RWBY Mask of Grimm (人間のダスト)
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番外編だったり本編と関係ない話だったり
こんなRWBYは嫌だ


やったぜ。投稿者:変態人ダスト

本編のテンポめちゃくちゃ悪いけど三話ぐらいでこれと同じくらいのノリになるはず。

※内容は本編とは全く関係ありません。息抜き。


―こんなサンは嫌だ―

 

 

 ホワイト・ファングにローマン・トーチウィックがいる情報を掴んだは良いものの、強奪したパラディンをローマンが見せたせいで剣呑な空気が流れだしたところから脱出したサンとブレイク。しかし背後からパラディンに搭乗したローマンが追ってくる。

 

「ブレイク!どうすんだ!勢いに任せて逃げたけどどうすんだ!」

 

「今考えてる!」

 

 倉庫の屋根の上を跳び、追跡を巻こうとする二人。しかし向こうもなかなかの速さで振り切ることができない。市街地を抜け、高速道路で走る車を足場にして逃げ回る。その車を跳ね飛ばしつつ迫るトーチウィック。

 

「仕方ねえ、ここは俺が何とかする!」

 

 そういったサンは身を翻し、両手を腰辺りに構える。そしてこの技を知らないものはいないだろう。誰だって一度は練習したことがあるはずだ。

 

「えっ?」

 

「ちょっ……」

 

「か…め…は…め……」

 

 

 波ァ―――!!

 

 そしてパラディンは粉々になり、トーチウィックは新品のスーツをズタボロにされましたとさ。

 

 

―孫悟空違いだ―

 

 

 

 

 こんなお姉ちゃん(ヤン)は嫌だ

 

 

「あったまきた!髪の毛のツケは払ってもらうからね!」

 

 ヤンが髪の毛を傷つけられたりけなされたりするとプッツンするのは周知の事実だ。彼女の父曰く、

 

「初めて髪を切ったときはそりゃもうすごかった」

 

 と言わしめるほどだ。髪の毛は女の命と言うが、ヤンの場合はその性分が一層強かった。今回の場合はバーのマスターであるジュニアとの戦闘の最中に髪の毛を掴まれ、その上数本ほど引っこ抜かれたのだ。これでキレないのは尼さんぐらいだろう。

 

「ふん、だったらどうするんだ?」

 

 虎の尾の上でタップダンスをしたことに気が付いていないジュニア。余裕綽々と言ったところか。バットとグレネードに変形する武器を肩に構えてにやついている。

 

「あたしの自慢の髪の毛だった……それを引っこ抜きやがって……」

 

 美しい金髪はゆらゆらと逆立ち、普段はライラックのように穏やかな瞳も紅く輝き、いかにも怒ってます、といった様子だ。そこにさらにジュニアが

 

「ふん、この髪の毛か?」

 

 と引っこ抜いた金髪をこれ見よがしにばらまいてヤンを挑発する。ジュニアはこの時年下の女に嘗められた怒りに任せてこのような行為を行ってしまった。店は戦闘でボロボロ、店員という名のチンピラは全員やられて引くに引けない状態だったのだ。とはいえこのようなことを行ったのは自らの寿命を縮める行為だった。プチリ、という音が店の中に響いた。何の音だ、と辺りを見回すジュニアだったが原因なぞ目の前にいる少女以外には考えられなかった。

 

 その少女を中心に爆風が巻き上がった。それが止んだ時、既に瞳は赤ではなく、落ち着きさえ感じる青へと変化しており、顔つきもいつもより険しい表情だ。髪の毛は稲妻を纏っているかのように火花を飛び散らせ、怒りを表さんとする。

 

「許さん……許さんぞジュニア―――!」

 

「どう許さんのか教えてもらおうか?」

 

 それが彼の遺言になった。目にもとまらぬ速さで背後に回ったヤンに天井へと吹き飛ばされ、彼女の愛用武器のエンバー・セリカのラッシュをまともに受けることになり、星になった。だがそこで終わらせるほど彼女は有情ではない。

 

「これは引っこ抜かれた髪の毛の分!これは本来の目的を果たせなかった分!ついでに野郎の握りたくもないタマをうっかり握ってしまった分だ!」

 

 拳を打ち抜く動きと共に弾丸が雨あられと飛ばされる。当然、ジュニアは無事ではなく、ズタボロになった。

 

 

 

 

―ヤンが本当にスーパーサイヤ人だ―

 

 

「二連続で……爆発オチは……ナシだろ…」

 

 

 

 

 

 こんなアダムなら本編よりマシ……なのか?

 

 

 これからシュニー・ダスト・カンパニー・の積み荷を乗せた貨物列車が通る。これからアダムと襲撃するので待ち伏せをしているがアダムが一向に戻ってこない。そろそろ時間のはずなのに戻ってこないアダムに痺れを切らしそうになるブレイク。

 

「おまたせ」

 

 やっと来た。そう思ったのも束の間、どうも様子がおかしい。いつもならこのような口調ではないし、ワンクッション置かずにすぐに本題に入るはずだ。

 

「どうしたブレイク早く行きますよ~?」

 

 やはりおかしい。寡黙さがまるでない。例えるならそう、人が変わったような感じだ。それも人間の屑とか言われるような類の人種に。

 

「ねえアダム、何かおかしなものでも食べた?」

 

 恐る恐る聞くブレイク。アダムは口元を緩め、

 

「やりますねえ!あんまり怖がられるものだからイメチェンしてみたんですけど」

 

 と言ってきた。何がやりますなのか。結局質問には答えていないのではないか。これ以上追及するのは何故か身の危険を感じたためやめようとブレイクは一歩後ずさりをした。

 

「そういえば、ブレイクは紅茶派だったな……」

 

 まずいですよ!という単語が頭の中に浮かんでくる。本当に嫌な予感がするので作戦とかもうどうでもいいからアダムから逃げたい。できることなら今はいない父にこの男のことを丸投げしてどこか遠いところへ行きたい。そう脳内でぐるぐると考え事をしているとアダムが一言、

 

「熱いのを持ってきて温くなるとまずくなるだろうと思ってな。アイスティーしかないけどいいかな?」

 

 ブレイクは分身能力を全力で使い、アダムを撹乱し、その場から逃げた。戻ろう。わが家へ。幸せなキスをして終了とか勘弁してほしい。

 

 

 

 

―アダムが野獣だ―

 

 

 

 

 

 

 ある日のことだった。チームRWBYは自分たちの部屋で二段ベットに寝っ転がって過ごしていた。

 

「わたくし相手を怒らせてもすぐさま許される方法を思いつきましたわ!」

 

 またワイスのよくわからない思いつきか。そう三人は思ったが最後まで聞くことにする。

 

「で、どんな方法なのワイス?わたしうっかりしてるところあるから今度ワイスに教えて貰った方法でワイスを怒らせちゃったときに許してもらおう!教えて教えて!」

 

 ルビーは割と乗り気だが。

 

「よくってよ!それじゃあ……」

 

 ごくり。ヤンもブレイクも呆れはしたものの気になることは確かだ。

 

「てへぺろ」

 

 こんなことなら聞かなければよかったと思い、三人は寝た。

 

 

 

―ワイスがワイスだ、というよりも芸人だ― 

 

 

 

 

 

「ちょっと!私がオチ要因ってどういうことですの!?」

 

 ワイスがワイスなのは皆の知るところであった。

 

 

 

 

 




ワイスかわいいっすって言葉を最初に言い出した人はいいセンスしてると思う。

ああ~^たまらねえぜ。



RWBYに触れる人が一人でも増えてくれるなら幸いです。また息抜きに書くかも。


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番外編① Q&A

ビルド面白いけど見ていて心が曇りそうだ……だけどまだ折り返しにすら来ていないというね。

本編が投げられない?だったら逆に番外編を投下すればいいじゃない、との天の声が聞こえてきたので今回は一人称でもなく、三人称でもない、驚愕のインタビュー形式でお送りします。

本編とは連動した内容とはいえど、妙にゆるーい部分もあって、本編中に突っ込み切れる自信がなかったので、番外編という形でねじ込むことに。


 それではよろしくお願いします。

 

「よろしくお願いします……いや、普段通りにいこうよ。なんか畏まりすぎててなんか違和感あるって。ハルトならともかくゴルドがその口調だとなんか不気味だって」

 

 博士と呼びたまえ。まあこれは形式上のものだからあまり気にするな。……気を取り直して最初の質問だ。あなたの趣味は?

 

「趣味って言えるほどじゃないかもしれないけど読書が好きだね。おとぎ話とか結構興味があるよ」

 

 意外だな。旅をしている時には本を持っていなかったが。

 

「そうだね。本って一冊二冊なら兎も角、結構重たいでしょ?旅先の本屋で立ち読みして、気に入った本があったら買うんだけど、しばらくして内容を覚えたら売っちゃうかな。今思うと本当に惜しいことをしていたんだなぁ……」

 

 これからは気に入った本があったらうちに置いておいてもいいし、無理のない程度なら金は渡すから好きにやってくれ。……その分、私達に力を貸してもらうがね。

 

「本当!?その言葉、忘れないからね?」

 

 それじゃ次だ。今までで一番苦労したことは?

 

「特になし!っていうのじゃ満足しないよね……強いて言うならお金がなかった時にどうするか。食事したところでしばらく働かせてもらった代わりに賄いや給料を貰ったり、野宿をよくしたなあ……それでも最低限身の回りは整えておこうって心がけてはいたけどね」

 

 私のような者は絶対にしないであろう体験談をありがとう。

 

「なんか棘があるような、ないような……」

 

 まああまり気にしないでおきたまえ。次だ次。ズバリ、戦闘において重要な事は何か?

 

「あんまり意識はしてこなかったけれど、今までの自分を振り返ってみると、相手を倒すだけならば自分の限界が来る前に相手をどうにかすることに重点を置いているような気がする。このどうにかする、っていうのにはその場を上手いこと切り抜けるってことかな」

 

自身の生存を優先する、とも取れるが?

 

「死んだらどうしようもないからね。生きていればある程度の取り返しはつくと思いたい。勿論どうしようもない事もあるかもしれないけど……数秒後に死ぬとかでもなければ割となんとかなるはず……いや、なんとかする」

 

随分と前向きで羨ましいことだ。それでは最後の質問に行くぞ。記憶喪失らしいけど、記憶を取り戻したい?

 

「……もちろん。このベルトやイブって子に狙われる理由も分からない。自分が何者なのかすら分からない。ないない尽くしで困っちゃうね。だからそれが分かるまでは死ぬつもりはないよ」

 

 ふむ。君の強さの根っこは其処にあるわけだ。不屈の意志が体を突き動かしているってところか。……もしも記憶を失う前の自分がロクでもない奴だったらどうする?

 

「そのときはその時だよ。できることならその自分をぶん殴ってやりたいけど出来ないし。前に進み続けることって大事だと思う。まあそうじゃない事を祈るしかないよね」

 

 それもそうか。記憶の手掛かり探し、私達も手伝おう。

 

「うん、ありがとう。ところでゴルド、ふと疑問に思ったんだけど君らのうち一番強いのって誰? これから付き合って行くんだから実力がどれほどのものか教えてくれても……」

 

 それには俺が答えるぜ。

 

「カルマ!?いきなり出てくるから驚いた……それで、実際どうなの?」

 

 まあ難しいところではあるんだけどな。ネロ、お前は何の装備も、オーラも無しにグリムに挑んでどうにかできるか?

 

「うん、まあ……ベオウルフやウーサ程度であれば軽く殴って吹っ飛ばしていけるけど、デスストーカーは厳しいかな?」

 

普通なら絶対に無理だな。人間はオーラと武器という牙を持ってはじめて奴らと同じ土俵に上がることができる。余程人間を辞めてないと出来ない芸当だが、出来ない事はないだろう。なんせ俺たちはそれくらいはやってのけるし。

 

「って事はここには普通の人はいないってことになるよね?」

 

そうだな。まあその話はまた今度だ。もちっと暇な時間に話してやるよ。昔話とかもな。

 

「なんか聞くのが憚られるんだけど、いいの?」

 

構わない。なんならハルトや博士辺りにも聞いてみろ。ハルトのは聞いたことあるけど博士のは聞いたことないから今度聞きに行こうぜ!

 

「俺の方からはまだ話せそうな事はないけどね……」

 

まあ気にすんなって。話を元に戻すが、俺とハルトのどっちが強いかって? 一度本気で決闘でもしてみたいが、そんなことした日にはここら一帯がズタボロになるからな……まあ軽い手合わせ位ならした事があるが、膠着状態が続いて決着は付かなかったから互角ぐらいじゃないか?

 

「なんか釈然としない……ゴルド、本当のところは?」

 

 ふむ。客観的な評価をするのであれば、ハルトの方が手札が多い。これはセンブランスの恩恵が大きいな。ダストを自身の体の如く扱う事により、戦闘の補助に役立てている訳だな。寧ろサポートに向いている武器とダストを組み合わせて効果を発揮させるのが本来の戦闘スタイルだから一対一は向いていない筈だが、それを補う技量を持ち合わせている。

 

 肉弾戦になればカルマが上を行く。ファウナス特有の身体能力に長い間磨きをかけてきただけのことはある。センブランスもかなり優秀なものを持っているが、それでもハルトとその土俵で争おうとすれば厳しい戦いになるだろう。相手によっては苦戦程度はあるかもしれないが、その苦戦自体見たことはない。私の知る限りは、だが。

 

 まあどちらも切り札を隠しているようだし、幾らでもひっくり返る要素はあるだろうな。……私か?そんな目で見ても何も出ないぞ?

 

「でもハルトは『自分と博士は互角だ』って言ってたけど?」

 

 うぐっ、余計な事を……まあ私は対応力が段違いだからハルトとは互角だと思っていてくれればそれでいい。

 

 博士は変な所で謙遜する……割と嫌味だよ?

 

「ハルトも何処から湧いて……ああ、アレで塵状にして入ってきたのか」

 

 ご名答。こんなの戦闘中じゃ使えないから誰かをからかう用の技だけどね。実際僕ら三人は得意分野が別々だから、相手を得意な土俵に持ち込んだら勝つかな? 程度に思ってるよ。ネロは私見が入るけど多分僕らと互角だと思う。カルマに聞いた所だとファウナス並の身体能力を持っているらしいし、それに多彩な武装を出現させて戦うから近接戦闘であればほぼ負けないよね。実際グリムの群れを蹴散らしてたし。

 

 私達はこのベルト……アークドライバーがあるから長所を伸ばしたり、欠点を埋めたりする事はそう難しい事ではないがね。

 

「えっ、これそんな名前だったの!?」

 

 今付けた。まあそんなことよりこれがどのような代物か聞きたくはないか? 勝手に喋るが構わないか?

 

「この流れだと延々と喋るだろうし好きにしてください……」

 

 よろしい。それでは回答者交代だ。

 

「まずこれの開発コンセプトから説明しよう。このレムナントにはグリムといった目に見える驚異の他に、悪党も跋扈している。それを抑止するための力が必要だと開発者、正確にはその上の人物は考えたわけだな。そのためにはわかりやすい『英雄』が必要だ。そこからこれが作られた……はずだ」

 

 はず、って?

 

「うん、私の父がこれを作成した話はしただろう?だからまあ、私の憶測が混じっているから、もしかして真実は違うかもしれない。だから言い切らない。これが正解だと言い切れないんだ」

 

 随分と願望混じりなんだな。で? どれほどすげえわけよ?それがわからない限り何とも言えないぜ。

 

「よくぞ聞いてくれた! その性能はいたって単純、装着者のポテンシャルを最大限に引き出し、使用するたびに伸ばしていくといったものだ。その証拠として装着者の特徴を模した装甲と、オーラを操作することによって俗にいう『必殺技』のようなものを使うことができる。まあ良い事ばかりとは行かなかったがね……」

 

 とんでもないデメリットがありそうだな。

 

「このデメリットも……いやそこまででもないか。単に使いこなせるものがいなかっただけのことだ。これは研究データに残されていた。まあそのせいで開発は頓挫、別のプロジェクトにシフトしていったらしい……まあ実物が残っていたことには流石に驚いたが」

 

 でもハルトは使えてるよな?それだとおかしくねーか? 

 

「最後の良心だったんだろう。流石に親を亡くしたばかりの幼子であるハルトを人体実験には使いたくなかったんだと思いたい。或いはハルトがこれを使いこなせる可能性があることを直感で悟り、データはこの家に隠して私に教え、時が来たら決断させるつもりだったのかもしれないが……今となってはもうわからない」

 

 カルマや俺も問題なく使えてるから、案外使える程優秀な人材がいなかっただけとか?

 

「それはないだろう。私たちが軍のエリート共よりも遥かに優秀だと仮定しても、そこそこの奴はいたはずだ。となると、優秀なだけではダメで何か別の条件でもあるのかもしれないが……これも研究しなくてはならないのだが、いかんせんデータを集めようにも目立ちすぎるな」

 

 まあそれはおいおいやっていけばいいんじゃないの?それよりも人型グリムについて興味があるんだけど……

 

「人型グリム。こう呼び続けるのも座りがよろしくないから便宜上の呼称を付けようか。そうだな……グリムでありながら人の姿を持ち、本来異形(獣に似せた者)でありながら、人間のふりをしている。そこからプリテンダーと呼ぶことにしよう。彼らについては以前から存在は確認されてはいたが詳細は不明だった。ただひとつだけ、判明していたことがある。――――通常のグリムを超えた存在であるということだ」

 

 普通のグリムがプリテンダーになるところを見たけど、確かに変わっていた。知性も人並みに進化していたように見えた。

 

「グリムという存在は人類を抹殺するという一点のみで多種多様な進化を遂げてきた。このプリテンダーもその一種なのだろう。肉体はグリム並みの強靭さ。知性は人間に比類し、進化の速度も更に上昇しているように思える。これほど恐ろしい存在もあるまい」

 

 でもさ。そいつらを倒すためのアークドライバーでしょ?英雄を作るためでなく、誰かを守るために使うと決めたんだから、恐ろしいとか思っている暇はないよ。

 

「そうだな。そうじゃないとオレ……私は父に顔向けできない。ネロ、君の言う通りだとも。……あまりこのような言葉を使うのは信念に反するが、君らと会うことができたのはきっと運命の導きだろう。そう考えないと信じられない程にあり得ない。だから誰一人として欠けずにやり遂げよう。……最後まで」

 

 あのゴルドがこんなこと言うとか明日は雪降るぞ。コーンスープを飲みながらじゃないとこんな話聞いていられないな。

 

 だね。部屋を暖かくして笛の手入れしなくちゃ。あ、ファイヤーダストはもう必要ない?

 

「オレを何だと思っているのか、この二人は……ネロ、君は違うだろ?」

 

 意外だと思ったけど、いいんじゃないですかね……?

 

「今回はこれぐらいで区切ろうか。……今度はハルトとカルマだからな」

 

 

 

 




今回は番外編なので次回予告はなし。


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Journey
”Mask"Trailer ~blekeing mask~


 RWBYのVol.1‐3がTVで放送したということとか、Vol.4の日本語吹き替え版の制作決定の報を聞き、抑えが利かなくなり投稿することにしました。

 非公式の翻訳もいろいろあって楽しい限りです。日本語吹き替え版と見比べてみるのも面白いかも。



 ―――その昔、人々は創造物として生を受け、英雄譚を語り継ぎ、そして忘れていった―――

 

 

 

 昔々、人々は塵の中より生まれ出た。

 

 しかしながら過酷な環境の下で生きることを余儀なくされていた。

 

 闇より出でる怪物、『グリム』の存在があったからだ。

 

 それらは人々を闇の中に葬り去ろうと容赦なく襲い掛かってくる。

 

 その闇は世界を脅かし、光の中に生きる人々を飲み込まんとするほどだった。

 

 だが彼らは小さな光の中に希望を見出すことになる。

 

 情熱と叡智を源とした新たな力――――――――――――

 

 

 彼らはそれを(ダスト)と呼んだ。

 

 大いなる自然の力を手にし、ダストによって闇を追い払い、奪われた文明、力、そして繁栄を勝ち得た。

 

 だがその輝きも所詮は一時の輝きに過ぎないのかもしれない。

 

 そこらかしこに闇は蔓延っており、いずれ甦るものなのだから……

 

 

 だがこの物語は闇を払う者の物語ではなく、闇の中より生まれた者が光をつかみ取る物語だ―――――――

 

 

 

 

 ――マウンテン・グレン―――

 

 レムナントに存在する四つの王国のうちの一つ、ヴェイル。ややこしいがその首都のヴェイルからはるか南東に離れた場所に位置する丘陵地帯。かつて王国の領土拡大のため新たに都市を築く計画を行ったものの、その姿は想定していた姿にはならなかった。

 もはや廃墟と形容すべきソレは未だに無様に残っており、負の象徴として人々の記憶に残ることとなり、恐怖の象徴たるグリムが流入している。当然計画は頓挫。市街地へ通じる地下鉄も掘られてはいたが封鎖された。

 

 結果としてグリムの巣窟と化し、人間の生活環境には適さない地になった。

 

 それもそのはず、グリムは人の持つ感情、特に負の感情に引き寄せられる性質を持っている。怒り、悲しみ、恐怖心、憎しみといった感情がグリムたちを呼び寄せると古来から言われてきた。

 

 そのためグリムが一度現れると人々の負の感情で満たされる。死が隣り合わせになることで人々は忘れ難い恐怖の遺伝子を呼び覚ますのだ。その結果、更に多くのグリムを引き寄せるという負の連鎖を引き起こす。

 

 ……さらに質の悪いことにたとえ人間が消えようとも、負の感情が染み込んだ場所にもグリムは住み着く。それはこのマウンテン・グレンも例外ではなく、数多のグリムが徘徊していた。

 

 だが、そんな暗黒都市にぽつりと人影があった。本来ならこのような危険な場所に人間などいないはずなのだがこの日だけは違った。……そんな深淵の淵と呼んでも差し支え無い土地に人がいれば当然グリムは寄ってくる。

 

 狼型のグリム、ベオウルフたちは本能のまま、その人影に襲い掛かった。数というのは何者にとっても理解できる力であり、グリムという存在は知ってか知らずかはともかく……群れることによって身を守り、群れからはぐれたグリムも負の感情に惹かれる習性によって自然と群れに合流できるという習性も確認されている。

 

 人類が王国外で生きることが厳しいとされているのには、まともに対処できない数のグリムが生息し、その上無数に湧いてくるというのが理由の一つとして挙げられる。

 

 国境を越えた旅に出るだけでも命懸けであり、その結果、明日には連絡が取れなくなっているなんてことは珍しい話ではない。

 人類は古代にグリムを退ける術を得ただけであり、真の安寧を勝ち得たわけではないのだ。未だに綱渡りをしながら明日を求めているに過ぎず、両種族の戦いは今も続いている。

 

 ……話を戻そう。このベオウルフたちはグリムとしては若い個体である故に知性の欠片も備わっていないまさしく「獣」と称すべき存在であるものの、人間に比べれば力も強く、図体は巨大であり、挙句の果てにはすべてを破壊するまで止まらない程に凶暴ときた。だが、「ハンター」と呼ばれるグリムを狩ることを生業としている者であれば余程の役立たずでもなければ難なく退けることができる。

 

 

 

 ……ただ、この青年はハンターではなかった。ハンターではない彼は次の瞬間には獣の腹の中に納まっていると誰しもが思って疑うことはないだろう。

 

 しかし、ただの人間というわけでもなかった。そこがグリムたちにとって唯一にして最大の誤算だった。

 

 彼はおもむろに奇妙な形状のベルトを取り出して腰に巻き付けた後、ただ一言だけ発した。

 

 

「変身」と。

 

 

 その言葉がグリムたちの聞いた最後の言葉になった。

 

 

 

 近くにあった今にも崩れそうな建物の中で彼は一人ごちる。

 

「こんな生き方をしていると文明的な生活が恋しくなるな……」

 

 先ほどまでのグリムとの戦いで一方的な殺戮を行った男の発言と誰も思うまい。グリムは大きく感情を動かさない限り察知されにくくなるが、念には念を押して遮蔽物のある建物の中へと入りこんだ。

 人がいれば不法侵入で通報ものだが、誰もいなければ貸し切り状態だ。よって何も問題はない。風呂もなければふかふかのベッドもないが、長旅でややよれてきているジーンズのまま寝転がり、漆黒の外套にくるまって眠った。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 太陽は朝が来れば必ず昇る。日影でもない限り。

 

 昨晩の寝床でもあり、これから起床する場所も例外ではない。日が昇っておよそ三十分程だろうか。散々目覚めることを拒否して外套に顔を埋めてはみたものの、瞼の裏の瞳を焦がさんとする日差しに抵抗することを遂に諦め、鉛のように重たい体を起こし、大きな伸びをして起き上がった。

 

「さっさとこんなとこから出てって、もうちょいしっかりしたとこで美味いものを食いたいな……」

 

 言うだけ自由だが、足を動かさないことには虚空に溶けていく言葉は何一つとして現実にはならない。そう理解していてもついつい口に出てしまうものだ。

 

 ……もはやここに用はないと言わんばかりに廃墟の出口へ足を進める男が一人いるだけだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「……カルマはまた潜入かい?」

 

「ああ。ホワイト・ファングにね。あのへっぽこテロリスト共はボロを出しやすいっていうのが彼と私の共通見解さ。だから必ずとんでもないことを隠していると踏んだが……」

 

「それだけのために僕を呼び戻したのかい?それならスクロールでもよかったんじゃないの?」

 

「まあ親友の顔を直に見ないと心配になることもあるからねぇ。私も随分と心配症になったものだ……」

 

 ライダーススーツの上に白衣を着た黒髪に金色のメッシュを入れた青年と吟遊詩人のような身なりをした透き通る銀髪をした全身純白に近い色合いの青年が薄暗い地下室で密談をしている。その様は悪の幹部同士の作戦会議を思わせるものだった。

 

「じゃあ僕はこれから一か月くらい出かけて情報収集してくる。留守番頼んだよゴルド」

 

「博士と呼んでくれ。……もう諦めているから構わないが」

 

 




 感想、ご指摘、好評の声等々お待ちしております。



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Animal island

八月に入ったのに期末テストや課題あるとかこれもうわかんねえな?

一週間遅れたのはそんなことがあったからです。一気に一万字とか行ける人見てると羨ましくなってくる。

一応前の話を0話ということにしておいていただければ幸いです。

気まぐれに書いていく感じになるかと思いますが、ある程度の構想はできているのでぼちぼちやっていきたいと思います。


 メナジェリー。王国の一つであるミストラルの存在する大陸の南側にある小さな大陸だ。八十年前の戦争が終戦し、それまで人権の認められていなかったファウナス(獣人)に人間から贈られた土地だ。

 

 こう言ってしまえば『異種族同士の和解とは何とも素晴らしいことだ!』となるだろう。……だが実際のところはそう諸手を挙げて喜べる話ではない。土地の大半は砂漠になっているため非常に乾燥していて、危険な野生動物も多数生息している。「住めば都」と言って酷い立地条件と自らを誤魔化して居住するものは多いが、それでも生きることに適した土地とはとてもではないが言えたものではない。

 

 とはいえ過酷な環境の中にある安全地帯は彼ら(ファウナス)の涙ぐましい努力によってどうにか南国風の家屋が立ち並ぶこととなった。ある者はこの土地はすべてのファウナスの故郷であると宣言し、また別の者は歓迎に値する素晴らしい土地だと称賛する程に驚くべき変貌を遂げた。

 

 しかし、これはそう根の浅い問題ではないのだ。

 

 古代から人間に恐れられてきた彼らは人権こそ得たにせよ、未だ差別的な意識を牙も爪もない唯の人々から向けられることもあり、迫害されるということは決して少ないことではない。

 

 そのような自分たち(ファウナス)が住んでいるメナジェリーを一部の者は皮肉をもってこう呼ぶこともあった。

 

 

 動物園、と。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 あのベオウルフをの群れを狩りつくした後、ヴェイルへと向かおうとしてふと思った。

 

 

 

 ヴェイルからここまで一体何日ほどかかったのだろうか。少なくとも一週間はかかっている。自分の足は健脚であるという自信の程はある。しかしそれでも一週間だ。決して短い時間とは言えない。

 

 よほどの変わり者でもなければあんなところ(マウンテン・グレン)に行く奴はいないだろう。しかしあの場所を通ってしまった。完全に計画ミスをしているのだ。

 

 変わり者の上に計画ミスという救いようのなさを一旦棚に上げて今後の行き先を考える。来た道をわざわざ戻るのは旅としてはあまりにもらしくない。辛気臭いのは柄じゃないし。バイクの一つや二つあれば風を受けながら快適な旅を送ることができるのだろう。だがそのような文明の利器はここにはない。自分の足で歩く以外の手段はない。

 

 

 ならば逆に考えてみることにする。首都まで行くのに時間がかかる。とはいえ早く読書なり風呂なりしっかりとした食事にありつきたいという葛藤に自分は今悩まされている。だが、そのために来た道を逆走するなど以ての外だ。ならばどうする? じゃあいっそのこともっと時間をかけて船旅でもしてしまおう。この場合は有意義に時間をかけるのが正解だということだ。何事も早ければよいというものではない。

 

 旅をしているのだから楽しければいいのだ。その”楽しい”ということを満たすことに相当の努力は必要だが、自分の身を守った上で王国外で生きていく分の実力は余裕であると自負している。少なくともグリムに殺されるなどといった末路を迎えることはないだろう。死ぬ要因があるとするならば飽きで死ぬことになるだろう。そういった意味ではかなりの危機に陥っていた。

 

 ここのところ見かけたものは……道を行けばグリム。さらに道を行けばまた別のグリム。もっと道を行けばネヴァーモア(結局グリム)。

 

 代り映えのしないものばかり見せられても面白くない。見渡す限りの森を歩く。ぽっと降って湧いてきたグリムを殺す。たまに見つける旅人用の酒場で喉を潤す。何が悲しくてこんなことを延々とやらなくてはならないのだろうか。

 

 ……ただ一つだけ幸運なことがあったとするならば、しけた酒場にはどこか不幸そうなオーラを垂れ流しにしている男がいた。その男には一瞬興味を持ちはしたものの、見た限りだと飲んだくれた挙句、昼寝までかましているようで話しかけるのは申し訳ない。起きるまで待っているのも面倒だし、無理に起こすとこの手の輩は大抵殴り掛かってくるものだ。

 

 だがこの無精髭を生やした男はただの飲んだくれとは少し違うような気がする。寝ていても隙が無い。起こそうとしても脇に置いてある剣を振りかざしてくるだろう。気持ちよさげに眠る気持ちよさげに眠っている名も知らぬ相手の都合も考えるべきだし、酔っ払いに勝ったとしても大した自慢になりはしないだろう。今度は起きているときに出会うことを願う。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 そして現在に至る。やや古ぼけた羊皮紙に書かれた世界地図を確認する。北上しないと既に決定しているのだから廃墟(マウンテン・グレン)をまた通るのはなし。もうしばらくはグリムを見るのはうんざりだ。となれば南下一択だ。しばらく歩いた場所に港町があるとのことなのでまずはそこを目指すことにする。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 潮の香りがする港町。ならば潮の香りのしない港町はあるのだろうか、磯臭くない浜辺があるのだろうかと彼は街中でずっと考えていた。わざわざこのように表現するということはきっとあるのだろう。書店で買った一冊の本に出てくる一節が引っかかっただけだが。このように些細でどうでもいいかもしれないことを考える時間が好きだった。平和で、脅威はない。少なくとも突然命を奪われるなんてことは起こりえない。

 

 結果としてこの旅路は順調であるわけだ。港町まで来るのに一週間と三日はかかったものの、ここには船の便が確かにある。邪魔にならない程度の新しい本も買えた。平坦で硬い建物の床ではなく、宿屋のそこそこの飯と体を休めることのできるベッドがある。今はその現状だけで満足している。

 

 

翌日の早朝、船が出発する時刻に間に合うように起床し、船のタラップの脇で乗組員と話している船長とおぼしき初老の男性に挨拶した。初老の男性は皺が刻まれた顔の口元を少しだけ引き上げて会釈を返してきた。デッキからは街が一望できる。遠くの空には雲ひとつない絶好のクルージング日和だ。食事の時間が待ち遠しい。問題があるとすれば金銭だがまあ大丈夫だろう。いざとなれば百パーセントオフで乗せてもらうという裏技もあることにはある。使わないに越したことはないが本当にどうしようもなければ皿洗いでもしよう。彼はどこまでも気楽だった。

 

 

 

「海の上って思っていたより暇だなあ……」

 

 口ではそういうものの暇を潰す方法はいくらでもある。船の進行によって生じる白い波を見ているとか、空を見ながら明日の天気はどうなるかを想像したり、そのついでに見つけた雲の形がどことなくグリムに似ていると思い嫌になったり、デッキの木目を数えたりするだけで数時間は過ぎて行ってしまうものだ。海の中には水棲のグリムがいることもあるというが、そんな暇つぶしをやらされる羽目にはならないだろう。きっとそうに違いない。やりたくない。

 

 料理は魚を山盛り……などどいうことにはならず、極めて普通のパン、スープ、添え物といったものだ。しかし落ち着いて腰を下ろして食べることができることのなんと素晴らしいことか。旅をしている身としては尚更だ。彼は舌鼓を打ちながらまだ見ぬ場所に期待を膨らませた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 船旅で二週間ずっと海の上にいれば小型のグリムとの遭遇は一度や二度ならある。サメ型のグリムがいた時には黒い銛を生成し、投げつけて三匹ほど一気に串刺したところまではいい。水棲のグリムもあまり知られてはいないがいることにはいるからだ。しかしそれ以上に驚いたものがある。

 

「なんで船にあんな武装が必要なんだよ……」

 

 小型の大砲を備え付けた船であれば何度か見たことがあるが、この船は規模が違った。船の側面に砲門がずらりと並び、船首側には主砲を備え付けている。なぜこのようなものを用意しておく必要があるのか。グリムの襲撃を凌いだ後、最初に見つけた若い船員はこう言った。

 曰く、海に出るということはただの旅より危険だ。お客様の身の安全を守ることも私たちの業務の一つだ。主砲?あれは船長の趣味らしい。ぶっ放すときになんでか知らんが「ファイアー!」と言うらしい。

 

 この船は海賊船と呼んだ方が適切な気がするが、あと一日で目的地のメナジェリーに到着するというアナウンスが流れてきたと思うと少し名残惜しい。それでも地に足をつけることができるのかと思うと少し安心する。そう思っていると後ろから声をかけられた。

 

「一人旅か?」

 

 港町で挨拶をした初老の男性はやはり船長だったようだ。船長帽を被り、白い髭が口元を覆い隠している。誰がどう見ても船長だろう。これで船長じゃないと言われたら詐欺罪で訴えなくてはならなくなる。

 

「まあ、そうですね。一人で延々と旅をしていますね」

 

 突然の質問に対し月並みの返しをする。

 

「退屈ではないか?」

 

 逡巡するが答える。

 

「まあ、長いこと旅をしていますからそりゃあ退屈の一度や二度は経験しましたよ。目的のない旅ですからね。普通の人は何かしら目的を持って旅をするものですが僕にはそれがない。でも行く先々で自分が見たことがないものを新しく発見するのってなんだか楽しくないですか?」

 

 船長はそれだけ聞くと乗船する前に見せたのと同じ笑顔を此方に向けて「そうか」とだけ呟いた。

 

「気ままに旅を続けるのもまた一つの旅の形なのかもしれないな。だが誰かと共に旅をする。それもまた楽しいことだと思うぞ? 私は長いこと船の上で生きているが、一人だけではとてもじゃないがここまでやってくることはできなかっただろう。君にはそんな人はいないのか?」

 

 そんなものはいない……心の中そう呟きながら一呼吸置いた後に口を開いた。

 

「なるほど……そういう発想もあるんですね。ありがとうございます。いままでずっと一人身だったのでそのようなことは考えもしませんでした」

 

 新しいものを見たときは誰しも驚きと称賛、そして関心を示すものだが、それは自分も例外ではなかったようだ。

 

「ずっと一人か……いつか良い仲間と共に世界を旅することができるとよいな。君の旅路に幸があらんことを願うよ」

 

 そうして船長は去っていった。この船に乗っているファウナスのカップルや、きゃいきゃいとはしゃいでいる子供たち。彼らは一体何のために旅をしているのだろう。見ていると誰しもが笑顔だ。なぜああも幸福そうなのだろう。自分とは境界線で区切られ、戦いとは縁遠い世界にいると感じた。

 

「生まれてから今までずっと一人で生きてきたからなあ……一緒に旅してくれる人とか見当もつかないな」

 

 その独り言を聞いていたのはざざあ、と返してくる海だけだった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 船からタラップが下ろされる。この時の自分は『木目を数える次は部屋の壁の模様を見て遊ぶぞ!』などと言い出す前に外へ出ることができて助かったという顔をしていただろう。辺りを見回す。赤銅色の鐘の音を響かせながらその中を乗客が降りていくのを見ながら足元に気を付けながら歩くの良いのだが、辺りは混んでおり見通しはあまりよろしくはない。360度どこを見ても人、人、人。進むだけでも精一杯だ。

 

 そのほとんどがファウナスの人々であるので自分は少々浮きがちだ。……あまりやらないに越したことはないのだが、少し裏技を使うことにする。

 

 尾てい骨の辺りからにょきり、と太い尾が生えてくる。尾は黒々としており、所々に甲殻と見紛う程に鋭い白い棘が生えている。ファウナスには自分の体の特徴を隠せる個体が存在する。なのでいきなり尾を出したとしても邪魔にならないように隠していたのだろうとしか思われないだろうし、今までもそうだった。

 

「なんだか落ち着かないなあ……」

 

 別に悪行を行っているというわけでもないのになぜこうも神経質になっているのだろうか。ただ尾を出しただけだろう。吊るし上げられるようなことではないはずなのにどこかで嘘をついているようで胸の奥がむずむずする。

 

 尾を生やしたのなんて何時ぶりだろうと思いながら降りてゆく。いっそのこと耳も生やしてしまおうか。そこまでやるとあからさますぎるのでやらないが。

 

 勢いで船旅を敢行、しかもレムナントの最南端の島までやってきたところまではいいが、何をするかなんて考えていない。とりあえずは市場をぐるりと見て回ることにしよう。動いた後でも行動方針を決めるのは遅くない。呑気な南国の空気に当てられてより一層呑気になっている。

 

 賑やかな市場を見回り、林檎を一つ買うことにした。魚や野菜などがずらりと並んでいたが、歩きながら腹ごなしをする分にはこれぐらいが丁度いい。その赤くて表面が少しすべすべとした果実をがぶりと丸かじりにする。齧った箇所は歯形が付き、そこから汁が溢れ出ているのはその林檎が新鮮である証拠だ。やはり買い食いとはこうあるべきだ。ほかの果実も食べ頃のものを揃えていた。明日もう一度あの露店で別のものを買いに行こうと思いながら、当面の問題である寝泊まりする場所を探す。いっそ野宿でも問題はないのだが、街の中で野宿はいかがなものか。あまりいい目では見られないだろう。というわけで野宿はなし。となると――――

 

 

「すいませーん、誰かいませんかー?」

 

 自然、何処かのお宅に泊めてもらおうという選択肢を選ぶことになる。これも失敗したならいよいよ野宿をする覚悟を決める必要があるが、相手の良心に訴えかけることで何とか一泊だけでも……とやぶれかぶれにこの島で一番大きな家へ訪れたわけだ。その結果――――

 

 

「何だ、お前は?」

 

 大柄な男が玄関にのっそりと現れた。胸毛が濃く、筋骨隆々の野性的な男だ。自分も背丈は人並み以上にはあるが、普通の筋肉の付き具合の青年と見比べればまさに対照的。同じ点を挙げるとするならば黒がパーソナルカラーであるというぐらいか。そんな自分の黒いを瞳を見据えながら、親しい中でもない男からは至極真っ当な反応が返ってくる。当然だが、この島一番大きな家を持つであろう男と知り合いというわけでもなければ、有名人というわけでもない。しかも夜遅くにお邪魔します、などと言われて丁寧な応対になるだろうか。そう考えれば男のやや荒っぽい応対も致し方ない。

 

「一晩だけでいいので……泊めていだだけません?」

 

「……この私をギーラ・ベラドンナと知ってのことか?」

 

「いえ、存じませんがここぐらいしかなかったもので」

 

 ギーラは目を細めた。

 

「一晩だけだぞ」

 

 表情こそ崩さなかったものの、入れてくれるということだろう。踵を返し奥へと戻って行く。その不器用な好意に甘えることにした。

 

 

 

 リビングの奥にはキッチンが見え、そこには一人の女性がいる。おそらくギーラの妻だろう。彼女が夕食の用意をしているとこちらに振り向き、見慣れぬ男が旦那の後ろにいることに気づくと少々驚いたのだろう。まあ、という表情をして出迎えた。

 

「あら、その方は?」

 

「旅人だそうだ。泊まるところがないからここにやってきたらしい」

 

「あらあら、大変だったでしょう!どうぞどうぞ、疲れているでしょうからゆっくり休んでくださいな!」

 

「妻のカーリーだ。何かあったら言いなさい」

 

 そういうとギーラはまた別の部屋へと去っていった。おそらく自室だろう。

 

「そういえばあなたの名前をまだ聞いていなかったわね、お名前は?」

 

 ふと思い出したように此方に対して問いかける。それに対して彼は少しだけためらったが、カーリーは返答を待っているのか顔をじっと見ている。その無言の間に耐えられなくなったのか仕方なしに答える。

 

 

 

 

「ネロ。ネロ・ベスティアです」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 しばらくしてギーラが戻ってくる。島の有力者である彼は多忙なのだろう。やや疲れた表情を浮かばせながら椅子にどっかと座る。出されたばかりの紅茶をぐいと飲み、ぼーっと虚空を見つめているネロを見て疑問に感じる点があった。

 

 こいつは本当にファウナスか?

 

 確かに動物的特徴を持ち合わせている。黒々とした太い尾が現に生えている。だがどこか普通の生物らしさを欠かしているように思えてならない。どこか、怪しい。

 

「君は何のファウナ――――」

 

「はいはい、今日の夕食ができましたよ!」

 

 その質問は夕食の合図に遮られることなり、ふと湧いた疑問は遠くの方へと飛んで行った。子の青年の出自は大きな問題ではないはずだ。わざわざ疑う必要がない。暗殺者ならこのような回りくどいことをする必要もないし、第一印象からそのような大それたことをするようにも見えない。となるとあまり触れずとも害はないだろうと判断した。

 

「しかしここはいい場所ですね。皆笑顔で受け入れられる。そんな場所はこの世界には数えるほどしかないでしょうし」

 

「……まあそういう見方もできるのだろうがね」

 

 ネロのふと出たメナジェリーに対する見方に対して何か含みを持った返しだ。

 

「と、言いますと?」

 

「誰もがここにいることを望むというわけではないということよ」

 

 空気が落ち込む。まずいことを聞いてしまった。ネロは話題を変えるために別のことを聞こうとする。

 

「そ、そういえばあの写真の方は?」

 

 正直聞かない方が身のためだと思いながらも、これくらいしか話を逸らせそうなものはなかった。意を決して喉の奥から搾り出されるような声が漏れた。

 

「うちの家出娘だ。今頃どこにいるやら……」

 

「この人、そっけなく言っているけどとても気にしてるのよ」

 

 やはり聞くべきではなかったのかもしれない。だが、ネロはここで引いたらただ空気が読めないだけになってしまうというやるせなさと、毒を喰らわば皿までという男気を見せるために更に深く突っ込むことにした。

 

「……お嬢さんのお名前は?」 

 

「ブレイクだ。だがなぜそんなことを知りたがる?」

 

 悲しげな表情に警戒の色をが混じる。

 

「そういえば泊めてもらうのに何かお代を出さないといけないですね。一宿一飯の恩義というやつです、探してきましょう」

 

 ネロの突然の提案に対し二人は驚きの色を隠せない。一晩泊めるだけなのにそのような大仕事を任されてくれるのか。なぜこのようなことを言い出すのか。これには流石のギーラも不審感が生まれる。

 

「そんなの良くないじゃないですか。……僕には家族と一緒に暮らしたことなんて今まで生きてきて一度もなかった。ですがあなたたちはいい人だ。こんな身の上もよくわからない自分をて泊めてくれたし、いつでも娘さんを想っているのが伝わってくる。そんな人たちが落ち込んでいるのを見過ごすなんて自分にはできない」

 

 ……ここまで言い切るのであればいっそ清々しい限りだ。ネロの光を吸い込んで消してしまうほど真っ黒い瞳からは何も読み取れないが、嘘をついてはいない。ならばいっそのこと彼にかけてもよいのでは?

 

「頼まれてくれるのか?」

 

「僕は自分が分からないから旅をしてきたんです。……でもここで困っている人を見捨てたら本当に人でなしになっちゃいます。辛気臭いのは良くないですし」

 

 聞いていて随分と耳障りの言い言葉だ。……これは彼の嘘偽りない本心なのだろう。ネロが父親(ギーラ)から一切目を逸らさないのは決意の表れなのか。ならば――――

 

「赤の他人の君にこのようなことを任せるのは本当に気が引けるが……君を信じて任せることにする。本当は自ら探しに行くことができればよいのだがそうも言えん。あの子が帰ってくる場所を残しておかなければならない」

 

 ギーラは目線を下に落としながら語る。やはり後ろめたさがあるのと同時に心配なのだろう。大切な何かを失ってしまった者を見るのは何時みても胸がざわつく。

 

「いいんです。こんな世界だから助け合いをしなくちゃダメですよ。……それじゃあ今晩休んでから明日この島を出ます。一刻も早く娘さんを見つけなくちゃですよね」

 

 そう軽々と言ってのけた後、出されたまましばらく置かれていた食事を勢いよく食べる。二人はくすりと笑った。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「もう行ってしまうのか?」

 

 翌朝、自分は日が昇るか昇らないかという時間に発つことを夫妻に伝えた。もう少し準備をしてからでも問題ないと引き留められたが

 

「あんまりここにいると出にくくなっちゃうので。居心地が良すぎるものですから。今度ここに来るときは娘さんと一緒に来ます」

 

 それだけ言って港へと歩いていく。少し突き放しすぎた言い方だったかもしれないが、自分の後姿を見送る二人が呼び止めなかったのを見る限り真意は伝わっている。

 

 

「本当に大丈夫かしら……」

 

「彼と話した時間は短いが、何か譲れない芯の様なものがあるのを感じた。きっとやってくれると信じるしかない」

 

 

 

 ……ベラドンナ夫妻に娘を連れ帰ると啖呵を切って意気揚々と一歩踏み出し、しばらく歩いたところまでは良かったものの、また船に長いこと缶詰になることを想像すると泣きそうになった。

 




遂に主人公の名前判明。


感想、ご指摘、好評の声等々お待ちしております。


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Blake Belladonna

平成最後の仮面ライダーのビルドが始まろうとしてると時の流れは速い……少し前にクウガやアギトを見ていたと思うと尚の事。





 ホワイト・ファング。

 

 ファウナスたちによって作られた人権保護団体。元々は人間とファウナスの間をとりなし、和平を結ぶために作られた組織だったとされる。その後も変わらぬ差別と迫害に対してしばらくの間は手を挙げない、平和的な抗議活動を行っていたそうだが、今の代のリーダーに変わってからは武力行使をためらわない過激派テロリスト集団と呼んでも間違いない組織と化した。

 

 以前のシンボルマークは牙を剥いていなかったが、今は爪痕を背負う手負いの獣がシンボルマークになったので、正に畜生が徒党を組んでいる印象を受ける。リーダーが変わるだけでここまで大きく組織の色が変わるということは、それほど裏では不満を抱えているファウナスが多かったということなのだろう。

 

 そして彼らの最大の特徴として団員はグリムを模した面を被っている。これは人間たちが自分たちファウナスを化け物呼ばわりして迫害するならいっそのことそうあってやろうじゃないか、という一種の自虐、皮肉思想からじみた思想からきているそうだ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 あの後、船旅(苦行)から解放された後、探し人(ブレイク)を探しに動くネロ。突然だが、危機に瀕していた。

 

「おう新入り、どうかしたか?」

 

 どうしてこうなった。気さくに話しかけてくるホワイト・ファングの構成員に頭を悩ませながらネロは頭を痛めながらも今の状況に置かれている原因を洗い出すため、脳内で時間を少し遡ることにする―――

 

 

 

 

 ベラドンナ夫妻曰く、ブレイクは今もホワイト・ファングに所属している可能性が高いという推測をしていた。それを聞き、組織に潜入、そこでしばらく調査を行うことによって行方を掴もうという案ならば多少の手間はかかるとはいえ最も見つけることができる確率が高いと踏んだ。

 

 ホワイト・ファングはファウナスの派閥としては少数派であり、同族から見ても異端であることが要因で慢性的な人員不足ということもあり、人間でなければそう警戒されることはないだろうと、ギーラは言っていたが……尻尾を生やして組織に入りたいと告げると「奥についてこい」と言われ、仮面を付けた構成員に連れていかれた。そして極めつけとして仮面を渡してきてた後に、

 

「今日からお前も同士の一員だ」

 

 と言ってきた。あまりの緩さには呆れを通り越して言葉も出ないが、ここまで緩いということはそれほど賛同者が多いと取ることができる。こんなに簡単に入れてしまってもいいのかと尋ねたが、

 

「ファウナスであればよっぽどの訳ありでもなければ誰でも快く迎え入れるのが組織の方針だからな」

 

 もう少し警戒してもよいと思うが、人間が入ってきたらすぐ見破ってフクロにする自信があるが故の物言いなのだろう。そうとでも思わなければやっていられない。納得せざるを得ない。こんな実態の間抜け集団では違う意味で各地で反感を買うのも致し方無いだろう。

 

……もし本当にテロリストの皮を被ったコスプレ集団だったりしたら頭が痛くなってくるが。 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 そして現在、ホワイト・ファングの構成員に絡まれている。今声をかけてきた奴は入団時に対応をネロの応対をした奴だ。新入りのネロに気を遣っているのか構ってくる。いい迷惑なのだがあまり無碍にすると怪しまれてしまう。そうなると騒ぎになって面倒なことになる。

 

 この倉庫にいるのは大して強くなさそうなのしか配置していないのか、それとも主力は出払っているのかは分からないが、あまり人数はいない。精々五、六人、この部屋にいない数まで推測するなら十と少しといったところか。情報収集が目的なのに蹴散らすことを真っ先に考えるあたり自分は根っからの戦闘脳(バトルジャンキー)なのかもしれないと思うと少しばかり気落ちするネロであった。

 

 落ち込んでいるばかりなのもよろしくないのでいい加減放置していたこの男に話を聞くことにするネロ。

 

「ホワイト・ファングって同じファウナスからしても鼻つまみ者って聞いているんだけど、本当に大丈夫なの?」

 

「なあに、皆俺たちと同じように差別をなくそうとして戦っているんだ。口ではそういっては言うものの本心からの言葉ではないだろう。それにおまえだってなんだかんだここに入ってきたんだろ?」

 

 純粋な狂気を含んだ言い分に少しばかりネロは引いた。恐らく他の団員にこの手の質問をしても同じことを言うだけだろう。本当はブレイクが本当にこの組織にいるか確かめていいタイミングで体よく抜けてやるつもりだ、などとは口が裂けても言えない。

 しかし手段や尖りっぷりを除けばそこまで否定されるほどの思想では無かろうに。迫害が過ぎればこうなることを少しでも考える脳みそがあればこうはならなかっただろう。

 

 口から溜息が漏れそうになるが、それを喉の奥に押し込んでから改めてこの倉庫の様子を伺う。メナジェリーとはえらい違いだ。あちらは陽気で門は常に開かれており、穏やかな土地だったが……

 

 ここは陰気で剣呑な雰囲気が漂っている。ファウナスは暗がりでも夜目が利くとは言えど、わざわざこのような場所に拠点を置く必要はないだろう。もう少し所帯じみた場所でもよかったのではないだろうか、などと天井の角を眺めていたら外がざわついてきた。

 

「なんか外がうるさくなってきたような気が……」

 

「そうか?……ああ!今日ここにあの人が来るんだった!なんでも数日後に行われるダスト強奪作戦の手筈を直々に伝えに来るみたいな話があったな……」

 

 思わぬ情報を聞き出すことに成功してほくそ笑むが、まだまだ終わりではない。これはチャンスだ。もっと情報を聞き出すために更なる追及をする。

 

「どんな人が来るんだ?」

 

「組織の幹部のアダム様と付き人のブレイク様だ。あまり粗相をしないように気をつけろよ?特にアダム様はヤバい。何考えてるかわからんような方だからな……」

 

 ……今ブレイクと言ったか?同じ名前なだけの可能性もあるが、大きな前進だ。正直、そんなことはほぼありえないだろうと腹の内では大笑いだが……

 

 無理矢理連れ帰ってくれとは頼まれてはいないため本人が嫌がったら大人しく引き下がる。とはいえ写真の彼女は幼少期の頃のものだった。現在はどのように成長しているかは分からないため本当にブレイク・ベラドンナ本人か確認する必要があるが…… 

 

 そうなると今度はアダムとかいう同じ組織の面子にもやべーやつと言い切られる男をどう掻い潜るかが問題だが、名案が今のところない。やはり当人の性格を見極めないことにはこの場を切り抜ける名案が浮かびそうにはない。

 

「おい、来たぞ」

 

 そう言われ入り口を見ると自分より頭一つ半背の高い鬼のような角が蟀谷(こめかみ)から生えている男と猫耳を思わせるリボンを付けた少女が入ってくるのが見えた。どちらも黒を基調にした服装を纏っているので保護色になっている。

 

 その二人のいる場所だけ重い空気がより重力を持って見えるかのようであった。ここの構成員全員でかかっていっても容易に蹴散らすことができるであろう戦闘力を持っていることは火を見るより、いや夜が暗いということぐらいには明らかだろう。

 

「三日後にシュニー・ダスト・カンパニーの輸送列車を襲撃する。何か質問は?」

 

 男―――アダムは低い声でそう告げた。

 

「あの、すみません、どれくらいの規模で襲撃をかけるので?」

 

 ここだ!すかさず聞く。いきなり腰に構えている刀で斬られることにはなるまいと聞いたが、アダムは表情を読み取れない顔(仮面を付けているので当たり前だが)をこちらに向けて律義に答えた。

 

「私と、ブレイクの二人だ。何か問題でも?」

 

 この物言わせぬといった声色である。とはいえここまで大っぴらな犯罪行為の片棒を担ぐのはまずいと思い一芝居打つことにする。

 

「いやいや、さすがに厳しいものになると思うんですよね。あいつら、こき使うためのファウナスも輸送列車に一緒に乗せているなんてことになったら二人だけじゃあ手が回らないですよ。救助の手配もしておくべきじゃないですかね?」

 

 これで作戦に参加してうまいこと彼女を引き離すことに成功するように動ければいいのだが、うまくいくか?と心臓が跳ねまくっていた。内心ではセンスが最悪だと思っていたマスクに今は感謝しなくては。目を泳がせていたのがバレれば不審に思われ、間違いなく追い出されるだろう。

 

「ふむ、一理ある。ならばお前、それと隣のお前もついて来い。本来は少数精鋭が望ましいが……念には念を入れて損はあるまい。ただし、しくじっても手は貸さないがな」

 

 お邪魔虫もついてくることになったが目論見としては十分成功の部類だ。

 

「はい、ありがとうございます!……お前すごい度胸だな、俺だったらそんな大胆なこと言えないぜ」

 

 横の奴が勝手に返事をしたが気にしないでおこう。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 作戦決行日。崖の上から列車が通るのを待ち伏せし、ダスト強奪班とオブザーバーの二組に分かれることになった。辺りは紅葉した木々に囲まれておりこちらから見れば見通しはよく、気取られることはない絶好の位置だ。

 

「そういえばまだ名前聞いてなかったな。ここらで自己紹介でもしとこうぜ。俺の名前はカルマ・ケーファーってんだ。見た目は完全に人間だがこれでもファウナスなんだぜ?何のファウナスかはもうちっと仲良くなったら教えてやるよ。で、新入り。お前は?」

 

 紅を基調とした装束を纏った男がずい、と寄ってくる。短い付き合いなのによくもここまで距離を縮めてくるものだ。呆れ半分、感心半分で名乗り返す。

 

「ネロ。ネロ・ベスティア。三日前にこいつに入れてもらった。自分は孤児だからさ、今までずっと一人で生きてきたからどうすればホワイト・ファングに入れるかわかんなかったんだけど、まあカルマのおかげでなんとかって感じかな」

 

 ……今の発言は丸々嘘ではないが、全てが全て真実という訳でもない。それっぽいことを並べ立ててみる。カルマは手を顔に当てて上を向いた。岩の上に座っているブレイクは俯いたまま話を聞き流していた。

 

「おいおいおい、まじかよ!そりゃよくねえって!今日から俺とお前はブラザーだ!独りぼっち同士楽しくやってこうぜ!」

 

「いやそれはちょっと勘弁してくれないか……友人からで頼むよ」

 

 自分の様な者でも快く受け入れてくれるものがいると喜ぶ半面、どうリアクションをとればいいのかわからない。この手のタイプと話をすることは稀である。無口な男よりもやりにくい。

 

「そんなお硬いこというなって。確かに会って三日程度だがなんつーかな……親近感が湧くんだよ。まあどうしても嫌だってんなら無理強いしないけどよ。そうだ!なんか食えるもの持ってくるからちょっと待ってろ!」

 

 そういうと走って行ってしまった。この場に暗い表情のブレイクと口が開いて塞がらないネロの二人だけが残された。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……あなたは何故この組織に?」

 

 カルマが去って数分程して俯いていたブレイクが突然立ち上がり背中に携えていたガムボール・シュラウドを構える。琥珀色の瞳は鋭さを増し、目の前の漆黒を睨みつけている。

 

「何故そんなことを聞くのかな?」

 

 鬱屈とした空気は既に霧散していた。漆黒の男(ネロ)は白い仮面の下の表情を変えずにブレイクを見据える。

 

「カルマとはまた違った方向に読めないからよ。彼はああ見えてもこの組織に何らかの目的をもって属しているけれどあなたは違う。組織自体が重要って感じじゃない。……本当の目的は何?」

 

 ネロとしてはうまいこと隠していたつもりでも、その道の人間には嗅ぎつけられてしまうらしい。観念したのか、ゆっくりと喋り出す。

 

「まあこの組織自体に用はないっていうのは大当たりだよ。人探しをしていただけだからね。まあ一番手っ取り早そうだからこそ取った手段なんだけど。そんでもって俺の探し人は……君だ。ブレイク・ベラドンナ」

 

 仮面を外しながら目的を告げる。ブレイクの猫耳がぴくぴくと動き、ガムボール・シュラウドを抜刀した。蕎麦切り包丁のような刃の付いた鞘と細く鋭い刀の二刀を構える。

 

 ……あ、これは斬られる。こんな黒幕ムーブをすれば誰だって怪しむのは当然だ。

 

「待った待った待った!君の家族に頼まれたんだ!わざわざ怪しい演技をしたのは本で読んでちょっとやってみたかっただけなんだ!……だから許して?」

 

 両手を顔の前で合わせてごめん、といったジェスチャーをとるネロ。当然ながらブレイクの表情は依然として固いままだ。

 

「本当に?」

 

「ほんとほんと、必要のない嘘はつかない。おふざけはするけどね。ギーラさんとカーリーさんに恩があるから君を探しに来たんだ。何年掛かるかと思ったけど思いの外すぐ見つかってよかった……要望くらいは聞くけどどうする?帰りたければ俺も付き合うし、そうじゃないなら何か一つや二つぐらいはしてあげる。例えば……ここから逃げ出したければ足止めくらいは務めるけど、どう?」

 

 存在が闇のような男の瞳が一瞬黄色く輝いたような気がした。光を飲み込みそうな程に暗い瞳なので思い違いだろうが。

 

 ……この時ブレイクは本当に信じていいのだろうか迷っていた。悪魔の囁きにしか聞こえない。

 

「……保留でお願い」

 

 ブレイクはただぽつりとそれだけ発した。

 

「まあいきなり物騒な事を言われたりしなければ俺はいいけどね。しかしカルマは遅いな、どこまで行ったんだろう?」

 

 悪魔だと思われていた当の本人はいつもの呑気さで線路と紅葉を眺めていた。

 




ブレイクをかわいく書きたいけどこの時点ではデレ要素少なすぎるからとてもじゃないけど無理だゾ……

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Change

エグゼイドいい最終回だった!来週からビルド始まるよ!みたいな話をしようと思っていたら日間と週間のランキングに一瞬とはいえ入っていて驚きました。駄文ですが、これからも自分のテンポでやっていくのでよろしくお願いします。




「仕方ない……か」

 

 作戦決行の時が来てもカルマは戻っては来なかった。少し待ってからでも遅くはないと進言しようとしたが、言うより早く二人は跳んで行ってしまった。

 

「ああもう……!」

 

 崖を滑り、後を追う。列車が見える。この列車に乗ってゆっくり旅ができればどれほど楽しいだろうか。だが今はそのようなことで脇道に逸れている場合ではない。そこにファウナス特有の身体能力を以って軽やかに飛び移った二人に続く形でネロも列車の屋根に飛び移る。少し大きな音を立てて着地したが、問題はない。

 

「各々成すべきことをした後に離脱せよ」

 

 この場の隊長たるアダムの号令がかかり、アダムとブレイク、ネロの二手に分かれる。カルマがいなくなってどこへ行ったのかはもう気にしないことにしよう。既に賽は振られた。為すべき事を為すだけだ。

 

 

 

「大変です!テロリストがこの列車に乗り込んできたのを見ました!」

 

 我ながら大根役者だと思う。こんな雑な演技に騙されるなんてことは普通はないだろう。冷静に考えればおかしな点などいくらでも見当たるのだが、まあ見抜かれたとしても乗客を逃がせればそれでよい。

それに加えてこの列車は大量のダストを積載している上、ここ最近起きているダスト強奪事件。テロリストが狙う理由としては十分過ぎる程であった。

本当にテロリストがいるのかどうかなど確かめているほどの余裕はこの車掌にはなく、口車に乗せられてしまったのも無理はない。

 

「ご協力感謝します。ただ、軽率に乗客に言ってしまえば混乱を引き起こしてしまうのでその点には注意してください」

 

 焦りが見え隠れする口調でそれだけ言って車掌は早足で歩いていく。操縦士にこのことを伝えに行くのだろう。これで自分の受け持った仕事は終わりだ。

……しかしひどいマッチポンプだと思う。テロリストは自分たちなのだから。

 

「さて、それじゃあ向こうはどうなっているのか見に行くとするか……」

 

 

 

 ネロの担当は乗客のいる後方車両。ブレイクたちダスト強奪班がいるのは先頭車両と後方車両の間あたりの貨物部分だ。

ダストの詰まったコンテナがざっくばらんに置かれた間を抜け、前の方へに向かう。作戦が成功しようがしまいがどうだっていい、もちろん失敗していてくれた方が悪事に加担してしまった身としては心が軽いのだが、叶わぬ願いだろう。あの二人の実力であれば多少の妨害があったところで難なく切り抜けてしまうこと請け合いだ。

 

 罪悪感が薄れるように……そう祈りながら跳躍と疾駆を2、3度繰り返していくとブレイクとアダムの姿が見えたが、様子がおかしい。

既に事を済ませたのかと思ったが、仮にも侵入した先で言い争いなどするだろうか?自分は絶対にしない。であればなんらかのトラブルが発生したと考えるべきだろう。

 

「二人とも何かあったのか?こっちのカタはついた。ダストを奪ったのならばさっさと離脱を……」

 

 二人だけの世界……そう表現すればいかにもロマンチックな風ではあるものの、目の前の現状を見る限りではそうは言えないだろう。なにせ辺りには二人が倒したであろうロボットの残骸が散らばっているのだ。花の香りではなく鉄と油の臭いしかしない。機械の動力にダストを使っていても鉄臭い。

 

 此方の存在に気付いたアダムはどうでもいいものを見るように、ブレイクは進退窮まったと言わんばかりの表情だった。

そしてこの場で先に動いたのはブレイクだった。

 

「アダムを止めて……!」

 

「事情が分からないことにはどうしようもないけど……」

 

 クールな彼女が理由も説明せずにいきなり相棒(アダム)を止めてくれなどというのにはそれなりの理由があるのだろうが、一方の話ばかりではどうにも要領を得ない。一応アダムにも話を聞くかと声を掛けようとしたが、それは遮られた。

 

「随分と物騒な真似してくれるね?」

 

 鋭い風を切る音がしたため後ろに大きく飛び退く。斬りかかってくると察知していなければ躱すのは至難の業だっただろう。数秒前にネロの首があったところを刀が通って行く。達人の一振りは一切の躊躇いの無い、有無を言わさずに殺すための剣だった。もしも避けることができなかった時にどうなっていたかは最早語るまでもない。首が胴体と泣き別れしていただろう。

 

「速やかに撤退せよ、命令以上の勝手な真似は許されない」

 

 一瞬先のことをまるでなかったかのように悪びれずに淡々と指示を出してくる。

 

「仲間の首を飛ばしてこの世から撤退させてもいいなんて思ってそうなリーダーの命令なんて聞きたくないね。ブレイク、事情を説明しなくてもいい。こいつは今、俺に刃を向けた。それだけで敵対するには十分すぎる」

 

 一触即発。アダムは刀を納めてはいるものの、鯉口を既に切っている。間合いに入ってきたらすかさず切り捨てるといった居合の構えだ。

 

鏡など持っていないのでどの様な表情なのかは分からないが、大胆不敵に口元を歪ませていただろう。

そして自分が懐から取り出したもの、それはこの場において酷く場違いなで細長いベルトーーーー

 

 

 

 

 俺は今この男に対して強い憤りを感じている。何故か。斬りかかられたというのもあるが、それ以上に彼女―――ブレイクを悲しませようとしているからだ。彼女は強いヒトだ。本来ならば守らなくとも己の力で未来を切り開く力を持っているだろう。

 

だがそれ以上に繊細だ。今すぐにでもこの場から逃げ出したいと思っている。この作戦が始まる前、岩の上に座って遥か彼方に浮かぶ崩れた月を今にも泣きそうな表情で見ていたのが脳裏をよぎる。本心ではこのようなことは行いたくはないのだろう。仕方なしにやらざるを得ないだけで。ならば俺がするべきことは一つしかない。

 

 

 

「頼まれ事を聞くって少し前に約束したけど、今でいいかな?ここから帰れたらまた別のことにしても構わないからさ」

 

 我ながら情けない台詞をよくここまで自信満々に吐くことができるのだろうか。手は震えるどころかしっかりとしていて、足は生まれたての小鹿のように震えるどころか仁王立ちといった風体なのに。この力は本来人に振るうべきものではない。

しかし目の前の男は姿こそ人であれ、その精神は間違いなく人外のそれだ。例え相手が人でなしであったとしてもこれは無闇矢鱈に振り回す力ではない。それを理解している上で俺は今から違う俺になる。だからこそこの言葉を言わなければたまらなく不安になる。

さもなくば自分自身を見失いそうだから。この言葉を言えなくなった時が……きっと自分の最後だろう。

 

ベルトがうねりながら腰に巻きつき、レリーフの中央に押しボタン式のスイッチが現れる。

 

そして……魂の叫び。誰かを守る者が決まって叫ぶ雄叫び。

これこそ自己の変革の象徴にして守護者の最後の力。

使う者次第で正義の使者にも悪魔の手先にもなりうる権利。

 

「変身!」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ベルトの中央にあるレリーフ……角を模したスイッチを入れた途端、黒い爆風がネロを中心として巻き上がる。背後のブレイクも正面にいるアダムも顔を覆う。その風が止んだ時には黒い外套の優男は既にいなかった。

 

 夜が舞い降りた。そう形容する他ない程に黒い異形がそこに存在していた。元の姿よりも一回り程大きなそれは、感情を排除した黄金の瞳の下を血の涙のような紅いラインが走っている。胸部や脚部、腹部といった随所は骨のように白い甲殻で覆われている。肉体はバランスがとれており、すらりとしてはいるものの貧弱という言葉からは程遠く、どちらかと言えば無駄のない、捕食者の如きフォルムを持っていた。

 

 先ほどまで銀色だった何か――ベルトは体色と同化するように変色し、黒く鈍い輝きを放ちながらグリムの面を模したバックル部分が赤と白で彩られている。

そして一番目を引かれるのが白い仮面―――奇しくもグリムの持つ特徴と同じものだ。その形状は五本の角の生やし、冠を模した頭部と上顎と下顎を閉じたような形状を持ったものだ。

 

その風貌は悪魔の王だと言われたら十人のうち八人くらいは納得してしまうだろう。

 

「ネロ……なの?」

 

 首を縦に振る。

 

「なら……私は変わりたい。そのための手助けをしてほしい。でも今すぐに変わることはきっとできない。だからその為の時間を作って。これが私のお願い」

 

「さっさと行って。お互いまた生きてあえることを祈るよ」

 

 ぶっきらぼうに黒い異形(ネロ)ブレイク(守るべき者)に言い放つ。ネロたちの乗っている車両とひとつ前の車両を繋ぐ連結部分を切り離し、遠ざかっていく。

 

「それじゃあ、俺と遊んでもらおうか。いい加減暴れ足りないんだよね!」

 

 その言葉を皮切りに二匹の獣(ネロとアダム)がぶつかる。ネロは刀身の黒い片刃剣でアダムの紅い刀ウィルド・アンド・ブラッシュを受けきり、鍔迫り合いの形になるが、アダムは右手で刀を握りながら左手のライフル形態へ変形させた鞘をネロの腹に押し当てて連射した。しかし硬い装甲に阻まれて弾かれる。三発撃ったところでネロに銃身を払いのけられ、左手で思い切り殴り飛ばされる。姿勢を崩さずに着地したはよいものの、ネロは既に片刃剣ではなく、ボウガンを構え、羽のような矢を雨あられのように射出した。刀を回転させるように振るい、もろに当たることはなかったものの、掠っただけでもオーラが削られていくのがわかる。

 

 この攻防が僅か十秒ほどの間に行われたのだ。アダムは肩で息をしているが、ネロはゆっくりとアダムの方へと近づいてゆく。

 

 アダムは表情こそ変えなかったが内心では不快感が募っていた。ブレイクには逃げられる、目の前の存在は先ほど戦った蟹のような機動兵器よりも遥かに面倒で強い。刀身で攻撃を受け止め、センブランスによる必殺の一撃をお見舞いすれば深手を負わせることができれば自分の勝ちは決まったものだと考えていたがそれを実行するには隙が無さすぎる。少しでも気を逸らしたらたちまち肉塊にされてしまうだろう。

 

 しかしその読みは完全に正しくはなかった。前提条件からして間違っていたのだ。アダムは目の前の怪物(ネロ)を殺してブレイクを追わなくてはならないが、ネロからしてみればこの戦いはただの時間稼ぎに過ぎない。痛手を負わせるにしても殺す気は欠片もなかったのだ。しかしこの戦いに幕を引く決め手に欠けていたのはお互い様である。

 

 ネロは逃げるための隙を作ることができず、アダムからしてみれば悠長に溜めを行っている暇はない。どちらかが死ぬまで続く。しかし闖入者が現れた。

 

 

 銀色の鎧の戦士がいきなり間に割って入り、アダムに触れた途端、動きが緩慢になった。その顔は自分(ネロ)と同じように鎧で覆われており見えない。ただ一点目を引くものがあるとすれば、自分のベルトに酷似したものを付けているということだ。バックル部分こそ違えど、似たような機能があるだろう。その上、自分に気配を悟らせずに現れたということはかなりの実力者とみて間違いないだろう。予期せぬ存在に一層警戒心を強める。

 

「へえ、お前が持っていたのか。陰で見ていたけどこりゃたまげたね。目的のものは見つけたし、この組織にはもう用はないか。さっさと帰って博士に報告すれば長いお使いも終わりってわけだ」

 

 見た目のごつさに反して軽い喋り口調、しかしその裏側には冷たさが見え隠れしている。

 

「誰だ?俺を知ってるような言い方だな」

 

「おいおい、冷たいな。助けただろ?お前がファウナスじゃないのに黙っててやったし、今だって逃げる手助けをしている。今はそれでいいだろ?」

 

「……また縁があったら会おう、蛹野郎」

 

 今ここで事を構えるほどの余裕はない。気が変わったと言われないうちにさっさと途中下車してしまおう。ネロは脇にある森の中に跳躍し、紅葉の中に紛れていった。

 

 

 

「全く、世話の焼けるブラザーだぜ……」

 

 銀色の鎧が弾け飛んだ刹那、紅い閃光を一筋残してその()は見えなくなった。

 

 

 

 




やっとこさ書けた変身シーン。怪人っぽいのはご愛嬌。

感想、ご指摘、好評の声等々お待ちしております。


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Determination

お ま た せ

ネタはあっても文章に起こすのがきつくて二週間ほど投げてしまいました。その間ビルドを見てハイになったりもう休みが終わりに近づいてるとなって鬱になっていたりして本当に申し訳ありません。

(本編にホモ要素は)ないです。安心してください。

ここからできる限り巻いていくのであくしろよ、という兄貴たちも少々お待ちください。

しかし改めて思うけどホントRWBY新規層に優しくない作品だぁ…… 雑な出来ですがどうか読んでいってください。

今回からやる前回までのあらすじ
・アダムご乱心
・ネロ変身、異形と化す
・謎の鎧、唐突な手助け


「うむむ……」

 

 数日程前、あの場から離脱するためににダイナミック下車したはよいもの、いや全然よくはないのだが、勢いで飛び降りたことを後悔することになった。ブレイクをあの場から逃がすことができたところまではよかった。

 

 いや、全くもって大問題だ。ベラドンナ夫妻に無事に見つけて連れて帰りますなんて啖呵を切って見つけるところまではよかった。実際見つけて接触まではうまいことやった。しかし詰めの部分が甘すぎた。

 

「俺のバカヤロー!」

 

 森の中で声が響く。その声でグリムが寄ってくると思ったが運良く寄ってこなかった。迂闊だが本当に叫んでもいないとやっていられない。憂さ晴らしになってくれるグリムさえ寄ってこないとさらに空しくなる。 

 その場のノリで「いいからとっとと逃げろ」なんて格好つけた結果がこれだ。本来の目的と矛盾しすぎている。これでどこかでグリムにやられて野垂れ死にでもされたら完全に自分の責任だ。もう過ぎてしまったことだからどうしようもないが、もはや彼女のサバイバル能力が高いことを祈るしかない。

 

 列車を切り離していったから恐らく別ルートに行ったのだろう。目星があって運がよかったから見つけることができたのだ。恐らくここまでの好条件を逃してしまったら次に見つけるのは数か月後か、あるいは数年後か。 

 

 なんだか最近は乗り物に乗った後に頭を抱えてばかりだ。海で後悔(航海)して、陸では列車でダスト強盗の後に自主的に下車という名の大脱出。次は飛行機のハイジャックでもやらかすことになるのではないかと思うと戦々恐々とする。

 

「でも一番の問題は……」

 

 腹がぐう、と鳴る。丸一日何も食べていない。こんなことならば非常食の一つや二つくらいは忍ばせておくべきだったと後悔する。叫ぶ元気はまだまだ残ってはいるものの、そこらへんに生えているキノコ……は流石に食べたくはない。人間離れしているところしかないと言われても否定する材料がないとはいえ、そこまで体を張った真似はごめんだ、と頭を振る。

 

 そこらにいる動物を狩るのも乙なものだが、気配が感じられない。グリムと動物は縄張り争いをすることがあるらしいが、その軍配はグリムに上がったようだ。そこらへんの草を食べるにしてもフレッシュすぎて逆に体に悪いだろう。三日ぐらいは水だけでも何とでもなるがそれは嫌だ。まともな食事を取れないのは生きる気を削がれる。やる気だけで生きられるほど世の中甘くはないが、それすらないというのは問題外だ。来世に出直す危機は少し前にあったばかりなのでわざわざその可能性を引き上げるのは精神衛生上よろしくない。そう考えると前の自分がどれほど人間離れした生活を送っていたかと思うとネロは身震いした。

 

 幸いなことに最終手段を敢行する前に街につくことはできた。道行く人には怪訝な顔で見られたが、そんなことを気にしていては旅はできない。一張羅ともいえる黒い外套は枯れ葉がくっついて泥が付いて薄汚れてしまったが、洗えば何とかなる。大したことではない。

 そんなことよりも食事だ。その辺に来ている屋台で麺をずずっと啜りたい。熱々のスープが絡み、喉を少し焼いた後、腹の中に吸い込まれていく……たとえ一口だけでもいい。それだけでも今の自分にとっては最高の食事になり得る。麺以外のものも要求するなどとんでもない。そんなに多くのものを求めたらバチが当たって死んでしまうだろう。

 

 まあその辺に都合よくいい感じの屋台など来ているはずがないので普通に食事処で腹ごなしをした。好きな時に肉を食べることができるのは贅の極みだ。そして入った店は「当たり」の部類だったらしい。こういうふらっと入った店の料理が偶然美味しくて少し嬉しくなるのは旅の醍醐味だろう。

 ゴムのように固くもなければさっと溶けてしまわない、程よい歯ごたえに後味のしつこくない味付け。人によってはその場で自分の手で狩ったものの味は格別だと言うものの、店でその道の者が調理して出したものの方が上だというのが個人的な意見だ。調味料の有無は大きい。

 

 舌鼓を打った後、街を歩いていると賑やかな空気が流れていた。少し開けた広場だ。街の中心部なのか、四方に道が伸びており、噴水があって腰掛ける椅子があるようなどの街にもありそうな広場だ。

 そこでは旅芸人というには少し落ち着いた、白を基調にしたフード付きのマントの男が横笛を吹いているのが目についた。辺りに聴衆が集まり、聞き入っている者もいれば、ちらりとその様子を見るだけで過ぎ去っていく者もいた。

 おひねりを受け取るカゴらしきものを置いていない。ただ趣味で演奏をしていただけなのだろう。奇特なものを見るような視線もあるあたり、このあたりの人間ではないことは確かだ。

 

 その音色は激しいものではなく、かといって物悲しいものでもなかった。目を瞑って聴けばこの街のような平和な場所が思い浮かぶようなものだ。町がこの音楽に似ているのか、それともこの音楽が街に合わせて奏でられているのか。旅人であるネロにはどこか縁遠く、不躾なのかもしれないが悲しく思えた。

 

 まばらな拍手が送られ、奏者がお辞儀をして数秒ほどした後にネロが入ってきた側に向かって歩いていった。何か一つのことを成し遂げ、堂々とした風体であった。

 

 ネロにとって彼には好感が持てた。自分には力でしか誰かを助けることしかできない。それに比べて彼は別の方法を以って人々を笑顔にすることができる。自分も胸の奥にもほんのりと温かいものが漏れてきていた。思いの外ミーハーなネロはならば彼と話をせずにはいられない件の白マントを追って広場を出た。

 

 少し離れた場所物陰に隠れながらからバレないように尾けていた。傍目から見れば不審者だ。ターゲット(白い奴)は鼻歌を鳴らしながらゆっくりと歩いていたが、建物の角を曲がった先で見失ってしまった。方向は間違いないと確信しているものの、あのミステリアスな後姿がそれを曖昧にさせてくる。

 

「何かお探しかな?」

 

 背後から飄々とした声で呼びかけられた。先ほどまで前方で鼻歌を先ほど広場で演奏していた曲を奏でながら、歩いていたはずだ。隠れる場所などどこにもなかった。となるとセンブランス?それぐらいでしか説明のつけようはないが、その種がわからない。超スピードで誤魔化した……ということでもないだろう。そんなことができるなら尾行を察知した時点でさっさと撒けばいいだけだ。それに少しばかり早く動いたところで余裕で見切れる。光並みに早く動けるなら話は変わってくるだろうが。

 

 うんうん唸りながらネロは自分の目を掻い潜った方法を考えていたものの、その思考を遮って再び声がした。

 

「いいかな?先ほどの拙い僕の演奏はいかがだったかな?」

 

 苦笑と照れが入り混じった顔で白マントは追跡者(ネロ)に自らのストリートパフォーマンスについての感想を聞いた。

 

「えっ?そんなに謙遜する必要はないと思うな。音楽はよくわかんないけど、心に染みてくるっていうかなんていうか……」

 

 しどろもどろになりながらの精一杯の受け答えだが、それだけでも白マントの青年は満足そうだった。

 

 

「へえ、ネロって旅してるんだ。いいなあそういうの。僕の場合はそうもいかなくてね。仕事で各地を転々としながら気晴らしにさっきみたいなことをしてるってわけだよ。途中までは同行してくれた奴がいたんだけど別の仕事が入ったとか言って別れたんだよ。実際に足を動かすのはこっちなのに……」

 

 現在進行形で愚痴を聞かされている。要約してしまえば指令を出してくる立場の男が割と自由奔放なところがあるから振り回されるこっちの身にもなってほしいといったものだった。そのことを語っているときの彼は疲れ切った声色で数分に一回は溜息をついている。先ほどまで見事な演奏をしていた姿はどこかへ吹き飛んで行ってしまった。

 

「あの……大丈夫ですか?なんか色々と苦労しているみたいですけど」

 

「身内のことだからあんまり気にしなくてもいいよ。それにこんなこと聞かせちゃってごめんね?いつものことだし」

 

 爽やかな香りが漂ってきそうだ。その白を基調にした服装も相まって尚更そんな香りがするようだ。

 

「まだ名乗ってなかったね。僕はハーメル・クラールハイト。ハルトって呼んでよ」

 

「なんでハルトなんだ?ハーメルじゃダメなのか?」

 

 ふとした疑問だったのでつい口に出してしまった。ハルトは一瞬苦虫を噛み潰した表情をしたが、すぐに元の顔に戻り、

 

「ハーメルって名前、『ハ』って音の後に長音が来るのってなんか間抜けな感じがするでしょ? だから知り合いにはハルトって呼ばせているんだよね」

 

 自分でも変わってるとは思うんだけどね、とその後に付け加えてはにかんだ。

 

 

 

「ネロ、何なら一緒に行かない?勝手な申し出かもしれないけどいい加減一人旅も空しいんだよねー」

 

 単独行動が普通のネロにとってはこの感覚はいまいち掴めないものではあった。そんなときふとメナジェリー行きの船で出会った船長の言葉が脳裏を掠めていく。この提案に乗るのも悪くない。

 

「大丈夫、誰かと旅をすることは初めてだけど何とかなるでしょ。人探しをしているんだけどそれでもいいなら……よろしく、ハルト」

 

「おおー!ありがとう!僕の友達も紹介したいからさ、楽しみに待っててよ」

 

 一緒に行くと言っただけで意外な程に好感触だってので、ネロは歩く速度ををあげた。

 

「それでどこを目指す?こっちはよっぽど危ない場所に行くって言われなければついてくけど」

 

 最低限の目的があるものの、必要以上のことはぼかして伝える。焦ってもどうにもならないことは後に回した方がよい。実際それで手痛いミスを犯した後なら尚更の事だ。

 

「そうだね、適当に旅をしているって言ったけど僕にも探し人がいるんだよね。まあ正確には人じゃないんだけど」

 

「人じゃない?随分と妙な言い回しだけど動物でも探してるの?」

 

 目的地があるのではなく何かを探しているらしい。物によっては全面的な協力も惜しまない。そのように告げようとしたが、

 

「大丈夫だよ、第一眉唾だし。のんびりやって見つからなかったって言えばいい。だいたい人型のグリムを見つけてこいだなんて無茶言ってくれるよ。僕のセンブランスが使い勝手がいいからってこき使いすぎなんだよね……」

 

 よくわからないがナーバスな雰囲気を滲み出している。第一印象からは遠くかけ離れた面倒くさそうなのがネロの目の前に立ち呆けていた。

 

「ま、まあ気を取り直して街の外に行こう。その人型のグリムとやらも見つかるかもしれないしさ、ね?」

 

 うっかりをしてか焦ることはあるが、頭が痛くなるのは初めてのことだった。一人旅よりも気苦労が絶えず増え続けるだろうと頬を掻くネロだった。

 

 

 

 

 町外れまでどうにかこうにかハルトを宥めながら歩いたのはよかった。そこから街道へと出た。数日前まで森で彷徨っていたネロにとってはもう見たくもない光景であったが、ヴェイルへ通じる道で一番近いのがこの森を抜けていくルートだったのだ。それでも数日は森で野営をすることになるだろうし、最短ルートとはいえ軽く一か月はかかる。

 

「……この状況はかなりまずいんじゃない?」

 

「向こうのテリトリーだからね。こうなることは予想してはいたけれど……」

 

 二人はグリムの群れに囲まれていた。それもベオウルフだけではない。大型のアーサやキング・タイジツ、ボーバタスクまでいる。唯一の救いは大半がベオウルフで厄介そうな種は精々一、二体程ということか。それでも総数は五十は下らない。

 

 背中合わせで互いの死角を補う。グリムは二人の隙を伺いながら唸っている。

 

「ハルトってかなりヤル(・・)ほう?そうでないならさっさとこんな森からおさらばしたいんだけど……」

 

「まさか。ネロこそ一目見たときからかなりデキる(・・・)と思ったからこんなルートを通ってるんだ。そんな冗談はよしてくれ」

 

 第一印象はお互い物静かな奴だと思っていた。どうやらそれは――――――

 

 

「後ろは任せたよ、ネロ。うっかりミスでくたばるのはごめんだよ?」

 

「その言葉、そのままそっくり返すよ。あんまりタフじゃなさそうだから先に倒れないでね?」 

 

 

 間違いだったらしい。

 

 ネロが黒い靄の中から拳に棘が生えた籠手を、ハルトは普段は美しい音を奏でる横笛に穂先を付け、グリムに向けて切り込んでいったのが合図となった。

 

「まずはデカいのから潰していく!」

 

 デスストーカーが一番近いが、そこまで行くのに十体ほどのベオウルフが阻んでいる。すれ違いざまに三体ほど殴り飛ばし、巻き込むようにして後続のベオウルフを吹き飛ばし、間合いを作る。直接殴られたのは着弾と同時に弾け飛び、元あった形を失う。破裂に巻き込まれたベオウルフも動かなくなり、道は開かれた。

 

「そんじゃ一発重いのプレゼントだ!」

 

 開けた空間で助走をつけ、大きく跳び上がって拳を叩きつける。仮面に罅を入れるだけでは飽き足らず、周囲の地面まで陥没させる。一切の反応も抵抗も許されなかった大蠍(デスストーカー)は当然ながらその巨大な鋏を生かす間も、ゆらゆらと動く黄色い毒針も使わずに砕け散った。

 

「ちょっと、僕の方の足場が崩れたらどうするのさ!」

 

「ごめんごめん、いつもの流れでさ」 

 

 叱責を飛ばされるのも慣れないことだがそれでも誰かと肩を並べ、背中を預けあって戦うというのは一度やってみたかった。こんな軽口を叩きあって戦うのもやはり楽しいものがある。

 

「本当に分かってるのかな……まあいいか、こっちもサクッと片付けますか」

 

 笛の吹き口に唇を触れさせて空気の振動を起こす。その振動は辺りに広がり、グリムたちを錯乱させる。

 

「いわゆる魔笛ってやつですな。うまいことやらないと味方も巻き込むのが玉に瑕だけど、これでフィナーレだ」

 

 風を纏ったかのような動きをして残っているグリムに穂先を突き刺し、そこから何かを流し込んでからターゲット……キング・タイジツの下へ走りこむ。鎌首をもたげて双頭の蛇が二股に裂けた舌を出し入れしながら締め上げようとするが、ハルトはその包囲網をするりと抜けて右往左往させていた頭に他のグリムと同じように突き刺した。一呼吸おいて、内側からブクブクと膨れ上がり、泡立った肉体が破裂した。

 

「ふぃー、たまには派手に動くのも悪くはないかもね。お疲れ」

 

「うーん、割とエグイことをするな。今のが人に向けられたら相当見れたもんじゃないことになるよね」

 

 はっはっはと乾いた笑いをするネロとは対照的に、日課をこなした後の老人のようなことを言って汗を拭うハルト。ただ、どちらもまだまだ余裕があるようで、息さえ切らしていない。グリムも二、三体程しか残っておらず、ベオウルフなら後は適当に……といったところで異変が起きた。

 

「ウ……ウウ……アアアアアアア!」

 

 そのうちの一匹が突然二足で立ち上がった。犬がじゃれつくときのそれとは違い、人間と同じように安定して立っている。

 

「こりゃ楽勝と言ってもいられない感じだな」

 

 すぐさま脇を固めていたベオウルフを殴り、先ほどの焼き直しを作る。しかしその異形はその一撃が脅威であると明確に理解しているような素振りを見せ、躱そうとしたものの、右半分に当たってしまい、その部分は消し飛んだ。

 

「オ……ウ……」

 

 弱弱しい声を上げてばたりと倒れ、動かなくなった。

 

「弱っていたからいいものの、万全の奴だったら危なかったかもね。しかし今のは一体……」

 

 亡骸を見ながら目を離さないハルト。ネロとしてもその正体は気にはなる。

 

「ハルトとその仲間が探している人型のグリムに何か関係があるのかもしれないな。今のところはよく分からないけど、次に見つけたときに考えるしかないでしょ」

 

 首をひねっていたものの、頷くハルト。

 

「まあこういうのはあいつに任せておけばいいか。僕の仕事はあくまでも情報収集だし」

 

 そんなことよりも、とネロに向き直り眉をㇵの字にする。

 

「さっきの地砕きは大したもんだったよ、でもね、こっちに一声かけてくれたっていいんじゃない?今後は気を付けてよ?ただでさえ胃痛になりそうなのにこれ以上問題児の世話とかしてらんないよ本当……」

 

「ごめんごめん、本当に悪かったって。今まで一人でやってきたからさ、こういうのの勝手についてはどうもね……」 

 

 平謝りする他不機嫌なこの笛吹き男は期限を直してくれないだろう。しばらくして顔を上げるとふう、と溜息をついて踵を返した。

 

「次に気を付けてくれればいいんだ。じゃあとっとと薄気味悪い森を抜けよう。もう一日あれば余裕で抜けられるよ」

 

「おう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クスクスクス……

 

 

 

 

 

 

 見つけた……

 

 




タイトル回収すらしないとか人間の屑過ぎる……

次回予告は売り切れです。次の入荷をお待ちください。

11/11次回予告を追加。

感想、ご指摘、好評の声等お待ちしております。


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Encounter an enemy

私用で一か月半も放置していてホントスミマセン……一週間を目標にしていましたがこれからはひと月に一、二話ぐらいのペースでやらせていただきます。重ねてスミマセン。

RWBYの新シリーズも始まったことで毎回新情報出てきすぎじゃろ……見ている分には楽しいけど二次創作泣かせすぎて草生えねえ。

それでは第五話、どうぞ。


 

 

 暗闇の中からかすかに音が響く。その方向へと意識を向けると、どろりとした暗闇の中に二人の人影が浮かび上がる。内容こそわからないが、言葉の端々に荒々しさがあり、どうやら口論をしているらしい。

 

「――達の未来の――だけどそんな―――しては――――」

 

「■■■、―――私たちの――のためです」

 

 女、というよりも少女というべきだろう。

 

 落ち着いた声色だが高い声で、相手を説得せんとする彼女の幼い顔立ちの中には既に女性的な性質を帯びている。黒いドレスの中に白い装飾もそれを一層際立たさせている。シンプルな装飾とはいえ、どことなく上品な雰囲気が漂っているあたり、いいとこのお嬢様か何かだろうか? 

 

 その一方で男の方は裾が膝まである、黒いコートのような外套を纏っている。そこそこの長身で、すらっとした体つきのため物語に出てくるステレオタイプの悪魔のような印象を受ける。実際に悪魔ではないのだろうが何となく既視感がある。しかしその既視感の正体はわからない。

 

 箱入り娘なお嬢様と足長おじさんと言うには親しげな雰囲気だ。偶に会うような間柄ではなく、よく会う、あるいは同居生活をしているのではないだろうか。今見ているこの場面では喧嘩をしているものの、そうでなければもう少しばかりはマシだろう。

 

 

「――気で――ているのか? ――ちは闇に――きてきた……――らこそ慎重に――運ばな―――ならない」

 

 その映像がよりはっきりしてきたことで場面はどこかの部屋ということがわかる。そこに二人の男女がいるということがはっきりと認識できるが、男の顔には靄がかかっていて相変わらず容貌はわからない。

 

「―――などと―――いきませんわ」

 

「―れは――俺の意思だ―――めるのはやめてくれ■■」

 

 

 少女は男よりも頭一つ半ほど低い背丈で部屋から出ようとする男の前に立ちふさがるが、肩を押しのけて出て行った。

 

「もう俺は行く。願わくばもう会わないことを祈るよ。さよならだ、■■」

 

「行かないで!それじゃあこれから私たちどうするの!?」

 

 男は何も答えず、無言で背を向けて外へと出て行った。この後別れたのだろう。映像が終わる最後あたりに顔の下半分しか見えなかったが、男の唇は横一文字に結ばれていた。

 

「すまない……こんなことに加担することはできない」

 

 すたすたと足音が遠ざかっていく。その男の懐には銀色に鈍く光るものが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ひんやりとした土の感触を背中に感じる。外套を毛布代わりにして野宿をして、それからハルトと交代で番をしながら森を進んでいたところだった。

 

 少しうとついている間に夢を見ていたようだ。見覚えがない場面だったが、あの男女に懐かしさを感じたが一体何だったのだろう。自分に何らかの関係がある場面だったのか?だがそれはおかしい。

 

 自分にはそんな知り合いはいないはずなのだから。今までずっと一人でやってきたし、恐らくこれからもそうだろう。今はハルトと共に旅をしているが、それは今のところ目的地を同じくしているからに過ぎない。

 

 結局、彼は旅の行き摺りのようなもので、少ししたら自分はまた一人旅だ。目的もなく、ただ各地を転々とする生活に戻る。残念なことではあるが生きることはそんなものだ。あの夢の中の男女ですら最終的には別れていたのだから自分たちであればもっと簡単に切れる縁だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 森を抜けるまでに虫に集られたりはしたものの、昨日のようにグリムの大群と派手なパーティーを繰り広げるようなことはなかった。ただ、衝撃の事実が判明した。

 

「一か月ぐらいかかるって言ってたけどそこまででもなかったな……」

 

 ネロが飛び降りた森……フォーエバー・フォールだが、ヴェイルから少し離れた場所でその中を抜けていくように貨物列車が通っていたらしい。シュニー・ダスト・カンパニーの本社はアトラスにあるということは有名な話だ。よく考えてみれば空路か海路でその積み荷を送るのは当然のことだが、あそこで下車したことが本当に悔やまれる。その場合はハルトと出会うことはなかったのでどっこいなのかもしれないが。

 

 頭に手を当てながら歩いていると同行者―――ハルト・クラールハイトが肩をちょいちょいと突く。この二週間程ネロと行動を共にしている男だ。七色のキーの付いた横笛を吹くことを生きがいとしているどこか飄々としたところのある苦労人だ。ネロが白いマントとかよく着ていられるな、と呟いたら途端、

 

「同じようなのを数着は持っているからね。それにどこでも洗おうと思えば洗えるし」

 

 とのこと。真偽はどうあれ先のグリムとの戦いでついた砂埃が落ちて真っ白くなっているあたり結構な綺麗好きだったりするのだろう。身なりを常に清潔にしておくのは旅をするにあたって重要なことだったりする。だがうまいことやりくりするのは大変なのは誰でも同じなのだが、ハルトにはそういった素振りは見られなかった。

 

 先日は一発芸と称して指の先から火を放ったり、風がないのにマントをたなびかせ恰好つけていた。恐らくダストを扱う技術に長けているからこそできる芸当なのだろう。本当は他にもできることがあるのだろうし、本気を出せば一人サーカス団みたいなこともできるのではないかとネロは密かに思っている。

 

「まあ悪天候に見舞われて大幅に足止めを食らうことも想定した上での日数だからねえ。ヴェイルの内陸側は山に囲まれているしペースものんびりだし……まあ早く着いてよかったよ」

 

 青空が広がっている。

 

「それにしても昨日の大立ち回りはすごかったけどさ、誰かに教わったの?言いにくいなら構わないけど」

 

 木のまばらな空間に出たので腰を下ろす。

 

「誰に習ったとかそういうものじゃないね。気が付いたらあそこまでできるようになっていただけだよ。俺も自分の事なのによくわからないところとか結構あるんだよね……自分のセンブランスがどんなものか分からない、どうして発現させたのか、そもそもなんで使えるのかって気味が悪くない?一人で旅してる分には便利だなー、とか軽い気分だったけどね」

 

 額に皺を寄せて語るネロ。少しだけハルトは吹き出してしまったため足を止めてしまったが、すぐに追いついて真面目な表情を作った。

 

「僕もセンブランスを発現した時のことはよく覚えてるよ。なんたって自分自身の性質が一番現れるものだから。……絶対に忘れることはできないくらいには、ね」

 

 最後あたりで少しだけ声色のトーンが下がったような気がした。しかし、ハルトから見てもセンブランスを初めて使った時のことを忘れているのはやはり不自然に見えたらしい。

 

「そりゃ不自然だよ。自分のことを忘れているようなもんだし。後ろ向きな性格だったら後ろ向きなセンブランスになるかもしれないし、優しい性格なら誰かを守ったりするようなセンブランスを発現しやすいんじゃないかな。その人の個性をより分かりやすく、目に見えるように現れたものがセンブランスじゃないか、と僕は思うね」

 

 そこまで講釈を行った後に、まあ、知り合いの受け売りなんだけど、と付け加えた。

 

「尚のこと自分が何者なのか分からなくなってきたよ……黒い靄から武器を作り出すセンブランスから俺の人となりとか分析するのって難しくない?」

 

 手から黒い靄を出しながら指の先で回しながら弄りながら頭を掻く。

 

「でも何となくその靄ってグリムが消えるときに出す奴に似てるよね……」

 

「え”っ!? 縁起でもないなぁ、俺がグリムみたいな物言いじゃない?」

 

 ハルトにはそのようなつもりが無かったとしても、グリムのようだと遠回しに言われてしまうと埋めることのできない溝、あるいは越えられない壁のようなものを感じてしまう。

 

「まさか。ネロは間違いなく人間だよ。それに人間でも酷い奴はいるしね。そんなに気にしなくてもいいと思うよ?」

 

「腑に落ちないけどまあいっか。でもハルトも大概じゃない? 初めて会った時にいつの間にか後ろにいたのは本当に驚いたし、グリムを刺したと思ったら突然破裂するし……種明かししてくれてもいいと思うんだけど、どう?」

 

 質問されっぱなしというのもなんだか悔しいので今度は質問する側に回る。いつものようにはにかむハルトはそのうち教えるつもりだったのか、すんなりと話してくれた。

 

「あー、あれね。まあいろいろできすぎる(・・・・・)んだよね。僕のセンブランスは。でも聞いたらしばらくはついてきてよ?仲間に君を紹介しなくちゃならないし。それでもいいんだね?」

 

 それくらいの事なら、とネロは首を縦に振った。

 

「よし、それじゃあ手品の種明かしだ。まずはいきなり後ろに回ったのから。……それっ!」

 

 ハルトの姿が一瞬にして溶けていく。ぎょっとしたが、消えていった跡をよく見ると金色をした粒子状のものが散っている。それがネロの背後に集まって人の形を作りやがてハルトになった。

 

「ふう。そこそこ疲れるんだよねこれやるの。まああの時はこんなに分かりやすくやったわけじゃないけどね。それじゃ次の演目と行こうか。そこの木を見ていてね」

 

 どうやら次はグリム爆発の謎を実演してくれるらしい。笛を取り出し、穂先を突き刺し、そこから何か(・・)を流し込んでしばらくすると木が爆発した。炎が立ち上がり、まるまる一本消し飛んだ。

 

「これもちょっとしたセンブランスの応用ってとこかな。こっちは効率よく対象を破壊するために編み出したけど、隙が思いの外デカいのと、人に向けて使うにはちょいとばかし危ないのが難点だね」

 

 額に汗を滲ませながら解説をする。

 

「流し込んだのは……ダストか?」

 

「んー……今のはファイアー・ダストだけど別の奴でもできるよ。その分疲れるけど」

 

 事も無げに言ってのける。いつの間にか汗が引いている。

 

「まだまだできることはたくさんあるけど……今回はこんなもんで勘弁してくれるかな、お客さん」

 

「十分すぎるよ、疲れてるだろうしもう少し休憩していこうか」

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、随分と楽しそうですね?」

 

 突然背後から女の声が飛んできた。二人は振り向くがそこに姿はなかった。だが再び前を見たそこに――――

 

 

 いた。

 

 

 二人分の気配察知を掻い潜って表れた時点でもはや只者ではないのだが、さらに恐ろしいことにこの女は昨日見た夢の女そのものだった。

 

 ずきり、と頭に響く。夢の中でしか知らない筈なのにどこかで会ったのではないかと心の片隅で囁く自分がいる。ここで背中を見せたら間違いなく、殺される。

 

「いきなり殺しはしませんよ……ほんの少し試すだけです。あなたの力を、ね」

 

 心の中を覗いていると錯覚してしまいそうな言い様。少女の顔はかわいらしさこそあるものの、それが尚のこと得体の知れなさを醸し出している。

 

「……ああ、そこの白い方はお疲れでしょうし別に下がっていただいて結構ですよ? 面白い芸も見せていただいたので。そこのネロ、と名乗っている方だけに用があるの」

 

 この場面では全く嬉しくない気まで遣ってくる。丁寧すぎる態度に息を吐こうとしたがそれを遮って少女は続ける。

 

「いきなり現れ申し訳ありません。イヴ、とでも呼んでいただければ何よりです。では早速ですが――」

 

 このまま言わせっぱなしだと向こうのいいようにされてしまう。

 

「ちょっと待った、力を試すってどういう」

 

 問答無用といったところか。イヴと名乗った少女の影が伸び、広がっていく。その影は彼女を中心として広がり続け……今いる開けた場所の地面はどす黒い色に染まった。

 

「まあ説明も面倒なのでサクッとやってください。まずはそれからです」

 

 いきなり投げやりになった上にイラついているように見える。しかし何を始めようというのか。

 

「後ろだ! ネロ!」

 

 影が伸びてきた。それは槍のように鋭い。間一髪で躱したが、飛び越えて行き、イヴの脇に着地した。

 

「シュウウウ……」

 

 人と蜘蛛を混ぜたような外見をした人形(いぎょう)がこちらを睨んでいる。当たり前のように二足で大地をとらえている。人をベースに蜘蛛のコスプレをしているようなこの場にふさわしくないような滑稽な姿に見えるが、赤い複眼からは殺意を飛ばしてきている。

 

「少し前のグリムの群れはまさか……!」

 

「貴方の想像はおそらく正解でしょう。まあ……あの程度で死んでもらっては困りますが」

 

 暗に行った行為を認めた。となると人型をしたグリムらしきものと何らかの深い関わりがあるとみて間違いない。しかしただの人間にグリムを、ましてやそれよりも強そうなものを従えることができるのか? 

 

 答えはノーだ。華奢な肉体であると侮ったら返り討ちになること請け合いだ。その上どれだけ低く見積もってもこちらを睨む蜘蛛よりかは強いだろう。無策で殴りかかって勝てるとは到底思えない。

 

「無抵抗で私の(しもべ)にやられるならばそれでも構いませんが、先ほどの大道芸の方が幾分かは面白いですね」

 

 微かに唇が動き、笑う。尤も、目は全く笑っていないが。

 

「そこまで挑発してくるってことは逃がしてくれるつもりは欠片もないだろ? そんなゴミを見るような目でそんな言い回しをするような奴は自信家ぐらいだからな……」

 

 その一言を宣戦布告と受け取ったのか、異形は糸を吐いてきた。身を少しずらすことで標的(ネロ)ではなく後ろの木にべとりとくっつく。

 

「言うほどでもない、こっちの方は虫並みたいだな?」

 

 自分の頭を指で突きながら煽る。イヴの顔から薄ら笑いが消えている。

 

「まさかそんな温いとでも?……やりなさい、僕よ」

 

 糸を吐いてそのままの態勢だった蜘蛛はぐい、と頭を後ろに引いた。

 

 みしり。と音がした。木をへし折って下敷きにしてやろうという考えらしい。

 

「それはこっちのセリフだよ」

 

 倒れてきた樹木を横に蹴り飛ばすことで水平に飛んでいく。かなりの勢いで飛んで行き、細い木を十数本なぎ倒した後に太めのものに当たり、ドスンと音を立てて落ちた。

 

 そのことに気を取られていた異形の横面に拳を叩きこむ。少しだけよろけて後ずさるが、まだまだ元気いっぱいといった様子だ。素手で殴ったというのもあるが、相当タフだ。アーサぐらいなら素手でもなんとかなるのだが。

 

「訂正致します、思っていたほどではなかったもののなかなかですね」

 

 イヴが冷たい声で告げ、それと同時に踵を翻す。

 

「さっさとあなたの隠し持っているそれ(・・)を使ってしまうことをおすすめします。それと」

 

 広げていた影が少しづつ小さくなり、半分ほどの大きさになり、そこからもう一体異形が現れる。今度は蜘蛛ではなく狼の頭をしていた。その瞳に理性はなく、毛むくじゃらでいかにも凶暴といった風体だ。

 

「もう一体ぐらい増やしても問題ないですよね?せいぜい楽しんでください。またお会いしましょう。もっとも次があればの話ですが」

 

 影が完全に消え、イヴの姿も消えた。その上奥の手までバレている様子だった。興味をなくしたのか用を済ませたのかは知ったことではないが、一難去った。

 

「グルル……」

 

 また一難。置き土産をどうにかしない限り未来はないだろう。

 

 

「……お前らがグリムなのか、結局違うのかは知らないけど俺がやることは一つだ」

 

 ハルトとは短い付き合いだったが、悪いものではなかった。この秘密がバレたら何を言われるか分かったものではない。だけど自分が何者なのかも覚えていない俺を信じてくれた。なら。

 

「勝って、生き残る!」

 

 ベルトが腰に巻かれる。言わなければならない掛け声(キーワード)。今から異形(かいぶつ)と戦うための仮面を付ける。

 

「変身!」

 

 

 

 

 僕はあのネロが本当に信頼できる人物かどうかを博士とアイツから見てきてくれと言われて接触した。

 

「なんだ、結構熱いところがあるんだね」

 

 少し離れたところの影から顔を少し出して様子を伺う。異様なまでの怪力を誇り、黒い靄のセンブランスを操るネロでも2対1は厳しいだろう。

 

「しょうがない。本来は使わないで連れてきてくれって言われてたけどそうも言ってられないか……」

 

 ダストの基本四色……赤、青、白、黄色の石を装填されている白いバックルを取り出し、少しだけ躊躇いながらも腹部に押し付ける。側面からベルトが伸びてがっちりと巻き付く。

 

 ――――これをつける度に、自分がまともな存在からは外れている事実を突きつけられる。ならばせめて自身の変容を受け入れなくてはならないだろう。

 

 ハーメル・クラールハイトは十年前のあの時に既に死んだのだ。あの時の自分はもう戻ってこない。戻りたいと思っても、選択を悔やんでも、それでも時間は無情に流れ去っていく。

 

「いくよ。変身」

 

 

 

「くそ、この……!」

 

 ネロは苦戦していた。蜘蛛と狼を象った人型の思いもよらないコンビネーションに翻弄されていた。

 

「シュウウウウ……!」

 

 先程の失敗から学んだのか、距離を置けば蜘蛛が短い糸を弾丸のように吐き出して寄せ付けないようにして牽制し、

 

「フンッ!」

 

 驚異的な跳躍力と鋭い爪で相方の補助とトリッキーな動きをして撹乱する狼が喉元を狙ってくる。

 

「なるほど、伊達に二足歩行してるってわけじゃないか……!」

 

 獣並みの知能である事を期待していたが、どうもそこまで都合よく欠陥があるわけでもないようだ。オマケにファウナス並みか、もしくはそれ以上の身体能力まで持っているときた。元となった動物の性質からは外れていないが、その特徴を大きく強化されているようだ。糸はワイヤーのように頑丈で太く。獣はより強靭に。半端に強くなっている訳ではないからタチが悪い。

「どうしたもんかな……」

 

 ネロがボウガンから黒い矢を射て狼の足を止めるものの、蜘蛛が短く吐いた糸で矢を幾つか撃ち落とす。膠着状態が続けば不利になることは間違いないが、逃がすつもりは欠片もないらしい。

 

「随分と忠実なペットだな……」

 

イヴの機嫌を取っておくべきだったと後悔したが、結局差し向けてきただろう。

 

「ペットデモ、カマワナイ。アノカタオマエモドステエラバナイ……」

 

 狼の方がカタコトとはいえ口を利いてきた。イヴから何らかの命令をされているようだが、どうもよくわからない。今ので判明したことといえば手段を選ばないことぐらいか。

 

「尚更捕まる訳にはいかないな…!」

 

 左手で矢の乱れ撃ちをして距離を詰めつつ、右手に太い刃を持った短剣――剣闘士の使うグラディウスが近いだろう。距離の近い狼を袈裟斬りにした。血が噴き出す訳でもなく、太い赤い筋が浮き上がる。ここまで切れ味がよいと思ってもみなかったのか、狼はよろめいて後ずさる。

 

「ウググ……!」

 

「さっさと尻尾巻いてご主人様のところに帰るんだな…」

 

 膝をついて傷をかばう狼を見下ろす。ふと周辺を見ると蜘蛛の姿が見当たらない。

 

「プッ!フシュウウウ!」

 

 狼を囮に使ってその隙に木の上に登っていた。おまけに糸を縦横無尽に張り巡らせ、上から、横から、斜めから糸を吐く。 糸の上を飛び跳ね、駆け抜け、這いまわる。ボウガンを連射しても蜘蛛の巣に穴を空けて空振るだけ。その上逃げ場も塞いでいる。地の利は怪人たちにあった。

 

 

 

「……ちょっと遅れたけど開演時間には間に合ったかな?」 

 

 

「ハルトッ……!?」

 

 白を通り越して透明なマントを羽織り、いかにも奇麗好きな青年の姿ではなく。

 

 魔術師の被るような真っ白いローブの者がいた。仮面の下でネロが驚いたのはハルトと思わしき存在の顔の部分が磨き上げられた宝石のような多面体のようになっていたためだ。その多面体が透明な仮面のようになっており、その下に赤い複眼のようなものが見えるからギリギリ顔と認識できたが、瞳がなければかなり不気味な風貌だ。

 

「ハルト……でいいんだよな?」

 

「うん。さっきまで君と一緒にいたハルトだよ」 

 

 穂先の付いた笛を持っていたからこそ声を掛けることができたが、そうでもなければ謎の闖入者扱いだ。

 

「ナンダ、オマエ」

 

 彼らにとっては闖入者扱いらしい。それに対してハルトはこう名乗る。

 

「ただのしがないマジシャンだよ……さあ、ショータイムだ」

 

 やや慇懃な態度でお辞儀をしたハルトが笛を蜘蛛に向け、穂先から炎が吹き出る。糸を伝って炎が広がり、バランスを崩して地面に叩きつけられ、丁度ネロと狼、蜘蛛とハルトが向き合う形になる。

 

「少し前と同じだけど……今度はしっかりしてよ?」

 

「大丈夫、失敗から学んだからね。今度は1対多が2つじゃなくてしっかりと2対2ってわけだ…!」

 

 仮面で見えないがお互いにニヤリとしているのだろう。そう思うと何故か笑えてきた。

 

 既に合図は不要だった。破れかぶれになって突っ込んできた二頭をギリギリまで引きつけて文字通り飛んで躱した。ネロは跳躍だったが、ハルトは足にに風を纏わせ脚力を強化していた。正面衝突させてふらふらにした後、囲む。

 

「少し早い幕引きと行こうか?……ネロ!」

 

「しゃあっ!」

 

 団子状態の二頭に手を向け、青い光線が放たれる。すると下から凍りついていき、出来の悪い氷像になった。そこにネロがどす黒い大剣を振り下ろし、粉々にした。

 

粉々になった二頭は空気中に溶けていき、塵になっていった。

 

「ふう……お疲れさん」

 

「しっかしハルト、そんな隠し芸があるならいの一番に見たかったなあ……」

 

「それはこっちの台詞だよ、その変身、陰から見てたけど随分ご機嫌な姿になったね」

 

 元の姿に戻った後、そこら一帯が燃え滓と氷の礫でボロボロになっているにも関わらず、お互いにいつもの調子を崩さない。

 

「お褒めに預かり恐悦至極、ってとこかな?ハルトに言わせれば」

 

「まあお互い見せたくないものではあったようだけどね!」

 

 ネロもハルトも冗談めかしてみたが、意図せずして知られざる一面を見せ合う形になってしまい、やはり気まずい。

 

「いややっぱり気持ちが悪いとか思われるのはね? 傷つくんだよやっぱ。俺も仕方なくあの姿になった時に引かれたことあるし……」

 

 列車からブレイクを逃がした時の眼差しは今でも忘れられない。実際にはどう思われたかは分からないが、あの視線はあまり浴びたくはない。

 

「いやいや、僕なんてあの姿になる前から普通の体じゃなくなってるし……」

 

「……」 「……」

 

 なんだかここまで悩んでいても困惑しない相手を見ていると自分の悩みが馬鹿馬鹿しく思えてくる。いつの間にか笑いがこみ上げてきた。

 

「ははははは!自分のこともよくわからないような奴だけど……これからもよろしく!」

 

「あはははは!もう君は僕たちの仲間だって。まあ仲間も似たような奴だからやっていけるよ、あんまり僕の胃を痛めるようなことをしないでくれると嬉しいけどね……」

 

 

 

 自分は今、一人ではなくなった。ここから旅の本番が始まるのだろう。

 

 

 

 




終わりっぽい雰囲気ですがまだまだ続きます。

感想、好評、ご指摘等々ありましたらお待ちしております。



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CHNG
First contact


年内最後の投稿になると思います。来年もよろしくお願いします。


今回で遂に本作の軸になる四人が全員登場!という訳で少し遅くなってしまいましたが今回から用語解説をページの最後に入れたり人物紹介のページを作っていきたいと思います!これからもMask of Grimmをよろしくお願いします!


 ヴェイルの街中で青年が二人並んで歩いていた。一人は黒い外套を纏った癖毛をはねさせている。懐にベルトを隠し持ちながら歩いているため金属音が鳴っているものの、本人も周囲もあまり気にしている様子はない。もう一人は透けてみえる程の白髪だ。横にいる男と比べてサラサラだが、若干ウェーブがかかっている。白いマントの裏には複数のビンがセットされており、空になっているものもあれば、中にダストの詰まっているものもある。そして腰に紐を通して笛をぶら下げているため剣のように見えるがれっきとした演奏道具だ。

 

 どちらも優男といった風貌だが、正反対の色味をした男が歩いているとそれなりの物珍しさでもあるのか、通行人が目線を向ける。だがそれだけの事なのでまた前を向いて歩いてゆく。

 

「もうそろそろ着くよ。そこで今後について相談しよう」

 

「わかった。しかしどんな人たちなのか気になるな~!」

 

ネロが期待に胸を膨らませるとハルトは呆れ顔とも諦めとも取れる表情をする。

 

「僕がこんなこと言うのは筋違いかもしれないけど、あんまり期待しないほうが……」

 

「いやいや、ハルトの仲間って事は強いんでしょ?だったら楽しそうだな〜!」

 

「うん、まあ、そうだけどちょっと行動に問題が多いっていうか変わってるっていうか……」

 

 テンションまで正反対である。片やスキップをしそうな程に高揚しており、片や今にも地面の底に潜って行きそうな程に沈んでいる。市内の雰囲気は穏やかで、この二人だけがやはり浮いていた。

 

 

 

「あの二人はもう市内に入ったのか?」

 

 何処かの一室で男がスクロール越しに通話している。その一室は広々としており、薄暗い。機械と作業机が所狭しと置かれていて、作業机の上にはガラクタと何かの設計図が散乱している。スクロールとディスプレイ、部屋の所々で発光する機械でかろうじて灯りをとっている。

 

「おお〜やっぱそう?いや〜悪いね、今回の賭けは私の勝ちだ。今度ちょっと頼みを聞いてくれるだけでいいからさ。」

 

 相手側から舌打ちが返ってくる。余程悔しかったのだろう。男は作業をしながらけらけらと笑う。

 

「……え?歓迎会の方が先?じゃあお使いよろしく。経費はあとで渡すからそれで賭けの分はチャラでいいよ。うん。頼んだよ。」

 

 相槌を適当に打った後に通話を終わらせ、椅子から立ち上がる。全身を軋ませながら欠伸をして背伸びをする。未だに笑みを抑えることができないらしく、誰かがこの姿を見たら間違いなく気持ち悪いと言うだろう。

 

「やっぱり篭りっきりはよくない……この後散歩にでも行くか。しっかしハルトが連れて来るのがどんなのか楽しみだなぁ……!」

 

 

 

 

 街の中心というのは基本、中心部に重要な施設があるものだ。役所であり、交通の便であり、市民の生活に必要なものを売る場である。他にもいろいろとあるだろうがここでは割愛する。まあ何が言いたいのかというと――

 

「随分と大きな家だね……」

 

 彼らはその反対、郊外に出ていた。郊外とは言ったが、実のところ少し外れに出ただけで、住宅街というべきだろう。その住宅街の一角で外観は二階建て、ボロくはないが立派というほどでもない、少し大きいということとこげ茶色の屋根以外には特筆すべき点はない家の前にいた。

 

「お世辞をありがとう。まあ家主に言ってやればたぶん喜ぶよ。その家主がいると思うんだけどね……」

 

 ハルトが呼び鈴に指を伸ばし、プッシュした。澄んだ音が鳴るが反応はない。首を傾げ、再び押す。やはりというか、当然ながら反応はない。

 

「あれ?おかしいなぁ、家にいるって言っていたんだけど……ちょっと連絡してみるから待ってて」

 

 スクロールを取り出して操作を始める。ドアは相変わらず沈黙していて、うんともすんとも言わない。見たところなんの変哲もない白いドアで、汚れたら気になるだろう。鍵を差し込んでノブを回せば開くだろう。間違ってもハリボテではないだろうし、実はドアが上にスライドして開く自動ドアという事はないだろう。

 

「ハルトはここに住んでるんだよね?だったら鍵の一つや二つくらい持ってたりとかは…」

 

「恥ずかしながら僕の鍵は家の中に置きっ放しにして出かけた事に今気づいてね……」

 

 その一言でネロは全てを察せざるを得なかった。肩透かしを食らわせたくなかったのだろう。

 

「僕の他に二人いるんだけど、そのうち一人は買い出しに行ってるって連絡があったから、当てにしてたのはよく引きこもってる方……こっちが家主なんだけど、僕たちになんの知らせもなく時々外の空気を吸いに行くから行動パターンが読めないんだよね」

 

 まあ僕も人にあんまり言えたものじゃないけどね、と付け加えた。

 

「その家主?がどんな人なのか益々気になってきた……」

 

「前から言ってるけどだらしないところがあるかな。でも根っこの部分が偏屈で固い部分があって、何かに熱中すると他の事を省みないでやり続ける。その熱意を少しは埃を被った本の整理に向けてくれるとありがたいね」

 

 ハルトはため息を吐きながらその「博士」の人柄について語った。ネロは本の部分が気になったが、曰く

 

「ネロの求めるような本はないと思う。そりゃ伝承を纏めたものとかはあるけど、大抵は図鑑や、カタログ、新聞のスクラップだから小説みたいな物語の本は少ないよ。『他人の作ったものを眺めるのも悪くないが、作る方がより楽しいんだよ』って言っているからね、彼。情報収集をライフワークにしているから仕方ないのかもしれないけど……」

 

 端的に言うとやりたいことをやりたい時にやる人のようだ。ネロは眉をひそめた。

 

「そういうのあんまり好きじゃなさそうだけど?」

 

「腐れ縁みたいなものさ。まあ些細なきっかけだったんだ、彼との出会いは。今年僕が十六歳になったから……うん、五、六年くらい前かな?その頃僕は天涯孤独の身になってしまってね。こうなったのは偶然か必然か……多分必然だったんだ。まあ不幸な事故だったと割り切るしかない。一人で旅をしていた時に出会ったんだ。アトラスの方の出身だったんだけど、博士の父に拾われることになったんだ。それから数ヶ月くらい後のことだったっけ。博士本人と出会ったのは」

 

 目を細めながら玄関先に腰を下ろし、懐かしみながら語る。その隣にネロも腰かけた。いつの間にか日が暮れてきている。

 

「突然のことだったんだ。博士の父親が死んだってことが耳に入ってきたのは。それと入れ替わりで博士と一緒に暮らすことになったんだ。遺言で『ヴェイルへ行け、そこなら私の息子がいる。迷惑をかけるかもしれないが、根はいい奴だ。よろしく頼む』って。当時の僕は戸惑いと不安でいっぱいだったよ」

 

 苦笑いが自然に漏れている。ハルトは少し上を向いてため息を吐き出した。それから昔話の続きを語った。

 

「初めて彼に会った時は本当にやっていけるのか疑問に思ったよ。実際一週間ぐらいして我慢できずにお互いに鼻っ柱をへし折ってやろうと思いながら喧嘩したよ。結局互角の実力だったから決着がつかなくてね。最終的には流れで仲直りしちゃったっけ……原因がつまらない意地の張り合いだったしね。そこから今までやってきて、ここに住んでいるってわけさ。たまに衝突したりもするけど、いい友達だと僕は思う」

 

「なんかそういうのって…いいね。俺にはそういうのって今まで無かったから羨ましいよ。覚えてる範囲でそんなことはないから、多分経験はしてないと思うから」

 

「人生これからだよ。あんまり昔のことばっかり拘らなくてもいいんじゃないかな?」

 

「でも、俺は俺自身が何者なのかを知りたい。過去が無いことがどうしようもない程不安なんだ、ハルトと出会ってから……悪い事をしたならそれならその分いい事をして償う。誰かを助けていたならそうすればいい。助けなくちゃいけない人もいるし……知らないままに生きるのも選択の一つかもしれないけど、それはきっと逃げだ。分からないなら分からないなりに手を尽くした上でないと納得できないんだ!」

 

 その吐露はもはや怒鳴り声に近かった。ネロの突然の豹変にハルトは投げかける言葉がなかった。

 

 

「うちの玄関先で随分白熱してるくれちゃってるじゃない、君ら。さっさと入んなよ。寒いとこで一夜を明かしたいなら私は一向に構わないよ?」

 

 突然の声に顔を上げると男が一人立っていた。眼鏡をかけており、ライダースウェアの上に白衣を羽織るといったどこかミスマッチな恰好に、金色のメッシュを入れている。首元にロケットを掛けているのがまともそうに見えるため、尚のことアンバランスさがある。

 一見噛み合わない組み合わせの風貌だが、馴染んでいるというか、着こなしのためか違和感を感じさせない。どこかしっくりとくる。その男がとぼけた声で二人に話しかける。

 

「……誰だ」

 

 尖った声で名乗りを促す。その男はククと笑いながらネロを見る。その見方はどこか観察しているようにも見えた。

 

「ハルトから聞いているだろう?私がその博士って奴さ。あれか、よぼよぼのじじいだと思ってたとか?ご想像とかけ離れててがっくりさせたなら謝罪し……たりはしないよ。勝手に期待されて勝手に落胆されてなんで謝る必要がある?」

 

 気取ったとも、知的そうにも聞こえる声でつらつらと喋る。その表情はどことなく楽しげで、その反応を半ば期待していたともとれた。

 

「改めて自己紹介だ。私はゴルド・モルテ。博士で通っている。ン~、君らが帰ってくるのを待っていたよ!歓迎するよ、ネロ・ベスティア!」

 

 ネロは想像以上の歓迎ムードには驚くが、目つきは依然として鋭い。ハルトが肩を落として改めて向き直る。

 

「これがうちの問題児その一。通称『博士』さ。ハァ……」

 

「人を問題児呼ばわりするけど君も大概だよハルト。フラリとどこか行くんじゃないといつも言っているよ?」

 

 ハルトは呆れ混じりにいつものように溜息を吐いたが、鋭い返しが即座に飛んで行った。どうやらいつもこの調子らしく、お互いの発言については何も言わなかった。

 

 

「おっとお三方、もう着いてたのか?……何だよ、結局俺が最後か?だらしねえったらありゃしねえ。まあパーティーには間に合ったんだから良しとするか……」

 

 博士、もといゴルドとは別の声が博士の後ろから飛んできた。声の主は黒の中に赤のワンポイントの入ったハンチング帽を被り、カブト虫を象ったシルバーアクセサリを首にかけている。それにジーンズにジャケットといったラフで少し怪しげな雰囲気だが、どこにでも、少なくとも市街地にいても違和感を感じないような服装をしていた。

 

「お前は……!」

 

 ネロはこの声の主に心当たりがある。というよりも知っている。

 

「おや、猫被るのはやめたのかブラザー?その方がいい。前に会った時はどことなくらしくない感じだったからな。何事ものびのびとやるのが一番だ……」

 

 

「カルマ・ケーファー……!」

 

「おう、久しぶりだな。元気してたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

―次回予告―

 

「このような話は聞いたことがあるかい?」

 

「胡散臭さだけは天下一品だね」

 

次回 Grimm Cult




今回のざっくり用語解説

・オーラ
 レムナント世界において生きとし生けるものすべてが有するもの。ぶっちゃけス〇ー〇ォーズのフォ〇スや〇ンター✕ハ〇ターの念。人間だけではなく動物(犬など)も持っている。だが、例外的にグリムは所持していない。これはグリムという存在の在り方に起因するものと思われる。
 
 基本的には攻撃から身を守るためのバリアのようなもんだが、軽い傷なら受けた傍から回復する自衛機能としての一面もある。とはいえある程度の限度がある。それを超えると直接肉体にダメージが通るようになる。

 これの達人になってくると武器や拳にオーラを通して攻撃できたり、直接相手に流し込んでダメージを喰らわせることができたりする。後述のセンブランスはオーラを用いた技術の粋ともいえるだろう。


・センブランス
個人個人が持ち合わせるオーラを用いた固有能力。わかりにくい場合はスタン〇能力とか念能力を想像すると分かりやすい。基本一人一能力で同じものはない。(偶然同じ、もしくは近い能力にはなることがある)とある一族には例外的に遺伝するものもあるらしいが……?
 
 本作ででハルトが述べていたが、センブランスとその使い手には深いつながりがあることが多いため、発現した時のことは忘れることはない。(正確には忘れられない程の衝撃的な出来事や、個人に密接な関係があるものがトリガーとなって発現することが多い)
そのため、センブランスはその使い手の写し鏡のようなものとして見ることができる。
 


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Grimm Cult

少し遅れましたがあけましておめでとうございます!のんびりとやりますが、今年もよろしくお願いします。



今回はネロの一人称で進んでいきます。


 俺の目の前には以前ホワイト・ファングに所属していたはずの男、カルマ・ケーファーがいた。あの時は結局最後まで現れなかった。用があると言いくるめられたのもあるが、あの場からまんまと逃げ去ったのだから、弁明の一つは聞かせてもらわなくては気が済まない。

 

「あの後何をしていた?それによっては……」

 

「おいおいそんな恐い目つきで見つめてくれるな、楽しくなっちまうだろ……つうか本当に気付いてねえのか?結果的にアダムを宛てがった形になっちまったのは謝るけどよ。感謝こそされども非難される謂れはないんだぜ?」

 

 何を的外れな事を。少なくともあの場には俺とアダム・トーラスしか……いや、待てよ?

 

「……もしかしてあのごつい鎧野郎か?」

 

 半ば確信に近いものがあったとは言え、自信なさげに答える。あの男は敵と見做した相手を易々と逃がさず、それこそ息絶えるまで追いかけてくるだろう。とてもじゃないが、生温い思考回路の持ち主ではないことはあの短時間の間で嫌というほど感じ取った。仮面に隠されていて表情こそ見えなかったが、親の仇を見るような目で俺を見ていたことは想像に難くない。

 だが、不意打ちとはいえ難なく脱出したであろう男が身の前にいるとはいえ俄かには信じがたい。だがそれが最も可能性としては有りえるということも目の前の男が証明してしまっている。

 そんな俺をよそにカルマは悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑った後に拍手をした。正解だったようだ。だからといって何か景品をくれるつもりはなさげだが。

 

「分かってんじゃねえか。俺はタイミングを見計らってお前とアダムの戦いに横槍を入れて逃がしてやったってワケ。それでこいつを使ってある人物にお前の事を知らせたんだ……なあ、ハルト?」

 

 ポケットから取り出したスクロールを右手で自慢げに振っている。それよりもハルトだ。最初から知っていて、その上であの街で待ち構え、誘い出し、ここまで連れてきたということか?

 

 で、あればだ。彼らを信用してもよいのか。それが問題だ。囲まれているといった訳ではないが、この三人を突破して逃げるのは流石に困難だろう。ハルトの実力は言わずもがな、数十体のグリムをさっくりと倒している。カルマも同じくらいの戦闘力を持っていると見積もってもいいだろう。博士は……よくわからないが、この二人と長いことやってきているのだ、弱いことを期待するのは愚か者のすることだ。隠し玉ぐらいはいくつかあると見てもいいだろう。

 

「おい二人とも、なんかネロの顔にすごくシワがよってねーか?これってもしかして怒らせたんじゃないか?ここに来る途中で博士になんか胡散臭い格好で出てきてくれって頼まれたから嫌な予感がしてたが……」

 

「ネロ。この不義理に関しては僕からも謝らせてほしい。騙すような形になってしまったけれど……君に悪いようにするつもりはない。自分たちに近い雰囲気の存在は今までいなかったからつい舞い上がっちゃった節があるんだよ。僕も、カルマも。……もちろんゴルドもね」

 

「博士と呼べハルト。まあ私としてはきみに幾つかの質問をさせてもらいたいからここまでご足労いただいたのだがね。危害を加えても一リエンの得になるまい?だいたい……」

 

 これ以上喋らせるとろくなことがないと博士のもったいぶった喋りを止めるために、側面に来ていた二人が肘で脇腹を小突いた。小突く、と表現したが嫌な音がするほどの強さで突いたため、ゴルドは突かれた箇所を抑え込んで悶絶していた。なんだか、この人物がどのようなものかが大体は掴めてきた。結構ふざけるタイプのようだ。他人を巻き込んで被害を広げるのが玉に瑕といったところか。

 

「……なんかこんなことで怒った俺がバカみたいだ。さっさと入ろうよ。こんな玄関先で話していても何もわからないしね」

 

 

 家の中も普通だった。ソファにカーペット、数脚の椅子にテーブルがあり、そこそこ大画面のテレビが奥にでん、と置かれていた。一見普通どころか十見ぐらいしても普通に見える。それ以外に目を引くものといえば二階へと続く階段と青いドアと緑色のドアがあるだけで本当になんの面白味もない普通の家だった。

 

「まあ適当なところに座ってくれたまえ。床に寝そべっても構わないが、案外硬いぞ?」

 

「そんじゃ俺はなんか作るか。ほら、お前ら腹が空いているだろ?俺も空いてるんだ。すぐに作れるものだからまあそこそこに期待して待っててくれ」

 

 

「じゃあ僕は少し汗を流してくるかな。博士もあんまりいじめないように」

 

 ゴルドが一番奥側の椅子にゆっくりと座り、カルマは青いドアを開けてその向こう側へといった。どうやらキッチンになっているらしい。ハルトに関しては何も言うまい。ゆっくりと旅の疲れを癒してもらいたい。後で自分もシャワーを浴びよう。

 

「それでゴルド、何でも教えてくれるって言ってたよね?」

 

「いや別にそんなこと一言も……まあいい、答えられる事や推察ぐらいであればしてあげようか。その分私も聞くが構わんね?」

 

 腕組みをしながら少しだけ水飲み鳥のように首を振り、こちらに同意を求めてきた。構わないということだろう。俺も答えることができる限りは答えるという意図で近くにあった椅子に腰かけた。

 

「よろしい。じゃあこっちから質問させてもらおうか。君の持っているそのベルト、どこで手に入れた?」

 

 

「―――――記憶喪失でね。俺も知りたいくらいだ」

 

「そうか。いやなに、ほんの些細な好奇心なんだよ。それは父の研究データに残されていたものに酷似していてねぇ?そのデータからハルトやカルマの後継機も製作してはみたものの、肝となる部分が上手くいかない。となるとだ、実物を探すだろ?データとして残してある以上実物が何処かにあるはずだ……見つかれば御の字、ぐらいのものだったが。そこに運よくそれを持つ君が現れた」

 

 ゴルドは余程興奮していたのか捲したてるように息継ぎをせずに一息で喋った。

 

「私の父は研究施設の事故で諸共消し飛んでいた!だがね、研究成果をここに残してくれていた以上実物も必ず何処かにあると信じていた!漸く……オレの人生の目的の一つを達成できた」

 

 懐、ベルトのある場所へと獰猛な視線を叩きつけてくる。ゴルドは長いこと息を潜めて獲物を狙っていた狩人であると同時に、飢えている獣でもあった。

 

「後で見せてくれ。悪いようにはしない」

 

 口元を三日月のようにしながらこちらに視線を飛ばしてくる。約束通り何でも答えてくれるらしい。

 

「じゃあさ、カルマに俺のことを聞いてるなら知ってるかもしれないけど、ブレイク・ベラドンナがどこにいるか知ってる?」

 

 ここ最近はいろいろとあったためすっかり頭から離れていたものの、旅の第一目的は彼女を見つけることなのだ。他にも聞きたいことは山のようにあるが、まずは無難そうなところから行くべきだろう。

 

「ふむ。君が列車の一部を切り離して逃がした黒猫(キティ)ちゃんか。安心したまえ、唐突に爆発して死んだとかはしていない。無事に逃げ切った。ただ、その後の消息は分からんね。まあ余程運が悪くなければ生きているだろう。」

 

 他人事のように顎をさすりながらつらつらと憶測を並べた。生きていたことに安堵すべきか、手掛かりを完全に失ったことに落胆すべきかはさておき、何を聞くべきか……

 

「ゴルドやハルト、カルマ達って結局何者なの?そこんところよくわからないと力を貸すに貸せないかな~って思ったり……」

 

 今のところ謎の変人集団でしかない。随分と前に本で読んだ物語に出てくるような悪の秘密結社にしては随分とアットホームな雰囲気だが、仮にもテロ組織のホワイト・ファングに潜入するような輩がただの物好きである可能性は低いということは個々の高い能力が証明してしまっている。

 

「我々が何者か。教えるのが遅いか早いかだ、ここで入団審査をしてしまおうか」

 

 勿論ホワイト・ファングほど甘くはないぞ、と茶目っ気を込めて人差し指を向けてきた。そして今までで最も真剣な顔つきになった。いつの間にかハルトとカルマも居間にいる。二人も同じように神妙な面持ちだった。

 

「端的に言ってしまえば一般社会(表側)に何らかの事情があって出ることのできない奴らの集まりだ。……おっと、一応言っておくが犯罪者だからじゃないぞ?目を付けられたら厄介事になるのは火を見るより明らかだからだ。存在が表沙汰になったら私もハルトもカルマも各々世界を揺るがしかねない……奇人変人と思われようと構わないが、そこだけは細心の注意を払わなければならない……」

 

「ま、あんまり構えんな。長いこと自分に近い奴らとつるんでるとよ、分かるんだよ、雰囲気で。お前は間違いなく俺たちの同類(こちら側)だ」

 

「僕たちとしてもさ。やっとのことで見つけた同類なんだよ、三食昼寝付き、困ったときは助けあいの精神のアットホームな職場で……あいてっ」

 

 ハルトが正直なところすごく信用ならない笑みを浮かべて発したキャッチコピーのようなものに「それは表面はいい企業が謳っている胡散臭いの決まり文句だろ」とカルマから突っ込みを受けていた。

 

「あそこの漫才は放っておくとしよう。入団試験の事だが、このような話は聞いたことがあるかい?」

 

 真剣な表情から一転、あくどい笑みを浮かべながら近づいてくる。

 

「グリム教団というカルト教団の事だ。どう?胡散臭さと危険さがすごいだろ?」

 

「ああ、あんたが胡散臭いって言うんだ。危険かどうかはともかく胡散臭さは天下一品なんだろうな」

 

 

 

 少し空気を冷ました後のゴルド(博士と呼べと何度も言われたが、面倒なのでやめた)曰く、グリム教団はその名の通りグリムを崇める教団であり、闇の深淵に救いを求める破綻者の集まりとのこと。この危険な宗教が表に出ない理由は、「歴史書だって何でも書いている訳じゃないだろ?」と言われ納得した。要は歴史の闇に葬り去られたという訳だ。

 ところが最近になってその名が裏社会で微かに流れ始めたという。その名前を伊達や酔狂で名乗るような馬鹿はそうそういないだろう。一昔前がどうかは知らないが、現代でそのようなことをすれば破滅は間違いないからだ。レムナントに点在する四つの王国は現在もグリムの潜在的脅威にさらされている。

 

 

 そして、入団試験の内容がこの教団の調査らしい。

 

 

 

 

 

 

―次回予告―

 

「で、どうするよ?」

 

「サッサと片付けて帰ろうか」

 

「柔軟性を持たせつつ臨機応変に対応する方向で」

 

次回 HERO&HERO&HERO




今回のざっくり用語解説

・グリム
 レムナントの人々の生活を脅かすやべーやつ。太古から存在し、人々はダストの力を得るまで怯えながら生活していた。対抗手段を手に入れて尚、現在の四つの王国以外は大体こいつらの生息域と言っても差し支えないため、旅を行うだけでも命懸け。事もあろうに人間や被造物を狙ってぶっ壊しにかかるため、RWBY原作では「破壊の獣」とも称される。
 グリムにも年齢という概念が存在し、齢を経るごとに強くなったり、そもそも危険性の高い種だったりと強さもピンキリだが、オーラの使えないバンピーだとベオウルフ一匹でも脅威となる。ヤバいのだと一体で複数の村を壊滅させたり、ちょっとした山並みの巨体を誇ることも。本作でも言われているが、悪感情を捉えて寄ってくるため、一匹見たら十匹はいると思うべし。こいつらがすごい勢いで湧いてくるとそのシーズンの終わりを感じる。

 この作品のタイトルにも入っているため、かなり重要なワードである。

・ダスト
 自然界のエネルギーを凝縮した物体であり、人類の英知。オーラに反応してダストの持つエネルギーを発する。これにより人類はグリムに対する対抗手段を得たと言われている。その割には発生の起源が解明されていない(失伝した?)、宇宙空間に出ると力を失うといった謎物質。

 その分、結構なトンデモ物質で、レムナントのエネルギーはほぼこれで補われている。

 世界各地の鉱山から採掘され、そのうちシュニー・ダスト・カンパニーの所有する鉱山がシェアの大部分を占めている。ワイスかわいいっす。

 最初は四大元素(火・水・風・土)のみだったが、人類の創意工夫で結構なバリエーションが生まれた。属性はF○やD○のようなRPGに出てくるような属性を想像すればイメージしやすい。
 形状は粉末状のものと結晶状の二種類があり、粉末状が精錬後のもの。結晶状のものの方が使用難易度は高く、熟練者でなければ扱いに苦労するだろう。
 用法としては、単純に弾にして打ち出すだけでも使える。もっと原始的な方法だと衣服などの装備品に組み込んで使用することもあれば、直接肉体に取り込む・融合させることでその力を引き出すこともある。
 
ハルトのセンブランスと深い関連性があるようだ。


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HERO&HERO&HERO

 一か月空けてしまったので初投稿です。

 しばらく手が空かないので投稿を空けてしまいますが、RWBY愛がなくなってちまった訳じゃねえからよ……俺は止まらねえぞ……

 


 教団という言葉の響きは大仰で、威厳のようなものを感じる。ここまである種の純粋さを持ち、訪れる者の敬虔さを感じる建物はそうそうない。私は初めてそれを目にした時、とても美しいと思った。それをただ眺めているだけで満足だった。何時からだろうか。あの美しいものを自分のものにしたいと思ったのは。外観が美しいのだから内装はもっと美しいのだろう。欲しい。このある種の結界の張り巡らされた聖なる領域が。私はこの一押しともいえる場所で願わくば彼と――――式を挙げたかった。清廉な空気が流れ、たった二人だけで静寂に包まれているならば……もう何も言うことはない。そのような場所で愛を囁くのであれば私は迷わず私の全てを差し出しただろう。結局、願望こそ叶わなかったが、私自身を彼に差し出し、彼も彼自身を私にくれた。

 

 彼と私は同じ存在だった。この世で二つと存在し得ないものがが奇跡的に存在し、出会ったのだ。これを運命と言わずしてなんと言うべきか。普通という枠の中からはみ出ていた私と彼は同族の先導者たる存在でありながら、同族から離れた場所で生きてきた。唯一の理解者たる彼と苦楽を共にし、重ねてきた年月の中でわかり合えていたはずなのだ。

 

 

 

 だから理解できない。あの人が私の前から去っていった時の事を。

 

 

 

 

 

 

「二人が付いてきてくれるのは心強い、すごく助かる」

 

「力を貸すっつってもメインはお前だかんな?そこ履き違えるのはいけねえよ?」

 

「僕ら抜きでも行けるだろうけど、ゴルドが『なんか三人組っていいだろう?』とか言い出したからねえ……ネロごめん、少しだけ我儘に付き合ってくれる?」

 

 呆れたような目つきのカルマと、我儘な弟のようなものの頼みを聞いてやってほしいハルトが付いてきているのだ。ゴルドが出発前に二人を付けると言って送り出してきたはいいものの、問題はないのか。

 

「今は特に用はないし、付き合ってやるよ。俺たちはグリム教団については以前から追っていたからこれは元々全員で当たるべき案件なんだ。どれぐらい連携ができるか試したいとか、大方そんなところだろ。だからあんまり気にする必要はないんだぜ?」

 

 面倒そうに首を回しながら気にする必要はない、と言っているものの、軽く片を付ける宣言をしたカルマ。

 

「まあ事実上の監視役なんだろうけどね。保険なんでしょ、実際のところは。ネロの後詰めでもやっとけってことじゃない?」

 

 付き合いの長いハルトの推察。監視役とか大っぴらに言っていいのか。俺に対する信頼の裏返し程度に受け取っておいた方がいいのかもしれない。あるいはハルトもわざわざ付き合わされることになって、ゴルドに対して遠回しな嫌がらせをしようとしたのだろう。

 

「それじゃあ帰ったら今度こそ歓迎パーティーしてくれる?御馳走を食べて、なんか楽しくなる奴で!……あ、間違っても危ない奴じゃないのでお願いするよ?」

 

 昨晩はパーティーどころの空気ではなかったが、今度は正真正銘の奴を。切実に。

 

「おっと、それじゃあ俺が腕によりをかけて作ってやる。期待して待っててくれ!」

 

「宴会には芸が欠かせないだろ?ならば僕の出番だ。アッ、と驚かせてあげるから楽しみにしてもらおう……」

 

 怪しく笑うハルトと自信満々のカルマを見る限りだと、期待以上のものが出てきそうだ。さらりと片をつけてしまおう。

 

 

 

 ゴルドの家――――拠点としている位置からほぼ正反対に教会はぽつんと建っていた。前情報通りの寂れ具合で、後ろめたいことのある者が密かに集まるには絶好だろう。当然ながら灯りはついておらず、暗い。

 

「あそこまでいかにも、って感じだと誰も近寄らないんだろうな」

 

「何かありますよ、って言ってるようなもんだろ。用がなきゃ近寄らねえよ」

 

「ま、まあ誰も近寄らなければ問題ないって思ってるんだろうしあんまり言わないでおこうよ……」

 

 散々な評価だった。それも無理はない。なにせ全体的にぼろい。窓ガラスは所々割れており、蜘蛛の巣が張っているわ、屋根の塗装が所々剥げていて、一部吹きさらしになっている。おまけにてっぺんにあるはずの十字架が壊れて十字でなくなっていて、神の加護も何もあったものではない。悪魔だってこんな威厳もクソもない教会は嫌がるだろう。

 

「お邪魔しま〜す……」

 

 ノックをするも、返事は返ってこない。窓枠が軋んで返事を返してきた。

 

「楽しい家探しの始まりと行こうか?誰もいないなら文句は受け付けないぜ……っと」

 

 そうこうしているうちにドアを蹴破ってカルマとハルトは内部へと入って行ってしまった。

 

 

 

 

「どうしたもんかね……こうも何もないと成果もクソもあったもんじゃねえな。いっそそこら辺の床でも剥がして持って帰るか?」

 

 冗談を言いながら乾いた笑いが出ているが、そんなことをしたら間違いなくカルマは大目玉をくらうだろう。内装も外観に負けず劣らず、いや、大分劣っている。入口から見えるはずの十字架はどこにも見当らない上、かつて掃除が行き届いていたであろう長椅子はどれもささくれ立っている上に腐りかけているため、少々埃の被っている床に腰を下ろした方がまだマシだろう。柱はどれも罅だらけで、いつ崩れてもおかしくなさそうだからここには長居したくはない。というかもう帰りたい。

 

「……待った。まだ諦めるには早いようだよ」

 

 ハルトがいよいよ床を引っぺがそうとしているカルマを制止しながらその箇所へと近づいていく。そして聖書台の近くの床を杖のように持ち替えた笛で指し示した。

 

「このあたりの床、空洞になってる。そして多分入り口がどこかに……」

 

 したり顔でハルトは聖書台に肘を掛けそうになったが、長年放置されていて汚くなっていたことを寸前で思い出したのかひえっ、という声を出しながら飛びのいた。そして間髪入れずにカルマが聖書台に拳を叩きこんでいた。勢いよく宙に舞った聖書台は落下と同時に粉々の木片と化したが、そのお陰で先ほどまでは見えなかった聖書台のあった箇所には薄く四角い切れ目の入った床が見えている。その床を退かすと梯子が暗闇の中に続いている。かなり長そうで当然ながら底は見えない。

 

「それじゃあ本格的に家探しを始めようか。こんな陰気臭いところさっさとおさらばするに限るぜ」 

 

 

 数分程梯子を下っていき、足が付く音が響く。相当広いところへと出たようだ。電灯もなく、鬱屈としており、表層よりも更に埃っぽい。

 

「見えるか?ハルト、ネロ。こりゃとんでもないもん見つけちまったかもしれねえぞ……」

 

「……見えるね。もう明らかに碌でもないことやっていたことがわかるよ」

 

「僕にはうっすらとしか見えないけど……正直全く見えないままの方が嬉しいかなって……」

 

 

 整然と並ぶ試験管。中にはゴボゴボと音を立てて泡立つよくわからない液体が入っているものもあれば、いくつか中心から割れて内包していた液体が零れ出ており、何かがそこに入っていたことを否応なしに理解させられる。

パソコンの隣の資料とそこら一帯に散乱する報告書の様なものの内容など嫌でも想像がつく。

 

「十中八九グリムの研究だろうね。それもとびっきり質の悪いやつ……こういうのって内容は大体想像つくけど世間の皆様に迷惑をかけないのって本当に無いよね……」

 

 一番近くに落ちていた紙切れを一枚つまむ。そこには『グリムの制御及び人工的なグリムの製法』という題でまとめてある。

 

「なになに……『グリムが人類に仇成すものであることは周知の事実だ。しかしこの無差別に破壊を撒き散らす獣に指向性を与えてやればどうなるか。そうすれば兵器として運用可能であり、人類がグリムの危機から遠ざかることは間違いないだろう……』だってさ。どうやら自分の危険は遠ざけることができなかったようだけどね。続き読むよ。『グリムの破壊を撒き散らす方向を人間から変える実験は現在まで悉く失敗に終わってきた。しかし特定の人間、といったように対象を逸らすことには部分的に成功した。グリムを捕獲することはできてもすぐに死んでしまう。幾度となく行われた実験の結果、グリムは人間の感情、それも負の感情をエネルギーへと変換することにより活動していることが判明。負の感情を抱く人間を優先的に襲うのはこのような性質があるからだと私たちは推察した……』……あんまり言えた事じゃないけどここが滅びてよかったよ。こんな研究が完成した日にはこのレムナントで安心して寝ることのできる夜は間違いなくなくなる……!」

 

「違いねえな。こっちのタイトルもなかなか酷いな……『ヒトとグリムの融合実験』だと?『グリムの持つ性質を人に与えることにより、強靭さとグリムの性質を得ることができる。しかし、人体に不純物、それもほぼ正反対の性質を持つグリムの肉体を埋め込むことにより、全身のオーラの流れは悪くなり、寧ろ悪影響を与える毒となることが判明。現在、安定した試験体はなし、追って研究を続ける……』だとよ。こりゃゴルドから又聞きしたことのあるアトラス軍の研究も真っ青のマッドっぷりだな……」

 

 カルマが口を押えるジェスチャーで不快感を露にする。そしてその目に憎悪の炎がちらついているように見えた。その時だった。突然ハルトが小さく鋭く声を上げ、目配せしてきた。

 

「気を付けて二人とも、何か音がする。どうも先客がいたみたいだ……うまいこと隠れていたみたいだけど、こっちが気づいたからかお構いなしって感じだ」

 

 余裕ぶった高い音がこちらに向かってくる。感覚がやや途切れ途切れな辺り、一層その足音の主の余裕ぶりを表している。それに気づかない愚か者はこの場にいない。それ故、その一音一音をこの場にいる者は何一つ決して聞き逃すまいと意識を集中させている。

 

 

 

「あら、今日はもう一人新顔の方がいるようで……?まあ、それはそうと随分と早い再会でしたね?ネロ・ベスティア……」

 

 女の声だ。それも聞き覚えのある声。わざとねっとりとさせて小馬鹿にしているかのような口調。この声の主を俺とハルトは知っている……!

 

「イヴ……なぜここに……!」

 

「なんだ?知り合いか?」

 

 カルマの聞き方はすっとぼけた調子のものではあるものの、鋭さが含まれている。当然、味方だと思っているからこのようなことを聞いたわけではない。

 

「奴さん、どうやら俺にご執心みたいな感じでね。ハルトとかもいるのになぜか俺ばっか目の敵なんだ。不思議だよなぁ?」

 

 ネロもそれに合わせてとぼけた返しをした。呆れを含んだ声色ではあるが。

 

「ええ、私も不思議ですね……?なぜ私を見てそのような反応になるのかが。ここにはもう用はないから帰るところなので退いていただけませんか?」

 

 それはひょっとしてギャグで言っているのか。だとすればとんだ大物ぶりである。というよりも彼女はどこか天然なところがあるのかもしれない。少ない会話でも察することができる程だ、恐らくあの喋り方は本当にわざとなのだろう。

 

「ですが質問に答えるのは淑女の義務。答えることができることであればお答えしますわ」

 

 これは誘われているのだろうか。彼女がどこか期待しているような妖しい笑みをこちらに向けているのだ。もしこれを無視したら恥をかかせるように思えてしまい、ハルトやカルマにも流石に引かれそうだ。

 

「ただし一人につき答える質問は一つ。相談するのもなし。それでよろしければ何でも答えますわ。先ほどのネロさんの質問ですが、懐かしい雰囲気が漂ってきたのでここへ参りましたの。しかし外れだったようなのでで帰らせていただこうかと思った矢先に貴方がたがいらっしゃったので……こうして気まぐれを」

 

 さらりと質問権を消費されてしまった。これは俺の質問には答えるつもりはあまりない、という意思表示ととってもいい。それにしても前会った時よりも感情を前面に押し出しているように見える。どこか無機質で、有無を言わせないところがあったが、まだこちらの話を聞いてくれそうには見える。それでも気を許した途端に足を掬われるだろう。

 

「じゃあ俺が聞いてもいいか?知っていればでいい。大柄な男の姿をしたグリム……これに心当たりはあるか?あるならば教えろ……二人が黙ってても俺も大人しく聞くとは思わないことだ……」

 

 続いてカルマが口を開く。何時にも増してドスの利いた声で質問を通り越してこれは詰問だ。気分を損ねて答える気を損ねるかもしれないと思うと止めたいが、そうすれば間違いなく彼女は去る。

 

「あら怖い。そんな情熱的な視線を送られては答えないわけにはいきませんね?知っています。私としてもあのはぐれ者の始末は急務ですから。……並々ならぬ事情があるとお見受けしましたがあれは危険ですわ。言うなれば知性を得た怪物。生かしておけばレムナントに災厄をもたらすでしょう」

 

 驚くほどすんなりと喋るイヴ。だがカルマの目が納得がいかないと言っている。知っているのはそれだけか?と。

 

「あれは貴方の村を襲って以来行方が知れませんの。今も何処かで牙を研ぎ、闇の中に潜んでいるということしか足取りは掴めていません。……私に目を付けたのはよい着眼点だとほめて差し上げますわ」

 

 意識しているかどうかは定かではないが、神経を逆撫でするようなことをつらつらと言い放つ。カルマは相も変わらず眉間に皺を寄せている。この異様な空間の外側でこの事態を静観していたハルトが静かに口を開く。

 

「……ならば君は何者なの?明らかに真っ当な人間ではないよね?僕たちの気配察知から二度もすり抜けて現れる……人間には至難の業だ」

 

 当然の疑問だ。そもそも彼女は何者なのか。かなりの実力者であることは確かだろう。しかしそれだけで自分たち三人を出し抜けるものなのだろうか?それに対する答えは否だ。自惚れかもしれないが、並のハンターが束になってかかってきたところで自分たちは()()()()()()()()()()。そのような確信がある。恐らく一流のハンターとも現時点でかなりいい勝負ができるだろう。グリムに至ってはほぼ一方的に狩り尽くすことは造作もない。

 

 だというのになんだ。何故この目の前にいる存在に警戒心を抱かずにいられないのは――――!

 

「何者か……ですか」

 

 うーん、と悩んでいる姿は結構かわいらしいところがあるが、それがとてつもなく恐ろしく見える。人間の姿を持った()()が人間の振りをしているようにしか見えない。

 

「そうですね……今まで生きてきた中で自分が何者か、という答えというものを未だに持ち合わせておりませんの。ですがまあ――――」

 

 あまりにも抽象的で、実際のところは答えになっていない答え。これでは質問の意味がないじゃないか、と思っていたが再び彼女が口を開いた。

 

「しかし私は人間ではありません。ですがグリムという訳でもありません。強いて言うなれば()()()()()()()()()()()()()()。或いは人間であってグリムである存在。ネロとハルトさんはもうご存知でしょうが……」

 

 先日ゴルドが定義づけていた存在。以前彼女がフォーエバー・フォールで仕向けてきた黒い人型の異形。そして恐らくカルマの話に出てきた大男もそうなのだろう。恐らくは目の前の人から外れた美しさを持った少女も。

 

「プリテンダー……!」

 

 そう呟いた途端、空気が張り詰めた。

 

「それでは今宵の逢瀬はここまで。さ、退いてくださるかしら」

 

「退く気は無い……って言ったらどうする?」

 

 第三者からすれば挑発そのもの。ぎょっとした表情でカルマとハルトがこっちを見る。目が今は仕掛けるべきではないと言ってはいるが、いざというときの覚悟は既に決まっているようだ。実際のところは勝算こそあるものの、相手は未知数。グリムに関する能力を扱うことぐらいしか分からないが……無闇矢鱈に戦うのは愚行ではあるものの結局はどこかで仕掛けなくてはこのグダグダとした空気を破れない。こっちとしてはさっさと事を済ませ、帰ってパーティーがしたいのだ。

 

「どうもしませんわ。貴方がそうしたいのであればお付き合いしても構いませんが……今はまだその時ではありません。然るべき場で共に踊りましょう。その時は……エスコート、してくださいね?」

 

 またこの感じだ。不意に梯子を外されるようなこの感覚。以前の邂逅でもそうだったが、こちらの内心を完全に見透かしているように思える。その視線はとろんとしていて色っぽさを含んでいる。熱くなりすぎて……いや、これは彼女によって熱くさせられたのだ。すっかり頭から抜けてしまっていたがこれは調査だ。勝手に向こうが去っていくならば追う必要は必ずしもない。どこか抜けていて、純粋ささえ感じる天然な部分。相対する者の思惑を読み取り、掌の上で転がさんとする魔性の女としての二面性。加えて少ししか言葉を交わしていないにもかかわらずこちらを熱くさせる話術。

 

 

 恐ろしい女だ。何を考えているのか全く読めない。動作から感情を消しているようで、ふとしたところで感情を表す。感情の動と静を自在に操っている。

 

「……ああ、いいとも。さっさと行くといい。その然るべき時とやらがいつになるのかは知らないけど……エスコートしてやるよ」

 

 表向き敵対する意思を抑え、淡々と告げる。この女とこれ以上同じ空間にいるのはどうしてか不安になる。なんというか……自分が自分でない何かに変えられてしまうような、得体の知れない感覚に襲われる。それだけではない。今さっき確信したことがある。

 

 

 

 彼女は以前の俺を知っている。どのような関係であったかは未だに分からないが、知り合い以上の関係であったことは間違いないだろう。ただ、それを知るのは今ではないということだけだ。

 

「それではごきげんよう……もしもそれまで生きていれば色々教えて差し上げますよ……?」

 

 彼女の姿が、モノクロトーンのドレスの色調が暗くなっていく。全身がどす黒く染まった時、それは液体の様な何かに変化し……その液体が弾け、地面に染みこんで周囲の闇に紛れて消えていく。

 

 

 

「見事に煙に巻かれたな。どうするよ?もう何もめぼしいものもなさげだしよ、俺はもう帰って寝たいんだが」

 

「同感だね。正直、自分ひとりだったら膝をつきそうだった……それほどおぞましい雰囲気をにおわせていたよ、彼女は」

 

 心なしか彼女が去った後の地下空間は明るい。精神的にも、視界的にもだ。光は全く差し込んでいないにも関わらず。だが――――

 

「やっぱり引っかかるところがあるなぁ……」

 

 ああも印象的な少女を忘れることなどあるだろうか?となると失われた記憶の中に彼女の姿があったのかもしれない。

 

「おっ?まさかアレにホの字か?気の多い奴だなー、そういうのはブレイクだけにしとけよ?」

 

 ……あっ

 

「えっ……?お前まさか忘れてたとか言わねーだろうな?」

 

 間の抜けた空気が場を包み、二人からまるで異星人を見るような目つきが突き刺さる。

 

「あはは……なんというか……ネロらしいね?」

 

 口調こそいつも通りの柔らかさだったが、ハルトの水晶のように透き通った瞳から飛んでくる視線がいつもと比べて冷ややかだった。カルマに至っては顔の表情筋を引きつらせて『それはないわ……』と口にこそ出さなかったが、おおっぴらに顔に出ている。

 

「いや、忘れてたわけじゃなくてさ……自分のミスとはいえはぐれちゃったし、今できることと言ったら無事をお祈りするくらいしかないかなー、と」

 

 正直ここで彼女の捜索を放り投げてしまってはベラドンナ夫妻に顔向けできない。一宿一飯の恩義すら果たせなくて何が旅人か。記憶を取り戻すのも大事だが、目先の事(ブレイクを探し出す)ことも忘れてはいけない。

 

「まあこれ以上ここで議論しても仕方がないんじゃないか?捜査の網を広げていくしかないってゴルドも言っている。俺もハルトも当面の標的がようやく見えてきたってところだ。人ひとり見つけるだけでも相当労力はいるしな……」

 

 慰めはありがたいが、どうにも締まらない潜入任務であった。ちなみにゴルドからは『まあ……がんばってくれたまえ。あ、これからもよろしく』といったこれまたなんとも締まらない評価を頂戴してしまった。

 

 

 

 昨日夕食を食べたテーブルの上に人数分の資料を広げ、ゴルドは腕組みをしながら何かを書き込んでいる。ハルトはかえって来て早々シャワーを浴び、今さっき居間に来たところだ。大分長いこと浴室にいたことから落ち着くまで結構時間がかかっていたようだ。軽い前菜を作って持ってきたカルマも表面上は平然としているが、どこか不安そうで、いつもの頼りになる雰囲気を感じられない。裏を返せばそれは今回の作戦の結果にはあまり納得できていないということだろう。

 

「ふんふむ……君たちが集めてきてくれた情報をまとめるとこうなる」

 

 ①グリム教団は既に壊滅(およそ5年以上前?)残党も確認できず。

 ②研究内容は人間の手でグリムを制御、管理する術について。さらにそこから発展し、人間にグリムの力を組み込む研究をしていたようだが計画は頓挫。もしくは実験失敗

 ③イヴという少女はプリテンダーと何らかの形で関係がある。また、彼女自身が普通の人間ではないらしい。

 ④彼女はネロにホの字……?

 

「おい最後」

 

 事前までおふざけで書いてあったであろう項目が消されている。どこをどう解釈すればイヴが自分に惚れているという解釈ができるのだろうか。理解の外側すぎて咄嗟に声を吐き出してしまった。まさかアレか?自分だけ名指しで呼ばれているからといった安易な理由か?だからこそおふざけのつもりなのだろうが。とはいえ、この張り詰めた空気を崩そうという彼なりの精一杯の努力なのだろう。あまり悪くは言えない。

 

「まま、そう声を荒げなさんな。ゴルド、俺たちの標的こそ見えてきたが、肝心の目的に繋がりそうになった線がぷっつり切れちまったがどうするよ?敵襲にでも備えてここを更に要塞化でもすんのか?それともまたちまちまと足で情報を稼ごうってハラか?そんな調子じゃ俺たち全員よぼよぼの爺さんになっちまうぜ?」

 

 やはり冷静だったのは表情だけだったらしい。平常時ならばゴルドのおふざけに乗るであろうカルマも痺れを切らしている。詳しい事情は知らないが、彼にも譲れないものがあるのだろう。それはここにいる者は全員そうだ。思えばそれ以外の事はあまり知らない。今度機会があれば聞いてみるべきだろうか……

 

「それに関してはカルマに同感だね。幾ら僕らがオーラを察知する術を持ち、様々な形でグリムに対するアドバンテージを取れるとはいえこのペースじゃ目的なんてとてもじゃないけど果たせっこない。参謀たる君の意見を聞きたい」

 

 突然の事だった。ゴルドは普段は怪しげな表情こそしているが、気持ち悪さを感じる程ではない。絶妙に破綻した科学者の様な口調と、所々で見せてくる影のある部分が混ざり合い、イカしているようにさえ錯覚してしまう程だ。しかし目の前の男の目は相変わらずの胡散臭さで三日月を横向けにしたようになり、口角を一気に吊り上けているためか、歯も心なしか眩く輝いているように見える。ああ、あの顔は間違いなく何か企んでいる顔だ。ククク……と誰がどう見ても嫌な予感を感じさせる笑い方なのだから真っ当な手段であるわけがない。自分以外の二人もげんなりしている。

 

「まあいい加減穴熊を決め込むのも飽きたし……そうだ!君たちさ――――」

 

 

 

 

 

 学校とか、興味ないかい?

 

 

 

 

 

 

 

―次回予告―

 

 

「ここがビーコンアカデミーか……!」

 

「こんなことやってる場合なんかね?」

 

「うげっ!おえええええぇ……」

 

 

 

 次回 Internship

 




 イヴ出てくるとなんか文字数めっさ増える。あれか、情報量増えるからか。絶対今度出てきたら一万字超えてくるわ……

 感想・ご指摘・好評の声等々お待ちしております。


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Internship

 なんか書きたい欲求が抑えられなくて投下してしまった……平均文字数が5,553ってなってたのがきれいだったので何となく投稿せずにしばらく眺めていたかったですが。

 今回はようやく入学前。世間ではもう一か月ぐらい前に終わっていますけどね。文章に起こす際に結構削ってる部分もあるのでRWBY本編見ていない兄貴は是非とも見ろ(今更)



 正直なところ、本当にそのようなことができるのか疑ってかかっていた。なにせビーコン・アカデミーは話に聞くところによるといわばエリートの集まりであり、ほんの一握りの生徒しか入学できないという話程度は小耳に挟んでいる。それを理解した上であの提案をしたというのであれば無謀もいいところだ。

 

「まあまあ、そう悲観的になることはない……秘策がある。私の特技を存分振るう機会が遂に来た、といったところだ。これに関してはすぐに終わる程度の事だから問題はない」

 

 発案者だけあってどうにかする方法までちゃんと考えていたらしい。しかし、まっとうな方法を期待するのはやめておくべきだろう。彼の言う『秘策』がどのようなものかは知らないが、できる限り穏便なものであることを願うばかりだ。

 

「それじゃ、俺らは俺らで準備すっか。ま、体裁ぐらいは整えておかねえとすぐにボロを出してこの案もご破算だからな……」

 

 まだ何かするべきことがあるというのだろうか。恰好が目立ちすぎるから周囲に紛れるために普通の服でも買いに行くとでもいうのか。

 

「そんじゃあ俺たちはちょっと長めのお勉強タイムとしゃれこもう。最低限の知識ぐらいは身に着けておかないと浮くからな。ゴルド辺りは大丈夫だからこの案を提案したんだろうが、俺らもついていけないと意味がない。実際、ここ数年は戦うことに生きる意味を見出してきたようなもんだ……俺自身のちょっとした復習を兼ねてネロにも教えてやるよ」

 

 それに関しては構わない。本をゆっくり読む時間としての建前としては最上級のものだ。しかし気になることがある。

 

「結局、なんでゴルドは学校に行こうとか言い出したワケ?まさかとは思うけど……ただ単に行ったことがないからとかじゃないよね?」

 

 これがわからない。暇を潰すために学校に行くなどと言った日には翌日には自分の姿が此処にはないことも覚悟してもらわなくては。

 

「お答えしよう。の理由としては私たちの隠れ蓑としての学生の身分だ。よく考えてくれ、我々は傍から見れば怪しい集団もいいところだ。変身した姿で謎の仮面集団として活動してもよかったのだが……君達は嫌がるだろう?私だって嫌だ。まあ君の言う通り、閉じた場所で育ってきたから一種の憧れというのもないことはないが……それは大した理由じゃない。ビーコン・アカデミーにはある遺物が隠されているらしい……が、まあこれもどうだっていい。あれば儲けものだが、無くても困らない。不要なものを探す時間などないのだから。これで満足いただけたかな?」

 

 いつも以上に早口で喋っているあたり、建前と本音は半々くらいといったところか。自分にも行ったことのない場所への期待はある事にはあるのでそれも十分理解できる。しかしなぜ今なのか。

 

「ああ、何か勘違いしているようだが別に今年じゃない。早ければ来年、遅くとも再来年入学だぞ?今のままでは準備が足りてないから仕方がない……」

 

え?

 

「二年後に大きな祭典がヴェイルで行われることは読書や街を巡ることが趣味のネロ君であればとうに存じているかもしれないが……きっとそこで奴らの手の者が仕掛けてくるだろう。この一、二年がレムナント史に残る転換期になることはほぼ確実だろう。そして事を起こすのは……」

 

 ゴルドが嫌味ったらしい教師の物真似をしながら確認を取ってくる。しかしヴァイタル・フェスティバルか……二年に一度行われる四大国家の文化を互いに讃え、ダンスやパレード、各国家の代表がトーナメント戦で競い合う祭典だ。確か今年は39回だったと新聞に載っていた。となると狙い目は第40回、開催地は……

 

「ビーコン、か」

 

 ゴルドが大正解、と言わんばかりの笑みを浮かべ言葉を継ぐ。

 

「察しが良くて助かるね。そこで指を咥えて見てるくらいならいっそ学生になってしまおう、というわけだ」

 

「だったら俺たちは今よりもっと強くならねえといけないってことか?今以上に強くなって何と戦おうってんだよ。アレか?まさか一人一国征服出来るぐらいに強くなれってか?」

 

 冗談きついぜ、と言わんばかりのカルマの横槍。種を問わずグリムを単独で百体以上倒す程の実力は既にある……が、それはあくまでもグリム相手の話。忘れそうになるが、自分たちは()()()()()()()()。対人・対物戦に於いてはまだまだ未熟な部分もあるという事だろう。それも完璧にこなせるようになった暁には、本当に一人一国征服する可能性もあり得るのが恐ろしいが。

 

「まあまあ、三人とも落ち着きなよ。これからの一年間……場合によっては二年間になるけど、僕らの長所を伸ばして行く期間になるわけだよね。だったらとことんやるべきじゃないかな?」

 

 沈黙を貫いていたハルトがようやく口を開いた……前々から気になっていたが、やはり熱心な部分があるのだろう、アークドライバーを持った手に力が入っているように見える。ただ、それは負の感情の篭ったものではない。どちらかというと、もっと自分には先を見る事ができる権利がある!と言わんばかりのものだった。その証拠に目を輝かせ、アークドライバーを持った手を上下に振っている。

 

「あとネロはスクロールを持っていないよね?そのうち買いに行こうよ。使い方はゴルドに教わればすぐに使えるようになるよ。これがないと連絡取れないから不便だしあった方がいい」

 

 スクロール。戦闘によって減少したオーラの残有量を確認したり、四大国家にそれぞれ一基づつ存在する管制塔の範囲内であれば、スクロール同士での通話も可能といった優れものだ。ハンターにとっては必需品ともいえる物なのでどちらにせよ持っていないだけでかなり不自然なので手に入れないといった選択肢はない。

 

「ああ、三人に少し頼みがある。君たちの持っているアークドライバー、一時的に預かるがいいか?そろそろデータもまとめなくてはならないのでね。これも私なりの強くなるための努力であり、精一杯の君たちに貢献できる支援だと割り切って協力してくれ。どうかな?」

 

「俺はまあ……初めてお前と出会った時に渡されたものだしな。あった方が助かるが、無いなら無いでやり様はあるしな。だが二人はどうだ?ネロに至ってはお前のお手製じゃないから調整に大分時間が要るんじゃないのか?」

 

「カルマ。僕をあまり侮ってくれちゃ困るね。本当に僕が見た目通りの貧弱坊やにしか見えないって思っていたなら君に対する見識を改める必要がありそうだ。そもそも僕らは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。君も、ゴルドも、僕もだ。ネロもそれくらいなら出来る筈。だからその気遣いは見当違いのものだ」

 

 常人ならばおよそ正気とは思えない発言の数々。人類はダストと武器を持って初めてグリムという怪物と互角に渡り合う権利を得ることが出来る。それをよりにもよってハルトは必要ないと断じたのだ。自分はそれこそ素手でもグリムをどうにか出来る。しかしハルトも同じく素手でどうにかすることが出来る様にはとても見えなかった。

 

「そいつは失敬した。別にお前の実力を疑ってるわけじゃないぜ?手酷くやられた俺が言うんだ、あれを初見でどうにかできるやつは俺の知る限りこのレムナントにはいねえ。なんせ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。言い換えれば人間に対して無敵になる力と言っても過言じゃねえ。要はそれを制御するためのものを一時とはいえ手放してもいいのか……ってことだ」

 

 以前、ゴルドはここにいるメンバーは全員()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。カルマの言葉で漸く納得がいった。

 

 自由自在にダストを操る。それがハルトの持つセンブランスの正体なのだ。成程、これは表に出れば間違いなく火種になる。ダストは人間が生きるためにはなくてはならない必須の代物。日常品から武器といったハンターにとっては欠かせないものにまで使われている。それを自由自在に操り、個人の掌の上ともなれば生かすも殺すも気分次第。黙って見ているなどといった悠長な真似をする国はないだろう。

 ハルトはいつも試験管の様なものを持ち歩いていたが、あれは自分の体から抜き取ったダストを入れておくためのものなのだろう。正確には自身の体液を抜き、それを液体ダストに精製。やろうと思えばポピュラーな結晶体や気体にすることも可能なのだろう。個人のマンパワーでダスト技術の遥か先を行っている。これを神の御業と言わずしてなんと言うべきなのだろう。世界最大のダスト生産企業のシュニー・ダスト・カンパニーですら途方もなく矮小な存在に見える。

 

 

 ハルトがここまでとんでもない秘密を持っていたのだ。ならば、カルマにも、ゴルドにも、あるのだろう。世界を根幹から揺るがしかねない程の秘密が。そして自覚こそしてはいないが、自分にも――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――よし。大体理解したな?理解したなら今日はここで終わり。次のところは適当に予習しとけ。おいネロ、なんつう顔してやがる。ここが終われば机に向き合う日々とはオサラバだ。もう少しの辛抱だからそんなに情けない声出すな」

 

 座学に時間をかけた。これは教師役を交代で行い、得意な分野を教え合うことで知識の幅を広げていく。一般常識(自分はどこか一般常識とはピントが外れたところがあるらしい)や、レムナントにおける物語(弾き語りをしていた経験のあるハルトは詳しかった)について理解を深める。意外なことに、カルマは普段の態度とは裏腹に情報を纏める能力に長けていた。どの分野もそつなくこなし、要点を絞って頭に入れる。ホワイト・ファングに潜入していたこともあり、これくらいは朝飯前なのだろう。

 

 本人曰く、「これくらいはできないと仇討ちなんざ夢のまた夢だ」とのこと。この二年の間に各々が何故プリテンダーを追うのか。それについても聞いた。カルマは目の前で殺された父の仇を討ち、集落を崩壊させた元凶を討つためにゴルド達と共闘しているらしい。一時、その件で荒れていたところでハルトと取っ組み合いの末にダブルノックダウン。この時一瞬とはいえハルトの方が地面に倒れるのは遅かったとハルトは語っている。カルマが一切反論しない辺り本当なのだろう。とはいえカルマにも言い分はあるらしく、当時はアークドライバーを使っていなかった伸びしろの分で負けただけだという。これも筋は通っているのでハルトは反論しない。まあ、その後「でも負けは負けだよね!」とゴルドが煽り半分で言ってしまったので危うくマウントの状態からタコ殴りにされそうになっていたのは昨日の事のように覚えている。

 

「ふぃ~、やっぱ笛の演奏だけで入学できるほど甘くは……ないよねぇ……」

 

 ハーメル・クラールハイト。皆はハルトと呼ぶ彼もまた因果な生き方をしてきた。普段から持ち歩いている笛。センブランスを使う際の媒体としてもかなり優秀らしいが、その辺りは門外漢なのでいまいちよくわからない。だが彼にとってはそれだけのものではないらしく、今の自分を形作っている要因の一つとまで言っていた。そもそも今のセンブランス自体後天的に得たもので、元のセンブランスは上書きされて消されている。それを取り戻すことも重要だが、あまり期待していないようだ。この笛もハルト以前の持ち主がいたらしく、その人物はプリテンダーとの関連性が高く、発見することが目的に繋がるとのこと。 

 

「明日だ……これから楽しい学生生活が始まるんだからここでバテるのはもったいなくないかね?うん?」

 

 最近は誰一人として博士とは呼ばないので遂に諦めたのか、名前呼びになっても気にしなくなったゴルドは未だに何を企てているのかよくわからない。推察だが、一度だけ見たロケットの中の写真には彼に似た壮年の男性と、人型素体のロボットが写っていた。この壮年の男性が彼の父だろう。アトラス軍の科学者だったことは彼が以前口にしていたので、ハルトの改造実験や、出会い等もきっと軍繋がりなのだろうと思い、それについて問うのはあまりにも礼を失しているので無意識の内に避けていた。

 

「そうだね……明日の朝、飛行船に乗ってビーコンアカデミーに行くんだ……しかし早かったよね、この二年間は」

 

 自分はいったい何者なのか。この二年間、ただ闇雲に鍛錬だけを続けていたわけではない。ブレイクの捜索、自分の出自の調査、……そしてイヴとのコンタクト。どれも空振りだった。一番収穫があったことといえば、ゴルドに渡した血液から判明した情報によると、自分が真っ当な人間である可能性が極めて低いという結果だけがゴルドの口から淡々と告げられた。何故そこまで冷静にそのようなことを告げることができるのか理解に苦しむが、初めて出会ったあの時から確信に近い何かが彼の中にはあったのだろう。それが物的証拠によって正しい推測であったことが確定しただけだったのだ。

 

 薄々感づいてはいた。ただ、今までその可能性を頭から切り離し、ずっとそうではないと無意識に言い聞かせていただけに過ぎなかった。この内から溢れ出る力、グリムと真っ向からぶつかり合える肉体、あまりにも破壊的なまでの暴力(センブランス)。闇の中から湧き出る武器の数々。あらゆるものを切り刻まんとする矛。鉄さえも粉々に砕き散らす槌。遥か彼方を射抜く弩。過去をすべて失っているはずの(ネロ・ベスティア)の中にこれほど得体の知れない何かが埋もれている。意識してこれらを作っていたならばまだ理解が及ぶ。原因・因果関係を知っているはずなのだから。そうではないのだ。自分の知らない失ってしまった自分が作り上げたであろうものであり、真っ暗闇を覗いているような感覚だ。そしてその暗闇からはこちら側がさぞよく見えるのだろう。自分ではない自分を心の内に飼っているようで気が気ではない。

 

 ハルトの言っていたセンブランスの話ではセンブランスは自分自身の写し鏡だと言っていた。ハルトはそれを一度砕かれ、新たに与えられた。その写し鏡(水晶)に写る自身の姿はさぞおぞましく見えたに違いない。それが今のハルトの人格を形作っているのであればあまりにも痛ましい。見てくれは透き通った透明な水晶のようだが、内面には堆く(ダスト)が積もっている。振り切ろうとしている過去がのしかかっている。

 

 

 

 普段見せている姿は仮初の姿。色とりどりのダストはこれを隠す仮面なのだ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ……すごい……」

 

 飛行船の内部は驚くほど広く、窓の外に見える景色は新鮮だった。何せ人生で初めて乗るのだから当たり前。カルマの作った弁当を食べながら見ると絶景に見える。さながらピクニックの感覚だ。背中にあまりにも太く、黒々とした大剣を担いでいなければまさにそうだったのかもしれないが。一応ハンターの卵として入学するのだからそれくらいしておけというカルマのアドバイスからそうしていた。

 

 他の三人は少し離れた場所に散らばって思い思いの時間を過ごしていた。演奏、トレーニング、パソコンいじりといつもと変わらない。だがそれはいつも通りに動くことができるということの証明でもあった。それにしてもゴルドの武器がメリケンサックと拳銃を合わせたようなものと、身の丈ほどの機械の意匠がある巨大な斧だったのはかなり意外だった。白衣にライダーススーツとその武器の組み合わせは相当アンバランスだった。彼の事だからもっとハイテクで、ボタン一つ押せばミサイルが雨あられと飛んでいくようなものだと思っていたのだが。

 

「おえぇ……うぇぇぇぇ……」

 

 金髪のどことなく冴えない雰囲気の青年が嘔吐している。この飛行船に乗ってからずっとこの調子だ。あまりにも不憫だったので酔い止めをやったが、それでも吐き続け、もう胃液を吐いている。その時に互いに自己紹介をしたが、彼の名はジョーン・アークというらしい。

 

「おいおいおい……大丈夫かよ?」

 

 見かねたカルマが此方に近づいてきた。この重力が抜けていく感覚はかなり楽しいものがあるが、ジョーンは苦手なのだろう。いっそ気を失わせてやった方が楽ではないかと思ったが、それもそれでどうだろうか。というよりも彼自身、不憫な星の元に生まれているとしか思えない。

 

「あ、ああ……大丈夫さ、ネロ、カルマ……」

 

 なんというか、庇護欲を掻き立てられる男というのだろうか。ん……?今、あの燃えるような赤毛の少女がジョーンに視線を向けていたような気が……そう思って視線を返したが、その視線は既に別の方向に向いていた。気のせいか?彼が悪い人間ではない事はこの短時間でもそれとなく伝わってきたが、しっかり助けないとぽっくり死んでしまいそうな雰囲気がする。

 

 

「ルビー!まさかかわいい妹とビーコンに行く日が来るなんて夢みたい……!」

 

「お姉ちゃん、く、苦しい……」

 

 溢れんばかりのスタイルの良さを前面に押し出している服装に、がっちりと噛み合っている腰まで伸ばした長いウェーブのかかっている濃い金髪の少女がルビーと呼んでいる少女に抱き着いている。話の流れからすると彼女らは姉妹なのだろう。

 

 

「これから楽しみだな……!待ってろよ、ビーコン・アカデミー!」

 

 

 窓の下には広大な湖が広がり、その先の断崖絶壁にはビーコン・アカデミーがそびえ立っている。びしっ、と指を差したその横でジョーンが吐いた。胃液が床に飛び散り、靴に跳ねた。

 

 

「ちょっ、お姉ちゃん!そこのお兄さん!靴にゲロついてる!」

 

「え!うそうそうそうそ!ちょっ……もう!」

 

「おいおい……もしかして四年間この調子なのか……?」

 

 気を張っていた自分はもしや少数派で、実はかなりアホな事をしていたのではないか。数秒前の意気込みを返してほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―次回予告―

 

 

「私、ルビー・ローズっていうの!その武器どんなの!?見せて見せて!」

 

「じゃんけんホイ!んじゃあ俺はネロと行くぜ!」

 

「よろしい。では総員位置につけ。これより入学試験を開始する!」

 

 

 次回 Jaune Arc

 

 

 




・Element(ダスト操作)
ハルトの使用するセンブランス。ダストを主として戦う相手に対して絶対的な優位性を持つ。ダスト弾をそのまま打ち返そうと思えば打ち返せるし、ダストでできることはその身一つで大体の事ができ、その場で精製・ダスト同士の組み合わせもやろうと思えばできるという汎用性もあり、無策で挑んだら間違いなく絶望することになる。策があっても生半可なものでは真正面から食い破られるという大概酷いもの。

当然、能力を発動させる規模によってかかる負担はオーラ以外にも文字通り身を削っているので段違いだが、規模を広げようとすれば更に負担がかかる。本人曰く全力ならそこら一帯火の海にも氷漬けにもできるが、カルマやゴルドとガチンコした時以外はやっていないとのこと。裏を返せば普通の相手にはこれ程の無茶はせずに一方的に勝利を収めることが可能。

劇中のネロの独白でもあった通り、どのような形であれ周囲に完全に露見することになれば間違いなく全方位から狙われる類の能力。そのため今までは隠れて活動をしていたが、目的に大きく近づくだろうという判断の上、背に腹は代えられない、と今回の入学を決意した。


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Jaune Arc

 評価欄が赤くなってるのを見て脳内でRed Like RosesⅡが流れてきた(処刑用BGM)
こんなんオーラドバドバですわ。

 評価してくださった方々並びに読んでいただいている皆様に感謝を。これからもゆっくり続くと思うのでよろしくお願いします。

 今回はサブタイの人物の視点からお送りします。


 彼と初めて出会ったあの時は緊張、罪悪感、慣れない環境に一人で放り出される恐ろしさもあったのかもしれないが、それを加味したとしてもかなり失礼な目で見ていたのかもしれない。無意識であったとはいえ、それは決して許されることではないだろう。

 

 ……こんなことを思っていたということが筒抜けではなくて本当に良かったと思う。俺を膾切りにするぐらいは多分簡単にできただろうし……そこまではされなくてもオーラで守られてても反吐をぶちまけるような拳骨ぐらいは貰ってただろうなあ……

 

 

 

 飛行船の中で出会ったソイツは夜を切り取ってそこに貼り付けたような姿をしていた。やや厳ついが、ハンサムと言っても差し支えない顔立ちに黒一色の鎧と外套。その上から見ても分かる引き締まった筋肉が俺より少し高い身長をより高く見せ、更に背中にはソイツよりも巨大な漆黒の大剣を担いでいた。ソイツが近づいてきたときはわざわざ書類まで偽装して入ろうとしたビーコン・アカデミーの門をくぐることも叶わず死ぬんじゃないか、とね。

 

 もしくはゲロを吐いている俺を鬱陶しいと感じたのか、飛行船の内部で殺人事件でも起こそうとしているんじゃないかとしか思えないような足取りで近づいてきたんだ。そして目の前の存在はそんな大それたことを実行しても悠々と出ていくことができるようにも見えた。実際にはやらないだろうけど……多分。それ程に彼の発する威圧感が凄まじかったんだ。

 

 だけど彼の第一声が「大丈夫?」という意外性のある言葉だったときは脳がこの男の言葉を都合よく受け取っているのかと感じたぐらいだ。外見と噛み合わなさ過ぎて笑ってしまうが、そんなことをしたら間違いなくジ・エンドだ。だけどそれは紛れもなく目の前にいる男の発した言葉だったんだ。

 

 その言葉に一瞬安堵してしまったが、家族からも「お前は少し抜けているところがあるねぇ」と言われるぐらいには間抜け極まりない俺でも少し考えればわかる事だ。なんで危険な気配をプンプン臭わせている目の前の存在に対して警戒を一瞬でも緩めた?仮に目の前にグリムがいたとして気を抜くような奴がどこにいる?

 

 先の「大丈夫?」だってこちらの事を気遣って出てきた言葉であるというのは希望的観測どころではない。よくて黒い籠手のはまった拳から放たれる重いボディブローをしこたま浴びせられるか、最悪あの大剣で胴体を泣き別れさせられることになるだろう。もしこれが忍者が出てくる漫画であれば読者にウカツ!とかアワレ!と言われる程のおっちょこちょいぶりだろう。目の前にいるのは忍者ではなくどちらかというと狂戦士の方が近いだろうけどね。

 

 こんなところで死ぬのか。殺すならいっそ楽に殺してくれ。笑顔で見送ってくれた家族に申し訳ない。脳内で回っては消える負の感情をどうにか抑え込み、表に出さないようにしている。ゲロこそ撒き散らすことになろうとも、この一線だけは何としても死守しなくてはならない。

 

 それがこの有様だ。あまりにも無様すぎて泣けてくる。でも少しでも泣いたらその瞬間にこいつと俺の間での格付けは終わってしまう。入学した後にどんな目にあわされるか……

 

 

 

『お願いします!何でもしますから!』

 

『ん?今何でもするって言ったな?……じゃあここから飛び降りるか、切り刻まれるか好きな方を選べ』

 

『そ、そんな!』

 

 命乞いをした挙句、自分が目も当てられない姿になることは間違いないだろう。それだけは何としても避けなくては……

 

 

 恐ろしい想像をしていたら、彼は既に目の前まで迫ってきていた。遂に終わりの時が来たのかと粛々とその時を待っていたんだ。でも彼のとった行動は俺の背中をさすってくることだった。ホワイ?わけが分からないよ。予想外の出来事、いや違う、予想の範疇から外していただけだったんだ。

 

「乗り物に乗って吐くのはきついよね……大丈夫か?」

 

 聞き間違いではなかった。間違いなく助けてくれるという意図での行動だ。

 

「あ、ああ……大丈夫。ちょっと胃液が残ってるけどね……」

 

 俺は一体何を言っているんだろうか。彼の言動が途端に訳の分からない恐ろしいものから一転、安心できるものになっていた。ゲロを吐いている臭い奴、しかも知らない相手にここまでできるだろうか?俺にはとてもじゃないけどできない。身近な相手ならできるが、赤の他人にここまで親切にできるものだろうか。それはどこか父性のようなものさえ感じさせるような動作だった。

 

「俺はネロ。ネロ・ベスティア。本当は一か所にとどまるのは性に合わないんだけど、まあ成り行きとはいえここで学ぶことになったんだ。……君の名前は?」

 

「うぶっ……ジョーン・アーク。よ、よろしく……」

 

 彼――――ネロは少しだけしょげたような、悲しげな顔でこちらをのぞき込んでくる。その表情からは心配している雰囲気が伝わってくる。

 

「ゴルドに念のために酔い止めを貰ったけど、こういうのってどこで使いどころが来るか本当に分からないね……今回は使い所があるみたいだけど。ほら、飲んだら少しは楽になると思うから」

 

 ネロが酔い止めと合わせて水の入ったボトルも渡してくれた時は痺れたね。自然体でこんなことができる男になりたいよ。

 

 

 

 ネロ・ベスティア。彼やその仲間たちとの付き合い、そして奇妙な因縁はここから始まったのかもしれない――――

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 お姉ちゃん(ヤン)は飛行船から降りたらすぐにどこか行っちゃった……『かわいい妹よ、あたしばっかりと仲良くしないで他の人とも親交を深めてみるといい……それじゃまた後で!』なーんて芝居がかった喋り方しちゃってさ!あのお嬢様(ワイス)もなーんか嫌な感じだし、クールなお姉さんにもつれない態度をとられちゃったし……

 

「あーあ、武器を見るようにはうまくいかないなぁ……」

 

 あのお嬢様に言われたようにわたしって子供なのかな。確かに飛び級してビーコンに入ったからそうなのかもしれないけどあそこまで言う必要はないんじゃないかなー、と思うけど否定しきれないところもある。お姉ちゃんだってきっとそういうところが心配なのもよくわかるし、期待してくれてるのもわかる。だけど、それでも……

 

「これからの生活に不安しかないよぉ……」

 

 道端に体を放り、力なく寝転がる。口からはため息ばかり溢れてくるような自分はダメなんだと思う。

 

「ジョーン、もうゲロは残ってないか?脳味噌は無事?俺の指が何本に見える?」

 

「三本立ててるように見えるから大丈夫、後あんまりそのネタ引っ張らないでくれよ……」

 

「ははは、あんなにすごい勢いで吐いてたらそりゃね……第一印象ってホント大事だよ、ある俺の友達は胡散臭さと鉄臭さできてるようなもんだし」

 

 あっ、あの人たち飛行船の中でも見た!あっちの金髪の男の子はちょっと残念な感じがするけど悪い人じゃなさそう!で、向こうの黒づくめの人はあのおっきい剣がすごかったことが印象に残っているけど、どんな人かよくわかんないや……ゲロ吐いてたのを助けてたから優しい人なのかもしれないけど……

 

「しっかしカルマ達は俺を置いてさっさと行っちゃうしさ、マイペースが過ぎるよ!」

 

「まあまあ、そこらへんで許してやれよ。ネロも大概マイペースだってカルマ達は言ってたぜ?」

 

「そりゃそうだけど……お、なんか倒れてる。おーい、無事かー?」

 

 お姉ちゃん、二人友達ができそうです。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ジョーンが不安だから残るって言ったら三人は先に行って待ってるなんて言ってくれちゃうし、変に気まぐれを起こすものではないと酷く後悔していた。ビーコン・アカデミーの地理とか自信がないから誰かしら残ってくれても良かったのに……まあ入学して早速まとも?な友人を一人得ることができたのは幸先が良過ぎるくらいだから差し引きややプラスといったところか。しかし……

 

「ねえねえ、その背中の剣見せて見せて!できることなら触らせて!」

 

 この先程まで鬱屈とした表情をしていた少女が一転、人懐っこい犬のように付きまとってくる。何でも彼女は自他ともに認める武器マニアとのことで、先ほども大鎌と狙撃中の機能を兼ね備えた自前の武器、クレセント・ローズ(三日月の薔薇)を見せてくれた。あのガチャガチャ動いて別の形態に変化するのにはある種アニメに出てくるようなヒーローが使うような武器に通じる格好良さがある。そう彼女に伝えるとかなり喜んでくれた。彼女が本当に犬だったら尻尾を激しく振っているだろう。というかそのような姿を幻視してしまった。この短時間で分かったことだが、彼女は基本的には明るい性格のだろう。ちょっと距離感を間違っているだけで。

 

 ……話は変わるが、カルマ達はなんだかんだ言って一定の距離は置いた上でコミュニケーションをとってくるからここまで相手と自分の距離が近いのは新鮮だ。強いて言うならばカルマと偶に肩組みをしたぐらいだろう。女性、しかも年下相手だからどう接すればいいかよくわからない。要するに、このような体験は初めてだから困惑していた。とはいえこれ以上放置すると自分の肩にぶら下がって来るかもしれない。人によっては役得なのかもしれないが、毎回ここまでひっつかれると鬱陶しいし……

 

 だがアークドライバーはデモンストレーションにしては派手過ぎる。これについて聞かれたらちょっと上手い言い訳をした程度ではルビーは納得してくれないだろう。それにこういうのは人に知られずに隠していざという時に使うのがイカすというのが製作者(ゴルド)の言い分だ。そういわれてみるとそういうものだなと納得してしまう。

 

「そっかそっか、ルビー、ジョーン……大体の奴が重くて持てないって音を上げるだろうけど……ほら、持ち上げてみなよ?」

 

 この学園の責任者には申し訳ないが、この道には犠牲になってもらうことにした。石畳に大剣の切っ先を向け、少しだけ突き刺す。後は重量と切れ味で豆腐(カルマが料理すると大体使われているような気がする)に包丁を入れるようにズブズブと沈み込んでいき……鍔の部分で止まった。

 

「うわあ、すっごい切れ味……私のクレセント・ローズでもここまでザックリ切ることはできないかも。それじゃあちょっと失礼して……ん、んー!動かない……!」

 

「じゃあネロ、お言葉に甘えっ……!?ぜ、全然動かねえ!こんなのずっと担いでたのかよ!?」

 

 息を切らしてここまで驚いてくれると悪い笑みが出そうになるが、こんなもので驚いてもらっていては困る。これは前座のようなものだ。言ってしまえば弓で遠くのものを射抜いても、双剣で木から落ちてくる葉を細切れにしても、大槌でそこら一帯ベッコベコにしてもいい。彼女(ルビー)のクレセント・ローズのような大鎌で演武をするのもアリだし、いっそのこと素手でも構わないのだ。目に見えて一番インパクトがあるから大剣を見せているだけに過ぎない。

 

ぬ"ん"っ"!ずぇ"りゃぁ"!……ふう、どんなもんよ。本当は平面でやった方がいろいろ飛んでいくから威力が……うん?どうかした?」

 

 姿勢を低くして柄を掴み、そこから前方に思い切り振り上げることで切れ長の穴を空けた地点からきれいに直線を描き、石畳が破壊される。更に斬撃の余波で線が伸びていき、抉れていく。だが砂利や石の欠片は飛び散ってすらいないことが一層大剣の切れ味を雄弁に語っている。既に人が捌けていて目撃者がいなかったのが幸いだ。見つかった日には入学する前に退学するという在学記録のワーストワンというありがたくない肩書を頂戴してしまう可能性があったことを考えるとやや軽率だったかもしれない。ここは軽く素振りしただけで壊れるような道だったと心の中で納得しておくことで自分の心の平穏は保つことにしよう。

 

「ねえネロ」

 

「か、必ずしもご希望にお答えすることができるわけじゃないってことで……だけど驚いたでしょ?」

 

 お気に召さなかったようだ。期待を裏切ることになってしまい心苦しいが、彼女の気を惹くような変形機構があるといったものではなく、常人の膂力ではまともに振るえないものをぶん回してそこら一帯の石畳をズタボロにしただけだ。種も仕掛けも何もなく、超人的な身体能力を見せつけただけになってしまい本当に申し訳なく思う。自分にはそんな複雑な武器を作る力はない。いいとこボウガンぐらいだ。そういった機械周りの扱いはゴルドの役回りだからそういったメカニカルな物が見たければそっちに頼むことをおすすめする。

 

「俺と比べてすごい筋肉が付いてるとかじゃないのに何でそんなえげつないのを振り回せるんだ……?」

 

「まあ、鍛えてますから。ジョーンも十年くらい鍛えればこれくらい簡単にできるようになるよ」

 

 不自然にならないような受け答えはしたが、ジョーンも十年鍛えれば簡単にできるというのは嘘だ。今のジョーンが本当にできるようになりたければ、まず人間を卒業する事から始めるべきだろう。その点、言っていて悲しくなってくるが、今更ながら自分は最初から人間を辞めていたらしい。二年前の時点で余裕で出来ていた。これは薄々おかしいと今の仲間と出会う前から思ってはいたがゴルドの検査で確定させられたことを思い出し、また落ち込んだ。

 

 

 

「そういえば、どこに向かってるの?」

 

「ルビーこそどこかしら目的地があるんじゃないのか?俺、ネロについてきただけだぜ?」

 

「えぇ……人のいそうなところは大体騒がしいから、多分みんなそこに集まってるんじゃないかな。さっ、早く行こう」

 

 おー、そうか!とか、なーるほど、ネロってなかなかいい発想力してるー!と言っているこの二人の今後が凄く不安になってきた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 しばらく三人でほっつき歩いていると、人が密集している気配の場所、大きなホールに着いた。さっさと三人を見つけて合流――――ってあれは。

 

「……」

 

 ブレイクだ。本を読む姿はまさしくクールビューティー。二度と会うことができないと半ば諦めてはいたが、出会うべき相手は出会うべき時に会うとかいう、俗に言う運命的な出会いというものを信じざるを得ないだろう。本当はすぐにでも駆け寄りたいところだが、正直申し訳なさと不甲斐なさで顔向けすることができない。というかよくよく考えると彼女とはそこまで親しくない気がする。寧ろカルマの方が彼女と親しい可能性まである。あまり過干渉はよろしくないし、今は彼女の無事を喜ぶべきか……

 

 こちらにはまだ気が付いていないみたいだし、何よりあの時は尾を生やして変装(?)していたから余程ドジを踏まなければ気づかれない……というかここで見つかると非常に気まずい。二年と少しの間、放っぽっておいてのこのこと表れるなんてことができる程ネロ・ベスティアという男の面の皮は厚くない。それは自分が一番よくわかっている。

 

「おーい、ルビー!こっちこっち!場所取っといた!」

 

 彼女は……ああ、ルビーの姉か。飛行船の中でジョーンのゲロが靴に飛び散って不機嫌になっていたのが記憶に新しい。妹に対するさりげない気遣いや、表情の作り方からもう既に明るい女性だと分かるが、ルビーとの決定的な差は距離の取り方だろうか。どことなく大人らしい、一歩引いた立ち位置からものを見ているような……本当に大人らしく、ルビーとはあまり似ていない。緩やかなウェーブのかかった長い金髪に、少々目に毒な服装。これ以上は何故かいけない気がする。うん。

 

「あっ、お姉ちゃん!ジョーン、ネロ、ごめんちょっと行く場所があるから入学式の後で!」

 

「ちょ、待てよ!ハァ……そうかい、結局俺と話してくれる女の子なんていないってか?」

 

「いや、どうだろ?ジョーンが気づかないだけで案外いるかもしれないよ?」

 

 あんなに熱っぽい視線を送られてるのに気づかないなんて……ねぇ?今もジョーンにそれとなく目線を送っているにも関わらず、当の本人はどこ吹く風。というか正反対を向いていて気付く様子すらない。もしも彼女がこいつと組むことになったらできる限りサポートせねば。……というか彼女、なんか見覚えがあると思ったらピュラ・ニコスか!あのシリアルは少し味が濃すぎるからカルマが嫌そうな顔をして食べていた。今も旅をしてたら彼女の事は多分知らなかっただろうと胸を張って言える。自慢できることではないが。

 

「んなアホな。もしそんな子がいたら俺はとっくに……って、ネロもどこ行くんだよ!?」

 

「ってな訳で俺も行くから。これからの学生生活でも何か困ったことがあれば力を貸すからさ」

 

 後ろで冗談だろとか言っているが、本気だ。ジョーン、安心して待つといい。楽しい学生生活が待っているぞ……!

 

 

 

 

 その後も遠目にルビーといかにもお嬢様といった、白を基調に裏地に赤といったワンポイントが際立つ衣装を身に纏った少女と言い争いをしていたり、ジョーンが残念さを発揮していたのを見ていたが、年相応の動きはああすれば浮かずに済むのか、などと言ったら三人に声を揃えて「いや、それはおかしい」と言われてしまった。自分らしくやればいいそうだ。

 

「諸君、長話は好きではないだろうから手短に話そう……」

 

 壇上のオズピン学長がスピーチを始める。このような畏まった場でその切り出し方はどうかと思うが、視線を集めるのに効率的であることは確かだ。だが大抵こういう話の始め方をする手合いは――――

 

「君たちは知識を得るためにここ、ビーコン・アカデミーに訪れた。自身の持ち味をより伸ばしていくために来たのだろう。卒業したのであれば人々を守るために戦う日々を送ることになるだろう……」

 

 話を手短に終わらせた試しがない。間違いなく数十分ほど立ちながら話を聞かされるだろう。先人としての言葉は確かにありがたいが、要点をかいつまんで話してくれてもいいんじゃないかと思う。もう話半分で聞いてもいい気がしてきた。

 組織のトップに立つ人物というのはどうしてこうも話が長いのか。彼個人が話したがり屋というのもあるのかもしれないが、この学長は見た目以上に年老いているような立ち振る舞いをしている。杖を片手で突きながら立ってるし。それ以上にオズピン学長は何というか……人間味を感じない。超常の存在(自分たち)のような、初見の相手が見たら得体の知れない存在と思い込ませる掴みどころのなさがある。気を付けなくては……

 

 

 

 

 

 オズピン学長の長々と続いた有難いお言葉を頂き、壇上の女教師、グリンダ・グッドウィッチ……彼女の目の前でそう呼ぶつもりはないが、グリンダ女史と呼ばせてもらおう。彼女がダンスホールで今晩は泊まるという事と明日入学試験を行うことを告げ、今日は解散の運びとなった。

 

「しかしよぉ、こんな大人数で寝るってのは……お泊りパーティっていうより避難生活って方が近いよな、ハルト?」

 

「なんでそこで僕に振るのかな?……でもそれは同感だね。ここは女の子もいるからいつもみたいにズボラな格好では寝られないね、カルマ?」

 

 二人の間に火花が飛び散っているような、いないような。半裸のカルマが寝袋に体を入れず、その上に寝転がるのをハルトは頭頂部と目以外を潜り込ませ、睨んでいる。……というか周りを見渡してみると男子生徒は上半身半裸になっている奴が多い。何故だ。

 寝る体勢について言い争っているが、付き合いの長いゴルドは止めようとしない。自分も止めるつもりは毛頭ない。かなりどうでもいいので二人は気のすむまでやり合えばいいと思う。……二年ほど付き合って分かったことだが、カルマはてきぱきしている時とだらける時の落差は大きいし、ハルトは楽器型の武器を扱うという事もあり、メンテナンスの際に細かい汚れや傷もかなり気にしている。同じチームは相部屋で生活するという話らしいが、そこら辺の問題は大丈夫なのだろうか……?

 

「まあその辺りは弁えるだろう。家では一人一部屋割り振っていたが、ここでの生活が相部屋となれば互いにある程度の妥協は必要だろうし……どうしてもダメなら私が何とかするさ」

 

「本当に聡いというかなんというか……ゴルドは俺の心の中でも読めるのか?」

 

「いやぁ?君の目線と不安げな表情、あの二人がピリピリしている時に何かを言わんとしている。これらの情報から当たりを付けただけだ、ネロ。ただの推察に過ぎない」

 

 そういうものだろうか。まあそういったテクニックだとすれば練習すれば誰でもできるようになる類の小技なのだろうか。それなら今度教わってみようか。

 

 そんなことよりブレイクだ。先ほどは気後れしたが、この時間帯であれば一人の可能性もあるだろう。ゆっくりサシで話せるはずだ。とはいえ彼女としてもホワイト・ファングに所属していたことは後ろ暗いだろうし、そういった相手の弱みに付け込むような話の導入はしたくはない。あまりそういったことは話題に出さないようにしなくては……

 

 いやちょっと待て。年頃の女性に夜中に尋ねる。これってひょっとしなくてもまずいことではないだろうか?しかも寝間着だろうから薄着確定。会話次第では下手すれば御用されるかもしれない。この年で札付きはご勘弁願いたい。しかも変態のレッテルまで貼られたら社会的に死ぬ。

 

 決死の覚悟でホール内を捜索して――――いたことには、いた。だが――――

 

「こんばんは~!お元気ですか~?元気なら返事してくれると嬉しいんだけど!」

 

 ルビーが手を引かれながらブレイクが本を読んでいるところに近づいている。手を引いているのは勿論ルビーの姉だ。掴んでいる手とは反対の手で手を振りながら堂々と歩いている様子は結構騒々しい。夜中に打ち上げられた太陽のようなものだ。彼女に怯んでいる場合ではない。ブレイクと話をしなくては。

 

「こんばんは……もう暗いんだしちょっと声のボリュームは抑えめでね?」

 

「あっ、ネロ!さっきぶりだね!お姉ちゃん、この人がネロだよ!」

 

「本当に二人も友達を作ったんだ……聞いたときは耳を疑ったけど、やるじゃないルビー!」

 

 ルビーは性格に難のある子だったらしい。何時も周りにいる比較対象(カルマ・ハルト・ゴルド)がどいつもこいつも飛びぬけて変人だったから確信には至らなかったが、それくらいであればまだかわいらしいぐらいだ。

 

「おっと、あたしはヤン。今後もうちのルビーをよろしくお願いしまーす!」

 

「ちょっとお姉ちゃん恥ずかしいってば……」

 

 何も恥ずかしがる必要はない。君のお姉ちゃん(ヤン)は立派な姉だと言ってやりたいが、口に出すのは無粋だろう。というかブレイクと話をするためにこちらへ来たのから先にそっちの方に……

 

「静かにしてもらえるかしら。集中でき……!?」 

 

 自分が話しかける前に読んでいた本を閉じてブレイクに先に声を掛けられた。一瞬とんでもないものを見るような目で見られたが、ホワイト・ファングの事について知る存在が現れたからだろう。なのでアイコンタクトを送る。

 

『安心してほしい、それについては話すつもりはない』と。

 

 ブレイクの気が紛れるようにとついでにウインクもしておく。彼女の足が生まれたての小鹿のように震えだしてしまった。ちょっと……いや、かなり気の毒な事をしてしまった。悪気はなかったが逆効果のようだ。これはもう小細工抜きでフレンドリーに行くしか……

 

「おっ、久しぶりじゃんブレイク!元気してた?」

 

「え、ええ……元気よ」

 

 通報三秒前からちょっと警戒しているくらいには気を許してくれたようだ。これなら普通にお話ができる日もそう遠くはないだろう。……本の背表紙でいつでも殴れる構えを取っていなければ。

 

「あれ、二人は知り合い?もしかして……ネロのこれとか?」

 

 ヤンが小指を立て、口笛を吹く。そのように見えたのか。確かにブレイクはかわいいし、一緒に本屋でも巡りたい……いやいやいや、残念ながらそういった浮いた関係ではない。だが空気が軽くなったことはヤンに感謝しなくては。

 

「そうなら嬉しいけどね。まあちょっとした仲であることは否定しないかな……」

 

「ええ。彼とはそこまで深い仲じゃないわ。……そ、そういえばそこのあなたは今朝爆発してたわね」

 

 ルビーしか話を振ることのできる相手がこの状況ではほぼいないとはいえ露骨すぎる……!そんな話題の切り替え方じゃ興味津々そうな顔をしている二人の注意は逸らせない……!ブレイクはもっとクール系だと勝手にキャラを自分の中で固めてしまっていたけど思いの外ドジっ子……!アリだ……!いやバカな事考えてる場合じゃない。自分の方でもどうにか……

 

「え、あ、あたしルビー。良ければ爆発娘とでも呼んでくれれば……いや、やっぱり普通にルビーって呼んでくれると嬉しいかなー……なんて」

 

 ルビーは思っていた以上にポンコツだったらしい。愛想笑いをしながら自己紹介をしてしまったがために話の流れが変わってしまった。お陰でこれ以上の追及は躱せたが、爆発したとは何なのか。ジョーンと共に道に倒れていたルビーを見つける前に彼女が一体何をしたのか気になる。

 

「そこの彼が既に呼んでいたけれど私はブレイク。よろしく」

 

「よろしく!そのリボン似合ってるよね、あなたのパジャマに!」

 

「そうね。ありがとう」

 

 ヤンがそれとなくブレイクを服装を褒めたが、取り付く島もない。再び本を読み始めてしまった。ルビーとヤンは顔を合わせて苦笑いをしている。

 

「えーと……いい夜ね、そう思わない?月も出てるし」

 

「そうね。素敵な夜だわ。この本と同じくらいには、ね」

 

 ヤンのフォローをするのであれば、空気を読むのがが下手なわけではない。上手い部類だろう。今回は間が悪すぎたが。本を読んでいる相手に取る対応として騒がしいのは不適切だった。読書の最中に邪魔されたら誰だってトサカにくる。鳥のファウナスではないので実際にトサカはないが。

 

「ねえねえどんな本なの?教えて教えて!」

 

「え?ああこの本?二つの魂を持つ男の話よ。とても古い御伽噺……」

 

 ちょっと気になる。今度貸してもらおう。

 

「あたしも本が好きだよ!子供の頃からお姉ちゃんに読み聞かせてもらってたんだ。物語の英雄が怪物を打ち倒すような英雄譚をね……ハンターになりたいって思い始めたのはそれからだったと思う」

 

「その心は?」

 

「本の中のヒーローに憧れたんだ。正義のために戦う姿がとてもかっこよくて、その……私もに戦うことのできない人たちの助けになろうって!」

 

 誰かのために戦う。それは尊い行いだが非常に危うい。グリムを成り行きとはいえ倒してきたがそれは力のない誰かを守るためではなく、降りかかる火の粉を払っただけ。人に誇れるほど立派な動機ではないことは確かだ。

 

 ……ブレイクを助けたときのことをふと思い出す。あの時の自分は果たしてヒーローだったのだろうか?情けなくはなかっただろうか?

 

「そう……素敵な子供の夢ね。でもこの世界はそんなに優しくないわ」

 

 俺は……ブレイクがほんの一瞬だけ悲しげな表情になったのを見逃さなかった。

 

「それでも、優しい世界にするために私たちがいるんだと思うな。そう信じたい」

 

「ルビーは真っすぐな子だね。自分に妹がいたらきっとこんな子だったんだろうな……」

 

「おっとネロ?私の妹はあげないよ~?自慢の妹ですから!」

 

 ヤンがルビーを抱き上げ、頬擦りをしようとしてグーで殴られていたが、ああいうのがきっと姉妹なのだろう。とはいえグーから始まる仲は少し遠慮したいが。

 

「ふふ……ルビー、ヤン、それからネロ。これからも宜し――――」

 

「あなたたちさっきからうるさいですわよ!お休みになられている方もいるんですのよ!」

 

 銀色に輝く白髪の名も知らぬ彼女は昼間は確かサイドテールだったはずだが、今は解いている。騒々しさでいけばルビーたちと五十歩百歩だろう。人の事は言えないはずだ。

 

「うわぁ!またあんたなの!?」

 

「シッ!そうだよね眠たい人もいるよね……」

 

「あーら、今になってどうしたのかしら?」

 

「ずっと仲よくしようとしてたよ!」

 

「そうだよ、なんであんたうちの妹に突っかかってくるわけ?」

 

 怒涛の流れ過ぎてどこで口を挟めばいいのやら。……うわ。カルマとハルト、それにゴルドもこちらを睨んでいる。流石にキンキン声で喧嘩されるのはかなりイラつくらしい。

 

「ちょっとブレイク……どうにかしてくれるとありがたいかな……」

 

「……今晩はもう本を読むのをやめるわ」

 

 そういって彼女は燭台の火を一息で吹き消した。暗闇の中で見えたその顔は物憂げで美しかったが、とても残念そうにしていた。

 

 




ちょっとテンションハイになって字数増えてしまった……



感想、ご指摘、好評の声等々お待ちしております。


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Key points

 たまに日間ランキングに乗っていることがあると自分自身が一番たまげるんだよなぁ……読んでくださった皆様に感謝を。これを機にRWBY小説流行れ流行れ……

 ほんへは前書き程クッソ汚くないのでよろしくお願いします!なんでもシャオロン!





 翌朝、指定の場所……ビーコン・クリフへと集められたが、一体何を始めようというのか。崖下には鬱蒼としたエメラルド・フォレストが広がっているのが見えるが、まさか駆けっこでもするわけではあるまい。そんなことをすればカルマがダントツでトップだろう。

 

「集まったかね?それでは今回の実力テストの話を始めよう。知っているものもいるかもしれないが、今回のテストで四人一組のチームに分ける。死の危険と隣り合わせのこの森を抜け、古びた寺院に遺されたとある遺物(レリック)を持ち帰ってきてもらうが……」

 

 ふむ。おおかた理解した。この正式な入学式である程度の実力を見ようという訳か。

 

「ハンターとなる以上、どのような状況でも成果を出せるように立ち回らなくてはならない。だが、敢えて……君たちはこの森で最初に出会った者同士でペアを組み、今後の四年間を過ごしてもらおうと思っている……!」

 

 もしやこの学長は手に持ったマグカップに知性を吸い取られているのではなかろうか。或いはサングラスか。いずれにせよこの場面でおふざけをしている場合ではないだろう。あえていいのは野菜だけだ。

 

「そんな~~~~~っ!?」

 

「ね?いったでしょレン。合図決めといてよかったね!」

 

 四人一組でチームを組むことはゴルドがした事前調査の時点で既に判明している。仮にそのようなことをしていなくてもハンターは四人一組で動くことが鉄則だと知っていれば容易に想像がつく。悲痛な叫びをあげているルビーには申し訳ないが、寝る前にチーム分け(非公式)をやっておいてよかった。カルマの提案で事前に合流する2:2のペアをグー・パーで分けておかなければ本番でうまくチームを組めるかどうか運否天賦になっていたかもしれない。そうなったら森の木全部切り倒してでも合流するつもりだったが。

 

「おし、ネロ。俺とお前でこの森を抜けるぜ。ゴルドに渡された通信機は付けたか?」

 

 隣にいるカルマが小声で囁いてくる。

 

「もち、準備万端だよ。あの学長の事だからきっと……」

 

 足元にある板を睨みつける。まあ予想通りの事が起こるだろう。本当はもっとましな方法でこの森を踏破したかったが。

 

「パートナーが決まり次第、森の北端を目指したまえ。もう一度言うが、そこにある寺院に遺物(レリック)が置いてあるから一人一つずつ持ち帰るように。様々な困難が待ち受けているだろうが、決して怖気づくことなく全てを粉砕して進んでいってもらいたい……さもなければ死ぬぞ」

 

 死。オズピン学長のその一言でこの空間に張り詰めた空気が流れる。だがこれしきの事も出来なければハンターなど夢のまた夢といったところか。

 

「それではこれより試験を開始する。何か質問のある者は?」

 

「あのー先生、一つだけ……」

 

「よろしい。それでは総員位置につけ!」

 

 ジョーン、このおっさ……オズピン学長がまだまともに質問に答える質だと思っていたのならとんだお笑い草だ。気を取り直したルビーも、ヤンも、気を抜いているものは誰一人としていない。楽しもうとしている者ぐらいはいるかもしれないが、各々が第一戦闘態勢を取っている。

 

「この場合、着地行動ってのは……どこかに降ろしてくれるってことですかね?」

 

 カタパルトから一人、また一人と宙を舞う。

 

「いいや?文字通り森へと『落下』していく」

 

「そ、そうですか……俺達ってパラシュートかなんか貰いましたっけ?」

 

 ゴルドとハルトがカタパルトから撃ち出され、ハルトのセンブランスで作った横幅の広い氷の滑り台をアイススケートのようにゴルドと一緒に滑っていく。ゴルドが落下角度を予測して落ち始める地点に作らせたといったところか。こりゃ先に行った分あちらが先に着くかな?……それはそうと自分は少なくともパラシュートを貰った覚えはない。いい加減現実を見るんだジョーン。最悪の場合は助けるから。

 

「君たちには各々磨いてきた技を使って着地してもらうつもりだ。健闘を祈る」

 

 おー、ルビーとヤンも飛んで行ったか。数秒後には自分たちもあの空へと飛んで行っているだろう。

 

「あいつら俺を前にして最速だなんていい度胸してるぜ。ネロ、俺たちのコンビが最速だって見せてやろうじゃねえか」

 

「じゃあ打ち合わせ通りいくよ。……ジョーン、大丈夫。誰か助けてくれるから」

 

 そう言い終わった瞬間、浮遊感に襲われた。示し合わせてはいるが、本当に大丈夫なのだろうか。いや、カルマを信じよう。大剣を作ったのと同じ要領で大きめの黒いハングライダーを作り、落下速度を落とす。後は……

 

「おおおおおぉぉぉ……っとお!ナイスキャッチネロ!迎撃と加速は俺に任せて操縦の方を頼んだ!」

 

 カルマの飛んでくる位置まで動かし、なるべく衝撃が来ないようにキャッチする。余程強い衝撃でもなければ自分お手製の武器はそうそう壊れはしない。ハングライダーが武器かどうかは疑問だが、自分のセンブランスの判定的にはセーフらしい。

 

「ホイ来た!カルマこそはしゃぎすぎて落っこちないようにね!」

 

 後はカルマのセンブランス……速度調整(ハイ&ロー)に任せる。貨物車でアダムに対して使ったように速度を落とすのであれば問題はないが、加速させると……加速させた分だけ大きく負荷がかかる。これが強度と物理法則を無視して飛行しているパラグライダーを作った理由だ。……もしセンブランス製のパラグライダーでなかったら加速開始時点でパージしているだろう。ぶっつけ本番とはいえ成功して何よりだ。

 

 例えば、物体の飛んでいく速度を上げ過ぎると対象地点に着くまでに消し飛ぶ。消える魔球とか言って目にも留まらぬ速さで拳大の石をグリムに投げつけていた時はグリムも弾け飛んだが、石も思い切り弾け飛んでいた。また、カルマ以外の生物を加速させようとしたり、カルマ自身の動く速度を肉体が耐えられる限界以上にあげるとフィードバックが大きくなっていくといった諸刃の剣。なので専ら食品の賞味期限を延ばすのに使っていることが多いんだとか。初めて知ったときは凄そうなセンブランスなのに用途がみみっちいと思った。

 

「うわああああぁぁぁぁぁ……!」

 

 少し横あたりをジョーンが回転しながら通り過ぎていき、落下していく。助けたいのは山々だが、生憎両手が塞がっている。

 

「カルマ!」

 

「んー、一応試験って体だからな。おまえ個人があいつに入れ込むのはともかく俺は助けない」

 

 まっ、俺も嫌いじゃないがな。と漏らすカルマの顔はパラグライダーの翼に隠れて見えないが、にやついているだろう。勿論ジョーンのこれからに期待するという意味で。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 森の一部が燃えていたり、赤い槍がジョーンの方へと飛んで行ったりしたが、その数秒後に「ありがとう~~」と聞こえてきたので多分無事だろう。恐らくこの後も槍の持ち主が助けてくれるだろうからもう心配はしていない。

 

 自動車並みの速度は出ているが、これ以上の速度で動いてもまだまだ余裕だが……眼下に見えるエメラルド・フォレストの様子がおかしい。遠目に見える寂れた寺院に向かって青い筋が一直線に伸びていくのだ。青い筋の通った後には何も残さず。そしてもっと不可解なことがある。その青い筋が木を薙ぎ倒したら跡も残さず消えていくのだ。

 

「これってもしかして……」

 

「あいつら以外にこんなことできる奴が居るかよ。どうやらそり滑りからスピードスケートに鞍替えしたみたいだな。俺たちも急ぐぜ!」

 

 今の自分たちは高速道路で逃走する犯人を追う為、カーチェイスをするときの警察官だ。それがレーシングカー並の速度を出して行われているのだからジョーンでなくても吐きそうになる。

 

「ヒャフウウウウウ!風を切れー!」

 

 向かい側から飛来する小型のネヴァーモアの尖った嘴が撃ち落とそうと狙ってくるが、カルマがオーラをクナイ状にして切り裂き、壊れる限界まで速度を上げたパラグライダーでひき潰しながら墜落に近い形で寺院に向かって高度を下げていく。

 

「よいしょお!……ったくもうちょいマシな降り方したかった……」

 

「まあまあそんな細かいこと気にしなさんな。パラグライダーで行く時点でこうなる運命だったと思って諦めろ」

 

 ドスン、と重たい音を立てて着地した自分に対し、軽やかな着地を決めるカルマ。まあ急所を守るように作られていて軽い忍装束と全身ガチガチに固めていてかなり重い鎧のようなもの(実はこれもセンブランス製)を比べればそうなるのも当然の帰結だった。

 

「これは同着かな?ゴルド。僕らも結構急いだんだけどねー」

 

「まさか私が木こりの真似をさせられる日が来るとは思っていなかったがね……さっさと目的のブツを取るぞ」

 

 ゴルドがあからさまに不機嫌なのはきっとハルトが後ろでファイアー・ダストをの生み出す推進力を使ったブースター役で、ゴルドが前に出て障害物の排除をさせられたからだろう。その証拠としてハルトがかなり楽しそうだし。いつも裏方の親友をたまには前に引っ張り出して苦労を味わわせることができたからだろうか?

 

 たまにハルトはナチュラルサディストだから困る。できないことは絶対にやらせようとはしないが。

 

「それでどれを取っていくの?黒のルークか?金色のナイトか?まだだれも来てないからより取り見取りだけど?」

 

 円状に並んでいる小さな台座の上に取ってくれと言わんばかりに金と黒のチェスの駒が置かれている。……最強の駒(キングとクィーン)はどうやら事情が違うようだが。ここに着いて最初に目に付いたのが四本の大きな柱の上に置かれている紅、透明、黒、金といったカラフルな四色だ。何故このピースだけこんなにカラフルなのか。金と黒にしても他のピースのように暗色混じりではなく、艶のある黒と磨き抜いた金といった風に特徴的な色をしている。

 

 試験だから罠ではないと思いたいがあの学長だし……どうにも素直に取る気になれない。だが何となく直感がこれを取っていけと言っている。これ以外はありえないと本能が叫んでいる。

 

「いやいやいや……ここは一丁、最強であることを大々的に打ち出していこうじゃねぇか。俺はこの赤いクィーンを頂くぜ」

 

「ふふ、それでこそ親友だ。ならば私は……黄金のキングを頂こうか。ハルト、ネロ。どっちでもいいから好きな方を選んでくれ」

 

 ピースそのものが固定されていたり、取ったら罠にかかるといったことはないらしく、二人は当然の権利と言わんばかりに軽くジャンプして柱の上の最強の駒(キングとクィーン)を取っていく。

 

「先にとっていいよ。残った方を貰うから。誰かが来ないうちに早く取って」

 

 ハルトが先に取れという意味で親指でピースを指差していたが、これはフィーリングで決めろという事か。直感的に選び取るのは構わないのだが、いざどちらか取れと言われると悩んでしまう。そうだな……では黒のキングにしよう。無骨なカラーリングの中にも上品さがある。もしも貰えるなら毎日磨いてしまうぐらいには美しい。そんなどうでもよさげなことを思いつつ、地面を蹴ってそれを手に取った。

 

「うん、何となくそっちを取るような気がしてた。じゃあ僕は透明なクィーンだね。さっ、グリムや他の生徒が来る前に戻ろう」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 その後ピクニック感覚で森をちんたらと歩いていたら案の定ウーサやネヴァーモアがわんさか寄って来たのだが、これについてはもはや語るまい。誰が一番狩ることができるか競争が始まった。……ゴルドが正確無比な早打ちでネヴァーモアを一匹残らず撃ち落としてしまったため、自動的に羽数の多かったネヴァーモアを倒したゴルドの優勝だった。三匹ずつウーサを狩っていた俺たちを見ていたのはもう勝ち確定だったからか。

 

……あのサック付き拳銃、あんな見てくれだったのに、想像していたよりも威力がありすぎる。というかビームを発射するのはナシだと思う。音を立てて蒸発させていた。

 

 

「あ~あ、こういうのはやっぱ機械のような射撃ができるゴルドが有利だよな」

 

「負け惜しみかい?……まあこの条件じゃなければ今の私は負けていたよ。間違いなく」

 

 相手に対する称賛すら勝者の勝鬨に聞こえてしまうのはゴルドの性格故か。のんびりと試験開始地点のビーコン・クリフから試験会場であるエメラルド・フォレストを眺めるが、自分たち以外はまだ誰も戻ってきてはいない。

 

「……ん?遠くにグリムが見えるな。アレだ、アレ。……ほう、ルビー嬢とワイス嬢か。昨晩の様子からして仲が悪そうだったが……少しはマシになったといったところかな?」

 

 ゴルドはカルマを無視して寂れた寺院よりも遠い地点に着地した大型のネヴァーモアを見ている。どうやらルビーたちが交戦しているらしい。苦戦とまではいかずとも決め手に欠けているようだ。

 

 しかしこの森はかなり広い筈なのになぜゴルドははっきりと目視できるのか。自分でもうっすらとしか見えないのに。

 

「どうする?ちょっと手助けしてあげる?」

 

 勿論手助けの範疇を超えるつもりはないが、スクロールで様子を見ていたオズピン学長とグリンダ女史に一瞥された。

 

「そうしてあげたい気持ちは山々だけどね……いっそジャンケンでもして負けた人が罰ゲームで助けに行く?」

 

 ハルトが冗談めかした提案をしたら二人の教師の視線が心なしか更に鋭くなった気がする。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 チーム発表は粛々と進行していく。柄が悪そ……いや、ガタイがいいチームCRDN(カーディナル)。無事に生還したジョーンがリーダーに任命され……あの赤い槍の持ち主は案の定ピュラ・ニコスだったらしい。その二人の所属するチームJNPR(ジュニパー)

 遠目からだったので、赤い何かが盛大に飛び散ったようにしか見えなかったが、クレセント・ローズでネヴァーモアの首を落としたことは理解できる。あの咄嗟のコンビネーションは流石としか言いようがない。自分たちは強烈な個人技を合わせるような真似はするが、あの高度な連携はちょっと真似できないので素直な称賛を送らせてもらおう。そんなルビー達が組むことになったチームRWBY(ルビー)。……幾らチームリーダーがルビーになったとはいえそれはあまりに直球過ぎるのではないだろうか、オズピン学長?

 

 最後に持って来られるのはむず痒いし、目立つのはどうにも慣れない。だが会場の皆が今か今かと壇上に現れるのを期待している。少し駆け足で上がり、オズピン学長の前でこれまでのチームに倣って休めの体勢を取って言葉を待つ。

 

「……それでは最後にネロ・ベスティア、カルマ・ケーファー、ハーメル・クラールハイト、ゴルド・モルテ。……やってくれたね。あんな事をしでかすとは。だからこそこれらを取ってきたのかもしれないが。最速で森を抜けて君たちが持ち帰った駒は赤のクィーン透明なクィーン。それに漆黒のキング黄金のキングだ。そして君たちは今日から……」

 

 ああは言っているが、オズピン学長の口元には笑みが浮かんでいる。そして命名の時が来た。

 

「チームCHNG(チェンジ)……それが君たちのチームだ」

 




区切りのいいところで切ろうとすると短くなってしまうジレンマ。

感想、ご指摘、好評の声等々お待ちしております。


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Leader ship

 RWBYのVol.6あくしてくれ……話の流れ的にアトラス編っぽいから楽しみなんだけどな~

 RWBYは一応7期とか9期辺りまではやるって言ってますけど本当に完結するんですかね……?


 あの後オズピン学長が取って付けたように告げたが、カルマがチームリーダーだそうだ。

 あれか、チームの頭文字の生徒がリーダーになるシステムなのか。だとしたらオズピン学長の頭の回転速度はとんでもないことになる。よくもまあランダムなアルファベット四文字を組み替えて色を連想させるチーム名を作れるもんだ。その語彙の多さには感服せざるを得まい。

 

「しっかし、俺がチームリーダーかよ……どうせならゴルドがやった方がいいんじゃね?」

 

「断る。確かに私は君たちの能力を(ネロ以外は)よく見てきたが、咄嗟に動けるとなるとやはり君しかいない」

 

「そうだね。君はなんだかんだ言って根は真面目だからね。人の面倒とかついつい見ちゃうでしょ?」

 

 初日からとんでもないことを言っているチームリーダー(カルマ)だが、なんやかんやで投げ出すつもりはないらしい。二人もそれを理解した上でおちょくっているように見える。

 

「なあなあ、じゃあネロはどうよ?ほら、別に言うことを聞くつもりはこれっぽっちもないが、チームのリーダーってだけで箔が付くぜ?」

 

「いや……それなら形だけはカルマがリーダーで、後は各々が柔軟な判断・連携をすればいいだけでしょ。俺たちはそれぞれ分かりやすいくらいに突き抜けてるんだから。下手に短所を潰すよりも、長所を生かす方が絶対いいって」

 

「まーそれもそうか。悪かったな、分かり切ってること聞いちまって。……ま、裏口入学がバレたってオズピン学長はいきなり追い出したりはしねえだろ。なんだかんだ言って既に俺たちは入学時の成績でトップを取っているからな。それにあの男は人材コレクターって目をしてやがるから良くも悪くも安心できるってわけだ。……丁度うちにも似たような奴が居るからよーくわかるぜ」

 

 

 カルマとゴルドの間で視線が交錯する。ゴルドは目が笑っているが、カルマの目は笑っていない。研究者という立場であればそれも当然と言えば当然なのだが……

 

 

「そういえばさ、廊下の方でなんか音がしない?これの手入れをしようとしてたのに気が散る……」

 

 ハルトが愛笛を両手で撫でながら謎の音について指摘したので、ドアを開けて廊下に出る。

 ……その音源は(チームRWBY)の部屋のようだ。そうなると自分たちの斜め向かい(チームJNPR)から何の反応も無いことが不可解だが。もしや留守だろうか?今の時間帯は早朝なのでそれはないと思うが……

 

「おい!うるせ……えぇ……」

 

 その向かいのドアを蹴り開け、勢いよくなだれ込んだカルマが語調を落としていく。一体何を見たという……これは仕方ない。正気を疑う。

 

「あっ!うるさくしちゃった?いや~まさかそんなに音が響くとは……」

 

 ヤンが出迎えてくれたが、チームCHNG(俺たち)の視線はその魅惑のブラウス姿ではなく、天井から吊り下げられたベッドと、積み上げられた本をベッドの四隅に置いて無理矢理二段ベッド改造されたソレに視線を注いでいた。こんな珍妙なものが堂々と部屋の大半を占領しているのだ。気にならない筈がない。

 

「えーっと……何これ?」

 

「ダモクレスのベッドですわ。勇気ある者のみこの下段のベッドに寝ることを許されますの……わたくしは反対したのですけれどね」

 

 吊り下げられたベッドについてワイス・シュニーが丁寧な説明をしてくれた。手短に要点を纏めているというのも高評価だ。この真面目さをうちの参謀(ゴルド)も是非とも見習って欲しい。

 

……彼女のアイスブルーの瞳は見れば見る程氷の弾丸が飛んできても違和感はなさそうだな、と思いながら聞き流してしまった。割とどうでもよさげなことでさえ真剣に語るのではないかと思うとハルトと性格的にはよく似ているのではないかと思う。

 ドーナツについてカルマと本気の議論をしていたのには驚いた。最終的にはプレーンシュガーこそが至高だとハルトが言い張ったので、カルマが折れた。熱量を向ける方向は人それぞれだというのが自分の持論だが、あそこまでアホな意地の張り合いは見たことがなかった。

 

「まあ……その様子を見ると他の三人は賛成したみたいだね?」

 

 ハルトの表情にこそまだ出ていないが、苛つきが見え隠れしていてかなり心臓に悪い。

 

「え、ええ……ですがわたくしも手を貸しているという意味では同罪。今後このようなことが起こらないようにチームリーダーに言い聞かせておきますので、今回は納得してくださるとありがたいのですけれど?」

 

 おお。最初は気圧されてこそいたが……最終的には毅然とした対応で押し切ったのは意外だった。非を認めつつ、自分は曲げないその対応は好感触だ。

 

「うーん……まあそうだよね。部屋のリフォームでうるさくならないなんて寧ろ不自然だし。僕の方こそごめんね?うちのチームリーダーが怒鳴りこんじゃって……」

 

 しれっとカルマに全責任を押し付けていたが、カルマはルビーとダモクレスのベッドを観賞していて聞いていなかったようだ。

 

 それよりも『うちの部屋にもこれ作っちゃうか……』と呟いていたので背筋に寒気が走った。

 

「いやいや君たち、そんなことよりも予鈴が鳴ったぞ。早く教室に行かないといけないだろう?初回から遅刻なんて無様すぎはしないか?」

 

 ゴルドの指摘で場がいきなり水を掛けられたようになった。

 

「おっと、そうだったな。ルビー、面白いもん見せてくれてありがとよ!じゃ、俺は先に行ってるぜ」

 

 カルマの赤髪がたなびいて一筋の風となり、去っていく。汎用性の高いセンブランスは羨ましい限りだ。

 

「ほら、隣の部屋の住人達も気が付いたようだ。ほら、駆け足始め!」

 

 ……ワイスやジョーンのように走力に自信がない組が置いて行かれるのは納得なのだが、身体能力に優れたファウナスであるブレイクや新入生の中でもトップクラスの能力を誇っているピュラでさえ追いつけない速度で走りだし、自分たちを置き去りにしていったのには目を疑った。

 そういえばゴルドがまともに動くところなんて見たことがなかった気がする。あのロボットのようなカクカクとしたモーションでどうしてあそこまで速く走れるのか。あまりの不可思議現象に膝が笑ってしまい、危うく遅刻してしまう所であった。 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ピーター教授はでっぷりとした腹と白いカイゼル髭がまず目に飛び込んで来る。細目なのは齢だろうか?動物に例えるならアシカのような見た目をしていた。

 

 そんなピーター教授の講義は結構面白く、基本的なグリムの生態や四国家の現状や、ハンターとしての心がけについて熱く語っていたのが印象深い。彼の熱心さも伝わってくるし、内容も結構面白かったが、若かりし頃の自分の体験について長々と語るのがなければもっと面白かったかもしれない。お陰でまともに講義を聞いている生徒がほぼいない。寝ていたり、本を読んでいたりする。

 

 ……隣に座っていたルビーが俯せになって寝る事も、デフォルメされたピーター教授の顔をノートに落書きしていてもまだ見逃してもいい。おバカな顔つきで大道芸の真似事を始めても……ギリギリ見逃す。

 流石に鼻をほじろうとしたときはすかさず頭をはたいて止めたが。ルビーの逆隣りに座っていたワイスがわなわなと震えていた。だが、頭を押さえて涙目になっているルビーを見て何か思うところがあったのかこの場は抑えてくれた。

 

 そう……この場は。本当に問題なのはここからだ。

 

 ピーター教授が猪型のグリム、ボーバタスクと誰か実践授業をしてみないかといったところでワイスが名乗りを上げたのだが、その内容がマズかった。文字通り猪突猛進といった様子のグリムをいなしつつ、やや手間取りながらグリムを倒していた。そこまでは問題ない。

 だが、そこでルビーがいちいち口を挟んできたのが気に障ったのか、ワイスは同じチームメイトに口も利かずに出て行った。……最終的にルビーの言ったとおりに動かざるを得なかったことに対して屈辱的だったというのもあるのだろうが。

 

 

 

――――そして今、廊下でワイスが薄く左目に傷跡のある美しい顔でこちらを見上げている。

 

「ねぇ、なんで俺呼び出されてるの?」

 

 鬱憤をぶつけるにしても筋違いではないだろうか。

 

「あなたのチームでまともに話を聞きそうなのが貴方でしたので」

 

 カルマは付き合いが浅いとチャランポランに見える。話してみると結構付き合いがいいことに気付くのだが、それに気が付くのはもう少し時間がかかりそうだ。

 その点、ゴルドはこの手の相談をする相手としては論外だ。話をすべて聞いた後、正論と解決策だけ言って鼻で笑われるのがオチだ。余計に油を注ぐ。

 となると、この場合において相談すべき相手として正解なのはハルトなのだが……敢えて言うまい。ゴルドとカルマの折衷案ぐらいは出してくれそうだが、果たしてそれが彼女の成長になるのだろうか?

 

「……そんなことよりも一つ提案がありますの。聞いてくださる?」

 

 悪事の片棒を担げというのであればお断りだが、彼女の深刻そうな顔つきから察するに……プライドが邪魔して簡単に頼めない事といったところか。

 

「あなたのところのチームリーダーとうちのチームリーダー、交換してくださるかしら?」

 

「本気か?言っちゃなんだけどルビーの方がまだマシだよ?」

 

 カルマにリーダーの素質が無いという話ではない。ただ単に親友(カルマ)を(彼の性格的にうまいことやるかもしれないが……)女三人の針の筵に放り込みたくないというのもあるし、ルビーがこちらに来たらいつも以上に神経を尖らせる羽目になる。

 

「いーえっ!あそこまでリーダーとしての意識が低い方に従うのはまっぴらごめんです!」

 

「どうかな。まだ初日でそれは流石に言い過ぎだと思うよ?君の実力がルビーと比べて劣っているという事はないだろうけど……」

 

「……随分と含みがありますわね」

 

 ……あまり勿体ぶっても良くないか。はっきりと言ってしまおう。

 

「今、俺の前にいるのは君はただのガキだよ。欲しいものが手に入らなかっただけのね」

 

 本当は自分がチームリーダーになれなかったことに対して不満があるというだけなのだ。ルビーがだらしなくなければここまで彼女も怒り狂うこともなかったのかもしれないが。

 

「そんなことは全くありませんわ!」

 

「……本当にそう?自分の胸によく聞いてみて?」

 

 先ほど腕を組んで否定したワイスを生暖かい目でじっと見る。しばらくは負けじと目を合わせてきたが、瞳孔が揺れ動き、最終的に斜め下に視線を落とした。

 

「いえ……冷静になりました。続けてくださる?」

 

「ワイス、君は今持っているものを最大限に伸ばしていくためにここに来たんだ。リーダーになりに来たわけじゃないだろ?そこを履き違えちゃダメさ。大いに学んで、大いに学生であることを謳歌する。それが今許されているんだからやらないなんて損さ!」

 

 間違いなく自分が言ってはいけないし、自分たちの本来の目的の事を思うと胸が痛む。だがそれでも見逃せないものがある。誰かが言わなければチームRWBYの空中分解待ったなしだ。

 

「俺が君に言えることはこれくらいさ。だけどよーく考えてくれ。……もし本当に世界の危機が迫っている時でもそんなことを言うようならば君は本当に愚かだ」

 

「ネロ……?」

 

「ただの例え話さ、気にしなくていい。で、まだ無理にチームリーダーになりたかったり、交換したかったりする?」

 

 

 言葉には出さなかったが、彼女は白い細く首を横に振ることで答えた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「本当は俺なんかが諭すよりも先生がやってほしかったんですけどね……ねぇ、ピーター教授?」

 

 ワイスが去った後、廊下の角からピーター教授がのっそりと出てきた。

 

「ほっほっほ、君には教師になる才能があるかもしれんな。どうかね、卒業したらここで教えてみんか?」

 

「はっはっは……とんだ御冗談を。僕はそこまで模範的な人間じゃありませんって。それよりも……」

 

 なぜ立ち聞き等していたのかが気になる。そう繋げたかったが、敢えて言葉にはしなかった。

 

「生徒間で何とかなる問題であればともかく、そうでなければ我々教師の出番だからな。是非とも頼ってくれたまえよ?」

 

 そう言って教授は腹を叩き、太っ腹を揺らした。頼りがいがあるとは思うのだが……どうせならブレイクの双丘が揺れるところが見たかった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「へぇ……そんなことがあったのか。まあ俺はそれでも構わなかったが……お前の言う通りルビーよりも苦労する事請け合いだろうな」

 

「本当だよ。君が向こうに迷惑をかけるのは目に見えてるからね。ルビーもあの日以来シャキッとしてるようだし……」

 

 数日後、チームCHNGのメンバーが食堂で朝食を取りながらワイスと話した内容について語っていた。それ以外はいつも通りの朝だった。

 

「まあ、長い事付き合ってる僕やゴルドも偶に辟易しちゃうからね。とてもじゃないけど君を御せるとは思えないよ」

 

 ゴルドもそれに合わせて頷く。

 

「しかしネロが青春を謳歌することを人に勧めるとは。君はそこまで齢を取っているわけでもないのに時々爺臭いね」

 

 言葉の刃が突き刺さる。特に爺臭いと言われたのが胸にクリーンヒットした。相変わらずゴルドは歯に衣着せないで喋るのをもう少し手加減してほしい。

 

「やっぱり楽しいことはできるうちにやらないと。……俺たちは皆心当たりがあるはずだろ?」

 

 三人の視線が途端に鋭くなる。チームというよりも飛びぬけて強い四人が集まっているだけであり、外から見ればチームの体を成しているだけに過ぎない。未だ友人としての付き合いが続いているのは……お互いを憎からず思っているからだ。親近感があると言ってもいい。

 

「まあ、な。それはそうと……あん?何してんだあいつら……」

 

 カルマが深いため息を吐きながら食堂を見渡し、いっそう騒々しい方へと振り向く。その視線の先にいたのはチームCRDLだ。ファウナスの女子生徒に絡んでいるが、あまり気持ちの良い見世物ではない。

 

 その中心にいるのは……カーディン・ウィンチェスターか。いかにもガキ大将といった図体のデカさと頭の悪そうな顔つきの男だ。……頭は本当に悪かったようだが。

 確かジョーンに嫌がらせをしていたのを何回か見かけた覚えがある。その時はただのおふざけかと思っていたが、ジョーンをロッカーに閉じ込め、射出したのは少しやりすぎだろう。

 

「んー……あんまりああいうのは見過ごせないねえ。ちょっくら注意しに行くかい?」

 

「公共の場であそこまで品性下劣な真似ができるとなるといっそ清々しいね。かなり不愉快だけど」

 

 兎耳を引っ張られている彼女は弱弱しい抵抗こそしているが、カーディンがそれを辞めるつもりはないらしい。

 

「ほら、モノホンだって言っただろ?」

 

「ひゃはは!マジかよ!」

 

 ――――自分は少しファウナスと人間の確執について甘く見ていたのかもしれない。恐れるのはまだ理解できる。自分より強い存在がいたなら誰だって恐れるだろう。だから排斥した。差別した。……そして閉じ込めた。

 だが、笑いものにしようというのは……理解できない。幾ら抵抗の意志が弱いとはいえ、あそこまで心無い行為ができるのか。これではまるで――――

 

「おい」

 

 いつの間にかカーディンの目の前までカルマが動いていた。その声からは抑揚が消え、ここからでは伺えないが恐ろしい表情をしているだろう。

 

「なんだ?俺たちは今遊んでるんだから邪魔すんなって!」

 

 カルマが右手の人差し指を立てて天に向かって突き上げる。この動作を行う時はカルマが何かをしようという時だ。となると……

 

「失せろ。親父が言っていた……女の子に優しくできない奴に碌な奴はいないと」

 

 これは不味い。下手をすると血を見ることになる。キレてしまったらオーラで守れる限界以上に相手をボコボコにしてもおかしくない。

 

「ああ!?ちっ……てめえら確かCHNGの……覚えとけよ!」

 

 ただ、突き抜けた愚かさもなかったようだ。ここでカルマに痛めつけられる覚悟で殴り掛かったのであれば称賛こそしないが、その蛮勇に拍手くらいは送っただろう。……実際は尻尾を巻いて退散したので地に落ちていた評価は地面の底に沈んでいったが。

 

「へっ、一昨日来るんだな……ほら、立てるか?」

 

 カルマが兎のファウナスの少女に手を貸し、立ち上がるように促した。彼女はそれにやや躊躇いつつ、その手を取って立ち上がる。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「まあ気にしなさんな。同じファウナス同士なんだからそう気張る必要はないぜ」

 

 ……こうしてみるとファウナスの人柄には大きく分けて二種類いる気がする。

 

 ここにはいないが……船で密航して出かけることが趣味のサルのファウナスの友人や、カルマのようにファウナスだからどうした!と言わんばかりに前向きな性格のタイプ。

 

 ブレイクやこの兎耳の少女のように人間との差異に苦しみ、迫害されてきたことによってどこかしらで引っ込み思案になり後ろ向きな性格になってしまうタイプ。

 

 後者のタイプだからと言って必ずしも暗い性格という訳ではないし、前者のタイプだからと言って快活な性格であるというつもりもない。だが、大体この2タイプに分類できる。

 

 

「しっかしまあ、あそこまでされてなんで抵抗しない?なんか後ろ暗い事情でもあんのか?」

 

「い、いえ……別にそういう訳では……ただ私のチームリーダーが彼らを殺してしまうのではないかと思うと……」

 

 そのチームリーダーの事は気になるが、嫌がらせをされた相手によくもまあ……そこまで慈悲を掛けてやることができるものだ。彼女は聖女か何かだろうか。

 

「おいおい、それなら尚更言った方が……」

 

「私のせいで迷惑がかかるのは嫌なんです……!」

 

 仲間であったとしても人間がファウナスを庇うことで迷惑になる?本当にそうだろうか。チームメイトはその助けの声を待っているだけじゃないのか?

 

 

 

 その一部始終を見ていて……何が正しくて、何が間違っているのか分からなくなってきた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 俺は今面倒な奴に付きまとわれている。

 

 カーディン・ウィンチェスターだ。こいつが俺を後ろから突き飛ばしてくるのはまだいい。クロケア・モルスを通りすがりに展開させて通路にひっかけられたのは地味にショックだった。俺よりも上手く使ってくるとは……

 ロッカーの中に押し込められてどっかに飛ばされそうになった時は流石に冷や汗かいたよ。ネロとピュラが止めてくれなかったらどうなっていた事か。

 

「――――このようにファウナスによる人権革命、いわゆるファウナス戦争以前に人類はファウナスとの人権革命を推し進めていたのだ!」

 

 ウーブレックス教授……いや、博士。教授って呼ぶと訂正されるんだっけ。彼は教室を縦横無尽に駆け巡りながら講義をする。その速さは目にも留まらない程で、講義の進行速度もかなり早い。

 

「今君たちはッ!遠い過去の話だと思い込んでいるようだが……これは今現在も起こっている現実だと理解してくれると有難い。何故ならこの問題は現在の社会にも未だ根深い問題として残っているからだ!」

 

 高速移動の合間に水筒に口を付けながら喋っている。本当に速い。隣に座っているネロや少し離れた席にいるカルマはその動きを目で追っているようだ。もしかして見えているのか……!?

 

「ファウナスであるというだけで差別や弾圧を受けた者はいるかね?」

 

 ぽつりぽつりとファウナスの生徒が手を挙げている。……カーディンに虐められていた子も手を挙げていた。あの時はカルマが追っ払ったから大事にはならずに済んだみたいだけど、ノーラが足をへし折ってやろうとか言い出すし、ピュラも我慢の限界みたいだったからあそこであんなことが続いていたらどうなっていたか……

 

「嘆かわしいッ!実に嘆かわしいッ!良いかな諸君、それこそまさに卑劣で愚かしい暴行の象徴であるッ!……まさに……えー……まさしくッ!ホワイト・ファングもその一端であるッ!」

 

 

 

「それではファウナスの優位性について答えられる者はッ!?……それではアーク君、ようやく協力してくれる気になったか!」

 

 ヤバい!居眠りしてて話の内容聞いてねえ!

 

「素晴らしい!実に素晴らしいッ!では答えは!?」

 

 勿論わかるわけがない。まくし立てるように答えを求める先生には申し訳ないが、理解でき……ん?

 

 ピュラが先生の後ろからジェスチャーで何かを伝えてきた。すらりとした長い指で自分の目を指差した後、両手で輪を作り目に押し当てる動作をしているのは非常にかわいい。だけど何を伝えたいんだ……?

 

「えーっと……双眼鏡?」

 

「おいおいジョーン、それを言うなら目がいい、だろ。冗談はよしてくれよ?」

 

 隣に座っていたネロが訂正してくれなかったらもっと笑われていただろう。カーディンは笑っていたが。

 

「なかなかにユーモアのある回答をありがとうッ!それではカーディン君、君はその優位性についてどう答えるッ!」

 

「まあ、畜生ならば兵として従えやすいってところでしょうか」

 

「それは偏見ってものではなくて、カーディンさん?」

 

 慇懃な回答をしたカーディンをピュラが丁寧な口調で窘めているが、あれは内心で怒っている。

 

「あ?文句あんのか?」

 

「別に。答えは暗視能力です。ほとんどの獣人は暗闇でもはっきりとした視界の確保が可能です」

 

 流石ピュラだ。俺じゃ分からなかったのにあっさりと答えたのはエリート中のエリートって感じがする。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 カーディンが苛ついていたりしたが講義は無事に終わった。ウーブレックス先生に居残りさせられたのは仕方ないけど、カーディンと一緒だったのは最悪だったなぁ……教室から出たのと同時に突き飛ばされたし。

 

「本当に足をへし折ってやりたくなってきたわね。……そうだ!いい考えがあるわ!ほら、こっちに来て!」

 

 そしてピュラに屋上に連れてこられたのだが、まさか……

 

「なあピュラ。俺そこまで思い詰めては……」

 

 飛び降りろってことか?死ねば楽になれるというのはとんだブラックジョークだ。

 

「違うわ違うわ!そんなことのために連れてきたんじゃないの」

 

 

「ジョーン……あなたはまだ入学したばかりで大変かもしれない。戦士としてまだ一流でないというなら協力させてほしいの。……放課後、私とここで特訓しましょ!」

 

 確かに彼女がコーチになってくれるならば……希望はあるかもしれない。でも……

 

「なあ、俺ってそんなに頼りないのかな……」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 夜風に当たろうと屋上に来たらとんでもない場面に居合わせてしまった……ジョーンとピュラが何やら話しているみたいだが、こちらにはまだ気づいていない、邪魔するのも悪いしそろっと退散させてもらおう……

 

「違うんだ。俺はここに相応しくないんだ」

 

「何を言っているの……?相応しいからここにいるんじゃない」

 

 色恋話だと思っていたが雲行きが怪しい。もう少しここで立ち聞きさせてもらおうか。

 

「俺はビーコンに入学することを許されてここに来たわけじゃないんだ……」

 

 そんなことを言ったら自分含めてチームCHNGは全員ろくでなしだ。そこまで気にすることでもない。

 

 隠れて話を聞く限りだとジョーンは訓練校にも通わず、試験に合格したわけでもなく、アカデミーに実力で入った訳でもない……つまり、成績証明書を偽装して裏口入学したインチキだ、というらしい。

 だが、先祖代々英雄であった家族に顔向けできないという羞恥心を持ちながら、そこまでしてハンターになりたいという熱意を持ち、手段はともかく入学したのだ。

 ゴルドに師事してハッカーにでもなればいいのではないだろうか。

 

「だったら私が協力して……」

 

 確かに彼女が協力すれば大きな前進だろう。ジョーンがそれを素直に受け取れば、の話だが。

 

「協力なんていらねえよ!俺だって助けられてばっかりの能無しなんかになりたくない!仲間が生死を掛けて戦っている時に一人だけ木の上にしがみついて隠れてるような奴にはなりたくねえよ……!」

 

「自分ひとりでどうにかできなくて……何が英雄だ」

 

 ……これはちょっと手助けが必要か。

 

「聞いていればよくもまあそこまで情けないこと言えるもんだ、ええ?」

 

「誰!?……ってネロ!?あなた今の話……」

 

「君のような優等生に顔と名前を憶えられているとは光栄だ。……でさ、ジョーン。お前いいのか?」

 

 ピュラがいきなり現れた自分に驚いているが今はジョーンだ。ここが彼の分水領だろう。

 

 英雄になるか、ろくでなしになるかの。

 

「なんだよ。バカにすんのか?」

 

「まさか。そこまで手段を選ばずに入学するなんて見事だと思うよ。俺もあんまり人の事言えないしね。……いいか、ここに入学する以上ある程度は実力が付くんだ。やってけない奴はどっかで必ず痛い目を見るさ。お前はその覚悟があってここに来たんだろ?」

 

 ジョーンは沈黙している。だが首は小さく縦に振った。

 

「だろ?本当にどうしようもないと思ったらお前のチームメイトに相談するのが筋だろ。……リーダーがナメられるってことはお前のチームメイトもナメられるってことだ。それを頭の片隅に常に置いておけ。……わかったか?」

 

 孤独と孤高は全く別物である。カルマは人懐っこい態度こそ取っているが本質は孤高の男だ。ある一定のラインから入ろうとすると強い拒絶をぶつけてくるが、ある程度の協調性がある。

 だがジョーンは違う。頼ってくれと言う仲間を突っぱねて孤独になろうとしている。それは良くないものを後に遺してしまうだろう。

 

「少し頭冷やしてきな。これ以上話を続けてもお互い辛いだけだしさ」

 

「っ……!」

 

 ジョーンが俺とピュラの横を走り抜けていく。俺は止めなかったが、彼女は止められなかった。

 

「ねえネロ。ジョーンは……」

 

 此方の顔を伺ってくる彼女はいつもらしからぬ不安そうな表情を浮かべている。

 

「こればっかりはあいつが腹をくくれるかどうかの問題だ……それまで見守ってあげてほしい。そんであいつが君を真に頼って来た時がチームJNPRの本当の結成だと思うな」

 

 

 そういってこの場を去る。そして、彼女だけが煌々と輝く崩れかけている月の光を浴びていた。

 

 

 

 




 最後あたりにシーズン12話でジョーンとルビーが話しているシーンを挟もうとしましたが、描写していると話のテンポが更に悪くなってしまうので泣く泣くカット。RWBY本編見て確認して、どうぞ。



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Mental trouble

 なにジョジョ?カーディンって奴がクズい?
 逆に考えるんだ、これ以上奴の株が下がることはないんだ、って……

 本当に酷いから擁護できない……こんなんナルホド君も匙投げるわ。

 こういったジョック野郎が出てくるのは向こうのお国柄を感じますね。



 あの晩から一週間後、欠伸をしながら教室へと向かおうとしたが、朝に強い……というよりも笛の練習で早く起きていたハルトに引き止められた。

 ……ああ、そうか。まだ頭が回っていなかったからか。すっかり忘れていた。

 

 学ぶという事は何も室内で籠りきりになって本とにらめっこするだけではない。今日はグリンダ女史の引率で課外授業を行うことになっていた。そのため教室ではなく、屋外に集まり、フォーエバー・フォールまで来た。そこまでは良かったのだが……

 

「ジョーン君よぉ、俺たちの分もやっておいてくれよ?」

 

 ジョーンがカーディンの荷物運びをやっている。大方、あの晩の話を聞かれていて脅されて付き従っているといったところか。

 本気でその選択を選んでしまったというならもう止めないが、正直見損なったと言わざるを得ない。切った啖呵はその程度の価値だったという事になる。

 

 自分の観察眼も鈍ったか?いや、ジョーンは卑屈な目つきにこそなってはいるが、下水のようには濁っていない。何かきっかけがあればまだ……

 

 ん……?ジョーンとチームCRDLの人数分の瓶。まだ不自然な点はない。あのカーディンのことだ、課題を他の奴にやらせようという浅はかな考えが見え透いている。だがその数が6本だとすると途端に不可解な点が出てくる。

 あのダンボール箱から羽音のような、エンジンのような音が聞こえる。……そういえば今日の課題は一人一本瓶に樹液を詰めるという、危険な場所でさえなければ子供ですらできる簡単なものだ。

 

 

 六本目の瓶。甘い樹液。ダンボール箱から聞こえる謎の音……ふと脳内でこの三つの点が線で結ばれる。

 

 

 まさか。いやいやあり得ない。ここが危険であるという事は重々承知している筈だ。いや、それでも質の悪い悪戯のような真似をするのがあいつらだ。もしその標的が……

 

「ジョーン……」

 

 あの赤髪の才媛(ピュラ・ニコス)だとしたら。動機としても十分だ。ウーブレックス博士の講義でも腹を立てていたし、ファウナスに対して庇い立てしていた彼女が気に食わないといった理由で報復を仕掛けようなどと考えていてもおかしくはない。

 

 

「なあカルマ……」

 

「あ?ああ、成程……わかったっつうの。そんな顔すんなって。まあいざって時は……俺たちの出番ってわけか」

 

 カルマが親指を目立たないようにしてジョーンを指し示し、ハルトとゴルドにアイコンタクトを送っている。どうやら意図は完全に伝わったようだ。

 

「だけど勘違いすんなよ……限界までは手を貸さないし、手は出すな。これはあいつの問題であって本来は首を突っ込むようなことじゃない。それ位お前だってわかっている筈だ」

 

「耳が痛いねぇ……その通りだけど。だからハルトやゴルドには相談してないんだ、分かってくれよ」

 

「ちょちょちょ、それだと僕は冷血漢か何かみたいに聞こえてしまうじゃないか!カルマとはまた別のアプローチをしたさ」

 

「私に相談しないのは英断だったな。面倒事は嫌いだし、そんな奴らは徹底的に潰してしまえばちょっかいなどかけてこなくなるからな」

 

 ゴルドの方法は確かに一番手っ取り早いが、ジョーンの成長に繋がらない。ハルトに至っては普通に友達になれとか言い出しそうだから却下。向こうはジョーンをお友達(パシリ)だと思っているらしい。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 まさかあの晩こいつ(カーディン)に話を聞かれているとは思わなかった。決定的な弱みを握られた俺はへこへこせざるを得ない状況に置かれている。そのせいでチームのみんなと離れてこいつらと一緒に動かないといけなくなっちまった。

 

 ああ、この樹液は俺の体によくないようだ。手がかぶれているし、頭もクラクラする。だけどこいつらの分と俺の分、それに余分にもう一本何とか集め終わった……

 

「おう、ジョーン君よ、ご苦労さん。まあこれくらいは楽勝だったろ?」

 

 こいつら、俺の弱みに付け込んで木に背中を預けているのには腹が立つが、ここでプッツンしてバラされたら……更にチームのみんなに迷惑かけちまう。それだけはダメだ。

 

「まあジョーン、お前さんも気になってんだろ?なんで俺たちは五人しかいないのに瓶六本分も樹液を集めさせたか」

 

 気になるが嫌な予感しかしない。カーディンがにやけながら得意げに語りだそうとしたが、それを制止される。

 

「まあそんな顔すんなよ……気になるのは分かるがお楽しみはこれからだ。俺たちと来い。説明してやるよ」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「おいおいおいおいカルマ何やってんの!?」

 

 いざ樹液を集め終わったと思ったらその瓶の中には何も残っていなかった。向こうでジョーンの分まで樹液を集めてあげているピュラを見習って欲しい。

 

「何って……樹液を啜ってるんだろ」

 

 それは見たらわかる。先程この樹液を少し舐めてみたが、かなり甘い。とはいえ瓶に集めた先から勢いよく飲み干されてはたまったものではない。

 顔に蜜を付けずに飲み干す様はシュールだが、これでもう五杯目だ。いい加減飽きてほしい。

 

 少し離れたところでノーラも同じことをしていたが、カルマの飲み干す速さにドン引きしていた。それでレンが「助かった……」と言っていたので彼はいつも苦労しているのだろう。そんなオーラを感じるし。

 

「ふっ……これだからカルマは。僕みたいにプレーンシュガーを愛するって拘りがないからそんなアホみたいなことができるんだ」

 

 ハルトはまーた食の好みで戦争を起こそうとしてるし……甘いものは好きだが、カルマ程に見境なしというわけではないが、ハルト程譲れないものがあるわけでもない。

 

「こればっかりは理解不能だ。オレにはそんなものは不要だからな」

 

 ゴルドに至ってはこの手の甘味は興味の外にあるらしい。まあらしいと言えばらしいが、後ろで二人が取っ組み合いを始めている。

 

「随分とクールだね……食べることにはあんまり拘りってないの?」

 

「食べろと言われれば食べるがね。まあ美食は程々がいいというのは父が散々言っていたからな」

 

 ……ゴルドの顔はしょんぼりしていた。いつもは自信満々に言い放つ皮肉もどういう訳かキレがない。というかそこまで皮肉になっていないような気がするが気のせいだろうか?

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 背のそこそこ高い草の生えている、切り立った低い段差から匍匐の姿勢を取って下を眺める。

 見渡す限り生えている植物が紅、紅、紅。いざここにいると意識してしまうと幻想的な景色に対する畏怖と美しさで自分を見失いそうになる。

 

 だがそれは今重要なことではない。下にはチームRWBY、CHNG……そしてピュラやノーラ、レンたちが樹液を集めている。

 

「カーディン……どういうつもりだ?」

 

 カーディンの意図が読めないが、苛ついた顔が良からぬことを成そうとしていることを隠そうとしていない。

 

「借りを返す……ピュラ・ニコス。天才だか何だか知らないが気に食わねぇ」

 

 そうして大きく「W」と書かれているダンボール箱を取り出す。それは振動しながら大きな羽音を立てている。こいつを集めてきた時は何に使うのか理解できなかったが……

 

「さて、先週ジョーンにやらせたレポートにあったが、このレイピア・ワスプは甘いものに集まる習性があってな……」

 

 俺の手を掴んで引っ張り上げ、並々と樹液の入った瓶を押し付けてくる。まさかこれを……

 

「あの女に投げつけてやれ。そうすりゃこの蜂が群がるって寸法だ!」

 

 こいつ。投げつけなかったらバラすつもりだ!畜生め――――

 

 そうして振りかぶってピュラの方を見る。本当にいいのか?彼女は恩人だ。こんな恩を仇で返すような真似をして……投げたらこれからこいつらにずっと頭が上がらなくなる。

 だけどやらないとバラされて退学にされてしまう。あんなことまでやって退学になったら家族に顔向けなんてできやしない。 

 

 そんなことを考えていたらネロが此方を見ている。気づかれた!?いや、この距離だ。見えている訳がない。さっさと投げ――――

 

 

 

 お ま え は そ れ で い い の か ?

 

 

 

 ネロの口の動きがそう言っている。読唇術はできないが、そういったとしか考えられない。

 

 恐ろしかった。心を見透かされているようだった。だけど彼の言う通りだ。

 

 本当に恐ろしいのは――――

 

「……やらない」

 

「……おい。どういうつもりだよ?」

 

「俺の答えは……こうだ!」

 

 瓶をピュラではなくカーディンに投げつける。ボディプレートに赤い蜜が垂れ、ドロドロに汚れている。カーディンも取り巻き共も俺が逆らわないとでも思っていたのか、唖然としている。

 これが今の俺にできる精一杯の反逆。どんなもんだ。まあその顔を見れば効果は覿面だったみたいだけどな。ピュラに投げる?そんなことを一瞬でも考えていた俺がバカだった。

 

 再びネロの方を見たが、こちらは向いていなかった。だけど笑顔でハルトと話している。

 きっと、俺が絶対に後悔しない選択肢を選ぶという事を信じていてくれたからだろう。

 

 

 次の瞬間、世界が反転していた。覚悟していたことだが、かなり痛い。地面に叩きつけられ、体に衝撃が走る。

 こんなチンピラのようなカーディンでもつい最近オーラに目覚めて戦闘訓練を受け始めた俺よりも幾らかは強い。

 

 乱雑に掴み起こされ、襟元を引っ張り上げられる。身長差のため足が付かず、宙吊りになる。さっき顔にいいのを貰ってしまったから痣もできているだろう。

 

「覚悟はできてんだろうな?」

 

 ああ、こいつバカなんだな。分かり切ったことをいちいち聞くのは考えなしのすることだ。今更逃げる真似なんざするもんか。

 

「今更だろ。おまえまさかまだわかってねえのか?……仲間を売るなんざ御免だね」

 

 やられる――――

 

 

「うおっ!?」

 

 鈍い音ではなく、金属をぶつけ合ったような甲高い音を立て、カーディンの拳を弾いた……らしい。というのも目を閉じていたから何が起こったか理解できなかったからだ。

 だが、俺の手から白いオーラが滲み出ているところからすると、何かして防御したのは俺という事は間違いないらしい。

 

 これならあいつらとやり合える、そう思っていたら後ろからカーディンの取り巻きに蹴り倒される。

 

「へっ……驚かせてくれるじゃねえか。それならどこまでやれるか見せて――――」

 

 

 やってやる……徹底的に!こんな奴らにペコペコしてるのは御免だ――――!

 

「おい!どうしたジョーンくん、よ……?」

 

 こいつらには負けたくはない。だけどその覚悟が一瞬で砕け散りそうになった。

 

 あ、ああ……あれは……

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……グリムだ」

 

 遠くで雄叫びと悲鳴が聞こえる。種別は……恐らくアーサ。音の低さや大きさからすると巨大な個体といったところか。だが気のせいという可能性もなくはない。

 ……ここにグリムが出る事もあるというグリンダ女史の話を聞く限りだと、そんな考えはこれっぽっちも気休めにもならなそうだが。

 

「みんな、今の聞こえた?」

 

「聞こえた。ルビーもか?」

 

 樹液を採る手を止めたルビーも聞こえたという事はやはり気のせいではないようだ。

 だが誰が襲われているんだ?ここには各チームのメンバーはほぼ全員いる。

 

「アーサ!アーサだ!」

 

 ソフトモヒカンの生徒がグリムの名を叫びながら走ってくる。足が縺れて転びそうになりながらよくもまああそこまで走れるものだ。

 いや、そんなことはどうでもいい。確かあいつは……そうだ、チームCRDLの奴だったかな?そいつらが慌てて走ってきたという事は……ジョーンが襲われているのか!

 

「何!?どこにいんの!?」

 

 ヤンにぶつかったモヒカンが首元を吊られながら走ってきた方向を指差す。

 地面から足が浮くほどに持ち上げられてかなり焦り気味ではあったが、最低限の役目は果たしたといったところか。

 

「ジョーン……!」

 

 ヤンがモヒカンを投げ捨てたのと同時にピュラが手に持った瓶を落とす。冷静沈着な彼女にしては随分取り乱している。

 

「まだ他の場所にもグリムがいるかもしれないからブレイクとお姉ちゃんはグリンダ先生に伝えてきて!」

 

「レンとノーラもついて行って。私はジョーンを助けに行くわ」

 

 伝言と遊撃のグループ分けを迅速に終え、モヒカンの

 

「ハルト、ゴルド。見つけたグリムを片っ端から殲滅してこい。なあに、露払いみたいなもんだ。俺たちはそれだけで十分仕事した事になる」

 

 剣呑な指令だが、適材適所という意味では間違ってはいない。 

 

「ネロは俺と一緒にジョーンの所に行くぞ。三人もそれで構わないな?」

 

 ピュラとルビーは無言で頷いた。ワイスは何か言いたげだったが同じく無言で頷き、叫び声の方へと駆けて行った。

 

 

 

 やはりアーサだ。棘のように逆立った白い甲殻を背負った大型の獣。通常の個体よりも強いのは明確だろう。

 カーディンが自前の武器で抵抗しようとした痕跡が地面に転がっているが、情けなく腰を抜かしている当人から離れた場所にそれがあるという事は無駄だったらしい。

 

「うおっとお!」

 

 ジョーンがその凶爪を転がりながら避けてはいるが、このままでは引き裂かれるのも時間の問題か。

 

「ジョーン、今助けるよ!」

 

「ルビー、ちょっと待った。ここはジョーンの可能性を信じよう」

 

 クレセント・ローズを構えて飛び出そうとしたルビーのフードを掴んで手繰り寄せ自分の脇に抱きかかえる。

 

「ええっ、ネロなんで? みんなでやればすぐに倒せるよ?」

 

「男にはやらなきゃならない時がある……それが今なんだ。黙って見てな、ルビー」

 

「あなた何をいってますの!?現にジョーンはボロボロ、生きるか死ぬかの瀬戸際ですのよ!」

 

 言わんとすることはよくわかる。ワイスの言う通りかなりオーラを削られているし、相手もかなりの大物だ。ジョーンには荷が重いと見るのも間違ってはいない。

 ……だが、ここで手を貸すのはあまりにも無粋。あの覚悟を決めた目。いつもよりもキレのある動作。

 

 

「ここで逃げたら本当にダメな奴になっちまう……!」

 

 

 ……ここで助けでもしたらジョーンのプライドを傷つけることになってしまう。

 カルマも同じ考えなのか、静かにその時が訪れるのを待っている。

 

「……ええ。ネロの言う通りジョーンを見守りましょう」

 

「ピュラまで……ああもう、どうなっても知りませんわよ!」 

 

 

 

「……別に見殺しにしろなんて鬼のような事を言うつもりはないよ。だけど彼の覚悟を見届けてくれ」 

 

 がんばれ、ジョーン。お前はやっぱり見込んだ通りの男だったよ。これを皮切りに英雄としての第一歩を踏み出すといい。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 カーディンのような奴でも目の前で死なれるのは嫌だ。

 だから俺が何とかするしかない。

 例え荷が重いと言われても。

 ここで逃げたらあいつと同じになっちまう。

 

 怖い。やると決めたとはいえ……目と鼻の先を剛腕から繰り出される一撃が掠めていくのはやっぱり心臓に悪い。

 

 二発ほど直撃してしまったけどまだ行ける。講義で教わったことを脳内で反芻しながらスクロールを見る。

 自分のオーラ残量は34%。もう一発喰らえば死は目前まで迫ってくる。

 

 ならば恐らく次の一撃を当てるか、当てられるか。そこで勝負を決めるしかない。

 

「GUOOOOO!」

 

 咆哮と共に覆いかぶさる形で上を取った獣が命を狩り取ろうとしてくる。

 近くで見ると俺よりも三倍ほど大きく、横幅もかなりあって迫力がある。

 

 ……だけど初めてネロを見た時。あの時は目が合っただけで死んだと思ったが、今は心臓にちょっと悪いだけであの時よりかは恐ろしくはない。

 

 ……楽観的になって現状を顧みても、チームのみんなとデスストーカーを倒した時と違って誰も頼ることができない。ピンチであることには変わりはない。

 

 

「ジョーン!講義の内容を思い出しながらやれば貴方はできるわ!」

 

 いつの間にかピュラたちが俺を見ている。ネロも手助けをしようとしたルビーを止め、こちらを見守ってくれるらしい。……期待は裏切れないな。

 

 ……だから次の一撃で奴の首を刎ねて決着を付ける!

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ジョーンは懐に潜り込んで首を刎ねとばすつもりだろう。だが、アーサの首は刎ねることが出来たとしてもいかんせんガードが甘い。低い角度で盾受けしようとしている。

 このままではリーチの差で爪を防ぎきれずに吹っ飛ばされ、致命の一撃が届く前にジョーンの頭は潰れたトマトになるだろう。

 

 本音を言うとすぐにでもアーサを膾切りにしたいが……

 

 

 ここでジョーンに手を差し伸べるのは自分ではない。もっと相応しい人物がいる。

 

 

 ピュラが手を伸ばす。その手からはピュラのオーラの臙脂色ではなく鈍く黒い輝きが放たれる。

 それと同時にジョーンの盾が黒く輝いて軌道が頭を守るように修正されたのを見逃さなかった。

 

 これは……成程、磁力か。装備は金属でできていることが多い。人間に干渉する類のセンブランスとしては最高峰のものだろう。

 それとピュラの類稀なる戦闘センスと噛み合い、抜群の戦闘能力を生んでいるという訳だ。

 

 盾をを滑って行った腕の内側にジョーンが更に潜り込み、クロケア・モルスが首に深々と食い込んでいき、首と胴体を泣き別れさせる。

 宙を勢いよく舞った首は重い音を立てて落下し、体と共に黒い塵へと還っていく。

 

「へーえ…… そういうことするんだぁ……」

 

「ネロ、カルマ、これはチームの問題なの。私はジョーンに傷ついてほしくはないの。だから……」

 

 ジョーンの手助け自体には何ら文句はない。完璧だろう。

 ……それにピュラとジョーンの関係がごたついた一因は自分にもあるのであまり強く言うつもりはない。

 

「いや、別に不満だったわけじゃないよ。……でも君ってジョーンのお姉さんみたいだよね」

 

「そういうネロはお節介なお兄さんよね。これからもうちのジョーンを助けてあげて?」

 

 ……ジョーンも難儀な男だ。ピュラと付き合うのはかなり大変だろう。いろんな意味で。

 

「ねえねえ、ネロー。今のって何が起きたの?」

 

「ピュラに聞いて。俺って結構説明下手だから……」

 

 ルビーとワイスは何が起こったのかいまいち理解できていなかったのでピュラから説明を受けていたが……

 

 

 

「これは俺たちの胸の内に仕舞っておけばいい……ジョーンは確かに自分の力でやりきった」

 

 防御は少しばかりのお膳立てはあったが、その剣捌きは間違いなくジョーンのものだ。

 

 

 

「ジョーン、なかなかやるじゃねえか」

 

「おいカーディン……二度と俺のチームメイトや友達をバカにすんな!もっぺん同じ事したら……」

 

 ジョーンがカーディンの手を掴み起こしていたが、もうその目はビクビクと恐れをなしているようではなく、毅然としたものに変貌していた。

 カーディンはジョーンが「俺のチームメイトや友達」といった時に捨てられたチワワのような目で見ていたが……因果応報だろう。

 

「……いいな?」

 

 既にどちらが格上か決していた。もうカーディンに脅されることはないだろう。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「カルマ、ここからが俺たちの仕事だな?」

 

 ジョーンたちと別れた後、森の更に深部に潜っていた。

 赤の鮮やかさは失われ、凝固した血のように黒々としている。

 

「応ともよ。あんまり時間かけると不審がられるのは御免だろ?五分くらいで始末していくぞ。……さ、隠れてないで出てこい」

 

 カルマが促す。のそり、のそり。ずんぐりむっくりとした人型が現れる。どうやらアーサを基にしているようだ。

 

「じゃあリニューアルしたこいつのお披露目と行くか」

 

 アークドライバーを巻き付けることにより、使用者によってバックルに現れるレリーフの形状は変化する。

 自分は白と黒の何かを模したもの。ハルトは四大元素を模した四色のダスト。そしてカルマは……

 

 

「変身!」

 

「Faunas……Faunas……Moments Beetle!」

 

 銀色の輝きを放つ重厚な鎧。それでいて下半身はすらりとしていて動きやすそうだが、どこかちぐはぐにも見える。

 これでも強いのかもしれないが……まだ不完全で、蛹のような印象を受ける。

 そしてバックル部分。赤い甲虫……カブトムシだ。機械的なカブトムシを模したものが彫られている。

 

「お?あんまり変わった感じはしないな……」

 

 自分が変身した時はあんな音声は鳴らなかった筈だが……カルマがああいうのであれば以前からあった機能なのだろうか?

 

「まあいいや、俺も……変身!」

 

「■■■■■……■■■■■……Mask Of ■■■■■!」

 

「……何だ!?」

 

 エラー……なのか?だが肉体は変化しているようだ。肌は白と黒の装甲に覆われ、顔に手を当てると掌に硬い感覚が伝わってくる。

 

「おい、ぼさっとしてる場合か!死ぬぞ!」

 

 アーサ・プリテンダーとがっぷりと四つに組み合ったカルマの声で現実に引き戻されたが、それでも疑問は尽きない。

 

「……」

 

 あまりにも一方的。元より高い身体能力を更に強化されているというのもあるが、それを余すところなく使うカルマの戦闘センスも大きな要因だろう。

 その結果が押し倒し、組み伏せ、マウントを取って顔面を鉄のような拳で打ちつけるといった目を伏せたくなるような光景を繰り広げていた。

 

 アーサ・プリテンダーが弱々しく抵抗したが、それでもカルマは止まらない。仮面の下の顔は見えない。

 ……いや、一旦停止した。カルマが立ち上がって脇腹を蹴り飛ばし、距離を取った。

 

「ネロ、合わせろ……止めを刺す」

 

 カルマが投げ飛ばすのと同時にセンブランスを浴びせられたアーサ・プリテンダーの動きが鈍くなる。

 自分はそれに合わせ、大剣で片方だけ足を切り飛ばし、怪物は地に突っ伏した。

 

「叫び声の一つや二つはあげて貰わねえとやってらんねえな……」

 

 カルマが腰に提げられていたクナイと銃を合わせたような紅い武器を右手に取り、執拗に切りつけていく。

 胸、両腕、太腿、腹、首筋……全身余すところなく切り刻み、アーサが悲鳴をあげる。

 

「もうそのくらいにした方が……」

 

 血が飛び散るといったことがないとはいえ、これはいくら何でも常軌を逸している。ここまで激昂したカルマは初めて見たがここまで恐ろしいとは……

 

「……ああ。見苦しいところを見せちまったな。いつもはもっと抑えられるんだが……」

 

 塵を尻目にしてカルマが立ち上がる。依然として仮面の下は伺い知れない。

 

「やっぱり復讐相手って……」

 

 グリムに対して人並み以上に強い敵意を持っているのは薄々感じてはいたが……

 

「そうだ。俺の親父の殺された夜。全身漆黒で顔は良く見えなかったが、金色に輝く目。あれだけは一瞬たりとも忘れたことはなかった……」

 

 

 さ、もう帰ろうぜ。カルマはそう言っていたが、彼がいつもの姿になるまで俺はその場を動けなかった。

 恐ろしかった。記憶を失う前はどうだったかは知らないが、初めて誰かを恐ろしいと思った。

 

 

 朗らかで明るい男。復讐に身を捧げた男。どちらが本当の彼なのだろうか。

 ……彼の背中は何も語らない。それだけで今は救われた。




 次回からRWBY一期のクライマックス部分なので、完成まで少し時間がかかるかもしれませんがのんびりと待っていただければ何よりです。

 感想、ご指摘、好評の声等々お待ちしております。





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Nero bestia

 前回のあとがきで遅くなると言っておいて一週間と少しで投下する……
 ホモはせっかち、はっきりわかんだね。
 

 原作で言う所のVol.1における最後の山場の導入部分。

 それだけに長くなると思いますがどうか最後までお付き合いください。


 冒頭三人称からお送りします。


「ネロ……」

 

 禍々しさを孕んだ暗い空と赤黒い雲。

 かつては美しかったであろう面影を残している崩れかけの神殿。

 大地はところどころ赤くひび割れており、まともな生命体はいる筈もない。

 

 そう、まともな生命体は、だ。この死の大地を支配する者が存在しない筈もない。

 ――――イヴは吹き抜けになっている神殿の最奥の二つ並べられた玉座に腰かけ、雲一つない暗黒の空を眺めている。

 

 その姿は女帝を思わせるが……隣に座る彼女の愛すべき王もいなければ、かつてはいたであろう従者もいない。

 

 表情は憂いと怒りが入り混じり、人形のような端正な顔を歪ませていた。

 

「なぜ?わたくしをお忘れですか?これほどまでにお慕いしているのに……」

 

 彼女は配下にした同胞(グリム)を彼に差し向けた。だけどにべもなくその場にいたもう一人の男――――ハルトと協力して粉々にされた。

 

「なぜですか?わたくしの愛に何処か至らない点でもありましたか?」

 

 彼女は答えられる限りの事を答えようとした。だが二人の仲間(カルマとハルト)の前でネロの立場を不利にする事はできなかった。

 

「ああ……やはり静かな場所で語り合いたい……ようやく見つけたのに……」

 

 彼女はネロと二人で心行くまで語り合おうとしただけだった。離れ離れになっていた時間を少しでも埋めるため。

 

「ああ……やはり帰ってきていただけないのですか……?」

 

 

 彼はあの時彼女と決別した。それでも――――

 

 

「我が写し身よ……」

 

 青白すぎる肌。六つに枝分かれしており、飾りのつけられている白い髪。

 腕から顔にかけて血管が浮き出しているかのような脈が走っている。

 額の中央の黒い菱形が目を引くが、何より瞳孔は赤く、白目の部分がどす黒い。

 

 およそ人間離れした外見の女は悠々とした足取りでイヴの目の前に姿を現す。

 

「セイラムですか。今日はどのようなご用件で?」

 

 人間という類稀なる成長性と感情から力を引き出す生物に対し、その力を認めているにも関わらず、この世界で誰よりも強い敵意を人類に抱く存在。

 彼女はこの老獪な女が何よりも嫌いだった。恐ろしいからではない。古の時代の遺物が現在も尚、裏の世界に力を及ぼしているからだ。

 

「『王』は未だに見つからないのか?」

 

 女王。彼女はイヴを小間使いか何かとしか認識していないのだろう。それでもこの女王が直々に足を運んでいるあたり、部下には任せられない重要な案件であると認識しているらしい。

 

「……ええ。王は目覚めなければわたくしでも探知できません。なので今日のところはお帰りいただけるかしら?」

 

 女王の配下がいれば彼女の礼を失した対応に怒り狂っただろう。それでもこの女王が未だに平静を保って顔を突き合わせているのは自分たちの陣営……グリムの繁栄に必要な情報だからだ。

 

「そうか。だがあまり隠し事は褒められたものではない。私をあまり侮るなよ……」

 

 それだけ残して黒い靄となって女王はこの殺風景な大地から去っていく。残されたのは一人の少女だけだ。

 

「不愉快な女ね……」

 

 怪訝な顔でその靄を見送りながらイヴはついそう漏らした。老害であると思ってはいるが持っている力は間違いなく本物だ。決して侮っていい相手ではない。

 

 だが本当に知られてはいけないことは隠し通した。イヴはいつの間にか流れていた額の汗を黒いハンカチでふき取り、満足した顔で再び味気ない空を眺める。

 

 

「……セイラム。あなたの時代は直に終わりを迎えるわ。ネロ、本当の貴方が戻ってきた時……私たちの時代が来る――――」

 

 叛意を抱いていることを知られてはいけない。さもないければイヴはグリム陣営と人間陣営に板挟みにされかねない立ち位置だからだ――――

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……つまりそれの調子がおかしいっていう訳かな君は?」

 

「あんなノイズを立てておいて何の不具合もないだなんて言わせないけど?」

 

 先日のフォーエバー・フォールの一件。アークドライバーに不具合が起こったことをなんて事のない顔をして聞き流すゴルドに対してネロは腹を立てていた。

 

「だがカルマの使っていたものには問題はなかったのだろう?で、あればだ。君自体に原因があるのかもしれない」

 

「と、いうと?」

 

 勿体ぶった言い回しといまいち腑に落ちず、更に苛つくネロを尻目にゴルドが続ける。

 

「アークドライバーが能力を引き出すていう話を以前聞かせたのは覚えているな?調べるうちに分かったが、それはある条件を満たさなければそれは機能しない。激しい感情を持つこと。そして己自身がどのような存在か理解していなければいけない事。君は自分自身を半端にしか理解できていないのかもしれない」

 

 鳩が豆鉄砲を喰らったように目をぱちくりさせる。それも当然だろう。いきなり自分自身の認識に甘い部分があると言われれば誰でも驚くのだ。例えネロのようなお気楽な人物であったとしても。

 

「まあそう驚くこともあるまい。自分自身は何者か、だなんて常時考えている奴はきっと自分に自信のない奴ぐらいだからな……」

 

 ゴルドは普段は人を食ったような態度で受け答えをする男だが、おちょくる事は決してせず、それ以上に己の在り方を模索し続けているだけに過ぎない。

 ネロもそれを理解している。なので苛立ちを収め、冷静に話を聞くことにに努めていた。

 

「あの音声は一種の認識機能のようなものだ。いわばシリアルナンバー。唯一無二である己を指し示してくれるものとでも捉えておくと分かりやすいか。だから(ネロ)自分(ネロ)を見つめなおす必要があるんだ」

 

 

「それって結構難しい事だよね。……まあやれるだけやってみるよ」

 

 椅子からゆっくりと立ち上がり部屋からネロは出ていく。

 ゴルドはその後姿には……声を掛けずに見送った。

 

 

 ゴルドは掌を握りしめる。そこから金属が軋むような音が響く。

 

「皆にもいずれは言わなければいけないか。ネロの事も……そしてオレの事も」

 

 彼の言葉を聞いたものは誰もいなかった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 Case.1 チームRWBY

 

 

「う~ん、そうだね……お兄ちゃんがいたらきっとネロみたいな人だってんじゃないかなって思うな!お姉ちゃんとは違った優しさだし!」

 

「ルビーは偶にあたしに厳しいよね。そうだね……ネロは落ち着いた人かな。いつも物事を外側から客観的に見てるって感じがする」

 

「わたくしもそう思いますわ。オズピン教授も大概ですが……若者の肉体に老人の精神でも詰め込んでいるのでは?」

 

 ブレイクは図書館に行っているという事で話は聞けなかったが、概ね『落ち着いている』という評価らしい。

 

 

「あっそうだ!明日街に出かけるんだけど一緒に行かない?」

 

「あー……まあ息抜きも必要か。ゴルド辺りを連れて行くかもしれないけど、それでもいいなら」

 

「ルビー、遊びに行くのとは違いますのよ?わかってますの?」

 

 なんだろう……ワイスは時々腹黒になったり抜けていたりするので見ていて面白い。今はやや腹黒寄りか。

 

「ルビーもワイスも喧嘩しなーい。あたしはいいけどブレイクにも聞いてみるよ。後でスクロールに送っとくね」

 

 女性は三人集まると姦しくなるらしい。どのような話題でも賑やかにできるのは本当にすごいと思う。

 

 

 Case.2 チームJNPR

 

 

「顔が少し怖い奴だと思ってたけど、よく話すといい奴って感じだよなお前。……あの時はありがとな」

 

 そんなこと思われていたのか……地味に傷つくな。まあ黒づくめで自分よりガタイのいい奴がいるだけで威圧感を感じるのは当然だが。

 

「ジョーンが世話になったねー!へっへっへ……どうしてくれようか。あ、カルマから何か甘いもの貰ってきてよ!」

 

「うちのノーラが本当に申し訳ありません……あなたは少し変わっていますね。このようなことをわざわざ聞きに来るなんて……」

 

 この二人は漫才コンビのような……以心伝心、阿吽の呼吸というものが身についている。ノーラのボケにエッジが効きすぎているが。

 

「ジョーンに勇気をありがとう。こればっかりは私でもね。……そういえば貴方が強いってジョーンに聞いたわ。今度訓練に付き合ってもらえるかしら?」

 

「いやそんなことは……ジョーンお前さてはあの話したな?」

 

 今更ながらジョーンは結構お調子者なところがある……

 カルマのように軽い雰囲気から一転、人を殺していそうな鋭い雰囲気を出すようになられても困るが。

 

「なんかチームの時間で話している時にいきなり押しかけてごめん……」

 

「いや、いつでも来てくれよ。友達だろ?」

 

 なんというか世間話のような感じになってしまった。『付き合いのいい奴』といったところか?

 ……ノーラは涎を垂らして此方を見るのは勘弁してくれ。そのまま食われてしまいそうで気が気ではない。

 

 

 Case.3 教師陣

 

 

「ネロ君。君は私の話をよく聞いてくれる。私の若い頃もそれくらい勤勉で……」

 

「私の講義をよく聞いてくれるという風に記憶しているッ!君はファウナスの友人がいるから差別意識を持たずにスポンジのように私の話を聞いてくれるのは大変よろしいッ!」

 

「……あなたのチームは性格に難のある面子が集まっていますが……あなただけは驚く程まともです。性格面だけ見ればあなたがリーダーに見えるくらいには」

 

 

 あまり教師陣とは特別な付き合いがある訳でもないので、どうしても講義の中での話になってしまう。非常にむず痒いが『勤勉な学生』という評価を頂戴した。

 ……数日程前、自分が入学式の日に破壊した石畳をセンブランスで修復しているグリンダ女史を見てしまい、非常に申し訳ないと思った。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「あ"あ"~ダメだ。全っ然わかんないなぁ……」

 

 本のページを捲る。捲る。捲る。分厚い本を静かに閉じ、突っ伏せる。

 

 図書室のような静かな場所であれば何か浮かぶと勝手に思っていただけで何も思い浮かばない。

 

 主観的に自分に向き合っても全く分からないと思ったからこそ他者の客観的な意見が欲しかったが……

 それもよくよく考えてしまえば結局は別の主観的意見でしかないともとれる。

 

「俺って結局……?」

 

 冷静。良心的。真面目。どれも月並みの回答の域を出ない。

 確かにそうなのかもしれないが……そこからもう一歩踏み込んだ答えが欲しい。

 

 たとえ、目を背けてしまいたいものであったとしても。

 

 たとえ、普段なら切り捨ててしまうものであったとしても。

 

 今はそれが途方もなく欲しい。

 正の評価ではなく負の評価が欲しいと願ってしまう程には。

 

「ネロ?」

 

 背後からやや女性にしては低音のハスキーボイスが聞こえた。

 ……ああ、ブレイクか。そういえば図書室に行ったと言っていた。彼女は誰かにわざわざ構うようなタイプではないと思っていたから意外だ。

 

「ああそうさ、ご存知だろうけどネロだよ……そうだ、今暇してる?」

 

 

 いきなりの事だから断られてしまうかもしれない。

 そこまで仲が良くないかもしれないから断られてしまうかもしれない。

 

 それでも彼女(ブレイク)を誘わずにはいられなかった。

 

「……ダメかな?」

 

「……何か思い詰めてるみたいだから少しだけ付き合ってあげる。……ここだと誰が聞いているか分からないから場所を変えましょう」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……あなたでも自分が何者なのか悩むのね」

 

 カフェテラスで彼女は少し冷ました紅茶を啜りながら意外そうな顔で自分の顔をまじまじと眺めて居る。

 

「まあ突っ走るような生き方をしていると、ふと自分が何者なのか見失ってしまうもんだよね」

 

 甘めのミルクティーを注文したのでそれを啜りながら二年の間の事を回顧する。

 流されて生きてきたつもりはないが、ブレイクを親元へ送るために行動し始めてから色々とあった。

 

 ホワイト・ファングの列車襲撃。

 カルマを始めとした超人たちとの出会い。

 プリテンダーとの戦いの幕開け。

 そしてビーコン入学。 

 

 二年でこれだけのことが起きたのだからきっとこれからも様々な出来事に見舞われるだろう。

 ……だけど頼もしい仲間がいると思えばそこまで困難な事だとは思わない。寧ろどんと来いだ。

 

 

「それであなたがどのような人かだったわね。……割とマイペースでふらふらとしていて、普段は何考えているか分からない人って感じ」

 

 おお。的を射ているかもしれない。マイペースでふらふらしているのはともかく、考えている事が読めないと言われるのは意外だ。結構わかりやすい方ではないだろうか。

 

「あとは……普段は無気力な癖にいざという時はお節介。どこか傲慢さを感じる程に。だけどそれに救われている人もいるのも確かね」

 

 うぐっ……無気力か。手厳しい。自分にお節介なところもあるというのは気づかなかったが、いざ面と向かって言われるとキツい。

 それでもフォローを入れてくれている彼女の優しさにはかなり救われるが。

 

「参考になったのであれば何よりだけど」

 

「ありがとう。こういうのって普段は意識してなかったからさ。新しい自分を見つけたようで……なんか新鮮だよ」

 

 リボンが動いているのに彼女は気が付いているのだろうか。その様はとてもかわいらしいのだが、彼女がファウナスであることを知らない者が見たら驚くだろう。

 

「君はもうルビー達にはファウナスだってことを……」

 

「まだ打ち明けてない。このことは……」

 

「そうだね。君が覚悟を決めたら話せばいい」

 

 今更ながらなんという犯罪臭………男女が二人きりで密会。しかも男は女の秘密を握っている。

 ブレイクの雰囲気も相まってダークな方に思考が引っ張られて行ってしまう。

 

「なんか本当にすみません……」

 

「ネロが謝る必要はないわ。本当は私がすぐに打ち明けていれば良かっただけの事。気に病まないで」

 

 違う、そうじゃない。下心丸出しの想像をしてしまったことに罪悪感を感じているんだ……

 彼女が感づいていないならばともかく、その上で気を遣われたのであれば精神的に死ねる。

 

「今度は私の話に付き合ってくれる?あなたが良ければだけど」

 

「もち。自分だけ一方的に喋るのはお話じゃないからね。付き合うよ」

 

 美味しい魚の話とかチームでやっていることについて話してくれたりするのだろうか。

 

 

 

「……お父さんたちには帰りたくないって伝えてほしい。いっそ『あなたの娘は死んでいました』とでも……」

 

 

 

 ちょっとこれは昼下がりには重すぎやしませんかね……神が存在するならば間違いなく優しくないのだろう。

 

 ブレイクもブレイクでしんどい話をサラッと振ってくるのはやめていただきたい。

 こんな話あの夫妻にはとてもできない。というかメナジェリーの土を踏めるかどうかさえ怪しい。

 

「……そんなことは冗談でも言わないでくれ」

 

「それでもこの手は汚れているの。だからこうでもしないと……」

 

 これはかなり根が深そうだ。正直なところ、ヤン辺りに丸投げしたい……

 当然ながら今ここでどうにかすることが出来るような問題ではない。

 

 絶対に正しい選択は今の世には存在しないし、これからも現れないだろう。

 だが、ここで看過するという選択肢は俺には選べない。

 

 ……だからこそ今は厳しい言葉をかけなくてはならない。

 

「それじゃ君は永遠に逃げ続けることになる。見えるもの、見えないもの。……何より自分自身から」

 

 逃避という選択自体が悪なのではない。逃げとは自己を守る事。生きる為に上手に使いこなさなくてはならない手段だ。

 

 だがそれを選択することで不幸になることは果たして良い事だろうか?

 

「そしてこの場合誰も幸せになれない。君のご両親も、ルビー達もだ。俺だってそんな君を見ていて辛いし、何より君がダメになってしまう」

 

 やはり彼女は内に暗いものを溜めこむ性格のようだ。誰かが手を差し伸べなければきっと腐ってしまうだろう。

 

「でもこれは私の問題なの。みんなを巻き込むわけにはいかない。私のせいでみんなを危険なことに巻き込みたくない……」

 

「それでも俺個人はブレイクに手を貸す。なんならうちのチームの愉快な仲間たちもセットで付けようか?」

 

 危険な橋は既に渡っている。現在進行形で渡り始めたばかりだ。

 こう言ってしまうのも何だが、ホワイト・ファングよりもプリテンダーの方が手に負えない。

 

「ふふ……あなたにも楽観的なところがあるのね」

 

 微笑んでこそいるが、頭部のリボンは少しだけしおらしい。

 あの中の猫耳が垂れていると思うと、かわいらしいそれも戒めの鎖のように見える。

 

 

 ――――!? なんだこれは。

 

 

 

 ――――また戻ってきてくださいね、■■■。

 

 

 ――――ああ。お前が考え直したらな。リリ■。

 

 

 

「う"っ……!?」

 

 これは俺なのか。イヴが俺を親しげに、愛する伴侶に向けるような優しい瞳をしている。

 今までの凍り付くような一瞥からはまるで想像もつかない。 

 

 

「大丈夫?ぼうっとして……」

 

「いや、もう一つだけ言わせてほしいことがある。だから少しだけいいかな……?」

 

 お前は既に察しているのだからもうそれくらいにしておけ。

 わざわざ嫌われるつもりか?聞いたところでどうするというのだ?

 

 いる筈もないもう一人の自分が脳内で囁いてくる。

 その通りだとも。やめておいた方がいいのは百も承知だ。

 

 だが――――ここで言わなければ二度と言う機会はないかもしれない。

 

 

 嫌われたくないなら関わり合いにならなければよかった。

 

 怖ければ見なかったふりをしておけばよかった。

 

 どうしようもないなら逃げてしまえばよかった。

 

 

 ――――それでも結局見過ごせなかった。どうにかしてしまった。だからあの時のアダムから彼女を逃がした。

 

 

「俺とブレイクって結構似てるのかな……って」

 

 

 だから惹かれたのかもしれない。と後に続けることはできなかった。

 

 

「そう……なのかもしれないわね。でも違うところも確かにある」

 

 強情で、普段はクールだけどマイペースで、自罰的。その癖、内に感情を溜めこむ。

 自分がクールかどうかはともかく、根っこの部分はそこそこ似ていると思う。

 

 イメージカラーも黒と黒でお揃いだ。

 

 だけど――――

 

「でも俺はファウナスじゃないし、君は隠しているそれを無くすことはできない。みんな違ってみんないい。それが叶う世界になればいいな――――」

 

 ……これは紛れもない本音だ。争いで傷つく人が一人でも減ることを願っている。

 

「それには大いに賛成だわ」

 

 心なしかいつもよりその琥珀色の瞳は優しく見えた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ブレイクのカップはいつの間にか空になっていた。

 

 こうして他愛のない会話を続けることが出来ればどれだけ素晴らしいだろうか。

 

 平和を主張している青い空。

 ふわふわと浮かぶ白い雲。

 燦燦と照り付ける日差し。

 

 うん、実に和やかだ。さっきまでかなり重い話で押し潰されそうだったが。

 

「ネロ……あなたって何者なの?」

 

 危うく口の中の物を吹き出しそうになった。

 

 唐突にぶっこんできましたね……というかそれで迷っていたから相談したのですがそれは……

 失礼ながらブレイクは猫目ではなく鳥頭のファウナスだった……?

 

 まさか友人だとは思っていないからこんな重い話題ばかりぶっこんでくるの……?

 そうだとしたらかなり傷つく。さっきの空気がぶち壊しすぎる。

 

「いやいやいや、俺は俺でしょ。自分を少し見失っていたただの青年以上のなんだって言うのさ?」

 

 最初に記憶喪失の、といった但し書きが付くが。

 

 それともマスクマンに変身する旅人とでも名乗っておけばいいのだろうか?

 

「あなたを『ただの青年』と呼ぶにしては修羅場を潜っているようだった。それに生きてここにいるのはアダムを振り切ったという事に他ならないわ……」

 

 ……そういえば彼女は場数を相当踏んでいるのを忘れていた。

 当然、ある程度は相手の実力を読むことができるのだろう。

 

 彼女よりも確実に強いであろうアダムを撒いたという事がバレている以上、誤魔化してこの場を乗り切るのは無理があるのだろうか。

 

「そんなのはただの偶然……そんな怖い顔して睨まないでくれよ。美人さんが台無しになってしまうよ?」

 

 はぐらかそうとしたら睨まれてしまった。

 これ以上すっとぼけたら本当にビンタされてしまう……これは万事休すか?

 

「……まあいいわ。そこまでして言いたくないってことは余程大事な事だろうし、それだけ分かれば構わないわ」

 

 ブレイクに気を遣わせてしまった。

 隠さなければいけない事だったとはいえ、格好が悪すぎる。

 

「……悪いね。何時か必ず話すから」

 

 自分も彼女の事は厳しくは言えない、か……

 

 ……(ネロ)彼女(ブレイク)はやはり似た者同士なのかもしれない。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 その後ブレイクとぶらつきながらビーコン・アカデミーまで戻り、門の前で分かれる。

 既に空は薄暗くなっており、瞼も重くなってくる時間帯だ。

 

「いるんだろ――――?」

 

 そこで足を止めて虚空に声をかけた。

 誰も返事をするはずがないのだが、それが帰ってくるというある種の確証があった。

 

「で、どこまで聞いてたんだ?」

 

 イヴ。

 

「あらあら、流石ですね。三度目ともなれば容易に察知しますか……」

 

 影が一点に集まり、それが人の形へと形成されていく。その姿は相変わらず自信に満ち溢れており、服の白い部分が闇の中でより映えている。

 そして水の枯れた噴水の縁に腰かけ、隣へ座るように促してきた。

 

「そりゃそうだろう。あんなに熱い視線を送られて気付かないなんてありえないって」

 

 そこへ腰かけながら軽い調子で身振り手振りを交えて彼女の様子を伺う。

 以前よりも表情が柔らかい。危険な雰囲気を感じさせず、唯の少女にしか見えない。

 

「まあ嬉しい。そうですよね。あれ程に分かりやすいサインを出していて気が付かない筈はありませんものね」

 

 本当は嘘だ。どれがサインなのか全く分からない。ほとんど直感で出任せを言っただけだ。

 口ぶりからするとブレイクと話していた時からずっと居たらしいが……

 

 あのブレイクでさえ全く気付いた様子はなかった。勘付いたのは奇跡だろう。

 

「ですがあなたは適当なところがありますし……今のが嘘ではないとは言い切れませんね?」

 

 剣呑な空気が流れている。もし嘘がバレたら大騒ぎになるだろう。

 また石畳を破壊することになったらグリンダ女史の胃に穴が開いてしまう。

 

「……しかし俺とお前が昔からの知り合いだったとはな」

 

 穏便に切り抜けるには関心を惹く話題を出すしかない……!

 そこまでは良かったが、彼女の動きがピタリ、と止まった。

 

 夜の帳が降りる。うっすらと笑みを浮かべている彼女(イヴ)が途方もない怪物に見えた。

 それでも彼女にあまり強く出ることはできない。何故だろうか?

 

「ふふふ……あはははは!そうね。確かに私は昔の貴方を知っている。それどころかこの世の誰よりもあなたの事を知っている……」

 

 彼女が狂喜しているところを見ると大正解だったようだ。

 

 ――――やはり鍵は彼女だ。彼女が記憶の鍵を握っている――――!

 

「なら教えてくれイヴ。俺が何者なのか……どうしても知りたいんだ……!」 

 

 ――――一瞬、彼女の顔から表情が消えた。

 先程まで余裕の笑みを浮かべ、あまつさえ狂喜していたにも関わらず、だ。

 

 

 それがとてつもなく恐ろしかった。

 

 

「……まあよろしいでしょう。ですがこれを聞けば後戻りできなくなりますよ?」

 

「構わない。覚悟は既に決まっている!」

 

 

「でもダメ。私を本当の名前で呼んでくれない限りぜーんぶ教えるのはつまらないですわ」

 

 私を今までほったらかしにしていた方に教えるものですか。彼女は耳元でそう囁いた。

 女心はよく分からないが、教えることを渋られても困る。

 

「じゃあどうするつもり?俺が仲間を呼んできてもいいんだ?」

 

「いえいえ、なのであなたが一番知りたくない部分から教えて差し上げますわ」

 

 

 何を言うつもりだ。これ以上聞いてはいけない。脳の奥で警鐘が鳴り響く。

 突き放そうと思っても金縛りにあったように体が動かず、それができない。

 耳元に息が吹きかかり、こそばゆさとおぞましさを同時に味わわされながらその時を待たされる。

 

 

「あなたは私と同じグリム……いえ、あなた方に合わせてプリテンダーとでもお呼びしましょうか? ねえ……ネロ・ベスティア?」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 脳がその情報を受け取ることを拒否してフリーズしてからどれほどの時間呆けていただろうか。

 目の焦点が合わず、目の前のイヴの姿もぼやけ、既に辺りは暗くなっていた。 

 

「おやおや……ゆっくりしていってください。私は時間が許す限りあなたの傍にいますので」

 

 まさか……気を失っていたのか。

 しかも膝枕までされて。

 

 だがそこまで悪い気はしない。どことなく懐かしく思うのは過去にも膝枕をされた事があったのだろうか?

 

 少しだけ欠伸をしてから起き上がり、再び彼女と向かい合う。

 彼女の光を消し去ってしまいそうな黒い瞳に自分の姿が映っている。

 

「俺と君は結局グリムなのか?」

 

「あなたがグリムだと思うのならばそうなのでしょう」

 

 優しい声で彼女は問いに答えた。

 それに関してはもう隠す必要もないと言わんばかりに答える。

 

 それがより自分(ネロ)がグリムに近しい存在であることを如実に示していた。

 

 

「俺と君は親しい仲だったのか?」

 

「ええ」

 

「家族と言えるほどに?」

 

「……ええ」

 

「……もしかして」

 

「それ以上は言わないで。さもなければあなたの事を引き裂かなければなりません」

 

 

 怒り。悲しみ。哀れみ。そんな負の感情を多く含んだ瞳から目を離すことが出来ない。

 ……其処から視線を外したら二度と自分の前に彼女が現れないだろう。

 

「グリムとして再び私と共に往こうというのであれば『ネロ・ベスティア』として歓迎いたしますわ。ですが人として生きるというのであれば――――」

 

 

 私の事を、本当の貴方を思い出してくださいね……

 

 

 それだけ残して彼女は夜の闇に溶け、姿を晦ました。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 




 今更ながらRWBYの登場人物の特徴掴んで書けてるかどうか心配になってきた……
 どっちにせよ、最後まで突っ走りますけどね!

 感想、ご指摘、好評の声等々お待ちしております。


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Origin

 アツゥイ!(I burn)今年はいつも以上に暑いような気がする。

 一年たつのが早いのなんの。もう連載始めてから一年ですよ。その癖Vol.1の部分すら書ききれていないというね。もっとうまいこと書くペース配分しなくては……

 こんなぐだぐだな本作ですが、ぼちぼちやっていくのでこれからもよろしくお願いします。



 グリム。古来より人に仇成す闇より出でし獣。

 

 その姿は千差万別、獣の姿から器物を模したものまで存在すると言われているが、人の姿をした個体は確認されてはいない。

 ……彼女が嘘を吐いていないのであれば、俺と彼女はヒトの性質を持つ最初のグリムという事になる。

 

 

 俺は今まで数多の武器を闇から創造し、破壊・殺戮の意思を込めて力の限り振るっていた。

 これがグリムとしての破壊衝動から来ているものであれば言い逃れはできない。間違いなく俺はグリムだ。

 

 振り返ってみると、戦いたいという衝動が俺を襲うことがあったが、それもグリムとしての本能なのか?

 異種族(ヒト)ではなく同族(グリム)を狩る異端の獣。それが俺だとするならば……よくイヴは何度も見逃したものだ。

 

 

 そしてもう一つ。これは何が何でも確認しなくてならない事なのだが……

 大前提としてグリムはオーラを使うことはできない。知性こそあれど、魂のない存在だからだ。

 

 しかし俺はオーラに酷似したものを纏っている。これは明らかに矛盾している。

 彼女は影を操る力を持っていたし、恐らく俺と同じく武器の生成も扱えるはずだろう。ならば彼女もオーラを使えるという事か。

 ……これは深く考えると頭がこんがらがってくる。いずれ解明しなくてはいけない謎だが、今は横に置いておこう。

 

 

 プリテンダー。グリムの進化態。

 ゴルド曰く最近になって現れた新種のグリムらしいが、それは絶対に嘘だ。

 カルマの話が本当であれば、十年以上前から既にこいつらは活動をしていた。

 

 

 つまりこいつらは自然に発生した存在ではなく、何者かが意図的に生み出したという可能性の方が高い。

 

 

 少なくともイヴ以外のプリテンダーはどこか兵器に近い無機質さがあった。

 もっとわかりやすい例えをするのであれば、戦闘用に特化したロボットの兵隊だろうか。

 

 しかもそのような危険な存在が人間並みの柔軟性と獣並みの身体能力を以って襲ってくるのだ。

 今のところは大したことはないかもしれないが、あまり楽観視できるような相手でもない。

 

 もう一つ問題がある。行動パターンの問題だ。

 

 無機質な兵隊とはいえ人型グリム(プリテンダー)は本質的には獣。

 言葉を操る者もいたが、所詮ただ人の形を真似ただけのグリムだった。

 

 俺とイヴだけ人並み、又は人以上の知性を持つ個体の可能性もあるが……

 理性を失った怪物へと変貌しないという保証は何一つない。

 

 そして俺とイヴがヒトの姿を与えられたというのであれば……

 

 

 其処にどのような意思が存在するというのか?

 

 

 それは単なる偶発的な存在(バグ)でしかないのか。

 

 レムナントの神の悪戯が生み出した奇跡の存在なのか。

 

 それとも悪意ある存在の尖兵なのか。

 

 

 ……そして俺はヒトなのか、グリムなのか。

 

 

『グリムだと認めてしまえばいい』

 

 

 誰だ。

 

 脳の中に声を響かせるお前は……

 

 

『俺は、お前だ』

 

 

 真っ暗な思考の海の中……180cm程の体躯だろうか?自分と同じか、やや低い程度の背丈をしている。

 三対六翼を持ち、一対の角を生やした闇の中でさえ神々しさを感じさせる人型が現れた。

 

 中性的な声と肉体で見た者すべてを虜にせんとする妖しい美貌。

 年老いた獅子の鬣を彷彿とさせる白い長髪。

 それ自体が光を放っているのではないかと思う程の白い肌の上を走る黒い刺青がより妖しさを引き出している。

 

 この存在を見ていると今まで湧きでさえしなかった感情が溢れてくる。

 

 美しい。悍ましい。雄々しい。弱々しい。あらゆる物が欲しい。そんなに要らない。崇拝したい。膝を折りたくない。心が安らぐ。怒り狂う。誰かに嫉妬した。その誰かを認めた。

 好きだ。嫌いだ。助けられる者は助けたい。それでも全て殺したい。悪を看過する。人としてそれはできない。憎たらしい。だけど身近に感じる。

 

 

 ……吐き気がする。感情の波が押し寄せ、正常な思考力を奪い取ろうと躍起になって襲ってくる。

 

 

『ここでは初めまして、だな?今はネロ・ベスティアと名乗る男……』

 

 

 これが……自分?まさか。言うなれば暗黒の天使。神々しい輝きはより内に秘める邪悪さを隠すための隠れ蓑でしかない。

 

 

 この異質な存在が自分だと言われ、瞬時に理解できるのであればそいつは間違いなく異常者だろう。

 

 

『ふふふ……随分と嫌われたな。だが真実というのは時にどうしようもなく残酷で、下手な嘘よりも余程切れ味がある。お前もそれは十分理解しているだろう?』

 

 

 それに関しては同感だ。だがお前のようないきなり現れるような奴が自分自身であると言われてもどうにもしっくり来ない。

 なんとも胡散臭く、信用ならない。

 

 本当に俺を騙るつもりであればもう少しタイミングを選んでおくべきだったな、偽物。

 

『冷たいなぁ……?(お前)お前()をずっと見守っていたとも。時が来るまで静かに、この静かな暗闇の中でな……』

 

 このよく分からん奴の自分語りに付き合っていると自我が崩壊しそうだ。面倒見切れるか。

 

 まあ、本気でそう言っているのであれば一週間前の夕食に何を食べたのか覚えているはずだ。

 

 その程度はすぐに答えてもらわなくては。

 

 

『カルマ・ケーファーの作った冷やした豆腐……確か奴は冷奴と呼んでいたか?お前はその食感と絶妙なアクセントの利いた薬味に舌鼓を打っていた……そうだろう?」

 

 

 合っている。食べた感想まで当たっていた。ならば本当に……ずっと俺の中に居たのか?

 

 

『実にいい顔をしている。おまえは美味いものを喰う事と書物に目がないだろう……?それ位は知っているとも」

 

 こいつ……人をおちょくって悦に浸っている。

 全てを見通さんとする口振りと己にかなう者などいないと言わんばかりの傲慢さ。

 

『当然だ。もう一度言うが、ずっと見ていたとも。本当のお前()ならばグリム風情、戦うまでもなく頭を垂れさせ、従え、喰らう事さえできるというのに何一つできやしない。……無様な体たらくよ』

 

 ……この存在の言葉を限りなく好意的に捉えたとしてもあまり良い気分はしない。

 殴り掛かれるのであればすぐにそうしただろうが、殴ることが出来ないのは自己防衛の本能が働いているという事か?

 本当に俺なのか。 

 

『改めて名乗らせて頂こう。我が名はルクス。グリムの未来に光をもたらすものにして……お前でもある』

 

 慇懃無礼な名乗り。それは絶対の自信の表れでもあり、この場においては自身が上位者であるということ。

 つまり、現状では脳内に巣食っているこの悪魔に俺は太刀打ちできない。が、この白い悪魔はまだ何かするつもりはないらしい。

 

『俺が焦る必要などどこにもない。俺がここにいる時点で成すべきことはほぼ完了している……おまえをこちら側に引き込む用意はな……』

 

 

 俺は人間だ。たとえ誰にグリム呼ばわりされようとも、心は人間だ。その誘いに乗るつもりはない。

 

 

『所詮その回答(テンプレート)もグリムとして備わった機能に過ぎん。どう足掻いてもお前がグリムという事は動かぬ事実なのだから……』

 

 黙れ。

 

『まあ精々死なないで貰おうか。お前が死ぬと俺も死ぬかもしれんからな。しばらくは居眠りでもさせてもらうとも』

 

 用が済んだならさっさと失せろ。こちとらお前のような怪物に付き合っている暇はない。 

 

『ふん……いずれ顔を突き合わせる時が来るだろう。その時がお前の最期だ』

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「でさ、変な夢を見ちゃったんだよね……」

 

 夢は見ない方だが、なかなかに強烈な悪夢だった。

 

「……あなたでも夢は見るのね」

 

 ブレイクのそれはどういう意味なのだろうか。

 

「まあ、夢というのはそうそう叶わないから夢なのだがね……」

 

 ああ、成程。ゴルドの入れた茶々でようやく理解できた。

 要は『ネロって現実主義者だと思っていたわ』ぐらいのニュアンスが込められていたのだろう。

 

「でも実現するかもしれないと思うからこそ見るんでしょ。……たとえそれが悪夢だったとしても」

 

 ブレイクは毎晩ホワイト・ファングの犯罪行為による罪過を悔い、魘されているのだろうか。

 仲間たち(カルマ・ハルト・ゴルド)でも悪夢を見ることがあるのだろうか……?

 

 それは彼らのみぞ知るのだろう。あまり深入りすべきではない。

 

 自分の死を予感させる夢。大切な何かを失う夢。負の感情を掻き立てる夢。犯したあやまちが容赦なく責め立てる夢。

 悪夢は姿形を変え、万人に襲い掛かってくる。

 

 だが、あれ(ルクス)を本当にただの悪夢と切り捨てるべきなのだろうか?

 願わくばゴルドの言う通りの「叶わないからこその夢」であってほしい。

 

「まあ、夢は寝てみる物だけに限るな……」

 

「ゴルド、今いるのはほぼ身内みたいなもんだからいいけど外では絶対に言わないでくれよ……?」

 

 暴言の極み、文字通り夢もクソもない言い分だが何か嫌な事でもあったのだろうか……?

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 しかし……この平和な時間もいつまで続くのだろうか。

 

 光と闇(人類とグリム)の闘いは今日まで絶えず続いているが終わりの兆しは一向に見えない。

 力ある者同士がぶつかり合い、殺し合った先に何が残るというのか?

 

 

 未だに幼さが残っているルビーの屈託のない笑顔。

 上流階級特有の優雅な動きで歩を進めるワイス。

 ……未だ自身の秘密を明かしていないらしいブレイク。

 妹想いでチームRWBYの精神的支柱であるヤン。

 

 この場にはいないがジョーン達を始めとするチームJNPR。

 

 ビーコンに来てから新しい出会いの連続だった。

 彼らとはこれからも長い付き合いになるだろう。……そうあって欲しい。

 

 各々の目的の為とはいえ、自分含むCHNGの面々も運命が絡まり合い、結集した。

 

 いつも美味しい料理を作ってくれるカルマ。……今度は温かいものが食べたい。

 時々すかした笑みを浮かべ、得意の演奏をしてくれるハルト。

 ……そういえばゴルドは誰かをからかうのが好きだが、今思ってみるとあれは彼なりに気を遣ってくれたのだろうか。

 

 三人の顔と思い出が消えては浮かび、沈んでいく。

 

 ……いつの日か、彼らとも別の道を歩む日が来るのだろうか。

 そのような日が来ないことを願うばかりだ。

 

 

 今も楽しげに笑っている名も知らぬ市井の人々。

 幼子の手を引く母親。看板の仕上げをしている壮年の大工。何処にでもいるような気のする細目の老店主。

 

 皆生き生きとしている。絶望というものを知らず、この街に潜んでいるかもしれない悪党の危険に盲目的である。

 

 そんな彼らを魔の手から守るのが俺たちハンターだ。

 彼らの明日を守るのが俺たちハンターなのだ。

 

 今まで一切意識したことはなかったが、知らず知らずのうちに彼らの事を守ることが出来ていたのだろうか?

 

 ならば俺たちハンターがそれを放棄したらどうなる?

 答えは簡単、世界はグリムと悪党に飲み込まれる。

 ……だから折れるわけにはいかない。

 

 だが、それならば……

 俺たちハンターは誰が守ってくれるのか。

 守り切った明日の先には何があるというのだろう。

 

 

 それはきっと……

 

 

 

「おーい?ぼーっとしてると頭ぶつけるよ?」

 

「えっ……」

 

 危なっ!?

 ルビーの声がなければ電柱とラブコメを始めることになっていたかもしれない。

 

「もしかして……昨日寝られなかったとか!?ネロにも結構子供っぽいところってあるんだ、意外だねー」

 

 いっつもはしゃいでそうなヤンにそう言われるのは心外だが反論できない……!

 だが彼女は空気を盛り上げることに関しては天才的だ。これも一種の気遣いだと思っておけばそこまで腹は立たない。

 

「まあ……昨日は遅かったから。遅くまで本を読んでたら夢中になっちゃってね」

 

 本当はイヴと話し込んでしまったからだが、本当の事を言う訳にもいかない。

 ……最近は嘘ばかりついている気がする。控えめに言って最低では?

 しかし……カルマとハルトがここにいなくて助かった。見られていたらしばらくこのネタで弄られてしまう。

 

「そうだな。あの二人がいたら延々と菓子の素晴らしさについて説かれかねないからな。それに彼らは面白い事にも目がない。しばらくは今の事をネタにさせてもらおう」

 

 そうやって平然と心の中を読んでくるのはやめろゴルド。

 センブランスを使っている訳でもなくこれなのだから気が気ではない。

 

「ゴルド、勘弁してくれ……いつも娯楽に飢えているあの二人にそんなものを与えてはいけない……!」

 

 そう、チームRWBYの四人だけではなくゴルドも来ている。

 ただでさえ女4:男1のところにカオス:1の配分。針の筵から抜け出すどころか闇鍋状態だ。

 

 カルマも街にいるだろうが、材料を買うと言って一人で繰り出しているようだし、ハルトに関しては……どこかで路上ライブでもしているのではないだろうか。

 お互いの私的な時間を食い潰しあう訳にもいかないので、二人は来ていない。

 

「ネロはともかく……ゴルドが外に出てるのって珍しいね」

 

 ルビーがゴルドの挙動不審さ、主にわさわさと動かしている手に怯えていたりするが……

 ルビーも大概武器マニアが過ぎると思う。ゴルドのビームガンとバトルアックスにはかなりご満悦だったようだし。

 

「ん、ああ……まあ、そんな気分の時もあるものだ。突然深夜に街をぶらつきたくなる時があるだろう?今がそんな気分なのだよ」

 

 後半の部分を早口で言ったのでルビーが小さく「ひっ」と言ったのを聞き逃さなかった。

 あまり妹分を虐めてはいけない。

 

「まあ分からんこともないけど……ゴルド、もうちょい落ち着いてくれ、な?」

 

「そうだよー!うちの妹泣かせたら承知しないんだかんね!」

 

 おっとそいつぁ失礼。ゴルドは軽く謝罪したが、そこそこ長い事付き合っていると分かる。

 

 さてはこいつ、そこまで反省してないな……?と。

 

 こいつは普段、場を引っ掻き回す側なのであまり変なタイミングで喋らせるとロクなことにならない。

 

「ゴ、ゴルドはわたしの質問に答えてくれただけだから……二人ともそこまで言わなくても……」

 

「んー、まあ今日だけだからね」

 

「お前って奴はさあ……ずっと切れ者だったらいいんだけどなあ……!」

 

 ルビーの声を聞いていると落ち着かなければ、と思ってしまう。

 妹分の前では間抜けな姿は見せられない……どうやら自分は見栄っ張りでもあったようだ。

 

「そうだ、ルビー達は何故今日に限って出かけようなんてことにしたんだ?」

 

 乙女心はよく分からないが、今日は特別な事でもあっただろうか。

 

「ええ。ヴァキュオから訓練生が来航するそうですの。ビーコンの代表生として来てくださった方を歓迎するのは当然でしょう?」

 

「ワイスぅ~……磯臭いから早く帰りたいよ……」

 

 ワイスが答えてくれたが、どことなく黒いオーラが漏れている。

 ……成程。要はヴァイタル・フェスティバルで当たるかもしれない相手の偵察、と。

 

 あとルビー、磯臭いというのには首を激しく振って同意したい。髪の毛や服がベタベタになるのは勘弁してほしい。

 それに、海水浴や釣りでもするのでなければあまり長い事嗅いでいたくない。

 

「つまりトーナメントに勝ち抜くために探りを入れたい、という事ね……」

 

 ブレイクはブレイクで思っていても言わなかったことを……

 

「な、何を証拠に……」

 

 その態度と性格を考えれば誰だって容易に想像できるのだが、これ以上彼女に追い打ちをかけるのはあまりに不憫だ。

 彼女の家は名の知れた家らしいが、考えていることが表に出るような性格で問題を起こしたりしていないのだろうか……?

 

「真面目なのはいいけど程々に……しっかし随分と盛り上がってるな。お祭りっていうだけある」

 

 ヤンは普通に見て回りたいオーラを出している。偵察のついででなければもう少し気乗りしていたのだろう。

 

 

「勿論ですわ。このイベントはあらゆる組織・企業が出資してますの。いわば前夜祭ですね」

 

 ワイスは本当に楽しそうに説明するなぁ……説明の中身は残念ながらあまり面白くないが。

 確かヴァイタル・フェスティバルは秋頃に開催するとのことだったが、数か月も後の祭りの前夜祭とは随分気が早いものだ。

 

「まあ……もしもトーナメントで当たったら手加減はしないけどね。俺も、ゴルドも」

 

「当然ですわ。お互い正々堂々と果し合いをしましょう」

 

 同じステージに立つというならばルールの中で戦うことになる。ならば出せる限りの力を出すだけ。

 ……とはいえアークドライバーは使ったら相手を殺しかねない。人に向けて使ったのは今までアダム以外にはいないという時点でその恐ろしさが浮き彫りになってくる。

 つまるところ高性能すぎるのだ。ただでさえ高いポテンシャルとそれを最大限引き出す道具という凶悪無比な組み合わせ。

 本来であれば長所であるはずの超性能が逆に短所となり、普段使いするには危険すぎるのだ。別に肉塊を量産したいわけではないので使わずに済むならそれに越したことはないのだが……

 そう考えると地力が低いところで頭打ちになっていなくて本当に助かった。さもなければアークドライバー頼りになって間違いなく足を引っ張っていただろう。

 

「ねえ見てよ。あれって……」

 

 

「……またダスト強盗だ。今月はこれで五件目だ」

 

「ああ。金も盗っていくならともかく、なんでダストだけ狙っていったんだ?」

 

 少し離れたところの突き当りの店の前にイエローテープが張られていた。その店のガラスは粉々に砕かれ、入り口にもイエローテープがバツ印を描くようにして侵入を拒んでいた。

 

「何があったんですか?」

 

 ……?ルビーから聞きに行くとは珍しい。さっきの様子を見るに最初にこの事件現場に気が付いたのもルビーだったようだが何か心当たりでもあるのだろうか。

 

「ん?ああ、強盗だよ。ダストショップが襲われるのは今週で二件目さ。連中はここを無法地帯にでもしたいってのか……」

 

 髭面の警官は「こんな仕事で安い給料とはやってられんな」と呟き、やる気を感じない足取りで店の前へと戻って行く。

 

 この街の治安は本当に大丈夫なのか?もう少し給料を上げた方が……

 

 

「金は一銭も盗ってねえってよ」

 

「はぁ?それじゃあなんでダストだけ盗っていったのやら……全く訳が分からんよ」

 

「さあ。子飼いの軍隊でも作るつもりかもな?」

 

 ダストだけを狙って盗っていくとなるとこれは計画的な犯行の線が強い。

 この手口は恐らくホワイト・ファングだろうか?他の闇社会の住人の仕業という線も捨てきれないが、ダストだけを狙っていくという点は数年前のダスト運搬列車襲撃に近いものを感じる。

 だが、テロリストとはいえど本質はファウナスの解放と権利を主張するグループだ。わざわざダストだけを狙って強奪していく理由が見当たらない。

 となると……この犯行は数年前から計画されていた犯罪行為のほんの一部でしかない。何か大きな事を起こそうとしている。だがその「何か」が今一つ思い浮かばない。

 

 これは少し警察の手には負えないか?

 

「ふん……ホワイト・ファングですの。あのならず者共の集まりですわね」

 

 腕を組み、決めつけるかのようにワイスは断言した。

 その推測は自分と同じものであるが、言い方がマズい。

 

「……何が言いたいの」

 

「別に何でもありませんわ。あの狂人が集まってできたような犯罪者集団に言いたいことなんて何も――――」

 

「団体自体はおかしくなんてない。……ただ道を踏み外してしまっただけよ」

 

 元は真っ当なファウナスの人権保護を訴える真っ当な団体だったらしいが……今では周知の通りだ。

 どちらの言い分が間違っている、というものではない。

 

 だからこそ厄介で、面倒な問題なのだ。

 どちらも正しく、どちらかが決定的に間違っているというものではないから。

 

「『道を踏み外した?』このようなことを仕出かしておいてよくもまあそのようなことを抜け抜けと……」

 

「それくらい道を踏み外したってことよ。いずれにせよ、わざわざヴェイルの下町でダストショップを襲う直接的な理由にはならないわ」

 

 どちらも自分の意見を譲る気はなさそうだ。

 

「ブレイクの言う通りだよワイス。警察もトーチウィックを捕まえていないみたいだし……もしかしたらそいつの仕業かも」

 

 トーチウィック?確か飛行船の中でそんな名前を聞いたような、聞かなかったような……だがこの流れで出てきた名前という事はどちらにせよそいつもロクでもない奴ではありそうだ。

 

「……だからホワイト・ファングがまっとうな集まりではなく、下種の集まりであるという事実は変わりませんわ。ファウナスなんて嘘、インチキ、盗み……そんなことがお得意ですものね」

 

 ワイスは白く、すらりと伸びた指を三本折り曲げてそんなことを言っている。

 丁度ブレイクには背を向けていて指を折りたたむ毎に彼女の表情が渋くなっていくのにはさっぱり気が付いていない。

 

「さすがにそれは偏見じゃない?」

 

「私もその言い分があまりにも一方的すぎるという事は理解できる。ワイス嬢、出来ることならもう少し柔らかい表現でファウナスが酷いという事を説明してくれないか?」

 

 ヤンはいいとしてゴルドは何を聞きたいんだ。それを言ったらカルマだってファウナスだろう……少し特殊な事情を抱えているが。

 

「まあまあみんな、その辺りでこの話は――――」

 

 

「おい!誰かそいつをとっ捕まえてくれ!」

 

 この険悪なムードは自分の仲裁ではなく、遠くから聞こえてきた怒声に遮られた。

 

「何事ですの!?」

 

「行こう!」

 

 背後の桟橋に着けられた大型船から声が聞こえてきた……ってあいつは!

 やや距離はあるがこの程度ならそこまで遠くはないので目視は余裕。そして……

 

「ここまで乗っけてくれてあんがとよ!」

 

 俺はその声の主とは面識がある。カルマと同じファウナスであり、世界を旅行をすることが趣味。時々密航してまで船に乗り込むのはご愛嬌。

 そいつの名前は……

 

「相変わらずだな、サン……!」

 

 サン・ウーコン。猿のファウナスの象徴たる金色の尻尾とそれに非常にマッチしている金髪。

 やや焼けている小麦色の肌に鍛え上げた腹筋を見せつけるように前が開いている服装が目を引く。

 旅をしていた頃に何度か船の中で会ったことがあるが、まだしょっ引かれていなかったか!無事でよかったと思う反面、まだこんな面倒なことをやっていたのかと呆れてしまう。

 カルマと似てお調子者なところもあるが、しっかりとした芯を持っている点もカルマに似ている。

 

 サンは船の縁から桟橋に向かって跳躍し、街灯に飛びついて自慢の尻尾でぶら下がりながら何処から失敬したであろうバナナを呑気に頬張っていた。

 果物に関しては船倉に積んであったどの果物を失敬するかでサンとかなり揉めたっけ……個人的にはリンゴの方が好きだが、あそこまで美味そうに食べる様を見るとバナナも食べたくなってくる。

 

「おい!そこから降りてきやがれ!」

 

 先ほどまで事件現場の調査をしていた警官がこぶし大の石を投げたが、サンが体を横にゆすることで体を支える尻尾が揺れて石は空を切った。

 俺やカルマだったらそんなまどろっこしいことなどせずに街灯を叩き折るなり、直接地面に叩き落すなりするが。

 

「ああいいぜ!その前にこいつでもくらいな!」

 

 食べ終わったバナナの皮を警官の顔に投げつけ、再び跳躍する。重力を感じさせない、流れるような動きで階段を昇って自分たちのいる場所目掛けて走って来た。

 そしてすれ違いざまにウインクをしようとしたその顔を……

 

「おいサン、逃げるならさっさと逃げるぞ!」

 

「あいででででででで!ってネロか!?久しぶりだな!」

 

 サンが走り抜けるタイミングに合わせ、走る速度を殺さないようにアイアンクローを顔面にかまし、それと同時に自分も走り出す。

 彼の顔に指がめり込んで前が見えていないようだが、走り続ける。加速していく。足がもつれそうになっても無理矢理走らせる。

 

「それよりあっちの連れはほっといていいのかよ!」

 

「大丈夫、みんなお前に会いに来たからすぐに追っかけてくる」

 

 偵察の為にな。

 

「そうだぞサン・ウーコン君。私達が君ひとり程度ひっ捕らえる事が出来ないとでも思っているのか?」

 

 ゴルドが音もなく並走していた。漫画だと足が高速で動きすぎると見えなくなる、みたいな描写があるがゴルドの足の動きがまさにそれ。ぶっちゃけ気持ち悪い。

 抑揚のない声が耳元で聞こえた時に驚いてサンの顔を握り潰そうとしていた手をつい放してしまった。

 

「っつーかネロ、お前今思いっきり俺のイカした顔を潰そうとしてたよな!?チームSSSNのファンの怒り買っちゃうぞ!?」

 

 なんだかんだ言いながらもしっかりと付いてきたサンから泣き言を貰ったような気がしたが……

 気のせいだろう。あの力で握ってもいいとこリンゴが粉々になる程度だし。

 

「悪い。もうちょっと伊達男にしてやるつもりだったが失敗した」

 

「おいおい、久しぶりに会った友人と漫才していても構わないが追っかけが来たぞ?」

 

 後ろから警官、更にその後ろからはチームRWBYが追随する。

 最悪サンだけでもどっかに逃がせば(吹っ飛ばせば)どうにかなるだろう。

 

 警官の数は2。……問題ない、サンであれば撒くのは余裕だろう。後は……

 

「サン。着陸する準備はできてるか?」

 

「は?着陸ってどこに……ってネロお前まさか、おいやめろ待ってくれ、おいおいおい!」

 

 サンの首根っこを掴み、その場で回転。狙う角度は約斜め85度。勢いを乗せて……サンの体は宙を舞った。

 

「マジかよ~~!?」

 

 よし。建物の屋根の上にしっかり飛んで行った。ちょっとばかし荒っぽいやり方だったが、なんだかんだ言って着地も出来てるし問題はないだろう。

 

「……君は偶にとんでもない方法で解決を図るな」

 

 ゴルドに呆れられるという事は相当頭のネジの吹っ飛んだやり方だったらしい。反省せねば……

 

「くそっ……そこのきみ!あのファウナス野郎はどこに逃げた!」

 

「いやぁ……それが勢いよく飛んでいったので……」

 

 嘘は言っていない。

 

「そうか、跳んでいったのか!協力感謝する!」

 

 見当違いの方向に走っていく警官二人の背中が物悲しいような、笑いが漏れるような。

 本当に申し訳ないが、友人の手に冷たい輪をかけられるのと治安維持に貢献するのを天秤にかけた場合だと迷わず前者だ。

 

「おいおいおい、バレたらまずいんじゃないか?」

 

 咎めるような口ぶりだが……そのつもりならもう少し口元のにやつきを抑えてくれ。

 自分は力技でサンを吹っ飛ばしたが、ゴルドも別の方法で吹っ飛ばしていただろう。

 

「まあね。ん、あれは……」

 

 こちらまで走って来たワイス達が曲がり角で見知らぬ少女と正面衝突して尻餅をついていた。

 その少女はピンクのリボンをカールしたオレンジの髪に結んでいるが、そのリボンはかなり厚みを持っている。

 

 少女の倒れた時の声は高い声だったのだがどこか平坦だ。

 グリムと対峙した時とはまた別の不気味さがあり、その緑色の瞳も昆虫の目の様で人間味がない。

 

 

 そう、まるで生物らしくなくて……どことなく作り物のような不自然な印象がある。

 

 

 というか鉄と油の匂いが彼女の体からうっすらと漂っているような……その可能性はあるかもしれないが、あまりにも突拍子がなさすぎる。

 

妹か……

 

「……ゴルド?」

 

「あ、いや何でもない。さっさとあそこのお嬢さんたちに偵察相手について報告しようじゃないか……」

 

 ……? やはり今日のゴルドはおかしい。いつもと比べて自信がなさげだ。

 調子が悪いと素直に言ってくれれば無理に連れてこなかったが……悪いことをしてしまった。

 

 

「みなさん、こんにちは!」

 

「こ、こんにちは……」

 

 自分とゴルドがその少女の傍へと駆け寄ったら、高い音で昼の挨拶をしてくる。

 それはいいのだが、待ってましたと言わんばかりのタイミングだったのでルビーが条件反射で返してしまった。 

 

「あー……だいじょぶ?」

 

 それはどういう意味でだいじょぶ?と聞いた? これはあまり深く突っ込まない方が良さげか。

 

「はい!大丈夫デス!最っ高デス!心配してくれてありがとうございマス!お会いできて嬉しいデス!」

 

 頭の方だったらしい。

 喋り方もどこかぎこちなくて危なっかしく、なんだかこっちが不安になってくる。

 

 上を向いていた頭を首がぐりん、と動いてこちらを向く。

 なんというか……カマキリやフクロウのような不気味な動きだったので全員動きが固まってしまう。

 

 この場にいる全員の心は恐らく一つになっただろう。

 

 

 なんだ、この子……見なかったことにするか……

 

 そんな空気が漂っていた。

 

 彼女は突然始めた屈伸運動から解き放たれたバネのような勢いで飛び上がり、立ち上がったのでゴルド以外は一歩後ずさった。

 

「ペニーって言います!よろしくお願いしマス!」

 

 お、おお……後ずさりなどしたのはいつ以来だろうか。

 正直ドン引きだ。

 

「ペニーだね。あたしルビーだよ」

 

「ワイスですわ」

 

「ブレイク」

 

「ねえあんた、頭打ってんじゃ……おうっ、ヤンだよ」

 

 ブレイクの肘がヤンの脇腹に入って途中までしか言わせなかったが、それに関しては同意だ。なんかこの子はヤバい。話していて不安になってくる。

 とはいえ名乗らないというのはさらに不味いだろう。

 

「ネロ。ネロ・ベスティアだ。よろしくね」

 

 ややキザったらしくなってしまったが、ここで初対面の相手に飲まれてはいけない。

 個性には個性をぶつけて中和する……!

 

「そうですか!お会いできて嬉しいデス!」

 

「それはもう聞きました。先程はぶつかってしまって申し訳ありませんでしたね」

 

 あのワイスの表情が困惑で引きつっているのは珍しい。珍しいが……

 ゴルドには何も聞かないのか……?ゴルドもゴルドで何時にも増して静かだし。

 

「じゃあね、まだ見ぬお友達さん」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「なんか変な子だったね」

 

 今日はヤンの意見に同意しているだけのような気がする。

 まあ、それだけ共感できることをヤンが言っているという事なのだが。

 

「そういえばネロ、あのファウナスとは知り合いのようでしたが……どこへ行ったのか教えていただけます?」

 

 飛んで行ったよ。遠いところ(建物の屋上)にな。

 

「ま、まあサンとはそのうち会えるだろうし……」

 

「やっぱり!さあさあ、キリキリお言いなさいな!」

 

 やばっ……うっかりサンの名前を出してしまった。

 ゴルド助けてく――――あっ、ダメだ。なんか落ち込んでて助けてくれなそう。

 

 

 

「さっき私の事をなんト?」

 

 いきなりペニーが目の前に出てきたので寿命が五年縮んだ。

 実際にはそこまででもないが、ワイスは目と鼻の先にペニーがいたのでそれ位は縮んでいるかもしれない。

 

 それにしても彼女の気配を一切読み取れなかった方がよく分からない。

 グリムであれ、人間であれ、気配というものは消そうと思わなければ消えない。

 人間からはオーラが、グリムからは濃い殺気が溢れているからだ。

 

 しかし彼女の場合いきなりその場にふわりと現れているので本当に訳が分からない。イヴに化かされた様でどうにもモヤモヤが残る。

 

「あ、ごめんそういうつもりで言ったんじゃなくて……」

 

「いえ、あなたじゃなくて……あなたデス」

 

 ペニーはヤンとワイスの横を通り越し、キスをするのではないかと言わんばかりに怒涛の勢いでルビーに近寄る。

 

「え?あたし?あ、えっとその……なんというか……」

 

「お友達って言いマシタ?本当にお友達デスカ?」

 

 ルビーがこちらにアイコンタクトを送ってきた。罪悪感を味わって悲しげいうその瞳は悲しげで、ペニーの期待は裏切りたくはないけどこの場をどうにか切り抜けたい……そんな意図が込められているような気がする。

 

 どうしろと。

 

 ヤンもワイスもブレイクも無言で手を横に振っている。ゴルドは無反応。

 

「う、うん。もちろんだよ!」

 

 

 ルビーの返答から一拍置き、三人は往年の芸人並みにキレのあるズッコケを披露する羽目になった。

 

 ペニーが拳を天高く突き上げているところを見るに、あまり他人とのコミュニケーションをして来なかっただけなのだろうか。

 あまり関わり合いになりたくないと思ってしまったが、訳ありというのであればある程度は大目に見たいところだ。

 

「素敵っ!です!ネイルアートやショッピング、果ては気になる男の子のお話をするんですね!」

 

「ワイス、あたしってそこまで変だった?」

 

「彼女の方がまだ分を弁えているように思えますが」

 

 ワイスはワイスで仮にも親友のルビーに対してかなり辛辣だぁ……

 恐らく先程のハンドサインを無視されたから当たりがきつくなったのだろう。

 

「で、ヴェイルに何しに来たのさ?」

 

「確かに気になるな。君のような世間知らずをほっぽっておくほど保護者はマヌケじゃないだろ?」

 

 どうしたゴルド。今度はカッカしているようだし、今日のゴルドの考えを読み取るためのとっかかりが更にない。

 

「私のお父様はマヌケなんかじゃありまセン!偉大な科学者なのデス!」

 

「ほう、そうなのかい」

 

 抑揚のない喋り方がゴルドにまで移ってしまった。

 しかし先にペニーに喧嘩を吹っ掛けたのはゴルドだ。

 

「ゴルドいい加減に……」

 

「ネロ、黙ってろ……オレは今かなり熱くなってるんだ。触ったら火傷するぞ」

 

 紫色のライダーススーツから湯気が立っている。

 怒り狂った顔を鬼のような顔と形容することがあるが、今のゴルドの顔はまさにそのような顔をしていた。 

 

「いや、お前が憎いという訳ではない。だがお前の父とやらに用が――――何をする、ネロ」

 

 

 これ以上放っておくと今にも襲い掛かりそうだったので少しだけ荒っぽい手段を取らせてもらった。

 やったことは至極簡単、力任せに胸部を殴りつけただけ。これ位で止められると踏んでいたのだが……

 

 そんじょそこいらの奴ならこれだけで決着だっただろうが、ゴルドもまた格の違う戦士の一人だった。

 当たり前のようにヘビー級の一撃を耐え切り、それを誇示するかのように質量のある金属を破壊したような重低音が街に響き渡る。

 ついさっきサンを投げ飛ばした時の数倍の力で殴り抜けたはずなのに、結果はゴルドの足元の地面を少し削っただけで終わった。

 

 

「まあちょっと落ち着いてくれ。お前が全力でこのお嬢さんに喧嘩吹っ掛けたらただじゃ済まないでしょ。殴ったのは謝るからさ」

 

 内心では司令塔として動くゴルドが想像していた以上のタフさで背中に冷や汗がダラダラと流れている。

 一瞬死を覚悟したが、悪いことを思いついたときのような不気味な笑みを浮かべてから普段通りの顔つきに戻った。

 

「ん……それもそうだな。お嬢さん、不躾な事を聞いてしまって大変申し訳ない。私たちはこれでお暇させてもらうよ。それじゃまた会おう」

 

 どうしてここまでタフなのか、腹の中で何を思っているのかと不安になったが……どうやらここは手を引いてくれるらしい。

 というかゴルドがここまで熱くなったのが意外だった。何か訳ありなのは確かなのだが……

 

「それとワイス嬢、金髪のファウナスの青年に関してはネロにでも聞きたまえ。ネロは彼とは懇意にしているらしいからな」

 

 やっぱり滅茶苦茶に怒っていた……!

 フォローの仕方は荒すぎたかもしれないが、それはあまりにもご無体……!

 

「そうですわー!あの犯罪者のファウナスの事についてはたっぷり話してもらいますからねー!」

 

 ああもうワイスはワイスでリボンが凄い勢いで動いているブレイクには気づいていないし……

 

 絶対に拗れるぞこれは……ワイスはブレイクがファウナスだという事は知らない。

 俺たちがいなくなった後に喧嘩を始めてもおかしくはないだろう。

 

 

 ……俺は不穏な空気を漂わせているチームRWBYを尻目に去る事しかできなかった。

 

 

 

 




 区切りどころがない……なくない?

 どうして一万字超えてしまうのか。
 毎回筆が走るといいのですが、そうは問屋が卸さないのが辛いところ。

 感想、ご指摘、評価、好評の声等々お待ちしております。


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