ちょっと田舎で暮らしませんか? (なちょす)
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再会の夏
実家帰りと再会の夏


※オリジナルストーリー、サザエさん時空方式で行きます。
 初投稿なので拙い文章や誤字脱字等もあると思いますが、
 その際はありったけの憎しみを込めて教えて頂けたら幸いですので、
 何卒よろしくお願い致します。


『お盆ってのは、特別な日なんだよ。』

 

 

 

それを聞かされたのは、もう何時の事だったろう。

 

懐かしい話を思い出しながら、車窓の向こうに広がる景色をぼんやりと眺める。

 

 

「もう十年、か…。」

 

 

ぽつりと独り言を呟きながら、一定のリズムを刻んで伝わってくる電車の音が心地良い。

 

僕は島原 夏喜。今年で22歳になる社会人見習いだ。今電車に乗って向かっているのは、

僕の生まれ育った町、静岡県の内浦。

育ったと言っても半分くらいは引っ越してから東京で過ごしてるわけなんだけども…。

平凡な顔つきに、ハイスペックとも言えない運動能力。

『平凡な』と言いながら何でもこなすようなライトノベルやアニメの主人公とは程遠い凡人だ。

 

そんな凡人が故郷へ帰っているのは母から一通の電話があったから。

 

『お爺ちゃんの家、取り壊されるんだって。』

「…嘘でしょ?」

 

昔からよく遊びに行っていたミカン農家の爺ちゃんの家。

色んなことを教えてもらった爺ちゃんは三年前に他界、大泣きした覚えがある。

恥ずかしながら爺ちゃんっ子だったからね。

 

「なんで壊されることになったのさ?」

『もう住んでる人もいないし、今まではお爺ちゃんの知り合いの人が色々やってくれてたんだけど、皆高齢で厳しいって連絡がきたのよ。』

 

それもそうか。昔馴染みって理由で本人の居ない家を守ってくれていることの方が珍しい。

 

『うちとしても、お爺ちゃんの家を簡単には壊したくはないんだけどもあまり面倒を見れないのも事実だし…』

「…もし、さ。誰か住むことになったら壊さなくてもいいんだよね?」

『それはそうだけど、なんで??』

「僕が住むよ。内浦には昔馴染みもいるし、爺ちゃんの家が無くなるのは僕も嫌だから。」

『そう…分かったわ。こっちで色々手続きはしておくから一週間後には向こうへ向かって。…ありがとね、なつ君。』

 

そんな事があり、電車に揺られながらも無事沼津駅に到着。

 

「んーっ、やっぱここは気持ちいいね!」

 

電車を降りた後、大きく伸びをしながらながら感慨にふける。

 

「さて、ぼちぼち向かうとしますか。…どうやって行くんだっけ?」

 

10年とは非情なり。

いくら大好きな街でも子供の頃は移動手段なんて気にしてなかったから、困ったことになった。

携帯は電池切れ。どうしたものかと唸りながら屈んでいると、

 

「あの…大丈夫ですか?」

 

ふと顔を上げれば、見知った女性が居た。

 

「し…しまねぇ…??」

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、まさかナツ君が内浦まで来れなかったなんてね。」

「いやぁ、ホントにお恥ずかしいところをお見せしました…。」

 

駅で声をかけてくれただけでなく内浦まで案内してくれたこの人は、高海 志満さん。

しまねぇって呼んでて小さいころからよくお世話になっていた人だ。ちなみに幼馴染のお姉さん。

彼女の家は昔ながらの旅館で『十千万』という。

 

「とりあえず上がっていって。お茶くらいなら出すから。」

「何から何まですみません。」

「ところで今日はどうしたの?観光ってわけじゃない感じだけど…」

「えぇ、実は…」

 

僕がここに来た理由を話そうとしたとき、ドタドタと廊下を走ってくる音が近づいてきた。

居間の扉が勢いよく開かれた為思わず顔を向けてしまう。

 

「しまねぇただいまーー!!」

 

特徴的なミカン色の髪の毛。

ぴょんと飛び出たアホ毛。

全然変わってないなぁ。逆に安心したよ。

 

「久しぶり、千歌ちゃん。」

 

そう言いながら彼女に近づくとびくっとして少し後ずさる。

 

「……。」

「あ、あれもしかして覚えてない…とか?」

「えーっと…ごめんなさい。どこかで見たことある気はするんですけど…」

 

どうしよう、完全に予想外の事で心にダメージを負ってる。

しまねぇは後ろで笑ってるし…。

 

「そ、そっか…こっちこそなんかごめんね…。」

「ふふ、千歌ちゃん、その人今日は泊まっていくから空いてる部屋に案内してあげて。」

「え?あ、う、うん。じゃあえっと…こっちです…?」

 

案内をされながら旅館内を見渡す。あの頃から何も変わってない景観がなんだか嬉しかった。

千歌ちゃんはまだしっくりきてないみたいようで頭とアホ毛をひねりながら考えている。

 

「うーん…どこかで会ったこと…ありましたか?」

「まぁ、会ったというか会ってたっていうか…見たこと無い?」

 

まだ思い出せないみたいなので彼女の顔をじっと見る事にした。

 

「……あ、あの、その、あんまり見られるのはちょっと…困るっていうか……恥ずかしいっていうか///

 

最後がよく聞き取れなかったけどダメっぽいです。

確かにここだけ見たら女子高生に迫る男にしか見えないもんねごめんね。

 

そろそろ立ち直れそうにないかも(泣)

 

とりあえず案内された部屋に行くとそこからは内浦の海が一望できた。

解放された窓からか、はたまた後ろのミカンっ子からか、柑橘系の爽やかな香りが抜けていく。

まるで故郷と、大好きだった爺ちゃんに歓迎されてるみたいで帰ってきた実感が湧いてくる。

この空気も綺麗な海もなんだかたまらなく懐かしく感じて。

 

 

「やっぱり好きだな。」

 

 

そう呟くと後ろから「ふぇ?」と可愛らしい素っ頓狂な声がした。

振り返ると何故か少しだけ顔を赤くした幼馴染の姿が。

 

「顔赤いけど、どうかした?」

「あ、いや、なんでもないですっ!!///」

 

一体どうしたんだろう。

ふと彼女の髪に引っ越す前に渡した三つ葉のヘアピンがついていることに気が付いた。

 

「まだ使っててくれたんだね、そのヘアピン。やっぱり似合ってる。」

「も…もしかして、ナツ……君?」

「はは、ようやく思い出してくれた?ただいま、千歌ちゃん。」

 

彼女は徐々に顔が赤くなっていき俯きながらプルプルと震えている

 

この時僕は忘れていた…この子が僕に会う度にまず何をするか。

 

 

『ミカン砲』だ。




はい、いかがでしたでしょうか。
こんな感じで進行させていきたいと思います。
キャラ全然でとらんやんけ!って方、その通りですね(泣)
慣れてきたらAqoursメンバー目線でも上げていきたいと思うので、
またお会いしましょう!!

P.S.千歌ちゃん可愛いよ千歌ちゃん。


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幼馴染と爺ちゃん家

皆さん、こんにチカ。なちょすです。

暑い日が続いてますがいかがお過ごしでしょうか。
第2話、キャラも増えたため長くなりました。(分割投稿を知らない)
また、今回からは後書きがキャラの次回予告になります。P.S.は今まで通り呟きます。
「お前の声が聴きたい!」っていう作者LOVEな方は教えてください。
結婚しましょう。

それではちょ田舎第2話、どうぞ!


『やだやだ、お別れしたくないー!』

『ごめんね千歌ちゃん、でも行かないと…』

『だって、もう毎日遊べなくなるんだよ?もう会えないかもしれないんだよ…?』

『また会えるよ!絶対千歌ちゃんにも皆にも会いに来るから!だからそれまで、これを持ってて?』

『これなーに?』

『三つ葉のヘアピンだよ。それが僕の代わり!そしたら寂しくないでしょ?』

『うん…うん!』

『とっても似合ってる。また絶対会おうね!』

『うん!約束だよ!』

 

 

 

 

 

 

とても懐かしい夢を見た。

あれは僕が引っ越す時に千歌ちゃんが見送ってくれた時の記憶。

ずっと泣いていたけど、最後は飛びっきりの笑顔を見せてくれたっけ。

…あれ?なんで僕は寝てるんだろうか?確か内浦に帰ってきて千歌ちゃんに再会して…。

後頭部からちょっとした痛みと柔らかい感触がする。うっすらと目を開けると千歌ちゃんの顔があった。

 

「あ、起きた?」

「…なんで僕は膝枕されてるのかな?」

「え?ナツ君気を失ってたんだよ?」

 

あぁそうだ、この子のミカン砲を食らって頭をぶつけたんだった…。

 

説明しよう!

ミカン砲とは、彼女が喜びを抑えきれなくなった時に相手に向かってジャンピングハグをする技である!

ちなみにこれを食らって気を失わなかったことは未だに無いよ。

 

「そっか、また食らったんだね僕は。」

「もう、ナツ君大きくなったんだからちゃんと止めてくれないとー!」

 

僕が悪いのか。理不尽だ!

反省の色が見えないミカン娘にはほっぺたつまみの刑を与えよう。

 

「まずはゴメンなさいでしょ??」

「いひゃいいひゃい(痛い痛い)、にゃふくんひょへん~(ナツ君ゴメン~)!!」

 

うむ、満足である。

しかし今日泊まらせてもらえることになったのは有難いけどまだ昼過ぎだし、他の皆の所に挨拶にでも行こうかな。

 

「今日はこれからどーするの?」

「とりあえず爺ちゃんの家の様子を見ながら他の幼馴染に会いに行こうかな。」

「…他の幼馴染って女の子?」

「皆千歌ちゃんくらいの女の子かな。」

「ふーん…。」

 

あからさまに不機嫌になってしまった。

なにか不味い事言っちゃったかな?

でもほっぺたを膨らまして拗ねてるのがなんだか可愛らしくて可笑しくなってくる。

さしずめミカンフグだ。

 

「じゃあ私も行く!」

「僕は構わないけど予定とか無いの?」

「私が一緒に居たいからいーのっ!///ほら、レッツゴー!!♪」

 

そう言って僕の手を取って走り出した彼女の耳が赤く見えるのは、多分気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

こうして僕達は、彼女の通っているという浦の星女学院の近くにある爺ちゃん家のミカン畑にやって来た。

 

「なんだか懐かしいね~、昔はよくここで遊んだよね!」

「千歌ちゃんが来るたびに爺ちゃんが餌付けしてたもんね。」

「だってミカンが美味しかったんだもん!また食べたいなぁ…。」

 

たわいもない会話が弾む。あの頃に戻ったみたいだ。

後ろから迫ってる悪寒を除けば。

 

「千歌さん?」

「あ"っ…ダイヤさん、皆……。」

「酷いよ千歌ちゃん、呼んでおいて家に居ないんだもん!」

「これはどういうことか説明してもらえますか?」

「いやぁはは…その…忘れてた、みたいな?…」

「…ふふふ……忘れてた…ですって?」

「いや、でもこれには理由が……。」

「お黙らっしゃああああああああああい!!!!!!」

 

 

 

その日、修羅の如き少女の叫びがこだました。

 

 

 

 

 

 

千歌ちゃん曰く、彼女らは自分が所属してる9人のアイドルグループ、『Aqours』のメンバーだという。彼女がスクールアイドルをやってたことにも驚いたがもう一つ…。

 

幼馴染がこの場に全員揃ってしまった。奇跡だよ。

 

当の本人達はそのことに気づいてないご様子で、被告人『高海千歌』を囲んでお説教中。

 

「あの~…。」

「はい!あ、すみませんお待たせしてしまって。」

「いや、気にしないでもいいですよ。もしよかったら、暑い中立ち話もなんですし家に寄っていきませんか?まぁ、爺ちゃんの家なんですけど。」

「はぁ、ですがご迷惑ではありませんか?」

「ふふ、そんなこと無いよ、『ダイヤちゃん』。」

「えっ?」

 

他の皆もキョトンとしている。そうかい、あと8人もいて誰も覚えてないのかい…。

いい大人が女子高生に泣かされそうだよ。(泣)

 

「僕は夏喜です。島原 夏喜。10年ぶりだね皆。梨子ちゃんは中3ぶりかな?」

 

 

『えーーーーーーーーーーーーっ!?』

 

 

 

 

 

 

「いやー、まさかナツが帰ってきてたなんて…。///」

「ビックリしちゃいました。///」

 

とりあえず皆を家に上げてくつろいでもらってる。あの後誤解は解けて(思い出してもらって)、なんとか顔合わせという事になった。

 

「流石に家の中もあっついな…。扇風機かなんか探してくるから待っててね。」

「ありがとー、ナツ君!」

「でも皆子供の頃から違う場所でナツ君に関わってて…」

「それがこうしてスクールアイドルとして集まってるなんて奇跡みたいだね!」

「うーん…。」

「果南ちゃんどうしたの?」

「あのさ、今ナツが居ないから聞きたいんだけど…皆ナツにそういう感情抱いたりしてるのかな~ん…って///」

 

『………///』

 

「えっ、全員なの!?///」

「そういう果南だって顔真っ赤じゃない!!///」

「扇風機あったよー、って何の話??」

「鈍感には関係ありませんわ!///」

 

鈍感…夏喜ショック…。

 

「ところで、ナツ君はどうして内浦に?」

「そういえば!なんでなんで??」

「実はわけありでこの家に住むことになってね。あ…まだ爺ちゃんに挨拶してないや。」

「お爺ちゃんが居るの??私も挨拶したいわ!」

「え…でも夏喜さん、お爺様は…。」

 

ダイヤちゃんは知ってたか。

他の皆は、多分知らないんだよね

 

「善子ちゃん、挨拶するとき緊張するからって堕天しちゃダメずらよ?」

「なによ!普通にしてればいいんでしょ!///」

 

皆面識があるからこそ、ここで会ってもらうのが良いのかどうか分からない。

僕自身も会うのはあの日以来でまだ不安が残ってる。

でも…彼女達にはこの町に住む理由をちゃんと話すって決めてたから。

 

「ここだよ。」

 

襖を開けた部屋の中。

そこにあったのは綺麗な仏壇と爺ちゃんの写真。

あの日、葬式を終えてから初めて見た爺ちゃんの仏壇。

ずっと縁側が良いって言ってたから、一番広いこの部屋の縁側の近くに静かに佇んでいる。

 

「嘘……。」

「ナツ君…これって…。」

「…3年前に病気で亡くなってね。もう誰も住んでないからってこの家の取り壊しが決まったんだ。でも、大好きだった爺ちゃんとの思い出や皆と過ごした日々を壊したくなくてさ。」

 

初めて誰かに話す本心。

皆に今の爺ちゃんを見せてしまった罪悪感を感じながら言葉を続ける。

 

「ずっと、あの人の背中を追いかけてきた。誇れるようになろうって、涙の出し方も忘れて歯を食いしばって生きてきた。結局まだ何も出来てない。やりたい事も見つかってない。」

 

後ろを見ると、千歌ちゃんやルビィちゃんは泣いてしまっている。他の皆も涙を堪えながら俯いてしまっている。

こうなることは知っていた。

だって、皆あの人の事が大好きだったから。

 

「まだ夢や目標なんて無いし、何をしたらいいかも分からない。でももう一度ここに帰ってきたら、何か分かるんじゃないかって思ったんだ。

それが…僕が帰ってきた理由だよ。」

「夏喜…。」

「湿っぽくしちゃってゴメンね。さ、お腹空いたし何か食べに…」

「ナツくーーーーーーん!!!!!」

 

千歌ちゃんを先頭に皆が飛び込んでくる。

 

「私、知らなかったぁ…知らなかったよぉ…!」

「いや、不安で言ってなかった僕が悪いんだよ。」

「もう明日から皆で交代して面倒見てあげるから!」

「夏休みだし毎日会いに来るよぉナツ君~…!!」

「な、なんかあったらすぐ頼りなさいよね!!」

「ありがとう、善子ちゃん。」

「ヨハネよっ!」

 

泣き方を忘れた僕の代わりに皆が泣いてくれている。

あの頃と変わらない、優しい子達で良かった。

こんなに賑やかに過ごしたのは一体いつぶりだろう。

皆と過ごしていくこの内浦でなら、探してるものも見つかるかな?

 

 

 

「…ただいま、爺ちゃん。」

 

 

 

写真の向こうで、爺ちゃんが笑った気がした。




曜「ヨーソロー!渡辺 曜です!」

果「ご機嫌いかがかなん?松浦果南だよ!」

曜「いや~、まさか皆ナツ君と知り合いだったとはね~…。」

果「そうだね。一人暮らしらしいから私達も手伝ってあげないとね?」

曜「うん!次は私達の話だから3人でどっかお出かけしようよ!」

果「お、いいねいいね!じゃあ予定立てとこっか!」

曜「それじゃあ次回のちょ田舎!」

果「船乗り少女と潜水少女!」


曜果「「あなたもちょっと田舎で暮らしませんか?♪」」

P.S.名古屋2ndライブ楽しみで8時間しか寝れない


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船乗り少女と潜水少女

皆さん、こんにチカ。

あんちゃんに手を振り返されて惚れてしまったなちょすです。
もう二日間最高でした。18人の女の子達が、ライバーの為に全力で頑張ってくれてるんだなぁって改めて感じました。
思わず涙です。
本編もまだまだ頑張っていく所存ですのでよろしくお願いします!

それではちょ田舎第3話、どうぞ!


『みてみてナツ君!うちっちーがいるー!♡』

『曜はうちっちーが大好きだもんね♪』

『ははは、楽しんでもらえてよかったよ。』

『ねーねーナツ、あっちのお魚さんも見に行こうよ!』

『内浦のお魚コーナー?おもしろそう!よーし、じゃあまだまだ皆で水族館を楽しもう!!』

『『おーーーー!!』』

 

 

 

 

 

 

風鈴の音で目が覚める。夏といっても、朝の早い時間はわりと涼しくて、それが少しだけ気持ちいい。

 

「夢…か。最近よく見るなぁ。」

 

皆と過ごしていたころの記憶。それが内浦に帰ってきてからよく夢に見るようになっている気がする。

 

「まだ早いよね。二度寝…やめとこう…。」

 

ここで寝てしまったらきっともう起きれなくなってしまう。

そう思って体を起こそうとすると…

 

 

むにゅ。

 

 

むにゅ?

こんな感触、僕は経験したことがない。

恐る恐るその感触がした右手の方を向く。するとすやすやと寝息を立てる一人の少女が。

 

っていうか曜ちゃんだった。

ご丁寧に右腕をガッチリholdingして。

 

「何故にWhy…?」

 

とりあえずこのヨーソローホールドを外さなくちゃ。余った左手を外そうとすると、

 

 

むにゅ。

 

 

左手は果南ちゃんにしっかりとハグされてましたよ。

え?どうして?そういうお年頃かなん?しかも果南ちゃんに関しては足も絡んでるから左足が全く動かない。

やっぱり右から外そう。

 

「起こしちゃったらゴメンね、曜ちゃん。」

 

 

むにゅっ。

 

 

「んっ…///」

 

 

⋯⋯⋯。

小鳥のさえずりが部屋に響き渡る。

これが朝チュンかぁ。

そしてさりげなく右足に絡んでくる曜ちゃんの足。

これ、高海家の人に見つかったらなんて説明すれば…。

 

 

「ナツ君おっは…よー…。」

 

 

 

\(^o^)/

 

 

 

「ねぇナツ君、朝から3人でなにしてるのかな?」

「待って待って千歌ちゃん、色々と誤解だからっ!!」

 

むにゅん。

 

「んぅ…///」

 

ここでそれはダメだって果南ちゃぁぁぁんっ!!

 

「ふ~ん…本当?曜ちゃん。」

「え”っ曜ちゃん!?」

 

振り向くと少し顔を赤くして服がはだけかけてる曜ちゃんが。

 

「…朝から大胆だねナツ君///」

「そんな服はだけてなかったよね!?」

 

あれ?じゃあ果南ちゃんは??

 

「…ふふっ。」

 

起きてるぅ!千歌ちゃんから見えないからってニヤついてるよ!

えっ、じゃあ僕は最初っから幼馴染ズに嵌められてたの!?

 

「で?最後に言うことはありますか島原さん?」

 

ヤバイ、千歌ちゃん目が座ってる。ここは上手い事言わないと。

 

「えと…2人共とても柔らかかったです。」

 

両サイドが一瞬にしてボンっ!と赤くなる。

これは…やっちゃったかな?☆

 

 

 

「ナツ君の…バカーーーーーーーーーーーっ!!!!」

 

 

 

22年間でいっちばん痛いビンタが飛んできた。

 

 

トロフィーを獲得

朝チュン

曜、果南と朝を迎える

 

カンカンミカン

朝チュンを千歌に見つかる

 

 

 

 

 

 

「朝から酷い目にあった…。」

「ゴメンねナツ君!」

「あんまり気持ち良さそうだったからついね♪」

 

ついね、であんな事件を起こすなんて末恐ろしい…

あの後千歌ちゃんにも「千歌は知りませんっ!」って言われちゃったし。

 

「ところで今日はどうしたの?」

「あれ?鞠莉ちゃん言ってなかったっけ?『毎日交代で面倒見てあげる』って。」

「だから今日は私と曜が来たんだよ。」

「なるほど…。確かに一人だとちょっと大変だし助かるよ。お願いしていいかい?」

「もっちろん!曜ちゃんバリバリ働くよー!!」

「あ、でも朝みたいなのはなるべく控えてね。」

「もしかして、一緒に寝るのとか嫌だった…かな?」

「いや、僕はいいんだけど、幼馴染でもいい男女だからね。ああいう事は好きな人が出来たらやってあげると良いよ。」

 

僕だって男だから嬉しくないわけじゃないけど彼女達には大事にしてほしいからね。

 

「…はぁ。」

「だからなんだけど…。」

「ん?ゴメン何か言ったかい?」

「いーえ!何も言ってませんよ島原さん!」

「乙女心が分からない方には分かりませんよ島原さん!」

 

拗ねてしまった。なんか今日アタリ強くない?

もしかしてこれが巷で噂の幼馴染いびり?

 

「あ、でも感触は柔らかかったよ!」

「「うるさい馬鹿ッ!!///」」

 

そんな会話の後、昼までかかって3人で掃除をした部屋は見違えるほど綺麗になった。

 

「やーだいぶ良くなったね!他に手伝う事ある?」

「いや、荷物が届くのは明日だから今日は特にないかな。」

「あ、じゃあじゃあ久しぶりに水族館行かない??」

「いぇ~い、待ってました果南ちゃん!」

「もしかして『みとしー』かい?」

 

みとしー。伊豆・三津シーパラダイスの事である。

駿河湾に面した水族館で、様々なショーはもちろん、ここにしかいない生き物やタカアシガニとの触れ合い、クラゲ万華鏡水槽は有名だ。

ちなみに曜ちゃんが好きなうちっちーもみとしー出身。

 

「そう!なんといっても今日はうちっちーが来るんだよぉ!」

「あっはは、相変わらず曜はうちっちーLOVEだねぇ~。」

「もっちろん!昔もらった貝殻のブレスレットもばっちり着けてきたからね!」

 

なんだか10年前をもう一度繰り返しているみたいだ。

頭の中、記憶のピースが一つはまったみたいな感じ。そんなことを考えていた時、視界にノイズが走った気がした。

少しだけ、本当に少しだけ頭痛もした気がする。

 

「…なんだ?今の。」

「ナツ君?」

「ボーっとしてるけど大丈夫?」

 

気づいたら二人の顔が近くにあった。結構考えてしまっていたらしい。

心配をかけないように2人の頭を優しくなでる。

 

「わっ、ナツ君くすぐったいよぉ…///」

「ちょっと、どうしたのさ?///」

「ん~?なんだか子供の頃みたいで二人が可愛かったから撫でたくなったんだよ。」

「かっかわ!?///」

「そういう事さらっと言うんだもんなぁ…///」

「ははは、じゃあ準備して出かけよっか。」

 

適当に昼食を済ませた僕達は、みとしーへとやって来た。

ここはこの時期になると家族連れやカップルで賑わう。特にうちっちーが来る日は大盛況だ。

 

「ナツ君、あの魚可愛くない?あ、あっちの魚は笑ってる~!」

「ねえねえナツ、ふれあいコーナーだって!ちょっとこのカニ持ってみてよ!」

「で、デカいな…重っ!?」」

「あっははは!ナツ君しっかり~!」

「ほらほら、男の子でしょ?♪」

 

そういう彼女らは軽々と持ち上げる。僕の筋力って女子高生以下なのか…。

久しぶりの水族館に思わず3人ではしゃぎまくってしまった。

館の終盤まで来た時に、館内放送が鳴り始める。

 

『皆様、本日はみとしーへお越し頂きありがとうございます。今日はうちっちーが遊びに来てくれました!これから係のお姉さんとお散歩をするので、写真を撮ったりいーっぱいお話してあげてくださいね!』

 

「あ!うちっちー!」

 

丁度僕たちの居た場所の近くからうちっちーが出てきた。曜ちゃんは無邪気な子供のように一直線。

やれやれ、と苦笑いしながら果南ちゃんと僕も続く。

 

「こんにちは!」

「わぁ、元気な子が来てくれたねうちっちー!あなたのお名前は?」

「渡辺 曜であります!」

「曜ちゃんって言うんだね!え、なになに?うちっちーが『僕に昔ヨーソローを教えてくれた子だよね!』だって!」

「覚えててくれたの!?」

「ふむふむ、『後ろの子がハグをしに来てくれた果南ちゃん』だって?」

「あ、私も覚えててくれたんだ!」

「今日は後ろの男の子とデートかな??」

「うぇっ!?いや、その…///」

「まぁ、なんというか…///」

 

2人が困ってしまっている。それはそうだ、僕とデートと思われるのも彼女たちにとっても迷惑だろう。

 

「いえ、幼馴染が久々に集まったので遊びに来たんですよ。だから全然デートってわけじゃない「「ふんっ!!」」でふぅっ!!」

 

2人分の足が飛んできた…。え?なんで?選択肢間違えた?

夏喜乙女心分かんない…。

 

最後は皆で写真を撮影してうちっちーと別れた。すれ違いざまにお姉さんに「相変わらずだね。ファイトだよっ♪」と言われてしまった。

あの人どこかで見たことあるような…まぁいっか!

こうして僕達は水族館を後にした。

 

 

 

 

 

 

家に帰ってきた僕達は晩御飯にするために、曜ちゃんリクエスト「ハンバーグ」を作ることにした。

 

「ナツ君、これ私やっておくね。」

「じゃあ私お風呂洗ってくるよ~。」

「ごめんね2人共色々任せちゃって…」

「いいっていいって!もともと手伝う予定だったし!」

「ハンバーグも私が食べたいって言ったからね…。」

 

そういうと2人はそれぞれの仕事に入る。台所には僕と曜ちゃんのふたり。彼女は慣れた手つきで作業をこなしている。

聞くとAqoursの衣装も彼女が作っているらしい。この子に弱点はあるのだろうか…?

 

「曜ちゃんは何でもできるんだねぇ…。」

「あはは、そんなこと無いよ。よくそう言われるんだけどさ、私は別に完璧になりたいわけじゃないから…。」

 

少しだけ曜ちゃんの顔が曇る。きっと彼女には彼女にしかない悩みもあるのかも知れない。

この子の性格からしたら、一人で頑張るタイプなんだろうな。いつもより少しだけ小さく見えた彼女の頭をそっと撫でる。

 

「曜ちゃんは曜ちゃんだよ。ちょっと人より色んな事が出来るだけの女の子。僕にとっては、大切な幼馴染だから。頼りないかもしれないけどさ…なんかあったら頼ってね?」

「えへへ、ありがとねナツ君///」

「それにしても一家に一人は欲しいなぁ、曜ちゃん。いいお嫁さんになれるよ。」

「おっ、おおおおお嫁っ!?///」

 

 

曜ちゃん'sストーリー

「ただいまー。」

「ナツ君おかえり~!上着もらうね。」

「ありがと。明日は休日だからゆっくりできるよ。」

「あ、じゃあご飯にする?お風呂にする?それとも…ヨーソローにする?///」

「…私は朝までキャプテンと航海の旅に出たいであります。ご一緒してもらってもよろしいですか?」

「ヨ、ヨーソロー…///」

 

 

「はわわわわわわわ/////」

 

 

はわわわ言い出してしまった。どんな妄想してるんだろうか。

 

「曜ちゃん?」

「無理無理無理、恥ずかしすぎるよぉ…///いや、そもそもなんでこっち方面で考えてるのさ私!!」

「渡辺さーん。」

「う~、ナツ君が変なこと言わなければ良かったんだよぉ…顔見れないよぉ…///」

「よーうちゃんっ!」

「わひゃっ!?」

 

可愛らしい声をあげて尻もちをついてしまった。

 

「大丈夫?そろそろ果南ちゃんも来るからパパッと作っちゃおうか。」

「あ、うん、そうだね!…あれ?」

「どうしたの?」

「腰、抜けちゃった…。」

「……。」

「……。」

「…ふふっ。」

「あ"ーーーっ、笑ったぁっ!!!///」

 

そんなになるまで考え込んでたのが可愛らしい。なんだ、やっぱり普通の女の子じゃないか。いや、普通よりもだいぶピュアッピュアな子だ。

 

「あっはは、後は僕がやっておくから居間で休んでていいよ。あ、動けないのか…ちょっと失礼するよー。」

「え?うわ!ちょちょ、これってお姫様…///」

「曜ちゃん軽いね。夏喜ビックリだよ。ちゃんと食べてる?」

「食べてるよ!てか恥ずかしいよ!てかもう大丈夫だよ!///」

「はいはい、そのまま大人しくしててくださいよー。」

「たっだいまー…って、どういう状況?」

 

風呂掃除を終えた果南ちゃんが苦笑い。確かに傍から見たらイチャついてる様にしか見えないねこれ。

視線が痛い。

 

「ナツ、なにしたの?」

「いえ、私はただ声をかけただけであります!!けっしてやましい事はしてません!」

「あっはは、まぁ大方妄想トリップした曜がビックリして腰抜かしたんだろうけど。」

「エスパー?」

「何年幼馴染してると思ってるのさ。ほら、後は私が引き継ぐから曜を置いといで。」

「あぁ、ありがとうね。」

「にひひ、それにしても曜ちゃんは腰抜かすぐらい真面目にどんなことを考えてたのかなぁ…?♪」

「うぅう…///」

 

曜ちゃんは体育座りのまま手で顔を隠してしまっている。耳は真っ赤っかだけど。

 

そんなことがありながらも、なんとか夕食を食べ、しばらく居間でくつろいでいた。

曜ちゃんはよっぽど疲れたのかうとうとしていたのでベッドを貸して先に寝させてあげた。

 

「曜ちゃん、楽しそうだったね。」

「久々にナツに会えて嬉しかったんだよ。私もだけどさ。」

 

そういうと果南ちゃんは右肩に頭を乗せてきた。少しほっぺを膨らましてるのは気のせいだろうか?

 

「どうしたんだい?」

「別にぃ…ただ私がお風呂掃除してる時に随分楽しそうだなぁって思っただけ。」

「…もしかして寂しかった?」

「うるさい。///」

 

この子もスキンシップをよく取ってくる方だけど、今日は曜ちゃんもいたからひょっとしたら我慢してたのかもしれない。

 

「ねぇ果南ちゃん。初めて会った時のこと覚えてる?」

「10年前のこと?」

「そう、果南ちゃんがハグしよ、って言って抱きついてきたこと。」

「よく覚えてるねそんなこと。///」

「そりゃもちろん、大事な思い出だからね。」

「ん、そっか…。」

「いいよ、今なら思いっきり甘え倒して。夏喜君は何でも要望に応えましょう。」

「…じゃあ…ハグ、しよ?」

 

彼女が正面に回ってそっと抱きついてくる。この年になるとハグも別の意味に感じて変に緊張してしまう。

けど彼女も緊張してることは、心臓の鼓動で伝わってくる。

 

「ヤバ…男の子の身体だ///」

「そりゃ10年も経ってますから。果南ちゃんもその…すごい当たってる…。」

「ん?なに…が…あっ///」

 

流石に気づいたみたい。

 

「ナツのエッチ///」

「ごめん!ちょっと離れようか?」

「ううん、今はもう少し…このままで…。」

 

それからどれだけそうしていただろうか。安心したのか満足したのか果南ちゃんはすやすやと眠ってしまった。

曜ちゃんが寝ている布団まで運んでいく。こんなにはしゃいだのは僕も久しぶりだったかもしれない。

今日はどこで寝ようかな、なんて考えていると服の袖を果南ちゃんがきゅっと掴んでいる。

 

「ん…ナツ…君…。」

 

隣からは曜ちゃんの寝言。

あぁ、今日は離れられないなぁ。

そう思いながらも昔に戻ったみたいで、実はちょっと嬉しかったり。

 

布団の端っこにお邪魔して、今日も1日を終えるのだった。




ル「み、みなしゃんこんにちは!えと、黒澤…ルビィです…。後書きガンバルビィ!」

花「おはな~まる!同じく一年生の国木田 花丸です!」

ル「どどどどうしよ花丸ちゃん!予告なんてやったこと無いよぉ!!」

花「大丈夫ずらよルビィちゃん、投稿者さんが二人で話してればいいっていってたずら。」

ル「えぇ…それで大丈夫なのかなぁ…。」

花「次回はいよいよオラたちの番だね。」

ル「曜ちゃんと果南ちゃんはお出かけしてたね。ルビィ達はどうしよっか?」

花「せっかくだしオラ達も夏喜さんとお出かけしちゃおっか!」

ル「うん!夏喜さん喜んでくれるかなぁ…♪」

花「それでは次回のちょ田舎!」

ル「文学少女とアイドル少女!」


花ル「「あなたもちょっと田舎で暮らしませんか?♪」」

P.S.イチャコラさせると文章なっが(笑)


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文学少女とアイドル少女

皆さん、こんにチカ。
車で21時間かけて実家に帰ったなちょすです。
最近のトレンドはドデカミン。美味しいですよね。
んなことより実家で釣り三昧してたら投稿がががが、、、!夏終わっちゃうぅう!!
地元愛♡満タン☆サマーライフ。神戸行けなかったけど埼玉2日目参戦!
フゥ~☆

それではちょ田舎第4話、どうぞ!


『うーん、うーん…届かないじゅらぁ…!』

『この本が欲しいの??』

『あ、ありがとうお兄さん!』

『いえいえ。本が大好きなんだね?』

『うん。本を読むとね、たくさんの素敵が繋がって出会いをくれるって、オラのおばぁちゃんが言ってたの!』

『はははっ、そうなんだ!素敵な出会いはあった??』

『お兄さんに会えたじゅら!!まる知ってるよ。お兄さんみたいにやさしくてカッコイイ人はプレイボーイっていうじゅら!』

『ぷ、プレイボーイ…褒めてくれてる…んだよね?』

『もちろんじゅら。オラは国木田 花丸って言います。』

『僕は夏喜。島原 夏喜。ヨロシクね花丸ちゃん!』

『こちらこそ、お願いしますじゅら!あ、おばあちゃんが呼んでるからそろそろ戻ります!また会えるといいですね♪』

 

 

 

 

「…朝だ。」

 

 

誰に言うわけでもなくただ呟く。夏も終わりへと歩みを進める中、日差しだけは変わらず部屋の中を照らしている。

 

「今日はマルちゃんの夢かぁ…なんだかなぁ。」

 

内浦に帰ってきてからというもの、毎日のように彼女らの夢をみる。深層心理というやつが働いているのだろうか?

モゾモゾと布団から這い出て朝食の準備に行こうとすると、部屋の前から何やら声が聞こえてくる。

 

「花丸ちゃん、本当に大丈夫かなぁ…?迷惑じゃないかなぁ…?」

「大丈夫ずらルビィちゃん。果南さんも曜さんも朝はビンタで起こしてやるのが良いって言ってたし。」

「へ〜〜〜ぇ…あの体育会系達はそんな事言ってたんだぁ。」

「ぴぎぃっ!?」

「ずらぁっ!?」

 

なんと個性的な驚き方でしょう。

まぁあの2人には後で『大好きな』ものを食べさせるとして☆

 

 

 

「「っ!?」」

「よーちゃん?かなんちゃん?どーしたの??」

「い、いや…」

「何でもない何でもない!」

 

((嫌な予感がする…。))」

 

 

 

「改めておはよう。今日は2人が来てくれたんだね。」

「ずら。本当は起こしに行こうとしてたんだけど夏喜さん起きてたみたいなので。」

「うん、2人にビンタで起こされようものなら永遠に起きれる気がしないよ。」

 

冗談抜きで精神的にくるものがある。

そんな会話の最中、

 

『くぅ…』

 

「あ…。///」

「…ごめんなさい。///」

 

2人分の、可愛らしいお腹の悲鳴が聞こえる。

 

「ふふっ、朝ごはん食べよっか。目玉焼きとスクランブルエッグどっちがいい?」

「すくらんぶるえっぐ?ってなんずら?」

「卵焼きの前にぐちゃぐちゃに混ぜたやつだよ。」

「ほぇ~…まるはそのぐちゃぐちゃ卵で!」

「ルビィもそれでお願いします。」

「…マルちゃんって東北人だっけ?」

「おばぁちゃんはそうですけど…どうしてですか?」

「いや、知り合いに同じこと言うやつがいたからさ。」

 

東京で知り合った数少ない男の友人。彼は生粋の秋田県民だった。

よく釣りの後泊まりに来ては、

 

「飯作ってけらったが?ぐちゃぐちゃ卵な!」

 

なんていうもんだから、2人して大笑いしていた。

あいつは元気にしてるだろうか。

3人で食卓を囲んでいると、玄関からインターホンが聞こえる。

どうやら頼んでいた引っ越しの荷物が届いたらしい。

 

「ご飯食べたら荷物の整理したいんだけど手伝ってもらっていいかな?」

「大丈夫です!そのために来たので!」

「まるたちばっかりしてもらってちゃ悪いから…」

「助かるよ。じゃあちゃちゃっと食べちゃおうか。」

 

荷物は食器類や衣類、私物まで様々だ。量がとんでもなく多いわけじゃないから3人ならすぐ終わるかな?

 

「にしてもどれがどれだか分かんないな…。」

「開けてみたらどうずらか?」

「えっと、これはなんのハコだろ…ぴぎぃっ!?」

 

ルビィちゃんが開けた箱、手に持ってるのは…あれ?僕の下着じゃない?

 

「ルビィちゃん、大胆ずら…///」

「えとえとえと、あ、あのごめんなしゃい!!///そんなつもりはなくて… !///」

 

これは…絵面がやばい。ダイヤお姉様に見られたらただじゃ済まされないやつだ。

 

「あ~…それは僕がやっておくよ。2人は食器と私物をお願いね。」

 

多分みられて困るようなものも無い筈。無いよね?

 

「わぁっ!これってミナリンスキーさんのサイン!?夏喜さんμ'sのファンなんですか!?」

「ファンというか…色々あってね。」

「夏喜さん、この青色のマグカップはここでいいずら?」

「あぁ大丈夫だよ!ありがとう。」

 

3人でやると早く終わるとは思ってたけど昼前にあらかた片付くとは…。

 

「あとは僕がやっておくから、2人はゆっくりしてていいよ。」

「でもルビィ達1日かかる予定だったから…。」

「予定とか何も考えてないです…。」

 

うーん、確かに働かせるだけ働かせて帰らせるのもあれだよね。

2人の頭をなでながら足りない頭で考えろ…考えろ…。

 

「よし、3人で出かけよう!」

 

結局これである。

 

「それじゃあまる、本屋に行きたいずら。」

「ルビィはアイドルショップに行きたいです!」

「じゃあ昼を早めに食べて準備してレッツゴー!」

 

反応してくれたことが嬉しくなり、変なテンション。

 

「あの…そろそろ…///」

「ストップしてくれないとこっちがもたないよ…。///」

 

気付けばずっとなでなでしていた。

だってさ、妹みたいで可愛いじゃん。甘やかしたくなるじゃん!なでなでしたくもなるじゃん!!

…誰に言ってるんだろ。

 

「ごめんごめん、妹たちが出来たみたいでテンション上がったちゃったよ。」

「妹…ずらか…。」

「妹…なんですね…。」

 

あれ、なぜか不満げ…。妹だと幼く見られてると思って嫌だったかな?

 

「もしかして彼女の方がよかった?なーんて…」

「「ばかっ///!!」」

 

ぺちんっ!と、両頬からビンタを食らってダウン。

いや、ミカン娘に比べたら全然可愛らしいけど…

純粋ゆえのメンタルが…メンタルが…。

 

「痛い…心が痛い…。」

「自業自得ずら!///」

「今回は当然です!///」

 

最近頬に痛みが来てばっかりだ。

 

「ぐすっ。じゃあ気を取り直して行こうか…。」

 

2人の手をつないで出発。

 

「うゅ…///」

「っ…ずら…///」

 

適当に昼食を済ませた後、僕らは本屋にやって来た。

入店するなり、何やら店内からひそひそと声が聞こえてくる。

 

「お、おい、あれって花丸さんじゃないか?」

「ああ、ルビィ嬢もいるぞ。後ろの男は誰だ??」

「ルビィちゃん、視線が痛いんだけどマルちゃんなにやったの?」

「えと、花丸ちゃんここではちょっとした有名人で…多分もうすぐわかりますよ。」

 

その噂になってる張本人は、どこかへ行ってしまったんだけど…。

とりあえず僕もなんか買って行こうかな。

マカロンとかラテアートでも始めたら皆喜んでくれるだろうか。うむむ…難しそう。

しばらくして、大量の本を台車で運んでくる子がこちらへ歩いてくる。

 

「…マルちゃんて、ここの店員さんだっけ?」

「えっ?これはまるが読む本ずらよ??」

「まじですかマルさん…。」

「ビックリしちゃいますよね。これ二週間ぐらいっで読んじゃうんですよ。」

 

見積もっても40~50冊はあるよこれ。昔から本好きだったのは知ってたけどこうなるとは…。

本の虫もとい本のまる。

 

「それに読んだ感想とかは店員さんに教えてあげてるみたいで店員さんも勉強になるとか。」

「はぁ、それでなんだ…。」

 

でもそれって店側としては大丈夫…なのかな?

 

「2人ともお待たせずら。じゃあ次の目的地へ行こう?」

「マルちゃん、それ重くない?」

「いつもの事なので大丈夫ですよ。」

 

『ずら』という語尾に大量の本を風呂敷に包んで首にかけてる様は、まるで〇マさんみたいだ。

 

「その量を持ったまま1日歩くのも疲れるだろうし、一旦家に置きに行こうか。僕が持ってくよ。」

「えっそんなの悪いずら!」

「いいよいいよ。マルちゃんだって女の子なんだし力仕事は任せなさいな。」

「じゃあ…おねがいします。」

 

風呂敷をほどいてあげようとして必然的に距離が近くなる。

 

「あの…近い…ずら。///」

「あぁ、ごめんね!嫌だと思うけどもうちょっとだけ我慢してね?」

 

風呂敷をほどき終わって荷物を持つと顔を赤くしたマルちゃんとほっぺたを膨らませたルビィちゃん。

 

「…本当に平気でするんですね夏喜さん。」

「?何の話??」

「何でもありません!行こう花丸ちゃん!」

「え?ちょ、待って待って何のこ重いなこれ!?」

 

 

~少年少女帰宅中~

 

 

「やってきましたアイドルショップ!」

「はい!あ、夏喜さんμ'sのグッズもありますよ!」

「よし、ルビィちゃん、まるちゃん、レッツゴー!」

 

なんとか機嫌を直してもらってアイドルショップにやって来た。

アイドルショップに彼女たちのテンションも上がってくる。ちなみに僕も上がってる。

なぜなら内浦に来て彼女たちがアイドルをやってるのは知ったけどまだ見たこと無いから、普段と違う姿を観れることにちょっとドキドキしている。

店内に入ると、それはすぐ目の前に。

 

 

「これが⋯Aqours⋯。」

 

 

初めて見る彼女たちの表情。

なにがきっかけになったのかは分からないけど…歌って踊って、憧れを抱いてひたむきに輝こうとする少女たちの姿。

気がつくと、魅入っていた。なんだか『彼女達』を見てるみたいで。

輝きたい。ただその一心で歌う彼女達だからこそ、こんなにも魅了されてしまうのかもしれない。

懐かしい…。

この感じ、昨日と同じだ。ピースが一つはまったみたいな。

PVの終わり際、一瞬の頭痛とともに視界にまたノイズが走る。

 

「あのぅ、夏喜さん?///」

「そんなにまじまじ見られると恥ずかしいずら…。///」

「あ、あぁ、ごめんね、2人とも。」

 

結構見ていたみたいで、2人は買い物を終えている。

 

「お目当てのものはあったかい??」

「はい!ルビィは花陽ちゃんので!」

「まるは凛さんのでおそろいずら♪」

「仲良しコンビだね。じゃあそろそろ帰ろうか。あとは家でゆっくりしていくと良いよ。」

「あの!夏喜さん…無理、してないですか?」

「ん?なんでだい?」

「顔色があんまり良くないから…。」

 

さっきのノイズの事が顔に出てしまってたらしい。幸いどこも変わりないから心配をかける訳にはいかないな。

 

「いやぁ、改めてこんな可愛いアイドルと一緒に居るって分かったら不思議な感じがしてね。それにほら、周りからの視線が怖いから…。」

「かわ…!?///」

「人前でそういう事言うのはどうかと…///」

「ははは、本当の事だからね。」

 

とりあえず、これで大丈夫だろう。

帰れば三時くらいだからゆっくりしてようかな。

 

こうしてあっという間だったお出かけから帰ってきた僕らは、家で休むことにした。

帰ってきて色々今日の事を話していた僕達だったが、縁側で陽気な日差しを浴びていたルビィちゃんはなんだか眠そうでうつらうつらと舟をこいでいた。

 

「ルビィちゃん眠いの?」

「うん…ちょっとだけ…。」

「じゃあ布団持ってくるからちょっと待ってて。」

 

 

歩き出そうとした僕の腕を、ガシッっと小さな手がつかんでくる。

 

 

「あの…夏喜さん、腕枕…してくれませんか…?///」

「……ほぇ?」

 

我ながらなんて素っ頓狂な声だ。

 

「え、あの、僕男だよ??」

「それは…わかってるんですけど…///」

「あっ、じゃあまるも…反対側、お邪魔していいですか…?///」

 

Oh…神様仏様ダイヤ様、これって真実ですか?理解が追い付きません。

腕枕って、そういうあれだよね?腕を枕にするやつだよね?

 

「いやいやいや、さすがにスクールアイドル2人とそれは…。」

 

 

「「だめ…ですか?」」

 

 

……。

 

 

「で、結局こうなると…。」

 

知ってた。

あれは無理です。断れるわけがないです。

甘えん坊の妹を持つ兄の気持ちがよく分かった。

右手にルビィちゃん、左手にマルちゃん。すぅすぅと寝息を立てている。

ちなみにどちらも抱き枕のように密着してきている。

 

「はは…これは今日も動けないな…。」

 

結構歩き疲れたのか起きる様子はない。でも僕も少し疲れてしまった。せっかくだから少し休ませてもらうとしよう。だんだん眠くなってきた…。

 

 

 

 

『ぐすっ…おねぇちゃぁん…どこぉ…??』

『ねぇ、もしかして迷子かな?』

『ぴぎぃっ!?』

『あ、いや、怪しい人間じゃないんだよ!?ほんとに!人を探してたら僕も迷子っていうか…。』

『あの、その…おねぇちゃんと、はぐれちゃって…ぐすっ。』

『えと、お姉さんってどんな人なの?』

『…ダイヤおねぇちゃん…黒い綺麗な髪で、ルビィの…憧れの人なんです…。』

『あ~、ダイヤちゃん…えっ、妹!?』

『おねぇちゃん知ってるんですか…?』

『知ってるというか、ダイヤちゃんに迷子の妹探しを手伝ってほしいって言われたから…。そういえば名前、言って無かったね?僕は夏喜。島原 夏喜だよ。』

『く、黒澤…ルビィです…。///』

 

 

 

 

どれくらい寝ていただろうか。外はもう日が落ち始めていた。

 

 

「…夢。ここ最近ずっとだなぁ…。」

 

 

着ていた服は、夏の暑さか、違う理由かは分からないけど汗で気持ち悪く湿っている。

正直着替えたい。でもすやすや眠っている2人を起こすのは罪悪感が…。

 

「んぅ…あれ…?まるなにして…」

「あ、おはようまるちゃん。そろそろ起きたいんだけどちょっと頭をよけてもらっていいかな?」

 

途端にまるちゃんの顔が真っ赤になる。

 

「な、ななな…なんで夏喜さんの顔がこんなに近いずら!?///」

「えっ、いやなんでって…」

「うゅ…あれ、花丸ちゃんも夏喜さんも起きて…ぴぎぃっ!?///」

「あ、おはようルビィちゃん。ちょっと腕が死にかけてるから起きたいんだけど、いいかな?」

「なんで夏喜さんルビィ達に…その…腕枕を…///」

「夏喜さんまるたちに何したずら!?///」

「ええええええ!?いや待って、腕枕して欲しいって2人が言ったんだけど…。」

「うぅ…ルビィもうお嫁にいけない…///」

 

HA☆HA☆HA!!

本当にこの子たちはメンタルに攻撃してくるのが上手いなぁ(泣)

 

「あの…もう僕が悪かったことでいいので少しだけよけて頂けないでしょうか…。もう腕の感覚が…。」

「わっ!ごめんなさい!!」

 

ようやく腕に血が回ってくる。いや、腕よりも心が…ちょっと…。

なにはともあれ夕食を作らないと、そろそろいい時間だろう。

まだ赤くなっている2人にも声をかける。

 

「え~っと…そろそろ夕食を作るんだけど…どうする??」

「「食べていきますっ!!」」

「Oh、食い気味…。もし2人が迷惑じゃなかったら、手伝ってもらってもいいかな?」

「まるは大丈夫です。」

「ルビィも、お姉ちゃんには話してあるので…。」

「よし、決まりだね。今からだと買い物は厳しいからあるもので色々作っちゃおうか。」

 

そういいながら冷蔵庫を開けるものの、昨日買ってきた食材の残りがほとんどだから出来ることは限られる。

 

「ポテトサラダは作れるかな…。」

「おいもですかっ!?」

「ルビイちゃんお芋好きだったもんね♪」

「あ、そうなの?じゃあルビィちゃん、ジャガイモを潰してくれるかい?こっちで材料は切るから、まるちゃんは火の番人をよろしく!」

「「はい♪」」

 

うん、これなら何とかポテトサラダと肉じゃがくらいは出来そうだ。あとはなんか軽めに作っておこう。

材料を切ってるとルビィちゃんが鼻歌を歌いながらポテトを潰している。

 

「~~~~~♪~~~~♪」

「ふふっ、キ〇レツ大百科…。」

「あれ、ルビィちゃんの十八番なんずら。」

「あの子一体いくつだい…?」

「あ、火加減これくらいで大丈夫ですか??」

「うん、大丈夫。材料と調味料入れて煮込んじゃおう。そのあとは3人でサラダ作りだね。」

「クスッ、分かりました。♪」

 

そこからは3人でキ〇レツ大合唱で笑いながらポテトサラダ作り。

こんなに楽しいなら、もっと早く帰ってこればよかったなぁ。

 

「じゃあ、料理も出来たことだし、食べますか!」

「「「いただきまーす!」」」

「ん~!ルビィちゃん、このサラダ美味しいずらよ!!♪」

「えへへ、ありがとう♪花丸ちゃんと夏喜さんの肉じゃがもとっても美味しい!」

「うん、我ながら上出来だね。」

「ふふっ夏喜さん、自画自賛してるずら。」

「ここぞとばかりに調子に乗っておかないとね。ドヤァっ!」

「あははっ!それ口で言う人初めて見ました!!」

 

食卓を囲んで3人で楽しく食事。なんていうか…平和だなぁ。

 

「あの、夏喜さん!」

「ん??」

 

まるちゃんが肉じゃがを箸で差し出してくる。

 

「えと…あ~ん…?///」

「………。」

「あ、あれ?本だとこういう感じだったんだけどな…。///」

 

ヤバイ。かなりヤバイ。なにがヤバイって色々とヤバイ。

でも食べないとまるちゃんに悪いし、逆にここで断る男子はいないよね?

 

「いただきます!!」

「ど、どうですか…?///」

「美味しいよ!」

「ルビィのも…どうぞ!!///」

「うん、美味しい!なんかあれだね、妹を持ってる兄って多分こんな感じなんだろうね。」

 

2人分の視線が刺さる。

 

「い、妹…。」

「ここまでやってそれですか…?」

「あ、あれ?もしかして違った…?」

 

いやいや、彼女とかっていう感じじゃなかったし僕はずっとそういう兄弟チックな感じで思ってたんだけど…。

 

「食べようか、ルビィちゃん。」

「そうだね、花丸ちゃん。」

「え?え??」

 

こうして余計な一言を言ってしまったのであろう僕らの夕食は静かに終わりましたとさ…。

ぐすっ。

2人はダイヤちゃんとお母さんが迎えに来るから今日は帰るという。夜も遅いしそのほうがいいだろう。

 

「夏喜さん、今日はありがとうございました!」

「いやいや、僕も楽しかったよ。また時間ある時にでも遊びにおいで。」

「はい!あ、最後にちょっと良いですか…?」

「あぁ、どうしたの?」

 

ルビィちゃんと顔をあわせて頷くまるちゃん。

ルビィちゃんもちょっと顔が赤い。

 

「目を瞑っててもらっていいですか?///」

「こう?」

 

そう言われ、目を瞑った瞬間。

 

 

ちゅっ。

 

 

両頬に何かが触れた。

 

「じ、じゃあ本当にありがとうごじゃいましたっ!!///」

「また遊びに来るずらっ!!///」

 

そう言って2人は走っていく。

頬に触れた感触の正体を、今の僕には知るすべがない。ないけど…

 

「ビンタの代わりに指でツンってした…のかな??」

 

メンタルにきた1日だったけど、こんな日もいいか。

僕は部屋に戻ってゆっくり休むことにした。

 

 

 

~おまけ~

 

「ナツ君、これって…。」

「嘘でしょ、ナツ…。」

「ん?何が?」

「だ、だって『今日は2人の好きなものをご馳走するって…」

「うん、言ったね。だから2人がそれぞれ『大好きなもの』を用意したんだよ。」

「刺身と梅干って…曜と私が食べれないやつなんですが…。」

「うぅ、果南ちゃん、ナツ君の笑顔が怖いよぉ…。」

「な、なんかおこってるのかな~ん…?」

「1年生2人にビンタされるとこだったんだけどなぁ。いや、結局されたけど。誰が広めたんだろうなぁ☆」

「え、え~っと…誰がそんなひどいことを!」

「そんなことする子には注意しないとね!」

「じゃあ食べてくれるよね??」

「「ひぃっ!?」」

「2人は優しいからちゃ~~~んと、食べてく・れ・る・よ・ね??♪」

「「ご、ごめんなさーーーーいっ!!!」」

 

イタズラはほどほどにね。




善「おはヨハネ!」

梨「おはよしこ!」

善「だからヨハネよ!」

梨「ビーチスケッチ桜内!桜内梨子です。こっちは津島善子ちゃん。」

善「ヨハネよ。クックックッ…次はいよいよ、この堕天使ヨハネが穢れ多き地上へと舞い降りるのね♪」

梨「そうだね善子ちゃん。でも皆お出掛けしてたから私達はゆっくりしようか。」

善「リトルデーモンを労って共に休養を取るだなんて、ヨハネってばなんて眷属思いなのかしら♡あとヨハネ。」

梨「本当は優しいもんね。善い子の善子ちゃんだもんね。」

善「ヨハネ!わざとでしょ!?っていうかいつもは『よっちゃん♪』呼びじゃないのよ!!」

梨「ラブライブ!サンシャイン!!を知らない人もいるかと思って。」

善「メッタいわね!?ビックリしたわ!!そんなこと教えなくていいし私はヨハネ!!はぁ…じゃあ後はよろしくね。」

梨「ふふっ、りょーかい♪それでは次回のちょ田舎!」

善「堕天少女と!」

梨「東京少女!」


善梨「「あなたもちょっと田舎で暮らしませんか?♪」」

P.S.ぐちゃぐちゃ卵なんていうの作者だけです。


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堕天少女と東京少女

皆さん、こんにチカ。
野良猫に「にゃー」って言われてホッコリしたなちょすです。
1話でサザエさん時空と言いましたが、訂正させて下さい。本編はこのまま一つの物語でいきます。
サザエさん時空になるのは、ある程度進んだら番外編で短編集を上げるつもりなので、そちらで進めていこうと思います!『あの子との絡みが見たい!』、『こんなシチュエーションをして欲しい!』などありましたら、感想やメッセージで募集しておりますので是非リクエストして頂けたらなと思います!
あ、あと今回新キャラもちょびーっと出ますよ!

それではちょ田舎第5話、どうぞ!


『うーん、まいったなぁ…。』

『ねぇねぇお兄さん、どうしたの??』

『ん?あぁこんにちは。実はちょっと困ってることがあってね…。家の猫がどこかへ行っちゃって。』

『ふ〜ん…。あ、じゃあ私が手伝ってあげる!』

『えっ、いいのかい??』

『もちろん!だって善子は天使だから!困ってる人を助けなさいってママに言われたの!』

『善子ちゃんって言うんだね。僕は夏喜だよ。それじゃあ手伝って貰っていいかい、ちっちゃな天使さん?』

『でも流石にこの街を探すのは大変そうね…。』

『にゃ〜。』

『ん?』

『あ。』

 

『『いたーーーーーーーーー!!!!』』

 

 

 

 

ヤバイ、体が動かない。懐かしい夢を見たと思ったらこんなことになるなんて…。

金縛りってやつ?勘弁して下さい、僕本当に怖いのはダメなんです。

心なしかいい匂いもしてきた…。ん?匂い?

恐る恐る目を開けて確認する。最初に目に入ったのは黒くてサラサラした髪。僕の胸のところに顔を埋めているのか、表情はよく見えない。

 

「霊じゃ…ない?てか寝てる??あっ。」

 

そこまでいってようやく気づく。

自分に迫る危機に。

一昨日の二の舞になってしまう。

今まで通りだと今日家にはもう1人来るはずだ。早く抜け出さないと…。

 

「夏喜君…?」

 

ねっ⋯?言ったでしょう⋯??

ドサッと荷物が落ちた音がしたのでドアの方を振り向くと、桜内さんの姿が。

 

「何してるの…それ…よっちゃんだよね?」

「いや、待った!僕もなんでか分からないんだよ!本当!抜け出したいんだけど全然抜けられないんです!」

 

それもそのはず、よっちゃんこと善子ちゃんは今や僕の上に乗っかって寝てるんだもの。両腕までしっかり抱きついていて身動き一つ取れない。

 

「んぅ…何よ朝からうるさいわね…。」

「あっ、善子ちゃんナイスタイミング!誤解解くの手伝って!!」

「ふぇ?なんのこ…と…。」

目と鼻の先にあるのはJKでスクールアイドルの顔。

彼女は今の状態を理解するにつれて徐々に顔が赤くなっていく。

 

「な、ななななななっ!?///なんでいんのよっ!?///」

「いや、僕の部屋だし…。何でこんなことになってるのか分からないっていうか…。」

「…見たの?寝顔…///」

「まるで天使だね。」

「『天使だ』じゃなくて『堕天使』よバカッ!!///」

「いや、狙ったわけじゃふぶっ!?」

 

枕で顔面を叩かれた。

 

「あれ…ビンタが来ると思った。」

「いや、ビンタしたら流石に痛いじゃない…。」

 

なんて善い子…涙が出るよ。

 

「まじエンジェー…。」

「ふんっ!!///」

「ふぶっ!」

 

またまた枕が飛んできた。

そんな事してると、徐々に恐ろしい気配が近づいてくる。

 

「せ、つ、め、い。してくれるよね?♪」

「…はい。」

 

うん。触らぬ神に祟りなし。

 

 

 

〜昨日の事〜

 

「ふぅ、色々あったなぁ…。」

 

花丸ちゃんとルビィちゃんを見送ったあと部屋で寛いでいると、玄関からインターホンが聞こえる。

 

「ん?こんな時間に誰だろう。」

「やっほ。来たわよ。」

「…善子ちゃん?」

「夏喜が暇してると思って遊びに来たわ。」

 

なんと…アイドルがこの時間帯に遊びにくるなんて危ないよ。

 

「沼津からわざわざ来たのかい?」

「どうせ明日は私の番だからね。ダイヤと一緒に来たわ。」

「それならいいけど。でも善子ちゃんは可愛らしい女子高生なんだから、あんまり夜に出歩いちゃいけないよ?」

「…ほんっとうに平気な顔してそういう事言うのね///。」

「ん?なにが?」

「何でもないわよ。///それより上がるわね。」

 

まぁ、別に何かしてた訳じゃないから別にいいか。せっかく来てくれた子をこんな時間に返すわけにもいかないし。

 

「で、特に何も用意してないけど今日はどうしたの??」

「…少しでも一緒に居たかったから///」

「ん、ごめん、もう1回言ってもらっていいかい??」

「別に!///さっきも言ったように暇してるだろうなぁって思って来ただけ!」

 

何やら顔が赤く見えるのは気のせいだろう。

 

「はぁ。てことは善子ちゃんには何か暇つぶしの策がおありで?」

「ふっふっふ、このヨハネには暇つぶしなんて造作もないわ。やるわよ!」

「なにを?」

「モン〇ンよ!!」

「な、なんだってー!!??」

 

 

「とまぁ、2人で12時近くまで遊んで…確か別々の部屋に寝たんだよね?」

 

はい、回想終了。

でも何で一緒に寝てたのか身に覚えがない…。

 

「ふ〜ん…よっちゃんは??」

「忌わしき天界からの呪詛が、このヨハネの眠りを妨げたのよ!」

「そういうのいいから。」

「うぅ…寝れなくて…夏喜の部屋に行ったら気持ちよさそうに寝てるから…布団にお邪魔したのよ…///」

 

なるほど、つまり善子ちゃんが寝れなかったと。それで僕と一緒に寝たら朝までぐっすりだったと。

はっはっは、可愛いなぁもう☆

 

「まぁそれならいいけど…。」

「ふぅ、良かった。3日連続ビンタだったらどうしようかと…。」

「リリーってば普段こんなにならないのにどうしたのよ?…ヤキモチ?」

「な"っ!?///そそそ、そんなんじゃないよっ!!///」

 

善子ちゃんの返しに梨子ちゃんは何故か動揺しだす。まるで絵に描いたような同様ぶり。

 

「へぇ〜…あのリリーがねぇ…??」

「う〜…うるさいっ!!///」

「あだっ!?」

 

堕天使(自称)への梨子チョップ!クリティカルヒット!!

 

「2人が起きないからもうお昼だよ!?」

「え"っ、もうそんな時間?」

「特に何も予定考えてないし駄弁ってれば良いんじゃない?」

 

まいったなぁ、昼まで寝ると予定が無くてもちょっと損した気分になる。とりあえず2人にお茶菓子でも持っていこうと、台所に出た時、玄関からインターホンが。

 

「なーつーきくーん!あーそびーましょー!!」

 

…マジか。

早足で玄関に向かう。頼むから嘘であってくれ。

こんな事言うお客なんて1人しか知らないよ。

 

「おっす!久しぶり〜ナツ〜!元気そうだっしゃ!!」

「…何しに来たんだヒロ。」

 

ヒロ。数少ない男の友人で、東北人。大の釣り好きで彼とは海で知り合った。周りからはナツヒロコンビと呼ばれたりする。

でも全然連絡とってなかったし何でここが分かった??

 

「いや、ナツのママンさ聞いたもん。」

「ママン言うな…。あと心を読むな。」

「夏喜君、お客さん?」

「だったら、私達帰ろうか…?」

「帰らなくていいから警察呼んでくれる??」

「酷くない!?ってかあれっ?ちょちょちょ、ナツカモンカモン!」

 

そう言って僕の手を引っ張りコソコソ話をしてくる。

 

「あれってAqoursの2人じゃん!何で!?どういう関係!?」

「いや、幼馴染みだし。」

「うっそーん!?そんったごと聞いてねーし!!」

「言ってないし。」

「もう〜、教えてくれりゃあ良がったのに。じゃあ今日は帰るわ!」

「なんかあったんじゃないの?」

「うんにゃ、全然。暇だったし。ナツも暇してるべなーって思って。」

 

僕ってそんなに暇人なイメージがあるんだろうか…。

そう言って彼は床にどデカイ発泡スチロールを置いた。

 

「じゃあ今日は帰るんで!これ3人で食いな。」

「随分でかいな…これ何だい?」

「カツオ。」

「は?」

「カツオだよ姉さん。」

「誰がサザ〇さんか。」

「ナイスツッコミ!せばな!!(じゃあな!!)あ、待った。お2人さん、ちょっとちょっと…。」

 

何やら2人を呼んでこそこそと話している。うまく聞き取れないけど…。

 

「ナツの幼馴染みなんでしょ?」

「えぇ、まぁ…。」

「そうですけど…。」

「あいつかなりのニブチンだからアタックするなら分かりやすくした方がいいよ!」

「はっ!?///」

「ななな、何でそんなことっ!?///」

「はっはっは、このヒロ君にはバレバレ!んじゃ、がんばりなよ!せばな!!」

 

そう言い残して帰っていった。何しに来たんだ友よ…。

 

「何の話だったの?」

「いや、夏喜には関係ないから!!///」

「そうそう!本当に大丈夫!///」

 

そんなことを言ってるものの顔が赤いのが気になる…。

 

「もしかして口説かれた?」

『それは絶対に無い!!///』

「oh…そうですか…。」

 

何はともあれ思わぬ食材が手に入ったし、今日のとこは良しとしよう。

 

「一瞬だったのにどっと疲れたわ…。」

「あはは…。」

「うん…なんか、ごめん。」

 

あれは僕でも疲れるんだ。悪いやつじゃないんだけどね。

 

「そう言えば、梨子ちゃんが呼んでるよっちゃんって、どこから来たの?善子のよっちゃんなのかヨハネ?のよっちゃんなのか。」

「ふっ、そんなの決まってるじゃない。もちろんヨハネよねリリー?」

「『よいこ』のよっちゃんだよ?」

「名前ですらないじゃないっ!!」

「ふふっ、そう言えばよっちゃんも夏喜君に『善子ちゃん』って言われても言い直さないけど何でかなぁ?♪」

「んなっ!?///」

 

そう言えばそうかも。皆が呼ぶと『ヨハネよっ!』って言い返すのに何故だろうか。

 

「だって…好きな人にくらい名前で呼んでほしいじゃない…///」

「え?なんて言ったの??」

「何でもないっ!///夏喜はヨハネのリトルデーモンだから良いのよ!!///」

 

…リトルデーモンってなんだろう。

 

「てか、リリーは夏喜と会うの中学ぶりなんでしょ?どうだったのよ、昔の夏喜。」

「うーん、特に変わったことはないと思うんだけどなぁ。」

「高校のオープンキャンパスで壁ドンされたよ。あと胸も触られたっけ。」

「は?」

「ん?」

 

待て待て待て!爆弾♡発言♡♡桜内♡♡♡

確かにしちゃったけどあれは事故っていうか…

 

「え?いや、マジで?ドン引きなんだけど…。」

「引かないでよ!!ガチのヤツじゃん!」

「分かったから落ち着きなさいよ!ガチのヤツじゃない!!」

 

くぅ、梨子ちゃんめ…ニヤニヤしてる…一体何が望みなんだ。

 

「んで、本当はどうなのよ?」

「いやまぁ、事実なんだけど…。廊下で誰かのカバンにつまづいたら丁度壁際に梨子ちゃんがいて壁ドンになって…。」

「胸を触られました。」

「うわ…。」

「事故です!事故ですけどもう僕が悪くて良いので勘弁して下さい!!」

 

昨日とは違う、メンタルへの鋭い攻撃が僕を苦しめる!

 

「まぁそんくらいじゃ別に引かないけどね。てか、何で女子高のオープンキャンパス行ってんのよ。」

「いやぁ、知り合いの後輩達の活動を見ようかと…。」

「ふーん…それより夏喜、知ってる?」

「なにが?」

「何がきっかけかは知らないけど、リリーってば壁ドンが好きなのよ。」

「なぁっ!?///よっちゃん何で!!///」

「中学ぶりにやってあげたら?事故じゃない壁ドン。」

 

うわぁ、善子ちゃんわっるい顔してるなー。

でも女子高生に壁ドンする22歳ってどうなのか。

 

「はいはい2人共立った立った!」

「む、無理無理無理!!///恥ずかしいってぇ!!///」

「あれ〜?さっきまであんなに余裕そうだったじゃない?♪」

「だ、だって中学より身長差あるし…体格が…///」

 

そう言って顔を両手で隠してる梨子ちゃん。いや、指の間からチラチラ見てるのバレてるよ?

 

「え〜っと…相手が僕で大丈夫なの?こういうのはもっと釣り合った人に…」

「つべこべ言わずに行ってきなさーいっ!」

「うわわ、ちょっ!?」

 

背中を押されてバランスを崩した僕は真っ直ぐ梨子ちゃんの元へ。そして…

 

ドンッ

 

見事な壁ドンです。満点!

 

「あー…あの、梨子ちゃん?」

「ひゃいっ!?///」

「ごめんね、相手が僕で。」

「い、いや、よっちゃんが無理言ってやったやつだし、全然嫌じゃないっていうか、むしろ私でごめんなさいと言うか!!///」

 

さっきまでとは全然違ってあたふたしてる梨子ちゃん。

これはこれで可愛らしい。

 

「うぅ…///ドキドキが止まんないよぉ…///」

 

何か呟いたようだけど声が小さかったから上手く聞き取れなかった。

だから彼女の顎を軽くクイッと上に上げる。

 

「へぇやぁっ!?///な、ななな、夏喜君!?///」

 

よし、これなら大丈夫!バッチリ聞こえる。

 

「ごめん梨子ちゃん、さっきなんて言ったのか聞こえなかったからもう1回、いい?」

「はわわわわわわ…!/////」

 

壁ドンしてるとはいえ段々彼女からの熱気が凄まじくなってきた。湯気が見えそうだ。

 

「あ、あのあのあのっ!///わ、たし…はっ!!///」

「堕天奥義!堕天蹴龍翔っ!!!」

「ぐふっ!?」

 

凄い名前の奥義が飛んできた。強烈なケリだけど。

 

「顎クイはやりすぎよっ!///見てるこっちが恥ずかしいんだから!!///」

「なんて…理不尽…ぐは…。」

 

ちなみにこの後すぐに復活した。梨子ちゃんは20分くらいトリップしてたけど。

 

「もう疲れた…なんで半日なのにこんなにきっついのよ…。」

「う〜…顔が冷めない…///」

「はは、ただ駄弁るだけの筈がこんなにハードになるとは…。」

「もう本当、普通に駄弁りましょう。」

「そうだね。そういえば君たちのグループ、『Aqours』だよね?9人もいるけどユニットとかも作ってるのかい??」

「よく分かったわね。3人ずつで作ってるわ。」

「千歌ちゃん、曜ちゃん、ルビィちゃんの『CYaRon!!』と果南さん、ダイヤさん、花丸ちゃんの『AZALEA』。」

「そして、ヨハネとリリーとマリーの、『Guilty kiss』よ♪」

 

かなり個性的なユニットメンバーだ。主に『Guilty kiss』。

 

「梨子ちゃん。」

「はい?」

「大変だろうけど、強く生きるんだよ??」

「どういう意味よ!?」

 

絶対このメンバーだと苦労してるんだろうなぁ…。

それから彼女たちの近況や、Aqoursの誕生秘話などを教えて貰った。

もういい時間だ。だいぶ夕方になってきたから、ヒロが釣ってきたというカツオを料理するとしよう。

 

「2人共、夜は食べていくかい?」

「むしろお泊まりセットがあるわ。」

「私も、迷惑じゃなかったら泊まってってもいいかな??」

「僕は大丈夫だけど…あんまり男の家で女子高生が泊まるって言うのも危ないよ?」

「いやいやいや、大丈夫よ!///」

「夏喜君以外には流石に言わないよ?///」

「ははは、そっか。信用してもらえてて嬉しいよ。」

「むぅ…鈍感。」

「…ニブチン。」

 

何故かほっぺたを膨らませて拗ねてしまった。何かおかしい事言ったっけ?

あ、2人に刺身食べれるか聞いておかなきゃ。

 

「ねぇ、2人共…」

 

その瞬間、視界にノイズが走る。

世界が、変わった。

 

 

 

 

『ごめん、大丈夫だったかい!?』

『は、はい…。///』

『まさかあんな所にカバンがあるなんて…困ったものだよ。』

『あの、そろそろ、手を避けて欲しいんですけど…///』

『え?手がどうかし…た…。』

『ちょっ、ん…///』

『うわぁああ、ごめん!本当にごめん!!』

『い、いや、事故だったのでしょうがないです…///』

『どうか、警察だけは…!』

『えぇ、ちょっ!?ふふっ、頭上げてください。私は桜内 梨子です。お名前、聞いてもいいですか??』

『えと…夏喜。僕は島原 夏喜だよ。』

『夏喜さん…素敵な名前ですね♪』

 

 

 

 

「…つき!夏喜っ!!」

 

 

呼ばれた声でハッとする。

 

「あれ…?善子ちゃん…?」

「夏喜君大丈夫?顔色悪いよ??」

 

また夢だ。寝てないのにいきなり夢を見るだなんて変わったこともあるんだなぁ。しかも疲れが来る。

 

「あぁ、大丈夫大丈夫。ちょっと何言おうとしたか忘れちゃってさ!2人共刺身は大丈夫だよね?」

「大丈夫だけど…。」

「じゃあ作っちゃうから、手伝ってくれるかい?」

「夏喜っ!」

 

善子ちゃんが、不安げな顔で見つめてくる。

 

「なにかあったら、頼りなさいよ。」

「そうだよ、夏喜君になんかあったら…!」

「ありがとね、2人共。でも大丈夫、最近よくあるから夏バテかも。」

「…今は、それを信じるから。」

 

2人の言葉がチクチクと刺さる。本気で心配してくれてるのが分かるから。症状が変わってきたら、ちゃんと皆に言おう。

 

「さぁ、夕食作ろうか!夏喜 島原のカツオ解体ショーが始まるよー!捌いたことないけど!!」

「なんて切り替えの早さ…。」

「ふふっ、それが夏喜君のいい所なんじゃない??」

「2人も手伝ってくれるよね?いざ、発泡スチロール、オープン!真夏のカツオ、ウェルカーム!!」

 

デカイ発泡スチロールの蓋を開けると…。

『既に切られた』切り身と、メモ書きが。

 

『捌いたことないのに解体ショーやろうとしたべ?先にやっといたよ〜ん! byヒロ☆』

 

『………。』

 

「ぷっ。」

 

『あっははははははっ!!』

 

「もう切ってあるじゃん!こういうのは先に言ってくれよ!!」

「散々意気込んどいてもう切り身だけって!」

「夏喜君行動パターン読まれてる!!」

 

全く、困った友人だよ。

でも時間短縮になったのとまともな刺身が食べさせられるから素直に感謝しておこう。

友のくれたカツオは、3人の疲れた体を癒すには有り余る美味さだった。

 

「さぁ、もう夜も遅いし寝ようか。」

「え、まだ11時よ?早くない??」

「私もう眠いよぉ…。」

 

いっぱい食べたからね。かなりハードな日だったのに善子ちゃんは元気だ。

 

「もう少しくらい良いじゃない。どうしても聞いておきたいのよ!」

「ん?なにを?」

「夏喜ってさ…好きな人とかいるの??」

「ちょっ、よっちゃん!?」

「だって気になるじゃない!!」

「うーん…あ、いるよ?」

『嘘っ!?』

 

凄い食いつき方だ。めっちゃくちゃ近い。

 

「誰、誰!?」

「東京の子なの!?こっちの子なの!?」

「2人共、ちょっと近すぎない…?あと梨子ちゃんめっちゃ元気になったね。」

「いいから!教えて夏喜君!!」

「え、え〜と…Aqoursの皆だよ??」

『……はぁーーーー…。』

 

2人は長い長い溜息をつく。

え?何この空気?

 

「ここまできてそれとは…。」

「いや、うん。薄々予想はしてたけどね…。」

「じゃあ2人はいるの??」

『え"っ…///』

 

あからさまに顔が赤くなる。

 

「い、いや、その…居ないってわけじゃ無いけど…///」

「アピールしても気づいてもらえないと言うか、、、///」

「えっ、そんなに鈍い男もいるんだ…。ちなみにどんな所が好きになったんだい??」

「べ、別にどんな所ってほどじゃないわよ。ただ、鈍感なくせに他人の事には敏感で…誰かのために動いてるのが、カッコよかったから…。///」

「私もそんな感じかな?///後は、一目惚れしたというか…壁ドンされたといいますか…///」

「2人にそこまで思われてるなんてその人は幸せ者だよ。早く気づいてくれるといいね。」

「…これでもダメなんて。」

「鈍感の域超えてるわよ。」

 

僕に刺さる視線は気のせいだろう。

 

「そこの馬鹿はほっといて寝ましょ、リリー。」

「えぇ、もう疲れたわ。」

「なんか、随分攻撃的だね…。」

 

とはいえ流石に僕も疲れた。

2人の布団を用意して、別の部屋で寝ることにする。

おやすみ、2人共…。

 

ちなみに朝起きたら2人が僕の上でぐっすりだったり、それで一悶着あったのは別の話だ。




鞠「シャイニー!!☆小原鞠莉よ!マリーって呼んでね?♪」

ダ「ダイヤッホー!黒澤ダイヤと申しますわ。」

鞠「もぅ、梨子と善子ってばずるいわよ!ギルキスなのに私だけ仲間はずれじゃない!!」

ダ「仕方無いじゃないですか、阿弥陀くじの結果なのですから。」

鞠「何が楽しくて硬度10のカッチカチ頭と一緒にやらないといけないのよ!」

ダ「ほぉ〜…言うようになりましたわね鞠莉さん?」

鞠「まぁまぁ、あんまりカッカしないの♪次は私たちの番だから学校行っちゃう?」

ダ「あぁ、そういえば残ってましたね。仕事が。」

鞠「ダイヤったら仕事一杯溜めるんだもん。」

ダ「誰のせいだと思ってるんですの!!」

鞠「ん〜…ダイヤ?」

ダ「はっ倒しますわよ!?」

鞠「It's ジョーク☆それにしても新キャラとか出したわよ作者。」

ダ「まぁ、あの人がどう関わるかは分かりませんが、作者はそこまで出す予定は無いそうですわ。」

鞠「えっ、そうなの?何で出したのかしら…。」

ダ「まぁいずれわかると思いますよ?おっと、そろそろ予告ですね。」

鞠「それじゃあ次回のちょ田舎!!」

ダ「網元少女と!」

鞠「理事長少女!」


ダ鞠「「あなたもちょっと田舎で暮らしませんか?♪」」

P.S.千歌ちゃんにみかんを食べさせたい。


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網元少女と理事長少女

皆さん、こんにチカ。
浪漫の貴公子、なちょすです。(は?)
まずは、投稿がかなり遅れてしまい申し訳ございません。生存しています。
ライブ参戦したり、兄姉と3人で釣り遠征したり、仕事で後輩の面倒を見たりetc...ようやく落ち着いて投稿出来るので、これまで通りのペースで上げていきたいと思います。生暖かい目で見ていただければ嬉しいです。
それではちょ田舎第6話、どうぞ!


『ねぇダイヤ、やっぱり私はいいよ。果南とダイヤの友達でも男の人に会うのは…。』

『大丈夫ですわ鞠莉さん。多分あなたが思ってるような人では無いですから。』

『そんな事言われても…。』

『あれ?ダイヤちゃん、どうしたの?』

『ぴぎゃっ!?あぁ、夏喜さんでしたか。驚かさないでください。』

『ははは、ごめんごめん。そっちの子は…OK分かった。えー、ハロー!アイムNatuki!!』

『あの…日本語話せるんですけど…。』

『うそーん。』

『人の話はちゃんと聞きなさいな…。こちらは小原鞠莉さん。私と果南さんの友達というか、幼馴染みになりますわ。』

『そういう事ね。僕は夏喜だよ。って、さっき言ったか…宜しくね、マリー。』

『マリー??』

『あぁ、嫌だったらごめん!なんかそう呼びたくなったというか、なんというか…。』

『マリー…マリー…うん!気に入った!あなた素敵ね。その呼び方貰ってもいいかしら?』

 

 

 

 

ここは、Aqoursが通う浦の星女学院。

 

「もぅ疲れたよ〜…。」

「元はと言えば、貴方が仕事を溜め込んだからじゃないですか。」

 

いつもと変わらず、僕は今日ものんびりと1日を過ごしている⋯はずだった。

 

「ダイヤちゃんこの書類は?」

「あぁ、そちらの片付けてねBOXへ。大体あなたはいつもいつも…」

「もう!相変わらずダイヤってば硬度10のプリズムヘッドなんだから。」

「そっちのダイヤでもなければ輝いてもいません!!」

 

どうしてこうなった…。

 

 

 

〜島原家の朝〜

 

「いや〜、よく寝た。今日は何をしようかな?」

「することないなら手伝って欲しいなぁ。」

「まぁ手伝えることなら…は?」

「good morning夏喜!!シャイニーな朝はむかえられたかしら?」

「何でいるのさ。」

「ほらほら、早く着替えて学校行くわよ!」

「え、いや、話が読めな───。」

「ま〜り〜さ〜ん!!!」

「きゃー☆鬼が来ちゃった!早く行くわよ夏喜!」

「うわ!ちょ、待って待って!タ゛レ゛カ゛タ゛ス゛ケ゛テ゛ェ~!!」

「夏喜さん、チョットマッテテー!!ですわ!」

「いや狙ってないからねぇええええええ!!!」

 

 

 

とまぁ、半ば無理やり拉致られたのだが…ここ女子高じゃなかったっけ??

 

「大丈夫ですか夏喜さん?」

「まぁ、振り回されるのは慣れてるから…はは…。」

「貴方も苦労人ですわねぇ…。」

 

お人好しなのだろう。

 

「あー!ダイヤばっかりイチャイチャしてずるいわよ!」

「んなっ!?///誰がそんなこと!///」

「赤くなっちゃって本当可愛いんだからぁ☆」

 

 

プチンッ

 

 

おっと、何かが切れた音がするぞ。

 

「夏喜さん、あの金髪を黙らせますわ。手伝ってください。」

「は、はい…。」

「ちょっと耳を…。」

「ふむふむ…それでいいのかい?」

「えぇ、十分です。」

「でもあの鞠莉ちゃんだよ?」

「あぁ見えて、Aqoursで1番押しに弱いですから。それに、見たくありませんか?余裕を気取ってる鞠莉さんが真っ赤に慌てふためくところ。」

 

あの鞠莉ちゃんが慌てふためくところか…ちょっと悪い気もするしそんなの…

 

「見たい。」

「でしたらお願いしますね。」

 

はっ!?つい口が!!

まぁ朝から連れ回されたからこれぐらいは許してもらえるはずだよね。

 

「鞠莉ちゃん。」

「ん?どうしたの夏喜??」

 

彼女の方へと歩みを進める。

改めて見るとなんていうか…綺麗に成長したなぁ。昔はもう少し幼さがあったんだけど、今では十分1人の女性だ。

 

「んっんん!!」

「ほら、あんまり見とれてるとダイヤが嫉妬ファイヤーだよ??」

 

ごめん鞠莉ちゃん、あれは『やっておしまい!』の合図だよ。

指示通り徐々に顔を近づけていく。

 

「あの、夏喜?顔が近い…よ?///」

「『マリー』。」

「へっ?///」

「髪にゴミが付いてるよ。」

「ありがとう…じゃなくて!!///い、今マリーって…。///」

「ん?昔は良くそう呼んでたじゃないか。」

「そうだけど…///」

 

さらに顔の距離を近づけると、彼女は小さくビクッとする。

追い打ちをかけるように耳元で囁く。

 

「ねぇ。」

「ひゃい!///」

「溜まってる仕事全部終わらせたらさ…ご褒美、あげるね。」

「っ!!///」

 

と、ここまでが作戦だ。何を言うかはアドリブでって言われたからそれっぽく⋯あくまでそれっぽく言ってみたさ。

 

「よくあんなセリフすらすら出てきますわね…。」

「まぁ、こんな感じのが良いのかな〜って…引かないでくれよ。」

「いえ、引いてるわけではありませんが、貴方の女性に対する接し方に少し寒気がしただけです。」

「そっちのが酷い!?けど、本当にこれで大丈夫なのかい?」

「ふふ、嘘だと思うのなら後ろをご覧なさい?」

 

そこにはさっきまでのだらけっぷりが嘘のような理事長の姿が。てか仕事早すぎない??

 

「ほらダイヤ、話してるといつまでも仕事が終わらないよ!!」

「全く、だったら最初からやってくださいな。」

 

呆れた顔で見つめるものの、どこか嬉しそうな顔のダイヤちゃん。聞いた話だと、3年生は2年もの間すれ違いがあったらしい。

あの3人が喧嘩するなんて考えられなかったけど、きっと2人共今の時間が幸せなのだ。勿論果南ちゃんも。

 

「ちょっと飲み物買ってくるよ。何か飲むかい?」

「milk teaが良いなぁ☆」

「炭酸でなければお任せしますわ。」

「了解。」

 

理事長室を後にして自販機に向かう。

玄関先にあるのはどこの学校も変わらないものなのか、以外とすぐ見つかった。

お金を入れて、買おうとした時。

視界が暗転する。

 

 

 

 

 

『どこ?〇〇〇、どこー??』

 

ねぇねぇ、次何食べよっかー?

あ、りんご飴食べたい!

 

『うぅ、どこぉ…?』

 

花火楽しみだねー!

 

 

 

 

 

目を覚ます。いや、現実に戻った⋯んだよな。

今までよりも頭痛が強くなっている。そろそろなにか起きるっていうことなのだろうか…。

飲み物を買って部屋に戻ると、2人が心配そうにこっちを見ている。

 

「どうしたんだい?」

「いや、どうしたもこうしたも…。20分も経ってますのよ?」

 

20分??今まで通りだと一瞬だったはずだ。

 

「い、いやぁ、初めて来るから迷子になっちゃって…。」

「嘘よ。だったらなんで…泣いてるの?」

「え?」

 

誰が?僕が?

そう言われて初めて気づく。頬に触れると生温い湿った感覚。泣いていた。

 

「あ、れ?なんだこれ…?」

「夏喜さん、何かあったのではないですか?」

「私達にも言えない事?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど…言っても信じてもらえるかどうか…。」

「あら、心外ですわね。」

「off courseに決まってるじゃない!」

「貴方は変な嘘をつく方ではありませんしね。」

 

そうして、内浦に来てから度々起こってることを2人に話した。さっきの夢のことも。

 

「…なんとも不思議な話ですわね。」

「花火大会で迷子の子供ねぇ…ルビィじゃない?」

「人の妹をなんだと思ってるんですの!?まぁ、迷子になりますが。」

「そういえばそろそろ花火大会ねぇ…何か関係してるとか?」

「0ではないですわね。」

「繋がるかどうかは分からないけど、昔じいちゃんに言われたんだ。『お盆ってのは不思議な日なんだ』って。」

「どんな風に不思議なの??」

「それがよく覚えてないんだ…その頃の記憶がまるっと無いみたいで…。 」

 

そう、記憶が無い。

忘れてるだけかとも思ったが、その前の記憶は確かにある。その言葉を言われた年の記憶だけが抜け落ちているようだ。

 

「その忘れてしまった記憶に何かあるのかもしれませんね。ふと思い出したりしないですか?」

「ん〜…ごめん、今は何も。」

「無い記憶がヒントって言うなら今は何も出来ないわね。ここは様子を見ましょう。」

 

自分で言うのもなんだが、こんな嘘みたいな話を信じてもらえて嬉しくなってくる。

普通だったら寝ぼけてるとか言われたっておかしくないのに…。

 

「なんだったら、私の家を一部屋貸切にしましょうか!そしたら、マリーが付きっきりで見てあ、げ、る♡」

「鞠莉さんっ!貴方という人はこんな時まで破廉恥ですわ!///」

「ん〜?様子を見るって話なんだけど、何が破廉恥なのかなぁ〜??ダイヤのムッツリさん☆」

「んまーーーーっ!?///」

「ふふっ…あははははは!!」

 

さっきまでの悩み事が嘘みたいだ。こんなやり取りをしてる彼女達を見てるとなんだかこっちまでおかしくなってくる。

 

「あら、ようやく笑ったわね!」

「やはり貴方はそっちの方が良いですわ。」

「ありがとう2人共。じゃあ残りの仕事も終わらせ───」

「もう終わってますわよ?」

「…ですよねー。」

「じゃあこのまま駄弁ってましょうよ。どうせ2人共暇でしょ?」

「まぁ…。」

「暇ですけど。」

「はい決定!じゃあ夏喜、ご褒美頂戴!!」

 

そういえばそんな約束もしたなぁ。

⋯ヤバイ、何も考えてない。

 

「え、えーと…ご褒美って何あげればいいのダイヤちゃん!」

「はぁっ!?貴方のアドリブなんですから分かるわけないでしょう!」

「ね〜ぇ?」

「いや、思わず口に出たというか…何かないかい??(泣)」

「なんかシャイニー☆って言っておけばいいんじゃないんですか??」

「ねぇってば…」

「扱い雑じゃない!?」

「元はと言えば貴方の口から出た言葉でしょうが!!」

「…ぐすっ。なんで無視するのよぉ…。」

 

鼻をすする音でようやく2人で事の重大さに気付く。

鞠莉ちゃんを放ったらかしにしてしまった。

泣いちゃってるじゃん!何やってんだ僕は!これ果南ちゃんに見られたら間違いなく『楽しかったね、ナツ…。』とか言いながら夏の終わりを迎えるパターン!!

 

「わぁああ!ごめんごめん!!無視してたわけじゃないんだ!」

「…もういいもん。夏喜は無視するしダイヤはイチャイチャしてるし…。」

「だっ、だからイチャイチャなどは!!///」

「つーんだ。もう知りません!」

「マリー、ごめんよ。ちょっと御褒美考えてなくてさ…。だから、一つだけ言うこと聞いてあげるよ。出来る範囲でだけど…。」

 

正直これしか思いつかない。乙女心が難しいのは今までのことで経験済みだから、向こうに任せることにした。

 

「…何でも?」

「うん。」

「じゃあハグして?☆」

「鞠莉さん、夏喜さんと言えども男性の方にそういう事を要求するのはどうなんですの?」

「だって果南に聞いても真っ赤になって教えてくれないんだもん!!(ドキドキしてヤバイから)ちょっとハグを控えるとか言うし!私は絶対チョロるとか言うし!!」

 

あぁ〜…あの時のか…。

うん、控えるってことはそうだよね。やっぱりもっとイケメンで男らしい人とハグしたかったんですよね…。

チョロるって何?

 

「まぁ、僕でいいのなら…。」

「off course!じゃあはい、ハグっ!!」

 

飛び込んでくる彼女を抱きとめてまず思うこと。

その…胸が…。

いや、なにこれ、果南ちゃんも色々ヤバかったけどそれ以上…?

成長の仕方がワールドワイド!!

 

「あの〜…マリー?」

「……。」

「鞠莉ちゃ〜ん??」

「……///」

 

さっきまで元気だったマリーが、真っ赤になって無言で俯いている。

 

「チョロりましたわね。」

「チョロるって何なの?」

「いえ、こちらの話ですわ。ニブチンには分かりませんので。」

「さっきからちょいちょいキツくない!?」

 

うぅ、泣きそう…。

 

「ダイヤも…やってみて…///」

「はぁっ!?///で、出来るわけないでしょうっ!?///」

「良いから!大丈夫だから!!味わっておきなよ!!!」

「ちょっ、そんな押さなくても…ぴぎゃっ!?」

 

転びそうになる彼女をなんとか抱きとめる。

軽いなぁダイヤちゃん。後綺麗になった。あんなに泣き虫だったのに、The☆大和撫子!って感じだよ。

 

「な、夏喜さん!///」

「ははは、怪我してない?」

「してませんけど…こんな、抱き…抱きしめ…///」

「あぁごめん、嫌だったよね。すぐに避けるから。」

 

彼女から体を離そうとした時、きゅっと袖を引っ張られた。

 

「…別に、嫌なんて一言も言ってないですわ…///」

「あー!!ダイヤばっかりずるーい!!」

「誰のせいでこうなったと思ってるんですの!?///」

「ナツキもデレデレしちゃって!マリーも混ぜてよっ!!抱いて!!」

「いや、その言い方は誤解うぉっ!?」

 

言い終わる前にもう1人が飛んでくる。

 

「ん〜!ナツキのここは落ち着くわねぇ…果南の次にだけど☆」

「はは…恐縮だね。」

 

スクールアイドル2人に男が1人。ん〜、ファンに殺られるかなん??

色々とやってたらもういい時間である。

理事長室にも、下校のチャイムが鳴り響く。

 

「っと、もうこんな時間ですか。2人とも、準備して早く帰りますわよ。」

「え〜、硬いこと言わないで泊まらない?」

「理事長が何馬鹿なこと言ってるんですか。それに、私達だけ泊まったら他のメンバーからどんな目に合わされるか…。」

「…そうね、帰りましょう。」

 

Aqoursって上下関係どうなってるんだろう⋯。

 

「夏喜さんも、よろしいですね?」

「まぁ、朝から色々あったしね…今日は帰りたいかな?てか、女子高にいる時点で大分落ち着かなかったけどね…。」

「あら、そうなの?ナツキの事だから大興奮してるかと思ったのに。」

「僕をなんだと思ってるんだい??」

「とーにーかーく!まだ部外者の夏喜さんが下校時間後に残ってると色々と問題ですから!帰りますわよ!」

「は〜い。」

 

ちゃちゃっと荷物をまとめて帰る頃、玄関で鞠莉ちゃんに、こっちに来てから仕事はあるのかって聞かれた。

…恥ずかしい話何も考えてない。今はまだ貯金を崩しながら生活してるけどこれから先どうなるか。バイトでもしようかなぁ…。

 

「夏も後半って感じね〜…。意外と夏休みって退屈だわ。」

「練習もやって課題もやって、やる事はあるでしょう?」

「課題なんて終わってるわよ!果南じゃないんだから!!」

 

果南ちゃん、そんなとこまで変わってないなんて…可哀想に⋯。

 

 

 

 

「…むっ。」

「果南さんどうしたずら??」

「なんかバカにされた気がした。」

 

 

 

 

「じゃあ、私達はこっちだから帰るわね☆」

「2人とも気をつけてね。」

「夏喜さんも、また会いましょう。」

 

2人と別れる前に、鞠莉ちゃんの携帯がなる。

 

「んもー、誰よこんな時に!!」

「いいじゃないですか。重大な事かも知れませんわよ。」

「…ダイヤ、これ。」

「?あぁ…。」

 

怒ったと思ったら今度は2人でニヤニヤしてる。そして鞠莉ちゃんがキラッキラした瞳でこちらを見ている。

 

「ねぇナツキ、私貴方のメアド持ってないんだけど、教えてくれないかしら??」

「え、でもこの間LINE教えなかったっけ?」

「そうだけど、それじゃあ色々連絡出来ないじゃない。だからお願い♡」

「はぁ…まぁ良いけど…。」

 

それからアドレスを教えて、その日は本当にお開きとなった。

そして次の日、事件は起こる。

 

「うーん…バイト、バイト…やっぱり沼津まで行かないとあんまり見つからないかぁ。」

 

 

ブーッブーッ

 

 

『メールを受信しました。』

 

 

「うん?誰だろうこんな朝から。」

 

 

 

 

『島原 夏喜 様

この度の書類審査の結果、浦の星女学院の用務員兼スクールアイドル部顧問として正式採用となりましたことをお伝えします。新学期からよろしくね♪あ、生徒会長のダイヤはもう知ってるけど、他のメンバーにはまだナイショだよ?マリーとの約束♡チャオ〜!☆ 浦の星女学院理事長 小原 鞠莉』

 

 

 

「…は?」

 

 

拝啓 母上、貴方の息子は女子高で働くらしいです。




千「こんにちは!高海千歌です!太陽みたいに輝く笑顔で、皆にハッピーを届けるよ!」

夏「元気だね千歌ちゃん。読者さんが置いてけぼりだよ?」

千「だって私が最初に出てきたのに次回予告は最後なんだよ!?」

夏「唐突だったからね作者さんも。」

千「まぁ良いけど…次回は何の話なのー?」

夏「夏が暑くて蝉がうるさいね、肝試ししようかって話だよ。」

千「もう11月も終わりだよ?」

夏「…そうだね。」

千「雪国生まれの作者が風邪何回ひいたか分からないぐらい寒いんだよ?」

夏「それ以上いけない。」

千「もっとこう…〇〇死す!みたいな感じじゃなくていいの??」

夏「いやいや、バトルものじゃないからね?これ。」

千「次回、アブラゼミ、死す!」

夏「はい、おフザケはこのくらいにして…それでは、次回のちょ田舎!」

千「蝉の唄と!」

夏「肝試し!」


千夏「「あなたもちょっと田舎で暮らしませんか?♪」」

P.S.今更ながら2期最高すぎません?


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蝉の唄と肝試し

皆さん、こんにチカ。
好きな武器は鬼神斬破刀、なちょすです。
PS2イャンクック強ぇ。
ようやくメンバーごとのエピソードが終わり、本編に入り始めました。(´∀`)
ナツ君、段々とハッスルしてきましたね笑
今回はちょっぴりシリアス…かな?シリアス気味って難しい。
再会の夏編、もう少しでクライマックスとなります!

それではちょ田舎第7話、どうぞ!


「…もしもし。」

「あらナツキ、朝からマリーにラブコールかしら?♡」

 

ん〜、朝からハイテンション。

 

「いや、ちょっとメールの件で聞きたいんです理事長。」

「あぁ!そう言えば送ったわね。」

「書類審査って、僕出した覚えないんだけど…。」

「そりゃそうよ!私が見つけて採用したんだもの!☆」

理事長…。

 

「そ、れ、に。昨日ダイヤも言ってたでしょ?『まだ部外者だ』って。」

「あ、あぁ〜…そういう…。」

 

ようやく分かった。2人してニヤニヤしてた理由が。

理事長と生徒会長は全部知ってたのね…。

 

「でも女子高だよ?いきなり男の用務員が入りましたって言われても変な目で見られるんじゃない?」

「その当たりは大丈夫!用務員って言っても備品の管理とか生徒の手伝いだから。それとも、なんかやましい事でもしちゃったり?☆」

「流石にしないよそれは。」

 

僕ってそんなふうに見えてるの?そりゃ皆の成長ぶりにはびっくりしたし思うところはあるけど…もしかして顔に出てるのかな。

 

「ま、そんなとこだから!新学期によろしくね〜!♪」

ブツッ!!

「…切れた。どうしたもんかなぁ…。」

 

とはいえ、職が無かった今この話が来たのは正直嬉しい。女子高だけど。

 

「ナツ君こんにちは〜!!」

「アツがナツいよぉーーー!!」

「千歌…ついにそんなに古典的ボケを。」

「あ、ちなみに今のは『暑い』と『ナツ君』を掛けた…」

「千歌ちゃん、説明しなくていいよ。」

「いらっしゃい3人共。今日はどうしたんだい??」

 

ここで訪ねてきたのは、ようちかなんの3人。

練習は休みって聞いてたけど皆制服を着てる。

 

「聞いてよナツ君!夏休みなのに補習だったんだよ!?」

「千歌ちゃん、勉強してなかったんでしょ?」

「2人も同じようなもんだもん!」

「いや〜、私は飛び込みがあったから…。」

「私も休学してた範囲だし…。」

「ウソだね。曜ちゃん千歌と同じとこ間違えてたし、果南ちゃんは復学してからの範囲が酷かったもん!!」

「うぐっ…!?」

「な、なんでその事を…。」

「えっへん!鞠莉ちゃんに聞いた!」

 

そりゃ同じグループに理事長が居たらそうなるよね。オマケにありがたーいお説教をしてくれる生徒会長も。

 

「ぐぬぬ…鞠莉めぇ…今度会ったら思いっきりハグしてやるぅ…。」

「果南ちゃん、それご褒美になってるから!『カナァン♡』ってなるやつだから!」

「ふふっ…曜、モノマネ上手いね…。」

「あ、似てた?」

「ハグしよ?」

「『カナァンっ!!♡』」

「あっはははは!!やばいやばい!それ本人の前でやっちゃダメだからね!!」

 

曜ちゃんの思わぬ特技。

果南ちゃんの思わぬ笑いのツボ。

 

「もーう、補習は大変だし外は暑いしセミはうるさいし〜!!」

「ラムネ飲む?」

「飲むっ!!」

「そう言えば今年はセミが多い気がするよね。」

「外凄いもんね。耳が痛くて…。」

「うーん、僕は好きだけどなぁ蝉。」

「そりゃまた何で?」

「蝉の寿命って皆知ってるかい?」

「「「知りませーん!」」」

 

ははは、そんな事だろうと思った。

 

「元々1週間っていう話だったんだけど、今は3週間~1ヶ月って言われてるんだ。虫としては長いほうなんだけどね。」

「それでも1ヶ月かぁ…なんだか早いね。」

「しかも土の中で幼虫として過ごす期間は長くて5年ぐらいになるのもいるんだよ。」

「うぇっ!?そんなに!?」

「うん。長い間土の中で栄養を蓄えて、地上に出てから恋をして子孫を残して…。」

「へぇ〜…知らなかったよ。忙しい人生だね…。」

「寿命を終えるまでの間に、色んな意味を込めて鳴いてるんだよ。それがなんだか、『自分はここにいるぞっ!』って一生懸命語りかけてるみたいで…だから僕は、蝉の唄って呼んでるんだけど。」

「蝉の唄…。」

 

自分の存在を誰かに知って欲しい。

そんな意志の歌が重なって大合唱になる。

僕はそんな蝉が好きだ。

 

「じゃあじゃあ、数が多いのも理由があるの??」

「そうだね…蝉には周期ゼミって呼ばれるものがあってね。13年と17年を区切りに大量に蝉が現れる時期があるんだよ。」

「てことは、今年がもしかして…。」

「そう、17年目だよ。」

「そっかぁ…セミ達も必死なんだなぁ…。」

 

冷やしたラムネを飲みながら、3人は蝉談義に耳を傾けている。

皆と再会した夏に蝉の17年周期。

今年は特別な夏な気がする。

 

「セミは可愛く思えてきたけどやっぱり暑さは無理だよぉ〜…。」

「じゃあじゃあ!」

「海行く!?」

「そうだねー2人で行っておいでー。」

 

高海さん、大分グロッキーだね。でも今日は本当に暑い…。何か…何か冷えるもの…あ。

 

「「肝試し。」」

 

千歌ちゃんと目を合わせて思わず笑ってしまう。

 

「そう言えばまだやってなかったね、肝試し。」

「よし!皆を誘って今日やろう!」

「また唐突だね…。」

「思い立ったがなんとやら!だよ!ねっ、果南ちゃん?」

「…ん?」

 

おや、果南ちゃんの様子がおかしい。顔が青ざめて汗もかいてる。

 

「大丈夫?果南ちゃん。」

「な、ななななにがかなん?」

「いや、顔面蒼白だし…。」

「い、いやー?別に何も無いよ?別にお化けが怖いとかじゃないよ??」

 

出てる出てる。口から思いっきり怖さが滲み出てるよ。

 

「そうと決まれば、皆に連絡して…と。」

「で、でも皆急だとあれじゃない?日を改めた方が良いんじゃ…。」

「全員きてくれるって!」

「……。」

 

果南ちゃん、ご愁傷様です。

 

 

「てことで!やって来たよ学校の裏山!!」

「全く…いきなりにも程がありますわ!」

「でもお姉ちゃん、その割にソワソワしてたような…。」

「クックックッ…この闇の世界の美しさに、遂にダイヤも堕天の道を!」

「そんなわけないでしょう!?///」

 

突然の肝試し宣言。

まさかAqoursメンバー全員集合とは…僕が言えたものじゃないけど、皆暇してるのかな?

 

「でも学校の裏にこんな山があったなんて知らなかったずら。」

「ここは生徒も普段は立ち入らないからねぇ。どんなsurpriseが待ってるのかしら!♪」

「うぅ…東京でやるのとこっちでやるのじゃ雰囲気が全然違うよぉ…。」

「怖くない怖くない怖くない怖くない…。」

「はは…果南ちゃん、大丈夫??」

 

思い思いの中、改めて舞台となる裏山を見る。

暗くてよく見えないが、ここは確かじいちゃんのみかん畑の隣にあった山だよな…。

ここって、なんかあった気がするけど何だっけ…。

 

「とりあえず、今回は下見もしてないから皆で回ろう!そしたら怖くないし。行ける所まで行って帰ってくる!」

「それって肝試し…かい?」

「細かい事はいーの!じゃあ皆でレッツゴー!!」

「あっ、待ってよちかちゃーん!!」

 

走り出す千歌ちゃんに続いて曜ちゃんと他のメンバーも続く。

はてさてどうなることやら…。

 

山に入り始めて20分ぐらい立った頃。

 

「うぅ…やっぱり怖いよ善子ちゃん〜…!」

「ふふ、リトルデーモンには刺激が強すぎたのねって、なんで押してるのよずら丸!?」

「いや〜、オラたちは怖いけど善子ちゃんこういうの強そうだし…。」

「そ、そりゃあ?ヨハネは堕天使だから?別に怖くないけどぉ??」

「足、震えてるずら。」

「うるっさい!///」

 

30分頃。

 

「うぅ…なんか今音しなかった?」

「気のせいですわ。」

「ひっ!?今なんかあそこ動いたよ!?」

「木の精よ果南♪」

「なんだ、木の精かぁ♪ってなるかぁ!!」

 

1時間頃。

 

「ち、千歌ちゃん…もう結構来たよ…?もう帰ろう?」

「うーん、確かに奥まで来たしこれ以上は危ないかもね。どうする?千歌ちゃん。」

「そうだね。そろそろ戻ろ…あれ?」

 

茂みの中を見つめて、千歌ちゃんは言葉を止める。

 

「どうかしたかい?」

「歌…女の子の声が…。」

「ちょっ、ちょっと止めてよ千歌!こんな時に!!」

「皆は聞こえない?あっちから、聞こえるの…。」

「な、何も聞こえないわよ。」

 

するとどこからともなく1匹の蝉が飛んできた。

蝉は、千歌ちゃんの前で飛び続けた後、茂みの中へ入って行った。

 

「セミ…?」

「私、ちょっと行ってくる!!」

「ちょ、千歌さん!?」

「夏喜君、行こう!」

「あぁ!」

 

千歌ちゃん、いきなりどうしたんだ…。

皆で走って彼女を追いかける。暗い茂みの中、開けた場所に出ると、『2人の』女の子が居た。

1人は千歌ちゃん。もう1人は…小学生くらいの泣いてる女の子。何でこんな所に…。

 

「千歌ちゃん、その子…。」

「ねぇ君、こんな所でどうしたの?」

 

千歌ちゃんが小学生くらいの女の子に語りかける。

 

「ぐすっ…私、お歌を歌ってたの…。」

「歌を…?」

「お歌が大好きで…セミさんを追いかけてたら迷子になって…怖くなってお歌を歌ってたの…。でも…でも…うぅ…。」

「とりあえず、その子を連れて山を降りた方が良さそうですわね。」

「そうだね。きっとこの子の両親も心配してるだろうし…。」

「そうだ!元気が出るように、お姉さん達が一緒にお歌を歌ってあげよっか!」

「ほんと!?」

「うん!だってお姉さん達、これでもアイドルなんだから!」

「わぁ〜!私、お歌を歌ってアイドルになるのが夢だったの!」

 

千歌ちゃんの言葉に女の子はたちまち元気になる。

とっさにこういうことが出来るのは、彼女がそれだけ思いやりのある子だからだろう。

 

「ね!皆も歌おうよ!」

「そうだね、最近ライブも無かったし!」

「ウズウズしてたもんねぇ〜。ね、ダイヤ?☆」

「ま、まぁそうですわね。山の中というのは初めてですが。」

「でも夜に皆で歌を歌うって気持ち良さそうずら!」

「あのねあのね、私この歌が好きなの!!」

 

それから女の子が好きだという童謡やアイドルの歌を皆で歌っていた。

どれくらい時間が経ったのだろう…。

女の子がふと口にする。

 

「ねぇ、お姉さん達アイドルって言ってたよね?」

「うん、そうだよ!学校のアイドル!スクールアイドル!」

「私、お姉さん達のお歌が聞きたい!!」

「私達の歌を??」

「うん!それで私、ちゃんとお家に帰るの!」

「ふふ、私達の堕天ソングを聞きたいだなんて、中々素質があるわね。」

「もう、よっちゃんたら。千歌ちゃん、歌おう?私達の歌を!」

「うん!じゃあ…聞いてください!私達の歌を!!」

 

夏の夜に、Aqoursの歌が響き渡る。

あぁ、この感じだ。

初めて彼女達の歌を聞いた時のような…Aqoursらしさって言うのかな?

今はまだ、上手く言葉に出来ないけど…全身に暖かいものを感じる。

楽しそうに僕の隣でリズムに乗ってる女の子。

本当に歌が好きなんだな。こんな風に、何かに夢中になれること…僕にも見つかるだろうか。

 

「わ〜…!すごいすごい!お姉さん達キラキラしてた!!」

「えっへへへ…聞いてくれてありがとう!」

「お姉さん達、本当にありがとう!!私、途中から楽しくってね!ずっとルンルンってしてたの!」

「そう言われると照れちゃうなぁ…///また私達のライブに来てね!」

「うん!絶対行く!それに、私もうさみしくないよ!!」

「元気になって良かったずら!」

「小さな観客さんに、感謝だね♪」

「わーーーーー!!!」

 

曜ちゃんの声に全員が振り向く。

 

「ど、どうしたの、曜!?」

「もうこんな時間だよ!」

「本当ですわね…ではそろそろ戻りましょうか。」

「はい!ね、あなたも一緒…に…。」

 

僕達が振り返った時、女の子の姿はどこにもなかった。

その子が立っていた場所、この開けた場所の中央にあったのは…。

 

古びたお墓だった。

 

「え?」

「嘘…これって…。」

「お墓…だよね??」

「……。」

「こんなことって…。」

「千歌っち…。」

「…もぅ!皆何悲しい顔してるの!私達のライブを見て感動してくれて、絶対ライブに来てくれるって言ってくれたんだもん!また会えるよ!」

「千歌…。」

「…そうですわね。私達は、前を向いて出来ることを、ですわ。」

「うぅ…お姉ちゃん…。」

「さ!もう遅くなっちゃったから急いで帰ろう!麓まで競走だぁ!!」

「あぁ!待ってよ千歌ちゃん!」

「もう、ずるっこはナシよ千歌っち〜!」

「また走るずらぁ〜!?」

 

誰にも涙を見せないように。

必死に堪えて明るく振舞って走り出した少女の目から零れた涙が、目に焼き付いた。

きっと、1番辛かったのは…。

 

「また、皆と歌いに来るね。」

 

それだけ呟いて、僕は彼女達の後に続いて走り出した。

 

 

それから後に分かった事だが、昔この街で1人の女の子が迷子になった。迷子になってから4日後にその子はあの裏山で見つかったらしい。

衰弱死だった。

あそこにお墓があった理由は分からない。

ただそれがあったのはちょうど17年前、周期ゼミが現れた年だった。

蝉の唄…。

女の子が追いかけたのも、千歌ちゃんの前に現れたのも、歌が好きな子に何かを伝えたかったのだろうか。

 

「…今日も暑いなぁ。」

 

蝉の声に耳を傾けながら、僕は9人分のラムネを準備することにした。




花「こんにちは、国木田花丸です!」

善「クックックッ…また会ったわね、リトルデーモン達?」

花「善子ちゃん、皆さんをリトルデーモン扱いしちゃダメずらよ?」

善「ヨハネ!ふっ、安心なさいずら丸。あなたも私のリトルデーモンの1人なのだから!」

花「いや〜、今回は予想外の方向だったね善子ちゃん。」

善「無視するなぁ!!まぁ、貴重な経験だったし良いんじゃない?」

花「でも善子ちゃんちょっと泣いてたずら。」

善「んなっ!///アンタだって泣いてたじゃない!」

花「えへへ…それほどでも///」

善「褒めてないわよ…で、次回はどんな話なのよ?」

花「夏祭りの話だって!美味しいもの食べ放題ずらぁ♪」

善「太るわよ?」

花「ずらぁ〜!?」

善「それじゃあ、次回のちょ田舎!」

花「想い出話と!」

善「灯火のメロディー!」


善花「「あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?♪」」

P.S.前半セミの話だなぁ


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想い出話と灯火のメロディー

皆さん、こんにチカ。
面白半分で凛ちゃんラーメン3つ買ってシール2つ当てた父を持つ、なちょすです。
いい加減パートごとに分けて分割投稿をすることを覚えた方がいいと思っている今日この頃。
てか、稀にシリアスタグ付けといてシリアル気味なのばっかじゃん…。なちょすうっかり☆
イチャコラコメディ、coming soon!!

それではちょ田舎第8話、どうぞ!


『お盆ってのは不思議な日なんだ。』

『何が不思議なの?じいちゃん。』

『盆はな、御先祖様が帰ってくるんだよ。それで、終わりと一緒に大事な物を持っていっちまうのさ。』

『大事なもの?』

『記憶さね。嬉しかった事、悲しかった事、楽しかった事に怖かった事…一番印象深い記憶だよ。』

『じいちゃんもなの?』

『まぁな。けど、それを思い出そうとする時がどっかで来る。それは、人が成長する時なんだよ。』

『ふ〜ん…なんだか難しいね。』

『ははは!ナツにはまだ早いか!』

『僕は思い出せるかな?』

『大丈夫だ。なんてったって、じいちゃんの孫だからな!!』

 

 

 

夢だ。

じいちゃんが聞かせてくれたお盆の話。

夏祭りの夢が忘れていたこと…なのかな。駄目だ、まだ思い出せない。

朝が来たことを認めたくないかのように、僕の瞼は一向に開く気配がない。

だって眠いし…。夏休みだし…。社会人だけど。

ふと懐かしい香りを感じる。

まるでじいちゃんが漂わせてたミカンのような香り。

ゆっくり目を開けると…

 

「あ…。」

「……///」

 

そこには涙目でトマトの様に真っ赤なみかんっ娘が。

みかんなのにトマトとはこれいかに。

 

「あ、あはは…いやぁ随分近いね〜…千歌ちゃんだけに…?」

「……!///」

 

やばい、プルプルしだした。

眠気が覚めてないけど、とりあえず冷静に状況を把握しよう。

『僕』が千歌ちゃんを抱きしめてるね。

……ふぅ。

ダウトーーーーっ!!!

 

「…なんで、こんな事になってるんでしょうか。」

「…わ…」

 

わ?

 

「私が知りたいよぉおおおおおおっ!!!!!///」

 

怪獣の雄叫びは、眠気を覚ますのには十分すぎた。

 

 

 

「ほんっとうに申し訳ございませんでしたぁ!!」

「もうナツ君なんて知りません!!///ふん!!///」

 

カンカンミカンだ。ほっぺた膨らましておこりんぼ大会。

何があったかは分かんないけど、あの状態ってことは何かやらかしたのだろう…。

そりゃああんなにほっぺたも膨れて…膨れて…。

 

「つん。」

「ぷすぅ〜…。」

「あははは!!」

「うがーーーーーー!!!!///」

「…朝から何やってんのよ。」

 

善子ちゃんが呆れた顔をして立っていた。

 

「あ、よしネちゃんおはよう〜。」

「だからヨハ子よ!いやよしネとヨハ子って誰よ!?」

「ヨハネちゃん、おはヨハネ。」

「だから善子…ってナツキまで変なボケかましてんじゃないわよ!!///」

 

さすが善子ちゃん。キレッキレのツッコミとブレッブレのキャラ。

 

「早くしないと皆待ってるわよ?」

「皆?」

「うん、私が呼んだのー。ナツ君ウチに泊まってるし丁度いいかなぁって。」

 

あぁ、そういえば昨日は十千万に泊まって昔なじみの人達と飲み明かしたんだった。

千歌ちゃんのもう一人の姉、みとねぇも。

あの人は、鬼だ…。

 

「先戻ってるから、早く来てよね?」

「はーい!」

「じゃあ着替えて行くから千歌ちゃんも先に行ってて。」

「うん。…ナツ君。」

「ん?」

 

ビシッ!!

 

「あ痛っ!」

 

で、デコピン…?

 

「にしし、朝の事はこれでおあいこなのだ♪じゃあ先行くね〜!!」

 

イタズラな笑みで満足気に皆の待つ場所へと走っていく。

 

「…えと…許された…?」

 

 

 

「もぅ、遅いわよナツキ〜!!」

「まぁまぁ、男の子にも色々準備があるだろうしさ。」

「ごめんごめん、昨日の飲み疲れが…。」

「で、今日はなんの集いですの?」

 

全員が発案人の千歌ちゃんへ顔を向ける。

 

「ふっふっふ…皆、今日は何の日?」

「今日って…何かあったっけ?」

「ん〜…食べ物の日ずら?」

「あんたは毎日じゃない…。」

「今日って夏祭りの日だよね?」

「そう!お祭りだよ!皆で行くんだよ!!」

 

『な、なんだってーーー!!??』

 

「…千歌ちゃん。それってメールじゃ駄目だったのかな?」

「…っ!その手があった…っ!」

「嘘でしょ!?メールで招集かけたのに!?」

「うゅ…千歌さん…。」

「良いじゃないこっちのが楽しくって♪それに、せっかく全員いるんだから…お話、聞かせてもらえないかしら?ナツキ??」

「ん?なんの事?」

「他のメンバーからも聞いてますわよ。最近ボーッとしてる事が多かったようなので、皆さんに学校での事を話しました。」

「教えて下さい夏喜さん。何が起きてるのか。」

「幼馴染みに隠し事は無しだよ?」

「…そうだね。もうそろそろ分かる頃かもしれないし、ちゃんと説明するよ。」

 

 

 

「そんな事が…。」

「最近は特に無かったんだけどね。でももう大丈夫。きっと今日、全部が分かるから。」

「どうして分かるんですか??」

「根拠は無いけど、そんな気がするんだ。」

 

夏祭り。忘れてしまった記憶。迷子の子供…。

後1つ…きっと後1つなんだ。全部が繋がるまで。

 

「それじゃあやっぱり皆でお祭りに行こうよ!それで、全部おしまいにしよう!」

「そうね…とりあえずナツキ。」

 

善子ちゃんが仁王立ちで目の前に立った。

 

「1発殴らせなさい。」

「え。」

 

刹那、凄まじいまでの堕天チョップが脳天を直撃する。

どこにこんな力があったのか、あまりの痛さに声が出ない…。

 

「それでAqoursの分。バレっバレなのに変な気を使ってんじゃないわよ!」

「善子ちゃん…。」

 

目尻に涙を貯めた善子ちゃんに怒られる。

 

「皆心配したんだよ?」

「梨子ちゃん…皆…。」

 

ははは…これじゃ、幼馴染み失格だ。

 

「…ごめんね、心配かけちゃって。善子ちゃんもありがとう。」

「別に、分かればいいのよ。…思いっきり叩いてごめん。」

 

なんて善い子なんだろうか…。しゅんとしてる彼女の頭を撫でる。

 

「あ!ナツキ狡いわよ善子ばっかり!マリーにもやってよぉ!!」

「ナツ、私もハグ〜!♪」

「ルビィもお願いします!」

「皆で突撃ぃ〜!!♪」

「え、ちょちょちょ、待っうぼぉあっ!?」

 

めっちゃ来た。

 

「さ、湿っぽいのも終わりにして祭りの準備しますわよ!」

「夏喜君、浴衣って着るの?」

「一応持ってるよ。高校の時に使ってたヤツだけど。」

「じゃあじゃあ、全員浴衣で集合!」

 

子供の時以来の内浦の夏祭り…どうなってるのかなぁ。

内心ワクワクしながら、浴衣を引っ張り出してくるのだった。

 

 

 

「全然変わってないなぁ…。」

 

どうやら一足先に集合場所についてしまったらしい。

久々の浴衣で着るのに手間取ったけどなんとか着れたし、駄目になってなくて良かった。

 

「ナツくーん!!」

「曜ちゃん。それに善子ちゃんも。」

「わー、ナツ君似合ってる!ね、善子ちゃん?」

「ま、まぁ、リトルデーモンにしてはなかなかいいんじゃない??」

「善子ちゃんは美人さんだね。絶対似合うと思った。」

「…むぅ///」

「あれれ?顔が赤いぞーヨーシコー?」

「ううううるっさい!///」

「曜ちゃんも水色が似合ってるしイメージがガラッと変わって似合ってるよ。可愛いね。」

「かわ!?…いいかな…///」

「あ、みんな居るー!おーい!!」

「お、お待たせしました…///」

 

残りの皆も、それぞれのイメージカラーのような浴衣を着ている。やっぱり似合ってるなぁ。流石アイドル!!

 

「…ナツ君浴衣似合ってるね///」

「なんかいつもとギャップが///」

「そうかい?あんまり自信なかったけど…ちゃんと着れてて良かったよ。皆も凄く似合ってる。可愛らしいね。」

 

素直な感想を述べると皆そわそわ集まりだして何やら集会が開かれた。

 

「なにあれなにあれ!///」

「これがJapaneseギャップ萌え…///」

「普段私服ばっかり見てたけどこれは…///」

「くっ、まさかリトルデーモンにこんな力が!///」

「あの無邪気な顔が刺さりますわね…///」

「あはは…もしかしてこれが…」

 

『(惚れた女の弱み!!///)』

 

「もしもーし、皆〜?」

「うやぁっ!?///」

「どうかしたかい?」

「ぷ、プレイボーイには分からないずら!///」

「ニブチンには関係ありません!///」

 

ま、まさか褒めたと思ったら罵倒されるとは…久しく感じていなかったな。

これが(心の)痛みか…(泣)

 

「あれ?ナツじゃん。何してらったこんな所で。」

「…マリー、FBIを頼む。」

「ちょぉ!?前回よりパワーアップしてんじゃん!」

「Hello,Police man?」

「Wait!!マジで呼ぼうとしてるじゃん!?」

「ヒロ、何でここに?」

「屋台の手伝いだよ!あそこのたこ焼き屋で!!」

 

まさかこんな所で会うとは…腐れ縁ってのは本当にあるのかもしれないなぁ。

 

「Aqoursの皆、ちわっす!俺ちゃんはヒロ。コイツのダチ〜。善子ちゃん梨子ちゃん久しぶり!」

「あれ?梨子ちゃん達知り合いなの?」

「知り合いっていうか…」

「気をつけなさいよ。コイツは…」

「ははぁん、9人ねぇ〜…。いやー、モテる男は辛いねナツ!」

「は?」

「皆アタック頑張りなよ〜!人の恋路を邪魔するやつはなんとやらってことで、俺は退散しまーす♪」

『んなっ!?///』

「ち、ちょっと!なんでバレてんのさ!///」

「善子ちゃん何言ったずらぁ…///」

「何も言ってないわよ!!」

「ヒロくん、何でか知らないけどそういうのに敏感みたいで…///」

「超がつくほどにね…」

 

恋路?アタック?何の話??

 

「見てくださいよ渡辺さん、あの顔を。」

「本当ですね高海さん。あれ絶対気づいてないですよ。」

「超がつくほど敏感がいれば…。」

「これでも気づかぬ馬鹿もいると。」

「あ!もしかして恋愛相談?だったら僕でよければ手伝うけど…」

『はぁ〜…。』

「馬鹿は放っておいて行きますわよー。」

『はーい!』

「え、ちょ…え?僕って馬鹿なの…?」

 

機嫌の悪くなった皆に食べ物を奢るということで何とか収まった。

当の本人達は目一杯祭りを楽しんでいるようです。

 

「曜さん射的うまいんですね!」

「へっへ〜、昔っからやってるからね!はい、ルビィちゃんにこれあげる!」

「わぁ、ありがとうございます!///」

「いざ引かん…ラグナロクへの道標!!」

「はいよ嬢ちゃん、伸びる紙の棒だ!」

「やったずらね善子ちゃん。頭に刺せば武器になるずら。」

「やらないわよそんなこと!!」

「ふふ、それはそれで見てみたいかも。」

「花丸ちゃん、それ美味しそう〜!」

「千歌さんのも美味しそうずらぁ〜♪」

「…太りますわよ?」

「もう!これすぐ破けちゃうじゃない!」

「はは、鞠莉は力み過ぎなんだよ。これはこうやって…ほい!」

「Wao!Amazing!!」

 

ひとしきり遊んで、少し開けた場所に出てきた僕達。

流石にはしゃぎ過ぎたかな?

全然変わってない祭りの雰囲気とこの景色…。

あれ?この景色…知ってる。なんでだ?

答えを求めるかのように、手を伸ばして空を掴む。

その手に、1匹の蛍が。

 

「ほた…る…?」

 

その言葉を口にした時、今までで1番強い頭痛に襲われた。

 

「ぐぅ…あっ…!!」

「ナツ君!?」

「ちょっとナツキ!?」

 

皆が僕を呼ぶ声が遠くに聞こえる…この感覚は…。

 

 

 

『どこー?お母さん、どこー??』

『ねぇねぇ、次何食べよっかー?』

『あ、りんご飴食べたーい!!』

『うぅ…どこー?…あ、ほたる…待って!』

『ナツ君ー!どこに行ったのー!?』

『お?ナツじゃねぇか?どうしたんだこんな所で。』

『わぁ、キレイ…!』

『ここの蛍は音楽が好きなんだよ…さ、帰ってかぁちゃんに謝るんだぞ?』

 

 

 

「…ツキ!おい!夏喜!!」

「…ヒロ?何でここに…。」

「休憩でたまたま歩いてたんだよ。生きてるか?」

「はは…死んでるように見える?」

「死にそうな面はしてるな。」

「夏喜くん、大丈夫?顔も青いし…。」

「今日は戻った方がいいんじゃ…。」

「いや、大丈夫…大丈夫じゃないけど大丈夫…。」

「ハッキリしろよ…。」

「思い出したよ。全部。」

 

何で忘れてたんだろう。

僕とじいちゃんの想い出を。

あの日の蛍の輝きを…!!

 

「ヒロ、悪いけど肩貸してくれないか?」

「はぁ…全部終わったら、店手伝って貰うかんな?」

「あぁ、約束する。皆にも来て欲しいんだけど、良いかな?」

「行く行く!ナツ君がそんな状態で帰れないよ!」

「ヒロさんだけじゃ頼りないずら!」

「え、そんなに信用ない?」

『うん。』

「はは、それじゃあお願いするよ。」

 

僕らが向かったのは祭り会場から少し歩いた狩野川の河川敷。

夜ということもあって僕達の他に人の姿は無い。川の流れる音と、遠くから聞こえる祭りの喧騒だけだ。

 

「ここでいいのか?」

「あぁ、サンキュー。」

「ここって狩野川…だよね?」

「…祭りで迷子になった僕は、蛍を追いかけてここに来たんだ。そしてじいちゃんのハーモニカを聞いてここからの景色を見た…。」

「ナツ君…。」

「Aqoursの皆に、お願いがあります。歌を…歌ってくれないかな?」

「歌…ですか?」

「うん。僕の我が儘で振り回して本当にごめん…。けど、どうしても皆に見せたいものがあるんだ。忘れてしまってた輝きを。」

「はぁ…ナツキさん、あなたやっぱり馬鹿ですわよ?」

「そうそう!今更そんな畏まることないって♪」

「むしろもっと我が儘言って言っていいくらいだよ?」

「ルビィ達は、ずっとお願い叶えてもらってばっかりだったから…。」

「今度は私達の番!ってね?☆」

「折角だし、あれやっちゃう??」

「 例の9人Ver.ってやつ?」

「最近野外ライブばっかりずらね〜。」

「漆黒の闇の中で地獄の饗宴が開かれるのね…!」

「皆…本当にありがとう。」

「えへへ…じゃあナツ君、ヒロ君、聞いてください。私達の歌を⋯私達の思いを!」

 

皆が息を吸い、草木も揺れる。

彼女達の歌に合わせて近くの草むらや水辺から淡い光が浮かんでくる。

強い光に弱い光…大きさだってバラバラだ。

それでも命が織り成す灯火は、1つ、また1つと数を増やしていく。

あの日、爺ちゃんのハーモニカと共に見た景色が今繰り返されているんだ⋯。

皆が最後の歌詞を歌いきると同時に、今まで光っていた蛍達はその役目を終えるかのように一斉に飛び立った。

 

『わぁ〜〜〜〜〜!!』

「綺麗…。」

「これってあの時のスカイランタンみたいだね!!」

「…すっげぇな。」

「はは…そりゃそうさ。Aqoursだからね。」

 

僕が歌ったわけじゃないけど、ちょっと自慢したくなった。

 

「ナツ、いい顔するようになったじゃん。」

「そうかい?」

「あーよ。前なんか焼き魚みてぇな目してたんだぞ?今はあれだな…高校の時みたいだ。」

 

そっか…ヒロが言うのなら多分間違いないのかも。

僕はAqoursが好きだ。初めて歌を聴いた時に感じたものをちゃんと言葉にして伝えたい。

皆と一緒に、見たことの無い夢の軌道を追いかけていきたい。

だから…彼女達が輝きと憧れに向けて走り出すのなら、出来る事をしよう。

一緒に笑って、一緒に泣いて、最後まで駆け抜けよう。

 

『ナツ。』

 

懐かしい声に名前を呼ばれた。

もう2度と聞けないと思ってた大好きだった声。

 

「じい…ちゃん?」

『見つかったか?ナツ。』

「…あぁ、見つかったよ。僕のやりたい事。」

 

最後の光が消えていくまで、僕達は空を見つめ続けていた。

 

 

 

「すみませーん、たこ焼き2つ下さーい!」

「2つね。ヒロー、2つ追加で!」

「あいよー!」

「お、お兄さんカッコイイですね!///付き合ってる人とかいるんですか??」

「え?いや、いないけど…。」

「うっそー!だったら私がアタックしちゃおっかなー!!///」

「きゃー!だいたーん!!///」

「へいお待ち!!悪いねお姉ちゃんたち、コイツは早上がりで人を待たせてんだよ。俺だばどーよ?」

「ん〜、訛ってるお兄さんはパスで笑」

「ドイヒー…。」

「僕そんなに手伝ってないんじゃ…。」

「いーからいーから!皆待っててくれてんだろ?早く行って、あの目が座ったアイドル達どうにかしてくれ…。」

「えっ、どんな顔…うわ、めっちゃ睨んでる。何してんだよヒロ。」

「んがだじゃ(お前だよ)この馬鹿!!奢ってやっから、これ持ってちゃっちゃと行ってこい!!」

「おっと。…サンキュー、ヒロ。」

 

タッタッタ…

 

「頑張れよ、夏喜。」

 

ミンナオマタセー

フンッ!!

ウボァッ!!

 

「…本当…色々と。」

 

 

 

おまけ 〜千歌's Side〜

 

「ナツ君おっはよー!!って、あれ?」

 

まだ寝てるのか…そりゃそうだよねぇ、昨日みとねぇ達とあんなに飲んでたから…。

 

「ナツ君ー、おーきーてー!!」

「ZZZ...」

 

全く起きる気配がないよ…。

揺らした拍子に顔がこちらを向く。それがいつもと違う表情でちょっとドキッとしちゃったり。

でも…

 

「泣い…てる?」

 

最近ボーッとしてる事が多いみたいだし、お爺さんのことかな…。

 

「私、ナツ君の事なんにも知らないなぁ…。」

 

離れてた10年間が寂しくないっていえば嘘になる。

どんな時間を過ごしてきたか私は何にも知らない。聞ければ1番いいんだろうけど…。

 

「それで聞けたら苦労しないか。…はぁ。」

 

指で涙を払って頭をそっと撫でる。

 

「ねぇナツ君。私、ナツ君に言いたい事がぁっ!?」

 

いきなり引っ張られたと思ったら抱き着かれていた。

私が。ナツ君に。

 

「ほぇ…?///」

「…じいちゃん…。」

「千歌だよ!!///てか、どこ触って…///」

 

どうやったらこんな姿勢で抱きつけるのさ!

こんな…む、胸、に…手が///

 

むにゅっ

 

「んやぁっ…!!///ナツ君起きてよ〜…!!///」

 

さっきよりも強く抱きしめられた…起きてるでしょ!?///

これで寝てるって何なの!?///

おでこが…当たってる…。

 

「これ不味いよね…き、キス…しちゃったり?///無理無理無理!!///でも…」

「ZZZ...」

 

目の前にある大好きな人の顔。

大人っぽいのに、寝顔は昔のまま…。

 

「…ナツ君が…悪いんだよ?///」

 

私の方からゆっくり顔を近づけていく。あとちょっと…あと…ちょっと…

 

「あ…。」

「……///」

 

目が合った。

 

「あ、あはは…いやぁ随分近いね〜…千歌ちゃんだけに…?」

「……!///」

 

なんでこーなるのっ!?

今すぐに!///叩いてやりたい!///

でも動いたら口が…もぅ!もぅ!!///

 

「…なんで、こんな事になってるんでしょうか。」

「…わ…私が知りたいよぉおおおおおおっ!!!!!///」

 

寝てるナツ君にはうっかり近づかないようにしよう。

まぁでも…たまになら良いかな?///




季節は移り変わる

涼しくなった夕暮れの中

ヒグラシの声が響き渡って

秋へと歩みを進める町並みに

夜空に咲かすは人の華

沢山の出逢いと大切な事を思い出させてくれた

この日々を忘れないように…

次回「夏の終わりと線香花火」


あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?


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夏の終わりと線香花火

皆さん、こんにチカ。
溢れ出るなちょすが止まらない、パトスです。
失礼、噛みました。
全国のリトルデーモンの皆さん、G'sは買いましたでしょうか。ヤバイですね、よっちゃんポスター。推しがどうとか関係無しに堕天しかけました。
ちなみにパイちゃんの武道館にも行ってまいりました。まさかスノハレが…ノーブラが…また聴けるなんて思わなかったです(泣)えみつんパイちゃん、ありがとう…。

それではちょ田舎第9話、どうぞ!


夏祭りの日が終わってから4日たったある日。

3人の少女が僕の家に来ていた。

 

「みかん…。」

「堕天…。」

「ハグぅ…。」

 

あぁ、可哀想に…こんなに疲れきってしまって…。

きっと激闘が繰り広げられたのだろう。だからこそ僕は皆に尋ねる。

 

「終わったの?課題。」

『終わるかぁーーーーーーーっ!!!!』

 

絶賛夏休みの課題中。

あるよねぇ…誰しも若いうちは必ずやるよ。

このやり取り今日3回目だけどね。

 

「もー!なんで夏休みなのに課題なんてあるのーー!?」

「そりゃ学校だもの…でも意外だな、てっきり補習してた3人かと思ってた。」

「ナツ…曜はね、裏切ったんだよ…。」

「そうよ、てっきり身も心も堕天したと思ったのに…。」

「善子ちゃんはまたなんで?」

「灼熱の炎の中、このヨハネと相なる存在達が闇より現れたのよ!」

「夏の間に見たいアニメとやりたいゲームが沢山あったと。」

「ナツ良くわかったね。」

「そりゃあ…なんで分かったんだろ??」

「ナツ君お腹空いた〜…。」

「ヨジデーならあるけど。」

「何それ?材料は?」

「ヨジデー。」

「あんた最近グル〇ル見たでしょ…。」

 

面白いよね、グ〇グル。

まぁ冗談はこの辺にしておいて、理事長に直々に頼まれてるからちゃんと進めてあげないと。

でないと新学期早々ダイヤちゃんのお叱りが飛んできちゃうからね。

何故か僕も。

 

「もう少ししたらご飯にしよう。だから後ちょっとだけさ?」

「む〜…ナツ君の鬼ぃ…。」

「悪魔ぁ…。」

「堕天使ぃ…。」

「いや堕天使がそれ言っちゃうかい?」

 

ん〜、参ったぞ。どうにかしてやる気を上げて欲しいけどんだけどなぁ…。

鞠莉ちゃんにやったやつが効くかな。

 

「じゃあ皆が取り敢えず一教科終わらせたら好きに甘えさせてあげ『やる!!///』Oh…。」

 

食い気味で返事が来た。

皆物凄い勢いで課題を進めていく。最初からこうだと有難いんだけどなぁ…。

てか、好きに甘えさせるって言ったけど皆顔がマジ過ぎるよ?

 

「あ、あの〜…好きにって言ったけど出来る範囲で…。」

『………!!』

 

あ、全然聞こえてないやつだ。えぇいなるようになるさ!

夜道には気を付けよう。

 

「…で、こうなると…はは。」

「…別にいいじゃない///」

 

膝の上で頭を撫でられながら善子ちゃんが言う。

 

「そうそう、減るもんじゃないし♪」

 

後ろから抱きつきながら果南ちゃんが言う。

 

「課題も一段落したから休憩ってことで!おいし〜!!☆」

 

僕がみかんを食べさせてる千歌ちゃんが言う。

絵面ヤバイよね。JKを手懐けてる22歳社会人男。

明日の朝刊の一面飾ったりしないだろうか…。

 

「もう夏休みも終わりかぁ…。」

「ナツと出会って肝試しをして祭りに行って。」

「結構色んなことしたわね。」

「でもでも!最後に皆で思い出作りたくない!?」

「どうしたの千歌ちゃん?藪からスティックに。」

「突っ込まないよ?まだあれをしてないんだよ!」

「あれって…何かあったっけ?」

「あれだよあれ!夏の風物詩といえば??」

『あ、あぁー…。』

 

 

 

「で、今日は花火なんだね。」

「Oh,Fireworks!!マリーの熱いpassionもすこぶる滾ってきたわ!!」

「でもさ…買いすぎじゃない?」

 

そう、手元にあるのはお得パックの手持ち花火5つにネズミ花火、パラシュート、線香花火…あと何故か打ち上げ花火。

 

「こんなに使いきれるかな…。」

「大丈夫じゃないかな?よっちゃんとか絶対8本ぐらいでやるだろうし。」

「ギランっ☆ 」

「花火やるのって、なんだか久しぶりだね花丸ちゃん!」

「そうだねルビィちゃん!中学校ぶりくらいずら?」

「でも打ち上げ花火なんてどこでやるんですの?」

「No problem!!もう使用人が船で待機してるから☆」

「これだから金持ちは…。」

「まぁ、プライベートビーチ付きの別荘の段階で薄々感じてましたが…。」

「でも本当に貸切でいいのかい?急だったし家の人も大変だったんじゃ…。」

「いいのよ、どうせ使ってなかったし。そ、れ、に!皆でhappyな事した方が一石二鳥じゃない!!♪」

 

それもそう…なのかな?持ち主がいいって言うならいいのかもしれないけどやっぱり気にはしてしまう。

いや、僕だけか?皆楽しんでるし僕だけ気にしてるのか?

歳なのか…?。

 

「じゃあ最初は何からやろっかー?」

「よーちゃん、よーちゃん。ちょっとこっちに…」

「ん?どうしたの?…ぷふっ!いいねそれ!!」

 

千歌ちゃんと曜ちゃんが、顔を赤くしながら歩いてくる。

 

「ね、ねぇナツ君…?///」

「私達さ…その…ナツ君に渡したい物があって…。///」

「ん?なんだい??」

「はい、これ!」

「え?」

「ネズミ花火!」

「は?」

「「ファイヤーーーーーー!!!!!!!!!」」

「どわぁああああああああっ!!??」

「「あはははははははははっ!!!!!!」」

 

可愛い顔してやる事が怖すぎる!!

足元に6つ投げるとかヤバいってあっつ!!!!

この数年で一番変な声出たよ…。

 

「いやー笑った笑った!!」

「ナツ君ゴメンね〜♪」

「ふ…ふふふふふ…。」

 

この幼馴染たちは…本当に…貰ったものには『お礼』が必要だよね☆

 

「ナツ君…その持ってるのって…。」

「ま、まさか…!」

「考えてる事は、一緒だよ?♪行け!チューチュートレイン!!」

「「わぁああああああああっ!!!!」」

「Oh!とってもCRAZYな遊びしてるじゃない!マリーも混ぜて〜!」

「ラグナロクの開戦のようね…!ヨハネ、参戦!!あっつ!?」

 

こうして3人から始まった第1次ネズミ大戦は、9人全員を巻き込む形で拡がっていったのだった…。

ネズミ花火は人に投げるものではありません!!

 

「つ、疲れたずらぁ…。」

「花火してたはずなのに…なんでこんな…。」

「あはは、私は楽しかったよ?♪」

「どこぞのシャイニーが…投げすぎなんですわ…。」

「まあまあ、ここらでひと休憩にしましょう?」

 

そういうと鞠莉ちゃんは懐からトランシーバーを取り出した。

 

「ハーイ、私よ。そろそろお願いしていいかしら??」

『畏まりましたお嬢様。』

 

次の瞬間、目の前の海から轟音が鳴り響く。

 

『わあーーーーーっ!!』

 

夏の夜空に咲いた大輪の花。

この景色を見てるのは、今ここにいる僕達だけ。

それだけでこの時間が特別なものに感じた。

 

「……。」

「梨子ちゃん、泣いてるの?」

「あはは…なんだか夢を見てるみたいで…こんな近くで見た事無かったし、千歌ちゃんも曜ちゃんも…皆も近くにいるから…。」

「梨子ちゃん…。」

「TAーーーーーMAYAーーーーー!!!」

「今なんて言ったの!?」

「あら?日本だとこうやって言うんじゃないの??」

「そんなネイティブな発音で言いませんわ!」

「綺麗だねぇ…。」

「ふふ、この大輪の花はヨハネの美しさを彩るのに相応しいわね。」

「…ねぇ、ルビィちゃん、善子ちゃん。まる達、ずっと一緒にいようね。」

「何よ、突然。」

「えへへ、何か言いたくなっちゃって…。卒業までよろしくね?」

「…馬鹿ね、ずら丸は。卒業までなんかじゃ足りないわよ?」

「ずっと、ずーっと3人で一緒にいようね!」

「…!うん!!」

 

打ち上げ花火。

人が作り出した想いを乗せた華。

それは、心を写すものだと思う。

この場所で同じ空を見上げる僕達の気持ちは、きっと1つだから。

 

 

 

「さぁ、そろそろ締めに入りましょう!♪」

「いよっ!待ってましたぁ!!」

「線香花火大会ーーーっ!!」

「大会なの?これ…。」

「ずっと思ってたんだけど、なんで線香花火だけ他のより少ないの?」

 

確かに他のが5袋とかだったのに線香花火は1袋しかない。

 

「ん〜、なんでだろ?買う時にこれだけ一つで良いかなって思ったのよねぇ…。」

「じゃあそういうものなんじゃない??」

「さ、準備してやろうよ!もうワクワクしてきちゃった!」

 

皆で円になって線香花火に火をつける。

 

「あ!落ちちゃった!」

「ルビィも…。」

「ふふ、まだありますからのんびり楽しみましょう?」

「おぉ!ナツ君長持ち!」

「ふふん、これだけは自信あるからね〜。」

 

皆でやった線香花火。どれだけやっていただろうか。

それぞれが手に持っているのが最後の一本になった。

 

「これで、本当に終わりだね。」

「ちょっと寂しいずら…。」

「またみんなでやりに来れば良いじゃない。何度でも。」

「それじゃあ着火!」

 

花火が火花を散らしてる最中、ルビィちゃんが口を開く。

 

「ルビィ、昔は線香花火ってあんまり好きじゃなかったなぁ。」

「What?どうして??」

「落ちちゃう瞬間にね、皆で遊んだ時間が終わっちゃう気がするの。ずっと続けばいいのになって思ってたんだ。」

「なんだか分かる気がする。時間は有限なんだって教えられる気がするんだよね。」

「…僕は、それでも好きかな。」

「なんでですか?」

「時間は有限で楽しい事には終わりが来て…それでも、今が終わったらまた次の何かが始まる。」

 

季節が変われば、また次の季節が始まる。

そしたらそこでしか出来ない楽しい事が待っている。

自分では怖くて進めない事を後押ししてくれている感じがする。

 

「それに、なんだかスクールアイドルみたいじゃない?」

「スクールアイドル?」

「うん。限られた時間の中で、精一杯輝こうとしてるスクールアイドルに。」

「限られた時間の中で…。」

「精一杯輝く…。」

 

傍から見たら小さな光かもしれない。

けど憧れや夢、強い意志を持ったその光は力強く…確かにそこで輝いているから。

 

『あっ。』

 

そこまで話した時、線香花火が落ちた。

 

「まさか…全員同じタイミングで落ちるなんてね。」

「良いんじゃない?これもAqoursらしくてさ。」

「ふふっ、そうかもね。」

「よし!名残惜しいけど、今日は片付けて終わろっか!」

「ナツ君…!」

「ん?どうしたの千歌ちゃん。」

「ありがとう…なんかね、スクールアイドルの事、ちょっと分かった気がする。どんなに願ったって、3年生の皆は卒業しちゃうし時間も過ぎていって…ちょっと不安だったんだ。このままでいいのかなって。」

「千歌…。」

「でも違うんだよね!だからこそ、駆け抜けるんだよね!私達はAqoursだから…私達らしく最後まで!!」

「そうよ千歌っち!私達はまだまだ現役なんだから!」

「千歌さんの気持ちは、私達にちゃんと届いていますわ。」

「だからちゃんと引っ張っていってよね、リーダーさん?♪」

「うん!」

 

皆と再会して、色々なことを経験してきたこの夏ももう終わる。

けどこれは始まりだ。

次の季節へ。

彼女達の新しいステージへ。

 

「「千歌ちゃん!」」

「「「千歌!」」」

「「「千歌さん!」」」

「すぅ…。1!」

「2!」

「3!」

「4!」

「5!」

「6!」

「7!」

「8!」

「9!」

「ナツ君!!」

「…10!」

 

『Aqoursーーー!!サーーーーンシャイーーーーーン!!!!』

 

これからはもっとよろしくね、皆。




果「何か始まるってことは、終わりに繋がるだなんて…考えてもみなかった。いや、考えたくなかったんだ…。」

鞠「そんな事言っても課題は終わらないよ?」

ダ「だからこまめにやっておきなさいとあれほど…。」

果「鞠莉、私は鞠莉が大好きだよ。」

鞠「果南…///」

果「だから…課題を見せてくれないかなん?」

鞠「ヤダ☆」

ダ「あと1教科じゃないですか。教えるぐらいはしますから自力でやりなさい受験生。」

果「ぶーぶー!(๑˘・з・˘)」

鞠「ところで次回からはどうなるの?」

ダ「2年生のサイドストーリーを挟むらしいですわよ?」

果「てことは本編まで3つ開くんだね。みんな忘れちゃわないかなぁ。」

鞠「まぁ大丈夫でしょ!それじゃあ、次回のちょ田舎は番外編!」

果「Act.1『普通怪獣の災難?』!」

ダ「Act.2『あなたの胸へヨーソロー!』!」

鞠「Act.3『桜内さんは眠れない』!」


鞠ダ果『あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』

P.S.感想、評価、UA…本当にありがとうございました…!夏喜達のストーリーを、これからも宜しくお願いします。


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Act.1 普通怪獣の災難?

千歌's Side story
今日は天気も良いし絶好のお出かけ日より!
なのにしまねぇとみとねぇってば、こういう時に限って手伝えっていうんだもん⋯。
しまねぇにお使いを頼まれてナツ君の家に向かった私!
だけどそこで待っていたのは、酔いつぶれたヒロ君といつもと違うナツ君の姿だったんだよ⋯。



今日は晴れ!太陽サンサンお出かけ日より!

 

「千歌ちゃん、これ運んでくれる?」

「はーい⋯。」

「千歌ー、布団敷いといてー!」

「はーーい!」

「千歌ちゃーん、隣の部屋の掃除もよろしくねー。」

「はーーーい!!」

「千歌、アイス買ってきて。」

「自分で行きなよ。」

「ちっ⋯。」

 

なのに何で!何で私は旅館の手伝いなのーーー!!!

まぁお客さんが多いのはいい事だけど⋯せっかく曜ちゃんと遊びに行こうと思ったのに⋯。

 

「うぅ⋯練習が休みの日に限って手伝いなんて⋯あだっ!?」

 

小指をタンスの角にぶつけた⋯本当についてないよぉ。

 

「そろそろ休憩にしよっか、千歌ちゃん。」

「分かったー。」

 

そういえばナツ君は何してるんだろう⋯。

 

『ナツ君今何してるのー??』

 

最近帰ってきた幼馴染み。久しぶりに会った時は全然わかんなかったけど⋯。

ちょっとカッコよくなっててびっくりしたなぁ⋯///

 

ピコン

『ヒロと釣りなう。』

「あはは、ナツ君なうって使うんだ。いっぱい釣ってる〜。」

『すごっ!?今夜はご馳走だね!♪』

『これから2人で晩酌だよ。まだ昼だけど。』

 

良いなぁ。

ヒロ君とナツ君は友達なんだっけ。普段は漫才みたいなやり取りしてるけど、一緒に出かけたり困った時には飛んできてくれたり⋯。

もし⋯もしナツ君が引越しをしないで内浦にいたら、私はどうだったのかな?

ちゃんと友達でいられたのかな。自分の気持ち、言えてたのかな⋯。

 

「ううん、『もし』なんて考えてたらきりがないよね!私は今を頑張らなきゃ!」

『飲みすぎちゃダメだよ?(笑)』

『かしこマリー☆』

「あはは!何それ!」

「千歌ちゃん、そろそろ仕事に戻ってもらっていい??」

「あ、うん!今行くよー!」

 

携帯に届いた大好きな人の笑顔につられて少し笑いながら、私は仕事に戻ることにした。

 

「ふー、大体こんなものかな⋯。」

「ありがとう千歌ちゃん、助かったわ。」

「いつにもまして張り切ってたなぁ⋯さては休憩中になんかあったな?」

「んなっ!?///何にもないよっ!!///」

「あっははは!そんな必死になるなって!しまねぇ、あのお使い、千歌に頼んでみたら?」

「ん〜⋯そうねぇ。」

「ほぇ?何の話??」

「少し夏喜君の所に回覧板とミカンを持っていこうと思っててね。」

「いいじゃん、行ってきなよ。」

 

でもナツ君今日は晩酌って言ってたし⋯まぁでも行ってすぐ帰ってくるぐらいなら良いかな??

 

「うん、じゃあ着替えて行ってくる!」

「ちょい待った。まだナツにお前の着物姿見せてないだろ?せっかくだしそのまま行ってきなよ。」

「え?でもこれ大丈夫なの?」

「うふふ、今回は許可するから大丈夫よ。」

 

みとねぇもしまねぇもなんだかニヤついてる。

 

「じゃあこのままいってきまーす!」

「あ、千歌ちゃん!着ていくのはいいんだけどあんまりシワにしちゃダメよ?」

「もぅしまねぇってば、普通に着ててシワなんてつかないよ。」

「ちげーよバカチカ。狼と戯れるのも程々にしとけって事。」

「え?」

「帰りが朝になる時は早めに連絡ちょうだいね〜♪」

「狼?朝帰り?なんのこ⋯と⋯あ///」

 

自分でも顔が熱くなってくるのが分かる。

だって、それってつまり⋯ナツ君と⋯///

 

「な、ないないない!!///ぜぇえええったい無いっ!!///」

「赤飯炊いとくか?」

「いらない馬鹿みとねぇっ!!///もう行ってきまーーす!!///」

 

くぅ⋯最後までニヤついていた2人の顔が腹立たしい!///

帰ったら絶対覚えてろよぉ〜!!///

 

「おーおー、青春だなぁ。」

「若いっていいわねぇ〜♪」

「まだそんな歳じゃないだろ⋯。」

 

 

 

「つ、着いた⋯なんかやたらと疲れた⋯。」

 

ここ最近まで全く使ってなかった道だけど、ナツ君が帰ってきてから頻繁に通うようになった。

浦の星の近くにあるから坂が長いんだよね⋯。

 

「よし、サクッと行って帰ろう!サクッと⋯。」

『狼と戯れるのも程々にしとけって事。』

『帰りが朝になる時は早めに連絡ちょうだいね〜♪』

 

2人の言葉が頭によぎってまた顔が熱くなる。

 

「無い!絶対無い!ナツ君に限ってそんな事は無い!⋯着物変じゃないかな。///」

 

もう早く行こう⋯本当に早く行こう⋯このままじゃ自滅しちゃうよ⋯///

 

「ナツくーん、ヒロくーん!こんチカー!!」

 

返事が無い⋯晩酌ってもっとこう賑やかなものになるんじゃないの?

もう寝ちゃったのかな⋯まだ夕方だけど。

 

「ナツ君、上がっちゃうよー?」

 

靴を脱いで奥の座敷に向かう。家の中は薄暗いけど座敷には明かりがついていた。

きっと2人で語っているのかもしれない。

 

「おじゃましま⋯す⋯。」

 

そこに広がっていたのは予想していなかった光景だった。床に倒れ伏すヒロくんの姿とこちらに背中を向けて座ってるナツ君。

そして床に転がる20~30本はある日本酒の瓶。

 

「ち⋯ちか⋯ちゃ⋯来るな⋯がくっ。」

「うぇえっ!?ちょっとヒロくーん!」

 

お酒くさっ!!酔いつぶれてるみたい⋯あれ?じゃあナツ君は?

 

「あ、千歌ちゃんだ。何でここに??」

 

名前を呼ばれて振り返るとナツ君が一升瓶を抱き抱えていた。

 

「な、ナツ君?大丈夫?」

「ん〜?大丈夫!!あ、千歌ちゃん着物だ〜!」

「ちょっ!?///」

 

やっぱりお酒くさっ!!飲みすぎてるじゃん!!

てか近いよ!///

言葉使いも、普段より幼い感じがする。

 

「ねー千歌ちゃん、これ十千万のやつ??」

「えっ!?あ、う、うんそうだよ!!」

「そっかぁ⋯そっかそっかぁ⋯。」

 

1通りまじまじと見て近寄ってくるナツ君。

 

「あ、あの⋯ナツ君⋯?///」

「似合ってるね、千歌ちゃん!」

「くはぁっ!///」

 

なんなの!なんなのその無邪気な笑顔は!///

危なかったよ⋯めっちゃ頭撫でたくなったよ⋯///

 

「ちーかちゃん!」

「な、なーに?ナツくんにゃあっ!?」

 

またこのパターンだよ!!///気付いたらハグされてるよ!///

 

「千歌ちゃんサイズ感が丁度いいね。」

「ちょっ、千歌は抱き枕じゃないよっ!?///」

「ん〜!」

「わわわっ!?」

 

押し倒される感じでナツ君が上になる。

分かってる⋯分かってるよ。

着物がはだけてることも胸に手があることも分かってるよぉ!!///

はだけた着物の中は下着⋯その上から私の胸に手が置かれている。

体中が強張っているのが分かる。

 

「ん⋯ナツ、くん⋯!///待って、本当にヤバイ⋯からぁ⋯///」

 

ナツ君はただ顔を近づけてきて、耳元で囁いた。

 

「『千歌』。」

「ふぁ…///」

 

強張っていた体から一気に力が抜ける。

呼び捨てなんて初めて⋯。

さっきまでの幼さの残る様子は、もう感じられなかった。

 

(呼び捨てだと変な感じがする⋯けど、嫌じゃない⋯かも///)

 

「千歌。千歌。」

「ナツ君⋯耳は⋯ん、やぁっ⋯///」

 

何でこんなことに⋯///

さっきから体が変だよぉ///名前を呼ばれてるだけなのに⋯それだけで体が動かない///

顔を上げたナツ君と目が合う。真っ直ぐなその瞳から目をそらせない。

 

「はぁ⋯はぁ⋯な、ナツ君??///」

「⋯⋯。」

 

徐々に顔が近づいてくる。

もう上手く頭が回らない⋯。

みとねぇしまねぇ、ごめん。朝帰りになりそうです⋯///

ギュッと目を瞑る。

 

「千歌⋯僕⋯は⋯。」

「⋯ナツ君?」

「⋯⋯ZZZ。」

「え。」

 

⋯嘘でしょ⋯?

ここまで来て?覚悟決めたのに??

途端にさっきまでの自分の考えが恥ずかしくなってくる⋯///

 

「てか、動けない⋯いつまで胸触ってるのナツ君!!///おーきーてーよーーーー!!!」

「⋯ぐぅZZZ」

「ぐぬぬぬぬぬ⋯どっせーーーい!!」

「んがっ!?⋯ZZZ」

 

何とか脱出してヒロ君がまだ起きてない事にホッとする。

だって絶対勘違いされそうだし///

私に迫ってきた張本人はスヤスヤと眠っている。

 

「う〜⋯人の気も知らないで⋯///」

 

着物をちゃんと着直して、ナツ君のそばに寄る。

本当に気持ちよさそうに寝ているなぁ⋯。

私はそんな彼の髪の毛に軽くキスをする。

 

「⋯今日はこれぐらいにしておきます///回覧板とミカン置いておくからね!///」

 

恥ずかしさのあまり、寝ているナツ君にそれだけ言って立ち上がる。

もう帰ろう⋯。

 

『千歌。』

 

⋯///

 

「あーもーーー!!!///ナツ君の馬鹿ぁーーーーー!!///」

 

やっぱり今日はついてない!!///

顔が熱くなるのを感じながら、私は旅館までの道のりを走り出すのだった。




千「皆さんこんチカー!!」

な「はいこんチカー。」

千「遂に後書きにまで出てきたね作者さん。」

な「ゴ〇ブリみたいに言わないで⋯。」

千「てか、タグがR-15なのに今回危なかったよ!?なんか千歌ばっかりその⋯え、えっちな感じ⋯になるのは何で!?///」

な「HAHAHA!何のことか分からないなー。それに大丈夫千歌ちゃん!番外編は皆にイチャイチャしてもらうだけだから!皆こうなるから!!」

千「いや自慢げに言われても⋯///」

な「次回は曜ちゃんだからね。きっとあんなことやこんなことやそんなことを⋯」

千「それはダメーーー!!」

な「妄想して自爆する曜ちゃんが見られるって言おうとしたけど何がダメなの?」

千「んなっ!?///」

な「じゃあ次回もお楽しみに!逃げろっ!!」

千「あっ、ちょ!待てコラーーーー!!!!///」


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Act.2 あなたの胸にヨーソロー!

曜's Side story
今日はナツ君とお出かけの日〜♪しかも2人で!!
新しい衣装の材料選びを手伝ってもらったり、ブラブラ散歩したり⋯考えただけでワクワクしてきちゃった♪
あれ?でもこれってデートっていうんじや⋯。
どどどどどどうしょう!?///
緊張してきちゃったよぉー!!///


「ふんふんふ〜ん♪よし、格好はこれで大丈夫!」

 

この週末、きっと今までの人生で一番楽しみにしてたって、自分でも言いきれる。

だって今日は⋯。

 

「ナツ君とお出かけ楽しみだな〜!♪」

 

そう、幼馴染みのナツ君とお出かけ!

金曜日に盛大に噛み散らかして約束しておいた甲斐があったよぉ⋯。

 

「曜ちゃーん、夏喜君来たわよー?」

「はーい!!」

 

階段を駆け下りて玄関へ向かう。

 

「ナツ君、おっはヨーソロー!!」

「おはヨーソロー、曜ちゃん。朝から元気だね。」

「楽しみだったもん!ゴメンね沼津まで来てもらって⋯。」

「気にしなくてもいいよ。この間迷子になったから勉強がてらね⋯はは⋯。」

 

自分の故郷で迷子になるんだ⋯普段と違う一面にちょっと笑ってしまう。

ってか気づかなかったけど⋯。

 

「ナツ君メガネしてたっけ??」

「あぁこれは⋯お、お洒落⋯的な⋯??」

 

ん〜⋯カッコイイ⋯///

もしかして私が初めて見ちゃったりするのかな?だとしたら嬉しいかも!

 

「似合ってるよナツ君!!」

「そう??おしゃれマイスターの曜ちゃんに言われたら自信つくかも。」

「ははは、何それ!」

「夏喜君、今日はよろしくお願いね??」

「分かりました、お母さん。」

「あら!お義母さんだなんてまだ気が早いわよ〜♪」

『え?』

「あれ?その為のデートじゃないの??」

『え??』

 

で⋯デデデ、デートぉっ!?///

 

「違うよ!///ナツ君とは全然そんなんじゃっ⋯!///」

「ははは、そうですよお母さん。曜ちゃんぐらいピュアッピュアで可愛い子だったら僕より合う彼氏が出来ますよ。」

「居ないし出来ないし予定も無い!///好みのタイプだってナツ君みたいな人なんだから!!///」

『え???』

「あ⋯///」

 

うわーーーー自爆したーーーー!!!///

 

「⋯お母さん。」

「えぇ⋯我が娘ながら⋯。」

『可愛い。』

「うるさいっ!!///時間なくなっちゃうから行こう!!///」

「おわっ、ちょ、曜さーん!?あ、行ってきまーす!」

 

あまりの恥ずかしさに玄関を飛び出した。

すっかり男の子の手になった、大好きな人の手を握って。

 

 

 

「疲れた〜⋯。」

「急に走り出すからびっくりしたよ。」

「誰のせいだと思ってるのさ!///」

「お母さん!」

「そうだけど⋯そうだけど〜⋯!!」

 

腑に落ちないよ!!

 

「さ、まずはどこへ向かいますか?船長?」

「む〜⋯じゃあ衣装で使う生地を買いに行こ!」

「了解であります!ところで⋯これ、どうしよっか?」

 

ナツ君が不意に左手を持ち上げる。

手、繋いだまんまだった⋯///

 

「その⋯い、嫌だった?」

「いや全然。むしろ曜ちゃんは良いの?」

「⋯それ言わせる?///」

 

本当に⋯いつまでたっても鈍感な所だけは変わらないんだから。

 

「私は大丈夫⋯だから⋯むしろその⋯腕、とかでも⋯///」

「ん、ゴメンよく聞こえなかったけど⋯もう一回いいかい?」

「何でもない!!///ほらほら、出航であります!!」

「ヨーソロー!!」

 

最初に来たのはよく材料とか買ってるお店。

アイドルやる前からコスプレとか好きだったけど、やり始めてから本格的に訪れるようになったんだ。

可愛いものには弱いしね♪

 

「うーん⋯次の衣装どうしようかな⋯。」

「コンセプトってお店で考えてるの?」

「ある程度は纏めてるんだけど、実際お店で材料見た方が値段とか材質とか変わってくるからね。」

「そっかぁ⋯色々と考えることが多くて大変なんだね。あ、これとかどう??」

 

ナツ君が持ってきたのは水色の手触りのいい生地と白いレース。

 

「これを使ってメンバーカラーの人魚とか。」

「おぉ〜⋯ナツ君意外とセンスある?」

「ナインマーメイド⋯いける!」

「ゴメン、ネーミングセンスは皆無だったね。」

「夏喜ショック⋯。」

 

梨子ちゃんといいナツ君といい、東京でマーメイド流行ってるのかな?

 

「でもそれでやってみよっか。」

「言っといてあれだけどそんなポンって決まって大丈夫??」

「そこはこの曜ちゃんの腕の見せどころであります!それに、ナツ君のアイデアって言ったら多分皆着るからね♪」

「そういう事なら大丈夫⋯かな?」

 

しっくりきてないナツ君を置いといて取り敢えず9人分の材料を揃える。

う〜ん、部費から出るとはいえ結構な量だなぁ⋯。

 

「いやー買った買った!」

「すごい量になったね。」

「まぁいつもの事だからね。」

 

にしても9人分はやっぱり重いなぁ。いつもやってるとはいえ中々慣れることが出来ない。

 

「曜ちゃん、貸して。」

「え?」

「よっと⋯はい、これで両手が空いたよ。」

「いやいや、全部は悪いから私も持つよ!」

「ははは、大丈夫大丈夫。伊達に男子やってないからね!それよりも曜ちゃんの手が空いてる方がこっちとしても助かるからさ。」

 

この間カニすら持てなかったのにいきなりこうだもんなぁ⋯///

でもやっぱり。

 

「じ、じゃあ左手の分だけ私に貸して!⋯手、繋げない⋯から⋯///」

 

ナツ君はキョトンとしてる。

何か言ってよ!!///

 

「そっか!じゃあお願いしてもいいかい?」

「うん⋯///」

「じゃ、行こっか曜ちゃん。」

 

今私はどんな顔をしてるんだろう。

恥ずかしくて顔が熱い。手を繋いでくれるこの人に何もかも見透かされているようで、ドキドキする。

絶対分かってないだろうけど⋯伝えられたらどれだけ楽だろう。

 

あなたが好きです、なんて。

 

 

 

「海だーーーー!!!!」

「ヨーソローーーー!!!!」

「やっぱりここの海はいいねぇ⋯。」

「そうだね!夕日も綺麗だし今日は絶好の海日和!♪」

「曜ちゃんは毎日じゃない??」

「そうかも!」

 

材料を買うだけのはずだった今日は、2人で色んなお店を歩き回るなんちゃってデートになった。

コスプレもしたしね!

 

「にしても効いたなぁ⋯曜ちゃんの『お兄ちゃん呼び』。」

「うっ⋯///忘れてたのに⋯///」

「女の店員さんなんか『尊みッ!!』って言いながら鼻血吹いて気絶してたもんね。」

「ナツ君だって立ちながら気絶してたじゃん!!///」

「あっはは!そうだっけ?」

 

くぅ〜⋯なんか1日やられっぱなしであります!///

ふとナツ君の方を向くと、夕日を見ながらぼんやりとしている。

 

「どうしたの?」

「夕日ってさ⋯すっごく綺麗だけどちょっと寂しいよね。楽しかった1日がもう終わるんだなぁって教えられてるみたいでさ。」

「そうだね⋯。ナツ君は、その⋯楽しかった?」

「もちろん!長い間会えなかった分もあるけど、色んな曜ちゃんが知れた気がするよ。」

「えへへ⋯そっか///じゃあ⋯ほりゃ!!」

「わぷっ!?」

 

ナツ君の顔に水をかける。

 

「あっははは!油断大敵だよ?ナツ君♪」

「ふふ⋯良いでしょう船長殿⋯お返しであります!」

「ふみゃっ!?」

 

唐突に始まった水かけ合戦。

服がびしょ濡れになることも忘れて、今はただこの時間を全力で楽しむんだ。

それがいつか来てしまう終わりに向かうものだとしても。

 

「ねぇ、ナツ君。」

「ん、何だい?」

「今日が終わったらさ、また皆で海に来ようよ!次は今日に負けないくらい楽しく!いつでも、いつまでも!!」

「⋯あぁ、そうだね。それは名案⋯だ⋯。」

 

ナツ君の動きが止まる。まるで錆び付いたロボットのように首を背ける。どうしたんだろう?

 

「ナツ君?どうしたの?」

「⋯いやあ⋯その⋯怒んない?」

「私がナツ君を怒ったりしないって♪」

「曜ちゃんのようちゃんが、青空jumpingハート⋯。」

「へ?」

 

忘れてた。

服着たまま海に入ったってことは⋯///

自分の体に目をやるとピッチリと肌に吸い付いた服から下着が見える。

 

「っ!!///」

 

急いで手で隠すけどいつからこんなことになってたか気付かない⋯///

 

「⋯見た?」

「ん、ん〜?何のことで⋯」

「言ってくれなきゃこの話を肥大化させてAqoursにバラします。」

「すいません素敵な水色でした!!」

 

自分で聞いておいて顔がまた熱くなる。

見られてたんだよね⋯///よりにもよってナツ君に⋯!///

 

 

 

~曜ちゃん's Story~

 

『隠さないで曜ちゃん。』

『だ、ダメだよナツ君⋯///誰かに見られたら///』

『もっと見せて欲しいな⋯曜ちゃんの色も、表情も。』

 

 

 

 

「ああああああああああ!!!/////」

「あ、あの〜⋯渡辺さん?」

「ヨーソローーーー!///」

「ぐっはぁっ!!」

 

見られたんなら隠せばいいよね!!///

ナツ君の胸にダイブする。もう2人でびしょ濡れだ。

 

「よ、曜ちゃん⋯?」

「ねぇナツ君⋯また、一緒に海に来て欲しいな。」

 

恥ずかしくて顔をあげれない。きっと真っ赤になってるのかもしれない。

これが、今の私が言える精一杯の言葉。

 

「⋯僕でよければいつでもいいよ?」

「⋯うん///」

 

いつか⋯ちゃんと言葉にするからそれまで待っててね、ナツ君♪

 

 

 

「ねぇ曜ちゃん。」

「ん?」

「どうやって帰ろっか。」

「あ⋯///」




な「皆さん、こんにチカ!」

曜「ヨーソロー!!」

な「いや〜いい思いしてるね曜ちゃん。」

曜「まぁ恥ずかしい思いもしたけどね⋯///」

な「是非、私にもお兄ちゃんと!!」

曜「死んでも嫌。」

な「そんなマジトーンで⋯うっ⋯。」

曜「次は梨子ちゃんだよね??」

な「そだね!皆のおかげで次の本編もまとまってきたしいつでもいける感じだよ。」

曜「じゃあ私も千歌ちゃんも恥ずかしい目にあったから梨子ちゃんにも色々と頑張ってもらおうよ!」

な「曜ちゃん結構ズバズバくるね。」

曜「だって恥ずかしいじゃん!///」

な「ははは、人生そういうこともあるって!それじゃあ!」

曜な「「次回もお楽しみにー!♪」」


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Act.3 桜内さんは眠れない

梨子's Side story
きっかけは1つの曲。
コンクールで出す為に練習してたんだけどどうしても最後が決まらなくて⋯そんな時、夏喜君が手伝ってくれるってことで家に来たの。
なのに⋯秘密はバレるし空回りはするし⋯///
うぅ、曲作り大丈夫かなぁ⋯?///


今日は練習がお休みの日。

私はよく部屋でピアノを弾いている。ピアノが弾けなくてこの町に来て、スクールアイドルを初めて⋯。

Aqoursの皆のお陰で、私はもう一度ピアノと向き合うことが出来た。

 

「ふぅ⋯こんな感じかな⋯。」

 

次のコンクールは、大会が被ってたりしてないから、1度出てみようと思ったの。

もちろん皆に話したし、応援しに来てくれるって言ってはくれたんだけど⋯。

 

「肝心の曲が出来てないんじゃ、どうしようもないよね⋯。」

 

新しい曲を作ってコンクールに臨もうとしてた矢先、スランプに激突。

どうしても最後が決まらない!

 

「あぁ〜、どうしよう〜!!⋯あれ?LINEが来てる。」

 

相手は夏喜君からだった。

 

『梨子ちゃん、曲作りは順調かい?』

「ん〜⋯ちょっと詰まってるかな⋯と。」

『もし良ければ手伝おうか?と言ってもギターだけだったからピアノの感覚とは違うけど⋯。』

「夏喜君ギターやってたんだ!⋯ちょっとカッコいいかも///」

 

確かに違いはあるかもしれないけど、詰まった時は初心に帰って色んな方向から見た方が良いよね。

 

『お願いしてもいいかな??』

『了解です!じゃあこれから向かうね。』

『待ってます♪』

 

こんな感じでいい⋯かな?変な感じじゃなかったよね?///

でもこれで大丈夫なは⋯ず⋯。

 

「⋯待って。今から?来る?」

 

部屋をぐるりと見渡す。辺りには楽譜と同人誌が置かれている。

 

「片付けなきゃ⋯!!」

 

特に同人誌!!///

夏喜君に初めて壁ドンされたのが忘れられなくてハマり出したなんて本人に知られたらもう生きていけない⋯///

ここから夏喜君が来るまでの間、ただ無心に部屋を掃除するのだった。

 

 

 

「こんにちは梨子ちゃん。」

「よ、ようこそ夏喜君⋯!」

「どうしたの?なんか疲労感があるけど⋯。」

「え!?な、何でもないよ!?さ、どうぞ!」

 

間に合った⋯何とか片付けが終わったわ。

 

「いやー、なんか女の子の部屋って感じだね。」

「そ、そうかな⋯?」

「はは、逆に緊張してきちゃったもん。」

 

そういえば今まで男の子を部屋にあげたことって無かったな⋯。

やだ、なんか私まで変に緊張してきちゃった!///

 

「あ、あの!私お茶持ってくるね!!」

「ゴメンね、ありがとう。」

 

はぁ⋯いつもならよっちゃんとか千歌ちゃんがいるから普通に出来るけど⋯。

ふ、2人きり⋯なんだよね///

 

「梨子??」

「ひゃっ!?///お、お母さん??」

「お母さんちょっと出掛けてくるから、後のこと宜しくね?」

「うん分かった。」

「それから〜⋯」

 

お母さんがこっそり耳打ちしてくる。

 

「『何かある時』は、帰ってくる前に済ませてね?」

「んなぁっ!?///」

「あら、お顔が真っ赤ね♪」

「もぅ!!///無いから大丈夫!///」

「あらあら☆じゃあ行ってきまーす!」

 

こんな時にからかわなくってもいいのに!!///

 

「た、ただいまぁ⋯///」

「おかえり梨子ちゃん。顔赤いけど大丈夫?」

「へ?///」

 

そう言って顔を近づけてくる夏喜君。

 

「熱は⋯無いね。ちょっと熱いけど。」

「あ、あのあのあの⋯!!///」

 

オデコで熱確認なんてこれで無自覚なの!?///

花丸ちゃんがプレイボーイって言ってた意味が分かる気がする。

 

「だ、大丈夫⋯だから!」

「そう?無理だけはしないでね。」

 

そう言ってはにかむ彼の顔が直視出来ない。

本当、調子狂っちゃうなぁ⋯///

 

「ところで、梨子ちゃんってやっぱり壁ドン好きなんだねぇ。」

「へっ!?///ななななななんでっ!?///」

「いやぁ〜⋯そこに本があったからね。」

 

あった。ピアノの下に1冊。

見られた?見られたよね!?///

 

「い、いや!これはその⋯違うの!!///」

「乙女だね、梨子ちゃん!」

「ぐぅ⋯っ!!///」

 

悪意の無い言葉が痛い!///

一番見られたくない人に見られた⋯。

 

「もう生きていけない⋯///」

「え!?そこまでなの!?」

「⋯夏喜君⋯その⋯もし嫌じゃなかったら⋯壁ドンしてもらってもいい??///」

 

あぁ⋯私何言ってるんだろう。

この間のはよっちゃんからの事故みたいなものだったのに⋯。

きっと夏喜君も変な子だと思ったよね⋯。

 

「梨子ちゃん、ちょっとこっち来て。」

「え?」

 

夏喜君に呼ばれて部屋の隅に向かう。

 

「どうしたの?夏喜く⋯」

「梨子ちゃん。」

 

不意に壁ドンをされる。

彼の顔が近い。

 

「僕で良ければいつでもやるよ。だからさ⋯。」

 

夏喜君の指が私の顔を優しく上に向ける。

必然的に彼から目が離せなくなった。

 

「そんな悲しそうな顔、しないで欲しいな?」

「〜〜〜っ!!///」

 

きっと今の私はボンッていう擬音が似合うぐらい真っ赤になってるんだと思う///

初めて会った時とは違う表情に呼吸が止まる。

こういう所、この人は本当に狡いと思います///

 

「はは、こんな感じで良かったかな⋯?」

「⋯⋯///」

「あの〜⋯梨子ちゃん??」

「はっ!///ご、ごめん夏喜君!///その⋯あり、がとう⋯///」

「いえいえ。そういえばコンクールの曲ってどのくらい出来てるの?」

「後は最後だけなんだけど⋯そこが決まらなくて。」

「ん〜⋯ちょっとだけ聞かせてもらってもいい??」

「えっ!?///」

 

コンクールで発表するからどのみち演奏しなくちゃいけないけど、それとこれとじゃ全然違うよ///

 

「あ、いや!無理にって訳じゃないから⋯。」

「ううん、大丈夫!私が作ったやつだから変なところあったらごめんね??」

「梨子ちゃんが作ったやつなら大丈夫!」

「ふふ、上手いこと言っても何も出ないよ?」

「いえいえ、お願いします桜内先生!」

「じゃあ準備するね。」

 

鍵盤の蓋を開けて席に着く。

前はあんなに怖かったのに、今は一番落ち着く場所になっているのが不思議な感じ。

楽譜を用意して演奏しようとした時、違和感に気付く。

 

「夏喜君⋯近くない⋯??///」

「いや〜⋯こっちの方が聴いてすぐに協力できるかなぁって。」

「それはそうだけど⋯隣⋯なの??///」

 

ただ座ってるだけなのにまた緊張してきた。

好きな人が隣にいて、その人の前でピアノを演奏するなんて⋯///

 

「じ、じゃあ弾くね!!///」

 

集中力が切れない内に鍵盤を叩く。

初めの一音がなった途端、それまで緊張してのが嘘みたいに曲に入り込む。

 

『〜♪〜〜♪』

 

ピアノの音と一緒に鼻歌が聴こえてくる。

夏喜君、楽譜を見ながら鼻歌を歌ってるんだ⋯。

音楽をやってただけあって楽譜だけでどんな曲か分かっちゃうんだ。

私のピアノに合わせて曲に命が吹き込まれる。

そんなに長い曲じゃないのに、この時だけはとても長く感じて幸せな気持ち⋯。

ずっと続いてほしい、なんてちょっと我儘かな??

 

 

 

「夏喜君凄いね!初めて聴く曲なのにメロディーが分かるなんて!」

「いやいや、最後の部分を弾きながら完成させた梨子ちゃんのが凄いよ。」

 

そう、2人で演奏してたら私は曲の最後まで弾けたの。

何でかな⋯頭の中に曲が流れてきて不思議な感じだった。

 

「これで一段落、かな?」

「うん!本当にありがとう夏喜君!♪」

「いえいえ、こちらこそ。ちょっと休憩しようか。」

「そうね。それじゃあ⋯」

 

そこまで言って立ち上がろうとした時に、椅子の脚につまづいて倒れ込む。

 

「痛っ!」

「梨子ちゃん、危なっ!!」

 

ビックリして目を瞑っちゃったけどどうなったのかな。

なんか、抱きしめられてるような⋯。

 

「痛ってて⋯怪我はない?」

「⋯あ、ありがとう///」

 

夏喜君が抱きとめる形で私の下になってくれた。

でもこれ、見方によってはその⋯私が夏喜君を押し倒してるように見えるよね⋯///

 

「⋯夏喜君///」

「ん、どうしたの?」

「その⋯私⋯///」

 

多分、今しか無いんだと思う。

ちゃんと伝えなきゃ。私の気持ち⋯。

 

「私⋯!///夏喜君が⋯!///」

「梨子〜♪ただい⋯ま⋯」

『あ。』

「あぁ〜⋯お母さん、用事思い出しちゃった///ごゆっくり〜⋯。」

 

お母さん⋯タイミングが悪すぎて何も言えないよ⋯。

 

「えーと⋯梨子ちゃんさっきなんか言おうと⋯」

「何でもないっ!!///」

「え、あ、そう⋯なの?」

 

あの流れで言えなかった私にも問題ありだけどあそこまで言って気づかないこの人は⋯。

でも、今はこれでよかったのかも。

密かに胸に留めた恋心は口から出ることは無く、私達は残りの時間を沢山お喋りして過ごした。

 

 

 

「色々ありすぎて疲れた⋯。もう遅いからそろそろ寝ようかな。」

 

曲も完成して今はもう夜。

夏喜君とお別れした後お母さんに弁解するのが大変だった⋯。

徐々に襲ってくる睡魔に抗うことを止めて目を閉じる。

 

『そんな悲しそうな顔、しないで欲しいな?』

 

⋯⋯⋯///

 

「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!///」

 

昼間の事がフラッシュバックして、それから暫く眠りにつく事は出来ませんでした///




な「皆さん、こんにチカ!」

梨「こんにちは!」

な「いやぁ〜梨子ちゃん⋯少女漫画かっ!!」

梨「そんな事言われても⋯書いたの貴方でしょ⋯///」

な「そりゃそっか!で、どうだった?夏喜君の壁ドン!」

梨「⋯性格悪いって言われません?///」

な「はっはっは、なちょすには褒め言葉さ!さて、次はいよいよ本編に戻るよ!協力ありがとね!」

梨「いえいえ。夏喜君が浦の星に来るんですよね?」

な「そう!夏喜君の楽しい学園生活が今始まる!」

梨「そんな話でしたっけ?」

な「まぁまぁ。それじゃ、久しぶりにあれやろっか!」

梨「次回のちょ田舎!」

な「新学期と!」

梨「新生活!」


な梨『あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』


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惜別の秋
新学期と新生活


皆さん、こんにチカ。
そろそろ冬眠の準備を進めてる、なちょすです。
ほんっとに寒い⋯雪国育ちでも都会の風は⋯寒いよ⋯しいたけ⋯。
本編に戻ってきました。なちょすクオリティの田舎話をお待ちの方、お待たせしました。
いつも通り生暖かい目で見ていただけたら有難いです。

それではちょ田舎第10話、どうぞ!!


今日から新学期。

暑かった夏は過ぎ去り、比較的涼しい秋の初めと言ったところかな。

昨日は課題が終わってない3人組の勉強を手伝ってから今日の準備をしたから正直寝不足だよ⋯。

さて、朝の7時半。僕が今いるのは新しい就職先。

 

「でさー、昨日のアレ面白かったよね!」

「本当、ヤバかったねー!!」

 

浦の星女学院。正門前に立っている。

僕をこの時間に呼び出した理事長の姿はまだ無い。

 

「⋯ねぇねぇ、あの人何してるのかな?」

「ちょっと怪しいけど⋯カッコよくない?///」

「ん〜⋯まぁ///てか、そう思うなら行ってきなよ!」

「えぇっ!?///無理無理無理!!///」

 

所々聞こえないけど怪しまれてるみたい。

頼む鞠莉ちゃん!please help me!!

 

「あ、あの〜っ⋯。///」

「はい!なんでしょう!」

 

多分⋯なんでしょうは向こうのセリフだと思う。

僕に話しかけてくれた女の子は、恥ずかしさからか別の理由でかは分からないけどちょっぴり顔が赤い。

 

「何かご用ですか??」

「あぁ、実は小原理事長を探してるんだけど⋯まだ来てないのかな?」

「小原先輩ならあそこですよ。」

 

彼女が教えてくれた方向には、3人仲良く登校する3年生の姿がある。

 

「あれ、ナツじゃん!」

「夏喜さん、おはようございます。」

「シャイニー!夏喜!!」

「おはよう皆。時に鞠莉ちゃん。」

「What?」

「呼び出しを食らった身としてはいつ通報されるかドキドキしてたんだけど⋯流石に女子高の前で男1人は厳しいよ。」

「私呼び出ししたかしら?」

「What?」

「何馬鹿な事言ってるんですの?夏喜さんも困ってるじゃないですか。」

「あっはは!ジョークよナツキ!!☆」

「⋯勘弁して下さい。」

 

さっき教えてくれた子は友達の所に戻りキャーキャー言っている。

よっぽど怪しかったんだろうなぁ僕⋯。

 

「ナツなら大丈夫じゃない?」

「そうですわね、夏喜さんですものね。」

「あの〜⋯なんか目が据わってるんだけど⋯。」

『別に!!』

「はい⋯。」

「あらあら、果南もダイヤも嫉妬ファイヤ〜〜〜〜〜〜〜なのね♪」

『鞠莉っ!!(さんっ!!)///』

 

嫉妬⋯?誰が?何に??

 

「ほら、いいから行きますわよ夏喜さんっ!!///」

「あ!ダイヤばっかり手繋いで狡いよ!私も行く!///」

「え、あ、ちょ⋯!」

「ほらほら、ナツキLet's go!!」

 

何も状況が飲み込めないまま僕は両手を繋がれて校内へと連行された。

取り敢えず理事長室で今後の説明を受けた僕。

まずは始業式を行うらしく、その中で僕の紹介と挨拶があるらしい。

果南ちゃんも2人から聞いて、僕がこの学校で働くことは聞いていたみたい。

 

「じゃあそろそろ行きますか。」

「鞠莉さん、挨拶はしっかり頼みますわよ?」

「それナツキに言わないとね?」

「はは⋯頑張るよ⋯。」

 

正直心配が無いかと言えば嘘になる。

だってさ⋯女子高だよ?生徒どころか教師にも男性陣がいない中、新しく男の用務員が入りましたって言われても⋯。

僕は、生きて用務員生活が出来るのだろうか。

こちらの心配はお構い無しに、始業式は滞りなく進んでいく。

 

「みなっさーーーん!!シャイニーーーー!!☆」

『シャイニーーーー!!!!』

 

⋯突っ込まないぞ。絶対突っ込まないぞ。

 

「新学期に元気な皆さんに会えてとってもHappyデース!!☆さて、今日はもう1つ大事な話があります。実はこの学校で新しく用務員の人が働く事になりマーシタ!な、ん、と!男性の方デース!!♪じゃ、後はよろしくお願いしマース!」

 

体育館にざわめきが走る。

ありがとう鞠莉ちゃん。プレッシャーとハードルが上がりまくって過去最大量の手汗をかいてる自信があるよ。

ステージの横から出る前に着慣れないスーツを整え深呼吸する。よし、大丈夫。

行こうか、戦場へ⋯。

 

「お、男の人⋯うぅ⋯。」

「ずらぁ⋯優しい人だったら良いなぁ。」

「ふふ、誰であろうとこのヨハネの美貌に骨抜きにされてしま⋯は?」

「曜ちゃん、梨子ちゃん⋯私夢見てるのかな?」

「いや⋯これが夢だったら多分⋯」

「皆同じ夢を見てるんじゃないかな⋯?」

 

「皆さん、おはようございます。新学期よりこの浦の星女学院の用務員として働く事になりました、島原 夏喜と言います。いきなり僕みたいな男の用務員が入って戸惑う所はあるかもしれませんが、皆さんが素敵な高校生活を送れるように全力でフォローしていくつもりですので、これからよろしくお願いします。」

 

『えぇえええええええっ!?!?!?』

 

スクールアイドル部から驚愕の叫び声と、3人分の笑い声が聞こえたのは言うまでもないよね⋯。

 

 

 

「で!どーいう事なのナツ君!!」

「いきなり過ぎてびっくりしたずら!」

「ははは⋯まぁ色々と事情があるんだけど⋯一番詳しいのは理事長かな?」

「イエース!まぁ文字通りよ?ナツキには浦の星女学院の用務員として在籍してもらうことになったから♪」

「なんでまた急に⋯。」

「あら、嫌だった??」

「そんな⋯ことは⋯///」

 

梨子ちゃん、そこははっきり言ってくれないと僕の心が砕け散るよ⋯。

この学校⋯と言うよりもこの町の子達は基本的に暖かい。

始業式が終わってから、皆フレンドリーに話しかけてくれたしね。ただ質問の内容が彼女はいるのか、とかタイプはどんなのか、とかばっかりだったのはそういうお年頃なのかな。

今はダイヤちゃんに助けられて用務員室に来たところだけど、今度はAqoursの皆に質問攻めにされる。

 

「まぁ別にいても困ること無いし。」

「おぉ⋯善子ちゃん大人だね⋯。」

「ヨハネよ。それにそろそろ授業始まるから放課後にして戻った方が良いんじゃない?」

「うぇっ!?ホントだー!!ナツ君放課後にね!」

「あ、待ってよ千歌ちゃーん!!」

「まる達も行こっか!」

「うん!」

「じゃあナツキ、お仕事ヨロシクね?☆」

「あぁ、分かったよマリー。」

「⋯不意打ち⋯///」

 

さてさて、皆が教室に戻ったところで⋯。

初仕事だ。あまり変なことは出来ないし、頼まれたからにはやらなくちゃね。

机の上にある手順書に目を通す。

 

1、備品を注文・管理すること。必要であれば生徒の要望も取り入れる事。

2、生徒とコミュニケーションを取ること。でもあまりハードなものは駄目デスよ?

3、トイレ掃除。時間には気をつけてね?♪

 

うん⋯待って⋯トイレ掃除ってなにさ!?

ハードな接触駄目なのは分かるしする予定も無いけどトイレ掃除は絶対不味いって!

 

「鞠莉ちゃん、絶対面白がってるよね。」

 

この件は後でじっくり考え直してもらおう⋯。

取り敢えず今ある備品の整理とか把握もしておきたいから学校の中を散策しておこうかな。

まずは1年生の教室がある1階からだね。この学校は学年によって階層が分かれてるから、覚えるのも早めに済みそうだ。

すると目の前から、結構な量の冊子を持った1人の女の子が歩いてきた。

 

「ふぅ⋯疲れたなぁ⋯。」

「手伝おうか?」

「へ?あ、島原先生。」

「はは、先生って呼ばれるとちょっと変な感じかな。もっと好きに呼んでもらってもいいよ?」

「え、その⋯な、夏喜⋯さん///」

「うん、よろしく!課題集め大変だよねぇ⋯よっこらせ。」

 

そう言いながら彼女が持っている3分の2ぐらいを受け取る。

 

「あ、あの!そんなには流石に申し訳ないですよ!!」

「気にしなくても大丈夫だよ。あっちから見てても大分フラついてたし、もしもの事があるかもしれないからね。それにこういう時の為に僕がいるような物だから、頼ってくれないかな?」

「は、はい⋯///」

 

僕が笑いながらそう言うと、彼女は照れ臭そうに了承してくれた。よし、生徒とのコミュニケーションは大丈夫そうだ。

2人で職員室に向かい、課題を提出する。最後に女の子に挨拶したら、彼女は少しだけ顔を赤らめて教室へと戻って行った。

 

「あれ?ナツキじゃない。」

「ん?あぁ善子ちゃん。こんにちは。」

「なんか、アンタが学校にいるって変な感じね。」

「僕もそう思ってたとこだよ。さっきの子にもお節介って思われなかったかな⋯。」

「⋯それなら心配無いわよ。あの子喜んでたから。」

 

そう言ってくれたのなら嬉しいな。

でも善子ちゃんは口を尖らせて何やら不機嫌な様子で⋯。

 

「どうしたの?何やらご機嫌があまりよろしくないようで⋯。」

「別に〜⋯ま、頑張りなさいよ。私はそろそろ戻るから。」

「あ、善子ちゃん。」

 

呼び止めた彼女の頭を優しく撫でる。

機嫌が悪い時に効くかは分からないけどね。

 

「また、放課後にね。」

「⋯っ!///」

『え、もしかして津島さんと夏喜さんってもうそういう!?///』

『キャー!///』

 

いつの間にかそばにいた1年生が何やら勘違いをしてしまっている。

だけど⋯既に遅かった。僕の手の下で小さな堕天使がぷるぷるしている。

あぁ⋯果南ちゃん辺りに骨を拾ってくれと頼んでおくんだったなぁ⋯。

 

「場所と言葉をぉ⋯考えろっ!!///」

「ぐっはぁっ!!!!」

 

ボディブローが突き刺さる。どうやら彼女の堕天使的パワーは間違いでは無い。この細い腕のどこにこんな力があるのか未だに謎だから。

 

「もう!///このクレイジーサマーーーーー!!///」

「はじ⋯めて⋯言われた⋯がくっ。」

 

残念、僕の新生活はここで終わってしまった!

 

「あれ?ナツ君どうしたの?」

「よ、曜ちゃん⋯ちょっと選択肢を間違えてね⋯。」

「?よく分かんないけど善子ちゃん見なかった?」

「あぁ、さっき堕天奥義使って走っていったよ。」

「そっか!ありがとね!あ、鞠莉さんが放課後屋上に集合だって!」

「うん、分かったよ。」

 

それだけ言うと曜ちゃんは、「ヨーシコー!」と叫びながら行ってしまった。屋上集合と言われたけど、鞠莉ちゃんの事だから何かまだあるんだろうな。

お腹を擦りながら取り敢えず今日の仕事をこなしていく僕だった。

 

 

 

「で、話ってなんですの?」

「ふふふ、焦らなーいの♪じ・つ・は!ナツキがこの部の顧問になりました〜!!」

「え!?本当に!?」

「用務員で顧問とはまた新しいね⋯。」

 

実際の所そうだよね。普通は学校の教師がやったりするものだけれど、僕には一つだけ心当たりがある。

そして多分鞠莉ちゃんはそれを知っているんだ。

 

「けど、どうして夏喜さんずら?」

「あら、ナツキ以外にこれ程の適任者は居ないと思うわよ。そうでしょ?歌の女神(μ's)のアシスタントさん♪」

「へ?」

「⋯鞠莉ちゃんには隠し事は出来ない気がしてきたよ。」

 

『えぇえええええええっ!?』

 

「どどどど、どういう事なのナツ君!?」

「夏喜さんが⋯μ'sのアシスタント?ああああの正体不明で女神の道標と言われていた!?⋯ぐふっ⋯。」

「お、おねいちゃああああ!!!!」

「まぁ、非公式だけどね。たまにギター弾いてライブの手伝いしたりとかスケジュール管理したりとか⋯。」

「随分アクティブな非公式ね⋯。」

「じゃ、じゃああのミナリンスキーさんのサインって!?」

「はは⋯色々あってね⋯直筆だよ。」

「しゅごい⋯。」

「奇跡だよっ!!ナツ君!いや、夏喜先生!何卒、何卒千歌達に助力を〜!!」

「あっはは⋯まぁ顧問として出来ることはしていくつもりだから。皆宜しくね?」

『はい!!』

 

この事実がどうなっていくか未来の事は分からない。

それでも⋯見た事の無い夢の軌道を駆け抜ける為に。

女神達から受け継いだ意思を彼女達に繋げていく。

そんな僕の新しい田舎暮らしが、ここから始まろうとしていた。




花「皆さんこんにちは!」

鞠「は〜い♪元気にしてたかしら?」

花「夏喜さんがμ'sのアシスタントさんだったなんてびっくりしたずらぁ⋯。」

鞠「んふふ、ちなみにアシスタントってまだ居るのよ?ただ私も分からなかったんだけどね⋯。」

花「ずらぁ⋯オラ達、これからどうなっていくんでしょうか。」

鞠「どうなるか、じゃなくてどうしていくか!皆で考えていきましょ?♪」

花「はい!次回は夏喜さんがお世話になったおばあちゃんに会いに行くずら!」

鞠「もちろん、私達も出るから安心してね?☆」

花「それじゃあ次回のちょ田舎!」

鞠「実りの秋と!」

花「タエ婆ちゃん!」


花鞠『あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』

P.S.これで年内の投稿が最後になります。初めて4ヶ月でしたが、お世話になりました。来年度もよろしくお願い致します。
良いお年を!!


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実りの秋とタエ婆ちゃん

皆さん。
あけましておめでとうございまーーーーーす!遅い!
なちょすです!!
ダイヤちゃん誕生日おめでとう!遅い!!
今年も夏喜君共々、皆様のお世話になります。
そしてラブライブ!サンシャイン!!オリジナルストーリー黙々と制作中ですよ!次は異世界でのバトルものですってよ奥さん!
田舎⋯しゅき⋯。

それでは新年一発目のちょ田舎第11話、どうぞ!!


今日は練習が休みの休日。せっかく秋なのだからと、千歌ちゃんの思いつきでそれぞれが秋にまつわる事をする事に。

『秋』。

この季節に、人は様々なものを当てはめる。

例えば芸術の秋。

 

「梨子ちゃん⋯これなに?」

「え?象だよ??」

「ど、独創的だね⋯。顎から鼻が出てる。」

 

例えば読書の秋。

 

「やっぱり本を読むのは落ち着くずらぁ。」

「アンタそれ⋯4冊目?」

「花丸ちゃんは早いねぇ⋯あ、このアイドル可愛い♪」

 

例えば運動の秋。

 

「かなーん!パスパース!!」

「よいっしょお!!」

「ぴぎゃっ!?なぜ3人でドッジボールなんですか!!しかも2対1で勝てるわけないでしょう!!」

「ん〜、平和だ。」

 

秋は基本的に過ごしやすい。空気も澄み渡って空が高く見えたり、暑すぎず寒すぎずで運動に適したり、夜の時間が長くなり始めて読書や音楽に身を委ねる事だってできる。

所謂『天高く馬肥ゆる秋』ってやつだね。

 

「あ、ナツ危ないよー?」

「へ?うぉあっ!?」

 

顔面スレスレをボールが飛んでいく。髪の毛が2~3本持ってかれたんだけど⋯。

 

「し、死ぬかと思った⋯。」

「いや〜、ダイヤがなかなか当たらなくてさぁ。」

「私のせいにしないでくださいます!?」

「出来ればテンション上げて知らせて欲しかったな⋯。」

 

何を考えてたんだっけ⋯。

あ、そうそう。もうそろそろ野菜の収穫の時期が来る。今年は皆もいるし顔合わせがてら手伝ってもらおう。

 

「皆ちょっといいかな?」

「ん、どしたのナツ君?」

「芸術の秋、運動の秋、読書の秋⋯でももう一つ、やってないのがあるよ。」

「え?何かあったっけ?」

「ん〜⋯秋はもう満喫してるけどな⋯。」

「食べ物!!食欲の秋ずらぁ!!」

「はい、マルちゃん正解!」

『あぁ〜!』

「ということで⋯実は皆に手伝って欲しいことがあるんだよ。」

「良いよー!時間はあるし!」

「ダイヤに当たらくてマリー疲れちゃったから手伝いの方が良いわ♪」

「私の方が疲れてますわ⋯。」

「でも一体何をするの?」

「僕がお世話になってた人のところに、ね。」

 

子供の頃、よく爺ちゃんと遊びに行っては野菜や果物の収穫を手伝っていた人。

この町の人達はその人の事をこう呼んでいた。

『タエ婆ちゃん』と。

 

 

 

富士山が良く見える大瀬崎。ここには天然記念物であるビャクシンの樹林が拡がっていて、大瀬崎の先端には伊豆七不思議の1つである『神池』がある。海に近いところで20m、標高も1m程しかなく、海水も入ってくるというのに淡水の池としてコイやフナ・鯰が生息している。このハイテク化が進んだ現代においても、水深が不明と言われている謎の池である。

僕達がやってきたのはその大瀬崎の近くにある少し小高い山だ。

 

「着いたよ皆。お疲れ様。」

「ふぃ〜⋯バス停から結構歩いたねぇ⋯。」

「くくっ⋯堕天使である私には⋯この程度⋯ふっ。」

「息整えてから言っても説得力ゼロだよよっちゃん。」

「おっきい畑だね!これ全部収穫するの?」

「そうだよ。多分居るはずなんだけど⋯あ。」

 

畑の中央付近。遠目でも分かる曲がった背中。頭から手ぬぐいを巻いて顎の下で結んでいる、THE婆ちゃん。

10年ぶりに会うその人に声を掛けるために歩いていく。

ヤバい⋯なんか緊張してきた。覚えてなかったらどうしよう⋯。

 

「タエ婆ちゃん。」

 

僕の声で、目の前の老人は顔を上げる。しわくちゃでどこか優しげな顔も、あの時とは変わってない。

いや、ちょっとシワが増えたかな?

 

「⋯ナツ坊かぇ?」

「うん。ただいま⋯タエ婆ちゃん。」

 

懐かしい呼び名に、ちょっぴり目頭が熱くなったのは内緒だよ?

 

「あれまぁ、おっきぐなったなぁ⋯。」

「はは、婆ちゃんはちっちゃくなったね?」

「ババはもう年だもの!んにゃ〜元気そうで良かった良かった⋯。今日はどうしたの??」

「もうそろそろ収穫の時期だろうなって思い出してね。手伝いに来たんだよ。」

「助かるなぁ⋯。ところで後ろの子達は?」

「僕の⋯あ〜⋯教え子?になるのかな?皆、この人がタエ子さん。タエ婆ちゃんだよ。」

「は、初めまして!!えと、浦の星女学院のスクールアイドル、Aqoursです!」

「千歌さん、そっちじゃなくて名前の方が⋯。」

「あっそっか!!」

「ふふ、ならばいいでしょう⋯この堕天使ヨハネの名をその身にしっかりと⋯!」

「止めるずら?」

「あっはっは!元気な子達だねぇ。ここじゃなんだし、上がっておいき。何にもないところだけどね。」

「じゃあお言葉に甘えてお邪魔します。」

 

こうして久々の再会は無事成功し、Aqoursの皆は自己紹介をしながら談笑の時間となった。

 

「ナツ坊が先生だなんて、何があるのか分からないもんだねぇ⋯。」

「お婆ちゃん!ナツ君の子供の頃ってどんな感じだったの!?」

 

え⋯。

 

「そりゃあ勉強が苦手で運動も苦手で爺さんの背中に隠れてる事の方が多かったよ。後は人見知りで照れ屋さんですぐ泣いちゃって⋯。」

「ははは、今のナツからは想像出来ないね!」

「でもちょっと可愛らしいですね♪」

「うぐぐぐぅ⋯!」

 

なんだこれ!自分の子供時代を幼馴染みJK達にバラされる恥ずかしさ!

野菜の収穫に来たはずなのに僕の恥ずかしい話が彼女達に収穫されてる!!

 

「でもねぇ⋯優しい子だったよ、ナツ坊は⋯。喧嘩なんか出来ないのに他の子を助けようとしたり、自分の事は後回しにして生き物と触れ合ったり⋯。」

「へ〜⋯ナツ君がねぇ⋯?」

「⋯何だい曜ちゃん?」

「にしし、別に?」

「ボロボロになって帰ってきて、その度に『この子にみかんちょーだい!』って⋯いやぁ可愛かったねぇ⋯。」

「タエ婆ちゃん、ストップ!待って!僕の心が持たない!!」

 

こっちに帰ってきて初めて自分でも顔が赤くなってると思う。子供時代の話がここまでキツイとは思わなかった⋯!

皆ニヤついてるし!!

 

「でも今のナツ坊はカッコよくなったねぇ!こんなに可愛い子達に囲まれてるもの。」

『かっ、かわっ!?///』

 

お⋯標的が変わった⋯!

乗じるなら今のみ!!

 

「そうだね。幼馴染み達が可愛すぎて辛いよ。」

「そう思ってんなら!!///」

「もっと気付けこのっ馬鹿ナツキっ!!///」

「うぼぁっ!!」

 

ここでJkからの強烈なボディブローとアッパーのコンボ技!!これには僕も思わずダウン!!

 

「ずらっ」

「うゆっ」

「あふっ⋯」

 

純情2人組からの優しいビンタで無事撃沈。

 

「ナツ坊は昔っから女の子の気持ちがわかってないねぇ。はっはっは!!」

「はは⋯乙女心は難しいね⋯。ところで今日の収穫分はどうすればいいかな?」

「そうだねぇ⋯これだけいたら半分くらいは出来そうだね。」

「よし!じゃあ皆婆ちゃんと野菜の収穫だ!」

『おーーー!!』

 

婆ちゃんの畑にやってきた僕達はグループに分かれた。

トマトやナスを収穫する1年生チーム。

ミカンやキノコ類を収穫する2年生チーム。

カボチャやジャガイモを収穫する3年生チーム。

ちなみに僕とタエ婆ちゃんは、収穫しながら他のチームの手伝いをする事になってる。

昔僕がタエ婆ちゃんから教わったそれぞれの収穫方法を皆に教えると、飲み込みが早くてすぐに実践してくれた。

作業開始から20分。ちょっと皆の様子を見てみよう。

 

「おーい皆ー。」

「あ、ナツキ。」

「順調かい??」

「もっちろん!順調ずら!!」

「虫に触れなくて泣きついてきたのに良く言うわね。」

「善子ちゃんだって半べそかいて夏喜さん探してたずら。」

「ううう、うっさい!!///」

「あはは⋯でも結構取れたね♪」

「うん、皆飲み込みが早くて助かるよ。もう少しで休憩だからお願いね。」

『はーい。』

 

いや〜やっぱり1年生チームは良いね。素直な妹感が滲み出てる。

いや、他の子達が素直じゃないってわけじゃないよ?甘やかしたくなるやつだよ?

⋯何を考えてるんだ僕は。

次は2年生チームか。多分だけど⋯梨子ちゃん曜ちゃんがくろうしてるんだろうなぁ。

 

「あ!ナツくーん!!」

「ちょお!千歌ちゃん危ないって!!」

「ハシゴがぁ!ハシゴがぁっ!!夏喜君手伝って!!」

 

⋯やっぱり。

 

「ねぇねぇナツ君このミカンすっごい美味しいよ!!」

「そうかい?でもその前に2人に言わなきゃいけないことあるんじゃない?」

「うっ⋯ごめんなさい⋯。」

「次からは気をつけてね?」

「わりと本気で焦ったよ⋯。」

「ははは、まぁ怪我がなくて良かったよ。ところで2人はミカンを食べたかい?」

「ううん、食べて無いよ。」

「そっか⋯じゃあミカン娘代表の千歌ちゃん!2人に味見をさせてあげてください!!」

「かしこまりました!夏喜先生!!」

 

そう言って3人でミカンを食べ合う2年生。婆ちゃんのミカンは食べた人を笑顔にする力がある、と思う。

あの3人を見てると、そんな事を頭にふと思ってしまう。

さて、最後は3年生チームだね。

彼女達には1番重労働を頼んじゃって申し訳ないと思ってる⋯。

 

「わーーーお!Amazing!!」

 

⋯問題なさそう。

 

「やっ、皆。調子はどう?」

「あらナツキ!ここのカボチャは凄いわね!こんなに綺麗なの見たことないわ!♪」

「鞠莉ってばずっとこんな調子でさ⋯。」

「ははは、珍しかったのかもね。果南ちゃんの方は?」

「ジャガイモは半分まで終わったよ?」

「早っ!!ちなみにダイヤちゃんは?」

「あら、ずっと足元にいるじゃない。」

 

鞠莉ちゃんに指摘されてゆっくり足元に目を落とすと、畑の上にうつ伏せで気をつけのまま倒れたダイヤちゃん(作業着)が。

 

「ちょちょちょ!!ダイヤちゃん!?」

「あ⋯夏喜さん⋯この黒澤ダイヤ⋯一生の不覚⋯。」

「え、えぇ〜⋯何があったのさ⋯。」

「収穫してる時に手にめっちゃ虫ついてたらしいよ?」

「そのまま倒れちゃってダイヤったらほんとに可愛いんだからぁ♡」

 

いや、それは僕でもビビる⋯。

 

「ナツ坊!そろそろ休憩だよー!!」

「あぁ!分かった!!」

 

タエ婆ちゃんの指示の元休憩に入る僕達。

それからは夕方までかかってそれぞれが半分くらいを収穫し終えることが出来た。

すっかり遅くなった頃、タエ婆ちゃんの方から夕飯の誘いを受けたので皆であやかることに。

 

「あー、お腹空いたずらぁ⋯!」

「おやおや。それじゃあ頑張ってくれた皆の為に、ババが特製カレー作ってあげようかね!ナツ坊、作り方教えるから手伝ってくれるかい??」

「もちろん!皆はテーブルとかの準備、お願いね?」

「任しといてよ!」

 

婆ちゃんの野菜を使った特製カレーはかなり美味しい。野菜がふんだんに使われていてここの味も感じるが、それらが邪魔することなくお互いのいいところがカレーと上手く交わってる⋯そんな感じだ。

子供の頃から好きだったカレーを僕が教えて貰えることになるなんて。

 

「婆ちゃん、炒め具合こんな感じ?」

「そうそう、上手いじゃないかナツ坊!」

「ふふ、これでも一人暮らししてますから。」

「早いとこ嫁さん見つけなきゃあねぇ⋯。」

「⋯何も言えない。」

「あっはっは!でもまぁこれで、ババの役目も終わったようなもんだよ。こうしてまたナツ坊が来てくれたしねぇ⋯。」

 

そう口にするタエ婆ちゃんの横顔が、何だか寂しく見えてしまった。いや⋯本当に寂しく思ってるのは、きっと。

⋯僕だ。

 

「そんなこと言わないでよ婆ちゃん。収穫の時期だけじゃない、また皆を連れていつでも来るからさ。」

「本当に皆いい子だねぇ⋯孫が増えたみたいで嬉しい限りだよ。」

「もちろん。マルちゃんも言ってたよ。『お婆ちゃんがもう1人出来たみたいで嬉しい』って⋯。皆初めて会ったばっかりなのに、タエ婆ちゃんが大好きでしょうがないんだ。」

「そうかい⋯じゃあ、まだまだ長生きしないとねぇ⋯。」

 

それだけ言葉を交わす。

台所には静かな笑い声と、カレーの匂いだけが漂っていた。

 

「じゃあいただきまーす!!」

「ん〜美味しいずらぁ〜⋯♡」

「辛すぎず甘すぎずで丁度いいねこれ!」

「野菜も美味しい!こんなの食べたことない!!」

「そんなに褒められるとババも照れるよ。みーんなが頑張ってくれたからこんなに美味しいんだよ?」

「えへへ⋯///私達役に立てたかな?」

「もちろんさね!毎日来て欲しいくらいだよ!」

「来る来る!!」

「オラも手伝うずら!」

「いや⋯君達学生だから⋯。」

 

皆で収穫した野菜。

タエ婆ちゃんの思い出のカレー。

こんな日が来るなんて、子供の頃は考えても見なかった。またこんなのんびりとした休日が来て欲しい、なんて⋯ちょっと欲張りかな?

それでも僕らは、過ぎていく時間を忘れて沢山お喋りをして1日を終えるのだった。




善花ル『皆さん、こんにチカ!!』

ル「まずは新年あけましておめでとうございます!」

花「めっきり寒くなって、作者さんも寝正月を過ごしてる中、皆さんはお元気でしょうか?」

善「⋯アンタ達この短時間で慣れすぎじゃない?」

ル「え、そ、そうかなぁ⋯。」

花「どっか可笑しかったずら?」

善「いや、逆にラジオMCばりにスムーズでビックリしたわ⋯てかそれ私と千歌とダイヤの役じゃない!!」

ル「善子ちゃん、それ以上いけないよ。」

花「まる達は別なんだよ⋯この二次創作という沼からは抜けられないの⋯ずら。」

善「そこまで言ったらずら言わなくて良いじゃない⋯てかアンタらのがよっぽどメタ発言よ!?」

ル「それじゃあ次回のちょ田舎!」

善「無視すんな!!」

花「1年生と!」

ル「本屋さん!」

善「あなたも⋯」


善花ル『ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』

P.S.URめっちゃ出てビビりまくりこぴー


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1年生と本屋さん

皆さん、こんにチカ。
遂に休みが終わります、なちょすです。
3作品とも仕事になる前に連続であげました。やりたい放題です。
今回は1年生'sがメインなので推しの人、やりました。
シリアス⋯では無いかもしれませんが、やりたかったことの一つです。ごゆるりと⋯。

それではちょ田舎第12話、どうぞ!


さてさて⋯僕が夏に帰ってきてから早いもので2ヶ月が過ぎようとしている。そして同時に思ったんだよ。

皆が良く遊びに来たり拉致⋯もとい遊びに連れていかれる事はあっても、僕から誘ったことが無い。

ヤバくない?夏喜ヤバくない??

だから3週間に渡って週末に皆と遊ぶ事にしたんだ。

用務員がJKを誘って遊ぶとか、言葉にしたら完全アウトだけど幼馴染みだから⋯幼馴染みだから⋯!

 

「ナツキ、何1人で唸ってんのよ?」

「えと、大丈夫ですか?頭⋯。」

「うぐっ!!」

「ルビィちゃんルビィちゃん!言葉の順番間違えて罵声になってる!」

「あ!えとその、ごごごごめんなさい!そんなつもりは⋯!!」

「うん⋯大丈夫⋯僕が悪かったよ⋯。」

「⋯涙拭きなさいよ。」

「ありがとう、ハンカチちゃん⋯。」

「重症ねこれ。」

 

まさかルビィちゃんからキラーパスが来るなんて⋯誘われた事が死ぬほど嫌だったとか考えてしまったよ⋯。

 

「でも珍しいわね。ナツキから誘いに来るなんて。」

「まぁ夏休みは割と遊んでたけど皆学校始まって僕も仕事したら、同じ学校に居ても会う機会って放課後ぐらいだしね。それに⋯これを見よ!!」

「⋯?封筒ずら。」

「そう⋯遂に出たんだよ!初任給が!!」

『し、初任給!?』

「嬉しいんですか?それ。」

「ふふふ⋯皆も大人になれば分かるよ⋯働き始めて一番最初に貰う給料がどれだけ思い出深いか⋯!」

「ほぇ〜⋯大人って凄いずらぁ⋯。」

「いや、ナツキだけでしょ⋯。」

 

そ、そんなことないはずだよ!!きっと初任給を貰って初めて自分の為に使ったり、彼女や家族にプレゼントしたり⋯あるよね??

 

「ま、まぁそんな事だから!折角だから3人に何かあげようと思ってさ!!」

「⋯別にいいわよ。ナツキが貰ったんだから好きに使えばいいじゃない。」

「そうですよ!そんなに大事なら自分の為に使った方が⋯。」

「まぁまぁ!今日ぐらいは夏喜お兄さんにカッコイイ所見させてよ。ね!」

 

恐らくバチコーン☆となるぐらい素晴らしいウィンクが決まった!

これには1年生も⋯。

 

「えと⋯。」

「⋯アンタはウィンク止めた方がいいわ。鳥肌立つから。」

「胡散臭さ全開ずら。」

「あっれれ〜可笑しいぞ〜⋯!」

 

駄目でした。うっ⋯。

まぁこんな事してると時間も無くなるからそろそろ行こう⋯。

 

「ま、今日は気にしないでのんびりしてよ。さ、行こうか。」

 

そう言って頭を優しく撫でる。

 

「ま、まぁそこまで言うんだったら良いわよ!?///」

「えへへ⋯///」

「やっぱり変なことしない方が良いです///」

 

3人のリクエストに応じてやって来たのは地元の本屋さん。マルちゃんとルビィちゃんの3人で来た店だ。

長い事この辺の人達から利用されていて、顔馴染みや常連さんも多い店。

決して店舗が大きいとか従業員が多いとかでは無いから、単純に居心地がいい本屋さんなんだと思う。所謂地域密着型書店とでも言えばいいのかな⋯?

店内に入ると、以前会話をしていた店員さんの声がする。

 

「いらっしゃいませ!⋯はっ!花丸さん!!」

「ルビィ嬢もようこそ!!」

「あはは、そんなに畏まらなくても大丈夫ずら。」

 

ん〜、貫禄が凄いよ花丸さん。

 

「あ、この間のお客さんもいらっしゃいませ!」

「度々お邪魔します。」

「いえいえ、お客さんが増えるなんて有難いことですよ!ん?そっちの子は⋯。」

「へ?」

 

店員さん達は堕天使の事をじっくりと見つめる。そして暫しの沈黙の後に叫ぶのだった。

 

「そ、その前髪⋯!ツリ目!!極めつけは頭のお団子!!!まさか、『天使のよっちゃん』!?」

「んなぁっ!?///」

「天使の⋯。」

「よっちゃん⋯?」

「ひ、人違いよ人違い!!///」

「いやいや、間違いじゃ無い!最近顔を見せなかったからどうしたもんかと心配してたんだよ!天使のよっちゃん!!」

「あーーーもーーー!!!///」

 

思わぬ所に伏兵。

善子ちゃん⋯やっぱり天使だったのか⋯。

 

「今変な事考えてたでしょ⋯。///」

「い、いや〜?何も!何も考えてないよ!?」

「夏喜さんは顔に出るずら。」

 

マジかー⋯。でも善子ちゃんがこの店に来てたのは意外だったな。結構運動神経もいいほうだったから余り本とか読まないと思ってたけど⋯。

 

「まさか三人娘が揃うなんて⋯て、店長!店長ー!!」

「え、店長?」

「大丈夫ずら!店長さんはとっても優しい人ですから!」

「うん、ルビィも優しくしてもらったよ♪」

「あ、皆は店内をどうぞご自由に!お客さんだけ此処で待っててもらえますか??」

「あ、はい⋯。」

 

あの2人が大丈夫って言うなら多分大丈夫なんだろうけど、僕だけ待ってて何を話せば良いんだろうか⋯。

 

「すみません、お待たせしました。」

「あ、大丈夫で⋯す⋯。」

 

出てきたのはスキンヘッドでガタイがいい男性だった。僕よりも頭1つ分は大きい。そしてサングラス。

昔から人は見た目で判断してはいけないと教わってきた僕だけど先に言いたい。

無理!!無理無理無理!!怖い怖い怖い!!

 

「あ、えっと⋯初めまして!!し、島原といいます⋯!」

「ご丁寧に有難うございます。私が店長の強面(こわもて)です。」

 

名が体を表してるぅ!ヤバイヤバイ、僕はどうなるんだ⋯!それとも静岡の本屋さんはこれがノーマル!?僕がアブノーマルなのか!?

 

「それで島原さん⋯1つお尋ねします。あの子達と貴方はどういった関係でしょうか?」

「えと⋯お、幼馴染みです!後彼女達の学校の用務員とスクールアイドル部の顧問です!!」

「⋯なるほど。では貴方が⋯。」

 

そう言うと強面さんはサングラスを外して笑いかけてくれた。

 

「いや〜すみません、変な空気にしてしまって!見たことない顔でしたから変な輩だったらどうしようかと!」

「あ、あはは⋯。」

 

先程までの緊迫した空気とは違い、店内が和やかな雰囲気になる。人ってこんなに変わるんだなぁ⋯。

取り敢えずシバかれるとかじゃなかった事に胸をなで下ろす。

 

「島原さんのことは花丸ちゃんとルビィちゃんから聞いています。私もAqoursのファンでしてね⋯顧問が来たって聞いた時はビックリもしましたが。」

「僕自身もビックリしてますよ⋯まさか幼馴染み9人が全員Aqoursのメンバーだったとは⋯。」

「はっはっは!そんな事もあるもんなんですなぁ!子供の頃一緒だった幼馴染みが⋯大きくなってひとつの夢に向かうなんて、素敵なことですよ。」

「そうですね。だから少しでもあの子達の手助けが出来ればいいですが⋯。」

 

そう言って店内にいる彼女達の方を向く。

3人一緒になって本についてアレコレ話している。いつも通り堕天使が出る善子ちゃん、それにツッコミを入れるマルちゃん、それを見守るルビィちゃん⋯。

そんな光景を見て、強面さんが口を開く。

 

「⋯本当に、奇跡みたいですよ。」

「え?」

「あの子達は、良く子供の頃にここへ遊びに来てたんですよ。定期的に読み聞かせもやってますし、皆本が好きな子達でね⋯。けどある日、私のよく知る子供達が遊びに来て、花丸ちゃんとルビィちゃんを誘ってくれたんです。『一緒に遊ばないか』ってね⋯。」

「⋯⋯。」

「けど2人は断った。『自分達は鈍臭いから、きっと楽しい空気が悪くなってしまう』って言って⋯。その時の2人の顔が、今でも頭から離れないんですよ。」

 

何となく、分かる。

元々運動は得意な方じゃないと言っていた。子供ながらに、他人に気を使って身を引くことを覚えてしまったのかもしれない⋯。

それだけ優しすぎるんだ。

 

「ほかの奴らは知らないが、善子ちゃんも中学の頃に何度かここに来て悩んでたんですよ。自分の『好き』が強すぎて周りから孤立していたって⋯俺は、大したアドバイスもしてやれなかった⋯駄目な大人だよ。」

「店長さん⋯そんな事は⋯!」

「けどスクールアイドルを初めて、アンタが来て変わった。皆イキイキしてるんだ。それだけは、何年も見てきたから分かるよ。」

 

そう言うと、店長は頭を深々と下げた。

 

「ちょ、店長さん!?何を⋯!」

「島原さん⋯いや、島原先生!お願いします。あの子達を輝かせてくれ!!折角掴んだチャンス、もうあの子達のあんな顔は見たくないんだ!」

「俺達からもお願いします!」

「花丸さんもルビィ嬢もよく知ってる!だからこそ応援してやりたいんです!」

「皆さん⋯。」

 

子供の頃からの付き合いで、この人達の中ではきっと何も出来なかった自分というものが許せないんだ。

でもそれはちょっと間違いだと思う。

偉そうな事を言える立場なんかじゃない。この人達が感じた悔しさを完全に分かりきってるわけでもない。

それでも⋯

 

「顔を、上げてください。」

「先生⋯。」

「僕は、彼女達の歌が好きです。何もしてこなくて、やりたいことも無かった僕の中に暖かいものを運んでくれた⋯そんな歌が。あの3人も自分の意思でスクールアイドルになって、皆に笑顔と元気を届けてます。何も出来なかったなんて、言わないでください⋯。」

 

この人達に自分自身を責めて欲しくない。

 

「今の彼女達があるのは、皆さんのおかげです。僕は暫く東京に居て小学校も中学校も知らない⋯だから顧問ではなく、1人の幼馴染みとして僕からお礼を言わせて下さい。ずっと彼女達を見守って下さってありがとうございました!!」

「島原先生⋯。」

「僕1人ではきっと限界が来ます。でも皆さんが⋯この街の人達が居てくれたら、彼女達はどんな所へだって羽ばたけます!これからも⋯応援していただけませんか?」

「⋯あぁ、勿論⋯勿論だとも!なぁお前達!!」

「当たり前じゃないっすかー!」

「ライブだろうとなんだろうと駆けつけやすぜ!!」

 

暖かい、優しい⋯そんな簡単な言葉じゃ今の感情は表せないと思う。皆自分の子供のように愛情を注いで、その成長を見届けてる。

例えこの街から旅立っても、それは変わらないんだろう。

Aqoursなら、きっと大丈夫。根拠は無くても、僕はそう思わざるを得なかった。

だって⋯。

 

「グスッ⋯。」

「⋯うぅ⋯。」

「ひっく⋯。」

 

本棚の後ろから聞こえる3つの声が、それを物語ってるんだから。

 

 

 

「ありがとうございましたー!!」

「また来てくれよー!!」

 

素敵な3人に見送られながら、僕らは書店を後にした。

前を歩く3人の後をゆっくりとついていく。

 

「何か買わなくても良かったのかい??」

「はい、大丈夫です!」

「もっと素敵なお話が聞けたので♪」

「そっか⋯なら良かったよ。」

「ナツキ⋯。」

 

ふと、前を歩いてた善子ちゃんが振り返る。

 

「その⋯これからも、アイドルだけじゃなくて色々お世話になるけど⋯卒業まで、よろしくね⋯?」

「⋯善子ちゃんが」

「デレたずら⋯。」

「あによ!///人が真面目に言ってるのに!!///」

「ははは!ごめんごめん!!こっちこそ宜しくね!2人もさ!」

『はい!』

 

夕焼けの空の下で交わした約束。

この街の人の思いを受けて、きっと僕らは輝いてみせる。

 

 

 

「ところで⋯なんで君たちは僕をHoldingしてるのかな?」

「いいじゃない別に。」

「減るもんじゃないずら。」

「折角なので⋯///」

 

大木に群がる3匹のコアラ状態のまま、家までの道を帰った。

 

 

 

「店長、店仕舞いOKです!」

「おう、お疲れ。」

「島原先生の事考えてるんですか?」

「あぁ⋯ありゃあ惚れちまうわな⋯。」

「えっ!?店長ってそっちの気が!?」

「んなわけあるかアホ。」

 

『なぁ花丸ちゃん、ルビィちゃん、善子ちゃん。ちょいと聞きたいんだが⋯。』

『?何ですか??』

『あの島原先生ってどんな人なんだ??』

『えっと⋯優しくて鈍感で⋯///』

『カッコよくて鈍感で⋯///』

『⋯気が利く鈍感よ///』

『ほぉ〜、今時そんな男がいるのか⋯。皆お気に入りなんだな!』

『お気に入りと言いますか⋯///』

『その⋯おら達皆夏喜さんが⋯///』

 

「⋯モテる男って、良いなぁ。」




千「皆さんこんチカー!!」

曜梨「「こんチカー!!」」

千「いやー読書の秋を舞台にした話だったね!」

曜「1年生の話は暖かいのが多いね。」

梨「本屋さんも優しい方達で良かった⋯。」

千「私達もまだまだ頑張らなくちゃ!ね!」

曜「ヨーソロー!ナツ君にもバンバン働いて貰おう!」

梨「頑張るってそういう⋯??」

千「次回は私達!」

曜「なんとコンクールの話だよ!主役は〜⋯!」

梨「えと⋯私です。」

千「ピアノ頑張ってね!応援しに行くから!!」

曜「それでは次回のちょ田舎!」

梨「2年生と!」

千「コンクール!!」

曜「あなたも⋯」


千曜梨『ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』


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2年生とコンクール

皆さん⋯こんチカーーーーーー!!!!
釣具の納得いく配置に2時間かかった、なちょすです。
正月明けてから怒涛のラッシュです。
何故なら3月のファンミの準備がありますから!
お見送りされたいですから!!!!

それではちょ田舎第13話、どうぞ!


親が子供の晴れ舞台を見に行く時ってやっぱり緊張するものだと思うんだ。親になった事無いから正確には分からないけど、今ならちょっとは分かる気がする。

さっきから手汗がヤバイ。

 

「どうしよう千歌ちゃん、曜ちゃん。めっちゃ緊張してきた⋯!」

「あっはは!もぅ、何でナツ君が緊張してるの?」

「一番緊張してる人があそこにいるのにねぇ〜。」

 

そう。今日は地域で行われる小規模なピアノコンクールの日。演奏するのはもちろん彼女。

 

『次は浦の星女学院2年、桜内梨子さんです。』

 

アナウンスの声で会場に拍手が響き渡る。

事の発端は数日前だ。

 

 

 

「コンクール?」

「うん⋯この辺でピアノのコンクールがあるみたいなんだけど、練習も無い日だから出てみようかなって⋯。」

「ほんと!?行きたい行きたい!!」

「梨子ちゃんの生演奏が聴けるなんて貴重だよ!」

 

2年生が遊びに来た時に梨子ちゃんがそう口にした。

こっちに引っ越してくる前には東京でも色んなコンクールに出てたみたい。

 

「いいと思うよ。曲ってオリジナルなの?」

「うん。けどまだ構想段階って感じで⋯。」

「梨子ちゃんなら大丈夫だよ!だってAqoursの曲もいっぱい作ってくれてるし!」

「上手くいくかな⋯。」

「私達もついてるから!」

「ふふっ、それが心配なんだけどな?」

「あー!酷いよ梨子ちゃーん!」

 

見てて微笑ましい光景だね。この和やかなムードが病みつきになりそう。

 

「⋯ナツ君変な顔してどうしたの?」

「え、そんな変な顔してた?」

「うん。鳥肌立つくらいには。」

「そんなに!?」

 

⋯今度から顔に出さないように気を付けよう。

ガラスのハートがブレイクしちゃう。

何にしても梨子ちゃんが演奏するってなったら幼馴染としてしっかりサポートしなくちゃね!

 

「曲作りとか何かあったらどんどん頼ってね。」

「うん、ありがとう夏喜君♪」

 

とまぁ、そんな事を経て梨子ちゃんの家に行き曲を作ったのがこの間。

あの時に聞きそびれたから、僕は彼女が演奏する曲のタイトルすら知らないんだ。

 

「梨子ちゃん緊張してるかな?」

「むむむ⋯私のレーダーがちょっと緊張してると告げてるよ!」

「便利なアホ毛だね⋯。」

「今こそ、私達3人の絆を見せる時!やるよ、2人とも!!」

「ヨーソロー!」

「え⋯本当に⋯?」

 

そう、彼女が緊張していたら予めやろうとしていた事がある。

日本中探したって居ないだろう⋯友達の晴れ舞台にキメ顔で激励なんて⋯。

 

「じゃあ行くよ⋯せーのっ!!」

 

ええいどうにでもなれ!!

千歌ちゃんの小さな掛け声で3人思い思いのキメ顔をする。さぁ梨子ちゃん!これで緊張をほぐしてくれ!!

 

「⋯⋯⋯。」

 

彼女がじっとこちらを見つめる。

他のお客さんから見えるか見えないかぐらいには眉間にシワが寄っているね。

そんな事は知らずにキメ顔を続ける2人。

何で2人揃ってキメ顔がペ〇ちゃんテイストなのさ⋯。

 

「2人とも⋯もう大丈夫だよ⋯。」

「え?でも私のレーダーはまだ⋯。」

「大丈夫!きっと大丈夫だから!梨子ちゃんを信じてあげて!!」

 

じゃなきゃ3人まとめて正座お説教コースだから!

 

「千歌ちゃんナツ君!梨子ちゃんの演奏始まるよ!」

 

曜ちゃんの声でステージの方を向くと、梨子ちゃんはピアノと向かい合っている。

 

『それでは桜内さんで⋯「再会の夏」。』

 

静かに深呼吸をして、彼女は鍵盤を叩く。

優しい⋯けれどもどこか懐かしいメロディ。決してこの間聞いたからだけじゃない。

 

「「⋯⋯。」」

 

千歌ちゃんと曜ちゃんは目を輝かせながら聞き入っている。

ステージ上の少女はとても輝いていた。スクールアイドルをやっている少女でも無い。いつもの恥ずかしがり屋の少女でも無い。ただ心の底からピアノが大好きな1人の少女がそこには居た。

 

「再会の⋯夏⋯。」

 

時折激しさを増す曲調は、途端に悲しげなメロディに変わる。

梨子ちゃんが何を思ってこの曲を作ったのかまだ分からないけど、不思議と夏の出来事が頭の中でフラッシュバックする。

そのまま曲は最後の部分までスパートをかけて演奏は無事終わった。

 

『桜内梨子さん、ありがとうございました。』

 

アナウンスの声と共に会場内には拍手が響き渡る。

なんというか⋯凄かったよ。

これから結果が出るまで休憩時間になるから僕らは一旦会場から出る事にした。

丁度演奏を終えた梨子ちゃんがこちらへ歩いてくる。

 

「梨子ぢゃ〜ん!わだじ、感動じだよ〜!!」

「そんな事無いよ千歌ちゃ泣きすぎじゃない!?」

「私も⋯感動じだ⋯。」

「曜ちゃんまで〜⋯でもありがとう♪」

「お疲れ様梨子ちゃん。」

「うん。夏喜君、今回は本当にありがとう!」

「いやいや、僕なんて手伝ってたのか分からない感じだったしさ⋯。」

「ううん、私1人じゃ出来なかったから⋯。ところで千歌ちゃん、曜ちゃん。」

「何?」

「どうしたの??」

「取り敢えず⋯。」

 

梨子ちゃんが僕の方を向いてるから彼女達はまだ分からないだろう。この子が今どんな顔をしてるか。

彼女の⋯『笑顔』の意味を⋯。

 

「『せ・い・ざ』。してくれるかな?♪」

「「ひぃいいいいいっ!!!!」」

 

えぇ〜⋯こちら実況席の島原です。

ただ今キメ顔で激励した2人が桜内さんにお説教されていますね。先程とは違うベソをかいております。

 

「もう、本当に笑いそうだったんだからね!!」

「ごべんなざい⋯。」

「今度がら普通にじまず⋯。」

「⋯でも嬉しかったよ♪」

「「梨子ぢゃ〜ん!!」」

 

おぉっと何というアメとムチの使い方!本当に東京から引っ越してきたのか梨子ちゃん!既に高海、渡辺両選手の扱いに長けているぅーーー!!

 

「でも何でナツ君はお説教無しなの?」

「あの人は良いの。キメ顔が凄い鳥肌立っちゃったから⋯。」

「泣くよ?」

 

マジトーンマジ顔で言われちゃったら立つ瀬が無いね!HA☆HA☆HA!!

 

「よし!そろそろ結果発表だから会場に行こうか⋯ぐすっ。」

「そうだね。じゃあ千歌ちゃん曜ちゃん、一緒に⋯。」

 

梨子ちゃんが停止する。振り返るとそこに居たのは、正座している2人のペ〇ちゃん。

 

「⋯ふっ。」

「梨子ちゃん笑った!」

「イェーイ!!」

「もうっ!!///」

「みかん!?」

「よしこ!?」

 

出た!堕天使を封じ込めた脳天チョップ!そんな悲鳴は聞いたことないぞ幼馴染みーズ!!

 

「そんな事やってると置いていくよ!」

「あー、待ってよ梨子ちゃん!!」

「ヨーソロー!!」

「あはは、賑やかだなぁ。」

 

会場に入るとさっきまでのムードとはうってかわり緊迫したムードが満ち溢れている。

小規模なコンクールと言えどもちゃんと賞も出るしそこそこ有名な音楽家達も来ているから当然といえば当然か⋯。

参加人数は8人。2位まで結果発表されたものの、梨子ちゃんの名前はまだ呼ばれていない。

横目で彼女の方を見ると、顔が少し強ばっている。

 

「⋯梨子ちゃん。」

「どうしたの?」

「信じよう。自分自身と、梨子ちゃんが作ってくれた曲を。」

「⋯うん。」

『それでは優勝者の発表に移ります。第9回内浦ピアノコンクール優勝は⋯浦の星女学院2年、桜内梨子さんです。』

「「やったー!!」」

 

優勝⋯?今優勝って言ったよね!?

千歌ちゃんと曜ちゃんは手を繋いで大喜びしてる。

 

「夏喜君⋯私⋯。」

「うん。おめでとう梨子ちゃん!さ、行っておいで!」

『では優勝トロフィーの贈呈です。桜内さんは登壇してください。』

 

ステージの上でトロフィーを持つ梨子ちゃんに、会場から大きな拍手が送られる。

 

『では梨子さん、今のお気持ちをどうぞ。』

「はい。今回このような素晴らしい賞を頂けた事に嬉しさでいっぱいです。私が曲を作るには、多くの人の支えが無ければ叶いませんでした。親に友達、色んな出会いと初めてをくれたこの町の人達。そして⋯久しぶりに再会した幼馴染みの人。」

 

不意に梨子ちゃんと目が合った気がした。

 

「だから私達の思い出が沢山詰まったこの曲で優勝できた事は、何よりの宝物です。本当にありがとうございました!」

 

夏の思い出がフラッシュバックした事にも納得した。

彼女は彼女なりに僕達の夏を表現したんだ⋯何て良い話⋯。

閉会式も滞りなく進み、このピアノコンクールは無事閉会を迎えた。

 

「いや〜信じてたよ梨子ちゃん!」

「帰ったら祝勝会だよ!!」

「そんな悪いよ!」

「良いんじゃないかい?折角優勝したんだから梨子ちゃんは堂々として大丈夫だよ!」

「うぅ〜⋯///」

 

数時間前ピアノを弾いていた少女とは思えないほど恥ずかしがり屋の梨子ちゃんが帰ってきた。

あまりの変わりように少し笑ってしまう。

僕らの歩く道にも葉っぱが色付いてきた。もう秋も後半になってきたなぁ⋯。

 

「ちょっぴり肌寒くなってきたね。」

「うん、そうかも。」

「だったら!」

「ぎゅーーー!!」

 

幼馴染みーズが両サイドから僕と梨子ちゃんに抱き着いてくる。

 

「おっと!」

「わわ、千歌ちゃん!?///」

「こうすれば寒くないのだ!♪」

「う〜ん、お2人共ぬくぬくですなぁ⋯。」

「もう、恥ずかしいって!///」

「ははは、じゃあこのまま帰ろっか。」

「夏喜君!?///」

 

恥ずかしがり屋の少女を1人連れ、秋風吹く帰り道を僕らは笑いながら歩いていった。




果「やっほ、皆ご機嫌いかがかなん?」

鞠「梨子ったら本当にキュートよね〜♪」

ダ「そうですわね⋯。」

果「あれ、どうしたのダイヤ?顔が暗いよ?」

鞠「そんなんじゃHappyが逃げちゃうわよ〜!」

ダ「いえ、この1・2年生の後に私達というのがちょっと⋯。」

果「そう言えば、次は私たちだもんね。」

鞠「何やるのかしら?」

ダ「遊ぶだけですわ。」

果「良いじゃん!私達らしいって!」

鞠「そうよ!何が問題なの??」

ダ「遊ぶのは構いませんが、私達が1番子供みたいに単純に見えますわよ?」

果鞠「「⋯⋯。」」

果「次回のちょ田舎!!」

ダ「逃げましたわね?」

鞠「3年生と!」

果「スポーツ勝負!」

ダ「貴方も⋯。」


果鞠ダ「ちょっと田舎で暮らしませんか?♪」

P.S.表現力が足りない⋯!


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3年生とスポーツ勝負

皆さん、こんにチカ。
仕事→執筆→睡眠ローテーションの、なちょすです。
UA25000突破しました。⋯25000!?え!?ありがとうございます!
逆立ちして喜んでます。
惜別の秋編ラストスパートがそろそろです。でもその前にちょっと挟みますよ!
詳しくは後書きで!

それではちょ田舎第14話、どうぞ!


休日の浦の星女学院グラウンド。

そこでは僕を含めた5人の男女による白熱した戦いが繰り広げられていた。

 

「夏喜後ろ!」

「うぉっ!?」

「もう!後もうちょっとだったのに〜!!」

「なかなかしぶといね2人とも⋯!」

「当ったりめーよ!」

「ただで負けてあげるほど僕達も優しくないからね?」

 

高校生3人と用務員が1人。そして東北訛りの男も1人。皆そこそこスタミナを使っているはずだから、そろそろこの戦いにもケリがつくはずだ。

この『ドッジボール』と言う名の戦いに⋯。

 

 

 

「ひーまーだーよー!!」

「果南さん、少しは大人しくできませんの?」

「だって折角ナツが遊びに誘ってくれたのにする事無いなんて勿体なくない!?」

「でも何するのよ?」

「体動かしたーい!」

 

家に来た3年生が何やらわちゃわちゃしてる。

それもそのはず⋯似ているようで意外と違うこの3人、皆趣味がバラバラだから何かしようと思ったけど1つに絞り切れなかったんだよね。

 

「やっぱり運動しようよ運動!スポーツの秋!」

「4人だと確かにキリがいいけど⋯。」

「ナツキと組んだらボロ負けしそうね。」

「そんなに運動できないように見える?」

「「うん。」」

「こら2人とも!そんなにストレートに言ってしまっては、運動音痴の夏喜さんに失礼でしょう!!」

「フォローになってないからね!?」

 

そりゃ確かに運動スキルは平凡だけど⋯。

 

「せめて後1人居てくれたら、私達対ナツチームで勝負できるのになー⋯。」

「ははは、でもそんな都合良く助っ人なんて⋯。」

「夏喜く〜ん!遊びに来たど〜!ん?何この空気?」

 

⋯居た。

 

「へ?スポーツ?俺で良いんだばなんぼでもやってけるばって。」

「さっすがヒロ、話が分かるねぇ〜!」

「へへ、止せよ果南ちゃん。照れちまうだろ?」

「あ、うん。じゃあ褒めるの止めるね。」

「ごめんなさい調子に乗りました!!」

「⋯ちょっとヒロさんの見る目が変わりましたわ。」

 

まさか女子高生に土下座する友人を見るハメになるなんてなぁ⋯。

 

「でもルールとかどうするんだい?」

「そこはマリーにお任せよ!☆男子チームVS花の女子高生チームでスポーツ3本勝負!勝った方のお願いを負けた方が聞く!燃えるでしょ?♪」

「まぁ僕達は良いんだけど⋯。」

「そっちは良いんだが?どう考えても男女で差があるばって⋯。」

「ふふ、私達を舐めてると痛い目みるよ?」

「そうそう、特にダイヤなんか凄いんだから♪」

「はい?私ですか??」

「まぁそういう事ならこっちも勝ちにいかせてもらうぜ!な、夏喜!」

「そうだね。じゃあグラウンドへ行こっか!」

 

 

 

そんなこんなで今に至ると。

ここまで何とかヒロが鞠莉ちゃんに当てて2対2だけど、余計にキツくなってしまった。

前と後ろの両方が主砲クラスなんて半端じゃない⋯。

 

「これでっ⋯どうだ!」

「やばっ!!」

「よし、ナイスだナツ!!後はダイヤちゃんだけだ!」

「任してく⋯れ⋯?」

「⋯ふふ♪」

 

な、何なんだ⋯?

当たったはずの果南ちゃんが不敵な笑みを浮かべる。

鞠莉ちゃんも何だか余裕そうな表情だ。

 

「どうした?心苦しいかもしれんが当てて俺達の勝利を決めるんだナツ!」

「あ、あぁ!ごめんダイヤちゃん!!」

「ぴぎゃっ⋯!?」

 

投げる構えをとった時に、ダイヤちゃんは逃げるわけでもなく避ける素振りを見せるわけでもなく⋯ただ両手で頭を抱えプルプルしだした。

 

「⋯うぅっ⋯!」

「⋯⋯。」

「やるならいっそひと思いにやって下さいませ⋯!!」

 

おかしい⋯!体が動かない!僕の手が、この目の前のプルプルした女の子に当てられない!!

 

「っそい!!」

「ちょお!?どこ投げてんだよ!?」

「ヒロ⋯僕には無理だ⋯!」

「くっ⋯なら俺がやるぞ!」

 

運良く足元に跳ね返ってきたボールを拾い上げ、ヒロが構える。

 

「ぴぎっ!?」

「⋯⋯!⋯っ!!」

「投げれないだろ?」

「くっ⋯!なんだあの可愛い生き物は⋯!けど俺は負けねぇぞ⋯!どっせい!!」

 

ヒロの投げたボールは地面にスリーバウンドしてダイヤちゃんの足元に転がった。

 

「⋯駄目じゃん。」

「うるせぃやい!!」

「ダイヤー!そのままヒロに当てちゃえ!」

「な、投げればいいんですの?ふぅ⋯はぁ!!」

「うぼぁっ!?」

「⋯へ?」

 

ダイヤちゃんの投げたボールはヒロを討ち倒す。

何が起きたか分からないまま、ボールは再び彼女の元へと帰っていく。

まさか⋯果南ちゃんが笑っていた理由って⋯。

 

「夏喜さん。『お覚悟』ですわ。」

 

くっ⋯あの子だから大丈夫とタカをくくっていた僕達は大きな勘違いをしていた。

主砲は『3人』居たんだ!

 

「フォーメーションV!」

「何それ!?」

「果南さん!」

 

ダイヤちゃんが山なりに外野へとボールを投げる。

 

「鞠莉、トス!」

「へ?」

「シャイニーーー⋯アターーーック!!☆」

「それ競技違ぐはぁっ!!」

 

花の女子高生チーム、WIN。

 

「いぇーい!!」

「私達の1勝だよ!流石ダイヤ!!」

「か、勝ったんですの?」

 

まさか⋯あの子が切り札だったなんて⋯。

でもまだ勝負は始まったばかり!

 

「夏喜復活!」

「あ、起きた。」

「今のは完全にやられたけど次は負けないよ!さぁ体育館に行こう!」

「あっはは!まだまだ楽しませてもらうからね、お2人さん♪」

 

 

 

ちょっと休憩して僕らが次に勝負してるのはバスケ。5分×2試合の勝負だったんだけどここに来て果南ちゃんが3ポイントの女王だと言うことを思い知らされる。

 

「くっそ⋯1人少ない分動きが限られるのにあの子のスリーが決まったら拉致があかねぇな⋯。」

「はぁ⋯はぁ⋯どうにかして止めない⋯と!」

「ていっ!」

 

果南ちゃんが放ったシュートは今日12本目の3ポイントとなって点差を広げる。

 

「くっ!駄目か!!」

「これはこの勝負も貰ったかな?♪」

「⋯夏喜、ちょっとこっちゃ来い。」

「なに?」

「俺ちゃん分かったわ。次の1回だけ俺にマークさせてくれ。」

「?良いけど策があるのかい?」

「ふふ、勿論⋯次の1回はワザと決めさせる。そしたらまたお前にマークしてもらうからそれだけで彼女の3ポイント伝説は終わりだ!」

「⋯いまいち良く分からないけど信じてるよ?」

 

作戦通りにヒロが果南ちゃんのマークに付く。

それでも健闘むなしくシュートが決まる。

ん?アイツ何か話してる⋯良く聞こえないな。

 

 

「はは、果南ちゃん何本決めてんのさ⋯。」

「にしし、悪いね♪」

「おかしいなぁ、俺ならイケると思ったけどダメだったかぁ〜!やっぱり夏喜にマークさせよう!」

「あれ、ナツに戻すんだね?」

「あぁ、戻すよ。ちなみに果南ちゃん⋯シュートの時に気づいたけど、ちょぴーっとだけナツの顔見てみ?」

「ナツの顔?どうかしたの?」

「まぁまぁ!んじゃ、最後までよろしく〜!」

 

 

時間は残り僅か⋯ヒロに作戦聞いたらもう大丈夫って言ってるけど僕はまるっきり分かってない。

点差もほんの少しだけ差があるから何としてでも逆転しないと⋯!

そんな事を考えてると、果南ちゃんからの視線に気づく。

 

「⋯あれ?」

「⋯⋯っ///」

「果南ちゃん顔赤いけどどうかした?」

「な、何でもない!///シュートもらい!///」

「させないよっ!」

 

ジャンプしてブロックの体勢に出るけどちょっと早かった⋯打たれる⋯!

 

「⋯っ!!///鞠莉ぃっ!!///」

「え?」

「What's!?どこ投げてるの果南!?」

「あ、あれ⋯?///」

 

「ふっふっふ⋯勝ったな。これぞ『惚れた女の弱み作戦』!!」

 

なんかヒロが良く分からないことを言ってるけどチャンスだ。得点を稼ぐ戦力が潰えた今、勝負をかけるのはここしかない⋯!

 

「貰い!」

「あっ!!」

「どんどん攻めろー!」

「ダイヤパス!///」

「無理ですわ!?」

 

結果⋯ナツヒロチーム、WIN。

 

「ちょっとどうしちゃったのよ果南!」

「後半からミスが目立ってましたよ?」

「無理⋯1回意識したらもう無理⋯///ギャップが⋯///」

「What's?」

 

勝てた理由も果南ちゃんの赤面のわけも、当事者2人以外は誰も分かることは無かった⋯。

そして最後の決戦。1-1の引き分けのまま最後の戦場へと向かう。

その場所とは⋯。

 

「イェーイ!ホームラーーン!!」

「⋯バッティングセンターなんだな。」

「まあね。」

 

最後の戦いは簡易式ホームランコンテスト。

誰でも打てるような打球でホームラン数を競うなんとも分かりやすいルールだ。しかも勝ったチームが100ポイントゲットと言う昔のバラエティみたいなルールでね。

 

「これでこっちは3連続だよ?♪」

「くっ⋯俺が2回ホームランだから1本足りないか⋯!最後にデカイのかましてこい夏喜!」

「ふふ⋯誰に言ってるんだいヒロ?」

 

バットを握りしめ、バッターボックスに立つ。

4人の息を呑む緊迫した空気が、背中越しでも感じるさ。いつでも来なよピッチングマシン⋯!

ガションッという音と共にボールが吐き出される。

 

「⋯てゃっ!!」

『おぉーーー!!』

 

甲高い音を上げたボールは高く高く上がり続ける。

そしてー

 

 

 

「ピッチャーゴロってお前⋯」

「僕バッティングセンター初めてなんだよね。」

「なして勝負さ入れたんだよ!」

 

鞠莉ちゃん家のホテルで一泊する事にした僕達。

僕の打った打球は高く舞い上がりそのまま3m先に落下した。

結果⋯101-1で僕らの負け。

 

「まぁ楽しかったし良いんじゃない?」

「そりゃ楽しかったけどよ⋯あそこまでいったら勝ちたかったなぁ⋯。」

「はは、そりゃ申し訳ない。ところでこの紙何?」

 

テーブルの上にあった紙に目を通すと、『お風呂は水着着用で☆』と書いてある。

風呂だよね?プールじゃないよね??

 

「まぁ先行ってこいよ〜⋯流石に疲れたから後で行くわ⋯。」

「はいはい。」

 

何故か部屋に置いてあった水着を持って風呂場へ向かう。浴場からは夕日に照らされた富士山が一望できる。

初めて泊まらせて貰うけどこれ知り合いだからって理由で無料で泊まらせてもらっても良いのだろうか⋯。

 

「いやいや!やっぱり無理だって!!///」

「大丈夫よ、何も裸の付き合いじゃないんだから☆」

「貴方はアメリカが入ってるから良いですが私達は違いますのよ!?///」

 

⋯おかしい。疲れすぎて幻聴が聞こえてるのかな。じゃなきゃ後ろから幼馴染みの声がする筈がない。

 

「はーいナツキー!♪」

「な、ななななんでここに??」

 

富士山から目を離さず声だけ聴く。だって後ろ向いたら本当に終わる!!

 

「ふふ、そんなに緊張しなくても良いのに♪どうせ皆水着なんだから!」

「だからそれが許されるのはプールとかだけなんだって!!///」

「というか何で混浴なんですの!?///」

「僕も初耳なんだけど⋯。」

「あれ?言ってなかったっけ?てゆーかそろそろこっち向いてよナツキ!!」

「いや無理だっへぶぁっ!?」

 

顔を後ろから捕まれ強制的に後ろ向きにされる。

1名のシャイニーガールと2名の赤面女子が視界に入るけどそれ以前に色々とヤバイです。ヒロ、ヘルプ。

 

「にしてもヒロってばシャイよね〜!」

「え、何で?」

「部屋で倒れてたからお風呂誘ったんだけど、混浴って言ったら『想い人の事もあんのに女子高生と入れるかい!』って真っ赤になってたわよ?」

「ははは、アイツらし⋯ん?想い人?想い人!?」

「ちょっ、ナツキ、近い///」

「ヒロ好きな子いるの!?」

 

これは問いたださないといけないな⋯。共に歩んできたものとしては応援したくなるじゃないか。

 

「ほら!そんなことより早く洗ってお風呂入るよ!」

「あんもう、果南ったら可愛いんだからぁ♡」

「小原。」

「すみません。」

 

親友の恋路を考えてる後ろで、女子高生が体を洗っているという何とも不思議な空間が出来上がってしまった。

 

「ふふ、果南はまた大きくなったわね〜♡」

「ちょっ、鞠莉!///」

「ダイヤも控えめだけどキュートよ?♡」

「お止めなさい!///てか私は普通ですわ!///」

 

⋯これは聞いちゃいけないやつじゃないですか?

男というものは単純ですね。いくらダメだと考えてても無意識で頭で考えてしまうんですから。

 

「聞いてない聞いてない聞いてない⋯。」

「じゃあそろそろ入りましょうよ!ナーツキ!」

「聞いてない聞いてない聞いてない聞いてない!」

「何やら自分の世界に入ってますね。」

 

あ、ヤバイ⋯なんか意識が朦朧として⋯き⋯た⋯⋯。

 

「⋯無理ぽ。」

「ちょ!?ナツ!?」

「あちゃ〜、のぼせちゃってるわね⋯。」

「呑気な事言ってないで早くヒロさん呼んできなさい!!」

「見て⋯ない⋯聞いてない⋯。」

 

この日、僕は初めて風呂でのぼせた。

めっちゃヒロに怒られた。




千「こんちか!やって来ました予告ターイム!!」

果「前書きでやってたけど、次回はなんなの?」

千「ななななんと!!初コラボなんだよ果南ちゃん!!」

果「え、ホントに?嘘じゃなくて?」

千「もう、こんな嘘ついてどうするの〜!私達も色んな人に見てもらえて大きくなったんだよぉ♪」

果「それでこの前作者が逆立ちして頭から落ちてたのね⋯。」

千「あの人はもう放っといて良いよ。」

果「良いんだ。」

千「そういう事なので!次回から3話に及ぶコラボ作品!」

果「あの人達も出てくる?普段とはちょっと違う私達をお楽しみにね♪」

千「それじゃあ次回も⋯。」


千果『ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』

P.S.はい!コラボです!初コラボ、ドッキドキです。どなたとコラボしたのかはまだ内緒♡(オエッ)でございますが、知ってる方は『あぁ⋯ニヤリ』となりますかもです。
ご存知ない方は次回以降調べてみて下さい。新しい扉が開くかも知れません⋯。

では、普段とは違うなちょすストーリーをお楽しみいただけたら幸いです。

てか準レギュラーになりつつあるな、ヒロ⋯。


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タエ婆ちゃんと

皆さん、こんにチカ。
最近スランプ気味の、なちょすです。
今回はすっごい詰まりました⋯よりによってサブタイに。
知人にファンミ用Tシャツのデザイン頼まれて四苦八苦中でございます。

それではちょ田舎第15話、どうぞ!


皆と過ごした3週間を終えて、僕は今タエ婆ちゃん家の畑に来ている。この間の残り分の収穫の為だ。

平日は皆の練習とか学校の施錠もあるからなかなか来ることは出来なかったけど、週末となれば話は別。

先週・先々週で3人ずつ畑の収穫を皆に手伝ってもらったから、後は目の前に広がるミカン畑だけだ。

 

「ん〜いい匂い!今日はミカン日和だよぉ♪」

「あはは!千歌ちゃんは今日も、でしょ?」

「いっぱいなってるずらぁ⋯!」

 

ご存知我らがミカン大好き娘達。

これを最後にしてたから、この3人を後に回して置いて良かった。

 

「今日はこの間の残り分を全部収穫するからね?」

「おーーー!!」

「あれ?そう言えばお婆ちゃんは??」

「寒いから僕らが行くまで家で待っててって連絡しておいたよ。」

「じゃあお婆ちゃんを迎えに行くずら!」

 

家のインターホンを鳴らすと、奥からぬくぬくとした格好のタエ婆ちゃんが歩いてきた。

⋯暖かそうだなぁ。

 

「おや、皆いらっしゃい。」

「お婆ちゃんこんにちは!今日は私達がバリバリ働いちゃうよ~!」

「そうかい?それは助かるよ!最近体の動きが悪くてねぇ⋯昔みたいに1人で何でもっていうのが出来なくなってきちゃったよ。」

「お婆ちゃん、まる達がいつでも来るから無理しないでね⋯?」

「ありがとね、まるちゃん。本当孫みたいで可愛いねぇこのこの〜!」

「あはは!くすぐったいずら〜!」

 

久々に孫に会ったお婆ちゃんってこんな感じなんだろうな⋯なんか凄い⋯。

 

『まったりする⋯。』

 

ようちかコンビとハモる。見ると、2人ものほほんとした顔で目の前の光景を眺めている。

恐るべし田舎パワー⋯。

 

「千歌ちゃんも曜ちゃんもまるちゃんも⋯ここに来てくれたみーんなが私の孫みたいなもんさね。勿論ナツ坊もだよ?」

「はは、ありがとう婆ちゃん。」

「寒かったろう?中でゆっくりしていき。急がなくても畑のミカンは逃げないからね。」

「分かった!おじゃましまーす!」

「ちょ、千歌ちゃん!?お、おじゃましまーす!」

「⋯何とかは風邪ひかないって言うけどあながち間違いじゃないかもね。」

「夏喜さん、それバレたら怒られますよ?」

 

しまった!つい口が⋯!

いや、まぁ⋯元気なのはいい事だよ。

 

「ねぇ、お婆ちゃん。」

「何だい曜ちゃん?」

「この間の続きで、ナツ君の昔の事聞きたいな♪」

「え。」

「あ、私も聞きたい!夏喜少年の一生!!」

 

諦めてなかったのか曜ちゃん⋯!正直前回のでかなり羞恥心というものを思い知らされたけど、この子はどこまで知りたいんだ!!

てか変なタイトルつけられてる!

 

「ふふふ、じゃあ何から話そうかねぇ⋯。」

「お手柔らかに頼むよ婆ちゃん⋯。」

「それじゃあナツ坊がよく近所の女の子を連れて来た話でも⋯」

「ストーーーーップ!!」

「うわぁっ!ビックリした!!」

「夏喜さん、大声出されると心臓に悪いずら⋯。」

「それはごめん!でも婆ちゃん、それだけは!それだけは何卒ご勘弁を!!」

「あっはっは!ナツ君、往生際が悪いよ?」

「あら、可愛い話だと思うけどねぇ?女の子を泣き止ませる為にオデコにチューしたり⋯。」

『え?』

 

忘れたい⋯あれは幼い日の僕の間違った知識なんだ⋯!!

決して軽い男だとかそんなんじゃなくて、単純にそう教わったんだよ!

爺ちゃんに!!

 

「ナツ君⋯それは⋯。」

「幼い頃からプレイボーイだったずら。」

「ん〜⋯流石の曜ちゃんもカバーしきれないなぁ⋯。」

「本当にすみません⋯。あれ、何で僕皆に謝ってるんだ?」

「さぁ〜そろそろミカンでも取りに行こうかね!」

『おーーー!!』

「え、あの⋯皆?皆さん!?置いてかないで!?」

 

自分の過去ほど精神的にきっつい黒歴史もなかなか無いよな⋯。いや、確かにあれは僕が悪かったんだけどさ⋯!

ミカン畑にやって来た僕達だったけど、既にメンタルダメージは致命的に受けている。

その上状態異常:涙とかいうオマケ付きで。

 

「夏喜さん、なんで泣いてるずら?」

「見ちゃいけないよ花丸ちゃん。」

「こういう大人になっちゃダメだからね?」

「2年生が辛辣過ぎる⋯。」

「さて始めようか!千歌ちゃんと曜ちゃんは前回手伝ってもらったから分かると思うけど、高い所は脚立を使うからね。怪我しないように頼んだよ?」

『はーい!!』

「まるちゃんは、ババと一緒に手の届く所を取ろっか!」

「分かったずら!」

「ナツ坊は、あの2人を見てておくれ?」

「ぐすっ⋯承りました⋯。」

 

今日は辛辣な2年生組相手⋯。

夏喜、負けない。

 

「ナツ君早く早く〜!」

「私達で全部取っちゃうよー?」

「あぁ、今行くよ!」

 

この間半分くらい収したと思ったけど、やっぱり木の数が多いだけに収穫するミカンも大分残ってるな。

脚立は一つしかないからどうやれば効率よく取れるか⋯。

 

「はい、曜ちゃん!」

「ヨーソロー!」

 

早いな。

脚立に登ってる千歌ちゃんはタオルを風呂敷みたいにしてミカンを沢山包んでる。それを曜ちゃんが受け取ってダンボールに入れる。

あれ?これ僕要らなくない?

 

「あの⋯僕の仕事って⋯。」

「ナツ君はそこにいるだけでいいよ〜♪」

「そうそう、私たちのマスコット的な?」

「え〜⋯。」

「ちょっと疲れたしナツ君撫でて〜!」

「はいはい⋯お疲れ様。」

「わ、私も良いかな⋯?」

「良いよ。曜ちゃんもありがとね?」

「いや、良いよ!⋯全然///」

 

これでいいのか島原 夏喜⋯。

喜んでもらえてるなら⋯良いのか?

 

「じゃあ今度は僕が取るからさ。2人で段ボールに入れてくれるかい?」

「「ヨーソロー!!」」

「仲良しで結構。じゃ、ぱぱっと終わらせようか!」

 

ようやく僕の真価を発揮する時だ。

2人のコンビネーションにも驚いたけど、昔から手伝ってる僕の力もそろそろ見せないとね!

 

「ほい、千歌ちゃん。」

「わっとと⋯!」

「曜ちゃんよろしく!」

「りょー⋯かいっ!」

「まだまだ行くよー!!」

「ナツ君早すぎるよぉ〜⋯!」

「2人で追いつかないって⋯どういう、事なの〜⋯!」

 

全てのミカンを収穫し終えた頃、僕は2人から『収穫の神』と呼ばれていた。

ふふっ、満更でもないかな⋯。

 

「おやおや、流石に5人も居たら早いねぇ。」

「あ、婆ちゃんお疲れ様。」

「お婆ちゃん、ナツ君すっごい早いんだよ!」

「私達が追いつかないくらいに⋯。」

「あっはっは!そりゃババが昔っから鍛えてたもの♪」

「ちょっと疲れちゃったけど、お婆ちゃんと一緒にやるの楽しかったずらぁ♪」

「まるちゃんもお疲れ様。今日はありがとうね?」

 

頭を撫でてやると、擽ったそうに肩をすくめるまるちゃん。

そして後ろから飛んでくる野次。

 

「あれ、ナツ君。オデコにチューしなくていいの?」

「そうだそうだ!私達にもやってー!!」

「くっ⋯ここでそれを出してくるなんて⋯!まるちゃんもオデコ出さなくて大丈夫だよ⋯。」

「ずら?」

 

本当にこの2人は⋯まぁいい所でもあるんだけどね?

 

「絶対後でしてもらおうね。」

「ヨーソロ。」

「ん?何か言ったかい?」

「何でもないよー!お婆ちゃん、これからどうするの?」

「もう取り分は終わったから、今年はこれでおしまいだよ。帰って休憩しようかね。皆がとってくれたミカン、ご馳走するよ♪」

『バンザーイ!!』

「あ、そうだ婆ちゃん。今日もいいかな?」

「あぁ、私の方はいつでも大丈夫だよ。助かるくらいさね。」

「何の話?」

「もし皆が良ければ、今日婆ちゃん家に泊まっていかないかい?他のメンバーも皆泊まって婆ちゃんの手伝いしてたみたいだし⋯。」

「え!?良いの!?」

「勿論、ちゃーんと家の人に連絡するんだよ?」

「おら、お婆ちゃん家に泊まりたい!」

「私も私も!」

「決まりみたいだね。僕は取り敢えず帰るから、後の事はよろしく頼んだよ。」

『はーい!!』

 

折角の機会だし、皆には世代の違う女子会でも開いて楽しんでもらおう。

1人家までの道のりを帰る途中、皆からメッセージが届く。

ミカンを囲んで談笑してる姿。

夕飯の準備をしてる姿。

まるちゃんとタエ婆ちゃんのツーショット。

たまにぶつけられる僕の恥ずかしい話も、4人が楽しんでる様子が目に浮かぶようで⋯そんなに悪くないかな。

そういえば、爺ちゃんが残してくれた野菜の育て方を纏めたノートがあったっけ⋯。㊤って書いてたからどこかに続きがあるのかもしれない。

畑もあることだし、来年は皆で菜園を作るのも良いかも楽しそうだな。

そしてタエ婆ちゃんを呼んでまたワイワイやって⋯。

そんな当たり前の日々が続けばいいな。

家に着いてから、久しぶりに爺ちゃんの遺品の中からノートを取り出した。

これを持って明日は婆ちゃんに会いに行こう。

色んな事を教えてもらおう。

皆で過ごしていく、これからの為に⋯。

 

 

 

 

 

「ん⋯朝か。」

 

時計を見るとまだ5時だ。流石に早起きしすぎたかな?

まぁ二度寝するにも半端だしこのまま起きていよう。

枕元に置いてあった携帯が、突然震え出す。

着信先はまるちゃん。

どうしたんだろうか、こんなに朝早く⋯。

 

「はい、もしも⋯」

「夏喜さんっ!!」

「ま、まるちゃん?どうしたの?」

「夏喜さん大変なんです!お婆ちゃんが⋯!まる、まる⋯!」

「落ち着いてまるちゃん!何があったの?」

 

 

 

当たり前の日々を願ってた。

 

婆ちゃんと皆と過ごす、楽しい未来が見たかった。

 

それだけだったのに。

 

 

 

「お婆ちゃんが⋯!お婆ちゃんが倒れて目を覚まさないんです!!」

 

「⋯えっ?」




ダ「皆さん、ごきげんよう。」

ル「えっと⋯こんにちは!!」

ダ「いよいよ佳境と言ったところですわね⋯。」

ル「お婆ちゃん、大丈夫かなぁ⋯?」

ダ「夏喜さん達もいますし、今は信じましょう⋯?」

ル「うん⋯次回はそんなお婆ちゃんと私達Aqoursのお話です。」

ダ「これからどうなっていくのか、皆さんの目で頂けたら私達も幸いですわ。」

ル「それじゃあ次回のちょ田舎。」

ダ「赤い紅葉と⋯。」

ル「ありがとう。」


ダル『あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?』

P.S.あと2話で惜別の秋編が終了となります。


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赤い紅葉とありがとう

皆さん、こんにチカ。
サブタイトル変更させて頂きました、なちょすです。
早いもので、コラボ含めてこれで22話もやってるんですね。
沢山の評価、感想、お気に入り⋯本当にありがとうございます。一つ一つが私の励みです!
ゆるくのんびりと続けていきたいと思いますので、これからもご愛読、よろしくお願い致します。

それではちょ田舎第16話、どうぞ!


「はぁ、はぁ⋯っ!間に合ってくれ⋯!!」

 

婆ちゃんが倒れた。

まるちゃんからそう聞かされた僕は、バスも使わず大瀬崎にある病院へと走っていた。

バスが来る時間に合わせてたら遅すぎるかもしれない。

今は3人が居るから最低限の事は何とかなるはずだけど⋯最悪の事だってあるかもしれない。

 

「クソッ、やっぱり遠いか⋯いや、待てよ?ここって確かヒロが世話になってるって言ってた人の⋯。」

 

半ばヤケクソであいつに電話をかける。

確か免許を持ってた筈だ。頼むヒロ⋯!

 

『おう、おはよう。』

「すまないヒロ!時間が無い、車を出してくれないか!?」

『はぁ?何だってそんな⋯つか、今どこさいんだよ?』

「お前が世話になってる人の家の前だよ。」

『マジか⋯ちょっと待ってろ。』

 

それから一分もしないうちにヒロが家から出てきた。

いかにも寝起きの格好で申し訳ないんだけど、許して欲しい。

 

「なしたのやこんな時間に⋯。」

「昔から世話になってた婆ちゃんが病院に運ばれた。大瀬崎の病院まで頼む!」

「んだのがよ!?そういう事なら先に言えっての!こっちゃ来い!!」

「助かるよ!」

「ぶっ飛ばしてくからしっかり掴まってろ!」

 

車で10分ぐらい走っただろうか。

婆ちゃんが運ばれた病院の看板が目に入った。

海沿いに佇む病院で、一応入院施設もあるが基本利用者は高齢者が多い。

まさかこのタイミングで来ることになるとは思わなかったけどさ。

ヒロに病院の前で降ろしてもらい、まるちゃんに聞いておいた病室へと急いで向かう。

 

「婆ちゃんっ!!」

 

そこに居たのは⋯。

 

 

 

「はい、お婆ちゃんどうぞ〜♪」

「ありがとうねぇまるちゃん⋯!」

「⋯へ?」

「こっちも整理終わったよ!」

「いや〜助かるよ。どうもこの歳だと色々と不便が⋯おや、ナツ坊。いらっしゃい。」

 

普通にピンピンしてる⋯ミカン食べてるし⋯皆も普通だし⋯あれ?

 

「どうしたのナツ君?そんな所でボケーッとして。」

「いや、婆ちゃんが倒れたって⋯僕すっ飛んできたんだけど⋯。」

「あ、何か過労だったみたいだよ!」

「か、過労⋯⋯?」

 

え?じゃあ僕がすっ飛んできた意味は?あれ?

ちょっと現実が見えないぞ⋯??

 

「っはぁ〜〜〜〜〜〜⋯。どんだけ心配したと思ったんだよ婆ちゃん⋯。」

「あっはっは!本当に心配かけたねぇ。ババはこの通りピンピンしてるよ!これから他の皆も来るみたいだしね?」

「まぁ⋯何事も無かったなら良かったけど⋯⋯。」

「タエお婆ちゃん、次の検査だけど⋯あら?」

 

担当の先生だろうか⋯キリッとしたツリ目で赤みがかった髪の毛。

肩にかかるぐらいであろう長さの髪を後ろで結んでるから、余計綺麗に見える。

ってかこの人どっかで見たことあるような⋯?

 

「もしかしてご家族の方ですか?」

「いえ、婆ちゃんにずっとお世話になってる者です。」

「それじゃあお名前を聞いてもいいかしら?」

「島原 夏喜です。」

「そう、島原ゔぇえっ!?」

「へ?」

「⋯ごほん///ごめんなさい⋯。お婆ちゃんから話を聞いてるから、本人の意志でこれから色々説明しますが大丈夫ですか?」

「え?」

 

婆ちゃんの方を見ると、口にはしてないが目で行ってきてくれと訴えてくる。

何だか少し悲しそうな顔をしてるけど⋯。

 

「分かりました。先生のお名前も聞いてもいいですか?」

「に⋯西野です⋯。」

 

露骨に目を逸らされたけどどうしたんだろうか⋯。

 

「じゃあ夏喜さん、こちらへ来て頂けますか?」

「はい、分かりました。」

 

何はともあれ、今は婆ちゃんの方が先だ。過労だって話だけど何を聞かされるのだろう。

何事も無いと良いけど⋯。

 

「検査の結果⋯お婆ちゃんは老衰である事が分かりました。」

「老衰⋯?」

「年齢が増えた事による多臓器不全。お婆ちゃん、腎臓と消化器官が弱くなってるわ。でもね、それ以外は至って正常値。弱くなったって病気になってる訳じゃないの。」

「じ、じゃあどうして倒れたりなんか⋯。」

「体の機能が低下してる中でのオーバーワーク⋯過労といえば間違いじゃないけど、もう根本的な問題なの。」

 

 

それを聞いて、僕は何がしたかったんだろう。

 

僕に何が出来たんだろう。

 

 

「⋯⋯寿命がね⋯近づいてるのよ。」

 

 

 

 

 

「お婆ちゃん、ハグしよっ?♪」

「果南さん、無理させてはいけませんとあれほど⋯!」

「ダイヤってば相変わらずカチカチ〜!!」

「くくくっ、このヨハネが体に巣食う邪気を⋯。」

「よっちゃん?」

「あ、あはは⋯。」

「あ、ナツ君おかえり〜♪」

「どうだった!?」

「⋯どこにも悪い所は無いって。」

「良かったずらぁ〜!やっぱりお婆ちゃんは強いね!」

「当たり前じゃないかまるちゃん!ババもまだまだ現役だよ〜?すぐに良くなるから、また遊びにおいで?」

「絶対行くずら!!」

「いい子だねぇ〜⋯さ、今日はもう遅いからおかえり?」

「うん!また来るね、お婆ちゃん!!」

 

9人が病室を出ていくのを確認する。

 

「また来るってさ。⋯元気でいなきゃね。」

「⋯聞いたんだね。」

「ここ数年、調子悪かったんでしょ?」

「まだバリバリだと思ったけどねぇ⋯年には勝てないか⋯。」

「家族の人は?」

「娘は海外に行ってるから、年に2回ぐらいしか帰ってきてないよ。まぁこんな年寄りのために帰らせるのも申し訳ないしねぇ。」

「それじゃあ⋯何かあった時どうするんだよ⋯!」

「⋯⋯それもまた、しょうがない事さね。」

 

全てを受け入れるかのように、静かに⋯そう呟く婆ちゃん。

何も出来ない⋯治すことなんてもちろん無理だ。

だったら。

 

「⋯婆ちゃん、僕は明日もここに来るよ。明後日も、その次も⋯皆が来れそうなら必ず連れてくるから。」

「ふふ、また賑やかになって有難いねぇ⋯。」

「だから婆ちゃんも⋯元気でね。」

「⋯ありがとうナツ坊。」

 

今日の所は家に帰ることにした。やり切れない想いと、いつ目の前から居なくなってしまうか分からない恐怖。

ただそれだけが、僕の心を埋め尽くしていた。

それからは毎日のように通った。

仕事を終えて風呂に入り病院へ行く。

たまにメンバーを連れて行ったり学校であった事を話すと、婆ちゃんは喜んで聞いてくれた。まるで子供の頃のように⋯きっと僕はまだ子供なんだな。

そして5日後。

皆で婆ちゃんのお見舞いに行った時、今日がヤマ場だと西野先生から告げられた。

皆はまだこの事を知らない。

婆ちゃんに、そう口止めされていたから。

 

「お婆ちゃん、今日も来たよ!」

「おぉ、みんなありがとうね⋯。」

「大丈夫お婆ちゃん?なんか元気ないずら⋯。」

「ちょっと眠くてねぇ⋯最近は夕方になると眠くなってきてしょうがないよ。」

「そっか⋯。あ、ねぇねぇ私達に出来ることないかな?」

「何でも仰ってください?」

「いいのかい?それじゃあ⋯。」

 

そう言って窓の外を眺める婆ちゃん。

外では、もう赤くなった紅葉が風で舞い散る季節になっていた。

夕焼けに照らされている紅葉は、まるで真っ赤に燃えているような⋯そんな印象すら受ける。

 

「紅葉が見たいねぇ⋯ちょっと、取ってきて貰ってもいいかい?」

「お安い御用だよ!」

「ククク⋯獄炎に焼かれし魔界植物の採取⋯ヨハネには朝飯前ね。」

「じゃあ皆行こう!!」

 

そう言って病室を後にする9人。

婆ちゃんはそれを微笑みながら見守るだけだった。

 

「本当に、世話をかけるねぇ⋯。」

「皆婆ちゃんが大好きだから。」

「そうかい⋯?それに応えられないのは⋯ちょっと残念だよ⋯⋯。」

「婆ちゃん⋯?婆ちゃんっ!!」

 

布団に横になり、静かに目を瞑る婆ちゃん。

 

「駄目だ婆ちゃん!まだ皆が⋯!」

「これで⋯良いんだよナツ坊。皆にこんな年寄りが逝く所なんて見せちゃいけないからねぇ⋯。」

「婆ちゃんは⋯勝手だよ⋯⋯。」

 

手を握る。

もう、それしか出来ないから。

 

「ナツ坊⋯泣いてるのかい⋯??」

「当たり前じゃないか⋯!こんな事なら、もっと早く帰ってくればよかった⋯もっと早く婆ちゃんに会ってれば良かった⋯!」

「おやおや⋯泣き虫なのは変わってないねぇ⋯。ふふっ、でもありがとう⋯皆にも、伝えて欲しいんだけど、いいかい⋯?」

「何を⋯?」

 

 

 

「最後に皆が居てくれて⋯ババは幸せだったよって。⋯今までありがとうね⋯ナツ⋯坊⋯。」

 

 

 

一粒の涙が、婆ちゃんの頬を伝う。

婆ちゃんが静かに目を閉じると、部屋の中には無機質な機械音が鳴り響いた。

 

「⋯最期まで、素敵なお婆ちゃんだったわね⋯⋯。」

「はい⋯。あり、がとう⋯婆ちゃん⋯⋯。」

「ただいまー!紅葉いっぱい取って⋯きた⋯⋯。」

 

部屋に入るなり、立ち尽くす彼女達。

 

「ナツ⋯⋯?」

「お婆ちゃんは?何で泣いてるのナツ君⋯。」

「⋯⋯。」

 

婆ちゃんに頼まれたのに。

伝えてくれと言われたのに。

言葉が口から出てこない⋯。

 

「嘘でしょ?嘘って言ってよナツキ⋯!」

「お婆ちゃん⋯?もう眠くなっちゃったの?皆でいーっぱい紅葉拾ってきたんだよ?」

「花丸ちゃん⋯。」

「お婆ちゃん見たいって言ってたよね?だからおらも頑張ったんだよお婆ちゃん。」

「⋯ずら丸。」

「それにね、外に出たら凄い紅葉が綺麗でね!まるお婆ちゃんに見せたくて写真も撮ってきたんだ。」

「ずら丸。」

「今度お泊まりする時に押し花にして持っていくね?それから⋯。」

「花丸っ!!」

 

静止をかけるように、善子ちゃんがまるちゃんを抱き締める。

 

「善子⋯ちゃん⋯?」

「もういい⋯もう、いいから⋯⋯。」

「な、何を言ってるの善子ちゃん⋯だって、今度また遊びにおいでって、婆ちゃんが⋯!」

「お婆ちゃんは⋯もう⋯!」

「善子ちゃん。」

 

その先の彼女の言葉を止める。

僕は⋯託された想いも、その責任も⋯全部この子に押し付けてしまうところだった。

きっと皆今の状況が分かってる。まるちゃんだって⋯だからこそ、認めたくないんだ。

けど、それは見なきゃいけない事。

知らなきゃいけない事。

僕が⋯話さなくちゃいけない事。

 

「花丸ちゃん⋯タエ婆ちゃんはね⋯⋯もう、いないんだ。」

「⋯嘘ずら⋯だって、だって婆ちゃんが⋯!」

「最後に⋯皆が居てくれて、とっても幸せだったって⋯そう、言ってくれたよ。」

「まる⋯まる⋯⋯うっ、うわあぁぁぁぁぁぁん!!」

 

部屋の中には、少女の泣く声だけが響いていた。

 

「ナツ君、一つだけ教えて。」

「いいよ、曜ちゃん。」

「ナツ君は⋯知ってたの?」

「⋯あぁ、知ってたよ。婆ちゃんが倒れて運ばれた日に先生から教えてもらったんだ。」

「どうして⋯どうして⋯!」

 

どうして教えてくれなかったのか、何でこんなことになってるのか⋯どうして、自分達に黙っていたのか。

彼女の目はそう言っていた。

 

「最初は怖かった⋯自分でも嘘だって思いたかった。けど段々弱っていく婆ちゃんを見てたらそんなこと思ってられなくなってね⋯だから婆ちゃんに『皆に伝える』って話したんだ。けどさ⋯婆ちゃんに言われたよ⋯。」

 

 

 

『可愛い孫達に悲しい顔させちまったら、私はあの子らの婆ちゃん失格だからねぇ。いつも通り⋯笑ってくれる顔が最期まで見たいんだよ。』

 

 

 

「そんな⋯⋯お婆ちゃんっ!起きてよお婆ちゃん!!千歌、まだ何も言ってないよ⋯ありがとうって言ってない⋯!」

「私も言ってないよ!言ってくれればいくらでも一緒に居たのに⋯!」

「お婆ちゃんポカポカしてて暖かかったよ⋯起きてまたハグしようよ⋯。」

 

目を開けてはくれない婆ちゃんに、皆が泣きつく。

言葉をかける。

まるちゃんが⋯婆ちゃんの手を握った。

 

「お婆ちゃん⋯お婆ちゃんは、優しかったずら。大切なおらの⋯ううん、おら達皆のお婆ちゃん⋯。いっぱい笑うよ!お婆ちゃんの分まで!!だから⋯!だから⋯今、だけは⋯いっぱい、泣い、ても⋯いいよね⋯?」

 

そう言ってくれたまるちゃんは、再び大声で泣き出した。

皆も同じように泣き出す。

声を上げて泣きじゃくる子、押し殺して涙を流す子⋯。

彼女達が拾ってきてくれた紅葉の葉だけが、秋の夕日に照らされて色付いている。

 

 

 

 

僕達はこの日、大切な人を失った。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、皆は僕が送っていきます。」

「ええ、後の事はこっちに任せて。」

 

暗い顔をしている皆を家まで送り届けることに。

夜も遅くなってしまったからね。

これからお葬式までの流れは、家族の人と先生達の方で行われるらしい。

 

「先生⋯色々と、お世話になりました。」

「そんな事ないわ。こちらこそありがとう⋯。」

「そんな⋯僕は何も出来ませんでした⋯。」

「⋯⋯誰かのそばに居るってね⋯大変な事なのよ。」

「え?」

「その人が日に日に弱っていくのを近くで見て、自分に出来ることに限界を感じてしまうものなの。でも貴方は毎日来てくれた。貴方が仕事に行ってる時、お婆ちゃんは嬉しそうに話してくれたわよ、貴方のこと。」

 

初耳だった。婆ちゃんの為に何が出来るか分からなくて、考えた事を精一杯やってきただけだったから⋯。

 

「それに、貴方は自分の口から皆にお婆ちゃんの最期を伝えたの。それって勇気がいる事よ?私は⋯出来なかったもの⋯。」

「先生⋯。」

「私ね⋯元々東京で働いていたのよ。初めて担当医になって、患者さんが最期を迎えて⋯家族の人に伝えなきゃいけないって思ってたのに⋯怖くて、震えて⋯何も言えなかった⋯最後まで責任を果たすことが出来なかった⋯。それでもう一度人の事が知りたいって、ここに来たのよ。」

「⋯答えは、出ましたか?」

「ハッキリとした答えはまだ出てないわ。けどね⋯勇気は、貰ったから⋯。」

 

それから僕は病院を後にして、皆を僕の家に泊まらせた。流石に夜も遅いし、今日の事だってある。

どれだけ時間がかかってもいい⋯皆がまた歩き出せるようになるまで、僕が傍に居よう。

出来ることは何でもしよう。

それだけが、今の僕に出来る婆ちゃんとの約束だから⋯。

 

 

 

 

After Story 〜??Side〜

 

病室の窓からあの人と皆が帰るのを見送る。

真っ白な病室にはお婆ちゃんと私しか居ない。

 

「本当⋯びっくりしたわね⋯夏喜があんなに変わってるなんて思わなかったもの。」

 

誰に言うわけでもない独り言。

いつもなら答えてくれる人は、もう居ない。

あの子達、スクールアイドルって言ってたっけ。本当、スクールアイドルに縁があるのね⋯。

 

「そう言えば、お婆ちゃんと初めて会ったのも今日みたいな夕焼けよね⋯。夏喜と出会ったのもそうだったわ。ねぇお婆ちゃん、あの人ね⋯私の高校の頃の恩人なの。人の縁って不思議よね⋯でも、あの人私の事分からなかったのよ?私も人の事言えないけど⋯///」

 

夕焼けの中、学校で声をかけてくれた人。

私の音楽を褒めてくれた人。

私を⋯救ってくれた人。

お婆ちゃんが好きだって言ってくれた私の歌を、静かな病室で口ずさむ。

頬を伝う涙と歌声に、ありったけの感謝を込めて。

勇気をくれてありがとう⋯お婆ちゃん⋯。

おやすみなさい⋯。

 

 

 

 

 

『こんにちは。ピアノ上手だね?』

『べ、別にこれくらいは普通ですよ⋯。え、ていうか何で男子が⋯?』

『あっはは⋯ちょっと知り合いの手伝いでね⋯。許可証もあるからバッチシ!!』

『はぁ⋯それで、何のようですか?』

『いや〜屋上に行こうとしたら迷子になっちゃって⋯そしたら綺麗なピアノと素敵な歌声が聞こえたからつい?』

『ふふっ⋯疑問形なんですね。』

『自分でもどうかと思うけどね⋯ねぇ、またピアノ聞かせてもらっても良いかな?』

『え⋯?』

『メロディーが耳に残って、なんかこう⋯上手く言葉に出来ないんだけど、暖かかったからさ。好きなんだ君の音楽。』

『ゔぇえっ!?///』

『その⋯君が悪くなければでいいんだけど⋯。』

『⋯放課後。いつも弾いてるから、いつでもいいわよ///』

『本当に!?ありがとう!僕は島原 夏喜。君は⋯。』

『⋯真姫よ。西木野⋯真姫。』




遅すぎた偶然の出会い

早すぎた必然の別れ

貴方がくれた言葉

貴方に教えてもらった事

いつか絶対に輝いてみせるから

僕等の歌が⋯どうか貴方に届きますように

次回、「最後の言葉とカレーライス」


あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?


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最後の言葉とカレーライス

皆さん、こんにチカ。
最近不調の、なちょすです。
同時進行なう。
今回で惜別の秋編、最終話になります。夏に比べてちょっと短かったかな?
でもやり切りました。それだけは言えます。

それではちょ田舎第17話、どうぞ!


婆ちゃんが旅立ってから4日が経った。

あんなに色づいていた紅葉は風でヒラヒラと地面に落ちて、吹きつける風は一層冷たさを増してきている。

あの日から、皆は少しずつ元気になってきていたけど、今でもたまにボーッとしたり、落ち込んだりしてる時もある⋯それでも最初の頃に比べると大分良いけどね。

僕の方は、婆ちゃんの葬式だったり遅れてた分の自分の仕事⋯学校の備品をリストにまとめ直したり清掃したりと、意外とバタバタした日常を送っている。

ちなみに日を追うごとに睡眠時間が減っているのは内緒だ。

 

「ふぅ⋯今日の所はこんなもんかな。後は出来る範囲を家でまとめれば⋯。」

「ナツキ?まだ居るの??」

「あぁ鞠莉ちゃん、お疲れ様。もうすぐ帰るところだよ。」

「ならいいけど⋯無理してない?ちょっと隈も出来てるし、あんまり眠れてないんじゃないの?」

「まぁちょっとね⋯。でも僕のやるべき事だから何とかするよ!」

「⋯⋯馬鹿。」

 

そう言って抱き着いてくる鞠莉ちゃん。顔は見えないけど、抱き着く力は強くなっていく。

 

「ナツキの嘘なんてすぐ分かるわよ。元々嘘つくの下手なんだし直ぐに顔に出るもの。」

「え、そんなに?」

「地球上で一番出てると思うわ。」

「マジか⋯。」

「だから明日は休暇にして。こっちの事は私とダイヤでやっておくから。」

「いや、でも⋯。」

「お願い⋯。皆元気に振舞ってるように見えるけど、あの日からまだ立ち直れてないの。ここでナツキまで倒れたら⋯きっと⋯!」

 

胸元が暖かく湿っていく。

理事長としてではなく、幼馴染みとして。

自分も苦しいはずなのに僕にそう言ってくれるこの子の頼みを⋯断るなんて出来ないよね。

 

「分かったよ、鞠莉ちゃん。明日は休ませて貰うね?」

「ちゃんと寝なきゃダイヤのお説教だから。」

「それは怖いな⋯大人しく休んでますよ理事長。」

「ふふっ、なら宜しい。帰りましょ、ナツキ♪」

 

鞠莉ちゃんと一緒に帰った後、家に着いた僕は直ぐに眠りへ落ちた。

まだいけると思ってたけど、体はとうに限界だったらしい。

あの子に感謝しないとな⋯。明日はゆっくりしてよう。

爺ちゃんの残したノートでも見ながらこれからの事を考えてみようかな?

そして次の日の朝⋯ 1人の女性が僕の元を訪れた。

 

「ごめんください。島原 夏喜さんでしょうか?」

「はい。貴方は⋯?」

「初めまして。私は静枝と言います。タエ婆ちゃん⋯タエ子の娘です。」

「婆ちゃんの⋯?」

 

葬式の時ちらっとだけ見た女性。その人はタエ婆ちゃんの娘さんだという。

でも娘さんが僕に何の用だろう?

 

「今回は本当に⋯ありがとうございました。本当であれば私がちゃんと面倒を見てなくちゃいけなかったのに⋯。」

「いえ⋯僕も婆ちゃんにはお世話になったので⋯。」

「昨日遺品整理をしてたら、母の書付があったので夏喜さんに母の作った野菜を持ってきたんです。」

「あぁすみませんわざわざ!ありがとうございます!」

「いえ⋯それからこれを。」

「ノート⋯ですか?」

「母が夏喜さんにと。ふふっ、よっぽど大事だったんでしょう⋯私も中を見せてもらったことはありません。」

 

それから静枝さんは用事があるとの事で家へと帰っていった。

やはり親子だと目元とか似るんだなぁ⋯。

部屋に戻ってから、貰ったノートをもう1度見る。タイトルは、『タエ子の夏喜手帳㊦』。

 

「これ⋯まさか⋯⋯。」

 

爺ちゃんが残してくれたノートにはタエ婆ちゃんの名前は無かったが、そっちのタイトルは『島原家の夏喜手帳㊤』だった。

それぞれが残してくれたノートだけど、きっとこれはセットなんだ。家の爺ちゃん婆ちゃんとタエ婆ちゃんが残してくれた⋯僕の為に。

ペラペラと捲っていくと、婆ちゃんが書き留めてくれた料理のレシピだった。昔ご馳走になった食べ物から食べたことの無い物。

あのカレーライスも⋯。

ページの最後の方までいくと、1枚の便箋が挟まっていた。

あの人が好きだった、紅葉の柄が付いた淡い色の便箋。

他のノートのページに比べてしっかり色がついてるから比較的新しいものなのかもしれない。

 

「『ナツ坊とあくあの皆へ。』⋯。ははっ、そういえば婆ちゃん横文字とか英語苦手だったっけ。」

 

ノートを机に置き、便箋の封を切る。

3枚に渡って綴られた婆ちゃんの言葉が、僕の中に入ってくる感覚がする。

そこに書いてある言葉を読みふけった。

あの人が伝えきれなかった言葉を⋯ちゃんと知っておきたかったから。

 

「⋯婆ちゃん、やっぱり勝手だよ⋯。辛いなら、言ってくれればよかったのに⋯。」

 

どれだけ読んでいたんだろう。

時間さえ忘れて、僕は涙を流した。

あの人の本心を知った。皆への気持ちを知った。

だからこそ、僕はこれを皆に見せてあげたい。

婆ちゃんの言葉を伝えたい。

 

「よし、じゃあ久々に腕を振るいますか!レシピ借りるよ、婆ちゃん。」

 

エプロン姿に身を包み、鞠莉ちゃんにメールを送る。『今日、練習終わりに皆を連れてきて欲しい。』と。明日は休日だしね。

今日は沢山食べてもらおう。

婆ちゃんの手料理を。

 

 

 

「ナツキー、来たわよー!」

「あぁ、いらっしゃい皆。」

「あ!カレーの匂い!!」

「もうお腹ぺこぺこ〜⋯。」

「ルビィも⋯。」

「あっはは、そうだと思って沢山作っておいたよ。取り敢えず上がって?」

 

見た感じ元気そうだ。ご飯の前に色々話を聞くと、どうやら新曲の制作に取り掛かってるらしい。

これは是非とも聞かせていただきたいな。

 

「夏喜さん、ちゃんとゆっくりしてましたか?」

「お陰様でね。布団と一緒に暮らそうかと思ったぐらいさ。」

「いつも暮らしてるではありませんか。」

「ははっ!まぁね。そろそろ出来る頃だからご飯にしようか?」

「賛成っ!」

「曜ちゃん、梨子ちゃん。手伝ってもらってもいいかい?」

「ヨーソロー!」

「私で良ければいくらでも♪」

 

皆で協力して食事を並べていく。

カレーに肉じゃがに漬物にサラダ⋯定食と見間違える程選り取りみどりだ。

 

「1人でよくこんな作れたわね⋯本当にゆっくりしてた?」

「してた!してたからチョップは勘弁してくれ善子ちゃん!!」

「夏喜さーん、まるお腹が限界ずら〜⋯。」

「あぁごめん!じゃっ、皆揃ったことだし⋯。」

 

『頂きまーす!!』

 

「ん〜!美味しいぃ♪」

「ナツ料理出来たんだね!」

「ちょっと力を借りてね?」

「一体誰の⋯はっ!?まさか私達の知らない間に女の人と⋯!」

「いや無いから⋯。」

「夏喜さん⋯。」

「ん?どうしたのまるちゃん?」

 

ただ1人カレーから食べていたまるちゃんの手が止まっている。

 

「カレー⋯お婆ちゃんの味がする⋯。」

「本当だ!」

「あの時の味⋯どうしたんですの?」

「⋯これのおかげかな。」

 

寄せておいた婆ちゃんのノートを皆に見せる。

そろそろ本題を話すべきかな⋯。

 

「婆ちゃんが残してくれたノート。あの人がまとめてくれてたんだよ。」

「そっか⋯だからなんか懐かしい感じがしたんだ⋯。」

「それから、これを⋯。」

「これは?」

「手紙だよ。婆ちゃんから、皆に。」

 

3枚ある内の1枚は僕に向けて。

残りはAqoursの皆へ残された婆ちゃんからの言葉。

悔み⋯感謝。

 

「読んでもいい?」

「あぁ、勿論。」

 

 

 

 

 

 

『あくあのみんなへ。』

 

『皆、元気にしてるかい?これを読んでる時は、きっと私はもう居ないんだろうね⋯。』

 

『皆と過ごした毎日は、短かったけど婆ちゃんの宝物だったよ。こんな形でしか皆に残すことが出来なくて本当にごめんね。』

 

『ちゃんと私の口から伝えかったんだけどね⋯どうも歳を取ると上手く言葉に出来ないらしくて、散々迷ったよ。』

 

『大分身体も弱ってきて、家族の居ない生活にも色々と苦労して⋯それでも受け入れる為に、私は充分楽しんだ⋯幸せだったって自分に言い聞かせたりもしてね。』

 

『でもそんな時⋯ナツ坊があくあの皆を連れてきてくれた。』

 

『沢山の笑顔をくれた。』

 

『本当に嬉しかった⋯あんなに楽しく野菜を収穫したのはきっと初めてかもしれないよ。一人の生活は慣れたと思ったのに⋯皆が帰った後は、「次はいつくるんだろう」なんて考えもして⋯。』

 

『婆ちゃんはね⋯まだ皆と離れたくないよ。ずっと笑って⋯来年も、その次の年も⋯皆が大人になるまで、一緒に畑を作ったり、お泊まりしに来てもらったり⋯。』

 

『そうやって、近くで見守っていたいんだよ。』

 

『けどそれは贅沢な悩み⋯どうしようもないことなんだよね⋯。』

 

『最後になるけど、こんな婆ちゃんに誰かと居る楽しさを思い出させてくれてありがとうね。』

 

『これからきっと色んな壁にぶつかってしまうと思うけれど、諦めたら駄目だよ?』

 

『困ったらナツ坊と手を取り合って、いっぱい悩んで⋯辛くなったら泣いてもいい。最後に笑ってくれれば、それで良いんだからね。』

 

『そうして前を向いたら、また皆の素敵な歌を聞かせておくれ。』

 

『皆なら大丈夫。なんてったって、婆ちゃんの可愛い孫達なんだから!』

 

『いつでも、皆のことを見守ってるからね。素敵な思い出をくれて本当にありがとう。』

 

『愛してるよ、皆。 タエ子より 』

 

 

 

 

 

「お婆⋯ちゃん⋯⋯!」

「こっちこそ、あり、がとぉ⋯。」

「グスッ⋯うぅっ⋯⋯。」

 

零れる涙が、机を濡らしていく。

皆の啜り泣く声だけが、静かな部屋の中で聞こえている。

それから千歌ちゃんが、ハッとした表情でノートとペンを取り出した。涙を流しながら、それでも必死に袖で目を拭って書いていく文章は⋯歌詞?

 

「千歌ちゃん、それ⋯。」

「えっへへ⋯我慢、出来なくて⋯。私ね、ナツ君が帰ってきてから不思議な感じなんだ。やりたかった事、憧れた事、掴みたかったもの⋯ちょっとずつだけど、分かってきた気がする。」

「それがその歌詞かい?」

「うん。後もうちょっとなんだけど⋯出来なくて⋯。」

「大丈夫だよ千歌。きっと見つかるよ、私達だけの輝きが⋯。」

「私達が、私達である限り⋯。」

「とーってもシャイニーな形になるわ♪」

「うん⋯うん、そうだよね!」

「そうと決まったら、新しい衣装作らなきゃ!」

「ルビィも出来ること頑張ります!!」

「まるも歌詞手伝うよ千歌さん!」

「この堕天使ヨハネ⋯ついに真の力を解放する時が来たのね!!」

「よっちゃんそれ毎回言ってる⋯。」

 

 

見えるかい婆ちゃん、この子達の笑顔が。

 

聞こえるかい婆ちゃん、この子達の想いが。

 

いつか必ず輝いてみせる。

 

いつか必ず届けてみせる。

 

だから⋯それまで待っててくれるかな?

 

僕らの歌が、どうか貴方に届きますように⋯。

 

 

 




な「皆さん、こんにチカ!!」

夏「こんにちは〜。」

ヒ「うっす。」

な「はい、という訳で珍しいメンツで予告だよ。」

夏「確かに滅多に揃わないよね。ヒロなんて特に。」

ヒ「どでしたじゃ⋯(びっくりしたじゃ)。いきなり招集かがったからなしたのかと⋯。」

な「だって他の皆泣き出しちゃって予告どころじゃないし⋯。」

夏「そりゃそうだよ⋯。次回だけど秋が終わったってことはまた3つ挟むんだよね?」

ヒ「次は1年生の話か⋯てかこれ夏喜が聞いてもいいのが?」

夏「あ〜⋯どうなの?」

な「⋯⋯次回!!」

ヒ「やりやがった⋯。Act.4『文学少女の花言葉』!」

夏「Act.5 『貴方の不幸、頂きます。』!」

な「Act.6 『子供だなんて言わせません!』!」


な夏ヒ『あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』

P.S.惜別の秋、これにて終幕です。
タエ婆ちゃん関連で色々なコメントを頂き、本当に頭が上がりません。
皆さん、ありがとうございました。
ちょっと長くなりますが、お知らせです。
春夏秋冬を通してお送りしてきました本編は春編が1話しか無い為、次回の冬編が実質的な最終章となります。
この10人+αが、どんな出会いをして何を見つけるのか⋯それを見届けて頂けたら幸いです。


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Act.4 文学少女の花言葉

花丸's Side story
まるには好きな人が居ます。
ニブチンでプレイボーイで無自覚で⋯優しくて気を配ってくれて、いつも大切に見守ってくれている人。
たまたま立ち寄った花屋さんで見つけた一本の花。
とても綺麗な花だったんだけど、お花屋さんに花言葉を聞いてビックリ!。
この花にまるの願いを込めて⋯あの人へ送ります♪


今日は練習がお休みの日。

だからまるは、放課後に図書委員の仕事をしてたんだ。

いつもはルビィちゃんと善子ちゃんが居たんだけど、2人共用事があったみたいで⋯。

 

「国木田さん、これ返却したいんだけど⋯。」

「あ、それならどうぞこちらに。」

 

1人で本を読んだりお仕事をして時間を過ごす図書室は久しぶりな感じ。

下校時間が過ぎてからも思わず本を読みふけっちゃって、夏喜さんが鍵を締めに来た時はビックリして大声出しちゃった⋯。///

それから、何か新しい発見があるかなって思って、今日はいつもと違う帰り道を1人で歩いてた。

本当は時間も遅いからあんまり良くないんだけどね⋯。

今日のまるはちょっぴり悪い子ずら♪

そこで見つけたのが、一軒のお花屋さん。

そんなに大きくないけれど、店の前に並ぶ花達は色とりどりに咲き誇っていた。

 

「わぁ⋯綺麗ずらぁ⋯♪」

「いらっしゃい、可愛いお客様?」

「あっ、こ、こんにちは!」

「あっはは!そんなに緊張しなくていいよ。」

 

店の奥から出てきたのは、夏喜さんと同じくらいの年齢のスラッとしたお姉さん。

まるとは対照的の綺麗な人ずら⋯。

 

「今日は何かお探しかな?」

「あ、いえ⋯初めてこの道を通ったんですけど、何かあるかなって探してて⋯そしたら、ここのお花が凄く綺麗だったから思わず眺めちゃいました。」

「お、嬉しい事言ってくれるね〜♪これ、全部私が育ててるからね!」

「本当ですか!?お姉さん凄いずら〜!!」

「えっへん、どんなもんよ!!って、ん?君は⋯もしかしてこの辺で話題のスクールアイドルちゃんかな?」

「はい!まる達の事知ってるんですか??」

「有名だよ?今人気急上昇中のスクールアイドル、『Aqours』だよね?」

「えへへ⋯そうです///」

 

こんな所でAqoursの事知ってる人に会えるなんて⋯まだまだ頑張らないといけないって皆で話してたけど、やっぱりこうやって声をかけてもらえるのは嬉しいな♪

 

「う〜、可愛いねぇ!と・こ・ろ・で⋯⋯君、誰かに恋してるでしょ?」

「へ?///」

 

そう言うとお姉さんはニヤッと含み笑いをする。

 

「な、なな、何でですか??///」

「お姉さんね、恋する乙女の香りはビンビンに感知しちゃうのよ!それにあなたは、かな〜り奥手な子と見た!」

「うぅ⋯居ます⋯///」

「にしし♪まぁ安心して!別に誰かに話すとかじゃないからさ。私も応援してあげるよ!そうだなぁ⋯男子に送るならどれがいいだろう⋯うむむ⋯。」

 

お姉さんが、まるの為に一生懸命花を見繕ってくれている。

綺麗で楽しくて優しいお姉さんだなぁ⋯。

その時、一輪の花がまるの目に止まった。

ピンクに黄色と様々な色が綺麗に咲いてるけど、どこか控えめで⋯けど、誰かに気づいて欲しいかのように静かに咲いている。

それがどうしても気になって、気づいたらまるはその花を手に持っていた。

 

「あの、お姉さん!」

「ん?」

「まる、これにします!」

「これって⋯なるへそ、そういう事か。」

 

お姉さんは1人で納得したようで、また笑顔になる。

 

「いいよ!きっと君にピッタリかもしれないね♪」

「あ、でもお金あんまり持ってきてなくて⋯。」

「うん?要らないよ?」

「え?」

「それは私からのプレゼントって事で、君にあげるからさ。初入店祝い?」

「そんな、申し訳ないです!」

「いいのいいの!私は恋する乙女の味方だから!それに、こういう時の好意は素直に受け取っておくのが大切だよ?1本は君に⋯1本は君の想い人に。どう使うかも、どう渡すかも君の自由だからね♪」

「お姉さん⋯ありがとうございます!」

「ふっ、良いってことよお嬢ちゃん。あ、その花の花言葉なんだけど⋯にひっ。ちょっとおいで?」

「?」

「ゴニョゴニョ⋯。」

「⋯え?」

 

耳元で意味を教えてもらったまるはビックリしちゃった。こんなに今の自分にそっくりな花があったなんて思わなかったから。

だからおもわずお姉さんと笑っちゃった。

本当にピッタリですね、って。

改めてお姉さんにお礼を言ってその日は家に帰った。もらった花の1本を部屋に飾り、もう1本は⋯本を読むのが好きだって言ってた夏喜さんへの贈り物に。

 

「これで⋯よし。」

 

出来上がったのは栞。

貰った花を押し花にした簡易的な栞だけど⋯喜んでくれるかな?

それから数日たったある日のこと。

また練習が休みの日と、図書委員の仕事が被った日。

今日、まるは渡すんだ。

多分あの人に送る初めてのプレゼント。

緊張でじんわりと手に汗をかく。

少しだけ体も震えてる。

告白をするわけじゃないのに、どうしてまるはこんなに緊張してるんだろう⋯。

気を紛らわす為に読んでいる本の内容も頭に入ってこない。

 

「あれ、まるちゃん?」

 

聞き慣れた声に顔を上げる。

 

「夏喜さん⋯。」

 

声が震えてなかったかな⋯ちゃんと笑えてるかな⋯。

あの花の花言葉を、この人は知ってたりするのかな⋯?

そんな心配事だけが、今のまるの頭を駆け巡っていた。

 

「どうかした?ちょっとぼんやりしてるけど⋯。」

「い、いや⋯何でもない、です⋯。」

「それならいいんだけど⋯無理はダメだからね?」

「はい。でも夏喜さんがそれ言えないと思いますよ?」

「うぐっ⋯!思わぬカウンターが⋯。」

「でもその時は、また皆でお手伝いするずら♪」

「お、いいのかい?そいつは助かるよ、まる先生。ちなみにこの間借りた本なんだけど、すっごい面白かったよ!」

「本当ですか!?」

「もう泣いたもん。ボロッボロ泣いたもん。」

「あはは!それはちょっと見たかったずら♪」

 

何気ない会話が⋯いつも見ている筈のこの笑顔が、さっきまでの緊張も不安もどこかへ連れ去ってくれたみたい。

まるはこの人が大好きなんだって、改めて気づいた。

もう、怖くない。

きっと⋯今なら言えるかな。

ちゃんと渡せるかな。

 

「夏喜さん。」

「ん?どうしたの?」

「これ、良かったら⋯使って下さい。」

「綺麗だね⋯栞かい?」

「はい。この間お花屋さんで見つけた花を押し花にしたんです。」

「なんだか優しい花だね⋯どことなくまるちゃんに似てる気がするよ。」

「え?」

「こんなに綺麗なのに、どこか控えめで、大人しくて⋯でもキラキラしてる。決して自分から目立つような感じじゃない所とかそっくりだよ。」

「ふふっ、それって新しい口説き文句ですか?」

「あっはは!こりゃ手厳しいな。でも本当にそう思ったんだよ。」

 

初めてまるがこの花を見た時、自分自身だと思った。

お姉さんに話を聞いて、それが確信になって⋯。

そして今、夏喜さんがこの花をまるみたいだって言ってくれた。

 

「夏喜さん、その花の名前⋯知ってますか?」

「ん〜⋯初めて見るかな?」

「それ、ヒメキンギョソウって言うんですよ。ヨーロッパやモロッコ、北アフリカに咲いてる花で、リナリアの花って言われてるんです。」

「へ〜そうなんだ!まる先生は物知りだなぁ⋯。」

「まるもお花屋さんの人に聞いただけなんですけどね⋯。けどその花は⋯。」

「ん?」

「⋯いえ、何でもないです。それでまたいっぱい本を読んでくれると嬉しいなって♪」

「勿論!大事に使わせてもらうね。あ、それと最終下校時間までにはちゃんと帰るんだよ〜?」

「ずら〜!」

 

そう言って夏喜さんは図書室をあとにする。

今はこれで満足かな。

きっとまだ伝えるべきじゃないから⋯。

まるの気持ちは、そっと心に秘めておくんだ。

けれどもし⋯もし夏喜さんがその花の意味を知って、まるが自分の気持ちを伝えられる日が来るのなら。

その時はきっと⋯。

 

「さ、そろそろ帰る準備をしようかな♪」

 

帰りの荷物をまとめながら、夏喜さんが歩いていった方を見つめ⋯ポツリと呟いた。

まるの気持ちを。

いつか叶って欲しい、小さな小さな願い事。

 

ヒメキンギョソウ。

 

リナリアの花。

 

花言葉は⋯⋯。

 

 

 

 

 

 

「夏喜さん⋯この恋に気づいて?(・・・・・・・・・)




な「まるちゃん破壊力ヤバいよ⋯文学少女強いよ⋯。」

花「そ、そうですか?えへへ⋯///」

な「ここまで本と栞が似合う女の子は中々居ないって。まるちゃん秋編から株爆上がり中だよ!」

花「カブ?まるの家はカブ育ててませんよ?」

な「もうそういう所も可愛いです。まるちゃん、これからお茶でもどう?」

花「お気持ちは有難いんですけど、お父さんとお母さんがなんて言うか分かりませんよ??」

な「へ?」

果ダ「「⋯⋯。」」

な「ゲェーッ!AZALEA一家!!」

果「ウチの娘を口説くなんていい度胸だね?」

ダ「ちょっとお話があるのでこちらへ来てくださいませ。」

な「ま、待ってください!活きアジの刑だけは!それだけはぁっ!!」

花「次回は善子ちゃんずら!素敵な堕天使ちゃんのお話をお楽しみに♪」

な「いやぁあああああああ!!」


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Act.5 貴方の不幸、頂きます。

善子's Side story
一つの黒魔術書。はっきりいって真実味のかけたことばかり書いてある本。
でも、それが全ての始まりだった。
家に遊びに来たナツキが私にかけた言葉。
あの人が持っていった私の不幸。
もし誰かの運勢を自分がもらい受けるとしたら⋯それは幸福かしら。
それとも⋯。


夏の日差しが部屋の中を照りつける。

部屋にはナツキと2人きり。

ジリジリと刺すような暑さが体の熱を余計に高めて、頬を伝う汗が床に流れ落ちていく。冷房を付けていないせいで、しっとりと洋服が肌に張り付くのも感じていた。

多分それは彼も同じなんだと思う。

 

けど⋯今の私には、そんなことを気にする余裕なんて無かった。

 

「ナ、ナツキ?嘘でしょ?」

「ごめん⋯もう、我慢出来そうにないんだ⋯。」

「ちょっ待っ⋯どこ触って⋯!」

「くっ⋯善子ちゃん、もう耐えれない。⋯良いよね?」

「やっ⋯!ダメよ⋯せめて⋯⋯!」

 

 

 

 

 

 

 

『Natukiさんが倒れました。クエスト失敗です。』

 

 

 

 

 

 

 

「せめて回復アイテム残していきなさいよぉおおおおおっ!!!!」

 

あとちょっとでボス倒せたのに〜!!

何でここで倒れちゃうのよ!

 

「いや〜ごめんごめん。どうしてもこのボスの全体攻撃のタイミングが分からなくてさ⋯。」

「はぁ⋯まぁ確かにタイミング難しいわよね。私も慣れるまで時間かかったし。ただあの場面で弱点触って怒り状態にするのは⋯。」

「まっこと申し訳ございませんでしたぁ!!」

 

そんなやりとりをしてる間にも、流れる汗は止まらない。

ナツキが来た日に限って、この夏最高気温をたたき出した上に部屋の冷房壊れるとか⋯不幸ここに極まれりってやつよね⋯。

 

「にしてもあっづい〜⋯。」

「ははは⋯まさかエアコンが冷気じゃなくて煙を吹き出すなんて思わなかったもんね⋯。」

「⋯なんかゴメン。私っていつもこうだから⋯。昔から運が悪いのよね。」

 

堰に足はハマるし連休明けには宿題がカバンに入ってないし、誰かと出かける時はバスが遅れた上に大雨が降ってくる。

数えたらキリが無いからもう忘れちゃったけどね。

 

「不幸体質ってやつ?」

「ふふ、結構ハッキリ言うのね。」

「気を悪くしたらごめんよ。でもお陰で僕は刺激的な日々を過ごせてるからさ。」

「⋯それって褒めてる?」

「はは!褒めてる褒めてる。」

 

そう言いながらカラカラと笑うナツキ。こんな顔されたら何も言い返せないんだから狡いわ。

 

「にしても流石に汗でベタベタするわね⋯シャワー浴びたい⋯。汗くさくなりそうだし⋯。」

「ん、そう?」

 

そう言うと近づいてくるナツキ。

腕を軽く掴まれ、彼の元へ引き寄せられる。

 

「へ?」

「すんすん⋯うん、大丈夫だよ善子ちゃん。いつも通りのいい匂い!」

「だぁりゃあっ!!///」

「ふべっ!?」

「デリカシー無さすぎよっ!!///」

 

あまりの無自覚台詞に思わずアッパー決めちゃったけど⋯今回はコイツが悪い!///

普通汗かいた女子の匂い嗅ぐかしら⋯それともそれをしてもなんとも無い私ってあんまり魅力ない?

 

「と、取り敢えず!一旦シャワー浴びてくるから!///」

「⋯はい。」

 

浴槽でシャワーを浴びて汗を流す。さっきまでのベタつきは無くなって、丁度いい温度のシャワーがとても心地良い。

昼前にこういうふうに過ごすとは思わなかったけど、これからどうしようかしら⋯特に予定も決めてないし。

何より持ち前の不幸体質が、今日みたいな日に働かない筈無いもの。

 

「さてと⋯そろそろ上がろうかな⋯。あ!タオル忘れてきちゃった!ナツキー?」

「どうしたのー?」

「悪いけどタオル取ってくれる?そこに畳んであるやつ何でもいいからー!」

「はーい。」

 

言ってから気付いた。

まだ何も着てない。

⋯下着も付けてない。

い、いや大丈夫よヨハネ。いくら鈍感男のナツキだって流石に気を利かせて扉の前に置いておくとかするわよね。

 

「取り敢えず一応下着くらいは付けて⋯」

「持ってきたよ〜。」

「へ?」

「あ⋯。」

 

前言撤回。

やっぱり馬鹿だったわ⋯!

 

「あ〜⋯その⋯あ、Amazing?」

「きゃあああああああ!!!!///」

「ご、ごめん!!タオル置いておくからごゆっくり!!」

「逃がすかぁっ!!///」

「うぼぁっっっ!!」

 

久々に決めたわ。全力のボディブロー。

 

「み、鳩尾は⋯キツイよ善子⋯ちゃん⋯がくっ。」

「はぁ⋯はぁ⋯!///せめてノックぐらいしなさいよ!!///」

 

そうしてナツキがダウンしてる間に急いで着替えた私は、また夏の気温が充満してる暑苦しいリビングへと戻ってきた。

シャワー浴びたのに何でこんなに疲れなきゃいけないのよ⋯///

 

「大変申し訳ございませんでした!!」

「ふん!///」

「ヨハネ様、どうかこの馬鹿なリトルデーモンにご慈悲を!何卒!」

「⋯⋯ちゃんとノックぐらいしなさいよね。」

「はい!以後気を付けます!」

「⋯良いわよ別に⋯アンタだったら///」

「へ?最後がちょっと聞こえなかったんだけど⋯。」

「何でもない!通報するわよ!?///」

「嘘です!ごめんなさい!!」

 

まさか不幸体質がラッキースケベに働くなんて初めてのパターンだわ⋯。

ふとテーブルの上を見ると、一冊の本が広げられていた。

私が趣味で買った『黒魔術のすすめ』って書いた本。どうやら私がシャワーを浴びてる時に見てたらしい。確証なんてない、眉唾物の事ばかり書かれている本。それでも『(善子)』が『(ヨハネ)』である為には必要なものだった。

開かれていたページには、『他人の運勢の奪い方。』と書かれている。

 

「ナツキ、これ読んでたのね。」

「え?あぁ、面白そうだったからさ。勝手に読んじゃってごめんね?」

「それはいいわよ。アンタ誰かから運勢を奪いたいの?」

「う〜ん⋯返すかどうかは分からないけど確かに欲しいかなぁ⋯。」

「返すかわかんないって⋯結構鬼畜じみた事言うのね。」

「リトルデーモンですから。」

「じゃあ結果が分かったら私にも教えてよ。信憑性あるかどうか知りたいし。」

「良いよ。じゃあ早速協力してね?」

 

話が読めないままナツキに肩を掴まれる。

いつもより真面目な顔で見つめてくるその顔が悔しいけどちょっとカッコ良かったり⋯。

 

「津島善子ちゃん。」

「は、はい⋯。」

「『貴方の不幸、頂きます』。」

「え⋯?」

「これでよしこ!何も変わったことは無い?」

「無いって言うか⋯全然話が読めないんだけど。」

「文字通り、善子ちゃんの不幸は僕が頂きました。怪盗ナツキより。」

「アンタが欲しかったのって私のなの?なんで⋯。」

 

何で不幸なんか。

その言葉は、口を出ることは無かった。私の唇は、人差し指で軽く抑えられてしまったから。

 

「まぁ、たまにはいいじゃないか。それに⋯本当に効かなくても、おまじないくらいにはなるでしょ?さぁ、取り敢えず外に出ようか。多分外の方が涼しっ!?」

 

ガタンっ!!と大きな音がなったと思ったら、ナツキが脛を抱えて悶絶しだした。立つ拍子にテーブルに脛を強打したみたい。可哀想に⋯あれいつも私がやるけど本当に痛いのよね⋯。

 

⋯あれ?なんで私は普通なんだろう。

いつもであれば、私が今のナツキと同じことになってるはず。偶然だ、って頭では考えるけど⋯。

 

「ナツキ、ちょっとタンスの方に歩いていってみて?」

「痛た⋯タンス?こっちでぇっ!?」

 

足の小指をぶつけてまた悶絶している。

間違いない⋯私の運の悪さは、今ナツキに移っている⋯!

 

「ナツキ、今すぐ私に不幸を返して。」

「ぐすっ⋯ん?どうして??」

「だってそれは本来私が受けるはずの痛みだったのよ?このままじゃナツキがどんな目に遭うか⋯!」

「はは、ありがと。でも怪盗は盗んだものをそう簡単には手放さないんだよ?」

「なんで⋯どうしてよ⋯。」

 

この人は涙目になりながら、それでも否定する。私に不幸を返すことを⋯。暫く考え込んでから、彼は呟くように言ったわ。

 

「言ったろう?僕が刺激的な日々を過ごしたいからさ。それにね⋯善子ちゃん、辛そうだった。」

 

辛そう?私が?

 

「慣れっこだ、なんて口で言ってるけどさ⋯いつもどこか悲しそうで、辛そうで⋯。」

「そんな⋯こと。」

「堕天使ヨハネは、天から追放され⋯その美貌に嫉妬した神々が不幸をもたらしているんだよね?」

「⋯そうよ。」

 

ナツキが微笑む。

そっと手を握られ、抱き寄せられた。

 

 

 

 

「だったら少しでも良い⋯自分の主に普通の暮らしを、普通の幸せを噛み締めて欲しいって思うのは、リトルデーモンの役目だと思いますよ、ヨハネ様?」

 

 

 

 

いつも通りの笑顔で、ただそう言われた。

この人はいつだってそう。女子からの好意なんて全く気づかない癖に、中身は人1倍見てる。

建前を並べて、本当に思ってることは口にしない⋯。

だからかしらね⋯こんなに苦しいのは。

その優しさが嬉しくて。

本心を話してくれないのが辛くて。

それでも⋯どうしようもなく好きになった。

『なってしまった』から。

 

なんで出てきたかわからない涙を見られたくなくて、されるがままナツキの胸に顔をうずめる。

 

「⋯2つ約束して。」

「何だい?」

「さっきみたいなレベルの不幸だったらいいけど、危険な目にあったらすぐ私に返して。ナツキに傷ついて欲しくないから。」

「⋯あぁ。もう一つは?」

「⋯⋯私、素直になれないから⋯。」

「ふふっ、知ってる。」

「うっさい!///⋯もし、私が強がりでもなんでもなく、本当の意味で幸せを感じれたら⋯それでもその不幸は私に返して。それでいいから⋯。」

「分かったよ、ヨハネ様。怪盗は約束は破らないからね。」

「ふふっ、怪盗なのかリトルデーモンなのかキャラがブレブレね。」

「あ、善子ちゃんがそういう事言う?」

「あによ!」

 

どんな理由であれ、この人は私の為に肩代わりしてくれた。その本心がどんなものか分からないけど⋯。

 

それでも今だけは、この抱きしめられてる暖かさに身を委ねたい。

この人が言う幸せ⋯見つけられたらいいな。




な「続く!!」

善「は?これ続くの?」

な「うん。」

善「馬鹿じゃない?」

な「はっはっは、なちょすさん傷ついたぞ。」

善「いや、続くにしても⋯本編終わりそうなのにどこで完結させるわけよこれ⋯。」

な「ん〜⋯内緒☆」

善「⋯で、なんで私のだけちょっとオカルトみたいになってんのよ。」

な「内緒☆」

善「あっそ。で、次回は何の話?」

な「いででででででで!!Wait!Stop Please!!折れる折れる!アームロックはヤバいってぇ!!」

善「ムカついたもの。」

な「ごめん!ごめんなさい!!次回はルビィちゃんが、ガンバルビィする話です!!」

善「最初っからそう言いなさいっての。じゃ、次回もお楽しみに!」

な「⋯ラッキースケベ。(ボソッ)」

善「今度こそその両手へし折ってやるから手を出しなさい。」

な「やべ!逃げろっ!!」

善「待てコラーーーーー!!!!」


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Act.6 子供だなんて言わせません!

ルビィ's Side story
夏喜さんは、ルビィの事をいつも子供扱いっていうか⋯まるで妹のように見てきます。嬉しいけれど、ちょっぴり寂しいかも⋯。
あ、でもこの間キャンディ貰いました!えへへ⋯///
じ、じゃなくって!!///
今日こそちゃんと女の子って見てもらうために、頑張ります!!


「ル〜ビィちゃん♪」

「ぴぎっ!?あ、夏喜さん!」

「あっはは、驚かしてごめんよ。」

 

この人は夏喜さん。

初めて見た時から、男性恐怖症のルビィがどうしてか怖くない男の人で⋯。

ルビィの初恋⋯です///

 

「どうかしたんですか??」

「ううん、特には!見覚えのある後ろ姿だったから声をかけようかなってね。」

 

優しくて一緒にいるとドキドキするんだけど、そんな夏喜さんにもちょっぴり不満があります⋯。

それは⋯。

 

「ん、飴食べる?」

 

たまに⋯と言うより、結構な頻度でルビィを子供のように扱います。

 

「良いんですか!?」

「モチのロン!」

 

やっぱりここは、夏喜さんと言えどもビシッと言うべきかなぁ⋯うん、ガンバルビィ!!

 

「甘くて美味しい⋯♡」

「和むなぁ⋯よしよーしこ。」

「えへへ///」

 

って!言ってるそばから流されちゃったぁ!!///

うぅ、ルビィは意志の弱い子です⋯。

いつもこんな感じで夏喜さんの⋯何ていうか、ポカポカオーラみたいなのに流されちゃうよ⋯。でも夏喜さんがお兄ちゃんだったら⋯。

 

 

 

『ルビィ、何してるの?』

『あ、お兄ちゃん!えへへ、μ'sのライブ見てたの!』

『ふふ、好きだねぇルビィも。でもあんまりμ'sばっかり見てて放置されると、流石に僕も寂しいかな?』

『うゅ⋯///』

 

 

 

「⋯⋯///」

「あれ、ルビィちゃん?顔赤いけどどうかしたの?」

「い、いえ!なんでもない⋯です⋯///」

 

悪くないかも、だなんて口が裂けても言えません///

 

「夏喜さん?」

 

毎日聞いている声が後ろからする。

多分だけど、これは怒ってる声だよぉ⋯。

 

「お姉さん⋯!」

「貴方にお姉さんと呼ばれる謂れはありませんわ!!」

「ま、まぁまぁダイヤちゃん!別にルビィちゃんを妹にしようだとかそういうのじゃないから⋯。」

「ふ〜ん⋯本当ですの?」

「和んでただけです、はい!試しに⋯コショコショ⋯。」

「⋯ほう?もし違ったら説教部屋行きですわよ?」

「合点承知之助!」

 

な、なんだろう⋯この2人が組み合わさると、あまり考えたくないけど、ルビィには悪い事しか浮かびません⋯。

 

「ルビィ、ちょっとこちらへ。」

「う、うん。」

 

お姉ちゃんは、まるで猫を手懐けるかのようにルビィの喉元をゴロゴロしてきた。あれ、これ前夏喜さんにもやられたような⋯。

ルビィ、猫じゃないんだけど夏喜さんの手にこうされると顔が緩んじゃうの。けどお姉ちゃんも夏喜さんと違う感じで⋯どうしよ、顔が緩んじゃいそう⋯///

 

「んっ⋯えへへぇ⋯///」

「⋯⋯っ!っ!!」

「ね?凄いでしょ、この子の破壊力⋯僕も気絶したもん。」

「シャ⋯シャッターを⋯!」

「はい。」

 

パシャリっていう音で現実に戻された。

ハッとして前を見ると、微笑みながら携帯カメラのシャッターを切る夏喜さんと、口元に手を当てながら必死に笑いをこらえてるお姉ちゃんがいた。

うぅ⋯恥ずかしい⋯///

 

「ま、まぁ?今回は?不問と致しますが??次はありませんわよ!!」

「は〜い。」

 

それだけ言うとお姉ちゃんはまたお仕事の為に生徒会室へ戻っていった。

何だったんだろう⋯。

 

「ん、もうちょっとで練習始まるかな?」

「あ、今日は練習お休みですよ?」

「そうなの?」

「はい、3年生はお仕事だし、他の皆も予定が入ったって言ってて⋯。」

「ん〜そっかぁ。じゃあ僕も自分の仕事して帰ろうかな?またね、ルビィちゃん!」

 

そう言って、夏喜さんも仕事に戻っていった。

ルビィはというと⋯特に予定も無くて今日はフリーになっちゃった。こういう時は花丸ちゃんと一緒に図書委員の仕事のお手伝いをしてるけど、今日はその仕事も無いみたい。

なのでルビィは、1人体育館へ向かいます。

職員室で部室の鍵を借りて、練習着に着替える。

これがフリーになった時の習慣。ルビィ、鈍臭いからどうしても部活だけじゃダンスが覚えられなくて⋯。

 

「よっ⋯ここをこうして⋯ターン!あぁっ間違えちゃった⋯。」

 

今度の新曲は果南さんがセンター。新しい振り付けに歌の練習でやる事がいっぱい。

だからせめてダンスだけは上手くやりたいのに⋯。

 

「⋯どうして上手くいかないんだろう⋯⋯。」

 

気づいたら18時。2時間近く1人で練習してたけど、なかなか思うようにいかなくて⋯間違う所を意識しすぎるとほかの所を間違えちゃう。

どうしたらいいんだろ⋯。

体育座りで考え込むルビィの後ろから、スポーツドリンクがにゅっと出てきた。

 

「お疲れ様。どうだい、調子は?」

「⋯夏喜、さん。」

 

仕事を終えたのか、それとも施錠に来たのか分からないけど、夏喜さんがそこに立っていた。

 

「隣、いいかい?」

「はい⋯。」

「よっこらせっと⋯。何やら悩んでるね?」

「どうしてもダンスが上手くいかないんです⋯。上手くやろうって思えば思うほどミスが増えていっちゃって⋯やっぱりルビィは鈍臭いのかな⋯。」

 

自分で言ってて、ちょっぴり悲しくなってきちゃった⋯。皆の足を引っ張らないように練習してるけど、このままじゃダメだよね⋯。

すると夏喜さんは、静かに話しだした。

 

「ねぇ、ルビィちゃん。ルビィちゃんは花陽ちゃんが好きなんだよね?」

「?はい。」

「じゃあ夏喜先生のちょっとした昔話、聞いてくれるかい?μ'sが出来るまで⋯いや、『小泉 花陽』っていう女の子が、自分の意思でμ'sに入るまでの。」

「花陽ちゃんの⋯?」

 

色んなスクールアイドルの雑誌を見てきたけど、メンバーそれぞれが入った経緯とかは書いてなかった。だからこれは、初めて聞く話。アシスタントだったっていう夏喜さんだけが知っている、ルビィの憧れの人の過去。

 

「花陽ちゃんはね⋯スクールアイドルが大好きだった。ルビィちゃんやダイヤちゃんに匹敵するぐらい⋯いや、ひょっとしたらそれ以上かな?でもね、彼女は怖がりだった。自分の意思で、前に進む事がなかなか出来なかったんだ。」

「花陽ちゃんが?」

 

何度もライブで見てきた憧れの人は、キラキラしていた。きっとルビィとは違う性格の人なんだって⋯そこに憧れた。

 

「その時、凛ちゃんと真姫ちゃんが彼女の背中を押したんだよ。『好きなら絶対にやるべきだ』ってね。そして彼女は言ったよ。自分の気持ちを⋯アイドルにかける想いを。」

 

 

『私、小泉 花陽と言います!1年生で、背も小さくて⋯声も小さくて、得意なものも何もありません⋯でも!アイドルにかける想いは、誰にも負けないつもりです!だから⋯だから私を、μ'sのメンバーにしてください!!』

 

 

 

「多分、怖かったろうね。それでも彼女は僕達に教えてくれたんだ。自分が本当にアイドルをやりたい⋯輝きたいって。」

「輝きたい⋯。」

「今の僕には、ルビィちゃんがそんな花陽ちゃんに見えるよ。」

 

知らなかった。彼女の想いを。

知らなかった。彼女の怖さを。

でも何でだろう⋯ほんのちょっぴり、分かる気がする⋯。

 

「これ、あげるよ。」

「これは⋯リストバンドですか?」

「花陽ちゃんから貰ったんだ。もし何かに向かって頑張ってる子がいたら、これを渡して励ましてほしいって。彼女が使っていたリストバンドだよ。」

 

花陽ちゃんが使っていたリストバンド⋯。私が貰ってもいいのかな。

 

「ルビィちゃん、難しく考えすぎないで。スクールアイドルは好きかい?」

「⋯はい、大好きです。」

「Aqoursに入って毎日が楽しくて⋯何か変われた気がするかい?」

「します!」

「それで良いんだよ。その気持ちを忘れなければ、誰だって輝くことが出来る。もう1度、ダンスを見せてくれないかな??」

「はい!」

 

深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

上手くやろうとするんじゃない。ただ、自分が好きな事をやるんだって⋯輝きを見せたいって思う。

今はこの人に⋯花陽ちゃんの想いと一緒に!

 

「いきます!」

 

もう何度繰り返したか分からない振り付け。さっきまでの焦りとは違う⋯なんだか、とっても楽しい!

クルクル回ったり、大きく手を伸ばしたり⋯自分の思うままに精一杯!

アイドルが好き。

それは誰にも負けたくない。Aqoursの皆にも、お姉ちゃんにも⋯花陽ちゃんにも!

全部が終わった頃には、体力は底をついて床に座り込んでしまっていた。

 

「はぁ⋯はぁ⋯や、やった!ミスしないで出来た!」

 

『ルビィちゃん。』

 

名前を呼ぶその声が、いつもと違って。

思わずルビィは顔を上にあげた。

 

『とっても、輝いてたよ!!』

 

「え⋯あ⋯。」

 

涙が出てくる。

だって、一瞬⋯ほんの一瞬だったけど、そこに居たのはルビィが大好きな人。

ルビィの憧れの人。

 

「うん⋯うん!ありがとう、『花陽ちゃん』!!」

 

もう涙を拭くことも忘れて、夢中で夏喜さんに抱きついた。

 

「素敵なステージありがとね、ルビィちゃん。」

「ルビィも⋯元気をもらったから⋯ありがとう!お兄ちゃん!!」

「うっ⋯!」

「あ、いや、今のは違うくて!///」

「⋯。」

「ぴぎぃっ!?」

 

鼻血を出して倒れた夏喜さん。

子供扱いされたくないって思ってたけど、結局ルビィも満更じゃなかったのかな⋯。

今はまだ貴方の妹のような存在でいるかもだけど、いつかちゃんと想いを届けます!

だからそれまで見守って欲しいな⋯///

 

「ってぇ!そんなこと考えてる場合じゃなかった!!うぅ⋯だ、ダレカタスケテェ〜〜〜!!」




な「はいこんチカー!!」

ル「こ、こんにちは!!」

な「いや〜、なんかガンバルビィの仕方間違えた構成にしちゃったかな?反省反省!」

ル「で、でもこれで1年生分は終わったんですよね?」

な「そうだね。皆に感謝だよ!ところで、これが次回からの話なんだけど⋯。」

ル「どんな感じで⋯ぴぎぃっ!?ほ、ほほほ本当にこれですか!?/// 」

な「yes!そろそろ頃合かと思ってね。」

ル「だ、大丈夫かなぁ⋯ちゃんとお話出来るかなあ⋯///」

な「なちょす次第☆さぁ!いよいよ本編は実質的な最終章、『煌めきの冬』へと向かいます!!」

ル「ルビィ達Aqoursと夏喜さんが駆け抜けてきた1年が、どういう形になるのか⋯是非、見届けてほしいと思います!」

ル「それじゃあ次回のちょ田舎!」

な「スクールアイドルと!」

ル「アシスタント!」


なる『あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』

P.S.ハピトレPVの頑張り屋ルビィちゃん見たらこうなる事必然でした。


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煌めきの冬
スクールアイドルとアシスタント


皆さん、こんにチカ。なちょすです。
UA40000とお気に入り300件突破、本当にありがとうございますっ!
なんか秋編の後半ぐらいから見てなかったんですが、ドバドバ増えてましたね。皆さんありがとうございます⋯!本当にもう⋯どうしたんですか??(歓喜)
正直自分の脳内小説がここまで多くの人に見てもらえるなんて思っていませんでした。
機会があったら、何かしら記念でやってみたいですけど案の定何も浮かびません!やったね!泣

それではちょ田舎第18話、どうぞ!


あんなに真っ赤に染まっていた紅葉も、今ではどこにも見当たらない。

その代わり窓の向こうに広がっているのは、風に煽られて枝だけが揺れている幾つもの街路樹。

色とりどりの装飾品を外したその木々は、季節の移り変わりを教えてくれた。

今僕はある人物達との待ち合わせの為に、事務室で仕事をしながら待っていた。

 

冬。

 

その訪れを示す基準って何なんだろう。冬至?月日?おそらく人それぞれだろう。

ちなみに僕は⋯。

 

 

「ナツ君⋯さむい⋯。」

「それだけ着込んでてまだ寒いかい曜ちゃん。」

 

 

元気全開で活発な曜ちゃんが『寒い』と言う事。

隣で厚着をしながら、ぷるぷる震えている。

 

⋯冬だなぁ。

 

なんにしても着込みすぎじゃないだろうか。見た所ニットやセーター、おまけにパーカーまで着てる。その上ネックウォーマーに耳当てにニット帽⋯。

この冬の流行全部盛りましたって言われても違和感が無いくらいで⋯モコモコだ。

もう一度言うよ。

MOKO☆MOKOなんだ。

 

「曜ちゃん、まだ寒いかい?」

「ん〜⋯寒い⋯。」

「もし良かったら、こっちくるかい?そこじゃ寒いだろうし、こっちの方が暖房が効いて⋯。」

「行く⋯。」

 

僕が言い終わる前に、モコモコ曜ちゃんは僕の膝の上に座ってきた。

⋯そういう意味じゃ無かったんだけどなぁ。

何にせよ、降りて頂かないと仕事が出来ないんだけど⋯暖かいな。

無意識のうちに僕はモコモコにハグしていた。

 

「ん〜⋯ナツ君?///」

「いや、変な意味は無いんだ⋯暖かそうだったからつい⋯。」

「ううん、大丈夫⋯///えへへ、ポカポカだぁ⋯///」

 

顔は見えないけど、満足そうで良かったよ。

その時、事務室の扉が空いて1人の少女が入ってきた。

⋯いや、もう大人の女性かな。

明るい色の髪をサイドテールにした、千歌ちゃん曜ちゃんに負けないぐらい元気な女の子。

 

「失礼します!島原さんはいらっしゃいます⋯か⋯?」

「や、やぁ⋯。」

「あーーーーー!!ナッツんまた女の子たぶらかしてるーーーー!!」

「ち、違うんだ!モコモコに抗えなかったんだ⋯!それだけなんだ!」

「どうしたの〜?」

「な、ななな!?何してるんですか!?///」

 

後から入ってきた2人は、ストレートロングが良く似合う大和撫子と、これまたのほほんとした感じのピュアピュアガール。

 

「?ナツ君知り合い?」

「知り合いというかなんというか⋯。」

「ナッツん、生徒にまで手を出すなんて⋯!」

「教え子と先生の禁断の恋!」

『きゃ〜♡』

「破廉恥ですぅ!!///」

「だから違うってぇ!曜ちゃんも何か弁明を⋯。」

「き、禁断の恋⋯?///いや、その⋯はわわわわ⋯///」

「Hey!トリップガール!!」

 

様々な声が交差する中、取り敢えず事情説明する事にした。

だってこのままじゃ僕が本当にイケナイ教師(用務員)になってしまうから!!

 

 

 

〜説明中〜

 

 

 

「って事で、彼女は寒がりで暖まるためにヨーソローなんだよ。」

「なるほどね!」

「今ので分かったのですか⋯?」

「あっはは⋯お騒がせしました⋯。」

「ううん、この人が悪いから大丈夫!モコモコで可愛いねぇ〜♡」

「あれ、そう言えばもう1人は⋯。」

「え?いるよ、あそこに。」

「え⋯。

 

入口の方を見ると、昔と変わらない身長に黒髪の女の子。唯一変わったことと言えば、ツインテールじゃない事かな。髪を後ろで束ねて下ろしている。

 

「ちょっと!気づくの遅いわよ!!」

「あっはは⋯ごめんごめん。曜ちゃん、部室に居る皆に声をかけてきてくれないかな?僕達も後で行くからさ。」

「え?う、うん⋯。」

 

何やら考え込んだ顔をした曜ちゃんだったけど、取り敢えず皆のところへ向かってくれた。

 

「さて⋯久しぶりだね、皆。」

「ホントだね〜♪」

「ナッツんも全然変わってないね!」

「そうかい?皆も変わってないよ。町中で見かけても見つけられる自信があるもん。」

「へ〜⋯。」

 

おやおや、何やらサイドテール娘にじっとり見られてるぞ。申し訳ないけど心当たりが無いんだ⋯。

 

「そんな事より⋯さっきの子が居るグループなのよね?アンタが会ってほしいって言ってたのは。」

「あぁ、そうだよ。あれでも普段は活発少女なんだ。他にも個性の塊みたいなメンバーがいっぱいだけど⋯会ってもらった方が早いかな?

「会いたい会いたい!今をかけるスクールアイドル達かぁ⋯えへへ、楽しみかも♪」

「じゃあ案内するよ⋯『歌の女神』様?」

 

体育館にある部室へとやってきた僕達は、曜ちゃんを含めた9人にキョトンとした顔で迎え入れられた。

黒澤姉妹や千歌ちゃんは知ってるかと思ったけど⋯まぁ月日も経ってるからからしょうがないかな。

 

「え〜っと⋯いきなり集めちゃってごめんね。曜ちゃんもありがとう。そろそろラブライブも近くなってきて練習も頑張らないといけないんだけど⋯。その前にちょっとお知らせがあります。取り敢えずこの人達を紹介するよ。まずは⋯。」

「大丈夫だよナッツん!自己紹介は私達がやるからさ!最初はやっぱり〜⋯ね?」

「な、何でこちらを見るんですか!!」

「お願ぁ〜い♡」

「くっ⋯///はぁ、分かりました⋯。では改めまして。」

 

真剣な顔でAqoursの前に立った大和撫子は、昔よりも自然にできるようになった優しい微笑みを皆へと向けた。

 

 

 

 

「園田 海未と言います。μ'sでは作詞担当をしていました。」

 

 

 

 

その名前が口から出た瞬間、3人ほど目の輝きが変わった。

と、同時に空いた口も塞がっていない。

 

「こんにちは。衣装担当だった南 ことりです♪可愛い皆をことりのおやつにしちゃうぞぉ〜♡」

「にっこにっこに〜!あなたのハートに、にこにこに〜!笑顔届ける矢澤にこにこ〜♡にこに〜って呼んで⋯」

「へっくち!!」

「ちょっと、お団子のアンタ!何でここでくしゃみなのよ!?」

「え?あ、いや⋯なんか急に冷えたなぁって⋯。」

「はぁ⋯まぁいいわ。矢澤にこ⋯元部長よ。」

 

善子ちゃんのタイミングバッチリだったくしゃみはあったものの、これで1人を除き紹介が終わった。

ダイヤちゃんはルビィちゃんに支えられながら辛うじて立ってるけど、千歌ちゃんは目を見開いている。

だって目の前にいるんだもんね。

ずっと追いかけてきた、自分にとっての憧れ。

まるで太陽のような女の子が。

 

「最後は私かな?何だか緊張しちゃうね⋯。ごほん!初めまして、私は高坂 穂乃果!μ'sの元リーダー⋯でいいのかな?皆に会えて嬉しいよ!」

 

そうして4人の自己紹介が終わった。ちなみにAqoursの皆は⋯。

 

「お姉ちゃん!お姉ちゃ〜ん!!」

「ダメよルビィ⋯この満面の笑顔を見なさい。ダイヤはもう⋯ぶふっ!て、手遅れ⋯なの⋯!!」

「初めて生で見たずらぁ⋯。」

「うん、多分みんな初めてだよ花丸ちゃん⋯。」

「う〜ん⋯穂乃果さんって⋯。」

「どこかで見たことあるような⋯。」

 

それぞれビックリしてたり嬉しさのあまり気絶していたりと実に様々だね。

でも、千歌ちゃんだけは違った。

 

「千歌ちゃん?」

「え?」

 

呆然と立ち尽くしながら、彼女は泣いていた。

 

「あ、あれ?何で、こんな⋯お、おかしいな⋯えへへ⋯。」

「ふふっ、よろしくね!千歌ちゃん♪

「穂乃果さん⋯はい!」

 

『あーーーーーーっ!!』

 

「うぉっビックリした!ど、どうしたんだい?」

「思い出したんだよナツ!あの穂乃果さんって人!!」

「みとしーでうちっちーと歩いてたお姉さんだ!!」

「え⋯?」

 

そ⋯⋯そんなはずは無い。だってそうだったらその時に気づいてるはずだ⋯!僕が気づかなかったなんてそんなわけ⋯。

 

 

『そうかい?皆も変わってないよ。町中で見かけても見つけられる自信があるもん。』

『へ〜⋯。』

 

 

さっきまでの会話が頭の中で繰り返され、全部分かった。

あの子が僕をじっとり見てきた理由が⋯。

恐る恐る彼女の顔を見ると、ニヤニヤとした顔で僕の事を見ている。

言葉にしなくても分かるよ。『あれ?見かけてもわかるんじゃなかったっけ?まさか気づいてなかったの??』って言ってる顔だ。

 

⋯ふぅ。

 

 

「ドヤ顔で恥ずかしい事を言ってしまい申し訳ありませんでした穂乃果さん!!」

「え〜?でもナッツん穂乃果に気づかなかったのはちょっと傷ついちゃったからな〜♪」

「ど、どうすれば⋯?」

「あ!じゃあいつものやってよ!!」

「ことりもお願いしたいな〜♡ね、海未ちゃん?」

「や、その⋯わ、私は⋯///」

「?それでいいなら⋯」

 

チュッ、と穂乃果の頬に軽くキスをする。

 

『はぁっ!?!?!?!?///』

 

Aqoursの皆があまりに大きなリアクションをするからびくついてしまった。

え?え??何かしちゃった⋯のか?

 

「な、ななな⋯夏喜さん!///」

「今、き、⋯キス⋯///」

「いや、『挨拶』しただけなんだけど⋯。」

「はーい全員集合集合〜。」

 

真っ赤になったりほっぺたを膨らましてる皆を連れて、にこちゃんが部屋の隅へ移動する。

何を話してるんだろう⋯。

 

「はぁ⋯場所考えなさいっての⋯。一応聞いておくけど、夏喜の事が好きな子は?」

『⋯///』

「⋯⋯嘘でしょう?」

「えっと⋯にこさんもなんですか?」

「私は違うわよ。μ'sでアイツにホの字なのは、あそこの3人とツンデレまきちゃんだけにこ〜♪」

「ぐぬぬ⋯ナツキったら、マリー達の知らないところでまた女の子とイチャイチャしてたのね!!」

「夏喜の鈍感ぶりは知ってるでしょ?ウチのメンバーは手強いにこ♡どっかのロシアかぶれのせいで、さっきのキスですら挨拶レベルだから相当アピールが必要にこ♪⋯それ以外は殆どあの3人が原因だけど。」

「⋯善子ちゃんと同じ匂いを感じるずら。」

「ま、取り敢えず頑張んなさい。一応応援はしてあげるから。」

 

お、どうやら終わったようだ。結構長かったけど何の話だったんだろう?

 

「安心しなさい。アンタには後10年ぐらいしたら分かる内容よ。」

「僕まだ何も言ってないんだけどなぁ⋯。」

 

また顔に出てたのかな?

何にせよこの出会いがAqoursにとってどんな影響を与えてくれるのか⋯。

傍観者はもう終わり。

僕も⋯『自分の役目』を果たさないといけないな。

 

「取り敢えずよろしくね。穂乃果、ことり、海未、にこちゃん。」

「えっへへ〜、任せておいてよ!」

「呼び捨て⋯。」

「ほっぺにキス⋯。」

「シャイニー⋯。」

 

⋯うん。

取り敢えず皆に頭を下げるのが最初の役割かな⋯。




曜「さぁ始まりました、『煌めきの冬』編!!」

梨「私達の前に現れたのは、伝説と呼ばれたスクールアイドルのメンバー。」

曜「喜んでるのも束の間、私達Aqoursは矢澤にこさんに歌と踊りを見せて欲しいって言われて歌う事に。」

梨「緊張を感じながらも踊る私達に、μ'sの方々が掛けてくれた言葉は⋯。」

曜「次回、光の⋯」

梨「曜ちゃん曜ちゃん!タイトル間違えてるよ!」

曜「え?うわぁ本当だ!危なくネタバレするところだった⋯。」

梨「ふぅ⋯でもあれだね。久々にここに来るとどんな感じでやったらいいか分からないよ⋯。」

曜「そうだよね。作者さんも丸投げになってきたし⋯ま、ボチボチ頑張ろうよ!」

梨「そうね。あの人には後できっつ〜いのお見舞いしなきゃ♪」

曜「壁ドン?」

梨「壁ドゥゥゥン。」

曜「何それ怖い。」

梨「それじゃ、改めて次回のちょ田舎!」

曜「冬の夜風と⋯。」

梨「輝きの形。」


曜梨『あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』

P.S.曜梨の事を『洋梨』って思った人、怒らないから出てきてください。はい、自分で思いました。


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冬の夜風と輝きの形

皆さん、こんにチカ。
最近のトレンドは口の悪いAqoursメンバー、なちょすです。
前書きのネタが尽きかけてるので一言言わせてください。
千歌っち可愛い。

それではちょ田舎第19話、どうぞ!


「1、2、3、4⋯千歌さん、遅れてますわ!」

「はいっ!!」

「善子ちゃん足上げて!」

「ヨハネ⋯っよ!」

 

穂乃果達が帰った後の練習風景。いつも見慣れているはずの景色も、今日だけは空気がピリピリしていた。

2ヶ月後にはラブライブもあるから当然といえば当然だけど⋯理由はそうじゃない。

彼女達をここまで動かしてるのは、にこちゃんに言われた一言だろう。

 

 

『全然ダメね。アイドルに大事なものがまるで無い。』

 

 

口には出していないものの、穂乃果達3人の顔もあまりいい表情とは言えなかった。ストレートに言われると確かにショックを受けるのは当然の事だと思う。

 

それが、自分達の憧れなら尚更だ。

 

「そろそろ日も落ちてきたし、今日の所は終わりにしようか。」

「待ってナツ君!私まだ⋯!」

「気持ちは分かるよ千歌ちゃん。でも1年生達も限界が近い。それに、無理をし過ぎて体を壊したら元も子もないでしょ?」

「それは⋯。」

 

いつもは明るく振舞っている千歌ちゃんも、今回ばかりは焦りとショックの方が大きい。彼女の要望で、1週間後にもう1度見てもらうことになったけど⋯だからこそ、ここで無理をさせるわけにはいかない。

 

「ゴメンなさい⋯まるが体力無いから⋯。」

「違うよ花丸ちゃん!花丸ちゃんは悪くないから!」

「アイドルに大事なもの⋯か。」

「緊張はしたけど、歌と踊りはいつも通り出来てたんだけどなぁ⋯。」

 

そう、彼女達の歌と踊りはいつも通りだった。それでも、その必要な『何か』に届かない。

にこちゃんは、それが何なのかを皆に伝える事は無かった。多分、彼女なりの不器用な優しさなのかもしれないけど⋯。

僕達の思考を切るかのように、屋上に携帯の着信音が鳴り響く。

 

「あら、ちょっとゴメンなさい。もしもしパパ?どうしたの?」

 

電話の相手は鞠莉ちゃんの父親からだった。

 

「え⋯?そんな、嘘でしょ?だ、だってまだ人数を募集してたじゃない!期間だって猶予が⋯!」

 

初めて見る鞠莉ちゃんの表情に、ダイヤちゃんや果南ちゃんも動揺している。

人数。期間の猶予。

まさか⋯。

 

「まって!ねぇ!?⋯⋯そんな⋯嘘よ⋯。」

「鞠莉っ!!」

 

電話を落とし、力無く座り込む鞠莉ちゃんを果南ちゃんが支える。

もし僕の予想が正しければ、彼女が次に言うことは、この場で、このタイミングで⋯1番聞いてはいけない一言。

 

「ま、鞠莉さん⋯?どうしたのですか?」

「鞠莉ちゃん⋯。」

 

泣きそうな顔で⋯掠れるような声を絞り出し、彼女は呟いた。

 

 

 

 

「⋯浦の星女学院は⋯来年度の人数募集を打ち切って⋯⋯正式な統廃合化が、決まったわ⋯。」

 

 

 

 

 

多分ここにいる皆が思った。僕だって思ったさ。

『そんなのは冗談でしょ?』って。

そう、思いたかった⋯。

けど、目の前の光景が全てを物語っている。

この学校が大好きな理事長がそう言った。

誰よりも学校の為に尽力してきた1人の少女が、そう言ってしまったんだ。

そんな光景を前にして、誰が冗談だなんて思えるだろうか。

 

 

 

「ゴメンなさい⋯皆の居場所、守れなかった⋯ゴメンなさい⋯⋯!」

 

 

 

屋上には、少女の嗚咽と目的を失ってしまった僕達の心を表すかのようなどんよりと重苦しい色をした灰色の空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「廃校⋯か。」

 

皆を帰らせた後、事務室で仕事を終わらせた僕は独りごちる。帰り支度をしながら事務室を見渡すと、すっかり僕の仕事環境になってしまっていた部屋にも寂しさを感じる。

3年生は、今日鞠莉ちゃんの家へ泊まるそうだ。皆考える事もあるんだろう。僕も、この学校は居心地が良かった。最初は心配事ばっかりだったけど、先生達や生徒の皆も温かく迎えてくれた。毎日が楽しかった。

 

「⋯頑張りますか。」

 

誰に言うわけでもなく、ただそう呟く。残りの生活を後悔したくない。勿論Aqoursの皆との輝きだってそうだ。

それが僕のやりたい事⋯僕自身で決めた事なんだから。

学校の施錠をして家まで戻ると、玄関に人影が見えた。

もう夜も遅いのに誰だろうか⋯。

 

「どなたですか??」

「あ、ナツ君おかえり〜。」

「ち⋯千歌、ちゃん?」

 

玄関の前に立っていたのは、千歌ちゃんだった。

 

「こんな遅くにどうしたんだい?」

「えへへ。帰ろうかと思ったんだけど、何か頭がごちゃごちゃしてて⋯来ちゃった。」

「来ちゃったって⋯まさかずっと待ってたの?」

「うん。」

 

解散したのが大体1時間半ぐらい前だ。僕の家と学校はそんなに離れてるわけじゃないから、少なくとも彼女は1時間以上待っていたことになる。鍵なんて空いてるわけない。

それでもこの寒空の下、たった1人で僕が帰ってくるまで待っていたのか⋯?

 

「それなら学校で待ってるとか色々あったのにどうし⋯て⋯。」

 

この時僕は気づいた。

目の前にいる少女の目元が赤くなっている事に。

それが示すことなんて、1つしかない。

 

「⋯ここじゃ風邪を引くから、中入って?」

「ありがと、ナツ君。」

 

⋯泣かないはず、無いんだ。

 

学校の為に努力して、精一杯輝こうとして⋯それでも待っていたのは、自分の未熟さと廃校という現実。

どれだけ辛くたって、それを他人に見せないように彼女は1人で戦っていた。

 

心配をかけないように、誰に言うことも無く⋯。

 

たった1人で、泣いていた。

 

「取り敢えず夜ご飯作るから、手伝ってもらってもいいかな?」

「はーい。」

 

台所に立ち、準備をする僕達の間に会話は無かった。

平気な顔で、楽しそうに準備を進める千歌ちゃんを横目で見るけど、それが強がりなのは明らかだった。

 

ねぇ、千歌ちゃん。君は今、何を思ってるんだい?

 

「ナーツ君!」

「え?」

「大丈夫?何かボーッとしてるよ?」

「あぁ、ごめん。事務室で育ててるサボテンが気になってね。今日水あげるの忘れちゃってさ。」

 

⋯こんな嘘ってあるかい。

 

「そっかそっかぁ⋯じゃあ今度千歌もお手伝いに行きましょう!」

「はは、そりゃ助かるよ。サボテンも会いたがってる。」

 

そんなたわいもない会話をしながら、僕らは遅くなってしまった夕食を食べた。時折千歌ちゃんが箸を止めたり、考えたようにボーッとしてる事はあった。

けど、どんな言葉が合ってるのか⋯何が正しいのか。そんなことばっかり考えてしまう自分が嫌になる。

 

皆を支えるって⋯決めたんだけどな。

 

「千歌ちゃん、布団敷いたからもう寝れるよ⋯って、千歌ちゃん?」

「⋯⋯。」

 

彼女は、爺ちゃんの仏壇がある部屋の縁側に座っていた。お風呂上がりの格好のまま、ただ空を眺めている。

 

「ふふっ⋯そんなに風邪引きたいの?」

「あっ⋯ありがと⋯。」

「隣、いいかい?」

「ん⋯。」

 

彼女の背中に毛布を掛け、隣に腰掛ける。

肌を刺すような冬の夜風が、風呂上がりで温まった体を芯から冷やしていく。何を話すわけでもなく、ただ空を見上げる。

夜空に光る北極星。

真っ暗な夜空で、他の星達に負けないように力強く輝いている。

あんな風に輝くには、どうすればいいだろうか⋯。

 

「ねぇ、ナツ君。」

「ん?」

「続けた方がいいのかな⋯スクールアイドル⋯。」

 

空を見上げながら、彼女の口から出たのはそんな言葉だった。

 

「⋯どうして?」

「だって⋯学校が、浦の星が無くなっちゃうんだよ⋯。にこさん達にも、まだまだって言われちゃったし⋯。あの時は思わず1週間後って言っちゃったけど、答えも見つからないまま⋯。」

「⋯そっか。」

 

一言一言、耳を傾ける。千歌ちゃんはずっと悩んでた。本当にこの先続けていいのか⋯『学校を守りたい』という願いが届かなかった今、自分たちはどうすべきなのか。

 

⋯本当にそっくりだ。『彼女』に。

 

「僕は好きだな⋯Aqoursの歌。」

「⋯⋯。」

「今までずっと成り行きで生きてきた。そうすれば人並みの生活で、普通に暮らせるんだって⋯そう思ってた。そんな僕が、初めて自分の意思で皆の支えになりたいって思えたんだよ。」

 

口から出る言葉に嘘偽りは無い。彼女達の歌を聞いて、言葉に出来ない何かが体を駆け巡って⋯

 

「この町の人も、君達の歌に元気をもらってる。この半年かけて直接聞いてきたんだもん、間違いないよ。ねぇ⋯千歌ちゃん。」

 

体を、まだ上を見続ける彼女の方へと向ける。

 

「泣いていいんだよ。」

「っ⋯。」

「僕に泣いてる所を、自分の弱い所を見せないように⋯ずっとそうしてたんでしょ?」

「っで、も⋯。」

「Aqoursの皆に見せないように⋯僕に見せないように⋯気づけなくてごめんね、千歌ちゃん。⋯ありがとう。」

 

上を見ていた彼女が、初めて目線を合わせた。

我慢の限界を超えて、抑えきれなくなった辛さ、苦悩、悲しみ⋯。

それら全てが大粒の涙となって、彼女の頬からポロポロと零れ落ちる。

 

「千歌ちゃんは、僕に聞いたよね?Aqoursを続けるべきかどうかって⋯でもね、答えなんて決まってるよ。だって君は、まだ諦めてないじゃないか。」

「私⋯私⋯!」

 

彼女の頭に手を回し、自分の方へと引き寄せる。

 

「悔しいんだよね?」

「悔、しい⋯悔しいよ⋯!私、何も出来てない⋯まだ何も輝きに近づけてない!!でも、私1人の我儘に皆を巻き込めないよ⋯!」

 

 

携帯からメッセージが届いた通知音がする。

きっかり『8回』。

ふふっ⋯1人の我儘⋯ね。

 

 

「ねぇ千歌ちゃん知ってるかい?」

「え?」

「皆の想いがひとつなら、それは1人の我儘って言わないんだよ。」

 

携帯に届いたメッセージを彼女に見せる。

差出人は、Aqoursメンバーから。

 

『千歌。私達は決めたよ⋯最後までAqoursを続ける。続けたい。』

『鞠莉さんや果南さんと話し合って決めましたわ。』

『千歌っち、やりましょう!負けっぱなしってマリーの趣味じゃないの♪』

『くっくっく!ラグナロクの刻は近いわ!!⋯諦めるなんて言わないでよね?』

『ルビィもやり遂げたいです。皆と一緒に!!』

『それがタエ婆ちゃんとの約束ずら!』

『また、一緒に走り出そう?歌詞が無いと曲は作れないんだからね?♪』

『このメンバーとだったら、どこまでだって行けるよ!千歌ちゃん!』

 

「え、あ⋯なん、で⋯。」

「皆諦めるつもりなんて無いってこと。後バレてたみたいだね、千歌ちゃんが我慢してることも。」

「⋯もう。こんなの、ずるい、よ⋯。」

 

彼女が顔をうずめてくると同時に、涙が胸の当たりを濡らしていく。

 

「いい、んだよね⋯?」

「うん。」

「スクールアイドル、続けるのも⋯泣いちゃうのも⋯。」

「良いよ。ずっと頑張っててくれて本当にありがとう、千歌ちゃん。」

「うっ⋯ぐすっ⋯うわぁあああああんっ!!」

 

 

 

僕達は1人じゃない。

 

無理をする必要なんてない。

 

今日泣いたら明日笑えばいい。

 

明日挫けたら明後日前を向けばいい。

 

 

だから今だけは、この子のそばに居よう。

また皆で走り出す明日の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぇっくし!!」

「穂乃果、風邪でも引いたのですか?」

「う〜ん⋯誰かが噂してるね。」

「ねぇ穂乃果ちゃん、本当にやるの?」

「うん!にこちゃんも準備を進めてるし!」

「不器用だね〜にこちゃん♪」

「『Aqoursのクリスマスライブ』⋯。彼女達は大丈夫なんでしょうか⋯。」

「もう、海未ちゃんってば心配症だなぁ〜。」

「当たり前です!!あんな事言われたら誰だって落ち込むでしょう!」

「大丈夫だよ。だって⋯」

 

 

 

 

『にこさん!』

『⋯何?』

『1週間⋯私達に時間を下さい!』

『それで何か見つかるの?』

『必ず見つけます!私⋯私達、諦めたくないんです!!』

 

 

 

「皆、とっても⋯輝いていたから。」

 




果「やっほ、こんちは!」

善「くっくっく⋯堕天使ヨハネよ。」

果「ようやく最後に向かってきてる感じがするね。」

善「絆を深め、ラグナロクへの道を突き進む⋯いい!」

果「善子もなんやかんや言いながらメッセージ優しかったしね?」

善「⋯気のせいじゃないの?///」

果「照れてる⋯可愛いなーこいつー!!」

善「やーーめーーてーーー!!///」

果「あっはは!さて、次回は千歌の作ってる歌詞を仕上げるために、皆で秋田へ行くよ!」

善「そこはヒロの実家⋯μ'sメンバーが来るまでに歌詞が仕上がるのか!それともただ雪遊びをし続けるのか!」

果善「「乞うご期待!!」」

果「それじゃあ次回のちょ田舎!」

善「雪の華と!」

果「銀世界!」


果善『あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』


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雪の華と銀世界(前編)

皆さん、こんにチカ。
予測変換に『こんにチカ』が出てくるようになった、なちょすです。
タイトルで分かると思いますが、思ったより長くなったので分割しました。
Aqours+αの盛大な茶番劇をお楽しみ下さい。

それではちょ田舎第20話、どうぞ!


「うぅ〜⋯さむっ⋯。」

 

在来線を降りて、そう呟く。まだ昼間だというのに外の気温は氷点下⋯言葉と共に熱を帯びた吐息だけが白い靄となって空へと溶けていく。

フワフワと柔らかな雪が降り注ぎ、見渡す限り雪景色だ。こういう景色の事を『銀世界』って呼ぶのかな。

内浦・沼津に住んでても、こんなに雪が積もるのはお目にかかれない。

 

「さむ、さ、さむむむむむ⋯!!」

「曜ったらモコモコでCuteね〜♪」

「そんなこと言ってる場合じゃないと思うけど⋯。」

「曜ちゃん冬はマナーモードだもんね〜。あ、今のは寒さで震えるのと着信で震えるを掛けた⋯。」

「説明はしなくてもよろしい⋯というか、その目出し帽はお止めなさいと言ったでしょう!?」

「ふふ⋯極寒の地。私はここで更なる高みへとぉっ!?」

「善子ちゃん、大丈夫?」

「盛大に転んだずら〜。」

 

⋯元気だなぁ。

廃校問題、そしてμ'sとの出会い。あの一件で気持ちに整理がついた皆を連れて、僕達は秋田へとやってきた。

一つは、皆が冬休みに入ったから。

一つは、そのタイミングでヒロから招待を貰ったから。

そして⋯Aqoursの輝きを形にしたかったから。

千歌ちゃんが夏から作り続けている新曲の歌詞⋯タイトルは出来てる。あらかたの形も出来てる。

けどまだ足りないらしい。だからこそ、何かきっかけがあれば完成するんじゃないかって⋯。

そう思った僕は、皆にも声を掛けたんだ。

 

「おいーっす、夏喜ちゃ〜ん。」

「よっ、ヒロ。」

「あ、ヒロさんずら!」

「悪いね、こんった遠くまで来てもらっちゃって。おわっ!え、泥棒⋯?」

「むっ!千歌だよっ!!」

「あ、あぁ⋯どでしたじゃ(びっくりしたよ)⋯。」

 

そりゃあの帽子かぶってたら誰だって間違えるよね。僕も最初はビビったよ。だってあの状態で僕の家に居たら、空き巣かなんかだと思うよね?

 

「んじゃ、家まで案内すっから行くか。」

「え、車じゃないのか?」

「こんな大人数入る車なんて持ってないし、そんな都合のいい展開なんてありません。ま、10分ぐらいの辛抱だよ。」

「⋯ふっ!⋯ふっ⋯⋯!」

「ヒロ、不味いわ。曜が寒すぎてシャドーボクシングし始めてる。」

「あれ曜ちゃんか⋯ははっ、寒がりにこの気温はやっぱ厳しいわな。曜ちゃ〜ん、ちょっとウェルカ〜ム!」

 

何かのスイッチが入ってるのか、プロボクサーばりに鋭い眼光をした曜ちゃんが歩いてくる。

⋯デンプシーロールでも決められるんじゃないかな。

 

「どうしたの?」

「寒がり曜ちゃんをポッカポカにしてあげようと思って。」

「へ??」

「ん、この辺ならいっか。じゃあ夏喜〜、パス!」

「うわわっ!?」

「ちょおっ!?」

 

曜ちゃんの背中をトンッと押して、ヒロはこっちに彼女を押し出してきた。必然的にモコモコ曜ちゃんを抱き留める形になる。

 

「大丈夫?曜ちゃん。」

「あ、うん⋯大丈夫。」

「危ないだろ、ヒロ。」

「でも温まったろ??」

 

まるで悪ガキのようにクスリと笑うヒロ。ったく、悪いやつじゃないんだけどなぁ⋯。

しかし、何時だって悪ガキには制裁がくるものだ。

 

「はっ!!」

「⋯っふ!!」

「痛っっっっでぇーーー!?」

 

Wao⋯。

善子ちゃんと梨子ちゃんの鋭いローキックが、ヒロのスネを直撃する。

 

「くぅ〜⋯!何これ⋯何事⋯?」

「自分で考えなさい。」

「ヒロ君。」

「ん?なした、曜ちゃん。」

「その⋯ありがとね。」

「ふっ、良いってことよ⋯寒がる女の子に優しくするのは紳士として⋯。」

「そうじゃなくって!私が転ばないように凍ってない場所選んでくれたでしょ?」

 

確かに周りを見渡すと、この辺は簡易的なアイスバーンだったり水溜りが凍ってたりで足元が滑りやすい。現に善子ちゃんもさっき転んだし。

 

「⋯たまたまだよ、曜ちゃん。さ、マジで冷えてきたしそろそろ()さ向かうが!」

「ヒロってたまに顔が腹立つよね。」

「果南ちゃん辛辣⋯くっ!JKの毒になんか負けねーがらな!」

「あ、ヒロ君待ってよ〜!」

「千歌ちゃん、頼むからその目出し帽だけは外してけれな⋯?」

 

アイツも皆と出会ってなんやかんや過ごしてきた人間だ。初めて会った時は皆も結構緊張したりだったけど、大分馴染んできたみたい。

特に最初に遭遇した梨子ちゃん、善子ちゃん、それから3年生のフレンドリーさには僕もビックリしている。

 

「ねぇ、ナツ君。」

「どうしたんだい?」

「ヒロ君ってさ⋯ツンデレ?」

「ははっ、かもね?」

 

案内されてちょっとすると、周りの建物の数はどんどん減っていった。中には建物はあってもシャッターが締まってる店だったりお客さんが入っていないお店もちらほら見える。色んな場所で言えることなのかもしれないけど、やっぱり地方だとどうしても人が減っている現実を見る事になってしまう。

静観の中、振り続ける雪。

前を歩く皆の姿と銀世界。

不謹慎かもしれないけど⋯僕には、今目の前に広がるこの『何気ない日常』が───とても美しく思えてしまった。

 

「うっし、着いた!」

「つ、疲れたずら〜⋯。」

「うぅ⋯お尻痛い⋯。」

「善子、かなり転んでたもんね。」

「はっはっは!まぁその内慣れっからさ!ほれ、取り敢えず上がった上がった!!」

 

周りを田んぼに囲まれた中に、ヒロの家はある。田んぼと言っても今は雪が積もってるからよっぽど変な場所を歩かない限りハマることは無い⋯と思う。

家の中は絨毯が敷かれているが、Aqoursの関心を一番引いたのはなんと言っても『あれ』だろう。

 

『ほわ〜〜〜⋯。』

「ん?薪ストーブ見んの初めてだが??」

「ルビィ、初めて見ました⋯。」

「私も⋯なんか、ずっとエアコンとかに慣れちゃってたから。」

「暖かい⋯うふふ⋯。」

「あぁ曜ちゃん⋯キャラまですっかり変わっちゃって⋯。」

「ヒロ、家族は?」

 

ヒロは一瞬キョトンとした顔をしたが、直ぐにいつものひょうきんな顔に戻り、言葉を発した。

 

「居ない。」

「⋯え。」

「釣りを教えてくれた親父は事故って死んじまったし、面倒見てくれたお袋も去年病気でさ⋯ここにはもう俺1人だよ。」

「ヒロさん⋯。」

「あ、その⋯私⋯。」

「あっはは!そうしょげんなってよっちゃん!人は居なくたってこの家がある。家族のものだって残ってる。だったら⋯俺が忘れなきゃ、大丈夫だからな。」

「ヒロ⋯。」

 

こんなことを言ってるが、ちょっと前のヒロなら自分から言う事は無かった。

というかこの話題が出た時のコイツは見てられなかった。どこか遠くを見てたり、考えこむ方が多かったから。

高校を卒業して色んな事を考えて、悩んで⋯自分の中で答えを出したんだろうな。

 

「変わったね、ヒロ。」

「んだが?ま、そういう事だからさ。そんなに皆が暗いと俺も困ってしまう⋯って事で、あんまり気にしすぎるとその都度俺はよっちゃんのお団子に爪楊枝を刺してくからな♪」

「何で私!?」

「他に刺せる髪型の子が居ねもの。」

「爪楊枝刺すことから離れなさいよ!」

「ぷっ⋯!」

「あはははは!!」

「さ、重っ苦しい話もここまで!!遊ぶど!!」

 

そう言うと、いつの間に用意してたのか分からないがヒロは人数分の手袋を用意してきた。

一つの小太鼓と共に。

外に出たAqoursメンバーは、これから何が起きるのか分からずきょとんとしているが、僕達は予め話し合いをして決めていた。

恐らくこの世で1番見苦しくて、大人げなくて、下らない⋯激しい戦い。

僕は小太鼓を持ち、ヒロと共にAqoursの前に立つ。

 

「おっほん!やぁやぁ、松浦果南!小原鞠莉!黒澤ダイヤぁ!!」

「え?」

「な、何ですの⋯?」

「忘れたとは言わせない⋯秋に戦ったスポーツ対決!いや、ドッジボール対決!!」

 

ヒロの言葉に合わせて太鼓をポンッと鳴らす。

 

「俺達が完膚なきまでに倒されたあの戦い!これよりリベンジマッチを君達に申し込む!!」

「え?え?話が読めないんだけど⋯。」

「ふふ、マリー達があの2人をコテンパンにしちゃったのよ。」

「そういう事か。受けてたとうじゃん⋯!」

「ルールは8対3の雪合戦!基本はドッジボールと同じで、全員外野に出た時点で勝敗を決する!!」

「え?じゃあAqoursから誰か1人がそっちに行くってこと?」

「ふふふ⋯もう決めてあるんだよ。夏喜!」

 

太鼓を地面に置き、一人の少女の元へと歩き出す。

この戦いにおいて必要不可欠な存在⋯僕達の切り札。

 

「⋯力を貸してくれないかな。ルビィちゃん。」

「ふぇっ⋯!?」

 

『なっ⋯!?』

 

3年生全員が驚いている。

そうだろうね。他の皆は分からないかもしれない。

何故曜ちゃんや千歌ちゃんでは無くルビィちゃんなのか⋯それはたった1人の力を封じる為。

 

「ひ、卑怯ですわよ夏喜さん!!」

「すまない、ダイヤちゃん⋯これが僕達の作戦なんだ!」

「あ〜⋯何か分かった気がするずら。」

「奇遇だね⋯私もだよ。」

「じゃあ、プレイボーーーール!!」

 

雪の上に作ったコートの上で、2チームが対峙する。おそらく向こうで気をつけるべきなのは千歌ちゃん、曜ちゃん⋯それから3年生。

けど僕等にはルビィちゃんという切り札と、『雪』という絶対条件がある。この間のようにはいかないさ。

 

「夏喜、分かってるな?」

「あぁ⋯ルビィちゃんを『守り抜く』。」

「隙だらけだよ、ヒロ!!」

 

果南ちゃんの豪速球がヒロに向かって飛んでくる。

 

「おっと!危ねぇ⋯。」

「夏喜!マリーの事も見ててよ⋯ねっ!!」

「ルビィちゃん、屈んで!」

「え?あ、はははい!!」

「千歌ちゃん!」

「よーちゃん!!」

 

『当たれぇっ!!』

 

避ける動作をした僕達2人に、更にようちかコンビからの追い打ちが飛んでくる。けどね、2人とも⋯。

 

「ちょっと詰めが⋯。」

「甘いかな?」

「ほぇ⋯?」

「嘘⋯そんなのあり?」

 

飛んできた雪玉を、僕達はしっかりと『掴んだ』。

 

「これ⋯ヤバイんじゃない?」

「雪国育ちを舐めてもらっちゃあ⋯困るよっと!」

『わぁっ!?』

「千歌!曜!!」

「にしし⋯まず2人。」

「くっ!こんのぉっ!!」

「おっと!流石にかなまりコンビのは取れないな。」

「足元が雪だと上手く動けないわ⋯!」

 

そう、これが僕達の絶対条件。雪に慣れてない彼女達と、雪国育ちのヒロ⋯そして度々秋田に来ていた僕とでは、雪に対する動き方がまるで違う。

要は慣れだ。

そしてもう一つ⋯。

 

「夏喜、雪玉出来たか?」

「バッチリだよ。」

「ぶちかませっ!!」

「そっちがキャッチするならマリー達だって!⋯え?」

 

僕が投げた雪玉を鞠莉ちゃんが掴んだ時。

それは手の中で粉々に砕け散った。

 

「What's!?」

「惜しかったね、鞠莉ちゃん。ワンヒットだ。」

 

ある程度堅い玉なら、受け流しながら取ればキャッチは出来る。要は崩さなければいいわけだからね。

けど僕達は、『掴めない玉の堅さ』を知っている。そして彼女達の性格上、必ず同じことをしてくるだろうと考えていた。

それだけで、主砲のどちらかは確実に倒せる。

 

「さ⋯次は誰にしようかな?」

「ヒロ君、目がマジになってる⋯。」

「ダイヤ、いけそう?」

「玉が小さくて上手く狙いがつけられないですわ⋯っ果南さん!!」

「え⋯?」

 

ヒロの投げた玉は、真っ直ぐ果南ちゃんの方へ⋯そして直撃する。

 

とっさに庇った善子ちゃんに。

 

「⋯ぐふっ。」

「善子⋯善子!!」

「果南⋯さん⋯。」

「どうしてこんな事を!!」

「ふふ、馬鹿ね⋯貴方が居なかったら、誰がアイツらを止められるのよ⋯。後は、お願い⋯ね⋯ガクッ。」

「善子ーーーーーーっ!!!!」

「⋯⋯ヨハネ。」

「綺麗な顔してるだろ?」

「堕天使なんだぜ⋯これ。」

「千歌ちゃん⋯曜ちゃん⋯。」

 

何か始まった。

 

「⋯必ず、敵は取るからね。」

「ふふ⋯さぁ果南ちゃん、決意は決まったが?」

「ヒロ、私達は必ず勝つよ⋯!」

「むははははっ!!その心意気やよしこちゃん!ならばかかってくるがいい!!」

「よーちゃん⋯私達何見せられてるんだろうね。」

「⋯私も思ってるけど言わないでおこう?」

 

更に5分くらい僕達の激闘は続いた。一進一退の攻防⋯それでも、その均衡が崩れたのは一瞬だった。

 

「あっ⋯!」

「もらいっ!!」

 

足を雪に取られた果南ちゃんに出来た隙をヒロが見逃すはずが無い。雪玉は彼女の足に命中した。

 

「そんな⋯。」

「悪いね果南ちゃん⋯この勝負はもらったよ。」

「⋯そっか。私、負けたんだ⋯ごめん善子、敵取れなかった⋯。後はよろしくね、ダイ⋯ヤ⋯ガクッ。

「果南さんっ!!くっ、これなら⋯!!」

「ルビィちゃん!!」

「はいっ!!」

 

ダイヤちゃんが構えた瞬間、ルビィちゃんが僕達の前に出る。これが切り札⋯大人げない大人の必殺技。

何度かダイヤちゃんを狙ったけど、相変わらず僕達は彼女に玉を投げられなかった。

ならば向こうの動きも封じればいい。ルビィちゃんという切り札を以て!!

 

「な⋯ルビィ⋯?そこを避けなさい⋯!!」

「お姉ちゃん⋯あの2人を倒すなら、ルビィを倒してからにして!!」

「⋯夏喜。ルビィちゃんにあんな台詞言わせる作戦立てたっけ?」

「身に覚えが無さすぎる⋯。」

 

この空気に当てられたのかは分からないけど、ルビィちゃんは意外とノリノリだった。

 

「くっ⋯!?」

「お姉ちゃん⋯もう止めよう?こんなのおかしいよ⋯!ルビィは大好きなお姉ちゃんと戦いたくない!」

「ルビィ⋯!私だって出来るわけ、無いじゃないですか⋯!」

「グスッ⋯良い話だなぁ⋯。」

「分かる⋯分かるよ⋯。」

「何であの2人泣いてるの⋯。」

 

くっ⋯目の前でこんな姉妹愛を見せられたら何も出来ないじゃないか⋯!!

 

「ルビィちゃん。」

「花丸ちゃん⋯。」

 

いつの間にか近づいてきたまるちゃんは、おもむろに上着から何かを取り出した。

それはイチゴ味のキャンディ。にこやかに笑うまるちゃんは、ルビィちゃんに尋ねる。

 

「飴食べる??」

「え?良いの!?わーい!!♡」

 

 

 

『え?』

 

 

 

僕を含め、感動していた3人は完全に現実に戻された。

 

「⋯⋯ですわ。」

「え?」

「私の妹が可愛すぎですわぁっ!!」

「ぶっ!?」

「ヒロっ!?」

 

妹愛と共に飛び出た雪玉は、さながら銃弾のような速度で我が友人の顔面を捉えた。

⋯あれ?この光景なんか見た事あるぞ??

 

「えい。」

「あ。」

「ごめんね夏喜君。ゲームセット♡」

 

舌をぺろっと出しながらそう言う1人の少女。

忘れていた。Aqoursチームの中でひたすら玉の補充をしていた子⋯最後まで決して表に出ることのなかった少女に僕は撃破された。

 

「梨子⋯ちゃん⋯!」

「はい、ルビィちゃんもヒットずら!」

「ぴぎっ!」

「私達の勝ち⋯で、いいんだよね?♪」

「そんな⋯馬鹿な⋯!!」

 

がクリと膝をつき、頭を垂れる。

この瞬間、長きに渡る僕達の(大人げない)リベンジマッチという名の戦いは決着した。

 

「ルビィ〜!大丈夫でしたか!?怖くありませんでしたか!?怪我はないですかぁっ!?!?」

「ぴぎぎぎぎぎ⋯!」

「ダイヤさんストップ!ルビィちゃんの首が座ってないから!」

 

ふ〜っと溜息をつき、横で倒れる相方に話しかける。

 

「なぁ、ヒロ⋯。」

「⋯なした。」

「僕達は、多分どうやっても勝てない⋯。」

「⋯俺もそう思ったわ。」




千「こんチカー!!」

花「こんにちは♪」

千「いや〜花丸ちゃん最後に活躍したね〜!」

花「いやぁ〜⋯オラよりも梨子さんの方が凄いずら!持ち前の存在感の無さを発揮してあそこで当てるなんてなかなか出来ることじゃ⋯。」

千「うん、花丸ちゃん。それは梨子ちゃんに言わないようにね?割とガチで凹むからね?」

花「ずら?」

千「さて、次回は中編なのか後編なのか作者も未定!出来れば次で終わりたいって言ってました!」

花「でもきっともう少しだけ茶番が続きます♪ドタバタしたりまたシリアスになったりと、大急ぎの次回もお楽しみに!それじゃあ⋯。」


千花『あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』

P.S.安心して下さい。ヒロがAqoursの誰かとくっつく事は有りません。


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雪の華と銀世界 (後編)

皆さん、こんにチカ。
今回は大分長めです、なちょすです。
笑いあり涙あり⋯大切だった過去は、大切になるこれからに繋がる。
青春って、そういうものだと思ってます。

『ちょっと田舎で暮らしませんか?』、第21話をどうぞ。


雪上の激戦を繰り広げた僕達は、夜に向けての準備をする事にした。と言ってもご飯は皆で作るから、僕達の主な仕事は『かまくら作り。』

 

「⋯ヒロ、流石に重労働過ぎやしないか?」

「まぁ、取り敢えず頑張るしかねーべ?」

「この人数全員入るかまくらを2人でって⋯。」

「せば向こうではしゃいでる美少女達にお願いできるか?」

 

雪だるまを作ってワイワイしている1年生。

何故か雪山に頭から刺さってる梨子ちゃんを引っこ抜く2年生。

ダイヤちゃんを埋めて爆笑してる3年生。

 

「⋯やろうか。」

「おう。」

 

何時間かかるんだろうなぁ⋯。

昔からちょくちょくヒロの実家には来ていたから、それなりにかまくら作りには慣れていた。

でも今回は大きさが大きさだ。11人入るかまくらって聞いたことないしね。

 

「夜にはタンポと酒が待ってっからよ?」

「あぁ、そりゃあ楽しみだ。」

 

ヒロの作るキリタンポ鍋はとにかく美味い。というかこの辺の食べ物が基本的に美味しいんだ。

そこに日本酒だったり焼酎が加わると⋯いけない、涎が出てきた。

皆が遊ぶ中そんなことを考えてたらいてもたってもいられず、気付いたら特大かまくらが完成していた。

 

「ナツ⋯めちゃめちゃ早かったな。」

「あっはは⋯あんまり記憶無いけどね。皆を呼ぼうか。」

「んだな。おーい!そこのアイドル達ー!!」

「何ー??」

「飯にするやーー!!」

「やったー!!」

「もうお腹ペコペコだよぉ⋯。」

「わ!何これ!」

「かまくら⋯ですわね。」

 

ある者はびしょ濡れになりながら⋯またある者は雪まみれになりながらこちらへ歩いてくる。皆かまくらなんて見るのも初めてだろうし、初めて見るサイズがこれだけ大きいからやや興奮気味だ。

 

「飯はこれから皆で作るからさ。手伝いヨロピク。」

「任せて!料理なら得意だヨーソロー!」

「うむ、実に良きかな。」

「じゃあ果南ちゃんに曜ちゃん、それから梨子ちゃんと善子ちゃんで僕と食材切りかな。」

「残りは俺ちゃんと出汁取りながら鍋の管理!解散!!」

 

こうして僕達は、皆が食べた事の無いであろう『キリタンポ鍋』を作ることになった。

 

 

 

 

◇野外組 〜Side ヒロ〜

 

 

「アク取り隊、番号一番!ルビィちゃん!」

「はいっ!」

「二番、花丸ちゃん!!」

「ずらっ!」

「出撃ぃいいいっ!!」

 

『おーーーー!!』

 

「人の妹に何やらせてますの⋯。」

「意外とノリがいいね、ルビィちゃん。」

 

夏喜達食材組と別れた俺達は、かまくら内で鍋の準備をしている。ある程度準備を進めていき、地鶏のガラで出汁をとるところまできていた。

出汁を取れば必然的にアクが出る。普通に料理してもいいんだが、どうせ皆初めての事づくしなんだからやるなら楽しくやらなきゃな!

 

「よし、じゃあそろそろ頃合いか⋯。マリーちゃん!千歌ぁっち!!」

「イエ〜ス!☆」

「ほいきた!!」

「ガラ取り団⋯レッツゴー!!」

 

『いぇーーーい!!』

 

「あの⋯ヒロさん?」

「ん?なした?」

「私の仕事は無いんですの?」

「ムフっ⋯やりたくなった?やりたくなっちゃった?」

「腹立たしい顔ですわねぇっ⋯!!」

「ダイヤちゃんには、味見係っていう1番大事な仕事が待ってるよ!その前に⋯。」

 

キリタンポ鍋作りにおいての隠れたご馳走。

出汁の出た鶏ガラ⋯これ最強。

 

「どうぞ召し上がれ!」

「は?」

「ガラ。マジで美味いから、騙されたと思ってさ!」

「はぁ⋯ですが、私よりも花丸さんや千歌さん達の方が喜ぶのでは??」

ダイヤちゃんだから(・・・・・・・・・)意味があるんだよ。ささ、ガブッと!!」

「では頂きますが、少々行儀が悪いよう⋯な⋯っ!!」

 

目を見開き、何やら驚いた表情の彼女。

そう、それだよ。その反応が見たかった⋯!

ガラを食べるには直接手で持って食べないといけない。だから一番『行儀が悪いって言いそうな子』に食べさせて上げたかった。

予想以上にハマったのか、正座しながら黙々と食べ続けてるけど⋯ヤバイ、絵面がシュール過ぎて吹き出しそうだ。

誰かと共有したいが⋯ふふっ。1人居たな、適任者が。

 

「マリーちゃん。」

「ん?何??」

「ふふっ⋯あれ見てみ、あれ⋯!」

「?何の事⋯んふふふふっ!!」

 

おもむろにスマホを取り出す彼女。やっぱり間違いは無かったようだ。

 

「や、ヤバイヤバイ⋯!!」

「さ、流石にカメラは⋯ダメでしょ⋯ふふふ⋯っ!!」

「ちょ、何撮ってますの!?///」

「あっはっはっはっは!!ごめんダイヤ、もう無理ぃ!!あのダイヤが!硬度10のダイヤが、正座して鶏ガラ食べてる!あっははは!可愛いっ!ダイヤ可愛いっははは!!」

「なになに〜?」

「何かあったずら??」

「わぁ⋯お姉ちゃんそれ美味しそう♪」

 

日が落ちてきたこの町で、多分かまくらでこんなにはしゃいでるのは俺達くらいだろう。

これから完成させる鍋の暖かさと、皆の笑い声。

昔感じてた暖かさ。

こんな光景、いつぶりだったっけ⋯。

 

「⋯⋯。」

「ん、なした?マリーちゃんや。」

「ふふっ、別に?ほら皆ー!ダイヤに食べ尽くされる前にマリー達も食べるわよ〜!」

 

『おーーー!!』

 

「もちろん、ヒロもね?♪」

「へ?」

「そうだよ!ヒロ君も一緒に食べよ!!」

「早く来ないと本当に全部食べますわよ?」

 

⋯ははっ。

夏喜があんだけ全力になるのも分かる気がするな。

 

「よし⋯食材組が来る前に食い尽くすぞぉ!!」

 

この子達と居ると、楽しくてしょうがねぇや。

 

 

 

 

◇台所組 〜Side 夏喜〜

 

 

「さてさて、久しぶりに腕がなるな。」

「ナツ、経験あるの?」

「まぁ、ちょくちょく遊びに来てたから。」

「舞茸、ネギ、鶏肉⋯。」

「ごぼうにセリに糸こんにゃく⋯結構普通の鍋だね。」

「そう思うでしょ?ここに⋯じゃっじゃーん!!」

「エクスカリバー!?」

「その発想はなかった。」

 

僕が取り出したのは、割り箸に刺さった棒状のお米。若干1名興奮気味だが、皆キョトンとしている。

何を隠そうこれがこの鍋のメイン⋯その名も!

 

「これが、『たんぽ餅』だよ!」

「お米⋯だよね?」

「うん。杉の棒を米で包み込ん出るんだけど、これをこうして⋯斜めにカットすればキリタンポの出来上がり。」

「まさか⋯タンポを切るからキリタンポ?」

「うん。」

「あっはは⋯千歌ちゃんが聞いたら喜びそう。」

 

いや、まぁ⋯安直って言うのもわかる気がするけど、味は間違いない。地鶏の出汁を染み込ませたキリタンポの美味さたるや、それはもう⋯もう⋯。

 

「夏喜?夏喜ー?」

「珍しいね⋯夏喜君がこうなるの。」

「ふふっ。じゃあそんなナツの為にも、ぱぱっとやっちゃおうか♪」

「ヨーソロー!もうお腹空いてきちゃったよ!」

「はっ!?僕は今まで何を⋯?」

「もう始めてますよ、夏喜先生。」

 

クスリと梨子ちゃんに笑われてしまった。いけない、このままでは『働かざるもの食うべからず』だ。

台所に5人も並べない為、一人が食材を切ったら次の人が。その人が切ったらまたその次が、というローテーションを取る。定期的に切った食材を持って行ってもらってるのだが、先陣を切った善子ちゃんの顔が何やら浮かない。

 

「どうかしたかい?」

「いや、その⋯恐ろしいものを見たわ。」

 

曜ちゃんと果南ちゃんも、何やら目を泳がせて戻ってきた。

さて、食材を全て切り終えたから、あとは戻るだけなんだけど⋯梨子ちゃんと目を合わせる。見ていないのは僕達2人だけだ。

 

「⋯行こうか。」

「⋯そうだね。」

 

手分けして食材を持ち、顔の上がらない3人を付き従えかまくらへと戻る。

 

そして、僕の目の前に広がっていた光景。

 

「ヒロ、終わったよ⋯⋯えぇ⋯。」

「⋯⋯。」

 

そこに居たのは、正座をしながら物も言わずに黙々と鶏ガラを食べ続ける謎の五人衆だった。

ルビィちゃんとまるちゃんは分かる。何かこう⋯『もっ⋯もっ⋯』って感じで食べてるから可愛らしい。

千歌ちゃんと鞠莉ちゃん、それからヒロはさながらハムスターの様に前歯を器用に使ってカリカリ食べてるね。ヒロに関しては顔を若干ハムスターに似せてるのが腹立つけど。

ダイヤちゃんは⋯うん。目に光が宿ってない時点で察してあげよう。

 

僕達2グループの間にあるのは、静寂・沈黙。

この光景に名前をつけるならば、『無』だろう。ただただ長い無がそこにはあった。

 

 

「⋯⋯ふっ。」

 

 

その静寂を打ち破ったのは、一人の少女の息が漏れる声。

 

「梨子、ちゃん⋯?」

 

あれだけ一心不乱に食べ続けていた集団が全員手を止め、一斉に僕達の方を向いてくる。

いや怖い怖い⋯。

梨子ちゃんは顔を横にそらし、必死に何かを堪えるようにぷるぷる震えている。

 

「ご、ごめん⋯私、無理なの⋯こういう、ふふっ!シュ、シュール、なの⋯!」

「⋯ぷっ。」

「あはは⋯。」

『あはははははは!!』

 

彼女の笑い声を筆頭に、1人、また1人と笑い声が増えていく。

本当、ゆるいよなぁ⋯人のこと言えないけどさ。

ようやく鍋を囲んだ僕達は、かまくらの中で暖を取る。まぁ、しっかりした暖房なんて持ってこれないから、中を照らす蝋燭、それから鍋の匂いと湯気が僕達のストーブ代わり。

しっかり作られたかまくらは、ちょっとやそっとの熱で溶けることは無い。外でしんしんと雪が降り続ける銀世界から隔離されたもう1つの世界だ。

 

「あったか〜い!」

「こ、これ大丈夫だよね?落ちてこないよね!?」

「もう、果南ってば心配性ね。」

「安心しなよ。かまくら作りの名人と近所のチビ達から評判の俺ちゃんと夏喜が作ったんだから間違いないって!」

「もうそろそろ食べれそうだね。」

「うっし!それじゃあ皆!」

 

 

『いただきまーす!!』

 

 

「んーーー!!♪」

「美味しいずら〜!!」

「こんなの食べた事ないかも!」

 

友達が居て、幼馴染が居て。

美味い飯とお酒がある。

こんなに贅沢な事って他にあるのかな?

 

「な、ナツ君⋯///」

「ん?どうしたの?千歌ちゃん。」

「お酒⋯あんまり飲んだらダメだからね⋯///」

 

両手で胸のあたりを隠すようにしてそう言ってくる千歌ちゃん。その⋯微妙に顔が赤く見えるのは何でだろう。

 

「なになに〜?ナツがまたなんかやらかしたのか??」

「記憶は無いけど⋯。」

「⋯ナツ君、お酒飲むと狼になっちゃうもん///」

 

『え?』

 

「ん?」

 

暖かい別世界だと思ったら、一気に極寒の世界へ早変わり。

島原マジック。

とか言ってる場合じゃない!記憶は無いけど何故だか皆の視線が痛い!!

 

「ぷぷぷ!夏喜ちゃんやっぱりやらかしてる〜♪

「いや本当に記憶が無いんだってば!!」

「ナツ⋯お酒に任せて一線越えるのはちょっと⋯。」

「しかも女子高生相手ずら⋯。」

「これが若気の至りってやつね。」

「言葉の一つ一つが痛いっ!!」

「夏喜⋯もうAqoursの皆とくっついてしまえ。」

「いやいや何言ってんのさ!」

『⋯⋯⋯///』

「え?何でそんな満更でもない顔してるの??」

「ダメだこりゃ。」

 

ご飯を食べて、笑って、何故だか怒られて⋯。

そんな僕達の夕食はあっという間だった。先に皆にお風呂に入ってもらって、残ったメンバーで布団を敷いていく。

何とか9人分敷いてそれぞれが談笑をし始めているが、千歌ちゃんだけは何やら思い悩んでる顔だ。理由は⋯分かってる。

 

「ヒロ。」

「あぁ、わーってるよ。じゃあ皆!俺等は外で大人の時間とすっから、何かあったら呼んでくれ。それから⋯千歌っち。」

「?どうしたの?」

 

ヒロの手招きで千歌ちゃんがトコトコ歩いてくる。

 

「素直になりなよ?」

「え⋯。」

「頑張ってね、千歌ちゃん。」

「ナツ君⋯ヒロ君⋯ありがとう。」

 

言いたい事は言った。

酒瓶とグラスを持ち、2人で外へ出る。

ここから先は彼女達の時間。誰も邪魔しちゃいけない、大切なAqoursだけの時間だ。

 

後は頑張りなよ、リーダーさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

ナツ君とヒロ君が出ていった後、居なくなったはずのその背中をずっと見つめていた。顔に出さないようにって思ってたけど、2人にはやっぱりバレちゃうか⋯。

 

「千歌ちゃん。」

「言うんだよね?」

「うん。そう、決めたから。」

 

私達がAqoursとして活動できるのも後少ししかない。学校も無くなっちゃうし、これから忙しくなるから今しかないって思った。

3年生の皆に、ありがとうって伝える。

それが、決めた事。

 

「果南ちゃん、鞠莉ちゃん、ダイヤさん⋯。」

「ん?なーに、千歌っち?」

「あのね⋯皆に言いたいことがあるの。私から⋯ううん、1年生も含めて、私達から。」

 

緊張で手が震える。鼓動がバクバクと鳴り止まない。

言うんだ、絶対に。

 

「スクールアイドルとして⋯Aqoursとして、ずっと私たちと一緒に活動してきてくれて、どうもありがとう!」

「千歌⋯。」

「私、楽しかった。皆で一緒に練習して、いっぱい歌って、いっぱい笑って⋯泣いちゃった時もあったけど、果南ちゃんに支えて貰った。鞠莉ちゃんに元気を貰った。道がそれそうになったら、ダイヤさんがちゃんと叱ってくれた。⋯そんな毎日が楽しかったんだ。」

 

口を開きながら、皆と過ごしてきた日々が頭に浮かぶ。まだ終わるわけじゃないのに⋯おかしいよね。

 

「練習終わりに寄り道して、辛い事は皆で精一杯悩んできた。そんな日々が、ずっとずっと続くんだって⋯そう、思ってた。」

「千歌さん⋯。」

 

自然と目尻に涙が溜まってくる。言わなきゃいけないのに、口を開く度にどんどん涙が増えて⋯。

でも、隣で曜ちゃんと梨子ちゃんが手を繋いでくれる。それだけで頑張れる。

 

「皆卒業しちゃうけど、私は、この毎日が大好きで⋯皆が居てくれたから頑張れて、大好きで⋯あ、あれ?おかしいな⋯言いたい、事が、纏まらないや⋯!えっと、だから⋯つまり⋯!」

 

 

 

 

こんなに伝えたい事があるのに。

 

こんなに大好きって言いたいのに。

 

下を向いたら、溜まった涙が大事な言葉と一緒に⋯一つ、また一つって零れ落ちていく。

我慢しなきゃって思って。リーダーなんだからしっかりしなきゃって思って。

 

 

『素直になりなよ?』

『頑張ってね、千歌ちゃん。』

 

 

「果南ちゃん⋯鞠莉ちゃん⋯ダイヤさん⋯!」

 

 

 

そう思ってたけど⋯違うんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

「卒業⋯しないでよぉ⋯!!」

 

 

 

 

 

 

この気持ちは、我慢しなくてもいいんだ。

 

 

 

「っ⋯千、歌⋯。」

「ごめん、果南ちゃん⋯私も、ちょっと⋯厳しいや。」

「曜⋯私だって、離れたくない⋯!一緒に居たいよ⋯!」

『かなんちゃあああんっ!!』

「おいで、2人ともっ!!」

 

 

「本当、仲がいいわよね、あの3人。」

「うん⋯ちょっと羨ましいかも。」

「リリー泣いてるの?」

「よっちゃんだって。」

「梨子ー!よーしこ!!♪ハ〜グ!♡」

「わっ!?」

「ま、マリー!危ないわよっ!」

「⋯っ⋯。」

「マリー⋯?」

「ねぇ⋯私、2人と一緒にユニット組めて、幸せだったわ。いっぱい迷惑かけちゃって、ごめんね?⋯2人とも、大好き、だから⋯!」

「っ!ず、狡いわよそんなの⋯私達だって、マリーとじゃなきゃ、出来なかったこといっぱいだし⋯大好きなんだから!!」

「だから、もっと沢山⋯迷惑、かけてください⋯!これからもずっと⋯!!」

 

 

「お姉、ちゃん⋯!」

「ダイヤさん⋯!」

「ええ、いらっしゃい?ルビィ。花丸さん。」

「うぅっ⋯うわぁあああんっ!!嫌だよ!ルビィもっとお姉ちゃんと輝きたい!スクールアイドルやりたいっ!」

「ダイヤさん⋯居なくなっちゃ嫌ずらぁ⋯!果南さんも、ダイヤさんも居なくなったら、まるは1人ずらぁ⋯!」

「⋯ふふ。手のかかる妹達ですわね⋯。ルビィ。何も今生の別れということではないんですよ?貴方は私なんかよりもずっと意思が強くて、努力家です。いつでも傍に居ますから、自分を信じなさい。」

「お姉ちゃん⋯!」

「花丸さん。ユニットで1年生1人だったのに、しっかり付いてきてくれました。でも貴方には、善子さんにルビィ⋯千歌さん達もいるんです。一人な筈無いじゃないですか⋯。」

「うっ⋯ううっ⋯。」

「でも⋯そんなに思ってくれる後輩を持てて、私達は幸せ者、ですわね⋯ありがとう。」

 

 

いっぱい泣いた。

沢山声を上げた。

 

3年生の優しさを沢山貰ったから、今度は私達がお返しする番。

 

がむしゃらに、がむしゃらに前へ進む。輝く為に、走る事を止めたりしない。

 

そうしたら⋯卒業式は、笑って見送るんだ。

 

皆⋯本当に、ありがとう。

 

 

 

大好きだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「今頃、どうなってるかね?」

「想像するのは野暮ったいんじゃないっけ?」

「はは、分かってるって。」

 

かまくらにやってきた僕達は、蝋燭に火を付けてかれこれ1時間くらいだべっていた。夕食の時に使ったやつの残りだから、3分の1程しか残っていない。

それで充分⋯僕らが酒を飲むには、そんなに時間はいらない。

 

「やっぱりここで飲む酒は違うね。」

「なしたなした親父くせぇ。」

「歳をとったんだよ、実際。初めて会ってから何年経つと思ってるのさ?」

「それもそうか。初めては海だったもんな!」

「あぁ⋯今でも覚えてるからな。お前がフナムシ投げつけてきたの。」

「そうだっけ?」

 

なんて奴だ⋯僕にトラウマを植え付けた本人が憶えていないなんて⋯!

 

「バカもやったしなぁ高校で。」

「そうだね。いつか彼女達も、こうして僕達みたいに話をする時が来るのかな。」

「まぁ来るだろうな。あの子らが大人しくしてるわけが無い。」

 

何となく想像はつく。

全員がお酒を飲めるようになったら、千歌ちゃんとかはチューハイだろうな。鞠莉ちゃんはワイン片手に爆笑してるだろうし、果南ちゃんは酒豪になりそうだ。

ふふっ、楽しいだろうね。

 

「でもさ⋯ここまで長い付き合いになるのがヒロだとは思わなかったな。」

「俺だってこんなチンチクリンだと思わなかったさ。」

「言ってろよ。」

 

憎まれ口をついて、今でもバカやって、たまに酒を飲みながら『昔はこうだった』なんて話もして笑い合う。

そうやって時間を過ごしていくのも、大人になるって事なのかな。

 

「ヒロ。」

「ん?」

「ありがとうな。」

「何だよ、急に。」

「何だろうね、急に。」

「⋯ははっ。変なヤツ。」

 

前を向きながら、グラスをこちらへ差し出してきた。

言いたい事は⋯何となく分かってる。だったら、僕も返さなくちゃ。

 

 

「お前もな。」

 

 

カンッと甲高い音が鳴る。

会話は無い⋯それで良かった。

お互い、全部分かってるから。

残ってた酒を一気に飲み干し、蝋燭の火を吹き消す。

 

「よし!んじゃ、そろそろ戻っか!」

「だね。皆薪ストーブ使えないから、寒さで震えてたら大変だ。」

 

家の中へ戻ると、皆が居た部屋には明かりがついている。だけど話し声は聞こえない。

 

「皆?⋯あぁ。」

「なした?おっと⋯。」

 

3年生1人1人に、1・2年生が抱き着くように寝てしまっている。

どれだけこうしてたか分からないけど、皆目を真っ赤に腫らしていた。

 

「ナツ⋯今日は交代で火の番だな。」

「あぁ、了解。」

 

真ん中で果南ちゃんの腕に抱き着く千歌ちゃんの頭をそっと撫でる。

 

 

 

「お疲れ様⋯小さなリーダーさん。」

 

 

 

 

 

 

「おぅ、起きろナツ〜。行くぞ。」

「ん⋯分かった。」

 

朝5時にヒロに起こされる。これから僕達は一仕事だ⋯目が開かない。

 

「んぁ⋯あれ⋯ナツ君?ヒロ君もどうしたの?」

「これから一仕事しようと思ってさ。千歌っちはゆっくりしてなよ。」

「ううん⋯千歌も行く⋯。」

「じゃあ顔洗っておいで?」

「うん⋯。」

 

のそのそと洗面台へ向かう彼女を目で追うと、何やらニヤついてるヒロの顔が。

あれ?この時期の水って確か⋯。

 

 

「冷たぁぁああああああいっ!!」

 

 

あぁ⋯やっぱり。千歌ちゃん、ご愁傷様です⋯。

 

「ん⋯何なんですの⋯?」

「うっ⋯うぅ⋯ダイヤさぁん⋯手が冷たいよぉ⋯顔が冷たいよぉおお⋯⋯ぴとっ。」

「ぴっぎゃあああああああっ!?」

 

結局⋯その声が目覚ましとなり起きてしまった彼女達は、全員僕達についてくることになった。

ゾロゾロと行列を従えやって来たのは、歩いて5分くらいの一軒家。家の前や周りには、昨日1晩で降り積もった雪がドッサリだ。

 

「ここ、知り合いのババの家なんだけどさ。昨日大分降っちったから、やっとかないとババがぶっ倒れてしまうからな。」

「やるって⋯何を?」

「ふっ⋯決まってらべ?これから楽しい除雪のお時間だ!さぁ皆、スコップは持ったな!?」

 

スコップを持つ9人の少女。

ソリを引く2人の男。

うん、田舎だ。

 

「ヒロさん、こういう事って結構頻繁なの?」

「まぁね。皆勝手にやってるけどさ⋯結局年寄りばっかだし、俺も世話なってっからこんぐらいはしとかないとね。」

「結構⋯、重労働、だね⋯!」

「慣れなきゃキツいわな〜⋯でもさ。」

 

知り合いの人の家を見ながら、ヒロが口を開く。

 

「言える時に感謝して、出来る時に色々しておかなきゃ⋯いざって時後悔しちゃうからな⋯。」

「ヒロ君⋯。」

 

ガラガラと家の扉が開き、中からそこそこ歳のいったお婆さんが出てくる。

 

「ん〜⋯?ヒロだが?」

「あや、ババもう起きたか?寒いから起きてこねーかと思ったじゃ。

「随分賑やかだったもの、起きるに決まってらべ?おやナツ君、久しぶり♪」

「お久しぶりです。」

「後ろの子達は⋯どっちの彼女だい?」

『かの⋯!?///』

「全員夏喜の。」

「おい、また誤解を招くような事を⋯。」

『⋯⋯///』

 

後ろで再び満更でもない顔の皆はさておき⋯今日は天気が良いし、気温も昨日とは比べ物にならないぐらい寒い。

ひょっとしたら⋯。

 

「⋯やっぱりあった。皆、ちょっとちょっと。」

「どうしました?」

「今日は運が良いみたいだよ。これを見てごらん。」

「これって⋯雪の結晶⋯?」

「綺麗⋯。

 

僕が見つけたのは雪の結晶だ。

温度、天気⋯色々な条件が重なって初めて見れるものだ。

 

「お、良いもん見つけたじゃん!」

「おや、綺麗だねぇ⋯今日は良い1日になりそうだよ。

「何だかお花みたいずら!」

「あぁ⋯そりゃいいね。流石まるちゃん、感性が素晴らしい。」

「えへへ⋯///」

 

動物達は冬眠に入り、植物達は次の春へ向けての準備をして⋯閑散としたこの銀世界で、様々な形で姿を見せる『雪の華』。

同じ形は1つとして無い。

もう少し時間が経てばきっと溶けて消えてしまうんだろう。

それでもキラキラと輝くその姿は、確かに僕達の目に焼き付いていた。

 

「季節⋯今、言いたい事⋯。」

「千歌?」

「私達の夢⋯輝き⋯⋯未来。出来た⋯!出来たよ梨子ちゃんっ!

「何が出来たの?」

「歌詞だよ!ずっと書き続けてきた新曲の歌詞!!やっと⋯分かったんだ。何を伝えたくて、私達が何を目指してきたか⋯あ!メモしなきゃ忘れる!!」

「ちょ、急すぎじゃない!?メモできるものなんて無いわよ!」

 

ヒロと目を合わせ思わず笑ってしまう。

どこまでも緩くて、どこまでも唐突で、皆でワイワイして⋯夢に向かって走り続ける。

彼女達は気付いてるかな。

 

今のその姿が、とってもキラキラ輝いてる事に。

 

「取り敢えず⋯ババ、悪りぃばって何かメモとペン貸してけねが?」

「ふふっ、そんなので良ければなんぼでも貸すじゃ。」

「あれが終わったら再開だね。」

「おう。帰りの時間までには終わらせるがらな。」

「了解したよ。」

 

明日はにこちゃん達が来る。

でも⋯彼女達なら大丈夫だろう。

色んな事を経験した。

色んな事を話した。

それを歌にして踊って⋯楽しさを忘れなければ、きっと⋯。

 

「さ、ボチボチやりますか!」

 

 

僕達の秋田遠征は、こうして幕を閉じたのだった。




夏「はい、こんにちは。」

ヒ「オッスオッス。」

夏「いやはや⋯長かったね今回は。」

ヒ「これだけ詰め込んだらそうなるわな⋯。つか、皆は?」

夏「例のごとく思い出し泣きしてるから、そっとしておいて?」

ヒ「あぁ⋯納得。そういや作者も珍しく悩み事してたな⋯。」

夏「そうなのかい?でも展開は全部出来てるんじゃなかったっけ?」

ヒ「分からん。何か人の目がどうとか言ってたわ。」

夏「?まぁ、何とかなるんじゃないかな?結構気まぐれで自由人だし。」

ヒ「だな。さて!次回はμ'sと約束した日の話。そしてメインは1年生!」

夏「体力作りの為に、秘密の特訓に励む彼女達の姿をお楽しみに!」

ヒ「そんじゃ、次回のちょ田舎!」

夏「クリスマスライブと!」

ヒ「秘密の特訓!」


夏ヒ『あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』

P.S.シリアスは旅立ちました。


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クリスマスライブと秘密の特訓

皆さん、こんにチカ。
そしてお久しぶりです、なちょすです。

ちょ田舎放ったらかして何やってたんだと⋯すみません。好き放題やるスタンスでこの作品の結末を考えたてたんですが、改めて沢山の人に見てもらってるって思ったらちょっと怖くなりました。
いけませんね、人の目を気にしやすいってのは⋯。
けどもう大丈夫です。同時連載しまくって逆に吹っ切れました。

それではちょ田舎第22話、どうぞ!


約束の日。

浦の星女学院スクールアイドル部の部室には、にこちゃんと穂乃果⋯伝説と呼ばれたスクールアイドルグループの元リーダーと部長が居た。

 

幼馴染み達はダンスを踊り、歌を聞かせ、この2人の前で結果を待つ。

彼女達はやりきった⋯ほんの少し緊張はしていたけど、それでも最後まで笑顔だった。

後は⋯答えを聞くだけ。

 

「じゃあ言わせてもらうけど⋯⋯まだ足りないわね。」

「っ⋯そう、ですか⋯。」

「そこの1年生!」

「ずらっ!?」

「ぴぎっ!?」

「よはっ!?」

 

相変わらず特徴的な1年生の子達。

 

「キャラは良いわ。でも動きに少し遅れが出てる。体力作り、もう少し頑張んなさい。次、そこの3年生!」

「は、はいっ!!」

「ダイヤ⋯。」

「ガッチガチね〜。」

「体力的には余裕有りそうだけど、もっと自信持ちなさい。素材はいいし、動きも出来てるんだから。最後に2年生⋯。」

「はい。」

「何に緊張してるか分からないけど、その笑顔をもっと自然に出しなさい。気負う必要なんて無いの。そんくらいで丁度いいのよ。」

「笑顔⋯。」

「でもこれでライブ出来るね、にこちゃん♪」

 

穂乃果が口を開いた。

『ライブが出来る。』

勿論Aqoursの皆はキョトンとしてるけど、これはサプライズとして取っておいた案だったから、知らなくて当然だ。

 

「もう言っていいのかい?穂乃果。にこちゃん。」

「大丈夫!にこちゃん最初からそのつもりだったから!」

「ライブって⋯何の話ですか?」

 

 

「Aqoursに、クリスマスだけのスペシャルライブをやってもらおうって話。やったね、皆。」

 

 

「へ?」

『えぇええええええっ!?』

「うわ、ビックリした。」

「こっちがビックリだよ!!」

「どういう事ですの!?」

「どういうって⋯言葉通りの意味なんだけど⋯。皆にはクリスマスライブをやって欲しいんだ。ラブライブ前に君達が、応援してくれる皆の為に送る聖夜の贈り物。」

「あっはは!ナッツん気取るね〜♪」

「よしてくれ穂乃果。結構恥ずかしいんだ⋯。」

 

Aqoursが駆け抜けてきたこの1年。ずっと側で見届けてくれたこの町の人達やファンに送る、最高のステージ。

彼女達のこの輝きを、見て欲しかった。

勿論こう思うのは僕の勝手な願いだし、我儘にもなってしまう⋯。

だから、これをやるかどうかは彼女達次第。

 

「で⋯どうする?新世代のリーダーさん?」

「にこさん⋯。」

「答えはすぐじゃなくても大丈夫だよ!ちょっと会場設営に手間取ってるしまだ時間もあるから⋯」

「やります!!」

 

憧れを前にして⋯誰よりも輝きを求めた一人の少女は、力強く答えた。

 

「多分⋯今なんです。今やらなきゃ、きっと輝きに届かない気がするんです。それに、皆にまだ感謝の気持ちを伝えられてない⋯だから、やりたいです!やらせてください!」

「⋯⋯ふふっ。そう言うと思ってたわ。」

「準備は私達に任せて、皆は練習がんばってね!あ!千歌ちゃん、連絡先交換しようよ!」

「うぇええっ!?ほ、ほほほ穂乃果さんと⋯!!穂乃果さんと連絡先⋯えへへぇ⋯///」

「千歌っち?その顔人前でしちゃダメよ??」

 

和気藹々と話が進み、これで次の目標は決まった。Aqoursが輝きを掴むために⋯沢山の人達へ想いと歌を届ける為に。

再び笑顔を見せた少女達は、前を向いて歩き出した。

 

3人の少女を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わった⋯ようやく仕事が終わった⋯⋯。」

 

事務室で進めていた今日の仕事がようやく終わった。何だか今日は量が多かった気がするな⋯まぁ統廃合の件もあるから仕方ないといえば仕方ないし、それが嫌というわけじゃない。むしろ最後の仕事になるんだから、いつもより気を張ってしているぐらいだ。

今日は彼女達の練習も休みだから、穂乃果やにこちゃんと話をした後は各自解散となった。

千歌ちゃんは最後までニヤニヤしてたけどね。

 

「さて、そろそろ帰ろうかな。」

「⋯⋯ナツキ⋯。」

「ん?あれ、まるちゃんにルビィちゃんに善子ちゃん。どうしたんだい?」

「実は⋯お話がありまして⋯。」

 

僕の元へ来た1年生3人組は、あまり浮かない顔をしていた。今日は練習も休みだというのに皆練習着に着替えて、何かあったんだろうか。

 

「ルビィ達の練習を見てくれませんか⋯?」

「良いけど⋯どうしたの?」

「ほら⋯体力が足りないって言われちゃったし⋯。」

「皆の足を引っ張りたくないから⋯練習しようと思ったんですけど⋯。」

「ルビィ達だけじゃどうしたらいいか分かんなくて⋯。だから、μ'sのアシスタントをしてた夏喜さんにお願いしたいんです!」

「皆⋯気持ちは分かるけど、ライブも近いし無理はしない方が⋯。」

「お願いナツキ!アンタしか頼れないの!このメンバーで⋯3年生と活動出来るのも少ししかないから、失敗したくないのよ!!」

「千歌さん達にとっても大事なライブだから⋯まるたちが迷惑かけるわけにはいかないずら!」

 

意志を持った言葉。彼女達は必死に考えて、悩んで⋯全てはクリスマスライブをやりきる為。

残り少しで終わってしまうこの毎日に、最高の思い出をつくる為。

本当にこの子達は、素直で真っ直ぐで⋯優しい子達だな。

 

そんな言葉をぶつけられて断る程、非情な人間じゃないつもりだよ。

だから⋯やる事は一つ。

 

「⋯分かった、やろう。僕で良ければいくらでも手伝うよ。どうせなら他のメンバーを驚かせちゃおうか。」

「ナツキ⋯!」

「ありがとうございます!」

「ただ本番が近いのは確かだから、過剰な練習量はやらないよ?」

「大丈夫です!」

「よし!なら準備運動して場所変えようか。こっちも後は施錠だけだから、皆も準備したら校門で待っててくれるかな?」

「えぇ、分かったわ。」

 

最後の仕事を終えて場所を変えた僕達は、取り敢えず基本的な練習メニューからランニングと筋トレを選んで行うことに。明日は休日だから、彼女達の意思で今日は僕の家に泊まっていくことになった。

筋を伸ばしたりしないようしっかり準備運動をして、Aqoursが練習で走ってるコースをランニングする事になったんだけど⋯。

 

「ゲホッ、ゲホッ⋯!皆⋯大丈夫、かい⋯?結構走って、来たけど⋯!」

「えっと⋯まる達は大丈夫ですけど⋯。」

「あはは⋯。」

「アンタが一番グロッキーじゃない⋯。」

 

3Km弱走ってきた僕の体は既に満身創痍。対する1年生は、多少息が上がってるもののまだいけそうだ。

どうだいこの惨めな姿を。

平均的かと思ってた僕の体力は、この数年で見るも無残に落ちぶれていたよ⋯ぐすっ。

 

「少し休む?」

「いや!これで僕が休んだら皆の練習を見てる意味が無い!大丈夫!最悪這いずり回ってでも付いていくから⋯!」

「ホラー映画じゃないんだから⋯。」

「でも夏喜さんだったら怖くないかもです!」

「笑っちゃうかもしれないずら♪」

「せめて怖がってくれ⋯。」

「走れるんなら行くわよー。」

「あ、待って!待ってください!!」

 

結果───走行距離6km。

いかにこの子達が普段走り込んでるかを、身をもって体験したよ。

ここまで来てようやく皆へたり込むぐらい疲労が来てるけど、僕はもう砂浜にうつ伏せで倒れていた。

 

キッツ⋯。

 

「よし、じゃあ筋トレもやっておこうか!時間も経ってるし、あんまり遅くまでは出来ないけどね。」

「せめて地面から顔を離して言って欲しいずら⋯。」

「動けないんだ⋯もう、今日はここに泊まろうか⋯。」

「馬鹿言わないでよ⋯。」

 

まぁ実際ここでゴロゴロしてても埒が明かない。恐らく明日筋肉痛になるであろうこの貧弱な体にムチを打って、彼女達の筋トレとか見てあげないと⋯。

 

「それじゃあ腕立てと腹筋を軽く50回、いってみようか。」

『ごじゅ⋯!?』

「ん?」

「50⋯ですか?」

「うん。2セットほど。」

「鬼ずらぁ⋯。」

「果南さんとか曜さんが居たら大喜びしてるわ⋯。」

 

そんなに衝撃的な事を言っただろうか⋯?何にせよここで皆にはある程度筋力もつけてもらわないとね。

まるちゃんとルビィちゃん、僕と善子ちゃんに別れてひたすら筋トレをする。

 

「ふっ⋯!うぅ〜⋯!!」

「35。さぁ、あと15回頑張って善子ちゃん!」

「キッツ⋯!」

「ここが正念場だよ。お腹に力を入れて、一気に来て。」

「そんな、こと⋯!言われてもぉ⋯!にゃあっ!!」

 

36回目。

言葉通り彼女は勢いよく来たけど⋯。

 

「⋯えっと⋯⋯36?」

 

オデコがぶつかりそうになるぐらいまで近づいてくるとは思わなかった。

回数だけ伝えると、彼女は両手で顔を隠して砂浜へパタリと倒れてしまった。

 

「あ〜⋯善子ちゃん?ナイス勢い!!」

「うっさい⋯///」

「何2人でイチャイチャしてるずら?」

「してないわよっ!///」

「良いなぁ善子ちゃん⋯。」

 

横の2人から言葉が飛んでくるが、あれはイチャイチャと言えるのだろうか⋯。というかルビィちゃん、良いなぁってどういう事⋯?

 

結局、本格的に暗くなるギリギリまで僕達の秘密の特訓は続いた。明日はダンスも見てまたランニングして⋯いや、その前に筋肉痛が待ってるか⋯。

家に帰る際、軽くランニングして行こうと話していた僕達は⋯この最後のランニングがトドメになることをまだ知らなかった。

 

でもそれは明日の話でしたとさ⋯。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早く早く〜!ラーメン屋さん閉まっちゃうよ〜!!」

「はぁっ⋯!はぁっ⋯!ま、待って〜!!」

「あそこの女の子達も頑張ってるんだから、もっと頑張るにゃ〜!」

「ふぇええ〜⋯あ、あれ⋯?あの子のリストバンド⋯⋯そっか。」

「どうしたの?かよちん。」

「⋯⋯ううん、何でもないよ♪いこっ、凛ちゃん。」

 




鞠「Hello,everyone!皆元気にしてたかしら〜♡」

ダ「長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした⋯。」

果「なんかここに立つのも久しぶりだね。」

鞠「制作上の都合ってやつよ!なんにしても、1年生ってばホントにcuteよね♡」

ダ「ルビィが可愛いのはいつもの事ですが⋯ああいう風に思ってくれる1年生を見るのは、何だか感慨深いですわね。」

果「それだけ皆が成長してるってことだよ。次回は私達なんだから、頑張んなきゃね!」

鞠「次はマリー達とナツキのスイートな1日よ♪」

ダ「自信を持つという言葉を、誰かさんがおかしく解釈してしまったが故に起きた悲しい事件⋯。」

果「うん⋯出来ればさっと見て全部忘れてほしい⋯。」

鞠「まだ気にしてるの?しょうがないわね〜⋯それじゃ、次回のちょ田舎!」

ダ「キャラ作りと!」

果「決め台詞!!」


鞠ダ果『あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』


P.S.ぷちぐる始めました。海未ちゃん使ってる『なちょす』っていうのがいたら私です。HPT千歌っち欲しいなぁ⋯。


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キャラ作りと決め台詞

皆さん、こんにチカ。
ぷちぐる中毒の、なちょすです。
ラストが近いのに今回はコメディチックに遊びます。
その為⋯人によってはちょ田舎らしくないキャラ崩壊が見受けられるかも知れませんが、『まぁ⋯なちょ公だし。』と思って頂ければ幸いです。

それではちょ田舎


「身体中が痛い⋯。」

 

この間1年生と一緒に練習した疲れが未だに取れない⋯。僕ってこんなに貧弱だったんだな⋯。もう少し普段からちゃんと体力作りしよう。

そんな筋肉痛も取れないまま、何故か僕は理事長から呼び出しを食らっていた。

 

「それで⋯何で僕はここに呼ばれたのかな?」

「ごめんナツ⋯。」

「馬鹿を止められませんでしたわ⋯。」

「バカって何よ!マリーだってちゃんと考えてます〜!!」

「話が見えないんだけど⋯。」

「ほら、クリスマスライブの話。」

 

クリスマスライブ?彼女達が気にする事って⋯『自信を持て。』だっけ。

やっぱり皆、あの時の言葉を気にしてるんだな。なんて言うか⋯昔からの長い付き合いだからあまり気にしてなかったけど、にこちゃんの言葉の力って凄いよなぁ。

 

「私達に足りないのは自信⋯つまり恥を捨ててやらなくちゃいけないの。」

「はぁ⋯。」

「だからキャラ作り手伝って欲しいなって♡」

「あぁ、そういう事か。じゃ、仕事に戻るから頑張ってね♪」

「Wait!何処に行こうとしてるのよ!!」

「夏喜さん、全てを忘れて職務を全うしてくださいな。」

「こっちは私達で何とかしておくからさ。」

「果南!?ダイヤ!?待って待って!理由があるんだってば!!」

『理由〜?』

 

心底呆れた顔で、幼馴染み2人は言い出しっぺの理事長をじっとりと見つめている。

まぁ何だかんだで頭も切れるし、根の部分はかなり真面目な鞠莉ちゃんの事だから何か考えてるんだろうけど⋯。

 

「ほら、私達⋯っていうか、私以外どっちもお硬いイメージがあるじゃない?特にダイヤ。」

「否定はしませんが。」

「私そんな硬いかな?」

「ちょっとクール過ぎるのよね〜⋯。だから、どうせなら恥を捨てて色んなキャラをやってみようってこと!そしたら、ちょっとやそっとじゃ恥ずかしいだなんて感じないでしょ?」

「分からなくもないけど⋯僕が必要な理由は?」

「夏喜に色んな私達を見てもらうのが、1番恥ずかしいからよ♪」

「⋯⋯よりによって貴方は⋯。」

「言っとくけど⋯絶対自爆するからね、鞠莉。」

「まぁ⋯見るだけでいいなら大丈夫だけど⋯。」

「大丈夫だって!み〜んなハッピーになっちゃうんだから♡」

 

彼女が言うにはこうだ。

僕の目の前には二つの箱があり、そのうちの片方を僕が引く。そしたらそこに書いてある人物がもう一つの箱を引き、引いたキャラを演じるという実にシンプルなルールだ。

やるキャラに関しては、鞠莉ちゃんが事前に用意していたらしい。

 

「じゃあサクッと言っちゃいましょう♪」

『⋯⋯⋯⋯。』

「あ〜⋯大丈夫、かい?」

「ナツ⋯これから見る事は全部忘れて。」

「忘れられそうになかったら、どんな手を使ってでも忘れさせますので。」

「何されるんだ僕は⋯。」

「ほらナツキ、hurry hurry!!」

「はいはい⋯。あ、果南ちゃんだ。」

「げっ!?」

「じゃあ果南!引いて!」

「はぁ⋯もうなるようになれば───。」

 

一枚の紙を取り出した途端、選ばれし少女はその顔をどんどん赤くしていく。

そしてその場でうずくまりながら、たった一言呟いたのだった。

 

「⋯⋯⋯無理///」

「拒否権はありまセーン☆」

「無理無理無理っ!!///出来るわけないでしょこんなもんっ!!///」

「一体何引いて⋯あぁ。」

 

紙にでかでかと書かれていたのは、『妹』の文字。

つまりあれか⋯このサバサバお姉さん系女子の彼女が、誰かの妹という設定でキャラを演じなくてはならないのか⋯。

 

「⋯⋯⋯うん、悪くない。」

「ナツ!?」

「でしょ♪さ、果南?パパッとやっちゃって〜!」

「待って待って!い、妹って誰のさ!?///」

「アイツ。」

「僕らしい。」

「は、はぁ⋯!?///何で⋯うぐぐっ⋯あーーーもぅ!!///」

 

決心が付いたのか、それともヤケになっているだけなのか。何にせよ、果南ちゃん(妹)は顔を真っ赤にしながら僕の方へと近づいてくる。

 

「な、ナツ兄ぃ⋯?たまにはさ⋯ナツ兄ぃの方からハグ⋯して??///」

 

辺りを包む無音の静寂。

恥ずかしそうにモジモジとしている少女を前にして僕達は⋯。

 

「なんというか⋯。」

「これは⋯。」

「ええ⋯。」

 

『可愛い。』

 

「うるさいっ!///うるさいうるさい、ばーかばーかっ!!///」

 

素直な感想を述べただけなのに⋯。

というかあれだね。これで分かった事がある。

 

僕は妹に弱い。

 

あんなに可愛らしかった我が妹は、部屋の隅で顔をうずめ体育座りをしてしまった。

 

 

「これは⋯ヤバイですわね⋯。」

「じゃあナツキ!next!」

「ほいきた。あ、ダイヤちゃん。」

「まぁ⋯死ぬほど恥ずかしい思いをするのなら先に死んだ方がいいですわ⋯。」

「なーに言ってるのよ!さぁさぁ、ダイヤも引いて!」

「気乗りしませんが⋯これで。」

「ぶふっ!それ⋯それヤバイわ⋯!!」

 

彼女が引いた紙には、『極道』の文字。

⋯⋯アイドルの為のキャラ作りをしてるんだよな?あのダイヤちゃんが極道だなんて想像出来ないけど⋯。

 

「おい。」

『え?』

「これ入れたんは⋯お前か?」

「え、えっと⋯ダイヤ?」

「はよ答えろや。」

「はいっ!!私ですっ!!」

 

何だか見てはいけないものを見てしまった気がする。というか見ている。現在進行形で⋯。

 

「なぁ。自分アイドルやってるって自覚あるんか?仮にも人前で歌と踊りを見せる人間が極道キャラ?極道舐めとんのかっ!?」

「ダイヤ〜⋯お顔がscaredだよ⋯?」

「はぁああっ!?お前がやれ言うたんやろがっ!!こんなしょうもない紙まで用意して⋯見てみぃあそこのポニーテール。こんなんやらされたら誰だってあぁなるに決まっとるやろっ!!」

「はいっ!ごめんなさいっ!!」

「大体なぁ───」

「お⋯お姉、ちゃん⋯⋯?」

 

ドサッとカバンの落ちた音がする。理事長室の入口には、怯えた表情をした極道の妹さんの姿が。

 

これは⋯うん⋯擁護出来ないかもなぁ⋯⋯。

 

「⋯何やルビィ。」

「続けるんだ⋯。」

「そ、その⋯あの⋯善子ちゃんと花丸ちゃんと出掛ける事を言おうと思って⋯。」

「⋯⋯⋯遅くなる前に帰ってくるんやぞ。」

「う、うん、分かった⋯。お姉ちゃん、疲れてたらルビィに相談してね!えと⋯が、頑張ルビィ!!」

 

一人の来客は去り、この部屋には再びの静寂。さっきとは全く違う、言葉で言い表せない悲しみがこの空間を支配していた。

 

「⋯⋯ル⋯。」

「ル?」

「ルビィイイイイイイイっ!!誤解ですわぁあああっ!!」

 

嗚呼悲しきかな⋯。根が真面目故、キャラ作りにも全力を出した彼女はたった1人の愛しい妹にその姿を見られてしまったのだ。

部屋の隅には体育座りの少女が2人。

 

残るはこの案の言い出しっぺ。ある意味ラスボスの様な風格だ。

 

「さぁ、分かってるわねナツキ?」

「いいよ。鞠莉ちゃんの番なのは決まったんだ。楽しみにしてるよ。」

「ふふっ。マリーの虜にしてあげる♡カードは〜⋯これよ!!」

 

彼女が天高く掲げたカードには⋯『お嬢様』。

 

「あれ?なんか普通だ⋯。」

「⋯⋯⋯嘘⋯。」

「鞠莉ちゃん?」

「無理無理無理っ!!絶対無理よっ!!///」

 

彼女にとって有利なキャラかと思っていたけど、文字を見るなり真っ赤に狼狽え始めた鞠莉ちゃん⋯一体何が⋯。

 

「それはね⋯。」

「あ、おかえり2人とも。」

「鞠莉さんのあの破天荒な性格が、『お嬢様』というものを全否定してるのですわ。」

「まぁここだけの話、本人がちょっとだけ憧れてたりするんだけどね。」

「これ⋯引き直しってありかしら⋯。」

「許しませんわ。」

「言い出しっぺなんだから責任持ちなよ?」

「だってお嬢様よ!?この私が!!」

「僕は見たいかな。」

「ナツキ⋯いや、でも⋯⋯あぁーーーもうっ!やればいいんでしょっ!?///」

 

誰かさんと同じように半ばやけになってるけど、無事やってくれるそうで良かった。

息を整え、普段見ることのない優しい笑顔を彼女は見せてくる。

 

「ご機嫌よう。調子はどうかしら、夏喜さん?」

「え、あぁ⋯ちょっと身体が痛いけど元気だよ。」

「あっはは、それは大変♪しっかり休んで頂戴ね?夏喜さんが倒れでもしたら大変なんだから♡」

 

口元に指を当てクスリと笑う姿。優しい口調。

本物だ⋯本物のお嬢様がいる⋯。

まぁ⋯涙目になってるのは触れないでおくよ⋯。

 

「鞠莉、もう良いよ。お疲れ様⋯。」

「よく頑張りましたわね⋯。」

「もぅ⋯無理⋯⋯///絶対やるもんですか⋯///今度からちゃんと考えて発言する⋯。」

「ありがとう鞠莉ちゃん。ビックリしちゃったよ。でもやっぱり様になってるね。」

「ふっ⋯ふふふ⋯⋯ありがとうナツキ。なら『次』をやらなくちゃね。」

「へ?これで3人全員やったんじゃ⋯。」

「私、3人って言ったかしら⋯??」

「⋯⋯⋯まさか。」

「最後の役者が残ってるわよ、ナ・ツ・キ♡」

「嘘だぁーーーーーっ!!」

 

 

ここに来て僕まで回ってくるとは思わなかった⋯っていうか普通に考えたらそうだよね!僕だけ何もなしで終わるなんてこと、彼女が考えるはずないもんね!!

落ち込む僕をよそに、何やらもう一つ箱を出してきた鞠莉ちゃん。

 

「これは⋯?」

「中にナツキがやるキャラの名前が入ってるから、頑張ってね♪あ、もちろん決め台詞付きで。」

「ハードルが高いっ!!」

「そこはほら⋯大人の余裕ってやつで乗り切ってよ。三枚引いたら、そこに書いてあるキャラを誰にやるかはナツキの自由よ♪」

「3人分⋯。」

「もし私達をドキッとさせられたら⋯お仕事手伝ってあげる!」

「え。いいのかい?」

「もっちろんデース!!」

「分かった。じゃあやるよ。」

 

実は家に帰ってからどうしてもやりたい事があったんだ。最近バタバタしてて出来なかったから、穂乃果達に怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしてたしね。

 

「じゃあこれ。⋯やったね。」

「なになに〜?『兄』、『舎弟』⋯『執事』。どんな手を使ったらこうなるのよ⋯。」

「ふふっ、分かりやすくていいじゃないか。じゃあ⋯やるよ。」

 

シンプルに、簡潔に⋯思ってる事を伝えよう。

 

「果南。」

「へ?///ナツ、いい今呼び捨て⋯///」

「気づけなくてごめんな。ハグ⋯しよっか。」

「いや、あの⋯ちょ、ナツ⋯??///」

 

恥ずかしさなんて捨ててやるさ。果南ちゃんの手を取り、自分の方へと抱きしめる。

 

「何かあったら、兄ちゃんに教えてくれよな。⋯大好きだよ、果南。」

「やっ、う⋯ぁ⋯⋯ありがと⋯///」

 

次、舎弟。こんなイメージしか無いけど、何事も勢いさ。

 

「お嬢。」

「私の舎弟なんですね⋯。」

「お嬢はいつも真面目すぎます⋯頭として気を張るのは分かりますが⋯たまには休むことも覚えてください。」

「は、はぁ⋯。」

「もしどうしても休む事が出来ないなら⋯俺が貴方の⋯ダイヤのそばでずっと支えますから。」

「っ⋯///す、好きにすればいいですわ⋯!」

 

最後は⋯彼女だ。

 

「お嬢様?」

「な、何かしら?」

「先程のキャラ作り、お見事でございました。ですが⋯。」

「あ⋯。」

 

彼女の手を取り、その綺麗な手の甲へと軽くキスをする。

 

「やはり⋯私はいつもの元気なお嬢様が好きです。勢い任せなところも、人1倍周りに目を向けているところも⋯その太陽の様な笑顔も⋯⋯愛しています。」

 

 

『⋯⋯⋯。』

 

 

今日の事は忘れよう。このキャラ作り三連チャンを思い出したら、きっと僕は夜も眠れなくなるぐらいの羞恥心に襲われる事だろう。

ましてや相手は幼馴染みで女子高生⋯こんな所見られてみろ、明日の朝はきっと警察署さ⋯。

 

「これで終わりなんだけど⋯⋯どうだった?」

「果南、ダイヤ行くよ。」

「そうだね。」

「元からそのつもりでしたし。」

「あ、あれ?あの〜⋯。」

「ほらナツキ、ボヤッとしてると私達で仕事終わらせちゃうわよ〜?」

「え。あ、ありがとう。じゃあ宜しくね。」

「まぁ⋯あれね。」

「元からナツに弱いのに⋯。」

「キャラ付けさせたら不味いですわね⋯。」

「え?なんか言ったかい??」

『馬鹿には関係ありません。』

「馬鹿って⋯馬鹿って⋯⋯。」

 

最後の最後で馬鹿呼ばわりされてしまったけど、お陰様であっという間に仕事を終える事が出来た。後は家に帰って続きをするだけ。

 

僕に与えられた役割⋯それを、きちんと仕上げなくちゃな。

 




千「皆さん、こんにチカー!!」

曜「おはヨーソロー!!」

梨「え?え??えっと⋯さよなら内⋯。」

千曜『⋯⋯⋯。』

梨「待って待って!今の無し!!///」

千「もう〜照れなくても良いのに〜♡」

曜「梨子ちゃんは可愛いなぁ♡」

梨「やらなきゃ良かった⋯///」

千「さてさて!今回は果南ちゃんが可愛かったり鞠莉ちゃんが自爆したり!」

曜「ダイヤさんがハッスルしたりと目白押しだったね!次はいよいよ私達!」

梨「クリスマスライブの前に過ごす最後の日常⋯それでも、いつもと変わらずのんびり過ごす私達をお楽しみ下さい♪」

千「それでは!次回のちょ田舎!!」

曜「光の海と!」

梨「あの日の笑顔!」


千曜梨『あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』










千「ただ⋯貴方に伝えたかったんだ。『ありがとう』って。」


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光の海とあの日の笑顔

皆さん、こんにチカ。
PS2再ブレイク中の、なちょすです。

UA50000、無事突破しました!!ここまでの作品になるとは思わなかったので、もうなんと言葉を発したらいいのか⋯。
いつも通りのやりたい放題な内容ですが、ここまで読んで下さった皆様へ感謝を込め、本編ラストまで書き続けたいと思います。
本当に、ありがとうございました。これからもよろしくお願い致します。

あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?



クリスマスライブまであと3日と迫った今日。千歌ちゃん、曜ちゃん、梨子ちゃんの3人は、放課後僕の家へと来ていた。

要件はもちろん笑顔について。にこちゃんに言われた自然な笑顔というのを僕達はかれこれ1時間程研究中だった。

 

「これならどう!?ちかーっ!☆」

「実にちかちかする笑顔だね。」

「これならヨーソロー!!」

「敬礼が増えたね。」

「りこっ♡」

「ふふっ⋯。」

「恥ずかしいんだから笑わないでよっ!!///」

「ごめんごめん。良い笑顔だったよ?」

 

『自然な笑顔』というあまりにもシンプルで難しい難問に僕らは完全に叩きのめされていた。それこそ、今みたいにちょっとしたスマイルコンテストが開かれるぐらいには、皆も笑い疲れが来ている。

 

「あ〜〜〜!自然な笑顔ってどうすればいいの〜!!」

「あっはは⋯普段意識してない分、ちょっと難しいかもね〜⋯。」

「そもそも自分で見れないし⋯。」

「ならこれはどうかな。自分の今まで楽しかった事を思い出すっていうのは。」

「楽しかった事⋯?」

「この1年だけじゃなくて、自分の人生で一番楽しかった思い出⋯大切な出来事を話してみれば、それが笑顔に繋がるんじゃないかな?」

「楽しかった思い出か〜⋯。」

 

3人ともまた頭を抱えてしまった。

流石に無い事は無いと思うけど⋯そんな簡単には出てこないかな。

 

「あ、なら私あれだよ!ナツ君と出会ってから行った夏祭り!」

「もしかして蛍の⋯?」

「そう!あの時はナツ君が大変なことになっちゃったけど、あんなに綺麗な蛍をいっぱい見れたのって奇跡だよ!!」

 

夏祭り⋯僕が爺ちゃんに言われた事を思い出した日。あの時は彼女達が歌を歌ってくれたから見れたんだよな⋯。輝きを求める千歌ちゃんにピッタリかもしれない。

 

「じゃあ私はこの間の雪合戦かな〜!」

「あれ?曜ちゃん意外だね。」

「まぁすぐ当てられちゃったけど、あんなに積もった雪を見るのもヒロ君含めたフルメンバーで遊ぶのも初めてだったから楽しかったかな♪」

「あの時は梨子ちゃんがファインプレー決めてくれたもんね〜!」

「い、いやそんなこと⋯⋯ある、かな?」

 

何だろ⋯このノリの梨子ちゃんって初めて見る。

まぁあの時は3年生の事で頭がいっぱいだったし⋯まさか僕らの切り札が通用しないとは思わなかったしね。

 

「次、梨子ちゃん!」

「えっと⋯私は、勿論皆と過ごした事も楽しかったんだけど⋯やっぱり、コンクールに3人が来てくれた事かな?」

「嬉しいこと言ってくれるね〜このこのっ!」

「あっはは!そりゃそうだよ。だって⋯2人とも、こっちで出来た初めての友達だもん⋯。」

「梨子ちゃん⋯。」

「勿論夏喜君もね?」

「僕も頭数に入れてもらっていいのかい?」

「えぇ。だって⋯その⋯///」

 

何やらモジモジとしている。こういう時は大体僕に罵声が飛んでくるか、技をかけられるかのどっちかだ。

どうする夏喜?決まってる。

あえて聞こう。

 

「その?」

「私、の⋯⋯す───」

「梨子ちゃん抜けがけはダメだぞーーー!!」

「そうだそうだ〜!」

「え、ええっ!?///ちが、そんなんじゃ⋯!///」

 

おや、何やらワチャワチャしだしてしまった。結局2人に負けた梨子ちゃんからその続きを聞くことは出来なかったけど、あまり追求するような事でもないのかもしれない。

何より普通怪獣と超人ヨーソローからの視線が怖い。

 

「結局分からずじまいか〜⋯。」

「まぁ焦るものでもないと思うよ?にこちゃんも言ってたけど、気負う必要なんて無いんだ。確かに大切なライブかもしれないけど、いつも通りの君達で⋯ありのままのAqoursの姿を見せればいいんじゃないかな?」

「ありのまま⋯?」

「うん。いつも通りの君達が、僕は好きだな。」

「え、あ⋯そっか⋯///」

「それなら⋯まぁ⋯///」

「分からなくもないけど⋯///」

 

3人ともうっすら赤くなってしまった。あれ、何か変な事言ったっけ??

そんな事を考えながらチラリと時計を見ると、時間は6時。

大事な事を忘れていた。

 

「やば⋯ヒロの事迎えに行かなきゃ行けないんだった。」

「あれ?ヒロ君こっち帰ってくるの?」

「ああ。皆のライブがどうしても見たいんだって。」

「じゃあ皆で迎えに行こうよ!!」

「賛成!!じゃあグループトークに送っておくね!」

「悪いね皆。もうこんな時間なのに⋯。」

「いいのいいの!ヒロ君だって大事なファンですから♪」

「千歌ちゃん、いっちょ前にファンとか言えるようになったんだ♪」

「ナツ君〜、梨子ちゃんがいじめる〜!!」

「あはは、そんな時もあるよ!僕は少し準備することがあるから、沼津駅に先に行っててもらえるかい?」

「ヨーソロー!!」

 

こうして、僕達はそれぞれのやるべき事に時間を費やした。千歌ちゃんは『忘れ物した!』との事で一旦学校に戻るらしい。だから先に曜ちゃんと梨子ちゃんの2人に行ってもらうことに。

 

この日は珍しく雪が降っていた。

道路も凍りついてるだろうし、転ばないように気をつけていかないとな。

最後の支度を整え、遅れながら僕も沼津駅へと向かった。

多分この時間からなら、千歌ちゃんと合流できるかもしれないな。遅くなりそうだったら、ヒロに連絡しておこう。

 

 

 

 

 

 

「うぅ〜さぶいよぉ〜⋯!!」

 

ナツ君の家で一旦別れた私は、学校から沼津駅へと向かっていた。

何とか丁度いいバスにも間に合って、近くのバス停で降りる。外はこの辺りじゃ珍しいくらい雪が降っていた。

 

「綺麗だなぁ⋯うわぁっ!?」

『お客様、大丈夫ですか?』

「あっはは、大丈夫で〜す⋯///」

 

降ってくる雪に見とれてたら、バスを降りた途端滑っちゃった⋯。

うぅ⋯お尻が痛い⋯///

後は10分ぐらい歩けばつくはずだし、もうちょっとかな?

 

学校に忘れてきたのは大切な歌詞ノート。

ナツ君と再会して、色んな事を経験してきた。大切な人との別れもあった⋯その全部を詰め込んだ、私達の歌。

私達の輝き。

それにこの間梨子ちゃんが曲をつけてくれた。これが私達の輝きなんだって考えたら、あの時は嬉しくなっちゃったなぁ⋯。

穂乃果さん達のライブの映像を見て、輝きに憧れた。いつか私も見てみたいって、ずっと思ってた。ステージから見える沢山の光⋯応援してくれる人たちが作る、光の海。

 

絶対、成功させるんだ。

 

「ふんふんふ〜ん♪」

 

出来たばかりの曲を鼻歌で歌いながら青信号になった横断歩道を渡る。

 

歩道の半分まで歩いてきたその時⋯。

 

 

 

 

 

 

「千歌ぁっ!!」

 

「え⋯うわぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

私を呼ぶ声と一緒に、誰かに強く腕を引っ張られた。

腕を引っ張ったその人は私と入れ替わるように前へと飛び出し、私は後ろで尻餅をつく。

その人は今まで見たことの無い⋯まるで悪いことをしてしまった様な、申し訳なさそうな表情をしていた。

 

見慣れたはずのその顔。

大好きな人のその顔。

 

 

「ナツ君⋯?」

 

 

声を発する事は無く、ナツ君はただ何かを伝えるように口を動かしていた。

世界がスローモーションのようにゆっくりと見える。

 

そして⋯目の前を車が通り過ぎていった(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「え⋯⋯あ、あれ⋯⋯⋯?」

 

 

凍った道路に尻餅をつく。お尻から来る痛みを気にする余裕なんてなくて、私の頭は混乱していた。

ナツ君が見えた。

車が過ぎ去った。

見間違いだって自分に言い聞かせる。

 

どっちが?

 

分からない。何が起きたのかも、何をするべきなのかも分からない。

あれは⋯。

 

 

「きゃあああああっ!!」

「おい!救急車だ!!」

「ヤベェだろこれ⋯!」

 

 

周りの声が耳に入ってくる。

救急車⋯?誰か怪我でもしたのかな。私の頭は周りで起きている物事を考えさせてはくれない。

 

声のする方へ顔を向けると、自分の前を通り過ぎていった車が電柱にぶつかり止まっていた。

そして⋯道路には人が倒れている。

 

 

 

 

「⋯⋯⋯ナツ⋯君?」

 

 

 

 

違う。

あれはナツ君じゃない。

あの人があんな所で倒れているはずない。

きっと同じ服の人なんだ。

だってナツ君なら、名前を呼んだらすぐに返してくれる。

優しい笑顔を見せてくれる。

ナツ君は⋯。

 

 

『ごめんね。』

 

 

声は聴こえなかった。

それでも⋯分かっちゃったんだ。さっきあの人がなんて伝えたかったのか。

何で、あんなに申し訳なさそうな顔をしたのか。

 

 

「ナツ君っ!!」

 

 

全部を理解するには、遅すぎた。

道路で倒れている人の元へと走り出し、確認する。

頭から血を流して倒れている人は、紛れも無く彼だった。

 

 

「ナツ君!ナツ君っ!!しっかりしてよ!!目を開けてってば!!ねぇ、千歌の事驚かせようとしてるんでしょ??もう充分びっくりしたよ??だから起きてよ⋯!いつもみたいに笑ってよ!!」

 

 

彼は何も答えない。

自分の手にベットリと付いた彼の血が、全てを物語っていた。

 

 

「ぁ⋯い、やだ⋯!やだ!ナツ君っ!ナツ君っ!!」

 

 

私には、声を掛け続けることしか出来ない。救急車が来るまで、必死に彼を呼んだ。叫んだ。

最悪の結末を信じたくなんかない。否定したい。否定して欲しい。

いつもの軽い口調で、『何ともない』って笑って欲しい。

 

 

 

彼は、何も答えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ曜さん⋯千歌さん達遅くない?」

「ん〜⋯おかしいな。連絡も無いし⋯。」

 

隣にいる善子ちゃんにそう言われ、携帯を確認する。メールも無し。着信も無し。

沼津駅にはヒロ君が着いていて、他のメンバーにからかわれている最中だった。

そんな光景に目をやっていると、途端に携帯が震えだす。

 

「あ、千歌ちゃんから電話だ。もしもし千歌ちゃ───」

『よ、曜ちゃん⋯どうしよう⋯ど、どうしよう!助けて曜ちゃんっ!!』

「千歌⋯ちゃん?」

『血が⋯ナツ君、頭ぶつけて⋯!!』

「落ち着いて千歌ちゃん!ゆっくりで大丈夫だから!」

 

 

様子がおかしかった。泣いてるわけじゃない⋯酷く怯えていた。声も震え、本当にどうしたらいいか分からず、パニックになっている状態⋯。

千歌ちゃんがこうなるのは、昔しいたけが病気にかかった時以来だ。

これが起きるのは、決まって千歌ちゃんにとって大切な物に何かがあった時。

 

ナツ君に、何かあった。

 

周りに人がいないことを確認してからヒロ君達をこっちに呼んで、携帯のスピーカーモードを入れる。

震える声で、千歌ちゃんは言った。

 

 

 

 

『ナツ君が⋯車に、跳ねられて⋯!頭から血を流したまま返事しないのっ!!』

 

 

 

「⋯⋯⋯えっ⋯。」

 

 

一瞬、何を言われたのか分からなかった。だって⋯それじゃあナツ君は⋯。

 

 

『曜ちゃん⋯!私、どうしたら⋯ねぇ、分かんないよ⋯⋯助けてっ⋯。』

「分かった!今行くから待ってて!!」

 

携帯を切り、全速力で走り出す。

ナツ君が事故にあった。

目の前でそれを見た私の大切な人が私を待ってる。

助けてって言ったんだ。

何が出来るかなんて分からない⋯分からないけど、今たった1人きりで頑張ってる千歌ちゃんの傍に居てあげることは出来る⋯!

 

「待ってて、千歌ちゃん⋯!!」

 





夢は終わらない。

さぁ、始めよう。

いつか過ごしたあの日々を。



次回、『』と「」


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『 』と「 」

日の光が眩しい。

 

僕は⋯何をしていたんだっけ⋯。

 

何か大切な事を忘れている気がするけど、どうしても思い出せない。

 

それが何だったのかも、それがいつの話なのかも分からない。

 

ぼんやりとした記憶の中にあるのは、誰かの笑顔。誰かの歌。

 

 

そんな曖昧なものだけだ。

 

 

 

 

「⋯ツん⋯⋯ナッツん!!」

「ん⋯⋯穂乃果?」

「もう、また寝てたでしょ。早く起きないと、鬼の海未ちゃんに怒られるよ〜?」

「鬼⋯?」

「ひぃっ!?」

「そうですね⋯貴方がそう望むのなら私は鬼にも修羅にもなりましょう。覚悟は良いですか?♪」

「ごごごごめん海未ちゃん!ついっ!口がっ!!」

「全く、目を離すとすぐこうなんですから⋯。夏喜も起きて下さい。そろそろ本番も近いんです。」

「本、番⋯⋯?」

 

何の話だっけ⋯。あたりを見渡すと、そこは学校の屋上。向こうには各々準備をし始めている少女達の姿が見える。

 

「ここは⋯。」

「ナッツんまだ寝ぼけてるの〜?ここは音ノ木坂じゃん。」

「眠いなら〜、ことりが起こしてあげましょうか〜?♪」

「あっはは、ちゃんと起きてますよ〜。ライブの話だよね?」

「そうそう、大事なライブだからね!わーって盛り上がって、ばーっと派手に行こうよっ!!イェイ!♪」

 

そう言うと、穂乃果はみんなの元へと走り去っていった。まるで春の陽気な嵐みたいだな⋯。

 

「その⋯夏喜?」

「ん、どうしたの海未??」

「本当に大丈夫なのですか?顔色があんまり良くないですが⋯。」

「あぁ、大丈夫だよ。ありがとね。」

 

そう⋯きっと僕の勘違いなんだ。

多分知らない事⋯知らない事の筈なのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだろうな。

 

遠いどこかで、名前も知らない誰かに呼ばれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千歌ちゃんっ!!」

「曜、ちゃん⋯。」

 

走り始めてからすぐに千歌ちゃんは見つかった。辺りには何があったのかと集まって来た野次馬の人達と、電柱にぶつかってボロボロになった車だけが残っていた。

道路に薄く積もった雪には赤い染みが付いている。ここで⋯ナツ君は⋯。

 

ぐっと泣きそうになるのを堪える。私は泣いちゃいけないんだ。

ナツ君が目の前で事故にあった千歌ちゃんに比べたら、こんなのなんとも無い⋯なんとも無いんだ⋯!!

泣くな、泣くな、泣くな。

 

私が支えなきゃ⋯!!

 

「ち⋯千歌ちゃん⋯。ナツ君は?」

「救急車で運ばれた⋯。タエおばあちゃんを見てくれた赤毛の先生が来て、大丈夫だって⋯近くの病院に⋯。」

「そっ、か⋯。」

「曜!千歌!!」

「果南ちゃん⋯皆⋯。」

「ナツは?」

「病院に運ばれたって⋯。」

「⋯⋯行くぞ皆。」

「ヒロ⋯?」

「あの馬鹿に一言言わなくちゃな。心配すんなよ千歌ちゃん。その赤毛の先生はな⋯超一流だ。それにあの馬鹿もそんな簡単にくたばったりなんかしねぇよ。」

「⋯行こ、千歌ちゃん。」

「うん⋯。」

 

震える小さな手を握りしめて、ナツ君が運ばれた病院へ皆で向かう。

 

震えてるのは⋯どっちの手なんだろう⋯。

 

ナツ君、お願い。無事でいて⋯⋯。

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れたにゃあ〜〜〜⋯!!」

「きょ⋯今日は、確かにハード、だったね⋯!!」

「花陽⋯大丈夫⋯?」

「大、丈夫、だよっ⋯!!」

 

確かに今日の練習は普段にも増してハードだった気がする。まぁ僕はギター担当だから、そんなに体力使うものでもないんだけど⋯。

 

彼女達の歌に合わせて演奏して、盛り上げて⋯今までと同じ事をしている。

⋯同じ事のはずだ。なのにどうして僕はこんなに満たされないんだ。

皆でライブをやり始めた頃は楽しかった。このメンバーなら何でも出来ると思ってた。

 

今だって楽しさは変わらない。

変わらないけど⋯それ以上に苦しい。

 

「夏喜。」

「にこちゃん⋯?」

「なんか今日変よ?いつもよりボケ〜っとしてるし、何かあった?」

「ん〜⋯分からない。」

「はぁ?」

「何か⋯忘れてる気がする⋯。それが何なのかが分からない⋯思い出せないんだ。それに、誰かに呼ばれてる気がする⋯小さな声で⋯どこの誰かは分からないんだけど⋯。」

「⋯そ。まぁ考え事するのは良いけど、あんまし無理すんじゃないわよ。」

「あぁ、分かったよ。」

「それからね───。」

 

くるりとこちらを向いた彼女は、呆れるようにふっと笑う。彼女の口から発せられた言葉を、忘れる事が出来なかった。

 

 

 

 

『夢を見るのも、程々にしておきなさい。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院の一室。ナツ君は頭に包帯を巻いてスヤスヤと眠っていた。

先生の話だと一名は取り留めたらしいけど、道路に頭をぶつけてるから後遺症は分からないって⋯。最悪、目が覚めても記憶があるかどうかも分からないし、いつ目を覚ますかも分からない⋯そんな状況だった。

 

「ナツキ⋯なんでこんな⋯⋯。」

「今は安静にしておかないといけないわ。これから目を覚ますかどうかは彼次第⋯すぐに目を覚ますかもしれないし、長い時間このままの可能性もある⋯。待つしか、出来ないわ。」

「そんな⋯!夏喜君無しでライブだなんて⋯。」

「私のせいだ。」

「千歌⋯。」

「私が遅れていったから⋯私が学校に忘れ物なんかしなければ、こんな事にはならなかったんだ⋯。ナツ君じゃなくて私が代わりに事故にあってれば⋯!」

「お止めなさい千歌さん。そんな事を言ったって始まりませんわ。」

「そうだよ千歌っち。折角この人が庇ってくれたのに、それは失礼⋯違う?」

「でもっ!でも⋯。」

「起きるよ。」

「曜、ちゃん⋯。」

 

千歌ちゃんのせいなんかじゃない。ナツ君が悪いわけでも無い。そんな事は絶対無い。めちゃくちゃな事言ってるって自分でも思うし、これでナツ君が目を覚ます保証もない⋯それでも。

ここで信じなかったら、本当に帰ってこない気がするから。

 

「絶対起きる。ナツ君は目を覚ます。」

「曜⋯。」

「だって⋯だって、ナツ君だもん⋯!今はまだ疲れて眠ってるだけで、絶対起きるよ!あんなに⋯ライブ楽しみにしてくれてたんだよ⋯。」

 

『眠ってるだけ』のナツ君のそばへ行って、手を握る。果南ちゃんと2人で起こしに行った時のように、静かに寝息を立てているナツ君⋯。

 

あっはは⋯おかしいな⋯泣いちゃ、いけないのに⋯⋯!

 

「ねぇ、なんで⋯?なんで起きないの?お願いだよナツ君、目を開けてよ⋯!」

 

どれだけ呼びかけても、彼は返事をしてくれない。

私の手を握り返してはくれない。

ルビィちゃんや花丸ちゃんも、必死に泣くのをこらえてる。

 

私は、泣いちゃいけない。信じる。ナツ君の事信じてる。必ず目を覚ますって⋯。

だから───

 

「曜ちゃん。」

「ち⋯か、ちゃん⋯⋯。」

「ごめんね、曜ちゃん。私、また曜ちゃんに甘えてた。子供の頃、曜ちゃんは私や果南ちゃんより泣き虫さんだったもんね⋯本当は一番泣きたいのに、ずっと我慢してくれていたんだよね?」

「ちが⋯私より、千歌ちゃんの方が⋯!辛い⋯でしょ⋯。」

「辛かったけど⋯曜ちゃんに助けてもらったよ?いっぱい、いっぱい助けてもらった。スクールアイドル始める時も、衣装を作ってくれるって言った時も、今日みたいに駆けつけてくれた時も⋯。」

 

千歌ちゃんが、私とナツ君の手を包んでくれる。私と同じくらいで、そんなに大きくなくて⋯でも、暖かかった。

 

 

「ありがとう、曜ちゃん。」

「千歌、ちゃん⋯⋯う⋯うぁっ⋯ナツ君、起きてよぉっ⋯!!」

 

 

苦しい。怖い。このままナツ君が居なくなったらどうしようって、そんな考えが頭をよぎっていく。

耐え続けた涙は、どうしようもなく溢れてくる。

きっと皆だってそうだ。

皆、ナツ君の事が大好きだから⋯本当は、私だけがこんなに泣いちゃダメなのに⋯。

 

 

「っ⋯ナツキ。聞こえてる?あんたの事思ってんのがここに9人も居るのよ。このまま起きなかったら許さないから。」

「善子⋯ちゃん⋯。」

「そうだよナツキ。ライブを見に来ないなんて笑えないジョークは勘弁してね?」

「ナツ⋯私達、待ってるよ。ずっとずっと、待ってるから。」

「またいっぱいお話して⋯。」

「いっぱい笑って⋯。」

「色んな事を経験していける、そんな毎日を⋯。」

「信じてますわ。夏喜さん。」

「ナツ君⋯見ててね。必ず届けるから。皆に⋯君に、私達の歌を。」

「皆⋯。」

「やろう、ライブ。それが⋯ナツ君の為に出来ることだから!!」

 

 

涙を拭って、皆で頷く。

 

ほんの少しだけ、握った手が動いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暖かい。

 

何も触れてないはずの右手は、ほんのり暖かかった。

 

懐かしい様な温み⋯これ、どこで感じたんだっけ⋯。

 

 

 

『ナツ君。』

 

 

 

「え⋯希ちゃん?」

「ん〜?」

「今僕の事呼んだかい?」

「ウチは何も言ってないよ??」

「あれ⋯おかしいな⋯。」

「なになに〜?ナツ君ってばウチにお熱なのかな〜?♪」

『えっ!?』

「希?あんまり冷やかさないの。あそこの4人が固まっちゃったでしょ??」

 

 

気のせい⋯か?でもあの呼び方をするのは希ちゃんぐらいだし⋯。

 

 

「でも今日のナッツんはなんだかボ〜っとしてるね。」

「普段からボ〜っとしてる人がそれを言いますか?」

「あ!海未ちゃんひど〜い!!」

「でも折角ライブ前最後の休日なんだから、あんまりボ〜っとしてるのもどうかと思うにゃ?

「り、凛ちゃん⋯!」

「あっはは⋯申しわけない⋯。どうも今日は調子が悪いみたいだ。何の話だったっけ?」

「夏喜君の昔の事聴きたいなぁ〜って話だよ♪」

「昔の事⋯?」

「そうそう!ナッツんが過ごしてた内浦ってどんなところなの!?」

「内浦かい?内浦は海が綺麗なところでみかん畑が広がってるんだ。人口はそんなに多くないけど、暖かい人が多くて⋯それで⋯⋯それ⋯で⋯。」

 

 

それで⋯何だ?

僕は、何を思い出そうとしている?

何を忘れているんだ?

大切な事だったんじゃないのか?

⋯忘れちゃいけないことだったんじゃないのか?

 

僕のそばに居たのは⋯。

 

 

 

『ナツ君、ダッシュだよ〜!ヨーソローーー!!』

『夏喜君、新しい曲出来たんだけど⋯どうかな?』

『夏喜さんは相変わらずプレイボーイずら♪』

『あっはは⋯また間違えちゃいました⋯。』

『まぁ、リトルデーモンを労うのも主の役目だし??』

『ナツキ〜、無理のし過ぎはNoだからね♡』

『このぐらい幾らでも手伝ってあげますわ。』

『あっはは、じゃあハグする?♪』

『ナツ君!一緒にみかん食べよ!!♪』

 

 

 

「大切な、幼馴染みが居たよ。いつも一緒だった9人の子達⋯μ'sの皆みたいに、キラキラしてた⋯。」

 

 

 

記憶の片隅に残っていた言葉。

 

それが意味するものは、まだ思い出せない。

 

それでも⋯どこか懐かしいその言葉を、僕は自然と口にしていた。

 

彼女達の名前は、確か───

 

 

 

「『Aqours。』」

 

 

 

 

歌が、聴こえた。

 




ずっと近くで見守ってくれた人が居る。

ずっと近くに居た子達が居る。

記憶の片隅にある言葉。

歌。

ありがとうを⋯伝えたい。


次回、夢と現



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夢と現

結局、ライブ当日になってもナツ君が目を覚ます事は無かった。

 

でも⋯私達に出来るのは今目の前のライブをやる事。

あの人が来た時にいつでも迎えられるように、笑顔でいる事。

 

ただ⋯信じ続けること。

 

「千歌、大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ果南ちゃん。」

 

心配そうな顔で、果南ちゃんが様子を見に来てくれた。本番まで後30分⋯今までの曲は勿論大事だけど、今回は新曲の件もある。

ナツ君と出会ってから、皆で過ごしてきたこの半年⋯その中で私達が見つけた、私達だけの想い。

 

あの人はここには居ない。それでも、届けたい。

 

「皆は?」

「準備万端!いつでもいけるよ⋯って言っても、まだ30分はあるけどね。」

「あっはは、でもそっちの方が有難いかな。⋯ねぇ、果南ちゃん。」

「ん〜?」

「ありがと。」

 

私が辛くなったら曜ちゃんが支えてくれた。

2人で辛くなったら、果南ちゃんが支えてくれた。

皆も⋯出会ってまだ1年も経っていないのに、いっぱい助けてくれた。

感謝してもしきれないよ。

 

「そんなに改まらなくても良いんだよ、千歌♪」

「うやぁ〜〜〜⋯///」

 

私の手よりも大きくて、暖かい手が頭をワシャワシャしてくる。

ぐぬぬ⋯また子供扱いしてる⋯!

 

「ふふっ、仲が良いのね♪」

「あっ、エリーさん。」

 

金髪の長い髪が特徴的な、スタイリストのエリーさん。ハーフかなって思ってたけど『クォーター』?って言って、鞠莉ちゃんとは違うみたい。

でも綺麗な人なんだぁ。

 

「今日はありがとうございます!こんなに髪とかメイクとかセットして頂いて⋯。」

「気にしないで?私達も好きでやってるんだし、Aqoursの皆の事は気になってたから。」

「そうなんですか?」

「ええ。怖〜い同級生にも進められたしね♪」

「お〜い、千歌ちゃん!果南ちゃ〜ん!そろそろライブ前のミーティング始めるって〜!」

「はーい!」

「それでは、失礼します!!」

「ええ、頑張ってね?」

 

スタッフの東條さんから、すれ違いざまに応援を貰う。

会場には沢山のお客さんが入ってるって聞いてる⋯色んな人達に支えられて、私達は今日歌うんだ。

頑張らなくちゃ!!

 

そうして果南ちゃんと、皆が待つ控え室へと戻って行った。

 

 

 

 

「ふふっ、『エリーさん』ねぇ〜⋯。」

「あんまり茶化さないでよ、希⋯結構恥ずかしいんだから⋯。」

「ん〜?ウチは別に茶化したりしてへんよ〜?にしし♪にしても、にこっちがあそこまで頑張る子達やからどんなグループかなぁって思ってたけど⋯。」

「『昔の私達みたい』、でしょ?」

「そうやね〜⋯。ちょっと羨ましいなぁ⋯。」

「そんな事言わないの。私達は私達で駆け抜けた毎日がある。それに⋯まだ、終わったわけじゃないでしょ?」

「ふふっ、そうやね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌が聞こえた矢先、僕の視界は真っ白になった。

ここはどこなんだろう⋯何も無い、ただの白い空間。

誰も居ない。

何も無い。

僕1人だ。

何をすればいいのかも、あの時思い出した大切な幼馴染みがどうしてるのかも、僕には分からない。

ここには、1人だけなんだから。

 

いや⋯1人じゃ、無いか。

 

「あれ?ナツか?」

「あ⋯え⋯?爺⋯ちゃん⋯⋯??」

 

ずっと会いたかった人が、そこに居た。3年前、笑って僕の前で最後を迎えた筈の大好きな人が。

 

「何してんだこんな所で⋯。」

「いや、僕にも分からないんだ⋯でも、爺ちゃんがいるってことは⋯死んじゃった、のかな?」

「いやいやいや⋯軽いなお前さん⋯。大丈夫だナツ。お前さんは、まだ死んじゃいない。」

「え?」

「死んでたら俺みたいに体が透けちまうんだ。ほれ。」

 

そう言ってこちらに見せてきた爺ちゃんの手は、半透明になっていた。

触れるかどうかは分からない。

それでも、僕は無意識の内に手を伸ばしていた。

 

「⋯⋯でも、暖かい⋯僕の、好きな⋯爺ちゃんの手だ⋯。」

 

その手は触れる事が出来た。もう二度と触れることは無いと思っていた、大きくて皺だらけの手⋯。

涙が止まらなかった。

 

「ははっ、大きくなっても⋯泣き虫ナツのまんまだなぁ⋯。ありがとうよ。」

「なんだか恥ずかしいね⋯。」

「まぁそう言うな。それより⋯これからどうするんだ?」

「え?」

「お前さんだよ。まだ死んじゃいない⋯生死の境目ってやつだな。これからどうするかはナツ次第だ。」

「どうするか⋯僕、は⋯。」

 

会いたかった人に会えた。

けど⋯僕の心はまだ穴が空いているかのように、大切な事を思い出せてはいない。

あの時聞こえた歌。

幼馴染み。

僕は⋯。

僕の、やるべき事は。

 

「皆が、歌ってる。僕は⋯皆の手助けがしたい。彼女達の歌を、想いを、輝きを⋯沢山の人に届ける手助けがしたい。」

 

胸に暖かいものが広がる。

初めてAqoursの歌を聴いた時と同じだ。

あの時は分からなかった⋯この気持ちが一体何なのか。

多分⋯これが僕のやりたい事。

 

僕はきっと、Aqoursに恋してるのかもな。

 

「⋯それが聞けりゃ、充分だ。何にしても、早く目を覚まさなきゃヤバいぞ?」

「はい?」

「お前さんの体に危機が迫ってる。具体的には殴られそうになってるな。」

「なぐ⋯え?僕寝てるんだよね?何でそんなことに??」

「はっはっは!愉快なやつもいたもんだな!」

「いやいやいやいや!おかしいよね!?これどうやって戻ればいいのさ!?」

「信じろ。」

「信じろって⋯。」

「夢は⋯いつか覚めるもんなんだ。良い夢も、悪い夢も、本人の意思とは無関係に。けどそれは新しい夢への始まりだ。⋯また会おうな、夏喜!!」

 

 

夢は覚める。

 

覚めるべき現へ。

 

僕の居るべき場所へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「千歌ちゃん、出番もうすぐだよ!」

「分かった!」

 

ライブが始まって、良いペースでここまで進んできた。今はユニット毎のライブだから、AZALEAの皆が歌ってくれている。

次は私と曜ちゃんとルビィちゃん⋯CYaRon!の出番だ。

 

東條さんが言ってた通り、お客さんはほぼ満員。最初の方はやっぱり緊張しちゃったけど、大分この空気にも慣れてきたから何とかやれてるけど⋯。

 

「心配?」

「曜ちゃん⋯うん。ナツ君もだし、私達がちゃんと笑えてるのかなって⋯。」

「その⋯大丈夫、だと思います!だって夏喜さんですし、私達も精一杯やってきましたから!!」

「ルビィちゃん⋯。」

 

力強い目だ。

勧誘した頃はあんなにオドオドしていたのに⋯あっはは、私がこんなんじゃ⋯ダメ、だよね。

 

 

「ありがとう、ルビィちゃん。曜ちゃん。よーっし!!じゃあいつものやっちゃおう!!千歌!」

「曜っ!」

「ルビィ!!」

 

 

『3人合わせてWe are CYaRon!』

 

 

手を合わせ、ステージへと向かう。途中すれ違った果南ちゃん達からバトンを受け、また梨子ちゃん達に繋げる。

それが⋯私達の役目だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

体が所々痛む。

そうだ⋯僕は車にはねられて気を失って⋯⋯夢を見ていたんだ。

 

「やっぱり止めた方が良いのでは⋯?」

「大丈夫だよ、海未。軽く小突くだけさ。」

「一応怪我人なのよ?」

 

何やら聞きなれた声が聞こえる⋯これはあれだな。またヒロが何かやらかそうとしてるんだ。

何をしでかすつもりかは知らないけど取り敢えず目を開けなきゃ───。

 

「よし、じゃあ1発⋯起っきろ〜!」

「あぶなっ!?痛ててて⋯⋯!」

「ほら、起きたろ?」

「多分そんなことしなくてもナッツん起きたんじゃ⋯。」

 

目を開けた矢先、何故かパンチが飛んできた。思わず避けたけど体が軋む。コイツは僕に何の恨みがあるんだ⋯っていうか普通怪我人殴ったりしないだろ!?

 

「おはよ、寝坊すけ。」

「⋯お陰様でな。」

「怖いからあんま睨むなよ。悪かったって⋯。」

「はぁ⋯ここは?」

「病院。千歌が青ざめてたから何事かと思ったけど⋯まさか車にはねられてるなんてね。」

 

そう僕に教えてくれたのは、タエ婆ちゃんの担当医だった赤毛の先生。

 

「西野先生?」

『西野?』

「⋯⋯⋯⋯最悪///」

 

『西野』と言う名前を口にした途端、周りにいた皆がニヤニヤとしだした。

何かおかしな事言っただろうか?

 

「夏喜⋯まさか、気づいてないんですか?」

「え⋯何に?」

「あらら〜、真姫ちゃん泣いちゃうにこ〜♡」

「こんな事で泣かないわよっ!!///」

「ま⋯き⋯?真姫ちゃん!?」

「あはは⋯本当に気づいてなかったんだね⋯。」

 

どうやら僕はまたやってしまったらしい。そう言われるとこの独特な髪とかツリ目とか綺麗な指とか⋯当てはまる部分は多すぎる。

何で気づかなかったんだ、僕⋯。

 

「えと⋯ごめん⋯。」

「べ、別にいいわよ⋯私だって言えなかったし⋯。」

「んな事より、起きたんならそろそろ出掛けないと不味いわよ?」

「出掛ける?どこに⋯⋯いや、今日って何日だ?

「24日⋯もう、歌ってるわよ。」

 

歌ってる。

それだけで分かった。幼馴染み達は⋯Aqoursは、ライブをしている。時間的に中盤に差し掛かる頃だろう。こんな状況だけど、皆が歌ってるって話を聞いた途端⋯安心した。

 

「他の皆は?」

「希と絵里⋯それから、凛と花陽は会場で手伝いをしてるわ。自分たちの役割もある事だしね。皆、アンタが起きるのをずっと待ってんのよ。」

「そっか⋯悪い事したな⋯。」

「私達より、後でアンタの幼馴染み達にこっぴどく叱られなさい。今はやるべき事があるでしょ?」

「あぁ、そうだね。痛てて⋯。」

「ちょっと!まだ動ける体じゃないんだから無理しないで!!」

「ゴメン真姫ちゃん⋯でも、行かなきゃ。僕にも役割が⋯やりたい事が出来たんだ。」

「俺からも頼む、真姫。」

「っ⋯ヒロまで⋯でもっ!!」

「真姫。」

「にこちゃん⋯。」

「アンタが夏喜の事心配してるのは分かる⋯でもね。今聞きたいのは、μ'sの作曲者だったアンタじゃない⋯一人の医者としての意見を聞きたいの。出来るかどうか、それを教えて。」

 

彼女にそう言われ、真姫ちゃんは手をぐっと握りしめた。暫くそうして考えた後、泣きそうな顔でポツリと言葉を漏らす。

 

「指先が動くなら、出来ない事は無い⋯でも、頭を打ってるから何が起きるか分からないのも事実なの⋯。それに所々骨にヒビだって入ってるのよ?」

「⋯自分でも滅茶苦茶言ってると思う。それでも、僕は行きたい。行かなくちゃならない。」

「⋯全部終わったら、必ず検査を受けて。それが絶対条件。無理だって判断したら、私の方で止めるから⋯どんな手を使ってでも⋯!!」

「ありがとう、真姫ちゃん。」

「そうと決まったら、早速行くか!肩貸してやるから行くぞ、夏喜!」

「あぁ、頼む。」

 

そうして僕達は病室を後にした。今、懸命に歌を届けようとしている幼馴染み達の元へ向かうために。

 

 

 

 

 

「⋯悪いわね、真姫。アンタはアンタなりに考えてたのに。」

「⋯良いわよ、別に。言って聞くような人じゃないもの⋯あの人も、μ'sの面々も⋯。」

「あっはは、言えてるかも!」

「言っておくけど、貴方が一番だからね⋯穂乃果?」

「え?嘘⋯?」

「何今更な事に驚いてるんですか?」

「何にせよ、私達も行くわよ。このままじゃ、希や凛にどんな目に遭わせられるか分からないからね⋯。てか、ことり!それ!!」

「へ?あっ!あ〜!!衣装!!ま、待って夏喜く〜ん!ヒロく〜〜〜ん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ⋯はぁっ⋯!」

「千歌ちゃん⋯大丈夫?」

「大丈夫⋯!さ、次の曲に───」

「千歌さん。」

 

ダイヤさんに抱き締められる。呆れたように笑いながら、優しく、強く。

 

「貴方は⋯何をそんなに気を張ってるのですか?」

「気を張って⋯なんて⋯。」

「嘘おっしゃい。こんなにスタミナも使って、普段の貴方ならばもっとやかましいぐらい元気じゃないですか。」

「それ、褒めてます?」

「まぁ褒めてませんが。ふふっ、でもそれくらいで良いんです。ここに居るのは貴方1人ではありません。それとも⋯私達では不安ですか?」

 

曜ちゃん。梨子ちゃん。ルビィちゃん。花丸ちゃん。善子ちゃん。ダイヤさん。果南ちゃん。鞠莉さん。

1人1人が私の事を見ていてくれる。

 

「ごめん、なさい⋯そんなつもりはなくて⋯。」

「ふふっ、知ってるよ千歌ちゃん。」

「千歌にそんなに器用な事出来ないからね。」

「私達を信じてよ。泣いても笑っても⋯次が最後なんだから、後悔なんてしないようにしましょ?」

「皆⋯そう、だよね。ごめんなさい!」

「今日の千歌さん、謝ってばっかりずら♪」

「えっへへ⋯ありがとう、皆。行こう!最後の曲を歌いに!!」

「あっ!コラ待ちなさい千歌さん!!」

「いきなり走るの〜!?」

「よーし!全速前進、ヨーソロー!!♪」

 

皆で走り出す。エリーさんと東條さんにハイタッチをして、光り輝くステージへと全力で!

階段を上りきった私たちを待っていたのは、来てくれたこの町の人たちの歓声だった。

 

『Aqoursーーー!!』

『待ってたよ〜〜〜!!』

「えっへへ⋯皆〜!ありがとうーーー!!いっぱいいっぱい、楽しんでくれましたかーーー!?」

『いぇーーーい!!』

「今日はAqoursのクリスマスライブに来て下さって、本当にありがとうございますっ!⋯次が、最後の曲になりました!」

『えぇ〜〜〜!?』

「私達も、終わるのは名残惜しいですけど⋯でも、楽しかったです!最後に歌う曲は、私達にとって大切な曲⋯この1年で経験してきた事を歌にしました!」

 

皆と手を繋いで、言葉を繋いで⋯それぞれの想いを口にする。

大切な事を教えてくれたこの町の人達に、『ありがとう』を伝える為に。

 

「私達は、この1年でたくさんの事を経験してきました。」

「私達の歌が好きだって言ってくれた女の子と出会って───。」

「沢山の蛍と歌を歌って───。」

「昔から支えてくれた本屋さんから元気をもらって───。」

「大好きなお婆ちゃんから想いを受け取って───。」

「憧れの人達に出会って───。」

「初めて壁にぶつかって───。」

「皆で雪合戦したり、しょうもない事で笑いあったり───。」

「自分達に足りないものを探して色んな事をやったり───。」

「そして⋯大切な幼馴染みに再会しました。そうして、私達は今、ここに居ます!だから、聴いてください!私達の歌をっ!!」

 

ここには居ない彼に、届けたい。

私達を見守ってくれた、全ての人に届けたい。

精一杯の声で、想いで、歌で!

 

「皆、行こう!1っ!」

「2!」

「3!」

「4!」

「5!」

「6!」

「7!」

「8!」

「9!」

 

 

『10ーーーーーーっ!!!!』

 

 

沢山の声が聴こえた。

ステージの真ん中で円陣を組んでいたけど、その声に反応して観客席へと振り返る。

 

そうだ。この景色に⋯この光に、憧れたんだ。

 

私達の前に広がっていたのは───

 

 

 

1面青色に輝く、『光の海』だった。

 

 

 

 

「よっちゃーーーん!可愛いぞぉ〜〜〜!!」

「ルビィ嬢!大変goodでーーーす!!」

「あの人達⋯嘘でしょ⋯?」

「あはは、でも⋯嬉しいな♪」

「クラスメイトも、家族も⋯皆、来てくれてる⋯。」

「千歌ちゃん、やろう!」

「そうだね、曜ちゃ───。」

 

 

 

季節外れの蝉が、飛んだ。

 

何かを伝えるように、真っ直ぐ観客席へと飛んでいく。

 

端っこの、人が少ない所。

 

笑顔で大きく手を振る女の子が1人、そこには居た。

 

 

「あの子⋯そっ、か⋯。来て、くれたんだね⋯。」

「ち、千歌、さん⋯!隣に居るのって⋯!」

「あ⋯。やろう⋯歌おう、花丸ちゃん!!」

「⋯っはい!!」

 

 

 

女の子の隣で、優しく笑いかけてくれる人が居た。

 

見間違いなんかじゃない⋯間違えるはずないよ⋯。

 

 

 

「聴いてて!!タエ、お婆ちゃん⋯!」

 

 

 

流れそうになる涙を堪え、お客さんの方へと向き直る。

 

ねぇ、ナツ君⋯見つけたよ。

 

私達の⋯輝きを。

 

 

「『WATER BLUE NEW WORLD』!!」

 




夏の再会は、始まりだった。

秋の惜別は、きっかけだった。

沢山の想いが、言葉が、心が、形になる時。

奇跡は再び繰り返される。

少年から、大切な幼馴染み達に送るクリスマスプレゼント。

伝説は、終わらない。


次回、煌めきの冬編⋯最終話

『奇跡』と「軌跡」


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『奇跡』と「軌跡」

季節を駆け抜けてきたんだ。

ナツ君と、ヒロ君と、皆と⋯ただ、我武者羅に走って、走って、走って。

いっぱい笑った。

泣くこともあった。

それでも、楽しかった。その1つ1つを思い出して、声を出して、笑顔で歌って。

 

そうして、私達の最後の曲は終わりをむかえる。

これが、本当に最後だった。

 

 

「さ⋯さ⋯!最高だったよAqoursーーー!!」

「果南ー!ダイヤー!鞠莉ーー!!超可愛いよーー!!♡」

「いよっ!堕天使!天使のよっちゃん!!花丸ちゃんとルビィちゃんもキャワたん!!♡」

「千歌!曜!梨子ちゃん!!もうサイッコーーー!♪」

 

 

観客席から色んな声が飛んでくる。

やっ⋯た、んだよね⋯?やり切れたんだよね⋯??

 

 

「千歌ちゃん⋯!」

「梨子ちゃん⋯私、私⋯!」

「うん!出来たよ、私達!!やり切れたんだよ!!」

「さて⋯最後はしっかり頼みますわよ、リーダーさん?」

「ダイヤさん⋯!はいっ!!」

 

また流れそうになる涙を腕でゴシゴシと拭い、お客さんへと向き直る。

 

「皆さん!応援して下さって、ありがとうございました!!皆さんの前で歌を歌って、私達は見つけられました!私達の輝きを!ラブライブまであともう少し⋯私達は私達らしく、最後まで駆け抜けます!今日ここで過ごしたこの日を、絶対に忘れません!!」

 

9色の光が沢山動いてる。

こんなに見てくれた人達が居る。

一緒に分かちあってくれる仲間が居る。

こんなに幸せな事ってあるのかな⋯。

 

 

「すぅ⋯高海 千歌!」

 

「渡辺 曜!」

 

「桜内 梨子!」

 

「国木田 花丸!」

 

「黒澤 ルビィ!」

 

「津島 善子!」

 

「黒澤 ダイヤ!」

 

「松浦 果南!」

 

「小原 鞠莉!」

 

「今日は本当に⋯⋯!!」

 

 

 

『ありがとうございま───』

 

 

 

 

「ちょぉおおおっと待ったぁああーーーー!!」

 

 

 

 

「⋯へ?」

 

 

最後の挨拶を終える直前、会場に私たち以外の声が響いた。

聞き覚えのある声⋯こんな話し方するのは⋯。

 

「ヒ⋯ヒロ、君⋯?」

「ぜぇー⋯はぁーっ⋯!!ま、間に合ったぁ⋯!!」

「なになに?」

「あの人誰??」

 

突然の飛び入り参加にお客さん達もざわめき出す。いや、私達もビックリしてるけど!!

と言うか⋯何でトナカイの着ぐるみ⋯?

 

「ア、アンタ⋯何して⋯!」

「そうだよ!今大事なライブ中で⋯!!」

「まぁまぁ落ち着いてくれよ梨子ちゃん、よっちゃん。これはあれだ。『サプライズ』ってやつ?」

『はぁ?』

「お客さーん!ビックリさせてすいませーん!自分怪しいものじゃないです!ドラムやってるヒロって言います!!運営さんからのサプライズ企画ってやつなのでご安心を!!」

「サプライズ?」

「そんな話あったっけ⋯?」

「ほら!お客さんも困惑してるじゃないですか!!」

「してるなぁ⋯にこにーめ、無理があるっつの。ま、良いや。ほい、これ皆の衣装な?」

「うわっとと!?い、衣装?」

 

手に持っていた紙袋を、ヒロ君から投げ渡される。でも全然理解が追いついてないよ⋯。

 

「皆ー!Aqoursのライブ、まだ見たくないかー!?」

「ちょおっ!?」

 

 

 

「み、見れるなら見たい!!」

「でも無理はしないでー!!」

 

 

 

「だ、そうだけど⋯どうする?」

「⋯⋯⋯まだ、やっていいの?」

「運営のおっかな〜い人も良いって言ってるんだ。それに、これはAqoursのライブ⋯だから、皆が決めてくれ。」

 

ライブが出来る。

でも、私達が出来る曲は一通り歌っちゃったんだ。良いのかな⋯。

 

「やろう、千歌。」

「果南ちゃん⋯。」

「折角の機会だし、ダメになるまでやっちゃおうよ!千歌っち♪」

「ル、ルビィも⋯やりたいです!」

「クックックッ⋯堕天の刻は終わらない⋯!」

「善子ちゃんは相変わらずずら⋯。」

「いつでも行けるよ、千歌ちゃん!」

「素直になって下さい。」

「私達は、どこまでも付いていくよ?♪」

 

皆がそう言ってくれる。

良いんだ⋯やっても。

なら⋯なら⋯!

 

「やるよ、ヒロ君!私達、歌いたい!!」

『いぇーーーーーい!!!!』

「にしし、だと思った!じゃあそれに着替えてきなよ!伝説の衣装担当が拵えた特別性だかんな!後の事は⋯俺達に(・・・)任せときなよ。」

「俺⋯達⋯?」

「そうだろ⋯相棒?」

 

 

ステージの端から出てきたのは、ギターを肩から下げたもう1匹のトナカイさん。

頭に包帯を巻いて歩いてくるその姿が、目から離れなかった。

 

 

「な⋯何、で⋯。」

 

「ちゃんと⋯聴いていたよ。皆の歌。最高のライブ、ありがとうね。」

 

「ナツ、君⋯なの?」

 

「遅刻、しちゃったかな⋯?」

 

 

いつ目が覚めるか分からないって言われた。私の代わりに事故に遭って、眠り続けてた人。

その人が、同じ場所に居る。

もう何年も見てなかった気さえする、その笑顔が⋯ずっと見たかった⋯。

 

「ナツ君⋯何で、ここに⋯。」

「あっはは⋯一応顧問だし⋯。手伝うって、言ったからね。」

「遅すぎんのよ馬鹿ナツキっ!!どんだけ心配したと思ってんのよ⋯!!」

「ごめん、善子ちゃん⋯。皆も、心配掛けちゃったね⋯。」

「まぁまぁ、お説教はまた後で!ライブもあるし、ぱぱっと着替えてきちゃいなよ!」

「もう!後で説明してもらうかんね、ナツ!!」

「ぶん殴ってやるから覚悟しなさいよ!?」

「あはは⋯覚悟しておきます⋯。」

 

皆が衣装チェンジの為にステージ脇へと走っていく。私も行かなくちゃ。

走り出して、ナツ君とすれ違った時⋯声をかけられた。

 

「千歌。」

「え?」

「ありがとう。」

 

ギターに手を掛けたナツ君の視線が鋭くなる。今まで見たことの無い顔で、私のことを呼び捨て⋯まるで、人が変わってしまったみたいに、彼は言葉を続けた。

 

「ステージで、待ってっからさ♪」

「え、あ、あの⋯ナツ、君?」

「千歌ちゃん、早く早くー!!」

「あ、うん!今行く!!」

 

楽しい遊び道具を手にしたように、無邪気に笑うナツ君。

何がどうなってるのか全く分からないけど、今は急がなくちゃ!折角貰ったチャンスだもんね!!

お願いナツ君、ヒロ君!

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて⋯と。やるか、ヒロ。」

「あぁ、まぁ⋯そのつもりだけどさ。お前そのギター持つと豹変するの治ってなかったんだな⋯。」

「そんなに違うか?」

 

自分ではそんなに変わったつもりは無いんだけどな⋯まぁ、それよりも。今は自分の役割を果たさなきゃ。あんまりのんびりしてたら、にこちゃんに怒られるしね⋯。

 

「皆さん、こんばんは。僕は島原 夏喜と言います。浦の星女学院の用務員で、一応Aqoursの顧問という形で働かせてもらってる者です。」

「顧問⋯?」

「用務員で顧問って新しいね〜。」

「島原先生ギターやってたんだ!」

「今日は皆さんに⋯お願いがあるんです。」

「お願い?」

「何すればいいのー島原先生ーー!!」

「あんまり僕が大きな声で言うと控え室まで聞こえちゃうかもしれないから⋯スクリーンを見て頂けませんか??」

 

僕がそう言うと、ステージの後ろにある大きなスクリーンに一つの画面が映し出される。これが、運営⋯にこちゃんや穂乃果達が考えてくれた事。

僕達からAqoursへ送る、ほんのささやかなクリスマスプレゼント。

 

「これって⋯。」

「これには、皆さんの力が必要なんです。彼女達の顧問として、幼馴染みとして⋯どうか、力を貸してください。」

 

ステージの上で、深々と頭を下げる。彼女達は歌うことを決めてくれた。心の底から、楽しんでいた。

とっても⋯輝いていたから。

 

「任しとけよ、先生ーー!!」

「千歌達の為なら何だってやるよー!!」

「何なら声出す練習もしておこうか!?」

「それは早いでしょ⋯。」

「⋯皆さん、本当に⋯ありがとうございます!」

「ナツ君!!」

 

着替えを終えたAqoursの皆が戻ってきた。それぞれ微妙に装飾の違うサンタの衣装⋯やっぱり凄いな、ことりは。

 

「おかえり、皆。」

「夏喜君⋯なんか、目つきが違うくない?」

「そんなに違うかい?まぁ⋯今だけだから大丈夫だと思うよ。」

「今だけって⋯ますます意味分かんないよナツ⋯。」

 

困惑してる皆の顔を、1人1人見ていく。何だか久しぶりだ⋯こうして皆と過ごしてる時が、やっぱり楽しいな。

まだ少し軋む体を無視して、ギターを構える。

 

「千歌、曜、梨子。花丸、ルビィ、善子。ダイヤ、果南、鞠莉。」

「へ?///」

「なななな⋯!?///」

「呼び捨て⋯くっ、ジャパニーズギャップ萌え⋯!///」

「あはは⋯違うと思う⋯///」

「Aqoursの皆。こんな事しか出来ないけれど、一夜限りのスペシャルライブ⋯楽しんでくれたら嬉しいな?」

「夏喜さん⋯?」

 

左手でコードの準備をし、深呼吸する。折れてるからやっぱり痛むけど、それ以上に楽しみなんだ。

ヒロが後ろに置いてあるドラムまで行ったのを確認して、準備が出来た事を目で合図する。

ドラムスティックによるカウントが始まり、最近までずっと練習してきたワンフレーズを繰り返しかき鳴らす。

 

終わったらもう1回。それが終わったらまた1回。

同じメロディーを、繰り返す。会場のボルテージが上がるまで、何度も。何度も。

 

 

「島原⋯夏喜⋯。ヒロ⋯?あっ!!」

「ど、どうしたの?」

「思い出したんだよ!夏喜とヒロって言ったら、μ'sと一緒にライブで演奏してた『ナツ×ヒロコンビ』だよ!!」

「へ?μ'sと一緒に姿を消したっていうあの2人?何でその2人が⋯それよりこの曲って!」

「⋯μ'sが、初めて9人で歌った歌⋯まさか⋯!!」

 

 

 

「皆ーーー!!」

 

 

 

 

ギターの音と共にヒロが声を張り上げる。

あぁ⋯わっるい顔してるなぁ⋯。そんな顔されちゃったら、楽しくなってくるじゃないか⋯!

 

「もう気づいたろー!?こいつのギターだけじゃまだまだ力不足だ!皆の声を貸してくれ!!折角のクリスマスライブ、皆でサンタさんを呼んでやろうぜーーー!!」

 

『いぇーーーい!!』

 

「はっ!まだまだ足りないよっ!!もっともっと声を張り上げろーーーー!!!」

 

『いぇーーーーーーーい!!!!』

 

「夏喜さん⋯こんなキャラでしたっけ⋯?」

「Aqoursの皆も頼むよ!!」

「え!?い、いぇーい⋯?」

「はははっ!皆盛り上がれぇっ!!」

 

 

会場内をひたすら煽る。もう、大丈夫かな?ヒロと目を合わせると、アイツはドラムを叩きだし、そのリズムはどんどん加速していく。

これで⋯お膳立ては充分でしょ。

 

後は頼んだよ、『穂乃果』。

 

 

「皆で声出していくぞぉーーー!!!」

「俺達に続けぇっ!!」

 

 

 

「「僕らのLIVE!!」」

 

『君とのLIFE!!』

 

 

ドラムに合わせイントロが始まる。

 

この二つの楽器や僕達の声に負けないぐらいの破裂音と共に、会場内には銀テープが発射される。

 

ステージの下から出てきたのは───

 

 

『伝説』だった。

 

 

 

「いぇーーーい!!皆盛り上がってるーーー!?♪」

「えっへへ〜♪ことりのおやつになるのは誰ですか〜??♡」

「うぅ⋯///は、恥ずかしいですぅ〜!!///」

「穂乃果さん!?ことりさんに海未さんまで!?」

「久々のライブ、テンション上っがるにゃ〜!!☆」

「り、凛ちゃん!あんまり急ぐと転んじゃうよ!!」

「凛さんがいるずらぁ!!⋯本物?映像??」

「はな、はななな!!花陽さんっ!?!?///」

「ん〜!なんだか懐かしいなぁこの感じ!♪」

「結構ギリギリなのよね⋯年齢的に⋯。」

「東條さんにエリーさん⋯?まさか⋯!」

「やっほ!改めまして、ウチは東條 希♪」

「絢瀬絵里よ。よろしくね♪」

「え、エリー⋯チカァ!♡」

「ダイヤ⋯。」

 

体が痛む。柄にもなく興奮したせいで頭もズキズキする。それでも⋯こんなに楽しいライブ、止められるわけないよね。

Aqoursともまた違うサンタコスに身を包んだ9人は、あの時と同じように歌って、踊って⋯Aqoursの皆と手を取り歌っている。

ルビィやダイヤは緊張しながらも一緒になって踊ってる。

千歌は穂乃果と一緒に笑顔で歌っている。

他の皆も、『にっこにに〜』をしたり、思い思いの時間を過ごしていた。

一瞬だけ、心配そうな目線を向ける真姫と目が合うけど、大丈夫の意味を込めて笑いかける。

 

曲が終わるまでの4分弱は、あっという間に過ぎ去っていった。

 

「ひゃ〜〜〜!!熱気が凄いね〜!!♪」

「当然でしょ!何たってこのにこにーが居るんだから〜♡」

「気持ち悪い⋯。」

「ぬわぁによッ!!」

「で、でも何で皆さんがここに居るんですか!?」

「あれ?ヒロ君言ってないのー!?」

「いやいや、言ったからね!?」

「これがサプライズ⋯ビックリした?」

「ナツ君⋯ビックリというか⋯。」

「頭が追いついてない⋯。」

 

ポカンとしてる皆の顔を見て、思わず笑ってしまう。あんなに楽しそうにしてたのにね。

 

「僕達からのプレゼント⋯受け取ってくれないかな?」

「僕達って───。」

 

千歌の言葉を遮るように、会場内の明かりが全て消えた。

あたりは真っ暗になり、何も見えなくなる。

 

「ひぃっ!?なになになに!?やだ!電気どこぉっ!?」

「果南Wait!大丈夫だから落ち着いて!!」

「ふふっ⋯さーん。」

「ヒ、ヒロ⋯?」

「にーい。」

「穂乃果さん、何のカウントですか!?」

「いーち⋯!」

 

『0!!』

 

 

0のカウントと同時に、一斉に照明が点灯する。観客席は1面の青。そして⋯。

 

 

 

『メリークリスマーーース!!!!♪』

 

 

 

僕も、ヒロも、μ'sの皆も⋯隠し持っていたクラッカーを、観客席の皆と一緒にAqoursへ向けて盛大に鳴らした。

 

「へ⋯?」

「えっへへ♪どうだった!?これ穂乃果達で考えたんだよ!!」

「歌を歌ってくれた皆に、お客さんを含めた僕達から送るクリスマスプレゼント⋯メリークリスマス、皆♪」

「ナツ君⋯。」

 

正直ここで不発したら物凄いカッコ悪いから大分緊張した⋯ライブでかいた汗とは違う冷や汗が流れたのは内緒だ。

 

「さ、次はアンタ達の番よ。」

「にこさん⋯。」

「元々千歌達のライブなのですから⋯もう1度、聴かせてもらえますか?」

「凛も一緒に歌いたいよ!」

「折角やし、ウチらも歌わせてもらっても良いかな?♪」

「ふっふっふ⋯こう見えて皆の歌は歌えるように練習してきてるからね!まぁ最後の新曲は流石に無理だけど⋯あはは⋯。」

「⋯はいっ⋯やり、たいです!」

「千歌ちゃん⋯。」

「私も⋯!一緒に、歌いたい⋯です!!」

 

涙を流しながら、千歌はそう答える。

ヒロとアイコンタクトをして、自分の持ち場へ付くことにした。

僕らも何が来ても演奏できるように練習してきたつもりだ。でもきっと⋯彼女達が歌うのは、一つだと思う。

 

Aqoursの始まりの歌。

 

 

「皆に色々助けてもらって、こんなに素敵なライブをプレゼントされて⋯私、幸せ者だ⋯。」

 

 

腕で涙を拭った千歌は、観客の方へと振り返った。

その横に並ぶ8人も、皆キラキラとした表情で。

 

 

「最後にもう一度だけ、皆さんの力を貸してください!私達だけじゃなくて、皆さんの声を聴かせてください!!私達の⋯Aqoursの始まりの歌───『君のこころは輝いてるかい?』!!」

 

 

再びギターをかき鳴らす。皆の声と想いを乗せて、会場内に響き渡らせる。

 

5年前、学校を廃校から救ってラブライブ優勝を果たし⋯『奇跡』を起こした少女達が居た。

 

その姿に憧れて、どんなに辛い事があっても諦めず⋯その「軌跡」を歩んできた少女達が居た。

 

一つのステージに、その2グループがいる。夢と、憧れと、輝き。誰か1人が欠けていても作られることのなかったステージ。

 

これは⋯彼女達の物語だ。

 

 

「千歌ちゃんっ!」

「穂乃果さん?」

「スクールアイドル、楽しいね!♪」

「っ⋯はいっ!!」

 

 

 

この日開催されたAqoursのクリスマスライブは、訪れた人の記憶にいつまでも残る⋯新しい伝説のライブになった。

 

 

「皆ーーー!!一緒にーーーー!!」

 

 

 

 

『メリーーークリスマーーーース!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナツく〜〜〜ん!!」

「うぐぅっ!?」

「わぁ⋯今のは入ったね⋯!」

「感心してる場合ですか⋯。」

 

ライブが無事終了し、僕達は今会場の前。Aqoursとμ'sが揃い踏みという何とも不思議な空間に僕は居る。

そして再び魔のミカン砲を食らったんだ⋯死にそう。

 

「どうだ千歌ちゃん⋯耐えたよ⋯!」

「わ〜!本当だ!♡」

「余裕ぶってるけど⋯死にそうな顔してるわよ。」

「ははは、大丈夫!1回死んだようなものだから!」

「うん、今のナツが言うとシャレにならない。」

「でも無事に終わって良かったにゃ〜♪」

「そうやね〜。まぁナツ君が目を覚ますのもう少し早かったら、ウチらの準備も楽やったけどね?」

「うっ⋯すみません⋯。」

 

それに関しては何も反論出来ない⋯事実だからね!!でも間一髪間に合って良かった⋯。

 

「あ、あの⋯夏喜さん。」

「ん、どうしたの?ルビィちゃん。」

「や、その⋯呼び捨て、じゃないんですね⋯。」

「へ?呼び捨て?」

「そうだよナツ君!私達の事ライブで呼び捨てにしてた!!」

 

⋯⋯どうしよう。全く記憶に無い。え、だって僕がでしょ?皆を呼び捨て?いやいや無い無い無い⋯無いよね?

 

「気の所為じゃないかな〜⋯?」

「Oops⋯覚えてないの?とってもCoolだったのに〜⋯。」

「許してやってくれ皆⋯ウチの元部長がキャラ作りどうこう言った結果、ギター弾くとああなるんだ⋯。」

「じゃあギター弾いてくれればあっちのナツ君になるの?」

「そゆこと。」

「厄介な体ね⋯。」

 

ギター弾いてる時どうなってるんだ僕⋯。

 

「何にせよ、これで一区切りだな!パーっと打ち上げでもやるべ!」

「こらこら。未成年を連れて飲みになんか行けないでしょ?」

「わーってるよ絵里さん。だから今日はそれぞれ解散で、また皆で集まろうって話だからさ。あ!でも皆居るならいい機会だな!」

「何の話だ?」

「まぁ、そんな大したことじゃないけど⋯にこにー、良いよな?」

「いや何の話⋯⋯⋯アンタ、まさか⋯!///」

 

何故かにこちゃんの手を取り僕達に向き合うヒロ。

え?何これ⋯何でにこちゃんこんな真っ赤になってるの?何でちょっと動揺してるの??ヒロは一体何を言おうとして───。

 

 

 

 

「俺達、結婚します!!」

 

 

 

「は?」

「最っ悪⋯⋯///」

 

 

 

『えぇええええええっ!?!?』

 

 

 

骨が軋むことも忘れて大声出してしまった⋯!何でこうも大事な事をしれっと言うんだこいつは!!

まさか鞠莉ちゃん経由で聞いたヒロの想い人って⋯!

 

「ちょちょ、聞いてないわよにこ!!」

「言うつもり無かったからよ⋯。」

「水臭いやんにこっち〜♪」

「どどど、どっちから!?どっちからですか!?」

「かよちん食い付き過ぎだよ〜。でもにこちゃんとヒロ君がね〜?♪」

「ヒロ⋯そういう事は早く言ってくれよ⋯!式の準備とかお金とか色々準備しないと!いや、その前ににこちゃんの所に友人として挨拶に行って⋯!」

「何でおめぇがテンパってんだよ⋯つか、挨拶すんな!」

「ねぇにこ!話聞かせてよ!今日はもうしっかり聞くまで返さないからねぇっ!?」

「だーーーっ!!だから言いたくなかったのよ!!///」

 

思わぬカミングアウトに、僕を含めたμ's陣営はテンヤワンヤ状態。今までの人生で一番驚いたさ⋯。だって『付き合ってます!』とかなら、まだ多少のビックリで済んだものをいきなり結婚って⋯。

 

「さ、流石μ's⋯!」

「スーパーアイドルともなればやはり格が違いますわね⋯!」

「うゆ⋯!」

「おい夏喜、あそこの3人の視線を何とかしてくれ。」

「僕には手強すぎる。」

「取り敢えずヒロ君にはこの話をたっぷりみっちり聞かせてもらうからね!今日は呑むよ!!じゃあナッツん、そういう事なので!!」

「いやいや、出来れば僕も聞きたいんだけど⋯。」

「夏喜⋯それは恐らく無理だと思いますよ?」

「え?」

「ことりもそう思うなぁ〜⋯だってほら。」

 

ことりが僕の後ろを指さしたからゆっくりと振り返る。

顔は笑ってるのに目が笑ってない少女達が居るね。そう言えば⋯鞠莉ちゃんから殴る宣言されてたっけ⋯。

 

絶対怒ってる〜⋯。

 

「言っとくけど⋯逃がさないわよナツキ?」

「散々心配かけておいてさぁ⋯どこに行こうとしてるのかなん?」

「あ、あの⋯すみません!!」

「ナツ君⋯千歌達にいっぱい心配かけたもん。」

「曜は許しません。」

 

曜ちゃんが自分の事を名前で呼ぶの初めて聞いた⋯。目線で比較的穏やかな顔の梨子ちゃんに助けを求める。

 

「夏喜君⋯千歌ちゃんと曜ちゃんを泣かせたので大人しく罪を償って下さい♪」

「⋯え、えっと⋯。」

「返事は?」

「はい!ゴメンなさい!!」

 

普段大人しい人が怒るととても怖いって言うのがよく分かりました。

 

「あ。夏喜の事殴るのは良いけど、全部終わったら検査するからちゃんと返してね?」

『はーい!』

「真姫ちゃん!?」

「ふふっ、じゃあそういう事だから。頑張ってよね♪」

「バイバーイ、ナッツん!!♡」

 

え〜⋯μ'sの皆さんはお帰りになられました。

さて、と。⋯⋯土下座しようか。

 

「ナツキー、早く行くわよー!」

「え?あ、あれ?行くってどこに⋯?」

「どこって⋯ナツの家だよ?」

「怒らないの⋯?」

「怪我が治ったら目一杯怒ってあげる♪」

「だからナツ君⋯帰ろう!一緒に!!」

 

笑顔のまま、9人はほんの少し泣いていた。

指し伸ばされたその小さな手が暖かくて⋯僕はここに居ていいんだって、そう教えてくれる。

 

いつか⋯こうして過ごす日々も終わってしまうのだろう。そう考えると、胸の中で余計に寂しさは増してしまう。

 

それでも、一緒に居たい。

 

いつか来る別れより、今皆と過ごしているこの時間が大切だから。

 

 

 

「ナツ君!」

 

 

 

 

 

『おかえりなさい!!』

 

 

 

 

 

「⋯ただいま。皆。」

 

 

 

 

僕達は、止まることは無い。

 

差し出された手を取って、皆で歩き出す。

 

笑いながら歩く帰り道。

 

 

 

 

季節外れの蝉が、鳴いた気がした。

 




ル「皆さん、こんにちは!」

花「こんにちは〜♪」

善「堕天降臨っ!!」

花「それ挨拶ずら?」

ル「あっはは⋯。皆さんのおかげ、このお話もここまで来る事が出来ました。本当にありがとうございます!」

善「クライマックスまであと一つ⋯けどその前に、3年生の話を挟ませてもらうわよ?♪」

花「3年生のお話は、おら達や千歌さん達とは少し違う⋯ちょっぴり切ない感じになる予定です。って、作者さんが言ってました!」

ル「最初は果南さん。『Act.7 貴方と見た流星』。 」

善「次はダイヤ⋯『Act.8 姉である為に』。」

花「最後は鞠莉さんで、『Act.9 託された願い』。」

ル「卒業を前にした3年生と夏喜さんのお話⋯。」

善「本編完結までほんの少しだけ空いちゃうけれど、いつも通りゆっくり見てくれれば有難いわ。」

花「ではでは!」


善花ル『あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』


P.S.春編終わってからにしようかめっちゃ悩んだけど、先にやります。

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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Act.7 貴方と見た流星

果南's Side story
クリスマスライブが終わって一段落ついた私達。ささやかな打ち上げパーティーの最中、ナツを天体観測に誘った私は一緒に淡島神社で星を見ることに。
そして気付いたんだ。大切な誰かと同じ人を好きになるって事は、こんなにも辛い事なんだって。言えない気持ちと、胸の痛み。

もし⋯たった1つ流れ星に願いを叶えてもらえるなら、何を願いますか?


クリスマスライブから1週間。

意外と治りが早かったナツの怪我も良くなったという事で、簡単だけどAqours内で打ち上げパーティーをする事になったんだ。結構急に決まった話だし、この人数が集まれそうなのっていったらナツの家ぐらいだったんだけど⋯今日は私の家に来てもらった。

 

淡島まで来てもらってごめんねって皆には謝ったんだけど、皆快く受け入れてくれたのが嬉しかった。

 

 

「果南さん、楽しんでますか?」

 

「ん?楽しんでるよ♪」

 

「そう?何だか黄昏ちゃってたわよ?」

 

「何〜?鞠莉ってばそんなに私の事見てたの?」

 

「だって果南の事大好きだもん♡」

 

 

そう言うなり、もうやられ慣れたハグをしてくる幼馴染み。昔は私にされるがままだったのに、留学してた2年の間に何があったのやら⋯。

でも鞠莉の方からハグしてくる時っていうのはあんまりろくな事が無いんだ。

今もそう。

 

 

「⋯鞠莉。ハグはいいけど私の胸触らなくていいでしょ⋯///」

 

「いいえ果南⋯これは、私達の間には必要な事なの⋯。」

 

「真面目な顔してもセクハラだからね?」

 

「Sorry♡でもあの子達は気になってるみたいよ?」

 

 

鞠莉が軽く指さす方向に居たのは、年下の幼馴染み達。恥ずかしがってる曜、キラキラした瞳の千歌⋯それから何かをメモしてるルビィちゃん。

よりによってCYaRon!に見られるなん⋯て⋯。

 

 

「ナツ?」

 

「はい。」

 

「見てたでしょ。」

 

「見てないよ。」

 

「怒んないから正直に言って?」

 

「見てないよ。」

 

「と言いつつ?」

 

「CYaRon!に釣られて見ちゃいまし───。」

 

「うがぁっ!!///」

 

「へぶっ!?」

 

 

手に持っていたジュースの缶を思いっきり投げつける。ナツのオデコに命中させた私のコントロールは、我ながら良いピッチングだったんじゃないかって思うよ。

 

あ⋯スチール缶だった。

 

 

「わぁ!果南ちゃんナイスピッチング!」

 

「そんな事言ってる場合ですか⋯。」

 

「ここが⋯ゲヘナへの入口、か⋯がくっ。」

 

「善子ちゃんみたいずら。」

 

「当然。ナツキは我がリトルデーモンになったのですから⋯。」

 

 

うん⋯後で謝っておこう。取り敢えず今は放っておいて、パーティーを楽しもうかな。

 

それからは皆で楽しく盛り上がっていた。途中から復活したナツが皆から言い寄られたり質問攻めにあったりもして、私も含めて一喜一憂して⋯。

こんなに楽しく盛り上がれるのは、後何日なんだろう。卒業するのが嫌なわけじゃないんだ。私もやりたい事があるし、それは鞠莉やダイヤだって同じ事。

それでも⋯こうして皆で過ごす時間が減っていくのは、ちょっぴり寂しいな⋯。

 

 

「ねぇ、ナツ。」

 

「ん?どうしたの?」

 

「今日、さ⋯その⋯星、見に行かない?」

 

 

皆が盛り上がってる中、隣に居るナツにそう声をかける。

 

 

「あぁ、いいね。天気もいいし、今日は良く見えそうだ。皆も誘うかい?」

 

「⋯今日は、ナツと2人で⋯見たい。」

 

「⋯良いよ。」

 

 

ほんの少しの間を持たせ、彼はそう答えてくれる。その間の中で、一体何を考えてくれたのかは想像出来ない。いつだってそうなんだ。嘘が下手ですぐ顔に出るくせに、ここぞっていう時には本当に分からない。

その優しさも、笑顔も、全部好きになってしまったから⋯しょうがないんだけどね。

 

 

「ありがと。じゃあこれが終わったら淡島神社に来てね。」

 

「あぁ、分かったよ。」

 

 

短い会話だったけど、伝えたい事は済ませた。後は夜を待つだけ⋯はは、今からちょっと手が震えてる。⋯頑張ろう。

 

 

 

 

 

「お待たせ、果南ちゃん。」

 

「ん⋯来てくれてありがとね。」

 

「大丈夫だよ。まぁ千歌ちゃんと曜ちゃんには後で質問攻めにあいそうだけどね⋯。」

 

 

そう言って困ったように笑うナツ。まぁあの2人は私に似ちゃったからね。そこは心の中で謝っておくよ。

 

 

「ここがおすすめの場所ですか?果南先生。」

 

「そうだよ⋯って、何?その先生って。」

 

「星の事なら果南ちゃんが一番!だから敬称を付けてみようかと思ってね。」

 

「あっはは、じゃあナツは私の生徒だ♪」

 

 

なんてことない会話が弾んでいく。空には満天の星空。夜も遅くなったこの町には、東京とか都市部みたいに町の光はそんなに多くない。それに、今は冬っていうのも幸いして星がよく見える。空気が澄んでるからね。

 

ここに居るのは2人だけ。今なら言えるかな。

 

 

「ナツ⋯。」

 

「何だい?」

 

「あの、さ。」

 

 

言える。

ただ一言『好き』って言えばいい⋯言えばいいのに⋯。

 

 

「も、もうすぐ卒業だね。」

 

 

チクリと胸が痛んだ。1つ、嘘をついたから。

 

 

「あぁ⋯そうだね。僕は未だに悔やんでるよ。こんなに楽しいなら、もっと早く帰って来るべきだった、って。」

 

「そうしたらAqoursは無かったかもね。」

 

「それでもさ⋯皆となら会える気がする。どこに居ても、どれだけ離れていても⋯誰かと誰かが繋がっている限り、また会える。」

 

 

そう口を開くナツの目は本気だった。

この人は本気で信じてるんだ⋯私達はいつでも会えるって。

ナツが10年前内浦を離れた時、もう二度と会えないって思ってた。伝えたい事も伝えられないまま、これで終わりなんだって。

 

でも帰ってきたんだ。それこそ、Aqoursの皆と奇跡のような再会をして。

 

 

「なら、私も信じようかな。私さ、卒業前にナツに言いたい事があるんだ。」

 

「どんとこい。」

 

「うん⋯私⋯。」

 

 

そこでまた口は止まる。どうしても言えないんだ。

『好き』。

Aqoursの皆も、ナツの事が好きだって言ってた。ここで私が言ってしまえば、皆の気持ちはどうなるんだろう。

恋でこんなに悩んだ事なんか無いし、言ったもん勝ちって言われれば何も言えない。

 

でも⋯ここで好きって伝えて結果がどうであれ、私達はきっと戻れなくなる。皆を信頼してないわけじゃない。信頼してるから、怖いんだ。

私は前に進めない。

 

 

「果南ちゃん?」

 

 

ナツの声がする。それでも私はその先の言葉が出ない。言おうとしてたのに、自分の意思で口から発する事を拒まれた気持ちが私の中で暴れている。胸が痛い。

 

⋯鞠莉の時も、そうだったっけ。

 

誰かを好きになるのがこんなにも辛くて、痛くて、苦しくて⋯重いものだなんて知らなかった。

こんな事なら、いっその事知らない方が良かったんじゃないかって思えてくる。

 

もう、分からない。どうしたらいいかも、何を伝えたかったのかも。

 

 

「⋯果南ちゃん。」

 

「な、何⋯?」

 

「泣いてるのは、どうして?」

 

「え⋯。」

 

 

言われるまで気付かなかった。

自分の頬を伝う沢山の水滴に⋯。

 

 

「や、あれ?な、何でこんな⋯違う、んだよ⋯!」

 

 

違わない。

胸の痛みが強くなってくる。もう嘘をつくのは止めてって暴れてる。

好きって言いたい⋯でも皆の事が頭に浮かぶ。

卒業したら、ナツとも簡単には会えなくなるんだ。

 

もう⋯どうすればいいのさ⋯。

 

 

「果南ちゃん⋯ハグ、しよっか。」

 

「え⋯?」

 

 

曜と一緒にナツの家に行った時から、私達は余りハグをしなくなった。単純に、私が恥ずかしかったから。

昔とは違う、ガッチリした男の人の体に包まれる。

 

 

「本当はさ⋯何か言葉を掛けてあげるべきなんだろうけど、何を掛けたらいいか分からないんだ⋯。だから、今はこうする事しか出来ない⋯ごめん。」

 

「ち、違っ⋯!ナツは悪くない⋯私が、言えなくて⋯。」

 

「余り人の事は言えないんだけどさ。3年生の皆は頑張り過ぎだと思うな。ダイヤちゃんはあんまり頼ったりしないし、鞠莉ちゃんも割と1人で何とかしようと奮闘するタイプだし⋯。果南ちゃんは、我が儘が足りないよ。」

 

「我が儘⋯?」

 

「僕の推測で話しちゃうから先に謝っておくよ。違ったらごめんね?果南ちゃん⋯皆の事考えてるでしょ?と言うより⋯自分の気持ちより周りの事考えてる。」

 

「っ⋯。」

 

「ずっと考えてたんだ。パーティーをやってる時から、果南ちゃん⋯どこか難しそうだった。最初は気のせいかなって思ってたし、卒業の事もあるからちょっぴり寂しいのかな?とか。」

 

 

半分当たってるのが、ちょっとムカつく。でも何も言えないから頭をナツの胸にうずめる事しか出来ない。

 

 

「でもさ⋯今の様子を見て思ったよ。⋯何かあるんだよね?言いたい事。言いたいのに、自分の気持ちより皆の事考えちゃってる⋯と、勝手に僕は思ってますよ。」

 

「なんで敬語なのさ⋯。」

 

「さも決めつけてるかのように話しちゃったから、これで違ったら恥ずかしいかな〜んって⋯。」

 

「⋯ふふっ。じゃあ言わなくても良かったじゃん。」

 

「やっと笑った。」

 

 

顔を上げた時、そう言われる。まるで子供みたいに笑いながら、指で私のほっぺをグイッと引っ張るナツ。

色んな事を見透かされてた。このまま私の気持ちも分かっててくれればいいのに。

ってか、こんなに人の事考えれる癖に何で皆からの好意に気づかないかなぁ⋯。

 

 

「⋯聞かないの?何でこうなってるか。」

 

「聞いて欲しいのかい?」

 

「⋯⋯意地悪。」

 

「あっはは、ごめんごめん!でも⋯いつかちゃんと聞いてみたいかな。」

 

「うん⋯頑張る。絶対伝えるよ。」

 

「期待してる♪あ!流れ星!!」

 

「ナツはさ⋯流れ星に何をお願いするの?」

 

「皆といつまでも楽しく過ごせますように!」

 

「あはは!ナツってロマンチスト?」

 

「知らなかった?僕はロマンチストだよ?」

 

「200歩譲ってもそれは無いね♪」

 

「嘘ーん⋯。」

 

 

皆でいつまでも⋯か。

ねぇ、ナツ。我が儘⋯言ってもいいんだよね?今だけは皆の事じゃなくて、私の気持ち⋯言っていいんだよね。

 

 

 

 

⋯⋯⋯好きだよ。

 

 

 

 

聞こえないぐらい小さな声で、そう独りごちる。これが、今出来る精一杯の我が儘。

私の気持ちだから。

 

 

「僕も好きだよ。」

 

「えっ!?」

 

「この星空⋯いつ見ても綺麗だよね〜!」

 

「あっ⋯あっははは!そうだね!ナツはそういう人だったよ!!」

 

「え?何か変な事言ったかい?」

 

「変な事言わない日なんて無いじゃん♪」

 

「えー⋯。」

 

 

沢山泣いた。

沢山笑った。

きっと今はこれでいいんだ。

だからさ⋯今度我が儘を言った時は、ちゃんと聞き届けてよね?ナツ♪

 

 

 

 

When you wish upon a star. (貴方が星に願いをかける時。) I hope so too.(私もそう願うんだ。)

 

I hope this wish will reach you.(いつかこの想いが貴方に届きますように。)

 




果「ご機嫌いかがかなん?♪」

な「ご機嫌⋯あっ、あっ!先越された!」

果「いや⋯私のだし⋯。」

な「なんにせよ番外編お疲れ様、果南パイセン。」

果「あ、うん⋯何そのキャラ?」

な「自分、不器用なんで⋯パイセンに付いていくっす!オッス!」

果「まぁ、良いけどさ⋯明日あたり恥ずかしくなるからね、それ。不器用と言えば次回かな?」

な「ナイスフリ!次回は不器用なお姉様が登場!」

果「卒業に近づいていく中で、ダイヤとルビィの2人にちょっとした亀裂が入っちゃうよ。」

な「姉としての役目と妹としての気持ち⋯すれ違う姉妹の心に、ナツ君がどう奮闘するのか!そもそも関わってくれるのか!?」

果な『次回もお楽しみに♪』


果「⋯暑苦しいなぁ。」

な「すいまそん⋯。」

P.S.多機能フォームって面白いですね。

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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Act.8 姉である為に

ダイヤ's Side story
卒業前にやり残した事の無いように。

そう3年生で決めたものの、私はルビィとの間に溝が出来てしまいました⋯。仕事にも影響が出てしまった為、鞠莉さんの提案で夏喜さんに相談する事にしたのですが⋯。
その悩みを聞いていたのは⋯彼だけではありませんでした。



「ダイヤ、これも目を通しておいて?」

 

「ルビィ⋯どうしてですの⋯。」

 

 

卒業を控えた私達も、ようやく最後の仕事が回ってきました。本当であれば、2年生から新役員や会長が決まり、私達が仕事を伝えていく役目を果たさねばならないのですが⋯。

廃校になってしまうことも考え、私達今の3年生が仕事をやり通すことにしたのです。

『立つ鳥跡を濁さず』とは、よく言ったものですわね。

 

 

「ダイヤ?」

 

「私は⋯私はなんということを⋯。」

 

 

故に。

こうして仕事を鞠莉さんと片付けているわけですが⋯少々問題が発生してしまいました。

 

 

「ダーイーヤーーー!!」

 

「ルビィイイイイイイイイ!!!」

 

「きゃっ!?」

 

「⋯鞠莉さんじゃないですか。何してるんですの?」

 

「はぁっ⋯はぁっ⋯流石のマリーも怒るわよ⋯?」

 

 

⋯そう言えば私が呼んだのでしたわね。

 

 

「さっきからどうしちゃったのよ、ダイヤらしくもない。ルビィの事ばっかり言ってるけど、何かあったの?」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯ました。」

 

「What?Can you say that again?」

 

「ルビィに嫌われましたぁああっ!!」

 

 

事の発端は数日前⋯。

卒業を前にした私達はそれぞれの進路を決め、やり残したことの無いように過ごそうと話し合いました。私は家を継ぐつもりでしたが、その前に大学へ行ってもう少し勉強をしたかったので東京の大学へ進学する事にしましたわ。

それは親も了承済みですし、私が選んだならと快く聞き入れてくれました。

ですが⋯その事をルビィだけには言えなかった。

 

それから2日経ったある日、私はルビィに対して強い口調で叱ってしまいました。もう一緒に居られる時間は余り無いから、せめて私が居なくてもしっかりして欲しいと思っていたのです。

 

そして───。

 

 

 

『お姉ちゃんなんて嫌いっ!!』

 

 

 

泣きながら、そう言われてしまったのです。

 

 

「うぅ⋯ルビィ⋯。」

 

「そりゃあダイヤが悪いよ?ルビィの事全然信じてあげてないじゃない。」

 

「そ、そんなつもりはっ!!」

 

「ん?」

 

「っ⋯ない、ですわ⋯。」

 

 

『ルビィを信じていない』

その言葉が胸に突き刺さる。信じていないわけではありません⋯。あの子は人1倍努力家で、気弱に見えるけと芯がしっかりしている、本当に強い子⋯。

だと言うのに。

 

 

「もう!こんな所でウジウジしてても埒が明かない!こういうのはパッと専門家に解決してもらいましょ。」

 

「専門家⋯?そんな人⋯。」

 

「1人居るヨ?こういうのに強くて妹系に弱い用務員が1人⋯ね?♪」

 

 

 

 

 

 

「それで僕の所へ来たんだね。」

 

「すみません、お忙しい中⋯。」

 

 

鞠莉さんから教えて頂いた適任者。人の気持ちには超が付くほど敏感なのに、異性からの好意にはまるっきり気づかないAqoursの幼馴染み⋯まさかこんな形で頼る事になるとは思いませんでしたわ。

この天然無自覚ハーレム王に⋯。

 

 

「ある事ない事言われてる気がする。」

 

「おや、バレましたか。」

 

 

気のせいですわ。

 

 

「多分だけど思ってる事と言ってる事逆だからね!?」

 

「ふふっ、それは失礼しました。」

 

「ダイヤちゃんもそんな風になるんだ⋯なんにせよルビィちゃんだよね?なら心配いらないと思うけどな。」

 

「そうなる見込みが無いから相談してるんじゃないですか⋯。」

 

「ねぇ。ダイヤちゃんは、ルビィちゃんにどうあって欲しいのかな?」

 

「どうって⋯。」

 

 

しっかりして欲しい⋯?一人立ちして欲しい⋯?

違う。

 

あの子は昔からよく後をついてきました。私のやる事、言葉、仕草⋯その全部を真似して付いてきてくれた。結局習い事は続かなかったけれど、それでも今はこうして大好きなスクールアイドルを一緒にやっている。

私がルビィに求めるものは⋯姉として願う事は⋯。

 

 

「そのままでいて欲しいです。」

 

 

口から出たのは、ありきたりな言葉。

でも、間違いなく私の本心。

 

 

「あの子は泣き虫です。子供っぽくて、人の後ろに居ることが多くて⋯。でも、それ以上に強いんです。」

 

 

ずっと手のかかる妹だと思っていました。そんな所も含めて可愛くてしょうがなかったんです。でも⋯Aqoursに入って、やりたい事をやってる妹の姿は見違えるようにキラキラしていました。

 

「今だって覚えていますわ。お母様から『妹が出来る』と聞いた時、本当に嬉しかった事を。初めてルビィが私の指を握ってくれた時も、初めて私の事を『お姉ちゃん』と呼んでくれた時も⋯泣いてしまうほど嬉しかった。この子の為に私がしっかりしなくちゃって、ずっと思ってたんです。」

 

 

それからAqoursの件があって、一方的に私からルビィと距離を置いてしまい⋯少し見ない間に、あの子は強く成長していました。

 

 

「一緒に何かをすることはあっても、頼られる事は減ってきて⋯。だから⋯私が寂しいだけ、かもしれませんわね。」

 

「そっか⋯。じゃあもう一つ聞かせてほしいな。」

 

「何ですの?」

 

「ルビィちゃんの事⋯好きかい?」

 

 

いつに無く真剣な顔で、彼はそう尋ねてくる。

でもね、夏喜さん。そんなの言葉にするまでもないじゃないですか。

 

 

「当然です。私の⋯たった1人の妹なのですから。」

 

「あっはは、だよね♪じゃあやっぱり大丈夫だよ。お互い、大切に思い合ってる姉妹なんだから。」

 

「お互い⋯?な、何を仰ってるんですか?それじゃあまるで───。」

 

「心配無かったでしょ?ルビィちゃん。」

 

 

どうして⋯気づかなかったのかしら。

事務室にある机の横から、見慣れた赤い髪が見えることに。

 

 

「ルビィ⋯?」

 

「ねぇ、ダイヤちゃん。僕は1人っ子だったからさ⋯。姉妹とか兄弟が居る人の気持ちっていうのが、完全には分からないんだ。だからさ⋯。」

 

 

ほんの少しだけ、寂しそうな顔をして、夏喜さんは口を開いた。

 

 

「ちょっと⋯羨ましいかな。」

 

「夏喜さん⋯。」

 

「理事長からお呼びがかかってる事だし、僕はここらで退散するよ。後は⋯頑張ってね、お姉ちゃん?」

 

 

それだけ口にして、夏喜さんは部屋を後にした。ここに残ってるのは、私と物陰で座っているルビィだけ⋯。ルビィからの言葉は未だに無く、先程とは打って変わった静寂だけが続いてしまう。

何か話さなくては。

 

 

「あの⋯ルビィ⋯?」

 

「待って!」

 

 

近づこうとした時、ルビィの声で静止を掛けられる。久しぶりに声を聞いて嬉しい筈なのに、素直に喜べませんわね⋯。

 

 

「お姉ちゃん⋯。」

 

「⋯何?」

 

「この間は⋯ごめんなさい⋯。」

 

「⋯私の方こそ、強く言いすぎてしまいましたわ。本当にごめんなさい⋯。貴方の気持ちも考えずに強く言うだけ言って⋯姉失格ですわね。」

 

「違うよ!お姉ちゃんは悪くない!!」

 

「え⋯ル、ルビィ?」

 

「お姉ちゃんは⋯いつもそうだもん⋯。優しくて、カッコよくて、ルビィなんかより全然凄くて⋯いっつもルビィの事考えてくれて⋯。だから、ルビィがしっかりしないといけないの!そうしないと、お姉ちゃんが東京に行けないからっ!!」

 

「なっ⋯!?貴方、何処でそれを⋯!」

 

 

ルビィにはまだ言っていないはず。鞠莉さん?確かにやりかねませんが、あの人は余りこういう事は言わないはず⋯。夏喜さんにもまだ話してませんし⋯。

 

 

「この前、お姉ちゃんたちが話してるの聞いちゃったから⋯。」

 

「あっ⋯。」

 

「寂しかったけど、お姉ちゃんが決めた事だから応援しようって思ってて⋯でもお姉ちゃん、どんどん厳しくなって⋯心配させたくないのに、ルビィはまだお姉ちゃんに迷惑かけてるんだって思ったらもう分かんなくなって⋯!あんな事言いたくなかったのに⋯ごめ、んなさい⋯ごめんなさい⋯!!」

 

「ルビィ⋯。」

 

 

泣きじゃくる妹に、どんな言葉をかければいいか分からなかった。この子はたった1人で考えていたのね。私が卒業したらどうするかを知った上で、全部私の為に必死で悩んでくれたのに⋯。

 

 

「ごめんなさい、ルビィ。」

 

「ひっく⋯!何、でぇ⋯謝るのぉ⋯!」

 

「貴方のことが大切だから⋯かしらね。ねぇルビィ、顔を上げて?」

 

 

顔を見せてくれない妹のそばへと歩き、顔を上げてもらう。涙を一生懸命拭う姿は、本当に子供のまま⋯でもそれ以上に、そんな妹が愛おしかった。

 

 

「私は⋯貴方の見本であろうとしました。姉である為に、為すべきことをしようと⋯。でもね?貴方は私が思っていた以上に、強くて優しい子⋯私では出来ない事を貴方は簡単にやってのけてしまう。だから、怖かったの⋯。私は貴方の姉で居られないのではないかって⋯。」

 

「そんなことないよっ!!お姉ちゃんは、ルビィの憧れの人で⋯!お姉ちゃんが居てくれないと、ルビィは何も出来ないまんま、だからぁ⋯!」

 

「⋯まだ、私を姉と呼んでくれるの?」

 

「ルビィのお姉ちゃんは、お姉ちゃんだけだもんっ!!まだ一緒に居たい!ずっとずっとお姉ちゃんと、スクールアイドルがやりたいっ!!」

 

 

胸に抱きついて泣きじゃくる妹の頭を撫でる。昔も⋯こんな事がありましたわね。

ルビィがお稽古を辞めたいと言った時。あの時もこうしてあやしていました。

自分は姉のようにはなれない、と⋯そう言ってましたね。今では『私と一緒が良い』だなんて⋯。

 

気持ちに気づけなくてごめんなさい。

その気持ちに答えられなくてごめんなさい。

 

 

「⋯ありがとう、ルビィ。」

 

 

 

 

 

泣き疲れて眠るルビィに膝枕をしながら窓の外を眺める。時計の針は午後の五時半を指していた。仕事⋯まだ残っていましたわね。

でもルビィを起こしたくはありませんし⋯明日からまた進めましょう。

 

 

「いや〜終わった終わった⋯。」

 

「夏喜さん?」

 

「やぁ。隣、失礼⋯話は出来たかい?」

 

「えぇ、お陰様で。それより何が終わったんですの?」

 

「ん?生徒会の仕事だよ?」

 

「は?」

 

 

予想外の回答に思わず面を食らってしまいました。ですが私の記憶が正しければ、到底1人で終わる量じゃ無かったはず⋯それに鞠莉さんの捺印が必要な書類もありますし⋯。

 

 

「全部1人で⋯ですか?」

 

「いや、残ってた果南ちゃんと鞠莉ちゃんをいれた3人でね。『ダイヤの事だから、どうせ明日から1人でやるに違いないわよ!』ってさ♪」

 

「鞠莉さん⋯。」

 

 

幼馴染みというのは、どうしてこうも考えが伝わってしまうのでしょうか。私は2人の考えが分からない時もあるというのに⋯そう考えたら、自分が分かりやすい人間みたいでなんだか悔しいですわね。

 

 

「それより、どうしてルビィがここに?」

 

「あっはは、言ったでしょ?お互いを大切に思ってるから心配無いって。実はさ⋯ルビィちゃんに相談されたんだ。」

 

「ルビィが⋯?」

 

「ダイヤちゃんが東京へ行ってしまう⋯頑張って欲しいのに、自分は足を引っ張ってばっかりだってね。」

 

「⋯⋯⋯。」

 

「鞠莉ちゃんから連絡が来たのは、それからすぐだったよ。だからルビィちゃんを呼んだんだ。ダイヤちゃんなら、そろそろ来る頃だと思ってね⋯当たってたでしょ?」

 

「⋯なんか癪ですわ。」

 

「にひっ♪」

 

 

本当に⋯何なんでしょうか、この人は。

 

 

「⋯貴方はいつもそうです。人の事ばっかり気にして、自分の事は後回し⋯悪い事とは言いませんが、やり過ぎは身が持ちませんよ?」

 

「そうだね⋯頭に入れておくよ。」

 

「その⋯も、もし貴方が心細くなったら、私がそばに居て差し上げますが??」

 

 

ほんの少し顔が熱くなるのに対し、キョトンした顔で返されるのは地味に傷つきますわね⋯。これは本当に分かってない時か、分かっても勘違いしてる顔ですわ。

 

 

「ありがとね、ダイヤちゃん。いや〜妹が出来たみたいで嬉しいなぁ。」

 

 

まぁこうなりますね。

 

 

「はぁ〜〜〜〜〜〜⋯⋯。」

 

「近年稀に見る長い溜息だね。」

 

「貴方の馬鹿さ加減に呆れてるんです。」

 

「うっ⋯!」

 

「妹になったつもりもありませんし、ルビィも妹になんかさせませんからねっ!!ルビィは私の大切な妹です!!」

 

「はい⋯。」

 

「で、ですから⋯!その⋯妹、では無くて⋯あぁ、もう!!」

 

「ん?おわっ!?」

 

 

夏喜さんの手を取り自分の方へと引き寄せる。

そして⋯

 

 

 

頬へと軽い口付けをした。

 

 

 

「ダイヤ⋯ちゃん?」

 

「⋯⋯何ですの?」

 

「その⋯真っ赤だけど大丈夫?」

 

「やかましい⋯ですわ///あ、貴方にとって『挨拶』をしただけでしょう!?///」

 

「まぁ⋯はい⋯。」

 

 

本当に⋯何でこんな人を慕ってしまったのかしら⋯///

他のメンバーに見られた日には何と言われることか。はぁ⋯。

 

 

「ダイヤちゃんから来るとは思ってなかったなぁ。」

 

「悪いですか?///」

 

「あはは!そんな事はございませんよ?♪」

 

「い、言いたい事があるならハッキリと言えばいいでしょう!?///大体貴方はいつもいつも───。」

 

「ん⋯お姉、ちゃん⋯⋯。」

 

 

はっ!いけません、ルビィを起こしてしまいます。この天然ジゴロに思う事は沢山ありますけど⋯今日の事は感謝致します。

取り敢えず⋯。

 

 

「大好き⋯だよ⋯⋯。」

 

「夏喜さん。」

 

「シャッター、任せて。」

 

 

今はこの愛らしい妹と、少しでも多く一緒に居ましょう。

 

 

私が、この子の姉である為に。

 




な「皆さん、こんにチカ!」

ダ「ご機嫌よう。」

な「姉妹⋯尊いなぁ⋯。」

ダ「はぁ⋯それは良いのですが⋯。」

な「どしたの?」

ダ「いえ、途中から『ドラ〇もん』のようだなと。」

な「それ以上はダメ。自分でも思ってたから⋯。」

ダ「しっかりして下さいな。次は鞠莉さんですわよね?」

な「Yes!個別ルートの最後は理事長に締めてもらいましょう!」

鞠「呼んだ?」

なダ『まだ呼んでません。』

鞠「そう?じゃあ帰るわね〜♪」

ダ「自由人ですか⋯。」

な「あっはは⋯それじゃあ次回も!」

なダ『お楽しみに♪』

ダ「今回やけに長くありませんか?」

な「めっちゃ悩みました⋯。」


P.S.ようやくアニメ本編見終わりました。恥ずかしい⋯。

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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Act.9 託された願い

鞠莉's Side story
ある日、私の元へ届いたパパからのメール。そこに書かれていたのは、在校生の卒業式に関わる内容だった。
あと1回なら出来る。でも1・2年生のどちらかを取ると、もう片方はこの学校の生徒として卒業出来ない⋯。

悩む私に答えを示してくれたのは、ナツキと大切な後輩達だった。


冬の寒さがようやく引いてきた頃。昨日まではまだ肌寒い感じがしたけれど、今日はどこか暖かい⋯そんな1日。日本ではこういうのを、『三寒四温』って言うんだったかしら。

 

そんな季節の移目に、学校に居るのは私だけ。ダイヤの仕事も全部済ませて貰ったから、もう私が最後の仕事を済ませれば本当にお終い。

沢山の人の想い出が詰まったこの学校と⋯。

 

 

「お別れの筈なのに、どうしてこうも急なのよ⋯。」

 

 

私のパソコンにはパパから届いた1通のメール。

内容は、浦の星女学院の卒業式について⋯。私達の卒業式の話じゃない。

卒業した後の、在校生達への件だった。

私達が卒業してこの学校が統廃合化しても1回分は卒業式が出来るだけの費用が残るからやってみないかって⋯。

 

「卒業式したらイタリアへ行く娘にこんな事聞くなって話よ⋯。」

「まぁまぁそんな事言わずにさ。」

「そうは言っても⋯え?」

「ん?」

「きゃあっ!?ナ、ナツキ⋯?何でここに⋯。」

「やぁ。生徒会長からのお使いで来たよ。」

 

いきなり後ろに音も無く現れた幼馴染み。本っ当に心臓に悪いわ⋯。影薄いとか言うとしょぼくれちゃうから言わないけれど、せめてノックぐらいしてよ⋯。

 

「聞いてたの?今の話。」

「まぁ、話っていうより愚痴かな。」

「む〜⋯盗み聞きは良くないよ?」

「それはすみません、理事長さん。それで⋯どうするの?」

 

軽くあしらわれた気がする⋯。まぁ実際問題この件に関しては1人じゃ答えは出なかったし、ナツキを派遣してくれたダイヤにも感謝しなきゃね。

 

「どうもこうもって感じよね⋯。流石に私の一存で決められないわ。出来る事なら何かしてあげたいけれど⋯。」

「1年生と2年生で一緒にやるっていうのは?」

「ふふっ⋯それはマリーも大賛成だけれど、現実的に考えて時間が無いのよ。それに⋯さっき金額を見たけれど、とても2学年一緒に出来る額じゃないし⋯。」

「う〜ん⋯それもそうか⋯。」

「取り敢えずこの件は保留にしておくわ。まだ期限もあるし、そうそう急いで決めることでも無いから。」

「こっちでも何か考えておくよ。」

「えぇ、助かる。それじゃ、残ってる仕事でもやろうかな♪」

「手伝うよ。その為に来たようなものだからね。」

「じゃあ珈琲入れて欲しいな♪」

 

仕事自体はそんなに大したものでもないし、色々と秘密の書類とかもあったりするしね。何より彼の癒しが欲しい。単純かもしれないけれど、それが1番のrelax timeだもん♡

 

「OK、じゃあちょっと待っててね。」

「は〜い♪」

 

仕事をして数分。夏喜が小さなお盆を持って私の元へやってきた。ふふっ、こうして一緒に暮らせれればいいのになぁ。

 

「出来ましたよ、鞠莉お嬢様。」

「もう、またそれ?私はナツキと対等でいたいのよ。」

「あれ?でも憧れてるんじゃなかったっけ?」

「ちょっと!!///その話はぶり返さないでよ!///」

「ははっ!It's ジョーク☆」

「いつの間にかそんなお茶目になったのね、って⋯これ⋯。」

「ブラック派の鞠莉ちゃんにはちょっと物足りないかもしれないけれど⋯疲れた時には甘い物ってね。めちゃめちゃ練習したよ。」

 

満足気な顔で親指を立てるナツキが持ってきてくれたのは、私のシンボルマークが描かれたラテアート。一つ作るのに物凄い練習期間も技術も必要なのに⋯。

 

「これ、皆の分も描けるの?」

「あっはは⋯残念ながら鞠莉ちゃんの分だけなんだ。流石に全員分出来るようになるにはまだまだ未熟者ですから⋯。」

「⋯どうして私の分だけ?」

「鞠莉ちゃんが珈琲好きなのは知ってたし、『delicious!』って言って欲しかったからね。」

「もう⋯またそんな事ばっかり言って。」

「まぁまぁ、お口に合うか分かりませんがどうぞお納め下さい。」

「じゃあ有難く頂くわ⋯ん。」

 

口に入れた時⋯本当に美味しいと思った。

私がこの人の事を好きだからとか関係無く、この人の気持ちが入ってたっていうか⋯そんな不鮮明なものだけれど、確かに感じる。

不思議なものよね、人の気持ちって。

 

「美味しいよ、ナツキ。」

「ふふっ、でしょう?」

「何?そのドヤ顔⋯ふふ。ナツキの味がする。」

「沢山気持ちを込めましたから。」

「⋯⋯どんな?」

「どんなだと思う?」

「ん〜⋯愛情♡」

「まぁ、入ってるといえば入ってるかな?」

「む〜⋯まぁって何よ〜⋯。」

「ははは、ほっぺたが膨らんでますよ〜?」

 

こうしてからかってくるのは、多分何かを考えてる時。ナツキには私達の事がバレてるのに彼の事は分からないなんて⋯ちょっと悔しい。

 

「ん⋯。」

「鞠莉ちゃん?急に抱きついてどうしたの?」

「ナツキが何考えてるか分かんない⋯なんかヤダ。」

「⋯⋯⋯。」

「貴方は私やAqoursの事をよく知ってるのに⋯私達は貴方の事全然分かんないんだよ⋯。助けになりたくてもなれない、分かりたくても分からない⋯ただ貴方のそばに居たいのに⋯。」

 

私だけじゃない。皆、この人に助けて貰った。色んな事を教えて貰った。沢山の思い出と経験を貰った。

だから今度は私達が助けになりたいのに、何も出来ないなんて嫌だよ⋯。

 

「僕は⋯Aqoursの事を考えてるよ。」

「え⋯?」

「どうしたら皆が喜んでくれるだろう、どうしたら皆の手伝いが出来るだろう⋯何をどうしたら、皆で笑って過ごせるんだろうって⋯。僕はこの日常が⋯Aqoursが好きだから。それがいつか終わるものだとしても、繋がりまで終わらせたくない。」

「ナツキ⋯。」

「それにね?実は考えてるんだ⋯卒業式をどうするか。それでも最終的な判断は鞠莉ちゃん頼みになっちゃうんだけど⋯。」

「⋯大丈夫。責任は果たすわ。この学校の卒業生の1人として⋯最後の理事長として。」

「ありがとね。それじゃあ来週まで待っててくれないかな?」

「何するつもり?」

「ちょっと答えを出しに⋯ね。」

 

 

 

 

 

メールに対する返答期限が、いよいよ明日に迫った。練習も無い放課後の学校って⋯ちょっと寂しいわね。窓の外から下校する生徒を眺める。友達に手を振って笑いながら帰る生徒達を見ると、胸が少し苦しい。

 

『また明日。』

 

それを繰り返して、毎日は過ぎていくんだ。楽しかった1日も、悲しかった1日も、怒った1日も、汗を流して皆と頑張った1日も⋯そうやってキラキラした日々を過ごすのが、青春って言うんだと思ってる。

 

だからこそ⋯ちゃんと卒業させてあげたかった。

 

「⋯ごめんなさい。」

「謝るにはまだ早いんじゃないかな?」

「ナツキ⋯?」

「出してきたよ⋯答え。いや、出してもらったって言った方がいいかな?」

「え?一体誰に?」

「2年生に。」

 

そういうナツキの後ろから出てきたのは、千歌っち達と同じクラスの2年生の子達数人。確か⋯よしみ、いつき、むつ⋯だったかしら。

 

「一体どうしたの?」

「鞠莉先輩⋯夏喜さんから話は聞きました。卒業式の件。」

「そう⋯。でもまだやるかどうか方針も決まってないからどうしようか───。」

「お願いします!1年生の為に、やってあげて下さい!!」

「⋯え?」

 

1年生の為って⋯それじゃあ今いる2年生は⋯?

千歌っちや曜、梨子達は⋯。

 

「皆で話し合ったんです!浦の星の生徒として卒業はしたい⋯でも私達が卒業式をしてしまったら、1年生はどうなるんだろうって。」

「考えて、考えて⋯皆で悩んで⋯同じ答えに辿り着いたんです。私達は、充分幸せで楽しい毎日だったって!」

「皆⋯。」

「私達には、鞠莉先輩を含めた先輩達が居ました。優しくて、カッコよくて、頼りになって⋯沢山助けて貰って⋯。」

「その上後輩も居ました。私達の事を慕ってくれて、『先輩』って呼んでくれる可愛い後輩達が⋯。」

「そんな人達に囲まれて、本当に幸せだったんです!でも1年生は、一番下で⋯後輩が出来るのも新しい学校になってから⋯。だから送りたいんです!ありがとうの意味を込めて、私達から1年生に最高の卒業式を!!」

 

強い目。意思。言葉。想い。

そして願い。

まるでハンマーで殴られたみたいに、それは私自身を打ちつけた。自分達だって卒業したい筈なのに⋯それを誰かに託すなんて、簡単な事じゃない。

でもこの子達は⋯千歌っち達は⋯2年生は本気でそれを望んでる。

 

私に出来る事は⋯。

 

「でも時間があまり取れないわ。具体的な方針も内容も決まってないし⋯。」

「それなんですけど⋯一応皆でその事も考えてみたんです。」

「これが内容なんですけど⋯どうですか?」

「っ⋯これ⋯。で、でもそうしたら貴方達が!!」

「大丈夫だよ。」

 

理事長の入口に立っていたのは、頼れるリーダーになった千歌っち。その顔は、もう迷いも何も無い笑顔で満ち溢れていた。

 

「千歌っち⋯。」

「隣のクラスの子達も、みーーーんな同じだったの。この学校の生徒として、1年生に何かしてあげられるのはこれが最後だから⋯だから大丈夫だよ鞠莉ちゃん♪まぁナツ君がこの話をしに来た時はビックリしたけどね〜?」

「あっはは、ゴメンよ。鞠莉ちゃん⋯僕に出来るのは、ここまでだ。だから⋯決めて欲しい。」

「ナツキ⋯。」

「あ!でもでも、この話は1年生には内緒にして欲しいっていうのと⋯。」

「私達が考えた取り敢えずの意見なので無理にとは言いません⋯時間もかかっちゃうし、人が集まれる保証も無いので⋯。」

「皆⋯。そう、ね⋯もう悩むのはお終い。こんなに沢山の気持ちが篭ったGood ideaを無碍になんか出来ないわ。」

「それじゃあ⋯!」

「ええ!やりましょう、卒業式!盛大に、ハッピーに、最っ高にシャイニーに!!」

 

今私が出来る事はこれしか無い。私の責務は、今年の卒業式迄じゃない⋯1年生が『浦の星女学院の生徒』として卒業するまで、それは続いていく。その為には全力を尽くす。

皆から託された願いを、必ず届ける為に!

 

 

「承ーーーーーー認っ!!!!♪」

 

 

 

 

 

夕焼け空の下、窓から見えるのは千歌っち達4人の生徒。後輩の為に必死で色んな事考えてくれた大切な後輩達⋯。

 

「良い子達だよね。」

「えぇ⋯本当に⋯。だからこそ、皆を送り出したかった⋯。」

 

承認の判は押したんだ。もう元には戻れない。彼女達が自分で決めたとはいえ、これで本当に2年生の卒業式は無くなった。

これが責任。

願いの代償。

 

涙が止まらなかった。

 

「これで⋯良かったんだよね⋯?間違って、無いんだよね⋯⋯?」

「鞠莉ちゃん⋯。」

「ナツキぃ⋯私、私っ⋯!」

「うん。大丈夫⋯ちゃんと見てたよ。辛い役目を押しつけてゴメンね。」

「グスっ⋯ヒック⋯!ちゃんと、卒業させてあげたかった⋯!あんな事、言わせたくなかったよぉ⋯!!」

 

 

ナツキは何も言わない。ただ、抱き締めてくれた。それが辛くて、それ以上に暖かくて⋯。

 

 

 

「ゴメンなさい⋯!ゴメンなさいっ⋯!!」

「⋯⋯⋯理事長、お疲れ様⋯鞠莉ちゃん。ありがとう。」

 

 

 

声を上げて沢山泣いた。枯れ果てるまで流れてしまえばいいと思った。

そうすれば、ちゃんと笑えるから。

また前を向けるから。

 

だから⋯今だけは、もう少しこうさせてね。ナツキ。

 




な「皆さん、こんに⋯⋯」

な鞠『チカーーーーー!!』

鞠「ようやく終わったわね〜全部!」

な「早いなぁ⋯ここまできたのかぁ⋯。」

鞠「別に早くは無かったけどね。でも次は最終回⋯ちょっと寂しいといえば寂しい気もするわ。」

な「そうだねぇ⋯ここまで見てくれた人達には感謝しかないよ。」

鞠「色んな事もあったし、沢山のコメントも頂いたわ。気になる事は感想欄でね♡」

な「最後の最後で感想欄とか言っちゃった!」

鞠「それも私達らしくていいじゃない♪」

な「まあね!それでは次回のちょ田舎!」

鞠「浦の星と!」

な「田舎暮らし!」


な鞠『あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?♪』


ここまで読んで下さった全ての人に感謝を込めて。

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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青色の春
浦の星と田舎暮らし


皆さん、こんにチカ!
今回は前書きで挨拶させて頂きたいと思います、なちょすです。
去年の7月に初めて投稿してから、色々な話を投稿してきました。途中で期間を空けてしまったり同時連載でなかなか進まなかったこのデビュー作ですが、初めて感想を頂いた日の嬉しさ⋯評価やUAで一喜一憂した日々を過ごさせてくれたこの作品は、自分にとって大切な物になっています。
『ちょっと見てもらえたら良いな』ぐらいのラフさで始めたのに、今ではこんなに沢山の人に見てもらった事。
感想欄で頂いた暖かい言葉の数々には、本当に感謝の気持ちで一杯です。
最後になりますが⋯好き放題やっていたこの作品をここまで読んで下さり、ありがとうございました。もしよろしければ、これからも好き放題やるであろう作品達をよろしくお願いします。
長文失礼致しました。

最後は盛大にはっちゃけよう!
それでは、ちょ田舎本編最終話をどうぞ!!


春の気まぐれな風が、辺りに咲いた桜の木々を揺らしている。強く、弱く、色んなリズムを刻みながら音を奏でているピンク色のトンネルの中に僕達は居た。

ここにこうして来るのは季節外れかもしれないけれど⋯それでも、どうしても見て欲しかったんだ。

 

成長した皆の姿を。

 

「夏喜さーん!」

「早くしないと遅れるずらぁ〜!」

「クックック⋯久方振りの邂逅。失われた地で、堕天使ヨハネは完全なる力を取り戻すっ!!」

「あぁ、今行くよー!」

 

 

遠くで手を振る皆を一瞥し、再び目の前の墓前に手を合わせる。

これが、皆の最後の卒業式だから⋯ちゃんと晴れ姿を見ていてくれよ?

タエ婆ちゃん。

 

 

3人と一緒に、今では通う事の無くなってしまった学校への道のりを歩き続ける。

この長い坂も、ここから見える内浦の海も⋯今では全部懐かしく感じる。初めて帰ってきた時もこんな感じだった。暫く見ないだけでどこか懐かしさを感じるこの海が、僕は好きだ。

この町の人達と一緒に長い時間を過ごしてきた内浦の海も、この3人を祝ってくれたら有難いな。

 

善子ちゃん、ルビィちゃん、まるちゃん。

この3人が着ている制服は、紛れも無く浦の星女学院の制服だ。

2年前と違うとしたら、スカーフが緑色になっている事かな。

 

「にしても、マリーも突然よね。急に制服一式送ってくるんだもの。」

「でも皆と一緒にこの制服を着られてちょっと嬉しいな♪」

「まるもそう思うよ。でも学校で何やるんだろうね〜。」

「さぁ⋯何だろね?」

「ナツキ、知ってるんでしょ?」

「まぁ⋯行けば分かるさ。」

 

2年間、この日の為に準備を重ねてきた。この子達や他の1年生にバレないようにこっそりとやるのは大変だったよ。

 

「にしても、皆が3年生か〜⋯。」

「何ずら?」

「あんまり変わってないなって。」

「これでも身長伸びました〜!」

「ル、ルビィもちょっとだけ。」

「まるは変わらなかったよ⋯。」

「あんたは全部この脂肪にいってんでしょうがっ!!」

「ちょっ!人の胸叩かないで欲しいずらっ!!///」

 

微笑ましい⋯実に微笑ましいけど、これはマジマジと見てはいけないやつだ。

お縄になる。

『元女子高用務員、生徒に手を出す』なんて記事を上げられたら、たまったものじゃない。

 

「3年生か⋯。」

「どうしたの?ルビィちゃん。」

「本当に⋯あっという間だったなぁって⋯。」

「ラブライブが終わってからはあっという間だったもんね〜。」

「優勝したんだから良いじゃない。」

 

そう。

あのクリスマスライブの後、彼女達はラブライブで無事優勝を果たした。統廃合化が決まった高校が優勝という成績を残すのは初めてで、浦の星女学院が無くなることを惜しむ人も沢山出てきたんだ。

でも⋯廃校の事実は変わらない。

それでも彼女達は笑っていた。ずっと追い求めていた輝きに手が届いたから。

そんな彼女達には、名前も付けられていた。

 

μ's(奇跡)の再来』

 

どれだけ逆境にあっても、諦めずに最期まで駆け抜けた彼女達。

けど、僕は違うと思う。μ'sの再来なんかじゃなく、これはAqoursの物語。

彼女達だけのたった一つの輝きだと思うから。

 

歩き続けた僕達が浦の星へ辿り着くと、そこには誰かさんの文字で、『体育館へWelcomeデース!』とだけ書かれていた。

 

「これ⋯マリーよね。」

「変わってなくて安心したずら〜♪」

「体育館で何するんだろう?」

「じゃ、行こうか。今日の主役は皆だからね。」

『え?』

 

体育館には、3人と同じ様に緑色のスカーフを付けた元1年生の姿が沢山あった。後30分くらいか⋯。よし、僕も準備に向かおうかな。

 

「それじゃあ僕はここで。後は流れに身を任せれば何とかなるよ!」

「雑すぎない⋯?」

「まさか。大真面目だよ。皆⋯おめでとう。」

「夏喜さん⋯?」

 

それだけ言ってステージ裏へと向かう。多分生徒会長と理事長に、『遅いっ!』って怒られるだろうなぁ⋯。まぁ、久し振りに会うから嬉しいんだけどさ♪

 

そして予定していた時刻。

案の定2人に怒られた僕は、ステージ脇でひっそりと待機中。僕の仕事には座席が無いからね⋯。そして縁台の前には、我らが誇る生徒会長の姿。

何事かと皆がざわついてるものの、これでサプライズの一つ目は終了だ。

 

「皆さん本日はお忙しい中お集まり頂き、感謝致します。」

「お姉⋯ちゃん⋯?」

「ダイヤさんって今東京にいるんじゃないの?」

「その筈なんだけど⋯。」

「今日、皆様をこの場に呼んだ理由⋯はい、夏喜さん!」

 

『卒業式ー!』

 

「その通り。皆さんは今日、めでたくこの学校の最後の卒業生として⋯はい、夏喜さん!」

 

『卒業しまーす!』

 

「何やってんのよ⋯。」

 

どうだい、この24歳社会人のはしゃぐ姿。普通の卒業式を知ってる人なら、何をしてるんだって思うはずだ。

僕も思ってる。

 

「私からは簡単な挨拶とさせて頂きますので、詳しい話は理事長からして頂きましょう。大きな声で、名前を呼んでくださいね〜??夏喜さんっ!」

 

『マリーちゃーーーん!!』

 

「はーーーい!!♡」

「うわっ、出た。」

「ちょっとそこのプリチー堕天使善子!今虫みたいに言ったでしょ!?」

「そこまで言ったんならヨハネって言いなさいよ!」

 

縁台に立つのは、2年前の見慣れた制服姿では無い鞠莉ちゃん。最後の責務を全うしようとしている浦の星女学院理事長そのものだった。

因みにこの卒業式part1の演出を考えたのは、僕とダイヤちゃん、それから鞠莉ちゃん。こんな事やったら怒られるでしょっていう意見も、ダイヤちゃんが意外とノリノリだったから全部通ってしまったんだ。

 

恐るべし、帰省パワー。

 

「まぁそんな事より、皆久しぶりね。またこうして皆の前で話が出来る事、本当に嬉しく思ってるの!皆が統合した先で⋯どんな思い出を作って、どんな青春を過ごしたのかはいっぱい聞きたいのだけれど⋯先に話しておかなきゃと思ってね。」

「話?」

「皆が今日卒業式を迎える事は、2年前にもう決まっていたの。たった1回だけ卒業式が出来るって。でも、その頃は2年生もいたし、どちらかを選んでどちらかを捨てなければならないのなら⋯私はやらない方が良い。そう、思ってたわ。」

「鞠莉さん⋯。」

「そしたらね?2年生の皆が、『私達は大丈夫だから1年生の為にやって欲しい!』って、そう言ったのよ。今まで慕ってくれた1年生達に感謝を込めて、卒業式を開いて欲しい⋯開きたいって。だから今日ここに居る皆は、そんな想いと一緒に居る。愛されてるわね?♡」

「何よそれ⋯リリーも曜さんもそんな事一言も言って無いのに⋯。」

「本当に⋯ルビィ達で良かったのかな⋯。」

「さ、堅苦しいtalkはこれでおしまい!でもそうね⋯どうしても気になるなら、皆で聞きに行っちゃいましょう!!♪」

『え?』

「ナツキーーー!!」

 

『良い子の皆ー!校庭へ走るよー!ミュージック、START!!』

 

手元にある放送機材の再生ボタンを押す。この放送は学校中に聞こえるように調整してあるし、音量は勿論MAXさ。

今日は卒業式と言う名のお祭りなんだ。盛大にいこうじゃないか!!

 

「これってAqoursの⋯?」

「何で『スリリング・ワンウェイ』⋯?」

「でもでも、なんか盛り上がってきた!」

「さぁ、皆ー!未来へ向かってRun!Run!!Run!!!☆」

「よーしっ!一番は頂き〜!!♪」

「あっ、フライングっ!!」

 

現3年生の皆は、思い思いに校庭へと駆け出して行く。笑いながら。

手を取り合いながら。

戸惑いながら。

 

そんな光景を、僕達はステージの上から眺めていた。

 

「いよいよ、2年生の出番だね。」

「2年生だけじゃありませんわよ。」

「ここには⋯この町には、暖かい人達がたっくさん居るんだから♪」

「あっはは、確かにね。よし、僕達も行こうか⋯一番乗り頂き!」

「あっこら!大人気ないにも程があるでしょうっ!?」

「そうだよナツキー!待て待て〜!!♪」

 

こうやって皆を走らせることも予定の中にあった。だから校内の至る所に進行方向を指し示した矢印看板が置いてある。というか急遽設置したんだ。

きっと皆は辿り着いてる。物凄くビックリしてるんだろうなって思うと、こっちまで楽しくなってくるよ。

最高の笑顔でいっぱいの卒業式をやる。

それが、僕達が決めた事だ。

 

最後の矢印看板を3人で駆け抜けた時、皆は校庭を見下ろすように立ち止まっていた。

それもそうさ。

だって校庭には、家族に元の担任の先生、卒業したはずの上級生や町の人達が待っていたんだから。

 

「夏喜さん⋯こ、これ⋯。」

「ビックリしたでしょ?これ⋯全部この学校の卒業生なんだよ。」

「な、何で⋯こんなに⋯。」

「OGの方々に声を掛けたんです。資料室に残っていた写真や周りの人達に話を聞いたりして⋯。」

「最後の卒業生を出迎える為に力を貸して欲しいって言ったらね?こんなに集まってくれたの⋯この学校と一緒に過ごした人達が⋯。」

 

年齢も、住んでる場所も今やバラバラになってしまった人達だって多い。それでもこれだけの人が集まってくれたんだ。

この学校の本当の最後と、その最後の卒業生を祝福する為に。

 

 

「みーーーんなーーーー!!!!」

 

 

その人達の先頭に立っていた少女が大きな声を上げた。

春風にアホ毛を揺らし、さながら怪獣の様な雄叫びを上げて先陣を切る彼女は、まさに『普通怪獣』だった。

 

「千歌⋯さん⋯?」

 

「卒業ーーーー!!!」

 

『おめでとうっ!!!!』

 

 

静かな校庭に、祝福の言葉が響き渡った。

 

 

「⋯皆さん、本当におめでとうございます。」

「さ!皆ずーっと外で待ってたんだから、早く行ってあげて?♪じゃないと⋯」

「来ないならこっちから行くぞーーーーー!!!!」

「浦の星の乱が始まっちゃうヨ?♪」

「笑止千万!!貴方達は浦の星最後の(つわもの)です!なれば今こそ、浦女魂を見せる時っ!!ルビィッ!!」

「え!?あっ、えと、が、ガンバルビィ!!」

『ガンバルビィッ!!』

 

それからは、集まった人達が思い思いの時間を過ごした。長らく離れていた友人と話す人。憧れの先輩に沢山の愛情を受けてる人。大切な家族と共に涙を流す人。

自分達が過ごしてきた青春を振り返るかのように、ただただ時間は過ぎていった。

 

それは、Aqoursも。

 

「ヨーシコーーー!!」

「ぐっふ!!よ、曜さん⋯。」

「本当におめでとう、よっちゃん♪」

「リリー⋯何でよ⋯。何で私達に大事な卒業式を残したのよ⋯!そんなの、2年生だって⋯!」

「ふふっ、確かにそれが出来たら良かったのかもしれないけれど⋯。」

「それ以上に善子ちゃん達が大好きだからかな?」

「意味、分かんないわよ⋯!私だって大好きだもんっ!!曜さんにも、リリーにも、皆にも会いたかった!!」

「今日のヨーシコーは素直でありますなぁ♡」

「ふふっ、可愛い〜♡」

 

「まる、おいで〜!」

「果南さん!こっちに帰ってきてたずら!?」

「まぁね。本当は後もう少しインストラクターの勉強が残ってるけど、大事な後輩の卒業式だもん。ちゃんと見に来ないとさ♪久し振りに、ハグしよっ!」

「ずら〜♪」

 

「ルビィイイイイイイッ!!♡」

「うゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆっ。」

「ちょっ!?ダイヤさんっストップ、ストーーーップ!!ルビィちゃん首座ってないから!!」

「何をおっしゃいますか千歌さん!久し振りに帰ってきたのが妹の卒業式⋯こんなめでたい日に、妹を愛でるのは当然の事でしょう!?⋯そう言えば、貴方と会うのも久し振りですわね。」

「へ?あ、あの⋯近くないですか⋯?」

「ふっふっふ⋯そうですわ。皆愛でましょう。さぁ千歌さん、こちらへ!さぁさぁっ!!」

「え〜っと⋯あ、あはははは⋯逃げろぉっ!!」

「お待ちなさいっ!!」

 

あっはは!あっという間に賑やかになっちゃった。2年前の閉校式ではこうはならなかった。ここに居る人達と沢山の思い出を作ってきたこの学校に、最後の別れを告げた日⋯あの時僕等を包み込んでいたのは、感謝の気持ちと、それ以上に深くて大きい哀しみだった。

 

でも今日は違う。祝福と、再会と、沢山の笑顔。

そんな暖かい気持ちがこの学校に溢れかえっているんだ。

 

「ねぇ、ナツキ⋯。」

「何だい?鞠莉ちゃん。」

「卒業式⋯やって良かった。」

「⋯あぁ。僕もそう思うよ。心の底からね。」

「皆!」

「千歌ちゃん?」

「歌おうよ!」

 

ダイヤちゃんに抱きつかれながら、我らがリーダーはそう提案する。

 

「賛成!」

「久し振りにはしゃいじゃうわよ〜!!☆」

「よーっし!!Aqours、集合ーーー!!!」

 

大勢の人達の前へ、Aqoursの皆が駆け寄ってくる。これも千歌ちゃん達と決めた事。

最後に歌うのは、ラブライブで優勝を決めた曲。

 

皆で掴んだ輝きと、この学校へありったけの感謝を込めて。

 

 

『WONDERFUL STORIES!!』

 

 

 

この日⋯新しい想い出と沢山の笑顔に包まれて、浦の星女学院は2度目の閉校を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏喜ちゃん、お疲れ〜♪」

「先輩、お疲れ様です。」

 

あれから2年の月日が流れた。

統廃合化が決まった際に僕の浦の星女学院での用務員生活も幕を下ろし、新たな就職先を見つけていたのだった。

と言っても、ここは内浦にある小さな観光案内所。

ホームページや広報を書いたり、この町を訪れる人に名所を教えてあげたりというのが主な仕事。後はお土産を売ったりね。

因みに僕はそこの広報誌制作担当さ。

 

卒業式を終えてから、都会へ行ったメンバーもいるから皆で集まる事は昔ほど多くは無い。地元にいる子達も、今は仕事や大学で勉強に励んでいるわけで⋯それぞれやりたい事に向けて前を向いてるんだ。

 

「夏喜ちゃん、今回の広報バッチシだったよ!上からの反響も良いし⋯やるね〜♪」

「いやぁ〜、そんな事は⋯ありますかね?」

「おっ。いよいよそういう事を言えるようになってきたな?このこのっ!!」

「あっはは!すみません、すみませんっ!!先輩の方は、今度の取材大丈夫そうですか??」

「当ったり前よ!俺を誰だと思ってるんだい?」

「優しくて頼りになって奥様には頭の上がらない大先輩ですね♪」

「ぐふっ⋯!痛い所を突いてくるじゃないか⋯!!」

 

この町に帰ってきて、皆と出会った。

色んな物を見て、色んな事を経験して、沢山の人の想いに触れた。

子供の頃だけでは分からなかった多くの事をもっと知りたくて、この仕事を選んだんだ。

それが間違いだとは思わないし、今の生き方も楽しい。

 

それでも⋯ほんの少し寂しさを感じてしまうのは、あの頃の日々が忘れられないからだろうな。

 

「夏喜ちゃん、携帯にメッセ届いてるよ?」

「え?一体誰が⋯⋯ぷっ。あっはははは!!」

 

携帯に届いたメッセージと一枚の写真。

どうやら僕の気持ちはバレバレだったらしい。

 

 

『皆が十千万に大集合!ナツ君も早く〜!!♡』

 

 

「女の子がいっぱいだ!夏喜ちゃんモテモテ〜♪」

「あっはは、そういうわけじゃないですよ!ただ⋯大切な幼馴染み達です。こうして皆揃うのは2年ぶりですかね?」

「良いねぇ、青春の日々⋯。じゃあこうしてる場合じゃないじゃん!早く行かなきゃっ!!」

「へ?でもまだ仕事ちょっと残ってますし⋯。」

「残業と幼馴染み、天秤にかけるまでも無いと思うけど?そ・れ・に!女の子には優しくしろって、俺教えなかったか〜??」

「痛たたたたたっ!!はい、教わりましたぁっ!!」

「後はやっとくから、早く行ってあげな。あ、面白い事あったら後で教えてくれよ〜♪」

「先輩がワクワクしてるようなことはないと思いますけど⋯でも、ありがとうございます!それじゃあお先に失礼します!」

「おぅ、気をつけてな〜!!」

 

荷物を纏め、老舗旅館(十千万)へと足を早める。この町に帰ってきた時、一番最初にお世話になった場所。幼馴染みの家。

そこに皆が居る⋯そう考えたら、自然と歩く速度は早くなっていた。

 

 

「『もう少しで着くよ』っと⋯これでよしっ。」

 

 

今の仕事に就いてから、多くの事を学んだ。参考になるからと、先輩と一緒に色んな町にも行ったし、その中には内浦と同じくらいかそれ以上に田舎町だった所もいっぱいある。

でも⋯暖かかった。

この町だってそうだ。

確かに都会に比べたら、人も少ないし、沢山の物で溢れているわけでも無いし、交通の便がスムーズなわけでも無い⋯。

それでも───。

 

 

 

 

「おーーーい、ナツくーーーーーん!!♡」

 

 

 

 

そこにある景色を。

 

そこで生まれた歴史を。

 

そこで味わえる食べ物を。

 

そこで出会える人の暖かさを。

 

田舎町でも、こんなにキラキラしてて素敵な場所だって言うことを沢山の人に知って欲しい。

 

 

だから僕は伝えたいんだ。

 

心の底から、大きな声で!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ちょっと田舎で暮らしませんか?』って!!

 

 

 

 




A『皆さん、こんにチカー!!』

千「最終回、お疲れ様でした!!」

曜「何か、あっという間だったね⋯。」

梨「でも最後に卒業式が出来て良かったな♪」

善「全く⋯急すぎるのよ⋯。」

花「善子ちゃん、嬉し泣きしてたずら♪」

ル「1年で色んな事があったんだなぁ⋯。」

ダ「そうして、私達はここに居るのです。」

果「辛い事も楽しい事も、一緒に歩んできたからね。」

鞠「ちょっとやそっとじゃ、マリー達の繋がりは切れないわよ♪」

千「ってか!ナツ君と作者さんどこ行ったのーーー!!」

ダ「最後まで自由すぎますわ⋯。」

ル「で、でも⋯これで、本当に終わっちゃうんだね⋯。」

A『⋯⋯⋯。』

な「あれ?何この空気⋯?」

夏「だから言ったよ?絶対勘違いしてるって⋯。」

善「勘違いって⋯何の話よ?」

夏「この作品さ⋯続くんだ。」

A『⋯⋯⋯へ?』

果「だ、だって最終回だってずっと言ってたじゃん!!」

な「うん。本編はね。」

鞠「本編⋯『は』?」

な「って事で!次回からは今作内での新章、『田舎暮らし、見てみませんか?』がスタート!if、After、Anotherだけじゃなく、本編合間の日常や誕生日ネタ、μ'sとの絡みetc...な短編集を不定期更新予定!どう!?」

ダ「あんなので分かるわけないでしょう。」

ル「1回読者さんに怒られればいいと思います。」

な「あ、あれ?おかしいな⋯感動的になる筈だけど、とても視線が痛い。」

千「取り敢えずあっちでお説教だよ。えっと⋯それでは次回からは不定期更新です!ここまで本編を読んで下さった皆さん、本当にありがとうございました!!」

夏「これからの話も今まで通り、『気が向いた時に読むか』というラフさでどうぞご覧になってください!以上、島原 夏喜と!」

A『Aqoursでしたー!!』


P.S.お気に入り登録、高評価・低評価、感想を書いて下さった皆様には、重ね重ね感謝致します。本当にありがとうございました!

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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番外編:田舎暮らし、見てみませんか?
未成熟DREAMER


皆さん、こんにチカ。
なちょすです。
初期のちょ田舎っぽさを目指しましたが、おふざけが過ぎました。反省はしていません。

どうぞ!


「これは夢だ。」

 

 

 

見慣れた景色を見つめながら、一人そう呟く。強い日差しも、鳴き叫ぶ蝉の声も、目の前に広がる海も⋯夏に見た内浦の景色そのものだ。けれどここには人が居ない。見知った顔も見知らぬ顔も、誰1人として居ないんだ。

 

僕が知る姿では(・・・・・・・)⋯ね。

 

 

「おにーさん、何見てるのー?」

「ふふ⋯夢を見てるんだよ。」

「そっかー!」

 

 

声の主は、僕の下半身ほどの身長しかない小さな女の子。ピョンと飛び跳ねたアホ毛に橙色の髪の少女は、みかんのめいっぱい詰まったビニール袋を持ち、僕の隣に立っている。

見間違えるはずも無い⋯。こんな特徴的な子は一人しか知らないんだもん。

 

「⋯随分縮んじゃったね、千歌ちゃん。」

「あー!今千歌のことちっちゃいって言ったー!あれ?どうしておにーさん千歌の名前知ってるの!?」

「ふっふっふ⋯お兄さんはエスパーなんだよ!」

「カッコイイー!!♡」

 

いくら幼馴染みと言えども、この絵面はどうしたものか。夢じゃなかったら僕はもれなく不審者だよ⋯ははっ。

 

「それで、千歌ちゃんはそんなにいっぱいミカンを持ってどこに行くの?」

「んーとね、これからナツ君のお家でミカンを食べるの!皆も来るんだよ!」

「皆?」

「うん!千歌のお友達!でもよーちゃんと途中ではぐれちゃって⋯。」

 

なるほど。嫌な予感はするけど、この流れは皆きっと幼女化してるっていうアレだ。

幼馴染みを幼女化させる夢を見た自分を思いっきり殴り飛ばしたいね。どうするんだよこの罪悪感⋯。

 

「そっか⋯じゃあ曜ちゃんを見つけたら僕がそのナツ君って子の家まで送ってあげるよ。」

「本当!?あ!でもおにーさん、よーちゃんもナツ君も分からないんじゃ⋯。」

「エスパーだからね。皆のことは知ってるよ?特に⋯ナツ君はね⋯。」

「エスパーって凄いんだね!!」

 

そのナツ君がこうして話しかけてるのを知ったらこの子はどう思うかな⋯。

 

「千歌ちゃーん!」

「あ!梨子ちゃんだ!!」

「ひっ⋯!ち、千歌ちゃん⋯この人⋯だれ??」

「うーんとね⋯エスパーのおにーさん!」

 

赤みがかった髪の毛に、ツインテールの少女。そういえば梨子ちゃんの小さい頃を見るのは始めてかもな。

うん、どことなく面影が残ってる。

でも千歌ちゃんの後ろに隠れてる当たり、恥ずかしがり屋さんなのはこの頃からみたいだ。

 

「こんにちは、梨子ちゃん。」

「こ、こんにちは⋯。」

「だいじょーぶだよ梨子ちゃん!おにーさんナツ君のお友達だって!」

「あっはは⋯。2人ともナツ君とは仲がいいのかい?」

「うん!だって千歌、ナツ君の事だーいすきだもん!♡」

 

 

おぅふ。

 

 

「梨子ちゃんもだもんねー?♪」

「えっ、あっ⋯!ち、千歌ちゃん!!///」

「そっかそっか⋯それは何よりだよ⋯。」

「胸を押さえてどーしたの?」

「何でもないよ⋯恥ずかしくなったんだ⋯。」

『??』

 

その純粋な眼差しが痛い。一体僕の夢はどうなってるんだ。一体何をしてるんだよナツ君。

⋯⋯僕か。

 

「あっ、じゃあこれあげる!」

「これ⋯ミカン、皆で食べるんじゃないの?」

「みとねぇがね、『1人で食べないで皆に分けなさい』って言うの!だからおにーさんにもあげるね!」

「⋯ありがとう。」

「じゃあ行こう梨子ちゃん!」

「あっ、待って千歌ちゃん!あ、あの⋯失礼します⋯!」

「うん、気をつけてね。」

 

ビニール袋の持ち手を一緒に持ちながら、2人の幼馴染は『ナツ君』の家へと向かった。

夢でもミカン食べれるのかな⋯。どうやったら覚めるのかも分からないし、取り敢えず歩こう。

 

人の居ない静かな町中を、自分のペースで歩き続ける。波の音、ウミネコの笑い声にも似た鳴き声。それら全てが、現実の内浦と何も変わらない。

1年を通して色んな表情を見せるこの町だけれど、やっぱり夏が一番好きかな。

 

「善子ちゃん、危ないよー?」

「私は天使だから大丈夫なの!」

「うゅ⋯。」

 

そんな賑やかな声に視線を向けると、案の定小さくなった幼馴染み達の姿が。公園のジャングルジムの上に立つ女の子と、心配そうにそれを見つめる2人の女の子。

あぁ⋯この頃はまだ天使だったっけ。

 

「こんにちは。」

「あっ、こんにちは!」

「こ、こんにちは⋯。」

「貴方だれ??」

「んー⋯通りすがりの超能力者だよ。」

 

エスパーに引き続き超能力者。

我ながら何て言い分だ。もう2度とこんな事は言わないぞ。さっきから罪悪感と羞恥心が酷いよ⋯。

 

「ずら〜⋯お兄さん、超能力が使えるずら?」

「能力は使えないけど、皆の名前を当ててみせよう。うむむ⋯花丸ちゃん!」

「ずらっ!」

「ルビィちゃん!」

「ぴぎっ!」

「そして⋯天使の善子ちゃんっ!」

「何でわかるのー!?」

 

ふっ⋯当然さ。なんて、本人の前では口が裂けても言えないよ。

 

「超能力者だからね。皆はこれからお出かけかい?」

「あの⋯なつきしゃんのところに⋯遊びに⋯。」

「そっかそっか〜⋯頭を撫でてあげよう。」

「えへへ⋯///」

「おにーさんはプレイボーイずら??」

「ぐふっ⋯!一応聞くけれど⋯どうしてかな⋯?」

「なつきさんも同じように頭を撫でてくれるずら!!」

 

まるちゃんの中では、今も昔も僕はプレイボーイらしい。強く生きろよ、夢の中の夏喜。

 

「皆も夏喜君と仲が良かったりするのかな?」

「当然よ!ナツキは『てんかいじょーれい』で私と契約したからね!」

「その契約ってどういう意味?」

「んーっと⋯あ!これから先ずーっと愛し合って隣に居ること!」

「ぶっ!?」

「じゃあオラも『けいやく』したら一緒に居られるずら?」

「とーぜんでしょ!天界はふところが広いのよ!」

「る、ルビィ⋯も、大丈夫かな⋯?」

「ナツキもずら丸もルビィもみんな一緒なの!」

 

はぁ⋯いい子なんだよなぁ⋯。和むんだよなぁ⋯。でも実質プロポーズじゃないか。早すぎるよこっちの夏喜。

 

「それじゃあその夏喜君の所へ行かないとね。きっと千歌ちゃん達も待ってるよ。」

「ん!行くわよずら丸、ルビィ!」

「あっ!待ってよ善子ちゃん〜!!」

「置いていかないでぇええ〜〜〜!」

 

⋯これであと4人。出来れば4人まとまってもらえてると有難いんだけど⋯。

 

「ナツ〜〜〜!!♡」

「ぬっふ!!」

「果南ちゃんっ!!」

 

油断した⋯完っ全に油断した⋯。そうだよ⋯千歌ちゃんにミカン砲を伝授したのは、この子だったじゃないか⋯。恐るべし、元祖『カナン砲』⋯。

 

「あれ?ナツじゃない⋯。」

「だ、だから言ったじゃないですかっ!似てるけど大人だから違うって!!」

「果南は相変わらずアクティブね!♪」

「なに⋯元気なのはいい事だよ⋯。」

 

後々ポニーテールになるであろう髪を、後頭部でお団子にしている果南ちゃん。今とは正反対で、ルビィちゃんのようにオドオドしているダイヤちゃん。そして一番背が小さくても、変わらずにシャイニーな笑顔を見せている鞠莉ちゃん。

もう1人は⋯居ないか。

 

「ん〜⋯でもナツみたいな顔してるんだけどな〜⋯?」

「もう、果南ってば。ナツキはもっと子供っぽいよ?」

「それは褒められてるんだろうか⋯。」

「2人とも!まずは謝るのが先ですわ!特に果南ちゃんっ!!」

『ごめんなさい⋯。』

 

あぁ⋯いつもの光景に戻ったようで安心したよ。怒りながらも、『ちゃん』付けしてるところが可愛らしいけどね。

 

「本当にごめんなさい!私が知り合いに似てると言ってしまったばっかりに⋯。」

「ううん、気にしなくても大丈夫だよ。君達3人はそのくらい元気があった方が良いからね。夏喜君に会いに行くんでしょ?」

「ナツを知ってるの!?」

「勿論。千歌ちゃんやルビィちゃん達にも聞いたよ。これから皆で行くんだよね?」

「そうなの!ナツキと会うの久しぶりだから、今からすっごい楽しみ!!♪」

「あっはは⋯夏喜君も喜ぶよ。」

「皆ナツの事大好きだもんねー!♪」

「果南ちゃんっ!!///」

 

凄いな、夢の中の僕。幼くしてハーレム築いてるじゃないか。何だってこんな夢を僕は見てるんだろう⋯もう彼女達の真っ直ぐな言葉の一つ一つが突き刺さるよ⋯。

 

「じゃあそろそろ行くよ!またね、おにーさん!!」

「チャオ〜!♪」

「あっ!2人ともーーー!!」

「⋯行ってしまった。何にせよ、あとは1人⋯だな。」

 

でも、彼女の行きそうな場所は何となく想像がつく。それが例え夢でも、現実でも。きっと彼女は⋯みとしーにいる。

 

幸い今居る場所からみとしーが近かったから、そんなに時間はかからなかった。伊豆・三津シーパラダイスと書かれているバス停の横で、案の定彼女は泣きながら座り込んでいた。

本当であれば、声を掛けるのがベストアンサーだと思うし、間違いじゃない。でも僕がこの姿のまま行くのはきっと不正解なのだろう。

 

だってそうでしょ?

そうでなければ、道端にうちっちーの着ぐるみが置いてあるもんか。

 

 

「はぁ⋯。何でもありかよ、僕の夢⋯。」

 

 

謎のこだわりを持つ自分の夢に呆れながらも着ぐるみを装備する。炎天下の中これを着たら流石に死ぬかもしれないと思ったけれど、夢の影響なのか結構涼しかった。

これで大丈夫⋯なはず。

 

「うぅっ⋯ひっく⋯!千歌ちゃぁん⋯果南ちゃぁん⋯!ナツ君どこぉ⋯ひっく⋯!」

「どうしたのかな?」

「ぁ⋯うちっちぃー⋯!千歌ちゃんと、皆とはぐれちゃって⋯どこにいけばいいかわかんないよぉ⋯!」

「お友達とはぐれちゃったんだね?よーし、じゃあ僕に任せてよ!僕は色んな魔法が使えるからね♪まず君は⋯曜ちゃん!」

「わ⋯私の事、知ってるの?」

「勿論!お友達がいーっぱいいて、千歌ちゃんや果南ちゃんと仲良しなんだよね!」

「うん⋯。」

「うんうん、そんな素直な曜ちゃんには〜⋯はいっ!ミカン!どうぞ♪」

「わぁっ!曜ね、ミカンが大好きなの!千歌ちゃんもミカンが大好きなんだよ!」

「とっても仲良しさんだね〜!」

 

ゴメン千歌ちゃん。でも本当に助かった⋯この夢が覚めたらミカンあげるね。

 

「千歌ちゃんも果南ちゃんも、他の皆も⋯今は夏喜君っていう子の家に居るんだよ。」

「ナツ君の家⋯?そこに行ったら会える?」

「大丈夫、必ず会えるよ。千歌ちゃんとそう約束したからね♪」

「分かった!あ⋯で、でも1人だと怖いよ⋯。」

「僕が一緒に行ってあげる!夏喜君は良く知ってる子だからね!」

「良いの!?ありがとう、うちっちー!」

 

すっかり泣き止んでくれた彼女の小さな手を取り歩き出す。そういえばこの頃の曜ちゃんって、ルビィちゃんに匹敵するぐらい甘えん坊さんだったっけ。

彼女はたくさんの事を教えてくれた。友達の事、飛び込みの事、今日集まって遊ぶ事、『ナツ君』という子の事。

夢の中で幼馴染み完全攻略してるじゃないか⋯何なんだこの世界の僕。と言うより、これ僕の夢なんだよな⋯寝てる時に何を考えたらこんな罪悪感で一杯の夢を見られるんだよ⋯。

 

「よーーーちゃーーーん!!」

「あっ!!千歌ちゃんだぁっ!!」

「ね?言ったでしょ?♪」

「うんっ!ありがとう、うちっちー!!♪」

「じゃあ僕はそろそろ帰るよ。皆と仲良くね?」

「あ、待って!」

 

 

立ち去り際を彼女に呼び止められ、小さなその手が僕の手(うちっちー)を掴んできた。

 

 

「あのね⋯その、お礼にうちっちーだけに秘密を教えてあげる⋯。」

「秘密?」

「うん⋯千歌ちゃんにも言ってないんだ。だからうちっちーもナイショだよ?」

「うん、分かったよ。」

「あのね⋯曜ね───。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『待って///』

「うん?」

「その⋯変な夢を見たって話題を振ったのは確かに私達だけどさ⋯///」

「その内容は本人の前で言っちゃいけないと思う。///」

「そうだよ夏喜君!///曜ちゃんなんか体育座りして(うずくま)っちゃったよ!?///」

 

今僕の家にはAqoursの9人が居る。元々特に予定も無くただゆるゆると過ごしてたんだけど、僕を含め皆が変わった夢を見たから話そうってなったんだ。まぁ⋯結果的に机に突っ伏したり、上を向いたり、ロダンの考える人の様になっていたりと実に様々なわけで。

隣に座ってる曜ちゃんの方を向くと、千歌ちゃんの言った通り体育座りで顔を埋めている。隠れていない耳は既に真っ赤っか。

 

「ってか、それを聞いた上でなんて返せばいいわけ⋯?///」

「あっはは、皆可愛いらしいなぁって思ってさ。」

「もう嫌ずら、このプレイボーイ⋯///」

「それで?結局曜ちゃんは最後になんて言ってたのかな〜?♪」

「ちょっ、果南さんっ!」

「マリーも興味あるなぁ♪夢の話なんだもん、現実なら話してOKじゃない?」

「え〜っと⋯。」

 

隣に目をやると、曜ちゃんはまだ動かない。ここは彼女の為にも内緒にするべきだろう⋯と、思ってはいる。

けれども、いつだって人間魔が差す時はあるんだ。それがたとえ自分の身を滅ぼすものだとしても、僕は僕自身の好奇心は止められない。

 

「⋯⋯『曜ね、ナツ君の事大好きだから、大きくなったらナツ君のお嫁さんになるんだ♡』って⋯。」

「わーーーーーーーーーーーっ!!!!///」

「へぶっ!!」

「あーーーー!!///あーーーーーーー!!!!///」

 

座布団が飛んできたと思ったらペチペチとした追撃!JKの無慈悲な往復ビンタが、僕の両頬を襲うっ!!

 

「ちょっ!?曜さんストップストップ!!」

「離して善子ちゃんっ!///はーなーしーてー!!///」

「落ち着こう曜ちゃんっ!ナツ君馬鹿になっちゃうからっ!!」

「もう馬鹿だから関係なーいーーー!!///」

「曜さん、大胆だね⋯///」

「あのぐらい言わないと伝わらないのかもしれないずら///」

「あっはは!曜ってば昔から恥ずかしがり屋さんだもんね〜♪」

「とってもCuteよ、曜〜♡」

「そこのかなまり!お茶飲んでないで止めるの手伝いなさいっ!!」

 

今日学んだ事。

恥ずかしがり屋な子を怒らせると、とても怖い。

夢の中の夏喜よ、間違ってもこういう大人になるんじゃないぞ。

 

 

 

 

「ナツ君の、馬鹿ぁーーーーーーーっ!!!!///」




次回、『ウチの堕天使は可愛い』

いつ上げるかは未定です。

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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ウチの堕天使は可愛い

皆さん、こんにチカ。
暇を持て余した、なちょすです。
WBNW千歌っちUR出ました。多分死にます。

今回は全然そんなつもりで書いた覚えは無いので、是非ともクリーンな心でご覧下さいませ。


「善子ちゃんって可愛いんだよ。」

『分かる。』

「それは同意するけど、いきなりどうしたんだい?」

 

今日は休日。Aqoursの練習も無い日だというのに、善子ちゃんを抜いた1年生、それから2年生が僕の家に集まっていた。特にやる事があったのかと言われたら無いに等しい⋯でもそんな中、我らがリーダーのみかん先輩はそう宣言したんだ。

 

「ナツ君、何言ってるの?全然急じゃないよ??」

「何で僕が心配そうに見られてるんだ⋯。」

「思い出してみて夏喜君⋯よっちゃんの数々の所業を⋯。」

「所業って。」

「あのブレッブレの堕天使キャラ⋯。」

「何も無い所で派手に転ぶ運の悪さに⋯」

「それでいて気の利く一面もあるんだよ?」

「まるちゃんの幼馴染みめっちゃ強いね。」

「自慢の幼馴染みずらっ♪」

 

まぁ確かにそうだ。天使が堕天使に変わったぐらいで、あの子の本質は変わってはいない。美人になったし、可愛い一面も見せるし、健気だし、ちょっと厨二病こじらせてるけどなりきれてないし、その上ぶきっちょな優しさを⋯あれ?あの子属性てんこ盛りの最強少女じゃないか?

 

「いいな〜、私もそういう幼馴染みが良かったなぁ〜⋯。」

「千歌ちゃん⋯それ、本気で言ってるの?」

「本気で言ってたら大好きな曜ちゃんとこんなに長く一緒に居ないよ?」

「私も千歌ちゃんの事大好きだよ。」

『えへへ〜♡』

「何してるのよ⋯。」

「梨子ちゃんも大好き〜!♪」

「ヨーソロー!!♡」

「えっ、ちょ、2人ともっ!!///」

 

ふぅ⋯ちょっと尊みが過ぎやしないかな?尊みは1日10分までと教わらなかった?そろそろ僕は尊死しちゃうよ?

目の前でイチャイチャしてる3人と、それを見つめる1年生2人。若干1年生が羨ましそうに見つめているのは、きっとここには居ないもう1人に会いたくなったからかもしれない。

さてさて、その本人だが⋯。

 

「善子ちゃんは今どこに?」

「3年生に協力してもらって、時間を稼いでるんだよ!」

「⋯⋯つまり?」

「だから、『堕天使の涙』を見る為の時間稼ぎ!」

「あ〜⋯うん、ゴメン千歌ちゃん。今ので分からなかったのは、僕が馬鹿なのか、君がちょっぴりおバカさんなのかどっちかな?」

「それは勿論ナツ君が───。」

「千歌ちゃんがかなりお馬鹿で合ってるわよ。」

「梨子ちゃんっ!?」

 

堕天使の涙⋯つまり、あれかな?

 

「千歌ちゃん、後輩イジメは止めておいた方がいいよ?」

「違うよっ!?」

「だって想像してごらんよ⋯3年生に囲まれた堕天使の姿を⋯。鞠莉ちゃんにヒシっとしがみついてるのは容易に想像出来るじゃないか。」

「まぁ善子ちゃん奥手だからね〜。」

「だからこそ!これからやるのは、皆の絆を深める為にも必要な事なんだよ!!」

「後よっちゃんの可愛い所見てみたい。」

「梨子さん⋯。」

 

若干1名欲に忠実な方が見えられるけど、未だに何をするのか理解が追いついていない。

そうこうしてる間にも、何故か2年生達によってテーブルの上には色々な食べ物や飲み物が並べられていく。

 

「これは?」

「ふっふっふ⋯これはね───?」

 

 

 

 

 

 

「第1回、Aqours苦手な物克服選手権ーーーっ!!」

『いぇーーーーい!!』

「⋯何これ。」

「僕にもさっぱりだよ⋯。」

 

高らかな宣言と共に開催された、『Aqours苦手な物克服選手権』。これが合法的に善子ちゃんの可愛い1面を見られる秘策だと言われたけれど、未だに頭は追いつかず。

いや⋯普通分からないよね??

 

「さてさて、ここに皆の苦手な物がずらりと並んでおります!皆でこれを食べて克服しよう!」

「⋯マリー?それとも千歌さん??」

『どっちもー!♪』

「こんのポンコツマリチカぁっ!!」

「エリチカっ!?」

「お姉ちゃん⋯。」

 

 

 

 

 

「くちゅんっ!」

「んー?エリチ、風邪?」

「いえ⋯ハラショーな噂をされてるかもしれないわ。」

 

 

 

 

 

今回の発案者はこの2人。まぁ⋯他に想像はつかなかったけど⋯。

テーブルの上に並べられたのは、梅干し、納豆、ハンバーグ、珈琲、刺身、ピーマン、ワサビに牛乳⋯そしてミカン。人によっては今回の企画に賛同したものの、嫌いな物が目の前にある光景にちょっと引き気味の顔になってしまっている。

 

「じゃあルール説明だよ!1人1人くじを引いていって、出た番号順に食べる事!あ、1口でいいからね!」

「これ⋯簡単な人はいいかもしれませんが、納豆とワサビは単体で食べるにはキツイのでは⋯?」

「ダイヤ⋯大丈夫。マリーは覚悟出来てるから。」

「もしどうしても食べられない〜って人は教えてね?ナツ君が食べさせてくれるから♪」

『っ!?!?///』

 

ガタガタと皆が一斉に動揺し出す。何だろう⋯もうこの突拍子も無い発言に慣れてきたな。これ、僕も聞いてなかったけれど皆も知らなかったんじゃ⋯。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ千歌っち!聞いてないよ!?」

「あはは!そりゃそうだよ〜。今決めたから♪」

「今ぁっ!?」

「だってナツ君の家に居てナツ君も居るのに、一人だけ何もしてないのは可哀想かな〜って思って。」

「何か嫌いな物一緒に食べさせるとかじゃダメだったの!?」

「ナツ君が『無い』って言うんだもん。」

『っ!!』

 

⋯怖いです。そんなに1度に視線を送られると、流石に僕もたじろぐよ。

まさか嫌いな食べ物はありませんって言って怒られる日が来るとは思わなかった⋯。

 

「はぁ⋯じゃあパパッとやっちゃいましょ⋯。」

「善子ちゃん、意外と乗り気ずら?」

「ふっ⋯この堕天使ヨハネには、橙に染まりし魔の柑橘如きを喰らうことなど朝飯前よ⋯。」

「じゃあ善子ちゃんは2口でお願いね〜。」

「はぁっ!?ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!!」

「じゃあくじ引きスタートー!!」

「聞ーいーてーーー!!」

 

本当の悪魔を見た。

堕天使の懇願虚しく、1人1人くじを引くことになったAqoursの面々。順番は、まるちゃん、千歌ちゃん、ダイヤちゃん、果南ちゃん、曜ちゃん、鞠莉ちゃん、ルビィちゃん、梨子ちゃん⋯そして善子ちゃん。

 

まずは1番、国木田 花丸VS牛乳。

 

「⋯これ、結構過酷ずら。」

「ささ、花丸ちゃん!ぐいっといっちゃってー!!♪」

「うぅ⋯ずらぁっ!!⋯⋯ぁう⋯。」

 

一口なのだから少しで良かったのに、なんて律儀な子だろう。結構グイッと飲んだよ。

案の定顔はしかめっ面だけど⋯。

 

「やっぱり⋯厳しい、ずらぁ⋯。」

「お疲れ花丸ちゃん!」

「まるは牛乳飲めないのに、ここはこ〜んなに大きいのは何でかしらね?♪」

「ずらっ!?///ま、鞠莉さん〜!!///」

 

僕は何も見てないぞ。見てないったら見てないさ。

お次は2番手、高海 千歌VSコーヒー(お砂糖無し)。

 

「よし⋯大丈夫⋯行けるよ千歌!お前ならいけるっ!いけるってばいける!!」

「1人で何か始めましたわよ?」

「いつも通りだから大丈夫だよ。」

「いざっ!!っ〜〜〜むぇ〜⋯にーがーいーー!!」

「千歌は味覚がお子ちゃまだもんね♪」

「これが苦すぎるのー!次っ!!」

 

3番手、黒澤 ダイヤVSハンバーグ。

ここまでいいペースで来てるけど、若干数名既に冷や汗をかいてる子もいるね。

 

「ダイヤさんってどうしてハンバーグが駄目なんですか?」

「ダメというか⋯好んで食べないだけであって、食べれるには食べれますよ?」

「えー!?それじゃあ意味無いよっ!!」

「そんなこと言われましても⋯頂きます。」

 

ダイヤちゃん、見事完勝!!

4番手、松浦 果南VS梅干し。これは⋯正直結果が見えてるというか⋯。

 

「果南ちゃん、凄い汗だよ?」

「待ってナツ。今集中してるから。」

「はい⋯。」

「ふぅー⋯あむ。っ〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

えー⋯続いて5番手、渡辺 曜VSお刺身。

 

「まさかこんな事になるなんてね⋯。」

「聞いてたんじゃないのかい?」

「1番善子ちゃんと接点があるからって、花丸ちゃんとルビィちゃんと一緒に何も聞かされてなかったんだぁ⋯。」

 

あんなに幼馴染み絡みでイチャイチャしていたのに⋯不憫だなぁ曜ちゃん⋯。

 

「あぁ⋯この食感が⋯うぅ〜⋯。」

「曜ちゃん、お茶どうぞ。」

「ありがと梨子ちゃん⋯。」

 

さぁ折り返しだ。苦手な物達に苦しめられながらも、何とか皆ここまで来ている。

いよいよ当初の目的がなんだったのか、僕は今何を見てるのかよく分からなくなってきたけれど、最後まで見届けないといけないのだろう。

 

次は6番手、小原 鞠莉VS納豆。

 

「出たわね⋯一番の強敵が⋯。」

「鞠莉さん⋯。」

「⋯これも、運命なの。見ててね善子。」

「いや⋯見てるも何も納豆食べるだけよね?」

「Oops⋯この臭いが⋯でも、食べる!絶対食べるんだからぁっ!!」

 

口に納豆を含んだ後、小原鞠莉という少女は涙目になりながら机へと突っ伏した。

お疲れ様鞠莉ちゃん⋯安らかに⋯。

 

Aqoursの攻める手が緩むことは無い。

7番手、黒澤 ルビィVSワサビ。

 

「うゅ⋯。」

「何か⋯絵面があれだよね。」

「この罪悪感しかない感じ、凄いよね。」

「というかワサビ山盛りにも程があるでしょう!!誰ですの!?」

「納豆食べた人でーす。」

「Sorry⋯oops⋯。」

 

一口食べればいい筈のルールなのに、小皿の上には山盛りのワサビ。これを食べるのがルビィちゃんという、何とも申し訳なさでいっぱいになる光景が目の前に⋯。

 

「大丈夫?ルビィちゃん。」

「無理ならナツキが登板するわよ?」

「だ、大丈夫!///それだけは⋯勘弁して欲しいというか⋯///」

「ぐふっ⋯!」

「言葉って難しいよね。そんなつもり無くてもダメージが入るんだもん。」

「と、とにかく⋯頂きます⋯。あ。」

「あ?」

「ぴっぎゃあああああああああああっ!!!!」

 

うん⋯こうなるだろうとは思ってたよ⋯。誰でもこうなるって。

ラストスパートを掛けて8番手、桜内 梨子VSピーマン。

 

「梨子ちゃんってピーマンダメなんだ。」

「あの苦味がちょっと⋯。」

「なんだ〜、梨子ちゃんも千歌と同じじゃん!」

「どういう意味⋯?」

「味覚がお子ちゃま♪」

「後でたっぷり珈琲飲ませてあげる♡」

「ひっ!?」

 

千歌ちゃんの命運が決まりつつ、梨子ちゃんもピーマンをクリア。苦虫を噛み潰したような凄い顔をしてるけど、あんまり女の子のそういう所に触れたらいけないと爺ちゃんにも教わったからNOタッチで。

 

残るは本命⋯9番手、津島 善子VSミカン。

 

「クックック⋯遂にこのヨハネの番が回ってきたというのね⋯。忌々しい魔の果実。このヨハネが喰らい尽くして、その力を───。」

「早く食べるずら。」

「待ちなさいよ!心の準備が必要なの!!」

「準備する時間ならたーっくさんあったはずずら?さぁどうぞどうぞ〜♪」

「くっ⋯ずら丸の脅威⋯!はぁ⋯分かったわよ。」

 

諦めのついたように、善子ちゃんが一欠片を口に入れる。その瞬間、今日見てきた中で1番凄いリアクションをしてくれた。

もう体が震えてる。

 

「よ、善子ちゃん⋯?大丈夫?」

「っ⋯!っっ⋯!!」

「駄目みたいずら。」

「おかしい⋯!このミカンおかしい⋯!!酸っぱすぎるっ!!」

「またまた〜♪善子ちゃんってば大袈裟なんだから〜!」

「ミカンが主食の人には分からないわよっ!!っていうか、千歌さんも食べたら分かるから!!」

「え〜?そんな筈⋯筈⋯⋯あー⋯。」

「千歌ちゃん?」

「⋯うん、善子ちゃん2口目いってみよー!」

「酸っぱかったんでしょ!?ねぇ!酸っぱかったわよね!?お願いだからこっち向いてっ!!」

 

誰が用意したのか分からないミカンは、ミカンが主食(善子談)の千歌ちゃんですらダメだったらしい。口元を抑えながら善子ちゃんと一向に目を合わせようとはしない。

 

「今日の食材用意したのって確か⋯。」

「納豆食べた金髪ですわ。」

「マリぃーーーーーっ!!!!」

「Sorry⋯歯磨きしてきていい?」

「いってきなよ⋯。」

「じゃあ善子ちゃん、2口目をどーぞ?♪」

「無理に決まってるでしょ!?」

 

悪魔の囁き。否定する堕天使。

そう⋯彼女は否定した。つまり食べられないと言ったんだ。それが意味するのは即ち⋯。

 

「大丈夫だよ善子ちゃん!ね、ナツ君?♪」

「だと思ったよ⋯。」

「⋯ほ、本当にやるの?///」

「善子ちゃん。」

「ルビィ?ずら丸⋯?」

「この世は諸行無常。変化はいつも一瞬なんだよ?だから⋯」

『行ってらっしゃい♪』

「ちょおっ!?」

 

2人の友人に背中を押された堕天使は、そのまま僕の所へとやって来た。何も無い所で転ぶ事に定評のある彼女を受け止めるために、必然的に腰に手を回して抱きとめる形になる。

 

「大丈夫?」

「大丈夫じゃないわよ⋯///」

「そっか⋯じゃあミカン食べる?」

「この流れで!?」

「サクッといった方が善子ちゃんも楽だと思うし⋯。」

「ふっ⋯主の事を気にかけるなんて殊勝な心掛けね、リトルデーモン?」

「勿論ですよヨハネ様。はい、あ〜ん。」

「ふぇっ?///」

 

コロコロと表情が変わって実に可愛らしいと思う。にしても、だ。いくら幼馴染と言えども、現役女子校生がこの距離に居るというのは中々心臓に悪い。

オマケにこっちは彼女の細い腰に手を回してるから、必然的に密着してる。彼女も早めに離れて欲しいだろうし、早々に食べて頂けると有難いな。

 

「いや、その⋯本当に酸っぱいのよそれ⋯///」

「善子ちゃんなら大丈夫。」

「いやいや!本当にミカンだけは⋯!っていうか、自分で食べれるからーっ!!///」

「あ〜ん。」

「力強っ⋯!あの⋯ナツキ⋯?///」

「善子ちゃん⋯ちょっとでいいんだ。口、開けて?」

「やっ、あ⋯うぅ⋯///」

 

ギリギリミカンが入るぐらいに口を開けてくれた彼女の口に、暴力的な酸っぱさのミカンを入れてあげる。

真っ赤な顔で涙目になりながら時々体がピクッと動いてる彼女を見ると、どれだけ酸っぱいのか逆に気になってきた。

 

というか、ここまで来たら無理して食べない方が逆にいいんじゃないか?罪悪感が半端無くなってきた⋯。

 

「善子ちゃん⋯入れた僕が言うのも何だけど、無理ならペってした方が⋯。」

「いい⋯食べる⋯。」

「でも酸っぱいんでしょ?」

「ナツキがくれたから食べる⋯。」

 

結局、彼女はそのままゴックンと飲み込んだ。健気だなぁ⋯。

後さ⋯忘れてたけど、周りの視線がとても痛い。

誰だい?さっきからシャッターを切ってるの。

 

「あのさ、ナツ君⋯///確かに食べさせてっては言ったけど⋯そんなにエ、エッチな感じで食べさせてっては言ってないよ?///」

「え?」

「これは⋯破廉恥ですわ⋯///」

「ナツキってばそういうのが好みかしら?♪」

「僕、そんなに変だった?」

「変っていうか⋯いつもより夏喜君の目が過激だったかな?///」

「そんなつもりは無かったけど⋯後梨子ちゃん、せめてバレないようにシャッター切ろうか。」

 

照れてたり、恥ずかしがったり、呆れてたりシャッターを切ったりと、大忙しの他メンバー。どうやら僕は少々過激だったようで。

 

ミカンを食べた堕天使さんはと言うと、ヒシっと僕の体にしがみつきながら⋯。

 

「⋯ぐすっ。」

 

 

 

泣いちゃいました。

 

 

 

「ゴメンね善子ちゃん!ほら、ちゃんとチョコレートケーキも用意してあるから食べよ?」

「⋯⋯⋯や。」

「へ?」

「千歌さん意地悪するから⋯や。」

「じゃあ可愛い可愛いヨハネちゃん!マリーの所へいらっしゃい?♪」

「納豆臭いから⋯や。」

「かなぁああああああああん!!」

「はいはい⋯臭いしないから大丈夫だよー⋯。」

 

これは⋯若干幼児退行してる?

あのミカンは、彼女に一体どれだけのダメージを与えたんだ。もはや凶器じゃないか⋯!

 

「よ、善子ちゃん、ゴメンね?ほら!千歌もコーヒー一気に飲んじゃうよ!⋯⋯うぇっ⋯。」

「や!」

「善子ちゃ〜ん⋯!!」

「これはなんというか⋯。」

「自業自得ってやつ⋯かな?」

「あっはは⋯。」

「やっ!!」

 

 

 

結局⋯千歌ちゃんと鞠莉ちゃんは、もう一口ずつ食べた上で善子ちゃんの生放送に出演するという事で許してもらったそうな。

 

愛情も程々にね。




次回:『襲来、道産子シスターズ:妹編』

投稿時期未定です。


P.S.善子ちゃんは脇の方を主張されてる為にそちらへ目がいきがちですが、本当にけしからんのは腰のラインだと思います。異論は認める。

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襲来!道産子シスターズ:妹編

皆さん、こんにチカ。
なちょすです。
寝込みを襲われてしまい凄いテンションです。おててが凄い事になってます。誰に襲われたかって?

蚊。

時系列メチャクチャだし、ちょっとアニメ入ってるけど気にせずに!そんなこんなでがんば理亞〜ってね!!泣


今日は1年生'sが家に来ると言っていた日。

友達を連れていくと連絡を貰ったのが前日になるのはいつもの事だから、今こうして僕の家にその友達が来てらっしゃるんだけど⋯当の本人達がまだ来れないとのこと。

故に⋯初めて合う2人が同じ空間でどうする事も出来ずにいるって言うのが、今の状況だね。

お互いに鬼畜すぎる。

 

「⋯⋯⋯。」

「え〜っと⋯お茶、飲むかい?」

「あっ、いやその⋯お、お構い無く⋯。」

「あ、うん⋯。」

 

 

ルビィちゃーーーーーんっ!!!!

 

 

「あの⋯。」

「はい!何かな!?」

「ルビィ達とは⋯どういう、関係⋯ですか?」

「う〜ん⋯幼馴染み、兼顧問ってとこかな?」

「そう、なんですか⋯。」

「あ、名前言ってなかったよね!僕は島原 夏喜。」

「鹿角 理亞、です。」

 

キリッとしたツリ目に、ルビィちゃんと同じような髪型。ここまで話してみて思ったのは、意外としっかり者と言うかルビィちゃんと対照的というか⋯あ、でも身長は少しだけルビィちゃんの方が高そうだ。

おっとりしてて、和みキャラなまるちゃん。

堕天しながらも、一歩引いた所から周りを見てる善子ちゃん。

おどおどしてるけれど、芯の強さは人一倍のルビィちゃん。

 

あの個性的なメンバーと仲良くなったんだ。多分、この子も⋯そういうタイプなんだろうけど⋯。

 

「分からない⋯。」

「えっ⋯?」

「あぁ、ごめん。こっちの話だよ。理亜ちゃんはこの辺じゃ見ない顔だけど⋯。」

「函館から⋯来たんです。姉様と。」

「函館かぁ⋯函館っ!?」

「ひっ⋯!」

「⋯ごめん。」

 

いけない、怖がらせてしまった。あまり人とグイグイ絡むようなタイプじゃない1年生達によく似てるなぁ。きっと彼女がこの町に生まれていたとしても、あの3人と仲良くやっていたことだろう。にしても函館⋯北海道か。そう言えば1人入れ違いで北海道に行ったやつが居たな。オオカミウオ釣行3日目のあいつは何をしてるだろうか⋯。

 

 

 

 

 

「ぶぇーっくしょいっ!!」

「お!なした若ぇの!風邪でも引いだが?」

「はっはは!なわけねぇべよ、おやっさん!どうせカッコイイ俺ちゃんの事を噂してるやつがいるったべ!!」

「そうかい!寝言は寝て言え───って、おい!竿!竿!オオカミかかってんぞ!!」

「マジぽん?ひゅーーーーーっ!!♡」

 

 

 

 

 

 

「理亜ちゃんは、どうしてまたここに?」

「あ、Aqoursとライブがあって⋯それで⋯。」

「あぁそうか。そう言えば週末にユニットライブがあったな。ふふっ、μ'sの皆を見てるみたいで懐かしいなぁ⋯。」

「μ's、知ってるんですか?」

「ちょっとね。昔色々お世話になったというかお世話したというか。好きなのかい?」

「えと、好き⋯です。A-RISEも⋯。」

「そっか。じゃあ週末はツバサ達にも声掛けてみようかな?」

「え、いや、あの⋯!」

 

まぁ現役アイドルの3人が予定取れるかは分からないけど⋯折角だし、ね。あぁでもそうしたら穂乃果達も黙ってないだろうなぁ⋯。もう皆参加すればいいんじゃないだろうか。考えておこう。

 

「と、言うわけで⋯ルビィちゃん達は何をしてるんだろうか⋯。」

「⋯分かりませんね。」

「あ、話し方とか普通にタメで良いよ?自分の言いやすい話し方の方が楽だろうしね♪」

「えっ、でも⋯。」

「大丈夫!他の皆が来たら見てご覧?善子ちゃんなんかしょっちゅうボディブローしてくるし、まるちゃんはプレイボーイって呼んでくるし、ルビィちゃんは無自覚な攻撃が得意なんだから。」

「はぁ⋯。」

「まぁ、そんな所も可愛らしいと思うけどさ!理亜ちゃんもスクールアイドルやってるって聞いたけれど、どんな感じなの?」

「ね、姉様と2人でやってます⋯Saint Snowっていうグループで⋯ラブライブ優勝、目指して⋯」

 

姉妹でグループ⋯なんか、そういうのって好きだな。Aqoursの皆のライバルになるってことなんだろうけど、その2グループがこうして遊ぶ仲になったり、一緒にライブをしたり⋯きっとそれは、スクールアイドル部に限らないんだろう。だからこそ、時折彼女達が羨ましくなるんだ。勿論今の時間も大切だし、楽しいし、大好きだ。

それでも、笑い合ってる皆を見てると思ってしまうんだ。

 

あの頃に戻れたらって。

 

「じゃあ2人はこの間の地区予選でも成績を残したのかな??」

「⋯⋯⋯私が、失敗した。」

「え⋯?」

「怖かった。手の震えが止まらなかった。姉様と一緒に望む最後の大会だったから⋯失敗しないようにって⋯⋯でも───」

 

 

 

『ぁっ⋯ね、姉様⋯!わた、私⋯!』

『大丈夫理亜!落ち着いて、深呼吸して⋯!』

『ごめ、なさ⋯ごめん、なさい⋯っ!!』

 

 

 

「立て直そうと思って、余計にから回って⋯笑顔で踊れなかった。楽しく歌えなかった⋯!結果を⋯残せなかった───。」

 

最初のようなどこか他人行儀な敬語とは違う、強い言葉。口調。多分、こっちが『本当の彼女(理亞ちゃん)』なのだろう。姉が大好きで、少しでも一緒に居る為に⋯2人で思い出を作る為に⋯そうやってきたのに、彼女にはそれが出来なかった。それがどれだけ辛くて、苦しくて、牙を向いて彼女に襲い掛かったのかは想像も出来ない。

 

「だから⋯本当は、姉様にもちゃんとあやまり、たいのに⋯ひっく⋯。」

「理亜ちゃん⋯。」

「でも、上手く、言え、無くて⋯!喧嘩ばっかりしちゃって⋯!だから───」

 

 

 

『何してるの?』

 

 

 

背後から、ゾッとするほどの圧を感じる。よく知ってる声が3つ。これは⋯死んだな。

 

「ウチのリトルデーモン10号に何してくれてんのよ?」

「誤解なんだ善子ちゃん。だから取り敢えずそのバールを置いてくれ。」

「プレイボーイだけならまだしも、女の子を泣かせるのはダメずら。」

「頼むから話を聞いてくれまるちゃん。どっから持ってきたのそのパイプ。」

『問答無用。』

「待って。」

 

後ろで棒付きキャンディーを口に入れながら、これまたどっから持ってきたか分からないサングラスをかけ、ルビィちゃんが口を開く。

 

「⋯話は聞きます。」

「る、ルビィさんっ!!実は───」

 

 

 

〜青年説明中〜

 

 

 

「そういう事なら早く言って欲しいずら〜♪」

「人騒がせね!」

「面目無い⋯。」

「あはは⋯でも理亜ちゃんが口説かれたとかじゃなくて良かったです。」

「⋯僕ってそんなイメージなの?」

 

何だろう、命は助かったけど泣きそう。思ってる事は口にしちゃうけど、口説いた事なんて無いのに⋯ぐすん。

 

「ナツキ、もしかして自分は口説いた事無いとか思ってる?」

「えっ⋯違うの??」

『はぁ⋯。』

「??」

 

すっかり泣き止んだ理亜ちゃんを他所に、3人娘が深い深ーい溜息を一つ。困ったな。本格的に分からない以前に、泣かされそうだぞ?良いの?初対面の女の子の前でいい大人が泣くよ??

 

「理亜、アンタも気をつけなさい⋯。」

「夏喜さんと接する時は気を強くしてないと⋯。」

「持っていかれるずら。」

『何を!?』

 

何を持っていかれるか分からない理亜ちゃんに、何を持っていくのか分からない僕。何だか今日は3人に振り回されっぱなしだ。というか、こんな皆を見るのは割と珍しい。理亜ちゃんをからかい(?)ながらも、どこか楽しそうな3人と、からかわれている本人。

 

尊い⋯めっちゃ撫でたい⋯。

『愛でるなら 撫でてあげよう ホトトギス』。

 

「〜♪」

「夏喜さん?」

「わしゃしゃしゃしゃ⋯」

「ナーツーキ!!」

「ん〜??」

「理亜ちゃんが本気で困惑してるから、プレイボーイはそこまでずらっ!」

「あ。あっちゃー⋯ごめんね理亜ちゃ───」

「い、いや⋯別に⋯///」

 

小さな声とは裏腹に、彼女は頭から離そうととしていた僕の手をガッシリと掴んできた。

 

「り、理亜⋯ちゃん??」

「⋯⋯はっ!///な、何でもない!!///」

「⋯撫でましょうか?」

「そんなんじゃないってば!!///あっ⋯ご、ごめんなさい⋯。」

「⋯ふふっ、やっぱりそっちが良いな。」

「え⋯?」

「初対面だし、年上だし、気を使うのも分かるんだけど⋯本当に気にしなくて良いんだよ。もっとこうフランクというか、友達感覚というか⋯兄的な?」

「兄⋯に、兄様⋯?」

『えっ??』

「な、無し!///やっぱり今の無しっ!!///」

 

ルビィちゃんにたまに『おにぃちゃん』と呼ばれればダメージを食らっている僕だ。この新しいスタイル⋯耐えれるわけ⋯無い⋯⋯。

 

「⋯⋯⋯尊みぃ⋯。」

「ちょ!?に⋯じゃなくて、えと、な、夏⋯喜⋯さん!///」

「はぁ⋯まーた倒れた。」

「これだから妹に弱い無自覚系プレイボーイは⋯。」

「理亜ちゃん。取り敢えず置いといても大丈夫だよ。多分2~3分で戻るから⋯。」

「え、えぇ⋯アンタ達慣れすぎでしょ⋯。この人って恋人とか居ないの?」

「私達の気持ちに気付かない鈍感なのに、出来るわけ無いじゃない。」

「ちょっ、善子ちゃん!!///」

 

⋯なんだ?遠い意識の向こうで会話がぼんやりと聞こえる。何の話をしてるんだろう。

 

「もしかしてアンタ達⋯⋯」

『⋯⋯⋯///』

「⋯そう。好きなら好きって言えばいいのに。」

「伝わらないから困ってるんだよぉ⋯。」

「誰が好きだって?」

「ひゃあっ!?ちょ、いきなり起きてくんじゃないわよ!!///」

「いやいや、ウチの妹分たちの事だからね。思わず起きちゃったよ。」

「また妹⋯ずら⋯。」

「ふふふ⋯もう慣れたものね⋯。」

「でも───。」

 

あからさまにガッカリしている3人とは真逆に、どこか照れくさそうにそっぽを向きながら、理亜ちゃんは口を開いた。

 

「⋯分かるかも、その気持ち。」

「り、理亜⋯アンタまさか持ってかれたんじゃ⋯!」

「⋯⋯うるさい///」

「ライバルがこんな所にも⋯!」

「ちょ、ちょっと1回お出かけしよっか!!夏喜さん、ルビィ達遊んできます!今日は4人でお泊まりするので!!」

「はーい、遅くならないうちに帰ってきてね〜♪」

「行こ!」

「えっ、ちょ、待ってってばルビィーーー!!!」

 

ワイワイ賑やかに、小さな台風のような少女達は、ドタバタと家を後にした。

4人か⋯ギリギリ布団が足りるかな?何にせよ、今日は理亜ちゃんの歓迎会だ。タエ婆ちゃんのレシピから何品かお借りしよう。

 

 

「じゃ、ボチボチ準備しますか!」

 

 

 

 

それから家に泊まった4人だったが⋯朝起きたら横に2人、上に2人乗っかってたり、それで一悶着あったのはまた別の話。




ニーアオートマタ絶賛ドハマリ中。

次回、『襲来!道産子シスターズ:姉編』

虫刺されにはご用心。

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襲来!道産子シスターズ:姉編

皆さん、ご機嫌よう。え?こ、こんにチカ⋯?何ですのその拘り⋯ごほん!改めましてこんにチカ。黒澤ダイヤです。

作者さんの気まぐれにより、今回から私達が前書きを担当することになりましたわ。
簡単なあらすじですが⋯今回は前回の続き。聖良さんの番ですわね。Saint Aqours Snowとして沼津で歌うことになった私達。聖良さんの想い人。姉妹の気持ち。
そして───

1人の少女が『選んでいたかもしれない』、もう一つの未来の話です。


「そこに正座なさい?」

 

 

聖母のような微笑みで、彼女⋯黒澤ダイヤはそう言ってくる。

何故僕が正座を要求されているか、簡単に説明しよう。

1年生ズが何故か僕と一緒に寝ていた。それを3年生達に目撃された。

⋯OK?

 

今はクリスマスライブが終わった時期⋯冬だというのにも関わらず、僕の背中や額を汗が伝っていく。それは決して暑いからなどでは無い。

 

「ふぅ⋯一旦落ち着こうダイヤちゃん。取り敢えず僕の説明を聞いていただけないでしょうか。」

「って言いながら正座してるあたり、ナツはナツだねぇ⋯。」

「ふふっ、いつもの事じゃない?」

 

見慣れた3人の間には、今日初めての顔も。髪をサイドテールに結い、苦笑いをしている少女⋯理亜ちゃんの姉、鹿角聖良(かづのせいら)ちゃんである。

 

「あの⋯皆さんはいつもこんなやり取りを?」

「98%はこの人が原因ですわ。」

「厳しいお言葉⋯。」

「当然です。ルビィだけでなく理亜さんにまで手を出すとは⋯覚悟は出来ていますね?」

 

さぁ困った事になった⋯今の彼女の後ろには修羅が見える。こうなってしまってはお説教1時間コース突入だ。少なくとも事情を説明して先手を打たなければ⋯。

 

「あの⋯ダイヤちゃん?」

「何です?」

「いや、実は───。」

 

 

─少年説明中─

 

 

「まぁなんというか⋯いつも通りよね。」

「そっかー⋯理亜ちゃんもやられたかぁ⋯。」

「何の話?」

「鈍感馬鹿には分かりませんわ。」

「鈍感馬鹿⋯グスッ⋯。」

「だそうだけれど⋯どう?聖良お姉ちゃん?」

 

聖良ちゃんは少し考える素振りを見せ、にこやかに笑いながら僕の手を取った。

 

「夏喜さん、でしたよね?」

「はい⋯。」

「ありがとうございます。」

『え??』

 

 

予想外の言葉に、僕だけでなく3年生達も思わず面をくらってしまう。怒られはすれども、感謝を言われる理由があっただろうか⋯?傍から見たら自分の妹が知らない男と寝ていたんだもの。

けど、彼女の口から出たのは確かに感謝の言葉だった。

 

 

「理亜は⋯あの子は人見知りが激しいんです。それに口調が強くなったり強がっちゃうところも多くて⋯。そんなあの子が、ルビィさん達や貴方と、こうして一緒に過ごせている。一緒に寝ている時も、何だか幸せそうで⋯それって、凄く大切な事だと思うんです。だから⋯お礼を言わせてください。」

 

 

聖母かと思いました。

 

妹思いなお姉さん。なるほど、理亜ちゃんがあんなに聖良ちゃんに申し訳ないと思っているのも分かる気がする⋯。

罪悪感が半端じゃない。

 

「いや、こちらこそ⋯何だかすみません⋯。」

「姉がこういうんだもの。ダイヤもプンプンしてちゃダメよね♪」

「⋯はぁ。仕方ありませんわね。ですが、今後は控えるように!!」

「とか言いながら⋯。」

「ダイヤもされたいなら言えばいいのにね〜♡」

「そ、そんなわけないでしょう!?///それに、それを言うならお2人こそ───」

「あの〜⋯もしかして皆さん、夏喜さんがんむっ!?」

「セイラ〜?ちょーーーっとカモーン?」

 

鞠莉ちゃんに口を抑えられた聖良ちゃんが、部屋の隅へと連れられていく。ヒソヒソと何を話してるんだろう⋯。僕がどうとか言ってたけど⋯。

 

あっ。3人とも真っ赤に爆発した。

 

「⋯聖良さん、恐ろしい人ですわ⋯///」

「おかえり。」

「あっはは⋯まさかあんなにハッキリ言われるとは⋯///」

「いえいえ、それ程でも♪安心して下さい、皆さんの気持ちを無下にするような事は絶対にしませんから!」

「そうしてもらえれば助かるわ⋯///」

「何の話かは分からないけど、お茶飲むかい?」

『⋯⋯はぁ。』

 

えっ、何のため息?

今選択肢間違えた??

夏喜またやらかした???

 

「あっはは!皆さん、先は長そうですね♪」

「むー⋯私達だけやられてるみたいで悔しい⋯。」

「そうよ!セイラはなんか無いの!?」

「何か⋯とは?」

「またまたぁ!花の女子高生なんだから、そういうお話が一つや二つあるでしょう?♪き、か、せ、て♡」

 

お茶を用意しながら、居間で繰り広げられている女子トークに耳を傾ける。『そういう話』とは、恐らく好きなタイプとか気になる相手とか⋯そういうのだと思う。

ん?でもなんでこの流れで⋯ぐぬぬ、さっきのひそひそ話が気になる。

 

そんな事を考えながら居間へ戻ると、丁度彼女が口を開くところだった。

 

「まぁ⋯好き、と言うのかは分からないですが⋯1人、居ます。」

『おぉ!!』

「ひゃっ!?⋯ち、近くないですか??」

「今行かずして!」

「いつ行くのッ!?」

「はーい、ちょっと下がりましょうねー。」

『やぁーーだーーーっ!!』

 

かなまりコンビの首根っこを掴み、引っペがす。横から見てても近いよ。3人でおでこがぶつかってるじゃないか⋯。

 

「でも意外ですわ⋯悪い意味では無いのですが、聖良さんにもそういうのがあるんですね。」

「ふふっ、まぁ人並みには。」

「で?で??どんな人なの?♡」

「ど、どんな⋯ですか?///その⋯少しだけ歳上なんですが⋯私や理亜の事を気にかけてくれたり、優しくしてくれたり⋯あ、魚釣りが大好きで頼りがいがあるのに実は子供っぽいところがあって可愛らしいと言いますか⋯///」

「おぉ⋯聖良ちゃん、ベタ褒めだね。」

「気持ち分かるなぁ⋯。」

「イエース⋯。」

「あ、でも最近その人がご結婚されたらしいんです!何だか嬉しくなっちゃいますよね♪」

『え⋯。』

「?どうしたんですか??」

「いや、だって⋯好きな人が別の誰かと結婚しちゃったら⋯。」

「セイラの気持ちはどうなるのよ!」

「⋯私は、これで良かったと思っています。自分が好意を寄せている人が幸せになる道を選んだ⋯それがたまたま自分じゃなかっただけです。それに───」

 

優しい微笑みで彼女は気持ちを口にした。

 

「あの人が幸せそうに話してると、私も嬉しいから⋯だから、今のままが好きなんです。」

『聖母⋯⋯。』

 

今度は4人しっかりハモったよ。

彼女は強い。けど優しい⋯優しすぎる。彼女がそれを言うなら、僕らに言えることは何も無い。それが本心なのも、彼女の顔や目を見れば分かる。それでも──。

 

「聖良ちゃんはもう少し我儘でいいと思うな。」

「そうでしょうか⋯?理亜にも言われますが、少々苦手でして⋯。」

「聖良さんにここまで思われてるなんて、その方は色んな意味で幸せですわね。」

「そう、だね⋯私達はどうなんだろう。」

「その時にならないと分からないんじゃない?♪」

「え、皆もそういう人がいるのかい??初耳なんだけど⋯。」

『⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ふっ。』

 

鼻で笑われてしまった。よぅし、泣こう。

 

「ねぇその人ってなんて名前なの?」

「名前ですか?えっと⋯多分言っても伝わらないとは思いますが⋯。」

「大丈夫大丈夫、こういうのは雰囲気とかを楽しむものだからね♪」

「それは違う気もしますがね⋯まぁでも、気にはなりますが───」

「『ヒロさん』って言うんですけど⋯///」

『ぶーーーーーーーーーーっ!!!!』

 

4人揃って盛大にお茶を吹いてしまった。そりゃこうなるさ。あぁなるともさ!!

だって⋯いや、え⋯??待て待て待て待て、落ち着け島原 夏喜。ただこの聖母の想い人が自分の友人(新婚)だっただけじゃないか。

それに人違いっていう可能性も⋯⋯。

 

 

『魚釣りが大好きで⋯』

『ご結婚されたらしいんです!』

 

 

⋯無いよなぁ。

そしてこのタイミングで思い出した事が一つある。それは当の本人が、今日北海道から帰って来るということ。帰ってきたアイツならどうするか⋯決まってるじゃないか。

 

 

「夏喜ちゃーーーん!帰ってきたぞぉーーー!!」

 

 

⋯⋯必ず、家に来る。

 

「え?あ、あれ⋯?今の声⋯。」

「聖良ちゃん⋯その男はね⋯僕の⋯友人だよ。」

「いんなら返事しろーい!!⋯何この空気。え、こわ、怖い⋯果南ちゃんたちの目線が怖い⋯ん?」

「ひ⋯ヒロ、さん⋯?///」

「聖良ちゃん!?なしたのやこんな所で!!いや〜、店に行ったら遠出してるって言われたがら渋々帰ってきたばって良がった〜!ワシャワシャワシャワシャ!!♪」

「あ、あの、くすぐったいです⋯!///」

「ヒロさん。」

「こっちに来て。」

「Hurry Up。」

「お、おぉ⋯。」

 

状況が分からないだろう友よ。でも安心してくれ⋯骨は拾っておくよ。

 

「セイラに何か言うことは?」

「え?ん〜⋯めんこぐ(可愛く)なったなぁ。」

「違う。」

「美人になった!」

「違う。」

「久しぶりにジンギスカンパーティーやるか!!うりうり〜♪」

「あ、や、あの⋯///」

「はぁ⋯どうして自分の事になるとこうも見えなくなるのかしらね⋯この男共は⋯。」

 

全くだ。超が付くほどそういう気持ちに敏感な男なのに⋯ん?男『共』?

 

「鞠莉ちゃんや、それって僕も入ってる?」

「当然デショ?」

「あー⋯うん、そっか⋯。」

「まぁ何の話してるかさっぱりだけどさ!折角揃ってんだし鍋でも食うべ!今日はジンギスカンパーティーだぁ!!理亜ちゃんは?」

「今日はルビィさん達と一緒に過ごしてますよ!」

「お!それじゃあ邪魔しちゃ悪いな〜!んじゃあ千歌っち達は?」

「東京だよ。何でも梨子ちゃんの買い物に付き合うってさ。今頃上手いこと言いくるめられて静岡組に東京案内とかさせられてるんじゃないかな?」

「あっはは!ちげぇねーや!でも2日後にライブだべ??」

「女の子には息抜きも必要なのよ。」

「クリスマスライブも終わったばっかりだし、皆やりたい事やって⋯」

「今年も悔いの残らないようにしているのですわ。」

 

あのライブが終わって、鹿角姉妹から連絡が来たのはすぐだった⋯らしい。大喜びしながら二つ返事で了承したウチのリーダーさんの意向により、ライブは年末⋯12月30日に急遽行われることになった⋯らしい。

不確定要素なのは、僕が昨日理亜ちゃんから初めて聞いた話だからだ。

皆曰く、『クリスマスライブを黙っていた罰』だそうで。

 

「じゃあ俺らも満喫させてもらおう!な、聖良ちゃん!♪」

「は、はい⋯そうですね///」

「そんなに真っ赤になっちゃって、なした?」

『バーカ。』

「ひっど!!」

 

昨日とは違う意味で、今日は楽しかった。ヒロがやたらと弄られたり、にこちゃんに電話をかけされたり⋯聖良ちゃんが以外と天然だった事も判明したり。

次の日には2年生も帰ってきて、皆でライブの準備もした。場所は、浦の星女学院の講堂。

恐らく、この講堂でやる最後のイベントになるだろう。

悔いを残さない。

その為に、皆思い思いの時間を過ごしてきた。聖良ちゃんと理亜ちゃん⋯Saint Snowの2人は、最後までAqoursの皆に頭を下げていた。

 

そして僕達は、ライブを迎えた。

 

「お客さんも上々、皆の調子も良い感じ。何事も無くて良かったよ。」

「まぁ皆だば大丈夫だべ!俺ちゃんも観客席に居るのは久し振りだなぁ。」

「僕もさ。それに、今回の歌はルビィちゃんと理亜ちゃんが前から書き上げていた曲らしいからね。僕も今回初めて聞くよ。」

「それは楽しみね♪」

『⋯⋯ん?』

 

聞き覚えのある声が後ろから聞こえる。ヒロと顔を合わせていると、肩をチョンチョンと指で叩かれたから思わず後ろを振り向く。そこに居たのは⋯。

 

「ツ、ツバサ⋯!?」

「こんにちは、夏喜君♪」

「は〜い♪久しぶり。」

「あんじゅに英玲奈まで⋯何してらった??」

「昔を思い出して見ないかとツバサに誘われてな。2人も元気そうで何よりだ。」

「いや、今日仕事じゃ⋯。」

「あら、私そんな事言ったかしら?♪」

 

綺羅ツバサ、優木あんじゅ、統堂英玲奈。

秋葉原UTXが誇る、元トップスクールアイドル───『A-RISE』。

μ'sと共に伝説と呼ばれるスクールアイドルグループだった子達だ。いや⋯μ'sの発起人が影響されたから、今のスクールアイドルブームの本当の火付け役は彼女達だろう。

ツバサのカリスマ性は、現役アイドルになった今でも変わっていない。それでも彼女がこんなふうに『してやったり顔』をしている時は、大体冗談を言う時だ。

つまり⋯。

 

「またやられたんだな僕は⋯。」

「その引っ掛かりやすい性格、本当に変わってないのね♪」

「来るなら普通に来てくれればいいのに。」

「こういうのはお忍びで来る方がアイドルっぽいでしょ。それに⋯そろそろ始まるんじゃないかしら?」

 

彼女の言う通り、幕の上がったステージには11人の姿があった。ラメがキラキラと輝く衣装に身を包み、2人の少女から歌が始まる。

その歌詞の1つ1つが胸にすっと入ってくる感じがして、ふと1年生ズが泊まりに来た時の事を思い出した。

どこか恥ずかしそうに⋯それでも強く、教えてくれた2人の事を。

 

 

 

『ルビィ達は、まだお姉ちゃんの隣に立てて無い気がするんです。でも⋯スクールアイドルをやって、色んな事を経験して、色んな人と出会って⋯勇気を、貰いました。』

『信じたいんです。姉様とやってきた事。自分達が頑張ってきた事。他の誰でも無い、私達自身の力を。この曲を沢山の人に届けたい⋯どれだけ失敗して、どれだけ辛い事があっても⋯前を向いて、自分の力を信じたい。』

『そっか⋯曲名、聞いてもいいかい?』

 

 

 

 

───Awaken the Power。

 

 

 

 

「⋯良い歌ね。」

「あぁ⋯本当にね。」

 

2組の姉妹が作った歌。大切な人へ向けた歌。自分に向けた歌。

そんな気持ちのこもったこの歌は、きっと多くの人の心にだって届く───そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「だい!せい!こう〜〜〜!!♪」

「いや〜やり切ったね〜⋯曜ちゃんも満身創痍であります⋯。」

 

あのクリスマスライブが終わって、なおかつ年末前にやると決まった時は、練習時間も無いし流石にキツいとは思った。でもそんな中で沢山練習をしたり、衣装を作ってくれていたりと、皆の本気が凄まじいことを改めて認識したよ。

特に1年生ズにはね。

 

「本当に凄かったよ。皆、お疲れ様でした。ツバサ達も『素敵な歌をありがとう』って言ってたよ。」

「ツバサ達⋯?」

「綺羅ツバサ。勿論、あんじゅと英玲奈もね♪」

「そ⋯それって⋯⋯。」

「『A‐RISE』じゃないですかっ!!サ、サインは!?勿論貰ったんですわよねっ!?!?」

「奇跡だよぉ⋯。」

「ほ、本当に来てくれたんだ⋯///」

「久し振りでビックリしたじゃ。」

「あれ?ヒロ君居たの?」

「はっはっは、千歌っちは相変わらず純真無垢に傷つけてくるなぁ⋯。」

 

皆のリアクションを見て、改めて伝説と呼ばれる意味を知った。まぁ⋯中身は皆と変わらない人達だけどね。

さて⋯ここからは主役の交代だ。

ルビィちゃんが理亜ちゃんの手を握り、聖良さんの方へと向かい立つ。Aqoursの皆はキョトンとしてるけど、察しのいい1人の男は⋯姉の背中を優しく押し出した。

 

「ヒロ、さん⋯?」

「詳しいことは分かんないけどさ⋯妹ちゃんが何か言いたそうだぞ、お姉ちゃん?」

「そうなんですか?理亜。」

「⋯うん。私───」

 

そこまで言って、理亜ちゃんの口は止まる。手は小さく震え、目尻にはほんの少し涙を浮かべた彼女。きっとその本心を口にしても、誰も咎めたり否定する者は居ない。けどそれは、彼女が自分の殻を壊した時だ。長い間ずっと近くで見てきた聖良ちゃんは、彼女が強がってしまう性格だと言った。その性格を持った子が1人で⋯ましてや、大好きなお姉さんに気持ちを伝えるのはどれだけ勇気がいるのか⋯。

 

でも───だからこそ、支えてくれる人がいるんだ。

 

「理亜ちゃん。」

「ル、ビィ⋯。」

「大丈夫だよ。ルビィはここに居るから。」

「おら達もついてるずら!」

「ビシッと決めなさい、リトルデーモン♪」

「花丸⋯善子⋯。」

『がんばルビィっ!!』

「⋯うん⋯うんっ。」

 

勇気を出すのは、1人じゃなくて良いんだ。ほんの少し⋯後ろを支えてくれる誰かが居てくれればいい。隣で歩く誰かが居てくれればいい。

そうしたらきっと、前を向ける。

 

想いは、形になる。

 

「姉様⋯ごめんなさいっ!!」

「え、ど、どうしたの理亜?」

「ラブライブ予選⋯私は、失敗した。姉様とラブライブ優勝を目指せた最後のチャンスだったのに、私が台無しにした⋯姉様と、一緒、に⋯もっと、もっとスクールアイドルをやりたかった⋯!」

「理亜⋯。」

「本当は謝りたかった⋯!すぐにでも謝って、また姉様と一緒に何かやりたかった⋯!!でも、怖くて、前を向けなくて⋯そんな自分が嫌だったの⋯!!」

 

誰も、何も言わない。

大粒の涙を流しながら、それでも聖良ちゃんから目を離さない理亜ちゃんの言葉を聞いている。

 

「2人でSaint Snowを初めて、絶対に優勝しようって言ってたのに⋯」

 

 

 

 

『理亜。貴方は笑顔が素敵なんだから、もっと笑いなさい。』

『え、えっと⋯こう?』

『⋯ぷっ!』

『ちょ、笑わないでよ姉様!!///』

『あっはは!ごめんなさい、理亜。余りにも可愛らしくて♪⋯⋯優勝、しましょうね。』

『⋯⋯うん。』

 

 

 

 

「姉様に言われた笑顔も、出来なかった⋯だから、ごめんなさい⋯ごめんなさ───」

「ありがとう。」

 

理亜ちゃんが言葉を続ける前に、聖良ちゃんが抱き締めた。優しく、強く⋯目尻に涙を浮かべるその姿は、Saint Snowの鹿角聖良では無く、たった1人の姉の姿だった。

 

「姉、様⋯。」

「謝るのは私の方です。貴方がそんなになるまで気づくことが出来なかった。貴方がそんなに傷ついて、悩んで、それでも前を向こうとしていたのに、無責任な事ばかり⋯。」

「ちが⋯姉様⋯⋯私が⋯。」

「理亜⋯もう、自分を責めないで。誰も貴方を咎めたりしません。貴方にはもう、素敵な友達が沢山いるじゃないですか⋯それに、貴方を咎める人がいるのなら、私がついています。こんなに情けなくても、私は理亜のお姉ちゃんですから♪」

「っ⋯お姉、ちゃん⋯!!」

「ふふっ、そう呼ばれるのも久し振りですね。Saint Snowとして、家族として⋯一緒に歩んできてくれてありがとう、理亜。」

「ひっく⋯お姉ちゃんっ⋯⋯!!」

「Saint Snowは終わってしまうけど、貴方は新しい輝きを掴んで下さい。大好きなスクールアイドルで。」

 

妹が姉を思う気持ち。

姉が妹を思う気持ち。

距離が離れても、一緒に活動する事が無くなっても⋯それは、ずっと続いていくものなのだろう。

ライブという形で通じ合った姉妹の絆は、これで一先ず幕を閉じる。

前を向いた理亜ちゃんも、新しいスクールアイドル活動を始めるだろう───誰もがそう思っていた。

僕も。

ヒロも。

Aqoursも。

ルビィちゃん達でさえも。

 

 

 

「姉様⋯私ね⋯⋯スクールアイドル、辞めるよ。」

 

『⋯⋯え?』

 

 

 

最初は聞き間違いかと思った。その言葉の意味が分からなかった。彼女がスクールアイドルが大好きな事は、この間話をした時に伝わってきたはずだ。一緒に過ごした時間が多いルビィちゃん達なら、もっと知ってる事だろう。そんな彼女が『辞める』と言った。彼女は、この先スクールアイドルとして活動する事を⋯拒んだんだ。

 

「理亜っ!言ってる事が違うわよっ!!」

「そんなの聞いてないずらっ!!」

「ど、どうして⋯だってこの間は!」

「⋯皆には、感謝してる。今回の事も、友達で居てくれる事も⋯でも⋯でもね⋯?ずっと考えてた。このままで良いのか⋯私がどうしたいのかって。それで分かった。私にとっては⋯Saint Snowが居場所だった。姉様と一緒に練習して、ライブをして、色んな経験をして⋯それが、私にとってのスクールアイドルだったから。きっとこれが、私の気持ちなんだって⋯気づいたから。」

 

力強い目で、彼女はそう答えた。迷いは無い。失敗した自分が許せなかった彼女でも無い。

悩んで、悩んで⋯自分で出した答えなのだろう。だからこそ、何も言えなかった。そんな子の決意を、一体誰が否定できるだろうか。

 

「理亜⋯今でも、スクールアイドルは好きですか?」

「うん⋯大好き。A-RISEも、μ'sも、Aqoursも⋯それは変わらないよ。」

「そうですか⋯では、私は何も言えませんね。それが貴方の決めた事なら。」

「ありがとう、姉様⋯。」

「ですが、ちゃ〜〜〜んとルビィさん達と話をしてきて下さいね!蟠りを残したままお別れは、お姉ちゃん許しませんよ?」

「うん!」

「理亜ちゃ〜〜〜んっ!!なん、何でぇ〜っ!!」

「わっ、ちょ、ごめんってばルビィ!!」

「妹ちゃんは成長しましたなぁ⋯。」

「はい⋯本当に大きくなりました。でも⋯寂しい気は、します。」

「⋯そっか。お疲れ様、お姉ちゃん。」

 

ずっと涙を堪えていた聖良ちゃんの頭を、ヒロはそれだけ言って撫でている。ライブをしていた時の彼女の表情は、心の底から楽しんでいるように見えた。きっとそれは間違いじゃないのだろう。

 

何が正解で、何が間違いか⋯それは未来を決めた本人しか分からない。

心から決めた事なら正解だし、後悔してしまえば間違いにもなるんだから。

 

 

「ん⋯雪だ⋯。」

 

 

皆の声だけが響いたこの町には、聖なる雪だけが静かに降り注いでいた。




姉様には理亜ちゃんの結婚式でボロ泣きして欲しいです。

次回は夏まで逆戻り!そしてお待たせしました⋯3話に渡る短編集ユニット編でございます。

次回、『失った片目with CYaRon!』


P.S.FGO始めたらガチャでやらかしました。強運爆裂中。

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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失った片目with CYaRon!

皆さん、こんにチカ!
えと⋯く、黒澤ルビィですっ!!
今回は昔に戻って、夏喜さんに起きた悲劇のお話です。たまたま3人で遊んで⋯いた⋯私達の前に現れた夏喜さんは⋯あの⋯カンペが見えない⋯⋯!
い、痛々しい姿で現れましたっ!
そんな夏喜さんと、CYaRon!がお送りする⋯え、飴ですか?食べ───あ、後にしてください作者さんっ!!///


『お大事にしてくださいね。』

 

さぁどうしたものか。

お大事に、と言われたところで、これは僕だけではどうにも出来ない問題だ。不可抗力な部分が大きすぎる。

 

ちょっとした落胆とネガティブ思考。

自分の右目を包み込むモコモコとした感触。鏡で見る必要も無い⋯だってそこにはガーゼが付いているんだから。

よりによって利き目。

こんな事になって初めて片目が使えない状況の不味さを思い知ったよ。

距離感が分からない。右側に死角が出来る。蒸れる。

こういう時って家でゆっくりしてるべきなんだろうけど、それは無理な話だろう。だって⋯

 

「あっ!ナツ君、ヨーソ⋯ロ⋯。」

「嘘⋯どうしたの⋯?」

「夏喜さん、怪我したんですか!?」

 

もう目の前に幼馴染み達がいるんだもん。

3人だったと幸運に思うべきか、よりによって千歌ちゃん、曜ちゃん、ルビィちゃんの3人に見られた事を不運だと思うべきか。

 

「⋯ちょっと⋯⋯襲われてね⋯。」

「酷い⋯。」

「誰がそんな事っ!!」

「⋯⋯蚊だよ⋯。」

 

『へ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと⋯もう一度聞くけど、皆予定があったんじゃ⋯??」

「ナツ君の!」

「方がっ!!」

「大事ですっ!!!」

「あっ、はい。」

 

たまたま町で出会った千歌ちゃん、曜ちゃん、ルビィちゃんの3人は、家まで来る事になった。どうやら元々遊ぶ予定があったらしいけれど、今日は僕の世話をしたいと強く押されてしまい⋯負けたよ。何より珍しかったのは、ルビィちゃんも強気にぐいぐい押してきたこと。嬉しいような、申し訳ないような⋯。

 

「じゃあお茶くらいは出すから、皆上がっ───。」

 

玄関の扉に手を伸ばした時、僕の指は物の見事に激突した。うん⋯この場合は、『刺さった』⋯かな?

 

「痛ったぁああああああ!!!!」

『あっちゃー⋯。』

 

突き指しなくて良かった⋯。

 

「開けたげるから無理しないのっ!」

「今日は大人しくしててくださいっ!!」

「はい⋯。」

「でもナツ君、そうなるぐらい蚊に刺されるって⋯どれぐらい酷いの?」

「えっと⋯こんな感じなんだけど⋯。」

『ひぃっ!!』

 

曜ちゃんからのクエスチョンに、現状を見せてのアンサー。3人娘は畏怖の混じった声をもらし、身を寄せあってしまった。まぁ⋯こうなるよね。僕も自分で見た時、いっその事顔にモザイクを入れて欲しかったから⋯。

まるでミドル級のボクサーに執拗に右目だけを狙われたかの様に腫れぼったい僕の目は、未だにガーゼの奥で疼いている。くっ⋯僕の右目がっ⋯!!

 

⋯止めよう。

 

「ヤバいじゃんそれ!!早く病院行かなきゃっ!!」

「落ち着いて曜ちゃん。今病院から帰ってきたんだよ。」

「大丈夫!?みかん食べる!?」

「どっから出したの千歌ちゃん。でもありがとう。」

「⋯⋯。」

 

おやおやルビィちゃん。そんな心配そうな目をしたまま無言で服を掴まれると⋯甘やかしたくなるじゃないか。

 

「よしよーし。」

「っ⋯⋯。」

「痛たたたたっ!」

 

おかしい⋯どうして抓られたのだろう?可愛らしい妹を撫でるのは生物や兄(仮)としての本能だと思うのだけれど⋯。

 

「ナツ君、お茶入れてくるから待ってて。」

「え?悪いよ曜ちゃん、僕が───。」

「待・っ・て・て。」

「⋯⋯はい。」

 

うん⋯今日は⋯⋯お言葉に甘えよう。

 

「でも最近の蚊ってタチ悪いよね〜。私も首刺されてさ⋯。」

「ん、本当だ。赤くなってる。」

「痒いんだよぉ⋯ナツ君何とかして〜!」

「右目を襲われた人間に言うものでもないけれど⋯ちょっと待ってて。」

 

確か薬屋さんが補充してくれている薬箱の中に⋯あった!

 

「ほい。」

「ひぅっ!!」

「あっ⋯冷たかった⋯かな〜ん⋯⋯?」

「っ⋯!っ⋯⋯!!」

 

不味い⋯僕は小さな怪獣さんの怒りを買ってしまったようだ。ほっぺを膨らませてぷるぷるしてる涙目なこの怪獣さんは、機嫌を損ねると何をしてくるか分からない。と、取り敢えず謝ろう!

 

「あの⋯ごめんね、千歌ちゃん。」

「っ〜〜〜〜〜〜〜〜⋯///」

 

徐々にほっぺたの膨らみはその大きさを窄めていく。良かった⋯どうやら耳が真っ赤になるぐらいプンプンだったらしい。頭を撫でる事によって怪獣さんの怒りは───。

 

「⋯⋯。」

「痛たたたたたたたたっ!!ルビィさん、い、痛い!痛いですっ!!」

 

おかしいっ⋯!何故今日のルビィちゃんは、こうも的確に僕の太ももを抓ってくるのか!ずっと同じ所を抓られると千切れてしまいます!だ、誰か!誰か僕にベストアンサーをっ!!

 

「あっはは⋯ナツ君大忙しだね〜⋯。はい、お茶。」

「うぅ⋯ありがとう、曜ちゃん。頂きま───。」

「ん?どうしたのナツ君。」

 

曜ちゃんが差し出してくれたお茶に手を伸ばした時、僕は思わず手を止めた。

 

⋯距離感が分からない。

もしさっきの様に突き指まがいの事をしたら、あの湯気が出ているアッツアツのお茶を零してしまうかもしれない。最悪、入れてくれた曜ちゃんに火傷を負わせてしまう可能性もある。考えろ夏喜⋯この場において最善の策は⋯。

 

「あの⋯ナツ、君?///」

「ありがとう、曜ちゃん♪」

 

ゆっくり、確実に。彼女の手に触れ、距離感を掴む。そうすればそのままお茶を受け取れる!我ながらナイスな案だと思うぞ夏喜!

 

「ぅ、ぁ⋯///」

「あ〜⋯出たよナツ君の得意技。」

「へ?」

「夏喜さん⋯そういう所です⋯。」

「え?え??」

 

じ、ジト目が⋯痛い⋯。

曜ちゃんはめっちゃ僕に触られた所を気にしてるし⋯まぁ、うん⋯そうだよな。いくら幼馴染みと言ったって、あんまり軽率に触るのは良くなかったかもしれない。

 

「ごめんね、曜ちゃん⋯。」

「えへ⋯///あ、え??何が?///」

「曜ちゃんもニヤケ過ぎー!」

「ズルいです曜さん!!」

「そ、そんな事無いって!!///」

「⋯⋯もう、僕には分からないよ⋯うっ。」

 

怒ったり笑ったりわちゃわちゃしたり⋯賑やかな彼女たちを見ながら、取り敢えず僕は湯呑に口を付けた。

 

「⋯⋯あっつ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は、昼の2時。彼女達が来て1時間くらいたっただろうか。3人仲良く縁側に座り、今はヒロが持ってきてくれたスイカを食べている最中だ。

夏の日差しが頭上から降り注ぎ、蝉は唄う。吹き抜けになっている縁側には、僅かだがそよ風がふき、風鈴が音を鳴らす。

 

───チリン、チリン。

 

それは、聴く人の心まで穏やかにするような⋯静かで、優しい、硝子の音。

あぁ⋯本当に⋯。

 

「夏だなぁ⋯。」

「あっはは!ナツ君お爺ちゃんみたい!」

「これでもピチピチの22歳ですよ。」

「え⋯そう、なの⋯⋯?」

「もっと上だと思ってた⋯。」

「いや知ってるよね!?何驚愕の事実みたいな反応してるのさ!?」

 

ケラケラ笑う2年生2人。そう言えば、昔っからこの2人にはこんな感じでからかわれてきたっけ。今は一緒に笑っているルビィちゃんや、Aqoursのメンバーが居る。皆、大切な幼馴染みだとしても、やっぱり不思議な感じだ。

 

「⋯たまに思うんです。」

 

ルビィちゃんが、口を開いた。

 

「今こうして夏喜さんや、千歌さんや曜さんと一緒に楽しく過ごしてる事は、奇跡なのかも⋯本当は夢なんじゃないかな、いつまでこうして過ごせるのかなって⋯。」

「ルビィちゃん⋯。」

 

物憂げな彼女は、そう呟く。

 

10年前⋯僕は、引越しという理由で皆の前から居なくなった。今でも、挨拶に行った時の皆の悲しそうな顔を思い出すと胸が痛い。東京に行ってからは色んな人にお世話になったけれど⋯彼女達の事を忘れる事なんか出来なかった。

久しぶりに帰ってきた僕を受け入れてくれた皆。

色んな表情を見せてくれて、『一緒に』と言ってくれる皆。

本当に、嬉しかった。あれだけ遊んでいたのに、外見だけは見違えるように成長して⋯それ程、10年という歳月は、長いものだった。

 

「よーし!CYaRon!&ナツ君対抗、スイカの種飛ばし大会ー!!」

 

誰も言葉を発しなかった、重い沈黙を打ち破ったのは、千歌ちゃんだった。

 

「ち、千歌ちゃん?」

「じゃあジャンケンで順番決めるよ〜!ジャーンケーン───。」

「そうじゃなくって!」

 

曜ちゃんの静止に、千歌ちゃんは⋯ただ、微笑んだ。

 

「大丈夫だよ。」

「え⋯?」

「確かに、会えなかった時の10年は長かったけど⋯あれは、お別れじゃないって分かってたから。⋯⋯⋯私ね!『今』、すっごく楽しい!ナツ君が居て、曜ちゃんや果南ちゃん⋯Aqoursの皆が居て。これから何が待ってるんだろう、何が出来るんだろうって考えたら、ワクワクしてるんだよ!」

「千歌ちゃん⋯。」

「それにね!私達が種飛ばしをしたら、きっとここにドッサーーーーッ!てスイカが出来て、それを皆でお世話して、またこうやって食べて!そうしたら、いつまでも一緒に居られる⋯そんな気がしないかな♪」

 

裸足のまま庭に飛び出し、大きな身振り手振りで、彼女はそう言いながら笑った。

太陽の下で、笑っていた。

曜ちゃんも、ルビィちゃんも、僕も。

言葉を失って、ただ、彼女を見る事しか出来なかった。

そしてきっと、考えてる事は同じかもしれない。

 

───彼女がリーダーで良かった、って。

 

「⋯だって、ルビィちゃん♪」

「だって♪」

「はい⋯はいっ!!」

「よーっし!じゃあ1番手は曜ちゃんに任せといてよ!かっ飛ばすかんね〜!!」

 

『YOU』帽子を脱ぎ捨てた彼女は、手にしたスイカへとかぶりついた。

 

「ぷっ!」

「わーっ!一発目から飛ばし過ぎだよ曜ちゃん!!」

「へっへーん、どんなもんですか!」

「曜さん、種飛ばしも出来るんですね!」

「ぐぬぬぬ⋯千歌だっていけるもんね!!ぷっ!」

『おーーー!!』

 

ようちかコンビはやっぱり強い⋯!1mちょっとは飛んだだろうか?カメラ判定が必要になる程の接戦じゃないか!

これは⋯負けられない。大人気無いと言われても、時には譲れない戦いと意地とプライドがある!

 

「ほっほっほ⋯次は僕がいきましょう。高海さん、渡辺さん、とくとご覧になりなさい!」

「何そのキャラ!?」

 

種を選定し、口の中で射出体勢を整える。心の中でカウントダウンをしろ。目を閉じ、意識を集中させるんだ。気持ちはロケットの打ち上げ5秒前。4⋯3⋯2⋯1⋯⋯!

 

「ぷふっ⋯。」

『え。』

 

口から種を飛ばした瞬間、口の横から空気が漏れた。想像していたのと違う、ゆるゆるとした放物線を描いた種は、30cm先程に落下した。

 

『⋯⋯⋯。』

「あの⋯何か言って欲しいんだけれど⋯。」

「ガッカリ。」

「期待したのに。」

「すみませんでしたっ!!」

「夏喜さんごめんなさい⋯こんな時、どんな顔をしたらいいか分からなくて⋯。」

「笑えば⋯笑えば良いと思うよっ!!」

 

『あっはははははははは!!』

 

「じゃ、じゃあ最後はルビィがいきます!」

「ファイト、ルビィちゃん!」

「へっぽこナツ君に負けるな〜!!」

「へっぽこ⋯。」

 

さぁ、真剣な顔をしたルビィちゃんは、へっぽこ夏喜選手の記録を追い抜くのか!はたまた、へっぽこロリポップの名を冠してしまうのか!!

 

⋯⋯あ、蚊だ。

 

「えい。」

「ぷひゃ!!///」

 

よし、追い払ったな。真剣勝負の最中にウチの妹(仮)の項を狙うとはなんて卑怯な。

あれ?でも真剣勝負の最中に選手の項に触れた場合はどうなるのでしょうか?

少なくともポカポカ叩かれる事は分かりますね。現在進行形だから。

 

「っ〜!っ〜〜〜!!///」

「うっ⋯妹がめんこいっ⋯!!」

「で、でもルビィちゃん凄いよ!今ので私たちを抜いて1位だよ!」

「え⋯ほ、本当に!?まさか夏喜さん、こうなる事を分かってて⋯。」

 

ん?これは上手い事感謝されるパターンじゃ⋯。

 

「も、勿論!ルビィちゃんなら出来ると思ってね!!」

「ナツ君⋯。」

「すぐ顔に出るんだからやめといた方が良いよ⋯?」

「⋯ごめんなさい、蚊がいました⋯。」

 

駄目でした☆

 

「じゃあ優勝は〜⋯ルビィちゃーーーん!!」

「あ、ありがとうございます!⋯喜んで、いいのかなぁ?」

「優勝者のルビィちゃんには、私達3人から何でも言う事聞く券を進呈します!」

「用意周到だね、千歌ちゃん。」

「いやぁ〜それ程でも⋯///」

「褒めてるわけじゃ⋯無いと思う⋯。」

「⋯何でも、良いんですか?」

「良いよ。夏喜君にどんと任せたまえ!」

「じゃ、じゃあ⋯ルビィ───!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、電気消すよ?」

『はーい!』

 

ルビィちゃんからのお願い。それは、今日お泊まり会をしたいと言うものだった。縁側の傍にある爺ちゃんの仏壇に水を上げ、皆で夕食を食べ、今はもう寝る所だ。縁側のある、この家で1番大きな部屋は座敷になっていて元々は親戚一同が集まり、ご飯を食べる場所だった。子供の頃はとても大きく感じたこの部屋も、この歳になると少し広いぐらいである。まだまだジトっとした熱帯夜が続く為、襖は全開。ただ皆が蚊に刺されると大変だから、今回は久々に蚊帳を引っ張り出してきた。子供の頃は、自分と爺ちゃんだけの隔離された世界のようでワクワクしていた緑色の蚊帳。

今回は、皆を守ってもらおう。

 

「それじゃあ、皆。お休み。」

「何言ってるのナツ君?」

「こ・こ♪」

「⋯⋯へ?」

「こ〜こっ!」

 

う〜ん、今日は頭を使う一日だなぁ。千歌ちゃんと曜ちゃんがポンポンしてるのは蚊帳の中に敷かれた真ん中の布団だ。中に居るのは3人。布団も3枚。まさか『ここに来い』と言ってるわけじゃ無いだろうし───。

 

「はーやーくーーー!!」

「え、ちょ、待っ!?」

「あはは⋯いらっしゃいナツ君///」

「お、お邪魔します⋯?」

 

前言撤回。『ここに来い』だったらしい。

いやいやいやいや!!まずいでしょ!?仮にも女子高生で現役スクールアイドル3人だよ!?

 

「あの⋯3人とも⋯?」

「左手貰いー!!」

「右手をヨーソロー!!」

「のわっ!!え、待って待って、本当に待って!僕がここに居たらルビィちゃんが───。」

「お、お邪魔します⋯///」

 

ルビィちゃんが僕の脇腹をヒシッと掴み、曜ちゃんと僕の間にすっぽり収まってしまった。

結果───左手は千歌ちゃんの枕。右手は曜ちゃんの枕。肩の付け根に頭を乗せて、密着してるルビィちゃん。

 

何だこの⋯何だ⋯。確かに一緒にって言ってくれる皆の優しさは嬉しいけれど⋯時と場合によると思うんだ。あんまり軽率にくっ付いてると誤解が生まれるというか⋯。

 

「すー⋯すー⋯⋯えへ⋯。」

「Zzz⋯⋯んゃはは⋯。」

「⋯⋯⋯んっ。」

 

⋯起こせない、よなぁ。僕も眠くなってきたし⋯明日何も無い事を願って、僕も寝ようかな⋯⋯。

 

「⋯今日はありがとうね。お休み、皆。」

 

こうして、右目の使えない賑やかな一日は、風鈴の音と共に終わりを迎えるのだった───。

 

 

 

 

 

 

 

 

「痒ーーーいっ!!!」

「何で皆一緒に刺されてるの!?」

「うぅっ⋯眠い⋯痒い⋯⋯。」

「⋯皆。大事な話があるんだ。蚊帳───穴が空いてたよ♪」

「⋯⋯ほぇ?」

 

 

『えぇええええええええええっ!!??』

 

 

ちゃんちゃん☆

 




皆さん、こんにチカ。
ちょっとメンタルが回復しました、なちょすです。

ちょっと回復したのでデビュー作品で久々の投稿兼リハビリで御座います。ハーレム王は相変わらず役得ですよね⋯。
活動報告でお伝えしたとおり、連載中の作品と新シリーズが全て終わった段階で、ラブライブシリーズの小説及びハーメルンでの活動を終了致します。作品達は⋯残しておこうかと。
申し訳ありませんが、もう暫しこの妄想劇場にお付き合い頂ければ幸いです。

P.S. UAが70000行ってましたㅇㅁㅇ;;
皆様、本当にありがとうございます⋯!ナツ君にも、ありがとうを言わないとですね⋯。

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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The Game Party!! with Guilty Kiss

皆さん、こんにチカ!桜内 梨子です。
今回はGuilty Kissの3人が、お送りするちょっぴり不思議なお話。
夏休みに突入していた私達は、夏喜君の家でゲームパーティーをする事に。色んなジャンルのゲームを3人で手分けして攻略していくはずだったんですけど⋯気付いたら恋愛ゲームをプレイすることになったみたいなんです。
どうして、『なったみたい』なのか。⋯それは───。


「はぁっ⋯!はぁっ⋯!ここまで来ればっ⋯!」

 

削れた岩盤と、そこここに生える名前も知らない植物。瘴気に満ちた、深い深い谷の底。この地方の人間からは『瘴気の谷』と呼ばれる場所に、僕らは居た。

川のせせらぎと木々が風でざわめく音も、今の僕らには警戒する対象でしかない。

 

「ぅ⋯⋯⋯。」

「善子ちゃんっ⋯しっかりしてくれ!!」

 

漆黒の鎧に身を包み、両手に双剣を携えた彼女を地面へと降ろす。首筋や二の腕、腹部についた大小の爪痕からは、彼女の白い肌を滲ませる鮮血が流れ出ている。

背負ってここまで走ってきたせいもあって、僕のスタミナも底を尽きかけていた。

 

「今薬を───」

「い、らない⋯。」

「な⋯駄目だっ!」

「いらないっ!!」

 

薬を持った手を、彼女は弾いた。

虚ろな眼差しで剣を地面に突き刺し、尚も彼女は立ち上がろうとする。

 

「アンタが⋯使いなさい⋯⋯。」

「どうしてっ⋯君の方が重症だろう!?」

「意味無いのよ⋯ここでアンタがやられたら、誰がアイツにトドメを刺すわけ⋯?」

「なら一旦引こう!体制を立て直してからでも───」

「⋯⋯もう、手遅れよ。」

 

風が凪いだ。あれほど辺りを包んでいた瘴気は、嘘のように晴れ渡り、代わりに腐敗した死肉の匂いが僕らの周りを包み込んでいる。骨を砕く音。肉を踏み潰す音。大きさを物語る足音。それら全てが混ざり合う空間は、神経のすり減る絶望的空間だ。

 

音の主を探している中で、彼女は叫ぶ。

 

「上ぇっ!!!!」

「っ!!がっ⋯!?」

 

鋭利な爪が、身体を引き裂いた。致命傷では無いものの、胸の辺りから少しずつ⋯けれども確実に、血が流れ出てきた。僕らの前に現れたのは、獣のような頭蓋を持ちながら、片手それぞれに10の爪を持つ4足の牙竜。その姿はまるで、皮膚を剥ぎ取られた死肉がそのまま動きだしたかのような、赤黒い凹凸の体躯。身体を赤く発熱させ、僕達の(はらわた)を食い尽くさんと唸り声を上げている。片目を失い、尾を千切られ、それでも明確な殺意を向けてくる存在。

 

ある者はこう呼ぶ。瘴気の谷の王だと。

ある者はこう呼ぶ。死を喰らい、死を産む者だと。

 

ある者はこう呼ぶ───惨爪竜(ざんそうりゅう)と。

 

『オドガロンッ⋯⋯!!!』

 

「Grrrrraaaaaaaaaaa!!!!」

 

こちらの姿を確認するやオドガロンは、その名を表す尖爪を出して飛び掛ってくる。武器を取り出す暇もなく、3連撃を既のところで回避したものの、奴にスキは見当たらない。

どうすれば───。

 

「鬼神化。」

 

オドガロンの爪が弾け飛んだ。双剣を振りかぶった少女の瞳が真紅に染まり、目にも止まらぬ乱撃が奴の爪を砕いていた。

 

「善子ちゃん!!」

「早く構えなさいっ!今の内に───」

 

重症を負った彼女に、オドガロンは狙いを定めていた。怒り狂い、大きく開かれた口は、その剥き出しの牙を彼女へと突き立てようとしている。

 

彼女は───笑っていた。

 

 

『夏喜君⋯ごめん、ね⋯。』

『ナツキ⋯善子を、泣かせちゃダメよ⋯⋯?』

 

梨子ちゃんも、鞠莉ちゃんも───笑っていた。

また失うのか?大切な2人と同じように⋯ここまで来た全てを無駄にして。

 

「⋯⋯るか⋯。」

 

ガントレットが蒼く燃えている。

走り出し、背にしたハンマーを両手でガッチリと掴んだ。

 

「やらせるかぁああああああっ!!!!」

 

スキル⋯『力の解放』

嘗て雷狼竜(らいろうりゅう)と呼ばれたモンスターの素材で作られたそのガントレットは、その名の通りに腕に雷を宿す。人間が本来使用している力はサイコロジカル・リミット(心理的限界)によって制御されているが、これを一時的に解放するものだ。脳や筋肉にも多大な負荷が掛かるが、もうなりふり構っていられない。こちらの気配に気づいたオドガロンは、彼女の目の前で身体の向きを変えて、その矛先をこちらに向けてきた。

恐らくコイツも。僕も。一撃喰らえば生命は無い。

 

なら───真っ向から迎え撃つっ!!

 

「はぁああああああああっ!!!!」

「Grrrrraaaaaaaaa!!!!」

 

全てを破壊する鉄槌を───振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

〖クエストを達成しました。〗

 

 

『やったぁーーーーー!!!!』

 

横たわるオドガロン。僕らの目の前にあるのは腐敗した肉などではなく、パーティー開けされたポテトチップスとコーラである。

 

「寸劇終わった??」

「終わったわって⋯何肉焼いてんのよ!?」

「ドキドキするね、これ。」

 

『上手に焼けましたー!!』

 

オドガロンを狩った喜びに浸かる僕達を他所に、梨子ちゃんと鞠莉ちゃんはベースキャンプで上手にお肉を焼いていた。最早従業員2人のこんがり肉製造工場である。時給は一体いくらなのだろうか。

 

「これでソフト何個?」

「確か⋯5個!」

「後2つか⋯。」

 

夏休み真っ只中という浦の星女学院。誰が言い出したかは分からないが、善子ちゃん、梨子ちゃん、鞠莉ちゃんの3人は、それぞれ大小様々なゲーム機を携えて家に遊びに来ていた。

最新のものから懐かしいものまで並べられた6本のソフト⋯それを一緒に遊ぼうと言う話で会話は進み、今に至るというわけだ。

 

「それにしても、梨子ちゃんがこういうのをやるっていうのは意外だったな。」

「⋯⋯よっちゃんにね⋯捕まったの⋯。」

「あぁ⋯。」

「ふふっ⋯上級リトルデーモンたるリリーには、特別な扱いをしなくてはなりません。堕天使ヨハネから直々の───。」

「鞠莉ちゃんは?」

「きーいーてーーっ!!」

「面白そうだから付いてきたわ♪」

 

背中をポカポカ叩いてくる堕天使さんは取り敢えず置いておきまして⋯改めて目の前にあるソフトを眺めて、掛かった時間を思い返してみる。

 

取り敢えず今終わったモンハン。梨子ちゃんが木人(もくじん)で本領発揮した格闘ゲームに、日頃の鬱憤を発散させる破壊系レースゲームや、ブチュー人に全員ファーストキスを奪われたスゴロク⋯そして鞠莉ちゃんのツボにハマりきった、パワードスーツを着たアメリカ大統領が滅茶苦茶やるゲーム。

どうだろう⋯このCX感。今なら島原課長と呼んでもらっても差し支えないと思う。

 

「レース、バラエティー、格闘、アクション、RPG⋯残ってるのは───。」

『恋愛。』

「うわっ、びっくりした。」

「早くやりましょう、ナツキ。」

「準備はしてあるから。」

「頑張ってね、夏喜君。」

「準備が良すぎやしないかい?というか、僕がやるの?」

『勿論。』

 

皆の目線が怖い。どうあっても、プレイする事を強いられているようだ。だがどうすればいい⋯このゲーム機の横に置かれているソフトのタイトル⋯『ときめきLove marginal』。

 

頭の片隅に、ぷわぷわ3人娘の顔が浮かんだけれど───失恋エンドしか見えないっ⋯!

 

「じ、じゃあ、始めるよ?」

「何か顔引き攣ってない?」

「気の所為じゃないかな?あははは⋯。」

 

OPが流れ、タイトルロゴが現れる。バックで流れる曲は、やはり何処かしんみりとした曲だ。NEW GAMEを選択し、画面は名前入力のところへ。

 

「名前⋯自分のでいっか。」

「ナツキってば入り込むタイプなのかしら?」

「えっ⋯夏喜君、辛かったら話聞くよ?」

「誤解したまま話を進めないでくれ。」

 

哀れみの視線を向けられたまま画面を進めていくと、テレビの画面は夕暮れに染まる街並みと、鉄橋を走る電車の車窓から見えるのどかな景色が映し出されていた。

 

 

〖⋯ここへ来るのは、何年ぶりだろうか。久しぶりに見た故郷も、あの頃と変わらない───何一つ無い退屈な風景だ。〗

 

 

成程⋯これがこの世界の夏喜君というわけか。どうやらパッケージの裏を見るに、お盆休みをきっかけに地元である山間の田舎町に帰ってきた主人公が、女の子達と過ごす話らしい。

 

⋯あれ?なんか⋯既視感が⋯。

 

 

〖こんな田舎町にやってくる物好きなんて、きっと僕ぐらいのものだろう。そう思って、飽き飽きしていた田園風景には目もくれずに、目的の駅に着くまで眠りについた。〗

〖何故この町が嫌いなのか⋯どうして今更戻ってきたのか⋯僕には分からない。眠ろうと思ったのは、きっとそういった答えの無い考えから逃げたかったのかもしれない。〗

 

 

「夏喜君、地元が嫌いなんだね⋯。」

「あんなに好き好き言ってたくせに。」

「酷いわナツキ⋯およよ⋯。」

「自分の名前にした事をこれ程後悔した日も無いよ。」

 

状況が状況なだけに、現実との区別が付きにくいじゃないか。僕は地元愛満タンだよ。

 

 

〖「次はー、星ヶ丘。星ヶ丘に止まります。」〗

 

〖僕は目を覚ました。自分が降りるべき駅だったからと言うのもあるが、それよりもっと──不思議な感じがしたからだ。肩に温みがある。最後に見た景色からここまでは、間に駅は無かったはずだ。他の車両からやってきたとしても、有り得るだろうか───顔も名前も知らない少女が、僕の肩にもたれかかって寝ているだなんて。〗

〖⋯他に乗客は乗っていない。夕日が燃えるこの世界で、僕達は2人だけ取り残されてしまったみたいだ。〗

 

 

『⋯⋯⋯。』

 

皆テレビの画面にのめり込んでいる。

⋯プレイヤーより入り込んでないかい?

 

 

〖⋯あの。〗

〖⋯⋯んっ⋯⋯おはよう⋯。〗

〖お、おはよう⋯ございます⋯?〗

〖んー⋯お休み⋯。〗

〖あっ、ちょっと!!〗

 

〖白いショートヘアーの少女。見た目は中学生くらいだろうか。彼女は、もうすぐ駅に着くというのに、再び夢の世界へと旅立っていた。〗

〖目的地に着いても起きなかったので、仕方無く彼女をおぶって電車を後にすることに。ホームには、一人の少女が既に到着を心待ちにしてくれていた。〗

 

「お、ようやくヒロインが来たね。」

「感じるわ⋯この子は、間違い無く苦労してる。」

「幼馴染みキャラ⋯。」

「主人公に振り回されてるわよ、絶対。」

「そうでも無かったよ?」

「主人公の名前が名前だから特にね⋯。」

 

おやおや⋯随分と信頼が無いじゃないか。そのジトっとした目をやめてください⋯僕が何をしたと言うんですか⋯。

 

「その顔は気付いてないねー⋯。」

「鈍感人間はほっときましょ。」

「うぐっ⋯久々に聞いた⋯!」

「はいはい、ちゃっちゃと進める。」

「⋯⋯はい。」

 

彼女達4人も、思いの外話にのめり込んでいるようだ。実際僕もこの先が気になるし、早い所進めてしまおう。幸い今日は皆が泊まる日だ。エンディングを見るまでは眠れない!

 

という訳で、僕らは時間が許す限りゲームを進めていった。白い髪の少女は、『希望(きの)』。そして吹奏楽部に所属している、幼馴染みの『明日香(あすか)』。何故か希望が一人暮らしの僕の家に居候する事になり、お盆の間だけの短い田舎生活が始まった。

 

「おや、明日香ちゃんは毎日起こしてくれる子なのか。」

「あーちゃんは健気だよ〜?」

「ナツキはどうなの?こういう子。」

「⋯ビンタさえ無ければ有難いね。」

「What?どういう事?」

『⋯はははっ。』

「えっ、ちょ、何よ梨子も善子も!知ってるなら教えてよっ!!」

「ふふっ⋯なら私のリトルデーモンに───」

「それはNo Thank youデース。」

「何でよっ!!」

 

おやおや、恋愛ゲームをプレイする男の横でキャピキャピが始まったようだ。⋯キャピキャピって、古い?

 

そうして途中に雑談や食事を挟みながら、僕らは物語の佳境へと差し掛かった。お盆休みで明日香や希望と共に、主人公は毎日のように遊びに明け暮れていた。川でバーベキューをしたり、山を上って星を見に行ったり⋯希望が贈り物だと言って、星のキーホルダーをくれた事もあった。お盆休みの最終日、町内会の祭りの夜に明日香から好きだと告白をされた。すっかり入り込んでしまった僕達は、会話も忘れ、この世界の虜になってしまった。そうして───祭りの後の宴会で、彼は⋯僕達は、真実を知る事になる。

 

 

〖いやぁ、お前も大きくなったなぁ⋯。あの日の事があって、お前がここを去ってから⋯もう、戻ってこないと思っていたから。そうだ、希望ちゃんにも挨拶しとけよ?〗

〖あの日⋯?あの日って何の事?と言うか、希望に挨拶って、あの子ならずっと一緒に居たはずじゃ⋯。〗

 

 

 

「ねぇ⋯⋯。」

 

 

 

〖⋯お前、何言ってるんだ?〗

 

 

 

「ここから先は⋯⋯⋯。」

 

 

 

〖今日は⋯希望ちゃんが亡くなって6年目だろ?〗

 

 

 

 

 

 

「───────。」

 

 

 

 

 

 

宴会の途中で部屋へと戻り、辺りを見渡した。

 

「希望!?希望っ!!」

 

返事は無かった。靴も無い。テーブルの上に置かれていた置き手紙に目を通せば、彼女の字が書かれていた。真っ白な紙の上に、ただ一言。

 

『────星降る丘で。』

 

部屋の電気もつけっぱなしにして、全速力で走り出す───この地の名前の由来になった、『星ヶ丘展望台』へ。

息を切らしながら、階段への道を駆け上がる。それ程長くないとはいえ、この辺ではそこそこ高い場所に経つ展望台は、この町を全貌出来るだけでなく、周りを何かに囲われていることも無いため星が良く見えることで有名だった。あの子は、初めてここに連れてきた時から好きだと言っていたんだ。なら───必ず、ここに。

 

「はぁっ⋯はぁっ⋯⋯希望っ!!」

「⋯来たんだね。」

 

大空の星達の真下に立つ少女。悲しげな瞳で笑い、彼女は振り向いた。

 

「どうしてこんな場所に⋯帰ろう?皆、まだまだ盛り上がるみたいで───」

「私は、戻れない。」

「な⋯なん、で⋯⋯?」

「⋯私は⋯⋯もう、居ないんだ。」

「バカ言うなよ!希望はここに居るじゃないか!祭りだって一緒に歩いて───」

 

それ以上、言葉が出なかった。黙って空に手の平を翳した彼女。その手は⋯無数の星と、真っ青にすら見える空を映し出していたから。

 

「私は、ここに居ちゃいけない。私はもう⋯『いないもの』だから。でも───君が望めば⋯願いは、星空に届くんだ。」

 

そう言った希望は、唇を噛み締め、今にも泣きそうな表情だった。

彼女が何を考えて⋯僕にどうして欲しいのか。それは分からない。けれど僕が願えば⋯この子と───。

 

「夏喜君。」

 

声がした。僕を呼ぶ声だ。どこかで聞いた、懐かしい声。

 

『ナツキ。』

 

大切な人達だった気がする。置いてはいけない人だった気がする。

 

ゆっくりと、振り返った。

 

 

希望が、笑った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆⋯寝ちゃったか。」

 

壁にもたれ掛かる梨子ちゃんを真ん中にして、鞠莉ちゃんと善子ちゃんも寄り添うようにして眠っていた。夏場とはいえあんまり冷やすのもあれだし⋯取り敢えず薄手の毛布を掛けておこう。時計を見ればもう午前2時だ。明日何かをするわけでも無いけれど、そろそろ休んだ方が良さそうだ。

 

「お休み⋯3人とも。」

 

3枚敷いた布団の上に彼女達を寝かせ、僕もソファーの上で眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「⋯おあよ。」

「ふぁい⋯。」

「Good morning⋯Zzz⋯。」

「すー⋯すー⋯⋯。」

 

朝起きた時の僕らと言えば、凄まじかった。全員髪はびよんびよんに跳ねてるし、梨子ちゃんは呂律が回っておらず目の下にクマが出来ている。鞠莉ちゃんは二度寝を始めるし善子ちゃんに関してはそもそも寝っぱなし。かく言う僕も、声はガラガラで全く身体が動かせそうにない。

ゲームは1日1時間と言った昔の名人。貴方の言うことは、今度からちゃんと守ります⋯。

 

「あれ⋯昨日⋯⋯どこまでいったんれすか⋯?」

「分かんない⋯恋愛ゲームした所までは覚えてるけど⋯。」

「ふぇ⋯?もってきてないれすよ?」

「⋯⋯えっ?だって昨日皆であんなにのめり込んで⋯⋯。」

「んぅ⋯わかんない⋯れす⋯。」

 

そう言うと、彼女は眠そうにしながら僕に手招きをした。ソファーから降りて彼女の元へ向かうと、服をきゅっと掴まれることになる。

 

「どうしたの?」

「お休みれす⋯皆で⋯寝るんれす⋯⋯。」

「へ?いや、それは⋯⋯。」

「んぅ〜〜〜⋯⋯。」

 

まるで子供のように彼女はグイグイ引っ張ってくる。今は大人しく従おう。

指示通りに鞠莉ちゃんの隣で横になると、彼女は毛布みたいに僕の上へと這ってきた。そうして⋯胸の上で、再び夢の世界へと旅立っていった。

にしても⋯誰も、昨日の事は覚えてないのか?梨子ちゃんが寝ぼけてる可能性は───無きにしも非ずだけれど、確かに部屋の中には『ときめきLove marginal』なんてタイトルのゲームはどこにも見当たらない。夢だとしたら⋯どこから?

 

「ダメだ⋯考え事してたら眠気が⋯⋯。」

 

2度目の睡魔にも抗えず、そのまま昼頃まで⋯僕達は深い眠りへと落ちていった。

 

───右手に、星のキーホルダーを手にしたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君が皆を選んでくれて良かった。

がんばり屋さんな君だけど

好意に気付かないのはちょっぴり残念かな?

きらきらした毎日と、人の思い。

でも⋯いつか迷う時がきたら。

しんじる事をやめないで。

たくさんの輝きの向こうに───私は居るから。

 

 

「楽しかったよ、夏喜君♪」

 




恋愛ゲームと言うよりノベルゲームですね、これ。
さて、皆さんは幾つのソフトが分かりました?全部作者が昔から今までやってきたゲーム達です。これが分かれば、君も立派な『なちょす脳』だ!!

ハーレムと言いつつイチャイチャで終わらないのが、ちょ田舎でございます。
ユニット編ラストはあの子達に飾ってもらいましょう。盛大に振り回される彼女達をお楽しみに⋯。

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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水着の有用性について話をしようwith AZALEA

やっほー、松浦果南だよ♪こんにチカ⋯で、良いんだっけ?今回は私達、AZALEAのお話だね。
マルの泳ぎの練習って事で、淡島に集まった私達AZALEAとナツ。それなのに、ナツに振り回されるしトラブル続きだしもう大変っ!主にダイヤが!!

ユニット編最後にお送りする、私達とナツの夏の⋯⋯ねぇ、このカンペ『なつ』が多すぎて読みにくいよ⋯。


あぁ⋯太陽が眩しい。

ウミネコさんも鳴いている。

波が行き来する音で眠りにつけそうだ。

そう言えば、ウミネコさんの鳴き声って笑い声にも聴こえるんだよな。群れで飛ぶと仲間と笑いあっているみたいでこっちも思わず笑ってしまう。

 

まぁそんな事は割とどうでも良くて。水着のまま桟橋に座り、ぽけーっとしてるのも悪くない。

 

「なーにしてんの♪」

「冷たっ!!あぁ、果南ちゃんか⋯。」

 

青色のポニーテールを揺らしながらラムネを持ってきてくれたのは果南ちゃん。緑地な薄手のパーカーを着た彼女は、そのまま僕の隣へと腰掛けた。

 

「泳がないの?折角海に来てるのに。」

「果南ちゃんこそ良いのかい?海の申し子なのに。」

「あっはは!私ってそんなイメージなの?」

「う〜ん、曜ちゃんと果南ちゃんから水は切れない縁だからねぇ。」

 

高飛び込み日本代表クラスと、ダイビングショップの看板娘。海かプールかの違いはあれど、THE 水って感じだよね。

 

「疲れたずらぁ⋯。」

「少し休憩ですね。」

「お疲れ様マルちゃん、ダイヤちゃん。」

 

水着姿のまま海から上がってきた2人。これで、AZALEAの3人が勢揃いというわけだ。

8月も終わりへと駆け足になる頃、僕は淡島へと渡っていた。何やらマルちゃんの泳ぎの練習という事で、暇人と思われた僕は一緒に付いてくることになったのだ。予定が無かったわけではないけれど夕方くらいに戻れば全然大丈夫だし、何よりマルちゃんに泣きつかれてしまっては断るわけにもいかないしね。

彼女曰く、堅物と脳筋を1人で相手するのは無理だそうで。

思わず笑ってしまったけれど、このユニットの事が少しだけ心配になった夏喜君です。

 

「おや、果南さんまだ泳いでないのですか?」

「もうそろそろ干からびる頃ずら⋯。」

「私は魚かっ!」

『河童。』

「ナツ、ちょっと2人と泳いでくるね。」

「う、嘘ずらっ!冗談で⋯ずらぁっ!?」

「果南さんっ、私はまだ死にたく⋯ぴぎゃっ!?」

「あっはははははは!!飛び込めーーーっ!!♪」

『きゃあああああああっ!!』

 

桟橋の果てで、大きな大きな水しぶきが3本上がった。果南ちゃんの役回りが分かった気がする。娘さんと奥さんには結構からかわれるけれど、休日の家族サービスは盛大にしてくれるパパだ。すぐさま浮いてきた果南ちゃんは、マルちゃんの手を引いて浮き輪をその身体に被せていた。

 

⋯⋯おや?もう1人が見当たらない。

辺りを見回しても浮いてる様子はなく、思わず桟橋の縁へと近づいた時───。

 

「死ぬかと思いました。」

「うぉっ!!??」

 

縁に手を掛けて水面から顔を出したのは、ダイヤちゃんだった。

 

「何ですか?人を化け物のように⋯というか、前が見えません。」

「は⋯ははっ⋯⋯やめよ?心臓に悪いから⋯。」

 

髪の毛が顔の前に垂れ下がり表情の見えないダイヤちゃんは、直接言ったら怒られるけどテレビの中から現れるあの子にそっくりだった。

彼女は、髪の隙間からこちらを確認するなり手を伸ばしてきた。

 

「どうしたの?」

「ここからでは上がれないので手を貸していただければと⋯。」

「あぁそういうことか。はい、どうぞ?」

「ありがとうございます。では⋯果南さん。」

「はーい。」

「えっ、果南ちゃん?あれ?えっ?」

 

どうしたものか⋯いつの間にかこちらへ来ていた果南ちゃんは桟橋の下から姿を現すなりダイヤちゃんの手を掴んでいる僕の右手をがっしりと両手で掴んだ。

無論、ダイヤちゃんも両手⋯おやおや、これはひょっとすると───

 

 

『せぇーのっ!!』

 

 

桟橋の支柱に足をかけたJK2人分のパワーが、僕を空へと放り出した。世界は反転し、僕の頭上には青い世界が広がっている。

ほぅら⋯耳を澄ませば、今にも歌声が聞こえてきそうじゃないか。

こーのー大空───

 

「にぃいいいいいっ!!!」

 

最後に見たのは、してやったりとニヤける2人の3年生と浮き輪にハマったままキョトンとしている1年生の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかダイヤちゃんが主犯だったなんて⋯。」

「ふふっ、私だってたまにはこういう事をしますわ。」

「それに折角だからナツも泳がなきゃね〜♪」

 

島原 夏喜水没事件の真相を聞かされた僕は、思いもよらない犯人に驚きを隠せなかった。(2~3分だけどね。)

今は4人でぷかぷかと海月のように海の上を漂っている最中だ。浮き輪にハマったマルちゃんとダイヤちゃん。浮き輪にお尻だけハマった僕と果南ちゃん。

やってみたかったんだよなぁ、これ。何にも考えないでただプカプカと浮かび続けるってこんなにも気持ちいいものだったなんて⋯。

 

「あっはは、ナツってば凄い腑抜け顔!」

「もう⋯このままでいたいよ⋯。」

「ここはお風呂じゃないずらよ。」

「わっぷ。」

「まぁ⋯漂うのが落ち着くのは何となく分かりますが⋯果南さん。」

「ん?」

「いつまでそのパーカーを着てるんですか?」

「っ⋯!///」

 

ん⋯確かに。

 

「寒いのかい?」

「そ、そう言うわけじゃ⋯無いけど⋯///

「じゃあ⋯日焼けしたくないとか。」

「えっと⋯///」

「素直に言えば良いじゃないですか。新しい水着を見られるのが恥ずかしいと。」

「ダイヤッ!!///」

「純情果南さんの乙女な悩みずら〜。」

「うぅ⋯マルぅ⋯///」

 

成程成程。これは⋯僕にどうにかできる問題なのだろうか。確かに幼馴染とはいえ彼女だって年頃の女の子だ。普段はダイビング用のウエットスーツも来てる事だし、少々恥ずかしさもある事だろうしね。

 

「⋯ナツは見たい?///」

「うん?」

 

バッターボックス高めの轟速ストレート。

 

「うんって言ったずら。」

「うんって言いましたね。」

「いや、今の『うん』はそういう事じゃ───。」

「うぅっ⋯///ナツがそこまで言うんだったら⋯。」

「ここには会話をしてくれる子が居ないみたいだ。」

 

どんどん話が進んでいってしまう。というか、これじゃあ僕が幼馴染みの水着姿を期待しているみたいじゃあないか。いけないいけない⋯新学期から彼女達の高校で用務員生活だというのに、根も葉もない噂話になってしまう。

 

「果南ちゃん、一旦落ち着こう。落ち着いて話をすれば───。」

「ど、どうぞっ!!///」

「Wao!!」

 

時すでに遅し!!眼前に広がるのは白と青のストライプ柄で、赤い紐で結ばれた可愛らしい水着だった。

 

『⋯⋯⋯⋯。』

「な、何か言ってよ⋯。」

「どうぞって⋯。」

「妙にエッチずら。」

「素直に可愛いと思うよ。」

「っ⋯ありがと⋯///」

 

そう言うや否や、彼女は僕のハマっている浮き輪に手を伸ばし、透明な樹脂な部分を引っ張った。

 

あれ?これ空気穴じゃ───。

 

「ねぇ果南ちゃん。何で今ここ引っぱっがぼぼぼぼぼ⋯⋯。」

「ふふっ⋯。」

「プレイボーイな夏喜さんは、こうして内浦の海に沈んでいったずら⋯南無。」

「てゆーか、なんで私だけなのさ!///ダイヤとマルだって新しいじゃんっ!!」

「言ったところで伝わりませんし。」

「そもそも果南さんほど普段から水着も着てないです。」

 

何やら水上で話し声が聴こえる。ある事ない事言われているのだろうか⋯。このまま水の中で気持ちよく漂うのもいいけれど、やられてばかりじゃあ僕だって悔しいものがある。

ふふふ⋯キャピキャピ出来るのも今の内さ!!

 

「あれ?ダイヤ⋯浮き輪沈んでない?」

「何をおっしゃいますか。果南さんこそ。」

「あ、あれ?オラのも段々⋯。」

 

『⋯⋯⋯⋯⋯あーーーーーっ!!!』

 

「あっはっはっは!!今ごぼ気づいてももうおぼぼぼ!!」

「ナツっ!!」

「溺れながら勝ち誇られるのは何故か屈辱ですわっ!!」

 

正直めっちゃ苦しい。少しだけ水を飲んだ事で喉の奥が塩辛いんだ。

けれど、それを気にする余裕は無い。だって泳げない子が1人居るからね!!

 

「え!?えっ!?ど、どうしたらっ⋯!」

「やぁマルちゃん。」

「夏喜さん、オラ本当に泳げなくて───!!」

「うん、知ってるよ。だからこうして⋯ほら!おんぶすれば、もう大丈夫!」

「そうするぐらいなら最初から沈めないで欲しいずらぁ⋯。」

「恨むなら、あそこで沈んでいく先輩方を恨んでおくれ。それとね?」

「何ですか⋯?」

「あんまり密着されると、ちょっと不味いかな〜って⋯。」

「どういう⋯っ!///ご、ごめんなさいっ!!///」

 

よっぽど焦っていたのか、僕の首はギリギリと締め上げられていたよ。バランスが取りにくいから別に離れたりはしなくて良かったんだけど⋯どうしてかマルちゃんは忙しなくモゾモゾと動いている。

 

「見なよダイヤ、あれ絶対考えが食い違ってるやつ。」

「花丸さん程のモノを持ってしても気づかないのですね⋯あの鈍感は。」

 

沈んだ3年生からの視線が凄く痛い。何だろう、この気持ち⋯。

 

「と、取り敢えず桟橋に上げるよ。登れそうかい?」

「えっと⋯多分、大丈夫です⋯ずら///」

「んじゃあ⋯よいっ、しょ!!」

 

桟橋の近くまでいき、背中で彼女を上へと押し上げた。頭の上から溜息が聴こえたから、多分上手く登れたことだろう。

 

さっ、後は僕もしれっと登って───。

 

「ナーツ?♡」

「どこへ行くつもりですか?♡」

「⋯⋯あっはは⋯ですよねー⋯?」

 

両肩に指がめり込んでいる。

恐らくは逃がしてもらえないだろう。ヒロ、後はヨロシクな⋯。

 

『せいっ!!!!』

「うぼぁっ!!」

 

2対1の復讐は、彼女等に軍配が上がった。

愚かな22歳無職の社会人は海面に叩きつけられ───海へと還っていくのだった。

 

何かに指が引っかかった感覚と共に。

 

 

 

 

 

 

 

視界に広がるのは、ただ何処までも続く雲1つない青空だ。ぷかぷかと漂いながらも、ふと予定の事を思い出した。今は何時だろう。夏場のこの時期は秋が近づいているとはいえ、まだまだ日が暮れるまでは長い。だから思いの外時間が経っている事にも気づかずに過ごすことも結構ある。

 

そんな事を考えていれば、波とは違うちゃぷんとした水の流れが顔にかかった。

 

「ん⋯?」

「な、夏喜さん⋯。」

「ダイヤちゃ───いったぁ!?」

 

ぷかぷかを止め、そばに居た彼女の方を振り向くなり首をグリンと回されてしまった。余程さっきの浮き輪沈めが頭に来ているのだろうか。ここまで勢いのいい回し方は初めて食らったと思う。しかもダイヤちゃんに。

 

「ど⋯どうしたの?」

「あの⋯こっちを、向かないで下さい⋯。」

「えっ⋯⋯ゴメン、やり過ぎたね⋯。」

「ち、違いますよっ!?別に怒ってるとか嫌いになったとかではなく⋯その⋯///」

 

彼女にしては珍しく歯切れが悪い。それに、一瞬視界に入った時に見た彼女は緑色のパーカーを着ていた。それが意味する事はつまり───何?

 

「ふ、不本意なんですっ!///」

「不本意⋯?」

「探してたらたまたま近くに夏喜さんが流れてきて⋯その⋯焦ってしまって⋯!///」

「つ、つまり⋯?」

「だっ、だから!///⋯流されたんです⋯⋯///」

「あっ⋯あ〜⋯⋯あぁっ!!」

 

海面に叩きつけられた時、指が何かに引っかかっていた。まるで紐のようなものに。

つまりそういう事だ。

そして彼女は、今仕方なく漂流物(主犯)をひしっと掴んで後ろで待機している。

 

「⋯⋯僕だね。」

「だから『不本意だ』と言ったんですっ!///」

「すみません⋯。」

「マルー、あったー?」

「まだ見えないずらー!」

 

恐らく桟橋付近で外れてしまった(外してしまった)のだろう。果南ちゃんとマルちゃんの2人は桟橋の上と海からで手分けして探している。

 

「あの⋯僕も探してこようか?」

「良いから大人しくしてて下さい⋯本当に⋯///」

「はい⋯。」

 

不味い⋯これはどうしたものか。いや犯人僕だけどさ?言わば彼女のパーカーの下は何も纏っていないわけで。 肩を通して若干震手が震えている事も伝わっているわけで。きっと泣きそうなぐらい恥ずかしいんだろうし、そんな彼女の姿を考えると流石に───申し訳ない。

 

「⋯⋯夏喜さんは。」

 

ふと、ダイヤちゃんが口を開いた。

 

「夏喜さんは、どう思っているんですか?」

「えっ⋯?」

「私達の事です。」

 

肩を掴む手が、ほんの少し強くなる。

 

「10年振りにあった貴方は、良くも悪くも昔から変わらない貴方のままでした。だからこそ、私達も変わらずに接する事が出来ています。けど⋯その⋯い、異性として思うことだってあるんです⋯///」

「⋯うん。」

「貴方は無いんですか⋯?私達の事は、どう見えてるんですか?」

 

パーカーが背中に当たる。彼女がピタリと後ろにくっついたのだ。

異性として思う事⋯か。それはつまり、成長した彼女達を見たり、今のような状況でドキッとしたりするかどうかという事だろう。それは───。

 

「僕も1人の男だし、皆は本当に素敵に成長したと思う。」

「⋯⋯⋯。」

「だからその⋯ドキッとは、してるんだよ?余り表にしないだけで⋯。」

「そっ⋯そう、ですか⋯///」

 

だって、現役女子高生達が周りにいるんだもん。JKに手を出した男と言う話が広がった日には、未来は無いからね⋯いつでもドッキドキさ⋯!

 

「⋯夏喜さん。」

「何かな?」

「私は⋯いいえ。私達は───。」

 

『あったーーーーっ!!』

 

「果南さんっ!花丸さんっ!早くこちらにっ!!///」

「痛たたたたたたたっ!!えっ、ダイヤちゃん!?今そんな空気じゃ無かったよね!?と言うか指が!指が目にぃっ!!」

「お黙りなさいっ!!///大体、誰のせいでこんな事になってると思ってますのっ!?///少しでも目を開けてみなさい!新学期から貴方の良からぬ噂が浦の星中に広がることになりますわっ!!///」

「はいっ!すみませんでしたっ!!」

「これでしょー?」

「掲げて持ってくる馬鹿がどこに居ますかっ!!///」

「そんな照れなくても良いのに〜。ねぇ、ナツ?」

「がばほぼぼばぼ?」

「大体貴方はいつだって───!!」

 

幼馴染み特有のやり取りをするのは大いに結構なんですが⋯ダイヤちゃん。目を抑えたまま僕を沈めるのはどうかと。

あぁ⋯息継ぎ出来ない⋯意識がだんだん朦朧と───。

 

「ごめんってばー⋯って!ダイヤっ!ナツ浮いてきてるからっ!!死んじゃうからっ!!」

「は?何を言って⋯あっ。」

 

嗚呼⋯さようなら、愛しき日々よ⋯⋯。

 

 

 

 

 

次に目を覚ました時は、人工呼吸される寸前でした。




巷では何やら『渡辺 月』さんと言う名前が上がってますね。映画見てないので詳しくは存じませんが。
映画見てない⋯と言うより南の島に流されてお仕事してるので、映画どころか何も出来ませんががが。
立ち位置だけは決めちゃってます。

次回。
3話続けて、ちょ田舎番外編夏の陣⋯の、OVA。

『そうだ、島へ行こう。』

何と、映画を見てない作者の考える『渡辺 月』さんも登場(予定)。全員が高校を卒業した後のお話(予定)。μ'sからも、作者の推しと人妻が出ます(予定)。

あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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OVA:そうだ、島へ行こう(1/3)

この作品をご覧の皆さん、こんにチカ。
園田 海未と申します。さて、どうして私がこの場に居るのかと言いますと⋯私も良く分かっていません。
まぁ、OVAなので。
今回は高校を卒業したAqoursと+‪α‬で、南の島へ旅行する事になりました。それも真姫の家と、オハラグループの全面協力の元、2泊3日で島巡りをするみたいで⋯私も良く分かっていません。
まぁ、OVAなので。
それでは、『夏の陣OVA:ちょっと田舎で暮らしませんか?─そうだ、島へ行こう─』のスタートです。
⋯⋯映像でも無いのにOVAとはいかがなものでしょう?


会社の先輩がグアムに行った時気付いたらしい。向こうは『空が高い』って。初めはどういう意味なのか分からなかったけれど、今こうして上を見上げれば、自分の身をもって実感できる。

内浦に居た頃は、手を伸ばせば雲に手が届きそうだった。勿論そんなわけは無いのだけど⋯気持ち、と言うのだろうか。全てを平等に受け入れてくれる青空が、手の届きそうな場所にあり、不安な時は心を落ち着かせてくれる感じがしたんだ。

だがここは違う。空に浮かぶ雲達は遥か遠くに浮かんでいて、どれだけ手を伸ばしても、ただ無意味に空を切るだけだった。

 

つまり、何が言いたいかというと───。

 

「スタンプラリー、1つ目ーーー!!」

「やったね千歌ちゃん!あと何個か分からないけどっ!!」

「まぁ、この調子ならすぐ終わるんじゃないの?」

「じゃあ終わったら皆で海行こうか!」

「海未は私ですが?」

「いや⋯そういうわけじゃ⋯。」

 

千歌ちゃんに曜ちゃん、果南ちゃんに善子ちゃんに海未。

僕らは今、そういう場所に居るって事。

何で⋯島に居るんだっけなぁ⋯。

 

「ナツくーんっ!」

「置いてくよーっ!!」

「夏喜。呼ばれてますよ。」

「あぁ、うん。じゃあ⋯行こうか、『奥さん』?」

「っ、で、ですからっ!!///それはやめて下さいと何度も言ってるでしょうっ!?///」

 

島に居る僕ら。スタンプラリー。『奥さん』呼びの海未。ここに居ないメンバー。そして⋯。

 

「⋯⋯。」

 

帽子を被り、サングラスをかけた謎の人物。関係者らしいけれど、ここに来るまでの間1度も声を聞いてはいない。なのにこの人物からは、結構鋭い視線を浴びている時があるんだ。主に曜ちゃんが近くに居る時。

まぁ、他にもまだまだ説明したい事は山積みなんだけれど⋯取り敢えずは状況を説明しなければならないね。

 

事の発端は、まさかの一週間前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「卒業旅行とかどうよ?」

「また随分突然じゃないか、ヒロ。」

 

環境が変わっても関係は変わらず。我が友人は伊豆半島で釣ってきたマグロをこなれた手つきで捌きながら、そう口にした。

 

「そうか?寧ろ、もうどっか行ってるもんだと思ってあったばってな。ほれ、中トロ。」

「サンキュ。まぁそんな話は出ていたけれど、結局学年毎に遊びに行った話しか聞いてないなぁ⋯。」

「じゃあ行くか。」

「どこに?」

「⋯島?」

「島?」

 

そう。今思えば、コイツのこの一言が全ての発端だったわけで。

 

「良いじゃない、Island♪」

『⋯⋯⋯。』

「良いじゃない、Islandッ!!!!」

「だぁーっ!VoiceがBIGだじゃ!!ちゃんと聞けでらっての!!」

「Oh、なら返事してくれなきゃ。」

 

一瞬、どうして鞠莉ちゃんがここに居るのか分からなかったけど⋯そう言えば、隣の部屋に全員居るんだから当然か。

 

「穂乃果っ!また貴方はそんなに食べて!」

「だってみかん美味しいんだもんっ!」

「にこっちはいつまでも可愛いな〜。」

「あったりまえでしょ〜?この超銀河宇宙No.1アイドルのにこにーに、老いなんか無いっての。」

「⋯⋯ふっ。」

「なに笑ってんのよKKE(賢さの欠片も無いエリーチカ)。」

「そんなにこにーも『人妻にこ〜♪』ってね。」

「よーし、歯ァ食いしばんなさい酔っ払い。」

 

⋯⋯全員、ね。

嗚呼⋯未成年も居るのにあんなに酒瓶を転がしてしまって⋯人の事言えないか。

 

「折角だから皆で行っちゃいましょうよ!何かイベントとか開いて島を回ったりとか〜、チーム対抗戦みたいなのとか〜!!」

「楽しそうだけど⋯流石に僕らを入れて20人の予定をぴったり合わせるのは厳しいんじゃないかい?」

「心配無いわ。」

 

大盛り上がりのパーティールームから出てきたのは、後ろで結んでいるにも関わらず最早癖になった動きで髪の毛をクルクルしている、女医さんだった。

 

「西野先生⋯。」

「喧嘩売ってるの?」

「すみません。」

「心配無いってどういうこったい、マッキー。」

「元々、Aqoursの卒業旅行に私達がついて行くつもりは無いってことよ。マッキーって言わないで。」

「わりっす。」

「えっと⋯じゃあつまり、僕とヒロとAqoursの皆でって事になるのかな?」

「まぁ、そういう事ね。あの子達が誰か連れて行きたいって言うかもしれないけどその辺も問題無いし。」

「って言うと⋯?」

 

こちらの疑問に答える代わりに、彼女は1枚の紙を懐から取り出した。

大きく書かれていたのは、『南の島で遊ぼうっ!』と言うシンプルかつ分かりやすい文字。噛み砕いて説明すると、海辺のロッジで宿泊しながら様々なアクティビティを体験する企画案のようなものだった。うーん、実に魅力的である。

 

「このロッジ、元はウチの別荘だった場所を改良してあるのよ。15人くらいなら平気で泊まれるし、場所も不自由はしないと思うわ。」

「なるほどなぁ⋯。流石マッキーの所は何でもありというか⋯。」

「そんなのじゃないわよ。マッキーって言わないで。」

「わりっす。」

「でもいいのかい?そんなにまでして貰って⋯。」

「私なりの恩返しってとこよ。」

「えっ。何かしたっけ?」

「⋯充分すぎるほどにね。」

 

そう言って微笑む彼女は、いつだったか音楽室で見た幼げの残る表情では無く、素敵な女性の頬笑みを浮かべていた。成長というのは、つくづく早いものだ。色んな事を経験して、置いていかれないように必死になって走り続ければ、必然的に大人になるのかもしれないけど⋯一体どれほどの出来事を重ねれば、彼女の様に強くなれるのだろうか。

そんな彼女は、『どうするのか』と目で尋ねていた。なら、決まってる。

 

「それじゃあ、有難く受け取らせてもらうよ。ありがとね、真姫ちゃん。」

「⋯いつまでも子供じゃないんですけど?」

 

頭を撫でれば、どこか呆れたように、擽ったそうに笑う彼女。

そんな状況を前にして、我が友人は無謀にも口を開いたのだ。

 

「分かってねーな、ナツ君よ。」

「何がだよ?」

「もう子供じゃないって事は、そろそろ───。」

「大人になったらメスを振るって、君の頭の中をさばいてあげる♡」

「すんませんっした!!マジ、調子乗ってました!!」

 

ヒロ⋯土下座は見慣れたけど、マグロの兜を持ったままというのはどうだろうか。それと、もう少しにこちゃんの立場も考えてあげてくれ。好きなアイドルのライブに落選した時でも、あんな顔は見た事ない。

 

「まぁアクティビティは何も決まってないに等しいから、そこは任せるわ。意見があればこっちで取り入れておくし。」

「それなら心配ありまセーン!マリーにお任せよ!☆」

『⋯⋯⋯⋯。』

「マリーにっ!お任せよっ!!」

「聞けでらっての!!」

「あははっ⋯。」

 

いけないいけない、やはり彼女の事を忘れてしまっている。どうやら飲みすぎたようだ。ここらでお酒をセーブしておかないと、本当に記憶が無くなってしまう。

 

「どうするの?鞠莉ちゃん。」

「私が幾つかピックアップしておくわ。オハラグループとマッキーの全面協力なんて夢のようじゃない?♪」

「あぁ、そうだね。じゃあそれで行こうか。皆にも話を───。」

 

振り返り部屋に戻ろうとした時、ひしりと誰かが体に抱きついてきた。

 

「どうしたの?ことり。」

「⋯⋯⋯。」

「ことり?」

 

抱きついてきた彼女は何も言わない。ただ、抱きつく力を少し強めただけだ。

 

そして、部屋には1人の少女の叫びが木霊した。

 

「ナッツん、ことりちゃんを止めてぇえええっ!!」

「穂乃果?何の話───。」

「夏喜く〜ん♡」

 

⋯⋯Oops。

 

「えへへぇ⋯夏喜くんだぁ♡ぽかぽかして気持ちいいなぁ⋯♡」

「急にどうし⋯あぁ、お酒臭っ⋯。」

「臭くないもんっ!ことり酔っ払ってないもん!」

「誰ですか〜、飲めないチュンチュンにお酒ついだのは〜。」

「⋯こうなるとは思って無かったのよ。」

 

どうやら犯人は、一つ年上のロシアンクォーター先輩らしい。μ's元3年生と鞠莉ちゃん、真姫ちゃん、穂乃果は無事だとしても、それ以外のメンバーは皆ふにゃけた顔で倒れてしまっている。

 

分かっている。

きっとオヤツにされたのだろう。

 

ことりは元々飲めない体質では無い。けどこうして誰彼構わずオヤツにしたり、自覚してるのに大胆な行動に出てしまうのが自分でも恥ずかしいからと言って飲む量は抑えていたはずなんだ。

もうこの状態のことりを止められるのは、恐らく枕先輩だけだ。なら僕に出来る事は、彼女の言葉と『お願ぁい♡』を聞かないように立ち回る事だ。あれは喰らったらタダでは済まない彼女の必殺技⋯何度あれにやられた事か。

 

「あのね?Aqoursの子達は皆可愛いの!ぽかぽかでふわっとしててね?」

「そうだね。僕もそう思うよ。」

「でね?皆に『夏喜くんとこういう事しないの?』って聞いたらね、真っ赤になったの!」

「そうだね。僕もそう思うよ。」

「皆夏喜くんの事大好きなんだなぁって思ったらね、ちょっとヤキモチ妬いちゃったから⋯夏喜くんにぎゅってされに来たんだぁ♡」

「そうだね。僕もそう思うよ。」

「⋯夏喜くん、同じ事ばっかり。聞いてますか〜?」

「そうだね。僕もそう思うよ。」

 

無。無。無。今の僕は無だ。

そして穂乃果。ありがとう。さぁ、その手に持ったことり愛用の『眠れない夜もバッチリ、貴方の恋人ふわふわ低反発枕』をこっちに───。

 

「ちゅっ♡」

『っ!!///』

 

頬に柔らかいものが当たった。同時に、倒れていたAqoursメンバーが全員起き上がってしまった。

何より不味かったのは、動揺した穂乃果が枕を落としてしまったこと。

それが意味するのはつまり───死だ。

 

「夏喜くん⋯ことりの話、聞いて?」

「ふぅ〜〜〜〜〜⋯⋯よし。ごめん、ちゃんと聞くよ。」

「じゃあキスしよ?♡」

『ちょっ!?///』

 

何という爆弾発言。

普段こんな事は言わないし、お酒を飲んだとしてもここまで言われるのは初めてだ。

 

「どの流れで『じゃあ』が出てきたのかまるで分からないよ。一旦水飲んで落ち着こう、こと───。」

「お願ぁいっ♡」

「⋯⋯⋯ゲホッ。」

「ナッツーーーん!!!」

 

初めてだ⋯こんな至近距離で喰らったのは⋯。あぁ、駿河湾が輝いて見える。そうか、僕はここで死ぬのか⋯脳みそをぷわぷわにされて、彼女のオヤツとして生涯を終えてしまうんだな。

 

「いい加減にしなさい。やり過ぎだぞチュンチュン。」

「やぁっ!夏喜くんとちゅーする!」

「いつまで駄々こねてんのよ。枕持ってきたからそろそろ寝なさい。」

「新婚さんにはこの気持ちが分からないもん!」

「同じ気持ちの子達が向こうでヒヤヒヤしてんだから落ち着けって言ってんのよ、酔っ払い。」

「ほ〜れ、枕さんが待ってるぞ〜?ふかふかだぞ〜?あー、眠くなってきたから俺が寝ちゃおっかな〜?」

「ダメっ!ヒロくんに使われたらことりの枕が泣いちゃうから私が使うっ!」

「やべ、泣きそ。」

「これは⋯ことりの⋯⋯枕⋯だもん⋯⋯。」

「はぁ⋯生きてますか〜、夏喜く〜ん。」

「ぷわぷ⋯Wao⋯ガクッ。」

「ダメだこりゃ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

と、ここまでが出来事。つまり、これは彼女達の卒業旅行のようなもので、島に居るのはお酒のノリで決まったのだ。

⋯いいのか、これで。

 

因みにここに居ないメンバーは、山沿いにある小さな集落へと向かっている(はず)。海沿いと山沿い、2手に別れてスタンプを集めていこうという作戦なのだ。全部で何個あるかは、鞠莉ちゃんしか知らない。何でも全て集め終わると、小原家特性スタンプラリーカードが教えてくれるのだという。どういう技術だろうか。そして、何故このスタンプラリーに力を注いだのだろうか。

 

「夏喜、段差が───」

「あぶなっ!?」

「だから言ったではないですか。考え事も良いですが、あまり足元を疎かにしては⋯きゃっ!」

 

隣でつまづいている海未に手を貸し、自分の方へと引き寄せた。

 

「⋯足元を⋯何だっけ?奥さん。」

「な、なんでもないですっ!!///」

 

そっぽを向いてしまった。

海未は真面目なイメージがあるが、実は意外とおっちょこちょいである。そして大胆だ。だがそのおっちょこちょいで大胆な事すら真面目にやり切ろうとするから、関わりの浅い人からしたらボケなのか本気なのか分かりづらいと言われる事もある。

なんて事はない。彼女はいつだって全力投球なだけなんだよ。山登りとか⋯うっ、頭がっ!!

 

因みに僕がこうして『奥さん』と呼んでいるのにも、なんて事ない理由がある。

それは、Aqoursの保護者であると言うこと。勿論皆も高校卒業してるし、そんな小さな子供じゃないことは分かってるんだけど⋯。もう一方のチームで保護者をしているヒロとにこちゃんにそうしてやれと言われたのだ。

海未に穂乃果、ことりと真姫ちゃんがあみだくじをして決まった事らしいけど⋯何の事やら僕にはさっぱりです。教えてくれなかったし⋯。

 

『む〜⋯。』

 

おや。

おやおやおや。ちかなんの2人がおこじゃないか。拗ねてはいるものの、その目はさながら肉食動物のような───そう。獲物を目の前にした子供の虎の様な鋭くも可愛らしい眼光である。

因みに沼津コンビも呆れた目をしているじゃあないか。

 

「海未さんばっかりズルいぞー!」

「そーだそーだ!」

「な、何がですかっ!」

「千歌はまだしも、私だってナツにかまって欲しいぞー!」

「そーだそーだ!えっ、何で?」

「そんなつもりはありませんっ!」

「本当ですか〜?そのわりに嬉しそうですよ、お・く・さ・ん♪」

「なっ!?///」

「果南ちゃん、何で千歌はまだしもなの?」

 

やぁやぁ困った事になった。

果南ちゃんが、完全にからかいモードに入ってしまっている。本人には恥ずかしいから言ってないらしいけど、果南ちゃんにとっての海未はお姉さんの様な存在なのだとか。元々しっかり者の2人だし、果南ちゃんは後輩から頼られる存在である反面、ひょっとしたら誰かに甘えたり頼ったりしたかったのかもしれない。

そんな中現れた海未の存在は、彼女にとって大きなものだったのだろう。そして海未も、きっとそれを分かった上で付き合っているんだ。

 

「海未さんムッツリなとこあるもんね〜♪って、善子が言ってた。」

「はっ!?」

「ムッツ⋯!///いい加減にしなさい果南っ!善子っ!!///」

「照れた照れた〜!逃げるよ、2人共っ♪」

「待ちなさいっ!!」

「ねぇ!何で千歌はまだしもなのーーー!?果南ちゃーーーん!!」

「私何も言ってないじゃなーーーーーいっ!!」

 

⋯行ってしまった。

 

「あっはは⋯元気だね、4人とも⋯。」

 

ここに取り残されたのは、曜ちゃんと僕。それから謎の人物である。目の前に居る曜ちゃんは、少し前に比べたら大人びた印象を持っていた。浦の星女学院が統廃合化し、静真高校という沼津の高校で残りの学校生活を過ごしたらしい。

そんな彼女も、今では専門学生である。昔からお父さんの姿を見てきた彼女は、やはり船乗りの夢を捨てきれなかったようで⋯。水泳や飛び込みをを個人でやりながらも、海技士の資格を取る為に勉強を続ける毎日。

女の子でって言うのも珍しい気はするけど⋯きっと、彼女なら大丈夫だろう。

 

なんて、無責任すぎるかな?

 

因みに、彼女はモテモテだったらしいよ。曜ちゃんに限った事では無いが、スクールアイドル関係無しに皆の性格やその容姿に心奪われた男子は数知れずとの事(千歌ちゃん談である)。

だが皆が告白にOKした事は無いのだとか。

何でも昔から好きな男の子がいるのだとか。

しかもその子は皆からの気持ちに気づいてないのだとか。

 

あんなに素敵な子達の気持ちに気づかないとは、凄い男の子もいたものだね⋯。

 

まぁそれはさておき!遠くへ行ってしまう前に、僕らも3人を追いかけなきゃ。

 

「私達も行こっか、ナツ君♪」

「そうだね───うぉっ!?」

 

走り出した彼女の後を追いかけようとした時───後ろから手を掴まれ、近くの茂みへと連れ込まれてしまった。

 

「な、何!?何!?」

「しーーーっ。曜ちゃんに気付かれちゃうから。」

 

帽子を目深に被りサングラスをかけた人物は、人差し指を僕の口に当て、そう注意してきた。

 

「えっと⋯⋯?」

「⋯ほら、見てごらん?」

 

声からして女の子だろう。彼女が指さした先では、少し走ってからこちらへ戻ってきた曜ちゃんの姿があった。何やら不安そうな顔でキョロキョロしている。

 

「どうしたのかな?」

「勿論⋯貴方を探してるんだよ。島原 夏喜さん♪」

「えっ⋯じゃあ行かないと⋯。」

「まだです。」

「どうして?」

「だって───。」

 

頬に手を当て口を開いた彼女は、サングラスの奥で恍惚の笑みを浮かべていた。

 

 

「甘えられる人が居なくなってオロオロしてる可愛い曜ちゃんが見れないじゃないですか♡」

「えぇ⋯⋯。」

 

これは⋯事案かな?

 

「ナツ君⋯?ど、どこ行ったの⋯?」

「ほら!見て夏喜さん!あの困った顔!あの狼狽えた姿!普段の元気一杯、全速前進ヨーソロー少女からは想像出来ない弱々しさ!可愛いよねぇ⋯♡」

「可愛いけど、流石に可哀想な気が⋯うわっ!」

 

こちらの言葉など聞く耳持たず、彼女は草むらの中で押し倒してきた。

 

「夏喜さん⋯もし、ここで音を立てて今の状況を曜ちゃんに見られたら⋯どうなるかな♪」

「いやいやいやいやいやいや。と言うより、何で僕の名前を知ってるのさ!」

「あぁ、すみません。僕は───。」

 

その時だった。横の草むらが大きく動いたのは。

 

『あ。』

「何⋯してるの⋯。」

「いや、あの⋯不可抗力と言いますか⋯。」

「やぁ、曜ちゃん。バレちゃった?♪」

 

ケロッとした顔で笑う彼女の帽子を剥ぎ取った曜ちゃん。帽子の中から現れた黒いショートヘアーは曜ちゃんのように毛先が遊んだりしておらず、真っ直ぐ首元まで伸びている。タイプは全然違えど全体的には曜ちゃんに近いイメージの女の子だったらしい。

そしてそんな子を目の前に、曜ちゃんは大きく雄叫びを上げるのだった。

 

「月ちゃんのバカーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

「いや〜ごめんね曜ちゃん!曜ちゃんが余りにも可愛いからついね、つい♪」

「やって良い事と悪い事ぐらいあるじゃん!ばかっ!」

「今の『ばかっ!』ってやつ、もう1回貰っていい?」

「ばかっ!!じゃなくてっ、何考えてんのさ!///」

 

はい、夏喜です。

置いてきぼりです。

 

「自分でナツ君に挨拶するから内緒にしておいてって皆に言ってたと思ったら⋯本当に何してるの⋯。」

「やだなぁ曜ちゃんってば。僕もちゃんと挨拶するつもりだったんだよ?でもほら、曜ちゃんがようやく夏喜さんと2人きりになったからさ。今しか無いなって思って♪」

「えっと⋯話の途中でごめんね、曜ちゃん。この子は?」

 

心底疲れ切った顔で、彼女はゆっくりと僕の方を振り返った。

 

「⋯⋯従姉妹の渡辺 月ちゃん。」

「初めまして、夏喜さん。静真高校元生徒会長の、渡辺 月です。」

「えっ⋯えぇぇええええええっ!?!?」

「お〜⋯ナイスリアクションですね!」

 

そりゃ誰だって驚くだろう。あの加虐心たっぷりな行動を連発してくれた子が生徒会長と言われたら。ダイヤちゃんとも絵里ちゃんとも違うタイプの子だし、もっとこう⋯なんか、こう⋯ね?

 

「因みに曜ちゃん大好きなので。曜ちゃん一筋。待ち受けは曜ちゃんの恥ずかしい写真にしてるよ♡」

「良いよ言わなくて⋯。」

「これなんだけど───」

「今すぐ消してっ!!///」

 

月ちゃんが見せようとしたスマホは、曜ちゃんに取り上げられてしまった。実は少し気になってるけど、流石にプライバシーがあるから詮索はやめておこう。

 

「あー⋯折角のキスショットが⋯。」

「何でこんなの持ってるのさ!?///」

「え?だって夏喜さんも来るって聞いてたし、千歌ちゃんが送ってくれたから使わなきゃ勿体ないよ♪」

「ぐぬぬぬぬ⋯///」

「相変わらず千歌ちゃんと夏喜さんには弱いねぇ⋯。」

「うるさいうるさーいっ!!///月ちゃんのばかっ!えっと⋯ばかっ!!///」

「必死になるとボキャ貧になる所も可愛いね、曜ちゃんは♡」

「うわーーーーーーーんっ!!///」

 

⋯行ってしまった。

どうすればいいんだ、この状況。あの⋯えぇ⋯⋯?

 

「じゃあ僕達も行こっか、夏喜さん。」

「あっ、うん⋯そうだね⋯。取り敢えずよろしく、月ちゃん。」

「はい、こちらこそ♪」

 

曜ちゃんの従姉妹、渡辺 月ちゃん。知り合ったばかりで分からない所が多いけれど、一つだけ確かなことがある。

 

 

「ふふっ⋯次はどうやって曜ちゃんを恥ずかしがらせようかな〜♡」

 

 

彼女は、(曜ちゃんにだけ)ドSであるという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさっきの待ち受けって⋯?」

「寝てる誰かさんのほっぺたにちゅーしてるとこだよ〜♡」

「⋯お父さんとか?」

「さぁね♪」




皆さん、こんにチカ。なちょすです。
島巡りとか言って、殆ど導入で終わりましたね。
ウケる。
月ちゃん、ぶっ飛んでますね。
ウケる。
さて⋯この作品を読んで下さっている皆様に少々お話がございます。

なちょすこと私⋯どうやら体調を崩したようです。

風邪だー、熱だー、インフルだー、胃腸炎だーならまだ良いものの、そうもいかず⋯。ちょっと汚いですが、かれこれ1週間以上お腹の張りや腹痛、血の混じった便が続いている状態で、大分グロッキーになっております。そりゃね⋯飯も食えず眠れもしなかったらグロッキーになりますね⋯。
いよいよGo to hospitalの可能性もある為に、少しだけ投稿が遅くなるかもしれないということを伝えたかったわけであります。普段から遅いですけど。
まぁ⋯大丈夫、じゃないですかね。笑
何だかんだ、頑丈ですし。お寿司。

では次回、(2/3)をご期待くださーい!!

⋯⋯さ、お医者さん行こ。

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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OVA:そうだ、島へ行こう(2/3)

皆さぁ〜ん、こんにチカ〜っ!!♡
永遠の超銀河宇宙No.1アイドル、み〜んな大好きにこにーこと、矢澤にこだよっ!♡
前回のお話は、にこにーや海未ちゃんがAqoursの皆と島に行くまでのお話だったよね?♡今回はにこにー達の番もあるにこ♪
素敵な出会いだけじゃなくってハチャメチャな旅になりそうかもっ!?や〜んどうしよぉ〜っ!!
でもぉ〜にこにーは皆と協力して、めいっぱい楽しんじゃうぞ〜!!♡
それじゃあOVA第2話も〜⋯にっこにっこにー!♡

⋯⋯『キツイ』ってカンペに書いてんじゃないわよ。


「はい、1050円丁度、ありがとねぇ。」

 

のほほんとした声にシワだらけの手。どうだ、まるで骨と皮だけではないか。然しそこに愛嬌と暖かみを感じてしまうのが、田舎育ちの感性。SAGAなのだ。近所のババ達もこんな感じだっけし。

 

あー⋯ガッコ(漬物)食いてーなぁ⋯。

 

いや、そんな事はどうでもいいんだよ、うん。

取り敢えず⋯。

 

「ふっ⋯!ふぅっ⋯⋯!!」

「ダ⋯ダイヤ、さん⋯?」

「うぅ⋯固くてあかないよぉっ⋯!」

「呪文でも唱えてみれば良いんじゃないかしら♪開け〜〜〜ゴマっ!!」

「開け〜〜〜ゴマずらっ!!」

しゃしねぇぞ(喧しいぞ)美少女共っ!!」

「アンタが1番うっさい。」

「あふんっ!?」

 

クソぅ⋯俺よか全然ちっちぇ只の超銀河宇宙No.1美少女の癖に、スネをピンポイントで蹴り飛ばしてくるなんざ⋯血も涙も慈悲もねぇ!!

 

まぁ何をしてるかといえば、俺らは夏喜達と違う山沿いのルート、集落へとスタンプを押しに来ている。こんなスタンプラリー聞いた事ないっての。何個あるのか分からないドキドキスタンプラリーって。

取り敢えず今は2つ集め終わり、風情ある駄菓子屋さんでラムネ休憩と洒落込んでるわけなんだが⋯如何せんこの元アイドル達が騒々しい。ラムネを開けられないのが3人、そもそも開け方を知らないのが1人。元東京在住、バリバリ都会人現代っ子(悪意は無い)の梨子ちゃんだけが、唯一開けてる状況だ。

 

まぁ恐らく夏喜ちゃんならここで手を出すんだろうが⋯このヒロさん、そう甘く見てもらっちゃあ困る。自分の困難は自分で乗り越えねばならない⋯たとえそれが、誰であってもな!ふははははっ!!

 

「ほれ、にこにー。」

「ん、あんがと。」

 

ただし身内は別。

ツインテールをやめ、下ろした髪を後ろで纏めた姿もまぁ何ともイケメンで。

 

「ヒュー、見せつけてくれるじゃないヒロ♪」

「なんだいマリーちゃん、ヤキモチかい?心配しなくても俺ちゃんは───」

「あ、ごめんなさい。少し寒気がするから話しかけないでもらえる?」

「チクショーーーーッ!!」

「うっさいっての。」

「おふん!?」

 

1度ならず2度までも⋯なんだいこの仕打ち。これを毎日相手にして、無自覚でコロコロ転がしていたのか。夏喜ちゃん。お前さん、スゲーよ⋯。

 

「いいからさっさと開けてきてあげなさいよ。どの道ここで飲んでかなきゃ、空き瓶業者が回収に来れないんだから。」

「あい⋯。ほらルビィちゃん、まるちゃん、貸してみな。」

「は、はい⋯。」

「ずら?」

「こういうのは思い切りが大事なんだよ。ダイヤちゃんもな。マリーちゃんは⋯取り敢えず良く見ておきなね。」

 

淡い緑色の『玉押し』を、圧力で内側から力のかかっているビー玉に引っ掛ける。後は至って単純。力を貸してくれよ、師匠⋯。

 

「はーい、ぷしゅっ!!」

「ぶっ!?」

「やーい、にこにー噴いてやんの〜!」

「アンタねぇっ⋯!」

「とまぁこんな感じだよ。この時、押し込んだ手の力は絶対緩めちゃダメだかんな。エラい目にあっちまう。」

「こんな感じ?」

「そうそう、そんな感じで逆噴射する⋯っておーい!!」

 

あ〜あ〜、おててがベタベタじゃんか⋯。

 

「ほれティッシュ。」

「Oh,Thankyou♪」

「服とかに付いて無いな?拭いたらそこの蛇口で手洗ってきなよ。蟻さんが群がってくるからな。」

「ふふっ、それはそれで楽しそうね♪じゃあ行ってくるからこれ持ってて!」

「はいはい。」

「⋯意外ですわね。」

「何が?」

「いえ⋯。」

 

1人驚いた様子のダイヤちゃん。別段変わった事はしてないと思うばって───

 

「人の親みたいな事が出来るんだな、と。」

「えっ、俺のイメージってどんなんだったのよ。」

『釣りバカ。』

「何も言えねぇ⋯。」

 

ダイヤちゃん、まるちゃん、戻って来たマリーちゃんに嫁までもが同じ答えだった。

そりゃ確かに釣りばっか行ってっけどさ⋯流石にもう弁えてるつもりだよ?

 

「バカで思い出しましたが、向こうは大丈夫でしょうか。」

「思い出す理由が酷いけど⋯大丈夫じゃないか?夏喜ちゃんに海未が付いてるし。」

「甘いわヒロ。」

「そうだよヒロ君。純粋におバカな千歌ちゃんに制服バカな月曜の2人⋯。」

「堕天バカの善子ちゃんに。」

「体力バカの果南よ?」

「オマケに夏喜は天然ジゴロの無自覚バカと来たもんだから、向こうのパーティーは詰んでるんじゃない?」

 

ひっでぇ言われよう⋯。

 

「け、けど海未が⋯海未が⋯⋯あ〜⋯。」

「あの⋯う、海未さんってどういう人なんですか?」

「⋯山バカ、だな。」

「海未さんなのに⋯?」

「例えばだ、ルビィちゃん。あそこにうっすらと山頂が見える山があるだろ?あれを今日頂上まで登るって言ったら⋯どうする?」

「帰りたいです。」

「ふふっ⋯だろうな。あの子はやるぞ?」

「えっ⋯。」

「『山頂アタックです!』⋯それだけで、あの子はどこへだって登っていくんだよ。」

 

何度俺や夏喜ちゃんがあの笑顔の元に苦しめられた事か⋯もう、登りたくはない。いやさ?たまにならいいよ?森吉山くらいなら全然良いんだけどさ⋯あ、森吉山ってのは秋田さある俺の地元のとこの山で⋯ってどうでもいっか。

 

「しかも海未は、1人でもしっかり者が居たら意外とボケる。いや⋯本人は至って真面目なんだが、ボケにしか思えないことを本気でやるからこっちも強く言えなくて余計タチが悪い⋯。面白いし良い奴なんだけどな。」

「つまり、あの子はあっち側に付けといた方がしっかり者のままで居られるってことよ。こっちに夏喜と来てたら⋯どうなってたか分かんないにこ♡」

『ひっ⋯!!』

 

おー怖⋯。にこにーの笑顔に皆すっかり怯えちゃってまぁ。

すまんな海未。フォローはしとくから。

 

そんな他愛もない会話を挟みながらも、俺達は再びスタンプラリー巡りの旅路へと歩みを進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「海未さ〜ん⋯もう解いて下さいよ〜⋯!」

「反省してますから〜⋯!」

「何で私まで⋯。」

 

海岸が見える距離まで近付いてきた僕らは、相変わらず山道で停滞していた。たまたま見つけた名前も知らない大きな木の下に、僕らは立っている。

いや⋯違うか。立っているのは3人で、残りのメンバーは木に括りつけられているよ。

 

からかった果南ちゃん。

便乗した(?)千歌ちゃん。

巻き添えの善子ちゃん。

そして両手両足を縛られた月ちゃん。

 

はてさてどうしたものか⋯。

 

「いいえ!貴方達には少し反省する時間が必要です!」

「まぁまぁ奥さん、娘達もこう言ってる事だし───」

「同じ様になりたいですか?お・父・さ・ん♪」

「皆、しっかり反省するように。」

『裏切り者ぉっ!!』

 

許してくれ、千歌ちゃん、果南ちゃん⋯君達は、本当に怒った海未を知らないだけなんだ。彼女は『音ノ木坂の暴れ饅頭』と一部界隈(ヒフミ)から言われていたあの穂乃果にブレーキをかける存在⋯その静止力たるや、生半可なものじゃあ無い。無理に止めようとしようものならば、こちらの首を捧げなくちゃいけないからね⋯。

 

「あっ、じゃあ夏喜さん!僕の方を解いてくれますか?このままじゃ歩けないので!」

「そうだね。取り敢えず月ちゃんの方は先に解いてあげても───。」

「ナツ君。」

「えっ。」

 

彼女を縛り上げた張本人は微笑んでいるが笑ってはいなかった。

 

「引き摺って行くから♪」

「あ⋯はい。」

「えっ!?夏喜さーん!?」

「許してくれ、皆⋯僕は⋯無力だ⋯⋯。誰一人として助けてあげられないっ⋯!」

「無駄に重いよっ!!」

「ここそんなシリアスな場面じゃないからねっ!?」

「くぅっ⋯!よ、曜ちゃんっ!」

「何?」

「解いてくれたら、この間気になってるって言ってた僕の制服!あれを───着させてあげるからっ!!」

「⋯今回だけだよ。」

 

良いんだ⋯いや、本人が良いならいいんだけれど⋯⋯良いんだ⋯。

 

「海未さんっ!!」

「何ですか?」

「解いてくれたら⋯あの⋯えっと⋯。」

「千歌さん⋯何も考えてないでしょ⋯。」

「よ、善子ちゃんを進呈しますからっ!」

「何でよっ!!」

「足りてます。」

「!?」

「まぁまぁ海未。そろそろスタンプラリーも再開しないといけないからさ。」

「夏喜が甘過ぎるんです!大体、貴方はいつもそうやって───」

「はい、あーん。」

「むぐっ!?」

 

おこりんぼさんな彼女には、暴れ饅頭(仮)から貰っておいたスペシャル甘味を食べさせなければ。『和菓子屋 穂むら』の名物、ほむまん⋯即ち、彼女にとっての精神安定剤だ。

 

「落ち着こ?海未。ね♪」

「むぅ⋯///」

「じゃあ皆、そろそろ───ぬぁああっ!?」

 

大木の方を振り返った僕に飛んできたのは、月曜の2人に封印が解かれた恐るべしミカン砲と元祖カナン砲だった。1人だけでも耐えきれないのに2人分の質量なんて抑えられるはずが無い。下に敷き詰められた細かい砂利と僕の背中との間に生じる真空状態の圧倒的破壊空間は、まさに歯車的砂嵐の小宇宙っ!!

 

「ふぃ〜⋯やってやったぜぃ☆」

「どーだナツ!私達にも構う気になったか!⋯⋯ナツ?」

「⋯⋯⋯。」

「⋯死んだんじゃない?」

『あ〜。』

「いや、あ〜って⋯。」

「⋯何で笑ってるのさ月ちゃん。」

「曜ちゃんは良いのかなーって♪」

「また縛られたいの?///」

「あははっ!ごめんってば!」

 

うぅ⋯何やら頭と背中が痛い⋯。

 

「では行きますよ。」

『はーい。』

「えぇ⋯どうすんのよこれ⋯。」

「うぅ⋯いたた⋯。酷い目に───あ。」

 

うっすらと開けた視界の先。昼を回って、1番高い所まで登っていた太陽が眩しかった。だが何より───

 

「ん、起きた?」

「⋯はい。」

「早くしないと置いていかれる⋯って、何で目押さえてんのよ。」

「⋯はい。」

 

善子ちゃんが居た。

というか⋯⋯ミニスカートを履かれたまま顔の横に立たれると⋯その⋯。

 

「?変なナツキ。」

「善子ちゃーーーん!置いてくよー!」

「今行くー!」

「後そこに立つとナツ君にパンツ見えちゃうからねーーー!!」

「よっ!小悪魔的堕天使っ!!」

「んなぁっ!?///」

 

曜ちゃーーーんっ!!!!千歌ちゃーーーんっ!!!!

 

「アンタ⋯その手って⋯///」

「見てない見てない見てない見てない。」

「はぁ⋯⋯。」

 

あれ⋯足音が段々遠くなって⋯⋯。

 

「だっしゃあっ!!///」

「いったぁあああああああああっ!!!!」

「何で私だけこんな目に会わなきゃいけないのよーーーっ!!」

 

助走をつけてからのまさかの臀部へキック!!しかもヤーさん顔負けの蹴り方って⋯うっ⋯⋯。

結局彼女も走っていってしまった。

 

静まり返った炎天下の中、唯々夏の日差しと灼熱の地面だけが僕を見守ってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛い⋯。」

「自業自得でしょうがっ!///」

「いや⋯善子ちゃんが───」

「っ!!///」

「僕のせいです、はい。」

 

視線が怖いです。

そして蹴られた場所⋯サワサワと撫でているのは誰でしょう?

 

「ふふふっ、お客さん中々良いのをお持ちで⋯あだっ!?」

「何してるのさ。」

「曜ちゃぁん⋯スリッパはダメだよ〜⋯。」

 

元生徒会長でした。

 

「まぁまぁ曜ちゃん、『女の子』にスリッパは⋯ね?」

「む〜⋯あっ。」

「えっと⋯大丈夫かい、月ちゃん。あんまりこういう事はしない方が───月ちゃん?」

「そうだよねぇナツ君♪月ちゃんも『可愛い女の子』だもんね〜?ごめんごめん♡」

「ぁ⋯う⋯⋯。」

 

水を得た果南ちゃんのように、急にイキイキとしだした曜ちゃん。一体どうしたのだろうか?反対に月ちゃんはぷるぷるしてるけど⋯。

 

「月ちゃん?」

「見ないでっ!///」

 

帽子を軽く上にあげれば、顔を真っ赤にした彼女が居た。拒絶の言葉と共に帽子で顔を隠し、そのまま先行く千歌ちゃん達の方へと駆け出してしまった。

 

「月ちゃんね?女の子扱いされるのがすっごく恥ずかしいみたい。」

「そうなのかい?」

「ふっ⋯加虐に満ち溢れた罪深き王は、1度懐に入られれば隙を見せるものよ。」

「⋯つまり?」

「うぐっ⋯///」

「ドSは押しに弱いって事♪」

 

あぁ⋯そういう⋯。

 

『ひぃいいいいいっ!!』

 

沼津組の2人とそんなやり取りをしていたら、月ちゃんが駆けて行った方向からは悲鳴が聞こえてきた。千歌ちゃんに果南ちゃんの声⋯また何か海未を怒らせたのだろうか。

 

「行ってみよ、ナツ君、善子ちゃん。」

「あぁ。」

「ギラン☆」

 

3人で歩いてみれば、他のメンバー達はそう遠くない所に居た。

 

だが気になったのは、全員が茂みの方を見て一様に怯えていた事だ。

 

海未でさえも。

 

そこまでいって初めて只事では無いと感じ、その足を早める。

 

「皆、どうしたの?」

「ナツ、あ、あれ⋯!!」

「えっ────。」

 

酷く怯えた様子の果南ちゃんが指差す方向⋯周りを沢山の木で囲まれて、他の場所よりも薄暗くなった所にそれは居た。

 

木に括りつけられ、首に巻きついているボロボロの縄。

 

ダラりと力無く垂れ下がった身体に、笑みを浮かべた顔。

 

 

 

 

 

 

 

─────てるてる坊主。

 

 

 

「⋯⋯⋯何あれ。」

「見たら分かるじゃん!!首吊ってるじゃんっ!!」

「いや言い方⋯。」

「あそこ⋯スタンプあるみたいだね⋯。」

 

千歌ちゃんの言う通り、てるてる坊主(故)に向かって『←スタンプ』と書かれた1枚の紙が木に打ち付けられていた。まぁ⋯誰が考えたかは想像付くけれど⋯。

しかし行きたくない。あそこだけまるで別世界じゃないかと思えるほど重たい空気が流れている。何より笑みを絶やさないあの子が怖い。

 

あの子は怒ってもいいと思う。

 

「⋯行きましょう。」

「うぇっ!?」

「止めようよ海未さん!絶対ヤバいって!!」

「ここで足を止めていても先に進めません。いざ!」

「『いざ!』って言いながら海未さんずっとナツの服掴んでるじゃないですかぁっ!!」

「うぐっ⋯!///」

「ま、まぁまぁ皆で行こうよ!ねっ!」

「千歌ぁ⋯。」

 

大人になっても暗がりやお化けの類が苦手な果南ちゃん。遂にプルプルしだしてしまった。

えっと⋯怖がり果南ちゃんと、意地っ張りな海未。未だ恥ずかしがってる月ちゃんと宥める曜ちゃん。眠そうな善子ちゃん。そして茂みに入っては出てくる、RPGの挙動不審な動きをするモブのような行動の千歌ちゃん。

 

⋯⋯詰んでる。

 

さぁ考えろ夏喜。考えるんだ。知恵を振り絞れぇ⋯!

 

「果南ちゃん。海未。皆で行けば怖くないよ?」

「ナツまでぇ⋯ぐすっ⋯。」

「⋯⋯果南。」

 

服を掴んでいた海未が、果南ちゃんの手を取った。

 

「手を繋いでいきましょうか。私も怖くなってきたので⋯。」

「海未さん⋯うん⋯。」

 

何と美しい姉妹愛⋯ホロリとしてしまう様な光景だ。

 

「ひぃいいいっ!!い、今!何か動いたぁっ!」

「おおお落ち着きなさい果南!気の所為です!」

「2人共うるさい〜っ!!」

「あっはは⋯まぁまぁ⋯ほら、着いたよ?」

 

淀んだ空気の中、千歌ちゃんが分厚いスタンプラリー台帳を開く。今更ながら、何でこんな広辞苑並に分厚いんだろうか⋯。

 

「じゃあ行くよ⋯せーのっ!!」

 

そして彼女がスタンプを振り下ろし、当てた瞬間───

 

 

 

『パンパカパーン!!おめで───!』

 

「わぁあああああっ!!」

 

 

何かが飛び出た。

広辞苑の中から、金色の髪をした人形のようなもの───と言うか鞠莉ちゃんだ。

 

そしてその鞠莉ちゃん人形は、一瞬の内にその可愛らしい頭の形が変形する事になった。

 

『オメ⋯ト⋯トウオメデ⋯オメデ⋯ャイニー⋯』

「う⋯⋯海未⋯さん?」

「⋯⋯さっ、行きましょうか♪」

 

海未の手刀が人形にめり込み、鞠莉ちゃん(仮)はバグってしまった機械の様に音声が途切れ途切れに流れてくる。

 

『シャイ⋯オメ、メ⋯ト⋯二ー⋯。』

 

⋯⋯こわ。

 

さすがに可哀想ということで、てるてる坊主も救出した僕らは歩みを進めた。

 

ここには何も無かった。

ここでは何も起きなかった。

 

そんな気持ちだけを胸に抱えたまま、合流場所であった海へと急ぐのだった⋯。

 

 

 

 

 

 

 

 

「⋯おっせーな夏喜ちゃん。」

「そーね。」

「所でいつまで俺を埋めてんだい。嫁よ。」

「飽きるまでよ。」

 

合流地点である砂浜に来た俺達集落組は、先に海で遊んでいた。目隠ししてスイカ割りを楽しむルビィちゃんにダイヤちゃんにマルちゃん、梨子ちゃんとマリーちゃん。

そして頭しか出ていない俺。埋める嫁。何だこの構図。

 

「まぁしかしあれだな⋯まさかこんな形でμ'sとAqoursが一緒に過ごす時が来るとは思わねがったわ。」

「ふふっ⋯またそれ?」

「何度でも思うさ。どっちも関わりはあんだからさ⋯。」

「⋯そうね。」

 

静かに笑ったにこは、どこか優しげに皆の方を向いて微笑んでいた。

 

「でもあれだな。」

「ん?」

「若い水着の女の子達に囲まれて海っていうのも中々悪く───。」

「ルビィー!スイカこっちよー!」

「ん?」

 

HA☆HA☆HA!おいおい、なんだって言うんだ?何処にもスイカなんて無いじゃないか。なのにどうしてルビィちゃんはフラフラしながらこちらへ向かってくるんだい?

 

「はーいそのまま真っ直ぐ!」

「にこにー?」

「ちょっと右よ右ー。」

「ここですか?」

「そうそう。そのままよ。」

「おいちょっと待でって!にこ!?にこさーん!?」

「さっ、後は力一杯振り下ろしなさい。出来る限り。最大の敬意を込めて。」

「YA☆ZA☆WAっ!!!!」

「よいしょっ⋯。」

「待て待て待て待てルビィちゃん!スイカじゃねぇから!確かに丸くて赤い汁飛ぶけどスイカじゃねぇからっ!ねぇってば!!」

「ふぇいっ!!」

「危ねぇっ!!」

 

人間命がかかると凄い力が出るもんだコノヤロー。砂の山を吹っ飛ばして緊急回避だコノヤロー。

 

「ちっ。」

「今『ちっ』て言った?ねぇ、今舌打ちしたよね?」

「ヒロくーん!夏喜君達来たよーーー!!」

「⋯⋯はぁ⋯。」

 

何てタイミングだ。しかしまぁ⋯島で殺されかけるとは思わなかったわ。いや、俺が悪いんだろうけどさ!

なんにせよ夏喜達をお出迎えして早くロッジに⋯ん?

 

「なぁにこにー⋯アイツらどうしたんだ?」

「知らないわよ。まぁ⋯何かはあったんでしょうね。顔がヤバイわ。」

「あぁ⋯ボラの顔だ⋯。」

「その例え伝わんないから。」

「どうした夏喜ちゃん。」

「いや⋯何でもないんだ⋯何でもね⋯。」

 

露骨に目を逸らしやがる。

後ろの皆も何処か浮かない表情だ。

 

「あら?皆どうしたのよ、そんなcloudyな顔して。」

「ここに来たということは、無事スタンプを回り終えたのですね。」

『オメ⋯ト、トトト⋯。』

「ん?」

「あの⋯鞠莉ちゃん⋯⋯これ⋯。」

『二ー⋯シャ⋯スタンプ⋯オメ⋯♪』

『えっ。』

 

千歌っちが鞄から取り出したスタンプラリー帳からは、俺達がちょっとだけびっくりしたマリーちゃん人形が飛び出ていた。

⋯⋯いや、色んなもん飛び出てるけど⋯何したらあんなベッコリ頭の形変わんだよ⋯。

 

「あー⋯マリーちゃん?」

「Oh⋯Oh⋯Oh⋯Oh⋯Oh⋯⋯Oh⋯♪」

「鞠莉さん!?」

「気を失ってるずら⋯。」

「えぇ〜⋯。」

「取り敢えず⋯ロッジ、行くか。」

「⋯そうしよう。」

 

微笑みながら気を失ったマリーちゃんを背負い、俺達は海辺のロッジへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

はてさて⋯真姫ちゃんに用意してもらった温泉付きのロッジでゆっくりしていた僕達は、皆で夕食を囲みながら思い思いの時間を過ごしていた。

そして部屋割りを決めようとなったのだが⋯。

 

『何で〜〜〜!?』

「あっはは⋯何でと言われても⋯ね?」

「2人部屋が2つに大広間じゃあこうなるわな。」

 

にこちゃんとヒロ。大広間にAqours+月ちゃん。そして海未と僕になったのだが⋯どうも皆は納得していないみたいだ。プンスコしてしまっている。

 

「まぁチュンチュンやパン娘と違って皆が思ってることは無いだろうさ。それに⋯海未はもう疲れて寝ちまってるし。」

「良いかい皆。何があっても海未を起こしたらいけないよ?絶対だからね?」

「も、もし起こしちゃったら⋯どうなるんですか⋯?」

「⋯⋯『怪物』が目を覚ますよ。」

「おぅ。それはそれは恐ろしい⋯幽霊すら逃げ出すモンがな⋯!」

『ひぃいいいっ!!』

「何2人して果南とルビィを怖がらせてんのよ。」

『いてっ。』

「さっさと寝るわよ。私も部屋に戻ってるから。」

「あっ、じゃあ俺ちゃんも戻るわ。せば、また明日!」

 

部屋に戻って行った2人と、取り残された僕。どうすればいい?この残ったメンバーからの視線をどうやり通せばいい??

 

「む〜⋯ナツ君!」

「は、はいっ!!」

「明日は皆一緒に寝ようねっ!海未さんもにこさんもヒロ君もっ!!」

「あぁ、分かった。じゃあお休み、皆♪」

『お休みー。』

『お休みなさい。』

「ふふふ、さぁ曜ちゃん。僕と楽しい事しない?♡」

「しないよ⋯ってぇ!///どこ触ってるのさ月ちゃん!///」

「良いでは無いか良いでは無いか〜♡」

 

⋯⋯さっ!僕も部屋に戻ろう!!

 

扉をゆっくりと開けると、暗くなった部屋の中には月明かりが差し込んでいた。カーテン越しに部屋に入ってくる淡い光は、何処か青白く輝いて見える。

先に布団を敷いていた海未はスヤスヤと寝息を立てながら穏やかに眠りについていた。

隣には僕の分の布団も敷かれていた為、彼女が用意してくれたのだろう。

 

いつもいつも世話をかけてしまう。昔も⋯今も。

 

自然と、彼女の頬に手を伸ばす。

その手は、白く細長い指に包まれた。

 

「夏⋯喜⋯⋯。」

 

そして⋯友達に耳打ちでもするかのように。

何かに願い事をかけるように。

 

彼女は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「好き⋯ですよ⋯⋯。」

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯ありがとう、海未。」

 

 

 

 

どんな夢を見てるのだろうか。

それは、幸せな夢なんだろうか。

本当の所は僕には分からないし、無闇に知っていいものでは無い。

悪い気は勿論しないけどね。

 

「さて⋯僕も寝ようかな。ん?」

「すぅ⋯すぅ⋯⋯。」

「ははは、手が離れないや。起こしたらエラい目にあうし⋯うーん⋯⋯ちょっとだけ、お邪魔するよ。」

 

自分と彼女の布団の間に寝そべり、布団の中へ。

多少近い気はするけど⋯手が離れない不可抗力ということでどうか許して欲しい。

 

瞼も落ちてきたし⋯そろそろ僕も眠るとしよう。

明日は何が待ってるのか⋯楽しみだな⋯⋯。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、鞠莉⋯。」

「何?果南。」

「最後のスタンプラリー⋯やり過ぎだよ。あんな所にボロボロのてるてる坊主なんてさ⋯。」

「何の話?」

「何って⋯鞠莉の方で準備したんでしょ?今回のスタンプ。」

「ん〜⋯確かにしたけど、わざわざ果南が怖がりそうなとこには置かないわよ。」

「あれ?果南ちゃん、てるてる坊主って何処かに置いたー?」

「ううん、鞄から出してないけど⋯。」

「⋯⋯何処にも⋯無いんだけど。」

「ち⋯千歌ちゃん⋯果南ちゃん⋯⋯これ⋯。」

「ん?スタンプ帳がどうかした?。」

「⋯そこ、てるてる坊主の所で押したやつ⋯だ、よね⋯⋯?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ リ

が トウ

 

 

 

 

 

 

 

 

『⋯⋯え?』




皆さん、こんにチカ。
もれなく難病診断を頂きました、なちょすです。

お医者様に『原因不明』、『完治はしない』とか言われたら結構ビックリですよね。ましてや自分がかかるとは⋯笑

薬を飲みながら今と同じ暮らしを続けるか。
薬を飲みながら故郷へと戻るか。
きっと、ここが人生の分かれ道なんだと思います。まぁ⋯そんな簡単には決まらないですが(:3_ヽ)_

長々と私事で失礼致しました。
次は記念すべき50回にしてOVA最終話。ちょっと長くなるかもですが、お楽しみ下さい!


P.S.『ちょっと田舎で暮らしませんか?』は、全65話にて完結させて頂きたいと思います。もう暫しお付き合い頂けたら幸いです。

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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OVA:そうだ、島へ行こう(3/3)

やぁ皆、こんにチカ!渡辺 月だよ♡
今回はOVA最終話⋯の筈なんだけど、3日めの内容がほぼ無いよう!ってね♪作者さんの無計画さが滲み出てるよね〜。
さて⋯いよいよ旅行の終着点。はしゃいで、笑って、ハ目一杯楽しんで⋯そこで僕達は───ううん、Aqoursは出会うんだ。『1人のスクールアイドル』に。

ほんの少しの間だけ一緒だった僕とは違う。

Aqoursの始まりを⋯⋯『彼女』が『助けて』と言っていたあの日から、彼女達を見ていた皆。

どうか最後に見てあげて欲しいんだ。皆が駆け抜けてきた道を。
追いかけてきた輝きの向こう側を。
受け継がれる新しい物語を。

例えこれが、本物から外れた偽りの物語だったとしても⋯ね。

長くなってごめんね?それじゃあ始めよっか!
いつも通りハラハラドキドキ、たまにちょっぴり大人なOVA最終話をどうぞ〜!♪


胸が苦しい。

 

何やら抑えられてるような⋯締め付けられているような感覚だ。熱も持っているし⋯まさか体調でも崩したとか?

そんなの洒落にならないよ⋯あぁ、まずい。身体も重いしやたらと女の子みたいな匂いが⋯⋯ん?

 

「⋯⋯⋯え。」

「⋯⋯⋯。」

 

海未が居た。いや、確かにちょっとだけお邪魔したのは僕の方だけれども、あれは手を離してもらえなかった不可抗力的な部分があったわけで⋯だから彼女がこっちの布団に入ってきて僕の服を掴みながら密着して眠っているのは全く身に覚えが無い。

 

今は5時半⋯おかしい。正しい生活リズムの教本みたいな存在の海未なら30分前には起きている筈だ。

⋯まぁ、彼女も忙しい身だし、今回もスタートから色々あったから疲れたのかもしれないな。寝顔は見えないけれど、たまにはゆっくりしてもらおう。

 

そう思って目の前にある頭を撫でようとした時、気づいてしまった。

 

「⋯⋯何で僕の両手は海未の腰にあるんだろう。」

 

つまり彼女が密着していたわけでは無く、僕が彼女を抱き枕として離さなかったらしい。ならば自ずと答えは出るだろう。さっきまでの僕の考えが全て外れている事が。

 

恥ずかしい事に耐性の無い海未が、されるがままの筈は無いんだ。

 

「海未⋯お、おはよ⋯⋯。」

「⋯⋯⋯。」

「なんかその⋯ごめんな?」

「⋯にを⋯⋯」

「えっ。」

「何を今更言ってるんですかっ!!///」

「がふっ!!」

 

顎下への掌底!卍丸もビックリ!

 

「このままっ!!///30分もこのままでっ!!///どれほどこちらが動けなかったと思ってるんですかぁああああっ!!!///」

「待っ、待った!ギブギブっ!!」

「あんな急に⋯破廉恥ですぅっ!!///」

「分かった、ごめんって海未!首!首締まってるから⋯!!」

 

胸ぐらを掴まれたままでは厳しい⋯!『おはよう。死んで♡』なんて展開、御免だよ!そんな猟奇的ストーリーのシナリオじゃないんだぞ僕の人生は!!

 

「こんな辱めを受けて、どうやって生きていけば良いのですかぁ!お〜いおいおいっ⋯!!」

「そこまでっ!?」

「⋯⋯何してらった朝間っぱがら。」

「うるっさいんだけど⋯?」

「ヒロ⋯と、にこちゃん。」

 

部屋の扉を開けて確認しに来たのは、釣り用の格好に身を包んだヒロとパジャマ&美容パックのにこちゃんだ。

 

「あ〜⋯海未、どうやって生きていけば良いかなんて簡単な事じゃない。」

「え⋯?」

「夏喜君に責任取って貰えば良いにこ♪」

「あぁそいつぁ名案だ。」

『アッハッハッハ!!』

 

背筋がぞわりとした。

2人の言った事に対してでは無く、目の前で枕をがっしり掴んだ鬼神に対してだ。寝ている所を起こしたわけでも無いから、何が起きたのかは分からない。頭に来たのか、照れ隠しなのか⋯。

だが一つだけ分かるのは、あの2人は確実にここで仕留められるという事だろう。海未が放つ『恋愛天使的枕射出(ラブアローシュート)』によって⋯!

 

「ふっ⋯!!」

「んがっ!?」

「にごぉっ!?」

「南無三⋯迷える魂よ、どうか安らかに⋯。」

「貴方もですっ!!」

「ひっ!?」

 

こちらに標的を変えた海未は、身体を起こした僕の太腿に跨り顔を近づけてきた。

 

「いくら寝惚けてたとはいえ、穂乃果やことりじゃあるまいし急に抱きついてくるなど⋯破廉恥が過ぎますっ!///」

「だ、だからごめんって⋯。」

「何なんですか貴方はっ!///破廉恥の国の王様ですか!?///破廉恥大明神ですかっ!?///」

「何その役職!?」

 

普段ブレーキ役の彼女を止めるのは一苦労だ。いや僕のせいだけども⋯僕のせいだけども!!

さっきからパワーワードの連発でツッコミが追いつかない!

 

と思っていたら、途端に溜息をつきながらポスンと胸に頭を預けてきた。

 

「あの⋯海未?」

「⋯⋯どうなんですか。」

「えっと⋯何、が?」

「せっ、責任⋯取ってくれるのですか⋯?」

 

小さな声で、彼女はそう言った。

 

「責任⋯何をすればいいんだい?」

「自分で考えて下さい!!///」

「えっと⋯じゃあ───。」

 

次の言葉を発しようとした瞬間、入口の方から何かが落下した音が聞こえた。枕のような、そこそこ重量のある物だろう。海未と2人、ゆっくりと扉の方へと顔を向けると、そこには髪を下ろした翡翠の瞳を持つ赤毛の少女が、顔を真っ赤にしながらアタフタとしていた。

 

「⋯おはよ、ルビィちゃん。」

「ぁ、う⋯///夏喜さん、朝から何して⋯///」

「ごほん。良いですかルビィさん、君は今ある種の誤解をしているだけ───。」

「もう海未さんとあんな事やそんな事やこんな事をして、一夜のお楽しみの上で結婚を前提に責任の話をしてるんですかッ!?///」

「飛躍し過ぎだから!何もしてないからっ!!」

「お、お姉ちゃーーーーーーんっ!!!///」

「誤解なんだルビィさぁああああああんっ!!」

 

⋯行ってしまった。これは大変だ⋯由々しき事態だ。あの子達の部屋に行くのが恐ろしい。

 

「⋯⋯⋯夏喜になら⋯。」

「ん⋯?何か言ったかい?」

「何でもありません。さ、行きましょう?」

「それなら良いけど⋯よいっしょ───」

「んっ⋯⋯っ!///」

 

脚を動かした途端、海未が小さく声を上げた。すぐさま右手で口を隠すが、その耳は紅潮し、据わった目で僕の方を睨みつけている。

 

これは分かるよ。間違いなく怒ってる。

彼女が跨ってるのは僕の足だ。そして僕はそれを動かしてしまった。つまり⋯ね?

 

「⋯⋯なたは⋯っ///」

「う、海未、待って!?今のは本当に悪かっ───!」

 

 

「貴方は最低ですっ!!///」

 

 

かつて暴れ饅頭に炸裂した『最低ビンタ』は、僕の頬を貫いた。

 

僕は布団へ沈んだ。

海未は走って行った。

ヒロは踏まれた。

 

こうして、波乱の2日目は幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっし!かっ飛ばしていくぞー!!」

『いぇーい!!♪』

 

爆走するジェットスキー。4人乗りのバナナボート。乗っているのは、前からまるちゃん、千歌ちゃん、ルビィちゃんに果南ちゃんだ。そして操縦士はヒロ。

釣りの為に取った船舶免許があるという事で、ここぞとばかりにボートを乗り回している。

 

残りのメンバーは砂浜でビーチフラッグをしているが、僕はと言えばビーチパラソルの下で正座中。

はい、朝の件でございます。

 

一応誤解は解けたものの破廉恥大明神という名前だけは定着してしまい、頬に出来た季節外れの紅葉も戒めの如くヒリヒリと痛みを続かせている。

 

「そろそろ許してやんなさいって。」

「このぐらいしないと夏喜は分かりませんっ!!///」

「海未ぃ⋯。」

「こりゃダメね。何か飲み物でも取ってきてあげなさいよ。」

「そうする⋯。」

「にこにーの分もお願いにこ♡」

「ははっ。」

「ぬわぁんで笑ってんのよ!!」

 

結局、のそりのそりと重い足取りでロッジへと戻った僕はキャスター付きのクーラーボックスに人数分の飲み物を入れて戻る事にした。

 

「⋯重い。」

 

14本のペットボトルともなれば流石に重量も増えるだなんて分かりきっていたが、僕には他に選択肢など無い。

ズルズルと引き摺って皆の元へ戻ろうとした時だった。

 

『え?あれ??』

 

皆が寝ていた大広間から、少女の声が聴こえた。

 

「ん?誰か居るのかい?」

 

そして扉を開いた時、目の前に居たのは水着を着た1人の少女だった。

 

「きゃあっ!!」

「わっ!ご、ごめんっ!!」

「いえ、お構いなく!じゃなくて待って下さい!!」

「すー⋯はー⋯。ごめん、ちょっと取り乱しちゃったね。」

「わ、私の方こそごめんなさい⋯。」

 

淡い桃色の髪をハーフアップにして、右側をシニヨンで纏めた少女は律儀に正座で謝罪の言葉を述べた。

何処かで見た事があるような⋯気の所為かな?

 

まぁ疑問はそこでは無い。何故この名前も知らない女の子がこのロッジに、しかも水着で居るのかと言うことだろう。この辺の子だろうか?だとしたら何処かで迷子になったとかも考えられるし⋯どうしたものか。

 

「あの〜⋯1つお聴きしたいのですが⋯。」

「うん、どうぞ?」

「どうして私はここに居るんでしょうか?」

「え⋯。」

 

まさかの質問だ。それはこっちが聞きたいんだけど⋯。

 

「ごめん、どうしてかは分からないかな⋯。」

「あはは、ですよね⋯ごめんなさい⋯。」

『夏喜くーん?』

「ん、呼ばれてるみたいだ。えっと⋯君はどうする?取り敢えず外には君と歳の近い子達が居るけれど⋯。」

「あの!ここは1つ私が迷子になった残念な子ということで合わせてくれませんかっ!?」

「分かった。お互い事情も知らないし、君もどうやら本当に困ってるみたいだから、今はそれで行こう。」

「ありがとうございますっ!私は───」

「夏喜君、皆が外で⋯あれ?その子はどうしたの?」

「嘘⋯⋯。」

 

上にパーカーを羽織った梨子ちゃんが部屋に来た時、目の前の少女の顔色が変わった。

 

「梨子⋯さん?」

『えっ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「⋯どういう事ですの?」

「う〜ん、謎だね⋯。」

 

迷子(仮)の少女と僕は、砂浜に戻り皆の前へと来ていた。本当であれば当初の予定通りに、この子はここに来た迷子の女の子という事で話を進めるつもりだったのだが、彼女はAqoursメンバーの名前を知っていた。それだけでなく、海未やにこちゃんの事も。

勿論スクールアイドルが好きな女の子だと言うだけならば考えられなくはないだろう。だがこの子は僕とヒロの事を知らないと言う。

 

自分で言うのも気が引けるけど、μ'sやAqoursとは何度かライブを一緒にやって来ている。勿論数曲だけのゲストとしてね。

だから彼女は、本当にスクールアイドルの事しか知らないのだ。

 

「貴方はどうしてここに来たのかな?」

「あの⋯それは⋯。」

 

千歌ちゃんの疑問に彼女は答えられない。自分でも分かってないのだから当然だろう。

なら⋯ここは博打に出るしか無いな。

 

「皆、ごめん。」

「え?どうしたのナツ君?」

「実はこの子⋯東京で出来た僕の後輩なんだ。」

『え?』

「その⋯皆の事を知ってるのは僕が彼女に話したからなんだよ。この子は皆のファンで、そんな皆は僕の幼馴染みだってね。」

「ふーん⋯。」

 

うっ⋯にこちゃんの目が痛い⋯。

しかし僕の狙いはその隣に居る人物だ。頼む海未、どうか⋯!

 

「⋯私は見た事ありません。」

「っ。」

 

駄目か⋯。

 

「ですが⋯夏喜から聞いていた通り(・・・・・・・・・・・)、とても可愛らしい子ですね。」

「海未⋯。」

「今は合わせます。後で教えて貰いますからね?」

「あぁ、助かる。」

「そっ!そうなんですっ!!私、夏喜先輩の後輩なんですっ!」

「な〜んだ!それならそうと言ってくれれば良いのに〜♪」

「待って。」

 

一息つく間も無く、静止をかけたのは鞠莉ちゃんだった。

 

「それならここに来るまでの機内やスタンプラリーで見かけた筈よ?それにロッジにも1泊したし⋯皆はこの子の事1回でも見た?」

「それは⋯。」

「⋯⋯見てないずら。」

「俺がマッキーに頼んで呼んどいたんだよ。」

「ヒロさんが⋯ですか?」

「おぅ。夏喜ちゃんの後輩だから俺だって知ってるさ。それに、こんな機会滅多にないから今日の朝にでもジェット機で飛ばしてくれってな。なんてったって、この子は『スクールアイドル』だかんな♪」

『そうなのっ!?』

 

ヒロが2度目の博打に打ってでた。これが決まればこの場は切り抜けられる。さぁ、どうなる⋯?

 

「は、はい⋯私、虹ヶ咲学園でスクールアイドルをやっています。」

「奇跡だよぉっ!!♪」

「きゃっ!?」

「こら千歌ちゃん。そんなに突然だと怖がっちゃうでしょ?」

「だってスクールアイドルだよ!?それに私達の事を知ってる子!これを奇跡と呼ばずに何を奇跡と呼ぶのさ梨子ちゃん!」

「まぁまぁ⋯えっと、名前を聞いてもいいかな?」

「私は───上原 歩夢です。」

 

ほんの一瞬。

悲しげな表情で、彼女はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあいくわよー。ごほん。にっこにっこにー!!♡」

『にっこにっこにー!♡』

「ぶっははははは!!」

「笑ってんじゃないわよ田舎モンがぁっ!!」

「いっでぇ!?アルミの水筒なんざ投げるもんじゃねぇだろっ!!」

 

急遽始まった、新旧スクールアイドルによる臨時交流会。歩夢ちゃんを混じえたAqoursの面々は、伝説のスクールアイドルグループから直々の指導を受けていた。

と言っても代わる代わるなので、海未と僕、そして水筒を投げつけられたヒロは今ビーチパラソルの下で待機している。

この2人には合わせてもらった恩もある為事情説明となったわけだ。因みに、にこちゃんには後でヒロに伝える条件付きで。

 

「さて⋯説明して貰えますか?」

「あぁ、分かってる⋯とは言ったものの、僕も実はよく分かっていないんだ。」

「何だそりゃ?」

「飲み物を取りに行ったら、あの子がもうロッジに居たんだ。」

「よくそれであそこまで庇おうとしたな⋯。」

「まぁ、な。僕が部屋に入る前にあの子の声がしたんだ。ただ⋯あの子自身、何が起きたのか分かっていない感じだったからね。」

「という事は、あの歩夢という子は自分の意思でここに居るわけでは無いと言うことですか?」

「多分ね。」

 

あくまでも仮説でしかないし、非現実的な事だけれど⋯実際問題誰かに誘拐でもされない限りこんな所には1人で来たりしないだろう。

心配にもなるさ。

 

「まぁ分がんねったばしょうがねぇさ。取り敢えずこのまま夏喜ちゃんの後輩って事で進めるから、あんまり目を離すなよ。」

「あぁ、分かってる。」

「夏喜せんぱーいっ!!」

「ふふっ、呼ばれてますよ?先輩♪」

「うっ⋯茶化さないでくれよ海未。じゃあまた後で。」

 

そうして、僕は2人の元を後にした。

歩夢ちゃんも手を振りながらこちらへ走ってくるが⋯狙ったかのように彼女の足元に1匹のカニさんが歩いていた。

 

「歩夢ちゃん、カニっ!カニっ!!」

「えっ?わっ、わぁっ!?」

 

避けた彼女はバランスを崩し、そのまま飛び込むかのように僕の元へと飛んで来たのである。

ミカン砲や元祖カナン砲に比べればなんて事は無いが、彼女が怪我でもしたら大変である。何とか上手いこと受け止めて───

 

「大丈夫かい?」

「あ、ありがとうございま⋯ひゃっ!///」

「ん?⋯あ。」

 

どうやら今日はこういう日らしい。僕の左手は、彼女の胸部へと当たっていた。

 

「ご、ごめん!」

「いや、あの、私がドジ踏んだので⋯あはは⋯///」

「ナーツキ♡」

「鞠莉ちゃん⋯?」

「ギルティッ!!」

「ぬぁっ!?」

 

脳天に繰り出された彼女のチョップは、僕を砂浜へ沈めるには十分過ぎる程であった。

 

「あ、あの⋯夏喜先輩、大丈夫なんですか⋯?」

「No problem!いつもこんなだし、今のはナツキが悪いからね♪

「はぁ⋯。」

「そんな事より、折角だからマリー達ともっとenjoyしましょ?♡」

「ふぁああ〜⋯///は、はいっ!!///」

「マリーがあの爆弾で懐柔したわ⋯。」

「鞠莉さんの胸は凶器ずら⋯。」

「⋯ルビィもいつかは⋯。」

「所でそろそろ交代の時間だけど⋯?」

「ホントだ。ありがとう月ちゃん!おーい、海未⋯さん⋯。」

 

砂浜で身体を起こし、彼女達の方を向いた途端、そこには『修羅』が立っていた。

怒った仏より笑う鬼。本気モードに入った彼女は、絵里ちゃんや希ちゃん、ことりにしか止められない。

 

⋯⋯さっ。逃げよ。

 

「さて、貴方達⋯準備運動は出来ていますね?♪」

「う、海未さん⋯?メニューって⋯。」

「勿論スクールアイドル向けですよ?やりながら『口頭』で伝えますから。では取り敢えずランニング10km、行ってみましょうか♡」

『ひぃっ!?』

 

こうして、2時間にも及ぶ海未教官のスパルタ実習は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちかれた〜⋯ナツ君何とかしてぇ〜⋯⋯。」

「はいはい。お疲れ様、千歌ちゃん。」

「私も〜⋯。」

「お疲れ曜ちゃん。あと背中に捕まってると月ちゃんに撮られるよ?」

「いーのー⋯。」

「やった♪じゃあ夏喜さんそのままで⋯はい、チーズ♡」

「連写しろとは言ってないっ!!///」

 

すっかり夜になったロッジの大広間。皆一様に倒れていたり目を擦っていたり、疲れが見えているのは明らかである。ましてやさっきの食事でお酒も飲んだんだ。当然といえば当然だろう。

かく言う僕も、何もしてないとはいえ少し眠い⋯。だが行かなければならないところもある。

 

「んぁ⋯ナツ君どこ行くのー⋯?」

「ちょっとね。後輩が伸びてないか心配でさ。すぐ戻ってくるよ。」

「ふぁーい⋯。」

 

大広間を後にして、別の部屋に居た歩夢ちゃんの元へと向かえば、部屋の中にいたのは窓から星を眺める彼女だった。

 

「⋯歩夢ちゃん?」

「夏喜先輩⋯。」

「あははっ、普通に呼んでくれて構わないよ?ここには皆も居ないしね。」

「⋯今日は、ありがとうございました。私の為に色々と合わせてくれて⋯。」

「いや、それは大丈夫だよ。それより⋯1つ聞きたいんだ。」

 

キョトンとした彼女に1番聞きたかったことを尋ねることにした。

 

「君が名前を言った時。悲しい表情をしたのはどうしてだい?」

「っ⋯。」

「その⋯僕の勘違いだったり言いたくない事だったら別にいいんだけどさ⋯。ちょっと気になっちゃって。」

 

あの時のように悲しげな表情をした彼女は、何処からか1枚の写真を取り出し、僕の前に出してきた。

そこに写っていたのは、笑顔で写るμ's、Aqours、そして歩夢ちゃんが言っていた虹ヶ咲学園の子達と思われるスクールアイドル達の集合写真であった。

 

「これは⋯。」

「あの人達は、私達にとっての輝きなんです。」

 

ポツリと、彼女は言葉を漏らした。

 

「μ'sとAqours⋯2つのグループは、凄いグループだったんです。沢山の人を魅了し続けて、楽しそうで⋯私は、そんな2組に支えられました。穂乃果さんと千歌さんに手を差し伸べて貰ったんです。」

「あの2人が⋯?」

「でも私はまだ分からなくて⋯どうしたらμ'sやAqoursの様になれるのか。輝けるのか。沢山の人を元気にしてあげられるのか。」

「⋯⋯⋯。」

「信じてもらえないかもしれません。けどここに居たのは、私の事を知らない⋯私の知らない千歌さんやAqoursの皆さんで⋯そう考えたら、ちょっと複雑な気持ちで⋯その⋯。」

 

そう口にする彼女の目からは、涙が次々と零れ落ちていった。

 

「こんなつもりじゃ無かったんですけど⋯ごめんなさい⋯。」

「歩夢、ちゃん⋯。」

 

どんな言葉を掛けたら良いか分からなかった。

非現実的な事かもしれないが、彼女は僕達の知らないスクールアイドルだ。それも、μ'sとAqoursが共にスクールアイドルをやっている世界。

僕とヒロの事を知らないのも頷ける話だ。

 

ただ涙を流す彼女に、僕は言葉を掛けることが出来なかった。

 

その時───内浦へ帰ってきた日と同じ、爽やかな柑橘系の香りが横を通り過ぎていった。

 

 

 

「大丈夫だよ。」

「えっ⋯。」

 

 

 

その子は、μ'sに憧れた子。

人一倍我慢強く、誰よりも輝きを求めた『普通の女の子』。

そんな彼女は、歩夢ちゃんを抱き締めていた。

 

「千歌ちゃん⋯。」

「えへへ⋯。思わず出てきちゃった⋯。」

「あの⋯私⋯。」

「ごめんね、歩夢ちゃん。私は貴方の知ってる私じゃない。」

「⋯はい。」

「でも嬉しいんだ。そう感じてくれるほど、私達の事を思ってくれてるのが。私も⋯沢山悩んだんだ。μ'sの様になりたかった。沢山の人を勇気づけてきたμ'sに。」

 

口を開く千歌ちゃんの手は微かに震え、どこか懐かしむかのように優しい声色で言葉を続けていく。

 

「でも分かったんだ。私達は、私達でいいんだって。Aqoursには皆が居て、このメンバーでしか辿り着けないものもあるんだって。」

「千歌さん⋯。」

「だから!」

 

千歌ちゃんは、指で歩夢ちゃんの涙を拭い、晴れやかな笑顔で告げる。

 

「私達になろうとしなくていいんだよ。歩夢ちゃんには歩夢ちゃんの⋯歩夢ちゃん達の輝きがあるから!絶対消えたりしない、とっても綺麗な輝きが!!自分の選んだ道を信じてあげて?」

「私は⋯⋯。」

「それに、こ〜んなに可愛らしい子が人気にならないわけ無いって!♪」

「はははっ、最後のは私情じゃない?」

「いーのっ!!」

「ふっ⋯ふふっ⋯そう、ですよね。」

 

顔を上げた歩夢ちゃんの目に、もう涙は無かった。

 

「私は私で良いんですよねっ!何だか急に自信が湧いてきました!!」

「その意気だよ!じゃあ一緒に枕投げでもしようっ!!♪」

「千歌ちゃん、もう夜も遅いしあんまりはしゃぐのは⋯。」

「何言ってるのナツ君!これからが始まりだよ!?なんならもう皆やってるんだよっ!?」

「道理で向こうが騒がしい筈⋯⋯今何時?」

「へ?22時だけど⋯。」

 

まずい。

 

まずいまずいまずい!!今日は皆一緒に大広間で眠ると言った筈だ。そんな状況下で枕投げなんてしようものなら、『彼女』が目を覚ましてしまう!

 

「すぐに戻るよ!千歌ちゃん、歩夢ちゃん!!」

「うわぁっ!?ちょ、ナツ君!?」

「あの、どうしたんですか!?」

 

2人の手を引いて部屋に戻ってきた僕らの前に広がっていたのは、地獄絵図だった。

布団の上には果南ちゃん以外が倒れてしまっているし、そんな果南ちゃんも肩で息をしている状態だ。

 

「んふ⋯ふふふ⋯⋯ふふふふふふふ⋯。」

「海未、さん⋯?」

「ナツ!今来ちゃ───!」

 

こちらを見た果南ちゃんの顔に、音速で空を切る枕が直撃し、彼女はそのまま布団へと倒れ込んだ。

 

「な、何?何今のっ!?」

「ひぃ⋯!見えなかったです⋯!」

「2人とも、枕を持つんだ。彼女を止めるにはここで倒すしかない⋯!」

 

μ'sと過ごしたあの日の夏合宿⋯戦慄の枕投げと言われた夜がここに復活してしまった。だがあの日と違って余計にタチが悪いのは、彼女がお酒を飲んでしまったことだろう。

海未はアルコールが入ると性格が180度変わる。実は過去に何度か相手をした事があったのだが、そのどれもが3人がかりで止めたものだ。ここには確かに僕を含めて3人居るものの、枕投げが入るとなれば⋯絶望的である。

 

「取り敢えず二手に分かれて⋯え?」

『⋯⋯⋯。』

 

時既に遅し。

2人は布団へと倒れていた。つまり───詰みですね♪

 

「ふふふ⋯夏喜⋯覚悟は出来ていますね⋯⋯?」

「いや、あの⋯うぐっ!?」

 

胸の辺りに飛んできた枕を止めきれず、正面からモロに受けてしまった。尻餅をついた僕の元へゆっくりと歩いてきた海未は、今朝と同じように、僕の下腹部へと跨りながら布団へと押し倒してくる。

一体どれだけ飲んだらその顔になるのか。今後は少し量を控えてもらわなくては⋯。

 

「そういえば⋯朝の答えを聞いてませんでしたね。」

「な、何の話⋯かなん?」

「とぼけないで下さい⋯朝からあんな辱めを受けさせておいて⋯。」

「いや、あの時はホントにごめんって⋯ちょっ、待った海未!なんで脱ごうとしてるのさ!?」

「何でって⋯続きをやるんじゃないですか?」

「しないから!とにかく水飲みなって!」

 

こっちの言葉など聞く耳持たずな彼女は、そのまま寝巻きのボタンを外そうとしている。なんなら少し彼女の鎖骨と下着が見えている程に。

幸いにも手元には枕があるが、如何せん隙の1つもありゃしない。

 

どうすればいい!?この状況──!

 

「⋯⋯ふふっ。」

「え⋯?」

「驚きましたか?」

「う、海未⋯?」

「はい、海未です。」

 

満足気に微笑んだ彼女は、何事も無かったかの様に僕の体から降り、再びボタンを締め直した。

 

「えっと⋯どういう、こと?」

「私、今日はお酒を飲んでないですよ。」

「だ、だって素面の海未があんな事⋯!」

「するわけないと思っているのなら、それは夏喜の思い込みです。だって───」

 

仄かに顔を赤らめながら、彼女はどこか気恥しそうに口を開いた。

 

 

 

「好きな人の前でくらい、素直でいたいじゃないですか。」

 

 

 

その表情は、今まで1度も見た事が無かった。

 

「鈍感な貴方にはこれぐらいの方が良いかと思いまして。」

「⋯その⋯⋯好きって言うのは⋯。」

「1人の異性として。それ以外に、ここまでする理由がありますか?」

 

彼女の目は嘘をついていない。

いや⋯そもそも嘘などつく筈が無い。

 

頭の中をグルグルと掻き乱された僕に、彼女は言葉を続ける。

 

「夏喜。貴方はきっと本当に気づいてなかったかもしれませんから、1つ言わせて頂きます。」

「⋯あぁ。」

「⋯穂乃果もことりも、真姫も私も⋯Aqoursのメンバーも⋯同じ気持ちを持っています。」

「っ⋯。」

「夏喜が夏喜のままで居てくれる。私達を信じてくれる。だから私達はここまでやってこれました。⋯その事を、伝えたかったんです。」

「⋯⋯ははっ。頭が追いつかない⋯。」

「当然です。私達が頭を悩ませてきた事に貴方が即決するなんて認めません!」

 

ツンとした表情でそっぽを向いた彼女に、自然と笑みがこぼれた。彼女は⋯彼女達は、ずっと自分に好意を持ってくれていたんだ。

 

「では、私はそろそろ寝ますね。」

「あぁ、おやすみ。ありがとう⋯海未。」

 

立ち上がり、布団へ戻ろうとした海未は『それと⋯』と言って立ち止まる。

 

「夏喜がどんな決断をしても、誰も貴方を恨んだりしません。優しくて、鈍感で、不器用な貴方なりの言葉を待っています。」

「あっはは⋯覚えておくよ。」

「ですが⋯あまり遅いと、この子達が皆で貴方を食べちゃうかもしれませんね♪」

「えっ!?」

「では、お休みなさい。」

 

最後に爆弾発言だけ残していった海未は、そのまま自分の布団で眠りについた。

静まり返った部屋の中で、僕の溜息だけが漂った。

 

そばで眠る千歌ちゃんは、スヤスヤと子供の様な寝顔で夢の世界へと旅立っている。それは勿論皆もだ。

そっと手櫛で髪をとかせば、お風呂上がりのシャンプーの香りと橙色の髪の毛が指の間をサラサラと抜けていく。

 

「⋯⋯⋯気付けなくて、ごめんね。」

 

そっと、彼女の頬に口付けをした。

 

時刻は22:30。僕もそろそろ寝よう。

この答えが明日にでも見つかるわけじゃない。けど、進もうとする事は出来る。

変わろうとする事は出来るんだ。

 

僕なりの答え⋯それを見つける為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は眠りについた。

 

暗闇の中で、少女の声がした。

 

聞いた事のある声。

 

 

『いつかまた⋯会えたら良いですね。』

 

 

光り輝く照る照る坊主が、真っ暗な世界へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝起きた時、歩夢ちゃんの姿は無かった。

誰よりも先に起きていた千歌ちゃんは、『先に帰った』と微笑んでいた。

どこに帰ったのかは分からない⋯でも、あの子なら大丈夫だろう。

 

自分に出来る事を見つけた彼女なら。

 

 

「あっという間だったねぇ⋯。」

「そうですわね。」

「でも、中々シャイニーな旅行だったんじゃない?♪」

「まぁね。」

 

飛行場までやってきた僕達は、帰る為に鞠莉ちゃんの家が用意してくれた小型ジェット機が到着するのを待っていた。滑走路で待つ、だなんて普通経験できるものじゃないけれど、鞠莉ちゃんが企画した最後のサプライズということで僕らもあやかっている。

 

海未と話をしたり、はしゃぐ皆。

2人で荷物を運んでいるヒロとにこちゃん。

 

僕は、Aqoursの元へと向かった。

 

「ナツ君見て見て!ルビィちゃんがアルバム作ったんだよ!」

「よく出来てるね。カメラ持ってきてたのかい?」

「はい。あんまり上手く無いですけど、皆との思い出を形にしたかったので⋯。」

「そんな事ないよ。とても綺麗に写ってる。」

「えへへ⋯///」

「⋯⋯皆。ちょっとだけ、良いかな?」

「何よ改まって?」

「皆は⋯その⋯⋯僕の事、どう思ってるのかなって。」

 

『⋯⋯⋯⋯⋯へ?/// 』

 

海未が噴き出し、声を殺して笑っていた。

何故かヒロとにこちゃんもニヤニヤとして、僕の方を見ている。

 

そんなに笑わなくても良いと思うんだけどなぁ⋯。

 

「ど、どうって⋯あの⋯///」

「何と言いますか⋯///」

「あっはは!ごめんね?ただ⋯1歩を踏み出したかった。自分の気持ちを、少しでも知りたかったんだ。」

 

真っ赤になった彼女達の顔。

あたふたとしたり、黙秘権を行使したりと様々だったけれど⋯とても嬉しかった。

 

 

「すー⋯はー⋯。」

 

 

だから、ちょっとで良い。

 

今だけでも良い。

 

 

「よしっ!」

 

 

 

僕自身の言葉で、伝えなくちゃいけないんだ。

 

 

 

 

「皆。僕は⋯僕は────!」

 

 

 

 

どこまでも青く、高い空。

目を丸くした皆。

 

僕らの頭上を、飛行機が飛んでいた。

 

 

 

 

そうだ、島へ行こう ──fin.──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん⋯あ、あれ?ここは⋯そっか。帰ってきた⋯んだ。」

「うぅ〜ん⋯あれ、歩夢ちゃん起きてたの?」

「ふわぁ〜⋯よく寝た〜⋯!」

「おはようございます。私、寝ちゃってたんですね⋯。」

「それはもうぐっすりと!」

「私達が眠くなるくらいね!♪」

「あはは⋯って!もうこんな時間っ!?私達のステージが始まっちゃいますよ!?」

「えっ⋯本当だぁ!!」

「急がなきゃっ!!」

「あの!穂乃果さん!千歌さん!」

『ん?』

「⋯よろしくお願いします!!」

「にひ♪負けないよ、歩夢ちゃん!」

「宣戦布告と受け取ったからね!♪」

「はいっ!!」

 

 

「さぁ行こう!」

「今全力で⋯!」

「輝きますっ!!」

 

 

 

OVA⋯⋯完?

 

 

 

 

 

 




な「皆さん、こんにチカ!作者です!」
ヒ「うっす。ヒロ君でっす。」
な「長かった⋯過去最高に長かった⋯。」
ヒ「だべな。感想は?」
な「これ最終回にしとけば良かった。」
ヒ「元も子もねぇ事喋んなよ⋯。まぁ65話っていう終わりも見えた事だし、これからどうするった?」
な「次回から⋯そう!これから始まるのは個人√でぇっす!!」
ヒ「マジ?今回でハーレム√突っ切ったのに??」
な「それはそれ、これはこれ。だから皆さん、一つお願いがあります!今回はAqoursやμ'sの皆に内緒で話を書くので、間違っても感想欄とかに『○○ちゃん、作者がドッキリさせようとしてるよ!』とか、そんな感じの事を書いちゃダメですよ!」
ヒ「フリだが?」
な「⋯⋯⋯ダメですからね!」
ヒ「はぁ⋯それじゃあ皆々様、もう暫くこの作者と『ちょ田舎』をよろしく頼みます!へばな!」

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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IF:鳥籠の想い歌 (真姫√)

あの人は、私のピアノが好きだと言った。
あの人は、私を外に連れ出してくれた。

狭い狭い鉄格子の中。
1度は振り払った手を、貴方は伸ばし続けてくれた。
突き放した気持ちを貴方は包み込んでくれた。

これが、私から貴方に贈る最初で最後の我儘。

ねぇ⋯答えを、教えてくれる?


「⋯⋯何してるの?」

「ずびっ⋯風邪、ひきました⋯。」

 

 一人暮らしを始めた1つ年上の異性、島原 夏喜の家を尋ねた私は、冷えピタシートをおでこに貼った当の本人に出迎えられた。

 

 この段階で私のやる気も気力も、なんならこれから自分がしなくてはならないであろう事に対するモチベーションも下がっていた。下がるわよ、これ。

 

「⋯⋯余計な心配かけさせないでくれる?」

「真姫ちゃん、心配してくれたのかい?」

「『たすけて』だけメッセージ送られたら誰だって慌てるに決まってるでしょ!?」

 

 朝は低血圧のせいで、機嫌も悪いしすんなり起きる事も出来ない。練習も予定も無い休日の朝なんてそうそう無いから、ようやく自分のペースで生活が出来ると思ったのに⋯はぁ。

 

 朝一で届いたこの人からのメッセージには『たすけて』の一言。こっちからの返信にも返してくれないし、柄にも無いくらい慌てて身支度して、ママにまでまともに要件も言えずに走ってきたっていうのに⋯。

 

「ごめんね、折角の休日を⋯。」

「本当よ。」

「うっ⋯。」

「⋯別にいいけど。上がるわよ。」

「いらっしゃ⋯ゲホッゴホッ!!」

「取り敢えず寝て。」

「朝から大胆だね、真姫ちゃん。」

「っ⋯!///」

「はいっ、ごめんなさいっ!!鞄下ろして下さいっ!!」

 

 ⋯本当に、何でこんな人を好きになったのかしら。

 

「そんなほっぺた膨らませなくても⋯。」

「何?///」

「いえ、何でもございません!」

 

 本当は元気なんじゃないかしら?

 だとしたらムカつくわ。

 

 フラフラした夏喜を支えながら部屋に行くと、意外にも物が少ない簡素な部屋になっていた。ベッドに寝かせた後は何かを作ろうとしたのか食器や食材が置かれていた厨房が目に入る。

 

「朝ご飯、食べてないの?」

「お粥でも作ろうとしたんだけど⋯立てなくてさ⋯。もう大変だったよ。目眩はするし吐き気も酷いし包丁は床に落とすしで⋯。」

「本当に今日は寝てなさいっ!!」

 

 厨房の床には電気に照らされ鈍く輝く包丁が本当に落ちていた。この人は足にでも落としたらどうするつもりだったのかしら。前から馬鹿だとは思っていたけど⋯。

 

「お粥なら私が作るから⋯。」

「えっ。」

「な、何よ⋯?」

「凛ちゃんが『真姫ちゃんの料理はとってもミラクルな味がするにゃー』って⋯その⋯生気のない目で、ね?」

「⋯猫って食べれるのかしら。」

「ひっ⋯!」

 

 ごほん⋯と、取り敢えずお粥だけなら私にだって作れる事を証明しないと!たかがお粥でしょ?私に出来ない事なんて無いんだからっ!!

 

「台所借りるわよ!」

「手伝おうか⋯?」

「いいから寝てなさいっ!!」

 

 大丈夫よ西木野 真姫⋯お粥ならママが作ってるのを見た事あるし。まずはお米をとげばいいのよね⋯。

 

「⋯⋯⋯。」

「ま、真姫ちゃん⋯?」

 

 無心よ、無心。

 それから⋯土鍋もあるし多分これで水と一緒に煮るのよね?分量は⋯お粥って水っぽいから水多めでいきましょう。うん、意外と良い感じ⋯。

 

 後は何かあったかしら?トマト⋯うん、大丈夫。トマトは『清熱解毒』とも言われてるし、私が好きだから。

 

「真姫ちゃん、今入れた赤いのって何かな⋯?」

 

 ⋯無心。

 うん、大丈夫⋯後は煮込めば───

 

「返事してよ〜⋯。」

「ゔぇえっ!?///な、夏喜、何して⋯!!」

「不安なんだよ〜⋯考え込んだり包丁振り回したり赤いの入れたり⋯。」

 

 夏喜に後ろから抱きしめられる迄、そばに居ることに気付かなかった。

 何でこんな涼しい顔してこういう事が出来るのか知りたいわよホント⋯こっちの気も知らないで。

 

「まぁ後輩の頑張る姿が見れて、僕は嬉しいけどね。」

「⋯何で頭撫でるのよ。もう高3なんだけど?」

「あっはは⋯子供っぽいから?」

「そう。ならこのお粥は無しね。」

「すみませんでした⋯ゲホッ。」

「出来たらそっちに持っていくから、大人しく布団で寝てて。お願い。」

「は〜い⋯。」

 

 またフラフラした足取りで布団へと戻って行った夏喜を見送りながら、私は深呼吸した。⋯まだ、心臓がバクバクしてる。ビックリしたのもあるけど、何より緊張した。熱で暑くなっているのもあるけれど、あの人の体温が身体を包み込んだ事に動揺してしまった。

 

 また少し、胸が痛む。

 

 あの人は多分⋯私が特別だからとかは思っていない。

 

「⋯別に、良いけど。」

 

 1つ、また嘘をついて素直にならなかった。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯。」

 

 良い時間だしそろそろ持って行ってあげようかしら。

 さぁ驚けばいいわ。私が作ってあげた特製トマト粥⋯自信作よ。

 

「夏喜、出来たわよ。」

「ん⋯ありがと。イイ匂いがする。」

「当然でしょ?熱いから気を付けてね。」

「あぁ、分かった───ねぇ、真姫ちゃん。」

「なに?」

「これは⋯リゾットだねぇ⋯。」

 

『⋯⋯⋯⋯⋯。』

 

「同じでしょ?」

「そういう事にしておこうか。」

 

 へにゃりとした笑い顔でそう言った夏喜は、ふーふーと冷ましながらトマト粥(?)を口に運んだ。

 何故かしら。小馬鹿にされた感じがする。

 

「はい、あーん。」

「何でよ?」

「美味しいから真姫ちゃんもどうかなって。」

「わ、私が作ったんだから当然でしょ!」

「じゃああーん。」

「ゔっ⋯///」

 

 差し出されたスプーン。口を開いて何とか食べたけれど、味なんか分からない。ずっと、私よりも大きな手のひらが頭の上で動いてるせい。普段はこんなに触ってきたりしないのに⋯今日の夏喜は、私のペースをいつも以上に崩してくる。

 病気だから⋯かしら。

 

 その後は食べる度にいつも通りヘラヘラと笑いながら完食して、薬を飲んですぐに寝てしまった。本当に自由な人⋯。

 

 ふと部屋の中に目を向ければ、枕元には初めて2人だけで出掛けた日の写真が飾られていた。

 後ろに立って、目を赤くして⋯私の頬を引っ張りながら笑ってる夏喜。

 ムスッとしてるけど、分かりやすいくらい耳を真っ赤にした私。

 

 夏喜が笑いながら自撮りをするから何度も撮り直したのを覚えてる。

 

 

「⋯夏喜。覚えてる?貴方が私に手を伸ばしてくれたこと。私の音楽だけじゃなく、私自身を助けてくれた事。」

 

 

 答えるはずもないのに、どうしてか私は目の前で寝てる初恋の病人に語りかけていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 音ノ木坂学院の音楽室は、いつもピアノが鳴り響いていた。

 その旋律に乗って心地良さそうに聴こえてくる鼻歌も、すっかり見慣れたものになった。彼は、いつもそうだった。

 

 あの日からずっと⋯ふと音楽室に現れては当たり前のように近くに座っては歌い出す。

 

 最初は何でそんなことをするのか分からなかった。褒められる言葉の数々は嬉しかったけれど、どうせ上級生が始めた『スクールアイドル』とかに曲を作れとか言う為に持ち上げてる⋯そんな所でしょって思ってた。

 

 でも⋯あの人は、そんな事何一つとして考えていなかった。

 それどころか、『真姫ちゃんの音楽は優しい音楽だ』なんて言いながら隣に座ってみたり⋯あの時ばかりは、申し訳ないけど本気で絵里を呼ぼうと思ったしね。

 

 だってそうでしょ?他校の男子が音ノ木坂に居るだけでも違和感があるのに、その男子が毎日の様に尋ねて来て隣で歌って⋯。

 ふふっ⋯でも⋯悪い気はしなかった。

 

 自分の音楽が、自分以外の人の声で命を貰って歌になる。

 

 思えばあの時なのかもしれない。終わったと思った私の音楽に、温かな手が差し伸ばされたのは。

 そこからμ'sとして活動を始めて、夏喜と過ごしていく回数も増えて⋯自分の気持ちを知ってしまった。

 

 2人で出掛ければ嬉しくなった。

 会話をすれば顔が見れなくなった。

 手が触れ合えば、声が出なくなった。

 

 何が起きてるのか分からなくなって、何度も花陽や凛に相談して⋯これが、『恋』だと分かった後はどうしようも無かった。

 

 夏喜は、夏喜のままだったけど。

 穂乃果のアプローチに気づかない。ことりの可愛らしさにも動じない。海未の健気さには友達としての感謝。

 そのくせ誰かが悩んでたら誰より早く手を差し伸べる。夏喜は、そういう人だった。

 

 私が、パパにアイドルを辞めろと言われた時もそう。

 

 あの時の私は全てを諦めていた。どれだけ楽しくても結局自分のやりたい事はさせて貰えなくて、いつも親の敷いたレールの上を行くだけ。

 穂乃果に誘われたスクールアイドルも。

 夏喜に助けられた私の音楽も。

 

 全部無駄だったって思ったら悔しくて⋯申し訳なくて⋯悲しくて。

 

 何より頭にきてて。

 

 どうしたのかと夏喜に言われた時、『関係無い』と言ってしまった。

 私は───

 

 

『もう放っておいてってば!!私の気持ちも知らない部外者のくせにっ!!』

 

 

 差し伸ばされた彼の手を弾いてしまった。

 あの時の彼の顔は、忘れたくても忘れる事なんか出来ない。

 

 毎日の様に、1人で泣いた。誰にも聞こえないように。

 学校で気を遣われないように。

 声を押し殺して泣いた。

 

 ───そんな時だった。

 

 μ'sの皆と夏喜が、パパを説得しに来たのは。

『真姫が必要だ』と、海未が涙を流して懇願してくれた。皆が頭を下げてくれた。私の夢もやりたい事も、全力で支えると夏喜が言ってくれた。『彼女の音楽に、心を救われた』と⋯彼は言ってくれた。

 

 その出来事の後に2人で出掛けて、夏喜の言葉を聞いて、写真を撮って⋯私は、彼が泣いたのを初めて見た。

 

『良かった』と言って泣いた彼を。

『ありがとう』と言って抱き締めてくれた彼を。

 

 どうしようも無く好きになっていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「あの日⋯貴方は海未や皆の思いがあったからって言ってたけど⋯私は、夏喜に泣いてもらった時凄く嬉しかった。抱きしめられた時、離れたくないと思った。私は、貴方に手を伸ばしてもらえたのよ?」

 

 突き放してしまった彼の手をそっと掴み、独り言を呟いた。

 

 白くて、ちょっと硬い男の人の手。この手に撫でられると安心してしまう自分が居る。

 

「⋯⋯⋯。」

「えっ⋯。」

 

 掴んだ手は、握られた。寝息を立てた夏喜は、変わらずに静かに目を閉じている。

 ちょっとだけ焦ったわ⋯。

 

 でも───。

 

 

「夏喜。私は、夏喜が好き。」

 

 

 自分の気持ちを、口にしていた。

 

「寝てる時にしか言えないって、意気地無しよね。でもごめんなさい⋯今の私は、これで精一杯。だから───許して、下さい⋯。」

 

 寝てる彼の顔に、そっと自分の顔を近づけた。

 吐息のかかる距離。

 もう、何cm残されているのか分からない。

 心臓の鼓動は、今までとは比べ物にならない程バクバクしてるし、彼の手に握られた手にも力が入っている。

 

 私は、今、寝てる人にキスをしようとしているって言う現実が、土壇場になって強い罪悪感に変わりつつあった。

 

 もし⋯もし、私がここでしてしまったら⋯。

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯やっぱり⋯私には───」

 

 

 

 

 

 

 諦めかけた私の口は、塞がれた。

 きっと10秒くらいかもしれないし、もっと早かったかもしれない。

 

 大好きな手に握られた私の手は指が絡められ、気付けば彼の頭の横にあった。

 

 唇が離れると、頭の中はクエスチョンマークでいっぱいよ。だって何が起きたのか分かってないもの。

 ただ⋯。

 

「おはよう、真姫ちゃん。」

 

 耳を紅くした夏喜が笑っていた。

 

「な、なに!?///何し、てっ、いったぁ!?///」

「あっはは⋯大丈夫かい?」

 

 勢いよく後ろに仰け反った私は、そのままテーブルの足に踵をぶつけて尻もちを付いた。

 でも⋯気持ちはそれどころじゃない。夏喜の表情や唇に残る感触のおかげで、ようやく考えがまとまってきた。それと同時に胸のあたりから徐々に顔へと上がってくる熱で、自分が今どんな表情なのか容易に想像がついてしまう。

 どれだけ片手で口を抑えても、触れた彼の感触が頭から離れない。

 

 もう、真っ白だった。

 

「な、夏喜、なん⋯!?///」

「あれ?てっきり真姫ちゃんも同じ気持ちなのかと思ったけど⋯。」

「何言ってんのよ!///だって今のって⋯!///」

「その⋯はは、結構恥ずかしいというか⋯勇気がいるね。」

「当たり前じゃないっ!!///何で私に───同じ、気持ち⋯?」

 

 夏喜が言った言葉が引っかかった。

 この人は今間違いなく、『同じ気持ちなのかと思った』、と言った。

 

 そんなはずない。だって夏喜はいつだって気付かなかった。そういう事に疎くて、鈍感で⋯だから⋯。

 

「疑問に思うなら⋯教えてあげよっか。」

「ゔぇえっ!?///いや、そんなつもりは⋯!///」

「まぁまぁ。ほら。」

 

 彼の胸に抱きしめられた私は、音を聞いた。

強く、早く脈打つ心臓の音。

 

 いつも私が感じていたものと同じ音。

 

「結構、バクバクしてるでしょ?」

「⋯⋯してるわ。」

「僕は、真姫ちゃんの音楽に本当に救われたんだ。あの日⋯初めてあった日。したい事も無くて、夢も無くて⋯空っぽだった僕の中に、音楽室から聞こえてきた音楽や歌声がいっぱいになった。そうしたら君が居て、楽しそうに⋯けど何処か寂しそうに歌っていて⋯。忘れられなくなった。」

「⋯⋯⋯。」

「いつか、あの子が心の底から楽しいと感じる演奏が出来たら、どんなに良いかなって⋯勿論スクールアイドルへの勧誘も少しはあったけれど、僕は真姫ちゃんの助けになりたかった。多分、一目惚れだね♪」

 

 胸が締め付けられた。

 どうしてか、自分から抱きしめたくなった。

 

「家の件があって、真姫ちゃんが放っておいてと言った時は、自分が何も出来ない事を思い知らされたりもした。でもそれだけじゃなくて、また心の中がポッカリと空いてしまった気がしたんだ。放課後の⋯音楽の聞こえない音楽室の前を通ったら尚更ね。僕は、真姫ちゃんに何もしてあげられなかったんだなって⋯。」

「違⋯そんな、事⋯。」

 

 気付いたら泣いていた。

 夏喜に⋯この人に、そんな事を言わせたくは無かったから。言わせてしまったあの日の自分が恨めしかったから。

 

「⋯君は優しい子だから。きっとそう言ってくれるんだと思ってた。ねぇ、真姫ちゃん⋯僕は、酷いやつだ。君の気持ちを聞いてからしか、こんな事を言えない臆病者。でも、もし許されるなら⋯聞いて欲しい。」

 

 私の体を離した夏喜は、人差し指で涙を拭い、真剣な顔で口を開いた。

 

 

「僕は、君の音楽が好きです。君の表情も性格も好きです。君の事が⋯大好きです。僕と───お付き合いしてくれませんか?」

 

 

 手が震えていて、声も必死で⋯本当に、バカみたい。

 今度は私から、夏喜へとキスをした。

 

「⋯順番が逆でしょ。ばか。」

「あはは⋯返す言葉も無いよ。」

 

 胸の痛みは、嘘みたいに消えていた。変わりに心を埋めたのは、言葉にしようのない温かな気持ち。

 

 きっと、これが幸せっていうものなのかもしれない。

 

「でもまさか真姫ちゃんが寝てる人間にキスをしようとしてたなんてね〜?」

「うっ⋯///な、何で起きてたのよ⋯///」

「真姫ちゃんが手を握ったあたりから起きてたよ?」

「最初っからじゃない!!///そこは寝てなさいよっ!!///」

「HA☆HA☆HA!そんなすぐには寝れない⋯その鞄振り上げるの怖いから下ろしてっ!?」

「うぅ⋯もうやだぁ⋯///」

「真姫ちゃんって表情豊かだよね。意外と分かりやすくシュンとするし、普通に笑うし、怒るとほっぺた膨らむし⋯。」

「もう黙って寝てなさいよ病人っ!!///」

「はいっ!お休みなさいっ!!」

 

 色々あったけれど⋯この人とは、これで良かったのかもしれない。

 きっとこれから先沢山大変な事があるけれど⋯強がりでもなんでもなく、心の底から大丈夫だって思う。

 

 だって⋯答えを教えてもらったから。

 

 

 

 

 

 

─A√ End.─

 

 




皆さん、こんにチカ。なちょすです。

意外と楽しかったマッキー編。
書くのも難しかったマッキー編。
前書きと若干合ってない?気にしちゃ負けです☆

次回、Aqours3年生編。順番はあみだくじで決めておきます。

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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IF:宝石の約束(ダイヤ√)

とある休日。
夏喜さんが家に来た日に何気なく語った昔話。
あの子は覚えてないのかもしれません⋯それでも、私と夏喜さんは確かにあの子の前で約束をしました。
子供なりの、小さな小さな約束。

願わくば、その約束が果たされますように───。


「お姉ちゃん───ぴぎっ!?」

「しー。静かになさい、ルビィ。」

 

部屋に入ってくるなり、自分の妹へと注意。ここで眠っている人を起こすわけにはいきませんし。目の下に出来た深いクマが、いかに寝不足であったかを示しています。

私達Aqoursの幼馴染みでもあり、浦の星女学院の用務員である夏喜さん。そんな彼は、今は私の足の上でスヤスヤと寝息を立てながら眠りについていました。

 

「な、夏喜さん⋯来てたんだね⋯。」

「ただでさえ用務員業務が徹夜続きなのに無茶をするものですから、少し寝なさいと言ったんです。昔のルビィみたいに頑固で大変でした。」

「そうなんだ⋯えっ?ルビィみたいに頑固ってどういう事!?」

「しー。」

「あぅ⋯。」

 

全くこの子は⋯ふふっ。まぁ可愛らしいところでもありますが。

 

「それで⋯何か用があったのでは無いんですか?」

「あっ、そうだ。千歌ちゃんと曜ちゃんと、CYaRon!の集まりがあるから出掛けてくるって言おうと思ってたの。」

「そうですか。余り遅くなってはいけませんよ?それと、身の危険を感じたら直ぐに逃げなさい。」

「流石にあの2人は大丈夫だと思うけど⋯。」

「えぇ、冗談です。気をつけて行ってらっしゃい。」

 

そっと頭を撫でれば、擽ったそうに笑う妹。この子がこんな顔をするようになったのは、Aqoursとして活動する様になってから。言ってしまえば、発起人の千歌さんと最初にペアを組んだ曜さんの2人のお陰。私としても、頭は上がりません。

 

立ち上がって部屋を出ていこうとしたルビィは、襖の前で立ち止まり、振り向いた。

 

「頑張るびぃっ!だよ♪」

 

呆気に取られた私は、その背中を見送る事しか出来ませんでした。何の事かさっぱり分かっていませんので。

ふと視線を落とせば、相も変わらず子供のようにスヤスヤと眠りについている想い人の顔があるだけ。

 

「⋯しかし自分から提案したものの、何も出来ないと言うのは些か退屈ですわね。」

「んぅっ⋯。」

「ん?」

「⋯じぃ、ちゃん⋯⋯。」

「クスっ⋯百歩譲ってお婆ちゃんです。」

 

どんな夢を見てるのか、時折そう呟いては再び寝息を立てる夏喜さん。まぁこの人が何を考えてるか分からないというのは、今に始まった事ではありませんが⋯。

そんな彼は急に目を開いたかと思えば、のそりと起き上がり、一言言いました。

 

「⋯いもうとの声がする。」

「私の、です。」

「んぅ⋯おはよう、ダイヤちゃん。」

「おはようございます、夏喜さん。」

「どの位寝てた⋯?」

「1時間ほど。」

「そっかぁ⋯ゴメンね、そんなに長い間足を借りちゃって。ダイヤちゃんの足って⋯なんでか凄く落ち着いてさ⋯。」

「ま、まぁ別に構いませんけど⋯何がおかしいのですか。」

「んー?何でだろうね?」

 

そう言うと、夏喜さんは口元を指でポリポリとしだしました。

 

『ダイヤって嘘つく時必ずホクロを掻くわよね♪』

 

ふと、破天荒な幼馴染みの言葉が頭に浮かび、顔が熱くなるのを感じました。果南さんや鞠莉さんは勿論のこと、夏喜さんもその癖を知っています。ただこの人の場合、決して言葉では言わずに同じ行動をとるのです。

つまり⋯私の本心など、筒抜けなわけで。

 

精一杯誤魔化すつもりで顔を背けても、夏喜さんはニコニコと微笑むだけ⋯何か腹立たしいですわね。

 

「ごほんっ。ところで⋯最近よく眠れていないのではありませんか?」

「まぁね⋯思った以上に管理する備品とかが多くなってきてさ。取り敢えず台帳とかに纏めておこうと思ったら止まらなくなっちゃって。」

「⋯確かに、綺麗に纏まってますね。用務員の才能があるのでは?」

「う〜ん⋯喜んでいいのかどうなのか⋯。」

「お任せします。ですが、その結果が毎日の徹夜作業ならば元も子も無いでしょうに。」

「何も言えません⋯。」

 

目を擦りながら反省する様子は、どこか子供のようで⋯そういう所だと言うのに、この人はまるで気づいてくれません。いつだって本気か冗談かの間をこうしてふわふわと漂っていて⋯掴み所の無い空気みたいな人です。

 

存在感が薄いという事ではありません。

 

「あれ⋯これって⋯。」

「え?あぁ、懐かしいですよね。」

 

夏喜さんが手にしたのは、一枚の写真。ルビィが産まれ、お母様が家へと退院してきた日に撮った写真でした。寝ているルビィの横に座る私と夏喜さん。幼い日の大切な1枚。

 

「懐かしいね⋯何だかついこの間みたいだ。」

「ふふっ、さすがにそれは言い過ぎでは?」

「そんな事無いさ。暫く見ない内に2人共立派になっちゃってねぇ。」

「夏喜さんって偶にお年寄りみたいな事を言いますわよね。」

「そうかい?あぁでも、2年生達には良く言われるかも。」

「⋯⋯夏喜さんは覚えていますか?」

「何を?」

「この日に、話した事を。」

 

キョトンとした顔をして、彼は気まずそうに目を逸らしました。まぁ⋯覚えている方が不思議ですわ。子供の頃にした約束という物は。

 

「やはり何でもありません。忘れて下さいな。」

「⋯うん。」

「しかしこうも天気が良いと何もしないのは勿体無い気がしますね。」

「あっ、それじゃあダイヤちゃんの習い事を見たいな。」

「?今日はありませんが⋯。」

「それは知ってるよ。だから、日頃の成果を見せて欲しいなって。」

「はぁ⋯別に良いですけど⋯。」

「やった!」

 

そんなにウキウキとする物では無い気はしますが⋯と言うよりも、何故今日は稽古が無いとこの人は知っているのでしょうか。取り敢えず⋯お筝の用意だけしますか⋯⋯。

 

 

 

 

 

 

 

 

『わぁ〜⋯!可愛いねっ!』

『当然ですわ!だってわたくしの妹ですからっ!』

 

あの日⋯ルビィが産まれ数日立ったある日、夏喜さんが遊びに来た日にそんな会話をしました。

布団に包まれてスヤスヤと寝息を立てるあの子に、彼はキラキラと目を輝かせながら落ち着かない様子で⋯どこか羨ましそうにしていた覚えもあります。

それ故私も自慢でした。この子は大切な、私だけの妹なのだと。

 

『ほわぁ〜っ⋯ダイヤちゃん!ダイヤちゃん!指つかんだ!!』

『しーっ!!ルビィがおきてしまいます!』

『ご、ごめんっ!』

 

何がそんなに嬉しかったのか、ずっとそんな調子でニコニコと笑って、ルビィの頬を触ったりして、その感想を私に言ってきて。私が母にした事をそのまま繰り返し見ているようで、それが楽しくて⋯ずっとそうしていました。

 

どれほどの時間が経った頃でしょうか?

 

街が夕焼けに燃やされ、リンリンリンと虫の鳴き声が響いてきた頃───夏喜さんと最後にした会話。

 

『これからはわたくしがルビィを守るんです!わたくしは、おねぇちゃんですからっ!』

『お〜っ!あれ?でも⋯そうするとダイヤちゃんは誰に守ってもらうの?』

『わたくしは大丈夫ですっ!』

『う〜ん⋯あっ、じゃあダイヤちゃんは僕が守るよ!僕の方がお兄ちゃんだからねっ!これからずっとずっと、そばで守ってあげる!』

『そ、それは⋯ぶっぶーですわっ!///そういうのは本当に好きな人にしてあげないと⋯!』

『え?ダイヤちゃんの事、好きだよ?』

 

きっと意味合いの違う『好き』という言葉は、あの時の私には刺激が強すぎて⋯ふふっ。それからは何を話したのかは全く覚えてませんね。

ですが⋯一つだけ思うのです。

 

 

『約束だよっ!!』

 

 

もしもあの日の言葉を、貴方が覚えているなら。

もしもあの日の気持ちを、貴方が変わらずに持っているのなら。

 

───私は、いつまでも待っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

お筝の演奏を終えた私の耳に聴こえたのは、パチパチとした拍手。あぁそれから、大きな子供ですかね。

 

「やっぱり凄いなぁダイヤちゃんは⋯。色んな事をやって、何事も全力で、自分のモノにしていく。僕には到底出来ないよ。」

「⋯⋯ふふっ、貴方も似たようなものじゃないですか。」

「えっ?」

 

色んな人に関わって、人の為に全力で⋯その心を全部自分のモノにして。1つ違うとすれば、本人が全く気付かない事ですが。

 

「さて、もうそろそろ夕方ですわね。」

「⋯あぁ、そうだね。」

 

秋も深まり、鈴虫の歌声が庭から鳴り響いてくる。

 

そう⋯あの時も───

 

「こんな日、だったね。」

「えっ⋯?」

 

庭の方へと顔を向けた夏喜さんは、そのまま言葉を続けました。

 

「僕が⋯君と約束をしたのは。」

「約束って⋯な、何の事か分かりません⋯。」

「分からないのに『話した事を覚えてるか』、なんて聴いてこないと思うけどなぁ⋯?」

 

此方を振り返った夏喜さんは、ニヤニヤと腹立たしい顔で口元をかいていました⋯⋯私もですが。

 

「や、喧しいですわっ!///大体、貴方こそ本当に覚えてるかどうか怪しいじゃないですかっ!さっきだって露骨に目を逸らしましたし!」

「あっはは、そりゃそうだよ。頑張れと言われて、自分の気持ちを伝える前に相手からその話をされちゃったらさ。」

 

頑張れ?気持ち?この人は何を言っているのでしょう⋯。

 

「ねぇ、ダイヤちゃん。僕の気持ちは、あの頃から変わってないよ。僕は⋯⋯君の事が好きだ。」

「っ⋯⋯。」

「だから⋯あの日の約束を、果たさせて欲しい。」

 

普段見せることの無い真剣な顔で、彼はそう言いました。

 

「⋯⋯あの時も、貴方はそう言いました。ですが夏喜さん⋯私は思うのです。きっとそれは意味の違う『好き』だと。私が思っているものと貴方が口にするものは、同じようで別物だと。」

「それならそう思われてもいい。けれど、僕はどうしても伝えたかったんだ⋯自分の気持ちを。」

 

自分の気持ち。あれが夏喜さんの気持ちなら、私の気持ちは────。

 

「なんなら教えてあげよう!僕の好きがどういうものかを!それを踏まえて、君の好きと僕の好きが同じか違うかを判断して貰えればいいよ!!」

「⋯⋯はい?」

「まず一緒に居ると楽しいでしょ?厳しいようで優しさも兼ね備えてるとこに胸きゅんするでしょ?そのくせルビィちゃんには甘々っていうギャップでしょ?嘘が付けない所でしょ?たまに抜けてるでしょ?」

「途中馬鹿にしてませんか?」

「まぁまぁ。それでいて手を繋いだり、一緒に出掛けたり、色んな事を経験したいし⋯。」

「⋯⋯夏喜さ───」

「あわよくば〇×□(ピーー)△☆(ピー)※♯$(ピーー)したり(自主規制)(ピーーーー)!」

「黙らっしゃいっ!!///」

「ぁだッ!!!!!」

 

急に何を言い出すのかと思えばこの朴念仁は⋯!///

知り合いに見られでもしたら誤解を生みかねませんっ!///

 

「ゲンコツは⋯効く⋯⋯でもまぁ、そういう事です。僕の『好き』は。」

「まぁ⋯分かりましたけど⋯⋯///」

「えっと⋯だからその、とってもおこがましいとは思うけど⋯⋯もしも一緒だったら、手を掴んで欲しい、です。」

「⋯⋯⋯⋯。」

 

手など震えてらしくもない。いつだって貴方は飄々として、私の手を掴んで走り出してくれたというのに⋯何を今更悩んでいるのですか。何故そんな顔をしているのですか。悪いことをしてしまった子供のように。

 

あぁ⋯本当に────。

 

「っ⋯ダイヤ、ちゃん⋯⋯?」

「何ですか?」

「いや⋯これって、つまり⋯⋯さ。」

「貴方が掴めと言ったから掴んだんです。それ以外に何かありますか?」

「⋯⋯そっか⋯ふふっ、そうだよね。ダイヤちゃん、そういうとこあるもんね。」

「はて?喧嘩なら買いますが?」

「ごめんごめん。でも⋯ありがとう。」

 

 

一瞬でした。

 

頬に確かな感触を感じたのも。

何をされて、何を意味するのか理解したのも。

 

⋯⋯だからでしょうか

 

こんなにも顔が熱くなるのは。

こんなにも胸が痛むのは。

 

 

 

「へっくち!!」

 

 

 

⋯⋯⋯⋯⋯。

 

何故聴こえるのでしょう。ここには私と夏喜さんしか居ないはずなのに。ルビィも出掛け、ましてや両親も外出をしてるこの家で。

 

あの庭で。

 

何故リーダーの声で(・・・・・・・)くしゃみが聴こえたのでしょう?

何故夏喜さんはダラダラと汗をかいているのでしょう?

 

そう言えばずっと疑問でした。

ルビィが言った『頑張れ』の言葉も、今日私のお稽古が無いことを夏喜さんが知っていた事も。

 

あの子は何処に出掛けると言っていたかしら?

確か⋯上級生2人とユニットの集まりがあるとかなんとか。

 

 

あぁ、そう⋯そうですか。

 

 

「ふ⋯ふふっ⋯⋯ふふふふふ⋯⋯。」

「ダ、ダイヤ⋯ちゃん?」

 

ずぅ〜〜〜っと見てたと。

初めから知ってたと。

 

へぇ⋯⋯。

 

 

「夏喜さん。」

「はいっ!」

「する場所が違うのでは?」

「へ?んっ!?」

 

 

胸ぐらを掴み、彼の体を自分の方へと引き寄せた私は、そのまま彼の口へとキスをした。

どうしたらいいか分からず空を切る彼の手も、より1層騒がしさを増した庭の茂みも無視して、ただそうして過ごした。と言うより、あの3人は頭ぐらい隠しなさい。

 

「ダ、ダイヤちゃん⋯?今のって⋯」

「別に。ただ、貴方はいつも回りくどいので、この方が分かりやすいじゃないかと思っただけですわ。」

 

耳を真っ赤にしながらポカンとする彼の表情に、クスリと笑ってしまう。しっかり者に見えて、案外まだまだ子供なのかもしれないですわね。

 

「さ、そろそろ夕飯の支度をしないと。手伝ってくれますよね⋯4人とも?」

『は⋯はい⋯⋯。』

 

茂みから現れた3人も家に招き、全員にお説教をして、夕飯の支度に取り掛かる。

 

今日は疑問がつきません。

また1つ、疑問に思ったからです。

 

何故か⋯これから楽しくなりそうだな、と。

 

 

 

 

─B√End.─

 

 

 




皆さん、こんにチカ。
絶賛グラブってる、なちょすです。
無印『ラブライブ!』、グラブルコラボ決定おめでとうございます!!
水・風有利だと良いなぁ⋯2年生が水だといいなぁ⋯千歌っちとうみみの推し2人を同じPTに入れるんだぁ⋯。

ちょ田舎における関係図:ダイヤ>>>ナツ君>かなまり

P.S.個人√、夏喜さんの性格がおかしくなるのは仕様です。時系列なんて難しいものが無いのも仕様です。(本末転倒)

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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IF:星屑の行進曲(果南√)

私には大切な友達が居た。

子供の頃から一緒だったその子達と、ナツと私。好きだって言う気持ちを伝えたくて、触れていたくて⋯やって来た海とひと夏の船の上。
昔見たあの光景を君と見たくて。
いつか願った想いを確かめたくて。

夢なんかじゃない。
確かにそこにあった、私達だけの時間。



身体を包む温かさ。

私はこの温かさが好きだった。

 

海の中はキラキラして、彩り豊かで、魚達が沢山居て⋯そういうのも綺麗だし好きだけれど、私は本当の海が好きだったんだ。ほんの少し沖に出ると、そこはもう別の世界。海底の見えない暗い世界と、場所によっては複雑に入り組んだ海流。勿論危険な事も沢山あるから1人じゃ来ないし、今だって近くに船も止めてる。

 

それでもこうしてここに来るのには勿論理由があって。

 

「────。」

 

海中で目を瞑っていた私の背中や腕に、優しく擦り寄ってくる3匹のイルカ。

この子達は、大切な友達。

 

ぐるぐる回って、擦り寄って、小さな時からまるで家族のように過ごしてきた子達だ。上手く言葉に出来ないけれど、とにかくそんな大切な存在⋯嬉しい事があれば祝福してくれるかのように泳ぎ回る。嫌な事があったらそっと寄り添ってくれる。きっと、人よりも人の気持ちを汲み取るのが上手いのかもしれない。そうやってこの子達に支えられてきて、今も助けて貰っているんだ。本当はこの子達の為に何かしてあげたいけれど───『必要以上に自然には干渉しない。』

爺ちゃんから私までずっと受け継がれてきた家の家訓があるし、私もそれには肯定意見だから⋯。

 

不意に、ホイッスルの音が遠く聞こえてきた。酸素ボンベの残量も気が付けば残りわずか。そっとイルカ達の頭を撫でて、私は自分がやって来た船に戻る事にした。

 

「おかえり、果南ちゃん。」

「ん⋯ただいま。」

 

船のハシゴを登っていると、水族館のトレーナーみたいに首からホイッスルをぶら下げたナツが声を掛けてくれた。「引っ張るよ」とでも言うかのように差し伸ばしてくれた手を取り、船に上がろうとする。

 

「おもっ⋯!」

「っ⋯なに〜?///」

「あっ、ちが、違います!酸素ボンベ背負ってるから想像以上だったなって事であって、決して果南ちゃんがどうという事じゃ───!」

 

必死に言葉を続けて弁明するナツ。お構い無しに私は、彼を海へと突き落とした。だってライフジャケット着てるし。命綱も気休め程度に結んでるし。

 

「果南ちゃ〜ん⋯ごめんよ〜⋯。」

「つーん。」

「機嫌直してくれよ〜⋯あっ、ひんやりして気持ちいい。Heyそこの彼女、海に入らない?♪」

「ふふっ⋯どこから上がったと思ってるのさ。」

「ごもっとも。」

 

ヘラヘラとした笑いのまま、ちゃぷちゃぷと泳ぐナツの姿は、何処か大型犬の様にも見えた。ちゃんとナツを回収した後は、一旦船の上で休憩をすることに。水の中に入った後は、自分でも気付かないほどに体力を使っていたり喉が渇いていたりするからね。ペットボトルを取り出そうとクーラーボックスを開けた私は、そこでようやく自分がやらかしてしまった事を目の当たりにした。

 

「あっちゃー⋯そう言えば飲み切ってたなぁ。」

 

今日は日差しも強かったけど、元々はそこまで長居するつもりも無かったから、朝のランニングで飲んだやつをそのまま持ってきてたんだ。さてどうしよう?

 

「ん。」

「ん?」

「飲んでいいよ?僕の。」

 

顔の横からそう言って渡されたナツのスポーツドリンク。ナツは大丈夫なのかと聞こうとしたけど、この人は言いたいことが全部顔に出るから恐らく本当に大丈夫なんだろう。だけど1つ⋯お礼を言って受け取り蓋を開け、口に付ける寸前に気が付いた。

 

これ⋯か、関節キス?

 

重大事実発覚。

鞠莉とダイヤに足りないと常日頃言われてる私の頭だったけど気付けたもんね。えっへん。

じゃなくって!!

ど、どうしよう⋯いや何も知らない感じで貰っちゃったから飲むしかないんだけどさ⋯///てか、何でそんなマジマジと見てくるのさナツの馬鹿っ!///

 

「どうかしたかい?」

「ゔっ⋯な、なんでもないっ!!///」

 

勢いのままに赴くままに。

口を付けて飲んだは良いものの、ゴクリと喉がなる度顔が熱くなっていく。熱湯を汲んだポンプが、私の顔に熱を循環させていくみたいに⋯きっと私は今真っ赤なんだろう。

 

「⋯果南ちゃんってさ。」

「んむ?」

「関節キスとか気にしないんだね。」

「ぶっ!!///」

 

本当に⋯ホンッッッットにデリカシーのデの字も無い!///

手でゴシゴシと口を拭って軽く睨みつけると、デリカシーの無い男はまたいつもの様にヘラヘラと笑っていた⋯⋯ムカつく。

 

「あーっ!あーーっ!!ごめん果南ちゃんっ!!謝るから落とそうとしないでっ!!」

「うるっさいっ!///もう1回落ちてくればいいんだバカッ!!///」

 

そんなやり取りを、何処か不思議そうに私の友人達は水面から覗いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

星は、願いを蓄える。

 

いつの日か、祖父から言われた事だ。真っ暗な頭上に広がる幾つもの光は、それだけ人の願いが込められた物だと教えられた。流れ星が落ちるのは、誰かの叶った願い事が新しい願い事に生まれ変わるからなのだとも。今も昔も、私の祖父はそういう所でロマンチストだったりする。

 

この歳になってそんな事は無いでしょって私も思うけれど、子供の頃はそれを本気で信じていたし今だって時間が空けば天体観測もしてたりする位には影響を受けている。けど、その中でずっと気になっていた事があったんだ。

 

叶った誰かの願いは、どこへ落ちていくんだろうって⋯。

 

昔、それも祖父に聞いては見たけれど、「探してみな」の一点張り。あぁ、知らないんだって思ったりもしたっけ。どうしても気になって、千歌や曜、ダイヤに鞠莉にナツと、誰かと遊ぶ度に夕方よく砂浜を探し歩いたりもして⋯。どうしてだろ⋯その時の私は、何処かそういう不思議な、形の無いキラキラしたものを見つけたかったんだ。小学生の頃だったかな?まだナツが引っ越す前で家に泊まりに来ていた時、私達は夜の桟橋で夜風を浴びていた。2人でなんてことない話もして⋯確か、雲一つ無くて月がよく見えていたと思う。普段は昼間にしか遊びに来なかったイルカ達が浅瀬にやって来て、鳴いたんだ。

 

───エコーロケーション。

 

父さんから教わったイルカの鳴き声で、反響定位?って言うらしい。なんだか難しい話をたくさんされたけど、簡単に言えば超音波を飛ばして物までの距離や形の認識をするんだとか。どうしてこのタイミングで鳴いたのか、私とナツの頭には?がたくさん並んでいて、子供ながらに色々な理由を考えていたりもしたけれど⋯一際大きな声でイルカが鳴いた時、星が落ちた。

 

一つ、二つ。

一瞬だったけれど、頭にいつまでも焼き付く光景だった。ふと、足元に目をやるとイルカ達は嘘みたいに居なくなってて、夢を見ていたのかなって2人で笑って話をした。

 

でもそんな時、海の中がキラキラと光って見えたんだ。ううん⋯多分、本当に光っていたんだと思う。その時ようやく分かった。

落ちていった誰かの願いが、どこへ行くのか。

どこへ帰っていくのか。

 

 

 

だから私はお願いしたんだ。

 

これから先、ずっとこの人の隣でこの景色を見れますようにって。

 

 

 

 

 

 

 

 

ウミネコが陽気に歌っている。昼が回って私達は、2人大の字になって空を仰ぎ見ていた。幾度目かの休日。幾度目かの船の上。天気の良い日にこうして寝そべるのは、ナツが大好きなことの一つだ。私が彼を誘うのは決まって雲一つない快晴の日で、そんな日を何度過ごしてきただろう。普段過ごしているとき。一緒に居る時は、変に緊張して中々うまく話せなかったりしてしまうけれど⋯こうしている間だけは、何も考えずに過ごす事が出来る。だからこの時間は私にとっても大切なもので。

 

「ナツー、これからどうしよっか?」

 

何気なく話しかけてみたが、彼からの返事は無かった。ひょこっと顔を覗き込めば、すっかり夢の世界へ落ちていて⋯何とも子供らしい表情で眠っていた。

少し胸が痛んだ。自分がこの人に対しての気持ちを知った時、たびたび襲われている痛み。そんなこちらの気持ちなどお構いなく、なんて穏やかな顔で寝ているんだろうと思った時⋯ちょっとしたイタズラごころが芽生えてた。

 

「おーい⋯。」

「⋯⋯⋯。」

「ふふっ⋯やわっこいほっぺだね⋯⋯つん。」

「むにゃ⋯。」

「⋯⋯///」

 

こういうふっとした時、現実に引き戻されるのは何でだろう。お陰様で気恥ずかしさだけが残ったんだけど⋯///

あーもういい、寝よっ!

 

またナツと向き合うように仰向けになった私は、無意識に左手を顔の横に置いた。

その時、指が何かに触れるのを感じた私はまるで魔法にでもかけられたかのように動けなくなった。だって⋯今触れたのは間違いなくこの人の指で。

その指が、私の指先をきゅっと掴んできたから。

 

寝ぼけてるのか起きてるのか、赤ちゃんがお母さんの指をつかむように優しく握られたその状況に声を出せる筈も無く⋯結局、ナツが起きるまでそのまま悶々と過ごすことになってしまった。

 

そこから一時間後、ようやく起きてくれたナツは何事も無かったかのように伸びをして「そろそろ帰ろうか」、なんて言って⋯私は帰る前にもう一回だけ、ナツを海に落とした。1時間も身動き出来なかったんだから許してね?

船着き場に停泊する頃にはすっかり日が傾き始めていて、荷物を下ろしたり片付けてシャワーを浴びる頃にはすっかり夜の帳は降りてしまっていた。元々今日はナツが泊まる予定だったし何の問題は無いんだけど⋯指の感触がいつまでも離れなくて、気持ちはどこか落ちつかないままだった。

 

「風、浴びに行かないかい?」

 

ナツがそう言ったのは22:00を回ったころだった。明日も休みだし、やることと言えば日課のランニングくらいだったから私は頷いて、一緒に桟橋へと向かうことにした。

 

今日は雲一つ無い快晴。水平線の向こうで登り切った満月が海に反射して⋯洗面台の鏡で顔を覗き込んでいるみたいだった。心の中に留めて置こうとしていた言葉だったけれど、口に出ていたみたいでナツに笑われてしまった。「じゃあ果南ちゃんの顔はお月さまだ」って、いつも通りの軽口が返って来て、私もそれに反応して言葉を返して⋯何でもない会話なのに、とても楽しかった。ここに居るのは、私とナツだけで。それを星空が上から見下ろしていて。

好きなものに囲まれて過ごす穏やかな時間は、さっきまでのそわそわした気持ちが嘘のようだった。

 

「ん⋯果南ちゃん、あれ⋯。」

「何?あっ⋯。」

 

会話の最中、ナツが何かに気づいたようで、海の方へと指を向けた。彼が見ている視線の先。ちゃぷちゃぷとした音と一緒に、私の友達がやって来た。

 

「こんな浅場に来るなんて⋯なんかあったのかな。」

「⋯⋯⋯。」

「ナツ?」

 

ほんの少し考えこんだナツは何かに気づいたように笑い、家の方へと駆けだして行った。彼が次に帰って来た時、その手には2つのシュノーケリングマスクがしっかりと掴まれていた。

 

「ねぇ果南ちゃん、この辺の水深って確か首ぐらいまでの深さだったよね?」

「そうだけど⋯潜るの?夜は危ないよ?」

「まぁまぁ。もう少し待ってから、ね?」

 

ニコニコと笑みを絶やさないナツだったけど、イルカ達が泳ぎを止めた時、ようやくその意味が分かった。

 

『───────。』

 

高い音が夜の海に響き渡った。

 

「これ⋯エコーロケーション⋯!」

「行こう、果南ちゃん!今度はしっかり、僕らも混ざらなくちゃっ!」

 

無邪気に笑うナツが、マスクを差し出して来た。頷いてマスクを着けるや否や、ナツは途端にお姫様抱っこをしてきた。

 

「ちょ、ちょっとナツっ!?///」

「ん?」

「自分でいけるから良いって!///大体、私重いでしょっ!///」

「あっはは!僕は言ったよ?あれは酸素ボンベのせいだって!さぁ⋯⋯飛びこめぇ!!」

 

ナツが見ていたかは分からない。

彼が桟橋から飛び跳ねた直後───。

 

 

「⋯⋯あっ。」

 

 

流れ星が、2つ落ちた。

 

大きな水飛沫とともに視界がその景色を変える。

耳から聞こえる音が、ゴボゴボとした泡の様な音に変わる。

 

 

ゆっくり眼を開いた私の視界に広がったのは、あの日、桟橋の上からしか見れなかった光景。

私が焦がれていた世界だった。

 

 

手が繋がれ、ナツがこちらを振り向きながら前方を指さす。3匹のイルカ達が楽しそうに透明な青の世界を飛び回り、水流に乗った光の粒がキラキラと舞っている。その光景から目が離せなかった。夢を見ているようだと思ったあの日も、きっとこうして海の中では輝いていたのだろう。ナツはそれを知っていた。というより、覚えていたんだ。

ほんの少しだけ浅い場所に来た私達は、息継ぎも兼ねて立ち上がった。けど何よりその光景に魅せられ舞い上がっていた私は、マスクをはぎ取るようにして声を出した。

 

「ナツ!見た!?見たっ!?」

「あぁ!とっても綺麗だった!」

「間近で見るとあんな風に⋯あぁーもう泣きそう⋯!」

 

目元が熱くなるのを感じながらふとナツの方を見ると、彼は優しく微笑みながら私の方を見ていた。月の光に照らされるいつもとは違う表情に、言葉を失ってしまう。

 

「僕は、願ったんだ。」

 

独り言を呟くように、静かにナツは呟いた。

 

「あの日見た輝きはとても綺麗だったけれど、どうしてか足りなかった。ほんの少しだけ足りなかったんだ。それが悔しくて、また機会があるなら⋯今度はちゃんと、近い所で⋯果南ちゃんと一緒に見たいって。願いが叶って良かった!」

 

胸の奥がきゅっと掴まれる感覚。痛みとはまた違う、言葉にするのが難しい気持ちが私のなかを埋め尽くしていく。ナツは⋯ナツも、願ってくれていた。一緒にまた見たいって。その言葉が、何よりも嬉しかった。その言葉が、私にナツの手を掴ませた。

 

「私も⋯お願いしたんだ。どれだけかかってもいい⋯あの日見た輝きをナツと見ていたい、これから先もずっとって見ていきたいって⋯ナツ。」

 

顔を上げ、目を見て、優しく笑ってくれる彼に向けて、私は言った。

 

 

「好き、だよ⋯。」

 

 

何て言われるか分からなかった。

怖くて言う事が出来なかった私の気持ちは驚くほど簡単に喉を通り、止まない波音にかき消されるんじゃないかってくらい小さな声だったけれど。

濡れたTシャツの上からでも分かる暖かな体温が私を包んでくれた。

 

「⋯ありがとう。それじゃあ、これからも一緒に、隣に居てくれるかな?」

「え?それって───」

 

唇に、優しい感触が伝わった。

きゅっとナツの服を掴んでしまったけれど、すぐに背中へと手を回した。

 

多分、そんなに長くは無かったとは思う。2人ともそんなに余裕が無かったし、何より足元をぐるぐる回っている私の友達が落ち着き無かったから。

 

「あはは⋯ゆっくりさせてくれないみたいだね。」

「ふふっ⋯だね?」

「よーし、ならこの子達が戻るまでは目一杯楽しんじゃおうっ!せーのっ!!」

 

ポケットからホイッスルを取り出したナツは、力いっぱい笛を吹いた。3匹のイルカが水面から飛び出し、月明かりを浴びた水飛沫はその輝きを一層増している。

 

それから私達は、あの子達とたくさん遊んだ。一緒に泳いで、じゃれついて、芸もしたりして。

 

あの日私達が見た光は、誰かの願いが海に還ったものだったのかもしれない。

けれど、今こうして私達を包む輝きは、きっとこの子達が運んできてくれた私達の願いなのだろう。

 

いつまでも、こんな時間が続いていけばいい⋯ううん。

今度は願いじゃなくて、私達の意思で続けていきたい。

 

 

 

繋いだ掌は、暖かく輝いていた。

 

 

 

 

 

 

─C√ End.─

 

 




皆さん、こんにチカ。あ、これ久しぶり⋯。
投稿が遅くなりました、なちょすと申します。

仕事とプライベートで沢山の出来事がありました。別に良いかなって事と何もかも投げ出したくなるほど嫌な事や分からない事⋯はぁ⋯⋯。
取り敢えず、何とか頑張っていこうと思います。

次回、鞠莉編。

あなたも、ちょっと田舎で暮らしませんか?


P.S.グラブル海未ちゃん見ました?ハレンチが過ぎてすこすこのスコティッシュフォールドです。

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IF:幸せのペテン師(鞠莉√)

これは、私と夏喜が過ごした1日の話。
嘘も方便って言葉もある通り、人が騙したり騙されたりするのも悪い事ばかりじゃない⋯それが例え、本人の意思とは正反対のものであっても。貴方はきっと快く思わないかもしれないけれど、私は貴方の事をペテン師だと思ってるわよ。

それも───飛びっきりの幸せを送ってくれる、ネ♪


淡島から内浦へ、連絡船が走る。

どこまでも⋯どこまでも青い海の上へと、白い道筋を、残して、ひた走る。

 

時間はそんなにかからないけれど、何処か遠い所へと向かう航海の旅へと出ているような、そんなワクワクとした気持ちに胸を踊らせている。

 

普段は偉い人の所に行ったり、パーティーをする時ぐらいしか着ない白いワンピースに、これまた旅行に行く時ぐらいしか被らない大きなつばの白い帽子を、風で飛ばされないように目深に被って、ふと進み行く船の前へと目を向ければ、あの人が居る。

 

遠目でも分かるわ。

だって、何でもない船着き場で何処か落ち着かない様子でソワソワするのなんて、あの人ぐらいだもの。

大きく手を振れば、小さく返してくれる。

小さく手を振れば、大きく返してくれる。

何処か負けず嫌いなのに他人が優先で、大人っぽいのに子供っぽい。そんな、矛盾に手足が生えた様な人。聞こえは悪いかもしれないけれど、『天邪鬼』って言葉がピッタリ。

 

そんな天邪鬼さんの姿に、私は小さかった頃を思い出した。

 

 

───Marie(マリー).

 

 

昔から私の事を良く知る人は、皆そう呼んでいた。正直言って、あまり好きじゃなかったわ。両親からは呼ばれ過ぎから来る飽きって言うのかしら?だから別に何とも思わなかったけれど⋯1番嫌だったのは、自分のステータスばかりを気にする両親の知り合いや仕事絡みの人からもそう呼ばれる事だった。どうして本当の名前で呼んでくれないんだろう⋯私は『鞠莉』なのにって。

ずっと思ってた。勿論、皆が皆そういう人ってわけじゃないけれどね。

 

だから果南やダイヤと知り合って、毎日振り回して、振り回されて。名前で呼びあう仲になった時は、凄く、すっごく嬉しかった。やっと私にも対等な友達が出来たんだって。

 

そんな時に知り合ったのが、5つ年上の異性。私が日本語を話せると知らなくて、ぎこちない英語で話しかけてくれた島原 夏喜と言う人は、私の事を『マリー』と呼んだ。

あまり好きじゃなかったはずの呼び名なのに、どうしてかしら。その時私が言った言葉は、『気に入ったから貰っていい?』なんて言葉だった。

 

知ってる名前⋯それどころか言われ続けて嫌だとすら感じていた名前なのに、ね。

 

発着場に着いて、次々と乗客が降りていく。それに続いて私も降りたけれどあの人は何処にも居ない。その代わり、キョロキョロと辺りを見渡す私の視界が途端に暖かさを帯びた暗闇に覆われた。

 

「やぁ、誘拐犯だよ。」

「Oh,一体何処に攫われるのかしら?」

「そうだねぇ⋯君が行きたい所に、かな?」

「ふふっ⋯そうなの?なら───」

 

目を覆う手をどけて、私は振り返った勢いのまま彼へと抱きついた。

 

「今はここが良いわ。」

 

帽子のせいで顔は見えないけれど、それで良かった。だって自分の表情を見られなくてすむものね。

 

私がナツキとこうして過ごすのにも理由があって⋯数日前の話かしら?折角の3連休だから何をしようかって話を皆としていたんだけど、尽く予定でいっぱいのメンバーばっかりだったの。千歌っちや果南は家の仕事が忙しくなるみたいだし、他の皆も家族と出掛けたり、友達と遊びに行ったり色々とね。(1人は溜まったゲームを消化したいみたいだけど。)

 

でも夏喜は、相変わらず暇だよって言ってたから私から誘ったの。『デートしましょ?♪』って。

私は半分以上は本気だったんだけれど、我が校の用務員さんは勿論そんなつもりは無いと思う。いつも通り『そうだね』の一言だったし、これに気づけてたら他の女子生徒達から向けられている視線にも気づくはずだもの。

 

歩くフラグ製造機。

鈍感ハーレム王。

 

この人は、自分がそう呼ばれていることも気にしてないのかもね。

 

「鞠莉ちゃん、今変な事考えてたでしょ?」

「Sorry,I can't speak Japanese.♪」

「ぐぬぬ⋯。」

 

ふふっ、ほーら。こういう所は鋭いのにね?

 

「そんな事より早速出掛けましょ?時間は無限じゃないんだから♪」

「まぁ、そうだね。じゃあ行こうか、鞠莉ちゃん?」

「えぇ。」

 

いつもの様に、なんて事ない笑顔で、彼は私の手を繋いで歩き出した。口角が少しだけ上がっている気がする。こんな顔見られたら笑われちゃうかも。

⋯嬉しいものは嬉しいからしょうが無いわよね。だって普段こんな事する人じゃないし。でもね、ナツキ。私だってやられっぱなしは好きじゃないの。

だから───。

 

 

「どうかしたかい?」

「何でも無い♪」

 

 

今日、絶対に貴方を振り向かせてみせるから!

 

 

 

 

 

 

 

 

おかしい。

ナツキがおかしいわ。

 

いやね?私にも何が起きてるのかさっぱりなんだけれど、どうも今日のナツキは普段のナツキと違うのよ。ずっと上機嫌で手を繋いでくれるし、たまに目が合えば笑ってくれるし。『自転車、来るよ。』なんて言って引き寄せてくれたり?⋯調子が狂うわ。顔なんて引き攣りっぱなしよ。だって嬉しくないはずないもの。だからあまり前も向けないんだけれど⋯まるで『恋人』の様に接してくるナツキを見てたらこうなっちゃうわ。

 

むー⋯何か悔しい。

 

そうだ!ちょっとだけからかってみましょ♪

 

「でもナツキがデートをOKしてくれるなんて思わなかったわ。ひょっとしてマリーに惹かれちゃった?♪」

「惹かれてるし好きだよ。」

「⋯⋯⋯///」

「どうしたの?顔を抑えて。」

「何でもないから気にしないで⋯///」

 

やっぱりこんなのナツキじゃない!⋯⋯嬉しいけど。嬉しいけど〜⋯何か違うのッ!!

でもこんなので負けちゃダメよ鞠莉。せめてナツキに揺さぶりをかけるぐらいはしておかないと!

 

「それよりナツキ、最近楽しい事あった?」

「今日鞠莉ちゃんと出掛けてることかな。」

「へ、へー⋯今日の格好、決まってるわね!」

「ありがとう。鞠莉ちゃんも可愛らしいよ。」

「っ⋯ナツキってば、好きな人とかいるのかしらー!!」

「鞠莉ちゃん。」

「熱でもあるの!?」

 

余りに違いすぎる今のナツキに対して、私の口から出たのはそんな純粋なまでの疑問だった。それと照れ隠し⋯正直このまま続けても埒が明かないし、恐らく私が自滅するだけ。

 

当の本人はキョトンとした顔で私を見ては、何処か満足そうにケタケタと笑っている。どこまでが本気で何処までかジョークなのか分からない。

ただ一つ分かるのは、間違いなくからかわれている事⋯私がナツキに一杯食わされているって事よ。

 

納得いかないわッ!!

 

「秘密、かな?」

「むー⋯分かったわよ。服屋、早く行きましょ。」

 

納得のいく答えをこの人は教えてくれない。けれど───。

 

「鞠莉ちゃん。」

「何?」

かしこマリー(かしこまり)!⋯⋯なんちゃっ───。」

「次同じような事言ったら口を塞ぐわよ?」

「はい。」

 

結局、良くも悪くもナツキはナツキなんだなって思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夏喜と2人だけで遊んだ事は、そんなに多くない。多分Aqoursの中でも1番少ないと思う。最初の印象は面白い人って感じだったけれど、淡島に住んでいたり、家の立場だったり、あまり異性と関わってこなかった分やっぱり怖さっていうのもあって⋯自分から誘うなんて事は出来なかった。

基本的には果南やダイヤが一緒の時で、夏喜が居る時は前に出すぎないようにしたりもした。だから彼から誘われた時は、ビックリしたわ。

 

何で私なんだろうって。

 

ワクワクとドキドキが入り交じった気持ちとちょっぴりの不安感を抱えたまま今日みたいに船で内浦へと渡って、船を降りた先に待っていたのはあの人で。得意げな顔で『ようこそ内浦へ!』って⋯ふふっ。何度も行ってるのによ?

あの人の性格がそうしたのか、狙ってやったのかは分からない。でも⋯不思議と気持ちが楽になった気がした。それから色んな所へ散歩して、色んな物と触れ合って⋯私にとって初めての経験を沢山教えて貰ったわ。夕方船に乗って家に帰る時も、私は凄くはしゃいじゃって⋯でもあの人は、何処か寂しそうな顔をしてた。

 

『また遊ぼう。』

 

また。

どちらからともなく言ったその言葉を、私達は何度も何度も繰り返してきた。その度に初めての事を知って、その度に夏喜は悲しい顔をしていたと思う。

 

けれど⋯そのどれもが私にとっては大切な思い出だった。夏喜が引っ越すと私の所へ話に来た時、大泣きするぐらいにはね。

 

きっと、その日からだったのかもしれない。

島原 夏喜という人間に、少しずつ惹かれてしまったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

腕時計の針は20時30分を指している。

 

私達は1日中沼津市内を歩き回った。

地元の洋服屋さんだったり、駅前の喫茶店だったり、沼津港の水族館だったり。私が行ってみたい、行きたいと思っていた所を、彼は文句の1つも言わずに笑いながら付いてきてくれた。その都度面白おかしい出来事があって、思い出替わりに写真も撮って⋯きっと私一人じゃ来る事の無かった場所も沢山あって、私一人じゃ話す事の無かった人達と沢山話をして。

凄く、楽しかった。

 

今はびゅうおの下で、ただ何をするわけでもなく海沿いを歩いている。私達が住んでる町もこの沼津も、東京や留学先の街みたいな大都市と呼ぶには、余りにも小さな田舎町だけれど⋯だからこそ。

あちこちで輝いている町の明かりや生活の灯火がとても幻想的に思えていたの。

 

こんなに沢山の人が居たんだな、って。改めて気付かされる。

 

夏喜が帰ってくる前に千歌っち達が作り上げたAqoursのPV。そこで使われたスカイランタンは、目が離せなくなるほどに綺麗で、どこか懐かしくて温かな光を灯したまま、高く、高く飛び上がっていった。

それはきっとこの町の明かりや人の心の温かさが、目一杯に詰まったものだったから⋯なんて、らしくないかしら?

 

「鞠莉ちゃん。」

「どうしたの?」

 

ふと、夏喜が話しかけてきた。

 

「今日はありがとね。」

「ふふっ、それは私の台詞よ。元はと言えばこっちの暇に付き合ってもらったわけだし。」

「やだなぁ鞠莉ちゃんってば。デートなんだから当然じゃないか。」

 

クスリとまた笑ってしまった。この人は、そうやってちょっとした所でこっちのジョークをぶり返してくる。でも今日1日恥ずかしさを感じさせられたこっちの身としては、今更どうって事ないわ。

 

「ところで、どうして今日はあんなに機嫌が良かったの?普段やらないような事も平気でしてきたし。」

「うん?言ったよ?君と一緒だからって。好きな子とデートしてるんだし、やっぱりそこはちゃんとしなきゃね。」

「え?」

「え?」

 

Umm⋯私の聞き間違いかしら?

 

「あ、あれ⋯もしかして鞠莉ちゃん⋯デートってジョーク⋯?」

「えっ。あ、いや、その───」

 

前言撤回。

聞き間違いだなんて思った数秒前の自分を叱ってやりたいわ。

 

違う、と。

そんな事は無い、と⋯すぐにでも言えば良かった。でも私は夏喜の言葉の意味を理解出来ずに、ただただ困惑して、柄にもなく頭の中がぐっちゃぐちゃになっちゃって⋯言葉がつっかえてしまった。それはつまり、夏喜が本当に『これがデートだ』って思っていた事。

 

自惚れるわけじゃないけれど、それはつまり⋯。

 

 

「あー⋯うん、大丈夫、大丈夫。そうだよね、やっぱり僕の早とちり⋯だったよね。ごめん、忘れて?」

 

 

───ズキンとした痛みが、胸の内を抉るように襲った。夏喜はあの日々と同じ、悲しげな顔で口を開いた。

 

 

『また遊ぼう。』

 

 

小さな約束だった。

彼が引っ越す時に、二度とその約束は果たされない。そう思った私は必死に彼を引き留めようとした。それでも彼は、笑って言ったの。『必ずまた会いに来るから』って⋯。

 

それを何?

私は、私自身の言葉のせいで彼にこんな顔をさせて⋯きっと夏喜は、また気を使う。申し訳ないからって言って、今まで通りの距離で話しかける事も、『また』こうして二人きりで出掛けることも無くなる。

 

なら、私がやらないといけないのは───もう、誤魔化さない事よ。

 

「違う⋯。」

「鞠莉ちゃん⋯?」

 

私は、言葉を紡いだ。

 

「違うの夏喜⋯確かに、デートって言ったのは半分くらい冗談だった⋯でも、本当は嬉しかったの!貴方と2人でこうして過ごして、色んな所へ行けて!私は⋯ずっとそうだったから⋯私の気持ちに貴方が気付いてないと思って、それを心のどこかでありがたいって思ったりもして⋯。」

 

俯いた私の目尻に、湿ったものが溜まっていく。

零したくないから前を向いて、彼の瞳を真っ直ぐ見た。

 

「だから⋯だからね⋯⋯私は、」

 

心の中で説き伏せてきた、言葉と共に。

 

 

「私は、夏喜の事が好きだったの!ずっと⋯ずっと昔から!!」

 

 

「うん、知ってたよ。」

 

「⋯⋯⋯へ?」

 

頬に両手を添えてきた夏喜は、目尻に溜まったものを親指でそっとなぞり、戸惑う私の代わりに言葉を続けた。

 

「ごめんね鞠莉ちゃん⋯ちょっと意地悪が過ぎたよね。」

「知って⋯え?意地悪?ごめん、何を言ってるのか分からないわ⋯。」

「鞠莉ちゃんが僕の事好きだって。ずっと昔から知ってたんだ。心変わりしてなくてほっとしたよ⋯。」

 

⋯⋯駄目。全然、全ッ然理解出来ない。

だって彼は、そんな素振りを今の今まで1度たりとも見せてこなかったんだから。

 

「うんうん、理解出来ないって顔してるね。」

「だ、だって⋯!」

「実はさ⋯昔、果南ちゃんとダイヤちゃんに相談した事があったんだ。君に好意を寄せてる事。そしたら果南ちゃんがうっかり口を滑らせたみたいでねぇ⋯。」

「それって⋯あのバカナンっ⋯!///」

「引っ越して、長い間離れちゃったけれど⋯僕の気持ちは変わってなかった。それは鞠莉ちゃんに久々に会った時に思ったよ。だから本当は僕も怖かったんだ。長過ぎる時間が、鞠莉ちゃんの気持ちも、中身も変えていたらどうしようって⋯ね。だから一芝居打ったんだ。狡いと分かってても、これしか僕には出来なかったから。だから⋯ごめんね?」

 

弱弱しく謝る彼の顔は、酷く脅えた子供の様だった。彼は優しすぎて、他人を理解した上で支えようとする人だ。それが自分にとってどれだけ大変で、どれだけ損をする生き方であっても⋯。

だからこそ、彼は本当に嫌だったのかもしれない。

 

人を騙すような、ペテン師のようなやり方が。

 

今この場には、私達が過ごしてきた中で1番重い時間が流れていた。

私は気持ちを伝えて、彼も心の内を明かしてくれた。ずっと昔から両想いだった事が、10年越しにようやくハッキリしたのなら。

 

だったら⋯もうそんな湿っぽい時間は、終わりにしてあげないとね。

 

「ナツキってば、私にカマかけてたのね⋯うぅっ⋯。」

「ご、ごめん!本当にごめんね!!泣かせるつもりは無かった───!」

「It's joke.♪」

「っ⋯はぁ⋯⋯鞠莉ちゃ〜ん⋯。」

「仕返し♡私、やられっぱなしは好きじゃないもの。あ〜スッキリしたわっ!!」

 

心底ホッとした顔で笑う夏喜。

私が見たかったのは、その顔だった。今も昔も変わらない、優しい彼の顔。

 

今度は私から手を繋いで、夏喜にどうしても聴きたかった事を聞いた。

 

「ねぇ、ナツキ。」

「何かな?」

「貴方、他の子達からの熱〜い視線って感じた事ある?」

「熱い視線⋯?あっはは!そんなに素敵なものが僕に向けられてたら、明日は大雪が降るかもね。」

「へぇ〜〜〜〜〜〜〜⋯??」

「うっ⋯疑われてる⋯。それに多分、万が一そうだったとしても、さ。多分僕は気付けてなかったと思うよ。」

「あら、どうして?」

「だって───昔から、君しか見えていなかったから。」

 

一周回って見直したわ。もうホントに。

私、今どんな顔してるのかしら⋯。呆れるくらいにvery hotなんだけど、これって夜の海風で冷ませるもの?後でお仕置きがてらバカナンに聞いてみようかしら。

 

「鞠莉ちゃん?」

「ごめん、ちょっと放っておいて。」

「もしかして照れてる?」

「Shut Up!!///」

 

色んな事があった日だけれど、私達はようやく一歩進めた気がする。前でも後ろでも無く、隣に並んで。

この繋いだ手は、確かなものだから⋯私は、もう離したりはしない。

 

きっと今日は、人生で1番素敵で、楽しくて、嬉しくて、ドキドキして───。

 

 

「あっははは!おだマリー(お黙り)、ってね!」

 

 

いっっっちばん寒い日ねッ⋯⋯!

 

 

「夏喜⋯。」

「あっ。」

「私、口塞ぐって言ったわよね。」

「いや、これは⋯あ、あはは⋯。」

「覚悟は良いかしら?」

「あの、ごめ───んっ」

 

 

彼の胸倉を掴み、私は夏喜の口を塞いだ(・・・・・・・・)

精一杯のドキドキと、大好きを込めて。

 

 

「⋯鞠莉、ちゃん?」

「ねぇ、夏喜⋯マリーに惚れちゃった事───。」

 

 

 

後悔しても知らないからね?♪

 

 

 

 

 

 

─D√ End.─

 

 




皆さん、こんにチカ。
過ごしやすい気温は1桁、なちょすです。
アンケート⋯久々に見たら凄い増えてて軽く過呼吸になりました。
ヒェッ⋯って。
ヒェッ⋯!って。
でもありがとうございます。

締切は追って連絡致しますが、まだまだ投票は受け付けております。

次回⋯⋯(・8・)

あなたも、ちゅんと田舎で暮らしませんか?


P.S. 無事、叔父ちゃんになりました。田舎生まれ田舎育ちの作者としても、頑張って産まれてきてくれた甥っ子と、長い間頑張った兄・義姉に一刻も早く会いたいので⋯誠に勝手ながら次回も投稿が空いてしまうことを、ここでお詫び申し上げます。すみません。

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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IF:普通の女の子 (ことり√)

普通の女の子になりたかった。
友達と遊んで、いっぱいお洒落して、可愛いものに囲まれて⋯そんな女の子に。

私に1歩進む勇気をくれた親友達。
私を支えてくれた人。

1つの夢から始まった、私と彼のある一日です。


夢を見たんだ。

 

多分⋯⋯怖い夢、だったと思う。

多分っていうのは、それがどんな夢だったのか、私の記憶には断片的な情報しか残っていなかったから。

 

男の子と女の子が居た。

男の子が居なくなった。

女の子は、座り込んで泣いていた。

 

⋯⋯それだけ。

 

本当はもっと長かったかも知れないし、短かったかも知れない。小説のような夢物語かもしれないし、現実だったのかもしれない。ただ、その情報を元にしか私の頭は夢の判断が出来ないし、それは少なくとも『楽しい夢』には繋がらないものばかりだった。

 

でも⋯でも一つだけ⋯⋯1番怖かったことは覚えてる。

 

 

男の子が居なくなった時───鈍く光る刃物のような物が私の膝を切りつけた。

 

何度も、何度も傷付けた。

 

 

それだけは、頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

目元をなぞられる感覚がした。その次は頭。微睡(まどろ)む視界に入ってくるのは、白を基調としたブラインドから差し込む暖かでぽかぽか陽気なお日様の光。

小鳥が鳴いている春の穏やかな休日の朝がやってきました。

 

あ、この場合の小鳥はことりの事じゃなくて、ちゅんちゅん言う方の小鳥で⋯あれ?でもことりもちゅんちゅん言ってたような⋯う〜ん⋯⋯春は不思議がいっぱいです。

 

兎にも角にも、私はこの時期の朝が特に好きです。

そして、特に弱いのです。

 

だって春も中頃のこんな休日の朝は、何も考えなくても良くなるから。スクールアイドル部としての朝練も無ければ学校も無くて、身も心も何もかもをお布団と枕に委ねるだけ⋯そう、全ては頭を包み込むこのフカフカ枕さんが悪いんです。私の全部を包み込んでくれるこの枕さんが。

 

でも好きだよ、枕さん。いつもありがとう♡

 

そんな半分眠ったままの私だったけれど、ペラリと紙をめくる音が聞こえ、段々と視界の靄が晴れてきた。横になったまま薄らと目を開ければ、眼鏡をかけた幼馴染みさんが本を読んでいた。

 

初めて手を握ってくれた子でも無くて。

初めて悩みを打ち明けた子でも無くて。

私が⋯初めて恋をした人。

 

 

でも───どうして、居るんだっけ。

 

 

一瞬、そんな事を考えた。

けれどその答えは、設定を消し忘れた携帯アラームが教えてくれる。

 

正午。

休日の朝だと思っていたお日様は全然そんな事無くて、そんな時間に幼馴染みが家に来ているという事は───。

 

 

「寝坊っ!!!!」

「ふふっ⋯やぁ、おはよう。ことり。」

 

 

慌てて飛び起きた私を責める事も無く、ただただクスリと笑ったその人は、読み耽っていた本に紐を通し、パタンとページを閉じた。

 

彼は島原 夏喜くん。

同い歳で⋯私の彼氏、です。

 

「夏喜くん、ごめんね!私また⋯⋯!」

「あははっ、大丈夫大丈夫。この時期ことりが起きれないのは毎年の事じゃないか。」

「うぅ⋯そうだけど⋯⋯そうだけどぉ〜⋯!」

 

夏喜くんは全然怒りません。数年の間、一緒に過ごした時間は沢山あったけれど⋯私は1度も見た事が無い。穂乃果ちゃんや海未ちゃん達は1回だけ見た事があるみたいだけど⋯まるで、私だけ何も知らずに呑気に暮らしているみたい。

理由があって怒らないのか、それとも本当に何も思ってないくらい心が広いのか⋯ことりには知る由もないのです。(偶に神様みたいな光も見えるし⋯?)

 

「取り敢えず、色々と準備しておいで。ご飯は出来てるし、僕も下で待ってるからさ。」

「待って!!」

「ん⋯?」

 

私は、立ち上がった夏喜くんの手を掴んでいた。それも必死に⋯。

本当は自分でもどうしてこんな事をしたのかよく分かっていないけれど⋯夢の中の男の子が、チラついたんだ。

 

「あの⋯⋯。」

「⋯⋯⋯そうだね。折角だし一緒に行こうか。後ろ向いて待ってるから着替えちゃって良いよ。」

 

そう言って、彼は再び座り、本のページをめくり始めた。

 

私は、偶に凄く心配になる時がある。夏喜くんは私のお願い───我儘を、何も言わずに、笑って聞いてくれる。優しい人なのは知ってるけれど、本当は思う事が沢山あって嫌な思いをしてるんじゃないか。いつか、離れて行ってしまうんじゃないか⋯そう思うようになってきていた。

私はいつまでも子供のまま。夢にも怯える怖がりで、1人だと飛び立つ事すら出来ないことりのまま。今も、昔も、きっとこれからも⋯。

 

穂乃果ちゃんが居て、海未ちゃんが居て、夏喜くんが居て⋯居てくれないと⋯。

 

夢のせいだ。

朝から怖い夢を見たから、私はこんな気持ちになっているんだ。

 

頭をふるふると振って、そう思う事にした。

 

 

ボタンを外してパジャマを脱いでいく。夏喜くんは変わらずに本を読んでいるけど⋯むむむ。女の子としては、ちょっと複雑だったりします。だってお年頃な女の子の、ましてや恋人の着替えの近くに居るんだもん。ちょっとくらいドキドキしたり、アワアワしても良いと思うの。

 

だから⋯ことりは、ちょっぴり悪い子になります♪

 

「夏喜くん。」

「何?」

「ことりは今、下着姿です。」

「唐突だねぇ。」

「このままお洋服を取りに行けば、夏喜くんはことりのあられもない姿を見る事になってしまいます。だから⋯。」

 

後ろから彼に手を回し、お願いをする。

 

「取って欲しいな♡」

「パジャマを着れば良いと思うな。」

 

正論です。

正論で返されました。

 

「む〜⋯夏喜くんはドキドキしないんですか。」

「そうだねぇ⋯ドキドキとかはするよ。ただまぁ、ことりのあられもない姿なら、結構見てきたしね⋯。」

「ふぇっ⋯。」

 

途端に顔が熱くなる。

だって私は見せた覚えがないから。見せた覚えも無いのに、どうして彼は知ってるんだろう⋯⋯やっぱりこの時期は謎だらけです。

 

 

って言ってる場合じゃないよぉ〜!!///

何で!?///いつ!?///まさか寝てる時にこっそり───!

 

 

「言っておくけど、寝てる時に見たりとかじゃないからね?」

「はぅっ⋯!」

「まぁ、ことりの名誉の為にも言わないでおくよ。」

 

そう言って笑いながら、夏喜くんは再び本の世界へと帰っていった。

 

ちょっぴりだけ、耳を紅くして。

 

 

 

 

 

 

 

 

『何だその歩き方ー。』

『変なのー!』

 

 

あれはいつの事だったっけ。

そう⋯確か小学生の頃だった。私のぎこちない歩き方を見てからかってきた男の子達がいた。

 

 

『あし、大丈夫?』

『うわー、痛そう⋯。』

 

膝の傷を見て、同情する女の子達がいた。

 

 

私は、嫌だった。生まれつき膝が弱くて、何度も病院で手術をして⋯残った手術痕が、人から言われるまでもなく痛々しくて。歩き方だって、望んでもいないのにぎこちなくなって。

 

南 ことりは、普通じゃなかった。

 

 

ことりは、普通の女の子になりたかったんだ。

 

 

お洒落をして、可愛いスカートを履いて、ただ普通に過ごしたかった。でも⋯1番辛かったのは、お母さんが泣きながら謝ってきた事⋯。

何度も⋯何度も、手術が終わる度に、『ごめんね』って。

 

 

『どうしてお母さんが謝るの?』

『ことりがこうなってるだけだからお母さんは悪くないよ?』

 

 

そう話しても、言えば言うほどお母さんは私を抱き締めた。

涙を流していた。

 

小学校に上がる頃、私は秋葉原という大きな町に引っ越しをすることになった。お母さんの仕事の都合っていうのもあったし、ことりの意思も聞いて貰って。

でも⋯心の中では、少しだけ諦めていたの。場所を変えても私が見られる目は変わらない。掛けられる言葉は、変わらないって。

 

でも⋯それでも───。

 

 

『わぁ⋯!お人形さんみたいだねっ!!』

『いっ⋯一緒に、行きませんか⋯?』

 

 

手を伸ばしてくれた2人が居た。

 

いつも前を走って、怖いものが無くて⋯道を照らしてくれる女の子。

とっても恥ずかしがり屋さんなのに、私に勇気を分けてくれる女の子。

 

穂乃果ちゃんと海未ちゃんは、初めて出来た友達。大好きな友達。何度も悲しくて泣いちゃった事はあったけれど、嬉しくて泣いた事は無かった。だから⋯3人で並んで歩いて、繋いだ手の平の暖かさが嬉しくて⋯ちょっぴり泣いちゃった事も。

 

小学校の高学年の時だったっけ。いつも通り3人で歩いて帰ってる時、穂乃果ちゃんが誰かに手を振って走り出して。それを海未ちゃんが困ったように笑ってて。

 

道の先に居たのが、彼だった。

 

自分でも分かるくらい、怖かったと思う。子供の頃向けられた目や掛けられた言葉が、身体中から溢れるみたいな感覚に襲われて⋯海未ちゃんが手を引いて、私のペースで歩いてくれた。

 

『大丈夫です。ことりが思ってる人じゃないですよ。』

 

小さく私に聞こえる様に何度もそう言ってくれるけど⋯2人のおかげでようやく履ける様になったミニスカートの裾をキュッと掴んで、上手く彼の方を向けなくて。ゆっくりこっちに歩いてきた彼は、私に話しかけてきた。

 

 

『初めまして。島原 夏喜です。』

 

 

その人の笑い顔は、昔向けられた様なからかいの顔とかじゃなくて⋯本当に、ふわっとした笑い顔だった。彼は私の膝の事を穂乃果ちゃん達から聞いていたみたいで、傷跡が薄くなった私の足を少しだけ見て、顔を上げた。

 

きっとまた、からかわれるかもしれない。

同情の目を向けられるかもしれない。

 

そう思った私の気持ちは、彼の言葉で優しくぼかされた。

 

 

『強いね、南さんは。』

『えっ⋯?』

 

 

初めて掛けられた言葉だった。

 

 

『だってなりたい自分っていうのがずっとあって、それを叶える為に必死に色んな事を頑張ってきたんだよね。それって、凄い事だと思うよ。』

『そんなに⋯大した事じゃ⋯⋯それに私、1人じゃ何も⋯⋯。』

『1人だとそうかもしれないけど⋯もう、南さんの両手は埋まってるじゃない。』

 

夏喜くんがそう言うと、穂乃果ちゃんと海未ちゃんが私の手を握ってくれた。顔を合わせて笑ってくれた。

私だからこそ一緒に居たいって。私が友達で良かったって。そう、言ってくれた。

私ってこんなに涙脆かったんだって思うぐらい、また泣きそうになっちゃった。

 

皆で笑って、お話をして⋯2人のように名前で呼んで欲しいってお願いして。

それで確か、帰り際に2人が言ったんだ。

 

『ナッツん!ことりちゃんは普通の女の子になりたかったんだよ!』

『普通の女の子⋯?』

『ほ、穂乃果ちゃんっ⋯!』

『自信が無いみたいなので、はっきり言ってあげてください。』

『海未ちゃぁん⋯!』

『う〜ん⋯ことりは、普通とはちょっと違うかも。』

 

 

多分、その時なんだ。

 

 

『すっごく、キラキラしてる⋯可愛らしい女の子だと思うよ。』

 

 

夕日に照らされた、その恥ずかしそうな顔に惹かれてしまったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁっ⋯⋯⋯あれ?」

「やぁ、おはよう。」

 

私は、彼の隣で目を覚ました。どうやら、お昼のポカポカ陽気に当てられてまた眠ってしまったみたいです。時刻はもうおやつの時間です。ことりのおやつにしちゃうぞ〜♪

 

しちゃうぞ〜⋯⋯おやつの⋯時間⋯⋯?

 

「ふぇ〜ん!ごめん夏喜く〜んっ!!」

「いえいえ。可愛らしい寝顔を見させてもらったので。」

 

むぅ⋯こういう所はちゃっかりしています⋯。

でも本当だったら今日はお出掛けするはずだったのに、私のせいで何も出来なかったんだ⋯。

 

「夏喜くん⋯怒ってないの?」

「ん⋯どうして?」

「だって、今日はお出掛けするつもりだったのに⋯ことりが何回も寝ちゃったから⋯。」

「気にしてないよ。ことりとのんびり過ごすのも好きだしさ。」

 

まただ。

夏喜くんはいつだってこう言ってくれる。私を否定する様な事は絶対に言わなくて、最後には笑って『良いよ』って言ってくれる。私は、彼の事をどれだけ分かっているんだろう。彼は、私の事をどれだけ分かっているんだろう⋯。

 

「それに───怖い夢を見たなら、1人は嫌だもんね。」

「えっ⋯な、何で⋯⋯。」

「朝ずっと魘されていたから⋯こんなに天気だって良いんだ。今日ぐらいは家でのんびりしてても良いんじゃない?」

「夏喜くん⋯。」

「ねぇ、ことり。僕はどこにも行かないし、ことりを置いて行ったりしない。僕は⋯ここに居るよ。」

 

そっと抱きしめてくれる彼の体温が心地良い。じんわり身体に拡がっていくその熱は、外から差し込むぽかぽか陽気に似ていて、眠くなりそうで───それ以上に、泣いちゃいそうだった。

 

起きる前に目元をなぞられたのは涙をふいてくれたから。

頭を撫でてくれたのは、ここに居るって教えてくれたから。

 

「夏喜くん⋯。」

「何?」

「好き。」

「⋯うん。」

「好き。大好き。」

「あはは、今日のことりは甘えただね。」

 

だって言い足りないもん。彼に言わないと私の中で好きって気持ちが破裂しそう。

破裂しそうで、ボンッてなりそうで⋯フワフワしちゃうかも。

自分の事もひょっとしたら止められないかもしれない。

 

でもこれは夏喜くんにそう言って貰えたから。

 

だから───夏喜君のせい、なんだよ⋯?

 

「あのね、夏喜君⋯私⋯その⋯。」

「ん?」

「私⋯良いよ?夏喜君になら⋯。」

「⋯⋯あー⋯えっと、その⋯あはは⋯。」

 

目を丸くした彼は珍しく歯切れの悪い反応をしてそっぽを向いた。

伝わった⋯のかな?伝わってない⋯のかな?もし伝わってたら⋯答えてくれたら⋯⋯嬉しいな⋯なんて。

 

「ごめん⋯今は⋯。」

「⋯良いの。ごめんね、変な事言って───」

 

 

突然、言葉が出なくなった。

暖かい体温と唇に触れる感触が、私の動きをピタリと止めたんだ。

 

夏喜くんは⋯初めて、キスをしてくれた。

 

カチ、カチ⋯って、時計の秒針が動いているのが聞こえる。何より、心臓の音がうるさいくらいに、頭に響いていた。

 

 

「今は⋯これで⋯⋯許してくれるかな?」

「ぁ、う⋯な、夏喜くん⋯⋯?」

「その⋯意気地無し、だからさ⋯⋯あはは⋯。」

 

頬を指でかきながら耳を真っ赤にした彼は、恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 

急に、私の顔が熱を帯びる。

だって、私、もしかして⋯とんでもなく恥ずかしい事を言ったんだと思うから⋯。

 

心のどこかで、期待半分と一緒に思ってたんだ。夏喜くんの事だから多分気づかないかもって。気づいても、いつもみたいに笑って受け流してくれるかもって。

 

それなのに⋯それなのにぃ⋯⋯!///

 

『あのっ!⋯あ。』

 

うぅううぅ〜〜〜〜〜!!!///

 

「ちょっ、ことり!?」

「何でもないっ!!///」

「いや布団に飛び込んで何でもない事は⋯。」

「なんでもないのぉ〜!!///」

「⋯⋯あっははは!はいはい、何でもないねぇ⋯。」

 

昔からこうです。ことりは、夏喜くんに撫でられるのが好きで、彼はこうして笑ってくれて⋯いつだって支えてくれました。

怖い夢を見て、私は焦っていたのかもしれません。

 

でも⋯もう大丈夫。

夢の中の男の子は、きっと手を伸ばしてくれるから。

 

普通の女の子って⋯ううん。

普通とは違う、可愛い女の子だって言ってくれた───あの日のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばことりのトサカってどうなってるの?」

「トサカっ!?」

 

 

 

 

─E√ End.─




皆さんこんにチカ。
甥っ子とイチャイチャしてきた、なちょすです。
産まれたばかりでも、私と同じ事して笑ってくれるんですよ。抱っこされながら。変顔して。笑ってるんです。

はぁ⋯天使かよ⋯⋯。

次回からはAqours1年生!誰が先発かは未定ですが、うゆちゃんとずらちゃんのどちらかです。全てはあみだくじ⋯。
ついでに色んな妄想が溜まってきた為投稿を加速させます。

では⋯次回も、のんびり見て頂ければなぁ、と!

P.S. 無印劇場版見直しました。星を数えたら涙腺がランナウェイしたので、Future styleはひとつの光なんだと気付かされました⋯ことほのうみ⋯尊み秀吉⋯。

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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IF:素敵の教科書 (花丸√)

素敵なことを素敵と感じる。

それはとても大切な事だと、まるの大切な人は言いました。
1冊の本がくれた出会いは、決して色褪せることの無い物語として綴られます。
白紙だったまるのページを、沢山の色と真っ直ぐな言葉で埋めつくしてくれた貴方。

貴方の素敵は───何でしたか?


『月が綺麗ですね。』

 

 

そう言われたら、日本人の大半は「貴方を愛しています」と言うニュアンスなのだと分かるでしょう。

 

これはかの文豪、夏目 金之助(漱石)が『I Love You』をこう訳したと言われているからです。英語の先生だった彼が普通に訳した生徒に対し、『日本人は直接的な愛してるって表現は言わないぞ☆』と言って。

勿論これは諸説ある中の1つでしか無くて、本当の所は誰にも分かりません。もしかしたら、生徒さんが訳したものだったり?

 

とまぁ、それは置いておいて⋯問題はそこじゃないずら。

 

大事なのは、これを本当に使った恥ずかしい人間が居たって言うこと。そしてそれを知らずに普通に返した鈍感人間さんが居たってこと⋯。

 

 

 

ルビィちゃんと一緒に夏喜さんの家に泊まりに行った日⋯⋯中々寝付けなかったまるは縁側で本を読んでいた。あの日はすっごく綺麗な満月が出ていて───それこそ照明や行燈なんか無くても、ハッキリと文字が見える程には───まるの物音に目を覚ました夏喜さんも、布団から這いずるように起き出て、ルビィちゃんが起きないように2人でこっそりお話をした。夏喜さんはその日あった出来事を話すんだけど、それがとても不思議な感じで⋯なんだか子供が親に嬉嬉として話すようにも見えたし、親が子に聞かせる夢物語の様な感じもしたんだ。

 

『今日はこんな事が───』

『実はね、まるちゃん───』

 

いつの間にか⋯まるは自分の読んでいた本を閉じて、その不思議な話にすっかり夢中だった。自分達が当事者だってことも忘れて、『それでどうしたんですか?』なんて⋯知らないはずも無いのに。

 

その時、あの人の瞳に浮かんでいた蒼色の満月が余りにも綺麗で⋯カッコよくて⋯だからまるも言ったんだ。

 

そう。

あれは、言ってしまえば、生まれて初めての告白だった。胸がドキドキして、何度も言葉に詰まって⋯『ずら』も出ちゃったけど⋯⋯精一杯の、気持ちを込めて。

 

それに対して一言。

 

あの人から出たのは⋯たった一言の同意と、お茶を飲んで出た、ほぅっとした溜息。

 

 

 

『そうずらねぇ⋯⋯。』

 

 

 

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

 

漱石さん。

話が違うずら。

 

いや、もう⋯この際誰でも良いです。

あの日の、あの時間の、あの言葉を。

 

 

まるの告白(勇気)を返して下さい⋯。

 

 

 

 

 

 

 

 

『本を読むとね?たっくさんの素敵が、出会いをくれるんだよ。』

 

 

今でも覚えている。

あれは確か、まるが片手で数えられる位の歳だった頃、お婆ちゃんが言ってくれた事だった。

初めて読んだのは、子供らしく絵本。大きな紙に色とりどりの絵が描かれていて、読みやすいように平仮名でお話が書かれていた。

 

『こういう事をしたら大変!』

『こうやってお友達と仲良くね?』

 

それは、ようやく1人歩きを始めた子供に向けられた優しい教科書みたいで⋯お話は、いつだってめでたしめでたし。

こっちの本はどんな話だろう。こっちでは何を伝えたいんだろう。そんな事を考えながら、ページを読み進める手が止まらなくて、夢中で読んでいたっけ。

 

それからちょっとして⋯そう。ふと、お婆ちゃんの部屋にあった本を読んでみたいと思った。お出掛けで居ない時を狙ってこっそりと───多分コレが覚えてる中で初めての悪い事───部屋に入ると、本は割と直ぐに見つかった。優しくてしっかり者のお婆ちゃんは、本に対してもその性格が現れていたから、本棚にキチンと並べられていて。

一体どれがどういう話なのか、当時漢字も読めなかったまるには全然分からなかったけれど⋯その時、新しい世界が開いた感じがした。

今まで読んできた絵本も面白かったし、お婆ちゃんの本は難しい言葉や分かりやすい絵も表現も全然無かった筈なのに───どうしてだろう。

 

 

大きな窓をいっぱいに開けて、温かさを帯び始めた春風が部屋に入り込んできたように。

 

それは、私を包み込んだ。

 

 

縦書きで綴られた多くの言葉。

 

綺麗な言葉。

汚い言葉。

人間らしい言葉。

機械のような言葉。

 

喜び。悲しみ。笑い。怒り。希望。絶望。

 

悲しいのに痛快で、夢物語なのに現実的で。

200か、300か、400か。

幾重にも重なった紙の束は、沢山の世界と、『素敵』を作り上げていた。

まるは、そんな(世界)登場人物(住人)達が見せる沢山の話に、あっという間に引きずり込まれてしまった。自分とよく似た住人がいたら、感情移入で一喜一憂をしていた。

 

何となくだったけど、時間も忘れて読みふけっていたまるは、そのまま夕方になるまで読んでいた。読み終わって⋯そうして本を閉じて、顔を上げたら⋯お婆ちゃんが帰ってきていて。

 

怒られる───そう思って俯いたまるの頭を、暖かい手がそっと撫でてくれて。

 

『まるちゃんは、本当に本が好きなんだねぇ。』

 

って。

それから、言ってくれればいつでも読んでいいからねって。

まるは、自分がした事が申し訳なくて⋯それと同時に、恥ずかしさが込み上げてきて、少しだけ悲しくなった。

 

いっぱいいっぱい反省してごめんなさいって謝ったら、お婆ちゃんは怒ってないよ、って。それどころか、本の中で分からなかった言葉や場面を教えてくれたり、人物の心情をお婆ちゃんは自分の言葉でまるに伝えてくれた。まるで本の中で全てを見てきたかのように、子供だったまるにも伝わるよう丁寧に。

 

───どうしたら。

 

ふと、そんな事が思い浮かんだ。

どうしたらお婆ちゃんの様に、本の中身を感じられるのか。物語の表面上だけでなく、作者や本が伝えたい事を自分の中に受け入れられるのか。

お婆ちゃんは、気付いていたのかもしれない。あれだけ本と一緒に過ごしてきた人だから、全部筒抜けだったのかもしれない。頭を優しく撫でてくれながら、教えてくれた。

 

 

『どんなお話にも、必ず素敵なことがあるの。それは楽しい素敵かもしれないし、ちょっぴり悲しい素敵かもしれないわ。』

 

『けれどね、まるちゃん───大切なのは、素敵なことを素敵だって思うことよ。』

 

『お話の中でも、まるちゃんがこれから大きくなるまでの中でも。素敵なことは、たっくさん周りに溢れてる。本はその素敵を繋げて、出会いをくれるのよ。』

 

 

それから、お婆ちゃんはにっこり笑って言ってくれたんだ。

 

 

『いつか、まるちゃんにも自分だけの素敵が出来るといいねぇ。』

 

 

自分だけの『素敵』。

それが、もっと読んでいたいと思っていた本達なのか。それともまるのまだ知らない、会ったこともない誰かなのか。その時は、もっと先の、遠い遠い未来の話だと思っていたけれど。

 

おらは出会いました。

 

───優しく不器用な『ぷれいぼーい』さんに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯ここにも無い⋯。」

「そっか⋯後は隣町になるかな?」

 

秋も深まってきたある休日の日。まると夏喜さんは、本屋巡りに時間を費やしていた。元々はまるが1人でやっていたんだけど、道中で夏喜さんとばったり出会って───正直、あの日の夜の出来事があってからは恥ずかしくてあまり出会いたくなかったずら⋯。

夏喜さんは相変わらず気付いてないみたいだし、いつも通りのプレイボーイっぷりでまるを翻弄してきます。

意識しないで手を繋いでくれたり。

気になった本が高い所にあったら取ってくれたり。

 

「あ、クレープ屋さんだ。まるちゃん食べる?」

「⋯⋯食べます。」

 

こういう事を平気でしたり。

 

誰彼構わずこうして動ける辺りがプレイボーイって言われる所以だと、恐らく全く気付いてないずら⋯。

 

「はい、まるちゃん。」

「あ、ありがとうございま───」

「あーん。」

 

⋯⋯⋯ほら。

 

「あの、夏喜さん⋯?」

「あーん。」

「⋯⋯⋯はむ。」

 

ほらぁ〜〜〜⋯⋯!!///

 

「うんうん、僕は満足だよ!」

「⋯そう、ですか⋯⋯///」

 

それだけ言って夏喜さんは、またまるの手を取って歩きだしました。この人は、羞恥心という感情が欠けているんじゃないか───時たま、そんな事を思ったりもするけれど⋯この人はまる達1年生の事を妹のように見ている部分もあるので、仕方が無いといえば仕方が無いけれど⋯⋯。

 

満更じゃないまるも、多分、どこかおかしくなったのかなぁって⋯そんな風にも思います。

 

 

 

 

のんびり歩いて、電車に乗って、隣町の本屋さんにも行って───結局、まるの探していた本は見つかりませんでした。まるが子供の頃の本だったから、きっと置いている所の方が少ないのかも。

 

帰り道は、すっかり朱色に染まっていた。あちらこちらから夕飯の支度が進んでる良い香りがしてきたり。手を振りながら友達と別れる子供達の影が伸びて、縮んで、無くなって。海へと沈んでいく夕日でさえも、まるで『また明日』って言ってる様に、その燃えるような朱を徐々に冷ましていくみたいで⋯ほんの少しだけ寂しさを感じてしまった。

夏喜さんは、何かを考えているかのように、どこか心ここに在らずで隣を歩いている。

 

───楽しくなかった⋯かな。

 

そんな事が頭をよぎった。

夏喜さんは優しいから言わないだけで、本当は無理して付き合ってくれていたんじゃないかって不安になってしまう。

 

「ねぇ、まるちゃん。」

「は、はい⋯。」

 

そんな空気の中、夏喜さんは口を開いた。

 

「ずっと考えていたんだけど⋯探してた本って何だったの?」

「へ?し、知らずに探していたずら⋯?」

「聞くの、忘れちゃってたよ。いや、まるちゃんの事だから何か新しいジャンルでも開拓しようとしてるのかとね?」

 

うっかり!みたいな顔で笑ってる夏喜さんは、いつも通りでした。これが、この人の不思議な所です。だって、さっきまであんなに不安だったのに⋯まるも段々おかしくなってきちゃって、つい、笑っちゃうんです。

 

「絵本です。」

「絵本⋯?珍しいね。」

「そうですか?」

「うん。そっか⋯因みにどんな話か、覚えてる?」

「えっと⋯⋯確か───。」

 

まるは、自分が覚えている限りを話した。それがどんな話で、どんな結末を迎えて、何を伝えたかったのか。

何故それを探しているのかは⋯言わなかったけれど。

夏喜さんは少し考える素振りを見せて、それからいつもみたいに笑いながら、『家においで』って。

まるの手を引いて走った夏喜さんは、昔見ていた筈の子供の頃の様で⋯何だか、昔もこういう事があった気がする。

 

夕焼けの、2人きりの、帰り道。

 

少しだけ、顔が熱くなった気がした。

 

 

 

 

「まるちゃん、ちょっと待っててね。」

 

お茶を出してくれた夏喜さんは、それだけ言うと階段を上がっていった。夏喜さんが帰ってきた時、ルビィちゃんと一緒に1度だけ行ったことがある。引越しの手伝いをする為に、夏喜さんを起こそうとした時───つまり、あの人の部屋。

行ったことがあると言っても階段を上っただけで、部屋の中に入った事は無い。興味が無いと言えば嘘になるけど⋯何故か、善子ちゃんがこの前言っていた事を思い出してしまった。

 

『夏喜だって男なんだし、スケベな本ぐらいあるでしょ。』

 

⋯⋯そりゃあ、考えなかったことは無いけど⋯でも夏喜さんだし⋯絶対に近いくらい女の子絡みの物は無い気がする。

でもあったら⋯い、いや、あった所でそれは夏喜さんの自由だし、まるがどうこう言えることじゃないずら⋯というか、何でまるがこんなに考えないといけないのか。これも全部善子ちゃんのせいずらね。

後でお説教ずら。

 

「まるちゃん。」

「何です────か」

 

声に反応して振り返れば、鼻と鼻がくっ付いてしまいそうな程近くに、夏喜さんの顔があった。

 

「大丈夫?」

「⋯⋯⋯⋯はぃ。」

 

何でこの人は平然としていられるのか。そして話すなら離れればいいものを、何故この距離のまま会話するのか。プレイボーイというものは、これ程までに恐ろしいものなのかと、まるは再認識しました。

少し上擦った声のまるに笑いかけ、夏喜さんは、1冊の本を手渡してきた。

 

「これ⋯な、何で⋯⋯。」

 

それは、まるが1日かけて探していたはずの絵本だった。

何か特別な内容というわけでも無かったけれど、まだ小さくて何も分からなかったまるにとっての、『教科書』のような本だった。

 

一人ぼっちの男の子が、旅の中で沢山の素敵な人や景色と出会い、自分は1人じゃないと気付く幸せの物語。

 

そしてそれは────。

 

 

「それは、僕とまるちゃんが初めて会ったあの日───君が手に取っていた本だよね。」

 

 

()と、この人を、繋げてくれた本。

 

 

「本屋巡りの時、ちょっと思い出してね。まるちゃんがあの日持っていた本は、どんな本だったっけって。それから話を聞いて思い出したんだ。」

 

夏喜さんの言葉を聞きながらも、まるの中には沢山の感情がごった煮されていた。疑問とか、感謝とか、兎に角色々。

でも真っ先に口に出してしまったのは⋯。

 

「読んでも、良いですか⋯?」

 

そんな本の虫が言う言葉に、彼は頷いてくれた。

 

ページを捲れば、そこには『記憶』があった。

あの日、お婆ちゃんと一緒に本を買いに行ったこと。

寄った本屋さんでこの本に惹かれてしまったこと。

背が小さくて、届かなかったまるの代わりに手を伸ばしてくれた人のこと。

 

手を伸ばしてくれたその人が、こうして幾年ぶりに、まるとこの本を繋げてくれたんだ。

 

「まるちゃん?」

 

その人の言葉に現実へと帰ってきたまるは、自分の頬が濡れている事に気が付いた。視界がほんの少しぼやけ、慌てて手を自分の目元へと持っていった。

 

「な、何でもないずら!ちょっとだけ懐かしかったというか、なんかこう⋯と、とにかくまるは、全然へっちゃらで⋯!」

 

どうして。

 

どうして、思い出してしまったのか。

 

あんなに楽しかったあの日々を。

あんなに綺麗だったあの日々を。

目の前に居る人への、まるの気持ちを。

 

「ねぇ⋯まるちゃん。」

「は、い⋯。」

「僕は⋯もっと君を知りたかった。あの日、君が言ってた言葉の意味を知りたかったんだ。」

「え⋯?」

 

絵本のページを捲りながら、彼はそう言った。

 

「本を読むと、素敵が繋がって出会いをくれる。君は嬉しそうにそう言った。僕に出会えたと言ってくれた。我ながら単純というか⋯その⋯あの後ずっと嬉しくてさ。まるちゃんが何を読みたかったのか知りたくて、わりとすぐにその本を買ってたんだ。」

 

気恥しそうに頬を指でかくその顔は、初めて見る顔だった。

 

「多分、惹かれてたのかな。出会ったばかりの君が見ていた世界に。」

 

───ねぇ、まるちゃん。

 

どこか気恥しそうなのに⋯いつもみたいに笑っている筈なのに⋯⋯その目は、何かを、怖がっているみたいな。

名前を呼んでくれた彼は、言った。

 

「きっと僕は───君の言葉に、『死んでもいい』とは言えない。」

「っ⋯⋯。」

「だって⋯それが例え表現の1つであったとしても、死んでしまったら傍に居られないから。僕は⋯隣が良い。君の隣に居て、君に隣に居て欲しい。まるちゃん───。」

 

夏喜さんは、まるとは違う。

遠回しな言い方なんかじゃなく、純粋な言葉を⋯きっとまるが欲しかったその言葉を、言ってくれた。

 

 

「好きだよ。」

 

 

ただ、彼の顔を見るしか出来なかった。

もう怖かったのか嬉しかったのか分からない涙だけが次々溢れてきて、拭う事も忘れていた。

 

「な、つき⋯さん⋯。」

「うん。」

「夏喜⋯⋯さん⋯。」

「うん。」

「まる、も⋯まるも、好き⋯です⋯⋯。」

「ありがとう。花丸ちゃん。」

 

その声が好き。

その眼が好き。

抱き締めてくれるその優しさが好き。

不器用で、言葉足らずで、本当は怖がりなのに人の為に何かをしようとして。

大人みたいなのに子どもっぽくて。

 

あの日から、ずっと手を伸ばし続けてくれた貴方が───好き。

 

少しだけ、お婆ちゃんが言っていたことが分かった気がする。

この本に惹かれたことでもなくて、この人に出会えたことでもなくて⋯きっと、この気持ちが。

 

まるの中で沢山入り交じったこの暖かいものが、まるだけの『素敵』なんだ。

 

まるは、きっとこれからも本を読んでいく。大人になっても、お婆ちゃんになっても、ずっと、ずっと。

その隣には、この人が居てくれる。一緒に過ごして、たまに物語のような景色を見せてくれる。

 

もしも⋯もしも、この『素敵』に名前を付けるとしたら。

 

 

それはきっと────。

 

 

 

 

 

 

─F√ End.─

 

 




皆さん、こんにチカ。
病気の波が収まってきた、なちょすです。

もう腹痛に負けたりしない!!

はい⋯無理です。お薬飲んで何とか頑張っていきたいと思います、はい。

久々に書いたらナツ君がプレイボーイになってる⋯君こんなキャラだったっけ⋯?(困惑)

あ、そう言えば最近色々あったんですよ。
ストライクウィッチーズを見たり、たまゆらを見たり、ひだまりスケッチを見たり⋯2000年初期から続くアニメって完成度凄いですよね。ロボットアニメはもうCGがメインになってきましたけど⋯需要少ないから仕方ないよね⋯⋯。
違う、そういう話じゃない。

私の友人が、コミケ参戦決定したんですよ!そのサークルで売り子を手伝う事になりまして、今更ながら私もコミケ初参加させていただきます。人が沢山だと目眩と吐き気に襲われますが、内心ワクワクもしてるので楽しみですねぇ⋯。

長々と失礼致しました。
では、次回もお楽しみに!うゆ!!


P.S.初めてときめいたアニメヒロインって感慨深いですよね。私は『六門天外モンコレナイト』の柊 六奈ちゃんです。

※アンケート投票は、2020/03/20〆切とします。


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ちょっとコラボの短編集
幼馴染みと変わった夏 : 始


皆さん、こんにチカ。なちょすです。
今回は初コラボ短編ですよ!
どなたとコラボしたのかは後書きでお知らせしたいと思いますが1つだけお願いがあります。
これはちょ田舎のifストーリー⋯3話に渡ってお送りする『もしも』の世界。
今までのちょ田舎が好きだと言う方は、閲覧注意です。
何たって⋯『ヤンデレ』、ですからね♪


自分がしてきたことの責任は、どうあっても自分に返ってきてそれを負わなければならない。

僕がそのことに気づくには、全てが遅すぎたんだ。

 

 

「ふ〜着いたぁ⋯。」

 

 

僕は島原夏喜。東京からこの町に越してきた社会人見習い。爺ちゃんの家が取り壊されることが決まったから、そうならないように帰ってきたんだけど⋯。

 

 

「迷子⋯この年で⋯迷子⋯。」

 

 

爺ちゃんの家がある内浦までの道のりが分からずじまい。こんな事なら携帯使いすぎるんじゃなかったなぁ⋯。

しょうがない、誰かに聞こう!ちょうど目の前に女子高生2人が居るし⋯ってあれ?あの後ろ姿は⋯。

 

 

「千歌ちゃん?曜ちゃん?」

 

「え?」

 

「嘘⋯ナツ君!?」

 

「うん、そうだよ。久しぶりだね2人とも。」

 

「ナツ君ーー!!」

 

 

千歌ちゃんが僕のところへ飛び込んでくる。

 

 

「わっとと⋯いやーすっかり大きくなったね。」

 

「そりゃそうだよ!でも何で───」

 

「ナツ君っ!!」

 

 

結構食い気味で曜ちゃんが話しかけてくる。

飛び込んできた千歌ちゃんと僕の間に入って。

 

 

「ナツ君いきなりどうしたの?」

 

「あぁ、爺ちゃんの家が無くなりそうだから帰ってきたんだよ。今日からこの町の人間だからよろしくね?」

 

「やったー!毎日遊びに行くからね!♪」

 

「はは、嬉しいよ。千歌ちゃんもよろしくね?」

 

「う、うん。」

 

 

さっきより若干彼女の表情が暗くなってる気がする⋯気のせいかな?

 

 

「ナツ君。」

 

「何?曜ちゃん。」

 

「毎日行くって言った私の方だけ向いてよ。千歌ちゃんより嬉しく思ってるんだよ?」

 

「え?」

 

「返事は?」

 

 

昔とは違う、静かな中にも強い怒りがある口調に、ほんの少し恐怖を覚える。

 

 

「えと⋯はい。」

 

「うん、それでいいんだよ。じゃあ一緒に帰ろっか!千歌ちゃんまたねー!♪」

 

「あ⋯。」

 

「え?ちょ、曜ちゃうおぁ!?」

 

 

何か話そうとしていた千歌ちゃんも僕も知らぬ顔で、曜ちゃんは僕の腕を引っ張る。

どういう事?喧嘩でもしたのかな??

内浦までの道のりを2人で歩いていく。

 

 

「でさ〜、その時千歌ちゃんがね!」

 

「ははは、あの子らしいね。」

 

 

こうして話してると普通だ。喧嘩したなら相手の話題なんて出さない筈だし⋯。

すると僕達の前から2人組の女の子が歩いてくる。

 

 

「あれ?梨子ちゃんに善子ちゃん。どうしたの?」

 

「何もないわよ。ただリリーとぶらついてただけ。」

 

「そちらの方は⋯もしかして夏喜君?」

 

「梨子ちゃんに善子ちゃん。久しぶり。」

 

「ふーん、2人とも知り合いなんだ⋯。」

 

 

隣から聞こえる声が怖い。

 

 

「10年ぶりじゃない?随分変わったわねぇ⋯あとヨハネって呼びなさい。」

 

「よ、ヨハネ⋯ちゃん。」

 

「それでよろしい!おかえり、夏喜///」

 

「どこに行くの?」

 

「爺ちゃんの家に行こうと思ってね。あれ?てか2人と曜ちゃんも知り合いなの?」

 

「うん。私高校でスクールアイドル初めてさ。これがそのメンバーだよ。」

 

 

曜ちゃんから見せてもらったスマホの画面には、スクールアイドルAqoursの文字が。

 

 

「はは⋯凄いな。幼馴染み9人が皆スクールアイドルだなんて。」

 

「へぇ⋯夏喜君Aqoursの皆と知り合いなんだ⋯。」

 

 

さっきまでの穏やかな表情から、梨子ちゃんの顔が一変する。あまり目に光が見えないのは気のせいだろうか。

 

 

「そっかそっか!じゃあ私達はこれで失礼するね♪」

 

「⋯曜、夏喜と近すぎるんじゃない?」

 

「え〜そうかな?だってナツ君は良いって言ってくれたよ?」

 

「⋯!」

 

 

善子ちゃんが曜ちゃんに睨みをきかせる。

やっぱり何か変だ。

 

 

「ま、まぁそろそろ良い時間だから今日の所はお開きってことで!!ほら、終バスもなくなっちゃうしさ!」

 

「ナツ君が泊めてくれたら嬉しいけどなぁ♪」

 

「曜!!」

 

「あっはは、そんなに怒んないでよヨーシコー。私も帰るからさ。ばいばい、『私の』ナツ君♡」

 

 

そう言って曜ちゃんは帰っていった。

だけどその置き土産は大き過ぎるもので⋯善子ちゃんはずっとその背中を睨み続けていた。

 

 

「善子ちゃん、私達も帰ろっか。」

 

「⋯そうね。ごめんナツキ、取り乱して。」

 

「いや、大丈夫だよよし⋯ヨハネちゃん。」

 

「⋯あんがと///」

 

 

それだけ言葉を交わして、僕は1人で家路につく。

分からない事だらけだ。曜ちゃんと千歌ちゃんの関係。同じグループ内のあのやり取り。そして一瞬だけ見せた梨子ちゃんの表情。

 

 

「⋯何だか嫌な予感がする。」

 

 

そんな胸騒ぎを感じながらも今は保留にしておいた。

 

 

 

 

 

 

「『夏喜君が帰ってきたよ。』と⋯。ふふ、いつ帰って来るか『事前に』調べておいて良かった♪」

 

 

「ふふ、ナツ君の隣を最初に歩いちゃった♪これからは私がずーっと一緒だからね、ナツ君♡」

 

 

「あら、ナツキが帰ってきたのね?♪うふふ、ナツキはマリーだけのもの⋯誰にも渡さないわ。」

 

 

「あは♡ナツカッコよくなってるじゃん///梨子ちゃんに盗撮されたのは癪だけど明日から楽しみだな♪」

 

 

「あぁ夏喜さん⋯///ずっと待っていましたわ♡貴方は私が居なくてはダメなんですから⋯。」

 

 

「えへへ、夏喜さんカッコイイなぁ⋯♡ルビィドキドキしてきちゃった♡」

 

 

「夏喜さん夏喜さん夏喜さん♡会いたいなぁ声が聞きたいなぁ///」

 

 

「ふふ、すぐに私の虜にしてあげるわナツキ⋯貴方は私だけのリトルデーモン。他の誰にも渡さない。」

 

 

「ナツ君⋯///えへへ、やっぱりカッコイイなぁ⋯///でも私なんか見てくれないかな⋯明日はきっと⋯。」

 

 

 

それから異変はすぐ起きた。

帰ってきてからすぐ寝てしまった僕の携帯には、ゾッとするほどのメールや着信履歴。それも登録してない番号からだから返すことは止めた。

それから朝はダイヤちゃんが来てルビィちゃんが来て⋯3人で一緒に過ごしてたら何故か一触即発の姉妹喧嘩になりそうな空気を迎える。ダイヤちゃんはずっとニコニコしてたしルビィちゃんは時折ダイヤちゃんに鋭い眼差しを向けていた。

なんとか友達が来るからと家に返したものの⋯。

 

 

「これからどうしようかな⋯。」

 

 

ここまで来て違和感を感じないほど鈍くは無いつもりだ。けどこれに関しては他のメンバーに尋ねることが出来ない⋯疑いたくは無い。けど、半分以上が変わってしまっている今、他のメンバーが大丈夫という確証もない。

 

 

「いやいや、島原氏は俺にどうして欲しいんだ?」

 

「助け舟を要求するよ、章⋯。」

 

 

彼は僕の友人の章。軍事関係に詳しく、アニメとゲームを愛する典型的なオタク。いやいや、褒め言葉だよ?

東京のスクールアイドル『μ's』のライブで知り合って彼自身μ'sと縁があり、色々苦労してるそうで⋯。

今日は僕の引越しの荷物の整理を手伝ってくれるということで呼んだんだ。

 

 

「助け舟って言ってもさ⋯んー⋯いや、一個だけ思いつくな⋯。」

 

「本当に?」

 

「あぁ。てか俺も経験してる。」

 

「そ、それで章⋯それは一体⋯?」

 

「⋯『ヤンデレ』だ。」

 

 

ヤンデレ?

 

 

「そんな分かりやすく疑問顔になる中尉殿に教えよう。分かりやすくいえば好意だよ。」

 

「好意⋯?」

 

「島原氏が幼い頃に引っ越したって現実は、その9人の幼馴染みのお前が好きだっていう気持ちを歪めちまったんだよ。ここまではおk?」

 

「待って待って待って!全然ついてけない!!好意!?僕に??」

 

 

途端に携帯にメッセージが届く。

 

 

『ナツ君、今何してるの?』

 

『どうして電話に出てくれないんですか??』

 

『会いたいよナツキ⋯。』

 

 

「⋯⋯。」

 

「⋯ま、そういう事。それの送り主はそのAqoursって子達で間違いないね。どうやって連絡先を知ったかは謎だけど。」

 

「僕が⋯彼女達を変えたのか?」

 

「どうしようもない現実ってものもある。実際引っ越すのだって、子供の頃の中尉が言って変わるものだったか?」

 

「⋯いや。」

 

「じゃあそんな暗い顔しなさんな。どうやって向き合っていくかは島原氏次第だよ。あとこれは俺の友達に言われたことなんだけどな⋯。」

 

 

そう言って章はこちらを見てくる。

 

 

「『女に理屈は通じない。』だそうだ。原因が仕方無かったにしても、それは彼女達には関係無い。どんな事にしろ結果で動いてるあの子達には、理屈や理由なんて只の言い訳ってことだよ。」

 

「言い訳⋯。」

 

「まぁ⋯俺氏もしっかり分かるわけじゃないし、3次元より2次元派だからな!俺とは違うんだから、しっかり向き合えばいいんじゃないか?」

 

「そう、だね⋯やるだけやってみる⋯。」

 

 

ある程度片付けを手伝って貰って、章は一旦知り合いの家に帰っていった。

章に言われた言葉が頭の中で繰り返し駆け巡る。

 

 

「言い訳⋯か。向き合えるのかな、僕に。」

 

 

いや、僕が変えてしまったんなら向き合わなくちゃダメだ。きっと上手くやればみんなが元通りになるはずだよね!

 

ピンポーン。

 

 

「あれ?誰だろう⋯。」

 

 

そして僕は知ることになる。それがどれだけ甘い考えだったのか。




はい、なちょすです。
章君が出てきたという事でお分かりの方もいるかもしれませんね。
今回のコラボもといヤンデレ設定協力は『ヤンデレに愛されちゃったオタクくん。』でおなじみの『マリオタ』さまです。
ヤンデレのヤの字も知らなかったなちょすがお送りする病ん病んストーリー、残り2話でどんな展開になるんでしょうね⋯私にも分かりません笑


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幼馴染みと変わった夏 : 縛

皆さん、こんにチカ。
ヤンデレ勉強中の、なちょすです。
寒いですね。皆さん体調は気を付けて下さい。
コラボ短編第2話が始まりますよ。短編とか言いながら本編ぐらいありますが⋯。
前回に引き続き、病ん病ん頑張ります。

どうぞ、ごゆるりと⋯。


「ナッツキーーー!!!」

「やぁ鞠莉ちゃんんんんんっ!?!?」

 

100mぐらい助走をつけてきたんじゃないかと思う勢いで抱きつかれ、2人揃って玄関から廊下に吹っ飛ぶ。

 

「もう!帰ってきたならそう言ってよ!!私会いたかったんだからぁ♡」

「あっはは⋯ごめんごめん。昨日帰ってきてバタバタしててさ。」

「それって他の女の子と会ってたから?」

 

息が詰まる。

出会い頭にこんな豪速球を投げられるとは思わなかった。

ここで正直に話しても多分意味が無い。たまたま他のメンバーに出会ったなんてそれこそ言い訳でしかないのだろうから。

ごめん鞠莉ちゃん⋯。

 

「まさか⋯そんな女の子は向こうでもこっちでも居ないよ?」

「ふーん⋯嘘つくんだ。」

「え?」

「梨子から写真、送られてきたんだけど。これって会ってたんじゃないの?」

 

いつの間に撮られてたんだ。

鞠莉ちゃんが見せてきた携帯には、紛れもなく僕の写真が送られていた。

 

「ねぇ、何で嘘ついたの?メールも電話も出なかったし何で?」

 

冷や汗が背中を伝う。まさか幼馴染みにこんなに恐怖を感じるなんて⋯。

言葉を発する前に鞠莉ちゃんをこちらに抱き寄せる。

 

「ごめん。でも梨子ちゃんは本当にそういう関係じゃないんだ。でなければこんな風に君を抱きしめたりしないし、写真もカメラ目線になるはずでしょ?」

「んっ⋯まぁ、そこまで言うんだったら今日は許してあげる///次は無いから。」

「あぁ、鞠莉ちゃんにはもう下手糞な嘘はつかないよ。」

 

なんとか許してもらったけど⋯。

ヤバイな。予想以上に拗れてて手強い。

これがあと何人続くんだろうか。

 

「ふふ、じゃあ許してあげる代わりに⋯。」

「ちょちょちょ、鞠莉ちゃん!?なんで脱ごうとしてるのさ!!」

「あら、当然でしょ?ナツキは私のものなんだから。それにナツキになら良いわよ、何されても♡」

 

完全に予想外だ。ここまで独占欲が強くなるのかヤンデレって!

こんな事なら章を帰らせるんじゃなかった⋯。

 

「ストップ!一旦落ち着こう鞠莉ちゃん!」

「なーに?私とじゃ嫌なの?」

「違うよ、こういうのはやっぱりムードも大事だしそんなに急ぐことでもないでしょ??」

「あら、そうでも無いわ。だってマリーにとっては、これからナツキを私のものにする最高のムードだもの。それに、もう気づいてるんでしょ?Aqoursから好意が向けられてること。」

「それは⋯。」

「皆良いメンバーよ。大好きなのは本当。でもナツキに関しては譲らないわ。正直うっとおしいもの⋯ぜ・ん・い・ん♪」

 

この子、一体どこまで知ってるんだ。どっかで情報が漏れてたのか分からないけど、とにかくこのままじゃ不味い⋯!

 

「鞠莉。」

「⋯あら、何の用?カナン。」

「果南⋯ちゃん⋯?」

 

玄関に立っていたのは幼馴染みの1人、松浦果南ちゃん。

その目に光は無い。

 

「何してんの?」

「見て分からない?マーキングよ。ナツキは私の、私だけのものなの。邪魔しないでくれる?」

「へぇ⋯ナツは困ってるように見えるけどね。」

「ふふ、なーに?僻みかしら?」

「⋯⋯。」

 

服を脱ごうとしてる鞠莉ちゃんに馬乗りにされてる僕。そして玄関の果南ちゃん。

⋯地獄絵図だ。

 

「良いからどきなよ。それにダイヤに呼ばれてんでしょ?」

「あら、内緒にしてたはずなのに⋯梨子ね。OK、今日は退散するわよ。元々挨拶みたいなものだしね。じゃバイバイナツキ♡この続きは後でね♡」

 

嵐の様な彼女はそれだけ言い残して帰っていった。

ここに居るのは2人だけ。

鞠莉ちゃんに問い詰められた時以上の焦りを感じる。空気がまるで違うんだ⋯。

 

「ねぇ。」

「⋯うん。」

「大丈夫だった?」

「え、あ、うん、なんとか。ありがとう果南ちゃ⋯。」

 

その瞬間乾いた音が鳴り響く。

頬からじんわり来る痛みが無ければ何が起きたか分かんなかった。

 

「⋯え?」

「ねぇ、なんで鞠莉とあんな事になってたの?」

「いや、あれは鞠莉ちゃんが⋯」

 

再び頬を叩かれる。

 

「そういう事聞いてるんじゃないんだよ、ナツ。」

「⋯ごめん。本当に、ごめん。」

「反省してるならさ⋯ハグ、しよ?」

 

そう言って果南ちゃんは抱きついてくる。

さっきとは打って変わって、恥ずかしがりながらも甘えてくる様子は、昔のままだ。

 

「ごめんねナツ。痛かったよね?」

「いや、軽率だった僕がいけないんだよ。ありがとう果南ちゃん。」

「えへへ⋯そう言ってくれて嬉しいな///」

 

そう、軽率だった。彼女に問い詰められて、口から出たのは事実という名の言い訳。

下手をすれば、この子が一番変わってしまったのかもしれない。

いや、違うか⋯多分、皆がこのぐらいになってしまってるかもしれないなんて、頭によぎってしまう。

 

「ところで、今日はどうしたの?」

「会いたくなったから来ちゃった♪ねぇ、これから時間ある?」

「う、うん。まぁ⋯。」

「そっか!じゃあ家に来なよ!久しぶりで私も嬉しいんだよね⋯なんちって///」

 

申し訳ないけど、章には連絡を入れておこう。

家を出て果南ちゃんの家がある淡島に向かう為、僕らはフェリー乗り場へと足を運ぶ。

 

「ねぇ果南ちゃん。」

「ん?何?」

「この10年⋯僕が居なかった間は何があったんだい?」

「⋯⋯。」

 

 

隣を歩いてた彼女の足が止まる。

 

 

「何で?」

「ううん、気になっただけだよ。果南ちゃん昔より可愛くなってたから何があったのか知りたくなって⋯なんて?」

 

⋯我ながらなんて理由だ。

 

「ふーん。ま、まぁ?ナツがそう言うなら教えるけど⋯///」

「あぁ、お願いするよ。」

「って言っても、なんてことは無いんだよね。鞠莉が留学に行って帰ってきたり、スクールアイドルやったり⋯まぁ、ナツが居なくなった時は泣いちゃったけどさ。」

「⋯ごめん。」

「でもこうして戻ってきてくれたから許します。」

「ふふ、ありがとう。」

 

こうしてるだけなら普通の会話だ。

あったかも知れない別の世界。けど現実には、僕が変えてしまったというどうしようもない事実がつきまとう。

 

「あれ、夏喜さん!」

「へ?花丸ちゃん?と、ルビィちゃん⋯。」

「⋯夏喜さん、どうして果南さんと居るんですか?」

 

⋯最悪だ。1番起こって欲しくなかった事態になってしまった。

ルビィちゃんからしたら、友達が来るからと自分を帰らせた男が女の子と居る⋯そういうふうにしか見えてないと思う。

 

「友達って果南さんなんですか?それとも果南さんに会う口実を作るために騙したんですか??」

 

「⋯これを見てくれルビィちゃん。僕が朝会っていた男友達とのトーク履歴。帰らせるための口実なんかじゃないよ。」

「⋯なら良いです。」

「夏喜さんカッコよくなったずらぁ///」

「はは、ありがとうまるちゃん。」

 

そう言って彼女の頭を撫でると擽ったそうに肩をすくめる。

けどその手がいきなり掴まれ、彼女は無表情で僕に聞いてきた。

 

「こういう事、他の子にもしてるんですか?」

「い、いや⋯帰ってきてからはまるちゃんが最初だけど⋯。」

「⋯えへへ///おらが最初⋯ずら♪」

 

心臓のバクバクが止まらない。ここには3人の女の子がいる。

1人安心したらもう2人は爆発寸前。その繰り返しだ。

鋭い目つきをしたルビィちゃんの近くへ行き、頭を撫でる。

ダメで元々⋯果南ちゃんにまた叩かれるかもしれないけど、不器用でゴメン果南ちゃん!

 

「ルビィちゃんも、変な誤解させてごめんね。」

「⋯いいです、撫でてくれましたから⋯///」

「じゃあおら達はこれで。行こ、ルビィちゃん。」

 

そう言って2人はまた歩いて行った。

けど視界に入ってしまう⋯まるちゃんは、スカートの裾を強く握りしめていた。

 

「ナツ。」

「うん。」

 

振り向きざまに頬を叩かれる。

 

「ねぇ、何で?何で私だけ見てくれないの??」

「⋯ごめん。」

「⋯いいよ。私がナツの事どれだけ思ってるか教えてあげる。」

 

それだけ言い残して果南ちゃんは再び歩き出した。

連絡、入れとくか⋯。

それから果南ちゃんの家に着いて、家の人は居ないという状況が分かり僕は今リビングに居る。

手を縛られて。

 

「あのー⋯これはどういう状況?」

「だってこうでもしないとナツは分かってくれそうにないしね。これからはずっと一緒だよ、ナツ。」

 

そう言って微笑む彼女の目に光は無い。

この子は本気だ。

僕の行動を束縛してる意識は無くて、ただ自分だけを見ていてほしいんだ。

自分で言うのも気が引けるけど⋯。

 

「でもこれじゃあハグ出来ないよ?」

「私がするから良いの。ぎゅーっ!♪」

「⋯ありがとう。」

 

そんなやり取りをしてると、玄関からインターホンが鳴り響く。

 

「あれ、お客さん?今日予約あったかな?」

「僕はここに居るから行ってきてもいいよ。」

「うーん⋯じゃあすぐ帰ってくるね。」

「すいませーん。」

「はーい!」

「ここに島原さんは居ますか?」

「えっ?」

 

あぁ⋯連絡しておいてよかった。伝わるか分からない内容だったから来てくれるか心配だったけど⋯。

 

「⋯え、何?島原氏は縛りプレイが好きなの?」

「楽しくやってるように見えるなら眼科を紹介するよ、章。」

「冗談だよ。ほら、帰るぞ。ゴメンなさい、俺は彼の友達の章って言います。引越しの片付けほっぽり出してたんで一旦連れ帰ってもいいですか?」

「それは⋯。」

「ちゃんと帰しますよ。俺も彼も嘘はつきませんので。」

 

待ってくれよ章。そんな話は聞いてない。

 

「⋯絶対返して貰えますか?」

「もちろん。ですよね、中尉殿?」

「⋯そうだね。約束する。」

「ふーん。じゃあ良いですよ。」

 

恐ろしい約束を取り付けられたがこの場はなんとか助かった。

章に手の紐を解いてもらい、僕らは淡島を後にした。

 

「本当に助かったよ章。」

「全く⋯出掛けるだとかヘルプだとか忙しいな島原中尉は。愛されてんねぇ。」

「はは、ありがとうとでも言っておくよ⋯。」

「で、どうだい。何とかなりそうか?」

「⋯正直言うとキツイ。」

「だろうね。」

「章は知ってるのかい?ヤンデレの事。」

「知ってるも何も⋯色々あったからな⋯。」

 

そんな話をしてると、見知った後ろ姿を見かけた。

丁度いいや、『彼女』には聞きたいこともある。

 

「梨子ちゃん。」

「?あ、夏喜君♡」

「こんにちは。いきなりなんだけど聞きたいことがあるんだけど⋯。」

「うん、良いよ。」

「帰ってきた初日、いつの間に僕の写真撮ったの?」

「⋯鞠莉さんね。よく撮れてたでしょ?」

「あぁ、ビックリしたよ。」

 

心臓が潰れそうなくらいには。

 

「ねぇ夏喜君。私は⋯ううん、Aqoursはね、皆貴方のことが大好きなの。」

「そう⋯みたいだね。」

「なら情報を共有しないとフェアじゃないよね?だから教えたの⋯夏喜君が帰ってきた事。そしたら当然皆が取り合おうとする。その中で貴方に振り向いて貰えたら、ホントの勝ちだと思わない?」

 

⋯何を言ってるんだ?情報を共有?ホントの勝ち?

 

「でもね、教えてない事もあるんだよ?私は夏喜君の事なんでも知ってるんだから。例えば⋯鞠莉さんと一線越えようとしたり果南さんに監禁されそうになったり。」

「何で⋯その事⋯。」

 

僕の動揺もお構い無しに、彼女は僕の手を掴み自分の方へと引き寄せる。

ふと、耳元で囁かれた。

 

 

 

 

「ねぇ⋯もっと私の知らない夏喜君を見せて?」

 

 

 

 

背中がぞわりとする。

どこまで見透かされてるか⋯いや、『見られているか』全く分からない。

 

「じゃあ私はこれで。バイバイ、夏喜君♪」

「⋯すっごいなあの子。俺もビビったわ。」

「あぁ⋯不用意な行動は出来ないね。」

「取り敢えず⋯部屋、片付けるか。」

 

明日には果南ちゃんの所へ行かなきゃならないから、実質的今日中に色々と終わらせないといけない。片付けが終わり次第、章も東京へと帰る。

これからの事に一抹の不安を抱えながら、僕らは家へと戻ることにした。




はい、なちょすです。
さてさて、次回はコラボ短編最終話。
出番の少ない子もちらほらいますが、推しの方はごめんなさい。
次は一番長くなりそうです。
どのぐらいかと言われたら本編導入のイチャコラパートぐらいですよ。
ヤンデレになってるか全く謎ですね⋯なってます?
最終話も病ん病ん頑張ります。


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幼馴染みと変わった夏 : 結

皆さん、こんにチカ。
絶賛コラボ中の、なちょすです。
函館ライブの当落どうでしたか?
なちょすは破滅です。うん⋯知ってました。
誤字脱字があったら教えて頂けたらありがたいです。

それではコラボ短編最終話、どうぞ!


梨子ちゃんにゾッとさせられてから部屋の片付けを始めて1時間、あらかた荷物の整理はついてきた。

すると玄関のインターホンが鳴って尋ね人が1人⋯初日に曜ちゃんを睨んでいた堕天使だ。

 

「ナツキー、いるー?」

「あぁ、いらっしゃい善⋯ヨハネちゃん。」

「ヨハネ?こりゃまた凄い名前だな。」

「当然でしょ?私は堕天使ヨハネ。それ以上でも以下でも無い、唯一絶対の存在なのだから⋯。で、どちら様?」

「あぁ、僕の友達だよ。章って言うんだ。」

「初めましてヨハネちゃん。」

「あ、どうも初めまして。」

 

こういう所はすっごい礼儀正しいんだけどなぁ⋯。

ちょっと不機嫌な顔をしてるってことは、多分この状況を快く思ってないのだろう。

 

「今日はどうしたの?」

「用がなきゃ来ちゃいけない?やましい事でもあんの?」

「いや⋯何にもないです。」

 

鋭い目つきで睨まれる。

うん、触らぬ堕天使に祟りなし。

 

「片付けしてるって聞いたけどもう終わってるわね。」

「あぁ、なんとかね。」

「俺は後帰るだけだからさ、ゆっくりしていったらいいんじゃない?」

「⋯ナツキはいいの?」

「うん、良いよ。」

「それじゃあ一旦帰るわ。『何かあったら連絡』、宜しくな。」

 

それだけ言い残して、章は帰っていった。

出来ることなら連絡するのは最後の手段として取っておきたい。果南ちゃんに使った手でもあるし、今後怪しまれない保証は無い。

今部屋には僕と善子ちゃんの2人⋯他に誰か来るかも知れないけど、これなら持ちこたえられる。

 

「最近調子はどうだい?」

「ん、まぁボチボチね。アンタは疲れてんの?」

「そんな顔してるかい?」

「そうね。」

「それは元々だよ。」

「ふふっ、何それ。」

「⋯ヨハネちゃんはさ⋯僕が帰ってきてどう?」

 

何故そんなことを聞いたのか、自分でも分からない。

 

「どうって⋯何がよ?」

「いや、その⋯ビックリしたーとか、嬉しかったー⋯とか?」

「まぁ⋯曜と居る時は頭に来てたけど、正直な所嬉しかったわよ。今だって若干緊張してるもの。」

「そうなの?凄い淡々としてるからそうでもないのかなって思ってた。」

「じゃあ教えてあげるわ。」

 

そう言って彼女は僕の手を掴み、自分の胸へと持っていった。

 

「ちょちょちょ!何を⋯。」

「流石にアンタでも触ったら分かるでしょ?柄にも無く結構ヤバイんだから⋯///」

 

善子ちゃんの胸からは、絶えず心臓の鼓動が伝わってくる。走った後のような⋯緊張してるかのような速い鼓動。

それだけで全てが繋がる。

彼女が曜ちゃんに睨みをきかせた理由も、ここに来て最初不機嫌そうな顔をしていたのも。

自分と僕の間にある全てが⋯誰もが⋯うっとおしい。

 

「ちょっと⋯いつまで触ってんのよ///」

「え?あ!ご、ごめん!!」

 

気づいた時には彼女は僕の手を離していたから僕がずっと触っている形になってしまっていた。

 

「⋯別に良いけど///」

「まさか手を離してたとは⋯。」

 

途端に携帯の着信音が鳴り響く。

電話の相手は、登録してない番号。

ここに来てから、家に来た子だったりメッセージで教えてもらった分は登録した。

ただ1人を除いて。

 

「出るの?」

「えっと⋯かかってきてるから取り敢えず出ようかなと⋯。」

「それ、千歌の番号よね。目の前に私がいるのに千歌なんかのがいいわけ?」

「そういうわけじゃないよ⋯。」

 

さっきよりも明らかに強い怒りの眼差し。

この子の沸点は、僕の予想よりも遥かに低いみたいだ。

 

「帰ってきて番号登録もしてないくらい会話もしてないなら良いじゃない。私を⋯私だけを見てよ、ナツキ。」

 

そう言って目に涙を浮かべる彼女の顔に惹き付けられてしまう。

どれだけそうしていたか分からない⋯いつの間にか、着信は止まっていた。

何をしたらいいかも分からず、どんな言葉をかければいいのかも分からず⋯ただ目の前のこの子の頭を撫でてやることしか出来なかった。

涙を浮かべたこの子の顔は、光を失った堕天使ヨハネでは無く津島 善子という女の子だったから。

 

「⋯ん。アンタの手、擽ったいわね。」

「そうかい?」

「でも、これが落ち着くわ⋯。」

「⋯そりゃ良かったよ。」

 

僕は、電話をかけてきた少女を無視して目の前の少女の為に行動した。

『してしまった』。

千歌ちゃんにも今日中に話をしに行かないといけない。

 

「あ〜⋯ヨハネちゃん。もう少しこうしていたいのは山々なんだけどさ、そろそろ買い物に行かなくちゃ。」

「そうなの?なら私も行くわ。」

「はは、ありがとう。でもそんな大したことじゃないし、章の家にお土産も持っていかないといけないからさ。それだと暇だし面白くないでしょ??」

「ん⋯まぁ⋯。」

「それにひょっとしたら夜も遅くなっちゃうからさ、また遊びに来てくれたら嬉しいな。」

「⋯ナツキが言うんだったら⋯そうする。」

 

ヤンデレ化して人格は変わっていても本質は変わっていない。

この子は本当に善い子だと思う。

 

「じゃあ途中まで一緒に行こうか。それなら大丈夫じゃない?」

「うん、そうする。」

 

素敵な笑顔の彼女。

その目は、再び光を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふー⋯なんとかここまで来れたな。」

 

あれから善子ちゃんを途中のバス停まで送ろうとしたが、今日は梨子ちゃんの家に行くということで近くで別れた。途中で視線を感じたが、気のせいだと信じたい。

 

「あら、夏喜さんじゃないですか♪」

「⋯はは。ダイヤちゃん、こんにちは。」

 

この2日間、こんなに誰かに会うのは初めてだ。素直に喜びたいけど、この状況じゃ厳しいかな。

 

「どうされたんですの?」

「ちょっと買い物をしに行こうかとね。じゃなきゃ僕の夕飯はカップラーメンになってしまうから。」

「あらあら、大変ですわね⋯。なんだったら私が作りに行きましょうか?」

「いや、それは君も大変だし気持ちだけ頂いておくよ。」

「ならお買い物のお手伝いなどは⋯。」

「うーん⋯大したもの買わないし大丈夫かな。ありがとう。」

「で、でしたら家に来るというのはどうでしょう!それでしたら全然構いませんし、両親も喜びますわ!!」

「はは、いきなり行ったら流石に大変だろうしね⋯時間がある時にお邪魔するよ。」

 

すると彼女は、終始崩さなかった笑顔を初めて崩した。

泣きそうな⋯まるで好きなものを全部取られてしまった子供のように。

 

「私は⋯必要の無い存在ですか?」

「え?」

「私は⋯!あなたにとって全く必要とされてない人間なのですか!?」

「ちょ、ダイヤちゃん?」

「夏喜さん⋯貴方は私が居ないとダメなのですわ。私は貴方が戻ってきた時の為に家事も勉強も全力でやってきました!私の存在は貴方の為にあるんですのよ?それで必要無いと言われたら、私は何の為に生きてるんですか!?」

「落ち着いて!」

 

言ってる事が滅茶苦茶だ⋯!

僕が彼女無しでは生きられないと言いながら、これじゃあまるで『彼女が僕無しでは生きられない』って言ってるのと同じじゃないか⋯。

 

「分かったから!僕が悪かったよ⋯それじゃあちょっとだけ手伝ってくれるかい?」

「⋯!勿論ですわ!」

 

いつものニコニコとした笑顔に戻る彼女。

間違いない。この子は僕に依存している。

朝ルビィちゃんと僕の3人で居た時にずっと笑っていたのは、僕に手伝いをお願いされたから。

自分に『価値』を見出されたからだ。

ヤンデレって、こんなに色んなパターンになるんだなぁ⋯今なら論文に纏めて発表できそうな気すらしてくるよ。

 

「夏喜さん?私は何をすれば?」

「え?あぁ、ごめん。ちょっと買い物を手伝って欲しいんだ。友達に買っていくおみやげをね。そしたらそいつがいる所教えるからさ、僕の代わりに届けてくれるかい?」

「お安い御用ですわ。」

 

章は明日には東京へ帰る。ならこれから被害にあうことは無いはずだ。一応あいつにも連絡しておこう。

 

「それじゃ、行こっか。」

「はい!」

 

暫くしてダイヤちゃんと買い物をして、章のお世話になっている家を教えた。

結構歩いちゃったからなぁ⋯もうすっかり夕方になってしまった。

これからもうひと仕事待ってる。ずっと会いに行けてなかった少女の元へ。

携帯に着信がかかる。相手は非登録の番号。

⋯彼女だ。

 

「はい、もしもし。」

『あ、ナツ君⋯。久しぶり。』

「うん、久しぶり千歌ちゃん。」

 

初日に再会した時よりも、声に元気は無い。

 

「ごめんね、なかなか話したりする機会がなくて⋯。」

『いいのいいの。ナツ君いつもの事だし、私も会いに行けなかったから⋯。それでね?今日家に誰も居ないからちょっとお願いがあるんだ。』

「僕に出来ることなら何でもいいよ?」

『そっか⋯ねぇ、ナツ君なら私を助けてくれる?』

「え?」

『私⋯ナツ君と再会してから、ナツ君に会いたかった。声を聞きたかった。でも出来なかったの。そしたらね⋯頭の中で声が聞こえるんだ⋯ずっと、ずっと⋯煩くて聞きたくないのにどうやっても響いてきて、頭が痛いの。』

「ち、千歌ちゃん⋯?」

『ねぇナツ君⋯お願い。私を殺して。』

「⋯は?」

 

殺して⋯?今、そう言ったのか?

 

『お願いナツ君。ナツ君がやってくれないなら⋯私は自分で終わらせるよ。』

「今行くから絶対ダメだ!待っててくれ!!」

 

電話を切り、全速力で駆け出した。

彼女の家へ。彼女の元へ。

僕は大きなミスを犯した。章から話を聞いた時に気付けば良かったんだ⋯!

他の子達は、皆独占欲が強くて周りを目の敵にしていた。それはAqoursメンバーだって例外じゃない。

なのに千歌ちゃんは、一度も自分から来なかった。電話は掛けてきても、会いに来たり街中で出会うことも無かった。

向こうから来ないから大丈夫なんて思ってたさっきまでの自分が憎い。

千歌ちゃんの心は、もう⋯壊れている⋯!

 

「早まるな⋯千歌ちゃん!」

 

幸い彼女の家へ向かう途中だったから、それほど時間はかからなかった。

家の前には、彼女の家で飼っている愛犬のしいたけが玄関前で座っていた。

 

「わうっ!!」

「⋯案内、してくれるのかい?」

 

しいたけは家の中に入り器用に階段を登っていく。

僕はその後を黙って付いていき、やがて突き当たりの部屋の前に来た。

 

「ありがとうしいたけ。」

 

中に彼女が居る。

ずっと想いを溜め込んで、1人で塞ぎ込んでしまったか弱い少女。

ノックをして扉を開ける。

 

「千歌ちゃん。入る⋯よ⋯。」

「⋯ありがとうナツ君。やっぱり、来てくれるって信じてた。」

 

 

覚悟はしてきた。

 

現実を見て、僕が変えてしまった彼女達と向き合おうと思った。

けど目の前の光景は、そんなちっぽけな覚悟じゃ足りない事を表している。

大暴れしたかのような、物が散乱した部屋。

髪を下ろして着ている服も乱れてしまっている彼女。

もう何度見たか分からない、光を失った瞳。

その目元には深い隈が出来ている。

 

「千歌ちゃん⋯。」

「えっへへ⋯汚くてごめんね。煩いんだ、声が。今もずーっと聞こえてる。騒いでる。私がダメな子だって皆で言うんだよ。ねぇナツ君⋯隣、来て?」

「⋯あぁ。」

 

呼ばれるがままに彼女の隣へ座る。

すると彼女は、ポツリポツリと、絞り出すように言葉を吐いた。

 

「皆、変わっちゃった⋯。ナツ君が居なくなってから⋯曜ちゃんも、果南ちゃんも。Aqoursの皆と幼馴染みって言うのは初めて知ったけど、皆変わったんだと思う。グループトークも変な空気になっちゃうし⋯。」

「そう⋯だね。他の皆に出会って、僕も感じたよ。」

「⋯どこでこうなっちゃったのかな⋯私は⋯ただ皆で輝きたかっただけなのに⋯。」

 

彼女の言葉が突き刺さる。

 

「私、ナツ君の事大好きだよ。」

「⋯ありがとう。」

「曜ちゃんとか果南ちゃんとか⋯皆に負けないくらい大好き。でも分かんないんだよ⋯もう頭がぐちゃぐちゃなの。何をどうしたら良いとか、考えても分かんなくて、ずっと煩い声だけ聞こえてきて⋯。だからナツ君。」

 

 

『私を終わらせて?』

 

 

目でそう訴えてくる。

千歌ちゃんの手が僕の手を掴み、彼女の細い首元へ持っていかれる。

 

「ナツ君になら⋯良いよ。このまま⋯力を入れてくれるだけで。そうしたらナツ君も私を忘れないし、私の事だけをずっと見ててくれるでしょ⋯?」

 

触れてる指からは彼女の体温が。

その首からは生きている鼓動が伝わってくる。

この子は殺して欲しいと言った。

他でもない僕に。

 

「───出来ない。」

「なんで?」

「僕には無理だ、千歌ちゃん。」

「なんで⋯なんでなんでなんで!!終わらせてよナツ君!もう嫌なの!私が!皆が!全部嫌なのっ!!」

 

泣き叫ぶ子供のように、自分の気持ちを吐き出すように⋯ただただ彼女は叫ぶ。

同時に、僕を突き飛ばして千歌ちゃんが馬乗りになってきた。

 

「ナツ君が終わらせてくれないなら、私がナツ君を終わらせる!そして私が死ねば、ずっと一緒だよ⋯!」

「がはっ⋯!千歌⋯ちゃん⋯!!」

 

彼女の小さな手が、僕の首を絞めていく。

 

「私はただ輝きたかった⋯皆と一緒に駆け抜けたかった!ナツ君に振り向いて欲しかった!名前を呼んで欲しかった!でも皆がナツ君の所へ行って、私が入る場所なんて無くて⋯ナツ君と皆が幸せならそれでもいいって思ってた!!ねぇナツ君⋯。」

 

大粒の涙が、僕の顔を濡らしていく。

 

「どうして⋯戻ってきたの⋯?」

 

絞り出すように出たその声は、僕の覚悟を砕くには充分だった。

何を勘違いしていたんだろう⋯元々選択肢なんて1つしか無かったじゃないか。

Aqoursの未来も可能性も僕が奪った⋯僕という存在の介入が、たった1人の少女の『憧れ』を潰してしまった。

だったら、何を犠牲にしたって構わない。誰が壊れて誰が歪んでしまっているのかなんて問題じゃない。

これは僕の責任⋯僕の罪だ。

 

「千歌⋯ちゃん⋯⋯良いよ⋯。」

「えっ⋯。」

「終わりに⋯しよう⋯。」

 

掠れる声で話しかける。

こんな形でしか責任を取る方法は思いつかなかった。

朦朧としてきた意識の中、抵抗していた手を床に投げ出す。

最低だ、と言われるだろうか。

そんなの逃げだ、と言われるだろうか。

分かったと言って、この首を絞めるだろうか⋯。

けどいつまで待ってもその答えは示されない。

それどころか絞める力は徐々に緩んでいき、首にかかる手は震えだしている。

 

「げほっ!!ごほっ!!」

「⋯⋯バカ⋯。」

「千歌⋯ちゃん⋯⋯?」

「ナツ君の⋯バカぁ⋯!バカっ!バカっ!!ナツ君に出来なかったのに、私に出来るわけないじゃん!!」

「千歌ちゃん⋯。」

「大好きなの⋯ナツ君もAqoursも⋯!終わらせたく無い!終わりたくない!!」

 

泣き叫ぶ彼女を抱きしめる。

壊れてしまった彼女を⋯優しく、強く。

視界に懐かしいものが写った。僕が引っ越す時に彼女と撮った写真。

荒れてる部屋の中で、それだけは枕元に立っていた。

 

「千歌ちゃん。これ⋯。」

「なに⋯?あ⋯。」

 

さっき床で掴んだ三つ葉のヘアピン。僕がプレゼントした物だ。

それを彼女の頭に付ける。

 

「⋯やっぱり似合ってるよ、千歌ちゃん。」

「ナツ君⋯ありがと⋯。」

 

目を真っ赤に腫らして、それでも笑う彼女が可愛らしい。

千歌ちゃんだけじゃない⋯僕が変えてしまった皆だって、ただ自分だけを見ていて欲しいと言ってくれた。

僕の事が好きなのだから、と。

そう考えると昨日とは違う感情が胸の中に湧き上がる。

皆が、愛おしい。

この子が⋯Aqoursの皆が喜んでくれるなら僕は何だってやろう。

どれだけかかっても良い。

これからは僕の時間も⋯心も体も⋯。

 

 

 

 

 

 

『全部』皆のものだから。




以上をもちまして、ちょ田舎コラボ短編『幼馴染みと変わった夏』は終了となります。
誰が歪んでしまっているのか⋯この世界線の10人がどうなっていくのかは読んでくださった皆様のご想像にお任せします。
ヤンデレ⋯なってたかなぁ。
心配な面もありますが、個人的には楽しかったです。笑
『俺がヤンデレを1から教えてやるよ、なちょ公⋯』とか、『もっとやってみろよ!新しい扉開けよ、なちょ公!』とかありましたら、感想・メッセージにてお待ちしております。
また機会があれば誰かとコラボとか面白いかもしれないですね。
長くなりましたが、最後にヤンデレ設定を下さったマリオタ様、『ヤンオタ君』制作陣の皆様。
お忙しい中貴重な機会を与えていただき本当にありがとうございました。
独立コラボ短編、ちゃっかり見てるので頑張ってください!

P.S.次からは本編に戻ります。次回のちょ田舎はタイトル未定!でもミカン大好き3人娘とタエ婆ちゃんが出てきます。


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