FGO<Fate/Grand ONLINE> (乃伊)
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β-1

ダ・ヴィンチちゃんがカルデアに来なかったif世界。代わりにヤツが来た。


>>> [1/3] カルデア召喚英霊第3号『トーマス・アルバ・エジソン』

 

 

「ワーッハッハッハッハ! この私を呼んだのは君かね? なに? 未来を観測する装置を開発した? 時空特異点に干渉する技術を開発中? ……フフフ、フハハ、ハハハハハ! よかろう、この私にすべて任せるが良い! この『世界一の発明家』、トーマス・アルバ・エジソンになぁ!」

 

 -------

 

「──ラプラス! カルデアス! シバ! なるほど素晴らしい発明ではないか! 私も負けてはおれんな! この発明王の名にかけて、より素敵で素晴らしいファンタスティックな発明を成し遂げようではないか!」

 

 -------

 

「なに? 当初想定されていたものと違う? ハハハ! そうだろう、そうだろう! この私が3日ほど徹夜して『概念改良』したのだからな! 全世界から選ばれたマスター適正者数十人によるレイシフト計画……アイディアは悪くないが、いささか非効率ではないかね? 技術は万人のためにあるべきものだ。では改善案(プラン)を発表しよう。諸君、注目!」

 

 -------

 

「私は思うのだが……諸君らが考える『レイシフト適性者による特異点へのレイシフト』計画というのは、夜道を行くのに特別に夜目が効く人間を集めるようなものだ。しかし、技術の本道はそうではあるまい。夜の闇を怖れるならば、闇を照らせ! 特別な個人に頼るのではなく、万人に等しく光を与えるのだ! レイシフト適性に依存しないレイシフト技術! この私がそれを発明しようというのだよ! ヌワーッハッハッハッハッハ!」

 

 -------

 

「ついでに言わせてもらえば……『令呪を3画持った数十人のマスター』よりも、『令呪を1画しか持たない3倍の人数のマスター』の方が強いのではないだろうか? むしろ令呪に割く魔力リソースで戦力増強を図るべきでは? 超高品質の一点ものより普通品質の量産品! 数こそ正義! 時代は大量生産だ! ……何だねロマニ君、変な顔をして……もっと私を賞賛してくれてかまわないぞ? ハーッハッハッハ!」

 

 -------

 

「なに、令呪がないとサーヴァントが反逆する? それはマスターの生死に関わるか……由々しき問題だな……ムムム……」

 

「……ムム!? 閃いた、閃いたぞ! やはり私は天才だった! 常に前進する天才! 交流至上主義者などとはモノが違う! そう、『生きたマスターを使う必要など無い』のだ……!」

 

 -------

 

「……つまり! 特異点に人形アバター(キャラクター)を送り込み、それを現代から操作すれば良い! ゲーミフィケーション! 最近では、我が祖国アメリカでも軍の無人機操縦に取り入れられていると聞く! これはデカい商売になるぞ……! 誰か! 特許出願の手続き準備を開始したまえ! 全世界分だ! ハリー! ハリー!!!」

 

 -------

 

「レイシフト用に開発されていた『コフィン』の技術を使えば、限りなくリアルなゲーム体験が可能になる……! そうだ、時代はVRだ! 我々カルデアが特異点座標を特定し、そこに全世界のマスター(プレイヤー)たちがネット回線経由でレイシフト(ログイン)する! サーヴァントは私同様カルデアが契約し、適宜レイシフト先のマスターと仮契約させればいいだろう! こ れ だ!」

 

 

>>> [2/3] とあるβプレイヤーの述懐

 

 

 2014年1月1日、世界初のVRMMOゲーム『Fate/Grand ONLINE』はβ版としてリリースされた。

 

 事前公開のトレイラームービーでは、「既に全世界規模での展開を見越している」との強気な発言が運営会社のディレクター自らによってなされている。

 発言の内容はもとより、そのディレクターの姿が獅子頭のマスクを被ったマッチョ系不審人物にしか見えなかったことがSNS等を中心に大層話題を呼び、β版が先行公開された日本のユーザー達も少しお高めの専用機器を興味本位で購入したものだ。お年玉を狙いすましたかのような発売日設定には、お子様たちから怨嗟の声が上がりもしたが。

 

 そしてかくいう俺も、正月休みを利用してこのゲームを始めた一人である。

 と言っても、別に最新ゲーム機をすぐ揃えられるほど俺が裕福だったわけじゃない。年の瀬に友人と一緒に献血に行ったら、それが何だかすごくレアな血液だったらしく、提供協力への謝礼としてゲーム一式まるごと戴いたというだけの話だ。

 

 ……思い返してみると、すごく胡散臭いなこれ。

 そういえば献血担当者もなぜか外人ばかりだったし、渡された名刺に印刷された名前も【ハリー・茜沢・アンダーソン】。……怪しすぎて逆に大丈夫な気さえしてきた。本当にヤバイなら逆にもう少し隠すんじゃないか。

 

 ちなみに、超激レア献血を叩き出したのは一緒に行った友人の方だ。

 一応俺の血液も”そこそこ”価値があるらしいが、そこそこって。献血担当者が言っていいセリフじゃないだろ。まあ、「お連れ様」の俺にもついでみたいに高額ゲーム機をくれるっていうんだから、実際文句はない。というか赤十字社は一体いつからこんなに太っ腹になったんだろうね?

 俺は草葉の陰のデュナン氏へと感謝の祈りを捧げた。感謝と祈りは無料(タダ)なのでコスパが良い。『犠牲なき献身こそ真の奉仕』という名台詞を残したのは同デュナン氏のお知り合いのナイチンゲール女史だが、流石に偉人は良いことを言うものだ。

 

 

 ……さて。ゲームを開始しよう。

 専用ゲーム機『コフィン』(棺桶(コフィン)。いきなり最悪のネーミングだ)を身体に装着して電源を投入し、起動。何やら延々と表示される注意・警告・勧告・同意書・初期設定などを適当に捌いていくと、お楽しみのキャラクリが始まる。

 

 2014年に発売されたオンラインゲームとしては信じがたいことに、このゲームはプレイヤーの身体特徴をそっくりそのまま取り込んでプレイ開始することが可能だ。文字通りの分身が作れる。

 そりゃあもちろん、自分の身体と同じアバターを使うのが一番没入感を得られるだろうことは分かってるさ。でもそれって、個人情報ダダ漏れってレベルじゃないだろ? だから、無事それっぽくキャラクリを終えた後、「待機部屋」で待ち合わせた友人が到着したとき、俺は叫んだね。

 

《リツカお前そのまんまじゃねーか!?》

 

「あ、おまたせー……って、何の話?」

 

 ちなみに俺からの発言はいわゆる非公開チャット、ささやきとかtellとか呼ばれるやつだ。一方の友人【リツカ】……藤丸立香は、普通に公開チャットで返してきやがった。あとで直接違いを教えてやらねば。とりあえず俺も公開に切り替える。

 

「いや、これオンラインゲームなんだが、そのアバターと名前で大丈夫なのか? 色々と」

 

「…………ああ、確かに。うーん……でも、もう始めちゃったしなあ。あの長い初期設定をまたやり直すってのも……」

 

 むむむ、と今更ながらに悩む立香のアバターは、日本人らしい黒髪に日本人離れした碧眼が妙に映えるイケメンだ。……そういえばこいつ、リアル容姿が既にちょっとファンタジーっぽいな。案外そのままでも良いのかもしれん。

 周囲を見渡せば、同じく待機部屋に集った連中も現実の姿を美化したと思しきフォトショ系美形男女が多い。なんで分かるかって? 俺も男だからだよ。何にせよ、俺みたいにガッツリ作り込んでいるのはむしろ少数派のようだった。俺は急に気恥ずかしくなった。

 

「ま、まあ良いんじゃねぇか? 周りの連中もリアル容姿をちょっと弄ったくらいの感じみたいだし、この手のゲームって容姿の再設定可能だったりするし!」

 

 ししし!

 

 ……とまあ、そんなこんなで一緒にプレイ開始した俺たちは、この妙ちきりんなゲームに一年半ほど付き合うことになる(ちなみに容姿は再設定できなかった)。一年半。その間、このゲームはずっとβ版のままだった。初期こそ目新しさから相当数のユーザーがいたものの、徐々に興味本位の奴らは去り、良くも悪くも安定したゲーム環境が整ってきた。

 

 だが……そんなある日。このゲームは、突然その本性を現したのだ。

 

 西暦2015年7月31日。俺たちβプレイヤーは知ることになる。このゲームが提供するシナリオが、本当の意味で「未来を取り戻す物語」だったことを。

 

 

 

>>> [3/3] 本サービス開始!

 

 

「フハハハハ! 見たまえ、この売上額を! この資金で更にサーバーを増やし、電力供給元の発電所も増設案を作ることができる! そして余った分で超電導直流送電の技術開発に投資を……」

 

 豪華な執務室で、獅子頭の男が笑っている。

 

「いい加減にしなさい。『FGO』は既に十分な設備投資を受けています。これ以上は過剰です。……あと、我々の責務と関係ない直流への技術投資は、横領と判断しますので」

 

 それをピシャリと(たしな)めたのは、獅子頭の男の対面に座す銀髪の女性だ。

 執務室に据え付けられた、見るからに高級なソファへ腰を下ろした彼女は、両脇にサーモンピンクの髪をした柔和な印象の男性と、緑一色のコーディネートに身を包んだスーツにシルクハット姿の男性をそれぞれ控えさせている。

 年の頃は20代半ばといったところか。端正な容貌に浮かべた剣呑な表情が印象的な女性だ。名を、オルガマリー・アニムスフィア。獅子頭の男が所属する組織『カルデア』の所長を務める人物である。獅子頭の男にとっては直属の上司に相当していた。

 

「貴方の甘言に乗って数年。確かに『FGO』に参加したマスター(プレイヤー)の練度は予想を越えて上がっています。それに対して、別口で行っていたレイシフト適性者のスカウト成果は(かんば)しくない。ええ、認めましょう。貴方は確かに天才だった。そして、ゆえに……サーヴァント、エジソン。カルデアが『ゲーム』の運営を終えて、本来の計画を進める時が来たのです」

 

「本来の? それは……つまり、本物の特異点調査を行うということかね?」

 

「ええ。状況は既に逼迫(ひっぱく)しています。レフ、資料を」

 

 レフと呼ばれた緑服の男が、獅子頭の男エジソンに分厚いA4紙の束を差し出す。エジソンはそれを恐るべき勢いでめくり、最後のページまで目を通し終えると、獣めいて低く唸った。

 

「突然未来が観測不可能になり、特異点が2004年日本の地方都市に現れた……フゥム」

 

「調査は、グリニッジ標準時で7月31日の正午開始とします。マスター(プレイヤー)たちに通知し、参加を呼びかけなさい。ゲーム内通貨や素材であれば、参加報酬を用意しても構いません。ただし、現地でのミッション作成はこちらで行い、その指示には極力従ってもらう旨、確実に伝えておくように」

 

「まあ、通知はするがね。しかし彼らに言うことを聞かせるのは難しいぞ」

 

「それをするのがディレクターの仕事でしょう? それとも、かの高名な経営者であるエジソン社長は、その程度のことで音を上げるのかしら?」

 

「ぬぅ……それを言われるとな」

 

 プライドをくすぐられたエジソンがぐぬぬと喉を鳴らすのを見て、オルガマリーは席を立つ。言いたいことは全て言い終えた、という顔だ。彼女はスタスタと執務室の出口へ歩き、扉の前でもう一度振り返って言った。

 

「では、後は任せます。ふん、プレイヤーたちも喜ぶでしょうよ。あれだけ散々イベントが無いイベントが無いと我々運営(カルデア)揶揄(やゆ)してきたのですから。待望のメインシナリオ、待望の大規模イベントです。文句は言わせません」

 

「どんな揶揄をされたか知らんが、なにか根に持ってないか……?」

 

「ッ……誰も根になど持っていません! わたしが以前たまたま好意で運営ツイッターに投稿した犬っぽい珍生物の写真へのリプライ欄が、有象無象の罵倒や写真と関係ないゲームへの要望コメントで埋め尽くされたことなど! 一切! 全く! 気にしていませんから!」

 

「ああ、フォウ君か。今もカルデアにいるのだろう? 彼は可愛いよな。写真があるなら見せてくれないかね?」

 

「それで貴方に褒められてもしょうがないでしょう!? まったく! これで失礼するわ!」

 

 フン! と鼻を鳴らしてオルガマリーは部屋を出ていった。同伴者たちが後に続く。

 一人残されたエジソンは、先程の書類束をもう一度読み直すことにした。頭脳明晰なるエジソンの脳裏に、調査(イベント)当日までにやるべきことが様々にリストアップされ始める。彼はそれを更に重要度別でランク分けし、適切な担当者を考え仕事を割り振っていく。仕事量的には、5徹といったところか。

 

「我が『FGO』事業も新展開を迎えるか。フフフ、楽しくなってきたぞぉ……!」

 

 そう言って一人笑うエジソンは、実のところ、ただの獅子頭の怪人ではない。かの有名な発明家にして経営者と同じ名前を持つその怪人は、まさにエジソン()()であるのだから。

 

 だが、なぜ米国人エジソンがライオンマンと化しているのか? 彼の雇用主であるオルガマリーなどは特に変身に至った事情をひどく知りたがっていたが、エジソンがそれに答えることはなかった。そもそも、エジソン自身もいまいち分かっていないのである。召喚に際して何か色々あったのかもしれないが、彼はそういった事情も、異変そのものさえ問題とはしなかった。

 

 なぜなら、姿かたちが多少変われどエジソンはエジソンであったからだ。

 発明王とも称された偉大な頭脳がある限り、彼は彼であり続ける。より優れ秀でるよう改善されたモノを考案し、大量生産して、世界へと広める。召喚からこれまでの彼の営みは、生前のそれと本質的に変わらなかったのだ。……そして、これからも。

 

「まずはイベント名だな! β版を超える、本サービス一発目に相応しい名前! グランドオーダー最初の戦い……『ファーストオーダー』? いいぞ、なぜかやたらとしっくり来る! 流石は私、これで行くとしよう! ハハハハハ! ハーッハッハッハッハ!」

 

 




だいたい次回までがカルデア視点。次々回(β-3)からプレイヤー側の話です。


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β-2

> [1/1] 【大空洞】の死闘

 

 特異点調査(ファーストオーダー)イベントの最終エリアは冬木市の山中深く、地下の大空洞であった。

 現時点までの調査イベント参加者は約3万人。まずまず悪くない数値だ。運営(カルデア)職員ロマニ・アーキマンはカルデアの作戦室の一画に据えられたモニタを見ながら状況の把握に努める。

 

 超抜級の魔術炉心『大聖杯』を秘匿していたこの地下空間には、余剰魔力が溢れている。現地で調達した魔力リソースは、そのままマスター(プレイヤー)の霊的リソースとして転換が可能だ。トーマス・エジソンが考案した魔力電力転換装置(コンバーター)の改良実用化により、発電所から届くエネルギーでマスターの疑似身体(アバター)やサーヴァントの損傷さえ復旧できる。

 

 つまり復活が可能なのだ。3万人の、死に戻りできる調査員。

 調査成果に対する報酬を設定されたゲーム感覚のプレイヤーたちは、運営(カルデア)の予想以上に良く働いてくれた。特異点で確認された無数の魔物たちの排除、そしてシャドウサーヴァントの撃退。

 一年半に渡るβ版『FGO』運営で保たれてきた『素材予算』を無視した多大な報酬は、人類未曾有の危機を「美味しいイベント」として参加者たちに認識させていた。困難を極める作戦すなわち無理ゲーは、熱意と物欲によって乗り越えられたと言えよう。

 

 そして到達する、最終エリア。

 

「ここまで辿り着いたという成果は認めよう。だが所詮……塵は、塵だな」

 

 そこで待ち受けていた者が黒き聖剣を振り下ろす。解き放たれる魔力の暴風。

 剣、槍、弓など思い思いの武器を構えて突撃するマスター(プレイヤー)たちが、文字通り塵のように消し飛んでいく。更に間髪入れず、後方に控えていたマスター(プレイヤー)たちが突っ込んでいって……再び消滅させられる。そしてまた次、更にまた次が。

 

 実力差は圧倒的。そこで繰り広げられているのは、ゲーム用語で言うところの『負けバトル』的な蹂躙劇だ。

 特異点の最後に待っていたのは本物のサーヴァントだった。真名【アルトリア・ペンドラゴン】。聖剣に選ばれし騎士王、超一級の英雄だ。

 

 だがもちろん、マスター(プレイヤー)たちも無策で突っ込んでいるわけではない。死に戻りが可能とは言え、現在の復活(リスポーン)地点は大空洞の外、それなりに距離のある【柳洞寺境内】なのである。移動時間を含めて復帰には時間がかかり、デスペナルティも考えれば安易な死は状況を悪化させるだけだ。

 それでも雲霞(うんか)の如く騎士王へと襲いかかり駆逐され続ける彼らの目的は、唯一つ。

 

《サークル確立に成功しました! これより戦闘行動に入ります!》

 

 不意にカルデアへの通信に飛び込んでくる少女の声。

 声の主は、カルデアから派遣された只一人の現地調査員マシュ・キリエライト。彼女の声は、運営(カルデア)のみならずゲームプレイヤー全員に伝えられている。マスター(プレイヤー)からは協力的NPCとして扱われているらしい。

 

「よゥし!」

 

 ロマニの背後でモニタを見守っていたエジソンDが吠えた。状況達成。ロマニはコンソールを叩き、マスター(プレイヤー)たちに作戦成功をアナウンスする。

 

【MISSION CLEAR!】

【緊急ミッション『マシュ・キリエライトを護衛せよ』を達成しました】

【ミッション達成により 召喚サークルの確立に成功しました ──魔力蒐集が開始されます】

 

 続けて、彼らに与える次の指示を。

 

【!WARNING!】【NEW MISSION】

【討伐ミッションが開始されました】

 

【討伐目標】

 

【SERVANT】【SABER】【アルトリア・ペンドラゴン】【Lv.???】

 

【敗北条件:プレイヤーの全滅】

 

GRAND BATTLE

【魔力リソース開放 制限時間 03:00:00】

復活(リスポーン)地点追加】【デスペナルティ軽減】【自動回復:Lv.1】【令呪解放:Lv.1】

 

 新設された召喚サークル経由でカルデア側から特異点に介入することにより、マスター(プレイヤー)に幾つかの強化(バフ)を与えることが可能になった。霊器構成に必要なエネルギーが有限である関係で普段は設定されているデスペナルティ等も、今このときばかりは出し惜しみ無しだ。

 そして令呪。真の意味でこれを使いこなせる適性者(マスター)は未だ現れていないが……やはり、出し惜しみをするべき時ではなかった。敵がどれほど強くとも、この戦いだけは負けられない。

 

 最終決戦に相応しいバフの嵐に、プレイヤーの士気が上がっていく。リアルタイム監視されているゲーム内掲示板が濁流めいた勢いでその流れを加速させた。約3万人のマスター(プレイヤー)の右手に、令呪の紅い輝きが宿る。雄叫びが戦場を震わせた。

 

「なるほど、それがお前たちの本領か。……来い、蹂躙してやろう」

 

 再び飛びかかっていくマスター(プレイヤー)たちを、騎士王の黒剣が斬り捌いていく。だが、先程までのような一方的な蹂躙ではない。β版をプレイするマスター(プレイヤー)数人~数十人で構成される小規模集団『クラン』による組織戦闘が本格的に開始されたからだ。一年半を共に過ごしたクランの結束は固く、息の合った動きで敵に挑んでいく。

 

『【ガンド】絶やすな! 動き止めないと死ぬぞ!』

『【応急手当】いけます! CT(チャージタイム)9!』

『NPCにバフ集めとけ! 【瞬間強化】【勝利への確信】【鉄の専心】……誰か【魔力放出】いける奴いるか!?』

 

 それぞれの役割に応じて様々な礼装(ソウビ)を纏ったマスター(プレイヤー)たち。ほぼ全員が魔術師ではない彼らだが、プリセット型の魔術礼装を使い分ける(=着替える)ことで数種類の決められた魔術だけなら使用可能になる。

 また、剣、槍、弓といったプレイヤー用の武器はサーヴァントに痛手を負わせるには力不足だが、足止めの役には立つ。バフを与えれば痛撃を加えることも期待出来た。

 

 戦術と武装、それらを一年半に渡って積み上げてきたマスター(プレイヤー)たち。

 ……だが、それでも届かない。

 

『【ダウン・スライド】間に合いません!』

 

「──鳴け。地に堕ちる時だ」

 

『『『【緊急回避】!』』』

『『『【オシリスの塵】!』』』

 

「──卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑め! 【約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)】ッ!」

 

 敵サーヴァントの宝具解放。ただ一撃で、射線上のスキル等による回避手段を持たないマスター(プレイヤー)ほぼ全てが消滅した。運営(カルデア)サーバーに一時的な異常負荷が発生。演算速度低下。同時に動作遅延(ラグ)が発生し、動きを鈍らせたマスター(プレイヤー)たちが次々と狩られていく。戦線の立て直しには時間がかかるだろう。

 だが、それでもなお気焔を吐く者たちがいる。

 

「ステータスアップ。頑張ります……ッ!」

「さぁて、ここからだ!」

 

 カルデアが保有するデミ・サーヴァント、盾兵(シールダー)【マシュ・キリエライト】。そして、現地で協力関係を結んだ魔術師(キャスター)のサーヴァント【クー・フーリン】。生き残ったマスターたちが彼らにバフと回復を集め、戦況はサーヴァント対サーヴァントになりつつある。

 そして徐々に、マスターたちもこの戦闘に適応しつつあった。

 

『ウオォォォ【令呪ソード】!』

「っ……目障りだ!」

 

『えっ令呪使って殴るとバフらなくてもダメージ通るんですけど』

『マジか……もう回復に使っちまったよ、これ復活しないの?』

『しない。てか攻略まとめ読んできなよ、過去イベで配られた時の話あるから』

『一人一回使い切りとかワロタwww説明なしでこれとか運営本当糞だなwww』

『うちのクランでまだ令呪持ってる人ー、バフるからtellくださーい』

 

 令呪とはいわば巨大な魔力の塊だ。ゆえに、攻撃に乗せて打ち込めば強力な魔弾としての効果を発揮する。魔術師ではないプレイヤーたちは、魔力を属性のない純な魔力としてそのままぶつけるしかないが、それでも霊基によって構成されるサーヴァントにダメージを与えられる数少ない手段となりえた。

 

『令呪アタックいきま~す介護たのむー』

『おk』

『おk』

 

 令呪を温存していた者にバフが回り、スキルと令呪を打ち尽くした者が肉の盾となって敵への攻撃の機会を作り出す。たいてい一撃入れた直後に攻撃者は騎士王の反撃で死ぬが、先程マシュによって確立された召喚サークルを復活(リスポーン)地点として復活し、次なる攻撃者へのサポートに回っていく。

 

「しつこいぞ……そこだ!」

 

 しかし騎士王も、その戦術が易易と続くことを許しはしない。黒光の一閃が召喚サークルを薙ぎ払った。マシュが慌てて援護に入る。

 

『リスキルされるんですけお!!!』

『いきなり復活メタとか……そもそもこのボス硬すぎない!?』

『あー、これもしかして、後ろで光ってる【大聖杯】とかいうの壊さないと勝てない系?』

『一理ある』

『それな』

 

 背に護る大聖杯から魔力供給を受ける騎士王と、召喚サークル経由で延々と復活を繰り返すマスター(プレイヤー)たち。互いに決定打を打てないゆえに、状況は両者のパワーソースとなる拠点を守りつつ相手のそれを狙う戦いに変わりつつあった。

 

《召喚サークル、騎士王の攻撃を受けています! このままでは魔術構造が保ちません……!》

 

 マシュからカルデアへの通信。

 騎士王との戦闘をマスター(プレイヤー)に任せ、召喚サークルの前で防御に専念するようになったマシュだが、マスター(プレイヤー)の攻勢が途切れるたびに騎士王が突っ込んでくる。一対一に持ち込まれた場合、最優のセイバーたる騎士王に対して近接戦闘経験に乏しいマシュは劣勢を強いられる。後衛としてルーン魔術による援護射撃に回っているクー・フーリンがいなければ、既にサークルは破壊されていただろう。

 

「ロマニ! 召喚サークルを破壊させないで!」

 

 後ろでエジソンと並んで指示を出すカルデア所長オルガマリーの命令に従い、ロマニはアナウンスを打ち込む。

 

【!WARNING!】【NEW MISSION】

【緊急ミッション『召喚サークルを防衛せよ』が開始されました】

【成功条件:一定時間、召喚サークルの破壊を阻止する】

【失敗条件:召喚サークルの破壊】

 

 提示された作戦に応じて、サークルを包むようにマスター(プレイヤー)たちが集まり、陣形のようなものが作られていく。オルガマリーが大きく安堵の息を吐いた。だが、それを見越したかのように冷たい声が響く──

 

「──緩着だな、カルデアの魔術師(メイガス)ども」

 

「!?」

 

「この私を相手に拠点防衛だと? (もろ)すぎる……! 消え失せろ! 【約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)】!」

 

「駄目! 宝具──展開します!」

 

 黒の奔流がカルデア側のモニタを覆い尽くし……それが晴れたとき。召喚サークルは完全に破壊されていた。場に生き残ったマスター(プレイヤー)も数百といったところか。残りは遠く離れた復活地点へと転送されてしまい、戦線は完全に崩壊の様相だ。

 

【MISSION FAILED】

【『召喚サークルを防衛せよ』に失敗しました】

【召喚サークルの破壊により、地下大空洞の復活(リスポーン)地点が消失します】

 

「ウ……ァ」

 

 そして何より、マシュ・キリエライトが倒れ伏している。咄嗟に召喚サークルの前へ自身の宝具たる盾を展開した彼女は、しかし、黒き聖剣……対城宝具が放つ力に耐えきれなかったのだ。

 

「終わりだな」

 

「ま、まだ……ッ!」

 

「その意気だ、嬢ちゃん!」

 

 介錯せんとマシュへ近づく騎士王を、辛うじて駆けつけたクー・フーリンが迎撃する。

 その名も高きアイルランドの光の御子だ。光の剣クルージーンか呪槍ゲイボルグがあれば、あるいは単騎でも騎士王に拮抗し得ただろう。だが魔術師(キャスター)として召喚された今の彼の得物はドルイドの杖。騎士王伝説に名高き聖剣と打ち合うには、あまりに心(もと)ない得物であった。

 

 一方その戦いの後方には、負傷したマシュの救出を試みる生き残りのマスター(プレイヤー)の姿がある。

 

『おいリツカ死ぬぞ!?』

 

『ちょっと手伝ってよ、この子運ぶから!』

 

『マジかよ……【全体強化】。よし、死なないうちに距離取るぞ』

 

『OK!』

 

 攻撃力強化スキルは筋力パラメータに対しても補正を掛ける。マスター(プレイヤー)二人がかりで運び出されたマシュは、後方に退避していたマスター(プレイヤー)集団から回復スキルを受けて何とか持ち直した。スキルリチャージを待ってもう一度回復を受ければ戦線に復帰できるだろう。マシュは彼女を救出した【リツカ】というマスター(プレイヤー)と、互いに感謝の言葉を交わしている。

 

「本当に助かりました。ありがとうございます」

『こちらこそ、戦闘を任せきりにしてしまってすみません』

「いえ、気にしないでください。任務ですので」

『いや、ありがたいものはありがたいですよ。そちらこそ気にしないでください』

「いえ、そういうわけには」『いやいや』「いえいえ」『いやいやいや』「いえいえいえ」

 

 ……切りがない。ロマニは通信機の発信ボタンを押した。

 

《マシュ。会話の途中ですまないが、君の意見を聞かせてほしい。このまま騎士王とやりあって勝てる見込みはありそうかい?》

 

 負傷しながらもマスター(プレイヤー)との会話で僅かに笑みの戻っていたマシュの表情が、再び歪む。ロマニは心苦しさを覚えたが、確認しないわけにはいかなかった。

 

《……すみません。私とあのサーヴァントの戦闘能力を比較する限り、勝率は1%にも満たないと判断します》

 

《やはりそうか……》

 

《……》

 

 

 沈黙。

 

 現場で戦うマシュにも、それを指揮するカルデアにも、騎士王を倒す方策は立てられなかった。対サーヴァント戦闘自体は想定されていたし、事実シャドウサーヴァント達の打倒には成功していたのだが、最期に立ちはだかったアルトリア・ペンドラゴンと彼女の聖剣は、カルデアの予想を遥かに超えて圧倒的すぎたのである。

 

『……《ねえ、マシュさん黙っちゃったけど》』

 

『……《これってもしかして、俺らが何か提案しないと話が進まない感じのイベントか?》』

 

『……《ええ……? 一般プレイヤーに普通そんなの任せるかなあ》』

 

『……《とにかく何か言うだけ言ってみようぜ、リツカ。プレイヤーがNPCと協力すること自体がフラグになるのかも。ちょっと考えてみるわ》』

 

 カルデアとマシュの通信の影で非公開チャットを交わす救助者マスター(プレイヤー)二人。流石に会話内容は見えないようになっているが、非公開チャットを使用していることは運営から分かるように作られている。

 

『マシュさん、いいですか? 現状への対策なんですが……』

 

 そして彼らの提案が、戦局を新たに動かすことになった。

 




マスターに対してサーヴァントが多すぎる(原作)
→マスターだけが無闇矢鱈に多すぎる(二次創作)

戦闘でサーヴァントを頼れないなら自分で戦うしかないじゃんってバゼットさんも言ってたし……(言い訳)

※括弧等について

 ゲーム内会話:『』
 非公開チャット:《》
 アナウンスおよび固有名詞:【】
 現実およびサーヴァント会話:「」
 プレイヤー視点のときは、ゲーム内会話が基本「」になる予定です。


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β-3

> [1/1] 英雄たちの戦い、あるいはその傍らに積み上げられる屍たちの物語(1)

 

 

 ゲーム中の戦闘には、ゲーム制作者の思想が表れる。

 

 ……というのはゲームをプレイする人間にはそこそこ知られた話だ。ただ、これが話題になるのは、どちらかと言えばプレイヤーから見てバトルが面倒だったり理不尽だったりする=負の側面であることが多い。プレイヤーを飽きさせないという名目で行われるデバフ妨害の嵐とか。緊張感を増すため異様に強く設定された雑魚とか。特定のバトル演出が飛ばせないとか……。

 

 Fate/Grand ONLINEは、その意味において両極端なタイプだと俺は思う。

 

 一年半続いたβ版での戦闘コンテンツは【修練場】とそれ以外の特殊エリアになる。【修練場】では、基本的に闘技場めいた閉鎖フィールドで雑魚と1~2戦した後、メイン敵との戦闘を行う。雑魚を引き連れた敵との戦闘をイメージしているのだろう。雑魚は弱くボスは強い。特に言うべきこともない穏当なバランスだった。

 

 特殊エリアというのは、イベントで使われる専用フィールドなんかのことだ。現実をシミュレートしたような空間であることが多く、「探索が重要」「逃走が可能」「最初からボス狙いも可」など制約の少ないリアルな戦闘が行える。

 今回の【ファーストオーダー】イベントで用意された特異点Fこと日本の地方都市【F市】も特殊エリアに当たるのだろう。たぶんモデルは神戸市だ。めっちゃ燃えてるけど。

 

 特殊エリアでの戦闘バランスは一定ではない。

 常設の特殊エリアであり冷気スリップダメージが痛い【雪山】や近未来デザインが印象的な【カルデア屋内】などでは修練場のボスを使いまわしているし、期間限定で運営と戦える【ディレクター執務室】では、自称ディレクターのライオンマンDが理不尽な強さを見せつけたりもした。というかライオンマンDの宝具(ヒッサツワザ)は大丈夫なのか。主にハリウッド的な意味で。

 

 そして今、特異点Fで俺たちが戦っている大ボス【アルトリア・ペンドラゴン】も、ライオンマンDと同じ理不尽強キャラタイプであるらしい。違っているのは、アルトリアは更に強いということ。ライオンマンDが一騎当千ならばアルトリアは一騎当万だ。それなりにベテランのはずのプレイヤーたちがゴミのように消し飛んでいく。

 

「──卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑め! 【約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)】ッ!」

 

「あっヤバッ」

 

 俺はアルトリアが放った極太ビームに薙ぎ払われて死んだ。

 

 視界が暗転。その直後、俺は召喚サークルから復活(リスポーン)した。

 復活時、プレイヤーはスキルチャージと令呪以外が全回復状態になる。これ、いずれは回復のために死ぬなんてのも戦術に組み込まれそうだな。イカれた攻撃力のせいで触られたら即死しちゃうアルトリア相手では今ひとつ役に立たないが、覚えておけば利用できる機会もあるだろう。

 

 俺はサークルの前で盾を掲げる守り人マシュさんに軽く会釈しながら、再びアルトリアに向けて走り出した。小柄な印象に反して身の丈以上の大盾をブンブン振り回すマシュさんは、一部のギャップ趣味プレイヤーに熱烈な人気がある。それを抜いても十二分に可愛らしいデザインだが。ただ細身すぎることもあって、ゴリウー好きから見ると微妙な感じとか何とか。

 ……まあ、変態じみたプレイヤーどもの好き嫌いなんて放っておけばいい。むしろ個人的には、冷ややかな目で俺たちを睥睨(へいげい)するアルトリアに好意を表明するプレイヤー共が増えつつあるのが気になっている。お前らそんなに見下されたいか?

 

「ウオオオオオ!」

 

 俺はロングソードを振り上げ、雄叫びを上げながらアルトリアへと斬りかかった。

 俺は嫌だね! こいつがどんだけ上等な存在かは知らないが、少なくとも今のところ俺が所属するヒエラルキーにお前の居場所は無いぜ! ま、これから俺たちに倒されたお前が起き上がり仲間になりたそうな眼でこちらを見たりするって言うなら……! 諸々のイベントを経た結果として、少しくらいは見下されてやるのも(やぶさ)かじゃないがな! 傲慢美少女いいよね! さあ、どうだ!?

 

「死ね」

 

 俺は真っ二つにされて死んだ。

 最後っ屁めいて放った【ガンド】が一瞬だけアルトリアの人形じみた顔を歪ませるのを見て、視界は暗転する。死に戻りだ。追い越したはずのマシュさんの背中が再び目の前にあって頼もしい。というか彼女の鎧、色々露出が多くて扇情的すぎやしないだろうか。端的に言ってエロい。

 

 俺は冷静にマシュさんの後方ポジションを保ち、戦場観察に努めることにした。丈の短い黒鎧から、スラリとした白い脚が伸びている。コントラストの妙だ。右太ももを締め付けるバンドも良い仕事をしている……。

 今の【ガンド】で礼装のスキルを全て打ち尽くした俺には、リチャージ完了まで囮役くらいしかやることが無い。令呪は残っているが、あれは何というか、まだ使うべきじゃない気がする。エリクサー症候群と言われればそれまでだが、俺としては、そもそもちゃんとした使い方を運営が説明していないのが悪いと言わせてほしい。

 

 『FGO』において令呪という特殊システムが採用されるのは、これでニ度目のことだ。

 一度目は、とあるイベントで高難易度ボスとの戦闘時に戦闘参加者に配られただけ。ほぼ全員が死にかけていたためその場で回復手段として使い、最後まで温存できた者がいたとは聞いていない。俺も、当時何も考えずに回復に使ってしまった一人なので、他の使い道があったことを後で聞いて少しモヤモヤしたものだ。

 

 そして過去イベと同様ならば、令呪の効果は使用時に初めて提示される。

 体力が減っている時に使えば体力が回復する。スキルリチャージ中に使えば一瞬でスキルが使用可能になる。移動中に使えば、目的地へのワープができるらしい。更に攻撃時に使えば強力なATKバフとして作用することが、つい先程報告された。

 要は何にでも使える……と言えば聞こえはいいが、それなら「何にでも使える」と最初から説明するはずだろう。何に使えて何に使えないのか、そしてどういうタイミングで回復するのか。それがはっきり分からない以上は温存一択だ。後悔は繰り返さない。

 

 

(……何か、令呪について説明しないだけの理由があるのか? シナリオに関わるとか……?)

 

 マシュさんのお尻を眺めながら考える。

 体型の割には肉付きのいいお尻が、前方で無双ゲーみたいに戦場を駆け回るアルトリアへ即応できるよう、微妙に揺れている。ふむ。アルトリアは、俺たちプレイヤーが無限湧きする巣穴であるところの召喚サークルに狙いを定めたらしい。頭がいいな。まあ、せっかくVRでリアルを模倣しているのに敵が機械的な動きしかしないんじゃ興冷めだ。

 

 これまでの道中で出てきた敵の中でも骸骨兵(スケルトン)なんかは頭の悪い動きしかしなかったが、【SHADOW SERVANT】とかいう影に覆われた人型の敵は、アルトリア同様に知性のある動きを見せた。アルトリアにも【SERVANT】という表記があったし、両者は同タイプの敵ということだろう。

 更に言うなら、味方NPCとして後方支援している魔術師【クー・フーリン】にも初登場時は【SERVANT】【CASTER】のアナウンスが表れた。

 ……【SERVANT】は味方にもなる? サーヴァント、意味は従者か。種族名とか職業名みたいなもんなのか? だとすれば。

 

「くッ……うぅ!」

 

 おっといけない。

 突撃してきたアルトリアにマシュさんが攻め立てられている。近くにいた俺は援護しに行って、肉壁よろしく斬られて死んだ。復活。と、俺の横にリツカが立っているのに気づく。こいつもちょうど今やられて復活したところらしい。

 

《リツカ。うちのリーダーは?》

 

《うーん、駄目。なんか気になることがあるって言って指示放り出してどっか行ったきり、チャットにも応じてくれないんだよね。ていうかもうチャット範囲の外にいるのかも》

 

《マジかよ……》

 

 俺たちのクランは現在、一時的な解散状態だ。何やら急な用事でイベント当日の欠員が相次いだ挙句、クランリーダーが仕事放ったらかして逐電(ちくでん)ときた。残された俺とリツカは、何を目標にするでもなく一応イベントに参加しているという次第である。あの連中、本当どこ行きやがった。

 

【!WARNING!】【NEW MISSION】

【緊急ミッション『召喚サークルを防衛せよ』が開始されました】

 

 非公開チャットで互いに現状を確認していると、突如アナウンスが流れる。守勢に回っているマシュさんの旗色が明らかに悪く、押し切られそうだ。プレイヤーたちが集まって【ガンド】を撃ったり攻撃を仕掛けたりしているが、いまいち効いているかどうか怪しい。

 

「ねえ、オレたちも行く?」

 

「様子見程度になら……リツカ令呪残ってるか?」

 

「うん、使うタイミング無かったんだよね」

 

 そうして二人、マシュさんのところへ行こうとして、アルトリアの剣が黒くビカビカ光りだしたのに気づいた。

 

「げっ宝具だ! 逃げろ!」

 

「えっ!? うわっ」

 

 二人して近くの岩陰に逃げ込むと、濁流みたいな黒い光のエフェクトが岩の隙間から漏れ込み俺たちをギラギラと照らした。本気で怖くなるレベルでリアルなCGだ。どんな技術力だよ。

 

 ややあって光が収まり外に出た俺たちを、立ち込める砂埃とアナウンスが出迎えた。

 

【MISSION FAILED】

【『召喚サークルを防衛せよ』に失敗しました】

【召喚サークルの破壊により、地下大空洞の復活(リスポーン)地点が消失します】

 

「うわー……」

 

「ヒデェな、こりゃ」

 

 我らが戦略拠点、召喚サークルがあった場所は完全に更地になっていた。防衛に集まっていたはずのプレイヤーたちの姿もない。直近の復活(リスポーン)地点はどこだっけ? 地上の寺か? だとすると復帰には結構時間が掛かりそうなもんだが。

 

 形勢は一気に不利へと傾いた。広域チャットを見る限り、プレイヤー側の士気は露骨に下がっている。運営が用意した【魔力リソース解放】も制限時間3時間しかないため、もしこれが切れたらアルトリアの攻略は事実上不可能になるだろう。

 まあ、敗北条件が「味方の全滅」っていうのは解せないが……まさかイベ参加者が全員ログアウトすることではあるまい。そもそもそんな条件の達成は不可能だ。デスペナ復活しようがやる奴はやる。だからたぶん、今回プレイヤー勢力がカチコミを掛けた【地下大空洞エリア】から全プレイヤーが駆逐されると敗北になるのではないだろうか。

 

 とすると、復活(リスポーン)地点を破壊された現状は、敗北の一歩手前……?

 【ファーストオーダー】開始時と比べてずいぶん人が減った大空洞。イベント最後の最後、残された壁はなかなかに高いようだった。




 マシュ・キリエライト。
 戦闘経験は原作よりあるものの、マスター不在のため原作に比べて弱体化中。


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β-4

> [1/1] 英雄たちの戦い、あるいはその傍らに積み上げられる屍たちの物語(2)

 

 現状。

 復活(リスポーン)地点を破壊された。で、初の大規模イベントが既にお通夜状態になりつつある。

 

 ……負けた場合ってどうなるんだ? どうもこの運営とは俺たちのゲーム的価値観を共有できていない節がある。基本的に不親切&説明不足設計だしな。特にプレイヤーへのサービス精神については非常にドライで、正直「今回の調査は失敗しました。失敗したので特に報酬はありません」くらい言い出しても不思議じゃない……

 

 そんなことを考え込んでいた俺の横で、リツカが動いた。走り寄る先に倒れているのは……マシュさんか。さっきの攻撃でやられたんだろう。

 だが、近づくには今なお健在のアルトリアが怖い。生き残ったプレイヤーは、ここから先は極力死なないようにするべきだと思う。少なくとも、上の寺にある復活(リスポーン)地点へ飛ばされた連中が戻ってくるまでは。

 

「おいリツカ死ぬぞ!?」

 

「ちょっと手伝ってよ、この子運ぶから!」

 

 そう言って、ぐったりしているマシュさんを担ごうとするリツカ。怖いもんなしか。

 【全体強化】スキルが再使用可能になっていたので、それを使って手早く一緒に運ぶことにした。アルトリアはクー・フーリンが引き付けてくれているようだ。あっちも早く援護しないとな。

 

「おーい、そこの人たち。治療頼みたいんだが」

 

「ん? アンタら、うちのクランじゃないだろ……って、マシュさんか。OK。さっきのでやられた?」

 

「みたいだ」

 

 マシュさんを洞窟の隅で様子見しているプレイヤー集団に引き渡して治療を依頼すると、あっさり承諾された。まあ、否やもあるまい。味方NPCの死は敗北に直結する。

 

 ……どういうわけかは知らないが、このゲームではプレイヤーよりNPCの方がずっと強い。今リツカとお礼を言い合っている(良い娘だ!)我らが盾系アイドルNPCのマシュさんもそうだし、現地の味方NPCである魔術師クー・フーリンもそうだ。必然、戦術は各種スキルでバフを盛ったNPCに敵を殴らせる方向へいく。「バケモンにはバケモンをぶつけんだよ!」という理屈である。

 

 戦闘勝利時には経験値獲得フェーズがあるが、そのときプレイヤー本人が直接敵を倒している必要もない。戦闘に参加したもの全員が経験値をもらえる仕様は、やはりNPCを積極的に利用することを前提にしたゲームバランスに思われる……。

 

(……あれ?)

 

 ふと、思いついた。NPCの利用はゲームバランスに組み込まれている。そのNPCをプレイヤーが助ける手段は、主にスキルによるバフ・デバフと囮役そして肉壁だ。そんな俺たちプレイヤーが持つ現状最大のバフ手段こそが……令呪。効果の明言されていない強化アビリティ。

 

 つまり。

 俺は令呪が浮かぶ右手をマシュさんに向け、スキル使用と同じやり方で発動を念じ──

 

(──あれ?)

 

 あれれー? 何も起こらないぞ? おかしいな。

 

 俺の予想では、何か専用のNPC強化オプションが出ると思ったんだが。うーん、やっぱり自分に対してしか使えないのか? 令呪の紋様はプレイヤーのアバターに直接埋め込まれてるしな……物理的につながってる対象=自分にしか干渉できないのかもしれない。

 あるいは、手を握ってもらうとか……?

 

 ちらりと横目で隣の様子を伺うと、ついさっきまでリツカと話していたはずのマシュさんが体育座りポーズで項垂(うなだ)れている。さっきの極太剣ビーム攻撃で戦意がくじけた……というわけではなさそうだが、どうしたのだろうか。リツカ何かした? ……少なくとも握手を申し出られる雰囲気ではないと思う。

 

 マシュさんを挟んだ反対隣を見れば、こちらはリツカが何やら気不味げな顔をしている。マシュさんに何か声をかけてやりたいけどどうすればいいのやら、という感じの表情だ。というかそういう内容の非公開チャットが飛んできた。なんか突然「わたしでは勝てない……どうすれば……」みたいなことを呟きながら落ち込み始めたらしい。

 

 仕方がないのでリツカの相談に乗ることにする。

 とはいえ、女心はリツカのほうがわかると思うんだけどな。リツカお前、俺たちが高校一年だったときのクラスの女子の人間関係とか覚えてるか? 当時の俺には何であんなに雰囲気が悪かったかわからなかったが、お前は素で適応していた。お前はスペシャルだ。天然そのままで女と上手くやる才能がある……。

 だが、ゲームの勘はまだまだのようだな!

 

《つまり、アレだろ。これはこっちの反応待ちってやつだよ》

 

《反応待ち?》

 

《進行フラグが立ってないから状況が止まってるんだ。ゲームシナリオ的には、ここから一発逆転ってやつなんじゃねーかな。で、その切っ掛けが足りてないと》

 

《それを教えてあげられれば元気だしてくれるかな?》

 

《やる気は戻るんじゃねぇの? あー、そうか。プレイヤーがNPCと協力すること自体がフラグになるのかも。リツカ、お前あのボス倒すアイディアある?》

 

《うーん、協力か……クー・フーリンさん?》

 

《確かに。あいつの役割がまだはっきりしないもんな。ただのお助けキャラっていうには妙だし》

 

 マシュ・キリエライト。

 アルトリア・ペンドラゴン。

 クー・フーリン。

 

 【ファーストオーダー】イベント最終局面に絡む三人のNPC。この中に一人、仲間外れがいる──いや、男だ女だという話ではなく。

 もちろんそれはクー・フーリンだ。一人だけ現実の神話に名前のある人物である。

 

 ゲーム開始から一年半にわたり俺たちプレイヤーのアイドル兼マスコットだったマシュ・キリエライト嬢は、当然ゲームオリジナルのNPCだ。リリース初期はただの女の子だったが、とある高難易度イベント(例の第一回令呪配布イベントでもある)を経て大盾の戦闘形態に覚醒した。以降は戦力としてもかなり頼もしい守護キャラとして活躍中だ。

 また、彼女は運営からの意向を受け取ってプレイヤーに伝える、いわゆるナビキャラみたいな役割も持っている。正直このゲームの運営は胡散臭いからな。美少女をメッセンジャーにすることで疑心緩和を図っているのだろう。

 

 イベントの大ボスを張るアルトリア・ペンドラゴンも、多分オリキャラだ。

 高校で世界史を履修した程度の知識しかない俺が「そんな名前の女聞いたこと無いし」なんて言っても説得力なんかありゃしないけど、そもそも黒騎士系傲慢美少女なんて存在自体がファンタジーフィクションの象徴みたいなものだ。エクスカリバーとかいうテンプレ神話武器もオリキャラ臭さを匂わせる。

 

 ……というわけで、クー・フーリンだけが非オリキャラなのだろう。

 ただ、思えば途中に出てきた【SHADOW SERVANT】も、石化(スタン)付与してくる女らしき影【メドゥーサ】や暗殺者めいた影【ハサン・サッバーハ】など、世界史やら神話やらでちらほら聞いたことのある名前から取られている。名前と性能のイメージがある程度一致しているのは、ゲーム制作側が意図のある名付けをしているからか。

 

(そうすると、例外的存在はむしろオリキャラたち……マシュとアルトリアの方なのかもな)

 

 だが、クー・フーリンについては疑問もある。

 正直言って、クー・フーリンが杖を持って戦うというのはちょっとイメージに合わないのだ。得物を持たせるなら槍か剣のはずだ。なら、クー・フーリンの性能におけるクー・フーリンらしさはどこにある? こんなキャラを用意した運営の意図は何だ? たぶん、それこそが────

 

 

《────ああ。そういうことか?》

 

《え、何の話?》

 

《対策だよ。ちょっと思いついたから提案してみる》

 

 NPCより圧倒的に弱く、数で当たるしかないプレイヤーたち。

 謎の技術により、チューリングテストに合格しかねないレベルで人間性を見せるNPC。

 そのNPCに名づけられた神話・歴史由来の名前と、それを反映したキャラ能力。

 なぜか槍を持たずに杖を持っているクー・フーリン。

 

 ……そして、敗北一歩手前の現状を招いた原因である、【召喚サークル防衛ミッション】における運営からの「とにかくなんとかしろ」的な具体性のない防衛指示と、それを鵜呑みにして防衛戦を挑んだプレイヤーの動き。最終的に再び宝具ビームの餌にされたという結果。

 

 それらが意味するのは。

 

「マシュさん、いいですか? 現状への対策なんですが……」

 

「はい?」

 

「クー・フーリンに俺たちの指揮を取らせましょう」

 

 

 

 控えめに言って烏合の衆である俺たちプレイヤーを一番上手く使えるのは、衆を率いるに長けた『将』のはずだ。ケルト神話における英雄クー・フーリンは、個として武勇に優れると同時に、赤枝の騎士団のリーダー格でもあった男である。

 NPCが人間性を示す以上、集団への統率力や英雄的なカリスマを示したっておかしくはない。それが事前に決められたイベントの流れ、運営の仕込みだとしてもな。

 

 ……そして何より、指揮を取らせたいなら槍は不要だ。

 

 このイベントは『FGO』初の大規模イベントであると同時に、知性を持ったNPC【SERVANT】が本格登場したイベントでもある。つまりNPCの能力のお披露目も兼ねているのだ。

 VRMMOという次世代ゲームだからこそ出来る、NPCとプレイヤーの一方通行ではない双方向的な互助関係。NPCがプレイヤーに知恵を貸すという流れを、このイベントでプレイヤーに見せておきたいのではないだろうか。

 

 

 ただ、気になるのは俺たちの数だ。兵力が無ければ話にならない。今エリア内に残るマスターはざっと数百くらいか?

 ……うーん。まあ、無駄に多いよりはマシかもな。

 

 俺の提案を受けたマシュさんが、視線を中空にやる。彼女が人間であれば、まるで非公開チャットをしているような仕草だ。NPCも非公開チャットをするのかな? 「人間的な動き」の中には内緒話も含まれる気はする。あとで聞いてみようっと。

 

「──はい。……はい。……分かりました。では、その作戦で行きましょう」

 

 ……ん? 今のって俺への返事?

 ふと気づくとマシュさんがいつの間にか俺を見ていた。俺は曖昧にうなずき返す。NPCだと分かっていても、女子に見つめられると挙動不審になるのだ。リツカ俺を助けてリツカ。

 

「じゃあ、クー・フーリンさんのところへ行って話をしないとね。もう少し頑張ろうか」

 

「はい! 道中の護衛はおまかせください!」

 

 リツカ普通にマシュさんと仲良くなってるよリツカ。

 

 ……とにかく、状況は膠着状態から何とか前に進んだらしい。

 こうして俺たち3人は固く握手を交わし、アルトリアとの死闘を続けるクー・フーリンの元へ走り出したのだった。(つづく!)




 ソビエトロシアでは、サーヴァントがマスターを統率する!


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β-5

> [ 1/1 ] 弱き者。贋作(フェイク)。偽りの死に憐れみは不要(いら)ず。

 

 

「お断りだね!」

 

 ガキンガキンと激しく剣戟(杖)を交わしながら、クー・フーリンはそう言った。

 

「なっ……」

 

 それを受けて絶句するのはマシュさんだ。二人とも本当に、そうと聞かなければNPCとは思えない程の良いリアクションを見せてくれる。

 

「──この私の前で相談事とは、ずいぶんと余裕だな?」

 

「ちょまッ……アブねぇッ!?」

 

 いや、3人か。

 俺とクー・フーリン二人まとめて串刺しにせんと突っ込んできたアルトリアを、クー・フーリンの杖から撃ち出された火球が牽制する。身を翻したアルトリアは返す刃でリツカの首を薙ぎに行き、マシュさんの大盾がそれを防いだ。甲高い金属音が響く。

 

「助かったよ、クー・フーリン <お礼モーション>」

 

「礼は構わんがな、アンタ今死にかけたんだぜ? 少しはビビるくらいしろよな」

 

「そう言われてもな」

 

 怖がる理由がない。

 いや、実際のところ痛覚フィードバックが無いと分かっていても今の串刺し攻撃とかめちゃくちゃ臨場感あって怖いんだけど、正直1年半もこのゲームに付き合ってると死んだ回数もそれなりにあるわけで……まあ、慣れちゃったというか。ホラー映画見すぎて怖くなくなる的な順応が成立している感がある。人間の脳は偉大だ……!

 

「……はァ。一応は味方だってのによ、どうにもやりにくい連中だぜ」

 

「クー・フーリンさん。断られた理由をお聞きしてもよろしいでしょうか。何か我々の提案に問題が?」

 

 嘆息する魔術師にマシュさんが改めて問う。クー・フーリンは、一度下がって距離を取ったアルトリアの足元に無数の蔦を生やして足止めしつつ、一際大きなため息を吐いた。

 

「違ェよ。そうじゃない。現状から勝利を目指すなら、アンタらの提案自体は悪くない……だがな、俺はサーヴァントでアンタらはマスターだ。仕事の領分を侵す気はねぇし、何より俺が率いるのは勇士であってほしいね」

 

「勇士……?」

 

「死を恐れない奴は嫌いじゃないが、妙なワザで死の恐怖を踏み倒しているだけではな」

 

「──そうか? 私は()()()()気に入ったぞ」

 

「!?」

 

 アルトリア、蔦まみれ状態からのあまりにも早い戦場復帰──

 

 だが、すぐに戦闘再開する気はないらしい。剣を片手に下げて立つ彼女の背後には、無残に切り刻まれた植物片が散乱している。

 

 実はクー・フーリンが蔦を生やしたとき一瞬だけ期待したんだが、まあ、この大ボス様には蔦で雁字搦めになるサービスショットを提供するような可愛げなんてなかったわけだ。そもそも締め上げて強調するような部位もないしな。ストーン&ペターンとまでは言わないが、まあ、なんだ。豊かではない。

 

「カルデアのマスター。貴様らは脆弱すぎる上に力不足もいいところだが、その解法のユニークさには見どころがある」

 

「は?」

 

 なんか大ボス様が学校の先生みたいなことを言い出したぞ?

 

「クー・フーリン、神話時代の英雄たるお前にも、この私にも、およそ死を尊び憐憫(あわ)れむような者たちからは出てこない発想だ。生への意思や己の存在を高めるのではなく、偽りの肉体と偽りの死を積み上げることで目的に至らんとするとはな。 

 ──フ。それを愚行と断じるのは容易いが……もし、貴様らによって希釈された無数の死が。紛い物の屍の山が、天に届くなら。それは、実に愉快な試みだと言える」

 

「……チッ。聖杯戦争の間ずっとだんまり決め込んでたのがようやく口を開いたと思ったら、要領を得ないことばかり言いやがる」

 

「王の言葉とはそういうものだ。それに今の私は機嫌がいいからな……そう。貴様らサーヴァントを蹂躙する過程では話す必要がなかったというだけのことだ」

 

「ハッ、王様ってやつはこれだからな」

 

 NPC同士が煽りあってやがる。なんだこれ。

 やっぱNPCの間にも相性とか友好度とかあるのかね。無駄に現実の人間関係みたいで面倒くさいな……。

 

 だがまあ、クー・フーリンとの交渉決裂の代わりにアルトリアが何やら会話に応じ始めた。これは既定のイベントの流れ? それともスパロボ的な説得&加入チャンスってことか? 運営が提示したのは討伐ミッションだったと思ったが……いや、【SERVANT】が人格みたいなものを持つ以上、友好関係を築ける可能性は一応常に存在するのかもしれない。

 だとすれば、他のプレイヤーがこのエリアから排除されたのは好都合だ。奴らがみんな戻ってきたら、また収拾がつかなくなるだろう。さっさと話をつけるとするか。

 

 剣盾杖が血を求めて踊り狂う最前線からそこはかとなく距離を取っていた俺は、対話に臨むため一歩前へと踏み出した。……それは、死線を越える一歩だった。

 

「【風王鉄槌(ストライク・エア)】!」

 

 次の瞬間、クー・フーリンとのやり取りでキレたらしいアルトリアの剣を中心に大気がぐにゃりと歪み、俺はパゥッ!という風切り音とともに洞窟の天井近くへと高く高く吹き飛ばされていた。全身が意味不明に360度回転し、俺の三半規管を殴りつける。一時的な空間識失調状態に陥った俺は、嘔吐感をこらえながら空中で滅茶苦茶に回転した。

 

 くそっ、風魔法だと!? バギ系は僧侶の十八番じゃなかったのかよ。

 リツカが俺を呼ぶ声が聞こえるが、自分が回転しているせいでどこから聞こえてくるのか分からん。目まぐるしく変わる視界の中で時折チラつく地面が、重力法則に従い急速に近づいていき……

 

 俺は、完璧な五点着地をキメながらNPC三人の前に転がり込んでいた。

 

 

 

 あ゛ァ!? ……なんだこれ!?

 

 バトルフィールドに突然投下された異物(ゴミ)を見るような目でNPCたちが俺を見る。視線が痛い。俺は何事もなかったかのように立ち上がり、大げさに全身の砂埃を払おうとして再びコロリと転んだ。視界には赤く【行動不能(スタン)】の表示。空間識失調だ。

 遠くからリツカの声が聴こえる。そういえばリツカの礼装はカルデア制服だったな。じゃあさっきの受け身はリツカが放った【緊急回避】による強制回避運動か。自分のために取っておけばいいものを、俺なんかを助けるためにCT重いスキルを使いやがって……。

 

 立ち上がれる気配がないので、俺は仕方なく大の字に仰向けになって三人へ言った。

 

「無益な争いをやめろ。話がある」

 

「有益無益を決めるのは貴様ではない。──が、今の動きは少し面白かった。言ってみろ」

 

 俺はアルトリアの足元に転がっているため、何気なく下ろされている彼女の武器がダモクレスの剣よろしく頭上で揺れている。『賭博覇王伝 (ゼロ)』の殺人クイズみたいな状況だ。変なこと言ったらすぐ死にそう。

 『アカギ』『カイジ』など福本先生の作品全般に共通することではあるが、たとえ簡単なゲームでも命を掛け金にするだけで別物と化すという。だがまあ、逆に言えば、命がかかっていなければ多少の無茶は効くってことだ。頭上の剣は死ぬほどリアルだが、別に刺されたって「俺」(プレイヤー)自身が死ぬわけじゃない。

 

「お前はこの場所で【大聖杯】を守っていると聞いた」

 

 【エミヤ】という敵NPCが教えてくれた。エミヤ自体は敵対する【SERVANT】だったこともありクー・フーリン加入からの一連のイベントの流れで倒してしまったが、あれも何か元ネタがあったのだろうか? そもそもエミヤって何語? エンヤみたいな感じか。あれはアイルランドの歌手……なるほどケルト絡みと見た。クー・フーリンと知り合いっぽかったし、何より話のまとまりが良い。

 だが、聖杯……ねぇ?

 

「それがどうした?」

 

「お前は【大聖杯】を何のために守っているんだ? いや、誰のために?」

 

「……」

 

 話題を振っていく。

 聖杯を守っているという立場が明示されている以上、その動機も設定されているはずだ。【大聖杯】。俺たちがワイワイやってるこの地下大空洞エリアの背景で不穏な光を放つ、巨大なクレーターみたいな存在。絶対なんか(ヤク)いオブジェクトだとは思うが、特に詳しい説明はされていない。

 

 ……そういうとこ、この運営の駄目な部分だと思うんだよな。考えてみれば、今の状況だってそうだ。今回のイベントは探索要素を重視したのか、いつにも増して事前のイベント説明が少なかった。アルトリアが護るキーアイテムらしき【大聖杯】も、ぽっと出のよくワカラナイ存在である。

 

 そしてイベント概要に曰く、「日本の地方都市【F市】で異変が観測された! 君たちの力で街を護って欲しい! 人類の未来は君たちの活躍にかかっているぞ!」……アメコミかよ。まったく、何のために戦っているのか判然としない。そうだ。ヴィランはどこだ。

 

 アルトリアは違うな、美少女だし。まあ多分、こいつは悪いやつじゃないのに互いの立場の違いで対立してしまう悲しい物語だぜ……って感じの流れだろ? もっとこう、お前ら人間じゃねぇ! って感じの凶相を浮かべて剥き出しの歯をギラつかせるような、分かりやすい黒幕が出てこないものか。ついでに事件(イベント)の真相も語ってくれるといい。

 

 少しの沈黙を経て、アルトリアが口を開いた。

 

「……なるほど。貴様はこう言いたいわけだな。私が聖杯を手にしながらそれを使わずに置いたのは、”聖杯を手にするべき”騎士の訪れを待っていたからだと」

 

 アァ? それ俺の質問の答えじゃねーだろ……? こいつ一体何を言ってやがる。

 

「小娘。確かに貴様の盾は面白い。だが、それを持ち出したからといって、私が伝承の再現に付き合うとでも思ったのか?」

 

 話の矛先がマシュさんに飛んだ。盾? 盾がどうしたってんだ。

 

「わたしの任務は特異点の調査と修復です。現状を生み出しているのがその聖杯ならば、わたしはそれを回収します」

 

「いいだろう。ならば力を示せ。──せめてその盾に恥じぬ存在であるとな!」

 

「ッ……マシュ・キリエライト──戦闘再開します!」

 

「マシュさん!?」

 

 アルトリアが俺の頭上から大きく後ろに飛び下がり、それを追って駆け出すマシュさんを更にリツカが追う。ちょっ、待て! 俺は起き上がろうとして嘔吐感にえづいた。俺の三半規管は現在進行形でご臨終だ。

 更にアルトリア大ジャンプが残していった砂埃が俺の視界を覆う。何だよもー、こんなところで砂だらけだよ……。ダメだこれ。もう、一回ログアウトして休憩しようかな……。でも復活地点遠いし、今イベント佳境だろうから見逃したら嫌だな……。うん、あとはリツカに任せて俺は後ろで見てればいいか。

 

 クー・フーリンもマシュさんを追ってアルトリアの方へ行ってしまい、一人置いて行かれた俺のところへ、後ろで固まっていたプレイヤー集団が集まってくる。さっきのアルトリアビームで戦闘担当が粗方死んでしまったために、やることがなくなった後衛担当たちだ。ゲームと言えども美少女を殺しにかかるのは抵抗があったらしく、あまり戦意を感じない。だから後衛やってるんだろうが。

 

「おーい、大丈夫か?」

 

「ああ……いや、駄目かも。頭がフラついて起き上がれない」

 

 プレイヤー集団の一人が俺に声をかける。俺は頭をあげるのも億劫(おっくう)だったので、へたばったまま返事した。ぐえ。

 

「めっちゃ吹っ飛ばされてたもんな。オイ、誰か【イシスの雨】残ってないか?」

 

「あ、はい」

 

「ちょっと使ってみてくれ。たぶん大丈夫だろう」

 

「わかりました……【イシスの雨】!」

 

 パァァ……というSEがなり、俺の全身が暖かな光に包まれる。おお、これは……

 

「凄く落ち着いた^^」

 

 思わず、顔文字を使ってしまった。




 散々あれこれ考えた挙句、普通に推理を外していくスタイル。それはそれとして話は進む。


※『FGO』におけるコミュニケーション手段について
・音声チャットと文字チャットがあります。
・会話範囲で非公開<公開(通常)<広域チャットの3つに分けられます。
・それ以外に、ゲーム内掲示板があります。運営は情報の共有を目的に設置しましたが、普段は暇なプレイヤーたちが大喜利とかやってます。


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β-6

> [ 1/1 ] 一寸のマスターにも五分の意地

 

 体調回復! 俺は元気に戻った!

 

 しかし本当にこれはすごいぞ。あれだけ気分が悪かったのが一瞬で全快した。

 試作礼装【■■■■院制服】……俺は普段使っていないが、【オシリスの塵】の無敵状態付与もあるし、便利だなこの礼装。あとは名前があからさまに伏せ字なのだけ何とかしてくれればなー。【■■協会制服】と並んで名前が怪しい礼装なので、ちょっと使いたくない気持ちがある。

 

 ちなみにネットでは【かきょう院】だとネタ半分で予想されている。スキルがエジプトっぽいしな。花京院なら学ランだろって? 学ランは別にあるんだよ。【月の裏側の記憶】とかさ。ユーザーアンケートで決まった名前らしいけど、月の裏側ってなんだろうな。ポエム?

 

 俺が礼を言うと、治療を指示してくれたまとめ役らしき男が俺の枕元にかがみ込んだ。

 

「そんなに気分が悪かったなら、令呪を使えばよかっただろうによ」

 

「令呪を?」

 

「うちのクランの奴がリアルでちっと鬱っぽくなっててな。折角の大規模イベントだからって参加はしたんだが、色々厳しいみたいでよ。で、試しにさっき配られた令呪を使わせてみたんだが……即座に治ったってはしゃいでたぞ」

 

「ふーん……そういうのは考えつかなかったな」

 

「ま、さっき殺られたってんでログアウトしてリアルに戻ったら、元通りだったらしいがね」

 

こっち(ゲーム)のスキルで現実(リアル)の症状が治ったら怖ェよ」

 

「違いねぇ」

 

 そう言ってカラカラと笑う男は、そのむさい見た目もあって山賊か何かに見える。どういう趣旨のキャラクリなんだろうな。

 

「イヌイだ、ヨロシクな。さっきアルトリアと何話してたんだ?」

 

「あー、何と言えばいいのか……ま、こっちの素性に興味がある様子だったな」

 

 イヌイを名乗る男の質問に、俺は答えに窮する。何か考えを持って行動しているらしき風ではあるが、その肝心のアルトリアの考えが全く分からん。

 

 たぶん、「ちゃんと」考えているとは思うんだよ。

 この運営は異様に胡散臭いが、それ以上に持ってる技術が異常すぎる。『FGO』発売から一年半経って尚、後発のVRMMO作品なんて出ちゃいないし、大前提のVR技術自体が追いついてない。だからどんなに運営がアレでも難易度がクソゲー気味でも、プレイヤーたちはついていく。突き抜けた技術があるんだ。そしてそれは、多分AIについても同じなんだろう。

 

 そんな技術を持つ『フィニス・カルデア』とはどういう集団だ?

 

 ネットでも様々な予想がされている。

 曰く、「某大国の研究機関による、ゲームを装った大規模サンプリングである」「人類が肉体を捨て電脳存在になるための橋頭堡である」「サイバー国家実験の一環」「宇宙人が」「未来人が」「超能力者たちが」エトセトラ、エトセトラ。

 一部のオカルトワードに至っては、陰謀論を喚き散らす荒らしを誘引するということで、このゲームの関連コミュニティでは粗方NG設定されているほどだ。「神秘」とか「魔術」とかな。

 

 だが、そんなことは今はいい。むしろヤバイのは、イヌイがさっき話したこと。令呪を使えば、(ゲーム内に限って)現実の症状を緩和できるっていう件だ。

 

 これ、知ってるやつはどれくらいいる? ゲーム内で状態異常を起こしてもリアルへのフィードバックはされない……あったとしても非常に制限されている。同様にリアル肉体からゲームへの干渉も基本的に遮断されているが、精神症状だけは別だ。

 運営が何を思ってこんな仕様にしたのかは知らんが、「精神症状の緩和」なんて効果は使い道がありすぎる。知れば「活用」しようとする連中が大量に出ることだろう。それを見越した令呪の使い切り制か? にしては発見の経緯がちょっとイレギュラーに思えるが。

 

「……なあ、さっきの鬱っぽい奴の話。【イシスの雨】じゃ治らなかったのか?」

 

「ん? ああ。あのスキルはゲーム内でもらった状態異常しか治せないぜ。こっちもそれは知ってたから令呪にお願いしたってわけだ」

 

「お願い、ね……」

 

 願い? そうだ……。思えば、令呪は願いを叶える力として作用しているとも言える。

 回復したいときには回復を。攻撃したいときには攻撃の補助(バフ)を。移動したいときには目的地への到達(ワープ)を。

 「何にでも使える」んじゃない。「使いたいことに使える」んだ。重要なのは使い手の意思ってことか。だとしたら、さっき俺がマシュさんに令呪を使えなかったのは……俺の意思の問題か。

 

 寝転がっていた俺が立ち上がりかけた、そのとき。

 

 

 ……三度目だ。もう、さすがに予想がつく。

 

 意識が洞窟の一隅へ引き寄せられる。ヤバイものがそこにあると、第六感とかゲーマーの本能とかそういうものが警鐘を鳴らしている。果たしてその先では、あのアルトリアの剣が、またしても光を吸い込む如き暗黒オーラを纏っていた。例のビームだ。俺たちを射線に捉えている。

 リツカはどうした? マシュさんは……

 

「あああああああああッ!」

 

 高い雄叫びが上がった。

 マシュさんだ。大盾を地面に叩きつけ、絞り出すように叫んでいる。己を鼓舞するように。

 

「真名、偽装登録────宝具、展開します! 仮想宝具 【疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)】!」

 

 盾が輝き、蒼翠の光の結界を創り出す。

 だが、駄目だ。あれじゃあアルトリアの宝具は防げない。剣と盾、真っ向から打ち合わせた場合の(ランク)付けは、既に済んでしまっているのだから。

 俺は走り出そうとして、その瞬間に辛うじてマシュさんの影にいたリツカを視界に入れることに成功し、足を止めた。

 俺じゃ間に合わない。いや、「それ」は俺に出来る役じゃないと思ったからだ。

 でも同じくらい、リツカなら出来る気がした。

 

「リツカーーーーッ!」

 

 叫ぶ。リツカが振り向いた。アルトリアが口上を告げる。時間がない。

 

「───卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑め……

「マシュさんを助けろ! 令呪にそう願えッ! 令【約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)】ッ!」」

 

 

 俺は、どこまで言えたのか。

 俺の声は、恐ろしく朗々と響き渡るその真名と、それが巻き起こした轟音に消し飛ばされた。三度、滅びの極光が放たれた。俺はそれを、ただ見ていることしかできなかった。

 

 ……黒の光の奔流は、まだ俺たちのところには届かない。マシュさんの盾がそれを押し留めているからだ。だが、このままでは負ける。先の激突のリプレイのように、マシュさんの盾が放つ光は徐々に弱まり、蒼い光の壁が黒に侵食されていく。これが本当にリプレイならば、黒が蒼を染め上げた瞬間、盾は破れてあのビームが俺たちを呑むだろう。当然その手前にいるマシュさんも。

 しかし、そうではない。

 これはリプレイではないのだ。なぜなら────そこには、リツカがいるのだから。

 

「令呪よ! オレはマシュさんを助けたい! 【マシュさんに、力を】!」

 

 大盾を構える少女の傍らに、黒髪の青年が立つ。くそっ。なんて絵になる野郎だ。これだからイケメンは……。マシュさんが驚いたようにリツカを見た。

 

「リツカさん!?」

 

「今までずっと、君はオレたちを助けてくれた! だから今度は、オレが君を助ける番だ!」

 

「え────は、はい! ふつつか者ですがっ。よ、よろしくお願いします……!」

 

 ……青春かよ。

 妙に初々しいやり取りの最後、マシュさんが返事をした瞬間。リツカの右手に刻まれた令呪の紋様が赤く輝き、光の軌線を描いてマシュさんへと吸い込まれていった。

 

『【パス】が通った!?』

 

 突然、声がする。誰だお前。

 

『まさか、この土壇場で【契約】に成功するマスターが現れるなんて……』

 

 辺りを見回すが、声の主が見当たらない。イヌイも困惑している。

 チッ、まあいい。【マスター】。【SERVANT】……サーヴァント。そして【契約】ね。そうか、やっぱりこれは、最初から令呪に想定されていた機能ってことなのか。説明されてないことばっかりだ。本当しっかりしろ運営。

 

「「ハアアアアアァッ!」」

 

 マシュとリツカ、二人の声が揃って聞こえる。リツカの声が苦しげだ。負担がかかっているのか? 自分にしか使えないはずの令呪をNPCに使う、そのための経路【パス】。パスを通すための【契約】。契約の代価に、リツカは何を差し出した? 俺は、何を差し出させた……?

 

 弱々しかった蒼い光が急激に膨らみ、黒光を逆に呑み込んでいく。何とか守りきれそうだ。……だが、守りきったとしてその先どうする? 盾は盾でしかない。そして俺たちマスターはそれ以下だ。

 

 ……くそっ……何も出来ずに見てるだけかよ……。

 

「いいや、そうでもないぜ」

 

「!?」

 

 悪態をついたその瞬間、再び、急に声をかけられる。今度は聞いたことのある声だ。振り向いた先に立っているのは、青白い外套を纏った男。

 

「お前、クー・フーリン……!」

 

「アンタ、一緒に戦うにはどうかと思ったが……その勘は悪くない。サーヴァントとマスター。【契約】するってことは、互いの命運を託し合うってことだ。弱ってる嬢ちゃんと【契約】したあの坊主は、今大量の魔力を持って行かれてる。アンタら風に言うなら一蓮托生ってやつだな」

 

 一蓮、托生……。

 

「それを俺に言ってどうするんだ」

 

「アンタは、令呪の使い道と【契約】の重みに気づいた。戦士としちゃあ論外だが、魔術師見習いとしてなら、ま、見れなくもないだろう。どうだ、オレと【契約】しないかい? 期間限定だが役に立つと思うぜ?」

 

「……お前は、何が出来る?」

 

「おう、それだよ。どうにも見せる機会がなくてな。オレの宝具……【焼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)】。魔力消費やら何やら制約が多くてなかなか使えなかったんだが、火力は保証する」

 

クー・フーリンがニヤリと笑う。火力、ね。俺は頷いた。

 

「ああ──そういうことか。分かった。【契約】しよう」

 

「いいね、話が早いのは嫌いじゃないぜ! じゃ、一時契約だがヨロシクな!」

 

 俺とクー・フーリンは握手を交わした。攻撃宝具。最高のタイミングで最高の切り札を持ちかけてきたこのNPC英雄の存在は、どこまでシナリオ通りなんだろうな。分からないことばかりだが、今はリツカを助けるだけだ。あの盾が俺たちを守ってくれている、その間に。

 

「令呪を使用する! クー・フーリン! 【宝具を解放せよ】!」

 

「ッしゃあ!」

 

 クー・フーリンが杖を地面に突き立てる。

 宝具発動には必要な条件があるのだろう。それは魔力であり、発動に要する時間であり、そしてそれ以外にもきっと。俺の願いを受けた令呪は、その力の及ぶ限りにおいてそれらを代替する。

 右手に刻まれていた紅い令呪が、一際強く光った。

 

「ッ!?」

 

 身体に巨大なストローをぶっ刺されて中身を吸い出されるみたいな感覚。やべぇ。これ絶対ヤバイやつだ。止めるか? いや、これも「仕様」のはずだ……そもそも今更引き返すなんて。

 

「受け取れぇッ!」

 

 手の甲の令呪の光が不意に消え、クー・フーリンに吸い込まれていくのを見る。光の軌跡。【パス】とやらだ。クー・フーリンが獰猛な笑みを浮かべ、そして、大小様々な魔法陣が宙に描かれた──

 

 

「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社───倒壊するは【焼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)】!」

 

 

 

 

 ──それは、蒼翠の盾壁が漆黒の剣光を押し返した瞬間のことだった。

 

 アルトリアの足元の地面から、膨大な質量が突き上がった。巨大な、木で出来た手だ。

 木枝で編まれた巨人の手は驚愕するアルトリアを瞬く間に掌中に収め、続いて編み出される腕が伸びるに従い、天井へと向かって凄まじい勢いで上昇していく。肘、肩、上半身が次々と大地から生えてきた。

 

 ……そして、巨人がその全身を現す。

 その腕と同じく木枝で編まれた、人形というにはやや大雑把な造形。木製の網籠を思わせるそれの中身は空洞で、胴体部に取り付けられた金属製の扉らしきものが異彩を放っている。

 

 ウィッカーマン。供物となる生贄を内に収め、それを炎に焚べる人身御供の祭儀。

 『真・女神転生IV』で見た時には頭の部分に気持ち悪い顔が貼りついていたが、こっちのウィッカーマンは藁人形に近いみたいで何よりだ。だが悪趣味なことには変わりない。

 

 ウィッカーマンはアルトリアを握る方とは逆の手で、自らの胴の扉を開く。中は空……これから中身が入るんだから当然だ。ウィッカーマンはその図体に見合わぬ機敏な動きで、大きく腕を振りかぶると、その手の中のアルトリアを扉の内側へと投げ込んだ。

 そして炎上。熱気にむせる俺たちプレイヤーの前で、供物(アルトリア)ごと炎に包まれた巨人がその身を燃やし焦がしていく。火柱が天を衝いた。

 

「うっわ、趣味悪……」

 

「ウルセェよ」

 

 ウィッカーマンって要は生贄儀式の木組みだろ? 炎魔法なの? とか思っていた俺は甘かった。中に収めるべき供物が無ければウィッカーマンは成立しない。だから供物を収め儀式を完遂するべく、ウィッカーマン自身が自律行動する。手近な「生贄」を掴んで自分の中に放り込み、自分ごと燃やし尽くす。敵探知&拘束効果付きとは驚いたァ……。

 

 っていうかこれアレじゃねーか! 生贄が逃げたから追ってくる系の怪異だろ! 曲がりなりにも祭具だろうに、洒落にならないくらい怖い系のホラー存在として呼び出してんじゃねぇよ! 運営何考えてんだ!? ウィッカーマンってそういうんじゃねーから!

 

「だからウルセェって。他ならぬドルイドのオレがそう使ってるんだから問題ねーんだよ」

 

「歴史の真実とは何だったのか……」

 

「ま、それについてはオレもときどき同じことを思わないじゃないがね」

 

「……」

 

 クー・フーリンがそんなことを言いながら、絶賛炎上中のアルトリアを見やる。何か思うところがありそうな感じも受けるが、だんだん会話を続ける元気がなくなってきた。

 

 献血を受けた時の脱力感、分かるだろうか。個人差があるらしいが、俺はわりと強い方でさ。まあ、吸われてるな―っていう感覚が脱力感を増してるんだろうけど、とにかくそういうのをギュギュッと強めた感じの状態になっているわけだ。

 

 薪は轟々と燃え盛る──

 俺は刻々と消耗する──

 

 

 ……勝利演出を見るまでが、戦いだ。




 イヌイについて。
 VRMMOというネタの性質上プレイヤー側の登場人物を色々出していきたいのですが、オリキャラばっかり増やすのもどうかな……と思った結果、TYPE-MOON諸作品の登場人物をモデルにしたキャラクターを出してみることにしました(※そのキャラ本人がゲームをプレイしているわけではありません※)。

 なので本作品の登場人物は、大きく分けて
・完全オリキャラ(主人公など)
・型月人物をモデルにしたキャラ(イヌイなど)
・原作登場人物

 ということになります。ちなみに今回のモデルは、『月姫』『歌月十夜』より主人公・遠野志貴の友人の乾有彦くんですね。

 あと、原作キャラ本人がゲームプレイしているケースも出てくる予定です(そんなに数は多くありませんが(08/04追記)実際プロット書いてみたら意外といました)。そちらについては、出てきたときに作品中で分かるよう言及すると思います。よろしくお願いします。


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β-7

>>> [1/3] 焼け跡にて

 

 あれだけ赫々と燃え盛っていた炎も、やがては消える。

 脱力感が限界突破した結果、生まれたての子鹿が生きるのを諦めたような有様で地べたに座り込んでいた俺だが、やっと一息つくことが出来た。

 

「おう、お疲れさん」

 

「ああ、そっちもね……」

 

「なんだ、腰が抜けたか? ま、初めてにしちゃ悪くなかったぜ」

 

「……処女喰った男みたいな台詞やめろ……」

 

 くそ、なんだこの脱力感は。ゲーム中の感覚が「俺」(プレイヤー)にフィードバックされてるのか? それ絶対駄目なやつだろ……法律とかよく知りませんけど、たぶんサイバー犯罪対策課とか公安9課とかそういう人たち向けの案件だと思いました。草薙少佐早く来て。

 

「ほら、立てよ。まだ終わっちゃいないからな」

 

「……ありがと」

 

 クー・フーリンに助け起こされて立ち上がってみれば、前方では逆にリツカがマシュさんを助け起こしている。凄いなお前。そして、なんてことだ。俺はクー・フーリンへの礼の言葉もほどほどに悲嘆の意を露わにした。俺たち男と男の奇妙な友情タッグに対して、あちらの二人は少年少女のキャッキャウフフ青春ペアだ。同じゲームをプレイしているはずなのに、こんなにも絵面が違う。

 

「あっちが羨ましいかね? じゃ、俺たちも男同士、女を口説きに行くとしようや」

 

 そう言うクー・フーリンに連れられて、ウィッカーマン跡地へと歩き出す。女? ……ああ、アルトリアか。まだ生きてるんだな。戦闘で弱らせたら【契約】できるとかそういうシステム無いだろうか。令呪使っちゃったから無理か? うーん、ありそう……。

 

 ……俺たちプレイヤーが操作するキャラクターアバター()()()()に埋め込まれた令呪は、基本的に直接繋がっている自分自身にしか使うことが出来ない。では何故さっきはNPCに使うことが出来たのか? そのカラクリが、たぶん【契約】なんだと思う。

 

 要は、「自分」の定義を拡張しているんだ。

 考え方自体は難しい話じゃない。世の中にはマスタースレーブ(Master - Slave)・システムってものがある。文字通りマスターがスレーブを制御するやり方だ。巨大ロボットの操縦みたいなものを思い浮かべてくれればいい。巨大ロボットは操縦者の肉体を拡張し、操縦者個人を遥かに超える戦力として機能するようになる……それをプレイヤーとNPCでやってるわけだ。スレーブもサーヴァントもだいたい意味は同じだろ? むしろポケモンとかの方がイメージ的には近いのかな。

 

 マスター=プレイヤーの意を受けて、サーヴァント=NPCが動く。クー・フーリン氏を見る限りどこまで俺の意向に従ってくれるかは分からんが、まあその辺は友情を深めれば多少はマシになるだろうと思いたい。

 サーヴァントはプレイヤーと一蓮托生の第二の自分みたいなもんだから、当然令呪も使える。【契約】したマスターとサーヴァントは、【パス】を介したラインとやらで直に繋がってるらしいからな。

 

 ……直結、ねぇ。ますます男と契約したくなくなってきたぜ。

 

 

>>> [2/3] 黄金の別離(響かず)

 

 

「見事だ」

 

 リツカたち二人を追い越した先、ウィッカーマンが焼け落ちた跡の黒焦げの地面にアルトリアが立つ。一見無事だが、かなり消耗しているのが見て分かった。

 

 ……分かった? ナンデ? 俺は思わず頭をかきむしった。

 くそっ、知覚が影響受けてるじゃないか! 俺の目を弄ったな!? 【契約】すればサーヴァントの知覚能力を共有できるってことかよ……便利機能を無断で実装するんじゃねぇ!

 

「おい、セイバー。まだやるのか?」

 

 いや、今はアルトリアが優先か。

 クー・フーリンの言葉を受けて、大ボス様は口元を歪ませた。まだやる気か? 俺はクー・フーリンの背後でシャドーボクシングを繰り出し戦意旺盛であることをアピールする。アルトリアは言った。

 

「フッ、止めておこう。存外に良いものが見れたからな」

 

「良いものだと?」

 

 聞き返すクー・フーリンを無視して、アルトリアは視線を俺たちの後ろにやった。その先には、追いついてきたらしきリツカとマシュさん。そして更に後ろには、さっきの大魔法ウィッカーマンで決着がついたと判断したのかゾロゾロ近寄って来るプレイヤーたち。大団円を見届けに来たってとこだろう。

 ……あれ、そういえば上に飛ばされた連中遅くないか? これイベント終わる流れだぞ?

 

「マシュ・キリエライトと言ったな。守る力……なるほど、『弱き者のために』ということか。あの高潔な騎士らしい」

 

 どの高潔な騎士だ。伏線か。

 

「──フ。結局、どう運命が変わろうと、()()()()()()()()()()()()()ということか」

 

 そう言うアルトリアの全身が金色の光エフェクトに包まれ始めた。ホーリーな感じ。

 

「どういう意味だ。テメェ何を知ってやがる」

 

 クー・フーリンの再度の問いかけに、今度はアルトリアも応じた。

 

「クー・フーリン。そしてカルデアの貴様らも……いずれ知る。グランドオーダー。聖杯を巡る戦いはまだ始まったばかりだということをな」

 

「オイ待て、そりゃどういう……」

 

 困惑するクー・フーリン。その全身が金色の光エフェクトに包まれた。超ホーリーな感じ。

 ……オイ待て、そりゃどういうことだ。こっちの台詞だ。

 

「チッ、時間切れか……悪いな、ここでお別れだ。後は任せたぜ。次は……ま、縁があったらまた会うだろ。じゃあな!」

 

 そして黄金の光に包まれた二人は、まるで成仏する如くスーッと消えていったのであった……。

 

 

 

 

 ……え、【契約】終了? 俺の令呪は?

 

 

 

>>> [3/3] Fate/Grand Order

 

 

 パン、パン、と手を打ち鳴らす音が聞こえる。ゆっくりとした拍手。ボスを倒したタイミングでのそれは、典型的な黒幕ムーブと言えるだろう。

 

 ──どうでもいい。

 

 大聖杯が放つ光を逆光にして人影が立つ。リツカを護るようにマシュさんが進み出た。

 

 ──そう、それだよ。なんでマシュさんだけ残ってるの!?

 

 せっかく【契約】したサーヴァントに突然の成仏をカマされた俺は、まだ失意から立ち直れていない。そこそこ信用していたはずの右腕を失ったかのような気分だ。あるいは、コンビニバイトに無断でシフトをブッチぎられた雇われ店長のような気分と言ってもいい。

 クー・フーリン……。付き合いは短かったが、俺は嫌いじゃなかったぜ……! 次に会ったら違約金だ……!

 

 

 パン、パン、パン、パン。

 そんな俺の思いとは無関係に、拍手の音はいやに大きく響く。つい先程まで暴力的なド迫力戦闘SEで戦場を賑わせていたNPC二人が去ったことで、大空洞はずっと静まり返っていた。

 

 そして、徐々に近づき、その姿が視認できるようになった人影の正体は……全身緑コーディネートの男。

 緑色のコートに、緑色のシルクハット。ボサボサの長い髪の毛がファーみたいになって背中まで伸びている。コートの袖口と襟元には、こちらは本物の黒いファー。ズボンをキュッと締める膝丈のブーツ。あとその紫色のネクタイ、なんかめっちゃトゲ生えてるんですけど……。

 

 ──えっ、何そのネクタイ。

 

 俺は失意を一瞬忘れ、少し笑いそうになってしまった。慌てて口を噤む。ふう、危うく場の空気を壊すところだったぜ。

 ……で、こいつ黒幕!? お前ファッションセンス尖ってんな!

 

「いや、まさか君たちがここまでやるとは。……計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ」

 

 やべぇよ……やべぇよ。

 黒幕氏のネクタイから生えてるトゲが光を反射し輝くたび、俺の腹筋がダメージを受ける。さっきのアルトリアみたいなファンタジー系の衣装と違い、なまじ現実っぽい服装なだけ違和感がすごい。ほら、VRだとどうしてもリアルの感性が適用されちゃうからさ……。

 

 カルデアが提供する卓越したVR技術によって二次元の魔法を失いざわつく俺たち。それを満足気に眺めた黒幕系男性へと、マシュさんが問う。

 

「レフ教授……どうして貴方がここに?」

 

 おっと、黒幕の名前は【レフ教授】ね。科学者系か。

 

『レフ教授だって!?』

 

 さっきぶりだな、謎の声。相変わらず姿は見えないが……。

 

『レフ君だと?』

 

 謎の声追加。この声は聞いたことがある……お前ライオンマンだな!?

 

『レフ!? なんで貴方がそこにいるの!?』

 

 更に追加。今度は女だ。っていうかそんなに皆でレフレフ連呼しなくても分かるから!

 

『レフ』『レフレフ』『レフ?』『レフ―……』『レッフ―!』

 

 ほら見ろ、ゲーム内掲示板でよく分からないノリのやり取りが始まった。お前ら何語だそれ。

 一見静かに、しかし裏では大いに盛り上がっている俺達をレフは見下ろし、歯を剥き出しにした。そして、その細い糸目を大開きにして(あざけ)った。

 

「屑が……!」

 

 直後、沈黙。

 そして、レフ語で埋め尽くされかけていた掲示板が、爆発的な勢いで加速を開始する。

 

『”屑”いただきましたー!』

『見下し系キタコレ』

『悪の科学者はそうこなくちゃな!』

 

「ブハッ!」

 

 掲示板を見ながら笑いだしたと思しき馬鹿に、俺は無言で【ガンド】を打ち込んだ。笑いたい気持ちはとてもよく分かるが……。今は黒幕様のお話タイムだ! もう話し始めたんだから黙って傾聴しろオラッ! OHANASHI中の発言は非音声のみ可!

 

 俺たち以外にも、そこかしこで空気の読めないお喋り連中が口を塞がれ引きずり出されていく。

 黒幕様はモニタの向こうでお喋りしてる訳じゃないので、同じ場に居合わせる俺たちも協力して……まあ根本的に危機感足りないから緊迫感とかそういう空気は醸し出せないかもしれないが、変に騒いだり話の邪魔しないようにするくらいは心掛けないとね。

 こういう状況での会話は非公開チャットか文字チャット、あるいは掲示板で。VRMMO特有の迷惑行為とマナーである。

 

 レフ教授みたいに音声で喋る相手の場合、下手すると本当に話が聞こえなくなるからな。情報不足は致命傷になりうる。ま、それでイベントが詰んだって話までは聞かないが……。運営アナウンスやシステムメッセージと同じように字幕を視界に出してくれればいいのにね。

 

 ……さて、もういいだろう。

 黒幕のお話中に声に出して喋りだす馬鹿は粗方いなくなったらしい。レフ教授はそんな俺たちの様子を気に留めることもなく、渋カッコイイ声で話を続けようとする。傾聴傾聴。

 

「カルデアの連中がマスターとも呼べぬ屑を量産していると思えばこそ、私も笑って見過ごしてきたのだが……それもここまでにしておこう」

 

「レフ教授!? 一体何を……」

 

 おっとマシュさん。運営マスコットキャラの美少女シールダー・マシュさんがレフ教授に話を投げた。知り合い設定。背後の人間関係を匂わせてくるやり取りだ。

 

「ああ、マシュ。マシュ・キリエライト。君もご苦労だったね。こんな連中のお守りをさせられて、さぞ迷惑だったろう。だが、もう苦しむ必要はないのだよ。人類は既に終わっているのだから」

 

「……え」

 

 驚き、固まるマシュさん。そこに謎の声(女の方だ)が響く。

 

『レフ! 貴方……何を言っているか分かっているの!?』

 

「勿論だよオルガ。君たちに対処すること自体が労力の無駄だと判断したのは私だがね。……こうも五月蝿く喚かれると……お前たちのカルデアごと爆破でもしてくれば良かったと思わされる」

 

『レ、レフ……?』

 

 謎の声(女)はオルガっていうのか。うちのクランにもそんな名前のやつが居るけど。最近忙しいらしくてしばらく見てないが、どうしてるんだろう……。

 で、あとはライオンマンと謎の声(男)か。イベント最終盤に至って一気に登場人物が増えてきたな。

 

 と、レフが片手を掲げる。その手の上にあるのは、眩しく輝く金属カップみたいな物体だ。

 なんだあれ? イベントクリアおめでとうのトロフィーか?

 レフは俺たちに向かって言った。

 

「折角だから、死にゆく君たちにも見せてあげよう。これは聖杯だ。魔力を湛える願いの器……私が使えば、こういうこともできる」

 

 そう言った途端、突然【聖杯】が光を放つ。レフの後ろの空間が歪み始めた。徐々にナニカが姿を現してくる。

 

 

 ……それは、太陽みたいな真っ赤に燃える星だった。メテオという文字が頭に浮かぶ。あれ、俺たちにぶつけてきたりしないよね?

 

「フフフ。こんなものを特等席で見られる君たちは本当に幸運だ。上にいた君らのお仲間とは違ってね。数ばかり多くて面倒だったものだから、少し眠ってもらったんだよ。

 ゆえにこれは、この私から無意味な生存を果たした君たちに対する、無益な戦いへの報酬と言ってもいいだろう。だからログアウトなどはしないでくれよ? それでは面白くないからね……」

 

『プレイヤーが動かないとは思っていたが、君の仕業だったのか!?』

 

「フム。君らしい憤慨だとは思うがね、ロマニ。そんなことより君には今すぐ気にすべきことがあるだろう?」

 

 レフの会話に出てくる怒涛の新情報で掲示板は沸いている。色々話してくれるサービス精神旺盛な黒幕でありがたい……。っていうか上の連中、黒幕の犠牲になってたのか。マジ災難だな。そして【ロマニ】、謎の声(男)の名前と思われる。これで謎の声が全員判明したことになるわけだ。

 

「あれは、カルデアス……!」

 

 燃える星を見てマシュさんが呟いた。

 

「そうだ、マシュ。この赤く燃える球体こそ、未来を観測するための地球モデル・カルデアス。……フフ。さあ、質問だ。君は、これが一体いつの地球か分かるかね?」

 

「……!?」

 

 マシュさんが困惑している。掲示板もだ。

 【カルデアス】、燃えている地球……。普通に考えれば、46億年くらい前に地球が出来てから冷えるまでの間ってことになるだろう。雨が降って海ができて……。年代は、ちょっと覚えてないな。

 レフは言葉を返せないマシュさんを見下ろし、嘲笑った。

 

「……時間切れだ。落第だよ、マシュ・キリエライト。では答えを教えてあげよう。……これは、『2015年7月31日現在の地球』だ」

 

「!?」

 

 おおっと? また凄い話が出てきたぞ。

 あれが……現在の地球? え、地球燃えてんの? やばくない? リアルの俺も燃えてることになりますけど……あ、リアルの肉体情報は遮断されてるから実際どうなってるのか分かんねえや。ゲームシステムを利用したメタ演出か? 凄いこと考えるな。

 

 プレイヤーたちがざわめき始める。レフは心底愉快そうに嗤う。マシュさんは、苦しげな表情でレフを睨んでいる。その傍らにはリツカ。距離が近い。かなり。

 

 ……そのとき突然、俺は黒幕氏が主張する「地球が燃えている可能性(ゲーム内から検証不能な演出)」よりも差し迫った問題に思い至った。

 マスターとサーヴァントは一蓮托生。みんなのアイドルNPCマシュさんを掻っ攫われたことを知ったら、他のプレイヤー共が妙な考えを起こすかもしれないっていうことに。

 

 サーヴァントとの【契約】の条件の一つは、多分「互いの同意」だろう。同意に必要なのは【パス】が繋ぐ魔力によって視覚化される紐帯、つまり絆、ゲーム的に言うなら友好度とか親密度ってやつだ。このユーザーアンフレンドリーなゲームでそれを望んだとして、「はいそうですか」と簡単に友好度を上げられるわけがない。そもそも複数のマスターとの【契約】が可能かどうかも不明だ。

 だが一部のプレイヤーは、【契約】について知ればマシュさんとの絆を欲しがるだろう……マシュさんの意に反してでも。そうなったら、俺一人では二人に群がる連中に対処しきれない。くそ、うちのクランの奴らは本当どこに……。

 

 

 ……ん?

 

 苛立ちながらフレンド欄を確認した俺は、少し困惑した。クラン員が、()()()()()()()()()()()()。あれ、みんな用事があるとか言ってたはずじゃ……。いつの間にログインしたんだ? ていうか今どこに居るんだ? もう黒幕の話も佳境だぞ?

 

「……さて。忠告しておいて何だが、ここまでにログアウトを試みた愚か者がいなかったことは、私にとって中々に期待外れではある。いや。カルデアの諸君、君たちが何かしたのかね? ログアウトを封じたりでも?」

 

『……』

 

 レフの言葉を受けてか、ログアウトを試み、それが出来なかったという報告が次々と掲示板に上げられる。ログアウト禁止? 演出にしても、本格的に傍若無人になってきたな。俺は暇人だからいいけどさ。

 

「おい、ふざけんな! 俺はこの後用事あるんだよ! せっかくこんなクソイベに付き合ってやってたのによォ! 聞いてんのか!? ア゛!? さっさとログアウトさせろやゴラァ!」

 

 ガラの悪いプレイヤーが怒鳴り声を上げる。レフはゴミを見るような目で見返した。

 

「ハハハ、何と愚かしいことか。マシュ、これが君の守ってきた者だ。無意味だとは思わんかね? まあ、今更な話ではあるか……既に燃え尽きている貴様らに意味などあるはずもなし。用事? ハ、屑がそんな心配をしなくて良くしてやったのだから、むしろ善行と言えるだろうよ……!」

 

 黒幕が楽しそうで何よりだ。

 そして一通りプレイヤーを馬鹿にして気が済んだらしいレフは、その笑みを消して俺たちに向き直る。スッと姿勢を正すと、仰々しくお辞儀をした。

 

「──では、改めて自己紹介をしよう。私は【レフ・ライノール・フラウロス】。貴様たち人類を処理するために遣わされた【2016年担当者】だ。

 

 ……一時とは言え、共にカルデアで過ごした者として最後の忠告をしてやろう。

 

 未来は消失したのではない。焼却されたのだ。カルデアスの磁場でカルデア、そしてカルデアのシステムに精神ダイブしたプレイヤーの精神は守られているだろうが、その肉体は、外部世界もろともこの冬木と同様に燃え尽きている」

 

 待て、急に色々話しすぎだ、理解が追いつかない!

 

「……お前たちは、自らの無意味さ、自らの無能さ故に! 我らが王の寵愛を失ったが故に! 何の価値もない紙くずのように燃え尽きるのだッ!」

 

 そう言ってレフはもう一度歯を剥き出しにして嗤った。同時に、洞窟全体が嫌な音を立て、地面に亀裂が走る。

 

『まさか……特異点がもう保たないのか!?』

 

「では、さらばだ。オルガ、ロマニ、マシュ……そして何も知らずに死んでいくマスターたち」

 

 そしてレフは、テレポートめいたエフェクトを残してその場から消え去った。同時に、あの赤く燃える地球も宙に吸い込まれるように掻き消える。

 

 

 

 ……後に残るのは、洞窟が揺れる感覚と、崩壊を予想させる不吉な音ばかり。

 プレイヤーのざわめき。ざわめき。ざわめき……。

 

 

 俺は。

 

 

 

 

 ──俺は、急に不安になった。

 

 これは、本当に大丈夫なのか? これは……『FGO』は、ゲームだったはずだ。でも、だったらこの不安感は何なんだ。VR? 冗談だろ。この、まるで……本当に世界が滅んでしまいそうな感覚が……VRだと?

 

 俺はログアウトを実行する。エラー。再試行。エラー。再試行。エラー。エラー。エラー。

 

「ッ!?」

 

 突然、足元が崩れた。洞窟が崩壊しかけている。気づけば、プレイヤーたちは洞窟の入口目掛けて一目散に逃げ出していた。俺が遅れた? 地割れ。俺の立っている場所から入り口までのルートが大きく裂けた。飛び越えるのは……無理だろう。

 

 

 ──そうだ。死ねば脱出できる。地上の【柳洞寺境内】に復活(リスポーン)できる筈だ。

 

 それは、突然の思いつきだった。刺激的な戦闘やイベントからの流れでこんな地殻変動にまで巻き込まれて、俺は少しおかしくなってしまったのかもしれない。VRが与える感覚はちょっと現実的すぎるからな。

 俺は手に持っていた剣を自分の首筋に当てた。考えてみれば、こういう自殺は初めてのことだった。

 

 リツカとマシュさんの姿が見えない。地割れに呑まれてなきゃいいが。まあ、サーヴァントのマシュさんがついてるんだから大丈夫だろ。

 

 ふと気がつけば、周囲は静まり返っていた。このエリアにはもう誰もいないように思う。……俺は、深い洞窟の底でただ一人きりだった。

 完全に逃げ遅れたっていうことだ。そういえば、システムメッセージも沈黙しているな。アルトリア撃破のアナウンスもない。運営は何をしているのやら。

 

 ……じゃあ、死ぬか。

 

 俺は目を閉じ、勢いをつけて、自分の首筋を刺し貫いた。痛みはない。ただ、視界が暗転する。

 

 暗転する────

 

 

 

 

 

 

 

 

[???/???] Fate/Grand ONLINE

 

────コード実行:【アルス・ノトリア】

 

────【載録の時来たれり、其は全てを(しる)すもの】

 

────こうして、始まりの旅が終わった。旅人は次なる旅立ちを待ち、今は眠る。

 

 

 

 

 

 

 

新エリア:第一特異点【オルレアン】が開放されました。

新機能:【使い魔】が実装されました。

新機能:【クラス】を追加しました。

新機能:【令呪】が使用可能になりました。

新機能:【刻印】が付与されました。

 




あとがきは活動報告に。


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1-1

>> [1/2] 今は脆き風説の壁

 

  AD.1431──フランス・ドンレミ村近郊に建つ小屋で。

 

 トントントン、トントントン。

 軽快なリズムで藁を叩く。藁打ち用の太い木の槌で藁の繊維を潰すと、たとえ曲げてもポッキリ折れないようになるのだ。この調子でどんどん叩いていこう。

 

 トントントン、トントントン。

 十分に叩いたら藁を換えて、また叩く。トントントン。

 うーむ。単純作業っていうのは、趣味でやる分には楽しいな。心が洗われる……。

 

 トントントン。トントントン……

 

 そんな作業を延々続けていると、扉がギーッと軋む音がした。

 誰かが俺の居る小屋に入ってくる。

 俺が藁の束から視線を起こすと、その先に立っていたのは、きれいな銀髪の女性だった。

 

「あれ、久しぶりだなオルガ。しばらく見なかったけど、元気だったか?」

 

 俺がそう声をかけると、オルガは何やら気まずそうに二本の指で髪の毛をクリクリといじった。そして言う。

 

「ええ……その、忙しかったから。久しぶりね。まだ当分は忙しいんだけど、時々はこうして様子を見に来れると思うわ」

 

 ああ、なるほど。しばらくログインしてなかったから気まずいんだな。そういうのってあるよね……。最後に会ったのはいつだっけ? 確か【ファーストオーダー】イベントの少し前だったか。覚えのある感覚に、俺の中の優しさ成分が喚起された。

 

「そうか、それは助かるな。新エリアに新機能、色々やりたいこともあるし分かってないことも山積みだからさ。ま、うちのクランはまったり系だけど、それなりには進めていきたいし」

 

「……そうね。出来ることが増えて良かったじゃない。……ねえ、リツカはいるかしら。ちょっと話があって来たんだけど」

 

 リツカ? ええっと今日は……。

 

「そういえば、見てないな。多分この小屋で待ってればそのうち来ると思うけど」

 

「そう……いないならいいわよ。別に急ぎの用じゃないから」

 

「ふーん。あ、お茶飲む? 麦茶でいいならあるよ」

 

「ありがとう、いただくわ」

 

 俺は作業台代わりにしていた簡素なテーブルから藁束を片付けると、立ち上がってお茶の用意をする。近くのドンレミ村に住む村人に分けてもらった麦で煮出した麦茶だ。

 

 最近、村の周囲に変な獣が増えてきたということで、時々出向いて駆除したりしている。俺たちプレイヤーからすれば明らかに魔物、敵モンスターなので、掃除をするのはゲーム的に順当な流れだ。魔物素材以外の報酬は敵討伐時にシステムメッセージ経由で出るから、村人などの一般人NPCには請求しないことになっている。強要したり犯罪行為をすると、かなり重いペナルティがあるらしい。当然といえば当然だ。

 

 ただ、代わりに好意程度のモノをもらったりするのはOKとのこと。俺がもらった麦とかね。

 あまり密には関わらず、適当に人里からは距離を取る。

 『FGO』には空腹度システムとか無いし、別に飲まず食わずでもプレイヤーが死んだりしないから、まあ、とりあえずは上手くやれているんじゃないかな。胡乱な移民集団だと思われてはいるだろうが、この辺りの治安機構はモンスター襲来やら何やら色々あって死に体だ。こちらからちょっかい出さない限りは構っている暇もないのだろう。

 

 ──と、お茶の準備ができた。

 俺はオルガの前にお茶を差し出す。木製の粗雑なコップしか無かったが、まあ味は同じだ。

 

「悪いわね」

 

 なんだ、さっきから今日のオルガは妙にしおらしいな?

 そんなにログインできなかったのが気まずいのか? それとも他に何か気に病むことでもあったのか。……まあ、あまり踏み込むのは良くないか。代わりに適当な話題を振ることにしよう。

 

「いや、気にしなくていい。検証班の奴から聞いた話なんだけど、どうやら料理もスキル経験値になっているらしくてな。これは実益を兼ねた家事ってとこだ」

 

「……ああ、それで」

 

「他にも、小物作り……麦藁細工なんかにも手を出してるんだが、これが意外に面白くてさ。【道具作成】スキルの経験値稼ぎ抜きでも趣味に出来るかもしれない」

 

 俺は自分の分のお茶も用意し、テーブルを挟んでオルガの対面に座った。

 オルガはうちのクランでも比較的ライト層のプレイヤーだ。エンジョイ勢の俺やリツカよりも更にログイン率が低く、運が悪いと結構長い間顔を合わせなかったりする。普段は仕事が忙しいとのことで、時折見せる険のある態度は、そういう仕事のストレスなのかもしれなかった。

 オルガは上品に麦茶を飲む。

 

「貴方、今のクラスはキャスター? そのまま進めるの?」

 

「んー、いや、まだ決めてない。今試してるキャスタークラスは生産職寄りだし【道具作成】スキルも腐りはしないだろうけど、元々俺は剣で戦ってたしな。セイバーも考えてる」

 

「……助言じゃないけど、あまり移り気は良くないと思うわよ。あれは……その。脆弱なプレイヤーの成長方向性を限定特化させるためのものだと思うから」

 

「ああ、そんな考察が掲示板に出てたっけか。確かに器用貧乏は良くない……あとはクラン全体のバランスも考えたいし。別に俺もキャスターじゃなきゃ! ってわけでもないしな」

 

「え、そうなの? 冬木でクー・フーリンと使い魔の契約したって聞いたから、わたしはてっきりその影響でキャスターを目指したのかと思ったわ」

 

 ……?

 俺は怪訝な表情をした。

 

 ……オルガ、耳が早いな。

 俺がアルトリア戦でクー・フーリンと【契約】を交わしたってのは、あの場で生き残っていたプレイヤーの中でも、イヌイのクラン員とかを含めてごく一部しか知らないはずだ。リツカとマシュさんに至ってはアルトリアの宝具ビーム発動中の話だから、俺がリツカに助言した声もまともに聞こえなかっただろうし、何が起きたかきちんと理解できているのは俺くらいのものだろう。

 実際、まだ掲示板でもそういう情報は流れていないはずだが……。

 

「……そうだな。確かに俺はクー・フーリンと契約したよ。一時契約ってことで、あの戦いが終わった今は契約も何もしてないけどな」

 

 俺はそう答えて麦茶を一口すすった。そして視線を茶褐色の水面に落としたまま、尋ねる。

 

「……なあ、オルガ。その話、どこで知ったんだ?」

 

「!? え、あぁ、その、人づてにね……」

 

「人づて? 俺が知ってる奴?」

 

「え!? いや、知らないんじゃないかしら……たぶん?」

 

「へぇ……」

 

 ……少し考える。

 オルガの交友関係はお世辞にも広くはない。慣れればともかく、初対面の相手にはあんまり好かれるタイプじゃないしな。もちろんオルガの友達の輪が拡大したならそれは何よりだが……問題は、噂が広まるのが思ったよりも速いってことだ。藁打ちしながら掲示板の監視はしていたんだが、やっぱり出てこない情報や掬い上げられない噂ってのはあるもんだな。

 

「……そうだな。少し計画を早めるか」

 

「な、何の話……?」

 

「情報提供だよ」

 

 そう言って、俺はずっと視界内で監視していた掲示板を操作し「新規スレッド作成」を選択した。このゲームの掲示板には、完全匿名のスレッドとユーザー名を強制公開させるスレッドの二種類がある。俺はユーザー名公開型を選んだ。十分な効果を出すためには、自分から名前を晒すことが必要だろうからだ。

 

 

【使い魔】ファーストオーダーでSERVANTと契約したけど質問ある?【契約】

 

1:【俺】    2015/8/5 12:35:04 ID:jaCOJU8iN

なお戦闘終了後に契約も終了、現在ぼっちの模様

 

2:アーリオ   2015/8/5 12:36:59 ID:KRdKZNEdC

SERVANTって誰よ

 

3:†キリター† 2015/8/5 12:38:17 ID:H6NkFndpx

------ 終 了 -------

 

4:【俺】    2015/8/5 12:39:41 ID:jaCOJU8iN

>>2

クー・フーリン。令呪使って宝具アシストしたったわ

 

5:たかすぃ   2015/8/5 12:41:02 ID:zaNpWVXHf

>>3死ね

色々聞きたいけどとりあえず経緯くわしく

 

 

 ククク……。

 俺は餌に群がってきたプレイヤー共へ、パン屑をばら撒くように情報を公開していく。

 内容を要約するとこうだ。

 

・【ファーストオーダー】でアルトリアにボコられてた時の話。

・最初はこっちからNPCに令呪を使おうと思ったけど出来なかった。

・その後、【SERVANT】クー・フーリンの方から話を持ちかけてきた。

・そしたら令呪が使えるようになった。

・令呪を使うことで【SERVANT】の宝具を解放させることが出来た。

・アルトリアを倒した後、使い魔契約は終了した。当然だが令呪は戻ってこなかった。

 

 

 ……何も嘘は言っていない。

 更に、俺が送ったtellに答えてイヌイのクランのプレイヤーが目撃情報を出す。第2の善意の情報提供者。スレは本格的に俺の話を検討する流れに入った。くく、仕込み通りだ。

 

 これまで掲示板を監視していた中で知ったことだが、NPCに令呪を使おうとしたのは俺が初めてじゃなかったらしい。そりゃそうだ。NPCを令呪でバフろうとか、そんな俺の思いつきなんてのはユーザーの数が揃えばまず誰かしらが思い至ることだ。

 

 ──だが、失敗する。

 

 今にして思えば、それも当然の結果だ。【契約】に必要な条件には、おそらく「両者の同意」が含まれるからな。事前に会話するなり恩を売るなりで友好度を上げておかなければ、いきなり令呪を使ったって【パス】は繋げない。

 

 そういう失敗報告を経て、その原因が検討されているのも分かっていた。ま、頭の良い奴もいるみたいで色々なアイディアが出てたがな、如何せんデータ不足ってやつだ。肝心の【SERVANT】がいない以上、実証のしようがない。そこにこの俺が、明快な理由をぶち込んでやったってわけだ。

 

「通常時こちらから【SERVANT】に令呪を使ったり使い魔にすることは出来ないが、実は一定条件下で可能である。しかしそのためには、相手【SERVANT】からの申し出が必要になる」

 

 これが、俺がこのスレで誘導する結論だ。

 

 一見して分かりやすく、理屈が通っていて、しかもゲームらしい。今回実装された【使い魔】機能を援用した救援要請イベントの一種だと思わせるわけだ。

 

 Q. なぜ俺に申し出があったのか?

 A. 近くにいたプレイヤーで令呪温存しているのが俺だったんじゃない?(これは事実。イヌイのクラン員に確認を取ったし、たぶんクー・フーリンもそれを知ってて話を持ちかけたはず)

 

 Q. 今回実装された他の使い魔との違いは?

 A. 俺まだ使い魔持ってないから分からんけど、契約中はすごい脱力感あるよ。実際、俺は女の子みたいにへたり込んでたし。メリットとしては、俺がヘタってても【SERVANT】が勝手に無双して戦局打開してくれることじゃないかな。他の使い魔と違って一戦しか使えないけどね。

 

 Q. 戦闘終了後に契約終了ってのはどういうこと? 継続できないの?

 A. 契約に令呪が必要っぽいから戦闘で使っちゃったら駄目なのでは。ただ、そもそも令呪を温存できるようなタイミングで話を持ちかけてくるのか? 誰か頭の良い人考えて。

 

 次々と質問に答えていく。

 とりあえず最初の仕込みは十分だ。このままゆっくりと議論が進むのを待ち、時々俺自身あるいは知人に頼んで介入を行い、最終的には

 

「敵じゃない【SERVANT】とはできるだけ共闘関係を築く。もし負けそうになったら味方【SERVANT】が契約持ちかけてくるかもしれないから、そのときは逆転のチャンスだと思って協力しよう」

 

 こういう流れに持っていくのが理想だ。

 そうすれば、先走ったプレイヤーが勝手に【SERVANT】に使い魔の話を持ちかけて関係を悪化させることもない。不利な戦局での救済システムってのは、ゲーマーにとって耳馴染みのある言葉だ。アルトリア戦でのデスペナ軽減っていう先例もあるしな。

 そして同時に、システムならプレイヤーには弄れないっていう印象を与えられるのも大きい。

 

 ……これは、9割の事実に基づく先入観だ。今は脆き風説の壁。共闘スタンスがプレイヤーに定着するまで保てばいい。後から一部が間違ってたと分かってもそれは新事実の発見であって、不完全な情報提供者であった俺が悪いとはならないだろう。それを、築き上げる……!

 

 

>> [2/2] オルガさん評して曰く。

 

 

「ねえ貴方。これ、一体何のためにやってるの?」

 

 掲示板でハッスルする俺を見ながら、自分も掲示板を覗いていたらしいオルガが尋ねた。おっと、麦茶のコップが空だな。俺はオルガのコップに追加の麦茶を注ぎながら答える。

 

「虫よけの準備だよ」

 

 要は、こっちから【SERVANT】NPCへ強引に使い魔の話を迫る連中を減らしたいのだ。

 

 先の大規模イベントが終了し、【使い魔】機能が実装されてから数日が経つが、【SERVANT】NPCが対象に含まれるかどうかは未検証だ。

 というのも、このエリアに来てからまだ肝心の【SERVANT】に該当するキャラと遭遇できていないからな。攻略組は捜索を進めていると聞くが、なにぶん今回のエリアは広い。まだ解放された新エリア攻略に参加せず【修練場】でクラスや使い魔を試している奴らも多いし、きっとそれなりに時間が掛かるだろう……。

 

 それでも、【SERVANT】NPCをマスターが使い魔に出来るってことは、いずれプレイヤー勢力がオルレアンで【SERVANT】の誰かと接触すれば間違いなく明らかになる、避けようのない事実だ。そして俺にはその後の混乱を予想できる以上、先んじてルールみたいなものの雰囲気を作っちまうのが面倒がない。

 

 まあNPC連中にも人格みたいなものがあるんだから、もしかしたら話を持ちかけられた途端に即OKしちゃうようなチョロ甘な奴とか、向こうから一方的に一目惚れして【契約】を迫ってくるような奴なんかもいるかもしれないが……それでもNPCの意思(?)が体面上尊重されているならOKだ。強引なのが駄目なのだ。

 

「あー、オルガ。同じクランだから一応教えておくが、これオフレコで頼みたい」

 

「いいわ。何?」

 

「この間のイベントで、リツカがマシュさんと契約した。マシュさんは【SERVANT】だ。ずっと味方で敵対したことがないから、戦闘開始時のシステムメッセージが出なかっただけで……」

 

 これは、わりと広く予想されていたことだ。

 というか、【SERVANT】同様に人間タイプのNPCで戦力も同じくらいとなれば、誰だってそう思うだろう。明言されてこそいないものの、暗黙の了解みたいな話ではあった。

 それでもこれまでは別に問題なかったが、【SERVANT】と使い魔関係を結べるとなったら話が違う。マシュさんを相手にしようと考え、迫ってくる奴らがいるかもしれない。それ以上に、彼女とリツカの間に既に契約関係があることを知られたら、結構面倒な問題になるだろう。

 

 ユニーク。

 

 VRMMOは特殊なゲームジャンルだ。

 ゲームとして成立する前に、いわばそのリプレイだけが広まっていた。なろう小説だ。『FGO』がメインシナリオを開始した今、誰もが「なろうVRMMO」から受けてきたイメージがどれほど正しいのかを、そしてそれらの小説が描いてきたユニーク要素の有無を気にかけている。このゲームが、俺たちの知る「VRMMO」と同じであるのか。それとも、もっとまともで公平な「普通のゲーム」であるのかを。

 

 ……ま、後者については例えユニークが無かったとしても、マトモなゲームの部類に入れられるとは思わんが。ともあれだ。リツカはユニークを手に入れた。そして、その過程に俺が関わったという自覚もある。もちろん、俺だってクー・フーリンと契約したって意味じゃユニーク獲得者ではあるんだが……。野郎、なんかピカーって光りながら消滅したからな。要は過ぎた話、俺にとっちゃあ過去の男とでも言うべき存在よ。

 

 だから結果として、リツカのユニークだけが残った。今、俺の中にはリツカにユニークを押し付けたんじゃないかという感覚がある。

 ユニーク。

 そりゃあ、なろう小説では羨ましがられる要素だが、俺たちはライトゲーマーだからな。ゲームがリアルより優先されるっつーことはないし、面倒になったらクリアできなくても積めばいいやって考えちまうクチなのよ。俺はリツカに面倒を押し付けた責任……責任じゃあないが、まあ、なんつーか。せめて少しくらいは面倒を省いてやろうって話だな。

 

「だからこうして、こっちから先手を打って情報の流れを作ることで、マシュさんに絡もうとするような不埒な輩を発生させにくくする」

 

「……それで?」

 

「それで時間を稼げるうちに、何とかして運営と話をしたい。このゲームのサーヴァントとマスターの比率は異常だ。まるでマスター間の争いを煽ってるみたいだ。何を考えてるのかが知りたい」

 

「え!? えーと……あの……あ、争いを煽ったりする気は……ないと思うわよ……?」

 

「ああ。俺もそう思う。そういう方向にコンテンツ展開するタイプの運営じゃないからな。公式のランキングイベントとかもないし。今回の使い魔だって、【SERVANT】を狙わなきゃ選択肢なんていくらでもあるんだ」

 

 ぶっちゃけた話、変にユーザーの期待を煽ってることに気づいてないだけかもしれないって思うんだよな。

 

「……欲を言うなら、マシュさんは運営ナビキャラの特別なNPCだから使い魔とかにはできないよー、みたいなアナウンスを出してもらってリツカとの関係ごと隠蔽したいくらいだが、まあ、それは無理として。運営が何かしら対策をしてくれるよう頼みたいな」

 

 このままだと、リツカを生贄に『マシュさん争奪PvPトーナメント』とか始まりかねないぞ。ユニークってのは、それだけのパワーがある存在だ。なにせ獲得すれば物語の「主役」に近づける。「人類初のVRMMO」のメインシナリオで主役を張りたいってプレイヤー共は、それこそ枚挙に暇がないだろう。

 

「…………そう。いいわ。そういうことなら協力するわよ。わたしが言うのもなんだけど、()()()が今の契約に納得しているなら、わたしも気が楽になるってものだし……。ええ。それで、運営と話すっていうのはどうやって? メールフォームから問い合わせ? それとも掲示板でも使うつもり?」

 

 オルガが食いついてくる。俺は少し安心した。リツカを「あのコ」呼ばわりするのにはびっくりしたが、あいつの身を案じてくれる仲間が増えるなら、それに越したことはないからだ。

 身内の結束は大事だ。特にリツカは俺の数少ないリア友ゲーム仲間だからな、多少の面倒は見てやらないこともない……。それにあいつ、女運も悪いしね。マシュさんは珍しく良い娘っぽいから、この機会に存分にイチャイチャすればいいと思うんだ。NPCだからリアルへの後腐れもないし、心ゆくまで仮想恋愛を楽しめばいい。

 

「……掲示板も悪くはないけど、他から見えるのがな。それにメールフォームは今止まってるだろ。一応、運営と接触する手は考えてある。マシュさん以外にも、まだ運営側のキャラクターがいるんだよ。あのライオンマンに、あとロマニって男と、オルガっていう女」

 

「ッ……なんですって!?」

 

「ああ、ごめん。オルガのことじゃない……いや、ややこしいな。とにかくそいつらにマシュさん経由で接触して、運営と話が出来ればなって」

 

 特にライオンマンは自称ディレクターだ。というか実際、ディレクターが操作しているキャラクターなんじゃないかと俺は疑っている。当たっていれば話が早いんだが……

 

 

 

「……違う。そこじゃないわ。貴方、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 ────突然。

 

 それまで俺の話をうんうんと頷きながら聞いていたオルガが、冷たい声を放ったのだ。俺を見る目が、ギラギラとした警戒……そう、初めて会ったときみたいな……そんな激情に満ちている。

 そして久々に聞いた、棘のある声音。……いや、違う。俺はこの声を、最近どこかで……?

 

「答えなさい」

 

 凄まれる。

 ッ……、ああ、畜生。いきなりどうしたってんだ。俺は、ただ正直に返答した。

 

「はァ? どうしてって……【ファーストオーダー】の最後で、黒幕のレフ教授が言ってたんだよ。ああ、オルガはイベント参加できなかったから知らないのか? そりゃすまんな……」

 

()()()()()()()()()()()

 

 再び、強い口調。

 ……? いったい何がそんなに気に入らないんだ。意味がわからないぞ。

 とりあえず俺が頷くと、オルガは目を伏せ、呟くように言った。

 

「……そう。じゃあ、やっぱり調査員の報告書にあった『リツカの友人』っていうのは貴方だったわけ。確かに計測された貴方のレイシフト適性はギリギリの基準値オーバー……そう。そういうこと」

 

 そして、沈黙。

 ……なにこの雰囲気。俺はただただ困惑した。俺は機嫌の悪い女が大の苦手だ。どう声をかけようか迷った末、仕方なく手元の麦茶を口に運ぶ。ヌルい。すぐにコップは空になった。

 

「……なあ、オルガ。よく分からないんだけど、他のプレイヤーはレフを覚えていないのか?」

 

 思えば、掲示板でレフ語も見ない。あれは一瞬の流行、白昼夢か悪夢の類だと思っていたんだが、違うのか。どういうことだ。

 

「…………」

 

「おい」

 

 そして。

 しばしの沈黙の後、オルガは開き直ったようにこう答えたのだ。

 

「…………。そうよ。【ファーストオーダー】はアルトリア・ペンドラゴンを打倒した時点で終了。プレイヤーは、レフ登場以降の記憶を封印された。()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 こ、こいつ……。

 

 い、いや、待て。今はオルガ相手にどうこう言うべきタイミングじゃない。冷静になれ。もっと重要な事があるだろ? 俺という個人の尊厳(プライド)の問題だ。まずはそれを聞くべきだ。

 そうだ。俺は問う。お前が言ってるのは、運営がプレイヤーに何かしたっていう意味か? で、俺はその処置がちゃんとされてない?

 

「ええ。貴方だけというわけでもないけれど」

 

「……」

 

 なるほどね……。俺はユラリと立ち上がり、自分のコップに麦茶を新しく注いだ。

 運営は俺の目を弄り、脱力感をフィードバックし、挙句に記憶まで操作しようとしたってことか。あいつらマジ気軽にそういうことするよな……。

 麦茶を一息で飲み干した俺は、オルガの傍らに歩み寄り、彼女のコップにも追加を注ぐ。まだ結構残っていたが、まあ誤差みたいなもんだ。そして口を開く。俺の声は、自然と固くなっていた。

 

「俺さあ、実は疑問に思っていたことがあるんだよ。今のオルガの話で、一つだけ謎が解けた」

 

「な、なによ突然……。ねえ、怒ってるの……?」

 

 俺に隣へ立たれたオルガが、座ったままの上目遣いで俺を見る。

 いや、怒ってたのは俺じゃない。むしろお前だ。

 

「まあ飲めって」

 

 俺はオルガに麦茶を勧めた。

 ……そして、彼女が恐る恐るそれを口に含んだ瞬間、俺はその一言をオルガの耳元で囁いたのだ。

 

「──『八頭身のレフ教授はキモい』」

 

「ッ!?」

 

 一瞬後。グフッ、という音がして、オルガの口元から僅かに茶褐色の液体が噴き出した。

 ふふっ。それを見て、俺は……俺は。ほんの少しだけ、浮かばれた気持ちになったんだ。

 

 見てるか、昨日の俺。お前は……間違っちゃいなかった。

 

 『八頭身のレフ教授はキモい』。

 

 それは昨日俺が天啓じみて思いつき、即座に掲示板にスレ立てしたのに(卑劣な運営の記憶操作のせいで!)悲しくも全く評価されず、「誰それ」の1レスで落ちてしまった……俺の、『会心のネタ』である。

 




 魔物と戦わずに掲示板で戦う主人公。今回は茶飲み話しかしていない。

【SERVANT】 :ゲーム内用語。NPC分類のひとつ。
サーヴァント:魔術用語。原作と同じ意味。

 このお話はシリアスっぽい雰囲気を醸し出したりもするけれど、基本的にはテキトーな感じだと思います。思いますっていうのはまだ書いてないからなんですが、まあ、鬱な方向にも(たぶん)行かないと思います……


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1-2(前)

>>>> [1/4] 茶飲み話、終了。

 

 

「エフッ! エフッ! ……ッ、ぐ、ケフッ……」

 

 オルガが激しくむせ返っている。つい先程俺が開陳した必殺ネタのせいで麦茶が気管に入ってしまったのだろう。俺は己の衝動的な行動を反省し、彼女の背中を優しくさすってやった。

 

「く、ふぅ……、もういいわ、ありがとう」

 

 そうか、悪かったな。俺は詫びの言葉を入れて再び彼女の対面の席に収まる。オルガはジトリとした目で俺を見た。

 

「……自分で言っておいてなんだけど。貴方にお礼を言うのは違うわよね」

 

 そうかな? まあいいじゃないか。

 俺は言う。今のは俺の軽挙だ。つまり今の俺はアンタに対して借り一つとも言える。俺は貸し借りはちゃんとする男だ。アンタの抱えている事情はよく分からないが、要は厄介事ってことだろ? 俺は恩義に弱いが身内にも甘い。身内な上に借りのあるアンタなら倍率ドンってことだ……。さ、手伝ってやるから言ってみろよ。

 

「相変わらずペラペラと良く喋る男ね……まあ、『覚えている』って言うなら已む無しだわ」

 

 オルガはそう言うと、俺に左手を出すよう指示する。……左手?

 

「右手にはもう令呪があるでしょ。下手にいじると干渉しちゃうし」

 

「?」

 

「ああ、もう! いいから黙って出しなさいよ!」

 

 疑義失礼、御意のままに。俺は従った。

 オルガは俺の左手を手に取ると、その手の甲を白く細い指でトン、トン、トンと数回叩いた。叩かれたところがボンヤリと光り……消える。

 

「なにこれ」

 

「簡単な符牒。目印代わりにもなる」

 

「符牒……?」

 

「後日、まとめて事情を説明するわ。まとめてって言うのは、貴方みたいに記憶を保持できている可能性のあるマスター達、つまりレイシフト適性者のことなんだけど……ああ、分からないわね。その辺もちゃんと説明するわよ。ただ、今はこっちも調査書類とアカウント情報を照合して確認してる最中だから……野良の適性者もいるし……とにかく忙しいの」

 

 うん、忙しいことだけはよくわかった。オルガはため息を吐いた。

 

「本当はリツカに会いに来たんだけど。ま、結果的にはラッキーだったのかしらね」

 

「リツカもなのか?」

 

「そうよ。ギリギリ及第点の貴方と違って、彼は適性100%のスペシャル。一般人なのは頼りないけど、『FGO』を介して活動する分にはそこまで関係ないしね。まあ、それを言ったらレイシフト適性自体が本来あんまり関係ないはずなんだけど……これまでも、ずっとチェック自体はしていたの」

 

「……? あー、つまり、オルガ。うちのクランに入ったのは、最初からリツカ狙いだった?」

 

「言い方。純粋に能力を評してのことです。他意はありませんから」

 

 左様で。

 

「それに率直なところを言えば、彼だってついでの理由よ。わたしがプレイヤーとして活動できるクランを選ぶときに、追加の絞り込み条件をつけただけの話。貴方達が程よく緩くて助かってるわ。トップクランなんて所属するには、とてもじゃないけど時間が足りないもの」

 

 そうしてオルガが立ち上がるのを、俺は座ったまま見上げた。さっきとは逆の構図である。

 茶飲み話ほどの間に疑問を山ほどばら撒いてくれたレディは、そろそろお帰りの気分らしい。ちょうど俺の頭も未整理情報不確定情報の山でハングアップする頃合いだった。

 

「リツカが戻ったらtellして。ログインしてなくても分かるようにしてあるから。……ああ、もうこんな時間。少し長居しすぎたわ……じゃあ、失礼するわね」

 

「おう、またな」

 

「……あ!」

 

 立ち去りかけたオルガは、なぜか再び俺の前に座った。ん、まだ何か?

 

「言い忘れてたわ。貴方、掲示板経由でプレイヤーの動向に介入しようとしてるでしょ? それで自分の名前を出した」

 

 そうだな。そうでもしなきゃ信用されないからな。

 

「貴方の行動自体は構わない。()()()としてはむしろありがたいくらいだもの。……だから忠告。目立った行動をした以上は、『直前ログイン組』に気をつけなさい。目をつけられるわよ」

 

 直前ログイン組?

 

「エルが動いたの。『探偵』エル、知ってるでしょう? 彼は元々『FGO』の調査に送り込まれていた人間なのだけど、【ファーストオーダー】中にどうにかして状況を推察したんでしょうね。そして彼を送り込んだ者たちを『FGO』内へと緊急避難させた……それが直前ログイン組。

 プレイヤーとしては初心者だろうけど、中身は老獪な連中よ。キーワードは『協会』『教会』『時計塔』『魔術』。口外厳禁。もし出会ったなら、極力関わらないように」

 

 そんなことを言い残してオルガはもう一度立ち上がり、じゃあね、と告げて小屋を出ていった。

 ……ぐびり。俺は麦茶を飲む。作り置きしたのが、もう全部なくなっていた。

 

「……いや、直前ログイン組に気をつけろって言われてもな」

 

 うちのクランの奴ら、わりとイベ最終盤にログインしてたじゃねぇか。

 

 

>>>> [2/4] 思考を捨てよ、お外へ出よう

 

 

 自身の素性を含め大量の謎を残していった謎の美女オルガさんだったが、正直俺には意味不明な話の連続だったので、全面的に保留の案件だと言わざるをえない。

 

 そもそも、あんまり深入りしたくないんだよね。

 まあ、俺だって『FGO』が只のVRMMOゲームだなんて思っちゃいない。何か裏はあるんだろう。

 でも、どう考えてもおかしな技術を持ってるフィニス・カルデア社がわざわざ記憶操作とかして隠蔽してるんだろ? そんなネタへ下手に首突っ込んだら、ろくなことにならないのは目に見えている。インジェン社、アンブレラ社、サイバーダイン……超技術系大企業の悪しき象徴だ。そういうところをネズミみたいに嗅ぎ回るやつの末路は決まっているからな。

 

 ついでに言えば、俺の調子だって万全じゃない。さっきオルガに直前ログインがどうこう言われて初めて気づいたんだが、ログインって言葉には対義語があったはずだ。それが思い出せない。

 インの対を成すのはアウトだ。そこまでは分かるのに、その先を考えようとすると思考が混乱する。メニュー画面あたりで昔見た気もするけど、さっき調べてもそれっぽいものが見当たらなかったんだよな……。

 

 ……ま、思い出せないものを思い出そうとしても仕方ないか。これは俺が少年期から青年期にかけての学校教育で受けさせられた無数のテストから得た貴重な教訓だ。思い出せないものは思い出せない……空欄だって埋まらない……当然点数も上がらないってことさ。

 

 ていうか、放っといてもそのうち説明されるらしいしね。保留保留。

 

 

 

 そんなわけで、ただでさえゲーム自体の新機能・新要素絡みでやりたいことが多すぎて何から手を付けていいか分からなくなっていたところへ追加で懸念事項をブチ込まれた俺は、普通に思考停止を選び、とりあえずは麦茶を作り直すことにした。一番重要度の低い行動(アクション)だ。

 

 次に、小屋の床下を覗いて運営から配られたクラン設置アイテム『第五架空要素蒐集装置(オート・エーテル・ハーヴェスター)』の具合を確かめる。手のひらサイズのそれは今日も元気に緑色の光を放っていた。

 アイテム説明によれば、こいつは大気と大地からの魔力を蒐集して固形の魔力塊【マナプリズム】を生成する。マナプリズムは一定の手続きを踏むことで特殊な通貨として使うことが可能だ……うん、問題ないな。ついでに今日の分のマナプリズムを回収する。いいね。

 

 続けて、作業台から退かしたままの麦藁の束を見た。

 うーん、これはなあ。さっき、俺自身がオルガの忠告を受けて器用貧乏は良くないと認めたばかりだ。今後もキャスタークラスを選ぶかどうか分からない現状、ここで藁細工に勤しむのは限りなく趣味に近い行為と言えるだろう。残念だけど優先度的には後回しになる。

 

 じゃ、次は? 

 

 ……次は……

 

 ……うん。小屋で出来ることがなくなった。俺は外に出ることにした。

 




マナプリズムについて独自設定。毎日取れる。

◆超技術系の会社について
 インジェン社:『ジュラシックパーク』に登場する企業。恐竜を復活させた。
 アンブレラ社:『バイオハザード』に登場する企業。バイオハザードを引き起こした。
 サイバーダイン社:『ターミネーター』に登場する企業。後に人類に反逆するコンピュータ『スカイネット』の構築に関与。現実でロボットスーツHALを作っている方のサイバーダインとは別。


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1-2(後)

>>>> [3/4] 天を見よ。思い出せるはずだ、あの名作が……!

 

 

 しばらくぶりに陽光の下に踏み出した俺の身体を、初夏の風が優しく撫でる。

 視界に広がるのは丈の低い草木の緑に覆われた地面と、その奥にポコポコ並ぶあまり背の高くない山々だ。構成要素だけ挙げれば馴染み深い日本の山野とさほど変わらないはずなのに、なぜだかずっと広々とした空間の奥行きを感じられる。

 

 フランスか。

 一度も来たことのない国だったが、こんな形で観光できる機会があるとはな……。

 俺は掲示板監視で荒んだ心を解き放ち、しばしヨーロッパ的田舎の原風景に浸ることにした。

 

 思い描くのは、世界名作劇場。

 ちゃんと観た記憶がないのに、何となくのイメージだけは容易に浮かぶ物語たち──

 

 ──。

 ────。

 ──────。

 

 イイネ! 今の俺は、心の底からヨーロッパを満喫している……!

 

 俺は大空を仰ぎ、パトラッシュと一緒に走るネロ少年めいたステップで小屋の周りを駆け回った。レーダーなどという便利システムの存在しない『FGO』において、不意の敵襲を防ぐのに重要な見回り行動だ。

 ランランラン、ランランラン……。半周ほどした辺りで空の向こうから響くドラゴンの咆哮が大気を震わせたが、正直いつものことなので、俺は努めてそれを無視することにした。ランランラン、ランランラン、ズィンゲン・ズィンゲン・クライネ・ヴリンダーズ……。

 

  

 ……そうして、俺の心は癒やされたのだ。さあ、またゲームの世界に戻ろうじゃないか。

 俺は小屋から剣を引っ張り出す。

 すると、途端に周囲の清浄な空気へ鉄と革とこびりついた血の香りが滲み出していく……。我らが親愛なる『FGO』の匂いである。

 

 このゲームは、ユーザーたちを楽しませることを目的としているとは思えないバランス崩壊コンテンツ群を超技術のゴリ押しで提供しているわけだが、それでも俺たちがついていくのは、さっきみたいな素敵な瞬間があるからだと言える。

 

 ゲームバランスが異常? 運ゲー? 不均衡?

 上等だ。俺たちは自分たちで勝手に楽しむことだって出来るんだ。

 

 例えば、かつて【雪山】エリアで俺が中ボスのキメラに頭を丸齧りされていた頃。同日同刻同エリアにいた一部のプレイヤー共は、敵など放り出していかにその雪山をエキサイト滑降できるかを競っていた。死に戻りした俺とクランの仲間たちはそれを知り、キメラを連中の滑り落ちるコースの真下に誘き出すことに成功。見事ターゲットを質量(プレイヤー)落下攻撃で叩き伏せて討伐したのである。

 ……落下したプレイヤー? ああ、全員まとめて『山になった』よ。ゴミを投棄する結果になったのは申し訳なく思うがね。

 

 あるいは、かつて攻略組プレイヤーたちが【ファーストオーダー】イベントで登場したスケルトンと竜牙兵の大群に苦戦していた頃。海外勢のプレイヤーは、呑気に神戸大橋っぽいエリアで記念撮影を楽しんでいた。

 しかし残念なことに、彼らの見事な風景写真が掲示板にアップロードされてしばらくした後、なぜか突然その撮影スポットは狙いすましたかのようにモンスターの大群に襲われ戦場になってしまったという……。真相は定かでない。

 

 

 ……んん? なんだか挙げてる事例のサンプル属性に偏りがあるな? 

 

 まあ、思い出話はともかく、楽しみ方は自分で決めるもんだ。

 種族人間は、確かに我が物顔でフランスを飛び回るワイバーン共に比べりゃずっとちっぽけな存在だが、それでもそのズボンのポケットに小さな幸せを詰め込んでいけばいつかウルトラハッピーにだってたどり着ける……。そんな可能性を秘めているはずだ。エンジョイ&エキサイティング。そういうことさ。

 

 

>>>> [4/4] スターがなくてもバスターで殴れ。

 

 

 暖かな日差しの中で青空を眺める。

 俺はさ、このフランスの青空を見て思ったよ。せっかくのフランスだってのに小屋に引きこもってばっかりだったよなって。とっくに好き勝手遊び回ってるプレイヤーたちからは遅れちまったが、これから先は色々エンジョイしていこうじゃないか。

 

 で、そのための準備として、まずは俺が抱え込んでる案件を整理する必要があるだろう。ぶっちゃけ大部分が検証班とかから頼まれてる話で、それほど俺の熱意は向いていない。だけど、それを放り出して遊んでる最中に呼び出されるとしたら……。その可能性だけで、楽しさをスポイルしかねないからね。

 

 というわけでまず一つ目、「魔術チート」問題だ。

 一部プレイヤーだけが使える謎のアビリティ「魔術」。獲得条件が一切不明であり、ついでに「魔術」という単語自体が『FGO』関連コミュニティの大半でNGワード化しているため、ほとんど検証が進んでいない。しかしまあ、そもそも『FGO』って魔物と戦う系のファンタジーVRMMOなんだから、魔法のひとつやふたつあって当然じゃない? というのが一般的な見解だ。だから問題は、解放条件をどうやって発見するかという話だな。

 検証班の知り合いからは情報提供を頼まれているが、さっきのオルガとの一件を伝えておくべきか。

 ……いや、ないな。俺は仲間を売らない。無視。

 

 次。関連して「武術チート」問題。

 VRMMOならではの、中の人が身につけた技能がゲーム中でも使えちゃう問題だ。かつて「八極拳士強すぎ問題」で話題になり、未だに不用意に扱えば荒れネタになる。対策が広く募られてはいるのだが、まあ、そいつはリアルで頑張ったんだろ? だったら良いじゃねぇか。放置。

 

 次。「二人のオルガ」問題。

 正直、これも関わりたくねぇなあー……。

 運営のオルガと俺の仲間のオルガ。客観的に見るなら最低でも関係者だし、まあ同一人物じゃねーのかなって思ってる。でもオルガ本人が黙ってるわけだ。だったら気づかないふりをしてやるのも人情かなって思うんだよね。つまりオルガの反応待ち。保留。

 

 はい次、「聖晶石」問題。

 【ファーストオーダー】クリア後に荷物の中に入ってた金平糖みたいな虹色の石のことだ。俺の荷物に1個、リツカの荷物にも1個入ってた。全く使い道がわからないので、これは検証班に持ち込むか、『探偵』エルのところにでも持っていくか、あとはオルガに聞いてみるか……。うーん、保留。

 

 ついでに「『探偵』エル」関連。

 中堅クラン【ノーリッジ】を率いるプレイヤーだ。掲示板情報によれば『グレートビッグベン☆ロンドンスター』という謎の愛称があるそうだが、実際に使われているところを見たことがない。博識に定評があり、俺もクランメンバーも何度か世話になっている。

 オルガはエルが招き入れた『直前ログイン組』に気をつけろと言っていたが……その直前ログイン組と合わせて、エル関連は様子見かな。

 単に直前ログイン組って言ったらうちのクランの奴らも含まれちまう。繰り返すが俺は仲間を売らない。つまり、直前ログインだけでは警戒の理由に足りないってことだ。様子見!

 

 

 うーん、他にもあった気がするけど……俺は嫌気が差したので考えるのをやめた。

 ぱっと思いついただけでこれだ。手のつけられない問題ばっかりだ。

 でもそれは、逆に言えば今すぐどうこうするような話じゃないって意味でもあると思うんだよ。つまり、のんびり行けるってこと……!

 

 「のんびり」。そいつは俺たちによく似合う言葉だぜ。俺たちのクラン【ワカメ王国(キングダム)】は、中小中堅&まったり系クランだからな。せかせかするのは性に合わないんだ。

 

 というわけで、リツカ辺りに留守番代わってもらって俺も適当にフランスをブラブラしよう。そのうち他のクランメンバーとも合流できるだろ。

 目的地は、そうだな。検証やってる知人のクラン……【ヒムローランド】にでも遊びに行くか。あそこのリーダーやってる女性とは何となく気が合う。たまには他のクランと交流しながら検証作業に勤しんでみるのもいいだろうし。

 

 

 ────これで、方針が決まった。

 

 

 

 俺は十分に満足し、大きく深呼吸をした。

 そうしてまた胸いっぱいに、初夏の草木の爽やかな香りと……ほのかな死臭を吸い込んだ。

  

 ……。

 

 少し遅れて、何者かの呻き声。

 

 ……。 

 

 俺は無言で振り向き、声が聞こえてきたと思しき小屋の横手の木立に向かう。

 

 ……果たしてそこにいたのは、一体の生ける屍(リビングデッド)だった。元は兵士だったらしい()()は、映画でお馴染みのゾンビウォークをしながらこちらに向かって歩いてくる。

 

 はぐれの魔物だな。ちっ、こういうのがいるから俺みたいなお留守番役が必要なんだよ。剣を持ち出しておいてよかったぜ。

 

 俺は弧を描くように敵の側面から駆け寄り、そのまま手持ちの剣を首筋へと叩きつけた。オラッ! 死にさらせッ! 重い手応えを感じながら剣を振り抜けば、首のへし折れた屍が地面に転がっていく。……刃を当てた割には全然斬れていないが、痛撃は痛撃だ。へっ、大したことねぇな。

 

 ゾンビや生ける屍(リビングデッド)、スケルトンといった敵は、総じて一対一で戦う分にはそこまで脅威じゃない。【修練場】の常連でもある彼らに対する戦術は、既に確立されているからだ。つまり、

 

「ッラァ!」

 

 俺は地面でもがく敵から一度距離を取って背後に周り、起き上がろうとするタイミングで再び背中に剣を叩きつけた。地面に倒す。

 そうしたらまたその背後に周り、起き上がるタイミングで攻撃を繰り返していく。

 叩く。背後を取る。叩く。背後を取る。叩く……数回繰り返すと、生ける屍(リビングデッド)はドス黒いオーラを撒き散らして塵に帰っていった。

 

 ふぅ、戦闘終了だ。

 視界に表れたシステムメッセージを確認し、経験値の蓄積を表すバーが少しだけ増えたのを見てから俺は剣を収める。スキルを使わない戦闘はひたすらに地味だが、小規模なモンハンだと思えば個人戦なんてこんなもんだろう。

 

 

 『FGO』にログインしたプレイヤーの筋力は、現実の肉体とは無関係にある程度の最低基準を保証される。具体的には、剣や槍を軽々と振り回せるくらいにまで。ゲームらしい武器戦闘を楽しめるくらい、と言い換えてもいい。

 一応の検証によればリアルマッチョとリアルガリに力比べさせると差が出るらしいから、元の身体能力とアバターの肉体構造から適当な倍率で増幅を掛けてるんじゃないかな。あとはレベルだ。

 

 ま、その辺の細かい設定の話はともかく。パワーが出せるんだから、基本的な個人戦術は力押しだ。質量のある武器を叩きつけて敵をぶっ倒す。倒せなくても衝撃で体勢を崩させてから追加で叩く。叩くついでに斬れれば良し。斬れなくても良し。

 誰が呼んだか『蛮族スタイル』。そんな名前で定着した戦い方だ。俺も愛用している……。

 

 ……ただ勿論、VR戦闘にある種の憧れを持つ連中はそういう野蛮なやり方を嫌い、きちんと武技を高めていった。運営が実装した新機能【クラス】も、「クラスに該当する武器使用時の技量に補正をかける」という相変わらずの謎技術でその傾向を後押ししている。

 

 そう。

 新世代の超技術『FGO』は、SAMURAI以来の大武芸者時代を巻き起こしたのだ……!!

 

 

 ……でも、ワイバーンあたりにソロで挑むと普通に喰われるけどね。

 

 

 人と竜の力の差。それは、種の限界。弱肉強食……。

 邪悪なるアンデッドとの戦いを経てそういう哲学的な思考に思いを馳せた俺は、行動の優先順位を変えることを決意した。

 

 まずは使い魔だ。

 今更だけど、これやっぱりプレイヤー本人が前に出て戦うゲームじゃねぇよ! 

 それが出来るバケモノもトップ層には一応いるんだけど、俺には無理。だからそういうパワーバランスを一発逆転出来る【力】がほしい。つまり使い魔。俺は力強く拳を握りしめて気合を入れた。

 

 再び、マスターになるときが来た……!

 




 主人公:現在、自宅(クランハウス)警備員。クラスはキャスター。戦闘スタイルは、蛮族……。


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1-3(前)

> [1/1] 干し草の山には極小確率で針が含まれる。

 

 カルデアゲート。

 それは、『FGO』におけるエリアとエリアを繋ぐターミナルみたいな存在だ。【修練場】等の常設エリアや解放されたばかりの新エリアである第一特異点【オルレアン】への移動は、全てこのカルデアゲートを介して行われる。

 

 そしてこの度、運営によって実装された新要素【使い魔】も、このカルデアゲートで手に入れることが出来るようになったのだ。言ってみれば、運営お膝元の直轄エリアということになるだろうか。

 

 そんなカルデアゲートへのアクセス方法は極めて簡単だ。

 特異点エリア内のプレイヤーなら、「カルデアゲートに行きたい!」と強く念じるだけでいい。すると視界に【Unsummon Program Start(アンサモン プログラム スタート)】というメッセージが表示され、次の瞬間そのプレイヤーはカルデアゲートに立っているだろうし、よく見るとデスペナも一回分付いているだろう。

 便利な移動システムと見せかけて、要は復活地点が変わっただけの死に戻りだ。悪趣味である。

 

 

 ……さて。

 あれからしばらくして、マシュさんと一緒に偵察に出ていたというリツカがクランハウスに戻ってきたので留守番を引き継いだ俺は、オルガに一応tellを入れつつカルデアゲートを訪れていた。実のところ出ずっぱりで帰ってこないメンバーの内2人はここにいるはずなので、後追いで合流を目指す形にもなっている。さっき連絡を入れておいたのだが……

 

「無理だこれ」

 

 ……カルデアゲート。それは、今の『FGO』において最もカオスなエリアでもあった。

 

 その空間は、あまりにも沢山の人々でごった返していた。更に言うなら、人じゃないものも数え切れないくらいいた────【使い魔】だ。

 よって、その人混み(?)をあえて言葉で表現するなら、「人人ワイバーン人ラミア人人ゴースト人ワイバーンワイバーンラミアオートマタ人キメラキメラキメラワイバーンキメラ人人ゴーレムワイバーン人人人……」という感じになる。ここは魔物のサファリパークか。あるいは地獄だ。

 

 

 

 ……『FGO』において、プレイヤーと敵モンスターの戦力差は実に長い間俺たちを苦しめてきた。ひ弱な人間が何の対策もなくモンスターに勝てるはずがない、そういう残酷な現実を運営が極めて素朴にヴァーチャル・リアリティとして反映させたからだ。

 例えば、最初期の戦闘などはこんな感じになる。

 

 ゾンビに挑めば、こちらの攻撃で倒しきる前に組み付かれハグされて死ぬ。

 獣に挑めば、野生の動きに運動神経がついていけず翻弄されたまま死ぬ。

 空飛ぶワイバーンに挑んだならば、攻撃すら届かずただ一方的に死ぬ……

 

 ……そういうシビアなバランスが様々なモンスターへの個別対策法やクラン戦闘などの集団戦術を発展させたとはいえ、根本的にプレイヤーは弱者の立ち位置だった。

 

 そんな中で今回運営が繰り出した奇手こそが、「だったら敵モンスターをプレイヤー側に加えればいいよね?」というものである。対サーヴァント戦でお馴染みの、バケモンにはバケモンをぶつけんだよ! という考え方だ。いいから数で押しきれ戦いは数だよ諸君! だったかもしれない。

 

「──あ、いましたよ!」

 

「遅いぞ、何してたんだ」

 

 ……と、人の声。

 久々に訪れたカルデアゲートの混沌ぶりに(おのの)くあまり壁際に張り付いて動けずにいた俺を、仲間の方がどうにか発見してくれたらしい。ありがたいことだ。人混みの中から俺に歩み寄る男女二人の見慣れた顔を見つけて、俺もやっと人心地着くことができた。

 

「すみません、まさかここまで混んでるとは思わなくて」

 

「ハ、ちょっと考えれば分かることだろ。人間と使い魔で単純に数が2倍なんだからさ。その上、使い魔共は無駄に図体ばかりデカいときてる」

 

「リーダー……わたしたちだって散々迷ったじゃないですか。仕方ないですよ」

 

「……ハァ!? 何言ってくれちゃってんの!? ……この僕が道なんか迷うはずないだろ!」

 

「……。はいはい、そうですね。極めて順調な使い魔選びの旅でしたねー」

 

「ッ……」

 

 今口ごもった方の男性が、我らがクランリーダー。その名も高き【GOD CHILD】さんである。直訳して神児(シンジ)、すなわち神の子……しかしゲーム開始後しばらくしてからは、クランメンバーたちにリーダーと呼ぶことを強く命じるようになった御方だ。尚このゲームに名前変更は存在しない。

 そんなリーダーは、相当なゲームの腕前に中の人由来と思われる優れた運動神経、そして屑運まで併せ持つ中堅クランにはもったいない実力者でもある。今日も海藻(ワカメ)めいてウェーブする髪が、どこからともなく吹いてくる風に揺れている……。

 

 で、もう一人の女性が【CEO】さん。通称セオさんだ。聞けばゲーム会社の人らしく、仕事でフィニス・カルデア社の人と会ったこともあるという。そんな彼女──現実(リアル)の性別も女とは限らないが──は、同業者としての偵察の意味も込めて『FGO』を遊んでいるのだとか。経営者を意味する名前は駄洒落とのことだが、俺にはちょっとよく分からない……ユニークなセンスを持っているとも言えようか。ともあれ、我がクランの良心とも言える存在である。

 

 ……そして。ここでようやく、俺は二人の背後にいるモノたちが二人の選んだ使い魔だということに気付いた。

 リーダーの後ろには羽を畳んだワイバーンの姿が。そしてセオさんの背後に立つのは、

 

「セオさん。そいつ、【SHADOW SERVANT】……!」

 

「はい。わたし、【ファーストオーダー】はほとんど参加できなかったんだけど、すごく強かったって聞いたから」

 

「ああ、それは確かに……」

 

 穏やかに笑む彼女の背を守っているような……そんな印象を与える墨を流したが如き黒い影は、俺たちが先のイベントで戦った弓兵【エミヤ】の姿を取っていたのである。

 

 ……思い出す。

 あのイベントで、近接戦闘も遠距離射撃も両方繰り出してくる強敵エミヤをプレイヤー勢力が正攻法で倒すことはできなかった。

 諸々の試行の末、結果的には自前のスキルで飛び道具に回避補正を持つらしいクー・フーリンに直接戦闘を任せ、カルデア戦闘服を装備した俺達が遠巻きから【ガンド】をひたすら絶え間なく撃ち続けて支援するという……通称【ガンド15段撃ち】戦法によって何とか打倒したのである。まあ、なんというか互いに釈然としない決着ではあった。

 ちなみに、アルトリアにはガンド自体が気休め程度にしか通じなかった。何か耐性でもあったんだろう。まさに大ボス……

 

 で、そんなエミヤの【SHADOW SERVANT】だって! これは大きな戦力ではないだろうか……!

 

「あのディレクターさんの影もモフモフで良さそうだったんだけどね。わたしは戦闘じゃさっぱり役に立てないから、代わりに頼れるのはありがたいかな」

 

 俺の知る限り言葉を発しない【SHADOW SERVANT】だが、そう言われたエミヤの仕草は、なんだか「任せておけ」と胸を張っているように思われた。心強いね。

 

「おい、僕のワイバーンも見ろよ! この鱗! この翼! 空を制する王者の風格だろ!?」

 

「あー、リーダーその子マジ良いっすねー」

 

 そっちはフランスで死ぬほど見た。

 

 まあ、実際ワイバーンはこれまでの【修練場】でも何度となく殺されてきた相手であるから、その強さは身に染みているのだけれど。カルデアゲートを行き交う混雑の中に使い魔ワイバーンの姿が多いのは、そういう実感を伴う頼もしさが理由なのかもしれなかった。

 

「アッハハハハ! なんだ、お前もたまには良いこと言うじゃないか! ヨォーシいい子だぞぅ……! これがVRじゃなきゃ、僕の彼女をコイツの背中に乗せて新宿の空を飛び回ってやるのにな……!」

 

 ……少なくともこの人は違うみたいだが。聞いた話じゃそのワイバーン乗れないらしいっすよ。

 

 

 

 でも、リーダーの考え方が分からない話じゃないのも確かで。

 

 使い魔の召喚に必要なのは、所定の数のマナプリズムだ。それをプレイヤー自身がカルデアゲートに持参することで使い魔を得る手続きが出来る。

 

 その選択肢は、【修練場】に登場する敵モンスターたち、そして【SHADOW SERVANT】だ。

 【修練場】エネミーは望みのモンスター種を選べるものの、【SHADOW SERVANT】については誰が来るのかランダムだと噂されている。運営が発表した具体的な内訳は、【ファーストオーダー】で俺たちが倒した連中(残念ながらアルトリアは含まれない)+ディレクターのライオンマンらしい。

 味方だったクー・フーリンやマシュさんは含まれていないので、女性型1(メドゥーサ)に対して残り全てが男という悪夢の底なし沼みたいなラインナップになっている。

 

 ……そして、そんな俺たち男性陣に残された唯一の希望たるメドゥーサさんも、『FGO』では性的なアクションが基本的に制限されているせいで眺めて喜ぶくらいしか出来ない上に、眺めようにも文字通りの影一色だ。だったらラミアのほうがまだマシだろ。本当どうしろってんだ。

 

 

 ──というわけで、考えてみてほしい。

 

 もしもこんなゲームの中で、プレイヤーが一体だけ相棒を選べるとしたら。

 それはどういう基準で選ぶことになるだろうか。

 

 

 ……現状におけるその答えを反映しているのが、このカルデアゲートの光景だと言えるだろう。

 特に目立つのはワイバーンとキメラの姿である。

 

 

 結論を言えば、やはりカッコイイ(ワイバーン)モフモフ(キメラ)は強かった。あと影人間の闇鍋ガチャに特攻する人はそんなに多くなかった。端的に言うなら、愛着を持てそうかどうかが勝負を決めたという感じ。ドラゴンと一緒に戦うのは男の子の夢だもんな。よくわかるぜ。

 

「──ってことで、俺もワイバーンをもらってこようと思うんですが」

 

「ハァ!? 駄目だ駄目! そんなの僕と被っちゃうだろうが! だから他のにしろよ、ほら見ろあっちのゾンビとかお前にスッゴクお似合いだと思うけどなァー!」

 

「行ってきまーす」

 

「お、おい、わかったのか!? おい!」

 

 俺はそんな声を背にしながら人混みに混じり、その向かう先へと流されていく。

 まあ実際、発言の意図はともかくリーダーの言葉に一理あるのも事実だ。つまり、被りってのは単純に面白くないのである。ただ、じゃあどうするかという話になると……他のモンスターたちにも血生臭い思い出こそ沢山あるものの「これだ!」という相手がいない。

 

 使い魔との【契約】……。

 なまじあの地下大空洞で劇的な経験をしてしまっただけに、どうにもピンとこないのであった。

 

「はぁー……」

 

 どうせだったら、半端に選ばせるんじゃなく完全ランダムのガチャ形式だったら良かったのに。

 

 そういう思考に耽っていたせいだろうか。

 俺は、人混みに紛れて俺を狙う意思の存在に気づかなかったのだ。いや、気づけと言う方が無理だったと個人的には主張したいんだけど、要するに何が起きたかと言えば。

 

Unsummon Program Start(アンサモン プログラム スタート)

 

 混雑に揉まれる俺の視界に突如現れたシステムメッセージ。

 それが意味するのは、ワープという名の死に戻りで──

 

「えっ……ちょっ!?」

 

 かくして、そんな間抜けな声を残して俺は消失し、その場に残された空隙もきっと一瞬後には人々の波に押し潰されたのだろう。

 

 

 

 ……以上が、俺がカルデアゲートから拉致されるまでのあらましである。

 




現在までの【ワカメ王国(キングダム)】メンバー
・主人公
・リツカ
・リーダー【GOD CHILD】
 海藻系プレイヤー。端的に言ってワカメ。
 通称はワカメ国王、もしくは(ゴッド)ワカメ。
 平行世界ではゲームチャンプになっていたりする彼ですが、GrandOrder世界でどうなっているかは(ロンドン編に登場する『M』のこともあり)不明。今後特異点F絡みで言及されるかもしれないので、とりあえず限りなく彼に近いオリキャラだと思ってください。

・セオ【CEO】
 『空の境界 未来福音』より瀬尾静音。未来視能力者(『FGO』では基本的に使用できない。説明はまたどこかで)。2010年時点ではゲーム会社を経営しているらしい。☆4概念礼装『夏の未来視』のイラストの人。




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1-3(後)

(8/16 内容を追加)



>>> [1/3] ロマニ・アーキマンという男

 

 

 ──そして。

 ふと気づけば、俺は蒼い光に満たされた部屋の中に立っていた。

 

「なっ」

 

 なにごと……? 圧倒的な混乱が俺を襲う。

 きょろりと上を向く。天井だ──当然知らない──そして蒼い。

 きょろりと前を向く。二つの光輪──バチバチしてる──中心にはマシュさんの盾の紋様(ホログラム)

 

 ……マシュさんの盾!?

 

 明らかに違和感のあるブツを発見した俺がガバッと首を横に捻れば、そこにはへラリと笑うサーモンピンクヘアーの男が立っていた。だ、誰です……?

 

「はじめまして。ボクの名前はロマニ・アーキマン……皆からはドクター・ロマンと呼ばれているよ。ごめんねー、なかなかこちらから介入できるタイミングがなくてさ。少し強引に来てもらうことになっちゃったんだけど……」

 

 ……拉致実行犯だった。

 ていうかお前、ロマニって。目の前の男に対し、自分の視線が自然と険しくなるのを感じる。

 そして同じくそれを感じてか、ロマニは俺への言葉を継ぎ足した。

 

「あー、ボクとキミは初対面ではあるんだが……一応、キミのことはマリーから聞いているんだ」

 

「マリー?」

 

「……失礼、オルガだ。オルガからキミのことは聞いているよ。彼女も同席できればよかったんだけど、あいにく絶対に外せない話し合いの最中で……どうしてもキミが使い魔契約をする前に話をしておきたくてね。突然のことになってしまったのは、申し訳ないと思っている」

 

 ロマニはぺこりと頭を下げた。

 ……俺氏の提唱していたオルガ=オルガ説に対して、突然のオルガ=マリー説が登場した件についてだが。マリーが本名でオルガはキャラネームってことなんです? でもロマニと知り合いってことは、やっぱりあのオルガは運営側の中の人で確定か。多忙なのも、運営としての仕事が忙しいのかね。

 

「この……呼び出し? はオルガも承知しているんですね?」

 

「そうだね。むしろ現状は、ボクが彼女の仕事を代理している形になるのかな」

 

「わかりました。で、この部屋は何なんです。あの中心の盾のホログラムは……」

 

「その質問の答えは……うん。順を追って話させてほしい」

 

 そう言って、ロマニは部屋の中心──つまり盾のホログラムが描かれているそばへと歩み寄る。俺も、何となくその後ろについてそこへ近寄った。見れば見るほど同じ意匠にしか見えないが……

 ロマニが俺を振り返って言った。

 

「今回我々が実装した【使い魔】だけど、これは本来必要のない……急場しのぎの代用的な機能なんだ」

 

「……代用?」

 

「そうさ。令呪は本来サーヴァントと契約するためのもの……それを少し弄って、【修練場】で使っているエネミーたちと主従関係を構築できるようにした。魅了(チャーム)の応用で親愛関係を築きやすいようにもしてある。特に今回の敵は、竜を従えているようだからね。でも、それだってサーヴァントと契約できるなら必要ないってコト」

 

「……」

 

「正直に言えば、我々には余裕がない。これはウチの天才ディレクターの発案でね。

 

『実際に使い魔を持たせることで個々のマスター適性を確認しつつ、使い魔という存在にも慣れてもらい、そして戦力増強までできる! これぞ天才の発想! 一石三鳥というものだよヌワーッハッハッハァ!』

 

 ……まあ、彼の提案はたいていエネルギーの馬鹿食いを前提にするから、キミたちには使い魔用の魔力源としてマナプリズムを提供してもらうことになったんだけど」

 

 んん……? よく分からなくなってきたぞ。

 

「えっと……つまり俺が呼び出されたのは、俺がサーヴァントと契約したからってことですか」

 

 とりあえず確かそうなことを聞く。ロマニは大きく頷いた。

 

「そう! 大事なのはそこさ! キミは既にサーヴァントと契約・共闘できるという実績を示している。それはサーヴァントのマスターとして極めて重要なことだ。ハンパな魔術回路の質なんかより、ずっとね。だから……」

 

 ロマニは着ていた白衣みたいな服のポケットから、虹色の金平糖めいた宝石を取り出した。聖晶石だ。ここで関わるのか……。驚く俺にロマニは片手を出させ、その石を3つ手の平の上に置く。

 

「その聖晶石を使って、キミにはこれからサーヴァントの召喚を行ってもらう。この部屋はそのための儀式場なんだ」

 

 そうして、先程の俺の質問に回答したのだった。

 

 

>>> [2/3] 畏怖。其は刻まれし(シルシ)なれば

 

 

 ロマニ・アーキマン氏に曰く。

 

「儀式場は既に整えてあるから、召喚者であるキミが特に難しいことをする必要はない。ただその聖晶石を床の紋様にセットして、召喚の意思を示せばいいんだ」

 

 なるほど分かりやすい。

 しかし、俺にも事情ってやつがあるのです。「君には才能がある!」と言われたからって、それ自体はまあ大いに嬉しいのだけど、それでも大人しく従ってやるわけには行かないのですよ。

 

 ……というようなことを婉曲的にやんわり伝えてお断りしたところ、ロマニ氏はにこりと微笑み──腕に巻かれたリストバンド型端末を操作した。最初から準備されていたのか、その画面は即座にホログラムとして俺の前に映し出される。そこに表示されていたのは……

 

「キミが掲示板で何をしているのかは知ってるよ。その意図も含めてね」

 

 俺が未だに書き込みを継続している、ゲーム内掲示板に立てられた【使い魔】スレだった。

 

(は、把握されてるッ……!)

 

 俺は内心、恐怖した。

 ……まあ、他ならぬ俺本人がオルガに話したんだから当然と言っちゃ当然なんだけど、でもあの時の俺はオルガが運営だなんて気づいてなかったし、第一オフレコって言ったじゃん! いや運営ならそう言うの抜きでも掲示板くらい把握できてて当然なのか?

 

「キミが気にしているのは、キミがこれからサーヴァント召喚を行った場合、それが自分の書き込んだ内容と矛盾してしまうことだろう?」

 

 ロマニは続けてそう言った。全くもって仰る通りだが。しかし。

 事ここに至って、俺はようやく自分の置かれた状況の奇妙さに気づいたのだ。

 

(運営からの呼び出し……!)

 

 『FGO』とともに過ごした一年半の記憶が鮮やかに蘇る。

 俺のメモリーに刻まれた運営のイメージはいつだって不親切で、説明不足で、そして異常に異様だった。告白しよう。オルガが運営関係者だと知って、俺は安堵した。運営にもちゃんと人間的な中の人がいるのだと。ゴミみたいに死んでいくプレイヤーを見ながら愉悦に浸るラスボスinカルデアとか、そういう「最後の敵は運営」案件ではないのかもしれないと……。

 

 だが思い出せ。

 これまで、運営がプレイヤーに直接干渉してきたことなんてあったか? 少なくとも俺の知る限りじゃそんな話は聞いたことがない。そんな異例の事態が今、目の前で起きているんだ。

 

 キーになったのは、やっぱりサーヴァントとの契約なんだろう。

 リツカと俺が契約を果たし、アルトリアの打倒に成功して、そして……レフ教授。脳裏にくっきりと焼き付いたトゲの生えたネクタイ。そこから徐々に記憶の彩度が落ちていき……赤々とした火球……あれは……えっと……何だったか。そうだ、カルデアス。カルデアと名前が似ていると思ったんだ。そして……そして?

 

 ……そして、自殺した。

 

 その瞬間だけは鮮明に覚えている。

 

 あれは一連のイベントだった。だが、どこからどこまでが連鎖していたのか? 

 

『まさか、この土壇場で【契約】に成功するマスターが現れるなんて……』

 

 アルトリア戦での一幕だ。

 運営はプレイヤーに令呪を仕込んでおきながら、それでも俺たちがあの場面でサーヴァント契約を成功させるとは思っていなかった。つまりイレギュラーな倒し方をしたってことだ。そしてオルガの言を信じるなら、アルトリア打倒に続くレフ教授の一件は、運営をしてプレイヤーの記憶を封印させるほどの……スキャンダルだったはずである。

 イレギュラーとスキャンダル。そこに関係はあるのだろうか? よく覚えていないながらも、レフ教授に絡む記憶が激ヤバだった印象はある。それの発生に俺たちが関わっているとしたら……ちょっと笑えない状況だろう。

 

 そして、そんな状況の中で今。「あの」運営が。わざわざ俺を拉致って。直々に。

 もう一回サーヴァントと契約しろって言ってきている件。

 しかも俺が掲示板で「普通はサーヴァントと契約とかできないよー」って風説バラ撒いてるのも把握されている。……ウフフ、サーヴァント契約って俺が考えてるよりもずっと重要な話だったのかしら? もしかして俺ったら、触っちゃいけなかったネタへ既にズブズブ嵌まり込んじゃっているのかな?

 

「お、俺にどうしろって言うんです……」

 

「いや、だから召喚と契約をね?」

 

「それは、どうしても、ですか……?」

 

「強制はしないさ。だけど我々としては、一人でも多くのプレイヤーにサーヴァントと契約してほしいと思っている。でも、それが容易な話じゃないのも事実なんだ。乗り越えるべき多くのハードルがある。だから、まずはキミに目をつけた」

 

「ハードル……」

 

 たらりと冷や汗が流れた。

 なるほど。令呪の件はともかく、運営の思惑としてはプレイヤーとサーヴァントの契約を促進したいらしい……一方、俺はそれに逆行する説を流している……。あれ。これ、俺自身がハードル扱いになってない? ああ、目をつけたってそういう……

 

「……ッ」

 

 インジェン社、アンブレラ社、サイバーダイン。良くない連想が頭に浮かぶ。深入りしたネズミの末路。フィニス・カルデア社は寛容だろうか?

 

 ……俺は。俺は見誤ったのだ。

 運営が、こんなにも気軽に俺みたいな小物へ接触してくるとは思っちゃいなかった。俺はどこで間違った? 【ファーストオーダー】か? オルガにペラペラ喋っちまったことか? まさかオルガを受け入れた時点で詰んじまってたなんてことは……。

 

「えーと、何か誤解がある気がするんだけど……ボク、いやカルデアとしてはキミに無事召喚を成功させてもらえれば良いだけでね。キミの掲示板活動について今すぐどうこうしようという気はないんだよ。むしろ、あの件についてはキミと協力してもいいくらいだ」

 

「……協力……? 俺に、運営側へ付いて情報を流せってことですか」

 

「え? ……んー……まあ、キミたちのクランにはオルガも世話になっているし、適性もあるんだよね? 事情を知った上で手伝ってくれるなら助かるかもしれないけど……」

 

 ロマニはそう答える。

 その顔は、人を追い詰める者の嗜虐感にも、あるいは罪悪感にも染まってなどいなかった。例えるなら、業務用相談窓口にやってきたお客さんへの説明にちょっと手間取ってるな―、くらいの軽い困惑感。

 嗚呼。これが運営、これがフィニス・カルデアか……。

 

 俺は怯えた。大企業の力に? それもある。

 でもそれ以上に、さっきからロマニと話しているうちに、段々……。最初の柔和な印象が、もう嘘みたいに消え去っていた。俺は必要以上に怯えている。まるで俺がカエルでロマニが蛇みたいな。そんな本能に刻み込まれたような恐怖を感じていた。

 

「うん、そうだね。キミには伝えておいたほうがいいだろう」

 

 ロマニは、馬鹿みたいに怯えている俺に向かって、へにゃりと笑ってこう言った。

 

「マシュ・キリエライトは他のサーヴァントとは少し違う、デミ・サーヴァントと呼ばれる特殊な存在だ。そしてカルデアの職員でもある……それを運営から公表することになった。オルガから聞いたキミの懸念は些か大げさにも思うけど、やはりキミの友人であるリツカ君との関係も、あまり表沙汰にしないほうが良いということで合意を得ている」

 

 リツカ。マシュさん……。

 今サラッとマシュさんがNPCじゃなくて中の人がいる存在だってことが明かされたけど、ともかくマシュさん……の中の人は、ロマニと同僚ってことでいいんだよな。運営関係者……オルガ、ロマニ、ライオンマン、そしてマシュさんか。全員、印象が全く違う。そしてその誰もが、運営そのものの印象ともまた少し違っていた。じゃあなんで運営は()()なんだろうな……?

 

 だが、そんなことを考えている場合じゃなかったのだ。ロマニは続けてこう告げた。

 

「──そしてもう一件。つい先程、クラン【陰陽】が現地サーヴァントとの接触に成功した」

 

「!?」

 

「サーヴァント・清姫。クラスはバーサーカーだ。探し人がいるそうで合流こそできなかったが、現状では敵対関係というわけでもない。【陰陽】はその事実をまだ公表していないけれど……」

 

 ッ……! まだ早い。早すぎる。

 

 【陰陽】はトップクラスのプレイヤーを擁する攻略組だ。

 積極的に情報を共有していくタイプのクランじゃないとはいえ、他の攻略組だってそう差もなくサーヴァントとの接触を果たすだろう。【ファーストオーダー】での俺たちみたいに、その場で【契約】に成功する者もいるかもしれない。だとすれば、俺の行為は……ただ運営の機嫌を損ねただけで……いや、だからこそ先にロマニはマシュさんの話をしたのか。

 俺が妙なことをしなくても、もうリツカとマシュさんは大丈夫だって……

 

 

>>> [3/3] 再会。

 

 

 ──俺は、観念することにした。

 結果的には俺が馬鹿をやっただけで、何も悪いことなんて起きちゃいないんだ。

 ロマニ・アーキマンは俺の守りたかった連中を守った。それは紛れもない事実で、俺が彼を何故か意味もなく怖がっているのとは別問題なんだろう。

 だから、今は……。俺は両手を軽く上げる。

 

「……わかった。わかりました。そこまで状況を整えられたら、俺にはどうしようもありません。協力します。俺に犬になれって言うならそうしますよ」

 

「い!? ……あー、いや、そこまで思い詰めなくてもいいんだけどな……あ、ちょっと先に気分転換する? お菓子あるよ? 胡麻饅頭……」

 

「いえ。今更接待なんて不要です。召喚……この聖晶石を配置すればいいんですね?」

 

「あ、ああ。そう。そこと、そこ……そう。それで良いよ」

 

 ロマニに指示されるまま、聖晶石を並べていく。

 

「それで、これから俺がやるサーヴァント召喚……どういうモノが召喚されるんです?」

 

「急に物分りが良くなったね……本当に大丈夫? あ、サーヴァントか。キミも知っての通り、クー・フーリンやメドゥーサ、ハサン・サッバーハといった神話・歴史上の存在が召喚される。正確には『英霊召喚』と言ってね、その辺はそのうちオルガがまとめて説明すると思うけど」

 

「……なるほど。ありがとうございます」

 

 つまり、俺の知らない相手が召喚される可能性だって十分あるってことだ。さっきの話で出てきた清姫……日本昔話の登場人物だった気がする。どういう話だったかな。

 

 石を配置し終えると、床に記された召喚儀式の紋様は蒼い光を増したように思われた。

 

「じゃあ、あとはキミ次第だ。その召喚陣に向かって、強く召喚の意思を思ってくれ」

 

「はい」

 

 ……既にロマニは俺の背後に下がり、俺は一人で召喚用の紋様の前に立つ。それはマシュさんの盾の紋様でもあるのだ。俺たちを守ってくれた心強い盾を思わせるそれと、こうして対峙するのは不思議な気持ちがした。

 

 ──思い浮かべる。

 これまでに出会ってきたサーヴァント達。その中でも、特に思い出深い3人を。

 

 マシュ・キリエライト。

 アルトリア・ペンドラゴン。

 クー・フーリン。

 

 個人として、一番上手くやっていけそうなのはマシュさんだ。今頃リツカとも仲良くやっているだろう。アルトリア。あれほど圧倒的な強さというものを、俺は生まれて初めて知った。それがヴァーチャルでも、あの強さは眩しいくらいにプレイヤーを惹き付けたのだ。

 

 そして……クー・フーリン。上手くやっていけるかと言われれば、ちょっと疑問がある。強いのは間違いないが、アルトリアほどの恐ろしい暴圧ではない。だが、それでも……。こんな俺が、今、そしてこれから一番頼れるサーヴァントを選べるのだとしたら。それは。

 

「……来てくれ……!」

 

 その呟きが、召喚陣を起動させる。

 旋回する光球。風一つ無い部屋に吹き荒れる『気配』の嵐。それは、まるで神話伝承の神降ろしをこの場で再現しているようで──そして一面に光が満ちた。

 

 

「──なんだ、また会ったな」

 

 目を焼く光が消え去る前に、それが誰であるのかを俺は認識する。一度失われたはずの【パス】が、再び目の前の男に続いているのを感じていた。

 

「クー・フーリン」

 

 彼に呼びかける俺の声は、きっと安堵の響きを含んでいただろう。

 青いフードを目深にかぶった男の口元がわずかに緩んだ。

 

「よろしくな、マスター。どうもアンタとは、意外に縁があるらしい──」

 



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1-4/幕間の物語「二人の境界」

 オルレアン編のストーリー本格開始。
 今回の話、どちらが正解ということではないです。仲違いフラグでもないです。



>>> [1/3] リアルの境界

 

 

「──そうですか。それは喜ばしい結果です。……はい。こちらの状況ですが……」

 

 彼女の通信を、その横で聞くともなしに聞いていた。

 初夏の日差しは小屋の中の空気を緩やかに暖め、そのポカポカぶりが妙に眠気を誘う。

 

 ぼんやりとした時間。窓の外に広がる快晴の空へ浮かぶ太陽は昼過ぎを示しているものの、それ以上の情報を得ることは今の自分には出来なかった。

 

 ──意識して視界へメニュー画面を呼び出せば、そこには14:22の見慣れた表示。

 

 一日を24の時間に切り分けて、一時間を60分に切り分ける。それは時計があればこそ実現可能なやり方だ。そうでなければ、今のようにただ太陽を見上げて朝昼夕夜を何となく区切るくらいしか出来そうにない。

 

 西暦1431年。まだ人々の手に時計がなかった時代。

 この時代の人達は、一日という時間をどんな風に扱っていたのだろう──

 

 

 ……傍らで通信を続ける少女の声に応じて、オレの意識は覚醒と沈降を繰り返す。

 

 のんびり、ゆったりと過ごすのは好きだ。

 けれど、今の自分には午睡にさえ軽い罪悪感がつきまとった。

 

 あの日。崩壊する地下大空洞からカルデアの施設へマシュと一緒に回収されて、そこで様々なことを教えられたあの日から。日常の合間にのんびり友達とゲームを楽しんでいられたはずの世界は……そして今や自分たち(プレイヤー)という存在さえ、どうしようもなく危ういものだと知ってしまった。

 

 だからこんな微睡みをしている場合じゃないのは確かなのだけど、焦ったところで今の自分に出来ることは待つことしかなくて……でも、例えば『彼』ならこんな時間も何やら色々なことを企てながら慌ただしく過ごすのだろうと思われて。

 

「──はい。分かりました。では、また次の定時連絡で」

 

「お待たせしました。……先輩?」

 

 ……自分を呼ぶ声に、取り留めもない思考に嵌っていた意識が浮上した。

 

 

「……ああ、マシュ。ごめん、ちょっとウトウトしてた。それで、どうだった?」

 

 マシュ・キリエライト。

 カルデアに所属する職員であり、『FGO』プレイヤーをサポートするデミ・サーヴァントであり、そしてなぜかオレのことを先輩と呼ぶその少女はニコリと笑って言った。

 

「【クー・フーリン】の召喚に成功したそうです! クラスはキャスター、冬木特異点で出会った方ですね!」

 

「そっか、良かった……」

 

 思わず、安堵の言葉がこぼれた。

 

「召喚・契約に伴う魔力消費を回復するため、今はカルデアゲートに戻って休んでいるそうです。こちらへ戻るのは明日になるのではないかと」

 

「分かった。いつも助かるよ、マシュ」

 

「いえ……これくらいのことは。わたしは先輩のサーヴァントですから」

 

 そう言う彼女の顔はわずかに赤い。照れているのだろうか?

 『FGO』を始めて一年半。それまでもマシュ・キリエライトという少女のことはずっと知っていたはずなのに、彼女と契約してからの一週間ほどの時間は、マシュについてずっと多くのことを教えてくれた。彼女はびっくりするほど世間擦れしていなくて、とても真面目で、ときどき天然だ。照れ屋さんでもある。

 

 ……そして何より。彼女は、人間だった。

 

 

 『人理焼却』。

 カルデアはこの事件をそう名付けたそうだ。時間を遡った過去改竄による、未来の焼失。

 2015年を生きるオレたちのホンモノの身体は既に失われ、カルデアの『FGO』内に残るオレたちの意識体も2017年になればカルデア諸共に消滅するという。それを防ぐ方法は、書き換えられた歴史──すなわち7つの特異点を修復する他になく、その第一がこの1431年オルレアンなのだとも。

 

 つまり、この戦いには73億人の命が掛かっている。

 ……そんなことを言われても、実感なんて湧きやしない。世界とか人類とか、オレには大きすぎる言葉だ。

 けれど、それでもオレに出来ることがあるのなら──

 

「先輩?」

 

「ん、どうかした?」

 

「あ……いえ。その、前々から聞いてみたいなと思っていたんですが……『彼』とは古いご友人なんですよね?」

 

 マシュがそんなことを聞いてくる。

 彼女はこの特異点に入ってから基本的に【ワカメ王国(キングダム)】と行動を共にしていた。と言っても自由気ままな人の多いクランだけあって皆が揃うことは少ないのだけど。普段クランハウスにいる彼はマシュとも接点が多いし、何よりマスターになったオレの友人でもある。気になるのも当然だろう。

 バタバタと忙しかったこともあって、ちゃんと紹介する席を設けられなかったのを少し申し訳ないと思った。

 

「知り合ったのは中学の時だから、そんなに古いってほどでもないかな。ちゃんと仲良くなったのは高校に入ってからだし」

 

「なるほど。つまりご学友、と……。わたしは学校という教育機関に所属したことがないのでよく知らないのですが、学校とはどんなものだったんですか? マスターと『彼』とはどんな接点があったのでしょう……?」

 

「学校がどんなものだったか? うーん、そうだね……朝早くに眠気と戦いながら登校して、授業を受けて、休み時間には友達と話したり遊んだり、あと放課後には部活とか……彼もそんな感じ。うん。何も特別なことは無かったけど、でも楽しかったな」

 

「ふむふむ。授業に休み時間に部活ですか。もう少し具体的なお話をお伺いしても?」

 

「オッケー。じゃあまず……」

 

 オレがつらつらと語る思い出話を、マシュは穏やかに楽しそうに聞いている。

 カルデアの本拠地は何処か遠い国の雪山の上にあるという。そこで育てられたマシュは、カルデアの施設から出たことがないそうだ。その話を聞いたとき、オレは、いつか彼女に俺の知っている限りの世界を見せてあげたいと思った。そして、そのときオレ自身が彼女の隣にいたいとも。

 

 ……彼女との最初の約束は、『2017年の青空を一緒に見ること』だった。それは、彼女が望んで手に入るモノがきっとそのくらいしかなかったからだ。知らないものは望めないから。

 だから彼女の世界が広がるほどに、約束だってその数を増していく。それはオレにとっても嬉しいことだった。

 

「……っていうのが文化祭。準備するのも参加するのも生徒中心なんだけど、全体の指揮は生徒会と文化祭専門の実行委員会が取るんだ。オレはクラスの手伝いをしてたんだけど、彼は生徒会に所属していてね。イベントの企画運営なんかは得意だったみたい」

 

「なるほど。確かに……適任な気がします。賑やかな方ですもんね」

 

 彼女の返事に少し首を傾げた。賑やか。確かにそれも間違いじゃないけど、オレの知っている彼は……

 

「ああ、そうか。マシュは『FGO』でしか知らないもんな。リアルの『彼』はわりと堅実派なんだよ」

 

「え!? そ、そうなんですか? あの、わたしはてっきり、その、命知らずなタイプの方なのかと……」

 

「ゲーム内ではそうみたいだね。追い込まれるとテンションあがるタイプなんだ。だから『FGO』の中でも色々やらかして……今じゃ『【ワカメ王国】のリハク』なんて呼ばれてる」

 

「リハク……李白? 詩を書かれるんですか?」

 

 シ? 一瞬、彼女の言葉に困惑する。……詩だ。『北斗の拳』なんて日本の漫画のネタが、外国人のマシュに通じるはずがなかった。思わず少し笑ってしまう。生まれも育ちも全く違う彼女との会話は、いつも思わぬ新鮮さに満ちている。

 

「ああ、有名人って言ったらそっちだよね。なんて言えばいいのかな……そう、うっかり軍師って意味だよ。【ヒムローランド】のリーダーのカネさん、通称『誤先生』と並ぶ軍師(笑)(カッコワライ)だ。普段は役に立つのに肝心なタイミングでやらかすことに定評があるってさ」

 

「はぁ……でもゲームの外では違うタイプの方なんですよね? なんというか、意外です……」

 

 しみじみと、マシュはそう言った。

 どうも、人の意外な側面に接すると感心する癖があるらしい。人付き合いの経験の少なさゆえなのだろうけど、そういう素朴な仕草は素直に可愛らしいと思う。

 

 そして同時に、今ここにはいない友人のことを思った。

 この特異点の話を最初に聞いたとき、正直ちょっと心配な気持ちになったのを覚えている。たぶん世界で一番有名な聖女ジャンヌ・ダルクが魔女として処刑された時代。彼ならきっと関心を持つだろうと思ったし、事実そのとおりのようだった。とはいえ彼はまだこれがゲームだと思っているはずだから、変に入れ込んだりはしないと思うけど……。

 

「……先輩?」

 

 覗き込んでくるマシュの言葉で我に返る。

 内心を誤魔化すようにして、先ほどのマシュの問いかけに答えた。

 

「嘘じゃないって。じゃあ、そうだな……この旅が全部終わったら、一緒に『彼』のところへ遊びに行こう。きっと驚くからさ」

 

「! ……はい! 楽しみにしてますね!」

 

 こうして、オレと彼女の約束事がまた一つ増えることになったのだ。

 

 オレたちが生きる世界。『FGO』が導く長い旅路。リアルとゲームの境界は既にあやふやで、肉体を失ったオレたちはゲームの中に造り上げた自分自身(キャラクター)から影響を受け続けている。特に『彼』のようにキャラもプレイスタイルも弄ってきた人たちは、きっとリアルと同じ在り方でいるのは難しいのかもしれなかった。

 だから、事情を知ってしまった以上、オレは……

 

「あれ、先輩。この小屋に人が来ますよ?」

 

「え? あ……ジャックさんだ。魔物でも出たのかな?」

 

 オレはマシュを連れて小屋の外に出た。サラリと風になびく彼女の髪に、一瞬目を奪われる。

 慌てて目をそらせば、50過ぎの男性が急ぎ足でこちらに向かってくるのが見えた。ドンレミ村の自警団長を務めている人だ。自分に解決できることなら良いけれど……。

 いや、オレは一人じゃないんだ。クランの皆がいて、マシュがいる。だから今は、自分にできることを少しずつでもやっていこう。

 

「おうい、坊主に嬢ちゃん。村の近くにワイバーンが出た! すまんが手伝ってくれ!」

 

 こちらの姿を認めたジャックさんが言う。オレとマシュは頷き合って彼の元へと走り出した。ワイバーンが相手なら、被害が広がる前に急いで倒す必要があるだろう。

 

「……皆が帰ってきたら、本格的に特異点の探索だ。一緒に頑張ろうな」

 

「はい。先輩のお役に立たせてくださいね」

 

 こうしてオレたちは、自らの足元を踏み固めるように未来へ続く約束を積み重ねながら戦っていく。

 失われたリアルに思いを馳せて──世界を取り戻すその日まで、一歩一歩進んでいこう。

 

 

 

>>> [2/3] ゲームの境界

 

 

 ──ふと目覚めると、深夜2時を回った頃だった。

 

「……」

 

 妙にスッキリとした寝起きの頭で時計を確認した俺は、小さく頭を振って起き上がった。周囲の様子が分かる程度の薄明かり。四方を壁に囲まれたこの隔離空間は、カルデアゲートに備え付けられた宿泊施設……プレイヤー個人に与えられた4畳半の休眠スペースだ。『マイルーム』と名付けられたそれは、しかし端的に言ってただの箱である。

 プレイヤーは風邪を引かないから布団だって必要ないし、トイレも不要。無駄を排した完全無欠なミニマリズムの具現であると言えるだろう。プレイヤーからは親しみを込めて『豚箱』『牢屋』とも呼ばれているな。

 

 ……どうも俺は、あの召喚の後に魔力切れでダウンしたらしい。

 辛うじてこの部屋に辿り着いた後、眠る直前にリーダーたちへ連絡を入れていたようで──既に記憶が朦朧としているが──先にフランスへ戻っているとの返事が来ていた。

 

「……さて」

 

 これからどうしたものか。

 二度寝をするには少し目が冴えすぎているし、かと言って今から何かするような時間でもない。

 

 それに正直、眠る前の……ロマニのことを思い出すと、あまり精神状態に良くない気がした。もう随分落ち着いたけれど、あれは何だったんだろう。このまま忘れてしまいたい気持ちがわりとある。

 

 ……と、額の違和感に気づく。なんだかむず痒いし、触ってみると熱を持っていた。なんだこれ? ペタペタと触り回してみるが、よく分からない。

 仕方がないので鏡を探してみる……が、そんな備品はあるはずもなかった。視界にはのっぺりとした壁があるばかりだ。

 

 ああ、剣があったな。

 そう思いついて、俺と並んで隣に寝ていた愛剣を持ち上げると、その刀身を抜いて自分の顔を映してみる。いつもと変わり映えのしない顔だ。しかしその額には、

 

「稲妻?」

 

 くっきりと、稲妻模様のアザが浮かんでいた。

 

 ……なんてことだ。俺はハリー・ポッターだったらしい。俺は意外な展開に驚きの感情を露わにした。やや遅れて失望の感情も。折角の才能が開花したというのに、俺はもうホグワーツに入学するには少々年を食いすぎているのだ。あそこ11歳入学だもんな。世代が違うと話噛み合わないだろうし、一緒に過ごすのもきついよね……。

 

「……そいつは【ソウェイル】。太陽のルーンだ。使い方次第じゃ活力を与えることもできる」

 

 だが俺がホグワーツ魔法魔術学校への入学を諦めかけた瞬間、突然誰もいない壁際から声がして古代ルーン文字の授業が始まった。違う。そういえば何か足りないと思ってたんだ。お前がいなかったな。

 

「クー・フーリン」

 

「おう」

 

 呼びかけに応えて、フードを被った魔術師が姿を現した。……え、ずっとそこにいたわけ? 人の気配とか無かったけどそれも魔術なの?

 

「サーヴァントの霊体化だ。姿を消して魔力消費を抑える。戦闘じゃ偵察くらいにしか使えねぇが、普段はこうしてる方がアンタも楽だろ」

 

 なるほどね、省エネモードがあったらしい。便利なことだ。

 

「それにしてもアンタ、随分と魔力が少ないんだな。全然起きねえからルーンまで刻んじまったよ」

 

「ああ、これお前がやってくれたのか。いや、調子はいいよ。すごくいい。助かった」

 

 そう言ってブンブンと軽く腕を振ってみせる。魔力が少ないとか言われても、そもそも『FGO』プレイヤーにそんなパラメータなんて無いんだから仕方ないじゃねえか。契約は既に交わされたんだ。だったら俺たちは自分ら二人で満足するしかねぇ。せっかく額に稲妻模様ができたことだし、今後は俺とお前でダブルキャスターだ……!

 

「いや、アザはそのうち消えるしその構成普通にバランス悪いからな。つーか大して魔力ねぇのに魔術師(キャスター)志望とか無謀すぎるからちゃんと考え直せよ、マスター」

 

 しかし相棒からは辛辣な言葉が返ってくるのみだった。俺では満足できないってか? ……まあそうだろうな。しかし俺にも言い分くらいはあるんだぜ?

 

「……俺だって、またサーヴァントを使い魔にするとは思ってなかったし……」

 

 フランスを離れた時点じゃ今頃ワイバーンちゃんと仲良くしている心算だったのだから、予想外の巡り合わせってやつだろう。もしかしてこれって運命? でも、運命の男ってのはゾッとしない言葉だ。運命の女(ネカマ)に引っかかるよりはマシかもしれんけどさ。

 まあ、今後は運営(カルデア)のサポートで俺の魔力負担減るらしいけどね。我が運命の使い魔にも、アルトリア戦のときほど酷い様を晒すハメにはならないと思いたい。

 

 ともあれ、その辺の話は置いといて。クラスの話も置いといてだ。

 せっかくクー・フーリンがいるなら早目に聞いておきたいことがあったのだ。

 

「なあ、クー・フーリン。俺は魔術のこととかよく知らないんだけど、お前の専門ってルーン文字を刻むやつなんだろ?」

 

「ん? ああ、それが本質ってわけじゃねーが、まあ間違っちゃいないわな」

 

 期待通りだ。だが、俺は……ここで少し逡巡した。

 問題を解決すること。疑問を解消すること。それはとても大事なことだ。……でも、それは本当に必要なことなのか? 自己満足じみた知識欲を充足する過程で失われるモノの大切さ……そういうことを忘れてはいけないんじゃないだろうか? 

 

 でも代替手段が無いから仕方ないね。

 俺は両手を合わせて()()を作った。由緒正しきお願い事の作法である。

 

「じゃあ、ちょっと頼みがあるんだけど。クー・フーリン、俺の胸を触ってみてくれないか」

 

 …………奇妙な沈黙が場を支配した。おぉう。俺は慌てて言葉をつなぐ。

 

「いや、待て、黙るな。別にそういう意味じゃないんだ……この服、脱げねーんだよ。水着でもありゃ話は早いんだが、あいにくここの運営はそういうデザインセンスがないみたいでな。

 つまり何が言いたいかっていうと、俺……プレイヤーの胸には直接見えないけど【刻印】ってヤツが刻まれてるんだ。新機能。そいつを確認して、本職のお前がどう感じるのか教えて欲しい」

 

 口早に理由を告げると、クー・フーリンは呆れ声で俺に答えた。

 

「はー、変な誤解させんじゃねぇよ。驚いただろうが」

 

「俺だって男に触られたくはないよ」

 

「そいつは気が合うな。ったく、また面倒臭いマスター引いたかと思ったぜ」

 

「?」

 

「ああ、こっちの話だ。どうもオレは時々変なマスターに当たるみたいでな、気にしないでくれ」

 

 ……ま、アンタの状況も大概面倒だとは思うがね。

 そんなことを言って、クー・フーリンは座っている俺のところへずいと近寄ってくる。俺は思わず音を立てて後ずさった。クー・フーリンの目の温度が冷ややかに低下する。俺は即座に弁明した。違う、体が勝手に反応したんだ。俺は悪くない。むしろこの薄明かりの部屋とお前が醸し出してる色気が悪い……!

 

「色気って、お前なァ」

 

「色気は色気だよ色男。自覚ないとは言わせねぇぞ」

 

「へいへい。じゃあ今度は動くなよ。ちゃっちゃと終わらせようぜ」

 

 そう言ってクー・フーリンが屈み込み、俺の胸元に指を当てた。……くすぐったい!

 

「んんっ」

 

「動くな。あと気持ち悪いから喘ぐんじゃねぇ。──【智慧の灯(アンサズ)】」

 

 魔術師の指先が服の上から【F】に似た図形を描くと、その跡が淡く発光する。クー・フーリンは目を細めた。

 

「……これは魔術じゃねぇな。いや、限りなく魔術に近いんだが……本来の魔術式を別の表記体系に移植したって感じだ。アンタら風に言うなら、魔術的プログラムとでも言うのかね。大方、プログラム言語とやらを学んだ魔術師がコードを書いたんだろう。【ウィザード】が生まれるような素地はまだ無いはずだが、どこの物好きだ……?」

 

 ……魔術。やっぱりオカルトか。動けずにいる俺の前で、クー・フーリンは更に続ける。

 

「しかし、恐ろしく上手く出来た式だな。たぶんコイツを書いたのは相当な魔術師だぜ。……ああ、なるほど。これが今のアンタらの霊核代わりになってるワケね。で、これがクラスとやらの記述……ふんふん……自己証明(オート・サーティフィケーション)……倫理(エシック)フィルタ? 随分と過保護だな、おい」

 

 ……何を言ってるのか全然分からないんですけど。

 

 ややあって満足したのか、ブツブツ呟いていたクー・フーリンは立ち上がって俺の側から離れた。俺はなんとなく胸元を整え、咳払いをしてから何が分かったのかを尋ねてみる。その【刻印】、デスペナが重なると段々存在感が薄くなる気がするんだよね。時間で回復するんだけどさー。

 

「ああ、それはそうだろうよ。ミスったやつへの魔力供給を一時的に絞ってるんだろ? 取り分を減らすってのはよくあるペナルティだ……ゲームのことはよく知らねぇがな」

 

 事も無げにクー・フーリンは答える。

 俺はすごく嫌な予感がした。こいつ、今メタ発言しやがったぞ……!

 

「そうだな。アンタも正式にオレのマスターになったことだし、少し戦場の先達として助言をしてやろう。色々気になることがあるだろう?」

 

 そう言ってクー・フーリンはニヤリと笑う。悪い笑みだった。俺は即座に飛びついた。

 

 えー、相談に乗ってくれるんですかー! じゃあそのゲームがどうこうって話について詳しく聞きたいですねー。ぶっちゃけ、さっき俺らがいた召喚ルーム、あれってカルデアの施設でしょ? 俺、カルデア=運営=リアルだと思ってたんですけど、ゲーム内から直接拉致られましたよね? ゲームとリアルの境界線がもう曖昧すぎて正直軽く引いてるんですが、これって所謂ゲーム脳ってやつなんです?

 

「……ゲーム脳?」

 

 それは知らねぇのかよ。じゃあそこは流していいよ。

 どっからどこまでがゲームなのかだけ教えてくだち。

 

「ま、そこだよな。今回オレはカルデアに召喚された関係で大凡の事情が分かってる。今アンタの【刻印】を見てアンタの状況にも察しがついた。……だが、無分別に全てを教えることがアンタを真に導くことになるとは思わん」

 

 そう言って、クー・フーリンは片手に持った杖を突きつける。木製の杖。これが何か?

 

(オーク)だ。古来よりドルイドは、暗いオークの森に分け入り生命の営みを知る。その梢で精霊と交信し、その根から遠く古き歴史を読んだ。要するに、真実は秘されている……。アンタがこれを只の樹としか思わなかったように、前提無き知識を与えてもそれが実ることはない」

 

 ……詰め込み教育は駄目だって話か? それはまあ分かるぜ。現在進行形で学校で習ったはずの知識がボロボロと記憶野から忘失していってるからな。

 

「ゆえに汝、ドルイドたる我を召喚せしマスター。我は汝へ、汝自身の言葉によって導きを与えん……」

 

 杖の先からルーンらしき図形が次々と刻まれ、ボウ、ボウ、と輝く。

 

「ま、アンタに分かり易い言葉で話してやろうってコトなんだがね。いいか。『これは全てゲームだ』。だが、制作と運営が違う。運営……カルデアの目的は、このゲームのプレイヤーを最後まで導くことだ。だが制作は、むしろ全滅してもかまわないと思っているだろうよ」

 

 ……なるほど。幾つかの疑問が氷解した。

 じゃあ、運営は完全な味方なのか? あのロマニも実はクソゲー制作被害者友の会だった……? 本当に? ちょっと信じられないな。あと制作って誰よ。

 

「アンタの敵が誰かはアンタ自身が判断することだがな。アンタ、あのロマニって男にビビりすぎだ。確かに腹に一物持ってそうな感じはあるがね、頭でウジウジ考えすぎるからそういうことになる。……で、制作か。そいつもこの『ゲーム』を進めていけば自ずと分かるだろうよ」

 

 えー、あれが考え過ぎ? そうかなあ……。

 

「ついでにもう一つ助言をしてやろう。アンタはこれから多くの敵と戦うことになる。そのときの心構えだ。

 『敵に共感するな』。

 いいか。アンタの頭はわりと悪くないし、口も回るんだろうよ。だから敵を理解しようと話しかけるのも交渉するのもいい。冥土の土産に冗談の一つくらい送ってやるのは戦場の嗜みだろうさ。だがな、敵の事情に共感するのはナンセンスってやつだ。それは復讐かもしれんし望まぬ敵対かもしれん。高尚な理想を語る奴もいるだろう。……全て聞き流せ。そんなものには聞く価値がない」

 

「……は?」

 

「アンタが戦士なら話は早いんだがな。つまり……戦士が戦場に立つ以上、互いに事情なんてのはあって当然なんだ。命を懸けて戦うってのはそういうことだ。だが、それでも敵は殺さなきゃならねえ。嘆きも怒りも、あるいは戦いの誉れさえ、全て流血の後にあるものだ。

 ……しかしアンタは戦士じゃない。だからこう言い換えてやる。敵を理解するのは良い。だが、『ゲームの敵に共感するな』。敵キャラやラスボスが何を言おうと、アンタがそれを殺すことに変わりはないだろ? なにせ、これはゲームなんだからな」

 

 そう言って、クー・フーリンは歯を覗かせて笑う……黒くて悪い顔だ。おい、こいつ本当にドルイドか? いやクー・フーリンは基本ドルイドじゃなかったな。むしろ凶相の一つ二つ作ってもおかしくない系の戦士だ。お前の言ってることは分からないじゃないけど……。

 

「しかし、これこそ実のない助言だな。繰り返すが、アンタがどうするかはアンタ自身が決めればいい。答えは戦場にあるさ。……アンタはイマイチちゃんと覚えていないようだが、この『ゲーム』にはアンタにとって【最も大事なもの】が掛かっている。気張ってくれよな、マスター」

 

 左様で。

 

 ……結局のところ、俺はこのゲームのプレイヤーであり続けるらしい。

 その大事なものとやらが何かとも聞いてみたが、「曖昧であるからこそ価値があるものだ」と誤魔化された。なるほど分からん。

 

 まあいいさ。結局これがゲームだってんなら、俺は俺なりにやるだけだ。それこそ嘆きも怒りも、ついでにこんなゲームに用意されているかも分からん勝利(クリア)の誉れだって、全てエンディングの後の話になるんだろうよ。

 

 

>>> [3/3] ぐだぐだしてると勝手に話が進んでいっちゃうオンライン

 

 

 ……そして夜が明け。やっとフランスに戻ってきた俺たちを待っていたのは、

 

「ジャンヌ・ダルクがヴォークルールで挙兵した」

 

 という知らせだった。

 

 聞いた話によれば、挙兵したジャンヌ・ダルクはサーヴァントであるらしい。ドンレミ村近郊に出現した彼女は村の治安が何とか維持されているのを知って村を離れ、そのまま北にあるヴォークルールの砦に向かった。で、その道中でプレイヤーと遭遇したとのこと。彼女が率いる兵力ってのは、イコール彼女に協力したプレイヤー共の集団だった。

 現在は、彼女の因縁の地オルレアンを目指しているとか。

 

 ……なるほど。

 図らずも、俺がかつてクー・フーリンに期待したプレイヤー集団の統率が、今ジャンヌ・ダルクによって行われていることになる。

 

 で、彼女ドンレミに現れたって? ドンレミ周辺の魔物を狩っていたのは……それこそ俺であり、親愛なる【ワカメ王国(キングダム)】の気まぐれメンバーであり、そして周辺クランのプレイヤーたちだ。

 ついでに言うならヴォークルールはドンレミから北上しておよそ20キロほどのところにある。だからそのジャンヌさんの道中の敵も、だいたい俺たちが掃除していたといえるだろう。

 ……そして何より、プレイヤーたちに【SERVANT】NPCと共闘するよう掲示板で積極的に働きかけていたのはかつての俺自身だった。

 

 あれ。もしかしてこの状況を招いたのって……俺のせいもあったりしない?

 

 呆然とする俺の横でクー・フーリンが爆笑し、それをフランスの優しい風が運び去る。

 一通りのお膳立てを整えておきながら、肝心の挙兵イベントそのものに乗り遅れた男の姿がそこにあったのだった。

 

 ふ、不覚……。

 




主人公の容姿が明示されていないのは、(いくつかの設定こそあれ)明確なキャラクター付けの無いモブキャラにして一介のプレイヤーに過ぎないためですが、でも藤丸立香の友人って癖の強い人が多そうな気もしますよね。


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1-5

オルレアン編から顔を出してくる某グランドキャスター。
当時からアーサー王伝説が普及してたってことなんだろうけど、変に絡むと話がややこしくなる。すごく……。


>> [1/2] ゲームをしない人々。

 

 アルテュール王の魔術師メルランの予言によれば、『救世主はロレーヌより現れ出づる』とされる。あるいは更に詳しく、『一人の悪女によって滅びた王国をロレーヌの乙女が救う』とも。

 

 ヴォークルールの砦に詰める兵士たちは口々にそう言い、魔物狩りやらで薄い連帯・協力関係を保っていたプレイヤーもその話を聞く機会がそれなりにはあったらしい。ジャンヌ・ダルク挙兵に至るまでの現地におけるエピソードの一欠片である。

 

 ……正直、何のことやらだ。

 

 俺を含めて、うちのクランの連中はそういう歴史的文学的な知識にあまり精通しているとは言い難い。そこでジャンヌ・ダルクと合流すべく出立する準備の傍ら、その手のネタへの博識さに定評のあるプレイヤー、つまり【ノーリッジ】のエルへと連絡を取ってみたのだが。

 

《──フランス風に言われると耳馴染みが無いかもしれないが、アルテュール王とはブリテンの騎士王ことアーサー王を指し、メルランはマーリンを意味する。アーサー王伝説に連なる騎士物語は当時のフランスにおいても広く知られていたはずだ》

 

 ははぁー、そうなんだ。しかしアーサー王伝説か。【ファーストオーダー】のアルトリアが持ってたエクスカリバーを思い出す。そういえばアルトリアは伏線っぽいこと言ってた気もするし、そのうちアーサー王ご本人が登場するのかもな。

 ……ていうか、なんで大昔のイギリスにいたはずの魔術師が数百年先の救世主とやらを予言しているのか。さすがはマーリン、魔術師代表ともいえるだけある理不尽能力だ。

 

 ともあれ、エルがジャンヌ・ダルク挙兵に絡む状況を知りたがっていたので礼代わりにとあれこれ聞きかじったことを伝えておく。この程度ならお安いものだ。本当に価値のある情報ってのは秘匿されるもんだからな。

 ……んん? 似たような話をどっかで聞いた気がする。情報の秘匿……なんだっけか。忘れた。

 

《──なるほどな。なかなか奇妙な状況になっているようだ。情報提供感謝する》

 

《いや、それほどでも。というかこの程度の話、エルならとっくに知ってたんじゃないですか?》

 

《……それがそうも行かなくてね。そもそも私は今現地フランスにいないのだ》

 

《あ、そうなんすか。じゃあ今は何してるんです?》

 

《……》

 

 そこで少しの沈黙があった。俺はワイバーンに自分の荷物を積もうとして拒否られているリーダーを見ながら彼の返事を待つ。……ややあって、パチンと何かを切断する音がしてエルは大きく息を吐いた。どうせいつもの葉巻だろう。彼は言った。

 

《…………政治だ》

 

《!?》

 

 いや、そこはゲームをしろよ。俺が言えた話じゃないけどさあ。

 

《私も【ノーリッジ】に帰りたいのは山々なのだがね、立場上そうも言えなくてな。話すべきこと、話すべきでないこと、全て決めてからでなければ戻れまい》

 

《話し合いっすか》

 

《そうだ。だがまあ、いつかは終わるだろう。それだけでも現世においてきた終わらぬ会議の数々に比べれば万倍はマシというものだ。……そして君も当事者であることを忘れないでほしい。オルガ嬢が【ワカメ王国(キングダム)】の皆によろしくと言っていたぞ》

 

 ……ああ。話し合いって、相手は運営かよ。

 そういえばオルガもあれからずっと戻ってこない。頼まれていたリツカのこととか、あとロマニと同僚だったなんて大変ですねと優しさ成分を喚起させた俺は先程連絡を入れたのだけど、

 

『はあ!? し、心配なんていらないわよ!』

 

『……まあ、でも同じクランの仲間として連絡を密にする姿勢は評価してあげないでもないわ』

 

『それに……そうね。多忙は事実ですが、わたしも万が一、いえ億が一くらいの確率で愚痴の一つも言いたくなることがあるかもしれないし……ええ。貴方、クラン内での定期連絡を担当しなさい。よって、わたしにも定期的に連絡をよこすように。これは命令です。わかったわね!?』

 

 ……などといったツンケンした返事しか返ってこなかった。ついでに今夜からはお電話のお仕事まで追加されてしまったらしい。まったくやれやれだぜ。

 それでも、運営とプレイヤーの二足の草鞋を履きつつクランのことを気にかけてくれるオルガの姿勢は好意的に評価したいと思う。よほど忙しいのだろうと思っていたが、調査とやらの他にエルともやりあってたのか。それは苦労したろうに。俺の中の優しさ成分がまた一つ喚起された。

 

《──伝言ありがとうございます。エルは以前から運営と関わりがあったんですか?》

 

《いや。むしろ外部から運営の調査を頼まれていてね。金をもらいながらゲームが出来るというのは案外悪くなかったのだが、結局こうしてペイできないほどの面倒事を抱え込むことになった》

 

 なるほど、それがオルガの言ってた直前ログイン組か。しかし『FGO』ほどのゲームともなると、プレイヤーにも色々立場があるもんだ。

 ゲームに慣れてくると提供されたコンテンツを消費するだけじゃ飽き足らなくなって、ゲームの中なら怪我しないよねと非公式で格闘大会とか始める連中も出てきたからな。ユーザーイベントは準備が面倒だが、上手くやれば相当な盛り上がりが期待できる。規模によってはリアルマネーが動くこともあったらしい。

 まあ、あんまりやりすぎると運営に潰されるそうだが……。

 

《君たちはこれからジャンヌ・ダルクと合流するのだろう? 私も【ノーリッジ】のメンバーにそうするよう指示してある。私抜きでも問題ない連中だとは思うが、もし見かけたら気にかけてくれるよう君たちのリーダーに伝えておいてくれると助かる》

 

 勿論オーケーだ。互助精神これが大事。俺が了承するとチャットは切れた。

 

「──あ、終わった?」

 

 そこにセオさんがやって来た。背後には、陽光の下でもなお黒いシャドウエミヤの姿がある。

 俺は足元を見下ろす。エルと会話をしながら掃き集めていた小屋の中の塵と埃は既に玄関口にまとめ終わっていて、ちょっとした山を作っていた。けっこう溜まるもんだな。

 

「ゴミの処分はこっちでやっておいたよ。……その藁箒、どうする?」

 

「んー」

 

 俺が今手に持っているのは、適当な枝の先端にいつもの藁束を括り付け、別の藁を紐代わりにざっくり縛っただけの簡素な自作箒だ。こんなシンプルなものでも小屋の掃除には十分使える便利アイテムである。そして結局のところ、【道具作成】絡みで作ったものの中ではこれが一番役に立ったかもしれなかった。

 

「置いていきます。また次の持ち主が使うんじゃないですかね」

 

「そっか」

 

 セオさんはそう言って笑い、俺に箒を渡すよう促すと、その箒で埃の山を外へと盛大に掃き出した。そして箒を適当に玄関脇へと立てかける。傍に控えていたエミヤが素早くそれをきちんと整え直した。セオさんは膨れた。

 アバターの見た目こそ女子高生くらいだが、セオさんは推定アラサーである。普段の振る舞いは社会人らしいのに、時折どことなく残念さが漂う……。

 

「オイ、準備できたか!? もう行くぞ!」

 

 と、外からリーダーの呼ぶ声がする。ワイバーンに荷物を積むのは諦めたらしい。

 俺は足元に置いてあった荷物袋──藁束と魔物素材が乱雑に詰め込まれている──を担ぎ、剣を片手に外へ出た。後ろから例のマナプリズム精製機を抱えたエミヤとセオさんがついてくる。

 

(良い小屋だな)

 

 傍らで姿を隠すクー・フーリンがそう言った。こちらに戻ってきてエミヤ(影)を見た彼は「またかよ」と嘆息して空を仰ぎ、それから専ら霊体化しっぱなしである。何、君たち仲悪いの?

 

「良い家だったよ」

 

 そしてそんなに長く過ごしたわけでもないが、俺にも多少の愛着は湧いたらしい。彼にそう返して、既に待っているリーダー、リツカ、マシュさんのところへ歩み寄った。全員揃ったところでリーダーが簡易的なフランス地図を取り出し方針を告げる。

 

「連中はヴォークルールから南西に向かっている。途中の魔物を一々狩ってるから速度は大して早くないし、今から行けば普通に追いつけるだろ」

 

 ぴっ、と指で線が引かれる。俺たちは西寄りの南西に進めばそのうち合流できそうだ。

 

「あ、その前にドンレミ村に寄って挨拶していきたいんだけど」

 

「はい。魔物狩りのお手伝いもできなくなってしまいますから」

 

 しかしそのタイミングで、リツカとマシュさんがそんな提案をした。

 

「えー!? いいじゃんそんな、めんどくさい」

 

 リーダーは気が乗らないらしい。というか、さっさと重要イベントだろうジャンヌ・ダルク一行に合流したいのだろう。だが……

 

「いいじゃないですか。この小屋のことも含めて色々世話になったんだし、俺も賛成ですよ」

 

「じゃあわたしも。お別れくらいは言っていきましょう」

 

 しかし俺とセオさんも賛同したため、そうなってはリーダーも不承不承頷かざるをえない。

 まあ、これだけは譲らんという調子で「その分急ぐからな!」との言葉をいただいたので、この後の行程は多少ハードになるかもしれなかった。なにせプレイヤーレベルは体力や筋力に補正をかける。リーダーはうちのクランで一番高レベルなので、イコール生物として一番強いということになるのだ。

 ちなみに最弱はオルガ。……のはずなんだけど、あいつ魔術チート持ち臭いんだよな。そうなると俺とリツカで最弱決定戦をしなければならない。セオさんは戦闘好きじゃないタイプなので除外。俺同様にキャスタークラスを選んだ彼女は完全生産職と化しつつあった。

 

 なあ、リツカよぅ。

 

 俺は友人の隣に近寄りポンと肩をたたいた。最弱を決める決闘の申し込み……ではない。

 ジャンヌ挙兵イベントにより彼女が一層の重要人物だと分かったタイミングで、その故郷であるドンレミ村に寄って行くってのは良い提案だ。プレイヤーとしてフラグを見る目がついてきたと言えるだろう。……だがリツカは、「フラグ? 村の人に挨拶することが? Why?」とばかりに頭へハテナマークを浮かべて首を傾げるばかりだ。マシュさんに至っては明らかにフラグの意味が分かってねぇ。俺は瞑目した。

 ま、まあ、天然でそういう提案をしかねない辺りがリツカのリツカたる由縁であるとも言えるけどな! そういうところ、嫌いじゃないぜ!

 

 

 

>> [2/2] ジャンヌ挙兵。すなわち、そのとき歴史が動いた。

 

 

 昼下がりのドンレミ村は、どこか隠しきれぬ熱を秘めていた。村道を行き交う野良着姿の人々が示す仕草の一つ一つ、あるいは其処此処(そこここ)から漏れ聞こえる密やかなる話し声。その全てが、このフランスに来て以来見慣れつつあった村落の姿と同じようで違う何かを感じさせた。

 

「挙兵の話、届いてるみたいだね」

 

「ですね」

 

 セオさんと俺はこっそりと頷き合う。その向こうではリーダーが村人を適当に捕まえて「これから挙兵したジャンヌ達に合流する」などと吹聴し、盛り上がった人々からリンゴやら葡萄酒やらを渡されている。ファンタジーで見るところの村の英雄の出立といった風で、実にご満悦そうである。リツカとマシュさんも別れを惜しまれているな……あ、引き止められた。……断った。よし。

 

 

 

 ……旅立ちの前に、少しこれまでの状況を整理しておこう。

 

 今回運営が解放した新しいエリアの名前は、第一特異点【オルレアン】。

 

 オルレアンっていうのはフランスの都市の名前で、世界史にも出てくる地名だ。要はフランスエリアってことだが、只のフランスじゃない。運営によればこれは1431年のフランスであり、イベント概要も「過去のフランスで何か異変が起きてるので、それを特定&解決してきてくれ!」とのこと。

 相変わらずの説明不足だな。……まあ、今となっては多少の同情もしないじゃないが。

 

 一応運営を擁護しておくなら、今回は全くのノーヒントってわけでもないのが救いと言える。

 新エリア解放と同時に、運営直々に関連資料と思われる歴史神話民俗等のデジタル資料が公開され、ユーザーは誰でも閲覧可能になったのだ。

 

 ゲーム中から本が読めたり映像が観れるなんて著作権料が結構なことになっていそうだが、まあ、とにかくこれらがシナリオのネタ本になっていそうだというのは衆目の一致するところ。

 目下資料の読み進めが行われており、セオさんみたいな前線に出ないタイプのプレイヤーや検証班などは本格的に戦闘から遠ざかってしまっている。プレイヤーの分業化が進んでいるとも言えるけど。

 

 現地プレイヤーからはフランス兵士の「処刑されたはずのジャンヌ・ダルクが竜の魔女となって国王を殺した」という証言が寄せられており、本の虫となった検証班は現地情報と資料知識を合わせて「魔女化したジャンヌ・ダルクによるフランスへの復讐」というシナリオ予想案を提出している。それは、魔女ジャンヌを知るフランス兵士たちの認識ともおおよそ一致するものだった……。

 

 が、しかし。

 

 そこへ降って湧いたのが、今回の「もう一人出てきたジャンヌ・ダルクによる挙兵劇」だったのだ。プレイヤーはもとより、おそらくフランスに住むありとあらゆる人々がこの意味不明な事態に激震したのである。

 ただでさえ処刑されたはずのジャンヌ・ダルクが魔女を名乗って復活し、突如ワイバーンや魔物が大量発生を始め、挙句死人がリビングデッドとして蘇る……そんなアポカリプス状態を一層の混沌に叩き込むドッペルジャンヌ現象の前には、流石のフランス人たちも「これもうわかんねぇな」とばかりに理解を放棄するしかなかったとかなんとか。

 

 

「でもですよ。例えばこの村の人たちもジャンヌの処刑を知らないわけじゃないんでしょう?」

 

「どうかな? ここからルーアンまではかなり距離があるから……捕虜になって異端審問を受けてるって話くらいは聞いててもおかしくないと思うけどね。あとはプレイヤーたちが掲示板経由で情報を広める媒介になってるのかも」

 

 俺の問いにセオさんが答えた。社会人という立場ゆえか、女性らしい優しさと気安さ、そしてときに見せる冷静さと洞察力をも同居させている不思議なお人である。

 

 彼女が言うルーアンとはフランス西部の都市で、ジャンヌ・ダルクの裁判と火刑が行われたところ……らしい。

 今回の特異点探索にあたり、プレイヤーたちは北東部のヴォークルール付近、南東部のマルセイユ付近、南西部のボルドー付近にクラン単位で放り込まれた。仮に全員がアクティブで参加すれば総勢3万にもなるという人数を一箇所に叩き込むのは、それだけで事態を致命的に混乱させるからだろう。マンパワー。あの運営も、まだ中世時代のフランスに21世紀じみた移民問題を先取りさせるのは多少なりとも気が引けたと見える。

 

 そうして全土に散ったはずのプレイヤーは、しかし掲示板という情報網を保ち、周辺住民に限られた範囲とは言え情報を垂れ流していく。今回のジャンヌ挙兵などはその最たる例だ。いまやフランス中から重要イベントの気配を求めてプレイヤー共が集結しつつあった……これ、明らかにNPC=周辺住民への影響ヤバそうなんだけど、運営ホントに管理できてるのかね。

 

 

 

 まあいずれにせよ、オルレアンの魔女とヴォークルールで挙兵したもう一人の聖女。どちらもその名前はジャンヌ・ダルクであり、そうして対になる2人の存在が対になる予言を人々に想起させた。

 

『一人の悪女によって滅びた王国をロレーヌの乙女が救う』

 

 例の魔術師マーリンの予言だ。

 ロレーヌ地方ってのは、要はドンレミ村を含む周辺地域のことらしい。ヴォークルールもだいたいその辺だ。つまり『ロレーヌの乙女』が指すのはジャンヌのことだと当時の人々は考えていたわけだが、ここでもう一人が問題になる。一人の悪女と、それによって滅びた王国。

 

「本来の歴史では、い……【イザボー・ド・バヴィエール】がその悪女だとされていたんだけど、この特異点の状況だと魔女ジャンヌのほうがそれっぽいんだよね」

 

「別にイザボーはフランス滅ぼしてないですしね」

 

 ジャンヌがオルレアンを解放できなければわりと危うかったかもだけど。

 

『イザボー・ド・バヴィエール。1431年当時のフランス国王シャルル7世の母。シャルル7世が先王にして彼女の夫であるシャルル6世の子ではないと言い放ち、逆に敵国イングランド王のフランス王位継承を認めたとされる。その不貞と言行によって百年戦争に火種を投げ込み長引かせた一人であろう……』

 

 以上、検証班のコメントより引用だ。別名を『淫乱王妃』。セオさんが一瞬口ごもったとき、何を言おうとしたか追求しなかった俺を褒めてほしいな。

 しかしそんな彼女も、流石に悪女ランクでは既にファンタジー存在と化した魔女ジャンヌに敵わないだろう。敵う奴いるのかって話でもあるけど。

 

 かくして古の大魔術師マーリンの予言はいまや、かつてのジャンヌ登場当時よりも説得力を増して迎えられつつあるようだ。真に国を滅ぼす悪女、ジャンヌを騙る竜の魔女を、ロレーヌに復活し挙兵した聖女ジャンヌが討とうとしていると。

 同一人物が二人いるならまずどちらかは贋者だ。そして、魔女と聖女を比べたならどっちが贋者かなんて火を見るより明らかである…………はず。『ドリフターズ』とか読んでる身としてはなんとも言えないけどね。

 

 ……まあ、ドンレミ村の密かな熱気は諸々そういう事情あってのことなのだと思われた。

 きっとこの村の誰も、彼女が魔女だったなんて信じたくないんだろうよ。

 

 村人の笑い声は途絶えず、しばらくの歓待を受けた俺たちは陽気な声を背に送り出された。

 そして、それからの旅路に数日を要し……待望のジャンヌ・ダルクに追いついたとき。俺たちは、もう一人のジャンヌ・ダルク──この特異点エリアにおける推定ラスボスとも出会うことになるのである。

 

 

 ていうか俺たち、なんでゲームの中で歴史のお勉強してるんだろうな。マジ意味分かんねぇ。

 




 オルレアン編はじっくり話を進めていくことになります。
 あとイザボー・ド・バヴィエール(1370-1435)ですが、彼女については当時の国内・国外情勢や宮廷の状況、あと夫シャルル6世が発狂していたこともあり色々むずかしい人です。ジャンヌ登場の背景を作った一人ではありますが……。
 冒頭で出てきたマーリンの予言は「この国は一人の女によって滅び、一人の女によって救われる」という形で知られていることが多いですね。いつかジャンヌと円卓勢が絡まないかな―という願望を込めて。

原作との相違点
◆原作
ジャンヌ「敵のジャンヌ・ダルクに見つからないよう密かに行きましょう……!」
◆本作
ジャンヌに合流したプレイヤー「ヒャッハー! ジャンヌと一緒にオルレアンへカチコミだァー!」←超目立つ


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1-6

少し長いです。


>>> [1/3] ジャンヌ・ダルクの御旗の下に

 

 

 ヴォークルールから南西にフランスの野を下り、ジャンヌ・ダルクの旗は行く。

 

 ──聖女は困惑していた。

 

 白の聖旗に従い進むは数百を超える異装の人々、そして同じく数百に及ぼう異形の群れだ。フランスの人々を襲う恐るべき魔物たちを、なぜか彼らは手懐けていた。

 

 ──聖女は困惑していた。

 

 初夏のフランスは、リンゴの花の季節である。果樹園だろう背の低い木々の連なりに咲き誇る白い花々が、道中のあちらこちらで見受けられる。聖女にとってはどこか懐かしい光景。その芳しい香りと陽気に誘われてか、緩く隊列を成す集団の一人が鼻歌を漏らし始めた。陽気なリズムはやがて周りの仲間たちの声を伴い一つの歌となり、数分もすれば天高らかに異郷のメロディーを響き渡らせる。

 朗らかな歌声に惹かれたのか、森の中からひょっこり自称音楽家とキラキラ輝くお姫様が姿を現し指揮棒を振り回し始めたので、一行のテンションは最高潮となった。

 

 ……現れた2人は、明らかにサーヴァントであった。

 サーヴァントと【プレイヤー】の奏でる大合唱。

 

 聖女は、困惑していた──

 

(主よ、これも主の思し召しなのですか……?)

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 最初は、只の協力者のはずだったのだ。

 

 

 ふと気がつけば木立の中に立っていた。分かっていたのは、自分が何者であるかということと、この世界に何が起きつつあるかということだけ。吹き抜ける風の薫りに郷愁を覚えて初めて、そこが自分の故郷であるフランス北東部ロレーヌ地方……ドンレミ村の近くだと認識したくらいだ。

 

 しかしそうと気づけば、村の様子を見に行かずにはいられなかった。

 何らかの理由によってこの地に聖杯がもたらされ、それが悪用されたことで無数の魔物たちが暗き闇より這い出しつつあったのだから。この身は裁定者(ルーラー)。聖杯が世を侵すとき、それを抑止する存在である。けれど……せめて、一目だけでも。

 

 霊体となり、誰にも気づかれぬよう彼女は木々の合間を縫って進んだ。

 既にジャンヌ・ダルクが処刑されて数日が経っている。処刑の事実、そしてオルレアンに復活したもう一人の自分がシャルル7世陛下を殺害したことはまだ伝わっていないかもしれない。それでも、彼女は故郷の人々にどんな顔をして会えばよいのか分からなかった。異端審問と火刑。この時代における教会から異端と見なされた己と関わることは、きっと彼らを災禍に巻き込んでしまうから。

 

 ……そうしてしばらく歩けば、見慣れた景色が目に映る。

 召喚時にもたらされた『知識』と異なり、なぜか周辺に魔物は少なかった。覗き見た村の様子も、なんとか平穏を保っているようだった。

 

(……良かった)

 

 彼女は心の底から安堵した。そして決意する。この平穏が破られぬ内に、必ずオルレアンのジャンヌ・ダルクを止めなければならないと。

 彼女、すなわち再びフランスに現界せしもう一人のジャンヌ・ダルクは身を翻し北へと向かう。目指すはヴォークルール。近隣で最も中枢に近い地位にある砦。そこで何らかの情報を得て、一路オルレアンへと向かう……はずだったのだ。

 

 

「あれ、あんた【SERVANT】……?」

 

 その道中で奇妙な人々に出会った。この時代に存在するはずのない風変わりな衣装に身を包んだ武装集団。生身の人間ではない、まるでサーヴァントのような霊基体に近い存在の集まり。

 そして何より奇妙だったのは、彼らが魔物を従えていたことだ。様子を伺うに自分への悪意や敵意を持った集団では無いようだが、人を襲うはずの魔物を従えている。加えて、どうやらサーヴァントの存在を知っているらしい。……接触しないわけにはいかなかった。

 

「はじめまして。私は此度の聖杯戦争において【ルーラー】として召喚されたサーヴァントです」

 

 真名は告げなかった。この時この場所において隠匿はさして意味を為さないけれど、それでも。

 彼らは動揺した。漏れ聞こえる呟きは「聖杯戦争」と「ルーラー」の言葉を多く含んでいた。ややあって、まとめ役らしき男がジャンヌの前に進み出る。

 

「あー、どうも。ここのクラン、【殺人シェフ】のリーダーをやってるダラニーだ。聖杯戦争? ってのは良く分からんが、ここの異変の調査解決を目的に動いてる。中立の【SERVANT】とは協力した方が良いって話らしいんだが、あんた俺達の敵かい?」

 

 【殺人シェフ】のダラニー。随分と物騒な名前だが、傭兵団のようなものだろうか。ジャンヌはかつての戦いの日々の中で己の旗の下に戦った傭兵たちを思う。それに、彼らの目的……事情は分からないが、自身のそれと対立するものではないように思われた。

 

「……いいえ。貴方達がこのフランスを魔物と魔女から救おうとしているならば、私は貴方達の敵ではありません。むしろ目的を同じくする者と言えるでしょう」

 

 彼女がそう言うと、ダラニーは破顔一笑した。野太い声で後ろに従う者たちに声をかけて武器を下ろさせる。筋骨隆々とした粗野な風貌の男だが、不思議とカリスマがあるらしい。彼は言った。

 

「そいつは結構。で、相談なんだが、俺たちと一緒に来ちゃあくれねぇかい。敵の首魁(ボス)はオルレアンにいるらしいが、こうも魔物が多いと進撃はおろか探索だってままならねえからな。前の事件(イベント)でも【SERVANT】には助けられたんだ。協力してくれるとありがたい」

 

 やはり彼らはサーヴァントを知っているようだ。それも、協力したことがあると。

 ……前の事件(イベント)? 

 

「……返事の前に聞かせて下さい。貴方達は何者なのですか? 事件とは?」

 

 男は答えた。

 

「俺たちは【プレイヤー】だよ。事件(イベント)ってのは、こういうバケモン共との戦いのことだ。フランスのあちこちにバラ撒かれたお仲間と一緒に、運営様の指図に乗って攻略してるのさ」

 

 ……後に聞いた話だが。

 彼らの『攻略』において、現地住民とのやり取りは完全に彼ら自身の『コミュニケーション能力』に依存するという。何を当然のことを、と訝しがるジャンヌ・ダルクにプレイヤーたちは口々に愚痴の言葉を連ねた。運営がゲイのサディスト野郎だから俺たちを助けてくれないのだと。

 

 よく分からないなりに彼女は、それが彼ら【プレイヤー】の習わしなのだろうと受け入れた。奇妙な装束をまとい、指導者たる運営に従って戦う集団。その異質さは人ならざる存在故か?

 

 ……いずれにせよ、ジャンヌ・ダルクは目的を同じくする彼らとの共闘を受け入れた。

 意を決して告げた真名は予想に反して驚きと歓声によって迎えられ、仲間を呼びたいという頼みに頷けば、あっという間に【プレイヤー】の集団は数百にまで膨れ上がった。それは、この荒廃したフランスにあって予想もしなかった驚きの連続だった。

 数百と言えば、軍の大隊には及ばぬまでも中隊規模なら優に超える数だ。彼ら自身が並の兵より余程強いこと、そして従える魔物の力を加えれば実質戦力は大隊さえ遥かに上回ると言えるだろう。霊基体に近い彼らは飲まず、食わず、略奪もしない。さらにフランス中から集結しつつある彼らの同士は、やがて万を超えるだろうという。

 

 ──万。それが事実ならば、恐ろしい数だった。

 

 在りし日の、オルレアン包囲戦。あの都市を解放する戦いに与した兵はフランス・イングランド両国共に数千程度だったはずだ。万などという兵力は、この時代においてもなかなか動員できるものではない。ならば後はサーヴァントだが……

 

「味方の【SERVANT】? ああ、いるぜ。マシュっていう【シールダー】だ。あと清姫とかいうのが出たって話だが、こっちはまだ噂だなあ」

 

 ……シールダー。エクストラクラス。未知数ではあるが、味方にサーヴァントがいるのは心強い。それに現地サーヴァントが他にもいるのだとすれば。

 魔女ジャンヌは既に聖杯を手にしているのだろう。これほど短い期間にフランス全土を魔物によって侵略するなど、聖杯の如き超級の神秘なしでは不可能だ。だがそれでは聖杯戦争が成立しない。

 聖杯が最初から誰かの手にある聖杯戦争……。現地サーヴァントとは、おそらくその矛盾へのカウンターとして召喚された存在だ。協力できる可能性はあると思われた。

 

 ジャンヌ・ダルク。かつて常勝と謳われし戦乙女は戦場を思う。

 敵のサーヴァントは自分たちサーヴァントで抑え、それ以外の敵を【プレイヤー】に任せる。……魔女が何者かは知らないが、それが本当にジャンヌ・ダルクであるならば、万を超える人外の軍勢との戦闘状況など想定できるものだろうか? なにせ無数の竜を仮想敵としプレイヤーを友軍とする今の自分だって、彼らの作り出す戦場がどのようになるものかなど分からないのだから。

 

 ──勝機はある。

 

 だから、【プレイヤー】たちの奇想天外な振る舞いに困惑しながらもそう思ってしまったのだ。

 それが神秘跋扈する聖杯戦争においては愚かな思い上がりに過ぎぬと、気づきもせずに。

 

 

 

>>> [2/3] ラ・ピュセル邂逅

 

 

 俺たちがジャンヌ一行に追いついたのは、ドンレミ村を立ってから数日ほど後のことだった。

 当初の予想よりも遅れた主な理由は、モンスターの製造元たる敵方がジャンヌ挙兵の報に警戒したらしく、道中で出会う敵の数が以前に比べて明らかに増えたからだ。

 

 しかしその道中について語ることはあまり多くない。

 俺やリーダーが時折木々の影からまろび出てくるスケルトンやゾンビを一体一体ごっすんごっすん打ち据えている間に、我らの頼れる使い魔ーズがリツカとセオさんの指示の下ワイバーンやウェアウルフたちを驚くべき速さで駆逐していったからである。それはもう、完全に別ゲーの様相を呈していたのだ。

 

 ちなみに余談だが、そのあまりの圧勝ぶりに調子に乗ったリーダーは、自分のワイバーンを過剰に褒めちぎった挙句「人型なんてだっせーよな!」「ドラゴンの方がカッケーよな!」などといった安易なサーヴァントdisを始めたので俺もすかさず反論を試み、紛糾する議論が耳障りだったらしいワイバーンちゃんからまとめて【羽ばたき】された。

 強烈な風圧に二人揃ってすっ転び頭を変な風に打った俺達は、そのままスタート地点(ドンレミ村)へと死に戻り、そこから現地までの復帰ダッシュのスピード対決でカタを付けることになる。当然俺の負け。つーかフレンドリーファイアの設定どうなってんだ。まさか竜種にとっては攻撃ですらない可愛がりにすぎぬとでも言うのだろうか……?

 

 

「あ、見えましたよ!」

 

 先頭を行くマシュさんが、未だ全力疾走の疲労を残す俺とリーダーを振り返ってそう言った。併せて動く大盾が掻き乱す空気は甘い香りを含んでいる。リンゴの香りだ。フランスの酒と言えばワイン、シードル、カルバドスだと誰かに聞いたことがある。他にもあるだろうとは思うが、もちろん俺には知る由もない。リツカと同じ未成年(ティーンエイジャー)なので。

 

 ドンレミから西寄りに進んだ俺たちと、北のヴォークルールから南寄りの進路を取った決起勢の道行きは直交する。俺は横手から進んでくる集団に向けて目を凝らした。

 どれどれ、先頭に見える旗を持ってる女性が聖女様だな。おう、美人だ……。陽光に煌めく金の髪と十字架の意匠をあしらったマントが聖女感を極めて巧みに演出していらっしゃる。そして歩を進めるたびに深いスリットから覗く白い太もも……不敬ですよ聖女サマ! 俺はフラフラとその旗に近寄りかける。しかしリーダーが制止をかけた。

 

 あァ……?

 見れば、リーダーは俺を腕一本で静止しながらもう一本の腕で海藻めいて風にたなびく前髪を整えているところだ。磨き上げられた白い歯が、太陽に輝く。

 

 ……なるほどね。

 リーダー、アンタどうやら初対面の聖女様に我らが【ワカメ王国(キングダム)】のグッドな印象を植え付けたいってわけだな? そして、それには俺じゃあ不足だと。上等だ、またダッシュ競争といこうじゃねぇか。今度のゴールは聖女様だ! おいリツカ、お前も来い!

 

 俺とリーダーは一斉に駆け出した。イケメン枠で誘いを掛けたリツカは後ろでマシュさんに引き止められている。はは! 女ってのは(かせ)だな! 枷のいない俺とリーダーはそのまま風になった!

 

「うおおおお!」

 

 二人の声がシンクロし、聖女様に付き従うプレイヤー共が一斉にこちらを振り向いて、集団の中から一陣の風が走った。向かい風だ。その風は俺たちをまっすぐ直撃するコースを走ってくる。避ければタイムロス。俺とリーダーは睨み合う。これはチキンレースだ。狂気の沙汰ほど面白……ッ!

 

 俺とリーダーは、真正面から風のようなスピードで向かってくる迎撃者を避けようとはしなかった。

 ……衝突した。

 吹っ飛ばされた。

 そして、連中はあっという間に俺たち2人を組み伏せた……。

 

「ラ・ピュセルに許可なく近づくことは認められん。おいお前ら、名前と所属クランを名乗れ」

 

 後ろから出てきた男が言う。こいつは見覚えがある。奴のクランは確か、【銀狐】……おう、自治勢がこんなところまで出張してるのか。だったら俺たちを組み伏せたのは【キングフィッシャー】の連中だろう。アサシンオンリーの変態クランだ。

 俺は両手をあげようとしたが関節がキマっていて無理だったので、大人しくリーダーに視線をやる。同じ仕草でリーダーがこちらを向いて、2人の目が合った。

 

(分かってるな?)

 

 俺たちは仲間だ。だから危機にあってこそ心の声でそう囁き合い、通じ合う……。

 

「「アイツがやれって言いました」」

 

 俺たちの声は、同時だった。

 

 

 

 ……ともあれ、それからのジャンヌ・ダルク御一行様への合流は極めてスムーズに終わった。

 後ろ手に拘束された俺とリーダーを尻目にリツカとセオさんが先頭まで走っていって、聖女様に軽く挨拶をし、あとは後ろに続く列の適当なところにお邪魔するだけ。縛めを受けていた両手ちゃんもお小言とともに解き放たれた。

 

 で、そのまま視界の先で揺れる旗を見ながらみんなと一緒にてくてく歩いていると、なぜだか無性に楽しくなってくる。ピクニック的な浮かれ気分のままにリズミカルなステップを踏んでいたら、そのうちどこからともなく大合唱が始まった。ついでにサーヴァントも2人来た。指揮者と美声のお姫様だ。合唱のクオリティが跳ね上がる。

 俺も楽しくお歌を歌っていたが、隣のリーダーが上手くて普通にビビった。カラオケなら95点位、この人わりと完璧超人系なんだよな。リアルの充実を感じさせる堂に入った歌い方だぜ。

 

 まあ、そんな道行きの合間合間に近場の索敵に散ったアサシン共が戻ってくるので、敵がいる場合はそれを殲滅してから再び先に進んでいく。使い魔ワイバーンは野生のワイバーンより弱いみたいだが、戦いは数だ。囲んで棒で叩く。圧倒的兵力差の前に寡兵はただ滅びゆくのみだった。

 

 

 

 そうして何度もの戦闘と休憩を繰り返し、またお歌のサイクルがもう何周したのか覚えちゃいないがとにかく数度目の『カントリー・ロード』を日英その他多言語版で歌い上げていた俺たちだったが、ふと見上げると上空を舞う黒い影が数を増していることに気づいた。……ワイバーンが集まってきてやがる。周りの連中も気づき出したらしい、声がザワザワと広がっていき、先頭の聖女様も行進を止めた。

 すると、それを待っていたかのように、群れの中から3匹のワイバーンが降りてくる。只のワイバーンじゃない。人が乗っている……俺たちプレイヤーでは騎乗できないはずのワイバーンにだ。

 

「──そう、本当だったのね。まさか、こんなことが起こるなんて」

 

 真っ先に降り立ったワイバーンに騎乗する女がそう言った。いや、女なんて迂遠な呼称をする必要もないだろう。そいつは明らかに聖女様に瓜二つの顔をしていたのだ。纏う衣だけを、影めいた黒に変えて……。

 

「貴女は……貴女は、誰ですか!?」

 

 ざわめきはない。動揺も。NPCの会話を邪魔するべからず。その掟は容易に守られた。

 なぜって、突如現れた黒衣の女が聖女様の問いかけになんと答えるのか、俺たちプレイヤーは完全に予想できていたのだから。

 

「私はジャンヌ・ダルク。蘇った救国の聖女ですよ、もう一人の“私”。」

 

 

>>> [3/3] 雉も鳴かずば

 

 

 聖女と魔女が対面している。

 聖女様の後ろには、いつの間にか合流していた2人の【SERVANT】……指揮者さんとお姫様が控えている。マシュさんとリツカも前に出ようとしているが、野次馬根性で前に行きたがる奴らは実際多い。なかなか前に進めないようであった。

 他方、魔女の後ろに控えるのはギョロ目の魔術師然とした男と、男とも女ともつかぬ美形のレイピア剣士だ。いいね、どちらも実にキャラが立っている。

 

(で、お前さんはどうして後ろで見物決め込んでるのかねェ)

 

 ……ボソリとクー・フーリンが言った。

 さっきからずっと霊体化したまま俺の後ろでプカプカしているのだ。

 

 いや、行ってもいいんだけどさあ。

 

 俺は弁明した。

 最近の俺ってちょっと頑張り過ぎだったというか、なんかインテリぶって頭使うようなことばっかりだったわけじゃない。元を正せばアルトリアとやりあったあの時からだけど、そもそもアレがいわゆるラッキーストライクだったわけ。俺って本来はモブキャラポジなのよ。これがゲームだって言ったのはお前だろ? だから初心に戻ってロールプレイ……雑兵がホイホイ前に出ていくのって、ただの死亡フラグじゃん。

 

 返事の代わりにジトッとした視線が飛んできた。どうやらお気に召さなかったらしい。

 

 ああそうか。

 クー・フーリン……お前、そういえば神話だと戦闘狂みたいなキャラだったな。戦りたいのか? わかった、戦る。戦るよ。でもさ、どうせすぐ乱戦になるんだからその時にしようぜ。

 むしろお前は今のうちに霊脈?とかいうのを探しといてくれよ。マシュさんが使うだろうからさ。

 

 ……え、俺? 俺は今ちょっと気になることがあるんだ。そう、隣の奴。それな。

 

 テレパシーめいて会話を交わす俺の隣では、魔女襲来からこっち延々と怪しい呟きを垂れ流している男がいる。俺は、どっちかといえばドッペルジャンヌ達よりもそいつの方が気になっていた。

 前に出よう前に出ようというプレイヤーたちの混雑の中、なお周囲から若干の距離を開けられ続けているその男。明らかに不審者だが、こいつ、『FGO』ではわりと有名人なのだ。

 

「……素晴らしい。素晴らしい在り様だよ、ジャンヌ・ダルク。聖と魔。白と黒。すなわち陰陽、対称を刻む双乙女(ラ・ピュセル)……。ならば其は両儀に別れ、四象と廻し、八卦を束ね……然り、其は世界の理を敷き詰めるだろう。……カミサマの声。ふふ、ははははは……」

 

 男は暗い声で笑っている。普段爽やか系で通ってるはずのそいつとは見違えるような闇系の気配の中に、明らかな喜悦が混じっていた。

 ……ヤバイよこいつ。完全に良くないナニカがキマってるじゃねぇか。

 

(クー・フーリン。戦闘になったら、俺はまず隣の野郎の出方を見たい。【陰陽】のリーダー、カナメ。俺たちプレイヤーの中でもトップクラスを張ってる廃人だ……)

 

 ……そして現状、フランス縦断焼却ツアーを敢行中の中立NPC()こと清姫changの粛清ファイアを唯一人免れた男でもある。……ま、その辺の話はそのうちな。

 今はカナメだ。南西ボルドー戦線にいたはずのこいつが、どうしてこの場所に来てやがる……?

 

 そんな俺の言を受けてクー・フーリンはカナメをじろりと眺め、そして何やら納得したらしい様子で杖を収めて首をグリグリ回した。

 

(なるほどな。面白い)

 

 導師(ドルイド)の感想が俺の心中に響く。……納得されても困るけど。俺は何も分かっちゃいないぞ。

 しかし次の瞬間、前方でやり取りを交わしていたらしき魔女ジャンヌが叫んだ。

 

「──ああッ! ジャンヌ、ジャンヌ・ダルク……! 裏切られ、唾を吐かれ、魔女として火に架けられたお前が! なぜ再び過ちを繰り返す!? お前が率いる兵どもはお前を助けはしない! 救国など! 人を救うなど! 愚かな思い上がりに過ぎぬとまだ分からないのですかッ!!!」

 

 思わず前に視線を戻せば、魔女とお付きの2人が武器を構えている。聖女様も旗を構えた。一触即発の気配……! 隣に視線を流す。まだ何か呟いている。こっちはいい。会話ログ。エルの言う通りなら【ノーリッジ】が来てるはずだ。奴らに頼むとしよう。

 

「────殺しなさいッ!」

 

 続く魔女の一声で、戦いの幕が上がった。視界へ血のように赤いアナウンスが踊る。

 

【!WARNING!】【NEW MISSION】

【討伐ミッションが開始されました】

 

【討伐目標】

 

【SERVANT】【RULER】【ジャンヌ・ダルク?】【Lv.???】

【SERVANT】【CASTER】【ジル・ド・レェ】【Lv.???】

【SERVANT】【SABER】【?????】【Lv.???】

 

【敗北条件:プレイヤーの全滅】

 

 同時に上空から一斉に襲い来るワイバーンと、意を為さぬ叫び声を上げながら竜の群れへと突っ込むプレイヤーwith使い魔たち。俺の前後左右の連中が雪崩じみてまとめて動き出した。止まっていたら潰される……! 俺は仕方なしに走り出そうとして、気づく。

 おい、カナメは……!? 一瞬目を離した隙に、野郎の姿が人混みに紛れて消えていた。くそ、身体能力(レベル)が違いすぎたんだ。探すか? いや、もう無理だろう。こうなったら先にマシュさんだ。

 

「クー・フーリン! 霊脈、頼んだ!」

 

「ああ、任せとけ。おい嬢ちゃん、こっちに来い!」

 

【!WARNING!】【NEW MISSION】

【緊急ミッション『マシュ・キリエライトを護衛せよ』が開始されました】

【成功条件:召喚サークルの設置完了】

【失敗条件:マシュ・キリエライトの戦線離脱、あるいは召喚サークルの設置に失敗する】

 

 実体化したクー・フーリンの声が、召喚サークルを設置すべく動き出したマシュさんを誘導する。ちゃんと霊脈とやらに目星を付けていてくれたらしい。仕事のできる男、俺には勿体ないね……! 俺も俺の仕事をしよう。剣を抜き、マシュさんについて走り出す。俺の仕事、すなわち肉壁だ。サークルが出来るまでは早々死んでやる気もないけどな……!

 

 

 ……ところで、戦いは数である。

 前線に立つサーヴァントは3対3。戦士としての質で相手が上だろうが、一応数は互角。

 暴れまわる敵のワイバーンもかなり多いが、単純な数ならプレイヤーと使い魔がまだ上回る。

 これから召喚サークルが設置できれば流れはこっちのものになるだろう。

 

 勝てる戦いだ。

 瞬間、俺はそう思ってしまっていた。迫り来るワイバーンの爪をなんとか剣で弾いてしのぎ、いつの間にか背後に回っていたスケルトンを蹴り倒す。このまま時間を稼げば、聖女様とプレイヤーが数の暴力で敵を押し潰すだろう。そう思っていたから、後ろに下がってマシュさんの護衛に徹していたのだ。考えが足りなかった。

 

 ……俺たちは目立ちすぎたんだ。

 魔女ジャンヌの護衛は2人。確認されている現地サーヴァントは聖女ジャンヌを除いて3人、おそらく他にもいるだろう。これがクー・フーリンの言うとおりゲームだとしたら、最初から敵より味方が多いっていうのは奇妙な状況だ。その違和感に気づかなかった。

 

 これは結果論だが。

 魔女ジャンヌは、『ジャンヌ・ダルクの挙兵』を知って最小限の手勢で様子を見に訪れたんだろう。生前の知己だろうジル・ド・レェと、護衛の剣士一人だけを引き連れて。当然、必要になったときに後詰めする殲滅役は別に用意して……。

 

 俺たちは急ぐべきだったんだ。それが可能だったかどうかはともかく、援軍が来る前になんとかして決着をつけるべきだった。

 

「アハハハハハハ!」

 

 魔女が哄笑する。後ろに下がったはずの俺のところまで届く、魔性を帯びた嘲りの笑い声。

 そして、その甲高い声を掻き消す咆哮が上空から鳴り響いた。

 

「……茶番は終わりよ。さあ殺しなさい、【ファヴニール】ッ!!!」

 

 空が暗い影に覆われる。

 見上げたプレイヤーが恐怖に惑う。

 それは、どうしようもなく巨大だった。

 強大で、凶悪な……黒い巨竜。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」

 

 一発で耳が馬鹿になるような爆音とともに、『それ』は地面に降り立ち地響きを起こす。

 大きくて、動いている。

 ただそれだけで現実感を完全にブッ飛ばすような、そんな悪夢じみた存在だった。

 

【!WARNING!】【NEW MISSION】

【討伐ミッションが開始されました】

 

【討伐目標】

【MONSTER】【DRAGON】 【ファヴニール】【Lv.???】

 

【敗北条件:プレイヤーの全滅】

 

 ……レイド級クエスト、はじまります。

 




ジャンヌ・オルタは原作よりも感情的になっています。プレイヤーが聖女へ群がったせいで生前同様に軍勢を率いる形となってしまい、オルタはキレた。口調も最初から貴女じゃなくてお前呼びですね。

【殺人シェフ】【銀狐】【キングフィッシャー】:完全オリキャラによるクラン。元ネタは『傭兵ピエール(佐藤賢一)』、ジャンヌ・ダルク救済モノの小説ですね。良作なので興味のある方は読んでみるといいと思います。コミカライズもされてるよ(ダイレクトマーケティング)。とりあえずモブが欲しかっただけなので、もうほとんど出番はないんじゃないかな……

【陰陽】のカナメ:一応型月キャラ。詳細はまた後の話で。空の境界勢が多いのは、4章クリア後に話が詰まないようにするための布石だったり。


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1-7

>> [1/2] 邪竜ファヴニール

 

 轟音激震。

 爆炎咆哮。

 

 小山のような巨体を誇る邪竜ファヴニールがその身を動かすたび、地震の如き大地の振動と大気を揺るがす衝撃波がやってくる。俺たち日本人としては多少の地震くらい慣れたもんだが、その中で戦闘しろともなれば随分歯ごたえのある難易度だと言えるだろう。ていうかナマズじゃないんだから、目の前で物理的に地震なんて起こされたら人種国籍関係なくビビるわ。

 

『ヤバイヤバイヤバイヤバイ、ヤバイって!』

 

 だからだろう、雪崩のように魔女ジャンヌ目指して突き進んでいたはずのプレイヤー共が恐れをなしたか元来た道を引き返している。しかし同時にむしろ血の気を増して突っ込んでいく命知らずの姿も多くあり、相反する人の流れが濁流めいて戦場に混沌を生み出していた。

 

「GAAAAAAAAAAAAAA!」

 

 一方そんな種族人間の混乱など意にも介さぬ邪竜は、怪獣じみた咆哮と同時に前脚で地面を思いっきり強くドガンと叩き、近くでそれを喰らった連中が文字通り空中へと跳ね上げられる。バタバタと手足を振り回し無為に暴れる者が半数。残りの半数は直撃の時点で気を失っているんだろうな。

 

 ──種族人間は空を飛ぶ事ができない。当然の帰結として、プレイヤーも空など飛べはしない。

 

 死刑囚に与えられる最後の食事にも似た一瞬の空中遊泳を楽しんだと思しき受難者たちは、寸秒の後に地面へと叩きつけられて死ぬ。あちこちでべチャリと輪郭が崩れた死骸から魔力の塵が噴き上がった。

 死に戻り……。その本質は錬成陣(リスポーン地点)へのアバター再構築だと予想されている。だからこそ、その前段階として死亡したプレイヤーアバターは塵へと分解され、対価としてのデスペナを課せられるのだと。等価交換、錬金術の基本法則は、フィクション世界においてしばしば真理を示すゆえに。『消して、リライトして』、ハガレンよろしく二つでワンセットって寸法だな。

 

 gyaaas……!

 

 ッ!? 不吉な声がした……上!!

 死して黒煙を吹き上げるプレイヤー共の汚い花火を遥か後ろから鑑賞していた俺に、上空からワイバーンが襲いかかった。アンデッドと違い空飛ぶワイバーンには群れなす(プレイヤー)の盾が意味を為さない。後衛までひとっ飛びだ。そして俺が抜かれれば後ろにはサークル設置中のマシュさんが。

 

 ……仕方ねぇな!

 

 真上から飛び来るワイバーン目掛けて、俺は渾身の力で愛剣を叩きつける。手に馴染む金属質量は過たず飛竜野郎の右脚一本を圧し折った。しかし引き換えに、俺は竜の肉へ喰い込ませた剣諸共に引きずられ数メートルほど吹っ飛ばされる。戦場の彼我ダメージは不等交換。意識が明滅した。

 

 そしてすぐに馴染み深い死の暗転が迫り……へへ、懐かしいドンレミ村の長閑(のどか)な景色がもう見えるようだぜ。せっかちだなァおい。

 復活(リスポーン)地点はマシュさんが創り出さない限り増えることはない。すなわち、現時点における死に戻りとは命と引き換えにレイド戦の戦場から強制離脱させられることを意味する。南西(ボルドー)南東(マルセイユ)から来てる連中なら尚更だ。移動時間を考えれば以降のジャンヌとの再合流すら怪しくなるかもしれないだろう。

 俺たちの命自体は安くとも、背負ったものと過ごした時間は相応にその命へと価値を与えてしまうのだ……。

 

「【応急手当】ッ!」

 

 そう。だから俺がいくら自分の命を大安売りしたところで、それを俺という販売者の意図より高めに査定しちまうお人好しが出るのは仕方ないことなのかもしれなかった。

 

「リツカ!?」

 

「こっちはオレたちで引き受ける! 君はクー・フーリンと前にっ!」

 

 そう言って俺を助け起こすリツカの手には長柄の槍がある。獲物にとどめを刺そうと再来したワイバーンへ振り向いたリツカは、くるりとその手の中で槍を回すと、鋭く穂先を突き上げた。研ぎ澄まされた切っ先が竜の喉元を突き破る。

 

 お前、その技……!

 俺は思わず、後ろで巨大な魔法陣の中心に立つマシュさんを見た。彼女は俺に苦笑を返す。

 

「大丈夫です。わたしと先輩は負けません……!」

 

「マシュさん」

 

 戦場での彼女は苦しげな表情ばかり見せている印象がある。それは、俺たちみたいなプレイヤーを庇う盾役だからなんだろうけれど、運営の一員だって言うならもう少し加減ってもんをと常々さぁ……ああ、いや、そうじゃない。

 

『これは全てゲームだ。だが、制作と運営が違う』

 

 クー・フーリンの言葉を思い返す。彼女の余裕の無さは、すなわち運営の余裕の無さなのかもしれないのだ。

 

「アレに勝てますか」

 

 だから、それだけを尋ねる。

 

「勝ちます」

 

 マシュさんもそれだけを答えた。

 俺は二人をおいて前線へと走り出した。俺たちに合わせて後ろで戦っていたリーダーとセオさんをまとめて追い抜いていく。呼び止められた気もするが、後ろは見ない。声をかけずともクー・フーリンはついてきていた。やはり俺にはもったいない野郎だ。

 

 ……これまでずっと剣オンリーで戦ってきた俺とは違い、β版時代のリツカは色々装備を変えるタイプだった。魔術礼装にしても、普段カルデア戦闘服ばかり使う俺とカルデア制服を中心に様々使い分けるリツカは対称的なプレイスタイルと言えるだろう。だが、【クラス】機能が導入されたことでリツカはメイン武器の選択を迫られた。

 

 俺は、槍を薦めたんだ。

 盾と槍は相性が良い。スパルタで有名なファランクスの重装歩兵然り、盾の影から槍で敵を突く戦闘スタイルは、大盾一辺倒のマシュさんと契約したリツカに適していると思ったからだ。だが、マシュさんはそれに反対した。前衛職はどうしたって敵の正面に立たなきゃならない瞬間がある。彼女は自分の盾より前にマスターが出ていくことを嫌ったらしい。できれば後衛、つまりアーチャーやキャスターにしてほしいと。

 だが、今のリツカが見せた槍の取り回し……あれはランサークラスの槍に対する技量補正だ。

 有耶無耶になっていた問題を、あいつらは今このときに解決したんだ。それはつまり、解決せざるを得ないくらいには差し迫った状況ってこと……!

 

 

 ……逃げ戻ってくる敵前逃亡者どもが邪魔なので適宜蹴り倒し、あるいは張り倒しながら進んでいく。どけやオラッ! しかし人間はでかい。2m弱ある哺乳動物は無駄に大きくて重かった。あまりのグダグダっぷりに業を煮やしたクー・フーリンは、素早く俺を抱っこすると軽やかに戦場を跳躍し、俺はその光景を呆然と見上げるプレイヤーたちを尻目にキャッキャと喜んだ。

 

 わぁい、高い高ーい。

 

「馬鹿言ってんじゃねぇぞ。勝算はあるのか?」

 

「どうだろ。でも、マシュさんは勝つって言ったんだよな」

 

 正直、勝算なんて無い。

 見ろよ。魔女ジャンヌの号令でファヴニールが前脚を払っただけで数十人単位が吹っ飛ばされやがった。最強議論スレを参照するまでもなく大きさってのはイコール強さだ。人間が小山に剣を突き刺したところで何も変わりやしないだろ。あんなバケモンどうやって勝てっていうんだ。

 

 この手のゲームには負けイベってもんがある。

 特に今回みたいな、エリアラスボスの顔見せシーンなら珍しくもないイベントだ。圧倒的なパワーでぶっ倒された主人公たちが知恵を絞って対策を打つ。ファヴニールの無茶苦茶っぷりを見る限り、ドラゴン特攻の武器や援軍サーヴァントでも出てこなきゃ勝ち目がないように思われる。以降の探索イベントに繋がる負けバトル……いつもの俺なら、そうメタ読みするはずだった。

 

 ……でもなあ。勝ちますって言われたんだよ。そもそもこれって【討伐ミッション】だし。

 

 マシュさんの後ろにはロマニがいるはずだ。俺はあの男のことを考えるだけでも怖気がさすが、大した野郎であることまでは否定しない……あいつがマシュさんを止めていないなら、きっとどこかに勝ち目はあるんだろう。あのアルトリア戦だって最初は無理ゲー極まってたんだからな。

 ……そして何より。俺はロマニ・アーキマンという男に借りがあって、多少は()馬の労を取ってやらねば精神的利息が増えていくばかりだという感覚がある。

 

「ぶっつけになるけど勝算を探す。駄目ならせいぜい良い感じに負ける方法を考える」

 

「ハッ、そいつはオレ好みだな。いいか。今のアンタじゃ、カルデアの支援含めたってオレの宝具発動は一発までだ。上手く使えよ、マスター」

 

 そう言うと、ズシャァァァッと音を立ててクー・フーリンは着地した。その両腕は完全に衝撃を殺してか弱い俺を保護したが、次の瞬間には御役御免とばかりにポイッと放り出されたので俺は地面をコロコロと転がった。そんな俺たち主従の姿を見て、前線で踏ん張っていたらしきプレイヤーたちがざわめき出す。……ああ、そういや結局こいつの存在公表してなかったな。

 

 後始末の面倒さを考えると、少し胃が痛む気がした。まあアバターの錯覚だけどね。

 

 

>> [2/2] 武器は「剣」なのか?

 

 

 最前線へと颯爽登場してしまったクー・フーリンへ、早速とばかりに護衛の剣士が襲いかかる。サーヴァント・セイバー。男とも女ともつかぬ美貌の持ち主。俺は多大な精神力を犠牲に、辛うじてその美形へと惹き付けられる己の視線を引っ剥がすことに成功した。へっ、顔だけじゃあ足りねぇぜ! 俺を魅了したいなら胸部装甲を山盛り持ってくることだな!

 

 とは言え、サーヴァント二人の超人バトルに介入できるわけもないので、戦場を見渡して俺でも参戦できそうなところを探す。

 

 激しく互いの旗槍を交わす白黒のジャンヌ・ダルク。

 なんかキモい触手生物を生み出しまくっているジル・ド・レェ。

 その怪生物へ歌(!?)で対抗しているお姫様&指揮者ペア。

 そして、暴れ倒すファヴニールと防戦一方のプレイヤーたち。

 

「いやあ、助かったよ」

 

 ……と、俺の肩がぽんと軽く叩かれた。振り向くと、そこには線の細い黒髪黒目の男。カナメだ。

 まあ、そうか。こんな地獄みたいな状況でまだ生き残っていられるのは、プレイヤーでありながら一般プレイヤーの枠から逸脱しつつある上位層の連中なんだろう。

 

「味方の【SERVANT】は補助タイプみたいでね。どうも敵の【SERVANT】と一対一だと分が悪かったんだ」

 

 そうかよ。じゃあ、今までアンタは何してたんだ?

 

邪魔者(ワイバーン)狩りさ。だけど、君のおかげで少し手が空いた……」

 

 その手に下げる抜き身の剣が陽光を照り返して物騒に光る。セイバークラス。刀剣を扱わせれば相当な技量を持つと言われる男だ。掲示板に動画がアップされていたが、かなり常人離れした動きをしていた記憶がある。

 

「私たちはこれから魔女ジャンヌに攻撃をかけようと思う。正直あの剣士が邪魔で仕方なかったんだけど、君のクー・フーリンがこのまま抑えてくれるなら可能だろう」

 

「……サーヴァントに勝てるのか?」

 

「どうかな? 私はとにかく、あのジャンヌ・ダルクに私の剣が届くか試してみたい。それだけなのさ」

 

 求道者じみた男だ。廃人。『FGO』におけるその語の意味は、普通のゲームで語られる()()とは必ずしも一致しない。ときに文字通りの異常者を指すことさえあるのだから。

 

 だが……【陰陽】のカナメ。はるばるボルドーからここまで来たんだよな。今アンタに死に戻りされると困るんだよ。

 清姫changの被害が無視できなくなってきてる。それに、だんだん北上してきてるんだ。あの女の炎からただ一人生き残った、それはどうやってだ? 嘘をつくと焼き殺されるというのは正しい情報か? サーヴァントの【契約】についても清姫から聞いているんだろ? 聞きたいことはいくらでもあるんだ。マシュさんのサークルが出来るかアンタが情報をくれるまでは死にに行かせるわけにゃいかないぜ。

 カナメは困ったように笑った。

 

「……参ったな。君と君の使い魔が承諾してくれないと、私たちはまたあの剣士(セイバー)の邪魔をしながらワイバーン狩りに戻らなければならなくなる。負けるのは避けたいからね」

 

「後ろのマシュさんを信じてちょっぴり待つか、ここで俺に話すかだ。そしたらアンタが死んでも俺たちで清姫changを迎えに行くさ」

 

「そんなに難しい話でもないんだけどねえ」

 

 カナメは言う。俺は続きを促した。

 

「あの年頃の女の子、今で言うと中学生くらいかな? ああいう子はね、自分の愛情と殺意がごちゃ混ぜになってしまうことが時々あるのさ。他ならぬ私の妹がそうだった」

 

 ……ねーよ。お前の妹怖すぎだろ。

 

「愛しているけれど、いや、愛しているからこそ許せないと言うべきか。そういう手合とどう付き合えばいいか……少なくとも君みたいなタイプは相性が悪いと思うな。『普通』に振る舞ってあげることが大事なのさ。まあ、これは見事私の妹のハートを射止めた義弟の受け売りだけど。なにせ私はヒキニートだからね」

 

 【陰陽】のカナメ。一日の大半をゲームに費やすゲーマーっぷりと卓越した剣技、それに加えて筋金入りのシスターコンプレックスとしても名の知れた男……。

 

「そうだな、誠実な交渉役を探しなさい。彼女はそういう人間ならば邪険にはしないはずだ。例えば聖女ジャンヌなんかを連れて行くのがいいんじゃないかな。ああ……! しかし、魔女と聖女、殺していい方のジャンヌと仲良くしていい方のジャンヌが両方いるなんて素晴らしいことだと思わないかい? 彼女たちは私の妹に似ていると思うんだよ。性質もそうだが、何よりあの声がよく似ている……!」

 

 カナメはどこか陶然としてそう言った。

 分かった。お前の妹の話は十分よく分かったよ。俺は空虚な頷きで奴に応える。同じ言語フォーマットで話しているはずなのに理解しがたい隔たりを感じていた。言葉の端々から漏れる愛情と殺意……ただのシスコンではない。原義(神話)に近い方のコンプレックスってやつなんだろう。草も生えねぇわ。

 ……だがまあ、聖女サマを交渉役に立てればイケるってのは確かに素晴らしい情報だと思うね。現地サーヴァントの引き込みは当座の課題だが、それ以上に彼女が撒き散らす嘘つき粛清の炎を止めることはわりと急を要する問題だ。最近、ゲーム内掲示板へ美少女に焼かれることに快感を見出す逸脱者(ヘンタイ)どもが出始めてるんだよな……。

 

「情報はこんなところでいいかな? そろそろ私も待ちきれなくなってしまう。ふふ、相手はカミサマの声を聞いた戦乙女だ。私ごときの剣が届くとは思わないが……それでもね。血が騒ぐのさ」

 

 俺が頷きを返すと、カナメは笑みを浮かべて立ち去った。その後ろに数人のクラン員らしきプレイヤーが追随する。見送る俺の前で奴ら目掛けて突っ込んできた一匹のワイバーンが、次の瞬間には首から血を吹き出しながら地面を滑っていった。歩みを止めぬカナメの剣には、いつの間にか血がベッタリとついている……。

 

(こわっ)

 

 近寄らんとこ……。

 あ、フレンド申請届いてるじゃん。無視だ無視。

 

 カナメ氏が想像以上に面倒臭そうだったので俺はジャンヌの方に行くのを諦めて、まずはキモい触手生物の元凶をぶっ殺すことに決めた。なぜってジル・ド・レェは召喚士タイプのキャスターだ。なんとか死角に入って奇襲を決めればワンチャンあるかもしれないと思ったからである。

 サーヴァント戦力の拮抗。まずはそれを崩すことが勝利への一歩だと思われた。

 

 激戦中のプレイヤーと魔物たちの隙間を縫うようにしてジル・ド・レェの後方に向かって動いていく。ファヴニールはコバエめいてチョロチョロしながら遠距離攻撃を仕掛けてくるプレイヤー達にご執心のようだ。そのまま地震なんか起こさず大人しく暴れていてくれよ……!

 

「な、」

 

 しかし次の瞬間、一本の触手が俺の足に絡みついた。剣を突き立て切断しようとした途端に、凄まじい勢いでぐいと引っ張られて体勢を崩す。

 

「【全体強化】!」

 

 バフって底上げした筋力で無理やり触手を引きちぎる。ごほっ、ごほ……引きずられる間に口の中へと砂が入り、俺はむせ返った。するとそこへ、すわ好機とばかりに追加で触手の群れがやってくるじゃあないか。あっ剣取られた! 畜生、エッチなアニメみたいにニュルニュル纏わり付きやがって! だが俺にはまだこの拳が……

 

 

 

 しかし、華麗な逆転を狙うには少しばかり遅すぎたらしい。

 

「ぐっ……痛……ああッ! 一体どこの誰だ、この僕に戦いをやらせようなんて考えついたのは! ネコにピアノを弾かせるようなものだぞ!」

 

「もう……! あなた、音楽以外のことになると堪え性がなさすぎるわよ」

 

「そういう人間だから仕方ないね! 軍人たちとは違……ぐぅ、本気でヤバイぞこれ!?」

 

 俺が触手に首を絞められる系リョナエロの被害者にされかけていたその瞬間、触手の大群を捌き続けていた指揮者の調子が崩れた。お姫様がカバーに入った分だけ討ち漏らされた触手たちが周囲へと溢れ出す。プレイヤーが巻き込まれる。プレイヤーに何とか抑え込まれていたワイバーンや魔物たちが動き始める。

 そうして、その連鎖が聖女と拮抗していたはずの魔女ジャンヌに行き着いて──

 

「アハハハハハ! 無駄な抵抗だったわね! 魔力解放……ファヴニール! 【大竜炎】!!!」

 

 邪竜の(あぎと)から地獄じみた炎の嵐が吹きすさび──

 

「最ッ高のCooooooolをお見せしましょうゥ!」

 

 触手の中心に立つジル・ド・レェの元からひときわ巨大な触手の波が膨れ上がって──

 

『サークル、確立しました!』

 

【MISSION CLEAR!】

【緊急ミッション『マシュ・キリエライトを護衛せよ』を達成しました】

【ミッション達成により 召喚サークルの確立に成功しました ──魔力蒐集が開始されます】

 

 ──後方から届いた反撃の嚆矢は、間に合ったとは言いがたかった。

 

 

 

 俺を含め、その場にいたプレイヤーのほぼ全てが敵の攻撃を喰らって一瞬で消し飛び、後方できたてホヤホヤの召喚サークルへと死に戻る。

 

 俺はたった今まで立っていたはずの遥か前方を見やった。

 そこには味方のサーヴァント達が残っているはずだった。……まだ死んでいなければの話だが。令呪が疼く。少なくともクー・フーリンは死んでいない。

 

(勝機は……あったのか?)

 

 ジル・ド・レェを上手く襲撃することができていれば。

 もしくはどこかのタイミングで、クー・フーリンの宝具を上手く使えていれば。

 

 ……それで戦況は変わったか? あの邪竜をどうにか出来たのか? 本当に?

 

 自問したが、答えなどありはしなかった。

 

 

【!WARNING!】【NEW MISSION】

【緊急ミッション『味方サーヴァントと合流し、無事に撤退せよ』が開始されました】

【成功条件:味方サーヴァントの生存とプレイヤーの撤退】

【失敗条件:味方サーヴァントの死亡】

 

 急かすように視界をよぎっていくアナウンス。プレイヤーたちは再び前線へと走り出す。

 

 ……しかし、戦いの意味は既に変質している。ファヴニールは圧倒的すぎた。結局、俺たちはあの邪竜にまともな傷の一つも付けられやしなかったのだ。

 勝利という結果は失われた。運営は俺たちに勝ち目がないと判断し、新たなミッションを提示した。だから後に残るのは、どう上手く負けるかというだけの戦いだ。

 

 

 使いそびれた令呪の残る右手の甲を、剣を失い空になったもう一つの手で握りしめる。

 ……上等だぜ、魔女サマ。こちとら負けるのには慣れてんだ。無駄に死ぬことにもな。だが負けっぱなしってのは性に合わねぇ。だったらせいぜい、素敵な撤退戦(パーティー)やってやろうじゃねぇか……!

 




【陰陽】のカナメ:
 『空の境界』より両儀要。両儀式(FGOだとアサシンの方)の兄にして、旧名家「両儀家」の離れに押し込められている男。両儀家当主としての素質を示せなかったので当主の座は妹・式のものになり、自身の自由も奪われたが、万が一の際の予備としてそれなりの扱いを受けてはいる。
 ……という設定で一瞬だけ本編に登場するキャラクター。セリフとか無いので半分くらいオリキャラです。

 旧名家でニートやってるという立場、(たぶん)当主予備として仕込まれているだろう剣術、退魔の血筋、そして何より自由に外へ出られないという環境からくる外界への渇望が『FGO』に出会った彼をプレイヤーとして磨き上げ、やがてVR世界の頂点へと導いた。原作の登場人物でゲーム廃人系強キャラを張れそうなのがこの人くらいしかいなかったとも言う。ゲーマーはいるんですけどね、琥珀さんとか。
 異常者への理解度がわりと高い。まだ前線で生き残ってます。


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1-8

>> [1/2] 愚者は諦めた。

 

 召喚サークルを勇ましい決意とともに走り出してから三十秒、俺は再び振り出し地点へと死に戻っていた。

 

 前方から切れ切れに聞こえてくるのはプレイヤーたちの悲鳴と怒号。緑豊かなフランスの平原には、邪竜ファヴニールが上空目掛けて吐き散らした炎弾が空爆さながらの様相で降り注いでいる。そんな爆炎の中を邪竜の鱗すら通せぬだろう貧弱武装で駆けていく俺たちは、さながら竹槍で戦闘機に挑むような有様だと言えるだろう。

 

 

 ……無理だこれ。

 

 

 また一つデスペナを積み上げてしまった俺が虚ろに送る視線の先で、一人のプレイヤーが炎弾の直撃を食らって爆死した。まるで数秒前の俺の死に様のリプレイだ。

 被害は不運なプレイヤー一人にとどまらない。

 飛来する炎弾はその勢いのままに地面へぶつかり弾け飛び、飛沫を浴びた周囲のプレイヤーたちまで致死の炎へと包んでいく。まるでナパーム弾のように、可燃性の粘液を灼熱の焔が覆っているらしい。

 

 竜のお口から天に向かって吐き出されている粘液質の液体……端的に言って唾みたいなもんである。つまり先ほどの俺の死因は唾死。唾にぶつかって死んだ。考えうる限り最悪に近い死に方だった。

 だからだろうか。そうと気づいてしまえば、もう一度他の連中のようにあのナパーム唾の降り注ぐ戦場へと無策で出ていく気にはなれなかった。燃え残ったドス黒い液滴がベタベタと草原を汚し、油脂じみて虹色に輝く不健康な光沢を見せている。……まさにK・K・K(キケンキタナイクサイ)って感じの代物だ。3Kオブジェクト。

 

 

 ……俺は正攻法で戦うことを諦めた。邪道だ、もう邪道しか道は残されてねぇ。

 とはいえ平成日本の倫理道徳の中で生まれ育った俺に思いつける邪道な手段などたかが知れているので、何か良い感じの助言が必要だろうと思われた。

 

 助言……助言相手か。

 俺はその候補として一人の友人の顔を思い浮かべる。その友人は少し変わった境遇の持ち主で、まあざっくり言うとこのゲームの運営やってる奴なんだけど、一プレイヤーとして俺とお友達をやってくれている以上は仲良くお話しちゃいけないって法もない。

 

 人間は平等だ。現実世界じゃ中々そうは見えないかもしれないが、少なくとも極めて善良な人間の心の中に限ればそれはもう圧倒的なまでに平等であるといわれている。

 この戦場から350年ほど後のフランスに生まれ、現代文明の礎を築き上げることにもなる『平等』の概念を揺り籠に育った平成日本人こと俺は、だから躊躇いもなく友人への通話手続きを行った。少しの間があって、相手が俺のコールに応答する。

 俺は悲鳴と怒号をBGMにしながら爽やかな挨拶を繰り出した。

 

《もしもーし。オルガ、元気してるー?》

 

 

 

>> [2/2] 天体魔術師(アニムスフィア)は思案する。

 

 

 

 退却戦。それは時間との戦いであり、数との戦いであり、恐怖との戦いだ。

 勝勢は勝ち馬に乗って虎の如く敵を追い、それに背を向け逃散する敗軍は大抵のケースにおいて悲惨な末路を辿る……。

 

 半日にも及ぶ会議という名の政治芝居を演じ終えたばかりのオルガマリー・アニムスフィアは、手元の端末に届いた戦況報告を見ながらそんなことを考えていた。

 

 ロマニ・アーキマンはよくやっている。プレイヤーたちの動きもまあまあだ。しかし、それでもフランスへ展開させた各戦線における特異点修復の状況は膠着し、唯一つ明確な進展を見せていた北東(ロレーヌ)戦線さえ今やこうして敗走の憂き目にある。【ファーストオーダー】に始まる一連の出来事は、まったく自分たちの処理能力を超えた難題であるという他になかった。

 

 退却戦。彼らは、プレイヤーは上手くやれるだろうか?

 

 ……そんな願望が、安全地帯にいる者の俯瞰した物の見方だということは分かっている。

 

 戦いに参加する当事者にとっての退却戦というモノは、カルデアがそう望むように、ときに要人護衛としての性質を持つ。兵士だけが生還しても、戦いの中で国の中核たる要人たちが死んでしまえば後がないからだ。もちろんそれは自分の命と要人の命、そして続く未来を天秤にかけた結果であって、歴史を紐解けば逆に部下から裏切られた上司というのも枚挙に暇がないだろう。

 

 同様に、運営(カルデア)がいくらサーヴァント救出の指示を出したところで、結局のところその成否はプレイヤーの意思と能力とに委ねられてしまうのだ。

 

 オルガマリーは机上に残されたコーヒーカップを弄ぶ。

 数分前まで堂々巡りの議論を声高に響かせていたその部屋は、既に彼女以外の人間を全て吐き出しきって本来の沈黙を取り戻していた。

 

 とっくに熱と香りを失った黒い液体は、苦さと暗さだけを残している。なんとなく手を付ける気にはなれず、かといって部屋を出て仕事に戻るのも気が進まない。

 

(エル)

 

 つい先程まで長机を挟んで彼女の対面に座していた男の名を、オルガマリーはその心中で呟く。

 

 エル。

 プレイヤーとしてはそう名乗る彼の、現実における名前はロード・エルメロイII世。新世代(ニューエイジ)の歴史浅い家系の出でありながら、若くして現代魔術科(ノーリッジ)君主(ロード)を務める男だ。彼もまた、どこかの魔術儀式に参加した折に先代当主であったエルメロイを目の前で失い、ただ一人イギリスまで戻ってきたと聞く。

 そこにどのような経緯があったか知る者は少ない。が、稀代の天才との誉れ高き先代エルメロイを自身の命に換えてでも連れ帰るべきだったと言う意見が数多くあったのは確かな話だった。

 

「……お互い、こんなことをしている暇はないのにね」

 

 ポツリとこぼした言葉は、しかし彼女の真意の半分までしか捉えてはいない。

 

 無駄な会議。無駄な言い争い。そんなことは誰にだって分かっている。勿論カルデアを糾弾する最先鋒であるところのエルメロイII世にだって。

 

 だが、それは真実の意味での無駄ではない。

 

 魔術師たちは、時計塔を統べる12学部の2……天体科(アニムスフィア)現代魔術科(ノーリッジ)のトップが会議を行ったという手続きにこそ価値を見出している。その評価軸は費やされた時間。君主(ロード)が会議に空費する時間が長ければ長いほど、カルデアが彼らのことをより真摯に考えていると受け取られるだろう。

 さながら、一つの儀式であった。

 何百年にも渡って政治を潤滑剤に動いてきた時計塔の魔術師たちを納得させ協力させるための、古から連綿と続く政治儀式。その中身は2人の若造による陳腐な議論芝居だと言うのに。

 

 

 ……啓示の聖女ジャンヌ・ダルクの持つ旗は、それを見る人々に迷いなき勇気を与えたという。彼女の放つ天与のカリスマが、生前には傭兵たちを戦場の誉れへと駆り立て、そして今ではプレイヤーたちを導いている。彼女の旗の示す先にこそ、彼らが真に戦うべき戦場があるのだと。

 

 それは、オルガマリーの同胞たちに比べればずっとずっとシンプルな在り方だと思われた。魔術師として生きる人間は、己の命に換えても譲れぬものをその両腕に抱え込みすぎている……。

 

(……レフ。貴方はどうしてカルデア(わたしたち)を裏切ったの? 貴方がここで過ごした日々の全てを投げ捨ててでも譲れなかった目的は、一体何?)

 

 レフがいれば。レフさえここに居てくれたなら。

 オルガマリーの心が果たすべき使命の長さ重さに挫けそうになるたび、カルデアを去った頼れる部下への喪失感に襲われる。そして彼がいないという現実に愚痴めいた言葉が口をついて出そうになる。というか出た。ジャンヌ・ダルクに従い行軍する途中のキャンプで夜通し愚痴に付き合わされた友人からすれば、さぞかし迷惑な話だっただろう。が、とにかくだ。

 

 

 今のカルデアを取り巻く状況は複雑すぎて、そのうえその状況を引き起こした【人理焼却】についても分かっていないことが多すぎた。状況が分からないから、何をすればいいのかも分からない。正解がない。たとえ正解しても、それが評価されることは決してない。

 ……それは、オルガマリーにとってこの上ないほどに嫌なことだった。忘れていたはずの過去の日々を思い出してしまうから。

 

 父マリスビリーが死に、何も分からぬままに天体科(アニムスフィア)の当主の座を継いで。

 魔術協会の魔術師たちは、ついぞオルガマリーという人間を褒めることがなかった。それは彼女の父や他の家族たちにしても同じことだった。彼ら神秘を追い求める魔術師たちの目は、人間的な──あるいは卑近な──幸福とは違う目的を見据えていて、その大きさ果てしなさに目を眩まされるあまり、足元で泣いている娘のことなど構う暇さえありはしなかったのだ。

 

 ……だから、きっと。

 この数年の彼女は、その人生の中で一番幸せな日々を過ごしていたのだろう。

 

 サーヴァント召喚実験の中でカルデアと契約することになったエジソンという獅子男に唆されて始めた『FGO』事業は、それはもう魔術師たちから凄まじい反発を受けたものだが、それ以上の喝采をもって全世界の人間たちから受け止められた。

 トレイラームービーを公開したその日、世界中のSNSのトレンドから『フィニス・カルデア社』の文字が消えることはなかった。投稿された無数のコメントの中には、彼女が口を出した映像演出を褒める者もいた。

 そんな反応に意気込んだオルガマリーが直々に指揮を取り急ピッチで作り上げたトレイラー第二弾も、第一弾ほどのインパクトこそ無いまでも彼女にとっては十分すぎるほどの反響を叩き出す。

 

 ──努力が報われたと思った。

 

 自分が頑張った結果が、動画のPV数やコメントという目に見える形となって現れる。

 それまでは半ば義務のように父祖の残した魔術書へ埋もれる日々を送っていたオルガマリーだったが、ある日突然贔屓にしていた魔術書商人を呼びつけると、外の世界で高く評価されているらしい商品開発指南書やら経営指南書やらを取り寄せるように言いつけた。そうして、周囲の魔術師たちが見せる怪訝な顔を無視して雪山へと引き篭もり、エジソン達と『FGO』の開発と展開戦略を論ずることに夢中になった。

 ……その結果は、売上というこの上なく明瞭な数字として示された。

 

 そうして、魔術師オルガマリー・アニムスフィアは『FGO』の運営に熱意を注ぐようになった。

 実際のところ経営や運営に関わる仕事の多くはエジソンやロマニやレフといったカルデアスタッフ、そして父がマスター候補として用意していたデザインチャイルド【マシュ・キリエライト】が担当しており、彼女が必要とされる場面などはほとんど無かった。

 だが、それでもオルガマリーは自ら進んで仕事を見つけるようになっていく。カルデアの本来の目的……人理継続の保証という偉大なそれへの使命感とは別に、彼女は、ある種の感謝とも言うべき気持ちを『FGO』というコンテンツに対して抱くようになっていたのである。

 

 ……一方で、父によって生み出された少女マシュとの関係は、ギクシャクとしたままほとんど改善されることはなかった。カルデアには一機だけ、父が残した本来のレイシフト用コフィンの試作機が残されている。ロマニの提案で『FGO』のナビゲーターとして働くようになった彼女が、時折ひどく暗い目でその試作機を見つめているのをオルガマリーは知っていた。

 

 マシュはレイシフト適性とマスター適性、そして魔術回路を優先的に組み込まれたデザインチャイルドだ。その代わりとして犠牲になったのは……彼女の寿命。

 父の計画から外れた『FGO』がオルガマリーを救ったのと対称的に、『FGO』によって存在の意義を奪われた人間もいるのだという事実を直視できているのかどうか。オルガマリーには自信がない。けれど、叶うことなら。なんとかしてやりたいと、そう思っていた。だからだろう、「今」のマシュが【ワカメ王国(キングダム)】のリツカと仲良くしている姿は、少しだけ心を安堵させてくれるのだ。

 

 ……それと同時に、いつか真実が白昼のもとに曝されるだろうことへの怖れもまた。

 

 

 日々の充実に解決し得ぬ懊悩を載せて、それでもなお運営の日々は続いていく。

 カルデアの目的など知りもしないプレイヤーたちはしばしば運営相手に愚痴を言い、無茶苦茶な要求を投げつけ、その一方では非効率で馬鹿みたいな振る舞いばかりして遊んでいる。SNSへ無節操に投稿される無数の不満の言葉には腹も立ったが、聞くべきところは聞くようにした。プレイヤーの視点を知ろうと、オルガマリー自身も素性を隠した一介のプレイヤーとして『FGO』へログインするようになった。

 実際のところ『FGO』は彼女の目から見ても理不尽な要素に満ちたゲームであったが、それでも楽しんでくれている人たちがいることに励まされた。

 

 ……そうしているうちに、友達ができた。天体科(アニムスフィア)でもなく当主でもない、ただの【オルガ】を友達と呼んでくれる人間がこの世界には存在していたのだ。彼女は心からの驚きとともに、なお半信半疑でその友情を受け入れた。そして、その友人との関係は今でも続いている。

 

 

 

 オルガの『FGO』における最初の友人。彼の所属する、当時まだ旗揚げしたばかりのクラン【ワカメ王国(キングダム)】のメンバー勧誘を通じて知り合ったその男は、プレイヤーとしての彼自身の命をペラ紙じみて軽く扱いたがる節があった。というか、彼に限らず『FGO』に慣れ親しんだプレイヤーたちは大体そうだ。【オルガ】だってゲームの中で死んだことなら両手の指で数え切れないほどあるけれど、あれだけは未だどうにも慣れられないままである……

 

 

 ……オルガマリーは冷めきったコーヒーカップを一息に呷って空にすると、なんとなく、手元の端末をいじって彼の情報を呼び出してみた。

 時間経過による解除を待たずに累積されたデスペナルティが複数。前線に取り残された自身のサーヴァント【クー・フーリン】らを救出するため他のプレイヤーたちと敵陣へ飛び込み、しかしあっさり竜の炎に焼かれてやられてしまったらしい。

 

「プレイヤーは復活する。NPCは復活しない。だったら自分の命を優先する理由がないだろ?」

 

 彼なら真顔でそんなことを言いそうなものだ。

 ……ふふ。想像してみると、なぜだか少し笑ってしまう。

 この上なく勇ましいことを言っているように見えて、実際のところはおおよそ打算で動いている。が、打算するきっかけが情だったりするあたりが魔術師たちと違って可愛げのあるところなんだろう。

 

 ……それにしても、ロマニが構築したプログラム【刻印】は本当によく出来ている。

 ロマニは元々父マリスビリーがどこかから連れてきた男で、その肝入りで医療班に配属されていた。しかし父が死に、オルガマリーの代になって『FGO』計画が採用されると彼もまたシステム構築部門への配置換えを提出し、オルガマリーはそれを受け入れた。

 そんな彼に創られた【刻印】は召喚サークルの機能と連携し、精神ダイブしたままカルデアスのシステムに取り残されたプレイヤーの身体(アバター)を再構築する核になる。魔力、引いてはその源になる電力はそれなりの量を食われるが、幸いエジソンがその手の技術に秀でていたおかげで最低限の運営リソースについては何とかなっていた。

 

 そして、ひととおり再観測と調査を終えた冬木特異点の霊脈から吸い上げている魔力で可能になった【使い魔】の運用も、今のところは大きな問題もなく進んでいるようだった。こちらは死んでしまえば新たに召喚せざるを得ない上、プレイヤーが死に戻った際に互いの位置がバラバラになってしまうのが悩みのタネではあるけれど。そう、今の彼のように……

 

【Call: 非公開チャット】

 

「──ふぇっ!?」

 

 ……突然の着信。

 その発信者を見て、思わず変な声が出てしまった。慌てて周囲を見回す。無人だ、よかった。

 彼のことを考えていた正にそのタイミングで本人から着信が来たせいか、少し挙動不審になっている自覚がある。間の悪い男め。オルガマリーは数回深呼吸をして息を落ち着け、それから彼のチャットに応じることにした。

 

《──もしもーし。オルガ、元気してるー?》

 

 真っ先に耳に飛び込んできたのは、そんな暢気極まる挨拶の言葉。しかしその後ろでは、プレイヤーのものだろう悲鳴と怒号、そしてファヴニールの炎弾の着弾音と思しき重い爆撃音が豪快に響いていて、回線の向こうにいる暢気者が今現在も戦場にいるということを雄弁に物語っている。

 

《……はぁ。わたしは問題なく元気だけれど。貴方はわたしなんかとチャットしている場合じゃないでしょうに》

 

 思わず、少し棘のある言葉が出てしまった。いけないいけない。

 しかし相手は気に留めた様子もなく、また軽薄な調子でろくでもないことを喋りだす。

 

《いやさあ、正面突破試してみたんだけどアレ絶対無理だわ。で、まあ時間もないし誰かに知恵を借りようかなって思ってさ》

 

《それで、わたしに連絡を?》

 

《そうそう。頼むよオルガえもんー。令呪配布かデスペナ軽減でもあれば強引に突破できると思うんだけど、多分そういうのってないんでしょ?》

 

《……雑な鎌かけね。運営情報は秘匿事項よ》

 

《知ってた。だからせめて頼れる仲間の助言が欲しいなあって》

 

《そう、だったらわたしも訂正するわ。ずいぶん雑なドア・イン・ザ・フェイスもあったものね。そんな会話テクニック、よそで披露したなら失笑モノよ》

 

《でもオルガだったら聞いてくれる?》

 

《甘えた男は嫌いだわ》

 

 ……馬鹿馬鹿しいやり取りだ。

 そもそも運営はオルレアン開放時に各プレイヤーへ令呪一画を配布しており、彼はまだその令呪を温存しているはずだった。追加がほしいのか? システム的には三画まで与えることが可能だが、今のカルデアにはそんな余剰リソースなど残っていない。少なくとも、敵の中核の撃破を見込めるような状況でなければ切れる札ではないのである。

 

 そして、分かっていたなら何故聞くのか。

 まだサーヴァントたちが敵の攻勢をやり過ごせているとはいえ、そんな話をしている時間はないはずだ。無駄口を叩かなければ話の一つも進められない、そんな友人の悪い癖。治せと何度も言ったのに。馬鹿、悪癖、大馬鹿。……ああ、そうだ。いつもの彼と変わらぬいつも通りの悪癖だ。

 けれど、今のように余裕が無いだろう状況でもそんな態度を保つのは。

 

《……ねぇ。貴方、焦ってないの?》

 

 何か、覆い隠したい感情があるからだろう。

 少しの沈黙。

 そしてそんな時間の損失さえ取り戻したいのかと思わせるような早口で、彼は言う。

 

《ああ、そうだ。焦ってるさ。だからこうしてチャットしてるんだよ。なあ、オルガ。ちょっと真面目な話……》

 

《……ふぅん、焦ってるの。なら仕方ないわね。いいわ、オーダーを聞きましょう》

 

 何か言いかけた彼の言葉を遮り承諾を告げると、チャットの向こうで相手が細く息を呑む音が聞こえてきた。続けて強い口調で礼の言葉が響いてくる。オルガマリーがあっさり引き受けたことに相当驚いているらしい。

 ……へぇ。もしあのまま話を続けていたら、真面目に懇願する彼の言葉が聞けたのかしら? それは珍しいものを聞き逃したことになる。しかしまあ、たまには友人にサービスしてやるのも悪くはないだろう。この間は愚痴を聞いてもらったことでもあるし。

 

《──片道。片道でいいから、なんとかファヴニールの足元まで俺を生きたまま令呪を使わず運ぶ方法を考えてほしい。クー・フーリンの宝具を発動できれば、それでサーヴァント全員を逃がす算段が取れる》

 

 ……なるほど。オルガマリーは手元の端末に戦場の地形を表示する。遮蔽物のない草原。まっすぐ突っ込めばまず竜の焔か地を這う触手のどちらかの餌食になるだろう。だとすれば、空? ……しかし神代の魔術師でもあるまいし、空を飛ぶ方法などそうそう用意できるものではない。

 

(彼が女だったら、まだやりようもあるんだけど……いや、馬鹿、何を考えてるんだわたしは)

 

 オルガマリーは一つ首を横に振る。そもそも空を飛べたところで、空中を落下してくる竜の炎弾に途中で衝突して終わりだろう。彼のオーダーに応えるためには、高速で移動する手段と、そのあいだ彼の身を守る手段の両方が必要になる。

 どちらも難題だが、防御についてはマシュを動かせば…………あ。

 

 パチリ、とオルガマリーの中でパズルのピースが嵌まる音がした。

 まるで数式を綺麗に解けたときのような、そんな感覚に確信を得て彼女は相手に呼びかける。

 

《ねえ、貴方! ドンレミの小屋で藁箒を作っていたわよね!? あれ、まだ持ってる?》

 

《え、箒!? いや、小屋に置いてきたけど……藁束はあるから作れと言われりゃすぐ作れるよ》

 

《グッド! 近くにマシュはいるわね!? あと、その召喚サークルのそばに【ノーリッジ】の連中がいるはずだから今すぐ探しなさい!》

 

《あ、ああ!》

 

 矢継ぎ早に彼への指示を飛ばしていく。

 『浮遊』するだけならともかく、ヒトを対象にした『飛行』を魔術的に実現するのは極めて難しい。だが、抜け道が無いわけでもないのだ。1431年フランス、魔女の時代。土地と時代に刻まれた人々の信仰が魔術基盤となって、その術式の成立を容易にする。

 必要なのは『魔術回路を持つ女』、そして『箒』。それは『空飛ぶ魔女』を再現させる術式だ。

 

 オルガえもん、とこの男は先ほど言った。反応する必要も感じなかったので敢えて流したが、確かその元ネタは日本のカートゥーンに登場する願望機じみた性能を持つロボットだったはずである。それが転じて、誰かに頼み事をする際のスラングになったと聞いている。

 ……科学に満ちたカートゥーンの世界。

 人格を持つ願望機に対して、その友人となった少年は願う。「空を自由に飛びたいな」と。

 

《なあオルガ。準備するのはいいけど、いったい俺に何をさせるつもりなんだ?》

 

 友人の問いに、オルガマリーは微笑んで答えた。

 

《空を自由に飛びたいでしょう?》

 

《は? ……あ、ああ。確かに、それなら》

 

《はい、じゃあ【トーコ・トラベル】ね》

 

 願望機の真似事は無理でも、友人にイカサマ魔術のひとつくらいは用意してやれるのだ。

 




 オルガマリーは原作に比べてかなり安定しています。
 具体的に言うと、1話(β-1)時点でフォウくんの写真を撮らせてもらえるくらいには、承認欲求を含め人間的に満たされている感じ。まあ、1話のときは本当に未来消失が起きちゃったこともあってだいぶ余裕ない印象になってましたけど。
 代わりにマシュの隠された地雷が少し増えましたが、その辺は獅子王絡みで話せれば。

ロマニ・アーキマン:元医療班。システム構築・管理を経て、現在はプレイヤーへの指示などを担当中。今でもマシュのメディカルチェックは受け持ち続けており、超多忙。安らかに生きられない……。

トーコ・トラベル:冠位指定魔術師【蒼崎橙子】によって開発された空を飛ぶ魔術。しかしそれを『飛行』と呼ぶかは意見が別れる……らしい。詳しくは次回。普通に飛んでるメディアさんは本当に凄い人。


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1-9

前回、飛行魔術に必要な【魔女の軟膏】について書くのをすっかり忘れていました。
で、後から追記改訂するよりは別にちゃんと挿話として話を作ったほうがいいかなって……そんな回です。


>> [1/2] マシュ・ふわふわ頭・シールダー

 

 

「【トーコ・トラベル】か……」

 

 召喚サークルへと死に戻され、芋を洗うが如き混雑ぶりでごった返しているファヴニール被害者友の会。その中から辛うじて俺が見つけ出した【ノーリッジ】所属プレイヤーの一人、ギリシャ彫刻じみた容貌にカールした金髪が特徴的なその男は、俺の持ちかけた話に表情をやや曇らせると眉根を寄せてそう言った。

 

「アニムスフィアも無茶なことを考える。……けど、まあこの状況では仕方ないのか。()()のお手を煩わせるのは望むところじゃないからな。僕を連れて行け」

 

 男は俺についてくる仕草を見せた。任務達成(ミッションコンプリート)

 俺はマシュさんのところへ向かって歩き出す。

 

 【ノーリッジ】は、エルの個人的知り合いだけで構成されたクランだと聞いている。エルを「先生」と呼ぶクラン員達が現実世界でどういう関係なのかは知らないが、ともあれ「先生」から俺たちのことは事前に聞いていたらしく、突然のよく分からない頼みも引き受けてくれるようだった。

 後ろの彼もどうやらオルガ同様に魔術チート持ちのようで、彼女の言葉をそのまま伝えた俺なんかよりもずっと話の内容を理解できているらしい。

 

 ……こういう関係、ちょっと気まずさがあるよね。

 彼はいわば知人の知人、それも俺にとってはゲーム内知人であるエルのリアル知人である。プレイヤー名は【BestPupil(ベストパピル)】……その意味するところは『一番弟子』だ。先生の前で弟子自らが敢えてBest(一番)を誇示していくスタイル、俺にはちょっと真似出来ないな。人間関係ギスりそう。

 

 俺はなんとなく視線をそらす。

 しかしその先で俺を待っていたらしきマシュさんが、心なしかジトッとした視線を俺に投げかけているのを感じて、再び視線を泳がせた。あ、ダメだ。マシュさんの方から近寄ってきた。

 ザリザリと音を立てながら歩いてくる彼女の右手には、いつもの大盾がある。

 ただひとつ違うのは、丸盾と十字架を組み合わせたその盾の下に伸びる接地部分が、一巻きの藁束で覆われていることだ。彼女が歩を進めるたび、しなやかに伸びた藁の茎が地面の小石を掃き出し土埃を上げる。……盾箒。

 

「あの。所長の提案された作戦については十分よく理解しましたが……やっぱり、ちゃんとした箒を作りませんか?」

 

 人探しから帰還した俺を迎えて、箒系シールダーに進化したマシュさんはそう言った。俺は首を横に振る。彼女の視線の温度がやや低下した。

 だって、しょうがないじゃないですか。俺は理路整然と弁明した。君の腕は右と左の合計2本ぽっきりで、その片方は盾、もう片方は(荷物)を引っ張っていくわけだから。君の腕がもう1本生えてくれでもしなきゃ、箒を持つだけの余分がないでしょう。

 

「貴方の脚に藁束を巻けばよいのでは?」

 

 ……。なるほど、一理あるアイディアだ。

 問題は、マシュさんが藁束ルックに身を包んだ人間存在(ヒューマンビーイング)を「箒」と認識してくれるかどうかだが、やってみる価値ならありますぜ。しかし、いそいそと藁束を取り出した俺を傍らに立つリツカが制止した。その顔には苦笑。

 

「マシュにしか頼めないんだ。オレは大丈夫だからさ」

 

 そしてリツカがそう言うと、マシュさんはやや不満げな調子で俺に向けた矛先を収めた。

 ……ああ。盾が云々というより、リツカの傍を離れるのがそもそも嫌だったのね。それはすまなかったな。気持ちはよく分かるぜ。ワカル。

 

「いえ、藁束付きの盾の外観も大変に不本意なのですが。率直に言って美的センスを疑います」

 

「……あ、はい。すみませんでした」

 

「──おい。その()を飛ばせばいいんだな? 術式の準備をするから無駄話を止めてくれ」

 

 一方、そんな俺達の様子を気にする風もなく俺の後ろに立っていた『一番弟子』氏はそう言って、マシュさんの周りで何やら作業をし始める。初対面の相手に軽く醜態を披露してしまった俺たちは、やや赤面して作業の成り行きを見守ることにしたのだった。

 

 

 

 

 ──オルガが提示した作戦はこうだ。

 

 【トーコ・トラベル】と呼ばれる飛行魔術(チート)を使うことでファヴニールまでの空路手段を確保する。必要なのは、魔術(チート)を使える女性と箒。道中の防衛を考えれば女性枠はマシュさん一択となり、箒の材料は俺が用意できる。

 だが、そこで問題が発生した。

 片手に大盾を持ち、もう片手で荷物……すなわち俺を牽引する場合、箒を手に持つことができないのである。そこで編み出された窮余の策が、盾と箒を一体化させてしまうというアイディアだ。いわゆるひとつの多機能化であり、将来的には小型ミサイル搭載による遠距離攻撃機能などを提案していきたいと思っている……!

 

「……なんというか、ドクターとはまた違った方向性で駄目な人ですよね」

 

 マシュさんがそう呟いた。賛同するようにリツカも頷く。ちょっと待て。俺はリツカの肩を抱き寄せた。

 なあリツカ、俺には異論があるぜ? お前がいつの間にかドクター・ロマン……ロマニ・アーキマン氏と知り合いになっていたのはこの際どうでもいい。俺の感じた恐怖をお前と共有できていないらしい悲しい現実についてもだ。運営付きのサーヴァントであるマシュさんと契約したお前は、俺なんかよりずっと運営に近い立ち位置だろうからな。

 だがな、この人畜無害に定評のある俺っちがあのロマニと並べられるのは納得がいかねえ。俺のこの右手を見ろ。触手一匹殺しきれず無様に愛剣を奪われちまった、空っぽの右手をよォ……!

 

「そういう、変に自分を下げるみたいな物言いが似てるかなあ」

 

 リツカはそう言って笑った。ついでに人畜無害は雑魚って意味じゃないよと訂正される。

 ぐぬぅ。俺は唸った。

 その隣で『一番弟子』氏も唸っている。どうやら作業が上手くいっていないらしい。

 

「ああ、もう! いつもと調子が違ってやりにくいったら……!」

 

 そんなことを溢しながら苛々と手を動かす彼の背後に、数人の男女が現れた。顔に覚えがある。【ノーリッジ】の連中だ。先頭に立つ女が言う。

 

「──はあ。戻ってこないと思って探しに来てみれば、お前は一体そこで何をしてるんだ。自称一番弟子が聞いて呆れるぞ」

 

「ひ、姫様!?」

 

「そこを退け。私がやろう」

 

「いえ、唯でさえ完調でない姫様にこれ以上負担をかけるわけには」

 

「魔術刻印を持ち込めなかったお前より調子が悪いということはないだろうよ」

 

 何やら口論しながら『一番弟子』氏を押しのけてマシュさんに近寄って来たその女は、一見して異様だった。

 姫様、という呼称が違和感なく受け入れられるような自然体の威圧感。強い意志を感じさせる鮮やかな青の瞳。加えて、育ちがいいのだろう、何気ない所作の一つ一つに俺たち庶民とは違うと思わせるだけの上品さを備えている。例えるなら──本当の貴族のお姫様ってのが現実にいたとしたら、それはこんな人間なのだろうという、そんな印象を与える女性だった。

 そんな『姫様』はマシュさんの身体を一瞥すると、面白くなさそうに口元をひん曲げた。

 

「なんだ、術式は粗方出来上がってるじゃないか。こういう即興芸は、お前じゃなくフラットの領分だと思っていたんだがな」

 

「……【トーコ・トラベル】は有名ですから。使ったことがなくても、やり方くらいは」

 

「なら、あとは細かい調整だけか。……ん? おい、【魔女の軟膏】は用意してあるのか?」

 

 マシュさんに施された仕事を品評していた『姫様』が、不意に振り向いてそんなことを言う。

 ……魔女の軟膏? なにそれ美味しくなさそう。

 

「おいおい、軟膏無しではせっかくの術式も片手落ちだろうに。アニムスフィア……お前に指示を出した奴は何も言っていないのか?」

 

 え、オルガ? ……あー、そういえば召喚サークル経由でアイテムが送られてきていたな。今は関係ないと思ってたんだけど。

 俺はそれを『姫様』に差し出した。彼女は手袋をはめた手でそれを受け取り、渋い顔で頷く。

 

「……蜂蜜酒(ミード)か。天体科(アニムスフィア)め、山篭りしている間にずいぶん雑食になったと見える」

 

 彼女の手にあるのは、黄金色に輝く液体を湛えたガラスの瓶だ。蜂蜜酒(ミード)。作戦終了後の祝勝会にでも供するのかと思っていたが、別の用途があったらしい。

 

「マシュと言ったな。酒は強い方か?」

 

「お酒ですか? ……経験はありませんが……」

 

「ふむ? まあいいだろう。軟膏の代わりだ、とりあえずグラス三杯分ほど飲んでみろ」

 

 そんな彼女の言葉にマシュさんは困ったような顔で瓶を開け、中の液体をぺろりと舐めるように口へと含む。そして、意を決したように目を瞑って瓶の中身を半分ほど一息で飲み干した。

 

「ッ──~~!? う、あ、せ、先輩……?」

 

 ふらり、とマシュさんの身体が傾ぐ。慌てて駆け寄ったリツカの腕に彼女はポスリと収まり、にへりと笑った。蕩けるような笑み、至福の表情である。

 

 ……俺はフレンドリストを開いた。

 

◆マシュ・キリエライト 【状態異常:酩酊】

 

 ……。

 

「あはは……。先輩、先輩の顔が二つに見えますよぅー」

 

 いつものクールな表情が欠片もない。一発で酩酊……。マシュさん、アルコール耐性弱っ!? 

 ああ、いや、むしろこの蜂蜜酒(ミード)が普通じゃないのか……?

 俺は胡乱に歪む表情を隠さぬまま、『姫様』に視線を送る。ありゃ一体どういうことですか。

 

「『姫様』ではない。ライネスだ」

 

 あ、はい。左様ですか。それでですね、ライネスお姫様。俺の記憶が確かなら、彼女にはこの後お空を飛んでもらうはずだと思ったんですが。

 

「そうだよ。そのための下準備だ。魔女の飛行はトリップしていることが前提条件だからな」

 

 ……なるほど。俺は納得した。そして一瞬後、その判断を思い直す。

 ……え、マジで!? 魔女って飲酒運転状態じゃないと空を飛べないの!?

 

「正気で空を飛ぶ馬鹿がどこに居る。()()()()()()()()からこそ、大地の(くびき)を逃れられるのさ」

 

「……先輩のお目々はどうしてそんなに蒼くて綺麗なんですかぁー?」

 

「そんなの決まってるじゃないか! マシュの綺麗な顔がよく見えるようにだよ!」

 

「は、はぅ……! で、では先輩のお耳は、いえ、お口は……!!!」

 

 ……まあ、確かに正気ではねぇ感じだな。

 というかリツカ、お前、素面でそれって大丈夫? なんだかノリが良すぎないか?

 

「そんなことないですよー! ほら先輩も飲みましょう? 甘くて美味しいですよー……」

 

 マシュさんがリツカの口に酒瓶を突っ込んだ。リツカの顔面が赤くなったり白くなったりする。

 ……あー、なんだ。これはゲームなので現実とは無関係。実際合法です。お酒は20歳になってから。

 

 

「ああ、良い酔いっぷりだな。これなら行けるだろう」

 

 そうして、リツカに抱きつくマシュさんを見ながらライネスは頷いた。ええ~……。

 

「まあ、心配する必要はないさ。乗り手がどんなにフワフワ頭の女でも、目的地には必ず辿り着く。それが【トーコ・トラベル】唯一の利点だからね」

 

 ライネスが説明するところでは、【トーコ・トラベル】ってのは要するに、あらかじめ設定した目的地からゴム紐で引っ張るみたいにして飛行者を運ぶ術式であるらしい。乗り手はとりあえず浮いてさえいれば、あとは勝手に目的地まで牽引されていく。

 

「……着地は」

 

「頑張れ」

 

 オゥ、クレイジィ……。なんだか寒気がしてきやがったぜ。

 おや? BestPupil氏、そのロープはなんだい? どうして俺の胴体をぐるぐる巻きにしてるのかな? ああ、荷物をまとめたい。なるほど。でもね……俺、これじゃあ動けなくない? え、サーヴァントへの指示は出せるから大丈夫? そっかー、そういう意味じゃないんだけどな―。

 

 金髪イケメン一番弟子は俺を荷物じみて厳重に梱包すると、余ったロープの先端をくるくるっと取っ手状にまとめてハッピートランス状態のマシュさんの片手へ握らせた。俺の寒気が倍増する。

 

「飛行先の座標はファヴニールだ。あれだけ大きければ間違いもないだろう。……地上に思い残すことはないな? 何があっても我々を恨まないと今この場で誓え」

 

 はいはい、イエスユアハイネス。

 ……あ、そうだ。そういえばこれって、マシュさんがトランスしてれば何度でも飛行できるの?

 

「術式を発動できる者がいればな。シンプルな術式だから、座標さえ設定しておけば可能だろう」

 

 ふぅん。じゃあさ、ついでに頼みたいことがあるんだけど……。

 

 

 

>> [2/2] 同じ空を見ている。

 

 

「アアアァァーァァァァ嗚呼亜アAA阿ッッ!?!?!」

 

 雲一つない抜けるような青空を引き裂くように、甲高い悲鳴を上げながら、新米魔女もどきのサーヴァントに吊られた荷物一号(プレイヤー)が飛んで行く。

 打ち上げ時に生じる、張り詰めたゴム紐を急に離したような瞬間的負荷が彼を殺してしまわないかどうかだけが懸念事項だったが、意外と上手くいったらしい。

 

 ライネスは大きく息を吐き、傍らに立つクラン員の女に、先だって預けていた眼帯を返すよう求めた。……痛覚制御が施されているはずなのに、ひどく目が痛む。

 

「大丈夫ですか?」

 

 心配する声に「気にするな」と答えて、ライネスは眼帯を強く自身の両目へと巻きつけた。

 視野情報が遮断されたことで生まれる暗黒だけが、辛うじて一時の癒やしを与えてくれるようだった。

 

 ……まったく。

 死ぬよりマシとは言え、我が兄はよくよく厄介事に恵まれるような星の下に生まれたらしい。

 アニムスフィアの提供する疑似身体(アバター)では簡易な身体特徴こそ複製可能であったが、魔術刻印やら魔眼やらについては一切『FGO』へは持ち込めなかったのだ。焔の如き炎色を呈するライネスの魔眼も、いまやその色合いは魔を宿さぬ生来の蒼空の青色へと変じていた。

 『FGO』へログインしろという兄からの警告も相当に時間的余裕のないもので、慣れぬ機械操作に追われる魔術師たちには対策を打つだけの時間さえなかったのである。

 

 魔眼も魔術刻印も、術者の脳髄へと接続される第二の神経系とも言うべきものだ。それを失った魔術師たちの多くは、感覚の一つを失ったが如き喪失感と力の喪失とに襲われている。例外があるとすれば、一年超をかけて疑似身体(アバター)を慣らしてきた熟練プレイヤーの魔術師、あるいはそもそもそんなものにあまり頼らぬ義兄(エルメロイII世)くらいのものか。

 

(……まあ、しかしだ。もし、万が一にも天体科(アニムスフィア)()()()を複製できていたとしたら)

 

 きっと、何をおいても。もしかしたら人類の危機さえ忘れて、ライネスたち魔術師は不遜なる贋作者(フェイカー)アニムスフィアを滅ぼすことに全力を尽くしていただろう。

 

 そんな暗い予想に思考を浸らせていると、暗黒の向こうから声がした。

 

「【ノーリッジ】の皆さんですよね? 【ワカメ王国(キングダム)】のCEO(セオ)といいます。先程はうちのクランメンバーがお世話になりました。それで、ご挨拶をと……あれ? その眼帯……」

 

 その最後の呼びかけは、ライネスへと向けたものだった。

 それから幾らかの会話を経て、ライネスは、『FGO』プレイヤーとして適応した元・魔眼持ちの先達と友誼を結ぶことになったのである。

 

 

◆◇◆

 

 

「マシュー! 頑張れよー!」

 

 大空に向かって大声でそんなことを叫んでいるリツカを、セオは急いで回収する。

 明らかに彼は酔っていた。

 どんな酒を飲まされたのか、ちょっと見ない間にベロンベロンの泥酔である。

 

「お酒の失敗は若者の特権ですよねー……あ、結構ガッシリしてる……」

 

 青年の細身の身体には意外と筋肉がついており、リツカより背の低いセオが彼を引っ張るのにはそれなりの労力が必要だった。

 

「リーダー、リツカ君連れてきましたよー」

 

「ああ? ……そこに寝かせとけよ」

 

 召喚サークルから少し離れたところで使い魔のワイバーンと一緒に立っているのが、【ワカメ王国(キングダム)】のリーダーだ。名前は言ってはいけないことになっている。

 

「ッたく。あのマシュって女にしてもアイツにしても、よくやるよなァ。あんなあからさまに怪獣じみたデカブツ、対策なしの初見プレイで勝てるわけないんだから、NPCなんか置いてさっさと逃げればいいのにさ」

 

「あ、意外。リーダーはむしろ自分から行きたがると思ってました」

 

「ハッ、ありえないね。そもそも僕はここの運営が嫌いなんだ。誰がわざわざ奴らの用意した負けイベに乗ってやるもんか」

 

 リーダーはそう言って鼻を鳴らす。彼が不満屋なのはいつものことだが、ここまで分かりやすいのも珍しい。

 セオは、【ワカメ王国(キングダム)】が積極的に攻略に寄与しない「まったり系」クランである理由を垣間見たような気がした。もっと上を目指せるはずのリーダーが、こんな中堅でくすぶっている訳も。

 運営の提供する大きなシナリオの流れに乗りたくない、という人は決して少なくはない。その原因の一つには、プレイヤーがVRという架空世界に束縛されぬ自由を見出すからだという。

 しかし、周りのプレイヤーたちを見る限り、それだけで説明できる話でもないように思うのだ。……いずれ職場に戻れたならば、一業界人としてきちんと検討してみたいテーマである。

 

「……リーダー。そう言えば聞いてなかったんですけど、【ファーストオーダー】、途中離脱したんですよね? どこに行ってたんです?」

 

 ──そんな話の流れだったせいだろうか。敢えて聞かずにいた問いを、柄にもなく彼へと投げかけてしまったのは。

 

「……それ、僕が言う必要ある?」

 

「無いですけど。なんだか気になって」

 

「ふぅん。……まぁ、いいか。【ファーストオーダー】の舞台になった街、あるだろ? F市。あれ、実は架空の都市じゃないんだよ。僕はサァ、昔そこに住んでたことがあるのさ。で、土地勘は残ってたから実家まで行ってみたんだけどね。……滅茶苦茶に燃えてたよ。思わず笑っちまった」

 

 そう言って、ハハ、と声を立ててみせる。

 セオも笑いを返そうとしたが、どうにも上手くいかないようだった。

 

「お前はどうなんだよ。【ファーストオーダー】には参加できないって言ってただろ。予定が変わったのか?」

 

「わたしですか? そうですね……」

 

 セオは、少し逡巡した。きっと信じてもらえないだろう事情を、どこまで共有するべきか。

 ……だけど、まあ。それを言ったらリーダーの実家の話だって同じようなものなんだろう。それを聞いてしまったからには、自分だけ隠すのもどうかと思われた。

 

 それに、どのみち。

 セオが事情を話すことで何が起きるのか、そんな「未来」なんて今の彼女には皆目検討もつかないのだから。

 

「──別に、信じなくていいんですけど。わたし、現実世界では未来が視えてたんですよ」

 

「……はァ?」

 

「ですよね。まあ、今は無理なので気にしないでください。目も、最初のうちは大変でしたけど今ではすっかり大丈夫ですし。

 ああ、聞きたいのはわたしが【ファーストオーダー】に参加した理由でしたよね? 簡単です。あの日、それ以外の未来が全く見えなくなっちゃったんですよ。『FGO』にログインしてゲームやってる以外の未来が、プッツリと」

 

「……ふーん」

 

 怪訝な表情で、リーダーはセオの話を呑み込んだ。

 セオも、なんだかいたたまれなくなって軽く寝息を立てるリツカの側から立ち上がる。視線を投げた先に【ノーリッジ】のプレイヤーたちの姿が見えた。さっきは彼らの世話になったみたいだし、少し挨拶してこようと考え歩き出す。

 

 ……正直なところ、セオにしてみればリーダーが彼女の話を信じていても、いなくても、どちらでもいいと思っている。ただ、ひとつだけ懸念すべきことがあるならば。セオは、あの日自分が視たゾッとするような虚無の暗黒を思い出す。未来の消失。それが意味するのは、一体……

 

 ──未来視能力者【瀬尾静音】。彼女は、条件さえ揃えば「世界の終わり」だって未来視することが出来るのである。

 




主人公をよそに、勝手に事態を把握し連帯していくプレイヤー。
主人公もちゃんと活躍しますよ。きっと。そのうち……。

蜂蜜酒(ミード):蜂蜜から作ったお酒。たぶんオルガ秘蔵の一本。

 人類最古の酒とされる蜂蜜酒は神話的にも出番が多い存在で、FGOでもメイヴの宝具として超すごい蜂蜜酒が設定されています。基本的に使用されない案件だとは思いますが。
 また、クトゥルフ神話に登場する空飛ぶ怪物『バイアクヘー』を呼ぶためには、黄金の蜂蜜酒が必要だとされていたり。……ウィキペディア先生によると、なんかアメリカではバイアクヘーに騎乗した円卓の騎士トリスタンが登場するアンソロジーが出てるらしいですね。
 クトゥルフ×円卓……6章のニトクリスかな?


◆【ノーリッジ(現代魔術科)】の愉快な仲間たち
BestPupil(ベストパピル)】/『一番弟子』:
スヴィン・グラシュエート。獣性魔術の使い手。エルメロイII世を崇敬しており、『プロフェッサー・カリスマ』というアダ名を広めた男でもある。いつか獣系サーヴァントたちと絡めようと思って出してみたはいいけれど、果たして作者に奴らをそれらしく描写できるかどうかが問題だ。具体的にはキャットとジャガー。

ライネス:
ライネス・エルメロイ・アーチゾルデ。Fate/Zeroに登場するディルムッドのマスター『ケイネス』の姪。ケイネス死後はエルメロイII世を義兄として迎えている。魔眼持ち。月霊髄液は持ち込めなかった。

フラット:
Fate/strange fakeではジャック・ザ・リッパーのマスターですが、本作における彼の役割は、全てが終わった後スヴィン君に自慢されて超悔しがる役です。こいつを下手に突っ込むとグランドオーダーじゃなくてフラットオーダーになっちゃいそうで。
エルは連絡取ろうとしたけどなんか普通に行方不明だったという設定。

グレイ:どうしよう……。


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1-10(前)

>>>>>> [1/6] ハングド・フライ・フォール

 

 

「うふふふふふふ……───」

 

 耳元で轟々と唸る風の音の切れ間から、艶めいた笑い声が混ざり込む。

 打ち上げ前のリツカが彼女の耳に何を囁いたのかは知らないが、ともあれ魔女っ子マシュさんは今も絶賛トリップ中のようであった。

 

「うぷっ……ッ……!」

 

 まあ、突風に揉まれて空中錐揉み回転中の俺には、それを直に見ることは出来ないんだけどね!

 

 

 

 ──今日もフランスの空は青く、青く。

 

 遥かな眼下にはいつか東京タワーから見下ろした景色のように小さく散在している家々と、ゴマ粒みたいな無数の点からなる集合……人間たちの集団がある。いや、魔物の群れかもしれないか。ただぼんやりと俯瞰するだけでは、下界の状況など把握できるはずもない────と、炎弾ッ!

 

「マシュさん!」

 

「邪ー魔ーでーすー!」

 

 俺の呼びかけに応えたマシュさんが身を捩るようにして大盾を振り抜けば、迫りくる粘液質の炎弾はべチャリと潰れて弾け飛ぶ。……邪魔なのは、俺の発言じゃなくて炎弾の方ですよね? 

 更に彼女の生んだ回転運動エネルギーは縄でつながれた俺のところまで伝播し、極めてランダムな運動として表出することで、煮えたぎる唾ナパーム飛沫からのラッキー回避を実現させた。

 

(──だが、そこには代償がある──それは──、死ぬほど怖いってことだ──)

 

 俺は為す術もなく振り回されながら、この巫山戯た飛行法の発案者を心の底から罵倒する。

 

 

(──これを考えた奴は──絶対に──頭が──おかしい────!)

 

 

 ちくしょう、これの考案者……蒼崎橙子だったか。青だかオレンジ色だか分からない名前しやがって。蒼いオレンジって、それ絶対カビが生えてるやつじゃねぇか……!

 

 思わず、ネガティブな連想が走った。まあ、生死をマシュさんに委ねて梱包済みの俺には、それくらいしか出来ることがないからね。仕方ないね。

 

(ああそうだ、果物ってのは管理をミスるとすぐ駄目になるからな……そう、梅雨時に黴びるオレンジだけの話じゃない。腐ったミカン……萎びたリンゴ……熟しすぎた柿……痛んだトマ「ぐぺっ」

 

「ブツブツ言ってるとー! 舌を噛みますよー!」

 

「もう(ふぁ)んだ!」

 

 再び飛んで来た炎弾を宇宙遊泳(AMBAC)めいた両手足の運動制御で華麗に回避したマシュさんは、俺に向かってやや遅い警告の言葉を掛けてくれる。舌を噛みちぎりこそしなかったものの、HPがごっそり持って行かれてしまった。思わず心の中身が口から漏れ出ていたらしい。

 ……悪因悪果。なるほど、人の悪口を声に出して言うのはよくないと思いました。

 

 

◆◇◆

 

 

「ところで、悪いニュースともっと悪いニュースがあるんですが」

 

 それから何分たっただろうか、3次元空間機動フライトアクションが続いた後。

 上昇軌道が頂点に達したのか徐々に下降を始めたあたりで、吊り下げられた俺に視線を落としつつマシュさんがそんなことを言い出した。俺も、辛うじて動く首を上向けることで彼女に応える。

 

 なんだいマシュさん、これ以上状況が悪くなるって言うなら言ってごらん。ちなみに今、俺は君とリツカの主従(コンビ)が両方泥酔状態なことに頭を悩ませているよ。

 まあ、そこは術式を提案したオルガとの情報共有が上手くいってなかったのが悪いんだけどね。俺は魔術チート持ちじゃないし、彼女は彼女でわりと説明ベタなところがあるからな。ともあれライネスにお願いしていたプランBは廃案だ。そうなると自分で身体を張るしかないわけだが……

 

「あの、報告していいですか?」

 

 ああ、ごめん。待たせてすまないね、お話どうぞ。

 

「……では、その。まず現状における第一の問題は、前方に音楽魔術と思しき広域魔術が展開されていることです。ドクターの解析によれば、術式の性質は『鈍重に(Pesante)』『重々しく(Grave)』の組み合わせ。このまま展開領域へ突入した場合、上空のわたしたちも影響を受けることになると思われます」

 

 ……はあ。俺にはよく分からんが、それってなんか大変な事態なの? 大変なのか。

 OK、それじゃあもっと悪い方のニュースってのは何?

 

「もう一つは……こちらは、極めてシンプルかつ深刻な問題なのですが」

 

 はい。

 

「わたしの酔いが、もう覚めてます」

 

 ……。え? あ! ああー!

 

「シールダーとしての耐毒スキルは事前に切っていたのですが、サーヴァントとしての体内解毒作用が予想以上に強力に働いたようで……その。もう、重力に引かれて高度が落ちてきていると」

 

「だ、駄目じゃん!?」

 

「加えて、先ほど報告した音楽魔術の影響で、周辺空間にかなり強い重圧負荷が発生しています。なんとか、ファヴニールの足元までは到達できると思いますが……」

 

「……安全に減速したり着地したりする余裕はない?」

 

「お察しのとおりです」

 

 俺を引っ張り、宙に吊り下げる形で飛んでいたはずのマシュさんが、いつの間にか高度を落として俺のやや上方に浮かんでいた。その差を生み出しているのも【トーコ・トラベル】の魔力ではなく、縄でコンパクトに梱包された俺と大盾を抱えたマシュさんの間の空気抵抗の違いにすぎない。

 俺たちは、どうしようもなく落下を始めていた。

 辛うじて残る魔力の残滓が生む微かな浮遊感と、位置エネルギーを解放し勢いのままに俺たちを地面に叩きつけようとする重力とのせめぎ合いの中で、落ちながらも進んでいく。

 

「着地の衝撃は可能な限りわたしが引き受けます。盾スキルは各種取りそろえていますから」

 

「それはありがたいね」

 

「いえ。それより、その後の計画について詳しく教えてください。クー・フーリンさんの宝具を使って撤退を図ると聞いていますが」

 

「ああ……そうか。ちなみにリツカはまだ寝てる?」

 

「先輩ですか? わたしの耐毒スキルが既に起動しているので、アルコール自体はすぐに分解除去されると思います。ただ、睡眠状態からの覚醒はまた別の話かと……先輩はよく眠る方ですし」

 

 マシュさんはそう答えた。

 OK、状況は把握した。リツカはまだ起きない。マシュさんは完全に酔いが覚めてる。やはり、欲など張らずに最初の目論見通りプランAでいこう。

 

「プランA、ですか」

 

「そう、シンプル&ストロングな第一案だ」

 

 今回のケースで、逃走手段に必要なのは積載量と速度である。

 装甲車でもありゃあ全員まとめて載せられて都合いいんだが、あいにくそういうチートは戦国自衛隊の領分だ。じゃあどうするか? 手持ちのカードで一番大きなものに乗せればいい。つまり、ウィッカーマンである。

 現地到達、即座に宝具発動、NPC回収、即時撤退。

 残りのプレイヤーたちは、まあ、何とでもするだろうさ。

 

「……なるほど。しかし、そんなに上手く逃げられますか?」

 

 マシュさんが問う。良い質問だ。

 もちろんウィッカーマンは生贄を捕まえたら最後その場で燃えちまうからな、多少の工夫って奴は必要さ。具体的には、宝具発動時にウィッカーマンへ捧げられる生贄役も同時に指定しておいて、そいつをウィッカーマンより速く逃がす必要があるだろう。

 

 こういう妖怪変化の類ってのは、求めるナニカを追いかける時にこそ最大最高のスピードを出すもんだ。安珍清姫の清姫ちゃん、ワカル? 俺も聖女様との行軍中に多少は勉強したんだがね、彼女だって似たようなもんさ。……正直そろそろこの地域に辿り着くんじゃないかと俺は気が気じゃないんだが、とりあえずそこは置いておこう。

 ああ、最後は相手と一緒に火属性付与(エンチャントファイア)っていうのも共通点だな。ま、そっちは十分距離を稼いだところで宝具解除すればいい。逃げる生贄を追いかけてる間だけスピードと安全性を発揮してもらう、いわば良いとこ取りの寸法さね。

 

「はあ。……では、その生贄役というのは、いったい誰に?」

 

「そりゃあもちろん、俺ですよ」

 

 そこを他人に任せるほど残念な男じゃない。

 手順としては、ウィッカーマンが呼び出されたら即座に召喚サークルまで死に戻って距離を稼ぐ。可能なら、ついでにその場で足元の召喚サークルを破壊して、更にドンレミまで死に戻り&誘導してやりたいもんだがね。まあそう上手くはいかないだろうな。

 

「では、わたしは他のサーヴァントの皆さんを回収し、ウィッカーマンに同乗して離脱すれば良いんですね? 可能であれば召喚サークルの破棄も行うと」

 

「そういうこと」

 

「わかりました。…………はい。はい。ええ、それで行きましょう」

 

「よろしくねー」

 

「こちらこそ、です。作戦立案、感謝します」

 

 マシュさんがお礼を言う。

 ……今の会話、少しだけ空白があったな。

 たぶん誰かとチャットしてた。俺の作戦を検討する……会話の相手は、ロマニあたりだろうか。

 

 ともあれ、今のやり取りでマシュさんの雰囲気が多少和んだのはいいことだ。

 順調に彼女との距離を縮めているリツカに対して、俺とマシュさんの関係はややギクシャクとしたものがある。いわゆる友達の友達というヤツか。なまじ俺とリツカが古馴染みなだけに、彼女相手には距離感を測りかねるところがあった。

 

 

◆◇◆

 

 

 さて。そうこうしているうちに、徐々に下の方へと引っ張られる力が増していく。

 それでもまだ地表は遠い。着地には尚それなりの時間が掛かるだろう。

 耳朶を揺らし凶悪な唸りを上げ続ける風の音と、果てしなく引き伸ばされる落下の感覚は、柄にもない緊張感を俺に強いていた。言い訳になってしまうが、それは端的に言って異常だった。

 

 『落ち続ける悪夢』。誰しも一度は経験があるだろう、嫌な夢だ。だが、あれの本質は落下じゃない。孤独である。ただ独り、何処へともなく落ちていくから怖いのだ。もしも友達と一緒なら、それは単なるパニックホラーに成り下がるだろうよ。愛する相手と一緒ならフライング曽根崎心中だ。え、地面に落ちなきゃオチが付かないだろって? そいつは一本取られたねHAHAHA。

 

 ……とまあ、俺はそのとき、そういう馬鹿げた会話を求めていたわけで。

 気晴らしがしたかったとも言うが。けれど、そういう話題を振るには、俺にとってのマシュさんの印象はやや生真面目に過ぎていた。

 だからだろう。俺が『自然な流れの』話題を求め、その結果、よりにもよって先程打ち捨てたはずのプランBの内容を口走ってしまったのは。

 

「──ちなみに。さっき話さなかったプランBは、向こうで俺と【オーダーチェンジ】したライネスが、トランス状態のマシュさんをどこか適当な座標へかっ飛ばすって案だったんだけど」

 

 ま、流石にリツカが寝ている状況じゃそんな手段は提案できるわけもなかったけどね。

 ハハハハハ。

 

「……」

 

「ハハハ……ハ」

 

 コミカルに笑う作戦立案者に、ジトッとした沈黙を返すマシュさん(生贄候補)

 引きつった笑いを萎ませる俺。

 

 ……おう。これは完全に話題選びをミスったね。

 一瞬にして冷めきった雰囲気の中、マシュさんがうつむき加減にそのお口を開く。俺からは彼女の表情が日陰になってよく見えない。コワイ。ひとまず傾聴の姿勢を示しておこう。

 

「あなたが無茶をするだけなら良いのですが──」

 

「ハイ」

 

「あなたのそういう前向きなのか破滅的なのか分からないような思考判断が、今後の先輩の作戦指揮に悪影響を与えるようであれば──」

 

「ハイ」

 

「──わたしは、先輩を守るために行動します。……わかりますね?」

 

「ハイ、ワカリマス……」

 

 俺は殊勝に返事した。

 ……でもね、マシュさん。リツカもあれで案外無茶なやつなのよ。トラブル体質でもある。むしろ俺があいつから影響受けてるフシもあるってことは分かってほしいな。

 まあ、この場でそれを言うほど空気読めないわけじゃないけどさ……

 

 そんな感じで、やはり気まずい俺たちは邪竜目掛けてどこまでも落ちていくのであった──

 

 

 ──セオさんからの緊急チャットが飛び込んでくるまでは。

 

「大変だよ、二人とも! リツカ君が【清姫】に攫われちゃった!」

 

 

>>>>>> [2/6] 去り行く者、落ち来る者

 

 

「『鈍重に(Pesante)』、『重々しく(Grave)』……! さぁ、終結部(コーダ)はまだまだ先だ! 指揮棒は振ってやるから存分に踊るといい……!」

 

 朗々とした声が響き、戦場の空気がまた一段と重く、鈍くなっていくのを感覚する。

 

 復活せし竜の魔女ジャンヌ・ダルクは苛立っていた。敵の全てにとどめを刺せるほどの戦力的優位があって尚、状況は停滞し、戦いの終わりは引き伸ばされ続けている。

 低調に。

 変化を抑え、のっそりと。

 そう振る舞うことを強いられているような空気感。

 この戦場の優劣を決したのは己の旗と、邪竜ファヴニールの力だったはずである。それがどうだ。いまや戦いの趨勢こそ覆ることはあらねど、戦場の流れを指揮しているのは魔女の握る旗ではない。そしてそれはあの聖女の立てる旗でもなく……一振りのか細い指揮棒を振りかざした音楽魔術師によるものであった。

 

 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。

 戦いの能も持たない音楽家(キャスター)風情を相手に、竜の魔女はそれを殺すための決定打を掴み損ね続けているのである。忌々しくも貴族然とした服装の優男は、彼を縊り殺さんと襲いかかる海魔の触手をひょいと躱すと、()()とその右手の指揮棒を振り上げる。

 

「ははははは! いささか元気が良すぎるな、君たち! 『重々しく(Grave)』、『重々しく(Grave)』、『重々しく(Grave)』! 腰は貴族のように重く、動作は老婆のように(のろ)く、そうだ、もっともっと緩慢であれ!」

 

「おお、深淵の眷属よ! 何をしているのですか! 我らに逆らうあの愚か者を早く絞め殺すのです! さあ! サァ!」

 

 美は、ときに魔に対して(あらが)う手段となる。高い知性を持たない使い魔や、美しいものに惹かれる習性を持つ竜はその典型だ。こうなっては相性が悪いと言わざるを得なかった。

 護衛に連れてきたはずのシュヴァリエ・デオンもクー・フーリンを相手に延々とやりあっている。早く決着を付けて、あのフランス貴族どもを殺すのに加勢すべきであるものを……! その高いステータスは飾りとでも言うつもりだろうか!?

 苛立つ魔女の頭上、聖女ジャンヌが得物の旗槍を大上段に構えて飛び込んできた。全体重の載った重い一撃を、辛うじて魔女は自身の旗をあわせて捌く。同じ体躯、同じ膂力から繰り出される一撃である。聖杯を握る魔女とは言え、届かぬということはないのだ。二合、三合と互いの敵意を打ち合わせ、そこで有り余る魔力に任せて聖女を吹き飛ばす。

 そしてすかさず死角の位置を振り向けば、そこには目障りなコバエが一匹。

 

「──(シッ)

 

 こうして、聖女との攻防の間を縫うように剣を差し入れてくる。

 魔女がその剣に応じれば即座に退き、応じねば円弧を描く二の太刀が続けざまに繰り出される。先刻から何度かに渡って繰り返されてきた、嫌がらせまがいの応酬である。

 剣を執るのは黒髪の【プレイヤー】。

 蛆虫の如く湧き出す有象無象の連中とは違う……だが、所詮は人間だ。いい加減、サーヴァントたる魔女がその気になれば相手にもならぬということを教えてやろう。

 

「ッ!」

 

 ギン、と睨みつけた魔女の視線が邪を孕み、視線の先の剣士を灼いた。業火に呑まれ藻掻くヒトガタは、あの忌々しいピエール・コーションやシャルル7世を思わせる。

 炎上する剣士から苦悶と絶望の声が聞こえないのは不満だったが──己の『復活』からというもの飽きるほどに見てきた、身を焦がす炎を振り払わんと踊り狂うニンゲンたちの姿には、男女貴賤など本質を外した区別に過ぎず、聖俗さえも意味のない詐術であったのだと確信させるだけの醜さがあった。

 

「アハ、」

 

 その無様に、嘲笑が漏れる。聖油を注がれた国王サマも、名も知らぬ異国の剣士も、燃えてしまえば結果は同じ。後には黒く汚い燃え滓と灰が残るだけ。だからきっと、魔女も、聖女でさえ──

 

「────まだだ」

 

「!?」

 

 そのとき。横薙ぎの一閃が、意識の外から魔女を襲った。

 繰り出したのは、焼け果ててなお剣を離さぬ黒焦げの男。

 その一撃はあまりにも遅く、サーヴァントにとっては苦し紛れの足掻きでしかない。だが、辺りに響き渡る葬送歌じみた重圧の音色が、魔女に敏速なる反応を許さなかった。

 

 ……否、それでもまだ魔女が速いか。咄嗟に引き戻された竜旗の柄が、殺人的な加速で襲撃者の剣を迎え撃つ。しかし激突の瞬間は訪れなかったのだ。

 

「【(ひと)ツ鐘楼】」

 

 ぐねり、と弧を描いて変化した鈍色の剣の軌跡が、魔女の構える長柄の守りを奇妙に躱し、白く(あらわ)になっている魔女の(もも)を掠めて力なく地に堕ちる。その(はだ)に、じわりと一筋の赤い線が浮かび上がった。

 

「やはり速い。が──」

 

「────ッ!!!!」

 

 その瞬間、魔女はあまりの憤怒に我を忘れた──と思う。

 呟きを残して崩れ落ちんとする死に体の剣士を、地から生えた闇色の槍が下から上へと突き上げた。一本ではない。処刑台の罪人を突き殺すように、何本も、何本もの黒き魔槍が地中から中空の剣士を貫いていく。血濡れた剣が地面に落ちて、土にまみれた。

 剣士は、最期にビクリと空の右手を震わせ、(ほど)けるように黒い塵となって消え去った。

 

 ハ、ハ、と魔女は荒く息を吐く。小物相手に感情を乱しすぎたか。

 ああ、そうだ。このままダラダラと戦っていても埒が明かない。さっさと全員殺してしまおう。まずは、この重苦しさと停滞を生み出しているあの音楽家から──

 

 そして、気づく。

 怒りに気を取られているうちに、いつの間にか()()()()高速で接近してくる気配があることに。振り仰げば、そこには恐ろしい勢いで落下してくる一人の少女と、縄でつながれた男の姿。

 

「全速全開でいきます! 【疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)】ッ!!!」

 

 少女の持つ大盾が光の輪郭とともに爆発的に膨らみ、蒼翠の光壁を眼下の大地に押し付ける。一瞬の後、砲弾じみた轟音を立ててその乱入者は魔女たちの前に転がり込んでいた。

 ……ずっと後方に引きこもっていたはずの、大盾のサーヴァント。

 それがなぜ今更前線に?

 いや、竜もなしに一体どうやって空を飛んで……

 

「よう、ずいぶん英雄じみた派手な登場じゃねェか。モブキャラ志望のマスターさんよ!」

 

 混乱する魔女を置いて、敵方のクー・フーリンが獰猛に笑う。

 

(マスター!?)

 

 魔女に与するサーヴァントたちが、その一言に困惑した。ジャンヌに率いられた胡乱なる移民集団【プレイヤー】。魔物を使役する不可解な連中であることは知っていたが、まさかサーヴァントさえ従えるというのか……!?

 音楽家が大きく腕を振り上げた。

 

「ここから先は転調だ! 『さあ、走り出せ(Allegro Agitato)!』」

 

 雰囲気が一変し、状況が加速する。

 クー・フーリンの言葉に応じるように、いつの間にか縄を抜け出していたもう一人の墜落者がその右手を掲げた。そこに刻まれた赤い令呪が不穏な輝きを宿す。

 

()()()B()、開始──」

 

 その男……新たに現れた【プレイヤー】はそう呟くと、魔女を見据え不敵に微笑んだのである。

 




書いてて気づいたんですが、ぐだーずは意識的に主人公ムーブさせていかないとどんどんヒロイン枠に落ち込んでいきますね。一部女性陣が積極的過ぎる。

◆音楽魔術について
 独自設定要素あり。そのうち公式でも明確に定義されると思いますが、本作では音の響く範囲へ曲に応じた効果を押し付けることで場を支配する感じ。運命介入って言うとアムドゥシアスっぽさがある。今回は速度記号とかを採用してみました。


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1-10(後)

今回の話には一部ラフム語亜種的な文章表現が含まれます。ご了承ください。


>>>>>> [3/6] 大切なもの。それは絆。情熱。そして、命。

 

 

「──大変だよ、二人とも! リツカ君が【清姫】に攫われちゃった!」

 

 その知らせを受けたマシュさんは、見る影もなく狼狽した。

 ……落下中である。

 心の乱れとは身体制御の乱れであり、気流と重力と飛行魔術と音楽魔術がブルーインパルスの曲芸飛行じみて交錯する現状においては、彼女の動揺は致命的なミスの誘発因子にもなるだろう。

 早急な解決が必要だ。

 俺は放心状態に陥りつつあるマシュさんをひとまず放置し、セオさんに迅速かつ端的な説明を求めることにした。

 

 目撃者(セオさん)、曰く。

 

「あなたたちが飛んでいった後、ライネスさんと意気投合して色々話をしてたんだよね。

 リツカ君はあのお酒で酔っちゃったから、近くに寝かせておいたんだけど。

 それで、話している最中にふと気づいたら、後ろに和服姿の女の子が立っていて。

 可愛い、中学生くらいの、角の生えた女の子。その子がね、こう言ったのよ。

 

 ──『安珍様を、知りませんか?』

 

 って。

 掲示板の噂……彼女に嘘をつくと燃やされるっていうでしょう? だから正直に「知らない」って言おうとしたんだけど。なんだか……それを言ったら燃やされてしまいそうな気がして。

 そうしたら、彼女がそこに寝ていたリツカ君に気づいたの。

 瞳孔がね。ガバッと広がって──

 

 ──『やっと見つけました、安珍様。…………もう、逃しませんよ』

 

 次の瞬間にはリツカ君を抱えて、すごい土煙を立てながら走り去って行っちゃった。

 たぶん南の方。

 マシュちゃん、君の隣りにいるんでしょう? 彼女、大丈夫かな……?」

 

 ちらり、と隣に視線をやる。目鼻立ちの整ったお顔からは、すっかり血の気が引いていた。

 

「せ、先輩……。安珍? 安珍って誰ですか……? 先輩は、先輩ですよね? わたしの、()()()()()()先輩。安珍なんて知りません。清姫なんて知りません。だって先輩は、わたしを助けてくれるって」

 

 そして、何やらブツブツと先輩への思いの丈を高速詠唱なさっている。……ヤバイ。

 

 ええ~……。マシュさん、君は一体いつの間にそんな重力(グラビティ)を獲得してしまったの?

 というか、今更だけど先輩ってなんだよ。俺だって一応リツカとは中高一緒だったんだぞ。リツカが先輩なら俺だって先輩で良いはずでは……?(しかしそのような事実は存在しない!)

 

 くそっ。リツカの周りの女はいつもこうだ。

 俺は内心こっそり悪態をついた。あいつは確かにモテるが、その相手ときたら最初からどっかマトモじゃないか、関係を深めた後に秘められた一面を披露してくるって相場が決まってるんだ。

 β時代のマシュさんは、あんなに良い()だったのに……! オルレアンではもう違う色……!

 

「何とかして助けないと……! 先輩のバイタル……位置情報……ドクター! 追跡を!」

 

 悲痛な声を上げる。

 通話の先にいるだろうドクター=ロマニ・アーキマンに、俺はひどく同情する気持ちを覚えた。

 

「だ、駄目!? ファヴニールの反応が強すぎて上手くサーチできない、ですか!? ──ッ!」

 

 しかしその試みは失敗に終わったようで。ロマ二氏から報告を受けたらしいマシュさんは、キッ! と強く、落ち行く先に待ち受ける邪竜のお顔を睨みつけたのであった。

 怖っ。俺は震えた。

 邪悪な竜と女の子の執念、どっちが怖いかと言われれば正直答えに困るよね。しかも今ならなんと、そこに(蛇)龍かつ女の子な清姫changまで関わってくるときたもんだ。欲張りセットかよ。

 

「とにかく、一刻も早くこの撤退戦を終わらせて……!」

 

 余裕なさげなマシュさんであるが、しかし、そこで何かに気づいたようである。

 ちなみに俺はもう少し先に()()に気づいていたが、なんだか声をかけるのが憚られたので黙っていた。グリン、と振り向いたマシュさんのかっぴらいたお目々が俺の表情をサーチする。

 うわぁ、お目々がとってもおっきいね! どうしてそんなにお目々が大きいの?

 

「先輩とずっと一緒にいるために決まってるじゃないですか……! それより──」

 

「はい」

 

「──プランB、あるんですよね? 先程の非礼は謝罪します。今すぐ詳しく聞かせてください」

 

 血の気が引きすぎてもはや人形じみている紫の双眸が、底の見えない深淵を湛えていた。

 ……よ、よろこんでー。俺は素直にお話することにする。

 言葉一つ通らない。そう思わせてしまうだけの、動き始めた君の情熱……。

 

「これはさっきも言った話だけど、俺とライネスが【オーダーチェンジ】すれば、向こうで【トーコ・トラベル】が発動できる」

 

 君が再トリップすること前提だけどな。

 そんな俺の答えを受けて、マシュさんは質問を重ねた。

 

「で、では、その飛行術式を使って先輩を追うことは可能でしょうか……!?」

 

 えー、どうだろ? 目的地設定とか、そういう詳しいことは知らないよ。

 あ、でもアレがあったな。どうせなら一応聞いてみればいいと思う。

 

「確信はないけどね。俺やリツカ(レイシフト適性者)の左手には、マーカーが仕込まれているんだよ。ジャンヌと行軍してる最中に、ちょっとだけオルガが来たらしくてな。そのときにリツカにも仕込んだんだ。で、本来の用途とは違うだろうけど、それを目的地代わりにして術式を使用できるなら……」

 

「すぐ確認します!」

 

 そう言って、マシュさんは素早くチャット体勢に入った。

 やれやれ、俺もライネスに準備するよう連絡しておくかね……。

 

 しかし、清姫か。

 このタイミングでやってくるのもそうだが、なぜリツカを攫った? 安珍ってのは一体何だ? いや、安珍さんは例の伝承で清姫ちゃんに焼き殺されたお坊さんのことだろうけどさあ。それとリツカに何の関係があるのやら。サーヴァントの人たちは、俺ら21世紀人とは違った論理で動いてる奴らばっかで付いていけないぜ。

 

「はい、はい! 分かりました! ──大丈夫だそうです!」

 

 と、現在進行形でついていけないサーヴァント筆頭のマシュさんが喜色を湛えて俺に言う。

 間をおかず、ライネスからも了承の返事が届いていた。

 あのエルの関係者だけあって、さすがに返信が早い。めっちゃ仕事できそう……!

 

 さて。じゃあ、だいぶ高度も下がってることだし、さっさと話を詰めようか。

 残る問題はひとつ、どうやって君をトランス状態に持っていくかだ。例の酒はもうないからな。

 

「クー・フーリンさんに意識混乱系の魔術を頼めませんか?」

 

 あ、それでいいんだ。

 いざとなったら俺の方から言おうと思っていたが、自分から提案するのはすげぇ覚悟だな。

 OK、クー・フーリンに伝えておこうじゃないか。そうすれば後の手順は簡単だ。

 着地、マシュさんをトランスさせる、宝具発動、NPC回収して即撤退……。

 

「了解です。それでいきましょう!」

 

「……元気がいいね」

 

「ええ、先輩を取り戻すまで気を休める暇なんてありませんから。

 ……ただ、先程の非礼もそうですが。わたしはずっとあなたを見誤っていたようです。

 『プランB』。単なる無茶・無謀な作戦立案だと思っていましたが、まさか万が一の状況に備えた奥の手だったとは……。 ハッ! そういえば先輩が、軍師の奥義は『こんな事もあろうかと』だと言っていました……! そういうことだったんですね! 流石は先輩のご友人……!」

 

 んん? なんだかよくワカラナイ感じで俺の評価が上がっているぞ?

 あー、でも女の子からの評価ってそういうとこあるよね。知らないうちに決定的な何かが始まり、そして終わっちゃっているあの感じ。甘酸っぱい青春の香りとほろ苦い思い出が蘇ってきそう。

 

「では、着地カウント30から開始します! 衝撃に備えてください! ……30! 29、28……」

 

 そうして。俺たちは見事にマシュさんの宝具で衝撃をカバーしながら、フランスの大地との激しい再会の抱擁を遂げたのである。

 

 ……生きててよかった。今、俺は心の底からそう思っているよ。

 

 あ、ちなみに縄は着地直後のマシュさんが素手で引きちぎってくれました。

 サーヴァントってスゴイナー(感嘆)。

 

 

>>>>>> [4/6] 撤退戦終結。受け継がれる想い。

 

 

()()()B()、開始──」

 

 命のありがたみを噛み締めながらそう告げる俺の前には、ジャンヌと瓜二つの顔をした魔女サマの姿がある。ついさっき、延々粘着戦術を強いていたらしいカナメ氏を落下してくる俺たちの目の前で処刑したばかりの彼女ときたら、それはもう憎々しげな顔で俺たちを見るのであったが。

 

(カナメ……!)

 

 死の間際、剣を取り落としたあの男が最期に見せた右手のジェスチャー。知らない人間が見れば痙攣にしか見えないだろうあれは、間違いなく【GJ】(グッジョブ)のサインであった。親指を立てるアレ。

 ……何故分かるかって? それは、モズの早贄めいて串刺しにされたカナメ氏が頭上から迫る俺たちを見つけてこんなメッセージを送りつけてきたからである。

 

『ありがとう。私の剣は無駄ではなかった。今は唯それだけが嬉しい。最高の戦いだった……!

  追伸 先刻フレンド申請を送らせていただいた。宜しければご検討願いたい(^_^)』

 

 く、くそう。

 伝記モノに出てきそうな古式ゆかしきイケメンアバターまとってる癖に、死に際に顔文字なんか使いやがって……! せっかく奴のフレ申請を無視していたのに、まさか向こうの方から念押ししてくるとはな。やってくれるぜ。

 

『登録したよ―\(^o^)/ これからよろしくねー!(*´ω`*)』

 

 俺は定型文じみた承諾メッセを奴に送りつける。この程度なら息を吐くより自然にできる行動だ。並行して、俺は魔女をガン見する姿勢を崩さぬままクー・フーリンに指示を出した。今だ、やれ!

 

「こういうのは趣味じゃねェんだがな……【魅了(ゲーボ)】!」

 

 その杖が輝き、【X】に似た字を描く。途端にマシュさんの瞳が焦点を失い、とろんと蕩けた。

 

 ……【魅了(ゲーボ)】。

 想い人への感情を暴走させるそれは、『とある槍兵』が持つ魅了の魔貌の逸話をルーン的に引用・再解釈したものらしい。全く分からん。しかし下手に使うとNTR紛いのことも出来ちまうらしいので、まあこんなことでもなければ永遠に封印しておいてほしい使い方である。

 ちなみに今回は、被験者の承諾を得た上でリツカを対象に、時限で魅了を発動させているので無害です。たぶん。……既にちょっぴり危うい彼女の重力が、これ以上増加しないといいけどなァ。

 

 ともあれ、ここから先は俺の出番だ。ライネスからはいつでもいいとメッセージが届いている。

 ようし、行くぞォ!

 

「【オーダーチェンジ】!」

 

 ……一瞬の暗転。そして次の瞬間、俺の前には先ほど別れたはずのセオさんが立っていた。

 

「うぇぇぇぇ……!」

 

「ちょ、ちょっと! 大丈夫!?」

 

 スキルの副作用に襲われダウンした俺を、慌ててセオさんが介抱してくれる。その横で興味なさそうに突っ立ってるのはリーダーとBestPupil(一番弟子)氏の両名だ。お、覚えてろよ~。

 

 オーダーチェンジ。

 その効果を一言で言えば、プレイヤーの位置の入れ替えである。プレイヤー同士の間でしか使えない。それは多分、このスキルの効果が俺たちプレイヤーの『アバターの乗り換え』という形で実現されているからだ。今、元・俺のアバターにはライネスがログインしていて、俺は元・ライネスのアバターにログインしていることになる。

 そもそもからして魔力とかいうよくワカラナイもので構成されてるアバター自体は、そのときログインしているプレイヤーに合わせて一瞬で再構成されるのだけど、ある条件下で副作用が起きる。

 

「……だ、大丈夫です……。それより少し質問いいスか。ライネスって、今レベルいくつ……?」

 

「姫様はまだ目が慣れていらっしゃらない。当然戦闘など出来るわけもないし、レベルは1だ。あと、姫様を呼び捨てにするのはやめろ。敬語を使え」

 

「い、いち……」

 

 返事を聞いて、俺はへなへなと座り込んだ。

 立ち上がる力を欠いている。気力の萎えもあるが、2割くらいは物理的な問題だ。

 オーダーチェンジの副作用。

 それは、レベル差がある者同士で発動すると、高レベル側に一時的な弱体化が生じるという問題だ。低レベル=構成魔力の少ない身体に乗り換えてるわけだから仕方ないね。実装当初は低レベル側が一時的に高レベル化するバグも存在したが、今では丁寧に潰されているのであった。

 

 ……そういう事情を鑑みれば、この副作用はある意味デスペナ亜種とも言えるだろう。

 俺はなんとか立ち上がる。嘘のように体が重い。が、デスペナによる弱体化なら、慣れたモノ……! 無駄に死にまくってる俺の経験を見せるときが来たというわけだな。

 

『術式の準備が終わった。発動と同時に私から【オーダーチェンジ】を使う。いいな?』

 

 俺の中で仕事の速さに定評が出来つつあるライネス嬢から、そんなメッセージが届く。

 いいですとも! 俺も負けじと、即座に返事を送りつけた。

 

 そして、再び視点が入れ替わる──

 

「ごぇッほ!?」

 

「おう、戻ったな」

 

 元の体の周りに立ち込めていたのは土煙。……マシュさんを飛ばしたんだろうから、当然か。

 思わずむせこむ俺を庇うように、クー・フーリンの杖が伸びている。あと数秒だけは、俺の生存が作戦における最重要事項となるからな。俺は右手を突き上げた。刻まれた令呪が光を放つ。

 

「令呪を持って命じる! クー・フーリン、【宝具を開放せよ!】」

 

 これで締めだ! 魔力を!

 

「『我が魔術は炎の檻にして木々の巨人。我、捧げるは生贄の少女【マシュ・キリエライト】。顕現するは──』」

 

 ウィッカーマンに!

 

 そして、轟音。

 地面から恐ろしい勢いで生え茂り、組み上がっていく細木の巨人。目鼻すらない編みカゴ状ののっぺりした顔が、マシュさんの飛んでいったと思しき方角を向いている。俺はクー・フーリンを見た。魔術師は頷く。ここから先は時間との勝負である。

 制限時間は、ウィッカーマンの全身が組み上がるまで!

 

「全員! ウィッカーマンに乗れッ!」

 

 俺は膝から崩れ落ちながらそう叫んだ。それが最後の仕事だと分かっていた。

 パスを介して俺の状態を(おそらく俺以上に)把握しているクー・フーリンが最初に巨人の肩へと飛び乗って、後に続くお姫様と音楽家をルーン魔術で援護する。

 最後に魔女を振り切ってやって来たのは聖女様。しかし、あろうことか俺まで救い上げようとその右手を差し伸べてきやがった。お美しい顔に泥が跳ねている。見上げる俺に降り注ぐ陽光が、聖女様に反射し聖性さえ帯びながら俺の眼を焼いた。風になびく長い髪が光をまとったように輝き、ああ、やっぱり彼女は聖女様だったんだなあと心の底から改めて納得させられる。柄にもなく、目頭が熱くなってしまった。

 

 ……が、駄目ッ……! それは悪手……! 全てを台無しにする……最悪手なんだッ……!

 

 俺は聖女様の手を振り払う。彼女の眼が驚きに見開かれた。

 その反応。それだけで、彼女の次の行動……反対の手で俺の手を取ろうとするのが分かる。右を払われたら左を差し出せ。なるほど敬虔。だが、それでは救われねぇ。今必要なのは訣別だ。

 

「行けよ……!」

 

 俺は膝から崩折れたまま、振り払った右手を掲げた。その親指だけを天に向かって突き上げる。ただそれだけの動作で俺の身体は既に限界なのだということと、ウィッカーマンに乗り続ける体力なんて少しも残っちゃいないっていうことを、彼女もようやく分かってくれたらしい。

 そう。一言で例えるならば、今の俺はプルプルと震える生まれたての子鹿ちゃん。魔力供給のサポートとは一体何だったのか。結局、何一つ変わっちゃいなかったんだ。か、カルデア~~……。

 

 

 ──魔女に焼かれた半死体。魔力切れの半死人。

 

 悲しいことだが、こんなにも簡単にプレイヤーたちは死んでいく。

 そして、だからこそ必要とされてきた犠牲とそれを受け継ぐ生還者。

 【GJ】。それはカナメから俺へ、そして俺からジャンヌへと、受け継がれる意志である……!

 

「……きっと、苦しむ人々を救いましょう」

 

 ジャンヌはそう言って、手甲に覆われたその手の親指を立てて同じ形を作ってくれる。そして最後に俺の手をもう一度強く握ると、軽やかに身を翻してウィッカーマンへと飛び乗っていった。

 これで打ち止めと言わんばかりに狂騒する音楽家の演奏に合わせて雨霰と降り注ぐルーン魔術の嵐を前に、敵サーヴァントたちは近づきあぐねている。……そのとき。

 

「──デオン! 聞かせて! あなたは、シュヴァリエ・デオンなのでしょう!?」

 

 ウィッカーマンの右脚が大地を踏みしめる。左脚のみを地中に残す巨人の肩で、お姫様がそんなことを呼びかけた。それに応えたのは、魔女の護衛として来たらしい身元不詳な剣士(セイバー)のサーヴァント。中性的な美形の騎士だ。

 

「……お気付きになられましたか。いかにも、私の名はデオン。しかしこの身は、既に狂化を付与され変質し果てた剣なれば。あなたの前にこの醜態を晒す無礼をお許しいただきたい」

 

「その美しい顔と咲き誇るような剣捌きを見て、あなたと分からないわけがないでしょう……! どうして、あなたがこのフランスを!?」

 

「その答えはあなた自身がご存知のはずだ。

 シュヴァリエ・デオンは変節の士。あるときは貴女と共に在り、あるときは英国のために剣を振るい、そしてあの革命の後は英仏両国に媚を売りもした。……私の在り方は、昔も今も……狂気に侵され魔女の従僕(サーヴァント)と化してさえ、何一つ変わりはしないのだから」

 

「デオン……」

 

 沈痛な表情を見せるお姫様とは対照的に、デオンとかいう剣士は顔色一つ変えることがない。

 そして、地中から巨人の左脚が引き抜かれた。もうこいつを止めることは出来ないだろう。残念ながらタイムリミットだ。

 

「ッ……逃がしはしない!」

 

 憎悪の炎を滾らせて大地を蹴り、魔女の身体がウィッカーマン目掛けて飛び上がる。だが、それを迎え撃つように聖女の旗が風を含んで大きくなびいていた。

 

「魔女ジャンヌ・ダルク。今ひとときは勝負を預けます。けれど、私は必ず貴女を止める──

  

  ──【我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)】」

 

 聖女がその名を告げた瞬間。彼女の掲げる白と青の聖旗から眩い光が溢れ出し、ウィッカーマンを包み込んでいく。その光の中で巨人の右脚が大きく前へと振り出され、次いで左脚。あっという間に、輝ける木々の巨人(シャイニング・ウィッカーマン)は俺たちとの間に埋めがたい距離を刻んでいた。

 

「……また会おう、白百合の聖女(Jeanne d'Arc du Lys)

 

 俺同様に巨人を見送る剣士デオンが、そう呟いた。

 それは、ある意味では感動的な光景とも言えただろう。

 長く続いた戦いの果て。去りゆくウィッカーマンをただ見つめ立ち尽くす俺たちは、まるで映画のラストシーンめいて寂寥を感じさせる戦場跡で風に吹かれているばかりなのだから。黒き邪竜の炎も、あの光の結界を相手にしては全く効を成さなかったのである。

 

「……ジャンヌよ。彼の者どもに引導を渡す機会はいずれ必ず訪れましょうぞ。既に我らがこの戦場に残る意味はありません。今は、一時お引きくだされ」

 

「……」

 

 聖女の旗の光に弾かれ大地に落ちた魔女ジャンヌに、ジル・ド・レェがそんなことを語りかける。魔女は、ガチャリと金属音を鳴らして無言のままに立ち上がった。先程までの激昂が嘘だったかのように冷めきった彼女が見据えるのは…………俺?

 

「……手ぶらでは帰れません。()()をオルレアンに運び込みなさい。曲がりなりにもサーヴァントを従えるマスターです、何も情報を持っていないということはないでしょう。ああ、そうだ。あの女吸血鬼に尋問させれば良い。そういう仕事は得意でしょうから」

 

 ……なるほど。どうやら魔女サマは俺をお持ち帰りになる腹積もりらしい。

 しかし残念ながら、俺にも俺の都合ってもんがある。今からウィッカーマンに追いつくのは無理だろうが、まあリーダーたちと合流してからゆっくり追いかけて行こうと思うのさ。お誘いはまたの機会にしていただきたいね。

 

 というわけで、この場を辞することに決めた俺は万能撤退呪文『カルデアゲートに行きたいな!』を心の中で強く唱えた。過たず、いつもの真っ赤なシステムアナウンスが俺の視界に読み込まれる。

 

Unsummon Program St■(アンサモン プログラム スタ)

 

 ……が、なぜか途中でその読み込みが止まった。あれ?

 

【サーバーとの通信に失敗しました。リトライしますか?】

 

 ……え、ええ……? じゃあリトライしますけど……

 

【通信エラーが発生しました。時間を置いてからリトライしてください】

 

 ……。

 か、カルデア~~~!

 俺は内心で吠えた。ついでにゴロンゴロンとのたうち回りたかったが、身体が限界だったのでそっちの方は無理だった。そんな怒れる俺の頭上で、ファヴニールが嘲笑うように咆哮を上げた。

 

 ……ファヴニール?

 

 『ファヴニールの反応が強すぎて(プレイヤーが)上手くサーチできない』。

 

 ああ。そういえば、そんなことマシュさんが言ってたね……。も~! なんでスマートに事が運ばないかな―? つらぽよー! ムカぽよ―! マジ萎えぽよピーナッツなんですけど~~~!

 

 ……すると、突然。

 激おこしていた俺の頭部がガシッと鷲掴みにされ、そのまま地面に頬を押し付けられた。

 

「……今、何かしていましたね?」

 

 丁寧な……いや、慇懃無礼なほどの猫なで声が俺の耳元で囁きかける。うつ伏せに頭部固定されているから顔は分からないが、その声は間違いなくジル・ド・レェだ。顔が近い。息が臭い。不快なので少し離れてくれませんかねぇ。もしくは魔女サマに代わるとか、

 

「質問に、答えなさい」

 

「ッ~~!?」

 

 途端、俺の頭部が恐ろしい勢いで上へと持ち上げられ、そして大地へと叩きつけられた。

 

「答えられないのですか? それとも、もう少し手厳しくしないとわかりませんか?」

 

 ガツン、ガツンと河原で石遊びをする子供のように、ジル・ド・レェは俺の頭を地面に叩きつけていく。ぐっはあ。俺は血反吐を吐きながら鼻から鮮血を撒き散らした。HPがもうゼロに近い。ああ、ドンレミ村の愉快な仲間たちが遠くで俺を呼んでるぜ。

 俺は抵抗する労力をカットすることにした。まあ、これはこれで死亡直行コースで都合がいいからな。死に戻りにカルデアゲートを経由しなくてもいいのは一つのメリットだ。ふはははは、レベル1相当のステータスと化したこの俺の死にっぷりを存分に見届けるがいいわッ!

 

「……言っても分からぬようですね。では────その強情な魂ごと、叩き割っておきましょう。なァに、心配することはありませんとも。数日もすれば元に戻ります。戻らなければ──それもまた、()の思し召しということになりますかな」

 

 そう言って、ジル・ド・レェは片手で俺の頭を固定したまま、もう一方の手に抱えた奇妙な装丁の本を俺の前でゆっくりと広げ──

 

「────────ぽぺ?」

 

 それから先のことは、何も覚えていない。

 

 

 

 

>>>>>> [5/6] 掲示板ログ(2015/08/13(木) 18:52:36.98~)

 

 

【オルレアンで】FGO攻略スレ part873【折れるやん?】

 

283:名無しのマスター 2015/8/13 18:52:36 ID:AOmVSwLL3

で、結局ジャンヌはどうなったわけ?

 

284:名無しのマスター 2015/8/13 18:53:54 ID:89Lh7R5LE

>>283

ウィッカーマンに乗って撤退したよ。魔女の方も帰った

今は南に向かってるらしいけど……

 

ところでこちらが走り去るシャイニング・ウィッカーマンの勇姿になります

お収めください【画像】

 

285:名無しのマスター 2015/8/13 18:55:16 ID:Cxz+gPfqV

そもそも突然出てきたウィッカーマンは何なんだよ過ぎる……

クー・フーリンと契約した奴はもう解約済みって言ってなかったけ?

 

286:名無しのマスター 2015/8/13 18:56:22 ID:+XkBgmAMP

>>284

よくやった

飴ちゃんをくれてやろう

 

287:名無しのマスター 2015/8/13 18:58:22 ID:Wr7/bBUrw

>>285

・何らかの方法で再契約できた

・別の奴が契約した

・そもそも解約の話の時点で嘘だった

お好きな説をお取りくだされ

 

288:名無しのマスター 2015/8/13 19:00:20 ID:+0xl4kgGY

>>287

「私はその中からは選ばない」ドヤァ

 

289:名無しのマスター 2015/8/13 19:01:39 ID:0FG1WAKvx

>>287

まずウィッカーマンとクー・フーリンって特に関係なくねぇ?

 

290:名無しのマスター 2015/8/13 19:03:28 ID:UBCFUSPU6

>>289

それな

 

291:名無しのマスター 2015/8/13 19:04:54 ID:gTVe2GmCW

>>288

海原雄山帰れや!

 

292:名無しのマスター 2015/8/13 19:06:25 ID:cB+VSEz3Q

>>287

普通に考えたら3番目なんだけど

オルレアン到達時点で例の契約プレイヤーが使い魔持ってなかったのは確認済みなんだよね……

 

293:名無しのマスター 2015/8/13 19:07:58 ID:Q4MJy0ttx

ま、どうせ使い魔絡みで運営が明かしてない情報があるんだろ

いつものことだよ

 

294:名無しのマスター 2015/8/13 19:09:46 ID:npQjCRJ11

相変わらずの糞運営過ぎる……

 

295:名無しのマスター 2015/8/13 19:11:25 ID:TeooOe/dG

個人的にはウィッカーマンより空飛んでたプレイヤーの方が気になるんですが

 

296:名無しのマスター 2015/8/13 19:12:47 ID:fVhxqhx6v

個人的にはウィッカーマンよりジャンヌちゃんの太モモの方が気になるんですが

 

297:名無しのマスター 2015/8/13 19:14:46 ID:3063T4hkd

ジャンヌちゃんとマシュちゃんのフトモモ並べて上から寝っ転がりたいわ

 

298:名無しのマスター 2015/8/13 19:15:58 ID:gzS6u4yqr

個人的にはあの美形剣士が気になるんですが……誰かスクショ上げてくれよ……

 

299:名無しのマスター 2015/8/13 19:17:53 ID:4cILrjR9z

>>295

あれについてはここで話すと運営から規制食らうので……

直接事情通のプレイヤーに聞いてくだち

 

300:295        2015/8/13 19:18:53 ID:TeooOe/dG

>>299

よく分かんないけどとりあえずありがとう

事情通……廃人ってこと? うち生産系だからなあ……

 

301:名無しのマスター 2015/8/13 19:20:50 ID:axPs5BT2f

>>300

言われて分からないなら深追いしないほうがいい

それよりマルセイユの連中はさっさとリヨンを解放してくれませんかねぇ?

いつまでバイオハザードやってんだよ

 

302:名無しのマスター 2015/8/13 19:22:20 ID:/FSPkEeOS

まとめ定期

・北東ヴォークルール:ジャンヌと合流→オルレアン進撃中

・南東マルセイユ:リヨンから無限湧きするゾンビ狩り

・南西ボルドー:

 今のところイベントなし?

 聖騎士ゲオルギウスと一緒にワイバーン狩り

 清姫の目撃情報が最初に出てきた

 

303:名無しのマスター 2015/8/13 19:23:23 ID:MvPCZ7kNE

>>302

まとめ乙。今のところ追加するなら

北東組:魔女に蹴散らされた→立て直し中

南東組:ゾンビを率いてるボス(鉤爪の男)発見

南西組:角生えた女の子(【SERVANT】?)の目撃情報追加

これくらい?

 

304:名無しのマスター 2015/8/13 19:24:31 ID:j+ahAIpVu

あ、そういや魔女と戦ってるときに清姫見たってやつがいた

スクショとか無いから真偽不明だけどね

 

305:名無しのマスター 2015/8/13 19:26:27 ID:kpJPDioeF

え! 今すぐ北の戦場に行けばきよひーに焼いてもらえるんですか!?!?!?!?

 

306:名無しのマスター 2015/8/13 19:28:17 ID:sUo2h98W5

>>305

おい! 患者が逃げたぞ!

 

307:名無しのマスター 2015/8/13 19:29:52 ID:i4x5N2YpJ

>> 305

駄目じゃあないか……きよひー病患者はきよひースレに隔離されてなきゃあ……!

 

308:名無しのマスター 2015/8/13 19:31:39 ID:CAJmwjIm2

あーいっそこのままジャンヌがリヨンまで来て敵全員粉砕しねーかな―

 

309:名無しのマスター 2015/8/13 19:33:00 ID:yIUIpkzTA

【画像】

話は変わるがこの畑を見てくれ

どう思う?

 

310:名無しのマスター 2015/8/13 19:33:19 ID:13qOjHfof

>>309

すごく……大きいです……

 

311:名無しのマスター 2015/8/13 19:33:55 ID:NQ45QEGns

>>309

すごく……大きいです……!

 

312:名無しのマスター 2015/8/13 19:34:37 ID:Ucx4rs383

>>309

え、それ自分で作ったの!?

 

313:309        2015/8/13 19:38:35 ID:yIUIpkzTA

>>312

そう。近くの村人から使わない土地借りて耕したったわ。キメラは耕具!

そしてこちらが栽培予定の大麦・牧草(クローバー)・小麦・カブになります。

【画像】

 

314:名無しのマスター 2015/8/13 19:40:03 ID:SOyklTazA

>>313

バーーッカじゃねぇの!?(褒め言葉)

 

315:名無しのマスター 2015/8/13 19:41:32 ID:EY/4tHttP

>>313

内政チート! 内政チートじゃないか!

 

316:名無しのマスター 2015/8/13 19:42:42 ID:1e/GEgmtH

>>313

これそういうゲームじゃねぇから!

 

317:309        2015/8/13 19:44:10 ID:yIUIpkzTA

五月蝿え! 俺は輪栽式(ノーフォーク)農法でフランスを救うんだよォ!

コロンブス=サン! 早く新大陸からトウモロコシとかジャガイモとか持ってきてクダサイ!

 

318:名無しのマスター 2015/8/13 19:45:43 ID:CtCs8HrNn

>>317

こうして、一人の男の無謀な戦いが始まった……!(カゼノ ナカノ スーバルー)

 

319:名無しのマスター 2015/8/13 19:47:02 ID:CzdwAu+PW

>>318

むしろ鉄腕DASHでは?

 

320:名無しのマスター 2015/8/13 19:48:56 ID:cSKY+yQJR

あの……盛り上がってるところ悪いんだけど、南西ボルドーから報告いい?

 

ド ラ キ ュ ラ が 出 た

 

 

 

 

>>>>>> [6/6] ちすちこにちみら んらすなみら とくなつらのな ①

 

 

 なとなきなすちにくいんちる のにすちこにんちのちみちみなみらみにららてちすいかちとにみしちにみにね くにからすにみららみみちきちちすなる

 

「もちかちね とにみしいとにもちかかちみらしいとなみい──」

 

 らみみみちくちみちのにのなつなすいすなんらなみにくらくらいみしちる 

 とにとくちてらにかちもなんらなみにる ちすなにくちね かにまにみみみらのちいすにてらしいもなのちいすなんらなみにる

 

 もいみとくちしいのちのなとちすいかちのちらのちすちね いもいすちすなしらみらくにからもにしちのいてらみらつらのちといね のちとなのちみにもにいすなくちしちみらにすらくちね んらすなみらにすらてらんちしらとにかいにかちる

 

「──とにのちとにね のらすいしいくちのらからこちてらのちてちとなのらからもらしいのにもちといみみのちすち」

 

 なとなみなみらみららのなしいね らみみみちみらのなかにこにすなきちちんちとにのなもちまにみちにみらのなてらかなもなきなる

 

 ……そうして。

 何か怖ろしいモノに砕かれ、ひどく撹拌されていた意識が、元の形を取り戻すのを認識した。

 

 同時に、その場にたちこめる濃密な香の(かおり)が俺の鼻腔から脳髄まで染み込んでいく。薄明かりの部屋の中央に据えられた寝台、その傍らの小机に置かれた銀の香炉が鈍い光を放っていた。乳香(フランキンセンス)。足元には精緻な刺繍を施された絨毯。異国の模様(パターン)を織り込まれたクッションが視界の奥で重なり合い、奇妙な影を作り出している。

 しかし、好奇心に任せて視線を巡らすことはできなかった。俺の目は、囚われていた。

 女に。

 目の前の、女に──。

 

「お前は」

 

 誰だ。俺はそう言おうとして、それが果たせないことに気づく。女の細い指が、いつの間にか誰何(すいか)の言葉を投げかけようとする俺の両唇をヒタリと抑えていた。無粋な言葉は、女が見せたただそれだけの振る舞いで喉の奥へと飲み込まれ、消え去ってしまう。

 

 ──ああ、そうだった。この場において、何が物語られるかを決めるのは俺ではない。

 

 ここは閉じられた世界、秘密の部屋。そこに息づくのは部屋の(あるじ)と、その客人の二人きり……だが、どちらが俺の配役で、どちらが女のそれだったか?

 

「【(ライラ)】と。そうお呼びください」

 

 表情を隠す面紗(ヴェール)の影から、そういう意味を持つ音の連なりが紡がれた。

 真名ではない。

 だが、女の纏う豪奢な衣の袖口からはその名の如き(くら)く滑らかな(はだ)が艶めき、伏し目がちの双眸には翠玉(エメラルド)の星の輝きを宿す。(ライラ)とは、確かに女を言い表す真実の名の一つだろうと思われた。

 ……女を【夜】と呼ぶことに、違和感はなかった。まるで最初からそうと知っていたように。

 

 

 ──燃え上がる街を幻視する。崩れ行く大空洞と、首筋へ突き立てた一振りの剣。

 ──鼻腔に満ちるのは血の臭い? 否、それは濃密に焚き染められた白檀香(サンダルウッド)

 

 あの日、あの大空洞から死に戻るはずだった自分は、どこで場面を間違えたのか。崩壊する世界を参照した死に戻りが、復活(リスポーン)地点に空白(NULL)を読み込んだ。行き場をなくし延々と何もない空白をさまよった俺は、いつしかこの死を厭う女の閨に迷い込む。空白と極彩の夢幻。

 かくして現実と夢は混線し、それでもゲームは終わらない。

 

「偉大なるスライマーンの叡智に称讃を。しかし畏れなさい。なぜなら、()の王は──」

 

 【夜】は、警句を発したようだった。

 けれどこの一時が終わってしまえば、俺はそれを思い出すことが出来ないだろう。

 なぜなら、この部屋で起きることは全て夢であり、夢は覚めれば朧に消え行くものだから。

 

 薄闇の中、それから俺たちは(いく)つの言葉を交わしただろうか。【夜】は卓越した語り手であった。俺は【夜】の物語る幻想の数々に耽溺しながらも、時折思い出したように感想を伝え、あるいは何かを問いかけ、またあるいは自分の知る他愛もない小話を語りもした。夢の中でも、自分という人間の性分は変えられないのかもしれない。

 【夜】は優れた聞き手でもあった。俺が語り終えると面紗(ヴェール)の奥の唇が再び密やかに物語を紡ぎ出す。そういったとき、しばしば【夜】は聞き覚えのある筋立てを選び、しかしそれを最前の俺の言葉を取り込んだかのように妖しく展開してみせた。まるで万華鏡が持ち手の動きに応じてその色彩を変幻するように。

 

 

 ──夜が続く限り、言葉は続く。空想は際限もなく広がり続ける。

 

 しかし死せぬ生がないように、明けない夜もない。

 

 

 不意に、【夜】が壁の(とばり)(かんばせ)を向けた。光を遮る暗い厚布のその奥で、隠しきれぬ陽の光が漏れ込んでいる。夢が終わろうとしていた。

 白みゆく意識の中で、女の声が別れを告げた。

 

「──今宵は、ここまで」

 

◆◇◆

 

 そして、夜が朝に代わる(プレイヤーは死に戻る)

 

 夢の邂逅は記憶から失われる。目覚めれば、男はまた仮想の現実(リアル)を生きるだろう。女は、それを夢の(とばり)の奥から眺めもしよう。

 しかし二人が夢の外に出会うことはない。

 少なくとも女はそれを望まず、男はそれを覚えてさえいないのだから。

 たとえジル・ド・レェの邪視と深淵の狂気が、男の心に忘却すら越える瑕を刻み込んだとしても、男の性向は夢に出てきた女に思いを馳せるような人間とは程遠いものであったから。

 

 ──契約は未だ為されず。

 

 男は死に、女と出会い、生き返るたびに夢の女からお定まりの別れの言葉を告げられる。

 ゲームは続く。彼らが挑むのは、フランスを襲う邪悪なる竜の災禍。

 そう。再び、()()に代わるまで。

 




◆清姫の軌跡:
 主人公が掲示板に情報を流す
 →【陰陽】が清姫と接触し情報交換
 → マスターの存在を知った清姫、安珍探し開始
 → 嘘つきマスターを焼きながら北上、戦場に到達
 → ティンときた!

◆【夜】:
 FGO第一部は、王たちの物語でもあります(フランス王家、ローマ皇帝、イアソン、モードレッド、狂王、獅子王、ギルガメッシュ、魔術王……)。というわけで、真性一般人の主人公に代わって王の話をする担当に来ていただきました。主人公の魔力を食ってるけれど、夢から出てくる気とかは毛頭ない。死ねば会えるのでわりと頻繁に顔を合わせてはいる。

◆途中のアレ:
 ラフム語の逆。「qkde」←「たのしい」→「かちみらとにに(T A N O S I I)
 7章プレイ中、この語法?を採用していたSFCの『ガイアセイバー』というゲームを懐かしく思い出しておりました。日本語にすると下記のとおりです。

>>>>>> [6/6] アラビアの 夜の 種族 ①

 薄暗い部屋、きらびやかな布に覆われた寝台に、ひとりの女がある。
 
「また、死んでしまったのですね──」

 女は泣き崩れるように微笑んだ。
 死者を悼むように。あるいは、知人の帰りを出迎えるように。

 面紗で隠された顔から、エメラルドの瞳だけを覗かせ……かすかに見える肌は、夜の色を宿していた。

「──しかし、これでは言葉を交わすこともできませんから」

 薄布の奥で、女の唇が妖しく(まじな)いの句を紡ぐ。


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1-11(前)

>>>> [1/4] オルレアン獄中記 ~住めば都~

 

 

《…………大変だったよ》

 

 とにかくもう、滅茶苦茶に大変だったんだと。

 リツカは開口するなり、そういう趣旨の台詞を言い(つの)った。

 「言い募る」と言っても、非公開文字チャットの中での話ではあるが。

 

 

 何やら狂気的なような幻想的なような極彩色の夢に(うな)されていた俺だったが、ふと気づくと城塞都市オルレアンの一隅に建てられた、砦みたいな軍事用建造物の一室に閉じ込められていた。

 早い話が牢獄だ。あの戦場で気を失った俺は、そのままここまで運ばれてきたらしい。

 薄暗くジメッとした空気の地下牢獄には、現在のところ俺以外の人の気配は感じられない。

 そもそもここオルレアンの住民は、復活した魔女サマが一人残らず一掃してしまったということで。その内どれほどが生きて逃げおおせたかは知らないが、現在の住民数が限りなく0に近いことは確かだった。そしてその事実が意味するのは、この暗い牢獄で孤独を分かち合う牢友(ろうとも)がいないということである。

 

 孤独。それは、死に至る病……。

 

 とはいえ人類史も21世紀にまで至れば、高度に発達した情報通信技術が人類の宿痾(しゅくあ)たる『孤独』さえ半ば克服しかけているのである。その立役者でもあるインターネットは、屋内個室に引きこもった人間(ヒッキー)の生活さえ完結させちまう大変に有能なイネイブラーだと言えるだろう。

 例えば無人島に何かひとつだけ持っていけるなら、俺は衛星通信が出来るネット端末を持っていけばいいんじゃないかって思うんだ。そう遠くない未来には、amazonのドローンがモバイルバッテリーだって運んでくれるようになるんじゃないかなあ。そしたら口座とクレカが続く限り無限に生活できる気がしない? もし駄目だったらその端末は鈍器代わりにすればいい。見果てぬ可能性と開拓者精神(フロンティアスピリッツ)、それがアメリカンドリームさ。

 

 ……ええっと。少し話が逸れたが、要するに魔女サマの非人間的排他政策が招いた人口過疎化に伴い人手不足が深刻化した結果、オルレアン砦の警備体制は牢番にワイバーンを採用しちゃうくらいまで極まっている。RPGの魔王城か、っつー有様よ。

 無駄に感覚が鋭いワイバーンたちが見張ってる以上こっそり脱獄するなんて無理難題ではあるものの、それでも人間様の知恵を回せば奴らの目を盗んで行動することくらいは出来るのだった。非音声チャットとかな。

 

 ククッ……。牢屋の扉越しに俺をガン見してくるワイバーンに手を振りつつ俺はニヤリと笑う。いくら強者を気取ろうが所詮は爬虫類。羽の生えただけのトカゲ以上の何者でもないわっ……!

 

 とまあ、そういう経緯で退屈しのぎにリツカとお話ししようと思った俺は早速彼にチャット申請を飛ばしたのだが、返ってきたのは先の苦言だったという次第。

 

 

《ヘイ兄弟(ブラザー)、それでいったい何がそんなに大変だったと言うんだい?》

 

《なんでそこで面白外人? まあいいや。今、清姫とマシュと、あとウィッカーマンに乗ってきた皆と合流してリヨンに向かってるんだけど》

 

《おう》

 

《その……、清姫とマシュがオレに向ける視線と、二人の間の空気がね。あのさ、キミ、オレが寝てる間にマシュへ何かした?》

 

 あー、したわ。【魅了(ゲーボ)】な。クー・フーリンお手製の赤い実はじけちゃう系ルーン魔術。

 でもまあ、後からウィッカーマンで追いついたクー・フーリンがちゃんと解呪しただろ? ていうか時限制だったはずだから、もうとっくに解けてると思うけど。

 

《うん。それはね、その気遣いには心から感謝してる。血を見ずに済んだから。彼らが追いついてこなかったら、今頃どうなっていたことか……。でもさ、そもそも原因仕込んだのもキミなわけだろ? 完全にマッチポンプだよね?》

 

《そこは何というか、お前が突然攫われるとかいうピーチ姫ムーブをかますからでさあ。余裕がなかったんだよ。すまねえ。分かって欲しい。……で、ちなみにどうなってたと思うわけ?》

 

《……マシュと清姫が二人でバトルして、勝ったほうとケッコンしようって話をね?》

 

《おぅ……》

 

 呻く。

 ケッコン。血痕……結魂? ……結婚か。

 え、なに、そういうシステムあるの? もしかして次世代継承システムとかもあったりする?

 いや待て。そもそもプレイヤーは性的行為(アクション)が出来ないはずじゃなかったろうか。破ろうとすれば、その時点で行動不能になるレベルの特大デバフが罰則でつく。フルダイブゲームのプレイヤーは、言ってみれば思考そのものを運営に明け渡してるわけだから。そういうオカルトじみた離れ業で規制がなされることに、俺たちはハイと返すしかないのが現状だ。

 だが……今の話を聞くに、そいつは只のプロテクトで外そうと思えば外せちまう? 俺はゴクリと唾を飲む。カジュアルな会話として処理するにはヤバ過ぎる特ダネだ。まさか、こんなところで『禁則破り』の手がかりが見つかっちまうとは。

 

 しかし、それが今追求すべき話題でないのも確かではあった。たぶん通話先には聖女様とかもいるだろうしな。そういうネタは選ばれた精鋭だけで詰めるに限る。今話したいことなら他にいくらでもあるわけだし。

 

 そう。例えば目下話題沸騰中の『ふらんす道成寺伝説』のこととかな。そうだ、そっちがいい。やばい発見とかリツカの女関係の話なんかは流していこう。ぶっちゃけ飛び火しそうなのであんまり深入りしたくない。

 

《ふらんす道成寺伝説?》

 

 リツカが初耳だとばかりに聞いてくる。まあ、清姫にまとわりつかれてるお前の耳に届くような話じゃねえやな。ネタだよ、ネタ。掲示板で大人気。

 

《掲示板かあ。流れが早くて、あんまり見てないんだよなあ……》

 

 マシュさんとの契約以降、運営のあれやこれやに巻き込まれる一方のリツカは多忙なようだ。契約のきっかけを作った俺としては多少の申し訳無さもあり、ざっくりとした説明を試みることにした。

 

 ……『ふらんす道成寺伝説』。

 それを絵解きするなら、まずフランスの大地を猛スピードで駆け抜けていく、暫定安珍(リツカ)を抱えた清姫が描かれる。そいつをその上空から、魅了状態の夢見る少女マシュさんが高速飛行で追いかけていくわけだ。そして更にその後ろでは、マシュさんを狙う巨大木偶人形(ウィッカーマン)が聖なる光を垂れ流しながら爆走していることになる。それはもう、何とも壮観な光景であっただろう。正気を疑うような光景と言い換えても特に間違いではないが。

 

 実際、この一連の騒動を収めたスクリーンショットは掲示板のあちこちにアップロードされて話題の種になっていた。それだけじゃない。これまでは瓦礫だらけの廃村写真や無人の荒野を徘徊する死者(ゾンビ)の群れなど、ある種芸術的ではあるかもしれないがどこか陰鬱な印象を感じさせた現地画像群の中に、突然超弩級ドラゴン・ファヴニールの威容やら超人バトルを繰り広げる2人のジャンヌ・ダルクの写真やらがブチ込まれたわけだ。

 やはりインパクトのある写真は見る者の盛り上がりが違ったし、以降アップされるスクショの傾向も明るいほうへ変わってきたように思われた。

 

《ま、そんなとこだな。で、リツカ、今はどうしてるんだ? 二人は一応落ち着いたんだろ?》

 

《まあね。それから色々話して、清姫とも契約することになった……。うん。戦力としてはすごく心強いからさ、リヨンを占拠してる鉤爪のサーヴァントに挑む予定だよ。今はジュラの近くで野営してる》

 

《二人目の契約!? そんなの出来るのか?》

 

《カルデアがサポートしてくれるらしいよ。サーヴァント契約者に関しては、契約分の魔力をほぼ全部負担してくれるって》

 

 ……ふーん。へー。そうなんだぁ~。

 その割には、こないだの撤退戦での魔力消費は以前と何も変わってなかったような気がするけどね。

 

 ぶっちゃけ、俺もあわよくば令呪切らずに発動できるかなって思ってた節はある。最終決戦でも何でもない撤退戦で最後の切り札をブッパするプレイヤーなんざいてたまるかよ。

 というわけで、宝具使おうとした瞬間にドバっと魔力が流れ込んでくる的な展開に淡い希望を託していたのだが。……いや。それはそれで「ちにゃ!」とか言いながら爆発四散しそうだな。実際、最近じゃあプレイヤースキルよりも死に芸の方が上達してる感あるぜ。

 うんざりした気分になった俺にリツカが言う。

 

《そういうわけでこっちは心配いらないよ。キミはどう? 元気そうだから大丈夫だとは思うけど、捕まって投獄されるって相当なことじゃない?》

 

 んー。こっちも心配してもらうほどの状況じゃないかな。

 良くも悪くも囚人って言ったらこんなもんだろって感じ。ま、なかなか出来ない体験させてもらってるよ。

 

 俺の返答にリツカは安心したようだった。むしろ何をそんなに心配することがある? なんなら魔女様に面会できるのを楽しみにしてるまであるぜ。

 

《そういうこと言うからだよ。気になるのは分かるけど、相手は大ボスなんだからあんまり変な絡みしないでね。……ああ、もうひとつ伝言。一度カルデアに顔出すようにって、ドクターから。なんかキミに追加で供給したはずの魔力が、どっか漏れ出したみたいに消えてるから検査したいってさ》

 

 ああ? 検査ぁ?

 

《ドクター、名前の通り医者もやってるんだよ。普段はマシュの体調管理とかも担当してるんだって。で、もし問題があれば治療なり解決策を取りたいらしいんだけど》

 

 なるほどね。魔力の漏れ出し。その原因を探るための、ロマニ・アーキマン氏による検査。そして、問題の治療あるいは解決……。

 

(((──ぷるぷる)))

 

 それを想像し、俺は震えた。それはまるで、心の奥底から伝わってくるような震えだった。

 連想されるのは蛇に睨まれた蛙。フクロウに睨まれたジャンガリアンハムスター。あるいは、勇者に睨まれたスライムか。

 

(((──ぷるぷる。ボク、悪いスライムじゃないよ)))

 

 などという空耳が聞こえたわけじゃないが、そうだな。魔物だからって皆が皆悪いって話でもないだろう。スライムは悪いスライムだけじゃないし、弱いスライムだけでもない。ドラクエで仲間になるやつだって、Lv99まで上げれば結構な戦力になるもんだ。

 個体個体の弱さや欠点を多様性として認め維持できる、個体集団(プール)における寛容性と冗長性。

 俺、『集』の強さってのはそういうことなんじゃねぇかなって思うんだ……!

 

《というわけで、その件は気が向いたらな》

 

《まあ急ぎの話ではないみたいだし、それでいいんじゃない?》

 

 気が向くのがいつになるかについては、回答を保留させていただきたい。前向きな検討だ。

 そう。そんなことより、今の俺には聞いておきたいことがあったのよ。

 

《あのさ、運営からインタビュー依頼が来てるんだけど、リツカこれ何だか知ってる?》

 

《え?》

 

 一瞬疑問符を浮かべたらしきリツカだが、ややあって「ああ、」と頷いた。誰かチャット外で助言したな。リツカは言う。

 

《明日の夜の話かな? 今マシュに聞いたんだけど、サーヴァント召喚について公式からアナウンスすることになったみたい。たぶん、召喚経験者からのコメントが欲しいんじゃないかなあ》

 

 ははあ。いわゆる『先輩の声』みたいな奴ね。でも、インタビューに答えようにも、明日の夜までに脱獄する予定とかは特にないんですけども。

 

《そのへんは向こうも分かってるだろうし、なんとかするんじゃない? 最悪、文字チャットだけでもコメントにはなるわけだし》

 

 そりゃそうか。向こうが仕切ってる企画なんだから、俺が心配する筋合いの話ではねぇやな。

 

 ……ひとまず納得し、礼を言ったところでリツカの方に何か動きがあったらしい。チャット先の俺のところまでリツカへ話しかける声が漏れ聞こえてくる。

 これ、チャットシステムの根本的な不具合で、チャットとリアル会話を別々にできないんだよね。オルガに言わせると、複数の会話に使う思考を切り替えられないプレイヤー側に問題がある、みたいな口ぶりなんだけど、分割思考とかどこの超人だっつー話だよ。

 でもオルガは真似事程度なら出来るらしいので、凡人の俺から言えることは特に無いのであった。何かと超越者向けの仕様にしたがるのはここの運営(カルデア)の悪癖だよな。奴らの理想通りのシステムを組んだらプレイヤーなんて数十人しか残らないに違いねー。

 

 そんなことを考えながら、「ラ・イール将軍」だの「ラ・ピュセルがどうこう」だの、あんまり横で聞くのもどうかなーって単語を聞き流しつつ待っているとリツカがチャットに戻ってきた。申し訳無さそうな声で言う。

 

《ああ、ごめん。なんかジャンヌへフランスの将軍さんから使者が来たみたいでさ。明日、ちょっと寄り道していくことになりそうだ》

 

《フランス軍?》

 

《そう。ジャンヌの知り合いみたいだから大丈夫だとは思うんだけどね。一応、オレたちもついていこうと思う》

 

 そっか。まあ程々に頑張れよ。

 というわけで、明日に備えて英気を養いたいだろうリツカとのお話を切り上げた俺は、冷たく硬い牢屋の石床に寝転がる。ボロボロでペラペラな毛布は用意されていたが、なんか虫食いだったので使うのを止めた。とりあえず汚物の心配をしなくていいのだけはありがたいことである。

 

 牢獄生活。生身でならば無論御免こうむるが、ゲームっぽいと言えばゲームっぽいシチュエーションでもあって。やはり俺は中世フランスを満喫しているのだろうと思われた。

 目を閉じる。

 ここからでも掲示板へのアクセスや電子資料の閲覧くらいは出来るのだが、とりあえず今日の俺は無性に眠かった。俺が頑張らなくても、他の連中がそれなりにシナリオを進めてくれる。クー・フーリンもいることだし、向こうは向こうでなんとかなるだろう。そう思えば、今の虜囚ポジションも案外悪くないものかもしれないな。あ、眠い。もうダメだ。おやすみー……スヤァ。

 

 

 

>>>> [2/4] オルレアン獄中記 ~たのしい ごうもんべや~

 

 

 ……そうして夜が明け、目が覚めて。

 日中の俺を待ち受けているのは、尋問という名の拷問である。

 

「拷問? 馬鹿を言わないで。苦痛を感じてるかどうかも怪しい相手を痛めつけたところで、そんなものは虫を弄って遊ぶ餓鬼と何も変わりはしないわよ」

 

 おっと失礼。じゃあ、拷問ではないらしい現状は……何? 青少年には刺激的なコミュニケーションタイム?

 

「何とでも呼べばいいでしょう。……ああ、その無駄口ばかり垂れ流す口の中から、一本残らず歯を引き抜いてやれれば良かったのに」

 

 俺を拷問椅子に拘束した仮面の女は、そう言って手元の小机からペンチ的な道具を取り出した。カチンカチンと金属の先端部を噛み合わせる音が、赤黒いシミだらけの拷問部屋へ硬質な音を立てて響き渡る。ヤバイ、超痛そう。

 

「やめてください死んでしまいます」

 

 俺は哀願した。別に全くの嘘というわけでもない。

 一晩ぐっすり眠ってデスペナ弱体化もだいぶ回復したとはいえ、そしてこの体が痛覚を持たない疑似身体(アバター)だとはいえ、元が平成日本の文明社会で生まれ育ったモヤシである。血とか(さび)とか、そういう赤黒くて痛い系の体験に縁があるはずもなく、どこまでダメージを受けたら死ぬかもいまいち不明なのだった。

 たぶんね、12階建てマンションの屋上から1階までジャンプしたら死ぬだろうとは思うのよ。俺もゆとり教育を受けてきた一人だからそういうの分かっちゃう。

 

「ハァ……これもねぇ。21世紀人? 未来の人間がこんなにひ弱になってると思うと、あの女の言うとおりこの場で種絶するのも一つの選択じゃないかと思うわよ」

 

「舐めんな。俺らみたいにモラトリアムなお年頃の少年少女と違ってな、ちゃんとした大人はみんなビジネスっつー戦場で戦ってるんだよ。一度飛び込んだら二度と戻ってこれねぇけど」

 

 軟弱ゲーマー少年こと俺は、中世貴族と思しき仮面女に広大無辺なる東京砂漠の虚無を説く。

 その目の前で、鉛のインゴットを投入された小鍋がグツグツと煮え立っていた。無感情な眼で火加減を見ているのは、黒の外套に身を包んだ陰気な青年だ。傍らに立て掛けられている、先端の丸い独特な形状をした剣が、十把一絡げな「男は黒に染まれ」系男子とはひと味違う存在であることを主張している。

 

「やめてください死んでしまいます」

 

 俺は再び哀願した。心からの言葉であった。

 煮えた鉛なんてぶち撒けられたら誰だって死ぬ。ニンジャも死ぬし、不死身系の能力者だって鉛風呂に沈めればたぶん死ぬと思う。いつか攻撃が通らない系の敵が出てきたら使ってやろうと思っていた秘奥義の一つだったが、こんなにも早く俺自身へその脅威が迫るとは思ってもみなかった。危険が危ない状況だ。

 頼んで駄目なら秘奥義その2、通称【土下座】を繰り出すしかないが、拘束されている以上はどうしたものか……! などと考えていると、

 

「──やめろサンソン。殺すなと言うのが(あるじ)の命令だ」

 

 それを実行に移すよりも早く制止の指示が出た。やったあ、助かったぞぉ。制止してくれたのは、先の撤退戦でも活躍していた中性的美貌の剣士(セイバー)デオンさん。拷問部屋に椅子を持ち込み、尋問の様子を監視しながら剣の手入れをなさっておられる。美形過ぎるあまり注視すると惚れそうになるので、目を細めつつ相手の様子をうかがうと、

 

「【プレイヤー】を敵対勢力と認めた今、その男を殺すのは情報を引き出しきってからだ」

 

 おっと死の宣告だ。だがまあ、しばらくは生き延びられるらしいのでありがたい言葉だぜ。貴族風の衣装が拷問部屋の雰囲気から浮きまくってるのが気になるけれど、ありがたいので許しちゃう。

 ていうか情報。それだよ、質問するならさっさとすればいいじゃない。隠すほどのものは何も持ち合わせてないぜ?

 

「まあ、捕まえてみたら単なる雇われだったのは想定外だけど。しかし君たちも、無為にこの城で時を過ごすよりは幾らかマシな時間の使い方だと思うだろう?」

 

 デオンがそう言うと、拷問部屋にマッチした雰囲気の陰惨男女ペアは不承不承といった感じで頷いた。

 

「……確かに、あちらの吸血鬼のように戦場での殺し合いを好むような趣味はありませんが」

 

「もう一人の聖女のように虐殺や襲撃を命じられるのに比べれば、こちらの方が性に合っているのは事実ですね」

 

 とまあ、そんなわけで非殺傷設定のヌルい尋問が続くのであった。

 俺も人とおしゃべりするのはわりと好きだしな。別に口止めされてるわけでもないし、色々喋っちゃうぜ。何から聞きたい? え、俺たちが情報をやり取りする手段? それはね……。

 

「……掲示板? 掲示板というのは、村の広場なんかに設置されているあの掲示板のことなのか? それでフランス全土の【プレイヤー】が情報をやり取りしていると?」

 

 んー、ちょっと違うんだよな。

 匿名ネット掲示板の概念を中世ヨーロッパ人に理解させるのは、意外と骨が折れそうである。

 




原作との相違点:
前回書き忘れたんですが、本作のマシュがリツカを「先輩」と呼ぶ理由は原作と少し異なります。

また、本作の作風から察しのつく方もいるかもしれませんが、主人公と縁のない=出会わずに終わるサーヴァントも存在します。ご了承ください。


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1-11(後)

聖晶石:聖なる力の宿った石。数多の未来を確定させる概念が結晶化したもの。疑似霊子結晶とも呼ばれる。
(Fate/Grand Order内のアイテム説明より引用)


>>>> [3/4] エルメロイの義兄妹

 

 

 ──時計塔。

 

 塔という名とは裏腹に、その内側は地下へ地下へと伸びる深淵の穴蔵の様相を呈す。

 そこに満ちるのは、暗い地下の廻廊を照らすぼんやりとした灯光と、埃を含んだ黴臭い空気。名状しがたい物音の数々。視界の隅に現れては消える幽鬼じみた幻の影。光届かぬ物陰には、いまだ驚異と神秘が隠れ潜んでいる。

 

 慣れ親しんだつもりは無かったが、しかしやはり、そういうものだという意識はあったらしい。

 

 ライネス・エルメロイ・アーチゾルデは白々としたまばゆい電灯に照らされた廊下を歩く。清掃の行き届いた通路は、魔術大家の所有物件でありながら明るさと清潔さを強く印象づけるものだった。

 

(なるほど、確かにこんな施設ならば()()()()衣装のほうが似合うのかもしれないが)

 

 そんなことを考えながらコツコツと足音を立てる彼女の服装は、先刻までその身体を包んでいた【カルデア戦闘服】ではない。魔術協会礼装。彼女にとってはよほど馴染み深く、しかしこの近未来的な施設にはどこか似つかわしくないような気にさせるコーディネートだ。

 両眼の眼帯も外しているため、機能不全の視界は一面砂嵐じみたノイズで覆われていた。魔力感知を併用すれば動けないことはないが、こうして少しずつ慣らしていく必要があるらしい。

 

 先の撤退戦を終えたライネスは、後の事を自称・一番弟子……スヴィン(BestPupil)に任せたその足でカルデアゲートを経由し、今いるカルデアの施設へと呼び戻されていた。義兄(あに)、ロード・エルメロイII世直々の要請だ。趣味と実益を兼ねた調査仕事を楽しんでいたはずが、いつの間にか人類の未来を左右する立場に立たされた幸薄い兄のことを思えば、軽い仕事の一つや二つ受けてやるのも構わないのだが、

 

(それはそれとして、埋め合わせのひとつくらいは期待してもよかろうよ)

 

 たまには妹らしく可愛らしげにねだってやるのも悪くはないだろう。兄のしかめっ面が目に浮かぶようである。それは、なかなかに甘美な妄想だと言えた。

 

 そうしてしばらく歩けば、義兄に与えられた居室の扉が目に入る。時計塔の居室に据え付けられた瀟洒なそれとはまるで違う、味も素っ気もない無機質な扉。だが、魔術的な防護は十二分に施されている。魔術と科学の融合。先代のアニムスフィアが始めた一大事業の精神が、このカルデアという建物に結実しているのだ。

 

 時計を確認する。目を閉じれば瞼の裏に浮かぶ「メニュー画面」に表示された時刻は、我が義兄との約束の時間をぴたりと指していた。扉をノックし、そのまま引き開けて中に入る。どうせ待っていても、読書や論文に没頭していることの多い兄であるから、返事が戻ってくる方が稀である。

 

「ああ、今開けッ?!」

 

「……おや、驚いた」

 

 しかし、扉を引き開けたその瞬間、珍しく義兄の声がライネスの耳に届いた。惜しむらくは、その発声がほんの少しばかり遅かったことか。ワンルームの広い個室に置かれたチェアから腰を浮かせた我が義兄が、慌てた調子で口を半開きにしているのが目に映る。その対面には、やはり入室者に視線を送る銀髪の女の姿。どうやら来客中だったらしい。

 来客は、ライネスも知る相手だった。……当代のアニムスフィア。名を、オルガマリー。

 

「レディ。私の返事を待たずに部屋へ入るのはやめてくれないか?」

 

 体面を気にしてか、珍しくそんなことを義兄が言う。普段は気にもしないくせに、実に心外である。

 

「失礼。だが、内弟子も付き人も不在の義兄を心配する義妹の気持ちも分かっていただきたいな」

 

 日頃の不摂生が祟って倒れているかもしれないからね。そう言って微笑むと、義兄は顔をしかめた。その表情に、背筋へ走る愉悦を覚える。しかしまあ、じゃれるのもこの辺が頃合いか。

 

 ライネスは怪訝な表情で二人を見る天体科の君主(アニムスフィア)に一礼し、礼儀正しく()()()挨拶を行った。視界の隅で義兄の眉間に皺が寄る。最初からそうしてくれと心中毒づいているのが手に取るようにわかった。

 まったく、猫を被るのが上手いのはお互い様だろうに。ライネスも片眉を上げつつそんなことを考える。TPOの遵守とは、神秘の秘匿を心掛ける魔術師にとっても重要な行動規範なのである。

 

「足労に感謝するわ、エルメロイの姫」

 

 アニムスフィアの当主が言う。

 

「構わないとも。他ならぬ義兄の頼みとあれば、喜んで飛んで来ようというものだ」

 

「……仲が良いのね」

 

「同じエルメロイの一員だからな」

 

 そう答えると、オルガマリーの表情が少し陰った。まあ、家族仲の良い魔術師など聞いたこともない。「家」の結束と「家族」の仲の良さは全く別のものであるからして。ともあれ、先代のアニムスフィアが世を去り表舞台へと引きずり出されたオルガマリーは、どうも魔術師としてはナイーブなところがあるように見受けられた。

 そう言うライネス自身も、かつて先代当主にして伯父でもあるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが早すぎる死を迎えた後のゴタゴタを思えば、他人をどうこう言える立場でもないのだが。

 まあ、昔は昔、今は今である。

 

 それに、警戒を要さないという意味では仲が良いというのも一面の事実ではあった。少なくともライネスは、義兄以外の人物の部屋に無断で入ろうなどとは思わない。それが魔術師ならば尚更だ。

 

「さて。用件を聞きたいところだが」

 

 切り出すと、オルガマリーは義兄に視線を送る。そちらから説明しろという意思表示だろう。どうやら我が兄が、アニムスフィアに厄介事を押し付けられた形であるようだった。

 

「まずは座ってくれないか、レディ。紅茶を淹れよう」

 

 そう言って、ライネスと入れ替わりに義兄が席を立つ。あのものぐさの義兄が手ずから茶の準備をするなど、極めて珍しい光景だ。そもそもこの一人用の個室にチェアが三脚用意されていたことからして、義兄は最初からアニムスフィアが持ち込んだ用事をライネスに丸投げする気だったらしい。

 なるほど、と苦笑が漏れる。埋め合わせのランクを一つ上げねばならないだろう。

 

「……それで、君にわざわざ来てもらった理由だが」

 

 しばし紅茶を楽しんだ後、義兄がそう切り出した。

 弛緩した空気が再び元の状態を取り戻していく。

 

「君に、今日これから英霊召喚をしてほしい」

 

「……はあ?」

 

 義兄の頼みは、実に意外なものだった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「……話の内容は理解した。つまり、私に魔術師代表として英霊召喚の実験台になれと言うのだな?」

 

 事情を聞いたライネスの中で、埋め合わせの要求ランクが3段階ほど引き上げられた。これはもう、容易なことでは済まされないと義兄にも覚悟をしてほしいレベルである。

 

「そうだ。我々の会談にも一通りの決着が付き、あとは情報公開の段階を残すだけとなった。だからこそ、それに先立ってカルデアが持つ最大戦力である『英霊召喚』をデモンストレーションする必要がある」

 

「魔術師たちへ向けて、かね」

 

「いや。全プレイヤーに向けてだとも」

 

 義兄は言う。聞けば、その召喚儀式の様子を動画として撮影し全プレイヤーに向けて配信するつもりだというのだから、神秘の秘匿が聞いて呆れるというものだ。

 

「あくまで『ゲームの演出』よ。真相がバレなければ何も問題はないわ」

 

 そう言い切るのはアニムスフィアである。世間知らずだった気難しい娘が、しばらく見ないうちに随分と肝を太くしたらしい。

 

「しかし、なぜ私が? 我が義兄よ。君が自分で召喚すればいいではないか」

 

 英霊召喚には思うところがあるのだろう?

 そういう問いかけを言葉の裏に滲ませて、ライネスは尋ねる。

 義兄は、何とも言えない渋い顔で茶をすすった。

 

「無論、いずれはそうすることになるだろう。だが……」

 

「万全の準備を整えて召喚に臨みたいと?」

 

「……すまない。レディ」

 

 本当に申し訳無さそうな顔でそんなことを言う。

 

 我が義兄、ロード・エルメロイII世が境界記録帯(ゴーストライナー)……英霊の召喚に掛ける思いの深さは常々感じているところではある。というか、そのためにこの男はライネスの兄となりエルメロイの名を継ぐことを受け入れたと言っても過言ではない。

 

 ……征服王イスカンダル。

 

 かつて『彼方にこそ栄え在り(ト・フィロティモ)』と謳い最果ての海(オケアノス)を目指して駆け抜けていった一人の英雄の背中に、我が兄は終生の憧憬を抱いているのだから。

 

 カルデアの召喚式がどのようなものかは知らないが、少なくとも使い魔の召喚に際して、相手との縁を紡ぐための努力が全くの無駄になるということはないだろう。特に、かつて『彼の王』を呼んだ時に用いた触媒が2015年の世界とともに燃え尽きてしまっている現状では。

 

「まあ、そういうことなら分からないでもないがね」

 

 ライネスとしても、利のある話ではあるのだ。

 早逝した先代ケイネスが残したエルメロイの秘術を引き継ぐための教育を施された結果、ライネスが有するおおよその魔術は研究用に調整されているのである。戦闘用の魔術など持ち合わせは少なく、サーヴァントという最上級の使い魔で身を守ることができるならば、それは願ってもない幸運だと言えた。

 

「では、引き受けてもらえるということでいいのね?」

 

「ああ。召喚はどのような手順で?」

 

「場所を移しましょう。職員の紹介も兼ねて、そちらで説明するわ」

 

 オルガマリーがそう言って席を立つ。

 率先して部屋を出て行くオルガマリーの後に続いてライネスも席を立った。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 道中、ふと思いついた疑問を傍らの義兄へと投げてみる。

 

「……そういえば。動画の撮影と言ったが、被写体としての性能を期待されても困るぞ」

 

 義兄は苦笑した。

 

「スピネッラが協力してくれている。彼とミスタ・エジソンに任せておけば上手くやるだろう」

 

「……スピネッラ?」

 

 聞き覚えのある名前だ。だが、一体それは誰だったか。

 

「ジャンマリオ・スピネッラ。新世代(ニューエイジ)の魔術師でね。資金集めと称してテレビ番組を持っていたことがある。『ジャンマリオのゾンビクッキング』……ローカルな人気はあったはずだが、聞いたことはないか?」

 

「知らん」

 

 ゾンビとクッキング……考えるだけでも相性の悪そうな組み合わせである。そんな悪趣味なものを企画する人間の動画に出演しなければならないのだろうか。ライネスは、元来た道を引き返したくなる衝動に襲われた。

 

「だが、その番組も少し前の番組改編で終わってしまったからな。新たな資金源として、『FGO』の正式版リリースに合わせて動画共有サイトへ自分の実況プレイ動画チャンネルを開設するつもりだったらしい」

 

「……実況プレイ?」

 

「ゲーム文化のひとつだ。レディが気にする必要はないだろうがね」

 

 そういうことを飯のタネにする者を『ユーチューバー』と呼ぶのだと義兄は言う。

 ユーチューバーの魔術師。

 ……なぜだか、義兄の言葉はとても残念な響きを伴ってライネスの耳に届いたのだった。

 

 

 

>>>> [4/4] L・I・O・N!

 

 

『ライオーン! チャンネルーッ!』

 

 ……それは、唐突に始まった。

 

 カルデアからのインタビューに備えて、担当だというスピネッラ氏と打ち合わせを終えた俺がしめやかに牢獄で正座待機していると、突然その映像が俺の網膜へブチ込まれたのである。

 ニューススタジオじみた撮影セットを背景に仁王立ちするのは、我らが『FGO』の統括ディレクターことライオンマン氏の姿であった。

 

『モニターの前の皆さん、グッモーニン! Fate/Grand ONLINEにおいてチャンネル登録数一位を誇る超人気コンテンツ、雷音(ライオン)チャンネルの時間であーるッ!』

 

 低く渋い声がテンション高めに鼓膜を揺らす。いや朝じゃねぇし。むしろ今の深夜帯と言っていい時間にふさわしい企画モノ臭がスタジオから漂ってるよ。

 ああ、でも芸能界ってそういうとこだったか? 挨拶は常に「おはよう」を使うって話を聞いたことがあるようなないような。

 

 だが、チャンネル登録などしたことがないという事実は見過ごせない。勝手に視界へ映像が直送されている現状からして、全プレイヤーが自動で登録されているのではないか。

 運営の横暴を察した俺は義憤に駆られた。だが遠く離れたスタジオのライオンマンに届くことはない。ガオーッと一声高く咆哮を上げ、自己紹介をした。

 

『司会は、偉大なる天才にして発明王【トーマス・アルバ・エジソン】!! 視聴者はプレイヤーの諸君でお送りする!』

 

 ……ん? 待って。今エジソンって言った? エジソンってあの某踊るポンポコリンな偉い人? え、マジで?

 次々と浮かぶ不信と疑問。だが、そんなものには一切斟酌しないまま番組は無慈悲に進行する。

 

『ああ! それからそこの……そう、YOU! 質問は後にしたまえ! 今回は時間に対してコンテンツが多いからな、コメントに答える時間がない。押していかねばならんのだ』

 

 おっと、ライオンが俺に目線を向けてそんなことを言った……気がした。いや、ただのカメラ目線だが。

 

『ちなみにこの番組は、不純物(コウリュウ)なしの純粋直流100%でお送りしているぞ! 日頃交流に頼りがちな諸君も、この機会にぜひ直流の良さを知り、そして広めていってもらいたい!』

 

 ライオンマン……自称エジソン氏はそのままカメラに背を向け、背景セットのスクリーンの傍らへと歩き出す。「それでは最初の目玉情報だッ!」声と同時に、スクリーンへ『英霊召喚システム』という文字がでかでかと表れた。

 

『今回最初に諸君へお知らせするのは、FGOの新規コンテンツ……【英霊召喚】である!』

 

 すかさず、おおー! というどこか耳馴染みのあるざわめきSEが差し込まれた。すさまじくアメリカンな雰囲気だ。

 

『諸君らは既に【使い魔】システムを活用してくれているだろうか? この【英霊召喚】は、使い魔の中でも特別な存在……人類史における英雄たちを呼び出し使い魔として力を借りるシステムだ! 我々は、彼らをサーヴァントと呼称している!』

 

 おおー。

 

『特異点F、そしてこのフランスで、諸君らも既に【SERVANT】と表記される強大な存在に出会ってきたことだろう。そう、彼ら彼女らこそが正にサーヴァントなのだ! 彼らはその戦力としての強力さゆえ、敵勢力に呼ばれて我らの前へ立ちふさがることもある。容易には突破できぬ、非常に厄介な敵といえるだろう! ……だが! これからは、彼らが我らの味方にもなるというわけだ!』

 

 おおおー!

 

『……とはいえ、誰もがサーヴァントを召喚できるわけではない。彼らは特別な存在であるゆえに、召喚には特別なアイテムが必要になる……。それが、この【聖晶石】だ!』

 

 エジソン氏はそう言って、ムキムキマッチョのボディスーツから例の金平糖じみた宝石を取り出した。

 

『聖晶石。この奇妙な鉱石は、我々にも未知の部分が多いものの……未来を確定させる概念が結晶化したものであるらしいことが分かっている。つまり……』

 

 そこで、一度彼は息を呑んで言葉を溜めた。場に落ちる一瞬の沈黙が、観衆の緊張感を増幅する。スピーチテクニック。

 

『つまり! この1431年フランスのように、過去の世界を歪み捻れさせた元凶を倒し、元の歴史を修復することで、この聖晶石が生成され入手可能となるのであァる!』

 

 おおおー! おおおー!

 ……いい加減うるさくなってきたな、このSE。

 ライオンマンは歓声が鳴り止むのを少し待ち、言葉を続ける。

 

『……というわけで、諸君には頑張って攻略を進めていただきたい。皆が皆サーヴァント召喚を出来るとは限らないが、特異点攻略はプレイヤーだけの力では決して成し遂げられないものである。サーヴァントたちの力を借り、皆でこの戦いを勝ち抜こうではないか!』

 

 【ONE FOR ALL, ALL FOR ONE】。

 

 そんな言葉がスクリーンに映し出される。一人は皆のために、皆は一つの目的のために。ラグビーの言葉だったか。立派な言葉だ。だが……。

 

 俺はスポーツマンじゃないから分からんが、そんな言葉通りに上手くいくもんか? 人間様ってのは、足を引っ張ることにかけちゃ中々の性能を発揮する動物だぜ。サーヴァント召喚したプレイヤーだけ周りから嫉妬とかされたりしない?

 ……まあでも、ぶっちゃけ俺もトッププレイヤーには嫉妬より軽く引く気持ちのほうが強いから、案外大丈夫だったりするのカナ……?

 

『そして! 今日は、我らがFGOプレイヤーの中で初のサーヴァント召喚を果たした【クー・フーリン】のマスターにインタビューの約束を取り付けてあるぞ! 早速呼んでみようではないか! もしもーし!』

 

【Call:音声チャット】【発信者:トーマス・アルバ・エジソン】

 

 一瞬後、そんなシステムアナウンスが俺の視界を真っ赤に染めた。ええ~……、インタビューって生放送の中でかよ。しかもサーヴァントの良さを煽った直後のこのタイミング。みんなからの嫉妬の嵐が待ったなしじゃんね。こんな無計画に素人を生放送に出すのって、放送事故とか大丈夫? 俺ァ知らねぇぞ……!

 

『はいはーい! 皆さんこんにちわー! クー・フーリンのマスターでーす!』

 

 俺は元気に挨拶の声を張り上げた。

 こうなったらヤケだ。どうせ身元は割れる。だったら、全てのプレイヤーにつながっている今この瞬間に、可能な限りの好感度を稼いでやるとしようじゃないか。いわば『勝ちまくりモテまくり』の精神だ。

 声バレ? 知らねぇな。今はそういう保身を投げ捨てるべき時だろう。

 どうせここにいるのはワイバーン達だけである。いずれ騒ぎを聞きつけたサーヴァント共もやってくるだろうが、まあそれまでに片付けちまえば問題ねぇ。

 

 さあ、生放送──。加減はナシだ、絶望に挑もうか!

 

『おお! 繋がったようだな、元気のいい挨拶をありがとう! 彼は今、オルレアンの牢獄に監禁されているそうで心配していたのだが、この調子なら早速インタビューに入っても大丈夫だな!』

 

『ハハハハハ。どんと来なされハッハッハッ』

 

 ……それからの時間は、俺にとっても実に長いものだと感じられた。

 突然虚空へ向かってテンション↑↑(アゲアゲ)な調子で話し始めた虜囚の姿に、困惑したと思しきワイバーンたちが普段聞いたことのない感じの鳴き声を上げる。なんだ、意外と可愛いところもあるんじゃねぇか。

 そんな鳴き声をBGMにして、サーヴァントの使用感に始まり、人格を持つ使い魔との関係、宝具運用のコツ、うちのサーヴァントのここが凄い!、サーヴァント召喚のすゝめなど、様々な疑問質問意見相談に答えていった俺だったが、そろそろ時間切れのようである。

 

「……なに。君は、狂ったの?」

 

 牢番ワイバーンの異常を察知し真っ先に地下牢へと駆けつけたのは、我が尋問担当官の一人ことセイバーのデオンさんだった。

 だが、彼(彼女?)はまだ状況を十分に把握できていないらしい。つまり決着にはまだ早い。

 そうだ、まだ俺の生放送コンテンツは終了してないぜ……まだだ、まだ押せる!

 

 ニコ生概念を未だ獲得していないだろうデオンさんに向かって、俺はにこやかに微笑んだ。地下牢の闇の中に浮かび上がる満点のスマイルに相手の雰囲気が硬くなる。

 

 狂ってなんかいねぇよ。アンタにも見せてやろうと思ってな。

 これが21世紀流、これが人類の辿り着いた最先端のコミュニケーションっていうやつさ。今、俺の言葉が2進法(マトリックス)情報変換(コンバージョン)を経て世界中に拡散し、この大地に息づく同胞(ログイン中のプレイヤー)全ての目と耳から脳髄へと染み渡っている最中なんだ。アンタもどうだい。これから出会う全ての【プレイヤー】たちに、何かコメントの一つも投げてやっちゃあくれねェか。

 

「……何を言っているのかわからないな」

 

 特に言いたいことはない? じゃあ自己紹介。自己紹介はどうだろう。

 

「……察するに。つまり、君は今、他のプレイヤーたちと接触し会話を行っている?」

 

 会話と言うには一方通行過ぎるがね。流石にコメントチェックを並行して行うのは俺の処理能力が追いつかねぇ。

 

「……ふぅん。この場で普通に喋ればいいのかい?」

 

 そうデオンさんが尋ねた。その通りだよ。ささ、どうぞ。

 するとデオンさんは、すぅ、と息を吸い込み──

 

「──白百合の旗のもとに集う(つわもの)たちよ! 我が名はシュヴァリエ・デオン! フランスを救わんとする君たちの勇気は、心からの称賛に値する! 君たちは君たち自身の誇りのままに戦うがいい! そしてもしオルレアンに至ることが叶ったならば、そのときこそ私も、復讐の黒百合の旗のもとに全霊の剣を振るうと約束しよう!」

 

 ……そんな、堂々たる宣戦布告を行ったのだった。

 俺が言うのもなんだけど。これ、何のコーナーだったっけ。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 とまあ、軽いサプライズコンテンツを挟みつつも俺のインタビュー時間はなんとか無事に終わりを告げて。明日が楽しみだ等と言って去っていったデオンさんはさておき、ここからが本番の英霊召喚実演ショーである。

 実演を担当してくれるのは、なんと先の撤退戦で知り合ったばかりのライネス姫だ。プレイヤー代表として『厳正な抽選のもと』選ばれたそうだが、まあ、まず間違いなくエルの絡みだろう。きっと抽選ボックスに一枚しか紙が入ってなかったみたいな話だよ。でなきゃ炎のゴブレット。そういう系の仕込みだろうさ。

 

「────素に銀と鉄。」

 

 見覚えのある召喚ルームへとカメラは移動し、その部屋の中心にライネス姫が立っている。その周囲を取り巻くのは、例のマシュさんの大盾を模した魔法陣だ。そのあちこちへ以前の俺と同様に聖晶石をセットしていくライネス姫。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する──」

 

 だが、そこからが違った。あろうことか、そこでアドリブの呪文詠唱を加え始めたのである。クールな外見に反して、さっきの俺みたいに内心テンション上がっちゃってる感じだろうか。妙にカッコよく決まっているからか周りも止める気配がないし、その勇姿はきっと皆の記憶に刻み込まれるだろうと思われた。……ヤバイぞ生放送。

 

「───汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────!」

 

 やがて長い長い詠唱が終わり、魔法陣を包む光の帯がバチバチと眩しい輝きを放ちだす。

 ……そして、俺が召喚に臨んだときとまるで同じように、部屋の中が白い光で埋め尽くされた。

 

「──召喚に応じ推参いたしました」

 

 徐々に薄れゆく光の中から、凛々しい男の声が響く。

 魔法陣の中央に片膝を立てて跪いた男の傍らには、布でぐるぐる巻きにされた(ふた)つの槍。

 ……ランサーか。

 どこかカルデア戦闘服にも似た深緑の衣装に身を包んだ黒髪の男は、しかしその顔をあげることなくこう告げた。

 

「人理修復という大業の担い手に我が槍をお選びいただいたことは光栄の至り。しかし……(マスター)よ。もしもあなたが女であるならば……どうか、この面を伏せることをお許し願いたい。……せめて、我が真名を聞くまでは」

 

「……ふむ? 訳ありと見たが」

 

「然り。この顔は呪いの魔貌。ゆえに、過ちを繰り返さぬためにも……どうか」

 

 そこで、二人のやり取りから何かを察したらしきライオンマンがカメラをライネス姫たちから自身へと向ける。

 

『──さて、如何だっただろうか! かの槍兵もまた、きっと我らの心強い味方になってくれることだろう! しかしここから先は、主従二人だけのプライベートな時間とさせていただきたい! 使い魔との信頼、絆、それこそが最大の力であるのだからな! 

 

 ……それでは諸君、また次の生放送まで、ごきげんよう!』

 

 ──ブツン。

 

 そして唐突に映像が途切れ、牢獄の闇が戻ってきた。

 こうして、『FGO』初めての生放送は何とも尻切れトンボな感じで終わったのである。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「過ちを繰り返さぬためにも……どうか」

 

 召喚を終えたライネスの目の前で、深緑の槍兵が跪いている。

 

「……」

 

 見られたくないというのであれば仕方がない。だがまあ、これもまた巡り合わせというものか。ライネスは外していた眼帯を取り出して、再び自らの両目を覆う。召喚の残滓じみて漂う光の粒子が完全に遮断され、ライネスの視界は闇に包まれた。

 コツ、と背後で硬い音がする。

 後ろで控えていた義兄が、ライネスの傍らへと歩み寄っていたらしい。

 

「──魔貌。顔とは、視覚を介して人の印象に最も強く働きかける要因であり……それゆえに、顔そのものが魔性を帯びる例も世界中に多くある。魔眼もまた、その一例と言えるだろうか。その本質が『視る』ことではあれど、眼それ自体もまた他者から『視られる』対象であるのだから」

 

 義兄はなぜか、こういう話をさせると途端に講義風の語り口になる。講師の職業病だろうか。

 

「……英霊よ。お前の呪いは、男が相手であれば効果を発揮しないのか?」

 

 尋ねかける義兄に、槍兵はそうだと答えた。兄はライネスの肩を叩く。ライネスは告げた。

 

「ならば──何も問題はない。我が使い魔よ、気兼ねなく顔を上げるがいい」

 

 そして、槍兵は顔を上げた……らしかった。軽く息を呑む音が、その様子を目に出来ぬライネスの耳にまで伝わってくる。

 

「……(マスター)。その、眼帯は」

 

「いささか両目の調子が悪くてね。これでは戦いに心許ないから、君の槍が私を守ってくれると助かるのだが」

 

「はっ!」

 

 勢い良く、槍兵は再び頭を下げたのだろう。風の唸りが聞こえるほどの勢いだった。

 

(……やれやれ。ならばしばらくは眼帯生活に逆戻りというわけか)

 

「……我が望みを聞き届けていただいたことに心からの感謝を。我が名は、フィオナ騎士団が一番槍、【ディルムッド・オディナ】。これより貴女に仕えるサーヴァントとなりましょう」

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

 そう言って……そこで、順序が整っていないことを認識する。

 名乗りには名乗りを。当然のことのはずなのに、ディルムッドからの突然の頼みもあって場が混乱していた。一歩前に踏み出し、手を差し伸べてディルムッドを立ち上がらせる。……握り返す手の仕草は意外なほどに柔らかいものだった。騎士。なるほど、女性への振る舞いも資質の内か。

 握手のように手を握りあったまま、顔の見えぬ槍兵へとライネスは己の名を告げる。

 

「では、ディルムッドよ。私も名乗るとしよう。我が名はライネス・()()()()()・アーチゾルデ。そしてこちらが私の義理の兄にあたる男だ」

 

「はじめまして。お会い出来て光栄だ、【輝く貌】のディルムッド・オディナ。エルメロイII世だ。私を呼ぶときはII世を付けてくれると助かる…………どうかしたか?」

 

 ライネスにつづいて自己紹介をした義兄の声が疑問を孕む。

 

「……エルメロイ…………いや。エルメロイ、II世?」

 

 ディルムッドは、小さくそう呟いた。握った手が、微かに震えていた。

 ライネスとエルメロイII世は顔を見合わせる。後ろで見守っていたエジソンは、無言で部屋を出ていった。どうやら彼ら3人で解決しなければならない問題のようだった。

 

「…………運命よ」

 

 槍兵の口から漏れ出たその言葉は、彼とエルメロイとの間に結ばれた、ライネスすら知らぬ奇妙な因縁を思わせたのである。

 




その日、運命に出会う?

第四次の記憶を持ってきたディルムッドと、彼の元マスター・ケイネスの姪。
フェイトゼロ・アフター・オルタナティブ。

今後も(全て描写するかは分かりませんが)こんな感じで時々サーヴァントが増えていく予定です。
 
◆本作に登場する(予定の)ロード・エルメロイII世の違い
 ・エルメロイII世(プレイヤー=エル):第四次の知識はない。アルトリアとは接点なし。日本は良いゲームを作る国。
 ・エルメロイII世(サーヴァント=孔明):第四次の知識がある。アルトリア顔恐怖症。日本嫌い、ただし日本製ゲームはとても好き。

 どちらにしても、ケイネスの死とイスカンダルとの出会いを経てエルメロイを継ぎ、「ロード・エルメロイII世」を名乗るのは同じです。
 第四次聖杯戦争がなくても(Apocrypha)、魔法少女世界でさえ(プリズマ☆イリヤ)約束された結末。いわばアトラクタフィールドK(ケイネス)。世界が「収束」をする……!


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1-12(前)

(前回までのあらすじ)
 超巨大邪竜ファヴニールから逃走する中で敵勢力の捕虜となってしまった主人公だったが、有意義な情報とかそうでない情報とかを無節操に敵陣営へ提供しつつ虜囚としての毎日を送っている。ビジネストークにおいて必ずしも情報の質や量が重視されるとは限らない。むしろストーリーラインとふんわりした納得感を演出することこそが重要になるときもあるだろう。そういう感じ。
 さて。そんな日々の中で開催された『FGO』初の生放送が放送事故気味に終わりを迎え、そして数日が経過した……。


>>> [1/3] オルレアン獄中記その3~日常~

 

 

「ヨーロッパ連合にトルコ(テュルク)が参加したがっている? 何を言っているのかしら。あの辺りはそもそもオスマンの土地……ああ、でも歴史的には確かにローマの一部でもあるわよね。コンスタンティノープルは21世紀でも国の首都なのでしょう?」

 

 名前はイスタンブールに改名統一されてるけどね。

 しかしまあ、なんだ。あんまり政治的な話はやめておこうや。

 

「あら、そう? じゃあ別の情報を提供しなさいな」

 

 OKアサシン。政治、民族、宗教、ゲームハード論争に最強議論、そういう物騒な話題はなしだ。今日もノンポリでいこう、ヨシ!

 それじゃ、サイエンスの話題に移行しまーす。

 

 

「そうか……ラヴォアジエ氏の名前は未来でも残っているのか。彼は比較的善良な徴税請負人だった。残念ながら、当時それが理解され減刑されることはなかったが……」

 

 サンソンさんはどこか感慨深げにそう言った。話を振った側のはずの俺は、逆に首をひねる。

 

「徴税? いや、俺が知ってるのは化学者なんだけど。『質量保存の法則』の発見者」

 

「徴税請負人は高収入な仕事だった。彼はそれを研究費に充てていたらしい。科学研究には金がかかるだろう? その資金調達が市民の恨みを買って、革命の折には(あだ)ともなったが」

 

 せ、世知辛ぇ……。でもそうだよな、どんなに頭が良くても引っ張れる金は有限だもんな……。

 話を聞いてるだけで学費とか奨学金とかのことを連想しちゃって軽く震えを催す俺とは対象的に、仮面女は余裕の表情だ。こちらは見た目通りのお貴族様とのことで、本人が言うところでは留学する学生への支援なんかも行っていたとか。

 

「あの日の処刑は、とても慌ただしいものだった。ラヴォアジエ氏は、ギロチン処刑された後の自分に意識があるかどうか身をもって実験すると豪語していたそうだが……結局、どういう結果に終わったのかも僕は知らないな」

 

「へえ。公開処刑なんて見世物にするためにあるようなものなのに、どれほど急いでいたというのかしらね」

 

「あのときは、確か……そう。35分で26人だ」

 

 うわっ……。俺の心の距離が、黒ずくめのサンソンさんから少しばかり遠ざかる。真っ黒な装いには血の汚れを目立たなくする効果もあるんだって。怖いわー。

 

「正直言ってドン引きよ。流れ作業じゃないんだから。私の鉄の処女(アイアンメイデン)なんて、一人あたり何時間も掛けるというのに」

 

 ……うっわぁ。俺の心の距離が仮面女からもガッツリと遠ざかった。そっちの方が嫌だよ。この女は血の汚れを隠すどころか、逆に鮮血で化粧とかしちゃうタイプだろうぜ。ジル・ド・レェといいこの女といい、快楽殺人者ってのは一体なに考えてるのかサッパリ分からんね。

 

 しかしそんな猟奇的な彼らに対して、俺は俺で未来人特有のノリが災いしてか価値と常識を共有できなかったので、拷問室の3人はだいたいいつも三角形みたいな心理ポジショニングを取る構え。いや、最初に会った日から大して変わってねぇなこれ……。

 

 

「だーかーらー! その血塗れの手がバッチィから俺に触る前に手ェ洗えって言ってんだろォーーーーッ!!?」

 

 俺は叫んだ。また別の日のことだ。

 俺の言葉の先には、「学術的興味に基づき」切断された俺の右脚を勝手にいじくり回しているサンソン氏。別にしばらく寝てればHPごと回復するんだけどね。その辺相手も心得てきたのか、最近では生かさず殺さずの技量を見せつけてくる。なんだか無限の住人の(まんじ)さんみたいな気分になってきやがったぜ。

 

 俺の右脚ちゃんに夢中になるあまり左脚も欲しくなってきたらしいサンソンは、俺の手洗い勧告に水を差されたと言わんばかりの表情を作って剣を下ろした。そうそう、手洗い大事。ゼンメルワイスさん嘘付かない。

 しかしその後ろでは仮面女が右脚ちゃんを拾い上げ、切断面から流れる赤黒い血をペロッと舐めている。……すっげぇ不味そうな顔して脚ごとポイしやがった。別にいいけど、せめてもうちょっと丁寧に扱ってほしいよな。

 不満げな俺にサンソンは言った。

 

「……手洗い。そんな原始的な手法で負傷者への感染症が防げると? 君は、患者ではなく、処刑人や医師の清潔にこそ病毒の原因があると言いたいのかい? ちなみに僕は『あの方』を斬首できたら3日は手を洗わない自信があるが、やはり貴種の血は俗人のそれとは違うのだろうか……」

 

「あら、当然でしょう。それに処女の血は美肌にも良いのよ? 知らないの?」

 

「……ひ、非科学時代のド畜生どもが……っ!」

 

 俺は強い威嚇の意思を込めて唸りを上げた。サンソンは仕方ないとばかりに両手をコートでぐいっと拭い、それから改めて綺麗なお手々に剣を握ると、俺の左脚をスパッとやった。

 

 ……今更だけど俺、女のアバター使ってなくて良かったわ。こいつら俺が一般男性スタイルだからこんな感じの扱いだけどさ、きっと俺が美少女だったら毎日愉快なことになってたぜ。

 

 NPCの文化的背景の再現度が高すぎるせいだろう。尋問を続ける俺たちの間には、相互理解を諦めるレベルでの文化的断絶が横たわっている……。

 

 

 

 

 と、まあ。そんな風にときどき牢屋から連れ出されて尋問などを受けつつも、特に代わり映えなくオルレアンの獄の中にいる。

 

 外界では南東のリヨン攻囲戦がいよいよ正念場を迎えつつあったり、南西で聖騎士ゲオルギウスと吸血鬼ヴラドIII世の大激突があったりと色々騒がしいようだが、所詮は壁の外のお話だ。俺は、特異点調査資料としてカルデアに提供された電子書籍群から『横山光輝三国志(全60巻)』を読み進めているところだった。藤甲兵ちょっと強すぎない?

 三国志って一口に言っても、無双とか恋姫とか、あとはガンダムなんかもあるんだっけ? ……とにかく色々あるけどさ。やっぱり脳内イメージに一番近い孔明像ってのは横山三国志の孔明だと思うんだよね。キャラ格を決めるのは謎ビームなんかじゃないんだ。そんなもの無くたって強キャラは強キャラを張れる。敵に『げーっ孔明!』とか言われるとそれだけで笑っちまうからな。

 

『……名作であることに異論はないが、せめてフランスに関係あるものを読んでくれないか』

 

 何となく通話中だった相手のカネさんがそう言った。数ある検証班の一つ【ヒムローランド】のリーダー格を務める女性である。普段はカルデアゲートに常駐して(俺とは違う、真面目な)資料調査とかをしながら、ときどき特異点にも降りてきているらしい。

 

「これが終わったら『項羽と劉邦』に進む予定なんだけど」

 

 俺は生えかけの両足を器用に動かし、ごろりと寝返りを打ちながらそう答えた。物理書籍じゃないから360°どんな体勢でだって読書が楽しめる。

 ただし、一応の欠点がないわけじゃない。世界の原則は等価交換、電子データを使う限り物理の重みは手に入らないからな。

 ともあれ、古代中国モノが最近の俺のマイブームだ。三国志の前は『キングダム』を最新刊まで読んでいた。

 

『漫画にしたってベルばらとかあるだろうに』

 

 カネさんは溜息を一つ。

 別に俺だって中国史だけに没頭してるわけじゃないぜ? リヨンの観光パンフとかオルレアンの観光パンフとかも読んでたし。史跡なんかは2015年のそれより新しかったりするから結構面白いんだ。歴史マニアも大満足の再現率だと言えるだろう。

 

『まあ、君に調査の方の成果を期待してるわけではないがね。むしろその監獄からより多くの情報を発信して欲しいところだ』

 

「と、言われてもなあ」

 

 俺の方から出せる情報なんてのは粗方とっくに話してある。戦闘職と非戦闘職の間を行き来する殴りキャスターである俺は、ゲームについて提供できるほどに深い話題を持ち合わせていない。専門化と先鋭化。あらゆるゲーム、いや人間が関わるおよそ全ての分野に共通する制約だ。乗り越えるにはそれなりの工夫が求められるだろう。

 

 ……しかし同時に、彼女は理のないことを言うキャラでもない。カネさんが情報を求めるということは、そこに何らかの需要があるということだ。そして予想に違わず、彼女は俺に今プレイヤーの間で広まりつつあるホットなネタを教えてくれたのだった。

 

 

◆◇◆

 

 

「……ゲオヴラ?」

 

『そう、ゲオ×ヴラ。ヴラ×ゲオ派も確かにいるが、やはり有力なのはこちらだろう』

 

 ゲオ×ヴラ。……ゲオルギウス×ヴラドIII世。

 つい先日に行われた聖騎士ゲオルギウスとヴラドIII世の戦いはあまりに激しく、そしてあまりにドラマチックだったため、それを周りで見ていたプレイヤーたちに尊みの嵐を巻き起こしたのだという。

 

 ……。

 

 いや、まあ、いいけどね。そういう趣向もアリだと思う。それが現実に影響を及ぼさない限りにおいて、あらゆる妄想は自由であるべきだ。『FGO』はVRMMO体験を主眼に据えたゲームだが、ことサーヴァントに関して言うならキャラクター商売の系譜を受け継いでいると俺は見る。

 キャラクターコンテンツってのは関係性を売る商売だ。魅力的な女の子が一人突っ立っててもカネにはならん。それを観察するプレイヤー、もしくはその女の子と相互作用する別のキャラクターを追加していくことでコンテンツを増幅させる必要があるわけだ。だが、公式がそれを常にやってくれるとは限らねぇ。だからこその妄想、だからこその二次創作。それは多くの人間から共有されることで、共同幻想の性質を帯びる。無論、それを受けて公式がどうするかはまた別の話だが……

 

『同じキリスト教徒、ともに救国の英雄でありながら、いまや立場を違えた聖人魔人となって戦わねばならぬ運命。互いの武芸と異能の全てをぶつけ合う激闘。そして迎える、聖句による浄化と決着……! 好敵手を称える男の友情……やはり渋いオジサマこそ正義だった……!』

 

「……あれ?」

 

 いや、待て。あんま興味なかったから考え事しつつ適当に聞き流してたけど、掲示板で聞いた決着までの流れと少し違うな。

 俺が聞いた話では、二人の必殺宝具【力屠る祝福の剣(アスカロン)】と【血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)】が激突し、両者瀕死となったタイミングで

 

『ハァイ! 突然だけどサプライズ・ライブよ! チェイテ城からルーマニアのリズムに乗せてお送りするわ! 【鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)】!』

 

「ぐわーッ!」

「ぐわーッ!」

「ぐわーッ!」

 

 乱入者【エリザベート・バートリー】、通称エリちゃんがまとめて全部持っていったはず。ちなみに上から順にゲオルギウス、ヴラドIII世、周りのプレイヤーたちの悲鳴である。このうちゲオルギウスとヴラドIII世だけが自前のガッツで生き残り、半死半生の吸血鬼サーヴァントは聖人の聖句で浄化されたとか。さすが英雄、常人ならざる根性値を見せつけてくれやがる。

 

 ……ああ、エリちゃん? なんかプレイヤーと合流したらしいね。その際ゲオルギウスとの間に

 

「──汝は竜?」

「アイドルよ!」

「"偶像(アイドル)"……?(アスカロンを抜き放つ音)」

 

 などという微笑ましい一幕があったそうで動画が掲示板に上がっていたが、まあゴタゴタしてるって話も聞かねぇからそれなりに何とかやってんじゃねぇのかな。細かいことは知らねぇけど。

 

 ……今、あっちの地域はイギリス人と宗教関係者ばっかりで、正直関わりたくない気持ちが強い。別に宗教が駄目ってわけじゃねぇんだけど……何というか。日本の日常生活の中じゃあんまり馴染みがないからな。カネさん、アンタだってそうだろ? 

 しかし彼女は、俺の問いに対して何故か語気を強めた。

 

『……知らんな』

 

「え?」

 

『そんな女のことは知らんと言っている! これはいわゆる横殴りだぞ。例えて言うならスパロボで敵のボスといざ決着というタイミングになって、突然現れたニンジャロボットがトドメの一撃を持っていくようなものだ! この泥棒! 私の経験値と資金を返してくれないか!』

 

 何か、琴線に触れるものがあったらしい。

 まあ気持ちは分からんでもないさ。だがな、『FGO』で横殴り禁止なんてのは寝言みたいな話だぜ。ありゃあ敵を確殺できて狩りゲーが成立する世界での話だろ? こっちは殺らなきゃ殺られるんだ。経験値もパーティ全体に入るわけだし、囲んで棒で叩くのが大正義ってもんよ。もちろん寄生は駆除することも考えるべきだが、その辺はまた別の話だし。

 

『あたしもあの子嫌いじゃないけどなー。何かノリがあたしに似てるっつーか?』

 

『……そのフォローで私からの印象が良くなると本気で思っているのか!? というか通話中なんだから、マキジは黙っててくれないか』

 

『嫌だね! あたしがこんなに暇してるのに、カネちんは駄弁る相手がいてズルい! つーかカルデアゲートに引きこもってるの飽きたんだけどー。なぁ~、あたしたちもオルレアンに降りてさぁ、一緒に話題のエリチャンに会いに行こうぜぇ~』

 

 ……おっと、横からマキジさんが出てきたぞ。カネさんのリア友だという、破滅的なノリを持つ女性だ。かつて奴が主催したプレイヤーイベント『【雪山】ステージ3㌔踏破トレイルラン』は、参加者全滅という華々しい戦果を持ってプレイヤーたちの記憶に焼き付けられている。一連の騒動をまとめたノンフィクション事件記録【カル甲田山】は『FGO』が生んだ文学の金字塔とさえ呼ばれていた。

 

 ともあれ他人の話を横で聞いてるのもどうかと思ったので、俺は通話の音量を絞って三国志に戻ることにする。……おお、孔明が肉饅を発明したぞ! やっぱ天才軍師は違うなー、発明家属性まで持っていたとは驚きだぜ。

 

 

◆◇◆

 

 

『ぜぇ、はぁ……すまない、待たせた。聞き苦しいものを聞かせてしまったか?』

 

 しばらくして、カネさんが通話に戻ってきた。マキジさんの気配は既にない。さては死んだか? 俺は事件の気配を訝しむ。通話先で起きた殺人事件。第一目撃者は俺。犯人は恐るべき知能を持った地獄誤軍師カネ……。口封じを恐れた俺はとっさに無関心を装った。

 

「──いや、漫画読んでたから別に」

 

『そ、そうか……なら良いんだが。ああ、そうだ。例の戦いを編集した動画があるんだ。乱入者(エリチャン)の出番は全カットでな。作った私が言うのもなんだが、手に汗握る出来栄えだぞ』

 

「そんなに」

 

『そうとも。そら、動画を送ってやろう。暇があったら見ておくと良い、そしてゲオ×ヴラに目覚めろ。尊さのあまり死ぬがいい』

 

 そんな殺害予告メッセージとともに動画が添付されて送られてきた。4K画質……。明らかに布教であった。俺はまだ薔薇(ソドム)する気は更々ないのでそのうちね。

 

 しかしアレだよな。俺はもらった動画を【新しいフォルダー】へ適当にぶち込み陽気に尋ねる。ゲオルギウスって言ったら要するに(セント)ジョージだろ? 英国(イングランド)の守護聖人が、よりによって英国と戦争してた百年戦争期のフランスを救う側になるってのは皮肉な話だ。リツカもジュラで野営してる時に【聖女マルタ】ってサーヴァントと戦ったらしいけど、あれは逆にフランスを護る側の聖人のはずだしな。

 

『それを言うなら先日生放送でコメントしていたシュヴァリエ・デオンもだな。近世から近代へ……フランス革命時代を生きた英雄だ』

 

 ああ、デオンさんもフランス人だったか。中世近世近代ってぶっちゃけ区別がよく分かんないので、仮面女や黒外套の処刑人と合わせて「昔の貴族様」みたいに思ってるフシはある。

 じゃあ、敵味方サーヴァントでフランスを護る側と攻める側が逆転してるわけ? ……いや、ヴラドIII世とか思いっきり関係ねぇしなあ。歴史上の人物がワラワラ出てくるわりに、奴らの共通点が全く見えねぇよ。一体どういうセンスで選んでるのか。

 

『その辺は我々も鋭意調べているところだが。しかし、聖ゲオルギウスについてだけ言うならば……百年戦争期のフランスにおいて、英国の守護聖人である聖ゲオルギウスの存在は、むしろフランス側の勝ちフラグとも言えるんだ』

 

 は? どういうこと?

 

『うむ。時代をやや遡って西暦1422年……オルレアン特異点から見れば9年前か。当時、戦争の趨勢は英国側に大きく傾いていて、英国王ヘンリー五世はフランスを圧倒、パリさえ下して見せたという。そして、権勢を示すためにパリで舞台公演を行った。内容は【聖ジョージの受難】。英国の象徴たる英雄の勇姿を、降伏させたフランスの首都で見せつけるのが狙いだったんだろう』

 

 ははあ、政治だね。

 

『……が、しかし。なんとその公演の直後に英国王ヘンリー五世は病に倒れ、わずか34歳で死亡してしまう。情勢は混乱し、再び戦争が長期化を辿る中でフランス側に救世主ジャンヌ・ダルクが現れるというわけだ』

 

 なるほど。聖ゲオルギウスは英国の象徴ではあるけれど、同時に英国自身の負けフラグでもあると。何だったかな、昔のアニメで自分のテーマソングが自分自身の負けフラグにもなっている……みたいなキャラがいた気がする。誰だっけ。マミヤ? ……違うか。でもそういう感じだろ?

 

『突然北斗の拳の話をされても困るのだが……。ああ、いや、話を戻そう。やはり、英雄をモデルにしたサーヴァントたちはこのゲームの華、中心的存在だ。彼らの情報は敵味方問わず待望されているところでね。シュヴァリエ・デオン以外の情報があればぜひとも提供してもらいたいのだが』

 

「うーん……ま、何かあれば連絡するよ。拷問室のスクショなら大量に提供できるけど、要る?」

 

『……一応、もらっておこう』

 

 一応もらってくれるらしいので、スクリーンショット画像をまとめて送りつける。尋問担当サーヴァント達の姿も写ってるから、全く需要がないってこともないだろう。

 突然の大容量ファイル押し付けに、カネさんは薄く笑ったようだった。善意の差し入れが微妙に相手の好みを外していたときみたいなアクションだ。……し、知ってたし。でもちょっぴり傷ついたので、俺は話の矛先を変えることを試みた。

 

「でも、サーヴァントの情報ならリツカに頼むほうが早い気がするけどな」

 

『ああ、リヨンの鉤爪男か。あちらも順当に進めば数日中には攻略できるだろうが』

 

 リツカ含むジャンヌ一行は、フランス軍と合流したのちリヨンに布陣したらしい。ジャンヌ・ダルクに清姫、マシュさん、そしてクー・フーリン。軍の兵力とサーヴァント戦力が揃えば死者の都といえどもそうそう長くは持たないだろう。順調で何より。道々の周辺住民も協力してくれてるらしいし、流石は聖女様のご威光ってところだな。

 

『……ん? それは少し違うぞ』

 

「え?」

 

『確かにジャンヌ・ダルクは救国の英雄だが、情報伝達技術が未熟なこの時代において、南フランスの一般人はそもそも彼女の顔など知らん。彼らが協力しているのは、それが正当なフランス王軍であり、その証として王家の白百合(フルール・ド・リス)を掲げているからだ』

 

「フルール・ド・リス?」

 

『フランス王家の白百合紋だよ。ジャンヌ・ダルクの旗の端々に描かれていただろう』

 

 ……旗の、端……? ああ、何かあったような……なかったような……?

 

『これだ、これ!』

 

 痺れを切らしたカネさんが画像を送ってくれた。おお、確かに旗の隅っこに小さい紋章が描かれているな。ド真ん中の金色でごちゃごちゃした図柄と、どこか似ているような似てないような。

 

『……折角だ。どうせ牢屋に閉じ込められて時間は幾らでもあるんだろう? 君に簡単な歴史の講義をしてやろう。まず、そもそもなぜフランス王族でもないジャンヌ・ダルクの旗にフルール・ド・リスが描かれているかという話だが……』

 

 

>>> [2/3] 独白

 

 

 そして、俺の返事を待つこともなくカネさんは百年戦争史を滔々(とうとう)と語り出す。オルレアン、ランス、パリ、ルーアン……ピエール・コーションらによる異端審問。あるいは遡ってイングランドとフランスの間に繰り広げられてきた確執、政治、暗殺劇。

 知っていることが半分、知らなかったことも半分くらいだ。とはいえ、それらに対する俺の理解もだいぶ浅いものだったらしい。

 昔暗記したはずの単語と単語の裏の関係が改めて語られる。事実と事実の繋がり、物事の因果関係が具体的に肉付けされていくほどに、俺の認識は塗り替えられていき、きらびやかな歴史からファンタジー性が失われていくのを感じていた。物語の英雄が人間的になっていく……。

 

 ……俺は、このシナリオの行く末に興味がある。

 

 科学だか魔術だか知らんが、『FGO』に実装された謎の超技術は限りなく人間(プレイヤー)に近いNPC(ノン・プレイヤー)を創り出す。ドンレミ村の住人は中世の村人らしく。神話の英雄クー・フーリンはまさに神話の英雄らしく。

 

 俺は平成日本に生まれ育った一般市民だからさあ。そういうサーヴァント役を振られた英雄みたいな超人的存在が、本当に超人的であり続けられるかって事にちょっとだけ興味があるんだよ。

 

 少し自分語りをするならさ、子供の頃の俺は無敵だったんだ。何だって人並み以上には上手く出来たし、学校のテストで100点以外を取ることの方が珍しかった。何より、いつだってやる気に満ちていた。

 ……でもまあ。そんな時間はそう長くは続かなかったね。

 高校に入った辺りからかな、教科書や参考書を開いたってその中身の全部が全部すぐさま理解できるとはいかなくなった。突き抜けた個性を持つような連中が周りにちらほら現れだした。落ちこぼれたりはしなかったがね。それ以上にもなれなかったのさ。

 

 ……けれど、そうじゃない奴もいる。「やれば出来る」能力を保ったまま、やる気を常に漲らせ続けられる奴がいる。やりたい事とやるべき事が一致し続ける奴がいる。ただ在るがままに過ごしているだけで、周りの人間誰もが救われるような人がいる……。

 熱意ってのは一つの才能だよな。絶えず衰えず情熱を燃やし続けられるような人間は、いつか月にだって行けるだろう。

 そういうホンモノに比べれば、俺はどうしようもなく凡人で、こうして皆と一緒にゲームを楽しむくらいが精一杯さ。それも普通のRPGなら勇者様にだってなれただろうが、VRMMOではな。どうしたって等身大の人間でいる他にない。

 というわけで、そんなしょうもないセンチメンタルを込めつつ再現された英雄たちを眺めているわけだ。それだけに、今回のシナリオは俺にとって興味を惹かれるものといえる。

 

 ──ホンモノの聖女……ジャンヌ・ダルクは、実のところ文字通りの聖女様ではなかったのか?

 

 一つの問いに答えは複数。

 曰く、神サマの啓示は幻覚幻聴に過ぎず、その武功も当時の戦争ルールを無視したからである。

 曰く、彼女は村人などではなく何やら高貴な血を引く落胤で、その聖女としての在り方も政治的演出の一側面に過ぎない。

 そしてもちろん、ジャンヌ・ダルクは本当に聖女であったという答え。

 

 『FGO』は、白い聖女と黒い魔女の両方を用意した。

 善と悪、あるいは聖性と魔性? 二極に別れた対立項だ。

 

 面白い設定だと思う。だけど、他に思うところがないわけでもない。その、言葉にしにくいモヤモヤをあえて口に出すなら、こうなる。

 

 どうして聖女じゃなかったら魔女扱いになっちまうんだろうなって。

 

 聖女と言えないのなら、『聖女ほどじゃない普通の人』でいいじゃない、みたいな? 世間の人の9割9分9厘は聖女でも魔女でもない普通の人なんだから。

 いやまあ、事実ジャンヌは「お前は聖女じゃない、魔女だ」って扱われたわけだけど。

 

 実際、先の撤退戦での白いジャンヌは非の打ち所がない聖女ぶりだった。黒い方もそうだ。怒りと憎しみをばらまきながら暴れまわる姿は魔女そのものだったと言っても過言じゃないだろう。

 そういう、善悪どっちにも突き抜けないと済まないような両極端さが、どっちにも突き抜けられない凡人の俺には共感しづらいだけなのかもしれない。

 

 だがいずれにせよ、白が味方である以上、黒はいずれ打ち倒されるだろう。おそらくは単なる悪役として。

 

 それは困る。だから俺はこうして自殺(シニモドリ)を試みることもなく牢に居続けている。 

 ここに来たのは偶然の結果だが、せっかくの機会なんだ。俺は、俺自身の中にあるそういうモヤモヤについて一度時間をとって考えてみたい。

 

 ……色々言ったが、結局一言でまとめれば。

 凡人の俺は、聖女(ホンモノ)になれなかったジャンヌ・ダルクの結末にこそ興味があるのだろう。

 




 というわけで、軽く主人公の設定を。どこにでもあるような青春の全能感とその挫折。

◆カネ(+マキジ):
 Fateシリーズより氷室鐘(と蒔寺楓)。たぶん本人。作中の発言はリアル聖人の限界突破した尊さに当てられてしまっただけで、別に腐ったりはしていない。投稿数年後に読み返し、二人称が原作と違うという話題を出そうとして忘れていたことに気がついた。これじゃあわざわざゲオルギウスと絡めた意味が無いじゃないか……。いつかどこかで触れると思う。きっとたぶん。
 総じて、普通に高校を卒業し、普通に大人になって、普通にゲームを遊んでいる人たち。思い出したように時々出てくると思われます。

『……ところで。カルデアで新たに召喚されたのがディルムッド・オディナだというのは本当なのか?』
「そう聞いてるけど。それが何か?」
『いや、別に何かって訳じゃあないんだが……』

 ちなみに前世はグラニアだとか。作中で出てきた占いによれば、の話ですが。


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1-12(後)

>>> [3/3] 立ち向かう者たち

 

 

 煌々と明るい、しかし蛍光灯に慣れた現代人からすればどこか頼りなく揺らめく灯りに照らされた幕舎の中で、十人ほどの男女が机を囲んでいる。ジュラから南に数十キロ、リヨンを臨むフランス王軍の陣の中央に建てられたものである。その骨組みを覆う布地には、青を基調にした金百合の紋が入っていた。

 フルール・ド・リス。

 シャルル7世および王族の大半を失った混乱のフランスにあって、今なお王家の紋が掲げられているのは、その陣にかつての救世主ラ・ピュセルが滞在しているからに他ならない。そして同時に、魔物が跋扈する異常事態の中で「正義は王軍にあり」と主張し兵らを鼓舞するための策でもあった。

 

 防柵と兵士らの宿舎によって幾重にも囲まれたその幕舎の最奥、上座に座するのはやや小柄な背丈の男。三白眼気味の大きな目と形の良い鼻。貴公子らしい風貌ではあるものの、どこか捉え所のない雰囲気を纏う彼こそは、当時のフランスの武官の中でも随一の大物である、フランス軍最高司令官アルテュール・ド・リッシュモン大元帥。フランス王家の剣とも言うべき存在である。

 

「では、此度の騒乱は(まこと)にジョルジュ・ド・ラ・トレムイユ筆頭侍従官殿の関与する所ではないと言うのだな?」

 

 リッシュモン大元帥が問う。言葉の先には、この陣へと招聘された復活の聖女、白きラ・ピュセル……ジャンヌ・ダルクの姿があった。

 

「はい。この異変は、(うつ)し世の政争や戦争とは明らかに本質を違えます。何か、恐ろしい陰謀が戦いの裏で渦巻いているのです」

 

 その証拠に、とジャンヌは言って、傍らに立つ青年と少女を紹介した。

 

「彼の名はリツカ、そして彼女がマシュ。遠き未来より魔女のもたらした殺戮を止めるべく訪れた、カルデアのプレイヤーたちです」

 

 ジャンヌの発言に応じて、リツカとマシュが頭を下げる。ともに、白地の上着を黒のベルトで止めた格好……カルデア制服を身に着けていた。顔貌、膚の色ともにフランス人からは見慣れぬ彼らだったが、

 

(見たことのない上等な仕立てに身を包んでいる。素性はともあれ、まず只者ではあるまい.........)

 

と、幕舎にいることを許された将官たちは無言でそれを見定めた。

 

「──ラ・ピュセル。貴女の口から突拍子もない言葉が出てくるのも懐かしく思うが……今の言葉に限っては皆目見当がつかない。陰謀とは何のことだ? 未来とは? 突然フランス各地に現れた謎の集団……【プレイヤー】を名乗る者共は、此度の騒動と一体何の関係がある?」

 

 リッシュモンは矢継ぎ早に質問を繰り出した。だが、そこにジャンヌの発言そのものを疑う様子は見せていない。むしろ、その言葉には彼女に教えを請うような響きすらある。

 リッシュモン大元帥。彼もまた、かつてジャンヌ・ダルクの旗と共にイングランドと戦った将の一人であり、オルレアン解放に続く『パテーの戦い』ではジャンヌと共闘することでフランスに大勝利の戦果をもたらしていた。ジル・ド・レェ元帥やラ・イール将軍に並ぶ、彼女の支持者なのである。

 

『ご説明いたしましょう』

 

 だが、彼の質問への答えは虚空から響いてきた。聞き覚えのない、女の声だった。

 

「何奴ッ!?」

 

 気色ばんだ将官の一人が剣の柄に手をかける。ジャンヌがそれを制止した。

 

『お初にお目にかかります。【人理継続保証機関カルデア】代表のオルガマリー・アニムスフィアと申します』

 

 虚空の声は続けてそう名乗る。魔術師。その言葉が、場の一同の脳裏に浮かんだ。1431年。未だ神秘の残滓が人々の中に残る時代である。聖女を信じるように、魔女を信じるように、魔術師という力ある存在を彼らはまだ信じていた。

 

 姿無き声は語る。この時代から600年弱を経た未来、西暦2015年に起きた地球規模の災厄。その原因が様々な時代に対する何者かの介入であることを。

 その何者かは死者を蘇らせる力を用い、古今東西の英雄たちを呼び起こし操っている。1431年のフランスを襲う魔女ジャンヌもその一人であり、その脅威に対抗するべく聖女ジャンヌが復活した。カルデアもまた、協力者【プレイヤー】を現地に送り込んで事態の調査解決を行っている……

 

「……にわかには信じがたい話だ」

 

 リッシュモンは傍らの将官に目を向ける。先程剣を抜こうとした男だ。

 

「貴公はどう考える。ラ・イール将軍殿」

 

 呼ばれた男……ラ・イールも困惑を露わにする。日に焼けた大柄の身体と猛禽の如き面構えが印象的な、屈強な男である。武勇凄まじき歴戦の将たる彼の経験をもってしても、やはり現状は奇怪に過ぎた。将軍は瞑目し、ややあって口を開く。

 

「──『事の真相』とやらがどうであれ、今このフランスを侵す魔物共、そしてその主犯たるオルレアンの魔女は倒さねばなりますまい。我らフランスの(つわもの)が魔性に膝を屈するなど、断じてあってはならぬことです」

 

 冷静に──努めて冷静に意見を述べるラ・イールの瞳の奥には、しかしその言葉に反して怒りの炎が燃えている。憤怒(ラ・イール)。本名をエティエンヌ・ド・ヴィニョルという将軍が渾名(あだな)で呼ばれるのは、その気性によるところが大きい。一言で言えば激情家、情に厚い漢とも言えようか。

 1431年当時。囚われのジャンヌ・ダルクを救出すべく軍を動かしていた彼は、しかし目的を果たせずイングランド軍に敗れ、彼女の処刑の日を自身も敵軍の牢獄の中で迎えていた。その後の魔物襲来の混乱に紛れて牢を抜け出した彼は、再びフランスのために剣を執っていたのである。

 

「最初に竜に喰われたのは、根無し草の傭兵どもでした。次に、守りの薄い集落がオルレアンを中心として次々に襲われていった。辛うじて生き延びた者たちは、今も市壁と薄屋根を心だよりに夜を過ごしている。我らの怒りは、まさに民草の怒りでもありましょう」

 

「……ふむ」

 

 リッシュモンはひとつ頷いて、一人の官を呼び寄せる。

 

「ジル・ド・レェ元帥をここに」

 

「はっ。──拘束は如何致しましょう」

 

「不要だ」

 

「ははっ」

 

 足早に幕舎を出て行く官を横目に、リッシュモンはその三白眼でジャンヌを見据えて言う。

 

「ラ・ピュセル。先の貴女の戦いにおいて……魔女方の巨竜と共に、異装に身を包んだジル・ド・レェ元帥の姿があったという。彼もまた、呼び起こされた者の一人と考えて良いのだろうか?」

 

「おそらくは。『私』が二人いるように、元帥もまた死後の魂を呼び起こされたのでしょう」

 

「…………信じよう」

 

 そして、声を落としてもう一度問いかけた。

 

「────ラ・ピュセル。貴女は……復讐を望んだのか? あの魔女のように?」

 

「…………わかりません。魔女は自分こそがジャンヌ・ダルクと言う。しかし、私には……復讐しようという意思など考えられないのです」

 

「……」

 

 ジャンヌの返答。しばらくの間、沈黙が場を包んだ。

 その場にいた誰もが、何と言っていいものか分かりかねたからである。

 

 そして数分が過ぎただろうか。束の間の沈黙を破るように、不意に外の空気が幕舎の中へと流れ込んだ。湿った夜気と共に現れたのは、青白い顔つきをした黒髪の騎士。血色の悪い肌とは対象的に、その両眼だけが強い意志を思わせる。

 

「ジル・ド・レェ、(まか)り越しました」

 

 当時のフランス宮廷を牛耳る文官の長、筆頭侍従官ジョルジュ・ド・ラ・トレムイユ──おそらく、フランスで最もジャンヌ・ダルクを煙たがっていた男──の派閥の有力者でありながら、同時にジャンヌ・ダルクの崇拝者でもあったジル・ド・レェ元帥。敵軍にその姿が見られたことから一時的に自身の幕舎へ軟禁されていた彼が、今再び軍議の場に呼び戻されたのだ。

 

「……久しいですね、ジル」

 

 ジャンヌの言葉に、ジル・ド・レェは目を見張る。彼女の来訪を、彼はまだ聞かされていなかった。驚きのまま彼は何事か口に出そうとして、果たせず、青ざめた唇だけが魚のようにパクパクと開閉した。ジャンヌは微笑んだ。

 

「また、目が飛び出しそうになっていますよ」

 

「──おォ、」

 

 限界まで見開かれた両目から、大粒の涙が水跡を残して(したた)り落ちる。ジル・ド・レェはそれさえ気づかぬ様子でふらふらとジャンヌのもとに歩み寄り、無言のまま(ひざまず)いた。不健康に伸びた長髪が横顔を覆い隠し、彼の表情は定かでないが……いずれにせよ、聖女は彼の手を取った。

 

「貴方に会えて嬉しく思います、ジル。けれど再会を祝う前に、私たちは為すべきことを為さねばなりません」

 

 ジル・ド・レェはただ頷き、頷き、涙を拭くこともなく立ち上がる。先ほどとは違う、しっかりとした足取りで用意された空席に向かい、腰を落とした。ガシャリと腰に携えた剣が音を立てる。ラ・イールが苦笑し、机の地図をバァンと大きく叩いた。

 

「これで役者が揃ったというわけだ! 神の(しもべ)たる我が軍の兵士らは意気軒昂、悪魔の手先の化物共をラ・ピュセルのご威光の下に滅ぼしてくれんと昂ぶっておる。飲まず食わずの動く死体に空飛ぶ竜、実際ちいと厄介だが、そこはそれ。連中は隊列も組まんし、籠城戦に肝要な一糸乱れぬ動きが出来るわけでもない。戦いようはありましょうな!」

 

 ことさら野太い大声を張り上げる将軍に、場の将官たちから笑いが漏れる。空気が変わった。リッシュモンはすかさず、カルデアの使いを名乗る男女と、その背後の虚空に目をやり言った。

 

「カルデアの人々よ。貴方がたにも我らの作戦へご協力いただきたい」

 

 若い男女はやや緊張した面持ちで頷き、そのまま軍議が始まった。

 ジャンヌ・ダルクの処刑に始まる異常事態。国王シャルル7世を失うという失態と敗戦の苦渋を舐めてきた軍人たちの胸にも、自然と反撃の時は近いという思いが強まりゆくのであった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 それから一時間ほどを経て。幕舎の中から二人の人影が現れる。

 

「ああ、本当緊張しちゃったなー……」

 

「お疲れ様です、先輩」

 

 言葉を交わし合う男女は、カルデアのリツカとマシュ。カルデアの名代として出席させられた会議は、これまでの人生を一般人として過ごしてきたリツカにとってなかなかに心労を伴うものだった。

 

「おう、戻ったな坊主」

 

 自身に割り当てられた宿舎へ向かう二人を、その玄関の横に立つ男が出迎える。背を壁に預ける楽そうな姿勢でありながら、きっと油断など微塵もしていないのだろう。男の名前はクー・フーリン。成り行きでリツカに同行している、彼の友人によって召喚されたサーヴァントである。

 

「ありがとう、待っててくれたんだ」

 

「いや、礼には及ばねぇよ。マスターに状況報告するついでだ。それもちょうど終わったところだったしな」

 

 どうやら、今の今まで彼はマスターであるリツカの友人と会話をしていたらしい。

 ……友人は未だ戻らない。死に戻りさえすればすぐにも前線へ復帰できるだろうに、なぜか自分からそうしようとはしないのだった。

 

「『シナリオが刺さるから』ってマスターは言ってたぜ。何のことかは知らんがね」

 

「クー・フーリンはそれでいいのか?」

 

 何の気なしに尋ねてみる。魔術師はニヤリと笑った。

 

「もちろん、良いとも。凡人以下の腕前で剣振り回させとくより余程有用ってもんだろう?」

 

「……有用?」

 

「そうさね。アンタらカルデアのプレイヤーがオルレアンに来てるだけでも1万以上いる中で、うちのマスターただ一人だけがオルレアンの牢獄に放り込まれたままでいる。その希少性だけでも、十分すぎるほどに価値があって役に立つっていうもんだ」

 

 東洋風に言うなら『奇貨居くべし』って奴だよな、とクー・フーリンは言う。なぜケルトの英雄が古代中国の(ことわざ)を知っているのだろうか。わざわざ問い質すようなことでもないのだろうが、何となくそんなことが気になった。

 

「ま、一応実益もある。敵さんにいつどんな情報を垂れ流したかを把握しておけば、それなりに対応ができるからな。年経た竜ならともかく、ワイバーンってのは大して頭の良い生き物じゃない。襲撃があることが分かっているなら……そうだな。飯の時間をずらすとか、戦いやすい場所で待ち受けるとか。それだけでも随分違うもんさ。なまじうちのマスターが話す情報が正しいだけに、敵さんとしても敢えて無視することは難しいって寸法だな」

 

 ……なるほど、とリツカは思う。言われてみれば、確かにワイバーンの襲撃は自分たちがサーヴァントたちやドクターとの会話に花を咲かせているタイミングで始まることが多かった。邪魔だ邪魔だとは思っていたけれど、逆に言えば会話をやめればすぐに対応できる状況だったとも言える。その裏ではそんな働きがあったのか。

 

「マスターはもう令呪を使っちまったしな。しばらくは思うようにさせてやってくれ。オレも単独行動は慣れてるし、相応の働きはするからよ」

 

「うん。頼りにさせてもらうよ」

 

 リツカは頷いた。自分たちとはまた違う主従関係だが、それなりに仲良くやっているようなのでなんとなく安心したのだった。

 

(……?)

 

 と、そこでクー・フーリンに何か違和感を覚え、リツカは目の前の魔術師の顔を怪訝そうな顔で見つめる。何故か、彼の顔が誰かに似ている気がしたのだ。

 

「先輩?」

 

 マシュが声をかけた。ああ、うん、と生返事を返したところで、その既視感の正体に思い至る。

 

「……あ、わかった。リッシュモン大元帥だ」

 

 先程まで場を共にしていた大貴族の顔つきに、どこか彼の顔貌を思わせるところがあった。

 なるほど、とスッキリした心持ちで隣を見れば、そこにはどこか不満げな表情のマシュの顔がある。赤みを帯びたほっぺたが軽く膨らんでいた。突然上の空になり勝手に自己解決したのがお気に召さなかったらしい。リツカが今の気づきを二人に話すと、クー・フーリンは訳知り顔で頷いた。

 

「ああ。そりゃあ、アレだ。あの殿さんに俺と同じケルトの血が流れてるんだろう。百年もゴタゴタが続けば、国の間で血が混じりもする」

 

「そうなんですか? むむ、勉強不足だったようです……」

 

「しかし、ケルト(ブリテン)の血を引くアルテュール(アーサー)か。また妙な縁もあったもんだな。……ま、いいさ。オレはもう休む。お前らも冷えねェうちに部屋に戻れよ」

 

 そう言って、クー・フーリンは宿舎の中へと消えていく。マリーさん……マリー・アントワネット王妃とアマデウスも中にいるはずだが、特に物音はしない。もう眠ってしまったのだろうか。

 そんなことを思いながらクー・フーリンを見送るリツカの背に、ひたりと冷たい何かが触れた。

 

「うぁっ!?」

 

 リツカは思わず飛び上がった。マシュと二人、息を合わせたように振り返る。

 

「ああ、安珍様(マスター)、申し訳ありません。驚かせようとしたわけではないのですよ?」

 

「……清姫」

 

安珍様(マスター)をお待ちしていたら、夜気で指先が冷えてしまって。ええ、でも、もう大丈夫。現にこうしてお顔を拝見しているだけで、なんだか体の芯から熱くなってくるような──」

 

 予想に違わず、振り向いた先にいたのはリツカのもう一人のサーヴァント清姫だった。ほら、と言いながらリツカの手を取った彼女の指先は、さっきの冷え切ったそれとは違い、まるでカイロでも使ったような熱を帯びている。

 リツカは内心コメントに困り、とりあえず、なんとなくその手を強く握り返してみた。

 

「あぁっ! そんなに強く求められたら、わたくし……!」

 

「せ、先輩!?」

 

 清姫の声のオクターブが一つ跳ね上がる。握り合わせた指が途端にボウ、と熱を孕んだ。マシュは自分の両手を見つめ、激しく(こす)り合わせようとして……そこで捕食体制に入った清姫の姿に気付き、バッと二人の間へ割って入った。

 

「ああっ」

 

「清姫さん、先輩を困らせてはいけませんよ?」

 

 マシュは穏やかな口調で彼女を引き離してたしなめ、清姫も名残惜しそうにその手を引っ込める。

 

「……」

 

 その様子を見ながら、リツカは二人の関係の変化を思う。

 最初、清姫に連れ去られた自分を追ってきた時のマシュは、それはもう見たこともない取り乱し様だった。勿論その乱心ぶりは友人とクー・フーリンが仕掛けた【魅了】のルーンに因るところが大きいのだろうけど、後に友人に聞いたところでは知らせを受けた瞬間のマシュもやはり相当に狼狽したのだという。

 実際、追いついたマシュは清姫相手に実力行使で挑みかかった。清姫も普通に応戦する気満々だったし、今にして思えば、こうして丸く収まったのが奇跡のような結果だろう。

 

(……それが、今では)

 

 リツカの目の前で愛情とか淑女の(たしな)みとかについて語り合う二人の少女は、少なくとも険悪な関係には思われない。かつてマシュは、その辺りのことを心配したリツカにこう告げた。

 

『先輩の身をお守りすることについては誰にも譲る気はありませんが……やはり、戦力的に言ってわたしが攻め手に欠けるのは事実ですから。バーサーカークラスの清姫さんなら、その欠点を補えます。価値観を全て共有できるわけではないですが、先輩を大切に思っているのは間違いないですし。一緒に、先輩のご活躍を支えようということになったんですよ』

 

 そう言って、清姫と二人して笑う。

 その笑みは、きっと混じり気のない純粋なもので。だから、リツカは深く追求することをしなかった。

 

 どのみち、今は目の前に立ち向かうべき敵がいるのだ。

 オルガマリー所長やドクター・ロマンは勝てる戦いだと激励する。

 フランス軍の人たちも、大いに戦意を見せていた。今頃は幕舎に残ったジャンヌを前にお酒でも酌み交わしているのだろう。

 ……それでも、やはりあのファヴニールの威容を思えば不安が残る。

 

『竜殺しを探しなさい。戦いで傷ついた彼はリヨンに身を潜めている』

 

 軍に合流する前の晩。生放送の少し後でリツカたちを襲撃してきたサーヴァントは、戦いに敗れた後そう言い残して消滅した。

 聖女マルタ。

 特異点の破壊に寄与するサーヴァントの多くは、魔女の持つ聖杯の力でその理性を狂わされているのだという。それでも彼女は強い意志で抗い、ファヴニールを倒すための切り札を残してくれた。その気持ちには、なんとかして報いなければならないと思っていた。

 

「……リヨンへ」

 

 明日、フランス軍によるリヨンへの本格的な攻撃が始まる。一刻も早く街を支配するサーヴァントを撃退し、竜殺しを救い出さなければならない。

 深い闇を透かすように、リツカの視線は彼方のリヨンを見据えていた。

 




 10月末に没ったのが、この時点でのカルデアサイドの裏話でした。
 ライネス&ディルムッドのその後とか、オルガマリーが「神秘の秘匿? 国中にワイバーンと死体(アンデッド)が溢れてる時点で秘匿も何もないでしょう!?」ってキレる話とか、あと全然お出しできてない設定ネタとか……あまりにも冗長すぎたので。
 オルレアン編が終わった辺りで適当に改稿し、幕間にでもする予定です。


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1-13(前)

>>>> [0/4] インターミッション

 

 クー・フーリン語りて曰く。

 

 一、『FGO』のメインシナリオは、7つの特異点(ステージ)を巡る戦いである。

 ニ、各特異点の修復(クリア)条件は、異変の元凶である【聖杯】の回収を以て達成される。

 三、敗北条件は特異点の修復失敗、または事態の完全解決前に2017年1月1日を迎えること。

 

 ……なるほどなー。それで、なんで俺はそれをお前から聞いてるの?

 

『アンタ、ずっと牢屋に閉じこもってるからカルデアに招集できないって魔術師の嬢ちゃんが困ってたからよ。代わりにオレから事情を伝えとくって申し出たのさ』

 

 ああ、そうなんだ。

 以前オルガが言ってた、レイシフト適性持ちとやらを対象にした説明会の話かな。情報公開対象を絞ったのは敗北条件が含まれるから? タイムリミットがあるなんてのは初めて聞く話だ。

 それに、このフランスと同じ規模の特異点が後6つあるってのは実際相当なボリュームだろう。今ちょうど8月下旬に差し掛かったとこだから、あと1年4ヶ月くらい? 1特異点あたり2ヶ月ちょいのペースで攻略できれば間に合うって話になるが……

 

『ちなみに次の特異点はもう特定されてるらしいぜ。1世紀のローマ帝国だ』

 

「クソ制作氏ねバーカ!」

 

 俺は臆面もなく叫んだ。牢番ワイバーンが何事かとばかりに俺を見るので中指を立ててやる。

 ローマ帝国って言ったら、あの、アレだろ? だいたいヨーロッパじゃねぇか。同じようなノリでアフリカ大陸編とか北アメリカ大陸編とかお出しされたら、そんなんフィールド歩いてるだけでタイムリミットまっしぐらだわ!

 

『オレはむしろ例外的な規模と見るがね。ま、そういう先々のことも考えて、カルデアはさっさと攻略を進めたいみたいだぜ』

 

「……やっぱり、俺は戻ったほうがいいってか?」

 

『んなこと気にする必要ねェよ。単独行動なら慣れてる。こっちは適当にやっとくから、アンタはアンタで楽しむといい。折角の"ゲーム"なんだしな』

 

 ……お前、意外に気配りのできる奴だったのね。

 じゃあお言葉に甘えさせてもらうけど。……あ、そういえば俺ってときどき尋問されてるんだけど、もしさっきの話とか聞かれても秘密にしといた方がいいのかな?

 

『……いや? 別にいいんじゃねえの? アンタにゃまだ一番ヤバイ話はしてねェし』

 

 クー・フーリンは悪びれもせずにそう言った。

 ……お前、マジで気配りの達人だな。NPCの心遣いで泣きたくなるわ。俺だけ情報フィルタリング掛けられてるってどういうことなの。俺は携帯持ったばっかの子どもかよ。そしてお前は俺のお母さんかよ。ちょっと過保護すぎじゃない?

 

『知ったら多分、今ほどこのゲームを楽しめなくなるぜ。それで良いなら教えてやるがね』

 

 あ、じゃあいいです。あんまり運営会社(カルデア)の黒い裏話とか聞きたくないし。

 

『ま、本当に必要になったら伝えるさ。オレの見るところじゃ、アンタが自分で辿り着くほうがきっと早いだろうがな……』

 

 クー・フーリンは小さく笑いながら意味深なことを言う。

 変なフラグを立てられるのは嫌だったので、俺は早々に会話を打ち切った。

 

 

 

>>>> [1/4] その夜、怪談。

 

 

『──この特異点において、運営(カルデア)が用意したプレイヤーの初期地点が北東のヴォークルール、南東のマルセイユ、南西のボルドーの3つしかないことを疑問に思ったことはないだろうか?

 北西部……キーキャラクターであるジャンヌ・ダルクが処刑された都市ルーアンを含むブルターニュ地域一帯が、シナリオに関わる気配がないのは何故なのかと。

 

 人間は合理性の生き物だ。不思議や不合理があれば、そこに理由を求める。我々検証班などはその最たるものだが……そう、これは私の知り合いのプレイヤーの話だよ。

 

 彼は──そうだな、名前を仮に【アドル】とでもしておこう──検証勢にしては珍しく戦闘力のある彼は、特異点攻略開始から程なくして、フランス北西地域を目指して旅立った。押し寄せる魔物たちを時に蹴散らし、時に避け、とうとう大西洋を臨むフランス西岸シザン岬へと辿り着く。

 

 そこには、小さな漁村があったそうだ。

 濃い霧に囲まれ、遠目に建ち並ぶ家々も白く霞んで見える集落だったという。

 日も落ちかけていたのでアドルはその村で一夜の宿を借り、海に面した部屋のベッドで眠りに就こうとした。だが、寂れた村だからだろうか。あまりに周囲が静かなのでなかなか眠ることが出来ず、しばらくベッドの上で目を閉じてじっとしていたそうだ。

 

 ……そのまま、何時間が過ぎただろうか。ふと、部屋の窓を叩く音がした。

 さては魔物かと手元の武器を引き寄せて窓を開けば、昼間の霧は嘘のように晴れ渡り、暗い海を照らすように大きな満月が冴え冴えと青い光を放っていた。……そんなにも月が綺麗な夜を、アドルは初めて見たという。

 そして、気づく。何者かに叩かれたはずの窓の先には、足跡一つ無い無人の浜辺が広がっているだけだということに。

 アドルは気味が悪くなり……音の正体を確かめようと、窓からこっそり外に出た。そして海に向かって歩いていくと、そこに、小さな船があったという。

 

「乗れ」

 

 次の瞬間、耳元で、低い声がそう囁いた──』

 

 

『ピャアアァッ!!!!』

 

「うるせぇ!?」

 

 

 ◆◇◆

 

 

 クッソ甲高い鳴き声を脳髄へダイレクトに叩き込まれて、俺は思わず怒りの声を上げていた。

 

 夜も更けに更け、もはや明け方も近いこの時間。現在開催されているのは、知人プレイヤー有志による怪談の集い。その名も【本当にあった怖い話 in FGO】だ。パーティチャット機能を援用したこの会合では、参加者同士が事前にパーティ申請を済ませた上で、毎回決められたテーマに沿った実話怪談を一ネタずつ持ち寄ることになっている。今回のテーマは『オルレアンであった怖い話』。新エリア攻略も進みつつある今が旬のテーマと言えるだろう。

 そして今日紹介されたのは、「夜中に青銅のヴィーナス像を地面に埋めている謎のNPC集団」「ある墓地のそばを通過すると声が出なくなる怪現象」「フランスで無人の荒野を歩いていると、突然矢の雨が振ってきてハリネズミにされる話」等々……

 

 戦争中の時代だからか、やたら物騒なネタのオンパレードであった。

 

 ちなみに今話しているのはカネさんね。鳴き声を上げたのは……いや、これもうオクターブ跳ね上がりすぎて元の声が誰だか分かんねぇな。

 幻想ホラーな雰囲気を悲鳴で吹っ飛ばされたカネさんは軽く咳払いして、再び話を続けた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

『続きを話していいか? 続けるぞ。

 

 ……アドルは言われるままに船を海へと押し出し、(かい)を漕いだ。姿無き声が恐ろしかったのもあるが、なにより、暗い海面にぼんやりと映る月の光が水底の灯火のように見えて奇妙に心を惹かれたのだという。

 

 静かな海にぎぃ、ぎぃ、と櫂が鳴る。誰も乗っていないはずの舟はなぜか海面ギリギリまで沈み込み、しかし船足は妙に軽い。滑るように進んでいく舟は、やがて小さな島にたどり着いた。ゆっくり、岩場を抜けた先にある洞窟の中へと入り込んでいく。

 ……突然。不意に舟が止まり、動かなくなった。アドルは驚く。

 そこで、先程の低い声が再び響いたそうだ。

 

「【■■■ ■■】……【■■■■■ ■■■■】……【■■■ ■■■■】……」

 

 声が読み上げるのは、なぜか日本語。それも、日本人の名前ばかりだったという。

 アドルにとっては知らない名前だ。だが、海辺の洞窟の奥へと続く深い闇の底から抑揚のない声で読み上げられ続ける人名は、聞く者の背筋を無性にゾクゾクと泡立たせる不気味さがあった。

 

 舟は動かず、逃げることは出来ない。

 そのまま数分も聞いていただろうか。ふと声が止んだ。

 おや、と思って洞窟の奥を見やった瞬間。

 

 ……ヒヤリとした手の感触が、彼の顔面を掴んだという。

 

 その手はぐっしょりと濡れていて、塩っぽさのある湿り気をアドルに擦り付けた。

 

「【■■■■ ■■■■】──本日のお客様は、この方々です」

 

 その声を聞いた瞬間、アドルは(これ以上ここに居てはいけない)と、そう強く思った。

 一刻も早く離れなければ。アドルは、櫂を両手に掴んで力の限り元来た方へと漕ぎやった。先ほどとは違い、舟の櫂は嘘のように重い。波もない洞窟の中なのに、舟がやたらに揺れて振り落とされそうになる。

 まるで今まで舟を沈み込ませていた「ナニカ」が、舟の上を暴れ回っているように。

 

「【瞬間強化】ッ! 【瞬間強化】ッ! 【瞬間強化】ッ!」

 

 スキルのCT(チャージタイム)を待つ暇も惜しく、怒鳴り散らすように叫びながら逃げ帰ってきたそうだ。

 

 そして元の海岸に辿りつくと、夜の月明かりの中を走り、走り、走ってその村を逃げ出して、最後には偶然出くわしたワイバーンに喰われて死んだという。

 

「あれほどワイバーンに会ってホッとしたのは初めてだ」

 

 彼は私に、そう言っていたよ。

 

 ……ああ、島の声が最後に何と言ったのかって?

 

 ────アドル氏の、現実の本名さ。ゲーム中では誰にも知らせたことがなかったそうだ。

 

 きっとあの舟には、名前を呼ばれた人間たちの魂が乗っていたのだろうね。アドルは魂の運び屋に選ばれたというわけだ。もしそのまま島にとどまっていたなら……一体どうなっていたことか。

 

 運営があえて注目させようとしなかった特異点の未踏地区。そこにこそ、未だゲームに落とし込まれていない本当の恐怖が残されているのかもしれないな……』

 

 

 ◆◇◆

 

 

『ふぅー、少し長くなってしまったな。ご清聴感謝する』

 

『乙ー。面白かったよ』

 

『えぇ、ちょっと地味すぎない? 個人的にはもう少しパンチが欲しかったなあ』

 

「そこはホラ、実話怪談ってそういう尻切れトンボ感を楽しむみたいなとこあるし……」

 

『だったら月刊ムーみたいなオチやめろよ! ホラーとオカルトは別ジャンルだろ!?』

 

 長広舌を終えてお疲れ気味のカネさんを横に、我々会員達は彼女の話の品評を口々に述べていく。

 

『……いや待って。まず今の話って有名な都市伝説のパクリやん』

 

 おっと。空気を読めない品評マンがいたようだな?

 

『パクリ?』

 

『ほら、【NNN臨時放送】って……聞いたことない? 放送終了後のテレビ見てたら突然ゴミ捨て場の映像をバックに大量の名前が流れ出して、最後に「明日の犠牲者はこの方々です。おやすみなさい」って言って消えるやつ』

 

『あー、聞いたことあるかも』

 

『……あの、放送終了って何ですか?』

 

『えっ』

 

『えっ?』

 

 ……コホン。データ放送ネイティブと思しきプレイヤーの発言に混沌とする場を横に、俺はカネさんに呼びかける。

 言われてみれば、テレビ番組が島になっただけで構成はほぼ同じだよな。その辺どうなんですかね、誤軍師殿?

 

『っ……た、確かにそのネタは私も知っていたが! そしてちょっぴり話を盛ったのも事実だが! 基本的にはアドル本人に聞いたままの実話だぞ! というかパクるならパクるで、もう少し分からないように改変するに決まっているだろう!』

 

 ガオー、とカネさんは吠えた。ま、そりゃそうだ。ゲームの中でまで怪談やろうなんて物好きなら、大概押さえてそうなネタである。俺だって聞いたことくらいはあったわけだしな。

 

『フランスの土地で日本人の名前を呼ばれるっていうのもなあ。どうせだったら百年戦争で死んだ亡霊たちとかの方が怖かったと思うんだけど』

 

『そもそもその島は何なんだ? 魂を運び込ませてどうしようというのか』

 

『設定から謎すぎるよね』

 

 そうだよなあ。島、謎の島……

 

 

(────【イース】、ではないでしょうか?)

 

 

 そのとき。そんな囁きが、どこかで聞こえた気がした。

 ん、イース? イースってなんだ? チャットを見れば、そっちでもイースの名前が上がっているようだ。タイミングの良いことだが……

 

 ……。

 ……。

 

 ……続きが来ねぇ。おい発言者、話すなら話すでちゃんと最後まで話せよ。

 

『お前が話すんだよこのリハク野郎!』

 

「え、俺!?」

 

『お前以外に誰が話すんだすぎる……』

 

「みんなちょっと冷たくない? 傷つくんですけどー」

 

 突然みんなに責められた俺は、何か失言したっけとログを漁る。……失言はなかった。だが、確かにチャットの中で【イース】の名前を出していたのは俺だった。

 えー。俺、そんなこと言ったかなあ? 全く記憶にねぇよ。これが無意識ってやつなのか?

 

「イースってのはさぁ」

 

 あ、でも頭の中にふわっとイースの知識が浮かんできたぞ。どこかで聞いたことがあったのかもしれねえな。俺の封印された記憶が今蘇るって寸法だ。さっきの内なる声は、その前フリだったに違いねぇ。まさかこんなダベリが覚醒イベントだったとは、この俺の目をもってしても見抜けなかったわい。

 

「イースってのは、昔フランスのあたりに伝わってた伝説の海の都でさ。

 大洪水に巻き込まれて、【ダユー】っていう浪費家のお姫様と一緒に海の底に沈んだんだけど、海底で今も地上と同じ姿のまま存続してるとかいう話でな。死後の世界とか、常若の国……理想郷みたいな扱いを受けたりもする。

 死人の魂の行き先としちゃ、まあ妥当なんじゃねぇのかな」

 

『へぇー』

 

『……君が知っているとは意外だったな』

 

 カネさんが俺にそう言った。向こうは最初からこの推論に辿り着いていたらしい。

 

『もしアドル氏がそのまま島に留まっていたら、イースの住人になれたのかもしれないな。

 ……まあ、舟に乗っていたらしい魂たちはともかく、まだ生きているアドル氏の名前が呼ばれたっていうのは少しばかり不可解だがね』

 

 …………まだ生きている? 彼女のその言葉に、何か疑問を覚えたような気が──

 

『じゃ、次は……あ、またまたリハク先生の番じゃないですかぁ』

 

 ──俺?

 呼びかけに思考を中断された俺は、何を話そうとしていたか温めていたネタを思い出す。

 意識を逸らした一瞬に、覚えたはずの疑問は霧散した。いかん、集中力が乱れている。こういう話をするときは没入感が大事だからな。余計なことを考えてる余裕なんてありゃしない。

 

「オッケー。じゃあ、取っておきのネタを出しちゃうぜ。題して、【廃村の瓦礫の量を数えると、破壊された建物から推測される瓦礫量よりも遥かに多い件】」

 

 手元資料として廃村のスクショ画像を送信しながら話し始めようとした。

 そのとき。

 

 ギギギ、と頭上で重いものが軋むような音がした。次いで、暗い牢屋の奥、長く続く石造りの廊下の先から徐々に光が漏れ込んでくる。地下牢の入り口が開いたのだろう。

 ……こんな時間に珍しい。どうやら見回りが来たみたいだな。

 

「あー、すまない。牢屋に誰か来たっぽい。今の話はまたの機会にさせてもらうわ」

 

『しゃあなしやね』

 

『次回の開催日決まったら連絡するねー』

 

『では、折角なので私が代わりに彼の送ってくれた写真を使って話をするとしよう。タイトルは、そうだな。彼を踏襲して【廃墟の探索をしていると、どんなに警戒していても死者(アンデッド)から奇襲される件】とでもしておこうかな』

 

 監視の来訪に備えてチャットを辞する俺を放って、奴らは次の話題を弾ませる。俺の跡を引き継いだのはカナメ氏だ。お前、こんなところで油売ってていいのかよ。

 

 

 

>>>> [2/4] 別れの言葉

 

 

 カツンカツンと響く硬い足音が、冷たい石床を伝って近づいてくる。

 

 この足音は仮面女のものだ。

 いつまでも仮面女って呼ぶのもどうかと思ったので名前を聞いたところ【カーミラ】だと言っていたが、それをチャットで話したところ、リーク相手のオルガはなぜだか否定的だった。曰く、サーヴァントというのは一般的に自分の名前を積極的に明かさないものらしい。弱点を突かれないように、との理由らしいが。

 

 ……その割には堂々名乗ってるのもいましたけど、その辺どう思ってるんですかねぇ。

 まあ、アキレウスのアキレス腱じゃあるまいし、普通の人間英雄にとっては弱点も何もないのだろう。肉体的に逸脱した存在でもない限り、白木の杭で心臓を貫かれたら普通に死ぬし、唾を塗りつけた矢で眉間を射抜かれてもやっぱり死ぬ。人間は(もろ)い。だからあまりいじめるな……。

 

(……十歩!)

 

 と、足音が牢から十歩のところまで来たので俺はそっちを振り向いた。青白い顔と目元を隠す仮面が薄闇に浮かぶ。大正解だ。

 

「尋問よ。さっさと出なさい」

 

 そう言って、カーミラはガチャリと牢の扉を開けた。今日は何を話してやろうか。さっきのイースの話でも振ってみるかね? 頭のなかで構成を組み立てつつ俺はぬるりと牢の外に出る。やはりヨーロッパネタや医学ネタは奴らの受けが良いのである。

 囚人の身分である俺だが、手枷足枷の類はない。そんな物があろうがなかろうが、サーヴァントの圧倒的身体能力の前じゃ大きな違いはないからだ。尋問にはいまいちやる気の見えないカーミラ&サンソンペアではあるが、最低限の仕事だけはきっちりやっている。根が真面目なタイプなのかしらん。

 

 ──彼ら二人は、互いの『待ち人』の訪れをこのオルレアンで待っているのだという。

 

 俺が積極的に殺されずにいるのは、俺の伝える胡乱な情報群の中にその待ち人とやらの所在が含まれているからという理由もあるらしかった。サンソンの姿はここ数日見てないが、案外もう待ち人に会う算段がついたのかもな。

 

「……あれ? 曲がるところ違くないです?」

 

「黙って歩きなさい」

 

 いつもの拷問室へ向かう途中、カーミラは一度も通ったことのない道に通じる角を曲がった。そして更にひとつ、ふたつと突き当りの角を曲がり、階段を登れば、とたんに豪華な内装が見えてくる。我が物顔にうろついているワイバーンさえいなければ、立派に貴族の邸宅という感じ。

 

 俺を先導するカーミラは鬱陶しげにワイバーンを躱して歩き、後ろの俺も気まぐれ的に齧られないよう心もち足音を殺して彼女に続く。そしてまたしばらく進むと、やがて大きな扉に行き着いた。背後に立つ俺を振り返りもせず、彼女は言う。

 

「ひとつだけ忠告、いつもの無駄口は控えなさいね。いまさら死にたくはないでしょう?」

 

「そりゃ、まあ」

 

 ご忠告どうも。

 開け放たれた扉の奥には、巨大な机に広げられた地図らしき紙。その傍らに立つ、見覚えのある二人……いや、三人のサーヴァント。魔女ジャンヌとジル・ド・レェ。そして壁際に立つシュヴァリエ・デオンさんの姿があった。

 

「連れてきたわよ」

 

「そう。では、そこに置いて退出なさい」

 

「……」

 

 カーミラは俺をその部屋に残し、無言で退出しようとする。それを、再び魔女が呼び止めた。

 

「ああ、いえ。待ちなさい。貴女には出撃を命じようと思っていたのでした」

 

「……出撃?」

 

 カーミラの声が、剣呑な響きを帯びている。

 

「そう。ヴラドIII世を屠ったゲオルギウスが、プレイヤーを率いてオルレアンに迫っています。貴女はその足止めに向かいなさい」

 

「……あの護国の槍が敵わなかったサーヴァントを相手に、私一人で戦えと?」

 

「ワイバーンは好きなだけ連れて行って構いません。敵の殺害も期待しません。貴女に期待するのは、敵軍のオルレアンへの到達を遅滞させる時間稼ぎ……それだけです」

 

「……」

 

「悪い話ではありません。だってそうでしょう? その一行には、貴女が待ちわびてならない【エリザベート・バートリー】が同行しているそうですから」

 

 悪い話ではない、と言いながらも魔女は邪悪に笑う。エリちゃんがプレイヤー集団に同行してるってのは俺が流した情報だ。間違いなく事実ではあるが……そいつは要するに、サーヴァント二人を相手しろって話だろ? しかも一方はサーヴァントとタイマンで勝てる聖騎士だ。その命令は、カーミラへ死にに行けと言っているのに等しい。

 

「……わかったわ。準備ができたら出撃します」

 

 だが、カーミラは迷うこともなく頷いた。最後にちらりと俺を見る。あ、これもう会えねぇやつだ。離別イベントの気配を察した俺が惜別の言葉を贈ろうかと思った矢先、

 

「彼の帰りの心配は不要です」

 

「そう?」

 

 魔女がそう言ったので、カーミラはそのまま退出していった。その場に残された俺の口の中で、音にならなかった言葉を紡ごうとした舌が空回る。

 

 その、なんだ。短い付き合いだったが、お達者で。

 

 ──次に彼女の姿を見るのは、動画の中になるんだろうな。

 

 おそらくそれは、南西から攻め上がるプレイヤー共によって撮影されるサーヴァント討伐動画だ。そう、ヴラドIII世と同じように……。

 

 俺はヴラドIII世を知らないから以前の動画には特に思うところもなかったが、敵にだってこうして人格みたいなものも個別の事情だってあるわけで。たぶん彼女の撃破動画を見た俺は、素直に敵の消滅を喜ぶというわけにはいかないんだろう。それは仕方のないことだ。それに、エリザベート・バートリー。さっきの話からするにカーミラの『待ち人』の正体は彼女だったんだろうが、結局その間にある因縁だって俺が知ることはなかった。

 

 ゲームを進め様々なイベントを発生させていくほどに、それと同じくらい様々なイベントたちが取りこぼされていく。オンラインゲームにリセットボタンはないし、時が戻ることも(滅多に)ない。

 だから、VRMMOのプレイヤーは誰しもゲーム体験をよりリアルに感じようとするのと同時に、どこかで「これはゲームなんだ」と線引きすることを要求される。それが出来ないやつはこのゲームに向いてないし、続かない。逆に言えば今残っているプレイヤー共っていうのは、そういう割り切りを一年半近くに渡って続けてきた連中でもあるわけで……。

 

「では、ジャンヌ。私は魔物らへの指示がありますので、これで失礼しますぞ」

 

 そんなことを考えながらぼうっとしている俺の横を、ジル・ド・レェの暗いローブが通り過ぎていく。一拍遅れて、ローブに染み込んでいたらしい鉄みたいな血の臭気が鼻をついた。その姿を無意識に追って振り返った俺の鼻先で、元来た大扉が硬い音を立てて閉められた。

 

 俺は緩慢に顔を振り戻して魔女を見る。何が不機嫌なのか、魔女は俺を強く睨みつけていた。壁の花と化したデオンさんは無表情を崩さない。

 

 ……。気まずい雰囲気だ。

 

 緊張に耐えかねた俺は、部屋の雰囲気を和ませるべく商人的(ビジネスライク)にヘラリと笑った。「変なことを言うと殺される」。カーミラ、俺はアンタの忠告をちゃんと覚えてるぜ。だから、さっと両手を胸の前に出し、揉むように握り合わせることで己の無害さをアピールすることも忘れない。へらへら。もみもみ。口を開く。

 

「へへっ。それで、この俺に何の御用で……?」

 

「……」

 

 完璧な人畜無害ぶりを発揮した俺に、魔女サマはただ虫を見るような視線をくれたのだった。

 




 連続更新はあと2回です。
 更新一回分を割くほどの内容じゃないけど、わいはイースの話がしたかったんや……。

◆イース
 海賊公女ダユーが支配する伝説の都。イースの大いなる種族(クトゥルフ神話)とは特に関係ない。『FGO』はゲームの皮を被った現実(過去)なので、その時代に起きてたオカルト現象は特異点要素と無関係に襲ってきたり。
 プレイヤー【アドル】は『Ys(イース)』シリーズの主人公から。たぶん赤毛キャラ。

◆シュヴァリエ・デオン:
 バーサーク・セイバー。主人公から見ると割とまともっぽく見えますが、きっちり狂化は受けています。本格的な出番は次回から。本作オルレアン編に登場するキャラクターの中でも、たぶん一番狂ってる……。


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1-13(中)

──重要なのは正しさではない。王が面白がるかどうかだ。
    (引用元:【不夜城のキャスター】マテリアル)


>>>> [3/4] 虚構推理-騙り部(かたりべ)のキャスター ①

 

 牢屋から呼び出された先に待っていたのは、魔女たちが控える謎の部屋だった。

 

 奥の壁には魔女の竜旗が掲げられ、部屋のあちらこちらに大量の紙の山が積み上げられている。中央に据えられた大机には巨大な地図が広げられていて、その精密さが俺の目を惹いた。

 地図上に置かれた大小様々な石片は赤青2色に塗り分けられていて、地図上のインクと合わせて奇妙な模様を形作っている。中央部から伸びるように青い石が多くあり、逆に赤い石は地図の端側三方から中央に向かって伸びつつあった。

 

 ……そこまで見れば、俺にだってこの場所の正体はわかる。ここは軍議室的な部屋なんだろう。

 

 地図上の青が魔女率いる竜の軍。赤は俺たちプレイヤーを含めた反抗勢力ということか。無表情で直立不動の姿勢を保つデオンさんはさておき、魔女ジャンヌの方はどうにも苛立っているように見受けられる。なるほど、我らがプレイヤー軍は意外と彼らの手を焼かせているらしい。中々やるじゃない。特に戦線へ貢献していない俺はそんな感想を心のなかで呟いた。

 

 というか、まあ。地図を見る限り、最も彼らに面倒を強いているのはプレイヤーの散らばり具合なんだろう。

 さっきの地図と小石の配置、どっかで見たと思ったらあれだ。K○EIの歴史シミュレーションとかで時々起こる、天下統一まであとちょっとというタイミングで四方から異民族に攻め込まれたときみたいな状況だ。戦力はともかく多方面戦線を強いられるのでひたすらに面倒くさい。かと言って適当に対応すると普通に返り討ちにされるので、嫌がらせ特化みたいな連中だ。つまりWe Are 蛮族。We Are 異民族。……その通りすぎて返す言葉もありゃしねえ。

 

 で、まあ。そんな戦況下で俺が呼び出される理由が何かと言えば。

 

「ヴラドIII世と聖女マルタが敗れ、リヨンが陥落の危機にある。アサシンとバーサーカーを差し向けはしましたが、そう長くは保たないでしょう。……侮っているつもりはなかったのですけれど、ええ。あなた達は、実に奮闘したと言えるのでしょうね。

 ──しかし。

 なぜ、フランス人でもないあなた達は、こんな国を救うために戦おうというのです?」

 

 それは、尋問か、あるいは交渉だ。

 今更言うのも何だけど、これ、俺一人でこなしちゃって良いイベントなのかしら? 俺はカルデアの気配を探る。特に何も無いようだ。全権委任かな? やったね! 一応のログ代わりにと動画を撮影しながら、俺は率直なる意見を述べた。

 

「まあ、それが運営(カルデア)の意向だからな。仕方ないね」

 

 魔女は傍らの椅子の背を引いて腰掛ける。あ、俺も座っていいです? 駄目? あ、はい。そうですか。じゃあ立ってますけども。

 

「……21世紀人、と言いましたね。なるほど。確かにフランスが滅びるか否かがジルの言うとおり人理定礎とやらであるならば、未来に生きるあなた達にとっても決死の戦いと言うべきものですか──」

 

 ジンリテイソ?

 突然、聞き覚えのない言葉が出てきたな。やっぱこれ今起こしちゃ駄目なイベントなのでは……? しかし逡巡する俺を待つほど状況はヌルくなかった。魔女が言う。

 

「こうして呼び出したのは、他でもありません。あなたの情報は正確であり、虚言はなかった。その一点においてのみ私はあなたを評価する。例えそれが、二重スパイの真似事であったとしても」

 

 しゃりん、と涼やかな音が響いて彼女の腰の剣が引き抜かれた。

 魔女はその剣先を俺に突きつける。

 

「あなたはプレイヤーの情報を我らに伝え、同時に我らの情報をプレイヤーたちへと差し出してきた。それ自体は戦場の常、別にどうということはありません。しかし、それももう終わりです。あなたの尋問に割く人員は既になく、戦局は私とファヴニールが自ら各地の抵抗者たちを潰して回らねばならぬ状況となった。だから、最後に──」

 

 剣を持つ魔女の右手に嵌められた篭手から、赤黒い炎がジワリと滲み出す。それは剣の柄を伝い、刃先へ伸び、彼女の剣全体を覆い尽くした。

 

(ナラク・ファイア……!)

 

 俺は戦慄する。あれは、古事記とかに記されているらしい不浄の炎だ。アニメで見た……!

 

「──最後に我が憎悪をその身に浴びて、獄炎に焼かれる苦しみを同胞に伝えなさいッ!」

 

 咄嗟に壁際のデオンさんを見やる。が、止める気配ゼロっ……! 孤立無援っ……! 

 

「我が憎しみ、我が恨み、思い知ってもらいましょうか。──『これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮……』」

 

 ヤバイっっ! 宝具特有の前口上がっ!

 

「へ、部屋ん中でやるこっちゃねぇだろ!?」

 

「我が邪炎は憎悪の具現。お前たちの肉と魂だけを焼き滅ぼす業火である!」

 

 ダメだ! どうするっ!?

 

(────土下座をするのですっ!)

 

 内なる声が突如ささやく! んなもんフランス人に通用するかッ!!!

 

(────ならば何でも良いので命乞いを! 死にたいわけではないのでしょう!?)

 

 そうだ。こうして魔女サマに会うために牢屋で粘ってたんだ、こんな玄関入って即宝具!みたいな即オチ展開なんざ認められるかっ! せめて魔女サマが何考えて戦ってるのかくらいは教えていただきたいもんだねえ!

 

 命乞い……ッ! 命乞い!

 ちくしょう、この殺人的にヒートアップした魔女様を止められるだけの命乞いってなんだ!?

 

「【吠え立てよ(ラ・グロンドメント)──」

 

 ええい、ままよ! 俺は叫ぶ!

 

「ま、待て! 考え直せ! お前は、(だま)されてるんだ!」

 

 

 ファック! クソみたいな台詞しか出てこなかった!

 もう駄目だ! 俺は目をつぶった。

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 

 ……あれ? 死んでない?

 

「……私が、騙されている?」

 

 ……そんな声が聞こえて、ゆっくりと目を開ける。目の前で轟々と燃え盛る魔女の炎が、その勢いを微かに弱めていた。

 

「カルデアとやらの雇われ(プレイヤー)風情が、私の何を知ると言うのです?」

 

 邪炎の剣は突きつけられたまま。しかし、宝具の発動は止めてくれたらしい。俺は両手の平を頭上に掲げて言葉を継いだ。

 

「へへっ……。そりゃあ()()ですよ、魔女サマ……」

 

 嘘だ。特に根拠のない口から出まかせだった。

 

「……話しなさい」

 

 だが、この状況。今更嘘でしたなんて話が通るわけもなしっ……!

 

「ええと、」

 

 やむなしか。俺は必死で頭を回す。魔女に面会できたら聞いてみたいと思っていたことは色々とある。だが、あまりにも事態の展開が唐突過ぎて……

 

「あー、その、つまりですね?」

 

「……時間稼ぎのつもり? さっさと話さないなら聞くまでもなく殺すわよ」

 

「……はい」

 

 あっさりと見破られて脅された。ええい、話すよ! 話せばいいんだろ!?

 

 俺は覚悟を決めた。昔からやれば出来る子と言われてきたこの俺だ。「やれば」、英訳したならif構文。つまりifの存在こそが俺であり、平行世界理論を援用すればどこかの宇宙にヤリまくりデキまくりの俺がいる可能性を否定出来ないわけで……つまりは頑張れ大家族! 大丈夫、目の前の魔女(ジャンヌ)さんだって5人兄弟の妹ポジだ。仕事を選ばなければ食わせていくことくらいは出来るってことだろう。たとえば彼女の実家の家業といえば……農家。農業かー。こないだ掲示板で話題になってた内政チート野郎に話でも聞こうかな?

 

 ……いや、違う。

 現実逃避じみた妄想なんかしてる場合じゃない。今は目の前の難題を切り抜けるのが先決だ。

 

 要するにだ、今俺が知ってる事実をイイ感じに繋げ合わせて、『魔女ジャンヌ・ダルクは何者かに騙されている』ってシナリオを作り上げれば良いんだろ? 想定された物語を読み替える。ストーリーラインを捏造する。それが真実かどうかなんてのは二の次だ。今この場において、この魔女様を騙くらかすことが出来ればそれでいい!

 

「…………アンタは騙されてる。それには3つの理由がある」

 

 そう言って、俺は右手の指を3本立てた。【3】。それはケルトの聖なる数字……とは特に関係のない単なるスピーチテクニック。3つもの理由を続けざまに並べ立てられると、何となく人間はそれを信じる気持ちが出てくるもんだ。ふんわりとした説得力が演出される。2つじゃ足りない。4つじゃ長い。問題は、3つもネタを捻り出せるかどうかだが……。

 まあ、アドリブでペラ回すのは苦手じゃないし、やるだけやってみようじゃないか。

 

(────まずはフックを作りましょう。相手があなたを殺すことなく話を聞き続けようとするだけの、興味を引ける話題を……。気まぐれに殺される可能性を下げられます)

 

 再び、内なる声が助言の言葉をささやいた。おお、なんか知らんがチュートリアルでも始まったかな? 実際そいつは良い提案だ。ありがたく乗らせてもらうことにしよう。

 俺は1本目の指をくいっと曲げ伸ばしてみせた。『FGO』における会話と交渉は、プレイヤーのコミュニケーションスキルにのみ依存する。会話(ペラ)(ペラ)(まかな)うっていう寸法さ。目の前の魔女へのフックに成りうる話題といえば……ああ、アレがあったか。

 

「1つ。この特異点でアンタに(くみ)するサーヴァントたちには共通点がある」

 

「共通点? ハッ! いきなり何を言い出すかと思えば。無いわよ、そんなものは。召喚者の私が言うんだから、」

 

「あるんだよ。黙って聞いてくれないか」

 

 第一の指摘。それは以前カネさんが不思議がっていたことだ。あれから俺も色々と考えてみた。

 出身時代も地域もバラバラのサーヴァント達が、どういう理由でこのオルレアンの敵役として配置されたのか? 召喚者ジャンヌは特に理由がないという。彼女からすれば確かにそうなんだろうし、そして実際それが正しいのかもしれない。

 だが、メタ的な視点から見れば話は違うんだ。物事の関係性は見出すものだ。ニコラス・ケイジの年間映画出演数が、その年のプール溺死者の数と相関するように……!

 

 思い出すのは廃村を記録したスクリーンショット。その中の一枚に、食堂と思しき建物の残骸に埋もれた聖女のイコンが写されていた。

 憩いの場たる食堂には似つかわしくない、竜を退治する聖女の画。そうだ。そこに描かれていたのは、主婦の守護聖人──【聖女マルタ】の絵姿だった。

 

「お前たちの共通点。それは……『自分の大切なものを踏みにじっている』ことさ」

 

「ハァ?」

 

 俺の発言に対して何を言っているのか、と言わんばかりの顔をする魔女ジャンヌ。いいぜ、順を追って解説してやるよ。

 

「俺の知っているサーヴァントから順番に行こう。まずは聖女マルタ。言うまでもないよな? フランスの街で聖女として活動し崇められたマルタが、理性を狂わされた挙句にそのフランスを蹂躙しているわけだから。……おや? 祖国を踏みにじる聖女様だって? そいつはまるで今のジャンヌ・ダルクの鏡写しみたいじゃないか? アンタ実際どう思う?」

 

 言外に、「お前もマルタと同じように騙されて(操られて)フランスの蹂躙に加担しているだけなのでは?」というニュアンスを込めてやる。直接口には出さない。明言したら間違いなく逆上した彼女に殺されるので。

 むしろここで大事なのは、「マルタと同じように」という意味合いだ。リツカに聞いた話だが、聖女マルタは魔女ジャンヌの持つ聖杯によって狂化され理性を奪われたという設定らしい。そして、それが意味するのは……『FGO』には、サーヴァントを洗脳できるアイテムがあるという事実に他ならない。

 

 催眠洗脳をご存知だろうか? 催眠も洗脳も似たような意味だが、ここで言ってるのはリアルな催眠術の話じゃない。催眠アプリとか、催眠ペンライトとか……そういう魔法チックなお手軽催眠アイテムを使ったエロ作品だ。その手の作品は大抵チート催眠能力を手に入れた主人公が酒池肉林とばかりにウハウハするわけだけど、それだけじゃ足りないと考えた奴がいる。奴らは、自分たちの作った催眠チート作品に新たな設定を追加した。

 それは、端的に言えば……「催眠チート無双する主人公は、実はとっくに他の誰かから催眠洗脳を受けていた」というものだ。

 

 因果応報。催眠する側とされる側が反転し、舞台はひっくり返される。寝取りは寝取られに変わり、俺TUEEEが俺YOEEEへとねじ曲がる……こじらせた野郎どもの性癖の先鋭化が生み出した、エロという名の業を煮詰めたような設定だ。だが人の業なんてモノはいつの時代もそう大して変わりゃしない。だからこそ、今の発想はこの場においてだって適用できる。

 

 それらのエロ作品群から得るべき教訓は────他人を洗脳できる能力がある以上、自分の正気を証明する方法など存在しないということだ。なにより、魔女ジャンヌは他ならぬ自らの手で「聖女(マルタ)すら虐殺に駆り立てることが出来る洗脳パワー」の効力の程を実証しているわけだから。

 

 「我思う、故に我あり(コギト・エルゴ・スム)」という言葉がある。けれど、その「思う」がそもそも歪んでいたのならどうなるだろう? 「全てを疑っても、疑っている自分の存在だけは疑えない」という命題は確かに理性的だ。だが、だからこそ理性を失った人間がそれに同意するとは限らない。

 

 ははっ。運営から明らかにナニカサレテイルらしい『FGO』プレイヤーが言えた台詞じゃないけどな。まあ、そのあたりを割り切るには誰しも時間が必要になる。どう割り切るかって? 逆に考えるんだよ。「操られちゃっててもいいさ」ってな。暗黒大企業と付き合うっていうのはそういうことだ。

 

 だから何も困惑を隠すことはない。俺も来た道、アンタもこれから行く道だ。なあ、そうだろ。たった今俺の目の前で「その可能性」に思い至ったらしいジャンヌちゃん。アンタはその辺どう思います?

 

「ッ…………。……話を続けなさい」

 

 やったあ、お許しが出たぞ。内なる声もどこか満足気に頷いた。声が頷くってどういうことだ。ともあれ、俺は間髪いれずにペラ回す。動揺している今がチャンスだ。

 

「次はヴラドIII世。俺は面識のないキャラだがね、彼も一人の王様だ。だから、名誉……それを重んじないはずはない。そして、彼が生前名乗った称号【ドラキュラ】。『竜公(ドラクル)の子』って意味だそうだな? ドラクル、つまりお父ちゃんだ。そのお父ちゃん、ヴラドII世が……まさに今、1431年に竜公(ドラクル)の名を授かっている。そんな時代に、竜公の子(ドラキュラ)を名乗って大虐殺してるんだから、自分で自分の名前と名誉に泥を塗ってるようなモンだよなァ? 親不孝ってレベルじゃない話だろ?」

 

 へへっ。こいつはカネさんの講義を聞いた甲斐があったってもんだぜ。

 今の俺はツイてる。舌の回りも絶好調だし、喋り倒すためのネタが途切れずに湧いてくるようだ。この調子でどんどん行こう。

 

「さあ、次だ……シュヴァリエ・デオン」

 

 俺に名前を呼ばれて、デオンさんがちらりとこちらを見る。その体幹は小揺るぎもしない。

 

「これも言う必要はねぇよな? フランス王家に仕えた騎士(シュヴァリエ)様だ。いや、それだけじゃない。俺たちに味方しているお姫様……彼女と知り合いなんだろう? それは果たして偶然か?」

 

 いいや、違うね。言外にそういう雰囲気を醸し出す高等話術を駆使した俺だが、当のデオンさんは「ふーん」くらいの表情で再び壁の一部と化した。否定しないならそれで十分だけど、何も反応がないのは少し寂しい気持ちがあるな。

 

「同じことが他の二人にも言える。カーミラ。そしてサンソンだ。あいつらがオルレアンで待ってた相手ってのは、本当はあいつらにとって何より大事な存在だったんじゃないのかね?」

 

 ……これは正直苦しい。なにせ、俺はあいつらの事情を何も知らないのである。だがまあ、この手の話でここまで因縁を匂わせて結局何もないってことはねぇだろう。もし何もなかったら「ここの制作はシナリオってもんが分かってねぇ!」って叫んで死ぬまでさ。

 

「……それで?」

 

 魔女が答えた。おっと、否定の言葉じゃないみたいだな。つまり、俺の考えってのはどうやらそう悪くない推測だったらしい。俺はひとつ息を吐いて間を入れた。この話はここでひとまず品切れだ。なぜって俺の知ってる敵サーヴァントがそれだけしかいないから仕方ない。リヨンの鉤爪男? 正体不明すぎて想像すら出来ないからパスってことで。

 俺はもう一度、三本立てていた指の1本をくいっくいっと曲げ伸ばしてみせる。

 

「それで? は、こっちの台詞だよ。今のが間違ってなきゃ、アンタが騙されてるって話の続きをするだけだ。どうだ、どっか間違ってたかい?」

 

 問い返す俺に、魔女は眉根を寄せた。

 

「……いいえ。けれど、それは完全でもない。現にあなたの知らないサーヴァントが私によって召喚され、このオルレアンに存在している以上、そのご高説も不完全な妄想でしかないでしょう?」

 

「へぇ。だったら残りのサーヴァントとやらの名前を言ってみろよ。この場で理屈付けてやる」

 

 俺は挑発の言葉を吐いた。嘘だ。理屈付けられる自信なんてどこにもない。魔女もそれを分かっていてか、挑戦的な表情を浮かべた。間違っていたらその場で燃やしてやると言わんばかりの雰囲気だ。俺は気圧されたような表情を作って顔を伏せる。死角になった口元が歪み、音なき笑いが滲み出た。くくくっ……。

 

 か、考え通りっ……! 

 

 俺は意を決したように面を上げる。忍び笑いが収まったからである。

 魔女は俺を否定するために俺の知らないサーヴァントの名前を挙げるだろう。それが俺の推測から外れていても、俺はそいつの名前を知って死ぬことが出来る。

 

 実際、周りの連中からはなんでさっさと死に戻りしねぇんだって催促の嵐でね。分かってくれるのはクー・フーリンとカネさんくらいの御仁だよ。あとはリツカもか。せっかくのVRMMOだってのに不自由な話だぜ。

 

 ま、いくら催促されたからって死ぬ気がないのに変わりはないが……ここまで粘っちまったからには、万一死ぬにしたって手土産のひとつくらい無けりゃあ格好がつかないんでな。ゆえに、これぞ我が策、我が保険。いわば「王手飛車取り」って寸法よ! さあ、論破出来るもんなら俺を論破してみせろ。誰も知らない情報を挙げてくれ! そして俺が死ぬまで存分に会話を楽しもうじゃないか。なあ、魔女サマ……!

 

 しかしそんな俺の余裕を感じ取ったのか、魔女は嗜虐的な表情を見せた。な、なにおう。

 

「そう。じゃあ、お望み通りあなたを絶望させてあげましょう。リヨンにてあなた達を待ち受けるアサシンのサーヴァント……その真名は【オペラ座の怪人(ファントム・オブ・ジ・オペラ)】。アハ、先に答えを言ってあげましょうか? 彼の望みは、『彼の歌姫クリスティーヌが世界一の栄誉を受けること』。もちろんクリスティーヌはまだ生まれてすらいないわね。さあ、これをどう理屈付けてくれるのかしら」

 

「……」

 

 ……お、オペラ座の怪人? 金田一少年の元ネタの? あれって単なる殺人鬼じゃなかったっけ? 戦闘能力とか何もないだろ。シャンデリア落としくらいしか知らねぇぞ。いや、俺は別に原作読んでるわけじゃないから実は鉤爪で無双してたのかも知らんけど……。ここの制作は色々と大丈夫なんだろうか。

 

 俺は内なる動揺を見抜かれないように、こっそりと深呼吸をした。

 

 落ち着け。俺は真実を指摘する必要なんて無いんだ。この場にオペラ座の怪人ご本人がいるわけじゃない。一番大切なものが既に出てるなら、続く二番目を答えてやれば良いだけだ。「え、○○!? た、確かにそれって大切なモノだったかも……! きゃあ、ジャンヌ啓蒙されちゃったぁ!」そういう風に思わせてやれっていうことさ。

 問題は大切なものが何かって話だが……ううん、それってもしかしてココロかな? (LOVE)って線も捨てがたいよね。ま、リヨンのボスなんだからその辺から攻めるのが順当なんだろうけどさ。

 

「実際、なんでオペラ座の怪人なんてのが選ばれたのかは知らないが……」

 

「そうでしょうね。だって手当たり次第に呼び寄せただけなのだから」

 

「でも、安心したよ。俺の推測はまだ否定されちゃいねぇみたいだからな。むしろある意味じゃ補強されたとすら言っていい。オペラ座の怪人をリヨンに送ったのはアンタなんだろ?」

 

「確かにそうですが、それが何か関係あるとでも?」

 

 ジャンヌは、至極まっとうに俺を疑う姿勢を崩さない。まあ普通の反応だ。俺がこれまでの尋問の中で虚言を吐いたりしなかったからと言って、そんなモンこれっぽっちも俺を信用する理由にはならねぇからな。だが。

 

「なあ。俺は牢屋の中でリヨンの観光パンフを読んだんだ。この時代にはまだオペラ座がないから知らないだろうが、オペラ座ってのは歌劇場のことなんだよ。それも、ただの歌劇場じゃない。そういう名前を冠する、特に国が認めた『国立オペラ座』なんてものを持ってる都市はフランス広しと言えどもそうあるもんじゃないのさ。

 そして……その数少ない都市の一つが、まさにアンタが怪人(ファントム)を送り込んだ先のリヨンだ。その配役は本当にただの偶然か? 俺だったら疑うね。アンタはその配置を決めるにあたって、誰かに相談したんじゃないのかい。そいつはもしかしたら、アンタの意思を……」

 

「黙れッ……!」

 

 魔女が低く唸りを上げた。その強い眼光が俺を射抜く。ははは、かゆいかゆい。

 やっぱりカーミラたちと同じく自分の時代より未来のことは知らない設定みたいだな? この場に本人がいない以上、まさかオペラ座の怪人がオペラ座を大切に思っていないとは言えまいよ。

 

「オペラ座の怪人はオペラ座の都市リヨンを死者の街に変えちまったってわけだなァ。で、次は何? 俺は別に降参でもかまわないけど? まだまだ話は残っているからね」

 

 俺は余裕ぶったアクションを見せつけながらジャンヌの様子を観察する。かなり怒らせてしまっている。……舐められてはいけない。だが、いつでも殺せると思わせておく必要はある。まあ実際いつでも殺せるとは思うんだけど。

 

「……【ランスロット】。狂戦士(バーサーカー)である彼の願いは知らないけれど、アーサー王に対して凄まじい執念を燃やしているわ。で? この時代にアーサー王はいないわね? 遠い過去のブリテン騎士が、このフランスに何か大切なものを残しているとでもいうのかしら?」

 

 繰り返される俺からの挑発に思うところでもあったのか、ジャンヌは苛立ちと勝ち誇った表情をミックスしたみたいな顔つきでその名を告げた。ここまで頑張ったみたいだけど残念でした、はい論破! そんなことを口に出さんばかりの勢いだ。

 

 しかし、ランスロットか……とんでもない切り札が残っていたもんだぜ。ランスロットって言ったら、あのアーサー王伝説のランスロットだろ。確か、円卓最強みたいなキャラ付けの……。バーサーカーってことは、リヨンに援軍で向かってる奴でもあるよな。リヨン大丈夫……?

 

「そうだな……」

 

 俺は目を閉じ、一拍の間を演出する。この場を切り抜けられたら、リヨン組に警告を出してやる必要があるだろう。タスクが一つ増えちまったな。で、ランスロットはフランス出身の騎士だったはずだから、そこからこじつけてやることも出来なくはない……いや、ダメだ。だって、実際にはブリテンの王様に仕えたわけだから。

 

 繰り返しになるが、『重要なのは正しさではない』。今この場で、魔女を説得できるだけの納得感を演出できるかどうか……それこそが、それだけが問題だ。

 そして、俺の脳裏には既にその効果を期待できるような答えがある。俺は口を開いた。

 

「確かにアーサー王伝説の時代は遠い過去の物語……だが、それはあくまで普通の人間の視点から見ての話だ。アンタは知ってるだろ。アルテュール(アーサー)王の魔術師メルラン(マーリン)の予言。

 

 『救世主はロレーヌより現れ出づる』

 

……どうしてマーリンは、遠い未来の救世主の出現なんかを予言したんだろうな? そして同時に。この時代にはアルテュール(アーサー)の名前を持つ男がいる。ジャンヌ・ダルク。アンタの戦友だ」

 

「……アルテュール・ド・リッシュモン……」

 

「そうだ。騎士王の魔術師によって予言された救世主と、騎士王と同じ名を持つ大貴族。呼び出されたランスロット卿がアーサー王に対して燃やす執念がホンモノだというなら、そいつらに対して何か思うところがあってもおかしくないと思うけど?」

 

「っ……」

 

 魔女はそれを否定できない。ランスロットには理性がないからだ。俺もこれ以上押すことは不可能だった。ランスロットを知らないからである。OK、ボロが出ないうちに巻きで話を進めよう。

 

「もういいだろ? アンタが無作為に召喚し使役してきたと思っていた連中は、その実ひとつの共通点を持っていた。それは『それぞれにとって大切なものを踏みにじる』こと。聖杯の力でサーヴァントを洗脳したアンタは、その蹂躙を自分の意志でやらせたと思っているが……そもそも、アンタ自身が正気だっていう証拠はあるのかい?」

 

 アポフェニア。

 人間が持つ認知バイアスの一つだ。その意味するところは、「人間は、無作為あるいは無意味な情報の中からでも、規則性や関連性を見出さずにはいられない」という性質。事実を並べ立ててストーリーという糸で結んでやれば、人間はそれを信じようとせずにはいられない。メディアリテラシーという名の対抗手段を持ってなければ、その効果は尚更絶大になるだろう。

 

 『FGO』のNPCは限りなく人間に近い能力を持つ。人間に近いっていうことは、人間の欠点も同じようにコピーしてるっていうことだ。人間と見分けの付かない心を持つ以上、人間と同じような心理的問題を抱え込む……それは肉体的に超越しているサーヴァントだって例外じゃないはずだ。どんなに身体が強くても、心の弱さは隠せないからな。

 

(────悪くない語りだったと思います)

 

 やったぁ。謎の内なる声さんからもお褒めの言葉をもらったぞ。

 

(────後は、『続きはまた後日……』ともったいぶって牢屋に戻れば見事生還です。おめでとうございます。最初に3つ理由があると言いましたから、まだもう1回は命乞いできますね)

 

 いや、そんな千夜一夜物語のシェヘラザードじゃないんだから。

 それに、今回魔女と会うまでに掛かった時間を思えば、次がいつになるかなんて分からないだろ。

 

(────予定が未定。素晴らしいことではないですか。それの何が不満だというのです?)

 

 俺の目的は対話なの! 牢屋で生きながらえることは、対話に至るための手段であって、目的そのものじゃないわけよ。ワカル? つーか、リヨンが落ちたらリツカたちもここに来るだろうしな。やっぱりチャンスは今しかないぜ。

 

(────深追いすると死にますよ? 考え直しませんか?)

 

 いいや、ここが限界だ。押すね!

 

 俺は2つめの指をくいっと曲げた。……追撃をかけよう。

 




(12/7 小タイトル変更)


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1-13(後)

(12/7 小タイトル変更)


>>>> [3/4] 虚構推理-騙り部(かたりべ)のキャスター ②

 

 第一の偽証は成し遂げられた。……さあ、追撃をかけるとしようじゃないか。

 

 俺はジャンヌを視界から外さぬようにしながら、棒立ちになっていた足を前へと踏み出した。そのまま、彼女の周りを殊更ゆっくりとしたペースで回り出す。常に余裕を持って雄弁たれ。我が家の家訓だ。俺が今考えた。

 

「アンタがどっかおかしい、誰かに騙されてるって推測する理由はまだ残ってる。なあ、ジャンヌ・ダルク。なぜこのオルレアンを本拠地に選んだ? オルレアンは他ならぬジャンヌ・ダルク本人の手で解放された街。異端審問のときも処刑のときも、この街の住人はジャンヌの味方だったと聞いている。アンタにとっても大事な存在じゃないかと思うんだがね」

 

 そういう資料が残っているとカネさんに聞いている。これも受け売りだな。彼女には後で何かお返しの一つもしておかなくちゃならんだろう。

 

「それはっ……ジルが」

 

 ジャンヌが反論した。言い切るのを待たず、被せるように問いかける。

 

「ジル? アンタがオルレアンの魔女でトップなんだろう。なんで他の名前がそこで出ることがある?」

 

「ジルは……私より先に召喚されていた。私の復活を待っていてくれた。彼は(ジャンヌ)の無念を晴らそうと、私の復讐に協力してくれている! だから私はジルの献策を聞いたのよ! 街の人間が私の味方だった!? ハッ! そんな心の中で思っているだけのこと、処刑された私にとって何の役に立ったという! フランスが私を裏切ったのだ! 私を裏切らなかったのはジルだけ……だから私は、ジルとともにこのフランスを焼き尽くすと決意したッ!!!」

 

 甲高い叫び声。それは、ぐわぁん、と部屋の空気を揺らして俺たちの間に一瞬の静寂をもたらした。ジャンヌの息が荒い。興奮は動揺の現れだ。

 

 ……ジル・ド・レェがジャンヌよりも先に召喚されていただって?

 

 なあ。それって俺の推論、案外悪くないところを突いてるんじゃないか?

 ジルがジャンヌを召喚し、他のサーヴァントよろしく聖杯パワーで適当に洗脳すれば、それだけで復讐の魔女が出来上がっちまうってことだろう?

 

 瓢箪からは小数点以下の確率で駒が出る。やっぱりこうして喋れる機会を待って正解だったっていうことだ。もし正攻法のみで正面からオルレアンを攻略した場合、この辺の裏設定が一切合切明かされぬまま終わってた可能性もあるんだろうな。

 

 しかし、ジル・ド・レェ黒幕説か……。俺は一瞬だけ思案し、それを放棄した。

 残念だが突き詰めるだけの材料が足りていない。なにせ俺がジル・ド・レェと会話したのはあの戦場での一幕だけだ。フランス軍の方にも、サーヴァントじゃない歴史人物としてのジル・ド・レェがいるとは聞いてるけれど。ああ、本来はそっちの存在から推理するのが想定ルートなのかもね。

 

 まあいいさ。今は目の前の魔女に疑念を持たせることに専念しよう。今のオルレアンの話を二つ目とするなら、つまり三つ目、最初に宣言した指摘の最後のひとつを話さなきゃいけないわけだ。さて、一体何を話したものか……俺が思案した、そのとき。

 

(────話題に困ったときは、そもそも論を使うのですよ)

 

 内なる声が再び助言をくれた。……ああ、さっきは提案蹴って悪かったな。俺のことを考えてくれたんだろ? 感謝してるさ。ま、最初に言った3つの話題も残りはひとつ。生きるも死ぬも最後のネタの出来次第ってことになる。だから、もうちっとだけ付き合ってくれないか。

 

(────あまり恐ろしい死に方はしないでくださいね?)

 

 ……努力はしよう。

 

 そして、そうだ。そもそも論だ。俺は思考を切り替える。なるほど、こいつは相手を煙に巻く目的ならピッタリの手法だぜ! それに、そういう前提で思い返せば、これまでの雑多な記憶も使えそうなネタとして立ち上がってくる……!

 俺は興奮で息を荒げるジャンヌの前で、これみよがしに3本目の指を折ってみせた。

 

「3つ目。そもそも──そう、そもそもだ。フランスがどうこう言ってるわりに、アンタのアイデンティティーが今ひとつよく分からないんだよな」

 

「……」

 

 ジャンヌは言葉を返さない。だが、俺を遮る様子も見せない。やっと話を聞いてくれる気になったかい? 良い判断だ。ゆっくり部屋を一周し終えた俺は近くの椅子の背を掴み、勝手に引き寄せて腰掛けた。俺は嘘を話したりしない。嘘みたいに聞こえるかもしれないが、それは全て事実と理性に基づく推論だとも。善意の協力者と呼んでくれてもいいんだぜ?

 そう言って笑みを浮かべ、両手を合わせてポンと音を立てれば、ジャンヌがハッとしたようにこちらを睨んだ。激情家だな。どうやら視野が狭くなっているらしい。いいね、もっと話をややこしくしてやろう。

 

「ジャンヌ・ダルクと言えば、誰でも知ってる英雄さ。21世紀人の俺だってよく知っている。イングランドをやっつけてフランスを救った……なあ、魔女さま。フランスが憎いのはよく分かったけどさ、そもそもの戦争相手イングランドについてはどう思ってるんだ?」

 

「どうも何も……敵よ。殺すべき敵に決まっているでしょう」

 

「そうかい。だが、そいつはどうも変な話だぜ」

 

 俺はわざとらしい大仰な身振りで、上半身を部屋奥の壁に掲げられた邪竜の旗の方に差し向ける。ジャンヌは促されるように、どこか疲れたような仕草で俺の動きを目で追った。

 

「フランスが憎い。イングランドは敵。でもさ、アンタが掲げてる竜の旗。竜旗っていったら、それはイングランドの象徴だろう? ウェールズの旗だ、『赤い竜』。ああ、あれもたしかアーサー王伝説絡みなんだっけ? 俺はてっきり、フランス憎さのあまりイングランドに魂でも売ったのかと思ってたんだがね……」

 

 嘘だ。この時代のイングランドのこととか、今の今まで大して深く考えたりしていなかった。

 

「っ……。違う。……私は、知らない……」

 

 だが、言及しただけの効果はあったらしい。ジャンヌは混乱しているように見える。自分自身についての未確定な情報が多すぎて飽和しつつあるんだ。ジャンヌ・ダルクに竜と関わる伝承とか特に無いもんな。制作は何を考えてそういう妙な設定したんだろう? 人間らしい人格を与える以上、相応に筋道だった設定をきちんと与えてやらなきゃ個性を確立できないぜ。別に何でもいいんだよ、それこそ前世でドラゴンと恋人同士だったとかでもさ。

 無駄な思考を重ねながら、ジャンヌの様子を観察し続ける。情報を飽和させ混乱状態を維持させながら、でもこちらの話を認識できるくらいの思考力は残しておいてもらわないといけない。間の取り方はこんなもんで良いかな? 興味を引ける話題(ネタ)をあといくつ捻り出せるか分からんが、トークには鮮度があるからな。さっそく次の話題いってみよう。

 

「……それだけじゃない。さっきアンタが口にした、宝具発動の台詞……最後まで聞けなかったが、『ラ・グロンドメント』って言ってたな? そうだろ?」

 

 俺の問いかけに、ジャンヌはノロノロと頷く。

 

「けどさ……()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その言葉がジャンヌに届くまで、幾らかの時間が必要だった。

 ゆっくりと、魔女はその言葉の意味を理解し……両目がわずかに見開かれる。ここだ。このタイミングだ。俺はここが勝負どころと見て、一気に畳み掛けることにした。

 

「俺はフランス語についちゃ素人だがね、それでも知ってる有名な特徴がいくつかある。『単語の"h"を音に出して読まない』とかな。それと同じくらい有名な話……『語末の"t"は発音しない』。m●nt-bellはモント・ベルじゃない。モン●ルなんだ。ま、あれは日本の企業だが。ともあれ。『ラ・グロンドメント』がどういう意味かは知らないが、少なくともそいつはフランス語の発音じゃありえないのさ」

 

「……違う」

 

「そして当然、次はどこの発音かって話になる。ジャンヌ・ダルク。その故郷はドンレミ村。フランスの北東、ロレーヌ地方……()()()()()()()()()()()()()()。アルザス・ロレーヌ問題、フランスとドイツの領土問題だ。世界史で習うやつだよな。

 俺さ、ドンレミ村にしばらく滞在していたんだよ。俺たちが聞く言葉は基本勝手に翻訳されちまうから、気にも掛けなかったんだけど……思い出してみろ。アンタ、故郷のドンレミ村で一体何語を話してた? アンタの家族は、近所の知り合い連中は、一体どんな言葉で話していたか。

 

 なあ、教えてくれよ。ジャンヌ・ダルク。

 

 ……イングランド風の旗を掲げてドイツ語風の言葉を話す、元・フランスの聖女サマ?」

 

「黙れッ!!!!」

 

 再びジャンヌは声を荒げる。その眼光が焔になって俺の衣服に纏わりついた。とうとう殺す気になったのか? いや、違うな。その気になれば魔女は俺ごとき瞬殺できる。むしろ、興奮のあまり思わず焔が出ちまったっていう感じか……そう考えている間にもガリガリとHPは削られていく。俺は笑った。

 

 ……ま、なかなか頑張った方じゃないのかな。俺はとりあえず一満足したよ。

 

 目に見える形で死亡へのカウントダウンが始まった以上、さっさと決着をつけなければならない。尻切れトンボはよくないからな。俺は炎上したまま両手を広げて立ち上がり、目の前のジャンヌに一歩歩み寄る。ジャンヌは少し後ずさったように見えた。いまや完全に見開かれた両の目が、俺の焔を反射して赤く輝いている。

 

「違う……違うのよ。だって私はジャンヌ・ダルク。ドンレミ村で生まれ育ち、フランスの(つわもの)たちを率いてイングランドと戦った……」

 

 ジャンヌはうわ言のように呟いた。完全に上の空という体である。

 ……なんだ? 何かがおかしい。動揺させるつもりだったのは確かだが、それにしたって効果がありすぎる……。

 

 だが、最初は満タンだったはずのHPが既に3割を切って警告域(イエローゾーン)を抜けつつある。危険域(レッドゾーン)は目の前だ。ちいっ、今目の前で起きているジャンヌの異変を分析するには時間が足りなすぎるか……!?

 虚ろな魔女と、焦る俺。その構図は俺がこのまま死ぬまで続くかと思われたのだが──

 

「──そこまでだ」

 

 凛と響く、場違いに涼やかな声がそれを妨げた。

 

 焦げ臭い煙を立てながら振り返る俺の先には、つい先程まで壁と一体化していたはずのデオンさんの姿がある。デオンさんはぱちぱちとその白魚みたいな両手を叩いてみせた。

 

「素晴らしい推理だ。実際、賞賛に値すると言っても過言じゃない。私は君をカルデアの雇われ調査員だと認識していたが……むしろ小説家のほうが天職なんじゃないのかな?」

 

 そんなことを言いながらスラリと腰の剣を抜く。その台詞、全く褒め言葉になってないからな。

 

「でも──残念だけど、君は少々やりすぎてしまったらしい。私は彼女の護衛を仰せつかっているからね。こうなってしまっては、君を止めるほかにない」

 

 抜き身の剣を片手につかつかと近づいてくる。

 いや、止めるも何も俺もうそろそろ死ぬんですけど。

 

「殺しはしないさ。君の死に方は既に彼女が指定した。だから、それを果たすまでは君を生かしておくのが私の仕事ということになる」

 

 そして、その手の剣をふっと動かした。目に見えない速さの剣閃。吹き抜ける一迅の風。

 

「……!?」

 

 それが過ぎ去った瞬間、俺を燃やし苛んでいたはずの焔はすっかり消えていた。焼け焦げ炭化していた俺の表面がボロリと剥落する。今、何が起きたのか全然わからなかった。剣を振っただけで火が消えた。

 け、剣技、なのか……?

 その超越的な技量に驚く俺に、デオンさんはもう一度手に持った剣を突きつける。

 

「そして、お帰りの時間だ。もう推理は終わったのだろう? 彼女は少し疲れているらしい。休息が必要だ。君も元の牢獄に帰って休むといい。……けれど、その前に」

 

 そう言ってデオンさんはそのまま俺との距離を縮め、空の左手を俺の首筋から背後に回して抱きしめるように……。

 

 ……俺の土手っ腹を、その右手の剣で貫いた。

 

「ぐぇーっ!?」

 

 HPがゴリっと一気に削れ、残り「1」を指して急停止する。

 

「先の乱戦で君たちプレイヤーを何度も相手したからね。力加減は既に心得ているとも」

 

 そう言いながら、ゴリゴリと俺の腹の中に突き刺した剣を動かした。HPゲージは残り1から動かない。ごっはぁ。俺は血を吐いた。内臓をかき回される感触が気持ち悪い。これ痛覚があったら発狂してるんじゃねぇのかな。こんなにも死にそうなのに死ねないなんて……一体どうなってるの。

 

「生前、私はとある魔術結社(フリーメーソン)に参加していたことがあってね。無論、私はフランス王室に忠誠を誓っていたから社交以上の付き合いはなかったんだけど……それでも、この程度の芸当は身につけた。都合の良いことに見覚えのある術式だ。フフ、何事も学んでおくに()くはないということかな……」

 

 そして俺の体内を陵辱する剣先が、「それ」を探り当てた。背筋がゾクリと粟立ち、無意識に身体が海老反りになろうとする。こ、こいつ……直に触れて干渉する気か。

 

【通信エラー:障害が発生しています】

 

【侵入を検知しました!】

 

【不明なデバイスが接続されています……】

 

 爆発的に溢れ出したシステムアラートが俺の視界を占領する。剣先が触れているのはアバターの奥に封じられた【刻印】か。プレイヤー情報とアバターを媒介する制御システム。こいつ、いきなり俺に何をする気だ……!?

 

「物騒なことなんてしないとも。私の技量では不可能だしね。私は君の推理を評価した。つまり……そう、友だちになりたいと思ったんだよ。ああ、これでいいのかな?」

 

【フレンド申請が届いています:シュヴァリエ・デオン】

 

 そっ……そんな物理的なフレンド申請があってたまるかよッ……! 満足げなデオンさんが剣を引き抜き、崩れ落ちる俺を肩に回した方の手で抱き支えた。赤く染まる俺の視界に、新たなアナウンス文字列が現れる。

 

【フレンド登録が完了しました:シュヴァリエ・デオン】

 

 ば、馬鹿な……。

 愕然とする俺をよそに、見事な物理ハッキングをキメたデオンさんは俺を抱えたままの体勢で部屋入口の大扉を開く。背後の魔女は、俺たちのドタバタを気にする余裕もない様子でうつむいていた。

 

「牢獄への運搬は彼らにお願いするとしよう。なに、心配はいらないさ。優しく運ぶよう伝えておくから死にはしないだろうとも」

 

 開け放たれた扉の先に待っているのは……ああ、ちくしょう、そうだろうと思ったよ! 真っ赤な鱗をテカテカに光らせたワイバーンの姿である。

 

「GRRRRR……」

 

 デオンさんが俺を地面に横たえると、よだれを垂らしたワイバーンちゃんが大口を開けて近づいてきた。きゃぁ! 殺される~~~!

 

 ガブッ! ぐわーっ!

 

 あ、アマガミぃ……!

 

 その牙が俺の身体を貫通しなかったことだけを認識し、俺の意識は深い闇へと落ちていく……。

 

 

 

>>>> [4/4] その物語は捻れ狂う。

 

 

 ──夜。

 

 月明かりも差し込むことのない、分厚い壁に四方を囲まれた部屋。その入口に据え付けられた大扉から、わずかな光が漏れ出している。部屋の中で灯された明かりの欠片。

 

「……」

 

 部屋の中には蝋燭台を片手に壁を見上げる麗人の姿があった。名をシュヴァリエ・デオン。そこは、ほんの数時間前まで一人のプレイヤーと復讐の魔女が言葉を交わしていた部屋だった。

 

 プレイヤーを牢に運ばせた後、護衛のデオンは魔女を介抱しながら彼女の居室へと導いた。介添が必要だと判断するほどに、見たこともない動揺ぶりだった。

 

『何も憂うことはありません。貴女は、貴女の望むままに振る舞うがよろしいでしょう』

 

 デオンの慰めも、おそらくは耳に届いていなかっただろう。けれど、それは伝えておかねばならなかったのだと思っている。

 

『なぜなら、貴女は既に託されているのだから──』

 

 ……託されている。そう。彼女は既に、「それ」を託されているはずだった。そんな分かりきった歴史的事実を改めて確認せずにいられなかったのは、デオン自身あのプレイヤーの残した言葉に動揺するところがあったからだろうか。まったく未熟なことだと、デオンはひとり自嘲した。

 

 風一つ無い部屋の中でも、蝋燭の火は心細げにその光を揺らす。照らし出された壁の竜旗を、デオンは先刻からずっと見つめていた。

 

 中央には黒い竜を模した意匠の紋様が。そしてその端々に、双翼を広げた飛竜の姿が描かれている。2つの翼と、ひとつの頭……。本来そこに有るべきは、3つの百合の花弁であるはずなのに。

 デオンは、その変化を魔女の復讐心が為したものだと思っていた。思い込んでいた。処刑された聖女は、天をも衝かんばかりの怒りでもってフランスを焼き滅ぼすことを決意したのだと。

 

(……私は、きっと彼女に復讐してほしかったのだ)

 

 『あの方』は今リヨンにいるという。白百合の聖女もだ。二人が共にいるところを見たのは、あの乱戦の合間の一瞬でしかなかったが、おそらくは仲睦まじく過ごしていることだろう。なぜなら、彼女たちはきっと、その魂の有り様が似ているから。白く、まばゆく、故国と民衆に裏切られてなおそれを恨もうとはしていなかった。

 

 ──遺恨を孕んだのは、それを見ていることしか出来なかった者たちだけだった。

 

 だから、それはデオン自身が心の何処かで願っていたことだったのかもしれない。ジル・ド・レェほど極端ではないにしても、革命の狂熱に任せて『あの方』を処刑した人々に、何らかの形で償いをしてほしかったのだろう。処刑された聖女に『あの方』を重ねていた節が無かったと言えば嘘になる。そして、そういう感情が……デオンの眼を曇らせていた。

 

(けれど、既に謎は全て解けている)

 

 あのプレイヤーは本当に惜しいところまで辿り着いていた。デオンが『真相』に気づけたのも、彼の推理を踏まえた上でのことだ。だからこそ、彼に対しては親愛と友情を表明し──狂化の影響か少々過激になってしまい、あまり快く受け止めてはもらえなかったが──これから起きることの全ても彼に伝えておこうと思っている。

 

 ファヴニールの息遣いが、堅固な城壁を越えて伝わってくる。魔女がプレイヤーへの対応に追われてオルレアンに釘付けにされたことから、魔女にしか従わぬあの竜もオルレアンの一画をねぐらとしたきり動かぬままでいる。元来が宝物を護る『巣篭もりの竜』だ。あまり活動的な性質ではないのだろう。

 

 一方、静かな城内に息づく人の気配は自分を除いて全部で3つ。魔女、ジル・ド・レェ、そして地下牢に戻されたプレイヤーの彼。

 加えて今夜は、遊撃を担当し単独でプレイヤーへの襲撃を続けているバーサーク・アーチャーも、補給のためこのオルレアンへ戻ってくるはずだった。

 

 そう。だから今夜は、あらゆる条件が揃っている。

 今このときを逃さず全ての決着をつけるべきだと確信できるほど。

 

 デオンは蝋燭台を机に載せると、その火を軽く吹き消した。光が失われると暗闇が一瞬で部屋を塗りつぶし、邪竜の旗も見えなくなった。

 それでもサーヴァントの知覚能力の前には、この程度の暗闇など何の障害にもならない。

 デオンは迷いない足取りで入口の扉へと向かう。

 最後に一度だけ振り返り、闇に向かって小さく呟いた。

 

「──王家の百合(フルール・ド・リス)、永遠なれ」

 

 闇に包まれた廊下を、音ひとつ立てずにデオンは進む。

 向かう先にあるのは、この戦い全ての黒幕……真犯人がいるだろう執務室。

 

(彼はもうひとつ追加で理由を挙げるべきだった。最初に尋ねるべき最大の疑問を、彼は見落としてしまっているのだから──)

 

 ……終わりのときが、近づいていた。

 




 次回、名探偵デオン!『救国の聖処女』
 Next d'EON'S HINT……【Fate/Zero】



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1-14

「“竜の魔女”こそが、()()()()。」
「すなわち、聖杯そのものです。」
  (引用元:第一特異点第15節『竜の魔女』)


> [1/1] 救国の聖処女

 

「う、ううう……」

 

 その夜のことだ。

 俺は冷たい石床に横たわり、上遠野浩平作品キャラみたいな呻き声を上げていた。

 その牢獄の前を時折ワイバーンが横切っては、傷口から血の臭いを垂れ流す俺に向かってゲッゲッと鳴く。見世物じゃねェぞゴルァ! 衝動的に反抗心を掻き立てられ威嚇などしてみたが、所詮は戦闘力に乏しいホモサピだ。ワイバーンは嘲るような目つきで俺を舐め回すように観察すると、ブフンと鼻息を吹き出して牢の前を去っていく。

 

 ──かつて、一部の肉食恐竜は死肉を喰らっていたという。

 

 俺はとても悲しい気持ちになった。

 さっきから俺の牢の前にやってくるワイバーンが、みんな違う個体だということに気付いたからだ。きっと俺が死んだら、そのとき一番近くにいる奴がおこぼれを貰うみたいな習性を持っているに違いない。さすが『FGO』、血の臭いは無駄に実物と瓜二つな再現度になってるからな。

 

 でもさ。それは無理なんだって、俺は教えてあげたかったんだ。プレイヤーは死んだら塵になって消えちゃうの。お肉とか残らない。立つ鳥跡を濁さず。ひとえに風の前の塵に同じ……。

 それは、いってみれば一つの啓蒙だ。文明人の務めである。だから今の俺は、ある種のノブリス・オブリージュを体現してると言っても過言じゃないわけよ。分かったなら今すぐここを立ち去れ。噛み癖の悪い犬みたいに鉄格子を噛むのはヤメロ。なあ、聞いてるかよ。おい?

 

 だが、空飛ぶトカゲ風情にホモサピ様の言葉を理解できるはずもなく。奴らは餌をお預けされた犬みたいに俺の周りをぐるぐる廻ったり、鉄格子をガジガジしたりするだけだった。俺は人恋しさに襲われた……。

 

 この城にはもうマトモな人間が残ってねぇ。

 カーミラとサンソンは戦場に行った。魔女はキレるし、ジル・ド・レェは不気味で怖い。最後の希望と思われたデオンさんも、友情(フレンド)の意味を履き違えたサイコであった。

 俺はメニュー画面のフレンド一覧を開く。登録順で一番上に登録されているデオンさんのフレンドコードを掲示板に晒してやろうと思ったが、正式なプレイヤーではないせいか表示されたフレンドコードは奇妙に文字化けし、じっと見ていると正気度が削られていくような感覚さえ覚えてきた。

 

【Call:音声チャット】【発信者:シュヴァリエ・デオン】

 

「アイエッ」

 

 そんな悪戯を考えたのがいけなかったのだろうか? ご本人から突然電凸をかまされた。チュートリアルもなかっただろうに、既にフレンド機能を使いこなしてやがる。

 不在を決め込みたい……が……穏やかな友情を投げ捨てサイコに覚醒したデオンさんの行動は予測不能。奴はいつでも俺を殺せちまうんだ……! 

 

 俺はきっかり2コール待ってから着信を受諾した。ドーモ、デオン=サン。さっきぶりだな。何か用事でも? 話があるなら直接牢屋まで来てくれれば良かったのによ。こっちは話し相手がワイバーンしかいないから、いい加減嫌になっちゃうぜ。

 

 ほのかな友情をアピールしていく。久々にあった知人へ今度一緒に食事でも行こうって誘う類のムーヴメントだ。あまり本気にしてはいけない……。

 

『やあ、こんばんは。お誘いはありがたいけど、今は少しやることがある。君に連絡したのもその件さ。時間は大丈夫かな?』

 

 デオンさんは爽やかにそう言った。そりゃあ、リヨンで戦争やってる連中と違って俺には特にやることなんて無かったからね。もちろん大丈夫だとも。

 

『それは良かった。今、私は一連の騒動における黒幕の部屋の前に立っている。直接立ち会わせてあげる訳にはいかないが、全く説明もないまま終わらせるのも奮戦してきた君たち【プレイヤー】に対して筋が通らないと私は思う。だから、もし良ければそのまま念話を繋いでおいてくれると嬉しい。おそらく、全ての事情を明かしてあげることが出来るだろう』

 

 念話? ……ああ、まあ彼らからしたらチャット通信はテレパシーみたいなもんか。つくづく無線通信ってのは偉大な技術だぜ。

 応、と俺がうなずくと、デオンさんの方から硬い音が響いてくる。黒幕とやらの部屋をノックしたらしい。……ていうか、待って。え、黒幕? 黒幕って……

 

『おお、セイバー。こんな夜更けに如何(いかが)なされましたかな?』

 

()()が部屋に閉じこもっているからね。今は君が指揮官代理ということになると判断させてもらったよ。その認識でかまわないかな?』

 

『もちろんですとも! おお、ジャンヌ……虫ケラの如き雇われ(プレイヤー)風情にまで慈悲をお見せになるから、報われぬ心労を抱え込まれるのです……。愚昧なる民衆などただ踏み潰してしまえば良いものを』

 

 ……黒幕、ジル・ド・レェでした。

 

 ……し、ししし、知ってたし! さっきジャンヌと話したとき直接口に出しては言わなかったけど、俺も何となくあいつ黒幕っぽいなーって思ってたからね! 

 つーかこれアレじゃん! 俺、いつのまにか探偵モノで最初に推理披露して盛大に間違えるタイプの噛ませキャラになってるじゃんヨ! そして名探偵役はデオンさんだ! くそう、サイコめ! 確かに名探偵キャラってちょっとサイコっぽいところある! でも後出しで良いとこ持ってくのはなんかズルいんじゃないかなァ……!

 

 ギギギと歯噛みする俺を一切気にかけず、デオンさんはジル・ド・レェに向かって言った。

 

『報告があって来たんだ。それに、個人的に尋ねたい事もいくつかね』

 

『ほう! おっと、失礼。立ち話もなんですな。中へどうぞ』

 

 ジル・ド・レェはデオンさんを招き入れたらしい。そこが決戦のバトルフィールドか。

 

『……相変わらず、()()()な趣味をした部屋だ』

 

『おや、ご興味がお有りで?』

 

『いや。私に賞賛の言葉を望むならば、フランス王宮並みの物を用意してもらわなければ』

 

『ホホ、それは手厳しい。もっとも、掛けた金はともかく()においては負けたものでないと自負しておりますが』

 

『……話に入ろう。報告の前に、個人的な質問の方を先にしていいかな?』

 

『ええ、かまいませんとも』

 

 デオンさんが部屋の話を打ち切った。ジル・ド・レェの居室……一体どんな部屋だというんだ。だが、奴の服装とか手に持った魔術書とかを見る限り、まず間違いなく悪趣味なやつなんだろう。つーか、ジル・ド・レェってあの『青ひげ』だしな。

 あっ、魔術書のことを考えたら何故だか頭痛が……!

 

『どうぞ、お掛けになってくだされ』

 

『失礼するよ。……先程、彼女が虜囚(プレイヤー)の彼と話しているときにちらりと出た話なんだけど。彼女の掲げる竜の旗、あれをデザインしたのは君なのかい?』

 

 デオンさんがそんなことを尋ねた。ええ、まず聞くのそこなんだ?

 

『おや、ご興味がお有りで?』

 

 しかしジル・ド・レェは特に気にすることもなく、デオンさんが部屋の品評をしたときと同じ反応を繰り返した。興味あるって言ったらどうなるんだろうな。何やらマイナージャンル沼に一般人を引き込もうとするオタクの波動を感じるぜ。

 

『いや。ただ、非常に()()()なデザインだと思ったからね。君がデザインしていたなら、それはとても驚くべきことだ。同じフランス人の頭から出てくる発想とはとても思えない……』

 

『そう言っていただけるのは恐悦至極。厳密には異なりますが……私がそう望んだという意味では間違いではないでしょうな。あのぼんやり顔のシャルル7世や狂人シャルル6世のような愚物共が掲げてきた王家の百合(フルール・ド・リス)など、フランスに裏切られフランスに復讐せんとするジャンヌには相応しくないでしょう。むしろ神に牙むく悪魔(ドラクル)、すなわちドラゴンこそが彼女にはよく似合う……そうは思いませんか?』

 

『……なるほど。となれば、【悪魔の子(ドラキュラ)】ヴラドIII世が脱落したのは惜しいことだったね』

 

『まさに、まさに。しかしオルレアンにジャンヌ・ダルクと大邪竜ファヴニールのある限り、我らに敗北はありません。無論この不肖ジル・ド・レェめも、力の限りを尽くしてジャンヌをお支えする所存ですとも。

 ……セイバーよ。どうか今後とも、散っていったサーヴァントらのように貴公もまた、ジャンヌを守ってやっていただきたい』

 

『……願ってもない言葉だよ。それで、報告があるんだけど……』

 

 デオンさんは笑った。ジル・ド・レェも機嫌が良いように思う。しかし、入室前に俺が告げられた言葉を思い返せば、デオンさんの笑い声は恐ろしく空虚に聞こえる気がした。

 

『お待ちいただけますかな。こちらからも、今現在のリヨンの戦況についてお話したいことが……ふむ、資料はどこにやりましたか』

 

 そんな言葉とともに、布ずれの音がする。ジル・ド・レェが立ち上がり、探しものを始めたらしい。そして……音声を直結する俺だけがそれを聞いていた。微かな、ほんの微かな音を立ててデオンさんが立ち上がる。密やかな足音。向かう先は、きっと──

 

『──そんな心配は無用だとも。ジル・ド・レェ』

 

 涼やかな声で言葉を掛ける。その音色に隠れるように、金属の滑るわずかな擦過音が忍んでいた。

 ……抜剣の音。

 

『なぜなら、君がこの戦いの結末を見届けることはないのだから』

 

 そして、一際強い踏み込みが床を鳴らして──俺の耳に、苦悶の声が届いたのだった。

 

『……ア、』

 

 鈍い音が数回響く。背後から自分を刺し貫いた「ナニカ」をジル・ド・レェは振り払おうとしたのだろう。

 

『さすがはサーヴァントだ。人間なら、今の一撃で心臓を貫いて終わりだったのに』

 

『ガ、グ……セイ、バー……? なぜ……』

 

『生き汚さは相当なものだね。いいだろう。お前が息絶えるまであと僅か。少し話をしようじゃないか』

 

『我らを裏切ったというのか……? こ、この、匹夫めがァッ!!!』

 

 再び、何かが暴れるような音。しかしそれはすぐに止まった。ジル・ド・レェが苦しげな声を漏らしている。

 

『私のステータスを忘れたのか? 筋力A。筋力Dしか持たないお前が苦し紛れに暴れたところで、私の拘束を逃れることなど出来ないよ。そして残念ながら、お前の魔術書は机の上だ』

 

『グウゥゥゥッ!』

 

『それとも助けを呼んでみるかい? だが、お前の大事なラ・ピュセルは今それどころじゃないだろうね。彼女は、お前の仕組んだ欺瞞の全てに気づきつつあるのだから』

 

『ぐぅ、が……、欺瞞……? 何を言っている!?』

 

『断罪さ。オルレアン特異点……処刑されたラ・ピュセルを魔女として呼び戻し、彼女に聖杯を与えて私たちサーヴァントを召喚、狂化、使役した。

 その目的はフランスの破滅。

 その動機は復讐を望まぬラ・ピュセルに代わってフランスに報復すること。

 ──すべてお前が仕組んだ計画だ。そうだろう、ジル・ド・レェ!』

 

『ッ!?』

 

 き、決まったァ~~~!

 だが事件の全貌はまだ明かされちゃいない。その辺きっちり頼んますぜ、名探偵さんよ!

 

『お前がどうやって聖杯を手に入れたのかは知らないが、この特異点へ最初に降り立ったサーヴァントであるお前は、入手した聖杯を用いてラ・ピュセルを呼び出そうとした。しかし、彼女は『あの方』のようにフランスへの復讐を望まなかったのだろう。だからお前は、聖杯の力を用いて、代わりに復讐を叫ぶ贋作の魔女を創り出したんだ……!』

 

 な、なんだって~~~!?

 俺は一人、牢獄の中で声もなく驚愕する。魔女ジャンヌは贋物!? いきなりの超展開……いや、超展開でもないか? 普通同じ場面に同じキャラが二人いたなら、そりゃどっちかは贋物かワケありの存在だよな。

 

『馬鹿なことを……っ。彼女は、正真正銘のジャンヌ・ダルク……! 腐った教会の(コション)どもを、聖女を見殺しにした愚王シャルル7世を、そしてその結末に加担したフランスに生きる全ての者共を焼き滅ぼす、復讐の魔女なのだッ……!』

 

 ジル・ド・レェの血を吐くようなかすれ声。デオンさんは、氷みたいに冷たい声で答えた。

 

『────ならば問おう、ジル・ド・レェ。なぜあの魔女は、【復讐者(アヴェンジャー)】のクラスで現界していないのだ?』

 

『ッ……!!!』

 

『真実彼女に復讐の意思があるならば、彼女はそれに相応しいクラスを得ているべきだ。だが、あの魔女のクラスは【裁定者(ルーラー)】。ヴォークルールに現れたもう一人の白い聖女……おそらくは本物のラ・ピュセルと同じクラスでしかない。

 そして、【プレイヤー】を甘く見たな。彼らは互いに情報を共有する能力を持つ。リヨンで白い聖女に随行しているプレイヤーが聞いたそうだぞ。自分に復讐の意思など考えられないと』

 

 【復讐者(アヴェンジャー)】、そんな特殊(エクストラ)クラスがあったのか。確かに、それを知ってりゃ変な話だとは思うだろうが……いや、俺知らんかったし。だから悔しくないね! ぜんっぜん!

 

 尋問の中で聖女様に関する情報も粗方デオンさんたちへゲロっていた俺が全力で悔しがる一方で、デオンさんの追求は続く。ジル・ド・レェの悲しげな呻き声。

 

『……おお。ジャンヌ……。貴女は、どうしてそんなにも……』

 

『……お優しいのか、かい? はは。お前には分からないだろうね。ともあれ、私は最初からそのことを疑問に思っていた。今日、『彼』から話を聞くまでは、それこそ聖女と魔女の間で揺れる彼女の葛藤なのだと思っていたのだが。そうではないのだろう?』

 

『……』

 

『だんまりか、まだ話は残っているというのに。第一、それだけではお前も自ら犯人だとは認めまい。……【シャルル・ペロー】を知っているだろう? 知らないとは言わせない。童話作家。他ならぬ【青ひげ(お前の話)】を書いた男さ。彼は様々な民間伝承をまとめ、童話として再話した。宮廷のサロンの貴婦人たちにも人気があってね。生前の私もよく知っていたものだ。

 そんな彼の童話の一つに、【三つの願い】というものがある。元は民話だというから、もしかしたらこの時代にもう原型があるのかもしれないが……』

 

 三つの願い。要は『猿の手』の類型か。望まぬ形で願いを叶える願望器についての教訓だ。

 俺はカルデアの電子資料を検索閲覧しながら続く言葉を待つ。

 

『……しかし聖杯は、そんなものとは違う。望まぬ願いを叶えたりせず、歪んだ形で願いを曲解したりもしない、本物の願望機だ。そして、だからこそ一つだけ想定できる欠点がある』

 

 ……ああ、そういうことか。

 俺は、そこでようやくデオンさんの話の糸口を把握した。

 

 TwitterやらのSNSでよくあるだろう、IT業界のクソ案件ネタ。「お任せでよろしく」「いい感じに進めちゃってくださいよ」、そんな言葉は地獄に続く一丁目の入り口だ。

 全員が全員というわけじゃないし、無闇に主語を大きくするのは良くないことだが、その手の言葉を持ち出す連中は大抵どうなったら「いい感じ」なのかを自分自身でも理解しちゃいない。つまり答えがない。答えがないから、どんなものを提案されても自分の依頼が曲解されたと思い込む。

 

 だから。逆に言うなら、聖杯……本物の願望機を使うためには、願いを曲解されないためには、その願いを叶える道筋を「願う者」自身が理解していなければならないのだろう。

 

『自分が何を望まないかはよく分かるのに、理想に至る道筋をしばしば認識できなくなるのは人類の悪性だ。『あの革命』の中でより善き未来を目指して王権を倒したはずの人々が、理想の社会を築く前に互いを排撃する道を選んで喰い合ってしまったように……』

 

 おっと、デオンさん。しんみりしてるとこ悪いけど、そんな横道ばっか逸れてると黒幕さんが死んじゃうんじゃねぇの? なんか呻き声がさっきから聞こえてないよ?

 

『ああ、そうだね。話を戻そう。……お前は、聖杯の力でもう一人のラ・ピュセルを創り出した。祖国を恨みも憎みもしない聖女ではなく、憎悪によって国を滅ぼす復讐の竜の魔女をね。だが、()らないことは願えない。お前の識るジャンヌ・ダルクは在りし日の聖女だけ。だからこそ、魔女のクラスは【裁定者(ルーラー)】とならざるを得なかった。

 

 …………ああ、失礼。もう一つ理由があったな。

 識らないことは願えない。

 それが意味するのは──願望機を使ったお前もまた、真実の復讐者ではなかったということだ。

 

 そうだろう、【魔術師(キャスター)】?』

 

『ッッッ───貴様は、我が復讐を……愚弄するかッ!!!!!!』

 

 ……よほど癇に障ったのだろうか。その言葉に、沈黙していたジル・ド・レェが再び絶叫した。

 しかしデオンさんは余裕を崩さない。現場の状況を見ることはできないが、あいつが叫ぼうが喚こうが、既に勝敗は最初の奇襲でどうしようもなく決しているのだろう。

 

『……愚弄などしていないとも。フランス国元帥ジル・ド・レェ。

 しかしお前は、崇拝する聖女が処刑されてからお前自身の生涯を終えるまで、一体何をしていたというんだ? お前が聖女を見殺しにした(かたき)と呼ぶシャルル7世陛下が国を治め、復興に励んでおられる間、お前は怪しげな黒魔術に没頭し、冒涜的な実験とやらを繰り返して悪戯(いたずら)に領民を虐め殺していただけだったのだろう?

 

 ……私には分かる。お前と同じ、最も大切な御方の死をただ見送りのうのうと生き延びてしまった私には、お前のことがよく分かるとも。

 

 ……お前の生涯に、復讐の二文字などなかった。

 お前がやっていたのは、()()()()()()()()()っ!

 

 ジル・ド・レェ! ……だからお前は復讐者たりえずッ! 創り上げた贋作に復讐者(アヴェンジャー)のクラスを与えてやることもできなかったんだッ!!!』

 

 その声は……表面を取り繕っている余裕の態度とは裏腹に、どう聞いても心の奥底から吐き出された言葉にしか聞こえなくて。俺は、ただの凡人である俺は、こんなところでそんな英雄の独白を聞く資格があるのだろうかと……思わず、チャットの音量を絞ろうとした。けれど、そんな逃げを許さぬように、通話先では二人の英雄たちが一際強い言葉で思いの丈をぶつけ合う。

 

『違う……違うッッ!!! 私は復讐するのだ! 我が憎悪を貴様ごときに否定させはしない! たとえジャンヌ・ダルクが(ゆる)そうとも、私は許さない! 神とて、王とて、国家とて……!』

 

 つ、辛い。聞いていたくない。

 でも、耳を塞ぐことはどうしてもできなかった。それだけの凄みがあった。

 

『滅ぼしてみせる! 殺してみせる! シュヴァリエ・デオン! 匹夫風情がッ! 我が道をォォッ! 阻むなァァァァアッ!!!!』

 

『ぐぅッ!?』

 

 苦悶の声。まさか……デオンさん、拘束を解かれたのか?

 咳き込むような音が数回響き、デオンさんは崩れた体勢を立て直したようだった。

 

『……まさか、その死に体の身体にまだそれほどの力が残っていたとはね……』

 

『匹夫めが。汝の裏切りの罪、死すら生温い』

 

『裏切り?』

 

 ずぞぞぞぞ、と床を何か重いものが這うような音がする。

 例の触手? 魔導書を取り戻したのか? デオンさんが軽いステップで床を蹴った。

 続いて耳に届くのは床を激しく叩く音と、何かが空を切り裂く音。

 舌戦から状況は一転し、本格的な戦闘が始まったようだった。

 

『──裏切り者とは随分な言い草だ。私は最初から裏切ってなどいないというのに』

 

『どの口でそのような戯言をほざくかァ……!』

 

 デオンさんが剣を振るう音がして、そのすぐ横に何か大きなものが叩きつけられた。触手が切り飛ばされたらしい。戦闘は、尚もデオンさん優勢で進んでいる。

 

『君では勝てない。私は狂化の恩恵を受けているからね……実際、狂おしいほどの忠誠を捧げているとも』

 

『巫山戯たことを! 来なさいッ竜どもッ!』

 

 GRRRRRRR!

 けたたましい破壊音がして、部屋の中に何かが飛び込んできたようだった。何かっていうか、まあいつものワイバーンだろうけど。その音の中でも凛々しく響く声で、デオンさんは言った。

 

『私の在り方は、昔も今も……狂気に侵され魔女の従僕(サーヴァント)と化してさえ、何一つ変わりはしない。私の忠誠は……異国にあろうと、死を迎えようとも! 常にただ一つ、王家の百合(フルール・ド・リス)に対してのみ捧げられているっ!』

 

 そしてその言葉と同時に飛び込む、鉄靴の音。

 

『ジルッ! この騒ぎは一体……ッ!? セイバー!?』

 

『……やあ。いい夜だね、()()()()()()()()()()()()()。いや、最早その贋作と言うべきか』

 

 騒ぎを聞きつけ飛び込んできたと思しき魔女を前にして……デオンさんは、聞き覚えのない名前を呼んだ。

 

 

 ──俺は思い出す。数日前、カネさんが俺を相手に開講した歴史講座の一幕を。

 『なぜフランス王族でもないジャンヌ・ダルクの旗にフルール・ド・リスが描かれているかという話だが……』そこから彼女の話は始まった。

 長い長いその話を要点だけ絞ってざっくり言えば、2年前の1429年。ジャンヌ・ダルクがオルレアンを解放してシャルル7世の戴冠を成し遂げた年。即位した新王シャルル7世は、ジャンヌ・ダルクとその家族を貴族に引き上げ【王家の百合(フルール・ド・リス)】の紋章を与えるとともに、【ド・リス】の家名を認めたという……。

 

『正統なる国王シャルル7世陛下にフルール・ド・リスを託されたジャンヌ・ダルク・ド・リスをマスターとするからこそ、私の忠誠は狂化を受けてさえ小揺るぎもしなかった。『託された』彼女がフランスを断罪するのなら、それも一つの結末かと見届ける決意を固めもしたさ! だが……贋作ッ! 奸臣ッ! 私怨で国を滅ぼす逆賊ジル・ド・レェは、我が忠誠に値しない!』

 

『何を……何を言ってるのよッ! セイバー! あなたのマスターはこの私でしょう!?』

 

『贋作は黙っていろっ!』

 

『なっ!?』

 

 ……ダメだ。魔女は全く状況に追いつけていない。デオンさんがまだ味方だと思い込んでやがる。

 

『君は聞いたはずだ。『彼』の推理は概ね正しかった。そして、『彼』の最後の推理の何が君をあれほどまでに動揺させた? 旗のデザインか? ドイツなまりの発音か? ……違うな。君には、故郷で過ごした記憶が無いのだろう?

 それこそが最大の証拠。君の憎悪も、復讐の意思も、全てジル・ド・レェによって植え付けられたものだ。

 君は……。君は、ジル・ド・レェによって創り出された道化にすぎないッ!』

 

『ッ!? ……嘘。嘘よね。そうでしょう、ジルっ……!』

 

『ええい、黙れェェィ! 匹夫がッ、それ以上ジャンヌを惑わすことは許さぬぞ!』

 

 ジル・ド・レェが喚き散らした。それが何の反論になっていないことを俺は認識していたが、その場にいたジャンヌはどう思っただろうな。

 

 ……戦闘が再開される。

 

 そのまま戦闘音を聞き続けて、十数秒ほどが経っただろうか。

 彼我の認識の断絶が。意味不明な事態の連続に混乱するジャンヌの迷いが。決定的な結末を招いてしまった。

 

『があッ……!』

 

『ジル!』

 

 何かが崩れ落ちる音と、それに駆け寄るジャンヌと思しき鉄靴の音。

 ジル・ド・レェ……。なんてことだ。あれだけの強い意思を持った黒幕が、こんなところでイベント退場してしまうとは……。デオンさんは一際低い声で言う。

 

『ジル・ド・レェ。私がお前を断罪する理由はただ一つ』

 

『ぐ、う……』

 

『処刑されたジャンヌ・ダルクの復讐だと? ()()()()()のために、ジャンヌ・ダルク・ド・リスを汚すな……!』

 

『…………狂人、がァ……』

 

『終わりだ』

 

『ジルゥゥゥゥゥッ!!』

 

 どす、と剣が突き立てられる音がした。それで終わりのようだった。

 

 ジャンヌがジルの名を呼び、泣き叫ぶ声がする。……止められなかったのか。

 

『──さあ。残るは君だけだ、贋作』

 

『……来るな……、来ないで……っ』

 

 ガチャリと金属の鳴る音がした。ジャンヌが後ずさったらしい。デオンさんは彼女の具足が音を鳴らすたび、その分だけ歩を進めて互いの距離を詰めている。

 贋作。

 真相はデオンさんが語ったとおりなんだろうけど、それにしたってヒデェ呼び方だ。ジャンヌの口調から覇気が完全に失せている。衝撃的な情報を俺とデオンさんにダブルで叩き込まれた挙句にジル・ド・レェを失って、心が折れかけているのかもしれなかった。

 ……どことなく、申し訳ない気持ちに襲われる。違うんだ。そんなつもりじゃなかった。俺はただ、命乞いをしたかっただけなんだ……。

 

『そう怯えることはない。君もまたジル・ド・レェの被害者だということは理解している……殺しはしないさ』

 

 デオンさんはどこか優しげにそう言った。「殺しはしない」。俺もさっきアンタにそう言われたよ。どうせ片手には、ジル・ド・レェの血で真っ赤に染まった剣をぶら下げながら喋ってんだろうなあ……。

 

『君が本物のジャンヌ・ダルク・ド・リスで、心の底から復讐を望んでいたなら良かったのだが。彼から『君が正気でない可能性』を聞かされるまで、私は本当にそう思っていたんだよ』

 

『わ、私に……マスターに逆らうっていうの!?』

 

『逆らいなどしないさ、ジャンヌ・ダルク(フルール・ド・リス)。これも王家の百合(フルール・ド・リス)に捧げる忠誠の形だ。【自己暗示】スキル持ちを甘く見たのが間違いだったね』

 

『ッ…………』

 

 ジャンヌは息を呑む。ご主人様(フルール・ド・リス)に狂気的忠誠を捧げるあまり(ころ)しちゃう系のサイコに目覚めたらしいバーサーク・デオンさんは、ご主人様へ(さと)すように語りかける。

 

『この特異点にもたらされた聖杯の、正当なる所有者は死んだ。ならば彼の持っていた聖杯はどこに行ったのかという話になるわけだが……それが、君か。願いの結晶。造られた魔女』

 

『ッ!? は、離しなさい!』

 

『離してほしければ力づくで振りほどくがいい。ずいぶんとパワーダウンしたようじゃないか? 

 ……聖杯によって造り出された君は、聖杯そのものでもあったというわけだ。

 けれど、それは聖杯の正当な所有者であることを意味しない。そう。これまでの聖杯を行使してきた君の力は、本来の所有者ジル・ド・レェの権利を借り受けていただけにすぎない……! そしていまや、彼は消滅した。ならばその権利もまた、』

 

『あ、あガッ、い、ぁ、……ッ』

 

 ずぶり、と嫌な音がした。

 ……つい数時間前に聞いたような音だった。十中八九、ジャンヌが土手っ腹をぶち抜かれた音だ。怪力サイコ中性美人騎士(シュヴァリエ)め。属性の盛りが過剰なんだよ。

 

『はは、当たりだ。聖杯にまだ魔力は残っているね。小さな願いなら数回くらいは叶えられるか? サーヴァントを数騎召喚する程度のことはできそうだ。だが……これの使い道は、そうではないのだろうな』

 

 デオンさんが呟いた、そのとき。

 

『──いくら騒がしいにしても程があるぞ。こんな時間に何をしている』

 

 ……んん、新キャラか? 聞いたことのない声が耳に飛び込んできたぞ。若い女の声だ。

 

『やあ、バーサーク・アーチャー。ずいぶん早く戻ってきたね』

 

『狩人は耳が良い。城の外まで妙な物音が聞こえていたからな。それで、汝の腕が貫いているのは我らのマスターだと思うのだが……重ねて問おう。バーサーク・セイバー。汝は一体、そこで何をしているというのだ?』

 

『ア゛ーチャー! い゛い゛から今すぐこいつを殺せッ!』

 

 ジャンヌが叫んだ。構うことなく、デオンさんは闖入者に答える。もっとも、その手はジャンヌの腹ン中に納められているのだろうが。

 

『バーサーク・アーチャー。我が願いを持って君の問いに答えよう。

 

 ────聖杯に願う。

 ──【私以外の全てのバーサーク・サーヴァントに与えられた狂化を解呪せよ】

 ──【オルレアンの魔女とそのサーヴァントの間に結ばれた全ての契約を破戒せよ】』

 

 その厳かな声の連なりが俺の脳まで届いた瞬間、それを追いかけるようにガラスが割れるような音が耳を貫いた。

 サーヴァントたちの苦悶の声と、しばしの静寂。どさりと重いものが床に崩れ落ちる音。

 ジャンヌの声が呻きを上げて下の方から微かに響く。床に倒れたのは彼女だったのか。腹を抉っていた腕を引っこ抜かれたらしい。

 そのまま、沈黙が三十秒ほど続いただろうか。やがてバーサーク・アーチャーが口を開いた。

 

『……………………ああ。そうか。そういうことだったのか』

 

『正気に戻った気分はどうだい? ()()()()()

 

『……率直に言って最悪だ。己が狂気の中にあったという記憶をこうも直視させられてはな。汝もそうだろう。フランスの蹂躙に加担させられたフランスの騎士』

 

 ……狂化(バーサーク)とやらが、解けたのか? 聴いてる限りじゃよく分からんが……。

 アーチャーは低い声で続けて言った。

 

『なるほど。我らはそこな魔女に操られていたと言うのだな? この私の魂を汚し、あろうことかこの地に生きる幼き子どもたちを私自身の手で殺めさせたのだと。……セイバー、そこをどけ。その魔女は私が(くび)り殺す。断じて許せん』

 

『っ……』

 

 顔も知らない新キャラ・アーチャーさんは自分が洗脳されていたことに怒り心頭のご様子だ。

 しかし、デオンさんは彼女の言葉を否定する。

 

『いや、それは出来ない』

 

『何故だ?』

 

 アーチャーの声が恐ろしげな響きをまとった。

 

『この贋作は、ジル・ド・レェの願いによって作り出された存在。そして同時に、この特異点の異変の元凶たる聖杯そのものでもある。だから彼女は、【プレイヤー】……21世紀から来たという修復者達の手に引き渡さねばならないだろう。

 ……そうしなければ、これより先の未来すべてが書き換えられることになりかねない』

 

 ……このシナリオ、タイムパラドックス物でもあったのか。

 俺はそんな驚きを密かに抱く。アーチャーはなおも殺意を隠さない。ジャンヌは? 唸り声だけは聞こえるけれど……本当に動けないのか?

 

『殺してから中身だけ引き渡せばよかろうよ』

 

『それも一つの手だとは思うけど。君も知っているだろう。【プレイヤー】たちはあまりに弱い。カーミラの尋問によれば、彼らは7つの特異点を観測しているそうだ。つまり、このフランスと同じ惨劇が人類史の7つの時代で起きている。……未来を護るためには、きっと力が必要だ』

 

『……それで?』

 

『私も君も、そしておそらくあの白い聖女もまた、この特異点の聖杯によって呼び出された存在だ。王家の百合(フルール・ド・リス)……フランス……人類の未来。それを護らんとする【プレイヤー】に協力したい気持ちはあるが、特異点が修復されれば我らは消滅を免れないだろう。でも、サーヴァントにして聖杯たる彼女だけは、話が違う』

 

 そこで、少しの間があった。

 さり、と布ズレの音がする。同時にジャンヌの唸り声が近づいた。

 どうやらデオンさんが床にかがみ込んだらしい。

 

『っ……、ろ、せ……ッ!』

 

『殺さないと言ったはずだ。君はフランスを焼いた咎人。操られた私たちにも恨む気持ちはある。だが、全てはジル・ド・レェの悪意が起こしたことだ。情状酌量の余地はあるのだろう……。

 

 けれど。君は、君自身の為した行いについて埋め合わせをしなければならない。

 

 何のことだという顔をしているね? 教えてあげよう。

 君は、『君が殺してしまった()()()()()()()()に代わって、この国を救わねばならない』。

 

 ……そも、オルレアンの聖女ジャンヌ・ダルク・ド・リスはフランスを窮地から救いはしたが、百年戦争そのものに終止符を打ったわけじゃあない。

 分裂する国内勢力を統合し、イングランド軍をこのフランスの大地から追い出して、戦後の国土復興に尽力なされたのは、他でもない【勝利王】シャルル7世陛下の手になる御業(みわざ)。まさにフランスを救った救国の王だ。後年には聖女の名誉回復のための裁判も行っておられる。

 

 そのような御方を、君は逆臣ジル・ド・レェの甘言に乗せられるままに焼き殺したのだ。当然、その損失は埋め合わせなければならないだろう?』

 

 デオンさんは滔々(とうとう)と語る。フランス王家に忠誠を捧げてるって言ってたもんな。国王が殺されたともなれば言いたいことも色々あったっていうわけか。

 

『無論、君がただ凡百な存在であるならこんなことを言ったりしない。だが、君は万能の願望機たる聖杯とあのジル・ド・レェの執念によって、限りなく精巧に作られたジャンヌ・ダルク・ド・リスの贋作(オルタナティブ)だ。彼女のごとく、綺羅星の如き輝きで我がフランスを護ってみせるだけの能力があるはずだと私は信じている。

 ゆえに邪魔なのは、ジル・ド・レェが君に刷り込んだその憎悪と怨念。……それを、これから聖杯の力を以て封印させてもらう』

 

 “!?”

 驚く俺とシンクロするように、ジャンヌの唸り声が一際大きくなった。バーサーク・セイバー。こいつ、自分だけまだ狂化を解呪していない……サイコっぷりが限界突破しつつあるッ!?

 

『なに、単純な強制(ギアス)の呪いだよ。術者が定めた条件を満たさない限り、フランスの、いや、人類の未来を脅かす存在以外に対する君の攻撃行為を禁則とする。解呪の条件はただ一つ。人類史に刻まれた7つの特異点を修復し、ジル・ド・レェに聖杯を授けた……此度の異変の真の黒幕を【プレイヤー】と共に突き止めて、その脅威を排除すること』

 

【Message:シュヴァリエ・デオン】

 

 デオンさんがジャンヌを呪おうとする。

 しかし同時に、俺へのメッセージを送りつけてきた。ずいぶん器用なことをするんだね。俺はそれを開封する。そこに書かれていたのは……

 

【key:John1224. Amen.】

 

 ……なんだろう? (key)

 それは、謎の英数文字列だった。えぇ、何これ暗号? 困るよー。俺そんなの読めないってば。

 

『君は、シャルル7世陛下に代わってフランスを救うために、人類を救え。それが王を殺した君の贖罪だ。全てが終わったとき、君の中にまだ復讐の焔が残っているなら……改めて君自身の復讐を世に問うがいい。ジル・ド・レェのそれではなく、君自身のための復讐を。

 だが、ひとつだけ覚えておくことだ。この特異点で創造された贋作たる君は、異端審問も火刑も受けてはいない。全ては偽りの記憶……。

 

 ──聖杯に願う。

 

 【贋作たるジャンヌ・ダルク(ジャンヌ・ダルク・オルタナティブ)に、強制(ギアス)の呪いを与えよ】。

 

 我が願い(呪い)を以て、贋作の魔女を救国の聖処女となせ──』

 

 

『アァァッァァッッ! 巫山戯るなッ! 巫山戯るな、シュヴァリエ・デオンッ……! 私は、絶対にお前をォォ……ッ!』

 

 

 しかし、ジャンヌの言葉が最後まで語られることはなく。

 その声は、突然オルレアンに降り注いだ雷鳴のような地を揺るがす轟きによって掻き消されたのだった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

『……ただの貴族あがりの騎士とは思っていなかったが、まさか外道の類いであったとはな。それとも、それも【狂化】のなせる狂態か?』

 

 地響きのような異音の中で、アーチャーが言う。

 

『──何とでも言うがいい。このフランスを救うためならば、私はいかな悪徳の罪さえ担ってみせるだろう』

 

 デオンさんはただ冷ややかに言葉を返した。ジャンヌの声はさっきの叫びを最後にずっと聞こえていない。……気絶でもしたのだろうか?

 

『そんなことより、アーチャー。君にはこれから、聖杯たる彼女と地下牢に投獄されているプレイヤーを運び出してもらう。届け先は、プレイヤーの元締め【カルデア】だ。具体的な行き先は、地下牢の彼に聞くがいい』

 

『汝は私のマスターではないだろう。その言に私が従う理由があるか?』

 

『彼らを助けることは、未来を護ることに繋がる。未来を生きるべき罪なき子どもを見捨てられる君ではないだろう』

 

『…………』

 

 アーチャーは沈黙した。

 俺はそれを聞きながら、ワイバーンたちがガジガジ齧っていた鉄格子の傷跡をガンガン蹴りつけている。さっきから地震か何か知らないが、地響きが凄いのだ。地下牢の天井からは絶え間なく土埃が舞い落ちていた。このままだと生き埋めになりそうな気配がプンプンしやがるぜ。

 

『……地下牢のプレイヤーとやらについては、理解しよう。だが、その魔女は駄目だ。子どもを護るためにというならば、やはり私は、それを殺さずにはおかん』

 

 アーチャーは頑なだ。子どもに対して思い入れがあるのだろうか? そういえばジャンヌとお話してるとき、アーチャーの名前が出なかったのは……。

 

『……彼女も子どもだ』

 

『何だと?』

 

『ジル・ド・レェによって憎悪と復讐の意思を植え付けられたとは言え、彼女自身は未だ聖杯によって生み出されて数ヶ月にも満たないはずだ。おそらく、盲目的な復讐以外の何も知りはしないだろう。それは……アーチャー。不幸な子どもの有り様だとは言えはしないだろうか』

 

『ハッ』

 

 だが、アーチャーは嘲笑った。

 

『自ら呪いをかけておいて、よくもそのようなことを口に出せる』

 

『それとこれとは別の話だよ、アーチャー。罪には罰を。だが、君にとっては……憐れむべき、救われるべき魂ではないのだろうか』

 

『……』

 

 断続的に地響きが襲い来る。……俺、なんとなくこの地響きのリズムに覚えがある気がするわ。そして、その正体も察しがついてきた気がするぞぉ……。

 

『長話をしている時間はないよ。聞こえているだろう、ファヴニールが目覚めようとしている。おそらく、主たる魔女が敗北したことを認識したのだろうな。支配の(くびき)から解き放たれた、本物の邪竜の覚醒だ』

 

 そう、それな。このリズム、すげぇ寝苦しい夢見てる時の(うな)され方に似てるのよ。

 

『聖杯とやらをプレイヤーに引き渡せば事態は解決するのだろう? ならば放っておけばいい』

 

 アーチャーは至極冷静にそんな提案をする。俺もその意見を全力で支持したい。あんなバケモノとまた戦わされるのはゴメンだね!

 

 ……でもさあ。

 この展開、何ていうか……。

 

『それが出来れば苦労はしないさ。だが、そうはいかない。なにせ、あれは元来宝物を護る【巣篭もりの竜】だ。今の奴がねぐらにしているこのオルレアンから、宝物を盗もうとする存在を許しはしない。きっと地の果てまでもその盗人を追いかけるだろう。

 ……そして今。このオルレアンにある、最も価値のある宝物は──』

 

 あーあ。特殊ルールのラスボス戦きちゃったよこれ。

 俺は嘆息する。今このオルレアンにある、最も価値のある宝物だって?

 

 …………そんなの、聖杯(ジャンヌ)に決まってるじゃないか。

 

 そしてもちろん、通話先の二人も同じ結論に至ったらしい。

 

『……ああ、なるほど。それで私か。……いいだろう。人間二人程度の荷物を抱えたくらいで、この私が巨竜ごときに追いつかれるものか』

 

『頼んだよ。君の俊足に世界の未来が掛かっている』

 

『……だが、魔女が邪魔になったら中身だけ抜いていくからな。それで汝はどうする。私は、足の遅い者を待ってやるつもりはないぞ』

 

『私か?』

 

 デオンさんは、そこで笑った。ジル・ド・レェとやりあってた時の皮肉や嫌悪を込めた笑い声ではなく、サイコ覚醒する前の俺の記憶にある華やかな笑い方でもない。それは俺が初めて耳にする、とても儚い笑い声だった。

 

『……私は、ここに残るよ。

 ここに残って、あの竜が君を追いかけるのを食い止める。この命を賭して。

 

 私もまた、フランスを蹂躙した罪人なんだ。

 だから、私の罪は私自身の命で以て償わなければならない。

 

 ──聞こえているだろう? 『君』がもしマリー様……マリー・アントワネット王妃にお会いすることがあったなら。どうかこの愚かな騎士(シュヴァリエ)の最期を語らずにいて欲しい。

 

 マリー様やジャンヌ・ダルク・ド・リスのような美しい心を持った方々の輝きに、その傍らにいただけの私やジル・ド・レェの振る舞いが影を落とすことなど、あってはならないのだから。

 

 

 ……ああ、心配してくれるのかい? ありがとう。残念ながら『君』とは友人付き合いと呼べるほどの時間も持つことはできなかったが、それでも『君』と友誼を結ぼうとした選択を私は間違っていなかったと思っているよ。心配はいらないさ。私はバーサーク・セイバー。この心を侵す狂気に身を委ねる限り、あの大邪竜を前にしても私は(おび)えず、(すく)まず、己の性能を十全に発揮して戦うことが出来るだろう。

 

 だから、さあ。一刻も早くこのオルレアンから逃げるがいい。

 魔女の呪縛は解かれた。この地に残る全ての英霊が君たちに力を貸すだろう。

 どうか、その総力を結集して──

 

 ──このフランスに残された最後の脅威、【大邪竜ファヴニール】を撃退してほしい』

 




解説は活動報告に。

(予告)
フランスの破壊を目論む涜神の魔術師ジル・ド・レェは(たお)れ、復讐の魔女は無力化された。
しかし、彼らの残した最後の怪物【大邪竜ファヴニール】が聖杯を奪わんと襲いかかる。

勝利の鍵でありながら呪いで宝具を封じられた魔剣のセイバー。
三度、騎士の誓いを胸に戦場へ降り立つランサー、ディルムッド・オディナ。
共闘を果たすべく戦場へ急行するライダーと、独自の価値観で戦場へ介入するアーチャー。
リヨンからはフランス軍とジャンヌ・ダルク率いるサーヴァント・プレイヤー連合が駆けつける。……最後の戦いが始まろうとしていた。
次回より、『ロワール川血戦』編。

(2021.05.01 プロット変更により予告内容は焼却されました)


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1-15

大変長らくご無沙汰しております。
1章オルレアン完結→幕間→2章セプテムプロローグまで連続更新予定です。

更新停止中に原作第2部が始まり、様々なキャラクターが実装されました。
それらに伴い、本作品において次の変更を行いました。

・主人公のクラン名変更:
第2部5章でアルゴノーツが補完され、本作3章プロットが大幅に変更されたため。

また全体に加筆修正を行いました。
よろしくお願いいたします。



>>> [1/3] 夜を走る。第一幕

 

 『FGO』第一特異点(ステージ)オルレアン、すなわち西暦1431年。

 

 その時代設定が意味するのは、フィールド上に夜を照らす街明かりが存在しないということだ。夜ってめんどいよな。VR関係なく導入されることも多いけど、ものが見えにくいってだけで諸々の効率が爆下がりする。人間、夜は寝るのが一番だ。そうと分かっていながら夜更ししてしまうのも人間だけど。

 ともあれだ。俺が見上げる黒々とした天蓋は、宝石箱をぶちまけたかのように星々の輝きを散りばめていた。

 

「ゴッゴッゴッゴッゴッゴッ」

 

 そして俺は、声にならない断裂音を喉から絞り出し続けている。激しい振動。ヘドバンじみて上下に揺り動かされる俺の頭部が位置エネルギーの増減を繰り返すたび、夜空に光る無数の星々は、流星のように長く残像の尾を引いた……。

 

 

 

 

 俺は珍しく感傷的になっていた。

 それは、俺の視界の片隅に展開されたフレンドリストの一番上。そこに文字化けアカウントとして登録されたばかりの『シュヴァリエ・デオン』の接続状態が、オンラインを示す緑色から通信切断(オフライン)状態を意味する灰色に変わってしまったからなのだろう。

 

 俺たちがオルレアンを離れてから、すでに30分ほどが経っていた。

 

 

 

>>> [2/3] 回想・地下牢にて。 / そしてそれから

 

 

「【プレイヤー】はいるかっ!」

 

 デオンさんが黒幕ジル・ド・レェを始末してから数分後、見知らぬケモミミアーチャーが地下牢の扉を蹴り開けて現れた。どうやらこいつがデオンさんとの通話に割り込んできた元バーサーク・アーチャーとやららしい。俺がオルガへ今しがたのデオンさん事変のニュース速報を取り急ぎ流し終えた直後だったのは、間が良かったのか悪かったのか。いずれは彼女のこともカルデアに知らせねばなるまいが……。

 

 二度手間は面倒だなと言う気持ちと、オルガに情報リークしたら情報料で俺の所持金が一桁増えたのでヤッターみたいな感情がせめぎ合っている。金が無かったら面倒が勝って連絡サボったかもしれない。やはり金は偉大だ。『経済なき道徳は寝言である』とは二宮金次郎=尊徳先生の御言葉だが、偉い人は良いことを言うものだなあ。

 

 そんな感慨を抱きつつケモミミの様子を観察してみよう。

 俺の牢屋の前でいつものように鉄格子をガジガジしていたワイバーンどもが、突然の侵入者出現に牢番の仕事を思い出したのか、キャンキャン喚いて威嚇を始めた。その耳障りな合唱に、ケモミミアーチャーの頭上の耳がぴこっと動いて反応するのが見て取れた。そして威圧的な声で言う。

 

「うるさいぞ。少し黙れ」

 

 Grr! キャンキャンキャン! GRRRRR!

 

 ……ま、そう簡単に意思疎通できたら苦労はねぇわな。

 この牢屋のワイバーン全てを個体識別できる程度には長い付き合いになってきたと自負する俺が言うんだから、間違いない。

 

「――なるほど。(しつけ)がなっていないようだな」

 

 ワイバーンたちに発言を無視されたケモミミが、低くつぶやく。

 次の瞬間、一番けたたましく喚いていたワイバーンが突然すごい勢いでぶっ飛んで、牢屋の反対側の壁にピン刺しにされていた。目にも留まらぬ速さで喉元を撃ち抜いたらしい一本の矢が、壁にぶっ刺さってなお勢いを殺しきれずにビンビンと震え続けてる。速射。プレイヤーのそれとは格が違う、これがサーヴァントのチカラ……。

 

 ええ……? 俺はドン引きした。

 

 スンッ……。ワイバーンたちも騒ぐのをやめた。

 

 

 そして訪れる、痛いほどの沈黙。

 

 

 コツコツと牢屋を歩き回るケモミミの足音だけが響き渡っている。

 ……怖っ。俺は息を潜めた。

 

「そこか」

 

 しかし無駄な抵抗だった。気配か何かを察知されたらしい。そもそもよく考えたら、大人しく良い子にしてた俺は特にケモミミから隠れる理由がねぇ。でも怖かったんだから仕方ない。そういう気持ちを分かって欲しい。

 ケモミミは俺の潜伏するお部屋に向かって足早に近づいてくる。ワイバーンたちは牢獄の片隅で身を寄せ合うように固まり動こうとしない。お前ら、怯えているのか……?

 

 俺は震えるワイバーンたちと一緒に、ケモミミへと注意を向けた。

 

 こいつが最後のサーヴァント、アーチャー。おそらくは、このオルレアン特異点の各地でプレイヤーたちを無差別マップ攻撃していた『矢の雨』の正体が、こいつなんだろう。

 

 なびく髪から漂ってくる草っぽい匂い。均整の取れたシルエット。揺るぎない所作。そしてアーチャーというクラス……要は女狩人か。素性は知らんが、やはり俺たちプレイヤーのロールプレイとはモノが違うな。堂に入っている。

 細身の体躯に、キツめの性格で武人っぽい感じの、だが森の香りをほのかに漂わせる脳筋系エルフ感……。ははぁ。典型的な低STR(筋力)AGI(敏捷)ビルドと見たが、どうかっ?

 

 俺の牢屋に到達したケモミミは、白く細いお手々で傷だらけの鉄格子をガシッと掴むと、そいつをグワッと勢いよく捻じ曲げた。

 

 ばっ、蛮族~~~!

 

 俺はぴぃっと警戒音を立て、牢屋の奥へころころと転がって避難する。視界の奥でワイバーンたちが俺と全く同じ逃避動作を取っていた。扉! 扉あったでしょ! なんでそんな風にモノ壊しちゃうの!? 乱暴!

 

「この砦は既に用済みだ。それより話は聞いていたそうだな? 時間がない。さっさと出るがいい」

 

 ああ、そう。廃棄を前提にした効率重視の振る舞いをしているとおっしゃる。なるほどね……。そういうことなら、こっちにも考えがあるっていうもんだ。

 

 俺は彼女の言うとおりに立ち上がろうとして、先刻デオンさんに腹をえぐられたせいで死にかけだったことを思い出した。そのままパタリと床に倒れ込む。そして心底不思議そうな表情を作ると、くいっとメガネを押し上げるジェスチャーを入れつつ現状報告をした。

 

「おや? どうしたのでしょう。立てませんね……?」

 

「……ちっ、腑抜けた男だ。一体なぜ、処女神(アルテミス)様に仕える私がこのような……」

 

 呆れた様子で牢屋へズカズカと踏み込んできたケモミミが、仕方ないとばかりに俺の襟首を掴んで持ち上げる。そしてそのまま俺を肩に担いで牢を出ると、元来た入口へ向かって歩きだした。俺はお持ち帰りされる狩りの獲物めいて、身体を「く」の字に曲げて四肢をブラブラさせつつ大人しくする。

 

 ……そうだ。それでいい。

 さっきの振る舞いを見た俺は、お前がそうするだろうと思ったんだよ。お互い、効率を重視するならこう動くしかないはずだ。だからこうして、合法的に肉体的接触の機会を確保しつつお前の肩の感触を味わっている……。

 

「妙な真似をしたら置いていくからな」

 

 ケモミミは言う。左様で。彼女の華奢な肩先で腹を突き上げられながら、俺は従順に頷いた。

 

 ……へへっ、心配はいらない。妙な動きなんてしないとも。俺は腹八分目を知る男……。ファーストコンタクトからどうこうしようなんて気はないさ。だが、そういう一言を入れてくれるってのは嬉しい配慮だぜ。細かな積み重ねでキャラが立つ。

 

 ところで、地鳴りの頻度が上がってきた気がするな? いよいよファヴニールの覚醒が近いのか。

 あ、目的地? リヨンでよろしく。南東ね~。ダチがそこでドンパチやってるからさ。リツカなら俺を匿ってくれるだろ。

 

 担がれたまま言葉を交わしつつ、牢獄の外に出る。おっと、蹴り壊された扉の先に女が一人転がっている。気絶しているらしく顔はうつ伏せになっていて見えないが、それが誰かはひと目で分かった。無力化された魔女。もとい、ジャンヌ・ダルクの贋作さん(オルタナティブ)だ。

 

「デオンさんは?」

 

 ここにいないもう一人の所在を聞いた。もっとも、たとえ聞いたところであのファヴニールに単身立ち向かおうとしているデオンさんに対して、今更俺に何か出来ることがあるとも思えなかったが。

 俺の質問にケモミミは直接答えようとせず、肩の上に担いだ俺の身体のそのまた上に、ぐったりしている魔女の身体を積み上げることで返事の代わりにしたようだった。

 

「ぐえっ」

 

 のしかかった重みに俺は呻く。それでケモミミとのやり取りは終わった。コミュニケーション不全にも程があるやり取りだったが、状況は既に会話どころではなくなっていたからだ。

 

 

 

 

 ふにゅんっ……!

 

 

 異質な感覚が、俺を襲っていた。

 

 なにっ……!? 俺は目を見開いた。

 感じる。圧だ。柔らかい、圧ッ……!

 脳内で非常事態警報が鳴り響く。なんだ。何が起こっている……?

 

 ケモミミが歩き出した。細かな振動が、肩の上の俺と魔女様を細かく揺さぶってくる。

 

 ふにっ。ふににっ。

 

 ……くうっ。

 

 俺は再び呻く。原因は明確だった。魔女様の胸部にたわわに実った左右双峰の魔女様が、俺の背中に()()()()()()

 

 なんてことだ。俺はその破壊力に恐れおののいた。状況を把握しようとする理性が、一瞬でピンク色に染め上げられていくっ……! だが今の俺には胸のことなど気にしている余裕はない。俺は理性の手綱を固く握りしめる理由があるからだ。それはつまり、リヨンへ向かったというバーサーカー【ランスロット】に続いて判明した素性不明のケモミミサーヴァントの情報についてとか、ファヴニールが覚醒おっぱいした件についてとか、そして何より黒幕おっぱいの顛末と聖おっぱい杯の行方をカルデアに伝えるという義務がありおっぱい!

 

「がああああっ!」

 

 ダメだ! 俺は叫んだ。この思考は駄目っ……! カット……カットだっ……!!!

 

「騒ぐな。ファヴニールに気取られる」

 

 ケモミミが冷たく制止する。この状況でそれが出来たら苦労はねえよっ。

 俺の中のシリアスは、背中を押す魔女様の膨らみの恐るべき豊満さによって、凄まじい勢いで侵食されていた。もはや一刻の猶予もない。

 

 で、デオンさん……。

 

 俺は切り札を切った。現状の元凶たるシリアス発生源に思いを馳せる。俺に対して示された、特に理由の見えない好意の数々。それは俺の心中に一抹の優しさとサイコの恐怖を想起させた。あるいは友情めいた感傷。矛盾した感情の爆発。サイコバースト……。

 続いて俺は、デオンさんにぶち抜かれた内臓の感触を思い出し、恐怖によって己の理性を引き戻そうとした。しかしお腹に意識を移した瞬間、今度はうつ伏せの状態で担ぎ上げられた俺の腹に当たるケモミミの小ぶりで華奢な肩の形がはっきりと意識され。

 

 結論から言えば、俺はもう駄目だと思った。

 

 

 そんな一方でケモミミは、肩に積み上げた俺たちお荷物を軽く揺すって位置を調整していたらしい。そして「行くぞ」と小さく呟いた。幸いにもお荷物一号こと俺を悩ます煩悩には気付いてないようだ。どうぞ、と俺が辛うじて残された理性を口から絞り出したその瞬間────世界が、加速した。

 

「アッ──!!!」

 

 呼気とも悲鳴ともつかない音が俺の喉あたりから漏れて出る。そのあまりの加速度に、頭の中のピンク色が消し飛んだ。

 

 廊下の装飾らしきものが一瞬すさまじい勢いで視界を流れ、すぐ消える。

 

 疾走を開始したケモミミは、俺には認識できないほどの速度で砦の廊下を走り抜け、開いていた窓か何かから外へと飛び出していたらしい。つい何秒か前まで建物の中にいたはずの俺の周りには、既にオルレアン市街の夜の空気が広がっていた。

 

「ゴッッッッ!?!?」

 

 そして、着地。いつかのクー・フーリンとはまるで違う、気遣いの欠片も感じない荒々しさだ。

 アーチャーの肩が着地の衝撃のままに俺の腹部を突き上げ、俺は目を見開いて嘔吐感をこらえる。

 

 ぐぅっ……ぐ……く……も、問題ない。

 

 背中にあたる魔女様の肉体の生々しさに意識を集中させれば、その柔らかさが俺に強い鎮静作用をもたらした。

 

 い、いいぞ。その調子だ俺。もっとだ。もっと精神を集中させろ……!

 

 俺の脳は、激烈な速度と振動がもたらす嘔吐感と、猛烈なおっぱいの柔らかさがもたらす多幸感を同時に入力されたことで、混乱の極みにあった。

 理性のタガが、ガタガタと音を立てて緩みだす。

 

 ──嘔吐感。気持ちが悪い。ゲロ吐きそう。

 

 ──魔女様はケモミミに任せて、俺はもう死に戻っていいんじゃないか?

 

 ──だが──この背中に当たる柔らかい感触は──

 

 ──この感触は、惜しい。今はまだ死にたくない。

 

 そうだろ?

 揺られているから気持ち悪い。揺られているから気持ちいい。

 二つに一つを選べないなら、俺はどうすればいい?

 

 ──そして朦朧とした意識が答えを出した。迷いが晴れるのを感じる。

 

「わかった、わかっタ、ワカtta、輪ヵッ他……」

 

 俺はワカッタ。分かっちまった。そうだ。理性を閉じろ。感覚に身を任せるんだ。

 肉の重み。そしていのちだけがもつ温かみへと。

 色香ではない。性欲でもない。回帰。そう、回帰だ。死でもなく、生でもなく、ただかつて在ったあたたかい場所へ還りたいという願望。それは、ヒトの持つ本能にも似て……。

 

 街の景色が飛ぶような勢いで過ぎ去っていく。風が轟々と唸りを上げる。見上げれば満天の星がそれぞれに残像の尾を引いていて、まるで流星雨のようだった。

 

 だが俺は、既にそんな雑多な風景など受容していない。

 むしろもっと内側の。

 より原始的な……根源的な感覚に揺蕩(たゆた)っていた。ケモミミアーチャーの踏み込みが生む激しくも規則正しい振動と、それに突き上げられた俺の(からだ)を押し返す魔女様の(からだ)の柔らかな感触だけが、俺に残された真実だった。

 

 ザリ。

 

 いつの間にか、建物一つ見えない夜の原野を走っている。

 街灯などあるはずもない。月と星だけがぼんやりと世界を照らす。

 

 ザリ。ザリ。

 

 視界に混線するのは、その夜の光景と同じくらい暗い部屋。異国風の調度……アラビアン。見たことがある気がするのに、いつ、どこでの記憶なのかを思い出せない。

 月が陰ったのか森に入ったのか、視界がだんだん暗くなっていく。

 感覚されるのはアーチャーから漂う森の匂い。魔女様の身体から滲む血の匂い。そしてほのかな……

 

 ザリザリザリザリ……。

 

(((────本当に。仕方のない人ですね)))

 

 ……ほのかな、西洋薄荷(ペパーミント)の香り?

 

「はっ!??!!?」

 

 あああ、あっぶねー!

 俺は正気に戻った。完全に白目をむいて、死にかけていた。

 

 くそっ。何がどうなってる。イマイチ頭が回らねぇ。俺は……。

 

 背後で轟くファヴニールの唸り声が、いつの間にかずいぶん大きくなっている。

 視界の片隅に開きっぱなしのフレンド欄に注意を向ける。一番上の、文字化けじみたデオンさんのそれはまだ健在だ。

 よかった。

 

 

 俺は、ふっと安堵の息を吐き。

 

 

 次の瞬間、デオンさんのオンライン表示がふっと消灯するのを、呆けたように見届けた。

 

 

「――――え?」

 

 

 ファヴニールの咆哮が、一際大きく響き渡る。

 

「セイバーが(たお)れたか。少しスピードを上げるぞ」

 

「あ、ああ。…………いや。え?」

 

 ケモミミの冷たい声に一瞬現実へ引き戻された俺は、肯定の意を込めて返事をしようとし、再び困惑のるつぼに落ちた。意図が正しく伝わったかどうかは、分からない。

 

 だが、まあ。そんな俺を担いだまま全力疾走し続けているケモミミ女は、正しく俺の意を汲んだようだった。

 一際強い踏み込み、そして加速。

 

 いや。最初から俺に答えなど求めていなかったという可能性もある。その場合、一応一言かけてくれたこのケモミミは、意外と律儀な性格だったのだろうか。俺はそんな、どうしようもないことを考えていた。

 そして並行するように、今しがた俺の最新のフレンドが……NPCがオフラインになったということの意味を、ゆっくりと咀嚼していた。

 

 

 

 

 

>>> [3/3] 夜を走る。第二幕

 

 NPCがオフラインになった。

 

 経験上、プレイヤーの意識をトバしても接続状態に変化は生じない。死のうが気絶しようが、オンラインはオンラインのままである。だからこそ……目の前の、通信途絶(オフライン)状態という変化が意味するものは。デオンさんは、もう既に。

 敵だったのか味方だったのか。男だったのか女だったのかさえ結局よくわからなかったが、俺のフレンドではあった。それは……。そう。友達になれたかもしれないということだ。

 

 ……くそッ、だめだ。思考がまとまらない。俺は思ったより動揺してるらしい。

 

 とにかく、味方になりえたサーヴァントの一角が脱落したという事実がある。そしてもう一つ、大ボスとしてレイド級エネミー、ファヴニールが覚醒したという事実。

 

 一方で、ケモミミアーチャーに運搬される俺の上には魔女様が積み上げられている。聖杯の奪取は達成できたということか。つまり、特異点修復達成(ステージクリア)条件へのアクセスだ。

 

 総合するならば、現状はやはりオルレアン特異点(ステージ)の最終盤といえるだろう。プレイヤー全体の進行度がまだ途中の街(リヨン)であることを考えれば、前倒しでイベント起こしちまった感は否めないが……。いや。俺は何も特別なことはしちゃいない。精一杯生き残るためにゲームプレイ上可能な範囲での説得と交渉を行い、あとはNPC(サーヴァント)同士の内輪もめを横で聞いていただけだ。つまりこれは必然。起こるべくして起こった結果ということか?

 

 そうだ。そうに決まっている。

 だから。

 なるほど。

 やはり俺は悪くねぇ。

 ……悪くねぇ、はずだ。

 

 俺は強引に気持ち(マインドセット)を切り替えることにした。

 リアルタイムでイベントが進行している以上、いい加減で暗い感情を振り切って通常営業に戻らなければならない。

 そのためには……。

 

「ん、うぅ……」

 

 おっと、お(あつら)え向きだな。眠り姫がうなされているようだ。

 寝心地が悪いのか、俺の背中でもぞもぞ動こうとする魔女様の四肢を、俺はガシッと掴んで固定した。細いながらも柔らかく沈みこむ魔女様の腕の感触が、それを握る俺の手のひらを通じて伝わってくる。

 

 おいおい、あんまりモゾモゾ動くなヨ? 振り落とされちまうからな……。

 

 相手に意識はないが、念じれば届くかもしれない。そういう気持ちを込めて、強く思念を脳へ刻み込む。これは善行。最重要人物である聖杯(まじょ)の危険を防ぐための、いわば不埒な感情の介在する余地が無い極めて倫理的かつ良心的な振る舞いであるということをアピールする必要があるからだ。どこか遠いところで俺たちの思考と行動を検閲しているだろう運営(カルデア)に。

 

 

 ――オトコ、と呼ばれる警句がある。

 

 ・「お」さわりしない

 ・「()」らない

 ・「(ころ)」さない

 

 以上3つの頭文字をとった言葉だ。自由を謳うVRMMOである『FGO』において、なお禁止されているアクション。それを端的に示したものである。俺たちに紳士的振る舞いを強要する三か条、破れば激烈な強制弱体化(デバフ)のペナルティがある。罪状によっては、その場にぶっ倒れて立ち上がることすらできなくなるほどに。

 

 無論、抜け道が無いわけではない。プレイヤーの飽くなき検証によって、いくつかの例外事象が報告されている。例えば……

 

 ……いや。そういう話は今はいい。

 

 つまり動機の話だ。

 身も蓋もない言い方をすれば、せっかくのチャンスなので、魔女様へのおさわりについて情状酌量を狙っている。肉体的接触に関するペナルティは、乱戦時などにおいては基本的に免除されることが多い。つまり不可避の接触は対象外。この特殊イベントじみた状況の真っ最中ならば、もしかしたらという気持ちがあった。

 

 そもそも、いくらおさわり禁止と言ったって、偶然誰かの身体に触れちまうことはある。戦闘中はもとより、平時にだってトラブルじみたラッキー展開は起こりうるだろう。なぜって、仮想現実(ヴァーチャル・リアリティ)ってのはそういうシチュを可能にする技術であるからだ。モニターを介する従来のゲームでは実現不可能とされてきた、肉体(アバター)という「実」のあるコミュニケーションが、俺たちをこのゲームに駆り立ててきた……。そういう側面があることを俺は否定しない。エロと戦争は技術を進める2つの車輪。誰の言葉かは知らんが、間違いなく真実を指していると俺は思う。そういう事を考えながら、魔女様の二の腕を揉みあげるようにして絶妙な力加減の塩梅を探っている。無論、彼女が振り落とされないようにだ。聖杯の運搬が攻略の必須条件である以上、このムニムニは必要悪。いや、悪ですらない。なぜって俺に不埒(ふらち)な気持ちなど微塵もないからだ。つまりセクハラではない。いいね?

 

【!DANGER!】

 

 よくなかった。

 視界に真っ赤な警告文が踊る。

 

「横に跳ぶぞッ!」

 

「ゴッ!?」

 

 いや、別件だった。

 

 横っ飛びに緊急回避したケモミミを追いかけるように、空から炎弾が落ちてくる。ファヴニールの口から放たれるナパーム唾だ。咆声も気づけば既にずいぶん近い。射程に入られたのか……!

 

「山に入るッ! 落ちないようにしっかり捕まっていろっ!」

 

 一瞬獣じみた四足姿勢――俺たちを片手で担いでいるから三足だが――を取ったケモミミが、そこから猛加速する。弾丸じみたスプリントで突っ込んでいく先には、木々が生い茂る小山があった。なるほど、頭上からの炎弾直撃を避けるルート取りというわけか。やはりこいつもクー・フーリンやデオンさんと同じサーヴァント。プレイヤーよりよほど判断が早いし、的確だ……。

 

 だが、判断が早ければ良いとは限らない。

 俺は加速する視界の前方に、運悪く山を降りてきたらしいプレイヤーの姿を捉えていた。中年男性のアバター、背中には木製のカゴを背負っているのが見て取れる。前線を離れて山菜採りでもしていたか?

 

「な、何だ!?」

 

「邪魔だっ!」

 

 猛スピードで突っ込んでくる俺たちを見て動揺し、思わず後じさろうとして硬直する中年男性プレイヤーの脇をすり抜けるような位置取りへ、ケモミミが走り込んでいく。

 しかし生い茂る木々が明らかに邪魔だった。このままケモミミが中年男性の横を抜けるコース取りでいくならば、ケモミミはともかく、俺と魔女様は路上に長く張り出した枝に激突してお陀仏まっしぐらである。

 

 見る間に男との距離が詰まっていく。ケモミミがスピードを落とす気配は微塵もない。ちょうど俺の頭の高さで伸びているぶっとい枝が、恐ろしい勢いで近づいてくる。

 

 死ぬッ……! これ死ぬけどッ!?

 

 

「口を閉じていろッ」

 

 ケモミミが吠えた。同時に、ぐいっと一際強く俺たちお荷物を抱え込む。

 ずっと規則正しいリズムを刻んでいたケモミミステップが、ズガガッと特徴的な足運びを混じえてリズムを変えた。

 視界が360度高速回転する。――ケモミミターンだ!

 

 ちょっっ……!

 

 

 と、思った次の瞬間。俺達は森の中にいた。

 

 

 えっ?

 

 

 後ろで、ファヴニールの炎弾を受けたと思しきさっきの中年男性の「ぬわーっ!」という声がする。あまりのスピードに認識が追いつかなかったが、どうやらさっきの変則ケモミミステップは高速スピンしながら男の脇をブチ抜いていくための走法だったらしい。

 

 ……ん? そんな技術、どっかで聞いたことがあるような…………。俺の脳裏におぼろげな記憶が引っかかり、そして俺はアイデアロールに成功した。

 ハッ! こ、この技はまさか……! あの伝説の!

 

 

「デ、【デビルバットハリケーン】……ッ!!!?」

 

「……【アルカディア越え】だ。私のスキルにいきなり変な名前をつけるんじゃない」

 

 

 あ、はい。さいですか。

 俺は黙って荷物に戻ることにした。

 

 



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1-16

ここから少し時系列を遡ります。
主人公が魔女とお話したりデオンさんが実力行使に出たりした日の、裏で起きていた話。


> [1/1] ザ・ロンゲスト・デイ・オブ・オルレアン①

 

[AM 10:00]

 

 暦の上では7月が近づき、夏の暑さは一日一日と一層苛烈なものへ移り変わっていく。青々とした空に輝く太陽は、まだ朝だというのに十分過ぎるほどの光と熱を地上に撒き散らしていた。

 既に天高く登りつつある陽光の中で始まった戦いは、じりじりと熱されていく空気の中で、その激しさを増し続けていた。

 

 死者の街と化したリヨンを攻める寄せ手の中軸を担うのは、フランス王軍。将軍ラ・イールの指揮のもとに無人の城壁を越え、リヨン市街の中心部を目指して進軍する。一方、その道を塞ぐように待ち構えるのは武装した死者の群れ。アンデッド兵だ。

 

「投石用意ィ」

 

 指揮官のがなり立てるような声に、兵たちはめいめい拳大の石を手に持ち、あるいは手投げ用の投石機に丸く磨かれた石を装填して次の命令に備える。

 

「放てぇッ!」

 

 バラバラと唸りを上げて、質量が飛ぶ。

 十分に勢いを加えられた投石には、人間の手足を容易く砕くだけの威力がある。腐りかけた死者が相手ならば尚更だ。貫通力に特化した弓や弩を使うよりも、こちらの方が死者相手には効果的であることを、フランス軍の兵士たちもこれまでの戦いの経験から学んでいた。

 投石の直撃を受け、武器と思しき錆びついた剣や槍を腕ごと地面に落とされた死者が多数。足を砕かれた者は地べたに転がり怨嗟の呻きを上げている。

 

「大盾ェ、進めっ!」

 

 敵に痛撃を与えたとみて、指揮官は前進の命令を下した。

 だが、それでも死者の行動は止まらない。武器を無くした者は血まみれの腕を振りかぶりながら前へと進み、足を無くした者は地面を這いずりながらもガチガチと不揃いな黄色い歯を鳴らす。

 

「不浄がっ!」

 

「化け物めっ……」

 

「主よ、救いたまえ……!」

 

 王軍の兵士たちは、迫りくるおぞましい死者に向かって口々に祈りの言葉を唱える。大盾を構えた屈強な兵士を前衛に押し出すと、その後ろから槍で突き、払い、盾役が死者に組み付かれるのを防ごうとした。兵士たちに伝えられた役割はただひとつ、戦線を押し上げ続けること。

 

「そこ通りまーす! ちょっと空けてくださーいッ!」

 

 そうして大盾を壁にして作り出される生者と死者の拮抗状態を、戦線に介入したプレイヤーとサーヴァントが死者を破壊・無力化することで崩していく。魔物相手に一方的に有利な戦闘を進められるのは、練度の高い戦闘職プレイヤーとサーヴァントのみ。彼らが敵を殲滅する間、他の者たちは敵を引きつけ時間を稼ぎ続ける必要があった。

 

「GRRRRRRR!」

 

『北東からワイバーン来ます! 3体!』

 

『対竜装備アーチャー、カウント3で斉射いきます! なるべくスキル温存よろですっ……3! 2! 1! どうぞっ!』

 

 同時に空から飛来するワイバーンを後衛プレイヤーの放つ矢が牽制し、あるいは致命傷にならないまでも傷を負わせて動きを鈍らせる。

 

「よっと」

 

 その矢の雨を一切気にすることなく、青いローブをまとったクー・フーリンが人混みを割って高く高く跳躍し、ワイバーンの(くび)を蹴り砕いた。反動で更に跳び上がったルーン魔術師は、その手の杖を勢いのままもう一匹のワイバーンの背に突き立てて地上へ落とす。前衛プレイヤーがそれを囲んで(とど)めを刺す間に宙へ刻んだルーンが炎弾となり、瓦礫の山から立ち上がった骸骨兵たちを一網打尽に焼き滅ぼした。

 

「っと……こいつはキリがねぇな」

 

 着地したクー・フーリンはそう呟いて、フランス軍の後方で護られている音楽家(アマデウス)の様子を伺おうとした。直接戦闘に不向きなアマデウスは、今日の戦いにおいては(もっぱ)ら支援と索敵を担当している。

 

 その視界の片隅を斥候(アサシン)と思しきプレイヤーが走っていく。が、瓦礫の中から伸びてきた腐りかけの手に足を捕まれ転倒した。驚愕に目を見開くプレイヤー。次の瞬間には、その足を掴んだ手ごと上空のワイバーンが起こした強風に吹き飛ばされてしまう。黒い靄と化して消滅したプレイヤーは、1キロほど離れたフランス軍宿営地に敷設されている召喚サークルに転送されたことだろう。

 

(功を焦るのは分かるが、ちっとばかし(はや)りすぎだな)

 

 クー・フーリンは僅かに眉根を寄せる。プレイヤーの「死に戻り」は確かに強力ではあろう。だが、そればかりに頼ってこうも容易く死んでいくようでは話にならない。

 瓦礫と住人たちの死体で埋め尽くされたこの街は、彼らプレイヤーにとって非常に相性が悪い戦場だ。他の戦線と異なりリヨン攻略戦だけがこれほどまでに長引いたのは、その攻め手がプレイヤーという特性を持つ者たちだったからに他ならぬ。

 

(……倫理(エシック)フィルタ、か)

 

 プレイヤーは、現地住民の死体をうまく認識できないのだ。『FGO』がゲームとしての殻を被っているゆえに、そのプレイヤーである彼らは、R-18Gに抵触するようなグロテスクな物体(オブジェクト)に対して何らかの認識阻害を組み込まれている。……おそらくは、現地民(NPC)の腐乱した死体を瓦礫として誤認するように。

 

 クー・フーリンのマスターは廃集落の瓦礫の量が多すぎることからその辺りの事情に気づいたようだが、勘の良いプレイヤーの中にも既に同様の認識は広がっているのだろう。動きの良いプレイヤーほど、不自然な位置の瓦礫からは距離を取って戦っているのが見て取れた。

 

 たとえプレイヤーが認識できなくとも、恨みと怨念の蓄積した戦場に放置された死体は、いずれ魔を帯びて蘇る。そのときになって初めて敵の出現を認識するのでは、あまりにも遅すぎるのだ。そう、致命的なほど。

 

(それでもフィルタリングを()めねぇってんだから、カルデアの魔術師連中も大概過保護なことだ)

 

 先程プレイヤーを吹き飛ばしたワイバーンが身を翻して甲高く叫ぶ。戦意が高い。

 ワイバーンの突撃(チャージ)に備えるべく、クー・フーリンは足元の地面に新たなルーンを刻んだ。歯ごたえのある敵とは言いにくい相手だが、魔力消費を可能な限り抑えて戦う必要があると思えば退屈はしない。プレイヤー風に言うなら縛りプレイというやつか。

 ただでさえ令呪を使い切っている上に、牢屋の中でも勝手に死にかけては自分の構成魔力(ライフポイント)を失っていくマスターだ。追加の魔力供給は期待できない戦いとなるだろう。

 

「ま、この戦いが終わったらそろそろ迎えに行ってやるかねぇ……」

 

 

 

[AM 11:45]

 

 この戦いにおいて、運営からプレイヤーに提示された任務(ミッション)は2つある。

 

 1. リヨンを支配するサーヴァント『鉤爪のアサシン』を撃破せよ。

 

 2. リヨン市街に身を隠している、『竜殺しのサーヴァント』を捜索・救出せよ。

 

 加えて、友軍NPCとして参戦するフランス兵を可能な限り多く生存させることで追加報酬が発生することもアナウンスされていた。

 これらの指示は戦闘・捜索・護衛の担当を分担しつつNPCと協力してミッション遂行することを意図しているように思われる。だが、そう簡単に済む話ではないということをプレイヤーたちは理解しつつあった。

 

「ボス戦、探索、NPC護衛。どれをミスっても総崩れになりかねないのが辛いところだな」

 

「だったら速攻で終わらせてやらぁっ!」

 

「あっ馬鹿!」

 

 血気に任せて集団から飛び出していったプレイヤーが、50メートルほど走った先で突然地面に倒れて魔物たちにたかられる。同クランの仲間と思しき数人が救出を試みて返り討ちにあわされた。塵となって消滅する彼らの構成粒子の残り(かす)が風に吹き散り、風下にいた別のプレイヤー集団へと降りかかる。鬱陶(うっとう)しげにそれを振り払う黒髪の男に、傍らの女が囁いた。

 

「──市街中央エリアに向かわせていた使い魔は全滅。随伴させていた者たちもライフを全損し、宿営地のサークルへと転移したようです」

 

「分かった。こちらはこのまま進めよう。どのみち使い魔は乱戦に向かないのだし、彼らには十分休息を取ってから戻るように伝えておいてくれ」

 

「承知しました」

 

 男たちが位置するのは、集団の中央からやや後方。敵との戦いに逸るプレイヤーとは対象的に殊更ゆっくりと歩を進めるその姿は、普段周囲のプレイヤーたちが彼らに対して抱くイメージとは少し異なるものだった。

 彼らの名は【陰陽】。

 攻略組と呼ばれるクランの一つ、その中でも個々人のプレイヤースキルに特化した集団として知られる者たちだ。

 

「……だが、良かったのか? 先の戦いでは私のわがままに君たちを付き合わせてしまった。私が魔女相手に負け戦を仕掛けなければ、【陰陽(うち)】はもっと大きな戦果を得られたはずだ。ならば今回は……」

 

「反省なさったのですか?」

 

 言いながら、女は視線を目の前の男、すなわち【陰陽】のクランリーダー・カナメの胸元へと向けた。そこには、首から一枚の看板がぶら下げられている。

 

 『わたしが戦犯です』

 

 伝奇小説から抜け出してきたような怜悧な造形のカナメに似合わぬ間抜けな文言は、先ごろのファヴニールとのレイド戦において、彼が敵方の魔女と戦うためにクランメンバーもろとも突出した挙げ句、1 on 1(タイマン)で惨敗したことへの罰であった。生産系クランが売り出している、罰ゲーム用パーティグッズである。お値段298QP。

 戦犯(カナメ)は彼女の問いに、普段と変わらぬ神妙な顔で返事する。

 

「反省……と言うべきかは分からないが。だが、冷静にはなった。『FGO』はMMO(マルチプレイヤー)として作られたゲームだ。私一人が満足するためにあるものではない」

 

 なるほど、要するにまだ反省の言葉(ごめんなさい)を言う気はないと。

 女はクランチャットに<<罰ゲーム延長>>とだけ短く書き込みを加える。当然それをチェックしている一人でもあるカナメの顔が、ギシッと引きつった。

 

「待ってくれないか。どうやら君と私の間には何か誤解があるらしい」

 

 何やら弁明を試みるリーダーを無視して、女は後方を見やる。ゾンビの群れに、飛竜3。

 

「誤解を解きたければ、せめて次はより良い戦いを。【陰陽(われわれ)】のおよそ半分は、貴方の剣に惹かれて所属しているようなものなんですから。……ワイバーンが来ましたね。露払いをしてきます」

 

「……了解した。すまないね、【双つ腕(フタツカイナ)】」

 

 【双つ腕】と呼ばれた女はカナメとの会話を打ち切ると、彼の承諾を背に集団の後方から飛来するワイバーンへ向けて駆け出していく。腰と背中に(くく)り付けた4つの鞘の中から、華奢な両手で2本の剣を選び引き抜いた。

 左手の剣が道を塞ごうと現れたゾンビの突き出す汚れた指を斬り落とし、その勢いのまま彼女は身体を回すと続けざまに片足の腱を切断する。そして速度を一切落とすことなく、地に崩れ落ちる死者の脇をすり抜けていく。敵の撃破を目的としない、損害を最小限に抑える立ち回り。

 

 双つ腕の名が示す通り、彼女の戦闘スタイルは二刀流。

 しかし、プレイヤーとしての彼女を規定するクラスはセイバーではない。

 彼女のクラスは、キャスターだ。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 カナメの妹(両儀式)が両儀家の家督を継いで、それなりの歳月が過ぎている。その日々の中で、どのような経緯を辿ってか、彼女の剣を知るものがちらほらと現れだしていた。

 ……恐ろしいことだとカナメは思う。彼女に刀を抜かせるような出来事など、そう滅多にあって良いものではない。

 だが同時に、妹は随分丸くなったのだろうとも思われた。部屋に引きこもりきりのカナメには具体的な事情を知る由もないが──少なくともその事実が意味するのは、そんな恐ろしい戦闘に居合わせながら、剣を振るう両儀式を視認していながら、見逃され生き延びた者がいるということなのだから。

 

 

 そして一方で、『FGO』には俗に武術チートと呼ばれる問題がある。「現実」で修めた武術をゲーム内で行使できることによるプレイヤー間の戦力不均衡。カナメは、その体現者の一人として知られていた。

 

 いまや廃プレイヤーの一角として名を馳せる彼は、初めて『FGO』にログインしたときから、己の身体に染み込んだ剣術をこのゲームのために使うことをためらう気などまるで無かった。現世……実家への義理など大してないし、それで両儀の手の内の一つや二つが割れたところで、あの妹ならば何とでもするだろうという気持ちがあったからかもしれない。そもそも、今は西暦2015年。七夜、巫淨、浅神──そして両儀から成る退魔四家は、伝え聞くかつての隆盛からは見る影もなく衰退し、その分家や末裔も市井に紛れて久しい。既に退魔が退魔として生きるべき時代でもないのだろう。

 

 そんなことを考えながら剣を振るっていれば、いつしか彼の剣に惹かれる者が集まり、やがて一つのクランを成した。すなわち【陰陽】。

 カナメの素性を知ってか知らずか、そのクランは廃人と呼ばれる逸脱者を多く抱えることになる。彼の送る視線の先で半身になって右手の剣を構え、長い黒髪をたなびかせながらワイバーンを待ち受ける双つ腕もその一人。現実では、刀鍛冶の家の出だと言っていたはずだ。

 

 

 ──【刀崎】という家系を、カナメは知っている。

 

 骨師とも呼ばれる刀鍛冶の一族だ。

 普段はごくごく普通の鍛冶師として暮らす彼らだが、最高の使い手に巡り合った時、己の腕を差し出しその骨で以て骨刀をつくるという。

 確証は何一つ存在しない。けれど、なぜか彼女はそうなのだろうという確信があった。

 

 ──【双つ腕】という名前。現実でも古い鍛冶師の家の出らしいのに、信仰しているであろう金屋子神に嫌われるとされる女性のアバターを使うこと。二刀流という両腕の存在を誇示する戦闘スタイル。

 

 彼女がそれらを選んだ理由(わけ)を。そして彼女がなぜ仮想現実へ没入(『FGO』をプレイ)するに至ったのか、カナメはあえて問いかけようなどとは思わない。おそらくはろくでもない理由なのだろう。多分、自分と同じくらいには。

 

 双つ腕が手ずから対ワイバーン用に調整した右手の剣が、突撃してくる竜の翼を見事に切り裂いた。彼女が装備する四本の剣は、それぞれ個別の用途が定められている。双つ腕はそれらを敵に応じて使い分けることで非戦闘職(キャスター)クラスの不利を補っていた。

 姿勢を崩して瓦礫の山へ突っ込むワイバーンから大きく距離を取った彼女は、再びカナメのもとへと駆け戻ってくる。

 

 翼を破壊すれば、ワイバーンの脅威は大きく失われる。今は経験値のためにトドメを刺すことに時間を割くよりも、少しでも早くプレイヤー全体を市街の中心部へ進めるべきだと【陰陽】は考えていた。

 

(リヨンに潜む敵の首魁……鉤爪のアサシンは神出鬼没。結局のところ、奴を味方サーヴァントに押し付けてからでなければ探索は進まないだろう)

 

 街へ入ったときから使い魔を偵察に送り出してはいるものの、やはり成果は(かんば)しくない。

 先日のファヴニールとのレイド戦で改めて痛感したことだが、このゲームはプレイヤー側に勝ち目のないシチュエーションを平気で投げつけてくる節がある。事実上の負けイベントなのに、プレイヤーの技量が足りないのが悪いと言わんばかりに切って捨てるような無情さが。

 それを思えば、この街で与えられているミッションも本当に達成可能なものか疑わしいところではあろう。

 そしていずれにせよ、今日の戦いはまだまだ先が長いのだ。ならば、今は消耗を抑えて進むべきだと思われた。

 

(まあ、それも私個人の考え方に過ぎないが)

 

 そんな思考を断ち切るように、遠くの方で大きな音がして、建物が崩れた。砂埃が高く舞い上がるその奥で、巨大な人型の影が緩慢に動いている。遠目にも目立つ、不格好なまでに肥大した両腕。そして巨人の周りの建物にも奇妙な造形の人影がいくつか。

 周囲のプレイヤーたちが彼らを指差し、ざわめく。異形のキャラメイクで戦闘の最前線に立つ者たち。あれは……

 

半魔巨人(ネフィリム)のアバター……やまいこさんが来ているか)

 

 それなりに名の知れたプレイヤーだ。VRMMOというゲームシステムの性質上、人体の構造を外れた異形のキャラアバターは扱いが難しく、実戦レベルで運用できる者は限られている。現状メリットも少なく、ほとんど趣味か酔狂の領域に近いものだ。それゆえにか、マイノリティーたる異形の攻略組プレイヤーたちは内輪での連帯を重視する傾向があった。

 おそらく、彼女の所属する異形プレイヤーのクランはこちらとの協調を望むまい。互いが互いを別働隊と割り切れるならば話は早いが、そんな行儀の良い連中でもない。

 何かアクションを取るべきか? そう考えた、そのとき。

 

(……?)

 

 カナメは、ふと前方の道端に転がる瓦礫に「嫌な感じ」を覚えた。即座に迂回する進路を検討し、採用。手振りでクランのメンバーたちにも同じことを伝え、後続への伝言を依頼する。彼らがそこを通り過ぎてしばらくして、背後からプレイヤーたちの戦闘音が響いた。やはりアンデッドが潜んでいたらしい。

 

「何度見ても、どうして敵がいると分かったのか全く分かりませんね」

 

 再び彼の傍らに並んだ双つ腕が、感心したように呟いた。

 

「感心ついでに君がその剣の1本でも貸してくれれば、迂回せず私が処理するだけで済むんだが」

 

 カナメは理由を明言することを避けた。聞かれたところで、あの瓦礫が()()だったからだ、としか返しようがないからだ。

 ただ、話を逸らすことだけが目的の返答だったわけでもない。ファヴニール相手の撤退戦の後、ジャンヌたちを追ってリヨンに急行した彼のクランには、物資補充の時間など存在しなかった。魔女との戦いで愛用の剣を失ったカナメもまた、然り。今、彼の手には敵のアンデッドから奪ったばかりの玩具に等しい朽ち錆びた剣が一振り残るだけだった。

 装備に困窮するクランリーダーの言葉を受けて、双つ腕はニコリと微笑んだ。そして言う。

 

「──はい? 絶対に嫌ですが?」

 

「ああ、そう……」

 

 彼女の荷物に大量の予備の剣が詰め込まれていることをカナメは知っている。刀剣の製作と収集は彼女の実益を兼ねた趣味でもあるからして。

 だが、それでも双つ腕の答えは変わらない。

 結局のところ、それがたとえ戦場であっても、相手が利害関係を同じくするクランの仲間だとしても。個人主義極まる『FGO』廃人プレイヤーの間において、武器の貸し借りなど成立するわけがないのであった。

 




◆やまいこ
 月姫ファンディスク『歌月十夜』に収録されている読者投稿シナリオ「黎明」(作:(現)丸山くがね氏)より、山瀬舞子。
 異形アバターのみで構成されたクランに所属し、総勢41名のメンバーで活動中。


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1-17

> [1/1] ザ・ロンゲスト・デイ・オブ・オルレアン②

 

[PM 13:15]

 

「──戻りました! 休憩入ります!」

 

 もう何度目の往復になるだろうか。リヨン中心市街地へ向かう軍勢の最前列で続く、兵士たちと死者との攻防に割って入って撃退しては機を見て他のプレイヤーと交代(スイッチ)するという繰り返し。その幾度目かの戦闘のあと、休憩のため後方に戻ってきたリツカは、その場に腰を下ろして大きく息を吐く。肉体的疲労があるわけではないが、戦闘の中でHPは避けようもなく削られていくし、何よりプレイヤーではない人々に被害が出ないよう立ち回るのは、非常に精神的負担の大きい仕事だった。

 そこに、左右から差し出されるふたつのカップ。

 

「お疲れさまです、先輩。お水をどうぞ」

 

「安珍様、冷たいお水をご用意いたしました。ささ、ぐいっと一口に」

 

 リツカが顔を上げれば、目の前には美貌の少女が二人。マシュ・キリエライトと清姫。リツカと契約を結んだ、心強く信頼できるサーヴァントたち。ところで彼女たちはたった今まで自分と一緒に最前線で戦い、一緒に後退してきたはずのに、一体いつの間に水なんて用意していたのだろう……? リツカは深く考えないことにした。

 

「ありがとう、二人とも。助かるよ」

 

 さて。そう言ってはみたものの、果たしてどちらのカップから手を伸ばすべきか。リツカの片手には自身の得物である槍がある。短槍とはいえ長物を地面に置くのは、明らかに周囲のプレイヤーたちの邪魔だった。

 ゆえにカップを受け取れるのは片手、一度にどちらか一方のみ。ここ数日は仲良くしてくれているらしいマシュと清姫だが、変に順番を意識させるようなことはしたくない……!

 リツカが思案した、そのとき。

 

「フゥー、ゾンビ共をぶち殺してきたぞッ! 僕はしばらく休憩だ! ……ん? 水あるじゃん。ひとつ僕にくれよ」

 

 横合いから影が差し、スッと手が伸びてきた。呼応して、サッとカップを引くサーヴァンツ。

 カップを掴めず、空を切る手。

 

 ──沈黙が流れた。

 

「……」

 

 ああ、いよいよ面倒なことになったぞ……。

 

 そう思いながら、ちらりとリツカは視線を横に流す。手を伸ばしたままの姿勢で、ヒクヒクと強張った笑みを浮かべるリーダーが立っていた。

 

 ……顔は笑っているが、明らかに苛ついている。いつもは軽やかに風になびくワカメヘアーも、心なしか逆立っているように思われる。漫画だったら額に青筋の一つも浮かんでいるような状態だ。

 

「リツカ、お前さぁ。自分の使い魔くらいちゃんと(しつけ)ておけって……ムグっ?!」

 

 しかし次の瞬間、何事か言いかけたリーダーの口に一升瓶が突っ込まれた。

 

「はーい、リーダー。給水タイムですよー! 熱中症予防には水分だけじゃなく糖分塩分もしっかり補給していきましょうねー」

 

「ゴボ、ゴブっ!? グブァ! ブゥッ!!」

 

「セオさん!?」

 

 後ろから突如リーダーを羽交い締めにし強制水分補給を行い始めたその女性は、リツカのクラン仲間のセオだった。

 苦しみ藻掻くリーダーをプレイヤー特有の握力でがっしり固定しつつ、いつもと変わらぬニコニコ笑顔でリツカに言う。

 

「もう、リツカくん。駄目ですよ。そうやって人前で見せつけてると、周りの目の毒なんですから」

 

「いや、見せつけてたわけじゃ……」

 

「ブファ! ッッッ……セオッ! おおおお前! ぼ、僕を殺す気か!?!」

 

 地上で溺死する寸前の状態から辛うじて拘束を振りほどき生還したリーダーが、咳き込みながら怒鳴りつける。リツカは、いつぞやマシュに蜂蜜酒の酒瓶を口へ突っ込まれたことを思い出して苦笑する。セオは素知らぬ顔でしらばっくれた。

 

「ソンナコトアリマセンヨー。あーあ、せっかく作った経口補水液(スポドリ)なのに、こんなにこぼしちゃって」

 

「やり方ってもんがあるだろ!? だいたい、こんなもん一体いつの間に」

 

「エミヤさんが作ってくれたんですよ。ねー?」

 

 そう言って、セオは自分の背後に無言で立つシャドウサーヴァントに笑いかける。黒一色の影から表情を伺うことはできないが、どことなく誇らしげなようにリツカには思われた。

 セオの様子に毒気を抜かれたリーダーは仕方なさげに舌打ちし、そのまま口周りに残った液体をぺろりと舐める。

 その顔が、軽い驚きのものに変わった。

 

「チッ……。…………うん? 美味いな、なんだこれ」

 

「あ、分かります? 配合まで全部エミヤさんにおまかせだったんですけど、水と砂糖と塩くらいしか使ってないはずなのに、こんなに美味しくできるんですねー。わたし感激しちゃいました」

 

 ……そういえば、聞いたことがある。一流の料理人は、お湯と塩だけで美味しいお吸い物を作れるという……。

 いつぞや友人から教わったムダ知識がリツカの脳裏をよぎった。真偽の程はさだかではない。でもこの場で口に出したら隣のきよひーに焼かれる予感がするので、たぶんいつもの嘘だと思う。

 

「はい、リツカくんもお疲れ様。いやー、それにしても今日は夏日ですねぇ」

 

「えっと……ありがとうございます」

 

 ぽん、とカップを手渡されたリツカは、先程までの葛藤を一瞬忘れて、勢いに流されるままそれに口をつけてしまった。

 喉を流れ落ちる冷たさ、そして爽やかな塩味と甘味に、心がすぅっと洗われたような気持ちになる。

 

「あ、美味しい」

 

「でしょう?」

 

 一方、そんな様子のマスターをぐぬぬという表情で見つめるサーヴァントが二人。清姫とマシュはどちらともなくそれぞれ自分のカップの中身を一息に飲み干すと、それを料理上手な影の弓兵へと差し出した。

 

「──わたくしにも一杯、いただいてよろしくて?」

 

「す、すみません。わたしも……」

 

 弓兵はニコリともせず──仮に笑ったとしても影一色では分からなかっただろうが──どこからともなく新たな一升瓶を取り出すと、慣れた手付きで二人のカップに液体を注いだ。その所作は見る者が見れば完璧なボトル捌きであったのだが、未成年相当の少女二人がそれを知ることはない。お酒は20歳になってから。ゆえに二人はただ挑むような気迫でカップを口に運び、ややあって目を見開くと、悔しげに呻いた。

 

「む、むぅ……。これは……清姫さん」

 

「…………悔しいですが、此度は分が悪いと言わざるをえないようですわね……。ですが!」

 

 ビシィッと清姫はシャドウ・エミヤに指を突きつける。

 

「これで勝ったと思わないでくださいましね! 良妻(サーヴァント)の本分は料理だけにあらずなのですから!」

 

 そう言って、ふんすと鼻息荒く踵を返す。その片手は、しっかりとマシュの鎧の襟元をつまんでいた。

 

「あっ! ちょ、ちょっと、清姫さん!?」

 

「作戦会議をいたします! 次の戦闘で、あっと驚く戦果を見せてさしあげましょう!」

 

「い、いえ、その、先輩抜きで作戦会議してもあまり意味が……」

 

()()()を尽くすのです! 最善(べすと)を! 牛の忍耐、蛇の執念、豹の行動ですわ!」

 

「牛と豹を仲間に加えてから言ってくださいぃ~……」

 

 マシュが建物の影へと引っ張られていく。

 

 

 ……そんな二人を苦笑しながら見送るリツカの表情が、急に引き締まった。

 視界には無機質な赤色のシステムメッセージ。

 

 

【!WARNING!】【MISSION UPDATE】

【討伐ミッション】【『鉤爪のアサシン』を撃破せよ】

【討伐目標が発見されました】

 

【SERVANT】【ASSASSIN】【鉤爪のアサシン?】【Lv.???】

 

【勝利条件:鉤爪のアサシンの撃破】

【敗北条件:『竜殺しのサーヴァント』の消滅】

【特記事項:味方NPCの生存数に応じた追加報酬】

 

 

 情報が共有されたのだろう、今しがた物陰に移動したばかりのマシュと清姫が駆け戻ってくる。

 

 リツカは二人にうなずき、敵サーヴァントの出現地点であるリヨンの中央市街地に向けて駆け出した。

 

 その頭上では、進軍を始めたときまだ山裾(やますそ)にあったはずの太陽が既に天頂を過ぎ越している。

 リヨン攻防戦。戦いの本番は、これからだ。

 

 

 

[PM 13:24]

 

 

 リヨン中央部にある広場には、奇妙に積み上げられた『瓦礫』が怪物じみた影を作っていた。

 

 その瓦礫の山の上に立ち、侵入者を見下ろす痩身の男が一人。両手から伸びる鉤爪は血に濡れ、その顔は道化師のような仮面で覆われている。

 

「La-lalalala……」

 

 眼下にひしめくプレイヤーたちの喚き声がまるで聞こえていないかのように、男は歌曲らしき一節を口ずさむ。

 そしてバサリと飛び降りると同時に、大剣を振りかざして真っ先に駆け寄ってきた奇抜な格好(カルデア戦闘服)の女を右手の鉤爪で一突きにした。

 

「えぇッ!?」

 

 その速度に反応できなかったのか、信じられないものを見るような目のまま、女は黒い魔力の塵となって溶けていく。

 美しくない断末魔だと男は思った。

 

「醜き者を私は呪う。ゆえに私をこそ私は呪う。────死にに来たか。醜き者共よ」

 

 侮蔑と挑発を込めた言葉にプレイヤーたちの怒号が返り、そして殺戮が始まった。

 

 

 

[PM 13:27]

 

 

 最初に接敵したプレイヤーたちの集団が全滅するのに、三分も掛からなかった。

 

「Lalalala……」

 

 アサシンは歌いながら鉤爪を振るう。殺しながら歌い続ける。

 なるほど、これがプレイヤーというものか。アサシンは主たる魔女から伝えられた敵の陣容について思い出していた。人間にしては力が強く、反応も早い。だが、それでもサーヴァントたる彼を相手取るにはあまりにも鈍重だった。

 

 作り物じみた容姿は論外。声質も評価に値しない。その上、動作までも(のろ)く美しくないというのなら──

 

 せめて、散り際くらいは美しく。

 

「舞い散りなさい」

 

 そうして、その場にいた最後のプレイヤーの心臓を彼の鉤爪が貫いた、その瞬間。

 頭上に、巨大な金属の塊が落ちてきた。

 いや。それは──おそらくは「盾」であるのか。

 大振りに殴りつけてくる巨大な質量を飛び退いてかわせば、その盾の持ち主は不釣り合いに細身の少女であるのが見て取れた。少女は叫ぶ。

 

「清姫さんっ!」

 

「見ていてくださいましね、安珍様!」

 

 アサシンが回避するのを読んでいたのか、まさに彼の着地したその場所に、()()と唸りを上げて火球が飛来する。再び飛び退いて火球の出どころを見やれば、そこにはまた別の少女の姿があった。

 

「シャァァァァ……」

 

「清姫、反撃に備えて」

 

 奇襲を(かわ)されたことが悔しいのか、東洋風の装いに身を包んだ少女は蛇のような威嚇の声を漏らしている。盾の少女と、蛇の少女。彼女たちはアサシンと同じサーヴァントであるようだった。その後方で彼女たちに支持を出しつつ槍を構える青年は、噂に聞くサーヴァントを従えるプレイヤーという手合だろうか?

 

 敵対するサーヴァントとそのマスターの出現。それ自体はアサシンに何の驚きも与えなかった。

 想定されていた脅威を、ただ主たる魔女の命じるままに殺し去るだけだ。

 

 周囲からは、他のサーヴァントと思しき気配が近づいてくるのが感じ取れる。彼の宝具が多数を相手取れるものとはいえ、あまり目の前の相手に時間は掛けられないか。仮面の奥で、アサシンの唇が冷たく(わら)った。

 

 

 ──ならば聞け。我が天使の歌声を。

 

 

 魔力が渦巻き、彼が先刻まで立っていた『瓦礫(シタイ)』の山が(うごめ)き出す。

 その骨肉が鍵盤となり、筐体となり、超自然の暗い炎を纏う巨大な構造を作り出した。パイプオルガンと呼ぶには異形にすぎる存在。それはまさに「呼吸をしない怪物」とでも言うべきものであり、アサシンはその前面に(しつら)えられた演奏台の上に立つ。

 

「歌え……歌え我が天使。【地獄にこそ響け我が愛の唄(クリスティーヌ・クリスティーヌ)】」

 

「ッ! マシュ、宝具を!」

 

「了解です、先輩! 真名、偽装登録──!」

 

 

 少女が盾を構える先で、異形の楽器が破滅の音を響かせて──

 

 

「【死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)】!!!」

 

 

 ──濃密な死の気配を纏う、異なる旋律によって掻き消しあった。

 

 

「!? これは……」

 

 アサシンは困惑する。宝具が打ち消されたことにではない。

 彼の意識はただ、彼の歌を掻き消したその音色が、()()()()()()()()()()ことに戸惑っていた。

 

「やれやれ……。音楽に載せる感情は自由だと言うけれど、先だっての魔女といい、こちらの彼といい、こうも怒りだとか憎悪だとかネガティブな感情ばかり聴かされるとね。葬送の楽隊だってもう少し陽気にやるものだぜ?」

 

「茶化さないの。アマデウス」

 

「おっと、怒られてしまった。こいつは失礼」

 

「もう!」

 

 その音色を奏でた乱入者──金色の長髪の音楽家と、馬鹿でかい帽子を被った貴族風の女。共に、サーヴァント。

 

 ……いや、待て。あの貴族風の女は、音楽家の名をなんと呼んでいた?

 

 アマデウス?

 

 アマデウスと言ったか?

 

 ……アマデウスと、言ったのか。

 

 その名は……。

 

 

 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。その名は、音楽に生きる者ならば知らぬ者はない。

 

 かつて、在りし日のアサシンが彼の歌姫クリスティーヌをプリマドンナとして導いた舞台。オペラ『ファウスト』。

 その作曲者であるシャルル・グノーに大きな影響を与えたのもまた、天才モーツァルトの遺した音楽であった。

 

 誰もが知り、誰もが認める不世出の天才が、今、時を越えて己の前に立っている……。

 

 その事実が、アサシンの中で不可解な感情を呼び起こそうとしていた。

 

 

 

 

 アサシンは、これまで自らの音楽的才能に疑いを持ったことはなかった。ただその生まれ持った容姿の醜さと、その醜さゆえに彼を(うと)む者たちだけを憎んで生きてきた。だからこそ、才色兼備なる美しきクリスティーヌを求め導いたのだ。

 だが、その音楽的天才性はどれほどのものだったのか? 十年に一人、いや二十年に一人?

 そこらの凡俗との圧倒的隔絶は言うまでもあるまいが、しかし、かのアマデウス(神に愛された男)と比較したならば……。

 

(────否! 否!!!)

 

 アサシンは大きくかぶりを振って、眼前の天才を強く睨みつける。

 プレイヤーたちのことも、先に仕掛けてきたサーヴァントの少女ふたりのことも、魔女の命令さえ、既に彼の意識からは消え去っていた。

 

「お前は。私を殺しに来たのか、アマデウス」

 

 アマデウスは目を細めた。

 

「いいや? 僕はただ、このフランスの有様を何とかしてやりたいだけだ。その過程でたまたまこの戦場を訪れたに過ぎない。あいにく君が何者かは知らないが、わざわざ殺しに来てやるほどの因縁も思い入れもありはしないな」

 

「──そうか。私の『演奏』を聞いてなお、お前は、この私に対して()()()()()()()()()()()()というのだな」

 

 語気を強めるアサシンに向かって、アマデウスは片眉を上げて言う。

 

「それはまあ、そうさ。人を傷つけるためだけの音楽なんて、そんな七面倒臭いやり方、僕ならゴメンだね。そういうことがしたいなら、そら、そこらの兵士どもと同じく剣でも槍でもその手にとって自分の中の野蛮さに身を任せるがいい。その方がずっとシンプルというものだ」

 

「……」

 

 この男は……。

 

 アサシンは、そのとき己の内に生じた感情が何であるのか判らなかった。ただ、その不明な感情が一瞬の内に恐ろしい勢いで膨れ上がり、かつて経験したことのない黒々としたもので己の精神を染め上げようとしていることだけを認識した。既に狂気の中にあるはずの、この魂を。

 

 ──それは、あるいは嫉妬とでも呼ぶべき感情だったのかもしれない。

 

 それが、そんな卑俗な言葉で片付けられるような単純なものでなかったとしても。

 かつてアサシンが、愛する女(クリスティーヌ)の恋人であった(ラウル)に抱いた嫉妬の情とは異なるものであったとしても。

 

 「オペラ座の怪人」に登場する仮面の男ファントムは、作中において音楽的天才として現れる。その醜い顔貌や凶行に至る精神性については多くの瑕疵が挙げられよう。しかしクリスティーヌを導く「天使の声」としてのファントムは、音楽家としても指導者としても、間違いなく一人の天才であった。その指導に誤りはなく、歌姫は目覚ましい成長を遂げた。

 

 だが──彼女には、()()()()があったのではないか?

 

 私は、本当に、あのクリスティーヌの才能のすべてを引き出せていたのだろうか。もしかしたら、あのオペラ座の誰一人にも文句を言わせぬだけの歌姫としてクリスティーヌを完成させることが出来たのではないだろうか。麗しきクリスティーヌから主役の座を奪った恥知らずの女を、シャンデリアの下敷きにする必要もなかったほどに。

 

 例えば、彼女を導いたのが目の前の天才(アマデウス)であったなら……?

 

 一度抱いた疑心は、毒のように魂を犯す。ならば。ならばこそ。

 鉤爪のアサシンは、オペラ座の怪人(ファントム・オブ・ジ・オペラ)は、仮面の奥で強く己の歯を噛み締める。

 

 私は、この天才を(たお)さねばならない。

 

 私が「天使の声(ファントム)」であるために。

 クリスティーヌを導くに相応(ふさわ)しい存在であると証明するために!!!

 

 

「我が名はファントム。我が魂はここに。我が声はここに……」

 

 呟く声と同時、魔女との契約を通じて聖杯から与えられた魔力がファントムの身体を通して溢れ出し、黒く渦を巻いた。闇の中から、再び彼の宝具たる異形のオルガンが姿を表す。互いの宝具にして生き様たる「音楽」を以て勝負を決し、彼我の優劣となす。それが、ファントムの中に根付いてしまった疑念を打ち払う唯一の方法だった。

 

「どうやら本格的にやり合うしかないようだ」

 

 応じるように、アマデウスが臨戦態勢を取る。

 

「ここは僕たちで引き受けよう。リ……プレイヤーの君たちは『竜殺し』の探索を進めてくれ」

 

「わかった……行こう、みんな!」

 

「はい!」

 

「わたくし、今回なんだか良いとこ無しですわ……」

 

 去っていくサーヴァント二人に、ここまで事の成り行きを見ていたプレイヤーの一部も追随する。

 マスター・リツカと彼のサーヴァントとの関係は、いまだ公に明かされてはいない。カルデアの意を汲んで言葉を濁したアマデウスから見れば、時間の問題だろうとも思われたが。

 いずれにせよ……この場になお残ったプレイヤーには怪物たちの相手を手伝ってもらうとして、サーヴァントとの戦闘そのものについては同じサーヴァントが立ち向かうのが筋というものだ。

 

 アマデウスは指揮棒を取り出し、傍らの貴人(マリー)に一礼して願う。

 

「──マリア、この演奏を貴女に捧げます。ともに歌っていただけますか?」

 

 マリーは華のように微笑み、彼に答えた。

 

「もちろんよ、喜んで!」

 

 



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1-18/2-■■

「ガ、ァ……」

 

 がくり、と鉤爪の男(ファントム)が膝をつく。

 苦しげに見上げた先には、今まさに彼を打ち負かした天才たる音楽家(アマデウス)と、素性の知れぬ──しかし間違いなく貴人であろう──女の姿。

 

「そうか。そうか……。最初から、私に勝ち目など無かったのだな」

 

 彼の宝具【地獄にこそ響け我が愛の唄(クリスティーヌ・クリスティーヌ)】は既に存在を維持できず消失し、ファントム自身の肉体もまた、その構成がほころびつつあった。

 

 完全なる敗北。

 

 だが、不思議とファントムの心の内にあった暗い感情は失われつつあった。それは、目の前の天才(アマデウス)の演奏によるものだけではない。むしろ、その隣に立つ女──マリアと呼ばれた女の歌声こそが、ファントムの心を震わせたのだった。

 

【王統の音色:B+】

 

「マリア……それがお前のクリスティーヌなのか。アマデウス」

 

「マリアはマリアだ。君は……。いや。ちょっと何を言っているのか分からないな」

 

 勝者であるにも関わらず、アマデウスは憮然とした表情でファントムに言葉を返した。

 

「フフ……感謝するぞ、アマデウス。私は今日、一つの理想を見た。音楽家と歌姫の存在によって高められる音楽の可能性だ。そして、確信を得た。私と、私の選んだクリスティーヌの才能は。必ずやお前のマリアをも凌駕する。

 そして私は、今日の敗北を糧とし、かつての私よりもなおクリスティーヌに相応しい導き手となるだろう……!」

 

 言い終わるかどうかというところで、ファントムの肉体の構成魔力が限界に達した。

 霊基が金色の粒子となって夏の日差しの中に溶けていく。参戦していたプレイヤーたちが、背後でワッと歓声を上げた。

 

【MISSION CLEAR!】

【討伐ミッションを達成しました】

【達成報酬──】

 

 その一部始終を見送りながら、アマデウスは大きく息を吐く。

 

「……ふぅ。ずいぶんとまあ、手こずらせてくれちゃって。おまけに訳の分からない勘違いまでしていたようだし。マリア、怪我はなかったかい?」

 

「ご心配ありがとう、私は大丈夫よ。それよりアマデウス、あなたはどうなのかしら?」

 

「僕? 見ての通りピンピンしているさ。演奏の一曲や二曲や百曲や二百曲、生前のあれこれに比べたら軽いもんだね!」

 

「そう……。でも、無理はしないでね」

 

 なおも心配そうな顔をするマリーに軽口を二言三言飛ばしつつ、二人はプレイヤーと王軍に合流すべく元来た道を引き返す。

 カルデアから大量の報酬を与えられたらしいプレイヤーたちのざわめきに隠れるように、アマデウスはポツリと言葉を漏らした。

 

「……今の、ファントムってやつ。僕の生前の知り合いとは似ても似つかない変な男だったけど……。どうしてかな、彼の演奏を聞いていたら、あのサリエリのことを思い出してしまったよ」

 

「彼、私のことをクリスティーヌのようだと言っていたわね。クリスティーヌ……彼の大切な人だったのかしら」

 

「さぁね。もしかしたらそうだったかもしれないが、もう終わったことだ」

 

「そうね……」

 

 再びの無言。

 しばらくして、今度はマリーがささやくような声で言う。

 

「悲しい歌だったわね」

 

「……そうだな」

 

 アマデウスも、呟くように同意した。

 

 

 

> [1/1] ザ・ロンゲスト・デイ・オブ・オルレアン③【回想】

 

 

[PM 13:55 <Archive>]

 

 

 かくして、南東(リヨン)方面で戦うプレイヤーを延々足止めしていた敵サーヴァント、鉤爪のアサシンは撃破された。最大功労者はアマデウス。聖女の方のジャンヌに同行している音楽家のサーヴァントだ。平たく言えばモーツァルト。真名知ったのはわりと最近の話だが。

 

 俺は動画の再生を止めた。戦いの一部始終を見届けていたプレイヤーがアップした討伐映像だ。

 

 やはり、サーヴァントの相手はサーヴァントに任せるに限る。

 そういう、オルレアンでの戦いを通じてプレイヤーが何となく理解してきたこのゲームの攻略スタイルがまたもや実証された形になるわけだな。

 それもあってか、今の所プレイヤーとNPCサーヴァントの関係は基本的に良好だ。彼らと仲良くしておくことが対サーヴァント戦における勝利フラグにもなるし、運良く敵サーヴァントを打倒する瞬間に居合わせられれば、撃破報酬だって山分けされる。

 

 つまり、百利あってほぼ害なし。

 

 損得勘定ができる奴なら誰にだってわかることだ。そして損得勘定ができないゲーマーはいない。なぜって、ゲームを遊ぶということは、それ自体が無数の損得勘定の繰り返しに他ならないからである。

 

 ゲームプレイ開始時の初期状態からレベルを上げて金を稼ぎ、装備を整えていく。

 敵の情報を収集し、場面に応じて最適なアクションをとる。

 

 それらはつまり、「より勝てそうな」選択肢や「より利益が大きそうな」選択肢を選び続けることに等しい。ゲーム中の行動選択肢によって得られる利得の累積が一定基準値を超える瞬間こそ、すなわちステージクリアであり、それを様々なシチュエーションでこなしていくことでゲームクリアが達成される。

 

 ……そういうふうに言うとなんだか味気ねぇな? やっぱり言い換えよう。勝つのは楽しいし、儲かるのも楽しい。楽しいことがゲームだ。だからゲーマーってのは、得をする選択肢が大好きだ。

 

 だが……。いや、だからこそと言うべきか。何にでも例外はあるもんで。

 

 第一(オルレアン)特異点以降、サーヴァントを殺したがる連中もまた、後をたたない。

 

 ま、理屈はわかるさ。

 サービス開始以来、プレイヤーは様々なミッションから報酬を獲得し、攻略はその報酬の魅力に導かれて進んできた。

 では、サーヴァントほどの強敵がもたらす撃破報酬とはなんだ?

 

 実際、気になるところではあるだろう。そして、少なくとも俺は部分的にそれを知っている。

 【ファーストオーダー】地下大空洞での戦いでは、アルトリアの撃破報酬こそ出なかったものの──システムアナウンスすら出なかった──後日所持品(ポケット)を漁ってみたら聖晶石が紛れ込んでいた。聖晶石……。サーヴァント召喚に必要な消費アイテムだ。存在自体は以前のエジソン生放送で周知されたものの、その入手方法は未だ明らかになっていない。

 もし、運営(ないし制作)が設定したサーヴァント撃破報酬こそが聖晶石なら、サーヴァント召喚者ほど新たなサーヴァントを召喚しやすくなるという状況が発生する。ユニークアイテム獲得者が、その力でどんどん新しいユニークアイテムを独占していく構図だ。なろうVRMMOあるあるといえばそうなのだが……。そんな言葉で納得できる奴がどれだけいるかは別の話だ。少なくとも俺ならムカつくね。

 

 結局、さっき言ったサーヴァント積極攻撃論者というのは、そういう独占状況が発生する可能性に対する警戒や焦りみたいなものが生んだ存在だ。

 それだけに、既存のサーヴァント召喚者のことはとりあえず吊し上げて叩こうとする。俺なんて酷いもんよ? 生放送に出ちまったからな。あれは悪目立ちの極みだった……。いつの間にか掲示板には俺の専スレすら立っていて、常時炎上の体を見せている。もとはオルレアン攻略本スレで始まった炎上なんだが、本スレを追い出されてからは特にひどいな。オルレアンの牢獄に閉じ込められていた俺が勝手にイベントを進めた結果、大ボス(ジャンヌ)黒幕(ジル)が倒されちゃったのが相当お気に召さなかったらしい。

 別にそんなクソスレ監視したって一文の得にもならんので、わりと人聞きの話だが。

 

 炎上させる気持ちはわからんでもないよ? 俺だってこいつらの立場だったら同じように怒るだろうけどさ。

 しかし俺にも言い分はあるということを分かって欲しい。「事実は小説よりも奇なり」という名台詞があるだろ? それよ。これはVRMMOだからな。ゲーム中で発生するイベントだって、そこらの小説(フィクション)より奇抜な展開を見せることは当然起こりうる。偶然の成り行きというやつだな……。それは誰にでもありえる話で、今回たまたま俺がそういうイベントに巻き込まれたってだけなのよ。だからこうして事実共有のためにデオンさんがジル・ド・レェぶっ殺したときの動画だって公開してるわけ。それ、俺の真心よ? ワカル? 俺が親切心(重要!)から上げた動画のおかげで、君らがストーリー把握できたんじゃん。それをさあ……。なに? 何ならマシュさんがウチのクランに同行してるのすら俺のせいみたいにされてるフシがあるからな。お前らウィッカーマンじゃねんだから、そんな四六時中燃え上がってどうすんだっていう。

 

 ……フゥー。俺は深呼吸した。

 

 ま、まあ、そんなことはどうでもいい。

 大事なのは、運営がサーヴァント召喚者を増やそうとしているということだ。これは俺が運営(カルデア)に情報提供する中で聞いた、確度の高い情報だ。クー・フーリンを召喚してからこっち、俺ときたら運営(カルデア)に対して犬馬の労をいとわぬ貢献の日々を送っているからな。あんま表立って言う話じゃないだけで、何かあるたびちゃんとオルガに連絡入れているとも。まあロマニ・アーキマン氏と話すのが怖いからオルガに窓口お願いしてるとこはある。

 絶賛炎上中のオルレアンでの二重スパイごっこだって、最終的にはジル・ド・レェ撃破に結びついたんだから中々のモンだと思わねぇ? いや、俺が手を下したわけでも戦闘に参加してたわけでもないから、撃破報酬とかは特に無かったけども。カルデアにニュース速報したらお金は一杯もらえたので不満はない。

 

 ……また話がずれたな、どうも悪い癖で困る。

 とにかく重要なのは、運営がサーヴァント召喚者を増やせば、掲示板で俺を燃やして遊んでるゴミどもの憎悪のはけ口が増えるというところ。リツカはどうか知らんが、俺が運用できるサーヴァントの数は正直これ以上増やせそうにない。運用リソースである魔力とやらが根本的に足りてねぇからだ。よそのゲームで例えるなら、資材がないのに戦艦やら正規空母やら新規建造したって意味ないだろ? 艦これの話な。

 

 つまり、サーヴァント召喚者が増えることは俺にとって百利あってほぼ害なし。大いに協力していきたいね。

 

 となると、どうやってサーヴァント召喚者を増やすかって話になる。運営が特定プレイヤーに対して召喚権を気まぐれ忖度(そんたく)するというのが一つのパターンになるだろう。ライネスお姫様にやったみたいにな。これは盛大な炎上(ヘイト)が期待できるのでどんどんやっていただきたい。ただ当のライネスお姫様、つーか【ノーリッジ】がびっくりするほど燃えてないので何だかなーって気持ちはある。いや、マジで何でだろうね? 火消し人でも常駐させてるのかしらん。

 

 もう一つは、こっちでサーヴァント撃破タイミングを調整することで、同時参戦者すなわち報酬山分けプレイヤーを選別することだ。俺が能動的に選別を掛けられるところがいい。問題は、俺が手持ちの戦力で確実に敵サーヴァントを撃破できる状況を作らなきゃならんことで、これまでほとんど遭遇戦しか経験していない俺にはハードルが高そうなところだな……。

 

 そして最後の一つ。サーヴァント撃破以外で聖晶石を獲得できるミッションが増えることだ。実際、それが期待できそうなミッションというのが特異点攻略の過程で時々発生し、プレイヤー同士の醜い争いに発展してきた。

 

 その代表例が、鉤爪のアサシン戦に並行して繰り広げられていた『竜殺しのサーヴァント』救出ミッションだ。

 動画が上がっているので見てみよう。

 

 再生開始時刻は[PM 13:55]。

 

 鉤爪のアサシンを味方NPCサーヴァントたちに()()()()()()プレイヤー連中が、市街全域へ『竜殺し』の探索網を本格的に展開し、その成果が実りつつある。そんなタイミングだ。

 撮影場所は、リヨン中心市街からそれなりに離れた、建物の密集する住宅地らしき一画。

 それでは、キュ~。

 

 

【PLAY】

 

 ザザッ……。

 

『この辺りの建物が怪しいって掲示板で言ってたけどさァ……どんだけ敵出てくるんだよ!?』

 

 はい。さっそく撮影者の方のコメントですね。

 カメラ周辺では、死者と竜の群れに斬りかかりつつ後方からは弓を射掛けるプレイヤー軍団の勇姿が見て取れます。この一帯だけあからさまに敵の密度が高いので、まあ、朝から戦い詰めな皆さんのやる気も出るってもんだわな。あと一踏ん張り的な。

 

『このっ! くぬっ!』

 

『死ねっ、死ね!』

 

『これで終わりd……グェー!』

 

 うーん。プレイヤーもわりと善戦してるんだけど、戦況を覆せるほどじゃないって感じかね。

 

 つーか、こうして第三者的な視点から見てると、やっぱプレイヤーの視野って狭いんだよな。目の前のスケルトンを倒そうとしたところで上空のワイバーンにやられたり、逆にワイバーン倒そうと見上げたところで瓦礫の山からPOPしたゾンビに足掴まれたり。こいつらと五十歩百歩な腕前の俺が言えた話じゃないけどさ。なんなら俺の方が弱いまであるが。ただまあ、こういう乱戦が始まっちゃうとね。使い魔も活用できなくなるからね。

 

『フレファフレファ! 運営ー! こいつ俺の使い魔にフレンドリーファイアする!<通報>』

 

『バカヤロー! こんなとこにワイバーン連れてくんのが悪ィだろ!』

 

『GRRRR!』

 

『『アーッ!』』

 

 今、クソみたいな言い争いの末に死んだ二人組がカメラに写りましたね? これが戦場のあちこちで起こってるわけで、乱戦時の使い魔運用はマジで混乱の元よ。一部じゃ使い魔機能そのものが運営トラップ呼ばわりされる始末だ。さっき言ったサーヴァントに対する嫉妬と需要の増加ってのは、ユニークNPCであるサーヴァントが確実にフレンドリーファイアを避けられるって面もあるんだろう。実際この動画にもウチのクー・フーリンがチラチラ写り込んでるんだけど、なんかプレイヤーとは次元が違う変態機動で無双アクションしてるからな。

 

 おっと。そんなことを言ってる間にカナメ氏がカメライン。サーヴァント的な変態機動でこそないが、やたら絵になる動きをするので動画勢からは評価が高い。戦場が乱戦になって何を撮影したらいいか分からなくなったら、とりあえずコイツ周りを撮っておけば撮れ高にはなるというポジションだ。更にそうして上がった動画を見た連中が【陰陽】に加入することでクランも拡大するという仕組み……どこも勧誘には苦労してるってのにずるい。ずるくない? あとその胸にぶら下げた『わたしが戦犯です』って看板何なのさ。

 

 さて、そんなカナメ氏は今回、魔女ジャンヌとの戦いで自分の剣を失ったハードモード状態だ。その辺で拾ったらしい、見るからにボロボロの剣をぶら下げている。それでも普通に突出するので当然敵に囲まれるわけだが、

 

『その剣いいね、交換(トレード)しよう』

 

 そんなことを言いつつ、襲いかかるスケルトン君の剥き出しの眼窩に自分の剣先を突き刺した。よろめくスケルトン君の手首を蹴り砕いて、ややマシな剣を手に入れる。しかしそこに上空から襲い来るワイバーン……の喉元があっという間に切り裂かれ、だが当たりどころが悪かったのかカナメ氏の新たなる剣も即座に折れたので、近くのゾンビ兵に残った柄元を叩き込んだ。倒れ込むゾンビ兵の頭部を踏み砕きつつ錆びた槍を回収したところで、画面外からマシュさんが大盾を振りかぶって乱入する。

 次いで清姫。『燃えまーすっ!』言葉と同時に火を吐くと、周辺一帯が彼女の炎に包まれた。

 その炎に焼かれながら集まってきたプレイヤー共が清姫の周りで即席の陣形を構築する。そう、彼らこそ、きよひースレの住人である清姫狂信者……。ん? なぜかリツカが狂信者どもの陣形指揮を取っている。いや清姫のマスターなんだからこの場にいるのは当然なんだけど、混ざり方が自然すぎて一瞬気づかなかったわ。

 

『わたくしの炎、ご覧いただけましたか?』

 

 リツカに向けてだろう、くるりと振り向いた清姫がニコリと笑った。偶然のカメラ目線。

 

『かっこよかったよー! きよひ~!』

 

 応えるようにアホな歓声が響いた。カメラは苦笑しながら頷くリツカも捉えちゃいるが、事情を知らないヤツが見たら周りの濃さと騒がしさで完全にステルスされるだろうな……。

 

『ここはオレたちで引き受けます! 今のうちに【竜殺し】を!』

 

 狂信者集団の頭目、もといリツカがそう言った。

 

 その言葉に従う形だったのか、あるいは最初から敵の攻撃のスキを狙っていたのか。いずれにせよ、攻略組の精鋭たちはこのタイミングでリツカ&サーヴァンツ&取り巻きズに雑魚敵を任せて周辺の建物に突入し、屋内探索フェーズへ移行していたらしい。らしいというのは後日現場にいたクー・フーリンに聞いた話だからだが、カナメ氏含め突入班の中にはこの日の明け方近くまで例の怪談会*1に参加していた奴もそこそこいるわけで、なんつーか、よくやるよなぁ。

 ちなみに当時の俺はというと、この数時間前に魔女様との対話を終えており、デオンさんに腹をぶち抜かれたまま牢屋に送り返され寝込んでいる状態だ。デオンさんがジル・ド・レェぶっ殺しモードに突入するのはこの日の夜なので、あと半日くらい牢屋でゴロゴロしていたことになる。暇だったんでオルガに連絡入れて、敵の増援でランスロットが来るよって伝えておいたはずだけど、まだ現地プレイヤーには通達されてないっぽいね。

 

 

 そうこうしている内に、周囲の建物に飛び込んでいったプレイヤーが戻ってきてドアに小さく傷をつけていく。探索済みのマーキングか? 見ている感じ、虱潰しに探す作戦だったみたいだが……。

 

 結論から言うと、俺はこの探索ミッションの顛末(てんまつ)を既に知っている。こうして動画を見ている現在、とっくに第一特異点の攻略は終わっているからな。攻略組のローラー作戦は決して見当違いな方針ってわけじゃなかったが、いかんせん手間を掛けすぎた。いや、運が悪かったというべきだろうけど。

 一言で言えば彼らは、もっと「雑」に探索を進めていた連中に先を越されたというわけだ。

 

 

 ──土砂崩れのような音が画面外から聞こえた。

 

 慌てて音の方角に向き直る撮影者の視界に、ガラガラと音を立てて崩れる建物が映る。そして、異常肥大した腕をガントレットで覆った巨人の姿も。モンスターではない。プレイヤー用の礼装を纏った巨人……。異形種プレイヤーだ。撮影者が注目したからだろう、【やまいこ】という名前が巨人の頭上に表示される。【やまいこ】はのっそりとその右腕を振りかぶると、既に半壊している建物の壁へと拳を叩きつけた。

 その一撃で決定的な崩壊を迎えた建物に、巨人の影から別の異形プレイヤーが駆け込んでいく。あっという間に探索を終えたらしいそいつは、巨人の隣に立っている上級スケルトンみたいなプレイヤーのところへ戻ってきて何やら報告し、また別の建物へと向かっていった。【やまいこ】もハズレだった建物に背を向けて、周囲の家屋を破壊し始める──

 

 

 ……いやあ~、こうして見てても真似できねぇわ。真似しようとも思わねぇ。

 

 お・()()の「3ない」アクションはプレイヤー相手にやらかしてもペナルティーが来るが、そんなものは味方NPC相手にやらかすのに比べたら屁でもない。何なら【狂戦士】(バーサーカー)クラスの固有スキル【狂化】を使えばノーペナで味方プレイヤーをぶち殺すことも可能だ。だがNPC相手にそのやり方は通用しないし、ペナルティの重さもマジで洒落にならない。特に『殺さない』はシビアだ。殺傷行動を実行しようとした時点で、即座に行動不能級の解除不能デバフが付与される。仮に事故だったとしても、被害が出る可能性を知っていながら故意に無視していたならペナルティは発生することが報告されていた。『FGO』の根幹技術たるフルダイブVRシステムがプレイヤーの思考を読む以上、悪意を隠すことは不可能に近い。

 

 つまり、今こいつらが無造作にブッ壊している建物のどれかに中立ないし味方のNPCがいたら、例えば同行してるフランス軍の兵士あたりがうっかり巻き込まれでもしたら、その時点で「本日のゲームは早くも終了ですね」となりかねないわけだ。全体のミッション報酬にマイナス査定が入る可能性すらありえる。いつぞやの俺みたいな軽い()()()()くらいならともかく、過失致死、いやある程度以上の重傷レベルまでいってしまえばイベント時や乱戦時特有の情状酌量も見込めないだろう。『FGO』運営のNPC過保護っぷりというのは、それはもう本気(マジ)本気(マジ)な過保護なのである。

 

 そういう事情から、味方サーヴァントに敵をなすりつけつつコッソリお行儀よく探索を進めるのが一番リスクとリターンのバランスを取れる『もっともらしい』戦略だったというわけだ。だが今回は、異形種プレイヤーたちによる害悪プレイ一歩手前の拙速戦略が一枚上だった。いやまあ、互いに総当りで建物探索ガチャ引いて、結果早く『アタリ』を引き当てたのが連中だったってだけの話なんだけど。

 

 しかしそれでも勝ち組は勝ち組、負け組は負け組だ。

 ぐったりと衰弱した銀髪ロン毛のサーヴァントを崩壊した建物の瓦礫から引っ張り出した蟲人間タイプの異形プレイヤーが、高らかに勝利宣言する。そのときの、その他攻略組の顔ときたらな。現地にいたら俺間違いなくそっち側だったし、牢屋で寝ててよかったわー。

 

【STOP】

 

 

 俺は動画再生を停止する。

 常時監視中の掲示板では、勝ち組となった異形種プレイヤーどものクラン関連スレが今日も盛大に荒らされていた。

 

 なにせ、『竜殺し』の救出成功報酬は相当なものだったと噂されているからな。一人勝ちなど許されるわけがない。くくっ……お前らも晴れて俺と同じ炎上仲間ということだ。いい気味だナ?

 今立ってる奴らのスレが匿名設定だったので、俺も連中がやらかしたNPCを巻き込みかねない害悪プレイについて苦言を呈しておく。分かりやすく燃えてるスレを伸ばしてやれば、こっちのスレを炎上させてる連中の矛先も多少はそれるだろうという目算だ。いやー、みんなの協調を無視して独断専行する利己っぷりにはまったく困ったもんですなァ。

 

 しかし、俺が1レス書き込むまでに俺のアンチスレには41レスがついていた。クソみてぇな炎上速度だ……。

 ざっと流し見てみる。全部別IDか。スレ立て野郎が匿名設定で立てたせいで、ヒデェことになってやがるな。だがまあ、折角だ。たまにはコイツらが投げた便所のラクガキ以下の書き込みを読んでやろう。どれどれ……。

 

 ……。

 

 ……? ……!?

 

 ……!!?! ッ!!! ■■■■!!!1!!11!1

 

 チッ! この! クソどもが!!!!

 

 俺は顔真っ赤にして吐き捨てた。

 どいつもこいつも、この俺を協調性に欠けるだの利己心まみれの独断専行野郎だの、口を揃えたように好き勝手言ってくれやがって……! つーかこの速度、どっかで誰かが炎上工作してると見たね。覚えとけ、いずれ必ず倍返ししてやるからな……。

 

 ハァ~、やっぱ人間ってゴミだわ。俺は人類の愚かさを嘆いた。

 俺も俺以外も、どいつもこいつも互いに排撃し合うばっかりで、まるで思いやりの気持ちってヤツがねぇ。

 いつの世も衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)*2なんて本気で言い出すのは仏様か聖人様くらいだよ。

 

 

*1
(1-13(前)参照)

*2
仏教における、生きとし生けるもの全てを救うという誓い。




 相互に炎上させあう人たち。炎上するウロボロス。
 主人公の炎上耐性については、いずれまた。


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1-19

> [1/1] ザ・ロンゲスト・デイ・オブ・オルレアン④

 

[PM 18:38]

 

 司令室の中央に大皿で提供されていたサンドイッチを、ぬるくなったコーヒーで喉の奥まで流し込む。

 戦場の速度で変化する特異点の状況を映した巨大モニターから強いて視線を外し、オルガマリーは目の前の食事に集中しようとした。

 食欲などまるで湧かなかったが、身体はひどく空腹を訴えていた。思えば、今朝は朝食を摂っていない。いや、昼食もだ。一日中司令室から離れることなく、合間に何か口に入れていた記憶はあるが、どんな味のものだったかすら定かではなかった。記憶を掘り起こそうとすれば、頭の回転が疲労で鈍く重くなっていることを気付かされる。

 

『ラ・ピュセルの御力を疑っていたわけではないがな……。しかし、やはりモノが違う』

 

 念話を通じて、男の呟き声がオルガマリーの耳に届いた。

 オルガマリーは食事を止め、努めて冷静に聞こえるだろう言葉を選んで男に語り返す。

 

「それほどの英雄が求められる戦いなのです。そしてこの先、オルレアンで待ち受ける敵の強大さは、この街に潜んでいたものたちの比ではないでしょう」

 

『聞いていたのか、魔術師殿』

 

 男……この戦いにおけるフランス勢の総大将であるアルテュール・ド・リッシュモン大元帥はやや驚いたように言った。

 

 

◆◇◆

 

 夏の空は既に日没が近い。濃い夕日が染め上げる空の色も、地平線と山々の(きわ)だけが陽のなごりを留めるばかりとなっていた。

 この街を支配していた怪人『鉤爪の男』が滅びたためか、魔物たちもリヨンから逃げ出している。市街地周辺では残存する魔物たちの掃討戦が展開されていたが、それもおおかた片付き、今は後処理を進めさせていた。夜が訪れるまで──魔物たちの活発化する暗闇が訪れるまでには全ての戦闘行為を済ませておく手はずだ。そしてそれらも、もう間もなく完了するだろう。

 

 並行して、野営の準備も進められている。今日はリヨンで一夜を明かし、明朝からオルレアンへの進軍を開始する予定になっていた。国中に広がる惨劇の嵐は、どれほどの被害を出し続けているのか見当もつかない。一刻も早く敵の首魁を討伐する必要があるというのは、リッシュモンを始め将官たちの見解の一致するところだった。

 

 そのような情勢ではありながら、しかし、今宵ばかりは羽目を外した宴となるだろう。なにせ魔物相手に敗北を続けてきたフランスの軍勢が、今日はじめて明らかな勝利を掴み取ったのだから。それも、聖女の御威光のもとにだ。リッシュモンの天幕の前を行き交う兵士たちの表情も明るい。彼らの奮闘を(ねぎら)うために用意した酒樽の山が、リッシュモンの元まで酒精混じりの香気を運んできていた。

 

 気の早い傭兵たちは、一足先に酒盛りを始めたらしい。遠くから、野卑な歓声と喧騒が風に乗って流れていた。己の明日の命も知れぬ戦場だ、一日の生存を祝う気持ちは、敵を打ち破って勝鬨(かちどき)を上げた今日この日だからこそ一潮というものなのだろう。

 

『閣下』

 

 しかつめらしい顔をしたラ・イール将軍が、今日の戦闘結果をまとめた報告書を携えて天幕にやって来た。

 そこに書かれていた数字は、これまでフランス軍が魔物相手に展開してきたあらゆる戦闘の中で最も軽微な損害を伝えている。

 

『これも聖女の御威光か。無論【プレイヤー】たちの挺身(ていしん)あってこその戦果ではあるが……』

 

『報奨はいかがなさいますか』

 

『プレイヤーの賞罰と蘇った英雄たちの処遇については、カルデアの魔術師に一任してある。それらを除き、我が軍の兵士たちから戦功著しい者を挙げよ』

 

『は』

 

 そのいかつい顔つきに今日一日の戦場の疲労を一切見せることなく、将軍は天幕を去った。

 

 ジル・ド・レェ元帥がラ・ピュセルの尻を追いかけるのに忙しいので──などと彼の前で口に出して言おうものなら、それはもうとんでもない怒りを招くだろうが──その分、他の将官たちには苦労を掛けているという感覚がある。とはいえ、周りの者達にもジル・ド・レェの執心ぶりを苦笑いで見逃す空気があった。彼個人の人望や才能といった彼本人に対する評価があまり(かんば)しくないことを考えれば、聖女ジャンヌ・ダルクの死を(いた)んでいた彼の沈痛な姿が共感を呼んでいたからだろう。

 むしろ、彼のように眼前の軍務など投げ捨てて聖女の傍らに(とも)したいと考える者の方が多いのやもしれぬ。なにせ総大将たる己でさえ、そういった欲が心の深奥から囁いていることを否定できないのだから……。

 

 

 不意に歓声が響いた。

 声の方を見やれば、一筋ばかりのなごりの夕日に照らされて、王家の百合(フルール・ド・リス)の旗が戻ってくる。そして、その旗を掲げる聖女の神々しいばかりの顔つき。付き従う兵たちの希望に満ちた表情。あの陰気なジル・ド・レェでさえ、その青白い口元に笑みを浮かべている。彼女とその旗が歩を進めるたび、陣中に明るい気配が満ち満ちていくのがはっきりと見て取れた。

 

 リッシュモンは思わず息を呑む。

 それは、かつてどんな絵画にも描かれたことのない『希望』という概念そのものの具現であるように思われた。

 

 目の前の光景に熱くなりかける両眼を強いて(なだ)めながら、リッシュモンは聖女の帰陣を出迎えるため天幕を出る。

 

 頭の片隅には、先ほど魔術師(カルデア)から忠告された『この先に待ち受ける強大な敵』への不安がこびりついている。だが、今このときだけは全てを忘れよう。なぜなら今日、我々は勝ったのだから。そして、明日も勝たねばならぬのだから。

 明日の自分がこの国のために心置きなく一つきりの命を燃やせるよう、今日の日の喜びを精一杯に祝うのだ。

 

 

 

[PM 19:55]

 

 

 通信先のリヨンからは、陽気な歌声が響く。戦勝の宴というやつだろう。

 対して、カルデアの司令室に詰めている職員たちは疲労の色が濃い。通常業務であるプレイヤーたちのオペレーションは元より、明日以降に想定される敵サーヴァントおよびファヴニールとの再戦について検討が続いているからだ。特に、オルレアンからリヨンへ向かっているというバーサーカークラスのサーヴァント、ランスロット。同行しているというシャルル=アンリ・サンソンも脅威ではあるが、やはり円卓最強とまで謳われた湖の騎士こそ格別に警戒すべき敵だろう。

 

 リヨンからオルレアンまでのこちらの行程は、10日程度を見込んでいる。フランス王軍との共同戦線であることを考えれば、これでも速すぎるくらいだ。他方、オルレアンから移動しているランスロットと思しき魔力反応も決してその速度は速くない。おそらく、他の魔物たちと歩調を合わせているのだろう。しかし、もし敵サーヴァントたちが本気で単独の移動を始めたならば、あるいは明日にでも接敵する可能性はある。結局の所、彼らと何日後に遭遇することになるかは、敵の出方次第という目算だった。

 

 けれど……。

 そういった思考を巡らせながら、オルガマリーは司令室の椅子に深く背を預ける。重い息が漏れて出た。

 

 けれど、フランス軍の将兵たちが祝い合うように、今日カルデアは勝利したのだ。数週に渡って泥沼の戦いを展開していたリヨンを奪取し、敵本拠地であるオルレアンに進軍するための橋頭堡(きょうとうほ)を得た。

 南西ボルドーから攻め上がっているプレイヤーたちとゲオルギウス、そしてエリザベート・バートリーは刃物の町ティエールを攻略しつつある。おそらく、彼らのほうが先んじてオルレアンに到達するだろうか……。

 

 いずれにせよ、あと2週間もしないうちにこの特異点での戦いに決着をつけられるはずだ。そのための条件はすべてクリアされた。

 

「あとはイレギュラーさえなければ……」

 

 しかし、オルガマリーがそうつぶやいた瞬間。オペレーター職員の一人がモニターを見ながら叫び声を上げた。

 

「ほ、報告します! ランスロットと思しき魔力反応が高速で飛行を開始しました!」

 

「な……なんですって!?」

 

 オルガマリーのみならず、離れたところで職員に指示を出していたエジソンとロマニも一斉にそのオペレーターへと駆け寄った。

 

「ランスロットらしき魔力反応は、現在、何らかの飛行物体を召喚し、サンソンとともにリヨンへ向けて進行しています!」

 

「飛行物体!? 飛行物体って何よ!」

 

 オルガマリーのヒステリックな問いかけに、別のオペレーターが横から答える。

 

「こちらで解析中です! 形状としては現代の戦闘機F-15Jに酷似しており、速度はマッハ1前後と思われます!」

 

「音速域の移動速度だと!? まさか、本当に戦闘機を召喚したとでも言うのか!?」

 

 エジソンが驚いたように言った。

 その傍らで何やら考え込んでいたらしきロマニが閉じていた目を開いて言う。

 

「──とにかく、迎撃準備を整えよう。マリー、フランス軍の指揮官に連絡を。ボクはプレイヤーにアナウンスを入れる!」

 

「え、ええ」

 

 意外なまでの落ち着きぶりに気圧されたオルガマリーは、コクコクとうなずき通信準備に入ろうとする。その背後で、エジソンが立て続けに指揮を飛ばしていた。

 

「リヨン到達までの予想時間は?」

 

「は、はい! あと15分程度と思われます!」

 

「よし。その情報をティエールのプレイヤー経由でゲオルギウスとエリザベートにも渡しておくように。ランスロットが引き連れていた魔物たちはどうしている?」

 

「徐々に魔力密度を減らしています。おそらく、統率者を失ったことで野生状態に戻ったのではないかと」

 

「ふむ。では、そちらのモニタリングはもう止めていい。代わりに今晩の夜勤当直職員に呼び出しを掛けておいてくれ。なお、以降は混乱を避けるため、飛行物体で移動するランスロットと思しき魔力反応を、一時的に【ランスロット[航空騎兵(エアキャバルリー)]】と呼称する。オペレーター諸君も今後はその通り報告するように」

 

「はい!」

 

 一斉にそう言って各自コンソールへ向き直る職員たち。エジソンは増員が必要だと判断した。ならばおそらく、今夜ランスロットとサンソンをも撃破するつもりなのだろう。

 

 オルガマリーは、ふとランスロットの情報を与えてくれた友人のことを思い出す。昼過ぎにチャットしたとき、彼は既に魔女ジャンヌと何らかの対話を行い、敵サーヴァントなどの情報を引き出した後だった。その事前情報が無ければカルデアはランスロットの魔力反応を特定できず、一方的に奇襲されていた可能性が高い。

 一般人プレイヤーであったにも関わらず戦局を左右する情報を得てきた彼と、今の自分。

 今日この司令室で一番役に立っていないのが自分だと分かっているからこそ、オルガマリーは現地で特異点修復に貢献しているプレイヤーたちをどこか羨ましく思う。

 

 視界の隅で『彼』のログイン情報を確認すれば、いつの間にか通話中になっていた。誰と話しているのだろうか?

 

(……いや。いけない。今はやるべきことに集中しないと)

 

 かすかな思考を脳裏に追いやったオルガマリーは、いかにも魔術師らしい超然とした態度を意識しつつ、フランス王軍総指揮官アルテュール・ド・リッシュモンとの通信を開始した。

 

 

 

[PM 20:00<数秒前>]

 

 

 グルルル……。ゲッゲッ! ギギィ、グガァ。

 檻の中から動物たち(ワイバーン)を眺める逆・動物園を満喫していた俺のもとに、一本の通知が届く。

 

【Call:音声チャット】【発信者:シュヴァリエ・デオン】

 

「で……デオン、さん!?!?」

 

 俺は一切動揺することのない凛々しさと毅然とした態度で2コール分をやり過ごし、それから通話開始操作を行った。

 

 

 

[PM 20:15]

 

 

「襲撃者がムーラン近郊を通過しました。時間がありません、早急にご準備を」

 

 カルデアの女魔術師が発する鉄面皮な声を聞きながら、リッシュモンは暗い夜空を見上げる。

 先ほどまで地上に光を投げかけていた月も星々も、その輝きを地上の光に奪い取られるように減じさせている。

 敵を迎撃するため陣中に設けられた篝火(かがりび)は、兵たちの手によってあっという間にその数を増し、いまや昼間と見紛うほどの明るさを作り出していた。

 

 次なる敵が、勝ち戦に油断しているこちら目掛けて夜襲を仕掛けてくる……事もあろうに、空の上から。そんな馬鹿げた話を疑いもせず、酒気の回っていない兵たちを集めて迎撃準備を取らせている自分自身へと、今更ながら苦笑がこみ上げてくる。変われば変わってしまうものだ。ほんの数ヶ月前までどうして自分が、否、世界がこんな事になってしまうと予想できただろう?

 

(しかし、それでもやらねばフランスに未来はない)

 

 念入りに周辺の敵を掃討した後というだけあって多くの兵が今宵ばかりはと痛飲し、結果、まともに動かせる兵は絶望的に少ない。もう一つの戦力であるプレイヤーの姿も、昼間に比べて随分とその数を減らしていた。飲まず食わずとも戦うことができ、死んでも再生する彼らでさえ、夜は休息を取るものらしい。彼らの元締めたるカルデアの女魔術師は再度の招集を約束してくれたが、敵の恐るべき移動速度を考えれば間に合うかどうかは期待薄だろう。

 

 天幕の中に設けられた大机には、先ほどまでの宴の中でリッシュモンと将官たちが興じていた遊戯用のカードが放り出されたままになっている。

 東方から伝えられた、十の数札と三つの絵札からなる四つのスートで構成されるカード群。プレイヤーたちが知っている21世紀のそれ(トランプ)に比べれば、ずっと原始的なものである。盤面にはカップ(ハート)棍棒(クラブ)第二総督(ジャック)が出されていて、勝敗つかずとなっていた。

 

「来ます」

 

「来るぞ、ラ・イール!」

 

「敵襲ゥーーーッ!」

 

 女魔術師の無感情な声と将軍の放つ野太い大音声を掻き消すように、空の彼方から一筋の光が走り、突風と聞いたこともない爆音が轟いた。

 

「ッーー!」

 

 思わず耳を塞ぎかけるリッシュモンを咎めるかのように、兵たちの悲鳴が立て続けに響く。リッシュモンは目を見開いた。轟音も突風も、一瞬にして通り過ぎていた。敵は、そこから飛び降りたのだ。フランス軍の陣は、既に戦場と化していた。

 

「敵はわずか二人だッ! それぞれ四方より囲み、活殺自在の陣形にて封殺せよ!」

 

 あまりにも常軌を逸した襲撃者に対して、それでもラ・イール将軍は即座に指示を下した。

 一人は、黒い鎧で全身を覆った騎士らしき敵。黒兜のスリットから漏れ出る血のような赤い超自然の光が禍々しい。

 もう一人は、先端の丸い「処刑人の剣」(エクスキューショナーズ・ソード)を携えた不吉な気配の黒外套の男。戦場であるにも関わらず防具一つ身につけていない姿は、この街を支配していた鉤爪の男を思い起こさせる。

 

一番槍(ファーストアタック)、いただきィーーーッ!」

 

 兵たちに先んじて、身体能力に優れるプレイヤーの一団が仕掛けた。

 死を恐れない彼らはめいめい得物を手に飛びかかるが、一瞬のうちに斬り捨てられる。

 

「突っ込め! 突っ込め! 召喚サークル(リスポーン地点)はすぐそこだ! とりあえずアイツらを分断しろ~~~っ!」

 

 それに続くように、次々と新たなプレイヤーたちが飛び込んでいった。

 プレイヤーはカルデアの指示を受けて動くが、全体を統括する現地指揮官はいない。というよりも、数人から数十人程度の小さなまとまりを作って好き勝手に戦いまわるような戦術を採っている。そして、連携はお世辞にも上等とは言いがたい。

 

「ARRRRR!」

 

 黒兜の騎士が雄叫びを上げながら、プレイヤーを数人まとめて薙ぎ払った。周囲では、何らかの魔術と思しき怪しい気配が凝集する。プレイヤーたちが『スキル』と呼ぶものだ。

 

『ガンド! ガンドガンドガンドガンドガンドォ!!!!』

 

 黒外套の処刑人を目掛けて、遠巻きに距離をとっていたプレイヤーの集団から、立て続けに数十発の光弾が撃ち込まれた。一瞬ふらついた敵を目掛けて、四方八方からプレイヤーたちが飛びかかる。その中には、昼間も鬼神のような動きを見せていた青いローブのケルト人魔術師も混じっており、黒外套の男も手こずっているように見受けられる。その魔術師の仕業だろうか、異国の(ルーン)文字が時おり空中に刻まれている。そして彼らの戦いを鼓舞するかのように、勇壮な演奏と美しい歌声がどこからか響き渡っていた。

 

 少なくとも、最初の目標であった敵二人の分断は達成できたと見ていいだろう。処刑人が剣を振るうたび噴水か何かのようにプレイヤーの首が宙を舞う様を、リッシュモンはあえて気にしないことにした。

 

 ならば、次の問題は……。

 

 リッシュモンは黒兜の騎士の方に意識を向ける。ラ・イールとジャンヌ(ラ・ピュセル)の指揮のもと、フランス兵とプレイヤーが十重二十重に敵を取り囲んでいる。こちらも昼間に活躍していた大盾の少女と東洋風の装束の少女の戦いぶりが目覚ましい。女子供の身体でよくあれほど戦えるものだと思ってしまうが、彼女らにせよプレイヤーたちにせよ、カルデアに与する者たちは外見と強さが噛み合わない傾向があった。

 だが、押されているのはこちらの方だ。

 

「Arrrrrrr!!!」

 

「おま、サブマシンガンて、ぬわーーーーーッ!!?!?!?」

 

「「「「ぐえーッ!!!」」」」

 

 罵声と断末魔が響く。宙を割くような炸裂音とともに、周囲を囲んでいた者たちが一斉に倒れ伏した。赤黒く輝く長棒(クォーター・スタッフ)を振り回していたはずの黒兜の左手には、いつの間にか見たことのない形状の武器が握られている。プレイヤーが今しがた『サブマシンガン』と呼んでいたものだ。

 崩れた包囲から本陣のリッシュモンの姿を見て取ったか、黒兜の赤黒い眼光が凶々しい輝きを増した。

 

「Arrthurrr!」

 

 黒兜が、ブリテン式の発音でリッシュモン(アルテュール)の名を叫ぶ。敵の狙いは自分か。

 近衛の兵が素早く黒兜とリッシュモンの間を遮るように立つ。「させません!」大盾の少女が放った横殴りの一撃を黒兜は軽くいなした。東洋風の少女の吐き出す火炎を物ともせぬまま、青ローブのケルト魔術師と二合、三合、打ち合い、蹴り飛ばす。

 追撃とばかりに右手の赤黒い長棒をケルト魔術師へ投げつけると、空になった両手が、ひときわ深く黒い(もや)に包まれた。

 

 ──その一瞬後、そこには先程の奇妙な形状の武器とどこか似通った、しかし遥かに大型の武装が現れていた。

 

 長く伸びた筒状の構造が、それを対人用の連射砲であると認識させる。

 異端者フスの信徒たちが用いたという連射(オルガン)砲。その発展形にして完成形が、リッシュモンの眼前で唸りを上げていた。

 

 ()()()()()()()()()

 

 吐き気がするほどに圧倒的な死の予感が、リッシュモンを襲った。

 

「ArrrrrthuuurrrRRRRR!!!」

 

 再び黒兜が叫ぶ。そしてその手の連射砲(ガトリング)が爆音とともに火を吹き、リッシュモンが死を覚悟した瞬間──

 

 

 

「我が旗よ! 我が同胞を守りたまえ!」

 

 

 



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1-20

 ここには、全ての虚飾をはぎとられた女性がいる。必要以上に辱めを受ける、堕ちた偶像がいる。かつて「ロココの薔薇」と讃えられた彼女の、華やかに着飾った肖像画の数々を見慣れた目には、まさに衝撃的といっていいほど残酷な絵だ。リアルだからというより、描き手の悪意が感じられるからだ。ラフなスケッチとはいえ練達の筆によって、さりげなく欠点が誇張され、美化ならぬ醜化がなされている。女性なら誰であっても、決してこんなふうには描かれたくないと思うだろう。こんな姿を後世に残されるのは嫌だと思うだろう。
 ここに至るまでにアントワネットは、もうさんざん戯画の対象にされてきた。(中略)それでもダヴィッドのこの一枚に比べれば、女性としての誇りを真に傷つけるものはなかったとさえ言えるくらいだ。

 ──中野京子『怖い絵』(角川文庫)

参考リンク:ダヴィッド『マリー・アントワネットの最後の肖像』



> [1/1] ザ・ロンゲスト・デイ・オブ・オルレアン⑤

 

[PM 20:20]

 

 黒外套の処刑人──シャルル=アンリ・サンソンは、ただ殺戮をもたらすためにこのリヨンを襲っているわけではない。

 もとを正せば、召喚主である魔女ジャンヌ・ダルクの命令ではあろう。だが、彼を突き動かすモチベーションという意味であれば、そんなものは些末な動機のひとつに過ぎなかった。

 

「邪魔を……するなっ!」

 

 サンソンの手に握られた処刑人の剣(エクスキューショナーズ・ソード)が振るわれるたび、彼の四方を囲む敵の首が飛ぶ。生前には罪人の首を一撃で苦痛なく()ねるための修練に身命を捧げた彼であったが、その身は既に生身の人間の到達できる領域を超えたサーヴァントのそれである。いまや首ひとつ斬り飛ばすことなど、なんと容易いことだろう。

 

 そしてこの霊基に与えられた宝具、【死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)】。

 苦痛なき処刑のための道具であった「ギロチン」を宝具として具現化する力。

 

 サンソンは、自らの精神が魔女の与えた狂気に侵されていることを認識している。

 生前の自分は、このような殺戮のための剣を振るう人間ではなかった。人が人を殺すことの意味について、生涯悩み続けていた。

 しかし同時にサンソンは、サーヴァントと化した自分が、身体的な側面において処刑人として限りなく完成形に近づいていることも分かっていた。

 

 ゆえにサンソンは戦場に赴く。

 フランスのために戦う忠義の兵たちを斬り殺し、斬り殺し、斬り殺す。

 その果てに待つ『彼女』の首を再び刎ねるまで。

 

 

 

 

 ……そしてその時は至る。

 

 すなわち今日、この瞬間。

 サンソンの瞳が、首を落とされたプレイヤーの死体の先に、生前の記憶と変わらぬ輝きを見た。

 

「見つけた……」

 

 闇の中でも鮮烈な印象を与える赤いドレスに、奇妙なシルエットでありながらとても良く似合っているとしか言いようのない巨大な帽子。白銀の長い巻髪がゆるく波打ち、サンソンを見据える青い目の眼差しは内なる精神の気高さを表している。

 

 猛然と走り寄る。

 行く手を阻もうとする敵兵も、周囲から撃ち込まれ続ける呪いの魔弾(ガンド)も、その全てを無視してサンソンは走った。

 

 あの日の使命を、今度こそ全うするために。

 不出来な処刑人が汚してしまったフランス王妃の最期の姿を、今度こそ正しい形でこの世界へと知らしめるために!!

 

「マリーィィィッ!」

 

 不敬であると知りながら、その名が口をついて出た。

 血に濡れた右手の剣が、羽のように軽い。

 身体の中で渦巻く魔力が、宝具として現出するときを──処刑のときを待ちわびるように、その濃密さを増していくのが分かった。

 

「サンソン!」

 

 王妃が己の名を呼んだ。ただそれだけのことで歓喜に溺れそうになる惰弱な精神を、鞭打つように平静へと保つ。

 

 ──もうすぐ。もうすぐです。王妃様。

 ──不肖、このシャルル=アンリ・サンソン。貴女の首を、今度こそ、その美しさのままに斬り落として差し上げる。

 

 しかし次の瞬間、戦場には不釣り合いな美しい音が響いた。サンソンの足が突然もつれ、地面に倒れ込みそうになる。プレイヤーたちのガンドとは違う、何らかの魔術による行動阻害か。

 王妃の背後の闇の中から、指揮棒を構えた男が彼女をかばうように進み出た。王妃と行動をともにする音楽家のサーヴァント。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。

 

「とうとう殺人狂にまで堕ちたのか、処刑人」

 

 情感豊かに奏で続けられる演奏とは程遠い、ただ冷たいだけの声が、足並みを乱して立ち止まるサンソンの耳を捉えた。

 

「邪魔をするなよ、音楽屋。今すぐそこを退いて彼女のために葬送曲を奏でるというなら、この場は殺さずにおいてやる」

 

「やってみるか? 君の剣が音より早く僕の首を刎ねるというなら、目的を達することもできるだろうさ……僕はそう思わないけどね」

 

 ギリ、とサンソンが歯噛みする。

 睨みつけられたアマデウスは、哀れむような視線を投げ返しながらも微動だにしない。

 

「やめて、アマデウス。それにサンソン……」

 

 そこに、王妃が口を挟んだ。

 いつの間にか、後方から追いかけてきたプレイヤーたちの攻撃がピタリとやんでいる。

 

「イベント北」「会話シーン入った?」「うるさい黙れ」「回り込んで撮影して」「マリーちゃんprpr」

 

 オルレアンの監獄で出会った『彼』を思い起こさせるような意味不明な囁き声が、さざなみのようにプレイヤーたちの間を伝わり、消えていく。

 彼らもまた、王妃の言葉に耳を傾けているように思われた。

 

 

「……サンソン。あなたが魔女の狂気に侵されていることは知っています。魔女に敵対する私を殺そうとしていることも。けれど、それを認めるわけにはいきません。なぜなら、この戦いはフランスの未来のためのものなのです。

 かつて私は、革命の中であなたにこの首を差し出しました。あの日処刑の広場に詰めかけた人々は、王政を倒すこと、すなわち王を殺すことが、フランスの未来のために必要だと信じていたからです。経緯はともあれ、結末はともあれ、そこにはフランスの民としての大義があったのです。

 けれど……今のあなたに大義がありますか? 狂気の中にいるあなたが処刑人の剣を振るうことを、法も秩序も、あの魔女以外の何者たりとも認めはしないでしょう」

 

 王妃の口調は落ち着いていた。

 この身が彼女に剣を向けていると知りながら、フランスの王妃たる者として、あまりにも堂々とした語り口だった。

 けれど──

 

「──違います、王妃様。違うのです」

 

 サンソンの口から言葉がこぼれる。その舌が、口の中全てが、血を吐くように苦々しく思われた。

 

 口に出して言う気はなかった。それは彼女の名誉を汚すことになってしまうから。

 無言のうちに処刑(すべて)を終わらせ、その美しさだけを改めて世界に対して示せば良い。

 そう考えていたはずだった。

 だが、一度漏れ出してしまった言葉は、(せき)を切ったように止まることがない。

 

「王妃様はご存じないでしょう。貴女の処刑の後、どれほどの血と怨嗟(えんさ)がフランスの大地を覆い尽くしたかを。そこに正義などなかった。大義などなかった。ただ人間が人間の生命を軽んじ、傲慢にも裁判(さばき)の名のもとに殺し合う。そんな血塗られた日々があっただけなのです。そして、その死にまみれた狂騒の中にあってなお、多くの人々が貴女のことを(さげす)み続けた。ギロチンの刃がどれほど軽々しく振るわれるものなのか、昨日の正義が今日の悪として断じられることがどれほど容易いことなのか、誰もが知っていたはずなのに!

 そして、そういった人々は、こぞって王と貴女の名誉を(おとし)めようとした。あのジャック=ルイ・ダヴィッド*1のような輩がです。僕は、あの男の残した貴女のスケッチが許せなかった。あんなものが、貴女の最期の姿として後世に残ることだけは。

 ……処刑の日、僕は貴女の髪を短く切り落とさねばなりませんでした。首筋にかかる髪は断頭の刃を滑らせるからです。処刑のための道具として考案されたギロチンでさえ、それは避けられなかった。ギロチンは完璧な道具ではなかった。僕とギロチンの不出来さが、死にゆく貴女から美しい髪を奪い、そして貴女の本当の気高さ美しさを知らぬ者たちに嘲りの理由を与えてしまった。だから、僕は……」

 

 渦巻く魔力が、見慣れたギロチンの姿を具現化させていく。

 人を超えた英霊としての力で、今度こそ完全なる処刑を遂行するために。

 美しい人が、美しいままに首を落とされる様を。あの日フランス全土に示されるべきだった正しき処刑の姿を、人の悪意に汚されることなく世界へと知らしめるために。

 

「魔女の復讐など、僕にとっては戦いの動機になりえません。あれは彼女たちの、彼女たちだけの復讐です。そして(おそ)れ多くも王妃様が仰られたとおり、この戦いに大義があるとも思っておりません。

 けれど、それでも、今度こそ僕は処刑人としての務めを果たします。

 

 ──どうか安らかに清らかにお眠りください。【死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)】」

 

 王妃の頭上に具現したギロチンの刃が、ギリギリと巻き上げられていく。

 しかし王妃は……マリー・アントワネットは、ただ悲しげにつぶやいた。

 

「……やっぱり、あなたは狂ってしまったのね」

 

「何を──」

 

「明日あればこそ、死は明日への希望たりうるのです。かつて私の死は、少なくともそれを望んだフランスの市民たちにとっては、確かに明日への希望でありました。しかし今、明日(みらい)を奪われ焼却されつつあるこの世界で、どうして私の死が誰かの希望となるでしょう? ……サンソン。あなたは、あなたの処刑人としての誠実さを聖杯の力で狂気に増幅され、利用されているだけなのです」

 

「──それは、」

 

「プレイヤーの皆様、ご配慮をありがとうございます。もはや語るべきことはありません。後はどうぞ、ご存分に」

 

 す、と一礼し、マリーが後ろへと下がる。

 

「待ってくれ!」

 

 焦り、宝具を発動させようとするサンソンの全身を、待ちかねたように四方から放たれた無数のガンドと矢の雨が貫いた。

 

「ッーーー!!!」

 

 思わず膝をついたサンソンに、雄叫びを上げながらプレイヤーたちが襲いかかる。

 

「【瞬間強化】ァ!」

「【反応強化】ァ!」

「【完勝への布石】ィィィ!」

 

「あ、あああ……」

 

 見る影もなく動きを鈍らせたサンソンを袋叩きにするように振り下ろされたプレイヤーの剣が、彼に無数の傷をつけていく。

 

「やれる! やれるぞっ!」

「俺たちの手で! サーヴァント撃破報酬を!」

 

「ああ………………それなら……僕の行いは……全て……」

 

「トドメの一撃ぃ!!!」

 

 その首を落とすべく、プレイヤーが大上段に振りかぶった剣を振り下ろそうとする。

 プレイヤーの筋力と複数のバフスキルによる攻撃力強化、そして重力加速度が加わった大剣の一撃が、ブオンと盛大に音を立てながら彼の首を斬り落とさんと放たれ……しかし、サンソンの腕がそれを止めた。盾代わりに使われたサンソンの左腕は半ば断ち切られた状態でひしゃげ、白い顔も髪も血の赤に染まっている。

 

「マリー。僕は、ただ……貴女を…‥。マリー……」

 

 うつむき、王妃の名だけをボソボソと繰り返すサンソンに、プレイヤーたちが気圧される。

 その一瞬の隙に、サンソンは周囲のプレイヤーを振り払い駆け出していた。王妃のもとへと。かろうじて無事で残された右手に、処刑人の剣を振りかざしながら。

 その全身から、黒い魔力の波動が、目に見えるほどの濃度となって溢れ出す。

 全身血まみれのサンソンの赤く血走った目に、再び力が宿った。血よりも(あか)い、狂気の光が。

 

「僕には……ワからナい」

 

「正義も使命も……もウ何モ」

 

「なのに……召喚さレタあの日かラ、消えなイんだ」

 

「怒リが……憎悪ガ」

 

「タトえ貴女が彼らヲ(ユル)シテも……僕にハ、どうシても、ユルセナイ」

 

「………………ダカラ。邪魔ヲ……スルナッ!!!」

 

スキル発動(SKILL ACTIVATION)】【狂化(BERSERK)

 

 プレイヤーの視界にシステムアナウンスが走った。

 血涙を流しながらサンソンが咆哮し、獣のような荒々しさでマリーに向かって猛然と進む。

 

「マリアァァァァーーッ!」

 

「バーサーカーモードだと!?」

「誰か止めろ!」

 

 慌てて後を追うプレイヤーだが、狂化されたサーヴァントの速度に追いつけるはずもなく。

 瞬く間にサンソンはプレイヤーの包囲を食い破り、マリーへの距離を詰めていく。

 

「くそっ、あの処刑馬鹿……心が折れて魔女の狂気に飲まれたのか!?」

 

「アマデウス、下がりなさい」

 

「マリア! 危険だ!」

 

「下がりなさいと言いました」

 

「ッ……」

 

 苦い顔をしたアマデウスが一歩下がり、マリーが一歩前に出た。

 その表情には、一点の怯えもない。普段の温和で優しげな彼女とは違う、気高く凛々しい王妃の立ち姿がそこにはあった。処刑の日、ギロチンの刃が落とされる最後の瞬間まで凛々しく在り続けたという逸話を再現するごとく。

 

「サンソン。あなたは、私のためにずっと苦しんできたのですね」

 

「■■■ーーーーーーッッッ!!!!」

 

 もはや言葉にならぬ叫びを上げて振り下ろされる渾身の一撃を、マリーは両手を差し出すように迎えた。

 その全身から、水晶の輝きがほとばしる。

 

「【愛すべき輝きは永遠に(クリスタル・パレス)】──」

 

 マリーの首筋めがけて叩きつけられた処刑剣は、しかしその白磁の肌に傷一つつけられぬまま勢いを止めた。

 

 結界宝具【愛すべき輝きは永遠に(クリスタル・パレス)】。

 

 王権が失われても愛した人々とフランスは永遠に残る、という彼女の信念が作り出したひとつの幻想。

 そのまばゆい輝きが、マリーとサンソンをともに包み込んでいた。

 

「サンソン。明日の希望のため、今ひとたびお別れいたしましょう。次にお会いしたときは、ともに笑いあえますように──」

 

 語りかけるマリーから、再び魔力の光が溢れ出す。光の粒子をまとう硝子(ガラス)の馬が、その輝きの中から現れた。

 

 

「──ヴィヴ・ラ・フランス。【百合の王冠に栄光あれ(ギロチン・ブレイカー)】」

 

 

*1
画家。騎乗するナポレオンの絵が有名。前書き参照。



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1-21

前回のあらすじ:サンソン君リタイア(死んでない)。一方その頃……



> [1/1] ザ・ロンゲスト・デイ・オブ・オルレアン⑥

 

[PM 20:24]

 

「──我が旗よ! 我が同胞を守りたまえ! 【我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)】!」

 

 

 転がり込むように黒兜の騎士とリッシュモン大元帥の陣幕との間へ割って入ると、ジャンヌは天高く旗を掲げた。

 旗の穂先からほとばしる目も(くら)むような輝きが、すでに篝火(かがりび)で昼のように明るい空間を、なおも光明まばゆく染め上げる。それとほぼ同時に、耳をつんざくような爆音が響き渡った。

 

「ArrrrrthuuurrrRRRRR!!!」

 

 黒兜は叫ぶ。叫びながら、撃ち続ける。その手に構えた怪物的な銃砲に真正面から旗を掲げて相対するジャンヌは、彼が全身から垂れ流す狂気とも向き合うことになった。

 

「AAAArrrRRRrrRRrrrrrR!!!!!」

 

 聞き取れるのは、黒兜の騎士が上げる怨嗟の呻きと、それすら掻き消すほどに繰り返し浴びせかけられる銃声だけ。

 その目に映るのは、爛々と狂気に輝く黒兜の眼光と、眼前で見えない壁にぶつかったかのように『神秘的な護り』で無力化され地に落ちる無数の弾丸だけ。

 

 視界を真っ黒に埋め尽くす弾丸の雨が、もし一瞬でも旗の護りを貫いたなら、次の瞬間ジャンヌは蜂の巣になって死ぬだろう。それほどまでに圧倒的な「死」を叩きつけながら、黒兜の叫びも銃声も収まることはない。

 

「TTTHHhhhhhUUuurrrRRRRR!!!!」

 

 火砲を人に向けて撃つ。

 かつて、他ならぬジャンヌ自身が戦いの中で提案し、多くのイングランド兵を打ち破ってきた戦術だ。その犠牲となった敵兵たちが死の間際に感じていただろう恐怖と戦慄と銃火の無慈悲さを、因果応報とでも言うべきか、いまやジャンヌはその身を以て追体験させられていた。

 

「ーーーーーッ」

 

 食いしばった歯から、声にならない息が漏れる。

 本来ジャンヌの掲げる旗に、防御力など無い。旗は旗であって、当然ながらマシュ・キリエライトの持つような大盾でもなければ堅固な城壁でもないのだ。ただ、天使の祝福と敬虔な祈りを捧げるジャンヌの信仰心だけが、彼女の旗が掲げられる空間を絶対不可侵の守護領域と成していた。

 そして、その聖域を侵さんとする狂戦士が一騎。

 

「Arrrrrrrrr……!」

 

 射撃の手を一切止めることなく、黒兜の騎士は一歩、また一歩とジャンヌの元へ近づいてくる。

 無数の雨粒がいつか岩をも穿つと言わんばかりに、ただひたすらに、殺意と銃弾とを叩きつけてくる。

 

 ジャンヌは瞬き一つせず黒兜の騎士を睨みつけたまま、動くことができない。

 ここから一歩でも退(しりぞ)いたなら、彼女の心もまた一歩、敵の殺意に遅れを取ることになるだろう。

 眼前の暴威にほんの僅かでも臆してしまえば、その感情はたちまちのうちにジャンヌの精神を食い荒らしにかかるだろう。

 それはすなわち、彼女と、彼女が背に守る全ての人々の死を意味していた。

 

「主よ……っ」

 

 それは、傍から見ればほんのわずかな時間だっただろう。しかし、ジャンヌにとっては果てしなく長く感じられる時間。

 狂戦士の銃口は、文字通りジャンヌの目と鼻の先にまで突きつけられていた。

 

「Arrrrrthuuurrrrrrr!!!」

 

 再び、絶叫。

 叫びながら、引き金を引き続けながら、狂戦士はまさに銃撃中のその銃身をジャンヌの顔面めがけて叩きつけようとする。

 その攻撃が旗の護りによって無力化されていると認識しておきながら、ガン、ガン、という無骨な殴打の繰り返しは止むことがない。

 もはやジャンヌの視界には敵意とともに叩きつけられる鋼鉄の銃口が映るばかりで、その眼球さえマズルフラッシュに焼かれては旗の祝福の力で回復するという繰り返しによってかろうじて機能しているという有様だった。

 

「主よ、」

 

 しかしそれでも、ジャンヌ・ダルクは揺るがない。

 狂戦士の攻撃に止む気配が見えずとも。旗を展開し続けるだけの魔力が、あとどれほど保つか分からずとも。

 鉄壁のごとき精神が、鋼のごとき信仰が、彼女の宝具たる聖なる旗を一際強く輝かせる。

 

「主よ!!!」

 

 聖女は、天まで届けとばかりに声を張り上げた。

 

 

 ──その瞬間、世界が割れるような音が鳴り響く。

 

 

 

 

[PM 20:25]

 

────聖杯に願う。

 

──【私以外の全てのバーサーク・サーヴァントに与えられた狂化を解呪せよ】

 

──【オルレアンの魔女とそのサーヴァントの間に結ばれた全ての契約を破戒せよ】

 

 

 

 

[PM 20:25]

 

『GAAAAAAAAAAAAAA?!?!?!?!?』

 

 突如、黒兜の騎士が苦悶の声を上げ、その攻撃の手を止めた。

 両手の巨大な連射砲が地面に転がるのも構わず、頭を抱えて地面に(うずくま)り悶絶する。

 

『uuuuuu……ua……arrrrr……』

 

『……これは……?』

 

 宝具展開を止めて旗を下ろしたジャンヌは、なお数歩の距離を保ちながらその様子を(いぶか)しむ。マシュが大盾を構えて警戒しながら、様子を伺うべく近づいていく。

 

『GAL……H……D?』

 

 黒兜が不明瞭な呻きを上げた。

 

 その数十メートル先でも、同様の光景が繰り広げられている。

 ライダーのサーヴァントであるマリー・アントワネットが宝具として召喚したガラスの馬、その(ヒヅメ)に脳天直撃ノックアウトされ昏倒していたシャルル=アンリ・サンソンもまた、突如苦しそうに呻き出したのだ。

 

「これは……どういうこと……?」

 

 現地からリアルタイム中継される映像情報を見ながら、カルデアの司令室でオルガマリーが問いかける。

 

「……わからん。わからんが……敵が一斉に苦しみだしたということは、その元締めたる魔女に何かあったのではないか?」

 

 ライオン顔のエジソンが、器用に眉をしかめて答えた。ロマニも難しそうな顔をしながら、何らかの指示を出そうというのかコンソールに張り付きコマンドを打ち込んでいる。オルガマリーの脳裏で思考が走った。

 

 魔女。

 先のファヴニールとの遭遇戦以降は全くオルレアンから動こうとしなかった、もう一人の黒いジャンヌ・ダルク。

 彼女の身に何かが起きた?

 だとしたら、それに関わっているのは。

 

(『彼』ッ……!)

 

 咄嗟(とっさ)に手元の個人用端末へ意識を向ける。自クランのプレイヤー情報が表示されたままになっている。オルレアンにいるはずの友人のステータスは、いまだに「通話中」。

 同時に指先が端末のキーを叩く。カルデア所長としての閲覧権限で友人のフレンドリストを読み込んでいく。

 通話の相手は……フレンド欄の一番上の……

 

「何よこれ!?」

 

 思わず、声が出た。ぎょっとした顔で数人の職員がオルガマリーに振り向く。

 彼らに背を向けて、端末に表示された奇妙な文字を読もうとする。友人が通話しているはずの相手は、その名前が奇妙に文字化けしていた。無論、仕様ではない。

 

(これってバグ!? そんな、一体どうして……)

 

 疑問を抱く時間ももどかしく、今度は自分(オルガ)のゲームアカウントを呼び出し、そのフレンドリストから直接『彼』に文字チャットを送りつける。

 

《そっちで何か起きてない?》

 

 すぐに返事が来た。急いで思考入力されたと思しき、片言の短文。

 

《ジルドレとマジョがやられた。

 テキケイヤクカイジョ。

 マジョがセイハイ。

 ファブニールゲキオコ。

 マジョかついでリヨンいく》

 

 目が滑りそうになる文章に焦りと苛立ちを覚えつつ目を通す。

 そして書かれている内容を理解した瞬間、サァッと血の気が引くのを自覚した。

 

「あンの……ド馬鹿ッ!」

 

 これが事実ならば、疑っている暇など無い。だが、何らかの虚偽の可能性は……。いや。『彼』は、こういう面白くもない嘘をつくような人間ではない、はずだ……と、思いたい。心の奥底にわだかまる生来の不信を捻じ伏せながら、オルガはロマニや職員たちに再び振り向き、怒鳴りつけるように指示を下した。

 

「オルレアンで魔女が撃破されたわ! 狂化されたサーヴァントたちも契約解除された可能性が高い! ロマニッ! プレイヤーたちにランスロットとサンソンを殺させないで!」

 

「は!? マリー、いきなり何を」

 

「質問は後にして! 所長の指示が聞けないの!?」

 

「ッ……」

 

 珍しく、目に見えて不満そうな顔でロマニがプレイヤーたちへの指示を打ち込む。

 ややあってランスロットとサンソンへの討伐クエスト消滅がアナウンスとして告げられる。それを確認してか、苦悶するサンソンの背後で剣を抜こうとしていた数人のプレイヤーたちが、静かに(きびす)を返して闇の中へと溶けていった。

 剣呑な表情で事後策を思案するオルガマリーの肩を、いつの間にか近寄ってきていたエジソンがぽんと叩く。

 

「事情を聞かせてもらいたいのだが?」

 

「ええ。でも、その前にあとひとつだけ。……オペレーター! 誰でもいいから、オルレアンに収監されているプレイヤーの魔力反応をサーチして!」

 

「無理です! ファヴニールの本拠地ですよ!?」

 

 すぐさま、オペレーターから否定の言葉が返った。

 そうだった。ファヴニールの大きすぎる魔力反応……。以前の撤退戦のときも同じ問題が起きたのだった。あのときも、リツカの反応がサーチできなくて……。

 

「って、マーキング! あいつにもマーキングしてたわ、そういえば! この間ファヴニールからの撤退戦のときにマシュのマスターを探したやり方が使えるはずだから、それでサーチして!」

 

「えっ、あ、はい! えぇっと……。……は!?」

 

 サーチを掛け始めたオペレーターが再び素っ頓狂な声を上げる。

 

「オルレアンに収監されていたプレイヤーが、たった今、南東に向けて高速で移動を開始しました! それに、先日観測した魔女ジャンヌ・ダルクの魔力パターンも同じ座標で移動しています! この速度だと、リヨン到達まで……一時間かからない計算です!」

 

「ハァ!?」

 

 そして今度は、オルガマリーが素っ頓狂な声を上げる番だった。

 

「待って、魔術もまともに使えない一般人よ!? クー・フーリンだってリヨンにいるんでしょう!?」

 

「ですが……」

 

 そう言ってオペレーターがサブモニターに映し出した魔力反応は、間違いなく友人のもので。それがサーヴァントらしき2つの強い魔力反応と重なるようにして、陸路を高速鉄道(しんかんせん)か何かかというスピードで爆走していた。

 

 ……めまいがする。

 

 思わず目頭を揉むオルガマリーをよそに、エジソンが小首をかしげる。

 

「ふむ。君の言う魔女の撃破が事実であるなら、クー・フーリンのマスターは他のサーヴァントと協力して魔女を拘束、オルレアンから逃走中ということか? しかし、わざわざ生け捕りにするとは……そんなミッションを出していたかね?」

 

「いや、出していない。というか、魔女については前回の遭遇戦以降ミッションを設定してないよ」

 

 ロマニがコンソールのキーをカタカタカタカタッターン! と勢いよく叩きながら振り向きもせずに応える。

 オルガマリーは疲れたように補足した。

 

「……わたしもきちんと報告を受けたわけじゃないけれど。『彼』は魔女が聖杯だって言ってるわ」

 

「ほう!」

 

 エジソンが納得顔でうなずいた。

 

「なるほど、なるほど。魔女が聖杯そのものであるなら、確かに特異点修復のためには魔女本人を回収する必要がある。……ということは、こちらからも回収作業に人手を割かねばならんな。彼らはリヨン方面に向かっているのだったか。マシュ君はまだ動けそうかね? ……いや。違うな。この場合、ファヴニールが黙っていないか」

 

「ファヴニール激怒って言ってるわ」

 

「だろうな」

 

 オルガマリーの再度の補足にもう一度うなずいたエジソンは、オペレーターたちの方へ向き直る。そして、大声を張り上げた。

 

「諸君、注目!」

 

 ザッ、と一斉に部屋中の視線がエジソンに向かって集中する。エジソンは満足げに笑う。

 

「よろしい。これより我々は、聖杯を奪取したクー・フーリンのマスターを回収し、この特異点最後の脅威を排除するため、ファヴニール迎撃戦を開始する。迎撃地点はリヨンになると予想する。想定戦闘開始時刻は約一時間後の21時20分、全プレイヤーに通達するように。これが本特異点における最後の戦いとなるだろう。プレイヤーにはデスペナルティ無効化を含めた強化(バフ)付与を実施する。大規模魔力供給の準備をしておきたまえ!」

 

「「「はい!」」」

 

 その場の職員全員が威勢よく返事した。

 わたし相手の態度とは随分な違いようだ、とオルガマリーは内心穏やかでない感情を押し殺す。

 そんなオルガマリーの心中など気にも掛けず、エジソンは獰猛に笑った。

 

「第一特異点の修復事業も最後の山場だ。今日の日付が変わる前に、全ての仕事を終わらせるとしよう」

 




 このあと主人公から送られてきたログを確認したオルガの胃は破壊された。


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1-22

 

[PM 20:33]

 

「その女を置いていきなさい。そうすれば、他の人間には手出ししないわ」

 

 世界が割れるような音が鳴り響いた、その数分後。

 暗闇の中から現れた仮面の女が冷たい声でそう告げた。

 

 

>> [1/2] 解ける呪い、解けぬ呪い

 

[PM 20:31]

 

 オルレアンの南、刃物の街トゥール近郊。魔女の本拠地たるオルレアンへ向けて進攻していた聖騎士ゲオルギウス率いるプレイヤー集団は、突如立て続けに発せられたシステムアナウンスへの対応を検討しているところだった。

 

【MISSION CLEAR!】

【探索ミッション】【聖杯探索】

【達成条件:第一特異点に存在する聖杯の発見】

【オルレアンで聖杯が発見されました!】

【聖杯所有者ジル・ド・レェが撃破されました!】

【魔女ジャンヌ・ダルクが撃破されました!】

 

 

【NOTICE】【NEW MISSION】

【回収ミッション】【聖杯回収】

【達成条件:第一特異点に存在する聖杯の回収】

【失敗条件:聖杯の破壊】

 

 

【NOTICE】【MISSION UPDATE】

【回収ミッション】【聖杯回収】

【聖杯が移動しています……】

【達成条件:聖杯を召喚サークルからカルデアゲートに転送する】

【失敗条件:聖杯の破壊・紛失】

 

 

「魔女は倒れたはずなのに、オルレアンからの邪悪な気配は爆発的に増しています。これは一体……?」

 

「聖杯は南東、リヨンの方角に移動しているようですね」

 

「聖騎士様、いかがなさいますか?」

 

 矢継ぎ早にプレイヤーから提供される情報を聞きながら、ゲオルギウスは思考に沈む。思案に費やせる時間は決して多くはないだろう。状況が大きく変わった今、迅速な決断と断固たる行動が求められていた。

 

「心配したってしょうがないじゃない! 召喚サークルを作れるマシュって娘はリヨンにいるんでしょ? だったらこのまま(オルレアン)の状況を確認するか、(リヨン)に急ぐか、二つに一つよね!」

 

 そんなゲオルギウスの憂いを振り落とすように、竜人じみた容姿の少女(エリザベート)が快活に笑いながらその肩を叩く。……そのときだった。

 

 

「──いいえ。貴女はそのどちらにも行けないわ。貴女はここで、私に殺されて死ぬのだから」

 

 

 冷ややかな声が夜闇に響いた。

 一斉に武器を構えて警戒するプレイヤーたちを睥睨(へいげい)するように、物陰から現れたのは仮面の女。

 

「……立ち聞きしてたの!? ホンット趣味悪いわね!」

 

 エリザベートが心底イヤなものを見た、という目で闖入者(ちんにゅうしゃ)を睨んだ。仮面の女はエリザベートを無視してゲオルギウスへと言葉を投げる。

 

「聖騎士ゲオルギウス、貴方なら今何が起こったか気づいているでしょう。オルレアンで魔女が倒されたわ。ここからでは、誰が、どのようにしてかは分からないけれど。そしてファヴニールが暴れだした」

 

「そのようですね。あなたは……バーサーク・アサシン、でしたか?」

 

 ゲオルギウスは慎重に言葉を返す。協力者たるプレイヤーやエリザベートから、仮面の女サーヴァントの存在は聞いていた。だが、よりによって状況が一刻を争うこのタイミングで敵対することになろうとは。腰の剣(アスカロン)の柄へ伸ばした手に、いつでも抜剣できるよう力を込める。プレイヤーは彼の後ろに控えたままだ。だが、彼が剣を抜けばすぐさま攻撃を開始するだろう。敵の目的はなんだ? 戦うならば、迅速に打倒する必要がある。ここで時間を稼がれれば、オルレアンの変事に対応することは不可能となるだろう。

 しかしゲオルギウスの予想に反して、仮面の女は意外なことを提案した。

 

「こちらの要求はひとつよ。──その女を置いていきなさい。そうすれば、他の人間には手出ししないわ」

 

 そう言って、エリザベートを指差す。エリザベートは吐き捨てるように答えた。

 

「……状況が分からないの? この戦力差を見て要求できる立場だと思ってるわけ?」

 

「あなたの目的は何です? 彼女の言うように我々の戦力差は明白だ。ここで無用の争いをしてもあなたがいたずらに命を失うだけではありませんか?」

 

 ゲオルギウスも続けざまに問う。仮面の女は自嘲するように、仮面から覗く唇を歪める。

 

「そうね、聖騎士ゲオルギウス。貴方ほどの騎士を敵に回すのですから、この場での戦闘は貴方の言う通りの結末をもたらすでしょう。そもそも既に魔女が倒れている以上、大局的にはこちらに勝ちの目などありはしない。けれど……その小娘だけは。この手で殺してやらねば気が済まないの」

 

 敵意をあらわにする仮面の女は、そこでやっとエリザベートに目を向ける。その視界に入れておくことすら嫌で嫌でたまらない、という態度で。そしてそれを睨み返すエリザベートもまた、知らず、仮面の女と同じような態度を表していた。

 

「ご両人の間に確執があることは理解しました。ですが、今ここで争っている場合でないことも分かるはずだ。決闘を望むなら、ファヴニールを止めた後にでも存分に……」

 

「……いいわよ。先に行きなさいブタ共(プレイヤー)、それにゲオルギウス。あの女は(アタシ)がここで殺しておくから」

 

 ゲオルギウスの言葉をエリザベートが遮った。

 

「……」

 

 ゲオルギウスは彼女を説得しようとして、やめる。

 彼の本音としては、これからファヴニールと戦う上でエリザベート・バートリーというサーヴァントの戦力を失うのはあまりに痛い。けれどそれを伝えたとして、彼女たちが互いに互いを殺すことを求めて敵意を(たぎ)らせているのはあまりにも明白だった。目の前の仮面の女アサシンとエリザベートの間にどのような因縁があるかは皆目検討もつかなかったが。何より、今この場で彼女を説得するだけの時間的余裕など与えられてはいなかった。

 

「では、この場は任せます。我々はファヴニールを追ってリヨンへ向かいます。お互い生きて、かの街で会いましょう」

 

「……そうね、この女をぶっ殺したら合流してやるから待ってなさい」

 

「期待しています。プレイヤー諸君も、よろしいか?」

 

 応、と彼の背後のプレイヤーたちが一斉に返事した。そのほぼ全てが聖堂教会の信徒と関係者によって構成されており、聖人ゲオルギウスとの共同戦線を望んで南西(ボルドー)を拠点とした者ばかりである。必然、極めて士気が高かった。

 

「では、次はリヨンにて! ──来い、ベイヤードっ!」

 

 呼びかけに応えて、虚空から一騎の白馬が現れ出た。聖騎士はひらりと馬上の鞍にまたがり、ひとつ鞭を打つ。

 

「ハァッ!」

 

 次の瞬間、彼と乗騎は恐るべきスピードで南東リヨン目指して駆け出していた。それを見送っていたプレイヤーたちも、一人また一人と黒い魔力の塵になって消えていく。カルデアゲートを経由したリヨンへの転送移動(ファストトラベル)を行ったのだ。

 

 

 ──そして、暗がりの中に二人の女が残された。

 

「せっかく狂化が解けたのに、まだアタマがおかしいのね。自分で言うのも何だけど、堕ちるトコまで堕ちたものよね、【エリザベート・バートリー】。これ以上罪を重ねる前に、(アタシ)がここで殺してあげる」

 

「……その狭窄した視野も、この(わたし)に勝てるという思い上がりも。心底憎らしくてたまらない。自分の醜さ愚かさすら認められない小娘というのは、本当に見るに堪えないものだわ」

 

 あるいは()()ともいうべき侮蔑を込めた言葉の合間に、ガチャリガチャリと武器が鳴る。互いの血と断末魔の悲鳴を求めて。

 

「死になさい、(わたし)

「邪魔なのよ、(アタシ)

 

 もはや人理焼却にも修復にも寄与し得ない特異点の片隅で、二つの殺意が交錯した。

 

 

 

 

>> [2/2] ラストスパート×ラストリゾート

 

[PM 21:10]

 

 リヨンに設営されたフランス軍の陣営は、遠目にもハッキリ分かるほどに煌々とまばゆい。それはまさに、夜闇を照らす光であった。

 

 ケモミミよ、あれがリヨンの灯だ……。

 

 言うまでもない事とは思ったが、それでも俺は律儀にナビゲーションをすることにした。なぜって、それが今の俺の役割だからして。何もせずただケモミミに担がれ揺られていると、自分がマジで貨物か何かになったような気分になってしまう。

 

 つーか移動一時間は長いわ。ぶっちゃけ荷物ごっこにも飽きてきた。そろそろ人間らしく地面に立って戦いたい気分だぜ。

 

 あまりに暇なのでオルガに先刻のデオンさん御乱心&ジル・ド・レェ退場のログを投げつけたら、なんか『う゛、』みたいな胃に悪い感じの声出してたけど大丈夫なのかしらん。聞けばオルレアンを出てくる前に俺が送ったメッセ読んで、もう迎撃準備に入ってるんだって。自分で言うのも何だけど、あんな取り急ぎの情報をよく信用する気になったな。オルガのやつ、悪い野郎に騙されないか心配だぜ……。

 

 あ、まもなく目的地周辺です。

 

「言われずとも街の灯りくらい見えている!」

 

 俺のナビ音声にだいぶ余裕のない様子で怒鳴り返したケモミミは、勢いよく真横に飛んだ。次の瞬間、元いた場所に炎弾の雨が落ちてくる。見上げれば空には巨大な黒い影。ファヴニールはすぐそこまで迫っていた。

 

 現状を将棋でいうなら、俺たちはさしずめ竜王に追われる王将だ。

 取られれば詰み。逃げ切れば勝ち。移動速度は敵に分があるが、既にリヨンはすぐそこ。入玉は目前だ。

 いやまあ、入玉は味方の陣にするもんじゃあないが。いずれにせよ、敵の攻勢を一時的に凌ぐ手段があれば良いんだけどね。

 

「それがあったらこんな苦労はしていないッ……!」

 

 と、そこでケモミミは何かを思いついたらしい。炎弾を避けるためにジグザグ走行していたのを、いきなり直線ダッシュに切り替えた。爆炎の中を縫って走る。周囲の地面に直撃した炎の残滓が容赦なく飛び散ってきて、焦げた空気に鼻と口の粘膜が焼けるのが分かった。なけなしのHPが削れる。ケモミミは言う。

 

「このままでは(らち)が明かん……! いいか、汝もいい加減回復したはずだ。これから汝と魔女をまとめてリヨンの方角へ放り投げる。あとは自力で街まで走っていくがいい」

 

 無茶な。というか、そっちはどうするのさ。

 

「汝らを下ろせば、私はあの竜に反撃ができる。このまま汝らを抱えていては、そろって爆死するだけだぞ」

 

 ンンー……。俺は唸った。

 これ、死亡フラグだよな? このまま別れたら確実にケモミミは死ぬ。話の流れ的にはまずそうなる。

 だが、今のままでは遠からず聖杯(ジャンヌ)ごとお陀仏なのも確かだろう。何か手はあるか? 全員死なずに生き残るために、この場で切れるカードは……。

 

 

(────“死にたくない”、のですね?)

 

 

 ザリザリザリザリ……。突然、俺の脳裏に女の声が響く。

 

 体の内側から響いてくるような声。まただ。また、例のチュートリアルが始まった。

 いや、チュートリアルではないのかもしれない。さっき死にかけていたとき、特にチュートリアル的な要素とは関係なくこの女性の声を聞いた気がする。あいにく意識朦朧としていたのでよく覚えてないけども。

 

 と、その瞬間。俺は、しばらくぶりの感覚に襲われた。

 右手の令呪から伸びる、見えない「パス」とやらが媒介する感覚。

 耳触りのいい言葉で言えば主従の絆というやつかもしれない。

 

 へへっ……なんだよ、まだツキは残ってるみたいじゃねぇか。

 

(────?)

 

 チュートリアルのお姉さん、わざわざすまんかったな。だがチュートリアルはキャンセルだ。

 見ろよ。切り札(エース)が、きた。

 

 ケモミミの進路を塞ぐように上空からバラ撒かれたファヴニールの炎弾が、地上から放たれる別の炎弾によって次々と撃ち落とされていく。

 地上で炎弾を放っているのは、「F」の字に似たアンサズのルーン。

 これまた久々の、全身から魔力とやらが奪われていく感覚に俺は襲われた。

 宙に浮かんだ大量のアンサズ・ルーンの真ん中で、青いフードをかぶった男が杖を片手に俺とケモミミを待ち受けている。

 

「よう。出迎えに来たぜ、マスター。しかし何だ、ちょっと目を離した間にずいぶん面白いことになってんな」

 

 綺麗どころ二人(魔女とケモミミ)にサンドイッチされた俺を見て、クー・フーリンはニヤニヤと笑うのだった……。

 



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1-23

>> [1/2] 合流、離別、あるいは再動

 

[PM 21:10]

 

 ズシャアアアッ、と地面に盛大なブレーキ痕を残しながら、ケモミミはクー・フーリンの目の前で疾走を停止した。

 

 とーぅ!

 

 俺はケモミミの肩からずるりと滑り降りると両手で魔女を抱え上げる。いわゆるお姫様抱っこの体勢だ。俺の両腕の隙間から、重力に引かれて彼女のスカートの布地が垂れ下がる。スリットからチラ見えする太ももが月明かりに白くまぶしい……!

 

「さて、私の仕事は終わりだな。確かに二人揃えて送り届けたぞ」

 

 ケモミミは、俺を載せていた肩の汚れを払うようにしながら言う。

 そんなバッチィもの触ったみたいにさぁ……。芸術(なまあし)審美によって回復した俺の心がまた微妙に傷ついた。が、まだそれに耐えるだけの精神的余裕は残っている。というかむしろ、そういう潔癖な感じは悪くない。そういう直接的な接触を嫌う女にベタベタくっついていたという事実が、何というか、プレミア感あるよね……! うん、すげぇよアンタ。

 俺は割り切ったので、素直にケモミミを褒めるフェーズへと移行した。実際マジで速かった。ターミネーター(シュワルツネッガー)かな?って感じの爆走だったからね。結局正体は分からずじまいだが、間違いなく足の速さで人類史に名を残した英霊と見た。最初死にかけたのだって、最早いい思い出と言っても過言じゃない……。

 

 そんな感慨にふける俺の鼻先をかすめて、クー・フーリンの迎撃をすり抜けた炎弾が落ちてくる。うわアッチぃ! とっさに飛び退いた俺の高くもない鼻先が焦げかけていた。ルーン弾幕薄いよ!?

 

「流れ弾くらい自分でかわせよな……。つーか、いい加減その魔女連れて移動するぜ。リヨンでカルデアの連中が待ってるからな」

 

 もうそこまで話進んでるんだ? 仕事早いな、オルガ。

 OK、さっさとこんなトコからはずらかろう。あ、でもちょっと待って。

 

 ……アンタはどうする? 俺はケモミミに尋ねた。尋ねながら、視界に浮かべたシステムウィンドウでミッション一覧をざっと確認する。ケモミミアーチャーに対する討伐ミッションは特になし。そもそもこのオルレアンでケモミミの仕業だろう「矢の雨」に襲われたプレイヤーは大勢いたけど、下手人は報告されてなかったからな。敵対しようもなかったということだ。そして今の状況なら運営(カルデア)だって味方NPCとして扱うだろう。もちろん、アンタが共闘してもいいって言ってくれるならだけど。

 俺は同意を求める。

 ケモミミはにべもなく断った。

 

「やめておこう。私は私の好きにさせてもらう。────復讐も服従も、もうたくさんだ」

 

 ……そうか。だったら仕方ねぇな。ま、あとしばらく俺たちはリヨンの方でファヴニールとやり合ってるからさ、気が向いたら加勢してくれや。

 ケモミミは俺の言葉に返事することなく、ぴょんと一飛びでリヨンと逆の方角へ飛び去った。

 俺はクー・フーリンに向き直る。よっ、と気合を入れて気絶しっぱなしの魔女様を抱え直した。

 じゃ、行くか。

 

 

>> [2/2] 良貨、悪貨、あるいは奇貨

 

 プレイヤーがファヴニールと直接対峙するのはこれで二度目だ。

 この間の敗戦でその巨体相手に手も足も出せないまま敗走を余儀なくされたプレイヤーたちは、その失敗から何も学んでいなかったわけではない。直接殴り合うのが無理だというのは考えるまでもなくハッキリしていたし、であればアーチャークラスのプレイヤー確保を含め、遠距離攻撃手段の拡充が必要なことは自明だった。同時にセイバー、ランサーあたりの近距離戦闘特化クラスの連中を中心に、新兵器が急速に導入されることになる。

 

 ま、全部俺がオルレアンの牢屋に入ってた間の話だから、俺も見るのは初めてなんだけど。

 

 クー・フーリンのルーン射撃を背にリヨンへ駆け込んでいく俺たちを援護するように、市街地の本陣からファヴニール迎撃に出てきたプレイヤーたちが手に手に『それ』を携えて陣形を組んでいく。

 

「アァァーートラトォーーーール!!!」

 

 どこぞのクランリーダーと思しき、知らないプレイヤーが叫んだ。

 その手には細く長い投げ槍と、それを引っ掛けて飛ばすための投槍器(アトラトル)が握られている。テコの原理で槍を投げ飛ばす原始的な構造の兵器だ。どれくらい原始的かというと、大昔マンモスを狩るために使われていたとか、アステカ神話の神様が槍投げするときに使ったとか、そういうレベルの代物である。アステカの神様ってアレよ、とあるシリーズに出てくる金星光線ブッパしてくるやつの元ネタね。要はファヴニールが神話伝承に出てくる竜だから同じく神話にも出てくるような武装で対抗しようってことかしらん。……いや、単に構造が単純だから用意するのが簡単だったとか、そういう話だろうな……。

 

 ともあれプレイヤーの人間離れした馬鹿力で投げ放たれた投槍は、ヒュルヒュルと風切り音を立てて回転しながらファヴニールへと飛んでいく。

 ……効いてるのか、あれ?

 効果の程は知らんが、足止めか嫌がらせくらいにはなると信じて、俺たちはリヨン市街へと走っていく。

 結局、聖杯の回収とやらが具体的に何を指すのか分からずじまいなのは不安だが、まあマシュさんに聞けばなにかしら分かるだろ。

 

 

 

◆◇◆

 

 

「こっちだ! 急いで!」

 

 瓦礫だらけの市街地へ走り込んだ俺達を、聞き覚えのある声が出迎えた。プレイヤー集団の中から見知った顔が歩み出てくる。リツカ! 背後にはマシュさんと清姫もついてきている。

 ナイスタイミングだ! 俺はお姫様抱っこしていた魔女様を運営(マシュさん)に投げ渡して納品した。

 ヘイ! パース! 後は任せた! ミッションクリアー!

 

「ええっ!? ま、待ってください!?」

 

 人間一人分の質量を押し付けられてワタワタしているマシュさんを横目に、任務完了した俺は続けざま雑談休憩(インターミッション)へと突入する。

 ようリツカ、チャットは普通にしてたけど直接会うのは久しぶりだな。こっちも大変だったんだって? ああ、ログ読む暇なくてさ……そんなきっちり把握してるわけじゃないけど。いやスマンて。俺だってこんな急展開するとは思ってなかったからさァ。あれでしょ、運営アナウンス的には今日でこの特異点終わらせろーみたいな感じなんでしょ?

 

「君のおかげでね」

 

 いやいや。違うぜリツカ、こいつは成り行きってやつなんだよ。

 俺は変なことしてないのに元のシナリオが勝手に壊れたの。

 

 何事かと周囲を取り囲むプレイヤーの珍奇の目を無視して、俺は自己弁護しようとした。だがその流れで行くとデオンさんにシナリオ崩壊の罪をおっ被せることになるので、それはそれで不本意だなと思い、まあ何だ。俺にできたのはウニャウニャモゴモゴと不明瞭な謙遜の言葉をリツカに返すことだけだった。

 デオンさんが悪いわけじゃないんだ。でもね、俺が悪いわけでもないの。俺は頑張ったんだよ。頑張ったんだけど、なんかもうメチャクチャだなって。話の流れが止まらなかったの。ね。だから結果は仕方ないってことで過程を見て評価してくれないか。

 

「え? だって魔女を捕まえたんだよね? そりゃあ、褒めるよ。うん。すごい!」

 

「……マシュさん? あれなる安珍様(ますたぁ)の御友人は敵の首魁を生け捕りにする武功を挙げたのでしょう? それなのに、どうして悪いことをしたような口ぶりなのですか?」

 

「さあ……? 先輩のご友人にこう言うのもなんですが、正直あの人の考え方はよく分かりません……。というか清姫さんが反応しないということは、あれ本当に本心で言ってるんですね……」

 

 他の二人はともかく、リツカの返事からは邪心が感じられない。純真か? なぁ。そういうことなんだよな。やっぱ最後に信頼を勝ち取るのは誠意ある態度と友情ってなわけよ。分かる? お前らに言ってるの。ナ?

 

 俺はグリンと首を180度回転させ、背後から俺達を追いかけてくるプレイヤー共を睥睨した。ここに来るまでの道中で俺たちを見つけて付いてきた連中だ。

 

 魔女様を速攻で運営関係者(マシュさん)に預けてなかったら、コイツらは全力で俺から魔女様という名の報酬フラグを奪い取り(エナり)に掛かっていただろう……。そういう嫌な信頼があった。そしてその闇属性の信頼に応えるように、周囲のハイエナ未遂勢どもは俺に対してブーイングを返す。ブー! ブー!

 

 ……ハァー? こんなとこでチンタラやってた奴らの言葉なんて聞こえませんけどォ?

 つーか報酬アナウンス楽しみだなァ、運営さんお仕事まだかなァーーー!?

 

 俺は素早くその場で屈伸した。この煽り、VRでやると煽り入れてるはずの俺がスクワットする羽目になってめっちゃ間抜けなんだけど、それってどうにかなりません? かと言って手軽さだけを求めると、だったらフ■ックサインでいいじゃんみたいな話になるんだよ。そこまで下品なことはしたくないの。でも煽りを正当化できるタイミングなら煽りたい。しかしそもそも煽り行為自体が下品では?と聞かれたら「そうだね」と返さざるをえないので、品性とは一体何だろうね…‥?

 

 そんな悩みを抱えた俺の頭上を、どこからともなく飛来したガンドが複数通り過ぎていく。報酬独り占め行為を企む俺を妬んだプレイヤーによる呪いの魔弾だ。あるいは、朝から丸一日戦い続けてきたところへ裏ボストレインしてきた俺に対する怒りの魔弾かもしれない。

 

 事情はともあれ、俺を取り囲むプレイヤー連中が徒党を組んでいるせいか、あるいはファヴニール接近により市街地も戦場判定を食らっているのか、どうもこの場は混雑時のフレンドリーファイア情状酌量が適用されているらしい。おっと、足元にもガンド! 俺は華麗にジャンプ回避しようとした。だがその瞬間、やや高め狙いで横から飛んできた別のガンドにぶち当たって撃墜された。しびびびび……。

 

「ウェーイ!」

 

「「「ウェーーーイ!」」」

 

 俺を撃ち落としたゴミどもが歓声を上げる。状況把握用に開いていた広域文字チャットがファヴニールと関係ないところで速度を増して爆速で流れていく。あっという間に今の切り抜き動画が投稿された。LOLじゃねーんだよ。笑ってる暇があったらさっさとファヴニールの尻尾なり何なり切りに行ってブッ殺されてこい。役目でしょ? ていうかお前らがそうやってログ流すから、俺ァこっちの状況がさっぱり分かんねンだけど。誰か説明してよ役目でしょ。

 

「なんでこの人スタンしながらこんな偉そうに喋れるの……?」

 

「事情が分かんねーってのはむしろこっちのセリフだろ」

 

「まずあのクソでかドラゴンをここまでトレインしてきた経緯を説明しろや」

 

 俺を取り囲んだ知らない人たちが再びブーブーと文句を言った。俺は反論を試みる。

 成り行きですゥー! 俺はみんなが来るまでオルレアンでダラダラしてるつもりだったのに、なんか突然邪悪なピタゴラスイッチみたいな流れで同士討ちが始まったんで、命からがら逃げてきたんですゥー!!

 

「被害者ムーブに全力出したせいで魔女(ラスボス)を生け捕りにするくだりが一言もないのは草生える」

 

「なんでだろう、そのピタゴラ装置とやらを起動したのはコイツだっていう確信がある」

 

「え、マジでこの人いつもこんななんです?」

 

「リハク野郎はリハク野郎だからな……」

 

「闇属性の信頼があるよね」

 

 知らない人たちから俺への評価がひどい。

 そんな、昔ちょっとプレイヤーイベントとかの企画で無茶しただけじゃん……。運営がイベントをやってくれないから、せめて俺たちでやろうぜみたいなノリでさぁ。俺としては、素人の素朴な手作り感でいいから季節の行事なんかをみんなで共有したいって気持ちがメインだったわけ。でも、こちとらVRMMO初心者でしょ? いや『FGO』が世に出るまでVRMMMO初心者じゃない人なんか存在しなかったんだけど。しいていうなら「なろう」とかでそういう小説書いてた作家さんくらい? とにかく、やっぱオンラインイベント経験者みたいな人たちとも連携して盛り上げたいよねっていう事情があった。そこで手を組んだのがカネさんみたいな検証勢だ。『FGO』の検証勢って、リアルでもそういうお仕事してるのかなって人とか、VRじゃなくても昔ゲームの検証作業やってましたみたいな人が結構いるわけじゃん。それで、その人達が検証用に制作した機材を借りたり協力者集めの伝手を紹介してもらったり、色々お世話になったんだよ。でも、そもそも向こうは『FGO』の検証がしたいっていう目的があるわけでさあ。俺たちもせっかく協力してくれるんだからWIN-WINの関係を目指したい。そうすると、必然的にプレイヤーの限界を試すような方向にイベントも進むよね? 分かってくれるだろうか分かって欲しい。

 

「……急にぺらぺら喋るやん?」

 

「イベント参加者が一方的にLOSEの関係なんですがそれは」

 

「【カル甲田山】*を忘れたとは言わせないぞ……! あのイベントのせいで、何人死んだと思ってる……!?」

 

 いや、そうは言いますけどね?

 基本プレイヤーイベントって企画側の手弁当だからアンケ取ってもあんまり悪く言う人少ないし、逆に悪く言う人はクレーマーかってレベルで理不尽な事言ってくるしで、正直何が求められてるのか把握しにくいとこはあるんだよ。的を射たコメントってやつの難しさな。完璧な参加プレイヤーがいないように、完璧な企画プレイヤーもいないんだ。ゆるすこころの大切さ。

 ……ていうか【カル甲田山】、あれ企画したのは俺じゃねーから! いや確かに俺も多少は手伝いましたけど! 

 

 参加プレイヤー全滅イベント主催者の濡れ衣を着せられた俺は憤慨した。

 くそう、マキジさんめ。凶悪イベントを主催したばかりか、俺の知らないところで俺の悪評の原因になるなんて酷いことを! 正直自分も別なイベントで似たようなことをした記憶はあったが、今この場で言及されてないなら特に問題ないと思います。

 

 まあいい。わかった。わかったよ。これ以上この話を深堀りされたくなかったので、俺は降参の意を示すことにした。

 一連の流れについてはちゃんと動画撮ってあるから。この戦いが終わったら編集してアップするんでそれ見て判断してくれや。

 

「いいや、今やれ」

 

「すぐやれ」

 

「むしろ無修正でアップしろ」

 

 いや無茶でしょ。ここ戦場ぞ? 戦場で敵が目の前にいるのに動画投稿始める兵士がいたら、そいつは重度のSNS廃人かなんかだよ。

 

 知らない人たちは本格的に議論(レスバ)モードに入ったのか、更に何か言い返そうとする。

 だがその瞬間、一際大きな咆哮が響いて大地が揺れた。

 

「こっちに来たぞーーーッ!!!」

 

「アーチャー! 第一次、第二次の迎撃配置が全滅した! 増援に向かえ、アーチャー!」

 

 お、ファヴニールさんのリヨンご到着じゃん。ナーイスタイミング!

 ガンドによるスタンも切れていたので、俺はガバっと勢いをつけて起き上がる。知らない人たちと言い争っている間に、リツカたちはいなくなっていた。魔女様もいない。どこに連れて行ったんだろうな?

 

 まあ、戦いが終わってからマシュさんにでも聞けばいいさ。自分の責任は果たしたからな。俺はその辺に転がっていた剣を掴み取る。スケルトンあたりが装備していたものらしく、赤く錆びつき刃こぼれが酷い。こんなものを売ってもカネにならないので放置されていたのだろう。だが、鈍器の代わりくらいにはなりそうだ。

 

 へへっ、久しぶりの実戦だな。

 あれ、そういやクー・フーリンは? あいつもう戦い行ったの? 俺を置いて? マジ?

 あ、でもパスでなんとなく居場所分かるな。じゃあ現地合流か~。

 

 ま、そういうわけで、ちょっとファヴニール殺してくるから。

 俺はピッと指を立てて知らない人たちに別れの挨拶をし、爽やかに駆け出した。

 お前らもあんま人のことばっか気にしてないで、気持ちよく戦おうゼ!

 走り去る俺の背中に一際大きな(ののし)りの声が響いた……。

 

*
1-12(前)参照



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1-24

>> [1/2] いのちだいじに、MPつかうな

 

[PM 21:46]

 

 3回突撃して3乙したので、ちょっと冷静になって周囲を見渡すことにした。

 何やらチュートリアルお姉さんの嘆息が脳裏に響く気がするが、気にしても仕方ないものは仕方ないので気にしないことにする。

 

 クー・フーリン? ああ、あいつヒデェんだぜ?

 俺がせっかく二回も死にながらやっとのことでファヴニールのお膝元までたどり着いたってのに、あいつ俺見てなんて言ったと思う?

 

「なんでこんなトコまで出て来たんだ、マスター。悪いことは言わねぇから後ろ下がってろって」

 

 だとよ! 馬鹿にしてやがるぜ……ッ! まあ実際その直後に踏み潰されて死んだんだけど。クー・フーリンの方はなんかもの凄いバクステで避けてたな。回避判定にプラス無敵時間も付く感じのやつ。モンハンが究極進化したみたいな動きだった。ていうかVRでデカブツと戦ってると、改めてハンターさん人間じゃねーよなって思うよね。

 で、クー・フーリンがハンター役をするとなると俺の役回りは必然的にオトモアイルーということになるんだが……。残念ながら俺は完全にファヴニールの眼中にない感じで、囮役すら果たせそうになかったので諦めたわけ。俺のクラスがアーチャーとかだったなら、まだ遠くからチクチク攻撃するお仕事もあったんだけど。ま、こればっかりは仕方ないわな。さて、何をしたものか。

 

 レイド級を殴りにいくのは割と満足した感があるので、あまり消耗しない過ごし方を考える必要があった。

 いい加減きちんと検証してハッキリさせておきたい話なんだが、メインストーリーが始まってからのあれやこれやを通じて、どうもこのゲームにおける魔力ってのは普通のゲームでいうところのMP的なパラメータよりずっと重要なものだという認識が固まりつつある。一年半『FGO』を遊んできたのに最近まであまり気にかけてこなかったように、魔力の存在なんてのは宝具発動みたいな魔力大量消費時にしか意識しないんだけど、実際はそうではなく。ざっくり言うと、プレイヤーごとに扱える全リソースが「魔力」という形で一括賦与されていて、それをHPやらスタミナやらスキル発動やらに適宜割り振ってるというイメージが正しいようだ。

 

 とはいえ、だからといってHPを1にして残り全リソースをスキル発動のクールタイム短縮に回すとか、そういう離れ業ができるわけではない。いや、理屈の上ではできるのかもしれないが……そこまで人間辞められるプレイヤーというのは今の所確認されていなかった。ただ正直なところ、カナメ氏みたいに人間離れした動きができる廃人連中はその辺なんか怪しいと思っている節はある。……うん。多少の融通は効くのかもしれない。一時的にHPを減らす代わりに攻撃力を増加させるとか? 夢のある話だな。

 

 話がそれてしまった。今俺が言いたいのはそこじゃない。

 大事なのは、プレイヤーの魔力リソースは使い魔とも共有されるということだ。

 すなわち、クー・フーリンがアンサズ・ルーンから炎弾を発射したり人外じみた動きで戦闘機動するためのリソースも、俺の魔力から供給されているということである。なので必然、ヤツが頑張れば頑張るほど俺が自分自身に回せるリソースは失われ、宝具発動なんかされた日にはいつぞやみたいに生まれたての子羊状態になる。

 逆に言うと、クー・フーリンに頑張ってもらう必要がある状況では、俺は不必要に死んだりスキル無駄撃ちしたりするような魔力の無駄使いを避けるべきということだ。

 

 この方針は、今みたいなデスペナルティ無効環境下でも変わらない。

 そう。ファヴニールとの最終決戦ということもあり、いつぞやのアルトリア戦と同じバフの嵐が吹き荒れている。といっても微妙に内容が違い、今回は令呪開放が無いようだが。

 

GRAND BATTLE

 

【魔力リソース開放 制限時間 02:13:52...】

【デスペナルティ軽減】【自動回復:Lv.2】【スキルCT短縮:Lv.2】【使い魔強化:Lv.2】

 

 

 ……使い魔強化。これ、サーヴァントにも適用されてるのかね? 以前に聞いた話だと、サーヴァントって使い魔の中でも特殊な立ち位置なんだよな。サーヴァントが使う分の魔力リソースだけはバフ環境とか関係なく運営(カルデア)が随時補給してくれる、みたいな話に聞こえたんだけど……。どうも俺個人の実感としては恩恵が薄い。リツカとマシュさんが令呪なしでも宝具を使えるのに対して、俺の方は何というか、穴の空いたバケツに水を注がれているような感がある。そういえばあのロマニ・アーキマンも似たようなことを言ってたよな。デオンさんのフレンドリスト表示バグの件もあったし、やはり一度検査に行って、魔力漏れの原因を調べてもらうか……?

 

(──ぷるぷるぷるぷる!)

 

 しかしその瞬間、俺の心の奥底で何かが震えた。それは例えて言うなら、子供の頃、親に歯医者へ連れて行かれそうになったときの“絶対に行きたくない”という感情に近い拒絶感だった。いや。理性では異常の原因を取り除くべきだと分かっているのに、その異常の原因そのものが取り除かれることを全力拒否しているような──

 

 ……ま、差し迫って致命的(クリティカル)な影響があるわけでもなし。

 しばらく様子見でもいいか。心の内でぷるぷると湧き起こる不思議な拒絶感に、俺は日和(ひよ)った。

 

 

 

>> [2/2] いろいろやろうぜ、バッチリがんばれ

 

[PM 21:48]

 

 うーん。結局どうしようか?

 下手に死にに行けないとなると、ぶっちゃけ暇だ。

 

 まー俺もなー。

 そういう事情がなければ、ファヴニールにゾンビアタック仕掛けてウロコのひとつも引っ剥がしてくるんだけどなー。

 クー・フーリンを最大活用するためには自粛しないといけないからなー。

 みんなの勝利のために自分の欲を殺して我慢するっていうかー。

 なんつーか、「和」、みたいな? やっぱ俺、協調性あるからなー。

 

 仕方がないので、後方支援担当のプレイヤーと一緒に臨時設営された物資集配所で駄弁っている。

 レイド戦ともなると物資の損耗が酷いので、予備の武器やら道具やらを管理するプレイヤーがいないと継続戦闘は不可能だ。普段はクラン単位で管理することもあるが、運営から支給がある場合は量が多いので人手が要る。ま、そうは言っても、剣やら槍やら適当に広げておいて勝手に持っていってもらう程度のゆるゆる管理だが。不埒な考えで盗みを働こうとすると自動でペナルティが入るので、防犯がいらないというのは非常に気楽ではあった。ビバ監視社会。犯罪なきディストピアを運営(カルデア)は目指している……?

 

「クラン【FGO-JP-2】です! 剣12本もらいます!」

 

 うーい。集配所にやってきたプレイヤーが剣をかき集めている間に、俺はクラン名と剣の持ち出し本数を記帳した。あとでまとめて運営に投げることになっている。投げなくても別にいいらしいけど、やっておくと経験値になるらしい。モンスターと殺し合いするよりずっとローリスクで賢い稼ぎ方だわな。

 

「あ、リハクさん。【暁の(わだち)】です。槍10本もらっていきますねー。……あの、魔女を生け捕りにしたって本当なんです?」

 

 この特異点では戦闘機会も多かったせいか、前線組に知らない知り合いが増えた気がする。いや、別にフレンドリストすら登録していない、単なるどっかで見た記憶がある程度の人たちなんだけど。この間の生配信出演とか、さっきリヨンに駆け込んできたのを見られたりとか、そういうので悪目立ちしてしまった結果、こうして声をかけてくるほぼ知らない人が増えたというわけだ。

 で、魔女? うん、その件ね、ちゃんと動画で一部始終を上げるんで。とりあえずファヴニールを倒してから編集作業するから。やっぱ口頭だと誤解が生じる気がするんスよ。

 

「なるほど。では動画を確認したらまたお邪魔しますよ。我々、あなたには期待してますから。ええ、ええ……」

 

 なんか思わせぶりな様子で大量の槍を抱えて去っていく。なんだアイツら。

 まあいい。知らないプレイヤーのことなぞいちいち気にかけていても仕方ない、次の客だ。らっしゃーせー。

 

「【ギャラクティック・ウォリアーズ】ですけどー、投げ槍ってあります?」

 

 あー、投槍器(アトラトル)用のやつ? ここ運営からの支給物資だけなんですよ。普通の槍ならあるけど。え、無理? 装着できないタイプの投槍器? うーん、それは困りましたねー。ああ、でもあそこで固まってるクランの人たちが同じの持ってますね。ちょっと聞いてくるんで、ここで待っててもらえます?

 

 プレイヤーが勝手に作って広めた武器は、追加購入しようとしても生産者不明なことがわりとある。その辺にいた槍投げマンたちから生産者情報を入手した俺は、それをそのままさっきの来客に横流しした。

 はい。じゃ、そこの道真っすぐ行って、右手ちょっと曲がったとこですね。青髪の女セイバーが店番してるみたいです。先方にはこっちから伝えとくんで、行けば分かりますから。何かあったらまた来てください。はい。はーい。じゃ、討伐戦がんばってー。

 

「納品でーす」

 

 あ、お疲れ様ッス。そこにスペースあるんで、まとめて置いといてもらえます? こっちで適当に品出ししときますから……って、これ包帯? 医療物資はここじゃないですねー。救護所わかります? わからない? うーん。じゃ、とりあえず一旦預かります。いや、大丈夫なんで気にしないでください。はい、はい。どうもありがとうございましたー。

 

 ……管轄違いの荷物が増えたな。

 面倒なんで引き受けてしまったが、包帯やら添え木やらの入った木箱はでかくて場所を取る。さっさと本来の場所に届けてやるか。

 俺はその辺で暇そうにしているプレイヤーを捕まえて、ここまでの自分の仕事を引き継いだ。とはいえ別に引き継ぐほどの内容じゃないっていうか、どうせ運営がバラ撒いてるものなんだから好き勝手持っていってもらっても良いんだが。ま、秩序的治安的トラブルシューティング的な問題だな。さっきの投げ槍の人が戻ってきたときの対応とかね。

 

 出掛けに拾ったボロ剣が折れてしまっていたことを思い出したので、俺は帳簿に自分の名前と剣一本拝借(パチ)っていく旨を書き込んでから配達に出た。

 

 

 まだ人の多い往来を、木箱を抱えてのしのし歩く。

 箱がでかすぎて前が見えないので、辺りをウロウロしてるプレイヤーが露骨に迷惑そうな顔をしているが、この時間にこんなとこにいる奴らが悪い。つーか暇してるならファヴニールを殺しに行けや。今の俺は、俺が戦わない理由を正当化できるからいつもより少し強気だぜ?

 

 

 とか何とかやっていると、あっという間に救護所にたどり着いた。わりと近いな。元は集会所か何かだったのか、比較的損傷の少ない広い建物がフランス王軍の野戦病院代わりになっている。

 

 プレイヤーには包帯も添え木も基本必要ないので、俺が運んでいる荷物はNPC兵士の人たち用ということになる。

 ファヴニール到来とともに、昼間ひととおり討伐したはずの魔物たちが再びリヨンへ集まりつつあるらしい。プレイヤーの多くとサーヴァントたちはファヴニールの相手で手一杯なので現地のフランス王軍が対処にあたってはいるものの、やはり苦戦しているようだった。

 NPCだらけの救護所の中を、『毛布にくるまった瓦礫』にぶつからないよう慎重に通り過ぎていく。R-18G的なショッキング映像を見せないためと思しきフィルタリングのせいで、瓦礫が担架で運ばれてくる、みたいな意味不明な光景が展開されていた。モザイク処理で済まされているベッドもあるだけに、フィルタリングを取っ払ったらどうなるのか想像すると逆に怖い。頭おかしいのか運営(カルデア)。いや、頭おかしいのは今更言うまでもなかったな。はい、納品でーす。

 

「こっちだ」

 

 ん、プレイヤー? なぜこんなところに?

 場違いなプレイヤーに手招きされ、俺は荷物を抱えたまま救護所を出て別の建物に向かった。なぜか玄関口に縄でグルグル巻きにされたプレイヤーたちが転がされている。これは……?

 

「ああ、その連中は気にしないでくれ。というかアンタ、リハクさんだろ。発注しておいてなんだが、まさかアンタが来るとは思ってなかったよ。てっきり前線で戦っているものだとばかり」

 

 あー前線。前線ね。ちょっと前までは戦ってたけどね。知らない人からその質問をされるのも何度目だっていう。

 

 俺さあ、思うんだけど、やっぱりゲームの楽しみ方ってのは百人百様あって然るべきなんだよ。特にVRMMOみたいなゲームなら。俺たちはたくさんいるプレイヤーの一人であって、世界にただ一人の人類最後の勇者様(マスター)とかではないわけじゃん? で、シングルプレイヤーのゲームって、基本的にストーリーを追わなきゃゲームにならないだろ。サブクエとか大量にある系の作品もあるけどね、結局そういうのってメインストーリーちょっと進めるたび大量に湧いてくるサブクエにいちいち寄り道してるうち、いつの間にか本筋を追うのが億劫(おっくう)になりがちだ。オープンワールドゲーなんかその典型だよな。『スカイリム』とか超名作だけど、ちゃんと最後までクリアした人間って全体の何割いるんだろうな? いや、良い悪いの話じゃなくて。別に世界なんて救わなくて良いんだ。町の人たちの悩みに寄り添って生涯を終える主人公がいてもいい。それは自由だ。でも俺は、本来なら世界を救えたはずの主人公がそういう可能性の浪費……浪費っていうと聞こえが悪いように感じるかもだけど、やっぱり気持ちとしては据わりの悪い落ち着かなさがあるんだよね。一見、主人公は小さな幸せを見つけたように思えるかもしれない。でも大局的に見たら、結局それってバッドエンドじゃん?みたいな。エロでいうなら悪堕ちとか快楽堕ちに近いのかもしれない。本人はそれでハッピーかもしれないけど、(はた)から見れば……ってヤツ。

 しかしその点、『FGO』のプレイヤーは違う。なにせサーヴァントはおろか、そこらの雑魚モンスターにもまともに太刀打ちできないヘッポコぶりだ。覚醒しようが悪堕ちしようが、その程度で世界の命運が変わるという可能性がまず存在しねぇ。……だからこそ、世界の行く末とやらに一切の気兼ねなくサブクエに全力を出すことができる。メインストーリーらしきものを放り出して、ファヴニールもガン無視して宅配のお兄さんをやることだってできちまうのさ。

 

「いやでもアンタはサーヴァントを持ってるんだから……あ! いや、違うんだ。単なる感想だ、反論はいらない。というか、本当に突然ペラペラ喋り出すんだな!?」

 

 人をおしゃべり人形みたいに言うんじゃあない。

 ……で、結局この箱はどこに置けば良いんだ? 無駄に立ち話が長くなったせいで今更感あるけども。

 

「あ、ああ……こっちだ。まあアンタなら驚かないだろうが、あまり掲示板に書き込んだり広域チャットに流したりしないでくれよな。場所が割れると他のプレイヤーたちが乗り込んでくるから、対処が面倒なんだ。とりあえず縛って玄関に放置してるけど……」

 

 そう言ってドアを開ける。こ、これは……!

 ベッドの並んだその部屋に寝かされていたのは、NPC兵士でもなくプレイヤーでもない。治療中ということで所在不明になっているサーヴァントたちだった。

 手前のベッドには、数日ぶりのサンソンさん。しばらく見ない間に全身傷だらけのボロボロになっており、顔面にはギャグ漫画みたいな馬蹄(ヒヅメ)の痕がついている。

 真ん中のベッドには数十分ぶりの魔女様だ。マシュさんに預けたあとどこに運ばれたのかと思っていたが、ここで治療を受けていたらしい。

 そして、奥のベッドには見知らぬ銀髪ロングで筋骨隆々とした男。はっきり見えるような外傷こそないが、そうか、こいつが例の『竜殺し』のサーヴァントというやつか。呪いで動けなくなっているという噂の。

 

「ぐ……」

 

 『竜殺し』が苦しげに呻いた。

 

「これでも随分良くなったんだ。ジャンヌ・ダルクが解呪を試みてくれて……それでも半分くらいしか呪いは解けなかったらしい。今、西の方にもうひとりの聖人、聖ゲオルギウスがいるだろう? 彼が来てくれれば持ち直すんじゃないかと思っていたんだが、どうやら間に合わなさそうだ」

 

「面倒をかけてすまない……」

 

 俺を連れてきたプレイヤーが、持ってきた木箱から包帯やら薬やらを取り出して魔女様の腹部の傷──デオンさんにぶち抜かれたやつだ──を治療しながら説明する。先程まで俺同様ケモミミ運送の積み荷としてあれほど手荒な取り扱いを受けていたにもかかわらず、一向に目覚める気配がない。魔女様がかけた呪いなんだろうから、彼女が目覚めれば何とかなるんじゃないかという感はあったが、望み薄のようだった。

 だが、そうか……。俺が今日ファヴニールを連れてこなければ、あるいはゲオルギウスと合流して『竜殺し』の呪いを完全に解いた上で決戦に挑めたのかもしれないな。そっちが本来あるべきストーリーの流れだったのか?

 ストーリーラインを捻じ曲げた自覚はあるので、その影響を受けてしまったらしい『竜殺し』に、俺はなんとなく申し訳ない気分になった。俺はそんなに悪くないんだけどね。状況がね。

 

「……君は。オルレアンから脱出できたのか? いや、まさか、君が魔女を?」

 

 と、今更ながらにサンソンさんが俺に気づいたらしい。おひさー。俺は久闊(きゅうかつ)を叙する。あとジル・ド・レェと魔女様相手に大暴れしたのはデオンさんだから。これは何度でも主張していくけど、そこんとこ勘違いしないようよろしくね。

 

「君は意外と謙虚なんだな」

 

 そう言ってサンソンさんは力なく笑おうとしたようだが、傷が痛んだらしく顔をしかめる。

 

「オルレアンの牢では、君にも申し訳ないことをした。謝って許されることではないだろうが、君が受けた苦痛について今の僕に償えることがあるなら、何でも言ってほしい」

 

 ……? 俺は思わず首をひねった。

 どうやらサンソンさんは馬に蹴られて正気に戻ったらしい。良いことだな。

 で、俺が受けた苦痛? って、なんだっけ? いやマジで。

 

 一瞬本気で思い当たらなかったが、たぶんオルレアンの牢屋で受けた拷問チックな尋問のことだろう。やっぱね、拷問なんてのは狂気の沙汰ですわ。現代日本人はか弱いから、VRとはいえあんま見てて痛々しい拷問とかしちゃ駄目だぜ? まあプレイヤーは痛みとか感じないんですけども。

 

「痛み感じるんでしたよね?」

 

 ハイうるさい。感じないっつってんだろ。例のアレをリスペクトした独特の口調で横から茶々を入れてきた治療担当ニキはゲイポルノコンテンツに思考が侵されているようなので、この救護所もいずれ淫夢の海に沈むのかもしれない。まあ俺含め西暦2015年にVRMMOやるようなプレイヤーは、程度の差こそあれたいてい淫夢くらい知ってるものだが。

 

 ん? しかし今、サンソンさんは「何でも」と言ったな? 振られたネタに便乗するようでアレだが、サーヴァントが力を貸してくれるというなら上手く活用する方法を考えたくはある。さて、どうしたものか。

 もう一度サンソンさんの状態を確認する。左腕は折れているのか添え木をされており、さらに包帯は血で真っ赤に染まっている。顔面に刻まれた冗談みたいな傷跡も、ダメージとしては相当なものだろう。それ以外にも細かい傷があちこちにあるようで、身じろぎするたびに痛そうな表情をつくっていた。ファヴニール相手に戦力として送り出すのは難しそうだ。

 

 というか、この状況にサンソンさん一人追加したところで意味あるの?とは思う。なにせ彼の専門は人間の首を切ることであって、巨大ドラゴンの相手は専門外だろう。となると、やはり……。俺は『竜殺し』に話しかけた。あー、言いたくなかったら言わなくていいし、間違ってたら申し訳ないんだけど。……ジークフリートさん? 

 

「いかにも。こんな有様で失望させてしまったならすまないが」

 

 『竜殺し』は気負わぬ様子で即答する。

 

「あれ? 名前の話、今日の昼過ぎには掲示板に出てなかったか?」

 

 やり取りを横で聞いていた治療担当ニキが意外そうな顔をした。

 その頃俺は死にかけてたの。オルレアンの牢屋の中でな。今日の昼って攻略本スレで言うと何スレ前だ? 誰か親切な人がまとめてくれるのを待ったほうが早いくらいだろ。全部目を通してたら文字通り日付が変わっちまう。

 

 まあ、死にかけていてもスレの閲覧くらいはできたはずなのだが。他所の攻略情報をリアルタイムで追いかけるほどの関心はなかったというだけだ。

 というか、俺の話はどうでもいいんだよ。今はこのジークフリートさんをどうやって戦場に送り出すかっていう話をしてるんだ。

 

「ええ!? そんな話だったか?」

 

 そんな話だよ。邪竜ファヴニールを討伐したのが英雄ジークフリートだってことくらい、検索すれば5秒で分かる。で、案の定こちらの竜殺しさんがジークフリートなんだろう? 討伐する者される者、せっかく決戦の場に両方揃ってるんだから、話の流れ的にはジークフリートさんがファヴニールと戦わなきゃイベントにならないじゃん。胸で光る傷痕みたいなシルシもファヴニールと同じだし、絶対何かあるに決まってるだろう。

 

「イベントの流れより傷病者の容態を考えてほしいんだが……」

 

 ぼやくメディック兄貴をジークフリートさんが制した。ひどく真剣な顔で俺に向かって言う。

 

「……見ての通り、俺はまともに動けないような状態だ。だが君の言う通り、叶うならば今すぐにでもここを出てあの邪竜と戦わなければと思っている。君に何か考えがあるのなら、ぜひ教えてほしい」

 

 うっ……。アー、考えというほどのものじゃあないんだが。

 俺はジークフリートさんの剣幕に気圧される。

 つまり……そう。サンソンさんが何でも言ってくれって言うからさあ。サーヴァントの体のことはサーヴァントに聞くのが良いのかなって思っただけだよ。サンソンさん、医者的なこともできるでしょ。だから餅は餅屋、みたいな?

 

 窮した俺は、サンソンさんへ話を丸投げすることを試みた。だがサンソンさんもジークフリートさんと同じくらい真剣な表情で俺を見返してくる。ううっ……。ブレスト程度のアイディア提供のつもりが、予想を遥かに上回る真剣(マジ)な反応を二つのベッドから投げかけられたので、俺は狼狽した。

 

「──身体の状態を見せてもらっても?」

 

 サンソンさんが問う。頼む、とジークフリートさんが首肯する。怪我人なんだからベッドで寝てればいいのに、サンソンさんは痛みに呻きながら起き上がり、ふらふらとジークフリートさんのベッドの脇まで歩いていって診察らしきものを開始した。手足をとって関節を曲げさせてみたり、呪いの状態についてあれこれ尋ねてみたりする。

 

 その様子を見ていると、なんだかオルレアンでの牢獄時代を思い出す。あのときもサンソンさんは、俺の腕やら足やらを斬り落とした後に体の状態を確認したり、痛みはあるか、傷口の感覚はどうかなど細々した質問を重ねてきたものだった。

 

【医術:A】

【人体研究:B】

 

 一通りの診察を終えたのか、サンソンさんが俺たちに振り返って言った。

 

「軟膏と包帯を使いたい。僕は左手を動かせないから手伝ってもらえないだろうか」

 

 はいはい、俺らで良ければ。

 サンソンさんは補助テーピング的な処置を行いたいようだ。で、このオ●ナイン的なやつが薬の軟膏? じゃ、俺サポートするから塗るのは任せた。

 はいジークフリートさん、ちょっとお腹出してくださいねー。

 

 VRで男の体に軟膏を塗布するのは性癖が拒否したので、直接的医療行為は淫夢汚染兄貴におまかせすることにした。俺はジークフリートさんの身体を支えたりといったサポートに回ってみるが、無駄に顔面の造形が良いジークフリートさんがハァハァと苦しげに吐息をもらすたびに俺の顔面がヒクヒクする気がする。

 

 ジークフリートさん、なんで女じゃなかったんだ……!

 

 いやまあ、これまで『FGO』にTS要素を求めたことはないけどさ。女クー・フーリンとかあんま想像したくねーからな。

 正直歴史ネタでメインストーリーが始まったときは、その辺のソシャゲよろしくTS偉人祭りになったらどうしようとも思ったが──仮にそうなったらそれはそれで喜んだ気もするが──少なくともオルレアン特異点に登場したサーヴァントを見る限り、このゲームは安易なTSをする気はないのかもしれない。そんな淡い希望が心のうちに芽生えてくる。戦国時代モノでおもちゃ扱いされることに定評のある織田信長だって、きっと男のまま登場させてくれるハズ。歴史の教科書に載ってる肖像画の信長がそのままVRで動いたら、それだけでコンテンツ性は十分だと思うから……!

 

 そんな感じで思考を現実逃避させながら軟膏塗りを終えると、今度は包帯だ。あれってどう巻くのがいいんだっけ? 過去の記憶を掘り起こしつつ、何やら医療系のスキルを発動しているらしいサンソンさんの指示に従って、関節周りを中心にグルグルと包帯を巻いていく。呪いというのが実際どんなものかは知らないが、原因はどうあれ、「具体的な症状」については対症療法が成立するのかもしれなかった。

 

 はい一丁上がり。

 え、魔女様の方も治すの!? いいけど。いいけど……ッ!

 

 サンソンさんから続けざまに魔女様の治療を指示された俺は、いそいそと軟膏を手に取った。あふれる期待に俺の顔面がヒクヒクする気がする。

 さっきは兄貴におまかせしちゃったから、今回は俺が軟膏を担当しよう。あくまで順番、順番にね?

 これは実際医療行為なので猥褻なことは一切ない。欺瞞もないぜ。

 

「あ、その軟膏は使わないんだ」

 

 え?

 だが次の瞬間、サンソンさんがスッと寄ってきて俺の手から軟膏を取り上げた。ああっ……!

 

「ちょっと準備するから待ってくれないか」

 

 いたって真面目な顔で指示を出すサンソンさんに文句を言えるはずもなく。

 

 まあファヴニールとの決着はともかく、魔女様の容態が下手に悪化してもそれはそれで困るので、いい加減で真面目に手当を始めることにする。その間サンソンさんは何をしているのかと思えば、ジークフリートさんの指先にナイフを当てて血を採ろうとしていた。……ナイフがまったく通らないのでジークフリートさんの剣を代わりに使うことにしたらしく、背中辺りから採取した血を治療用の軟膏に混ぜ込んでいる。

 

 ……汚い。汚くない?

 

「以前、手洗いの話をしたときにも君はそんなことを言っていたけれど。君たちの時代の清潔の概念というのは非常に興味があるな。出血を穢れとして忌む習慣は知っているが、そういう話とも違うのだろう?」

 

 そんなことを言いつつ、サンソンさんは血液汚染軟膏を魔女様に塗りつけ始めた。羨ましいものを見る感情と不潔なものに触りたくない感情が俺の中でせめぎ合う。いずれにしても悪化しそうなんで止めてほしいんですけど……。

 そして最後に、コートのポケットから何やら青緑色の粉末の入った小瓶を取り出した。

 

「仕上げに【りゅ ……いや。ゴホン、ゲフン、えーっと……『粉』」

 

 パサッ……。何やらケミカルな色合いの粉末が魔女様の全身にバラ撒かれる。何の粉だそれ……。

 

 そして再び小瓶をコートの奥に注意深くしまうと、サンソンさんはフーッと一仕事終えたかのような息を吐く。今の一連の流れ、何の意味があったか聞いてもいいです?

 

「ああ、これか。治療を引き受けておいてなんだけど、僕は呪いなどには門外漢でね。気休めにすぎなくても、出来ることはやっておきたいんだ」

 

 意外とあっさり説明に応じてくれたサンソンさんの話によれば、今やったのは要するにある種の民間療法、人聞きの悪い言い方をすれば黒魔術、感染呪術とも取られかねないような胡散臭いシロモノであるという。……感染呪術。って、なに?

 

「呪いの一種さ。魔女は呪いたい相手の体の一部、髪や血液などを用いて遠く離れた場所にいる人を呪うことが出来ると信じられてきた。あるいは、相手の持ち物を使うことでもそれが可能だと」

 

 ……なるほど?

 

「魔術師たちに言わせれば、それは存在が本来的に持つ『遠隔作用』を利用したものらしい。同種のものは惹きつけ合うという性質だ。磁石の磁力や引力のようなものだといえば分かるだろうか? だから、相手の体の一部のような『同種のもの』を使って遠く離れたところにいる相手を呪うことも出来るし、逆に『同種のもの』を用いた治療も出来るという話だよ」

 

 磁力と引力と呪いが全部『遠隔作用』扱いで同カテゴリなの……?

 

「今そこの魔女に使ったのは、俗に武器軟膏と呼ばれるものでね。刃物で人を傷つけたとき『傷つけた刃物』と『傷つけられた人』の間にある種の『共感』が成立するという考え方に基づいている。感染呪術は相手の持ち物を壊すことで相手を傷つけるものだが、武器軟膏は逆に、傷つけた刃物の方を治療することで傷つけられた人も回復するという原理らしい。古くは錬金術師ヴァン・ホーエンハイム・パラケルススによって提唱されたものだ。僕の時代には既に過去の遺物と化したシロモノだが……まあ、異端じみた技に手を染めようとする者は絶えないからね。……あいにく、呪った人間を治療することで呪われた人間を治そうとする話は聞いたことがないけれど、しかし理屈としては同じだろう?」

 

 ──殺してしまうのが一番手っ取り早いだろうが、それは難しいみたいだし。

 

 最後にボソッとサンソンさんが物騒なことを呟いた。

 そ、そりゃ恨まれてるよね……。俺は聞かなかったことにした。

 

 しかし……ふむ。確かに言われてみれば、魔力やら魔術やらが存在する『FGO』の世界設定上、ジークフリートさんに呪いが成立するなら呪術的な治療だって成立してもおかしくはない。おかしくはないが……なんだろうな、どうも釈然としないものはある。フィクション100%の魔術と違い、オカルト民間療法が現実にも蔓延(はびこ)っているからこその拒否感かもしれないが。

 一通りの処置を終えると、サンソンさんはジークフリートさんに肩を貸して立ってみるよう促した。

 

「ッ……」

 

 なお苦しそうな顔で、それでもほぼ自力で立ち上がったジークフリートさんは、ぎこちなく全身を曲げ伸ばしする。

 

「行けそうか?」

 

 サンソンさんが問いかける。

 

「──分からない。だが、俺は今こうして立って歩くことが出来る。ならば、戦場で果たすべき役目を見出すことも出来るだろう」

 

 答えたジークフリートさんは、外していた鎧を着せていく淫夢汚染兄貴こと元々の治療担当プレイヤーにも声をかけた。

 

「救護と治療を感謝する。君はもちろん、この戦いに参加した全てのプレイヤーたちに。微力ながら、この恩は必ず我が剣で返すと誓おう」

 

「……この際、戦いに行くのは仕方ないけど、後味悪くなるからせめて死なないでくれよな」

 

「承知した」

 

 ジークフリートさんはフ、と笑って部屋を出ていこうとする。

 出入り口の扉の脇に置かれていた彼の剣──なんかさっき採血に使っていた気もするが、あれこそ伝説に名高い『魔剣バルムンク』というやつだろう──に手を伸ばし、しばし硬直した。

 

「……」

 

 ……?

 

 ややあって、ジークフリートさんがゆっくりとこちらに振り返る。

 先程の決然とした表情とは打って変わって気まずそうなご様子だ。ひどく申し訳無さそうに言う。

 

「……すまない。まだ握力が戻らず上手く剣が持てない。その包帯で、俺の手に剣を縛り付けてくれないか……?」

 

 

 竜殺しの英雄ジークフリートが魔剣バルムンクを『手』に颯爽と出陣を果たすまで、あと数分──

 

 




◆「仕上げに、りゅ……いや。ゴホン、ゲフン、えーっと……『粉』」
 硫酸鉄(II)、別名『共感の粉』。
 なぜサンソンくんが持っていたのかは不明。拷問用の硫酸でも作ろうとしてたんじゃない?(適当)。あと武器軟膏についてはニコニコ動画にわりと有名なゆっくり解説動画があるので、興味のある方は下記リンクからどうぞ(1:44くらいから本編です)。
世界の奇書をゆっくり解説 第7回 「軟膏をぬぐうスポンジ」ほか


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1-25

>>> [1/3] 颯爽たるジークフリートの発送

 

[PM 23:22]

 

 俺! サンソンさん! なんか着いてきた知らない人たち!

 我ら、ジークフリート介護班!

 

 

 ということで、戦場に戻ることにした。

 

 あれから担当医師的な責任を感じたのか、サンソンさんは片手しか使えないにも関わらずジークフリートさんに同行を申し出た。折れている左腕は固定され三角巾で吊られた状態だ。いつもの黒コートに袖を通すことも出来ないので、現在はコートの下に着ていた白の襟付きシャツ姿である。正直、黒コートじゃないサンソンさんは違和感がスゲェ。面と向かっては言わないけども。

 

 淫夢汚染メディック兄貴? ああ、救護所に残るってよ。ベッドがふたつ空いたとはいえ、まだ魔女様が残っているからな。もし魔女様が目覚めたとき、あの部屋に一人きりだったら流石に悲しすぎるだろ。そのうえ全身血液汚染軟膏と謎の青緑色の粉まみれだし。あまりにも意味がわからなすぎて泣いてしまうかもしれない。

 

 そういった事情もあり、居残り組は必要だったのだ。というか、そもそもからしてレイドボス(ファヴニール)をガン無視して人目につかない建物でひっそり治療行為に励んでいたような変人だ。このゲームの戦闘コンテンツをまともに遊ぶ気があるとは思えない。

 

 ……え、俺が前線に復帰する理由? いや、配達終わって特にやることもなかったし。

 今のところ魔力も思ったより持っていかれてないから大丈夫っしょ。

 クー・フーリン……俺の知らないところで俺に負担のかからない戦いを繰り広げてくれる、なんて便利なヤツなんだ。

 

 しかし実際のところ、わざわざ俺たちが出張ってくる必要はあまりなかったのかもしれない。

 

 重い体を引きずってご出陣あそばした竜殺しの英雄は、おそらく百メートルも自力で歩くことは出来なかった。体力回復が追いつかなかったわけではない。呪いの影響というわけですらない。

 

「オイオイオイオイ、こいつはなんだァ? 『竜殺し』に『処刑人』……そんで、抜け駆け野郎のリハクさんじゃね~~~か?」

 

 路地裏からぬっと現れたガラの悪いごろつきが俺に絡んできた。サンソンさんが、知り合いか?と言いたげな目でこちらを見ている。もちろん違うさ。こんな品性下劣な態度のプレイヤーが俺の交友関係上に存在するはずがない。まず間違いなく動画か何かで俺の存在を見知っただけの一方的な知り合いというやつだろう。ちょっと「お話」しとくんで、先に行っててくれません?

 

 俺はジークフリートさんたちを先に行かせることにした。ごろつきがねちっこい声で言う。

 

「連れないこと言ってくれるよなァ。これでも俺は、アンタの企画に何度か参加したこともあるんだぜ? 大金星挙げたはずのアンタが大荷物持ってこの辺ふらついてたっていうから、なんかイベントの続きがあるんじゃねーかと思って張ってたんだよ。いやぁ、なかなかどうして冴えてるじゃねぇの……」

 

 ごろつきは自画自賛しながらニヤニヤ笑っている。

 ……俺なんかを見張るより、もっと優先すべきイベントがあったんじゃねぇか? レイド級討伐クエとかよ。俺は内心でそう思いつつ、慎重に様子見の構えを取る。

 

 正直、ガチで見覚えがなかった。

 

 というか、ガラの悪いロールプレイをしたがるプレイヤーは皆一様にガラの悪い感じのキャラクリをするので、ぶっちゃけあんまり違いがわからない。そういう意味で言うと、いわゆる『ホンモノ』さんはまた違うタイプのヤバさがあるので外から見てもわりと分かるし、意外に棲み分けも出来るんだが。

 結局のところ、これは俺の顔認識能力の問題というより、どれだけ興味関心を抱いているかという問題なんだろう。仮にも相手が美少女なら、それがどんなに似たりよったりのキャラクリでも識別できる気がする。むしろ量産型美少女というのは別ジャンルの性癖に訴えかけてくる感じがあって、それはそれでそそるものがあるとさえ思う。禁書目録に出てくる御坂妹(シスターズ)とかさ。いや、この場合はリクルートスーツ萌えとかの方が近いのか? 知らんけど。

 

 たとえ量産型であっても美少女が増えれば俺の目が喜ぶ。文字通りの眼福というやつだ。しかし量産型ごろつきが増えたところで嬉しいことはなにもない。

 そしてこいつが言ってることが本当なら、このごろつきは思ったより古参のプレイヤーであるらしい。

 ……だったら、お互いどう振る舞うべきかは、分かるだろ?

 

 俺は剣の柄に手を掛ける。邪魔なゴミはきちんと始末するに限るから……ではなく、こんなところで足止めを食ってサンソンさんの治療行為を無下にしないためである。建前は大事だ。加えて、PvPのタイマンなら俺にだって勝ち目くらいはあるだろうという算段もあった。フレンドリーファイア情状酌量は機能しているか? 今は見逃されていても、こっちから一撃入れた時点でペナルティ発動の可能性は限りなく高くなる。速攻で片付けるとしよう。

 であれば、取るべき戦術は──

 

 ──ガンドの抜き撃ち。(しか)る後、【全体強化】を使用して確実に首を落とす。これよ。

 

 俺は【カルデア戦闘服】着用時のタイマン必殺コンボを発動すべくタイミングを図る。

 相手の礼装は【カルデア制服】。攻バフ、回避、回復のスキルを併せ持つ、攻防バランスの良い礼装だ。リツカも愛用している。始動技であるガンドを見切られ回避されればコンボは成立しない。チャンスは一度きり、呼吸が大切な技なのだ。

 

 ……今ッ!

 

「【ガ」

 

「オイオイオイオイ」

「オイオイオイオイ」

「オイオイオイオイ」

 

 しかし駄目だった。ゴミが増えた。

 俺は天を仰ぎ嘆息する。

 ……どうしてこの街は、こんなに治安が悪いんだ? 

 

 

>>> [2/3] 錚々(そうそう)たるジークフリートの伴走

 

[PM 23:34]

 

 四人相手に勝てるわけがないだろ!

 

 ということで、知らないごろつきプレイヤーたちがパーティに加わった。

 すると奴らはあっという間に次々と仲間を呼んで増殖し、更には呪いから回復しきっていないジークフリートさんのための移動手段まで提案してきた。すなわち、恐ろしいほどの目ざとさでイベントの気配を嗅ぎつけ集まってきた有象無象の暇人ども(プレイヤー)は、あっという間に即席の神輿(みこし)を作り上げ、そこに据え付けられた座席にジークフリートさんを(まつ)り上げたのだ。

 

「道を開けぇぇぇーーーい! 『竜殺し』の御出陣じゃあーーーい!」

「控え~~い! 控え~~い! 控えおろ~~~!」

「退けー! 後ろめたいやつは退けェー!」

「ジークフリート様のお通りだァー!」

 

 神輿を担ぐプレイヤーが、口々に大名行列の先触れみたいなことをわめいている。

 

「すまない……道を開けてくれないだろうか……すまない……」

 

 その様子を神輿の上から見下ろすジークフリートさんは、ひたすらすまながっていた。

 

 しかしまあ……騒がしいのはともかく、道中の面倒が減るのは悪いことではないだろう。

 周囲に人だかりができたおかげか、見物に来たプレイヤーの中で手の空いた奴が勝手に近くのモンスターを排除してくれるようになった。シューティングゲーで自動攻撃オプションを手に入れた気分だ。

 俺は肩に食い込む神輿の担ぎ棒に力を込める。戦場までのお届け時間を短縮するため、担ぎ手は神輿を担ぎつつ全力疾走することになっていた。

 

 いっち、にっ! いっち、にっ!

 わーっしょい! わーっしょい!

 いっち、にっ! いっち、にっ!

 わーっしょい! わーっしょい!

 

 いやあ、それにしても御神輿を担ぐってのは意外と楽しいもんだなァ。リアルのお祭りとかで見かけても重労働だなぁ~程度にしか思ってなかったが、何というか、こうして大勢で掛け声出しながら担いでいると独特の一体感と昂揚感がある。いつかリアルでもやってみようかしらん。

 

「まるで聖週間(セマナ・サンタ)山車(パソ)だな」

 

 俺の隣を並走するサンソンさんは、よく分からない感心の仕方をしている。聞けば、スペインとかにもこういう御神輿みたいなものがあるらしい。聖母マリアとイエス・キリストの像を載せて運ぶんだってさ。もっとも、雰囲気的にはもっと(おごそ)かというか、こんな乱痴気騒ぎのノリではないらしいけど。

 

 爆走する御神輿行列はリヨンの市壁に近づいていく。

 見上げる先、市壁のすぐ外にファヴニールの姿が見えている。ここまで迎撃組がよく保たせたというべきか、運営バフ切れを待たずして王手を決められかけていると見るべきか。

 

 崩れ落ちた市壁の隙間にはフランス王軍の大砲が運び込まれ、砲兵らしき人々が轟音を響かせている。

 指揮を執ってる偉そうな人が王軍のトップか? クー・フーリンと似たケルト系の顔立ちをしているとリツカから聞いた覚えがあるな。あいにく急いでいるので顔を見る余裕はないんだが。

 

 問題はこのままどこまで近づけるか、だ。

 ジークフリート神輿は馬鹿みたいな絵面でこそあるが、なにせ担ぎ手のプレイヤーにパワーがあるので普通に速い。少なくとも、今のジークフリートさんが自力で移動するよりはずっと速く進んでいるはずだ。

 そしてジークフリートさんの宝具は、あのアルトリアと同じ剣ビームであるらしい。……剣ビーム、キャラかぶり起こすの早くない? まあ定番といえば定番ではあるが。

 ともかく、ジークフリートさんはロングレンジの必殺技を使えるという事実、これがでかい。距離を詰め切る必要がないからだ。そりゃあゼロ距離でブッ放したほうが威力は高いだろうけど、次善の選択肢が増えれば単純に余裕ができる。本調子なら連射だって可能だと言ってたが、そういえばアルトリアも宝具連射してきたな……嫌な記憶が蘇った。本調子のジークフリートさんを見る機会は今後あるのかね?

 

 

 前線に近づくにつれ、いつもの勇壮な戦場音楽が耳に届き始める。例の音楽家のサーヴァントは今も戦っているらしい。一緒にいたお姫様──デオンさんの言葉を思い出すなら、正体はマリー・アントワネットということになるのだろう──も戦っているのだろうか?

 そして、そら、前線組のための召喚サークル(リスポーン地点)が見えてきた。死に戻ってきたばかりのプレイヤーたちでいつもの芋洗い状態になっている。だが流石にこんな時間にもなれば士気は落ちるか? とっくに今日の討伐を諦めて帰って寝たやつも多いだろう。その判断が早すぎたことを今から後悔させてやろう。

 ……まあ、少しでも参加してればある程度の報酬はもらえるので、後悔という程のものは無いかもしれないが。

 

 マシュさんとリツカの姿はない。戦闘をプレイヤーに任せてサークルを護衛するのではなく、直接ファヴニールとやり合う方を選んだか。俺は視界に浮かぶアナウンスに意識を向ける。

 

【魔力リソース開放 制限時間 00:12:41..40..39..】

 

 よし! 決戦用バフの残り時間は10分ちょい!

 ファヴニールの残り体力、不明!

 

 このまま可能な限り目標に接近する!

 ジークフリート介護班ッ! 全速前進だァーーー!

 

「「「「わっしょォーーーい!」」」」

 

 俺たちは一際強く大地を踏みしめると、竜炎ひしめく最前線目指して最後の全力ダッシュをキメたのだった。

 

 

 

 

>>> [3/3] 勇壮たりしジークフリートの追想

 

[PM 23:48]

 

 ファヴニールの動きが明らかに変わった。

 ジークフリートはその変化を誰より早く、鋭敏に感じ取っていた。

 

 同様に接近する宿敵(ジークフリート)の存在を感じ取ったのだろう。それまで五月蝿(うるさ)く周囲にたかるサーヴァントたちを叩き潰そうと躍起になっていたファヴニールの攻撃の矛先が、猛然と距離を詰める輿(レッティガ)まがいの乗り物に向けられる。地響きを立てて迎撃のため動き始めたファヴニールは、その一歩一歩の踏み込みにさえ驚異的な破壊力を伴ってプレイヤーたちに襲いかかった。

 

「うわあああ!」

 

 輿(レッティガ)を周囲で護衛しているプレイヤーたちが次々と地割れに飲まれ、あるいは吐き出される炎に焼かれて脱落していく。

 

「ジーク! フリート!」

「ジーーク! フリーートォッ!」

 

 断末魔に、この身(ジークフリート)の名を残して。

 

 ……ジークフリート。

 その名の意味は勝利(sig)平和(frithu)

 

 

 平和とは、勝ち取ることではじめて生み出されるものだ。

 

 それはときに国と国とが互いに血を流す戦争における戦士たちの剣の勝利であり、あるいは厳しい自然の中で明日を生きる糧を(はぐく)む民たちの(すき)の勝利でもあるだろう。

 だからこそ、敵国が絶えず伸ばし続ける野心の手を粉砕し、市井の人々を襲う邪悪な魔物を討ち払うことのできる、勝利を約束された英雄の存在が待望されるのだ。

 在りし日のこの身がそうであったように。

 

 

 だが──いかな英雄にも掴めぬ勝利というものがある。

 

 それは、ひとたび勝ち取った平和と穏やかな暮らしを守り続ける日々の営みだ。

 あるいはそれこそが、最もありふれた、しかし最も得難い勝利なのかもしれない。

 

 少なくともかつてのジークフリートは、あらゆる期待と求めに勝利をもって応え続けた英雄は、けれど最後に自身と周囲の平穏を守り切ることが出来なかった。

 詩人はその伝承の結末をこう(うた)う。

 

 

 死すべきものはここにすべて倒れ伏した。

 高貴なる王妃*1も真っ二つに切り断たれていた。

 そこでディエトリーヒ*2とエッツェル*3とは泣き悲しんだ。

 二人の王は一族郎党の身を打嘆いた。

 

 誉れ高かったあまたの人々はここに最期を遂げた。

 世の人はみな嘆きと悲しみに打沈んだ。

 王者の饗宴はかくて悲嘆をもって幕をとじた。

 いつの世にも歓びは悲しみに終るものだからである。

 

 その後のことどもについては、おん身らにこれを伝えるよしもない。

 ただ騎士や婦人や身分のよい従者たちが、

 愛する一族の死を嘆くさまのみが見られた。

 物語はここに終りを告げる。これぞニーベルンゲンの災いである。*4

 

 

 物語の最後に待っていたのは悲劇だった。

 

 ジークフリートは、その結末に立ち会うことすら叶わなかった。

 なぜなら()の英雄は、詩人が謳う物語のちょうど折り返し、華々しい英雄的な活躍とそれでも隠しきれぬ不穏な雰囲気とに彩られた前半部のクライマックスにおいて、悲痛な死を遂げるからである。

 

 ──ならば残りの後半、詩人は何を謳うのか?

 

 答えは、復讐だ。

 

 英雄(ジークフリート)を深く、深く、愛しすぎることを知らぬほどに深く愛した妻クリームヒルトによる、夫を暗殺した者たちへの復讐譚。

 そしてその結末は、上に述べたとおりである。

 

(──クリームヒルト。かつての君も、今の俺を(さいな)むような苦痛を仇敵に望んだのか?)

 

 他ならぬジークフリート自身の伝承で語られし最愛の女性の憎悪とその末路とは、彼の記憶に残る美しく優しいクリームヒルトの姿とは似ても似つかぬものだった。それほどに人の在り方を変えてしまうような絶望を、ジークフリートの死はもたらしてしまったのだろう。

 

 絶望。憎悪。そして、復讐……。

 

 英雄ジークフリートは、誰かに復讐したいと望んだことなどない。しかし、憎悪に駆られ復讐を求める人間の情念は、決して彼の人生から無縁なものではなかったのだ。

 

(そしてこの地でも、憎しみと復讐心とが惨劇をもたらしている)

 

(暴虐なる邪竜のカタチをとって)

 

(ならば、俺の為すべきことは──)

 

 魔女ジャンヌ・ダルクは既にプレイヤーの手引きによって打倒され、あの診療所のベッドに意識もなく横たわっている。

 彼女の真実をジークフリートは知らない。その傍らにあったジル・ド・レェの真意には触れる機会すら生じなかった。

 だが、『あの』聖女ジャンヌ・ダルクがあれほどまでに変わり果てたという事実が、ジークフリートに愛した女性(クリームヒルト)の変貌を思い起こさせた。

 

 惨劇が憎悪を呼び、憎悪がまた新たな惨劇を生む。

 人は、幾度(いくたび)その(あやま)ちを繰り返すのだろう?

 

 ジークフリートの生きた時代から遠い歳月を経たこの異国の地でもまた、まさに彼の物語と同じ過ちが繰り返されている。

 

 それは人の愚かさ(ゆえ)にか。人の生まれ持つ悪性故にか。

 

 そう断ずるのは容易い。だが──それでは、あまりにも悲しい。

 

(──ならば、せめて俺は過ちの枝を断ち切ろう。あの邪竜の命脈を)

 

 ファヴニールを殺したところで、既に死した者たちは戻らぬ。神ならぬ身には、定められた死を避けることも悲劇に至る道筋を巻き戻す事も不可能だ。それでもこの剣が、誰かの未来を救いうるならば。それを振るうことをためらう理由など何もない。

 

 萎え衰えた四肢に力を込める。

 (もえ)(からだ)が吐き出す悲鳴のような痛覚を、ただ歯を噛み締めてやり過ごす。

 

 苦痛を(こら)えて顔を上げれば、ファヴニールが嘲りの笑みを浮かべているのが読み取れた。他の誰にも分かりはしないだろうが。かつてあの邪竜と昼夜を分かたず戦い続けた経験が、竜血を取り込み鎧と成した竜鎧の肉体が、ジークフリートを誰よりもファヴニールに近しい存在へと変えていた。そのファヴニールが侮蔑の表情を隠すこともなく、呪われしジークフリートに告げている。

 

 ──弱くなったな、と。

 

 大きく開かれた邪竜の顎門(あぎと)に青い炎が渦を巻く。

 その魔力。その熱量。生前戦ったファヴニールに勝るとも劣らない。

 魔女より与えられた魔力を喰らったのか、あるいは聖杯の力か、この異郷の地においてファヴニールの威容はいや増しているようにさえ思われた。

 

 周囲のプレイヤーのある者は逃げ出し、またある者は盾になるべく輿(レッティガ)の前へと進み出る。

 

 轟、と唸りを上げて竜の口から灼熱の嵐が解き放たれる瞬間──ジークフリートは、渾身の力を振り絞って跳躍した。

 

(ファヴニール、確かにお前は強くなり、そして俺は弱くなったのだろう。だが──)

 

 自分のものとは思えないほど重たい腕で、その手に固定された剣を振りかぶる。空気を焼き焦がす竜炎が、ジークフリートを燃やし尽くさんと迫りくるのを認識する。

 

「──たかがそれだけのことで、諦めると思うなッ!」

 

 雄叫びを上げながら、練り上げた魔力を剣に走らせ、真っ直ぐに振り下ろす。

 宝具(バルムンク)の解放など必要ない。

 ただそれだけの一撃で、魔剣は地獄の業火をやすやすと斬り裂いていた。

 

 背後でワッと歓声が上がった。

 

 ジークフリートは、斬り捨てられてなお全身に(まと)わりつこうとする炎の残滓を振り払う。

 

 身体は悲鳴を上げている。

 かつて不屈を誇った悪竜の血鎧も、その『内側』からジークフリートを焼き焦がす呪いを防ぐことはかなわない。

 残った魔力にしても、せいぜい宝具を一度撃てるかどうか。かつてのような連続解放など望むべくもないだろう。

 

 しかし、それでも。この時この場所で、正しいことを成し遂げたいと願うなら。

 呪いに侵され、もはや約束された勝利の英雄たりえぬジークフリートが、それでも憎悪と悲劇の連鎖を断ち切りたいと願うなら。

 

「……他者(だれか)願望(ねがい)のためだけに戦うのではなく。俺の正義(ねがい)のためだけに戦うのでもなく」

 

 竜炎の余波で黒焦げになった包帯が、ジークフリートの全身からボロボロと剥離する。

 わずか一撃。されど一撃。その一撃を振り終えるまで、よくぞ保ってくれたと心のなかで感謝する。自分を治療し戦場での無事を祈ってくれた人間がいることに感謝し、今この場に自分を守るため戦おうとする味方がいることに感謝した。

 

「ジーク! フリート!」

「ジーーク! フリーートォッ!」

 

 死にゆくプレイヤーたちの断末魔が響く。英雄の名を呼ぶ声が。

 

 ジークフリートは剣を握りしめる。この身に背負った思いがある限り、自分から諦めるような無様などあってはならないと戒めるように。そしてどうか最後の瞬間まで戦い続けられるよう、祈るようにファヴニールへの一歩を踏み出した。

 

 輿(レッティガ)の主を失ったプレイヤーたちが、ファヴニールの気を引くためか散開しつつ攻撃を加え始める。

 

 かつて英雄はただ一人で邪竜と戦い、それを打倒した。

 だが、いまや英雄には独力で竜を滅ぼす力はなく。

 しかし同時に、いまや英雄はただ一人で戦っているわけでもない。

 ──ならば。

 

「俺は、俺達(みんな)未来(ねがい)を取り戻すために戦おう」

 

 

 

 Fate/Grand Order

 それは、未来を取り戻す物語。

 

 ──かくして役者は揃い、ひとつの章が幕を下ろす。

 

 

*1
ジークフリートの妻クリームヒルト

*2
テオドリック大王

*3
アッティラ(アルテラ)

*4
出典:ニーベルンゲンの歌(相良守峯訳、岩波文庫)



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1-26

>>> [1/3] 武練は身を助く

 

[PM 23:49]

 

「ジーク! フリート!」

 

「「ジーーク! フリーートォッ!」」

 

 ファヴニールに爆殺されていくプレイヤーが死ぬ間際にジークジオンごっこをやっている。もしかしたらドイツ第三帝国(ジーク・ハイル)ごっこかもしれないが、どのみち大差はないだろう。そんな連中を肉の盾代わりに使いつつ御神輿ワッショイに興じていた俺のところへ、突然リツカがやってきた。珍しく御機嫌斜めなご様子だ。

 どしたん、大丈夫? 御神輿担ぐ? もうそろそろゴールだと思うから、ちょっとだけだけど。

 

「どうしたもこうしたも無いし、御神輿も担がないよ!」

 

 あっ、思ったよりシリアスなノリだった。リツカが予想外にマジ顔なのでとりあえず謝ることにする。すまない。

 

 それで、どうしてリツカはファヴニール討伐にここまで前のめりになってんだ?

 ……いや、そんなことは聞かずとも分かるか。NPC保護のためだろう。

 

 運営バフが切れればプレイヤー戦線が崩壊する。その影響で最も被害を受けるのがフランス王軍をはじめとする現地NPCたちだ。リツカはマシュさんを通じて運営サイドと関係を持っているようだが、それ抜きでもNPCを死なせたくないという点において運営(カルデア)とは利害が一致している。というかリツカがそういうやつだからこそマシュさんを助けたわけだし、今でも運営とも上手くやれているのだろうが。

 

 ファヴニールが襲来してきたのが21時過ぎだから、かれこれ2時間半近く拮抗状態が続いていることになる。そりゃあリツカだって焦るというものか。

 こちらのプレイヤーとサーヴァントは奮戦しているものの決定打がなく、ファヴニール側も連携して動くサーヴァントたちを倒しきれないという状況が続いているらしい。

 

 そういう経緯もあって、ファヴニールはこちらのバフ切れを狙って姑息な遅滞戦術を採っているんじゃないかというのが攻略組の見解だ。まあ、連中は連中でトッププレイヤーで御座いとばかり勇ましく戦いに向かっておきながら未だに目標撃破できてないわけで、その釈明とも取れようが。

 

 そんな思惑ひしめく最前線から、ファヴニール討伐ガチ勢と化したはずのリツカはマシュさんと清姫を置いたまま戻ってきたわけだ。なにゆえ?

 

「キミを! 迎えに! 来たんだよ! 正確にはキミとキミが連れてきたジークフリートさんを!」

 

 ああ、なるほど。そいつは面倒をかけちまったな。

 

 ……ん?

 

 あれ? 俺、ジークフリートさんと一緒に前線行くって話、してなかったよな?

 

「オレが伝えた」

 

 おっと。リツカと同じくいつの間にか戻っていたらしいクー・フーリンが補足を入れてきた。

 ……いや、待て。俺はお前にも伝えた覚えはないんだが。

 

「マスターと使い魔(サーヴァント)の視界共有。それのちょっとした応用だ……知りたいんだったら後で話してやるよ」

 

 全然使ってない便利機能のおかげだった。ああ、なんかそんなことも出来るんだっけ……?

 どうせ魔術がどうこうみたいな話になるだろうから細かい話は後回しにするとして、とにかくクー・フーリンはファヴニールと戦闘継続しつつ俺の様子もチェック入れていたということか。相変わらずデキる野郎だな。で、そのデキるクー・フーリンが前線放棄しちまって大丈夫なの?

 

「大丈夫ではねぇよ。だが、それでもこっちのサポートに入らなきゃジリ貧だからな」

 

 いわく、最前線ではマシュさん&清姫のリツカサーヴァンツに加えて、【ノーリッジ】のライネスが召喚したランサーや聖女ジャンヌをはじめとした現地サーヴァントNPCも大集結しているらしい。特に西からやってきた聖ゲオルギウスの活躍がすごいらしいが……うん。あとで動画で見るね。話がここまで進んじまった以上、もう直接会う機会はないだろう。ま、このフランスで全部のサーヴァントNPCに会えたプレイヤーもいないだろうからな。そう考えれば、俺とリツカは相当多いほうだ……。

 

「おい……おい! 聞いているのか? ボーッとしていないで前を見るんだ! 前!」

 

 ……逃したイベントに思いを馳せる俺をサンソンさんが小突いた。そして、来るぞ、と言いながらファヴニールの方を指し示す。

 はるか頭上から俺達を見下す竜の頭部が、この御神輿をバッチリ見据えていた。口の中で青い炎が燃えている。あ、やべぇ。標的確認、方位角固定、最終セーフティロック解除って感じ。既に何度も経験しているファイアブレス焼死体験がありありと思い起こされ、心の奥底でチュートリアルお姉さんがぷるぷると震えた。死が見える……!

 

「マスター、ちっと多めに魔力もらうぞッ!」

 

 せめてもの抵抗にか、クー・フーリンが杖を構えて何やら防御魔法(フバーハ)的なルーンを宙に刻もうとする。

 だが、その瞬間。

 御神輿の上から、ジークフリートさんが力強く飛び出した。

 

「グエーッ!」

 

 その踏み込みの反動でべチャリと潰れる担ぎ手一同、含む俺。

 そんな俺達を尻目に、ジークフリートさんは大きくその手の魔剣を振りかぶって……迫る竜炎を、切り払った!?

 

 すっげー。俺は地べたに這いつくばりながら感心した。

 え、ジークフリートさんマジで強キャラじゃん。あの害悪邪竜ブレスへ真正面から飛び込んだのにピンピンしてる。炎耐性MAXかよ。イベント特効が過ぎるぞ。

 

 ジークフリートさんはひとつ大きく息を吐き、そしてファヴニールへと駆け出していく。リツカとサンソンさん、そして周囲の知らないプレイヤーたちが後に続いた。

 

「やるな、『竜殺し』!」

 

 その背中に、クー・フーリンが感心したように声をかける。

 と、その目がスッと細くなり、間髪入れず非公開チャットが飛んできた。

 

《マスター。あの調子じゃ、『竜殺し』はそう長くは保たねぇぞ》

 

 だろうな。つい一時間前までまともに歩くことも出来なかったんだ。サンソンさんの手当も気休め程度のものだろうし、今動いてるのはほとんど気合と根性と底力みたいな話だろ? 運営バフも残り10分切ってるし、速攻でケリをつける必要があるだろう。

 

 そんなことを言い返しながらジークフリートさんを見送り、視線をファヴニールへと向ける。……暗くてよく見えない。そう思ったとたん、見かねたクー・フーリンが視界をジャックしてきた。例の大空洞でアルトリアと戦った後にやられたやつだ。カメラのピントが合うように、一気に視界がクリアになる。黒い竜鱗があちこち血に染まっているのが見えた。

 

 なるほど、だいぶ傷ついてはいるらしい。最前線組はよく削ったもんだな。

 この状況なら、狙うはジークフリートさんの大技一発か? 宝具の剣ビームが例のアルトリア級の威力を期待できるなら、接射で一撃必殺も不可能な話ではないと思う。ファヴニールや魔女ジャンヌの攻撃を鑑みても、【約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)】の火力は明らかに突き抜けていた。

 だが一方で、相手は全身鱗で覆われたファヴニールだ。漫然と攻撃しても致命傷にはならないだろう。どこなら有効打が通る……?

 

《見ろ》

 

 クー・フーリンの声と同時にジャックされた視界がぐっとファヴニールの左目にフォーカスし、次いで右目を大きく映し出す。

 ん? 左目と違って、右目が赤い。充血している……というか、出血してる。右目がよく見えてないのかもしれないな。あの傷口、拡大鮮明化して。

 

 俺の要望に応えて、更に視界がファヴニールの右目を拡大した。

 出血部。その傷口は、何かひどく鋭利なもので勢いよく穿(うが)たれたような痕を残していた。

 

 ……見覚えのある傷だ。過去の記憶(トラウマ)が刺激されたからだろうか、傷口を見ただけでそう確信できた。

 あれは……俺や魔女様の腹をブチ抜いたのと同じ傷。だったら、あれをやったのは……。

 

 デオンさん?

 

 その瞬間、右目の傷跡にデオンさんの剣を幻視した、ような気がした。

 

 ……そうか。龍鱗に覆われていない眼球なら、攻撃が通るかもしれない。

 

 クー・フーリンの視界ジャックが解除された。正常に戻った視野の中で、眼球攻撃の可能性を考える。

 

 前提として、今のジークフリートさんに直接眼球を攻撃させるのは無理だ。相手が地面まで鼻先を下ろしてくれるならともかく、あの高さまでこっちから剣を構えて突っ込むのは現実的じゃない。……いつぞやの飛行魔術(チート)よろしく、どうにかしてジークフリートさんを飛ばす? どうやって? その手段がここにはない。またオルガにでも聞いてみるか? だが仮に飛ばせたとして、あの【トーコ・トラベル】とかいう飛行法の精度じゃ狙い通り眼球へ飛んでいけるとは思えない。

 

 ファヴニールの頭を下げさせるというのは……無理か? 奴が首を下げる理由がない以上、頭上から脳天ぶん殴るような攻撃を用意する必要があるだろう。それは結局、ファヴニールの頭上へ行ける手段が無いという話に逆戻りしてしまう。

 

 そうだな、別々という手はあるかもしれない。プレイヤーの新兵器こと投槍器(アトラトル)みたいな道具でもって、ジークフリートさんの剣をまずヤツの眼球にぶっ刺す。そしたら両手が空いたジークフリートさんを何とかファヴニールの頭まで登らせて……駄目だ。ファヴニールの眼球を狙い撃ちできるビジョンが見えない。そんな器用なことが出来るなら、聖騎士ゲオルギウスとかライネスのランサーあたりがとっくに両目とも潰してるんじゃねぇ? 

 

 どうも難しいな。うまい流れが思いつかない。

 ただ、ジークフリートさんの宝具でファヴニールの眼球をブチ抜いて殺すという筋立て(プロット)は捨てがたいように思う。クー・フーリンに御膳立てされている感は否めないが……。

 

 俺はひとつ息を入れた。時間がないぞ。頭を冷やせ。

 一度問題を整理しよう。解決すべき問題点は大きく二つ。眼球を確実に狙い撃ちできる精度の攻撃手段と、ジークフリートさんの身体の限界だ。どちらを欠いても攻撃は成功せず、そしてプレイヤーに与えられたバフの残り時間はもうすぐ5分を切ってしまう。人を集める余裕も、小細工を仕掛ける時間もない。手持ちのカードだけでファヴニールを殺し切る必要があるが、明らかにその流れを作るには足りていない。

 ならば……ジョーカーだ。

 

《クー・フーリン》

 

 俺は、訳知り顔の魔術師に呼びかけた。

 クー・フーリン。俺が切れるカードでありながら、俺はこいつに何が出来て何が出来ないのかさっぱり把握できていない。それは逆に言えば、この男を構成する未知の要素(ライブラリー)の中に、現状を打開できる可能性(カード)がある……かもしれないということだ。その可能性が存在することに、俺は賭けた。さあクー・フーリン、お前の可能性(チカラ)を見せてみろ!

 

《自力では行き詰まったか。仕方ねぇと言えば仕方ねぇが……ま、今回は特別だ。時間もないしな。事の流れを決めただけでも上出来としてやろう》

 

 当然のように訳知り風の答えが返ってきた。

 ……さっきの非公開チャット。実のところ、そもそもプレイヤーではないサーヴァントたちが俺達と同じシステムでチャットを繋いでいるのかどうかは、定かではない。というか、その辺の村人NPCなんかとは非公開チャットできないことが分かっている。デオンさんは念話と言っていたか。そしてクー・フーリンのクラスは魔術師(キャスター)だ……。サーヴァント側のチャットシステムが魔術(オカルト)設定を参照しているなら、チャットをつないでいる限り、思考のひとつやふたつ読まれても不思議じゃないか?

 

 というか、そもそも思考なんて運営側にはダダ漏れになってるんだよな。内心の自由を侵す究極のプライバシー侵害ゲーム『FGO』。実はその旨きっちり初回ログイン時の同意書に書いてあるにも関わらず、あまりの煩雑さに読み飛ばして後日その辺に気づくプレイヤーは少なくない。そして運営(カルデア)がそれ関係のクレームにまともに対応したという話も聞いたことがない。

 だから、そういう思考ログの一部をサーヴァントに横流しすれば、ゲームシステム的には読心能力だって実装可能なんだけど……。

 

《思考を逸らすな。時間がないと言ったろうが》

 

 ほらな。きっちり考えを読まれてお叱りが飛んでくる。

 

《今回は特別に、アンタの懸念をオレが解消してやろう。……といっても、何も難しいことはねぇんだが》

 

 俺の懸念。要はさっき考えたファヴニール攻撃実行における二つの問題点のことだろう。

 

《まずひとつ。ジークフリートの身体を気にする必要はない。なぜなら、あの男は『英雄』だからだ。それが為すべきことだと信じられるなら、それを誰もが望むなら、ジークフリートは力尽きる最期の瞬間まで戦い続けるだろうよ。必要とあらばファヴニールの頭にだって登ってみせるだろうさ》

 

 ……いきなり分からん。ジークフリートさんが英雄であることと死ぬまで戦うことに何の関係が? いや、確かに典型的な英雄ムーヴだとは思うけど。というかクー・フーリン、確かこいつもそういう死に方した系の英雄だったな。じゃあ信用していいってこと? 分からん。全然分からん……。

 そして仮にクー・フーリンが言ってることが正しいとしたら、俺たちが頑張ってジークフリートさんを治療して連れてきた意味とは?

 

《もしリヨン市内に攻め込まれていたら、治療されていようがいなかろうが、あの男は立ち上がったろうさ。それが必敗にして必死の戦いであっても、何もできないまま布団の中で死ぬよりはマシだからな。その点、アンタはジークフリートによほど上等な戦場をくれてやったことになる。あるいは死に場所をな。その結末がどうなろうが、マスター、そこだけは誇っていいぜ》

 

 ……。

 ……ふうん。気に食わんが、まあいい。なら、もうひとつの方はどうなんだ。

 あの遥か頭上にあるファヴニールの眼球へ魔剣バルムンクを叩き込む方法を、今この場で用意できるのか? 

 

 俺の問いに、クー・フーリンはクツクツと笑った。

 なんて馬鹿なことを尋ねるのだというように。

 

《マスター。アンタは、ひょっとしたらお忘れかも知れないが……。この身に刻まれし名はクー・フーリン。赤枝騎士団の一員にしてアルスター最強の戦士であり、異界の盟主スカサハから授かった魔槍を駆る英雄だ。……さっきからプレイヤー共がひょろひょろ槍投げを繰り返してるがな、槍を投げさせたらオレの右に出るやつはいねえよ》

 

 それは……つまり。

 

《適当な槍の穂先にでも例の魔剣を括り付けておけ。()()()()()ってもんを見せてやる》

 

 

>>> [2/3] 偽・蹴り穿つ死翔の魔剣

 

[23:54]

 

 放り捨てられた槍はそこら中に転がってるのに、肝心の縄がないからチクショウ!

 

「あったぞ、縄」

 

 でかした! 背後からスッと差し出された縄を俺はありがたく受け取った。これで魔剣を固定できるぞ。

 

「御役御免になったジークフリート神輿の廃材だから、感謝されるほどのものでもないが」

 

 その手があったか。……って、ン? 聞いた声だな?

 そう思って縄の主へ振り返った俺に、カナメ氏が「やあ」と軽く手を振ってきた。

 どうせどっかにいるだろうとは思っていたが。ええっと、俺に一体何用で?

 

「『フレンド』に会いに来るのに理由が必要かい? ……というのは冗談として。せっかくのイベントだ、どうせなら特等席で見たいと思ってね。それで、これで何を作るのかな?」

 

 イチから説明する時間はちょっと無いけど、見てりゃ分かるよ。

 そう言いながら、最後のパーツである魔剣バルムンクをジークフリートさんから借り受けるため走り出す。クー・フーリンが後ろに続き、更にカナメ氏以下有象無象のプレイヤー共がぞろぞろとついてきた。

 

 先行していたリツカが追ってきた俺に気づき、手を振ってくる。同時に交渉成功を伝えるメッセが飛んできた。

 マジで? 俺から仕事投げておいてなんだが、すごいなお前。

 

 ……『ジークフリートさんに愛用の魔剣を借りる』というどう考えても厄介そうな任務を、俺はリツカに丸投げしていた。それをこうもやすやすと成し遂げるとは。やはりモノが違う。面倒な説得はリツカに任せるに限るな!

 

 ……いや、俺だってやってやれないことは無いんだよ。だけどさ、俺が説得しようとすると、なんか最終的に「丸め込む」とか「論破する」とか微妙に違う結果で終わるんだよな。会話って難しいよね。

 

「話は聞かせてもらった。協力に感謝する。俺が万全でないばかりに、面倒をかけてすまない」

 

 追いついての開口一番、ジークフリートさんから詫びの言葉が飛び出した。さっきから思っていたが、この人ホント腰低いな。

 

「おう。ま、このオレが手を貸す以上、その剣は間違いなくヤツの眼球ど真ん中にブチ込んでやる。だから最後のトドメはきっちり頼むぜ、ネーデルラントの大英雄」

 

 一方気さくに答えるクー・フーリン。こちらは対称的に、腰の低さとかいう概念の持ち合わせがあるとは思われない。だいたいいつもこんなノリである。

 

 そういうやり取りを横で聞きながら、ジークフリートさんの魔剣を拾い物の槍へギチギチと縛り付ける。クー・フーリンからのオーダーは唯一つ、「絶対に外れないようにしろ」だけである。そういうわけで出来上がった即席魔『槍』バルムンクは、剣そのものの重さと縄の重さで重心が前方に偏りすぎており、バランスが悪いなんてレベルじゃない。クー・フーリンは「そんなもんこっちでどうにかする」などと言っていたが、本当に大丈夫なんだろうな……?

 しかし今更手遅れだ。俺はクー・フーリンに準備完了を告げることにした。運営バフの残り時間は3分ちょい。マジで頼むぞお前。

 

「お、出来たか。なら時間もないし、とっとと始めるか。ジークフリート、覚悟はいいな」

 

「任せてくれ。たとえ途上でこの心臓が止まろうと、誓ってファヴニールの頭までたどり着き宝具を解放して見せよう」

 

「良い返事だ。じゃあ──」

 

 クー・フーリンが俺を見る。俺は石突を下に、穂先を上にして槍を持つ。その向きのまま、魔槍バルムンクをクー・フーリンに投げ渡すよう言われていた。どういう意味があるのかは知らん。聞いてる時間もないのでヤツの指示に粛々と従うのみである。マスターとは、サーヴァントとは一体……?

 

「レディ……ゴーッ!」

 

 タイミングを任された俺はやけくそのように叫び、ジークフリートさんは凄まじい土煙を上げて走り出し、クー・フーリン目掛けて投げ渡した魔槍は軽く持ち上げられたヤツの右足の爪先へと着地した。クー・フーリンはフン、と鼻息を吐いて爪先を上下左右に動かしている。糞バランスが悪いはずの魔槍バルムンクは、どういうバランス感覚で保たれているのか、爪先へ垂直に突っ立ったまま小揺るぎもしない。

 

「ま、なんとかなるだろ」

 

 そう呟いて、その槍を高く高く頭上へと蹴り上げた。

 続いてクー・フーリン本人も強く地面を蹴って天高く飛び上がっていく。

 一瞬遅れて、地上に残された俺たちに声が届いた。

 

「いいか、二度とやらねぇからよく見とけ────()()()()()()()()()()()

 

 天蓋へと蹴り上げられた魔槍は、その剣身に月の光を反射して、まるで夜空の星のようだった。

 その星に追いついたクー・フーリンが、彼のもつ超絶技巧の投槍術を解き放とうとする。宝具ではないはずなのに、まるで宝具を発動するように。当然のようにマスターたる俺の魔力はごっそりと失われ、俺は地面に倒れ伏して天を仰いだ。

 

「その眼球、貰い受ける──!」

 

 頭上から響き渡る、朗々たるクー・フーリンの声。

 オーバーヘッド気味に蹴り出された死翔の槍は、流星のように白く尾を引いて──あやまたず、ファヴニールに残された左眼球を貫いたのだった。

 

 

>>> [3/3] 決着

 

[PM 23:57]

 

「GGGGAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 

 ファヴニールが絶叫した。

 一発で鼓膜が逝ったが、今はその感覚さえ心地良い。苦痛に悶えるファヴニールを見て浮かぶのは、ただ「ザマァ」の一言だ。間違いなくクリティカルな一撃が入った。だから、あとはジークフリートさんさえ……!

 

「GRUOOOOOOOOOO!!!」

 

 立て続けの絶叫に、自動回復したはずの鼓膜が再び吹っ飛ぶ。ジークフリートさんと一緒にファヴニールへ特攻(ぶっこみ)かけたプレイヤーたちが軒並み足運びを乱す中、ただジークフリートさんだけが何事もなかったかのように一直線にファヴニールへと向かう。事態を把握したのか、ファヴニールに攻撃を掛けていたサーヴァントの数人がジークフリートさんのサポートに入るべく動き出す。

 クー・フーリンの跳躍力を考えれば、サーヴァントの誰かがジークフリートさんを連れて飛び上がれば眼球に突き刺さったバルムンクだって掴めるはずだ。だからあとは距離さえ詰めれば!

 

 あと少し! あと少しで長かった戦いがッ……!

 

 ……いや、待て。

 

「GGGGGGGGG……ッ!」

 

 ファヴニールの様子が……

 

「GAAAAAAA!」

 

 ……ッ! あいつ、飛んで逃げる気か!?

 バサリとその背の黒い翼が大きく羽ばたき、ファヴニールの巨大な身体が宙に浮き上がる。

 その口の中では、またあの青い炎が……見たこともないほどの勢いで燃えて上がっている。違う、逃げようとしているんじゃない。まさか、まだ余力を隠していた……!?

 

 ファヴニールは俺たちに驚く暇を与えなかった。当然、その奥の手に対応する時間も。

 

 ファヴニールは知恵のある竜だ。しばしば『狡賢(ずるがしこ)い』と称される邪竜の狡猾さを、俺たちは軽視していた。ヤツが、あまりにも分かりやすい暴力の具現だったから。知恵など使わずとも力だけで俺たちを殲滅してきた邪竜の姿を、この上なくはっきりと記憶に焼き付けられてきたから。

 思えば、攻略組が負け惜しみのように発していた推察は正しかったのだろう。ファヴニールは手加減していたのだ。こちらのバフ切れを待ち、それから確実に一人残らず虫でも潰すように殺し尽くす気だったのかもしれない。

 だが、両目から血を流す邪竜にはもはや一切の余裕がなく、ゆえに一切の出し惜しみもない。

 

【ニーブルヘイム】

 

 サーヴァントの宝具詠唱と似た感覚が脳裏を走った。その顎門(あぎと)から、青く燃え盛る炎が解き放たれる。

 

「マシュ!」

 

 遠く前方、ジークフリートさんを遅れて追いかけるリツカが叫んだ。マシュさんはファヴニールの足元で戦い続けていたのだろう。リツカの声に応えて、もう何度となく俺たちを守ってきた蒼翠の盾が巨大な光の壁となって顕現する。

 

「真名、偽装登録── 【疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)】!!!」

 

 久々に見る彼女の宝具は、以前見たときより強く輝いているように思われた。光が結界となり、ファヴニールの炎を遮っている。

 

 ……数秒、拮抗が続いた。

 だが勝ったのはマシュさんだ。ファヴニールの炎は彼女の盾を破ることなく、風に吹き消えた。

 

 ──いや、違う!

 ファヴニールがゴゥッと音を立てて大きく息を吸う。その口の中で、再びさっきと同じ蒼炎が渦を巻いて──

 

【ニーブルヘイム】

 

「ッ─────!!!」

 

 今度は、マシュさんが圧される番だった。

 宝具級の攻撃を連射だと!? ……チッ、アルトリアの次の特異点(ステージ)ボスである以上、そのくらいのことはするってわけか! 思えばジークフリートさんも万全の状態なら宝具連射できるって言ってたな! 宝具連射勝負でもやらせる気だったのか、クソ制作ゥ!

 

 俺は罵言を吐いた。だが、この状態では……。

 何かをしようにも魔力切れでろくに動けない俺を、後ろから伸びてきた腕がぐっと掴み起こす。……クー・フーリンか。降りてきたんだな。現状を伝えようと口を開いた俺を遮るように、クー・フーリンは軽い口調で言う。

 

「心配いらねぇよ、マスター。オレたちは仕事を果たした。あとはアイツらがきっちりやり遂げるさ」

 

 その信頼はどこから来るのか。見れば、宝具もどきをブッ放したのがだいぶ負担だったのか、いつもの飄々とした様子と違って相当しんどそうな表情をしている。……そうだな。ここまで来たら、あとはもう残りの連中の奮闘に期待するくらいしか出来ねぇか。

 

 俺たちは、ただその場ですべての結果を見届けることにした。

 せっかくなので、再びクー・フーリンの視界を借りて録画モードになりながら。

 時刻は[23:58]。

 それから、多くのことが起こった。

 

 

 

 まず最初に、()()()()が空の彼方からやってきた。

 

【GAAAAAAAALAAAAAHHHHHHHAAAAAAAAAAADDDDD!!】

 

 意味不明な叫びを撒き散らしながら、飛行機か戦闘機みたいなものが突っ込んでくる。あれは……

 

「ランスロットだな。いや、ヒデェ目にあわされたぜ。ったく、ブリテンの騎士ってのはどいつもこいつも」

 

 クー・フーリンが隣でぼやく。

 どういう経緯でランスロットが戦闘機に乗っているのかはしらんが、ミサイルと銃弾をバラ撒きながらランスロット機──ゲーム的な正式名称は【ランスロット[航空騎兵(エアキャバルリー)]】というらしい──は一直線にファヴニールへと突っ込んでいき……

 

 KRAAAAA---TOOOM!

 

 特攻したァ!? ……あ、いや、真っ黒いフルプレートアーマーが爆発の中から飛び出してきた。再び意味不明な絶叫を上げながら手にした長い棒のような武器でファヴニールを殴り始める。

 あれが狂戦士(バーサーカー)ランスロットか……すげぇな、なんか。

 直接やりあったクー・フーリンは何やら思うところがあるようだが、特に戦う機会もなかった俺は因縁もないので素直に感心するばかりだ。

  

 

 

 続いて、『それ』が空の上から降ってきた。

 クー・フーリンの目を得ている俺ですら一瞬『それ』が何であるのかわからなかったが、とにかく天上から降り注ぐ黒々とした巨大な質量のカタマリが、突貫したランスロット機の爆炎に苦悶するファヴニールの全身を強く打ち据えた。

 

「GRRRAAAA!?」

 

 ファヴニールの巨体がふらつき、落下し始める。その間、『それ』は絶え間なく降り注ぎ続けていた。

 俺はようやく、『それ』がひとつの巨大な質量体ではなく、無数の『矢』によって構成された『矢の雨』であったことに気づく。あまりに高密度に降り注いだその雨は、もはや矢の雨というより矢の滝、矢の洪水とでもいうべきものだったのだ。

 

(ケモミミ……!)

 

 俺は周囲に意識を向けながら、数時間前にこの場を去ったはずのアーチャーの姿を探そうとした。……だが、どこにも見つけることはできなかった。

 

『私は私の好きにさせてもらう。────復讐も服従も、もうたくさんだ』

 

 彼女が去り際に告げた言葉を思い出す。ケモミミは、きっともうこの戦いになど関わりたくはなかったのだろう。

 しかしそれでも、彼女はこの瞬間に最も必要な形で助太刀をしてくれた。その善意を、俺はありがたく思った。

 

 

 

 そしてランスロットとケモミミが作り出した好機を、リツカは逃さなかった。

 

「清姫っ! 宝具を頼む!!」

 

 矢の洪水が止むと同時に、宝具展開を続けるマシュさんへと駆け寄りながらもうひとりの契約サーヴァントの名を叫ぶ。その右手の令呪が一際強く輝いた。マシュさんの盾はまだファヴニールの炎を防ぎ続けている。複数サーヴァントによる宝具の同時発動だと……!? 俺には逆立ちしても到達できない領域へリツカは既に到っていたらしい。いつの間にかリツカの直ぐ側に寄ってきていた清姫の身体が、ファヴニールの炎のような青い輪郭をまとって大きく膨らみ始める。

 

安珍様(マスター)のお望みとあらば……。──どうかご照覧あれ、【転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)】!」

 

 爆発的な勢いで巨大化した清姫の身体が形を変え、長く太く伸びていく。安珍清姫伝説において、怒れる清姫は龍に姿を変えたという。その伝説が、今ここに再現されているかのようだった。

 

【やっと──やっとお役に立てるときが来ましたわ! この清姫の活躍、しかとご覧くださいまし!】

 

 ファヴニールと同じくらいの巨体と化した清姫が、その全身をファヴニールに絡みつけながら言う。活躍も何も、わりと特異点(ステージ)とおして大暴れしていた気がするんだが。これ以上活躍されたら清姫狂信者(きよひースレ)の連中はどうなってしまうのか。

 

「GGGGRR……ッ!!!」

 

 清姫バインドによって全身の動きを封じられたファヴニールが、ついに地上に落ちる。

 口から吐き出す炎がやっと止み、宝具展開を止めたマシュさんも精魂尽きたように脱力した。いや、すぐに起き上がった。さっきのランスロットといい今のマシュさんといい、すごいガッツだ。

 魔力切れでダラダラ観戦モードに入っている俺は無責任に感心するばかりである。地面に落としてしまえばもう怖いものはないな!

 

 

 が、そんなことはなかった。ファヴニールは相当に諦めが悪いらしい。

 清姫ドラゴンに全身拘束されながら、なおもジタバタともがいている。そのジタバタのひとつひとつが常人では立っていられないレベルの地響きを引き起こすので、ジークフリートさん転んだりしてないかしらと心配していると、そんな俺よりよほど気遣いのできるサーヴァントたちが援護に入った。

 

「ジークフリート、今こそ勇敢に進むときです! 必ずや全てが上手くいくでしょう!」

 

 聖女ジャンヌが旗を振りかざしながら高々と声を張り上げ、聖ゲオルギウスとともにファヴニールの足掻きを抑え込みにかかった。サンソンさんとランスロット、ライネスのランサー、それにマリー王妃とお付きの音楽家もそこに加わって、最後の総攻撃を掛けていく。

 

 

 

 ──そしてついに、ジークフリートさんがファヴニールのもとへと辿り着いた。

 

「GUUUUAAAAAA──ッ!!!!」

 

 その姿を認めてか、最後の抵抗とばかりにファヴニールはその頭を可能な限り天高く持ち上げようとする。

 かつて一度はジークフリートさんによって討伐された身だ、こちらの狙いに既に気づいているのだろう。

 清姫ドラゴンの龍体に幾重にも巻き付かれて動きを封じられてはいるが、それでも持ち前の巨体は変わることがない。高層ビルみたいな高さへ挑まんとするジークフリートさんは、しかし一切のためらいなく走り込む勢いのまま全身を(たわ)め──弾かれたように跳び上がった。

 

「うおおおおおおおッッッッ!」

 

 雄叫びが俺たちのもとまで届いてくる。視界にアナウンスが走った……!

 

 【霊基再臨】

 

 次の瞬間、遠目に見えるジークフリートさんの全身が金色の光をまとう。

 それだけじゃない。ジークフリートさんの頭から竜の角のようなものが生え、尻尾が生え、そして背中からは──翼が生えた!

 

「ファヴニール! すまないなどと言うつもりはないぞ──必殺させてもらう!」

 

 ファヴニールと同じ黒い竜の翼を大きく羽ばたかせ、ジークフリートさんは矢のように飛んでいく。ファヴニールの頭部はもう目前だ!

 行けっ! ジークフリートさん! 行けェーーーッ!!!

 

「GUUUUUuuuuuuーーー!!」

 

「邪悪なる竜は失墜し、世界はいま落陽に至る──邪竜、滅ぶべし!」

 

 ジークフリートさんは宝具詠唱をしながら右手を大きく振りかぶり──

 

「【幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)】ッッッ!!!」

 

 ファヴニールの眼球に突き刺さった魔剣バルムンクの柄尻に、全力の拳を叩き込んだ。

 剣身から凄まじい光が溢れ出し──

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 

 ファヴニールの頭を、首を、胴を、邪竜の全身をバルムンクの魔光が貫いた。

 

 

 時刻は0:00。

 戦いの日々は終わり、そして新たな一日が始まった。

 




次回、第一章エピローグ


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1-27

>>> [1/3] 取り戻された明日(みらい)への第一歩

 

 

[AM 0:00]

 

 ぐらり、とファヴニールの巨体が揺らいだ。

 力を失った全身が大地に向かって崩れ落ちるようにゆっくりと倒れていく。

 

【MISSION CLEAR!】

【討伐ミッションを達成しました】

【達成報酬──】

 

 ミッション達成のアナウンスを見て、ようやく本当にあの邪竜を倒したのだと実感した。

 長く苦しい戦いだった──いや、その大半を牢屋で寝て過ごしてた気もするが。

 

「上出来だったぜ、マスター。お疲れさん。だが……ハァ、まだ一つ目の特異点だってのにこのザマだ。先が思いやられるったらねぇな……」

 

 クー・フーリンがドサリと地面に寝っ転がる。宝具もどきを使ったことによる消耗が回復していないのか、心底しんどそうな様子なので何も言わないことにした。

 

「ジークフリートさん!」

 

 リツカの叫び声が聞こえる。視界共有が切れたせいで遠目の暗がりに薄ぼんやりと見える視界の中、ファヴニールの頭部から脱力した様子の人影が落ちてくる。魔剣に穿たれた眼窩から吹き出す、大量の血液に押し流されて。

 ……ジークフリートさん!? 力尽きたのか!?

 

『私が行こう』

 

 軒並み体力の限界を迎えているサーヴァントたちと、上を見上げてわたわたしているプレイヤー。その中で最初に動いたのはカナメ氏だった。

 スッと群衆を抜け出し、あっという間に落下地点へとたどり着く。プレイヤー特有の馬鹿力で落ちてくるジークフリートさんを見事受け止め──

 

『あっ』

 

 滝のように流れ落ちるファヴニールの血液にベシャリと押しつぶされた。

 

 ジ、ジークフリートさーーーん!

 

 

 

 

>>> [2/3] ラスト・エリザベート・スタンディング

 

 邪竜の断末魔は、特異点の隅々まで響き渡るかのようだった。

 その恐ろしい(とどろ)きを、エリザベートは人気のない廃村の中で聞いていた。

 

「グッ……」

 

 手にした槍の穂先は、白髪を血で赤く染めた女の胸元を貫いている。この特異点で女吸血鬼(カーミラ)を名乗り、竜の魔女に(くみ)していた血の伯爵夫人エリザベート・バートリーの心臓を。

 

「ずいぶん手こずらせてくれたけど、勝負あったわね」

 

 結局ファヴニールとの戦いには間に合わなかったが、きっとゲオルギウスたちが奮戦したのだろう。観客のいない戦い(ライブ)は寂しいけれど、結果的に敵を倒せたならいいじゃないとエリザベートは思う。

 

 その槍の柄を、カーミラの血濡れた手が力なく掴む。その震える口元が、はっきりと歪むのが見て取れた。

 

「……馬鹿な娘。聖騎士(ゲオルギウス)にしたがって民衆の味方ごっこをしてみたところで、結局貴女は(わたし)と同じ【エリザベート・バートリー】でしかないというのに」

 

 そう言って咳き込むように血を吐くカーミラを、エリザベートは強く睨んだ。

 

「確かにアンタは未来の(アタシ)なんでしょうけどね。あいにく今の(アタシ)は自分の罪からも本性からも目を背けるつもりはないの。(アタシ)(アタシ)のやりたいようにやる。だからゲオルギウスやプレイヤー(ブタ共)とは一緒に戦ったし、ヴラド三世(おじさま)と敵対もした。悪人と組んで悪役やってただけのアンタと同類扱いされるのは御免だわ」

 

 吐き捨てるようなエリザベートの言葉を、カーミラは侮蔑の嘲笑で受け止める。

 

「……本当に救いようがない愚かな娘。(わたし)と貴女を同じ穴のムジナたらしめているのは、どちらの陣営に加わったかなどという異同ではないわ。民草の命より希望より己の欲望を優先しようとする性根の卑しさこそが、エリザベート・バートリーのエリザベート・バートリーたる所以(ゆえん)。貴女が、この特異点において人々の命を脅かす最大の脅威ファヴニールを止めることより、この誰もいない廃村で(わたし)を殺すことを優先したように」

 

 看過できない物言いだった。エリザベートは語気荒く言い返す。

 

「ハァ!? 何いってんの!? アンタが自分から(アタシ)に絡んできたんでしょ!!」

 

「ええ、そうよ。そのとおりだわ。正義の味方ヅラした貴女をのうのうと生かしておくなんて、とても許せなかったもの」

 

「じゃあ……」

 

「けれど、あのとき聖騎士ゲオルギウスは先にファヴニールを止めることを提案しようとした。それを蹴ったのは他でもない貴女でしょう?」

 

「だって……そんなの、アンタが受け入れるわけないじゃない!」

 

「受け入れたわよ」

 

「ハァ!?」

 

 混乱しているエリザベートにカーミラは淡々と告げる。

 

「私が望んだのは、ただ一切の邪魔立てが入らない貴女との殺し合い。ゲオルギウスはそれを認める条件として、ファヴニールの合同討伐を提案しようとした。つまり、あの場でファヴニール討伐を優先させることについて互いの利害は相反していなかった。であれば当然、考慮の余地はあったでしょうね」

 

「ふざけないで……!」

 

「ふざけてなんかいないわ。……それに案外、さっき貴女が悪人呼ばわりした魔女側のサーヴァントもファヴニール討伐には協力したんじゃないかしら。なにせ魔女の狂化はあのとき既に解けていたのだし」

 

「……ッ!」

 

 エリザベートは反論しようとしたが、うまい言葉を見つけることが出来なかった。

 不条理なイチャモンをつけられているという不快感がある。だが同時に、カーミラが殺し合いを望んだとき、それを止めようとしたゲオルギウスを遮るように戦いを受け入れたのも事実だった。

 あの場で足止めが必要だと思ったのは間違いない。けれど、この女との決着を欲する感情がなかったと言えば……それは嘘になる。

 

「まあ、私にも言う資格のある話ではないのだけれど。それを言うなら、最初からファヴニール討伐への協力を条件に貴女との殺し合いを申し出ればよかっただけの話なのだから」

 

「……なんでそうしなかったのよ」

 

 エリザベートは怒りを押し殺すように問う。

 カーミラの身体を構成している霊基が崩壊し、金色の魔力となって宙に消え始めた。

 カーミラは自嘲するように答えた。

 

「なぜって、さっきも言ったでしょう。私は血の伯爵夫人エリザベート・バートリー。民草の命より希望より己の欲望の充足を優先した女。人の血をすすり生きる女吸血鬼(カーミラ)。ファヴニールの犠牲になる民衆などより、心底気に食わない小娘を殺すことを優先しただけよ……」

 

 それがカーミラの最期の言葉になった。

 彼女の身体を構成する全てが黄金の魔力の塵となり、オルレアンの空気に散りゆくように消滅した。

 

 

 

 そうして、エリザベートただ一人が残された。

 

 

 

 見渡す限り無人の大地は、どこまでも見通しが良いはずなのに、なぜか暗い監獄に囚われているような感覚を思い起こさせる。

 

「……」

 

 ブルリと身震いする。気分が悪い、とエリザベートは思った。

 

 今更リヨンに向かう気にはなれなかった。あんな話を聞かされた以上、どんな面を下げてブタ共の前に出ればいいのか。

 (アタシ)はアイドルなのに。いやアイドルだからこそ、イメージを崩すような真似はできないのだ。エリザベート・バートリーは歌って踊れて戦闘まで出来る三刀流のアイドルなのだから。それがイメージ戦略というやつだろう。

 

 

「……イメージ戦略?」

 

 しかしその瞬間、ふと思いついた言葉がエリザベートにひらめきを与えた気がした。イメージ戦略。そのために大切なのは、売り出したいイメージを繰り返し伝えること……。

 

 ひらめきがひらめきを生む。エリザベートの誇るエリザ頭脳(ブレイン)に連想の火花が走り…………そしてナイスアイデアを生み出した!

 

「『売り出したいイメージを繰り返し伝える』! そうよ、それだわ! 今回は最後にちょっとケチついちゃったけど、だったらもう一回やり直せばいいじゃない!」

 

 エリザ(アイ)が爛々と輝き、エリザ小鼻(ノーズ)が興奮に膨らむ。

 

プレイヤー(ブタ共)が言ってたわ……特異点は全部で7つあるって! だから次の特異点でも(アタシ)が出ていって、今度こそ最初から最後まできっちり活躍すれば、誰にも文句言われる筋合いなんて無いわよね!」

 

 たしか事情通のブタから聞いたはずだけど、次の特異点ってどこだったかしら……? そう呟きながら、エリザベートはエリザポケットに収めていたエリザノートを取り出した。彼女のアイドル営業スケジュールがちみつに記された、汗と涙と悲しみのシャイニングアイドルロードを記録する秘密の手帳である。

 

「ええっと、次は……第二特異点ローマ、西暦60年! ……って、うっそ! この時代、アレじゃない! 『生』ネロの時代よね!?」

 

 先ほどまでのシリアスは既に雲散霧消し、エリザベートの興奮は止まることがない。

 

「しょうがないわねぇ。どうせこの特異点みたいに国ごとメチャクチャになってるんでしょ? この(アタシ)が行って助けてやろうじゃないの!」

 

 そうと決まれば話は早いとばかり、エリザベートはこの特異点からひと足早く退場することにした。ライブ前に会場を下見しておくのはアイドルとして当然の(たしな)みだ。

 

「……だけど、特異点ひとつだけじゃ物足りないかもしれないわ。どうせ次の特異点で(アタシ)の活躍を見たプレイヤー(ブタ共)は120%アンコール希望するだろうから、おまけでもう一特異点予約入れとこうかしら。どうせならアイドル感ある場所がいいわよね、やっぱアメリカ? うーん、要検討! 都合三回も助けてやったらプレイヤー(ブタ共)も泣いて喜ぶでしょ。『何度も助けてくれて誇らしくないんですか?』ってね! それで今回のやらかしは全部チャラ! ()()()()()()やり返す……倍返しよ!」

 

 ウキウキと浮かれるエリザベートの全身が、先ほどのカーミラ同様黄金の粒子となって宙に溶けていく。

 挽回の機会を一度ではなく二度にしようとした思惑の裏には、無意識のうちに「自分」と「未来の自分(カーミラ)」のやらかしをそれぞれ取り返したいという願いがあったのかもしれない。だがエリザベートはエリザベートなので特にそんなことは考えていないかもしれない。

 

 いずれにせよ、エリザベートは再びプレイヤーたちの前に現れるだろう。

 彼女と彼らの戦いは続く。To be continued...

 

 

 

>>> [3/3] 語り継ぐもの

 

 

 時刻は深夜1時。

 ファヴニールを討伐した俺たちは半死半生で血溜まりから這い出してきたジークフリートさんを救急搬送し、そしてあっという間に一時間が経っていた(カナメ氏は邪竜の血に沈んだまま死んでいたので放置した)。

 

 

 町並みは依然として無数の篝火に照らされ、昼のように明るい。

 だが先刻までとは違い、道を行き交うのは武装した兵士ではなく羽目を外した酔漢で、飛び交うのはウォークライではなく呑めや歌えやの狂騒だ。

 ランスロットとサンソンさん、そしてファヴニール。立て続けの夜襲で中断されたリヨン解放の宴が、すべての元凶を打ち倒したことで戦勝と終戦の宴に名を変えて再開されていた。

 

 宴に入り交じるプレイヤーの姿は、決戦の時よりずいぶん増えているように思われる。最前線に出張ってくるほどの気概を持たなかった連中も、お祝いイベント開催中となれば覗きに来たりもするのだろう。

 

 俺は完全に出遅れていた。

 単純に宴へ参加できなかったという意味でも、宴会ムードに今ひとつノリきれていないテンションという意味でも。

 

 

 

 クー・フーリンと二人、喧騒から遠く離れた裏路地を歩いている。

 さっきの治療所からの帰りだった。一連の迎撃戦が終わったこともあり、改めて魔女ジャンヌをカルデアに回収すべく、マシュさんが召喚サークル設置と転送作業を実施することになっていた。それを見届けての帰り道である。

 

 結局、彼女は最後まで目を覚まさなかっった。

 カルデアに送られた後、彼女がどういう扱いを受けるのかはわからない。

 

 聖女ジャンヌは作業の様子を一度だけ見に来て、特に何を言うでもなく宴の喧騒の中に戻っていった。それすらマシュさんの仕事の傍ら、魔女のベッドの横でひたすら辛気臭い懊悩にふけっていたジル・ド・レェ──サーヴァントではない、現地の「生」ジル・ド・レェの方だ──を連れ戻すのが主目的という印象だった。

 

 他に同席したのは、聖ゲオルギウス。俺にとってははじめましての聖騎士様だが、そもそも彼は魔女と直接やり合っていないし、文字通り敵の首魁程度の認識しか持っていなかっただろう。同席を申し出たのも、おそらく転送作業中に彼女が目を覚ましたときのための保険だったのではなかろうか。

 

 宝具解放後に力尽きたジークフリートさんは、無理がたたって再びベッド送りになっている。サンソンさんは彼の容態を心配してか、そちらの付き添いを選んでいた。

 

 マリー・アントワネット王妃と音楽家のふたりは戦闘終了後からサンソンさんを探していたようだが、まだ見つけられていないらしい。少なくとも俺は、サンソンさんから彼女らに居場所を言うなと口止めされているので教えるつもりもない。というかデオンさんからも一連の顛末について口止めされているので、二重に会いにくいのであった。

 ……というのもマリー王妃、デオンさんやサンソンさんが心酔するのも(むべ)なるかなというレベルのキラキラオーラを放っているので、万一エンカウントして話をせがまれたら俺はペラペラ吐いてしまいそうな予感がある。どうせ特異点を通して大した接点があったわけでもなし、義理を優先して彼女らを敬して遠ざけるのが賢明というやつなんだろう。ロイヤル美人王妃様とお話できないのは極めて残念なことだけど。

 

 リツカと清姫は黙々とマシュさんの作業を見守り、それから三人一緒に宴会の場へと戻っていった。

 勝利を喜びたい気持ちもあったろうに一連の作業中口数少なかったのは、まあ大部分が超絶ダウナーな雰囲気を醸し出していた生ジル・ド・レェの存在によるものだろうが、同じくテンション低めだった俺への配慮もあったんだろう。いまさら言うまでもないことだが、リツカは気配りの達人だ。それがリアルでもゲームでも、人間相手でもNPC相手でも、一切の変わりなく。

 だからリツカの気遣いには後で礼を言わなきゃなとは思うものの、かと言って今から宴会に参加して話をしようという気分にもならない。

 

 ……そうだな。

 結局の所──俺は、誰もまともに魔女ジャンヌのことを心配していなかったのが、なんだか気に入らないんだろう。

 

 いや、仕方のない話だとは理解している。

 この特異点で魔女とまともに会話した中で生き残っているのは、聖女ジャンヌとサンソンさん、そして俺くらいしかいない。ケモミミも一応そうだが、結局行方不明のままだし数に入れなくて良いだろう。そして聖女ジャンヌとサンソンさんから見れば、贋作の魔女ジャンヌは明確に敵なのだった。

 

 ……もちろん、俺にとっても魔女は敵だった。それはそうだ。俺はプレイヤーだからな。

 だが直接彼女と話をして、生まれの事情を知り、全ての黒幕たるジル・ド・レェの憎悪と最期を聞き届けた身としては……そしてデオンさんに何やら後のことを託されたらしい身としては、どうしても感傷的になる気持ちがある。

 そもそもジャンヌ・ダルクに限った話じゃないが、聖女扱いされるような優れた人間が容易に手の平を返され魔女呼ばわりされがちであることに、俺はわりとモヤモヤしたものを抱えている。いつだったか同じ話をした気もするけどさ。そういう意味では贋作の魔女ジャンヌは聖女の裏返しとかそういう類いの存在ではなかったんだけど、だったら魔女に同情の余地がないのかと言われれば、そうではないはずだと思いたい。

 

 そういう言語化しにくい感傷を他の誰とも、リツカとすら共有できないというのがどうにも歯がゆく、この宴会ムードの中でテンションを上げきれずに裏道をぶらついている理由なんだろう。

 クー・フーリンには付き合わせて悪いと思っているが、しかしそっちはそっちで宝具もどきを使ってからというもの気怠(かったる)そうな様子を隠そうともしないので、やはり宴会ムードというノリでもないのであった。

 

 

 

 そういうわけで、何をするでもなく無言のまま、無人の裏路地をダラダラと歩いている。

 お互いリヨンの街に土地勘などあるわけもないので、場当たり的に道を選んでいると、突然ふっと視界がひらけた。

 

 路地を抜けた先は、見晴らしのいい高台になっていた。

 眼下に並ぶ篝火に照らされて、たくさんの人々が行き来し宴を楽しんでいるのが俯瞰できる。

 思わず足を止めてしばらくその光景に見入っていると、不意に背後から声がした。

 

「──ああ、ここにいたのですね」

 

 振り返った俺の目に、夜風に揺れる金の髪が映り込む。月明かりに照らされ佇んでいる姿が、なにかとても神聖な存在のように感じられた。

 

「……聖女様?」

 

 俺の問いかけとも言えない言葉に、聖女ジャンヌはただ「ええ、ジャンヌです」とだけ答えた。

 そのまま俺の隣まで歩いてきて、街を見下ろす。俺はドギマギした。ええっと……宴の主役がこんなところにいてよろしいので?

 

「抜け出してきてしまいました。ふふ、今頃探しているかもしれませんね」

 

 そう言って微笑む。俺は状況に追いつけていない。半ば思考停止に陥った挙げ句、とりあえず適当な相槌を打ちながらスクショを激写している。下界の篝火がなんかエモい感じの夜景効果を生み出しており、上質なイベントスチルが瞬く間に量産されていく。

 そのまま数十秒、いや数分だったかもしれないが、聖女は無言のまま街の灯りとお祭り騒ぎを見つめていた。

 彼女には彼女なりの感傷があるということだろうか。そっとしておこう。しかしそれはそれで間が持たないのでクー・フーリンに目で助けを求めたが、あの野郎いつの間にか霊体化して消えていた。お前、それで気を利かせたつもりなら大間違いだぞ……!

 ひとり取り残された俺が良い感じにムードを壊さない話題を探していると、彼女が真面目な表情をつくってこちらに向き直った。改まった口調で言う。

 

「カルデアの方々から話を聞いて、貴方にきちんとお礼を言っておきたいと思いました。ジル・ド・レェと魔女の凶行を止めてくださったこと、心から感謝いたします」

 

 真面目な表情もお美しい。連写。

  ……ではなく。実際のところジル・ド・レェと魔女を止めたのは俺ではないので、そこを感謝されても据わりが悪い。だが聖女様はその辺の事情を全くご存じないわけで、本来その言葉を受け取るべきデオンさんがいなくなってしまった以上、この場は代わりに受け取っておくしかないのだろうか。

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいです。ただ俺が止めたと言うよりは、色んな人たちの思いや事情が噛み合った結果ああいうことになったわけでして……」

 

 葛藤の結果、斜めに受け流すことにした。どっちつかずで一番悪いアクションだった気がする。なまじVRとしてのリアリティを追求したためか『FGO』の会話には選択肢という概念が存在しないので、コミュ力次第じゃ突き抜けて駄目な回答が出来てしまう。いや、駄目だったということすらわからないと言うべきか。NPCからの好感度は実際存在するんだろうが、それの増減が視覚化されていないのだ。

 とりあえず受け流したボールを相手に渡すことにしよう。お礼くらいならあの治療所で言ってくれて良かったんですよ?

 

「それは……」

 

 彼女は言いよどんだ。そして、やや気まずそうに告げる。

 

「お礼はもちろんですが、こうして貴方をお尋ねした理由は他にもあります。つまり……私は知りたいのです。ジャンヌ・ダルクを名乗ったあの竜の魔女が、本当は何者だったのか。なぜこのような災禍を引き起こしたのか。多くの命が失われたこの戦いの真実を。もし貴方がご存知ならば、オルレアンで貴方が見聞きした全ての事実と真相をお聞かせいただけないでしょうか」

 

 なるほどね……。

 彼女の頼みは、俺にとっても都合の良い話ではあるだろう。やはり事の次第はきちんと正しておかないと、今後さっきの聖女様スクショを見るたび罪の意識に襲われそうなので。それに、魔女とその扱いに対するモヤモヤを吐き出せる良い機会なのかもしれなかった。

 俺は腹をくくった。ファヴニールが死んだからといって、まだイベントは終わっていないのだ。ここで彼女に俺の知るすべてを伝えて初めて、この特異点で語られるべき物語が終わるのかもしれない。

 

 俺は手始めに、彼女へ先程の感謝の言葉が向けられるべき本当の相手を教えることにする。つまりはデオンさんの名を。マリー王妃には言うなと口止めされてるが、聖女様にも話すなとは……言われてないよな? たしか。

 

「……シュヴァリエ・デオン。あの方が……」

 

 案の定、彼女はその名を聞いてずいぶん驚いたようだった。お互い敵だったわけだし、無理もないか。

 

「……やはり私は何も知らなかったのですね。あの治療所で事の次第をお聞きしなかったのは、貴方が語る真相を衆目の前で平静に受け止める自信がなかったからなのです。あの場では、私はまだ戦い疲れた兵たちの『ラ・ピュセル』として振る舞う必要がありましたから」

 

 そう言って、申し訳無さそうに薄く笑む。俺はすかさず速写した。

 というか、これもイベントなんだから録画でいいな。スクリーンショット機能を録画モードに切り替える。オルレアン特異点の総括みたいな話になるだろうし、他のプレイヤー連中にもいずれ共有してやろう。また盛大に燃えそうな気もするが……。まあ、そういうことはそのときになったら考えればいいだろう。

 

 ……さて、それじゃあ何をどこから話そうか。

 思い悩む。俺はあのオルレアンで起きた一連の出来事の聞き手であったが、これからその語り手として振る舞わねばならない。いや、事の発端は俺が魔女を相手に(かた)りをしたことだったかもしれないが、その辺はうまい感じに流すとしよう。

 

 見下ろす街明かりの中、小さな人影があちこちで踊っている。祝勝の宴もたけなわというところか。音楽家のサーヴァントがフランス兵たちの指揮を取って楽しげに楽器を演奏させている。そのすぐそばでは、遠目にも目立って見えるほど巨大な帽子をかぶったマリー・アントワネット王妃が、片腕を吊った男と踊っていた。サンソンさんは結局逃げ切れなかったらしい。きっと死ぬほど気まずいだろうが、それも一つの結末ではあるのだろう。

 

 考えをまとめて、いざ口を開こうとしたその瞬間。

 ふと、自分がこんな夜を何度も過ごしてきたような錯覚に襲われた。……現実に思い当たるような記憶はないので、やはり錯覚なのだろうが。あるいはそういう夢でも見たことがあるのかもしれない。

 

 いずれにせよ、夜は語り部の時間だ。

 千夜一夜物語(シェヘラザード)の時代よりずっとずっと昔から、人類は夜ごとに焚火(たきび)を囲み、物語を語り継いできた。

 

 時刻は深夜2時、草木も眠る丑三つ時というやつか。

 俺は語り始める。長い夜になりそうだ。

 

 

 

 

【Order Complete】

 

【定礎復元】

 

 

 

 

 

 

 

新エリア:第二特異点【セプテム】が開放されました。

 

 




あとがきは活動報告に。

なお次回より幕間です。
オレルアン編で触れられなかったあれこれや各種設定など。


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幕間の物語「それぞれの『FGO』①」

1-12(後)でボツっていた、ディルムッド召喚後のライネスたちの裏話。またの名をsettei回。



> [1/1] それぞれの『FGO』:ライネス・エルメロイ・アーチゾルデの場合。

 

 

 カルデア所長を務めるオルガマリー・アニムスフィアの執務室は、時計塔の一員らしい魔術師然とした内装の部屋だった。

 決して派手ではないが、値札を付けさせたら義兄(あに)さえ卒倒するだろう調度品の数々。無論、家系としては新参もいいところの義兄の家(ベルベット)と、長い歳月を継代し血を重ねてきたアニムスフィアでは家格からして比較にならぬのだが……ライネスにとっては伯父ケイネス在りし日のエルメロイを思わせる、どこか懐かしい貴種の棲家(すみか)だった。

 

「……それで、平行世界ですって? 正直勘弁してほしいわね」

 

 部屋の奥に据えられた執務机から、顔も上げずにオルガマリーが言った。その両手は、机へ山積みされた資料を取ってはバラバラとめくり、手元の紙に何事か書き記しては山に戻すという作業を続けている。先日、ライネスの英霊召喚を多忙で欠席したというのは事実のようだった。

 

 そこからやや離れた応接ソファに座って顔を突き合わせているのは、ライネスと彼女のサーヴァント【ディルムッド・オディナ】、そして義兄でありクランリーダーでもあるエルメロイII世にエジソンという面々だ。実に男臭い。

 

「しかし疑う理由は存在しない。……もっとも、特異点環境下における英霊の振る舞いなど、我々にとっては前例もなく判断しようのない話ではあるが」

 

 義兄が応えると、ライネスの傍らに座するディルムッドの視線がやや(うつむ)いた。ライネスにとっては馴染み深い視野が戻ってくる。

 ライネスは現在、サーヴァントとして契約を交わした使い魔、つまりディルムッドの視界を共有することで外界を認識している。彼女自身の目は、「自分の顔を見ないでほしい」というディルムッドの頼みもあって未だ眼帯の奥である。しかしあまり身長が高くないライネスにとって、180 cmを軽く越える背丈のディルムッドの視界はどうにも違和感が拭えないものだった。

 

「別に信じないわけじゃないわ。ただ、こっちはもう特異点の修復だけでとっくに手一杯なの。なんで人類を庇護するはずの英霊が、よりにもよって人理定礎の破壊なんかに手を貸しているのかしら。それも一騎や二騎じゃない、どうせ他の特異点も同じような有様なんだろうし……はあ。そこへ更に第二(ゼルレッチ)の領分まで関わってくるですって? ホント、頭が痛いわよ……」

 

 そう。実際、頭の痛い話ではあるのだ。全く別の可能性世界の話など。

 

 ディルムッドの語る「彼が知るエルメロイ」は、確かにエルメロイの一員であるライネスにとっても信用できるだけの記述を含んでいた。仮にディルムッドを信用しないとすれば、可及的速やかに彼へそれらの情報を与えた(リークした)存在を明らかにし、断固とした対応を取らねばならないほどの、秘匿されるべき記述を。

 

 が、しかしだ。

 

 あくまで彼が語ったのは、この世界とは異なる「聖杯戦争が過去に何度も行われている」平行世界の出来事だ。

 その一つに参加した伯父ケイネスと、婚約者だったというソフィアリ家の令嬢ソラウ。サーヴァントとして召喚されたディルムッド……その3人が迎えた、無惨な敗北についての過去がたり。

 

 言うまでもないことだが、ケイネス・エルメロイとて無敵の超人ではない。切った張ったの現場では手傷も負うだろうし、死ぬことだってあるだろう。その相手が人外の超常(サーヴァント)であるなら尚更だ。ゆえに問題は、その敗北への過程でディルムッドが魔術師という存在に対して致命的な不信感を抱いてしまったことにある。

 一応、人理修復というカルデアの目的や召喚者ライネスに対しては一定の理解を示してくれているものの、わだかまった不信感がいずれろくでもない結末に至るだろうことは、ディルムッドの語る別世界のケイネスの末路からして明らかなことだった。

 

(……まあ、正直私としてはライダーのサーヴァント【イスカンダル】のマスターだったウェイバー・ベルベットという少年の話の方が気になるのだけどね)

 

 ディルムッドは、彼の敵の一人だったというウェイバー少年の未来像が目の前に座っていることには気づいていないようである。実際、今の義兄には十代の頃の面影なんて深く刻まれた眉間の皺くらいしか残っていないのだから、仕方のない話ではあるだろうか。

 むしろ、その話を聞いてからの義兄の態度の方が不審極まりない。どうやら我が義兄は、よその可能性世界においてもケイネス・エルメロイ・アーチボルトという男に対して不義理を働く定めにあるようだった。動揺もむべなるかな。

 その義兄が、ゴホンと咳払いをして白々しくも語りだす。

 

「とにかく──ランサー、ディルムッド・オディナ。我々が、召喚に応じた英霊に対して契約に基づき協力を要請する立場であることは変わりない。マスターとサーヴァントという違いはあれど、互いに協働してこの人類未曾有の危機に立ち向かってくれるとありがたいのだが」

 

「ロード・エルメロイ。その言葉が確かならば、貴方は信頼に足る見識をお持ちのようだが……」

 

「……II世だ。II世をつけてくれ」

 

 ほら。義兄の言葉にディルムッドが意外そうな顔をしているぞ。そして義兄は義兄で変なアピールをしなくていいというのに。正体がバレたらいかにもややこしいことになりそうで、実に面白そうな状況である。

 と、義兄は苦り切った表情を隠しもせぬままライネスを見た。当然ライネスは、愉悦にニヤつく内心を露ほども見せない理想的令嬢の面持ちである。義兄は溜息を吐いた。

 

「ともかく。ともかくだ……今、私の話はいいだろう。問題はレディ、君だ。君はディルムッドとの連携確認を兼ねてしばらくカルデアに滞在するべきだ。彼の魔貌によるプレイヤーへの精神汚染問題については、回避策が有効機能することが確認できたので正式実装を待つだけだが、特異点に乗り込むには互いの信頼関係が浅すぎるからな」

 

「それは最初からそうする気でいたが。私のレベル上げもあるしね」

 

「ならば構わないが……」

 

 そう。ディルムッドとの信頼関係構築と並ぶもうひとつの目下の問題。それは、ライネスを構成する霊基体……つまりゲームアバターのレベル上げだ。

 プレイヤーのレベルとは、カルデアが各アバターに供給する魔力量が数値として示されたものである。敵を倒しミッションをクリアすることで経験値が貯まっていく。それはすなわち、カルデアの人理修復により多くの貢献を果たしたプレイヤーに、優先的に魔力リソースを割り振っていくという仕組みに他ならない。

 

 魔術師であるライネスとしては、選りすぐりのプレイヤーだけを優遇し魔力を融通してやれば良いのではないかという気もするのだが、カルデアはそのような選択肢を取るつもりはないらしい。あくまで「ゲーム」としての体裁を保った環境を、プレイヤーに提供し続けるつもりのようだった。

 

(それでも、変えざるを得ないところは多々あるようだが……)

 

 ライネスが知るだけでも、いくつか面倒臭そうな仕様変更が行われている。

 その一つがレベル上げに関する手続きで、特異点でいくら経験値を貯めても、それをアバターのレベルとして反映できるのはカルデアゲートに戻ってからの話になるのだ。現地でレベルを上げることが不可能な仕組みになっていた。

 義兄に言わせれば、レベルを上げるのに特定の場所や施設への訪問手続きが必要というのは一部のゲームで時折みられるシステムとの話だが、プレイヤーにしてみれば余計な手間が掛かる事この上ない。実際、どうしてこんなやり方を採用しているのか……?

 

「それは実に良い質問だ、ライネス君!」

 

 おっと、うっかり疑問を口に出したらディレクターのエジソン氏が反応してしまった。ライネスが言葉を返す暇もなく、獅子頭の彼の両肩のランプが激しく輝くと、部屋の壁に白い画面が投影される。どうやら投影装置(プロジェクター)としての機能があるらしい。正直あれは何の飾りなのかと思っていたのだが、そういえば彼は発明家であると同時に実業家でもあるのだったなと、今更ながらに思い出させられた。

 

「それについては私から説明しよう。ここに担当のロマニ君がいれば良かったのだが、彼は今、制御系のシステム開発に呼び出されていてね。私同様、多忙の身ということだな……フハハ、労働はいいぞ諸君!」

 

「はあ」

 

「とはいえ、レベル上げが控えている君にここで時間を取らせるのもなんだから簡単にいくとしよう。ざっくり、結論から言うならば……現地でレベルを上げられない仕様を導入した意義とは、カルデアから君たちの観測と修正をしやすくするためだということになる」

 

 エジソンは嬉々として語り出し、アニムスフィアは自分の仕事は終わったとばかり資料の山に埋没し始めた。ディルムッドが主人(ライネス)の代わりに壁のスライドを見てくれてはいるが、特段興味はなさそうである。どうするんだこれ。

 

「特異点に下ろされた君たちのアバターは、いわば時代の異物である。つまり、常に観測され証明され続けていなければ、存在が揺らぎ、変質あるいは消失する危険があると言えるだろう。マスターの数が数人程度ならばスタッフが手作業で観測や証明を行うのもアリだろうが、流石に万単位の対象を個別に観測することは不可能だ」

 

「……つまり、代替手段が存在すると?」

 

「その通り! 人の手が足りぬならば機械を以って補えば良い。それこそが人の叡智、システムの存在意義というものだ。『FGO』のゲーム開発にあたり、そのためのシステムを我々は組み上げた」

 

 パチン、とエジソンが指を鳴らすと、壁のスライドに「U字」に似たカーブが表示される。

 その谷底には小さな円球が描かれていた。

 

「この円球が示すのが、君たちの観測データだと思ってほしい。特異点におけるプレイヤーの観測データは常に揺らぎ、変動し続けている。放置すれば重大な意味的変質を招き、最悪、消失(ロスト)もありうることだろう」

 

 エジソンの言葉に合わせて、円球が左右に揺れる。

 

「しかし、特異点における観測データを『本来の君たち』の元データと照合しそれ以外のブレを雑音(ノイズ)として弾くことで、特異点でも変質を免れることが可能になった。それが我々の観測および証明の第一工程だ。これを、機械でもって代行させる」

 

 揺れ動く円球は、やがて谷底でその動きを停止した。

 

「谷底に当たるのが『本来の君たち』を示すデータだ。

 現在このカルデアでは、常に円球のブレ、すなわち観測の変動を取り除き、この谷底に限りなく近いデータを出力できるようなシステムが構築されている。いわば、霊子演算装置を用いた機械学習といったところか」

 

「失礼、お尋ねしたいのだが」

 

「どうぞ」

 

 義兄が軽く手を上げ、エジソンが応じる。

 

「私は機械学習の分野は全くの専門外で、素人質問になってしまって申し訳ないのだが……要するに、雑音除去自己符号化器(デノイジング・オートエンコーダ)のようなものが実装されていると考えてよいのだろうか?」

 

 ……同じ素人であるはずのライネスに理解できない質問を、本当に素人質問と呼んでいいのだろうか?

 

「ううむ……そうだな。ノイズ混じりの入力からノイズを除去するという意味では、似たようなことをしていると言っていい。ただ次元を削減したいのではなく、実際しているわけでもないので、きちんとYes/Noで答えるのは難しいということはご理解いただきたい。正直に言えば、おそらくプレイヤーの精神が現実の肉体と切り離された時点で、情報の削減が発生することは避けえないものになっている。それでも我々は、可能な限りアバターの変質がプレイヤー本来の精神に影響しないよう保存することを目指しているし、そのための技術だと考えている。一応フォローさせてもらうが、現場の運用にあたってはこれに加えて鏡の魔術や二重存在現象などを利用することで、多少の観測のゆらぎについては安全マージンが取れるレベルまで証明精度を上げている……しかし最終的には、人の手でチェックしなければならないことも多い。どうにも厄介な問題だな」

 

 エジソンの回答も、何を言っているのかさっぱり分からなかった。

 

「……」

 

「他に何か質問は?」

 

 エジソンが問いかける。質問以前に、せめて話のバックグラウンドを理解できるように説明してほしい。どうしたものかと思案するライネスの横で、義兄が再び手を挙げる。

 

「大変興味深いお話だったと思う。つまり我々のアバター、いわば特異点における肉体は常に可能な限り同じ状態を保つようリアルタイムで修復され続けているという理解でよろしいだろうか? ……ああ、なるほど。生体機能でいうところの恒常性(ホメオスタシス)の維持を再現しているのか。負の(ネガティブ)フィードバックを。それで、レベルアップが出来ないような仕組みになっている」

 

 何がなるほどだ。だが、エジソンは我が意を得たりとばかりに大きく頷く。

 

「その通り! レベルアップとは、アバターを強化するために加える修正だ。しかし、それもまた変化であることには変わりない。すなわち、カルデアのシステムから見れば、レベルアップによる強化自体が修復すべきノイズとして認識されてしまうのだ。ゆえにレベルアップは特異点の外で行う必要があり、カルデアの計算機にレベルアップ後の状態を学習させるため、しばらくの滞在時間が必要となっている」

 

 …………。な、なるほど? 何となく……意味はわかったような気がする。気がするだけだが。

 

 だが、そこで再びの沈黙。エジソンは更に追加の質問を待っているような素振りを見せているが……。

 いや、本当にどうするんだこれ。ライネスからすれば、いま聞きたいことは特にない。学問肌とは縁のないディルムッドに至っては尚更だ。ディルムッドから送られてくる視界が、エジソンのスライドから彼の手元の槍にちらちらと移りかけていた。完全に、目の前の講義より自分の槍に巻きつけてある布の結び目の締まり具合の方が気になっている。

 

 しかし現代魔術科のトップは伊達ではない。義兄は、この状況でまたもや手を挙げた。

 ライネスは内心で安堵する。流石だ義兄よ。さすあにだ。

 

「現代科学を下敷きにした魔術の融合。霊的な因子を用いた機械学習……まさに現代魔術というべき、見事な成果だ。しかし、それを実現するためには相当な規模の計算資源が必要になるのでは?」

 

「おお! 良い質問だ。それは実際、かなり深刻な問題であった! その問題の解決にあたったのも私であるが、現状としてはカルデアに提供された疑似霊子演算機(トリスメギストス)を解析し、私のスキル【大量生産】を用いて増産したものを運用することで補っている状況だ。やはりオリジナルのコピーは難しく、量産型は様々な点でダウングレードせざるをえなかったが……。無論、電力問題はエジソン印の特製発電機と特製電源装置で解決済みである!」

 

 そして再び始まる、現代魔術師と発明王による一対一の質疑応答。

 完全に周囲のことは置いてけぼりの気配である。

 

「……ああ、前々から聞こうと思っていたのですけど。どうせ電気で動くものなら、妙な装置を使わずコンセントみたいな一般用配線から電源を取っても良いんじゃないの? 技術部門は貴方に任せているから予算の範囲で使う分には問題ありませんが、正直金額が馬鹿にならないのよね」

 

「いや、そうもいかんのだよ。これはいつもの直流交流や商用電源の話だけでなく、複数の事情があってだな。つまり……」

 

 更に紙面へ没頭していたはずのアニムスフィアが二人の議論に興味を示し、質疑応答は終わる気配がない。ライネスはディルムッドを促し席を立った。このままここにいても仕方ないだろう。

 と、アニムスフィアの机に置かれた資料の山に目が止まる。現在抜き出されているのは、『黄金伝説』『ペロー童話集』『In a Glass Darkly』。

 それはサーヴァントになった英霊たちの記録と思しき資料群だった。対応するのは、聖女マルタと聖ゲオルギウス、青ひげ(ジル・ド・レェ)……カーミラ?

 

「カーミラが現界しているのか?」

 

 ライネスが呟いた問いに、エジソンと議論する口を休めてオルガマリーが答えた。

 

「リハ……いえ、投獄中のプレイヤーが聞き出したのよ。尋問を担当しているみたい。もっとも向こうも隠す気はないみたいだし、本当にカーミラなのかどうかは疑わしいけれど……」

 

 カーミラ。アイルランドの作家シェリダン・レ・ファニュの作品に現れる女吸血鬼であるが……拷問を得意とするらしいオルレアンの女サーヴァントとは印象が少し異なる。拷問室に置かれているという『鉄の処女(アイアンメイデン)』はむしろ血の伯爵夫人エリザベート・バートリーを彷彿とさせるが、そちらは既に少女期のエリザベートが存在を確認されていた。

 

「あの少年も大変だな。空を飛んだかと思えば牢屋に閉じ込められた挙句、二重スパイの真似事をさせられるなど。カルデアの関係者というわけではないんだろう?」

 

「そうね。悪いとは思っているのだけど……。カルデアに協力してくれてはいるのよ。ただ、どうも人間関係がややこしいというか。ロマニをやたらと怖がってるし」

 

 オルガマリー曰く、カルデア職員でもあるマシュ・キリエライトおよびそのマスター・リツカを介したカルデア側への積極的な取り込みには、彼のサーヴァントであるクー・フーリンが難色を示しているらしい。オルレアン地下牢から出獄できる目処が立たないため、カルデアからレイシフト適性プレイヤーへの状況説明会にも欠席する見込みだという。もっとも、カルデアに召喚されたクー・フーリンを通してある程度の事情は把握しているだろうが。

 

「クー・フーリンは、『彼』を導師(ドルイド)として導くのが今の自分の仕事だ、とか言いだしてね」

 

 ……なるほど、そういう主従関係もあるのか。

 ディルムッドと同じ神話体系の出身であるからいずれ引き合わせたいとは思っていたが、サーヴァントとマスターの関係という意味でも見るべきところはありそうだ。

 

 それに、そうだ。見るべきところと言えば。

 

「そういえば、先のファヴニールからの撤退戦におけるリツカの座標特定は見事だった。流石は天体科のアニムスフィアと言ったところか。仕込んでいたというマーカー、あれは星座かい?」

 

「ええ、そうよ。個々人に別々の星座を意味するマーカーを割り振れば個人を特定出来るようになるし、観測者(カルデア)被観測体(プレイヤー)という関係性を構築しやすくなるわ──それにこうでもしないと、プレイヤーなんてちょっと目を離した隙にフラフラ何処へ行くのか分かったものじゃないんだから」

 

 オルガマリーは何の気負いもなさそうな様子でそう答えた。

 その様子を、ライネスは怪訝に思う。

 今オルガマリーが語ったマーカーの正体は、天体魔術というものの仰々しさからすると、識者ならば笑ってしまうほどに卑近な小技である。自分がオルガマリーの立場だったとして、そんなせせこましい魔術の使い方をプライドが許すだろうか?

 

 いや、『自分なら』大丈夫だろうという自覚はある。なぜならそうした小技は、他ならぬライネスの義兄もまた得意とするところであるからだ。魔術師としての実力不足ゆえにか、義兄は良くも悪くも(なり)振り構わぬ魔術行使をすることがある。そしてライネスは、そんな義兄の姿も決して嫌いではない。

 

 では、何がオルガマリーにそのような『形振り構わなさ』を許させるのだろう?

 

 彼女の個人的事情に立ち入る気などありはしないが。

 おそらくそこには、この『FGO』というゲームが大きく関わっているのだろうと察せられて。

 

 人理焼却という未曾有の危機の中で()けることも折れることも許されない立場のオルガマリーは、それでも今、彼女なりに幸せなのかもしれないと……。

 

 少しだけ、微笑ましい気持ちになったのだった。

 




(機械学習については作者も素人知識丸出しの付け焼き刃なので、変なこと言ってたらすみません。)


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幕間の物語「それぞれの『FGO』②」

ぜんぜん言及できていなかった教会サイドの話。settei回その2というか解説回。
ファヴニールからの撤退戦のあと、まだ主人公が牢屋の中にいた頃の話です。


> [1/1] それぞれの『FGO』:クラン【チェンジ・ゼア・マスト】の場合。

 

 

 数日ぶりに降り立つフランスの空気は、青空の下でカラリと乾いていた。

 目下この国を襲う戦乱の喧騒も、今このとき彼女が立っている地点からはまだ遠い。戦いの前線は、プレイヤーの尽力によって押し上げられていた。

 

 

『戦局は優勢であり、現在の予想では九月末までに第一特異点の修復を完了する見込み──』

 

 

 彼女……クラン【チェンジ・ゼア・マスト(Change Their Mast)】所属プレイヤーの一人であるタチバナは、先刻まで自身が出席していた会合のことを思い出す。

 

 驚くほど広いブリーフィングルームに集められた今回の『事件』の関係者たちと、『責任者』として場を仕切るカルデアの魔術師ども。巨大なスクリーンに映し出されたフィニス・カルデアの仰々しい紋章。登壇するのは時計塔の君主(ロード)格といっていい立場の二人に、本物の英霊(トーマス・エジソン)

 タチバナにとって、それはおそらく一生に一度遭遇するかしないかという規模の大事件であると思われた。そして言うまでもなく、叶うことなら一生遭遇したくない(たぐ)いの災難でもあった。

 

 ともあれ、【ファーストオーダー】イベントからの混乱の中で山のように繰り返されてきたプレイヤーの問い合わせをのらりくらりと(かわ)して続けてきたカルデアが、やっと用意した弁明の場である。

 タチバナもまた、当事者たるプレイヤーの一員として……そして何より現実世界においては【第八秘蹟会】に所属する聖堂教会エージェントの一人として、彼らの招集に応じない理由などあるはずもなかった。彼女たちの所属するゲーム内クラン【チェンジ・ゼア・マスト(Change Their Mast)】そのものが、教会の一会派【第八秘蹟会(Eighth Sacrament)】の隠れ蓑であるからして。「奴らの帆柱を変えろ」という意味不明なセンスのアナグラムだけは正直どうかと思うが。

 

 さて、カルデアが主催した(くだん)の会合は、それはもう散々に大荒れの展開となったが──当然だ、そうならないほうがおかしい──当初の予定閉会時刻を大幅に超過しつつも、ひとまずは解散と相成った。今のタチバナは、一日がかりの『出張』から帰る途上である。

 カルデアから伝えられた現状は信じがたいほどに酷いものだった。率直に言って、めまいがする。拠点にたどり着いたら、報告書など後回しにしてさっさと仮眠を取りたいと、ただそればかりを考えていた。

 

【新着メッセージはありません】

 

 システムメニューから、メッセージウィンドウを開く。自分の視界そのものにシステム画面を重ねて投影される感覚は、未だに慣れるものではない。ヒトとして何か大切なものを侵されている気分になるからだ。

 ……まあ、それを言うなら、今の彼女の身体そのものが造り物の贋作(アバター)であるのだが。

 視線でメッセージ一覧をスクロールさせ、目当てのものを探し出す。既に何度か目を通していたそれを、再度確認のために開いた。

 

 

---------------

From:ヒナ

To:タチバナ

Title:拠点移動しました

 

タチバナさん

 

カルデアへの出張、お疲れ様です。向こうの様子はどうでしたか?

タチバナさんがいない間にクラン拠点を移動しました(座標を添付しますね)。

周辺に多数の魔物が確認されていますので、お気をつけてお戻りください。

 

ヒナ

---------------

 

 

 カルデア滞在中に届いた、後輩からメッセージだ。自分がカルデアへ出向いている間に、クランの拠点を移したらしい。添付された座標を見れば、オルレアンに向けて押し上げられた戦いの前線を追いかける形での移動のようだった。

 

 カルデアの戦況報告を待つまでもなく、現地の状況については彼女も十二分に把握している。

 現在の戦いの焦点は南東のリヨン攻防戦と西のオルレアン攻略軍だ。教会の人間として聖ゲオルギウスに率いられた西軍へ合流したい気持ちはあるが、自クランと彼らの間の距離を考えればかなり微妙なところであった。

 

「……ああ。ここね」

 

 そんなことを考えながら、ようやく目的のクランハウスに辿り着く。無人の民家を転用したと思しき、小さな小屋だった。

 後輩たちプレイヤーを新たな住人として収めているだろう木製の簡素な扉を叩くその前に、タチバナは一度瞑目してその家に住んでいただろう元住人たちの冥福を祈る。

 

 ──それは不死者やワイバーンのような魔物によるものか、黒死病の如き疫病の犠牲になったのか。あるいは野盗や傭兵崩れの襲撃を受けたのかもしれないが。とにかく、この時代はタチバナらの生きる21世紀と比べてあまりにも死が身近にありすぎた。

 

 扉を叩くとすぐにガチャリと錠を外す音がして、軋み音を立てながら扉が開いた。自分の帰りを待ってくれていたらしい十代後半くらいの少女が、タチバナへ笑いかけてくる。ややくすんだ色の金髪がふわりと揺れた。

 

「おかえりなさい、タチバナさん」

 

「ええ。あなたもお疲れ様、ヒナ」

 

 タチバナは言いながら室内へと入り、黒スーツのネクタイを緩めた。

 魔術礼装【ロイヤルブランド】。

 教会に属する身としては、魔術協会(カルデア)がこの衣装に埋め込んだプリセット式の魔術を使おうという気など毛頭ない。露出が少なく比較的フォーマルに運用できる外見の服装である、というポイントのみにおいて選択された礼装だ。

 肩まで黒髪を伸ばした容姿のタチバナが着ると喪服じみた全身黒一色になってしまうのが、どうにも落ち着かないところではあるが。

 

「他の連中は?」

 

 手近な椅子を引き寄せて座る。

 

「外に出てますよ。私は留守番兼お出迎え役として残ったんです」

 

 そう言いながら、ヒナが紅茶を淹れて差し出した。

 添えられた角砂糖瓶から3個まとめて放り込む。口をつけると、脳に糖が染み渡るような気がして落ち着いた。

 

「ふぅ……」

 

 思わず、息が漏れる。ヒナが苦笑した。

 

「その様子だと、相当ろくでもない話を聞かされてきたみたいですね」

 

「そう。そうなのよ……」

 

 タチバナは愚痴ることにした。どうせ、今日中には彼女自身からクラン全体に共有することになる情報である。多少順番が前後したところで問題はあるまい。……仮に問題があったとして、それを咎められる者などもう誰もいないのだ。

 

 つらつらと話していく。

 

 アニムスフィア家とカルデアによって進められてきた人理継続の観測と、『Fate/Grand ONLINE』プロジェクト。

 

 観測された未来の消失。

 

 発動された【ファースト・オーダー】。事情を知らぬまま調査に協力させられるプレイヤーたち。

 

 そして明らかになった真実【人理焼却】。過去改ざんによる未来の消滅。

 

 残されたのは、カルデア運営本部と当該時刻にログインしていたプレイヤーのみ。

 

 未来を取り戻すために課せられた『人理修復』の対象たる七つの特異点の第一こそが、このオルレアンであること──

 

 

「……うっわぁ。……ええ、それ、本当なんですか……?」

 

 ヒナがどう反応していいか分からない、といった顔で尋ね返す。タチバナは極めて真面目な表情を作ってうなずいた。現実と同じコーカソイド顔貌のヒナのアバターが、険しく眉根を寄せる。

 

「完全に代行者案件じゃないですか」

 

「より正確には【埋葬機関】案件だと言うべきね」

 

「え! ……もしかして、プレイヤーの中に『いる』んですか?」

 

 ヒナの顔がぱぁっと輝いた。

 

 埋葬機関。お伽噺の英雄じみた(あるいは怪物じみた)、端的に言えば天災のような存在の集まりだ。教会の裏の顔、異端審問の剣とでも言うべき存在ではあるが……。

 職務柄、異端と関わることの多い第八秘蹟会に属する彼女らであるから存在こそ(非公式に)知ってはいるものの、平時ならば関わりたくもないし本来なら知るべきですらないというのがタチバナの正直な見解だった。

 

「いないわよ」

 

 ヒナの顔がずどんと落胆に染まった。まあ、その規格外の存在からして、一介のエージェントに過ぎぬタチバナが知らないだけという可能性はありうる。とはいえ、仮に()()がいたとして、ゲーム内アバターの身では本来のスペックを発揮することも出来なかろうが。いや、違うか。むしろ、こんな状況でこそ役に立ってもらわなければ、何のための秘匿機関だという話ではある……。

 

「まあ、魔術協会の連中が中心になって対処するでしょう。どちらも若手とはいえ、時計塔のロード格が二人いるってのはそう悪くない状況ではあるわ。不幸中の幸いね」

 

「ロード、ですか……」

 

 ヒナは疑問符を浮かべたような顔をした。

 まだ第八秘蹟会のエージェントとして経歴が浅い彼女は、時計塔についてもあまり詳しくない。

 一口にロード格と言っても、かのバルトメロイのように「戦闘能力」において強大な魔術師もいれば、今のエルメロイのように「人脈」が能力の半ばを占めると揶揄される者もいる。この『ゲーム』に戦力としてカウントできる前者が参戦していないことを、タチバナはあえてヒナに告げようとは思わなかった。現状でそんな情報を共有しても、彼女に要らぬ心労を増すだけだ。

 

「現状報告は以上! よって、我々の任務はぁー……彼ら魔術協会と協調行動を取りつつー、各人が己の職責を十全に遂行することとぉ、愚考するものであるぅー……」

 

 間延びした声でタチバナは言った。やる気ゲージは既にゼロに近い。がぶりとカップに残った紅茶を飲み干し、席を立つ。仮眠に費やせる時間は一時間が限度だろう。入眠前のカフェイン摂取はゲームアバターにも影響するのだろうかと、ちらりと思う。

 

「あ、カルデアから渡された資料の整理、こっちでやっておきますか?」

 

 ヒナが言った。正直ありがたい申し出だ。タチバナは先刻出席した説明会で配布された電子データを彼女に送信する。

 

「鍵かかってますけど」

 

「ああ、そうだった。パスは『Lev11:7』で」

 

「ありがとうございます!

 ええっと。Levなら『レビ記』で、11章7節だから──

 

【豚、これは、ひずめが分かれており、ひずめが全く切れているけれども、反芻(はんすう)することをしないから、あなたがたには汚れたものである】。

 

 あ、開きましたね。……何ですか、このパス? もしかして夕ご飯のリクエストとかだったりします?」

 

 もう献立決めちゃったんですが、とどこか申し訳無さそうに告げるヒナ。

 

「適当よ、適当」

 

 ひらひらと手を振る。大きなあくびがでた。

 

「ベッド借りるわね。一時間で起きなかったら声かけて」

 

「はーい」

 

 応えるヒナは、先程までタチバナが座っていた椅子に腰掛け、資料を読み出している。

 

「これ、よく考えたらアレですね~。ネットの都市伝説の……『CK-クラス:再構築シナリオ』ってやつ。過去改変で人類滅亡ってまさにそれじゃないですか」

 

 話が良くない方に飛びそうだ。さっさと寝てしまおう。「おやすみなさい」タチバナはヒナに振り返ることなく、そのまま寝室につながる扉を閉めた。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

「……で、何なのよこれ」

 

 寝室の隅には、等身大のヴィーナスの青銅像が置かれていた。非常に美しく精巧な像ではあるが、扉の隙間から漏れ込む光の加減か、表情が妙に邪悪に見える。粗末な木の小屋との不協和音が凄まじい。加えて、それが置かれた一角だけが近づけないよう鎖で封鎖されていた。

 

 タチバナは眠気を堪えながらシステムメニューを呼び出し、自身が留守にしている間の報告書を検索した。

 

(……あった)

 

 独特の形式で書かれた報告書を流し見たところ、これはオルレアン特異点内のイールという町で不審な現地人の集団が地面に埋めているところを発見されたものらしい。ローマ時代に作られたと思われるその像は、埋めていた者たちの証言によれば『呪いの女神像』であるとのことで、近くにいた【チェンジ・ゼア・マスト(第八秘蹟会)】のプレイヤー(エージェント)によって回収され現在に至るという。

 現在までの調査において物質的構成・神秘的組成ともに異常は見られないものの、「動くヴィーナス像」型のオブジェクトは古代ギリシャ時代のものを含め複数確認されている。この女神像がその一つである可能性は否定できず、保管の是非を含めて継続的観察が必要とのことだった。

 

「そんな厄介なモノ、寝室に置かないでよ……」

 

 収納スペースがないのは理解するが、それの横で眠る身にもなってほしい。収容が確立できていない異端遺物など、いつ爆発するかわからない爆弾に等しいものだ。たとえ爆発する機構が存在しなくとも、安易に放置などすれば想像だにしなかった方法で吹き飛ばされることになる。

 

 しかしまったく、人類存亡の危機だと言うのに仕事熱心なエージェントもいたものだ。こういった物品の『回収と管理』こそが、聖堂教会の特務機関・第八秘蹟会の任務なのは事実だが……。

 

 我らが会派のお偉方、曰く。

 

 世に、主よりもたらされし七つの恵みあり。

 しかして世の陰に、正しき教えに背く第八の恵みあり。

 これを第八秘蹟と称し──その異端を、人々の健やかなる営みから隔絶する。

 

 あるいは。

 

 確保(Secure)収容(Contain)保護(Protect)

 

 ヒナがつい先ほど口にした、インターネット上の創作サイトにおける架空団体『SCP財団』が掲げる活動理念だ。そんな都市伝説じみたフィクションと奇妙に類似した組織が教会内部に実在するのは、偶然の一致か、あるいは『SCP財団』そのものが何らかのカバーストーリーの一端なのか。

 末端エージェントであるタチバナには知る由もないことではあるが、ともあれ、代行者ですらない彼女たちがこの『人理焼却』などというろくでもない事態の中で出来ることと言えば、本来の職務を粛々と遂行するくらいのことだった。非常時にあって統制が取れていないのは協会も教会も同様ということか。

 

「SCP、ねぇ……。私も昔はよく読んでたけどさあ……」

 

 特に()()()()していた中学時代、14歳の頃の忌まわしい記憶が蘇りそうになる。あの頃の自分は真剣にどうかしていた。何が奈落の悪鬼だ。何が黒き翼の堕天使だ。うああああ……。

 

「……寝よ」

 

 ベッドに潜り込む。貴重な仮眠の時間を無為に消費してしまった。

 マットレスに沈んでいくような眠気が、こちらをじっと見つめている女神像の視線さえ今はどうでも良いものに思わせる。

 

 彼女が深い眠りの底に落ちるまで、さほど時間はかからなかった。

 




『FGO』におけるひとつの日常。
本来は1-14で出てきたデオンさんからのメッセージ解説のための挿話でした。
そのうち1-14の後ろに移動するかもしれません。

ちなみにデオンさんが遺した『John1224』は『ヨハネによる福音書 12章24節』を意味し、
【よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。】
となります(訳文はwww.word.project.orgから引用)。主人公視点で言及できるのはいつになるやら。


以下解説など。長いのでSCP興味ない方は読み飛ばしていいよ!


◆第八秘蹟会
 聖堂協会の特務機関。聖遺物の回収・管理を任務としており、冬木の聖杯戦争で言峰神父が監督役を務めていたのはそのためである。
 原作まわりに登場する関係者としては、言峰ファミリー(璃正/綺礼/シロウ)やエドモンの復讐関係者など。彼らをプレイヤー側で出すわけにもいかなかったので、似たようなお仕事をしている方々をモデルにご登場いただきました。

◆タチバナ
 聖堂教会関係者の両親のもとに生まれた彼女は、14歳の頃、自分が超常的『異能』の力に目覚めたことを表明した。彼女の口述に含まれる『魔法』『堕天使』『前世』などの語は聖堂教会の教義において重大な問題になりうると判断されたため、彼女は教会の監視下に置かれることとなる。
 しかし1年後、15歳の誕生日を迎えた数日後に彼女は突如『異能』を失ったと告白。以降、当時の状況について尋ねられるたび著しい精神的苦痛の症状を示すようになったという。

 現在は教会エージェントとして活動中。
 ちなみに彼女が『異能』に目覚めていた頃、とある『死徒』に関する記述を含む複数の異端関連資料が流出する事件が発生した。
 それを偶然見てしまった彼女は、しかし資料に記された死徒への恐怖に強い耐性を示すばかりか、「これってSCPのパクリですか?」などとコメントしたそうな。その胆力が今も評価されているとかいないとか。


◆ヒナ

「――――初めに言っておくとね、僕は魔法使いなんだ」

 第八秘蹟会に所属する、タチバナの後輩にあたる女性。
 かつて、とある大火災によって孤児となった彼女は、「魔法使い」を自称する一人の男性に引き取られたという記録だけを残して以降の消息を絶つ。
 そして十数年後。一人の少女が『身元不明のコスプレイヤー』として教会に保護された。
 時代錯誤なドレスと極めて精巧な造りの杖を身に着けた彼女は、自身が「王国の王女」であり「魔法使い」であることを主張。教会は魔術協会へ連絡をとり、少女の素性の解明を試みるが……

 ──そこに神秘など存在しなかった。
 
 かつて「魔法使い」を名乗った彼女の育て親は、ただ──

 "Mein Leben war sinnlos(我が生涯に意味はなく)"

 ──ただ「魔法の国の王女様」として育てられた純粋な子供の、世界の「真実」を知って絶望する顔を見て愉悦したかっただけだったのだ。
 
 現在、彼女は第八秘蹟会が用意した現実復帰プログラムを完了し、同会派のエージェント任務に従事している。


元ネタ:
「F■■eのパクリじゃないんですかこれ?」でお馴染み(?)SCP-014-JP-J『奈落の悪鬼、黒き翼の堕天使アイスヴァイン』ちゃんの成人モードと、SCP版トゥルーマン・ショーことSCP-014-JP-EX『君のその顔が見たくて』。
なお邪悪な女神像は特にSCPとは関係ありません(こちらの出典はP・メリメ『イールのヴィーナス』)。


以下、今更ながらのライセンス表記等。

本作は『Fate/Grand Order』の二次創作であり、『Fate/Grand Order 二次創作に関するガイドライン』に基づきます。

ただし本ページから登場する『タチバナ』『ヒナ』に関する記述につきましては、下記の『SCP財団』コンテンツを引用しており、それらは『クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 3.0 ライセンス(CC BY-SA 3.0)』の下に提供されるものです(http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/deed.ja)。

"SCP-014-JP-J" 奈落の悪鬼、黒き翼の堕天使アイスヴァイン by tokage-otoko
http://ja.scp-wiki.net/scp-014-jp-j

"SCP-014-JP-EX" 君のその顔が見たくて by hannyahara
http://ja.scp-wiki.net/scp-014-jp-ex

右近の橘、左近の桜 by kyougoku08
http://ja.scp-wiki.net/tachibana-cherry-princes

SCP-014-JP-Jとエージェント・カナヘビのlol漫画 by (ドラゴン)アキツキ
https://www.pixiv.net/artworks/47088531


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幕間の物語「限定破戒領域 トレーニングルーム」

 【トレーニングルーム】。かの地には『FGO』世界の悪徳が住まうという……。

 

 

>>> [1/3] 悪徳の地へ

 

 

「武器を見に行かないか?」

 

 ふとした思いつきにクランメンバーを誘ってみると案の定乗ってきたので、一緒に買い物をすることにした。

 

 第一特異点修復完了(クリア)から第二特異点の正式開放までの間、一週間の準備期間が宣言されていた。もちろん運営(カルデア)による運営(カルデア)のための準備期間だ。

 

 むしろ前線組のプレイヤーたちはオルレアンで『24』ごっこを見事こなした結果、その激動の一日から一週間のバカンスに叩き込まれた反動で暇を持て余している。

 別に俺たちだって手ぐすね引いて待ってるわけじゃあないんだが、一般にゲームプレイヤーってのはイベントを求めるものだ。ソシャゲだって、一線級のタイトルなら一週間も二週間もイベントが無い虚無期間を続けることは許されない。

 

「うーん……なんて言えばいいのか分からないけど、『イベント』って意味ならリリース一年半イベント無かったわけだし今更じゃない?」

 

 集合場所に5分早くやってきたリツカが微妙に歯切れの悪いフォローを入れる。その三歩後ろには当然のように清姫が付き従っていた。現地NPCだったはずなのに、オルレアン修復(クリア)後に黄金の粒子となって消えた他の連中とは違い、なぜか一人カルデア居残りをキメた系女子である。どういうことなの……?

 詳しい経緯を聞きたい気持ちはあったが、同時に無遠慮な立ち入りを避けたいという倫理的配慮が俺にもあった。これから行く地獄の【トレーニングルーム】に住まう倫理観欠如プレイヤー共とは違ってな……!

 

「眠ィ」

 

 一方うちの同行者(クー・フーリン)は大あくびをかましている。こちらはファヴニールとの決戦で宝具もどきの極限投槍術を使用した反動からまだ回復していない。別段具合が悪そうとかそういうことはないのだが、いまや一日に発する言葉の半分は「眠ィ」か「(だり)ィ」のどちらかだった。これがパワプロなら【さぼり癖】でも取得したのかと疑うところだぞ。

 

「おまたせしましたー」

 

「うわっ、お前らも使い魔連れてきたのかよ。そうならそうと事前に言っとけよ」

 

 おっと。セオさんに連れられて、開口一番苦情を言いつつウチのリーダーがやってきた。

 使い魔ワイバーンの姿が今日は見当たらない。聞けば、邪魔になるから留守番させてきたとのことだった。だがセオさんはシャドウエミヤを連れている。つまりウチのメンバーで真にぼっちなのはリーダーだけ……俺はニヤニヤした。あっ痛! いきなり殴るのは反則! 反則です!

 

「うるさい、平クラン員風情がリーダーの僕に口答えするんじゃない! メンツ揃ったんだからさっさと行くぞ!」

 

 一番最後にやってきたリーダーがそう言って先頭を進み、俺たちはダラダラとその後ろに従った。当然といえば当然だが運営で忙しいだろうオルガは不参加だ。同じく運営サイドのマシュさんも。リツカの隣にマシュさんがいないの、相当久しぶりじゃない?

 ともあれリーダーの言う通り、今日のメンツは全て揃った。クラン【ワカメ王国】、いざ出陣である。

 

 

 

 

 ……というわけで、やってきました【トレーニングルーム】。

 

 特異点へのアクセス同様、カルデアゲートからひとっ飛びのファストトラベルな旅路である。

 

 【トレーニングルーム】は『FGO』内に存在する特殊エリアのひとつだ。ルームと名前がついてはいるが、実際には街ひとつ分くらいの面積がある。そしてこのエリアに定住することを選んだプレイヤーたちによって、事実上の街みたいな集落が形成されているのであった。個人的には物騒すぎてあまり住みたくないエリアだが、逆に惹かれる人間というのもそれなりの数いるらしい。

 

 広く幅を取られた目抜き通りを歩く。目抜き通りと呼ばれるだけあって多くのプレイヤーたちでごった返している。道の両脇には屋台が立ち並び、生産系のプレイヤーたちが作成したらしい品々が売りに出されていた。武器防具のように分かりやすいゲームアイテム的な商品はむしろ少なく、衣装や装身具(アクセサリー)、食べ物などの嗜好品を扱う店が多いようだ。特異点で報酬獲得してきた前線組を狙ってか、売り子たちは道行くプレイヤーに精力的にセールストークを仕掛けている。総じて縁日か何かのような盛況ぶりだった。

 

 まあ、それも治安の良い目抜き通りであればこその話だが。

 

 目指す武器屋まではしばらく距離があった。公共交通機関など存在しない『FGO』において召喚サークル(アクセスポイント)からの距離は客入りに直結するため、より商売っ気の強い連中ほど「駅近」ならぬ「召喚サークル近」を選ぶ傾向が見られる。これから行く店はそうではないということだろう。

 

「大通りを外れるぞ」

 

 先行するリーダーがそう言って抜剣する。俺とリツカもそれに続いた。

 非戦闘職のセオさんを囲むように隊列を組んで横道に入れば、あっという間に人の気配はなくなってしまう。

 

「……いえ、()()()

 

 何を見てそう判断したのか、セオさんが断言するように警告する。昔から状況分析能力に定評のあるセオさんが言うからにはそうなのだろう。俺にはさっぱり分からないが……。

 そのままいくつかの路地を曲がったところで、また景色が変わった。

 廃材のような障害物が道のあちこちに積まれており、見通しが利かない。道の両脇に立ち並ぶ建物は全て二階建て以上かつ高く屋根がせり出しており、もし誰かが上に潜んでいても見つけられないような構造になっていた。

 

「へぇ。カルデアの連中は過保護だとばかり思ってたが、こういうのもアリなんだな」

 

 退屈そうにしていたクー・フーリンの表情が獰猛に変わり、口元がニヤついた。奴とのカルデアへの見解の相違については後々話し合わねばなるまいが。

 

「しかし待ち伏せにしちゃあ、隠れ方がお粗末だぜ」

 

 そう言って足元に落ちていた小石を拾うと、それを少し先に積まれた廃材の山に投げつける。

 案の定誰かが潜んでいたらしく、高い悲鳴が上がった。

 

「ぐぁッ!?」

「馬鹿! うかつに顔出すから気づかれたじゃないか!」

「チッ、もういい! 潜伏やめやめ! 全員囲んで袋にするぞ!」

「オーッ!」

 

 結構な数が徒党を組んで待ち伏せしていたらしく、廃材の影やら通り過ぎたはずの建物の裏口やら屋根上やらからゾロゾロとガラの悪い身なりのプレイヤーたちが現れた。俺たちを完全に包囲する布陣だ。

 先ほど小石が直撃したらしく鼻血を流しているプレイヤーが、得物のナイフを引き抜いてペロリと刃をなめる。

 

「へへっ、驚いたか? ココは俺たち【バックストリート・バンディッツ】の縄張りよ。生きて帰りたかったら有り金まとめて置いてきな」

 

 強盗クランか。キヒヒ、ゲヒヒ、エヒヒと口々に下品な笑い声を立てるプレイヤーたちは、この【トレーニングルーム】を最高にエンジョイしている面々なのだろう。

 

 もうお分かりだと思うが……特殊エリア【トレーニングルーム】とは、要するにプレイヤーに課せられた禁止アクションが限定解除されている領域だ。殺しあり、盗みあり、更には多少のおさわりすら免除されることがあるときく。俗に言うPvPエリア、あるいはPKエリアということになるだろうか。この地に足を踏み入れることは無法地帯に入り込むことであり、弱者は強者と悪者に食われる定めである。戦わなければ生き残れない。

 

 しかし残念ながら、サーヴァントを有する俺たちは相対的に見て弱者ではないのであった。

 

「清姫、みねうちでいいよ!」

 

「炎でみねうちとは……()()()()()()()ということでしょうか?」

 

「それ死んじゃう、死んじゃうから!」

 

 リツカと清姫が漫才しながら前方の敵に突っ込んでいく。マシュさんを欠いてなお安心して見ていられる連携だ。俺とクー・フーリンは屋根上から打ち込まれる矢の対処に当たる。背後に回り込んだ連中はリーダーに任せておけば何とかなるだろう。

 

(ゴッド)ワカメか! 大物首、もらいうける!」

 

「ワカメは僕とは関係ない只のクラン名だ! 勝手なアダ名つけやがって、だからココ来るの嫌なんだよ!」

 

 ランサークラスと思しき槍使いの攻撃を捌きながらリーダーが文句を言う。

 その隙を突いて屋上から飛び降りてきたアサシンっぽいプレイヤーを、黒い矢が貫いた。シャドウエミヤの援護射撃だ。

 

「……」

 

 影一色のアーチャーは無言で次の矢をつがえている。ところでシャドウエミヤの矢って矢にしては妙にでかいというか、そのまま柄の部分を握って使える便利武器なのは意外と知られていない。

 リーダーが撃ち落とされたアサシンから影の矢を引き抜き、疑似二刀流状態になった。

 

 なぜかリーダーは以前からエミヤの矢の扱いが抜群に上手く、大量のワイバーンなんかを相手取る集団戦だと次々に撃ち込まれるエミヤの矢を引き抜いては剣代わりにして使い捨て、また引き抜いては即座に使い捨てる無限武装供給型の無双アクションをおっ始めることがある。その様子を投稿した動画が一時話題になり、ついたアダ名が【Unlimited Blade Wakame(アンリミテッド・ブレイド・ワカメ)】、略してUBW。

 

 オルレアンでは俺もリツカも色々あったが、何やかんやとウチのクランで一番知名度が高いのはやはりワカメ国王、あるいは神ワカメと呼ばれ親しまれている我らがリーダーなのだった。ネタ的な意味でもね。

 

 エミヤの援護を得てUBWモードと化したリーダーが残りの敵を叩き伏せて戦闘終了。幸運にもリツカに石突アタックされただけで生き延びたプレイヤーが這々の体で逃げていく。

 

「きょ、今日のところは見逃してやる! 覚えてろよ~~~!」

 

 テンプレみたいな負け惜しみを残して。あれはあれで楽しいロールプレイなのかもしれないな。

 

 

 

>>> [2/3] 刀工・双つ腕

 

 

 そんなこんなで目当ての武器屋【骨喰(ほねばみ)】へと辿り着いた。

 

 武器屋といっても基本的には運営が支給する武器の小売業みたいな形態を取ることが多い中、この店は数少ない「ガチ」の武器屋だ。店主がリアル鍛冶師とのことで、彼女の鍛造する一品モノの刀剣には根強い人気があるらしい。とはいえ店主事情から店が開いていないことも多く、また相応に値が張るので滅多なことでは手が届かないのも事実だが。

 今回はファヴニール討伐報酬で懐が温かいうえ価格交渉できるカードがあることと、不在の多い店主も今の虚無期間なら確実にいるだろうという目算のもとやって来たわけだ。

 

 店の前には武装集団がたむろしているが、先ほどまでの露骨に悪役キャラ然とした出で立ちではない。というか、見知った顔がちらほらある。それもそのはず、ここの店主はクラン【陰陽】に所属するプレイヤーだ。つい先頃までオルレアンの最前線でバリバリ戦っていた武闘派鍛冶屋さんである。あいにく店前の集団にカナメ氏(クランリーダー)の姿は無いようだったが。

 

 店名と同じ「骨喰」の二文字が染め抜かれたのれんをくぐると、中には純和風の店構えが広がっていた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店の奥から声をかけてきた黒髪の女性が、店主の【双つ腕(フタツカイナ)】さんだ。

 

「あら、あなた達は【ワカメ王国】の。オルレアンではお世話になりました」

 

 向こうもこちらの顔を覚えていたのか、彼女は店員を制して立ち上がると、こちらに一礼して歩み寄ってくる。どうやら店主御自ら接客してくださるらしい。

 

「今日はどちらの方の武器をお求めに?」

 

 そう言って、ちらりとクー・フーリンを見る。クー・フーリンはスッと目をそらした。

 

「あら……」

 

 店主さんが露骨に残念そうな顔をする。

 

 ……。

 

 いやまあ、確かに店主さん視点でこの中の誰に自分の剣を使ってほしいかって聞かれたら、そりゃあクー・フーリンだろうけど。ふつう初手からそういうオーラ出す? この人、寡黙美人みたいな面してわりと図太い系なのか。

 そういやカナメ氏も伝奇キャラみたいな造形で中身がわりと残念な感じだし、【陰陽】はそういう連中の集まりなのかもしれない……。俺の中に最前線攻略クランへの偏見が生まれた。

 

「第二特異点が正式開放(リリース)される前に、みんなの装備を整えたいと思いまして。とりあえず色々見せてもらいたいんですが」

 

 そんな俺の横でセオさんが持ち前の社会性を発揮した。同じくリアル社会人のはずのリーダーは勝手に商品を物色し始めている。この違いは一体。

 店主さんは先ほどの態度が嘘のようなにこやかさで俺たちを手招くと、数本の刀剣を選び出し説明を始めた──

 

 

 

◇◆◇

 

「──ですので、やはりワイバーンを相手にするとき『上手く斬ろう』とするのは中々難しいというのが我々の結論です。実際、【陰陽】には一対一でワイバーンを斬れる剣士も在籍しておりますが、その剣士でも乱戦においては苦しい立ち回りを強いられる事が多々あります。武器はそういった負担の影響を直に受けて損耗しますから、多数のモンスターとの乱戦が予想される特異点での戦いを武器ひとつでやり抜くというのが、そもそも無理のある考え方かもしれません」

 

 店主さんが自作の武器を前に滔々(とうとう)と持論を語っている。

 とりあえず分かりやすい強敵といえばワイバーンだよなと思い、ワイバーンと戦うのにおすすめの武器を聞いてみた結果こうなった。目の前に並べられているのはいずれも対竜剣、対竜刀として作られたという刀剣だ。刃の部分や握りの部分に明らかな違いがあるのは見て分かるが、俺の技量だと「だからどうした」レベルの変化で終わりそうでもある。達人なら違うのか……?

 

 そうだな。だったら目先を変えよう。目的ありきではなく、まず「俺に合いそうな」剣をお見立てしてもらう。それならどうだ?

 

「なるほど。でしたら、取り扱いやすく頑丈なものということでご紹介させていただきますね」

 

 店主さんに言わせれば、俺に合う剣とは使いやすくて壊れにくい剣だという。

 ……それは要するに、雑に扱っても大丈夫な剣ということでは……?

 

 だが雑に使っていい剣の方が楽だよと言われたらそうだねとしか言えないので、素直に頷いておく。店主さんは一振りの剣を手に取ると鞘から引き抜き、「振ってみてください」と言って俺に手渡した。

 えっと……。

 さすがに店内では振れないので一度店の外に出させてもらう。相変わらず店の前に立っている【陰陽】の連中がちらちら見てきて気になるが、振ってみなければ始まらない。せい! はっ! 一振り。二振り。そのまま縦横に数回素振りしてみる。こ、これは……!

 

 え、めっちゃ振りやすいんだけど!?

 剣自体が軽いとかそういうことは特に無いのに、嘘みたいに軽く振れる。これがプロの技ってやつなのか!? すげー! プロすげー!

 

 お見立てが予想よりずっと良いモノだったので、店に戻って店主さんに剣を返し、違いの理由を聞いてみる。どうやら重心とかに色々と工夫があるらしい。正直詳しいところは全然分からんが。いや、驚いたな。これで決まりでいい気がするぞ。

 

「お気に召したなら何よりです。そうですね、こちらの品でしたら……」

 

 店主さんがスッと情報ウィンドウを開いた。ずらりと商品一覧が並んでいる。

 

「お値段こちらになりますが」

 

 そう言って、羅列された数字のひとつを指し示す。

 ……た、高ッ!? これ桁ひとつかふたつ間違ってません!?

 思わずそう口走ると、店主さんの眉が申し訳無さそうに下がった。

 

「いえ……。そう仰られるお客様は多いのですが、本来職人の手掛けた刀剣というものはこのくらいの価値があるべきものなのです。『FGO』のゲーム運営は破格に武器防具のたぐいを供出していますから、それとの間に明確な差を見出していただけない限りはなかなか御納得いただけないかもしれませんが……」

 

 言いたいことは分かるし、彼女の作った剣が運営支給の大量生産品と比べてハッキリ扱いやすいのも分かるのだが──運営支給品はなんというか、ディレクターのライオンマンことエジソン氏がアメリカ人らしいこともあってか、全体的にでかくてゴツくて取り回しが微妙なのである──それでもちょっと手が出せない価格帯だ。

 

 いや、だが諦めるにはまだ早い。今回、俺は価格についても対策を持ち込んでいるのだ。

 背中から背嚢を下ろし、中に放り込んでいた大量の素材を取り出す。血のように赤い骨、【狂骨】。スケルトン系のモンスターから得られるドロップ素材である。この店は一部素材の買取を行っているので、売却購入の同時手続きが可能なのだった。

 

「狂骨ですか。確かに何本あっても足りない素材ですので喜んで買取させていただきますが、買取価格と先ほどの提示金額を相殺いたしますと……」

 

 店主さんが算盤(そろばん)を手元に引き寄せ、パチパチと珠を弾いてみせる。

 

「こちらになりますが、いかがでしょうか?」

 

 ぐッ……! 提示された金額を見て、喉の奥で変な音が鳴った。ま……まだ高すぎる!

 

 確かに手の届かない金額ではなくなったが、買えば今までの蓄えの大半を吐き出すことになるだろう。

 さっき店主さん自らが言っていたように乱戦ひとつでロストする可能性があると思うと、ここで大金をつぎ込むのはリスクが大きすぎる。しかしあの剣は惜しい。どうしよう……!

 

 ぐぬぬと頭を抱える俺の横で、クー・フーリンが俺の持ち込んだ狂骨を手にとった。

 

「鍛冶屋が骨をどうするんだ?」

 

「あ! それはですね。わたくしは日々こうして鋼鉄(てつ)()つことを生業(なりわい)としておりますが、それとは別の家業と申しますか累代の宿題とでもいいましょうか、代々骨刀づくりを究めよという責務のような使命のようなものがありまして。現世では刀剣に使えるような骨などなかなか調達できませんので、仮想現実を良いことにクラン活動の傍ら骨刀づくりの研鑽をしているというわけなのです。特に狂骨は武器とするのに向いておりまして、高価買取させていただいておりますよ」

 

 なんだ、店主さんのテンションがバチ上がりしている……?

 クー・フーリンは気にした様子もなく、へぇという顔をして狂骨をいじくり回している。

 

「そうだ、狂骨を削り出してつくった試作品があるんですよ! お見せしてもよろしいでしょうか?」

 

 店主さんはそう言うと返事も待たず、いそいそと店の奥に消えていった。

 何アレ? 俺の問いかけに、クー・フーリンは頭をボリボリと掻きながら答える。

 

「あー、そりゃあオレの伝承を知ってるんだろ。ゲイ・ボルクは海獣クリードの骨からつくられた、いわば骨槍だからな。骨刀づくりの嬢ちゃんからしてみれば、オレは先達にして頂点の使い手ってことになるんじゃないか」

 

 ゲイ・ボルク……。クー・フーリンが使う呪いの魔槍だったな。

 ファヴニールとの戦いを思い出す。あの投槍というか蹴槍は、本来骨の槍でやるものだったのか。

 

「しかし骨刀か。出来が良いモノなら、案外悪くないかもな……。金属の装備は身に付けられんが、骨ならドルイドとしても問題ないだろうし」

 

 ……ん? 今こいつ、なんか聞き捨てならないコトを言ったな?

 俺の怪訝な様子を見て気づいたのか、クー・フーリンは今更思い出したという顔をした。

 

「ああ。そういや言ってなかったか。今のオレは魔槍ゲイ・ボルクの使い手たるランサーじゃなく、ドルイドとしてキャスタークラスで召喚されてるだろ? だから身に付けられるものにも制限があるんだよ。具体的に言えば金属の類いは基本ダメだ。骨や陶器(セラミック)ならアリなんだが」

 

 ふーん。装備制限ね。そいつは大変だな。

 

 ……。

 

 ……いや。待て。

 お前、じゃあ、ファヴニールとの戦いのときのアレ、駄目じゃねぇか! あのバルムンク槍は明らかに金属装備だっただろ!?

 

「そうだよ。だからオレはあれを『装備しなかった』だろ? オレはアンタに投げ渡された槍を、『手で受け取らず』に『足で受け止めて』、そのままファヴニールの目ン玉目掛けて蹴り飛ばしただけだ。屁理屈みたいな話だが、建前ってもんが有るのと無いのじゃ全然違う。ま、それでもこうして反動でクソ怠い状態になるから、二度とやらんと思ってくれよな。マスター」

 

 おま、お前……! 俺は憤慨した。

 そういう事情があるなら先に言っとけや! いやファヴニール戦でバタバタさせたのは俺が悪かったようなものだけど! あれからずっとお前が眠いだの怠いだの言うたび「何だこいつ……」って思ってた俺が馬鹿みたいじゃん! 心中ディスっててごめんね! 養生しろよ!

 

「マスター、アンタ怒りながら謝れるのスゲー器用だな」

 

 ……クー・フーリンが変な感心の仕方を見せながら話題を変えてくる。男の情けというやつか? であれば当然俺も話題変更の流れに乗らせてもらおう。明後日の方向に話を受け流されたので今の話題はこれにて終了! 終了です!

 ほら、ちょうど店主さんが手作り骨刀抱えて戻ってきたから皆で拝見しようぜー!

 

 恥ずかしさを誤魔化すようにパンパンと両手を叩いて皆を集合させる。

 店主さんが俺たちの前で披露してくれたのは、狂骨からつくったという短刀だった。素材が素材だけあって、骨の刀身が血のように赤い。ブラッドソードって感じの不吉さを感じさせる一品だ。一同から感心とも困惑ともつかない声が上がった。

 

「へえ……」

 

「い、いかがでしょうか?」

 

 狂骨短刀を手に取りためつすがめつ眺めるクー・フーリンに、やや緊張した面持ちで店主さんが声をかける。

 クー・フーリンはセオさんの後ろに控えていたシャドウエミヤを手招きした。

 

「形にゃなってると思うが……アーチャー、刀剣はテメェの方が専門だろ。こいつをどう見る?」

 

 そうなの? アーチャーなのに?

 シャドウエミヤは無言で狂骨短刀を手に取り、じっと見つめている。影一色なので表情は伺えないが妙な迫力があり、俺たちは固唾を呑んで彼の判定を待つことにする。

 と、不意にその迫力が和らぎ、シャドウエミヤは短刀をもとの位置に戻す。そして、今手にしていた短刀の脇に置かれた木製の鞘をトンと指差した。店主さんが目を細める。

 

「ああ、やっぱり気になりますよね……。骨刀の鞘をどうすれば良いのか、正直わたくしも悩んでいるところです。特に狂骨はそれ自体が怨念のようなものを宿す素材ですので、只の鞘では刀身と釣り合いが取れなくて」

 

 店主さんの回答にひとつうなずき、シャドウエミヤは続けて短刀の握りの部分を指す。普通の刀のように滑り止めの紐みたいなものがぐるぐると巻かれている。

 

柄巻(つかまき)ですか。骨刀は金属刀と材質が違いますから、普通の短刀と同じ柄巻にするとバランスが悪くなりがちだという問題は認識しています。小柄(こづか)のようなつくりも試してはいるのですが、やはり狂骨と相性のいい素材が見つからず、今ひとつしっくりこないというのが現状ですね」

 

 嘆息する店主さんに再度うなずくと、シャドウエミヤは彼女の広げた包みの中から握りの部分が骨のままの試作品を取り出した。影の手でそれを握ってみせ、指の形に柄をなぞる。店主さんは眼をパチクリさせた。

 

「なるほど……。たしかに素材が骨ですから、使い手の手指の形に合わせて柄を削り出してしまうというのは一つの方法ですね。受注から納品までの間にフィッティングすれば……! そのアイディア、いただいてもよろしいですか?」

 

 感心しているらしい彼女に、シャドウエミヤはまたひとつうなずいた。

 さらに短刀を持ち上げ、刀身の刃の部分を横から軽く叩く。そのまま峰の部分に指を這わせ、そのさきの空中まで動かしていくと、今度は店主さんが観念したようにうなだれた。

 

「ええ、ええ……。であれば当然そこもお気づきになりますよね……。今のわたくしの技術と素材にしている狂骨の強度では、金属製の刀剣との打ち合いは不可能です。必然的に短刀や飛刀のような打ち合いを目的としない形態の骨刀となってしまい……。もちろん目標はあらゆる種類の刀剣を骨刀としてつくることですが、こればかりはわたくしの未熟ゆえと申しあげる他ありません」

 

 シャドウエミヤは一言も喋っていないのに、勝手に店主さんがどんどん落ち込んでいく。

 それを見かねたのか、影の刀剣評論家(アーチャー)は手にしていた短刀をもう一度もとの位置に戻すと店主さんの肩をぽんと叩く。そして右手の親指を立て、グッジョブの意を表した。

 

「エミヤさん……!」

 

 店主さんが感じ入ったような声を上げる。流れるような落として上げるムーブだ。

 この男がシャドウじゃなかったら、とんだ女たらしになっていたのかもしれない……。

 そんな可能性に戦慄しつつ、ひとまず骨刀品評会はここまでということでお開きになった。

 

「エミヤさん、武器の評価も出来るんですね。すごいです!」

 

 セオさんがシャドウエミヤを褒めている。

 アーチャーなのに刀剣に詳しいというのがなんか面白かったので話に加わろうとしたら、シャドウエミヤがスッと後ろに一歩引いた。……き、嫌われてる……? 俺は軽く落ち込んだ。

 

 

◆◇◆

 

 

 それからまたしばらく色々な武器を見せてもらい、そろそろ帰ろうかという段になり。

 

「本日はご来店ありがとうございました。こちら不出来な品で申し訳ないのですが、もしよろしければ骨刀のアドバイスをいただいたお礼にどうぞ」

 

 そう言って、店主さんが先ほどの試作型狂骨短刀を俺たち一人ひとりに手渡してくれる。

 やったあ。剣は高くて買えなかったけど、サブウェポンがもらえたぞ。今日は来てよかったな。

 無邪気に喜ぶ俺。しかしリーダーは冷たく水を差してきた。

 

「え、お前冷やかすだけ冷やかして結局何も買わないの? ……あ、僕これキャッシュで買うから持ち帰りでよろしく」

 

「はい、ありがとうございます。今お包みしますね」

 

 リーダーが明らかに高そうな剣を一括払いで購入している。

 リツカはと見れば、いつの間にか護身刀のような短剣を清姫と二人できゃっきゃうふふしながら選んでいた。

 リ、リア充……! いやVR充……!

 

 店内に漂う金と愛の暴力に耐えきれず、俺は皆を置いてひとり店を飛び出した。

 

 

 

 

>>> [3/3] 『人体の芸術展』

 

 ど、どうしてこんなにカネがないんだ……!

 言っちゃあ何だが、俺はオルレアンのあれやこれやで相当な報酬をもらっているはずだ。

 元々の所持金が少なかったというのは、確かにある。ユーザーイベントは企画側の持ち出しになることも多いから、どうしても支出は増えがちだ。しかし購買力という形でこうもハッキリ財力の違いを見せつけられると、流石に少々()()ものがあった。

 

 金、金がほしい。なにかうまい儲け話はないか……!?

 マネーを求めてあてもなく彷徨(さまよ)う俺の視界に、バイト募集のビラが映り込む。

 毒々しい赤の太字ポップ体で書き連ねられた耳触りの良い言葉の羅列が飛び込んできた。

 

 

 「初心者歓迎!」 「経験不問」 「短期間で高収入!」 「一日からでもOK!」 「笑顔が絶えない職場です」

 

 

 ……詐欺では? 俺は訝しんだ。

 

 だが待て。これはゲームだ。仮にブラックだったときは即辞めればいいだけの話だし、何ならクー・フーリンの戦闘力にモノを言わせてダイナミック退職することだって出来るだろう。なにせここは地の果て濁悪の地こと【トレーニングルーム】なのだから。

 そうだな、もうちょっと詳しく見てから判断しても遅くない。

 

 ええっと、募集主のプレイヤー名は【龍ちゃん】。

 仕事の内容はプレイヤー企画イベント『人体の芸術展』のスタッフ。

 一日からでもOKで、給与は基本給プラスその日の収入から出来高払い。

 

 ふぅん、要するに企画展の会場スタッフか。

 募集ビラのセンスはどうかと思うが、内容は案外悪くないんじゃないか? スタッフにも出来高払いで報酬積みましてくれるのは美味しいな。

 どうせ第二特異点が開放されるまで暇なんだし、短期でバイトを入れるというのは有りかもしれん。一度話だけでも聞いてみようか……。

 

 

 そう思って募集ビラをスクショしていると、突然誰かが肩を叩いてきた。

 

「キミ、このバイトに興味あるのかい?」

 

 !? 驚いて振り返ると、豹柄の上着を着た知らないプレイヤーが立っている。そいつは笑いながら言った。

 

「このビラ、オレが貼ったんだよ。どう、興味あるなら今日からでも入れるけど?」

 

 ぼ、募集主さんかー。心臓に悪いな。

 いや、今ちょっとバイト探してまして。まだ決めてないんですけど。あとで話聞いてみようかと思ってたんですよ。

 

「へぇ、そりゃあいいな! あ、申し遅れたけどオレ【龍ちゃん】ね。そのまんま呼んでくれていいから。趣味は人殺しとアート。あ、ゲームの中ではPKっていうんだっけ? まあそんな感じかな」

 

 ……待て。こいつ今なんて言った?

 俺の中で目の前の男に対する警戒レベルが一気に跳ね上がる。

 そりゃあこんなエリアで暮らしてる連中は、みんな殺し合いを(いと)わないPKerみたいなもんだと言っていい。さっきの双つ腕さんだって、こんなところに店を構えているのは客が買った刀で「試し切り」するのに便利な立地だからだ。需要と供給が釣り合っている。

 だがこいつは普通のPKerとは違う。何というかこう、言葉にできない『ホンモノ』感がある。ヤ、ヤバイやつだ……! 

 

「で、仕事内容だけどさァ。オレが作る『芸術』の材料になってほしいんだよね。あんたの皮膚と骨と筋と血液と、とにかく全部解体して使わせてほしい。死んだら消えちゃうから、ギリ死なない範囲でさ。で、出来上がった作品をどっか適当な会場で展示する。いっぱい人が見に来てくれたら、その分いっぱいお金も払う。どう、いいビジネスだと思わない? どうせプレイヤーなんて死んでも復活するんだし、割の良いバイトだと思うなァ」

 

 ヘラヘラと得意げに話す【龍ちゃん】の言葉がスルスルと右から左に抜けていく。思考が上手く働かない。

 ……突然、嫌な記憶を思い出した。

 

 

 ──夜の学校。人気のない校舎裏。雲ひとつない夜空に照り輝く白い月。

 

 ──痛む足首。口の中に広がる土の味。不快な笑い声が耳に響いて、けれど誰もそれを耳にする人はいなくて、誰も助けになど来てくれない。

 

 ──冴え冴えと降り注ぐ月の光が金属の刃に反射して──

 

 

「バーカ滅びろ猟奇趣味!! 二度と来ねぇよ、こんな場所!」

 

 

 ようやく我に返った俺は全力ジャンプで近くの建物の屋根に這い上がり、そこから一目散に逃げ出したのだった。

 




カルデア「特異点には人型の敵も多いだろうから、やっぱり対人コンテンツも用意しないとね!」
……プレイヤーが勝手につくったPvPランキング的なものが存在するとかしないとか。

◆その後の【バックストリート・バンディッツ】の皆さん
「いやー、死んだ死んだ。やっぱサーヴァント強いわー」
「ワカメさんも動きキレッキレだったよね。これ動画上げる?」
「良んじゃね? 最近あんまり新規さん見ないし、いっぱい来てもらったほうが楽しいからな」
「俺、きよひースレで焼かれたがる連中の気持ち分かった気がする……」
「「「!?」」」


◆骨刀/刀崎/双つ腕
 刀崎家は『月姫』に登場する遠野家の分家筋にあたり、骨師と呼ばれる一族。
 普段は鉄で刀を鍛えるが、これは、という使い手に出会ったときに自らの腕を差し出し、その骨で刀を作る。

 ……という設定だけがある。ちなみに上記は『月姫読本』からの抜き書きです。
 茨木童子が鬼だし絆礼装が骨刀だしで何か設定つながりがあるのかと思いましたが、今のところ特に言及されてないみたいですね。月姫リメイク関連でこの辺の設定も整理されるといいなあ。
 キャラ設定上【双つ腕】は刀崎の関係者、くらいしか決めていません。分家の分家あたりでオリジナル骨刀作りたがってる変人と言う方がそれっぽいかもしれない。


◆【龍ちゃん】:
 雨生龍之介。Fate/Zeroに登場する快楽殺人者にしてキャスター【ジル・ド・レェ】のマスター。概念礼装的には星4礼装【死の芸術】に写ってる紫男。
 どうしてリアル芸術じゃなく『FGO』でVR猟奇趣味やってるのかについては、いつかどこかで語る機会があればいいですね……。


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幕間の物語「運命の夜」

主人公過去編。


>> [1/2] 夢廻の回廊(ムカイノカイロウ)

 

 

 夢を見ていた。

 フランスの古城の夢だ。第一特異点の修復が終わって数日経ってなお、あの日々の経験は脳裏に強く焼き付いているらしい。

 

 ……しかしその夜の夢は、いつになく奇妙なものだった。

 それが夢だと気づいてなお終わる様子がない。

 

 そこは薄暗い空間だった。俺はひとり身動きひとつせず、ただ立ち尽くしていた。

 周囲に漂う空気は重く濁っていた。あのオルレアンで過ごした獄中生活を思い起こさせる血なまぐさい空気。腐臭。汚物の臭い。

 それら全てが、目の前の惨状から立ち上っている。

 山と積み上げられた子どもたちの死体から。

 倫理フィルタを通しているはずなのに何ひとつ覆い隠されることのない、目を背けたくなるような(あか)脂肪(しろ)のマーブル模様の巨大なカタマリから。

 

「ああ、なんと素晴らしいのでしょう……。恐怖にほとばしる涙、苦痛にうめく声、無益にも繰り返される命乞いの叫び。汚れた地上に生きる汚れた命が、この末期の瞬間、燃え尽きるロウソクの最後の輝きのような美しさを見せる。これぞ至高の芸術、窮極の愛。神に見捨てられ罪に穢れし人の子、『王』に焼かれ未来さえ奪われし我らに唯ひとつ残された、悪魔の救済です」

 

 青黒いローブをまとった男が、熱に浮かされたようにボソボソと独り言を呟いている。

 その両眼は異常なほどに大きく見開かれ、飛び出し、異形の容貌を形作っていた。

 

 そこは礼拝堂のような、実験室のような、それでいて劇場のような部屋だった。

 

 その中央に立つ異形の男の真名()を、俺は知っていた。ジル・ド・レェ。

 血溜まりに沈む彼の足元には奇怪な模様の魔法陣が描かれている。

 

「救済。そう、これは救済なのですよ。私のための。貴方のための。そして──」

 

 ジル・ド・レェが近づいてくる。

 その異様な顔に形容しがたい表情を浮かべて、俺を覗き込んでくる。

 

「──そして何より、いまや生き残った貴方だけが知る『彼女』のための……」

 

 

 突然、ぐにゃりとその輪郭が歪んだ。

 声も出せずにいる俺の目の前でジル・ド・レェの顔が、いや全身が、ねじれ、うごめき、何か異なるものへ変貌しようとしている。俺は目を逸らそうとして──頭上に広がる雲ひとつない夜空と、そこに照り輝く白い月の存在に気づいたのだった。

 

 

 

>> [1/2] 夢廻の回廊(ムカイノカイロウ)

 

 

 見渡せば、そこはかつて見慣れた学び舎の校舎裏だった。

 

 ……そうだ。俺はたしか、文化祭の準備で遅くなった挙げ句、学校に忘れ物をして……。

 

 懐かしい景色に促されるように、ぼんやりと前後の記憶が繋がり始める。

 月の綺麗な夜だった。

 明るい月光が夜露に濡れる芝生を照らし、無人の校舎に不思議な陰影を映し出している。

 夜道を独り歩きしてはいけない理由があった気がして、ひとり帰り道をたどる足を早めた。

 

 ……いや。違う。何かがおかしい。

 

 夢に融け切っていない理性が注意を発する。

 俺はどこかの古城の一室にいたはずじゃなかったか。

 俺の目の前には、あのジル・ド・レェが立っていたのではなかったか。

 山と積まれた子供の死体が、腐りかけ白濁した目で俺を見つめていたのではなかったか。

 子どもをさらい、殺す、悪魔のような青髭のキャスターの部屋で……。

 

 ……そうだった。

 

 ふたつの夢が混線する。

 忌まわしい記憶が互いに混じり合い、結びつき、俺はようやく独り歩きしてはいけない理由を思い出した。

 

 ──最近、子どもを狙う不審者が出るのだ。

 

 

 

>> [1/2] 夢廻の回廊(ムカイノカイロウ)

 

 

 俺の目の前で、ジル・ド・レェの顔がぐにゃりと歪んだ。

 最後に何か言い掛けていたような気もするが、それも(おぼろ)な夢に薄れて思い出すことが出来ない。

 

 薄暗かったはずの部屋は、いつしか昔懐かしい学び舎の校舎裏の風景へと変わっている。

 ジル・ド・レェだったモノから目を離すことが出来ない俺の頭上に、白い月光が冴え冴えと降り注いでいた。

 

「こんばんはァ~。月の綺麗な夜だねぇ」

 

 そこに立っていたのは、ジル・ド・レェではなかった。

 四十歳くらいの男。紫色のジャケットを羽織り、豹柄の靴を履いている。

 その手に嵌められた琥珀色(キャッツアイ)の指輪が月光に鈍く光っていた。

 男が話しかけてくる。

 

「オレさ、最近『偶然の出会い』ってやつにハマってるんだよ。毎月『4』と『9』のつく日に夜の学校を見に来るんだ。誰か会えないかな~って。これまでも色々試してきたんだけど、その中でもギャンブル性っていうのかな、『滅多に無い出会いだから逃しちゃいけないぞ』って欲が(たぎ)るんだよね」

 

 不審者……。そう、不審者だ。

 学校のホームルームでそんな話を聞いていたはずだ。目の前の男がそうなのだろうか?

 だったら、逃げなければ。

 そう思うのだが、足が動かなかった。まるで金縛りにでも遭ったかのように、頭がいくら動けと命令しても身体が言うことを聞かない。……まるで蛇に睨まれた蛙のようだと、どうしようもない焦りの中で思う。

 

「だからサ、今日ここでキミに会えたことをオレはすげー喜んでるわけ。昔は気づかなかったんだけど、欲ってのは、抑えて抑えて抑え続けて、欲求不満でおかしくなりそうだってときに解放すると、もうバネが弾けるみたいに()()()んだよね。今日のオレ、超ハッスルしちゃうかも」

 

 男がにじり寄ってくる。

 口の中がカラカラに乾いて息が苦しい。

 誰か。誰かここに来てくれ。不審者がいるんだ。

 

 けれど、真っ暗な校舎に人の気配が有るはずもなく。

 他ならぬ俺自身が校舎を出るとき、あまりに遅くなっていたので最後まで残っていた教師と一緒に教員来客用昇降口から出してもらい、そしてしっかり鍵を掛けるのを見ていたのだ。その先生も、とっくに車で学校から帰っているだろう。

 

「で、キミさ。逃げなくていいの? このままだとオレに殺されて死んじゃうよ?」

 

 言いながら、見せつけるように大ぶりのナイフを引き抜いてみせる。

 逃げられるなら逃げたいに決まっている。でも足が動かないのだ。

 ……夢だから? 夢だから自由に動けないのか?

 じゃあ夢なら殺されてもいいってのか? そもそも、これは本当に夢だったか? 

 

「言っておくけどこれは夢でもないしゲームでもないよ。死んじゃったら二度と生き返れない。痛くて怖くて苦しくて泣き叫んでも誰も助けてくれなくて、全身自分の血で真っ赤になって糞尿垂れ流して死んでいく。それでおしまい。お父さんもお母さんもきっと悲しむだろうけど、ま、死んじゃったら関係ないよねぇ?」

 

 にこやかに笑っている。

 視線をナイフから逸らすことが出来ない。

 ハッハッという荒い息が、まるで自分ではない別の生物が立てている音のように思われた。

 全身から血の気が引いて頭がフラフラする。

 動け。動け。動け。動け。

 麻痺した頭の中で、ただひたすらに動け動けと念じ続ける。

 動け。動け。動け。動け。

 

「……動けぇッ!」

 

 その瞬間、口と足が同時に動いた。

 男に背を向け、必死で走り出す。後ろを見る。男は追いかけてこない。

 もつれそうになる足を前に運ぶことだけを考えながら、校舎裏の通用口へと走った。

 通用口から道路に出て、次の次の交差点を曲がればコンビニがある。そこに駆け込んで警察を呼んでもらって──

 

「────ッ!?!?」

 

 突然、踏み込んだ足が何かにつまづいた。

 全力疾走で走っていた俺は、ろくに受け身もとれないまま地面へ頭から倒れ込む。とっさに顔をかばった両腕が強く叩きつけられてカッと熱くなった。続いて、燃えるような痛みが腕とつまづいた足からやってくる。口の中で血と土の味がした。

 

「なっ……!?」

 

 転んだ!? こんなときに!

 まずい。まずい。立たなければ。

 そう思い立ち上がろうとして、痛む足になにか紐のようなものが引っかかっていることに気づいた。擦り傷だらけの手で探ると、それは金属製のワイヤーだった。近くの木の根本から伸びるワイヤーが、地面に半ば埋没しながら俺の足に絡みついている。

 

「何だよ、これッ!?」

 

 焦ってワイヤーを外そうとするが上手く行かない。どういう仕組みなのか、輪になったワイヤーがガッチリと足に巻き付いて指を差し込むことも出来ない。なんとか締まりを緩めようと結び目らしい部分を引っ張ってみたが全くの無駄だった。

 

「──それ、『くくり罠』っていうんだよ。ホントは鹿とかイノシシとか捕まえるやつで、でもちょっと小さいから人間サイズで作ってみたんだけど。どォ? ホムセンで買った材料で作ったにしちゃ、なかなかの出来だと思わねぇ?」

 

 背後から声がする。背筋がゾッと冷えた。

 振り返ると、置いてきたはずの男は再びすぐそこまで近づいてきていた。

 ぷらぷらと手に持ったナイフを揺らすたび、刃先に月の光が反射してギラギラといやな光を放つ。

 

「あ、あああ……」

 

 口から、言葉にならない嗚咽が漏れ出てきた。

 歯の根が合わず、無意識に上下の歯がガチガチと鳴る。

 男はケラケラと笑った。

 

「い~い表情になったじゃん。これも最近気づいたことなんだけどさァ。()()()()()()()()()んだよ。ただ怯えさせるだけじゃドンドン感情が死んじゃうんだよね。だからホントの恐怖を味わってもらうために、『逃げられそう』って希望から絶望に転がり落ちてもらう必要があったワケ。言われてみたらそんなの当然ジャンって思うかもだけど、一人じゃ案外気づけないもんでさァ。ダラダラやってるうちにオレももう歳だ。こんなのオレがもっと若い頃に誰か教えてくれてたら、オレの人生今よりもっとHAPPYだったと思うんだけどなァ。……ま、言っても仕方ないけどさ」

 

 浮わついた調子で喋りながら、男は尻もちをついて後ずさる俺に目線を合わせるようにしゃがみ込む。

 

 殺される。

 間違いなく殺される。

 

 涙か鼻水かわからない液体が顔を濡らす。伸びてきた手に口をこじ開けられ、ハンカチのようなものを詰め込まれた。

 それでもなおガチャガチャとワイヤーを引っ張り続ける俺を見て、男は嘲笑(わら)った。

 

「COOLなトラップだっただろ? じゃ、味見といこうかな」

 

 男がナイフを振りかざす。

 

 俺は──

 

 

 

 

>> [2/2] アラビアの夜の種族②

 

 

「──それで、それからどうなったのですか?」

 

 【(ライラ)】は穏やかに話の続きを促した。

 伏せがちの翠玉(エメラルド)の瞳が、闇の中から今宵の語り手を見つめている。

 俺の目の奥底を。言葉を生み出す舌と唇のあらゆる運動を。

 静謐な物腰とは裏腹に、語られる物語の全てを聞き逃すまい、見逃すまいとするように。

 

 まさに惨劇が起きようとしていた。

 罪なき少年を殺そうと夜の学校に罠を仕掛けた不審な男が、ナイフを振りかざす。

 生還への希望が絶望に転じたことで、少年は心の底から恐怖した。

 次の瞬間には、男のナイフが少年の身体に決して消えない傷をつけ、苦痛とともにその命を奪うだろう。

 しかし……

 

「……しかし結局の所、その不審者が目的を達することはなかった。男のナイフが振り下ろされるより早く、騒ぎを聞きつけた通りがかりの親切な人が助けに来たからだ。男は逃げ出し、そして二度と会うことはなかった」

 

 ……淡々と続きを述べて、俺は話を終わらせた。

 惨劇は回避され、少年が不条理な死を迎えることもなかった。

 生き延びた少年はきっとしあわせにくらしたのでしょう。めでたし、めでたし。

 

 話し終わり口を閉じた語り手を、なおも【夜】は見つめ続けている。

 今述べられたのは、物語の結びではなく単なる事実の羅列に過ぎないと責めるかのように。

 まだ語るべきことがあるはずだと問いかけるように。

 けれど(語り手)は、結末を語ることを選ばなかった。

 

 そして沈黙が続いた。

 

 寝台の傍らの小机から銀の香炉が淡く色づいた煙を吐き出している。

 暗い部屋の空気の中を漂う香煙は、闇に沈む色とりどりの調度を覆うように薄い色彩の帯となってたなびいていた。

 

 ……無言の時間がどれだけ過ぎただろうか。不意に【夜】が呟いた。

 

「望む者のまえには、いずれ物語は姿を見せるのです──今でなくとも。此処(ここ)でなくとも。やがて訪れる、必然の遭遇として」

 

 そうなのだろうか。……いや、きっとそうなのだろう。

 【夜】はただ『物語』というものの性質について述べたようであり、しかし同時に『物語(かのじょ)』について述べたようでもあった。……あるいは『物語(あなた)』と言ったようにも。

 謎めいた口調のまま、【夜】は言葉をつなぐ。

 

「およそあらゆる語り手はそれぞれに()()を持つものです。そしてその事情はときに語り手を縛り、ときには語り手が物語を紡ぐ動機ともなる。……あなたの事情が語り手たるあなたとあなた自身の物語を促すときを、私は今しばらくこの夢の中で待つことにいたしましょう」

 

 事情。

 そう【夜】は言った。

 事情とはなにか。俺は問う。【夜】は答えた。

 

「ひとつの例を挙げましょう。今宵、あなたはこれまでと異なる語り方を選びました。そこには語り手の事情があります。あなたはこの夢の(ねや)の中においてなお、(うつつ)の在り方を保てるようになりつつある。それゆえに、あなたは夢の外の出来事を語るような語り口で夢を語り始めた──まったく同じとはいかないようですが」

 

 語り口?

 そう言われて、気づく。

 これまで幾度となくこの夜の寝室を訪れてきた。けれどそのとき、自分はもっと夢に呑まれるように──耽溺(たんでき)するように過ごしていたのではなかったか。

 

 ならば今はどうか。少なくとも意識は清明だった。

 これが夢の中であると()りつつ、けれど夢から()めたような心持ちだった。

 

 ……(いや)。文字通り、これは夢から醒めた夢なのだ。

 

 ジル・ド・レェと、顔も思い出したくない不審な男。

 混線する悪夢の中で殺されかけた自分は夢の中で上げた絶叫とともに跳ね起き、しかし目覚めた先は未だ夢の中だった。

 悪夢の残滓に身震いする俺を、次なる夢の主は──【夜】は慰めるように迎え入れた。

 彼女は語り始めることを選ばず、俺は悪夢を吐き出すことを望んだ。

 かくしてひとつの悪夢が語られ、今に至る。

 

 俺が【夜】へ事の顛末(てんまつ)を仔細に語らなかったのは、あの夢の続きを語らなかったのは、その場面を見る前に目覚めてしまったからという理由だけではない。……どちらかと言えば、それをどう語っていいか分からなかったからだ。

 

 思い出すのも忌々しい記憶だが、あの不審者は「恐怖には鮮度がある」と言っていた。『本当の恐怖』とは、希望が絶望へ切り替わる瞬間の変化の動態にあるのだと。

 

 ならば──。

 ()()()()()()切り替わった瞬間をなんと言い表せば良いだろう?

 

 「恐怖には鮮度がある」のなら、その逆もまた然りなのだ。

 恐怖の対義語を安堵、安心、あるいは希望そのものとするならば、「希望にも鮮度があり」、死の一歩手前から救われた俺は『本当の希望』を味わったことになる。それを語る言葉を、俺はまだ持ち合わせていなかった。

 

 

 ……あのとき、自分が助かったのだと理解した瞬間。

 

 世界は、この上なく美しいものに感じられた。

 

 俺を助けてくれた親切な通りすがりの人が仏様か聖女様のように思われた。

 

 あの日見上げた、雲ひとつない夜空に照り輝く白い月。

 

 月光はなお冴え冴えと闇を照らし。

 

 その光景を、俺は今でも色褪せることなく覚えている。

 

 きっと死ぬまで、忘れることはないだろう。

 

 

「──このような夜もありましょう。私の事情をお話しようと思っておりましたが、それはまた次なる夜に」

 

 朝まではまだ(いく)らかの時間が残されていたが、【夜】は静かに別れを告げた。

 俺の意識は再び闇の中へと落ちていく。

 

「──今宵は、ここまで」

 

 

 

 

 

 

>>> [0/???] 『プロローグ』

 

 

 ──夢を見ていた。

 

 ──夢の中で、誰かが泣いているのを聞いていた。

 

 ──いや、違う。

 

 ──泣いているのは、「自分」だった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 唐突に夢の中にいることに気づいた。

 

 俺は、「俺」のすぐ隣に突っ立っていた。

 ワイヤーに足を取られて立ち上がることもできず、口に布を詰め込まれたまま声にもならない叫びをあげる昔の俺を、他ならぬ俺自身が横で傍観しているのだ。

 

 まるで夢から夢を渡り歩いているようだった。

 語らなかった事の顛末、中断された夢の続きが、異なる夢を挟んで再び俺の目の前で繰り広げられていた。

 

 ひとつだけ違うのは、なぜか俺の視点が第三者のものであること。

 いちいち夢の出来事に理由を求めても仕方ないと思うし、あの不審者にナイフで脅されるのは二度と御免だ。

 

 けれど……

 

(よーく覚えておけよ、俺。今夜がお前の人生の山場(ハイライト)だぜ)

 

 けれど、これからこの「俺」が見ることになる光景を。

 言葉では語りえぬほどに瑞々(みずみず)しく新鮮な希望と生の味を。

 もういちど一人称(ナマの)視点で体験することが出来ないと思えば──少しだけ、過去の自分が羨ましかった。

 

「COOLなトラップだっただろ? じゃ、味見といこうかな」

 

 不審者が「俺」にナイフを振りかざす。「俺」の声にならない喚きは一層ひどいものになる。

 

 

 

 ……そのときだった。

 裏口の通用門から人影が現れたのは。

 

 

「──抜苦与楽、四無量心。未熟の身ではございますが、さりとて助けを求める声を捨て置くわけにはまいりません」

 

 

 涼やかでありながらも艶やかな声。

 

 ああ。

 思わず、息を呑んだ。

 

 月明かりに照らされる『彼女』の姿は、記憶と寸分の違いもなく綺麗だった。

 きっと、この世に比類ないほどに。

 

 

「そこの殿方。今すぐナイフを捨てて少年を解放なさい。それ以上の乱暴狼藉を続けるというなら──」

 

「くそっ! 台無しだよアンタ! せっかく最高にCOOLな恐怖を演出したトコだったのに、何してくれてんの!?」

 

 彼女の言葉を遮り、邪魔立てされた不審者が激昂する。

 

「ああ、ちくしょう。人通りなんてない時間だったんだけどな。もういいや。アンタも殺す。それでもういっぺん希望の縁から絶望の底に戻ってもらって、万事解決だ」

 

 呆けたように彼女を見つめるもう一人の「俺」から手を離すと、不審者は彼女にナイフを向けた。

 そうして、刃先で威嚇するように一歩踏み出し──

 

「──喝破!」

 

 次の瞬間、その体が弾かれたように大きく吹き飛んでいた。

 紫の上着を土で汚しながら、ゴロゴロと転がっていく。

 

 あのときは何が起きていたのかまるで分からなかったが、今横で見てようやく理解した。

 

 彼女が、一瞬で不審者との距離を詰めて掌底のようなものを打ち込んだのだ。

 

「ッッッってぇ……! マジ、で、何なんだよォ、お前ェ……!」

 

 不審者は呻きながらも力なく起き上がり、ヨロヨロと逃げ去っていく。

 その様子には目もくれず、彼女は「俺」の足に絡みついたワイヤートラップを手早く解除し始めた。この種の罠を外すための手順があるのだろう、硬く締まった結び目があっという間に緩められる。

 そうして彼女は、白く細い手を差し伸べた。

 

「立てますか?」

 

 「俺」は馬鹿みたいにコクコクと頷きながらその手を取っている。

 もはやその目に恐怖はない。しあわせそうだな、と俺は思った。

 

 

 

 

 

 ──その瞬間のことは、夢の力を借りずとも鮮やかに思い出せる。

 

 あの夜、俺に手を差し伸べてくれた彼女は眩しいほど白い月に照らされていて。

 

 ……まるで、聖女様みたいだと思ったのだった。

 

 

 豊かに波打つ烏羽(からすば)色の黒髪が、月の光に濡れていた。

 

 




このあと滅茶苦茶通報した。謎の不審者は逃げ切った……。
今回【夜】サイドの話が驚くほど進まなかったので、彼女にはセプテム編のどこかでまた出てもらいます。


◆『彼女』
FGO世界線の現代日本に生きる聖者のような黒髪の女性……いったいなにものなんだ。
続きは数話後に。


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幕間の物語「聖杯空論」

> [1/1] 虚・空・正・言

 

 

「心っっ底、肝が冷えたわよ! こんなこと、今後は絶対に願い下げだわ!」

 

 オルガの堪忍袋が決壊している。

 聞けば、過日のファヴニール討伐戦の決着がギリギリのギリになったことに不満があるそうな。

 ……俺は護身モードに入ることにした。

 

「本来、ファヴニールなんて倒す必要はなかったのよ。一時的にせよアレを足止めできるだけの戦力はリヨンにいたんだから、『死守』させてでもマシュを聖杯回収に回せばよかったの。でも、聖杯の回収から特異点における異常の完全修復までには時間がかかる。ファヴニールなんて規格外の存在が残っていた場合どうなるかなんて想像もつかないわ。そうなると、修復完了までの間にどれほどの被害が出るか分かったもんじゃないでしょう? ああ、それもこれも、ロマニたちが『人理精算』仮説なんて余計なコト考え始めるから……!」

 

 ジンリセイサン?とやらはよく分からないけど、つまり最終的なNPC被害を減らすためにあえてファヴニールを倒したってことだろ? NPC保護なんていつも運営がやってることじゃない?

 

「それはそうだけど、だからと言って何でもやるわけじゃないわ。やれることだけよ。いい? 貴方たちプレイヤーは気にしたこともないでしょうけど、運営のリソースはそんなに余裕がないの。ああ、資金がないって意味じゃないわよ。魔力リソースの話。それも一般プレイヤーに割く魔力リソースの話だから誤解しないで。サーヴァントの運用は魔力を食うけど戦果が期待できる。でもプレイヤーはそうじゃないじゃない!」

 

 一息に喋り倒すとそのまま勢いよくグラスを空けるオルガ。中身は酒だ。

 

 オルガは今日オフとのことで、第一特異点のリヨン近郊に店を構えたプレイヤー経営屋台のカウンターで一緒に酒を飲んでいる。俺もオルガに頼みがあったので、正直渡りに船だった。

 ……昨日の夜なんだか妙な夢を見た気がして、寝起きからどうも調子が悪かったのだが、人と会っていると気が紛れる。一緒についてきたはずのクー・フーリンは、気がついたらどこかに消えていた。

 

 互いにやることのない暇な日とはいえ、太陽はまだ高い。

 照りつける陽光が汗をかいたグラスに反射して輝く……。

 

 ……昼間酒って最高だよな! 次どうする?

 

 俺はリアル飲酒エアプ勢であることを周囲に気取られないよう、流れるような動きで品書きを手渡した。

 

 実のところ、オルガへの頼みというのは金の無心である。双つ腕さんオススメの、あの超振りやすい剣が欲しいのだ。

 運営アカウントだからなのかオルガは裕福なプレイヤーであり、ろくに金を稼いでもいないのに金に困ってるところを見たことがない。というわけで、今日は一緒に楽しくお酒を飲んで、良い感じにほろ酔い気分になったところで『融資』をお願いしようかなーと思っている次第である。

 

 そんな俺の思惑を露知らぬオルガは、勧められるままに酒杯を重ねている。

 聞いた話じゃ、リアル酒飲みからするとVR飲酒はやっぱなんか違うらしいね。酒に酔うのと状態異常【酩酊】を付与されるのは別物とのこと。ゲーム的には毒の亜種みたいなもんだしな。法的にも非VRゲームで『酒』アイテムを使うのと同じ扱いで見逃されているという噂だが、それは単に法が『FGO』のチートVR技術に追いついていないだけなのではという感もあり……。まあ、そんなアレコレは知らんとばかり酒飲み連中はVR空間でも変わらず酒を飲むんだが。

 一方こちらは中身が善良な青少年だけに、この店で出てくる酒の良し悪しも正直ピンと来ていない。

 

「ピンも何もないわ。第一この店のメニュー、『ビール(エール)』に『林檎酒(シードル)』に『ワイン』しか書いてないじゃない。ワインが赤か白かすら書かれてないってどういうことなのよ」

 

 ワイン! と屋台の奥で仕込みをしているプレイヤーに注文を入れると、オルガはペラペラの品書きを裏返しながら不平をこぼす。既に酒が回ってきているのか、頬から耳のあたりにかけて赤みが差していた。

 

「すみませんね、お客さん。今うちはこの特異点(フランス)で仕入れられる酒を出してるんで、どうしても酒の種類くらいまでしかメニューとしてお約束できないんですよ」

 

 屋台の親父役をやっているプレイヤーは、金属製のグラスに入ったワインを差し出した。赤ワインらしい。

 

「とはいえ仕入元の時代が時代ってこともあって、どう工夫して美味しくするかは俺たちの腕の見せどころです。ま、これも試してみてくださいよ」

 

 促されるままにオルガがグラスを口に運ぶ。その眉が激烈にひそめられた。

 

「ハーブきつッ!?」

 

「あー、お口に合いませんでしたか。地場産の薬草やら香草やらを色々ブレンドしてみたんですが。普通のにします? お代は結構ですので」

 

「……いや、いいわよ。このまま飲むわ」

 

「まいどあり。楽しんでってください」

 

 そういって屋台奥に戻っていく親父。

 ちびちびと舐めるように謎のハーブワインを飲み進めるオルガに、話の続きを促した。

 オルガは露骨にため息を吐き出してみせる。……酒くさッ。

 

「……何の話だったかしら? ああ、思い出した。プレイヤーに魔力投資することの割に合わなさよ。一人ひとりに割く量は微々たるものでも、数が揃えば結構な負担になるのよね。それに【魔力リソース解放】。ホント、勝てたからいいようなものの、あれで倒しきれなかったらどうなってたことか。この特異点で地道に収集してた魔力の蓄えも吐き出しちゃったし、今から次の特異点が不安だわ……」

 

 そういってジロリとこちらを睨む。護身失敗の気配がする……!

 

「それもこれも、半分くらいは貴方のせいなんだから反省しなさい。結果的には早期修復完了につながったけど、あんな無計画な連戦に次ぐ決戦なんて二度とやりたくないの。バフの残り時間を見ながら胃がおかしくなりそうだったわ!」

 

 そうは言いますがね。俺は反論を試みる。結果と過程を一緒くたに評価するのはどうかと思う。結果ああいう事態に陥ったとして、過程に悪意があったわけじゃないんだから情状酌量の余地はあると思うわけですよ。

 

 運営には既にあの日の魔女ジャンヌやデオンさんとのやり取りを含め、俺の記録していた映像データを提出済みだ。というかどうせログ取ってるんだから勝手に参照すればいいじゃんとも思ったが、なんか事情聴取みたいなことまでされたので割と手間だった。収穫といえば、取り調べ担当のカルデア職員の人がデオンさんのスクショを高値で買い取ってくれたことくらいか。ムニエルさんだっけ? ネタさえあれば今後も上客になってくれそうだ。

 

「過程に悪意があったかはともかく、問題なら山ほどあったわよ!」

 

 オルガがツッコミを入れてくる。そうかな……そうかも。

 

「だいたい貴方の契約サーヴァント、あのクー・フーリンが情報を止めてなければ、貴方もあんな軽率に魔女を焚き付けたりしなかったでしょうし、こっちの計画通り事が運んだでしょうに……」

 

「──だが、マスターは『知らなかった』からこそ上手くやった。それは否定できねぇだろ?」

 

「クー・フーリン!?」

 

 おっと、いつの間に。いなくなったとき同様、どこからともなくクー・フーリンが戻ってきていた。

 珍しくフードを目深にかぶっているクー・フーリンは俺を挟んでオルガと反対の席に座り、手に持った長い杖をカウンターに立てかけると、屋台の親父に茶を注文する。

 

「知識、それも正しい知識は誰しも渇望するもんだ。だが、ただ口を開けて待ってるだけの奴に知識を与えても大して役に立たねぇよ。自分の目で見て、聞いて、考えて、それから初めて人は知識の意味と偉大さってものを知る。情報を伝えておきたいのは分かるし、むしろマスターには今よりもっと積極的に知識と情報を収集してほしいくらいだが……それでも今マスターがカルデアと『このゲーム』の裏事情について知りたがらない以上、アンタら(カルデア)のやり方は性急すぎだ」

 

「持論は結構ですけどね。こちら(カルデア)としては、サーヴァントのマスターには最低限の知識を備えておいてほしいの。貴方の運用コストは決して軽くないのよ? 今回たまたま良い目が出たかもしれないけど、あんな博打を続ける気はないわ」

 

「見解の相違だな。これから残り1年4ヶ月、6つもの特異点が残っている以上は先のことも考えて動かなきゃならんだろ。それに博打というほど分が悪い話でもねぇしな」

 

「は?」

 

「さっきウチのマスターが言ったように、過程と結果は区別すべきものだ。思考の結果が間違っていたとしても、その過程で考えたことは無駄にならない。過程の道筋が当初の目的に繋がるものでなかったとしても、道理を外さず考えを進められれば、それなりに意味のあるところへ辿り着くことはあるだろうさ」

 

「そんな抽象的な物言いで納得できると思う?」

 

 ……。

 俺を挟んだ左右でオルガとクー・フーリンがやり合いはじめたので、真ん中に座ってる俺はすごく気まずい。

 クー・フーリンが勝手に実施しているらしい俺への情報フィルタリングをどうするかという話らしいので、俺も無関係ではないのだが……正直やるならやるでいいし、やらないならやらないで良いんじゃねーのという感はある。無駄に後ろ暗いだろう運営(カルデア)の情報とか知りたくないだけで。

 

 エール! と店の親父を呼びつけグラスを交換させたオルガに、クー・フーリンがニヤリと笑って言う。

 

「それなら余興といこうか。実はオレにとっても、今回(オルレアン)の事の運びは予想の斜め上でな。マスター、アンタはオレの当初の見立てより愉快な野郎じゃないかと思ってたとこなんだよ」

 

 それ、本当に褒めてるか?

 

「褒めてる褒めてる。じゃ、そうだな……。カルデアの嬢ちゃんの顔も立てて、今後の役に立つお題にするか。マスター、アンタは始まりの特異点で『令呪』の性質について考えた。そして今回の特異点で『聖杯』について知っただろう。だから、聖杯にまつわる話をするとしよう。アンタはオレの話を聞いて、それから質問に答えてくれればいい」

 

 ふーん。聖杯の話ねぇ。別にいいけど。俺は承諾した。

 ……で、気軽に受けては見たが、改めて言われてみると聖杯って結局なんだっけ?

 

 あの、アレだろ。クリア条件の回収アイテム。ジル・ド・レェが聖杯パワーで創り出した魔女ジャンヌが聖杯そのものだったから、ケモミミは俺と魔女をまとめて担いで逃避行する羽目になった。デオンさんが言うには、そもそも特異点で訳分からん事態が起きているのも聖杯パワーによるものみたいな話だったか。現地サーヴァントも聖杯の力で召喚できるし、何なら願い事をすれば叶えてくれる。サーヴァントを狂化しろとか、逆に狂化解除しろみたいにな。

 そう考えるとハイパー令呪みたいなもんだな、聖杯って。

 

 聖杯絡みの記憶を掘り起こしたところで、クー・フーリンが話し始めた。

 

「アンタらも知っての通り、この戦いは本質的に『聖杯』の奪い合いだ。土地を変え、時代を変え、配役(サーヴァント)を変えても、それが聖杯を巡る争いであることには変わりない。ここまではいいな?」

 

 うん。オルガも何が始まるのかという顔で頷いている。

 

「よし。じゃあ今からひとつの特殊事例についてざっくり話す。オレが直接見聞きした話じゃねぇから詳しくない部分もあるが、そこは想像で補うなりしてくれや。

 その聖杯の奪い合いが起こった土地と時代は、そうだな、【特異点F】。要は西暦2004年の日本のどこかにしておこう。マスターとサーヴァントが集まり、戦いの果てに一組の主従が聖杯のもとへ辿り着くことに成功した。マスターたちは皆、聖杯の力で願いを叶えることが出来ると知っていたから、早速願いを叶えようとしたかもしれねぇな。

 だが、そこで問題が起こった。

 ……実はその聖杯は、既に【この世全ての悪】を取り込んでいたんだよ」

 

 ……?

 何を取り込んでたって?

 

「【この世全ての悪】。あるいは【アンリ・マユ】とも呼ばれていたか。それがそういうサーヴァントなのか、あるいは文字通りの悪神の類いなのか、はたまた全く違う別の何かだったのか。それは分からん。だが、とにかくそういうものが聖杯を汚染していたのは確かだ。で、それが魔力に満ちた聖杯から黒い泥の形となって溢れ出した。マスターとサーヴァントは命がけで聖杯を破壊し、【この世全ての悪】を止めた──」

 

「待ちなさいクー・フーリン! 貴方、一体何の話をしているの!? 聖杯の汚染って……」

 

 たまらずと言った調子でオルガがクー・フーリンを止めた。気持ちはわかる。え、俺たちがこれから聖杯回収しに行くとき、それが汚染されてる可能性も考慮しなきゃいけないの? みたいな。

 クー・フーリンは苦笑いしてその可能性を否定した。

 

「特殊事例だって言ったろ。特異点にバラまかれてる聖杯は原理的にまずそんなことにはならねぇし、本来アンタらが知る必要もない話だ。そもそもアレは元の儀式の性質からしてロクでもねぇ代物でな。いや、オレも散々な目にあった……」

 

 クー・フーリンがなにやら遠い目をする。

 おいおい、ここで更に過去話フラグまで立てられたら完全に収拾つかなくなるぞ? 俺は脱線しかけているクー・フーリンに元の話の続きを促すことにした。

 ……で、その【この世全ての悪】とやらは聖杯ごと滅んだんだろ? めでたしめでたしじゃねぇか。

 

「ま、そうだな。アイツらはよくやったよ。だが、アンタに聞きたいのはここからだ。いいか。

 『もし、聖杯が破壊されず【この世全ての悪】がそのまま地上に溢れ出していたとしたら、それで人類は滅んだと思うか?』」

 

 ……は?

 えーっと。それは、今のお前の話のif展開がバッドエンドルートにつながるかってこと?

 

「グッドでもバッドでもトゥルーでも何でもいい。アンタがどう思うかを聞かせてみろ」

 

 ふむ。ふむ……?

 直感ではノーかな。なんとなくだけど、まあ滅びないんじゃない?

 

「理由は?」

 

 いや、フィーリングでさ。

 

「大事なのは理由だ。つまりは結果に至る過程だ。先に言っておくが、人類が滅びたかどうかは誰にも分からん。実際には起こらなかった可能性の話だからな。だから答えはイエスでもノーでもどっちでもいいが、きちんとそこに至る理由(プロット)を考えろ」

 

 ええ……めんどい。

 なんか余興とか言ってたくせに、いざ蓋を開けてみたらクー・フーリンが思ったよりガチだった。今もフードの下でギラギラ光る片目が俺を見据えている。なにこいつ。こわ……。

 

「貴方がその質問に答えることに何の意味があるのか知らないけど、酒の肴にはしてあげるから考えてみれば?」

 

 オルガがそう言ってエールをグビッと飲んだ。酒カスぅ……。

 聖杯の汚染とやらが運営問題(マター)にならないと分かったためか、完全に他人事モードになったらしい。

 面倒くせぇ。帰りてぇ。あ、でもまだオルガに金策頼んでなかったわ。じゃ、やるか……。

 

 次のエールを頼んでいるオルガを横に、今の話を整理してみる。

 

 汚染された聖杯から【この世全ての悪】とやらが黒い泥の形となって溢れ出した、か。

 ……なんで黒い泥なんだ? いや、なんか汚染されてそうなイメージはビンビンに受けるけど。

 

「なぜ黒い泥だったのかはオレも知らん。そうだな、グノーシスの主義者に言わせれば、物質的(ヒューリコス)なものはすなわち泥的(コイコス)であるらしいぜ?」

 

 クー・フーリンに聞いてみると、謎の宗教豆知識(トリビア)が返ってきた。グノーシスって昔のキリスト教の異端だっけ? カルトの話はやめてくれないか。

 仮にこいつの言う通りなら【この世全ての悪】とやらがグノーシスかぶれだった可能性も否定できないが、まあ泥である理由そのものは気にしなくてよさそうだ。俺もそんな興味ないしな。

 

 で、その泥が溢れると人類が滅ぶって? WHY(なんで)? HOW(どのように)

 

「さて。それが仮にサーヴァントであるなら、そういう宝具でも持ってるんじゃねぇか? 人類を全員呪うような宝具とかな。少なくとも泥に触れたやつは死ぬより酷いことになったぜ」

 

 宝具て。クー・フーリンがメチャクチャ適当なことをいう。それが有りならなんでも有りじゃねぇか。

 まあいい。HOWはそういうことにしておこう。【この世全ての悪】とやらは接触即死の激ヤバ毒々野郎で、しかも呪い持ちと。

 WHYは? こっちもまあ、【この世全ての悪】っていうくらいだから悪いことするのが存在意義みたいな話かもしれない。

 

 クー・フーリン同様、【この世全ての悪】について雑にまとめていく。所詮は飲みの席の余興だ。むしろトンデモであればあるほど面白いまであるだろう。空想科学読本かな?

 

 よし、じゃあ一通り情報も整理できたし考えてみるか。

 日本のどこかで溢れ出た【この世全ての悪】の黒い泥。接触即死なので、まず出現地点はアウトだろう。日本列島も基本地続きなのでだいたいアウトだ。泥に埋まる青函トンネルや関門橋を想像すると変な笑いが出てくるが。

 

 問題はその先か。広がる海……。

 

 接触即死効果で全人類を殺すなら、泥が海を越える必要がある。地球の表面は七割が海だっけ? 俺はカルデアの電子資料を検索した(ググった)

 なになに、地球にある海水の体積は約14億立方キロメートルとな。で、水の質量は1立方メートルあたり1トンと。

 ということは、単純に立方キロメートルを10003 立方メートルに直して考えると、海水の質量は約14億×1000×1000×1000トン?

 えーっと、単位がでかすぎて分からん。億、兆、京、(がい)? 140京トンか……意味不明すぎるな。

 

 とにかく、【この世全ての悪】の泥が地球全域に広がろうとするなら、この140京トンの海水による容赦ない希釈を乗り越えねばならない。有史以来人類が常に大自然と戦ってきたように、人類の悪性も同じだけ大自然の脅威にさらされるのだ。「お前それサバンナでも同じ事言えんの?」って話である。島国日本で出てきたのが運の尽きだったな。どこへ行くにも海を越えなきゃ始まらん。聖杯からドンドコ泥が湧いてくるとして、その最大量はどれほどのものか? また考えてみよう。

 

 【この世全ての悪】……そうだな、まず善悪の概念を持つのは人間だけだと仮定しよう。これはつまり、宗教的、あるいは道徳的な倫理観を「発明」するに至ったのが人間だけということだ。動物にだって快/不快の延長としての良い/悪いはあるだろうが、それは善悪じゃない。EvilとBad、どっちも日本語だと「悪」に訳されちまうのが厄介なところだな。

 

 とはいえ、もしかしたら人間さん以外にも善悪の概念を持つ存在がいるかもしれない。だがそれを混ぜ始めると、今度は「なんでその『人間以外の悪』が人間を殺しにかかるの?」という話になってややこしいので、やはり無視しておくのが無難だろう。人間の『悪』はまず間違いなく人間を殺したがるだろうからな。邪悪なホモサピは話を楽にしてくれて助かるぜ。

 

 ということで、【この世全ての悪】=【この世全ての『人間の』悪】と仮定する。となると、それは『人間』の部分集合だ。だったら、【この世全ての悪】の最大量は『この世全ての人間』の最大量以下だと考えていいんじゃないか? 善と、悪と、善でも悪でもないものを持ち合わせるのが人間さんの良いとこでもあり悪いとこでもあるからな。

 しかし一口に人間と言っても老若男女いろいろだ。どうしようか? 全人類の体重合計とか、誰か暇なやつが計算してそうなもんだけど。また検索して(ググって)みる。うわ、出た。西暦2005年における全世界の成人の総体重推定だ(記事)。

 ドンピシャだな……!

 

 やけに都合の良い資料が出てきたので俺は楽しくなってきた。自動翻訳をかまして流し読む。

 ふむふむ、試算によれば……西暦2005年の全世界の成人体重は合計2億8700万トン!

 

 ……少ねぇ!!

 

 いや少なくはないんだけど。でも海水が140京トンでしょ? 桁が違いすぎるわ。

 なんかもう計算する気も起きないくらいアレだが、一応、希釈の結果を見てみよう。

 極めて好意的に──滅ぼされようとしている人類にとっては悪意的に──四捨五入して見積もり、3億トンの【この世全ての悪】の泥が全て海水に流れ込むとする。

 式は3億÷140京? 桁を整理すると3÷(1.4×1010)か。

 

 とりあえず計算してみる。電卓ポチポチ……計算結果、0.000000000214286!

 つまり海水中の【この世全ての悪】の濃度は約0.00000002%!

 ……ホメオパシーかな?

 

 まあ、ホメオパシーの効能はかの白衣の天使ナイチンゲールも認めているところではある。ヤブ医者が下手に薬を与えて悪影響出すよりは、最初から何の効果もない方がまだマシだという意味合いだが。プラセボ効果はあるかもな。

 

 ということで、極めて雑な計算の結果、全人類を殺すため七つの海を越えた【この世全ての悪】はホメオパシー程度には効きそうだ。そもそも一様に希釈されるはずがないので、実際そんな結果にはならんだろうが。「樽いっぱいのワインにスプーン一杯の泥水を入れたらそれはもう樽いっぱいの泥水だ」ってのはマーフィーの法則だっけ? でも人間そんな高感度に出来てないでしょ。俺は芸能人格付けチェックを毎回欠かさず視聴してるから詳しいんだ。

 ともあれ、【この世全ての悪】が太平洋を超えて南北アメリカ大陸に辿り着き、そこから更に内地を覆い尽くすのは無理じゃないかなーって感がある。

 

 

 ……直接的な接触即死効果では人類が滅びなさそうなので、今度は【この世全ての悪】の呪いを考えてみよう。クー・フーリンの言う通り、この世全ての人類を呪う宝具を持つとする。チートにも程があるぞ?

 

 さて。考えるにあたり、まず本当に全人類を呪いの対象に取れるのか?という疑問がある。が、そこを真面目に考えるとクソつまらない結論になる気がするので、とりあえず取れるということにしておこう。

 

 ついでに、呪いがあるなら「呪いを防ぐ結界」とか「呪い返しの術式」とか「呪いを浄化する秘跡」とかもありそうなもんだが、そういうオカルト空中戦は無理なのでそれも考えないことにする。世に隠れ潜む呪術遣いの皆さんは、各自の裁量でぼくらの未来を守ってほしい。

 

 となると、手を付けられそうなのは「この世」全ての悪という部分だ。

 字義通りに解釈すれば、それは「現在この世界に存在する」悪の集合体ということになる。数十年前、数百年前の戦争の怨念とかは含まれないと考えていいだろう。

 ……もしかしたら、「この世全ての悪」の色違い(バリエーション)じみて「あの世全ての悪」とか「その世全ての悪」とかもあるかもしれないが。くっ、許せないぜ。

 

 で、ここから想定される問題は、【この世全ての悪】がこの世の人間を殺せば殺すほど【この世全ての悪】の総量も減少するということだ。悪の根源(にんげんさん)があの世行きになった分だけ減っちまうからな。人間が減れば減るほど、【この世全ての悪】は弱体化する。要はチキンレースだ。どっちが先に力尽きるか。さらに言うなら、人類が滅びると同時に【この世全ての悪】も滅ぶことになる。人の夢と書いて(はかな)いと読むらしいが、人の悪もまた夢のように儚い存在なのだろう……。

 

 人間がいるから【この世全ての悪】がある。

 光あるところに闇あり、闇あるところに光あり。なんか昔のプリキュアみたいな話になってきたな。

 

 数十億人分の悪意のカタマリなら、そりゃあ呪いもすげぇもんだろう。だが、例えば残存人類(せかい)がもし百人の村になったら。全てを呪殺できるような呪いの強度を維持できるのか? ……分からんが、正直疑問ではある。

 もちろん、【この世全ての悪】が出現即全体即死呪殺宝具を使用できるなら話は別だ。しかし、だったらクー・フーリンの話に出てきた「マスターとサーヴァントが泥を垂れ流す聖杯を破壊した」なんて展開も不可能になるだろう。やはり排除して良い可能性に思われる。

 

 そして何より。

 極めて個人的かつ主観的な物言いではあるが、【この世全ての悪】なんてものが暴れだしたとして、じゃあ【この世全ての善】とか【この世全ての愛】とか【この世全ての生存本能】みたいなカウンターは働かないのかって疑問がある。

 

 繰り返しになるが、俺は善も悪も善でも悪でもないものもゴチャゴチャに持ち合わせているのが人間だと思っている。だから、その中で【悪】だけ取り出して人間が滅ぶとか滅ばないとか論じても意味がないと思うわけだ。何なら、歴史を紐解けば【善】とか【正義】の方がよっぽど人間を殺すのには貢献してきたんじゃねぇのかな。

 きっと悪意も善意も等しく地獄への道を舗装するのだろう。

 

 

 

 

 ……はい! というわけで【この世全ての悪】について考えてみました! 黒い泥が垂れ流されても人間は滅びないと思いますが、不明な点が多すぎてよくわかりませんね!

 いかがでしたか? 気に入った方は、金欠で武器も買えない俺に投げ銭してみるといいかもしれません! それでは皆さん、良い聖杯探索を!

 

 俺はにこやかに結論を告げた。

 ついでに対価(おひねり)を求めてみる。しかし反応は冷たかった。

 

「長ぇ!」

「長いわ!」

 

 ええ……。お前らがやれって言ったんじゃん。

 俺はズズーッと茶をすすった。オルガがジト目でクー・フーリンを見ながら言う。

 

「……それで? クー・フーリン。多少は興味深く聞かせてもらったけど、貴方はこれで何をしたかったのかしら。単なる余興というなら、今後はもう少し娯楽性(エンタメ)も考えてほしいものね」

 

 その手のグラスは、いつの間にかまたハーブワインに戻っていた。手元にはチーズが盛られた皿。俺が話してる間に何杯飲んだんだ、こいつ。

 クー・フーリンはニヤリと笑った。

 

「それが分かるのはここからさ。過程と結果は別物だと言ったろう。……マスター。今の話を聞いて、アンタが【この世全ての悪】についてどう考えたかはよく分かった。だが、オレは最初に聖杯の話をしようと言ったはずだ。だから改めて聞こう。この話の中で、アンタは聖杯についてどう思った?」

 

 ん? また質問か。聖杯。聖杯ね。

 今の話じゃ【この世全ての悪】を垂れ流す舞台装置程度の存在感しか無かったが……。

 

 ……そうだな。

 

 まず、今披露したネタ考察は仮定に仮定を重ねて妄想で味付けした極めてナンセンスな代物だ。

 で、その中でもとびっきりにナンセンスなのが、【この世全ての悪】を海水で希釈できるのかという話。

 

 言わせてもらえば、【この世全ての悪】にどのくらい体積や質量があるのかなんて、考えること自体馬鹿馬鹿しい話だぜ。

 だって今回たまたま黒い泥って形でお出しされたから計算してみたけど、そもそも善だの悪だの、そんなものに重さなんざ無ぇんだよ。形を持たない、つまり形而上の概念なんだからさ。

 

 じゃあどうして概念の重さなんて考える羽目になったかと言えば、それは聖杯のせいだ。聖杯が【この世全ての悪】という概念を黒い泥という形で現世に垂れ流したせい。

 

 ……だから結局、その【特異点F】の特殊事例とやらで争われた聖杯の本当の機能ってのは、それなんじゃないかと思うよ。

 

 願いを叶えるってのは、聖杯の機能のごく一部なんだろう。

 聖杯は【悪】という形而上概念を泥という物質として具現化し、願いという現実化されていない思念を具体的に現実のものにして叶える。サーヴァントを召喚するのだって同じことだ。意識とか人格とか魂とか、そういう形而上概念的な『人間性』に具体的な人の形を与えることで物質化する──

 

「ッッやめなさい!!!」

 

 突然、オルガが大声で怒鳴った。

 びっくりしてそちらを振り向くと、マジ顔で俺を睨みつけている。いや、俺だけじゃない。俺を挟んで向かいにいるクー・フーリンをも、彼女は敵意を込めた視線で見据えていた。

 

「……それ以上その話を続けるなら、こちらにも考えがあるわ。力尽くでも黙らせる」

 

 ゆっくりと酒のグラスを置いて、指先をこっちに向ける。ガンドの気配。何なんだ一体……。

 

「物騒だな、嬢ちゃん。オレとやり合う気か? このまま黙って話を聞くことを勧めるが」

 

 クー・フーリンが低い声で威圧するように応じる。その杖の周りの空間には、ほんの一瞬の間に大量のルーンが浮かび上がっていた。フードの奥で光る瞳が、ますますギラギラした目つきでオレたちを睥睨(へいげい)している。

 

 なんだこいつら……。俺はドン引きした。

 何いきなりマジになってんの? 突然喧嘩始めるとか、お前ら猫かなんかなの?

 クー・フーリンの変貌ぶりにオルガが気圧される。ヤツは俺に話しかけてきた。

 

「見込み通りだったぜ、マスター。()()()()()()()、結果的にアンタは正しく彼の地の聖杯の性質を言い当てた。だから教えておいてやろう。その本来の機能は『形而上の存在を汲み上げ、物質に転換する』こと。【第三魔法】と呼ばれるものの一部だ。称して【天……おっと!」

 

 俺の鼻先をかすめるようにオルガのガンドが飛んでくる。

 クー・フーリンは宙に浮かべたルーンの一つで容易くそれを防ぎ、お返しだとばかりに地面から生やした蔦でオルガをぐるぐる巻きにした。

 

「ッ……! クー・フーリン! 貴方、正気!? 貴方は良くても、このまま放置すれば貴方のマスターが只じゃ済まないわよ!?」

 

 あっという間に身動き取れなくなったオルガが藻掻きながら言う。俺は屋台の親父さんと一緒にカウンターの奥に隠れることにした。身を寄せ合い、流れ弾が飛んでこないよう気配を殺しながら震えて事態の推移を見守る。

 クー・フーリンは呆れたように、あるいは(さと)すように言った。

 

「やれやれ、真実を教えろと言ったり教えるなと言ったり、忙しい嬢ちゃんだな。いいか、只で済むようなマスターじゃねぇと分かったから、こうしてるんだろうが。このまま修復の旅を続ければ、いずれ第三に並ぶ……いや、もしかしたらそれすら凌駕するような神秘と対峙することになるだろう。そのとき、アンタらはどう対処するつもりなんだ? 使えそうなものは使えるようじっくり育ててやるくらいの度量は見せておけ」

 

「それを彼が望んだの!? 訳も分からないまま、小略奪公(リトル・エルメロイ)もどきに仕立て上げられることを!」

 

「嫌だと言われたらやめるさ。だが今のオレはドルイドでな、こいつ(マスター)に導きを与えるのが務めだと思っている。……それに嬢ちゃん、アンタ見誤ってるぜ。エルメロイ、あのカルデアにいる時計塔の魔術師を鑑識者、あるいは探偵とするなら──こいつはいわば作家だ。真実を見抜こうとして見抜くのではなく、複数の事柄を繋ぐストーリーラインを引いた結果、物語の展開ないし帰結として真実らしきものに触れることがあるだけさ。最初からそうだったのか最近そうなったのかは知らんが、見事にそういう方向へ転がり落ちている」

 

 作家て。いつぞやデオンさんにも同じようなことを言われたが、サーヴァントNPCの目から見ると俺はよほど探偵モノの噛ませ犬的なキャラに見えるらしい。普段から散々適当なことペラ回してるので仕方ないと言えば仕方ない。コナンとかわりと好きだしね。

 しかしこの話、俺はどういう立ち位置で聞けばいいんだろうな? これまでクー・フーリンの情報フィルタリングで困ったことはそんなに無いので、別に嫌というほどの感情も無いのだ。だが俺よりよほど俺の教育方針を憂慮しているらしいオルガは苦しそうに言い返した。

 

「っ、でも……彼は一般人なのよ!?」

 

「この『ゲーム』に関わった時点で、誰も一般人なんかじゃねぇさ」

 

 ……俺は一般人ではなかった? いや、ゲームに関わった時点でってことならプレイヤーはみんな一般人じゃないことになる。

 俺は隣で震える親父さんと顔を見合わせた。親父さん。アンタ、一般人じゃなかったのか……?

 

 

 クー・フーリンが反論に詰まったオルガを制圧する。俺はまだお金を貸してもらってないのに、どうしてこんなことになってしまったんだ。このリハクの目を持ってしてもこの展開は見抜けなかった。

 一般人じゃないはずの俺たちは、それでも仲間割れの様子を隠れて見ていることしかできない……。

 

 

 ……あ、いや。そうでもねぇな。

 なんか流れで逃げ隠れてしまったが、俺はクー・フーリンのマスターだった。

 俺は立ち上がり、マスターとしての発言権を行使することにした。

 

「そこまでだクー・フーリン。オルガも。河岸(かし)を変えて飲み直すぞ」

 

「あ? アー……。分かったよ、マスター。ま、今日のところはこれで終わりだ。続きはまたの機会にしよう」

 

 なんかあっさりクー・フーリンも納得し、するするとオルガの拘束が解かれる。

 

「魔術使ったらまたかったるくなってきたな……(だり)ぃ」

 

 クー・フーリンは被っていたフードを上げると、グッと肩を回して伸びをする。その反動まだ治ってなかったの?

 

「ドルイド的には人工物しかないカルデアで寝てるより、特異点の森か林で瞑想でもする方がずっとマシなんだよ。……で、マスター。あれこれ口を出しといて何だが、気が変わった。別に知りたかったら自分から聞く分には構わんぜ。この嬢ちゃんなり、アンタと付き合いのある【ノーリッジ】の魔術師連中なりからな」

 

 自然ねぇ。だったら森林浴でも企画しようと思っていたら、クー・フーリンが突然180度手のひらを返してきた。さっきのギラギラぶりはどこへいったのか。ひとしきり暴れて満足でもした?

 

「違ぇよ。アンタはオレを何だと思ってんだ。……カルデアの裏事情にしろ、この『ゲーム』の話にしろ、それ以上のコトにしろ、オレが本当に秘匿(フィルタリング)したい事項というのはひとつだけだ。そして、それを知ることなくマスターは特異点修復に大きく貢献した。であれば、その一点だけはカルデアに秘匿させ続けるような主張も通るだろうし…………それにアンタを見てると、勝手に『真実』に辿り着いちまう可能性も十分ありそうだ。だったら話のタネは多いほうが良いだろ、アンタが特異点で『戦う』ためにはな。

 ……オレはオレの考えでアンタを導こうと思っちゃいるが、本質的にはマスターの意思こそ優先される。フォローはしてやるから、また思うように動いてみろ。案外このオルレアンみたいに愉快な展開が待ってるかもしれんぜ?」

 

 ん、それは情報フィルタリング解除ってことか? どうやら封印が解けられたと考えていいらしい。とはいえ、当のオルガが今度はひどいことになっている。蔦まみれのボロボロだ。

 

「…………貴方達、本当に正気なの……?」

 

 地面に下ろされ解放されたオルガが虚ろに呟く。傷心の彼女のため、俺もフォローに入ることにした。落ち込む肩を強く叩く。

 

 ……何言ってるんだオルガ。正気で酒が飲めるかよ!

 かわいそうにな、酔いが冷めちまっただろ。でもまだ一日は長いんだし、楽しく飲み直そうぜ!

 あ、でも先に服だな。そんな蔦まみれ葉っぱまみれじゃ落ち着かないだろうし。こないだ【トレーニングルーム】行ったとき、良さげな服屋を見かけてさ。そこでなんか見繕って、そのまま近くの屋台に入ればいい。今日は俺のおごりだ。クー・フーリンが迷惑かけちまったからな。いや、アイツも最近疲れてんだよ。ファヴニール倒すのに無茶したみたいでさあ。だからって大目に見てやってほしいとは言わないが、オルガさえ良ければまた一緒に楽しく飲んでくれると俺は嬉しい。

 

「……別に私は、そこに怒ってるわけじゃないわよ」

 

 ならよし。いざ二軒目だ。俺はクー・フーリンとまだ呆然としているオルガを連れて屋台を出た。

 親父さんには迷惑料込みで色を付けて支払っておく。また金がなくなってしまった……。一刻も早くオルガから融資を取り付けねばな。

 

 いつしか日は沈みかけている。だが、俺たちの夜はこれからだ。

 話の流れで妙にシリアスな雰囲気になったが、所詮は飲みの席での与太話。

 俺の目下の問題は金欠であり、魔法にせよ俺の育成方針の話にせよ、その解決に寄与しない話題に用はないのである。

 

 



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幕間の物語「ローマ前夜①」

VRMMO設定の歪み! 捏造設定の極み! 本作版マシュ過去編です!


 

>>> [1/3] わたしの大切な『先輩』

 

 清姫さんがいつになく浮かれています。

 

「うふふふふ……」

 

 その緩んだ頬と下がり気味の眉は、戦いの場で彼女が見せる気丈さとは程遠く。

 何を思い出しているのかウットリと細められた眼尻は、少女らしからぬ艶めきを乗せて。

 立てばふわふわ、座ればそわそわ、歩く姿は夢心地といったご様子です。

 

 数日前から彼女の変化には気づいていたのですが、あいにく最近のカルデアはあまりにも多忙すぎました。

 第二特異点レイシフトのための一週間の準備期間を忙殺されて過ごしたわたしが清姫さんとお話できたのは、まさに第二聖杯探索(セカンド・グランドオーダー)開始を翌日に控えた夜のことでした。

 

「ご機嫌ですね、清姫さん」

 

「ええ、ええ、マシュさん、お分かりになりまして? うふふふふ……!」

 

 微笑みながら、胸元に挟んだ綺麗な布の包みを愛おしげに撫でています。

 そういった小物はオルレアンでは身につけていなかったように思いますが……。

 

「ふ、ふふふ、ふひ、ふひゅっ……!」

 

「……さすがにその笑い方は淑女的にいかがかと」

 

 先輩に聞かれでもしたら、清姫さんの乙女心が大ピンチになってしまいます。せっかく上機嫌で過ごしてくださっているのに波風を立てたくはありません。

 わたしの言葉に「ハッ!?」といった様子で我に返ったらしい清姫さんは、慌てた様子でパタパタと周囲を見渡し、先輩の姿が無いことを確認するとほぅっと安堵の息を吐きました。

 

「危ないところでした……。このような姿をお見せしてしまっては未来の妻の名折れというもの……!」

 

「……妻」

 

 清姫さんがそういった発言をなさるのは今に始まったことではありませんが──【ワカメ王国】の皆さんによれば、オルレアンで初めて先輩と出会った瞬間からこんな調子だったとのことですが──しかし最近の浮かれぶりはいささか気にかかります。何かあったのでしょうか?

 そう切り出してみると、清姫さんは嬉しそうに胸元の小物を引き抜き、わたしの前で紐解いてくれました。

 美しい刺繍の入った布の中に収められていたのは……短刀?

 

「懐刀ですわ。先日、【とれぇにんぐるぅむ】なる街へ買い物に行った折、安珍様(ますたぁ)に見繕っていただきましたの。懐刀といえば花嫁道具のひとつにも使われるもの。そんな品をお贈りいただいたということは、これはもう結納、いえ、結婚前夜と申しまして過言でないのでは……!?」

 

 事の次第を話しながら、くねくねと照れくさそうに身をよじる清姫さん。

 

 先輩からの贈り物ですか。確かに、それはさぞ嬉しいことでしょう。わたしも予定が空いていればぜひ参加したかったのですが……いえ、いけません。わたしたちカルデアの使命は、7つの特異点を巡って人理焼却を解決すること。わたしがカルデアでどうしても外せない仕事のある日を狙い撃ちするように買い物の予定を突っ込んできた先輩のご友人の空気読めなさぶりを内心恨めしく思っていることなど、おくびにも出すべきではないのです。

 

 とはいえ、勘違いは正すべきでしょう。おそらく先輩は、そういった意図で清姫さんに刀剣を贈られたわけではありません。もっと純粋に──わたしたちの身を守る助けになるようにという考えで最も適した『武装』を選ばれたのだと思います。

 そうお伝えすると清姫さんは少し複雑な表情をされました。

 

「……あなたがそう言うなら、嘘偽りなくそうなのでしょうね。……ええ、認めましょう。確かに私はいささか浮足立っています。なにせマスターが初めて私だけを見て、私だけのために選んでくださった品なのですから。妄想も夢幻のごとく膨らもうというものですわ」

 

 彼女の表情が一体どういった感情を表すものなのか、わたしには分かりませんでした。

 そんなわたしの様子を見て清姫さんは薄く微笑むと、再び懐刀を胸元に収めて言いました。

 

「誤解しないでいただきたいのですが、贈り物の意図はどうあれ、マスターに私の身を案じていただけるのは大変に嬉しいのです。むしろ私が気にしているのはあなたのことですよ、マシュさん。……はしたない話になりますが、私は先ほどあなたにマスターからの贈り物を自慢しようとしました。当世風に言えば、『まうんと』を取ろうとしたのです。……結果的には意味のない空回りでしかありませんでしたが」

 

 マウント……? いえ、プレイヤーの皆さんがしばしば使う言い回し(スラング)ですので意味は分かります。しかし、清姫さんがわたしにそういった態度を取ろうとした理由が分かりません。それをこの場で告白した意味も。

 

「理由ですか? それはもちろん、マスターにいつも気に掛けられているあなたが羨ましかったからですわ。どうやら今のあなたに『その気』はないようですけれど」

 

「羨ましい、ですか……?」

 

「ええ、とても」

 

 清姫さんは真顔でそう言います。確かに、先輩がわたしのことをきちんと考えてくれているという実感はありました。けれど、それは清姫さんにも同じくらい振り向けられているものです。どちらが上などというものではありません。わたしたちは共に先輩というマスターのサーヴァントなのですから。

 

「……ところで。前々からお聞きしたかったのですが、どうしてマシュさんはマスターを『先輩』と呼ぶのですか? こことは別のどこかでそういった関係にあるとか?」

 

 突然、清姫さんがそんなことを聞いてきました。

 あの特異点Fでの戦いの後、先輩と契約したわたしは自然と彼のことを『先輩』と呼ぶようになり、特に誰からも理由を問われることなく今に至っています。……案外、あえて聞かないだけで実は気にかけている方もおられるのでしょうか?

 

「いえ。わたしと先輩の接点はこの『FGO』を介したものだけです。先輩をそう呼ぶ理由というのは、どう説明すればよいものか難しいのですが……」

 

 わたしの答えに、清姫さんはニコリとうなずきました。

 

「時間はあるのですから、ゆっくりで構いませんわ。嘘さえつかなければ……ね?」

 

 彼女の笑顔からプレッシャーを感じます。これはきちんとお話しなければならないでしょう。

 わたしは数分かけて頭の中を整理し、話し始めました。

 

「まずお話しておかなければならないのは、わたしは先輩をサーヴァントとして契約する以前から知っていたということです──」

 

 

 ◆◇◆

 

 

 ──清姫さんの前で嘘はつけませんので、正直に申し上げますね。

 

 最初、わたしは先輩のことを──つまりリツカというプレイヤー、あるいは藤丸立香という日本人男性のことを好ましく思っていませんでした。ああ、いえ。当時の先輩に人間的問題があったとか、そういうわけではありません。第一、その頃のわたしは一方的に藤丸立香という人間の登録データを知っていただけで、直接お話したことすら無かったんですから。

 

 清姫さんはご存じないかもしれませんが、元々カルデアは、現在のような形で人理継続保証を行おうとしていたわけではありませんでした。所長が代替わりし、トーマス・エジソン氏が召喚される前。カルデアが目指す人理継続保証とは、世界中から集められたレイシフト適正者によるレイシフト計画を主眼とするものだったんです。わたしはその計画の一員になるべくデザインベビーとして生を受け、カルデアの無菌室で育てられてきました。デミ・サーヴァント実験には被験体として参加しましたが、当時の結果は半ば失敗のような扱いでしたから、役に立っていたとは言いにくいですね。

 

 ……あの頃のわたしは、カルデアの外のことを何も知りませんでした。カルデアで生まれカルデアで育ったわたしは、当然のようにカルデアによって決められた人生を送るものだと思っていたんです。

 

 けれど、状況は変わりました。

 もう何年前でしょうか、カルデアのトップが現在の所長へ代わり、エジソン氏が召喚されて少ししてからのことです。エジソン氏の企画した『Fate/Grand ONLINE』プロジェクトがカルデアの主流に取って代わり、元のレイシフト計画チームは解散、人員も別部署へ異動ないしカルデアを去る道を選びました。カルデアの外からプレイヤーとして関わりを続けようとする奇特な方もいましたが。

 

 ……わたしですか? わたしは、何も考えずただカルデアの意向に従いました。その先でどんな変化が待っているか、想像もせずに。

 

 今だから言えることですが、方針転換後のカルデアにわたしの居場所はありませんでした。ネットワーク回線を使用し全世界からレイシフト適正に関わらずプレイヤーを集めようとする『FGO』プロジェクトにおいては、マスター適正とレイシフト適正、そしてデミ・サーヴァント適正に特化したわたしのデザインは活かしようがなかったからです。

 

 それでも、自由は与えられました。ドクター……Dr.ロマンとエジソン氏の働きかけによって、わたしは無菌室を出る許可を与えられ、カルデアの中を動き回ることが出来るようになりました。

 

 カルデアを恨まなかったか、ですか? ……そうですね。正直分かりません。当時のわたしは、目まぐるしい状況の変化にただただ振り回され困惑していたように思います。

 

 それからしばらくはカルデアの施設を使って勉強をしたり身体訓練をしたりしていたのですが、ある日エジソン氏から『FGO』プロジェクトのプレイヤー担当ナビゲーターを打診されました。ゲームのこともナビゲーターという仕事のこともまるで分かりませんでしたが、やはり流されるようにそれを引き受けました。『FGO』が発売される少し前のことです。そして『FGO』が発売され、たくさんの、本当にたくさんのプレイヤーの皆さんが『FGO』にログインし……。

 

 

 …………それから、いろいろなことがありました。

 

 ひとつひとつを数え上げるのは到底不可能なほどの、いろいろなことが。

 プレイヤーの皆さんは、わたしが『人間』というものに対して抱いていたイメージよりずっと……何と言えばいいのか、多様でした。良い意味でも、悪い意味でも。と言っても、わたしが直接プレイヤーの皆さんと接する機会はそう多くありませんでしたが。

 想定していなかったトラブルは山程ありました。運営にもいくらか関わることになり、結果として業務上必要な権限としていくらかの情報へのアクセス権を与えられました。

 

 ……その中に、プレイヤーの情報が含まれていたのです。

 そうしてわたしは藤丸立香というプレイヤーの存在を知りました。わたしのたった一人の『先輩』の存在を。

 

 清姫さんは、先輩のレイシフト適正が100%であることをご存知ですか?

 もちろん、現在の『FGO』においてレイシフト適正は不必要な能力です。エジソン氏に言わせるなら、照明にあかあかと照らされた夜道を行くのに夜目が効くかどうかは関係ないということになるでしょうか。けれど、わたしはそのために生まれてきました。マスターとして、レイシフト適正者として、デミ・サーヴァントの素体としてデザインされ、それ以外のいろいろなものを削ぎ落として生まれきたんです。だから…………わたしは、自分の生まれてきた意味を証明したかった。今はもう叶わない、いえ叶わなくても良いとさえ思える願いですが。

 

 話を戻しましょう。『藤丸立香』という100%レイシフト適正者の存在を知って、わたしは動揺しました。

 わたしが命の在り方を歪めてまで手に入れたデザインを、その人はごくごく自然に持ち合わせていたのですから。そして、仮に当初のレイシフト計画が続いたとしても、魔術協会と縁のない彼はその無二の才能を一切発揮することなく人生を終えただろうということに気づいたとき、わたしは……正直、この世界というものが分からなくなりました。

 

 今思えば、自分と『藤丸立香』を比較したわたしは、嫉妬と憐憫の入り混じったような感情を抱いていたのでしょう。

 当時のわたしは、あまり良い精神状態ではありませんでした。

 フォウさんにも距離を取られてしまって……今ではまたすっかり(なつ)いてくださっていますが、今日ここにフォウさんがいらっしゃらなかったのはラッキーでしたね。こんな話をしているのを聞かれたら、きっと良い気はなさらないでしょうし。

 

 それから、わたしはこっそりと『藤丸立香』に関する情報を集め始めました。

 現所長が『FGO』をテストプレイするにあたって偶然【ワカメ王国】に所属したこともあり、段々と先輩の人となりを知るようになったんです。

 

 ……先輩は、本当に自然体の人でした。

 ただ在ることを在るがままに、けれど自分にとって正しいことは正しいと言うことができる──どこまでも善良でありながら悪を憎まず、悪にそそのかされながらも善を為す。そんな人です。……もっとも先輩をそそのかす悪というのは、たいてい隣りにいる先輩のご友人を起点とするものでしたが。

 

 とにかく先輩は、レイシフト適正などとは一切関係なく素敵な人でした。

 そしてわたしは……自分の出生デザインと現状のミスマッチをどうすればよいのか分からなくなっていたわたしは、いつしか先輩のようにありたいと思うようになりました。

 自分に与えられたデザインを無視して生きようと思ったわけではありません。そうですね……「どう生まれたか」より「どう生きるか」の方が大事なんだと気づいたんです。どちらも今のわたしを形作る大切なものですが、過去に囚われるよりは未来を()て生きたいですから。

 

 

 それからも、『FGO』運営の中ではいろいろな問題が起こり続けました。それらに対処する中で、わたしはデミ・サーヴァントとしての力を行使できるようになり、戦闘サポートという形でも貢献を求められるようになりました。

 デミ・サーヴァントとしての力を得たわたしが以前のまま在り続けることができたのも、やはり先輩のおかげだったと思います。先輩を知る前のわたしだったら、与えられた力に振り回され、今とは全く違う有様になっていたかもしれません。

 

 ただ、だからといって先輩と直接コンタクトしようとは考えませんでした。当時の先輩は普通のプレイヤーとしてゲームを楽しんでいましたから、運営(カルデア)に属するわたしが関わるのは気が引けましたので。

 それだけに、あの【特異点F】の地下大空洞で先輩に助けられ、そしてサーヴァントとして契約することになったのは、今でも奇跡みたいな偶然だなと思っています。

 

 ……本当に、本当に大切な偶然の奇跡です。

 

 

 ……すっかり長くなってしまいましたね。改めてお答えしましょう。

 わたしが先輩を『先輩』と呼ぶのは、わたしにとって先輩がひとつの憧れだからです。

 限りなく希少な……けれど人生の中で決して活かすことのできない能力を持って生まれながら、その能力に振り回されることなくただ善なるものと未来を信じて進むことができる藤丸立香という人間の在り方を、わたしがわたしの至るべき場所、すなわち『先輩』として定義したからです。

 

 

 わたしが先輩と全く同じように生きることは出来ないでしょう。

 それでもわたしは、先輩と同じ方向を向いて歩んでいきたい。

 この人理修復という長い道のりを、先輩と同じ景色を見ながら旅していきたい。

 

 ……清姫さん。

 明日からは第二の聖杯探索(セカンド・グランドオーダー)が始まります。きっとまた沢山の困難がわたしたちを待ち受けていると思います。これからも一緒に、先輩のサーヴァントとして最後まで戦い抜いていきましょう。

 




長いので分割。明日に続く。


◆今回出てきた、原作マシュと本作マシュの主な相違点
・原作より早い時点で無菌室を出ることを認められ自由行動できている。
・自由行動できるようになった時点でレイシフト計画チームが解散してしまっているので、いわゆるAチーム含めたマスター候補者との面識がない(原作の流れ次第で今後捏造するかもしれませんが……)
・良くも悪くも原作マシュより色々人間を見てはいる。カルデア内外ともに。
・オルガマリー・アニムスフィアとの関係がたぶん原作より悪い。
・藤丸立香/リツカとの関係性

などなど。まだ他にも色々あるよ。VRMMO化の影響を一身に受けている……まさに盾キャラ。

あ、フォウ君との仲は、色々ありつつも現時点では原作とほぼ同じくらいだと思ってください。
フォウ「フォウ!(マシュリツいいよね……)」
ロマニ「いい……」


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幕間の物語「ローマ前夜②」

話としては昨日の続きです。長いので分割されました。


>>> [2/3] アーネンエルベの止まり木

 

 喫茶&BAR【アーネンエルベ】。

 カルデア施設内に設けられたこの店は、昼間は喫茶店として営業し夜はバーになるらしい。

 もっともカルデアにはきちんと設備の整った食堂があるそうで、飲むにせよ食うにせよこちらは基本閑古鳥が鳴いているとの話だが……。

 

 第二特異点開放までの数日、雇われバーテンダーをやっている。

 先日オルガに金の無心をしたところ、金はくれなかったがここのバイトを紹介してくれた。クー・フーリンが余計なことをしなければもう一声イケたと思うんだが、それも終わった話。仕方ないというやつだ。

 

 本来の店のスタッフは、俺とは逆に第二特異点解放まで休暇を取るらしい。カクテルとかは作らなくていいから、とりあえず店を開けておいてくれとだけ頼まれている。来るのは運営(カルデア)の人間だけだし、飲みたい客は勝手に店のものを取って飲むとのこと。それでいいのか……?

 

 とはいえ、実際店を開けてみると客がいる間は意外と忙しかった。

 仕事引き継ぎした初日以外はワンオペなので、客が取った酒の補充をしたりウェイターの真似事をしたり使用済みのグラスや皿を洗ったりと、それだけでバタバタ時間が過ぎていく。慣れれば多少マシになるんだろうが、慣れるほど勤続する予定はない。

 客がいないときには店のカクテルブックなんかを読んで見様見真似で作ってみるが、なかなかそれらしいカクテルを作るのは難しかった。というかまず同じものを作ってるはずなのに味が安定しない。レシピ通り測って混ぜるだけでも、裏には様々な技術やコツがあるんだろう。

 

 そんなバイトも今日で最終日だ。

 明日からは第二特異点に行くつもりなので、穏やかに仕事納めを迎えたい。正確に言えば日付的には『明日』ではなくもう『今日』で、バーの営業時間もとっくに看板(クローズ)なのだが、カウンターでは知らないお姉さんが隣の席のお兄さん相手に管を巻いている。

 

「……聞いてます!? わたし今日もずぅっと仕事だったんですよ! そして明日も、明後日も! 一日中プレイヤーの益体もない書き込みを消したり隔離したり、クレーム対応やら通報対処やら、なんでこんなことしなきゃいけないんですかね!? わたしは人類の未来を守るためにカルデアへ来たのに、どうして掲示板の治安なんか守る羽目になったんでしょう…………おかわり! 同じのロックで!」

 

 カン、とグラスが差し出されて注文が入った。ラストオーダーはとうに過ぎているが、まあ最後くらい良いだろう。かしこまりまして。

 俺はスッと氷を取り出す。バーテンダーの技量はともかく、ここのバーの氷はすごいぞ。なにせ全て南極の氷だそうだからな。どういう仕入れルートかは知らんが、俺なんかが雑に使うのはもったいない気さえする。

 琥珀色の液体に氷を投入すると、パチパチと炭酸みたいな音を立てて気泡が出てくる。南極の大地で空気を含んだ雪が解けることなく圧縮されて作られる氷だからこその現象だ。理屈がわかっていると子ども科学実験みたいな趣きがあって楽しい。

 

 だがお姉さんには科学キッズ的な心の余裕がなかったらしい。グラスを掴むとカッとアルコールを流し込み、「もぅマヂ無理。。。リスケ(有給取得)しょ。。。」などと呟きながらテーブルに突っ伏した。見かねたお兄さんが肩を貸しながら店を出ていく。代金はカルデア社の給料から天引きで払われるそうで、金の管理をする必要がないのはバイトとしても大変気楽で良いことだな。

 最後の客がいなくなったので残されたグラスと皿を回収して手早く洗い、入り口の立て看板を店内に戻した。

 あとは片付けと施錠をして帰るだけだが……。俺の手がはたと止まる。

 

 ……今のお客さん、掲示板の中の人だって?

 バーの中で知った情報をお外に漏らすのは御法度らしいのだけど、内心動揺してしまった。幸い相手は、目の前のバーテンダーが今まさに掲示板で絶賛炎上中のプレイヤーであることには気づかなかったようだが……。クー・フーリンをマイルームで寝かしといてよかった。いい加減あいつの調子が戻らないと明日からの特異点攻略に差し障るので、社会(ゲーム)復帰の第一歩としてバイトの助っ人にでも駆り出そうかと思っていたのだ。流石にバーでサーヴァントを働かせていたら即バレだっただろう。

 

 そしてもうひとつ、動揺すべきことがある。これまで全力で目をそらしてきたのだが、いい加減それも限界だ。

 

 ……なんで俺はゲームアカウントにログインしたまま、運営会社の中で働いてるんだ!?

 

 さっきの掲示板管理人さん(?)含め、夜な夜な生身のカルデア職員さんにお酒を提供しているわけだが、俺は依然としてゲームアバターのままなのだ。現にこうして、

 

「ステータスオープン!」

 

 とやれば、ババッとステータスウィンドウが視界に現れる。俺達が一年半以上にわたって慣れ親しんできた『FGO』ゲームアバター以外の何物でもない。

 ならばゲームと現実の境界はどこにあるのか。もし俺が本当にクー・フーリンをここに連れてきていたら、ゲーム内NPCが現実に出現することになったのか。いつだったか、「これは全てゲームだ」とクー・フーリンは言っていた。では今はどっちだ? ゲームを介して現実に介入している現状は。

 情報フィルタリングの封印が解けられた以上、聞けば答えが返ってくるんだろう。だが、この状況を説明できる答えとは? 激ヤバな予感しかしない。深く考えると脳がおかしくなりそうだ……。

 

 少し頭を冷やそう。

 俺はグラスを手に取り、冷たいミルクを注いだ。一息に飲み干せば、頭がシャッキリと冴え渡る。

 冷静になった途端、一層大きな不安が押し寄せてきた……。

 

 ……頭を冷やすのはやめよう。

 俺はグラスを手に取り、スト■ングゼロを注いだ。一息に飲み干せば、頭がぼんやりと鈍くなる。

 【状態異常:酩酊】。VRでも変わらず良く効く、飲む福祉。なぜこんな酒がバーにあるのか。こいつに希少な南極の氷を投入するのはこの星の自然に対する冒涜ではないか。押し寄せる疑問と不安が不明瞭にぼやけていく……。

 

「──まだ入れるかね?」

 

 突然、店のドアが開いて客がやってきた。

 いや、もう終わりなんですが……そう答えようとしたところで、来客の素性に気づく。ムキムキマッチョのライオンマン。ディレクターのエジソン氏だ。その後ろから、【ノーリッジ】のクランリーダーにして最近はすっかり運営関係者と化しているエルがついてきた。

 VIP。VIPの来店だ。

 

「食堂がもう閉まっていてな、悪いが少しここで飲ませてほしい」

 

 閉店時間はとっくに過ぎているが、今更も今更だ。通しても良いだろう。

 退勤意欲を珍客への興味が上回ったので、二人を席に案内することにした。おしぼりと乾き物を出しつつオーダーを聞く。

 

「いや、勝手にやるので気にしないでくれたまえ。君も仕事上がりだったのだろう?」

 

 エジソン氏がそう言って立ち上がり、酒棚からボトルを取った。そういうことなら、と氷とグラスだけ出しておくことにする。ついでにエル用の灰皿も。

 

「すまんな」

 

 そう言ってエルは煙草に火をつけた。フゥーッと煙を吐き出す。

 

「君は明日から第二特異点に行くのか?」

 

 え、俺ですか? 一応そのつもりですが。この数日いろいろ金策を考えてみたんですけど、結局『FGO』内で金を稼ぐなら何やかんや特異点でクエストこなすのが早いんですよね。オルレアンのときも開幕直後が一番クエスト多かったんで、とりあえず現地行ってみて何するか決めようかなって。

 

 ……ディレクターの前でする会話じゃないな、これ?

 だがエジソン氏は気にした様子もなくグラスの中の酒を飲み進めているので、俺も気にしないことにする。

 

「そうか。……オルレアンでの成果を鑑みて、君には自由に行動してもらったほうが良いだろうということになっている。情報だけは密に共有してもらいたいが、そこは君の友人の『レディ・オルガ』と上手くやってほしい」

 

「ああ、彼女とクー・フーリンのマスター、それにマシュ君のマスターは皆同じ所属だったか。君といいリツカ君といい、よくよくサーヴァントに縁のあるクランだな」

 

 ちょうど思い出したという様子でエジソン氏が話に乗ってきた。どうやらオルガはディレクターからも認識されているようだが、実際運営の中じゃどういう立ち位置なんだろうな? ネトゲ仲間のリアル事情なんて踏み込むもんじゃないと分かっちゃいるが、かと言って気にならないわけでもない。

 

 ……というかエジソン氏、サーヴァントなんだよな……? なんでライオンマンなのかは知らんが、それが運営ディレクターをやっていて、現実(リアル)のカルデア施設を歩いている……。

 そして一方、マシュさんは逆だ。NPCじゃないらしいのにサーヴァントをやっている。デミ・サーヴァントって言うんだっけ? 名前が違うってことは何かしら普通のサーヴァントとは違うんだろうが……。

 

 フィルタリングが無くなった今、聞けば答えが返ってくる。それは裏を返せば、聞かないのは俺が「知らない」ことを選択をしたということだ。選択には責任が伴う……。クー・フーリンが言う通り「これは全てゲーム」だと心底信じ込めるなら責任なんざ気にもしないんだが。あいつめ、何も言わずにフィルタリングを続けてくれりゃよかったものを。

 今更のように心中で恨み言を言いながら、ぶり返しそうになる不安を努めて無視しようとする。

 

「そういえば、君は結局どこまで現状を把握した? クー・フーリンからの制約は解除されたと聞いたのだが」

 

 しかしエルがフィルタリングの件をピンポイントで掘り返してきた。なぜその話を知っている。

 

「どこまでって……。まあ、まだ特に何も聞いてないですよ。この間オルガと飲んだときにそういう話になったんですけど、具体的なことを聞けるようなノリでも無かったんで。……ところでこういう情報って、運営の人たちに共有されてるんですかね?」

 

 答えるついでに探りを入れてみると、エルはあっさり「そうだ」と答えた。

 

「基本的に運営はプレイヤー個々人について立ち入らないが、君の場合はサーヴァント絡みだからな。円滑な関係を維持するためにも、彼らの要望には応えられるよう配慮している。これは何もクー・フーリンに限った話ではない。例えばディルムッドもそうだし、清姫については専用の対応マニュアルが作成されている」

 

 対応マニュアル? ……って、ああ。うっかり嘘つき判定されないようにね。SCPみたいな扱い受けてんな。

 

 一方ディルムッド、つまりライネスのランサーについては掲示板がちょっとした騒ぎになっていた。ファヴニール戦で援軍に来た彼の頭部がだいぶ愉快なことになっていたからだ。俺はスクショを見ただけだが、きっと第二特異点にも来るだろうし遭遇できるのを楽しみにしておこう。

 

「サーヴァントのマスターには特異点修復のためいくらかの協力をしてほしいが、それ以外は好きにやるといい。我々は可能な範囲においてプレイヤーの自主性と多様性を尊重する」

 

 エルが紫煙を(くゆ)らせながら言う。そうなんスか? オルガに聞いたのとはいささか違う見解みたいですが。

 

「確かに効率性と合目的性を重視するなら、彼女の主張するように全てのサーヴァントマスターには運営への積極的な協力を要請すべきなのだが。しかし多様性とは、我々に残された数少ない優位性だ。みすみす失うのも惜しいだろう?」

 

 ……多様性が優位性とな。

 

「そうだとも。有史以来、人類史上には数多の英雄や賢王が現れてきたが、その誰一人として現代世界ほどに個人の自由や多様性を重要視することはなかったし、それが実現できる社会を構築することもなかった。未だ道半ばとはいえ、人類は間違いなく過去にない方向性を獲得しつつあると言えるだろう。そしてそれは、限られた人的資源を徹底的に活用しようとする志向でもある。倫理的でありながら、極めてビジネスライクな話でもあるのだよ。

 運営としてプレイヤーに投資する資源の量はそれなりに負担であるものの、人材は替えがきかないからな。ふ、『FGO』プレイヤーの多様性など人類全体からすれば笑ってしまうほどに小さなものだが……それでも君たちは我々の方針の正しさを証明してくれた。あのオルレアンで、魔術もまともに使えない、プレイヤー個人として決して強力な戦力とは呼び難い君たちが、成り行きもあったとはいえ予想を大幅に上回る修復への貢献を示したことでな」

 

 エルが俺たちを褒めている……? すごい珍しい経験をした気がするぞ。

 そしてプレイヤー個々人の自由を重んじてくれるのは良いことだな。ていうか曲がりなりにもゲームの運営やってるんだから当然といえば当然なんだが。俺にせよリツカにせよライネスにせよ、それぞれ違った形でマスターやってていいと御墨付をもらえたのは正直言って気が楽だ。

 しかし、あの不寛容無慈悲で鳴らしたカルデアがダイバーシティ&インクルージョンとか言い出すとは思わなかった。失礼ですが、倫理観とかちゃんとあったんですね。

 

「ふむ。君の認識はともかく、我々カルデアと社会責任とは切っても切り離せない関係にあるのだがな。企業としての社会的責任(Corporate Social Responsibility)、いわゆるCSRを抜きにしてもだ。君はMDGsを知っているかね?」

 

 それまで俺達の話を横に酒と向き合っていたエジソン氏が話題に乗ってきた。

 MDGs。ニュースで聞いたことはありますけど……。国連の今後の目標みたいなやつ。

 

「そうだ。ミレニアム開発目標、すなわち開発分野における国際社会共通の達成目標だ。2000年から2015年までの間に達成することを目指していたもので、今年がその最終年だからニュースにもなっただろうな。そしておそらく、今年の秋にはMDGsを継承する次なる開発目標が採択されるはずだったのだが……」

 

 エジソン氏が解説してくれる。……過去の人物(サーヴァント)にニュース解説される現代人ってどうなんだ? もう少し真面目に勉強しておくべきだったか。個人的にはわりと真面目な生徒だったと思ってるんだけどな。

 

「公開されている社史を見てもらえば分かるが、もともとカルデアは国連関係から支援を受ける研究所として発足していてな。正式名称を【人理継続保障機関フィニス・カルデア】という。継続、言い換えれば持続可能性(サステナビリティ)だ。現代の国際社会において持続可能性は極めて重要なものだと認識されているし、『ある意味で』それに多大な貢献を成しうるカルデアが密かに多くの支援者から賛同を受けていたのも、決して持てる技術の特異性だけが理由というわけではないのだよ。ビジョン。大切なのはそれだ」

 

「国連の次なる開発目標はまだ採択されていないが、ミスター・エジソンの言うように、まず間違いなくサステナブル(Sustainable)の文言はどこかに入るだろうな」

 

 ふうん。ミレニアムの次はサステナブルね。さしずめSDGsとでも言ったところか。俺たち一般人からするとだいぶ遠い世界の話にも感じられるが。こういう世界の未来みたいな話を一人ひとりが考えることが大事だよとはよく言われるけどさ、具体的に何が出来るかっていうとなかなかね。

 俺がそんなことを言うと、エジソン氏がニヤリと笑った。

 

「何を言うかと思えば。いいかね、今の君にはまったく簡単なことだ。マスターとして我々カルデアに協力すればいい。それが我々の助けとなり、ひいては人類の未来にもつながることだろう」

 

 ……。

 まあ、出来る範囲でがんばりますね。

 

 

 ……そして企業化したカルデアが今どれほど国連に関わっているかは知らないが。

 

 未来。

 未来ねぇ。

 

 いつだったか、クー・フーリンがこの戦い(ゲーム)には俺達にとって最も大事なものが懸かっていると言っていた。曖昧であるからこそ価値のあるものだと。そして、過去改変モノとして歴史上の七つの特異点を用意した『FGO』のメインシナリオ。

 

 ……懸かっているのは『俺達の未来』なのだろうとは想像できる。ただゲームと現実の区別がつかないだけでな。

 

 エルが苦笑する。

 

「そこからだったか。まあ、クー・フーリンにも考えがあるのだろうし口は出さんよ。ああ、でも君の疑問に答えるのは良いんだったな?」

 

 そうみたいですね。

 

「では、そうだな。時間があるときにでもフィリップ・K・ディックの『高い城の男』を読んでおきたまえ。カルデアが収蔵する図書資料のどこかにはあるだろう。内容もそうだが、個人的には現代日本人がアレを読んでどう思うかも気になるところだ」

 

 ディック。ディックか。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』とか書いた人でしょ? 名前は知ってるけど、古典SFはちょっと気合い入れないとハードルが高くてなあ。うん、いい機会だし第二特異点の間に読んでみるか。

 

 エジソン氏が立ち上がり、別のボトルを取って戻ってくる。

 もう一本飲んだのか? 確かに元から量はあまり入ってないボトルだったが。

 

 補充を出してこよう。俺は二人に一言断り、地下の倉庫に向かうことにした。あそこ、無駄に酒の種類が多くてな。ちょっと時間はかかるかもしれないが、まあ二人の様子を見る限りたぶん問題ないだろう。

 

 

 

>>> [3/3] 『FGO』開発秘話

 

 

 カウンターで作業しながら話に応じていたクー・フーリンのマスターが店の奥へと消えていく。

 エルメロイⅡ世は紫煙を吐き出した。

 

「……カルデアの協力者として言うのも何だが、ダイバーシティ&インクルージョンなどと真面目な顔で話すことになるとはな。過去の特異点で異常の原因となっている古き神秘や(いにしえ)の魔術師たちと、我々現代の魔術師が、同じ魔術的価値観の土俵でやり合うのは確かに分が悪い。とは言え、時計塔の連中が聞けば腹を抱えて笑うだろう」

 

「気にする必要があるのかね? 世界は魔術で回っているわけではない。人類の大多数にとっては、そういう魔術師の考え方こそが非常識であり異端だろう。……まあ、そのごく少数派に属する我々の双肩に人類の未来が託されるというのは、なんとも皮肉な話だがな」

 

 エジソンはグラスの中の琥珀色の液体を揺らす。

 浮かべられた氷がカランと涼しい音を鳴らした。

 

「そういえば、ミスター・エジソン。貴方がカルデアに召喚されたことが今の『FGO』開発につながったと聞いているが、具体的な経緯を聞いたことはなかったな。この場でお伺いしても?」

 

「む、そうだったか。……ふむ。ちょうど人もいないし問題あるまい」

 

 エジソンはグラスをカウンターに置き、昔を思い出すような遠い目になる。しばしの間をおいて、彼は話し始めた。

 

「私がカルデアに召喚されたとき、まだカルデアの召喚システムは不安定でな。実際にはマシュ君の後、私以前にも召喚は試みられたらしいのだが、いずれも上手くいかなかったらしい。そして所長が交代した後もその試みは続けられ、晴れてこの発明王の出番となったというわけだ」

 

「不安定な召喚システム……」

 

「うむ。まあ、喚ばれたサーヴァントが強く望めば現界を維持する方法もなくはないのだが。それを選ぶサーヴァントが当時来なかったということだな」

 

「しかし、貴方はそれを選んだ。……それほどにカルデアの技術への関心が?」

 

 エルメロイⅡ世の言葉に、エジソンは目を細めてグラスを眺める。その心中に浮かぶ感情がいかなるものか彼には分からなかったが、それは普段の溌剌(はつらつ)とした姿とは大きく異なる印象を与えるものだった。

 

「…………君は、たしか独身だったか?」

 

「!?」

 

 突然アラフォー独り身であることに言及され、エルメロイⅡ世は思わず咳き込みそうになる。

 

(──ファック! 親戚でもないのに「まだ結婚しないの? 誰かいい人とかは?」みたいな話をするのはやめてくれないか。いや、親戚にそういう話をされるのも断固として拒絶したいところだが。義妹(ライネス)とか。あと義妹(ライネス)とかな……!)

 

 ……そんな言葉を口に出さないだけの社会性が彼にはあったので、気を落ち着けるように新しい煙草に火をつけながら既婚子持ちディレクターの言葉を待つことにした。

 

「私は生涯において二度結婚し、六人の子に恵まれた。君も知っての通り、私は偉大な発明王であったが……しかし一方で良き夫、あるいは良き父親であったかと言われれば、そうではないのだよ。家庭を顧みず研究に没頭していた私は、子どもたちとの関係を適切に構築することが出来なかった」

 

「……」

 

 父親どころか夫ですらないエルメロイⅡ世には、告白された「父親の悩み」に何とコメントすれば分からなかったが、その苦悩の大きさだけはひしひしと感じられる。

 

「それでも子どもたちはそれぞれに人生を歩んだ。史書に名を遺すだけの功績を挙げた者もいる。……だが、私は…………今でも悔やまれてならないのだ。特に、私の長男トーマス・ジュニアのことを思うとな」

 

 トーマス・エジソン・ジュニア。

 その名前は聞いたことがあった。エジソンの息子でありながら、その発明の才を受け継ぐことの出来なかった男。彼に与えられた後世の評価は「発明家を名乗った詐欺師」であった。そしてその不名誉な評価すら、あのエジソンの息子という肩書きがなければ記憶に留められることもなかっただろう。

 

「……私は、子どもたちに父の仕事の素晴らしさを知ってほしかったのだ。そして誇ってほしかった。お前たちの父は人類の未来を照らす偉大な発明王なのだと。……だが、神は我が子すべてに発明の才を受け継がせはしなかった。そして息子は……ジュニアは。この父の名の重さに人生を押し潰されたのだ。発明の才もないのに発明家として生きようとし、失敗と失意にまみれることになった。私も生前は何度も衝突した。しかし今思えば、きっと他の生き方もあっただろうに……そう考えると、悔やんでも悔やみきれるものではない」

 

 エジソンは重く苦いものを吐き出すように語った。

 エルメロイⅡ世は、「それ」こそがエジソンの動機なのだと気づく。もちろん、カルデアの持つ技術への興味関心もあっただろう。だが、彼が前所長の計画の方向性を大きく転換し『FGO』を開発するに至ったのは、おそらくそれだけが理由ではない。

 

「なるほど。貴方は、オルガマリー・アニムスフィアに自分の息子を重ねたのか。そして、彼女に待つ未来の破滅を憂慮した」

 

「……そうだ。人は、誰しも思い願う才能を持って生まれるわけではない。ジュニアが発明の才に恵まれなかったようにな。オルガマリー所長は……こう言っては何だが、当時のカルデアの所長を務めるのに十分な能力を持っていたわけではなかった。才能が無かったわけではない。ただ、その方向性が天文の長として人の上に立ち、人理の先へ人を導く方向に向いていなかったと言うだけだ。だが、カルデアには先代の目的を継がせるならよほど良い人材がいたのでな。それで色々と問題が起きていた」

 

「……キリシュタリア・ヴォーダイムだな。ヴォーダイム家の当主にしてマリスビリー氏の一番弟子だったと聞くが」

 

「ああ。彼と彼女を知る者はしばしばこう言っていたよ。『キリシュタリアの方がオルガマリーよりアニムスフィアの後継にふさわしい』とな。確かに彼は、才溢れる若者だった。だが……魔術師が家を継ぐというのは合理性だけによる話ではないのだろう? 文字通り、受け継がれる血統こそが家系(アニムスフィア)であるならば。二人の間にどれほど能力や適性の差があったとしても、血の繋がった娘であるオルガマリー・アニムスフィアはカルデアを継がなければならなかった。まったく合理的な人選でないと本人さえ知りながらな。

 それ自体は仕方のない選択ではあるだろう。…………だが私は、その選択が至る結末(はめつ)を知っている。だから変えねばならないと思った。多少なりとも彼女の意思と適性を活かせる方向へ」

 

「それが『FGO』だったというわけか」

 

「まあ、正直に言えばゲームである必要もなかったのだがね。そこは私の好奇心と発明魂によるものだと言っていい。とにかく、マリスビリー・アニムスフィアとキリシュタリア・ヴォーダイムの能力の方向性にオルガマリー・アニムスフィアのそれがそぐわない以上、ただ遺されたカルデアを受け継がせるだけではいけないと思ったのだ。どうあがいても彼女がカルデアの長になることを変えられないならば、いっそカルデアの方を変えてしまえば良いのだとな」

 

「……発想の転換だな。コロンブスもそんなことはしないだろうが」

 

 コロンブスの卵を叩き割ってオムレツにするような、いっそ暴力的とさえ言うべき転換ではあろう。おそらく、多くの人々の人生を狂わせることになったはずだ。たとえば、当初のレイシフト計画においてマスター候補とされていた魔術師たちの。事業の方針転換に賛同できずカルデアを去った職員たちの。そしてデミ・サーヴァント実験のため調整されたマシュ・キリエライトのような、旧カルデアの計画に関わっていた者たちの人生を。

 

 エジソンはそれら全てを知りながら、それでも自身の選択を肯定し、遂行した。きっとそれは、人の上に立つ者にふさわしい素質のひとつなのだろう。古来「王」あるいは「長」と呼ばれた者たちに求められたような、決断と実行の素質。エジソンは人類史に名を残す発明家であると同時に、人類史に名を残す実業家でもあるのだ。世界最大の多国籍企業ゼネラル・エ■クトリック創始者の名は伊達ではない。

 

「……だからというわけではないが、あのバーテンダーの彼がオルガマリー所長の良き友人であるのは、見ていて悪い気がしないのだよ。実際、彼が思った以上の貢献を果たしたことで、彼との連絡関係を構築していた所長もまた一定の評価を得た。それがなくとも、彼女はカルデアの代表として仕事はしていたと思うがね。

 言うまでもないことだが、私はカルデアのサーヴァントとして、そして『FGO』のディレクターとして人理を守る。先代マリスビリー・アニムスフィアの遺志はきちんと今のカルデアに受け継がせるとも。だがそれ以外の部分においては、私は私なりに……かつて愚かな父親であった償いとして、今を生きる若者たちに、どうか自分なりの人生を生きてほしいと願うのだ」

 

 いつもの情熱と勢いに溢れた語り口ではない、真摯な口調でエジソンはそう締めくくった。

 折よく、店の奥から地下へつながる階段を登ってくる足音が聞こえてくる。

 

「いやー、カウンター空けちゃってすみませんね。ボトル探すのに手間取っちゃいまして」

 

 そう言って『彼』はボトルを棚に収め、

 

「あれ? 何かありました?」

 

 こちらの様子に気づいたらしい。

 だがその瞬間、エジソンがつい先程までとは打って変わったように豪放磊落な表情になる。なにか閃いたという顔だ。

 

「──ム! 閃いた! 閃いたぞ! 君、たしか第二特異点に行っても資金稼ぎ以外特にやりたいことは無いのだったな? では、私から君へ仕事(クエスト)を発注しよう。今日、医務室の方から連絡があったのだが、オルレアンから回収した魔女ジャンヌ・オルタナティブのバイタルがかなり安定してきたらしい。あるいは明日にも目覚めるのではないかとな。だが、折悪しく明日から我々は第二特異点に掛かりきりだ。そちらに割ける労力は限られている……。

 そこでだ! 君とクー・フーリンに、彼女への対応を依頼したい。どのように対応するかは現場の裁量に任せるが、とりあえず目覚めた彼女によって周囲に被害が出ないようにしてほしいのだ。なに、報酬は山ほど出そう。特異点で小さなクエストをいちいちこなすより、よほど効率は良いと思うが……どうかね?」

 

 カウンターの向こうでクー・フーリンのマスターの目が欲望に輝く。

 そもそもからして金欠でバーテンダーのアルバイトをしていたようなプレイヤーである。返事など、聞くまでもないことだった。

 

 




ちょっと今週末バタバタで更新前の見直し修正が出来そうにないので、2章プロローグを日曜夜か月曜に延期させてください。お待たせしてしまいすみませんが、よろしくお願いします。


◆トーマス・エジソン・ジュニア
 エジソンと息子の話が気になる方は、ハーメルンに投稿されている『サーヴァント達の家族になりたいだけの人生だった。』というSSの第6話『エジソン 息子』がオススメです。カルデアのサーヴァントがそれぞれ自分の家族を語るという短編集なので、いきなり6話からで大丈夫ですよ! お気に召しましたら他の話もぜひどうぞ。


◆カルデア召喚英霊第三号
 実のところ、ダ・ヴィンチちゃんがカルデアに来なかったことにそれほど積極的な理由はありません。というか、マリスビリー時代のカルデアとかダ・ヴィンチちゃんの描写があまり無くてよく分からないので、正直ストーリー上で必要にならない限り設定詰めなくていいのでは?などと思ったり。どっちも今いない人だし。
 まあ、星の巡りが悪かったんじゃないですかね?
 きっと運命力が足りなかったんですよ(適当)

 ダ・ヴィンチちゃんが来ない→カルデア技術部に彼女が加入しない→次なる英霊召喚も上手く進まない→ぐだぐだ、みたいな流れの中でマリスビリーは去りました。その後やってきたエジソンがレフ&ロマニと色々頑張って遅れを取り戻した……というか計画そのものが別物になった。

◆マシュ……?
 エジソン「君にも自分なりの人生を生きる権利がある!(無菌室から解放&行動の自由付与)」
 じゆうってこわいね。
 エジソンなりにマシュを思いやっての事だとは分かるので、マシュはエジソンに対してはほとんど悪感情持ってないです。もしあの人が来なければどうなっていたんだろう、くらいは思ってるかもしれませんが。


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2-0(前)

「……炎上騒動?」

 

 半ば思いつきで始まった資料検索から、意外なものが見つかってしまった。

 

 

>>> [1/3] その過去は既に

 

 医務室に設置された仕事机には、大量の本と書類が積み上げられている。

 マシュ・キリエライトはマスターであるリツカと共に、机の主であるロマニ・アーキマンから身体検査(バイタルチェック)の結果を聞いているところだった。特に用事はないながら、例によっていつものごとく清姫もマスターの隣で静かに話を聞いている。

 

「検査結果、全て良好。異常なし。宝具使用時の負荷も許容範囲に収まってるし、安心して第二特異点に出発してくれ!」

 

 細かな数字がびっしりと並べられた検査結果の書類。マシュにしてみれば、もう何度となく受けてきた検査だから今更ひとつひとつに解説などいらないのだけれど、それでも万全を期すためかドクター・ロマンはお互い多忙にも関わらず口頭での伝達を希望していたのだった。

 付添でやって来たリツカにとっては特異点Fに続いて二度目の医務室訪問であり、清姫にとっては初めて訪れる場所だ。

 

「フォウ!」

 

 マシュの肩でフォウが嬉しそうに声を上げた。白い毛並みが綺麗な、犬のような猫のような不思議な生き物である。普段はドクターと医務室で過ごしている彼だが、マシュがカルデアにいるときはこうして肩や頭に乗って一緒に行動することも多い。マシュのマスターになったリツカにも初対面からよく懐いていて、今では会って一月ほどとは思えない仲良しぶりだった。

 

「あ、フォウも喜んでるみたいだ。良かったね、マシュ」

 

「はい先輩。どうもありがとうございます、フォウさん」

 

「フォーウ!」

 

 答えるように鳴いて、フォウがリツカの膝に飛び乗った。横から清姫が頭を撫でるのを気持ちよさそうに受け入れている。

 

「……ただ、ひとつだけ注意をさせてほしい」

 

 満面の笑みで「問題なし」を告げたドクターが、その表情を真面目なものに切り替えた。

 システム関係に呼び出されて超過勤務を強いられているとき以外はいつも柔和な笑みを浮かべている──シリアスさが足りないと言う人もいるが──ドクターがそういう顔をすると、自然とマシュも姿勢を正して話を聞かなければという気持ちにさせられる。

 

「君たちはオルレアンで、ファヴニールの放った宝具級の龍炎【ニーブルヘイム】の連射を防いだだろう? 特異点Fで交戦したアルトリア・ペンドラゴンの【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】もそうだが、あのレベルの攻撃を宝具で防ごうとすると、やはり瞬間的な負荷は大きいみたいだ。シールダーというクラスの役割上、そういった場面自体は避けられないだろうけど、せめて宝具使用後は長めの休息をとって回復に努めてほしい」

 

「わかりました。ありがとうございます、ドクター」

 

 リツカも生真面目な顔で頷いた。反比例するように、ロマニの雰囲気がいつものフワフワしたものに戻る。

 

「──さて、僕からの話はこれで終わりだ! お茶も出さずに悪かったね。あ、そこの冷蔵庫に胡麻饅頭があるから良かったら食べていって。僕はちょっと奥のベッドの様子を確認してくるからさ。旅の無事を祈るよ、また通信で話そう」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 椅子から立ち上がり、医務室の奥の扉に消えていくロマニを三人と一匹は見送った。あの奥の部屋のベッドでは、今も意識不明の竜の魔女が治療を受けているはずだ。容態そのものは順調に回復しているそうで、あるいは今日にも目覚めるのではという話だったが、目覚めた彼女をカルデアがどう処遇するかという問題は未解決のままだった。敵対していた以上は無力化して拘束するべきだという声が多数派を占める一方、シュヴァリエ・デオンの遺志を汲んで人理修復のために彼女を運用することを考えるべきだという声もそれなりにある。

 結局のところ争点は、敗北し強制(ギアス)の呪いを掛けられた彼女がカルデアに対してどのような態度を取るのかという点であり、それは彼女が目を覚ましてみなければ分からないことなのだ。

 

 一応の対策として、彼女が敵対行動を取ったときのためクー・フーリンを待機させることにしたそうで、同じくカルデア待機となった彼のマスターから【ワカメ王国】のクランチャットへ謝罪のメールが入っていた。……もっとも詳細を書くことは(はばか)られたのか、理由については「激ウマなバイト見つけたから特異点よりそっち優先するわ」などという妙に無責任感漂う印象のそれだったが。

 

「じゃあ、せっかくだしお饅頭いただいていこうか」

 

 リツカが冷蔵庫から菓子箱を取ってくる。和菓子好きであるらしいロマニは、しばしば食堂の職員に頼んでこうした甘味を作ってもらっては医務室の冷蔵庫に確保していた。

 

「いただきます。……あ、美味しい!」

 

「甘みが上品ですわね。あら、フォウさんもお食べになります?」

 

「フォウ!」

 

 特異点の開放、すなわち探索(オーダー)開始時刻までにはまだ余裕がある。今回はオルレアンと違い、最初からリツカも個人行動でカルデアと連携する予定になっていた。【ワカメ王国】の方も、リーダーはリーダーで普段から協調行動など取る気がないし、セオさんは別に特異点に降りなくてもいくらでもやることがあるタイプのゲーマーだ。オルレアンで特異点攻略のノリを掴んだ以上、あとは各人好きにやろうという空気がクラン全体にも流れていた。

 

「……そういえば、先日【とれぇにんぐるぅむ】に出向いた際に【ワカメ王国】の皆様にはご挨拶させていただきましたが、あれで全員なのでしょうか?」

 

 清姫がフォウに小さくちぎった饅頭を分けながら問う。リツカも頬張っていた饅頭を飲み込み答えた。

 

「いや、実は籍だけ置いてる人が他にもいるんだよね。特異点まで降りようってプレイヤーは、清姫が会ったメンバーだけだけど。元々すごいVRゲームってことで始まったわけだから、別に戦闘なんてやりたくないしレベルもいらないって人はそれなりにいるんだよ。でも、もしイベントに参加したくなったときとか、クランに所属してると便利だからさ。以前のウチみたいな最前線攻略!って感じじゃないクランはそういうプレイヤーも受け入れてるんだ」

 

「……? ますたぁはこれまでずっと最前線で戦っていたのではないのですか?」

 

「どっちかっていうと今の状況の方が特別かな。それでもオレは、これからもずっとマスターとして最前線で戦っていくつもりだけど、他の皆がどうするかは皆の自由だよ。『彼』にしたって、オルレアンみたいに最前線へ来るかは分からないけど、それでも彼なりにオレたちを助けてくれると思うしさ」

 

「先輩はそれで良いんですか?」

 

 思わずマシュは尋ねていた。リヨンで過ごした決戦の夜、『彼』が魔女を捕らえたと聞いたとき。そしてその後、ファヴニールとの戦いの最中に『彼』がジークフリートを連れ出したと聞いたとき。リツカの表情に浮かんだ安堵と信頼の色を、マシュはよく覚えている。あの表情をいつか自分にも向けてほしいと思ったことも。クー・フーリンのマスターである彼はマシュにとって未だによくわからない人物であるのだが、リツカとの関係という意味ではひとつの目標でもあった。

 

「もちろん。オレたち一人ひとりに出来ることには限りがあるからね。例えば『彼』が魔女を見ていてくれるから、オレたちは安心して第二特異点に向かえる。ファヴニールとの戦いのときも、オレたちがファヴニールを抑えている間にジークフリートを復活させてくれたから、なんとか倒すことが出来た。特異点での戦いはさ、オレたちだけでも駄目だし、『彼』だけでも、他の誰かだけでも駄目なんだ。みんなが自分のやりたいことや出来ることをやって、それで最後に勝てればいいと、オレは思うよ」

 

 リツカは穏やかに答える。そういう、人の善性を心から信じられる姿が皆に好かれるのだとマシュは思う。事実、カルデアの職員たちにも、マシュの知る限り一個人としてのリツカを悪く言う人は誰もいなかった。……反面、魔術師でない彼のマスターとしての力量を不安視する声は根強いが、それはサーヴァントである自分たちが結果を出すことで覆せば良いだけの話だ。

 

 清姫はよく分かったという表情でひとつ頷く。

 

「……なるほど。ならば孫子の兵法に習って『敵を知り』、と参りましょう。マシュさん、あの御友人のデータを教えていただいてよろしいですか?」

 

「え? な、何が『なるほど』なんですか!?」

 

 孫子兵法といえば、有名な『敵を知り己を知れば百戦(あや)うからず』のことだろうが、なぜ今それを? マシュは困惑する。というか清姫的には『彼』は敵なのか!? ……清姫は事も無げに言った。

 

「ますたぁから厚い信頼を受けているかの御仁を理解することで、私もますたぁの絆を一層深めるのです! ますたぁの思い出話は既に色々伺っておりますし、あと百遍でも是非お聞きしたい所存ですが、その裏側の客観的情報として……!」

 

 ……なるほど。そう言われてみると、思わずマシュも頷いてしまった。

 

 とはいえ、プレイヤーの情報を勝手に開示するわけにはいかない。マシュには職務上プレイヤーに対する一定の情報閲覧権限や機密保持の義務があるものの、それはあくまでカルデア職員と外部の人間を想定してのものであり、サーヴァントとしてマスターや仲間にどれほど情報を共有して良いものかは不明であった。少なくともそんなことを定めた規則は今の所ない。

 

「わかりました。では、わたしが自分の端末で『彼』の情報を検索し、伝えて良さそうだと判断できるものはお伝えします。それで構いませんか?」

 

「ええ。よろしくお願いしますわ」

 

「うわぁ……。それ、オレが聞いて良いのかな」

 

「ええと、ではセキュリティと友情にも配慮してお伝えしますね。先輩」

 

 端末を取り出し、クー・フーリンのマスターのプレイヤー名を打ち込んで検索する。

 思えば特異点Fで『彼』と知り合って以降、こうしてきちんと情報を調べたことはなかった。ずっと以前『藤丸立香のクランメンバー』を調べたときに目を通したことはあったはずだが、当時は大して興味もなかったし、特筆するような何かを見た記憶もない。

 

 やや間をおいて、端末の画面にずらりと検索結果が表示される。

 他のプレイヤーと比べて、ヒットする情報が格段に多い。よく見れば、それらはほぼ全て特異点Fと第一特異点に関する解析データや報告書だった。それぞれでの事態への彼の関わりぶりを思えば、その結果も当然ではあるだろうか。

 

 しかし一方で、それらは既に清姫も知っているような情報だ。彼女が今知りたがっているのは、以前からの友人である『彼』とリツカの過去に関する話だろう。マシュは検索結果を古い順にソートする。『彼』とリツカは一緒に『FGO』を始めたはずなので、最初期の、まだ【ワカメ王国】も発足していない頃の彼らの情報が見られると思ったのだが。

 

「……あれ? 一番古いデータの日付が…………『FGO』のサービス開始前?」

 

 なぜか、『彼』がプレイヤーとして登録する前のデータがヒットしていた。

 

「ああ、アレじゃない? リリース前にオレたち献血に行って機材一式もらったんだよ」

 

 端末を見てしまわないよう少し離れていたリツカがフォローを入れる。

 だが、それは違う。なぜなら、

 

「いえ、その献血情報は別にあります。プレイヤー名とアカウント作成時に登録した本名が紐付けられているんですね。ただこれは、もっと古いんです。それも年単位で……」

 

 まだ『FGO』がゲームとして形になる前のレポートだった。タイトルを見る限り人事資料だ。確かに当時、カルデアのスカウトは世界中から人材を集めようとしていたが、まさか『彼』がその候補に挙げられていた……?

 

「とりあえず見てみますね。お伝えできない内容だったらすみません」

 

 一言断りを入れて、ファイルを開いてみる。やはり人事からの採用情報だ。だが、彼のものではない。

 

(殺生院祈荒(キアラ)……?)

 

 知らない名前の日本人女性だった。どうやらセラピストとしてスカウトが検討されていたようだ。簡単に流し読んでみる。

 

 日本で生まれ育ったその女性は「まるで聖人のような」人間であったらしく、個人的あるいは慈善団体を通じた様々な慈善活動によって多くの人々を助け、慕われていたのだという。だがその活動の一部が既得権益団体と利害対立を起こしてしまい、それらの関係者から激しい攻撃を受けていたらしい。

 カルデアは彼女の能力を高く評価しており、もし殺生院祈荒(キアラ)が日本国内に居場所を無くした場合、海外のサイトにセラピストとして彼女をスカウトしようと考えていたようだ。

 

 ……しかし資料を見る限り、結果的にカルデアは彼女のスカウトを見送ったようだが。

 

(……? でも、なぜこんな資料に『彼』の名前が?)

 

 (いぶか)しがるマシュに清姫が声をかける。

 

「口に出せない情報を無理にとは申しませんので、お悩みになる必要はありませんよ?」

 

「いえ、そういうことではなく。……その、とある慈善活動家の方の採用情報らしいのですが、どうしてそんな資料がヒットしたのかなと」

 

 曖昧にぼかして伝えようとするマシュに、リツカが驚いたような声を上げた。

 

「え! それって……もしかして殺生院さん?」

 

「先輩、ご存知なんですか!?」

 

「うん、まあね……。そっか。あの人がカルデアに……今も?」

 

「いえ。採用は見送られたようですが」

 

「……そう、か。それなら、彼女はもう…………。ええと……」

 

 リツカは悩ましげに眉をひそめる。

 

「……とりあえず、そのことは『彼』には言わないでおいてほしい。マシュも、清姫も。いいね?」

 

「はい」

 

「それは構いませんが。その殺生院という女人はますたぁのお知り合いなのですか? ……あら。お綺麗な方ですわねぇ……!」

 

 清姫がにゅっと首を伸ばしてマシュの端末を覗き見る。咄嗟に画面を隠そうとしたマシュだったが、サーヴァントの本気の前ではあまりに遅い反応だった。油断していたと悔しがる彼女の横で、清姫の全身からパチパチと火の粉が音を立てて舞い上がる。

 

「フォフォウ~~!」

 

 フォウがリツカの膝から飛び降りベッドの下へ避難した。

 リツカもファヴニール級のプレッシャーを感じている。このままでは命の危険が危ない……!

 

「ち……違うんだ清姫! この殺生院さんは『彼』の命の恩人で! 数回しか会ったことはないけど話はよく聞いてたし……あと、結構な騒ぎにもなったから!」

 

 慌てて弁解の言葉を並べ立てる。それが功を奏したのかは不明だが、清姫の炎の勢いは弱まった。思わず安堵するリツカへ、清姫が更に問いかける。

 

「騒ぎとは?」

 

「あ」

 

 ……言わなくていいことを言ってしまったようだ。リツカがしまったという顔をした。

 

「ああ、カルデアの資料にもニュース記事がありますね。……炎上騒動?」

 

 マシュの手元のファイルには、参考資料として日本の雑誌や新聞、ネット記事と思われるPDFが添付されていた。

 

 

『今週のネットニュース:女性慈善活動家に浮上した黒い疑惑』

 

『「私は彼女に命を救われた」「彼女は悪人じゃない!」支持者が訴える慈善活動家の真実』

 

『「慈善活動なんて嘘っぱち」「あの女は魔女ですよ」某団体職員が語る慈善活動家の裏の顔』

 

『【闇資金疑惑】「無償奉仕」の裏側……慈善活動の背後に流れる多額のカネとその黒幕』

 

『5分で分かるニュース解説:女性ボランティア不正疑惑 炎上騒動をイチからおさらい』

 

『【コラム】世界が唖然……。ボランティアの地位が低すぎる国・ニッポン』

 

『【写真あり】ネットで炎上中の美人ボランティア・殺生院祈荒の素顔とは!?』

 

『【密着取材】仏心の聖女か? 獣心の魔女か? 大炎上中の殺生院祈荒の本性に迫る!』

 

『【本誌独占公開】重病からの生還、カルト宗教との決別……関係者が語る噂の美女の涙の半生!【殺生院祈荒】』

 

『【スクープ】慈善活動を妨害する既得権益団体の闇! 内部からの秘密告白文書を完全公開!』

 

『【社説】慈善活動と営利事業の埋められぬ溝』

 

『【新刊予告】「殺生院祈荒騒動とは何だったのか──迫害されるマイノリティとSNSの反乱──」(■■出版)』

 

 

 ……タイトルを見るだけでも、相当な騒ぎになったのだろうと推察される。

 

「昔、『彼』が不審者に襲われたところをその殺生院さんが助けてくれたらしくてね。学校でも色々注意されたし、それから『彼』が熱心に殺生院さんのボランティア活動とかお手伝いに行くようになってさ。オレも何度か誘われて行ったことがあるんだ。……うん。すごく良い人だったよ。現代の聖女とか聖母とか呼ばれるのも分かるなってくらい」

 

「聖女というと……ジャンヌ・ダルクさんのような?」

 

「うん。彼女みたいに戦う人ではなかったけど、どんな人も分け隔てなく助けようとする人だったんだ。

 ……だけど殺生院さんのボランティア活動が別の団体がお金を取ってやってた仕事と被っちゃったみたいで、それで揉め事になったんだよ。殺生院さんは活動を()めようとしたんだけど、それまで助けられた人たちが『それはおかしい』ってネットとかで声を上げ始めてさ。

 そこから一気に話が大きくなって、全国ニュースにもなるような大騒ぎ。

 既得権益団体の利権がどうとか、女性の権利問題とか、ボランティアの社会的地位とか、病気の人の社会復帰とか宗教問題とか、とにかく滅茶苦茶いろんな問題に飛び火して……」

 

 リツカはため息を吐いた。

 

「『彼』もネットの炎上騒動に絡んでたみたいだ。流石に詳しい話は聞いてないけど、たぶん騒動のかなり初期から」

 

 ……そういうことか。マシュは、これまでぼんやり抱いていた疑問が解けたような気がした。

 なぜオルレアン特異点であんなにも聖女とその反転存在を疑われた魔女にこだわっていたのか。

 それはおそらく、排撃された聖女という存在が、彼の中でこの殺生院祈荒(キアラ)という女性を思い起こさせたからではないかと。

 

「……まあ、そういうことだからクー・フーリンと『彼』は竜の魔女を悪いようにはしないと思うよ。カルデアがどう考えるかは分からないけどさ」

 

「戦力として期待できるなら、拒める状況ではないとは思いますが……」

 

 マシュは言葉を濁した。おそらく、その意思決定はカルデアの所長と『FGO』プロジェクトの実質的牽引者であるディレクター・エジソン、そしてエルメロイⅡ世の三者によって為されるはずだ。ただでさえ世間に疎い自覚があるマシュからすれば、彼らがどのような情報からどんな判断を下すかなど、リツカ同様、推察しようもないことだった。

 

「さてと。ドクターはまだ戻らないみたいだけど、ずいぶん長居しちゃったね。二人共、そろそろお(いとま)しようか」

 

 リツカがそう言って二人を促し、席を立つ。そのまま医務室から出ようかというところで、部屋の反対側、奥の扉が勢いよく開いた。白衣を翻して駆け寄ってくるドクター・ロマンが、慌てた様子で彼らを呼び止める。

 

「──リツカ君、魔女が目を覚ました! すぐに上へ伝えてクー・フーリンを呼ぶから、ちょっとだけここで待っててくれないか!?」

 

 




後編に続く。


◆殺生院祈荒(キアラ)
 FGO世界の西暦日本に生きる聖人のような女性。多くの人々を救うが既得権益者との利害対立に巻き込まれてしまい、激しい攻撃を受けて居場所を失いかける。
 しかし本作においては、彼女に助けられた人々が声を上げたことで、その名誉は回復された。
 彼女はその後も幸せに日本で暮らし、更に多くの人々を救い────そして、人理焼却により燃え尽きた。

 ……というわけで、本作主人公の出自は「FGO世界で殺生院キアラに救われた様々な人々」の一人でした。救われモブ!


(原作ゲーム中で語られていない設定のため、以下に竹箒日記からCCCコラボイベントで登場した『FGOにおけるキアラの素性』の記述を引用します)

・FGOにおけるキアラの素性
 14歳まではCCCと同じ素性で、そこからが別展開となります。
 山の外からやってきた医者の治療で回復した彼女は山に囚われる事なく下山、幸福な学生時代を送ります。
 その後、持ち前の聖母性から様々な人々を救いますが、「なにうちの分野でうちより成果をあげてんじゃいワレ、しかも料金をとらないだとぅ!?」と既得権利団体から攻撃を受け、気がつくと悪者にされて居場所をなくし、行き着いた先があの油田基地という話でした。でも本人はその手の迫害とかまったく気にしていなかったので不幸という訳でもなく。
 ゼパルさえ現れなければセラフィックスの職員たちの荒れた心はキアラさんに癒やされていたと思われます。


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2-0(後)

「おおアスクレピオスよ、人間こそは偉大な奇跡である」
  ──ピーコ・デッラ・ミランドラ『人間の尊厳についての演説』(佐藤三夫訳)


ご注意:今回、主人公が『ブレイブリーデフォルト(3DS)』の演出と『テイルズオブジアビス』の設定についてネタバレを口走ります。プレイ予定の方はご注意ください。


>>> [2/3] 人間だけが神にも獣にも変わりうる

 

 なあクー・フーリン。多様性って知ってるか?

 昨夜バーで聞いた話がちょっと面白かったので、魔女様の目覚めを待つ時間にそんな話題を振ってみた。

 

「人間の多様性ねぇ……。ここ(カルデア)の連中がそう言ってたのか? カルデアを名乗る連中は昔から変わらねぇな」

 

 ん? 期待した反応と違う答えが返ってきたな。クー・フーリン含めケルト戦士なんてのは、それこそ「強き者だけが生き残る!」みたいな多様性の対極に位置する存在だと思っていたんだが。

 

「それも間違いではねェが。何度も言うように、今のオレはクー・フーリンでありドルイドでもあるからな。……"Enosh hu shinnujim vekammah tebhaoth haj"。古いカルデア人の言葉だ。意味は『人間は種々異なった、多様な、変化する本性をもった動物である』とでもいったところか」

 

 はあ。カルデア人。……カルデア人? え、カルデアって組織の名前じゃなくて人種なの!?

 

「カルデア人ってのは、アンタらがバビロニアと呼ぶようなところに昔暮らしていた人々だ。バビロニアと言うと、なんだ、オレはどうも悪趣味な金ピカを思い出すんだが、それよりはだいぶ後の時代の話だな。この『カルデア』の名前も、たぶんそこから来てるんじゃねえか?」

 

 ふーん。確かに世界史で出てきたような気もするな。まあいいや。でも、今お前が言ったのは個々人の多様性というか可能性の話であって、人間集団の多様性の話とはまた違うよな?

 ……いや、同じなのかもしれない。そういう個人の可能性を最大化するために、集団の多様性を確保しなきゃって話でもあるか。俺もよく分かってないけどさ。

 

 そんなことをぐだぐだ駄弁っていると、待ちに待ったメッセージがやって来た。魔女様がお目覚めになったらしい。

 じゃ、移動しようぜー。

 

 まだ微妙に眠そうなツラのクー・フーリンと並んで、急ぎ足で医務室へと向かう。結局カルデアの施設内にこいつ(NPC)を呼び出すことになってしまった。だが、もしかしたらまだ『FGO』がVR(仮想現実)でありつつAR(拡張現実)でもあるという可能性は残ってるかもしれない。『ブレイブリーデフォルト』のカメラ機能使った例のアレみたいな……。

 脳裏に浮かんだ変な喩えを振り払い、先を急いだ。医務室燃えてなきゃ良いけどね。

 

 ……結局俺は、こうして魔女様と再び面会する段になってなお、どういう態度で彼女と向き合えば良いのか決めかねている。

 

 デオンさんは、カルデア側の戦力として彼女を運用させることを期待していた。

 だが俺はまだデオンさんから送られたメッセージの暗号も全く読み解いていないし、強制(ギアス)の呪いとやらがどれほど効果を持つのかもよく分かっていない。それこそルルーシュのギアスと同じ絶対遵守だったら話は楽だが、そこまでヤベー代物ではないだろう。そんなものがあるなら魔女様だって最初からそれを使ったはずだ。

 

 医務室の扉を開く。なぜかリツカとマシュさん清姫が揃っていた。

 なに、お前らも呼ばれたの? すごい慎重ぶりだな。

 

「いや、たまたま居合わせただけだよ。魔女ジャンヌは奥の部屋にいると思う。ドクター・ロマンも。早く行ってあげて」

 

 ……。

 

 そ、そうか。ドクター・ロマン。ドクター・ロマンもいるのか……。

 そりゃそうだよな。だってドクターだもんな。医務室にいるに決まってるよな……!

 

 完全に存在を失念していた。

 平常心がどこかへすっ飛んでいく。まずい。これはまずいぞ。

 

「──【信頼(アルジズ)】! おい、こいつはアンタの仕事だぞ、マスター。しゃんとしろ」

 

 いつもの展開をいい加減見かねたのか、クー・フーリンがルーンを刻んできた。宙に浮かんだ「Ψ」みたいな文字が俺の額目掛けて飛んでくる。……驚くほど動揺が収まった。本当便利だな、そのルーン魔術。できれば毎回やってほしかった。

 

 リツカたちに見送られて医務室奥の扉を開く。

 並べられたベッドのひとつ、その横にロマニ・アーキマン氏が立っている。……あ、平気だ。何ともないね。やったぜ、ルーン最高!

 

「来てくれてありがとう、ちょうど今目を覚ましたところなんだ。ええと……どうかな。なにか話せるかい?」

 

 ロマニが魔女に話し掛ける。

 虚ろに焦点の合わない彼女の目が、徐々に意識の色を取り戻していく。

 

「私は……」

 

 そういえば、彼女のことをまじまじと見たのは初めてかもしれない。

 以前に会ったときは、その剣呑な目つきとか、聖女の方とは真逆の黒い装束とか、やたら目立つ竜の旗とか、とにかく存在感の強い要素が多くて細かいところまで意識が行き届かなかった。こうして双方敵意のない状態で向き合って見ると、確かに聖女ジャンヌと全く同じ顔をしているのがよく分かる。だが、それでも印象はだいぶ違う。

 

 ……そうか、髪が短いんだな。

 

 そんなことを改めて思った。

 

「……ここはどこ? ファヴニールは」

 

 カルデアだよ、魔女様。そしてファヴニールはもういない。

 ぼんやりとした彼女の問いに答えながら、俺もベッドの横へ歩み寄った。

 

「貴方は……」

 

 お久しぶり。一週間くらい眠ってたんじゃないかな。体の具合はどう? 腹の傷は治ってるみたいだけど、まだ痛いとか違和感とかあったらそこのドクターに言うといいぜ。ドクター・ロマン。主治医的なポジションらしいから。

 

「紹介どうも。ロマニ・アーキマンだ。キミの治療を担当しているよ」

 

「……そうですか。つまり、私は、負けたのですね」

 

 おっと。虚脱気味の魔女様がアーキマン氏の自己紹介を無視して一足飛びに結論へ辿り着いてしまった。もうちょっと段階を踏んで話したかったんだが。さて、どうしたものか……。

 

 俺がディレクターに頼まれたバイトの内容は、目覚めた魔女の応対と、万一彼女が暴れたときのための用心棒だ。後者はクー・フーリンに任せるしかないので、俺は前者、つまりどう彼女に接するかだけを考えればいい。だがカネ目当てで引き受けたバイトとは言え、相手が魔女様ともなれば迂闊な対応は(はばか)られた。

 

 保護者役だったジル・ド・レェが死に、心の頼りだったファヴニールも滅ぼされ、根拠地のオルレアンを遠く離れたどこともしれないカルデアの秘密基地的なところへ拉致されている。混乱と不安? 心情は察するに余りあるだろう。運営は彼女を取り込めるなら取り込みたいと考えているし、デオンさんもそれを望んでいた。俺だって、敵対せずに済むならそれが一番だ。

 ……デオンさんがケモミミに言っていた。彼女は聖杯によって生み出されたばかりの子どものような存在なのだと。彼女はジル・ド・レェに望まれるまま全てを憎み、破壊を繰り広げたに過ぎないのだと。

 だったら、俺の取るべき立ち位置は。……もう一度彼女を観察する。

 

 短い髪。

 大人びた身体と未成熟の精神。

 幼少期の記憶の欠落。

 他の誰かに望まれるまま大惨事を引き起こした。

 そして、贋作。

 

(……ルーク・フォン・ファブレ)

 

 箇条書きマジックじみたパズルのピースが脳内でパチパチとはまり、昔のゲームキャラの名前が連想されるように浮かび上がった。ルーク・フォン・ファブレ。テイルズオブジアビスの主人公。10年くらい前のゲームなのに未だに知られているくらいには、救いのない設定を抱えたキャラクター。しかし同時に、人は変わることが出来るというメッセージの体現者でもある。

 

 クー・フーリンも言っていただろう。人間は多様性と可能性を持つのだと。

 そして俺は、少なくとも内面の人間性という点において、NPCとリアル人間の間に差を見出すことが出来ていない。

 であれば……。

 

 ずっと魔女様とどういう態度で向き合えばいいか決めかねていた俺の腹が、ストンと据わった。

 

 俺はベッドに腰掛け、そのまま魔女様の手を取った。人形のように白く血の気のない肌が、その手のひらと細く長い指を通して俺に冷たい感触を伝えてくる。驚いたように彼女が俺を見た。……性欲は殺せ。せめて今だけでも。俺は魔女様の顔を正面から覗き込み、告げた。

 

「アンタは悪くない」

 

 見つめた金色の瞳が、はっきりと揺れる。なにか口を開きかけたのを遮るように、もう一度同じ言葉を重ねた。

 

「アンタは、悪くない」

 

 動揺した表情が確かに聖女ジャンヌと瓜二つだな、などとオルレアンで最後に過ごした夜の記憶が蘇る。

 けれど今向き合うべきは、目の前の彼女だ。白い方のことは忘れろ。言葉をつなぐ。

 

「俺はデオンさんとジル・ド・レェの話を聞いてたんだ。だからアンタの事情も知ってるし、それはこのカルデアにも伝えてある。俺たちはアンタが憎くて戦ったわけじゃないんだよ、魔女様。ただ、どうしても相容れない立場だった。それだけなんだ。そしてそれも、特異点が修復された今は違う。もう戦う必要はないんだ。……だからこうして傷の治療をしてもらってるし、もう一度会えて俺は本当に良かったと思っているよ」

 

「でも……私は、魔女で……」

 

 否定の言葉は吐かせない。少なくとも今は。こういう場面で、『あの人』ならそうするはずだ。羞恥など捨てろ。臭いセリフに恥ずかしがっている余裕はない。再び、彼女の言葉を遮って話し続けた。

 

「すまない。俺は今までこの呼び方しか知らなかったからさ。これからなんて呼べばいい? ジャンヌでいいか? ……ジャンヌ。繰り返すが、俺はアンタ個人が全て悪かったとは思っちゃいないんだ。確かに、ジャンヌがやったことは罪深いことかもしれない。だが、だからといって決して許されないなんてことはないんだよ。だからオルレアンでは皆がジャンヌを生かすことを選んだし、俺は今日こうしてここに来た。ジャンヌのお見舞いと、これからの話をするために」

 

「……これからの……?」

 

 魔女様……じゃない、ジャンヌの意識はまだぼんやりしている。今ここで話していることが後でどれほど記憶に残るかも疑わしいくらいだろう。だが、それは別に構わない。俺が今やるべきことは、とにかく自分が彼女の味方であると示すことだった。過去の「やらかし」を踏まえてなお、彼女の存在そのものを肯定する味方であると印象づける。殺生院さんならきっとそうする。俺にそれを模倣するなんて無理な話だが、憧れて真似することくらいは出来るかもしれない。

 

 ロマニとクー・フーリンは静かに俺たちを見守っている。正直、横から口出しをされないのはありがたい。ただでさえジャンヌの様子を見ながらアドリブで話を組み立てている状況だ。他に思考を割くべき要素が減ることは、単純に俺の脳味噌の処理速度に貢献してくれた。

 

「そうだ、ジャンヌ。これからの話だ。俺とアンタはもう敵じゃない。だからアンタは自分の望むようにしていいんだ。……ジャンヌ、これからどうしたい?」

 

「私は……」

 

 ジャンヌは沈黙した。咄嗟に回りかけた舌を押さえつける。ここは考えさせる時間、か? これでいいのか? いや、既にやり直しなんて効かないんだが。

 

「……私は…………どうすれば」

 

 長い沈黙の後、彼女の口からポツリと迷いの言葉が漏れ出した。

 俺はゆっくりと、噛んで含めるように言い聞かせる。

 

「ジャンヌ。これはアンタ自身の問題なんだ。他の誰でもない、ジャンヌだけの。だから好きなように考え、好きなように決めていい。どんなことでもいいぜ。俺はそれをサポートしよう」

 

 簡単に答えが出る話のわけがない。殺生院さんならどうするだろうか。たぶん答えを急がせたりは、しないはずだ。俺がここで何かを提案するのは容易い。そして彼女はそれに飛びつくかもしれない。だが、今すべきことはそうではないはずだと俺は思った。

 

「……わからないのよ。何も。何も…………ジルだって、もういなくて……」

 

 ジャンヌの声が湿り気を帯びていく。俺は握った手をどうしていいか、今更のように分からなくなっていた。冷たかった彼女の手は、いつの間にか俺の体温が移ったせいで人並みに温かくなっている。汗ばむ気配は俺のものか、彼女のものか。

 

「……でも、貴方なら分かっているんでしょう? だって貴方は、()()()()だって私のことを言い当てた。私のことなんて何も知らなかったのに、私も知らない私自身の真実を……」

 

 あのとき。あの、オルレアンでの命乞い問答のときのことだろう。

 であれば彼女は勘違いしている。俺のことを過大評価している。だが……それはそれで、今だけは悪くないのかもしれない。彼女が迷っているなら、一度間を取って様子を見るべきだ。俺はクー・フーリンよろしく訳知り顔で告げることにした。分かったような顔をした導師(ドルイド)ヅラで。

 

「ジャンヌ。アンタが自分のことを分からないのは仕方ないんだ。大丈夫だ。ジャンヌが悪いんじゃない。こんなの、今すぐ答えが出る話じゃないんだから、ゆっくり考えればいいさ。ここにアンタを害するものはいない。俺もアンタの調子が戻るまでは近くにいる。……寝起きでこんな話、疲れただろ。一度また休むといい」

 

 そうして彼女の手を握っていた両手を片方だけ放し、軽く彼女の肩を押した。抵抗もなくジャンヌはベッドに倒れ込む。

 

「おやすみ」

 

 そう告げると、彼女はゆっくりと目を閉じた。スゥッと深い呼吸が漏れる。

 ……もう大丈夫だろう。少なくとも、今日のところは。

 

「ドクター、後はお願いしますね。近くで待機してるんで、また何かあったら呼んでください」

 

「あ、ああ……」

 

 ……ん? なんだ。ロマニの視線がなんか変だぞ。

 

「キミは、あれかい? いわゆる()()()と言うやつなのかい?」

 

 いやいやいやいや。何を仰る。まあ、確かに俺が知ってる中で一番人間的魅力がある人を真似した振る舞いだったのは事実ですが。

 

「それならいいけど。いきなりどこぞのレジェンダリー・羊飼いみたいな語り口になるからびっくりしたよ」

 

 あいにく羊飼いの知り合いはいないッスね。あ、でもジンギスカンは好きですよ。

 ……さてクー・フーリン、俺たちも戻るか。そういやカルデアの食堂って俺たちも使っていいのかな? なんか甘いものが食べたい気分なんだけど。

 

 そう言って立ち上がろうとする。ジャンヌの手を握ったままだった残りの片手を離そうとして……その手が、強く握り返された。

 

「!?」

 

 思わずベッドに振り返った俺を、眠ったはずのジャンヌがベッドに横たわったまま、再び目を開けて俺を見つめていた。半ばぼんやりとしていた先ほどまでとは違う、はっきりと意思のこもった瞳で。

 

「ジャンヌ?」

 

 問いかける俺の声は、やや上ずっていた。俺は思ったより動揺しているらしい。

 

「──私にはまだ何もわからないけれど。貴方に、ひとつだけ頼みたいことがあります」

 

 先ほどのぼんやりした様子とは違う、はっきりとした口調。

 

「……いいぜ、何でも言ってくれ。アンタは俺に何を望む?」

 

 俺は彼女に軽く笑ってみせるが、それはひどく空虚に響いた気がした。

 

「私を、貴方の旅に連れて行ってください。まだ何もわからない私が、自分を、そして自分の犯した『罪』を本当に理解するために」

 

 ……さっきの話の続きだ。彼女が眠ったら終わりだと油断していた。一度緩めた気を締め直すのはキツいが……やれるか? ロマニの様子をちらりと見る。彼は分かっているというように頷いた。それも「現場の裁量」でいいんだな? 俺は浮かせた腰をもう一度ベッドに下ろし、ジャンヌへと向き直る。精一杯の努力で優男じみた表情を作り直した。

 

「もちろん、構わない。アンタが望むようにすればいい。そして、いつか自分のやりたいことが分かったら、そのときはそいつを俺にも教えてくれないか。きっと力になるからさ」

 

「本当ですか?」

 

「本当だとも」

 

 ジャンヌのレスポンスが早くなっている。現状がどうあれ、そもそも誕生の経緯からして“ガチ”の聖女を生き写しにした存在だ。マジ顔で見つめられた場合、気圧されるのは当然俺の方になるだろう。何を言われても肯定しようと決め打ちして彼女の言葉を待つ。

 

「それが、何かへの復讐だったとしても?」

 

 思わずひゅっと息を飲みかける。決め打ちが功を奏したのか、口だけは勝手に動いてくれた。

 

「もちろんだ」

 

 ……なんとか何事もなかったように即レスを返すことが出来たらしい。ありがとう脊髄反射。そして言っちまったからにはフォローまでしなくちゃな。クー・フーリンよろしく仰々しい口調で、全肯定するように。

 

「──それをアンタが望むなら、たとえ神様でも復讐(ころ)させてやる。そのための道筋(プロット)を示してやる」

 

「……」

 

 彼女はまだ俺の言葉を待っているように思う。だが、その金の瞳が刻一刻と輝きを増しているように見えて、思わず呑まれそうになる。……今度は俺の方に仕切り直しが必要だった。一度離した片手を再びジャンヌの手に添える。

 

「……だけど、今は少し休むといい。ゆっくり休んだらローマ旅行にだって連れてってやる。だから……」

 

 その言葉を言い終わるかどうかのうちに、彼女の手を握る力がふっと弱まった。糸が切れたように再びその目蓋が閉じられる。……眠ったのか? 本当に?

 ゆっくり彼女の手を離す俺に代わって、ロマニがその手を取ると脈を測った。

 

「脈拍正常……少し高め? 病み上がりに興奮しすぎたみたいだね。たぶん今日はもう目覚めないんじゃないかな。サーヴァント相手だから確かなことは言えないけど……とにかく、お疲れ様。エジソン(ディレクター)への報告は僕から上げておこう。冷蔵庫にお菓子があるから持っていっていいよ」

 

 とりあえず、今日のところはこれで仕事上がりでいいらしい。

 汗ばむ手をぐーぱーしながら部屋を出ると、手前の医務室にはリツカたちが残っていた。時計を見ると、まだ十数分しか経っていない。なんかどっと疲れた気がする。ぐっと背を伸ばすと上半身の骨がバキバキと音を立てた。

 

「お疲れ様。……様子、どうだった?」

 

 リツカが尋ねてくる。すまんが今は菓子が優先だ。まず俺に糖分をくれないか。そう要求すると、苦笑いで冷蔵庫から胡麻饅頭を出してきてくれる。

 もぐ。むしゃ。甘ぇ。生き返るわー。

 

 で、ジャンヌの話か。まあ、暴れたりする感じではなかったよ。なんかこっちの旅についてきたいって言うから、ちょっとエジソン氏に話通してみるけどさ。特異点での戦いにジャンヌを連れて行くのは、運営的にも万々歳なんだろう?

 

「え! カルデアに協力してくれそうなんですか?」

 

 マシュさんが驚いたように言う。ま、これから寝て起きたらまた気持ちも変わってるかもしれないけどね。……おそらくそんなことにはならないだろうと思いつつ、そう返事する。

 

 ……次の瞬間、背筋をゾッとするような寒気が走った。

 いつの間にか俺の横顔を、すぐそばから清姫の蛇みたいな眼がじぃっと見つめている。

 

「──まあ、此度は()()()()()()()というところでしょうか」

 

 ぱっと彼女は俺のそばを離れるとリツカの背後に戻っていった。

 ……え、今俺、燃やされかけてたの? 本心と違うこと言ったから? 嘘判定で!? 怖っ!

 

「だって安珍様(ますたぁ)の御友人ですもの。軽い嘘でも見逃せば、いずれ安珍様(ますたぁ)の魂の毒になりますわ。身近な方ほど普段の素行から気をつけていただかないと」

 

 ねぇ?とリツカに笑いかける清姫。人間嘘発見器コワイわぁ~。

 俺は胡麻饅頭をもう二つもらって退散することにした。こんな危ない部屋にいられるか! 俺はマイルームに戻らせてもらう!

 

「じゃ、セプテムでまた会おうねー」

 

 リツカがひらひらと手を振ってくる。

 おう、じゃあな。俺も軽く手を上げて、医務室の扉を閉めたのだった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 もしゃもしゃと新しい胡麻饅頭を頬張りながらクー・フーリンと二人で廊下を歩く。そらよ、こっちはお前の分だ。残りの一個をクー・フーリンに投げ渡した。どうやら甘味もいけるクチらしい。

 

「後ろで見てて思ったんだがよ。あのオルガの嬢ちゃんもそうだが、マスター、ああいう女が好みなのか?」

 

 ぐふっ!

 突然デリカシーの欠片もないセリフが飛び出してきた。俺は胸をたたいて喉に詰まりかけた饅頭を胃に押しやろうとする。

 ……ち、ちっげぇよ! そんなんじゃねーし!

 

「そうなのか? どっちも性格に難ありとはいえ、外見は間違いなく上玉だろうに」

 

 聞いてねぇ~。ていうか、こんなところで野郎同士の恋バナなんざしたくもねぇ。

 そう思いつつ、ひとしきり()せたところで何とか落ち着いた。どう答えたらいいものかちょっとだけ考える。

 

 ……クー・フーリン。お前自身も言ってたことだろ。人間は多様性と可能性を持つ生き物だって。

 

「そうだな。人間はその意思によって、神的なものにも獣のような存在にも変わりうる」

 

 だからさ。復活したジャンヌ・ダルクでも竜の魔女でもなくなった今のジャンヌが、「何か」になりたいって意思を持つならそれは可能なことだと思うし、俺も多少なり手伝ってやろうと思うんだ。

 

「『何かに』? 『聖女に』ではなくか?」

 

 そんなの分かんねぇよ。ただまあ、ジャンヌには聖女様になれる素質があるんだろ。だったらそれを伸ばしてやるのはいいと思う。少なくとも、俺は当面その方針で動く気でいるよ。こう見えて、聖女様には一家言あるからな。

 

「いいだろう。……もう一つ聞きたい。アンタはあの女に『お前は悪くない』と言った。あれは本心か?」

 

 本心といえば本心だな。罪を憎んで人を憎まずって言うだろ。オルレアンでの「罪」(やらかし)は間違いなく悪いだろうが、「人」については生まれからしてまともな状態じゃなかったわけだし、これから一緒に旅して変わるならそれでいいんじゃねぇの?

 ……1431年フランスでの大暴れが、現代日本人の俺からすれば他人事だってのはあるけどさ。

 

「そうか。それを忘れるなよ。ついでにもう一言だけ……拾ったからには最後まで面倒みろよな、マスター」

 

 へいへい、分かってますって。

 それよりお前、次の計画を立てるぞ。第二特異点、正直ノープランで行こうと思ってたが、ジャンヌを連れ回すとなると話が違う。「慣らし」も含めて最前線は避けつつ、適度に情報と戦闘機会があるような場所を拠点にしたい。

 

 えーっと、まずは地図だな。

 こういうとき、考察クランにツテがあると話が早くなる。どうも連中は第二特異点開幕までの虚無期間に勉強会をしていたらしく、【ヒムローランド】のカネさんを介して資料が送られてきていた。その手の会合には以前何度か顔を出したくらいだが、主な敵が歴史人物(サーヴァント)であることや特異点が現実の地理を反映すること、そしてオルレアンで俺がやらかしたあれこれを経て、情報の重要性というものが再認識されている。

 となれば必然、考察クランの士気も高くなるわけで。

 まだ誰も特異点に降りてすらいないのに、複数のシナリオが予想として挙げられていた。

 

 クー・フーリンの前に地図を広げる。興味深げに見入る奴の横で、同時代の人物まとめ資料を視野内のウィンドウへ展開させた。前回ジル・ド・レェやジャンヌ・ダルクが重要人物だったことを考えると、ネロ帝の立ち位置が最初のポイントになるだろう。シャルル7世よろしく敵に殺されている可能性も十分にある。だとすれば……ん?

 

 意外な名前を見つけて視野をスクロールする手が止まった。この時代の人物リストにクー・フーリンの名前があるな。お前、元は第二特異点と同じ時代の人間だったのか?

 そう尋ねると、クー・フーリンは何とも言えない表情をした。

 

「アー、そいつは難しい問題だな。確かに、クー・フーリンにまつわる伝承と他所の伝承の整合性を考えると、クー・フーリンがこの時代に生きていたという見方もあるだろうさ。だが、オレはアンタらが使ってるような『西暦』の(こよみ)を認識してたわけじゃねぇし、これから行くのはローマを中心にした特異点だ。ローマの歴史観で綴られた世界ということだな。であれば、ローマから見たこの時代のケルト人というのはオレやアルスターの英雄たちじゃなく、イケニ族の女王ブーディカあたりになるんじゃねえか?」

 

 ふーん。じゃあこの特異点でアイルランドまで行っても生クー・フーリンには会えないってことか。……まあどうせ試すプレイヤーは出てくるだろうが、先に予測を知っておけるのは大きい。

 

 となると、逆に……。

 

 俺はクー・フーリンを突っついた。アン? という感じで地図から顔を上げかけたクー・フーリンに、その地図上の一点を指す。

 

「ここは……」

 

 その土地の名を見て、クー・フーリンも気づいたらしい。ニヤリと口元が笑う。

 

「なるほど、マスターらしいな。だが、そこにあの女を連れて行ってどうする?」

 

 俺もニヤリと笑った。

 決まってるだろ。罪滅ぼしも、聖女ムーブも、まず第一歩は奉仕活動(ボランティア)からってテンプレなのさ。

 

 

 

 

 

>>> [3/3] この特異点の片隅で

 

 

 第二特異点セプテム、すなわち西暦60年。

 現代では機械に置き換えられたおよそあらゆる仕事を、まだ人力でこなさねばならない時代。

 人手はあるに越したことはないが、どうしようもない災禍によって失われる命もまた多い。

 

 コーン、コーン。

 

 高く木槌の音が響く。

 俺は壊れた屋根の補修作業を頼まれていた。高所作業はある意味プレイヤーに向いた仕事だ。俗に「1メートルは一命取る」なんて言われるが、プレイヤーは死んでも復活するのでこういう作業へ雑に突っ込むのに強い。腕前? まあ人手が足りないみたいだし、多少は大目に見てもらえると思いたいな。

 

 眼下ではジャンヌが黙々と道の補修をしている。

 「全ての道はローマに通ず」という言葉はあながち言い過ぎの誇張というわけでもなく、この街……いや村? ここの集落もドミティア街道と呼ばれる主要街道の沿線にあった。古くはあのハンニバルがローマへ攻め込むときに使った道らしいね。道ひとつとっても21世紀まで残るような歴史と繋がってるってのは面白いよな。

 

 正直ジャンヌを連れ出すにあたっては、もう少し面倒なことになるんじゃないかと思っていた。運営(カルデア)の意向にせよ、ジャンヌ自身の意思にせよ。

 しかし予想とは裏腹に、エジソン氏は俺がジャンヌ相手にキングメーカーならぬ聖女メーカーを始めることに快諾したばかりか、目的地であるこの集落へのアクセス手段についてもサポートしてくれた。前回の特異点でプレイヤーの拠点だったマルセイユ(マッサリア)から比較的近い位置にあったことも都合が良かったらしい。

 

 一方、ロマニの報告を聞いてからというものオルガの機嫌が死ぬほど悪く、オルレアンでの反省を生かしてセプテム特異点での行動計画を共有したというのに、彼女からは「好きにすれば?」の一言が返ってきただけだった。ドクター・ロマニ・アーキマン。一体どんな報告を上げやがった……! クー・フーリンのルーンの加護はとっくに切れてしまって聞くのが怖いから聞いてないけどさ。

 

 まあ、オルガの機嫌の話はいい。

 ジャンヌの方も、予想に反して素直というか、あっさり俺たちについてきた。自分から同行を希望したんだから当然といえば当然なんだけど、なんかオルレアンのときの魔女様ぶりを見ていると今の従順な感じがスゲェ違和感ある。今だって、文句の一つも言わず土木作業へ従事しているわけでさぁ。特に不満がある様子も見えないんだが、何を考えてるのか分からなくて不安になるよね。そのうち爆発したりしないだろうな?

 

 そんな彼女の御目付役のはずのクー・フーリンは、初日だけジャンヌの様子を監督していたが、二日目には「ありゃ心配ねえよ」とだけ言い残して近くの森の中へと消えていった。以来、夜寝るときしか帰ってこねぇ。なんでも、現地の人たちに黒い森(ネルルク)と呼ばれる深い森林はドルイド的にも健康に良いのだとか。ここ最近の不調がそれで治るなら構わないが……。

 

 とりあえず、このまましばらくはここで過ごすつもりだ。

 ローマの方ではネロ帝率いるローマ軍が敵と戦っているらしいのだが、まだ相手方についても分かっていないことが多い。本格的な攻略が始まるのはこれからだろう。情報は集めているから攻略へ乗り出すのは事態が動いてからでも遅くないし、今の俺にはジャンヌの方が優先度が高い。

 

「精が出るわね」

 

 と、下の方から声がかかった。見下ろせば、杖をついた老女がこちらを見上げている。木槌を軽く持ち上げて挨拶を返した。

 

「昼食を用意したわ。切りのいいところで休憩したらどうかしら」

 

 お、ありがたいね。『FGO』において食事は必ずしも必要ではないが、食べておけば魔力供給の足しになるらしい。以前は「詳細不明だけどバフ効果はあるっぽい」くらいの認識だったのが、アバターを構成する魔力という概念を得たことで話が分かりやすくなったのだ。

 借り受けている作業道具一式をまとめて屋根から降りる。俺を呼びに来た女性はジャンヌにも声をかけた。

 

「あなたも一緒にいかが?」

 

 だがジャンヌはお誘いの相手じゃなく俺を見てくる。……え、俺に聞いてる感じ? まあ好きにすれば良いんじゃね? せっかくだから皆で食おうぜー。あ、クー・フーリン以外。

 

「……であれば、私は構いませんが」

 

 ジャンヌは相変わらず何を考えているのか分からない調子で道具を回収し、俺に歩調を合わせて歩き出す。俺はジャンヌの横顔をちらりと見た。聖女らしくも魔女らしくもない、同年代くらいの若い外見の整った顔。だが抱え込んだ迷いゆえにか、かつての決然とした様はなく、ここでのボランティア活動も俺に言われるままやっているという印象が強い。おそらくこの街がどこなのかということも気に留めてはいないだろう。できればもう少し周囲にも注意を向けてほしいんだが、それはまだ早いか。

 

 ともあれ──せめてこの街での経験が、今のジャンヌへプラスになってくれるといい。

 

 そんなことを思いつつ、杖を突きながら少し先を行く女性に追いつくようやや足を早める。ご高齢とは思われるが矍鑠(かくしゃく)としていて、背筋もスッと伸びている。その背中越しに声をかけた。

 

「近頃は物騒なことも多いですが、他にお困りのことはないですか? ()()()()()

 

「そうですね……この辺はまだローマの宿営地に近いので『連合』の兵も少ないですけれど。いずれは戦いになるのでしょうね」

 

「仮にそうなっても、俺たちがいる限りここは襲わせませんよ」

 

「期待させていただきますね」

 

 道の向こうから食べ物の匂いが漂ってくる。昼時ということもあり人通りはいつもよりやや多い。

 その誰もが、俺たちの先頭を行くマルタさんと行き交うたび丁寧な挨拶を交わし、笑い合う。

 遠く離れたエルサレム近郊のベタニアからこの街へやって来た彼女は、既にこの土地に融け込み、誰からも聖女として好かれ受け入れられているようだった。

 

 ──ここはタラスコン。かつてネルルクと呼ばれた、ほんの10年ほど前に邪竜タラスクに襲われた街。

 

 「邪竜を更生させた」聖女であり、第一特異点では竜の魔女ジャンヌの被害者でもあった老マルタの暮らすこの街を、俺たちは第二特異点修復における最初の拠点として選んだのだった。

 

 




 花がありそうで花がない少しだけ花の旅路、はーじまーるよー。

 連続更新(連続じゃない)は以上となります。次回はローマ編がある程度まとまったらまた一挙更新の形にしたいと思いますので、しばらくお待ちいただければ幸いです。たぶん3年後とかふざけたことにはならないと思います……。
 あ、後で活動報告も書きますね。今回の展開ってアレじゃねーか!というのも含めて色々書きたいので。

◆老マルタ
 聖女マルタ(生)。
 生没年不詳ではありますが、西暦30年頃とされる救世主(キリスト)の死の後に南フランスで布教活動を行ったとされるので、まだ生きてるかも?という推測のもと御登場となりました。Wikipedia『タラスコン』の記事によると、マルタさんのタラスク退治は西暦48年らしいですよ? 要出典の注釈付きですけどね。
 当時の寿命を考えれば結構な御高齢と思われますが、あの型月マルタさんならタラスク退治から10年やそこらで死んだりしないでしょう(偏見に基づく捏造設定)。


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