ニーア:キャットマタ (ゆーせっと)
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旧世界の記録


本マグロ使用。猫大好き


『猫缶大売り出し!』

 

 

201×年 ××――

 

関係者各位

 

先日、ゲシュタルト計画の申し込みキャンペーンが国が先導する形で始まりました。キャンペーンへの賛助、および積極的な参加企業に対しては補助金や税金の優遇があります。我々ペットショップとしても本キャンペーンに参加することが先日決定しました。

つきましては、社員、アルバイトの方々より賛助キャンペーンのアイデアを募集します。内容に関しては以下の条件を参照のうえ、企画部へメールで応募してください。

 

1、 ペットショップに関連するもの(例:動物とのふれあい体験、ドッグフードの試食会など)

2、 ゲシュタルト計画への参加を推奨、肯定的なイメージを含むもの

3、 店舗敷地内で実施可能なもの

 

優秀なアイデアを出して頂いた方には、特別有給休暇を一日付与します。また、話題の超微粒子除去マスクをプレゼントします。

 

企画部

 

 

――――――――――――――

 

 

『日記』

 

 

8月7日

 清掃〇、餌やり〇

 白塩化が広がってるせいか、客入りはどんどん少なくなっている。収益は下降の一途、もう動物園もおしまいだ。

動物の餌はもう、贅沢品と同じ。大飯ぐらいや人を襲いかねない動物は処分したが、それでもたくさんの動物が残っている。職員は半分以下になってしまって世話をするのも大変だ。

 

8月12日

 餌×

 残っていた職員が白塩化した。もう動物園としては存続できない。一人で続けるのは不可能だ。

 どこかで引き取ってもらえるかと当たってみたが、余裕は無いとのこと。食肉にできる動物は多くなく、ほとんどが殺処分になった。

 俺の元には犬と、鶏と、猫だけが残った。こいつらは俺が塩になっても生き続けるんだろうか。

 

8月22日

 本を貰った。

 犬を放したらどこかへ走って行った。なかなか逞しい奴だ。

 鶏を放したけど、まだ近くをうろついている。そのうち誰かに食われるかもしれない。

 猫を放したが、机の上からどかない。俺をじっと見てくる。

 国は将来への冬眠だと言っていたが、自殺との違いがいまいちわからない。

 でもまあ、塩よりマシか。

 

 

―――――――――――――――

 

 

『悪徳健康用品について報告』

 

先日発売された「超微粒子除去マスク」についての報告。

当該商品について、白塩化を防ぐ、との謳い文句で販売されているとの苦情が相次ぎました。

厚生省で検査した結果、白塩化を防ぐ効果はなく、販売会社に実験データなどはありませんでした。販売会社には速やかな回収を指示、また販売業免許を取り消しました。

 

なお担当者不在となったため、本日より担当は水瀬となります。



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おねショタ18禁本、40ページ。アダム主催コミケ・夏のレプリカント頒布21-O

『ヨルハ地上班、対有機的食材係9Sより報告。

 

旧世界の情報媒体より新しいレシピを発見しました。従来の製本されたレシピ集とは異なり、口伝、あるいは下位の情報媒体において記載が見られます。また正式名称が不明である点も特徴的です。

 

情報媒体の記載名は『猫まんま』。名称から有機生命体である猫に関連する食品であることが考えられます。

 

しかし、記載された内容には猫を用いた形跡は無し。それどころか食肉を用いておらず、なぜ猫を冠するのか不明。

 

必要な材料は、米、味噌、若布、豆腐、大根、鰹節等々。作り方については「ご飯に味噌汁をかける」とのこと。

 

試験的に身近にいる猫に対して、上記方法で作成した猫まんまを提供しました。結果としては全量を摂取。猫まんまは猫を用いるのではなく、猫に食べさせるための食品である可能性があります。

 

そうであれば正式なレシピ集に載っていない理由としては納得可能です。しかし同行者の2Bは何故か猫まんまを食べたがり、先日は餌皿を持ってきて名前を書いていました。出来上がるまで、猫と並んで正座で座って待機しています。これ、どうすればいいんでしょうね?

 

追伸:実物は送れないので、3Dデータを送ります』

 

 

 

 21Oは受信した報告を即座にローカルへ移すと、3Dデータをモニタに映し出した。

 モニタの中では、なるほど、猫とアンドロイドがちょこんと座って、餌皿を前においてジッとしている。まさかそのまま食べるのだろうか、と不安に思った21Oだったが、手前に僅かに映る箸を見て安堵の息をつく。アンドロイドが餌皿で犬食いなど冗談ですらない。

 

「……猫、ですか」

 

 2B担当のオペレーターが猫の画像をデスク周りに貼りだしてから、にわかにオペレーターの間で生物のデータをサルベージしたり、担当するアンドロイドに写真を頼む者も増えている。司令官がそれを見て嗜めもしないので、影響はどんどん広がっていた。

 ちなみに司令官は自分は興味ないぞー、と振舞おうとしているが、彼女の自室には犬のデータがいくつも隠されていることは周知の事実である。

 そんなにわかな流行の中、21Oは特にデスクに何かを飾る事をしていない。普段通りのすっきりとした、言ってしまえば無骨で可愛げのないデスクである。

 浮いている、とは思わない。デスクは所詮仕事に使うためのものであって、そこに私物が入る必要はない。むしろ大事なものなどを飾って、万一壊してしまったら嫌な気分になるだろう。仕事に気が乗らない、などという言い訳は彼女の嫌うものだ。

 21Oは通信を開く。通信相手はもちろん、ふざけた報告を送ってきた相手である。

 

「こちら21O。9S、無駄な報告はサーバーの圧迫につながります。必要でないデータの送信は控えてください」

『えー? でもこういうのも楽しいじゃないですか。オペレーターさんもたまには息抜きしないといけませんよー』

「必要はありませんが」

『いえいえ、僕にとっては必要なんです。オペレーターさんが息抜きをして、ちょっと柔らかい言葉をかけてくれればいいなーって』

「それが必要になれば構いません」

『必要じゃなくて、自然にそういう関係になりたいんですけどね。それより猫まんま、どうですか?』

「外見のデータだけでは判別できません」

『ああ、それもそうですよね。オペレーターさんがこっちに来れたら御馳走できるんですけど』

 

 彼女の手元が、ぴたりと止まる。もちろんモニターに映らないそれに9Sは気付かない。

 

「……他に用事が無ければ通信終了としますが」

『オペレーターさんが通信してきたような……まあ、いっか。こちらは現時点で問題ありませんよー』

「了解しました。通信終了します」

『はいはい、了解ですー』

 

 モニタが途切れ、21Oは静かに力を抜いた。手が固まったように動いてくれず、小さく首を振る。

 見透かすような9Sの言葉に21Oは揺さぶられ、感情の波を起こす。いてもたってもいられず、21Oは席を立つ。向かうのは自室、そのベッドの下である。

 鍵を閉め、ベッドの下へ手を伸ばす。複雑な作りの箱を開けると、中には写真が何枚も収められていた。そのどれもがあるアンドロイド――9Sを映し出している。モニタの画像を密かに焼いたものだ。

 それだけでも相当ではあるが、彼女は更に、箱の中で厳重なロックが掛けられた場所から、紙とペンを取り出した。アナログ極まりない道具だが、ハッキングには滅法強い。仮にデータがすべて流出しようと紙に直接描いたものは出ていきようがない。

 

「……きました」

 

 静かに、21Oは机に臨む。目を閉じていた彼女は呟くとペンを持ち、丁寧に紙に滑らせ始めた。

 本日のシチュエーションは留守番の男の子と、ご飯を作りに来てくれた近所のお姉さんの××――!

 



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本編
吾輩は猫である


猫パンチはいくら弾幕を消す


 吾輩は猫である。されどただの猫にあらず。

 髭を張り、尾っぽを振り、耳を立てて歩く姿は若々しかろう。人の姿をした機械仕掛けの輩などは時に「おおいそこの猫型生命体、アジをあげよう」と美味い魚を寄越し、赤髪の双子共は疲れた表情で吾輩の背を撫でてくる。吾輩を羨むのだ。

 しかし彼奴らは知らぬ。吾輩が齢にして一万をとうに超えた猫、すなわち猫又であることを。尾っぽは別に裂けていないが。

 

「にゃん」

 

 おお、おお。今日はまた随分派手に散っているではないか。あれは機械仕掛けの人間、アンドロイドなるものである。時々飛行機械に乗ってやってくるのだが、そのたびに古びた機械連中(これは如何にも機械である)と撃ち合うのだ。花火にも勝る轟音は吾輩の耳には少しばかり痛い。

 このところ、アンドロイドの動きはなかなか活発だ。レジスタンスを自称するアンドロイド共の住処で聞くところでは、ヨルハなる部隊が地球奪還に向けて動いているらしい。まったく、遥か昔に人間が絶滅し、何千年か前に降り立ったエイリアンとかいう奴らも見なくなったというのに、機械同士での戦いは延々と続いている。馬鹿らしい事だ。

 瓦礫の多いビルを駆け上がる。機械共は吾輩や鹿だの猪だのといった動物には興味が向かぬらしく、横を通ろうが気にも留めぬ。愚図である。

 

 ……しかし、何階も上がるのはやはり、面倒だ。

 まったく吾輩も吾輩だ。機械を馬鹿にしているが、吾輩自身もとんだ道化である。

 なにせこの身は猫又と称するわりに、妖術の一つも使えぬ。尾っぽも割れぬ。人語を理解しても話すことはできぬ。飲まず食わずで病に掛らず、身体が千切れようが決して死なぬ不死身の身体が唯一吾輩を妖怪と断ずるに値するのみである。

 

 嘆息しつつ屋上へ登ると、二人のアンドロイドが降り立ったところらしい。目に布などを巻いて果たして見えているのかと不思議に思うが、事実としてこれまでのヨルハ連中は見えていたのだから一層不思議なものだ。

 ビルの間に掛かる橋……代わり瓦礫を渡り、二人の元へ走る。やや幼い少年と、いくらか上の女性である。吾輩に先に気付いたのは少年であった。

 

「2B、早速出迎えみたいです。アンドロイドじゃ無いですけどね」

「あれは……動物?」

「食肉目ネコ科ネコ属、いわゆる猫です。昔はよく人類に飼われていたらしいですよ。ペットとして人気だったとか」

 

 なかなか知ったような口をきくアンドロイドである。まあ、間違っているとは言うまい。吾輩自身、人類が塩の塊になる前には猫缶なぞ頂戴した頃がある。既に味は記憶の彼方ではあるが美味かった気がするのだ。

 吾輩に興味を隠さず、「チッチッ」と古典極まる呼び方をする少年と、辺りを警戒しさっさと足を進める女性。対称的だが、これが案外長続きする組み合わせだと吾輩は知っている。二人がつがいかどうかはわからぬが。

 

「機械生命体は何故か動物に興味を示さないんですよね……って、待ってくださいよー!」

「私達の受けた命令はレジスタンスとの合流。動物に構っている暇はない」

「それはそうですけど……まあいいか。そういえば最近は僕達にも攻撃してこない機械生命体もいるみたいですよ。不思議ですよね」

 

 頭を一撫でして、少年は女性を追ってさっさと飛び降りた。まるでそこに道があるかのような気楽さだが、当然そんなものはなく、ただ落ちるに任せるのみ。見た目通りの人類であれば死は免れぬだろう。

 しかして、まあ、そこはアンドロイドは人にあらず。肌が柔らかかろうが中身は機械ときたものだ。着地するなりさっさ歩きだそうがもはや吾輩驚くことも無い。顔を前足で掻き、悠々と階段を降りるのみ。

 ……妖術が使えれば空も飛べように。まったく、ままならぬ。

 まあよい。二人はレジスタンスと合流すると言っていた。暇つぶしに二人を追うのもよかろう。

 

 

 

 廃墟の隙間は吾輩にとり、行き止まりにあらず。

 一直線にレジスタンスの住むキャンプに向かうと、二人は意外にも悠長に小川で釣りなぞしていた。

 

「あのー、2B? そろそろ行きません?」

「もうちょっと。フナ型機械生命体だけじゃ終われない……」

『有機生命体の反応を感知。一般にフナ、メダカと呼ばれる生命体。推奨、気配を消した待ち釣り』

「そういう事だから少し黙って」

「は、はい……なんか、変な人だなあ」

 

 呟く少年に、吾輩の同情心は緩やかに流れていく。

 あの女性は生真面目そうに見えたがなかなか変人やもしれん。近くに積まれた魚型の機械の山からは執念のようなものを感じる。これは釣り人である。かつて海でよく見た光景で、こういう輩は目的を果たすまで意地でも動かぬのだ。

 少年よ、気持ちはよくわかる。吾輩も釣果のお零れを貰うまで辛抱強く待たされたものだ。

 

「にゃあ」

「あれ? さっきの猫、かな。2B、この猫……って聞いてないか」

「にゃん」

 

 釣り人は静かに糸、ではなく機械を見ている。居合抜きの機を計る侍のごとき気迫だ。これはもはや、吾輩らの声なぞ聞こえてはおるまい。

 

「けど動物か。ハッキングできない相手っていうのも珍しいしちょっと失礼。へー、大人しいじゃないですか」

 

 なに、吾輩ともなれば借りられた猫と変わらぬ大人しさ。

 抱き上げ撫でられてごろにゃんとサービスを惜しまぬのは賢さの証というもの。しかしなかなか、この少年。撫でるのが上手いではないか。デボだのポポだかよりずっと撫で上手よ。あ奴らはどうも撫で方がぬるい。適度に力を籠めるのが良いのだ。

 

「データベースには猫は魚を好むっていうデータがあったけど、どうかな。せっかくだし一緒にキャンプまで行きませんかー? なんなら魚もあげますよー。ねえ、2B」

 

 女性は待ち人である。微動だにせぬ。吾輩らの声はそよ風のごとき扱い。

 

「にゃんにゃん」

「うーん、会った時……まあ2Bからすると前にも会ってるんですけど、僕の記憶はアップされてないからわからないんですよね。真面目な人に見えたのに。前の僕もこんな風に呆気にとられたのかなあ。ま、生真面目一辺倒なオペレーターさんよりは面白いかもですけど」

「にゃにゃあ」

 

 吾輩、気配に敏感である。得体の知れぬ怒気に毛が逆立ち、優美な動きで川に飛び込む。水が掛かるのは困りものだが、怒りに当てられるのは勘弁していただきたい。

 

『こちら21O。9S、先ほどの言葉の説明を求めます』

「げ……えーと……」

 

 触らぬ神に祟りなし。しどろもどろの少年を後にした吾輩は女性の元へ向かう。

 吾輩の一万数千年を超える経験が告げている――来る、と。鋭い猫目が水面を切り裂き、思わず牙を剥く。無論そこに殺気は込めぬ。釣りの極意は魚めらに気取られぬことである。

 女性も悟ったのだろう。握り込む手に僅かな震えを感じる。まったく素人よ……だが、致し方なしか。

 

「……! 来たっ!」

「ニャッ!」

 

 騒がしく水しぶきを上げる機械が跳び上がる。その先に摘ままれているのは……!

 

『報告。メダカと呼ばれる生命体』

「メダカ……」

「にゃん……」

 

 まさしくチビであった。よく掴めたものだ。女性も気が抜けたようにメダカを手のひらに乗せ、しばし沈黙していた。

 ピチピチとむなしく跳ねるメダカ。そっと吾輩の前に差し出されたそれは、新鮮そのものであった。

 

「……あげる」

 

 そう言った女性は、厳しかった釣り人の表情を和らげていた。ポポルに近い柔和なものだ。

 吾輩は食むことにした。この身体、生魚ごときには負けぬのでありがたい。

 

「おいしい?」

「にゃあ」

 

 どちらかというと焼き魚が好みだが態度に出すまい。

 ペロリと頂き、礼代わりに指を一舐め。猫嫌い相手にやれば危ないが、そもそも吾輩に手ずから餌を寄越す輩が猫嫌いという事はあるまい。これが人類やアンドロイドによくウケるのだ。

 この女性も嫌がっているわけではなさそうだが、どうも固まっている。動物に好かれる経験に乏しいとみた。ヨルハの連中が住む場所には動物はいないらしいのだ。

 しばらくして、女性は立ち上がる。目的を果たし向かうべき場所を思い出したのだろう。

 

「そろそろ行かないと。9S、いつまでも遊んでないで早く行こう」

「2Bに言われてもなんか納得が……ほらオペレーターさん! そろそろキャンプに向かうので通信終了!」

『では後でしっかりと話をき』

 

 賑やかに連れ立って歩く二人はなかなか面白い組み合わせだ。一つ、吾輩もついていくとしよう。

 

「にゃっ」

「2B、この猫どうします? ついてくるみたいですけど」

「とりあえずキャンプに行こう。その後の事はその時に考えればいい」

「はーい、じゃあ一緒に行きますか。君、名前は?」

 

 吾輩は猫である。名前は今のところ、ない。

 澄まし顔の吾輩は二人の間を歩く。どちらも歩く速度を落とし、気の利く輩である。

 

「それもキャンプで聞けばいい」

「じゃあ、名前が無かったらどうします?」

「その時は……つければいい、かな」

「いいですねー。ちなみに2Bはどうですか、いい名前とかあります?」

 

 ほほう。

 吾輩と少年――9Sの視線を受けて、2Bなる女性は少しだけ考えて、言った。

 

「猫三郎」

 

 吾輩と9Sは走った。何も聞かぬ事にするのが吉である。

 

「猫三郎……」

 

 少しばかり悲哀の籠った呟きは済まないが無視だ。どこぞの又三郎でもあるまいし、そもそも名前に猫を入れるセンスや如何に。

 走る、走る。キャンプに飛び込んだ吾輩と9Sを他の輩は怪訝そうに見ていたが、危機を脱した吾輩らにあるのは安堵である。

 

「ふー……危なかった、さすがに猫三郎はセンスを疑いますよ」

「にゃんにゃ」

 

 まったくもって同感である。猫三郎など、許せるセンスにあらず。甚だ噴飯ものだ。

 疲れた顔を見合わせる吾輩と9S。そこには確かに、共感が存在していた。こ奴とは仲良くなれそうだ。

 

 

 

 

 ――吾輩はまだ知らなかった。

 この二人との関係が、長く愉快なものになる事を。

 

そして――吾輩の名前が、いつの間にか猫三郎として広まることを。

 



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風の又三郎

どっどど どどうど どどうど どどう


キャンプにはそれなりのアンドロイドがたむろしている。吾輩の縄張りの一つである。

追い付いてきた2Bが吾輩をじっと見て口を開こうとするなり、9Sが遮るように話し始めた。まったく有能である。

 

「2B、まずは代表のアンドロイドに挨拶に行きましょう。情報を集めた方がいいと思いますよ」

「そうだね」

 

 吾輩よりも任務とやらを取ったのだろう。気を取り直したように二人はアネモネの元へ向かっていく。

 なかなかの観察眼、確かにこのキャンプのリーダーはアネモネである。何年か前に降りてきて機械生命体と戦ったアネモネが持つ空気は猛者を思わせる。今も吾輩を睨みつけているのだ。

 

「お前達は……その猫をどこで?」

「ああ、この猫の事、知ってるんですか」

 

 吾輩の猫耳は聞き逃さなかった。2Bが極めて小さな声で、「猫三郎……」と呟いたのを。しかし聞かぬことにする。

 

「……ああ。よくここに出入りしている野良猫だ」

「野良猫、ですか。じゃあ名前も無いんでしょうか」

「名前か? そうだな、私はこの辺り一帯のアンドロイドレジスタンスを取りまとめているが、その中でそいつに名前を付けている奴はいない。もし名前が付けば私にすぐ連絡がくるはずだ」

「そこまでとりまとめちゃってるんですか……なんか怖いかも」

 

 2Bが少しばかり嬉しそうに「猫三郎……!」と言ったのを吾輩スルー。9Sもやはりスルーである。

 アネモネはどうやらヨルハの上司、バンカーなる所にいるアンドロイドから連絡を受けていたらしい。二人を受け入れる姿はリーダーの風格があるが、このアンドロイド、吾輩を睨んでいる。

 9Sも不思議そうにそれを眺め、ついぞ口を開いた。確かに初めて見た輩には奇妙だろう。なにせ、アネモネは震える手を吾輩に伸ばしては引っ込める、というのを延々繰り返しているのだ。

 

「あのー、アネモネさん? それは何をしてるんです?」

「……ああ。いや、この猫はどうだ、噛んだりするか」

「いえ、それどころか持ち上げても大人しいくらいですけど」

「持ち上げただと! さすがヨルハだな」

「えー……」

 

 感嘆の声を上げるアネモネに、9Sは脱力を示す。この女、どうやら吾輩が怖いらしい。理由は当人にもまるで不明だが、人格を作るプログラムに『猫好き』『猫恐怖』が組み込まれているのだという。

 

「はあ。ならプログラムを書き換えればいいんじゃないですか」

「それがOSと結びついていてな……下手に触れば初期化するか、データ消去以外無いからハッキングもできないんだ」

「なんでそんな面倒なことに……」

「にゃにゃあ」

 

 無駄の極みである。

 ともかくとして、二人はアネモネの協力を得てキャンプのアンドロイド連中から情報を集めて周るようだ。無論、吾輩も同行することにする。

 途中、道具屋と武器屋に物をねだられていたが、幸い手持ちでどうにか賄えたらしい。それを聞きつけてか他のアンドロイドまで寄ってきては何やら頼んでいくのが愉快である。2Bは戸惑っていたが9Sは困りつつも楽し気だ。

 囲まれる二人から少し離れた吾輩は、それを遠巻きに眺める双子に気付く。向こうも吾輩に気付き、遠慮がちに寄ってきた。

 

「なんだかすごい事になってるな。あれ、新しく来たヨルハ隊員だろ」

「そうね……猫さん、貴方も一緒だったの?」

「にゃーご」

「今日来たばっかりなのに……凄いのね」

 

 遠く、二人を見る眼差しは憧憬と、僅かな嫉妬でできている。デボルの方は隠そうともせず苦々しい表情を浮かべているが、下を向いた。吾輩以外に彼女の表情は見えぬであろう。要するに、誰にも見せないように顔を伏せたのだ。

 二人がどういう存在か、吾輩はこの目で見てきた。吾輩が気まぐれに遊んでいた妹を助けようとする兄、下着姿の女、喋る本、そしてエミール。人類がいなくなったのは、それから少ししてからであった。

 それからというもの、赤毛の双子は数千年に渡りアンドロイドの嫌われ者である。

 靴の中にゼリーを入れられたり、渡される水が温いことなど日常茶飯事。それが二人を消極的にさせているのであろう。

 

「くそ……行こうポポル、早く仕事を終わらせよう」

「そうね。じゃあね猫さん、また帰ってきたら遊びましょうね」

「にゃん」

 

 吾輩はそそくさと隠れるようにキャンプの出口に向かう二人を見送った。なにせ吾輩は猫である。かける言葉もなければ支える事も出来ぬ。猫の手を貸せる相手は限られるのだ。

 

「きゃっ」

「わ、っと。すみません、だいじょうぶですか?」

「え、ええ……大丈夫」

「すみません余所見をしていて。でも、綺麗な髪ですね。つい見とれちゃいました」

「え、あ、あの、そ、そう……」

「僕は9S、ヨルハ部隊のスキャナーモデルで、親しい相手はナインズ呼びます。よければ貴方も僕の事はナインズって呼んでください。ところで貴方の名前は?」

「あ、あの……ポポル……」

「ポポルですか。綺麗な名前ですね、僕が人類でも一瞬で覚えちゃいますよ。自信ありますからね。ところで今暇ですか? メアド教えてもらっていいですか?」

 

 懐かしい、人類にはかつてナンパ師なる者がいた。吾輩も新宿が人類で溢れていた頃はバリバリだったものである。今となっては恥ずかしくもあり、楽しかった時代だ。

 顔を髪の毛と同じほど真っ赤に染めたポポルと、その手を引く9S。そしてそれに食って掛かるデポル。しかし吾輩は知っている。デポルは今されているように正面から撫でられると即座に落ちるのだ。もはや二人は9Sの虜、過去に妹を想う兄と同じことが繰り返されていた。

 しかしまあ、どこぞへ消えてもさほど時間はかかるまい。これで二人の心が救われるならば。

 ところで、2Bは何をしているのか。その答えはすぐに出た。吾輩の目の前に現れた2Bはどこか疲れた雰囲気を纏わせていた。

 

「……猫三郎、9Sはどこ?」

 

 どうやらこの女、吾輩を猫三郎で通すつもりらしい。そうはいかぬ。

 脱兎のごとき速さで吾輩は身を翻し、花の生えた草地で横になる。出発までの間、吾輩はここで眠るとしよう。

 途方に暮れたような2Bはゆっくり倉庫の方へ向かったようだが、知らぬ。思えば日向ぼっこもここ最近はしていなかっただろうか。不死身であろうと眠気というのは襲ってくるのだ。

 

「ふにゃぁ……」

 

 吾輩は猫である。ヨルハとしての責任もなければ頼まれごともなし。ただ惰眠を貪るばかり。

 

 双子から熱い口付けを送られやってきた9Sと、何やら修羅のごとき炎を背負って戻ってきた2B。顔を合わせたとき、2Bが刀を抜いたのも仕方あるまい。

 

「あ、あの2B? 冗談ですよね、さすがにそれは当たると僕の装甲じゃ……ご、ごめんなさい! 許してください! だ、誰か助けて!」

「大丈夫、ブラックボックスさえ無事なら別の素体に記憶を移し替えればいい。万一があってもここに来た時にバンカーにデータを送ってる。何も問題はない」

「ひぃ!? い、いま掠りました! 素体もタダじゃないですし、か、勘弁してください!」

 

 キャンプのアンドロイド達の前で土下座すること一時間。「ボクポンコツアンドロイド」という看板を背負って正座すること一時間。夜の無い世の中だけに分かりにくいが、吾輩たちがキャンプを出たのは、一万年以上前でいう所のとっぷり日が暮れた時間帯であった。

 



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砂の器

 外は晴天、吾輩の毛も艶を返して機嫌が良い。猫らしくグッと伸びをするとまたこれが気持ちよい。

 

「んぅにゃあぁ」

「猫、まだ着いてきますね。どこまで来るつもりかな」

「わからないけど危険に晒すわけにはいかない。アネモネからの頼みは砂漠の調査だから危険は少ないかもしれないけど」

「砂漠かあ……体内水分量さえ管理しておけば大丈夫でしょうか。川の水を汲んでいきますね」

「ありがとう、9Sは気が利くね」

「そうですか?」

「うん。私は放っておかれたけど」

「そ、それは……ごめんなさい」

 

 2Bの言葉にはチクチクと刺さる棘がある。が、雰囲気の柔らかさはまったく気にするべくもなし。

 吾輩はなにせ機械生命体を壊す力も無く、しょせんは非力な猫である。二人が刀を振り回す間は遠巻きに見ている事しかできぬ。

 ……しかし、これがなかなか暇なのだ。二人は性分なのか通りすがりに見つけた機械生命体全てを破壊せねば気が済まぬらしい。そのたびに吾輩はいくらか高い場所へ駆け上がり、騒がしい音に耳をぺたんと倒さねばならぬときた。

 最後の機械が爆発四散してから二人の元へ戻る。哀れにも転がった丸い頭は道路を走り、溝に落ちた。

 刀と体の具合を調整した二人が再び歩を進めようとした時、吾輩の鋭い感覚が何かを受け取った。このヒゲがピリッと来る、それでいてどこか気の抜けた感覚……ふむ。

 

『こちらオペレーター6O、2Bさん、ポットへ送った座標データのポイントは確認していただけましたか?』

 

 なかなか緩い声である。いつだったか、ゆるふわという言葉がはやったものだ。確かどれかのビルの中で見た写真集に、ゆるふわガールなる特集があった気がする。まさにそのような、気の抜ける声であった。

 

「こちら2B、確認した」

『砂漠は気温が高く補給も難しいですから、気を付けてくださいね』

「了解」

「あ、そうだ2B、僕達だけだと管理が十分じゃないかもしれないから、オペレーターさんにバイタルのモニタリングをお願いしてみませんか? ポット経由なら通信困難区域じゃなければ大丈夫なはずです」

「そうだね……こちら2B、私の傍にいる生命体のバイタル測定データを送信する。常時モニタリングと変動時の警告を要請する」

『モニタリング、ですか。あのー……これってもしかして、ね、ね、猫ちゃんですかっ!?』

「ちゃん……?」

 

 はて、と吾輩と目を見合わせた2Bは首を傾げた。だが通信の向こうにいるゆるふわ娘は止まらぬ。それどころか興奮したように息を荒げ、モニター一杯に顔なぞ映し出す。

 ああ、これもいくらか懐かしい。人類の中にはこんな輩がいたものだ。吾輩と同種を見るなり抱き上げようとしたり、家の中で何匹も飼育するのだ。吾輩も一時そのような輩の元にいたが、美味い飯を食えるのは良しとしてシャンプーだのお出掛けだのには疲れてしまった。

 このゆるふわ娘も同種であろう。吾輩の毛並を見て、両手で頬を挟んで髪を振り乱す姿なぞそっくりだ。

 

『か、可愛いぃっ! な、なんですかその猫ちゃん! あのっ、抱き上げて、よく見せて貰えませんか? きゃあああかわいー!』

 

 キンキンと甲高い声は耳に悪い。

 2Bも気圧されるように唯々諾々と吾輩を抱き上げ、モニターへと見せつける。

 ふうむ……これは、満足するまでは終わらぬな。こういった手合いは実に面倒だが、仕方あるまい。

 吾輩の飼い猫芸は衰えを知らぬ。無邪気な伸びから丸まって、不意に顔を向けて顔を手で掻いてやる。さぞかし可愛らしい猫に見える事であろう。

 

「にゃーん」

 

 甘え声もこの通り。9Sが呆気にとられたように吾輩を見ているが、なに、この程度はお茶の子さいさい。

 

『ちょーヤバいです! 可愛すぎて、ヤバいです! ヤバすぎませんか!? 絶対この動画消しませんから! ローカルに保存してクリアに画質調整して……すみません2Bさん、ちょっと用ができちゃったのでこれで失礼しますっ。何かあったら呼んでくださいね! ではでは! あ、モニタリングはリアルタイムでしますのでお任せをっ』

 

 嵐は過ぎた。残るのは静寂と風の音である。吾輩は2Bの腕をするりと抜けて地面に降り立つ。2Bもそうだが、アンドロイドの女性の胸は案外固いのだ。やはり機械である。

 呆然とする2Bに、複雑そうにした9Sが声をかける。

 

「なんだか凄まじいオペレーターさんでしたね……動物が好きなんでしょうか」

「……さあ」

「えっと。とりあえず行きましょうか? 砂漠」

「にゃんにゃー」

 

 気を取り直すに掛った時間は十分ほど。砂漠手前に陣取るやや大きめの機械生命体に、何かを吹っ切らんと二人が切りかかるまでにかかった時間である。

 

 

 

 砂ばかりの砂漠では吾輩の足裏が熱を持つ。鉄板ほどではないにせよ、好き好んで歩きたいかといえば、否である。

 

「んにゃぁ……」

 

 吾輩の抗議は、由緒正しき猫パンチ。てしてしと9Sの足を叩くと不思議そうに吾輩を抱き上げた。

 

「えーと、猫の気持ちはわからないんだけど。どうしようかな」

 

 そう言って、困ったように眉を寄せる。お前が困った奴である。猫の手で9Sの頭を叩いてやった。

 9Sが吾輩に抗議しようとして、吾輩も応やるかと睨み合った瞬間である。けたたましいコールの音が、2Bの傍で鳴った。なにやら嫌な予感だ。

 

『もしもし、2Bさんですか? 先ほどの猫ちゃんなんですけど、体表温度が上がっててちょっと危ないかもです。特に足の裏はほっとくと火傷になっちゃうかもしれません』

「了解。9S、猫三郎は置いていこう」

『え。猫三郎? もー、だめですよぅそんなダサい名前で呼ぶなんて。誰がつけたんですか?』

「……」

 

 哀愁漂う2Bの背中は暗い。しかしゆるふわ娘もなかなかやるではないか。もっと言ってやるがいい。

 ところで9Sが笑いをこらえているように見えるのは気のせいだろうか。2Bが刀に手を掛けているのが見えぬらしい。

 

「くっく……あ、あれ2Bさん? い、いや、今のはですね、そこまで、悪いわけじゃないと思うんですけど……ご、ごめんなさーい!」

 

 にじり寄る2Bに恐れをなして9Sは砂漠へ向かって駆け出した。まったく情けない男だ。アンドロイドとはいえ男であるならもっとしゃきりとすればよいものを。

 2Bは2Bで吾輩を一瞥して「行ってきます」と呟くなりゆっくりとその後を追う。刀を携えた姿は処刑人が如くである。猫にも鳥肌が立とうというものだ。

 

「にゃー」

 

 行ってくるがよい。人類であればやはり、行ってらっしゃいというべきである。

 しかし砂漠という所は日向は熱いわりに日陰はなかなか涼しく、吾輩の鼻も風に乾く。これは面倒だと渇きに耐えながら体を横たえていると、なにやら二人が去って行った方向から戻ってくる黒い影。2Bである。

 一体どうしたのかと思いきや、傍らに浮かぶモニターがきゃんきゃんと五月蠅いので吾輩も悟らざるをえぬ。あのゆるふわが何やら言ったのだろう。

 

「ごめん猫三郎、水、置いていくね」

『もう、せっかく猫ちゃんのために汲んできた水なんですからしっかりしてくださいね。あとその名前、ダサいです』

「……猫三郎は猫三郎、だもん」

 

 ゆるふわ娘はなかなか辛辣である。2Bの目元にキラリと光るのは涙であろうか。黒い眼帯のせいで見えぬ。

泣いて笑うのはアンドロイドも人類も、吾輩にはなんら変わり無いようなもの。ヨルハの部隊員から聞こえる話では感情を出すことは禁止されているとのことだが、そこに何の意味があるのやら。まったく人類もアンドロイドも面倒な決まりが好きな輩である。

 ……そういえば、遥か昔、このあたりの人類に奇妙なほど掟を重視するのがいたものだ。あれはヨナの兄達が訪れたのだったか……もはや思い出そうとすることすら困難な、昔の話である。

 

「にゃふ」

 

 水に舌を付け、涼しい日陰で吾輩は眠りに就くことにした。

砂漠は広い。探索にせよ行って帰るにせよ、相当な時間は掛かるであろう。近くを通る、ガシャガシャと音を鳴らす機械生命体を見送って、ゆっくりと欠伸をした。

 



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Rebirth of RepliCant

人を造ろう。


 猫と別れた2Bと9Sは広大な砂漠を走り、滑り降りていく。人類であればおよそ不可能であろう滑走も、緻密なバランス制御が可能なアンドロイドにとってはスムーズな移動手段である。

 滑り降りる勢いを失くした途端、二人は急減する運動エネルギーを使い跳び、空中でクルリと回ると着地の勢いのまま走り出す。足を取られる砂も、躓くことはあっても転ぶことはない。

 

「おおかたの機械生命体はこれで駆逐しましたね。そろそろ戻りますか2B」

「ん……最後に、あれだけ倒して帰ろう」

 

 機械を切り裂く刀を構え、2Bは駆け出した。見据えた先にいるのは仮面をつけた機械生命体だ。なぜそんな恰好をしているのか皆目見当はつかないが、2Bにはどうでもいいことだった。

 

(これが私の任務。どのみちやる事は、大して変わらない)

 

 刀を振り、切る。彼女の使命はそれだけだ。例えその相手が『何者』だろうとしても、機械を切る事に変わりはない。

 

 

 

 

 

 殺気に晒された機械生命体は恐怖に震えているようだ。そう考えて9Sはすぐにそれを捨てた。何を馬鹿な事を、機械生命体の言動は過去のデータを組み合わせて再生しているに過ぎない。

 機械生命体を追う二人はマンモス団地というビル群にたどり着く。廃墟都市のそれとは異なり、人が居住するためだけの建物らしい。狭く同じような部屋が多いあたり、アンドロイドのバンカーでの暮らしとよく似ていて、9Sはどことなく人類に親近感を覚える。

 

「いた!」

「コワイ、イタイ、イヤダ! コワイ!」

「へえ、何が怖いんです? 死が怖いだなんて、人類みたいな哲学的思考を持ってるんですかねー」

「マンジュウ、コワイ!」

「……どういう基準で言葉を選んでるんでしょうね」

 

 逃げていく機械生命体は本当に奇妙だ。言葉選びも珍妙で意味が分からないが、逃げに徹しているわりに時々立ち止まり、まるでこちらに見つけられるのを待っているようだ。

 

(罠、ですか)

 

 考えられるのはやはりそれ。アンドロイドの死体と思しき義体が増えるにつれ、確信に変わっていく。

 だが、それでも二人は止まらない。もしも罠だというのなら罠ごと砕けばいい。斬り捨て御免が2Bの信条である。

 

 辿り着いたのは巨大な穴とでも言うべき場所だった。臼状の空間を金属などの資材でちぐはぐに補強し、至る所に機械生命体がいる。本拠地とまでは言わずとも、機械生命体のコミュニティだろうと二人は直感した。

 しかし、不思議なのは機械たちの挙動だ。何やら地面に旧世界の雑誌らしきものや映像機器が散らばって、その周りでは機械生命体たちが互いに覆いかぶさり身体を揺らしている。

 

「ンギモヂイイイイイ!」

「アッ、アッ、アッ」

「ファーwwww」

 

 機械生命体たちは好き勝手に甲高く騒がしい声を上げ、二人の事など目に入らないとばかりだ。二人が間を縫って歩く間もギシギシ動いている。

 油断なく、しかし僅かに脱力しつつ中央へ向かって歩を進める二人は物陰から飛び出た機械生命体に刃を向ける。

 

「ヤッテヤル! ヤッテヤル!」

「来る……あれ?」

「バーーーーーーカ!」

 

 機械生命体は二人に向かって走り出す、かと思いきや、身を翻し臀部に相当する部分を叩いてから反対方向へ走り出した。そして唐突に柱に登り始めたのである。

 

「一体、何をするつもりなんでしょう」

「分からないけど、油断はできない。他の機械生命体も動き出した……!」

 

 露を払うように2Bは刀を振るうが、どこからともなく無数に湧き出る機械生命体を倒し尽くすには遠く及ばない。焦りが剣をぶれさせるのか、我武者羅に振るう刀はガキン、と不格好な音で機械達を凹ませている。

 同じようにポットを駆使して近寄らせまいとする9Sも暖簾に腕押しだ。二人の攻撃から漏れた機械生命体は徐々に柱の上で球状を取り、一つの塊になる様子は異様そのもので、二人の背筋にゾクリとする冷却水を流し込んだような嫌な予感を抱かせる。

 そして、その時はやってくる。機械生命体の球体が割れると、ドロリとした粘つく白濁的な何かと、それに包まれた男が落ちてきたのだ。

 もはや警戒と驚愕が入り混じる二人を更なる混乱に叩きこんだのは、全裸で長い白髪を持つ『男』の股間で揺れるソレだった。機械生命体はもちろん、アンドロイドですら持たないモノ。

――生殖器を見て。

 

「これは、アンドロイド……いや、人類!?」

「そんな馬鹿な! 機械生命体から人類が生まれるなんてありえません!」

 

 理性は当然否定する。目の前の男は明らかに今、機械生命体から出てきた存在だ。それが人類であるはずがない。しかし、では何故生殖器がある人間のような姿をしているのか。

 

「ア……ア、アアアアアア」

 

 目を動かし、首を動かし、口を開いて男は叫ぶ。獣染みたそれに反射的に斬りかかった2Bは褒められるべきだろう。

 白き刀は真っ直ぐに振り下ろされる。未だ知恵の無い男は為す術なくその身を縦に裂かれ、倒れ伏す。切り口からはまるで人類のように、血液のような液体が飛び散っていた。

 

「っ、2B! 大丈夫!?」

「私は問題はない。でも、こいつはそうでもなさそう」

「く……こいつ、自己修復するのか!」

 

 厳しい表情を崩さず、2Bは一歩距離を取る。これは明らかに異常だ。従来のデータに全くそぐわない展開が奇妙な予感と胸騒ぎとなって2Bの動きを止めた。

その隙を見たか、男はニヤリと笑う。次の瞬間男の腹からもう一人男が現れた時、9Sはすぐさま戦闘による破壊というプランを破棄した。

 

「2B、ここは一旦引きましょう! 僕達だけでは現状を打破できないし、幸いこいつらはまだ動けなさそうだ。今がチャンスです!」

「……わかった!」

 

 本音を言えば、2Bは男たちをここで斬り捨てておきたかった。遺恨の種は残すべきではない。

 だが、目の前の男たちが全く謎に包まれていることも確かだ。甘く見て結局倒せず、それどころかこちらがやられる破目になっては目も当てられない。

 ジッと二人を見送る男たちを一瞬だけ振り返り、2Bは先行して脱出ルートを進む9Sを追い掛けた。男たちは、追ってはこなかった。

 

 

 

 

 

 

 男は自らの半身を降ろすと、周囲に散らばっている本に手を伸ばす。

 機械生命体のネットワークに接続された男は急速に自我を構成していく。その最中に見た本から得た情報は自我の構成情報の根幹の一部となり、彼を形作っていく。

 次いで男は煌々と光るテレビを見た。画面では男が腰を振り、女は嬌声を上げていた。

 男は改めて本を見た。そこには性癖についてを詳細に説明する文章が書かれていた。

 

 男の自我がある程度組み上がり、彼は「個」となった。自らを周囲の機械生命体とは別物と認識し、それどころか機械生命体たちを統括する上位者となっていたが、彼の興味は本に向けられている。

 後ろに控える、彼に瓜二つの男は沈黙し、それを見つめていた。

 

 男はやがて、自らをアダムと名付けた。機械生命体を越えた新人類とも言うべき存在だと認識しながら、旧人類の神話を模したのは、やはり憧れなのだろうか。そう自問するアダムは本を開く。

 

「にいちゃん、一緒に遊ぼうよ。俺、何でもするよ」

「後でな。先に本を読んでおけ。お前は『受け』だ」

「うん、それはいいけど……俺、女じゃないよにいちゃん」

「人類の本には男同士の行為も多い。生殖だけに拘らないのが人類の面白いところだ」

「でも、退屈だよ。遊びたいな……」

「ああ……それを読み終わったら遊んでやる」

「ほんと!? 俺、頑張って読むよ!」

「そうしろ。薄い本はいくらでもある」

 

 山と積まれた薄い本。ビルの下に残った旧世界の遺産はあらゆる性癖をカバーするほど多く、種類に富んでいる。

 アダムは屹立する生殖器を宥め、自身に刻まれた欲求と使命を想う。

 

「……イヴ相手にクリアできるのは近親と同性。アンドロイドに生殖器は無い。困りものだな」

 

 



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ああ、無情

 吾輩がひと眠り、ふた眠りしている間に、アジを寄越すアンドロイドの女がやってきた。アンドロイドに暑いという感覚があるのかは知らぬが、熱を持ち続けるというのは良くなかろう。

 ジャッカスなるその女は常の如く吾輩に近寄り、無造作に腰を下ろし吾輩に差し出してくるのだ。だが今日はその様子はなく、大きな箱に腰を掛けて手を振った。

 

「やあ腹減り猫、今日も魚をねだりに来たのか? あいにくと食べられるものは持ってなくてね、今日のところは勘弁してくれ」

 

 心外である。吾輩からねだった事など一度もあるまい。さも吾輩の食い意地が張っているように事実を捻じ曲げられるのは如何ともしがたい。

 しかし、ここで抗議の声を上げるのも芸が無い。澄まし顔でそよ風の如く受け流すのも一つの手というもの。吾輩は安い言葉に乗るほど短い生を生きてはおらんのだ。

 

「んなぁー」

「また気の抜ける声だ。そういえばあの双子、デボルとポポルを見かけたけど何かあったのか。あの二人妙に楽しそうに何処かへ向かっていったよ。全く珍しい事にね」

「にゃふ」

 

 色恋に現を抜かすアンドロイドはそれなりに居る。あの二人もまた然りといったところであろう。

 それからしばらく、ジャッカスはどこからともなく取り出した柔らかなボールを転がした。時には稲穂のような玩具を揺らす。子供だましにして猫だまし、安直な誘いではあるがいつまでも寝てはおれぬ。多少手足を動かすのも良いだろう。

 ボールに追いすがり、飛び付いて体を転がす。玩具には飛び付いて前足を叩きつける。なに、この程度であれば消耗にもならぬのだ。所詮は遊びである。

 

「ニャッ!」

「ほらほら、こっちこっち。おっと!」

 

 卑怯な。そこまで持ち上げては届かぬではないか。抗議の目は猫らしく鋭くなっていることだろう。しかし悲しいかな、ジャッカスという輩は其処意地が悪い。今も不敵な笑みばかりを浮かべているのだ。

 

「もう諦めたか? まあ、いい頃合いか。お前はあのヨルハの二人と一緒に来たんだろう」

 

 立ち上がりながらジャッカスは言った。なるほど、砂漠の方から走ってくる二つの真っ黒な姿は吾輩の待ち人。しかし、道具を隠さなくとも良いのではあるまいか。不満といえば不満である。

 しかし、二人は何やら緊張したようにこちらへ向かってくるではないか。ただ事ではなさそうである。

 

「砂漠の機械共を倒してくれたみたいだな、助かったよ」

「いや、それよりも大変な事があった」

 

 ジャッカスの礼を遮るは2Bの声である。妙に固い声と表情を見るに何やら奇怪な事でもあったのであろう。同じく悟ったらしいジャッカスは、深くは聞こうとはしなかった。この女、人を面倒に巻き込むくせに、巻き込まれるのは好まぬ性質らしい。

 

「これは礼だ。そこの猫が好きな遊び道具なんだけど、私はたまにしか会えなくてね。良ければ使ってやってくれ」

「遊び……わかった。9S、持っていて」

「え、僕が?」

「私は刀と太刀があるから。9Sは刀しかないからもう一つ持てるはず」

「え、僕、これを背負うんですか? ていうかこれ何ですか?」

『データベースと照合。該当あり、「ねこじゃらし」。猫の興味を引いて動かさせ、その様を楽しむ猫用玩具。攻撃能力は皆無』

「ええぇ……なんか間抜けじゃないかな、これ」

 

 渋々、といった様子を隠さず9Sは背に猫じゃらしを預ける。刀と共に猫じゃらしが浮く様は愉快極まりない。吾輩の腹も痛くなるというものである。

しからば、跳ばねばならぬ。それがうまくいかず、9Sの背中に飛びつくことになっても仕方のないことであろう。

 

「うわあ!? な、なに? ちょ、引っ掻かないで!」

「にゃ、にゃぁあ!」

「2B! た、助けて!」

 

 なぜ逃げるのか。逃げれば追わねばならぬではないか。

 加えて言えば全く愚かなことに、9Sは2Bの周りをうろちょろとしている。この狭い範囲で吾輩に勝とうとは愚鈍極まりないことだ。

 吾輩たちが周囲を回る中、2Bはといえば、頬を膨らませている。

 

「9S……ずるい」

「じゃあ変わってくださいよ!」

「猫三郎、こっちに来て。ボールもあるよ」

 

 知らぬ。猫三郎を止めよ。

 ツンとそっぽを向いてやり、9Sから離れて日陰の端へ行く。途端に陰鬱な雰囲気を背負う2Bだがこれは根比べである。

 微妙な空気にジャッカスは我関せずと目を瞑り、当然というべきか、9Sが2Bを慰める役を負わされる。吾輩を睨みつけてはいるものの、やはり猫三郎などという名前に賛同できぬのだろう。慰めの言葉どころか態度すら曖昧である。

 

「えーと、2B? 猫は気まぐれってデータベースに残ってたし、たまたまかもしれませんよ。ほら、砂漠に来る時だって2Bを嫌がってる訳じゃなかったじゃないですか」

「でも……」

 

 名付けが悪い、そう言えば良いというのに面倒なことをする。まったく欠伸が出る。

 うじうじと歩く2Bと9Sがその場を離れるまで、実に一時間ほどの時間を要しただろうか。ちょちょいと足元へ寄ってやれば多少気を持ち直したらしい。これを『チョロい』と言うに相違あるまい。

 そんな吾輩へ、9Sが顎を引く。意味するところはおおよそ分かる。やれやれ、仕方無し。

 

「んにゃぁ~」

「え……」

「ほら2B、気まぐれって言ったじゃないですか。今は2Bに抱いてほしいんですよ。すぐ抱いてあげないと、また逃げちゃいますよ」

 

 

 

 

 

 9Sの声に2Bが覚悟を決めるより早く、吾輩は2Bの胸元へ飛び込み収まった。相変わらず固い。やはり中身が鉄とあっては実に固い。しかしまあ、我慢できぬほどでもないのだ。どうやら完全に止まったらしい2Bには困ったものだが、これもまあ、一つの形であろう。

 

「良かったですね2B……2B? ちょ、ちょっと2B!? こちら9S、2Bが停止しています! ハッキングもできません!」

『こちら21O、素体の緊急検査を実施しました。OSチップに反応なし、何らかの要因によりブラックボックス自体も反応しなくなっています。サーバーに保存した2Bの記憶にも異変があり、急速に周囲のデータへ浸食……緊急抹消命令、2Bの全データ削除が決定しました』

「なっ!?」

 

 騒がしい事だ。吾輩は2Bの安らかな顔を見上げながら、少しずつ冷えていく固い腕の中でもう一度だけ欠伸を零した。

 

 

 

 

 

――落ち込んだ心に与えられた歓喜は2Bの罪の意識を塗り潰す。感情の過負荷に『心』は焼き切れた。2Bは幸福を知り、その後訪れるヨルハの滅亡は知らずに済んだ。

 

Cat break the [H]eart

 




コンティニュー。次更新は1、2日後になります。


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