ高さまで飛翔する。安全圏に逃れても表情は強ばったままだ。

 一方、赤奈は〈銀鱗〉をコンクリートに突き刺し、空を仰いだ。その息は激しく荒れている。空を仰ぎ、呼びかけてきた。

「降りてきてくれ。話がしたいんだ」

「嫌です……話すことなんか、ありません」

 天使はイヤイヤするように首を振り、更に距離をとった。

 天使は赤奈が自分以上に異様な存在に感じられた。もう天使には赤奈は恐れの対象でしかない。

 それを汲み取ってか赤奈は柔和な笑みを浮かべ、ただひたすら呼びかけた。

「頼むよ。僕はただ、君と話がしたいだけなんだ」

 

 刀一つで形勢逆転とは思ってもみなかった。自分としてはただめちゃくちゃ重いだけど手に取ることはもちろん振るうことだってできた。なんにしても今なら言葉が届くかもしれない。

「頼むから話を聞いてくれ。これ以上君が傷つくのを見たくないんだ!」

「私が傷つく? これは自分で決めました。後悔はしてません!」

「嘘をつくな! 本当は誰も傷つけたくないんだろ? その証拠に君は――――」

 耳をつんざくような叫びが二人ぼっちの屋上に響いた。

「刀を寸止めしたじゃないか!」

 




はい。お疲れ様でした。

今回瞳の色が変わる伏線を半分回収出来てよかったです。

これに気づいていた人いますか? いたらすごいですww

この瞳が意味するのはまた違う話で回収します。

では、感想や誤字脱字の指摘待ってます。


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信じれぬ者

今回はいつもより短めになりました。

おかげで誤字チェックがしやすいの何の

では、どうぞ


この言葉に天使は途方もない衝撃を受けたかのように青ざめた。赤奈の言っている言葉の意味が理解できないみたいだ。

「い、いったい何の話ですか!? 私、そんな覚えがありません」

「白羽取りの時だ。本当は間に合わないタイミングだったんだ。でも、刀を受け止めれた。君が寸前で止めたからだよ。それにクロスボウだって中てたけど致命傷は避けていた!」

「違う、それは、それは……」

「他にもある! そもそも君に殺す気があるなら初めて会った時に確認なんて取らず問答無用に殺せばよかったんだ! それにあの言葉だって……」

 そこで赤奈は言うべき言葉が見つけられないかのようにきつく唇を噛んだ。

「私が……? 躊躇っていた? どうして……?」

「そんなの決まってるだろ! 本当は僕を殺したくなかったんだ。そんなの少し考えればわかるだろ!?」

「違う、違う!」

「戦いなんてやめよう。こんなことをしても後悔するだけだ!」

 その言葉に天使は黙ってしまった。項垂れるその姿をじっと見据え答えを待つ。

 やがて天使が複数の矢を現出、握り締めた。

 それが答えだった。

「……ありがとうございます。きっとあなたは本気で私のために言ってくれてるんですね。でも、もう引き返せないんです。手遅れだから」

「手遅れなんかじゃないよ! まだ踏み留まれる! 僕が誰も傷つけず君を救う方法を提示してみせる。だから、僕を信じてくれ!」

「…………信じたい。でも、私は自分すら信じられない。そんな私が何を信じたらいいの?」

 天使の心の天秤が揺れている。しかし、赤奈を信じる決断は何も信じたことの無い天使には余りにも酷だったらしい。

「ごめんなさい……!」

 謝罪と共に無数の鋼鉄の矢が放たれた。回避は不可能。必殺の一撃が今度こそ赤奈の命を脅かした。

「このっ……バカ野郎!」

 赤奈は刀に自分の思いを込める。なぜだか使い方が分かった。まるで〈銀鱗〉が導いているようだ。

刀身がまばゆく銀に光り、縦横無尽に広がる矢に向かって振り下ろした。

 ズンッと一陣の風と共に全ての矢が粉々に砕け散った。そして、本命の銀色の斬撃波が、天使の神器ごと片翼を引きちぎる。

「あっ」

 天使がほとんど音にならない声で呟く。鮮血を噴くこともなく、翼は光の粒へと弾けて消えた。

 空を操る手段を失った天使は、刹那の浮遊感の後、重力に引かれた。

 刀の間合いから逃れるため、かなりの高度――目測では建物の3階分――を保っていたのが仇になったようだ。あの高さからコンクリートに叩きつけられたらまず命はないだろう。

 なんて間抜けなことをしてしまったのだ、と赤奈は自分の行いを悔いた。

 無我夢中で振るった刀は矢を砕き、天使の翼を引きちぎった。そのせいで彼女は死んでしまう。救うと決めたのに。まだ諦めきれず必死に考えを巡らせる。

「ん? あれは――」

 落下していく天使を見て、デジャブを感じた。

 どこかで見たことがあるシュチエーションだ。思い出すために過去の場面がコマ送りで再生されていく。

 そして〈あの日〉と現在が被った。

 ずっと赤奈の心に巣食う忌々しい事故ーーもう一度あの日を再現するつもりか?

 気付けば優先順位が変わっていた。〈銀鱗〉を投げ捨て、地を蹴る。

 叫び声に反応して天使の瞼がうっすらと開き、次いでギョッと幽霊でも目にしたかのように瞳を見開いた。

 天使が何かを叫んだが、赤奈は聞きやしなかった。

 とうに肉体は限界を超えている。そのはずなのに、赤奈はそれでも足を前へ動かす。

 そして、天使とコンクリートの合間を縫うように胸の前に両腕を突き出し、スライディング。ぴったりのタイミングで落ちてくる天使を胸に収めるが隕石でも受け止めたような衝撃が赤奈の体を襲った。

 




お疲れ様でした。

いや、夏休みも開けて新学期が――社会人の方はもうすでに出勤中ですが――始まり、いろいろと忙しい方もいるでしょうが、この小説が息抜きになっていたら幸いです。

あと、情けない話を晒すようですが、小説のストックがやばい。

来週は大丈夫だと思うのですが、再来週になるとわかりません。

なるべく早く仕上げるようにしたいと思います。

では、また来週


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笑える理由

今回も短いです。

やっぱり、小説って難しいですね。

では、どうぞ。


 力を込めていたはずの腕がミシ、と嫌な音を立てた。次いで、体内から低い破裂音が響き、背中からドカバキュゴキッと派手な粉砕音が聞こえる。

 それでも――

「あ、赤奈さんっ!」

 それでも、天使は無事だった。かすり傷一つない体はすぐさま赤奈を抱き起こす。

 ぼやける視界で天使の安否を確認すると赤奈は満足そうに微笑んだ。

 そんな赤奈に天使はひどく困惑した顔で喚く。

「なんで……どうして笑っていられるんですか!? どうして、あなたにひどいことをした私を助けたの!? おかしいよ。なんで、こんな……」

 天使は涙ながらに問いた。

 赤奈は喉から逆流してきた赤い液体を吐くと折れた腕をどうにか動かし、天使を抱き寄せた。そのまま肩にうずくまる。

 暖かい体温や激しく鼓動する心臓を抱き寄せながらも、天使の左耳に吐息混じりの言葉を生む。

「君を助けたのは正義感や道徳的なものじゃないよ。ものすっごく個人的な理由だ」

 その弱々しい声は耳元で囁かないと聞こえない小さな音だった。

「君の、泣き顔が、死んだ妹と似ていた……だから、助けたくなった」

「そんな理由で……アナタは命を捨てたって言うんですか?」

「ハハ、笑っちゃうだろ? あと、君に謝らないといけないね」

 ごめんなさい、と掠れ声が風に乗って耳に届いた。

「妹が帰ってきた、と錯覚した僕の心の弱さをごまかすために君を怒鳴りつけちゃったんだ」

 天使には分からないかもしれない。

 妹とかぶせ、手を差し伸べ、あまつさえ命を投げ出したこと愚行に。でも、それでもいい。大切なのは天使の安否だけだ。今はそれだけでいい。

「僕は、自他共に認めるシスコンだからね。それに、君だって本当は誰も傷つけたくなかっただろう? だから、僕を――ううっ!」

 苦しそうに呻き、青白い顔を歪ませた。

「もういい喋らないで! 体がもう……」

 赤奈は5年前からドクターストップがかかるくらい体を弱めている。

 そんな彼が一連の激しい運動に加え――なぜか倒れてないが――重傷を負っているのは、相当危険な状態なのだ。

 けれども、赤奈は聞き分け悪く、言葉を続ける。

「だから、僕を信じてくれ。誰も傷つけないで、君を救うと約束する。僕が君の記憶を取り戻、す」

 言い終えると同時に、赤奈は意識を手放した。

 

 後ろに倒れていく赤奈の体を慌てて支え直し、そのまま天使は耳を胸に当てた。

 頼りげのない胸板から弱々しい鼓動が聞こえる。どうやら、辛うじて息はしているようだ。

 しかし、もう長くは持たないだろう。どうにかして傷を癒さなければならない。

 無茶がたったのか、酷使していた右肩も血の華を広げ、赤い花弁を散らしてる。このような容態ではいくら医者に見せても手遅れだろう。

「いや、死なないで。おねがいですから!」

 羽を折られ落下する時に一度この命を諦めた。

 私利私欲のために善良な人間の命を奪おうとした自分にはふさわしい結末だと受け入れたのだ。

しかし、結果はどうだろう? 目の前の男の子はあれほど自分の命を第一にしていたのに最後には己の命を投げ出し、身を挺して自分を救ってくれた。だから、今度はこっちが彼を助ける番だ。絶対に死なせたくない。

 こうしている間にも、赤奈の体が重く、冷たくなっていくのが分かった。どうあっても助からない。

しかし、ひとつだけ助かる方法がある。手軽で効果的な、それでもって羞恥の手段が彼女の手札にあった。

 迷っている暇はない。今は1秒を争う。

赤奈をそっと自分の膝に寝かせ、静かに語りかける。

「私は自分すら信じることができない天使です。でも、君を救う、と言ってくれた赤奈さんを私は信じたい。だから、今からする無礼を許してください」

 そう告げると赤奈を覗き込むように顔を近づける。

 そして――

 

――互いの唇を重ねた

 

 唇を離す。

 カアアアと頬に熱が篭るのが分かった。

気恥ずかしい天使はバラ色の頬を抑えて、その場にうずくまる。

(うぅ。顔が、熱い。でも、これで……)

 天使の真意を知る者は今は彼女だけだ。

 

 




はい、おつかれさまでした。

先週も言っていたのですが、ストックがやばいw

ただ今格闘中なんで、来週はどうなるかわかりません。

一応、日曜の6時になったらチェックしてくれるとありがたいです。

では、感想や誤字脱字などの指摘まっております


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目覚め

お久しぶりです。かず21です

いやー、どうにか書き終えることができました。

今回は一人称で進めます。

では、どうぞ。


 

       4

 

 ジリリリリ! とけたましい時計の重音が耳元で鳴り響いだ。赤奈の意識がゆっくりと覚醒していく。重いまぶたを持ち上げると見慣れた白い天井が目に入る。

「ここは……僕の部屋? 一体どうして……」

 寝ぼけた頭で昨夜のことを思い出そうとする。しかし、どうも記憶の終極だけはっきりと思い出せない。一つ一つ順を追って思い出す。

 ――確か、僕は屋上で天使とファンタジーよろしくな戦いをして、それから、落ちてくる天使を死ぬ覚悟で受け止めて――――

「そうだ! 確か僕は――」

 思わず叫んだ後、すぐに異変に気付いた。

体を支えていた腕で、破損した部分に触れる。破裂したはずの内蔵はそこにあり、砕けたはずの骨も正常だった。もちろんこうして無事を確かめている腕も正常だ。

混乱してしまいそうになる寸前、膝辺りから何かがもぞ、と動いた。視線を落とす。

 そこにいたのは金色のポニーテールの少女だった。丸めた両腕と共に膝の上でうつぶせてるので、誰かは分からない。――――本当は分かってるがありえない、と脳が拒絶する。

 ――昔、妹もこんな感じで看病してくれたよなーよくみたらどことなくあの子に似てるし……あ、じゃ、この子は僕の妹か。おーい、結希起きろ。朝だぞ。

 現実逃避のため益体もないことを考えていると少女はこちらに寝返りを打った。端正な寝顔が現れた。

「う~ん。お兄ちゃん……もう、食べれ、ないよ」

「なるほど。本当に僕の妹だったのか」

 微笑ましい寝言にボケで返し、どうしてこうなった、と肩を落とす。

 小動物みたいな愛くるしい寝顔に騙されそうになるが、少女の正体は昨夜、激戦を繰り広げた天使だった。

 ――やっぱり妹の件は無しで。些細な喧嘩で毎回土下座しないといけなくなる。

「アホなこと考えても仕方ない。現実を見よう。うん、それがいい」

 自分をそう言い聞かせる。助けることができた。それでいいいじゃないか。

 しかし、なぜこんなところに? と疑問に思う。天使に聞いてみないと解からないが、質問しようにも彼女は見ての通り夢の中だ。自分の体が無事の理由も聞きたいので一刻も早く起こしたいが、正直、寝ている女の子の対処の仕方なんて赤奈辞典には載っていない。

 しかし、このまま待つのは得策ではない。看護師が様子を見に来るかもしれない。というよりも朝食の時間まで猶予はあまりない。

意を決して、天使を起こそうと手を伸ばす。ジワジワ距離を詰め指先が触れる一歩手前に天使はビクリ、と体を震わせた。慌てて手を引っ込める。

「むにゅ……」

 天使が謎言語を呟き――笑いそうになった――パッチと瞬きし、赤奈を見上げた。

 形のいい眉が僅かにひそめられる。上体を起こし、金色の髪を左右に揺らしながら、辺りを眺める。最後に赤奈を見て――ガタッと派手な音を立てて飛び起きた。

 瞬時に透明な肌を赤く、青く、赤く――おそらく羞恥、驚愕、激怒の順――コロコロと色を変える。お前は信号機か。

「なっ……見て……うぅ」

 またも謎言語を口ずさむ天使に向かってガチガチの笑顔で挨拶をした。

「おはよう。いい夢見れた?」

 天使は俯いたまま、細かく震えている。

 微妙な沈黙が続いた。

「…………ます」

「え? 何だって?」

「おはようございます! そう言ったんです!」

 爽やかさに欠ける挨拶だ。

「ま、まぁ、椅子にかけなよ。君と話したいことがあるんだ」

 天使に一夜を共にしたであろうパイプ椅子に座るように勧める。

「……奇遇ですね。私もあります」

失礼します、と天使は律儀に断りを入れて椅子に腰を下ろした。

「まず、君に言わなくちゃいけないね」

「……そうですね。覚悟はできてます」

 やけに毅然とした物言いにたじろいでしまう。

「え、えーと、その、まぁ、ね」

 結果、赤奈の思考を馬鹿正直にトレースした脳は歯切れの悪い言葉しか出なかった。

「なんですか。はっきり言ってください。そっちのほうが気が楽です」

「そ、そっか。じゃ、遠慮なく」

 そうは言ったものの、照れくささが勝り、上手く言えそうになかった。

 なので、赤奈は視線を泳がせ、頬を掻きながら

「ありがとう。一晩中、傍に居てくれて。それに、ここまで運んでくれたことも」

 精一杯の感謝を述べた。余計に恥ずかしさが込み上げてくる。

 なのに

「え? ええええ!?」

 可愛らしい声に似合わない大きな驚き声が部屋に響く。

 ……まだ朝ですよー

 赤奈は呆れ顔を浮かべ、面食らってる彼女に言う。

「いやいや、何に驚いたのさ。君だろ? ここに運んでくれたのは」

「そうですけど……まさか、お礼を言われるなんて思わなくて……私はあなたに酷いことをしたんですよ? まさか、打ち所が悪くて忘れてしまったんですか?」

 昨日までの刺々しい雰囲気の天使はそこにはいなかった。

 シュンと俯いているしおらしい姿は大人びた振る舞いよりもこっちの方が余程らしい気がする。

「いや、覚えてるけどさ、もういいんだよ。怪我もなんでか治ってるし…………あ、そういえば」

 思い出したようにもう一度訊く。

「これも聞きたいことの一つ。僕が君を受け止めた時に骨とか折っただろ? なのに、元通りだから気になって……何か知ってる?」

「えっ……いえ! わ、私は何も知らないです!」

 そう尋ねただけなのに、天使は急に慌てだした。

 なんでか顔が赤い。ゆでダコのようだ。

 あたふたとしきりに顔を振る天使をどうやって落ち着かせようか、と考える。ひとつだけ思いついたが、しかし、若干、いや、かなり気が引ける行為だ。

 ――まぁ、仕方ない。話も進まないし。それに天使の反応も気になる。

 心の中で言い訳をして、手を伸ばした。度は引っ込めることなく、手をサラサラとした天使の頭部に乗せた。

 頭を撫でる――とも呼べないこの行為に天使はピタリと動きを止めた。

 絶妙な角度で俯いてるので、表情は見えない。

「……頭がどうにかなりそうなくらい顔が熱いです」

「風邪でもひいた? 毛布も掛けずに寝るからだよ。とりあえず、お医者さん呼んでこようか?」

「何でもないです!」

 きつく吠えられ、思わずたじろぐ。

 顔を上げた天使はさっきよりも数割増し頬を赤く染めていた。それを見て余計に心配が積もる。

「そ、そんなことよりも他に訊きたいことはありませんか? 無ければ私から質問します」

 強引に話を戻し、次に進めようとする。明らかに何か知っている様子だが、あえて何も聞かないでおこう。

「いや、まだ幾つかあるよ。――――長くなるけどいい?」

 




はい、お疲れ様です。

一人称視点で赤名の心理を詳しく書いてみたかったのですが、たいしてかわらなかったかもww

あと、しばらく説明会が続きそうです。

では、また来週に


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赤奈の ?

週間もほったらかしにしてすみませんでした(土下座)

いや、本当にいろいろあったんですよ。テストとか受験とか……いろいろと!

連絡できたらよかったんですけど、PCも封印してたので

で、その反省についてすこしばかし言いたいことがあります。
あとがきにて表記しますのでチェックお願いします。

では、どうぞ。


「それじゃ、まず一つ目。君はどうして記憶がないの?」

真面目な顔で天使は小さくかぶりを振った。

「解りません。私は天使に転生してからの記憶しかありませんので、それ以前のことは何も解らないのです。気付けば、大老長様――あ、天界で一番偉い人が、天使について教えてくれたのです」

 大老長様などと仰々しい名前に色々と想像を巡らせてしまう。

 その過程に不意に思い当たることがあった。

 ――言ったら怒られるんだろうな。でも、気になるしな……と一人悶々と考える。

 結局仕方ない、と覚悟を決め、非常にデンジャラスな質問をする。

「すっごく訊きにくいんだけどさ……その大老長様が君の記憶を奪った……とかないかな?」

 言ってから後悔した。

 なぜなら、天使の瞳がスゥーと細められ、敵意が宿ったからだ。ぞくりと這う背中の悪寒が昨夜の出来事をフラッシュバックさせた。

 謝る形で言葉を続ける。

「ごめん。でも、今は可能性の話をしているんだ。私情抜きで判断して欲しい」

「……そう、ですね。少し感情的になりすぎたようです」

「いやいや。昨日よりマシだよ――ってうわ、すみません! だから、その握り締められた拳しまって!」

 女の子がシャドーでブォンブォン鳴らすのは人間技じゃないと思うんだ。人じゃないけど、と内心舌を巻く。

 「で、実際のどうなの? その大老長様に記憶を奪えるか奪えないか。勝手な先入観だけど、天使って何らかの不思議な力を使うんじゃないの?」

「あなたの言う通り天使は〈天聖術〉というオンリーワンな力があります。そして、〈天(てん)聖術(せいじゅつ)〉の特性は何かを『与える』こと。天使は〈天聖術〉と武器である〈神器〉を攻撃手段としています」

 割と長めの説明を受け、小難しい授業の後みたいな渋面を浮かばせる。

 話自体はとても有意義だったが、平然とこんなトンデモ話をする天使はやはり住んでいる世界が違う。

「ん? ってことは誰かと戦ってるの? 攻撃手段なんて言うくらいだし」

「はい、私達は悪魔と戦っています。今回この街に来たのもある悪魔を討伐するために来ました。情報によればその悪魔は数年前から力が弱っているそうで、ひっそり人を襲っては力を蓄えているそうです」

 なんとなく予想できていたので特に驚きはしない。ただどんな姿なのかと異形の姿に想像が膨らむ。

「少し話が変わりますが、悪魔にも天使の対になる〈魔器(マギ)〉と〈呪印術(じゅいんじゅつ)〉があります」

「対になる。てことは呪印術の性質は『奪う」ということか……あ、じゃ、君の記憶がないのは悪魔が記憶を奪ったのか」

「はい、その通りです。そして、今回の討伐対象が私の記憶を奪っていたようです。それを知ったのは悪魔と出会ってからでした。当然、私は記憶の返却を求めましたが、悪魔は私の記憶を盾にしてきました」

「記憶を……?」

「はい、悪魔は『もし自分を殺せば記憶は一生戻らない。返してほしくばこちらの要求を呑んでもらう』と告げました。はじめは断りました。でも、最後は自分の欲に負けてしまい、悪魔の要求を呑みました」

 あとは、概ね予想通りの展開だった。

その悪魔の要求は赤奈の命を奪うこと。だが、不思議なことに可能な限り〈銀鱗〉での殺害を要求してきたらしい。その意図は今でも分からないが、とにかく彼女はその交換条件を実行するために昨晩、病院に侵入した。結局、失敗してしまったわけだが

「本当にごめんなさい。私、最低なことをしました。自分のために人の命を奪おうとしたなんて天使失格ですね」

 深々と頭を下げる彼女にかける声なんて一つしかなった。

「たぶん、僕が何を言っても君の罪悪感を取り除くことはできないと思う。でも、それでも何度でも言うよ。もういいよってね」

「……ありがとうございます」

 天使は感謝の言葉を述べるが赤奈は自分の言葉が余りにもキザッたらしすぎて身悶えしそうになった。慣れないことはするべきではないと新しい教訓を胸に刻む。

「そいつの特徴とか分かる?」

「いえ、どうやら部分的に記憶を奪えるようで悪魔との会話しか覚えていません。代わりに少しだけ記憶を返してもらいました」

「へえ、いったい何の記憶?」

「家族の記憶です。幸せそうな家族でした」

 天使は少し顔を赤らめ、嬉しそうに笑った。




はい。おつかれさまです。

まえがきでも言っていた通り発表があります。

えー、3週間ほっぽったわけですがその分を水曜と金曜に1話ずつ投稿をしたいと思います。

これから投稿できなかったらと遅れた分だけ次の週に間隔をあけて投稿したいです。

正直できるかどうかはわからないのですが、努力はします。

時間はもちろん午後6時

では、次は水曜日にお会いしましょう。


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天使の?

どうも。かず21です。

最近ゴタゴタが片付いて投稿も安定(?)してきた気がします。

水曜日ミスったけど……w

では、どうぞ


              5

 

「では、私の質問に移りますね」

 声で宣言するや否、前触れもなくピキーンと何故か嫌な予感が走った。

 ――特に後ろめたいことなどないはず。なのになぜだ?

 微かな疼痛に悩まされる赤奈を他所に天使は迷いのない瞳でキッパリと聞く。

「あなたは人ではありません。一体何者ですか?」

 奇しくも昨晩の赤奈と似た質問に――語調は180度違う――内心激しく狼狽した。

 彼女の言葉に理解が追いつかなかった。何度も反芻し、ようやく理解できたが、かなりの間が生じた。

「……意味がよくわからない」

 ようやく動いた唇は情けないくらいたどたどしかった。

 天使は無言のままそっと首を振った。

「とぼけないでください。あなたならわかっているはずです。」

 いつもの調子が戻ってきたのか心地よくも凛とした声が耳に残響した。

 赤奈は愕然としながらも天使の顔を見やる。彼女の表情は冷たく平然としていた。

「……僕はその言葉を額面通りに受け取ればいいのかい?」

 天使は済まし顔のまま首肯する。

「そうです。ただ、あなたの場合――――」

「おはようございます。日和さん。朝食の時間です」

 狙ていたかのように看護婦さんの声と扉の開閉音が聞こえた。

 入ってきた看護婦は声の時点で察しがついていたが、顔見知りの若い看護師だった。

 看護師が天使に気付いたようで赤奈に耳打ちをする。

「あら、おはよう。日和さんのお友達?」

「あ、はい、そんなところです」

「ふーん、日和さんお友達いたのね。でも、まだ面会時間ではないから次からはもう少し遅く来てね」

「あ、ごめんなさい。次から気を付けます」

彼女はこれ以上うるさく言わないでくれた。なぜかウインクが送られる。

 ほんの少しドキッとしてしまう。女性への免疫なんて皆無の赤奈にこの距離は心臓の音w御鳴らすのには十分すぎた。

赤くなった顔でぎこちなく朝食を受け取る

 そうやって鼻の下を伸ばしているとガタっと音を立て天使は立ち上がった。

あまりにも乱暴な音だったので訝しげに天使を見るといつものクールな表情が仏頂面に変わっていた。

「では、少し席を外します。私もお腹がすいたので」

「あ、一階に購買があるからそこで買うといいよ」

「…………(フンッ)」

 そう親切に教えたのに、なぜか天使はやけに機嫌悪く部屋から出ていった。

 

 その後、赤奈は看護婦の昨晩、部屋を抜け出したことについてのありがたい小言を貰う。事前に考えていたごまかしの文句で対応しながら朝食を摂る。時節、飛んでくる冷やかしを黙秘とノーコメントで乗り越え、天使の早い帰りを願った。

 結局、天使が病室に戻ってきたのは目の前の料理を平らげた後だった。

 手にはコーヒー缶が握られており、他は見当たらない。どうやら下で朝食を済ませたようだ。

「じゃ、私はこれで失礼します」

 お盆手にした看護師が二人に聞こえるように

「お幸せに」

「誤解だ! 僕らはそんな関係じゃ――」

 そのまま天使と入れ替わるようにして看護婦さんは部屋から退出する。

 看護婦さんが去ってからも天使は俯いて動こうとしない。

 長い沈黙が続いた。

 先程の朝食などとは比べようがない微妙な雰囲気が部屋を包む。どちらも言葉を発せないまま気まずさだけが募っていく。

 やがて沈黙に耐えられなくなった赤奈は、どうにかして誤魔化そうと口を開く。

「いやー、きつい冗談だったね。気にしなくてもいいよ。アハハ」

 乾いた空気が回復することはなかった。反応がない。どうやら屍のようだ。

 慌てて取り繕うように言葉を紡ぐ。

「だ、だよね。やっぱり気にするよね。ごめん。僕なんかと――――」

「赤奈さんああいう人が好みなんですか?」

「はえ?」

 変な声が出た。一瞬自分たち以外に誰かいると思ってしまうレベルの声だ。

「鼻の下伸びてましたよ」

「の、伸ばしてないよ! そもそもあの人見た目は若いけど3児の母だからね? もうおばちゃんだよ!」

「女性に対してその発言はないです。最低ですね。だから、コミュ障なんて言われるんですよ」

「今人生で初めて言われたよ」

 コミュ障を悟られないように振る舞っていたが出会ったばかりの天使にいとも容易く見破られている辺り赤奈の対人スキルは致命的なものらしい。

「とにかく、下心とかそういうのあり得ないから。変な誤解だけはしないで!」

「そもそも別にあなたとどうこう言われても何とも思いません」

 きっぱりと天使は言う。

だったら、最初からそう言ってほしい、と赤奈は思うがこれ以上口で戦っても戦果は得れそうにないので口をつぐむ。心のダメージは諦めよう。事実なのだから、と精神を立て直して、平静を装う。

「じゃ、なんで様子がおかしかったのさ?」

「いえ、なんでもありません。多分、気のせいです」

 そう言い、椅子に座るが、微かな嘆息を赤奈は見逃さなかった。

 気遣うように赤奈は尋ねる。

「……やっぱり、何か思うところがあるんだろう? 言いたくなかったら仕方ないけど、無理に溜め込み必要もない、と思う」

 悲しいかな。対人関係にブランクのある赤奈では気の利いた言葉は言えなかった。

 その証拠に天使は深く俯いてしまう。

 失敗した、と内心忸怩たるものを感じ頭を抱えそうになるが、その前に天使は顔を上げた。

「……今の人どこかで見たことがあるんです。ただ、どれだけ思い出そうとしても思い出せないのが悔しくて……」

 天使の弱々しい微笑に目を背けそうになる。

 しかし、胸の奥から確かな決意が炎のように燃え上がる。

 ――救わないとな。絶対に。

 心の中で改めて誓い、わざとらしく明るく振舞う。

「大丈夫! 君の記憶は戻るよ!」

「……ふふ、そうですね。ありがとうございます」

 天使はそう言って淡く笑いかけた。

 彼女は筆舌に尽くしがたい容姿の持ち主で、そんな彼女に笑いかけられると大抵の男はドキドキする訳で勿論それは赤奈も例外なく魅了された。

「喉乾いたので失礼しますね」

 そんな赤奈を知らずに天使は不思議そうな顔でコーヒー缶に指を掛けた。プシュッと控えめな音を立て、黒い缶を口に運ぶ。一息つく前に一瞬しかめっ面を浮かべるがたちまち真顔になる。

 一部始終を見た赤奈はポツリと素朴な感想を口にした。

「君って見た目に反して大人びたことするよね」

 天使に年齢の概念があるかは知らないが精神年齢は下のように感じられた。

「こっちの方がが人が寄ってきませんから」

 妙に機嫌の悪い返事が返ってくる。

 チラリと瞳の奥に何かが過ぎたがすぐに消えた。

 なんだったのか、と考える前に天使の声にかき消された。

「今はそんなことどうでもいいんです。話の続きをしましょう。あなたについてです」

 途端に頭の中に天使の言葉が蘇る。

『あなたは人ではありません』

 今はだいぶ落ち着いたが、未だに背中を這う悪寒を振り払えていない。普通なら失笑ものだが、人外たる天使が口にすると真実味があった。

「根拠はなに? 僕が人間じゃない理由を教えてくれ」

「理由は二つあります。まず一つ」

 スラリと細い指を一本立てる。

「昨夜あなたは〈銀鱗〉を振るいました。これは嘘でもハッタリでもなく、天使にしか持つことができないのです。なのにあなたは〈銀鱗〉を手に取り、振るった、私たちですら人界では力を解放しなければ使うことができないのに」

 唐突に天使は右腕を突き出した。その腕には青い光の粒を漂わせるブレスレットがはめられている。幻想的な美しさを持つブレスレットに目を奪われているとまたもあの神秘的な文句が唱えられた。

「■■■■ ■■■■」

 昨夜を再現するかのように足元の魔法陣が青く輝いた。

 光が収まると白く清らかな翼を生やした天使が立っていた。手には共に戦った〈銀鱗〉が握られている。

今ので誰か光に気付いたのでは、と冷や汗をかくがどうやらそんな様子はない。杞憂だったようだ。

 そんなことは全く配慮してなかったであろう天使は涼しい顔のまま

「あの、赤奈さん」

「ん、何?」

「パスです」

「え、ちょ、ま――――」

 あろうことか刀をヒョイと投げた。

「うわっと、と、と」

 赤奈は危なげな手つきで刀を胸の間に抱え込んだ。

 ズシリと感じる重みは昨日のそれと遜色がない。よくこんなものが振れたなー、と我ながら感心する。

「重いですか?」

「ああ、重いよ。両手で持ってなくちゃ落としそう」

「そうですか。しかし、私からすれば〈銀鱗〉は羽みたいな軽さなんですよ。貸して下さい」

 両腕を差し出し僕から刀を受け取り、何歩か下がる。

 鞘から銀に輝く刀を抜き、何度か無造作に振るった。ヒュンヒュンと空を斬る音だけが場を支配する。

「……とまぁ、こんな感じです」

 やがて息一つ乱さなず刀を鞘に収めると天使は元の位置に戻った。

 椅子に座るのと同時に〈銀鱗〉をベットの上に置く。あれだけ重いはずの刀が物音一つ鳴らないことに疑問を覚えた。

「神器に質量はありません。重さを感じるのはただの錯覚です。神器と持ち主が同調すれば、重みは無くなっていくのです」

 言い終わると天使の折りたたんでいた翼が光の粒になって消えた。ブレスレットに光が戻るのを確認すると天使は刀に手を伸ばす。

 赤奈は握られた刀が持ち上げられるイメージを思い描いた。しかし、握られた柄だけが微かに揺れているものの、〈銀鱗〉は一寸も動かない。手を抜いている様子はない。

 やがて、天使は刀を光の粒へと変え、顔を上げた。

「このように天使化を解くと持ち上げることすら困難です」

「みたいだね。昨日言ってた天使の因子ってやつか」

 昨晩の出来事を思い出しながら確認する。

 天使は小さく頷いたあと、今度は二本目の指を立てる。

「それで二つ目の根拠ですが……少し話を脱線します」

 いつの間にか再び握られていた缶コーヒーを口に付ける。

 それが口に運ばれた直後、天使はまた顔をしかめた。よくよく見れば黒い缶には白地で『black』と書かれており、苦くて当然の代物だ。少なくとも中学生(?)が飲む代物ではない。

「苦くないの?」

「全然」

「いや、苦いでしょ」

「全くです」

「え、でも――」

「うるさい。黙ってください。引きこもりさん」

「ものすごく心外だ。所在と発言の撤回を求める」

「本当に脱線してしまいました。――――悪魔は普段、人に化けて社会に溶け込んでいますが、夜になると本来の悪魔としての活動を再開します。しかし、天使には、人か悪魔か同族かを見分けることができます具体的には気配を感じるんですけどね」

「……じゃ、もしかしてこの病院にもいるかもしれないってこと?」

「ええ、可能性としてはあります。しかし、悪魔の気配を感じるには、奴らの行動が活発になる夜じゃないといけません。距離にもよりますが今は人か天使しか見分けられないはずなんです」

 途端に天使は目を伏せた。その瞳には躊躇いの色が伺える。

 それを見るとある種の確信めいた直感が脳裏を走った。

 ……確かにこれはキツイな、と内心ぼやきながら救い舟を出す。

「その先は言わなくていいよ。――――でも、まさか、僕が天使だったなんて……」

 しかし、これで辻褄はあう。赤奈が天使だったから〈銀鱗〉を扱うことができた。

 病弱の彼が無茶な行動ができたのも天使の身体能力を有していたからということだろう。 

「えー、一人で納得しているところ申し訳ないんですが、全然違いますよ」

「え、そうなの?」

「はい、全く。続きを言いますと、今のあなたからは何も感じられません。徐々にぐちゃとした感じが伝わってくるのですが、それが何かは分からないのです。強いて言うなら何かが混ざっていくような感じですね」

「もう既に人扱いされてないよねそれ」

 苦笑気味に答えるが内心どう言う意味か考える。

 天使は赤奈のことを何者でもない、と言った。つまり、今の赤奈は人間、天使、悪魔ですらない。なぜ、そうなったのかは不明だ。しかし、何かしらきかっけがあるとしたらそれは間違いなく天使だろう。

「? 私の顔になにか付いていますか? さっきからずっとこっちを見て。気持ち悪いですよ」

「いや、ごめん。何でもないよ」

「そうですか。――――それと気になることがもう一つ」

 天使は訝しげな目つきで赤奈の瞳を凝視する。

 堪らず目を逸らすが、それに気にせず天使は神妙な声で言った。

「昨晩、あなたの瞳の色が変わりました。多分私の見間違いなのですが、心当たりはありますか」

「え? なにそれ怖い」

 ついついフザケたように返すが、内心では頭を抱えそうになる。正直これ以上の変な問題は抱えたくない、というのが本音だ。ただでさえ天使の記憶の件や明確な敵である悪魔のことで手一杯なためこれ以上は首が回らなくなる。

「そうですか。なら仕方ありませんね。あなたの体については分からないことだらけなので注意した方が良さそうです。体もあまりよくないと聞きましたし」

「あー、うん。でも、明日で退院だから気にしないで。それよりも君に見せたいものがあるんだ」

 本棚に挟んであったA4サイズの紙を取り出す。それは今日行く予定の美術館のパンフレットだった

「これは今日開館する美術館のなんだ」

「なるほど、確かに珍しい品がたくさんありますね。……ん、これは?」

 パンフレットを手にとった天使は紙を裏に返す。そこには青く錆び付いた丸鏡が一面をデカデカと飾っていた。

 天使もこれが今回の目玉なのだと分かったようで胡散臭い文章に目を走らせ始めた。

 やがて、気になる一文を見つけたようで、おずおずと読み上げた。

「満月の晩、自らの血を捧げれば何時に真実をお見せしよう。……なんですかこのB級映画に出てきそうなセリフは。まさかこれですか?」

 呆れた物言いにもちろん、と赤奈は鷹揚に頷く。

 するとどうしたことか天使は冷たい視線を向けてきた。

「……バカにしてます?」

「心外だな。僕は大真面目だよ」

「こんなおとぎ話を信じるのはさすがに無理があります」

「いや、君も似たようなもんだろ? それに効果は本物だよ。間違いない」

 きっぱりと断言したらまたも訝しんだ天使は眉をしかめた。

 なぜ? と尋ねられる前に言葉を紡ぐ。

「父さんは安全面を考慮して最近美術館に鏡を預けたんだ。でも、元は家の保管庫においていたんだよ。幼い頃に僕はどうしても知りたいことがあって〈真実の鏡〉を使おうとしたことがある。真実の鏡は僕の知りたいことを教えてくれた。だから、それは本物だよ」

 遠い記憶の中、幼い自分が父の書斎に忍び込み、〈真実の鏡〉を使い、何かを知ろうとしていた。その内容を天使には言うつもりはいまのところない。

「……赤奈さん? どうかしましたか? 急にボーとして」

「あ、ううん、大丈夫だよ。考え事しただけだから。鏡の効果は保証するよ。鏡が壊てない限り大丈夫。……それにいざとなったら僕の命を奪ってもいいよ」

「なっ……! そんなことは――――」

 さらりととんでもないことを口にした赤奈に天使は顔を真っ赤にして抗議をしようとする。その前に赤奈が猫だましの要領で乾いた音で響かせ、天使の動きを止めた。

「はい。この話はおしまい。もうそろそろ時間だしね」

 出鼻を挫かれた天使は不機嫌な調子のまま訊く。

「……時間? どこかに行くのですか? 開館時間までまだ余裕はありますよ」

「ああ、別の目的もあるんだ。さて、出掛ける支度をしようか」

「そうですか。では、時間になったら美術館に集合ですね。それまで私もどこかで時間を潰しますね」

「あ、まって。実はまだ用があるんだ」

 離席しようとする天使の手を握り、静止を促す。

「…………なんですか?」

 この上なく不機嫌な表情にめげず、こくこくと頷く。

わざとらしく盛大なため息をつきつつも天使は再び腰を下ろしてくれた。着席した天使は眉の動きだけで赤奈を促す。

 その明らかな「私は怒ってますよ」状態の天使に危うく、脳内で何度もリピートさせていた文が消えそうになる。

 天使を待たせてこれ以上機嫌を悪くするのは赤奈の望むところではない。

さっさと言ってしまおう。それがいい、と無理矢理に自己完結する。

 そして、赤奈は勇気を振り絞った。

「僕と今から遊びに行ってくれませんか?」

「…………え?」

 




はい、お疲れ様でした。

なんか変なところで切って済みません。

次の投稿は水曜日か、もしかしたら木曜日になるかもしれません。

時間はいつも通りなのですが、若干過ぎてても何度か確認してやってくださいw

感想や誤字脱字のしてきお待ちしてます。


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友達に

久しぶりとかのレベルじゃねえ

とりあえず、お久しぶりですかず21です

もうね20日近く放置してましたよ。すみません

全然進まなくて下書きもなくなりましたし、続き書かなきゃ

では、どうぞ


「こんなおとぎ話を信じるのはさすがに無理があります」

「いや、君も似たようなもんだろ? それに効果は本物だよ。間違いない」

 きっぱりと僕が断言するのでまたも訝しんだ天使は眉をしかめた。

 なぜ? と尋ねられる前に言葉を紡ぐ。

「父さんは安全面を考慮して最近美術館に鏡を預けたんだ。でも、元は家の保管庫においていたんだよ。幼い頃に僕はどうしても知りたいことがあって〈真実の鏡〉を使おうとしたことがある。だから、それは本物だよ」

 遠い記憶の中、幼い僕が父さんの書斎に忍び込み、〈真実の鏡〉を使い、何かを知ろうとしていた。天使には言うつもりはないが、実のところ、僕はその時の内容を覚えていない。

 しかし、確かに見たはずだ。とても大切な何かを……

「……赤奈さん。赤奈さん!」

「あ、う……うん」

 パチパチと瞬きをして一瞬の想念を払い落とし、僕は遠い記憶を探るのをやめた。

 天使は無視されたことにご立腹のようで唇を尖らせている。

 両手を合わせ軽い調子で謝り、話の軌道を修正する。

「効果は保証するよ。鏡が壊されない限り大丈夫。……それにいざとなったら僕の命を奪ってもいいよ」

「なっ……! そんなことは――――」

 さらりととんでもないことを口ずさんだ僕に天使は顔を真っ赤にして抗議をしようとする。その前に僕は猫だましの要領で両手を乾いた音で響かせ、天使の動きを止めた。

「はい。この話はおしまい。もうそろそろ時間だしね」

 出鼻を挫かれた天使は不機嫌な調子のまま訊く。

「……時間? どこかに行くのですか? 開館時間までまだ余裕はありますよ」

「ああ、本当は別の目的もあるんだ。さて、じゃ、出掛ける支度をしようか」

「そうですか。では、時間になったら美術館に集合ですね。それまで私もどこかで時間を潰しますか……」

「あ、まって。実はまだ用があるんだ」

 離席しようとする天使の手を握り、静止を促す。

「…………なんですか?」

 この上なく不機嫌な表情にめげず、こくこくと頷くと、わざとらしく盛大なため息をつきつつも天使は再び腰を下ろしてくれた。

 着席した天使は眉の動きだけで僕を促す。

 その明らかな「私怒ってますよ」状態の天使に危うく、脳内で何度もリピートさせていた文が消えそうになる。

 天使を待たせてこれ以上機嫌を悪くするのは僕の望むところではない。

 ――さっさと言ってしまおう。それがいい、と無理矢理に自己完結する。

 そして、僕は致死率99%の台詞を口にした。

「僕と――――一緒に行かない?」

「…………え?」

 

 日和赤奈は己の軽率さを悔いた。

 天使に放った小恥ずかしいセリフは当然断られるか涼しげな了承を得るかの二択だと思っていた。

 しかし、天使の反応は赤奈の予想の斜め上を行ったのだ。

「………………」

 天使は一言も口を開かず、顔を俯かせている。

 つまり、反応に困ってしまった、ということだろう。

 赤奈はそう解釈し、暗雲な気持ちに襲われる。

 ――――断るならバッサリと切り捨ててくれたほうが楽なんだけどな。

 逃避じみた考えが胸にチクリと刺すような痛みを与える。

 初めて感じる切ない痛みに戸惑いを覚え、すぐに気持ちの切り替えができそうにない。

 互いに言葉を交わさない密室ほど気まずいものはなかった。

 何も言えないまま時間が過ぎていくのにもどかしさを感じていると突然、天使の方が小刻みに震えだした。

 何ごとか、と驚くのも束の間、天使から微かな震え声が流れ出た。

「どうして……アナタは、私に……普通なら拒絶してもおかしくないのに……」

 大事な何かを噛み殺した悲哀な声に赤奈は何かを感じ取った。

 それがどういう物かまでは分からない。でも、赤奈は放っておくことができなかった。

 一度ベットから降りては天使の正面になるように座り直す。

 赤奈は幼子をあやすような穏やかな口調で語りかける。

「……僕は小さい頃から体が弱くて、学校も休みがちだったんだ。そのせいで友達が中々できなくてね。気付けば周囲から孤立してたよ。極めつけには5年間の入院生活で同世代との交流がほとんど無くなったんだ」

 赤奈の自嘲的な物言いに天使は彼の言わんとすることが解らなかった。

 まごつく暇もなく赤奈から一層静かに言葉が紡がれる。

「だから、初めてだったんだ。昨日の夜、自分の感情を剥き出して気持ちをぶつけ合ったのは。だから、昨日の出来事はただの喧嘩だと思っている。それで、その僕と――――」

「僕と?」

 ここで少しでも逡巡すれば人見知りの自分が顔を出して「やっぱり何でもない」と言いそうなので、ありったけの勇気を振り絞り、長年の願いを口に出した。

「僕と、友達になってくれないかな?」




はいお疲れ様でした。

徐々に物語が進んでますね。

それに応じるかのように僕のキーボードを叩く手は遅くなっていきますが(笑)

とにかく来週投稿できるかわからないんですが、できる限り頑張ります。

では、また次の機会に


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泣いた理由

ついに下書きが切れました。

あと、今週からテスト週間なので来週は休みです。

では、どうぞ。


「僕と、友達になってくれないかな?」

「!」

 天使は驚愕に打たれ、表情が固まった。

 しかし、それも一瞬のことで徐々にしわを寄せ、突然、嗚咽を漏らし始めた。

 今度驚くのは赤奈の番だった。

 細い肩を小さく震わせ、泣きじゃくる姿に暗然とした気分になる。

 赤奈は身じろぎひとつ出来なかった。なぜなら、目の前で女の子に泣かれた経験がほとんど無かったからだ。最後にそれと対峙したのは、小学校低学年の頃だ。おもちゃを壊した妹がぐずっているときも今のように一歩も動けなかったのだ。

 そんな彼が何かできるわけなくもなく、掛ける言葉すら見つからない。

 代わりに嫌な考えだけが脳裏を駆け巡っていく。

――――何で泣いているんだろう。そんなに僕と友達になるのが嫌だったのか。こんなんだったら言わなかったらよかった。よし、今からでもなかったことに…………

 暗闇に沈んでいく赤奈の意識が逃げの一言を喉元まで押し寄せる。

 しかし、天使の嗚咽混じりの声の方が早かった。

「ごめんなさい。泣くつもりはなかったんです。あまりにも嬉しくてつい――――」

 赤奈は一瞬言葉の意味が解らなかった。

 ――彼女は今なんて言った? 嬉しいって言ってくれたのか?

 もはやまともな思考ができなくなりつつある赤奈を余所に天使は涙声のまま続ける。

「私は今まで記憶がないことで自分が解らなくて、記憶の手がかりを探していたんです。自分は一体どんな人間だったのか。自分はどんなことが好きだったのか? 家族は? 友達は? どれだけ探しても解らなかった」

 天使の言葉はひどく重く、悲しみに溢れていた。

 いつの間にか赤奈は考えることをやめ、天使の掠れ声しか耳に入らなくなっていた。

「だから、なんですかね。私は自分のことで精一杯で他人を省みようとしなかった。気付くと私は周りから孤立していました。そして、記憶喪失がバレてしまい、前例のない天使として、私はより一層他人と距離ができ、気味悪がられた挙句迫害を受けたのです」

 赤奈の頭が重い話によって軋みを立てる。

 停止していた思考もそれに同期するように徐々に活性化を始める。それに追い討ちを書けるように赤奈の冷え切った手を天使の両手が包んだ。

 右手が熱をこもるのと同時に一気に鼓動が跳ね上がったる。

「! な、また!?」

 脈略なく発作の予兆に頭を抱えそうになるがそうも言っていられない。痛みに備えるために咄嗟に身を固くする。

 赤奈は予兆と発作の僅かな合間にどうしてもこの病について考えてしまう。

 まずこの発作は前触れなくやってくる。原因は不明。判明しているのは現代の医学で完治できないことといつか赤奈の命を奪うということだけだ。

 今は仁矢の処方する薬で発作の間隔を長くしているが、最近は頻繁に起きるようになっている。

 と、そこまで考えたとき、赤奈はいつまでたっても発作が起きないことに気付いた。

 恐る恐る体の力を抜き、ホッと胸に詰めていた息を吐く。

 どうやら自分の勘違いだったようだ、と赤奈は首を傾げ、今度こそ考えるのをやめた。

 そんな赤奈の様子に気付かぬまま、天使の一人語りは続く。

「それで、私は今まで友達という存在がいなかった。だから、その、アナタに言われて嬉しくなり、つい泣いてしまいました。ごめんなさい迷惑でしたよね。でも、だからこそ、私からも言わせて下さい」

 赤奈の手がギュッと強く握り締められた。

 またも強く心臓が強く脈を打つ。

 そして、天使の桜色の唇から待ち望んでいた言葉が流れた。

「私の友達になってくれませんか?」

 突然、目元がじわりと滲んだ。

 たかが友達で、と思うかもしれないが、赤奈にとっては切望してやまなかった存在がようやくできたのだ。涙腺が緩んでも致し方あるまい。

 そして、それは天使にだって言えるはずだ。

 ようやく引っ込んだはずの涙が赤奈からもらい泣きしたかのか、急に瞳が潤み始めた。

「はは、急にどうしたんだい? 泣きそうになって。全く……泣き虫だね」

「赤奈さんこそ涙声ですよ。――――私たち似た者同士ですね」

 そこで二人同時に微苦笑。

 この一瞬一瞬、二人の心は繋がっていた。

 昨日出会ったとは思えないほどに……

「では、参りましょう! エスコートをお願いしますよ?」

 しみったれた雰囲気を吹き飛ばすために天使が冗談めかしに張り切る。

 赤奈もそれに合わすように丁寧にお辞儀して

「かしこまりましたお嬢様……とその前に君のその服をどうにかしないとね」

 冬にワンピースは目立つ、と指摘する。

 天使もなるほど、と頷いた。

 赤奈は愛用のスリッパを履いて、天使の傍を横切り、クローゼットをおもむろに開いた。

 そして、ガサゴソと中を探り始めた。

 その様子を見て、つい天使は興味本位でクローゼットを覗いた。

 中は存外、綺麗に片付いていた。いや、あまり使われていないというべきか。

 生活感の無さに違和感を覚えるが、それを上書きするような情報が目に飛び込んだ。

「あ、赤奈さん?」

「え、何?」

 手を止めて、赤奈は振り返った。

 そこには『恐怖ここに極まれり』といった表情で立ち尽くす天使の姿があった。

 一体どうしたんだ、と口にしようとしたら、それより早く天使が標準の定まらない指先を赤奈に向けた。

「赤奈さん。その手に持っているのは、なんですか?」

 からの名誉のため敢えて何とは明言しないが、女性の身につける布だと伝えておこう。

 赤奈も彼女の言わんとしたことが解ったのか、急いでピンクのそれを背に隠す。

 だが、時すでに遅しとかのレベルじゃないくらい遅しだ。

 天使の羞恥心メーターが振り切り、マシンガンの如く罵声を捲し立てた。

「へへへへ変態! なぜ女性の下着を持っているんですか! 一体どこから盗んできたのです! この下着ドロボーの人間のクズ! エッチ! スケベ!」

「へへへへ変態ちゃうわ! ――――こ、これには深いわけが………………って逃げないで!? せめて話を聞いてくれーーーー!」

 友達になって早々。二人の関係に亀裂が走ったようだ。




はいお疲れ様でした。

来週は休みですが、18話はようやく病院から出ていけそうです。

下書きも切れたから今以上にペースを上げなきゃ……!

感想や誤字脱字の指摘をお待ちしております。


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デート(?)

ということでようやく外に出れます。

ここまでくるのに長かったw

よださん感想ありがとうございました。とても励みになりますww

では、どうぞ。



「ふぅー、ひどい目にあったよ。あんなに走ったら僕死ぬって」

「そのまま死ねばよかったのでは?」

 仏頂面でそう評価を下す天使にガクリと肩を落とす。

 赤奈はあの後、逃げ出した天使を追いかける羽目になった。

 ただ、病弱の彼が日頃から鍛えてる天使に追いつけるはずもなく、中々捕まえれそうになかった。

 結局、院内で走り回るな! と旧知の仲である院長に叱咤を受け、鬼ごっこは幕を閉じた。

 しかし、お怒りになった院長様に今の今まで二人してこってりしぼられていたのだ。

 ようやく解放された頃には時計は11時を回っていた。

 誤解を解くことは叶わなかったが、今はそんことに時間を費やしている暇はない。

 赤奈は部屋に着くなり、天使を外で待たせると、自分だけ部屋の中に入った。

 母親の贈り物が詰まったクローゼットに迷わず突き進み、わずかながらにある男物の服と防寒性に優れたコートを着込む。

 急いで着替え、天使を室内に招いた。

「えー嫌だろうけど、ここの服を使ってよ。さっきも言ったけどその格好は目立つし」

「いえ、ありがたくお借りします。それでは、先にバス停に待ってて下さい」

「え、バス停? わざわざ先に行かなくてもここで待ってればいいんじゃ……」

「分かっていませんねー。せっかくのデートなんですから、形から入らないと」

「デ、デート!? そ、それって僕のこと――――」

 危うく続きを口にしそうになるが、ギリギリのところで踏みとどまる。

 天使の思わぬ発言に頬が熱くなるのを赤奈は意識せずにはいられなかった。

「何慌てているのかは知りませんが、男女で遊びに行くことをデートというのではないのですか?」

「いや、そうだけど……そうなんだけど……………………ウーン」

 半分的外れなその見解に赤奈はただ唸るしかできなかった。

 天使の言い分は間違っていない。でも、赤奈はそこまで考えていなかった。

 しかし、女の子を遊びに誘うということはそういうことなのだ、と今更のように気付く。

これではデートという単語を否が応でも意識せずにいられない。

 ――――いや、天使の方をか。

 脳裏の片隅にそんな言葉が過る。

 一人悶々と複雑な想いを巡らせていると急に背中を押す力が加わった。

「え、ちょっと!」

「いつまでここに居るつもりですか。これでは着替えることもできません」

 天使は赤奈の背中をグイグイ押し、部屋の外に追い出す。

 そして、腰に手を当て、強く警告をする。

「いやらしい赤奈さんだから初めに言っておきますが、聞き耳――――ましてや覗きなどをした暁には絶交ですからね!」

 だから誤解だってば! と叫ぶ暇もなく、無情にも扉がスライドし、カチリ、と扉の閉まる音が廊下に響いた。

 とりつく島もない天使にガクリと肩を落とす。

 どうにかならないか、と思案するが、どうにもならないという結論以外出てきそうにない。

 仕方なく、これ以上あらぬ疑いをかけられぬように赤奈はトボトボと歩きだし、この場を後にした。

 

 ビューと強い風が赤奈の頬を叩き、堪らず体がブルっと反応した。

 今日も最低気温を更新した空は、この時間帯なら晴れ晴れしているはずの太陽を分厚い雲で覆っている。

 白いカットソーの上に黒のカーディガンを重ね、毛皮のコートを羽織った重装備でも肌寒い風は防げそうにない。

 手の方も悴んできたので真新しいブラックジーンズのポケットからレザーグローブを取り出し、手にはめる。

 それでも首筋までガードしきれていない。

 だが、あいにくマフラーは待ち合わせていなかった。

 せめてもの緩和としてコートの襟を立てて首を疼くめる。

「はぁー寒いな。なんでマフラーだけ無いんだよ」

 独りごちるが、それ以前に何も天使の「バス停で待ち合わせ」をバカ正直に守らなくても良かったのだ。

「あ、ということは彼女もマフラーがないのか……んー」

 あとで、デパートに寄ることを真剣に検討していると思考を強制切断もやむなしな美声が背中越しに届く。

「すみません。遅くなりました」




はいお疲れ様でした。

最近バイト始めたんですが、やっぱり働くってきついww

みなさんもバイトするときいろいろ気をつけましょう!

感想や間違いなど待っております。


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かわいい!

最近バイト始めて死にそうになってるかず21です。

バイトが忙しくて下書きが全然進まない。

とりあえず今週中に下書きノートを使い切りたいなー

では、どうぞ。


「すみません。遅くなりました」

 巷では女性の準備というのは最低でも30分かかると聞いたことがあるが、天使はその例に漏れたようだ。

 思いのほか早かったが、それでも寒天の下で15分も待たされたのだ。どう文句をつけてやろうか、と考えながら振り向くと目に飛び込んだ光景にはっと息を飲んだ。

 先程まで簡素なワンピースを身につけていた天使は別人のように変わっていた。

 赤奈とは別種のコートを羽織っている。白のツイードだ。その下にアイボリーのニットと、赤いアーガイルチェックのスカート。

 全体の色彩が赤白という実に女の子らしいカラーは金髪碧眼の彼女にもよく似合っていた。

 しばらく、見惚れていると天使が恥ずかしそうに両腕を胸の前に重ねながら尋ねた。

「な、何か変でしょうか? できれば、おかしなところを指摘してもらえると助かるのですが…………」

「え……いや、そんなことないよ! 似合ってる! 馬子にも衣装とはよく言ったものだね」

 最後の一言は余計だ、と自覚するがここで素直に『かわいい』などと言える程、赤奈の対女性スキルは高くない。

「もう! そこは素直にかわいいと言えばいいじゃないですか」

 ぷくっと赤い頬を膨らませる天使は案の定不服そうだ。

 これ以上天使の機嫌を損ねるのは赤奈の望むところではない。

(もうこれは言うしかないのかな? あ、そうだ。これは天使の機嫌を取るためにいうんだ。取るためなんだ……!)

 そのように自分に言い聞かせ、固く決心をする。

 そのような赤奈の少し困った姿を見て天使は満足げに笑っていた。

 真実を話すと、別に彼女は『かわいい』と言ってもらうつもりなどなかった。

 本の少し赤奈を困らせてみたかっただけなのだ。

 つまり、目的は充分達した。そろそろネタばらしといこうではないか。

「なんーて、冗談――――」

 ですよ、と言葉が出るよりも先に赤奈がズイと近づいた。

 突然のことで、思わず身を引いてしまい、言葉が途切れてしまった。

 そんな天使にお構いなく赤奈は彼女の要望に応えた。

「かわいいよ」「ふぇっ!?」

 意外にも女の子っぽい反応をする天使に赤奈は目が点になった。

 どういうことだ? 反応がおかしいぞ、と赤奈は訝しげな視線を天使に送るが、当の本人はわざとらしく目を逸らす。

 その怪しい行動にピン! と来るものがあった。さっき天使が言いかけた言葉をよく思い出す。

 (ふーん、なるほどなるほど)

 天使の考えを察した赤奈はにやり、と悪魔のような笑みを浮かべた。

「ね、君ってモデルみたいな体してるよね。スレンダー体系っていうのかな?」

「きゅ、急に何を…………」

 明らかに何かしてきそうな様子に天使はたじろぐ。

 赤奈はこれ以上にないくらい満面な笑顔を浮かべる。

「いや、何って言われてもねー。僕はただそっちの要望を答えようとしてるだけだよ。だから、かわいいよ」

「なっななななな!?」

 もはや言語すら自由に操れなくなりつつある天使の慌てふためく姿は今すぐカメラに収めたいくらい愛らしいものだった。

 もっと見たい、という悪戯心と下心を赤奈は我慢できそうに無かった。

 さっきの仕返しを兼ねてさらなる追撃を試みる。

「かわいい超カワイイ。ポニーテールからチラチラ見えるうなじとかものすごく僕好みだし、こんなに寒い中雪にも負けないくらい透き通った素足晒すなんて僕的にもポイント高いよ!」

 正に褒め殺しとはこのことだ。

 妙にテンションの高い赤奈から聞こえる言葉はもはや天使には理解不能だった。しかし時折混じる「かわいい」に頬が高調し、全身の血が熱くなる。

 今まで味わったことのない感情が胸を満たし、どうしたらいいのか分からなくなる。

 それが天使の顔に出ていたのか、赤奈もやりすぎたことに気付いたようだ。

 すぐさま平謝りモードへ移行する。

「ごめん。そんなつもりじゃ無かったんだ。その、つい出来心で…………」

 申し訳なさそうな赤奈に対して天使はよほど恥ずかしかったのかまだ赤みのある顔を背けた。

 それよりも困らせようとしたのにものの見事に倍返しを喰らったことが悔しかったようだ。

 天使がどこか拗ねた口調で赤奈を責め立てる。

「やっぱり、赤奈さんは変態ですね。私を困らせて楽しんでしまう特殊な性癖をお持ちのようです」

「うっ……別にそんな性癖を持ってるわけじゃないんだけど…………」

 辛辣な物言いに赤奈はたちまち子犬のようにシューンとする。

 そんな赤奈の耳に「プッ」小さく吹き出すような音が聞こえた。

 顔を上げると天使の白い手を隠した毛糸の手袋が彼女の口元を抑えていた。

 ――――え……笑っている? あの冷徹な天使さんが?

 含み笑いではあるが、初めて見せる純粋な笑顔に唖然と立ち尽くしてしまう。

 やがて、笑みを引っ込めた天使はどこか見たことのある表情で赤に詰め寄った。

「ジョーダンですよ。冗談。さっきの仕返しです」

 どこか楽しげに言う天使は赤奈の顔を覗き込んだ。

 天使の思わぬ行動に赤奈は黒い瞳を揺らしながら、身を仰け反らせた。

 それもそうだ。赤奈と天使の距離は互いの鼻先が触れ合うくらいまで縮まっている。女性に免疫のない彼ではとてもだが冷静でいられる状況ではない。

 天使も分かってやっているのか不敵な笑みを浮かべた。

 いつのまにか立場が逆転していることよりも何か話さなければ赤奈の心臓が破裂しそうだ。

 とにかく何か、と回らない舌で必死に言葉を紡ぐ。

「ちょ、ちょっと近いんじゃないかな…………?」

「近くしてるんですよ?」

「なっ…………!」

 どうにか口にした言葉もあっさりと返されてしまう。

 さらに動揺したため僅かながらも自分から距離を縮めてしまった。

 それでも天使は身を引かない。

 むしろ、それを挑戦と受け取ったのか天使は更に顔を近づける。

(ちょ、ちょっと待ってよ!? 本当にやばいから! これ以上はマジで!)

 心臓の音が今までに無いくらい高鳴っている。

 いよいよ唇が触れるか触れないかの距離でようやく天使は止まった。

 超至近距離になって初めて気付いたが、天使の白い肌は赤みを帯び、瞳孔が定まっていなかった。

 天使も引くに引けなくなったのだろう。動揺が伝わってくる。

 そんなお互い身悶えするような息苦しい雰囲気のまま二人は固まってしまった。

 しかし、この距離だと赤奈はいやでも意識してしまう。天使の唇を。

 そして、それは天使もだ。

 ようやく定まった焦点は一つしか見てなかった。

 赤奈の微弱な吐息が前髪にかかる度、頭がボーとなっていく。

「赤奈さん……」

 天使が目を閉じた。この行動に赤奈の動悸が加速する。

(え、これってつまり、そういうことなのか……?)

 もうそこまで思考した時には、赤奈は考えることを放棄した。

 本能に赴くまま、手を天使の細い肩にかけ、そして――――

『フォ! フォ!』

 甲高いクラクションに二人は魔法が解けたかのように意識を取り戻した。

 二人揃って音の方に目を向けると目的のバスがすでに停車していた。

 そこでようやく自分たちの置かれている状況を認識し、同時にばっと離れる。

 天使が取り繕うように言う。

「バスが来ましたね! 早く乗りましょう!」

「そ、そうだね。乗ろう乗ろう!」

 赤奈も同調したが、二人は顔を背けたままバスに乗り込んだ。

 やがて、バスが動き出したあとも赤奈と天使は互いに目を合わせようとしなかった。

 赤奈は顔が熱くなっていくのを意識しながらも思わずにはいられなかった。

 ――――僕は今、一体何をしようとしたんだろ?

 それに答える者は誰もいない。




はいお疲れ様でした。

少しお知らせがあります。

次回の投稿からは日曜18時から日曜0時に変えようと思います。

理由はなんとなく以外ありませんが覚えといてください。

それにしてもキャラの服装がむずすぎる!

天使の服装なんて某レイピア使いさんの服装丸パクリ……!

なんかいい資料があるサイトとかありませんかね?

いつもより長文ですみません

では、また来週!



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バス

遅すぎる明けましておめでとうございますに今年もよろしくお願いします。

もう、3週間ぶりの投稿ですはい。

タグに1週間更新つけてるくせにです。

そんなダメな作者ですがこれからもよろしくお願いします。

では、どうぞ。


         6

 

 神谷川総合病院は人里離れた比較的山奥に位置する。

 なんでも先代院長が空襲で焼けた荒地を買取、山を開拓。そして、今の規模まで押し上げたそうだ。

 そのおかげで広い院内は緑に囲まれ、療養にはもってこいな環境だ。ただ、いかんせん山奥なので最寄りの街まで車でも30分はかかる。

 それはバスも同等――あるいはバス停がある分それ以上の時間を要する。

 故に赤奈は30分もの時間、天使と気まずい時間を過ごさなければならない。

 せめて、人がいれば少しくらいこの空気を緩和できたかもしれない。が、どういうことか、土曜日の昼間だというのに乗客は二人を除いて誰もいなかった。

 どうしてだろう? と疑問に思い、なんとなしに曇った窓に目をやると答えはあった。

「あ、雪……」

 赤奈の内心を代弁するように天使が独りごちる。

 なるほど、と赤奈は一人納得した。

 雪が降るくらい寒い日にわざわざ外に出ようとする者はそうはいない。だから、二人しかいないのだ、と

 さっきも言ったが、この状況は赤奈の手に余る。

 どれだけ明るく振舞っても彼の本質は友達のいなかった少年なのだ。

 この不安定な空気の中、天使にどう声を掛けて良いのか分からない。

 どうにかしたいがどうにもできない自分が腹ただしかった。

 それでもめげずに打開策を練っている赤奈の裾が不意に引っ張られた。

 おずおずと振り返るとこれまた赤奈に負けないくらい小さくなっている天使の姿が。

 赤奈にしか聞こえないか細い声で呟く。

「…………座りましょう。いつまでもこうしていると怪しまれます」

 そんな大げさな、というツッコミをぐっと堪え、素直に頷く。

 赤奈は天使を引き連れ、後頭部の座席へと移動した。

 そのまま赤奈は窓際の席を取り、微妙な距離を開けて天使も座った。

「「……………………」」

 二人分の沈黙が重なる。二人して何を話せばいいのか解らないのか?

 しかし、そんなことはなかった。なぜならそれはすぐに破られたからだ。

 先に口火を切ったのは意外にも天使だ。

「さっきのことなんですけど、ね。その、別に、――するつもりは微塵もなかったんです。ただ、赤奈さんを困らせたかったというか、恥ずかしがっている顔が見たかったというか…………ああ、もう私何を言ってるんだろ」

 天使は顔をブンブンと振り、落ち着きを取り戻そうとする。

 赤奈は黙って続きを待った。天使が何か大切なことを伝えようとしているのを察したのかもしれない。

 やがて、心の整理がついた天使は赤奈の耳元にごく微かな声で囁いた。

「つまり、私はもっと赤奈さんと仲良くなりたかったんです」

 普段の彼ならその小学生じみた理由についつい笑ってしまうところだっただろう。

 しかし、彼は笑わなかった。

 なんとなくだが、笑っていい話ではない気がしたからだ。天使の蒼い瞳がうっすらと滲んでいるのが原因だろう。

「そっか…………僕も君と仲良くなれたらいいな」

 そういえば、と赤奈は入院する前の記憶を思い起こす。

 昔、妹にちょっかいを出していた男の子がいた。今なら彼の気持ちが解る。

 彼はただ妹の気を引いて、仲良くなりたいだけだったのだ。

 やはり、自分の見立て通り天使は外面は大人振っても、中身はまだまだ幼い。

 その姿が今はいない妹とかぶり、つい昔のクセで天使の頭を撫でてしまった。

 怒られるだろうなー、とどこか他人事のように考えるが、予想と反して天使は嫌がることなく受け入れた。むしろ、気持ちよさそうに目を細めてさえいる。

 その仕草ですら妹と似ていたので、つい常套句まで口にしてしまう。

「どう気持ちよかった?」

「なんですかそれ。…………やっぱり、赤奈さんはいやらしいですね」

 流石に返事までは被らなかったか、と赤奈は内心苦笑する。

 さらに天使のいつもの鋭さのないどこか寝ぼけた様子に口元が自然と緩んだ。

「赤奈さん」

 天使がやや上目遣いで遠慮がちな声を発する。

 赤奈は慌てて口元を引き締め「どうしたの?」と返した。

 天使は眠たそうに目をこすりながらボリュームの小さい声で言った。

「昨夜あまり眠れなかったので、肩を、借りていいですか?」

 衝撃的な文句に赤奈は耳を疑った。

 なぜなら、普段の――とはいっても昨晩しかない付き合いだが――天使なら絶対に言わない台詞だからだ。

 ――――友達って男女の恥じらいも取り払うの!? というか支えが欲しかったら頬杖なり背もたれりを使うなりすれば…………

 余計なことことをグダグダ考えている内にポン、と微かな重みと仄かな熱を肩から感じた。

 己の肩を覗けばブロンドの少女が穏やかな寝息を立てていた。

 ガーッと体温が急上昇していき、体が金縛りにあったかのように動かなくなった。

 どうにか落ち着くため南無阿弥陀仏を唱えるが、規則正しい寝息が聞こえる度、平常心はいとも簡単に崩れる。

 結局、赤奈は目的地に着くまで一ミリも動けなかった。

 ただ、彼は密かに思った。。

 ――寝顔がかわいい、と




はいお疲れ様でした。

いきなりですけどストックの話です。

自分は、まずノートに下書きして次にpcに書いてストック完成という流れでやってます。

一応、次の話までのストックは作ったのですが、その次の話は下書きすら出来てません。

ので、22話がちゃんとできるかまだわかりません。

これからはストック出来てる出来てないの報告も入れていきたいと思います。

という話を頭の片隅にでもおいていただいたら幸いです。

では、また来週にお会いしましょう。


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デパート

どうもかず21です。

先週言っていた通り21話は予告通り投稿できました。

でも、22話の下書きはまだできていないのでもしかしたら投稿できないかも……

では、どうぞ


「んー! はぁ~……よく眠れた~」

 バスから降りるなり天使は思いっきり背伸びをした。

 もう既に雪は止んでいたが、それでも道行く人々の吐く息は白かった。

 気温の低い中天使はイキイキしている。ぼんやりとした雰囲気はない。だが、いつもの鋭さも無い。

 なんというか普通の女の子らしい振る舞いである。

「ちょ、ちょっと待ってくれ……」

 遅れてバスから降りてきた赤奈は対照的にげっそりしていた。その理由は言うまでもあるまい。

 しかし、そんな訳を知る由もない天使は小首を傾げる。

 赤奈は弱々しい笑みを浮かべ「大丈夫大丈夫」とだけ言い、天使の横に並んだ。

「じゃ、行こっか?」

 天使を促し、バス停の前にそびえる大型のデパートへと入る。

 中に入ると思いのほか人がいた。

 人ごみといっても差し支えのない人数で二人は少々驚く。

「人がたくさんいますね。何かあるんでしょうか?」

「んー。ま、僕等がいたのはどちらかと言えば山奥だからね。ここは町だし土曜だからこれだけいてもおかしくないかな? もしくは何かのイベントがあるとか」

(それにしてもこの人集りは異常だ。何か特別な日なのか?)

 少し考え込むと隣から「あっ」と何かに気づいたような声が聞こえた。

「どうしたの? 何か見つけた?」

「い、いえ何も見ていません」

 あらぬ方向に顔を背ける天使。心なしか頬がほんのり赤みを帯びている。

 不自然に思い、赤奈は数秒前天使が向けていた場所に目を移そうとする。

 しかし、赤奈が顔を動かそうとすると途端に天使が慌て出して、

「わああああ!! 見てはいけません!」

 と、いきなり天使の両手によって目を塞がれてしまう。

「ちょ、毛糸が目に……イタッ! 目が痛いって! ごしごしはやめて。マジで」

「ごめんなさい! でも、見ちゃダメです。絶対見ちゃダメですからね!」

「分かった! 分かったから!」

 天使がそこまでして見せたくないものの正体は気になったが、それよりも目の方が第一だ。

(真っ暗な視界が徐々に赤ばんでいくのに戦慄を感じるよ)

 ようやく解放された赤奈は目の安否を天使に尋ねた。

 さりげなく壁になるポジションを選びつつも、天使は赤奈の黒い瞳を覗き込んだ。

「わぁ、ビックリするぐらい充血してます。ちょっと引きますね」

「いや、君がやったんだからね?」

 目を擦りながらツッコみを入れる。

「はい。ごめんなさい」

 口ではそう言ってるが、あっけからんとしている天使にその気はないだろう。

 はぁ~、と小さくため息をつき、天使を小突いた。

「イタッ! 何するんですか」

「いや、何となく……ね?」

「ね? じゃないですよ。全く……」

 その反応がまさに妹の『それ』だったため、赤奈の口元が自然と緩む

 と、同時に疑問が思い浮かんだ。

(あれ、なんだか昨日と違う)

 何が違うと問われるならやはり、天使だろう。

 出会った当初の物静かなイメージが徐々に取り払われていく。

 年相応の明るい女の子に、いやもっと言えば、誰かに似てきている気がする。

 いったいなぜそうなったのか。誰に似てきているのか皆目見当もつかない。

 しかし、何かが喉元まで押し寄せている。あと一歩で解りそうな気がする。

 だから、答えを探すために思考の海へと潜ろうとした時

「赤奈さん? どうしたんですかボーとして、考え事ですか?」

「! いや、何でもないよ」

 例によって人を惹いてやまない美声に現実へとログアウトする。

 集中力に自信のある赤奈は簡単に乱されてしまうのを不服に感じながらも腕へと視線を落とす。

 時計の針はとうにお昼時回っていた。

 しかし、朝食を摂って3時間くらいなので、あまりお腹は空いていない。

 ただ、天使はどうだろう? 売店で済ませたらしいがあそこはおにぎりや菓子パン等しかおいておらず、弁当の類い置おいていないはずだ。

 きっちり朝食を摂った赤奈と違って天使はもしかするとお腹を空かせてるのでは?

 そう考えると心配してしまうのが赤奈である。

 そこでベッドの上で何度もシュミレートしてきた台詞を一字一句かまずに言った。

「お腹空いてない? いいお店知っているんだ」

 何となく自分には似合わない台詞だな、と赤奈は思った。

「なんだか今のナンパっぽいですね。似合いません」

 それは天使も同じようでおかしそうに笑っている。

 どうにもいたたまれず、赤奈は苦笑するしかない。

「あと、急に黙らないで下さい。不安になっちゃいます」

「そんな大げさな」

「大げさじゃありませんよ。実際に人の魂を奪う悪魔だっているんですから」

「え、何それコワイ」

 そんなやり取りをしながら彼らはようやく歩きだした。




はいお疲れ様でした。

今回は少し短かったかもしれません。

後半のプロットを作ってみたんですが、ようやくゴールが見えてきた感じです。

といってもまだ20話以上先の話ですけどw

では、感想や誤字脱字の指摘などあればよろしくお願いします。


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ミルワーム

どうも、かず21です。

なんとか投稿できたw

完成したのはついさっきなんでだいぶ焦りました。

やっぱり下書き→本書きでは時間がかかるなw

では、どうぞ。


 人ごみをくぐり抜けて――その間、下を向くことを強要された――赤奈は天使を引き連れてようやく目的地に辿り着いた。

「ここ、ここ。いやー、半年前と何も変わってないなー」

「はぁー、ここですか……」

 ただ案内された場所に天使は少々、いや、かなり戸惑った。

 なぜなら、たっぷり五分歩いて見えた先は錆びれたカフェテリアなのだから。

 道中、赤奈は「静かで人の少ない穴場なんだ」と紹介していた。つまり、それは単純に人気が無いという意味なのか。

 確かに曇りガラス越しに見える店内の人がけは疎らだ。しかし、見た目は完全に荒野に転がっている酒場である。

 こんな外装では来る客も来ないだろう。

 そんな場所に女の子を連れてくるなぞセンスを疑う。

 しかし

(赤奈さんらしいといえば――――らしいのかな?)

 どこか赤奈を知ったように思える自分が嬉しく思えた。

「ん、どうしたの? ニヤけちゃって」

「! い、いえ、何でもないです」

 赤奈は頭に疑問符を浮かべるが気にした様子もなく店に向かった。

 臆面もなく扉を開け、定番のベルの音と共に店に踏み込んだ。天使もそれに続く。

「これは……!」

 中に入るなり、天使は店の評判を改めなければならないと思った。

 外装とは異なり、内装は驚くほど整っていた。すべての調度品が見事な艶を纏い、木造の店内も手入れがよく行き届いている印象を受けた。

 何より流れてくるジャズが居心地の良さを醸し出している。

「こっちこっち」

 窓際の席を取った赤奈が手招きをしている。

 それに従い、席に着くと同時にウェイトレスがメニュー表を差し出した。

 受け取ったメニューを確認すると20種類にも及ぶ軽食やドリンクが並んでいる。

 正直、人間界に来て日の浅い天使はどれを選べばいいのか解らない。

 つい、ブラックコーヒーと言いそうになるが、今朝の一件を思い出し自粛。

 バス停でも言ったが、天使はもう少し赤奈と仲良くなりたい。

 まだ距離感のある二人の関係を進めるためにはまず、自分の意地っ張りを直そうと考えていた。

(私は変わらなくちゃいけない。もっと赤奈さんに好かれるようにならなきゃ……)

 そんな天使を他所にウキウキとメニューを選んでいた赤奈は注文を決めたのか呼び鈴を鳴らした。

 天使が声をかける暇もなくすぐにウェイトレスがやってきた。

「えーと、僕はココナッツミルクと――――あっ」

 そこで天使がまだ何を頼むかを聞いてないことに気付いた。慌てて注文をキャンセルする。

「ごめん。君の分忘れてた。何にする?」

 おい、とつっこみたくなるが、ここでキツく言っても良いように思われることはないだろう。

 ならば、ここはぐっと我慢すべきではないのか?

「そうですね……よく解らないので赤奈さんと同じのにします」

 結局、選択は赤奈に任せることに。無難な答えだし、何より赤奈の好みも知ることができる。一石二鳥だ。

「そう。じゃ、ここのオススメの品にしようかな? すみません」

 呼び鈴を鳴らさず、近くにいたウェイトレスを招く。

 それにしてもオススメの品とはなんだろう? こんな雰囲気のいい店なのだからおしゃれなデコレーションを施したケーキやダイナミックなボリュームを誇るパフェとかが出てきそうだ。

 そんな甘い期待を膨らませながら赤奈の言葉に耳を傾ける。

「ココナッツミルクとミルワームを二つお願いします」

「…………え?」

 余りにも違和感なく注文したからうっかり聞き逃しそうになったが、何か信じられない単語が聞こえた。え、何だって?

「……かしこまりました。ココナッツミルクお二つ。ミルワームお二つですね」

「え? え? それあるんですか?」

 復唱したウェイトレスは間違いなくおぞましい単語を口にしていた。

 そして、そのまま足早と去るウェイトレス。つまり、注文を受理したと?

 いやいやいや、おかしい。何がおかしいってミルワームが本当にメニュー欄にしっかりと記載されていることだ。

 ますます混乱していく天使。なんだ自分の常識がおかしいのか?

 天使はミルワームが何かは解らない。

 しかし、それは喫茶店に平然と並べるものではないことは名前の響きからして確かだ。

(一度冷静になろう。情報が圧倒的に足りない)

 大きく深呼吸して、単語の意味を天界から支給された携帯端末で調べる。

 

 ミール 麦やトウモロコシ等を引き割って粗い粉にした物。

 

 これは普通だ。オートミールという料理があるくらいだし、食べ物の名前としては普通だ。

 

 ワーム ミミズなどの足のない細長虫。

 

 ――おかしいっ……! 絶対におかしいですグーグル先生!

「あれ、どうかしたの? お腹でも痛い?」

「はい。これからそうなると思います。ミミズ奈さんのせいで」

「いや、何その土壌にいそうな名前」

「それよりもミルワームとは何ですか? 参考までにお聞きしたいのですが……」

「んー、そうだな。白くてヌルヌルしててウヨウヨしてるかな?」

「生ですか! まだ生きてるんですか!?」

「いや、そんなことないけど…………おいしいよ?」

「味以前の問題です!」

 それを口にしたら人としての尊厳を失ってしまう気がする。

 何としても注文をキャンセルしなければ。このままでは一生もののトラウマを背負わなければいけないくなる。

 天使は急いで厨房へ駆けつけようと席を立った時

「お待たせしました。ココナッツミルクとミルワームです」

 どうやら遅かったようだ。

 咄嗟に天使は目を瞑って苦難をやり過ごす。

 容器を置く音が途切れ、ウェイトレスの足音だけが聞こえる。

 しかし、その足取りが小走りなのを聞き逃してはならない。

「来た来た。これだよミルワーム」

 嬉々として容器のそれへと手を伸ばす赤奈。

 見てはいけないと解っているのに怖いもの見たさで天使は目を開けてしまった。

 視界に入ってきたのは白くて長細い何かが沢山――――――

 限界だった。天使は堪らずその場でしゃがみこんで

「きゃあああああああああああ!」

 店いっぱいに女の子の悲鳴が広がった。




はいお疲れ様でした。

なんか慣れないギャグ回でしんどかった……

基本シリアスな感じだし序盤でギャグやっとくか。

そんな軽い気持ちでやってこのざまだよorz

あと、ミルワームは検索しないほうがいいです。マジで気持ち悪かった。

余談ですが、揚げたりするらしいです。

では、今回はこの辺で。

なお下書きはまだ終わってない模様


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アイス

こんにちは。先週投稿できなくてすんません。

バイトが忙しくて……(甘え)

24話の下書きはまだ途中です。

では、どうぞ。


 あの後、口元を抑えながらトイレへと駆け込んだ天使は幸い吐き気を催すだけで済んだ。

 胃をムカムカさせながら戻るとテーブルの例のゲテモノ料理は皿ごと姿を消していた。

 まさかたった数分で二人分のアレを平らげたと?

 何食わぬ顔でティーカップをすする赤奈に畏れを感じる。

「やぁ、おかえり。もったいないから君の分も食べといたよ」

「……はぁ、どうも。残したらいけませんからね悪奈さん」

「うん。語呂が良いからスルーしそうになったけど僕の名前は赤奈だ」

「間違いました。悪魔さん」

「誰が人類の敵だ」

 くだらない掛け合いをしながらも天使もココナッツミルクを口に含む。

 程よい苦さの後に追ってくる微かな甘味が喉を通過する。

 なんとも不思議な味で思わず二口目で一気に飲み干した。

「でも、悪魔さんというのもあながち間違いではありませんよ?」

「ん、どう言う意味だい?」

 ティカップをソーサーの上に置いて赤奈の疑問に答える。

「悪魔の好物は芋虫やカエルですから。後女性の肉とかもです」

 流石の赤奈もウヘッ、と顔を顰める。

 どうやら彼はまだカエルには手を出してないらしい。いや、今のリアクションは人肉に対してなのか? もしそうなら相当な猛者である。

「なら、このメニューを紹介した僕の担当医も悪魔かもね。あの人カエルもいける口だし………………悪魔といえばあれから僕の状態はどうなってる?」

 打って変わって真剣な表情で問う赤奈。

 状態というのは今朝話した赤奈の存在という意味だろう。

「少し待って下さい」

 瞳を閉じて、意識を集中させる。

 数秒後、天使は複雑な顔を作る。

「まだ何とも言えませんね。変化なしです」

「うーん。ひとまず安心……なのかな?」

 赤奈は曖昧な笑みを浮かべた。

 持病の他に問題が発生しているのだ。あまりいい気持ちはしないはずだ。

 そう考えると天使の気持ちが沈んだ。もはや天使にとって赤奈のことは他人事ではない。

 それに彼の病による謎の発作もそうだ。自分は何一つ赤奈の力になれていない。

 せめて彼に安らぎを与えれればどんなにいいか。

(あれ? そういえばなんで私はこんなにも赤奈さんの病気に詳しいんだろう?)

 曖昧な記憶の中だが、契約者の話では病を抱えてるしか聞いていなかったはずだ。

 もしかしたら失われた記憶と関係があるのかもしれない? もしそうならそれはいったい…………

「お待たせいたしました。バニラアイスとチョコアイスでございます」

 そこで注文した覚えのない品がテーブルに置かれた。やむなく思考を中断する。

「これは?」

「僕が頼んだんだ。さっきので台無しにしちゃったからね。どっちにする?」

 ニコニコと笑う赤奈に少々唖然する。

 普通なら少しくらい何か思うはずだ。しかし、赤奈からその様子は見られない。

(まったく、豪胆なのかお気楽なのか…………不思議な人だなー)

「あ、笑った」

「え?」

 嬉しそうに指摘する赤奈に言われ、頬が緩んでいることに気付いた。

「さっきから難しそうな顔してたからさ。そんなに考えても仕方ないよ。きっとなるようになるって。それに笑った顔の方がかわいいよ」

「…………今朝の続きですか? からかわないで下さい」

「……本音なんだけどな(ボソッ)」

 赤奈が何かを呟いたようだが、この距離でも聞き取れない音量だった。

 しかし、天使は特に言及するわけでもなくチョコアイスをたぐり寄せる。

「ん、チョコにするの?」

「ええ、しばらく白い食べ物はこりごりです」

「あ、あはは」

 あれだけのものを魅せられたのだ。皮肉の一言くらいいいだろう。

 スプーンでチョコアイスをすくい口へ運ぶ。

 冬でもこのヒンヤリとした味わいに季節は関係なさそうだ。

「…………それもおいしそうだね。どう一口交換しない?」

 バニラアイスの半球を突付きながら、期待の眼差しを送ってくる。

「下からそれが目的でしたね。だから、違う種類のを選んだんですか」

「うん。こうしたら二度お得でしょ?」

「意外と食い意地張ってるんですね。私の意地っ張りと比べるとどうなんでしょう?」

「ドングリの背比べじゃないかな?」

「それは相当ですね。…………では、そちらからお願いします」

「じゃ、あーん」

 赤奈がアイスの乗ったスプーンをごく自然に差し出す。

 余りにも慣れた動きだったためか、天使も何の抵抗もなくそれを口にした。

 そして、アイスが喉を冷やす頃にあれ? と思い当たる。

 今の恋人っぽくないか?

 『恋人』というフレーズにあちこちで貼られているポスターを思い出すが、気恥かしさと共に脇へ押しやる。

「じゃ、次、僕にそれちょうだい」

「え、あ、はい。あーんです」

 ポスターの件で動揺してアイスを差し出してしまう。

 彼も躊躇いなくそれを頬張った。

 そして、満足そうな顔が急に硬直した。

 どうやら彼も天使と同じ末路を辿ったらしい。

「「……………………」」

 

 ナニヤラセテルンデスカ

 ツイムカシノクセデ

 

 次いで二人して音高くテーブルに顔を伏した。

 顔、いや、体中が熱くなっていくのが分かる。

「えーと、ごめん。その、昔妹とよくやっててつい……」

「やめてください。今その話をされると焼死体になりそうです。違う話題を」

 傍目から見てもおかしな構図だ。しかし、それを配慮できないほど当の本人たちの心情は荒れている。

 赤奈も会話で気分を紛らわすのには賛成のようでくぐもった声を出す。

「その金髪って自毛? あと瞳の色も。君の顔って日本人っぽいんだけど……」

「赤奈さんが訊いてこなかったので言い忘れてました。天使は転生するとき、容姿に変わりはないんですけど、髪は金色。瞳は青系統なんですよ。天使の共通点です」

「あー、なるほど。だから、不思議な容貌なんだね」

 天使の容姿は金髪碧眼のおかげで浮世離れな印象を受ける。

 なにせ顔の輪郭は日本人だ。それに元の顔をかなりレベルが高いので、拍車が掛かっている。恐らく生前でも可愛いらしい顔をしていたに違いない。

「容姿について赤奈さんにとやかく言われたくないですね。赤奈さんだって可愛らしい顔をしているじゃないですか」

「うわっ! やめてよ。昔姉妹に間違えられたことがあるんだ。……可愛い娘さん達ですねって。幼いながらも男のプライドを傷つけられたよ」

「でしょうね。その辺にいる女の子よりも顔いいですし。ああ、だから女装癖に目覚めたんですか」

「ちょ、だから、それは違うんだって! 深い訳があるんだよ」

 顔を上げて猛烈に抗議するが、天使は聞く耳持たずだ。

「アイスが溶けそうですよ」

 むしろ、涼しそうな顔で残りのアイスを口に運んでいる。

 赤奈も諦めるしかなく、やりきれない鬱憤と一緒にアイスを飲み下した。




はいお疲れ様です。

なんだろ全然話が進まない。

もっと字数増やすべきか……

次くらいで喫茶店から出たいかな?

では、感想や指摘などお待ちしております。



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ポスター

お久しぶりです。かず21です。

少し遅れたけど許容範囲ですよね?

では、どうぞ。


「んー、頭がキーンってなる~!」

 赤奈は一気にアイスを食べたせいで顔をしかめ、こめかみを指で押さえる。その様子に呆れたように天使はため息を吐いた。

「はぁー、一気に食べれば当然ですよ。…………それで、次はどこに行くんですか?」

「そうだなー。ここって色々あるからね。迷っちゃうよ」

 腕組みして考え込む赤奈。どうやら候補がありすぎて困っているようだ。

 天使としてはどれも初めての体験で、何でも楽しめれる、と考えている。

 しかし、せっかくのデートなのだ。できれば赤奈にも楽しんでほしい。

 何かないのか、と窓に目をやる。そして、それは飛び込んできた。

(あれは……!)

 視界に入ったのは例のポスターだ。そして、赤奈に不自由を強要した原因でもある。

 ハートのデコレーションを施したポスターの内容はいたってシンプルだ。

 最上階である5階のフロアで『カップル限定』のイベントがあるそうだ。そこで行われるゲームで優勝すれば特別な品が贈られる、といった内容だ。

 なぜこのようなイベントがあるのか不明だが、悪天候でも人が多いのに納得がいく。

(それにしても面白そうだな……)

 天使は性格に反して割とお祭り騒ぎなどを好む方である。

 故に参加してみたいと心の片隅で思ってしまう。

 ただ、問題がいくつかあった。

 まず一人では参加できない。男のパートナーが必要だ。この点は赤奈に頼めば承諾してくれるかもしれないが言い難い抵抗を覚えた。

 なぜかはわからない。別に赤奈のことが嫌いと言う訳ではない。しかし、どうもこのポスターを目にすると動悸が酷くなる。

 ここへ来る途中何度も心臓落ち着かせようとするが、それは結局叶わなかった。

 しかも、その度に赤奈の顔が脳裏を過る。そして、胸がギューと締め付けられるのだ。

 だから、赤奈にポスターを見て欲しくなかった。様子がおかしいことを気取られたくなかったからだ。と言っても彼は全く気付いていないようだが。

(それにしてもなんだろうこの気持ち。赤奈さんの傍にいるとモヤモヤする。でも、ワクワクしてて、それでいて切なくて。私、どうしたんだろ……)

 何かに気付きそうだ。ただ、どれだけ考えても霞のかかったこの気持ちに終止符を打てそうにない。

「君はどこか行きたい所ある? 絶賛アイディア募集中」

 赤奈がそう問い掛ける。天使は一旦名の知れぬ感情を胸に仕舞い込み、提案した。

「ゲームセンターはどうでしょう? あそこなら二人共楽しめると思います」

「んー、悪くないけど。あそこはあんまり雰囲気よくないからな…………もしかしたらたかられたりするかも」

 赤奈の反応はあまり好ましくない。多少柄の悪いお兄さん達に絡まれても天使なら撃退できるが、そういう問題ではないらしい。

「んー、でも、ずっとここに居るのもいけないよな…………あれは?」

 赤奈は何かを見つけたようで、カウンターを凝視した。

 釣られて振り返った天使はそれを見てギョッと目を剥いた。

 赤奈が見つけたのはピンク色のポスターだった。内容は言わずもがな。

 なぜここにあるんですか! と叫びそうになる。しかし、店の辺境の地とは言えここはあくまでデパート内だ。あってしかるべしだろう。

 天使は自分の思慮不足が招いた結果に体を強ばらせる以外できなかった。

 怖い。聞きたくない。ネガティブな思考がまるで荒波のように押し寄せてくる。しかし、それでいてもう一人の自分が赤奈の反応を期待している。

 矛盾した気持ち。やはり自分は素直になれないと心の中で自嘲の笑みを漏らす。

 

「あのポスターなんだけど……」

 

 気弱な笑みを浮かべる赤奈。それを見て天使は落胆に近い気持ちを感じた。

 なぜそんな心情になったのかは解らない。天使はただ様子がおかしいことを気取られたくなかっただけのはずだ。一体なぜ?

 考えれば考える程こんがらがって、答えが遠ざかっていくような気がする。

 そうやって立ち止まっている内に赤奈の言葉が紡がれる。そして、その言葉は天使に予期せぬものだった。

「なんていうか――――面白そうだよね。二人でこ、恋人の振りでもして参加する? なんちゃって」

 最後は恥ずかしくなって茶化したが、天使はそれどころでは無かった。

 聞き間違い、あるいは幻聴かと思った。しかし、赤奈のひどく緊張した有様からそうでない事が読み取れた。

 天使は一、二もなく頷いた。

 それを見た赤奈の表情が驚きに染まる。

「え、いいの? め、迷惑じゃなかった?」

「い、いえ。私も参加したい、と思ってましたから!」

 どこかぎこちない雰囲気だが、二人の表情は明るい。

 特に天使なんかは子供のように瞳をキラキラと輝かせていた。

「なら、善は急げだね。お会計は僕が済ませておくから先に表で待ってて」

「そんなっ! 悪いですよ。私も天界からお金の方は支給されているので自分の分は自分で払えます」

 慌てて天使が遮る。しかし、赤奈は柔和な表情で首を振った。

「いや、ここは僕に払わせてもらえないかな? 僕の顔を立てるためだと思ってさ」

 それに僕も一応、男だし。最後にそう付け足して天使に笑いかけた。

 ここまで言われると断ることはできなかった。

 それにこれ以上食い下がると赤奈の気持ちを無下にするようで悪い気もする。

 渋々ながらも天使は小さく頷いた。

「では、今回はご馳走になりますね。先に表で待っておきます」

 ペコリ、と一礼してそのまま天使は踵を返した。

 その足取りは軽く、どこか浮かれているように感じる。

 何かいいことがあったのかな? とゆらゆら揺れる金色のポニーテイルのしっぽを見送りながら赤奈はそんなことを思った。




ここまで読んでくださりありがとうございます。

実は水曜日から土曜日にかけて台湾へ卒業旅行兼里帰りしてました。

6年ぶりの台湾でとても有意義でした。

また行きたいですw

では、感想や誤字脱字の指摘お待ちしております。


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ゲームの説明

先週投稿できなくてすみません。

ただ、調子がいいのかもう次の話も出来かけています。

通常通り日曜にも投稿できるかも

一応覗いてくださいね。
ではどうぞ。


         9

 

 会計を済ませた赤奈は天使と合流し、5階へと向かうエレベーターに乗り込んだ。

 狭い個室には二人しかいない。どうやら他の客はもう既に上へと行っているらしい。

 それもそのはず。イベントのタイムリミットまであまり時間がないからだ。

 しかし、この調子ならばなんとか間に合いそうだ。

 それよりも赤奈は上機嫌な天使に疑問を抱いた。今にも鼻歌でも歌いだしそうである。

 そんなにこのイベントが楽しみなのだろうか? それにしては少々度が過ぎている気がする。

「どうしたんですか? さっきからずっとこっちを見つめて。ゴミでもついてます?」

「いや、ちょっと。気になることがあって」

 どうやら知らず知らずのうち天使を見つめていたらしい。

 いけないけない、と自制を掛けながら曖昧な笑みを返す。

「気になることですか? 赤奈さん。私気になります。その内容を教えて下さい」

 どこかで聞いたことのあるセリフだが、それこそ気にしてはならない。

 そうだな、と言葉を濁しながらも別に隠す程のことでもないと思い、内容を言う。

 それを聞いた天使は少しも考える素振りを見せず、すぐに答えた。

「多分、赤奈さんが奢ってくれたからじゃないでしょうか?」

「どういうこと?」

 赤奈は眉をひそめた。まるで理解できていないみたいだ。

「単純ですよ。奢る奢られるのは友達以上の関係じゃないとできませんよね。だから、奢ってもらって嬉しいんです」

「なるほどね。喜んでもらえて何よりだよ」

 二人は似たような微笑を向け合う。

 次いでチーン、と聞き慣れた音が聞こえた。

 エレベーターから降り、5階のフロアへと続く自動ドアを抜けた。

 足を踏みれた二人はしばらくその場で立ち尽くした。

「なんか……すごいね」

「はい。なんというか――場違いですね。私達」

 二人がそんな感想をこぼすのもそのはず。なにせ目の前に広がる光景は背中がむず痒くなるようなものばかりだからだ。

 イメージカラーなのか全体としてピンク色だ。

 そして、所々にあるハートの数々。オブジェクトから飾りまで多種多様なハートがフロアを埋め尽くしている。

 もしこのイベントの為に用意したのなら、その情熱を違うところに向けろ、と支配人に助言したい。

 あと、カップルの数だろう。ざっと見ても30組ほどいる。同年代のカップルがほとんどだが、夫婦のような人もいれば、犯罪だろ、という年の差カップルもいた。

 しかし、誰もがそれっぽい雰囲気を出している。

 恋人の振りをして参加する自分達なんてすぐバレてしまいそうだ。

 天使も同じようなことを思ったのか瞳に躊躇いの色が写る。

 しかし躊躇したのは一瞬だった。

「行きましょう。大丈夫ですよ。堂々としていればバレません」

 凛とした力強い声に励まされ、それもそうだ、と赤奈も踏ん切りをつけた。

 二人は真っ直ぐ受付へと進み、手続きを受ける。受付のスタッフは人の良さそう50台半ば程の男女だ。

「やぁ、お二人さん。ギリギリだよ。さぁ、早くここに二人の名前書いて」

「はい、お嬢さん。どうぞ」

 おっとりとした女性からペンを借りる。

「赤奈さんの分も書いておきますね」

 遠慮なくその提案を受ける。書き終えるまで手持ち無沙汰の赤奈は二人のスタッフと世間話に花を咲かせた。

 驚いたことにこのふたりは夫婦の関係であり、このデパートの最高責任者でもあった。

 なんでも今日は二人の結婚記念日だそうで、この日に合わせて企画したらしい。

 コンセプトは『愛の力』だとか。老夫婦は結婚してから40年、様々な障害があったが、どれも二人で乗り越えてきた。その経緯で今日は他のカップルの仲を深めるためにこのイベント企画したそうだ。

「ゲーム内容もそれに沿った内容だよ。がんばりなさい」

「あら、お嬢さんの方も書けたのね。それじゃ、少し待ってて下さいね」

 『受付終了』の看板を下ろし、老夫婦はその場から立ち去った。

 二人の背中が小さくなると、緊張の糸が切れ、ようやく一息ついた。

 天使も少し疲れた顔をしている。

「……案外、バレないもんだね」

「でしょ? 堂々としてればいいんですよ」

 慎ましい胸を張って言う天使だが、さっきまで一杯一杯だったのは顔を見れば分かる。

 どう指摘してやろうか、と思案するが突然、フロア内全てのスピーカーからキーンと独特の音が響いた。

 あちこち飛び交っていた私語が、ざわざわと静かな喧騒に変わった。周りの客がなんだなんだ、と周囲を伺いだしている。

 すると、ほんの少し離れたステージの上に派手な服装に蝶ネクタイで占めた男が立っていた。どうやら司会者のようだ。

 喧騒がピタリと止む。会場全員の視線がステージへと集中する。

 全員が自分に注目するのを確認すると司会者はマイクを口元に近付けた。

「本日はお集まりいただき誠にありがとうございます! それでは早速イベントを始めていくぜ!」

 ハキハキとした声が会場に響く。男のノリノリなテンションに釣られたのか一部の若い男性が歓声を上げた。

「まずイベントの流れを説明するぞ。ゲームの流れとしては1ゲームにつき一回くじ引きでお題を出す。ペアである二人でそのお題をクリアしていくんだ。もし、できなかった場合はその場で失格だから注意しろよ。何か質問はあるか?」

 誰も答えない。どうやら特に質問はないようだ。

 もっともこういう場で声を上げる者はそうはいない。

 司会者も元よりそのつもりだったのか特に気に止めた様子はなく、次へと進める。

「それでは早速一回目のお題を決めるぞ。今回のお題はこれだっ!」

 大きな箱に手をつこっみ、ガサゴソと弄る。

 やがて、大げさな仕草で取り出したのは一枚の小さな紙だった。

 嬉々として司会者が折りたたまれた紙を広げた途端、不満そうに顔を歪ませた。

 それを見て赤奈と天使は我知らずほっとする。

 あくまで二人は恋人の振りなのだ。ハードルの高いものを用意されても困る。

 しかし、司会者の様子から伺うにどうやそんな大したものではないようだ。

 司会者はさっきよりもローテンション気味で、内容を発表した。

「えー、少々をつまらいないが内容を発表するぞ! 第一回のお題は――――――――ポッキーゲームだ!」

「「………………え?」」

 二人の間抜けな声があたりの喧騒に飲まれた。




おつかれさまです。

実はもう少ししたら引越しをするんですね。

その時ネット環境が一週間ほど止まります。

だから、その時は投稿できないかもしれません。

ということを頭の片隅に置いておいてください。

感想や誤字脱字の指摘まってます。


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ごめん。

わーい、なんとか書けました。まさか、本当にできるとは……!

これ頑張ったら週二回体制とか出来るんじゃないんだろうか?

大学が始まるまでの限定だろうけど、要望の声があればやってみようかな?

では、どうぞ。


「「………………え?」」

 二人の間抜けな声が周りの喧騒に呑まれた。

 あまりのことに頭がついていかない。

 しかし、二人を余所に司会は進行する。

「さて、一回目はポッキーゲームという恋人の二人には楽々のお題となってしまった訳だが、ルールの説明だ。クリア条件は単純明快。ポッキーゲームをしてキスをしたらOKという至ってシンプルなものだぜ。それでは、スタッフの皆さん。お客様にポッキーを渡してくれYО!」

 それにしてもこの司会者ノリノリである。

 先に我に返った赤奈はそんなことを思った。

 いや、これもただの現実逃避でしかない。

 後から復活した天使も口をパクパクと何かを訴えてきている。顔は林檎のように赤く染まっていた。

 しかし、赤奈はぎこちない笑みを返すだけでそれ以上は何もできない。

「はい、こちらをどうぞ」

 そして、ついにスタッフから茶色の棒のお菓子を渡される。

 天使がどうも、とそれを受け取る。しかし、見つめるだけで動くことができない。

 周りのカップルまたは夫婦達は照れながらも着々とポッキーを咥えていく。

「そ、それにしてもこのようなものも人間界にあるんですね」

 天使は上擦った声で言う。意外にも天界にもポッキーゲームという風習(?)はあるらしい。

 赤奈は相槌を打つ。会話でお互いの緊張をほぐすのが目的だと瞬時に察せた。

 赤奈は天使の意図を汲んだが、いかんせん彼の頭はパンク寸前だった。

「え、えーと、経験おありなんです、か……?」

 おかげでとんでもないことを口走った。

 天使の挙動が一瞬止まった。しかし、すぐさま怒りと羞恥が入り混じった顔で怒鳴る。

「そ、そんなわけないじゃないですかっ! キ、キスなんてそんなハレンチなことやってません! 周りの者たちがやっているのを遠目で見たことがあるだけですっ!」

「ご、ごめん。でも、だからって怒鳴らなくても…………というか僕はキスじゃなくてポッキーゲームの話を――――――」

「どっちも一緒ですよ! 赤奈さんのムッツリ! 変態! だから、いやらしいんですよ!」

 天使の怒涛の罵倒に小さくなって謝る赤奈。

 傍から見たら尻に敷かれている図である。

 ただ、必死になって詰め寄る天使は何かを隠しているような気がするが思い過ごしだろうか?

「と、とにかくこれをどうにかしなければ、次に進めませんっ!」

 何か案は? と視線を送るが、あいにく赤奈にはゲームを進行する以外思いつかなかった。もしくはここでリタイアかだ。

 その意思を伝えると顔を引きつらせた天使はうーん、と唸った。

 恐らく貞操観念の強い天使はキスなどしたことがないはずだ。というか本人がそう証言した。

 つまり、これがファーストキスになる。

 こんな形では不本意だろうし、何より相手が自分などダメに決まっている。

 所詮、赤奈と天使は友達なのだ。

 それ故に真正面から断りづらいのだろう。

 ならば、自分から切り出すしかない。

「よし、ここはリタイアしよう。こんなので君のファーストキスを奪うなんてできないしね」

 ピクリと天使が動きを止めた。

「ファースト、キスですか…………」

 天使が何かを呟くが、赤奈には聞き取れなかった。

 ただ、その表情には陰りが見える。

 まるで後ろめたい秘密を抱えているような――そんな顔だ。

 自分はフォローをしたつもりなのに、天使の様子がおかしくなるなど計算外だ。

「……やりましょう。赤奈さん。ポッキーゲームを」

 茫然としていた赤奈にか細いが、覚悟のこもった声がはっきり聞こえた。

 耳を疑うよりも早く天使の顔を見る。

 小さな肩を震わせ、僅かに羞恥に頬を染めながらも、その瞳は力強く光っていた。

 何が彼女をそこまでさせるのか?

 赤奈には何一つ解らなかった。

 ただ蒼い瞳に魅入られたのか、こくりと頷く。

 ポッキーを受け取っていた天使が茶色の先端を咥えた。続く赤奈も呆けたように咥える。

 じっとりと体中から汗の感触がした。

 心臓が早鐘のように鳴り響き、耳が痛い。もはや、お菓子の味など感じやしない。。

 それから、麻痺した思考が自然にある天使へ意識を移した。

 長い、整ったまつ毛。雪のような白い頬は恥じらいで、薄赤く染まっている。そして、最も目が惹かれたのは艶やかで、奥ゆかしい、桜色の唇。

 それを見て、天使がちょっとありえないほどの美人だと再認識する。

 探るようにお互いの距離が縮んでいく。

 一歩、一歩ずつ。

 それに同期するように心臓が更に鳴り響き、薄くなった思考が甘く溶けていく。

 もはや、考える余地はほとんど無かった。

 天使はいよいよ怖くなったのか目をギュッと瞑った。

 そして、お互いの吐息が額にかかるくらいの距離で――――彼はヘタレた。

 限界だった。熟れた果実よりも赤い顔でバッと退く。

 最後のひとかけらを飲み込んだ天使はえっと両目を丸くしている。事態を把握できていない顔だ。

 一気に罪悪感が押し寄せてきた。

「ご、ごめん!」

 それでもなんとか謝罪を口にし、逃げるように走り出した。

「あ、赤奈さん!?」

 後ろから困惑気味な天使の声が聞こえた。だが、構わず足を速める。

 スタッフの制止の声も振り切り、赤奈は部屋から出て行った。

「赤奈、さん?」

 一人置いていかれた天使はその場でただ立ち尽くす他無かった。

 

 あれから無我夢中で走っていた赤奈は3階のベンチで頭を抱えていた。

 どうやってここまで来たかはあまり覚えていない。走りながらもさっきの件で思い倦ねていたからだ。

 色々あるが、天使を置いていったのは一番まずかった。最低だ、と呟き自己嫌悪に陥る。

 ただ唯一の救いはキスをしなかった事だ。

 別にしたくなかったわけではない。男なら誰だってあんな可愛い子と出来て嬉しいはずだ。

 しかし、あんな形で初めてを、とは思わない。もし、していたなら今よりもっと自分は後悔をしていたはずだ。

「でも、やっぱり、逃げたのはダメだったよな。今からでも戻るべきかな……」

 どうしたものかと停滞していると

「赤奈さん。……やっぱり、ここにいたんですね」

 聞き覚えのある声。見上げるとそこには表情を曇らせた天使が佇んでいた。

 ――――やっぱりとは? どうしてここが? 今にも泣きそうに見える。

 他にも脳裏で様々な思惑が交差し合ったが、死ぬほどどうでもよかった。僅かな逡巡を蹴飛ばし、立ち上がった。

 そして、深々と頭を下げる。

「ごめん。本当にごめん。許してもらえないかもしれないけど謝るよ。本当に――――」

「赤奈さん」

 鋭さや持ち前の人を惹きつける美声でもないただの声。しかし、その抑揚のなさが逆に疑念を呼んだ。

 顔を上げると天使は何かを堪えるような面持ちだ。

 声が出なかった。どう声を掛けたらいいのかも解らない。名前を呼べばいいのか? でも、自分は…………

 しかし、考えがまとまるよりも先に天使はどこか諦観めいた口調で問いかけた。

「赤奈さん。赤奈さんは私のことどう思っています?」




はい、お疲れ様でした。

今回暗すぎて自分でも大丈夫かよ! と思いました。

普通ならは笑って済ますギャグパートだけど、思春期だしこんな風にこじれるんじゃないかな?

27話の下書きはまだできていません。

感想や誤字脱字の指摘待ってます。


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告白

こんばんは。かず21です。

なんとか投稿できました。

3月7日の時点でインターネットが停止して3月15日まで投稿できない、という内容は前言いましたよね?

28話をなんとか書き上げて予約投稿したかったのですが、無理でした。

一応諦めずに書いてみるので3月16日に覗いてください。多分いけるはず……

では、どうぞ。


「赤奈さん。赤奈さんは私のことどう思っています?」

 それはごく淡々としたものだった。

 内容とは矛盾した無関心な声音。しかし、赤奈には十分すぎる威力だった。彼は凍りついたように動けない。

 意味を測りかねているのだ。そして、どの答えが正解なのかも。

「僕は……僕は、君のことを…………」

 赤奈はグッと言葉を詰まらせた。同時に、胸中で、自らをこれ以上ないほど叱咤した。

 ここだ。ここで間違ってはいけない。

 口先三寸ではない。これから天使という一人の少女と付き合っていくのに嘘は要らない。

 気持ちを素直に、己を真正面から向き合ってありのままの自分で答えればいい。

 それがどのような結果でも自分は決して後悔しないはずだ。

 だから、赤奈は微笑んだ。

「僕は君のことを好意的に思ってるよ。それで、もっと仲良くなって本当の意味で心の許せる友達になりたいと思っている。これは嘘偽りのない僕の気持ちだ」

 その瞬間。

 とうとう彼女の瞳から一滴の涙が零れた。

 それは少なからぬ衝撃を赤奈に与えた。

 言葉が詰まり、何も言えなくなる。

 しかし、それでも後悔はなかった。これがどんな結果を招こうとも赤奈には受け止める覚悟があるからだ。

「だ、だったら……だったら、なんで……」

 天使は涙を拭わなかった。代わりに銀糸を震わせたような繊細な声が聞こえる。

 しかし、それも一転、天使は重い怒気の含んだ声で叫ぶ。

「だったら……だったら、なんで逃げたんですか! あの後、置いていかれた私がどんな気持ちになったか、赤奈さんに分かりますか!?」

 激しい炎の中に潜む、鋭利な刃が赤奈の胸を抉った。

 置いていかれる。一人になる。孤独になってしまう。

 それは赤奈の中にあるトラウマを思い起こさせた。

『お兄……ちゃん』

 あの時の事故が頭の中を駆け巡る。

 辛く、悲しい事件だった。

 あの日を境に赤奈は度々発作を起こすようになり、長い入院生活が始まった。

「…………ごめん。ごめんね」

 まるで幼子をあやすような穏やかな口調だった。

 俯いた顔から僅かに覗かせる悲痛な顔に天使の瞳が、一瞬、後悔に怯む。

 しかし、すぐに激昂が飲み込み、感情が限界まで爆発した。

「そんな言葉が欲しいんじゃありません! 私はただ、アナタに――――――」

 いけない、と思った。しかし、止められなかった。激情の込めた視線を赤奈に向け、わななく唇でその先を告げた。

「アナタにキスをして欲しかっただけなんです! あんな形で奪ってしまったから! だから!」

 前半の台詞の威力のあまり後半の言葉は聞こえなかった。

 赤奈のどんな言葉でも受け止める覚悟は木っ端微塵には四散した。途方もない衝撃で今も頭が真っ白になったままだ。

「私はアナタが気絶している時に唇を奪ったんです! だから、やり直そうと、思ったのに…………アナタは!」

 天使の激情はまだ静まらない。自分の感情のコントロールは出来っていないように見える。

「……な、何を言って…………」

 ようやく乾いた喉から呻くような言葉が出た。

 ここまで言っても分からない、察しの悪さに天使の感情がついに限界を超えた。

「つまり、私は、赤奈さんのことが好きなんですよ!」

 ――気分は最悪だった。もっと雰囲気のいい時に言うべき言葉をこんな苛立ちと増悪に包まれたまま言うなんて――最悪だった。

 それでも、一度暴走した心は止まることを知らない。

「なのに、赤奈さんは私を置いて逃げ出した。分かりますか!? 好きな人にキスを断られて、好きな人に置いていかれる気持ちが!? 寂しくて、辛くて、泣きたくなるんですよ!!」

 天使の声がフロアに響くたび、赤奈の黒い瞳から感情が失せていく。

 ついに最後の一言を聴き終えた時には、赤奈は顔を少し俯かせた。すべてが停止したような数秒ののち、色を失った瞳が揺れ、たった一言だけ発せられた。

「……ごめん…………」

 ほんの半日二人で過ごした時間、傍にいた赤奈は子供のように瞳を輝かせていた。今、その光は消え、代わりに深い暗闇がひらがるのを見て、天使の胸に悔恨の刃が深く突き刺さった。

「もう……放っておいてください。さようなら、です」

 それ以上赤奈の顔は見れなかった。

 逃げるように背を向け走り出す。その状況は奇しくも先程の赤奈の姿と同じだった。

 虚ろな瞳でその背中を見送る赤奈。今にも床にへたりこんでしまいそうだ。

 ――――ああ、僕何やってんだろ。女の子を泣かせて。しかも、追いかけないなんて……最低だ。……でも、もういいや。これで。

 自己嫌悪もバカバカしくなるほど虚無感が胸の内を覆った。

 何も考えたくなかった。これ以上どうにかできるとも思えなかった。だが

 ――――なんで、彼女は僕のこと、好きになったんだろ……?

 そんな主張が脳内で渦巻く。どれだけ心を無にしても消すことはできなかった。

 そして、気付く。

 天使は自分と恋人に見られるのは嫌。天使は自分とキスするは嫌。だから、天使を置いて逃げるのが正しい。それが彼女のためになる、そう思っていた。

 しかし、どれも自分で勝手に決めつけ、その先の――天使の気持ちを考えていなかった。

 違ったのだ。天使は自分と恋人に見られても嬉しく思い、キスすろことも自分から望んでいた。なぜなら、天使は赤奈のことが好きなのだから。

 ほとほと自分に嫌気が差した。だが、それは感情が復活する兆しでもあった。

 あんな形で想いを告げさせてしまった。しかし、それでも告白は告白なのだ。だったら、自分のやるべきことはひとつだ。

 赤奈は深く両目を瞑り、音がしそうなほどに見開くと両足に力を込めた。

 今はやるべきことをやろう。言葉だけではない。行動を起こす。だから、まずは走らなければ。




はい。お疲れ様でした。

やー、今回も重い重いw

作者が根暗なせいか作品も暗い感じになってしまう(笑)

次は赤奈が頑張るはずなんで多少は明るくなる……はず

後、27話は出だしまで書けてます。

では、感想や誤字脱字の指摘待ってます。


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思い返しても


随分と間が空いて済みません。

こっそり投稿します。
一応、日曜日も予定通り投稿します。

では、どうぞ。


          8

 

 好き。

 あんなことを言うつもりはなかった。というより自分は赤奈のことが異性として好きだなんて知らなかった。気付けば、口が開いていた。

 無心に走っていた天使は、今は足を緩め、トボトボと歩いていた。

 そもそも、自分はいつ、なぜ赤奈を好きになったんだろう? あの時は、暴走する気持ちが勝手に言ったようなものだ。本当は事を温和に済ます予定だった。簡単な小言を漏らして、そのあとは、また元通りに、と。

 でも、できなかった。

 赤奈を前にした途端、色んな感情が溢れかえって、胸が掻きむしられるくらい辛くなった。自分が制御できなくなって、勢いのまま罵声を浴びせた。

 挙句、赤奈に「好き」と言ってしまった。

 あんなことを伝える気なんて、まるでなかったはずなのに。

 もう自分を信じることすら難しい。ただでさえ記憶のない希薄な存在なのだ。これ以上のアクシデントは下手をすれば自我の崩壊を起こしかねない。

 今、なんとか自分を保てれるのは、ほかならぬ赤奈のおかげだろう。

 彼のことを考えるだけ心が温かくなる。自分は恋をしているんだ、と今更ながらに自覚する。

 だからこそ赤奈をあんな暗い、絶望の淵に立たせたような顔をさせた自分が許せない。

 嫌悪感で胃の中のものがグルグルと掻き回される。今にもその場で吐いてしまいたかった。

 しかし、これは罰なのだ。なるほど、人を呪わば穴二つ、とはこのことか。赤奈もこの苦しみを――いや、それ以上の苦しさを味わったはずだ。

 だから、自分だけ楽になってはいけない。この不快感を拭ってはいけない。時間が解決するまで、絶対に捨ててはいけない。

「………………はぁー」

 なんとなく周りを見渡す。道行く人々の中に赤奈の姿は見当たらない。

 それを見て、ホッとする自分の他に残念に思う自分がいた。

 改めて自分が嫌になる。あんなことを言った癖に、追いかけてくることを期待するなんて愚かとしか言いようがない。

「自業自得……か」

 もれた自嘲すら虚しい。天使は深い溜息を吐き、適当な柱に体を預けた。

 もし赤奈が追いかけてきたらどうしよう。自分はどんな反応をするだろうか? すぐに謝り倒すだろうか? それとも、逃げ出すのか?

 おそらく後者だろう。今の自分はそれくらい弱虫になってしまっている。

 このまま天界へ帰ろう。記憶の件も赤奈のことも全て忘れて逃げてしまおう。

 ようやく定まった方針をすぐに実行するため、すぐそこにあるエレベーターのスイッチに手を伸ばした。

 1の字がオレンジ色に光り、エレベーターの移動する音が聞こえる。天使はただ、扉が開くのを待った。

 悩み通しでいい加減疲れたのか、こうしてぼんやりするのが心地よかった。頭の中を空っぽにして、難しいことを考えない。

 ――今日は色んなことがあったな。バス停で赤奈さんにキスしそうになった時は、本当に焦った。でも、嬉しかった。あの時の無理に奪ったキスをやり直せるって思ったから。結局ダメだったけど……あ、でも、その後、赤奈さんの肩を借りて眠れたのは良かった。 あの時は心臓がうるさすぎてまともに眠れなかったけど、直に触れて安心できた。

 その後の喫茶店。正直、食べ物の趣味はドン引きだけど、赤奈さんが幸せそうに頬張ってるのを見て、胸が暖かくなった。

 そして、いよいよあの時のやり直しができる場が来た。でも、赤奈さんは逃げ出した。その後ろ姿を見て、胸がものすごく痛くなった。この時の時点で私は赤奈さんのことが好きっだったのか。なのに、馬鹿だな。あんなことを言っちゃって挙句告白なんて……あれ、私――――

 ――気付けば、赤奈のことばかり考えていた。こんなにも自分の中で赤奈は大きくなっていたのだ。そう思うと涙が溢れてきた。

 こんなにも自分は弱かったのか。周りと壁を作っていた自分がいざ外に出るとこんなにも弱々しいなんて想像の埒外だった。

 訳が分からくなり、頭の中が混濁していく。

 ほとんど無意識に嗚咽混じりの振り絞った声が漏れた。

「会い、たい。会いたいよっ! 赤奈さん…………!」

 

「だったら、逃げない、でよ。探すのに、苦労、するから」

 

 急に声をかけられて、驚きのあまり涙が止まった。

 え? と声のした方――後ろを振り返る。

 そこには膝に手をつき、体を支えている赤奈がいた。

 息は切れ、顔が苦痛に歪んでいる。ものすごい量の汗のせいか髪や服が乱れていた。これだけで赤奈が虚弱な体で無理して天使を探してくれたのが伺える。

 天使の時間が止まった。いや、見えない鎖が天使を縛っているように感じる。このまま自分は息することもままならないまま死んでしまうかもしれない。天使は本気でそう思った。

 しかし、天使の息の根が止まるより早く、赤奈は彼らしい穏やかな笑みを浮かべた。

 なぜそんな顔ができるのか、天使には解らなかった。しかし、謝ることも逃げることもできない天使は赤奈のアクションを待つしかない。

 そして、立ち尽くす天使の腕を掴み、赤奈はちょうど来たエレベーターへと入る。

 赤奈はエレベーターのスイッチを押さず、天使と向かい合った。

「は、離してください」

 そこでようやく我に返って天使は赤奈の腕を振りほどこうとした。だが、できなかった。

 この細腕のどこにこんな力があるのかと思うくらい微塵も動けなかった。誇張ではなく天使や悪魔のそれに匹敵する力だ。

「絶対に離さない。この手を離したらもう二度と君に会えない。そんな気がするから僕は絶対にこの手を、君を離さない」

 絶句する天使に赤奈は強い口調で言う。真摯な思いの溢れる声だった。これまで天使が耳にした中で、一番心の籠った言葉だった。

 ――――――ああ、この人だ。この人は赤奈さんだ。

 暗いようでよく笑い。大人しそうなくせに時々予想外な行動を起こす。口下手だが、核心を突く発言を今のようにする。

 目の前にいるのは間違いなく天使の知る赤奈だった。

 だけど、もっと知りたい。赤奈が追いかけてきた理由。赤奈がまだ自分と関わる理由を。他にも全部知りたい。

 天使は決意した。ここで赤奈と自分は変わる。そこでようやく二人の関係がスタートラインに立つのだ。




はい、お疲れ様でした。

28話が終わって次の29話もある程度書き上げています。

というか、心理描写は疲れる……

何度か読み直しておかしいところはないか、とかいろいろ大変でした。

みなさんも誤字脱字以外に指摘するところがあれば、容赦なくつっこんでください。

お待ちしております。


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アクシデント

はい。お久しぶりです。和彦です。

ネットの調子が優れなくて長いあいだ放置してました。

最近直ったのでまた投稿していきます。

では、どうぞ。


「どうして、ここが?」

 流石にいきなり追いかけてきた理由は聞けなかった。やっぱり自分は臆病だな、と辟易する。

「分からない。ただ、夢中で走っていたら君がここにいる気がしたんだ」

 その理由は天使には分かっていた。ただ、今は言うべきではない。

 グッと言葉を飲み込んで、強く拳を握り締めた。

「赤奈さん。私は……あなたにひどいことをしました。そして、今度はあなたの心を傷つけた。それでも、なぜアナタは私を追いかけてこれるんですか?」

「あのさ――――――」

 ガタッ

 その音は赤奈が何かを言いかけた時に聞こえた。一瞬だけ重力がおかしくなる。

 エレベーターが動き出したようだ。どうやら、誰かがスイッチを押したらしい。

 天使は小さくため息をついた。

 話は一旦中止だ。他人にこの話を聞かせることはできない。

 この後、どうするんだろう。場所を変えて話し合いを続けるのか。それとも、ここでお別れなのか。

 答えはどちらも違った。

「ごめん。ごめんなさい!」

 唐突に赤奈は頭を深々と下げた。この後のことはまるで考慮に入れてない、計算から外れた行動だった。

 毎度ながら突然すぎる。天使は何かしらのアクションも取ることができなかった。

 しかし、赤奈は言葉を続ける。溢れんばかりの想いを天使に伝える。

「僕が悪いんだ。僕が先に君から逃げた。そして、君を泣かせた。それが追いかけてきた理由だよ。それに女の子を泣かせたのに追いかけないなんて最低だからね」

 もっともすぐに追いかけれなかったけど……と赤奈はバツが悪そうに付け足した。

 天使は今度こそ自分の息が止まったのが解った。

 どんな言葉を返せばわからない。ただ、胸が詰まりそうなくらい嬉しかった。

 まだ、自分は嫌われていない。その一点だけで胸がいっぱいになった。

 そうだ。今なら聞けるかもしれない。告白の返事を。

 しかし、聞けなかった。口を開こうとした瞬間

 

 目の前が真っ暗になった。

 

「え、な、何!?」

「う、動いちゃダメだ。これは……!」

 天使が狼狽えながら、暗闇の中無用心に動く。どうやら、赤奈の警告が聞こえないくらいパニックに陥っているようだ。次いで、ガタンッと個室が揺れた。。

 エレベーターが起動した音ではない。それよりも重々しくて、尚且平和的な音ではなかった。

 強い揺れにより二人の体が同じ方向に投げられる。

「わっ!」

 赤奈が短い悲鳴を上げる。背中をしたたかに打ち付け、鈍い痛みが走った。間髪いれずに体の上に天使が覆い被せてきた。

「うっ」

 カエルが潰されたような声を漏らし、一瞬意識も飛んだ。

「す、すみません。い、今すぐどきます!」

 天使が慌ててその場から退こうとするが、焦ってうまくいかないようだ。

 目の前の天使すら見えない暗闇で暴れられては困るので、赤奈は天使を支えようと腕を伸ばした。

「……あれ?」

 すると、何やら不思議な好ましい感触が伝わってきた。小ぶりだが、弾力のあるそれの正体を探るべく、二、三度力を込める。

「や、やめ――――――!!」

 突然耳元でスピーカー顔負けの悲鳴が上がり、またしても赤奈は頭を打ち付けた。同時に体から重さが消失する。その新たな衝撃に目眩を起こしながらも上半身を起こした。

 まず視界に入ったのは淡く光る青い何か。それは天使が身につけているブレスレットだ。その小さな光が天使を照らしていた。

 ペタリと女の子座りをしている天使はどうしたことか、ちょっと表現できそうにない剣幕で睨んでいた。顔は今までにないくらい真っ赤に染めて、両腕を胸の前に硬く交差している。

 ――胸…………? あれ、まさか。僕……もしかして、やっちゃった?

 突如、直感的に赤奈は先ほど自分が掴んでいた物の正体を察した。同時に、自分が危機的状況に陥っているのに遅まきながら自覚する。

「え……えっと、大丈夫。もう少ししたら大きくなるよ……?」

 瞬時に銀色に輝く刀――銀鱗をどこからか取り出し、赤奈の喉元に突きつけられた。

 パニックになっていたのはどうやら自分の方らしい。なんと馬鹿なことを言ってしまったのだろう。

 すぐさま土下座モードに移行したいが、天使の涙目に浮かんだ殺気が一際強くなった。多分あれは殺るか殺らないかを考えている目だ。

 咄嗟に浮かんだ打開策を検討しようとしたその時、薄暗いエレベーターの明かりが付いた。

 それでもやっと、お互いの顔の判別がつくくらいだ。

「え、えーと、どいてくれたら嬉しいな?」

「……ふん!」

 天使はようやく刀を収め――銀鱗が影も形もなく消える――赤奈の上から退いた。とりあえず、危機は去ったらしい。

 アハハ、と乾いた笑みを浮かべながら赤奈はようやく上半身を起こした。

「赤奈さん……何笑ってるんですか?」

「…………はい。すみません」

 どうやらそうではないらしい。天使の無機質な声が赤奈の背中をなぞった。その声は出会った時のそれをはるかに超える平坦さだ。

 もう今度こそしっかり、額を地面に付けて態度で示した。

 この時どうしても思わずにいれなかった。

 …………僕ここに何しに来たんだっけ? と




はい、おつかれさまでした。

もうね、謝るために走りに行ったらこのざまですよ。

でも、ようやく、プロット通りに進んできたので僕としては一安心です。

感想や誤字脱字の指摘お願いします。


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返事

2週間か。いや、本当に申し訳ない。2週間も開けてしまいました。

なかなか執筆が進まないもので。これからもこんなことが続きそう……

それでは、どうぞ。


         9

 

 あれからなんやかんやでひとまず許してもらった。

 だが、当人の天使はエレベーターの隅っこで、膝を抱え込みながら長いことぶつぶつと呟いていた。時々「恥」だの「死」だの「責任」だのといった単語が聞こえてきたが、あまり突っ込んで聞かないほうがいいだろう。触らぬ神に祟りなしだ。

 だから、赤奈も天使と同じように部屋の隅っこであぐらをかいている。それ以外にやることがない。

 ならば、さっさとエレベーターから降りればいいだろうに。しかし、そういう訳にもいかなくなった。

 閉じ込められたのだ。どうやら、停電か何からしくエレベーターの稼働が止まった。原因は今年一番の大雪だろう。全くとんだ不運である。

「これじゃ、美術館の開館時間に間に合わないな……」

 何気なく発した言葉にピクリと――ようやく――天使が反応を見せた。

 膝に埋めていた顔を上げる。どうやら、自分の中で折り合いをつけれたらしい。……少しばかし睨みを利かせているが。

「…………やはり間に合わないですよね。銀鱗で扉を壊しましょうか? 天使化すれば、鉄の扉くらい真っ二つにできますよ」

 物騒極まりない発言だが、一応、赤奈もこの案を事前に考慮していた。

 しかし、小さく首を振り

「いや、ダメだ。扉を破壊して刀を持った女の子がいたら色々とマズイし、天使っていうのが世間にバレちゃう。君たちの存在は隠さなきゃいけないんだろ? それになにより、お店の人が可哀想だ」

 至極まともな意見だが、天使は若干不服そうに頬を膨らませる。その瞳にごく少量の焦りが垣間見えた。

「じゃあ、どうするんですか? まさか、救助が来るまでここに居ろと?」

 その問いに赤奈は苦い表情をした。まさにその通りなのだ。

 赤奈はどこか申し訳なさそうにこうべを垂れ

「うん、それしかないんだよね。本当に申し訳ないけど、僕には他の方法が思いつかないんだ」

 ごめん、と赤奈は両手を合わせる。

 ただ、これで宥めれるとは思っていない。この程度で諦める程、天使の切望は安くない。だから、この瞬間も想い焦がれているはずだ。それは昨晩の出来事が雄弁に物語っている。

 それが分かっている為、どのようにして説得するか少々悩んでいる。しかし、結果は思わぬ方向へ転んだ。

「…………まぁ、それなら仕方ないですね。もうしばらく待ちましょう」

「……え?」

 正直、耳を疑った。自分の記憶を取り戻す為に赤奈を殺そうとした天使の発言とは思えなかった。

「赤奈さん?」

 唖然と天使を見やる赤奈の視線に気付いたのか、天使は少し首を傾げた。

 赤奈は慌てて首を振り、何でも無いように装う。しかし、胸の中では驚きと困惑が織り交ざっていた。

 一体この短い時間で彼女に何があったんだろう?

 確かに天使は昨晩、赤奈を手にかけることに迷いを抱いていた。

 しかし、それでも、最後まで刀を振るい続けた。そして、剥き出した感情の叫びが、彼女の想いの強さを証明している。――なのに、なぜ?

「やっぱり、おかしいですか? あっさり納得したことが」

「え、いや……」

 どうやら、平静を装ったつもりが、顔に出ていたらしい。

 うまく言い訳できず、バツ悪そうに頭をかいた。

「まー、正直、昨日のことを思い出すとどうもね。どういう心境の変化?」

 不躾な質問だったが、今更だと思った。散々天使の領土を土足で踏み入ったのだ。この期に及んで取り繕う必要もないだろう。

 しかし、天使は人差し指を唇に当て、悪戯っぽく笑い

「赤奈さんには秘密です」

「えー、なんだよそれ。あんまりだよ……」

 開き直っていた赤奈は完全に肩透かしを食らった。また天使のことを知るチャンスだと思っていたが、現実は甘くないようだ。

 なんとなく悔しかったのでそっぽを向く。

 すると、後ろからクスクスと笑い声が聞こえた。

 内心ドキドキしながらも首を捻り、天使に照準を合わせる。

 笑っていた。今まで微笑や苦笑は見たことがあった。だが、こんなにも『大笑い』をしているのは初めてだった。

 なぜか頬が熱くなるのを意識しながら、そのまま貴重な笑顔に魅入る。

 しばらくそのままでいると天使の藍い瞳が赤奈の黄金の瞳を捉えた。

 しまった、と赤奈は咄嗟に身構えた。

「な、何見ているんですか! 女の子の顔をじろじろ見て失礼ですよ!」

 と、怒鳴られるところまで想像できたからだ。

 しかし、強襲に備えて耳を塞ごうとしたら予想外な言葉が聞こえた。

「その、あんまりジロジロ見ないでください。……恥ずかしいです」

 はぁ? と聞き返しそうになった。今までこんな反応をされたことがない。妙に控え目なお叱りに拍子抜けする。

 おまけに小さい、ギリギリ拾えるくらいの音量で

「でも、好きな人に見てもらえるのは悪い気はしませんね」

 と、はにかんだのだ。

 絶句。赤奈はショックとはまた別の衝撃に頭を揺らした。

 そして、すぐに顔を引き締めた。

 そうだ。自分は追いかけたのだ。彼女の告白の返事をするために。天使もそのつもりで言ったのだろう。

「赤奈さん。こんな時に聞くべきではないのは分かっています。でも、私の我が儘に付き合ってください。赤奈さんもそのつもりで追いかけてきたでしょう?」

 天使の碧色の瞳がまっすぐ赤奈に向けられる。

 忘れていた訳ではない。ずっと頭にこびれついて離れなかった。天使の泣き顔と愛の告白を。

 赤奈は汗でグッショリの額を拭い、気持ちを落ち着かせた。

 答えは決めていた。だが、今この瞬間もそれでいいのか迷っている。

 まだ、自分は天使に全てを話していない。天使は己の全てをさらけ出したというのに、赤奈はまだ語るべきことを隠したままだ。

 きっと、この話をすれば天使は自分の返答など関係なく、赤奈を拒否するだろう。そんな重要な秘密を心に隠したままなのだ。

 だから

「その前に、僕の昔話を聞いてくれない?」

 これは走っている最中、自分と向き合った末の結論だ。それ故に告白の返答よりも先にまずこの話をせねばなるまい。『あの事件』にまつわる話を……

 その時だった。あっ、と声が漏れた。それが自分の声だとすぐに解った。

 ――来るあれが来る。

 それはある種の経験則だったのかもしれない。あるいは、体から発する警告か。とにかく赤奈には解った。

 ――発作が起こる。

 次の瞬間、二つに裂かれるような痛みが赤奈を襲った。




はい、お疲れ様でした。

地味にこの作品一周年迎えたんですよね(4月に下書きを始めたため)。個人的にも書いてて飽きない作品なのでおいしい思いさせてもらってます。

それでは、感想や誤字脱字の指摘まってます。


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幸せな日々

珍しく日曜日に投稿。

この調子で行けたらいいなー

あと、絶賛放送中のブラック・ブレットにはまりましたw

いやー、面白い。ロリコンじゃないけどロリコンになりそうだw
原作買おうかな?

では、どうぞ。


 引きちぎられそうな痛みにたまらず苦痛の声を上げる。

 これはヤバイ。瞬時に赤奈は理解した。

 今回の発作は今までに類を見ない激しさだ。本当に死ぬかもしれない。その前に常時、携帯している薬を飲まなければ。

 隣で天使もヒステリックな悲鳴を上げた。

 赤奈は思い出したように天使に視線を向ける。

 突然、赤奈の尋常じゃない様子にパニックに陥っているようだ。必死の形相で赤奈さん!? と叫びながら体を揺さぶっている。そういえば天使に発作を見せるのは初めてかもしれない。知識と経験では大きな差異があったのだろう。

「く……ぽけ…………とっ…………」

 どうにかして薬の存在を知らせようとするが、呻き声しか出せない。

 いよいよ発作の波が強くなり、赤奈を更なる苦痛へと誘う。

 まるで、それは体の中で激しい争いが起きているようだった。お互いに憎み、嫌悪し、怒りのまま暴れ回っている、戦争のような戦い。その戦いは赤奈が死ぬまで終わらない。永劫の闘争。

「あ、赤奈さん。例の発作で体が痛むんですね?」

 どうにか落ち着きを取り戻した天使はうわずった声で尋ねる。

 赤奈は首肯した。しかし、痛みに支配された体がうまく動いたかは解らない。

「分かりました。何とかしてみます。いえ、絶対に何とかします」

 だが、どうやら伝わったようだ。天使の力強い言葉に萎えかけた心を奮い立たせた。赤奈は必死に重い唇動かし、薬の場所を伝えようとする。

 しかし、掠れ声すら出なかった。もはや、体を動かす力は少しも残っていない。だんだん意識も朧げになってきた。本当に死ぬ――死神の鎌が赤奈の首を掛けようとした時、その声は聞こえた。

「赤奈さん。また、アナタを傷つけてしまうかもしれません。だから、先に謝ります。ごめんなさい」

 そして、ブレスレットに触れ呪文を呟く。

「saint link」

 天使がその名の通りの姿に変身する。

 狭い空間のため窮屈そうな翼を折り畳み、赤奈の顔を覗き込む。

 そして、天使の顔がゆっくりと急接近してきた。

 思考する猶予すら無かった。

 あっさりと二人の唇が今一度重なった。

 ――柔らかい。

 ドキリ、と心臓が跳ね上がる。ついでに体が痙攣したように自由が利かなくなった。だが、別にどうでもいい。何もかもこの官能に身を任せたい。

 息継ぎのために天使が唇を離す。そして、もう一度。

「ん……」

 甘い声が口内から漏れた。

 そして、驚いたことにだんだんと体の痛みが取れていく。

 まるで天使の命の息吹が赤奈に注がれていくようだ。

 長い長い口付けは一瞬の夜のように終わりを迎えた。

 逆再生のようにゆっくりと唇を離していく。

 天使の瞳が赤奈の脳裏に焼きついて離さない。

「赤奈さん。痛み……取れました?」

 目元をうつ伏せ、尋ねる天使。赤奈も天使を直視することができず、見当違いの方向を向きながら、首を縦に振った。

「これが、私の天聖術です。擦り傷程度なら触るだけでいいんですけど、重傷や激痛、それに内傷はキ、キスが一番効果あるみたいで…………」

 しどろもどろになりながら天使が説明をする。

 まだ気が動転しているのか、赤奈は目を逸したきり、微塵も動かない。

 天使もどう声を掛けたらいいのか解らないようで、手を拱いているようだ。

 しばらくして、ゼンマイじかけの人形のように首を動かし、赤奈がようやく言葉を口にした。

「もしかして、死にかけてた僕を助けたのは君の力なの?」

 その問いに、天使がうっと涙目になり、唇をわななかせた。それが肯定だとは、火を見るより明らかだ。

「………………やっぱり、経験おありじゃないですか。僕の前に誰かとしたことあるから効果を把握できたんだろ?」

 途端に赤奈は表情を曇らせた。その言葉には棘を感じる。

 天使は慌てて

「ち、違います! これは勝手にインプットされているというか、元から知ってるというか……ああ、もう! とにかく、これは生得的行動みたいな物なんです! 赤奈さんが思っているような事実は一切ありませんから!」

 少し前と比べて優しい――その分必死だが――反論だったのは、赤奈の様子が少しおかしいからだろう。

 天使の勘違いでなければ、拗ねているように見える。

 しかし、天使の説明を聞いて、すぐにへにゃりと表情が崩れた。

「そっか。……そうだよね。ふふっ」

 と、隠そうともせずに小さく笑った。

 ひとしきり笑ったあと、赤奈は壁にもたれ掛かった。

 今度はやけに上機嫌に見える。

 ――今なら、聞けるかな?

 天使はしばらく躊躇したあと、思い切って口を開いた。

「あの……赤奈さん。妹さんの話を聞かせてくれませんか?」

「……急にどうしたの?」

「いえ、特に深い理由はないんです。ただ、私に似ているって言ってたから気になって」

 契約者は赤奈に妹がいるとは教えてくれなかった。勝手な推論だが、もしかしたら何かまずい訳でもあるからかもしれない。

 だが、それよりも自分の中で聞きたいという私情の方が強かった。赤奈が自分と妹を重ねているのは、何かを求めているからかもしれないと思ったからだ。

「仲はさ、とても良かったよ」

 やがて、赤奈はぽつりぽつりと話し始めた。

「本当はさっきこの話をするつもりだったんだ。君の告白の返事をする前にね。この話を聞くと君は僕のことを嫌いになるかもしれない。それでも、聞いて欲しいんだ。僕が犯した大きな『罪』だから」

 もう、赤奈から諧謔的な雰囲気は感じられない。

 天使はその雰囲気を感じ取ったのか、気配を消すかのように押し黙った。ひたむきに赤奈に向き合う姿勢にも感じれた。

「…………もう随分昔の話かな。知っての通り、僕には一つ下の妹がいたんだ」

 口にすると苦々しいあの記憶が蘇る。だが、この記憶に触れる度湧き上がる疼痛を、天使の眼差しが溶かしていくような、そんな気がした。

「妹と僕はとても仲良くてね。お互いにブラコン、シスコンなのは自覚していたよ……ただ、性格は僕と真反対でね。僕は、体が弱いのも相まって家に引きこもりがちだったけど妹は元気すぎるくらい活発だったんだ。だから、いつも外に無理やり連れてこられてはヘトヘトになるまで遊んだよ」

 フフと天使が微笑む。

 赤奈も微笑で返し、話を続ける。

「妹の名前はユウキ――結ぶに希望と書いて結希って言うんだ。結希はいつも僕の手を引いて色んな所に連れてくれた。我ながら情けないお兄ちゃんだよね」

 ――今もまぶたを瞑ればありありと思い出せるよ。

 内緒で屋敷を抜け出し、私有地である裏山に探検に出かけていた日々を。毎日が新しい発見の連続だった。同じ場所でも、その日は兎がいたり、珍しい花が咲いたり、毎日が輝いていた。

 時には街へ繰り出し――勿論こっそり――商店街を幼い二人で闊歩した。

 またある時は、検査入院で、病院で寝ていた僕をたたき起こしたお転婆娘は、嫌がる僕を無理やり連れだし、肝試しをしたこともあった。どちらも後でバレ、こっぴどく叱られたけど。

 それでも、楽しかった。ずっと一緒だと信じて疑わなかった。




はい、おつかれさまでした。

ようやく書きたいところまで来た気がする……

次は、いよいよ赤奈の過去についてです。

感想や誤字脱字の指摘待ってます。


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誓い

3週間か……もうあるあるな感じになってきたw

もはや不定期更新になってきたので日付の変わり目か日曜日に投稿すると思うのでちょくちょく見に来てくれたらありがたいです。

では、どうぞ。


「少し話を脱線するよ。……この話はしたことがあるね。5年前に僕は暗くなるのを計って父さんの書斎に忍び込んだんだ」

「ええ、ある目的の為、でしたよね? それでその目的とは?」

 赤奈は小さくかぶりを入れた。

「それが、憶えてないんだよね。どういう訳か」

 と、肩をすくめてみせた。

「憶えていない? …………それって、まさか!」

 天使が信じられないものを見るような目で赤奈を見た。赤奈は乾いた笑みで応える。

「察しの通り僕、記憶がないんだよね。と言っても君と違ってその晩の記憶だけだけどね」

 本当は言うつもりはなかったが、案外すんなりと話せた。それも天使が自分と同じだからだろう。

「解離性記憶障害。簡単に話すなら耐え難い事態に直面し、部分的に記憶を失ってしまった、という所かな? あの日、真実の鏡で僕は何を見たんだろうね?」

 赤奈がふと思いつめたような目で天井を見上げた。相変わらず薄暗い光がチカチカと小さく点灯している以外別段変化はない。

「その、私、なんて言えば……赤奈さんだって自分の記憶がないのに、私……」

 天使はそこから言葉を詰まらせた。その声色から自責の念が伺える。

「いや、気にしなくていいよ。僕なんて失った記憶はせいぜい10分だけなんだから。君と比べるのもおこがましいよ」

 しかし、天使が小声で「でも……」と続けたので無理やり話を続ける。

「それで話を戻すけど、僕は記憶が失うくらい耐え難い真実を鏡で見たんだ。正気を失うくらいね。僕は屋敷を飛び出したんだ。ただ、それを妹が見ていたみたいで、追いかけてきたんだ。多分、僕の様子がおかしいのがひと目で分かったんだろうね。追いかけてくるのに気付かず、僕は不注意にも十字路から飛び出したんだ」

 元からその道はよく衝突事故も多かった。 更に夜道ということもあり、車の存在に気付いた時には、もうすぐ傍の距離だった。

「そして、僕が轢かれそうになった時、追いついた結希が僕を突き飛ばしたんだ。僕は擦り傷で済んだけど、代わりに結希が轢かれた。目の前が真っ暗になったよ」

「…………それで……妹さんは……どうなりました?」

「死んだよ」

 真正面の天使がビクリと体を震わせた。

「死ぬまでに少し意識はあったよ。僕に何かを伝えようとしてたけど、聞き取れなかった。でも、きっと、僕のことを恨んでいただろう…………な……」

 自分の声が詰まるのを感じた。心の奥底に封印した記憶を初めて言葉にすることによって、結希の死に際のシーンを鮮明に蘇らせた。

 トラックに跳ね飛ばされ、空を舞う小さな体がゴッと鈍い音をたてる。結希がコンクリートに叩きつけられ、朱い花を広げる。即死じゃないのが今でも信じられない。

 気を抜けば泣いてしまいそうだった。だが、お前にそんな資格はない――――と心の中で叫ぶ声がして、思いとどまる。

「結希を殺したのは僕だ。僕が、家から飛び出さなければあの子が死ぬことは無かった。いっそ……僕が死ねばよかったんだ。そしたら、こんなことには…………」

 瞳がじわりと滲み、喉の奥から「うっ」と情けない声が漏れた。

 泣いてはいけない。一心に念じ、歯を食いしばる。

 不意に天使が立ち上がった。元の人間に戻り、両手で赤奈の顔を包み込んだ。穏やかな微笑を湛えた慈愛の顔から息遣いが聞こえてくる。

「そんな悲しいことを言わないで下さい」

 囁くような、穏やかで優しい声。硬直した全身から力が抜ける。

「妹さんは赤奈さんのこと恨んでいなかったと思います。じゃなきゃ、あんな表情できないもん」

 そう言って、天使は赤奈の顔を胸に包み込むように抱いた。柔らかく、温かい体温が胸の中の氷を溶かしていく気がした。

「君には慰められてばかりだよ……本当に天使みたいだね」

「本当に天使ですから」

 天使の勝気な笑みが容易に思い浮かんだ。

 赤奈は天使の胸に埋もれたまままぶたを閉じる。

「その後の葬儀で僕は誓ったんだ。絶対に生きることを諦めない。最後まで抗うってさ。でも、その後からが大変だったよ。結希を溺愛していた母さんが精神病を患ってね。僕と結希が入れ替わったんだよ」

「入れ替わった? つまり、赤奈さんが死んで妹さんが生きてるってことになっているんですか? 母親の中では」

「その通り。それが原因でストレスにやられてね。僕も入院しちゃった。唯一の救いは僕の名前だけを忘れないでくれたことかな?」

「なるほど。じゃ、あのクローゼットの中身は赤奈さんの趣味じゃないんですね」

「まだ、疑ってたの!?」




はい、おつかれさまでした。

もうほとんど会話ばかりなのは狭い空間だから仕方ないですよね。

たぶん次あたりで外に出れると思うので気長に待っててください。


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名前

ちょっと、今からバイト行くんでまえがきあとがきはなしで

では、どうぞ


 赤奈が首だけ飛び跳ね、不満気に口を曲げた。

 天使が「ええ、まぁ」と口を濁しながらも追撃をかわすため、話題を変えた。

「そういえば、妹さんと私はどこが似ているんですか? 話を聞く限りあまり共通点が見当たらなかったんですが…………」

 露骨な転換だったが、赤奈は咳払い一つで済ませ、腕を組んだ。

「うーん……一番似ているのは顔かな? もし生きていたら君みたいな感じだと思うよ。性格は全く似てないけどね」

「フン。どうせ、私は根暗ですよ」

 舌を出す天使は年相応の無邪気さを現していた。クールぶった物言いが幼い容姿にギャップを与えるのでこちらの方が違和感はない。

「でも、本当の君みたいに子供で感情豊かな子だったよ」

「私が感情豊か……? いやいや、それよりも、子供って……私は赤奈さんが思っているよりもずっと大人ですよ」

「子供はみんなそう言うんだよ」

 その言葉もまた赤奈に返ってくるのだが、天使は気付かなかった。

「これで僕からの話はおしまい。なんか無駄に長くてごめんね」

 気付いたらなんだか軽い雰囲気になってしまった。それも赤奈がわざと明るく振舞っているからだろう。

 勿論、天使はそれを見抜いてはいたが、あえて言わないでおく。それよりも気になることがあるからだ。

「……赤奈さん。実は私も言わなくちゃいけないことがあります」

「僕の体についてかな?」

「相変わらず変なところで鋭いですね――そうです。率直に言えば赤奈さんは段々天使になりつつあります」

 その言葉を聞いて赤奈は深い嘆息をついた。 しかし、どこか肩の荷が降りたように微笑んだ。

「……そっか。ま、薄々分かっていたけどね。……まさかね」

 しかし、少なからぬショックは受けたようだ。視線を落とし、しきりに指を擦っている。

「気を落とすのはまだ早いですよ。段々、と言ったでしょう? 変な言い方ですけど天使の気配を感じるのは赤奈さんの右側だけ――つまり、半分しか感じないんですよ」

 天使のフォローに赤奈は顔を上げた。その表情から疑問を訴えかけている。

「私にも分かりません。こんなの前例がありませんから。人間が突然天使に……しかも半分だけだなんて天界のどの書物にも載ってませんよ」

 しかし、これで説明がつくことがある。

 赤奈が神器を中途半端に扱うことができたのはそもそも彼が中途半端な天使だったからだ。瞳が突然変わるのも天使に移行する過程で起きたことなんだろう。事実、今も赤奈の瞳は黄色に染まっている。

「あれ? じゃ、紅色の時はなんだろ?」

「それは……」

 天使は言いにくそうに唇を噛む。赤奈には知る由もないが、最悪の可能性が脳裏をチラつかせている。そして、その可能性を押す証拠が赤奈のもう半分から微量ながら感じるのだ。

 だが、そんなはずはない。何かの間違いだ、とそれを無理やり振り払った。

「……それはおいおい考えましょう。今はさして重要なことではないですから」

「そう? 結構、重要だと思うけどな……」

「そ、それよりも重要なことはありますよ! ほら、あれですよあれ」

「あれ? あれって何?」

 こういうところはなぜか察しが悪いのが赤奈だ。よーく思い出してほしい。赤奈がなぜ長い昔話をしていたのかを。

「あっ」

 どうやら思い出せたみたいだ。天使は怨嗟のこもった視線で赤奈を縮こませる。

「いや、だって、君が僕の体の話しだすからそっちに意識を持って行かれたんだよ!」

「はい嘘です。ほんの少ししか話してないじゃないですか。途中で忘れたんでしょ」

 フンと鼻を鳴らし、膨れ面で言い切る。

 全くその通りなのが悔しいところだ。

「それにあれくらいで私が赤奈さんを嫌いになるわけないじゃないですか。事故だったんでしょ? 仕方ないですよ」

「……ごめん。僕、君のこと信用しきれてなかったみたいだ。それに気付かせてくれてありがとう」

「いいですよ。気づいてくれれば」

「それでさ、返事なんだけど…………」

 いよいよ赤奈の脈が速くなる。柄にもなく緊張しているらしい。

 だが、答えは出ている。自分の本心から出た結論だ。あとは臆病な自分の背中を少し押してやればいい。

 それなのに

「あ、赤奈さん。そのことなんですけど、やっぱり今夜、私の記憶が戻ってからにしませんか?」

 先程まで饒舌だった天使が一転、口ごもりながら尋ねた。

 突然の申し出に動揺する。やはり、妹を殺した自分は受け入れてもらえないのか。

 それが顔に出ていたのか、天使は慌てて、尚且怒ったような顔で否定した。

「ち、違いますよ。赤奈さん鈍すぎます! 乙女心を理解してません!」

「お、乙女心ぉ!?」

 なんのことだか解らないが、謝っておくのが吉とだけは解った。

 ただ、鈍いやら乙女心など少々飛躍しすぎではないだろうか? そう思っても口には出さないが。

 天使は「いいですか」と教師然とした口調で説く。

「私は初めてこ、告白をしたんです。ほとんど勢いだけで。なので、シチュエーションもへったくれもなかったんですよ。だから、その、返事だけでも、雰囲気のある場所がいいな…………と」

 恥ずかしいのか段々しぼんでいく声にようやく得心した。

 天使の言うことには一理ある。確かにエレーベーターでは女の子の憧れには程遠いだろう。思い出には残るのは間違いないが。

「うん。君が望むならそれでいいよ。僕はこの答えを変えるつもりはないし。いくらでも待つよ」

「そんなに待たせませんよ。長引くと私の心が持ちませんし」

 そう言って天使は穏やか微笑んだ。赤奈も釣られて笑う。ようやく二人の心に余裕が戻ってきた。

 しばらく二人は他愛もない話をしていたが、すぐに問題が発生した。

「えっと……」

「……はい」

 会話が続かなくなったのだ。

 それはある意味必然だったと言える。片や病弱コミュ障。片や記憶喪失の天使。話題が尽きるのは当たり前のことだ。

 ここは男である自分がリードすべき、と前時代的な思考でなんとかしようとしたが、乏しい人生経験が壁を分厚くする。

 なんだか気分が暗くなってきた。それに薄明かりの電灯が弱くなってきた気もする。せっかく慣れてきた夜目も向かいの天使が見えなくては意味がない。

「あ、あの、赤奈さん! そこにいますよね?」

 唐突に天使が悲鳴じみた声を上げる。

 赤奈はもちろん、と返し、続けて「どうしたの?」と尋ねた。

「何でもないです何でも……ハハ、ハハハ」

 やけに不自然な笑い声だ。まさか、とあるひとつの可能性に思い至った。

「もしかしてさ、怖いの? 暗い所」

「ち、違いますよ! ただ、赤奈さんがどこかへ行ってないのか確かめただけですよ!」

「いや、行けないから。ここ密室だから」

 これはもう黒だ。しかし、つつかないのが優しさというものだろう。

「あ、赤奈さん。これはある人の持論なんですけど、人の信頼関係は実際の距離に出るらしいんですよ」

「藪から棒にどうしたの? ま、確かに言われてみればそうかもね。知らない人の隣に座る時、間隔一つ開けて座るもんだし」

 赤奈にもそういう覚えはある。だがそれが一体どうしたというのだろう。

 暗闇の中、天使のそわそわした様子が伝わってくる。

「で、ですから友達である私たちはもう少し距離を近づけるべきだと思うんですよ。物理的に。だから、赤奈さんの横に、行ってもいいですか?」

 つまり、不安なので傍に寄りたい、ということだ。やはり、自分の予想通り、時たま幼さを見せるのが素の天使なのだろう。

 赤奈は照れを横に押しやり、自分から天使の傍に寄った。

 流石に肩が触れ合うほどの距離ならば、相手の顔ははっきり見える。

「……自分で言っときながらですけど、近いですね」

「ハハ、実は本の少し緊張してたりして」

 こんな傍まで異性の存在を許した経験なんてあるのか? と考えるが、昨日、揉み合ったことを思い出す。

 今更か、と自分に言い聞かせるが、どうも心臓の音は収まってくれそうにない。

 ごまかしも兼ねて以前から気になっていたことを尋ねる。

「ものすごく今更だけど、君の名前聞いてなかったね。僕、君に二人称しか使ってなかったし」

「そういえば、そうですね。……私もしっかり自己紹介しとくべきでした」

 天使は崩した足を整え、顔だけ赤奈に向けて、ややこそばったそうに言った。

「ユウです。苗字はありません。改めてこれから宜しくお願いします」



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大事な気持ち

もう2週間で一回の投稿でいいかな←

お久しぶりです。かず21です。

もう執筆がおそすぎて自分でもドン引きしてます。

これはもう一度プロットを作るべきかもしれん…

では、どうぞ。


 

         12

 

 外に出るとぶるりと身体が震えた。それもそのはず辺り一面雪景色に覆われているからだ。まるで建物に雪のカーテンをかけたように見える。

 寒い寒い、と赤奈は先程購入した毛糸のマフラーに首を埋めた。

「このマフラー買って正解でしたね」

「貰いものだけどね」

 二人が救助されたのは閉じ込められて、約5時間後のことだった。救助後、デパートの責任者である老夫婦たちは何度も謝罪し、お詫びをさせてくれ、と頼み込まれた。無下にするのも良心が痛むので、ありがたくマフラー頂戴することにした。

「うわ、すごい雪……結構積もてますよ」

 再び降り始めた雪に触れて、天使――ユウは子供のようにはしゃいだ声を出した。

 ほんの少し歩いた先も所狭しと生える建物に雪化粧が施されている。まるで、買いたてのキャンパスのようだ。

 数歩遅れてきた赤奈はユウの姿を見て微笑みながら

「災難だったよね。僕達あまり運がよくないみたいだ」

 と白い息を吐き出した。

 深呼吸をすると肺が凍るくらい冷たい空気が入り込んだ。あまりの冷たさに咳き込みそうなる。

 もっとも、赤奈のぼやきとは対象にユウは楽しそうに笑った。

「そうですか? エレベーターに閉じ込められるなんて滅多にありませんよ。これも経験だと思った方がいいですよ」

「……ポジティブだなー」

 棒読みくさい返事をしながら先ゆくユウの後ろについていく。歩くたびにキュキュと鳴るのも冬の風物詩だろう。

「でも確かにあの余った時間でお互いのことを話せたのは良かったと思うよ。僕達なんだかいろいろ過程を飛ばしすぎたかもしれないね」

 赤奈は主に家族――それも妹との冒険談について話した。

 話している内に結希との思い出が蘇ってきて、胸の内に封印した想いが涙腺を緩ませた。

 人前で涙を流すなどとてもできないので我慢したがおそらくユウには見破られているだろう。なんとなくそんな気がした。

 ユウ自身はあまり語りたくなかったようだが、渋々といった感じで昔のことを話してくれた。

 驚いたことに学生時代の話だった。

 話を聞く限り、天使を社会になじませるために義務教育をやっているそうだ。ちなみにユウは既に教育課程を済ませているらしい。

「あれ? てことは君って僕と同い年?」

「いえ、教育課程は終わらせましたが、赤奈さんの一つ下ですよ」

「あ、やっぱり。そんな気がしてた」

「えー、嘘ばっかり」

 他愛もない会話を繰り返しているうちにシンシンと降っていた雪が少し強くなった。

 ユウは赤奈の体を心配してか、僅かばかり歩を速めた。赤奈もそれに合わせるように歩幅を増やす。

「赤奈さん。大丈夫ですか? 寒いの苦手じゃ……近くにコンビニもありますし、傘を買ってきますよ?」

 どこか早口言葉のユウに赤奈は頭の雪を払いながら

「大丈夫だよこれぐらい。それになんだか、体の調子がいいんだ。重さが取れたっていうのかな? これも天使の因子のおかげかもね」

 一見、軽い調子のように聞こえたが、僅かばかり戸惑いの声色を感じ取れた。

 やはり、怖いのだろう。自分が段々と人から離れていくのが。

 ユウも天界で散々言われたことがある。決して他人に天使だと悟らせるな、と。

 「どうして」と一度だけ尋ねたことがある。

 担当教諭は苦虫をすりつぶしたような顔で忌々しそうに言った。

『人間は自分や他者とは大きく外れた者を畏れ、蔑む傾向が強い。並外れた力を持つ我々だって例外ではない。もし正体がばれれば迫害の対象になってしまうのは間違いない』

 もう既になっています、と最後まで言わなかった当時の自分を思い出しながらため息をつく。

 今思えば教師の彼は既に経験していたのかもしれない。時々、顔を歪ませては思いつめるような顔をしていたからだ。赤奈もそのようになってしまうんだろうか?

 嫌だと思った。赤奈に辛い思いはさせたくない。

「あ、赤奈さん 天使って色々と便利ですよ! 身体能力だって上がるし、怪我をしても大体一日で完治するし、ほら何より空も飛べるじゃないですか! 人類の夢ですよ夢!」

 赤奈を慰めたい一心でそれはもう必死に言葉を繕った。あまりにも必死すぎて滑って転んでしまうくらいだ。

「きゃっ」

 女の子な悲鳴と盛大な音を立てて、尻餅をつくユウに赤奈は慌てて寄りそう。

「大丈夫? めちゃくちゃ痛そうだけど」

「だ、大丈夫ですよ。これくらいどうってことないです」

「ほんとに? もし辛いならおぶっていくけど。もうすぐそこが博物館だし」

「だ、ダメです! いくら調子がいいからって油断してはいけません! 赤奈さんはただでさえ、虚弱でもやしなんですから無理してはダメです!」

 跳ね起きながら赤奈に無理させまいと熱弁を振るう。思いは通じたが、代わりに赤奈の男の尊厳が木っ端微塵に砕け散った。

「う、うん。そうだね。無理しちゃダメだよねアハハ……………………はぁー」

「はい。…………………………ん?」

 あ。

 とユウが一瞬硬直。やってしまったありえない、という痛恨の表情を過ぎらせる。

 それから慌てて赤奈に――赤奈の背中に視線を投げた。

「………………」

 言うべきだ。

「あ、あの赤奈さん」

「ん…………どうしたの?」

 傷心を負った赤奈が問いかける。顔から色素が失せているのは気のせいではあるまい。

「や、やっぱり、足が少し痛むなーなんて」

「見た感じ腫れたりはしてないけど」

「腰の方が痛い気が……」

「打ったのお尻じゃなかったかな?」

 と、ことごとく建前を潰してしまう。こちらの意図がまるっきり伝わらない辺り、流石赤奈である。

 ストレートにおんぶしてくれ、と言いたいが、一度断った手前、改めては言い出しにくい。意を汲んでくれないか、などという期待など最初から持つべきではなかった。

 やがて、あきらめのため息をつき

「…………なんでもありません」

 赤奈さんのアホ馬鹿間抜けボケ。

 ユウは未練をおいていくように歩を早めた。

 赤奈は首をかしげながらその後を追う。

 それからしばらくして

「あ、博物館が見えてきたね」

「あれが……大きいですね」

 遠目だが、白い大きな建物が見えた。

 デパートから歩いて15分。それは町外れにあった。

 ここに、自分のルーツが眠っているのだ。鼓動が速くなるのが分かる。今すぎにでも飛び込みたい。

「ねぇ、ユウ。今幸せ?」

 初めて名前を呼んでもらえた。たかがそれくらいのことでドキッとする自分がいる。

 言葉が出ず、視線だけで返事をする。

 赤奈は瞳を覗き込みながら小さく笑った。

「特に意味なんてないけどね。ただ、僕は今『生きてる』って感じがするんだ。ずっと寝たきりだった僕がさ、こんな素敵な女の子と街に出て、一緒に遊んで、喧嘩して、、一つの目的を一緒になって取り組んでいる。これってきっと素晴らしい事なんだよ」

 いろいろ言いたいことがあったが、とりあえず赤くなった顔を見せないように俯いた。

 雪の冷たさに負けないくらい体が熱いのを意識しながらユウは微笑む。

「その気持ち大事にしてください。天使は人のプラスの感情を力にできます。赤奈さんのその幸せな気持ちが私に勇気をくれます。だから、忘れないでくださいね」

「うん。ありがとう」

 雪はまだ降り続ける。

 博物館の開館時間はゆうに過ぎた。




はい、おつかれさまでした。

ようやく外に出て、次はいよいよ二人の目的である〈真実の鏡〉に接触します。

来週は新しいキャラが出るんで要期待で。

感想や誤字脱字の指摘お待ちしております。


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〈真実の鏡〉

本当に2週間に一回になってるよ。

できるだけ早く投稿していきたいです。

では、どうぞ。


 

         13

 

 館内に入ると暖房が効いていた。仙湯のような温かさが冷え切った体に染み渡る。

 開館初日な為、館内の人だかりは相当なものだった。やはり、馬鹿らしいが広告の売り言葉が話題を呼んだのだろう。

 二人は出入り口に立っている案内嬢からパンフレットを受け取り広げる。目当ての〈真実の鏡〉はどうやら建物の最奥にあるようだ。

「うへぇー、結構広いね。どうする? 待ちきれないなら走って行く?」

「そんなはしたない真似はしません! もう……私をなんだと思ってるんですか……」

 何か形容し難い気持ちが胸の内に生まれたが言葉にはしなかった。言えば必ず銀鱗の錆になってしまう。

 それでも、ウズウズと体を震わせてる天使を見て、それとなく最短ルートを歩き、目的地へと急ぐ。

 人集りをくぐり抜け、奥へ奥へと向かう。

 途中、何度か興味のそそられる鉱物や古代遺産の誘惑を振り切り、足を動かす。

 そして、ようやくそれにたどり着いた。

 本日のメインである〈真実の鏡〉は窓が一つしかない部屋にあった。

 最奥にある部屋の中心に胸まであるショーケースがぽつんと立っている。その上に鏡はあった。

 そこまで確認した時、ユウは自制が効かなくなったようだ。ネジ巻き人形のように一気に走り出す。

 はしたない真似とは一体なんだったんだろうか? かくいう赤奈もウズウズを開放して、後を追うのだが。

 赤いロープに囲われた鏡を前にして足踏みしているユウを落ち着け、鏡について聞いた。

「どう? 何か解った?」

「ええ、ここまで近くに来るとはっきり感じます。〈真実の鏡〉は神器です」

「へー、神器って武器だけじゃないんだね。楽器とかもあるの?」

「どうでしょう? 私も全て把握してる訳ではありませんから」

 やや興奮気味な回答が返ってくる。

 赤奈は相槌を打ちながら、ある確信を得た。

 昔、自分が鏡を使って何かを見たのは夢ではなかったのだ。その内容は全く思い出せないが、今はさして重要なことではない。

「鏡を手にとって、見たい内容を強く念じるんだ。それが鏡に映るよ」

 幸い今は客も警備員もいない。監視カメラに映ってしまうだろうが、触るくらいなら見逃してくれるはずだ。

 視線だけでユウを促し、自分は鏡から離れた。ユウは眉をひそめ、同じように視線だけで問いかける。

「プライバシーもあるしね。僕は離れておくよ」

 至極、当然の回答をしたつもりだが、ユウはお気に召さなかったらしい。

 仏頂面になり、距離をとった赤奈に詰め寄る。そして、仏頂面のまま赤奈の手を取る。

 柔らかい感触が右手から伝わり、少し頬が赤く染まった。

「え、え?」

 たじろぐ赤奈。ユウは赤奈を尻目にもっと強く手を握り締める。

「赤奈さんも見て下さい。ここまで関わってしまったんですからアナタにも見る権利はありますよ?」

 確かに気にならないといえば嘘になる。だが、言ってしまえば記憶を見るということはユウの頭の中を覗くことと同義だ。

 それでも構わないのか? そう尋ねると構わない、と返ってきた。

「分かったよ。一緒に見よう。そして、決着をつける。ユウの記憶、そして僕らの関係に」

「うん!」

 満面の笑みをこぼし、二人は改めて鏡に向かい合う。

 どちらからともなく手を繋ぐ。絡め合った指先の熱がお互いの存在を証明してくれる。一人じゃない。痛いくらいにそれが解った。

 

「…………本当は、本当は怖いんです」

「怖い? 何が怖いの?」

「私が怖いのは昔の私が悪い人間だったらどうしよう。ううん、赤奈さんに嫌われるような醜い人間だったらどうしようって。それを考えるだけで寒くなるんです。震えが止まらなくなって、足がすくんで動けなくなる」

 言葉通り、ユウが震えているのを感じた。声が、指先が、僅かに触れ合う肩すらはっきりと分かるくらい震えている。

 抱きしめる。あるいは額を当てるなどの高度なスキンシップは頼りない自分には取れそうにない。

 だが、大切な人であるユウを安心させてあげたい、励ましたい。その強い想いだけが胸中を支配する。

 だから、自分の気持ちが伝わるよう痛いくらいに手を握りしめた。

「僕は、僕はどんな君でも絶対に受け入れるよ。たとえ、君が善人から程遠い人間だったとしてもそれは君の全てじゃない」

 力強く言い切る。紅い瞳がユウの瞳を覗き込む。

「少なくとも僕の知ってるユウは普段はクールでツンツンしてるけど、本当は子供で、甘えん坊で、暗がりを怖がる可愛い一面もある――――とっても魅力的な女の子だよ」

 言い終わってからハッとなった。感情任せでとんでもないことを口走ってしまった。後から羞恥心で体中の体温がマグマが吹き荒れるかのように熱くなる。

 ユウからの反応がない。あれだけは恥ずかしいことを言ってしまったのだ。何かしら反応がないと困る。いや、本当に。

「やっぱり……好き。赤奈さんの事」

 ぼそり、と小声でそんな言葉が聞こえる。もう死ぬかと思うくらい、体が火照てた。心臓がやかましいくらい鳴る。

 どうしようもなく体を硬くしているとユウが片手で鏡に触れた。

「ありがとう。赤奈さん。やっぱり、私アナタのことが好きです」

 うっと喉を詰まらせた。

 面と向かってはっきりと言われるとむず痒い。言葉を濁しながら、そっぽを向いた。

 ユウは最後にとばかり、赤奈の手を強く握り返し、手を離した。

「充電完了です。これで私はもう大丈夫!」

 明るく振舞うユウ。どうやら覚悟は定まったようだ。

 天使としての力を解放し、翼を生やす。それから、両手で鏡を手に取った。

 いよいよだ。赤奈の唇が急激に乾いていく心臓の鼓動などもう一生分使い果たしたんじゃないのかというくらい速い。

 隣のユウが目を閉じた。そして、強く念じるようにこめかみに力が入れる。

 ほどなくして、鏡に変化が起きた。

 ユウと赤奈を映していたはずの鏡が絵の具を混ぜたようにぐにゃりと歪み始めたのだ。

 歪みはどんどんと荒くなっていき、しまいには回り始める。そして、その怪現象が収まりを見え始め、ついには――――――




はい、お疲れ様です。

一身上の都合でこれからは火曜日に投稿していきます。そのつもりでお願いします。

感想や誤字脱字の指摘お待ちしております。


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黒幕

 その時だった。

 部屋の空気が、一瞬膨らんだ気がした。両耳がジーンと痺れ、それが破裂音のせいだと気付くのに時間を要した。次いで、コン、と何かが足元に当たった。茶色っぽい金属の筒だった。

「…………薬莢?」

 どうにかそれだけを確認すると隣の天使から悲鳴が聞こえた。

 色の良かった顔が蒼白に染まり、一点を指した指先が震えている。指先に導かれ、視線を向けた。

「なっ…………!」

 言葉が詰まったのが分かった。

 赤奈の目が限界まで開かれ、顔色が驚嘆でいっぱいになる。

 〈真実の鏡〉に細かいヒビが入っていた。 中心から蜘蛛の巣のようにヒビが広がっている。そして、その原因は一発の鉛玉だった。

 鉛玉。それ意味するのはたった一つ。

 つまり、銃。誰かが後ろから撃ったのだ。鏡に――――または自分達に。

 では一体誰が?

 その答えにたどり着く前に声が聞こえた。

「ちょっと二人共~鏡を確認するよりも先に後ろ振り向くんが普通の反応やろ?」

 耳だけではなく、思考も麻痺していたらしい。いの一番にしなければいけないことができていなかったようだ。

 それにしても、声に聞き覚えのあると思った。勘違いか? いや、聞き間違えるはずはない。なにせ長い付き合いなのだから。

 だが、それはありえない。考えるのもバカバカしい。赤奈は最後まま否定し続けた。振り返るまでは。

「…………!」

 その姿を確認した瞬間、直感的に全てを把握した。

 天使は言っていた。――契約者は変な言葉遣いだと。

 天使が見せくれた。――自分の写った写真はふざけた加工が施された。

 彼は言っていた。――また、来世で会おうと。

 全てが繋がった。一体自分はどんな顔をしているのだろうか。絶望か? 怒りか? それとも悲しみか?

 いずれにせよ赤奈はこの複雑な塊を喉に詰まらせながら尋ねる。

「あなたが今回の黒幕なのか……?」

「ん? せやで。ワイが今回の黒幕や。ついでにお察しの通り悪魔デース。」

 いつもの怪しげな関西弁と軽い調子でごく当たり前のようにそいつは答えた。

「いやー、それにしても焦ったわ。まさか、天使ちゃんが赤奈君を仕留めないどころか、友達になって、あまつさえ恋人になりたいなんて言い出すなんてな? こりゃ流石のワイも読みきれんかったわ」

 聞いてもいないことをペラペラと語り出す。まさしく彼だ。それが偽物ではないことを物語っている。

「…………から」

「ン?」

 赤奈の途切れそうな、陶器のような硬い声が聞こえる。

「いつから……僕のことを裏切ったんだ?」

「いつからやと思う?」

 人を食った、不遜な態度。それが燻らせている怒りに火をつけた。

「ふっっざけるなぁ!」

 赤奈は怒りで我を忘れ、あろうことか飛びかかった。

 契約者は焦ることなく、怪しげな笑みを浮かべたまま引き金を引く。

 銃口からオレンジ色の光が見えたかと思うと方から血が吹き出た。

「ぐぁ!」

 そのまま肩の痛みに引きづられるように地に伏せた。

「あ、赤奈さん!?」

 我に返った天使が駆け寄ろうとするが、牽制の弾丸が足元で跳ねる。

 うかつには動けない。せめてもの抵抗でユウは精一杯睨みつけた。

 それをものともせず、契約者は地に伏せている赤奈を見下ろしながら嘲笑った。

「いやー愉快愉快。こうやってると気分いいわ。今まで楽しかったで? 君とのお友達ごっこは?」

「あんたっていう人は……!」

 抑えきれない怒りが力に変わる。

 しかし、立ち上がろうとするものの肩を撃たれている為うまく立ち上がれない。

 見れば血の水溜りが出来ていた。相当な出血量だ。うまく立てるはずもない。

「それに、嬉しい誤算もあるで。おかげで計画の見返りが大きくなるわ」

「ど、どういうことですか!? あなたは一体何を考えて、こんなことを…………」

 男はクルクルとハンドガンを遊ばせながらんーと考える仕草をした。

 やがて、「まぁ、いいか」と呟き、嬉々とした語りだす。

「ワイは昔、好きな女がいてん。そりゃごっつ美人でな? 運のいいことにワイはそいつの幼馴染やった。でも、ある日、天使の男が現れた。二人は劇的な出会いをして駆け落ちをしよった」

 いきなり、昔話が始まったかと思えば、衝撃的な内容にユウは薄ら寒いものを感じた。

 天使と悪魔が恋? 有り得ない。

 だが、男は構わず続ける。

「ワイは裏切られた。だから、その二人を――マリーを追いかけた。復讐するためにな。だが、ようやく見つけたかと思えば圧倒的な力の差にワイは手も足も出んかったよ。ただ、二人には弱点があった。なんやと思う?」

 二人は答えない。そもそも答える気はない。

 それを見越していたのかたいして間を開けず契約者は続ける。

「あろうことか子供を作ったんや。決して相いれることのない天使と悪魔の子をな。二人はその子を庇った。ただ、その時マリーに致命傷を与えられ、ワイは力をほとんど失ってもうたんやけどな」

 反吐が出るくらいゲスな話だった。要約するとただ寝取られたから八つ当たりしただけである。

 吐き出しそうな嫌悪感を込めて赤奈は訊く。

「その子は……どうなったんだ?」

「生きてるよ。しかも、ワイの目の前にいるで」

 目の前に。それはつまりそういうことだろう。

 赤奈は震える声を必死に押さえつけて、答えを問う。

「まさか、僕なのか? 僕は天使と悪魔の間にできた、子供……?」

「大正解。良かったな赤奈君。衝撃の真実が知れて」

 赤奈は相当混乱しているようだが、天使はこれで納得した。

 天使の因子が覚醒し始めた時、遅れて悪魔の気配が赤奈から感じた。最初は勘違いだと思ってたがどうやら正しかったようだ。

「さて、鏡も壊したし、あとは僕に頼るしかないな? ていうわけで今夜の0時に旧病棟の屋上で待っとるわ」

 そうして契約者――いや、赤奈の担当医『仁矢』は白衣を翻しながらその場を立ち去った。

 ユウが追いかけようとするが赤奈は追わなくていい、と静止をかける。

 そして、しばらくして入れ替わりで警備員が大挙してなだれ込んでくきた。

 血を流して倒れている赤奈を見て泡を食った様子で駆け寄ってくる。

 担架で担ぎ込まれ医務室に運ばれる間、赤奈は何度も仁矢との会話をループさせていた。

 今夜、自分の運命は劇的に変わるはずだ。それがどのように進むかは解らない。だが、逃げることは決して許されない。薄れてゆく意識の中でそんなことを思った。

 




若干遅れたけど気にしない!

再登場&黒幕判明。

なんか展開が一気に来た感じだけどもう少しゆっくりでもよかったきがする。

感想や誤字脱字のしてきお待ちしております。


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泣く意味

 美術館から出ると雪は止んでおり、代わりに満月が夜空を照らしていた。

 二人はどこかどんよりとした雰囲気のまま歩いている。

 あの後、警備室で簡単な治療を受け、二人は解放された。

 幸いというべきか弾は貫通していて跡は残らないそうだ。

 本来ならば警察の事情聴取があるのだが、傷に触るという理由で後日改めて事情聴取を受けることになった。ユウは付き添いという形で一緒に釈放してもらえた。

 しかし、警備員にありのままの事実を伝えたが、名前や住所には嘘を付かせてもらった。なにせ、犯人は自分の知り合いで悪魔なのだ。おいそれと言える内容ではない。

 赤奈は深いため息をついた。これから一体どうするべきか。

 普通なら逃げるだろう。危険である銃を――しかも両親と因縁がある執念深い悪魔の相手などとてもではないが相手にしたくない。 それに相手は自分の恩人だ。嫌に決まっている。

 今でも信じられない。なぜ仁矢が自分を裏切ったのか。今までの5年間はなんだったのか。なぜ自分の命を何度も助けたのか。

 相変わらず答えは出なかった。だが、赤奈はその問いを妄信的に考え続ける。隣で気遣わしそうに視線を送るユウに気付かず、ずっと、ずっと――――――

「っ!」

 不意にズキリと痛みが走り、包帯が巻かれているはずの肩に触れる。考え事すらさせない手痛い置き土産にギリっと歯の奥を鳴らした。

「赤奈、さん? 大丈夫ですか?」

 ユウはどこか怯えたような目で尋ねてきた。まるで親の機嫌を伺う子供のように感じた。

 すぐにうらぶれた自分が苛立ってるからだと察した。

 ユウだって目の前で鏡を割られたのだ。ダメージは赤奈より大きいはずだ。それなのに自分のことより赤奈の心配をしてくれている。不甲斐ない。本来ならば、自分が真っ先にフォローすべきなのに。これでは情けないだけではないか。

「体の方は大丈夫。ただ心の整理がつかないかな。なんだか、心が現実を受け入れる準備をしていないからかも」

「赤奈さん。私なんて言えば…………」

 ユウが悲痛そうな面持ちで呟く。赤奈はギュッと胸を締め付けられた。

「ごめん。本当なら僕が君のフォローをしなきゃいけないのに」

 そんな顔をさせるつもりはなかった。赤奈はうなだれるように謝る。

 ユウは小さく首を振った。

「いいですよ。気にしないでください。好きでやってますから。それに私は平気です」

「平気? そんなはずはないだろ。だって目の前で悲願が叶いそうだったんだ。辛くないわけが…………」

 そこで足を止めた。突、然立ち止まった赤奈に隣のユウも遅れて停止する。

 振り返ったユウがどうしたんだとばかりに小首をかしげる。

 言うべきか言わないべきか。迷いは本の一瞬で終わった。

「手……震えているよ」

 ユウの雪にも負けない白い手を握りしめる。僅かばかりの震えが赤奈に伝わる。

「こ、これは寒さからであって赤奈さんの考えてることは何一つ――――」

「かもしれない。でもそうじゃないだろ? 本当は辛くて悲しくて仕方ないはずだ。違う?」

 ユウは最初こそ狼狽の姿を見せたが、すぐに照れ笑いを浮かべた。

「すごいですね。なんで分かったんですか? 頑張って隠したつもりだったんですけど……」

 語尾が涙でかすれて消えそうだ。

 なぜ、ユウが仁矢に目をつけられたかは解らない。だが、少なくとも赤奈と両親が絡んでいるのは間違いないだろう。当然、それは息子である自分にも絡んでくる。

 だから、自分はユウを慰める資格なんてない。

 しかし、そんなちっぽけなエゴよりも目の前の少女を救いたかった。あの夜みたいに命を賭けるほどの切実な想いが胸から溢れ出た。

 気付けば、赤奈はユウを力いっぱい抱きしめた。びっくりしたユウは赤奈の中で小さくなっている。

「泣きたい時は、泣いていいと思う。じゃないと心が壊れちゃうから。だから、今だけ……ね?」

「赤奈さん。私……私…………!」

 それからふたりぼっちの世界にユウの泣き声だけが響いた。赤奈はユウの体温を求めるようにさらに体を密着させた。

 どれくらいしただろう。泣き止んだユウが赤奈の胸から違和感を感じ取り、顔を上げた。

どこか憑き物の取れた晴れやかな表情で囁いた。

「赤奈さん。肩から血が出てますよ」

「……ホントだ。少し強く抱きしめすぎたかな?」

 確認すると巻いていた包帯に赤い染みが出来ていた。ただ、あまり対したことのないように感じる。

「大事になったらいけませんから、治しますね?」

 そう言って天使は唇を近づけた。艶かしい息遣いが嫌でも聞こえてくる。

 天使の能力は軽傷なら触れるだけでも回復できる、とユウ本人が口にしていたことを思い出すが、赤奈は自ら唇を重ねた。

 甘い感触が全身を痺れさせる。

 今度は時間を数えていたので、5秒ほどの快感を味わった。

 そのままユウを胸に抱く。

「赤奈さん…………逃げませんか? 私、赤奈さんがいれば他は何もいらないです」

 凄く魅力的な提案だった。このまま逃げ出せばどれだけ楽だろう?

「ダメだよ。僕は逃げない」

 だが、彼は逃げ出さない。

 赤い瞳が深い光を放つ。それは決意の表れ。

「約束しただろ? 君を絶対に救い出すって。だから僕は逃げない。必ずユウの記憶を取り戻す。それに僕と仁矢さんの決着もつけなきゃいけない。だから、絶対に行かなくちゃ」

「赤奈さん…………やっぱり、あなたは頑固ですよ。昔から、そう。言いだしたら聞かない……」

 途切れ途切れのか細い声に耳を貸しながらもあれ? と疑問を感じた。

「昔って、僕らは昨日会ったばかり…………って寝てる?」

 見れば、穏やかな寝息を立てて、ユウは体重を赤奈に預けていた。

 泣き疲れたみたいだ。このような子供っぽいところが妹によく似ている。

 はぁー、と大きなため息をつき――だが、どこか嬉しそうに――ユウの矮躯をおぶる。

 バス停まで距離200メートル。たどり着くには天使と悪魔の因子がどれだけ覚醒しているかにかかっている。




若干過ぎてるけど気にしないw

いよいよ、物語も終盤というかもう終わります。
5話もないんじゃないかな?

というわけで今現在新しい作品のプロットを製作中です。

まだっはっきりとは決まってませんがロボット(?)モノになると思います。

もしかしたら何かしらの二次創作になったりするかもしれませんが、今のところはオリジナルのロボットモノの予定なんでそちらの方も引き続き見ていただければ嬉しいです。

では、感想や誤字脱字の指摘お待ちしております。


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記憶よりも大事なもの

 

         14

 

 結局、バスの発車時刻には間に合った。

 道中、目を覚ましたユウが、状況を理解。顔を青くして――赤くもしていた――何度も体の調子について尋ねてきたが、笑って大丈夫だ、と応えた。

 看護師に見つからないように病室に帰宅し、汚れた服を着替える。

 動きやすい格好に着替え終わった頃には約束の時間が迫っていたので、そのまま移動する。

 こうして、二人は旧棟の屋上で仁矢を待っているのだが

「遅い!」

 いらだしげに天使が呟く。

 赤奈も苦笑はしつつも、先程からずっと壊れた扉から目を離していない。

 かれこれ10分くらい待っている。しかし、仁矢は約束の時間を過ぎても一向に現れる気配を見せない。

「まぁ、あの人が時間通りに来るなんてほとんど……いや、一回もないか」

 はっきり言えば仁矢が遅刻するのは長年の付き合いで予想できていた。というか、あれは約束など守る人種ではない。ユウも同意のようでしかめっ面を強くする。

 寒空の下で待つ二人を嘲笑うかのように北風が吹く。

 赤奈は身を竦め、鳥肌のたった二の腕をこすった。

 これ以上待つと肉体的にも精神的にも悪影響を及ぼしかねない。

 ユウに一度中に戻ろう、と提案しかけた時、ガチッと鉄同士が噛み合う音が聞こえた。

 二人の間に緊張が走った。

 ドアノブの壊れた扉が開くと現れるのは白衣の悪魔、黒凪 仁矢。

 彼は詫びる様子もなく、二人を見つけるとニヤニヤと卑しい笑みを浮かべながら近寄る。

「いやー、早いなーふたりとも。どうせ五分前集合やろ? 真面目ですなー」

 人食った不遜な態度にユウは苛立ちを隠さず、それでいて静かに抗議する。

「約束の時間はとうに過ぎています。 指定の時間を取り付けたあなたが先に来るのが筋でしょう?」

 それに対して仁矢は片腹痛そうに大声で笑う。

「約束とか筋とか悪魔が守るわけないやん? 君何考えてるん?」

「あなたっていう人は…………!」

 ユウが天使の力と銀鱗を顕現させなり、すぐさま刀を抜いた。

 今にも飛び出してしまいそうだ。

「おーお、怖い怖い。そんなもん向けんといてーや。それ僕があげた刀やん。やめてくれるへん?」

 口ではそう言っているが、完全に煽りにかかっている。あくまで人をくったスタンスを崩すつもりはないようだ。

 そこでおや? と赤奈は首を捻った。今何か重要なことを聞き逃したのではないか?

「銀鱗ってあの人から受けっとたの?」

「ええ、そうです。どんな手を使ったのかは解りませんが、悪魔である彼が神器を所持していました」

 一瞬、紛い物と疑ったが、それはないと考えを改める。

 徐々に覚醒しつつある天使の因子が〈銀鱗〉を本物と認めている。なにより、目の前であの力を見せつけられたのだ。疑う余地はない。

「その刀は赤奈君の父親が使ってた神器でな。あいつが逃げた際に奪ったったわ。ま、悪魔のワイじゃ運ぶことはできんから友人の力を借りたけどな」

 含みのある笑いが不気味さに拍車をかける。

 友人の力を借りた、ということは何かしらの手段で銀鱗の力を無効化したのだろうか。 例えば、制約を奪うとか。

「それにしても天使ちゃん。約束約束言うんやったら、僕との契約も果たしてーや。銀鱗で赤奈君をメッタ刺ししろって、わざわざお気に入りのブロマイドも貸してあげたのに」

「ふざけるな! 私の記憶を奪っておいてそんなことを言えるんですか!」

 ユウの言葉に仁矢の細目が一瞬、見開かれた。

 だが、すぐににやりと愉快そうに唇を引き上げる。

「いやー、もうワイの〈呪印術〉がバレたんか。そうそうワイの能力は相手の記憶を奪う力や。天使ちゃんが死ぬ間際に記憶を奪わしてもらったで」

「まさか……あなたが、私を……殺した……?」

 虚ろげな問いに仁矢はにこにこと笑った。

 それが答えなのだろうと赤奈が察するより早くユウの体は動いていた。

 疾い。それに刀身が霞むほどのスピードで打ち込む打突を避けるなど無理だろう。

 気付けば、仁矢の額に刀が打ち付けられ、大きく吹き飛ばされていた。血が出てない為峰打ちだと分かった。

 頭を打ち付けた仁矢は起き上がりそうにない。それでも、気を失わないのは悪魔の体のおかげか。

 ユウは脳震盪気味の仁矢に躊躇いもなく刀を突きつけ、強い口調で問いただす。その瞳はどこまでも冷たく、深い闇色が広がっている。

「さあ、返してもらいますよ私の記憶。先に言いますが私は一切躊躇しません」

 半身起こすことも出来ない仁矢が諦め悪く銃を向けようとするが、宣言通り容赦のない刑が下される。

「づぁっ!」

 右手を突き刺された仁矢の鈍い呻き声が耳に入る。

 いかに自分が運が良かったのか再確認した。もし、彼女に迷いがなかったなら自分はここにいない。

「選びなさい。私に記憶を返して死ぬか。それとも記憶を返さずに死ぬか。私は本気ですよ」

 冷酷な処刑人は表情を一つも動かすことなく、言葉をつづる。

 ユウの冷淡な声音に味方のはずの自分が気圧される。

 まったく恐ろしい友達だ。

「ハハ、最初からそううやって赤奈君を殺してくれると楽やねんけどな」

 無駄口一ポイント。陣屋の軽口に反応してさらに深く刀を食い込ませた。

 仁矢の顔が見るからに青くなる。痛みを堪えきれなくなってきているようだ。

「最終宣告です。返しますか? 返しませんか?」

「なんや、淋しいな。まるで記憶なんてどうでもいいみたいやんか。あんだけ執着してたのに」

「もう拘る必要はなくなりました。私は過去《きおく》なんかよりも大切な物を見つけました」

 そこで初めて仁矢の仮面が歪んだ。分かる人にしか解らない、心の隙間が垣間見えた。

 ただ、赤奈にも少なからずの驚きがあった。

 彼女が見つけた記憶よりも大事なものとは一体なんだろう?

 嫌な予感がした。そして、それは必ず当たる。しかも、心当たりもあった。絶対に当たる。

 図らずも彼女は赤奈の予感の答えを言ってくれた。それが赤奈を――――狂わす。

「私は、もう記憶なんかよりも大事な人がいます。大好きな赤奈さんさえいればそれでいいです。だから、絶対に私はもう赤奈さんを傷つけない」




テスト期間中にこっそり投稿。

きっと誰も見てないだろう、と思いながら投稿しました。

ずっと投稿できなかったのはテスト期間だったからなんですよ。

テスト自体は8月5日まであります。終わってからまた書き始めるので8月11日に投稿開始します。

それでは、またお会いしましょう。


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命の価値

お久しぶりです。あれから3週間経ったよ…

なかなか執筆が進まずこんなに遅くなってしまいました。夏休みが終わるまでに完結させるつもりだったのになー。

これkらも生温かい目で見守ってください。

では、どうぞ。


「私は、もう記憶なんかよりも大事な人がいます。大好きな赤奈さんさえいればそれでいいです。だから、絶対に私はもう赤奈さんを傷つけない」

 その言葉にユウがどれだけ自分を思っているか改めて思い知らされた。

「あはははっはははあっははあ!」

 その時、狂ったような嗤いが虚空を突き抜けた。

 視線を落とせば、仁矢が心底おかしそうに体を縮めて、喉を震わせている。

「……何がおかしい!」

 自分の言葉が馬鹿にされたのが癇に障ったのか、瞳には憎悪がより一層強く彩られた。

 そんなユウに物怖じもせず、高笑いを交えながら仁矢は愉快そうに語る。

「これが……ハハッ笑わずいられるはずないやん? その調子やと何も聞かされてないようやな。殺生な話やでハハハ」

 なおも笑い続ける仁矢を不快の対象としか見れないユウは刀を半回転して黙らせる。それでも笑いを漏らす音だけは聞こえるが、いちいち相手をするのもバカらしくなったようで、それ以上アクションを起こすことはなかった。

 赤奈はまぶたを閉じ、ゆっくりと開いた。

 ――――ありがとう。でも、ごめんね。

 赤奈はそっとユウに近づき、刀に手をかけた。

「ちょっと借りるね」

「え、あ、赤奈さん?」

 びっくりするユウを尻目に、赤奈は銀鱗を半ば奪い取るような形で刀を引き抜いた。

 昨日よりもずっと軽くなった刀を握り締めたまま、もう一度、今度は聞こえるように謝る。

「僕、君に謝らなくちゃいけないことがある。だから先に言わせてもらうよ。――――ごめん」

 唐突に謝罪を貰い、ユウは困惑を隠せないようでわずかばかり顔を引きつらせた。

 赤奈はそんな彼女に申し訳なさでいっぱいになるが、それでも言葉を続ける。

「僕、ユウに言ってなかったことがあるんだ。もっと早く言っていればよかったって思うよ。そうだったら、君の中の優先順位が変わることもなかったのにね」

 哀れみを込めた言葉にユウは今度こそはっきり、当惑の色を示した。その姿を昨晩の自分と重なった。

「僕はもうすぐ死ぬんだ。この訳のわからない発作のせいで」

 飾りげのないシンプルな言葉は天使から表情を奪うのに十分すぎる威力だったようだ。 咄嗟に言葉が出なかったユウは十分な間の後、虚ろげな声を出した。

「嘘……だって、赤奈さんあんなに生きるのに必死で、最後まで私からがんばって、戦って。それに、退院するって、言ってたじゃないですか」

「うん、退院はするよ。でも、病気が治ったわけじゃないんだ。僕の病気は治ってない。そもそもこの病気は原因不明の不治の病だから、治ることはないんだ。だから、僕が退院するのは単なるターミナルケア。残りの余生を人間らしく過ごしてくださいっていうことなんだ」

 天使には到底縁のない単語に解説を交え、目を伏せた。恐らく、今ユウは見たことのない表情をしているに違いない。赤奈にはそれを直視する自信はなかった。

 しかし、それも全部自分のせいだ、と自覚はしている。

 友達を作ろうと思わなければ、いや、そもそも素直に彼女に殺されていれば…………

 瞬間、すぐに首を振る。

 それは墓前で誓った妹との約束に反する。病でふせるその日まで自分は生きることを諦めてはならない。己の内に決めたそれはどのようなルールや法則よりも絶対である。

 だから、昨夜の自分はその信条に従った。今更、昨日のことをグダグダ言っても仕方ない。

 しかし、だからこそこんな考えの元に動く自分が、いや、考えついた時点で十分おかしくなっているのがよく分かった。

 ――話さないといけない。僕が何を思っているのか。何をしようとしているかを伝えなきゃいけない。だから、もう一度言うよ。ごめん。

 もう何度目かわからない謝罪を心で呟き、顔を上げた。

 涙で泣き腫らしたユウの顔を直視する。ズキリと胸が痛みを訴えたが、これからする話は彼女の顔を更に歪める話だ。今は心を殺してでも話さなければならない。

「近い将来、僕は死ぬ。これは逃れられない運命だったのかもしれない。だからさ、その前に僕の命――君にあげるよ」

 彼を知る者が聞けば、耳を疑うだろう。それ程までに衝撃的な言葉だった。それは天使も例外ではない。

「聞き間違いですよね? 今、赤奈さんが自ら命を捨てるような発言をしたよう気がしたんですけど……私の勘違いですよね?」

 乾いた笑いを張り付かせるユウに向かってはっきりと首を振った。

「聞き間違いなんかじゃないよ。僕はこの場で君の為に死ぬ」

 ユウの為に死ぬ。それはつまり、赤奈が死んでユウの記憶を蘇らせると言う意味だ。

「ふ、ふざけないでくださいっ!!」

 我慢ならない様に天使が叫んだ。

「私の為に死ぬ? 何を馬鹿なことを言ってるんですか!? 私の話を聞いてましたか!? 私は記憶なんてもういらないんです。赤奈さんさえ居てくれればそれでいいって、そう言ったじゃないですか!」

「うん。言ってたね。でも、僕はもう死ぬよ? 何にも残せずこの世からいなくなってしまうんだ。だったら、誰かの役に立った方がいい」

 興奮するユウとは対照に赤奈はひどく淡々としている。本当に心を殺してしまったのか?

「…………役に立つ立たないってなんですか。そんな自分を物みたいに言うなんておかしいですよ。あんなに命を大切にしていた赤奈さんが、そんなことを言うなんて…………何でですか!?」

 ボロボロと大粒の涙を流すユウはもう叫ぶ元気すら残っていないようだ。言葉を詰まらせてただただ溢れ出る涙を拭いている。

「僕がおかしくなったのは、君のせいだよユウ。君が僕を変えたんだ」

「どういう、意味ですか?」

 ほとんど呆然自失の体となったユウが尋ねる。

 涙に反応しっぱなしの心が激しく揺れるのを感じながら、想いを言葉に変える。

「僕の中でも優先順位が変わったんだ。僕の命でも、妹との約束でもない。君が一番大事になったんだ。ユウと同じように一緒に過ごした一日が今までのどんな時間よりも充実していた。だから、お願いだよ。この命貰ってくれない?」



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幻聴

 それはもう返せない告白の返事だったのかもしれない。

 それだけにユウはようやく黙った。

 長い沈黙が続く。

 ユウは自分と赤奈を交互に見た。明らかに迷っている。それに憤りを感じた。

 なぜこれだけ言ってもわかってくれないのか。赤奈には理解できなかった。

 記憶より命の方が確かに重いかもしれない。でも、その命がもう風前の灯だったら、それに価値はあるんだろうか?

 赤奈は小さく首を振る。明確な答えはわからない。だが、少なくとも非常に軽くなるはずだ。

 だから、誰かの役に立つのなら、ましてや大事な人に差し出すのならそれが一番のはずだ。

 なのに

「嫌です」

 長い沈黙の後、雄勁な物言いで赤奈の考えを否定した。

「赤奈さん。それでも私はあなたに生きることを諦めて欲しくないです」

 先ほどの意気消沈とした姿を全く感じさせない足取りで赤奈の元に寄る。

 その気迫とも言えるプレッシャーに赤奈はひどく焦った。身じろぎ一つすら取れない。

 一体どうしたというのだ。なぜ、彼女は人が変わったように毅然とした態度を取り戻してしまったのか。結論が出ないままユウとの距離はつま先にも満たなくなった。

「どうして? と思ってますよね」

「………………」

「理由は簡単です」

 ユウは優しく言うとゆっくりと腕を赤奈の細い背に回した。密着した体から伝わる命の鼓動が交わる音が聞こえた。

「私が一番大事だってそう言ってくれたからですよ」

 そうだ。自分はそう言った。だからどうしたというのだ?

「鈍いですね。だから、赤奈さんなんです」

 意味のわからない文句に頭を捻る。

 「あ、だめだ」とでも言いたげなユウが目に見えて落胆した。

 相変わらず心音がうるさい。

「私のことを大事だと言ってくれて、余計に手放せなくなってしまいました。だってそうでしょう? 好きな人に大事だって言われたら余計に好きになってしまいます」

「どうして……分かってくれないんだよ。僕のことなんかドナーとでも考えてよ。僕の命で君の大事な思い出が還ってくるんだよ?」

「でも、赤奈さんはまだ死んでませんよ? それじゃドナーにはなりえませんよ。それに何度も言ってますが私は記憶よりもあなたが大事なんですから」

 もっともだ。ここで事前登録などを引き出すのも考えたが、苦しい言い訳にしかならない。

「だから、ね? 一緒に帰ろうよ」

 一緒に帰る。ユウと、一緒に。

 一体どこに帰るというのだ。

 しかし、素の彼女が発した言葉は魅力的に聞こえた。もし今日のような毎日を送ることができたらそれはきっとすばらしいことなんだろう。

 だが、自分の命には制限時間が設けられている。それは時限爆弾のようにカウントダウンを刻み、解除方法も分からぬままいつしか爆発する。そんな明日をも知れぬ命でなければ一もなく受け入れていたのに。――え?

 ようやくここで赤奈は自分の本当の気持ちを知った。

 自分はもっと生きたいと考えている。例え今この瞬間に死んでしまっても彼女と最後まで一緒にいたい。そんな気持ちが胸の奥から沸き溢れてくる。きっと宙ぶらりんになった手を彼女の腰に回せば自分はすべての苦悩から解放されるに違いない。

 困る。やめろ。考え直せ。

 利己的な自分が叫んでいる。だが、その声はやけに小さかった。

 ――こうなれば強行手段しかない。

 なけなしのエゴの欠片を集め、自分を震い立たせる。

 赤奈は暇をしていた左手でユウを突き飛ばす。

 神器を所持している赤奈の力にユウはいとも簡単に尻餅をついてしまう。

 赤奈はすぐさま逆手に持った銀鱗を自分の腹部に突き立てる。体と刀の差は一ミリもない。

 布越しからも伝わる鋭利な感触。武器特有の冷たい冷気が脂汗を誘う。

「わ、分かってくれないならもういい。勝手に死なせてもらう。それで万事解決だ」

 ユウは一瞬息を飲んだが、すぐに緊張を解き、穏やかな表情で赤奈を見つめた。

 何もかも見透かしたような声で

「出来ませんよ。土台無理な話だったんですよ。赤奈さんが自殺するなんて、天地がひっくり返ってもありえないです」

 そう言い切った。

 そんなはずはない。自分は一度決めたら必ずやり通す。妹との約束を今まで守ってきたのが何よりの証左ではないか。

 ――本当にそうなの? 今、お兄ちゃんは私との約束を破ろうとしているよ。

 死んだ妹の声が聞こえた。幻聴だ。どうやら相当追い詰められているらしい。

 そうわかっているのに噛み付くように言い返す。

 ――違う。これは仕方ないんだ。こうでもしないと彼女を救えない。

 ――あのね、お兄ちゃんは馬鹿だから教えてあげる。自分のために死なれたら辛いよ。でしょ? お兄ちゃんは自分が味わったことをあの子にも背負わせるの?

 脳裏にフラッシュバックせれるのは、〈あの日の事故〉

 結希が自分を庇い死んでしまった、忘れたくても忘れることができない永遠の十字架。自分はあの子に同じ想いをさせるのか?

 ――だったら、どうしたらいいんだよ。それなら早いか遅いかの違いだろ! 結局僕は死ぬ。だったら、どうあっても彼女は悲しむじゃないか!

 荒れた嵐のような叫び。

 だが、返事はなかった。当然だ。なんせ幻聴なのだから。

 それでも、狂ったように叫び続ける。

「どうしたらいいか教えてよ。答えてよ。答えてくれよ! 結希!」

「いいですよ。教えましょう」

 今度は返事があった。 見れば、すぐ傍までユウが立っていた。

 自分は声を出してしまったらしい。赤面ものだ。

 ユウはゆっくりと、落ち着かせるように語りかける。

「赤奈さんが私の記憶の為に死んでしまうのは、正直言えば、嬉しいと思います。私の為に命までかけてくれるんだって。でもね、赤奈さん。一つ大事なことを忘れてませんか?」

「大事な、こと?」

 ユウは鷹揚に頷いて

「私の為に死なれると重いんですよ。悲しみの比重がとても重くなる。赤奈さんならわかりますよね?」

 赤奈にはその問いがよくわかった。

 なんせ経験者だ。結希が自分の代わりに死んでしまってから赤奈は幾度となく自己嫌悪に陥り、絶望し、挙句の果てに何度も自殺を繰り返した。

 つまるところ重圧に押しつぶされそうになる。覚えてないだけで悪夢も見ているはずだ。

 そんな辛さをユウにも味あわせるつもりか?

「でも、結局、僕は死ぬ。余命はあと半年くらいしかないんだ。そしたら君はきっと悲しむよ。それだったら僕の命を君の失った記憶にするのは間違ってるのかな?」

「間違ってますよ」

 今度もはっきりと言い切られた。

 もう自分はユウには勝てない。そして漠然と、もはや彼女を説得する手段はなくなったのだと悟る。

「仮に赤奈さんが自殺したら、私も死にますよ。だって、赤奈さんが死んだら生きてる意味がありませんから。それに私のせいで死ぬなんて我慢できません。絶対にあとを追います」

「そ、そんな。やめてよ。そんなこと言わないでよ」

「どうします? それでも死にたいですか? ……いい加減自覚してください。赤奈さんの命はもうアナタだけのものじゃないんです」

 ここまでいくともはや脅しである。

 赤奈は目の前が真っ暗になっていく気がした。

「だったら、僕が病気で死んだら君も死んじゃうの? それなら、僕の命はなんだったんだよ………………」

 途方もない絶望を背負い、赤奈は膝をついた。手から刀を取りこぼしても気付かない。

「赤奈さんが病気で死んだら、きっと、私は壊れちゃうと思います。生きる気力をなくして、ただ彷徨うだけの存在になるかもしれません」

 悲しいことに赤奈にはその光景が易々と浮かべられた。

「だから、赤奈さん。私を強くしてください」

 しゃがんで目線を合わせ、ユウはそう言った。

 言葉の意図がわからず、困惑を表す。

 ユウは幼子を言い聞かせるように、あるいは雨の日に捨てられた子犬に語りかけるように言った。

「私に思い出をください。過去ではなく未来の思い出を。そしたら、きっと、前を向いて生きていけると思うから」

 それからユウの固くも強くもない柔らかな抱擁に全身の力が抜けた。密着した体から伝わる火傷しそうな温かさと羽毛に包まれた如くの安堵。

 自由になった両手はユウを求めていた。彼女と同じように両腕を回せばきっと自分は楽になれる。

 なら、甘えてしまおう。それがきっと正しい答えだ。

「ごめん。ありがとう。もう大丈夫」

 ようやく赤奈はユウの想いに応えた。

 彼女を求める衝動のまま、強く抱きしめる。今まで以上に熱を分け合った。

「もう死ぬなんて言いませんね?」

「うん」

「私と一緒に生きてくれます?」

「うん」

「大好きです」

「うん」

 耳元で鼻をすする音が聞こえた。

 赤奈はからかうように囁く。

「キングオブ泣き虫ちゃんだね」

「…………誰かさんが甲斐性なしだからですよ」

 そう言って泣き笑いを見せてくれた。

 この笑顔は生きていなければ見ることができなかった。やはり、この選択は正しかった。今ならはっきりとそう思える。

 なのに、どうしたというのだろう? この言い知れぬ不安は。まるで、見えない縄にじわじわと首を絞められていくような……




おつかれさまでした。

なんだか切るところが見当たらず3500文字越えになってしまいましたが、どうでしょうか?

個人的には中々赤面な内容だったのですが、よく考えればこの作品ではよくあることだな、と一人で納得してしまいましたw

夏休みがあと2週間もあるので一気にラストスパートをかけたらなー、と思ってます。

感想や誤字脱字の指摘お待ちしております


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再発

 仁矢の告白に、赤奈は視界が赤くなるほど憤りを覚えた。

 嘘か本当かはこの際どうだっていい。目の前の悪魔は自分の触れてはならないタブーを平然と踏みにじった。躊躇いは必要ない。

 胸に秘めていた怒気がどんどん膨れるのを感じながら、取りこぼした刀を拾い上げた。

 いったいどうしてくれようか? 妹の痛みが仮に1だとしても、その百倍――いや、千倍で返しても足りない。

 はっきりわかるのは彼を殺さなければこの怒りを納めることができそうにない。

 まずは手足を削いで肉ダルマにしてやろう。それとも目をほじくり返して、それを無理やり口の中に突っこんでやるのもよさそうだ。いや、それよりも先人に倣って、拷問がいいだろう。以前読んだ拷問の歴史を引っ張り出せば何かすばらしい案が見つかるに違いない。

 もはや人間らしい思考から外れたことに赤奈は気付いていない。

「……赤奈さん?」

 不審に思ったユウの声すら届いていない。

 赤奈は残忍な笑みを浮かべ、一気に刀を振り下ろし――――――

 ドクン。

 何の前触れもなく、頭の中で何かが弾けた。

 いや、それは違うか。なぜなら、それ自体が前兆なのだから。

「う、くう、あ……あああああああ!」

 胸を抑え、頭から倒れ込んだ。

 体をよじり、痛みから逃げようとするが、それは叶わない。

 いつもの発作だ。頭では理解してもこの痛みに慣れることはできない。

 ――いや、違う。何かがおかしい。いつもとは何かが違う。

 体を二つに引き裂かんばかりの痛みに飲まれながらも、僅かに残った思考をかき集める。

 ――いつもより痛い? いや、そもそも今日、エレベーターで発作を経験したばかりじゃないか。こんな短いペースで発作が起きるのか? ここ最近、多くなってることと関係があるかもしれない。――――――!

 結論を出す前より激しく痛覚を刺激された。

 苦痛のせいで声を上げることはもちろんこれ以上思考を重ねるのは困難に思えた。

 不意に熱い何かが頬にかかる。

 辛うじて動く目を向けると泣きながら自分の名を呼ぶユウの姿があった。

「赤奈さん! 赤奈さん返事してください! せめて、こっちに顔を向けてください!」

「――――」

 返事をしようとしても痛みが邪魔をする。

 思うように動かない体に鞭を打ち、仰向けになろうと体を揺らすが上手くいかない。

 だが、ユウに意図は伝わったようで謝罪の一言の後、わき腹に力が加わった。

 コンクリートから一転、キレイな夜空が映るが、すぐさまユウが覆いかぶさってきた。

 情緒のかけらもないキスだったが、これで安心だ。

 ユウの〈天聖術〉のおかげで赤奈は痛みから解放――――されなかった。

「どうして!?」

 ユウも自分の力が発動しないことに驚愕の声を上げる。

「も、もう一度」

 再び唇を合わせるが愛情表現以上の効果は得られなかった。

「どうして……」

 ここにきて原因不明の能力喪失。それ以上に赤奈を救う手立てがないことにユウはどうしようもない失望を感じた。

 それを嘲笑うように耳障りな哄笑が間に入った。

 見れば、自由の身となった仁矢が朱くなった手で顔を抑えて笑っていた。

「ここまで予想通り、いや、それ以上になるとは流石やな? 赤奈君。本当の事とはいえこんな簡単な挑発に乗ってくれるなんて。若いって罪やわ」

「な、何をしたんですか!? あなたは一体何を……!」

「別に何も。あえて言うなら覚醒の手伝いをしただけやで。それよかまだ気付いてないん? 悪魔の反応が増えてることに」

 すぐさまユウはサーチを始めた。

 自分の天使の反応。目の前にいる微弱な悪魔の反応。そして、一つの体に共存している天使と悪魔の反応。

 気が動転していたため気付かなかった。いつの間にか赤奈の覚醒は完了していた

 だが、それがどうしたというのだ。

 イマイチ要領を得ない様子を察して仁矢が補足する。

「鈍い、鈍いな君も。赤奈君のこと言えんで。悪魔と天使はずっと争ってきたんやで? それこそ遺伝子レベルでな。その両方の血を引く器があったらどうなると思う?」

「…………まさか、発作の正体は天使と悪魔の血が争っていた、ということですか? それがあの発作……」

「その通りよくできました。優秀な天使ちゃんには花丸を上げますねー」

 血に染まった指先をクルクル回し褒める。

 ひとしきり満足したところで仁矢は話を戻した。

「でもな、一番覚醒を促したんは君やで?」

「私? 何を言って――――」

「マジマジ。というか君自体が死因やしな。まず赤奈君は激しい運動は厳禁や。興奮するとそれだけ体に負担かかるしな。それやのに今日君を探すために走り回ったり、昨日なんか死闘を演じたやん。アウトアウト。死にますよ普通」

「で、でも、赤奈さんは死んでません!」

「死なせんように天使と悪魔の血が活性化したんやろうな。というか〈銀鱗〉に触れた時点で覚醒は始まってたし」

 仁矢は言う。赤奈が成長するにつれて微弱ながらも悪魔と天使の反応を感じた。力を失った自分は魔界の命令でサンプルデータを取っていたのだ、と。

「それでデータを取ってるうちにとんでもない計画を思いついちゃったんよ。それから、わずかな記憶を頼りにこの病院に来るように君の記憶を奪っといたんや。昔にな」

「記憶の無い私がここを懐かしんだのもそう言う訳ですか」

 許せない。何処まで人の気持ちを弄ぶきだ、と怒鳴るが、仁矢はどこ吹く風と受け流した。

「そんなん今更やわ。悪魔に求めすぎ。

 ……それで記憶なくした君に接触して〈銀鱗〉を渡すとこまではよかったんやけど、案の定、赤奈君を殺すことはできんかった。前世が前世やから仕方ないけど、これも想像の範囲ないやから問題なしや」

 『前世』と聞き逃せない単語が聞こえた。

 自分の前世と何の関係があるのか。

 問いただすよりも先に仁矢が遮る。

「そこで計画は次の段階へ進んだ。赤奈君が天使ちゃんに情を移して、君のために死ぬ。そのために外出許可したり、お膳立てしたりしたわ。エレベーターでの密室どうやった? 押し倒された?」

 どうやら停電の件にも絡んでいたらしい。どのような手法を使ったかは想像できないが、もしかしたら他にも絡んでいるかもしれない。

「あなたには、関係ないことです。それよりも話しなさい。あなたの企みを全て!」

 せいぜい高圧的に話してみたが、仁矢には効果は無かった。

「お、気になる? 気になるよな。教えてあげてもいいけど。先に気にした方がいいのがあるんとちゃう? 赤奈君さっきから一言しゃべってないで?」




だいぶ間が空いてすみません。

まっっっっっったくって言っていいほど話がまとまらなかったので遅れました。

本当、執筆が遅すぎて話的に終わりが見えてるのに物理的に終わりが見えない状態です。

完結だけしっかりしたいと思うので応援おねがいします


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絶望

一か月以上か……ハハ、笑えない。

しかも短いっていうね。なんていうか全然まとまらないです。

次回もいつ投稿できるかわかりませんが、気長に待っててやってください。

では、どうぞ。


「お、気になる? 気になるよな。教えてあげてもいいけど。先に気にした方がいいのがあるんとちゃう? 赤奈君さっきから一言しゃべってないで?」

「――――っ!」

 仁矢に気を取られ過ぎていた。

 心の中で思いつく限りの罵倒を自分に浴びせ、意識のない赤奈の唇に耳を近づける。

 まだ、息はあった。ただ、呼吸が浅い。このままでは時間の問題なのは明白だった。

 何か何かと焦る思考を押さえつけ、打開策を練るが見つかりそうにない。

「ユ、ウ」

「赤奈さん! 意識が戻ったんですね」

 弱々しく持ち上げられた手を握りしめる。

 支えがなけれ崩れ落ちそうな手からは熱が一切伝わらない。ゾッとするような冷たさだ。

 温めるように握りしめるが、それが何も解決しないのは分かっている。

「ごめん、もうだめみたいだ。体中かき乱されてるみたいで気持ち悪い」

「だ、大丈夫ですよ。なんとか、何とかしますから。だから、諦めないで、下さい」

 途中で涙に誘われた。

 溢れ出る気持ちが透明な雫に変わっていく。

 首を動かす素振りを見せ――もう体を満足に動かせない――赤奈は精一杯微笑んで見せた。

「約束、守れそうにないや。傍に居て、君が強くなるまで……ゴホッゴホッ」

「赤奈さん! もういいですから喋らなくてもいいですから!」

 目も眩むような激痛が喉元を過ぎ、鮮血の雫が宙に舞った。

 赤い霧の向こうに涙と共に自分にしがみついているユウを見て、より一層わびしさが増した。

 ――泣き顔なんて見たくない。泣かせたくない。こんなにも彼女の事が……

 もはや、言葉を発する余裕すらない。ほんの少し気を抜けば自分の命は間違いなく消える。

 命の灯が消えるその前に伝えなければ。彼女を生かす言葉を。絶対に。

「――――――」

 ユウが何か叫んでいる。

「――――――――」

 すぐ傍に居るというのにその言葉は自分には聞こえない。

「――――――――――」

「ぁ……」

 自分では喋ったつもりだが、音は出てない。いや、そもそも唇自体ろくに動いていないかった。

 ――頼むよ動いてくれよ。ほんの少し話せればいいんだ。誰でもいい。神様でも仏様でもいいから僕に、力を貸してくれ。

 藁をもすがる気持ちで祈るように念じる。

 祈りは――――――通じた。

『ほら、がんばって』

 不意に耳元から声がした。

 声の主に見当はついた。

 今までずっと胸の内に生きていた幻想に赤奈はそっとお礼を言った。

 力が湧いてくる。それでもなけなしの、スズメの涙ほどの力だが、今はそれで十分だ。

 なにせ、たったワンフレーズの言葉なのだから。

 

         15

 

「赤奈さん?」

 ユウはぐったりと動かなくなった赤奈に必死に声をかけ続けていた。

 諦めないで。死なないで。置いていかないで。

 およそ考えうる懇願の言葉を並べ、必死に呼びかけ続けた。

 彼女の献身的な姿勢が天に届いたのか赤奈の唇がはっきりと分かるくらい動いた。

 しかし、それだけだった。

 動いた唇は音を発することが出来ず、そのまま固く閉ざされた。

 赤奈の想いは届かず、以降、彼はピクリとも動かない。どこか満足そうに微笑んでいる彼の顔を見ると、暢気に寝ているように感じる。

「赤奈さん?」

 相変わらず、反応がなかった。

 体に触れてみる。まだ、温かさはあったものの、生に必要である鼓動が全く感じない。

 それが何を意味するのか分からない振りをして、震える声で話しかける。

 リアクションがない。

 次は強く揺さぶる。

 彼は応じてくれない。

 どこか冷めた自分がはっきりと宣言した。

 日和 赤奈は死んだ。もう動かない。

「あ……ああああああああ」

 残酷な事実を叩きつけられ、ユウは悲痛な叫び声をあげた。

 どうしようもない感情の本流に呑まれ、ただただ泣き叫ぶ。でなければ、悲しみに押しつぶされてしまう。

 しかし、心の中で喚く自分を嘲笑している自分が訊ねた。

 お前がきっかけだ。お前に出会ったから彼の未来は奪われたんだ。何を泣いている。違うだろ。お前が殺したんだ。日和 赤奈をここまで追い詰めたのは間違いなくお前だ。

 それは致命的なまでに的を得ていた。

 ユウは復唱するように、事実を口にする。

 私のせいで赤奈さんは死んだ。私に出会ったから彼は動かなくなってしまった。

 だが、事実を受け入れるには、彼女の心はあまりにも脆かった。

 耐え切れず、押し潰され――――

 

 彼女は絶望した。

 



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前世

         16

 

 仁矢――いや、ベヒモスは演技でも挑発でもなく心の底からむせびあがった高笑いを我慢できなかった。

 死んだ。日和 赤奈がたったいま目の前で死んだ。

 憎き怨敵と愛してやまなかった幼馴染との間にできた汚らわしいキマイラ。それがようやくこの世からいなくなった。これが笑わずにはいられない。

 5年前に黒凪 仁矢を殺害、その記憶を強奪、そして、体の皮を剥いだ。

 そして、文字通り人の皮を被った悪魔は担当医として赤奈に近付くことができた。

 綿密で気の遠くなるような計画を実行し、それがついに成就する。

 だが、まだ計画は終わってない。むしろここからが本番だ。

 本当の目的は絶望した天使から発生するマイナスエネルギーが目的だからだ。そのエネルギーを吸収することで失われた力を取り戻す。それがベヒモスの真の願いだ。

 しかし、まだ足りない。

 圧倒的な絶望が体中に流れ、細胞を活性化させていくが、それでも全盛期の力を取り戻すには充分ではない。

 ならば、更に深く奈落へと突き落すだけだ。それだけの切り札をこちらはまだ確保してある。

 ベヒモスはニヤッと意味ありげに笑った。

 

「死なないで……」

 心からそう思った。うわずり、絞り出すように呟いた。

 段々と心が冷たい何かに侵されていくのを感じた。きっとこれが絶望というやつで、それが心を黒く塗りつぶせば、には自分は自分でなくなってしまうだろう。

 しかし、もうどうしようもない。

 なんせ、自分が愛してやまなかったたった一人の男が死んでしまったのだから。

「置いていかないでよ……」

 他人から見れば失恋した少女が大げさに泣いているだけかもしれない。他にも男はいる。星の数ほどに。そう諭されても無理はない。

 だが、彼女はここ数年笑ったことはなかった。泣いたことすらなかった。ただ周囲に曝され、一人で孤独に自分を守ってきた。その過程で不必要な感情を剃り落していた。

 そんなユウの感情を取り戻したのは紛れもなく赤奈である。

 赤奈の不器用な温かさに触れて笑い、泣いて、そして――――恋をした。

 彼でなければありえなかった。世界中どこを探してもいない。唯一無二の存在。

 それが自分の手の届かないところに行ってしまった。もうどうしようもない。

「おつかれちゃん。どうや、今の気分? 絶望に浸っちゃってる感じ?」

 エコーのかかった声だが、調子のいい関西特有の訛りで誰かは分かった。

「いやー、本当に死んでるな赤奈君。一応、医者やから死亡時刻見とかなな。…………午後11時12分。ご臨終です…………なんちゃって」

 げらげらと笑いだすが特に何も思わなかった。

 長年相棒として戦ってくれた神器〈天旋弓〉で射殺すことも、遺体の傍に転がっている〈銀鱗〉で切りかかることもできなかった

 赤奈の仇のはずなのに不思議と憎いとは思わない。殺意すら湧かない。

 ここまで自分が壊れてしまったのだと朧げながら理解した。

 もうなにもかもどうでもいい。このまま満足するまで赤奈の傍に居て、彼の後を追おう。それが一番いい。

 いつにしようか? 五分後? 一時間後? いや、今がいい。それがいい。

 憔悴しきったユウに張り合いの無さを感じたのか、ベヒモスはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 だが、それでも仁矢は目的を完遂させるために精々煽りのたっぷり含んだ物言いで耳元に囁く。

「いやーもうね。まさか、天使ちゃんがここまで弱るとは予想外やわ。僕の予想では激昂した君がボクに切りかかる予定やったんやけど、まさかのめそめそモードとは……恋する乙女恐るべし」

「殺してください……もうどうでもいいんです。早くしてください」

「いやいや、それなら自分でやりーや。僕血で汚れたくなーい」

 ユウは少しも身じろぎせず、答えた。

「……多分、彼は自殺なんて、望んでいません。だから、殺してください」

 流石にうんざりしてきた。自分から殺されるのと自殺に何の違いがある?

 まぁ、いい。どっちみちやるのだ。今は沈み込んでいるが、これを返せば多少の感情の起伏を覗えるはずだ。

 ただし、下の方にしか堕ちないが。

 ベヒモスは手の平にテニスボールほど紅いい球体を浮かばせる。ドロッとした血を彷彿させる不思議な球がふわふわと浮遊している。

「君は忘れているやろうけどさ、赤奈君を殺したら記憶を返すって言う契約あったやろ。悪魔は契約にはうるさいねん。契約通り君の前世の記憶返したるわ」

 返事も待たず、ベヒモスは己の呪印術で奪った記憶の塊をユウに返した。

 絶望に心を染め上げられようとしていたユウに前世の記憶が奔流する。

「あっ……ああ」

 まるで電気ショックで無理矢理起こされたような感覚だ。

 頭がビリビリと痺れを発し、大量の情報が舞い込んでくる。

 記憶が靄を抱えたまま蘇る。あれだけ待ち望んでいたのに何も感じない。テレビを流し見するように記憶の映像を眺める。

 優しく頼りがいのある父。父は世界でも5本指に入る会社を継ぐ予定で、今は重役として会社を経営している。

 そして、そんな夫を愛してやまない妻である母はいまだに父と円滑な関係を築いている。趣味は紅茶でよく一緒に飲んだものだ。

 しかし、そんな二人よりも記憶の大部分を占めているのが顔の思い出せない兄だった。いつも自分は塞ぎがちだった兄を引っ張り、冒険へと出かけていた。

 ある時は内緒で屋敷を抜け出し、裏山に生息する野兎を追いかけまわした。

 またある時は、秘密で兄を連れだし商店街にあるクレープを一緒に食べもした。

 そして、極めつけは兄が入院することになり、離れ離れになるのを嫌がった自分が駄々をこね、一緒に病院に寝泊まりした時だ。

 昼間に聞いた幽霊の噂を確かめたくなって――決して怖かったとかそう言うのではない――寝ている兄を無理やり叩き起こし、半ば廃棄された旧棟へと突撃した。

 その後は前世の中で一番怖い思いをしたが、兄が一番かっこよかった日でもあった。事後はこっぴどく怒られてしまったが……。

 記憶の波に呑まれながら、ふと思った。

 どこかでこれを見たことがある。

 いや、違う。そうではない。見たことがあるのではなく聞いたことがあるのだ。

 いったい誰に?

 しばらく、考え込むが思い出せなかった。

 大量の情報を一気に受け取り、まだ混乱しているのだ、と推測する。

 ユウは気付いていないだろうが、記憶を取り戻し、心に刺激を与えられたことが原因で考える力を取り戻しつつある。

 だが、顔の忘れた兄も含め思い出せないまま最後のページにたどり着いた。

 流れる映像は自分の死ぬ少し前だった。

 部屋に入ると兄が涙を流しながら鏡に叫んでいた。

「やっぱり!」「僕は違うんだ!」「なんでだよ!」と普段の彼からは想像できない穏やかではない言葉を吐いていた。

 部屋に入って来た自分と目を合わせると更に深くしわを寄せ、部屋を――屋敷を飛び出した。

 わけもわからないまま後を追いかけた。

 そして、問題の十字路に差し掛かった

 発見した野と同時に兄の体がライトの光を浴び、自分は――――――

 映像がブラックアウトしたのと同時に全てを思い出した。

「…………お兄ちゃん、大好き」

 死に際に発した言葉が再生された。

 すべてを理解した時、それを押し潰さんばかりの否定がユウを襲った。

 嘘だ。こんなの。何かの間違いだ。だってこれはこの記憶は――――――

「思い出したようやな。天使ちゃん。いや、本名で読んだ方がいいな? なぁ、日和 結希ちゃん?」

「ち、ちがっ……………わ、たしは」

「みとめーや。好きになってはいけない人を好きなり、最愛の赤奈君を殺した。この事実をありのまま受け入れろ」

 憎悪の言葉よりも愛の囁きでも絶対に敵わない事実に心をかすめ取られた。

 そうだ。自分は決して好きになってはいけない赤奈《おにいちゃん》を愛してしまい、最愛である兄《あかな》を追い込み殺してしまった。

 なぜ運命はこんなにも残酷なんだろう。

 それがユウの――日和 結希の最後の言葉だった。

 絶望などよりも重く深く得体の知れない何かがあっという間に結希の心を蝕み、空っぽにした。

「ようやく、ようやくだ。力が……真の力が戻る!」

 そして、計画を見事成熟させたベヒモスは純度の高い負のエネルギーを大量に食らいながら喜びに震えていた。

 人間の皮膚にひびが入っていき一機の崩れ出す。そこから彼の本当の姿が現れた。

 一回転した角のついたヤギのような顔。悪魔の証として異様なくらい光るクリムゾンレッドの瞳。肌の色が黒く染まっていき、蛇のような斑の尻尾が生える。2メートルは優に超えた筋肉質の悪魔は夜空に向かって声高く勝利の咆哮をあげた。

 




なぜか早く投稿することができました。

というのもこの話やりたい話だったのですらすらと書くことができたんですよね。

さて、ユウの前世も判明し――おそらくみなさんはわかっていたはず――仁矢の計画も完遂しました。

これからどうなるかは決まっているのでもしかしたらまた早く投稿できるかも……

では、感想などお待ちしております。


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愛情

どうも、かず21です。

えー、今回は前書きの場を借り、お礼させていただきます。

改めてよださん推薦していただきありがとうございます。本当にたくさんの読者にこの作品を読んでもらえました。

今はおそらく10分の一くらいしか残ってないでしょうけど(笑)

それでも1人でも多くの人にこの作品のことを知っていただいたのでモチベーションは高まりました。

これからも応援お願いします。

では、どうぞ。


          17

 

「…………ろ」

 見知らぬ誰かの声が聞こえる。聞き覚えのない声だ。

「あ、あと5分……」

「……きろ」

 ほんの少し険の入った声。若い女性の声だと気付いたが、やはり聞き覚えは無い。

「いや……ほんと、もう少しだけ」

 それでも眠気には勝てず、懇願すると

「起きろと言っているだろうが!」

 破裂音と頬の痛みによって強制的に目を覚ました。

 少年は目を覚まし、口やかましく叫んだ。

「え、なに!? 頬と口内が異常に痛い! 虫歯の末期症状ってくらい痛い!」

 少年がほっぺを抑えながら勢いよく上体を起こすとゴツンっと脳天から鈍い衝撃が走った。

 視界が狭まり、真っ暗になる。

 意識の向こうで「っ~頭を……!」と悪態が聞こえた。

 歯を食いしばり、何とか自我を保ったが、あやうく再び眠るところだった。

「ここは? どうして僕はこんな所に…………」

 見渡す限り真っ白な空間。他には何もない。 こんな所で毛布もなしに寝ていた自分が信じられない。

 真っ白な空間はなぜか明るいと来た。常識はずれな場所だ。

 いや、今更か。なにせ、自分はもっとおかしなことに巻き込まれ――――ん?

 なぜかそこから先が思い出せない。いや、それだけではない。

「僕は…………誰だ?」

 不安なのかやけに胸が疼く。

 いやいやそんなはずは、と否定しながら必死に記憶をたどる。それはまるで財布を落とした事実を受けいられず、カバンの中を探す心境に近かった。

 結果は黒だった。

 名前はおろか家族の名前も住んでいた場所も、昨日の夕飯さえ思い出せなかった。

 額を押さえていた女性が様子がおかしい少年を見て、さも当然の口ぶりで

「へーやっぱり、何も覚えてないのか」

「やっぱり……ってことはお…………姉さん(?)も記憶がないんですか?」

「おう、なんでお姉さんの所で詰まった。あたしはまだ20代半ばだ」

 女性は「ったく、こいつもどっか抜けてる」と一人ごちりながら、立ち上がった。

 スラリとした細身の体。腰まで届く黒髪。スタイルはいわゆるモデル体形で胸のサイズもモデル基準だ。

 さらに見惚れてしまうくらい整った顔立ちなのだが、鋭い眼光が女っぽさよりも男らしさを醸し出している。きっと学生時代は男子よりも女子から人気だったに違いない。

「姉御。質問があるんですが」

「姉御はやめろ。学生時代の黒歴史を思い出すからやめろ。絶対に口にするな。いいな、絶対だぞ」

 過去に何かがあったらしい。あまりにも真に迫るその姿に頷くしかなかった。

 それにしても、せっかくの美人なのに男っぽい口調で台無しだ。だが、弄りやすい彼女は男女分け隔たりなく友人が沢山いたのは容易に予想できた。

 とっくみやすい相手でよかった、と内心安堵しながら、彼は疑問を投げかけた。

「あなたは誰だ? 僕は誰? ここはどこですか? それになぜ記憶がないのか教えてもらえません?」

 矢次早矢に質問をするが、女性はヘの字のまま、まじまじと少年の顔を覗き込んだ。

 赤い瞳の囚われ、たじたじになる。

「な、なんですか?」

 我慢できず、問い掛ける。

 女性は360度あらゆる角度から少年を見回し、ふむふむと頷いた。

「あ、あの聞いてますか? 僕は――――――」

「それより、お腹減ってないか?」

 前触れもなく、そんな台詞が飛んできた。

唐突すぎて、リアクションが取れない。

「減ってるだろ? 減ってるよな? そうかそうかお腹すきすぎて仕方ないか。なら、座れ。どうぞどうぞ」

「え? ちょ、まっ」

 承諾もないまま、椅子に座らせられる。

「って、なんで椅子が!? さっきまで何もなかったのに!」

「細かいことは気にするな。ここはそう言う所だ」

「無茶苦茶だ……」

 無茶苦茶はまだ終わらない。

 女性が指を鳴らすと目の前に食卓が、さらにはキッチンまで出現した。

 これに追い打ちをかけられ、一周回って呆れた。

「まあ、料理しながら待っといてもらおう。何か飲みたいものはあるか?」

「…………じゃ、カルピスで」

 正直、正体不明の女性の手ほどきは受けたくなかったが、緊張のあまり喉が渇いて仕方ない。

 注がれた白い液体は好意として受け取っておくことにした。

「それじゃ、最初の質問から答えようか。私の名前はマリー。まあ、訳あってここで暮らしている」

「一人で、ですか?」

「いや、もう一人同居人がいるんだがここは二人用でな。お前が来たから追い出した」

「うわー。そうですか」

 悪いことしたな、と少年は顔も知らぬ住人に心の中で合掌をする。

 女はケラケラと笑いながら、エプロン姿で材料を並べている。

「それで次はお前の事だったな。そろそろ名前くらいなら思い出したんじゃないか?」

 言われてみれば確かに真っ白な記憶が色を取り戻し始めた。

 そう色だ。自分の名前も色に関係がある。

「僕の、名前は…………日和……赤、奈。そうだ日和赤奈。それが僕の名前だ」

 少年はようやく自分の名を取り戻したが、残念ながら全てとはいかなかった。

「えっと、どうして僕はこんな所に? 確か病室で本を読んでそれから…………それから…………うっ、思い出せない」

 なぜかそこから先の記憶がない。記憶が完全に戻っていないのか?

「まあ、そんなものか。焦らなくてもそのうち思い出すだろう」

「ちょっと、そんな他人言な――――」

 軽率な物言いに抗議しようとしたら、狙ったようなタイミングで現金な胃が鳴った。

 たちまち羞恥で顔が染まり、何も言えずに鎮座した。

「はっはっは、恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。成長期なんだから」

 赤奈はそうですね、としか答えれなかった。

 女性がフライパンを振るう度油の弾ける音が聞こえる。醤油と肉の焦げる臭いが胃を余計に刺激した。

「すまないがもう少し待ってくれ。あと数分は必要だ」

「い、いえ、別にお構いなく…………」

「なんだか他人行儀だな……仕方ないか」

「ごめんなさい」

「いや、別にいいさ。よくよく考えたらそれが当然の反応だ。初対面の人間に警戒心を抱くのは当然だからな。特に今は記憶が半端に戻ってるから余計に混乱してるんだろう」

 女性の言う通りだった。

 別に取り乱すほど混乱しているわけではないが、マリーという謎の人物については徐々に警戒心を高めている。

「それでこの場所について答えないとな? 赤奈はここをどこだと考える?」

「……仮説ですけど①夢 ②仮想空間 ③催眠術の類。現実ではないのは確かです」

「ぶっぶー。はずれだ。正解は死後の世界でしたー」

 マリーが唇を突きだし、両手で×を作る。昔からある不正解のお約束だが、答えは突拍子の無いものだった。

「………………」

「? びっくりしないのか。私は君が驚く顔を見るのが好きなんだがな」

「充分驚いてますよ。ただ、表情に出ないくらい驚いているだけです」

 死んだことにも動揺しているがそれ以上にすんなり死を受け入れている自分が信じられなかった。

 マリーはどこかつまらなさそうに眉間を寄せたが、すぐに元の表情に戻った。

「だからといって天国や地獄というわけでもないんだ。ここは」

「そもそも天国地獄ってあるんですか?」

「あるとも。天使や悪魔だって本当にいるんだからな。とは言っても人間の記した聖書や伝記などとは色々異なる点はあるがな」

『とは言っても人間の記した聖書や伝記などとは色々異なる点はありますが』

 ドクッと心臓が跳ね上がった。

 ひどいデジャブを感じた。マリーの後を追うように女の子の声が再生されたのだ。

 自分はこの台詞を以前誰かから聞いたことがあるのか。

「大丈夫か少年? 顔が青ざめているぞ?」

「大丈夫、です。話を……」

 マリーは気遣う姿勢のまま話を続ける。

「ここは天国に行くことも地獄に落ちることができなかった奴が来る所だ。もっとも私と同居人以外いないがな」

「どうして、そんなことに……?」

「禁忌を犯してしまったんだ。私と同居人はそれを承知だったんだがな。もちろん君は違う。少年は、そう、巻き込まれたんだ」

 巻き込まれた? 誰に? 禁忌? なんだそれは?

 聞きたい。女性を問いただして洗いざらい吐いてもらいたい。

 そうしたい衝動に囚われながらも、赤奈は実行できなかった。

 女性のやるせない声が、赤奈の心を萎ませるからだ。

「君がここに来てしまったのは私達のせいだ。本当にすまないと思っている」

「どういうことですか? あなたたちのせいって……」

「すまない。それは言えない」

「……僕が記憶をなくしているのは死んだからですか?」

 マリーは首を振って肯定した。

「ただ、まだ完全に思い出せてないのは君が無意識に拒んでいるからかもしれない。……欠けた記憶は残酷すぎるからな」

「だったら、教えてください。僕の失った記憶について!」

 今度は首を横に振った。

「すまないが、私には君の記憶についてはわからない。ここは完全に切り離されているからな。だからこればかりは君が思い出すべきだ。出なければ意味がない」

「そんな…………」

 すまない、とマリーは今一度謝った。

 しばらく沈んだ空気が二人の間に広がった。

 だが、彼女は知っていることがあるはずだ。 知る権利を取り上げられた赤奈はくすんでいた苛立ちが怒りに変わった。

 しかし、それを飲み込み、静かに彼は呟いた。

「大人はみんな卑怯だ。大事なことは隠したがって手遅れの時に言う。僕の病気だってそうだった……余命一年なんて遅すぎるよ」

 マリーは何も言えなかった。自分の非を認めているから当然である。

 目を伏せ、色んな感情を堪えている。

 見るに見かねた赤奈が憮然と尋ねた。

「ご飯、できました?」

「! ああ、もう少しだ」

 止まっていた手が再び動き出し、程なくして晩ご飯が並べられた。

 キャベツの千切りやプチトマトに彩られた豚のしょうが焼き。おひたしに味噌汁、白ご飯と至って普通の家庭的な料理だった。

 だが、病院生活の長い赤奈には縁のない料理だったのは間違いない。

「食べていいですか?」

「ああ、どうぞ。よく味わってくれ」

 ずっと気になっていたしょうが焼きを口に運ぶ。たちまち彼の両目が開かれる。これは――――

「温かい」

 それは奇妙な感想だっただろう。

 味の感想ならばおいしいかまずいかの二択だ。

 赤奈はマリーの料理から何を感じ取ったのか。

 それから空腹も手伝って彼は手を動かし続けた。それをうっとりと眺めつつマリーは聞いた。

「おいしいか?」

「ふぁい」

 レタスを頬張りながら答える。マリーはきゅっと身をすくめ、Vサインを作った。

 マリーの喜びを露とも知らず、温かさを補充する。途中、味がしょっぱくなるのに疑問を覚えたが、完食するまで腕を動かし続けた。

 やがて、皿の上から料理が消えるころに自分が泣いていることに気づいた。

「え、あ、あれ? おかしいな。なんで、涙が……ごめんなさい。こんなはずじゃ……」

 感情の濁流が巡る。5年間の飢えがようやく涙に代わった。

「赤奈!」

 マリーはテーブルを消すとすぐさま赤奈を抱きしめた。

 甘味系のにおいが彼の心の隙間を癒した。母の手の中で眠る赤子のように落ち着きを取り戻していく。

 鼻声のまま彼は心中を語った。

「僕は家族の愛情に飢えていたんです。妹が死んでから父は余計に仕事が忙しくなって、会う機会が減りました。母は僕のことを死んだ妹だと思い込んで『赤奈』を見てくれなかった。誰も僕のことを理解してくれない。誰も愛情を与えてくれない。そんな毎日でした」

 小さい頃から大人に囲まれ顔色を伺うことのできた赤奈はそれを表に出したことはなかった。だから、誰も気づくことができなかった。

「だから、だから、あの子に会えて初めて僕を見てくれる女の子に出会えて、少しは僕も変われた。変わっていくはずだった。なのに、こんなのって、こんなのないよ! 僕はまだ生きたい! 死んでもいいなんてかっこつけたけど、本当はまだ生きたいよ。僕はあの子にまだ告白の返事すらしてないんだ!」

 赤奈はただひたすらマリーの胸の中で泣き続けた。マリーは慈愛に満ちた顔で彼の背中を落ち着くまで撫でる。

 やがて、嗚咽がしゃっくりに変わる頃には再び赤奈は落ち着きを取り戻した。

「……ごめんなさい。みっともなく取り乱しちゃいました」

「いや、いいさ。役得だからな。

 記憶は戻ったのかい?」

「はい。おかげさまで全て思い出せました。ユウに出会ってからのこと。そして〈真実の鏡〉で見た内容も」

 彼は全ての記憶を取り戻した。

 心の錠をはずした鍵の名は愛情。彼の願いがかなった瞬間でもあった。

「行かなくちゃ」

 赤奈は真剣な声で言った。そこに泣き虫はいない。

「赤奈。ここは望めば何でも手に入る。私と同居人と君の三人で暮らさないか? なによりここは安全だ。危険など一切ない」

「でも、ここにユウはいない」

 ぴしゃりと強い意志を感じさせる声が遮った。

 彼はどこか遠い目をしている。マリーは悟った。赤奈はもうここを見ていない、と。

「ユウに会いに行くには危険を冒す覚悟はあります。だから、行かなくちゃ」

 そう言って彼特有の気弱な笑みを浮かべた。

「……赤奈の覚悟は分かったよ。だが、どうやって行くんだ? 君はもう死んでしまっている」

「そ、それは…………気合?」

 つまり、ノープランである。らしいといえばらしいが格好がつかない。

「最初から分かっていた。君がこうするということは……分かっていたさ」

 やりきれない想いを抑え込み、マリーは力を解放した。

 15年前から何度も話し合った。赤奈が死ぬのは確定事項だ。ここに来るのも想像はできた。だからこそ、同居人から奪った〈天聖術〉を使うときがきた。

「今から君を生き返らせる。この『命を与える』〈天聖術〉で」

 コウモリのような翼を生やし、黒い角を二本生やした悪魔は赤い瞳を強く輝かせた。

「命を与える? そんなものが…………」

「一回限りしか使えないから君のために取っておいた。だから、無駄にはするな」

 マリーの手が淡く光る。その光は温かく力強かった。

 命の灯火とも言える光が自分の体に溶けていくのを認めると視界が揺れ始めた。

「自分の中の天使と悪魔を恐れるな。受け入れることができればきっと力になってくれる」

「うん」

 さらに振動が激しくなってきた。マリーは平然としているのできっと揺れを感じているのは自分だけだろう。

「最後に赤奈と一緒にご飯を食べることができてうれしかったよ」

「僕もうれしかったよ」

 視界が白く染まっていく。いよいよお別れ手の時だ。

 ほんの数時間しかいなかったが名残惜しさを感じた。

「さようならだ」

「違う。またねだよ。――――――――」

 完全に赤奈が消えた。生者が死後の世界にいることはありえない。この無の世界ならばなおさらだ。

 不思議と涙は出なかった。正直、先ほどの赤奈の比じゃないくらい泣く自信があったのだが、別れ際の言葉にまんまとやられた。

「またね、か」

 願わくば再会はずっとずっと後になりますように。

 マリーは『またね』の後に続いたワンフレーズをリピートさせながらそう祈った。

 




ここまで長い内容を読んでくださりありがとうございます。

今回はもういい気にやってしまおうと思い、最後まで書いたのですがまさか、ここまで長くなるとは思いませんでした。6000近くって(汗)

今までで一番長いやw

というわけで単発の新キャラが出てきました。最初はマリーはもっと活発なしゃべりにするつもりだったんですが、いまいちキャラがつかめず練り直し(おかげで2週間かかった)で投稿も遅くなってしました。すみません。

それでは、これで。

感想や誤字脱字の指定などお待ちしてます。


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復活

         18

 

 ベヒモスは15年ぶりに取り戻した力に酔いしれていた。

 ひどく迂遠で手間のかかる計画は想像通りの成果を発揮し、彼の思惑通りに進んだまではよかった。だが、1つミスをした。

 この高揚感をぶつける相手がいないことだ。

 本来ならば天使で発散する予定だったが、友人が彼女を欲しがり却下となった。

 コンクリートと錆びたフェンスしかない屋上では満足できそうにもない。

 ここで妙案が思い浮かんだ。

 赤奈ならばどうだろう? 動かぬ相手ではいたぶることもできないが、物よりはマシだ。

 それに、死体蹴りをすることで更に天使のマイナス感情を取り込むことができるかもしれない。

 いい案いい案、と上機嫌な足取りで天使と遺体に近づく。

 目のハイライトが消えた天使はただぼんやりと黒い巨躯を眺めていた。距離が縮まるにつれ「ようやく、ようやく」と呪詛めいた言葉が何度も繰り返し聞こえる。

 哀れなものだと見下しながら、足を振り上げた。

 そして、それを一気に赤奈に振り下ろす。

 遅まきながらベヒモスの真意に気づいた結希が掠れ声と共に手を伸ばすが一寸ほど届かなかった。

 丸太のように太い足が腹部を圧殺した。グチャリと腐った果実がつぶれたような音が結希の耳に響いた。

「あっ……あ……ああああ」

 足をどけると同時に錯乱気味な結希がつぶれた腹部に覆いかぶさった。傷の手当をしようと手をかざすが効果は出ない。

「なんで、なんで、力が発動しないの!?」

 なぜ死者を守ろうとするのか? 遺体の修復してなんになるか? そもそもなぜ力が発動しないのか?

 聞きたいことは山程あったがすぐにどうでもよくなった。いまはめちゃくちゃにしたい。人形遊びのように無邪気に自分を解放したい。

「邪魔や。どけ」

「きゃっ!」

 振るわれた豪腕でいとも簡単に吹き飛ばされ、結希はフェンスへと背中を強打した。

 それでもなお、彼女は声ならぬ声で叫んだ。地面を這うように必死に手を伸ばす。届かないと知りながら懸命に赤奈を求めた。

 背中がゾクゾクと震える。

 彼女から新たに供給されるマイナスエネルギーのせいだけではない。

 愉悦なのだ。知らずに兄に恋した妹がいまだに彼を求め続ける浅ましさと愚かさが、自分をひどく高ぶらせる。

「これが悦に浸る。……もうずっと忘れとったわ。非常にいい。これは最高や!」

 情欲がそそられるような衝動のまま、生え揃った鋭い爪を構えた。

 狙いは――――――首だ。

 このまま鋭い爪で首と胴体をおさらばしよう。それから赤奈の頭部でリフティングをしよう。きっと何回も続くはずだ。

「やめ――――――――」

 空を裂く手刀が赤奈の首にめがけて振り下ろされた。

 肉を斬る音と共に鮮血を撒き散らしながら首が夜空に舞った。

 

「いやああああああ」

 くたびれた屋上に結希の絶叫が響く。

 失意の底に沈んでいた心は皮肉にも赤奈の遺体が弄ばれたことによって僅かながら浮上した。

 そんな彼女の目の前に肉片が音を立てて落ちた。目を背ける暇もなく、肉塊が視界を釘付けにする。

 だが、それは結希の想像するものから大きく外れていた。

 大きくごつごつしたおり、僅かながら黒い毛皮が生えている。何よりそれは鋭い爪を生やしている手だった。

 ――これは、ベヒモスの、手?

 同時に獣の叫声が上がった。

 見れば、ベヒモスが銃を取りこぼし、右手を押さえている。いや、手は無くなっている。切断されてたのだ。――――誰に?

「人ががんばって、説得している間に内蔵つぶすなんて、相変わらず卑怯な手を使うな……」

 ありえない声が聞こえた。ありえない姿が見えた。

 死んだはずの赤奈が腹部を庇いながら立ち上がった。手には赤い血を滴る〈銀鱗〉がある。あれでベヒモスの腕を斬ったのだ。

 あまりの出来事に言葉が出ない。すぐ近くに赤奈がいるのに遠くに感じてしまう。

「どうしてだぁぁ。なんで、生きてるんやぁぁ!」

 ベヒモスの問い掛けには答えず、赤奈は迷いのない足取りで結希へと歩んだ。

 腰を下ろし、目線を合わせるといつもの気弱な笑みを浮かべる。

「ただいま。心配かけたね」

「…………本当に……本当の本物ですか?」

「うん、本当に本物の日和 赤奈だよ。泣いてるユウを放って置けなくて帰ってきちゃった」

「~~~~っ!」

 予備動作もなしに両手を広げジャンプ、そのままドスン! と赤奈の胸に飛び込んだ。

「グフっ!」

 けして大袈裟ではない悲鳴を上げ、ユウと一緒に倒れこんだ。至近距離で二人の青の瞳が交差する。

「生きてますよね? 本当に、本当によかった…………神様……」

「し、死ぬ。冗談でもなんでもなくマジで死ぬ」

「し、失礼ですね! 私はそんなに重くないですよ!」

「そうじゃなくて、僕内蔵やられてるんだけど…………」

 そこまで言われてユウは慌てて離れた。すぐさま回復しようとするが力を失っていることに気付く。

「ごめんなさい。今、力が使えなくて……」

「ああ、そのことなら解決したよ」

「え? どういう――――――」

 ことですか、と続けることができなかった。

 ごく自然に赤奈が唇を塞いだ。無論、唇で。

 完全に不意打ちだったため、目を閉じることすらできなかった。

 今日で何回目だろキス、と場違いな思考が非現実へと誘う。

 数秒間の幸せを堪能し、赤奈が離れる。どこかいたずらっ子ぽい笑みを滲ませ、ユウの頭に手を置いた。

「ありがとう。相変わらず抜群の回復力だね。おかげで傷も癒えたよ」

 視線を落とすと不自然にへこんでいた腹部が元に戻っている。それだけではない。ユウが負った擦り傷なども治っていた。

「どうして? だって、私は……」

「まあ、これが僕の呪印術だよ。勝手に発動していたみたい。今はコントロールできるから君の傷を治してから返したんだよ」

 ことなげなく告げる赤奈に乾いた笑いを返すことしかできない。相変わらずむちゃくちゃな人だ。天使でありながら悪魔の力を使うなど常識なんて通用しない。

「少し行ってくるよ。待ってて。すぐ終わらせて見せるから」

 最後にもう一度弱く笑い、ユウから鞘を借り受けた。そして、銀の鱗の名を冠する刀を鞘に収め立ち上がった。

 赤奈は迷いもなく、強く歩き出す。

 その背中が遠のくにつれ、ひどく不安が膨らんだ。物理的だけでなく、心の距離も離れていくような予感めいたものがずっと頭から離れなかった。




また一周間あいてしまった。もう、いっそのこと開き直って2週間に一度にしようかな?

まあ、冗談ですけど。

唐突ですが、お知らせがあります。

上の言葉は本当に冗談なのですが今週は投稿できそうにありません。

なぜかというと中間テストがあるんです。というわけで今週はおそらく投稿できません。すみません。

それでは、これで。

感想や誤字脱字の指摘お待ちしております。


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vsベヒモス 1

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


と普通に挨拶しましたが、1ヵ月半何の報告もなくすいませんでした。

言い訳をするとテストが終わり小説を書いてたんですが、寝ぼけてデータをふっ飛ばしてしまい不貞腐れてました(おい)

で、1からやり直して、時間を余計に食わせてしまいました。

こういうことがないように気をつけていきたいです。

いつもよりちょっと長いです。

では、どうぞ


「お待たせしました仁矢さん。覚悟はできてますよね? 普段から僕に足蹴にされたいなんて言ってましたし、斬られても文句は言えないはずだ」

 冬の夜にも負けない冷たく鋭利な音を奏で銀鱗が鞘から姿を現す。

 赤奈は刀を突きつけ、かつての恩師と対峙した。

 仁矢は斬られた片腕を握りつぶし、無理矢理止血していた。はっきりと憎悪を宿した三白眼が赤奈に向けられており、外見の凶暴さをより強く映し出している。

「仁矢なんて名前やない。ベヒモスや。覚えとき――――それに生憎やけど僕は本当はSやねん。だから、いじめさせてもらうで」

 言うやベヒモスの手から黒い炎の塊が生成される。やがて、衣を剥ぎ取るように炎は消え、中から黒い片手直剣が生まれる。

 それが彼の魔器なのは一目で分かった。本来の魔器でないハンドガンをああも見事に操っていたのだ。剣の腕前はそれ以上と見るべきだろう。

「この剣の名前はアッシュレッド。ワイの愛剣でな。力を失ってたから発現できんかったんやけど天使ちゃんのおかげでこの通りや」

 アピールするように暗闇に紛れる漆黒の剣を振る。

 即席の相棒である銀鱗は研ぎ澄まされた美しさを感じるがあれは真逆だ。禍々しいまでの狂暴さが見て取れる。間違いなく危険だ。

「それで病弱虚弱の赤奈君はどうするんかな? まさか、この僕と戦うん? 今まで喧嘩ひとつもしたことないやろ。やめとき絶対に勝たれへんよ」

 最終勧告。従わなければ殺すと暗に伝える言い方だった。

 確かに赤奈は今まで喧嘩などしたことがない。運動もあまりしないし、できなかった。温厚な彼は争いを好まず、喧騒とは縁のない生き方をしてきた。

 そんな赤奈が怒りを覚えている、血が熱く滾り、頭が沸騰しそうな暴走一歩手前の興奮。

 昨夜の天使にぶつけた無自覚な怒りとは違う。はっきりと反発する、逆らうといった暴力的感覚が全身を縛り付けて離さない。

 だからこそ言える。自分を通すための意志を言葉に変えることができる。

「それがどうした。あなたは僕から大事なものを何度も奪った。それだけじゃない。今また僕の大事な人を傷つけた。それだけで勝算の計算なんて関係ない。勝つんだ! 絶対にあなたをここで倒す。たとえ、卑怯で汚くても、不意打ちだろが騙まし討ちだろうがなんだってして仁矢さん――――いや、ベヒモス。アンタをここで倒す! 絶対に!」

 宣言どおり問答無用で暗闇の屋上を疾走した。体がバラバラになるくらいの加速感を味わいながらも距離を一気に詰める。

 間合いを捉えると銀鱗を横なぎに払う。

 目にも留まらぬスピードだったが、表情一つ変えず、いとも容易く下から跳ね上がった黒剣に弾かれた。

 渾身の一撃を防がれ、バランスを崩した赤奈の隙だらけの腹部に丸太のような太い足が矢のように刺さった。

 受身もろくに取れないまま、背中を地面に二三転こすり、半立ちのままフェンスがひしゃげる勢いで強打した。ぼろきれのようなフェンスに人型のへこみが生まれる。ダメージにより立つこともままならぬままフェンスに体を預ける。

 視界がホワイトアウトし、意識が曖昧になっていく。ギリギリ現実にとどまれたのはユウから借りている銀鱗の冷涼な感触のおかげだ。

「赤奈さん危ない! 避けて」

 夢見心地の脳内に天使のはっきりとした声が飛び込む。遅れて自我を取り戻し、視界が開けると黒い剣先が目前まで迫っていた。

「っう!」

 運動神経が焼き切れんばかりの速度で首を傾けるが避けきれず頬に赤い一線が入る。

 だが、敵の剣突きを避けることはできた。

 お返しにがら空きの胴にカウンターを叩き込もうと腕に力を入れた瞬間、虫の知らせとでも言うべき直感が警告を発した。

 視界の僅か端に映っていたアッシュレッドが空中に停止した後、首を狙って刃を剥いた。

 それを見て無理矢理命令をキャンセル。斬りかかろうとしていた銀鱗に急ブレーキを掛け首筋を守るために間に割って入らせる。

「うっ! …………くっ!」

 ギリギリ間に合ったが、想像よりもずっと強い力だった為、簡単に吹き飛ばされる。今度は横なので受け止めとくれるものはない。

 しかし、今度は受身を取り、すぐさま立ち上がった。

「はぁ、はぁ、はぁ…………」

 たった数秒の戦闘で息が荒れている。みっともなく肩を揺らしているのが悔しくて仕方なかった。

 あれだけ大見栄切ったのだ。ここでやらねば男が廃るというものだ。

「情けない。まったく駄目やで赤奈君。本当に天使と悪魔の力が覚醒してるん?」

「どういう意味で……だ? 現に僕は、人間離れの身体能力を発揮しているはずだ」

「いやいや、あの程度じゃ想像の10分の一くらいしかないわ。まだ、君の力は不完全なままやな。その証拠にほれ、君にはないやろ? 僕ら悪魔の羽。もしくは天使の翼がな」

「………………」

 実の所、赤奈自身思う所はあった。

 ベヒモスの指摘どおり、人外の証明である翼の類がない。足りてない要素がある。ピースが半分欠けている。それを補うには何かが必要であることも分かっている。 しかし、その何かに見当がつかないから困っている。

 ゆえに悩んでいても仕方ないからこうやって未完全なままで斬り合いに望んだわけだが、甘かったようだ。

 認めるしかない。自分は劣っている。このままではベヒモスには決して勝てない。

 だから、戦いの最中で見つけるしかない。残りの半分を。例え、雲を掴むような話であってもだ。

「だから、足りない何かを見つけるまで付き合ってもらうから覚悟しろ!」

「君の体には興味があるからな。可能な限り傷つけずに殺したるわ」

 今度はベヒモスから動いた。

 夜色を光らせ上段から振り下ろされた剣を、銀鱗で受け止める。強烈な衝撃に手首がじんと痺れた。

 速くて重い。本来の自分ではけして返せない剣戟が今度は左から来る。

 なんとか上から押さえ込んだが、それにより、ベヒモスとの距離が手の届く距離になる。

 よもや、火を吐くとかしてこないよなと不安をよぎらせるが、代わりに熱い吐息が額を撫でた。

「少しは成長している見たいやな。ただ、やっぱり足りてないわ。こんなん簡単に返せるわ」

 フン、と気合をこめる声と共に銀鱗が押し返された。

 なんて力だ、と赤奈はそう思わざるえない。片手でこの力なのだ。もし右腕を切り落としていなかったら今頃自分はどうなっていたのか。想像するだけで恐ろしい。

「ほら、お腹がお留守やで」

 腕が顔を覆い、胴体が敵に晒されている。その隙を逃すはずもなくベヒモスは猛然と斬りかかった。

 刀での防御は間に合わないと判断し、左腰に備えられた鞘を素早く走らせる。

 銀鱗に負けぬ凝った装飾の鞘だ。本来の用途とは違うが頼らせてもらうしかない。

 一度目の攻撃は防ぎ、二度目でひびが入った。

 だが、僅かな時間を防いだだけでも十分だ。可能な限り後ろに飛びまたも距離を取る。

「逃げてばかりやな。及び腰で勝てると思うなよ!」

 優勢と知り突きの姿勢で赤奈の視界を黒い巨躯で埋めてくる。

 だが、赤奈はただ逃げたわけではなかった。

 赤奈は銀鱗の鞘を何を思ったのかベヒモスに投げつけた。

 予想外の攻撃にベヒモスは思わずたたらを踏み、顔めがけて飛んできた鞘を迎撃する。

 その隙に赤奈は爆発的な加速と共に巨体の脇腹を駆け抜けた。そして、抜き様にがら空きの背中に一太刀入れる。赤い血がまだらに屋上を汚した。

 浅かったがようやくダメージらしいダメージを与えられた。それに目の前の悪魔羊の怒りに歪んだ醜悪な顔が何より心の重圧を軽くした。端的に言えばスカッとした。

「これでもまだ馬鹿にできますか?」

 わざと敬語で煽り、フフンと顎を僅かに上げる。

 煽りは十二分に効いたようで青筋を浮きぼらせながら歯軋りをした。

「…………ああ、せやな。舐めすぎたようや。ただのお坊ちゃんなんて考えは捨てたろやないか悪ガキ。腐ってもマリーの息子や君は。清純そうなのは外面だけの猫かぶりと考え直さなアカンことはよぉぉく分かったで」

 アッシュレッドを上段に構えた。その構えにどこかデジャヴを覚えるが、すぐに思い当たった。

 昨夜のユウが銀鱗の力を解放する前の構えに似ていた。銀の刀は金色に染まり、絶大な力を発揮したのは今でも覚えている。彼女が無意識に寸止めをしていなければ今頃自分は死んだことも気付かず幽霊にでもなってこの世を彷徨っていたかもしれない。

「赤奈君。この刀が黒いのになんでアッシュ『レッド』を名乗っていると思う?」

「そんなの……分かるわけないだろ」

 アッシュレッドに赤黒い炎が燃え上がった。

それはまるで炎が――否、炎たちが叫んでいるように見えた。

「この剣は元々白かってん。でもな、人を殺し、その血を吸い上げることでこの黒さを手に入れた。つまりこれには人の怨念が宿っているんや」

「なっ……!」

 炎が一際強く燃え上がり、弾けて消えた時死んでいった人々の断末魔が聞こえた気がした。




おつかれさまです。

いやー、久しぶりに戦闘シーンを書きました。おそらく一年ぶりのはず。

できばえが一番心配……だって、苦手ですし。

次はいつ投稿するだろう。冬休み中にはもう一度したいです。

では、感想や誤字脱字の指摘など大歓迎です。またお会いしましょう



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vsベヒモス 2

もはやひと月投稿になりつつあるw

今回は少し長めです。

期末試験が始まるのでまたしばらく打てそうにありません。

楽しみにしてくれている方たちには本当に申し訳ない。

それではどうぞ


 手中に毒々しいまでの赤黒い血のこびりついた剣が現れる。

 見るだけで分かる。あの剣には悲鳴とうめき声がぎっしりと含まれている。

 あってはならない。あんなものはこの世に存在してはならない。

 天使としての本能がいますぐあれを壊せと叫んでいる。

 だが、同時にどれほど危険なのかはもう半分の本能が教えてくれた。

 蜃気楼のように揺れる赤いオーラから死が臭う。おそらく、銀鱗と同じ能力なのだろう。一撃必殺の剣。莫大な力が今にも暴れだしそうだ。

 ならば、対抗する手段は一つ。それと同等、もしくはそれ以上の力をぶつけるしかない。

 だから、もう一度力を貸してもらう。銀鱗に、目の前の敵を討つ力を!

「――――――――――!」

 思い出せ昨日の戦いを。そして、想像しろ。

体中をめぐる血液は心臓とつながっている。その心臓(こころ)にはユウとの思い出が詰まっている。人のみが手にすることができた温かさを血管を経由して銀鱗に伝えろ。だから、ありったけの自分の想いを銀鱗に流し込め。日和 赤奈!

 刀が赤奈の想いに呼応し、金色の輝きを魅せる。眩く光るそれは昨夜の銀鱗に見劣らぬ光だ。

 だが、赤奈は決してそれを放出しようとはしなかった。

 赤奈は全てにおいて現状ベヒモスに負けている。そんな彼が唯一優れている点はユウを想う気持ちだろう。

 ゆえにその想いを手放しはしない。一滴たりとも余さずこの刀身に宿したままぶつけなければきっと自分は勝てない。はっきりとそれだけは分かった。

「いくぞ外道悪魔。これでアンタとの因縁に蹴りを着ける」

「荒々しい言葉使いやな赤奈君。使ってもいない悪魔に感化されすぎやろ」

「! …………減らず口はそこまでにしてもらいますよ。勝負だ。ベヒモス!」

「望むところや!」

 赤奈とベヒモスは僅かに遅れることもなく同時に飛び出した。

 二人の距離はあっという間に縮まった。

 今度はベヒモスは上段から振り下ろし、赤奈は下から迎え撃った。先ほどの打ち合いとは逆の位置だ。

 そして、衝撃(インパクト)

 二つの武器が交差した瞬間、世界が爆発した。

 嵐にも似た叩きつける風圧が前髪をかき上げる。腕にずっしりとした重みが加わり思い通りに動かない。

 しかし、鍔迫り合いの中、赤奈にはっきりとした囁き声が聞こえた。

 勝てる。このまま押し返せる。自分の想いはベヒモスの剣に勝っている。

 そして、そのまま押し返そうと見上げた時ベヒモスと目が合った。

 不快なまでに歪んだ赤い光と穢れを知らぬ神聖な金の光に照らされた彼は場違いにも笑っていた。

 それはまさに勝利を確信した者特有の笑みにほかならない。

 「危険だ」と直感が告げるが遅かった。

 アッシュレッドの刀身が更に赤黒い血を含んだ。ベヒモスはまだ本気を出していなかったのだ。わざと手を抜き、僅かな希望を抱かせて突き落とす。赤奈は知る由もないが彼の常套手段だ。

 剣が重くなる。支えきれない。負けてしまう。いや、赤奈は負けた。

「赤――――――」

 ひときわ強いダークレッドの光がユウの言葉ごと赤奈の身を包んだ。光の熱に呑まれた赤奈は声すらあげることもできなかった。

 彼の想いはほんの3秒の内に砕かれてしまった。

 ドサッとまるで糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。体中火傷のあとがあり、所々黒ずんでいる。

 完敗だった。彼のユウを思う気持ちはベヒモスの卑劣な心に敗れてしまった。

 隻腕の鬼は高笑い、敗者を見下ろした。

 実に愉快そうな口ぶりで

「いや、残念やったな。銀鱗の性能ならワンチャンとか考えたんやろうけど持ち主が欠陥品やったせいで力を発揮できんかったようやな。まあ、君のもう半分の本性は悪魔やから仕方ないやろうけど」

 もう一度耳障りな高笑いが夜の廃屋に響く。

 ユウの涙声が風に煽られ虚空に消えた。

「んん? 大事な女の子が泣いてるで? はよ起きたらなあかんやろ?」

 起きないことを知りながらベヒモスはぼうぞくに赤奈を足蹴にする。

「ほらほら、不意打ちでも騙まし討ちでも何でもするんやろ? もう一回チャンスやるからもう片腕切り落としてみーや」

 ぐりぐりと頭部を踏みにじり、ユウの反応を楽しむ。

 彼女の心から負のエネルギーが流れ込むのを感じ、満腹の優越心をいっぱいにしていく。

 

 だから、ガシリと足首を掴まれたときには心臓が止まるかと思った。

 

「お前…………まだ!」

「ギンギン……響くんだ……ですよ。いい加減に…………してもらえません、かね」

 足首を掴んだ赤奈の握力はほとんどない。そのはずなのにこの湧き上がる寒い感覚は何だ? これが恐怖というやつなのか。

 そんな訳あるか、と突如到来した謎の感覚を振り払うように赤奈ごと蹴りだす。

 死に体である赤奈に抵抗する力も残されてはおらず、いとも簡単に慣性に従った。

 あわやフェンスに激突する寸前――――今まで泣き腫らしていた天使が人間ボールを受け止めた。

 だが、勢いを殺しきれず、二人一緒にコンクリートの上を転がり、フェンスギリギリで

停止した。

「赤、奈さん。大丈夫ですか?」

「馬鹿。君のほうこそ怪我は……?」

 傷を舐めあう子犬のようにお互いの安否を確かめる。

 ユウは赤奈を受け止めたため全身すり傷だらけだ。白い肌も今は砂だらけで血が滲んでいる。しかし、どこか折れているなどはなさそうだ。

 赤奈の体はユウ以上にひどくボロボロだったが動けなくはない。赤黒い光に包まれる瞬間、銀鱗の光を開放し、相殺したのが功を奏したようだ。

「待っててください。今すぐ治療を」

「ちょっと待った。その必要ないよ」

 口付けをしようとしたユウの唇に内緒の仕草をするかのようにそのふっくらとした唇に指を当てた。

「赤奈さん? どうして、私はなんとも――――」

「あるでしょ。僕もさっき君に天聖術使ったから分かるけど相当負担があるよね。今日だけで数え切れないくらい使ったんだからもう今日はお預けだよ」

 でも、食い下がるユウに赤奈は仄かに微笑んだ。

「少し傷を負ったくらいですぐ治癒に頼ってちゃ駄目なんだと思う。男ならこれぐらいの怪我でも背負って戦わなくちゃ。それにさ、このままじゃ、かっこつかないでしょ? 僕は気味のヒーローでいたいんだから」

「赤奈さん…………」

 僅かな間のあと、ユウは泣き笑いにも似た笑みを浮かべ、仕方なさそうに呟いた。

「男の子って馬鹿なんですね。でも、それはきっと仕方のないことって分かりました」

「だね。僕もそう思うよ――――だから、待ってて。今度こそ終わらせてみせるから」

 今まで何度も負けてきた。どんなことにおいても彼に勝ったことはない。

 おそらくこの勝負は10回やっても10回負けてしまうだろう。それくらいの実力差がベヒモスとはある。

 ならば、作ればいい。現状での日和 赤奈で勝てないならば新しい日和 赤奈を生み出してしまえばいい。

 答えは見つかってる。嫌、気付かない振りをしていただけだ。その鍵はすぐそこにあったのだから。

 しかし、僅かに迷いはあった。

 それを使えば自分は完全に人ではなくなる。――ゆえに気付かない振りをした――使わない力など人間とさして変わるまい。そう思い込めば赤奈は半分まだ人間である。

 意外にも人と言う未練に囚われている自分を心の中で嘲笑う。

 それに認めたくなかった。自分の中に醜い悪魔の血が流れていると言うことが。目の前にいる邪悪な存在と同類だと思うと胸が張り裂けるくらい痛みを感じる。

 だが、迷いはあっさりと晴れた。それが皮肉にも敵であるベヒモスの言葉で。

「あああ! イライラする。何でお前はそこにおるんや。なんでまだ立っていられるんや。おかしいやろ。ふざけるな!」

 それは子供の癇癪に似ていた。

 ズングリとした巨体が地団太を踏むたびにコンクリートにヒビが入る。時間が時間なら誰かに気付かれてもおかしくないくらいの地響きだ。

 そこで、ベヒモスが思い出したかのようにニンマリと嫌な笑みを見せた。

 どこまでも歪んだ悪魔は絶望の切符を切る。

「そういえば大事なことを言ってなかったな。なあ、天使ちゃん?」

「ま、まさか…………!」

 ユウはベヒモスが何を言わんとしたか察した。

「ユウ?」

「だ、だめ。やめて! お願いだから言わないで!」

 ベヒモスは言うつもりだ。赤奈とユウの本当の関係を。

「や、やめてぇ!」

 

「赤奈君。君の愛してやまない天使ちゃんの前世を教えたるわ。それはな、君の妹――――日和 結希なんやで」




おつかれさまでした。

なんというか読者からしたら「知ってる」と言う引きでしたが赤奈からしたら今まで生きてきた理由が実はすぐそばにいた。と言う状況なんですよね。

ここからようやく作品のテーマである「家族愛」について触れます(うまく書けるとは言っていない)

でも、恋愛要素もある小説なんで二人の関係についてはきっちり決着をつけたいとおもいます。

それでは感想や誤字脱字の指摘お待ちしております


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vsベヒモス 3

ようやくベヒモス戦終了

長いこと待たせてすいません。

とにかく熱く書くこと。かっこよく書くことを意識しました。(うまく書けたとは言っていない)

では、どうぞ。


「なん、だって?」

 それしか言えなかった。あまりにも衝撃的な事実に脳のキャパスティを超えてしまった。

 事前のユウの反応と現在の俯き、唇を噛み締めている姿だけで真実は告げられているのも同然だったが、僅かな可能性が確認を促した。

「本当なの? ユウの前世が――――僕の妹である結希だって?」

 返ってきたのは首肯だった。

「……………………」

 ちょっと味わえないような懸念が脳を侵食していく。悪い意味で頭がクリアになっていく。

「ハハハ、これが最後の手段や。どうや? 好きな人が妹やった感想は? また会えて嬉しい? 感動のあまりむせび泣きそう? 違うわな! さっさと絶望してお前の力をワイによこせ!」

「――――――から…………した」

「ん? 」

「だから、どうしたって言ったんだ!」

 空気がビリビリと震えた。

 半眼の赤奈に睨まれ、自分が半歩下がったことをベヒモスは気付くことができなかった、

「アンタの言うことなんて一々間に受けない。嘘つきの悪魔が言うことなんて信じるわけないだろう」

「いやいや、でもこうして妹ちゃんも肯定してるわけやん」

「そうだね。ユウは結希だった。認めるよ。確かにまた会えて嬉しい。感動の余り体の震えが止まらないよ。だからこそ言える。それがどうしたって」

 すべての情報が自分の元に集った。その情報と自分の戻った記憶を統合していく。

「アンタはたった一つ間違いを犯した」

 ゆえにそれは彼の決意を固める。

 その瞳はどこまでも強く、大きく、輝く。

「訂正させてもらうよ。最愛の人が妹だったんじゃない。最愛(ユウ)の人が最愛の人(ユウキ)だっただけだ。何も間違っちゃいない」

 そうだ。何もおかしくない。結局自分の好きな人が好きな人だった。それだけの話だ。

 むしろ、効果は倍増だ。好きな人を守る。死んだ妹を救う。二重の想いが弱い心に勇気をくれる。

 でも力が足りない。彼女を守るための実力が自分には足りていない。

 ならば、開放してしまえばいい。もう半分の力――悪魔を使い、未完成の器を本物にすればいい。

 そのためのトリガーは既に手中にある。

「残響? いつの間に!?」

 手にしたのは一つのハンドガン。博物館でも撃たれたベヒモスの銃である。ユウが赤奈を受け止めた時に巻き込まれたようだ。そして、それは都合のいいことに足元にあった。

 もう既にパスは通してある。プロセスが組み上げられ、残響の情報が流れてくる。

 モデル ファイブセブン。初速が速く貫通力に特化している為、あの肉鎧にもダメージを与えられそうだ。

 前任者の名は――――マリー。

 どんどん人間としての日和 赤奈が消えていく。悪魔の記録が上書きされていく。だが、数刻前に感じていた未練なぞは無い。在るのはたった一つの矜持。新たに芽生えた譲れない想い。

 だから、彼は叫ぶ。

 

 ――愛すべき人も守れぬ日和 赤奈など。

 

 ――掛け替えの無い妹を守れぬ兄など。

 

 ――――死んでしまえばいい。

 

 全工程終了。今この時をもって日和 赤奈は人間をやめた。

 その証に彼は翼を手に入れた。

 しかし、それは白い翼でもなく黒い翅でもなかった。

 本来なら白い天使の翼を鴉を思わせる艶のいい漆黒色が塗りつぶしている。

 それだけではない。瞳の色にも変化が起きている。

 天使の証である蒼と悪魔の色である紅が両目に一つずつ宿っている。俗に言うオッドアイズというやつだ。

 今の自分の状態を確認し終えるとどこか自嘲気味に呟いた。

「ちょっと違うかも知れないけどさしずめ『堕天使』ってとこかな。天使であり、悪魔でもある僕にはぴったりだ」

 もう自分は人ではない。だが、それでいい。力の無い者が誰かを守るなんてできやしない。

 左手に持った残響のトリガーに指を掛け、銃口を向ける。

 目を丸くして呆けているベヒモスに容赦の無い一撃をお見舞いした。

「! いきなりかい!」

 だが、銃を向けた瞬間流石と言うべきか横に走り出し難を逃れた。

 それも計算のうちだ。素人の自分がいくら大きいからといって動く的に当てれるとは思っていない。そもそも片手で反動を抑えているだけでも儲けものだ。

 あくまで牽制。――――もう2、3発撃つ。

 本命は――――残響に力を流し込む。

「これだ!」

 秘弾が放たれる。

 その弾丸は黒く濁り、闇夜に溶けた。

 しかし、命中することは叶わず、ベヒモスの足元を削るのみ。

 だが、それでいい。そいつの役割は他にあるのだから。

「響け! 残響!」

 コンクリートに埋め込まれたそれは呼応するかのように破裂した。

 瞬間。ベヒモスの鼓膜を潰さんばかりの金属音が耳を通し、脳の中に響いた。

「ぐおおおお。これは……残響の……!」

 残響の力。それはいつまでも残るノイズ。その効果は決して馬鹿にすることはできない。被弾したものは三日三晩、頭が割れるような音に苛ませられるのだから。集中することが困難ということは戦闘では致命的弱点だ。

 それを突かないほど赤奈は甘くない。

 すぐさま右手の銀鱗でトドメを刺しにいく。

 しかし、それより早くべヒモスは骨ばんだ翅で空へと難を逃れていた。

 どことなく昨日とデジャヴする。銀鱗の力で追撃を狙いたいが残響にエネルギーを割いた為連続して使えそうに無い。

 ならば、こちらも空戦をしかけるしかないだろ。

「っ」

 初めての飛行。初めての空中戦。躊躇いが無い訳ではなかった。

 だが、それ以上にいますぐ目上のたんこぶを落とさなければこの黒い感情は収まらない。

 膝を深く曲げ、慣性を利用し跳躍。一定の高さに達した時に翼を広げ帯空した。

「隙ありや!」

「なっ!?」

 空を飛ぶ感触を確かめる間もなく、ベヒモスの反撃がきた。

 銀鱗で迎え撃つ――片手で受け止めるのは不可能。その間残響をホルスターに収める――咄嗟の事態だった為、誤って足で踏ん張ってしまった。

 大気を足場にすることなどできるわけもなく、勢いよく後ろに弾き飛ばされる。

「そぉら! まだまだあるで!」

 追撃が来る。

 何とか体勢を整える。今度は翼を広げ踏ん張り、鍔迫り合いに持ち込んだ

「ほう、初めての割にはよう翼を制御できてるやん」

「センスがいいんでしょ多分。それより残響の影響がなくなってるように見えますけど、どんな手品ですか?」

「手品なんてもんに興味はないな。ただ、前の持ち主とよう喧嘩しとったからな。毎回それを打ち込まれてたわ。おかげで多少の我慢はできるようになった……だけや!」

 片手だけの豪腕は空でも健在のようでぐいっと押し込まれる。もし片手で受け止めようとしていたら斬られていただろう。

「なるほ、ど……! よく分かりましたよ」

「残念やったな。もう同じ手には引っかからんで。このまま押し切らせてもらうからな」

 もしここが地上ならば赤奈はこのまま斬り伏せられていただろう。

 しかし、ここは空。力に負けても落ちることで回避につながる。

 赤奈はあえて逆らわず、そのまま背中から降下していく。

 すぐさま早撃ち(クイックドロウ)。空でつんのめっているベヒモスに向かって5度射撃。2発の弾丸が片翼を抉った。

「いてっ!」

 撃つことに集中しすぎ、受身を疎かにしてしまった結果が痛みと共に返って来る。

「だ、大丈夫ですか。怪我は!?」

 慌てて結希が駆け寄ってくるが、手のサインで止める。

 翼を失ったベヒモスが地に落ちてくる。巨体の地響きが心臓を揺らした。

「よくも! また俺に傷をつけたな日和 赤奈!」

 膝を突いた隻腕の悪魔が大声で吼える。その迷惑極まりない音量の返事に冷笑を向けた。

「……親子そろって忌々しい! 突然現れてマリーをさらって、お前みたいな子供を作って! 俺のほしいもの片っ端から奪いやがって! ふざけるなふざけるなよ!」

 山のような巨体が地面にヒビを入れながら突撃してくる。

 その執念の塊に僅かに気圧された。

「大丈夫。大丈夫ですよ。赤奈さんなら大丈夫です」

 僅かな態度の表れから読んだのか、結希が気遣いの声を囁く。

 その声は翼知っているもので何度も心を奪われた。

「だから、だから、勝って! お兄ちゃん!」

 その声に応えることのできない兄などこの世におるまい。

「うん、任せて。なんたって僕は君のお兄ちゃんだからね!」

 待つのではなく、こちらから仕掛ける。

 右手に銀鱗。左手に残響。一丁一刀流で赤奈は全力で駈け出す。

 それは何も目の前の敵を倒すためだけではない。未来を得るために前へ進むという決意を体現したものだった。

 ベヒモスの顔が悦に歪んだ。それは勝利を確信した者のみ得る表情。

 当然だ。パワーに差があるのに両手ではなく片手で赤奈は対応しようとしているからだ。

 銀と赤の得物が交差した。だが、均衡などはない。武器が弾き飛ばされた。

「……………………」

「な――――」

 だが、それは刀ではなく剣だった。

 ベヒモスは気付かなかったのだ。自身の手の甲に銃創があることに。それが元で握力が失われている。

 単純な話だ。2発の弾丸は翼を抉り、もう2発の弾丸は外れた。残りの1発は手に命中していただけの話である。

 それに気付けなかったのは怒りで我を忘れアドレナリンを大量に分泌していたからだ。

 なんとも皮肉な話である。医者の皮を被ったベヒモスが医学的な要素に足を引っ張られるとわ。

 今度こそトドメをさそうと残響を突きつけ――――

「――――――んてな!」

 だが、この男はまだ隠し玉を持っていた。それはさながらノーハンドの状態で隠し持っていた最後のカード切るかのようだった。

 何もない空間から炎が発生し、2本目のアッシュレッドを形成した。

「切り札は最後まで隠し持っとくもんや! 死ね! 日和 赤奈!」

 ベヒモスの思わぬ反撃に赤奈の心臓が捉えられ――――――はしなかった。

 赤奈の体が一段と深く沈んだ。

 ベヒモスの突きは何もない空虚に吸い込まれた。

 赤奈の動きはまるでベヒモスの動きを予測していたかのようだった。いや、実際に彼は予測していたのだ。二つ目の武器の存在を。

「これでも喰らえ!」

 銃口をピタリと密着させ、トリガーを振り絞る。

 

 零距離射撃

 

 マズルフラッシュが二人をオレンジに照らす。

 完全に動きを止めたベヒモスの体に銀鱗を食い込ませる。その剣は黄金に輝いていた。

 フルチャージ完了。あとはその聖なる光を開放するのみ!

「トドメだ! ド外道!」

 光の熱が迸り、ベヒモスの体を飲み込んだ。

「ぐわあああああああああああああ」

 悪魔の絶叫と共に黒い巨体は塵一つ残さず消え去った。

「はぁ、ハア、ァ」

 最後の一滴まで振り絞ったので立つことすらままならない。呼吸が苦しい。息が掠れて音にならない。もう限界だ。

 膝の力が抜け崩れ落ちる。

 薄れていく視界で辺りを見渡す。寒空の下には自分と涙ながらに駆け寄ってくる結希しかいない。

 ――――――ああ、終わったんだ。安心した。

 消えていく意識の中、音色のような美しい声が必死に自分を呼びかけている気がした。




おつかれさまでした。4300文字くらい打った今回は過去で一番長い回だったのは間違いないw

次回が最終回のはず……はずだよね?

ともかくもう少し赤奈と結希のお話に付き合ってください!

感想や誤字脱字の指摘お待ちしております。


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最終回

終わった……長かった。

7020文字。こんなに長くなるとは思わなかった。

今回、結希視点で話をすすめます。

前書きで時間食わせるのもあれなんで最終回楽しんでいってください


         18

 

 ホテルの一室に見紛う病室は当然のように夜に支配されていた。

 月明かりを頼りに眠っている赤奈をベットに運んだのはほんの数分前である。

 彼を背負いながら病院を巡回する看護婦の目をかいくぐるのには一苦労したが、事前に巡回ルートをインプットしていたのが幸いした。

 飛んで窓から、と言う手も合ったのだが、誰かに見られる可能性を危惧してやめておいた。潰しの効かないリスクはおうべきではない。

 ともかく、無事に部屋に戻ってくることはできた。今夜はもう見回りも来ないのでこの部屋で一夜を明かしてもいいだろう。

 と言っても横になる気にはなれなかった。

 別にソファだから眠れないとかではなく、単純にそんな気分になれないだけだ。

「でも、一緒のベットならいいかも……いや、駄目それはまだ早い。早すぎる。」

 何がはかは知らない。知らないって言ったら知らない。

 本当なら戦いで傷ついた赤奈に甲斐甲斐しく看病などをするべきだが、生憎、天聖術で傷を完治させたためそんなイベントなど来ない。

 だが、その真似事くらいすべきだ。別に寝顔を見たいなどの不純な動機からではない。決して。

「えーと…………あった」

 部屋の隅っこにあった椅子を引っ張り出し、一般的な定位置に置き座る。

「ふふ、寝息たててる。……寝顔もいいな」

 右手を伸ばし、赤奈の頬をなぞる。

 元々中性的な印象を持つ顔立ちだったが、その穏やかな寝顔が輪を掛けて少女めいた陰翳を与えている。さしずめ『白雪姫』っと言ったところか。

 兄である赤奈の寝顔を見るのは初めてではない。

 赤奈とは物心がつく前から一緒なのだから当たり前だが、結局小学生にあがっても床を共にしていた。

 だが、決まって自分が先に寝てしまう。兄とは違い活発な自分はその分エネルギーを使っていたからだろう。

 しかし、これも決まって先に目を覚ますのは自分だった。おかげで赤奈が起きるまでその寝顔を堪能することができた。今思うとブラコン甚だしい。

 そういえば、と結希は思い出す。いつも必ずといっていい程、赤奈は寝言で

「……結希」

 今みたいに自分の名を優しく呼んでくれる。それを聞く度、胸の芯が温かくなる。

「もう、たべられ、ないよ。だから、その暗黒物質を……こっちに…………」

 失礼な単語が聞こえた。ただ黒く焦げてしまっただけじゃないか。――――刺身を

 昔からこうだ。いつも余計な一言を付け加える。

 そう昔から。

「なんで、お兄ちゃんなんだろ……どうして、赤奈さんが……大好きな人だったんだろ」

 無意識に避けていた事実が言葉として漏れた。

 一度考え始めるとどんどん深みに嵌ってしまうのが人間だ。嫌な現実が次々と襲い掛かる。

 生前の記憶。自分の名は日和 結希。母の名は翠。父は祐一郎。兄の名は赤奈。好きな人の名も赤奈。

 運命は残酷だ。それが仕組まれたものだったとしても呪わずにはいられない。

 湯水のように沸く『どうして』が止まらない。感情の本流が胸の内の想いを飲み込んでいく。

 実際、自分はどうしたい? どう思っている?

 今、ユウの記憶に結希の記憶が混ざっている。どちらも独立しているわけではなく、統一されている。

 赤奈のことは好きだ。愛している。

 だが、その『好き』も『愛』も兄妹としての物か異性としての感情かどうか分からなくなってしまった。

 もはや、赤奈のことをどう呼べばいいかすら分からない。

 分かることはただ一つ。時間が解決することはありえない。

「この気持ち、どうしたらいいんですか…………このままじゃつらいだけだよ……」

 ギュッと両目を瞑った。こうでもしないと涙が溢れそうになる。

「答えてください。おねがいだから……」

「それはできないかな」

「え?」

 耳障りのいい声に反応して瞼を開けると黒い双眸と目が合った。

「起きたんですか。……よかった」

「うん、ごめん。心配掛けたね。もう大丈夫だよ」

 むくりと上半身を起こし、状況を確認するように周りを見る。

「ベヒモスは……本当に倒したの?」

「はい、ちゃんと倒しましたよ」

 そっか、と赤奈は呟いた。端整な顔が僅かに曇る。

 赤奈がすぐにそれを隠すように作り笑いを浮かべた。

「怪我とかはない。大丈夫?」

「はい、おかげさまで。かすり傷くらいで済みました」

「僕の方は……どうやら、また君に助けられたみたいだね。ありがとう」

「いえ、そんな……戦いの最中も手助けできなくて。本当は私が戦うべきだったのに」

「仕方ないよ。あの時、ベヒモスに力のほとんどを奪われていたんだから」

 それに、と赤奈はつけたし

「人を想う力が天使の力の源、だろ。僕が勝てたのは君のおかげだよ」

「そう言ってくれると、気持ちが少し楽になります」

 怖い。赤奈の気持ちが分からない。

 赤奈と言葉を交わすたびにそんなフレーズが脳裏をよぎる。

 彼は笑顔の裏で何を考えているのだろう。その言葉にはどんな意味が込められているんだろう。そればかりが頭の中を支配している。

「一つ聞いていいですか?」

「? どうしたの? 急に改まって。別にいいけど」

「あなたは私のことをどう思ってますか? 兄妹だと聞いて、まだ好きでいられますか?」

 卑怯だと自分でもそう思う。

 この問いは否定されたとき自分を守るための予防線だ。

 もうなんとも思ってない、と言われても自分はそれに合わせるだけの卑怯なやり方。

 赤奈は顔を伏せたきり答えない。

「私は、分からないんです。『好き』なはずなのにその『好き』の意味が分からなくなって……だから、考えて……でも、答えが出ないんです」

 言葉を紡ぐと自然と涙が出た。我慢なんてできるはずなかった。

 赤奈の軟い胸に抱きつく。泣き顔を見せたくなかった。

 赤奈が結希を抱く。その腕に僅かな躊躇いいを感じた。

「分からないんです。教えてください……私のあなたに対する想いはどうしたらいいの? どこに持っていけばいいんですか?」

 結希にとって赤奈はヒーローのような人だ。

 出会ってから何度も彼に救ってもらった。命も心も。

 だから、今回も助けてくれる。そう思っていたのに

「ごめん、それは分からない。その気持ちは僕のじゃない。君のだ結希。どうしたいかなんて自分で決めるしかない」

「そんな……そんなのひどいよ。あんまりだよ」

 予想外の言葉に心の外装が解け、素の結希が色濃くなった。

「こんなの嫌だよ。苦しいよ。こんな思いするなら赤奈さんを好きになるんじゃなかった! そしたら、お兄ちゃんを好きになることもなかったのに! 辛い。辛すぎるよ…………」

 裏切られたような気がした。実際は自分勝手に期待しただけなのに、意にそわなかっただけで子供のような癇癪を起こす自分に失望した。

 でも、どうにもならない激情の奔流が胸を貫き、わななく唇によって言葉に変えられた。

「おねがい。助けてよ。私を助けてお兄ちゃん………………じゃないと胸が苦しくて辛くて死んじゃいそうだよ」

「…………僕らは前に進まなきゃいけない。でも、君はこのままじゃ立ち止まったままだ。だから、手助けくらいはするよ」

 なぜか「本当に?」と聞き返すことができなかった。

 2日と9年の付き合いによる経験が告げている。

 赤奈が今からとんでもないことをすると。

「辛いなら、苦しいなら忘れてしまえばいいんだよ」

「どういう、ことですか?」

 結希を抱きしめていた力が強くなった。いや、もはやそれは拘束と言うべきものだ。

 身動き一つ取れない。唯一可動する顔を上げると赤奈の両の眼は紅蒼と光っていた。

 ブレスレット(リミッター)のない赤奈は意識の切り替えで力を解放できる。こうなってしまっては結希も天使化することで対抗するしかないのだが……

「余計な呪文が聞こえたらすぐに大人しくしてもらう。僕にはその力がある。余計なことはしない。いいね?」

 首を縦に振る以外選択肢はない。結希は大人しく従う他なかった。

「僕の呪印術はね、相手の能力を奪うことなんだ。天聖術はもちろん、呪印術もね。僕はさっきの戦いでベヒモスの『記憶を奪う』力を奪った。この意味分かるよね?」

「私の記憶を奪うってことですか? どうして……そんなことを」

「君がそう望んだ。辛いから苦しいから助けてって。それには記憶を奪って忘れるのが一番手っ取り早い」

 赤奈が何を言っているのかが分からない。まるで泥人形が言葉を発しているかのように感情の有無が伺えない。

「辛いなら苦しいなら忘れてしまえばいい。この二日間の出来事も。日和 結希としての記憶も。僕に関する何もかも忘れればいい」

 後頭部を抑えていた赤奈の手から僅かに熱を感じた。力を使う一歩手前まで来ている。

 このままでは奪われてしまう。だが、それもいいと思えた。

 記憶(こんなもの)いっそ無い方が幸せなのかもしれない。これ以上辛い思いをするのは嫌だ。恋がこんなに苦しいなら忘れてもいい。

 だから、それを受け入れようと――――

 ――――本当にいいの?

 自分の声が聞こえた。

 幻聴だ。自分はそんなことは思っていない。

 ――――いや、思ってる。私はこの記憶が大事。

 気付けば暗い闇の底にたたずんでいた。目の前には幼い結希がいる。

 ――ねぇ、私は嫌だよ。また記憶を失うのは。ようやく手に入れたんだから。

 でも、辛いだけじゃないか。

 ――気に入らないから捨てるなんて都合がよすぎると思うな。記憶ってそう簡単になくせるものじゃないよ。

 だってもう、どうにもならないよ。好きな人がお兄ちゃんだったなんて。こんなの恋、苦しいだけ。

 結希は屈み、両手で耳を塞ぐ。その傍らで幼い結希が細い肩に手を起きながら耳元で囁いた。

 ――人はきっと思い出の中に生きているんだよ。でも、いつかそれに折り合いをつけて、前に進んでいく。でも、私は違うよね? 私がしようとしていることは後ろの道をごっそり削って前に立っている気になっているだけ。そんなのじゃいつまでたっても前に進めないよ。私も。お兄ちゃんも。

 だったらどうしたらいいの? 私はどこに進めばいいの?

 ――その答えはもう知ってるでしょ? 私は私の本音なんだから。

 結希は闇の中で瞼を開けた。目の前に、小さくて、頼りない、白い腕が見えた。恐る恐る手を伸ばし、握り締める。

 結希は太陽のように笑い、結希を助け起こした。

 ――ほら、行って。待ってるよ。

 幼い自分が霧のように消えた。

 闇しか存在しなかったはずの場所に一本の道が現れる。

 ここから先は一人で前に進まなければいけない。

「行かなきゃ。待ってる人がいるから」

 結希は闇の底を蹴り、前に進みだした。

 

 一度強く目を瞬かされると結希は現実世界に意識をリンクした。

 赤奈はあの体勢のままで今にも力を発動しようとしている。

「やめて!」

 だから、強く拒絶した。今までにないくらい。

「やめてください。私はこの記憶を失いたくない!」

「どうして? 記憶があると辛くて苦しいんでしょ? だったら無くした方が賢明じゃないかな?」

「そうかもしれない。天使の記憶はいい思い出とは言いがたい。生前の記憶だって赤奈さんがおにいちゃんだった残酷な事実を裏付けるものです。

 でも、どちらも私なんです。どの記憶も私を作る一つの要素です。大事なものだからどちらも私だから奪わないで……!」

 長い沈黙が続いた。

 赤奈は身じろぎ一つしない。ただ無言のままで結希を見下ろしている。

 心臓が破裂しそうなくらい音をたてている。

 怖い。このまま記憶が奪われることがたまらなく怖かった。

 ――もし、記憶を奪おうとしたら全力で抵抗しよう。どこまでやれるか分からないけど前に進むって決めたから。

「……じゃあ、君は僕のことをどう思ってる?」

 ようやく赤奈は開口した。

 その質問は先ほど自分が尋ねた内容だった。

 それに対する答えはある。

「好きです。あなたのことを」

 否定されるかもしれない。でも、不思議と悔いはない。

「私は今、二つの記憶が混濁してます。だから、この好きが異性としてなのか妹としてなのか分かりませんでした。でも、今なら言えます。

 両方です。私は妹としてもあなたのことが好きです。それと同時に異性としても好きです」

 嘘一つ無い真実の気持ちを伝える。言うべきことは全て言葉にした。後は返事を待つだけだ。

 どんな返事でも自分は笑顔で耐えて見せよう。もう涙はいらない。その覚悟で挑んだ。

「……そっか。君もそう選んだんだね」

「君も? ……まさか!」

「うん、僕も君と同じ答えだよ。結希のことを妹としても好きだし、異性としても好きだ」

 視界が涙で霞んだ。なんて安い覚悟だろう。赤奈の言葉に負けるなんて。嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだ。

 でも

「この気持ちはいけないんですよ? 兄妹同士は駄目だから」

 そうだ。例え、両人の気持ちが通じ合ってもこればかりは破れない。間違えてはいけない。

 だが、彼はたやすく撃ち破いて見せた。

「もし、僕らが本当の兄妹じゃないって言ったらどうする?」

「そんな、ことあるわけ…………!」

「あるんだよ。ありえないと思うけど。僕らは本当の兄妹じゃない」

 そんな都合のいい話あるわけ無い、と切り捨てることは簡単にできた。なのに、信じたくなった。その世迷言にすがりついた。

「僕が記憶を失くした話覚えてる?」

 僅かに頷く。

「少し違うけど死んだショックで僕は記憶を取り戻すことができた。妄想なんかじゃないよ」

「でも、そう思い込んでるだけかもしれないじゃないですか」

 何故自分はこんなにも強く否定しているんだろう。嬉しいはずなのに。

 確証が欲しいんだろうか。それもあるだろうが、少し違う気がする。

 すぐに核心に思い当たった。

 赤奈が兄じゃないのが嫌なのだ。

 なんて傲慢なんだろうか。

 どこまでも欲張り奈自分に嫌悪を抱く。

「……ねえ、結希。家族ってなんだと思う?」

 全てを見透かすような色違いの瞳。本当に自分の考えを読まれているような気になる。

「それは……」

 答えにくい問答だ。

 何も答えが分からない訳ではない。むしろ、多岐に渡って存在するため一つに絞れそうに無い。

 だが、赤奈はまるでそれしか正解がないような言い素振りで告げた。

「僕はね、この世で最も傍にいられる人を家族と呼ぶことができるんだと思うよ。そこに血のつながりは関係ない。だから、君は僕の妹だ。何があっても」

 その言葉に胸が洗われる想いだった。もはや、この問答に意味はない。

「そう、ですね。赤奈さんは私のお兄ちゃん。たとえ、そこに血縁関係が無くてもお兄ちゃんはお兄ちゃん」

「うん。だから、結希は僕の妹だ。この世でたった一人の大事な妹」

 赤奈の右手が髪を撫でる。くすぐったさを覚えた。だが、悪い気などしなかった。

「それにちゃんと根拠もあるよ」

「あるんですか?」

「少し考えれば分かるよ。僕の母親の名前と母さん……つまり、結希の母親の名前を思い出してごらん」

 結論に達するのに5秒も掛からなかった。

 ベヒモスが言っていたじゃないか。幼馴染のマリーは天使と結婚し、子をもうけたと。その子供こそ赤奈だと。

「じゃ、本当に、赤奈さんとは血が繋がってない……?」

「うん、間違いないよ。僕はあの世で本当の母親に会ってきたから」

 寂しげに告げるその声音は深い哀愁を漂わせた。

 しかし、赤奈はすぐに結希をもう一度抱きしめる。

 胸に顔をうずくませ、震える声で呟く。

「試すようなことをしてごめん。臆病な僕を許してほしい。君に、否定されたくなかった……」

「……はい」

 その弱弱しい背中を放っておけなくて、結希は両腕で包み込む。

「君のことを殺してごめん。僕が全部悪かった」

「……うん、大丈夫。赦すよ」

 いたわるように兄の背を撫でながら囁き返す。それだけで震える背が和らいだ気がする。

「もう僕の傍からいなくならないでくれ」

「赤奈さんこそ、私の目の前からいなくならないでくださいね。もうあんな思いしたくありませんから」

 濡れた瞳で結希の目を見つめながら赤奈はいつくしみを持って告げた。

「おかえりなさい。結希」

「ただいま。お兄ちゃん」

 どちらともなく近づき、唇が重なった。冬の雪が溶けていくような春の温かさがそこにはあった。

 満月の夜。二人は互いを求め合った。その温もりを赤奈と結希は一生忘れないだろう。

 




※注意 やたらと作者のテンションが高いです。不愉快な思いをさせてしまう可能性がございますのでご注意を。


おつかれさまでした。

ここまでやってこれたのは今まで読んでくれた読者の皆さんのおかげです。

完走できてよかったです。1年半。この作品と長い付き合いをするとは思わなかった。それでは次回作もお楽しみください。

ありがとうございました。




うん、ここまでが茶番。もう気付いておられるかとおもいますがまだ最終回じゃないwwww。終わらないエンドレスワルツwww
いや、本当はこの49話で終わらせるつもりだったんですよ。でも書いてるうちにあれ? こんなに長くなるの? え、マジで? 状態に陥りました。
終わる終わる詐欺です。本当に申し訳ない。

あと一話だけ赤奈と結希の物語に付きやってください。おねがいします。

次回作などの話はまた次の回のあとがきで。

感想や誤字脱字の指摘お待ちしております。


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天使がなくしたもの

1ヶ月以上もおまたせしてすいません。もはや、何度目か。
いいわけをするなら車の免許習得にてこづったのと地の文がああああです

とりあえず、本当にこれで終わりです。
あとがきで少しこの作品について語ると思うのでよければ覗いてください


       エピローグ

 

 翌朝、無事退院を果たした赤奈は真っ白なキャンパスと化した並木道を歩いていた。

 残雪が目立つ冬半ばの空気はまだ切れるように冷たい。分厚いダウンを着ていなかったら、今頃ギブアップの声と共にタクシーを捕まえていたかもしれない。

 それならそもそも迎えの車なり何なり頼めばよかったではないか、と言う話だが、浅い訳があった。

 なぜなら、この見慣れぬ道が近所になるのだから道順を把握しとかないと不便だからだ。

 サクサクと音を鳴らしながら、坂道に足を掛ける。

 ここを登りきったら、懐かしの実家が見える。もう一踏ん張りだ、と自分に言い聞かせ四肢に力をこめる。

 あの田舎の病院からここまで来るのに数時間を要した。きっと家に着く頃にはお昼を回っているだろう。

 病院と言えば長年お世話になった院長の話をせなばなるまい。

 本来、この退院は一時帰宅だったが、それも無くなった。

 最後の検査で体の異常が消失したからだ。原因不明の病が突然行方を眩ませたことに彼は驚きを隠せ切れないまま、しどろもどろで退院を告げた。

 去り際に仁矢について探りを入れてみたが、彼は何一つ覚えていなかった。恐らく他の病院関係者も仁矢のことは覚えていない。記憶を操作する悪魔は自分の痕跡を残さず病院を去る予定だったのだろう。こちらとしては面倒ごとが無くなって助かった。

 ただ、取り壊し予定の旧棟に謎の血痕と小規模なクレーターができてしまったのでこのまま何事も無く取り壊されて欲しい。真相を知るのは自分たちだけで十分だ。

「また考え事ですか?」

 その美しい声に導かれ我に返る。もはや、この声が天聖術なのでは? と訝しむのもやむ得ない頻度で声に惹かれる自分がいる。

「いや、なんでもないよ。大したことじゃない」

 白い息を吐きながら横にいる結希に笑いかける。

 結希は不満そうに非難の声を上げ、上目遣いに睨んできた。

 それが堪らなく保護欲をそそり、愛おしさが胸を突く。頬の緩みがひどいことになった。

「……ものすごくニヤニヤしていますが何かいいことでもありましたか?」

 白いコートに包まれた結希は引き気味にそれを指摘し、小さなため息を吐いた。

「うん、可愛い妹彼女の可愛い姿を拝めたので頬の緩みもやむなしだと思うんだ。仕方ないよね」

「なんですかそれ」

 呆れた物言いでプレゼントしたマフラーに顔を埋める。それが照れ隠しだと隠し切れなかった頬から窺い知れる。

「も、もう! そんなに見ないでください。恥ずかしいですから」

「えー」

「しつこい男は嫌われますよ」

 若干低い声に悪寒が走ったのは気温だけのせいではないはずだ。

 悪ふざけが過ぎたことを反省しつつ、このあとに待っている説教を回避する手段を思案していると手頃な話題が見つかった。

「そういえばこのブレスレットありがとう。おかげで大助かりだよ」

 右手に嵌めた青い不思議な光が漂うブレスレットを掲げる。

「リミッターが効いてくれて幸いです。半分悪魔だから効かない可能性もありましたが上手くいったようで何よりです

 結希も同じようにブレスレットを掲げた。

 今、赤奈が付けている腕輪は結希の予備のリミッターである。

 堕天使へと覚醒した赤奈はリミッターなしでは意識的に力をコントロールすることを強いられる。ほんの少し気を抜いただけで黒い翼が出てきては面倒ごとにしかならない。そこで結希の予備のブレスレットで試したところ問題なく適用したのでマフラーのお返しもあって赤奈にプレゼントした。

「大切にしてくださいね。もう予備は無いんですから」

「うん、もちろん。なんたって彼女からのプレゼントだからね。大切にしなきゃ」

「もう、調子いいんですから兄さんは」

 兄さん――結希は赤奈のことをそう呼ぶことになった。

 今の結希は天使としてのユウと人間だったころの結希の記憶が混濁している。そのため人格の統合によって新たな結希となった。表面上はユウだが、内面では結希としての人格が強い。もはや、第三の人格と言っても差し支えない。

 ゆえに従来の呼び方であった『赤奈さん』や『お兄ちゃん』に違和感を感じるらしい(後者は単に恥ずかしいだけらしいが)

 昨日の夜に折衷案として『兄さん』と決めた。

 ………………誓って言うが夕べはお楽しみでしたねの展開はなかった。そんな度胸は無い。一生生殺しだ。

「兄さん? なんだかげっそりとしてますよ。まだ体調がよくないんですか?」

「いや、違うよこれは。うん、あれだね。可愛い結希が可愛すぎて辛いだけだよ」

「?」

 小動物のように小首をかしげる結希の黄金の髪が尻尾のように揺れた。

 

      閑話休題

 

「そういえば、疑問に思うことが一つあります」

「疑問? 何かあったけ?」

 雪化粧の施された代わり映えのない坂道がようやく中腹に差し掛かった時、結希は思い出したかのように口を開く。

「ベヒモスとの戦いで最後、兄さんがまるで分かってたかのように剣を避けたじゃないですか? あれには何かタネがあるんですか?」

「ああ、あれね。別に大したことないよ。長い付き合いだったから分かっただけだよ。なんせ仁矢さんは左利きだったからね」

「左利き……? それが何か?」

 いまいち回答に辿りつけていない結希を導くため補足を加える。

「ほら、僕がベヒモスの左手を切り落としたでしょ。それでベヒモスは右手で応戦してきたけどさ、それがあまりにも自然だったんだよね。だから、本来、二刀流なんじゃないかなーと思って二本目の剣を警戒してたんだ」

 それに、と悪戯っぽい顔で

「どこかの誰かさんに似たような手をやられたからね。対応できたのはそれのおかげかな」

「うっ……すみませんでした。とても反省しています」

 バツの悪そうなその顔に余計、邪な心が湧き上がる。せいぜい顔を抑えて笑いを堪える。

 結希はプクーと頬を膨らませ、一気に足早に歩き出す。赤奈はそれを慌てて追いかける。

 雪を蹴散らす結希の背中に追いつき、たいして詫びれもせずに「冗談だよ」と笑いながら頭を下げた。

「悪かったよ。もう言わないからさ」

「……兄さんに壊された天旋弓の修理費あとで請求させていただきます」

「え、あれ壊れたまんまなの? 嘘!?」

 そんな二人のやり取りも頂上に近づくにつれ、息を潜めるように無くなっていった。

 気付けば足取りは鉛のように重く、ついには坂の頂上手前で足が止まった。

「兄さん行かないんですか?」

 同じように隣でピタリと停止した結希が尋ねる。

 赤奈は首肯もせずに「ん」と生返事。

 見かねた結希が大きなため息をこぼした。

「兄さんが何か隠し事をしているのはなんとなく分かります。言いたくないならあえて聞きません。でも、私達の仲なんですから隠し事はなしにしてほしいと思うのはわがままでしょうか?」

 どうやら胸中の思惑など既に見抜かれているらしい。

 これはもう一生隠し事はできないな、と苦笑を漏らし、秘密を打ち明けた。

「ここに来る前、父さんに電話したんだ」

「お父さんにですか?」

「大事な話があるからお昼に会えるかって。了承してくれたよ。多分、なんの話か察したんだろうね」

 父との会話はごく短いものだった。

 忙しなく電話に出た父に無理を承知で頼んだ。

『大事な話がある。たくさんあるんだ。だから、真実が知りたい。父さんたちの口から聞きたい』と

 初めは驚いていたようだが、僅かな沈黙のあと、『昼ごろに母さんと家で待つ』とだけ言い残し、電話は切れた。

 決して厳格とは言い難い父があのような声で……というのが正直な感想だ。あれが父親というやつなのかもしれない。

「聞かなくちゃいけないよね。僕の本当の両親について。父さんたちとどんな関係でどんな人だったのか」

「兄さん……」

「それから全部話すよ。僕の体のことも仁矢さんのことも全部話す」

「私のこともですか?」

 赤奈は鷹揚に頷く。当然だ。だから、連れてきた。

「でも、信じてくれますかね? あれから5年の月日が流れてますし、髪の毛の色とかも違います」

「大丈夫だよ。親なんだから」

 それは全く根拠にならない言葉だった。だが、赤奈は親という単語を強調した。

 彼はまだ信じている。いつか母の病が治ることを。それはきっと結希が帰ってきた今だ。

「問題は母さんよりも父さんかな。きっと僕らの関係を反対するだろうな」

「そうですか? お父さんは私たちに甘々でしたから何とかなりそうなものですけど」

「だからこそ、お前に娘はやらん! とかありそう」

「あー……あっさり想像できました」

「もしかしたら、実は婚約者が、とかありそう」

「家が家だけにありえますね。というかありそうです」

「その時は駆け落ちでもしよう」

「いいですね。どうせなら遠くに行ってみたいです。ヨーロッパ辺りを所望します」

「いいね。楽しそうだ。」

 でも、と赤奈は呟き

「僕は簡単に諦めるつもりはないよ。また4人で暮らしたいから」

「はい、私もです」

 その時、強い風が鳴き、二人の額を叩いた。

「うっ、寒い」

 赤奈は首を竦め、結希もきゅっと目を瞑る。

 住宅街とはいえ、風が吹くと遮る物がないのだ。すぐに風も凪いだが、気付けば雲が日に覆い被さっていた。

 まるでさっさと行け、と促されてるみたいだった。

「そろそろ行こうか。待ってるだろうし」

 二人はようやく歩みだす。お互いの手を取って。まるでもう怖い物はないとでも言いたげな強い足取りで坂道を登り終える。

 遠くに見覚えのある家が見えた。屋敷と言うべき規模の実家に使用人の姿が微かに見える。父と母もきっとあそこで赤奈を待っているはずだ。

「絶対にこの手を離さない。もう無くしたくないから」

「はい。絶対に離さないでくださいね」

 二人は待つべき人達に会いに行くために再び歩き出す。

 

 天使(ふたり)がなくしたもの。

 それは記憶ではなく、隣にいるパートナーだった。

 もう二度とこの温もりを失わぬよう絡めた指先を強くする。

 ブレスレットの淡い光が二人の道を淡く照らした。




おつかれさまです。これにて「天使がなくしたもの」は完結します。
ここまでお読みいただいた読者の方々に感謝です! ありがとうございました。
以下一人語りのあとがきもどきです

この作品の下書きを始めたのが2013年の春。実際にパソコンで打ち込み、投稿し始めたのが同年7月。完結するのに1年半かかりました。ラノベ換算するなら310~330ページくらいの内容です。作家さんがたのすごさが身に染みました。

ここまで書ききった自分を褒めたいですが、穴だらけのストーリーにレベルの低い文省力。キャラも薄いかなーと改めて自分の実力の無さを痛感しました。次回作はそれを反省していきたいです。
でも、この作品、赤奈や結希が好きだ、と言ってくれた方もいるのでそれだけでもよかったと思います。

次回作はまだプロット段階で下書きすら完成してません。なので投稿はまださきになります。できたら4月中には……と思いますがうまくいかないだろなー。

次作はロボット物です。フルメタルパニックに影響されました笑
コンセプトは「エヴァの使途のような敵と戦うMSやAS。でも、スーパーロボットみたいなフシギパワーもあるよ」というリアルロボットかスーパーロボットか分からないヘンテコな感じです。

一年半以上も鍛えたんだから少しくらい文章力があがってることを祈りながら早速プロットに取り掛かります。

今まで応援ありがとうございました。
何かご質問や感想がありましたらドンドン言ってください。待ってます


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