魔法使いと魔法少女 (T&G)
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プロローグ

「まったく、今回の敵は予想以上に手強かったな」

 

荒れ果てた大地で丁度いい大きさの岩に腰を掛けた俺は隣に居る相棒に声を掛けた。

 

相棒の鷹見ゲンジは辺りを見渡していた視線を俺に向ける。

 

「そうだね。でも、この程度は想定の範囲内だよ」

 

黒い短髪を偶に吹く風でなびかせながらゲンジは掛けている眼鏡をクイッと上に上げる。

 

「一応、確認してみたけどこの世界にはもう『歪み』はないから、次の世界へ行こうか」

 

どうやら辺りを見渡していたのは『歪み』があるかの確認だったらしい。

 

ちなみに『歪み』とはこの世界では本来、あり得ない現象によって現れるものを指し示す。

 

先ほどの俺たちの会話からわかるように世界は無数に存在する。

 

そして、その世界はそれぞれ異なる秩序を持ち、世界の中に存在するものはその世界固有の秩序から作られている。

 

「おっ、ようやくこの世界から出られるのか。 今度は人がいる世界に行きたいな」

 

ある世界から別の世界へと物体が移動し、異なる秩序にさらされると一種の反応を起こす。

 

それは違う秩序で作られた存在を異なる秩序に対応させる。

 

つまり、起こる反応とは周囲の秩序を歪ませるものであった。

 

「そうだね。 そろそろ非常食も尽きてきそうだし、僕としても人がいる世界がいいかな」

 

その『歪み』の大きさは物体の大きさや常識によって異なり、大きな物体や非常識であるほどその世界の『歪み』も大きくなる。

 

また『歪み』は時間の経過と共にその度合いを大きくし、最終的には世界の崩壊が予測されている。

 

それを防ぐために俺とゲンジが世界を渡り歩き、『歪み』を調整しているのだ。

 

「でも、行く世界は決められないんだろ?」

 

『歪み』は『特別な力』をもつゲンジしか感じ取ることができないのである。

 

ゲンジの生まれは少々特殊らしく、こういった能力がいくつかあるのだが、詳しいことは俺も知らない。

 

「そうだね。 ただ、次の世界にも確実に『歪み』はあるから油断はしないようにね」

 

「わかってるって。 いつもと同じように、だろ?」

 

俺が頷いたのを確認したゲンジは両手を前に突き出して集中し始めた。

 

すると空間がねじれるように歪み、ねじれの中心から闇がにじみ出てきた。

 

その闇は人間の身長程まで広がるとそれ以上は広がらなくなり、その場で静止している。

 

「相変わらず入る気が失せるような暗闇だな」

 

「それは仕方がない。 僕も使えるだけで詳しいことはわからないからね」

 

これはゲンジの『特別な力』の一つである異世界へ移動するための『ゲート』だ。

 

この『ゲート』は別世界の『歪み』があるところに繋がっていてこちらから世界を選ぶことはできない。

 

あと、閉じないと直接『歪み』になるから注意が必要ということしかわからないらしい。

 

「それじゃあ、新しい世界へ行きますか」

 

『ゲート』はゲンジが閉じないといけないので、いつも俺が先に通ることになっている。

 

俺が『ゲート』を潜ろうとしたところでゲンジが声を掛けてきた。

 

「そうだ、トシアキ。 前に頼まれていた物がようやく完成したんだ」

 

そう言いながらゲンジはポケットに手を入れ、そこから緑色の数珠を取り出した。

 

「数珠?」

 

「これは異世界に行っても『歪み』が起きなくなるものさ」

 

そう説明したゲンジは一つを自分の腕に付け、もう一つを俺に渡してくれた。

 

「『歪み』が!? すごいじゃないか!」

 

『歪み』が起きなくなるなら調整してまわる必要性も無くなってくる。

 

そんな便利なものを作るゲンジに俺は感心していた。

 

「これは小さいから着けている者にしか効果がないけどね。 僕たちも異世界に行けばその世界の秩序が乱れるから、そうならない為のお守りさ」

 

感心したのは良いがやっぱり万能ではないらしい。

 

だけど、これがあれば気に入った世界に長い時間滞在出来るようになる。

 

「なるほど。 と言うことは、一つの世界に長時間滞在できるようになるんだな?」

 

「うん。 これでゆっくり寝られるようになる」

 

俺とゲンジは二人して微笑みあった。

 

やはり長時間滞在出来ないとなると、睡眠時間を削ることが多くなるからな。

 

「じゃあ、今度こそ行くか」

 

「そうだね」

 

俺たちが『ゲート』の中に入ろうとした瞬間、後ろで大きな爆発が起こった。

 

「「!?」」

 

振り返ってみるとそこには動物の牙や毛皮、骨や肉が複雑に絡み合って出来ている異物が存在していた。

 

「ゲンジ! 『歪み』は?」

 

「アレが中心になっている。 でもおかしい、さっきまでなにもなかったのに」

 

本当に不思議そうな表情をしているゲンジだが、今はそれどころではない。

 

アレの元となっている動物たちは先ほどまで俺たちが戦っていたモノなのだ。

 

「動物の実験体の次は未知の生物かよ。 いや、アレは生物か?」

 

この世界に住んでいる人はいなかった。

 

だが、異世界からやって来たであろう研究者たちはいたのだ。

 

「どうだろう? でも、どっちにしてもアレは『歪み』だから消さないといけない」

 

「それもそうだな」

 

彼らは様々な世界から動物を連れて来てこの世界で実験を繰り返していた。

 

それが『歪み』を発生させる原因になり、先ほどその『歪み』を調整したのだ。

 

そういうわけでもう一度ゲンジが調整するために俺は足止めを行うことにする。

 

「力を貸してくれな」

 

俺の周りを楽しそうに飛びまわっている『精霊』に話しかけ、俺の足は地面から離れていく。

 

ゲンジが『特別な力』があるように、俺には『魔法』と呼ばれるものがある。

 

もっとも、そう呼んでいるのは俺が元居た世界の住人だけかもしれないが。

 

「さて、まずは動きを止めないとな」

 

空中に浮かびあがった俺は辺りにいた『精霊』に頼んで大きな氷の結晶となってもらう。

 

そして他の『精霊』の力を借りて氷の結晶を高速で回転させる。

 

「いけ!」

 

その高速で回転した無数の氷の結晶は鋭く尖った大きな槍になり、異物に向かって凄まじいスピードで飛んでいった。

 

「$*¥!?%$#!!%&><*!?」

 

叫び声とは思えない音を発した異物は俺が放ったいくつもの氷の槍により、大地に磔にされている。

 

「よし、次は・・・・・・」

 

次の『魔法』を放とうと考えたが、ゲンジがアレに近づいている可能性があるため俺は攻撃を止める。

 

そして、俺はゲンジを探すために磔にされている異物のもとへ飛んで行った。

 

「・・・・・・どこにいったんだ? ゲンジのやつ」

 

「僕ならここにいるよ」

 

「うお!?」

 

俺の独り言に真下から返事がきたため、驚いて自分の足元を確認する。

 

そこにはゲンジがナイフを持ったまま、こちらを見上げている姿があった。

 

「相変わらずお前の『特別な力』ってのはよくわからん」

 

ゲンジのもう一つの能力、それは身体能力の強化だ。

 

これも原理が良くわからないが『歪み』が発生しているときだけ身体が強化されるらしい。

 

ちなみに『歪み』がない時は普通の人間と変わらないようだ。

 

「僕自身もよくわかってないんだ。 でも、特に不便だとは思っていないから」

 

「まぁ、本人がわからないんじゃ、どうしようもないな」

 

俺もゲンジが『特別な力』があるからと言って問題があるわけではない。

 

むしろ、そのおかげで様々な世界に行けるのだから感謝しているくらいだ。

 

「でも、能力の使い過ぎは疲労の原因だろ? 俺に言えばバラバラにしてやったのに」

 

「そうだね、今はトシアキがいるから全部自分でしなくてもよかったんだね」

 

ゲンジに言われたとおり、今は俺、敷島トシアキという存在がいる。

 

少し前まで別の世界で王子をやっていたんだが、たまたま俺の世界に『歪み』を調整しに来ていたゲンジに付いて世界を渡り歩いている。

 

それまではゲンジが一人で旅をしながら『歪み』を調整していたのだ。

 

「そうそう、俺には『歪み』を感じることも視ることも出来ないけど、闘うことは出来るからな」

 

ゲンジは『歪み』を感じることも視ることも出来るらしい。

 

俺には出来ないが、それを言ったらゲンジも『精霊』を感じることも視ることも出来ない。

 

要するに生まれや才能で出来ることとで出来ないことがどうしてもあるってことだ。

 

「そう、だね。 じゃあ、今からコレを『デリート』するからその間は頼むよ?」

 

「おう! 任せとけ」

 

ゲンジが言った『デリート』とは『歪み』の原因となるモノをこの世界から消し去る能力だ。

 

しかし、そう考えるとゲンジは『歪み』を探し、見つけ、消し去ることを自分一人で出来るわけだ。

 

「・・・・・・誰かがゲンジにそんな能力を与えたのか?」

 

もしそうだとすればゲンジは知らないうちにソイツの手のひらの上で動いていることになる。

 

そんな奴がいるなら俺が消し去ってやりたいが、本当の所はわからない。

 

そんなことを考えている間にゲンジの『デリート』によって異物はどんどん姿を消していく。

 

「・・・・・・・・・はぁっ、はぁっ」

 

能力を長時間使っている為か、ゲンジの呼吸はだんだん荒くなっていく。

 

だが俺が手伝ってやることは出来ないので、こうして他からの攻撃がないか警戒することがせめてもの手伝いだ。

 

「ん? ・・・・・・なっ!?」

 

警戒していた俺は思わず声を上げてしまった。

 

なんと姿が半分以上消えており、さらに氷の槍で大地に磔にされているにも関わらず異物は突然動きだしたのだ。

 

「ゲンジが危ない!」

 

そう思ったときには体が動いていた。

 

『精霊』の力を借りて今まで出したことのないスピードでゲンジの傍まで飛ぶ。

 

下手に攻撃していると間に合わないかもしれないので、俺はただひたすらスピードを上げる。

 

「頼む、間に合ってくれ!」

 

願いが届いたのか、なんとかゲンジと異物の間に入ることが出来た。

 

「ぐわぁあぁあぁ!!!?」

 

異物からの攻撃が俺の背中に突き刺さり、そのまま切り下ろされた。

 

あまりの痛さに思わず、叫び声を上げてしまう。

 

「ト、トシアキ!?」

 

俺の叫び声に今まで『デリート』の為に集中していて目を閉じていたゲンジが目をあけて驚いていた。

 

「ゲ、ゲンジ。 こいつは危険だ。 早く、逃げろ・・・・・・」

 

背中からおびただしい量の血を流してしまった俺は情けなくもその場に倒れた。

 

「おい! しっかりしろ、トシアキ!」

 

今まで聴こえていたゲンジの声が遠くなっていく。

 

意識が持てば『精霊』の力で傷を塞ぐことも出来るのだが、どうやら無理らしい。

 

「トシアキ、君にはたくさん苦労をかけた。 これから行く世界で生きていけるかわからないが、ここより安全なはずだ」

 

俺の目を見ながら何か言っているみたいだが、俺にはもうほとんど聴こえない。

 

「ゲ、ゲンジ? 何を言って・・・・・・」

 

「きっと迎えに行く。 それまで生きていてくれ」

 

俺はそこで目を閉じて意識を失った。

 

ただ、目を閉じながらもどこかの底に落ちて行く浮遊感だけがあった。



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第一話

「うっ、ここは・・・・・・」

 

まず目をあけて飛び込んできたのは太陽の光であった。

 

眩しさに目を細めながら俺は自分の周囲を確認する。

 

「ここは一体・・・・・・」

 

確認してわかったが、俺は血だまりの中心にいるらしい。

 

あと草木が生茂っていることから森か林の中にいると考えられる。

 

「そう言えば、ゲンジは?」

 

俺の覚えている限りではゲンジを庇って怪我を負って、そこから意識が朦朧としていたような気がする。

 

「つまりは何も覚えていないということか」

 

とりあえず意識ははっきりしてきたのでいつまでも寝たままでいるわけにもいかない。

 

そう思い、俺は起き上がろうとしたが、なぜか体が動かない。

 

「血が足りないのか? 力がはいんねぇ・・・・・・」

 

自力で起き上がることが出来ないので、頭上に見える太陽の位置を確認した。

 

「・・・・・・真上ってことは昼か?」

 

この世界で以前居た世界と同じ法則が通用するか俺にはわからなかった。

 

そもそも、人がいるのかどうかも不明だ。

 

色々と考えている内に太陽の位置が変わったが、俺の周囲は変わる気配がない。

 

「俺は結局死ぬのか・・・・・・」

 

そんなことを考えていると隣の草むらがガサガサと揺れ動いた。

 

良い人ならいいが、盗賊とか魔物なら今の俺では生きていける自信がない。

 

「・・・・・・」

 

揺れ動く草むらをジッと見つめているとそこから可愛らしい動物が姿を見せた。

 

「狐? しかも子狐か?」

 

そこから出てきた動物は小さな子狐であった。

 

最初に考えていた通り、盗賊や魔物だったら困っていたのだが。

 

「・・・・・・」

 

野生の狐なのか、草むらから首を出したままでこちらの様子を窺っている。

 

「狐なんて久しぶりに見たな。 まぁ、狼よりはマシだよな」

 

色々な世界を旅していると動物の名前も世界によって違うこともある。

 

たとえば俺から見れば狐だが、他の世界に行くとその世界の住人は狸と呼んでいたこともあったのだ。

 

「でも、アレは絶対に子狐だ」

 

誰もいないのに言い聞かせるように話してしまった俺。

 

何だか悲しくなり他に出来ることもないので、しばらく狐を見つめていた。

 

すると何を思ったのか、子狐が草むらから出てきてこちらにやってきた。

 

「おいおい、野生の狐ってこんなに人懐っこかったか?」

 

野生と思っているのは俺だけで、本当は誰かのペットの可能性もある。

 

俺のそばまで寄ってきた子狐は身動きが取れない俺の顔をペロリと舐める。

 

「ちょ、くすぐったいって!」

 

そう言いながら避けようとするが、体が動かないのでされるがままに舐められてしまった。

 

「くぅ」

 

さんざん舐めても起き上がろうとしない俺を不思議に思ったのか、子狐は鳴き声をあげた。

 

まるで何かを尋ねられたように感じたので俺は子狐に向かって話しかける。

 

「俺は怪我して動けないんだよ。 遊んで欲しかったら他をあたりな」

 

「くぅ!」

 

俺がそう言うと子狐は言葉がわかったかのように返事をした。

 

そして返事とともに、もと来た道を戻って行った子狐。

 

「・・・・・・あいつ、言葉わかんのか?」

 

去って行った子狐のことを考えたが、居なくなってしまったので確認のしようもない。

 

考え事をしていると再び意識が朦朧としてきた。

 

「ヤバイ、頭がクラクラしてきた」

 

だんだん視界が狭くなり、あたりが暗くなっていくように感じる。

 

そしてそのまま、俺の意識は深い闇へと向かっていった。

 

 

 

***

 

 

 

再び太陽の眩しい光を直接顔に受けて俺は目を覚ました。

 

「うっ、ここは・・・・・・」

 

先ほども同じ言葉を言った気がしたが、深く考えないことにする。

 

それに今度の周りは草木ではなく、広い部屋に高級そうな家具が置いてあった。

 

「俺、どうなったんだ?」

 

そう言いながら身体を見ると、怪我をしていた背中に包帯が巻かれている。

 

どうやら親切な人に助けて貰い、この部屋に寝かせてくれたようだ。

 

人ではない可能性もあるのだが。

 

そんなことをしばらく考え込んでいると、ドアが開く音が聞こえたのでそちらに視線を向ける。

 

「あっ、起きた?」

 

声の主は小学生くらいの小さな身長で金髪の少女であった。

 

かなり可愛いので将来はきっと美人になるであろう少女がこちらに近づいてくる。

 

「君は?」

 

俺はそばまで来た少女に対してそう話しかける。

 

その時俺は、この世界に人が住んでいて良かったと心の中で安堵していた。

 

「あたしはアリサ・バニングスよ。 昨日、アンタが怪我をして倒れているのを見つけてウチまで運んできたの」

 

アリサと名乗った少女は学校の制服らしきものを着ており、鞄を背負っている。

 

おそらく、学校に行く前に俺の様子を見に来てくれたのだろう。

 

「そうだったのか。 助けてくれてありがとう」

 

寝たままの状態では命の恩人に対して失礼だと思い、痛む身体を無視しつつ身体を起こす。

 

そして、俺は真剣にアリサを見つめ感謝の意を込めて頭を深く下げた。

 

「べ、別に良いわよ。 たまたまウチに運んだだけで、助けを呼ぼうと一番早く動いたのはなのはだし」

 

俺から視線を逸らしたアリサは照れた様子でそう言った。

 

その時に出た『なのは』という名前に聞き覚えがなかったので尋ねることにする。

 

「えっと、アリ・・・・・・」

 

「アリサお嬢様、そろそろ学校へ向かう時間です」

 

いつの間にか部屋に入っていたのか、執事服を着た白髪混じりの男性が俺の言葉を遮ってアリサにそう声を掛けた。

 

「わかったわ。 それじゃあ、あたしは学校に行ってくるからアンタは大人しくしてなさい」

 

俺にビシッと指を向けてそう注意したアリサは執事服の男性と共に部屋から出て行ってしまった。

 

「・・・・・・行っちまった」

 

詳しい話も聞けず、俺は一人で部屋に取り残された。

 

というか、アリサお嬢様ってことはもしかして金持ちのご令嬢なのか。

 

身元とか調べられたら俺は証明するものなんて何もないんだが。

 

「まぁ、考えても仕方ないか。 大人しくしてろって言われたし」

 

起こしていた身体を再びベッドへ倒し、天井を見上げる俺。

 

怪我を負っているのは背中なので横になったときに痛みで顔を顰めたが、誰もいなかったので気付かれなかったはずだ。

 

「・・・・・・ん?」

 

ベッドで横になってからしばらくして、下半身の部分で何か動いているのに気付いた。

 

視線を向けると一部分がポコッと膨らんでおり、それが動いていたようだった。

 

「・・・・・・」

 

気になったが布団の中を見てはいけない気がしたのでそのまま見つめていると、膨らんでいる部分がどんどん上に向かってくる。

 

そして、胸の部分まで来るとその進行はピタリと止まり動かなくなった。

 

「な、なんだ?」

 

「くぅ!」

 

鳴き声と共に顔を出したのは俺が最初に目覚めた森にいた子狐であった。

 

「狐!?」

 

「くぅん」

 

俺の驚きも気にした様子もなく、俺の顔に身体を擦り寄せて来る。

 

今回は背中の傷も手当して貰っているので少しなら動くことが出来る。

 

「くぅ!?」

 

擦り寄って来た子狐を両手で捕まえ身動きを封じる。

 

俺はそのままの状態で身体を起こし、ジッと子狐を見つめる。

 

「・・・・・・お前、妖狐か?」

 

「っ!?」

 

俺の問いかけにビクッと身体を震わした子狐。

 

「魔力っていうか、お前の場合は妖力か。 それがとてつもなく大きく感じる」

 

子狐を目の前で抱えて、話しかけるように喋る俺。

 

もっとも、いくら妖狐と言っても人間の言葉を理解できるとは思っていない。

 

「・・・・・・なんてな。 狐が人間の言葉なんてわかるわけないよな」

 

俺は冗談を言うようにそう言いながら目を閉じて自分の言葉に呆れ返った。

 

すると突然、子狐を抱えていた腕に重みが増した。

 

「?」

 

俺が目を開けてみると、子狐の代わりに狐耳の少女が抱えられていた。

 

「・・・・・・」

 

「くぅ!」

 

抱えられたままで俺と目が合い、嬉しそうに微笑む少女。

 

「えっ? えぇえぇえぇ!!?」

 

「やっぱり気づいた。 久遠のこと、わかってくれた」

 

俺の絶叫をよそに微笑みながら人間の言葉を話す狐耳の少女。

 

久遠という名前があり、さらに人間の姿にもなれるらしい妖狐。

 

「・・・・・・人間に化けれたんだな」

 

「久遠、ずっと生きてる。 これくらい簡単」

 

ずっとという詳細がわからないが、何故俺に正体を明かしたのか気になる。

 

ニコニコした可愛らしい笑顔で尻尾を揺らしている久遠に尋ねてみる。

 

「なんで俺なら気づくって思ったんだ?」

 

「懐かしい匂いした」

 

「懐かしい?」

 

俺がわけもわからず聞き返すとコクンと頷く久遠。

 

この世界には来たことないはずだし、こんな妖狐の知り合いもいないはずだ。

 

「昔会ったアサに似た匂い」

 

「アサ?」

 

俺はその名前を聞いてさらに訳がわからなくなる。

 

アサという名前の知り合いはいない。

 

しかし、俺はその名前をどこかで聞いたことがある。

 

「アサのこと知ってる?」

 

「いや、聞いたことはあるが、知らない・・・・・・はずだ」

 

自信がないためとりあえずそう言っておく。

 

アサのことを知っていると思っていたのか、期待に満ちていた久遠がシュンと落ち込んだのがわかった。

 

とりあえず、いつまでも抱えているわけにもいかないので、ベッドの上にソッと下ろす。

 

「くぅ?」

 

そして、落ち込んでいる様子が可哀想に思えた俺は、何となく久遠の頭に手を乗せる。

 

手を乗せた俺は久遠の頭をそのまま優しく撫でてやった。

 

「くぅん」

 

撫でられた久遠は嬉しそうに鳴き声を上げながら微笑む。

 

「そう言えば俺の名前を言ってなかったな。 俺はトシアキ、敷島トシアキだ」

 

「トシアキ?」

 

俺の名前を確かめるように言いながら小首を傾げる久遠。

 

久遠の言葉に頷いた俺はまた頭を撫でてやる。

 

「そうだ。 偉いな、久遠は」

 

「くぅん!」

 

やはり動物はキチンと出来たら褒めてやらないといけないな。

 

いくら人間の姿になれると言ってもまだ子狐だ。

 

良いことと悪いことをはっきり教えておいた方が良いだろう。

 

「ちなみに普段もその姿なのか?」

 

「ううん、いつもは狐の姿。 久遠、人間の姿になると耳と尻尾が消えない」

 

ピコピコと動く狐の耳とフリフリと揺れる狐の尻尾。

 

俺は久遠の答えに『魔法』のような異能や『獣人』のような種族はこの世界にないものだと判断した。

 

「そっか。 じゃあ、いつもの姿に戻ろうか。 ここの人たちが驚くからな」

 

「うん、わかった」

 

久遠の身体を眩しい光が包み込んだかと思うと、そこには先ほどまでの人間ではなく子狐の姿があった。

 

「くぅ!」

 

さて、久遠の問題は解決した。

 

他にも何年生きているのかとか、飼主はいないのかとか、聞きたいことがあるが今度にしよう。

 

「次の問題は俺か・・・・・・」

 

そう、問題は俺自身のこれからについてだ。

 

先ほども考えた通り、この世界での身分を証明するものは何もない。

 

相棒のゲンジの行方もわからないままだし、俺はどうするべきか。

 

「・・・・・・とりあえず、俺を拾ってくれた人と話をしよう」

 

アリサの話では『なのは』という人物も俺の為に色々としてくれたようだ。

 

とにかく、二人と話をしてそれから考えることにしよう。

 

「さて、寝るかな」

 

「くぅ」

 

結論を出した俺は子狐姿になった久遠を抱きながら布団に入る。

 

俺はアリサが戻って来るまで久遠と一緒に眠ることにしたのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

あたしは今日、人を拾った。

 

今まで捨てられた犬は沢山拾って面倒を見てきたけど、人間を拾ったのは初めてだった。

 

最初はなのはに連れられて八束神社にいるという子狐を見に行っただけだった。

 

目的の子狐を見て触っていたのだけど、急に子狐の様子がおかしくなってなのはとすずかとあたしで森の中を探しまわった。

 

ようやく見つけたと思ったらそこには血塗れの男の人が倒れていて。

 

「アリサちゃん?」

 

「えっ、あ、ごめん」

 

あたしは目の前にいる親友の月村すずかに名前を呼ばれ、先ほどまで考えていたことを中断させた。

 

でも、すずかともう一人の親友である高町なのはとの会話を全く聞いていなかったので素直に謝る。

 

「昨日はごめんね? 私、怖くなっちゃって・・・・・・」

 

あたしたち三人で子狐を見に行ったのだが、すずかは倒れている人を見つけたときにすぐに帰ってしまったのだ。

 

人が血だまりの中で倒れていたら誰だって怖くなるわよね。

 

「仕方ないわよ、あたしもそうだったし。 それに比べてなのはは」

 

「にゃはは、やっぱり怪我をしている人がいたら助けなくちゃって思ったから」

 

確かに言っていることは立派だけど、もし倒れている人を襲った人が近くに居たらどうしていたのかしら。

 

「そう言えば今朝、様子を見に行ったら起きてたわよ」

 

「そうなの? 良かった、ちゃんと助かったんだね」

 

あたしの言葉に心から安心したように言ったなのは。

 

すずかも自分が逃げ出したことに罪悪感があったのか、ホッとした様子だった。

 

そりゃ、逃げ出したことが原因で手遅れになってたら辛いわよね。

 

「よかったら今日、ウチに来る? 一応、自分の目で見ておいた方がいいかもしれないし」

 

「それじゃあ、お邪魔しようかな」

 

「あ、なのはも!」

 

こうしてすずかとなのはは学校帰りにあたしの家に来ることになった。



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第二話

久遠と一緒に眠りについてから数分後にこの家のメイドさんによって起こされてしまった。

 

なんでも医者から、血が足りてないので起きたらすぐに飯を食わせろと言われていたらしい。

 

俺が目覚めたことは学校に行ったアリサが伝えたのだろうが。

 

「でも、これはさすがになぁ・・・・・・」

 

背中に大怪我を負っていたためか、気を利かせてくれたメイドさんが運んできてくれたのはお粥であった。

 

それも鍋一杯にお粥が入った鍋ごとこの部屋に持ってきてくれた。

 

「別に高熱で寝てたわけじゃないから普通の飯でも食べられるのに」

 

せっかく用意してくれたのに悪いと思いつつ、肉料理が恋しくなってしまう。

 

ちなみに一緒に寝ていた久遠にも油揚げが与えられ、今も嬉しそうに俺の上で食べている。

 

「・・・・・・」

 

「くぅ?」

 

俺の視線に気づいたのか、食べるのを中断してコチラを見つめて首を傾げる久遠。

 

よくよく考えると、別の世界では野生の狐を食べたりしたこともあった。

 

「・・・・・・ゴクッ」

 

お粥ばかりで飽きていたのでつい、久遠を見つめて喉を鳴らしてしまう。

 

「くぅ・・・・・・」

 

俺の視線をどう思ったのか、食べかけの油揚げを名残惜しそうに差し出してくれた久遠。

 

だが久遠、俺は油揚げではなくお前を見て喉を鳴らしてしまったんだ。

 

「・・・・・・悪い、それは久遠が食べてくれ」

 

せっかく仲良くなった久遠を相手に喉を鳴らしてしまったことを反省しつつ、差し出された油揚げを久遠に返してやる。

 

「入るわよ?」

 

そんなことをしていたとき、ノックとともにアリサの声が聞こえてきた。

 

「どうぞ」

 

俺が返事をしてすぐに扉が開き、そこから少し驚いた表情をしたアリサが入ってくる。

 

その後ろからアリサと同じくらいの女の子が二人、一緒に入って来た。

 

「あら、起きてたの? てっきり寝てるのか思ってたわ」

 

確かに大人しくしていろとは言われたが、別に寝ている必要もないだろう。

 

「ちょっと、色々あってな」

 

主に飯とか、お粥とか、久遠とか、野生の狐は食べられるとかな。

 

「そう? そういえば、アンタ・・・・・・」

 

「ちょっと待った。 朝も思ったが、アンタはやめてくれ」

 

別に年下の子に普通に話されるのが嫌なわけではないのだが、出来れば名前で呼んで欲しいのだ。

 

「だってあたし、アンタの名前知らないし」

 

アリサにそう言われて今朝は自己紹介をしていないことを思いだした。

 

久遠にした記憶はあるが、そう言えばアリサにはしていない。

 

「そう言えばそうだったか・・・・・・俺の名前はトシアキ、敷島トシアキだ」

 

「トシアキね・・・・・・なのはもすずかも覚えた?」

 

俺の名前を確認したかと思うと、すぐ傍にいた女の子二人に確認を取る。

 

先ほどからアリサとしか話してないが、あと二人の女の子が居たのだった。

 

「ふぇっ!? う、うん、覚えたよ」

 

「うん、大丈夫」

 

突然話を振られたツインテールの女の子は驚きながらも、何度も頷いく。

 

もう一人の白いカチューシャをした女の子はしっかりと頷くのであった。

 

「じゃあ、今度はこっちの番ね」

 

アリサはそう言うと隣にいたツインテールの女の子を前に押し出した。

 

「この子がなのは、高町なのはよ。 アンタのことを見て真っ先に助けを呼ぼうと動いた子」

 

「あぅあぅ・・・・・・」

 

押し出されたなのはという少女は恥ずかしそうにしながら俯いていた。

 

「俺のことを助けてくれてありがとう」

 

俺は今朝、アリサにしたようになのはに感謝の意を込めて頭を下げた。

 

「えっ!? そ、そんな! なのはは当然のことをしただけで・・・・・・」

 

俺が頭を下げたことに大変驚いた様子でそう言う彼女。

 

しかし、見ず知らずのそれも血まみれの人を助けに動くなんてどれほど勇気が必要なことか。

 

それを当然という言葉で片付けようとする彼女は凄く良い子なのだろう。

 

「俺にとってはその当然のことが凄く助かったんだ。 だからお礼を言わせてくれ、本当にありがとう」

 

「えっと、どういたしまして」

 

俺の意思が伝わったのか、なのはも俺の言葉を受け取った上で頭を下げてそう返してくれた。

 

この子は将来、立派な人になれるだろう。

 

「それからこの子がすずか、月村すずかよ。 アンタの倒れていた場所まで案内してくれた子」

 

「・・・・・・」

 

次に押し出されて俺の目の前に来たのは白いカチューシャをしているすずかという子であった。

 

その子はなのはとは違い、ずっと黙ったまま俯いている。

 

良く見ると肩が少し震えているようにも見えるので、俺のことが怖いのではないのだろうか。

 

「すずかはアンタを見つけてすぐに顔を真っ青にして帰ったのよ。 それで負い目を感じているのよ」

 

確かに血溜まりの中心で人が倒れていたら誰だってそうなるだろう。

 

それで途中で帰ってしまったことに負い目を感じていると言うことはかなり優しい子なのだろう。

 

「えっと、月村さん」

 

俺が名前を呼ぶと彼女の身体がビクッと震えた。

 

そんな彼女に昔、妹に話し掛けたときのように頭に手をソッと乗せる。

 

「君が見つけてくれなかったら俺は助かっていなかったんだ」

 

そして、ゆっくりと撫でながら優しく語りかける。

 

「だから、何も気にすることはない。 俺はこうして助かったんだ、本当にありがとう」

 

「・・・・・・はい」

 

俺の言葉がキチンと伝わったようで彼女は静かに頷いてくれた。

 

そんな彼女の頭から手を放すと少し残念そうな声が聴こえたが、気にしないことにする。

 

「で、朝も言ったけど、あたしはアリサ・バニングス。 アンタをウチまで運んだのよ」

 

どうやらこの三人が俺の命の恩人のようだ。

 

今朝の疑問も解決したので一件落着と思ったが、アリサは相変わらずの呼び方のようだ。

 

「アンタはやめてくれって言ったろ?」

 

「じゃあ、トシアキって呼ぶわね。 あたしのこともアリサでいいから」

 

「あっ、なのはのこともなのはでいいですよ」

 

「じゃあ、私もすずかでお願いします」

 

何故か皆が名前で呼び合う仲になってしまったが、別に問題はないだろう。

 

なのはが何か聞きたそうにしていたので目で促してやった。

 

「えっと、トシアキさんはどうしてあの場所に?」

 

俺も気がついたらあの場所にいたのだが、『歪み』のことを話すわけにはいかないため、俺の故郷の話をすることにした。

 

「実は俺、魔法の国からやってきたんだ」

 

「「「えっ!?」」」

 

本来その世界にありえないものは『歪み』を引きおこす原因となるのだが、話程度なら大丈夫だろう。

 

「そこで魔物に襲われて大怪我をして、逃げてきた場所があそこだったというわけだ」

 

ほとんど真実に近いことを話したが、『魔法』が存在しないのなら夢物語と思ってくれるだろう。

 

「そんな話、信じるわけないでしょうが!」

 

予想した通り、アリサが誤魔化されたと感じたのか、そう言って怒鳴ってくる。

 

すずかも同じ思いなのか、疑っていますという視線を感じる。

 

しかし、なのはだけは何かを考えこむように黙ったままであった。

 

「本当のことなんだけどなぁ」

 

話した俺も信じてもらえないと思っていたため、苦笑しながらそう答える。

 

「とにかく、三人に言っておくことがある」

 

突然、真剣な表情に切り替わった俺を見て、三人とも顔を強張らせた。

 

「アリサ、なのは、すずか、なにかあれば俺が必ず助けてやる」

 

「「「・・・・・・」」」

 

俺の言葉に三人とも黙ってしまった。

 

魔法の国の話から冗談の続きだと思われたのか、それとも俺の助けは必要ないということだろうか。

 

「くぅ!」

 

そんな雰囲気を壊してくれたのは、今まで膝の上に居た久遠であった。

 

最初の方は油揚げを食べていたが、途中から眠っていたのだ。

 

そして、このタイミングで目が覚めたというわけである。

 

「く~ちゃん!?」

 

膝の上で伸びをする久遠を見つけたなのははそう言って驚く。

 

久遠のことを愛称で呼んでいると言うことは、なのはが久遠の飼い主なのだろうか。

 

「久遠って、なのはが飼ってるのか?」

 

「えっと、たしか神社にいる那美さんって人と一緒にいるのを見かけるけど」

 

飼い主はなのはではないようだが、いるのならその人のもとへ帰した方がいいだろう。

 

「そっか。 なら、久遠をもとの所に連れて帰らないとな」

 

「くぅ!?」

 

俺がそう言うと久遠は驚いた様子でコチラへ振り向き、ブンブンと首を左右に振る。

 

「ん? 帰る場所があるんだろ、帰らなくていいのか?」

 

「くぅ!」

 

一緒にいるのは別に構わないが、飼い主さんが心配するのではないだろうか。

 

などと考えていた俺に三人の視線が集まるのを感じる。

 

「・・・・・・ん? どうかしたのか?」

 

「トシアキさん、くーちゃんとお話できるの?」

 

「トシアキ、動物と話出来たんだ」

 

「凄いです、トシアキさん」

 

俺は久遠が人間の姿になれることを知っていたため、特に違和感を覚えなかったが、三人はどうやら違ったらしい。

 

この場合は俺が動物の言葉を理解出来るんじゃなくて、久遠が人間の言葉を理解しているのだが。

 

「何となくだよ、本当に話が出来るわけじゃない。 それより、時間大丈夫か?」

 

「あっ、もうこんな時間」

 

俺の言葉ですずかが時計の針を見てすでに夕方になっていることに気づいた。

 

「鮫島に送らせようか?」

 

「うんん、大丈夫。 ノエルが迎えに来てくれるから。 なのはちゃんも一緒に乗って行くよね?」

 

「うん。 ありがとう、すずかちゃん」

 

「あたしは玄関まで送ってくるわ」

 

なのは、すずか、アリサの三人は楽しそうに微笑みながら部屋から出て行った。

 

あの騒がしかったこの部屋も三人が居なくなると途端に静かになってしまった。

 

「・・・・・・俺もここから出て行かないとな」

 

俺の呟いた言葉が聴こえたのか、久遠が心配そうは表情でコチラを見つめる。

 

そんな視線に気づかないフリをして、俺は静かに目を閉じるのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

私はアリサお嬢様に仕える執事の鮫島と申すものです。

 

昨日、アリサお嬢様からの突然の連絡を受けて駆けつけるとそこに居たのは血まみれの青年でした。

 

傭兵部隊での経験を生かし応急処置を済ませた後、アリサお嬢様の家まで運ばせて頂きました。

 

この平和な日本で血まみれということは訳があったのでしょう。

 

ですので、私は病院ではなくご自宅の方へと運んだのです。

 

「失礼します」

 

その青年が本日、目を覚ましたということで様子を見に来させてもらいました。

 

あと、血まみれだった理由も聞きたかったので丁度よいでしょう。

 

「ど、どうぞ」

 

部屋の中からの声を確認して、私は扉を開けて中に入ります。

 

先ほどまではアリサお嬢様となのは様、すずか様がいたので起きていたようです。

 

「私はアリサお嬢様に仕えております、鮫島というものです」

 

「あっ、俺は敷島トシアキです。 いろいろとご迷惑を・・・・・・」

 

ふむ、私の挨拶にもキチンと対応して名乗ってくださいましたか、訳があれば名前は隠すでしょうし。

 

そう考えながら私は『敷島トシアキ』という名前を心に留めた。

 

後で調べてみる必要がありますね。

 

「いえ、アリサお嬢様はあなたのことを嬉しそうに話しておられますので迷惑というわけではありません」

 

「えっ!? アリサが?」

 

おや、もう名前で呼ぶ仲になっているのですか。

 

アリサお嬢様が心を許した相手なら大丈夫かもしれませんね。

 

「はい。 お嬢様はご両親が二人とも海外へ仕事で行っておられるので、さみしそうになさっていました」

 

「でも、あなたや他の人たちが・・・・・・」

 

「私どもは雇うものと雇われるものの関係なので、どこか遠慮があったと思います」

 

「なるほど」

 

頷いた彼を見ながら、私は気になっていたことを聞いてみることにしました。

 

「あなたはどうして背中にそんな大怪我を?」

 

「・・・・・・友人を庇って負いました。 その後は覚えていません」

 

確かにあれほどの出血量なら意識を失ってもおかしくありません。

 

庇った友人が何処に行ったのか気になるところですが、これ以上聞くのはやめておきましょう。

 

「そうですか。 傷が癒えるまでここに居ても大丈夫ですので、何かあればお呼びください」

 

「・・・・・・すみません。 俺は長くここにいられませんので」

 

長い間があって、小さな声でそう返事を返した敷島様。

 

私はその言葉が聴こえなかったということにして、無言で一礼して部屋から退出するのでした。



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第三話

アリサの家から出て行く準備をしようとしたときに執事の鮫島さんが入って来てかなり驚いた。

 

金もないし、身分証もない俺がいつまでもここに居るのは流石に問題だろう。

 

彼は傷が治るまでここに居てもいいと言ってくれたが、そういうわけにもいかないのだ。

 

「さて、行くかな」

 

基本的に俺の持ち物はない。

 

ゲンジと別れる前に貰った数珠くらいだろう。

 

身体に巻かれている包帯は流石に返せないが、ベッドくらいは綺麗にしておこう。

 

「・・・・・・こんなものか」

 

シーツの皺を伸ばし、布団も綺麗に畳んでおく。

 

きっと、洗濯をするのだろうがこういうものは気持ちの問題だ。

 

「くぅ・・・・・・」

 

床に座り、コチラを見上げながらそう鳴いた久遠。

 

「久遠はどうする? 帰るなら森まで送って行くけど・・・・・・」

 

「くぅん!」

 

久遠は俺の言葉を否定するかのように、ブンブンと首を左右に振った。

 

俺としては別に一緒に行ってもいいのだが、飼い主さんへ伝えなくてもいいのだろうか。

 

「まぁ、久遠がそう言うならいいけどな」

 

深く考えるのをやめて、床に座っている久遠を抱き上げ、腕に抱える。

 

そのまま歩いてバルコニーへと出られる大きな窓へ向かう。

 

ちなみにここは二階の部屋だったようで窓の傍まで行くと綺麗な月が見えた。

 

「・・・・・・いい風だ」

 

窓を開けると夜の冷たい風が室内へと入ってくる。

 

冷たい風を身体で受けながら俺はいつものように『精霊』の存在を確認する。

 

「うん、この世界にもちゃんと居るな。 これで俺の『魔法』も使える」

 

自然と俺の周りを飛びまわる『精霊』にお願いして、身体を宙に浮かす。

 

「くぅ!?」

 

突然、俺の身体が宙に浮かんだことに驚いた様子をみせる久遠。

 

もっとも、俺が抱きかかえているので落ちることはないだろう。

 

「はははっ、驚いたか? 俺は実は『魔法使い』なんだよ」

 

「くぅん!」

 

俺の言葉をどうとらえたのか、久遠は嬉しそうに鳴き声を上げる。

 

空を飛んでいるのが嬉しいのか、俺にはよくわからなかった。

 

「・・・・・・」

 

最後にアリサの家に身体を向け、無言で頭を下げる。

 

誰にも気付かれていないと思うが、怪我の手当てをしてもらい家まで運んでくれた礼をする。

 

「・・・・・・よし、行くか」

 

「くぅ」

 

アリサの家から飛び立ち、冷たい風に当たりながら俺たちは夜空を飛んでいる。

 

空から見た街の景色が凄く美しく見えた。

 

「くぅ・・・・・・」

 

しばらく飛んでいると久遠が冷たい風にずっと当たっていたためか、腕の中でプルプルと震えていた。

 

「ん? 寒いか、久遠」

 

「くぅ」

 

俺の声を聞いて、コクッと頷く久遠。

 

その様子を見て進むのをやめ、宙に浮いたまま停止することにした。

 

「ふむ、あの公園にでも降りるか」

 

上空から見えたのは海が傍にある自然公園だった。

 

とりあえずその公園で一休みしようと思った瞬間、一匹の鳥がもの凄いスピードで俺の傍を通過していった。

 

「うぉ!?」

 

その為バランスを崩し、抱えていた久遠を落としそうになった。

 

俺は八つ当たりの意味を込めて通り過ぎた鳥に向かって風魔法を放つ。

 

「あぶねぇだろ!」

 

鳥が久遠のように人間の言葉をわかるはずもないのだが、思わずそう言ってしまったのだ。

 

俺が放った無数の風の刃が飛んでいる鳥に当たり、右の翼を断った。

 

「あいつを焼いて今日の飯にするか」

 

鳥ならば異世界生活で何度か焼いて食べたことがあるので俺は食糧にしようと考えた。

 

右の翼が断たれた鳥はそのまま落下しているので、回収しに行く必要がありそうだが。

 

「なっ!?」

 

しかし、落下していた鳥の翼が突然生えてきたのである。

 

「この世界の生物はあんなのばっかりなのか!?」

 

人間の文明が発達しているこの世界にあんな生物がいるとは思わなかったため、思わず久遠に怒鳴るように聞いてしまった。

 

「くぅぅ!」

 

腕に抱えられた久遠も初めての経験だったようで、翼が生えた鳥を驚いた様子で見ていた。

 

「ってことは、『歪み』はあいつか。 ゲンジがいないからどこに『歪み』があるのかわかんねぇ」

 

いつも隣で一緒に戦っていた相棒がいないことに愚痴をこぼしていると、翼が完全に復活した鳥が旋回してこちらへ飛んでくる。

 

おそらく、先ほどの攻撃で俺を敵と認識したのだろう。

 

「まぁ、切ってダメなら粉々にしてしまえば大丈夫かな」

 

鳥が飛んで来るコースを予想して、そこに『精霊』を集める。

 

「よし、爆ぜろ!」

 

『精霊』が集まった位置に鳥が飛んできたので俺はそう声を上げる。

 

すると、その場所で小規模の爆発が起きて鳥が爆煙で見えなくなってしまった。

 

「終わったか?」

 

徐々に煙が晴れてくると鳥の姿はなく、代わりに青い宝石が一つ浮いていた。

 

「なんだ、これ?」

 

青い宝石は光を放ちながらゆっくりと下に落ちていく。

 

「よっと、これは・・・・・・」

 

落ちていく青い宝石を手に取って眺めていると、宝石から微量の魔力が漏れていることに気づいた。

 

「さっきの鳥はこれが原因で・・・・・・」

 

どうやらこの世界の鳥は普通の生物であるようだ。

 

この宝石から漏れている魔力が変に作用してしまったのだろう。

 

「・・・・・・とりあえず、封印しとくか」

 

俺は青い宝石を両手で覆い、漏れている魔力を包み込むイメージを浮かべる。

 

すると青い宝石の放っていた光がなくなり、魔力も感じられなくなった。

 

「よし、これで大丈夫だろ」

 

「くぅ!」

 

強大な妖力を持つ久遠からお墨付きを頂いたので、この宝石はもう大丈夫だろう。

 

このまま宙に浮かんでいる姿を誰かに見られては困るので、最初の目的通りに公園へ静かに降り立った。

 

「さて、公園にたどり着いたわけだが・・・・・・」

 

夜の公園には人影はなく、外灯が所々にあるだけであった。

 

「どうするかな?」

 

「くぅ?」

 

抱えていた久遠に尋ねた俺だが、その久遠にも首を傾げられてしまった。

 

とりあえず近くにあったベンチに座って久遠を膝の上に乗せる。

 

「アリサの家から出てきたけど、よく考えたらこの世界の金、持ってないしなぁ」

 

この世界の通貨や相場が全くわからないのでどうしようもない。

 

宝石や金貨ならばどこかで換金できるのかもしれないが。

 

「金の管理はゲンジに任せきりだったからなぁ」

 

俺はそういった物を全く持っていないのであった。

 

唯一あるとすれば先ほど手に入れた青い宝石くらいだろう。

 

「とりあえず、この青い宝石を売ってお金に換えるかな」

 

でも、宝石類の相場がわからないので換金しに行っても足元を見られるような気がする。

 

「それはそれでムカつくしなぁ」

 

久遠の背中を撫でながら俺は何気なしに夜空を見上げる。

 

「ん?」

 

夜空を見上げた俺の真上を何かがもの凄いスピードで通って行った。

 

「なんだ、あれ」

 

俺は飛んで行った方へ視線を向ける。

 

そこには大きなビルが立ち並んでおり、その中でも突き出ている高い建物が目に入った。

 

「・・・・・・大きいな。 あんなもの、どうやって建てたんだよ」

 

そう思わず口に出してしまうほど、その建物は高く、大きかったのだ。

 

そして、俺の真上を通り過ぎた何かはその建物の屋上に降り立った。

 

「・・・・・・」

 

この世界に他にも『魔法使い』がいるのだろうか。

 

かなりのスピードだったのでよくわからなかったが、おそらくアレは人だろう。

 

人が簡単に生身で飛べるとは思えないので『魔法使い』という結論に俺は至った。

 

「よし、行ってみるか」

 

俺と同じく別の世界の住人だったら俺の境遇を聞いて助けてくれるかもしれない。

 

そう考えた俺は久遠を再び抱えて先ほどの大きな建物を目指して飛び立った。

 

 

 

***

 

 

 

目的地である建物の屋上に着いた俺と久遠。

 

そのまま下の階へ降りて廊下を歩いていると、壁を挟んだ向こう側から魔力の反応を感じた。

 

「ん? この部屋か」

 

ドアの前で立ち止まった俺はドアの前でしばらく動きを止めて考える。

 

「・・・・・・」

 

他人の家の前で動かずに考え事をしている。

 

その様子はまわりから見れば不審者だが、幸いにも夜なので目撃者は誰もいない。

 

「・・・・・・まぁ、いいか」

 

結局、何も思い浮かばず呼び鈴を押すことに決めた俺は手を伸ばして呼び鈴を鳴らした。

 

呼び鈴が鳴ってからしばらくして、部屋の中から人の気配が動き、ドアに近づいてくるのがわかる。

 

「・・・・・・なにか」

 

ドアが開き、そこから顔を出したのは金色の髪を両サイドで止めている可愛らしい少女であった。

 

その彼女が俺のことを不審な者を見る目でそう尋ねてきた。

 

「えっと、その・・・・・・」

 

「用がないなら」

 

そう言ってドアを閉めようとする少女に俺は閉められたらマズイと慌てて言葉を発する。

 

「君、魔法使いだろ?」

 

「!?」

 

俺の言葉に反応した彼女はとっさに武器のようなものを取り出し、その先を俺へ向ける。

 

「どうしてそれを?」

 

「い、いや、君が飛んでいくのが見えたから追いかけてきたんだよ」

 

武器である光の鎌の先を首に当てられ、内心でヒヤヒヤしながら答える俺。

 

「・・・・・・それで?」

 

「この世界に魔法使いはいないから、同じ魔法使いならなにか力になってくれないかなぁと」

 

小さな少女に武器を向けられている俺はとにかく言いたいことを言って様子を窺ってみる。

 

流石にずっとこのままというのも辛い。

 

「・・・・・・では、管理局とは関係ないと?」

 

「管理局? なんだそれ」

 

しばらく俺の目を見つめていた少女だが、納得したのか、スッと武器を下ろす。

 

「どうやら嘘はついてないようですね」

 

「あぁ、俺はこの世界に飛ばされてきたんだ。 おかげで住むところもなくて困ってる状態なんだ」

 

武器を下ろしてくれたことにより余裕が生まれた俺はそう言って困っていることをアピールしてみる。

 

「で、俺のことを助けて欲しいと思ってきたんだけど・・・・・・」

 

「理由はわかりました。 ですが、あなたを助けて私に何か利益があるのですか?」

 

「えっと、お金はないから、明日この宝石を換金しに行くつもりだから明日まで待って欲しいんだけど」

 

そう言いながら俺は先ほど手に入れ、封印を施した青い宝石を取り出す。

 

「っ!? そ、それはジュエルシード!」

 

「なんだそれ?」

 

その青い宝石を見て少女が驚いたように叫ぶ。

 

宝石の名前まで知っているようだし、彼女が探しているものなのだろうか。

 

「これは変な鳥が持っていたものなんだが・・・・・・」

 

「・・・・・・わかりました。 その宝石をくれるのなら助けましょう」

 

俺の話を聞いた少女はそんな条件を出してきた。

 

個人的には売ってお金に変えようと思っていたので、渡すことに特に問題はない。

 

「わかった。 ほら」

 

とりあえず、俺の手で封印を施したのでそう簡単に解けないと思う。

 

彼女がなんのために欲しがったのかわからないが、大丈夫だろう。

 

「・・・・・・どうぞ」

 

手渡した青い宝石を確かめるようにギュッと握りしめた彼女はそのまま扉を開いた。

 

「いいのか?」

 

「約束、ですから」

 

そう言って部屋の奥へと進んで行った彼女の後を追って、俺も室内へと入って行く。

 

「広いな・・・・・・」

 

「そこの部屋以外は好きに使ってくれて構いません。 私はここにいないことの方が多いので、勝手に使ってください」

 

そう淡々と話した彼女はそのまま部屋に入って行ってしまった。

 

残された俺はどうしようかと考えたが、話をしないことにはどうしようもないので、リビングに置いてあったソファに横になる。

 

「まぁ、明日にでも話せばいいか」

 

一人で俺はそう呟き目を閉じる。

 

いつの間にか眠っていた久遠を腹の上に乗せて俺はそのまま眠りにつくのであった。

 

 

 

~おまけ~

 

 

なのはたちを玄関まで送った後、あたしはそのまま自分の部屋に戻った。

 

今日、学校で出た宿題を終わらせるためだ。

 

「こんなの簡単だけどね」

 

塾にも通ってるし、今の学校で習っている範囲なら問題なく答えられる。

 

私は素早く宿題を終わらせ、次に夕食を食べるため部屋から出る。

 

「そう言えば・・・・・・」

 

夕食を食べる前に拾った人、トシアキのことを思い出したあたしは彼がいる部屋へ向かう。

 

「トシアキ、起きてる? 起きてるなら夕食を一緒に・・・・・・」

 

あたしはそう言いながら彼がいるはずの部屋に続く扉を開いた。

 

しかしそこには誰の姿もなく、綺麗に畳まれた布団と開いている窓からの風で揺れるカーテンだけが存在感を示していた。

 

「嘘・・・・・・」

 

鮫島に聞いた彼の怪我は一日で治るようなものではない。

 

それなのにさっきまでなのはやすずかと話をしていた彼はもうそこにはいない。

 

「・・・・・・トシアキのバカ」

 

開いている窓の傍へ行き、バルコニーから外を眺める。

 

外の景色が潤んで見えることに対して、あたしはもうここに居ない彼の悪態を吐くのであった。



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