巷で噂になっている人物がいる。
曰く、貴族から金目のものを偸み市井にばらまいている。
曰く、誰も顔を見たことがない。
曰く、盗まれた貴族は家に入られたことすら気づかない。
貴族はそのものを疎ましく思い、市民はその者のおかげで生活が前より楽になっているのである種の尊敬を抱いていた。
貴族はすぐに手配書をだすが、誰も彼の名前を知らないので困った彼らは仮の名をつけることにした。
怪盗キッドと。
一四三一年。
十六か十七あたりの少年とも青年とも呼べる彼はある手配書をみていた。
初めはちょっとしたいやがらせをするだけだった。横暴な貴族が税金を釣り上げ、食物などの値段が高騰していた。
気配を消すことと、身のこなしには自信があった彼は腹いせにその貴族の家に侵入し、溜め込んであった財を市民のばらまいた。
豊かになった。
ばらまいたお金をあげたという事もあるが、その貴族がまた盗まれるかもと思い悪いことをしなくなったからだった。
彼は誰かのためになっている事を嬉しく思った。
そして更に彼は悪いうわさがある貴族の家に侵入し、盗みを働く。
不正をしている貴族たちはいつ自分の所に来るのか不安に思い、手配書がはり出されることになる。
ーー素顔がわかってないからまだ平気なんだけどね。
怪盗キッドとして活動しているときは、仮面をつけているので顔バレを心配する必要はない。しかし、彼は自分が指名手配されているという現状に少し憂鬱となった。
彼は帰路につこうと、街の中を歩いていると辺りから皆同じ話題の話をしているのが彼の耳に入る。
ーー異端審問裁判開始。
一部では聖女とも言われている、ジャンヌ・ダルクの異端審問が始まったらしいことを彼は町民の話に耳を傾けて知った。
自国のために戦ったにも関わらず、裁判が始まり更には処断されるかもしれない。そんな彼女を哀れに思いながらも彼は何もしなかった。
ーーまたか。
彼の生まれ持った特異な能力。彼の脳裏にはある光景が広がった。
覆しようがないことはこの能力と付き合って来た彼は知っていた。
だが、あまりにも悲しい。戦って戦って戦って戦った。ただ、戦争が終わってほしいと願った彼女が
脳裏に浮かんだ彼女の姿を思い出す。
彼はいつものようにフードと仮面をつけてジャンヌ・ダルクが監禁されている牢へと向かった。
ジャンヌ・ダルクの裁判はいまだ始まっていなかった。裁判を始めるのは良いが、ジャンヌを有罪とするに足る証拠がなかったからだ。しかし、いずれジャンヌは処刑されてしまう。故国フランスのために。国と国が本当の意味での戦争を回避するにはそれしかない。
ジャンヌは死ぬ事が怖いとは思わなかった。誰かの悪になるのも構わなかった。けれど、ジャンヌは何かを残すことができたのか、自分の起こした事に意味があったのかを知りたかった。
ジャンヌの幽閉されている檻があき、何者かが入ってきた。
イギリス人の兵であった。
「痛っ。やめて下さい」
イギリス人兵達はジャンヌの事を床に転がした。
ジャンヌと彼等では言語が違ったので、何を言っているのかをジャンヌが理解することはなかったが、自分を見る目で何をしにここにきたのかを察してしまった。
「誰かいないのですか。助けて下さい」
出来る限りの大声で叫ぶが、誰も来る気配がない。
ジャンヌは辱められてしまうのを予感した。
ーー主よ、どうして私にこんな試練を与えるのですか。
ジャンヌ初めて主に不信感を抱いた。こんな事をされなければいけない、これが運命なのだろうか、と。
しかし、これもジャンヌ自身がしてきたことに対する罰だと思うと抵抗するのも駄目だと思い人形に徹しようとした。
心だけは純潔なままでいたかった。
服を引きちぎられ下着も取られようとした時、突然イギリス人兵達は昏倒した。状況を把握する為に恐怖で目を閉じていたジャンヌは何が起こったのか分からず、辺りを見渡す。
イギリス人兵の後ろにはフードと仮面をした者が立っていた。
そして、身につけていたローブをジャンヌの下着だけになってしまった体に被せて、彼はこうジャンヌに告げた。
「貴女を盗みに来ました」
これが怪盗キッドとジャンヌ・ダルクの初めての出会いだった。
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第1話
突然現れた彼に驚き、そしてこの出来事を起こしたであろう目の前の人物にジャンヌは問いただす。
「貴方はいったい何者ですか?」
「初めまして。俺はカイン、カイン・ナトリウス。って言っても分からないよね。巷では怪盗キッドと呼ばれています。どうぞお見知り置きを」
カインはそう告げると、ジャンヌの元まで歩きその体を持ち上げる。
「うっ! 何するんですか」
何日も牢屋に入れられて疲れ切っているジャンヌには抵抗するだけの力がなかった。
ジャンヌは抱えられながらも強い視線をカインに向けて質問する。
「貴女を盗みに来たって言っただろ。運命っていう誰かが決めたものからね」
「何を言ってるんですか! 私はここで裁判が始まるまで待たなければいけません」
「それで処刑が宣告されるとしても?」
「はい」
ジャンヌの力強い返事にカインは頭を悩ませる。
「貴女はここでは死んではいけない。まだ先を、世界を見るべきだ。だって貴女自身はまだ何もやってないんだから」
「それはそうですが、主の啓示を受けた時からそんなもの私は捨てました。全てはフランスのために」
頑なに助かる事を拒否するジャンヌ。
「君がこのまま処刑されても百年戦争は終わらないだろうし、市民の暮らしも変わらない。君の死を嘆く者が増えるだけだよ」
「それでも私はここに残ります。私が見殺しにしてしまった兵士たちの為にも責任を果たさなければいけません」
頭の固いジャンヌ・ダルクを見てカインはだんだん疲れてきた。
「責任はもう果たしているじゃないか。あんなに劣勢だったフランスが盛り返せたのは貴女のお陰だし、占拠されていた領地もいくつか取り返したんだろう? それに今回の異端審問とは全く関係のない事だ!」
うっ、とジャンヌは口ごもった。ジャンヌには返す言葉が無かった。ジャンヌが受けた主の啓示は「イングランド軍を駆逐して王太子をランスへと連れて行きフランス王位に就かしめよ」というものだ。これは既に果たされている。だから、ジャンヌはもう主に縛られる必要はないと言っても過言ではない。
「君も本当は死にたくないはずだ」
ジャンヌはカインの目を見た。カインの目は純粋に自分に生きていてほしいと訴えかけているようにジャンヌには見えた。
「もう自由になるべきだ」
カインは返事を聞かずに外へと向かって走り出した。
人がいる方向へと向かい叫んだ。
「ジャンヌ・ダルクは怪盗キッドが頂いた。彼女の無罪が証明されるまでこの私が頂戴しておく!!」
そう言い残し、ジャンヌを抱いたままカインはフランスの街の上を跳んだ。
「ジル・ド・レェ卿に報告します。今から1時間前にジャンヌ・ダルクが怪盗キッドの手により脱走しました。未だ行方は分からず」
ジルは報告を聞きながら心の内では、安堵していた。ジャンヌが死なずにすんだと。彼自身、ジャンヌには何の罪もない事を知っていたが彼の権力ではどうする事も出来ず、ただただ処刑を待つのみであった。
ーー怪盗キッドか。奴ならジャンヌを悪いようにはしないだろう。
怪盗キッドと直接あったことはないが、悪徳貴族らから愚痴を聞かされているので人となりは知っていた。なので信用はしていないが処刑されるよりマシだと考え、一先ず安心した。
「……ありがとう」
ジルは誰にも聞かれないような声でキッドに礼を言った。
ジャンヌを抱えたまま馬かと思うほど速く走り続け、今はもう街から離れ深い森の中を歩いていた。
しばらく歩くと木が伐採されている平野に小さな家が立っていた。
「ここが僕の家だよ。いやこれからは君の家にもなるのかな?」
抱えていたジャンヌを下ろし、家の扉を開こうとした時カインは裾を掴まれた。
「どうしてここまでしてくれるんですか。あんな事までして。他人の私を助ける理由なんてないじゃないですか」
「確かに何でだろうね」
カインは顎に手を当てて考えはじめた。
「貴女の生き様が可哀想だったから? 救いたかったから?運命に縛られて欲しく無かったから? うーん、なんでだろうな」
カインは自分でも何故助けたのかの正確な理由は分からなかった。ただ、助けたいから助けた。カインの率直な気持ちはそれなのかもしれない。それを言うのは少し恥ずかしかったので、カインは口を濁して、冗談を言う。
「貴女に心を盗まれたからかな……なんてね」
ジャンヌは口をポカンと開けていた。しかし、直ぐに冗談だと気づいたのか、顔を真っ赤にしてカインの事を叩いてきた。
納得していないジャンヌの様子を見て渋々、カインは言葉を紡ぐ。
「貴女は今までずっと頑張ってきた。このまま処刑になるなんてそんなのはあんまりだ。一人の人間として幸せに生きて欲しいと思ったから助けたのかもしれないね」
「だから、みんなが求める貴女はここで終わりだ。貴女はこれからはただのジャンヌとして生きてください」
最後はそう照れ臭そうに笑いながら言葉を締めくくりジャンヌに告げた。
「ありがとう、ございます」
ジャンヌはなぜか分からないが自然と目から涙が溢れてしまいながらそう、答えた。彼の言葉が今まで重荷になっていたものを取り払ってくれたように感じたからなのか、ジャンヌは地面にへたり込んでしまった。
カインはジャンヌに手を差し伸べて言った。
「さて、ここからジャンヌの第二の生の始まりだ。ここから一緒に笑って、楽しく生きていこう」
「はい!」
彼女は笑ってカインの手をとった。
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第2話
では、どうぞ!
カインはジャンヌと一緒に寝ていた。
ーーどうしてこうなった。
それは遡ること数時間前。
柄にもなく恥ずかしい事を言ってしまったカインはジャンヌをリビングにあるソファに座らせ、そそくさと自分の部屋へと来ていた。
ーー家だから仮面はもう取って、ジャンヌにも服をもってかないと。
てきぱきと動き、再びリビングへ行く。
「えーっとジャンヌさん、服持って来たから隣の部屋で着替えてもらってもいいかな?」
「分かりました。それと私のことは呼び捨てで構いませんよ」
「分かった。ジャンヌと呼ばせてもらうよ」
ジャンヌは呼び捨てにされて恥ずかしかったので、顔を赤らめてしまった。そしてカインの腕から服をもぎとり隣の部屋へと無言で歩いて行ってしまった。
ーーそんなに気持ち悪い言い方だったかな?
ジャンヌが戻ってくるまでずっと考え続けるカインであった。
ーー恥ずかしい
ジャンヌは隣の部屋で人知れず恥ずかしがっていた。
名前を呼ばれただけだがよく分からない恥ずかしさが彼女を襲っていた。
ーー男性だからでしょうか?
ジャンヌは今まで自分と関わりがあった異性について考えはじめた。
まず思い浮かべるのはやはり銀の甲冑を着ていた男。
次に思い浮かべるのはまたもや……
そして最後に思い浮かべたのも、
ーージルしかいないじゃないですか。
自分の交友関係の無さに軽くショックを受けながら着ていたローブを脱いで、もらった服に着替えるジャンヌだった。
着替え終わったジャンヌを待っていたのは何かを必死に考えながら料理をつくっていたカインだった。
「カインさん、服ありがとうございます。それと借りていたローブも」
未だに少し顔を赤くしつつローブを手渡す。
「僕のこともカインって呼び捨てで構わないよ。そのローブはジャンヌにあげるよ。認識阻害の魔術をかけているから何かと便利だと思うし」
「すいません助かります。というか、カインって魔術使えるんですか?」
ジルから世界には魔術と呼ばれる、神秘を扱う人がいると何かの話で聞いてはいたが実際にあったことがなかったジャンヌは目の前の人物がそうだと微塵も思っていなかったので驚愕した。
「まぁ少しだけね。そんなことより早く料理を食べようか。ジャンヌはずっと牢にいたから暖かいものは食べれてないでしょ?」
そう聞くや否や、きゅるると可愛らしい音がどこからか聞こえてきた。
「ゴホッゴホッ、そうですね早く食べましょう」
音をごまかすかのように、わざとらしく咳をしつつジャンヌは席についた。
ーーすごい食欲だったな
今後の食費を心配するレベルでジャンヌは食べまくった。
お腹が膨れた所為なのか少し眠そうにしている彼女が目の前にいる。
ーーまぁ無理もないか
牢の中という気が張っている場所に長い間いて、兵士に暴行されそうになり、挙げ句の果てに抱えられてここまで来たので当然といえば当然である。
「さて、ジャンヌも眠そうだから魔術で作った簡易お風呂があるからささっと入ってもう寝ようか」
眠そうにしていた目をぱっちりと開きこちらにすり寄って来た。「え!お風呂があるんですか? あの温かいお湯を溜めてあるあのあれがですか? もう何ヶ月も入ってないのでさすがに入りたいと思っていたんですよ」
「ある、あるからちょっと離れて」
息が顔に当たるほど近くに来ていたジャンヌはその事を理解してすぐに離れ顔を赤らませながらお風呂があることに喜んでいた。
「ジャンヌは先にお風呂に入っておいて。玄関に1番近い扉から行けるから。僕は適当な寝巻きとタオルを取ってくるよ」
ジャンヌは上機嫌に歩いて行った。
「お風呂ありがとうございました」
お風呂から出終わったジャンヌは濡れたタオルを首から下げて戻って来た。
年頃の男であるカインはいい感じに色っぽいジャンヌを見て色々と思うところはあるが鋼の精神で耐える。
カインの持っていったシャツの胸の部分だけやけに強調されているなぁなんてことは考えていない。
カインもその後風呂に入るが、お風呂場でも様々な葛藤があったとかなかったとか……。
無事にお風呂からでてジャンヌに寝ようかと言おうとした時にカインは気づいた。
ベットが一つしかないという事実に。
ここで「ベットが一つしかないんだ」なんて言おうものならジャンヌは絶対にベットを使わないだろう。
ーー何も言わないのが吉かな。
ジャンヌには上手いことカインの部屋にあるベットを使ってもらい寝静まった後にカインもリビングで雑魚寝をした。
ーーはずだったんだけどな〜。
目を開けたジャンヌがカインを見ていた。
ーーちょっと怖い。
「えーっとこれはどういう状況なのかな? 夜這い?」
ちょっとぷりぷりしながらジャンヌは喋り出した。
「違います‼︎ 少し寝たらすぐに目が覚めてしまって水でも飲もうと思ってリビングに行ったら、カインが床で寝ていたんです。ビックリしました」
「それからそこで寝かせて置くのも悪いと思ったのでここまで運んで来ました。もう何で言ってくれなかったんですか」
「言ったらジャンヌはベット使おうとしないだろうなぁって思ったし。疲れてるだろうからベットを使って欲しくて」
「まぁ確かにそうですが……じゃあ一緒にこのまま寝ましょう。そしたら大丈夫です」
「いやいや、何も大丈夫じゃないから。イケナイコト起こっちゃうかもだし」
あわてて反論するが、
「いけないことするつもりなんですか……それに1人だと怖いですし」
「でも「もう眠いので寝ます。おやすみなさい」えぇー?」
そう言った後すぐにジャンヌは寝てしまいカインも離れようとするが無意識のうちにジャンヌが服をつかんでいたらしく離れられず、結局緊張して眠ることなく朝を迎えるのであった。
ーージャンヌよだれが……。
なんてことを思いながら。
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第3話
精神統一。
カインが毎朝やっている鍛錬の一つだ。
しかし、今日は些か集中できない。その原因は、
「ん〜」
今朝ベットからこっそりと抜け出そうとしたときに、運悪く彼女が起きてしまい、なぜか一緒にやりたいと言ってきたのだ。
ーー言ってきたはずなんだけどな。
今まで熟睡はあまりできていなかったのか、そのぶんを取り返そうかと思えるほど眠っている。
もう終わりにして朝食にしたいのだが、あまりにも気持ちよさそに眠っているので、起こしづらい。
こうしててもしょうがないので頰をツンツンと叩いてみて反応を伺う。
ーー柔らかい。ジャンヌの頰超柔らかい。
あまりにも気持ちよすぎて本筋から離れていくカイン。
親指と人差し指で掴むようにのばす。
終いには両手で頰を撫でくりまわした。
そんなことをすればさすがに寝ていても…
「えーと、カインどうしたんですか」
起きてしまっていた。
「べ、別に変なことは考えてないよよよ。起きないからしょうがなく突いてただだ、だけだから」
「そうなんですか? でも「そうそう。さぁ朝ごはん作ろっか」はぁ」
カインは逃げるように家へと入ってしまった。
ジャンヌもしぶしぶついていくのだった。
その日の夜、カインが眠った後頰をツンツンと触ったのはジャンヌだけの秘密である。
「そういえばジャンヌって料理作れるの?」
「す、少しだけなら」
ものすごく動揺している。
「そっか。じゃあ、サラダを作ってもらえるかな。あとはやっておくからさ」
「わ、分かりました」
何かすごい事に挑戦するような顔をしているジャンヌ。
カインは自分のことをしながらこっそりと覗いてみる。
ーーそうそう先ずは野菜を洗って、レタスをちぎる。うん、大丈夫そうだな。
カインは自分の作業に集中しようとしたが、その時隣からすごい音が聞こえてくる。
何か食材に恨みでもあるのだろうかと思うほど、叩きつけて切っていた。
力を入れすぎてせっかく、師匠からもらったまな板という物がかわいそうな事に……。
「ジャンヌ、ナイフは人差し指をここにこうしてあと力を入れすぎかな?あまり力を入れなくてもこうスッとやれば綺麗にきれるよ」
説明しながらジャンヌの後ろからジャンヌの手に手を添えて、実践してみる。
「あのカイン。教えてくれるのはありがたいんですが………近いです」
「ご、ごめん」
カインはすぐに元の位置に戻る。
「あっ」
ジャンヌは寂しさに声を上げた。
「どうしたの?」
「いえ、教えてくれてありがとうございます。私、料理得意じゃないので今後も教えてください」
「うん。もちろんだよ」
ーージャンヌの手、小さかったな。
ーーカインの手、 大きかったな。
似たような事を思いながら2人は料理を作っていった。
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第4話
では、どうぞ。
「そういえば、今日は何をするんですか?」
ジャンヌが食事をしながら聞いてきた。
「午前中は畑に水やりとかをして、午後はジャンヌの生活用品を買いに行こうかなと思ってるんだけどどうかな?」
「私の物なんて買わなくても構わないですよ」
「服はともかく下着とか必要だろうし。つけないってのは禁止だからね」
「そうですね。私は別につけなくても構わないのですが……」
「いやいやこっちが色々耐えれなくなるからやめて‼︎」
しぶしぶながらジャンヌに納得してもらい午後は2人で買い物に行く事にした。
「さて、先ずは畑だけどもジャンヌは特に手伝わなくても大丈夫だよ?」
「いえ、お家に住まわせてもらっていますし、これくらいはやらせてください」
熱心に言ってくるのでカインは断れるはずもなく手伝ってもらうことにした。
「ふぅ。とりあえずひと段落かな」
汗を拭いながら一息つく。割と畑仕事は体力を消耗するので大変なの だがジャンヌはどことなく嬉しそうである。
「なんでそんなにニコニコしてるの?」
「なんだか、故郷を思い出して。懐かしいなと思っていました。昔もこうして親の手伝いをしていましたから」
「そっか。もしさ、故郷に帰れるとしたら帰りたい?」
「いえ。帰れたとしても、もうそこには私の居場所はないでしょうし……。 あなたに恩返しがしたいですし」
「最後の方なんて言った? よく聞こえなかったんだけど」
「いえ、と、とりあえず故郷には帰りません」
なにやらあわあわとしているジャンヌ。
「ジャンヌの今後についても考えないとな。僕が誘拐したってことになってるから、僕のそばにずっといてほしいっていうのが本音なんだけど」
「ん?? そ、それって」
プシュ〜とジャンヌの頭から煙が出た。
そして、倒れた。
「ジャ、ジャンヌ‼︎ 大丈夫⁈」
カインは慌てて家まで運ぶのだった。
とりあえず、ジャンヌをベットまで運び濡れタオルをおでこにつける。
「ジャンヌ、大丈夫? ごめん、無理してたのに気づいてあげられなくて」
「すみません。少しビックリしただけなので大丈夫です」
実際、まだ顔は赤いが先ほどよりは大分落ち着いてきている。
「無理しすぎないようにね? まだ体力も回復してないだろうし」
カインは自分の発言でジャンヌが倒れたことに気づきもしない。
そのことにジャンヌは少し不機嫌になりかけるが、心配してくれているので怒るに怒れない。
「この後、出かけるのはやめておこっか?」
「そうですね」と言おうとしたときにジャンヌは気がついた。
ーーこれって所謂デートなのでは?
二人きり、買い物。しかも少し気になっているかもしれない相手と行ける。彼女の選択肢は決まっていた。
「いえいえいえ。体はなんともないので行けます‼︎」
「でも、「行けます‼︎」行こうか」
謎の迫力にカインは圧倒してついつい頷いてしまう。
一方、子供の頃から男の子と縁がなかったジャンヌは初デートに嬉しいのと恥ずかしいのが混ざり合ったような気持ちになっていた。
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第5話
みなさんのおかけです。ありがとうございます‼︎
「さて、出かける前に僕はともかくジャンヌは手配書が出回ってるかもしれないから外見を変えようか。ずっとフードコートを着てるってわけにもいかないしね」
「変えると言っても……髪とかを切るんですか?」
ジャンヌは自分の髪の毛を触りながらたずねる。
「さすがにジャンヌの髪を切るのはもったいないから、魔術で色とか長さとかを一時的にを変えようかなって思ってるんだけど」
「分かりました」
「じゃあさっそく取り掛かろうか。どんなのにする?」
「カインが好きな髪型にして下さい」
「分かった」
カインはジャンヌの正面に立ってどんな髪型にしようかを考える。
女性の髪に触った事もないカインはドキドキしながら魔術をかけていく。
「このくらいまで短くしてみたけどどうかな?」
かなり長かった髪を肩より少し上の方まで短くした。所謂ショートカットというやつである。
「普段とは違うけどこのジャンヌもいいね、うんうん」
なんてことをぽろっとカインは口に出して言った。
ーーうえっ⁈
ジャンヌは突然褒められて、なんだか嬉しいというより恥ずかしかった。
「んじゃ髪の毛の色は金のままだとさすがにバレそうだから、白とかはどうかな?」
「は、はい。それで大丈夫です」
ジャンヌはいまだ混乱中なので生返事を返すので精一杯である。
「よし、完成。帰ってきたらこの髪型は直せるから気にしなくて大丈夫だよ」
「あのカインは髪の毛、短い方が好きですか?」
カインはこの髪型にしたのは短い方が好きだからなのかと思ったが、違った答えが返ってきた。
「いや特に髪型の好き嫌いはないんだけど、ショートカットの方が元気が良さそうっていうか、そんなジャンヌも見てみたいって思ったからなんだけど。もちろんロングも似合ってるよ」
ジャンヌは微笑みながら納得する。
「ふふふ。子供の頃は長いのが嫌いでこのくらいにして泥だらけになりながら遊んだものです」
「意外だな。あんまり想像ができないや。なんか、家で勉強をずっとしてて教会で祈ってるイメージしかないや」
「そんなことないですよ。私、勉強はあまり好きじゃありません。どっちかと言うと、力で押すタイプなので」
と言いながら自分の腕に力こぶを作って見せてくる。
カインにはぷにぷにしてそうという感想しか出てこなかった。
「ジャンヌのこと全然知らないんだなって改めて思うよ。まぁ会って二日目だから当然といえば当然なんだけど」
「それは私もですよ。もっとカインの事を教えて下さい。あなたの事を知りたいです」
「僕もジャンヌのこともっと知りたいな。ジャンヌは魔女なんかじゃないんだって証明するためにね」
微妙に話があっていないことにジャンヌは気づき、少しショックを受ける。
「なんか話がずれたけど買い物に行こうか」
「はい。デー……じゃなかった、買い物に行きましょう‼︎」
髪型はジャンヌ・オルタさんをもう少し伸ばしたものをイメージしてもらえると分かりやすいかもしれません。
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第6話
街まではかなりの距離があるのでジャンヌをおんぶしながら移動しているのだが、カインは走りづらくてしょうがなかった。
なぜかというと……。
ジャンヌの胸のせいである。
一般的なサイズよりかなり大きい彼女の物は背中に心地よい感触を与えてくれるのだが、それにより前かがみになりそうになるカインなのである。別にこれはジャンヌをそういう目で見ているとかではなく男の生理現象なのであるが、ここでジャンヌに向かって「あたってるから胸を浮かして」なんて恥ずかしくて言えるわけもない。
そんな悶々としているカインであるが、一方でジャンヌはカインの体にしがみついて落ちないようにギュッとしている。
……ように見せかけてカインの匂いを嗅いでいた。
その時のジャンヌの顔はとてもではないが他人には見せられない顔であった。
「ふぅ、やっとついたね」
色々な緊張状態から解き放たれたカインはとても嬉しそうである。
「はい」
もう少し匂いを嗅いでいたかったジャンヌは少し名残惜しそうにカインの首筋を見ていたが。
「さて、まずは服から買おうか。そこに女性服を売っている店があるから、僕は店の前で待ってるね」
「え? カインも一緒に入るんですよ。2人で選びましょうよ」
「え? いやいや、女性しかいないから僕には……」
言い終わる前に、ジャンヌはカインの手をつかんで無理やり店の中へと連れ込んでいった。
「こっちもいいなぁ、あっちも無難だしなー、カインはどっちがいいですか?」
「そっちかな?」
こんなやり取りをすでに一時間以上繰り返していた。
カインは十五分くらいだろうと思っていたがそんな短時間で終わるわけもなく、街に来て早々疲れ切っていた。
女の子の買い物は長いものである。
そんなカインを見たからなのか、ジャンヌはとりあえず決めたものを持って試着室に入って行っていった。
ジャンヌが試着室に入っている間、カインはそこらにある女性服を軽く見ている。
ーーこれジャンヌに似合いそうだな。
そんなことを思っていると試着室のカーテンが開いた。
「カイン、どうでしょうか?」
下はショートパンツにニーソックスをはいていて、上は肩が丸見えのシャツに上着をきているジャンヌが現れた。
「えっと、綺麗です」
カインは少し照れ臭そうに答えた。
「そうですか。よかった」
ジャンヌはなぜか安心したように笑ってから、カーテンを閉めようとしたので、
「ジャンヌ、これなんてどうかな?」
自分が選んだ服を手渡す。
「これは? もしかしてカインが選んでくれたんですか?」
「ジャンヌの綺麗な長髪に合うかなって思って選んで見たんだけど。あ、でも今は短髪だしやっぱやめておこっか」
「いえいえ、ぜひ着させてください」
言うやいなやすぐにカインの手から服を奪い取り、カーテンを閉めてしまった。
「ど、どうでしょうか? 少し可愛すぎませんかね?」
出てきたジャンヌはフリルが少しついた白いワンピースを着ていた。
「そんなことないよ。さっきの服みたいな綺麗系もよく似合ってるけど、可愛いのもジャンヌによく似合ってるよ。どこかのお嬢様みたいだ」
「あ、ありがとうございます。じゃあこれも一緒に買います」
試着を終えたジャンヌはさきほどの服2着を買って、先に着替えた方をその場で着替えて買い物を続けることにした。
「さて、次はどうしよっか?」
「その、下着を買いたいんですが……」
「うぇっ、下着か……。下着店にはさすがに入りたくないかな」
「あ、じゃあ店の前で待っていてください」
といって店の前で待とうと思っていたら中から店員さんがでてきて、
「あら? 彼氏さんと下着選びにきたの? ささ、入って入って!」
無理やりジャンヌと一緒に店に入れられてしまった。
その時ジャンヌは「まだ彼氏とかじゃないです。うんうん」なんてことを呟いていた。
ーーうわっ、どこも見れない。
周りは下着、下着、下着。下着の店だから当たり前である。
幸いにも他のお客さんには彼女の付き添いのように思われているらしく冷たい目は向けられていない。
でも、居心地が良いものではない。
「ジャンヌ、やっぱり僕は外に出ているよ」
「え⁉︎ どうせなら、先ほどみたいに選んでください」
とんでもない答えが返ってきた。
「えぇー、いやいや服はともかく下着なんて……」
「私とは違った観点からのものも欲しいので、選んでください‼︎」
ジャンヌは力説してきたので、ついついカインは「うん」と返事をしてしまいジャンヌは嬉しそうに下着を選びに行ってしまった。
ーーどうしよう。
カインは生まれてから一度も女性の下着なんて選んだことがない。
むしろ、選んだことがある人なんているのだろうか。いや、いない。
こうして悩んでいてもしょうがないので、とりあえず置いてある下着をみてみることにした。
いろんなタイプの物がある。
スタンダードのものから、これ下着じゃなくねというものまで。
具体的にいうと紐だ‼︎
紐だ‼︎
何着か見ていき、黒色の良い感じの下着を発見したのでそれをジャンヌに渡しに行こうと思ったのだが、周りにはジャンヌがいなかった。
「あれ? ジャンヌどこだろ?」
歩いていると、試着室の前にジャンヌが履いていた靴を見つけた。
「ジャンヌ、この中にいる?」
「はい、いますよ。どうしました?」
中から声だけが返ってきた。
「下着選んだんだけど、どうすればいいかな?」
そしたら中から手だけがでてきて
「着てみるので渡してください」
と言ってきたので手に下着を渡す。
「これは……」
なんて声が聞こえてくるが、何もこっちに言ってこないので大丈夫だろうと思いジャンヌが出てくるのを待っていた。
待ってから数分後、中から急にバチンという音がして「痛っ」というジャンヌの声が聞こえた。
「ジャンヌ、どうかした?大丈夫?」
中から返事が聞こえず、何かあったのかと思いカーテンを開けた。
上半身裸のジャンヌがいた。
「え?」
「え?」
固まる2人。
とまる時間。
事態を把握していったジャンヌはどんどん顔を赤くしていき、完全に再起動を果たしたジャンヌは胸を隠しながら、カインに向かって強烈なビンタをおみまいした。
ジャンヌの1着目の服はアポクリファでのジャンヌの服をイメージしてください‼︎
時代的に考えるとこんなものまだ売ってなさそうですが、作者に服を考えるセンスがないので勘弁してください。
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第7話
水着ジャンヌは何故来ないんだーー‼︎
「もう、お嫁に行けない」
下着を買ったジャンヌはそそくさと店を出て街を歩きながら呟いた。
カインはジャンヌの後ろを申し訳なさそうに、俯いている。
ーーまさか下着が弾け飛ぶなんて……予想以上に大きかったのが僕の誤算だった。
カインが持ってきたものをジャンヌが無理矢理つけようとしたので耐えられずに壊れてしまったのだ。そのときに下着についていた金具がジャンヌの体にあたり突然の痛みに声をあげたのでカインはカーテンを開けてしまったというわけだ。
ーーこれは全面的に僕が悪いな。
「ジャンヌ、本当にごめん。その突然のことだったからあまり見えなかったし……えっと、ごめんなさい」
カインが何を言おうともこの場面では言い訳にしか聞こえないが、とりあえず素直に謝る。
「いえ、私も突然叩いてしまってすいませんでした。ビックリしたのでつい手が出てしまいました」
「こっちが全面的にわるいから謝らないで」
そう言った後しばらくの間2人には会話がなく、街をブラブラと歩いた。
突然、ジャンヌが後ろにいるカインに振り返り頰を染めながら尋ねた。
「カインは本当に見てないんですよね」
「うん、見てないよ」
嘘である。
結構ハッキリと大きなもの2つを見てしまったが、ジャンヌに精神的ダメージを与えたくないので嘘をついた、というのもそうだが、彼女に嫌われたくないという気持ちもカインにはあった。
「そうですか。分かりました。この件はあそこで売ってあるアイスを買ってくれたら水に流します」
ジャンヌは笑いながら指で店を指し示す。
カインは一安心して、答えた。
「ありがとう。じゃ買ってくるよ」
歩いていくカインにジャンヌは後ろから声をかけた。
「あと、もしわたしがお嫁にいけなかったらカインがもらって下さいね」
カインはビックリして後ろを振り返るが、小悪魔のように笑っているだけでジャンヌは何も言わなかった。
アイスを買って戻ったときには、いつも通りのジャンヌに戻っており先ほどのセリフは空耳だったのかとカインは決めつけ、テキパキとジャンヌに必要なものを買っていった。
帰り際に自分たちのことがどれだけ知られているかを知るために、カインがいつも情報を集めている場所に向かった。
やはりというべきなのか、そこには怪盗キッドの手配書が今までより多く貼られていた。そのことにカインは少しうんざりしたが今までも手配はされていたので多いか少ないかの違いかと思いながら割り切った。
隣に貼ってあった紙にはあることないこと書かれていた。
怪盗キッドは国に喧嘩を売る気だとか、イギリス兵を逃走中に皆殺しにした、キッドはフランスを滅ぼそうとしている、ジャンヌ・ダルクに恨みがあったのではないかなどである。
「ただ単に助けたかっただけなんだけどな」
さんざんな書かれようにそんな言葉をもらす。
「ひどいです。カインはただ私のために」
目に涙を溜めているジャンヌの肩に手を置く。
「本当のことを分かってる人がちゃんといるから僕はこんなの気にしてないよ。それに、君が笑って生きてくれているのが僕にとってなによりも嬉しいことなんだ。だから、気にしないで」
そんなことを言いながらジャンヌの涙を拭う。
ジャンヌはくすぐったそうに笑い、それを見てカインも笑ったのだった。
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第8話
ありがとうございます‼︎
「ジャンヌ、起きて起きて」
ジャンヌは肩を揺すられてだんだんと頭が覚醒していく。
「カイン? どうしたんですか。こんな朝早くに」
昨日は買い物と言う名のデートをして、その後は一緒に帰ってきた。寝る場所でとある騒動があったが結局ベッドで二人一緒に寝ることになった。
ーー今日は何も予定がなかったはずなんですが。
「忘れちゃったの? 前を見てごらん」
「なん、ですか、これは」
たくさんの衛兵がジャンヌのことを取り囲んでいた。
「ジャンヌを迎えにきてくれたんだよ。さぁ帰れ」
カインは悪どい笑みを浮かべながらそう告げた。
「そんな、そんなことって……貴方は私を助けてくれたんじゃ」
目から涙が止まらない。
「そんなわけないだろ。お前みたいな魔女誰が助けてやるかよ」
ーー苦しい苦しい生活がやっと終わったと思った。
ーー私はもう自由なんだって思ったのに……
カインはジャンヌに背を向けて歩き出す。
「待って、待ってよ。私をおいていかないで」
必死にカインへと手を伸ばすがついぞ手は届かなかった。
「カイン‼︎」
「どうしたの? ジャンヌ起きるの早すぎだよ」
ジャンヌはようやくさっきまでのことは夢だったと理解した。
「はぁ。いえ、何でもありません。カインはこんな時間から何をやっているんですか?」
自分の目の前で荷物を整理しているカインを見ながら尋ねた。
ーーまさか、あの夢の通りに。
「何って準備だよ。忘れちゃったの?」
ジャンヌには身に覚えがない。一瞬、本気で逃げ出そうと思い臨戦態勢に入った。
「一緒に海に行くってジャンヌが言ったんじゃないか」
ーーえ?
「昨日、ごはん食べてる時に海に行きたいって子供みたいにゴネてきたから気分転換にいいかなって思ったから行くことにしたんじゃないか」
昨夜あったことを思いだしてみようとするが、
「昨日はお酒を飲んでそれから……記憶がないです」
久しぶりに飲んでみたから、記憶がないほどベロベロに酔っていたらしい。
そして、ようやくジャンヌは自分の思い過ごしだと気付いたと同時に情けなくなった。
自分を助けてくれた、何のメリットもないのに。そんなカインの事を夢を見たぐらいで疑ってしまった。
ジャンヌは自責の念に押しつぶされそうになり、目から涙を零す。
「ジャンヌ⁉︎」
ジャンヌは泣いている自分を見てカインが慌ててあやそうとしているのが見え、更に泣くのだった。
「つまり、怖い夢を見たって事だね」
「全然違います! 私の話を聞いてたんですか? カインの事を疑ってしまったんですよ」
「んー。よくある事だよ。溺れてる夢を見てて起きたら足をバタつかせ続けていたみたいな。条件反射ってやつだよ、きっと。それに僕と君は会ってまだ三日目なんだし、完全に信用しろって言う方が無理ってものだよ」
「でもでも」
「でももヘチマもない。僕が気にしないって言ってるんだから気にしない」
ジャンヌはまだ少し気にしてるっぽい顔をしていた。
「じゃあ、今日の朝ごはんはジャンヌが作ってくれたら許してあげようじゃないか」
ニヤッとしながらジャンヌに条件を言ってみる。
悲壮としていた顔から一転、やる気に満ち溢れた顔へとなっていた。
「が、がんばります‼︎」
すぐさま台所へと行ってしまった。
「さて、朝食までに準備終わらせておこうっと」
荷物の整理が終わり、リビングへと向かった。
ジャンヌは台所で悪戦苦闘していた。
ーー手が危ないよ。
ーー火が天井まで届いたんだけど
ーーひょ〜!
カインもそれを見て悪戦苦闘していた。
「出来ました」
「おぉー」
とても料理初心者には見えない物が並んでいた。
「あれ?ジャンヌ自分の分は?」
「ちょっと失敗してしまってその分を食べたのでお腹いっぱいなんです」
確かにこの量以上の卵の殻が捨ててあるのがみえる。
「うん。美味しい」
「味付けは大丈夫ですか?」
「僕はもう少し甘い方が好きかな。でも美味しいよ」
黙々とカインはジャンヌが作ってくれた料理を食べる。
ジャンヌはそれを嬉しそうに見ていた。
カインは朝食を食べ終わった後、数日は帰ってこない予定なので畑に毎日水をやれるように魔術でその仕掛けを作りにいき、ジャンヌはカインが食べた皿の片付けの担当になった。
「あれ? フライパンに少し作ったものが余ってる」
捨てるのは勿体無いのでそれを口に運ぶ。
ーーしょっぱい。
ただただ、しょっぱかった。
なんの手違いか、塩を入れすぎてしまったらしい。
ーーあれ? でも、カインは普通に食べていたような。
カインに出したものは今ジャンヌが食べたものと同じはずなので、カインもしょっぱいものを食べていたはずだ。
ーーうう〜。
カインは恐らくジャンヌを気遣って何も言わなかったのだろう。
そんなカインに申し訳なく思うのと同時に、そんな人を疑ったのが恥ずかしくなった。
ジャンヌは料理をうまく作れるようになることと、カインを絶対に裏切らないことをここで一人誓った。
本当は夢の内容はイチャイチャする予定だったんですが、なぜかこんなことに…
次は水着回になる予定です。
ジャンヌさんの可愛さを頑張って表現したい‼︎
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第9話
カインとジャンヌが住んでいるのはルーアンという名の街である。
ここから海に向かうとなると近いのはイギリス方面にある北海である。
しかし、今が戦時中ということやイギリス兵にあまり良い印象がジャンヌにないということを踏まえて二人は地中海へと旅行する事にした。
本来は、ジャンヌの酔っていた時の気まぐれで海に行こうという話であったがジャンヌもキッドも指名手配されているということもありちょっとした息抜きをすることにした。
ジャンヌにはいっていないがカインは海を見たことがないと酔いながら言っていたので見せてあげたいという理由もあった。
旅行にでてから今日で一週間。
カイン一人であるならば走って一日でつけるがジャンヌを運びながらだと重いーー彼女に言ったらしばき倒されそうであるーーのと、ゆっくりと景色を楽しみたいという理由から時間がかかった。
「おぉー、これが海ですか‼︎ すごいです。青いですよカイン‼︎」
興奮気味にカインに詰め寄る。
それをなんとかあやしながら、宿へと向かう。
部屋を二つとりたかったのだが、ジャンヌがそれを自分のせいでお金がかかるのは申し訳ないという理由で断り、一部屋しかとれなかった。
その時、ジャンヌはとても嬉しそうな顔ーーこの前のように認識阻害の魔術をかけている(カインにはいつものジャンヌのように見えているが)ーーをしていて、宿屋の主人はそれを見てニヤケていた。
当然ながらカインは気づいていない。
ジャンヌはカインからもらったワンピースを着て浜辺に来ていた。
「カイン、カイン‼︎ 水が冷たいです‼︎」
彼女は足だけ海に入れてはしゃぎ回っていた。
「ほりゃ!」
カインは後ろを向いていたジャンヌにむけて水をかける。
「きゃっ‼︎ カ〜イ〜ン〜」
ジャンヌもお返しにと水をかけ返してきた。
「うわー、冷たっ‼︎」
「それはこっちのセリフですよ‼︎ びしょ濡れになっちゃったじゃないですか‼︎」
せっかく着てきたワンピースも濡れてしまいうっすらと下着が見えてしまっている。
「そうだ! 師匠が海に入るのに役に立つ服をくれたんだった」
「師匠って魔術のですか?」
「そうそう。なんかいろいろ規格外の人でね、色んなものを作ってくれてそれをもらったんだ」
カインは荷物をゴソゴソとあさり、何着かの服を取り出した。
「確か……これこれ。水に濡れずに弾いてくれる素材でできてるんだって。どれ着る?」
カインが取り出したものは4着あった。
一つは男物である膝まであるパンツタイプのもの。
残りは全て女性もので、
黒い上下の下着のようなもの。
紺色の上下繋がっているもの。
布面積がないひものようなもの。
どの水着がいいですかね?笑笑
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第10話
「これしかないんですか……」
「とりあえずもらったのはこれだけだよ」
ジャンヌはひものような服を持ちながら言葉を発した。
「これだけは無理です。丸見えじゃないですか‼︎ 破廉恥です‼︎」
「んじゃあ残りのどっちか?」
「そうですね。着ないという選択もありですが、海に潜っても平気な服というのも着て見たいですし……」
ジャンヌは残り2つを見ながら考える。
ーー布面積という面から考えると紺色の方が着やすそうですが…
「こっちの紺色の方は何故だか胸の小さい人が着るイメージがあるので、黒い方を着て見たいと思います」
ーージャンヌが着ても似合いそうだけどな。うんうん
そんなことを思いながら着た姿をカインは妄想する。
ジャンヌはそんなカインを首を傾げながら見た後、岩場の陰に隠れるように着替えに行った。
カインはささっとその場でパンツだけを履く。
「えっと、どうでしょうか?」
ジャンヌは少し恥ずかしそうにしながらカインに訊ねてきた。
「な、なんていうか、ジャンヌの金髪に黒いのがよく映えてるっていうか、とにかくよく似合ってるよ」
「そうですか‼︎」
それを聞いてジャンヌは嬉しそうに頰に紅をさした。
「さて、じゃあ遊ぼっか!」
カインはまだ上に着ていたシャツを脱いで上半身を露わにする。
「っっ‼︎ 意外とすごい身体をしているんですね」
カインはゴツいというよりしなやかな筋肉をしており、服を着ているとあまり筋肉があるように見えず、所謂細マッチョというやつだった。
突然、そんな物を見た彼女は反射的に触ってしまった。
触ってしまった。
「ジャンヌ? 身体になんかついてた?」
ようやくジャンヌは自分がとんでもないことをしていることに気付き、お腹の辺りを触っていた手を引いた。
「む、虫がついていたので……」
苦しい言い訳だったが、
「そっか。ありがと」
彼は気付きもしない。
そのことに色々ジャンヌは思うところがあったが、今は初めての海を楽しむことにした。
「わぁホントに濡れても平気なんですね‼︎ なんか不思議です」
「確かにね。ホントに師匠はすごいな!」
ジャンヌはふと疑問に思ったこと口に出した。
「カインの師匠ってどんな方なんですか?」
「どんなって言われてもな〜、すごいスパルタな人でね何回死にかけたことやら。魔術もすごいんだけどそれ以外も恐ろしいレベルのひとだったよ。魔術の他にも槍術とか建築とか教えてもらったよ。懐かしいな」
「今はどこにいるんですか?」
「ちょっとすぐには行けないところかな? そんなことより……」
カインは海水を手で掬いながら両手を合わせて水鉄砲のように勢いよくジャンヌにかけた。
「今を楽しもっ‼︎」
「はい‼︎」
ジャンヌもお返しにと、カインの手を掴み勢いよく沖に向かって投げ飛ばした。
「や〜り〜す〜ぎ〜!」
「死〜〜〜〜ぬ〜〜〜〜」
という言葉を発しながらとんでいき、海に吸い込まれるかのように着水した。
それを見てジャンヌはちょっとやりすぎたかなと少し反省しながら笑った。
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第11話
「楽しかったです‼︎」
あの後も三時間程海で遊んだ。
ジャンヌがカインを砂で埋めたり、ジャンヌが埋まっているカインに向けて棒を振り下ろしたり、カインが捕まえた魚をジャンヌが食べ尽くしたり……。
「とりあえず疲れた〜」
カインは散々な目にあいまくったので疲労困憊の模様。
ーーまぁ楽しんでもらえてよかったかな?
カインはジャンヌに楽しんでもらえて、笑顔が見れて一先ず良かったという安堵感に包まれるのだった。
二人は元々着ていた服に着替えて、宿に戻ることにした。
「おや、お二人さんお帰り。えーっとカインさんとジャーニーさんだっけ? 海は綺麗だったろ?」
よくわからない名前を宿の主人に言われ、ジャンヌは首を傾げるがすかさずカインが肯定した。
「はい、そうです。とても綺麗でした。ここに住みたくなりました」
一言二言、主人と会話を交わし部屋へと向かった。
「カイン‼︎ ジャーニーって誰ですか⁈ 浮気ですか⁈」
ずんずんとカインに近寄り問い詰める。
後退りながらカインは答えた。
「ジャンヌの偽名だよ。ジャンヌ・ダルクっていう名前は今やフランスで知らない人はいないくらい有名だからさすがにまずいかなって思って。というか僕たちそういう関係じゃないよね⁈」
「あぁ、そうでした。まだ違いましたね。
でもでも、宿に来た時ちゃんとジャンヌって名前でおじさんに頼んでいませんでしたか?」
「それは、ちょっとした魔術をかけてるからなんだよね。僕が発するジャンヌっていう言葉をジャーニーって聞こえるようにしているんだ。僕とジャンヌ以外はね」
「そういうことですか。それならそうと言っておいてください。勘違いしてしまうじゃないですか」
恥ずかしそうにカインから目をそらすジャンヌ。
「ふふっ。そうだね、気をつけるよ」
機嫌を直した後、二人で話していたらうとうととジャンヌがし始めてしまったので寝ることにした。
ダブルベットで。
ーーなんでだーー!
海に行く前はちゃんとツインだったはずがダブルベットへと進化していた。
実は、ジャンヌがこっそりとツインからダブルへとしてもらうように頼んだのだった。もちろんカインは知らない。
ジャンヌに手を引かれて彼女に覆いかぶさるようにベットへと倒れた。
なんとかマウント状態からは逃れることはできたが手を掴んで寝てしまったジャンヌから離れることができずに朝日を迎えた。
翌日、目を覚まし宿の主人からの一言で二人とも顔を赤くした。
「昨夜はお楽しみでしたね」
「「そんなことしてない(ません)‼︎」」
激しく否定したジャンヌとカインだった。
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第12話
「んん〜今日もいい天気ですね。今日は何をやりましょうか?」
「そうだなー、釣りでもしようか」
ジャンヌと同じく手を合わせて伸びをしながらカインは答えた。
「でも昨日も魚は食べたじゃないですか」
「昨日は僕が潜って取りに行っただけだからさ。釣りには釣りの楽しさがあるんだよ。さ、やろうやろう!」
カインにすすめられるがままジャンヌはやることにした。
二人は釣りがしやすい場所に移動し、竿を垂らし待つこと十分。
「つれません」
ジャンヌはそうそうに飽きていた。
「そりゃすぐにはつれないよ。こうやって待っているのが楽しいんじゃないか」
「でもこうも釣れないとイライラしませんか?潜って捕まえに行きたいぐらいです!」
「それじゃあもう釣りじゃないね。」
ジャンヌの大胆さに少しひきながら、話を変えようと思い話題をふる。
「ジャンヌはさ、何かやりたい事ある?」
「突然どうしたんですか。やりたいことと言われましても……。こうやって二人で居られるだけで満足ですよ?」
カインは少し照れながら続ける。
「そ、そう? もっと肉が食べたいとか、もっと魚が食べたいとか、甘いものがたくさん食べたいとかあるんじゃない?」
「なんで全部食べ物なんですか。私をなんだと思ってるんですか‼︎」
ちょっとぷりぷりしながら突っ込むジャンヌ。
「しいていうなら、家族が欲しいです」
「ってことは結婚がしたいってこと?」
「まぁそういうことですね。結婚して家で旦那さんと仲良くやって、子供を2人、男の子と女の子を1人づつ欲しいですね。それでそれで男の子はヤンチャながらも優しくて女の子の方も元気いっぱいな子で、周りの奥様方からは「おしどり夫婦ですね」って言われる家庭が欲しいです」
ジャンヌのテンションの上がりように驚きながら頷くカイン。
「そっか、いい旦那さん探しのためにもジャンヌの罪を晴らさないとね」
「旦那になってほしい人ならもういるんだけどな」
「ん? 今「わぁー、カイン‼︎ 釣り竿に反応がありました!」お! これは大物かも!」
ジャンヌは両手でしっかりと釣り竿をもって引き上げようとするが魚も逃げようとしているせいか力が拮抗している。
そこでジャンヌの背後に立ちカインも一緒に手伝うことに。
後ろから抱きつくような格好になってしまっているが今は大物がいるため気にしてられないカインだが、
ーーこの抱きしめ方は……ヤバイです!
気にするひとが若干1名。
その後無事に釣り上げられたがジャンヌが熱中症? になってしまい慌てるカインだった。
次回の更新はリアルでいろいろあるので間が空くかもしれませんが必ず完結させるので待っていてください。
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第13話
それと今までの自分の文体がガタガタ過ぎたのと設定が気に入らないところがあったのでこれまでの話をいくつか変更したので注意してください。
二人は沢山の事をした。
山に行った。
彼女は行ったことがなかったらしく、海と同じくらいはしゃいでいた。木に生えているキノコを食べれる事を知らなかったらしくその話を聞いた後から持ってきていた籠の中に至るところからキノコをむしり取り入れていた。
その後、彼だけ毒キノコにあたり彼女は半泣きになりながら慌てふためいた。
雨の日に彼が昔話をした。
彼女は雨がそんなに好きではないらしくその日は珍しく意気消沈していた。だからというわけではないが、彼は彼女に彼の冒険を話した。彼女は少年の様に目を輝かせながら話を聞いていた。その事を彼女に話したら彼は殴り飛ばされたらしい。
空を飛んだ。
正確にいうと落下なのかもしれない。二人はこの辺で一番高い場所から擬似的に魔力で翼を作って飛んだ。彼女は始めは死ぬほど怖がっていたが段々と空の美しさに目を奪われていった。その後着水して二人はずぶ濡れになった。彼は服がすけすけになった彼女を見て顔を赤らめ、彼女はその事に気付き彼は再び空を飛んだ。
本を読んだ。
この日も雨が降り暇な二人は本を読んだ。彼女は恋愛系の話が好きらしくむふむふにやけながら読んでいた。彼はその姿を微笑ましい顔をしながら見ていた。その後ポカポカ彼女に叩かれた。
散歩をした。
何気ない道。普通の天気。いつも通りだったけれど彼と彼女はお互いがいれば十分だった。どちらからだっただろう。小指と小指がぶつかった。遠慮がちに手が近づいて二人の手は繋がった。顔を見合わせながら二人とも笑った。
怪談をした。
彼が実際に体験した霊との出会い、戦いを彼女に話した。彼女はなんて事ないように振舞っていたけど手がせわしなく動いているのを彼は見逃していなかった。その日の夜は二人一緒に寝た。変な意味ではなくてただお互いが近くにいることが分かる距離で寝た。互いに互いを意識しあっていた。
街に出かけた。
彼女の服選びに彼は疲れ果てていた。女性の買い物に待つのは男の役目だと思い込み彼は最後まで付き合った。彼は途中で小物屋に寄って彼女にプレゼントを買った。明日彼女に想いを伝えるために。彼女も彼がいなくなった時に物を買いに行った。彼にこれまでの「ありがとう」と「好き」を伝えたいために。二人は何事もなかったかのように一緒に家に帰った。お互いに買ったものは指輪だった。何故これなのかは特に意味はないと二人は言うだろう。
全ては明日のため。
次の日
次回もいつになるかは分かりませんが早めに投稿しようと思います。
続きが気になる人がいると思うので……いたらいいな〜。
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第14話
運命は彼女を逃さない。
ジャンヌ・ダルクは火刑に処される。それは世界によって決められた決定事項。誰が何をしようともこの事実が覆ることはない。世界はあるべき真実へと収束する。いくら時間がかかろうとも彼女は観衆の前で火に炙られる。
それが彼女の
それでも彼は……。
◇
カインは思考を止めることはなかった。
ジャンヌがどこからともなくやってきた兵士たちに捕らえられ、カインも彼女を隠していた事に対する罪で捕まった。捕まるのは彼女のなしてきた事から順当である。しかし、問題はそこではない。
カインが思考を続けている理由、彼等はどうしてここに来れたのかという事だった。
カインの自宅は森の奥深くに位置しており、未だ嘗て誰もここに人が来たことがなかった。それに加えて家を囲むように認識阻害の魔術もかけている。仮に相手側にどれだけすぐれた魔術師がいても術を解く間カインが気づかないということはあり得ない。
それにざっと見ただけで百人以上の兵が突然現れた。
以上の事からカインはこう結論づけた。
ーー神、もしくは世界が力を貸している。
カインは現在ジャンヌと共に連行されている最中であるが、彼が本気を出せばこんな包囲網くらい簡単に抜け出すことが出来る。しかし、先の結論が正しいのだとしたらジャンヌを連れて逃げたとしても謎の力によってまた捕まってしまうのがオチだろう。
ジャンヌと出会う前にカインの異能が観測した未来ーー火刑に処されるーーを変えてはいけない。
今まで、カインは見てきた結果を変える事が出来ていなかった。カインが見てきたものは必ず現実で起こされてしまう。
いくら、努力してもその運命は変えられた事はない。
おそらくは絶対に変えられない。だが、カインにはそんなことは受け入れられるはずもなかった。
ーージャンヌはただ皆を守りたかっただけなのに。ただ、それだけのために自らの手も血で汚し、聖女という肩書きを押し付けられた。ただの村娘だった彼女にだ。どれだけ不安だったのだろう。突然神の啓示という一方的な物を押し付けられ、兵の命さえ彼女の手腕によって如何様にもなる状況。
ーー暮らしていく内に僕はジャンヌが普通の女の子だと知ってしまった。料理もそんなに上手に作れない。そのくせ人並み以上に食べる。初めての事に対しては子供のように目を輝かせて夢中になった。あまりにも普通の女の子すぎた。そんなジャンヌに対する報酬が処刑だなんてあまりにも救われなさすぎる。
だからカインは考える。ジャンヌが生きてられる状況。カインの持ち札全てを使ってもジャンヌだけは生かす。それがカインの唯一の望みだった。それが彼女を盗んだ者としての意地でもあった。
ーー脳が千切れても構わない。何かあるはずだ。希望になり得る一手が。
カインの思考は長かったのかそれとも短かったのか本人でも分からない早さで回っていた。そしてある一つの事に気がつく。
「世界を、騙す」
ジャンヌを救い出せるかもしれないという可能性を。
全然人が喋ってないですね。
しょうがないんだ。悪いのは全部抑止力のせいだ‼︎
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第15話
今回も短いですが出来ました。
そろそろ過去編が終わりそうです。この後はapo編、fgo編と考えているのでまだまだ話は続きます。作者のやる気があればの話ですが……
カイン・ナトリウスは生まれつき異質な目を持っていた。
右目は未来を見る目。
左目は未来を測定する目。
どこぞの爆弾魔のような能力を持っているように聞こえる。
しかし、それは勘違いだ。
彼の右目は彼が意図せず発動する。食べている最中や、鍛錬をしてる最中、寝ている最中でも勝手に発動してしまう。そして彼に未来を見せるのだ。見せる内容は時々によって変わる。
リンゴがカインの頭に落ちる。
子供が井戸に落ちそうになる。
兵士が銃で撃たれる。
だが全てに共通することがある。
カインが見た未来は必ず起こるということだった。
ここで彼の左目の能力が関わってくる。
未来とはたった一つの行動によって結果は変わってしまう。例えば騎士王が選定の剣を抜いた世界と抜かなかった世界。
これは騎士王が抜いたからカインの世界の史実には騎士王や円卓の騎士の話が語り継がれている。
しかし抜かなかったとしたら……。カインの世界には騎士王なんて言葉は知られることすらない。
このように世界というのはたくさんの可能性を含む。
だが左目の未来測定。未来を見た後これもまた勝手に発動してしまうのだが、見た未来をそのまま固定してしまうのだ。つまり見た未来以外の可能性を全て潰してしまうという事である。
そこで思い出してもらいたい、カインがジャンヌの未来を見た事を。
カインはジャンヌが火刑に処される所を見てしまった。
見てしまったのだ。
未来は変えられない。
この能力の事をタイツ師匠に相談してから二人で色々実験してきたが結局、変える事はできなかった。
それに今回は世界という力が彼女を殺そうとしている。カインの未来視と世界の強制力の二つ。各一つずつでも確実なものが二つもある。この絶対性を覆すことはできない。
ーー覆そうとしなければよかった話だった。
ジャンヌ・ダルクは火刑に処される。
これさえ守られていたらカインの未来視からも世界の強制力からも束縛を受けることなく行動することができる。
カインが見た正確な火刑の場面は彼女が高い柱に括り付けられ火に覆われていくというものだった。
最低限、ここさえ合っていればカインの目による間接的妨害は防げる。
そして世界による強制力も周りの人々がジャンヌ・ダルクが死んだと思わせる事が出来れば働かないと見て間違いないだろう。世界はおそらく本来の史実であるジャンヌ・ダルク火刑という事実を曲げたくないのだろう。だがこれは絶対にジャンヌが死ぬということとイコールではない。
本来の史実ではジャンヌは火刑に処されて死亡しているという事だろう。
だが、史実とはどうやって紡がれているのだろうか。
それは人々によってである。
書物に書き残されたり、親から子へと話し聞かせるなどのやり方しかない。つまり、観衆が死んだと言ったら死んでいるということになる。これをクリアすると史実もまた変化を起こすことがないので世界からの強制力は終わりを迎える。
カインがするべき事は決まった。
ーー僕の、いや
彼らのショーが今始まる。
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第16話
ジャンヌとカインは拘束されたまま最寄りの街であるルーアンへと連れていかれた。移動中はお互い話すことも出来ず、ただ黙って歩くことしかしなかった。
兵士たちは始めはどこか呆けているような顔ぶりだったが街に近づくにつれてジャンヌ・ダルクを捕らえたという事実を知り驚愕したような顔を浮かべていた。これは恐らくだが、カインの家を包囲した時は彼等の意思が無かった事をカインに教えてくれた。
ジャンヌはジル・ド・レェ卿を筆頭とした兵に連れていかれた。ジャンヌはカインと別れる際何かを伝えたそうな顔をしていたがそれを言える状況でもなく、カインは自分は大丈夫だからという意味を込めた微笑みしか出来なかった。
ジャンヌはそれを見て泣き出しそうな顔をしたのだった。
カインは兵たちに連れられて駐屯地の地下にある牢屋に入れられた。入り口は鉄のドアで出来ており、他に脱出が出来そうな場所はなかった。
カインはまず腕に嵌められていた手錠を魔術で身体を強化して無理に壊した。その時かなり大きな音が出たが幸いなことに外にいるであろう兵士に気づかれることはなかった。カインは次にジャンヌやカイン自身のこれからについての情報を集め始めた。聴力を強化した耳をドアにつけて何か聞き取れないか試してみる。かなりドアが分厚いらしく魔術で強化してもなおカインはあまり話し声が聞き取れなかった。しかし、一番大事なことは聞き取ることが出来た。
ーー明日の十二時にジャンヌが処刑される。
異端審問はどうしたのかと突っ込みたくなったが上層部は、いや世界は早くジャンヌを殺したいらしい。なりふり構わなくなってきたな。カインはそんな事を考えながら悪態を吐く。処刑はおそらく火刑で、場所はルーアンにあるヴィエ・マルシェ広場で行われるだろう。現在は太陽がほぼ真上にあったのをカインは確認していたのであと一日、時間があった。ジャンヌの死亡を誤魔化す為にも一刻も早くここからカインは出たかった。そんな彼がドアを吹き飛ばすのに時間はかからなかった。出口ができた瞬間、風のような速さでカインはすでに駆け出していた。兵士達のどよめきが上がる前にカインは既に駐屯地を脱出していた。
カインはここでジャンヌのことを一回思い浮かべ、無事を確かめに行こうかと迷ったが彼女と親交があったジル・ド・レェ卿が近くにいることを思い出し彼ならば彼女に手を出させるような状況にしないだろうと判断して一旦家へと準備をしに戻る事にした。
時間はいくらあっても足りないので行きは三時間かけて歩いた道も帰りは走って二十分で帰ってきた。
家にあった魔力をこめてあった物品を片っ端から袋に入れて、いつも着けている目だけ隠れる仮面を着けて再びルーアンに戻ろうと駆け出した。
直後、彼は召喚された。
「今回の標的は君かね」
抑止の守護者が。
まさかのこの人が登場です。カインはどんだけアラヤに嫌われてるんだ‼︎
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第17話
カインの一人称が「僕」
キッドの一人称が「俺」
今は仮面をしてるので「俺」が一人称ですが感情が揺れると素の口調に戻ったりします。
「あなたは一体」
誰ですか?と言いたかったカインは言葉を止めざるを得なかった。目の前の相手がいきなり斬りかかってきたからだ。カインは槍を
「あなたは一体誰ですか」
強めの口調でもう一度問う。その際もいつ攻撃されてもいいように警戒は怠らない。
「私かね。何、私はただの掃除屋だ。もしくはアーチャーとでも呼ぶがいい」
浅黒い肌をした男は自らをアーチャーと名乗った。
「それでアーチャーさんは俺に何のようですか」
「私の目的は君を殺す事だ。君が一体何をしようとしてるのかは私には知らされていないが私がここに召喚されたということはおそらく人理の崩壊の可能性があるということなのだろう」
淡々とカインを殺すと説明するアーチャー。カインは会話の内容から目の前の相手は世界が派遣した自らを殺すための人物だと把握した。
「俺は一人の女の子を助けたいだけなんだ。ただそれだけなのに」
カインは本当にそれだけを望んでいた。
「……その女の子とやらはここで死ぬ運命なのだろう。何、君が気に病む事じゃない。人には出来ることと出来ないことがある。今回はたまたま出来なかったということの話だ。私も君みたいな善良な人間を殺したくはない。その子が死ぬまで私はここで君を見張らせてもらう。君がその子をどうこうしなかったらアラヤも何も言わないだろうからな」
アーチャーはカインに同情したかのような顔をしてそう締めくくった。
ーーだけど、でも、
「俺は、いや僕はそれでも助けに行きたいんだ」
ーー見捨てるなんて出来ない、
「例えそれで人理が、人類が滅びようともか?」
「ああ。僕は人類すべての命より
「交渉決裂か。私がここに召喚されたのだからそんな気はしてたがな。ならば、人類のために私はお前という悪をここで殺す」
アーチャーは黒と白の短剣を構えた。
「あなたの方が正しいのかもしれない。一人を殺して全を救う。確かに間違っちゃいない。でも、あなたは、みんなは知らない。彼女は自分の心が悲鳴をあげてるのが分かりながらそれでも守りたかったもののために頑張れる人なんだって事。誰よりも人の命を尊く思い救おうとしてるんだって事。それを知ってて何もしないのが正しいっていうのなら俺は悪でいい」
カインも槍を両手で構える。
「行くぞ、
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第18話
カインの槍の一撃をアーチャーが双剣を使い防ぐ。側から見たら目にも留まらぬ速さで動いている彼等のやっている事がこれだった。槍での変則的な動きに対してもギリギリのところで反応し射程圏内から離脱され、剣を弾き飛ばしてもいつの間にか手には再び同じ剣を持っているアーチャー。お世辞にもアーチャーの身体能力は高いとは言えず素のカインの身体能力の方が高く、それに加えて魔術で身体能力を強化しながら戦っているので終始押しているのはカインの方だったがあと一歩のところで毎回届かない。
このままでは埒があかないので、一旦お互いに距離をとり仕切り直した。
「いやはや、その若さでその槍の腕前。良い師が居たのだろうが、それでもなお恐るべき腕だ。私はおろか、魔槍で有名なクー・フーリンにすら匹敵し得る。君は所謂天才という奴なんだろうな。どんなに鍛えても二流止まりだった私からすれば羨ましい限りだよ」
「それを受け流してるそちらさんに言われても嬉しくないな。それと、あんたが二流なら世界中のほとんどの戦士が三流、四流になるよ」
話しながらもお互いに全く隙は見せない。
「だが、それでは私には敵わない。確かに槍捌きに関しては超一流と呼べるがそれだけだ。私が全神経を防御に集中すれば君の攻撃は防げなくもない。身体能力も敏捷さは私が見てきた中でも一、二を争うが反応できないというわけでもない」
正にカインも同じ事を考えていた。こうも攻撃がまともに当たらないと策を練らなくてはいけない。だが奴はアーチャー、つまり弓兵と名乗っておきながら双剣で戦っており、弓を使うそぶりも見せない。遠距離で魔術を使おうとしたらおそらく弓を使ってくるだろうがそしたらまた膠着状態になる恐れがあり、相手の弓の技量が高かったらカインはいずれ魔力が足りなくなりジリ貧となる。アーチャーはアラヤと呼ばれるものからバックアップを受けているらしく魔力の消費の心配をしなくていいときた。カインも今まで溜めてきた魔力があるからそこまで心配はしなくてもいいが、無限というわけでもない。
そして何よりカインには時間が無かった。アーチャーはカインを最低限足止めしておけば仕事は全うできるがカインはアーチャーを倒し、ジャンヌを助けださなければいけない。アーチャーと戦いのせいで、すでに日付は変わってしまっていた。あと十二時間。時間はあるようで無かった。相手は簡単に倒せる敵ではなくカインは徐々に精神的に追い詰められていた。
「付け加えて言うのならその槍、私のこの剣を平然と弾き飛ばしているのから察するにかなり頑丈に作られているが、魔槍ではない。因果逆転の呪いでも付いていたなら私は既に君に倒されていただろう」
どこぞの妖精から槍をもらったりするようなイベントは千四百年代には起こるはずもない。神秘など薄くなり過ぎているのだから。
逆にアーチャーの剣は一見分からないが神秘の宿った武器、所謂宝具と呼ばれるものだった。そこまで神秘がこもってないとはいえ宝具であることに変わりはしない。それをぽんぽんと新しいものを使っているのを見るに分裂な能力を有しているか、かなりたくさん持っているか、アーチャー自身が作っているかのいずれかの事をしているに違いなかった。アーチャー自身が作っていた場合、他の宝具端的に例えるなら盾の宝具なんか持っていたならば最悪だった。カインに頑丈であろう盾の宝具を突破できる火力が出せないのだから。
カインは特異な目を持っているがそれも自身で発動できるタイプではないし
カインは知らない事だがこの状況は偶然というわけではなかった。アーチャーは抑止力によってここに召喚されているが、抑止力とは抹消すべき対象に合わせて規模を変えて出現し、絶対に勝てる数値で現れる。
初めからカインには勝機など存在しなかったのだ。
やめて!アラヤの特殊能力で戦い続けてもカインに勝機はないの!
お願い、死なないでカイン!あんたがここで倒れたらジャンヌはどうなっちゃうの?ここを耐えればハッピーエンドが待ってるんだから!
次回、「カイン死す」。デュエルスタンバイ!
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第19話
数えるのも馬鹿らしくなるほど武器を交えることによってお互い、通常の攻撃ではなかなか傷を負わなくなってきていた。カインは常に槍の間合いに陣取るようにアーチャーに近づき猛攻。アーチャーはそれを防ぎながら後退しつつ空中で弓を投影して容易に接近させないように矢を放っている。どの矢も狙いはよく仕方なくカインは槍によって迎撃するしかない。
カインもアーチャーもこのままでは三日、四日は戦っていられるということに気づいてはいたが、アーチャーは敢えて何もせず時間が経つのを待ち、カインは状況を打開するための策を考えていた。
昨日の昼から戦い始めていたが未だ勝負はつかず、時刻はジャンヌ処刑の朝になっていた。
ここまでやって隙らしい隙を見せないアーチャーのことを倒すのにカインは一つの決心をした。
今までと同じように槍によって剣を弾き飛ばす。弾き飛ばした剣の数はもう千を超えていた。飛ばした後さっきまでなら追撃をしていたがここで一旦カインはアーチャーと距離を取った。距離をとればとるほどアーチャーの矢の本数が増してくる。二度と近づかせはしないとばかりに撃ってきているがそれでもカインは下がり続けた。アーチャーとの距離が一キロ程空いたところでカインはようやく止まった。カインは止まったがアーチャーの矢は止まることはなくカインに迫ってきている。
その矢を撃ち落としながら貯蓄していた魔力の全てを槍に込めた。あまりの魔力に槍が悲鳴をあげていた。その魔力を込めた槍を持ち、カインは低い体勢をとった。直後、カインは消えた。
否、消えたのではなく常人には見ることさえかなわない速さで一直線に走っていた。アーチャーは遠く離れていたのでなんとか目で捉えることができていたが、あの速度で走っているのをアーチャーは接近戦で対処できることはできないと即座に判断して一手うつ。
「I am the bone of my sword」
「
一直線に来ると分かっているのならばその射線上に自らが持つ渾身の一撃を放てばいい。そんな考えのもとこの宝具は放たれた。この矢はアーチャーが名剣カラドボルグを矢として使うために改造してあり威力はAランク宝具にも負けていない。
当たればタダでは済まないのは誰がみても明らかな攻撃である。
カインはそれを見ても
その代わりと言わんばかりに持っていた槍をアーチャーに向けて全力で投擲した。今までの速力に加えて走りながら全力で投擲した槍は宝具ではないとはとても信じられない威力を内包したまま真っ直ぐに飛んでいった。宝具のランクでいうと対軍、下手したら対城宝具はあるだろう。
槍と螺旋剣はお互いに当たることはなかったがどちらも威力が凄まじくどちらも少しだけ軌道が変わった。
けれど元々の威力が果てしなかったためにどちらも当たらないという程軌道はずれてはいなかった。
アーチャーは槍が放たれた瞬間にカインがしたい事を理解した。
ーー相打ち。
どうしてこういう発想に至ったかは定かではないがそうとしか考えられなかった。距離が離れて見えない速度で迫ったらアーチャーが強力な宝具を撃つことにかけたのだろう。そしてその宝具を撃ち終わった後に隙ができることを願って。アーチャーにとっては不幸なことにかけは当たった。
咄嗟にアーチャーは自らが最も信頼している守りを展開させる。
「
アーチャーの前方に光でできた七つの花弁が展開される。
はずだった。
突然、槍を投げるといったカインの奇行に反応したアーチャーは流石といえるが、それでも遅かった。
槍の速度は時速二千キロメートルを超えていた。
一つ、二つ、三つ目の花弁が出来たと同時に槍は盾に衝突していた。
不完全な盾では勢いを殺すことは出来ず、すぐに花弁は全て割れる。
アーチャーは槍が突き刺さる直前、敵がどうなったかに目をやった。
ーー自らは標的を殺すことができたのか。
ーー自分の正義を貫けたのか。
カインは投げ終わった後即座に致命傷を避けようとしたのだろうが、あの速さで動いていて急に方向転換できなかったのだろう。
左半身がねじ切れていた。
それを見てアーチャーはふっと笑みを浮かべて槍に吹き飛ばされた。
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第20話
カインは直感的に分かっていた。
ーー勝てない。
正確に言うならばカインの求めている条件内で勝てないだ。アーチャーを倒す方法は大きく分けて二つあった。
一つ目は単純なゴリ押しである。アーチャーの守りの剣は確かに巧かったが決して崩さない程ではなかった。けれど、半日やりあって漸く癖が見えてきたというレベルだった。あと半日あれば確実に仕留めていただろうがカインの目的はアーチャーの撃破ではなくてジャンヌの救出である。間に合うかどうかかなりギリギリになってしまう。そんな賭けに乗ることはカインには出来なかった。
なので今回取ったのは強力な一撃で葬るという方法だった。アーチャーがどんなに頑丈な防御宝具を持っていても突破できる威力を出せば勝てる。しかしこれにもいくつかデメリットがある。まず、アーチャーにも指摘されたがカインは宝具を持っていない。真名開放すればとんでもない威力を出せる宝具なんてものカインには無かった。だがこれはルーン魔術を槍に使えば威力に関してはクリア出来た。
問題なのはルーン魔術というのは派手なのだ。槍に付与すれば確かに威力は出るが、アーチャーの前であからさまに強そうな攻撃の準備を始めると相手は万全な守りをするのでそれを突破しなくてはならなくなる。アーチャーの守りがどんなものかをカインは知らなかったし魔力にもこちらは制限があるので無駄には出来ない。
だから今回はただの魔力を槍に込めることしかしなかった。そして盾を出すのを遅らせるために一直線に突撃という脳筋な戦法を取った。カインがあまりにも無防備になるのでここを見逃す事をアーチャーはしないだろうと判断してのことだが。案の定攻撃を放ってきたので相打ち覚悟でカインは槍を投擲する。ここで大事なのな相打ちというところだ。
カインは信じていた。
自身の実力をか?
ーー否。
アーチャーの実力をか?
ーー否。
ーー
ジャンヌをありとあらゆる方法で火刑に処そうする奴がカインを生かしておくなんてするわけがない。召喚されたアーチャーがこんなにも戦いづらいのもそのせいだとカインは信じた。だからあるかどうか分からない盾の宝具の存在もあると信じたし、間に合うかどうか分からないという選択を真っ先に捨てることが出来た。
カインは世界を
カインがこの戦いでできる最善な勝ち方は相打ちだったのである。
しかし、相打ちでもカインの勝ちだった。
ルーン魔術というのは様々な効果の物がある。探知、遠見、硬化などルーン文字の組み合わせを使えばほとんどの事が出来るといっていいだろう。
そしてカインにルーン魔術を教えたのは誰であろうか。
おっぱいタイツで有名、ではなくて影の国の女王で有名なかのスカサハである。彼女が操るのは原初のルーン文字。とりわけ才能のあったカインもそれを教えてもらっていた。
カインにとって蘇生のルーンを作るのもそう難しいことでは無い。手間がかかりすぎるので率先して作ろうとも思わないが……。
左半身がアーチャーの宝具によって吹き飛ばされた瞬間にこの蘇生のルーンは発動した。死んだら蘇生するという失敗したら自分も死ぬというかなりリスキーなルーンだったが日頃の行いのお陰か見事に蘇生することが出来た。もし、アーチャーの宝具がカインの頭に当たっていたのならもしかしたらルーンは発動しなかったかもしれない。そういう意味でも運が良かった。
欠損箇所も復元されていて魔力を殆ど使ったという以外は活動に支障はない。
なにより、一回一瞬とはいえカインは死んだ。これで、しばらくの間は世界もカインを死んだと誤認するだろう。
そのうちにカインはジャンヌを助ける。
タイムリミットまであと三時間。
そういえばUAが六万を超えました‼︎毎回読んでもらいほんとうにありがとうございます。
この作品を読みに来る方はジャンヌが好きな人なのでしょう。けれど作者の技量的な問題でジャンヌの可愛さを書けていないので申し訳ない気持ちでいっぱいです。
とりあえず過去編が終わったら幕間的な感じでジャンヌとカインの私生活を少し書いてみたいと思います。イチャイチャさせるぞー‼︎
よければ評価してくださると嬉しいです。↓↓↓
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最終話
その日は天が今にも泣き出す事を指し示すかの様な曇り模様だった。もうすぐ始まるジャンヌ・ダルク火刑を見るためにルーアンの街には人があふれていた。
その当事者であるジャンヌは腕を拘束されて、ジルと共にその時を待っていた。
「ジャンヌよ、私を恨んでください。これは私が無能であったために起こった事です。貴女はため祀られるべき存在になるはずだった」
ジルは目に涙を浮かべ、震えている手で自分の顔を隠す。
「いえ、貴方のせいではありませんよジル。全ては私が兵を率い、やらせてきた事です。これが私の運命だったのです」
ジャンヌは幼子をあやかすかのようにジルに話す。
「一つ心残りがあるなら私の事を保護してくれていた青年の事です。彼はどうなったのでしょうか」
「彼ならば捕まって少しした後にドアを破壊して脱獄しました。その後彼を捜索したのですが、未だ見つかっていません」
「そうですか、良かった。彼は私がジャンヌ・ダルクだと知らずに世話をしてくれた善良な一般人です。どうか彼の事を罪に問わないでもらいたい」
ジャンヌはカインのことを怪盗キッドだとは伝えず、あくまで偶然道に倒れていたジャンヌを保護してくれた一般人だと説明した。カインが無事なら。ジルは深く深く礼をした。それが了承の意味だったのか、謝罪の意味を込めたものなのかジャンヌには分からなかった。でも、ジルなら大丈夫と自分自身に言い聞かせ歩き始めた。
ジャンヌはカインに生きて欲しかった。
ーー好きになってしまった。愛してしまったから。
ジャンヌにはそんな資格なんて無いのかもしれない。でも、心の奥深くから生じるこの衝動を抑えることなんてできなかった。
思い出すのは彼と過ごした日々。彼の隣はいつも温かかった。
ーーぽかぽかしていてつい眠ってしまうところでした。
彼はわりと心配性だった。
ーー包丁くらい私でも一人で扱えますよ。
彼の横顔をみてると鼓動がはやくなる。
ーーそんなこと本人は知りもしないで……こっちの身にもなってほしいものです。
みんなに求められているジャンヌではなくてありのままでいられた。もしかしたらありえたかもしれない日々を過ごすことが出来た。
出来ることなら彼ともう一度だけ会いたかった。
ーーでも、来て欲しくない。離れるのが寂しくなるから。
そんな矛盾を抱えたまま処刑台へと歩き始めた。
彼はこれからどうなるのだろうか。素敵な女性と結婚して、子供が出来て、死ぬのだろうか。なんだか本当にそんな風になりそうなのが目に浮かび、カインらしいなと思い自然と笑みがこぼれた。
ーーあぁ、でも結婚できるのが私ならな。
そう考えずにはいられないと同時にあり得ないなとも思ってしまう。
「この魔女め‼︎」
「裁きを受けろ‼︎」
ジャンヌに罵声を浴びせる人々。
でもなかには、十字架を持っていないジャンヌにそれをあげることのできる心優しい少女もいた。
ジャンヌの事を少しでも分かってくれる人がいる。それだけで彼女は救われた。自分がやって来たことの全ては無駄じゃないと分かったから。もう悔いはない。
丸太に体を縛り付けられる。
そして、ジャンヌの足下にある木々に火がつけられた。
火はだんだんと燃え移り始める。
神が怒っているかの様に火は燃え上がる。
近くの兵士はあまりの熱さの為に即座に離れる。民衆もまたしかり。
燃え上がった火はジャンヌを包み込んでいく。
主よ、この身を委ねますーーーー
そして
「カインを永遠に愛しています」
「僕もジャンヌを永遠に愛するよ」
ーーえ?
ジャンヌは閉じていた目をゆっくりと開けていく。
見慣れた姿。でも、服が破けていたり血が滲んでいたりする。それでもやっぱりジャンヌの知っているカインだった。
ーーどうして。
「神様にあげるくらいなら体も心も時間も僕に盗ませてくれないか」
「僕は盗っ人だから嫌だって言っても盗んでいくよ」
カインはいつかの時と同じ様な顔で攫いに来てくれた。
来て欲しくなかったのに覚悟を決めたのに。ここで終わりだって自分に言い聞かせたのに。
涙が止まらなかった。
「さて、そろそろ分厚い火でジャンヌが見えない事に疑問を思う人も出てくるだろうから早く逃げよっか」
「でも、どうやって」
「一先ず、ジャンヌと人形を入れ替えよう」
カインは
余談であるがジャンヌそっくり人形はここに来るまでにカインが作った物で、見た目はもちろん中身もほぼ生身と同じである。
カインはジャンヌを抱き上げ空へと跳ぶ。
それと同時にジャンヌが縛られていた所の地面に設置していた魔術を発動させる。
木片が崩れる音。
それだけの魔術だった。火を燃やす用に木片が積み重なって、ジャンヌの足元には沢山あった。それを崩したかの様な音を出した。
ミスディレクションと呼ばれる視線誘導の技術だった。
一瞬だけ下を向かせることしか出来ない。でもその一瞬がカインには欲しかった。認識阻害を使い、跳んでいる影ができない様に魔術を使う。そして観衆が視線を元に戻した時には既にカインとジャンヌは屋根の上に着地していた。
ジャンヌを抱えたカインは火刑を見る事なく街の外へと走っていった。
何事もなかったかの様に火刑は進められた。
黒焦げになったジャンヌ人形を処刑執行者達は人々の前に晒す。さらにジャンヌ人形の遺体を誰の手にも入らない様に再び火をつけ、灰になるまで燃やされた。
灰になった遺体は処刑執行者達の手によってマチルダと呼ばれる橋の上からセーヌ川へと流された。
「さて、アラヤの抑止力が何もしてこないということはおそらく世間的にはジャンヌは死亡したと思う。本当の自由を手に入れたけどジャンヌは何がしたい?」
カインとジャンヌは手を繋ぎながら一緒に歩いていた。
「そうですね。じゃあーーがしたいです‼︎」
「えー‼︎ うーん。分かった」
おそるおそるカインはジャンヌの顔に手を当てる。
そして、ジャンヌとカインの距離はゼロになった。
「ご馳走様でした」
照れまくっているカインに向けてジャンヌはいたずらっ子の様な顔をしてそう言った。
「そういえばカインは勘違いをしているので訂正しておきます」
「私の心は最初から貴方に盗まれていました」
ジャンヌは満面の笑みを浮かべた。
いやー、長かったような短かったような。文字数的にみたらめちゃめちゃ少ないんですがね。
とりあえずジャンヌ救えたぜ‼︎
あと、感想でバッドエンドも書く的な事をいいましたが過去編として書くのはやめます。後でちゃんと書くから安心してね。
まだまだカイン君の能力とか不明な点はありますが、まだこの話は続くのでそこで明らかにさせていきたいと思っています。
更新速度は一旦落ちると思いますが完結はさせますので待っていてください。
next stage
normal
hard
very hard←
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番外編
クリスマス
今日はキリストの降誕を祝う日。
つまるところクリスマスである。カインとジャンヌは例に漏れず、新居の中にクリスマスツリーやイルミネーションをしている。カインはなんだかんだクリスマスになにかをするということがなかったので、ジャンヌ指導の下飾り付けを行なっている。
ジャンヌは子供の頃、自らの家でやった事を思い出して少し感慨にふけっていた。
飾り付けが終わったら夜に食べる料理を作り始める。
この時代、未だ料理のレパートリーが少ないので些かクリスマスでも質素な食卓になってしまう。しかし、年も終わる間近であり何よりジャンヌの嬉しそうな顔を見たいという一心で豪華に作る事を決めたカイン。
まず、適当に野菜と肉を切り水をはった鍋に投入し煮る。それぞれに火が通ったのを確認したら香辛料を入れる。ちなみに香辛料はめちゃめちゃ高く手に入りづらいが、カインがルーン魔術で栽培しているのでここではその限りではない。
次にチーズを使ったオリジナル料理を作り始める。この間イタリアに滞在していた時、初めて見た物をそのまま購入した。その名はマカロニという食べ物である。パスタの亜種のような物である。カインはまずマカロニを茹でる。その間にカインはのちにベシャメルソースと呼ばれる物を作り始める。出来上がったら、鍋に牛乳を入れ温める。そこにソースやら何やらを混ぜてとろみが出るまで混ぜる。とろみが出たらそこにマカロニやエビなどを入れて火が通るまで煮込む。それを皿にうつして興味深そうにこちらを見ているジャンヌの前に持っていく。最後に上からチーズをたくさん振りかける。そこでちょっとした魔術を使い外から火を入れて焦げ目がつくまでジャンヌに見ててもらう。いい匂いが漂ってくる。匂いのせいなのか、ジャンヌは女の子が口から出しちゃいけないものをドバドバと垂らしていた。
その横に味付けをしていた肉を置き、これまた同じように中までしっかり火が通るように焼く。ジャンヌのお腹からすごい音が聞こえてくる。顔を真っ赤にしてチラチラとカインを見る。
ーー可愛すぎか‼︎
カインは内心絶叫しながら料理を盛り付ける。
「めちゃめちゃ美味しいです。このチーズがのってるやつも、お肉も。ヤバイですよカイン。毎日クリスマスがいいです‼︎」
軽くおかしいテンションになりながらジャンヌは物凄い勢いで食べる。カインはそんなジャンヌを見て満足しながらゆっくり食べ始める。
「ふー、よく食べました。こんなに美味しい料理を食べたのは初めてです」
ジャンヌな自分のお腹をポンポンと叩きながらそんなことを言う。
「もうお腹いっぱいになっちゃった?まだデザートを用意してあるんだけど」
そんなことカインが言ったらジャンヌは目を輝かせながら
「甘いものは別腹です‼︎」
なんてことを宣った。
カインはキッチンからまたもやジャンヌが見慣れない物を持ってきた。
「カイン、これは何ですか?すごく美味しそうであり太りそうな予感がする物ですね」
「ケーキをちょっと改良したものなんだ。ケーキってちょっと固いけどこれはまぁ色々やってふわふわの生地に仕上がる風に作って、周りを牛乳から色々やってたら出来た物を甘くしてから塗った物なんだ。適当に作ったら出来ちゃった代物だけど、味はちゃんとしてるから安心して」
「甘々です。頬っぺたが落っこちちゃいそうですよカイン‼︎」
すごい早さで食べ終わるジャンヌ。
「お代わりはないんですか。もっと食べたいです!」
「あんまり体に良くないからこれしか作ってないんだ」
「えー、そんなー」
「もっとゆっくり食べればよかった」なんてつぶやいているジャンヌを見た後カインは自分のケーキを見る。
「僕のあと半分くらい残ってるから食べていいよ。甘すぎてこれ以上はキツイからさ」
「ホントですか‼︎カインありがとう」
目を輝かせたジャンヌはカインの分を食べる。
残り一口となったところで皿に夢中になっていた顔をカインの方に向けてきた。
「そのすいません。私だけこんな食べちゃって。その、あと一口だけあるんで食べますか?」
「いや、大丈夫だよ。本当にお腹いっぱいだし」
「いや、乙女の沽券的な問題に関わるというかなんというか。取り敢えず食べてください!」
ジャンヌはフォークにケーキを刺してカインの口の方にもっていく。
「えっと食べるのは良いんだけど自分で食べれるからフォークを渡して」
「いえ、このまま口を開けて下さい。あーんというものをちょっとやってみたいので…」
あらぬ方向に目をやりながらボソッとそんな事をジャンヌは呟いた。
「あーん」
顔を真っ赤にしているジャンヌ。
「あーん。うん、美味しい」
カインも少し照れながら、ケーキを食べた。
初めはジャンヌにカインを「トナカイさん!」と呼ばせたくてクリスマスを書いたのに全然違う話になってしまった。
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プリズマ☆イリヤ IF 1話
プリズマ☆イリヤ ドライのネタバレが含まれているので嫌な方は読まないで下さい。
「ーー我 聖杯に願う」
「美遊がもう苦しまなくていい世界になりますように」
「やさしい人たちに出会って…」
「笑いあえる友達を作って…」
「あたたかで」
「ささやかなーー」
「幸せをつかめますように」
その言葉を最後に美遊はこの世界を出て、美遊自身が幸せになれる世界へと一人で旅立つ。
はずだった。
聖杯は最終工程が終わる直前、察知した。旅立たせる世界にも危険は潜んでいる。ゆえにこのまま移動させるだけでは苦しまなくていいという願いが叶わない。それは何でも叶える聖杯という沽券に関わる。そこで、聖杯は美遊を守ってくれる英霊を召喚することにした。衛宮 士郎のような誰か一人の事を守ってくれる英霊を。
美遊は冬木の柳洞寺大空洞で目を覚ました。辺りを見渡して自らの兄がいない事を確認し、自らが別の世界へと来た事を聡明な頭のおかげで分かってしまった。士郎の願いを無駄にしないためにも歩き出そう。そう美遊は決意した時に莫大な魔力を帯びた者が美遊の前に召喚された。
「召喚に応じ、参上した。君が守る対象かな?」
目の前の超常の存在にまったく反応する事ができず、美遊は呆然とする。
「おーい、君が美遊であってるよね?」
自らの名前を呼ばれ美遊はようやくフリーズから立ち直り問い返す。
「なんで私の名前を知ってるの。…もしかしてエインズワース?」
美遊はもし自分の想像が当たっていたとしたらこの状況ではどうする事も出来ないので、見た目とは裏腹にかなり焦っていた。
「エインズワース?っていうのはよく分からないな。俺は美遊って子を守って欲しいっていう願いを叶えるために聖杯から送られてきた英霊。っていえば分かるかな?」
「確かにただの人間じゃないことは確かみたいだけど、敵じゃないかはその説明だけでは信用できない。何か証明してみて」
「証明って言ってもなぁ。僕は逃れられない運命を背負わされている子を放っておけないから来ただけで証拠っていう証拠はないんだ。本来なら絶対命令権である令呪が君に宿るはずなんだけどそれも無いようだし。だから、信じられないならそれでも構わない。遠目から君を守ればいいだけの話だから」
美遊はその話を聞き、悩む。目の前の相手はほぼ確実に自分に危害を加える相手ではないという事は雰囲気と喋り方で伝わってきた。それが美遊が聖杯になりうるなのか本当にただ単に守りたいというだけなのかは定かではないが。
その上で美遊は決断した。
「分かった、貴方の事を信じる。なんとなくだけどお兄ちゃんに似ているから」
そんな曖昧な理由で美遊は目の前の人物を信用することにした。
「良かった。じゃこれからよろしくマスター」
「マスターじゃなくて美遊でいい。それと貴方の名前は?」
英霊はちょっと困ったように指を額にあてる。
「名前か…。俺の真名は怪盗キッド。怪盗でもキッドでも好きなように呼んでくれ」
この話は続くかは不明です。好評なら続けたいと思っています。
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プリズマ☆イリヤ IF 2話
なんとなく続きを書いてしまった。ジャンヌとの話は次書きます!
「さてとここにいてもしょうがないから移動しようか」
キッドは座り込んでいる美遊を見ながら提案した。
「っと、その前にその格好をどうにかしないとな」
キッドはどこからともなく毛布を取り出した。それを美遊に掛けてから彼女をおぶった。当然、美遊は慌てる。
「な、何するんですか‼︎」
「流石に靴は持ってなかったから…美遊を裸足で歩かせるわけにもいかないし、ならおんぶしてあげよっかなみたいな」
「下ろしてください。自分で歩けます」
美遊は即座に異議を唱えたが
「却下」
取り付く暇もなく断られた。その後も美遊は下ろすように頼むがキッドは断固拒否をして結局そのまま美遊は背負われるままとなった。
キッドは道が分かっているかのようにスイスイと洞窟の出口まで進んで行き、そこからまた下山を始める。
美遊はキッドの背におぶさっていてふと思った。
ーーあったかい。
体の体温がというわけではない。
キッドが醸し出している雰囲気というものがだ。この人なら大丈夫と思わせてくれる安心感がキッドにはあった。それは似たような事を経験しているからなのか、それとも奥方と暮らす事で作られたのかは定かではないが。
ーーお父さんがいたらこんな感じなのかな。
美遊はそんな事を思いながら、キッドへの信頼を少し上昇させた。
そんな美遊の様子を分かっていたかのようなタイミングでキッドは美遊に話しかけた。
「なぁ、美遊」
「な、なに?」
美遊は少し動揺する。
「今すれ違った親子が俺の事を不審者を見るかのような目で見てたんだけど。どうしたらいい」
美遊はキッドへの信頼を元に戻した。
しかし、これは美遊のせいでもある。ドレスの様な服に毛布をかけている少女が妙齢の男性に背負われているのだ。最早事件の匂いしかしない。お巡りさんにお世話になる前になんとか状況を打破しなければとキッドは思って美遊にこんな事を聞いた。
美遊もその事を聞き、自分の格好を思い出し顔を赤らめた。
二人は誰にも見つからないようにコソコソと移動を始める。下山し終わり、住宅街に入った。少し歩くとゴミ置場にまだ着れそうな服と靴があったのでそれを美遊が身につけた。
背負われる事から解放され嬉しいような寂しいような気持ちに美遊はなりながら公園まで歩き、そこにあったベンチに座ってこれからの事を相談し始めた。
「とりあえず、美遊のお兄さんの願いを叶えるにしても何にしても寝床と戸籍は必要になってくるが、俺は既に死んでいるし美遊はこの世界の人間じゃないときた。さて、どうしようかね」
戸籍くらいなら魔術を使えば何とかなるっちゃなるのだが、お金の持ち合わせがないので家は流石にどうにもできない。誰かさんの様な一般人を騙す様な事をキッドはいや、カインはしたくなかった。
また、外に出た事が少なかった美遊にこれを打破することができる意見など持っているわけもなく、というかキッドはこういう事で美遊にはなから期待はしていない。
「とりあえずハローワークに行くか」とキッドが言おうとした時魔力を帯びた気配を察知した。と同時に霊体化する。
「え?キッド、何処に行ったの」
周りをオロオロし始めた美遊に念話を繋げる。
『何か魔力を帯びたものが近づいてくるから霊体化した。ちゃんと近くにいるから心配しなくても大丈夫』
人差し指だけ実体化して美遊の頰をぷにぷに押す。
「良かった。というか、何で霊体化するの?」
『俺というか、サーヴァントは現代の人間とは格が違うからそれなりに魔術に心得があるものからしたら俺はかなり警戒されるからかな。どうやって召喚されたのかとか色々面倒な事がおきる予感しかしないから俺は基本的に美遊が一人の時しか実体化しない事にするよ』
美遊には言っていないが、通常、霊体化しても存在感は薄っすらと残ってしまう。だが、そこは師匠と並び立つ程の才を持っているキッド。ルーン魔術で気配を悟らせることをさせていない。
『もし、何とかなりそうな相手なら交渉を任せる』
「交渉って。私、そんな事したことない」
『あぁ、そんな難しく考えなくていいよ。自分が心から思っている事を言えばいいだけだよ。人を動かすものはいつだってその人の心からの言葉って相場は決まってるよ』
そんな風におちゃらけた言葉を最後にキッドとの念話は切れた。
と、同時に美遊は自らの相棒になるステッキと出会った。
その後、なんやかんやあり美遊は金髪ドリルと暮らす事になった。美遊・エーデルフェルトとして。
基本的に美遊とキッドは話す事は無い。というか出来ない。美遊の傍らには常に魔術礼装であるカレイドサファイアがいる。だから美遊とキッドが話すのは美遊が一人になる寝る時だけと決めた。殆どは寝る前に念話で話す事になった。キッドは気配は感じられないが、着替えやお風呂など以外は常に美遊と共にいる。二人はその日の出来事を思い返しながら念話をする。
『メイド服か…彼女に着させてみたいな』
『彼女って誰?』
『あぁ、俺の奥さん』
『え⁉︎結婚してるの!相手はどんな人?』
『そうだなー、強くて優しくて真っ直ぐで、でもちょっとだけ脳筋だったり不器用だったり可愛い一面もあるそんな人かな』
『どっちから告白したの?』
『それは秘密。二人だけの思い出だからね』
美遊はちょっと残念がりながらもキッドの惚気話を夜遅くまで聞いた。
そんな事をしながら日にちは過ぎていき、キャスター討伐の日がやってきた。
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プリズマ☆イリヤ IF 3話
本編じゃなくてすみません。
そしてたいして話が進まないという…
午前零時、一分前。
「速攻ですわ。開始と同時に距離を詰め、一撃で仕留めなさい」
金髪ドリルこと、ルヴィアが美遊に命令する。
「はい」
美遊はそれに短く返答した。
『美遊、今回も前回のライダーみたいに上手くいくとは限らないから慎重にいこう』
霊体化したままキッドは美遊に注意を促す。
『わかった』
「いくわよ。3、2、1…」
遠坂 凛がカウントダウンを始める。
「「限定次元反射炉形成!鏡界回廊一部反転!」」
「「
『魔術障壁準備!』
移動してすぐに周りを見渡し、事態を把握したキッドは美遊に吠える様に告げた。
直後、空から雨の様に魔術が飛んでくる。いくらかの魔法使いによって作られたカレイドステッキとはいえ、降ってくる魔術のレベルが高すぎるがゆえに魔法少女たる彼女達にもダメージがはいる。
しかし、即座に障壁を展開していた美遊はイリヤと比べると態勢が整っており反撃に移ることに成功する。
「
だが、その攻撃は届くことなくサーヴァントの前で辺りに力が分散してしまった。
「なっ…弾いた⁈」
「あれは、魔力指向制御平面⁈」
現代の魔術師たる彼女らはこの規模で魔力を逸らす事ができるサーヴァントーーおそらくキャスターーに驚愕する。
その後、キャスターの攻撃の前に急いで逃げ出す四人だった。
『美遊、怪我はない?』
『大丈夫。だけど、あのキャスター結構やっかいかも』
少し考えてからキッドは自分が考えた方法をいくつか伝える。
『うーん、物理攻撃ならたぶん普通に通ると思うから俺が実体化できるなら一発なんだけどな…。それか、魔法陣の上から攻撃するとか?』
『まだルヴィアにもキッドの事説明してないから…。あんなに高くまで跳べない』
美遊はあんなに跳べないと否定するが、キッドはそれを否定した。
『いや、その礼装の力なら案外いけると思うよ』
『いやいや、そんなわけ…』
そんな念話を二人でしている最中、イリヤが空を飛んだ。
「え?」
美遊は目の前の事を信じられないのか普段の彼女らしくなく動揺する。
そんな会話をした後、今日は解散としてまた翌日の夜にキャスターに挑むことになった。
『ねぇ、キッド』
その日の夜、ベッドで横になっていた美遊はキッドに話しかけた。
『どうかした?』
『人間って、道具無しで空飛べるの?』
一般人が聞いたら頭がおかしいと思うか、中二病なのかと思う発言である。
『まぁ、魔術を使ったら出来なくもないと思うよ。でも、地表みたいに速く動く事が出来ないから、俺はそんなことしないで跳躍して相手を地面に叩き落とすっていう戦法をとるかな』
『で、どうやって?』
美遊はキッドに詳しく飛ぶ方法を聞く。だが、ここで問題が発生した。美遊は生まれはかなり特別であるが、魔術とは関わりがない世界で生きてきたので魔術云々と説明しても上手く教える事が出来なかった。
『というか、こんなに悩まなくても自分が飛んでるのを想像したらサファイアが力を貸してくれるから上手くいくと思うよ』
なんだか教えるのが面倒になったキッドは美遊にそんな呑気な事を言った。
『そうかな?』
美遊も今日は疲れていたので楽観的に考えて、眠りへとついた。
翌日、学校が終わった美遊はルヴィアに連れられて空の上にいた。
「…無理です」
「あなたなら飛べます!できると信じれば不可能などないのですわ!」
「いえ、やはりどう考えても無理ですっ……」
と言い切ったと同時に美遊は上空から飛び降りた。いや、正確にいうのなら飛び落とされた。
命綱なしで。
「ーーーーーーーー‼︎‼︎」
美遊は色々なパニックによって声も出なくなった。
そんな美遊を見ながら、
ーーこうしてるとただの子供に見えるなぁ。
なんて呑気な事を考えるキッドであった。
評価してくださった皆様ありがとうございます‼︎
まさか一日で黄色バーから脱出できるとは思っていませんでした笑
早いうちに本編の方も投稿したいと思っているのでこれからもよろしくお願いします‼︎
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バレンタイン
バレンタインまでちょっとはやいですが投稿しちゃいます!
「じゃ、ちょっと仕事してくる。帰るのは夜になるからお昼は先に食べておいて」
カインは
というか今回はそんな事を考えている時間はジャンヌには無かった。
猶予時間は残り十時間。カインが帰ってくるまでにモノを作らなければいけないからだ。
今日、二月十四日はバレンタイン。女性から好きな男性へと贈り物をする日だった。ジャンヌも例外ではなく自らが愛する人へと贈り物をする予定である。
「うーん、何を作りましょう?」
余談ではあるが、バレンタイン=チョコレートというのは日本だけである。外国では贈り物をするという感じである。付け加えていうのならこの時代にはチョコレートというものはこの地域にはまだ普及されていない。
余談終わり。
ジャンヌはカインにあげるモノの例をあげていく。
「食べ物系ですかね。でも、形に残る物も捨てがたいですね。それとも箱の中に私が入って私がプレゼントですって言うのもいいかもしれません!その後いい感じの雰囲気になってお持ち帰りされるパターンです‼︎」
などなど後半からはテンションがおかしくなって変な事を言っているがジャンヌができる贈り物というのはかなり限定される。新居はまたもや森の奥深くに建てられているので買い物など簡単には行けないし、行けたとしてもジャンヌの顔を知っている人に出会ったらマズイのでカインが一緒にいる時ぐらいにしか街には出かけない。
結局、ジャンヌは食べ物を作ることに決めた。自分がプレゼント作戦と最後まで悩んだが、今回は一般的な方を選んだ。
「食べ物、食べ物、食べ物かー何がいいんでしょうか。ケーキ作れたらケーキを作るのに…そうだ!クッキーを作りましょう」
漸く作る物を決めたジャンヌは調理に移った。
料理があまり得意では無いジャンヌは四苦八苦しながらそれでもカインのために一生懸命作る。
顔が粉まみれになりながらもなんとかクッキーは完成した。
「ふぅ、完成しました!後はカインが帰ってくる前に「帰ってくる前に?」包んで…でぇぇー‼︎」
ジャンヌが驚きながら振り返るとそこにはクッキーを贈ろうとした人物が、というかカインが立っていた。
「結構前から家に帰ってたんだけどジャンヌ作ってるのに集中し過ぎて気づかなかったんだよね」
「声かけてくださいよー」
ジャンヌは驚きすぎてへなへなと床に座り込んだ。
「ごめんごめん」なんていいながらジャンヌの頭を撫でるカイン。
「気持ちいい、じゃなかった。カイン!今日はバレンタインですね」
「バレンタイン?」
不思議そうに首を傾げるカイン。
「まさか知らないんですか!」
「街に行った時に聞いた気がするけど、具体的には何をする日なの?」
「そ、それはですね。日頃の感謝を伝える日といいますか、愛を伝える日といいますか、ううー///」
ジャンヌは改まってバレンタインという日の説明をするとなんだか自分がとても恥ずかしい事をしているような気分になった。
「つまりですね、貴方の事が大好きって伝える日です!」
半分、やけっぱちになりながらそういい締めるジャンヌ。
それを聞いたカインは
「そうか。そんな日があったんだ!」
「えっと、君の事が好きです」
なんてことを言い放った。
ジャンヌはそれを聞いてポカンとした後、言葉の意味を理解して顔を赤くした。
「違います!女性から言うものなんですよ。こういうのは‼︎」
怒り照れ狂いながらポカポカとカインのことを叩くジャンヌ。
「カインが好き。大好き」
カインの胸に抱きつきながら囁くように告げる。
「そっか。お揃いだね」
「そのですね、カイン。せっかくのバレンタインなので、その夜のお誘いといいますか、なんと言いますか…」
「夜?なんかやるの?」
「……知らないんですか」
「???」
「分かりました。私が受けに回ってたのが間違ってました。さぁベッドに行きましょう」
「???」
次の日、すぐさまテクニックをマスターしたカインに骨抜きにされたジャンヌがいたとかいなかったとか。
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Fate/Apocrypha
プロローグ
相良 豹馬は詠唱を始めた。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」
ユグドミレニアムのマスターとして参戦するにあたって相良は自らの技量を考慮に入れた上でアサシンのサーヴァントを召喚することに決めていた。
「手向ける色は『黒』」
しかし、アサシンのサーヴァントというのは触媒を用いなければ基本的にはアサシンの語源になっている山の翁の中から選ばれる。だが山の翁は過去にも何度か召喚されており、ある程度の情報が残ってしまっていた。そこで、相良はある触媒を用いて山の翁以外のアサシンのサーヴァントを呼び出すことにした。
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
用いた触媒はジャック・ザ・リッパーが実際に使用したとされるナイフ。また、召喚の可能性を高めるためにジャック・ザ・リッパーの犯行現場を再現する。相良の足元にはそのために使う予定の女性が魔術で暗示をかけ逃さないようにして転がっていた。
「
彼女の名前は六導 玲霞。玲霞はとにかく運が悪かったとしかいいようがない。たまたま相良という魔術師と出会ってしまい暗示をかけられ、彼の事を好きだと思わされ、金も取られ、命までも取られようとしている。
「ーーーー告げる。汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に」
玲霞は自分の人生を思い浮かべていた。玲霞の人生は今の状況と少し似ていた。幸せだった時間はすぐに終わり、それからは身をもって金を稼ぎ生活していく人生。挙げ句の果てにはよくわからないやつに殺されそうになっている。
「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
サーヴァント召喚の詠唱はもう少しで終わるという事を玲霞はなんとなくだが悟っていた。そして、詠唱が終わる前に自分が殺されるという事も。分かっていながらも玲霞にはどうする事も出来なかったしするつもりもなかった。玲霞は生きることに疲れていた。こんな世界生きていても良い事なんて一つもない。寧ろ、辛い事の方がたくさんある。ここで死んで楽になろう。
ーー本当にそれでいいの?
玲霞はどこからかそんな声が聞こえた様な気がした。中性的な声であるが、女性か男性かと聞かれたならば男性だと答える声だった。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
相良は犯行現場を再現するためにナイフを手に持ち玲霞の胸の上に照準を定める。玲霞はその様子を見て思ってしまった。
ーー死にたくない。
もう生きることには疲れている。それは本当だ。と玲霞自身そう思っていて生きたくないとも思っていた。けれど、実際にナイフを見ていたら死ぬ事が怖くなってしまった。まだ自分は何もやれていない。こんな終わりでは本当に玲霞という人間が生まれてきたことに意味がない。
ーーまだ、死にたくない‼︎
しかし、相良はナイフを持った手を振りかぶり玲霞の胸に突き入れようとする。玲霞は思わず目を瞑ってしまった。
一秒、二秒、三秒たっても玲霞に痛みはやってこなかった。玲霞はおそるおそる目を開ける。
「君が俺のマスターかな?」
なんで彼が召喚されたのかは次回で…
黄色バーから脱出したいので評価が欲しいな…
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第1話
玲霞は目の前に立っている人物を見る。目は仮面に隠されていて見えず、どう見ても現代では着ないだろう服を着ていた。
ーー彼が召喚された人。
だんだんと普段の玲霞らしい思考力が戻ってきたと同時にその結論に至った。だが、それにしてはおかしいとも思っていた。召喚される予定だったのはジャック・ザ・リッパーと呼ばれるサーヴァントだと相良は口走っていた。玲霞はジャック・ザ・リッパーの詳しい情報を知っているわけではなかったが、相良からジャック・ザ・リッパーは女である可能性が高いと聞かされていた。少なくとも女性の油断を誘いやすいどちらかというと中性的な男ならまだ納得ができた。
しかし、玲霞の目の前に立っているのは明らかに男性である。それに加えて、ジャック・ザ・リッパーの犯行の再現をしようとしていたはずなのに玲霞が生きている事自体不思議である。体をバラバラにしてようやく再現が完成する。それなのに玲霞は死にそうにはなったものの体には傷らしい傷はなかった。これらのことより玲霞は目の前の人物をこのように考察した。
ーージャック・ザ・リッパーではないサーヴァント。
玲霞には何故違う人物が召喚されたかということはよく分からなかった。一度目の失敗と同じく今回もまた相良の技量が足りずに失敗したのか、それともサーヴァント召喚に使った触媒が偽物だったのか。玲霞は頭の回転は早く、偶に人外じみたことを普通に実行できるような女ではあるが魔術の事はつい最近知ったばかりである。そんな彼女に結論を求めるのは間違っていた。
そこで、玲霞はようやく相良の存在を思い出した。実際に召喚しようとした彼はどこにいったのかと玲霞は思い、辺りを見渡してみる。
相良 豹馬は玲霞の後方にある壁に尻を突き出すような態勢でピクリとも動いてはいなかった。玲霞が遠目で見たところ生きているのか死んでいるのかは定かではない。召喚者に彼の事を聞きたかったという目論見は初めから頓挫した。
「聞こえているかな? マスター?」
召喚された人物が玲霞に声をかけてきた。そういえば先程も自分にマスターかどうかを聞いてきた事を思い出し玲霞はどう答えたらいいのか迷った。マスターであると偽るのか、それとも生贄にされそうだったという事情を話すべきなのか。
考える事数秒。玲霞は決断した。
「私はマスターではないわ。彼に召喚の儀式の生贄にされる予定だった者よ。……私を助けて」
本心を告げる。玲霞はそれを選んだ。嘘をつくということを玲霞は考えなかったわけではなかった。けれど、相手に何かを伝えるためには自らの本心を伝えるということが必要だと、何もかもを失いそうになって自分の心の底からの願いを先程感じた、彼女だからこその言葉だった。
「ああ。君を助ける」
彼は彼女の言葉に即答した。それは事務的な返事だから早く返せたというわけではなかった。サーヴァントだから。英霊だから。彼の本質は正義なのだ。彼のその言葉の重さだけで玲霞は心から安心することができた。
「それで何か勘違いしているから訂正するけど、俺のマスターは君だ」
玲霞はその言葉にいくつもの疑問を浮かべた。
「私は魔術師ではないし、令呪というものも持ってはいないのだけど」
「たしかに、君には令呪はないし魔力供給もそこで気絶している彼からされている。でも、君の願いが聞こえた気がしたんだ。それで気がついたらここに召喚されていて、君が殺されそうになっていたから助けたというわけだ」
彼は現状を淡々と語っていく。
「では、あなたにもなんで召喚されたのかということは分からないというわけなの?」
玲霞が一番不思議に思っていた事を尋ねた。
「そういうわけだね。俺が召喚されるというのはなかなか無いことだから何かしらの縁か力が働いているのは確かだとは思う」
結局、何故召喚されたのかは二人にはわからないということだけは分かった。
「まぁ、俺の今までの知り合いやマスターはだいたい幸薄い女性だったから君の幸薄いという縁に導かれて来たのかもね」
彼は冗談のつもりで玲霞にそう言ったのかもしれないが、玲霞は幸薄いせいで死にかけたのでまったく笑えなかった。
彼はコホンと一つ咳払いを入れて言葉を繋げた。
「何はともあれ、君の声で召喚されたんだから君がマスターだ。魔力パスが通っている彼は何か邪悪な物を感じるしそんな人に手を貸したくは無いしね。俺の名前は怪盗キッド、これからよろしくマスター」
玲霞はそんな名前の歴史上の人物はいたかなと考えながら、自らも自己紹介する。
「私は六導 玲霞よ。不甲斐ないマスターだと思うけれどよろしく頼むわ」
ジャンヌ、美遊、玲霞。みんな幸薄いなぁー。
やっとこさ物語が動き始めましたね。ジャックとバトンタッチした事で物語はどう変化していくのか…
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第2話
キッドは未だ霊的パスが繋がっている相良の下まで歩く。相良の手にはサーヴァントのマスターの証である令呪が三画刻まれている。それをキッドは魔術で二画を自分に、一画を玲霞に移す。
「これが、令呪?」
「あぁ、これが令呪。これで契約しているサーヴァントに対して絶対強制させることができる」
「自分に二画移したのはなぜなの?」
「サーヴァントは基本的にはマスターである魔術師から魔力提供されないと世界にとどまっておくことができないんだ。でも、マスターは魔術師じゃないから魔力がない」
魔力は魔術回路があるものしか持っていないので玲霞にはキッドを世界にとどめておく事ができない。自らのせいでキッドに危機が迫っているので玲霞は少し慌てる。
「じゃ、じゃあどうするのこれから。会ったばかりなのにすぐにさよならなんていうのは嫌よ私」
「英霊は人間霊に近い性質を持つから人の魂を食べることで一応、魔力の補充はできる」
「じゃあ、それでいきましょう」
さらっとゲスい発言をした玲霞に少しひきながらその発言にキッドは反対する。
「自分の為に誰かを犠牲にするなんてことは絶対にしたくない。ましてや、俺は既に死んでいるんだ」
「でも、そうしないと貴方が……」
「俺のために言ってくれるのは嬉しいんだけど、誰かを殺すなんて簡単に言ってはダメだマスター。……それでなんとかする方法がこの令呪だ」
キッドは自らの令呪を指差しながら玲霞に見せる。
「令呪は膨大な魔力を内包している。使い方によってはこんな事もできる」
「令呪を以て我が肉体に命ずるーー玲霞を守り続けろ」
令呪は本人の抵抗がないおかげかしっかりと発動し、消えかけていたキッドは完全に現世に体をつなぎとめておくことに成功した。
本来ならこの命令をしたところで令呪分の魔力がなくなってしまえば魔力供給を受けていないので最終的には消えてしまう。しかし、幸いなことに彼は単独行動のスキルを持っていたので日常では魔力をあまり使うことなく過ごすことができる。また、キッドお得意なルーン魔術には周りから魔力を集めるという魔術もあるので半永遠的に玲霞を守り続けることが可能になった。
キッドは続けて令呪を使う。
「重ねて令呪を以て我が肉体に命ずるーー俺は玲霞を幸せにする」
「一回目の令呪の意味は分かるけど、二回目って使う必要あったかしら?」
玲霞はキッドの令呪の使用を見てふと疑問に感じたので言ってみる。
「そうだな。秘密」
キッドは何か含みのある言い方をするだけで詳しくは玲霞に教えてくれなかった。
「さて、コイツをどうしようかな」
相良を見ながら呟くキッド。
「きっと私はこの人のことを愛していたわ。魔術で印象操作していたとしてもその事実は変わらない。でも、裏切ったのだから仕方ないわね。ごめんなさいね、貴方のことは、大切な思い出にして生きていくわ」
キッドは狂気を孕んだ玲霞を見て心が痛くなる。どうしてこんな考えを持った人になってしまったのか…。こういう風な考えを持つような周りの人間の行為にキッドは怒りを感じる。だが、一旦それは心の奥に隠して玲霞を止める。
「さっきも言ったが人殺しはなしだ」
「でも、この人はきっと何人も人を実験の材料にしているわ」
「殺すなら俺がやる。でもマスターはダメだ。マスターには、玲霞にはこんな世界とは無関係で生きてほしい。それこそが玲霞が望む願いにも繋がると俺はそう思うよ」
今にも相良を殺しそうな玲霞の雰囲気が少し収まった。
「ねぇ、キッドは人を殺した事があるの?」
不意に玲霞は尋ねる。
「普通の人間はない、かな。ゾンビやら動物やら掃除屋とかなら殺したことはあるけど生粋の人間はないな」
「そう。ならこの人を殺すのはやめておくわ」
突然の心の変化にキッドは軽く驚くものの殺さないという良い変化だったので深く問い詰めたりはしなかった。
遅くなってすみませんでした。
いろいろ忙しくて書く暇がなかったんです。
次もいつになるか分かりませんが書きますのでお待ちください。
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第3話
「ルーマニアは行かない、これだけは必ず守ってくれないか」
キッドは手頃なホテルを玲霞にとってもらい、そこの部屋で一息ついている時に突然告げた。
「聖杯戦争があるからかしら?」
「いや、聖杯大戦。通常の聖杯戦争とは呼ばれてるサーヴァントの数が違うからこう呼ばれている」
「でも、キッドは聖杯に望みがあったからここに現界しているんじゃないの?」
呼ばれる英霊にはそれぞれの望みがある。望みを持たないのはルーラーくらいのものだ。しかし、キッドはアサシン。何かしらの望みがあると玲霞は瞬時に判断し、尋ねてみる。
「俺の望みにも聖杯は必要ないんだ。とある女性に逢いたい。俺の望みはそれだけだ。けど、会える可能性はかなり低いだろうな」
キッドはなにかを思い出すかのように少し上を見ながら玲霞に告げた。
「そう。なら、ルーマニアには行かないって約束するわ。わざわざ危ないところに行くなんてしたくないもの」
聖杯戦争はサーヴァントだけが戦うというわけではない。マスターを殺せば、サーヴァントも現界し続けるとこができず消滅するという理由からマスターを狙う作戦もある。玲霞は常人とは思えない程、思考速度などがずば抜けているが戦闘力自体は持っていない。
自分がいるものの、万が一がないとは言いきれなかった、キッドは聖杯戦争に参加しないときっぱり言ってくれた玲霞に人知れず安堵した。
「じゃあ、これから私達はどうするの?」
「さぁ?」
キッドは心底分からないようにそう言った。玲霞は驚きの表情を見せるが直に納得する。キッドはいろいろ助言などをくれるが、所詮はサーヴァント。玲霞の指示に従うということなのだろうと考え、先ほどの答えに理解したのは良いがこれからどうしようか玲霞は頭を抱えた。
玲霞の願いは死にたくないということ。しかし、それはあの時だものであってずっとというわけではない。長期的にしたいことが玲霞にはなかった。
そんな玲霞の様子を見てキッドも理解したのだろう。一つの提案を玲霞にした。
「旅をしないか?」
「旅?」
「ああ、人は一人では生きていけない。必ず誰かしらと関わりを持つ事で生きている。それは、昔の俺も同じだ。とある人と会えた事で人生が豊かになった。だから玲霞にも出会いをするべきだと俺は思う。人と出会ったら何かやりたい事も見つかるんじゃないかな?」
玲霞はこれまで流されて生きてきた。流されるしかなかった状態にいたから仕方ない事だったがそこから、這い出てやろうという気概が玲霞にはなかった。
だが、今回たまたま自分で道を選ぶ機会に恵まれた。
玲霞はしっかり考えた上で、決断した。
「それも悪くないかもね」
感想でも色々訂正文がされていたのですが、初期の設定の仕方が甘く変なところが多いのでこれから、ブラッシュアップをしていこうと思っています。
また、今魔法科の方の連載を重点的に書いているので、次の話は遅くなります。
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第4話
更新が遅くなると言いましたが、ならなかったです。
今までの話で変だなと思う所や、説明が足りないなと思う所を改稿しました。主にプロローグから2話。
そして、今回から4話くらいはほのぼのとした感じの話が続いてからのアポ本編という流れの予定です。
今回も短いです。
キッドと玲霞は旅をすることにしたが、玲霞が行き先をどこにするか迷っていたのでキッドは昔から行きたかった、京都へ行く事にした。
「これが新幹線かー。すごいなぁ」
キッドは子供のように目を輝かせてじっくりと新幹線を見ていた。召喚されたサーヴァントは聖杯から知識としては現代の情報を得られるが実際に見るわけではないので、こうして生で見るとやはり感動する、とはキッドの談だ。
因みに、お金に関しては元手を玲霞に貸してもらい馬を競争させる賭け事でキッドが何倍にも増やした。玲霞は何で当たる馬が分かるのかをキッドに聞いて見たところ、逆に何で分からないのかが不思議だと言い返されて唖然とした。
京都に着いてからは比較的のんびりとしていた。
キッドが試食をするために歩き回り、玲霞がそれを見ながら着いて行くという事を繰り返す。
「キッドは食べるのが好きなのね」
お昼時になり、ベンチがある場所に座って休憩をしている時に玲霞がキッドに話しかけた。
「嫌いではないけど、好きでもないかな?」
「じゃあ、何であんなに食べ歩いていたのよ。お陰で私はクタクタよ」
玲霞は元々運動などはあまりしていなかった為、午前中だけとはいえかなりの距離歩いていたので疲労困憊だった。
「ごめんごめん。いやさ、味を覚えていれば後で再現できるかなって思ってね。食べさせたい人がいるんだ」
「それって、キッドがこの前言ってた出来れば会いたい人?」
「ああ、彼女食べるのが好きだったから」
キッドは空を見上げながら、微笑を浮かべる。そんなキッドを見てなんだか少しモヤモヤした気持ちに玲霞はなった。
「あれ?」
突然、キッドが何かを見て声を出した。玲霞もつられてキッドが見ているモノに目を向けた。そこには一人の女の子がキョロキョロと辺りを見渡していた。キッドは女の子が迷子だろうとあたりをつけ、彼女に近寄ろうとしたが立ち止まった。
「玲霞、あの子の所に行ってきてくれないか?」
玲霞はてっきり、お人好しそうなキッドが行くものだとばかり考えていて、何故自分が行かないといけないのかという視線をキッドに向けた。
「異性の大人が話しかけるより、玲霞みたいな母性溢れる人が行った方が良いかなと思って」
「それでも何で私なの?」
「子供と触れ合うのも玲霞には必要な事だと思うからかな?」
あやふやなキッドの答えだったが、迷子になっている女の子を放っておくわけにもいかなかったので玲霞は女の子に近寄った。
玲霞は膝をおり、女の子と同じ目線になって話しかけた。
「大丈夫? お母さんかお父さんはどうしたの?」
「ママもパパもいなくなっちゃって……」
女の子はそれだけ言うと、玲霞の胸に抱きついて泣き始めてしまった。玲霞はあたふたとしながらも、女の子の頭を撫でてあげる。キッドはそれを見ながら謎の頷きをして、それを見た玲霞は若干怒りを感じながらキッドに助けを求めた。
「とりあえず、落ち着くまでそうしてあげてればいいんじゃないかな?」
◇
泣いて感情を吐き出した少女は少し落ち着いたのか、目をゴシゴシしながら一人で両親を探しに行こうとしたが、一人で行かせるのは不安がありすぎるのでキッドと玲霞も一緒について行く事にした。
二人の間に少女が入って、少女がそれぞれの手を繋いだ。まだ小学生にもなっていなそうな歳の女の子だ。不安だったのだろう。玲霞は優しく女の子の手を握り返し、キッドは痛くならないようにでも安心出来るように力強く握った。
少女はキッドと玲霞の顔を見ると、満面の笑みを浮かべて歩き出した。
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