日本兵鎮魂歌 (南洋)
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プロローグ

○○○島の戦い


暗がりの中、ズルズルと服を

引きずっているような音がする。

上官の最後の命令を受け、

静かに敵兵に気づかれないように進む。

約数十名の日本兵が匍匐しながら。

国の為と信じて。

 

……………

 

 

「諸君、我が部隊は本日4時に奇襲を

敢行する。闇に紛れ奇襲し敵兵に最後

の抵抗をする。各自、装備の点検開始。

……皆、ご苦労だった。」

 

下された命令は玉砕。

上官もこれが玉砕だとわかっていたのか

最後に労いの言葉を告げた。

我々にはもはや玉砕しかない、

すまない。

生きて帰れはしないだろうと。

上官の表情から伺って見れた。

上官がそう告げた瞬間、

皆複雑な表情を浮かべた。

 

ある者はやっと死ねると清々しい表情

を浮かべ、またある者は泣きそうに

なりながらも必死に涙を堪え、

悲哀の表情を浮かべる。

 

ふと思う。

私は今どんな表情を浮かべているのか。

 

その後、上官からの言葉が終わり、

皆各自の点検を黙々としていく。

銃剣を磨き、銃の手入れをする。

手記に最後の言葉を書いている者もいた。

 

様々な者が心の中で家族や友と

別れを告げ、まだ見ぬ我が子との別れを

心の中で告げる。

生き抜いてやると思う者もいる。

そして最後には靖国に行けると信じ前に進む。

天皇陛下、そして御国のために。

愛する家族のために。

皆覚悟を決めた。

点検が終わり、

最後に皆で万歳三唱を行なった。

 

ふと思う。

私は今心の中で何を思っているのか。

 

 

…………

 

 

敵陣地のすぐ前に到達する。

匍匐しているため土が軍服の中に入る。

袖や胸元から不快感を感じるが

それを無視し少し頭を上げてみる。

この距離だと敵兵の顔が見える。

呑気に明かりを点け珈琲を飲んでいた。

 

仲間の顔は無表情のまま。

しかし銃を持つ手は震え

またある者は手記を大事に抱えていた。

きっと家族の写真が入っているのだろう。

 

えぇと…写真はどこにいれたんだっけ?

 

上官が進軍停止を命令する。

声が震えている。

きっと上官殿も怖いのだろう。

静かな空間。敵兵の笑い声。

皆上官の命令を待つ。しかし

 

『ん?なんだあれは?』

 

その時哨戒中であった敵兵に

味方が見つかってしまった。

 

『ジャップがいたぞ!奇襲だ!』

 

それを皮切りに命令が下される。

「撃てぇ!」

匍匐の状態で銃を構え、撃つ、撃つ、撃つ。

 

弾を打ち切るまで撃つ。

薬莢を手動で排出し、また撃つ。

何度も聞いた銃声。

それでも先日から続いていた砲撃や

悲鳴よりかは易しい気がした。

敵兵が慌てて隠れる。

だがお構い無しに撃つ。

敵兵も反撃で攻撃してくる。

飛び交う銃弾、そして爆発。

 

数秒たったのち、

上官が勢い良く立ち上がる。

「総員、突撃!!!前へ!!!」

「「「うぉおおおおおお!!!!!」」」

ラッパが鳴り響き、そして敵陣地に向け

突貫。何十もの怒声が聞こえる。

 

すぐさま敵が機関銃て制圧射撃をしていく。

敵の機関銃で戦友が倒れていく。

足に被弾しうずくまる者、

肩に被弾しなお進む者、

胸に被弾し倒れる者、

手榴弾によってバラバラになる者。

 

たが目を向けている暇はない。

 

「死ねアメ公がぁ!!!」

「天皇陛下バンザァーーイ!!!」

「おぉおおおーーー!!!!!」

『クソ、ジャップの奇襲だ!』

『反撃しろ!撃て、撃て!』

 

戦友が倒れていく。それでも進む。

陣地前の塹壕に到達した味方が敵兵と

白兵戦を繰り広げる。

銃剣を敵に突き刺し、何度も刺す。

殴り合う。

撃ち合う。

地獄絵図がそこにあった。

 

自分も遅れてはならぬと敵兵めがけて突貫する。

散っていった戦友のためにも。

何発かの弾が掠り

火傷した感覚が体のあちこちに感じる。

 

そういえば彼女が初めていれたお茶は

コケた拍子に私の服に掛かってしまったな。

火傷しそうになったが彼女の

顔が慌てふためいて少し可笑しかった。

 

 

走る、走る、走る。

足がもつれそうになる。

味方が血を流して倒れており、

顔を踏んでしまったようだ。

だが気にせず進む。

 

 

靖国で待って居てくれ。

すぐにいく

 

 

敵陣地の中に入る。

奇跡的に撃たれずいけたようだ。

すぐさま敵兵に向けて銃を構える。

が…

 

しかしそこにいたのは若い青年であった。

銃を握りしめ震えている。小声で何か

つぷやいている。そして私を怯えた目で

見ており数秒見つめ合ってしまった。

 

その時ふと我が子の姿が重なる。

 

 

まだ戦争が激化していない時、

私が家に帰ると息子は慌てたように

部屋を片付けていた。

そのたびに私は息子を叱った。

つまみ食いやおもちゃを壊した時、

勉強していなかった時。

怯えた目で私を見ていた。

 

ああ、あの子は今何をしているのだろう。

どんな表情をしているのだろう。

馬鹿なことをしてないといいが。

あの子のことだから私のように

兵隊に入ると言い出しそうだ。

 

そういえばあの子はアメリカに

行って見たいと小さい頃

よく私に言っていた。

なんでも女神像を見てみたいと。

私は呆れていたと思う。

 

戦争か終わればアメリカに旅行

するのもいいかもしれない。

あの子とは余り遊べなかった。

帰ったら久しぶりに頭を撫でよう。

彼女ともまだ花見の約束がある。

家に帰りただいまを言う約束がある。

こころのこり、けっこうあったな。

 

 

胸に強い衝撃を受け、バランスを崩す。

何秒かして撃たれたと気づいた。

 

振り返ると敵兵が居た。

そして撃たれた胸元を見ると

自分の血が胸からでていた。

銃を持つ手に力が入らない。

足に力が入らない。

銃を落とす。

前のめりでゆっくりと倒れていく。

 

倒れていく最中に敵兵の青年が目を

見開き絶句していたのが見えた。

 

場違いにも私はこれでいいと

そう思ってしまった。

私より若い者が戦争で死ぬのは

親に対してバチ当たりと。

瞼がゆっくりと閉じていく。

 

味方や敵兵の声が聞こえる。

悲鳴、怒声、銃声、爆音。

たがふと懐かしい声が聞こえた。

 

 

《父さん、死なないで。》

 

 

ああ、約束守れなかったなぁ。

 

 




同日午前4時に日本軍守備隊が
残存兵力で玉砕を敢行。
生存者1名を残し戦死。
日本軍守備隊はこれにより全滅。
日本軍戦死者およそ500名
我が軍の戦死者66名
戦傷者218名

海軍の被害は集計中とのこと。

今作戦の完了を報告します。


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