第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。 (あらがき@北宇治高校)
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①たまには雪ノ下雪乃も稚拙な言葉を並べる。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。


受験が終わり、春と言うには肌寒い気候の3月中旬。

俺は雪ノ下と千葉郊外の大型ショッピングモールに来ている。

雪ノ下は結局、難関国公立大に合格し、俺もなんとかAprilとかMarchとか言われる類の私立大学の文学部に合格した。

それで…。

どうして俺が雪ノ下と家族連れとリア充の温床にいるかというとだな、、、

そうだな…卒業式あたりまで話はさかのぼるが…。

 

第1章 案外俺の卒業式は間違っていない。

 

①たまには雪ノ下雪乃も稚拙な言葉を並べる。

 

----卒業式当日----

卒業式ってのはどうしてこうも安っぽい昼ドラのワンシーンに見えるのだろうか。

友達との別れをよりドラマチックで印象的なものにするために、合唱をし、先生方への感謝の言葉を述べ、能動的に感動しようとする。

そんな人工的につくりあげた感動めいたものを共感するために受験でくたびれた高校生を学校に呼び出さないで欲しい。

さらに、リア充どもは友達とこれでもかと写真を撮り、またある者は卒業式にかこつけて異性にロマンチックな愛の告白をする。

どれも無縁な俺にとっては最後で最強の敵であると言ってもいい卒業式というイベント。

俺はこれまで2度の卒業式を経験しているが、ろくな思い出がない。

小学校の卒業式では合唱の最中に俺の周りを飛び回っていたハエを思いっきり叩いたせいで全員の歌が止まり、台無しになったため最後の最後でぼっち比企谷は皆の敵になった。

中学校の卒業式では一刻も早く帰宅しようと体育館裏の裏口からこっそり帰ろうとしたら、告白のために手紙で体育館裏に呼び出されていた女子に

「え?あの手紙、比企谷くんだったの?あの…、ごめんなさい。そういうのは無理です!」

って、告白せず振られるという奇跡的な惨事に見舞われた。

最後の敵よ、早く楽にしてくれ。

と心でつぶやきながら、名前を呼ばれるのをただただ待つ。

 

高校になると式の正式名称をやたらに強調してくる卒業証書授与式。

リア充どもは卒業証書を受け取る前に名前を呼ばれる時、ネタを披露したり、意味不明の奇声を挙げたりして会場に失笑をもたらす。

そんな中、俺の名前を呼ばれた時は会場が一旦静まり、そしてざわつきだす。

奉仕部に入るまでは、誰にも認識されないぼっちだったが、今となっては何かとやらかした陰湿で非道な誰からも近づかれないぼっちへと進化を遂げた。

見た目はそう変わらない進化だ。

○カチュウが○イチュウになったところでどっちが強いか見た目じゃ判断できないだろ?

それと同じだ。

このざわつきは、「比企谷だぜ…」「あいつ、卒業させていいのかよ」「留年したらしたで迷惑だからな」とでも言っているのだろう。

もう慣れたさ。

卒業証書を受け取る。

終わったぜ。

高校生活。

 

卒業証書授与が終わり、卒業生の言葉に移る。

慣れた面持ちで、つかつかと一定のリズムを刻み舞台に上がる黒髪ロングの美少女。

生徒会長にして、首席で卒業。

総武高校でも唯一の難関国公立T大学に合格した雪ノ下雪乃だ。

雪ノ下は奉仕部の部長を俺に任せて3年前期の間、生徒会長を務めた。

1年が経ち、背も少し伸びただろうか。

より美しく、魅惑的な女性に成長した。

顔も一段と大人の女性といった感じだ。

胸は…。ま、まぁ、あれだ。ほぼ毎日、顔を合わせていたからな。

気づかないのも無理はない。

いや、毎日あいつの慎ましすぎる胸を見てたわけではないぞ。

確かに偉大なる乳トン先生の万乳引力の法則はいかなる物体にもはたらくが、あの大きさではそもそも乳じゃ…って!あいつ遠目に俺を睨んでねえか!

どんだけ鋭いんだよ。

俺から目を離して(多分)雪ノ下は手元のカンペを開き、一呼吸おいた後、つらつらと奏でるような朗読を始めた。

あくまでもありきたりな文章だ。丁寧に流れるように読んでいる内容は、文実のこと、生徒会のこと、勉強のこと…。

どこの卒業式もだいたい同じであろう内容を雪ノ下は落ち着いた様子で読んでいる。

と思った矢先、雪ノ下はカンペを閉じた。

歯切れの悪い終わり方だ。

普通は先生方、ご来賓の方々どうこう等と述べて締めくくるものではないだろうか。

雪ノ下にしては珍しく緊張した様子だ。

なんだ?

まさか、どっかの学園ドラマみたいに優等生が「何で勉強しなきゃいけないの!?」って叫び出すパターンか?

って、あいつはもう進学決まってるしな。

それにしても何だこの間は。

すると雪ノ下はマイクがハウリングしかける程の深呼吸をして、続けた。

遠目に顔を赤らめているように見えた。

 

「…私はこの高校に来て大切なものができました。

初めて大切にしていきたいと思える友達に出会いました。

感謝…、感謝しています。

その人達との思い出は大切なものです。

そう。

大切な…。

在校生の皆さんも是非、そんな友達を…見つけてください。」

 

…、驚いたよ。

ここまで雪ノ下雪乃という人間に驚かされたことは数えるほどしかない。

理想の女性から温かい心だけを取り去ったような彼女からこんな言葉を聞くことになるとは。

意外なのはこんなことを大衆の前で言い放ったことだろう。

今この場で言うことに何の意味があっただろうか。

彼女の中でどのように整合性を図ってこの行動をとるに至ったのか不思議で仕方ない。

それに、雪ノ下にしては文章力が低いというか、選んだ言葉は外国人が辞書を引きながら話しているようだった。

まあ、友達っていうのは、由比ヶ浜のことだろう。

「俺は?」なんて言ってみろ。

「あなたと友達になるくらいなら、死んだ魚の方がましよ。」

なんて憎まれ口を叩かれるだけだ。

その後はカンペを再び開き、特に何もなく「卒業生の言葉」を終えた。

 

「ゆきn…グスッ ズズッ」

鼻をすする音がうるさいと思って斜め前に目を向けると、由比ヶ浜が嗚咽を漏らしながら泣いていた。

必死に堪えようとしているが抑えきれないのだろう、吐きだしそうな様子だった。

三浦が優しい笑みを浮かべながら、由比ヶ浜の背中をさすっていた。

あの雪ノ下が必死に紡ぎだした言葉。

由比ヶ浜には分かったはずだ。

その気持ちの大きさがどれほどのものか。

俺にも分かったくらいだ。

雪ノ下を一番理解しようとしてきた由比ヶ浜ならなおさらのことだろう。

口調や声色が同じでも分かる。

あの僅か30秒くらいのメッセージは、雪ノ下の心からの感謝の気持ちだった。

 

続いて合唱に入り、雪ノ下の伴奏で曲が始まる。

こいつはピアノも出来るんだったな…。

「「「白い光のなーかにー」」」……

合唱を何もなく終えたことに安堵していると、生徒の大半に覚えられていない教頭先生が閉会を宣言し、卒業生は退場。卒業式は幕を閉じた。

 

今年の卒業式は俺の黒歴史リストに残りそうな失態も無かったし、めでたしめでたしだな。

とか考えていたら、体育館から教室に戻る途中、意外な人物に話しかけられた。

「比企谷、ちょっといいか…。」



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②今回、葉山隼人は手段を選ばない。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。


②今回、葉山隼人は手段を選ばない。

 

「比企谷、ちょっといいか…。」

葉山だ。何だか知らんが、本当に思いつめた表情を浮かべている。

卒業式が終わり、体育館から教室に帰る途中、俺は珍しく葉山に声をかけられた。

「なんだ。」

「ここじゃ話しづらいから」

そう言って俺を手招く葉山。

それって、アメリカじゃあっち行けって意味なんだぜ。

とか海外旅行に役立つ豆知識を心の中で呟きながら俺はただ葉山の後をついていく。

着いたのは教室のある棟からは随分と離れた人気のない特別棟の裏だった。

なんで俺がこんなやもすれば告白されそうな場所に連れて来られないといかんのだ。

まさか…葉山…お前…。俺のことが好きなのか?

海老名さんの理想世界が現実世界とリンクして、浸食するのか?

葉山は俺に向き直る。

「俺、好きな人がいるんだ」

やっぱりだ。何故だ?どこで間違えた?

俺は迷うことなく戸塚ルートを突き進んでいたはずなのに…。

「そ、そうか」

とりあえず返事はしておこう。何て言えばいい?ごめんなさいか?

いや、友達でもないのにそんな…。

「でも、その人は多分、俺のことを好きじゃないんだ」

「そうなのか」

そりゃそうだ!俺は男よりは断然女の子の方が好き…なに!?戸塚はおとk…。

いやいやまだ戸塚が男と決まったわけじゃない。

ラノベの王道パターンでいくと、そろそろ戸塚が本当の性別を告白してくれるはずだ。

「だけど、俺はその人のことが好きなんだ。」

「つまり何が言いたい?」

もう、どうにでもなれだ。だが、間違っても俺は葉山ルートには進まんぞ。

もしそうなれば、それこそ俺の青春ラブk…(ry

「俺…雪ノ下さんのことが好きなんだ。ずっと…。

比企谷は雪ノ下さんと仲がいい。

だから、俺と雪ノ下さんが上手くいくように取り計らってくれないか。」

ごめんなさい…。

え!?俺への告白じゃないの?

よかった…。危うく、海老名さんワールドに直行だったぜ。

しかし、葉山。お前は大きな勘違いをしている。

「葉山、悪いが俺じゃどうしようもない。

俺は雪ノ下と友達でもないし、仮にそうだったとしても、俺が何かした程度で雪ノ下が好きでもないやつの告白をOKすると思うか?

お前だって昔からあいつのこと知ってんなら、そんくらい分かってんだろ。」

そうだ、雪ノ下はまず恋人を作るという概念さえ持ち合わせてないのではないだろうか。

「確かにそうかもしれない…。

でも、やっぱり俺は彼女に自分の思いを伝えたいんだ。

大学も違うし、これからはきっとこれまでみたいに会えなくなる…。」

知ったことか。

だいたいお前みたいに何でも持ってるリア充イケメンの恋愛相談を俺が受けにゃならんのだ。

「だいたい、俺に何ができる?

俺はお前みたいにモテるやつの気持ちなんかさっぱり分からんし」

間髪入れず、葉山は答える。

「でも、君は雪ノ下雪乃が一番気を許している人間だと僕の目には映るんだけど…

それに…。いや、何でもない」

はぁ!?何を言ってんだこいつは。

まず、間違っているのは『一番』という点だ。

由比ヶ浜がいるからな。

そして、気を許しているのではなく、好き放題罵っているだけということだ。

「それには賛同できんが、何をして欲しいかぐらいは聞いてやる。」ニヤリ

ふ、今くらい葉山の上に立っても構わんだろう。

なんせこちらは依頼される側だからな。

「うん。

はっきり言うと雪ノ下さんに直接、

『葉山が雪ノ下さんに告白したいから体育館裏に来て欲しいと言ってた』

と『比企谷が』伝えて欲しい。」

葉山は『比企谷が』の部分をやたらに強調した。

何でそんな面倒なことをしなきゃならんのだ。それに…

「その役だが、俺より適役がいると思うんだが。」

「そんなことはないと思うけど、ちなみに誰かな?」

「由比ヶ浜」

「いや、違うね」

なんなんだよ。

雪ノ下がまともに意見を聞いたことがあるのって由比ヶ浜くらいしか俺は知らねえよ。

しかも、あいつ俺の言うことなんて知り合いよりも知らない人よりも聞かねえしな。

「それなら、俺が適役である理由を言え。

納得したらその依頼を受けてやる。」ニヤリ

気持ちいーーー!

上位カーストの頂点に立つ男の上に立ったぜ。

もはや、俺、カーストの上のムハンマドにでもなるんじゃねえの?

違った。

カーストはヒンドゥー教だから、三大神か。

シヴァ神にでもなろうか。

「分かった…

君には出来れば話したくはなかったけど、確かにそれじゃあ筋は通らないよね。」

ふうーと葉山は大きく息をついて顔を上げ、

「君が雪ノ下さんに直接言うことで、雪ノ下さんに君が彼女のことを好きでないことも同時に伝えれるからだ。

仮に君が雪ノ下さんのことを好きだとしても。」

…。

…驚いたよ、葉山。葉山隼人。

千葉村で話した時にもあいつの表じゃない部分(それを裏だと言うつもりはないが)を垣間見たが、今回は垣間見たなんてもんじゃねえな。

打算的でブラックすぎる部分を見せてきやがったよ。

ブラックホール並だ。

吸い込まれるかと思ったわ。

しかし、気になることがある。

「お前は俺を買い被っているか勘違いしているようだが、まあ今はそれはいい

それより、もし俺じゃなかったらどうしてた?

戸部や大和、大岡ならどうする?

または、お前にとって無害なクラスメイトなら?」

「もちろん同じことさ。」

葉山は目の色を変えずにさも当たり前であるかのように言い放った。

なら…

「それは、お前が好きな人ためなら友達をも省みないような非道なやつなのか。

それだけ雪ノ下のことが好きとでも言いたいのかどっちだ。」

疑問形で投げかけた言葉だが、俺は葉山に選択の余地を与えたつもりはなかった。

無論、後者だろう。

まあ少なくとも葉山を知る誰もが、そう思っている、信じているはずだ。

「そうだね…

どっちも正解かな。」

……そうか。

買い被ってたのは、俺の方だったか。

だが、俺は案外こういうやつは嫌いじゃない。

「そうか。分かった。

雪ノ下にはお前に言われた通りに言ってきてやる。

じゃあな。」

俺は、帰る教室は同じなのだが、敢えて先を行った。

こいつに礼などされたくもない。

葉山は早歩きの俺に小走りで追いつき、肩をつかんだ。

「なんだよ?」

「まだ話は終わってない。」

「俺が雪ノ下にさっきの伝言をすればいいだけだろ?」

「君の気持ちを聞いてない。」

葉山のいつも優しそうな目はその面影を残していない。

「何の気持ちだ?

俺は純粋に面倒くさいと思いました。

これでいいか?」

「君の純粋は相変わらずだね。

違う。

雪ノ下さんのことをどう思っているかだよ

俺は君を陥れようとしてるんだ。

何か思うところはあるだろ?」

ああ、あるとも。

そのお前の黒い部分を世界中に知らしめてやりたいね。

まあ、葉山の欲しがっている返答をくれてやろう。

「俺もあいつもお前が思っているようなことはない

まして俺はあいつに心をズタズタにされてんのに好意を抱くなんてのはあり得ない」

そうだ。雪ノ下も俺に興味なんてないしな。

「そうか。

……。

すまない。」

葉山の返事を背中に受け、奉仕部の教室に向かう。

教室に戻ろうと思っていたが、どうせ教室にいてもすることないしな。

卒業式の後、担任の教師が戻って来るまで30分弱あるらしいからな。

雪ノ下はいつものように読書をしていることだろうよ。

 

扉を開けると、やはりそこに雪ノ下雪乃はいた。

雪ノ下は一度顔をあげて、興味がないと言わんばかりにすぐに視線を本にもどs…

え!?何?

いつまで、俺のこと見てんの?

俺の顔になんかついてるの?

雪ノ下は俺を凝視したまま目を逸らさない。

こえーよ。

不気味だし早く要件を済ませよう。

「あのs…」

「比企谷くん!」

なんだ!?

急に立ち上がるから心臓がはじけ飛ぶかと思ったわ。

雪ノ下はゆっくり歩いてきて俺の目の前で立ち止まる

「なんだよ…?」

雪ノ下は少し身震いをしているようだ。

「こんなことを言うのは、私としても不本意なのだけれど…」

なんだよそれ。なら言うなよ。

とは言えるわけもない。

雪ノ下は余裕なさそうな様子だし。

ほのかに顔が赤くて上目使いで…

なんだ、その…可愛いし…。

「その…、、、

あ…、」

なんだよ…、早く言えよ。期待しちまうじゃねえか。

これ普通の男子だったら完全に勘違いしてるとこだぞ。

雪ノ下は深呼吸をして、ゆっくり口を開く。

 

 

 

「あ…、ありがとう…。比企谷くん…。」

 

 

 

…。

…。

……………………………。

 

えっ…?



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③案の定、比企谷八幡は踏み込まない。

初めまして、あらがきと申します。
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➂案の定、比企谷八幡は踏み込まない。

 

「あ…、ありがとう…。比企谷くん…。」

…。

…。

……………………………。

え?

…。

なんだよ。

そうか。

分かったぞ。

勘違いするところだった。

俺の豊富な黒歴史がこの状況を説明できないはずがない。

そう…、今までだって何度も失態を繰り返してきた。

自分に、周囲に期待して、裏切られ、傷つき、諦める。

その度、比企谷八幡は自分を戒めてきた。

なのに、どうして…

差し込む一筋の希望の光を見つけるとそこに手を伸ばそうとするんだ。

その光は俺に向いているものかどうかも分からない。

自分に期待するのはもうやめると決めたのに。

また、同じことを繰り返すのか。

俺は雪ノ下から目を逸らす。

この言葉の空白はいつもの奉仕部の無言状態とはわけが違う。

今にも押しつぶされそうな圧力を感じさせるこの空間には、俺の早まる鼓動と雪ノ下の唾を飲み込む音だけが重く響き渡る。

「その…。

『不本意ながらも』あなたがいてくれて助かったことは幾つかあったし…、

私はこの奉仕部で過ごした時間を心地よいと感じていたわ。

その一つの要因であるあなたにお礼を言うのは特におかしいことではないでしょう?」

雪ノ下はそう言いながらも自分がおかしいことを言ってるかのように顔を赤らめている。

「そうか…。」

そりゃ、こう言われて不快に思うほど俺も捻くれてはいない。

だが、優しい言葉を素直に受け止めてはいけないと『俺の経験則が自発的に出す指令≒本能』のようなものが警告する。

そう、今までだってそうだったんだ…。

今だって何も変わっちゃいない。

だったら俺は…。

 

 

「比企谷くん…

だから、今なら私t」

「雪ノ下。

俺、実はあるやつから伝言を預かっててな。

葉山なんだが、お前に言いたいことがあるから体育館裏に来て欲しいそうだ。

今すぐ行ってやってくれ。」

雪ノ下はキョトンとした顔を一瞬浮かべるが、すぐに不快さを閉じ込めようとする表情に変えた。

「そう…。

葉山君ね…。

何かしら。」

その『何かしら』は答えを必要としていなかった。

「さあな」

「ちなみに、あなたは何故そんな役を引き受けたの?

あなたにとって無益だし、そもそもそういうことに興味がないでしょ?」

そうだな。それは間違っていない。

だが、雪ノ下。

俺はお前には少し興味がある。

今まで数多くの男を振ってきたお前が葉山のような八方イケメンをどんな風に蹴散らすのか。

いや、そういう意図で依頼を引き受けたわけじゃないぞ。

今、ふと気になっただけだ。

「葉山には文実の時の借りもあるしな。

どうせ、この教室に来る予定だったから、引き受けただけだ。」

まあ、さっきそんなことは考えてなかったが、今思えば確かにそうだしな。

「そう…。」

雪ノ下は少し俯き、言葉を継ぐ。

「その…。

比企谷くんはいいのかしら?

私が葉山君に告白されて、彼と恋人関係になっても。」

なぜ俺がいいとか悪いとか思わなくちゃならないんだ?

「は?

何か俺にとって困ることがあるか?」

こいつまさか…。

「だって、あなた、私のことが好きなんでしょ?」

やっぱりそうか。

だが、以前同じことを言った時とは雪ノ下の様子が少し違った。

以前は『どうして私を好きじゃないことがあり得るの?』と言わんばかりの顔をしていたが、今回は俺を伺うような様子だった気がする。

「お前…

前にも違うと言っただろ。」

「そうだったの…」

当たり前だ。

俺は戸塚以外に恋人にしたいやつなんていないからな。

だが、俺はてっきりこいつは葉山に対して特別、嫌悪感を抱いていると思ってたぜ。

「でも…その…なんだ…

お前、葉山と付き合うのか?」

「さあ、どうかしらね。

あなたは別に興味ないんでしょ?」

雪ノ下は嘲笑する。

「…。

まあな」

そうだ、さして興味はない。

「まぁ、分かっているとは思うけど…ね」

そう言って雪ノ下は席に戻り、本をかばんにしまって、歩き出す。

「それじゃあ、行ってくるわ。」

そう言って、雪ノ下は教室を後にした。

「ああ」

雪ノ下が出ていった後、俺は小さく返事をした。

 

まあ、本でも読むか。

俺は、いつもの席に座り、読みかけの本を開く。

 

 

 

 

―雪ノ下雪乃―

今、私はあの男のせいで、体育館裏に向かうはめになっている。

葉山君はきっと私に告白すると思うのだけれど。

私は葉山隼人という人が嫌いだ。

自分は何でも出来ると過信し、理想論や当たり障りのない美辞麗句を並べて、いざという時には何もできない。

私の時もそうだった…。

それなら、まだあの目の腐った男の方が少しはマシかしら。フッ

でも、ちょうどいいわ。彼に言いたいこともあったし。

葉山君は私を見つけると小さく手を振り、小走りで駆け寄って来る。

「雪ノ下さん、ごめんね。

急に呼び出したりして。」

「そう思うのなら呼び出さないで欲しいのだけれど。」

「確かにそうだね。

でも、今回はそういう訳にはいかないんだよ。」

葉山君は真剣な表情を浮かべる。

私の目にはそんな彼の一挙手一投足が欺瞞で塗りつぶされたものに映るのだけど。

「雪ノ下さん、僕は…」

 

 

葉山君がそう言いかけた時、背後からザッザッザッと走る音が聞こえた。

 

誰なの…?。

 

 

 

振り向くとそこには見知った顔の彼。

少し息を荒げて膝に手を置いて俯いている。

 

何故、あなたがここにいるのかしら。

 

「どうして君がここに…?」

葉山君にとっても予想外だったようね。

 

 

「葉山…。」ハァハァ

 

 

彼はガバッと顔を上げた。

 

 

「俺と雪ノ下は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「付き合ってんだよ」



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④不覚にも、比企谷八幡は慕情を抱く。

初めまして、あらがきと申します。
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④不覚にも、比企谷八幡は慕情を抱く。

 

ー雪ノ下雪乃ー

 

私はもちろん、葉山君も何が起こったのか全く理解できていないでしょう。

「比企谷。

今なんて…?」

葉山君もさすがに顔が引きつっている。

「俺は雪ノ下雪乃と付き合っている。

つまり俺は雪ノ下の恋人だ。」

比企谷くんは何を言っているのかしら?

もしかして、目が腐っていたから近くの脳みそまで腐食したの?

それでも、比企谷くんは悪びれることもなく、平然としている。

その平然はこの場においては不自然だった。

そしてこれと似た状況を私は知っている。

今の比企谷くんの顔を以前にも見たことがある。

そう、修学旅行の時…。

「本当なの?

雪ノ下さん…?」

葉山君は流石に動揺を隠せないでいるみたい。

声は無機質なのに弱々しい。

「…」

葉山君の質問に何らかのリアクションを取ることは間違いなく比企谷くんの意図に沿わない。

私は比企谷くんを見たまま、沈黙を守った。

「比企谷、なんでこんなことを?」

葉山君は怒ってはいない。

比企谷くんは目はそのままに不自然に口角だけを上げて笑ってみせた。

「悪いな、葉山。

俺は雪ノ下と付き合っていたが敢えて依頼を受けて、お前みたいにイケメンで、人当たりが良くて、成績優秀、スポーツ万能の人気者、つまり俺の真逆の立場の人間が俺に陥れられる様を見てみたかったんだよ。」

 

―比企谷八幡―

 

そう、これでいい。

何度も言うが、俺が蒔いた種だ。

加担した以上、俺にも責任は発生する。

雪ノ下に要件を伝えた時、彼女と話していくうちに俺は気付いた。

雪ノ下が少なくとも今は、葉山の告白を受けても承諾することがないということに。

最後の言葉は決定的だった。

葉山は悲しげな表情を浮かべて雪ノ下に問いかける。

「君はこんなことを平然と言ってのける男のことが好きなのか?」

雪ノ下は俺の方を見たまま目を逸らさない。

だが、彼女は決して俺の目を見ることはない。

あくまでも雪ノ下は葉山の言葉に答えようとはしない。

「君は……」

葉山は大きく息をはく。

そして大きく息を吸う。

その遅くて長い呼吸は早くて大きな鼓動に何度もさえぎられそうになっている。

多分、雪ノ下がこの場にいなければ、俺のことを納得のいくまで殴りたいのだろう。

それを必死に抑えようとしてる様子が容易に見てとれる。

「はぁ……

君は本当に最低だね。」

「そんなことは、今分かったことか?」

千葉村でも直接、言ってただろうが。

「ああ。

けど…。

君の捻くれようには、もう怒りを通り越して呆れすら覚えるよ。」

あのめぐり先輩からでさえ呆れられるほどの逸材だぞ、俺は。

何を今さら。

「まあ、怒りを通り越してくれてよかった」

精一杯の皮肉を籠めて俺がそう言うと葉山は少し目線を落とし、握りしめた拳をより一層強く握り、肩まで小刻みに震えさせる。

数秒の沈黙の後、

「じゃあ、俺は教室に戻るよ。」

葉山は目線を足元に落としたまま、俺の方に向かって歩いて通り過ぎてゆく。

かと思いきや葉山は俺のやや後ろで立ち止まった。

そして低い声で呟く。

「ひきがやっ…」

 

俺は顔だけ葉山の方に向けた。

 

 

 

 

 

 

『ゴンッ!』

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず言えることは空は青く広い。

多分、何十秒か仰向けでいたに違いない。

何があったのか。

 

 

俺は葉山に全力のグーパンをくらってその場に叩きつけられた。

殴られた後の数秒の記憶はまるでない。

まだ、頬は痛くない。

感覚もない。

葉山は無言で立ち去った。

普通なら、近くにいる女の子が駆け寄って『大丈夫?怪我はない?』みたいな感じで心配してくれるところなのだが…。

雪ノ下は呆れた顔をしたまま、俺を見つめている。

「比企谷くん…。」

気のせいか?

雪ノ下が悲しそうな顔をしているように見える。

「何故あなたは、そんな方法しか選べないの?」

なぜか雪ノ下の表情にいつもの怖さはない。

むしろ温かい。

俺が言うと説得力に欠けるが、お母さんの優しさのようなものを含んだ顔に見える。

雪ノ下はようやく俺と目を合わせた。

 

「もう少し周りのことも考えてもらえないかしら。」

「だな。」

そう答えると雪ノ下は不満げな顔をする。

「違うわ」

「あなたは分かっていない。

今、私はあなた自身のことを考えてという意味で言ったの。

理解してなかったでしょ?」

俺は耐え兼ねて目を逸らした。

 

雪ノ下は決まりの悪そうな顔をして言葉を継ぐ。

 

「私はあなたが傷付くのが…」

 

「…」

 

長い言葉の空白が続く。

ようやく口を開いたかと思えば大きく深呼吸をする。

 

 

 

 

「辛いのよ…」

 

 

 

 

まるで俺という存在が時間という概念に忘れられたようだった。

そんな気がした。

以前、彼女は虚言を吐かないと言った。

だが、今の言葉は虚言だろう…

でも…

そう、考えても…

俺は今、確かに抱いた感情を拭い去ることができない。

 

「俺、教室戻るわ。」

 

ダメだ…

もうここには居れない

「比企谷くん!

正しくはあいつと居れない

「ちょっと待ちなさい!」

なぜなら…

「こっちを見なさい!」

俺は気付いちまった

「なんだ?」

俺はこいつのことが…

「血が出てるわ」

雪ノ下雪乃のことが…

「なn…

おm…n、m…。」

 

『好きだってことに』

 

 

雪ノ下は俺の切れた唇と口内から流れ出す血をハンカチで優しく拭いてくれた。

「比企谷くん…」

近いぞ雪ノ下。

もう、ダメだ。

心臓の鼓動だけで喉が詰まっちまいそうだ。

ひとたび意識してしまうとこうなる。

雪ノ下は相変わらず、俺の傍で口を拭っている。

「今日、由比ヶ浜さんと計画して、私の家でたこ焼きパーティという催しを開くのよ。」

お前、たこ焼きパーティー知らねえのか…。

「あなたも来なさい。」

ようやく、雪ノ下は俺の口からハンカチを離し、少し距離をとる。

「拒否権はないんだろ?」

そう言うと雪ノ下はクスッと笑う。

「ええ。

総武高校奉仕部、最後の活動だもの。」

「分かった。

また後でな。」

「また後で」

雪ノ下は胸の前で小さく手を振る。

それを見て俺は教室に向かって歩き出し、雪ノ下に背を向けて小さく手を上げた。



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⑤ただ、由比ヶ浜結衣は雪ノ下雪乃の友達でいたい。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。


⑤ただ、由比ヶ浜結衣は雪ノ下雪乃の友達でいたい。

 

俺はようやくクラスの教室に戻ってきた。

平塚先生も既に教室にいて、いつものぶっきらぼうな声色で言う。

「比企谷遅いぞー

さっさと座れ―」

クラスに入って最初に目についたのは、戸部らと楽しそうに話す葉山だ。

数十分の間に事態は錯綜、精神は錯乱し、比企谷八幡は混乱状態にあった。

雪ノ下の言動や自分の心情の変化など、劇薬のような情報が俺の脳内の正常化を妨げる。

俺は葉山と目を合わせないように席に向かう。

俺が席に着くと、平塚先生は卒業生を見送る担任の先生にしてはあっさりした表情で淡々と話し始めた。

「いやーみんな、卒業おめでとう。

君たちと過ごした一年間はなかなか楽しかったよ。

3年間いろいろあっただろう。

君たちが総武高校で過ごした3年間に対して、各々が様々な印象を抱いていると思う。

その印象を色に例えるとだな…。

その色はそれぞれ全く違うのは分かると思うが…。

まず一人一色じゃない。

グラデーションになっていたり、全く印象の違う色が同居していたり…。

だが、その色に不正解はない。」

そう言うと俺をちらりと見る。

「その色が混じり合って見えるこの社会の色が君たちの色と違うことを気に病む必要はない。

なぜなら、『この社会の色』なんてものは君たちの立つ場所から君たちの目で見えている色に過ぎないからだ。

紅葉している山を遠くから眺めた時、君たちは赤だの黄色だのと口々に言うことだろう。

しかし、実際は緑の葉も黒の葉もある。

君たちは『社会の色』をその程度にしか見ることが出来ない。

その色に囚われ過ぎると自分の色を失い、また、見ることができなくなる。

この3年間と全く同じ色は二度と見ることが出来ない。

君たちの色に誇りを持ちたまえ。

私から言えることはそれくらいだ。

君たちの未来に幸あれ!」

平塚先生はなんとも清々しく、イケメンだった。

そこらの熱血体育教師の担任なんかは教卓にひれ伏せて泣いていることだろう。

と、由比ヶ浜と葉山が立ち上がり、二人で息を合わせるように頷くと、

「「ちょっと待ったーー!」」

二人は平塚先生に駆け寄り、由比ヶ浜は涙を浮かべながら花束を、葉山は反則級のさわやかスマイルで色紙を渡した。

どこからともなく拍手が巻き起こり、クラスは温かい空気で満たされた。

「みんな、ありがとう、大切にするよ。」と平塚先生は目の色は変えずに、けれども本当に嬉しそうな笑顔でお礼を言った。

平塚先生はざっと色紙に目を通して、ふと目の動きを止め、片方の口角を不自然につり上げ、俺を睨む。

口パクで「ひ き が や あ と で お ぼ え て お く ん だ な」と死刑宣告をされた。

いや、心からの気持ちですよ。

「アラフォーになるまでにいい人が現れるといいですね。」って。

何ていい教え子なんだ俺は。

そうしてクラス写真を撮った。

今回も修学旅行と同様、インファルトスタイルで乗り切った。

葉山とは気まずいし、ゲリラスタイルはハードルが高いからな。

他の連中は仲のいい友達どうしで写真を撮っている。

まあ、俺に友達はいないから、そろそろかえr…

「ヒッキー!写真撮ろー!」

俺が卒業式で写真に写ることがあるとはな。

あ、クラス写真には写ってたか、半身だけ。

まあ、由比ヶ浜は優しいからな。

「ああ、いいぞ」

「隼人くーん、撮ってー!」

おいおい、なんでわざわざ人気者の葉山に写真撮ってもらうんだよ、目立っちまうじゃねーか。(それに今気まずいし)

しかも、クラスの女子は葉山と写真を撮りたいがゆえに女子同士で「あんたが葉山君に頼んできてよー」「いやよ、あんたが行けばいいじゃん!前に葉山君としゃべってたじゃーん」と葉山君に声をかける役をなすりつけ合っている時にクラスの悪役請負人こと比企谷程度の人間がカメラ係として葉山君を奪っちゃうとか…、また女子を敵に回すのかよ。

「あぁ、いいよ」

快諾する葉山。

さっきの女子どもからの視線が痛い。

「はい、チーズ」パシャ

「ありがとね、隼人君。ヒッキーも!」

「お、おう」

これで帰れる!さらば、総武高校!

と思ったら、たこパがあるんだっけか?

帰って撮りためてたアニメを一気に見るという俺の計画が…。

「ヒッキー!

今日の放課g…」

「あぁ、雪ノ下から聞いた。

たこパだろ?」

「うん。

ちょっと待っててね。」

「分かったよ。んじゃ、先に部室に行っとくぞ。」

「オッケー!また後でねー」

俺は由比ヶ浜に向かって小さく頷いて教室を後にした。

まあ、どうせ雪ノ下もクラスの友達はいねえんだし、もう部室にいるだろう。

 

特別棟までの道のりは長い。

今から雪ノ下と顔を合わせると思うと変に緊張してきたぞ。

さっきの情景が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

…別に何もないんだ。

そう、俺が思いを寄せたところで今までと何も変わらない。

雪ノ下雪乃は俺にとっての憧れだった。

そのあり方はまさに俺が求めんとしていたもので、彼女に自分の理想を重ね、勝手に失望したこともあった。

今、雪ノ下にどんな思いを抱いているのか、自分でも分からない。

分かったつもりでいたのだが、考えるほどにそれは輪郭を失い、つかみどころの無いものになっていく。

考えるほどに足取りは重くなる。

相変わらず閑散としているこの場所。

雪ノ下が居ようと居なかろうとこの空気は全く変わらない。

 

部室の扉を開け、目に入るその風景に本を読んでいる雪ノ下の姿はなかった。

まあいいか。とりあえずいつも通り本を読んでいれば、そのうち来るだろう。

由比ヶ浜は友達も多いことだし、まだ時間はかかるだろうが。

 

30分ほど経っただろうか。

読んでいた本も読み終え、大きく伸びをする。

持ってきていた本も一冊だけだし、所在なくどうするかなと考えていると、部室の扉が開いた。

「はぁ~」

疲れたご様子で雪ノ下お嬢様がお見えになった。

「どうしたんだ?体力がないのは知ってるが、階段で息があがるほどだったか?」

雪ノ下はもう一度深いため息をついた後、世界の底辺を見るかのように見下した目で俺を見る。

「そんなわけないでしょう?

10人以上の男子生徒に告白されて、ここに来るまでに精神的に疲れただけよ。」

なるほどな。

雪ノ下はその完璧な容姿はもちろんのこと、文化祭のライブでの活躍や生徒会長として全校生徒の前に立ったこともあって、その人気ぶりは断トツの総武高校トップだからな。

そんな女を好きになるなんて…比企谷八幡、どうかしてるぜ。

「あなたこそどうしたのかしら?

そんな死んだ魚のような目をして。

10人以上の女子生徒に振られでもしたのかしら?」

こんな女を一度でも好きと思った比企谷八幡、どうかしてるぜ!

「んなわけねえだろ。

俺は振られると分かっているのに告白するような愚かなまねはしない。

しかし、相変わらずだな。

お前の性格を知らずして見てくれに騙された被害者は自然の摂理に従って振られていくわけだ。」

雪ノ下は少しムッとした顔をしたが、すぐにフフフと笑い、

「まあ、見た目も性格も残念なあなたは告白自体されないのだから、自然の摂理に従って一人で死んでいくわけね。」

全く容赦ないぜ、この女。

いつも人を完膚なきまで論破しようとする…詭弁の達人だな。

紀元前のギリシャにでもいけばソフィストとして大儲けできるぞ。

こいつと喋ってるとマザーテレサも犯罪者に仕立て上げられてしまうんだろうな。

 

「遅くなってごめーん!」

由比ヶ浜の髪の毛がぼさぼさなのは走ってここまで来たからだろう。

そんなに急がなくてもいいのに。

「んで、たこ焼きパーティーって、何すんの?

俺、パーティーと名の付くものに縁がないから分からねぇんだけど。」

「たこパといえば…、中に入れるものとか色々考えたりして…。

とにかく盛り上がるし楽しいよ!」

「たこ焼きパーティーなのに中に入れるものはたこじゃないのかしら。」

「そうだよ!エビ入れたり、チーズ入れたり、チョコ入れたり、マシュマロ入れたり…」

いや、それ何焼きだよ。最後らへんのはもはや晩飯としてどうかと思うぞ。

「それじゃ、たこ焼き器を使って何かを作って3人で晩御飯を食べるということでいいわね?」

そうだな、不気味な『何か』だ。

由比ヶ浜に作らせるとその『何か』は食べ物ではなくなる。

「うん!」

「ああ、何でもいいぞ。」

まあ、こいつらが楽しめるのなら何でもいいさ。

どうせ、俺に選択権は無いんだし。

 

そして、俺たち3人はこの教室を去る。

教室を出ると、由比ヶ浜と雪ノ下は扉を閉めずにただ教室を眺めていた。

 

「なんだかあっという間だったね…。」

「そうかもしれないわね」

「あたしがゆきのんと初めて会ったのもここだったね!」

「そうね…」

雪ノ下の言葉はいつもの聞き流すような適当な返事ではなく、その言葉を受け止めて由比ヶ浜とともに記憶を辿っていることが容易に見てとれる優しい返事だ。

 

「ゆきのんっ…」

「なにかしら?」

 

「ありがとね…」

 

雪ノ下はキョトンとした顔で不思議そうに由比ヶ浜を見る。

 

「あたし、変われたよ。

ゆきのんに出会って。

なんて言ったらいいかよく分かんないんだけどさ

ゆきのんに会えて、友達になれて、仲良くなれて、一緒にいれて、ゆきのんのことを知れて…

今のあたしがあって…

ぜーんぶが良かったって思ってるんだ!」

由比ヶ浜は流れ落ちる涙を拭くことなく、雪ノ下をまっすぐ見つめている。

 

「これでお別れなんてやだよ!

 

これからも友達でいてよ!

 

月に一回は家に遊びに行くよ!

 

彼氏が出来たら教えてよ!」

 

 

「あたしは…ただ…」

 

 

由比ヶ浜の顔はくしゃくしゃで、しゃっくりが止まらず言葉が詰まる。

 

 

「ゆきのんの友達でいたいよ…」

 

 

 

以前、由比ヶ浜は雪ノ下のことが大好きだと言った。

雪ノ下のことをもっと知りたいと言った。

彼女もまた雪ノ下雪乃のあり方に惚れた人間の一人なのだ。

 

由比ヶ浜はようやく涙を拭いた。

雪ノ下は天使のような微笑みを浮かべ由比ヶ浜に語り掛ける。

 

「もちろんよ。

私も…その…

由比ヶ浜さんとずっと仲良くしていきたいと思っているわ。

あなたは、私にとって初めての…

『友達』だもの。」

 

「ゆきのん…」

 

ゆっくり雪ノ下に近づく由比ヶ浜を雪ノ下から抱き寄せた。

雪ノ下はネコを撫でるように、大切そうに由比ヶ浜の頭を撫でている。

 

「約束だよ…ゆきのん。」

 

由比ヶ浜の声はますます弱々しくなる。

 

「ええ、約束するわ」

 

 

雪ノ下は俺の存在を思い出したのか、俺を見るや否や由比ヶ浜から離れ、軽く咳払いをした。

「行きましょう。」

俺たちは奉仕部の教室に別れを告げた。

 

校門を出るまでずっと、雪ノ下はしゃっくりの止まらない由比ヶ浜の背中をさすっていた。

そして、校門を出てすぐの道路に差し掛かったその時だった。

 

雪ノ下を呼ぶ声がする。

 

 

 

「雪乃ちゃーん!」

 

 

 

「姉さん…」

 

雪ノ下はこれでもかというほど、不愉快さを露わにした声を漏らす。

 

この展開…

嫌な予感しかしないんだが…。



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⑥打って変わって、雪ノ下雪乃は立ち向かう。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。


⑥打って変わって、雪ノ下雪乃は立ち向かう。

 

「姉さん…」

 

こちらに向かって顔立ちは雪ノ下そっくりの美人がにこやかに手を振っている。

そして、彼女の後ろには「あの」高級車が止まっている。

まぁ、もう何もないがな。

雪ノ下は陽乃さんと目を合わせようとしない。

「あら!比企谷くんもいるじゃない!由比ヶ浜ちゃんも!」

「どうも」

やっぱり俺はこの人が苦手だとつくづく思う。

何を考えているか分からないだけならまだいいが、誰に向けてでもない軽い口調で放つ凶器のような言葉には本当に参る。

「こんにちは。」ペコ

由比ヶ浜は花火大会の時に言われたことのせいで、少し陽乃さんに苦手意識を持っているようだ。

「いやー、みんな卒業おめでとう!」

「ありがとうございます!」

「どうも」

雪ノ下は冷ややかな目を向けた上で気だるそうに口を開く。

「姉さん、何の用かしら?」

「雪乃ちゃん、そんな怖い顔しないでよー。

実はね、雪乃ちゃんが高校も卒業したことだし、お母さんが今後のことについて話したいそうよ。」

 

「…」

 

「行こっか。」

 

雪ノ下は下を向いたまま動かない。

握り締めた手が僅かに震えている。

雪ノ下は多分、たこパを優先したいのだろう。

ついさっき、由比ヶ浜にあれだけのことを言われて、雪ノ下もそのことを心底喜んでいた。

だが、雪ノ下には陽乃さんより怖いという母親の命令を断るほどの理由がない。

かといって、この場で陽乃さんに辻褄を合わせてもらえるような説得が雪ノ下に出来るのだろうか。

俺に出来ることは…

 

「陽乃さん!」

「どうしたの?

比企谷くん?」

この人を相手にすると、一度決めたことが揺るぎそうになる。

「いやぁ、なんつーんすか…

今日は俺と雪ノ下のデートなんですよ。

そこは少し空気を読んで頂けるとありがたいというか…」

「え!?

ゆきのん、ヒッキーと付き合ってたの?」

まぁ、由比ヶ浜には後でちゃんと話してやればいい。

「まぁ、なんだ、それは…」

「比企谷くん、いいわよ」

「いや、s…」

「いいのよ。

いつも、そうやってあなたは…」

 

雪ノ下は深呼吸をして陽乃さんを真っ直ぐ見つめる。

 

「姉さんっ!ごめんなさい。

今日はとても大切な用事があるの。

だから、今日はその話し合いには行けないわ。」

「比企谷くんとのデートだもんね( ̄▽ ̄)」

雪ノ下は目をつぶり、首を横に振る。

「いいえ、違うわ。

比企谷くんがデートって言ったのは、多分姉さんに納得してもらうため…

そうすれば、最悪、比企谷くんのせいにしても筋が通ってしまう…。

でも、比企谷くんに助けてもらうだなんて、私のプライドが許さないわ。」

そうですかい。

まぁ、確かに余計なお世話だったかもしれんな。

「今日は、私たち3人で卒業パーティーをするの。

私の大切な居場所だった奉仕部のメンバーで…

私が高校生活で一番多くの時間を過ごした友達との大切な時間…。

それは、今日でないとだめなの…。

母さんにはきちんと説明して、埋め合わせするように私から頼んでおくわ!

だから…今回は…その…」

 

その口調は雪ノ下にしては幼く、駄々をこねる子どものようだった。

 

 

 

「…」

 

 

 

陽乃さん怖ぇーよ。あなたが黙ると身の危険を感じる…。

どこぞの○っぺいさんみたいに死なないでくれよ。

 

「雪乃ちゃんがねぇ…。

 

雪乃ちゃんも変わったなぁ…( *´艸`)

 

いいわ。

まぁ、お母さんには私からも言っておくし。」

「ありがとう、姉さん。」

雪ノ下は深々と頭を下げた。

「そんな、改まっちゃって。

雪乃ちゃんがあたしにお礼を言うなんて何年振りかしらね。

まぁでも、それならしっかり楽しんできてね!

それじゃ、比企谷くん、由比ヶ浜ちゃん。

雪乃ちゃんをよろしくね (>∀・)」

じゃあと言って陽乃さんは颯爽と車に乗り込んだ。

 

「よかったのか?お前のk」

「いいのよ。行きましょう。」

また、さえぎってきやがった。

俺に喋らせないつもりだろこいつ。

 

 

そういうことで、俺らは近くのスーパーで材料を買って、雪ノ下の家に向かった。

ビニール袋の中はとても一晩の材料とは思えないほどのむちゃくちゃ加減だ。

とりあえず、由比ヶ浜に極力手伝わせない方向で進めないと酷いことになるのは目に見えている。

「ゆきのーん」

「なにかしら」

「ゆきのんの家ってたこ焼き器あるの?」

「あるわけないだろ。

パーティーするほど友達いないし、一人でたこ焼き作るやつなんていねえし。」

雪ノ下は鋭く冷ややかな目で俺を睨む。

「あるわ。

だって、由比ヶ浜さんが以前、たこ焼きパーティーをしたいと言っていたもの。」

お前、どんだけ由比ヶ浜のこと…って、そんなのはもう分かり切ったことか。

「わーゆきのん覚えててくれたのー!?

ゆきのんだーいすきー(^^♪」ギュッ

雪ノ下はまんざらでもない顔をしている。

仲睦まじいのは結構だが、あまり公衆の面前でイチャイチャすると周囲の目が痛い…。

 

そんなこんなしているうちに雪ノ下の家に着いた。

「申し訳ないのだけれど、部屋の片付けと着替えをしたいから少し待っていてもらえないかしら。」

「うん!」

「ああ、わかった」

そういうと両手いっぱいに材料の入った袋を持つ。

「いいよ!ゆきのん!私たちが後で持っていくから!」

「よくないわ。

生ものもたくさんあることだし、早く冷蔵庫で冷やした方がいいもの。」

「でも、一人でそれを持つのは…」

そう言いながら由比ヶ浜は俺を横目に見る。

「あぁ、分かったよ。

ほら、雪ノ下。」

俺は離しそうになかった雪ノ下の荷物を半ば強引に奪う。

すると、雪ノ下は諦めた様子で厳重そうなエントランスに向かった。

「由比ヶ浜さん、ごめんなさいね。」

はい、俺には何もなしっと。

「全然いいよー

用意できたら、メールしてね。」

「ええ、分かったわ。」

 

 

なんとも高級感の漂うエレベーターの中には俺と雪ノ下の二人…

 

「ねぇ、比企谷くん。」

ビクッ!「な、なんだよ」

突然話しかけてくるからびっくりしたじゃねえか。

「あなた…。

 

無理しないで。

前にも言ったはずよ…。

 

 

少なくとも私には…」

そう言いかけたところでエレベーターがの扉が開く。

「あぁ、適当にな」

今はとりあえずこう言うしかない。

 

雪ノ下の家の前に着いた。

「ありがとう。」

「食材、冷蔵庫に入れとくぞ」

「部屋、少し散らかってるから…」

「んじゃ、おr」

「ま、まぁいいわ。

上がってちょうだい。

その荷物重いから。」

嫌なら別にいいんだが。

「そうか。

お邪魔します」

雪ノ下の部屋は散らかっているどころか、必要最低限のものも揃っていないように思えるほど片付いていた。

「冷蔵庫はそっちね。」

雪ノ下は一人暮らしには広すぎるキッチンの方向を指差す。

「はいよ」

俺は食材の種類ごとに整頓されている冷蔵庫の中に既存の法則に従い食材を詰め込んでいく。

と、明らかにこの家に不必要なものを見つけた。

「あいつ…なんでこんなもん持ってんだよ」

猫缶だ。

まさか、猫が好きすぎて猫缶食ってるんじゃねぇだろうな?

 

まぁ、それは置いといて、さっさと用事を済ませよう。

 

 

 

食材が多かったのと、この家の勝手が分からなかったこともあって随分と時間がかかってしまった。

 

リビングに戻り、部屋全体を見渡すと大きすぎるテレビの下に2ヶ月前の誕生日に由比ヶ浜があげたパンさんのぬいぐるみと俺が雪ノ下にくれてやった誕生日プレゼント兼合格祈願のお守りが大切そうに飾ってあった。

 

 

しかし、雪ノ下は何をしてるんだ?

もうかれこれ20分は経った気がするんだが…

 

ま!さ!か!

 

シャワーを浴びているのか!

だとしたらヤバい。

俺も由比ヶ浜のところに戻ろう。

殺されかねない。

俺はリビングを後にして玄関に向かおうと扉をあけt…

 

「「えっ…」」

 

 

 

 

見事にハモった。

お互いがその存在を予想していなかったからだろう。

 

そして、何がまずいかって…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪ノ下雪乃がタオルを巻いただけの格好であることだ。



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⑦ご覧の通り、彼と彼女はどこかぎこちない。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。


⑦ご覧の通り、彼と彼女はどこかぎこちない。

 

「「え…」」

 

 

「ひ、比企谷くん…」

「いや、なんだ、その…これはだな…」

なんだ!?この展開は!

たまにはラブコメの神様はいいことをする…ってやつか?

やべぇ、これ、どうしたらいいの?

ヒキペディアに載ってないぞ!

ユキペディアに載ってるんだろ?

教えてくれ!

「変態…」

雪ノ下は胸の辺りを両手で隠すようにして身をよじらせ、俺への最大限の拒絶を示す。

おいおい、ここは『全く、この変態さんはダメダメですね…』って超かわうぃーボイスで囁いてくれるんじゃないの?

だいたい、お前の慎ましすぎる胸になんて一切興味ないっつーの。

「比企谷くん、何故まだここにいるのかしら?

食材を冷蔵庫に詰めるのなんて、すぐに終わるでしょう?

てっきり、由比ヶ浜さんのところに戻っていると思っていたのだけれど。」

「いや、この家の勝手が分からなくてさ…

思ったより時間がかかっちまったんだよ。」

ほんとだって!

やましい心は全くなかった!

「あなたのその下心に満ちた下卑た目を見て、尚そんな言い訳を信じるなんて出来ないわ。」

なんだか、懐かしいセリフだな。

初めて会った時だったか…。

と、雪ノ下は何かを思い出したような素振りを見せた後、その顔色がどんどん青ざめていく。

「冷蔵庫…ってことは…」

と言葉を漏らした後、焦って駆け出した。…瞬間に足を滑らせ、体制を崩す。

「ひゃっ!」ドタッ

 

 

もうね…何言われても仕方ないわ。

 

今、俺は倒れかけた雪ノ下を抱き留めている。

風呂上り独特のいい匂いは俺の理性を喰い散らかす。

改めて見ると、こいつ…本当にいい女だな。

 

それにヤバいのは…

その…俺の腕に当たってる、雪ノ下の慎ましい胸が見た目より…

 

雪ノ下は放心状態なのか、俺に体重を預けたまま動こうとしない。

 

「ゆ、雪ノ下…」

「はっ…

ご、ごめんなさい…」

雪ノ下は意識を取り戻したのか、俺から離れる。

 

俺たちはお互いに背中を相手に向けたまま口を開こうとはしない。

 

先に口を切ったのは雪ノ下だった。

「あなた…

冷蔵庫の中に…その…見つけた…?」

何を言ってるんだこいつは?

「何をだ…?」

「だから…私が食べそうにないものとか…」

ん…?

あ、そういうことね。

こいつ、猫缶を見られたかどうかを心配してるわけか。

それで、あんなに焦ってたのな。

「猫缶のことか?」

『猫缶』というワードが俺から発せられたと同時に雪ノ下はビクッと体を硬直させる。

「ゆ、由比ヶ浜さんには内緒ね…」

そんなに恥ずかしいのかよ…。

まぁ、お前の猫への溺愛様と言ったらもう…な。

「あ、あぁ」

雪ノ下は冷蔵庫に向かい、ガチャガチャしている。

「お、俺、由比ヶ浜呼んでくるわ。」

「そう…

お願いね。」

 

 

 

「はぁ…」

なんだか、ドッと疲れた…。

俺はエレベーターに乗り込み、一階のボタンを押す。

高級感漂うエレベーターは俺に一人であることを強く知らせる。

雪ノ下のボディーラインくっきりand6割裸状態の映像が網膜に焼き付いて離れない。

何が意外だったかって、雪ノ下って意外とむn…

もうやめよう。

忘れよう。

この後が辛すぎる。

 

由比ヶ浜は俺を見つけると頬をプクーッと膨らませてみせる。

「ヒッキー遅いよー」

「すまん。

雪ノ下のキッチン周りの勝手が分からなくてちょっと手間取った。」

手間取ったのは、それだけじゃないんだがな…

「行くか。」

「うん!楽しみだね!」

俺は怖くもあるがな…

 

雪ノ下の部屋に着いた時には、雪ノ下はラフな私服に着替えていた。

って、当たり前か。

 

「おじゃましまーす!」

「由比ヶ浜さん、ごめんなさいね」

そう言って雪ノ下は冷たい視線を俺に向ける。

俺は流石に決まりが悪いから、目を逸らす。

由比ヶ浜は俺と雪ノ下を交互に見て、その場の空気を読み、焦り気味の口調でなだめようとする。

「い、いいって、いいって!

気にしないで!

それより、たこパの準備しよ!」

 

早速、3人で準備に取り掛かる。

由比ヶ浜は準備というよりは、構想を練り始めた。

「何がいいかなぁー?

やっぱり、最初は〇イチュウかな?」

いや、あの〇イチュウって生地の中に入れる用だったの?

てっきり、別で食べるものだと思ってたわ。

「由比ヶ浜さん、まずは普通のたこ焼きがちゃんと出来てからにしましょう。」

正論だな。

正論すぎて、たこ焼きパーティーというには、少々堅苦しい気もするが…。

雪ノ下は心地よい音を奏でながらキャベツの千切りを作り、手際よく生地と調味料を混ぜ合わせ、たこ焼きに必要な刷毛やキリをテーブル上に揃える。

正直に言うと、俺はその姿に見とれていた。

雪ノ下はふと俺の目線に気付き、さっきのタオルだけの時と同じように身をよじらせる。

「比企谷くん…まさか…」

由比ヶ浜は俺らの不自然な様子に気がついたのか、また、俺たちを交互に見る。

「違う!

断じて違う!」

「それじゃあ…なに?」

んなこと言えるかよ。

「それは…」

俺はいい言い訳を必死にひねり出そうととするが、全く思い付かない。

「やっぱり…」

「違うって!

なんだ、その…

お前があんまりにも手際がいいから、もしかしたら俺の専業主夫スキルをも上回っているかもしれんと思っただけだ。」

雪ノ下は理解してくれたのか、体制を戻し、得意げな顔をする。

「なるほど。

要約すると、可愛くて家事もこなせる私の姿を実際目にして見とれていたということね。」フフ

お前、どんだけ都合のいい要約だそれ。

「そういうことでいいよ」

「あら、否定しないのね。」

「客観的に間違ってるわけじゃないからな。」

「…」(// //)

雪ノ下は意表を突かれたように目を丸くし、頬を染め、少し照れているような仕草をする。

少し…、いや本当にすこーしだけ可愛い。

俺たちのやり取りを見かねたのか、由比ヶ浜は間に割り込み、口を切る。

「いやぁー、ゆきのん本当に何でもできるよねーー

羨ましいなー

あたしも料理できたらなー

ヒッキーはどう思う?」

「何が?」

「料理が出来る女の子のこと」

「そりゃぁ、出来るに越したことはないが、俺はあくまで専業主夫になる予定だからな。

別に出来なくても俺がやるから大丈夫だ。」

「そうだったね…」

由比ヶ浜は俺を憐れんだ目で見て、雪ノ下に向き直る。

「ゆきのん、また今度料理教えてね!」

「え…」

「ゆきのーん(;Д;)」

「冗談よ。

私でよければ、いつでも教えてあげるわ」

「ゆきのーん(;∀;)」

相変わらずだが、この2人の偽りのない友情を見てると流石の俺でも心が穏やかな気持ちになる。

 

 

だから、たまに考えることもある…。

 

 

俺もこいつらの友達になれたらな。

 

などという、思い上がった幻想を。

 

まぁ、そんなことはないだろうから、自分でも安心してるんだがな。

 

 

そんなこんなで、古めかしく舶来のものといった感じの時計は6時半を指す。

そろそろお腹も空いてきた頃合いに準備も終わって(全部雪ノ下がやったのだが)、後は生地を流し込み好きな具材を中に入れて焼くだけだ。

「それじゃあ、焼いていこぉーーー(^O^)/」

「ちょっと待って」

雪ノ下はキッチンに戻り、カランカランとガラス製のようなものがあたる高い音を鳴らして、一級品を匂わせる大きなビンを持ってきた。

「ゆきのん、それなに?」

「何って、シャンパンだけど。」

「そうかぁ…シャンパンか…

って!なんで?

あたしたち未成年だよ!」

「パーティーと聞いたから、乾杯用に調達したのよ。」

「まじで!?」

こいつ…こんな高校生3人でやる庶民のパーティーでシャンパンが必要とか本気で思ってんのかよ。

今まで、どんなパーティー経験してきてんだ?

「ま、まぁ、せっかくゆきのんが用意してくれたんだし、今日くらいはいいよね。

ねぇ、ヒッキー?」

「お、おう」

急に振られたらびっくりするつーの。

中学の卒業式のやつほどじゃないけどな。

「それじゃあ、そこのグラスをひk…いや、由比ヶ浜さん取ってくれないかしら。」

いや、そういうの一番傷付くからやめてくんない?

クラスの女子に一年間で何度「ひk…いや、」っていうのやられると思ってんだよ。

「いや…ヒッキーの方が近いし…

今日、2人ともおかしいよ!

なんかあったの?」

「「何もない(わよ)」」

「ハモるくらい必死とか余計あやしい…

まぁ、いいや!」

いいのか、よかった…

雪ノ下を愛して已まない由比ヶ浜にさっきのことがばれたらマジで殺される。

「今日はせっかくのパーティーなんだし、もっと楽しくいこーね?」

「ええ、そうね」

俺は黙って雪ノ下にシャンパングラスを3つ渡す。

雪ノ下はそれらをテーブルに並べ、いかにもといった丁寧な持ち方でシャンパンを注ぐ。

「それじゃあ、部長からのひと言!

その後、カンパイね!」

雪ノ下は少し困った顔をしたが、コホンと小さく咳払いをして口を開く。

「えーと、1年半の奉仕部の活動、お疲れ様。

それでは、乾杯。」

「かんぱーい!」

「うぃーす」

雪ノ下はグラスの足の下の方を持ち、美しい振る舞いでシャンパンを流し込む。

「うぇー

にがーい」

由比ヶ浜、正直すぎるぞ。

それに、〇ツ矢サイダーじゃあるまいし、そんな喉を鳴らしてごくごく飲むもんじゃねえよ。

 

「よーし

それじゃあ、焼き始めるぞぉーー!」

 

 

こうして、奉仕部の卒業パーティーは始まった。



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⑧ようやく彼と彼女は正しい答えを受け入れる。

初めまして、あらがきと申します。
特に意味もなくペンネームを変えました。
pixivでも『あらがき@材木座以下のss』というユーザー名で投稿しておりますが、こちらにも投稿させて頂きます<m(__)m>
ただ、pixivに投稿しているものに若干の修正を加える場合もありますので、ご了承ください。
まだ勝手が分かっておりませんので、取るに足らない部分は多々あると思いますが、よろしくお願いします。
第2章も投稿いたします!


⑧ようやく彼と彼女は正しい答えを受け入れる。

 

「よーし

それじゃあ、焼き始めるぞぉーー!」

由比ヶ浜は握った手を高くあげ、やる気満々だが…

こいつの好きにさせてはいけない。

生地は雪ノ下が作ったし大丈夫だろうが、レシピ通りに作ったクッキーがあれな由比ヶ浜のことだ…。

どうなるか、想像できやしない。

まぁ、流石にどっかの〇妙さんみたいにダークマターを生成したりはしないだろうが…。

「由比ヶ浜さんは具材を入れてちょうだい。

私が焼き加減を見て、ひっくり返していくから。」

ナイスアシストだ雪ノ下!

由比ヶ浜にも役割を与えることで、疎外せずに美味しいたこ焼きにありつける!

「うん!分かった!」

由比ヶ浜はちょっと待っててとキッチンの方に向かう。

「それじゃあ、生地を流し込んで…」

雪ノ下があまりにも慣れた手つきで進めていくからふと思った。

まさかとは思うが…。

「なぁ、雪ノ下。

もしかして、お前1人でたこ焼き作る練習してたのか?」

雪ノ下は顔色を全く変えず、黙々と作業を続ける。

「図星かよ…。」

「いいでしょう?

由比ヶ浜さんが1週間前にたこ焼きパーティーを提案してくれたのだし、当日出来る限りのパフォーマンスをするために準備しただけよ。」

お前…意識高すぎだろ。

SHUZOなんて目じゃないくらいの意識の高さだぞ。

まぁ、雪ノ下はそんなに熱くなってはいないが。

「ま、まぁ、美味しいたこ焼きが食べれるのはいいことだしな。」

あ!こうやってフォローを入れてあげるのって八幡的にポイント高い!

 

「よーし、いくよー(^^♪」

何やら色々抱えてルンルンで戻ってきた由比ヶ浜は、いきなりフルーツミックスを…

 

って!え!?

 

雪ノ下はあまりのショックで手に持っていたキリを落とした。

残念だったな雪ノ下。

お前のパフォーマンスは一瞬で打ち砕かれた。

しかも、まずかったのは由比ヶ浜は缶詰に入ったフルーツミックスを汁ごと投入したことだ。

「由比ヶ浜…なんで汁まで入れたんだ?」

「え?

だって生地もフルーツの味がした方が絶対おいしいじゃん!」

おい、何がおかしいの?みたいな顔すんな。

頭の中で描いたものが全て味に反映されると信じて疑わないあたり、料理のセンスはゼロだな。

「ねぇ?ゆきのん?

ゆきのん??」

雪ノ下は放心状態だ。

「今はそっとしておいてやれ。

焦げちまうし、とりあえずひっくり返していくぞ。」

俺は雪ノ下が落としたキリを拾って、たこ焼きを、いや、由比ヶ浜スペシャルを無難にひっくり返していく。

「うわぁー

ヒッキーうまーい♪

てか、あたしにも出来そう!

そのつまようじみたいなやつ貸してー」

つまようじね、もう突っ込む気も起きねぇよ。

「はいよ」

まぁ、どうせ由比ヶ浜スペシャルを上手く焼いたとしても味がまずいし、今のうちにやらせてやろう。

でも、こうやって俺も雪ノ下も由比ヶ浜をおざなりに扱ってるようではあるが、気持ちとしてはなかなか悪くないと思っている。

多分、雪ノ下も。

由比ヶ浜がバカなことをやってるおかげで、この和やかな雰囲気が出来ていると言っていい。

由比ヶ浜はいつも周りに合わせようとしない俺と雪ノ下を他の奴らと繋いでくれた。

奉仕部が存続できたのは由比ヶ浜のおかげだろう。

 

「えー、全然、ひっくり返らないよー」

「こうやるのよ」

おおっ、雪ノ下さん復活しましたか。

雪ノ下は慣れた手つきで俺より鮮やかに、形も美しくひっくり返していく。

「すごーい!

ゆきのん、たこ焼きも出来るんだー」

「まぁ、れn…」

と、俺が言いかけた瞬間に雪ノ下の目から放たれたアイススタチューが俺の表情筋の自由を奪った。

こいつ、どんだけ強がりなんだよ。

特に由比ヶ浜の前では強がるよな。

「どうしたの?

ヒッキー?」

「いや、別に…」

ったく…怖い、怖すぎる。

あと、怖い。

 

「そろそろね」

雪ノ下は小皿に3個ずつとりわけた。

「いただきまーす!」

なんで、そんな乗り気なんだよ。

明らかにまずいだろ。

 

「おいしーー!」

「「え!?」」

ハモったのも妥当だろう。

だって、流石に…

「おいしいよ!これ!」

いやいや、そんなわけ…

一つ食ってみるか…

恐る恐る口に運ぶと、意外にもまずくない。

というか、むしろうまい。

「確かに…普通にうまい」

「本当ね

ごめんなさい、由比ヶ浜さん。

流石にこれは美味しくないと予想していたわ」

そりゃそうだろうよ。

こうして、由比ヶ浜スペシャルは思わぬ好評を博した。

 

そんな感じで俺たち3人にしては珍しく賑やかにたこパは進んでいった。

世間で言われている、たこパってやつを出来ているように思う。

 

時間も7時過ぎになり、それなりに腹もふくれ、落ち着いてきた時だった。

由比ヶ浜の携帯が鳴る。

「ちょっとごめんね」

由比ヶ浜は食べる手を止め、電話に出る。

「もしもし?

あ、ママ?

うん、今、友達の家。

え?そんないいよ~。

うん。分かった。じゃあね。」

「どうしたの?」

「いやぁー

ママが卒業祝いしてくれるって」

「いい母ちゃんだな。

俺なんて誕生日さえまともに祝われないぞ」

「本当に大切にされているのね。」

「いやぁーそんなことないよー。

でもさぁ…」

「いいわよ。

片付けは比企谷くんに全部してもらうから。」

おいおい、何を勝手に…って、俺は今こいつに反抗できないんだった…。

「でも…」

「あぁ、こっちはいいから

どうせ、片付けは俺がやるつもりだったしな」

あ!今のも八幡的にポイント高い!

「そう…?

ありがとね…。

また、パーティーしようね!」

「ええ。」

「おう。」

由比ヶ浜はかばんを持って立ち上がる。

「ほんとごめんね!

またね!」

由比ヶ浜は本当に申し訳なさそうに手を合わせて謝りながら、帰って行った。

 

由比ヶ浜が帰ると一瞬で部屋は静まり返った。

「残りの生地、入れちまうか。」

「そうね」

 

特に話すこともなく、ただたこ焼きを作る作業を2人で進めていく。

 

「比企谷くん、もう一杯いる?」

そう言って、雪ノ下はシャンパンのビンを見せる。

「いや、帰れなくなったらまずいから、もうやめとくわ」

「そうね、ここに泊まられたら困るもの。」

そうだろうな。

悪評が流れるとかなんとかだろ?

 

無事に完食した俺たちは片付けに取り掛かる。

主婦(夫)力の高い2人でやっただけあって10分弱で終わった。

 

俺たちは特に何をするでもないが、テーブルに着いた。

さすがに夜遅くに一人暮らしの女子の家にいるのはまずいし、もう帰るとするか。

「んじゃ、雪ノ下、俺もぼちぼち帰るわ。」

そう言うと、雪ノ下は俺から目を背けてボソッと呟く。

 

「もう少し…居てくれないかしら?」

俺の幻聴か?

もう少しいて欲しいと聞こえたのだが。

 

「いや、その…

ごめんなさい。

こんなことを言うなんて私、どうかしてるわね。

屋上で酔いを醒まして来るわ。」

「俺も行く」

「そう?

帰らなくていいの?」

「あぁ」

どうせ帰ってもアニメ見るくらいしかしねぇし。

 

俺たちはエレベーターに乗って、最上階で下りる。

高級マンションなだけあって、『使うための』屋上といった感じだ。

どちらが先導するでもなく、幕張を一望出来るベンチに2人して腰かける。

なかなかの絶景に少し気分が高揚する。

雪ノ下は夜景を見ているというより、外を眺めているといった様子だ。

 

数秒の無言状態の後、雪ノ下は立ち上がり、フェンスに凭れる。

外を眺めたまま、雪ノ下が口を切る。

 

「私ね…

 

奉仕部での1年半は楽しかったし、生きやすい居場所だったと思っているの」

 

 

 

突然、どうしたんだ?

それに、自ら雪ノ下が自分のことを話すなんて珍しいな。

 

「そして、あなたが居てくれたことも私にとっては大きかったわ

目は腐っているし、屁理屈ばかりこねるし、無駄にプライドを持ってるし…」

ここに来てお説教タイムですか!?

勘弁してくれよ。

 

「でも…あなたは私の知らない世界を見せてくれた。

 

全てが良い方法だったとはとても言えないけれど、私を、由比ヶ浜さんを、奉仕部を助けてくれた。

 

あなたが傷付くのは嫌だったけれど…。

 

それでも、今まで私を助けてくれた人なんていなかったから…。

 

だから私は一人で全部解決しようとしてきたし、出来ていたわ。

 

でも、私はいつの間にかあなたに頼っていた…。

 

あなたが居るものとして物事を考えたりもしていた。

 

それもいいことだと教えてくれた。

 

その点で私は比企谷くんに感謝しているわ。

 

私が今日、あなたにお礼を言ったのはそういうことだから。

 

それは本当の気持ちだから…。」

 

 

「そうか…」

 

 

俺は時々分からなくなる。

自分がどうしたいのか。

友達なんてものは生まれてこの方できたことがないし、そんなものがあったところで、言葉の上での飾りにすぎない。

所詮、人は完全には分かり合えない。

分かっているふりをして、表面的に付き合い、失望し、決裂するくらいなら、俺はゼロでいい。

そうやって生きてきた。

まぁ、そうやって生きざるを得なかったっていうのもあるが…。

 

だが、今、俺は確かに思っている。

 

 

雪ノ下雪乃の言葉を信じてみたいと。

 

 

そして、もし出来るなら、雪ノ下雪乃を理解したいと。

叶わないと分かっているのに、何度も期待する俺がいる。

 

「分かってくれないのかしら?」

 

雪ノ下の声は儚さを孕んでいる。

 

俺には雪ノ下の背中しか見えない。

雪ノ下は夜景を見つめているのだろうか。

俺はベンチに座ったまま黙り込む。

 

「…」

 

 

 

「まぁ、いいわ

そろそろ戻りましょう」

 

俺は最強のぼっちだ。

 

だが…

 

 

「雪ノ下。」

 

 

 

「なに?」

 

 

 

最後の一回だ。

もうこれで最後だ。

俺はこれが無理なら二度と期待しない!

 

一度だけ…

 

もう一度だけ、信じてみたい。

 

「俺は…」

 

 

「俺はお前のことをもっとよく知りたい。

 

ずっと憧れだった。

 

孤高にして、完全無欠。

 

それでもってぶれない雪ノ下雪乃のことが。

 

俺は人を信じることに慣れていない。

 

というよりは意図的に避けてきた。

 

だが、1年半の奉仕部で長い時間、一緒にいて分かったのは…

 

お前が言うことは虚言じゃないってことだ。

 

それは、経験論的で断片的で主観的なものだが、俺は久しぶりにそういうのを信じてみようと思った。

 

だから、俺は雪ノ下が言った今日の昼間の言葉と今の言葉を信じてみようと思う。」

 

 

 

俺が話してる間も雪ノ下は夜景を見つめている。

 

俺は吸えるだけの空気を吸い込む。

 

 

 

 

 

 

「なぁ雪ノ下…。

 

 

俺と友達になってくれないか?」

 

 

 

 

 

 

雪ノ下はその場で体をこちらへ向けて、少し笑って答えた。

 

 

 

「ええ。

こちらこそ。」

 

 

 

「いいのか?」

 

「ええ。」

 

「虚言じゃないのか?」

 

「ええ。」

 

「そうか…」

 

 

 

そうか…。

 

友達か…。

 

なんか、嬉しいもんだな。

でも、友達になるのって、こんなに難しいことなのか?

 

 

「えっ…?」

気付けば、俺は頬からしたたるほどの涙をながしていた。

何をこんなことで…。

いつの間にか、制服が一部色濃くなるほどに俺は泣いていた。

血を見たら痛みが増すのと同じように、自分の涙を見て感情が不安定になってきた。

 

「ありがとう、雪ノ下。」

 

 

雪ノ下は俺の方にゆっくり近寄って来て、俺の隣に正座した。

無言のまま俺の方を向いて、そっと俺の頭に手を置き、優しく撫でてくれた。

 

いつ以来だろうか…。俺は吐きそうになりながら、延々と泣き続けた。

時間が過ぎることも忘れ、俺は雪ノ下に体を預けて、ただ泣き続けた。

その間、雪ノ下は片手で息苦しそうにむせている俺の背中をさすり、もう片方の手で俺の頭を撫で続けてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

「んっ…?」

目を開けると、幕張の夜景が目に入る。

まだ夜か…。

携帯を見ると11時を過ぎていた。

横には正座していた雪ノ下が俺と同じ向きに座っていて、すーすーと静かに寝息をたてている。

 

「ありがとな…」

 

俺はそう言って、そっと雪ノ下の頭を撫でた。

すると、雪ノ下は目をこすって俺を見る。

「すまん、起こしちまったか。

まぁでも、ここじゃ風邪引くし、部屋に戻ろうぜ。」

雪ノ下は俺から目を逸らして、夜景を眺めながら答える。

「もう少しだけ、ここにいましょう。」

そう言って雪ノ下は目をつぶり、俺の上着の裾をちんまりとつまんだ。

雪ノ下は僅かに身を震わせているようだった。

「寒いのか?」

「ええ、少し。」

そう正直に言われて何もしないわけにもいかない。

「いいの?」

「あぁ、俺は寒くないからな。」

俺はそっと雪ノ下に上着をかける。

 

 

 

「ねぇ、比企谷くん?」

 

「なんだ?」

 

「友達なんだから…その…

 

今度、買い物にでも行くというのはどうかしら?」

 

 

 

「そうだな…。」

 

 

 

こういうのも悪くない。

まぁ、雪ノ下は若干酔いもまわってるのかもしれんがな。

 

 

自分のこの行動を成長だの進歩だのと言うつもりはない。

なんせ、俺はぼっちの頃も自分のことは嫌いじゃなかったしな。

 

だが、今の比企谷八幡を、雪ノ下雪乃を、俺は悪くないと思っている。

 

卒業式の1日…今日という日は悪くなかったはずだ。

 

 

それなら…。

 

こう言っても差し支えないのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『案外俺の卒業式は間違っていない』(完)



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